【艦これ】安楽椅子の松風 (17)

電「失礼します、朝風さんの来週の遠征シフトの件で……って、今は松風さんだけなのですか」

松風「お疲れ様だね秘書艦、姉貴ならまだ輸送任務から帰ってないんだ。おかげで相部屋の僕はこうして一人で暇潰しさ」

電「暇潰し? 何もしていないように見えるのですけど」

松風「動かずにできる暇潰しなんていくらでもあるよ。例えば……仮説的推論、とかね。結果から仮定を推理する遊びだ」

電「でも、推理のためには事件が必要なのです。動かないと事件は……いえ、こんな寂れた港町の鎮守府じゃ、動いたって見つからないですね」

松風「推理小説の探偵じゃないんだ、別に殺人事件が起きてなくてもいいんだよ。ただちょっとした謎があって、原因がわからない。どんな仮定を置けば成り立つか考えるだけだから、正解だってどうでもいい」

松風「それから事件でさえ自分で探しに行く必要もない。こうして座って、何か面白い謎を持ってきてくれる誰かを待ってるだけでも楽しいんだ」

電「はぁ……」

松風「そんなわけで、君もよければ遊びに付き合ってみないかい」

電「その、いくら大規模作戦が終わったばかりだといっても、まだ業務中ですし……」

松風「ほんのちょっとした息抜きさ。なんでもいいよ、不思議に思ったことを教えてもらえれば原因を仮定してみよう」

電「……そうですね、でしたら少しだけ」


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電「執務室からこの駆逐艦寮に向かうと、鳳翔さんの居酒屋の前を通りますよね?」

松風「酒保と共通の倉庫で食材を管理してるからね、ちょうどいい立地なんだろう」

電「今日は臨時休業の張り紙があったのです。仕入れ不足で料理の提供ができないとか……明日には店を開けるそうなのですが」

松風「それは珍しいね……戦艦や空母が毎晩飲み食いに来ても営業に響いたことはなかったのに」

電「どうですか? 不思議なことと言われて、ふと思い出したのですけど」

松風「鳳翔さんが急病になって、それを隠すために店を閉めたってことは?」

電「今朝お会いしましたが、お元気そうに見えたのです」

松風「なるほど……張り紙自体は本当、と考えていいかな」

松風「『今日食材がなくなった』理由は簡単だ。少し前まで大型艦がほとんど出払っていたからね」

電「先日の大規模作戦、ですか」

松風「そう。作戦が終わって彼女たちが帰投すれば、祝勝会だって開かれる。急激に需要が増えた結果、仕入れが足りなくなったんだろう」

電「でも、これまで作戦成功後には必ず飲み会があったのです」

松風「説明できないのはそこだね。『なぜ今回に限って食材がなくなる事態が起こったのか』……何度も作戦成功を見届けてきた鳳翔さんが、こういった時の需要の伸びを見誤るのは不自然だ」

松風「そこでこうは考えられないかな? 需要が想定以上に伸びたんじゃなく、供給が想定よりも少なかった……つまり、食材の仕入れを十分に行えなかったからだ、ってね」

電「とは言っても、この近辺の輸送レーンはずっと安定しているのです。仕入れたくても物がない、とは思えませんけれど」

松風「確かに、最近あちこちで噂に聞く敵の兵糧攻めとは現状全く無縁だ。そこで次の疑問が浮かんでくる。『なぜ食材を十分量仕入れられなかったのか』……これについてはどうかな?」

電「どうかな、と言われても……仮定に対して仮定を考えたって、なんの材料もないのです」

松風「仮定を重ねているのは間違いないけど、だからって思考材料がなくなるわけじゃないさ。知っての通り、あの店の食材は酒保と同じ倉庫で管理してる」

電「酒保の側で倉庫に大量に物を置いていたから、食材を十分入荷できなかった……ということですか?」

松風「結果を説明できる可能性の一つとして、ね。さあ、ここで次の疑問だ。『他に物が置けなくなるほど倉庫にあったものはどこに行ったのか』」

電「『あった』?」

松風「店は明日から通常営業なんだろ? 倉庫に置かれてるものは今日にはなくなるわけだ」

電「あ、だったら……」

松風「今日中に運び出されたか、使われたか……仕入れと仕込みの時間を考えたら、もう存在しないと考えていいだろうね」

電「他の場所に移動させただけ、ということは?」

松風「あり得なくはないけど、可能性は低いかな。もし保管可能な場所が別にあるなら、影響が目に見えるリスクを避けてそっちに最初から置けばいい」

松風「むしろ、今日まではあの場所に置いておく必要があって、外に運び出したと考える方が自然だろう?」

松風「さて、ここまで来れば後は可能性の高いものを考えていくだけだ。駆逐艦寮と司令部を何度も行き来して、途中の倉庫に出入りしても不自然に思われず、かつ外に出る用事を持っているのは誰か?」

電「今日出撃予定の駆逐艦……ですか? 確かに補給や艤装の整備でも、倉庫に立ち入ることはありますけど……」

松風「駆逐艦が搭載するドラム缶にはそこそこの量の物が詰められる。例えば『何か』を隠したドラム缶を用意しておいて、それを遠征予定の駆逐艦が目的地に運べば、誰にも気づかれず鎮守府外への持ち出しができるだろうね」

電「……それで、その『何か』というのは……?」

松風「さあ、そこまでは分からないかな。最初に言ったろう? 『正解はどうでもいい』……材料から組み立てられる仮説はここまでだから、残りの事実は僕にとってさして重要じゃないんだよ」

電「でも、ここまで想像してしまうと気になるのです」

松風「そんなもの、いくらだって考えられるさ。ひょっとしたら開発に失敗した物資を秘密裏に不法投棄してるのかもしれない。あるいは近隣の漁業関係者にこっそり配って回るお礼の品かもしれない」

松風「それとも、もしかすると……」

松風「……君は不自然に思ったことはないかな? どうしてこの鎮守府の近辺でだけ補給部隊の襲撃がほとんどないのか……まるで事前に取り決めがあったみたいに」

電「そんな、まさか……」

松風「『何か』は深海棲艦に渡す賄賂で、駆逐艦は知らず知らず協力させられているのかも……」

電「……」

松風「……あっはは! なんてね、冗談さ! 可能性としてはあり得るってだけで、何の証拠もないデタラメだよ」

電「ふぅ……ほ、ほんとに怖かったのです……」

松風「ごめんごめん、ちょっと悪趣味だったかな。付き合ってくれてありがとう、いい暇潰しになったよ」

電「いえ、怖かったのは本当ですけど、とっても楽しかったのです」

松風「そう言ってもらえると嬉しいね」

電「でも、今のお話、いくつか気になることがあって……」

松風「いやいや、だから裏取引なんて今適当に考えた――」



電「――どうして、艦娘は何も知らないと信じられるんですか?」

松風「……え?」

電「そもそも松風さんの推理が正しいとすれば、倉庫にある『何か』は常に艦娘の目に触れる危険性があります」

電「鳳翔さんは仕入れを少なくせざるを得なかった時、何の疑問も持たなかったんでしょうか? そうでなくとも倉庫に普段からよく出入りする彼女なら、いつ『何か』を見つけてもおかしくないのに?」

松風「それは……」

電「駆逐艦も同じなのです。仮に普段はうまく隠し通せたとしても、実際ドラム缶を持ち出す段になって中身を確かめたら? 輸送中に敵の襲撃に遭って、意図せずドラム缶が破壊されたら?」

電「事態が露見するリスクを考えるなら、作戦に関係する全員が内容物を知っていた方がよほど合理的なのです」

松風「……」

電「……そうだ、松風さんに推理してもらいたい不思議なことがもう一つあるんでした」

松風「……何かな?」

電「秘書艦なら遠征から帰投した艦とは執務室で話せるのに、どうしてわざわざ輸送作戦を担当する旗艦の部屋を直接訪ねてきたんでしょう?」

松風「……提督には聞かれたくない相談事でもあったんじゃないかな」

電「例えば、『何か』の輸送が上手くいったかどうか、でしょうか?」

松風「……面白い仮定だね」

電「あるいはもしかしたらこういうことかもしれません。朝方に鳳翔さんと話して臨時休業の件を知った秘書艦は、違和感から真相にたどり着く誰かの存在を危惧した」

電「そこで関係者に一番近い艦に最低限の情報だけ与えて、真実が推測可能か聞き出すことにした……姉妹艦が帰投する前を見計らって」

松風「おかしいな。それじゃまるで……」

電「まるで秘書艦がすべての計画を立てたみたいだ、ですか?」

電「当然の仮説ですよね? 倉庫の管理も、遠征のローテーションも、各艦への連絡も、全部秘書艦の仕事なのです」

電「もし今までの仮定がすべて成り立つなら、まさに一番可能性が高いと思いますけど」

松風「……」

電「さて、真実に近づきすぎた松風さんには……」

電「次の外出日に、司令官さんへのプレゼントを一緒に選んでほしいのです!」

松風「……え?」

電「もちろん朝風さんにも後でお願いするので、三人で、なのですが」

松風「いや、あの、それは構わないけど」

電「……ごめんなさい、やっぱりちょっと悔しかったのでお返ししたのです」

松風「ああ、なんだ、そういうことか……心臓に悪いね」

電「それじゃあ電はそろそろ執務に戻るのです……たまには実物を直接確かめるのも悪くないと思いますよ?」

松風「そうだね、楽しみにしておくよ」

松風「……いや全く、趣味が悪い……なんて、人のことは言えないな」

松風「ああ姉貴、お疲れ様。電にはもう会ったかい?」

松風「……それなら本人から直接聞いた方がいいか。僕も今日知ったところでね」

松風「まさか、そんなことするはずないだろ? ホントに信用ないなぁ」

松風「僕なんかより彼女の方がよっぽど演技派だぜ? さっき二人で話してたんだけど――」



松風「――てなわけで、上手いことしてやられて……姉貴? どうしたのさ?」

.





「……なぁ、姉貴?」





以上です。
「釈然としない」話を作ってみたくて書いたので、
探偵っぽいタイトルにスッキリした解決を求めて開いた皆様にはお詫びの言葉もありません。
全部すぐに出てこない福江ちゃんが悪い(バケツ250個使用)

すき
おつ
福江ちゃんはちゃんと愛でなさい

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