神谷奈緒「ペルソナ・・・」(278)


こんばんは。

さて、まずは更新頻度が下がりつつあることをお詫びいたします。

ちょっと二次元に行く方法を探していたもので。
とりあえずテレビの中には行ってみようと画面に頭を押し付けたらねん挫したので更新します。

では、不穏な空気漂う第九話をお楽しみください。


―――某日、CGプロ事務所

レッスンで倒れて以来、加蓮の機嫌は悪い。

原因は仕事が延び延びになっていることにある。
まぁそりゃ加蓮が倒れたことで仕事を受けるタイミングがずれてしまったことは否めないが、そんなことはアタシも凛も気にしてない。

ところが加蓮はバリバリ気にしているようで、一人でイライラしてはレッスンで無理をして倒れかけるということを繰り返している。

さすがに本格的に倒れるまでやるほどアイツもバカじゃないので、やばいことになるギリギリで踏みとどまってはいるみたいだけど…。

「…お疲れ」

今日もむすっとした顔のまま加蓮はレッスンを終えるなり出ていってしまった。
機嫌の良し悪しがすぐ顔に出る分わかりやすいっちゃわかりやすいんだけど、こういうところは凛の方が大人だ。

「…加蓮さん心配ですね…あ、すみません急に話しかけてしまって…」

「んん?あぁほたるか。別にいいさ、アタシもレッスン終わって暇だったからな」

「…すみません…ありがとうございます…!」

この子は白菊ほたる。
年のわりに落ち着いた物腰と白い肌。
うちの事務所所属のキュートアイドルだ。


一見うちの事務所には珍しい普通のアイドルかと思いきや…。

「きゃっ…あぁ、すみませんすみません躓いてお茶をこぼしてしまいました!今拭くものを…ってあぁっ!」

アタシの向かいのソファに座ろうとして何かに躓いたほたるは体勢を崩してお茶をこぼし、慌ててそれを拭こうとして事務所の隅の雑巾を取り上げたのは良かったが、今度はそれが棚に引っかかって花瓶をひっくり返す。

「あ、あぁぁ…」

…なんというか。
ほたるは類稀なる不幸体質なのだ。

「ほら、ほたる立てって」

「あ、す、すみません…」

悲しそうなほたるを助け起こす。
いわゆる不幸体質といっても、普通はわりと笑えるものが多い。

しかしほたるはこういう小さなことから事務所の進退にかかわる大きなところまで不幸属性が染みついているらしく、ウチに来るまでは良いことなしだったらしい。

ウチに来てからは大きな不幸がないってことは…やっぱり茄子さんが引き受けてんのかな、幸運の女神。


「あぁ…どうして私はこうなんでしょう…」

「たまたまだってたまたま。ほら、片付けるぞ」

不運続きの人にはなんの慰めにもならないとは知りつつも、他に励ます言葉を知らないアタシはそういいながらビショビショになった床を拭きはじめた。

「あ、あ、そんな奈緒さん…私がこぼしたんですから私が…」

「良いって良いって、二人でやった方が早いだろ?ほら、ほたるも」

「は、はいっ…ていたぁっ!」

勢い込んで踏み出した足をテーブルの脚にぶつけてうずくまるほたる。
…どうしてまぁこうなっちまうのかな。


―――帰り道

「―――すみません…手伝って頂いちゃって」

「いいんだって」

あの後、わたわたしながらなんとか事務所をきれいにして、アタシとほたるは帰ることにした。

しかしあれだ、ほたるの不幸体質というのは結構なもんだ。
あちらに歩けば物が倒れ、こちらに歩けば躓いて転び、そしてそれだけで済まずに連鎖が起こる。

一体何ゴラスイッチなんだ。

「でも…奈緒さん私といるとまた不幸が…」

「そんなこと言うなって、アタシは別に気にしてないんだからさ」

実際躓いて転んだり、何かをひっくり返したりって言うのは未央とかで見慣れてるしな。
まぁ頭に本が落ちてきたときはさすがに痛かったけど、それだってシャドウに殴られるのに比べたら幾分か…ってアタシ考え方おかしいか?

「それに、確かにほたるは運が悪いかもしれないけど、それはお前が悪い訳じゃないだろ?」


「えっと…すみません、そうなんでしょうか…」

「そーだろ。ほたるはレイナサマとかと違ってイタズラもしないし、レッスンもまじめに取り組んでる。こないだ聞いたらたまの遅刻も全部交通機関の遅れだったらしいじゃないか。そんなほたるがどうして悪いんだ?」

「すみません、ありがとうございます…!だけど…そうなるとなんでこんなに運が悪いんでしょう…?」

それはなぁ…うーん。

「私、前世で悪い事でもしたんでしょうか…その報いで今…とか」

「まーなんでほたるの運が悪いのかってのは、アタシは占い師でも霊媒師でもないからわかんないけどさ。そんな顔してっと、ますます幸運が逃げてっちゃうと思うぜ?」

「え…?」

不思議そうな顔をするほたる。

「よくさ『苦しいときほど笑え』とか『楽しくなくても笑顔でいればそのうち楽しくなる』とか言うだろ?

運の良し悪しも似たようなもんだと思うんだ、アタシは。

茄子さん見てみろよ、あの人いっつもニコニコしてるぜ?」


そろそろ事務所の何処かに胸像が建てられるのでは、とひそかに囁かれる超運アイドル鷹富士茄子さんを引き合いに出してみる。
ちなみに、「なす」じゃなくて「かこ」な。

「すみません…茄子さんはまた特別じゃないかと…」

「まぁ確かに別次元感はあるが、そういうことなんだって。趣味、笑顔の練習なんだろ?だったら生かそうぜっ」

え?いつもニコニコしてるのにドジばっかの某リボンのアイドルとかはどうなんだって?
まぁ何事にも例外はあるさ。

むしろ、ニコニコしてるからこそ悲壮感が漂わなくていいんじゃないか。

「が、がんばってみます…」

ほほ笑むほたる。
おぉ、練習してるだけあって突然つくる笑顔にも不自然さがないな。

だいたいほたるは可愛いんだからもっと笑えばいいんだ。
ファンの中には哀愁漂うほたるが良いという向きもあるみたいだけど、ホントのファンなら幸せになれるように応援してやれ。


「そそ、その調子だっ」

「ふふ…すみません…あ、奈緒さん足元!」

「ん?おわぁっ!」

ほたるの前を後ろ向きで歩いてたアタシは、近くの水たまりに足を突っ込みそうになっていた。
慌てて別の所に足を突こうとして変な体勢を取り、転んでしまう。

「いってー…」

「な、奈緒さん…やっぱり私と一緒にいるから…」

「そんなことないって」と言おうとしたアタシの真後ろを、車が遠慮ないスピードで爆走していった。
あ、あぶねー…誰かをひき殺しかねないぜあんなの。

「だ、大丈夫ですか奈緒さん!!」

「あぁ、間一髪だったけどな」

「よっこいしょ」と立ち上がって、ほこりを払いながらほたるに微笑みかける。

「ほら、運が悪いことばかりじゃなかったろ?」

「え…?」


「今、アタシは転ばなかったらあの車に轢かれてたかもしれない。

まぁ正面衝突とはいかなくても、怪我ぐらいはしたろうな。

ところが、転んだおかげでアタシは尻もちつくだけで済んだわけだ。

転んだ不幸がほたるのせいなら、それのお陰でひかれなかったアタシの幸運は誰から貰ったんだ?」

「あ…」

「な、ほたるは何も悪くないんだって。運が悪いのは文字通りたまたま。考え方次第で、ずいぶん物事の見え方って変わると思うぜ」

「…はい!」

アタシの言葉に、ほたるはほころぶような笑顔を見せる。
作りものじゃない、心からの笑顔。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”塔”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・






>白菊ほたる『塔』と改めて絆を深めた!





おぉ、ほたるもか。
『塔』ってのはちょっと物騒だけど、ホントのほたるはそんなんじゃないって、いつか証明できるといいな。

「さっ、帰ろうぜっ」

「はい」

アタシは女子寮までほたるを送り、帰宅した。


―――数日後、夜、神谷宅、奈緒の部屋

暦の上では夏が終わっても未だ残暑厳しいこの頃。
晴天続きの夏に世界は雨を忘れてしまったかと思っていたが、どうやら思い出したらしい。

なんてちょっと頭良さげな滑り出しだけど、要するに今日は久々の雨だってこと。
ラノベ調の間違い?うっせー。

本当に久しぶりに、今日はマヨナカテレビが見られるだろう。

誰も映らなければいいが、反面何も映らなきゃ手がかりもないというもどかしい状況だ。
もしかしたら出るかもしれない被害者さん、ゴメン。
でも、必ず助けるから今は手がかりをくれ。

アタシの悶々とした気持ちに呼応するようで、時計の針の進みは著しく遅い。

そうそう、ウサのシャドウと戦った件についてはりせちーにメールした。
ついでに菜々さんの正体も。

りせちーはいつ反応できるかわからない反面、アタシはおそらくいつでもある程度自由がきく(悲しいことに)から、メール打つのが大変だったら電話で良いと送ると、その日の夜に電話が来た。


『やっほー』

「ども」

『あは、いいよそんな気ぃ遣わなくて。同い年でしょ?』

芸歴はあんたのが先輩だけどな。

「えっと、じゃあそうする。メール読んでくれたんだな?」

『うん、すぐに先輩にも転送したけど、菜々ちゃんの正体については「やっぱりか」だって』

なんでわかったんだ、鳴上さんは。

『えっと、私たちの友達にマリーちゃんて子がいて、その子が菜々ちゃんと同じような境遇だったんだ。もっとも、先輩以外の人はマリーちゃんの詳しい経歴についてよく知らないんだけどさ』

「ふーん」

『あ、でも、菜々ちゃんとウサくんの関係については驚いてたみたい。「そういうこともあるか…」って』

鳴上さんも何でも知ってるわけじゃないか。


『先輩が、「予報によると近々雨が降る。マヨナカテレビのチェックを忘れないでくれ」だって。ウサくんの時は急で助太刀できなかったけど、マヨナカテレビでタイミングがつかめればこっちからも応援出せるかも』

「それは心強いな」

『そうは言っても、こっちは芸能人、先輩以外の残りは遠い田舎だからあんまり期待されても困るかも』

電話口のりせちーの声は少し申し訳なさそうだ。
そのあとは何気ない世間話をして電話を切った。

それが数日前。
そして今日、窓の外は雨。

マヨナカテレビは映るだろうか…。

まもなく零時だ。






…ヴン…キュゥーンヒュイピュゥーン…





来た!マヨナカテレビだ!
今回も画像は粗い。

髪の長さから女であるのはわかるけど、誰だかはっきりしない。
またウチのアイドルなのか?

また誰かが映っちまった…!

何とかして手掛かりをつかめないかと思い切ってテレビに頭を突っ込んでみたが、テレビの中は真っ暗。
これじゃあどこに続いているかもわかりゃしない。

諦めてアタシはテレビから頭を引き抜いた。

まぁ向こうとこっちが場所場所でつながっているんなら、こっから顔突っ込んでも意味ないか…。


ヴー、ヴー


ため息と同時にケータイが鳴りだす。
未央だな。


『おっす、かみやん!見た?マヨナカテレビ』

「おう。今回はまだ粗かったな」

『これ、やっぱり映った人がテレビの中に入ったら鮮明に映るのかな…』

「そうなる前に防がないとな」

『おうよ!…またウチのアイドルなのかな』

「わかんねえ。けど、注意は必要だな」

未央との電話を切り、寝床に入る。
明日からに備えて、今日は早めに休もう…。


―――翌日、CGプロ事務所、第4会議室

テレビに入ろうが入るまいが、ここを作戦会議の場に使うのは丁度いい。
なんせ誰も来ないからな。

という訳でいつものメンバーが集合した。

杏はきらりと一緒にテレビの中へ行き、一応向こうをサーチしている。

「さて、杏たちがサーチしている間にこっちも推理進めたいんだけど…昨日のマヨナカテレビを見て何か気づいた奴はいるか?」

「うーん」

「あれだけ粗くちゃ何も…」

「ごめんなさい、ナナもわかりません」

だよなぁ。

「もう少しはっきり映るまで待つしかないんでしょうか」

「でもいつもそれで犯人に先を越されてるからなぁ。今回こそは何とか先回りしたいんだけど…」

「今回の標的もウチのアイドルってことになるのかな」

「昨日電話で未央とも言ってたんだけど、まだわからない。二度あることは三度あるとは言うけどな…」


「ぶはー、疲れたー。お休みを要求するー」

杏たちが戻ってきた。

「おっつおっつ☆」

「なんかわかったか?」

「いやー、全然。まだ向こうには誰も入れられてないねー」

現状はセーフ、か。
しかし油断はできない。

杏だって結構厳しい監視体制の中を縫って誘拐されたんだからな。

「で、こっちは何を話し合ってたわけー?」

「マヨナカテレビに映ってたのが誰かわからないって確認と、今回もウチのアイドルなのかっていう心配」

「じゃー結局なんにも話し合えてないってことねー」

図星だけどコイツ腹立つな。

「うーん…ウチのアイドルかどうかってことには答えの出しようがないけど、もしここの人の誰かだったとしたら、誰がテレビに落とされそうかってことを考えればいいんじゃない?」


「どういうことっ?」

「んー、一番ネガりそうなの誰かなって」

さすが杏だ、と言いたいところだけど、言い方あるだろ他に。
ネガるって。

「杏はだれか心当たりでもあるの?」

「加蓮」

「あ…」

「あー」

「…」

杏の言葉に全員が黙る。
突拍子もないことを…ってんじゃなくて、実際問題ありそうだったからだ。

「まぁ杏も加蓮が根暗だとかそういう事言いたいんじゃないよ。だけど、杏の時も凛の時もそうだったじゃん、現状に不満抱えて燻ってた時。周りから見ても『コイツちょっとヤベー』ってなってる時」

確かにな。
最近の加蓮はちょっとおかしい。

焦ってからまわってさらに焦っての繰り返しだ。


最早アタシや凛どころか最近じゃ加蓮Pさんの話すらまともに聞こうとしない。

「私にもうちょっと力があれば、加蓮も頼ってくれるのかな…」

いや、逆効果だろう。
加蓮は凛に置いていかれるのが悔しくて頑張っていたんだから。

むしろ同じ立場だったはずのアタシの話すらも聞いてくれないのが、アタシからしたら悔しい。

「確かに加蓮はちょっと危ない気がするな。だけど、そもそもの前提としてウチのアイドルが狙われているのかどうかはまだはっきりしない。仮にそうだったとしても加蓮かどうかはわからない。あまり固く考えないでおこう」

今のアタシにはこれぐらいしか言えない。

とりあえずマヨナカテレビの更新を待つしかない、か。


―――数日後、CGプロ事務所

季節が変わったからだろうか、最近は雨が多い。
マヨナカテレビのチェックができる、という点では良いかもしれないが、相変わらず画面ははっきりしないままだ。

「うーん、見えないねー、はっきりと」

未央が額にしわを寄せている。

映っているのはセミロングくらいの髪の長さの女の子。
これじゃあ手掛かりでもなんでもない。

加蓮が危ないかも、という話をしたせいで、どうにもアイツのように見えたりもする。
前に風邪のお見舞いで行った時に髪を下したアイツはちょうどテレビの中の女の子の感じだった。

「でも、本当に真っ黒な影だけなのに『女の子だ』ってはっきりわかるのも妙なもんだね」

確かにな。

最近鳴上さんがりせちー経由で忠告してくれた。

『テレビの世界の霧は、「見たいものを見たいように見せる」ものだ。先入観や思い込みにとらわれていると真実を見通すことはできなくなる。できるだけまっさらな気持ちで見るよう心掛けるんだ』

どうなんだろう。
今のアタシはまっさらな気持ちでいるか?


加蓮の名前を聞いて心が傾いてないか?

いや、そんな心配してる場合じゃない。
加蓮の状態が不安定なのは、マヨナカテレビに関係があろうがなかろうが問題じゃない。

アイツが苦しんでるなら助けてやらなくちゃ。

そうだ、何をぼんやりしてたんだろう。
加蓮が危ないと思うなら、アイツのそばにいてやるべきじゃないか。


―――CGプロレッスン場

というわけでレッスン場へ来た。
最近の加蓮ならここで黙々と自主レッスンを…いた!

「おっす加蓮」

「…なに?奈緒」

踊りを止めず、こちらに視線を飛ばすこともなく加蓮がぶすっと答える。

「いや、やってっかなと思って様子見に来ただけだ」

「はぁ…なに?私のPさんにでも頼まれた?」

「いや、アタシ個人の意思だ」

「…奈緒はホントお節介だね」

ため息を吐いてダンスをやめ、アタシに向き直る加蓮。

「調子はどうだ?」

「バリバリ全開の本調子だけど?」

なぜこいつはこうもわかりやすい嘘をつくんだろうか。


「そっか」

「なに?いつもだったら『ウソつけ』とか言ってくるじゃん」

「今それ言ったら喧嘩になるだけだろ?アタシは別に喧嘩しに来たわけじゃない」

「へぇ…」

少し加蓮の態度が柔らかくなるのを感じる。
さて、そんな話をするかな。

「なぁ…」

「いっとくけど、私は奈緒に何を言われても何かを変える気なんてないからね」

「まだ何も言ってないだろ」

「どーせそういう話をしに来たんでしょ?」

「決めつけんなって、アタシは別にそんな親切の押し売りに来たつもりはないんだから」

「じゃあ何の用?」

「最近お前が無理してるように見えたから、倒れないように様子を見に来た」


「やっぱり止めに…」

「だから違うっての。倒れたら困るからまぁ寸前では止めるかもしんねーけど、少なくとも自主レッスンの邪魔をするつもりはない」

「どういうつもり?」

「何回言えばわかるんだ?アタシはお前の様子を見に来ただけ。レッスンしたきゃ存分にやれよ、倒れない程度にな」

「さっきから倒れる倒れるってうるさいな」

「実際倒れたんだから事実だろ?アタシはユニットメンバーだ。お前の心配することの何が不自然なんだ?」

アタシの粘り強さに根負けしたのかただ単に呆れたのか、加蓮の顔から完全に毒気が消えた。

「はぁ…心配ならしなくていいよ。私の体の事は私が一番よくわかってるんだし」

「その割には絶好調とはいかないみたいじゃないか」

「…これくらい抜いててちょうどいいんだよ」

言葉とは裏腹に加蓮は悔しそうだ。

「なぁ、今までに何度も言ったけど、お前にかけられる迷惑なんて、アタシらは迷惑だと思わないんだぜ?」


「…だったらなに?」

「別に。ただ、鬱憤たまってんなら正々堂々とケンカしてくれよってだけだ」

「は?病み上がりに向かって喧嘩しろって奈緒アンタバカじゃないの?」

「病み上がり?もう元気なんじゃなかったか?」

「はぁ、もういいよ。なんかこっちが突っかかってんのがバカみたいになってきた」

加蓮はため息を吐いて片づけを始める。
アタシもだまってそれを手伝う。

「別にいいのに」

「黙って待ってんの手持無沙汰じゃんか。それとも別々に帰った方が良かったか?」

「…」

黙りこくっちまった。
何とかコイツの心を開かせてやれないかと思って来てはみたけど、逆効果だったかな。

それが逆効果じゃないと思えたのは、片付け終えて事務所に戻った時だった。
事務所のドアを開ける直前、加蓮が振り向かずに言った。

「奈緒」

「ん?」



「…ありがと」






そう、この瞬間はアタシも、加蓮の力になれたかと思って嬉しかった。
けど、恥ずかしくなったらしい加蓮はアタシの返事を聞かずに事務所に入りそこで…。


―――CGプロ事務所

「ただい…」

「いやぁ、卯月ちゃんはいつもお元気で羨ましいですね」

「えへへ!ありがとうございます!」

アタシと加蓮が事務所に入ると、ちょうど加蓮Pさんと卯月がお喋りをしていた。
加蓮の顔が一瞬にして曇る。卯月と喋っているから、というよりその内容が問題らしい。

嫌な予感がした。

「卯月Pさんも、卯月ちゃんは手がかからなくていい子だってよくおっしゃってますし」

「いえ、そんな、私なんてよくドジっちゃいますし…」

「いいじゃないですか。それは元気の証拠という物です。人間健康が一番ですよ」

加蓮が入ってきたことに気付かず二人は会話を続けている。
何がってわけじゃないけど、加蓮の表情を見てるとただ事じゃない気がしてきた。

「お、おい加蓮」

「…ふーん、やっぱり元気な子のほうが良いんだ」


「あ!加蓮ちゃん!お疲れ様です!」

「んん?あぁ、加蓮さん、帰ってきましたね。ちょうどよかったお話が…」

「来ないでッ!!」

近付こうとした加蓮Pさんを、加蓮は大声で拒絶する。

「か、加蓮さん?」

「なに…なんだっての!?

結局、アンタも元気な子の方が好きなんでしょ!?

体力もなくて健康じゃなくて、手がかかる私みたいなアイドルの面倒なんか見たくないんでしょ!?」

「おい、加蓮!」

「加蓮ちゃんとりあえず落ち着いて…」

「アンタに何がわかんの!!

いつも元気でニコニコヘラヘラしてるアンタに…私の気持ちなんかわかるわけないじゃん!!」

「加蓮さん!それは言い過ぎですよ」







「うるさい!もういい!私、アイドルなんかやめるから!」






そう泣き叫ぶと、加蓮はアタシを突き飛ばし事務所の外へ走り出て行ってしまった。
悔しさと悲しさでいっぱいの顔をしてたぞ、アイツ。

「あ、えと…」

「奈緒ちゃん…すいませんお見苦しいところを」

「アタシに謝ってなんかないで早く加蓮を追いかけろよな」

「…はい」

「あっと、加蓮Pさん。今のはアンタが悪いぜ。加蓮は今そういう自分の体力とかの事で過敏になってるのはわかってたろ?事務所でする会話は気を付けなきゃ」

「…面目ありません」

「まぁアタシもさっさと声かけりゃ良かったんだけどな。卯月はアタシが相手するから、加蓮Pさんはいきな」

「お願いします」

加蓮Pさんは厳しい顔をしながら走り出て行った。
さてと…。

「おい卯月、大丈夫か?」

「あ、あの、奈緒ちゃん…えへへ、別に叩かれたわけじゃないから平気なんだけど…」


卯月は胸を手で抑える。

「ちょっと、びっくりしちゃった。私、加蓮ちゃんに何か嫌なこと言っちゃったのかな…?」

「いや、さっきは加蓮Pさんにああいったけど、実際のところ誰も悪くないさ。ちょっとタイミングが、な」

「うぅぅ、加蓮ちゃんが最近焦ってたことは知ってたのに…私何にもできないどころか傷つけちゃった」

卯月は素直でいい子だ。
誰よりもがんばり屋だし、他人のために一生懸命になれる。

その分こういう時に自分を責めちゃうところがあるんだけどな。

「アタシや凛だってなかなかアイツのために何かできてるわけじゃないんだ。卯月はあんまり気にしすぎるなよ。お前はいつもの笑顔を忘れちゃダメだ」

「…そうだね!暗い顔してちゃ、加蓮ちゃんをお迎えできないもんね!」

その後はしばらく卯月と話をしてから、すぐにみんなへと連絡を取った。
これまでのパターンを考えると、加蓮が危ない。


―――翌日、夜、神谷宅、奈緒の部屋

あれから加蓮は家に引きこもっているらしい。
加蓮Pさんも確認しに行ったし、アタシも加蓮のお母さんに電話で様子を聞いてみた。

娘が大泣きで帰ってきたんだからずいぶん怒っているかもしれない、と思ったけど、わりと無気力だった加蓮が前向きになったきっかけがアイドル活動であることは、お母さんも理解しているみたいで「とにかく待っていてあげてくれ」と言われた。

少なくともまだ加蓮はテレビの中に連れて行かれてはいない。

いや、加蓮がターゲットかもしれないというアタシらの予想がそもそも間違っているかもしれないけど、ここまで今までとパターンが一緒だとな。

とにかく、今日も雨が降っている。
マヨナカテレビを見てみよう。


…ヴン…キュゥーンヒュイピュゥーン…


いつものようにマヨナカテレビが映りだす。
相変わらずはっきりしないけど、いつもよりはなんだか…ん?

今日の人影は、いつものように立ち尽くしているわけではなく動いている。


ピースサインか?ダブルの。

動きもどことなく加蓮ぽくはない。
元気な女の子といった感じの…。

「卯月…っぽい、か?」

コレは大事なところだ。
もし加蓮じゃなくて卯月だったとするなら、アタシらの予想は外れ。

すぐにでも卯月の様子を確認しねーと。

ケータイを取り出し、未央にコールする。

「…もしもし!」

『はーい、ちゃんみおですよー!今日は今までとちょっと違うよね!やっぱし、これ映ってるのかれりんだと思うなー』

「そう、今までと…て未央?」

アレを見て加蓮だと思ったのか?


「お前の見たのはどんな感じだった」

『え?いやー、やる気なさそうにネイル弄ってる女の子の影だったんだけど、雰囲気とかばっちしかれりんだったと思うよ?』

アタシの見たのと違う。
すぐにアタシはそのことを未央に告げ、卯月に見えることも話した。

『えぇー!?しまむーが!?だって、こんなこと言うのもナンだけど、しまむー最近は結構絶好調だし、楽しくやってると思うよ?私ニュージェネで一緒にやってるけどさ』

そうだ。
少なくとも今の卯月に強く抑え込んでる自分がいるようには見えない。

もちろん、未央のように向こうで自分の認めたくない部分を揺さぶられて覚醒することはあるかもしれないけど、誘拐の被害者として選ばれるには、卯月はイメージが違いすぎる。

『色々溜めこんじゃってる人が連れて行かれるっていうのが間違ってたのかなぁ…でも、そしたら私の見たかれりんはどうなるの?』

「向こうに落としてシャドウを覚醒させるのは、すでに大きなストレスを抱えた人の方が都合がいいからっていう考えがあるからだと思ったんだけどな。アタシとお前で見た物が違うって言うのも気になるし、明日みんなで集まって話し合おう」

『そだね。じゃあ事務所で!』


未央との通話を終了する。
マヨナカテレビは、テレビの世界の霧が人々の見たいと思う気持ちに反応して映し出しているものなんだって、鳴上さんたちは言ってた。

だから、鳴上さんたちの時は、『メディアで取り上げられて急激な知名度を得た地元民』が被害にあったらしい。

でも、今回は違う。
けど、霧の本質は同じ。

アタシが加蓮被害者説を心のどこかで疑い続けてたから、違うものが見えたのか…?

何にせよ、一人で考えていても埒が明かない。
明日に備えて今日はもう寝よう。


―――翌日、CGプロ事務所、第4会議室

「ということは、加蓮じゃない人が見えたのはアタシと凛と杏ってことか」

「そうですね。見事に半分で割れました」

いつものように集まったアタシ達は、昨日見たマヨナカテレビについて話し合っていた。
凛と杏も、加蓮じゃない姿を見たという。

「杏は、それが誰かまでは思い当たらなかったけどねー」

「私は奈緒の卯月説に賛成かな。あのポーズ、卯月がブロマイドを撮った時に気に入ってたやつだったと思う」

「二人は、加蓮が次の被害者かもしれないて予想をどこまで信じてた?」

「まぁ七割ってとこかなー、ほら、加蓮の名前出したの杏だし」

「私は、そっちに頭が傾いてると違った時困るからと思って、五分五分くらいの気持ちでいたよ」

「はー、やっぱりしぶりんとあんちゃんはスゴイねぇ!私なんかもうかれりんのことばっか考えてたよ」

「きらりもだにぃ」


「けど、これでわかんなくなっちまったな。加蓮なのか、卯月なのか」

今まではマヨナカテレビだけが頼りで、何か情報をくれ!って思ってたけど…こうなると今度は情報過多だ。
なんでこういい具合にならないんだろうな。

「やっぱり、二人とも気を付けて見てあげなきゃいけないんでしょうか」

「そうだね。不幸中の幸いで加蓮は今家から出ようとしてないみたいだし、あっちの様子はお母さんに聞くとして、卯月も見張ってた方が良いと思う」

「やっぱりそれしかないか」

「おつかれさまでーす!」

誰か事務所に来たな。
ここまで届くほどの元気なあの声は卯月の物だ。

「ちょうどいいや、しまむーに最近変わったことがないか聞いておこうよ!」

「そうだね、じゃあ私と未央がいってくるから」

そういって未央と凛は出て行った。
しかし…。

自分でマヨナカテレビを見ておきながら、アタシはずっと何かが引っかかっていた。
卯月が次の被害者…?


「それにしても、なんで卯月ちゃんが見えたんでしょうか…」

「うーん、こればっかりはねー。稲羽の事件を参考にすれば、次の被害者だからってことになるんだろうけど」

「犯人ちゃんのルールがさっぱりわからんにぃ」

残る三人も疑問を抱いているようだ。
なんとか謎の核心に迫ってきたつもりだったけど、思い違いだったのか?

だけど、卯月が今大きなストレスを抱えていようがいまいが、テレビの中に落とされちまったらもう関係ない。
心に何の不満も不安も抱えてない人間なんていないんだ。そこをつかれたら、どんなに明るい人でもシャドウが暴れ出す。

「今は、やれることをやるしかないな」

リーダーとしちゃ、なんとも情けない発言だよな。


―――数日後、CGプロ事務所

凛と未央の調査によると、今のところ卯月は特に問題を抱えてはいなさそうということだった。
まぁ心の中がのぞけるわけじゃないから絶対とは言い切れないけど、もし卯月が被害にあってもすぐにシャドウが暴走するようなことにはならなさそうだ。

反対に、加蓮は相変わらず家から出てこない。

トライアドプリムスとして仕事を受けられないのは困るけど、それ以上にアイツが大丈夫なのかが不安だ。

マヨナカテレビは、相変わらず卯月派と加蓮派で見えるものがわかれている。
けど、両方に共通しているのはだんだん鮮明になってきてるってことだ。

「手掛かりはないね…」

「こんな状況じゃりせちーたちに助けを求めるわけにもいかないし…」

八方ふさがりだ。
幸いにも、凛と未央は最近ニュージェネとして予定が入ることが多いので、卯月の動向を見守ることはできている。

加蓮も、一応加蓮Pさんが毎日家まで行って声をかけてるというから、今のところ大丈夫か…。


「このまま何事もなくマヨナカテレビの放送が終わってくれればいいんですけどねぇ」

「そんなに上手くはいかないだろうねー」

「にぃ…」

杏の言葉にはうなずくしかない。
どうしたもんか…。

その時だ。

「た、大変だよ!」

未央が血相を変えて事務所に飛び込んできた。

「どうした!」

「今そこで加蓮Pさんに会ったんんだけど!かれりんが急に家からいなくなったって!」

「なんだって!?」

ついにやられたか!
でも、加蓮は家に引きこもってるはずだ。

アイツの部屋にテレビはないし、一体どうやって…。


「とにかく!向こうに行って探してみようよ!」

「そうだな!みんな行くぞ!」


―――テレビの中

「シショー!来てくれたウサね!」

「ウサ!誰かここに落ちてこなかったか!?」

「う、ウサ!?いや、ウサは何も感じないウサ…というか、ウサはこないだの一件以来こっちの世界の事が感じられなくなってしまったウサよ」

なんだって!?
そうか、親玉の因子って奴を壊したから…って今はそんなこと考えてる場合じゃない!

「また誰か攫われたウサか?」

「あぁ、こっちに来てるかもしれないと思ってな…くそ、こんな時にウサの探知が使えないなんて…!」

「落ち着きなって奈緒。こういう時のために杏がいるんでしょー?…ヤツフサ!」

杏がペルソナを呼び出して探知を開始する。
そうだった。ダメだな、アタシは。こういう時はいっつも焦っちまう。

「どうだ?」

「んー…」

「加蓮はいそう?」

「んー…んん?」


「何かわかったの!?杏ちゃん!」

「うん…加蓮はここに来てないねー」

「えぇっ?」

加蓮が…来てない?
でも、姿を急に消したって…。

「だけど、この世界には今、杏たち以外誰もいないよ?どんなに上手く隠れたところで、なかなか存在の気配自体を消すのは難しいと思うな」

「じゃあ、加蓮が消えたのはなんで?」

「わかんないけど、こっち関連じゃないかもね。一度戻った方がいいよ、もしかしたら杏たちの早とちりかもしんないし」


―――CGプロ事務所

「私、加蓮Pさんに電話してみるね!」

未央が戻ってすぐに事務所の電話から加蓮Pさんを呼び出す。

「………あ、加蓮Pさん!?私です、本田です!あの、かれりんは…へ?帰ってきた?…はい…はい、わかりました。無事なら良かったです…はい、りょーかいでーす!」

加蓮が戻ってきた?

「ふぅ、かれりんも人騒がせだよねー。ちょっと外の空気を吸いにこっそり散歩行ってたんだってさ」

「アイツは無事なのか?」

「うん、また部屋に引きこもっちゃったみたいだけど、とりあえず今回のは誘拐じゃないみたい!」

「よ、よかったにぃ…」

まったくだ。
気分転換に散歩って…行くならちゃんと声かけてけよな。

「まぁ加蓮のお母さんも加蓮Pさんも、あの子が不安定なのを見てたんだもんね。フラッといなくなられたら心配にもなるよ」


「そうですね。ナナも息づまると外に出たくなりますし、気持ちはわかります」

何にせよ、とりあえず問題は起こらなかったんだ。

「大騒ぎして損したけど、何事もなしってことで今日は帰ろうぜ」

「そうだね」

「うお、かみやん!雨降ってきたよ!」

「ホントだ」

「あちゃあ、ナナ今日傘持ってきてませんよぉ」

「大丈夫だよ。ね、奈緒」

「なんでアタシなんだよ」

「いつも傘余分に持ってきてるでしょ?奈緒Pさんのために」

「あ、アレは別にそういうんじゃなくて置き傘としてだな!」

「奈緒ちゃんの奈緒Pさん用愛の傘を使わせていただくのは忍びないですが、可哀そうなナナのためにひとつ…」

「ほら、菜々さん困ってるから貸してあげなよ愛の傘。私も入りたいし、愛の傘」

「ぜってえお前らになんか貸すもんかあああああ!」




ツッコミに振り回されるアタシの周りで、にぎやかな笑いが起こる。
とりあえず何事もなくてよかったと明るくなるアタシ達の気分とは裏腹に、空模様はどんどん暗くなるばかりだった。



※作者でございます。

とりあえずここまでで九話前半です。

そろそろ書き溜めが心もとなくなってきました。
というか十話が難航気味です。

とはいえ、どうにか目途がついてきたので、のんびりやっていこうと思います。

必ず完遂させるのでご心配なく。

ではでは、近々またお会いしましょう。

>53

そんなお褒めの言葉をいただけるとは、嬉しさのあまりひっくり返りそうです!


>54

すこしでも奈緒の可愛さを引き出せたなら本望です!


作者でございます。
今回は珍しく早めに投稿でございます。

さて、どうなることやら…。


―――夜、神谷宅、奈緒の部屋

あれから降り出した雨は一向に止まず、気付けばもうすぐ日付も変わる。
今日も、マヨナカテレビを見てから寝よう。


…ヴン…キュゥーンヒュイピュゥーン…


デデン!デン、デン、デデッテッテデデン!

いつものぼんやりが流れると思い込んでいたアタシは、突然流れてきた怪しい音楽に度肝を抜かれる。
え?え?なんだこれ。

だって加蓮は今日無事に家に帰って…。


『こんばんは~!

みんなのアイドル、島村卯月、十七才です!

突然ですが私、みんなに普通だ普通だ、って言われるんです!

でも普通ってなんだろう、ホントの自分てなんだろう?

そんなこと、ふと考えてしまうことってありませんか?ありますよね!

そこで、今回お送りする番組はこちら!』

ジャ、ジャ、ジャン!



『「Where is my trueself? ウヅキ・シマムラの「しまむーを探せ!」!」』


派手派手しいテロップが効果音と共に表示され、ニュージェネのっぽい衣装を身にまとった卯月が、こちらに向かってウインクを決める。

その背後には、高い生垣がそびえているのが見える、
これは…迷路の入り口か?

『見つかるのかな?ホントの私。

島村卯月!頑張ります!』

いつもの決め台詞を吐いた卯月が、生垣の中へと姿を消した。
そして、マヨナカテレビは消える。


ヴー、ヴー!


思った通りすぐさま着信が来た。
未央からだ。

「もしもし!」

『かみやん!見た!?』

「あぁ、アタシには卯月が見えたけど、お前はどうだ?」

『ばっちりしまむーだったよ!昨日までは私にはかれりんに見えてたのに…』


「理由はわからない。けど、どういうことなんだ…今日はお前卯月と会ったんだろ?」

『うん…午前中に打ち合わせで…その時は何にもなかったし、かれりんがいなくなったって騒ぎもなんともなかったのに…』
未央の声からは戸惑いが感じられる。
コイツはアタシと違って昨日まで加蓮が映ってると思ってたんだから、余計に混乱してるんだろう。

「もしかして…加蓮の騒ぎに気を取られてる間にとか…」

『わかんないよ…とにかくこれはもう明日さっそく行ってみるしかないね!』

「おう」

未央との通話を終了する。
一応りせちーと天城さんにマヨナカテレビが映ったことをメールして、アタシは眠りについた。


―――翌日、CGプロ事務所、第4会議室

「みんな昨日のマヨナカテレビは見たな?」

「うん、卯月が映ってた」

「どういうことなんだにぃ?」

「昨日卯月ちゃんが映るのを見るまでは、ナナ達は加蓮ちゃんだとばかり思ってましたから…」

完全に予想外の事態に、みんな戸惑いを隠せない。
アタシだってそうだ。なんで卯月が…。

「あの後しまむーに電話したけどつながらなくて…。今朝方お家に電話したんだけど、やっぱり帰ってきてないらしいんだ!」

「私のところにも卯月のプロデューサーから連絡あったよ。『卯月が昨日の仕事終わりから帰宅してないらしいんだけど何か知らないか』って」

「くそっ…加蓮に何事もなかったってことに油断しちまってた!」

「無理もありませんよ…加蓮ちゃんだって狙われてる可能性があったんですから」

「でも、なんで卯月が?そんなにすぐネガりそうには見えなかったけど…」

「うにゅー…」


「ここで考えててもしょうがないよ!あんな感じに映ったってことは、しまむーはもうテレビの中にいるんだよ!早く助けに行こうよ!」

「わかってる。けど少し落ち着こう」

焦って突っ込んでもいい結果にはならない。
今回も制限時間があるかもしれないけど、準備は必要だ。

「りせちーと天城さんには、昨日一応報告をしておいた。すぐには無理だけど、なるべく早く応援を送るから、とにかく自分たちのペースで救出は進めてくれってさ」

「あの人たちがいてくれたら心強いけど、贅沢は言ってられない、か…」

「とりあえず、今のアタシ達の最大目標は卯月を助け出すことだ!特別捜査隊には、そのあとの調査で協力してもらおう!全力で行くぞ、『マスカレイド』出動!」

『オー!』


―――テレビの中、入り口広場

「シショー!二日連続とは珍しいウサね!今日はどうしたウサ?」

「やっぱりアタシらの仲間がここに放り込まれちまったらしい。それを助けに来た」

「そ、それは一大事ウサ!」

「ほんじゃ行くよー…ペルソナー!」

杏がヤツフサを呼び出し、探知を開始する。
アタシ達はその様子を固唾をのんで見守る。

「…いた!この感じは卯月で間違いないね。あっちの方だよ!」

「サンキュ、杏!みんな行くぞ!」

杏が導き出した方角に向かって、アタシ達は駈け出す。


―――何の変哲もない迷路、入り口

「ウサッ!?またもやこんなものが出来てしまって!」

走り始めてしばらくすると、マヨナカテレビで見たのと似たような生垣が視界に入ってきた。
うん、大きなテーマパークとかでたまに見かける、生垣で作った巨大迷路みたいだ。

入口の脇に、例の巨大な砂時計もある。

「ここだね!」

「待った。入る前にリミットを確認しておこうよ」

逸る未央を制して、凛が言う。
そうだ、万が一一度で助けられなかった時のために、制限時間を把握しておかないと。

今回の制限時間は『6 Day 9 Hours』と表示されている。

そういえば、稲羽のテレビの世界だと、こっちの霧が晴れる日がタイムリミットだったらしい。
霧が晴れるとシャドウの動きが活発化するからっていうのがその理由で、現実世界に霧が出るとこっちは晴れるとか。

向こうの制限時間に関しては、自然現象に根ざすものだからなんとなく納得ができるけど、アタシらのこの「いかにも制限時間だよ」っていうわざとらしい砂時計は何なんだろう。


「いつからカウントが始まってるのかわからないけど、この感じだと今回は一週間くらいだったのかな」

「まだまだ時間があるってことがわかったならそれでじゅーぶん!行こうよみんな!」

そうだな。
今はそんなこと考えてても仕方ない。早く卯月を助けてやらないと。

もう一度全員で準備を確認し、アタシ達はこの迷路に足を踏み入れた。


―――何の変哲もない迷路


―――うーん、また『普通』って言われちゃいました―――

―――私の、私だけの特徴って…なんなんだろう――――


迷路に足を踏み入れると、卯月の声が聞こえてきた。
いつもの、『心の声』か…。

「しまむー…」

未央が複雑な顔をする。
アタシも未央も、卯月の気持ちはよくわかる。

なんだかんだ言って、アタシも未央もそんなに特徴があるわけじゃない。

多少ひねくれてたり、人より元気だったり、そんなくらいの特徴しかないんだからな。
しかも、それで売れてるかって聞かれると今はまだ微妙なラインなわけで…自信があるかと言われるとない方になるだろうな。

だけど、卯月は特にその普通さが目立つ。

女の子って物の普遍的なイメージをうまくつなげていくと卯月になる、そんなイメージ。


ホントはそれってすごいことで、アタシなんかじゃ太刀打ちできないんだけど…。

「卯月はよく、『普通ってなんだろうね』って言ってたからね…」

「卯月ちゃんはとってもかわいい女の子だにぃ!」

「コンプレックスって、だいたい他人からすればどうでもいいことだったりするんだよ。まぁ卯月はそこまで悩んでなかったみたいだけど、今回こういうことになっちゃったからねー。無意識の悩みが表に出てきてるのかも」

人の悩みを無理やり抉り出すこのテレビの中、そしてそこに人を引きずり込む犯人。
アタシは改めて怒りを覚えた。

何の恨みがあってこんなことしてんだか知らねーけど、絶対捕まえてやる!


―――「可愛い」とは言ってもらえるんだけどなぁ―――

―――あれ、そもそも『普通』じゃいけないのかな―――


迷路をあちらへこちらへ、いろんな部屋を抜けるたびに卯月の心の声が響いてくる。


―――『普通』が特徴です!島村卯月です!…なんかちょっと寂しいな―――

―――凛ちゃんも未央ちゃんもとっても素敵だもん、私も頑張らないと!―――


「卯月…」

「しまむー…」

ニュージェネとして一緒に活動している二人は特につらそうだ。
アタシ達だって辛い。

第一、卯月が良い奴過ぎるのがよくわかってしまう。

「卯月ちゃん…良い子ですねぇ」

菜々さんなんか目をうるうるさせている。


「…次、左ね」

「ひだりー!」

杏ときらりは何も言わない。
けど、こいつらも多分何事かは思うところがあるだろう。

「…ストップ!」

杏のナビを頼りに進み、雑魚シャドウを蹴散らし、大きい扉の前にたどり着いたとき、杏から制止がかかった。

「どうした?」

「その扉の先、何かいるよ」

「しまむー!?」

「多分違う。けど、似た気配は感じる」

「卯月の影、か」

「恐らくねー。それと、結構強いシャドウの気配を感じる」

中ボスって奴か。

「何だって関係ないよ。邪魔するなら戦うまで」


「そうだにぃ!」

どうせ、先に行くにはここを通らなければいけない。
なら。

「行くぜ!」

アタシ達は扉を開けた。


―――何の変哲もない迷路、中央広場

「しまむー!」

扉を開けると、そこには卯月の影がいた。
マヨナカテレビに映ったのと同じ格好をしている。

『あれあれ?未央ちゃんたちもう来たの?早いなー。私ももっとがんばらないと!』

「お前、卯月の影だな。卯月はどうした」

『奈緒ちゃん怖いよ?私は私、島村卯月、十七才です!』

自分が本物だと主張するのは、相変わらずか。

「卯月を返して!」

『もー、凛ちゃん!卯月はここにいますよー!』

話しにならねー。

『まったく、今私は、本当の自分を探すのに忙しいんです!凛ちゃんたちはそれの手伝いに来てくれたんだと思ったのに、邪魔するっていうの?』

「あなたは卯月ちゃんじゃありません!卯月ちゃんの一部です!卯月ちゃんのところへ案内してください!」

『むー!私が卯月だって言ってるのにみんな聞いてくれないんだから!もういい!私は行くよ!邪魔しないでくださいね!』


「待ってしまむ…」

「未央下がって!」

「へ?うわぁっ!」

踵を返した卯月の影を追いかけようと足を踏み出した未央に、杏が鋭い声を飛ばす。
反射的に飛び退いた未央が直前まで立っていたところに、巨大な拳が打ち下ろされた。

「シャドウだ!」

「みんな気を付けて!コイツ、一味違うっぽいよ!」

「構えろ!行くぞ!」


―――何の変哲もない迷路、中央広場

襲ってきたのは、プロレスラーみたいな姿をしたシャドウだった。
何がキツイって、物理攻撃が全然効かないこと。

「かったーい!」

「アイツの攻撃に巻き込まれるな!一撃が重いぞ!」

「だったら魔法だよ!マハタルカジャ!」

凛の攻撃強化魔法がかかる。
すかさずアタシと未央で魔法を撃ちだす。

「ガルーラ!」

「アギラオ!」

ゴフェルの放った風が、ジャックランタンの放った炎をさらに吹き荒らす。


――――グゥオオオオオオ!

効いてるみたいだ!

アタシ達も段々と強くなっている。
ちょっとやそっとじゃ、アタシらは止められないぜ!


『ペルソナー!!』


――――ォォォオオォォォオオォォォォ…!




アタシらの猛攻を前に、巨人はうめき声をあげながら倒れて行った。


―――何の変哲もない迷路、中層

プロレス巨人を倒したアタシ達は再び走り出した。


―――あっ!凛ちゃんまたテレビ出てる!私ももっと頑張らないと!―――

―――こんどの曲はダンス中に決めポーズあり、かぁ…どんなのがいいんだろう―――


奥に進むにつれて、卯月の声は大きくなってくる。
しかし。

「なんかさっ、このしまむーの声って、なんていうんだろう…」

「悲壮感がない?」

「そうそれ!しぶりんとかあんちゃんの時は、聞いてるこっちがつらくなっちゃうようなのだったけどさ。しまむーのは、悩んではいてもこう…前向きっていうかさ!」

未央の言うとおりだ。
ここに来てから聞こえる卯月の声には悲壮感がない。

シャドウに追い詰められていたとして、こんなのどかな感じになるんだろうか。

「わからないけど、卯月がつらい思いをしてないならいいんじゃない?」

「だな…」


何か引っかかるけど、現時点で分かることもない。
今は卯月のいる場所を目指して走るしかない。

アタシ達の勢いに恐れをなしたのだろうか、シャドウたちもあまり襲ってこないまま、アタシ達は迷路の最奥へたどり着いた。


―――何の変哲もない迷路、最奥

「しまむー!」

「卯月!」

「未央ちゃんに凛ちゃん!それに奈緒ちゃんたちまで!」

最後の扉を蹴り明け飛び込んだアタシ達の方を、卯月が驚いて振り向く。
よかった、多少涙目で目が腫れてるけど、概ね元気そうだ。

卯月の影の姿は…見当たらない。

「しまむー平気!?」

「ケガはないか?」

「え、えーっと、はい、島村卯月、元気です!…けど、みんなどうしてここに?」

「卯月が居なくなったって聞いて、助けに来たんだよ」

「そうなんだ!でも、よくここがわかったねっていうか…ここはどこ?」

「詳しい説明はここを出てからします!とりあえず早く脱出しましょう!」

『どこに行こうって言うの?』

鬼の居ぬ間に…と思ったけど、そうは問屋が卸さないようだ。
卯月の影が空間の歪みからあらわれる。


「えぇっ!?私!?」

卯月が驚きの声を上げるが、無理もない。

『奈緒ちゃんたちすごいね!こんな複雑な迷路を全然迷わないで通り抜けてきちゃうんだもん!』

「あぁ、杏のおかげでな」

「どや」

『そっかー。すごいな、杏ちゃんは!』

卯月の影がぱちぱちと拍手をする。
今までの影と違ってアタシらに対する敵対心が無いように感じる。

けど、それはそれで不気味だ。

『ニートで、いっつもだらだらしてて、そのくせそれがキャラクターとして受け入れられてる。

私なんかよりもよっぽど売れてるし!

やっぱり個性なのかな?』

「ふふん、杏はこれでも苦労しているのだよ」


『だよね!やっぱり努力は大切だよね!』

「うんうん」と卯月の影はうなずく。

「えっと…あなたは誰なんですか?」

恐る恐る尋ねる卯月に、卯月の影はにこやかに答える。

『誰って…私は私だよ?

島村卯月、十七才です!』

「え…?私?でも、私は今ここに…」

「卯月、あれはお前の中のもう一人のお前だ。自分が認めたくない、押し殺してる影の部分。ここはそういう気持ちが具現化しちまう世界なんだよ」

「具現化?か、影?」

目を白黒させる卯月。
それも仕方ないよな、こんな状況じゃ。


『あはは、奈緒ちゃんそんなはっきり言わないでよ!

でも、その通り。

私はあなただよ、卯月。

いっつもにこにこしてて、頑張ることだけが取り柄の、ホントは自分に自信のない女の子』

「え?」

「耳を貸すな。アイツはお前の心をゆすぶって、自分の存在を否定させようとする。受け入れられないと暴走して襲ってくるぞ」

「で、でもうけいれるってどうしたら」

『ちょっと奈緒ちゃん!余計なこと言わないで!

私は今、私と大事なお話するんだから!』

卯月の影が威圧するようにこちらを睨んでくる。
やっぱりだ。

卯月本人の人当たりの良さの皮をかぶっているからわかりにくいだけで、コイツもシャドウ。
アタシらへの明確な敵意を隠し持っている。


『ねぇ卯月?あなた「普通だ」と言われることに悩んでたよね?

何をやっても、どれだけ頑張っても「普通」。

挨拶しても「普通」、歌っても踊っても「普通」、ドジをしたって「普通」。

そのくせ、頑張れなかったときは「いつもと違う」なんて言われて』

「それは…だって私には頑張ることくらいしかないし!」

『そうだね、私には頑張ることしかない。

どんなに「普通」と言われても、頑張り続けていればいつか報われる日が来ると信じてた。

だけど、教えてあげる。

報われる日なんて来ないんだよ?』

「嘘だよ!だって最近はお仕事も増えてきて…!」

『それはニュージェネレーションとしてでしょ?

凛ちゃんと未央ちゃんとの抱き合わせでしかない。

私個人としてのお仕事なんて、それのおまけで少し増えただけ』

「…!」


影の言葉に卯月は声を詰まらせる。

「頑張れ卯月…!」

「しまむー!」

アタシらには励ますことしかできない。
なぜなら、ここで耳をふさいで逃げ出したところで受け入れたことにはならないからだ。

シャドウを暴走させずに受け入れるためには、相手の言い分をすべて聞き、その誘惑に耳を貸さず自分の意思を示してやらなければいけない。

傍から見てるには辛い時間だ。

『良い?卯月。

もう一つ教えてあげる。

「普通」って言葉の意味。

それはね…「不可でも可でもない」「中の中」。

つまり、どこにでもいられる反面、いたっていなくたっていい存在だってことなの』

「そんな!だってニュージェネレーションは私と未央ちゃんと凛ちゃんで!!」

「そうだよ!」


『凛ちゃんはクールで超然としてて、他の人にはない雰囲気が醸し出せる。

未央ちゃんはパッショングループの代表として立派にその場を盛り上げられてる。

二人はお互いを理解しあっていて、コンビネーションも抜群。

じゃあ、その間でニコニコ笑ってるだけの私にはなんの役割があるの?

和やか担当?それ私である必要ある?

そこそこ可愛くて、自然に笑える人だったら誰でもいいんじゃないの?』

「やめてよ…」

「卯月じゃなくていいなんて、そんなことあるわけないじゃない!」

「そうだよ!」

『それはあなた達の気持ちでしょ?

でも、この業界って、ぶっちゃけ演者の気持ちは関係ないっていうか、私が外されて違う人になったら、そのうち凛ちゃんも未央ちゃんも慣れて普通にやっていくと思うよ。

そう思ってたから、二人に捨てられないように必死に頑張ってたんだもんね?』

「やめて!!」


『認めた方がいいよ?

それに、ここ最近二人がなんか私に対してよそよそしかったのだって、うすうす気づいてたでしょ?』

「それは…それは…!」

「卯月ちがうのそれは!」

「そうだよ!私達、しまむーが危ないかもって…」

『ほら、二人はこうやって私を守ろうとしてくれてるよ?

しょうがないよね、だって私は二人に比べて』

「言わないでぇっ!」

『無力で、弱くて、「普通」なんだもんね』

「いや…ちがうの…ちがう…」

「しまむーしっかりしてぇっ!」

「それいじょう卯月ちゃんをいじめるとゆるさんにぃ!」


『いじめるも何も私はホントの事しか言ってないよ?

私は、なんの特徴もない「普通」の女の子。

どんなステージに立てたって、一緒に立つ子の引き立て役が精々。

だってしょうがないよ「普通」なんだもんね?

「普通」の私?』

影の言葉に卯月は崩れ落ち、泣きじゃくる。

本性を現しつつある卯月の影は、かなり陰険だ。
大体卯月はそんなに「しょうがない」とか言わないぜ。

アタシは黙って武器を構える。

「どうするのかみやん」

「もういい、卯月は頑張った。

ウサの時もそうだったけど、今後またこういうことがあった時には、アタシが黙ってそいつのケツ持ってやる。

今まではなるべく暴走させないようにってやってきたけど…これからは好きに吐き出させてやるさ」


「奈緒…『ケツを持つ』って相変わらず言葉が悪いよ」

「う、うるせーな、今はそういう状況じゃないだろ!」

「それにもう一個間違い」

何だ?

「『アタシが』じゃなくて」

「『アタシらが』でしょ?かみやん!」

未央の言葉で全員一斉に武器を構える。

「もー、奈緒ちゃん決めるのもちょっと早くてもよかったにぃ!」

「ナナも散々みなさんに助けられてきましたからね!こうなったらバンバン救っちゃいますよぉっ!」

「それに巻き込まれる杏の身にもなってほしいね…ま、やるけど」

「そういうことだ卯月!」

アタシはうずくまる卯月に声をかける。


「辛いのも苦しいのも、全部アタシらが受け止めてやる!

認めたくないものを、そんなぐちゃぐちゃな頭で無理に受け入れることなんてねえ!

大っ嫌いな自分に、一発ケンカ売ってやれ!」

『あーあ、良かったね、私。

お優しい友達がいっぱいいて。

情けないね、悔しいね。

でも、そんな風に守ってもらえる自分大好きなんでしょ?

いつまでもいい子ぶってないでさぁ、認めたら?

私は、「普通」で何のとりえもないけど、そんな自分が可愛くて仕方ない自己中なんですって!』

「奈緒ちゃん…みんな…」







「お願い!私を助けて!!あんなの…私じゃない!!!」






『あははははは!がんばるよおおおおおおおおおおおお!!!!』



卯月の影が巨大化する。







『我は影…真なる我…』






その姿はまさしく太陽だ。
いつもの卯月そのものを表していると言ってもいい。


『本体が良い子ちゃんだと、拒絶させるのが手間だったよ!でも、これで私は自由!さ、手始めに皆殺し!比べる人がいなければ、もう私は「普通」じゃないよ!!』


「行くぞみんな!」

「「うん!」」

「はい!」

「「りょーかい!」」


―――何の変哲もない迷路、最奥

「ウサ!杏!卯月を頼んだ!」

「ウサ!」

「あいよー!」

いつもの如く倒れ伏した卯月を二人に任せて、アタシ達は敵に向き直る。

『「北風と太陽」のお話は知ってる?』

言いながら卯月の影が輝きを放つ。

『「追剥の太陽」だよ!』

アタシ達全員に向けて炎の波が襲い掛かる!

「ぐっ!」

「くっ…」

「にぃぃっ!」

「きゃああああ!」

「こんなのっ!」


未央には全く効いていないようだ。
反対に菜々さんはでかいダメージを受けている。

わかりやすい、太陽だから火炎属性か!

「大丈夫か菜々さん!」

「…っ、メディラマ!」

即座の菜々さんの回復呪文によって、アタシ達の傷は癒える。

「気を付けて!みんなの防御力がガクッと下がってる!」

くそ、火炎の呪文ってだけじゃない特殊攻撃ってわけかよ!

「それならこうです!マハラクカジャ!」

続けて菜々さんが防御の呪文を唱える。

「ナイス菜々さん。これで防御力はトントンだね」

『そううまく行くと思いますかー?』

こちらの対策に対していち早く反応してくる影。

『甘いよ、デカジャ』

卯月の影が呪文を唱えると、菜々さんの張った防御呪文が一発でかき消された。


「そんな!」

『補助の呪文て便利だよね!だけど、そうやすやすとは使わせてあげないよ!』

相手の補助を打ち消す呪文なんてのもあるのかよ!

「それならこうするまでです!ブフーラ!」

菜々さんも負けじと氷の呪文を放つ。
相手の得意属性は火炎、効くかと思われたが…。

『いたた…でも、反対属性が絶対有効なんてべつに決まってませんよ、菜々さん!』

「アイツの言うとおりだよ。アイツに火炎属性の攻撃はしちゃダメ。未央みたいに回復しちゃう。それと、これといった弱点属性はない」

「じゃあどう攻めればいいの?」

「魔法に対する防御力も高いけど、物理は比較的よく効くよ。ちょっと危険だけど、何とかひきつけて直接叩くしかないねー」

「直接か…補助が使えないのが痛いな」


「でもっ、かけ続けてたらみんなのせーしんりょくが持たないにぃ!叩くのはきらりに任せて!」

きらりが頼もしくうなずく。
そうだな、アタシには仲間がいるんだ。

一人では無理でも、必ずなんとかなるさ!

「みんな!交代で一つずつ補助の呪文を唱えてくれ!」

「え!?でもそれは消されちゃうんじゃ…」

「だからだ!アイツが解除してくる隙を狙って直接攻撃をぶち当ててくぞ!もしそれで解除されなくても、それならそれでこちらの戦力はプラスになる!」

「なるほど、それで精神力温存てことでひとつずつなんだね」

「奈緒ちゃんさすがです!」

『えー、そんなに大きな声で作戦なんか言っちゃって、卯月舐められてません?』

アタシらの一歩も引かない姿勢が気に食わないらしく、卯月の影がブルブルと震えている。
また何か来るな…。

「みんな防御しろ!」

『マハラギダイン!!』


灼熱の炎の波が、アタシ達を包み込む。
コレは防御しないと危なかったな。

「こっちの番だよっ!マハタルカジャ!」

『デカジャ!』

「隙アリだにぃ!」

卯月の影が無防備に呪文を唱えた瞬間を狙って、パワーをチャージしたきらりが突っ込む。

「にょわああああ!!」

『うあああああ!』

効いてるぞ!

「この調子で行け!」

こんな感じで、一人ずつ順番に補助呪文を唱えてはかき消され、その隙を誰かが突く、という戦法を繰り返した。
一度、最初に突っ走りすぎた菜々さんのスタミナが切れかけたけど、鳴上さんたちに教えてもらった『チューインソウル』というお菓子のおかげで何とか乗り切った。

『くぅぅぅ…』

「頑張れ!だいぶ相手は消耗してきてるぞ!」


『くっそぉ…私は負けられない…まだまだ…頑張りますよおおおおおおおおお!』

卯月の影が気合を入れると、意識を集中しだした。

「みんな!それ防御しないとマズイ!魔力がめちゃめちゃ高まってる!」

「守れえ!!」

『「追剥の太陽」!!!!』

最初の時の倍以上の衝撃が、アタシらを襲う。

「みんな大丈夫!?」

未央は火炎属性が効かないので平気だけど、アタシらは防御していたのに酷いありさまだ。
特に菜々さんがヤバイ。

「未央、アタシらはなんとか動ける…それよりも菜々さんを助けてくれ…あの人の回復は生命線だ」

アタシや凛も回復呪文自体は使える。
けど、菜々さんのそれとは速度も効果も天と地ほどの差がある。

「うん!」

傷薬を片手に遠く吹き飛ばされた菜々さんの元へ駈け出す未央。


『ふぅ…手間をかけさせてくれるね!でも、これでとりあえず厄介な菜々さんは無力化できたし、手始めに…』

卯月の影はそういいながら、近くで片膝をついて息を荒くしている凛に近付いた。

『もう一人ぐらい倒しておかないと…ねえ!!!』

卯月の影が力を溜めて、少し後ろに下がって勢いをつける。
ヤバイ、そのまま凛を押しつぶす気だ!

「逃げろ凛!」

「…くっ」

何とか立ち上がろうとする凛だけど、ダメージが足に来ていて立ち上がれない!
このままじゃ回復呪文も間に合わないし、アタシからの距離も遠い。

未央には先にこっちへ行かせるべきだったか…!

「しぶりん!」

凛の様子に気づいた未央が、傷薬を菜々さんののどに流し込むと全速力でこちらへ駈け出す。
けど…遠い!

『バイバイ、凛ちゃああん!!』

「にょわあああああ!きらりん☆ぱわーぜんかあああい!!」


卯月の影が凛に向かって突っ込もうとした瞬間、滑り込んだのはきらりだった。
アタシよりも凛に近いところにいたきらりは、傷ついた体に鞭打って卯月の影の正面に立ちはだかる。

「ダメ、きらり…!」

いくらアイツの体が頑丈でも、ダメージを喰らった上に防御力を下げられてる状態じゃ無事に済むわけがない。

きらりが吹き飛ばされるのを覚悟し、思わず目をつぶったアタシだが、最初に耳に聞こえてきたのは予想を大きく外れる音だった。






キィィィン!!





『あああああああああああああああああああああああああああ!!』

な、なんだ今の音!?

恐る恐る目を開くと、何故か突っ込んできたはずの卯月の影が吹き飛ばされてのた打ち回っているのが見える。
その手前には凛ときらり。

凛は相変わらず片膝状態だし、きらりは仁王立ちだけど…。

きらりの背後、凛との間には見慣れないものが立っていた。
いや、この場合座っていた、になるのか?

巨大な馬に乗った三面の剣士がきらりの背後にいた。

「お、おぉー!あなたはきらりの新しいペルソナちゃんかにぃ?」

きらりの問いかけにうなずく三面剣士。

「お名前は…うん、りょーかいだにぃ!」

なんだかわからないけど、心の交流があったんだろう。







「よろしくねっ☆トリグラフ…トリちゃん!」






その名前はどうなんだろう。

「でも、今のは何だったんだ?」

「…きらりのペルソナって、呪文苦手だけど物理攻撃強いじゃん?あれ、敵の物理攻撃を時々撥ねかえせるみたいなんだよね」

「物理攻撃を…反射?」

「まぁ、本人は狙ってやったわけじゃないだろうけどね。絶対返せるわけじゃないし。…まったく、あんな無茶して…」

杏にしては珍しく、きらりがずいぶん心配だったらしい。
もっと素直になればいいのに…って誰だ今笑った奴。

「メディラマ!」

どうにかある程度回復したらしい菜々さんが、遅ればせながら回復呪文を唱える。

「ごめんなさい!私肝心な時に動けなくて…」

「大丈夫、きらりが守ってくれたから」

「にへへ」

「さぁて、どうやら自分の攻撃がいたく痛かったらしくってのた打ち回ってるアイツに、そろそろとどめを刺した方がいいんじゃない?」

「だな」


アタシ達は改めて武器を構える。

「みんな!きらりん☆ぱわー全開でおにゃーしゃー!!」

きらりの掛け声で、アタシらは卯月の影に飛びかかった。


―――何の変哲もない迷路、最奥

『もう…頑張れま…せん…』

卯月の影がしぼんでいく。
今までの敵に比べたらそうでもなかったけど、やっぱりコイツもなかなかの強敵だった。

「卯月!」

みんなで卯月に駆け寄る。

「あ、ええと、えへへ…みんな、ごめんなさい」

「いいんだよいいんだよそんなこと!それより体は平気?」

「うん、大丈夫。それよりも、多分、やらなきゃいけないことがあるんだよね?」

そういいながら卯月は立ち上がって自分の影に歩み寄る。

「えっと…ごめんなさい!」

何を思ったのか卯月は自分の影に頭を下げた。


「私、確かに『普通』ってなんだろうとか悩んでて、でもどうしても答えでなくて…。

確かに凛ちゃんにも未央ちゃんにもおいていかれてる気がして焦ってて。

なんども『私でいいのかな』って思っちゃったりもした」

凛と未央は黙って聞いている。

「それで、どうしたらいいのかわからないけどとりあえず頑張らなきゃって…。

でも、いつのまにか頑張ることが目標になってて、その他の見たくないところから目を背けてたんだよね…。

こういうの、本末転倒っていうんだよね!」

卯月は明るく笑いながら自分の影の手を取る。

「ね、影さん!

あなたさっき『「普通」っていうのはいたっていなくたっていいってことだ』って言ってたけど…それは違うんだよ?

『普通』っていうのは、誰からも受け入れられて、誰とでも仲良くできるって『才能』なんだ。

さっきは焦っちゃってきちんと言葉を返してあげられなかったけど…これはプロデューサーさんが私に教えてくれた大切なこと。

わかってたつもりなんだけど、島村卯月、まだまだみたいです!」







「だから、一緒に頑張ろう!私!」






卯月の言葉に影がうなずく。
卯月が青い光に包まれて影が消え、頭上に青いカードが現れた。


卯月の言葉に影がうなずく。
卯月が青い光に包まれて影が消え、頭上に青いカードが現れた。







>卯月は自分の心と向き合い、困難な事態に立ち向かう心の力、ペルソナを手に入れた!






「えへへ…」

「卯月!」

影との対話を終えてへたり込む卯月。

「みなさん、お騒がせしました…!」

「うん、疲れてるみたいだけどケガはしてないね」

「えっとさ、凛ちゃん。ここはどこなの?」

「簡単に言うとテレビの中だよ」

「そっかぁ…信じられなかったけど、やっぱりそうなんだ」

やっぱり?
卯月は攫われた時のことをちゃんと覚えてるんだろうか。

「卯月、詳しい話が聞きたいんだ。とりあえずさっさとここを出よう」

「あ…えと、うん…」

少し顔を曇らせる卯月に違和感を覚えながらも、アタシ達は現実世界へと帰還することにした。


―――現実世界、CGプロ事務所、第4会議室

「ふぅ…つかれたー」

無事帰還したアタシ達は、疲れている卯月には申し訳ないけど少し話を聞くことにした。
今回の卯月は、もともとそこまで心の闇が深くなかったのと救出が迅速だったおかげか凛や杏ほど憔悴してはいない。

「なぁ卯月、疲れてるとこ悪いんだけどさ、ちょっと聞かせてくれ。お前、自分がテレビの中の世界に落とされた時の事覚えてるか?」

「…うん」

「実は私達、今までに何度かしまむーみたいにテレビの中に落とされちゃった人を助けてるんだ」

「私や杏がそう」

「凛ちゃんと杏ちゃんも…?」

「難しい話はきちんと休んでからでいいんだけど、今回のお前の誘拐に関してはどうしても気になることがいくつかあるんだ。だから、落とされた時の状況についてわかることがあれば教えて欲しい」

「あ…その、えっと…」


アタシの言葉に、卯月が歯切れの悪い言葉を返す。
まるで、知っていることはあるが言いたくはない、言っちゃいけない。そんな感じだ。

「お願い、卯月」

「頼むよ、このままだと今度は加蓮が危ないかもしれないんだ!」

「…!」

加蓮の名前を聞いて、卯月の顔色が変わる。
アタシの中に何か嫌な予感が駆け巡った。

「…加蓮ちゃんなんだ…」

「…なんだって?」

「だから…私をテレビに落としたの…」

卯月の唇が、とんでもない言葉を紡ぎだす。







「私をテレビの中に落としたの…加蓮ちゃんなんだよ…!」






※作者でございます。

はい、これにて九話終了です。
ついにブッ込んできましたね、展開を。

ちなみに、九話冒頭でのコミュイベント『塔』白菊ほたるですが、
何を隠そう彼女のアルカナがパーティメンバー以外で最初に浮かびました。

でも、ほたるには幸せになってもらいたいですね、私はCoPですけど。

実は、この時点でコミュの発生するアルカナは残すところあと一つとなりました。

あら、もうそんなに。

ということでストーリーはようやく半分、のんびりやっていきますので、お暇な時間にお付き合いください。

ではでは。


作者です。
出先ですが>126の書き込みを見て慌てて確認しました。

奈緒に来ましたね、ついに。
感動で打ち震えてます。

ありがとうございます。ありがとうございます。

頑張ります。


感動のあまりサゲ忘れました。
申し訳ない…。

>124

私はアニメ見てませんが、大まかな流れはちゃんと同じなようです。

>125

そうらしいですよね。
そこは書きはじめる時に多少悩みました。

結局戦ってます、みんな。



とにもかくにも奈緒ちんおめでとう!!


個人的には奈緒はすこし低めのイメージ。
モバマス、というか最近は声高いのが流行らしいけど、
けいおんの澪くらいのトーンじゃないかと勝手に思う次第であります。

おかげでやる気が出ました。

>134

んあー!!痛恨のミス!!
ご指摘ありがとうございます!

まさかの表記ミス、ペルソナ的に言えばままゆのアルカナは『恋愛』です。

なぜ『恋人』になってたのか…。


作者でございます。

感動の神谷奈緒CD発売決定から早数日。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

それでは、第十話の投下開始と参ります。


―――CGプロ事務所、第4会議室

「…ウソだろ?信じられないようなことが起こったから混乱してるだけなんだよな!?」

アタシの問いかけに卯月は答えない。

「なぁ卯月…そうなんだろ?そうだって言ってくれよ」

「…奈緒」

卯月のトンデモ発言を聞いて取り乱しそうになるアタシを、凛がそっと宥める。
けど、これが落ち着いていられるかってんだよ!

だって…だって…。

「ホントにかれりんが…しまむーを落としたの?」

加蓮が今までの事件の犯人だったってのか!?

「私にも何が何だかわからないんだけど…」

「大丈夫ですよ、卯月ちゃん。落ち着いてテレビの中に落とされた時のことを思い出してください」

「うん…あれは…」


卯月の話によると、昨日、アタシ達が加蓮がいなくなったという話を聞いた頃のことらしい。

「午前中のニュージェネレーションのお仕事が終わって、帰ってる最中に加蓮ちゃんからメールが来たんだ…」

『こないだはゴメン。ちゃんと会って話がしたいから今からレッスンスタジオで会えない?』

「もう家に帰るだけだったし、加蓮ちゃんとは仲直りしたかったから『わかった!』って返信して、レッスンスタジオに向かったの」

レッスンスタジオの前に加蓮は立ってて、卯月に気付いた加蓮は黙ってスタジオへ入って行ったという。
「一緒に来い」ということだと思った卯月がスタジオに入ると、少し雰囲気のちがう加蓮が、卯月の方を向くこともなく突っ立ってたらしい。

「雰囲気が違った?」

「うん…なんていうか生気がないっていうか…怒ってる感じでも仲直りしたそうな感じでもなくて…うん、こんなこといっちゃいけないんだけど…不気味だった」

とはいえ呼び出したのは加蓮。
卯月は用件を聞きだそうと近づいた。
その時。

「急に腕を取られて『ねぇ、アンタはなんでそうやってニコニコしてられんの?』って…」


『ねぇ、アンタはなんでそうやってニコニコしてられんの?』

『「いつでも元気いっぱい!島村卯月、頑張ります!」って?ウザいんだよね』

『そうやって媚び売って他人のPさんに近付いたりしてさ…』

『なに?ガキみたいに元気いっぱいなのがそんなに偉いワケ?』

加蓮に言われたことを思い出した卯月は体を震わせて嗚咽を漏らす。

「私は…っ、そんな、媚び売ったりしてるわけじゃ…!加蓮ちゃんのことだってホントに心配で…っ」

「大丈夫、大丈夫だ卯月、アタシ達はちゃんとわかってるから。辛いこと思い出させてゴメン。けど、もう少し頑張ってくれ」

「うん…そのまま思いっきり引っ張られて、あの振付とかのDVD流すテレビの方に突き飛ばされて…」

テレビを台ごとひっくり返してしまう!と焦った卯月だったが、予想していた衝撃は訪れず、自分の体が半分テレビに突っ込んでいることに気付いた。

「もう何が何だかわからなくて…必死にでようともがいてたら後ろから『バイバイ』って聞こえてきて…」

足と腰を掴まれて、そのままテレビの中に押し込まれた。
それで気づくと…。


「あの世界に居た、ってことか」

「うん…どうしていいかわからなくてあちこち歩いてたらあの広場に出て、途方に暮れてるところに奈緒ちゃんたちが来たんだ」

卯月は思い出したように体を震わす。

「ねぇ、凛ちゃん、加蓮ちゃんはなんであんなことしたのかな?奈緒ちゃん、向こうの世界って一体なんだったの?」

「私達も、確かなことはぜんぜんわからないんだ。だけど、ますますほっとけない状況になってるみたいだね」

「とにかく、卯月ちゃんは一度おうちに帰ってゆっくり休んだ方がいいにぃ」

きらりの言うとおりだ。
いくら今回は比較的あっさり救出できたとはいえ、向こうの世界に行っていたことには変わりない。

卯月を落としたのが加蓮と聞いて焦りはあるけど、ここで卯月に無理をさせるのも違うと思う。
今は卯月を休ませて、加蓮が何をしているのか探るべきだ。

「卯月、アタシ達がどんなことをやってるかについてはお前が元気になったら話す。そして、おそらく協力を頼むことになると思う」


「あの世界に居た、ってことか」

「うん…どうしていいかわからなくてあちこち歩いてたらあの広場に出て、途方に暮れてるところに奈緒ちゃんたちが来たんだ」

卯月は思い出したように体を震わす。

「ねぇ、凛ちゃん、加蓮ちゃんはなんであんなことしたのかな?奈緒ちゃん、向こうの世界って一体なんだったの?」

「私達も、確かなことはぜんぜんわからないんだ。だけど、ますますほっとけない状況になってるみたいだね」

「とにかく、卯月ちゃんは一度おうちに帰ってゆっくり休んだ方がいいにぃ」

きらりの言うとおりだ。
いくら今回は比較的あっさり救出できたとはいえ、向こうの世界に行っていたことには変わりない。

卯月を落としたのが加蓮と聞いて焦りはあるけど、ここで卯月に無理をさせるのも違うと思う。
今は卯月を休ませて、加蓮が何をしているのか探るべきだ。

「卯月、アタシ達がどんなことをやってるかについてはお前が元気になったら話す。そして、おそらく協力を頼むことになると思う」


「…うん、私も自分に何が起きたのか知りたいもん。加蓮ちゃんのことも心配だし、必ずだよ?」

「それじゃ、なんだか疲れちゃったし、島村卯月、帰ります!」そう言って、卯月は事務所を出て行った。
残ったアタシ達は今後のことについて話し合う。

まずは加蓮と連絡を取って、それから…。

「ダメ、加蓮電話に出ない」

いち早く加蓮に電話をかけた凛が、ケータイを切って首を振る。

「家電はどうだ?」

「そうだね」

続いて家の電話にコールする凛。
今度はお母さんか誰かが出たらしく、挨拶をした後に加蓮の動向を尋ねてみる。

「…はい、加蓮は今…あ、家にいないんですか…!?あぁ、いえ、ちょっと気になったもので…はい、ありがとうございます。失礼しました」

「どうですかっ?」

「ダメだね、加蓮は家にいないよ。加蓮のお母さんはフラッと散歩にいったくらいの感じで話してたけど、卯月を落としたのが加蓮だったのならこのまま姿をくらませてしまうかもしれない」


「それはおおいにあるねー。犯人ならこっちの動向も把握してるだろうし、わざわざ問い詰められるのをのんびり待つ意味もないもんね」

「そうか…くそっ、どうすれば…!」

「焦っても仕方ないよ奈緒。今できることがなにもないなら、卯月の回復を待ってもう一度状況を整理してみよう?」

「凛ちゃんの言うとおりです!焦りは禁物ですよ!」

凛と菜々さんの言うことは正しい。
それに、凛もアタシと同じ加蓮のユニットメンバーだ。辛いのは同じだよな…。

リーダーが狼狽えてちゃしょうがねー。

「卯月を落としたのは加蓮。卯月はくだらない嘘を吐くやつじゃないし、多分これは正しいんだと思う。だったら、アタシ達は加蓮がなぜそんなことをしたのか問い詰めて、アイツの悩みを受け止めてやるしかない。みんな、気を引き締めていこうぜ!」

「うん」

「おうよ!」

「はいだにぃ!」

「りょーかいです!」

「はいよー」


―――翌日、CGプロ事務所、第4会議室

「おかげさまで元気になりました!島村卯月、復活です!」

卯月救出から明けて今日。
早速アタシ達は再結集していた。

今までなら少し時間を空けても良かったけど、加蓮は姿をくらませちまったみたいだし、今日集まっておかないと仕事の関係でまた数日空いちまうからな。

「よし、じゃあ卯月への説明も兼ねて、一旦状況の整理といこう」

「お願いします!」

アタシ達は、一連の事件を考え直すために、卯月への説明も兼ねて一から振り返っていった。
こう思い返してみると、結構いろんなことやってたんだな。

アタシがテレビに入る力に目覚めて、未央と二人でテレビに落ちて、シャドウが出てきて…。

「はぁ、奈緒ちゃんたちそんなことやってたんだね…」

卯月はアタシ達の今までやってきたことについて聞いてため息を吐いている。
驚きと感嘆といった様子だ。

まぁそりゃそうだろう。
普通に考えたら眉唾物だしな。


「でも、こうやって改めて考え直してみるとさ、今回のはそれとしても今までのも全部かれりんがやってたってことになるのかなぁ?」

「それは…どうだろう」

「ちょっと考えづらいよな」

加蓮とアタシと凛はユニットメンバーだ。
そして、アイツの様子がおかしくなったのは最近の事。

仮に今までの犯人が加蓮だったとして、自分が手を下した対象とずっと一緒にいて平然としてられるだろうか。

「私をテレビに引きずり込んだ手も、加蓮のとは違ったと思うな。きれいな手だったけど、ネイルとかしてなかったし」

「そーか。確かにアイツの趣味はネイルだもんな」

「わからないよ、協力者がいるのかもしれないじゃないか」

「だけど、それなら余計に今回だけ卯月を自分で落とした理由がわからないよ」

今までは雲をつかむようだった犯人像が、急に加蓮に変わってしまったせいで頭がこんがらがる。

卯月をテレビの中に落とした加蓮。
アイツは一体なぜそんなことをしたんだ?


それに、マヨナカテレビの噂についてアタシに教えてきたのはアイツだ。
アイツもアタシと同じようにテレビの中の世界に気づいたのなら、なんでアタシにそのことを言わなかったんだろうか。

「考えてもわからないことだらけだ」

「やっぱりかれりんを探して直接話を聞いた方が良いよ!」

「それしかないね」

加蓮は昨日から姿をくらましている。
おそらく、アタシ達が卯月を助け出したころと同じくらいの頃に家を出たんだろう。

昨日の午後、凛が電話をした時点では心配していなかった家の人も、夜になってからは加蓮と近しい人に片っ端から電話をかけてアイツの行方を捜している。

アタシの所にも連絡は来た。
加蓮Pさんも大弱りだ。

卯月の事があった以上、ただの家出な訳がない。
となると加蓮の逃げ場所は…。

「やっぱり、テレビの中に行っちゃったのかな…」

「そう考えるのが自然だよな」

「じゃあさっさと追いかけて話を聞けば良いんじゃない?きらりー」


「はーい」

杏の言葉を受けて、きらりが杏を抱え上げる。
なるほど、ここで考えてるよりかは数倍マシだな。

「とりあえず向こうに行ってみよう」


―――テレビの中、入り口広場

「うわー!改めて来るとやっぱりすごいね!」

昨日ここを出る時にはあんまり周りを見ている余裕のなかった卯月が感嘆の声を上げる。

「シショー!」

「おう、ウサ。また来たぜ」

「ここのところは頻繁ウサね!ウサはみんなにあえて嬉しい限りウサよー!」

かわいいやつめ。

「ほんじゃ、ちょっくらサーチと行きますかー。ぺるそなー」

アタシらのやり取りを横目で見ながら、杏がいつものごとくサーチを始める。
コイツのお陰で最近はずいぶんと捜査が楽になった。

しかし。

「あり?」

「どうした?」

「うーん…確かに誰かいるよ。それは間違いない。けどさ、方角も距離も全然わかんない」

「えー!?なんでー?」


「なんて言ったら良いんだろうね…対象が見つけて欲しくないからなんとかして隠れてるって感じ?この世界じゃないけど、まさに霧に包まれてるね、ぼんやりしちゃう」

「何とかならないの?」

「多分、今の杏の力だけじゃ無理。今だって相当気合い入れて探ってるけど、一向に気配が強くなったりしそうにないもん」

なんてこった。
杏に探せないんじゃ、アタシ達の誰も探知は出来ない。

打つ手はないのか…?

「奈緒さ、確かりせちーと連絡取ってたよね?」

「ん?あぁ」

「確か応援よこしてくれるんだっけ?」

「あぁ、卯月がこっちに引っ張り込まれたときにそんなこと言ってたな。一応助けてすぐにメールしたんだけど、ここを調べるいい機会だから、とりあえず何人かこっちに来てくれるらしい」

「だったらそれを待った方が良いねー。このままここでこうしていても疲れるだけだもん」

「そうか…」


思わぬところで躓いたもんだ。
だけど、りせちーたちがこっちへ来ようとしていたのは不幸中の幸いか。

「りせちーたちはいつこっち来るのっ?」

「まだわからない。とりあえず出て連絡してみよう」


―――現実世界、事務所からの帰り道

りせちーたちにいつ頃こちらへこられそうかと尋ねるメールを出し、今日の所はこれで解散することになった。

「奈緒ちゃん!」

「どうした?」

二、三人ほどの塊で駅まで歩く道すがら、卯月が話しかけてきた。

「えへへっ、改めてお礼をと思いまして!」

「あぁ、なんだそんなことか。卯月は律儀だな」

「なんかいきなり色々ありすぎたせいでちゃんとお礼言えてなかったような気がして!」

ニコニコ笑顔のまま「ありがとうございました!」と丁寧に頭を下げる卯月。
良い子だよなぁ、親御さんの教育のたまものかなぁ。

「あのままあそこにいたら、私死んじゃうところだったんだもんね…やっぱり感謝してもしたりないよ」

「まぁそうかもしれないけどさ、ホントに気にしなくていいんだぜ、アタシらの事は。だって、卯月だって事務所の仲間がおんなじような目にあってたら助けに行くだろ?」


「もちろん!だけど、奈緒ちゃんたちのお陰で私が助かったのは事実なわけだし、やっぱり感謝感謝ですよ!」

すがすがしいまでに良い子だ。
卯月のファンは若い男に限らず年齢層が幅広いと聞くけど、その理由がわかるな。

家族でも友達でも恋人でも、こんな明るく素直な子がいたら嬉しいだろうさ。

「あぁ、でも、あの私の…影?あれを見られちゃったのは恥ずかしいな」

「それはまぁ…でもほかのみんなも見られてるわけだしさ」

「でもでも、奈緒ちゃんはそういうのなかったんでしょ?未央ちゃんから聞いたよ?」

「あぁ、そういえば」

なんでなんだっけ。
鳴上さん曰く「どこかで黒幕から力を与えられた可能性がある」って話だけど、全く持って身に覚えがない。

「それでなくても私はみんなのを見てないわけだし、ちょっと不公平ですよ!不公平!」

「それは春香さんの御用達じゃないのか」

「あー!奈緒ちゃんごまかした!」

わざとか天然か知らないけど、ツッコミのアタシにネタを挟むのが悪い。

「もう!…けど、あんな見られたくないところまで見られちゃったんだから、皆とはもっと仲良くなれたんじゃないかなって思うんだ」


それはあるかもしれない。
ここにいるメンバーは、良いところも悪いところも、自分の中の暗い気持ちも共有している。

だから、単なる友達っていうより『仲間』って感じかな。

「だから、改めてこれからも島村卯月をよろしくお願いしまーす!」







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”太陽”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>島村卯月『太陽』と、改めて絆を深めた!






「さて、じゃあ次は杏ちゃんたちにお礼を言ってきます!えっと…きゃあ!」

後ろを歩くあんきらの方へ駆け寄ろうと勢いよく振り向いた瞬間にずっこける卯月。

ドジっ子属性は菜々さんだけでいいと思うんだけどな…。


―――夜、神谷宅、奈緒の部屋

風呂から上がるとりせちーから返信が来ていた。
どうやら次の土日辺りに何人か駆けつけてくれるらしい。

日曜なら午後には全員自由になること、外に出る仕事が多いので事務所も人が少なくなることを連絡し、加蓮捜索の決行日が決まった。

作戦日まではまだ数日ある。
土曜日まで雨も降らないし、十分に備えよう。


―――数日後、土曜日、神谷宅、奈緒の部屋

あっという間に作戦決行日の前日になってしまった。
明日の作戦決行にあたり、りせちーたちと落ち合う場所と事務所へ侵入する手はずを確認したアタシは、窓の外を眺める。


雨だ。


ということは、マヨナカテレビが映る。
ここ数日、事務所は大騒ぎだった。

理由はもちろん加蓮の失踪。
今までのようにまだ大事にはなってないけど、これ以上消息不明が長引くようなら警察へ届けることになる。

もちろん、早苗さんの伝手でとっくの昔に捜索自体は進められてるけど、事を公にしないままでの捜査はそろそろ限界らしい。

明日のテレビ内世界探索で加蓮を見つけて捕まえられなきゃ、アイツのアイドル生命が危ないのはもちろんだし、事務所自体にも問題が飛び火しかねない。

加蓮がテレビの中に逃げ込んだというアタシたちの推測が正しいかどうかは、この後のマヨナカテレビでわかる。



…ヴン…キュゥーンヒュイピュゥーン…



いつもの唸りを上げて、消えていたはずのテレビが光りだす。

とても鮮明だ…そして。
予想通り、映し出されたのは加蓮。

だけど、すこし様子がおかしい。


『…はぁ、みんななんであんなに能天気にへらへら笑ってられるんだろ。

もうやだ、めんどくさい…誰か私を助けてよ…』

これまでマヨナカテレビが鮮明に映った時は、痛々しいキャラ付けと派手派手しいテロップ、そして突き抜けたテンションで馬鹿馬鹿しいバラエティ番組みたいな感じだったけど…今回のこれはまるでそれとは違う。

どっちかというと落ち込んでる時の加蓮そのものだ。
ぼそぼそつぶやく加蓮の背後には、さびれた病院の様な建物が建っている。

『最初からアイドルとかさ…無理だったんだって…。

しんどい…誰か助けて…そばにいて…私を見捨てないで…』

加蓮のつぶやきが小さくなるにつれて、マヨナカテレビは消えた。
消える間際、音声には乗ってなかったけど、加蓮の唇が『Pさん…』と動いたのをアタシは見たような気がした。

ヴー!ヴー!

すぐさま未央から電話が来る。

『もしもしかみやん!今の見たよね!』

未央と、いつものマヨナカテレビと雰囲気が違ったことを確認し合い、電話を切った。

もしかしたら、アタシ達の冒険はかなり重大な局面を迎えているのかもしれない。
そんな予感に寒気を覚えながら、アタシは布団に入った。


―――翌日、事務所最寄駅

午前中のそれぞれの用事を終わらせ、アタシと未央と菜々さんは事務所の最寄りの駅に来ていた。

りせちーたちとはここの改札で待ち合わせをしている。
残りのメンバーは事務所に残り、りせちーたちを招き入れるタイミングを計ってくれている。

一応部外者だからな、りせちーに至っては業界のライバルになるし。

こういうときだけは、ウチがまだまだ新興の事務所であることに感謝したくなる。
これで業界大手の巨大事務所とかだったらセキュリティが厳しくてどうしようもなかったろう。

「あ、あれじゃない?おーい!!」

改札のむこう、ホームにつながるエスカレーターから上がってきた人影に対して未央がでかい声で元気よく手を振る。

「ちょ、ちょっと未央ちゃん!目立つとまずいですって!」

慌てて菜々さんが小声で止めに入る。

「あはは…ごめんごめん」

「ごめーん、待った?」

「いや、全然」


「三人一緒に来たんですか?」

「えぇ、丁度乗り換えに使う駅が一緒だったもので、時間をあわせたんです」

「オレは別にんなまどろっこしいことしなくてもいいんじゃねーかと思ったんだけどよ」

りせちーに白鐘さんに巽さん。
今回の捜査に協力してくれる三人だ。

「あらぁ、完二ぃ、そんなにこのわたしが邪魔だったぁ?直斗くんと二人きりが良かったぁ?」

「んなっ!そういうこと言ってんじゃねえだろがっ!」

「ちょ、ちょっと二人とも!そのくらいにしてください!笑われてますよ!」

そりゃ笑いもするさ。
だけど、アタシらはまだしもこれ以上りせちーが目立つと面倒なことになるよな。

「ま、待ってほしいクマー!」

あぁ、目立つと良くないって言ってんのにまたうるさいのが…。


「クマを置いていくなんてひどいクマ!」

「クマ!お前なんで…」

「ジュネスのバイトが抜けられないんじゃ…」

「ヨースケを口説き拝み倒してきたクマ」

花村さんも気の毒に。

「と、とりあえず行こうぜ」


―――事務所近くの喫茶店、『シャガール』

最寄駅を出たアタシ達は、事務所のすぐそばの喫茶店に入っていた。
独特の味わいが自慢という店だけど、さすがに五千円もするオリジナルブレンドを頼む人は居ないんじゃないだろうか。

つかチェーン店なのに変わった経営してるんだな。

それはともかく、事務所から人がいなくなったら凛から連絡が来る手はずになっている。
それまではここで時間つぶし兼情報交換だ。

「これまでの経緯は久慈川さんから聞いていますが、改めて島村さんの件から聞かせてもらえますか」

「あぁ。最初は北条加蓮て奴が危ないんじゃないかって思ったんだけど…」

はっきり映らないマヨナカテレビと人によって見えていたものの違っていたこと。
そして、加蓮に落とされた卯月といつもと雰囲気の違う昨夜のマヨナカテレビのこと。

「マヨナカテレビに見えているものが違うというのは理解できます。現に、僕たちの時もそれぞれの見え方が微妙に異なっている節がありましたし。それよりも昨夜のマヨナカテレビの方ですが…」


「うん、私も見たけど、確かに加蓮て子の影が好き勝手やってる感じじゃなかった。アイツの…久保美津雄の時みたいだったよ」

「久保?久保ってみんなが追っかけてた事件の真似をしたっていうあの?」

「あぁ、オレは昨日のマヨナカテレビを見てねーからよくわかんねぇけど、久保の時と似てるってんなら想像はつくぜ。ったくあのヤロウ、ウゼーことぐちぐち抜かしやがって」

久保美津雄。
稲羽市連続殺人事件の犯人として名乗りを上げた高校生。

けど、実際には事件に乗じて目立ちたかっただけの哀れな模倣犯だったらしい。
そいつに殺されたという鳴上さんの学校の先生も気の毒だ。

「その久保の時みたいって?」

「そっか、その辺詳しく話して無かったよね」

久保は、警察に自首した後テレビの世界に行ってしまった。
まぁ自分で入ったわけじゃないらしいけど、その話はいま置いて置く。

テレビの中に入ってしまったと言う事は、マヨナカテレビに映ると言う事で、久保の影がテレビの中から『捕まえてみろ』と訴えかけてきたらしい。


「でも、なんていうかぼそぼそ喋ってるっていうか」

「こっちを挑発してるわりにはえらくちいせえ声でぐちぐち言いやがるもんだから、腹が立ったぜ、あれにはよ」

似てるな、加蓮のと。
加蓮は『捕まえてみろ』ってんじゃないけど『助けてくれ』って言ってた。

あそこへ来いって意味じゃ一緒だよな。

「久保の時と同じ、と考えると、北条さんも模倣犯である可能性がありますね」

「それはアタシも気になってたんだ」

卯月の時の犯人が加蓮だと聞いてからずっと抱いていた疑念を口に出す。

「えぇ、先ほど神谷さんから伺った北条さんの性格、そして島村さんの時だけターゲットと接触してコミュニケーションを取っている点。この二つをあわせて考えてみても、前二件の犯行とはずいぶん異なった印象を受けます」

「テメーの計画がうまくいかなかったから焦ってきたってこともあんじゃねーのか」

「それにしては時期もやりくちも中途半端すぎます。それに、自分の犯行を邪魔してきた神谷さんたちとはそれなりに友好に接しつつ、しかし一方で傍目にもわかるほどの焦りを浮かべていたという話を聞いてみると、どうにも渋谷さんや双葉さんをテレビへ引きずり込んだ不可思議で冷静な犯人というイメージから大きくかけ離れる気がします」

「そういえば、しぶりんも自分を引きずり込んだ手がかれりんのじゃなさそうだったって言ってたよね」


「やっぱり、真犯人は別にいるって考えた方が良さそうですねっ」

「そうなると、加蓮ちゃんがどうやって向こうの世界の事を知ったかが問題になるね」

全員「うーん」と唸ってしまう。
現状で考えられるのはこのくらいだし、やっぱり本人を直接問い詰めるしかないみたいだ。

凛からの連絡はまだか…!


ヴーヴー!


と、このいいタイミングでケータイが振動した。
凛からだ。

「ちひろさん休憩で外出。事務所はもぬけの空」今がチャンスだ!

「凛から連絡が来た。事務所の人払いができたらしい。行こう!」


―――CGプロ事務所、第4会議室

「へー、さっすが人数の多い事務所は違うねー。結構大きいじゃん、うちのがキレイだけど」

「あはは…お掃除しないとだね」

りせちーの言葉に卯月が苦笑する。

「あなたが島村さんですね。僕は白鐘直斗、探偵です」

「あ、はい!島村卯月です!よろしくお願いします!」

夏休みにあった時は完璧な男装だったのでアタシも間違えたけど、今日の白鐘さんは女性らしい格好だ。
卯月も戸惑うことなく挨拶を返す。

「おー、シショーたちの写真が貼ってあるクマ!ちょいちょいヨースケの持ってる雑誌で見かけてはいたけど、やっぱりシショーたちもアイドルなんですなー」

お前はどこまでマイペースなんだクマ。
てか、「やっぱりアイドルなんだ」ってどういう意味だオイ。

続いてりせちーと巽さんも卯月に自己紹介をして、顔合わせは終わり。

早速テレビの中へ入る。


―――テレビの中、入り口広場

「シショー!…っておや、新しい子たちがいっぱいいるウサね」

アタシ達の到着に気づいたウサが駆け寄ってきて目を丸くする。

「おぉ!もしかしてこの子がウサチャンかクマ?初めましてクマ!」

「おぉー!あなたがウワサのクマチャンウサね!お噂はかねがねウサ!」

キグルミ二体が楽しそうに腕を組んで回りだす。
クマは、事務所に来るまでは普通の人間の格好をしていたけど、テレビの中に入る前にクマ皮を出してキグルミスタイルに戻った。

妙に大きい荷物を抱えていたのはそういう事だったのか。

「うお、ホントにクマ公そっくりじゃねぇか…触ってもいいか?」

「ちょ、オニーサン危ないニオイを感じるウサ!ウサに触っていいのはぷりちーな女の子だけよ!」

「んだよ、んなとこまでクマ公と一緒なのかよ!ちょっとくらいモフらせろ!」

「やーめーるーウーサー!」

「ちょっと完二!遊んでる場合じゃないでしょ」

「いつも通りというかなんというか…それより、話には聞いていても、実際に目の当たりにするとやはり驚きますね」


「うん、私たちが綺麗にしたはずの世界と、同じものがあるなんてね…」

騒ぐウサと巽さんをよそに、りせちーと白鐘さんは少し感慨にふける様子だ。
けど、今はのんびり構えてる場合じゃない。

「杏、りせちー、早速頼む」

「オッケー」

「あーい」

杏とりせちーは並んで立ち、手をつなぐと意識を集中させて叫んだ。







「ペルソナー!」

「ぺるそな!」






りせちーの、頭が天体望遠鏡のようになっているペルソナ、コウゼオンと杏のヤツフサ。
二体のペルソナが現れ、サーチを開始する。

コウゼオンの周りを回る八つの惑星が、ヤツフサを取り巻く八つの球に置き換わり、激しく回転する。

「うわ、ここ広い。私たちが冒険してた世界の何倍も…」

「イザナミの言うとおり、この霧の世界は、現実世界のかなりの範囲とリンクしているみたいですね」

「かれりんはいる!?」

「多分…この気配、杏、コレそう?」

「それだね。いやー、さすがりせちーいると違うねー。あっという間に見つけちゃったよ」

「ううん、杏が加蓮ちゃんのだいたいの気配を絞ってくれたからだよ」

「りせちーがいれば見つけられる」という言葉通り、加蓮の居場所はあっさり判明したらしい。
この二人にかかれば、この世界で見つけられないものなんてないんじゃないか。

「場所わかったけど、どーする?」

「もちろん、行くしかないだろ」

絶対とっ捕まえて、なんでこんなことになってんのか吐かせてやる!


―――さびれた病院前

三十分ほども歩いただろうか。
この世界はイマイチ時間の感覚がつかみづらい。

視界に、大きな病院が見えてきた。
加蓮の映ったマヨナカテレビの背景に見えていたので間違いないだろう。

例によって砂時計が置いてあり、残り時間を示しているらしい。
『7 Days 7 Hours』卯月の時とあまり変わらないのは、ここに来るまでに数日かかっているからだろうか。

「ここだね」

「あぁ」

「あれが、前に言ってた砂時計ってヤツ?」

「そうですっ」

「僕たちの事件の時は、『数日続いた雨の後、霧の出る日』というのがリミットの条件でした。なぜ、今回は砂時計なんでしょう」

「犯人ちゃんが置いたのかにぃ?」

「まさか。何のために?親切にタイムリミットを教える意味なんてある?」

「クマもこの世界長いけど、これには妙な感じを受けるクマ。なんなのかはわからんクマけど」


「やめよーぜ、考えてもしょーがねえこと考えんのは。今はその北条って女助けんのが先だろ」

「そーそー、難しいことはあとあと!」

それもそうだ。

「行こう!」


―――さびれた病院、一階

―――ビーッ!ビーッ!ナースコール ガ ハイッテイマス―――

―――北条 加蓮 サンヘノ メンカイハ シャゼツサレテイマス―――

―――誰か…いないの…―――




妙にくぐもった合成音声のアナウンスの後に、うっすら加蓮の声が聞こえてきた。
今までに聞いた『心の声』とは雰囲気が違う。

「加蓮の声!」

「あぁ、けど、今まで様子が違う。気をつけろ!」

互いに注意を促しながら、階段を探して進む。


―――さびれた病院、二階


―――メンカイ キボウノ カタハ ウケツケ デ オモウシデノウエ オススミクダサイ―――

―――北条 加蓮 サンヘノ メンカイハ シャゼツサレテイマス―――

―――私を迎えに来て…Pさん…―――


アタシ達を拒絶する音声と、助けを求める加蓮の声。
ここが加蓮の心が生み出した世界だというなら、どちらが本当の加蓮の気持ちなんだろうか。

「敵シャドウ発見!襲ってくるよ!」

りせちーの鋭い声が飛ぶ。
ことごとく考え事の邪魔をしてくれるよ!

廊下の奥から、社交ダンスしている男女みたいなシャドウが数体こちらへ突っ込んでくる。

「ダンサー系です!」

「しゃらくせえ!」

巽さんが手に持った大振りの盾を振りかざして先頭に進み出る。







「行くぜぇ、ペルソナぁッ!」






巽さんの背後に現れたのは、立派な角と巨大な剣を持つ真っ白なペルソナ。
きらりのペルソナよりも更にでかい。







「タケジザイテン!木端微塵にしてやれぇ!!」






巽さんのペルソナ『タケジザイテン』の振るう大剣が、群がるシャドウをばったばったとなぎ倒す。

「ムッキー!カンジにばっかり良いカッコさせてちゃ、クマの立つ瀬がないもんねー!」

何やら対抗心を燃やしたクマが、巽さんの打ち漏らしたシャドウに向かって叫ぶ。







「ペルクマー!来いや!」






クマの叫びに応じて現れたのは、ペンシルロケットの先っちょに手足が生えたようなペルソナ。







「イエス!カムイモシリ!正義のゲンコツ、いったるクマー!」






何とか巽さんの攻撃を逃れたもののふらふらだった敵にはオーバーキルだったろう。
アタシらが手を出すまでもなく、あっという間にシャドウは片付いちまった。

「ウサー!クマチャンかっこいー!」

「でへへ、それほどでもあるクマぁ」

確かにすごいんだけど、このキグルミ二体がそろってわちゃわちゃしてると何というか和やかになってしまう。

「へっ、大したことねーな」

「ですが、油断は禁物です。まだここは第二階層、今までの経験から言っても、先の階層ほど敵は強くなりますからね」

「入り口近くでこれなら、この先もたかが知れてるってもんだぜ」

確かに、今のはそこまで強いシャドウではなかったと思う。
けど、アタシらはまだそこまで余裕はないかな。

「けど、本人以外の声が聞こえるこの感じ、ますます久保ん時と似てやがるな」

「直斗くんのもこんなんだったよね。むしろ雰囲気は直斗くんの時のが近いかも」

「どういうこと?」

「あぁ、今までのみなさんの救助の時、聞こえていたのは本人の声だけじゃありませんでしたか?」


「いや、ほとんど本人だけど、たまにそいつに向かって言った言葉も聞こえることはあったぜ」

「なるほど。では、ここのように明らかに関係のない声。テレビ番組のナレーションや、場内アナウンスのような声が聞こえたことは?」

「それは初めてだよねっ」

「このような音声が聞こえたのは、久保美津雄の時と、僕の救助の時だけの様です。生憎、僕自身先輩たちの仲間に入るのが遅かったので実際に聞いたわけではないのですが…」

アタシもうっすら気になってたけど、それに意味があるんだろうか。
白鐘さんは、アタシらに先へ進むよう促して、歩きながら話を進める。

「自分が異世界にいることを受け入れている、テレビの中に世界があることを疑っていない…そんなところでしょうか、僕らの共通点は」

「うーん…それがどういうつながりになるんですかっ?」

「わかりません。しかし、僕の時も久保の時も、先へ進むために厄介な仕掛けが施されていたと聞きます。今回がそれに当たらないと良いのだけど」

厄介な仕掛け?

「久保ん時は、なんだか玉っころを持ってかねーと最後の扉が開かなくてよ」

「直斗くんの時は、IDカードを探さなくちゃいけなかったんだよね」


そういうことか。

「この院内アナウンスは、我々を拒絶しています。もしそのような仕掛けがあるのだとしたら、無駄に動き回って体力を消耗することにならないと良いのですが」

「むむー、ムズカシーことはよくわかんないけど、そうなったらそんときはそんときだにぃ☆」

「えー、でも直斗きゅんの言うとおりだと思うなー。上まで行ったのに、カギを探しにもう一度下まで戻れー!とか言われたら杏やだもん、双葉否だもん」

「いな?…あぁ、杏と否ってそれ漢字書いてみねーとわかんないだろ!」

「奈緒ナイスツッコミ」

「ボケてないで!どうする?奈緒。私は早く加蓮を助けたい。けど、そういう仕掛けがあるかも知れないなら、しっかり探索しながら進むのも有りだと思う」

「あ、アタシが決めんのか!?」

「当然でしょ、リーダーなんだから」

「そういわれても…」

今回は経験豊富な先輩方もいらっしゃるし…と思って横を見ると、特別捜査隊勢は揃って「こちらのことはこちらのリーダーにお任せします」とばかりに目線をそらしてしまった。


くそ、仕方ねーな!

「ひとつひとつのフロアを丁寧に探索して行こう。行く道でキーアイテムが拾えればラッキーだし、仮にそんなものなくてもアタシらも戦闘をかさねて強くなっておくに越したことはないだろ?リミットまでまだあるみたいだし」

『了解!』

計ったようにそろって返事をするみんな。
頼りにされてるなら嬉しいんだけど、なんか体よくあしらわれてるだけな気がしないでも…今更か。

ガンバレ、アタシ。


―――さびれた病院、十階

「ここが…最上階?」

「多分。扉の向こうに強いシャドウの気配がする」

結局何事もなく最上階までたどり着いてしまった。
探索中に色々有用なアイテムを見つけたり、戦いの経験が積めたのは良いんだけど、すこし拍子抜けだ。

「よし、みんな準備はいいな?行くぞ…ってアレ?」

「どしたの、かみやん」

「扉が開かない…」

「えぇっ!?」

いつもならそんなに力を入れずとも開く扉が、全力で押しても引いてもびくともしない。
もちろん、引き戸の可能性も考えて試したけど、どっちの方向にもスライドしない。

「やっぱり鍵が必要、とか?」

「まさか、だって途中の階層は全部探索して回ったんだよ?」

「待ってください、扉の横に何か出てきました」

アタシ達が開こうとした扉の脇にせり出して来たのは、ホテルなんかによくあるカードキー式の鍵の読み取り機だった。
今更こんなものが出てきてなんだって言うんだよ。


「もしかして…杏、ちょっと手伝って」

「うぇー、しょーがないなぁ…」

二人がペルソナを呼び出しサーチを開始する。
りせちーはなにかひらめいたみたいだけど、アタシらはさっぱりだ。

「えー…コレマジでぇ…」

「うん、間違いないよ」

「何か分かったのか?」

りせちーは確信を込めて、杏はめんどくさそうにうなずく。

「今、この病院の中を杏とサーチしてみたんだけど…さっきまでなかった強いシャドウの反応が現れてる。しかも三つ」

「み、三つ!?」

「多分、この扉に触れたら仕掛けが発動するようになってたんだろうねー。ぐぬぬ、これ以上杏を働かせようとするとは意地の悪い…」

「それって、その三体を倒せばここの扉が開くってこと?」

「そうだと思う。でも、この鍵の形を見る限り倒すだけじゃなくてカギになる物を持ってこなくちゃいけないだろうから、倒すだけ倒して忘れないようにしないと」


「りせちー、その三体の場所って詳しく分かるか?」

「さっき探索しといたのは不幸中の幸いってやつだね。ばっちりわかるよ!」

「なら、このまま一気に…」

「待つクマ!」

アタシがみんなに号令を出そうとしたところを、クマが右手をしゅたっと掲げて制す。

「どうしたウサ?シショーの邪魔しちゃダメウサよ」

「ノッフッフッフ。シショーチャン、ここはひとつ、このチームを三つに分けるクマ」

「手分けしろって言うのか?その方が確かに都合がいいかもしれないけど、敵の戦力を探ったりするのはりせちーか杏がいないと…」

「三チーム目は、このクマとウサチャンにまっかせなさーい!」

お、お前らに?思わずアタシは目を白黒させる。

「クマさん、そんなことできるんですか?」

卯月が戸惑うアタシに代わって尋ねる。

「ふふん、もともとリセチャンが仲間になるまでは、クマがセンセイたちのバックアップを担当してたクマよ。最近でこそ鼻の利きは鈍くなったものの、このウサチャンとダブルならばそのぐらいのこと、朝飯前クマー!」


「ウサー!」

存外、ウサも乗り気らしい。

「うーん、クマも、いざってときには結構頼れるし、任せても良いかも」

りせちーの後押しもあったので、ここはクマの提案した三分割作戦で行こう。

りせちー曰く、サーチで感じ取った敵は三体。
それぞれ三階、五階、七階に一体ずつでいるらしい。

三階へ行くのは、りせちー、白鐘さん、巽さんのベテランチーム。
五階へ行くのは、クマ、ウサ、きらり、未央、菜々さんのチーム。
そして七階が、アタシ、凛、卯月、杏だ。

階層によってシャドウの強さが違うので少し悩んだけど、やっぱり強い人たちには一番遠い所へ行ってもらうことにした。
往復の道中にいるシャドウの相手だって無視はできないからな。

「それぞれ、やることやったらほかのチームのサポートに連絡してくれ。最終合流地点はここ。いいな?」

『了解!』


※作者でございます。

十話前半はここまででございます。

話が進むにつれて難しくなるものですね。

ちなみに、なぜか十一話そっちのけで十二話をせっせと書いています。
ちかたないね、おもいついちゃったんだから。

あ、前回投稿のお尻で「コミュの発生するアルカナはあと一つ」とかぬかしてましたが大嘘ですね。
今回の島村さんで、あとひとつです。

でそろったら一覧にでもしますかね。

では、後半はまた近いうちに。


>197

お!めっちゃうれしいこと言ってくれますね!

P4にはそういう制限というか仕様はなかったと思います。

くれぐれもペルソナ合体に囚われて人生潰さないでね!
ハマる人はそれこそ…。

ちなみに私は事故ナギはわりと最初の段階で諦めた人です。


キタアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
結構いい感じじゃん!奈緒の声いい感じじゃん!

この系統の声好きだわー!


>199

これは…口座の口を開くしか…ハッ、キサマちひろだなっ!?


え?い、一万うまい棒…。
この時のために課金しないできた(金がないだけ)が、桁が違いすぎる…。

大丈夫大丈夫、2kでとときん引けた俺またいなのも居るから世の中バランス取れてるよきっと


作者でございます。
奈緒の声、いいですね、私は好きです。

アイマス全体で言うなら響が好きなんです、というとなんとなく好みがわかっていただけるかと。
それにしても>>204の方がうらやましい。

二万うまい棒じゃ世の中うまく行きはしないということをよく学びました。

負けません、私。

さて、関係ない話はこれくらいにして十話の続きと参りましょう。


―――さびれた病院、七階

「次をみぎー」

杏の指示を受けてアタシ達はひたすらに走る。
道中のシャドウは無視だ。

余計な体力を使うことはない。
「なんか、さ」

「ん?」

走りながら凛がつぶやく。

「来てほしくてしょうがないのに、来たら来たで『来なくていいのに』みたいにするのって、加蓮らしいなって」

あ、確かに。

「奈緒とはベクトル違うけど、加蓮も結構素直じゃないとこあるから」

それはお前もそうだぞ、と思いつつ、今は凛の言葉に耳を傾ける。

「そう思ったら、やっぱり加蓮はあの扉の向こうで待ってるんだよな、って。だから、早く助けてあげよう、奈緒」

「そうだよ!」

アタシらの話を聞いていた卯月が割り込んできた。


「私も、加蓮ちゃんになんであんなことしたのか聞かないといけないし!悪いことしたんだからちゃんと謝ってもらわないと!」

気合十分、と言った感じだけど、わりと自分が命の危険にさらされてたってことが卯月は理解できてんのか?
謝ってもらう!ってなんかすごいのんびりとした気持ちになるんだけど。

「あぁ、そうだな」

でも、それが卯月か、とちょっと笑みがこぼれる。

「奈緒、なんでにやついてるの?気持ち悪いよ」

「お前はァ!もうちょっとオブラートに包んだ言い方ってのを…」

「はぁ…はぁ…その扉開けた先にいるよ!杏はきらりんタクシーがなくて疲れてるんだから!くだらない言い争いなんかしてないでさっさと終わらせてよね!」

きらりが別のチームに行ってしまった為に、珍しいことだけど杏は自力で走ってきた。
そりゃ一応とはいえレッスン受けてるから、倒れるようなことは無いにしても、息は上がっている。

若干気が立っているのはそのせいかな。

「わ、わりぃ…行くぞ!」


ガララッ


扉を開けると、最初に探索した時は居なかったはずの大きなシャドウが待ち構えていた。


―――シャアアアアアアアッッ!!


オスとメスのマークを絡ませた鉄輪をその身に通している蛇型のシャドウだ。
こちらが身構えるのも待たずに、蛇シャドウはガスのようなものをまき散らす。

「なんだこれ!?」

「気を付けて!今、状態異常にかかりやすくなってる!」

「くっ、厄介だね…」

そのまま蛇シャドウは、間髪入れず毒霧を吹き付けて来た。

「そうはいきませんよ!」

卯月がいち早く反応して叫ぶ。







「ペルソナ!!」






卯月の背後から飛び出してきた虎の姿をしたペルソナが、迫りくる毒霧に立ち向かう。







「ドゥン!マハラギオン!!」






吹き付ける毒霧に向かって燃え盛る火炎を吐きつける卯月のペルソナ。
毒霧はアタシ達に届く前にドゥンによって焼き尽くされた。

ここに来るまで空いた数日を、アタシ達は無為に過ごしてたわけじゃない。
仕事の合間を縫って、初心者の卯月を慣れさせる意味も込めてテレビの中でシャドウ相手に特訓をしていたんだからな。

「やったよ!凛ちゃん、奈緒ちゃん!」

「さすがだね、卯月」

今の火炎の余波を喰らってふらつく蛇シャドウに、凛がとびかかり手甲鉤で切り裂く。


―――シャアッ!シャアアッ!!


「おまけだ持ってけ!ホクトセイクン!」

アタシも修行中に覚醒したペルソナを呼び出す。

「切り刻んでやれ!」

アタシの呼びかけに応えたペルソナ、ホクトセイクンが切れ味鋭い刀を片手に乱舞する。

「ごめんなさい、とどめです!アギラオ!」


―――シャアアアァァァァアァァ…


最初の卯月のカウンターでうすうす気づいてたけど、こいつは火炎が弱点だったらしい。
運よくさほど苦労しないで倒すことができた。

蛇シャドウが霧散していくと、そこには一枚の写真が残った。

「これ…」

「うん、加蓮Pさんとのツーショットだな」

これが鍵になるんだろうか。

「他にそれらしいのも無さそうだし、とりあえずそれを持って戻ろうよ」

「そだねー、ちょいまち、今ほかのチームに連絡するから」

「むむむ」と杏が意識を集中する。
どうやら探知タイプ同士であれば思念を飛ばしあえるらしい。

テレパシーみたいなものだ。
アタシらもこのテレパシーに参加できるけど、探知タイプのやつがつないでくれないと無理だ。


「こちら杏チームー、シャドウを倒して鍵らしいものをはっけーん。これより合流地点にもどりまーす。…え?みんなもう手に入れたの?早っ」

マジかよ。
アタシらだってそんなにのんびりしてたつもりはなかったのに。

白鐘さんのチームはともかく、きらりたちもなかなかやるな!


―――寂れた病院、十階

鍵と思しきものを持ち寄って、アタシらは再び最後の扉前に集合した。

「やっぱり、みんな見つけたのは写真だね」

「えーっと、かれりんと加蓮Pさんとのツーショット、トライアドプリムスの三人で撮ったヤツ、それと夏フェスの後にみんなで撮ったヤツ、かぁ」

どうにもこっちの世界ではよく写真を見かける気がする。
やっぱり、思い出、心に根ざすものだからだろうか。

「じゃあ、リーダーに通してみるぜ」

見つけた階層の若い順から、カードリーダーに通してみる。



ピッ、ピッ、ピッ…ピピーッ!



どうやら認証したらしい。
甲高い電子音と共に、リーダーについてたランプが緑色に点灯する。


「空いたね」

「ようやくこれで加蓮とご対面、ってわけだ」

「僕らは北条さんの事をよく知りません。ですから、対応はみなさんにお任せしますよ」

「そのかわり、バックアップは任せるクマ!」

「ありがとう!」

「…卯月、大丈夫か?」

心なしか、卯月の体が震えているように見える。
やっぱり、自分を酷い目に合わせた張本人と会うのは怖いのだろうか。

「う、うん、平気だよ!奈緒ちゃん、加蓮ちゃんを助けてあげよう!」

「…おう」

振るえる自分を鼓舞するように宣言する卯月。
よし。

「開けるぞ…」


―――寂れた病院、十階、薄暗い病室

「加蓮!」

やっとのことで開いた扉の向こうには、やはり加蓮がいた。
その顔は憔悴しきっていて、明るさも強さもかけらも感じられない。

こっちがシャドウだと言われても、アタシは驚かなかったろう。
それぐらいに精気のない顔をしている。

「あ…奈緒…それにみんな…卯月も…来ちゃったんだ…」

「加蓮ちゃん!」

「加蓮、どうしてアンタがここに居るの?」

「…凛なら、てかここまで来たみんなならわかってるでしょ?

…私は卯月をこっちに落とした。

ってことは、こっちの世界の入り方を知ってるってことじゃん」

「なんで、卯月ちゃんをテレビの中に落としたりしたんですかっ!?」

「はぁ?…そんなの、ウザかったからに決まってんじゃん。

菜々さんも大概どーでもいいこと聞くよね」


「どうでもいいだ?お前、それ本気で言ってるのか…卯月は死ぬかもしれなかったんだぞ!」

「死ねばよかったんだよ!」

加蓮の顔つきが変わる。
一瞬にしてその表情は怒りと憎しみに満ちた物へ。

「ねぇ、奈緒さ、こんな得体の知れないところへ人を放り込んで、無事で済むなんて考えると思う?

死んでもいいと思ってやったに決まってんじゃん!

良い子ちゃんで!悩みなんかなさそうで!いつも元気でニコニコ!?

ムカつくんだよアンタ!

あげく他人のPさんに色目なんか使ってさ!

ホントにあのまま死ねば良かったのに…奈緒たちが邪魔してさ…」

「加蓮ちゃん…」

卯月が、こぼれそうな涙を必死でこらえている。

ホントにこれ加蓮なのかよ…アイツは、つんけんしてるところはあっても、人にこんなことを言う奴じゃなかったはずだ。
なんでこんなことに…。


「もう帰ってよ…奈緒たちにできることなんてないからさ…。

私はこのままこの世界で死ぬから。

バイバイ、Pさんによろしく」

「そんなことできるかよ!」

「そうだにぃ!」

「しつこいよ!

アンタたちなんか私は必要としてないの!

帰ってよ!私の前から消えてよ!」

『そうだよね。

私が必要としてるのはPさんだもんね』

喚き散らす加蓮の背後に、もう一人の加蓮が現れた。
加蓮のシャドウだ。


「は…?

誰、アンタ。

私は別に誰も必要としてないけど」

『またまたウソばっかり。

ホントは奈緒たちが来てくれて嬉しくてしょうがないんでしょ?

卯月をこの世界に放り込んで、罪悪感に押しつぶされそうになって、卯月が助かったから自分がヤバイと思ってこっちに逃げ込んだはいいけど、孤独に耐えられなくて震えていた。

仲間を酷い目に遭わせた自分なんか、誰にも助けてもらえないなんて諦めたふりしつつ、いざ奈緒たちが現れたら強がって「帰れ」なんて言っちゃって』

「は?は?はぁ?

マジで意味わかんない。

なに私の事知った風に喋ってくれてるわけ?

大体私と同じ顔して、何のつもりなわけ?」


『私は、あなただよ、加蓮。

めんどくさがりで、現状への不満を募らせながらも自分で脱出しようとはせずにどこかから救いの手が差し伸べられるのを待っているだけのお姫様。

待ってるんだよね、愛しのPさんが助けに来てくれるのを』

「Pさんのことは…もう関係ないし」

『関係大有りじゃん。

卯月にキレたのだって、Pさんと仲良くしてたのが原因だし。

言ったよおね、私はあなただって。

だから知ってるんだよ?

トップアイドルを目指すなんて言って、本当の理由はただPさんといたいだけだっていうのは』

「それは…確かにそうだよ。

でも、今はもうそれだけじゃ…」

『今は?

今はって、それこそもう今は関係ないじゃん。

仲間に手をだしといてなに言ってんの?』


「…っ」

加蓮の影は、今まで見た影たちとちがってどこか落ち着いている。
まるで、最初から決着を知っているかのように。

「みんな、構えていてくれ」

「うん、加蓮とは、最初からこうなると思ってたからね」

「一応でも説得しなくていいのか?」

「アイツは、事務所の仲間に手を出した。だけど、アイツが自分の意思だけでそんなことをしたとはどうしても思えない。絶対に事情があるはずだ。その事情を聴きだすためには、ここで影との決着を付けさせてやらないと。アイツはずっと苦しいままだ」

「そうですね…」

『ホントはさ、別にどうでもいいんだもんね。

トライアドプリムスとか、トップアイドルとか。

Pさんさえそばにいれば』

「そんな…そんなこと」


『だったら感情に流されないで卯月をこっちへ放り込まなければよかったじゃん。

そんなことすれば、二度とみんなのところへ戻れないなんてわかりきってたでしょ?

つまり、私は、事務所の仲間なんてどうでもよかったってこと。

Pさんさえそばにいてくれれば良い。

だから、Pさんにすり寄った卯月に手を出した。

Pさん単体なら、お得意の体調が悪いフリでもしてればお見舞いとか来てくれるもんね?』

「やめて…やめてよっ!」

『ズルいもんね、私は。

ちゃんと休まなきゃ実力が発揮できないのなんかわかりきってるのに、わざと無理して体調崩して、それでPさんにお見舞い来てもらおうとか考えてたんだから。

理由が「頑張りすぎたから」じゃPさんも本気では怒れないし。

我ながらうまい手を考えたもんだよ』

「うるさい!違う!そんなんじゃない!」


『ホントはもう引っ込みがつかなくて誰かに助けてもらいたいくせに、まだ意地張るんだ。

もういい加減観念しなよ。

私はやりすぎたの。

世界のどこにももう私の居場所なんてない。

こすズルくて、口だけはいっちょまえで、嫉妬深くて、いつまでたっても弱い私。

あーあ、こんなのが私だなんてホントに吐き気がする。

ホントに体調悪くなってきたかも…』

加蓮の影はニヤリと笑う。

『でも、仕方ないよね?

これが私なんだもん。

大丈夫だよ、私は理解してあげられるし、私を一人にはしない。

だって、私はあなた、なんだもん』

「ちがう…!私はそんなに汚くなんか…ない!!」

「来るぞ!」







「アンタなんかが…私なわけない!!」






『ふふふ…フフ、フフフフフフアハハハハハハハハハハハハッ!!』

加蓮が影を拒絶した瞬間。
いつものように黒い嵐が巻き起こり、加蓮が意識を失って倒れる。

嵐が治まると、そこに居たのは醜悪な顔の付いた三日月だった。

『人がたくさんいるから、孤独なんてものがあるんだよ!最初から一人なら、独りにはならない!だからみんな消してあげるよ!!!』

「加蓮ちゃん!今助けるからね!」


―――寂れた病院、十階、薄暗い病室

『月にはね、「狂気」って意味があるんだよ!』

加蓮の影は、そう叫ぶと怪しい輝きを放った。

『「狂気の月光」』

「はらっ?」

「ほろ?」

「ひれ?」

「はれ?」

その光を浴びた何人かが間抜けな声を上げる。
どうしたんだ?

「奈緒!今の攻撃まずい!下手に浴びると混乱しちゃうよ!」

「誰か回復させられる人はいない!?」

混乱だって!?
まずい、菜々さんも混乱させられてる。

アタシの手持ちも、今は回復ができるペルソナがいない。

『アハハッ、仲間内で殺しあえばいいよ!』


「未央!しっかりして!」

「オイ、デカ女ァ!目ぇ覚ましやがれ!」

「クマくん!くそっ!」

ダメだ、ちょっとやそっと声をかけたくらいじゃ目覚めそうもない。

「あああああああっ!!」

未央がわけもわからず飛びかかってくるのをいなして、打開策を考える。
気付け薬はどうだ。

「くっ…」

「こうもっ、一度にっ、かかってこられちゃ!」

「一人ずつ薬を使うのは難しいね…っ!」

襲ってくるとはいえ、混乱した仲間だ。
こちらも手を出しようがない。

ギィンッ!

アタシの刀が、未央のトンファーを受け止める。

「奈緒ちゃん!…あぁっ!」


駆け寄ろうとする卯月に、今度はクマが飛びかかる。
なんとか刺又で受け止めたみたいだけど、このままじゃじり貧だ。

「なんとか回復して!じゃないとこのままみんなやられちゃうよ!」

りせちーの声が聞こえるけど、そうそう簡単に行くかよ…。



―――ほらほらみんな!ボケっとしてないでしゃっきりしなさい!



じり貧状態に弱音が出そうになった時、なぜか日高さんの言葉が頭をよぎった。
瞬間、アタシの中に新たな力が湧き起る。

「おらっ!」

なんとかかんとか未央を弾き飛ばし、内なる声が命じるままに叫ぶ。







―――ゴルゴン

「ゴルゴン!」






アタシの呼びかけに応えて出てきたのは、かの有名な蛇髪の怪物。


「メパトラ!」


ゴルゴンの呪文が響き渡ると、混乱していた連中の意識が戻った。

「あ、あれ?」

「な、なんできらりは奈緒ちゃんたちに向かって構えてるんだにぃ?」

「あ…混乱させられてたクマか…」

「あたりだクマ公。ったく、余計な手間かけさせやがって、しゃっきりしやがれしゃっきり!」

「まぁまぁ巽さん。それより、これで仕切り直しだ!」

『ちぇっ、ナナさんを押さえられれば打つ手なしかと思ったのに、やっぱり奈緒は侮れないねー。

まぁいいや、マハブフダイン』


「ぐっ…」

「くぅっ!」

「うおっ」

強烈な氷の嵐がアタシ達を襲う。
致命傷にはならなかったけど、みんなそれなりにダメージは深い。

油断をすると未央と卯月が危ないけど、アタシやクマや菜々さんは、氷ではダメージを受けない。

「メディラマ!」

ひとまず菜々さんの回復で態勢を立て直す。

「杏!りせちー!敵の分析は?」

「やってる!敵は魔法タイプだから、多分呪文は今のだけじゃないよ、気を付けて!」

『そのとーり!

マハガルダイン!マハラギダイン!マハジオダイン!』


「ああああああ!」

「いやあああ!」

「うぎゃあああ!」

全属性の魔法が使えるのかよ!
何人かの弱点もちはたまらず膝をつく。

けど。

『いてて…流石に考えなしにいっぱい撃つとこうなるよね』

得意属性の攻撃を反射できるペルソナもいる。
けど、あれだけの威力の攻撃が数発跳ね返ったはずなのに、加蓮の影はすこしばかり傷を負った程度の様だ。

「流石は魔法タイプ。魔法全般に対する耐性が強いね。ちょっとやそっとじゃダメージを与えられないよ」

「だったらきらりの出番だにぃ!」

杏の言葉を聞いたきらりが加蓮の影に躍り掛かる。
しかし。

『うわ、当たったらやばそう…スクカジャ』


「とりゃー!…ってあれぇ!?」

スクカジャによって素早さを増した加蓮の影は、あっさりときらりの攻撃を避けてしまう。

「攻撃も補助もどっちもできるのかよ!」

「なら、そのサイクルをぶっ潰すっきゃねーな」

「ですね、行けますか、巽くん」

「誰に向かって言ってんだ、行くぞ直斗ォ!」

「はいッ!」

巽さんと白鐘さんが、何やら目配せをすると、巽さんの方が加蓮の影に向かって突っ走りだした。
その手の盾を思いっきり振り回すが、加蓮の影には当たらない。

『えー、ちょっと鈍すぎでしょ。舐めてない?』

「それはどうでしょう」

白鐘さんが意識を集中して、叫ぶ。







「頼む…ペルソナ!」






白鐘さんの背後に現れたのは、ベルばらチックな衣装に身を包んだ小柄なペルソナ。




「ヤマトスメラミコト…ヒートライザ!」




白鐘さんの呪文が飛んだ瞬間に、巽さんの動きがさっきまでとは段違いになる。

「うらぁ!どしたァ!」

『くっ…』

その勢いに押され、加蓮の影が体勢を崩したところを、歴戦の勇は見逃さない。

「これが漢の生き様よ!」

自分のペルソナ、タケジザイテンとともに大見得を切り、加蓮の影を威圧する。
気迫、ってヤツがパワーになるとしたらこんな感じなんだろう。

加蓮の影が衝撃を受けて崩れ落ちる。


「準備OK!オレにGOサインをくれ!」

「よし、行くぞ!」

「みんな、気合入れて!」

「へっ、誰に言ってやがんだ!」

倒れた加蓮の影を一斉に叩く。
さすが特別捜査隊、アタシらが行き詰った状況をあっという間にひっくり返してくれた。

「チッ、しぶてぇな…直斗!」

「えぇ、巽くん!」

「足引っ張んじゃねぇぞ!」


「「ペルソナッッ!!」」


【美女と野獣の狂宴】


まだ倒れない加蓮の影を見た巽さんと直斗さんが、阿吽の呼吸でペルソナを呼び出し攻撃を続ける。
合体攻撃、とでも言うのかな、これは。

巨大な髑髏が現れとんでもない威力の攻撃が、加蓮の影に襲い掛かる。

『ああああああああああああああ!』

効いてるぞ!
けど、まだ倒れない!

『あああああ、うざいウザいウザイウザイウザイウザイウザイイイイイイイイ!!』

こっちの怒涛の連続攻撃でタガが外れたのか、狂ったように暴れ出す加蓮の影。
一撃一撃が重い上に、動きが止まらなくて手が付けられない!


『なんでこんなクズ女を助けようなんて思えるワケ!?

くたばらせればいいじゃん!

寂しい寂しいって泣くばっかりでウジウジしてる虫唾の走るクズ!

なに!?自己陶酔にでも浸りたいワケ!?

「こんなクソみたいな女ですら助けてあげる私達って美しい!」とか思いたいワケ!?

気持ち悪いんだよ!!ムカつくんだよ!!

私は、これっぽっちもアンタらのことなんて仲間だと思ってねーから!!』

「黙って!!」

喚き散らす加蓮の影に向かって、凛が叩きつけるように叫ぶ。

「加蓮が自分からなんにもしないクズ?

そんなわけないじゃん!

最初の頃は確かに無気力で、何をやるにも文句ばっかりだったけど、加蓮は変わった!

理由はどうあれ、目標に向かってちゃんと努力してる!

それをないがしろにするようなこと言うのは、例え加蓮本人だって許さない!!

ジオンガ!!」


凛の放った言葉と電撃は、しかし加蓮の影に届かない。

『フン、凛はそうやってかっこいいこと言って、自己満足に浸りたいだけだってこと、私はわかってるからね!

アンタたちがどんだけ言いつくろっても、こんな女死んで当然、いや、死ぬべきなんだよ!!』






―――プッツーン





凛の横に立っていたアタシは、その時凛の中の何かが切れる音を聞いたような気がした。
すくなくとも、顔を見る限りではアレだ…キレたな。

「…言ってもわからないなら仕方ないよね」

それまで激高していた凛の表情が、スッと冷たい物に変わる。
口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。

「り、りん?」

「ごめん、奈緒、私限界」

ユラリ、と凛が一歩前に進み出る。
ただならぬ凛の雰囲気に、アタシ達も加蓮の影も気圧される。

『な、なによ!』

「言ったよね?

たとえ本人でも、加蓮をけなすのは許さないって…。

まして、アンタは加蓮のほんの一部…許せると思うかな?」

凛の周囲に風が巻き起こり、その身から青い光が溢れだす。
凛のペルソナ、ネコショウグンが、現れたと思うとこちらに手を振って消えて行った。

「言葉で言っても効かないなら…調教するしかないよね?」


―――カッ!




「お仕置きしてあげるよ…ペルソナッ!」




居なくなったネコショウグンの代わりに現れたのは、巨大な鳥の姿をしたペルソナ。
下半身は人の体をしている。







「ガルーダ…頼んだよ」






ケェーッ!と叫んだ凛の新しいペルソナ、ガルーダが、飛び上がり翼を羽ばたかせる。
巻き起こった風が無数の光の矢となって加蓮の影に襲い掛かった。

『ぎゃああああああああ!!』

光の矢はことごとく加蓮の影の体に突き刺さり、体力を削っていく。

「や、やべーなあの女…」

巽さんがすこし怯えたような声を出す。
そういえばこの人凛が苦手だったな。

「あの技、鳴上先輩も使っていたことがあります。結構な上級スキルですよ」

怒りでレベルアップしたってわけか…どこの少年漫画だ。

『ぐうううう!ジオダイン!!』

「ガルダイン」

加蓮の影が放った雷撃の呪文も、凛の風の呪文で弾き飛ばされる。
完全に地力で凛が上回ってるな。


「終わりだよ」

『黙れ黙れ黙れ!!みんな死んじゃえ!!マハムドオン!!!!』

加蓮の影が呪文を唱えると、周囲に禍々しい魔法陣が現れ、暗紫色の光がアタシ達を包もうとする。
これは、相手を即座に戦闘不能にする呪文じゃねーか!


「ダメーっ!」


アタシ達が暗い光に包まれる前に、りせちーが叫んだ。
すると、これもりせちーのペルソナ能力なんだろう、眩い光の壁が現れ、暗い光を打ち払った。

「みんな、敵は追い詰められてる!油断しないで!」

「わりぃ、りせちー助かった!みんな、畳み掛けるぞ!」

『オー!!』

アタシの言葉を合図に、全員の持てる限りの力を振るう。
それに対抗する術は…敵は持っていなかったようだ。


―――寂れた病院、十階、薄暗い病室

『ウザイ…うざいよ…』

加蓮の影がしぼんでいく。
今回のは、かなりの強敵だった。

正直、白鐘さんたち助っ人が居なかったらかなりやばかったろう。

みんなそれなりにボロボロだ。

「加蓮!」

「加蓮ちゃん!!」

戦闘開始と共に倒れ、ウサに保護されていた加蓮へ、みんなが駆け寄る。

「…う」

「良かった…!気が付いたんだね!!」

「…卯月…それにみんな」

「大丈夫?ケガは?」

「…なんで助けに何て来たの?」

予想外なような、予想していたような、そんな言葉が加蓮の口から吐き出される。


「さっきも言ったよね、私はべつにアンタたちのことなんか必要としてないって。

それに、私は卯月を酷い目に遭わせた張本人なんだよ?

復讐ならまだしも助けにだなんて…」

「なんでって言われてもさ、アタシ達がそういう性分なのはお前も知ってるだろ?」

「そうだよ!それに、なんでかれりんがしまむーのことこっちに放り込んだのかも知りたかったし」

「それもさっき言ったでしょ!?

うざかったの!卯月が!

いつもニコニコヘラヘラしてて元気いっぱいで!

悩みなんかなさそうで!

私無い物をいっぱい持ってる卯月が羨ましくて妬ましくて憎らしくてしかたなかったの!

他に理由なんてない!私はそういう汚い人間なの!

いいからほっといてよ!!」

駄々っ子のように泣き散らす加蓮に近寄り、抱きしめた奴がいた。
誰有ろう、卯月だ。


「ごめんね、加蓮ちゃん」

「…は?」

「確かにね、私、いつもニコニコしてたい、って思ってるし、実際そうしようと努力してるよ。

だから、加蓮ちゃんみたいな頑張り屋さんには、私が苦労もせずにへらへら生きてるバカな子に見えちゃって、イライラしちゃうかもしれないよね」

「そうだよ…だから私…」

「最後まで聞いて?

でもね、私だってそれなりに悩みはあるんだよ?

ほら、デビューは私の方が先だけど、最近のお仕事の数じゃ加蓮ちゃんたちに負けてたし。

それでも、私のなりたいのはトップアイドルだから。

トップアイドルって、みんなに笑顔をあげるものだから。

だから、私が一番笑っていなきゃいけないって思うんだ」

「…」

「だけど、そのせいで身近な加蓮ちゃんの笑顔を奪ってたなら、私はやっぱりまだまだ頑張りが足りないみたいです!えへへ」


「卯月…」

「私知ってるよ?加蓮ちゃんの影が何と言おうとも、加蓮ちゃんがちゃんと努力してたってこと。

だって、同じレッスン場つかってるんだもんね!

たまに奈緒ちゃんのことからかいすぎる事はあっても、本当はとっても優しくて気遣いの出来る子だって知ってるよ?

だから、私をこっちに放り込んだのだって、本当はもっと深い事情があったんでしょ?

だって、加蓮ちゃんいつも落ち着いてて大人だもん!

私なんかのことで、いきなり危ない一線を超えちゃうほどバカでも冷たい子でもないもん!

だから、そんなに自分を追い詰めるのは、もうやめよう?ね」

卯月が一生懸命加蓮に語りかける。
聞きようによっちゃイヤミに聞こえるかもしれない台詞だけど、卯月の言うことなら素直に聞ける。

こいつは、百パーセント相手の事を思いやって動ける優しい奴だ。

途中から口をはさむこともせず、卯月の肩に額を押し付けていた加蓮が、かすかに身じろぎして卯月から離れた。

泣いてたようだ。目が赤い。


「…ふん、ホントにお節介だよね、卯月も大概」

「えへへ」

「褒めてないよ…色々言いたいことあるけど、まずはあっちが先なのかな」

加蓮は、倒れている自分の影に向かって歩み寄る。

「はぁ、好き放題言うだけ言って、自分はバタンキュー?

流石私の影、せこいね」

悪態をつきながらも加蓮は続ける。

「アンタさ、私が今弱ってるからテキトーに揺さぶればそれで済むと思ったみたいだけど、今冷静になって振り返ってみると穴だらけだよ。

確かに、私がアイドルをやってる一番大きい理由はPさんだよ。

それ以外の事は、事務所のメンバーも含めてわりとどうでもいいと思ってたこともある。

だけどさ、最近じゃ『ただアイドルをやる』っていうのも悪くないと思ってるんだよね。

少なくともトライアドの凛と奈緒は、もうただの友達って言うには深く付き合いすぎてるし」

「…」

凛が、黙ってアタシの手を握ってきた。
アタシもやんわりと握り返す。


アタシ達も、お前の事は大事な仲間だと思ってるぞ。

「認めるよ。

昔から入退院が多かったせいで友達もいなくてさ。

だから最近急に友達増えて戸惑ってたのも事実だし、そのせいで大事な繋がりが薄まるかもって怖かったのもそう。

卯月にキレたのも、卯月に嫉妬したのは半分。

もう半分は、Pさんが私のところからいなくなるような気がしたから。

もうさ、寂しいのはヤダよ。

うん、あんなことしておきながら、内心奈緒たちに助けに来てもらいたかった。

孤独で心がバラバラになりそうだったんだよ。

よくわかってんじゃん」

そこで加蓮は屈みこんで、自分の影の顔を見つめる。







「さすが私、ってとこ?」






それまでピクリともしなかった加蓮の影がゆっくりと起き上がり、加蓮に向かってうなずく。
二人の周囲に青い光が溢れ、加蓮の影は一枚のカードになって消失した。






>加蓮は自らの心と向き合い、困難な事態に立ち向かう心の力、ペルソナを手に入れた!





「ふぅ…」

「これでようやく話が聞けるかな」

「さて、加蓮。アタシ達はお前に聞きたいことが山ほどあるんだ」

「だろうね」

「お前は、この世界のことをどうやって知った?どうやってこっちに来る力を手に入れたんだ?」

「それは…」







「今度ばかりは屈服させられるかと思ったのに…あなた達は常に私の予想を超えていく…」






「誰!?」

静かで綺麗な、しかしどこか不気味さを感じさせる声が聞こえてきた。
この場にいる誰の声でもない。

「この声…どこかで…」

「姿を見せやがれぇ!!」

非戦闘員を囲うようにして、全員で周囲を警戒する。

「久慈川さん!双葉さん!サーチを!」

「もうやってる!…近い」

「来るよ!」

アタシ達の目の前の空間が歪み、その歪みから一つの人影が現れた。
女の人だ。

流れるような銀髪。
静謐な美しさをたたえたその容姿。

キャリアウーマン然としたスーツがどこかミスマッチにも思えるその存在感。

誰だこの人は。


「この人だ…」

「どうした加蓮」

「この人に教えてもらったんだよ…テレビの中のこと」

なんだって?

「アンタ何者だ!加蓮に何を吹き込んだんだ!」

「脆くなっている時の人の心は…容易く怪しい誘惑に惹かれる…それだけのことよ」

「なにそれ…あなたがかれりんを唆したってことっ!?」

「思い出した…どこかでこの声を聴いたことがあると思ったら、杏を夜中に誘い出したのコイツの声だ!!」

「じゃあ、コイツが…」

「今回の事件の黒幕、ということになりますね」

コイツが…黒幕。
アタシは、この女が姿を現してからずっと、妙な既視感に苛まれている。

アタシとコイツは絶対にどこかで会ってる。

「あなた達に試練を与えた者…という意味では…そうね、私が黒幕とも言えるかもしれないわ」


「はっきりしねぇ言い方しやがって。テメーが人をここに放り込んだのかって聞いてんだよコラァ!」

「ふふ…落ち着いて…野蛮な人は苦手だわ…」

「巽くん、ここは冷静になりましょう。貴女は何者ですか?なぜこの世界の事を知っていて、なぜ人をここへ放り込んだりしているのですか」

「それをあなた達が今知る必要はないわ…大事なのは…あなた達が私の与えた試練を、私の望まない形で成し遂げていること…」

望まない形だ?

「あなたがこの事件の黒幕さんだというなら!ナナとウサちゃんのことは知っていますか!?」

「監視者と使者。けど、今はもう何の役にも立たない…それだけのことよ」

「…加蓮に何をしたんだ」

「何も…私はただ、彼女の心に訴えかけただけ…邪魔なものは片づけてしまえばいいと…」

「まさか…心を操って…!」

「そんな野蛮なことはできないわ…神は人間の自由な意思を尊重なさる…私はただ、彼女の本当にしたいことを引き出してあげただけ…」

そういえば、杏もテレビに落とされた時はこの声に誘われて歩き出したと言っていた。
洗脳とまではいかないけど、コイツは多分間違いなく人の心をどうにかする力を持っているに違いない。


「せっかく力を与えてあげたにも関わらず…あなた達は私の思惑に逆らってばかりいるわ…」

「『与えてあげた』?」

「いいわ…今さらだもの…思い出させてあげる」


―――パチン


女が指を鳴らすと、アタシの頭の中に映像が流れ込んできた。
これは…あぁっ!!

加蓮からマヨナカテレビの話を聞いた帰り、歩いててうっかりぶつかりそうになった銀髪のお姉さん…!

なんでこんな不思議な出来事を忘れてたんだろう。
それもコイツの…。

「次が最後のチャンスよ…あなた…いやあなた達に…本当の絶望を教えてあげる…」

「次?」

「最後のチャンス?」

「楽しみにしてるわ…ふふ…」

「待つにぃ!!」


銀髪の女は、薄ら笑いを浮かべながら再び虚空へと消えて行った。
くそっ、なんなんだアイツ!

しかも次とか最後のチャンスとかわけわかんねぇ事ばっかぬかしやがって!

「加蓮ちゃん、あの人に何を言われたんですか?」

「家に籠ってた時に、夜、テレビの砂嵐の音で目が覚めたんだ」

加蓮が事の顛末をゆっくりと語りだす。

「砂嵐の画面なんて、私が小さいころ見て以来っていうか、そもそも今のテレビで砂嵐は映らないはずだから、おかしいと思ってテレビの方を見たの。

そしたら…」

段々と女の人の顔らしきものが映り始め、加蓮に何事か語りだしたという。

「本当なら、多分怖がるところだったんだろうけど、なんていうか頭の芯がぼーっとしびれた感じになってきちゃって…」

テレビの中の世界の事、自分を苦しめる存在、それを排除するにはどうすればいいのか。

「具体的に『どうしろ』って言われたわけじゃないんだけど、ひとつひとつの言葉を聞いてる内に、頭の中にはっきり筋道ができて、どうしてもそれをしなきゃいけない気分になってきて…」

気が付いたらベッドで寝ていたらしい。


「夢かな、って思ったんだけど、テレビに触ってみたら腕が突きぬけて…」

それから卯月をテレビの中に落とすまでは、無我夢中だったそうだ。

「やっちゃってから、急に取り返しのつかないことをしたって怖くなって…。

しかも、奈緒たちがテレビの中に入れるってことも気付いちゃってさ」

「え、なんで?」

「わかんない…なんかそう思い込んでた」

それも多分あの女か…。

「わからないことが多すぎます。とりあえず一度、現実世界に戻りましょう。北条さんを助けた以上、もうここには用はないはずです」

白鐘さんの提案に、アタシ達は力なくうなずく。





ようやく見えてきた真犯人の実態。
だけど、その正体はあまりにも茫洋としていた。




※作者でございます。

以上で十話終了となります。
如何でしたでしょうか、色々ブッ込んできましたね、展開。

銀髪の女の人は誰だかわかりやすすぎる気がしますが気にしないでくださいな。

全然関係ないですが、トライアドプリムスは


奈緒→正統派善人主人公(熱血要素もあり)

凛→ひねくれ、クール系ロマンチスト主人公

加蓮→結構能力の高いライバルキャラ(但し死亡フラグ乱立、のわり死なない)


だと思うんですがどうでしょう。

まぁどうでもいいというか「そう思うんならそうなんだろ、お前の中ではな」って話ですね。

今回の加蓮がペルソナ手に入れたって一文で、アルカナが出そろったものとして次レスにアルカナまとめておきます。


※本作登場人物対応アルカナまとめ

愚者「マスカレイド(奈緒たちのこと)」

魔術師「本田未央」

女教皇「安部菜々」

女帝「日高舞」

皇帝「765プロの仲間たち」

法王「片桐早苗」

恋愛「佐久間まゆ」

戦車「諸星きらり」

正義「南条光」

隠者「藤原肇」

運命「奈緒P」


剛毅「日野茜」

刑死者「双葉杏」

死神「白坂小梅」

節制「高垣楓」

悪魔「千川ちひろ」

塔「白菊ほたる」

星「渋谷凛」

月「北条加蓮」

太陽「島村卯月」

審判「自称特別捜査隊」


これで大丈夫ですかね。

二話書いたので次はまたスレを立てます。
あまりは質問でも雑談でもご自由に!

次はそうですね


神谷奈緒「ペルソナー!なんて」


という名前で立てましょうかね、今思いつきました。

すこし間が空くかもしれませんが、書き溜め自体はちょこちょこ行ってますので
お暇な方はまたお会いしましょう。

ではでは。


>270

落ちた先にクマ的な何かがいればいいのだけれども…

>271

弄られツッコミキャラって面倒見良いみたいなとこありますからね、雰囲気的に。

まぁもちろんモバマス本体みたらしぶりんの圧倒的主役感には勝てませんよ。
だってかっこいいもん、アイツ。

>272

ガンガン書くが良いでやがりますよ!
自分も奈緒を持ち上げたくて始めたのが半分なんですもの。

普段してる妄想を字に起こすんだ!


>274

ヘレン「つまり、そういうこと」ファサ

モバP「なにしてんですかヘレンさん」


新スレ立てました。
よろしければどうぞ。

神谷奈緒「ペルソナー!なんて」
神谷奈緒「ペルソナー!なんて」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1394376593/)

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