緒方智絵里「私の特別な、あの人だけの贈り物」 (111)
※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS
※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも
※決して変態的なプレイを……うん、健全な純愛物を目指してます
以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励
タイトルあんまり関係無いかも
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「おはようございます、プロデューサーさん♪」
始業前の早朝の事務所。出勤仕立てで自分の席で仕事の準備の最中だったプロデューサーのPは、横から聞き覚えのある声を耳にして、そちらに視線を向ける。
そこに立っていたのは、Pが担当しているアイドルの一人、佐久間まゆだった。
大きいエナメル鞄を肩にかけ、いつもの様な可愛らしい洋服姿では無く、彼女の通う学校の制服を着ているまゆ。
しかし、Pはまゆの姿を見て、怪訝な表情をする。彼にとって、この時間に彼女がここにいる事が腑に落ちないからだ。
だからこそ、Pはその疑問をまゆに向けて、口にする。
「どうしたんだ、まゆ。今日は学校だったろ?」
時計を見れば、あと少しもすれば学校も授業が始まる時間帯。
にも関わらず、目の前にいる彼女。その事実がPには腑に落ちなかったのだ。
「レッスンも営業も入れて無かったはずだけど……」
「うふふっ♪ 知ってますよぉ、それぐらい」
だが、まゆはPの問い掛けに、微笑みながらそう言った。そして更に、続けてこうも言った。
「まゆは……プロデューサーさんに、会いに来たんですよぉ」
「俺に? 何か用でもあるのか?」
遅刻するのを押してまで、Pに会いに来たという彼女。
まゆが自分に会いに来た理由に、見当のつかないPはまたも彼女に向けて問い掛ける。
そんなPの問い掛けに、まゆは少し困った様な笑みをして、Pにこう返した。
「もう、プロデューサーさんったら……まゆを揶揄ってるんですか?」
「揶揄う、って……いや、別にそんなつもりは無いけど……」
「……もしかして、本当にまゆがここに来た理由、分からないんですか?」
「うん。まぁ、そうだな」
首肯しながら、まゆに向けてそう言うP。それを受けて、まゆは少し意外といった表情をした。
このまま問答していても埒が明かないと判断したまゆは、見兼ねて助け舟を出す。
「……仕方が無い人ですねぇ。じゃあ、ヒントをあげます♪」
「ヒント?」
「えぇ。鈍感なプロデューサーさんでも、分かる様なヒントですよぉ」
「鈍感って、お前なぁ……」
「だって、その通りじゃないですか。それに……これでも分からないと、プロデューサー失格ですよ?」
プロデューサー失格。そこまで言われると、Pも黙ってはいられない。
担当アイドルに馬鹿にはされまいと、Pはまゆの言葉に真剣に耳を傾ける。
「えっとですねぇ……今日は、何の日でしょう?」
「何の日……? それはもちろん……あっ!!」
何の日かと問われて、Pはようやくまゆがここに来た理由に、ハッと気づく。
本日二月十四日。アイドルのプロデューサーとして、男として忘れてはならない重大なイベントの日。
Pはそれを失念していた自分を殴りたい衝動に駆られるが、今はそうするべきでは無いと、その衝動を抑える。
そしてまゆの顔をジッと見つめた後、その答えを口にした。
「バレンタインデーか。そういえばそうだったな。忘れてたよ」
「ふふっ、正解です♪ そんなプロデューサーさんに……」
まゆはそう言うと、自分の鞄の中から、目的の物を取り出し、
「はい、プレゼントです♪」
それを両手で大事そうに持って、Pに向けて差し出した。
にこやかな笑顔を浮かべる彼女の手には、ピンクの包装紙に血の様な赤い色をしたリボンで結んである、大き目の包みが握られている。
「随分と大きいな……何が入っているんだ?」
「うふふっ♪ 開けてくれても、いいですよぉ」
まゆから許可を受けたPはそれを受け取ると、おもむろに包装を外して、中身を取り出す。
すると、中から出てきたのは、真紅の色をしたマフラーだった。
しかも、手にした感じからして、手編みで作られた物であった。
「プロデューサーさんの事を思って……まゆ、頑張って作ったんですよぉ」
「わざわざすまないな。ありがとう、まゆ」
「ふふっ、どういたしまして。このマフラーには、まゆの想いが沢山込めてありますから……これをまゆだと思って、大事にして下さいね?」
「あぁ、大切に使わせて貰うよ」
Pはまゆにそう告げると、持っていたマフラーを自分の鞄の中に、大事に仕舞い込んだ。
そして『今日の帰りにでも、早速使おう』と、心の中でそっと思案するのだった。
「でも……まゆとしては、もっと早く気づいて欲しかったな」
Pに向けて、まゆは笑みを保ったまま、寂しそうにそう言った。
まゆからすれば、今日という日に女の子が訪ねて着たのだから、察して欲しい所だったからだ。
「いやぁ、面目無いな」
それに対して、Pは後頭部を掻きつつ、まゆにそう言った。そして加えて、こうも告げた。
「今日、初めて貰うプレゼントだったから、気づかなかったよ」
「……えっ?」
Pの口から出た言葉に、まゆはハッとなり、同時に笑顔が無くなり、無表情になる。
そんなまゆの様子を見て、Pは不思議そうに首を傾げてこう言った。
「ん? どうかしたのか?」
「え、えっと、初めてって……本当ですか?」
「あぁ、そうだよ。その前に貰ってれば、まゆのも気づいてたからな」
何でも無いかの様に、そう答えるP。しかし、まゆはどうにも納得がいかない。
自分のプレゼントが初めてだなんて……それは有り得ない事であった。
「プロデューサーさん……まゆに、嘘ついてませんか?」
「嘘? 何だ、藪から棒に……嘘なんてついてないぞ」
「じゃあ……それは、何ですか?」
まゆはPの机の上に置いてある、ある物を指差した。それはPが仕事準備で鞄の中の物を取り出す為に、一度出した弁当箱である。
そしてそれには、四つ葉のクローバー柄のふきんが包まれている。これがまゆ以外に、Pの下を訪れた者がいるという決定的な証拠だった。
「プロデューサーさん……まゆの前に、智絵里ちゃんと……会いましたよね?」
Pが担当するもう一人のアイドル、緒方智絵里。Pが持つ弁当は、彼女が彼に良く作ってくる物に、違いなかった。
「あぁ、会ったぞ。今朝早くにな」
そしてPはまゆの質問に肯定する。それを聞いた途端、まゆはその表情をこわばらせた。
更に、瞳にうっすらとあった光も、完全に消え失せてしまった。
「なら……智絵里ちゃんから、貰っているはずですよね、プレゼント。どうしてまゆが初めてだなんて……嘘をついたんですか……?」
光を失った瞳で、まゆはPに迫りつつ、そう追及する。
常人であれば、その気迫に耐えられずに恐怖を感じ、背筋が凍りつくだろう。
しかし、Pは違った。Pは恐怖を感じる事無く、まゆに対して普通に接する。
「だから、嘘じゃないぞ、まゆ」
平常心のまま、黒色に染まったまゆの瞳を真っ直ぐ見据えて、Pはそう言った。
だが、まゆはその言葉を受け入れない。首を横に振って、否定するのだった。
「違います、嘘です。プロデューサーさんは嘘をついてます。だって、あの智絵里ちゃんですよ? まゆと同じぐらい、プロデューサーさんの事が好きで、好きで、好きで、愛して止まない智絵里ちゃんなんですよ? それなのに、今日という日にプレゼントを渡さない訳が無いじゃないですか」
そう言って矢継ぎ早に責め立てるまゆ。あまりにも感情的になりすぎていて、平静を欠いていた。
何を言っても聞き入れてくれなさそうな雰囲気に、Pはどうしたものかと、頭を掻いた。
「それとも……何ですか? プロデューサーさんは智絵里ちゃん以外のプレゼントには興味が無いから、まゆにあんな事を言ったんですか?」
「待て、落ち着けって。誰もそんな事は言っていないだろ」
「じゃあ、本当の事を言って下さい。智絵里ちゃんからは貰ったんですか? 貰ってないんですか?」
「さっきから何度も言っている。智絵里から貰ったのはいつもの様に弁当ぐらいで、バレンタイン関連のプレゼントは一切受け取ってない。だから、まゆが来た時、直ぐにピンとこなかったんだ」
Pがそう言うと、まゆは先程Pがそうした様に、自分もPの目を真っ直ぐに見据える。
深淵の如く、深くて暗く、呑まれてしまいそうな瞳で見つめるが、それを受けてもPは視線を逸らす事は無かった。
ただただ泰然と構えたまま、まゆの動向を待つばかりだった。
「……嘘じゃない、みたいですね。ごめんなさい、プロデューサーさん。まゆ、あなたを疑ったりして……いけない娘です」
「いや、分かってくれれば、それでいいさ。あまり気にしなくていいよ」
まゆに向けてそう告げた後、Pは彼女の傍に近寄り、安心させる様にその頭を優しく撫でる。
撫でられたまゆは嬉しさからか、または幸せからか、その表情を蕩けさせてうっとりとする。
瞳の中の光もいつの間にか戻っており、うっすらと淡い光を放っていた。
「うふふっ♪ プロデューサーさぁん……」
撫で続けていると、まゆの目は次第に潤んでいく。それを見たPは頃合だと判断し、
「……もう、いいな」
と、言って手を離し、まゆを撫でるのを止めた。
「あっ……」
撫でられていたまゆは、Pの手が自分の頭から離れるのが分かると、その手を名残惜しそうに見送った。
「プロデューサーさん……もっと撫でても、いいんですよぉ?」
「駄目。あんまりやり過ぎると、まゆが戻ってこれなくなるからな」
「そんなぁ……私、プロデューサーさんが思っている程、自制が利かない女の子じゃ、ありませんよ」
「はいはい。そうだな」
そう言って抗議するまゆであるが、Pは取り合わない。
甘やかしては駄目だと、自分に言い聞かせ、それを流すのだった。
そんなPの対応にまゆは頬を膨らませて、不満だと態度で表した。
「……プロデューサーさんの、いけずぅ」
「何とでも言ってくれ。それに、ここは事務所なんだからな。あんまり度が過ぎたら、問題になる」
「分かってますよぉ、それぐらい……」
「なら、大人しくしてくれよな」
「……はぁい」
まだ不満は残るものの、まゆは已む無く納得して、退く事にした。
あまりPを困らせると、嫌われてしまうと判断しての事だった。
「でも、プロデューサーさん。何で、智絵里ちゃん……プレゼント、渡さなかったんでしょう?」
「さぁ……何でだろうな。……気づかない所で、何か怒らせたかな」
「そう考えるのが、妥当ですかねぇ。けど、それぐらいで智絵里ちゃんが渡さないなんて事は無いと思いますが……お弁当だって渡しているのに……」
「まぁ、何にせよ……これ以上考えた所で、理由が分かる訳でも無いし、今回は貰えなかったという事にして、諦めるよ」
「……それで、プロデューサーさんはいいんですか?」
「良くない。でも、催促する訳にもいかないし、仕方ないだろ」
「そうですけど……」
「ほら、もういいから、この話は終わり。今の時間なら、まだ一限には間に合うだろうから、まゆは早く学校に行くんだ」
そう言ってからPは立ち上がると、まゆの肩を掴んで押していき、事務所の出口へと連れていく。
押されていくまゆに抵抗らしい動きも無く、二人は難無く出口の扉の前に辿り着いた。
「それじゃあ、行ってこい」
「はぁい……行ってきます」
「あぁ、それと……マフラー本当にありがとうな。嬉しかったよ」
「……それなら、まゆも作った甲斐がありました。私も嬉しいですよ、プロデューサーさん」
そしてそれから……まゆはPに手を振って、事務所を出て行った。
Pはまゆを笑顔で見送った後、人知れず、一人ため息を吐いた。
「……やる気が出ないけど、頑張るか」
そうポツリと呟いてから、Pは自分の机に戻っていく。
いつも以上に仕事に対する意欲が湧いてこないものの、目の前に書類がわんさかと待ち受けている以上、逃げる訳にもいかない。
意気消沈とした心境の中、Pは仕事に取り掛かっていくのだった。
言い忘れましたが、無駄に長いです
誰か私に、短く纏めるコツを教えて下さい
あれから数時間が経過し、昇り始めだった日も沈み掛ける時間になった頃。
「はぁ……」
朝の内から数えて、何度目かも分からなくなったため息を、Pは重々しく吐いた。
朝の一件の後、どうにかやる気を出そうとしていたPだが、沈んだ心境でいる以上、そんなもの湧いてくるはずも無かった。
「智絵里……」
こんな状態になってしまった原因でもある、担当アイドルの名前をPは口にする。
けれども、そうした所で彼女がプレゼントを持ってやっては来ない。
Pの呟きは虚しくも、宙で霧散し、消え去るだけだった。
それからPは事務所の壁に架かっている時計に目を向ける。
これも何度目かは分からない行動ではあるが、そうして現在の時刻を確認すると、時計の針はもうすぐ終業予定の時間を指そうとしていた。
この時間であれば、部活や居残りが無い学生は帰路についていてもおかしくない時間帯だろう。
そして学生であり、部活動に所属していない智絵里も、それに該当するはずである。
しかし、智絵里からの連絡は電話もメールも一切入ってこない。
それは即ち、智絵里からプレゼントを貰える可能性は絶望的だと、言っている様なものだった。
「まゆには強がってあぁは言ったが……やっぱり、悲しいな……」
付き合ってはいないが、信頼を寄せ、好意も寄せている相手に、今日という日に何も貰えないというのは、精神的ダメージは大きいものである。
まゆの気迫にすら動じなかったPでも、これには厳しいものがあった。
この許容し難い悲しみを、どう埋めようかと考えていた、その時だった。
「……ん?」
突如として、Pのズボンのポケットに入れてあった携帯が震え出す。仕事中なのでマナーモードにしていた為、音は鳴らなかった。
何事かと思い、Pは携帯を取り出して確認すると、どうやら電話の着信が入った様だった。
誰からの着信だ、とPは相手が誰なのかを確認する。
すると、そこに表示されていたのは『緒方智絵里』という名前。
Pが連絡が来る事を待ち望んでいた相手からだった。
それを理解した瞬間、Pは間髪入れずに通話ボタンを押して電話に出て、携帯を自分の右耳にへと当てた。
「もしもし! 智絵里かっ!?」
『あっ、プロデューサーさん。お疲れ様……です。えっと……今、大丈夫ですか?』
「あぁ、大丈夫だ! 仕事も粗方片付けたから、問題無いぞ」
少々早口になりつつ、Pは智絵里にそう言った。
焦り、落ち着きの無い様は今朝方のまゆと遜色無いが、それすらも自覚出来ない程、Pに余裕は無かった。
『なら、良かったです。その……聞きたい事が、あるんです』
「聞きたい事? 何でも言ってくれ。何だって答えるやるからな」
『そ、それじゃあ、えっと……プロデューサーさんはこれからの予定なんですが、その……空いて、ますか?』
遠慮気味に、智絵里はそう尋ねてくる。
しかし、『空いているか?』と問われれば、今のPが『空いていない』なんて返すはずが無かった。
今のPならどんな予定があろうとも、智絵里の事を優先させるという気概でいるからである。
それ程に、Pの脳内は智絵里の事で一杯だった。
「空いてるよ。寧ろ、やる事が無くて、困ってるぐらいだな」
そう口にするPだが、嘘は言っていない。
実際、この連絡が無ければ、今からどうしたものかと考えていた所であった。
『な、なら、良かったです』
Pのこれからの予定が空いている事が分かり、智絵里は受話器越しに、嬉しそうな声をあげる。
その声を聞くだけでも、Pは幸せだった。朝から意気消沈していた心持も、どんどん回復していく一方である。
『プロデューサーさん……あの、実はお願いがあるんです』
「お願い? 何か、あるのか?」
『はい。今から……私の家に、来てくれませんか?』
「智絵里の家にだって?」
『プロデューサーさんに、渡したい物があるんですが……駄目ですか?』
「駄目じゃない。行く。直ぐに行く。誰が何と言おうと、行かせて貰うぞ」
矢継ぎ早且つ、食い付き気味にPはそう答える。
『智絵里の家』と『渡したい物』の二つのワードが並べば、Pにじっくり考える余裕は無かった。
しかし、僅かに残った理性を以てして、ある疑問を智絵里に投げ掛ける。
「でも、家だと……親御さんがいるんじゃないか? あんまり私用で訪ねる所を、見られたくないんだが……」
『それなら、大丈夫です。今日はお父さんもお母さんも用事があって、明日の朝までは帰ってきませんから……安心して、来て下さい』
智絵里の言葉を受けて、Pは安堵した。それなら行っても、問題は無いだろうと。
「じゃあ、今から直ぐにでも向かうよ」
『は、はい。私……待ってますから、必ず来て下さいね?』
「あぁ、もちろんだ」
そう言ってからPは通話を切り、携帯を再びズボンのポケットの中に仕舞いこんだ。
それから間を空けずに、広げていた書類やペン等の備品を片付け始める。
その動きはこれまでとは大違いで、的確に尚且つ素早かった。
一分もしない内に荷物を全て纏めると、自分の鞄を手に持って事務所の出口に向かって真っ直ぐ歩いていく。
そして扉の取ってに手を掴み、振り返って、
「お先に失礼しますっ!!」
と言った後、事務所を出て行った。
目指す先は智絵里の待つ緒方家。そこに向かってPは速足で歩いていくのであった。
………………
…………
……
「プロデューサーさん、その……これ、どうぞ」
智絵里はそう言って、Pにマグカップ……では無く、下から新たに持ってきた透明なグラスを渡す。
中には智絵里が冷蔵庫から出して入れてきた、冷たいお茶が入っている。
「ありがとうな、智絵里」
Pはそう言ってそれを受け取ると、一息に中身を全て飲み干し、乾いた喉を潤した。
「……はぁ、生き返る。さっきまで、喉がやばかったからな」
「ご、ごめんなさい……えっと、私……こうなるなんて、考えてなくて……」
「いや、いいんだ。智絵里の気持ちは、十分に伝わったさ。まぁ、だけど……溶かしたチョコをそのまま飲むのは、喉が死ぬから今後は控えような」
未だに焼ける感じの残る喉を擦りながら、Pはそう言った。
何か牛乳や生クリームとかで割ってあれば良かったが、溶かした物をそのまま飲むのは、いくら何でも、骨が折れた。
そしてそれ以外にも、悲惨な爪痕はくっきりと残っている。
Pと智絵里の口周りは互いの唾液やチョコでベタベタになっていて、Pの下着、智絵里のスクール水着もすっかりチョコで汚れてしまっている。
智絵里チョコ……その甘美な味わいが齎した代償は、あまりにも大きかった。
「あっ、そうだ。そういえば、これ……まだ渡してなかったですね」
気を取り直した智絵里はそう言うと、背後から大き目の箱を取り出して、それをPに差し出してこう言った。
「は、ハッピー、バレンタイン……です、プロデューサーさん」
「お、おう。何か、今更な気もするが……ありがとうな」
そう言いながら、Pは智絵里から箱を受け取る。それからその箱を顔に近づけて、ジッと見つめる。
緑色の包装紙で包まれた、この箱の中身。智絵里が言っていた事が本当なら、この中にもチョコが入っているだろう。
しかし、先程まで長い時間を掛けてチョコを食したPからすれば、貰った事は嬉しくとも、あまり目にしたくないという心情だった。
「え、えっと……どう、します? 今から食べるなら、私がまた、お手伝いしますけど……」
「い、いや、今日はもういいぞ。あれだけでもう、お腹一杯だからな」
強い口調を以てして、智絵里の提案を否定する。
これが今日では無く、後日であるのなら受け入れるが、今はチョコを見るだけでも胸焼けがしそうで、そんな気分にはなれないのだ。
「そ、そうですか……残念です」
「ごめんな。お腹一杯じゃなかったら、食べれたんだがな」
「……じゃあ、中身だけでも……見て貰えませんか?」
「えっ?」
しかし、提案を蹴られた智絵里はそう言って食い下がる。
更にそれに加えて、上目遣いの目線でPにそう訴えるのであった。
その目線からは『何としてでも、この場で見て欲しい』という、強い思いが窺えた。
「駄目、でしょうか……?」
「……まぁ、見るだけなら」
「……! ありがとうございます」
今度こそ提案を呑んで貰えて、智絵里は喜びから笑顔をその表情に咲かせる。
その笑顔を横で見ながら、Pは箱の包装を外していく。
緑色の包装紙を外すと、中から出てきたのは、無地の透明なケース。
そしてその中には、大きめのハート型のチョコが四つ。
それが四つ葉のクローバーの形になる様に、配置されているのであった。
「あ、あの……どう、ですか? か、感想を言って貰えると、その……嬉しいんですけど……」
「ん? あぁ、智絵里らしくて、素敵なプレゼントだと思うよ。ありがとうな」
Pは軽く微笑んだ後、智絵里の頭にそっと手を置いてから、そう言った。
「あっ……えへへ。そう言って貰えて、嬉しいです」
そう言って智絵里は不安が消えたからか、幸せそうに満面の笑みを浮かべる。
屈託の無いその笑顔を見ながら、Pは満足すると共に、貰ったチョコにへと目を向ける。
待望の智絵里からのチョコレート。もちろん、嬉しくない訳が無い。
しかし、一点だけ……そのチョコには憂慮する所があった。
(これ……どうやって食べようか……)
それはチョコの大きさ、そして厚さである。
ハート型が四つもあって数が多いともいうのもあるが、その一つ一つの大きさが半端では無い。
一個が前に智絵里がバレンタインの時に、渡したチョコ相当するぐらいの、大きさなのである。
そして厚さも横から見えるだけで二センチを超えていて、全体像で見れば恐らく、三センチはあるだろうと思われた。
そんな厚さの物を齧れば、歯が折れてしまいそうであった。
「あ、あとですね……このハートは、私の想いを沢山籠めてありますし、それに……私自身、でもありますので……ゆっくり、味わって欲しいです」
「……そうだな。そうさせて、貰うよ」
Pはそう言うと同時に、『絶対に何か入っているだろうな』と、そう察した。
私自身なんて不穏な言葉が飛び出ている以上、その可能性は限りなく高いとみた。
そして……Pからすればその方が好ましく、貰って嬉しいのであった。
「さて、それじゃあ夜も遅いし、そろそろ帰らないとな」
時計を見ながらそう言った後、帰る為に荷物を纏め始めたPだったが、ある事に気づいてその場で立ち止まる。
「……と、思ったが……こう汚れたままだと、何か嫌だな」
目線を下に落とし、チョコで汚れた肌と下着を眺めながら、Pはそう言った。
「悪いけど……風呂場を貸してくれないか? できればシャワーを浴びてから、帰りたいんだが……」
「あっ、それだったら……今からお風呂沸かしますよ? 私も入りたいですし……」
「いいのか? 別に俺は、シャワーで大丈夫なんだが……」
「せっかくですから、入っていって下さい。それに、汚れてしまったのは、私のせいですから……」
「……分かった。それなら、甘えさせて貰おうかな」
「分かりました。それなら、早速……下に行って、入れてきますね」
智絵里はそう言うと、急いで部屋から出て行って、下の階にへと降りていく。
部屋に一人残ったPは大きく息を吹き出して一息吐いた後、『そういえば、汚れた下着の替えはどうしよう……』と、大いに悩むのであった。
「それじゃあ、智絵里。今日は色々と、ありがとうな」
玄関で自分の靴を履き終えたPは振り返ると、その先で佇む智絵里にそう言った。
「いえ、私の方こそ……ありがとうございます。今日みたいな特別な日に、素敵な思い出が出来て……嬉しかったです」
いつまでも水着姿でいるのは流石に寒かったのか、今の智絵里はピンクの子供らしさ溢れる、パジャマを身に着けている。
前にあったパジャマパーティーでも着ていた物だが、そのデザインは智絵里にマッチしていて、とても可愛らしいと言えた。
「それに、あれだな。下着の替えも用意してくれて、本当に助かったよ」
「そ、そんな事、ありませんよ。これも……プロデューサーさんの為、ですから」
あれからPは風呂に入った後、何故だか用意してあった替えの下着に着替える事で、汚れたままの下着で帰宅するという、難から逃れていた。
そこで何で用意されていたかを聞こうとしたPであったが、後が怖いという理由で、それは止めておいた。
「じゃあ、また明日な。お休み、智絵里」
「はい。お休みなさい、プロデューサーさん」
そう言って別れの挨拶を交わした後、Pは玄関の扉に手を掛けて、開いて出て行こうとする。
しかし、開けた途端に湯上りのPを外の冷たい風が襲い、顔を顰めた。
「……外は大分、冷え込んでるな」
「そう、ですね。あの……良かったら、お父さんのコート……貸しましょうか?」
「いや、それは流石に悪過ぎる。それにこれ以上、甘えるのも良くないしな」
「で、でも……大丈夫、ですか……?」
「まぁ、大丈夫かどうかって聞かれると、微妙……あぁ、そうだ。そういえば、あれがあったな」
「えっ?」
Pはそう言ってから自分の鞄を開き、その中から昼間にまゆから貰ったマフラーを取り出す。
そしてそれを首に巻いて、早速と使用する事にしたのだった。
「これで何とか、寒さには耐えれるな」
毛糸のマフラーなだけあって、ふんわりと首周りを包む、暖かさがそこにあった。
その温もりを感じつつ、マフラーを手で触れながら、Pはそう言った。
「わぁ、暖かそうなマフラー……まゆちゃんの、手作りですか……?」
「あぁ、良いもんだろ。……って、あれ? 何で、智絵里……これがまゆの手作りって知ってるんだ?」
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Pがこのマフラーを貰ったのは今日の朝方。それも智絵里に会った後での事である。
そしてPがこれを智絵里の前で取り出したのは、これが初めてなのにも係わらず、智絵里はその製作者をピタリと当てたのだ。
これにはPも、驚きを隠せなかった。しかし、それを当てた智絵里は分かって当然という風な表情をして、こう言うのだった。
「何でって……分かりませんか? このマフラーから、まゆちゃんの匂いが凄くしますから……色合いもまゆちゃんが好みそうな色ですし、分からない方がおかしいですよ」
「……そっか。流石は智絵里だな」
「えへへ……これでも、鼻は利く方なんです」
控えめではあるが自信気に胸を張り、智絵里はそう言って退けた。
Pはそんな微笑ましい光景を見て、不意にではあるが、薄くフッと笑った。
「さて……それじゃあ、今度こそ……お休み。また、明日な」
「はい。また明日……あっ、そうだ。プロデューサーさん、一つ、言い忘れてました」
そう言われて呼び止められたPは、外に出ようとする足を止める。
そしてもう一度振り向いて、智絵里にへと目線を向けた。
「あ、あの……こんな事言うのは、どうかと思うかもしれませんけど……」
「その……ホワイトデーのお返し……楽しみに、してます、ね?」
「……あぁ、分かった。智絵里が貰って喜びそうな物……何か、考えておくな」
Pはそう言った後、今度こそ玄関から出て行き、智絵里の家から去っていく。
それからPの気配が遠くに消えるまで、智絵里は玄関で佇み続ける。
そして気配は消えたのを感じ取ると、身を翻して、鼻歌を歌いながらPが浸かった浴槽に向けて、真っ直ぐ歩いていった。
こうして……とても甘くて、智絵里の素敵なバレンタインデーは終わりを迎えたのであった。
終わり
とりあえず、これで終わりです
本当はバレンタインデー当日で終わらせたかったですが、結果はこの様
あまりにも不甲斐無さ過ぎて、穴を掘って埋まりたい気分です
特別な日だという事もあって、内容もいつもより特別な風にしてみました
が、読み返してみると、何だこれ……って、感じですね
もっと上手く表現出来る様に、一層努力していこうと思います
アクセルフルスロットルで書ける様になるには、まだ遠そうです
バレンタイン編も終わった事ですので、明日からは更新途中の作品の方に戻ろうと思います
そっちも何とか、今月中には書き終えて、次の作品に取り掛かれたらと考えていますが……どうだろう
とにかく、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました
それと智絵里PとまゆPの方々……重ね重ね、申し訳ありませんでした
最初に貼るの忘れてたので……今更ですが
前に書いた作品
智絵里「マーキング」
智絵里「マーキング」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476481390/)
智絵里「マーキング」まゆ「2ですよぉ」
智絵里「マーキング」まゆ「2ですよぉ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476819940/)
橘ありす「マーキング」
橘ありす「マーキング」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477742473/)
鷺沢文香「マーキング」
鷺沢文香「マーキング」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480427177/)
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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483199905/)
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