ユミル「黒髪のサンタクロース」(49)

ユミル×クリスタ、ユミル視点の地の文あり

52話までネタバレあり

ユミクリだけどユミルメイン、R-15的表現あり


クリスタ「黒髪のサンタクロース」
クリスタ「黒髪のサンタクロース」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1387724068/)
の続き


よろしくお願いします


「知ってる?サンタクロースの伝説はね、聖者が貧しい家の煙突に金貨を投げ入れて、
 娘を身売りから守ったことが始まりなのよ?」

兵舎の一室で女子達がテーブルを囲み他愛のない話に興じていた。
一際目を引く美しいブロンドの少女、クリスタも合わせて笑ったり驚いたりしている。
今日は童話の話らしい。


入団したての頃のこいつは咄嗟の嘘が上手でなく、親や子供の頃の話になると言葉に詰まることがしばしばあった。
その都度私が助け舟を出していたが、最近は大分マシになりうまく濁したり話したくない所は
削ぎ落として伝えるやり方を覚えたようだ。


話の内容からしても今日は困ることもないだろう。
私はテーブルを素通りして2段ベッドに登ると自分の場所に腰をおろす。
形だけ本を開くが、意識は別のところにあった。


(サンタクロース、か…)

降誕祭の頃にやってきて子供達にプレゼントを配る、伝説の老人。
その言葉に古い記憶が呼び起される。
訓練兵になる前、私は内地で盗みを働いて暮らしていた。クリスタの事を知ったのもその頃のことだ。


「ねえユミル聞いてるー!?」


黒髪のお下げの少女ミーナ、別名豚小屋出身のミーナが呼ぶ声が聞こえた。


「ユミルもこっちに来てちゃんとクリスタの話聞きなさいってばー!」


仕方ない。私は梯子を下りてテーブルに近寄っていく。


「クリスタは子供の頃サンタクロースに会ったことがあるらしいですよ!」

「いい年してサンタかよお前ら。あんなもん大人が子供をいいようにするための方便だっつーの」

「あんた夢が無いわねえ…」


まごついて私を見るクリスタを促すと、頬杖をついてそちらに目を向ける。
整った横顔は困ったり恥ずかしがったりと忙しい。


(表情豊かになったもんだ…)


否、仮面を被る術を身に着けただけであの頃と本質は変わっていないのだろう。
雪山訓練で遭難しかけた時の様子から考えてもそれは間違いない。

クリスタが話し始めると共に、おぼろげだった私の記憶もはっきりと蘇ってくる。
あの頃。私は内地で、お前は開拓地で。自分は世界に一人ぼっちだと、そう思っていた-

「そんなに重要なのか?その子の存在は…」

「壁の権利を持ち得る子だ。
 レイス家直系の娘だが庶子のため家督を継ぐにふさわしくないと一族から疎まれていた。
 いっそ殺せと言う声もあったが、レイス卿の取り計らいで偽名を使って暮らしている」


礼拝堂の扉が開く気配を感じて咄嗟に説教台の下に身を隠した私は、図らずも教団の機密に触れることになった。


(まいったな…まさか、こんな所で密談が始まっちまうとは)

「その子の様子を探ればいいのだな。それでどんな子なんだ?今どこにいる?」

「今はウォールローゼ南西部第4開拓地の第3区にいるが、12歳の誕生日を迎えたら訓練兵団に送られるだろう。
 小柄だが母親譲りの金髪と青い瞳の美しい少女だとのことだ。名前は…」


ごとり、と袋の中のお宝が音をたてた。


(しまった…!)


心臓が一瞬動きを止めた後、早鐘のように暴れ始める。
銀の燭台、白銀をあしらった十字架、金色に輝く盃、
高値が付きそうなものは借りられるだけ借りていこうと詰め込んだのが災いしたか。

「…誰かいるのか!?」

仕方ない。懐のナイフに手を伸ばす。相手は二人だが丸腰だ。
応援を呼ばれなければ逃げる事は出来るだろう。

男達の気配が近づいてきたその時、扉が開かれる音がした。


「おや、こちらにおられたんですか。次の祭儀の準備のことで少々ご相談が…」


夜道を走り抜ける。今日は吉日だ。お宝は大漁、それに面白い話も聞けた。


『一族から疎まれ』

『いっそ殺せと』


同じだ。私と同じだ。

どんな奴だ?何をして、何を考えて生きている?
きっと私と同じように、性根が腐りきっちまってるに違いない。
見に行こう。どんな面をしているか、拝んでやる。

興奮が収まらないまま、地下街までの道を走り続けた。


晩秋の開拓地。

開けた空はどこまでもどんよりと曇り、そこに生きる人々の気持ちを物語っているようだった。
広大な土地は開発が進んでおらず、自給自足ができる程度と言ったところか。
耕作地の間に一定の距離を置いて宿舎がいくつも並んでいる。


毎日、開拓民が宿舎を出入りする時間に身を隠して一人ずつ視認していく。
それらしい少女が見つからなければ次の宿舎に張り込む。
そんな生活が数日続いたある日、一人の少女が私の目に入った。


(…あいつか?)


教会で聞いた話通り金色の髪と青い瞳の、遠目にも分かる美しい少女だった。
話からすると私より2、3年下だろうが、もっと幼く見えるほど体が小さい。
それに、悲しみが張り付いたかのような暗い顔をしている。


(しけた面してんなあ…)


貴族の血を引き教団からも目をつけられる重要人物のはずだが、
この凋落ぶりを見るに危険を冒してまで接触するほどの利用価値もなさそうだ。

ここで立ち去っても良かったが、急いだところで特にやることがあるわけでもなく、
暇つぶしも兼ねてもうしばらく様子を窺う事にした。


少女はいつも一人で仕事をしていた。
大人達と言葉を交わすことはあれど、すぐに離れて一人になろうとする。
昼休みはじゃれあう子供達に混じることもなく、一人静かに木陰で本を読みふけっている。
わずかに笑顔を見せるのは動物の世話をしている時だけだった。


まるで自分は世界でひとりぼっちだとでもいうように。
いや違う。自らひとりぼっちになりたがっているかのように。


数日後、給金の配給日がやってくる。

憲兵が尊大な様子で胸をはり号令をかけ、幾ばくかの金銭を渡していく。
大人達は作り笑いでさもありがたそうにそれを受け取り、子供達は無邪気に喜び騒ぐ。


例の少女も一際暗い表情で給金を受け取るとそそくさと宿舎に引き返す…と、
宿舎の入り口をそれて裏側へとまわっていったようだ。
その表情が気になって、私も裏へとまわる。


「…ちゃんと持ってきたんでしょうね?」


背の高い二人がその少女を取り囲んでいる。給金を巻き上げられているようだ。
少女は抵抗しようとするも、力で叶わずすぐに地面に叩き付けられる。
根性はなかなかだが、いかんせん体が小さすぎる。


義賊を気取るつもりはないが、私は自分より弱くて貧しい奴から盗んだことはない。
義憤に駆られ、嘲笑いながら立ち去る二人に気付かれないよう後をつける。
二人は森の入口に潜んで座りこみ何やら話し合っている。


「ねえ、持ってきた?そろそろ溜まったよね?」

「うん、ほら…これ。これだけあれば、次に街に行ったときに…」


足音を忍ばせ、木々を利用して大きい方の後ろに一瞬で回り込むと後頭部を殴りつける。
次の瞬間にはもう一人の胸倉を掴み鳩尾に一撃を食らわせていた。


「悪いが、その金全部頂いていくぜ」


「かえ、し、て…」

大きい方が答える。もう一人は突っ伏して胃の中の物を吐き出していた。

「そりゃこっちの台詞だな」

抵抗しようとする女を組み伏せると、ナイフを右袖越しに地面に突き立てた。
左腕を押さえつけ自由を奪うと、余った手をゆっくりとスカートの中へ差し入れる。

「そんなに金が欲しいなら、こっちを使ったらどうだ?こんなチンケなカツアゲよりよっぽど稼げるぜ?」

「ひ…!」


膝から太もも、そして内股へと手を滑らせていく。

「お前らの体なら、年をごまかせば雇ってもらえるだろ。紹介してやろうか?」

「ひいっ!ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません、もうしないから許して!!」

ナイフを引き抜くと、体を引きずり起こして羽交い絞めにする。
恐怖で歯が音を立てているのが聞こえる。

「その言葉、忘れんじゃねえぞ。小便くせえ安宿で病気もらって死にたくなけりゃな」

背中を突き飛ばすと、すすり泣きを背にその場を離れた。
この金はあいつのところに返しておいてやろう。
ふと思い立ち、そのうち一枚を抜き取って自分の胸ポケットに入れる。報酬変わりだ。


本格的な冬がやってくる。

私はふとした思い付きで内地の商店街へとやって来ていた。
店頭の品々を眺めながらポケットの中の鋼貨を確かめる。


人間に戻った直後、壁内に辿り着いたところで力尽き行き倒れていた私は、
娼館の女将に拾われ住み込みで働き日々を過ごした。

若年であったことと、十人並みの容姿、愛想の無さが「災い」し、
商品にならないと判断され雑用係として使われていた。

注文をとって水割りを作り、料理を運び、欲望の跡の匂いに吐き気を催しながら
シーツを洗って稼いだこの金は、私の財産の中で唯一「真っ当な」労働の対価として得たものだ。

(女将には恩を仇で返しちまったけどな)


娼館で働いていた期間はそう長くない。
来る度にしつこく嫌がらせをしてくる客をぶん殴ってしまい追いだされたからだ。

それ以来盗みを働くようになり、今に至る。

せめてもの女将への謝罪として、この給金はできるだけまともな使い方をしようと考え手をつけずにいた。


店先に上等そうな手袋が並んでいるのが目に入り、足を止める。
あいつは寒い中手をこすり合わせて温めていた。これなら喜んでくれるだろう。

「いらっしゃい」

店の親父は口先と裏腹に眉をひそめてこちらを見る。
この街に私がふさわしくないのは百も承知だ。ポケットの中の金を全て出して見せる。


「この金で買える一番いい手袋を」

「サイズはどのくらいで?」

あいつのサイズなんて分かるはずがない。
思わず口ごもると親父は再び怪訝そうな顔をする。咄嗟に私は自分の手を見せて答えた。

「この手がぎりぎり入る物を」

親父はまじまじと私の手を見ると条件に合いそうなものを取り出して並べていく。
あいつには少し大きいかもしれないが、小さくて入らないよりはましだろう。


数日後、再び開拓地へとやってきた私は日の沈んだ頃に宿舎に忍び込んだ。
開拓民は夕食をとっている時間のはずだ。

手袋を袋包みから出し毛布の下に潜ませる。
存在するだけで憎まれた者同士の、友好の挨拶として。
毛布を戻し部屋を立ち去ろうとした時に、一冊の本が目に入った。


「サンタクロースの冒険」


あいつがいつも本を読んでいたことを思い出し、手にとってぱらぱらと頁をめくる。
伝説の酔狂な老人の若かりし頃を書いた物語らしい。
表紙にはいかにも人の良さそうな白髪の老人が微笑んでいた。

(ガキっぽい本読んでるんだな…いや、ガキか)

あの少女にもちゃんと子供らしい一面があった、そのことに私は何故か少し安心して部屋を後にした。


翌朝、宿舎から出てきたあいつを見つける。その手は手袋に包まれていた。大きさも大丈夫そうだ。
よほど気に入ってくれたようで、時々作業を止めては手袋をはめ直し両手をまじまじと見つめている。

思わず顔がにやつきそうになるのをこらえる。思えば随分と入れ込んでしまった。

盗みを働いて失敗するのは、無駄に現場を何度もうろついた時と、十分な下調べをせず慌てて忍び込んだ時と決まっている。
もうここには用もない。二度と来ることもないだろう。

(ま、せいぜい達者で暮らせよな)

心の中で呟くと、振り返ることなく開拓地を後にした。


ウォールシーナ中心部からすこし離れた街の外れの丘、墓地を越えたところに木々が立ち並んでいる。

時間を持て余した時や一人になりたい時はよくここでぼんやりしていたが、今日は違った。
樹によりかかり安く譲ってもらった古本にかじりつく。
あいつに影響されてか、私は暇つぶしに本を読む事を覚えていた。

本だけでなく雑誌や新聞にも目を通す。
そのおかげで私が「死んで」いた間に何が起こったか、曖昧だった知識も埋められていった。

(いいことを教えてもらったな)

本から顔を上げると眼下に街を一望できる。この場所が私は好きだった。

(墓地を超えてきた場所なんて、一度死んだ私にぴったりじゃないか)

日が落ちれば街の明かりが点りだす。
人々の生活を映し出すその光とここが地続きの場所とはとても思えなくて、
今の自分にこれ以上相応しい場所はないと自嘲気味に笑った。


長い冬の終わりが近づいてくる。

ある日の私は足を延ばして新しい「狩場」へとやって来ていた。
街をぶらつきながら忍び込みやすそうな場所を探していく。

通りの半ばに本屋があるのに気づく。
随分な本好きになってしまった私は少しだけと自分に言い聞かせ立ち寄ることにした。

棚に並べられた数々の本。人気のものや最近出版されたものは手前に平積みで重ねられている。
その中に白髪の老人が微笑んでいるのが目に入った。


「サンタクロースの冒険」


(これは、あいつが読んでたやつ…)

近くの街では見つからなかったものだ。値段を確認するが、手持ちでは僅かに足りない。

私は元々最低限の金しか持ち歩かない主義だ。
財産は瓶に小分けしてあちこちの樹の根元に「預金」してある。

次にこの街に来るのは盗みに入る時だ。
その後で本屋に来るなんて間抜けすぎるし、何度も現場をうろつくのはリスクが高い。

(今、盗んじまえばいいさ)

見れば気の弱そうな親父が奥の方で憲兵にひたすら頭を下げている。
税の滞納を咎められているようだった。


(準備はしてないが、これなら楽勝だろ)

憲兵が去ったのを見計らい親父の目を盗んで本をポケットの奥に突っ込むと、
意外に大きくて少しはみ出してしまった。心の中で舌打ちしつつ、そっと立ち去ろうとする-

その瞬間、店に駆け込んできた子供が私にぶつかった。

バランスを乱した私の体が本の山を崩す。


(なんてこった…!)

「…おいあんた、そのポケット!」

こうなったら仕方ない。私は店を出て脱兎の如く逃げ出した。裏通りまでまけば何とかなる。


「おい!そいつ、うちの商品を持って行った!捕まえてくれ!」

街をうろつく大人達の目が一斉にこちらに向く。
一人が飛びかかってくるがひらりと身をかわした。
あちらこちらから石やらコップやらが飛んでくる。
そのうちいくつかは地面にぶつかり、いくつかは私にぶつかってくる。
向うの女が水をぶっかけてきた。

(畜生!)

濡れた地面に足を取られた私の上に、数人の大人が飛びかかってきた。
本屋の親父も追いついてくる。

「てめえこの野郎!どこのもんだ!」

親父が捕まった私の頬を殴りつける。


「てめえみたいな屑が存在するから世の中が悪くなるんだ!
こっちは治安のために高い税金納めてんだぞ!てめえに食わせるためじゃねえんだ!」

親父は興奮して私の顔を殴り続ける。
どうやら相当欝憤をためているらしく、世の中への恨み辛みまで私にぶつけてくる。

「この屑が!この世から消え失せろ!」

盗みで失敗するのは十分な下調べをせず慌てて忍び込んだ時。
分かっていたはずなのに、冷静さを欠いたのはこの本のせいだろうか。


今日は厄日だ。たかが本の一冊で下手を打つとは-


野次馬共をかき分けて憲兵がやってくるまでにそう時間はかからなかった。


駐屯所に連行された私は「初犯」という事で釈放された。
浮浪児だと身元引受人がおらず書類仕事が面倒になるからというのが主な理由らしい。

再犯防止のための念入りな「教育」から解放され、
いつもの墓地へと帰ってきた頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

体を引きずって樹の下までやってくると、腰をおろす。ようやく傷を癒せそうだ。

馬用の鞭で打たれた背が痛む。腫れ上がり皮もめくれているだろうことは見なくても分かった。

ゆっくりと息を吸い、吐く。背中から湯気が上り始めた。

時間をかければ傷は癒せるが、痛みまでは消せない。
治癒が落ち着くまで、少なくとも今晩は眠れそうにない。


「くっ…」

痛みを紛らわせないかと体勢を変える。
背中に体重がかからないよう肘で四つ這いになってみるが効果は薄い。


『てめえみたいな屑が』
『この世から消え失せろ!』


親父の言葉が思い出される。一度死んでやったというのに、まだ足りないというのか。


ふと顔を上げるといつもの光景が見えた。立ち並ぶ家々から漏れるいくつもの光。

あの家の一つ一つの中で、ある者は昼の業の疲れをいやし、
ある者は愛しいわが子を抱き、ある者は恋人と愛を語り合う。

恵まれた者もそうでない者も各々が選びつかみ取った小さな幸せを大切に温めている。
他人と自分を引き比べる事などいつもはしないのだが、今日だけは何故か目から涙が零れ落ちてきた。


私には何もない。必要とされる場所も、帰る家も、待っていてくれる人も。
何より、幸せを選ぶ権利が無い。


(選択肢なんて、無かった)


誰が好き好んでこんな暮らしをするものか。
大きな流れに逆らうこともできず、誰も私を知らない場所に身一つで放り出され、
自分ではどうすることもできなかった。私だって、行けるものなら「そっち側」に行きたいんだ。
誰か私に気づいてくれ。ここから救いだしてくれ-


嗚咽が漏れるのこらえようと口を押さえたその時、胸のポケットから一枚の鋼貨が地面に落ちた。

(これは…)


あいつから報酬として頂いたものだ。ポケットに入れたまますっかり忘れていた。
鋼貨を掴み上げてゆっくりと座りなおす。
夜空を見上げると、空には半分に割れた月が輝いていた。

「よう、もう半分はどこにやっちまったんだ?」

問いかけるも返事はない。孤独に光る月は無言で闇を照らしている。

(私の「もう半分」は、あの湿っぽい開拓地にいる)

あいつは、あの暗い空の下で今日も俯いているのだろうか。

(お前も、一人ぼっちじゃないんだぞ-)


夕暮れの開拓地。
森に身を潜めていた私は開拓民が夕食のため宿舎に戻った頃を見計らって
部屋に忍び込んだ。今日も手土産持参だ。

いつものベッドの毛布をめくると、シーツの上に4つ折りの便箋が置かれている。


「サンタさんへ」


(なんだこりゃ…)


「親愛なるサンタクロース様 少しずつ暖かくなり始めましたが、いかがお過ごしでしょうか。
 鋼貨と手袋をありがとうございました。大切にしています。
 春になったらわたしはトロスト区の訓練兵に志願してここを出ていきます。
 できればそれまでに一度、サンタさんに会ってお礼が言いたいです。
 どうかお元気で」


『12歳の誕生日を迎えたら訓練兵団に送られる』

教会で聞いた言葉が思い出される。その時、ばたりと慌ただしく扉が開く音がした。
振り返るとそこに一人の少女が立ち尽くしている。

とっさに顔を隠し、開いている窓から飛び降りる。
受け身をとって起き上がると、積み上げられていた木箱が後を追ってきた。

「おい!誰かいるぞ!!」
「不審者だ!捕まえろ!」


捕まるつもりなど毛頭ない。一目散に走りだす。

「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
「構わん、撃て!!」

(物騒なもん持ち出しやがって…)

考えてみれば教会に忍び込んで以来ヘマ続きだ。私も焼きが回ってきたということか。
そろそろまともな生き方をしろというお告げかもしれない。
それも悪くない。私を雇ってくれるところがあれば、だが-


ダ、ダ、ダン!


「やったか?」

「森の方に逃げた!追いかけろ!」


走りながら振り返ると、人影がぞろぞろと追いかけてくるのが見える。
その瞬間、木の根に蹴躓いてバランスを崩し倒れこんだ。
このまま逃げていたら多勢に無勢なのは明らかだ。

(仕方ねぇ…)

まさかこんな所でこの力を使うことになるとは思わなかったが、背に腹は代えられない。
ここで憲兵につきだされたら今度こそ檻の中だろう。
まだ追手とは距離がある。視界の悪い森の中ならばれずにすむはずだ。


私は走りながらナイフを取り出すと、その切っ先で掌に一筋の線を描いた-


「ひとつ質問がある。それはクリスタの初恋という解釈でいいの?」

一通り話し終えたクリスタに、腹筋女が質問を発する。こいつは変なところで鋭いので厄介だ。
対するクリスタは下を向いて顔を赤らめている。まさか図星なのだろうか。

(お前、そんな反応されるとこっちが恥ずかしいじゃねえか…)

戸惑うクリスタをよそに少女達は好きなように話を広げている。

「今頃その男の子も訓練兵になってるのかな?ひょっとして104期にいるとか!」

話がまずい方向に進んできた。クリスタも耳まで赤くなって困惑している。


「じゃあ、下の学年にいるかもよ?決めた!私明日105期をリサーチしてくる!」

「いーかげんにしろお前ら。いくらなんでもこんな所まで追いかけてくる馬鹿はいねえよ」

「ユミルはドライすぎる。もう少し夢があってもいい」

(お前はあの死に急ぎに夢を見過ぎだ。あいつは巨人にしか興味ねえぞ。)


これ以上この話を引っ張ると厄介だ。
私はクリスタの腕を掴み散歩を口実に強引に引っ張っていく。

芋と腹筋の野次が聞こえたが、介さずにすたすたと歩き部屋を後にした。


兵舎を出て丘の上の一本の樹の下まで来ると、そこに二人で腰をおろした。
ここに来るとあの墓地の上の丘を思い出す。私と向こう側に明確な隔たりがあったあの丘。

(場所が変わっても、私と向こうが繋がる事は無いけどな)

しばらくの無言の時間の後、私はおもむろに話し始めた。

「…お前さあ、憲兵狙えよ」

戸惑う様子のクリスタの方を見ないまま、慎重に言葉を選んで紡いでいく。

お前は素直に自分の幸せを追えない奴だから、私が向こう側に送りつけてやる。
こっち側には来させない。


「内地に行けば安全だし、暮らしも楽になる。いい男だっているだろ。
 お前のいうサンタクロースとは別人かもしれないけどさ、
 貴族様でも王子様でもお前を見初めてくれるよ、なんたって女神クリスタだからな」

その時の事を思うと少しだけ胸がざわついた。いつもは気付かないようにしていたそれが、
何故だか今日は耐えられそうになくて、軽口を叩いてごまかす。

美しいブロンドをくしゃくしゃにすると、努めて冷静な口調で声をかけた。

「…風が出てきたな。帰るぞ、クリスタ」

「待ってよ!ユミル!」

やむ気配が無いざわめきを、立ち上がり歩き出すことで振り払う。
私としたことが、今からこんなでは「その時」にクリスタを笑って送り出せそうにない。


「…ユミル!」

一際強い口調に驚いて振り返ると、クリスタは樹の下で立ち尽くしていた。

「…どうして、嘘をついたの」

青い瞳が射抜いてくる。ごまかせそうにない。

「知らないほうがいいと思ったからだ」

「…わたしをからかって、笑っていたの?」

「そんなつもりはなかった。結果的にそうなったのなら、謝る」


クリスタはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「ずっと、守ってくれていたの?」

「似た様な生い立ちだって事は話したろ。どんな奴かと思って見に行ったら、
 あんまりしけた面してるもんだから、ちょっとばかし挨拶しただけだ」

その時はまさかこんなに情を移しちまうとは思ってなかったんだけどな、と心の中で続ける。

「あのね、わたしずっと、あの時のサンタクロースに会いたくて、
 いい子にしていればまた会えるって、そう思って-」

目を潤ませて抱きつこうとするその体を、肩を掴んで押しとどめる。

「待て」

「どうして…」


「私がどうやって暮らしてたか話したろ。これからだって、いつ巨人に喰われるかわからない。
 お前はさ、安全な所に行って、普通の幸せを手に入れろ。それが一番いい。私にはもう構うな」

「どうしてそんなことを言うの!?わたしはユミルと一緒がいいよ。せっかく会えたのに…」

「あのなあ、冷静になってよく考えろ。何がお前にとって一番の幸せか」

「何がわたしの幸せかなんて、ユミルにはわからないじゃない!」

「まあ、幸せは人それぞれって言うけど、結局皆どこかで普通の幸せを望んでるんだよ。
 普通っていうのは簡単なようで結構難しくて手に入り辛いものなんだ。
 それに手が届きそうなのに、みすみす捨てることは無いさ」

言い終わると、顔を見ないように背を向けて歩き出す。きっと泣きそうな顔をしている事だろう。

「…わたしには、自分の幸せを選ぶ権利も無いの?」

「…!」


言葉が続かない。代わりに口からため息が漏れる。

「お前は頑固だからなあ…」

がしがしと頭をかく私の前に、クリスタが回りこんできた。髪を撫でてやると嬉しそうに顔を綻ばせる。
今宵の女神様には叶いそうもない。私はもう一度大きくため息をついてから答えた。

「そうだな…なら、お前にいい男が現れるまでは私が傍にいて守ってやるよ。それでいいだろ?」

「うん、それでもいい。今は…」

何やら不穏な言葉が聞こえたが、もう何も言うまい。月夜の女神に逆らうなど無粋というものだ。


「見つけてくれて、ありがとう」

「別に…お前だって、今日私を見つけてくれたじゃねえか」


クリスタは私の胸に体を預けてくる。
私は両腕でその小さな体を包み込んだ。


「会いたかった」

「私もだ」


緩やかな風が通り過ぎていく。
静寂と闇の中、真円を描く月だけが私達を見下ろしていた-


おわり



~おまけ~

クリスタ「わたしのあしながおじさんのお話」
ユミル「誰がおじさんだコラ」


ありがとうございました


男は作らないと決心するクリスタ


いじめっ子は実はヒッチでユミルの影響で女を使うことを覚えてしまった!
というR18小説に続いたりはしません

ユミクリいいかもって思って下さる人が増えたら嬉しいです

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