神谷奈緒「マーキング」 (63)

※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS

※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも

※決して変態的なプレイをする話では無く、健全な純愛物を目指してます

※独自設定とかもあります、プロデューサーは複数人いる設定

以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1509575138

薄暗く狭い通路にカツン、カツンと無機質な音が響き渡る。


音の正体は通路の真ん中を歩く少女の足音。


彼女の履く学校指定の革靴により、歩く度に音を奏でていた。


「……」


少女は無言のまま、目的地を目指して足早に通路を歩いていく。


そんな彼女の周りには人影の一つ、物の一つすら在りはしない。


人通りの無い裏路地であるなら考えられるが、ここはアイドル事務所、CGプロダクションのあるビルの屋内。


来客も多く、働く職員やアイドルで溢れ返るこの場所なら、普通は少し歩くだけで誰かしらとすれ違うだろう。


しかし、少女の歩く先にも歩いてきた後にも、人の気配は感じられない。


その理由は単純にして明快。この通路を通る者が極端に少ないからである。


彼女を含めれば少数の人間のみしか利用しないこの通路。実は事務所のあるビルの地下に存在している。


この地下室、元々は備品や不必要品を置く為の場所。スペースとしては事務所のワンフロアと同程度。


部屋数は全部で四部屋あり、そのほとんどが倉庫としての目的で使われている。


なら、通路を歩く少女の目指す場所は四つある倉庫の内の一つなのか。いや、違う。


彼女の目指す先は通路の最奥。且つては倉庫として使われ、今は違う意図で使われている場所。


少女は部屋の前へと辿り着くと、緊張で手汗の滲む両手の平を制服のスカートで軽く拭き、気を落ち着かせる為に深呼吸を一つしてみせる。


「……すぅ……はぁ……」


しかし一つだけでは足りず、何度も何度も同じ動作を繰り返し、気が休まるまで少女は続ける。


そうして落ち着けた所で、彼女は手に持つ鞄のチャックを開き、中からある物を取り出した。


取り出したのはキーホルダーに通された鍵の束。掛かっているのは全部で四本。


その内の一本を手にすると、少女は目の前の扉の鍵穴に向けてそれを挿した。


挿した鍵を一回転させて、扉を開錠させる。普通ならここまでの動作だけで、部屋にへと入る事ができる。


だが、それだけでは終わらない。この部屋に付いている鍵は、一つだけでは無い。


少女は挿した鍵を抜き取ると、今度は別の鍵を手にし、もう一つある鍵穴にへと挿した。


そして先程と同じ様に開錠した後、挿した鍵を抜いてポケットの中にへとしまう。


更には別の位置に付いた鍵二つを、彼女はその手でガチャリと音を立てて開けていく。


鍵を使わずに手で開錠できるのは、それが鍵穴の裏側であるからだった。


合計して四つの鍵を開けると、少女はドアノブをギュッと掴み、扉をゆっくりと開いた。


部屋の中に入ると、そこは辺り一面をコンクリートの床と壁で覆われた灰色の世界。


地下である為に日の光は入ってこず、室内を照らすのは無駄に明るいLED照明のみ。


じめじめとした空気、倉庫として使われてきた過去もあり、全体的に薄汚れた印象の空間。


その空間の中央。ぽつんと置かれた机の奥に人影が一つあった。


人影―――椅子に座る壮年の男は目の前の仕事を黙々とこなしており、余程に集中しているのか、少女が入ってきた事にも気づいていない様子。


少女はそれを確認すると、直ぐにでも彼の下にへと駆け寄りたい欲求を抑えつつ、まずはとばかりに振り返って入ってきたばかりの扉と向かい合う。


開錠をしたのなら、施錠もするのも当然。彼女は入った時と同じ動作で、逆に四つある鍵を全て閉める。


加えてチェーンロックまで掛け、自分以外の誰かが外部から入ってこれない様に仕掛けた。


「……よし」


そこまでしてから少女はまた振り返ると、恐る恐るという足取りで男にへと近づいていく。


これは緊張からくるものでは無く、恐怖によってのもの。


そして彼女は机の前に立つと、只管と仕事に没頭している男に向けて声を発した。


「……お、お疲れ、様……T、さん」


「……」


少女が声を掛けるも、男から返事は返ってはこない。


しかし、目の前で声を掛けられてようやく存在に気がついたのか、男は作業をする手を止めて顔を上げ、少女と視線を合わせる。


顔を上げた事で照らし出されたのは、白髪の混じった黒髪に少しやつれ気味の両頬。


Tと呼ばれた男の相貌は実年齢よりも老けて見え、目元にはどす黒いクマが浮かび、まるで幽鬼の様な顔をしていた。


「……奈緒か」


Tは疲れ果てた口調で少女―――神谷奈緒の名を呼び、それから深くため息を吐いた。


「一体、何の用だ」


尋ねるには似つかわしくない強めの口調で彼はそう言った。


そう口にする言葉の裏に、はっきりとした拒絶の意思が込められている事を奈緒は感じ取った。


話し掛けて欲しくない、関わらずに避けて欲しい、と彼が思っている事は十分に理解はできた。


だが、そうしたTの思いを踏まえた上で奈緒は話を続ける。これは男の為だと自分に言い聞かせて。


「いや、その……ちょ、調子はどうかな……? って、思ってさ」


「……調子がどうか、だと?」


その質問を聞いた途端、Tの眉間にギュッと皺が寄る。


それからハッと鼻で笑った後、吐き捨てる様にしてこう口にした。


「お前にはこれが、良い様に見えるのか? こんな牢獄の様な地下室に閉じ込められ、延々と仕事をこなすだけの日々を送る私の姿が」


「そ、それは……」


奈緒は何かを言おうとするが、その後に続く言葉は出てこないし浮かばない。


Tからの問い掛けに彼女は答えられず、口を一文字にして噤んでしまう。


「……ははっ、そうだよな。見えないよな。こんな姿が良く見えるのであれば、そいつは最高の馬鹿だ」


そんな彼女の様を見てか、Tは嘲笑ってからそう言った。


「用事はそれだけか? なら、早く帰ってくれないか。仕事の邪魔だ」


更にそう付け加えた後、Tは視線を奈緒から外し、作業を再開し始める。


書類上にペンの走る音、紙を捲る際に生まれる乾いた音、カタカタとキーボードを叩く音。


言葉の無くなった世界にそれら三つの音が鳴り響き、辺りを徐々に支配していった。


「……ま、待って!」


だが、それらの音に抗うかの如く奈緒は声を発した。まだ話は終わっていないとばかりに大きく声を上げた。


しかし、作業を続けるTの手は止まらない。彼女の声には全く耳を貸さず、視線すら合わせない。


そんなTの否定的な態度を目の当たりにし、奈緒の心は傷つきずきりと痛みが走る。


あまりの辛さに涙が浮かび上がり、その場で泣き出してしまいそうだった。


が、それでも。それでも奈緒は泣き出しそうになるのをグッと堪えて、目の前の男に向けて言葉を続けた。


「ちょっとは、休まないか……?」


「……」


「Tさん……働いてばっかりで、疲れてるだろ……? 少しは息抜きでも……」


「……」


「ほ、ほら。あたし……今日はこれを持ってきたんだ」


無視される事に応えつつも、奈緒はそう言ってから鞄の中を漁り、そして目的の物を取り出す。


「アニメのDVD……だけどさ、けっこう面白い内容なんだ」


クリアケースの中に納められ、中央に小さく丸い穴の開いた一枚の薄っぺらい円盤。


表面にポップなタイトルロゴとキャラクターの描かれたそれを、彼女はTに見える様に掲げてみせた。


「きっと、Tさんも気に入ると思うし、だから……」


「奈緒」


作業する手を止め、懸命に言葉を続けようとする奈緒の声を遮り、Tは彼女の名前を口にした。


話の途中で腰を折られた奈緒はハッとなった後、それ以上は言葉を続けず、彼にへと視線を送る。


そこで見た彼の表情は、能面の様な凍りついた顔。


何も感じていない様な冷ややかな表情を目にし、奈緒の瞳には若干の怯えの色が入り混じる。


そんな奈緒に向けて彼ははっきりとこう告げたのだ。


「いい加減にしてくれ」


「気が散って仕方ない。早くここから出て行くんだ」


有無を言わさない強めの口調で、Tは奈緒に言葉を浴びせる。


「……何で、何でだよ……」


奈緒は縋り付こうとTに向けてそう問い掛けるが、彼から返答は返ってはこない。


彼は奈緒の顔を見ようともせず、書類に目を落としながらただただ黙っているだけだった。


「何で、そんな事言うんだよ、Tさん……」


Tの酷薄な態度にショックを受ける奈緒。


そして遂に堪え切れなくなったのか、彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。


涙は幾度となく湧き上がり、幾度となく頬を伝っていき、彼女の顔を汚していく。


しかし、そんな奈緒の姿を目にしてもTは動じなかった。


泣きじゃくる彼女を宥めようともしない。何かしら声を掛けて落ち着かせようともしない。


徹底的に神谷奈緒という少女の存在を無視し、その心には何も響かなかった。









……の様に見せ掛け、彼はそう振る舞うのであった。


(すまない……奈緒)


口には決して出さず、Tは心の中で彼女に対して謝罪する。


本当は直接伝えて謝りたかった。泣き続ける奈緒に近づき、宥めてしまいたかった。


そもそもの話、彼女に対して強い口調で当たるのも、冷たい態度で接するのも彼の本意では無い。


「ぐすっ……ひっぐ……」


「……」


目の前で泣いているのは、自分の担当アイドルである少女。……いや、だった少女。


担当プロデューサーであったTの事を慕い、好意まで抱いていた少女。


そして、この部屋に彼が閉じ込められる原因を作ってしまった少女でもある。


「うぅ……えっぐ……」


「……」


元プロデューサーであり、現統括部長であるT。彼には彼女を受け入れる事は絶対に許されない。


自分の事を好いている奈緒に対し、どんな事であっても拒絶し、冷たくあしらわなければならない。


それは立場上の問題や会社からの指示もあれば、自分なりのけじめ、もしくは罰でもある。


そう、何故なら……









彼もまた、奈緒に対して好意を抱いていたからだった。






とりあえず、導入部分まで

みなさん、お久しぶりです

仕事に追われながらも何とか書く時間が取れたので、久々に投稿しにきました

また亀更新になるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします

ちなみに今回、かなり狂った設定になってますので、変じゃないかと思う所もあるかと思いますが

どうかその辺りは目を瞑って頂けるとこちらとしては幸いです

京様×弘世菫様の人?


元から狂ってないアイドルやPはいないから…闇の根源?のイベしてる花屋は何時なのか

待ってた!
おつおつ

待ってた

……………


………








人通りの多い繁華街の交差点前。


都会の喧騒に包まれ、人の往来が激しく混み合う場所。


老若男女、様々な世代の人々が右に左とあちこちにへと行き交う中、少女―――神谷奈緒は一人立ち止まっていた。


「……遅いなぁ。まだ来ないのかよ」


待ち人が来ない事に苛立ち、彼女はぼそりとそう呟く。


この日、彼女は放課後に離れた友人と遊ぶ約束をしており、その為にここに来ていた。


だが、待ち合わせ時間はとっくに過ぎているにも関わらず、その相手はいまだにやっては来ない。


何度も何度も腕時計の時刻を確認してみるが、事態は一向に変わる気配は無い。無情にも時は過ぎ去っていくばかり。


相手の携帯に電話を掛けてみても、電波が悪いのか何故だか繋がらなかった。


連絡を取る事も出来ず、どうする事も出来ず、奈緒の置かれている状況はまさに八方塞がりだった。


「はぁ……どうしようか」


この数秒後に「遅れてごめん」と、友人が駆けつけて来るのならいいが、そうで無ければ待ち続ける奈緒の疲労は増していくだけ。


いつやって来るか分からない友人をその場で待っているのは、体力的にも精神的にも辛いものがあった。


かと言って、どこか近くのファミレスや喫茶店で待っていてすれ違いでもすればまた面倒な事になる。


「……やっぱり、ここで待ってるしか無いのか」


そう言いつつ、奈緒は深くため息を吐く。遣る瀬無いが、そうするしか手立ては無かった。


願わくば友人が早くやって来る事を祈りつつ、暇つぶしにと彼女は携帯を開く。


と、その時だった。


「そこの君、ちょっといいかな?」


奈緒の直ぐ横、左の方向から、そんな声が彼女の耳にへと届く。


「……ん?」


『自分に対して掛けられた声では無いだろう』と、そう思うも奈緒は声のした方にへと顔を向ける。


近くで発せられた声だったからか、反応をしてしまったが故の事だった。


そうして送ってしまった視線の先、そこにはビシッと決まったスーツ姿の壮年の男が立っていた。


彼と奈緒との間には隔たりは無く、誰一人として存在しない。そして彼は奈緒の顔、彼女の瞳に視線を合わせている。


つまり、彼が話し掛けられたのは奈緒以外には考えられなかった。


「え、えっと……」


話し掛けられたのが自分なのだと気づくも、奈緒は反応に困ってしまう。話し掛けられた理由がさっぱりと分からないからだ。


知り合いであるのなら、声を掛けてくるのは分かる。しかし、相手は見ず知らずの年上の男。全くといってその理由に見当がつかない。


(もしかして、ナンパか何かか……?)


だからこそ、その答えに辿り着いてしまったのは不思議では無い。


けれども、次に男が発した言葉によってその考えは忽ちと霧散していった。


「君は……アイドルに、興味は無いか?」


「……は?」


『アイドルに興味は無いか』


唐突に話し掛けられて飛び出してきたのはその一言。


興味があるか無いか以前に、何故それを自分に聞くのか。という疑問が奈緒の脳裏に過り、思わず首を傾げてしまった。


そんな奈緒を余所に、男は話を続けていく。


「あぁ、失礼。私は、こういう者だが……」


男はそう言って銀色の長方形のケースから紙を一枚取り出し、それを奈緒に向けて差し出した。


差し出されたのは、目の前の男の名前が書かれているであろう名刺。


奈緒はそれを左手で受け取り顔に近づけると、中央に書かれた男の名前とその横にある文字を静かに読み上げた。


「T……CGプロダクション、プロデューサー……って、えっ!?」


男の名前、それよりも男の役職に対し、彼女は人目に憚らず驚きの声を上げた。


「CGプロって、あれだよな。確か、アイドル事務所の……」


あまり詳しくは無いが、奈緒はその存在を知っていた。


最近になってアイドル業界に台頭しつつある、新進気鋭の事務所。


まだ所属するアイドルは少ないものの、少数精鋭で徐々に業績を伸ばし、急成長を遂げていた。


そして……そこに所属するプロデューサーの男が今、彼女の目の前に立っているのである。


「えっと……それが何で、あたしに声を……?」


名刺のおかげで相手がどこに所属していて、どういった人物なのは分かった。


だが、自分に声を掛けてきた意図がさっぱりと掴めず、奈緒はそう聞き返してしまう。


Tはそれを受け、間髪を入れずにこう答えたのだった。


「率直に言わせて貰うが、君をうちの事務所にスカウトしたいんだ」


「す、すかう……と……?」


「もちろん、アイドルとしてだ」


「……はぁっ!?」


Tの口から飛び出した非日常的且つ突拍子も無い発言。それによって奈緒の頭の中は真っ白となってしまう。


理解しようとしても、思考がまるで追い付かない。それ程に与えた衝撃が大きかったのだ。


「あ、あたしがアイドル……? な、何かの冗談、だよな?」


「いや、冗談では無いが……」


信じられずに冗談かと聞いてみるも、違うと直ぐに否定される。


相手の目をジッと見て観察もするが、嘘を言っている気配は微塵として感じられない。


間違いなく、本気で奈緒の事をスカウトしようと思っているのだった。


「い、いや、でも……アイドルって、あれだろ? 可愛い恰好とかして、歌ったり踊ったりとかするんだろ?」


「まぁ、大体はそんな感じだな」


「……じゃあ、無理だって」


「ん?」


「あたしは別に……特に可愛い訳でも無いし、口調もこんなだし女の子らしくも無い。そんなのがアイドルだなんて……無理に決まってるだろ」


ぶっきらぼうにそう言いつつ、奈緒はそっぽを向いた。


だが、『自分にはアイドルは無理』と、口ではそう言ってはいるけれども、本当の所はスカウトされた事を嬉しく思ってはいた。


アイドルという輝かしく、夢に満ち溢れた職業。誰もがなれる訳では無い憧れの地位。


その高みの座に今、自分がスカウトされようとしている。そう思う事は当然だろう。


しかし、現実的な事を考えれば難しくなる。スカウトされたとしても、成功するという保証は全くと無いからだ。


自分以外にアイドルがいなければ違ってくるが、今という時代はアイドル戦国時代。


様々な個性を持ち、特色を備えたアイドル達が現れては消えていき、それを何度も繰り返していく群雄割拠の世の中。


だからこそ、彼女は無理であると口にする。本当はアイドルになりたいとしてもだ。


自分がアイドル業界という過酷な世界で生き残れるとは到底考えられなかった。


「だからさ。あたしなんかスカウトしたって、無駄に……」


「いや、それはどうだろうか」


無駄だと言う奈緒の言葉を遮り、Tはそう言って否定をする。


その表情は真剣そのもので、決して適当な気持ちで発した言葉では無い事を物語っていた。


「君は先程から自分の事を卑下にしているが、私はそうは思わない。君から魅力を感じたからこそ、私は君に声を掛けたんだ」


「は、はぁっ!?」


驚きのあまり、奈緒は大声を上げてしまった。自分に魅力を感じたというTの言葉が意外だったからこその事である。


「君ならきっと、アイドルとして大成できるはずだ。ぜひとも検討してみて欲しい」


「あっ、いや、その、えっと……」


Tからの言葉を受け、軽い混乱状態にある奈緒は目を白黒とさせた。


軽い程度の話題なら即決もできるが、今後の人生にも関わってくる重要な二択。


なればこそ、自分の事をそこまで押してくるTに対し『はい』と、容易には答えられない。かといって『やっぱり無理』と、断る事もできない。


人生の分岐路と言ってもいいこの場面。どうした方がいいのかと、最良の答えは一向に浮かんではこなかった。


「……まぁ、直ぐには答えは出せないだろう。どうするかはゆっくりと考えてくれ」


「えっ、あ、うん……」


「もしもその気があるのなら、うちの事務所を訪ねて欲しい。その時は歓迎する」


最後に『君には期待をしている』と、言った後にTは奈緒の側から離れていった。


遠くに離れていくその背中を、奈緒は呆然としながら見送る。何かを考える余裕は今の彼女には無かった。


「アイドル……か」


ぼそりとそう呟いてから、奈緒は貰った名刺に再び目を落とす。


それからため息を吐いた後、本日二度目となる言葉を口にした。


「……はぁ、どうしよう。どうしたら、いいんだろう」


そんな問い掛けを投げ掛けた所で、答えは誰からも返っては来ない。


道行く人々は皆、自分の行き先に向かって歩き、そしてどこかに消えていく。


奈緒が求める答えを告げようとする者など、どこにだっていなかった。


「この人の事、本当に信用してもいいのかなぁ。はぁ……全然分からないや」


唐突に降って湧いた問題に対し、頭を抱えて奈緒は悩む。出口の無い迷宮を彷徨うが如く、延々と悩み続けるのであった。


それから数週間後。ようやく答えを出し、決意を固めた奈緒はCGプロダクションの事務所を訪れ、Tと再開する。


そして彼に対して歯切れ悪くもこう告げるのだった。


「べ、別にアイドルには興味は無いけど、せっかくだからなってやってもいいよ」


これが奈緒とT、二人の初めての出会い。まだ複雑な関係に発展する事も無く、真っ新で穢れも無い状態。


この時の関係に戻れたのなら、彼はどれ程に幸せなのだろうか。彼女はどれ程に不幸せなのだろうか。


結末を知らないからこそ、二人は突き進んでしまう。希望では無く、絶望のゴールに向かって真っ直ぐと。


その先に希望や夢の詰まった未来を信じ、それを願って歩いていくのだった。


とりあえず、今回はここまで

そういえば私がSSを投下し始めてからもう既に1年が経ってました
ここまでで1年なのに、プロットを全消化するにはどれだけ掛かるのだろう

また書き溜めたら投下していきますので、よろしくお願いします

期待

おつ
プロットははけても書いてるうちに増えるので...

……………


…………


………






「お疲れ様、神谷」


「ん? あぁ、プロデューサーさんか」


奈緒とTが出会ってから半年が経過し、とあるライブの終了後。


自分の役目を終え、楽屋で寛いでいた奈緒の下に担当となったTが現れる。


着替えを済ませないで休憩していた為か、奈緒はステージ衣装のままTを出迎えた。


「プロデューサーさんもお疲れ様。そっちも色々と大変だったろ」


「問題は無い。こういった事には慣れているからな」


奈緒からの労いの言葉に事無げもなく、何でもないかの様にTはそう言いのける。


虚勢や見栄からの言葉では無く、本当にその通りの意味での発言であった。


これまで積み重ねてきた経験や実力があるからこそ、そういった言葉が自然と口にへと出るのである。


(本当に、プロデューサーさんって凄い人だよな。あたしにはもったいないぐらい優秀だし)


奈緒はしみじみとそう思いつつ、Tの顔をジッと眺める。


出会った頃に知らなかったが、目の前の人物はプロデュース能力に関してはCGプロの中でも上位……いや、トップクラスの実力であった。


元々は他のプロダクションに所属しており、その手で何人ものアイドルを世にへと輩出していた経歴を持つ男。


業界内ではTを知らない者はおらず、敏腕プロデューサーとして名を馳せていた。


その高い実績と能力を買われ、社長直々にヘッドハンティングされてCGプロに在籍しているのである。


だからこそ、奈緒は過分であると思ってしまうのだ。自分の実力には見合っていないと考えて。


(そんな人だから、あたしをアイドルにできたんだろうな。あたしだけだったら、とても……)


こんな舞台には立ててはいない。それが奈緒の率直な感想である。


(そもそもの話……あの日、プロデューサーさんに声を掛けられなかったら、こんな事にはなってないはずだし)


街中でTに声を掛けられ、アイドルとしてスカウトされたからこそ、今の自分がある。


もしも出会わなかった場合、奈緒は普通の女の子として平穏な生活を送り、平凡な人生を過ごして終わるだけだったかもしれない。


(こんな可愛い衣装を着てライブができるのも、プロデューサーさんのお陰。本当に、プロデューサーさんには感謝をしてもしきれない。だけど……)


平凡な人生に彩りを与え、輝かしくしてくれた。返しても返しきれない程の恩義も感じている。


だが、それに対する感謝の気持ちをまだ奈緒はTに伝えられてはいなかった。


それは面と向かって言うのは恥ずかしい、という気持ちと性格上の問題から。


本当は素直に伝えたいのだが、それら二つの問題が達成のハードルをより高くしている。


(……また今度。うん、また今度にしよう。その時には必ず、感謝の気持ちを……)


そうして次に次にと引き延ばし続け、それが今日にへと至っている。


『ありがとう』というたった五文字の言葉を口にできないでいるのが現状なのであった。


いつまでも解決しない悩みを心の片隅に追いやってから、奈緒はTに向けて気になっている疑問を投げ掛けた。


「な、なぁ、プロデューサーさん」


「ん? どうかしたか?」


「えっと、今日のライブ……どう、だった? あたし……上手くやれてたかな?」


奈緒の気にしているのは、本日のライブの良し悪し。それから評価だ。


「一応、あたし的には良かったと思ってるんだ。一応な」


自分としては精一杯やっていたつもりであり、今回は成功の部類に入るものだと思っている。


だが、他者から見たらどうかは分からない。自分と同じ考えになっているとは限らない。


客―――ファンからの感触は良かったが、目の前の男がどう判断したのか。


奈緒はそれがどうしても気になって仕方がなかった。


「ふむ、そうだな……」


「……」


どうかと聞かれてか、Tは顎に手を当てて考え出す。


奈緒は直ぐにでも返答が返ってくると思っていたが、そうでは無かった。


じっくりと深く考えていて、即答はしてくれない模様。


その様子を見てか、良くない答えが返ってくるのではないかと奈緒は危惧してしまう。


良い評価であったのなら、すんなりと言葉が出てきてもおかしくはないからだ。


そして考えが纏まったのか、Tの口がゆっくりと開かれる。そこから出てきた言葉は……


「出だしの入り、あれは良くは無かったな」


まさかの駄目出し。奈緒にとっては出鼻を挫かれる様な思いであった。


「表情が硬く、動きもぎこちないものだった。これは次のライブまでに改善が必要だな」


Tからの指摘通り、出だしが悪かったのは事実だった。緊張で体が強張り、上手く動けなかったのも確かである。


それは奈緒自身も認める所であり、反省点として考えていた所だ。


(分かってる。そんな事、あたしだって言われなくても分かる。けど……)


奈緒としては、Tに褒めて貰いたかったのだ。


必要以上に褒める事は望まないが、少しぐらいはとの気持ちはあった。


まだアイドル歴半年という不慣れな中、ここまで一生懸命にと頑張ってきたのだから。


それぐらいは相応の対価だろう、というのが奈緒の本音である。


(全く……少しは褒めてくれても……)


「だが、全体的に見れば悪くは無い」


「えっ!?」


もう褒めてはくれないだろう、と思ったその矢先。舞い降りてきたのはそんな言葉であった。


不意打ちの様にやってきたその一言に、奈緒は驚いてしまう。


「寧ろ、上出来と言ってもいいだろう。普段のレッスンの成果が十二分に出てたからな」


「あ、いや、その……」


「この調子で、これからも頼む」


そう言ってからTは口角を少しばかり上げ、軽く微笑んだ。


普段から無表情な事が多い為、Tが見せた笑顔はとても珍しく思えてしまう。


というよりも、これが奈緒にとって初めて見るTの笑顔であった。


「……そ、そうか。なら、これからもっと頑張らないとな」


そうした姿に感化されてか、奈緒は信頼に応えようとしてそう宣言する。


「あぁ、期待しているぞ」


Tも奈緒からの言葉を受けて、信頼を寄せてそう返した。






出会ってから半年。この頃までは二人の関係は潤滑なものであった。


Tは真摯に職務に励み、奈緒は与えられた恩を返そうと努力する。


そこには恋愛感情など一切入らず、あるのはただただ信頼関係を構築していくのみ。


互いにプロデューサー、そしてアイドルとしての使命を果たそうと奮闘していた。


しかし、それは長くは続かなかった。


徐々に、少しずつ歯車は狂い出していき、陰で歪みを生み出していく。


表立って現れなかったこそ、生み出された歪みに対し、二人は何も気付く事は無かった。


故に、対応も直す事もできず、状況は悪化の一途を辿るばかり。


それが彼の、彼女の不幸にへと繋がってしまうのであった。

お久しぶりです、一ヶ月ぶりですが帰ってきました

最近は14連勤とか色々とありましたが、何とか元気に頑張ってます

進捗はようやく話の三分の一が終えたところになります、来月には完結をさせてしまいたいが……

それはそうと、智絵里の新SSRが出ましたね

手に入れたいところですが、デレステのデータがぶっ飛んだので諦めてます

クリスマスが近いのでそれも交えた話を書きたいですが、無理だろうな……

という訳で、また書き溜めたら投下していきたいと思いますので、よろしくお願いします

おつかー...14連勤!?
はえ...、無理せず頑張ってください...
デレステはいつ吹っ飛んでもいいように引き続ぎ設定をしておくことをオススメします

……………


………









仕事に対して忠実、尚且つ優秀なタイプ。凄い人。しかし、真面目過ぎて融通の利かない堅物。


それがスカウトされてからあのライブの日まで、あたしがプロデューサーさんに抱いていた印象だ。


言葉遣いも妙に堅苦しいものばかりだし、レッスンの時なんかは遠慮というものを知らない。


仮面でも張り付いているんじゃないかってぐらいに表情の変化もあまり無くて、いつも大抵はむっつり顔でいる。


まるで、漫画やアニメに出てくる艦長や教官……主人公の上役みたいな人なのだ。とにかく、そんな感じだった。


アイドルにしてくれた感謝はしてたけど……そう思えてしまっても仕方が無かった。けど、本当はそうじゃなかったんだ。


『この調子で、これからも頼む』


あの時、あの瞬間。あたしに見せてくれた一瞬だけの笑顔。


あれを見てからというものの、あたしが感じていた『プロデューサーさんは鉄仮面』という印象は無くなっていた。


よくよく観察してみれば気難しい表情だけで無く、笑ったり困っていたり悩んだりとする。普通に人間らしい感情を表に出していた。


ただ、その変化はミリ単位でしか起きない。幅が乏しいせいか、表情に変化が確認できないのだ。だから、そんな印象を持ってしまった。


無表情に見えていたのはそれが原因だったんだ。全く、紛らわしいったらありゃしない。


それが分かっただけでも、あたしとプロデューサーさんとの距離は以前よりも縮まったと思う。微々たるものだけど、変わってきている。


今までは仕事に関わってくる話ぐらいでしか会話が無かったけれども、最近では身の回りの話とか……何気無い会話もするようになってきている。


言葉遣いが堅苦しいのだってそうだ。あれは単純に、人付き合いがちょっと苦手という事らしい(本人がそう言っていた)。だから、あんな口調になるみたいだ。


あたしはプロデューサーさんを仕事のできる完璧人間の様に思っていたけれども、そんな意外な弱点があったのだ。


これを聞いた時、ちょっとだけ苦笑してしまった。思わず『何だ、可愛い所があるじゃん』と感じてしまった。


あたしも女の子らしからぬ口調をするし、素っ気無いと思っていたプロデューサーさんの言葉遣いだけど、分かってしまえば親近感さえ湧いてくる。


それともう一つ。あの人には最大にして最悪の欠点があった。それは……どうしようもない程、うっかり屋だという事だ。












「あれ、これって……」


つい先日の事だ。その日は午前中は晴れてたけど、午後は天候が崩れ、外ではざあざあと雨が降っていた。


小雨なら良かったけれども、残念な事に生憎の大雨。あたしは降り頻る雨の中を駆け抜け、大変な思いをしながらも事務所にへと辿り着いたのだった。


まぁ、実を言うと雨が降る事は天気予報で予告されてた事だから、こうなる事はある意味分かり切っていた。


そしてその為に、あたしは出掛ける前に傘だってちゃんと準備をしていた。誰にだってできる、当たり前の対策だ。


あたしにでも分かる、出来るといったそんな簡単な事。なのに、それなのに。


「何で、プロデューサーさんの傘が、ここに……?」


事務室にあるプロデューサーさんの机の前で、あたしは呆然とそう口にしていた。


来てた!

『もしもの場合を考えて、こういったものを備えておくのは当然の事だ』


いつだったかは覚えていないけど、前にプロデューサーさんが言っていた言葉だ。


『準備は万全の状態でないと意味が無い。備えを怠る事で、自分の身を守れないのは良くないからな』


一体何と戦っているかは知らないけど、その言葉通り、あの人は携行できるものは必ず持ち歩いている。


絆創膏やガーゼといった医療品、非常用なのか食糧や水、傘だってその中の一つだ。


そしてその、いつも必ず携行しているはずのプロデューサーさんの折り畳み傘。それが何故か、机の上にぽつんと置かれていたのだ。


ただ、プロデューサーさんが事務所の中にいるのであれば、別にこれといって問題は無い。それであれば、この傘を必要としない状況だからだ。


けど、違う。今はそうじゃない。違うんだ。プロデューサーさんはこの時、事務所にはいなかった。


あたしが事務員のちひろさんに聞いた所、この日は午前中から営業で出掛けているとの事だった。


詳細な事までは分からなかったけど、何やらテレビ局でお偉いさんと打ち合わせをしているらしい。


つまり、どういった経緯を経てこうなったかは分からないけど、プロデューサーさんは『うっかりと』必需品たる傘を置き忘れ、出掛けてしまったのだ。


『準備は万全の状態でないと意味が無い』


まさしくその通りだとあたしは思った。準備が万全で無いからこそ、自分自身を窮地にへと陥れている。それが今の状況である。


「全く、よりにもよって何でこんな時に……」


窓の外、今も尚ざあざあと降る雨を眺めながら、私は一人呟いた。


ちひろさん情報によると、プロデューサーさんはそろそろ打ち合わせを終え、帰って来るみたいだった。


しかし、帰ってこようにも肝心な傘が無い。途中までは電車だから濡れないが、駅から事務所まではそうはいかない。


ずぶ濡れだ。雨に打たれつつ、全身をびしょ濡れにして帰ってくるしかない。


「まぁ、これも全部……傘を忘れたあいつが悪いんだ」


自業自得だ。そう切り捨ててしまえば、それで済んでしまう問題だった。


「そう、あいつが、悪い……」


だけど、それは幾ら何でも可哀想だと思った。あまりにも酷い仕打ちだと言える。


よくよくと考えてみれば、あいつが営業で出掛けているという事はイコール、あたしの為に出掛けているという事に他ならない。


どんな事を打ち合わせているかは知らないけど、それがあたしの仕事に関わってくるのは間違いはないはずだ。


なのに、あたしが自業自得だと言って見捨てるのは、筋違いだと思う。間違っている。


「……仕方、無いな」


そう、仕方無いのだ。これはあいつの担当アイドルである、あたしの義務なんだ。


自分に対してそう言い聞かせて、あたしは机の上の置き忘れたプロデューサーさんの傘を手に取った。


そして目的を果たそうとするべく、事務所の玄関にへと向かってあたしは足早に歩き出したのだ。


しかし、その歩みは事務室を出ていった直後に止まる事となる。


「あれ、奈緒?」


背後からあたしを呼び止める声が聞こえ、思わず足を止める。


振り返った先、そこにいたのは肩口まで伸びる茶髪に白い肌、真っ直ぐできりっとした力強い瞳が印象の女の子。


あたしと同じユニットを組むメンバーの一人、北条加蓮が立っていた。


「な、何だ、加蓮か。お疲れさん」


「うん、そっちもお疲れ様。今、学校帰り?」


「あぁ、うん。そんな所……かな。そういう加蓮もか?」


「まぁね。さっき、プロデューサーに送って貰った所なの」


「そ、そうなのか。なら、雨に濡れなくて済んで良かったな」


「……ところでさ、奈緒」


「ん、ど、どうかしたのか?」


「そんなに急いで、何かあったの?」


「えっ? いや、その……」


不審そうな視線であたしを見ながら、加蓮はそう言ってきた。


何かあったのか、それについて加蓮に語るのは簡単な事だ。


プロデューサーさんが傘を忘れ、それを今からあたしが届けに向かう。ただ、それだけの事だった。


しかし、あたしは返答し兼ねて言葉に詰まってしまう。


それは何故なのか。……ただ単純に、恥ずかしかったから。それだけだ。


事情を話す事で、それについて加蓮に揶揄われるのが嫌だ、という理由もある。


けど、大きな理由としては、恥ずかしいという部分が大きかった。


(絶対に、理由を話したら笑われるに決まってる……)


だからこそ、話したくはなかった。適当な事でごまかしてはぐらかし、そのまま立ち去ってしまいたかった。


しかし、事態はあたしの思惑とは異なる方向にへと進んでいく。


「……その傘、奈緒のじゃないよね」


「え、えっ!?」


「前に見た時と形状が違うし、そもそも色合いがどこか男物っぽいし……」


思わぬ指摘を受けて、あたしは大きく動揺してしまう。


届ける為に手に持っていた折り畳み傘、それを加蓮に見られてしまった。


しかも、あたしのじゃないってのもバレてしまっている。それを言い訳に使う事はできなくなってしまった。


「ねぇ……一体、誰の傘なのかなぁ」


ニマニマとした笑みを浮かべつつ、加蓮は追及するのを止めようとしない。


あの顔はあれだ、間違いなくあたしを揶揄おうとして企んでいる顔に違いない。


「え、えっと……その……」


「……なーんてね」


「……えっ?」


「それ、奈緒のプロデューサーの傘でしょ。前に見た事があるから覚えてるんだ」


そして加蓮はあたしの持つ折り畳み傘を指さして指摘する。


「確か今、外出中みたいだし……あぁ、そういう事。もしかして、それを届けに行く訳?」


しかも、察しが良過ぎる。あたしがしようとしてた事が完全にバレてしまっている。


これじゃあ言い訳も何もできない。出来る事といえば、事実を打ち明ける事だけだった。


「……そ、そうだよ。悪いかよっ!」


「別に、悪いだなんて一言も言ってないけど?」


「あっ、えっと……ご、ごめん……」


「それよりもさ。その傘、早く届けなくて大丈夫なの?」


「……あっ」


そういえば、そうだった。加蓮に言われてあたしはハッとなって気づいた。


あたしがここでまごまごとしている内に、プロデューサーさんが帰ってきてしまう。傘を届けるのが間に合わなくなってしまう。


いや、そもそもの話……加蓮に呼び止められなければ、もっと早くに事務所を出れたんだ。


そう文句を言いたかったけど、加蓮は事情を知らなかったのもあるし、それを言った所で何にもならない。


優先すべき事は、早く話を切り上げて事務所を出る事、それだけだった。


「わ、悪いっ! あたし、もう行かなくちゃ……」


「うん、行ってらっしゃい。外はまだまだ雨が強いし、気を付けて行きなさいね」


手を振って見送る加蓮を後目で見つつ、あたしは事務所の出口を目指して駆け出した。


ここから先は誰が呼び止めようとも、止まる事は絶対にしない。


脇目も振らず、一目散にあたしはプロデューサーさんの下にへと走っていくのだった。










「はぁ……はぁ……ま、間に合ったか」


最寄りの駅に着くなり、あたしは一人そう呟く。


改札前の広々とした空間、そこで辺りを見回してみるけど、プロデューサーさんの姿は見当たらない。


ここまでの道中でも出会っていない事から、まだ戻ってきてはいないのだろう。


出遅れはしたものの、何とかプロデューサーさんが帰ってくる前に駅へ辿り着く事ができた。


「しかし、あれだよな。これで入れ違いとか擦れ違ってたりなんてしてたら、洒落にならないよな」


わざわざこうして出向いたというのに、無駄になってしまったら笑えもしない。


そんな事にでもなれば、あたしはとんだピエロだ。間抜けと言っていいかもしれない。


「さて、プロデューサーさんはいつ帰って来るんだ……」


時間的にはそろそろ戻ってきてもおかしくは無い。


というか、長々とプロデューサーさんの帰りをここで待ち続けるのも、それはそれで困る。


そんな事を考えながら、あたしは改札の上に設置されている時刻表を見る。


それで何時何分に電車がやって来るのかを確認しようとして……


「……おっ」


改札の奥、プラットホームに電車が入ってくるのを、あたしは視界の隅で捉えた。


しかも進行方向から察するに、プロデューサーさんが出向いてるテレビ局方面からの電車だった。


いつの間にか来てた
大変そうやな……

待ってる

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