神谷奈緒「アタシ達以外のペルソナ使い」(250)


作者でございます。

こちら

神谷奈緒「マヨナカテレビ?」
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神谷奈緒「ペルソナ!」
神谷奈緒「ペルソナ!」 - SSまとめ速報
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神谷奈緒「ペルソナかぁ」
神谷奈緒「ペルソナかぁ」 - SSまとめ速報
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の続きでございます。


書き溜め自体は順調に進んでおりますので、更新できるうちにすこし進めておこうと思いまして。

本日夕方に前スレに六話を投下いたしました。
まだの方はそちらからお読みすることをお勧めします。


では、七話の投下開始でございます。


―――連休初日、八十稲羽駅

「ついたついたー!」

フェスが終わって二日後、アタシ達は楓さんに連れられて八十稲羽の地に降り立った。

「えぇと、ここにマイクロバスが迎えに来るんですよね?」

「えぇ、そのはずだけど…」

楓さんがキョロキョロあたりを見回す。
こういう時って、大抵お客さんの到着よりも前にバスが来てて、旅館の人が出待ちしてるもんだと思ってたけど…。

「まだ来てない、か?」

「そうみたいですね…」

手違いだろうか。
参ったな、ただ遅れてるだけなら良いけど、このまま来ないとなるとこんな大荷物抱えては動けないぞ。

「うきゃー、空気がおいしいにぃ☆」

「うーん、早く宿行って寝たいなぁ」

ダイナミックに深呼吸するきらりの頭上で(文字通り頭上で)、来るときもずっと寝てた杏がぼやく。


「おぉー、すごい!見渡す限り畑が続いてるよ!」

「ホントだ。おばあちゃんちに来た時みたいだね」

「ナナの家の近くも…なんでもありません!」

未央と凛と菜々さんはいつも通りだ。

というかアタシと肇と楓さんが困った顔してるんだぞ、誰か気にしろよ。

その時ブォーン、とエンジン音が聞こえてきた。
田舎道だからだろうか、結構なスピードを出していたマイクロバスがアタシ達の前でキキッと止まる。

「いやー、すみません遅くなってしまいまして!」

如何にも旅館の人、って感じのおじさんが運転席から飛び出してきてぺこぺこ頭を下げる。

「えー、高垣様御一行でお間違いありませんね?」

「はい、よろしくお願いします」

「いやー、こりゃべっぴんさんばっかりで!大変結構でございますな!ささ、荷物をこちらへ、旅館の方へご案内いたします」

言われるがままに荷物をマイクロに積んで、アタシ達も乗り込む。
全員の乗車を確認したバスは、ゆっくりと発車した。






目指すは本日の滞在先、天城屋旅館だ。





―――天城屋旅館

「いらっしゃいませ、天城屋へようこそ」

「お、おぉー」

とてつもなく立派な旅館だ。
家族とだってこんな旅館に来たことはない。

「お世話になりますー」

流石楓さんは温泉巡りが趣味なだけあって手馴れている。
肇もとくに気後れした様子はない。

「お部屋にご案内いたします。こちらへ」

荷物は旅館の人が部屋まで運んでくれるとかで、至れり尽くせりだな、ホント。

通された部屋は、旅館の外観、雰囲気から予想した通りのTHE和風だ。

「本日は天城屋にお越しいただき、まことにありがとうございます。早速ですが、本日のお夕飯の時間は六時となっております。また、大浴場は朝六時から夜十一時まで、露天風呂は時間帯によって男湯、女湯が変わりますのでご注意ください」

「はい、ありがとうございます」


「お土産などのお買い求めは、当旅館の前より稲羽市への無料の送迎バスが出ておりますのでそちらをお使いいただくのがよろしいかと思います。釣り具などの貸し出しも行っておりますので、ご入り様でしたらお声かけください」

「釣り…」

釣りと聞いて肇の目が輝く。
アタシもちょっとやってみたいなぁ。肇が行くときにはついて行ってみようか。

「では、ごゆっくり」

丁寧にお辞儀をすると、中居さんはすっと出て行った。
すげー、やっぱ本物は動きが違うんだな。

「さて、どうしましょうか」

「そうですねぇ…長旅でちょっと疲れましたし、ナナはさっそく温泉に行ってみたいですねぇ」

楓さんの問いかけに菜々さんが真っ先に反応する。
来るときもずーっと楽しみにしてたもんな、菜々さん。

「私も汗を流したいかな」

凛が服をパタパタやりながらその言葉に同意する。


「では、私もご一緒しますね。他の人は…?」

「私はちょっとこの旅館の周りを見て歩きたいなー!町まで歩くとどのくらいなのか気になるし」

「きらりも未央ちゃんと行くー!杏ちゃんはー?」

「杏はとりあえず…寝る!」

言うが早いかごろんと横になる杏。
コイツは…。

「肇はどうする?」

「私は…やっぱり釣りをしたいですね」

予想通りだ。

「じゃあ、アタシもご一緒していいか?」

「えぇ、是非」

ニコッと笑う肇。

「なんとなくみんなやることは決まったようですね」

楓さんが満足そうにうなずく。
そういえばこの人が音頭を取ってるってなんか珍しいな。


「じゃあ、お夕飯の時間にお部屋に集合にしましょう…週五で集合…ふふっ」

あー、なんていうかやっぱり楓さんだ。

楓さんのその言葉を合図に、アタシ達はそれぞれ行動を開始した。


―――鮫川上流

旅館で釣竿を借りたアタシと肇は、歩いてすぐの川に来ていた。

「この川は、向こうの街まで流れているそうですね」

肇が日差しから目を守るように手をかざし、下流の街を見やる。
うーん、絵になるなぁ。

「このあたりでいいでしょう。貸竿はどんなものだろうと思いましたけど…結構良い物で驚きました」

くすっと笑う肇。

「奈緒さん、釣りの経験は…?」

「全然なんだ。だから教えて貰えたら、と思って。…迷惑じゃなかったか?」

「迷惑だなんてそんな…同好の士が増えるのは嬉しいことです。特に私の趣味はあまり女の子でやっている人は多くありませんし…」

喋りながら肇は、テキパキと釣竿の準備を進める。
陶芸をやっているというのもあるかもしれないが、それにしてもこの子は器用だ。

「よし、仕掛けはこんな風にセットします」

肇のお手本を、見よう見まねでやってみる。
そういえば今回は練団子みたいなエサを使うけど、虫を使うのが一般的なんだよな?


「えぇ、時と場合によりますが。奈緒さんは、虫は大丈夫ですか?」

「うーん、特別好きではないけど、カブトムシとかコオロギとかそんなんだったら一応大丈夫かな」

「あぁ、なら大丈夫ですね。もし奈緒さんが釣りに目覚めたら、その時は本格的に行きましょう」

「おう」

適当に腰を落ち着けられそうなポイントを探して、二人で釣糸を垂らす。
川の近くで木陰だからか、夏だというのにそこまで暑くもない。

「なんていうか、落ち着くな」

「はい、それが釣りのいいところです。こうやって自然の中で静かに釣り糸を垂らしていると、心が落ち着いて、小さな悩み事も洗い落とされていく気がします」

「うん、なかなか良いもんだ」

物の本(つっても漫画だけど)で読んだところによると、釣りっていうのは待ちの勝負。
そうそうバンバン釣れるもんでもないらしい。釣りの種類によるが。

魚が引っかかるのを待ちながら、肇とぽつぽつ話をする。


「肇はおじいちゃん子なんだったよな?」

「はい。小さいころから祖父にくっついてばかりで。この趣味も陶芸も、祖父から受け継いだようなものです」

「通りで落ち着いてるわけだよなぁ」

「いえ、私なんてそんな。それに、一時期は男の子に『オッサンくさい』ってからかわれてたこともあって、こういう趣味から離れてたことがあるんです」

へぇ。
いつでもマイペースで、他人の意見なんか気にしないで生きてきたのかと思ってた。
もちろんいい意味で、だ。

「ふふ、最初から自分のことに自信を持っていられる人なんてなかなかいませんよ。特に思春期なんて、みんな同じようなモノじゃありませんか?」

「年齢的にはアタシも肇もまだ思春期でいい気がするけどな」

「ふふっ…そうですね。でも、確かにからかわれるのが嫌だった時期もあるんです。だけど、ある時祖父が『肇や、お前がやりたくないというならそれでいい。けどな、本当はやりたいのに我慢するというのはいかんぞ、いつでも工房の鍵は開けとくからの』って」

「それで、どうしたんだ?」

「一晩考え込んでたんですけど、次の日になって、気付いたら土を練ってました。そこで気づいたんですよね。あぁ、私これが好きなんだって。それで、好きでもない人のために好きなことを我慢するのもおかしいかな、って思って、今でもこの趣味を続けています」


「へぇ」

うーん、肇をからかってた男の子たちは思春期特有の好きな子に悪戯しちゃうだったかもしれないよな、とか考えるとちょっとかわいそうな気もしたけどな。

「まぁ自分でもこの趣味が、若い人があまり好んでやらないものだという自覚はあるので、そんな『オッサンくさい』私が今はアイドルなんてやってるのを思うと、ちょっとおかしい気もしますけどね」

そう言って、肇は悪戯っぽく笑った。
いつも思うけど、ホントにウチのスカウト陣はどうやってこういう子たちを見つけてくるのだろうか。

「あ、奈緒さん!竿!竿!」

「ん?へ?あぁ!?」

ぼんやりしてたらいつの間にかアタリが来てたようだ。
アタシの手の中で竿がブルブル震えている。

「どどどどうすればいいんだ肇ェ!」

「落ち着いて奈緒さん!まずは強く引っ張らないで適度に魚を遊ばせてください!」

肇の指示通りに何とか竿を操る。


「引いて!待って…引いて!」

「くっ…このっ!」

結構でかいんじゃないか?コレ。
どうにかこうにか竿を持ってかれないように必死だ。

どれくらい格闘してたろうか。
時間にしたら五分くらいか。アタシには一時間くらいに感じたけどな。

「魚がぐったりしてきました!今です、奈緒さん思いっきり引いてください!」

「ぐっ…おらあああああ!」

気合一発、渾身の力を込めて竿を引っ張り上げる。

「やった!やりましたよ奈緒さん…!」

「ふぅ…いや、アタシはもうへとへとだよ」

アタシの釣り上げた魚は岩の上でビチビチ跳ねている。
いや、かなりでかいんじゃないか?

「これは…オオミズウオですね。このあたりに生息している中型の淡水魚ですけど…かなり大きい型ですよ」

「はぁ、アタシの人生初の獲物はお前か」


「初めてでコレはすごい釣果ですよ!やりましたね、奈緒さん…!」

「いや、肇のおかげだって、アタシ一人じゃあっという間に逃げられただろうさ」

思いもかけぬ大物に、アタシ達は笑顔で顔を見合わせた。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”隠者”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・






>藤原肇『隠者』と改めて絆を紡いだ!





魚が恨めしそうにこちらを見ている気がする。

「そんな顔すんなって、付きあわせてゴメンな、すぐ水に戻してやるから」

「ふふっ…奈緒さんはおもしろいですね」

「そうかぁ?なんか恨めしそうだからさ」

肇が手早く針を取ってやった魚を、再び川へ離す。

「あ、奈緒さん、気付けば結構いい時間ですよ。そろそろ宿に戻りませんか?」

「そうだな、夕食前にひとっぷろ浴びたいし」

アタシと肇は釣り具を片して、旅館に戻ることにした。



その日はその後、宿の美味しい食事を堪能して、温泉に三度もつかり、深夜のガールズトークに花を咲かせたのだった。


―――翌日、朝、天城屋旅館

「さて、今日はどうしましょう?」

「アタシ達はちょっと町に出てみようと思ってるんだ」

楓さんの問いに答える。

「どこに何があるかとか見ておきたいし、なんか名物のビフテキってやつも食べてみたいしな」

半分ホントで半分ウソの予定を楓さんに告げる。

「それもいいわね…。誰と行くのかしら、みんなで?」

「いや、とりあえずアタシと未央と凛でかな。菜々さんたちも町に行きはするみたいだけど、あっちは別コース」

この旅行に来られたのは楓さんのおかげであると同時に、マヨナカテレビの調査に巻き込むわけにはいかないというのもある。
となれば当然怪しい行動は慎むべきで、適当にばらけるのが吉、と行く前にみんなで決めていた。


「私は…どうしようかしら」

「なら楓さん、一緒に商店街の方へ行きませんか?」

「商店街…?」

「はい、ここの商店街には面白い工房があるって前に聞いたことがあって…。それと、同じ商店街に酒屋さんもあったはずです。幻の焼酎っていうのもあるらしいですよ」

「焼酎…」

肇の提案に楓さんの目が輝く。

「楓さん、日本酒派とは聞きますけどけっこう焼酎もお好きでしょう?」

「えぇ、焼酎もしょっちゅう飲みます…ふふっ」

頬が緩んじゃってまぁ。

「決まりですね。今日はみんなで町へ行きましょう」

ということで、朝ごはんを食べたら稲羽市街に行くこととなった。

本格的な調査の始まりだ。


―――稲羽中央通り商店街

「じゃあ、例によってお夕飯に宿で集合ということで」

という楓さんと肇と別れ、アタシ達はさっそく作戦会議をすることにした。
とはいえ。

「どっか腰を落ち着けられるところに行きたいな」

「あ、じゃあ来る途中に見えたジュネスは?あそこならフードコートあるっしょ」

「賛成です!」

「よし、それじゃあまずジュネスで作戦会議だ!」


―――ジュネス、フードコート

「いやー、結構にぎわってるね。夏休みだからかな?」

「そうだな、この辺他に娯楽施設もなさそうだし」

「若い人は隣町の沖奈市まで行って遊ぶのが普通らしいね」

凛の言葉に「そうかもなぁ」とうなずく。
都会からきている人間の物言いで申し訳ないけど、この辺は本当に田舎町、といった感じでコンビニもない。不便っちゃ不便だ。

「さて、どうしよっか」

「今回のこの旅行の目的の半分は、マヨナカテレビについて調べることだ。この手の噂は、今回もそうだけど学生間で広まるのが通常。なら、その辺歩いてる地元の高校生とかに話を聞いてみるのがいいんじゃないか?」

「聞き込みってわけだね、くぅ~、なんからしくなってきたじゃん!」

「でも、何について聞いたらいいんでしょう?」

「そのものズバリ『マヨナカテレビって知ってるか?』でいいと思う。知ってたら、見たことがあるか、とか、他に知ってる人は、とか」

「そうだね、他に聞きようもないし」

「それじゃあ二手に分かれて、町中を聞いて回ろう。何かあったらケータイに連絡してここに集合。何もなくても五時にはいったん戻って来よう」


「りょーかいだにぃ!杏ちゃんいっくよー!」

「ちょ、きらりっ、引っ張るなっ」

「お、おいていかないでくださいよぉっ」

きらり、杏、菜々さんの三人は騒がしく走って行った。

「私たちも行こう」

「ガッテン!」

「おう」

今までさんざっぱらアタシたちを振り回してくれたマヨナカテレビ。
今日こそは尻尾をつかんでやるぜ!


―――午後、稲羽中央通り商店街、四六商店前

「あっぢー!」

「さすがにこの炎天下での聞き込みは骨が折れるね…」

「うーん、さすがに見通しが甘かったかな…」

意気込んでジュネスを出発してみたものの、聞き込みは予想以上に困難を極めた。

まず、そもそも凛は聞き込みに向かない。
けして人見知りだとかそんなんじゃない、最近売れてきたこいつじゃ逆にこっちが質問責めになるばかりで話ができないってことだ。

(悲しいことに)まだあんまり顔の売れていない未央とアタシで色々聞いて回るが、今度は聞いたら聞いたで「あぁ…そんな噂あったけか」とか「えー、去年一時期話題になったけど、もう映らなくなったらしいし」とかばっかりで、一向に有益な情報は手に入らない。

「『人のうわさも七十五日』って言うけど、こんなに覚えてないもんなの!?みんな!」

「そもそも噂と同時期に連続殺人が起きたせいで、こっちの方は途中から話題性が弱くなったって側面があるらしいしな…」

「田舎は噂が回るのも早いけど、消えるのも早いんだね…」

「唯一手に入ったまともな情報と言えば、未央が前に『ゴールデンウィークの時にもしばらく見れた』って話がどうやらホントらしいってことだけか…」


マヨナカテレビのうわさがここ発祥らしいと調べた未央が、その時に言ってたことだ。
ゴールデンウィークの時は、格闘番組が流れたらしい。

映っていたのは高校生の男女。しかし肝心の情報源も自分が見たわけじゃなくて友達から聞いただけという話だから、詳しいことはなんにも。
ただ、地元の高校の生徒だったらしいが。

「今、市役所に行った菜々さんたちから連絡来たよ。ここ数か月の尋ね人とかあたってみたけど、特にマヨナカテレビが絡みそうな失踪者はいないって」

「…そーかぁ」

あー、ホームランバーがうめぇ。
今までの凛たちのパターンを見てみると、マヨナカテレビに映った人がテレビの中に連れて行かれるのは間違いないと思う。

となると、テレビに誰かが映ったにも関わらず怪しい失踪者がいないとなれば、アタシ達の『マヨナカテレビに映った人がさらわれる』って前提が間違っているか、『アタシたちのやっているように、テレビの中に落とされた人を助けている誰かがいる』ってことになるんだけど…。

「さすがに警察の失踪者情報までは調べられないし、今日の所は戻って作戦を練り直した方が良いか?」

「そうだね…そうかも」






「ふー、あっちぃあっちぃ…んー…おぉっ!?ほ、ホームランバーがねぇ!」





そろそろ戻るか、とアタシたちが動き出そうとしたとき、左目の上んとこに物騒な傷のあるのガタイの良い兄ちゃんが店先の冷蔵庫を覗いて驚愕の声を上げる。

あー…そういえばアタシらの買った分で最後だったな。

「おばちゃん!頼むぜ仕入れといてくれよぉ!!オレぁこいつだけが楽しみで…」

「おや、なくなったかい?すまないねぇ完二ちゃん、今度からは気を付けるよ」

「ホント頼むかんな!あと完二ちゃんはやめろ!!」

やれやれ、と息をついて踵を返した大男『完二ちゃん』とばっちり目が合った。
あ、これやばい?

「あっ!ホームランバー!」

アタシ達の手に持つ空の袋を見て声を上げたが、もはやどうしようもない、と肩を落とす。
なんだかその仕草が不良らしくなくて、ついアタシは吹き出してしまった。

「あ?アンタなに笑ってんだ?」

「ちょ、やばいってかみやん!」

「オレがホームランバー食いてぇのがそんなにおかしいか?あぁ!?」

「おおお、おかしくないですすすすいません!」

「…大きな声出さないで」


ガタイの良いアンちゃんに凄まれてビビるアタシと未央の前に、凛がすっと進み出る。
『完二ちゃん』をキッと睨み付けた。

「そうやって凄めば誰でも怖がると思ったら大間違いだよ!」

「べ、べつに脅そうってんじゃねぇけどよ…」

す、すげぇ、凛。
男を視線で殺した…。

「けどよ!ホームランバーっつのはあれだ…夏のふうぶつし?みてぇなもんでよ。オレとしちゃこいつがねぇと夏もはじまんねぇっつーか…」

あれ?もしかしてこの人実はそんなに怖くない?
なんていうか、素の言動で損してるタイプの人?

凛もそれがなんとなく伝わったのか、態度を和らげる。

「…害意がないなら別にいいよ。私もちょっと凄みすぎたかな」

そういって、少し微笑んでみせる。

「…お、おうよ」

あれ?ちょっと赤くなってる?


「そうだ!お兄さん、マヨナカテレビ、って聞いたことない?」

「あぁ?マヨナカテレビだぁ?」

『完二ちゃん』さんが少し不審そうに眉根を寄せる。

「去年そんなくだらねー噂が流れてたけどよ…テメーら、マヨナカテレビのことなんざ調べてどうしようってハラだ?」

この反応、この人何か知ってるのか?

「実は、アタシらオカルト研究会でさ、都心の方の学校の。そんで最近『雨の日の深夜零時に消えたテレビを一人で眺めてると運命の人が映る』って噂を聞いて色々調べてたら、その噂の発祥がこの辺だって聞いたもんでさ」

「オカルト研究会だぁ…?」

『完二ちゃん』さんが怪しそうにアタシらをじろじろ眺める。

「うん、私たちは日夜不思議なものを追い求めて活動してる。未だその存在を疑問視されているツチノコ、チュパカブラをはじめとしたUMAや、ストーン・ヘンジ、ナスカの地上絵などの超古代文明の足跡。それだけじゃないバミューダトライアングルに消える飛行機の謎やエリア51の真相のような大きな事件からトイレの花子さんまで、ありとあらゆる超常現象を探求しているの」

「ちゅぱ…?な、なんだかわからねぇけどすげぇことしてんだな」


凛の「逆に怪しいだろ」というまくしたてるような長広舌は、『完二ちゃん』さんにはオタクが興奮してるように映ったらしい。
若干引いてる。てか凛も詳しいな。

「とにかく、そういうことなんだ。なにか知ってることないか?」

「…アンタら、そのマヨナカテレビっての、実際に見たのか?」

「…見たよ」

『完二ちゃん』さんの低く問いかける声に、アタシ達も真剣に答える。

「そうか…」

一つため息をつくと、『完二ちゃん』さんはアタシ達に背を向けた。

「ちょ、どこいくの!?」

「オレぁマヨナカテレビのことなんざなんも知らねぇ。そういうくだらねぇ噂は信じねぇことにしてるからな。アンタらも、そんな噂のことは忘れるこった。どーせ寝ぼけて夢でも見たんだろうからな」

「んじゃ」と言うと、アタシ達に口を挟ませる隙もなく、『完二ちゃん』さんは行ってしまった。


「何なのさアレ!」

「アレじゃあ『実はすごいこと知ってます』って言ってんのと同じだよな」

「どうする?後を追う?」

「いや、あの感じじゃ多分今追っかけてもなんも教えちゃくれないだろう」

「ペルソナの事とか話したら教えてくれるかなっ?」

「うーん、悪い人ではないと思うけど、まだ早いと思うな。あの人がどれくらいマヨナカテレビについて詳しく知ってるかがわからないし」

「そっかぁ」

「とりあえず、今後当たる先がひとつ見つかっただけでも今日は良しとしよう。今日はもう捜査はここまでにして一旦合流だ」

そういえば、あの『完二ちゃん』、どっかで見た事ある気がするんだよな…。


―――ジュネス、フードコート

「うー、とりあえずその『完二ちゃん』に話を聞ければいいんだにぃ?」

「そうなるかな」

『完二ちゃん』さんと別れたアタシたちは、捜査に進展ありとして再びジュネスのフードコートに集まっていた。

「菜々さんたちの方は何か分かったか?」

「すいません、こちらはさっき未央ちゃんに連絡したことくらいで、新しいことは何も…」

「いや、良いんだ。こっちだって他に新しい情報があるわけじゃないんだからさ」

捜査は難航気味ってところか。

「…聞き込みしながら思ったんだけどさ」

未央がふと思いついたようにしゃべりだす。


「最初の最初は、かみやんに超能力が目覚めた!ってことで怖かったけどめっちゃワクワクしたんだ。

だけど、その後しぶりんが消えたり、あんちゃんいなくなっちゃったりで怖いことが続いてさ。

私もきらりんもさらわれたわけじゃないけど、しんどい思いしてシャドウと戦ったわけじゃん?

なんていうか、やっぱりこのまま放っておいちゃいけないな、って」

未央の言葉にみんな「うんうん」とうなずく。

「多分、このままだとまだまだマヨナカテレビは放送し続けると思う。

そのたんびに私たちが助けに行くのはそりゃ当然なんだけどさ。

やっぱり誰かが怖い思いをする前に防げるのが一番だと思うんだ」

そこで未央がニヤッと笑う。

「つまり何が言いたいかっていうと…」

「『みんな頑張ろう!』ってことでしょ?」

「あー!しぶりんそれ一番大事なせりふなのにぃ!!」

凛の絶妙の合いの手と未央のツッコミに、その場にいる全員から笑いが生まれる。


「でも…実際どうしたらいいかってことは、わからないんですよねぇ…」

菜々さんの言葉に全員肩を落とす。
いやまぁそうなんだよなぁ…もう少しで情報がつかめるとは思うんだけど。






「やぁやぁベイビーたちぃ、そんな暗い顔をしていたら幸せも裸足で駆け出して行ってしまうクマ!」





気付くと、まん丸のよくわかんないキグルミがアタシ達のテーブルの席に腰かけていた。

「…誰?」

「クマはクマクマー」

どっかのウサギとオーバーラップするな。
あれ、つい最近おんなじことを思った気がする。

「どーしたのそんな沈みゆく夕日の様な顔をしちゃってー。クマ可愛い女の子のそんな顔見たくないクマ!ささ、何があったのかクマに話してみんしゃい」

「うきゃー、クマちゃんなのかにぃ?かーわいいにぃ!!」

「うぉわぁっ!おっきい女の子クマ!でもこんな可愛い子に抱きしめられるなんてクマし、あわ、せ…く、くるしい…」

「ちょ、きらり!しまってるしまってる!」

「うわー!ふっかふかだにぃ!」

「ぐ、ぐるじ、ぐるじ…ヨースケ!ヨースケェ!助けてクマー!」






「あぁん?おいクマ吉、まーたお前お客さんにちょっかい出して…ってちょお客さん!それはまずい!クマ形変わってるって!」





騒ぎを見つけたバイトさんらしき男の子がきらりとクマを引きはがす。

「いやぁ、ホントすいません!コイツなんかセクハラとかしちゃいました?謝らせますんでどうか警察沙汰だけはぁっ!」

「よ、ヨースケェ、クマセクハラなんかしてないクマよぉ」

「うっさい!良いからお前も謝れ!」

「あ、あの…」

「はい!なんでございましょうかっ!」

すっげぇ勢い。

「えっと…その、セクハラとかはされてないから安心してもらっていいですよ?」

「えっ?」

「なんていうか、今のはこいつなりの愛情表現と言いますか…この子、力加減が難しい子なんで」

「照れるにぃ」

いや、ほめてないぞきらり。


「あ、愛情表現?」

「えぇ、ほら、遊園地で子供がキグルミに抱き着いたりするでしょ?あれと同じような」

「マジかよ…どっからどう見てもサバ折りにいってるようにしか見えなかったぜ…」

バイトのお兄さん、ヨースケさんが安堵半分引き半分でつぶやきを漏らす。

「ホラぁ、ヨースケはそうやって人を信用しないんだからぁ。ぷりちーなクマはみんなに愛されて当然でしょー?」

「だぁってろお前は!だいたい自分にどれだけの前科があると思ってんだよ!」

まるでコントだ。

「まぁこちらの早とちりだったとはいえ、お騒がせしました!お詫びに飲み物でもご馳走しますんで、何かご希望あれば」

「あ、マジで?杏メロンソーダね」

「ちょっと杏、いきなりたからないの。…気にしなくて大丈夫だから」

「いや、でもせっかくだからこんな可愛い子ちゃんたちとお近づきになりたかったり…って」

凛の方へ言葉を返そうとしたヨースケさんの目がまん丸くなる。
あー…気づかれたか。


「もしかしてしぶり…」

「しーっ!しーっ!」

未央が慌てて人差し指を立てて「言うな」の合図。
ヨースケさんは慌てて口を押えてこくこくうなずく。

「こんだけ人多いとさ、しぶりんレベルになるとちょっとパニクっちゃうかもしんないっしょ?」

「あ、あぁ、申し訳ない、芸能人みんの久々だったもんで驚いちまった」

「ヨースケはいつまでたっても子どものままね、クマ、クマっちゃうー」

「うっせっつの!」

「ん?つーかよく見ると皆さん方全員アイドルじゃね?なんつったっけあの…そう!CGプロの!」

「ん?知ってるんすか?」

「あぁ、俺結構アイドルとか好きなもんで。…それにしても去年に引き続き今年もアイドルが来てるなんて、八十稲羽もついにメジャー観光都市かぁ?」

「去年に引き続きって?」

「えっと、去年ここであの『りせちー』が休養してたの知らないすか?俺、りせちーが休業中通ってた学校で一個上でさ、色々偶然重なって仲良くしてたんすよね」


あぁ、そういえば…って思い出したぞ!
この人もさっきの『完二ちゃん』さんも、こないだのフェスでりせちーのステージを眺めてた人たちだ!

ってことはこのクマクマうるさいやつは、あそこにいた金髪の男の子か?

「ま、こんなこと言っても信じてもらえねーだろうけどさ!」

「いや…アンタ確かこないだのフェス見に来てたよな?」

「えっ!」

「なんで知ってるの奈緒?」

アタシは、会場でりせちーのステージを見ていた時に近くにいた男女のグループの話をした。

「りせちーほどのアイドルに対して、すっごい親しげだったから覚えてたんだ。普通アイドルに妙に親しげなのって、ちょっと危ないファンとかだけどアンタたちは違う感じがしてさ」

「うぉー!アイドルに顔覚えられてたとかってマジか!いかがですかこの花村陽介、なかなかの優良物件と自負しておりますが」

「はいはい、ヨースケはチエチャンたちに張り倒されないうちにナンパをやめた方が良いと思うクマ」

「だまっとけっての!…ちなみに八十稲羽にはどんな御用で?ここ、なーんもなくてビックリっしょ」


「ちょっと休暇を過ごしに温泉地へってとこかな」

「ははぁ、なるほど。ってことは旅館は『天城屋』?」

「アイドルの泊まっている宿のことは、普通に考えたら教えられないのだよ花村君!」

「おわっと、そりゃそうっすよね、あはは」

突然現れたわりにすんなりと会話に溶け込むヨースケさんもとい花村さん。

「けどま、『天城屋』だとするなら外れはないっすよ。旅館の手伝いしてる雪子って子と友達なんすけど、美人若女将、って感じで雰囲気半端ないし」

「ふーん」

気さくでノリも良いこの感じからすると、結構顔は広そうだよな。
それよりも。

「なぁ、花村さん」

「ん?陽介でいいよ」

「花村さん」

「あ、はい、なんでしょう」


「『マヨナカテレビ』って知ってるか?」

「…なんだって?」

それまでおちゃらけていた花村さんのかおが一瞬曇る。
『完二ちゃん』さんほどわかり易くはないけど、アタシ達はその表情の変化を見逃さなかった。

「なんか知ってるんだな?」

「さぁて、去年流行った都市伝説のことなら、俺も試したけどなーんも映んなかったしなぁ。寝ぼけて見間違えたってのが相場だろうさ」

嘘だな。
少なくともアタシたちはマヨナカテレビが単なる噂じゃなくて実在する話だと知っている。

試した人に見えないわけがない。
ましてここはマヨナカテレビの噂発祥の地だ。

「最近アタシらの学校の近くでそんな噂が流行りだしてさ、噂のもともとの出所はここみたいだから、真相を確かめようと思って」

「…アンタら、マヨナカテレビ見たのか?」

アタシ達は黙ってうなずく。
気付けば、あんなに騒がしかったクマとかいうのも黙っている。


「あー、なんて言ったらいいか…そのことは忘れた方が良いと思うな、うん。ほら、寝ぼけて見間違えたんだってきっと、たぶん」

「これだけの人数が寝ぼけて同じものを見たなんて理屈が通ると思うー?」

「…」

花村さんは何かに迷うように黙ってしまった。
しばしの沈黙の後。

「えっと、したらオレからアンタらにいくつか聞きたいことが…」

「よ、ヨースケ!」

「んだよクマ!今大事な話…って、あぁ!」

「ふーん、陽介くん、バイトサボってまでするナンパだもんね、そりゃー大事だよねぇ」

「ち、ちちちチーフ!」

花村さんが振り向くと、そこにはスーツ姿でニコリとほほ笑む男の人が立っていた。
チーフってことはバイトの統括かな。

そういや花村さんもクマもバイト中だったな。


「あ、いやチーフちがうんですっ!これには深いワケがぁっ!!」

「言い訳はバックヤードで聞こうか…さて、何日タダ働きしたいかな?」

「そんな!待って!お慈悲を!いやだあああ…」

あ、連れてかれちった。

「よよよ、ヨースケェ!」

クマも慌てて後を追おうとしたが、ちょっと立ち止まってこちらを振り返る。

「えっと、マヨナカテレビにはそれ以上かかわらない方が良いと思うクマ!クマ、かわい子ちゃんたちが大変な目に合うのはこれ以上見たくないクマよ」

「ちょっと、クマ!それどういう…」

「ヨースケー!」

行っちゃった。

「今のどう思う?」

「どうも何も…決まりっしょ」

「だね」

「なにがー?」


「今の花村さんもクマくんも、さっきの『完二ちゃん』て人も、たぶん仲間。それもたぶん、マヨナカテレビについて詳しく知ってて、少なくともマヨナカテレビに人が映るとどういう事が起きるか知っている」

そうだな。
あの様子じゃ何も知らないなんてことはないだろう。

むしろ、アタシらがこれ以上首を突っ込まないように、つまり危険な目に合わないように忠告してきた。

「あの人たちも、ペルソナ使いなんでしょうか?」

「そこまでは…単にマヨナカテレビについて詳しいだけかもしれないし」

とか口では言いつつ、アタシはほぼ確信していた。
ベルベットルームで告げられた似た運命を持つ人たち、それはあの花村さんたちだろう。

となると、あの観客席にいた七人プラスりせちーがペルソナ使いだと考えるのが定石か?

「奈緒、そのフェスにいたりせちーの友達って、顔覚えてる?」

「あぁ、今はっきり思い出した」

凛はさすが、勘が鋭い。
早速アタシが見たという人たちについて問いただして来た。


「やっぱりその人たちは仲間なのかな?」

「あぁ、休養なんて理由でいきなり現れたアイドルとあんなに親しげになれるってのは、やっぱり一緒になにかやり遂げたとかなんじゃないか?」

たとえば事件を解決するとか。
もちろんそれがなきゃ仲良くなれないとは思わない。

だけど、アイドルが一般の人と遠慮なく付き合う事の難しさをアタシたちはよく知っている。
ましてりせちーはあのころ準トップアイドルだった。

「んー、なんかよく分かんないけど、とりあえずあの花村さんとクマってのをゆすればなんか出てきそうだってことだねー」

「ゆするって、言葉悪いよ杏」

凛がくすくす笑いながら指摘する。

「えー、事実じゃんよー。あー、しまった、連れてかれる前にクリームソーダおごってもらえばよかった」

「メロンソーダじゃなかったか?」

「今はクリームのっけたくなったのー」

「とりあえず、今日はもう話聞きに行く当てもないし、宿に戻ろっか」

「そうだな」


―――夕食時、天城屋旅館、客室






「―――失礼します。お食事の用意が整いました」






帰ってきてくつろいでいたアタシたちの耳に、そんな言葉が飛び込んできた。

部屋のふすまがスッと開いて、料理が運び込まれてくる。
これは、御膳ってやつなのか?詳しいことはまったくわからん。

「こちらは七里の浜で取れる魚介類のお刺身となっております。こちらが…」

この仲居さんすごく若いなぁ…それにめっちゃ美人だ。
年はアタシ達と同じくらいかな…ん?同じくらい?
てかこの人もフェス会場にいた一人じゃんか!!

「あの、どうかなさいましたか?」

「あぁ、いや、えっと…花村さんて知ってる?今日の昼にジュネスで会ったんだけど」

「え?あぁ、花村くんは学校の同級生です。彼が何か…?」

「なんかクマってやつに絡まれた流れでちょっとおしゃべりしたんだけど、あなたの事を自慢げに話してたもんで」

「クマさんに絡まれた!?」

「あぁいや、絡まれたっつーか絡んだっつーか…」

何で今この人目を輝かせたんだ?つーか食いつくとこそこじゃねーだろ!
マヨナカテレビのことを聞きたいけど、今ここには楓さんと肇もいる。
何も知らない二人がひょんなことで巻き込まれるのも嫌だし、ここは黙っておこう。


「でも、花村さんの言ってた通り、良い旅館ですね、ここ」

「ふふ、ありがとうございます」

天城屋の若女将、天城雪子さんは嬉しそうに笑う。

「ちょっと前までは、ここを継がなきゃってことで頭がいっぱいで、正直逃げ出したくなることもありましたけど…今では自慢の旅館です」

「あ、お客様に言う事じゃありませんよね」とペロッと舌を出した天城さんはとてもかわいらしかった。

天城屋の夕食は大変に素晴らしい!
アタシ達はおしゃべりもそこそこに舌鼓を打った。

そして、二日目もガールズトークに花を咲かせながら夜は更けていくのだった。


―――翌朝、天城屋旅館、ロビー

「おはようございます。昨夜はお休みになれましたか?」

「あ、おはようございます。とっても良かったです」

朝ごはんも食べ終え、今日はどうしたものかとボンヤリ考えていたら、天城さんが声をかけてきた。

「あの…本日のご予定はいかがでしょうか」

「えーっと、何をしようかな、と考えてたところだったんで特には…」

昨日の今日で花村さんや『完二ちゃん』さんの所に行っても仕方がない気もするけど、他に当てもない、そんなところだ。

「えっと、花村くんから連絡が来て、あなた達がマヨナカテレビについて調べていることを聞きました」

んん?
どうしたってんだ?

「あの、もし時間があるなら今日、ジュネスのフードコートに来てくれませんか?色々お聞きしたいことがあって…」


「それはいいですけど…その代りアタシ達も色々聞きますよ?」

「構いません」

「じゃあ、支度したらすぐ向かいます…ってそれでいいですか?」

「ありがとう!それで大丈夫です」

八十稲羽に来てからこっち、ずいぶん急速に話が進むなぁ。

そんなことを思いながら、アタシはすぐさま凛たちにこの緊急事態を知らせに走った。


―――しばらくの後、ジュネス、フードコート

「おーい、こっちこっち!」

天城さんから話を聞いてすぐに、アタシ達はジュネスへ向かった。
屋上のフードコートに入ると、アタシ達に気づいた花村さんが大きく手を振る。

「すいません、遅くなりました」

「いいっていいって、それよりも、みんなどこに座るぅ?」







「どこだっていいでしょー、花村の隣じゃなければ」






相変らずの軽口を叩く花村さんに、ショートヘアの活発そうな女の子がツッコミを入れる。

「さ、里中サン、それはあまりと言えばあんまりなんじゃないですか…」

「自分の普段の言動を見返してみなさいって」

なんとなく花村さんの立ち位置がわかってきた。
心の中で手を合わせておこう。

「とんでもない大所帯ッスね」

昨日会った『完二ちゃん』さんもいる。

「また会ったね、かわい子ちゃんたちー!クマは幸せ者クマよー」

今日のクマはキグルミを着ていない。
でも言動で奴だとわかる。

「わざわざ来てくださってありがとうございます」

天城さんはこんな状況でも折り目正しい。







「陽介、りせと直斗は?」






こちらに軽く会釈をして、リーダーと思しき男の子が花村さんに尋ねる。

「直斗は警察で調べものしてから来るってよ。りせはちょっと遅れるって連絡きた」

りせちーも来るのか!
そしてどうやらアタシの考えは当たってるみたいだな。

この人たちは、おそらく何らかの事件を乗り越えた仲間たちなんだ。
この集まりの雰囲気も実に手馴れている。

「へへっ、久しぶりだな、特別捜査本部も」

「うわ、なっつかしー響き!最後に聞いたのもう三か月くらい前じゃない?」

「ほらほら、まずは自己紹介しなきゃダメクマ!!」

「たまにはまともなこと言うじゃねぇか、クマのくせに」

「ムキー、失敬な!クマはいつだって真面目のカタマリクマよ!」

「どの口が言うか」

「…みんな落ち着け」

リーダーさんの一言で、『特別捜査本部』?の面々は一旦静かになる。

「クマの言うとおり、本題に入る前に自己紹介が必要だな」

リーダーさんはおもむろに立ち上がって名乗った。


「俺は、鳴上悠。この『特別捜査隊』でリーダーをしている。去年度の一年間ここの八十神高校に通っていた。今は都心で暮らしている。三年生だ、よろしく」

一切の無駄がないスマートな自己紹介。
高校生とは思えない落ち着きっぷりだ。

「昨日も会ったよな、俺は花村陽介。八十神高校の三年生だ。一応このジュネスの店長の息子なんだぜ」

「店長っても雇われなんでしょ、自分で言ってたくせに。あたしは里中千枝。こいつと同じ八十高の三年生で、好物は肉!」

「天城屋をご利用いただきありがとうございます。天城雪子です。千枝とは幼馴染なんだ」

「あー、巽完二ッス。実家は染物屋ッス。八十高二年ス。」

「カンジそれ自己紹介としてはちょっと意味わからないクマ。あ、クマはクマクマー!」

こちらもそれに対応してひとりひとり自己紹介をしていく。


「うわー、マジで見たことある顔ばっかだよ!みんな可愛いよなー!」

「芸能人…なのか?」

「お前はりせん時もそうだったけど、アイドルとかそういうのになると極端に疎いよな。やたら変なとこ物知りなくせに」

「んもー、ヨースケったらー。センセイはチエチャン以外の女の子に興味が…ゲフッ」

「あらー?クマ吉どしたの急におなか押さえてうずくまったりして」

「や、里中先輩、今のはキツイっすわ」

あー、なんとなく今のやり取りだけで全員の関係性が見えてくる。
え?天城さんが喋ってないって?うずくまるクマを見て腹抱えて笑ってるよ。

「だーっ、もうこれじゃ単なるコントじゃねーか!仕切り直すぞ!」

花村さんがツッコんで、ようやく場がまとまり始める。

「ってことで、今回は外部の方を招いての特別捜査会議を行います。そちらさんも、固っ苦しいのはぬきで、喋りやすいようにしゃべってくれればいいぜ、俺らもそーすっからさ」

「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうぜ」

敬語が嫌いなわけじゃないけど、普段のアタシの言葉遣いとかけ離れすぎててよく分かんなくなるんだよな。


「それで、君たちがマヨナカテレビについて調べてるって話なんだけど。単刀直入に聞くぜ、なんでだ?」

「昨日も言った通り、最近アタシらの周りでその噂が流行りだしてさ。試してみたらホントに映ったんだ。それで、この現象を調べてたら八十稲羽に行きあたった。今回ここに来られたのは偶然だけどな」

「マヨナカテレビが映った…か」

鳴上さんが吐息と共に呟いた。

「疑う訳じゃないんだけど…それ、寝ぼけて見間違えたとかじゃないよな?」

「昨日も言ったけどさ、全員でおんなじ寝ぼけ方するなんてありえないでしょー」

「だよな…」

『特別捜査隊』の面々はみんな眉根を寄せている。
どうしたんだろうか。

「えっとさ、それで、マヨナカテレビに映った人なんだけどさ、その後どうなった?」

正直に答えるべきか迷うところだ。
だけど、ここで退いてもなにも進展しないよな。


「…数日後に行方不明になった」

「マジかよ…」

『特別捜査隊』の面々の表情は悲痛なものへと変わる。

「それって、いつ頃の話なんだ!?」

「もう二か月以上前になるかな」

「それじゃあもう…」

「霧はでてなかったけど…二か月じゃ…」

「大丈夫だよ」

「へ?」

悲痛な『特別捜査隊』に凛が声をかけると、拍子抜けしたような顔でこちらを見る。

「だって、映ったの私だから」

「あー、そりゃー大丈夫だよねだって今ここに…ってえええっ!?」


「しぶりんが攫われたのぉっ!?それってめっちゃ大事件じゃん!…ってあれ?そんなニュース見なかったけど」

「芸能人て、そういうとこ大変だからなかなかニュースにはでないよ。それに」

ここで凛は言葉を切ってアタシと未央と菜々さんを見つめる。

「大事になる前に助けに来てくれたんだ。この三人が」

「助けにって、その…」

天城さんがどう言ったものか迷うように言葉を切る。
ここが勝負どころだな。

「あぁ、アタシらが助けに行ったんだ。『テレビの中』へね」

「やっぱり…」

「マジか…」

今度は驚愕の表情を浮かべる『特別捜査隊』一同。

「…ということは、あなた達もペルソナ使いということですね」

鳴上さんが静かに尋ねる。


「あぁ、ここにいる全員ペルソナを持ってる」

「最初に目覚めたのは?」

「アタシだ。マヨナカテレビに映ったのは凛と杏。未央ときらりは救出に行く途中で目覚めて、菜々さんはちょっと特別枠なんだ」

「俺らと状況は似てるな」

「神谷さん、だったな。力に目覚めたきっかけに心当たりは?」

「正直さっぱりだ。マヨナカテレビが映ってる時にテレビ画面に触ったら、腕が潜っちゃって。その力を試してる時に未央とテレビの中に落ちて、コイツがシャドウに襲われてヤバイ!って思ったらペルソナが出た」

「ますます俺らと状況被るな」

花村さんが説明してくれる。

「コイツが『あなた達も』って言った通り、俺らもペルソナ使いってやつだ。最初に目覚めたのは悠。次がテレビの中を探索してる時に目覚めた俺と里中。他の奴らはみんなマヨナカテレビに映った後、自分のシャドウを受け入れて手に入れた力だ。おっと、クマだけは例外だな」

「クマは特別なすぺしゃるクマよー」


「あー、そのことなんだけど、クマさん?さ、ウサってやつしらないか?」

「ウサ?それは誰クマ?」

「えっと、テレビの中で出会ったやつなんだけど…」

ここでアタシは事の起こりから今までにあったことをかいつまんで捜査隊のみんなに説明した。

「テレビの中にクマみたいなヤツねぇ」

「でもさー、クマ吉アンタ出会った頃からずーっと『クマはこの世界で一人ぼっちだー』とか言ってなかった?聞いた限りでは他にお仲間いる感じなんだけど」

「うーん…そもそもこの八十稲羽の外にもテレビの中の世界があること自体初耳クマからねぇ。それに、みんなも知っての通り、クマはもともと単なるシャドウだったクマ。あまりムズカシーこと言われてもわからんクマよ」

「っだよ使えねークマだな!お前の探知能力はどうした!」

「クマの嗅覚が落ち目なのは前々からごぞんじでしょーに!それに、テレビの中と現実とは場所と場所の繋がりがあるクマ。ここから都会までの実際の距離と厳密にリンクしているかまではわからないけど、そんなに離れてたらもう匂いじゃ追いきれないクマよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!このクマちんシャドウなの!?」

未央が驚いて口をはさむ。


「シャドウって、きらり達が戦ったあれのことー?」

「あぁ、驚くのも無理ないわな。そうなんだ、コイツ、元は単なるシャドウだったらしいんだよ」

「シャドウは、人の心の抑圧された部分。どうやらクマは『人に愛されたい』という願望から、クマのぬいぐるみの様な姿を手に入れ、人とコミュニケーションを図るまでになったらしい」

「ま、自我を手に入れた今となってはもう人間とほとんど変わらねー存在らしいから、気にしなくていいぜ」

「向こうの世界はもともとシャドウの世界クマ。例外はあれどあっちにいる者はみんなシャドウであると考えるのがフツーね。そのウサチャンも元はシャドウなのかもしれないクマねぇ」

菜々さんが前に、寂しい自分の前に突然現れたって言ってたけど、それはこういうことなんだろうか…ってそうだ!

「菜々さん」

「えぇ、大丈夫です。話しておいた方がいいでしょうから」

菜々さんは決意の表情で話し始める。

「さっき奈緒ちゃんが、ナナは特別枠だって言ったと思うんですけど、何を隠そうナナは向こうの世界から来たウサミン星人なのです」


「な、なんだってー」

杏がテキトーな合いの手を入れる。

「う、ウサミン星人?」

「なんですかそれ!」

戸惑いの声を上げる里中さんとワクワクした声を出す天城さん。

「今名前の出たウサちゃんていうのはそのウサミン星人です。元々ナナがアイドルとして名乗っている『ウサミン星人』というのは、向こうの世界にいる頃、二人が何者であるかを示す言葉として作られたものなんです」

「向こうの世界から来たってぇことは…アレすか、ねえさんもシャドウなんすか」

「…わかりません。ナナはあの中の事を全然覚えていないんです。ただ、生物として人間とは根本から違っているみたいで、老化のスピードが遅いとかそういうのはあります」

そこで言葉を切って目を伏せる。

「ずっと自分が何者なのかわからないで生きてきましたけど、今のを聞く限りではナナも元はシャドウなのかもしれませんね…」

「元気を出すクマ!」

落ち込む菜々さんに、クマが声をかける。


「クマも自分が何者なのかわからなくて、いっぱい悩んでいっぱいセンセイたちに迷惑をかけたクマ!だけど、今こうして楽しく生きてるクマ!過去の自分がどうだったかなんて関係ない!ベベチャンはベベチャンクマ!」

「クマさん…」

「クマ公の言うとおりだぜ」

「そーだねー。大体もしもともとがシャドウだったとしても今は立派にアイドルなんでしょ?それって普通の人よか何倍もすごいじゃん!」

「あ、ありがとうございます!」

なんだか菜々さんのお悩み相談みたいになってるけど、これはこれで悪くない。
菜々さんもなんだかんだ悩んでたみたいだしな。少し胸のつかえが下りた様でホッとする。

「さて、そちらの事情は分かった。では、マヨナカテレビに関する情報と共に、去年ここで起きた事件について話そう」

そう前置くと、鳴上さんは去年この八十稲羽で起こった連続殺人事件とその裏側について語ってくれた。


簡単に記しておこう。

昨年四月、親の仕事の都合でこの稲羽市に引っ越してきた鳴上さんは、転入早々『マヨナカテレビ』の噂を聞く。

それと時を同じくして、世間を騒がせた連続殺人事件の最初の被害者が出た。

マヨナカテレビについて調べていた鳴上さんと花村さん、里中さんはテレビの中の世界を知り、クマと出会う。

第二の被害者の時点でマヨナカテレビに映った人が危ないと気づいた三人は、以降マヨナカテレビをチェックしては攫われた人を助けるということを繰り返し、ついには真相にたどり着いたそうだ。

「さまざまな人間の思惑が複雑に絡み合った、難解な事件だった」

「そんなことがあったんだ…」

「それで、マヨナカテレビっていったいなんなんだ?」

「詳しい仕組みはわからない。ただ、見たいと思う人の心に、テレビの中の霧が反応して起こる現象のようだ。マヨナカテレビは『のぞき窓』に過ぎない。見えてしまっているだけで、そこに思惑も狙いも存在しなかった…俺たちの時は」

「鳴上さんたちの時は?」

「君たちの話を聞く限りでは、犯人はテレビの中から被害者を引きずり込んでいる。ということは、俺たちの事件の犯人よりもテレビの特性を理解し利用しているということになる」


「そうか、足立も生田目も、アイツら自身がテレビに入ったのは最後の最後、追い詰められてからだったもんな」

「あぁ、今回の事件の犯人が何者かはわからないが、一筋縄ではいかないことは確かだろう」

気を抜けないな…そうだ。

「えっと、アンタたちはそんだけマヨナカテレビのこととか詳しいけど、最近はもう見てないのか?」

「あ、そーだ、それ言っとかないとね」

「うん。あのね、この辺りではもうマヨナカテレビは見れないの」

どういうことだ?

「マヨナカテレビが発動する条件てのは、雨とか深夜零時とかってこっち側の条件もあるけど、コイツがさっき言ったみたいに根本の原因はテレビの中の霧にあるんだ。この地域のテレビの中の霧は、俺らが晴らした。だからもうマヨナカテレビは見れない」

「一応、今年のゴールデンウィークに再発したことがあったから、今でも雨の夜にはチェックしてるんだけど、何の反応もなし。だからキミたちが『マヨナカテレビの事について調べてる』って聞いたときは驚いたよー」

「俺は都心の方に戻ってはいるが、マヨナカテレビの噂を聞いたことはなかった。自室にテレビはないし、そもそも八十稲羽以外でマヨナカテレビが映るなんて思っていなかったから陽介たちの報告だけ聞いて安心していたんだが…」




どうやら今回の事件は捜査隊の面々にとっても寝耳に水の話なうえに、色々経験則を超えているらしい。






「―――すいません、遅くなりました」




「―――ごっめーん、マネジャーがうるさくって」




頭を抱えるアタシ達に、二つの声が届いた。

小柄で中性的な美少年と、お馴染みのりせちーだ。

「りせちゃん!久しぶり!」

「元気だった?」

「千枝先輩に雪子先輩、久しぶり!ライブ来てくれてありがとうね!」

「直斗、わざわざすまないな」

「なんかわかったか?」

「えぇ、まぁ予想通りと言えば予想通りの結果ですが」

「まぁ、アレだ、お、お疲れ、だな」

「あ、あぁ、ありがとう」

りせちーはこの人たちと会うのは久々なんだろう。
営業用ではない素の笑顔を浮かべている。

もう一人の子はなんというか『探偵』っぽい恰好をしている。
どっかでみたことあるな…。

ていうか『完二ちゃん』さん改め巽さんとなんかあるんだろうか。


「あぁ!君あれじゃん!探偵王子!」

美少年の正体に気付いた未央が大声を上げる。

「え?あぁ、ご存じの方がいらっしゃいましたか」

探偵王子と呼ばれた少年がこちらへ向き直る。

「白鐘直斗です。この人たちと同じ八十神高校の生徒で、探偵をしています。どうぞよろしく」

「あ、やっほー、りせちーだよ!…って同業じゃん」

白鐘さんの自己紹介に便乗したりせちーだったが、アタシらの顔を見てテンションが三段階ぐらい落ちる。
でもなんだろう、不快な感じではない。

「アタシらのことわかるのか?」

「そりゃ一緒のフェス出てればわかるでしょ。それに渋谷凛と双葉杏は業界の注目株だし」

「…どうも」

凛が会釈する。

「あ、いやそんなかしこまらないで、私そういうの苦手だし。それに、先輩たちといる時は相当素だから」


「挨拶は済んだか?」

こっちでまた関係ない話が花開く前に鳴上さんが話を元の線路に戻す。

「直斗、報告があれば頼む」

「はい。さっき、警視庁に問い合わせてここ数か月の失踪者などを調べてきました」

「どうだった?」

「この地域と、都心の物だけですが…都心はやはり多いですね。ですが例年並みといったところです。失踪時の状況も、あまり特殊なものは見受けられませんでした。マヨナカテレビと関連がある可能性は少ないかと」

「なるほど」

「ていうか何も聞かずにマヨナカテレビと失踪の関連を喋るって、お前この子たちがホントに単なるオカルト研究会だったらどうするつもりだったんだよ」

「鳴上先輩が『報告は?』とおっしゃったんです。つまり、僕からどんな情報が飛び出しても問題はない、という判断が下されたとみるのが通常でしょう」

「すっご、ツーと言えばカーというか、一を聞いて十を知るというか…」

「探偵さんてすごいにぃ☆こぉんな小っちゃいのに。ご飯食べてゆ?」

「え、あ、いやその今日は時間無くてカロリーフレンドだけですけど…」


「えー、ご飯は大事だよぉー!そうやっておーちゃくしてると、かっこいい大人の探偵さんになれないぞっ☆」

「まぁホームズもそんなに身長高くなかったらしいし、その辺は良いんじゃないか?ご飯は食べた方がいいとは思うけど」

「別にいいよなー、直斗きゅんは小っちゃくて可愛い美少女探偵になるんだもんなー」

「は、花村先輩っ!それ以上言うと酷いですよ!」

「女をそういうからかい方するたぁ…男の風上にもおけねぇな、花村先輩?」

「な、なんでお前が怒んだよ完二!」

「え、ちょっとまって女ぁ!?」

女なの?
言われてみればずいぶん中性的な顔立ちをしてらっしゃるけど。


「そそ、ややこしくなる前に言っとくけど、コイツ女だから」

「何がどうややこしくなるんですか…」

「お前がすんなり女子トイレとか入ってくとこ見られたりしたらどーすんだよっ」

「うわ、花村フケツ」

「近寄らないで」

「女の敵」

「なんでだよ!オレ今至極まともな事しかいってないだろ!」

「今のじゃあ女子トイレの方をよく眺めてる花村先輩の図が浮かんじゃいますもんね」

「残念だ、陽介」

「おい、悠!お前くらいはフォローしてくれよ!てか!直斗お前が今日は探偵ルックなのがいけないんだろ!」

「警察に情報開示に行ったんですから、あんな女の子女の子した服は着れないでしょう!?」

コントだな。
でも、口ではなんだかんだ言いながら、この人たちにはしっかりとした絆があるのを感じる。


絆、か。

「それで!」

息を荒くしながら花村さんが話を再び元に戻す。

「今んとこ、マヨナカテレビ関連の失踪者はなし。てか攫われた二人は今ここで救出されているってことで大丈夫だな?」

「でも、そうなるとこれからどうしよっか」

全員の視線が鳴上さんに集まる。
こういうところで頼りにされるからリーダーなんだろうか。

「…去年の事件では、そもそも事の発端に霧を生み出している奴らがいた。今回の事件と去年の事件では、なんというか狙いもやり口も微妙に違っている気がする。しかし、マヨナカテレビとテレビの中の霧は共通している」

「ってことは?」

「イザナミに会いに行こう」

イザナミってのは、さっき去年の事件について話してくれた時に出てきた、事件全体の黒幕だ。
曰く「神様みたいなもの」らしいけど、そんな気軽に会いに行けるのか?


「イザナミは確かに俺たちが倒した。しかし、そもそも彼らは人の願いと共にある存在。力が弱まる事はあっても、消え去ることはない。現に、霧が晴れたテレビの世界でも、やはりシャドウは存在している」

「まー、そーだよね、マリーちゃんも元気にしてるわけだし」

「おっし、ひさびさに冒険と行きますか!」

「すぐ出る?」

「いや、準備を整えた方がいい。特に、彼女たちは何の備えもできていないだろう」

そういって鳴上さんはこちらを見る。
おや。

「着いて行って、良いのか?」

「ダメだと言っても来るだろう?俺の周りは、そんなやつらばかりだ」

そういって笑う鳴上さんに、特捜隊全員が「お前が言うな」という視線を向けている。

「おそらく、あそこのシャドウの強さが前の時と変わらないとすれば、君たちにはかなりキツイ道行になると思うが…覚悟はいいか」


「えー、キツイのはやだなー」

「もー、杏ちゃんたらダメだにぃそんなこと言っちゃ」

「大丈夫だ。真実を知るためなら、どんな障害だって乗り越えてやるさ」

アタシの答えを受けて、鳴上さんがニコッと笑う。

「よし、では準備をしたらもう一度ここに集まろう。陽介、完二、里中、三人は『だいだら.』へ彼女たちを案内してくれ。ついでに使えそうなものを見繕ってあげるといい。天城、りせ、直斗、クマ、お前たちは探索に必要なアイテムの購入を頼む。俺は用事を済ませたら天城たちの方に合流する」

その言葉を合図にみんなバラバラと立ち上がる。
そうだ、コレだけは聞いておかないとな。


「鳴上さん!」

「…どうかした?」

「えっと、ベルベットルームって知りませんか?」

「…そうか、確か今回最初にペルソナを発現したのは神谷さんだったな」

「その反応ってことは」

「あぁ、去年、俺はペルソナに目覚める前の日にベルベットルームへ招かれた。以来ちょくちょく世話になっている。…最後に招かれたのはゴールデンウィークだったか」

「実は、夢で招かれた時にイゴールって鼻の長いおっさんに言われたんだ。『同じような運命を持つ人たちに出会う』って。それは『前のお客様とそのご友人』だって」

「君たちが持ってきた事件は、俺たちの時の物と共通点が多い。イゴールのその言葉は俺たちを指していると思って間違いないだろう。ちょうどいい、今からベルベットルームへ行こうとしていたところなんだ。一緒に行こう。陽介!」

「なんだ相棒!」

鳴上さんの呼びかけに即座に応える花村さん。

「彼女も俺と同じ用事を済ませてから行く、すぐ合流できるだろうから気にせず『だいだら.』へ行っててくれ」


「あいよ!なおちん可愛いからって、手ぇ出すなよ!…あだっ!」

「鳴上君がそんなことするわけないでしょ、アンタじゃあるまいし。バカなこと言ってないで行くよ!…神谷さん、またあとでね」

少し複雑そうな表情をした里中さんが、花村さんを引きずり、他のメンツを伴って去って行った。

「えーとさ」

「…?どうした?」

「さっきからの様子を見る限りでは、鳴上さんと里中さんて付き合ってるんだよな?」

「よくわかったな」

目を見ると本気で驚いている。
この人はいったい鋭いんだか鈍いんだかわからない。

「いや、普通あの場に居たらほとんどの人はわかると思うけど」

「そんなものか」

うーん、と首を捻ってる。
そりゃー、みんなの前では苗字で呼びあったりしてるし、無駄にべたべたしてはいないけどさ。


まぁアタシは彼氏なんていたことはないけど、もしいたとして自分の彼氏が見知らぬ女、しかも一応とはいえアイドルといきなり二人で行動するとか言い出したらちょっと気になるよな。

「里中さんのこと好きなんだよな?」

「もちろんだ。好きなところを上げろと言われたら君の滞在中では終わらないかもしれない」

うわ、真顔で惚気てるよ。
わかった、この人あれだ、女たらしの朴念仁て奴だ。いるんだな、リアルギャルゲの主人公みたいな人って。

「…彼女さん大事にしてあげなよ」

「…?」

「急に何を言い出すんだ」と言わんばかりの顔をしている鳴上さん。

「いいっていいって。それよりベルベットルームに行くって言ってたけど…普通にどこかにある物なのか?」

「もしかして、夢で呼ばれる以外には行ったことがないのか?」

「あぁ、急に夢に出てきて…そんだけ」

「そうか…ベルベットルームの入り口はその存在を知らない者にはわからない形であちこちに存在する。おそらく、どこにでも入口は作れるんだろうな」




「どういうことだ?」

「行けばわかるさ。案内しよう」



※作者でございます。

七話前半の投下が終了いたしました。

いかがでしょうか、出てきましたねP4勢。
そうです、一応そういう匂いを出してはいましたが、やっとクロスオーバーっぽくなります。

とはいえ七話で大体全行程の三分の一。
先は長いですな。

えー、P4主人公と里中千枝が付き合っている設定に関しては、
ちょっと話しの都合上恋人関係のキャラにいてもらいたかったというのと
単純に千枝ちゃんがかわいすぎるからちかたないね、ってことです。

番長の嫁は違う奴だろ!思う方スイマセン。でも千枝ちゃんがかわいすぎるんです。

ということで、またに三日中にお会いしましょう。

ではでは。


作者でございます。

いや、感想をくださっている方々本当にありがとうございます!

とても励みになります!

今さっき思いついたネタをひとつ。

【もしみくにゃんもペルソナを使えたら】

みく「これが…みくの…ペルソニャー!」


『太陽』ドゥン


凛「あれがみくの…すごいよみく!」

みく「ふふん、どうにゃ、ま、みくの実力をもってすればこのくらい…」チラッ

凛「?」←ペルソナはネコショウグン

みく「にゃああ!にゃんで凛ちゃんが猫のペルソナなんだにゃああ!」

凛「え、いや、そんなこといわれても…ていうかみくのもネコ科じゃ…」

みく「あれは虎だにゃああああ!」

的な。


っと申し訳ないです。

更新なわけでもないのにあげてしまいました。

スルーしてくださいな。


作者でございます。

今日は珍しくこんな時間が空いたので投稿します。

二、三日といいつつ四日ほど空いてしまい申し訳ありません。

特に盛り上がるわけではありませんが、ぬるっと参りましょう。


―――稲羽中央通り商店街、『だいだら.』近く

「これが…ベルベットルームの扉…」

鳴上さんの案内で連れてこられたのは、普通の商店街の、普通の建物の壁。
その前に、扉が一枚宙に浮かんでいる。

あの部屋を思わせる青い光を放ちながら。

道行く人はその扉の存在が目に入らないらしく、みんな素通りしていく。
いや、文字通りすり抜けてしまってる人もいる。

「精神と物質の狭間とは、こういうことなのかもな」

言いながら鳴上さんはドアに近付く。
慌ててアタシも後を追った。


―――ベルベットルーム

「ようこそ、ベルベットルームへ」

イゴールだ。
夢の中で呼ばれた時の様なふわふわした感じじゃない。

一応座ってる椅子の硬さとかも感じる。

「久しぶりだ」

「えぇえぇ、よくぞまたお越しになられました」

「だが、今回の客は俺じゃないんだろう?」

「その通りでございます。よくお分かりだ」

そこまで言うとイゴールはアタシに向き直る。

「貴女の御意志でこちらにいらっしゃったのは、初めてでございますな」

「あぁ、鳴上さんのおかげだけど」

「うむうむ、貴女はあのお告げ通り、よく似た運命をお持ちの方々と出会うことができたようだ」


「教えてくれ、イゴール。この出会いは、アタシに、アタシ達にとってどんな意味があるんだ」

「その意味を実感することになるかどうかは、今後のお客様の行動次第、というところでございましょうな」

またそれか。
結局イゴール達は、手助けをしてくれるだけでヒントをくれるわけじゃない、とそういうわけだ。

「とはいえ、仲間が増えたというのはそれだけで意味のあることではないでしょうか」

「確かにな」

「彼らは、貴女方より先に大いなる試練に挑み、見事乗り越えて見せた百戦錬磨の強者でございます。必ずや貴女方のお力となってくれることでしょう」

「…イゴール、俺も聞きたいことがある」

「なんでございますかな」

「今回、試練を背負うのはこの神谷さんだということだが…そうだな、言い方は悪いが、俺は『関係ない』のか?」

「貴方様は見事に試練を乗り越えられた。此度の試練に貴方が関係あるかどうかと言われれば、答えは『否』となるでしょう。しかし」

そこでイゴールは言葉を切ってアタシ達二人を見回す。


「そもそも、物事に関係するか否かというのは己で判断するべきこと。貴方自身、そうやって試練を乗り越えてこられたのではありませんでしたかな」

「…それもそうだな」

「ただ、ひとつ言えることがあるとすれば、貴方の試練は完全に終わったということ。此度の試練に、貴方様が挑んだ者の企みはないでしょうな」

「イザナミの仕組んだことじゃない…」

「然様。今回のケース、私どもとしても異例の事態であります故、しかと未来を見通すこともできませぬ。しかし、事態は確実に動いている。謎を解き明かすのです、再び立ち込めた霧の奥に潜む謎を」

「なんかわかんねぇけど、責任重大ってことだよな、アタシ」

なんでこんなことになってるのやら。

「そういえばイゴール。彼女はベルベットルームの入り口を知らないと言っていたが」

「そのことでございます。神谷様には、ある物をお渡しせねばなりませぬ」

イゴールの懐から何かが滑り出し、アタシの方へ飛んできた。
コレは…鍵?

「それは『契約者の鍵』というものでございます。本来であればペルソナに目覚めた時点でお渡しするべきものであるはずが、どういうわけか渡しそびれておりましてな」

イゴールは愉快そうに笑う。


「つくづく変わったお客様だ。この渡しそびれにも何らかの意味があるやも、と考えるとなかなか愉快になってまいりますな」

いや、渡し忘れてたのはそっちだろう?

「そのカギをお持ちになっていただくための条件はただ一つ、如何なる時もご自分の選択に責任を持つこと。ご理解いただけますかな」

「自分の決めたことから逃げるなってことか…もちろんだ」

「大変結構。では、本来の仕事に戻りますかな」

イゴールは体勢を直し、椅子に深くすわりなおした。

「本日は、どのようなご用件でしょう」

それまでじっと黙っていたマーガレットが口を開く。

それから十分ほど使って、鳴上さんに教えてもらいながらペルソナの強化をしてみた。


―――しばらく後、ジュネス、フードコート

「みんな集まったか」

ベルベットルームを出た後、買い物組に合流して装備品や消耗品を買い集めてきた。

「いやー、色々買ってもらっちゃったけどさっ、ホントに良かったの?」

未央が申し訳なさそうに尋ねる。

「かまやしねーよ、もともと向こうを探索して手に入れたものを売ってできた金だ。そういう金は特捜隊関連の出費以外には使わないことにしてるんだからな」

「そーそー。それに、中途半端な装備で倒れられたらあたし達も困るわけだからさ、良い物つけてもらわなきゃ!」

「しっかしアレっすね、すげー大所帯っすね、改めて」

そりゃそーだ、だって全部で十四人もいる。

「これからどこに行くんだにぃ?」

「家電売り場にある大型テレビだよ」


「あー、なるほどねー。ってこんな大人数じゃ目立つんじゃない?少しでも人数を減らすために杏はここで昼寝を…」

「ジュネスでテレビ買う人は滅多にいないから、テレビ売り場辺りは人が少ないの!起きなさいってのもう!」

「ごめんなさい、久慈川さん、杏こんな感じで」

「りせで良いよ。それにこんだけ全開でだらけられんのちょっと羨ましいってか面白いし」

「ほらー、凛、りせちーはよくわかってるぞー」

「あんたは起きなさいよ!」

はぁ、緊張感ないな。

「よし、聞いてくれ」

それでも鳴上さんの一声でみんなキュッと引き締まる。

「これより、『黄泉比良坂』へ向かう。ここの霧は晴らしたはずだから、シャドウの脅威は弱まっているかもしれないが…気を引き締めていくぞ」

『おう!』


―――ジュネスのテレビの中

「おぉわっ」

「あいたっ!」

そんな悲鳴が上がる。
流石にこの大所帯じゃ見られちゃまずい、と一斉に飛び込んだのがまずかった。

「間隔空けて順番に行けばよかったかな…」

その通り。

「全員入ってこられたか?」

「問題ありません」

白鐘さんが顔ぶれを確認して答える。
ここは…ウチの事務所から飛び込んだ先とよく似てるが、こっちはテレビのスタジオみたいな造りになってる。
しかし、霧はうっすらとしかかかっていない。これじゃあ何にも隠せないな、隠さなくていいけど。

「りせ、頼んだ」

「任せて!」


りせちーが目を閉じて意識を集中する。



「ペルソナー!」



りせちーの背後に、頭が天体望遠鏡になっているペルソナが現れた。
手に持つヘッドマウントディスプレイをりせちーに被せる。

「霧がないとすっごい探知しやすい…あっちだね」

すぐさまアタシ達が向かうべき方向を探し当ててしまった。
こういうサポート型のペルソナもいるんだな。

「よし、みんな行こう」

『おー!』


―――黄泉比良坂跡

「うわ、何コレ」

目指す場所に着いたと思ったところで、里中さんが声を上げる。

「酷いな…」

鳴上さんも顔をしかめる。

「確かここ、イザナミを倒したら霧が晴れて、すっげ綺麗になったはずだよな!?」

「えぇ、美しい自然がありました」

「えぇ!?美しい自然!?だってコレ…」

特捜隊の面々の言うことが本当だとするなら、彼らが顔をしかめるのも無理はない。
だって、アタシらの視線の先にあるのは荒れ果てた荒野と、そこから伸びるボロボロの階段だけだ。

「これ…鳥居か」

今にも崩れそうになってはいるが、その外見はなんとなく鳥居の形を保っている。

「よくみると、建造物にはどれも泥がこびりついています。地面も、一度濡れた土が固まったみたいになっていますし…まるで、洪水で押し流されたかのようですね…」


「洪水ってそんなバカな…ここだぜ?」

「何かあったのは間違いない。急ごう」

鳴上さんを先頭に、アタシ達は黄泉比良坂へ足を踏み入れた。


―――黄泉比良坂

「シャドウは普通にいるようだ」

「ほんじゃ、先輩としてお手本のひとつもお見せしちゃいましょうかね!」

言うが早いか花村さんは二本の苦無を手に駆けだす。
その先には木馬に乗せられた巨漢の男みたいなシャドウが三体いる。

「あ、ちょっと花村、勝手に行くなっての!」





「へへっ、頼むぜ…ペルソナぁ!」


花村さんは、目の前に現れたカードを苦無で叩ききる。
その背後には、体のあちこちにプロペラのような金属の輪っかを浮かべている、頭の燃え盛ったペルソナの姿が。


「タケハヤスサノオッ!」


花村さんの呼びかけに応えて、ペルソナがフラフープのように体に回している一際大きい輪っかを浮き上がらせる。



「マハガルダイン!」


アタシのゴフェルが使うのと同じ系統の、しかし何倍もの威力を持った竜巻がシャドウを襲う。
弱点にクリーンヒットしたようで、二体は消滅し、一体が膝をつく。

「っしゃあ!もらった…ってあらっ?」

そのままの勢いで突っ込んで決めようとした花村さんは、何故かスッころんで尻餅をついてしまった。
その花村さんと入れ替わるようにシャドウが起き上がる。

「やっべ…」







「だぁから突っ走るなって言ってんの!」






いつの間にかアタシの横から飛び出した里中さんが、へたり込む花村さんの横に華麗に着地を決めると、そのまま勢いを殺さず右足を蹴りだす。







「どーん!」







うわ、すげぇ。
シャドウが思いっきりふっとばされて、キラーンと星になってしまった。
あれ?屋内だよな、ここ。


「ワリィ里中、助かった」

「アンタ調子に乗ると絶対失敗するんだから、そういうのやめなさいよね。ったく、昔は人に『絶対に突っ走るなー』とか偉そうに言っちゃってたくせにさ」

「いや、ホント悪かったってさ…」

「大丈夫か、陽介」

安否を尋ねてはいるが、そんなに心配はしてなさそうな鳴上さんの声。
あれくらいでやられるわけがない、という信頼の表れだろうか。

「へへっ、ご心配おかけしました」

「うん。里中、ナイスフォローだったぞ」

「えへへ、まっかせなさいって」

ちょっと頬を染める里中さんがまぶしい。

「す、す、すっごーい!かっこよかった!いやぁやっぱり強いんだねぇ!!」

「お、未央ちゃん俺の素早さに感動しちゃった…」

「里中さん!いやさちーさん!!めっちゃかっこよかったよ今の『どーん!』って!」

「え、あ、そう?あはは、そんなに言われると照れるな…」


「…」

無言でうずくまってすねる花村さんを、巽さんがよしよしと宥めている。
いやまぁ、花村さんもわるくなかったんだけどさ、こけちゃあダメだよな。女子ってそういうとこ割とシビアだし。

「しかし…改めて実力の差を感じるよな」

「そりゃ、私たちの方が先輩だもんね」

天城さんがふふっと笑う。

「戦って戦って、何度も負けそうになって…それでも何とか勝ってきたから今の私たちの強さがあるの。大丈夫、神谷さんたちも強くなれるよ」

「…だといいな」

今までのギリギリだった戦いを思い返すと、切にそう願わずにはいられない。

「りせ、今の敵のアナライズはどうだった?」

「えっとね…」


「あー、疾風が弱点だったから花村さんが突っ込んでったわけねー」

「え?」

みんなが後ろを振り返ると、杏がペルソナを出していた。真っ白で大きな犬、周りに大きな八つの玉が回っている。
いつの間に…ってか初めてのくせに感慨ねーな。








「あ、言い忘れてた。ぺるそなー」







いや、どうかと思うぜそれ。

「へー、杏ちゃんも探知タイプなんだ」

「そーみたいだね、ヤツフサっていうらしいよー」

杏はヤツフサの周りを回る玉のひとつを覗き込んでいる。

「あー、火炎撃ったらヤバかったね、未央行かなくて正解」

「すごい…いきなり敵の耐性まで読み取れてるの?」

りせちーが言葉を失っている。

「うん、なんかね。でもさすがにさっきのががどれくらい強いのかまではわかんないや。ということでりせちーにパスー」

「え?あぁ、えっと…」

コイツはホント自由だな。

「うん、耐性に関しては杏の言った通りだよ、前と変わってない。けど、全体的に弱くなってる気がする」

「薄まった霧の影響か?」

「わかんない…けど、種族として力が弱まったっていうより、なんていうかな…外からの要因で力が弱くなってる感じ?…ゴメン、うまく言えない」


「そんな全然、私達にはわからないんだし。ね、きらり」

「そうだにぃ!きらりなんかわかんないからえーいってするしかないもん」

「色々わからないことが多すぎるからな、仕方ないだろう。りせ、ありがとう」

「さぁっすが先輩、優しいんだからぁ」

言いながらりせちーは鳴上さんの腕にまとわりつく。
あれ、こんな感じなの?

「くくく、久慈川さん?ちちち、ちょーっとくっつきすぎじゃありませんこと?」

里中さんが顔をひきつらせながらりせちーに物申す。
そんな里中さんを悪戯っぽく見つめるりせちー。

騒ぎの中心にいる鳴上さんは…なんでこの状況で不思議そうな顔ができるんだろうこの人。

「とりあえず、イザナミに話を聞けば何かわかるかもしれない。急ごう」


―――黄泉比良坂、最上部最奥

「来たか…」

最深部に到達すると、そこには疲れ切った表情を浮かべる、白い衣を着た人が立っていた。
コイツが、去年鳴上さんたちが戦った黒幕。

辛い現実から目を背けたい人々の心に感応して、現実世界を霧で覆い人間を皆シャドウにしてしまおうとしていた奴だ。

男?女?…イザナミというからには女なのかな。

そういえば鳴上さんが途中の戦闘で使ったペルソナのなかにイザナギがいたけど、何か関係があるんだろうか。

「話がある」

「あぁ、わかっているさ…」

鳴上さんの言葉に、皆まで言うなと手をかざしてこちらへ歩いてくるイザナミ。

「霧が、移動した」

「なぜだ、お前たちはここが拠点だったんじゃないのか」

「ふん…アメノサギリの因子は持ち去られた。ここより離れた虚ろの森へとな」

「持ち去られた?」


アメノサギリは、鳴上さんたちが去年戦った黒幕のうちの一体で、テレビの中の世界に霧を充満させていたやつらしい。

「お前たちは、霧の事でここへ来たのだろう?

お前たちが『マヨナカテレビ』と呼んでいた現象が再び起こるようになったから」

「そうだ」

「その原因について、私は何も知らぬ。

ただ、大洪水がすべてを飲み込み去って行った。

それだけだ」

そこでイザナミは大きくため息を吐いた。

「アタシ達の住んでるところで、マヨナカテレビの噂が流れてるんだ。しかもホントに映る。おまけにそこに映ったやつは数日後に攫われてこの世界に落とされちまうんだ。原因を知りたい」


「だから、私は何も知らぬというに…。

ここは、人々の意思が反映される世界。

人々の心の奥底の望みの集まる虚ろの森。

虚ろの森は一つではない。

人々の集まるところには自然と存在するのだ。

原因を尋ねるとすれば、それはお前たちのすむ世界の虚ろの森へ行くしかあるまい」

「確かなことはわからないにしても、お前なりに霧を使ってすることに関して何か予測はあるんじゃないか?」

その鳴上さんの言葉に、イザナミは鼻を鳴らす。

「ふん…希望の子は相変わらず可愛げのない…。

あの霧を使ってできることなどそう多くはない。

私のやろうとしていたことを、他の誰かも思いついたか…そんなところだろう」


「ちょっと待てよ!お前や、あのアメノサギリとかいうバケモンが他にもいっぱいいるってことか!?」

「我が分身を怪物呼ばわりとは、否定はせぬが口のきき方には気を付けた方が良い。

私や二人のサギリは唯一の存在、他のどこにも存在などしていない。

だが、虚ろの森を統治せしものはその森ごとに存在する。

別段不思議な事でもないだろう」

「そういえば…神谷さん、今マヨナカテレビが映る地域ってどのくらいの広さですか!?」

何かに思い当たった白鐘さんがアタシに尋ねる。

「えっ?いや、正確なことはわからないけど…都心の方ではやってる噂が、田舎のウチあたりでも見られたんだから…少なくとも県二つか三つくらい、か。もしかしたら首都圏全域とかまで行くかも」

「なんてことだ…そんなの、去年の八十稲羽の非じゃないぞ…!」

「おい、直斗、どういうことか一人で納得してねぇで説明しやがれ!」

「簡単な話です。テレビの中の世界と、こちらの現実世界。二つは場所と場所の関係で結ばれている。ということは、マヨナカテレビの映る範囲が広ければ広いほど、テレビの中の世界は広がるということです」


「そっか、去年は八十稲羽でしか見られなかったんだもんね」

うんうんと未央が納得する。

「そしてここは人の心の世界。このイザナミのように、ここに集まる感情が強ければ強いほど、多ければ多いほどそこを統治する者の力は強くなる」

「ってことはもしかして…コイツなんかより何倍も何十倍も強えーやつが今回の事件の黒幕だってことか!?」

「それは、このイザナミと黄泉比良坂の様子を見れば明らかでしょう。彼女の言う大洪水は、自然に起きた現象じゃない。何者かによって引き起こされたんだ」

「…でも、何のために?」

去年の事件て奴を話でしか聞いてないアタシ達はイマイチピンとこない。
そんな気持ちを代表して凛が白鐘さんに尋ねる。

「もし、今回の黒幕の狙いがイザナミの読み通り、霧で現実世界を侵食し人間を皆シャドウに変えてしまうことだとするなら、霧の絶対量は多い方が良い。おそらく、黒幕の狙いはイザナミを害することでもここを破壊することでもなく、アメノサギリの霧を生み出す力を奪うことだったのだと思います」


「その小僧の言うとおりだろう。

現に、私は大した傷を負うこともなくこうして捨て置かれ、黄泉比良坂も一応は無事だ。

アメノサギリ以外に無くなったものもない。

まったく、舐めた真似をしてくれたことだ」

イザナミは憎々しげに吐き捨てる。
一応とはいえ神様みたいなもんだったんだ、なすすべもなく良いようにやられて、思うところがあるんだろう。

「ともかく、これではっきりしたな。コイツは今回なんも企んじゃいねー」

「霧を生み出すヤツがいなくなったんじゃ、そりゃマヨナカテレビも映らないよね」

「これからどうする?」

「正直、今の状況では手の打ちようがありません。神谷さんたちのテレビの世界を探索できれば良いのですが…」

「私と先輩は今生活の基本が向こうだから調べることくらいはできるけど…あまり期待しないでほしいかな。もしホントに向こうのテレビの中がこっちの何倍も広いんだとすると、多分ヒントなしでの探知は絶望的かも」

「えっと…みなさん協力してくれるのか?」

アタシの問いかけに、特捜隊のみんなは「何を今さら」という顔をする。


「去年マヨナカテレビの色々に気づいた時もそうだったんだけどさ、こんだけ色々知っちゃって、見ないふりなんてできるかよ」

「そーだよ。それに、話がマヨナカテレビ関連となったらあたし達も無関係じゃないしね!」

「そういうことだ」

鳴上さんがほほ笑む。

「俺たちも一緒に戦わせてくれ」

「いやー、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ!ね、かみやん!」

「あぁ!よろしくお願いします!」

アタシの差し出した右手を、鳴上さんがしっかりと握る。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、新たな絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”審判”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>“自称・特別捜査隊”『審判』のメンバーと、新たな絆を紡いだ!






新たな絆…『審判』か。
この人たちの強さは、ここへ来るまでのシャドウとの戦いで存分に見せてもらった。

心強い味方ができたな。

「ふん…仲良しごっこはここを出てから存分にすると良い。

お前達は神たる私を倒し、人の可能性を示した。

ゆめゆめ、不様に負けることなどないようにな」

そう言い捨てて、イザナミはどこかへ消えてしまった。

「なんかアイツさ、性格悪くなってない?」

「こんなとこに引きこもってっからでしょうよ。帰りましょうぜ、先輩方」


―――現実世界、ジュネス、フードコート

「さて、これからの事を話し合わないとな」

テレビの中から帰還したアタシ達は、今後の調査方針を話し合うために再びフードコートに集まっていた。

「つっても、なおちんたちの方のテレビの中を調べねーことにはどうしようもねんだろ?」

「えぇ、イザナミの話に間違いがなければそうなりますね」

「向こうの事は、私達に任せて!」

未央が胸を張る。

「そりゃー私たちはまだ先輩方みたいに強くないけどさ、元々は私たちが持ち込んだ問題だし、何より自分たちの手で解決したいんだ!ね、みんな!」

「あぁ、そうだな」

「一から十まで甘えるわけにはいかないもんね」

「ナナは、自分の事もしりたいですしっ」

「やったるにぃ!」

「あー、まぁそーゆーこと」


「あー、そりゃそういうとは思ったけどさ…ホントに大丈夫か?」

「大丈夫だよ、いざとなったら向こうには私も先輩もいるし」

ちょっと不安そうな花村さんに、りせちーが笑いかける。

「それに、今んとこ狙われたのはウチの事務所の二人なわけだし、次に被害が出るとしたらまたウチからな気がしてさ。そうなるとますますほっとけないし」

「去年の事件では、マヨナカテレビに映ったのは『メディアで取り上げられ急に知名度を得た地元住民』でした。ところが今回被害にあっているのはいずれもアイドル。去年とは法則が一味違うと思っていいでしょう。神谷さんの予測は充分に考えられます」

「よし、いざという時のために連絡先を交換しておこう。りせ、天城、頼む」

「え?私?」

「別に良いけど…なんで私と雪子先輩?」

「…?芸能人がむやみに一般人に連絡先とか教えない方が良いんじゃないのか?都心にいて俺と連絡が取りやすい上に芸能人であるりせと、仕事柄その辺の情報管理がきちんとしてて女性である天城を選んだつもりだったんだが…何かまずかったか?」

全員が「なんでこういう気は使えるくせに普段は鈍いんだろう」という顔をしているが、生憎鳴上さんには伝わらない。
いつか刺されるんじゃないかこの人。


「いや、良いんだ相棒。お前がそういう奴だってのは前から知ってた」

「どういうことだ?」

「はいはーい、じゃー奈緒ちゃん交換しよ!」

「私ともお願い」

不思議そうな鳴上さんを余所に、アタシはりせちーと天城さんと連絡先を交換した。

「都心に戻ったら、俺もなんとかマヨナカテレビを見てみる。必ず応えてやれるわけじゃないが、探索に行くときとかは連絡をくれ」

「お仕事で出られなかったらごめんね」

「わかった、よろしく」

今はスーパー忙しいはずのりせちーだ。
そうホイホイ頼るわけにもいかないな。

「じゃあさっ、せっかくこうして同じ力を持つ者同士出会えたんだし、決起会もかねて親睦会しねぇ?」

「それアンタが女の子と戯れたいだけでしょー?」


「クマも、さんせー!」

「あぁ…ここにも」

「でも、良いと思う!どうかな?」

「えっとそうだな…」

突然のお申し出に多少困惑するけど…。

「アタシは良いと思うけど、みんなはどうだ?」

「もちろんだよ!」

「楽しそうですねっ」

「飴玉はあるんだろうね」

こちらもみんな乗り気だ。

「あ、じゃあさ、実はあと二人いるんだけど、そっちも呼んでいいかな?」

「え、マジ!?まだアイドルいんの!?」

花村さんが鼻息荒く反応する。


「花村、キモいよ」

「う、うるせーなっ」

「えっと…藤原肇と高垣楓って言うんだけど」

「え!?マジ!?楓さんいんの!?うわー、俺めっちゃ好きなんだよ!」

「うーるさいっての!」

「あの人も来てるのか」

「アレ?さすがのお前も高垣楓は知ってたか。もしかして、意外とああいうのがタイプぅ?」

「そ、そうなの?鳴上くん」

芸能界に疎いと評判の鳴上さんが反応したので、花村さんが茶化し里中さんが不安げに尋ねるという構図が出来上がる。

「いや、何かの番組で見かけた時に、クマみたいなダジャレを言っていたからなんとなく覚えていただけだ」

あぁ、楓さんバラエティとか出ると空気読まずにダジャレ連発するもんな。ウケなくても満足そうだし。
なかなかに司会の芸人さん泣かせだと聞いている。


「あぁー、楓さんダジャレ好きだもんねー」

「ムム、クマに匹敵するダジャレセンスを持つとはなかなか見どころのある女性の様クマねぇ」

「アンタと同じセンスって不安しかないんだけど」

鳴上さんが好みだから覚えていたわけではないということを聞くとやや安堵したような表情でクマに突っ込みを入れる里中さん。
いじらしいなぁ。

「肇ちゃんも知ってるぜ!確かこないだのフェスにも出てたもんな!」

「そっか、見ててくれたんだったっけ」

「おうよ!」

「とにかく、これで決まりだね!」

「場所どこにしようか…」

「流石にもうこの人数じゃ堂島さんちは申し訳ないよな」

「というか多分入らないぞ」

「あ、じゃあウチの宴会場が空いてるよ!」


天城さんに視線が集まる。

「ほら、神谷さんたちはお客様なわけだし、フロントで申し出て貰えれば使えるよ。この時間はもちろん、今日は誰も宴会場の予約入れてなかったし」

「マジか!天城ファインプレーじゃん!」

「あ、じゃあ菜々子ちゃんも誘ってあげようよ。せっかくお兄ちゃんこっち来てるのにずっとあたしらで拘束してたら可哀そうだしさ」

菜々子ちゃんていうのは、鳴上さんのいとこでしっかり者の女の子らしい。
この特捜隊全員の妹みたいなものだとか。

「確かにな…。里中さんはそれでなくても丸一日借り…げふっ!」

「じゃー、決まり!いったんばらけてお菓子とか買いだししよう。鳴上くんは菜々子ちゃん迎えに行ったげて」

「わかった。みんなありがとう」

「良いって良いって」

「それじゃ、神谷さんたちは私と一緒に旅館へ来てもらえる?使用の手続きしちゃうから」

「りょーかい!」

こうして、今日知り合ったばかりの特捜隊のみんなと親睦会をすることになった。
人間関係は時間じゃない、とか言ったりもするけど、コレとかまさしくそうなのかな。


―――数時間後、天城屋旅館、宴会場

特に問題もなく宴会場を借りることができた。
楓さんと肇には「あのりせちーと偶然出会い、ついでにりせちーのこっちの友達とも妙に意気投合してしまったのでみんなで集まって宴会をしようという話になった」というよくわかんない理由で誘ってみたところ、面白そうと二つ返事でOKが来た。

流石に宿泊客でない特捜隊の分まで料理は用意してもらえないので、夕食の時間を早めてもらい、夕方からの宴会スタートだ。

みんな思い思いに散らばっておしゃべりしている。

花村さんは凛と肇を相手に鼻の下を伸ばしては、りせちーにつねられている。

天城さんは菜々子ちゃんと一緒に菜々さんのウサミン星話をワクワクした顔で聞いている。冷や汗浮かんでるけど頑張れ菜々さん。

白鐘さんはきらりに次々とお菓子を手渡され困惑した表情を浮かべ、巽さんは杏に要求されるたびに複雑な表情で雨を剥いて手渡している。

鳴上さんとクマは楓さんと未央と一緒にいる。
クマと楓さんのダジャレ勝負を未央が囃し立て、鳴上さんがその勝負を真剣な表情でジャッジしているらしい。

んで最後は。

「よっ、楽しんでるー?」


里中さんがアタシの方へ近寄ってきた。

「アイドルって言っても、なんかみんなうちらとあんま変わんないんだねー。あ、別にバカにしてるわけじゃないよ」

慌てたように里中さんが付け加える。

「わかってるさ。まぁウチは変わり種が多い事務所だしな」

「りせちゃんなんかさー、もうザ・芸能人!て感じでキャラづくりっていうの?そんなんバリバリやってたのもあってさ。芸能界ってやっぱそういうもんなんだと思ってたけど…神谷さんたちみたいなアイドルもいるんだねー」

なぜか里中さんは感心したような声を出す。

「あー、なんていうかホントにウチのプロダクションは特殊だからさ。忍者いるし」

「忍者!?忍者いるの!?本物!?」

「本人は本物だって言ってるな」

やけに自信たっぷりなウチの忍ドルを思い出す。

「はー、世の中広いわ」

里中さんは目を丸くしている。


「あ、そうだ。話変わるけど里中さんて鳴上さんと付き合ってるんだよな」

「!?えっほげっほ!」

「ご、ごめん、聞いたらまずかった?」

「ち、違うけどいきなりだったから…けほ」

里中さんが落ち着くのを待って話を続ける。

「いや、なんか仲間内公認って感じでいいな、と思ってさ」

「あはは、まぁ、ね」

少し曖昧な感じで答える里中さん。

「ん?好きなんだろ?鳴上さんのこと」

「そそそそそりゃあ、す、好きとか、そんなん、そうに決まってるじゃないすか…」

真っ赤になってこたえる里中さん。
ははぁ、鳴上さんアンタ里中さんのこの顔好きだな、さては。

「そりゃあ、好きなとこはどこ、って聞かれたら神谷さんの帰る日過ぎちゃうかもしれないくらい好きだよ」

カップルでおんなじこと言ってやがる。


「でもさ、ホラ、あたしって特徴ないじゃん?このメンツの中じゃ特に。だから、何で彼があたしを選んでくれたのか、不安になることもあったよね」

「今はそういう不安はなくなったけど」と里中さんは笑う。

「でも、今鳴上くんは都会に暮らしててなかなか会えないから、やっぱりちょっと不安になることもあるんだ」

「よくある『忘れられちゃう』ってやつ?」

「ううん、それもないなー」

カラッと笑う。

「なんていうか、不安ていうか面白くない?嫉妬…かな。あたしの知らない鳴上くんを見てる人たちへの。頭じゃわかってるんだけど、やっぱりよく知らない女の子が鳴上君と仲良くしてるの見るとモヤモヤするし」

里中さんは悔しそうな顔をする。

「悔しいなー、なんか鳴上くんを信用してないみたいで嫌なんだよねー」

「いや、その気持ちはわかるよ」

お?彼氏いない歴=年齢のアタシ。他人の恋愛に意見しようってか。
いいぞ、やってみろ。


「なんてーか、アタシは彼氏いたことないからアレだけど、自分の好きな人が自分以外の奴と仲良くしてたら面白くないのって普通のことだと思うぜ。むしろ、せっかく付き合えてるんだから二人きりの時に思いっきりその子とぶつけて甘えてみるのが良いんじゃないか?」

「あー、ぶつける、かぁ…確かに、そういう甘え方はあんまりしたことないなぁ」

里中さんはチラッと、ダジャレ大会臨時審査員兼審査委員長こと鳴上さんの方へ視線を送る。
それに気づいた鳴上さんが「どうした?」という顔をしたのに「何でもない」と笑みを飛ばし、軽く手を振る里中さん。

「あたしこんなんだから、鳴上くんが初めての彼氏なんだよね。いや、この先も鳴上くん一人でいいんだけどさ」

さらっと惚気たな。

「その『あたしこんなんだから』とかそういう自虐いれんのはやめた方が良いと思うな。里中さん可愛いし」

「あ、あたしが可愛いっ!?あはは…アイドルに言われてもなぁ。ないないないないって!」

あー、アタシをからかう人の気持ちがちょこっとだけわかった気がする。

「ほら、あたしってガサツだし、女っぽくないし、好物肉だし、落ち着きないし」


「でも鳴上さんはそういうとこ含めて里中さんの事好きなんだろ?」

「ば、好きとか、ちょっとバッカじゃないの、バッッッカじゃないの!?」

あーテンパってる。そーかぁ、悔しいなぁ、自分もこういうことされてると思うと。

「はー。はー…でも、自虐すんのはやめた方が良い、か…なんか、神谷さんて鳴上くんみたいだよね」

「アタシが?あのカリスマたっぷりでなんでもできる鳴上さんと?」

「あはは、確かに鳴上くん頭いいし頼れるしなんでもできるけど、あれで結構抜けてるんだよ?」

ってことはアタシはその抜けてるとこが似てるってことで。

「なんていうのかな…雰囲気?話しやすいところとか。だって、今この場でこんなマジ話するつもりなかったのに、なんか話しちゃったもんね」

「よく相談事がしやすいとは言われるよ。人畜無害そうな顔してるからな」

「あははは、そんなんじゃないって。鳴上くんもね、そうなんだ。あんまり自分から何か主張するタイプじゃないんだけど、気が付くと人が集まってきてみんな彼を頼ってる。びっくりするほど交友関係広くて、こないだなんか見知らぬおばあさんにお礼言われたりしてたもんね」


「それは…すごいな」

「でしょ?でも、神谷さんからもおんなじ感じがするんだ。あたしの気にしてたとこにズバッと切り込んできてくれたりね」

悪戯っぽい表情で笑う里中さん。

「多分、今回神谷さんに最初にペルソナが目覚めたのって偶然じゃないよ。神谷さんだからペルソナが目覚めたんだと思う。だって、鳴上くんがそうだったんだから」

鳴上さんは、事件の黒幕に選ばれ力を授かったという。
だけど、力を授かったのが鳴上さんじゃなかったら事件は解決できたんだろうか。

いや、そうじゃない、とアタシは特捜隊の面々を見てて思う。

鳴上さんだから事件は解決したんだ。
力はそのきっかけに過ぎない。

突然アタシに芽生えたこの力。
もしこれが黒幕によって渡されたものだったとしても。

「精いっぱいやるだけ、か」

「大丈夫、あたしたちも協力するんだしさ!」

へたっぴなウインクで決めて見せる里中さん。


「あ、ねぇねぇ、えっとさ、神谷さんの事奈緒ちゃんて呼んでいい?」

「へ、名前で?」

「そうそう!」

「もちろんかまわないけど…」

花村さんなんか『なおちん』呼ばわりだしな。

「だったら、アタシも千枝さんて呼ばせてもらうよ」

「おう、苦しゅうないぞ!」

そんなやり取りをして笑いあう。

「あー、完二お兄ちゃんすごーい!わりばしの袋でネコさん作った!」

菜々子ちゃんの驚いた声が聞こえてくる。
え、巽さんてそんな器用だったのか?

「あー、完二くん意外に乙メンだからねー」

人は見かけによらないってこのことだな。

「あたしたちも見せてもらおうよ!」

「おう!」






未央たちと千枝さんたち。
双方と仲が深まるのを感じながら、八十稲羽の夜は深まっていくのだった。





※作者でございます。

これにて第七話終了となります。

如何でしょうか、楽しんでいただけておりますでしょうか。

今後は、P4のメンバーがちょいちょい話に絡んでまいります。

しかしこれは一応メインをアイマス(モバマス)にしておりますので、P4側に過度に期待されることのないようご注意ください。

登場人物が増えれば増えるほど扱いが難しくなりますね。

些か急展開な八話は近日中にこのスレの続きに投稿いたしますので、お暇な方はどうぞお付き合いください。

ではでは。

>142

その発想はあった。

あやめ「うおおおおおお!花村殿!それは紛うことなき伝説の忍者ジライヤ!」

陽介「へへっ!どうだ!」

あやめ「では拙者も…ペルソナ!」

っていって多分『サスケ』って名前のオリジナルペルソナ出してくるはず。

>143

サゲ忘れ…。

そっちの発想はなかった…!

仁奈「こ、このもふもふは…仁奈の今まで集めてきたどの着ぐるみよりももふもふ…」

クマ「ノッフッフッフ、さぁ!仁奈ちゃんもクマの魅力の虜になりなしゃーい!」

仁奈「もふもふ…もふもふ…クマの気持ちになるですよー…ぐぅ」

菜々子「あー、ずるい菜々子もするー!」

こんな感じで菜々子と交流…アリですね。


作者でございます。

いやはや、世の中はせわしないですね。
なかなか書き溜めも進みませぬ。

ちなみに一応忙しい言い訳をさせていただくとすればそれは『就活』というモンスターのせいでございます。

ペルソナ一発で消し飛ばしたいところでございますね。

では、八話に参りましょう。


―――数日後、旅行最終日、八十稲羽駅前

新しい出会いにも恵まれた旅行は、本日をもって終了だ。
マヨナカテレビの調査に関する目標もなんとなくできたし、“自称特別捜査隊”の面々とも交流を深めた。


「海行こうぜ海!え?水着がない?ご心配なく!今年もジュネスは様々なデザインの水着を各種取り揃えてございます!お子様から大人のお姉さままで、きっと納得のいく出会いがあることでしょう!」

「アンタは、アイドルたちの水着姿が見たいだけでしょー?」

「わりぃか!そりゃそーだよ!!こんなチャンス、二度と巡ってこねーかもしんねんだぞ!!!」

は、花村さんはいっそ清々しいな。


「まだ見ぬ同朋のために、クマはこんなん用意してみたクマよー」

クマは、アタシ達が話したウサのために何やらぬいぐるみを持ってきた。
うお、キグルミクマそっくり。

「向こうは寂しいクマ。シショーたちもできればそのウサチャンて子となるべく遊んであげてほしいクマ」

ウサがアタシを「シショー」と呼んでるというと、「ナオチャンと名前被ってたしちょーどいいクマ!」とこいつもシショー呼びしてきた。
向こうの世界で暮らしていたクマは、ウサの気持ちがわかるんだろう。

…アタシらももっとアイツにかまってあげなきゃな。


「くー、やぁっぱり暑い日には愛家の激辛麻婆豆腐がキくわー」

千枝さん、コレはアタシらには辛すぎるぜ…。
あんときは流石の凛もうっすら涙目になってたよな。


「お湯加減はどう?」

「んー!ここのお風呂は何度浸かってもいいもんだねぇかみやん」

「まったくだ」

天城屋にいる間はアタシ達はお客だから、と天城さんは完璧な接客を披露してくれていた。


「え、ウッソこれかんちゃんが作ったの!?」

「あ、あぁそうだよ…つかかんちゃんて言うな!」

巽さんの実家、染め物屋の『巽屋』では、巽さんが制作したという編みぐるみを見て回った。

「すごい、コレ」

「うきゃー、可愛いにぃ」

「はー、完二乙メンだねー」

「お、乙、メン?」

杏の言葉に首を捻る巽さん。
見た目怖いけど、中身はずいぶん優しくて繊細な人の様だ。
編みぐるみの出来をみればよくわかる。


「た、巽くん、ここの糸がほつれてきてしまって…」

「あぁ?見してみろ…バッカお前これはこの段の網目が一つずつずれてんだよ!」

「つ、作り直しなの?」

「ちょっと貸せ、こういう時はな…」

冷静沈着、誰よりも頭が良くて冷静な人かと思いきや案外テンパると可愛かった白鐘さん。
今は巽さんに教わって編みぐるみを練習中らしい。
おじい様にあげるんだとか。


そうそう、鳴上さんとはこういうことがあった。

「『森蘭丸』?」

「あぁ、楓さんが飲みたがってたんだけど、商店街の酒屋が閉まってたらしくて…」

「あぁ、コニシ酒店は今夏休みか」

「学生の鳴上さんに聞くのもあれだけど、心当たりないか?楓さんすっかり落ち込んじゃって」

宿でしょんぼりしていた楓さんを思い出してアタシの肩も落ちる。
酒飲みながらいじけるなよ楓さん…。

「…おそらく手に入れられる場所は知っている」

「マジでか!」

「あぁ、テレビの中だけどな」

なんだそりゃ。

鳴上さんの言葉通り、テレビの中の『コニシ酒店』に幻の焼酎『森蘭丸』は置いてあった。

「大丈夫なのか?コレ」

「時たまテレビの中にこうして現実のものが紛れ込むことがあるらしい。大丈夫だ、無害性は証明されてる」


ってことで手に入れた酒を楓さんに差し入れたら。

「奈緒ちゃん…コレ…!」

「あぁ、楓さん飲みたがってたろ?鳴上さんが知り合いから一本だけ譲ってもらってくれた」

「鳴上くん…マジ神っす…!」

いや、それ洒落としてどうなの。





パリィン!


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”節制”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>高垣楓『節制』と改めて絆を深めた!






絆深めちゃったよ、こんなことで。
しかも『節制』って。できてないんじゃないのか?


そんなこんなで、あっという間の一週間だった。

「じゃあ、またね。先輩と私は、もうちょっとここに滞在してから都会へ戻るから」

「困ったことがあったら、いつでも連絡してね」

「おう、ありがとう」

わざわざ皆さん総出でお見送りに来てくれた。

「またいつでも遊びに来てくれよな」

「ジュネスは毎日がお客様感謝デークマ!」

「ふふ、そのうち、ね」

「それじゃ、みんな、まったねー!」

電車が来た。
さて、もどろう、アタシ達のいるべき場所へ。


―――数時間後、自宅最寄駅

「ふー、帰ってきた」

『マスカレイド』のメンバーとは、明日お土産を持ち寄って事務所に集合するということで話がついている。

「今日は早めに休むかな…」

長旅で体が疲れている。
旅行は楽しいけど、やっぱり我が家が一番だよな。

重い体と荷物を引きずり、やっとこ家に帰りついたアタシは、なんとか夕飯と風呂を済ませ、寝床にダイブした。


―――翌日、CGプロ事務所

「おっはよー!」

いつも元気な未央が、でかい声であいさつしながら事務所に入ってきた。

「未央ちゃんおはようございます!」

菜々さんも元気そうだ。

「温泉パワーで若返りましたからね!…十七才なんでこれ以上若返るとたいへんですけどねっ!?」

わかったから落ち着けよ。

「菜々さんは朝から元気だねー。起きる時間が早いのかな?」

「最近は特に朝早くなっちゃって…ってだれがおばあちゃんですか!」

元気だなー。

「今日は、テレビの中に行くんだよね?」

「あぁ、まだ事務所にはほとんど人来てないし、チャンスだと思う」

大量のお土産抱えて会議室なんかに引っ込んだら怪しまれるもんな。


「ウサちゃん元気かにぃ?」

「多分一人で寂しがってるよ!早く行ったげよう!」

未央の言葉でみんな立ち上がる。
ちなみに、八十稲羽で買った装備品はテレビの中に持っていくことにした。
良く考えれば初めからあそこに置いておけば、現実世界でこそこそ隠す必要もない。

…ここまで持ってくるのが大変だったけどな。

「よし、行こう!」


―――テレビの中

旅行に行く前に一度来たはずなんだけど、違うテレビの中に入ったりしてたせいか、なんだか懐かしい。

「シショー!」

「おっす、ウサ、元気してたか?」

「もー、シショー達ウサを置いて旅行なんて寂しさでウサは死んでしまうかと思ったウサー。ウサミン星人を一人にしちゃダメウサよ!」

「ごめんなさい、ウサちゃん。でもほら!お土産一杯買ってきましたよ!」

「…そ、それはどうもありがとうウサ」

ん?なんかウサの様子がおかしいか?
なんか菜々さんに対してよそよそしい気がするけど…。

「さぁーて、お土産チェックターイム!シショー達のお土産偏差値をビシバシ採点していくウサー!」

「もらう側のくせに態度でかいなー」

「ウサ!?これはこれは…」


ウサがお土産を物色する横で、アタシ達は旅の思い出と、マヨナカテレビについての話を聞かせてやった。

「ふむふむ、やっぱりここをあちこち探索してみるしかないウサねー」

「あ、向こうでウサちんみたいな子と会ったよー!クマって言うんだけどさ!」

「ほえー、こんなぷりちーなウサそっくりの子がいるウサか…それはお会いしてみたいウサねぇ」

「もともとはシャドウだったらしいんだけどさ、ちゃーんと自我があって人間の体まで手に入れてたよ!」

「元は…シャドウ…」

「なんとかウサちんにも会わせてあげたいけどさー…ウサちん?」

「…ハッ、イヤ、そーかそーか、シャドウがウサみたいにぷりちーにねぇ!」

こないだから思ってたけど、どうにもコイツ様子がおかしいな。
あ、そーだ。

「ちなみにクマってこんなヤツ」

クマから受け取ったプレゼントをウサに手渡す。


「ウサ!?これはなんとも…この愛らしいまん丸ボデーは素晴らしいウサね」

どうやらいたく気に入ったらしい。

「いやー、シショーたちありがとうウサ!ウサは生まれて初めてウサよ、こんなに嬉しくて楽しいのは!」

「うきゃー、ウサちゃんハピハピしちゃったー?」

「どーだ感謝しろー」

「はい、ありがとうございますウサ!」

「とりあえず、これからまたここを調べに来るけどさ。それ以外でも遊ぼうぜ。まぁクマみたいにここから出るのは難しいだろうけどさ」

「…そう、ウサ、ね。まってるウサ、よ」

なんだか歯切れが悪い答えだけど、あえて触れないことにした。
ウサにだって悩みはあるだろう。話してくれるまで待つさ。


―――数日後、事務所

フェスからの夏休みもとっくに終わり、事務所にはいつもの日常が戻ってきた。
いや、フェスの成功のおかげで仕事が増えたメンバーも多い。

アタシ達トライアドプリムスも本来ならそうだったんだけど。

「加蓮が入院したァ!?」

「ちょっと奈緒Pさんそれホント?加蓮は大丈夫なの?」

「落ち着け、大丈夫だから」

Pさんの話によると、加蓮は自主練中に貧血を起こして倒れたらしい。
軽い熱中症も入ってるそうだ。

「自主練に熱が入りすぎちまったのかもな。全く、自己管理もアイドルの立派な仕事だってのに」

Pさんはすこし残念そうだ。
加蓮はもともと体が弱かった。といってもそれはここに来る前の話で、今は特別虚弱というわけじゃない。

けど、それなりに長い間病弱だった加蓮は今もアタシ達に比べてかなり体力がない。
事務所に入ってしばらくの頃にもレッスンについて行けず倒れたことがある。

だから普段のレッスンではトレーナーさんたちもそれなりに気を使ってメニューを組んでくれてたんだけど…。


「まぁ幸い大事には至らなかったけど、暫くは安静にしてなきゃだめだ。一日二日で退院はできる。しばらく通院は必要になるけどな」

それを聞いてアタシと凛は少し落ち着きを取り戻す。

「でも、そうなるとお仕事は?」

「それなんだ。二人には悪いけど、トライアドとして仕事を受けるのはちょっと待っててもらいたいんだ」

「それは構わないけど」

「先日のフェスが好評でさ、ちょうどオファーが色々来てるんだよ。いやー、しかしこのタイミングでか…来た仕事を片っ端から受けるスタイルにしなくてホント良かったわ」

Pさんがやれやれとため息を吐く。
まぁ加蓮に大事ないならとりあえずは良かったか。



そう思った瞬間だ。


バタン!



「…おはよ」

「加蓮!?」

「えぇっ!?」

Pさんもアタシも凛もひっくり返りそうになる。
え?だって午前中なんだよな、倒れたの。

「なに?幽霊でも見たような顔して」

「いや…だってお前さっき倒れたんじゃ…」

「だから?」

「だから?」ってことはないだろう。

「体、大丈夫なの?」

「平気だって。うちのPさんも奈緒も凛もみんな心配性すぎるんだよね。」

不機嫌そうな表情を隠そうともせず吐き捨てるように言う加蓮。


「加蓮Pからは、医者に一週間以上の休養を取らせるよう言われた、って連絡が来たんだがな」

「あのお医者さんも慎重すぎるよね。何回私のこと診察してんだっての」

「やれやれ、困った御嬢さんだ。どっちにせよ、トライアドに来てた仕事はとりあえず全部しばらく保留にしてある。休みになったんだからちゃんと休めよ」

「は?なにそれ頼んでないしそんなこと。良いから全部仕事オッケーしてきてよ」

「おい、加蓮無茶いうなって。Pさんだってお前のことを心配して…」

「うるさい、奈緒は黙ってて。アンタたちに私の体の事なんてわかんないでしょ。私が大丈夫だって言ってんの、良いから仕事を」

「はいはい、ちょっと落ち着け。加蓮、自分のせいで仕事をキャンセルしちまったなんて気にしてるんだったらそれはお門違いだぞ。これから受ける仕事を選ぼうってとこだったんだから。お前が休んでる間にきちんと仕事は選んでおくから、今日はとりあえず帰って休め」

「…せっかく…これからなのに…」

Pさんに宥められた加蓮は、悔しそうにつぶやくとうなだれて事務所を出て行った。


「やっぱり加蓮、焦ってるのかな…」

「あぁ…別に焦ることもないんだけどな、今はステップアップのための準備なんだから」

「アイツ…これでようやく凛と張れるって喜んでたからな…」

「どういうこと、奈緒」

おっと、つい口が滑ったか。

「いや、前にアタシと加蓮で話してたんだよ。アタシ達トリオだと、今んとこ凛が頭一つ抜けてるだろ?お前はそんなこと気にしないけど、アタシらとしちゃやっぱり先行かれてる感あってさ。ここんとこトラプリが結構出てきて、アタシら自身の人気も上がってきたじゃんか。それで加蓮が『ようやく凛と肩並べて張り合えそう』って」

「そんなこと言ってたんだ…」

凛は少し考え込むようなそぶりを見せる。

「そーか、あの加蓮がなぁ…向上心があるのは良いことだ」

加蓮が事務所に来た頃から知っているPさんは、感慨深そうだ。

「とはいえ、やっぱり体調管理は第一だ。お前らもアイツが無茶しないように見ててやってくれな。仕事の事は俺に任せろ」


「お、ちょっと頼れる感じじゃないか」

「バカヤロ、俺はいつだって頼れるんだよ」

アタシの軽口を聞いて、Pさんが頭をワシャワシャしてくる。

「はぁ…仲が良いのは良いけど、いちゃつくのもほどほどにね」

「ば、い、いちゃついてねぇよ!てかお前がそれを言うか!」

自分の担当Pさんとしょっちゅうじゃれあってるくせに。
このしぶワンコ!!

「はっは、まったく凛には適わねーな」

この人はこの人で飄々としてるし。

「でもま、何かあったら遠慮なく俺たちスタッフを頼れよ。俺たちはそのためにいるんだ。凛もな」

そういったPさんのまなざしは真剣でちょっとかっこよかった。
…ふ、普段と比べてってことだよ!


―――数日後、CGプロ事務所

あれから数日、加蓮もどうやら無茶はしていないようだ。
とりあえずしばらく期間を空けてから、アタシ達トライアドプリムスも仕事が入りだすらしい。

「いやー、だんだんみんな忙しくなっていくねぇ」

未央が感慨深そうに言う。

「そういうお前だって夏休み前とは全然違うだろ」

「おー、かみやんよくぞ言ってくれました!ほらほら!」

未央がスケジュール帳をがばっと見せてくる。
そこには仕事と思しき予定がいくつか記されているのが見える。

「いやー、下手するとお仕事がひと月に一回あるかどうか位だったころと比べたら大進歩だよー!」

「ホントですねぇ」

ズズッとお茶をすすりながら菜々さんが相槌を打つ。
この人だって、もともとアタシ達より売れていたけど、最近じゃ結構バラエティとかに呼ばれて忙しく過ごしている。


「お仕事一杯できらりもはぴはぴ☆」

きらりは杏との仕事が相変わらず多い。
そしてその杏は、と言えば…。

「あぁ、明日もまた仕事が入ってる…いつになったら不労所得で暮らせるようになるんだ…」

相変わらずだ。
どこぞの自分を曲げないアイドルよりもよっぽど堂々と生きている。

「みんな、お疲れ」

「しぶりんおっつー」

仕事を終えた凛が帰ってきた。
そうそう、何と言っても凛だ。

相変わらず事務所でも上位の人気を崩さずアイドル道を邁進していっている。
近々ランクが上がるという話もある。

「あら、くしくもここに『マスカレイド』が揃いましたね」

言われてみればそうだ。
もっとも、マヨナカテレビ関連の捜査をしていなくても最近じゃこのメンツでおしゃべりしたりご飯に行ったりすることが多くなってるけどな。


「そうだ、みんなも忙しくなってきたことだし、これからはもうちょっとちゃんとテレビの世界を探索する日を決めなきゃだめだよね」

「そうだな」

アイドル活動も大事だけど、こっちも重要だ。
なんせ、とんでもない陰謀が潜んでるかもしれないって話になってきたもんな。

「そうですねぇ…ナナは明日以降だと…もうなかなか一日空いてる!って日は少なくなってきました」

「おぉ!菜々さん売れっ子だね!私はそーだな…お仕事も増えてきたとはいえぽつぽつだからねー。この辺とこの辺とー」

ケータイのカレンダーを取り出し、みんなに空いてる日を記入するよう促す未央。

「うーん…一週間に一回ってとこかな、行けて」

「そうだな、いくらなんでも仕事の前に行くわけにもいかねーし」

これまでとは違って、探索自体の計画もきちんと練ってかないとマズイ、か。

「あ、ねぇ、今日はみんなどうなの?」

「今日ですか?…あ、確かにみなさん空いてますね」

ホントだ。


「今日行かないと、また一週間くらい空いちゃいそうだし、行っとかない?」

「そうだな、のんびり構えててなんかあったら嫌だもんな」

「そうですね、ウサちゃんの様子も気になりますし」

どうやらウサの様子がおかしいのに気づいていたのはアタシだけじゃなかったらしい。
まぁただでさえあんな寂しいところに一人でいるんだ、たまには顔見せてやらないと。
アタシだったらキツイぜ。

「うぇー、今から行くのー?杏お休みモードなんだけどなー」

「ほらほら杏ちゃん起きるにぃ」

「起きるにぃ」と言いながらきらりは杏を抱え上げる。
もうわかってるんだな、起きろで起きる奴じゃないってことは。

幸いにも今事務所に人は少ない。
全員立ち上がり、顔を見合わせてうなずく。

「よし、久々の『マスカレイド』、出動だ!」


―――テレビの中

「えーっとウサちんは…」

「あれ?」

「見当たり…ませんねぇ」

いつもならこの辺に待機してて、アタシらの姿を見るなり喜び勇んで駆け寄ってくるんだけど…。

「どこ行っちゃったんでしょう…」

「そういえば最近、ウサちんなんか考え込んでなかった?」

旅行の前にあった時も思った。
最近アイツはどこか元気がなかったよな。

思えばいつからかアイツはあんまり菜々さんと絡まないようになってたけど…。

「あれ、このテレビなんだろ」

未央が指さした先には、小ぢんまりとしたレトロなテレビが置いてある。

「こんなの無かったよな」

「なにか映んないのかな」


未央がチャンネルをがちゃがちゃと弄る。

「まって未央、何か聞こえない?」

「えー?」

凛の言葉に全員で耳を澄ませてみる。




…キュゥーンヒュイピュゥーン…




これは…マヨナカテレビが映るときのノイズに似てる!
そう思った矢先、テレビ画面にノイズが走り、誰かの姿が映し出される。




…ウサだ!


「え、ウサちん!?どういうことコレ!」

「わからない。でも、コレはマヨナカテレビじゃないはずだ」

雨でも夜でも一人でもないからな。

『…シショー、ベベチャン、みんな…これを見てるウサか?』

「見てます!ウサちゃん聞こえますか!?」

『多分、ここに来るのはみんな一緒にだろうから、全員見てると思って話を進めるウサ…』

「ダメだ、こっちの声は届いてないな…」

「どういうことなの?いつものウサと雰囲気が違うけど…」

『ウサは…全部思い出したウサよ…ウサが本当は何者だったのか…』

画面の中のウサは静かに語りだす。

『ウサは…ウサはシャドウだったウサ…みんなの敵の…』

「シャドウだった?」

「八十稲羽で会ったクマちんと同じってこと?」

「そんな…そんなことだったら悩まなくてもいいのに!」


『シャドウは…人の抑圧された感情から生まれた存在…本来ならそいつに感情が芽生えることなんてありえないウサ…』

「クマと同じことを言ってるね」

「じゃあコイツは、自分が元はシャドウだったってことを思い出して自ら姿を消したってことか」

「ウサちゃん…」

『シショー達は優しいから…ウサが元はシャドウだったとしても受け入れてくれると思うウサ…。

それに…旅行先にシャドウから自我を手に入れた子がいたって聞いたし…。

だけど、話はそれだけじゃすまないウサ…』

どういうことだ?
シャドウだってこと以外にまだ何かあるのか?

『シショー達は、暴走するシャドウをいくつも見てきたウサね…。

シャドウは本来、それだけでは不完全な存在…。

だからウサにも、元になる誰かがいたはずウサ』


テレビの中にいるシャドウは、大きく分けて二種類。

ひとつは、その辺を徘徊しているただのシャドウ。
こいつらは「誰の」シャドウというわけではなく、負の感情の寄せ集めみたいなもので明確な意思や目的を持っているわけじゃない。

もうひとつは「誰かの」シャドウ。
コイツは前者と違って、個人の精神から分離して生まれたいわば影だ。
仮初とはいえ明確な意思と目的をもち、強さもその辺のシャドウの比じゃない。

後者は人間がテレビの中へ入ると生まれる。

ウサの元になった誰かってのは誰なんだ?

『このままシショーたちと一緒にいたら、ウサは暴走してしまうウサ…。

寂しいけど、せっかく仲良くなれたシショー達を自分の手で傷つけてしまうなんて、ウサには耐えられないウサ…。

だから、せめて暴走しないうちにウサは姿を消します。

追いかけてこないでほしいウサ…。

短い間だったけど、みんなと出会えてウサは幸せでしたウサ…』


「あ、おい、ウサ!」

「ウサちゃん!」

アタシ達の呼びかけも虚しく、テレビは消えてしまい、それからうんともすんとも言わない。

「ウサちんがシャドウ…」

「それ自体は別に驚きでもなんでもないさ。やっぱりそれ系かって感じだしな」

そう、この世界はシャドウの世界だ。
クマに出会って話を聞く前から、ウサの正体の候補にはシャドウという考え方もあった。

だけど。

「暴走しちゃうから来ないで、って言ってたよね」

「あぁ、それと、元になった誰かがいるってな」

「どういうことだろう。アタシ達の中にいるって言うなら、とっくの昔に暴走してておかしくないよね?」

「まぁウサの元が誰なのかってことはこの際良いだろ。問題はこのウサをどうしてやるかって話だ」

なんとなく嫌な考えが頭をかすめたアタシは話を別の方向へ持っていく。


「もちろん連れ戻すしかないっしょ!」

「そうだにぃ!」

「でも、ウサは来ないでって言ってるよ?」

「関係ありません!」

菜々さんが鼻息荒く宣言する。

「ナナは、アイドルになるためにウサチャンをここに置き去りにしてしまいました。これ以上、あの子に辛い思いなんてさせたくありません!」

「そうだよ!私達だって、テレビの中に初めて入っちゃったときウサちんにめっちゃ助けてもらったじゃん!」

「そうだね、クマっていう元シャドウにも会ったんだし、今さら正体がシャドウって言われたくらいでほっとけないな」

「本人が来るなって言ってるのに、奈緒たちはホントお節介だよねー。ま、杏もそのお節介のおかげで助かったわけだから特に文句もないけど」

杏が「やれやれ」と頭をかきながら一歩前に出る。


「おいでー、ヤツフサ」


杏の声にこたえて、杏のペルソナ『ヤツフサ』が姿を現す。


「何するの?」

「え、だってウサ迎えに行くんでしょ?場所わかんの?」

「いや…」

「でしょ。珍しく杏が自分から動いてるんだから、ちょっと任せてみなって」

杏が精神を集中すると、ヤツフサが空気の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
ほどなくして、その身の周りを回る八つの玉のひとつが輝いた。

「お、わかったみたい。えらいぞー、流石杏のだー」

「どこなんだ、杏」

「えっとね、あっちだって。案外近くにいるよ」

杏がアタシらの行くべき道を指さす。

「でも、アレだね、ダンジョンにはなってないみたいだけどシャドウは結構うようよしてるみたい。ホントに行くの?」

「当然!」

みんな気合十分といった感じだ。

「わかった、案内するけど杏のペルソナは戦闘に向かないから、しっかり守ってよー」


「任せろ」

待ってろよ、ウサ。


―――みすぼらしい掘立小屋前

「ここだね」

いつもの入り口広場からそれほど遠くないところに、その小屋はあった。
ここに隠れてるのか?

「間違いないよ、その小屋の戸を開けたらウサがいるはず」

「よし、行こう!」

「待った!」

駈け出そうとしたアタシ達に杏が珍しく大きい声を出す。

「なんだよ!」

「気を付けて!なかなか強いのが来るよ!」

杏の言葉を待っていたかのように、小屋の前に二体のシャドウが出現する。
なかなかでかい。

時代劇に出てくる門番みたいな感じだ。

「うーん、どうやら本格的に杏たちと会いたくないみたいだね」

「戦うしかないってか」


「話し合ってみればー?シャドウに話が通じるなら」

「冗談言ってる場合じゃない、来るよ!」

アタシ達に引く気がないのがわかったのだろうか、二体の門番シャドウは襲い掛かってきた!

―――オォォォオォォォ!

雄たけびをあげながら右の門番が手に持つ棒を振り下ろす。

「くっ…」

なんとか飛び退って躱した。
すかさず左の門番が襲い掛かってくる。

「杏!敵の耐性を…」

「やってるよ!…右のが火炎に、左が電撃に弱い!」

好都合だ!


「未央!きらり!右のを頼む!」

「りょーかい!」

「任せるにぃ!」

「凛!アタシらは左だ!」

「わかった!」

「菜々さんは後方で援護頼む!」

「わかりました!」

「それじゃ手始めに…」

未央と凛と菜々さんが精神を集中する。




「ペルソナっ!」

「ペルソナ!」

「ペルウサー!」





それぞれのペルソナが現れ、呪文を唱える。





「マハスクカジャ!」

「マハタルカジャ!」

「マハラクカジャ!」



呪文の声が響くと、アタシ達全員の体が軽くなり、力が湧いてきた。
そして、体を守るように光の膜も。

「いやー、仲間が増えると心強いね!かみやん!」

「まったくだ!」

「行くよ!」

それぞれの敵に向かって駈け出すアタシ達。
負ける気は…しなかった。


―――戦闘後、みすぼらしい掘立小屋前

「ふぅ、今日は結構調子いいかな?」

「調子に乗ると、痛い目見るぞ」

まぁ実際、今日はみんな目に見えて動きが良かった。
多分、“自称・特別捜査隊”のみんなの戦いを目の当たりにしたのが大きいんだろう。

なんとなく戦い方のコツみたいなものを、あそこでは学んだ気がする。

しかしこの門番シャドウは、誰かのシャドウというわけではないらしい。
現に倒したら他のシャドウと同じくあっさり消えた。

強い雑魚シャドウってことか?

「ウサちゃん!」

そんな話をする間も惜しいとばかりに、菜々さんが小屋に駆け寄る。
そうだな、考えるのはウサを連れ戻してからでいいだろう。


―――みずぼらしい掘立小屋内部、モニタールーム

「うわ、なにここ」

みすぼらしい掘立小屋は、入ってみると外観と内装は全く異なっていた。
てかそもそも広さも外から見たのとは全然違う。

「テレビ局とかの…モニタールーム?」

そんな感じだ。
目の前にはいくつものモニターが並んでいて、様々な景色を映し出している。

これは…現実世界の様子か?

「ウサちゃん!」

部屋の一番奥、一際大きいモニターの前にウサは立っていた。
しょぼくれた顔をしている。

「…ベベチャン、シショー…来てしまったウサね」

「こんなとこで何やってんだウサ、帰ろうぜ」

「ダメウサ、シショー達だけで帰ってほしいウサ…」

「何だよウサちん、もしかして自分が元はシャドウだったこと気にしてんのー?そんなの関係ないって!」


「やっぱりミオチャンもそう言ってくれるウサか…みんな優しいウサね…」

ウサは力なく微笑む。
どうしたんだ。こんなに元気のないウサは初めて見る。

「でも、ダメウサ…ウサはみんなと一緒にいちゃいけないウサ…」

「なんでだ、元がシャドウでも、今は立派に人間と暮らしてるやつがいるって話はしただろ」

「そうだよ、向こうで会ったクマは、ちゃんと自分と向き合ってペルソナと人間の体まで手に入れてたんだよ」

「ウサもできるならそうしたいウサ…」

「なんで、できないんだにぃ?」

「それは、ウサとクマチャンには根本的に違うところがあるからウサ…」

根本的に違う?
アタシはシャドウの種類について思い出す。

不特定多数の人間の思念が固まったものと、特定の人間から分離したもの…。


「クマチャンはおそらく、いろんな人の想いのかけらの塊から生まれたシャドウウサ…。

特別誰かの思いが強いわけじゃない…まぜこぜになった思念から新しい心が生まれた…。

ひとつの強い感情に支配されていないから、そんな奇跡が起きたんだウサ…。

だけどウサは…そうじゃないウサ…」

「誰かから生まれたシャドウだってこと?」

「アンズチャンは察しが良いウサね…」

杏の言葉に弱弱しくうなずくウサ。

「ウサは…ある人から生まれたシャドウウサ…。

その人は優しくて、強くて、ちょっとおっちょこちょいな愛すべき人だったウサ…。

そんな人から生まれたウサは、他のシャドウとは違ってこうして人から愛されるような姿かたちを持っていたんだウサ…。

思えばその人は、普通の人間じゃなかったウサ…。

だからその人の心から生まれたウサはこういう変わった生まれ方をしたのかもしれないウサね…」

「ねぇ、誰なの、ウサちんの元になった人って…」

「そ、それは…」


未央の問いかけにウサが困った顔をして言葉に詰まる。

アタシはもう気づいていた。
もしかしたら察しの良い凛と杏はわかっているかもしれない。

菜々さんは…。







「ナナ、なんですよね…ウサちゃんの元になってるのって…」






やっぱりな。
菜々さんは唇を震わせて言葉を絞り出している。

初めから答えは用意されていた様なもんだったんだ。
だって、テレビの中の世界にはもともと菜々さんしかいなかった。

そして、いつのまにか現れたウサ。

記憶を失っていた二人。

ウサは、菜々さんの寂しいと思う心が生み出したシャドウなんだ!
だけど疑問が残る。

「そんな!だって菜々さんとウサちんはずっと一緒にいたけど、暴走なんて全然しなかったじゃん!」

それだ。
シャドウは、本体から分離した瞬間から独立を企てて本体の精神を攻撃する。

ウサはアタシ達の前で菜々さんを攻撃するような真似はしなかったし、第一アタシ達と出会うずっと前からこの二人は出会っていたんだ。

なんでそれで暴走しなかったんだ?

「ベベチャンは…特別ウサ」


「どういうことだ。それは、菜々さんがもともとこっちの住人であるって言うことに関係があるのか?」

「それを教えるわけにはいかないウサ!

ウサは全部思い出した!

ベベチャンと一緒に遊んだ日々も!

一緒に外の世界の事に夢中になった時の事も!

ここでベベチャンが何をしていたのかも!

全部、すべて、みんな!

…だから、教えるわけにはいかないウサ」

「ウサちゃん!教えて下さい!ナナはここで何をしていたんですか!」

「それを知ったら、ベベチャンは傷つくウサ!

それに、知ったところで運命なんか変えられないウサ!

だから!絶対に教えない!」

ウサの意思は固いようだ。
どうすればいいのか…。


「ウサちゃん!ナナはそんなことでは…」

「待った菜々さん、それ以上ウサに近付いちゃダメ」

いつの間にかヤツフサを出していた杏が、菜々さんを制止する。
ヤツフサは低いうなりをあげながらウサを威嚇している。

「な、なんでですか!?ナナはウサちゃんと大事な…」

「ウサにシャドウが集まってる」

「なんだって?」

杏の指摘に全員が息をのむ。

「さっきからここ、誰かがずっと見てる気がするんだよね。今の今まで見てるだけだったけど、なんかウサに働きかけてよくないことしようとしてるっぽい」

「ウサは操られてるの?」

「いんや違うねー、杏たちを拒絶してるのはウサ自身の意思だよ。ただ、その気持ちを利用してシャドウを集めてる」

シャドウは人の感情に反応する。
その見てるやつってのはウサを使って何をしようってんだ?

「わかんない。けど、このままじゃウサ暴走するよ」


「えぇ!?だって菜々さんはウサちんを拒絶してないよ!?」

「無理やり暴走させようとしてるんじゃないの。それよりどうする?」

「どうするって?」

「このままほっとくと暴走するってことは、ウサと戦うか逃げるかってことになると思うけど」

「そんな…!」

「できるわけないにぃ!」

「でも、やんないと杏たちやられちゃうんじゃない?」

杏はあくまでも冷静だ。
凛も口には出さないが杏と同じことを考えているのがわかる。

「菜々さん…」

「ナナは…ナナは…」

菜々さんはしばらく迷っていたが、やがてぐっと足を踏ん張ってアタシ達を見据えた。

「やりましょう!みなさん!聞き分けのない子はお仕置きしてあげなきゃいけません!」


「でも、それじゃウサちんと戦うってことになるんだよ!?」

「ウサちゃんは、ナナが何もかも忘れてのうのうと楽しんでる間にひとり悩んで苦しんでたんです!その気持ちがシャドウを呼び寄せてしまったなら、ナナはその気持ちを受け止めてあげなきゃいけません!」

ここで菜々さんはがばっと頭を下げる。

「お願いします!これはナナのわがままです!みなさん付き合って下さい!」

「…顔上げて、菜々さん」

凛が菜々さんの肩に手を添える。
こうしている間にもウサにシャドウが集まっているようだ。

最早目に見えるほどになっている。

「大丈夫、ウサは私たちにとっても大事な仲間だから」

「うー、ウサちんと戦うのかー…えーいままよっ!このちゃんみおやったるぜい!」

「そういうことなら、きらりもやったるにぃ!」

「決まりだな」

アタシ達は武器を構えてウサに向き直る。


「おいウサ!聞こえるか!」

シャドウにまとわりつかれても、こちらを睨み続けるウサに叫ぶ。

「お前が何を知って、何に悩んでたかはわかんねえ!

だけど、それをほっといちまったアタシ達にも責任はある!

全力でぶつかってこい!

そんで、全部吐き出しちまえ!」

「ウサちゃん!ナナ達は、何があってもウサちゃんの味方ですよ!」

「ウ、ウウウウ、ウウウウウウウウウウ、ウサアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「来るぞ!」


―――みすぼらしい掘立小屋、モニタールーム

集まってきたシャドウに飲み込まれ、ウサが巨大化する。
目は毒々しい極彩色に輝き、手の先からは鋭い爪が生えてきた。

ちょっとしたホラー映画に出てきそうな、打ち捨てられたぬいぐるみ、といった風情だ。

その下半身は、床にぽっかりと空いた穴に埋まっている。




『我は影…影の中の影…』




いつもの影と前口上が違う。
ウサがシャドウだからなのか?

『愚かな人間どもめ…なぜ真実を求めるのだ…。

真実など、この深い霧のどこを探せば見つかるというのだ…。

しかも、苦労して探し当てた真実が自らの望むものではないというのに…』


「耳を貸すな!くだらねー妄言だ!」

「もち!」

「コイツ…かなり強いよ。特に有効な属性攻撃はない、慎重に行かないとね!」

「地道に、か…凛、未央、菜々さん!」


「マハスクカジャ!」

「マハタルカジャ!」

「マハラクカジャ!」


門番シャドウとの戦いと同様に、全員に強化魔法をかける。

「にょわー!」

強化の終わったきらりが真っ先にとびだし、力任せにウサのシャドウへハンマーを叩きつける。

『くっ…』

うるさそうにきらりを払いのけるウサのシャドウ。
攻撃を食らう前にきらりはさっと飛び退いた。

よし、物理攻撃は効くみたいだな。


「ジオンガ!」

凛の呪文が響くと、同時にヤツに雷撃が落ちる。

『フン…』

声に苦痛は感じられないが、喰らってよろめいたってことは効果なしってことはないだろう。

『なるほど…流石にこれまで強大なシャドウを打倒してきただけのことはある…。

しかし、いつまで続くかな?』

その言葉と同時にウサのシャドウは何事かを囁いてきた。
何の言葉かはわからない。けど、急に心が重くなるのを感じた。

「…っ、へん!なんてことないじゃん!アギラオ!…あれ?」

未央が悪寒を払い飛ばすように火炎の呪文を唱えるが、何も起こらない。

「え?ウソ!ペルソナが出ない!」

「アタシもだ!」

くっそ、今のはそういう技だったのかよ。
RPGでよくある『沈黙』とかってステータス異常だ。


「そういうときはコレだよ、奈緒!」

凛が投げてよこしたのは…うがい薬だ!
そういや鳴上さんたちが言ってたな。

「敵の中にはこちらを状態異常に持ち込もうとするやつがいる。そういう奴には何故か現実の薬が効くんだ」

って。

「さんきゅ、凛!」

「しぶりんナイス!」

アタシと未央はうがい薬で喉を洗う。
ペルソナを封じることに対する対応がうがいってのはなんか妙だけどな。

「ぺっぺっ、よぉっし行くよっ!」

まぁ、うがい薬ばかりは使用後がちょっと汚いけどな…この際しょうがない。
ファンの目に留まるところでなくて良かったってとこか。

「アギラオ!」

『ぬぅ…』

未央の火炎がウサのシャドウに直撃する。
しかし、ヤツもただやられてばかりじゃない。


『この…虫けらどもが…っ!』

そのでかい図体を利用して、めちゃくちゃに両腕を振り回す。

「あぐっ…」

「きゃあ!」

「うわっ!」

アタシと凛と未央はよけきれずに思いっきり喰らってしまった。
ラクカジャがなければ凛の影と戦った時の二の舞になっていたかもな…。

「みなさん!メディラマ!」

菜々さんがすかさず回復の呪文であたし達の傷を癒す。

「くっそー!攻撃は効いてるけど、アイツタフすぎだよ!」

「弱点も耐性もない代わりに、耐久力が高いってことか…」

「このままじゃこっちがガス欠になるよ」

どうする…。


「目、狙ったら?」

杏が提案する。

「目?」

「そ、目。定石じゃん、こういうでかい敵と戦うときって目とか狙うの」

それもそうだ…だけど。

「そんなことしてウサは大丈夫なのか?」

「問題ないと思うな。あれ、姿は確かに巨大化したウサっぽいけど、ウサ自身の体じゃないもん。それにあの目、なぁんか嫌な感じすんだよね」

確かに、あの極彩色の目は妙な感じがする。
どうにもウサ自身の物とはかけ離れてるっていうか…。

「アナライズでもあの目だけ力を感じるし、狙ってみる価値アリ、だよ」

ふふん、とドヤ顔する杏。
こういう力を持ってるやつがいるだけで、こんなに戦いやすいなんてな。

しかも杏はこれで頭がいい。
助かるぜ。

よし。


「みんな!目を狙うぞ!」

「りょーかい!」

「はいだにぃ!」

「凛、ちょっと耳貸せ」

アタシは今思いついたあることを凛に耳打ちする。

「行けるか?」

「もちろん」

自信たっぷり。

「未央!きらり!全力でかき回せ!」

「オッケー!マハスクカジャ!」

未央が切れかけた呪文をかけなおす。

「にょわー!お返しだにぃ!」

きらりが真正面からウサのシャドウに飛びかかる。


「アレスちゃん!暴れまくってやるにぃ!」

オォ!と現れたアレスが、きらりと一緒に持っている武器を振り回す。

『ぬ、ぐぅぅ…!』

やっぱりきらりもそのペルソナも力は強い。

「よそ見してちゃーダメなんだなー!」

素早く駆けまわっていた未央が、きらりと入れ替わるように飛び上がる。

「ジャックランタン!」

未央がペルソナを呼び出しながら、トンファーをヤツの右目に叩きつける。
呼び出されたジャックランタンは同時に火炎を放つ。

ペルソナと本体の同時攻撃だ。
アイツいつの間にあんなの覚えたんだ。

『おぉぉぉぉ…!!』

攻撃を食らって悶えるウサのシャドウ。

「効いてるぞ!」

『小虫どもが…なぜ我に逆らうのだ…!』


ウサのシャドウが片手を振り上げ、力を溜める。

「マズイ!みんなガード!アレまともに喰らっちゃダメだよ!」

「えぇ!?」

杏の叫びが間一髪間に合い、アタシ達は全員守りを固める。

『シネェエェェエエ!!』

その手に込められた破壊的なエネルギーが、アタシ達の体を枯葉の様に吹き飛ばす。

「うぁっ!」

「きゃあ!」

「くっ…」

「あぁっ…!」

「いやっ…!」

とんでもない威力だ。
もしガードが間に合ってなかったら、今度こそホントにお陀仏だったかもしれない。

「菜々さん回復を…」

ってヤバイ!菜々さん気絶してる!


『我の片目を持って行ったか…虫けらにしてはやるが…どれ、お仕置きと行こう…』

マズイ、倒れたままの未央に手を伸ばしている。
この傷ついた体じゃ間に合わ…そうだ!

「凛!」

「え…?わかった!」

さっき思いついた作戦を試すしかない!

「「ジオンガ!!」」

雷撃の呪文。
だけど、コレはヤツ本体を狙ったものじゃない。

『ぬぅ…小癪なぁっ…!』

ヤツの目の前で雷撃を衝突、スパークさせて視界を奪うためだ。
いや、いきなりでもうまく行くもんだな。

ヤツは残った左目を押さえ、のた打ち回る。

「菜々ちゃん!しっかりするにぃ!」

きらりが菜々さんに駆け寄りほっぺたをパンパン叩いて起こす。
あんま叩きすぎると死んじゃうぞ、きらり。


「ぶっ、ばっ、ちょ、起きた!起きましたってきらりちゃん!」

あー、顔が赤く腫れてる。

「えとえっと、あ!めでぃらま!」

寝起きなうえにほっぺたが腫れて舌が回ってない菜々さんの回復呪文が届き、アタシ達は傷を癒された。

「あ、危なかったね…ありがと!かみやん、しぶりん!」

「ううん、それよりも、あと一歩だよ」

「だな」

そんなに長い間目くらましもしていられないだろう。
となると、アイツが次に目を開けた瞬間が勝負だな。

短い時間で効果的にアイツの目を攻撃するには…。

さっきの未央がやったペルソナとの同時攻撃を思い出す。

すると、心の中のアークエンジェルが「俺を使え」とばかりにアピールしてくるのが感じられた。
やってみるか。


「きらり、アレスでアタシをアイツの左目へ思いっきり投げつけられるか?」

「奈緒、何する気?」

「次のチャンスを逃したらそうそう倒す機会は巡ってこなくなる。確実に倒せる一撃が必要なんだ。だから、きらりのアレスに勢いをつけてもらって突っ込む」

「あ、危ないよかみやん!」

「大丈夫だ。それに、他にいい方法があるか?」

「呪文じゃダメなの?」

「今は手で押さえてるし、的が小さい。かといってアイツの目が完全に開くまで待ってたら遅すぎる。アタシの剣ならスキマを付けるからな」

「それなら私のトンファーだって」

「トンファーじゃ短すぎる。大丈夫だって、それに、今戦いたがってるペルソナがいるんだ」

「俺ならできる」ってことで良いんだよな?アークエンジェル。

「…失敗したら許さないよ」

「任せろ」

『ウオォォオォオオ…!!』


ウサのシャドウが何とか目を開けようと悶えている。
そろそろだな。

「きらり、行けるか?」

「お待ちをー!んむむむむ…にょわー☆」

きらりとアレスは、全く同じポーズをとって力を溜める。

「きらりん☆ぱわー、チャージ完了!いつでもおっけいだにぃ!」

「よっし、やってくれ!」

「アレスちゃん!」

アレスの大きな手に掴まれて持ち上げられる。
そのまま砲丸投げの様な姿勢を取ったアレスは、アタシを一気に押し出した。

「おおおおおおおおお!」

ヤバイ!コワイ!思ってたよりずっとはえええ!

しかしそうやってビビってる暇もない。
あっという間に目標は目の前だ。







『ぐぅぅ…愚か者どもが良くも…』

「悪かったな!愚かでよ!」






『なに!?』

ギリギリと目を開けたアイツが見たのは、アタシがぶっ飛びながら剣を構える姿だったはずだ。






「アークエンジェル!」





アタシの呼びかけに応えたペルソナが、アタシと一緒にぶっ飛びながら武器を構える。


「喰らええええ!」


アタシの渾身の突きと、アークエンジェルの二連突きが、ヤツの左目に突き刺さった。


ビシィッ!


岩にヒビでも入ったかのような音が聞こえると、ヤツの両目に亀裂が走って行き光と共に粉々にはじけ飛んだ。
同時にでかかったシャドウの体がしぼみ始める。

「よっとと、あっぶねー」

何とか間一髪脱出して、地面に降り立つアタシ。
うん、地に足付けて生きよう。比喩でもなんでもなく。

そして消えるシャドウの体。

「勝った…んだよな?」


―――戦闘後、みすぼらしい掘立小屋、モニタールーム

「か、かみやんすごかったよアレは!」

「正直アタシもドキドキだったけどな」

「それよりウサは?」

「ウサちゃああん!」

誰よりも早く、菜々さんがウサに駆け寄る。
シャドウの融合から解き放たれたウサは、思ったより元気そうだ。

「あ、あの、その、あのベベチャン」

「ケガはありませんか?痛いところは?苦しいところは?辛いところは?」

「ダ、ダイジョブ!ダイジョブだから!」

「ホントですか?隠してませんか?ナナに隠しちゃいけませんよ!」

「ほ、ホントにダイジョブウサ!」

菜々さんの心配ぶりにウサは目を白黒させる。

「よ、ウサ、何ともなさそうだな。安心したよ」

「シショー…」


ウサは申し訳なさそうな顔をする。

「結局来てしまったウサね…」

「仲間がつらい思いしてんのに、ほっとけるかよ」

「そうだよ、ウサちん」

凛もきらりもうなずいている。

「話してくれるよな?お前が思い出したこと」

「でも…」

「大丈夫ですよ、ウサちゃん」

菜々さんが優しく語りかける。

「ウサちゃんの知ってしまったことは、確かにショッキングかもしれません。

だけど、今のナナには一緒に受け止めて励ましてくれる人たちがいます。

どんなつらいことでも、大丈夫。

むしろ、そんなつらいことをウサちゃん一人に背負わせておく方がつらいですよ」

「ベベチャン…」


「お前は、『運命は変えられない』って言ったな。

何が待ってるのかはわからないけど、これまでだってヤバかったことは何度もあった。

その度アタシ達は成長して乗り越えてきたじゃないか。

今度だって、お前の心配をどっかにやっちまえるように、みんなで考えようぜ」

「シショー…わかったウサ」

ウサはぐしぐしと鼻をこすってアタシ達に向き直る。

「これから話すことは、間違いなくシショー達にとってショッキングな事ウサ。だけど、大事な話だからちゃんと聞いてほしいウサ」

「うん、大丈夫!」

「…まず、ウサが誰のシャドウなのかってことウサけど…これはさっきも言ってた通りウサはベベチャンのシャドウであってるウサ」

「暴走しなかった理由は?」

「シャドウは本来、抑圧された人間の負の感情ウサ。

ウサは、ベベチャンの寂しいと思う心から生まれたシャドウウサ。

だけど、ベベチャンはその気持ちを抑圧させるのではなく願望として昇華させたウサ」


願望として昇華?

「これは、よほど心が綺麗で純粋でないとできないことウサ。

そもそも、負の感情というのは元は純粋な気持ちが多いウサ。

だけど、様々な要因が、それを純粋な気持ちとして置いておかせない。

余計な付加価値がついた気持ちはやがて負の感情となり、シャドウが生まれる…」

難しいな…つまり「純粋に寂しい」って気持ちに余計な言い訳とか願望が混じると負の感情になるって言うのか?
例えば「ぼっちと思われるのが恥ずかしい」とか。

「でも、そんなの人間なら誰だってそうじゃない?ていうか負の感情も持ち合わせて初めて人間ていうかさ…いや、菜々さんが人間じゃないとか言ってるわけじゃないよ!?」

「大丈夫ですよぉ、未央ちゃん」

「ミオチャンの言うとおりウサ。

人間で完全に純粋な気持ちを持てる人っていうのはなっかなかいないウサ。

それは全然悪いことじゃない。

むしろベベチャンが特別ってことなんだウサ」


「なるほどな…それじゃシャドウって言うよりペルソナって気もするけど…。

それで…菜々さんは何者なんだ」

テレビの中に唯一住んでいた人間。
自我を持つシャドウを生み出した特別な存在。

そんな菜々さんは、一体何者なんだ。

「ベベチャンは…」

ウサは悲しそうに菜々さんを見る。

「ベベチャンは…監視者なんだウサ…」

「監視者?どういうこと?」

「言葉通りウサ。

ベベチャンは、ここから現世の様子を監視して『上』に報告する役目を背負った人。

…いや、人間ですらないウサ」

現実世界を、監視?

「私が…監視者…」

菜々さんは驚きともなんともつかない表情でつぶやいている。


「監視って、なんのために?」

「この霧を晴らすか充満させるか…そういうことを判断するためウサ」

八十稲羽で聞いた、アメノサギリとかと同じってことか。

「ってことは、その『上』ってヤツは人間をどうこうしようって腹心算なのか」

「…わからないウサ。

ウサは一介のシャドウ。

ベベチャンが人間を監視していたことはわかっても、『上』のヤツが何者なのか、なんで人間を監視させていたのかまではわからないウサよ」

菜々さんが人間を監視、か。

「でもさ、それならどうして菜々さんはテレビの外にあっさり出てこられたの?監視者は他にもいるってこと?」

「いや、ベベチャンだけウサ」

「じゃあ、なんで…」

「ベベチャンがテレビの外に出て行ったのは、何もこれが初めてじゃないウサよ」

「あ…」


菜々さんが何かを思い出したように声を漏らす。

「ベベチャンが人間の、それも愛らしい人間の姿をしているのは、そういう風に作られたからウサ。

ベベチャンの役目は人間が何を思い、どう行動し、何を生み出すのかを見届け報告すること。

人間たちの中にあっても情報を引き出しやすいようにそういう姿をしているウサ。

アイドルに憧れて飛び出す前にも、テレビの外に出た事はあるウサ」

「そうだったのか…」

「でもさ、それならなおさら菜々さんがこうやってテレビの外でずーっとアイドル活動してられるのって不思議じゃない?そんなにここのお仕事ってゆるいの?」

そこが気になるところだ。
未央の指摘にウサは目を泳がせている。

「えっと、その…」

「ナナの得た情報は…全部自動で『上』に送られていたから…ですよね…?」

「あ!…えっと…そうウサ…」


自動で?
どういう意味だ。

「ベベチャンはもともと、わざわざ手に入れた情報を何かしらの手段で送っていたわけではないウサ…。

ベベチャンが得た情報は、みんな自動的にアンテナを通して発信された…」

「そのアンテナがウサちゃん…なんでしたよね」

菜々さんが記憶をたどるように続ける。
思い出したのか?記憶を。

「まだはっきりと全部は思い出せませんけど、だんだん蘇ってきました…ここにいた頃のナナの記憶…。

そっか、そうだったんですよね…ウサちゃんはそうやってナナが生み出したんですよね…」

「ウサをアンテナとして生み出したってのか?」

「アンテナは副産物ウサ。

ベベチャンは寂しさを紛らわせるために、自分の心を分離させてシャドウを生み出した…。

その時にアンテナとしての機能も一緒に分離したウサ…。

情報を受け取るのはベベチャン、送るのはウサ。

二人は心で繋がっていて、どんなに離れていてもその機能だけは失われることがなかったウサよ…」


「じゃ、じゃあウサちんや菜々さんの記憶がなかったのは?心が繋がってたなら忘れるなんて」

「多分、この送受信機能を維持するために記憶の持つエネルギーを使ってたウサね。

外の世界とこことじゃ、あまりに距離が離れてて、代償なしじゃ情報が送信できなかった。

一つずつ思い出を消費していって、気付いたら忘れてしまったウサ。

だからベベチャンと再会して、触れ合うたびに記憶が戻ってきてたんだウサ」

「えっとえっと、じゃあウサちゃんの記憶が戻ったってことはまた誰かに情報を送り続けてるってことになるのかにぃ?」

そうか!
だからウサは姿を消したのか!

アタシ達のことがこれ以上誰かに伝わらないように!
ってアレ?それだと妙だぞ。

「…『また』ではないウサ。

安定して送れるようになったっていう意味ではそうかもしれないウサけど」

「それってもしかして…」






「ナナは、今までもずっと皆さんの情報を敵に送り続けてたスパイだったってことですよね…」





菜々さんが青い顔で答えを出す。

「そうなってしまうウサ…」

ウサはもう泣きそうだ。

「この繋がりは、ウサがウサである限り、ベベチャンとウサが存在し続ける限り消えないウサ…!

でも、ベベチャンはシショー達とここを調べるって大事な使命を見つけたウサ…!

そんなベベチャンが、知らぬこととはいえ自分がスパイだったなんて知ったらきっとすっごくショックを受けるウサ…!

だからウサは…ウサは…」

なるほどすっきりした。
ウサはこれ以上情報が漏れないように姿を消したんじゃなくて、漏れない方法を探すためにここへ来たのか。

せめてもの抵抗として、菜々さんとあまりかかわらないようにしてアタシ達から姿を隠して。

「ここは、ベベチャンがこの世界にいたころ情報を集めていた部屋ウサ。

ここにくれば、何かわかるかもしれないと思ったウサけど…ウサ如きじゃ何にもできんウサね…」


「ここは元からあった場所なんだ…」

通りで迷宮化してないわけだ。

「ナナは…ナナはみんなを守るとか言っておきながら…みなさんを裏切っていたんですね…」

菜々さんは震えている。
その肩を凛が優しく抱きしめる。

「菜々さん、そんなこと気にしなくていいんだよ。

大体、杏を助けた時に犯人がテレビを介して私達を見張っているかもしれないって話をしたじゃない。

そしたら、今さら菜々さんが見た物が相手に伝わってたからってなんだっていうの?」

「そうだよ!

大体知らなかったんでしょ?

そしたらどこに菜々さんが悪い要素があんのさ!」

「みなさん…でも…ナナは…ナナは…」


「おい、ウサ」

「は、はいウサ」

「この部屋で一番大事な機械どれだ」

「えっと…多分あれウサ…」

ウサはひときわ大きな配電盤かなにかを指さす。

「そっか…」

「奈緒、何する気?」

「黙って見てな。アタシは今猛烈にムカついてるんだ」

アタシは怒りに燃えながらウサの指差した機械の前に立つ。
ココは異世界だ。目の前の機械がホントにアタシらの世界と同じように機能している者なのかどうかはわからない。

けどな。

「人の友達を…良いように使ってくれてんじゃねええええええ!」

目の前に現れた青いカードを叩き割り、ゴフェルを呼び出し機械に飛びかかる。

「ちょ、ちょっとかみやん!?」

「はぁ…はぁ…ペルソナあああああああ!」


散々にぶっ叩いて、仕上げにコイツを喰らわせてやる。。

「クイーンメイブ!!」

アタシの怒りの雷が、機械に直撃し、完全にぶっ壊す。
同時に部屋中のモニターの電源が落ちた。

「…こんな場所があったら、菜々さんもウサもいつまでたってもスパイやらされてたことがよぎっちまうだろ。

だったら、アタシが全部ぶっ壊してやる」

アタシは菜々さんに歩み寄る。
うなだれている菜々さんの胸ぐらをつかんで引き起こす。

「おい、菜々さんよ。

なにうなだれてんだ?

情報流してた?アンタがスパイだった?

知るかよそんなこと!

そりゃアタシらの情報を流しちまったこと自体はショックかもしれねえ。

けど、アンタは何度もアタシらの窮地を救ってくれたじゃねえか。

くよくよすんなよ、んなことじゃアタシらはアンタを見捨ててやんねえからな!」


「奈緒、言いたいことはわかるけど、ちょっと乱暴すぎるよ」

「奈緒ちゃん、痛いのはメッだにぃ」

「わ、わりぃ、ちょっと熱くなった…」

「ナナだって…」

菜々さんが顔を上げてアタシに言い返す。

「ナナだって、このまま皆さんと一緒に戦いたいですよ!

だけど、ナナがこのまま皆さんと一緒にいると作戦とか犯人に筒抜けになっちゃうんですよ!?

そしたら逃げられちゃいますよ!?

良いんですかそれでも!」

「逃げられたらまた追っかけりゃいいだろ!」

「それじゃ延々といたちごっこじゃないですかぁっ!!」

「あー、熱くなってるとこわるいんだけどさ、いいかな」

「なんだよ!」


アタシと菜々さんの言い合いに杏が口を挟んできた。

「おー、こわ。あのさ、今の話の論点て、要は菜々さんとウサが情報を流してしまうからアタシ達と一緒にいられないってことであってるよね?」

「さっきからそうだって言ってるだろ。だから…!」

「話は最後まで聞きなって。…多分それもう問題ないよ」

「…は?」

「だからもう情報は流れないってこと」

どういうことだ?

「ウサが情報流してしまった云々あたりから、ここしばらくの探知とかアナライズとかを思い越してみたんだけどね…。

情報の送信、さっきウサのシャドウを倒してからどうやら止まってるみたいなんだわ」

「えぇ!?」

「もともとそんなことになってるって思ってなかったから、その送信されてるもの自体についてはよくわかんないんだけど、明らかに戦う前と後でウサを構成する要素が一つ減ってるんだよね」

「んむむむ…」


「んー、同じ探知タイプのりせちーならわかってくれるんだろうけどね、この感覚。

簡単に言うと、杏たち探知タイプっていうのは力の種類と流れを見ることができるわけ。

どの敵がどういう技を使うぞー、とか、誰が力を溜めてて誰が狙われてるぞー、とかね。

そんで、今その力で見てみる限りでは、菜々さんとウサの間に確かにつながりは見えるけど、その他のどこにもつながりは見えないねー。

ウサから何かが放出されてもいないし」

「ってことは何だ。ウサと菜々さんはその呪縛から解放されたってことなのか?」

「過去にさかのぼって再アナライズすることはできないから断言はできないけど、他に変化した要素もないっぽいし、そう思っていいと思う」

「な、な、なぜにそんなことにウサ」

「もしかして…あの目?」

「あー、さっきのシャドウサちんの目を壊したから?あれはどっからどう見てもウサちんのじゃなかったもんねぇ」


「そゆことー。

ほら、戦う前に杏『誰かがウサにシャドウを集めてる』って言ったでしょ?

多分それさっき話に出てきた『上役』。

菜々さんが情報を集めるためにそいつに作られたんなら、当然菜々さんから分離したウサにもそいつの因子が混ざってたわけでしょ?

その因子に働きかけることでウサを暴走させたんだと思う」

「その因子ってのが表に出てたのが…あの『目』だったと」

「うん」

何というか、明らかに弱点ぽかったから狙ってたわけだけど、まさかどんぴしゃだったとは。

「えっとつまりウサ達は…」

「みなさんと一緒にいても問題ないってことですか…?」

「だーから良いって言ってるじゃん!」

未央が菜々さんの手を取る。

「良かったね、菜々さん!これで心配事はゼロだよ!」


「は…はは…あはは…」

菜々さんとウサは抱き合い、べそをかきながらへたり込む。
アンテナがぶっ壊れたってことは、情報の送信はできなくなった。

つまり、ウサと菜々さんは解放された。

…良かった。

「なんか…なんかウサはバカみたいウサよぉ!ひとりでこんなとこ来て結局シショーたちに迷惑かけてぇ!助けてもらってぇ!」

「みたい、じゃなくてバカなんだろ。全く、手間かけさせやがって…良かったな」

「ありがとう、ありがとうウサああああ!!」

「みなさんありがとうございますうううう!!」

あぁあぁ大洪水だ。

でもこれで、アタシ達は仲間を失わずに済んだし、誰かもわからねえ敵の手札を一枚潰してやった。
大丈夫、わからないなりに進んでるじゃないか。

大泣きするウサと菜々さんをなだめながら、アタシ達は現実世界へ戻ることにした。


―――現実世界、CGプロ、第4会議室

「いやー、つかれたねぇ!」

確かに。
でも、心地良い疲れと言っていいだろう。

「今日はもうとりあえず帰ろう」

凛の言葉にうなずき、順々に会議室を出ていく。

「…あの、奈緒ちゃん」

「どうした、菜々さん」

アタシも出ようとしたところで、菜々さんに呼び止められる。

「えっと、その…ありがとうございました!」

思いっきり頭を下げる菜々さん。

「おいおい、もういいって」

「いえ、違うんです。そのことじゃなくて」

他になんかあったかな。


「奈緒ちゃんがあの部屋を壊してくれた時、すっごく嬉しかったんです。

自分の意思なんかなく情報を集めさせられてたことを思い出して、とっても嫌な気持ちになりましたけど…その象徴を奈緒ちゃんはいとも簡単に失くしてくれました。

もしかしたら調べれば手がかりになるかもしれないものを、なんのためらいもなく」

あー、それに関してはあれだな、頭に血が上ってたからそこまで考えてなかったというか…。

「えっと…」

「大丈夫、わかってますから」

目が泳いだアタシを見て、菜々さんがクスクス笑う。
読まれてたかな。

「そうやって、損得勘定抜きで他人のために怒れて泣けて、笑える。それが奈緒ちゃんの良いところです。ナナはまた救われてしまいました!」

救うなんて大げさな。

「ともかくこれで、ようやくナナはすっきりとした気分で戦うことができます!

奈緒ちゃん!この命、奈緒ちゃんに預けますよ!」

記憶が戻り、呪縛からも解放された菜々さんは晴れ晴れとした顔をしている。

菜々さんとの間に確かな絆を感じる…。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、ついに真実の絆を得たり。

真実の絆・・・それは即ち、

真実の目なり。

今こそ、汝には見ゆるべし。

”女教皇”の究極の力、”スカアハ”の

汝が内に目覚めんことを・・・






>安部菜々『女教皇』と、確かな絆を紡いだ!





これは…菜々さんとの絆が完全なものになったってことか?
究極の力っていったい…。

『スカアハ』ってのがペルソナであろうことはなんとなくわかるけど、呼び出せはしないみたいだ。

召喚の為の第一条件解禁、ってことなのか?

「奈緒ちゃん?どうかしました?」

「あ、いや、なんでもない。改めてよろしくな、菜々さん」

「はーい!ウサミンパワー全開!ですよ!ってうわぁっ!!」

ずしゃあ!とこける菜々さん。

あぁあぁ、まったく、頼りになるんだかならないんだか…へへっ。


―――深夜、CGプロ事務所前

都会といえど、日付もとっくに変わっているほどの深夜となれば静かなものだ。

「…彼女たちは予想以上に力を付けている…次の手を講じなくては…」

そんな夜更けにもかかわらず、銀髪の女がCGプロの事務所を見上げ呟いている。

「―――あれ?また会いましたね」

女が声の方向に目を向けると、奈緒Pが手を振りながら近づいてきた。

「こんな時間に女性の一人歩きは危険ですよ。お送りしましょうか」

「…いえ、結構よ…」

「でも…あ」

奈緒Pの言葉を待たず、女はその場を立ち去る。

「ふーむ、何処の誰なのやら…もう少し距離がつかめればスカウトしたいところなんだがなぁ…」

奈緒Pのそんなつぶやきは、その女に届いているわけもなかった。
なぜなら。

「…そうね…近しい人を…そして…絶望を」

女の呟きもまた、奈緒Pには届いていなかったのだから。


※作者でございます。

以上、八話でございました。
いつもは二分割するところですが、少し短めでしたので一気に投稿してしまいました。

奈緒がかわいすぎるんです。
とてもとっても。

だけど可愛さをなかなか引き出せない。
まぁ奈緒ちんは可愛いだけじゃなくて友達思いの熱い女の子に違いないんですけどね!

ということで二話分投稿いたしましたので九話は次スレになります。

おそらく

神谷奈緒「ペルソナ…」

という題名で立てると思いますので、お時間ありましたらお付き合いください。
そろそろ物語的には中盤の山を迎えそうです。

ではでは。

.
>248

おぉ、同志。
頑張りましょう!


新スレ立てました。
よろしければどうぞ。

神谷奈緒「ペルソナ・・・」
神谷奈緒「ペルソナ・・・」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1392732217/)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年03月09日 (日) 01:39:28   ID: vziYFwtE

なおpが黒幕だったらいいのにな…
杏さんぱねぇ

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