「先輩との日常」 (44)

だらだらやってく

期待は厳禁

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閉じた目蓋に突き刺さる赤い光で、僕は目を覚ました。

どうやら眠ってしまったらしい。

いつの間にか教室には夕日が差し込んでいて、視界を鮮やかな橙色に染めていた。

教室に掛かった時計は、午後の四時過ぎ―――放課後―――を指していた。


(……午後の授業、完全にサボった感じか)


昼食を摂り、先輩は読書に耽り、僕は睡眠をとる。

普段なら授業が始まる前に、先輩が起こしてくれるのだが。

肩にかかる、覚えのある重み。

顔をそっと横に向けると、間近に先輩の寝顔があった。

手元には栞を挟み、閉じられている文庫本。


(わざわざ僕の隣まで移動してきたのか)


栞を挟んでいるあたり、読書している間にうとうとと、と言った感じでは無さそうだ。

開け放たれていた窓から、六月の涼やかな風が吹き抜け、先輩の長い黒髪を揺らす。

ふわりとした先輩の香りが、僕の鼻腔をくすぐる。

肩に先輩が寄りかかっているので動くことも出来ず、どこかくすぐったい気持ちで僕は手持ち無沙汰に耳を澄ます。

校庭から最も離れている教室だけあって、運動部員達の声は殆ど届かない。

吹奏楽部の演奏もあまりに遠い。

寝る前に掛けていた先輩の携帯音楽プレーヤーは、さすがに四時間近い連続使用に耐えられず

電池切れによりその動作を停止していた。

そして、すぐ傍で聞こえる先輩の寝息。


(……動くことも出来ないけれど)


肩に掛かる先輩の頭に自らの頭を預け目を閉じる。


(……こういうのって、いいな……)


もう少しだけ。

もう少しだけ、二人きりの静かな時間を。

そう思いながら、僕の意識は静かに沈んでいった。

今はこれだけ

これから書き溜めを加筆修正してくる

加筆修正完了。

見直ししながら投下していきます。

突然だが、僕の先輩は美人だ。

今となっては絶滅危惧種となった長い黒髪。

少なくとも僕の周りには、髪の長い女性自体が存在しない。

冷たい印象を持たれがちな、切れ長の鋭い目。

身長も高くスレンダーな体型。モデルなんかをやれば、きっと成功するだろう。

性格も真面目で、教師受けもよい。

生徒からの人気も高く、僕の知らないところでファンクラブが出来ているとかいないとか。

ただ、その人気に反して先輩に話しかける人は少ない。

話しかけた時にあの鋭い目で見られると、睨まれたような気がして怖いのだとか。

当然だ。慣れた筈の僕だって、蛇に睨まれた気分にさせられるのだから。


「……じっと見られていると、恥ずかしいのだけれど」


窓際で本を読んでいる先輩を見ていたら、困った表情を向けながら訴えてくる。

先輩の困った表情は貴重かもしれない。

恥ずかしがる先輩は可愛い。


「気にしないでください。至極くだらないことを真面目に考えていただけですから」

「……そ、そう」


思い切り変なものを見るような目で僕と見て、先輩は読書に戻る。

読んでいる本はカバーが掛かっていて分からないが、依然話してくれたタイトルは確か。


(どぐらなんたら、だったか……?)


結構有名な本らしいが、かなり危険な本だ、相当ヤバい本だ、ぶっちぎりでイカれた本だ、とか。

あまりいい噂も聞かない作品だったような気がする。

読まない方がいいと言うべきなのかもしれないが。

風評だけでそんな事を言おうものなら、本の好きな先輩のことだ、間違いなく機嫌を損ねるだろう。

それに先輩に限って、そんな危ない本は読んだりはしないだろうから、とりあえず先輩を信じることにした。

僕は先輩の分析を続ける。

趣味は読書。ご覧の通りだ。

僕はあまり読書をしないが、先輩はとにかく読書好きだ。

暇さえあれば、常に読書をしているような気さえする。

もっとも、僕は先輩の他の趣味自体を知らないからなんとも言えないのだが。

そして、その読書のお供に欠かさないのが、お茶だ。

先輩のティーカップを見ると、いつの間にか空になっていた。


(……うん、これはヤバい)


先輩は無類のお茶好きである。

それはもう古今東西、緑茶に紅茶にハーブティーと、色々なお茶が好きだ。

読書の際は必ずお茶をお供に据えている。

そんな先輩がカップを手に取った時、中身が空だったらどうなるか。

絶対に機嫌を悪くするに決まっている。

怒らせた先輩はとても怖い。美人が怒ると怖いの典型例だ。

その上、後に尾を引くため滅茶苦茶厄介なのである。

依然、そうとは知らずに怒らせてしまった時は、一週間以上も口を聞いてもらえなかった。

その時は喫茶店でケーキをご馳走してやっと許してもらえたが。

二人きりで、二人して無言と言うのはとにかくストレスが溜まる。

僕は静かに席を立ち、家から持ってきた水筒の中身を確認する。

空だった。


(……もうそんなに作ったっけ?)


予想外の事に、僕は途方に暮れる。

そうこうしてる間に、先輩の手がティーカップに伸びて、口元に運び、そして動きを止めた。


「―――君。紅茶が無いようだけれど」

「すみません先輩。お湯が無いです」

「…………………………そう」


心底から悲しい表情を浮かべる先輩。

ああ、やってしまった……。

さっき作ったときにお湯が無いと言っておけば、こんな表情をさせずに済んだのに。


「すみません、先輩」

「いいのよ。よく考えたら、もう帰る時間だもの。残ってなくて当然よ」


先輩は苦笑いしながら本に栞を挟む。

時計を見ると、短針は六時を目前にしていた。


「もう帰りましょう。家に帰ったら美味しい紅茶をお願いね」


本をカバンにしまい込みながら先輩は席を立つ。

僕はカップを慌てて片付けて、先輩に続いて教室を出る。

先に教室を出た先輩は、既に鍵を準備していた。


「僕を閉じ込める気ですか。紅茶が飲めなかった腹いせに!」

「そんな事するわけないじゃない。鍵、返してくるから昇降口で待ってて」

「あ、僕も行きます」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

二人で職員室に鍵を返しに行き、それから校舎を出る。

部活の終わった野球部員達が、グラウンドの整備をしている。

それ以外の生徒は、殆ど残っていない。


「今日のお夕飯は魚がいいわ」

「分かりました。和食ですね」

「別に和食じゃなくてもいいのよ。ムニエルとかね」


家まで今日の夕食のメニューを話しながら歩いていく。

距離は少し、指先が触れ合う程度に。










これが、僕と先輩の日常だ。

投下終了。同時に書き溜めも終了。

これからゆっくり書いていきますが、今日はこれまで。

見直しつつぼちぼち投下します

(午前中は晴れてたんだけどな)


授業中、僕は窓の外を眺めながら思う。

快晴の青空はお昼休みを境にどんどんと暗くなり、その一時間後には視界を灰色に染め上げ、

グラウンドを使用不能に仕立て上げていた。

休憩時間中、トイレに赴いた際に隣のクラスの生徒が、


「これじゃ雨が上がっても明日明後日辺りまで、部活は出来そうにないな」


と話していたのを思い出す。


(なるべく早く上がるといいんだけど)


天気予報では雨は降らないと言っていたが、

その言葉を鵜呑みにした僕は傘を持ってきていなかった。

先輩も出る時傘を持っていなかったが、多分先輩の事だから折り畳み傘を持っているだろう。


(ああ、それなら先輩に入れてもらえばいいか)


ファンクラブの人間から大いに嫉妬されそうな事を考えて、僕は授業に集中することにした。

「失礼します」


放課後、僕はいつもの空き教室の扉を開ける。

あれから雨は激しさを増し、全校生徒に校内一時待機の放送がなされた

あまりの雨量に道路は冠水、電車も一時ストップ。

近くの河川も増水して危険な為、その近くを通る生徒は別の道を使えとのことだ。

僕は普段河沿いを歩いて通学しているため、僕にも当てはまる。

空き教室の中では、いつも通り先輩が椅子に座って読書を―――してはおらず、

締め切った窓から数メートル先も見えない外を眺めていた。


「物凄い雨になっちゃいましたね」


先輩の背中に声を掛けると、先輩は苦りきった表情で振り返る。


「そうね。これじゃあ、傘があっても意味が無いわ」

「今日は降らないって予報だったんですけど」


僕は机の上に下ろしたカバンの中から、先輩の愛用しているティーカップと、紅茶のティーバッグを取り出す。

割と緩い校風のこの学校では、こういった物の持ち込みも許可されている。

その分成績を落とした生徒には厳しく、「入るは容易、出るには難し」とよく言われているようだ。

実力主義の高校なのだ。

椅子に座って、僕が紅茶を淹れているのを見ている先輩の前に、紅茶の入ったティーカップを差し出す。


「どうぞ、先輩」

「ありがとう。……この分だと、学園祭の準備でもないのに泊まりになるかもしれないわね」

「雨さえ止めばすぐ帰れますよ。道路の排水が悪いとかの理由で冠水しているわけでもないんですし」


僕の気休めに対して先輩は、「止めば、ね」と呟いた。

本当に止んでくれないと困るわけだが。夕食とか。

まぁ、まだ四時を過ぎたばかりだ。今から肩を落とすのも早計だろう。


「先輩は雨、嫌いですか?」

「そうでもないわ。雨音とか聞いているのは好きだし、
  こうやって帰れない状況とかも、割と楽しんでるつもりよ」

「意外ですね。先輩面倒くさがり屋で学校に来るのも嫌なんでしょうから、
  早く家に帰って読書でもしたいとか言い出すのかと」

「私をなんだと思っているの」


僕が言うと、先輩はさぞ不服そうに口を尖らせる。


「……実際その通りではあるけれど、そんな言い方されるのは癪だわ」


先輩が認める通り、先輩は家ではひどく面倒くさがり屋だ。

よっぽど喉が渇いていればまた別だが、基本手が届くところに置いてある麦茶すら、自分で注ぐということをしない。

学校での美人で真面目な先輩とは異なり、家での先輩はとにかく怠惰なのだ。

僕がこうして先輩の傍に居るのも、これが主な理由だ。

そうでもなければ、僕のような平凡な人間が先輩に近づける道理が無い。

勘違いしないでほしいのは、これは先輩に無理矢理やらされているわけではないということと、

僕がしていることは先輩の「お世話」や「介護」ではないということ。

僕は進んで先輩の小間使い紛いの事をしているし、そもそも先輩は僕よりも家事が上手い。

面倒くさがりなだけで、炊事洗濯掃除全て完璧だし、お茶も僕が淹れるより先輩が淹れたほうが全然美味しいのである。

「大丈夫です先輩。先輩はやれば出来る人です」

「それって結局何も出来ない子を育てる常套句じゃないかしら」


どうでしょう、と僕は誤魔化す。

先輩は不機嫌そうな表情を崩さないが、単にいじけるとか拗ねると言った類の物だ、

怒っているわけではないので気にする必要は無い。

これで結構可愛い人なのだ、先輩は。

勿論怒らせないギリギリのラインを見極めるのも大切だ。

先輩は一つため息を吐いてから、それからやっと不機嫌そうな表情を崩す。


「―――君は雨は、嫌い?」

「そうですね。傘差しても足元は濡れるし、濡れれば冷たいし寒いし、濡れなくても寒いし、
 どちらかと言えば嫌いです」

「酷評じゃない。それはどちらかとなんて言わないわ」

「いえ、好きな部分もありますよちゃんと」

「随分とってつけたようなセリフに聞こえるのだけれど」


先輩は呆れているが、僕が雨を嫌う理由は基本的にただ一つ。


「寒くなりさえしなければ好きですよ、雨」


これだけだ。

これさえ無ければ、きっと僕は雨を好きになれるだろう。


「……そう言えば、―――君は寒いのが苦手だったわね」

「人より少し、って程度なんですけどね」

「そう」

「寒くなったら、先輩の温もりで暖めてくれません?」

「い・や・よ」


……わざわざ区切って強調しなくても。僕はほんの少しだけ傷ついた。

おのれ雨め。ますます嫌いになれそうだ。

そんな落胆した表情を浮かべた僕とは対照的に、先輩はクスクスと笑い、僕はそこでやっとからかわれたのだと気付く。


(……まぁ、先輩の笑顔でイーブンかな)


先輩の笑顔は綺麗で可憐で、先輩の笑顔で大抵の事が許せそうな辺り、僕も単純な人間だなと思う。






「ねぇ先輩」

「なぁに?」


声を掛けると、機嫌がいい時の返事が返ってくる。


「今日は寒そうなんで、一緒に寝ませんか?」


捉え方によってはセクハラで訴えられてもおかしくない事を持ちかける。

先輩は優しい微笑みを見せて、「仕方ないわね」と少しだけ弾んだ声で了承してくれた。

少しだけ、雨が好きになれそうな気がした。

本日の投下終了。

またのんびり書いていきます。

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