【モバマスSS】あやかし事務所のアイドルさん 前日譚~肇編~ (36)

※注意事項※
このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。

続き物ですので、過去作(下記)を先に読んでいただければ幸いです。

登場するアイドルの多くが妖怪という設定になっております。

それでも構わない、人外アイドルばっちこい!という方のみご覧下さい。

プロローグ(【モバマスSS】あやかし事務所のアイドルさん【文香(?)】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484151859/))

続(【モバマスSS】続・あやかし事務所のアイドルさん - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484987980/))

続々(【モバマスSS】続々・あやかし事務所のアイドルさん - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1487066068/))

続続々(【モバマスSS】続続々・あやかし事務所のアイドルさん - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488901052/))

番外編①(あやかし事務所のアイドルさん 番外編① - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1489068127/))

番外編②(あやかし事務所のアイドルさん 番外編② - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1489848689/))

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491389066

文香が晴れてアイドルデビューを果たしてからいくつかの季節が過ぎました。

最近ではユニット活動も増えてきて、今日は肇とのユニット【月下氷姫】として地方ライブに臨んでいます。

ライブホールは満席御礼で、沢山のファンの歓声が二人に力を与えてくれるようでした。

「ただ今の曲はサプライズカバーとして765プロさんの【relations】を歌わせていただきました。みなさーん、楽しんでますかー!?」

肇の呼びかけに答える声が怒号となってホールを震わせます。

「みなさんすごい声ですね……マイクを使っていても負けてしまいそうです」

「文香さんが大きな声を出すことは滅多にないですからね。でも、ちょっと聞いてみたいかもしれません。みなさんもそう思いませんかー!?」

『聞きたーい!!』『文香ちゃーん!!』『聞かせてー!!』

「熱望されていますね。では文香さん、お願いします!」

「えっ? そ、それでは……ぼ、ぼんばー…!」

『ウォォォォオオオオオ!!!』『可愛いー!!!』

「愛らしいボンバー、頂きました!」

「お粗末様です……茜さんのようにはいきませんね」

「さて、文香さんのおかげで会場の熱気が凄いことになっていますが、倒れてしまう方が出る前に一度クールダウンしましょう。今のうちに汗を拭いたり水分補給したりしてくださいね」

「私も少し喉を潤させていただきます」

「では私も…あ、BGMありがとうございます、スタッフさん」

みんなで一息ついたところで、ライブ再開です。

「次のパートでは少々しっとりと、私たちの歌を届けます」

「言葉よりも深く伝えたい想い……聞いてください」

「「【月陽炎】」」

大盛況のライブを終えた肇と文香はプロデューサーに連れられて小さな旅館を訪れました。

「わぁ、とても雰囲気の良いところですね」

「本当に。物語に出てきそうな趣深さがあります」

「二人とも今日までよく頑張ってくれたからな、打ち上げも兼ねて少し奮発してみた。すみませーん、予約していた明石事務所の者ですが…」

三人が案内された【山桜】というプレートのかかった部屋は外観に負けない素敵な和室でした。

「あれ、プロデューサーさんも一緒のお部屋なんですか?」

「っ!?」

「そんなわけないだろう、二人の荷物を置いたら退散するよ」

「ふふっ、冗談です♪」

「び、びっくりしました……」

「いつまでも子供扱いは勘弁してくれ…」

「夕食は一緒にこちらで食べるから、また後でな」

自分の部屋に戻るプロデューサーを見送った二人は温泉で軽く汗を流すことにしました。

「ふぅ、温泉はいいですね…疲れが溶けだしていくようです」

「ええ、本当に……」

ヒノキの湯船で二人並んでへにゃりと温泉を堪能し、浴衣に着替えて部屋に戻ります。

もうすぐ夕食ということでお茶菓子には手を付けずにまったりとしていると、ノックの音が飛び込みました。

「はーい、どうぞー」

「お邪魔するぞー。お、浴衣か…うん、いいな。二人ともすごく似合っている」

「ふふっ、ありがとうございます」

「ふーむ…月下氷姫の次回のステージは和装もいいな…うちの事務所だと和風といえば大和幻想姫のイメージが強いけど、あえてそこを崩しに…」

プロデューサーは手帳を開いて何やら考え込みだしてしまいました。

「もう、こんな時くらいお仕事のことは忘れればいいのに」

「うちの事務所は個性的な方が多いですけれど、プロデューサーさんも負けていませんね」

すぐに夕食の時間となり、料理を楽しみながら今日のライブの感想などを話していた三人でしたが、ふとした拍子に話は思わぬ方向へ転がり出しました。

「あ、プロデューサーさんまた里芋をよけて…好き嫌いはいけませんよ?」

「く、相変わらず目ざとい…他に好き嫌いは無いんだから見逃してくれないか」

「仕方ありませんね…残すのも失礼ですから、私の小鉢と交換しましょう」

「すまん、助かる」

そんな二人の様子を見て、前から尋ねてみたかったことが文香の口からこぼれました。

「以前から思っていたのですが、お二人からは何と言いますか、慣れ親しんだ空気を感じます。積み重ねた年月故、なのでしょうか。肇さんはアイドルを始められてから長いのですか?」

「アイドルデビューは7年前ですけど、プロデューサーさんとの付き合いということでしたら20年ほどになりますね」

「間に10年近いブランクはあるけどな」

「またそんな可愛くないことを…プロデューサーさんのいけず」

「三十路近い男に可愛さを求められてもなぁ」

つまりプロデューサーが10歳前後の時に二人は出会ったということでしょうか。

俄然興味がわいてきた文香は目をキラキラさせながら二人に詰め寄りました。

「お二人の出会いについて、詳しく聞かせてもらえませんか?」

「私は構いませんよ。いいですよね、プロデューサーさん?」

「ちと気恥ずかしいが、そんな顔を見せられたらNOとは言えないか…」

「では決まりですね。少し長くなるかもしれませんから、夕食を食べてしまってからお話ししましょうか」

文香は二人の物語を味わえる期待感に胸を膨らませながら、普段よりも素早く箸を動かすのでした。

あやかし事務所のアイドルさん 前日譚・肇:BOY MEETS CANIS GIRL

~~~~~~~~~

むかしむかし、とある山奥に妖怪たちが人目を忍んで暮らす小さな村がありました。

そこに住む少女は近くの川で釣りをするのが日課でした。

春先の昼下がり、少女が釣り糸を垂らしていると、後ろの方からガサガサと音が聞こえてきました。

野生の動物でもやって来たのかと少女が振り向くと、茂みから顔を出したのは釣竿を握りしめた少年でした。

「わー、綺麗な川…あ、お姉さんこんにちは!」

「は、はい、こんにちは」

少年はニコニコしながら近寄ってきました。

近くに人間の村はありますが、川辺には人が近づけないように結界を張っていたはずです。

少女が静かに混乱していることに気付かず、少年は尋ねました。

「えっと…つ、釣れますか?」

「え? あー、うん、まだ少しだけど」

少女が数匹の魚が入ったバケツを指差すと、少年は目をキラキラさせてそれを覗き込みました。

「わ、凄い! よーし、僕も!」

少年は見るからに慣れていない手つきで釣り針に餌を付けて、川へと投げ込みました。

「………」

「………」

川のせせらぎが響くどこか気まずい沈黙の中、ようやく落ち着いてきた少女が声を掛けようとすると、それに先んじて少年がひょいと少女の方を向きました。

「えーと、その…か、可愛い髪飾りですね!」

「髪飾り?」

リボンなどを付けた覚えのない少女が片手で頭に触れると、慣れた感触が返ってきます。

何のことかと首を傾げかけたその時、少女は気付いてしまいました。

「おおー、動いてる…どんな仕組みなんだろ?」

少女の内心を表すように、頭上では出しっぱなしにしていた獣の耳があたふたと動き回っているのでした。

幸い髪飾りと思われていたので、少女はその勘違いを訂正せずに押し通すことにしました。

妖術はあまり得意ではありませんが、忘却の術は習ってあるので去り際にそれを使っておけば問題ないでしょう。

一匹の魚を釣り上げたところで、少女は少年に声を掛けました。

「私はお先に失礼するね」

「あ…うん。あの…また会えますか?」

「…そうだね、私はこのあたりに居ることが多いから、ここに来ればまた会えるかもね」

少女がそう答えると少年の顔がパッと明るくなりました。

少しだけ胸がチクリと痛みましたが、少女は予定通り少年に忘却の術を掛けました。

「…よし、と。それじゃあ、さようなら」

「うん、またね!」

笑顔で手を振る少年に背を向けて、少女は村へと帰りました。

明日からはもっとしっかり結界を張るようにしよう。

そう考えながら眠りにつく少女の瞼の裏には、何故か別れ際の少年の姿がちらついていました。

翌日、少女がいつものように釣りに出かけると、川辺には昨日の少年がいました。

昨日のことは忘れてしまっているはずですが、そんなに釣りが好きなのでしょうか。

このまま帰ろうかとも思いましたが、それはなんだか負けた気がします。

昨日の反省を活かして少年に気付かれる前に耳を隠し、少女は声を掛けました。

「こんにちは」

「あっ、こんにちは!」

少年の反応に違和感はありましたが、気にせず釣りを楽しむことにしました。

少女が一匹、二匹と調子よく釣り上げていたところに、おずおずと声がかけられました。

「今日は昨日の髪飾りしてないんですね」

「………え?」

「いえ、その、お姉さんに良く似合っていたから…」

思わず出てしまった固い声に、少年はわたわたと言い訳のように答えました。

「…ちょっとごめんね」

「わ、わわわ!?」

釣竿を置き、少年の頬を両手で押さえながら目を見つめ、一番得意な妖術をぶつけました。

普通ならすぐに恐慌状態に陥るはずですが、少年は真っ赤になっているだけで術が効いた様子はありません。

「…君は変な子だね」

「お、お姉さんほどじゃないと思う…」

~~~~~~~~~

「あの時そんなことをされていたのか…いたいけな少年になんてことを」

「す、すみません、あの頃の私は人間不信を拗らせていましたから…」

プロデューサーのジト目に肇が慌てていると、文香から助け舟が出されました。

「プロデューサーさんの抵抗力はその頃から既に在ったのですね」

「え、ええ、そうですね。結界は効果がありませんでしたし、暗示や催眠などもほとんど効きませんでした。耳はちゃんと隠せていたので変化を見抜くことは出来ないようでしたね。色々と実験を重ねた結果、プロデューサーさんに状態異常を与えるような妖術は無効化されることが分かりました」

「おい実験って言ったか今」

「あ…コホン、検証した結果、ですね」

「言い換えても同じだ。となると、何度か見かけた人魂も肇が出していたのか。トイレが家の外にあったから、夜に行くのは滅茶苦茶怖かったんだぞ」

「あ、それは私ではないです。私は紗枝ちゃん達ほど妖術が上手くないですし、特に火の術は苦手なので」

「…え、じゃああれは本物だったのか…?」

「その……私たちのような妖怪がいるのですから、人魂や幽霊などが存在していても別におかしくないのでは?」

「おかしくないというか、実在しますよね」

「マジか…マジかぁ…」

なぜかショックを受けているプロデューサーのことはそっとしておいてあげることにしました。

「それではお話の続きを聞かせていただけますか?」

文香の期待に溢れた眼差しに苦笑しつつ、肇は昔話の続きを語り出しました。

~~~~~~~~~

少年に妖術が効かないことが分かってから一週間が経ちました。

人間ギライの少女でしたが、子犬のように無邪気に懐いてくる少年を無下にも出来ず、相手をしているうちに色々な話が聞けました。

この春からお父さんの仕事の都合で引っ越してきたのだとか、小学校はあるけれど年の近い子供がいなくてずっと退屈していたのだとか、物置で釣竿を見つけたから川を探してうろうろしていたらここに辿り着いたのだとか。

基本的に少女は聞き役に徹していましたが、少年はとても楽しそうでした。

「そういえば肇お姉ちゃんはどこに住んでるの?僕の住んでる村じゃないよね?」

「君の村とは川を挟んで反対側にある村だよ」

「そっちの方にも村ってあったんだ。行ってみたいな!」

「ここからかなり遠いし危ない道も通るから、それはダメ」

「えー、大丈夫だよ。前に居た学校ではかけっこはいつも一番だったんだから!」

ふんすと気合を入れる少年は放っておくと勝手に隠れ里を探し出してしまいそうな勢いです。

「うーん…それじゃあ競走しようか。そこの道は山の頂上まで繋がっているから、頂上に私より先に着けたなら案内してあげる」

「分かった! それじゃあ、よーいドン!」

少年は釣竿を放り出して駆け出してしまいました。

「あっ、こらっ! 道具はもっと丁寧に…行っちゃった。まったくもう…ふふっ、いつも元気だなぁ」

少女は釣竿を片付けると、水筒を片手に後を追いかけました。

「ほら、もうちょっとだよ。頑張れ頑張れー」

「はぁ、はぁ…うぅー、こんなに登るなんて…」

道半ばで少女に追い越されてしまった少年は息も絶え絶えです。

先を歩く少女に励まされながら、少年は何とか頂上まで辿り着きました。

「はぁ…ひぃ…ごーるっ…!」

「お疲れさま。はい、お水飲むでしょ?」

「あ、ありがとう…わぁっ!」

水筒を受け取ろうと顔を上げた少年は、頂上に咲く満開の山桜に気付きました。

「凄い…」

喉の渇きも忘れてポカンと見上げる少年の姿に少女も笑みを浮かべました。

「この辺りで一番大きな山桜なんだ。ちょうど満開の時期でよかった。綺麗でしょ?」

「うん、凄く綺麗…」

少女にとっては見なれた風景ですが、少年の隣で見上げる山桜は例年よりも美しく見えました。

「競走は君の負けだから私の村には案内してあげられないけど、この辺りにはここだけじゃなくて他にも見所はあるから、また今度教えてあげるね」

「えっ、本当!?」

「うん、本当。でも危ない場所も多いから、一人で勝手に歩き回っちゃダメ。約束ね」

「じゃあゆびきりしよう!」

「ゆびきり?」

「あれ、肇お姉ちゃんやったことないの? えっとね、こうやって小指を絡めて…」

少年に教えてもらいながら、二人は山桜の下で約束を交わしました。

春には一緒に山桜を眺めて。

夏には一緒に水遊びをして。

秋には一緒にどんぐりを拾って。

冬には一緒に雪合戦をして。

そしてまた春がやってきて。

巡る季節の一つ一つに想い出を積み重ねながら、月日は流れていきました。

そして三度目の春。

別れの時がやってきました。

まだ寒さの残る三月のある日、少女が川辺に行くと先に来ていた少年は体育座りで俯いていました。

「こんにちは。ごめんね、待たせちゃったかな」

「あ、肇お姉ちゃん!」

少年はパッと顔を上げましたが、すぐに何か悩むような表情になってしまいます。

「どうしたの、何か悩み事?」

「うん…えっとね、また山の頂上までかけっこして僕が勝ったら、肇お姉ちゃんの住んでる村に案内してもらえる?」

「競走は久しぶりだね。うん、いいよ」

「よーし、今日は負けないよ!」

この二年間で身長も伸び、山の中で遊んでいるうちに体力もついてきた少年でしたが、仮にも妖怪である少女には勝てませんでした。

「は、肇お姉ちゃん、速すぎるよ…」

「君も随分速くなったよ。でも残念、まだ負けられないかな」

「あーあ…今日は勝ちたかったなぁ」

そう言って山桜にもたれかかると、少年はぽつりとつぶやきました。

「僕ね、もうすぐ引っ越すことになったんだ」

「………そう、なんだ」

「それでね、お父さんに近くの村に友達がいるから引っ越したくないって言ったらね、この辺りに僕たちが住んでいる所以外の村なんて無いよって言われたの」

「…そっか、それで急に競走しようって…」

「…うん。でも、お父さんが知らないだけだよね。だって肇お姉ちゃんはこうやって一緒に遊んでくれるし、約束だっていつも守ってくれるし、嘘なんてつかないよね」

「それ、は…」

少女は本当のことを言うべきか悩みました。

ただ、このまま隠しておいたら、少年が両親や周りの大人に噓つきだと思われてしまうかもしれません。

少女にはそれが耐えがたいことのように感じられました。

たとえ本当のことを話した結果、少年に怯えられてしまうことになったとしても。

「…うん、私は嘘をついてないよ。でもね、君のお父さんが言ったことも本当なんだ」

「え?」

「私がここから少し離れた村に住んでいるのは本当。でもこの辺りに君が住んでいる村以外に人が住んでいる村が無いのも本当」

「え、それじゃあどっちかは嘘になっちゃうよ?」

「ううん、どちらも本当なの。…初めて会った時のこと、覚えてる?」

「それは…うん、覚えてるよ。肇お姉ちゃんは釣りをしていて、頭にぴこぴこ動く髪飾りをしてた。そういえばあの時だけだよね、髪飾りを付けてたのって」

「よく覚えてるね。それなら話は早いかな。よっ…と」

少女が変化を解くと、頭には獣耳が、お尻からは尻尾がぴょこんと飛び出しました。

「え、ええ、えええ!?」

「…驚かせちゃってごめんね。秘密にしていたけど、私は人間じゃなくて、妖怪なんだ。だから人間が住む村が近くに一つだけなのは本当で、私たちが住んでいる妖怪の村が少し離れたところにあるのも本当なの」

泣かれたり逃げられたりするかも、と身構えていた少女でしたが、それは杞憂でした。

しばらくぽかんとしていた少年は気を取り直したのか、とことこと少女の傍に近づいてきました。

「ねえ、尻尾に触っていい?」

「ん、いいよ。でも、そっとね」

「やった! うわー凄い、ふっさふさだ…えいっ!」

「きゃあっ!?」

ぐっと尻尾を握られた少女は思わず悲鳴を上げて、少年をはたきました。

「あいたっ!?」

「もう、触るならそっとって言ったのに!」

「ご、ごめんなさい。本当に本物なんだね」

「意外と疑り深い…うん、本物だよ。ほら」

そう言ってまだ痛みの残る尻尾を振ると、少年の顔はぱあっと輝きました。

「かっこいい! ね、ね、肇お姉ちゃんは何の妖怪なの?」

「それは…」

「あ、待って、当てるから! えーと、うーんと、その耳と尻尾なんだから…狼男! あ、でも肇お姉ちゃんは女の子だから、狼女だ!」

「…君は、私が怖くないの?」

「え、別に怖くないよ。だって尻尾や耳が付いてても付いてなくても肇お姉ちゃんは肇お姉ちゃんでしょ?」

「…そっかぁ」

「そんなことより、ねえねえ、狼女で合ってる?」

「…ふふっ、正解!」

それから少年が引っ越すまでの間は今まで以上にいろんな話をしました。

少女が住んでいる隠れ里には他にどんな妖怪がいるのか、妖術でどんなことが出来るのか、ここ以外にも妖怪が住んでいる所はあるのか。

少年の好奇心は尽きることがありませんでした。

「もう明日には引っ越しかあ…もっといっぱい遊びたかったな」

「二年間、あっという間だったね。でも、楽しかったよ」

「僕も楽しかった! あ、あとあと、妖怪のことを秘密にする約束、ちゃんと守るからね」

「よろしくね。お父さんお母さんにも内緒だよ?」

「大丈夫、ちゃんと内緒に出来るよ!」

話しているうちに日は暮れてきて、いよいよお別れの時がやってきました。

「そろそろ帰らなきゃ…ねえ、また会えるかな?」

「…そうだね。私はこれからもここに居るから、ここに来ればまた会えるかもね」

「…うん…うん…」

「それじゃあ…またね」

「…うん、またね!」

こうして少年と出会う前の日常が戻ってきました。

ですが、春の山桜も、夏の水辺の涼しさも、秋の実りも、冬の雪景色も、少女にはどこか色褪せたように感じられました。

しばらくは季節が廻った数をかぞえていましたが、少年と再会することはないまま、いつしかそれもやめてしまいました。

そして何度目かもわからない春がやってきました。

いつものように釣竿を片手に川辺に向かうと、そこには珍しく先客の姿がありました。

釣竿を握ってはいるものの、ソワソワと落ち着きのない様子は二度目に会った時の後ろ姿とそっくりです。

懐かしい香りをまとった青年に、少女はそっと近づいて声を掛けました。

「釣れますか?」

「! ああ、たった今大物がかかったところだよ」

「お久しぶりです。ずいぶん大きくなりましたね」

「肇おねえ…んんっ、肇さんは変わらないな」

「ふふっ、肇でいいですよ。ええ、私は変わりません。これまでも、これからも」

「…肇はここを離れるつもりはないのかい?」

「別に離れられない訳ではないですけど、住み慣れた場所を出ていく理由もありませんから」

「良かった、それなら可能性は0じゃないな」

「可能性、ですか?」

「ああ。実はこの春からアイドルのプロデューサーとして働くことになったんだ。と言ってもまだ担当アイドルは一人も居ないんだけどな。社長からスカウトの話を聞いた時、まず思い浮かんだのが肇だった」

青年は深呼吸を一つすると、少女の目を見つめて言いました。

「アイドルになって、俺と一緒に頂上を目指してもらえませんか?」

「…唐突ですね」

「ああ、すぐに返事をしてくれとは言わないから、考えてみてくれないか」

「考えるも何も、無理ですよ。あなたは知っているでしょう、私は人間では…」

「それについては問題ないよ。人間社会で共存している妖怪は意外といるみたいだから、正体を隠せるなら大丈夫」

「…どうして私なんですか? 何年も会いに来てくれなかったのに…」

「それは…うん、申し訳なかった。もしも会えなかったら、あの頃の思い出も全部嘘になってしまうんじゃないかって怖かったんだ。今日だって肇が声をかけてくれるまで気が気じゃなかったんだからな」

「…いくじなし」

「返す言葉もない…」

「それに自信過剰です。プロデューサーになったばかりで受け持つアイドルも私が一人目なのに、頂上を目指すだなんて。ちゃんと足元を見ないと昔みたいに転んじゃいますよ」

「それはほら、言葉の綾というやつで…え、一人目?」

「ええ、危なっかしくて目が離せませんから。これからよろしくお願いしますね、プロデューサーさん」

~~~~~~~~~

「それから一緒に私の村に行っておじいちゃんに事情を説明して、意外とあっさりOKが貰えたんですよね」

「滅茶苦茶緊張したけど、穏やかでいいお爺さんだったな。肇のことを心配してはいたけど、それ以上に信頼しているのが伝わって来たよ」

「ふふっ、自慢のおじいちゃんですから。昔からテレビを見るのは好きでしたけど、私がアイドルデビューしてからは録画環境も最新式のものを揃えたそうですよ」

「なるほど、それで肇さんもアイドルのことをご存知だったのですね」

「ええ、私もテレビはおじいちゃんと一緒によく見ていましたから」

「そうそう、隠れ里と聞いていたから物凄く辺鄙な所を想像していたんだが、山奥なのに普通に家電も揃っていたんだよ」

「村長であるおじいちゃんが新しいもの好きなので…ちなみに電力は雷獣さんたちによる妖力発電です」

「電気はどこから来ているのかと思ったらそういうことだったのか…」

「その発電方法はクリーンなのかブラックなのか判断し辛いですね……」

「それじゃあ俺はそろそろ部屋に引き上げるよ。温泉にも入りたいしな」

「ええ、いいお湯でしたから是非楽しんできてください。おやすみなさい」

「今日はお疲れ様でした。おやすみなさい」

「ああ、二人ともおやすみ。明日は午前中のうちに帰る予定だから、あまり夜更かししないようにな」

プロデューサーを見送った二人も、もう一度温泉を楽しむことにしました。

「貸し切りの露天風呂があるみたいですね。今度はそちらに行ってみませんか?」

「いいですね。あ、でも、確かそろそろ満月ですよね。ここ何日かバタバタしていたからチェックしてなくて」

「調べましょうか。ちょっと待ってくださいね……」

文香は自分の鞄から新聞を引っ張り出しました。

「ええと……満月は明日のようです」

「それなら大丈夫ですね。フロントでお風呂が空いているか聞いてきます」

「お願いします。……あ、この日付は……いえ、いい機会かもしれませんね」

肇を見送った文香は何かに気付いたようでしたが、あえて伏せておくことにしました。

「生き返りますねー…露天風呂なんて久しぶりです」

「月明かりに照らされながらお風呂を楽しむというのもまた格別ですね……」

「そうですねー…ただ、月を見ているとなんだかうずうずしてしまいます」

穏やかな表情で月を見上げる肇の姿を見て、文香は自分の推測が合っていることを確信しました。

「あれ、文香さんも遮音結界を使えたのですね」

「ええ、記憶を食べていた頃にはよく使っていましたから」

「なるほど。ふふ、内緒話ですか?」

「念のため、です。先ほどは素敵なお話をありがとうございました」

「いえいえ。私も昔を思い出せて楽しかったですから」

「肇さんは、その、プロデューサーさんのことが好き、なのですよね?」

「ええ、大好きです。色褪せていた私の人生に色彩をくれた人ですから」

「……ではもう一つだけ、聞かせてください」

「肇さんは狼女(ウェアウルフ)ではありませんね?」

「………何故、そのように?」

「きっかけは些細なことです。動物図鑑を読んでいた時に犬と狼の違いが書いてありまして。肇さんの耳は狼のようにピンと立っていますけれど、偶に尻尾がくるんと巻いていることがありました。それは狼には見られない特徴だそうです」

「文字通り尻尾を出してしまった、ということですか」

「それはあまりうまくないですね」

「手厳しい…でも、理由がそれだけでは弱くありませんか?」

「……狼の妖怪は、海外では満月と関係のないルーガルーなどの例もありますが、こと日本においては満月と切っても切れない関係です。実際肇さんも満月には気を付けられていましたよね」

「ええ、それはその通りで…っ!?」

「私が先ほど読んだ新聞、実は昨日のものだったんです。ですから今日は……満月です」

「…なんで昨日の新聞なんて持ち歩いているんですか…」

「その、買ったものの予想よりも忙しくて読む暇が無かったので、寮に帰ってからゆっくり読もうかと思っていまして……」

「…はぁ、覚悟していた事ではありますが、意外とあっさりとバレてしまうものですね」

「……私は真相を言いふらすつもりはありません。ただ、理由が知りたいのです。プロデューサーさんの答えを正解にしてあげたかった、ということなのでしょうか?」

「それも理由の一つではありますが、不正解です。…少し長い話になりますから、続きは部屋に戻ってから話しましょうか」

部屋へ戻り文香が改めて結界を張ると、肇はぽつりぽつりと話し始めました。

「お察しの通り、私は狼女ではありません。本当は…【犬神憑き】です」

「犬神憑き……」

「文香さんならご存知でしょう。犬神憑きとは犬を残酷な手段で殺すことで人工的に創られる妖怪です。いくつもの方法が伝えられていますが、私が生まれた村で行われたのは、沢山の犬を殺し合わせ、最後に残った犬を犬神として少女に宿らせる、というものでした」

「まさか、肇さんは……」

「ええ、犬神を宿すことで妖怪になった元人間です。随分前のことになりますから、人間だった頃のことはほとんど覚えていませんけどね」

「犬神憑きとなった私は村の片隅にある倉に閉じ込められました」

「しばらくは小窓から食事を入れられていましたが、犬神の怨念に翻弄される私にはそれを食べる余裕もありませんでした」

「いつしか食事が入れられることも無くなり、それでも妖怪となったこの身は死ぬことも出来ず、成長することもありませんでした。倉を破る気力もなかった私は犬神と一緒に長い間眠り続けていました」

「数十年前、滅んだ村の跡地を利用して妖怪の隠れ里を作ろうとしたおじいちゃんが倉を開けて、私を見つけました」

「そうして私は目覚めましたが、私の中の犬神は眠りについたままでした。今も眠り続けている彼女が起きることはもうないのかもしれません」

「さて、おじいちゃんに拾われて隠れ里での生活を始めましたが、当初の私は死んでいないから生きている、というような状態でした」

「少しでも生きる楽しみを見つけられるよう、おじいちゃんは色んな所に連れて行ってくれました。釣りも、先ほどの話に出てきた山桜も、おじいちゃんが教えてくれました」

「おじいちゃんのおかげで少しずつ生きている実感が湧くようになってきた頃です。私は少年に…プロデューサーさんに出会いました」

「長い年月ですっかり人間不信になっていた私の心をプロデューサーさんは溶かしてくれました。彼と一緒に過ごした日々は私の宝物です」

「私が妖怪であることを明かしても変わらぬ笑顔を見せてくれました。その時です、彼に嫌われたくないという自分の気持ちを自覚したのは」

「…私は犬神憑きです。少し調べれば、真っ当でない手段で生まれた妖怪だということは分かってしまいます」

「勿論、本当のことを言ってもこれまで通りの笑顔を見せてくれるかもしれません。ですが、彼への好意を自覚してしまった私に二度目を踏み込む勇気はありませんでした」

「幸い、狼女という隠れ蓑は彼が用意してくれましたから、私は嘘をつくことにしました」

「これが私の正体と、嘘をついていた理由です」

「そういう理由だったのですか……無理に聞き出していいことではありませんでしたね、申し訳ありません」

「いえ、始めは名探偵に追い詰められた犯人のような気分でしたが、全て話してしまうとなんだかスッキリしました」

「そういって頂けると助かります……先程も言った通り、真相を喧伝するつもりはありませんので安心してください」

「でも、そうなると文香さんまで嘘の片棒を担ぐことになってしまいます…」

「いえ、肇さんはオオカミ少女で間違いありませんよ」

「え?」

「童話に倣って嘘吐きの方をオオカミ少年と呼ぶことがあります。肇さんは女性ですので、オオカミ少女に相違ないかと」

「…私、そんなに嘘ばかり言っている訳じゃありませんよ?」

ぷくーと膨れてしまった肇の姿に文香は慌てて言葉を繋ぎました。

「いえ、その、嘘吐きというのは言葉の綾でですね……」

「…ふふっ、冗談です。ありがとうございます、文香さん。皆に本当のことを伝える覚悟が出来るまで、内緒にしておいていただけますか?」

「ええ、任せてください」

文香がそっと小指を立てた手を差し出すと、肇は微笑んで自分の小指を絡めました。

「「ゆーびきーりげーんまーん うーそついたらはーりせんぼんのーます ゆびきった!」」

                         つづく

今回は以上になります。読んでいただきありがとうございました。

そんな訳で実は肇さんは狼娘ではなく犬娘でした。

あぁ~肇さんの犬耳犬尻尾を思うさまナデナデモフモフキュンキュンしたい…

次回は肇ルートの予定です。一本で完結させたいですがどうなるやら。

肇ルートでは文香が三角心3の蓮ルートにおける晶のような立ち位置になりそうです。この例えが通じる方はボクと握手。

乙です

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