前略。
すっかり外も暗くなって、本日も賑々しい
一日を過ごした劇場からアイドル達が家路に向かうような時間。
「プロデューサーさん、さようなら!」そう言ってすれ違う少女たちの横顔に
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」と手を振り返しながら廊下を進む。
中には「先にお店で待ってるわよ!」なんて
今夜も飲みのお誘いをしてくれるありがたいお姉さんなんかもいる。
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「このみさん、今日も飲むんですか?」
そう、立ち止まった俺が腕時計を確認しながら問えば。
「当然!」と小柄なレディは大きく胸を張りながら答えるのだ。
「たまには真っ直ぐ帰ったらどうなんです。今やってる仕事、映画の撮影もそろそろ佳境ですし」
疲れを残しちゃいけませんよ、と相手を気遣ったつもりだった。
けれども、今や往年の大女優役で銀幕に出演予定のある彼女は「ちちち」と伸ばした人差し指を横に振ると。
「甘い、甘いわプロデューサー。佳境だからこそ今はお酒を飲むの。
この昂りに昂った仕事へのテンション、芝居へかける強い情熱!それを維持し続ける為にも私は飲まなきゃいけないのよっ!」
「……そうして、最後には酒で身を持ち崩しちゃうと」
すると彼女は、不満げに鼻なんて鳴らしちゃって。
「んもうっ! プロデューサーったら嫌味ねぇ……」
「心外だなぁ。貴女の体を思って言ってるのに」
「なら今日もとことん付き合ってちょうだい。私が飲み過ぎないように、しっかり見張るのもお仕事でしょ?」
ああ言えばこう返して来るのである。
まるで口達者な姉に丸め込まれる、立場の弱い弟になったような気分だな。
……いや、それを迷惑に感じるってことはないのだけど。
「分かりました。でも、俺はまだ見回りなんか残ってますから」
「了解、それじゃあお先にね」
たるき亭には後から顔を出すことを約束して、俺は去っていく彼女の背中を見送った。
エントランスで莉緒たちが合流しているのが見える。
どうやら今日の飲み会も日付が変わる頃まで続きそうだ。
===
さて、一旦このみさんと別れると、俺は劇場の見回りを再開した。
足早に歩きながら窓の戸締りに忘れ物の確認。
お喋りに夢中になるあまり、劇場を出るタイミングを伸ばしてる子なんかを早く帰るよう促して。
「……ウチの子たちはこんな時間まで熱心だな」
そうして、レッスン室の前までやって来た時のことだった。
窓からもれる電気の明かり、何かをしている人の気配。
普段から居残り練習をしている子がいるのは珍しいことじゃないのだけど、
やっぱり彼女たちの帰りが遅くなると、こっちにだって色々心配事は浮かんでくる。
疲れたままに怪我なんてしても一大事さ。
だから一声かけておかないとな、なんて扉を開けて中に入った瞬間だ。
「危ないっ!」
……と思わず声を上げた。驚いた少女の視線がこっちへ向いた。
空中に浮かんでいた彼女の体が背中からマットレスに沈み込んで。
「プ、プロデューサー!? なんですか急に……」
唐突な俺の出現への、その狼狽えようったら例えようがない。
撮影で使ってる衣装のレプリカ(練習するにも、この方が雰囲気が出るだろうと
青羽さんが作ってくれた物だ)を身にまとう琴葉が、広がったスカートを押さえて立ち上がった。
「なんですか、じゃないだろう。質問したいのはこっちの方さ」
言って、乱れた髪を恥ずかしそうに直す彼女の前まで歩いて行く。
敷かれたマットレスの傍には踏み台。
それは桃子が各部屋に一つずつ置いてあるやつで、
レッスン室の担当にはガイアなんて名前がついてたっけ。
「一体何の練習をしてたんだ? そんなトコから後ろ向きに倒れ込んで、怪我でもしたらどうするんだ」
すると琴葉は、心の底から申し訳なさそうな表情を浮かべ。
「すみません、今のは今度撮るシーンの練習で……。少し高い場所から身を投げる演技があるんです、それの」
「身を投げる演技?」
「はい。私の演じるヒロインが……。でも、本番で急に怖くなったりして、表情が強張ったりしてもいけないから」
事前に慣れておこうと思ったんです、琴葉の言い分とはそういうものだった。
でも、だからって一人きりでこんな。
俺からその辺のことを尋ねられた彼女が続ける。
「自主練習のつもりでしたから、他の子を付き合わせるのも悪いなって」
「それでも何かあってからじゃ遅いんだぞ。踏み台が突然滑ったり、最悪打ちどころを悪くしたり」
「……反省してます」
「いや、怒ってるワケじゃないんだけどね」
みるみるシュンとしていく琴葉の姿は見てられない。
俺はなるべく明るくフォローすると、しばらく考え込むようなフリを見せて。
「……だから、今度からは俺に一声かけるように」
「えっ?」
琴葉は驚きながら顔を上げた。俺は誤魔化すように頬を掻いた。
「練習続けたいんだろう? 俺ならいくらでも居残りに付き合えるからね」
そうして「ああ、でも」と一旦言葉を切ったなら。
「直接飛び込むのはいただけないかな。……君が良ければの話だけど、
倒れ込む感覚に慣れたいだけだったら俺が後ろで受け止めてあげるから」
「で、でもそれは……」
「俺一人だけじゃ頼りないかい?」
「いいえ、そんなっ! ……ただ私、重たいですよ?」
「まさか、そうは見えないけど」
笑って彼女の後ろに回る。足元には万が一のマットレス。
少しだけ腰を落としたなら「いつでもいいぞ」と声をかける。
――しかし、自分から提案しておいてなんだけれど、
この方法に果たして効果はあるのだろうか? ……急に不安になって来たな。
「……いきます!」
だが、そんなことを考えるより先に琴葉の体が傾いた。
全身から力を抜いた彼女が両腕を広げながら倒れ込んで来ると、
俺は腰と膝のクッションをきかせながら琴葉をキャッチするために身構えた。
そうして、次の瞬間にはバスンと両手に他人の重みが走る。
おおっと意外に重たいな! なんて言葉はグッと堪えて我慢する。
――が、そのまま俺はしりもちをついて。
「きゃっ!?」
「うわぁっ!!」
お節介な"支え"は見事に崩れてしまった。
ドシンとマットレスの上に二人、大口叩いてなんてザマだ。
おまけに急いで起き上がろうとする俺とは違い、琴葉はなぜか微動だにせず。
……まさか今ので怪我でもしたんだろうか? 慌てて確認しようとしたまさにその時、
足の間にすっぽりと収まってしまっていた彼女の体がぽすんと俺に預けられた。
「す、すみません! ……今のでちょっと、腰が抜けて」
そうして琴葉は、自分の胸の前で祈るように両手を組むと、今度は震えるように小さな声で。
「だからその、もう少しだけ待ってもらえませんか? ……なるべく早くどきますから」
なんて、彼女は謝るように言うのだけど、その体はだんだん俺の胸の上で重さを増していくようだし、
なんならさっきよりも少し、彼女の座っている位置が深くなっているような気だってする。
するとその、密着なんて言葉すら生ぬるい程に近づきすぎた二人の距離は、
アイドルとプロデューサーという立場を越えて互いを意識させ始めるのに十分過ぎるワケでもあり。
何より琴葉はどうしたことか、ふるると肩を強張らせながらも徐々に、
自身の背中が触れている面積を広げ始めているように思えてならないのだ。
「こ、琴葉? ……そろそろ落ち着いたんじゃないか」
だからこそ俺は、抑止の意味も込めて彼女に声かけたのだけど。
「いいえ、まだ、ドキドキしてます」
案外に力強く言い切られてしまった。
立ち上がろうにも時すでに遅すぎて周回遅れだった。
二人の間とレッスン室に気まずい静寂の時間が流れ続ける。
緊張から意味も無く息を止めてみたりしてしまう。
……そうして、一体どれほどの時間が経った時だろうか?
すっかり癒着してしまった琴葉と俺と、
全てがスローになってしまった世界を終わらせるサイレンが突然鳴り響いたのは。
けたたましい電子音に驚き琴葉が素早く飛び退いた。
俺も慌ててポケットをまさぐった。
取り出したスマホの画面に『このみさん』の文字。
「もっ、もしもし!」とコールに応えたならば、
すっかり出来上がった様子の彼女からスピーカー越しに叱られる。
『遅い! ちょっと今ドコにいるのっ!?』
「いえ、それがまだ劇場で――」
『はぁ!? ……あれから随分経ってるのに?』
言われ、レッスン室にある壁掛け時計を確認すれば――
なるほど、自分でもびっくりするだけの時間がいつの間にか流れていた。
そうしてどうにか電話を切るとすぐに、
会話の内容を聞いていたであろう琴葉がごめんなさいと頭を下げた。
「また私、プロデューサーにご迷惑を……」
そう言う彼女の顔は暗い。
しかし、琴葉が俺と気の良い酔っぱらいとの会話を聞いたことで、
後ろめたく感じる必要なんてドコにも無いのである。
だからこそ俺は彼女の言葉を遮るように。
「待った、迷惑なんて感じてないよ」
告げて、後に続くようにして立ち上がった。
それからわざとらしくもう一度、今度は自分の腕時計で時間を確認すると。
「ただ今日は、もうこれ以上君を残しておけないな。……残念だけど随分遅くなっちゃったもの」
こちらの意図は正しく伝わったのだろう。
「そうですね」と琴葉は頷き、いつものように笑うと自分の格好を見下ろして。
「なら、この衣装も早く着替えなくちゃ」
「片付けなら俺がやっておくよ」
「構いませんか?」
「ああ、もちろん」
一度はズレた二人の空気も今ではすっかり元通りだ。
琴葉が備え付けの更衣室へと歩いて行く。
俺は畳んだマットにガイアを乗せて二つを一緒に持ち上げる。
そうして歩き出すために振り返ると、丁度更衣室の扉に手をかけた琴葉と目が合った。
「プロデューサー」
すると一瞬、ほんの一瞬だけ、俺のことを呼んだ彼女は困ったように眉をひそめ。
「さっき、後ろへ倒れながら……私、嬉しいなって思っちゃったんです」
言いながら扉を開いていく。
ヒロインはかりそめの舞台をぐるり見回し、それからまた、客席を向くと。
「プロデューサーと一緒だったなら、例えどこまで落ちても安心できる……なんて、変なことを考えちゃったりして。
それでその、本番でも、今日のことを思い出して思わずにやけちゃったりしないか心配で。だから――」
もう完全に開き切った扉の陰に、その半身をしゃなり滑り込ませてこう続けたんだ。
「明日も付き合ってもらえますか? ……そんな顔を他の子に見られたら恥ずかしいから、できれば二人きりで、個人練習を」
そうして、最後は逃げるように扉を閉められた。
それは見事な退場の手際に拍手も忘れて立ち尽くす。
「……言っちゃったもんな、俺の方も」
参ったと思って首を押さえた。
片手で支えきれなくなったマットがずるりと下に落ちた。
乗っていた踏み台がコロコロ転がって、
ほくそ笑むように「うふふふふふ……」なんて少女の声が、幻聴が耳元で聞こえる気分だった。
===
以上おしまい。イベントお疲れさまでした。
例のアナザーアピールを見た時から書きたかったネタを
たまには重たい琴葉でこんな形に。
では、お読みいただきありがとうございました。
琴葉.....
乙です
>>2
馬場このみ(24) da/An
http://i.imgur.com/4qlxiq4.png
http://i.imgur.com/tjMLGWy.png
>>6
田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/a3D4Vhg.png
http://i.imgur.com/g3YeCOV.png
控え室がマッシュでドレスアップルームがオルテガかな
おつ、琴葉好き
今回は本当に大変なイベントだったな…
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