【モバマスSS】あやかし事務所のアイドルさん【文香(?)】 (24)

※注意事項※
このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。

ですが、登場するアイドルの多くが妖怪という設定になっております。

それでも構わない、人外アイドルばっちこい!という方のみご覧下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484151859

むかしむかし、ある所に人の記憶を食べる名もない一匹の妖怪がいました。

彼女は食べた記憶を本に纏めるのが生きがいでした。

ある時には鬼退治の話を。

ある時には冒険の話を。

ある時には悲恋の話を。

ある時には合戦の話を。

住処にはどんどん本が積み重なっていきます。

いつからか書の香りが染み込んだ彼女は、自分に『文香』と名前を付けました。

記憶を奪ってしまうことに罪悪感もありましたが、食欲を抑えることはできません。

住処の本を読み返すことに飽きては外に出て、記憶を食べては書に記す。

そんな生活を何百年も続けていた彼女はある日運命に出会います。

『アイドルに興味はありませんか?』

これはそこから始まる物語。

人ならざる者たちが集う、とあるプロダクションのおはなしです。


あやかし事務所のアイドルさん プロローグ

「アイドル……ですか?……私が?」

「はい、もしよろしければ話だけでも聞いていただけないかと…」

突然の申し出に少し驚く文香でしたが、暇つぶしにはなるだろうと話を聞くことにしました。

話を聞いてから青年の記憶を自分と出会ったことも含めて食べてしまえばいいのですから。

これまでにも何度となく行ってきたこと、証拠隠滅なんて文香にとっては朝飯前なのです。

…朝飯前のはずでした。

「こちらが資料になります。うちのプロダクションには既に活躍しているアイドルも多くおりますが、貴女は彼女たちのように、あるいはそれ以上に輝ける逸材だと思います」

文香は近くの喫茶店で青年から話を聞いていました。

資料を手にアイドルについて語る青年の姿は中々魅力的でした。

食事としての意味で、ですが。

どうしてプロデューサーになったのか、アイドル達をどのようにスカウトしてきたのか。

アイドルのプロデューサーをしている人の記憶を食べるのは初めてです。

新しいジャンルの食べ物、そして本が手に入る予感に文香は胸の高鳴りを感じていました。

「…説明は以上になります。何かご質問などありませんか?」

「そうですね……質問ではありませんが、少し私の話を聞いていただけますか?」

「ええ、勿論構いません」

アイドルの話は中々興味深いものでしたが、表舞台に立つなんて文香には考えられないことです。

周囲に人が居ないことを確認した文香は青年の記憶を美味しくいただく前に、少しスパイスを効かせることにしました。

「アイドルには……人間ではなくてもなれるものでしょうか?」

「………え?」

「……私は人間ではありません、妖怪です。人の記憶を食む妖怪……そんな私でも、アイドルになれますか?」

「そ、そんな…」

言葉を失う青年の姿に文香は満足感を覚えます。

妖怪だというのをすんなり信じられたのはちょっぴり意外でしたが、気にすることは無いでしょう。

叫んだり逃げられたりしてしまう前に事を済ませるべく、文香はチカラを使いました。

「……え?」

青年へ向けて放ったチカラは、あっさりと弾かれてしまいました。

起こったことが信じられず、もう一度チカラを使ってみても結果は変わりません。

「嘘、なんで……」

こんなことは初めてです。

文香は目の前の青年以上にうろたえてしまいました。

記憶を食べるというチカラはありますが、腕力や脚力は見た目通り貧相なものです。

このままでは自分の秘密を知った青年を逃がしてしまう。

そうなったら近いうちに退治されてしまうかもしれない。

いや、もしかするとここで捕まえられてしまうかも…

悪いことをしている自覚があるだけに、文香は真っ青になって固まってしまいました。

そんな文香の様子に気付いていない青年が放った言葉は、これまた文香にとって予想外のものでした。


「またかよ!!!」

文香が目を白黒させていると、突然の大声に何事かと店員さんがやってきます。

我に返った青年と文香は店員さんにごめんなさいをして、逃げるように喫茶店を出ました。

「あ、あの……」

「…驚かせてしまって申し訳ありません。外でする話でもありませんので、もしよろしければ続きは事務所の方でさせていただいてよろしいでしょうか?」

真剣な目をした青年の申し出を断ることは文香にはできませんでした。

事務所は喫茶店から歩いて五分程度の場所とのことです。

少しの距離ではありましたが、歩いている間も文香の頭の中では疑問符が飛び交っていました。

何故この青年にはチカラが通じなかったのか。

【またかよ】とはどういうことなのか。

事務所に行くとは言われたが、もしかして以前男性の記憶を食べた時に混ざっていた本やビデオのようなことになってしまうのではないか。

色んな意味でいっぱいいっぱいになってしまっている文香は逃げることも思いつきませんでした。

事務所には誰もおらず、文香は応接室らしき部屋に通されました。

人気のない事務所、弱みを握られた自分、年若い男性と二人きり…

退治されるのとは別の恐怖に青ざめる文香でしたが、幸いなことに薄い本のような展開にはなりませんでした。

「さて…まずはお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「は、はい……文香、といいます」

「文香さん、あなたはご自身を妖怪だとおっしゃいましたが、それは本当ですか?」

「……本当、です」

気を引こうとしてのでまかせだった、などと言って誤魔化せばよかったのかもしれません。

ですが、文香は何故だか嘘をつく気にはなれませんでした。

「そうでしたか…記憶を食べる妖怪…バクの亜種?あるいは覚からの派生なのかな…?」

文香の返事を受けた青年は何やら考え込んでしまいました。

ちなみに文香は自分の正体なんてよく分かっていません。何百年も前から生きていますが、そんなことを疑問に思ったこともありませんでした。

「あの……どうしてこんな突飛な話を信じてくれるのでしょうか?」

自分が妖怪であるなんて話を笑うでもなく、かといって怯えるわけでもなく。

ちゃんとチカラを見せてもいないのに、青年がすんなりと信じて受け入れているのが文香には不思議でたまりませんでした。

「いえ、身近に実例がこれだけあれば別に突飛なわけでもありませんから…」

「……実例、ですか?」

「あー…実はですね、うちの事務所のアイドル達って、みんな妖怪なんです…」

文香にその言葉を信じてもらうのには10分ほどかかりました。

「狼女、妖狐、雪女に吸血鬼にアルラウネ……現代にもそんなに妖怪は生き残っていたのですね……」

引きこもっていてばかりいた文香には妖怪の友人なんてほとんど居ませんでした。

むかしに比べて妖怪が数を減らしているとは聞いていましたが、探せば意外といるみたいです。

「普段は人として生活していますし、アイドル活動だって妖怪だとばれないように行っています。ですが身内だけとなると気が緩むのか、最近では色々と危なっかしくてですね…」

それならば事情を知らない人間のアイドルが事務所に居ればいいのではないか。

そう考えてスカウトを行っている時に文香に出会ったとのことでした。

「何と言いますか……ご期待に沿えず、申し訳ありません……」

「いえ、こちらこそ失礼しました。では、改めて聞かせていただきますね」

咳ばらいを一つすると、青年は文香の目をまっすぐに見つめて言いました。

「アイドルに興味はありませんか?」

「……私は、妖怪です」

「ええ、分かっています。うちのアイドル達はみんなそうですよ」

「妖怪の中でも私は日陰者です……人の記憶を食べて、それを本にして読むことだけが生きがいの、埃にまみれた妖怪です」

「私は文香さんに可能性を感じました。あなたなら立派なアイドルになれると。それに考えてもみてください」

青年は文香に魔法の言葉をかけました。

「日陰者が輝くステージへの階段を駆け上がっていく。そんなシンデレラストーリーを誰よりも先に読んでみたくはありませんか?」

妖怪は長生きです。

文香も何百年間も前から同じことを繰り返すようにして生きていました。

長い人生の暇つぶしにはいいかもしれない。

自分にそんな言い訳をしながら、文香は青年、いえ、プロデューサーと握手をしました。

これから綴られていく物語に、同じくらいの不安と期待を抱きながら。

翌日、アイドル見習いとなった文香は事務所を訪れました。

約束の時間よりも少し早めについてしまいましたが、電気も付いていますし大丈夫でしょう。

ドアの前で深呼吸を一度してチャイムを押しましたが、反応がありません。

事務所の中からは何故かどたんばたんという音が聞こえてきます。

不思議に思いドアノブを捻ると、あっさりとドアは開きました。

「し、失礼します……」

文香が恐る恐る覗き込むと、中では昨日握手をしたプロデューサーが一人の少女に押し倒されているところでした。

「また悪い癖ですか、もう!あなたに最初に唾を付けたのは私なのに!」

「いやいやアイドルのスカウトはプロデューサーとして欠かせない仕事だからな?それに唾を付けたっていつの話…」

「口ばっかり上手くなって!小さい頃はあんなに可愛かったのに…お仕置きです!(ガブガブ」

「ちょ、ストップ肇!誰か来たから…って痛い痛い牙を立てるな!?」

文香が何も言えずに見守る中、ひとしきりプロデューサーに歯形を残すと少女は満足したようでした。

「まったくもう…あら?」

文香に気付くと、少女は恥ずかしそうにしながら文香に声をかけました。

「すみません、お見苦しいところを…事情はプロデューサーさんから聞きました。文香さん、ですよね?」

「は、はい、文香です。これからお世話になります、よろしくお願いします……あの、申し訳ありません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、ご挨拶が遅れました。狼女(ワーウルフ)の肇です。こちらこそよろしくお願いしますね」

穏やかに微笑む少女ですが、ちらりと見えた犬歯にはプロデューサーの血らしきものが薄っすらと付いていました。

これは早まったかもしれない。

初日から文香の心の天秤は不安側に大きく傾くのでした。

                  続く・・・かもしれない

今回は以上です。読んで頂きありがとうございました。

とある肇Pさんのイラストから妄想が膨らんでひとまずプロローグという形でSSにしてみました。

ネタが降りてきたら続きも書いていきたいと思います。

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