クリスタ「黒髪のサンタクロース」(42)

ユミル×クリスタ、クリスタ視点の地の文あり

52話までネタバレ

ユミクリだけどほとんどクリスタメイン、104期女子ちょっと

よろしくお願いします


「ねえ、もしサンタクロースが本当にいたら、何をお願いする?」


黒髪おさげの少女の問いに、テーブルを囲んで談笑していた女子が顔を上げ、思案し始める。


「私なら、食べきれないほどのパンと芋ですね!」

「私だったらやっぱり素敵な彼氏だけどなあ。でもサンタさんに頼んだら降誕祭を二人で過ごすには間に合わないのよねえ…」

「いくらサンタクロースでも生身の人間は持ってきてくれないと思うけどね」


他愛もないやり取りを聞きながら、わたしも自分の答えを探す。サンタクロースに何を望むのか。


「クリスタはどうするの?」

「わたしは…何もいらない。サンタさんに会えれば、それだけでいい」

「ええーー!?サンタクロースって、髭面のでっぷり太ったおじさんだよ?降誕祭だよ?おじさんと二人なんて何が楽しいの?」


ミーナの容赦ない物言いに苦笑してしまう。寒い中プレゼントを配って回ってくれているのにあんまりな言いようではないか。


「えっと…そのサンタさんじゃなくて…わたしは、わたしが昔会ったことがあるサンタさんに、きちんとお礼を言いたいの」

「会った?サンタクロースに?」

「会ったっていうより、姿をちらっと見ただけなんだけど…」


「本当!?ねえ、その話聞かせて!どんな人だったの?」


戸惑うわたしに、女子達がたたみかけてくる。


「私も聞きたいです!」

「私も興味がある。クリスタがいいなら、聞きたい」

「でも、前にユミルに少し話したら、夢でも見てたんだろうって笑われたの。だから…」

「ちょっとー!ユミルが変な事言ったから、クリスタが話してくれないじゃない!ねえユミル聞いてるー!?」



呼ばれたユミルは2段ベッド上段の自分の場所でこちらを振り返る。
枕をクッション代わりに柵によりかかって本を読んでいたようだった。


「クリスタ、笑わないから…ね?ユミルもこっちに来てちゃんとクリスタの話聞きなさいってばー!」

「うっせえなあ…」


ユミルはけだるそうに梯子を降りると、長椅子のわたしの隣にどっかと腰をかける。
向かいに座っていたそばかすの少女、ハンナは少し怯えた顔をした。104期では概ね普通の反応と言える。

例外はこの部屋にいる、主席のミカサ、いつも冷静なアニ、怖いもの知らずのサシャ、
面倒見のいいミーナ、そしていつも一緒のわたしくらいだった。


ユミルは皆が思うほど怖い人ではない。

雪山訓練の時だって、口では冷たく見放すような事を言いながらも結局はダズを助けてくれた。

悪態の下に隠れた彼女の素顔はもっとずっと単純なのに、それを知る者が少ないのが寂しかった。


そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、当の本人は軽口を叩いて女子たちを困惑させている。

ユミルは自分が他人の目にどう映るかに頓着しない。

他人からどう思われるかが気になる性分のわたしにはそれが羨ましくもあった。


「ええと、面白い話じゃないし…本当に夢だったのかもしれないから…」

「じゃあその夢の話を聞かせてよ、ね!?すごく素敵な夢じゃない?」


ちらりとユミルの方を伺う。


「いいぜ、いくらでも聞いてやるから、話せよ」


促され、わたしはあの頃のことを思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せた。

開拓地で、一人ぼっちだった頃のこと。
宿舎の固いベッド、薄い毛布、毎日の荒れた土地での作業、窓に映る鈍い色の空-


「遅かったじゃん」


二人の少女うち、体の大きい方がわたしににじり寄って来る。


「誰にも見つからずに来られたの?あんたグズだからね~」


もう一人ほどではないが、やはり背の高い少女がわたしの顔を覗きこんだ。
同年代の子供たちより一回り、いや二回りは体が小さいわたしは見上げないと目線が合わない。

夕暮れの開拓地、いくつも並ぶ開拓民の宿舎のうちの一つ、
その裏でわたしは少女達に囲まれていた。


「…ちゃんと持ってきたんでしょうね?」


開拓民には月に一度給金が支払われる。
子供達が受け取るのは小遣い程度の額だが、
支給されるシャツやタオルなど最低限の物以外はそこから賄わなければならなかった。

こんな風に給金を「借りに」呼び出されるのは初めての事ではない。
初めは小銭程度だったが、だんだんと額が増え、今では給金のほとんどを巻き上げられるようになっていた。


「もう、嫌だ」

「はあ?何か言った」

「前に貸した分を、全部返してくれるまで、もう、貸さない」

「あんた、自分が何言ってんのかわかってんの?」


少女達に凄まれ、俯くことしかできない。

「ふうん…じゃあ、わからせてあげる」

次の瞬間、突き飛ばされたわたしは宿舎の壁に背中を打ちつけた。
容赦なく平手が飛んでくる。二人がかりでは手も足も出ず、頭をかばってうずくまる。

大きい方が、乱暴にわたしの上着のポケットに手を突っ込み、
もらったばかりの鋼貨を掴み上げた。


「返して!!」


必死ですがりつくも、今度は拳で打ちすえられ地面に倒れこんだ。
口の中が切れたのか、鉄の味がする。


「あたし達はお金が無くて困ってるの。困った人を見たら助け合いなさいって言われたでしょう?」


誰にも気付かれないように一人で食事をとり、湯浴みを終えたわたしは寝室へと向かった。

階下にある食堂からは、談笑する大人達の声が漏れ聞こえてくる。

あの二人と同室でないのは不幸中の幸いだった。

打たれた頬がまだひりひりしている。それをかばう手も痛い。

冬が近いせいか、空気が乾燥してわたしの手は荒れていた。

給金で手袋が買えればまだマシになりそうだが、最近は巻き上げられてしまって手元には小銭しかない。

以前に買った手袋は数日もせずに無くなった。

泣きそうになりながら探し回るわたしを、あの二人がにやにやしながら見ているのに気付いて
探すのを諦めたのだ。


その時の事が思いだされ、涙が滲んでくる。もう寝よう。

ベッドに横たわったその時、ちゃり、と頭の下で音がしたのに気付いた。

起き上がり枕をどかすと、そこにあったものに思わず目を疑う。


(なんで…こんなところに!?)


幾枚もの鋼貨が、シーツの上に乱雑に置かれていた。


翌朝、朝食を終えたわたしは作業の合間に二人を探していた。

開拓地には他人に恵む余裕のある人間はいないし、憲兵がそんな酔狂な真似をするとも思えない。

あの二人が鋼貨を返してくれる可能性はもっとないが、何かを知っているのではと思ったのだ。

二人はすぐに見つかった。気のせいか表情が沈んでいる。
体の大きい方は洋服の袖に急ごしらえの継ぎはぎを当てていた。昨日掴まれた時にはそんなものは無かったはずだ。

そちらへゆっくり近づいていく。反応で、答えがすぐにわかる。
二人はわたしの顔を見ると、おびえたように青い顔をしてそそくさと去っていった。


(…誰かが、取り返してくれた?)


いったい、誰が。何故、わたしのために?


-わたしにはそんな価値はない。

わたしは、人に優しくしてもらえるような存在じゃないのだから-


本格的な冬がやってくる。

疲れた体を引きずって自分のベッドにたどり着く。手が痛い。片方の手のひらで、もう片方の手の甲をさする。
手の甲だけではない、指先もひび割れだらけだった。

鋼貨は帰ってきたものの、それを大っぴらに使うことは控えていた。
あの二人が時々ひそひそと話しながらこちらを見ているのを知っていたから。

休もうとして毛布をめくると、一対の手袋が置かれているのに気付く。
上等そうな革に、裏地にはシルクが使われていた。
見るからに高価そうで、開拓地近くの小さな街の店先にはとても並びそうにない。


(いったい誰…なの?)


周囲を見回すが、いくつものベッドが並んだ部屋にはわたしの他に誰もいない。
こんなところに誰かが何度も忘れ物をする事などあるだろうか。

いや、それとも-


「両隣の宿舎にも聞いてみたけど、誰も知らないってさ」

「そうですか…」


わたしは少し頭を下げ、おばさんにお礼を言った。


おばさんはこの宿舎の医務室に詰めている看護婦だ。
昔は駐屯兵団の軍医のもとで負傷者の世話に飛び回っていたらしいが、
さすがに軍勤務が辛い年齢になり志願してこの開拓地にやってきたという。

ちょくちょく体調を崩したり、傷薬をもらいに来たりしていたが、
おばさんはみんなとわたしを同じように扱ってくれていた。


「憲兵の人が、くれたのかもしれません」

「そりゃあんた買い被りすぎだよ。憲兵はあたしらから奪いはしても与える事なんて考えないからね。
 こないだだって、開拓民の給金が多すぎるって騒いでたんだから」

「…」


「視察に来た時に忘れていったんじゃないのかい?あんた手袋持ってないんだから貰っちまいなよ。
 あたしは黙っといてやるし、告げ口する奴もいないさ。万一ばれたらとぼけて返せばいい」

「でも…」

「盗ってきたんじゃないのお?」


声に驚いて振り向くと、あの二人が医務室の入り口に立っていた。
鋼貨の一件以来、お金を取られたり暴力を振るわれたりすることは無くなったけど、
代わりに年の近い子供達が不自然にわたしを避けるようになった。
わたしは元々一人で過ごすことが多かったから、あまり気にならなかったけど。


「あんたたち、そりゃ言いがかりだよ。盗んだ証拠でもあるのかい?」


「街で盗んできて、誰かが自分の所に忘れたように振舞ってるんじゃないの?
 おかしいじゃない、憲兵が子供用の手袋なんて置いていく?」

「自分の子供のために買った物かもしれないよ」

「じゃあ、袋包みの中に領収票も一緒に入ってたんじゃない?見せてみなさいよ」


そんなものは無い。手袋はこのまま置かれていたのだから。


「いい加減になさいよ!この子はあんた達と違ってずっと真面目に働いてんだから、
 街まで行く暇なんてあるわけがないよ!だいたいあんた達はどの面でそんな事言ってんだい?
 ふざけたことを言う前に、胸に手をあてて自分達の事を考えてみたらどうなのさ!?」


驚いた。おばさんが怒るのは何度も見たことがあるが、ここまで激しいのは初めてだったから。


「ずっと黙ってたけど、あたしは知ってるんだよ!あんた達が仕事を放っては街に遊びに行ってるのをさ!」

「!」


おばさんの剣幕は止まらない。

「そんなに好きなら街に行って仕事探したらどうなんだい!
 あんた達みたいな心づもりで働けるところなんて、まともな所じゃないんだからね!」


恥ずかしそうに俯いて出ていく二人を見送り、おばさんはぴしゃりと戸を閉めて言った。


「あんた、あの二人に何かされてんじゃないだろね?」

「…」

「まあ無理に聞かないけどさ、溜め込むんじゃないよ」


わたしは俯いて黙っていた。何も言えなかった。
わたしは悪い子供だから。誰にも頼ってはいけないのだから。


自分のベッドに戻り、毛布にもぐりこんで考える。一体誰が手袋をくれたのか。

まどろみ始めたわたしの頭にふと一つの考えが浮かび、眠気が吹き飛んだ。

跳ね起きると、テーブルの上に読み終えたまま置いてあった本を手に取る。


「サンタクロースの冒険」


きっとサンタクロースが来てくれたのだ。お金を取り返してくれたのもきっとそうだ。
少しはやい、降誕祭のプレゼント。

わたしはサンタクロースに会ったことはない。
だからきっとわたしが悪い子供だということを知らなくて、それで優しくしてくれるのだ。
みんなわたしが悪い子供だから冷たかった。祖父母も、お母さんも。

手袋をはめてみる。少し大きかったが、両手がぬくもりに包まれるのが嬉しくて、そのまま眠りについた。


荒れ地に転がる石を拾っては抱えた籠に放り込む。拾っても拾ってもきりがない。

合わない手袋でも慣れれば十分作業できるが、小さな石を拾う時は脱いだ方がいいこともある。
少し面倒だったが、寒さでしびれて感覚が無い手で石を拾う辛さとは比べるまでもなかった。

時々作業を止めて手首のあたりを引っ張り、何とかしっくりしないか試すが、指先がどうしても余ってしまう。
仕方がないと諦めてもう一度両手を見る。

ふと顔を上げて見渡すと少し離れたところで大人達が作業をしている。
わたしはいつも大人達と同じ班で、それもなるべく距離をおいて石拾いや草むしりをしている。
動物の世話も皆とは時間をずらすようにしていた。
大人達もそんなわたしに必要以上に構うことは無かった。

遠くから子供達の声が聞こえる。そちらを振り向くと、水桶を運びながら笑いあっているのが見えた。
いつもならこんな時たまらなく寂しくなって、馬屋に駆け込んでいたはずだ。でも、今日は違った。

この手袋があれば、わたしは一人でも頑張っていける。


長い冬の終わりが近づいてくる。

大人達より早く寝室に引き上げたわたしは便せんにサンタクロース宛ての手紙を認めていた。

内容は時節の挨拶と、鋼貨と手袋のお礼。春にトロスト区の訓練兵に志願すること。
少し考えて、開拓地を離れる前に、せめて一度会いたいことを書き加える。

わたしに会ったらサンタクロースはわたしが悪い子供だと気づくだろうか。
そうしたら二度とここには来てくれないかもしれない。
それでも、プレゼントが貰えない事なんかよりお礼が言えない事の方が辛かった。


四つ折りにして宛名を書く。これから毎日毛布の下に忍ばせておこう。きっと気付いてくれるはずだ。
窓から夜空を見上げると、空には半分に割れた月が輝いていた。


それから幾日かあと。


「今日、宿舎の周りに妙な人影をみたんだよ。こっちをかぎまわってるような感じでさ」


夕食時、一人がつぶやいた言葉に周りが食べる手を休める。もう一人が言葉を続けた。


「そういえば、俺も昔怪しい奴を見た事がある。冬の始め頃にこのあたりを何日かうろついてたようだけど、
 それきり見なくなったから忘れてたんだが…俺と同じくらいの背で、痩せた奴だった」

「俺の見たのもそんな感じだ。盗賊に違いないな。
 冬に来たのは偵察で、進入口やこの辺の地理を探ってたんじゃないか」

「ってことは、今回は本格的に盗みに入りにきたってことだな」

「厄介な事になったな。食事が終わったら皆に集まってもらおう。
 急だが、今晩から交代で見張りを立てる。銃の準備をしておけ。怪しい奴がいたら捕えるんだ」


黙って聞いていたわたしは内心焦っていた。
どうしよう、このままではサンタさんが撃たれてしまう。

ほとんど手を付けていない食事をそそくさと片づけ、階段を駆け上がり部屋へと急いだ。
手紙で知らせなくては。


「もうここには来ないでください。大人達があなたを傷つけようとしています」


文面を考えながら、慌ただしくドアを開き部屋へと駆けこむ。

その音に驚いた人影が、一瞬、わたしのほうを見た。

開かれた窓。そこから入る風に黒髪がなびく。
差し込んでくる月明かりに照らされて、すらりとした長い手足が闇に浮かび上がっている。


「…!?」


驚いて声が出ない。その人影は素早い動きで窓から飛び降りる。
あとを追い窓から顔を出すと、人影が受け身をとり、起き上がって走り出すのが見えた。
積み上げられていた木箱を引っかけたらしく、がらがらと崩れる音が響く。


「おい!誰かいるぞ!!」


下の食堂の窓から叫ぶ声が聞こえる。


「不審者だ!捕まえろ!」


大人達が飛び出して人影を追う。


「止まれ!止まらないと撃つぞ!」

「構わん、撃て!!」


ダ、ダ、ダン!

乾いた音がこだまする。わたしはたまらずに両目を閉じて祈った。
お願い、逃げて-


「やったか?」

「森の方に逃げた!追いかけろ!」


大人達がめいめいの武器と明かりを持って駆け出していく。
助けなくちゃ。ドアへ走ろうと振り返ったその時、森の方から閃光がきらめいた気がした。

ふと気がついて自分のベッドを見ると、手紙がなくなっていて、代わりに紙包みの焼き菓子が置かれている。


その日、大人達が夜通し森を探し回ったが、誰も何の手掛かりも見つけられなかった。


「ええと、その人影がクリスタに鋼貨や手袋をくれていたってことだよね?」


湿っぽいところはほとんど削ぎ落として話をしたが、大筋は伝わっているようでわたしは安心した。


「焼き菓子いいですねぇ、最近食べてないなぁ」


こちらは内容が削ぎ落とされて食べ物の事しか残っていないようだ。


「ひとつ質問がある。それはクリスタの初恋という解釈でいいの?」


普段は自分より大きい男を投げ飛ばしている癖に、内面は意外に乙女な主席の少女が質問を発する。
思いもしなかった解釈に、わたしは自分の頬が赤く染まるのを感じた。


「え、えと、暗くて顔がよく見えなかったし、男の人かどうかもわからないから…」

「えー?別にいいんじゃないんですか、女の人でも」

「私を見て言うな」

「わかった!!」


難しい顔をして考え込んでいたミーナが突然声を上げる。


「それ多分、サンタクロースじゃないよ!あしながおじさんよ!」


あしながおじさん。確か、孤児院の少女が学校に行く話だったはず。
読んだことはないので詳しくは知らない。ミーナが解説を続ける。


「ええとね、あしながおじさんは、孤児の主人公の女の子を援助して学校に行かせるの。
 お礼として女の子はおじさんに手紙を書くのね。
 で、おじさんは成長したその子にプロポーズ。二人は結ばれてハッピーエンド!」

「ええ!?」

「きっとかっこいい貴族の人よ!ひょっとしたら王子様かも!
 解散式の夜にやってきてこう言うの!
 『君をずっと見つめていた。結婚してくれ、私のクリスタ』って!」


ミーナは自分の妄想に黄色い声を上げている。
ミカサやハンナも頬を赤らめていた。
サシャがはしゃいでいるのは内地の食べ物を連想したからだろう。


少女達がひときしり騒ぎ興奮が収まるのを見計らって、アニが冷静に指摘する。

「…夢を壊して悪いんだけどさ、さすがに王侯貴族はないと思うよ。
 それだったら訓練兵になって危険な目にある前に迎えに来るだろうし」

「あー、やっぱりそうかな。だよね」


途端にミーナは冷静になる。単に妄想してはしゃぎたかっただけのようだ。


「開拓地の男が、あんたに惚れてたんじゃないの」

「今頃その男の子も訓練兵になってるのかな?ひょっとして104期にいるとか!」


それは無い。あの開拓地の同い年の子供で、トロスト区に来たのはわたし一人だからだ。


「じゃあ、下の学年にいるかもよ?決めた!私明日105期をリサーチしてくる!」

「い、いいよミーナ、そんな事しなくて…」

「でもさ、もし初恋の人が近くにいるなら、会いたいでしょ?
 会ったら気になるでしょ?意識しちゃうでしょ?」


あの黒髪のサンタクロースに会いたい。
子供の頃のわたしが意識して「いいこと」を始めたのは、
いい子にしていればまたサンタクロースが来てくれるかもしれないと思ったのがきっかけだ。
でも、まさかこんな身近にいるとは考えもしなかったし、わたしのためにそこまでしてくれるはずがないと思う。


「いーかげんにしろお前ら。いくらなんでもこんな所まで追いかけてくる馬鹿はいねえよ」


「ユミルはドライすぎる。もう少し夢があってもいい」

「はっ…惚気話聞かされて疲れちまった。ちょっと夜風当たりに行くぞ。クリスタ付き合え」


ユミルはわたしの返事も聞かずに強引に腕をつかみ、歩きだす。
ひょっとして、困っているわたしへの助け船のつもりなのだろうか。


「珍しい…ユミルが動揺してます」

「してねぇよ」

「ああ見えて、ユミルは割と繊細」

「あーもう!ちげえっつってんだろ!」


兵舎の薄暗い廊下を、ユミルは振り返りもせずに歩いていく。


「ちょっと…わかったからあんまり引っ張らないで!」


ようやく手を放してくれた。遅れないように少し足取りを速める。

兵舎を出て、近くの丘の一番高いところにある一本の樹の下まで来ると、そこに腰を下ろした。
わたしもその横に並ぶ。

しばらく黙って夜空を見上げていたユミルが、ようやく口を開いた。


「…お前さあ、憲兵狙えよ」

「え?」


わたしは思わず聞き返してしまう。こんなところでそんな話になるとは思わなかった。


「憲兵団だよ。最近お前、成績上がってきてるじゃねえか」


確かに上がってはいる。しかし自分では釈然としなかった。
努力はしているが、それに不釣り合いな上がり方だったからだ。


「内地に行けば安全だし、暮らしも楽になる。いい男だっているだろ。
 お前のいうサンタクロースとは別人かもしれないけどさ、
 貴族様でも王子様でもお前を見初めてくれるよ、なんたって女神クリスタだからな」


女神。その言葉を聞くたびにわたしは居心地が悪くなる。
困っている人を助けるのは嫌ではなかったし、自分が辛かった時の事を考えれば当然だと思っていたが、
いつの間にか言葉ばかりが独り歩きをして逆にわたしが押し潰されそうだ。

わたしは、女神なんかじゃない。


「わたしは、そんな…」


「おっと、サンタさんを信じてるようなお子ちゃまにはまだ早い話だったか?」


さすがのわたしもサンタクロースを信じる年ではもうない。でも、あの時に来てくれた人影は信じている。


「べ、別にサンタさんを信じてるんじゃなくて-」

「まあ、ばあちゃんになるまで嫁の貰い手がなかったら私が貰ってやってもいいがな!」


ダハハハと笑うユミルの横でわたしは口を尖らせた。
くしゃくしゃと頭を撫でられる。人の話を全く聞いていない。


「…風が出てきたな。帰るぞ、クリスタ」


自分の言いたいことだけ言って、立ち上がりすたすたと歩いて行ってしまった。


「待ってよ!ユミル!」


わたしも慌てて立ち上がる。その瞬間、強い風が通り抜け、木々が、草が、揺れた。


(あ…)


瞳に映る情景が、記憶のドアをノックした。

心臓が鼓動を速める。


風になびく黒髪。
月明かりに照らされ、すらりとした長い手足が闇に浮かんでいた-




 おわり

ありがとうございました

ちなみに本は実在する

乙。黒髪って言ったらやっぱりあの黒髪だよね!
すごく良かったので差し支えなければ過去作も教えてほしい

こういう形できちんと書くのは初めてなので過去作はないです

改行とか手探りだったので見辛かったらすみません

あの黒髪の方の話も書かせて頂けると幸いです

1>> 乙!
良かったよー!
黒髪の方の話も是非書いて下さい!

「内地に行けば安全だし、暮らしも楽になる。いい男だっているだろ」

今思うとクリスタの場合行ってたら危なかったかも

>>1
初でしたか。読みやすかったですよ
また読めるのを楽しみにしてる!


一応、続きっぽいものを↓

ユミル「黒髪のサンタクロース」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1387771691/)

黒髪のやんちゃ時代のお話

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