「先輩との日常」 (44)

だらだらやってく

期待は厳禁

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閉じた目蓋に突き刺さる赤い光で、僕は目を覚ました。

どうやら眠ってしまったらしい。

いつの間にか教室には夕日が差し込んでいて、視界を鮮やかな橙色に染めていた。

教室に掛かった時計は、午後の四時過ぎ―――放課後―――を指していた。


(……午後の授業、完全にサボった感じか)


昼食を摂り、先輩は読書に耽り、僕は睡眠をとる。

普段なら授業が始まる前に、先輩が起こしてくれるのだが。

肩にかかる、覚えのある重み。

顔をそっと横に向けると、間近に先輩の寝顔があった。

手元には栞を挟み、閉じられている文庫本。


(わざわざ僕の隣まで移動してきたのか)


栞を挟んでいるあたり、読書している間にうとうとと、と言った感じでは無さそうだ。

開け放たれていた窓から、六月の涼やかな風が吹き抜け、先輩の長い黒髪を揺らす。

ふわりとした先輩の香りが、僕の鼻腔をくすぐる。

肩に先輩が寄りかかっているので動くことも出来ず、どこかくすぐったい気持ちで僕は手持ち無沙汰に耳を澄ます。

校庭から最も離れている教室だけあって、運動部員達の声は殆ど届かない。

吹奏楽部の演奏もあまりに遠い。

寝る前に掛けていた先輩の携帯音楽プレーヤーは、さすがに四時間近い連続使用に耐えられず

電池切れによりその動作を停止していた。

そして、すぐ傍で聞こえる先輩の寝息。


(……動くことも出来ないけれど)


肩に掛かる先輩の頭に自らの頭を預け目を閉じる。


(……こういうのって、いいな……)


もう少しだけ。

もう少しだけ、二人きりの静かな時間を。

そう思いながら、僕の意識は静かに沈んでいった。

今はこれだけ

これから書き溜めを加筆修正してくる

先輩!?やめてくださいよ!

期待

期待

加筆修正完了。

見直ししながら投下していきます。

突然だが、僕の先輩は美人だ。

今となっては絶滅危惧種となった長い黒髪。

少なくとも僕の周りには、髪の長い女性自体が存在しない。

冷たい印象を持たれがちな、切れ長の鋭い目。

身長も高くスレンダーな体型。モデルなんかをやれば、きっと成功するだろう。

性格も真面目で、教師受けもよい。

生徒からの人気も高く、僕の知らないところでファンクラブが出来ているとかいないとか。

ただ、その人気に反して先輩に話しかける人は少ない。

話しかけた時にあの鋭い目で見られると、睨まれたような気がして怖いのだとか。

当然だ。慣れた筈の僕だって、蛇に睨まれた気分にさせられるのだから。


「……じっと見られていると、恥ずかしいのだけれど」


窓際で本を読んでいる先輩を見ていたら、困った表情を向けながら訴えてくる。

先輩の困った表情は貴重かもしれない。

恥ずかしがる先輩は可愛い。


「気にしないでください。至極くだらないことを真面目に考えていただけですから」

「……そ、そう」


思い切り変なものを見るような目で僕と見て、先輩は読書に戻る。

読んでいる本はカバーが掛かっていて分からないが、依然話してくれたタイトルは確か。


(どぐらなんたら、だったか……?)


結構有名な本らしいが、かなり危険な本だ、相当ヤバい本だ、ぶっちぎりでイカれた本だ、とか。

あまりいい噂も聞かない作品だったような気がする。

読まない方がいいと言うべきなのかもしれないが。

風評だけでそんな事を言おうものなら、本の好きな先輩のことだ、間違いなく機嫌を損ねるだろう。

それに先輩に限って、そんな危ない本は読んだりはしないだろうから、とりあえず先輩を信じることにした。

僕は先輩の分析を続ける。

趣味は読書。ご覧の通りだ。

僕はあまり読書をしないが、先輩はとにかく読書好きだ。

暇さえあれば、常に読書をしているような気さえする。

もっとも、僕は先輩の他の趣味自体を知らないからなんとも言えないのだが。

そして、その読書のお供に欠かさないのが、お茶だ。

先輩のティーカップを見ると、いつの間にか空になっていた。


(……うん、これはヤバい)


先輩は無類のお茶好きである。

それはもう古今東西、緑茶に紅茶にハーブティーと、色々なお茶が好きだ。

読書の際は必ずお茶をお供に据えている。

そんな先輩がカップを手に取った時、中身が空だったらどうなるか。

絶対に機嫌を悪くするに決まっている。

怒らせた先輩はとても怖い。美人が怒ると怖いの典型例だ。

その上、後に尾を引くため滅茶苦茶厄介なのである。

依然、そうとは知らずに怒らせてしまった時は、一週間以上も口を聞いてもらえなかった。

その時は喫茶店でケーキをご馳走してやっと許してもらえたが。

二人きりで、二人して無言と言うのはとにかくストレスが溜まる。

僕は静かに席を立ち、家から持ってきた水筒の中身を確認する。

空だった。


(……もうそんなに作ったっけ?)


予想外の事に、僕は途方に暮れる。

そうこうしてる間に、先輩の手がティーカップに伸びて、口元に運び、そして動きを止めた。


「―――君。紅茶が無いようだけれど」

「すみません先輩。お湯が無いです」

「…………………………そう」


心底から悲しい表情を浮かべる先輩。

ああ、やってしまった……。

さっき作ったときにお湯が無いと言っておけば、こんな表情をさせずに済んだのに。


「すみません、先輩」

「いいのよ。よく考えたら、もう帰る時間だもの。残ってなくて当然よ」


先輩は苦笑いしながら本に栞を挟む。

時計を見ると、短針は六時を目前にしていた。


「もう帰りましょう。家に帰ったら美味しい紅茶をお願いね」


本をカバンにしまい込みながら先輩は席を立つ。

僕はカップを慌てて片付けて、先輩に続いて教室を出る。

先に教室を出た先輩は、既に鍵を準備していた。


「僕を閉じ込める気ですか。紅茶が飲めなかった腹いせに!」

「そんな事するわけないじゃない。鍵、返してくるから昇降口で待ってて」

「あ、僕も行きます」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

二人で職員室に鍵を返しに行き、それから校舎を出る。

部活の終わった野球部員達が、グラウンドの整備をしている。

それ以外の生徒は、殆ど残っていない。


「今日のお夕飯は魚がいいわ」

「分かりました。和食ですね」

「別に和食じゃなくてもいいのよ。ムニエルとかね」


家まで今日の夕食のメニューを話しながら歩いていく。

距離は少し、指先が触れ合う程度に。










これが、僕と先輩の日常だ。

投下終了。同時に書き溜めも終了。

これからゆっくり書いていきますが、今日はこれまで。

いいね

見直しつつぼちぼち投下します

(午前中は晴れてたんだけどな)


授業中、僕は窓の外を眺めながら思う。

快晴の青空はお昼休みを境にどんどんと暗くなり、その一時間後には視界を灰色に染め上げ、

グラウンドを使用不能に仕立て上げていた。

休憩時間中、トイレに赴いた際に隣のクラスの生徒が、


「これじゃ雨が上がっても明日明後日辺りまで、部活は出来そうにないな」


と話していたのを思い出す。


(なるべく早く上がるといいんだけど)


天気予報では雨は降らないと言っていたが、

その言葉を鵜呑みにした僕は傘を持ってきていなかった。

先輩も出る時傘を持っていなかったが、多分先輩の事だから折り畳み傘を持っているだろう。


(ああ、それなら先輩に入れてもらえばいいか)


ファンクラブの人間から大いに嫉妬されそうな事を考えて、僕は授業に集中することにした。

「失礼します」


放課後、僕はいつもの空き教室の扉を開ける。

あれから雨は激しさを増し、全校生徒に校内一時待機の放送がなされた

あまりの雨量に道路は冠水、電車も一時ストップ。

近くの河川も増水して危険な為、その近くを通る生徒は別の道を使えとのことだ。

僕は普段河沿いを歩いて通学しているため、僕にも当てはまる。

空き教室の中では、いつも通り先輩が椅子に座って読書を―――してはおらず、

締め切った窓から数メートル先も見えない外を眺めていた。


「物凄い雨になっちゃいましたね」


先輩の背中に声を掛けると、先輩は苦りきった表情で振り返る。


「そうね。これじゃあ、傘があっても意味が無いわ」

「今日は降らないって予報だったんですけど」


僕は机の上に下ろしたカバンの中から、先輩の愛用しているティーカップと、紅茶のティーバッグを取り出す。

割と緩い校風のこの学校では、こういった物の持ち込みも許可されている。

その分成績を落とした生徒には厳しく、「入るは容易、出るには難し」とよく言われているようだ。

実力主義の高校なのだ。

椅子に座って、僕が紅茶を淹れているのを見ている先輩の前に、紅茶の入ったティーカップを差し出す。


「どうぞ、先輩」

「ありがとう。……この分だと、学園祭の準備でもないのに泊まりになるかもしれないわね」

「雨さえ止めばすぐ帰れますよ。道路の排水が悪いとかの理由で冠水しているわけでもないんですし」


僕の気休めに対して先輩は、「止めば、ね」と呟いた。

本当に止んでくれないと困るわけだが。夕食とか。

まぁ、まだ四時を過ぎたばかりだ。今から肩を落とすのも早計だろう。


「先輩は雨、嫌いですか?」

「そうでもないわ。雨音とか聞いているのは好きだし、
  こうやって帰れない状況とかも、割と楽しんでるつもりよ」

「意外ですね。先輩面倒くさがり屋で学校に来るのも嫌なんでしょうから、
  早く家に帰って読書でもしたいとか言い出すのかと」

「私をなんだと思っているの」


僕が言うと、先輩はさぞ不服そうに口を尖らせる。


「……実際その通りではあるけれど、そんな言い方されるのは癪だわ」


先輩が認める通り、先輩は家ではひどく面倒くさがり屋だ。

よっぽど喉が渇いていればまた別だが、基本手が届くところに置いてある麦茶すら、自分で注ぐということをしない。

学校での美人で真面目な先輩とは異なり、家での先輩はとにかく怠惰なのだ。

僕がこうして先輩の傍に居るのも、これが主な理由だ。

そうでもなければ、僕のような平凡な人間が先輩に近づける道理が無い。

勘違いしないでほしいのは、これは先輩に無理矢理やらされているわけではないということと、

僕がしていることは先輩の「お世話」や「介護」ではないということ。

僕は進んで先輩の小間使い紛いの事をしているし、そもそも先輩は僕よりも家事が上手い。

面倒くさがりなだけで、炊事洗濯掃除全て完璧だし、お茶も僕が淹れるより先輩が淹れたほうが全然美味しいのである。

「大丈夫です先輩。先輩はやれば出来る人です」

「それって結局何も出来ない子を育てる常套句じゃないかしら」


どうでしょう、と僕は誤魔化す。

先輩は不機嫌そうな表情を崩さないが、単にいじけるとか拗ねると言った類の物だ、

怒っているわけではないので気にする必要は無い。

これで結構可愛い人なのだ、先輩は。

勿論怒らせないギリギリのラインを見極めるのも大切だ。

先輩は一つため息を吐いてから、それからやっと不機嫌そうな表情を崩す。


「―――君は雨は、嫌い?」

「そうですね。傘差しても足元は濡れるし、濡れれば冷たいし寒いし、濡れなくても寒いし、
 どちらかと言えば嫌いです」

「酷評じゃない。それはどちらかとなんて言わないわ」

「いえ、好きな部分もありますよちゃんと」

「随分とってつけたようなセリフに聞こえるのだけれど」


先輩は呆れているが、僕が雨を嫌う理由は基本的にただ一つ。


「寒くなりさえしなければ好きですよ、雨」


これだけだ。

これさえ無ければ、きっと僕は雨を好きになれるだろう。


「……そう言えば、―――君は寒いのが苦手だったわね」

「人より少し、って程度なんですけどね」

「そう」

「寒くなったら、先輩の温もりで暖めてくれません?」

「い・や・よ」


……わざわざ区切って強調しなくても。僕はほんの少しだけ傷ついた。

おのれ雨め。ますます嫌いになれそうだ。

そんな落胆した表情を浮かべた僕とは対照的に、先輩はクスクスと笑い、僕はそこでやっとからかわれたのだと気付く。


(……まぁ、先輩の笑顔でイーブンかな)


先輩の笑顔は綺麗で可憐で、先輩の笑顔で大抵の事が許せそうな辺り、僕も単純な人間だなと思う。






「ねぇ先輩」

「なぁに?」


声を掛けると、機嫌がいい時の返事が返ってくる。


「今日は寒そうなんで、一緒に寝ませんか?」


捉え方によってはセクハラで訴えられてもおかしくない事を持ちかける。

先輩は優しい微笑みを見せて、「仕方ないわね」と少しだけ弾んだ声で了承してくれた。

少しだけ、雨が好きになれそうな気がした。

本日の投下終了。

またのんびり書いていきます。

ええなこれ

遅くなりましたが、見直ししながら投下していきます

ジリリリリリリリリリツ!!!

耳元でけたたましい騒音が鳴り響く。

少し前に目を覚まし、それからしばらく微睡んでいた僕は、一気に覚醒状態に引き上げられる。

騒音はなおも鳴り続け、僕は未だ上手く働かない目と耳で、元凶の位置を探り当て、

その頭に手刀を軽く叩き込む。

騒音の元凶こと目覚まし時計は、その攻撃により騒音をぴたりと止め、寝室には朝の静寂が戻る。


「ん……」


隣の布団で先輩の声が聞こえる。

普段鋭い目は穏かに閉じられ、小さな寝息を立てている。

あの目覚まし時計の音でも目を覚まさず、未だ深い眠りの中に居るようだ。

その様子に僕は安堵し、先輩を起こさないよう、布団から静かに起き出す。

洗面所で顔を洗い、制服に着替えながら朝食のメニューを考える。


(先輩、確か久々にパンが食べたいって言ってたな。
  ならフレンチトーストにウバのミルクティーでいいかな)


着替えを済ませて、エプロンを着けキッチンに立つ。

実家では回り番で食事を作っていたので、料理自体は慣れている。

もっとも作っていたのは和食ばかりで、洋食を作ったことは殆ど無い。

こうして洋食を作るようになったのは、先輩と暮らし始め、先輩に教えてもらってからである。


(まぁ和食でも洋食でも先輩の方が断然美味しいんだけど。また作ってくれないかな)


卵と牛乳、砂糖をボウルの中に入れて、それらを適当にかき混ぜる。

よく混ざったら、その卵液の中に四等分した食パン四枚を浸し、そこで僕は先輩を起こしに行く。

先輩の寝起きは、正直に言えばあまりよろしくない。いや、正確には悪くなったと言うべきか。

どうにも、僕と一緒に暮らし始めてから寝起きが悪くなったようなのだ。

先輩の口ぶりからするに、以前は普通に起きられていたらしいし、今でも起きようと思えば起きられるのだとか。


『以前は誰かに起こしてもらったことなんて無いから、少しだけ甘えてるのかもしれないわね』


そう笑っていたのを思い出す。

僕は甘えられている。そう考えたら、先輩を起こすのは一つの役得だ。

寝室に入りカーテンを開けると、朝日が先輩の顔に差す。

眩しそうに寝返りを打ち、朝日から逃げようとするところで、

先輩の掛け布団を上半身が見えるように剥ぎ取る。


「先輩、朝ですよ。起きてください」


先輩の肩をとんとんと優しく叩く。

開いたネグリジェの胸元からちらりと、決して大きくはないが、綺麗な膨らみが見えてどきっとする。

毎日の事だが、やはり慣れない。

一瞬不埒な妄想をしてしまったが、すぐさま振り払う。恋人同士でもないのに、そういうことはよくない。


「先輩、起きてください。学校、遅刻しますよ」

「……んん……」


もう一度肩を優しく叩くと、微かに呻いて目をゆっくり開ける。

寝起きの瞳が僕の顔を映すと、先輩はそっと微笑んだ。


「おはよう……―――君……」

「おはようございます、先輩。もうすぐ朝食が出来ますから、顔を洗って着替えてきてください」


寝起きのぽやっとした表情は可愛く、もう少しだけ見ていたいが、まだ朝食も出来ていない。

先輩が布団で身を起こすのを確認してから、僕も立ち上がりキッチンに戻る。

再びキッチンに立ち、フライパンにバターを放り込み火にかける。

バターはゆっくりと溶けていき、同時にバターの香りが部屋に広がっていく。

バターが溶けきり、いざ卵液に浸していた食パンを焼こうとしたところで、先輩がリビングに入ってくる。

口元に手を当てて小さなあくびをしながら、ふらふらと洗面所に向かっていく。


(……普段のキリッとした先輩もいいけど、やっぱり可愛い先輩もいいなぁ……)


先輩との共同生活で得したこと。

それは生活に影響するものだけでもたくさんあるけれど、その中でも一番はやはり、


(先輩の色々な面を見られること、かな)


これだ。これだけで僕は二十四時間戦える気がする。

何と戦う気なのかは自分でも分からないが。


(僕も案外ちょろいなー……)


しみじみと思う。

先輩と初めて会った時と比較すると、過去と現在で僕も先輩もあちこち変わったなと感じる。

例えば、先輩は今より全然とっつきにくかった。

僕も慣れたということもあるだろうけれど。


「手が止まってるわよ」


先輩がリビングに戻ってくる。

先程とは打って変わってシャキっとしている。

僕に声を掛けてそのまま寝室に再び戻る。着替えに行くのだ。

僕は、先輩はこうじゃなくっちゃなと思いつつ、止まっていた料理を再開する。






「それじゃ、髪梳かしちゃいますね」

「ええ、お願い」


朝食後、僕は先輩の綺麗な黒髪に櫛を入れていた。

先輩の髪は艶やかでさらさらとしていて、櫛は引っかかる事無く毛先まで降りていく。

髪を梳かれている間の先輩は、とても気持ちよさそうで、蕩けそうな表情で、

無防備で、なんとなくイタズラをしたくなるが、やめておく。

僕は自らの欲望を抑えられる人間なのだ。

目先の欲に駆られて、先輩を襲ったりなどしない。

しない。


「―――、―――――」


髪を大方梳き終わった時、先輩がごく小さな声で何かを呟く。

後ろに居る僕には微かにしか聞こえなかったが、それは感謝の言葉だったような気がする。


「先輩?」

「―――時間ね。そろそろ行きましょう?」


先輩は僕の問い掛けを無視して立ち上がり、

カバンを手に制服の腰のリボンを揺らしながら、さっさと玄関に向かってしまう。

その間、先輩は僕に顔を一切向けなかったが、僅かに見えた横顔は少しだけ赤かったような……。

「ぐずぐずしてると、置いていくわよ」


先輩の急かす声が玄関から聞こえてくる。

でも先輩が僕を置いて先に行くようなことは無くて、

慌てて玄関に向かっても、先輩は扉も開けずに僕を待っていてくれた。

思わず笑いを溢すと、先輩がじとっとした目で僕を見る。


「……何にやにやしてるの」

「いえ、なんだかんだ言って、待っててくれるんですね」

「当たり前じゃない。今日は一緒に帰れないもの」

「え、な、なんてそうなるんですか」


不満な様子を隠さずに言う先輩に焦る。

そこまで嫌だったんだろうか、と考えていると、すぐに答えを提示してくれた。


「私、今日はバイトよ。忘れたの?」


頭の中で先輩のスケジュールを確認する。

そう言えばそうだった、すっかり失念していた。

先輩は週三日でバイトをしている。

どこかの喫茶店らしいが、恥ずかしいからとの理由で、詳しい場所は教えてもらえなかった。

幸い店の名前は教えてくれたので、今度友人に調べてもらって先輩の仕事の様子を見に行くつもりだ。

そこには勿論下心しか無い。

一緒に帰れないのは非常に残念だが、その分は家で補充すればいいだけの話だ。


「分かりました。美味しい夕食を用意して待ってますね」

「楽しみにしているわ」


先輩と笑いあいながら玄関を出る。

先輩と並んで歩く通学路、先輩との距離はいつもより少しだけ近かった。

投下終了。
本文でもあるとおり、二人は付き合っていませんので、エロい事はありません。
今回だけで二箇所カットしましたが、それは多分私の気の迷いです。

また、文章が乱れているかもしれませんがご容赦ください。

やはりこういう書き方は、ここには相応しくないのか……。



投下していきます。

「そう言えば、あと一ヶ月足らずで夏休みだけど、―――君は何か予定あるの?」


読書をしていた先輩が、ふと顔を上げて聞いてくる。

夏休みの予定、予定か。


「……無いわけじゃ、ないですけれど」


実家から、妹達が寂しがっているから帰って来いと、手紙を貰っていたことを思い出す。

そう言えば、今年の四月に実家を出てから何の連絡もしていなかったな。


「実家からたまには帰って来いって、手紙が来てました。けど」

「あら、私に気を遣う事なんて無いのよ?心置きなく行ってらっしゃい」


そう言って先輩は笑うが、僕には先輩を置いて一人で出かけるなんて選択肢を選ぶ気は無い。

実家の妹達には悪いが、帰れないと連絡するほか無いだろう。

先輩に予定があるかどうかにもよるが。


「先輩こそ、何か予定は無いんですか?」

「私?そうねぇ、図書館に行くくらいかしら。多分家で過ごすと思うわ」

「……先輩は実家へは……?」

「あー……」


先輩が目を泳がせる。

今まで様々な先輩の姿を見てきたが、こんな先輩は初めて見る。

思わぬ反応に、何か実家であったのかと心配になる。

そんな内心が顔に出ていたのか、僕の顔を見るなり困った顔をする。


「……何て言ったらいいか……妹と、折り合いが悪くて、ね……」

「妹さんが居るんですか?」

「えぇ、私の二つ年下の、自慢の妹よ」


妹さんの話になると、先輩は表情を明るくする。

察するに、先輩は妹さんの事を嫌ってはいないのだろう。

折り合いが悪い、その原因などは分からないが。

しかし、先輩に妹さんが居るというのは意外だった。

さぞ先輩に似て綺麗な女性なんだろうな、と名前も知らない妹さんの姿を夢想する。


「……別に人の妹の事を夢想するのは構わないけれど、
  ―――君の前には、もっと大切にしなきゃいけない人がいるのではなくて?」


先輩が僕をじとっとした目で見ていた。

僕の前、ってことはひょっとしなくても先輩の事だろう。

別に先輩の事をないがしろにした訳ではないのだが。


「大丈夫です先輩。僕が先輩を見捨てるわけないじゃないですか」

「…………その言い方には、何か引っかかるものを感じるのだけれど。まぁいいわ」


先輩はとりあえずそれだけで、引き下がってくれる。

少し沈んだ顔で、手元の閉じられた本に視線を落とす。


「……多分、私が悪いのでしょうね」


それは先輩らしくもない、自分の非を認める発言だった。

それだけ、妹さんに嫌われているという事実がショックなのだろう。

だが着目すべきはそこではない。


「多分……?」

「ええ。私、妹がどうして私を嫌うのか、知らないの」


先輩は自嘲気味に笑うが……。

理由を知らない。

いや、そんな筈は無い。

嫌われるなら、相応の理由があって然るべきではないか?

大喧嘩したとか、何かやらかしたとか。

先輩は首を横に振る。


「……ある日突然だったから……。理由が分かれば、謝る事も出来るのだけど、それも出来ない」

「……先輩……」

「……もうやめましょう。不毛だわ、こんな話」


そう吐き捨てる。

もう随分長いこと悩んだのだろう。先輩の表情には、半分諦めの色が見えていた。

先輩の為にも何とかしたいが、そもそも妹さんと面識の無い僕には、到底無理な話だ。

歯がゆいが、今は様子見するしかないだろう。


「……ところで、―――君は実家には帰るのかしら?」

「え?いえ……」


完全に気持ちを切り替えたのか、そんな話を振ってくる。

先輩が家に居るなら行かない、なんて言うには些か照れくさい。

だが先輩は、そんな僕の内心を察したのか、「そう。そうなの」とやけに嬉しそうに笑う。


「じゃあ、私が一緒に行けば、行くのね?」

「……まぁ、そうですね」


いや、それは嬉しくはあるが、家族に紹介するのは恥ずかしい。

第一なんて紹介すればいいのか。

まさか同じ部屋で一緒に暮らしているなどと言うわけにもいかない。

先輩の事だ。来ると言ったら絶対に来るだろう。

現に、既に頭の中で滞在日程などを考えているみたいだし。

もはや止めることは出来まい。


「……ちなみに、先輩は僕の両親に何て言うつもりですか?」

「え?」

「僕たちは高校生です。一つ屋根の下で共同生活してるなんて、本来好ましくありませんから」

「あぁ……」


何だそんなことかと言う風に、先輩は声を漏らす。

何か考えがあるのだろうか。


「大丈夫よ。先輩に任せておきなさい」


さらに不安になったような気がする。

僕はそれ以上聞くことが出来ず、帰宅時間になった。

先輩と肩を並べて歩く通学路。

通学路沿いの河は、夕日で赤くきらきらと輝いている。


「―――君は、実家には何日ぐらい滞在するつもり?」

「五日ぐらい、でしょうか」

「五日ね」


先輩は相当楽しみにしているらしかった。

僕の実家は超が付くほどの田舎なので、先輩の期待に沿う程の場所ではないと思うが。

そう言ったら、「田舎?結構じゃない。私は都会よりも田舎の方が好きよ」との事だった。案外物好きな人だ。

その後も僕は、先輩に色々な事を聞かれた。

実家の場所や家族構成、実家の近くには何があるのかとか。


「今から楽しみだわ」


心からの笑顔でそう言う先輩は、いつも以上に素敵だった。

本日の投下終了。


話はまだまだ続きます。

おつおつ
先輩かわいいな

随分と遅くなりまして、申し訳ないです。



投下していきます。

夏休みを目前に控えた日曜日。

朝から気温は三十度を超え、僕たちの住んでいる部屋も、ひどい熱気に包まれている。

生活費を圧迫しかねないため、クーラーもつけられない。

そんな中でも先輩は、汗一つかかずにすまし顔で読書に勤しんでいて、僕はリビングに大の字になって半ば溶けていた。


「あっづ……」


口を開けばついその一言。

他の言葉を知らないのかと言うぐらい、口をついて出てくる。

雨でも降れば、いくらかは涼しくなるか。いや、逆に蒸して余計暑くなるか。


「首に保冷剤でも当てたらどうかしら」


暑さに溶けていく僕を見かねたのか、先輩がそんな助言をしてくる。

その手があったか。どうやら僕の頭は完全に茹っているらしい。

早速立ち上がり、冷凍庫から保冷剤を一個取り出す。

首に当てた瞬間、火照った身体が一気に冷えていくような感覚に陥る。


「さすがです先輩。これでまたしばらく戦えます」

「何と戦うつもりよ。それに誰でも思いつく事じゃない。大げさね、もう」


先輩はそう笑うが悪い気はしないみたいで、さっきよりも幾分機嫌が良くなったような気がする。

平然としてはいるが、やはりこの暑さには参っているのだろう。

保冷剤を首に当てながら、テーブルに置かれたグラスの麦茶を呷る。

氷の入った麦茶はよく冷えていて、乾いた僕の喉を潤す。


「それにしても、今年は本当に暑いわね」


本を置き、僕の隣に来た先輩が、僕の首の保冷剤を優しく奪い取りながら言う。

独占する理由も無い為、明け渡された保冷剤は先輩の細い首筋に当てられる。


「そうですね。せめて長袖を脱いでから言ってください、先輩」


僕の指摘の通り、先輩は長袖だ。

外出した時は、紫外線を避けるために長袖と言うこともあるだろうが、家の中でまで何故長袖なのか。

先輩に熱中症で倒れられるのは避けたいので、もう少し自分の名前通りの涼しい格好をしてほしい。

こう言ったのも、もう一回や二回ではない。


「嫌よ」

「何がそんなに嫌なんですか?先輩に倒れられるのは、僕としては非常に困るので聞きたいです」

「……女の子に脱げなんて……―――君は、本当に困った子ね……もう」

「その言い方は僕が痴漢みたいで、実に心外なのですが」


言葉とは裏腹に、先輩は少し嬉しそうに呟く。

僕は本当に先輩の事を心配しているのだが。


「しょうがないわね、分かったわ」


その言葉を聴いて、僕は少しホッとし先輩の言葉に耳を傾ける体勢になる。

先輩は、そんな僕の手に保冷剤を返すと、いきなり上着を脱ぎだす。


「え、せ、先輩何を……!?」


てっきり半袖にならない理由を答えてくれるとばかり思っていた僕には、あまりにも予想外が過ぎる!

そうして、上着を脱いで薄着になった先輩に対し、僕は目のやり場に困っていた。

どうにもキャミソールの胸元に目が行っていけない。と言うか、ガン見していた。


「……あまり見ないで」


頬を少し赤く染め、胸元を顕になった細腕で隠す。

つい目が行く胸元が隠されたことで、僕はとりあえず安堵する。


「……私、人に素肌を見られるのってあまり好きじゃないの」

「それはまた何でですか?」

「だって……恥ずかしいじゃない……」


消え入るようなか細い声で呟く先輩。

何だこの可愛い人は。

先輩は僕が思うよりも、ずっとずっと乙女だった。


(うーん……どう対応したものか……)


しばし思案する。

何とか穏便に済ませたいところだが、下手なことを言えば間違いなく不興を買う。

不興を買うだけで済めばいいほうか。

最悪、先輩の事を傷つけることになりかねない。

それだけは絶対に避けたい。

考えがまとまっているわけではないが、こうしていつまでも悩んでいても仕方がない。

行き当たりばったり、なるようになれ。

僕は意を決して口を開く。

「……とりあえず、服、着ませんか?」

「………………涼しいから別にいいわ、大丈夫」

「でも恥ずかしいから嫌なんじゃ……」

「……―――君なら……」

「え?」

「―――君なら、大丈夫だから」


少しくらりときた。

何て可愛いことを言うのだろうか、この先輩は。

僕以外の男なら、多分襲い掛かってるかもしれない。

正直僕も押し倒したい衝動に駆られた。


「……先輩可愛いです」

「ばか」


そうやって薄着のまま身を寄せ、僕の腕を抱きしめてくる先輩。

抱きしめられた腕に柔らかい感触と、僕よりも若干高い先輩の体温が伝わって、結構暑い。

見下ろすと、キャミソールの胸元からちらちらと、下着が見え隠れして精神衛生によくない。

かと言って振りほどくことも出来ず、結局僕はその日一日、暑さに浮かされながら悶々として過ごした。


(……今日の夕飯はどうしようかな……)


現実逃避気味に、そんなことを考えながら。

本日の投下終了。
本来の予定に無かった話なので、少し難産でした。

次の予定は、実家に帰省する話です。




その他、何か要望などがあれば、出来る範囲で応えていきたいと思います。

それでは。

重大なミスを発見した為、ここで打ち切りとさせていただきます。

申し訳ありません。

続きを書く気は無いわけではないので、渋の方に移動して続けたいと思っております。
よろしくお願いします。

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