みく「となりには」 (19)
モバマスssです。
*注意
地の文形式です
オリキャラ出てきます
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久しぶりに降り立った新大阪駅は数年前上京した時よりこじんまりとしているように思えた。蛍光灯の明かりで照らされたホームに、山手線の半分くらいの長さの電車が滑りこんでくる。
8月初め、私はお盆休みを少し早めに取らせてもらって、大阪の実家に帰省しようとしている。今はその道のりの最終段階で、在来線で実家の最寄り駅まで移動しようとしているところだ。
車内広告は『お得に東京ディズニーランドに行こう!』だとか『東京下町ぶらり旅』だとか、関東に関するものばかりで笑ってしまった。思えば東京では『京都慕情』みたいなものが多かったし、電車というものは遠くに行かせようとしてくるものみたいだ。そんなことで今いるのが大阪であることを実感する。真昼間の京都線は乗客もそれほど多くはなく、大きな荷物を持っていてもあまり迷惑にはなっていなさそうだった。
各駅停車で数駅。母が駅まで迎えに行こうかと申し出てくれて、あんまり炎天下を歩きたくない私はありがたくその恩恵に与った。
改札に大きい青の切符を通し、ロータリーへ出る。日差しの強さは東京でも大阪でもそれほど変わらないけど、まだ土地にゆとりがあるここの方が開放的で少し涼しい気がする。遠くに万博公園の観覧車が見えた。
見覚えのあるナンバーの青色の車がロータリーに入ってくる。運転していたのは母で、見たところ前会った時とあまり変わっていなかった。
「おかえり!」
「ただいま」
「荷物はトランク入れてな」
「わかった」
「か」の音だけが上がってしまった。母の関西弁に調子が狂って、関東でも関西でもないイントネーションだ。
「アンタどこの人になったんや」と母にツッコまれた。
「しゃーないやん、久々にコッチ戻ったんやし」
今度は完璧な関西弁で答えられた。母は軽く笑った。
荷物を載せた後、助手席に乗り込む。車は滑らかに発進した。
実家に到着して晩御飯を食べた後、私は荷解きもほどほどに自分の部屋で横になった。
すべてのものが懐かしい。もう小さくて入らない昔使っていたネコミミや、ぼろぼろになった猫じゃらし。時間が止まっているようだけど、色が少し褪せていた。部屋自体も少し小さくなった気がする。時間の経過を思い知らされて少し切なくなった。
私の部屋は一戸建ての二階にあって、ベランダがついている。淀川の近くで、近くに視界を遮るような高い建物がないから、ベランダに出ると梅田のビル群まで見えるのだ。小さい頃はよくその方向を眺めていた。今はどうなってるかな、と体を起こしてベランダに出てみる。ガラス戸を開けると、蒸し暑い空気が私に襲い掛かってきた。
スリッパを履いて、一歩外へ出る。セミの声がうるさい。真っ赤に染まった空の中で、赤トンボが群舞していた。
南の方を眺める。高すぎる湿度のせいか、ビルがぼやけて見えた。
いや、さすがに湿気のせいはないやろ、と自分でツッコミをして気づく。メガネもコンタクトもしてなかった。メガネを取りに戻るのも面倒で、そのままぼやけた摩天楼を眺める。
湿気と自分の汗でじわじわ頭皮が蒸れてくる。「あっつ……」と呟いたところで、部屋に戻ろうという気になった。
自室に戻ると、冷房というものがどれだけありがたいか理解できた。全身の熱がどんどん奪われていく。首筋がやけに冷たくて、汗をかいてしまっていたことに気づいた。そういえばシャワー浴びてないや。私は部屋を出た。
シャワーを浴びて髪を拭きながらリビングに行くと、母がちょいちょいと手招きしてきた。
「明日おばあちゃんのお墓参り行くで」
「わかった」
「で、明日は淀川の花火があるらしいけど」
「え、ほんまに?」
「うん。行かへんの?」
「……身バレしてまいそうやし止めとく」
別にベランダからでも見える。わざわざ人の多いところに行って週刊誌のネタにされるのは御免だった。
だけど、胸の奥が少し痛んだ。何でだろう。
翌朝、私は母の運転する車の助手席に乗り込んだ。暑いから今日は高めの位置で髪をくくった。メガネを掛けているせいでもみあげの髪が少し横に膨らんでいる。上手くその髪を避けて、耳にイヤホンを装着した。
私が音楽を聴いているのが母には珍しかったみたいで、「みく、そんなに音楽好きやったっけ?」と尋ねられた。
「うーん……」
好きじゃなかったわけではないけど、車に乗っているときまで聴こうとは思っていなかったはずだ。イヤホンを片耳外して、手の中でもてあそんでみる。四角にZが入ったマークが目についた。李衣菜ちゃんおすすめの、ロックを聴くのに向いたブランドのロゴだ。
「……よく一緒におる友達の影響やな」
隣にいる母にそう言った。「そうなんや」と母は答えた。イヤホンからは好きなアイドルの曲が流れている。
祖母のお墓は緩い斜面に面している。誰かがお墓の掃除で使った水が目の前の道を黒く湿らせていた。
幸い陽が出ていない。おかげで温度はそれほど高くないし日焼けをあまり気にしなくてよかった。けれども、高い湿度に関しては相変わらずで、車を出てすぐ首筋にじわっと汗が広がる。草むしりをして、掃除をして、行きしなに買ったお花を供える。汗は背中の方まで伝ってくる。暑いのはもちろん母も同じだったようで、お花を供えるとすぐ「帰ろか」と荷物を手に取った。
車は家とは別方向に動き出した。私が不思議がるのを隣で感じ取ったのか、「今日はおじいちゃんの家にも行くで」と母は話してくれた。
「年に一回くらいはお仏壇拝んどかんとな」
「……せやな」
正直、私は祖父が苦手だった。いつもむすっとしていて、典型的な昭和の頑固な男の人。祖母とは当時珍しい恋愛結婚だったらしいけど、祖母に何でもしてもらっていて、何かあるとすぐ祖母を呼びつけていた。その態度は祖母が亡くなった今もそれほど変わらず、祖母がたまに来る母に替わっただけだった。祖父といるときは、母が可哀想に感じたし、いつかその矛先が自分に向きやしないか、と気が気でなかった。母は少し愚痴る程度で、それほど気にしてはいないらしい。
祖父の家に着いた。案の定祖父は居間でどっしり座っていて、動きそうな様子はなかった。母が声をかけても「うん」と返すだけ。ため息が出そうになる。
私はスッとお仏壇の前に行き、お供え物を置いて手を合わせた。
遺影には綺麗な和服で着飾っている60歳くらいの時の写真が選ばれていた。髪は私と同じくらいの短さだけど色が抜けていて銀色だった。私は祖母の若いころの姿を知らないが、とても美人だったらしい。確かに、遺影にもその面影が滲んでいた。
しばらくその写真を眺めていた。なんでこんな美人があんな堅物オヤジと結婚したんだろう。私が9歳の時に祖母は亡くなっていて、当時の私は人間関係に疎かったからあんまり気にしたことがなかった。
居間に戻ると、母と祖父が何か話し合っていた。私は少し離れたところに座って、仕事の連絡が何か来ていないか確認する。
「みく!」
突然低い声で名前を呼ばれて、背筋がピンと伸びた。
「ちょっと来なさい」
祖父は立ち上がって奥の和室へ向かっていく。すれ違いざま、「私何かした?」という目線を母に投げると、「さあ?」とばかりに首を傾げられた。
和室に入ると祖父が和箪笥の引き出しをごそごそしているのが見えた。色とりどりの生地の横に裁ちばさみや裁縫道具がある。すぐに一枚の赤色の浴衣を取り出して、こちらを向いて私を手招きした。
「この浴衣はお前の婆さんが若いころ着とったやつや。……みくやったら似合うやろ、持って帰り」
差し出された浴衣を私は手に取った。柔らかく、新品には出せない風合いがあった。……サイズはちょうどいいだろうか。
「一回服の上から袖通してみてええ? 大きさ確かめたいし」
祖父はむっつりとした顔で頷く。
サイズは少し小さいかな、という程度だった。服の上から着ているので実際にはちょうどいい具合だろう。
「……どう?」
くるりと回ってみる。
祖父はじっくり見てから、「ああ、ええなあ。婆さんそっくりで綺麗や」と、初めて笑った。
帰りの車で、私は膝の上に置いた赤い浴衣に目を落とした。
「なぁ、お爺ちゃんってどうやってお婆ちゃんと結婚したん?」
「恋愛結婚」
「それは知っとる」
「お婆ちゃんが音楽やってたお爺ちゃんに一目ぼれ。お爺ちゃんは服屋とサックス奏者やっててなぁ」
「ふーん」
「サックスは結局すぐやめたけど、服飾に関してはずっと続けとった……。せやからあの家にはまだ服を仕立て直す道具があるんよ」
私は立派な和箪笥を思い出した。
「普段あんなんやけど服選ぶセンスは良くて、お婆ちゃんの着とった服はだいたいお爺ちゃんチョイスや」
「コレも?」
母は前を向いたまま頷く。
「パッと見、歪んでるみたいやけど、お婆ちゃんは幸せやったと思うで。いつもお爺ちゃんの隣におったからな」
自宅に帰ったあと、また自分の部屋に寝転がった。実家ではどうもだらけてしまう。ガラス戸越しでも聞こえるくらいうるさいセミの声。上京する前には当たり前だった夏の日々だ。
古い木の柔らかい香りがすることにふと気づいた。隣に置いていた浴衣に箪笥の匂いが染みついていたようだ。
なんとなく、ちゃんと着てみたくなった。
今まで着ていた洋服を脱いで、袖を通す。素肌に直に生地が触れて、その柔らかさがより強く実感できた。軽くて、着心地がとてもいい。
帯はどう締めたらいいんだろう。紗枝ちゃんがいつも着ているからそれを再現したいけど……。
そうは言ってもうまく締められない。悪戦苦闘しているとだんだん浴衣そのものが脱げてきた。その上、廊下から足音が聞こえてくる。はだけた状態で、たとえ母の前でも恥ずかしいから、部屋に来ないでほしい、と願った。
その思いもむなしく、部屋の扉はガチャリと開けられる。
「……アンタ何しとん?」
頬が熱くなった。
「……浴衣着ようとしてる」
母はため息をついて部屋にスタスタ入ってきた。
「帯も締められへんのかいな」
「ゴメン」
「サイズは合ってるな。ハイ、手ェ上げて」
私が手を上げると、浴衣を正したあと手際よく帯を締め始めた。
「これでよし、と」
最後にわき腹をポンと叩いて、母は少し離れて仕上がりを見ている。
「……胸のあたりがちょっとキツそうやな」
「うーん、確かにちょっとキツいな」
「太ったんちゃう?」
「ちゃうわ!」
ハハハ、と笑いながら母は部屋を出た。
「晩はちょっと遅めにしとくわ。花火はあとちょっとでスタートするで」
扉がぱたんと閉まった。頬がまだ少し熱い。
とりあえず、ちゃんと着た浴衣姿を見ようと携帯のインカメラで確かめてみる。
思っていたよりいい感じなので、コンタクトをわざわざ入れて営業スマイルで自撮りしてみた。少し雑にくくったポニーテールも上目遣いも完璧だけど、キツかった胸のあたりの露出が大きいからSNSには上げられなさそうだ。私は携帯を帯の隙間に仕舞った。
ベランダに出てみる。わずかに見える、駅に続く大通りには、鮮やかな浴衣を着た男女が歩いていた。また胸がチクリと痛む。アイドルになってしまった私は一人の女子高校生として友達と花火大会の会場に行くなんてできない。
でも、もし花火大会に行けたとしたら、隣には誰がいてほしいだろう?
夕暮れの街には昨日と変わらずセミの声と河の匂いがする。少し過ごしやすくなった気温の中で、あの歌を思い出して口ずさんでみる。どこまでも広がるグラデーション。よく聞いているわけでもないのに、歌詞がどんどん出てくる。そういえば一度収録したことあったな、と思った。
サビまで歌って、何か物足りなくて、やめた。
「ねぇ」
誰かが隣にいる気がして、声に出してみた。
「上手く歌えとった?」
誰も答えてくれない。誰もいないのだから。
「ねぇ、……浴衣、似合っとる?」
それでも尋ねるのをやめられなかった。お盆にはまだ早いけど、もう帰ってきている気がしてならなかった。
祖母もこの浴衣を着て花火を見ていたのだろうか。見ていたに違いない、と思う。祖父の笑顔から、この浴衣に思い出が詰まっていることは明らかだった。二人で並んで眺めていたのだろう。祖母の隣には、祖父がいたし、祖父の隣には、祖母がいた。
遠くでマイクでしゃべっている声が聞こえる。そろそろ打ちあがるのだろう。そう思った瞬間に、パッと空が明るくなった。一発目が上がったのだ。少し遅れて炸裂音が聴こえる。
物足りない。
懐から携帯を取り出した。今度は花火をバックに自撮りしようかな、なんて。
でもメッセージアプリを開いた。
もし打ち上げ花火を誰かと一緒に見れたら。
脳裡に浮かんだのはあのロック少女だった。一瞬迷ったけど、さっきの写真を送り付けた。そして、すぐに通話ボタンを押した。
顔が少し熱い。気温が高いせいだ。だけど不快感はない。体の中、胸の奥がもっとアツいから。
「ねぇ、今ちょっと暇? 少し付き合ってや」
昂っている気持ちを隠すように、強めの関西弁で切り出した。
電話口の李衣菜ちゃんは、一言目の関西弁がウケたみたいでしばらく笑っていた。それからちょっとムカついた私は標準語でしゃべっている。ちょっとの間、イントネーションが標準語と関西弁の間で揺れていたけど。李衣菜ちゃんは時折聞こえる花火の音に興奮しながら、私といつも通りにロックとか猫とかの話していた。
私は浴衣姿がどうだったか尋ねていない。そもそもすぐに電話をかけたし、多分見ていないと思う。しかも、尋ねるのは自意識過剰みたいで嫌だ。だったら何で送ったんだ、ということになるけど、そこは花火大会の夜の熱に浮かされた、ということにしたい。
花火大会は終わりに近づく。遠くのマイクの声を聴きとるのも慣れてきて、終わりに向けてこれから一気に何発も打ち上げるということが分かった。
「そろそろフィナーレなんだって」
『そうなんだー!』
目を輝かせているのが手に取るようにしてわかる口調で李衣菜ちゃんは言った。最初の一発が打ち上げられ、光の尾が見える。
『……あのさ、みく』
いつもと同じようでいて、落ち着いた声音で李衣菜ちゃんは切り出した。一つ目の小さな光球が炸裂して、夜空に花が咲く。追うように二発目、三発目の光球が空に浮かぶ。
『浴衣、似合ってたよ』
炸裂音が響き始めた。音が重なり合ってどんどん大きくなる。
「……ありがとう」
花火の音と心音がうるさくて、言葉が伝わったかはわからないし、電話の向こうの音も全然聞こえなかった。耳から離して画面を見てみると、通話終了の文字が浮かんでいる。
これだから。私は笑った。李衣菜ちゃんはズルいよ。
視界が滲む。嬉しいからに違いない。
もし花火大会に誰かと行けたら。
私は李衣菜ちゃんと行く。その隣で花火を眺めたい。李衣菜ちゃんがカッコいいことを言った後に恥ずかしがっても、絶対に逃がさないように。
以上となります。
お読みいただきありがとうございました。
過去作
【デレマス】李衣菜「タイムカプセル」 【デレマス】李衣菜「タイムカプセル」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1522004736/)
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