【モバマス】みく「バースデーライブ」 (14)
*地の文形式です。
*みくりーな?
2/22はネコの日、及び前川みくの誕生日
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開演10分前、私は楽屋を出た。扉を開いて舞台袖に入ると熱と湿気が私を包んで、今が冬であることを忘れそうになった。
いつもウサミミの彼女も今日だけはネコミミで、すでにマイクを持ってスタンバイしていた。彼女は私を見つけて、笑顔を見せ、私に「来て」とアイコンタクトする。何だろ、と思って近づくと、彼女は手を軽く上げた。
そういうことか。私も手を上げ、ハイタッチした。もちろん、ステージの向こうで待つお客さんたちには聴こえないくらい音を小さくした。彼女は真っ暗な奈落へ向かっていく。開演5分前。
ライブは、一本のスポットライトがステージ中央に当たるところから始まった。それはまだ、誰も照らさない。「アッ、アレは誰なんだー」「誰だー」「誰なんだー」と、会場から声が上がる。
「それは……ナナでーす!」
せりあがってスポットライトを浴びる菜々ちゃんに、会場は取ってつけたように一瞬盛り下がり、そして一気に盛り上がった。一面ピンクの光で満たされる。
「ちょ、引かないでくださーい! ……えー、オホン。本日2月22日は何の日ですかー!?」
菜々ちゃんのネコミミを指さしながらのフリに、お客さんたちは「猫の日―!」と答えた。
「そしてー!?」
「みくにゃんの誕生日―!」
わかっていたことだけど、私の胸のあたりがポッと温かくなる心地がした。多くの人に祝ってもらえるのはやっぱり嬉しい。
菜々ちゃんが腕を大きく振って、こちらの舞台袖をさした。
ボルテージは最高潮だった。いや、これからもっと高められる!
「それでは出てきてもらいましょう! 前川みくちゃん!!」
菜々ちゃんが言い終わるとステージは暗転した。お客さんのざわつく声をよそに、私は袖からステージ真ん中へ、菜々ちゃんの隣へ駆け寄る。暗闇の中で、菜々ちゃんがこっそり笑った気がした。音楽がかかると同時に、ライトが私たちを照らした。眩しさで周りが一瞬ほとんど見えなくなる。割れんばかりの歓声が上がった。
曲は、『おねだりShall We~?』。ピンク色の光の海が眼下に広がり、スポットライトは真夏の太陽のように私を焦がした。
「子猫ちゃんたちーっ、今日はみくの誕生日ライブに来てくれてありがとにゃ! このままどんどん行っくよー!!」
出だしに煽って会場はさらに盛り上がった。体がポカポカと温かくて、テンションもいつもより高い。煽り方の上手い、ロックな彼女のおかげで、一年前に比べたらずいぶん良い煽りになったかもね、と私は思った。
『おねだりShall We~?』を完璧に踊り終えて、MCコーナーに移った。目が慣れてきてお客さんの多さに驚いたけど、私の探す彼女は見当たらなかった。いつもなら関係者席にいるのに、おかしいな。でも、それを表情に出すような私ではない。
「それでは、今日誕生日のみくちゃんのために、ケーキが用意されていますー! お願いしまーす」
菜々ちゃんの言葉で、ワゴンに乗ったケーキが運ばれてきた。生クリームにイチゴの乗った、定番のケーキだ。メッセージカードはネコの顔に象られたチョコで、「お誕生日おめでとう!」と白のチョコペンで書いてある。そのメッセージカードを、マジパンでできている恰幅のいい三毛猫が立って前脚で持っていた。思わず、「かわいいー!」と声が出る。もちろん、マイクにしっかりと拾われている。会場が沸いた。
「そのメッセージカード、ナナが書いたんですよ! ……と言っても、たぶん小さすぎて皆さんには見えないんですよね~」
「あー、子猫ちゃんたちに見せられないの残念だにゃ~!」
お客さんたちはいっせいに落胆したような声を出す。
「じゃあ解説でもするにゃ?」
「あはは、きっと難しいですよー」
会話の中で、スタッフさんがそっと椅子をステージに持ってきてくださった。私たちはそれに座って、会話を続ける。
「本当においしそうな感じにゃ」
「貴重なみくちゃんのガチトーンの声ですね~」
「本当にここのマジパンが凄いにゃ、ナナちゃんどうやったにゃ?」
「ああっ、そこはお店の人が……」
「ナナちゃんじゃないんかーい!」
みくのツッコミに笑い声が上がった。その間に、ケーキを切り分け、一分けずつが紙皿に盛られた。
「そういえば、お菓子ということで……、みくちゃん、先日のバレンタインデーはいかがでしたか?」
「事務所のみんなと分け合いっこしたにゃ。っていうか、ナナちゃんも一緒だったでしょー!?」
「そうでしたねぇ。他には?」
「にゃし! 今日のライブで配る予定もにゃしにゃ!」
お客さんの大きな落胆の声が上がった。「物欲しそうな声しても渡さないんだからねっ!」と付け加える。菜々ちゃんは質問を続けた。
「学校ではロマンチックな渡し方をしている子はいませんでしたか?」
「あぁ~、下駄箱……はなかったけど、噂によると屋上に続く階段で渡した子はいるみたい。ナナちゃんは?」
「あ~、私はポケベルでお誘いするのが常で、相手が読み取ってくれるかどうか、気にしながら待ち合わせのところへ行くんですよー! 上手く読み取れそうになければいったん他のところに誘導して、そこにメッセージを書いたりしてー」
「……ナナちゃん、ポケベルって?」
「あああああああ違います違いますウサミン星ではまだポケベルが現役なんですよ‼」
「『まだ』?」
「言葉尻捕まえないでください!」
お客さんも大笑いしている。菜々ちゃんの頬は上気してピンク色だ。楽しくライブは進んでいる。
ただ、彼女がいないことが私の心の端に引っかかっていた。客席の人の顔がある程度判別できるくらいに、目はきちんと順応している。無意識のうちに客席をチラと探してしまうことが何度かあった。それを意識的に修正すると、今度は客席を全然見れないことに気づいて、アレ、客席への自然な目の配り方ってどうだっけ、とわからなくなった。
MCを挟みつつ、We are the friends!!、Wonder goes on!!、EVERMOREなどを歌い、大盛況のまま誕生日ライブは終わった。私のモヤモヤも、途中から頭の外に飛んでいた。
ライブが終わり衣装から着替え、帰る準備を整えた。だんだんと余韻が冷めて、頭の回転がしっかりしてくる。プロデューサーの指示を待つためいったん楽屋へ戻る道中、菜々ちゃんと話していると、ふと彼女のことが思い出された。
「ねぇ菜々ちゃん。今日李衣菜ちゃん見なかったけど何か知ってる?」
菜々ちゃんは一瞬思い出すような顔をした後、衝撃の事実を告げた。
「えー、李衣菜ちゃんは今、音楽番組に出てますよ?」
思わず、え゛、という声が出た。確かに、そんなことを言っていたかもしれない。いや、言っていた。ロック・ザ・ビートで音楽番組に出るって言っていた。
「あ~、そうだったにゃ~」
「それで今日客席のチラ見が多かったんですね!」
「え……バレてた?」
「たぶんお客さんにはバレてないと思いますよ♪」
ちょうど楽屋に着いた。気分の落ち込みと同様に、重心も落ちていく気がして、思わず寝転がりたくなる。なんとか抑えて椅子に座った。
菜々ちゃんは笑って「来年は来てくれますよ!」と励ましてくれた。彼女も近くの椅子に座る。私は、どうだろうな、と先日の李衣菜ちゃんの様子を思い出した。
≪ねぇ李衣菜ちゃん、私22日にライブやるんだけど、来る?≫
≪ゴメンみく! 私、その日はロック・ザ・ビートで音楽番組に出演することになってて……≫
≪……ふーん≫
≪……あっ≫
李衣菜ちゃんは私の誕生日のことなど完全に失念していた様子で、とても焦っていた。そんな彼女に反して、私はやけに冷静だったっけ。
私がため息をついたとき、ドアをノックする音と「プレゼントボックス、お届けに来ましたー」というスタッフさんの声がした。いつもはすぐ、ちょうど衣装を着替えるあたりでもらえるけど、今回は少し遅かった。誕生日だから多かったのかな。
菜々ちゃんは素早く立ち上がって、受け取りに行く。年下の私が取りに行くべきなんだろうけど、制止する前にすでに菜々ちゃんはドアを開けていた。ライブは何とかできるようになってきたけど、こういう部分ではアイドルとしてまだまだだなぁ、と私は思う。
なんで李衣菜ちゃんが来れないことを忘れていたんだろう、と続けて思い起こしていると、「いっぱい贈り物が届いてますよー」と菜々ちゃんが私の目の前に段ボール箱を持ってきて、考えはプツンと途切れた。
段ボール箱に入ったたくさんのプレゼント。色紙・メッセージカードをはじめ、ピンク色の猫じゃらしやたい焼きのキーホルダーなど、様々なものが入っている。私はその中からギターのピックを見出した。黒を背景に、ハートとイバラ、そして銘打たれているRock the Beatの文字。彼女たちの公式グッズだった。裏返すと、白ペンで李衣菜ちゃんと夏樹ちゃんのサイン、それと「みく、誕生日おめでとう!」と書かれている。
ピックを握って止まった私を菜々ちゃんが覗き込んできて、「あら」と言った。
「本当に寄ってきたんですね、あの人たち……」
「え?」と私は問い返した。菜々ちゃんは「あ゛」と声を漏らして固まった。
「……どういうこと?」
絞り出した声は震えている。怒っているような声音で自分でもビックリした。嬉しいからだと気付くまでに少しかかった。
菜々ちゃんは観念したように白状した。
「……実は、お二人から、サプライズで番組前に寄っていくからみくちゃんを会場内に留めておくようにって、連絡があったんです。どっちみち私は何もできなかったんですけどね」
そこで菜々ちゃんはため息をついた。「『そんなタイミングで来て、番組に支障が出たらどうするんですか!?』って言ったんですけどね……。コレがあるっていうことは、お二人はやっぱりココまで来たってことです」
バカじゃないの。思っていたよりもひどい言葉が、口をついて出た。だけどその言葉は掠れていた。なんでだろう。
改めてピックを見つめる。コレはきっと、世界で一つだけの、ギターを弾くわけでもないみくのためのピックだ。実用性は猫じゃらしの方があるだろう。それくらい、プレゼントには適していない。それなのに、そのはずなのに、なぜか目に熱いものがこみ上げてきた。スポットライトを浴びているわけでもないのに、楽屋が眩しく感じられた。
唇の端に何か液体の感触を感じて、やっと泣いているのだ、と気づいた。ライブ後は頭と体がちぐはぐになる、と私は疲れのせいにした。
「……ナナ、少しお手洗い行きますね」
菜々ちゃんは私に背を向けて楽屋を出た。気を遣ってくれたのだろう。
菜々ちゃんが帰ってこれるように、私もしっかりしなきゃ。気持ちを振り払うために、私はピックから目を離してテレビをつけた。
画面は別のライブ会場を映し出す。ステージはまだ暗く、誰が立っているかわからない。
ギターの音が響き始めた。聴いたことのある、歌ったことのある音色だった。チャンネル替えなきゃ。また涙があふれて、菜々ちゃんに迷惑をかけてしまう。そう思ったのに、目はテレビに釘付けで、手は思うように動いてくれない。
スポットライトが点いた。李衣菜ちゃんと夏樹ちゃんがそこにいた。心臓の鼓動がバクバクとうるさい。
≪今日は何の日だー?≫
≪猫の日ー!≫
私と同じような煽り。イントロは私が知っているよりも長かった。よく見ると李衣菜ちゃんは青いネコミミヘッドホン、夏樹ちゃんはジャガーミミを着けている。
≪OKみんなわかってるねー!? それじゃあ聴いてよ!! 『ØωØver!!』≫
ライブ会場にいるわけでもないのに、ゾワっと鳥肌が立った。李衣菜ちゃんの歌声、夏樹ちゃんのギター、観客の歓声がテレビ越しで私を熱気の中へ巻き込んだ。その熱気は内側からさらに高まって、また涙を押し出してしまった。
「卑怯だよ、李衣菜ちゃん」と呟いた声は、彼女には届かないだろう。画面の奥でキラキラ輝いて歌っている彼女は、……少し認めたくないけど、いつもより数段カッコよかった。
マスカラが涙でとれて痛い。手の甲で拭いているけど、これじゃあ目の周りが真っ黒になってパンダみたいだ。画面はしばらく見れていない。だけど、瞼の裏でいたずらっぽく笑った李衣菜ちゃんが「喜んでくれた?」と訊いてくる。
涙はなかなか止まらなかった。
だって、李衣菜ちゃんが私の誕生日に二人の大切な曲を歌ってくれているから。
曲の終わり、李衣菜ちゃんは≪センキュー!!≫と言って何かを投げた。それはカメラの方に向かって飛んできて、次第に形が分かってきた。ピックだ。さらに近づき、それはカメラにぶつかって、画面は暗くなった。直前に見えたのは、白いペンで書いた拙いネコの絵だった。いや、拙くなかったかもしれない。私の視界は嬉し涙で滲んでいて、テレビの輪郭すらも覚束ないから。
菜々ちゃんが戻ってきた。私は彼女の顔を見れない。けど、彼女の胸に抱きついてしまった。柔らかい感触に包み込まれる。あーあ、そんなに泣いちゃって。カワイイ顔が台無しですよ? 菜々ちゃんはそう優しく語りかけた。
「……ほら、ハンカチです。どれだけ汚れてもいいですから、拭いてください」
ありがと、菜々チャン。つっかえつっかえのダミ声しか出ない。ハンカチはすでに少し濡れていた。見上げると目が合った。彼女の目もうるんでいて、ウサギみたいに赤かった。少し噴き出したように笑うと、「みくちゃんからもらい泣きしただけですからっ!」とそっぽを向かれた。
涙は留まるところを知らなかった。幸せに包まれたときにも涙ってこんなに出るんだな、と思った。
以上で完結です。
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過去作 李衣菜「午後11時」みく「午前5時」 【モバマス】李衣菜「午後11時」みく「午前5時」 - SSまとめ速報
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