剣士「由緒ある正しい家の御令嬢」(154)



誰かがどこかで呟いた

いつかまた、マイフェアレディ


剣士「…………」ソー

剣士「…………」スッ

剣士「…………」ニコヤカ

商家娘「…………」

商家娘「ふっ」

剣士「はっ! 俺のトランプタワーが!」

商家娘「仕事しろ」


商家娘「王都から帰って来たと思ったら……」

商家娘「毎晩毎晩、酒場に出かけて朝帰りして……」

商家娘「かと思えば日がな一日ぼけーっとして」

商家娘「この穀潰し!」

剣士「ひでえ」


剣士「護衛の必要なんかない」

剣士「仮にも、そりゃあ由緒ある正しい家のお嬢様だ」

剣士「その辺のごろつき程度じゃ相手にならないだろ」

剣士「血筋ってのは怖いねえ」

剣士「頑張れ頑張れ、俺は暇を愛でるのに忙しいの」


ある酒場

「くそっ、東ギルドのやつら、偉そうにしやがって」

「それはほら、あのことが本当だからじゃないか?」

「ああ、王家の直系だっていう……」

剣士(おーおー)


また別の酒場

「西の奴らの要求はなんだってんだ」

「まったく、こっちの気も知らねえで」

「なんでも西の勇者の血筋って言うからな、英雄様のご威光なんだろ」

「いま中央で仕切ってるのは会長の娘だって話じゃないか」

「ただの小娘に何が出来るってんだ……」

剣士(盛り上がってる、盛り上がってる)


またまた別の酒場

剣士「東と西、2つの国の間に位置する巨大商業都市、谷の町」

剣士「町を仕切る商工会の、ご令嬢……ねえ」


「なんでもよ! 百年前にいたっていう勇者! その血筋なんだと!」

「そうなのか? 俺は東国の王家の血筋だって聞いたぞ」

「だったらよ……平たく言っちまえば」

「そのお嬢は、勇者と魔王の子孫ってことじゃねえか」

「なんだそりゃ! はは、出来すぎてんだろ!」


剣士「百年前の勇者と魔王……」

剣士「……の、息子の娘の娘の息子のそのまた、娘……」

剣士「おい、こら」

剣士「帰るぞ、何でこんなに噂になってんだ」

剣士「起きろ、そこの酔っぱらい」

商家娘「……ふえ?


剣士「言っとくが後付けて来てるのバレバレだったからな」

剣士「目え離した隙に、こんなに飲みやがって……」

商家娘「……なによう、あんたこそ飲んだくれのくせに……」

商家娘「……こんどはいつ帰って来るの」

剣士「……今度は西の王都だし、すぐだ、そしたらまたお前のとこに厄介になるよ」

剣士「寝たか、……重いなこいつ」

商家娘「……」スヤスヤ


商家娘「頭痛い……」

剣士「当たり前だ、飲み慣れてないだろお前」

剣士「仮にもいいとこのお嬢さんが、大衆酒場で酔いつぶれやがって」

剣士「で? なんでこんなに広まってるんだ?」

商家娘「知らないわ」フイ

剣士「ほほー」


剣士「あんまり危ないことするなよ」

剣士「親父さんの具合、よくないんだろ」

剣士「心配かけてやるな」

商家娘「だからこそよ」

商家娘「舐められちゃ、困るじゃない」

商家娘「商会を継ぐのは私よ、誰にも邪魔させないわ」


剣士(商家娘の噂は西の王都にまで広まっていた)

剣士(西の英雄である、古い言い方であれば……勇者)

剣士(東の王家の世継ぎだった……魔王)

剣士(……その両者の子孫であるところの、中央商会長の娘)

剣士「由緒ある正しい血統ねえ」

剣士「争点が完全に商家娘に移ってるな」

剣士「東と西ギルドのいざこざを、小娘一人に押し付けんなよ……」

剣士「なに考えてんだ、あのご令嬢は」


ふたたび東国と西国の狭間、谷の町

「いやー、凄かった!」

「あの嬢ちゃん、なんつータンカの切り方だってんだな!」

「中央商会は嬢ちゃんに任せようや!」」

「俺たちゃ東でも西でもねえ!自由な商人だー!」ワイワイ


剣士(あれえ?)

剣士(なんか勝手に解決しちゃってて、置いてきぼりにされた気分)

剣士(なにがあった?)


商家娘「………」スピョー

商家娘「……グゥ」

剣士「……起こしていいだろうか?」

「ひと騒動ありましてお疲れなんです、出来ればそっとしてあげてください」

剣士「俺もそう思うよ……、待つか」


商家娘「……グゥ」

商家娘「……いや、そぇは、そんな、お待ちになって……」

商家娘「はっ」

剣士「……」スヤスヤ

商家娘「……とう!」

剣士「のわ! な、なんだ!」

商家娘「おはよう、おかえり」

剣士「おう、おはよう、…ただいま」


剣士「なんか解決したみたいだな」

商家娘「うん、なんか町中の商人が屋敷に集まって来てね」

商家娘「色々言うから」

商家娘「わたしは勇者と魔王の子孫だ、それが文句あるかー」

商家娘「東だ西だと、お前らそれでも谷の町の商人かー」

商家娘「ここは自由な商人の町じゃあなかったのかー…って」


商家娘「まあ、ちょっと叫んじゃったらね、声援があがって、
    みんなやんややんや帰っていったわ」

剣士「すまなかったな、大変な時にいなくて」

商家娘「いいわよ、そんな」

商家娘「それに噂を流したのは私なんだし、自業自得?」

剣士「……ほほー」


剣士「火に油を注ぐ様なことをしやがって」

商家娘「だからこそよ、噂はこんな時こそ広まるの」

商家娘「やー、いざこざも解決したし、名実共に商会を手に入れたし、一挙両得!」

剣士「逞しいなお前は」

商家娘「そうよ、それにじっとしてなんていられないんだから」

商家娘「仕事よ、風の町へ行くわ」


山道

商家娘「あと半日くらいねー」

剣士「まさか即日、連行されるとは……」

剣士「今日は、今日は愛しのあの子がお店にいたのに……」シクシク

商家娘「あら、そんなこともしていたの?」

商家娘「残念だったわね、まあこれが終わったら好きなだけ行きなさい」


剣士「まあいいさ」

剣士「風の町にも可愛い子ちゃんはいるだろ」

剣士「都会とはまた違うスレていない一輪の花……」

商家娘「馬鹿ね、何を妄想してるの」

剣士「楽しみ!」


風の町

「えー、お兄さん谷の町から来たのー?」

「谷の町ってどんなとこー?」

「なんじゃ、こんな婆が珍しいのかい?」

「兄ちゃん、なかなかええ男じゃのう」

「ひぇっひぇっ」

剣士「ちみっ子と婆さんしかいない」

商家娘「馬鹿」

商家娘「この町の女は立派な働き手!こんな昼間っから油売ってないわ」

商家娘「そんなに年頃の娘に会いたいならあっちよ」

剣士「?」


織物工場

剣士「うおお、なんだこれ」

商家娘「手工芸の工場よ」

商家娘「女性はみんなこういった工場で商品をつくって売るのよ」

商家娘「だからあんたの相手をする暇人はなし!」

商家娘「さー、本題に行くわよ」

剣士「つまんない……」


風の商工会長「よくぞいらした、谷の商工会長」

商家娘「ご無沙汰しております、まだ代理の身ですが」

風の商工会長「ははあ、美しく成長なされた」

風の商工会長「息子と一緒に野原で遊んでいらっしゃたのが懐かしく思えます」

風の商工会長「ここは昔、王族の避暑地とも言われましたから、夏には子どもが多かった」

商家娘「ふふ、そうでしたね」

風の商工会長「お父上にも久々に是非お会いしたかった、や、失礼」

風の商工会長「今の代表はあなたでしたな、歓迎します」


風の商工会長「そちらの方は……」

剣士「護衛を努めております、剣士と申します」

風の商工会長「そうですか、そうですか」

風の商工会長「宿を取ってあります、今夜はそちらで休まれるといい」

風の商工会長「明日は息子に迎えに行かせます」


青年「おはようございます!」

青年「やあやあ商家娘様!お美しくなられた!」

商家娘「あー、そうだったそうだった、こういう奴だった」

青年「何か?」

商家娘「いえ、お変わりないなあと、ほほほ」

青年「はは、5年程前でしょうか、最後にお会いしたのは」

剣士「はよう……」ボサボサ

青年「あ、おはようございます」

青年「あなたが剣士さんですね! お会いできて光栄です」


商家娘「ふむ」

商家娘「金髪碧眼のろくでなしが二人……絵面はいいんだけど」


風の商工会長「それでは特に西国からは正式な返答はないと」

商家娘「そうですね、まあ、大変なんでしょう」

風の商工会長「次代を嘱望されていた王子の不慮の死ですか」

風の商工会長「分家の青年に白羽の矢が立ったようですな」

商家娘「聡明で知られた王子に比べ、その方はほとんど公の場に出ていないですし」

風の商工会長「どこも世継ぎは大変ですな」

商家娘「まったく、おっしゃる通りです」


剣士「うーむ、しばらく見ないうちに変わるもんだな」

剣士「よきかなよきかな」

商家娘「用事が終わったわ」

剣士「お、……後ろの彼は」

青年「まだお帰りになるには早いでしょう?」

青年「ご案内しますよ! どうぞ風の町を見て行ってください!」


商家娘「はあ、さすがね、小さな産業育成が上手くいってる」

剣士「小さな産業?」

商家娘「趣味的な集まりを地場産業化するのよ、手編みとか」

青年「風の町が好きで移住されてきた方も多いですし、町の郷土は誇りです」

青年「ああ、であればこちらも見て行かれては、と思いますが」

剣士「ここは……」


青年「かつての西の英雄、勇者の生家ですよ、今は保存館ですけどね」


勇者の生家跡


「ほっほ、勇者…とは随分昔の言葉です」

「100年ほど前になりますか、数世紀にわたる東国と西国が争いが終わったのは」

「勇者が旅立ったのは終盤、実質彼女が旅したのは2年間ほどですね」

「魔王城に仲間と乗り込み、魔王と相見えた」


「結果ははっきりとわかっていませんが、ほどなくして休戦協定が結ばれたそうです」

「その後、なんと魔王と結婚するに至った」

「これには両国民がまあ驚いたようです」

「しかしまあ、休戦の喜びが大きかったんでしょうな、すぐに受け入れられた」

「二人の結婚は新たな平和の象徴となった」


剣士「しかし小さな家だな」

青年「まあ昔の家ですし」

商家娘「勇者はここで育ったのね」

「まあ、見ておわかりでしょうが、貧しい家の娘だったようですな」

「それが神託を受け、救国の英雄として祭り上げられた」

商家娘「そして東の王家に迎え入れられた」

商家娘「経緯はどうあれ、出来すぎた話しね」

「はは、全くその通りですな」

「興味があれば東国の王都にある博物館に行ってみるといい」

「そこには魔王の記録が多く残っています」


青年「なにやら難しい顔をしてますね」

剣士「今のあいつには話しかけるな、できるだけ無視しろ」

剣士「あの顔をしている時はたいてい面倒なことを考えている時だ」


商家娘「うん、うん、決めたわ、剣士!」クル

青年「……」ポツン

商家娘「どっち行った?」


剣士「……んん」

剣士「…お嬢さん、君の瞳は美しい…!」

剣士「なんか違うな、髪を褒めるべきか?」

商家娘「馬鹿ね、女はそんな上辺の台詞じゃなびかないわ」

剣士「はっ」

商家娘「剣士、仕事よ」ニッコリ

青年「ははあ、東国の王都ですか」

商家娘「そう、まあ挨拶しておく必要もあるし」

剣士「なんだよ、魔王が気になるのか」

商家娘「……そうよ、いや、違うな」

商家娘「知っておく必要があると思うの、仮にも子孫なんだから」

剣士「お前は東の王家にも話を通せるのか?」

商家娘「少しはね、ほんの小さな頃に東王にお会いしたきりだけど」


東国の王都

剣士「なあんでお前もついて来るんだよ」

青年「いえね、父から見識を深めて来いと言われまして、これはよい機会だと」

商家娘「謁見までまだ時間があるから、まずは博物館に行くわ」




剣士「ほー、これ博物館だったのか」

剣士「ほとんど城だな、でけえ」

商家娘「まあ国立図書館であり、博物館でもあり、ってとこらしいわ」


博物館

「当時の王、まあ勇者と対比して言うなれば魔王、でしょうか」

「彼はまだ即位してまもない、若い王でした」

「といっても、当時の東国と西国では寿命も大きく違いましたので」

「東国としては若年にあたる、と言うのが正確ですね」

「彼は賢王として知られていますが」

「決して穏健な人物だったかと言うとそうではなく」

「戦時にはむしろ好戦的な政策を行っていました」


「そして両国は次第に疲弊していきました」

「休戦が喜んで受け入れられたのも、そうした背景があってでしょう」


剣士「お姉さん、美しいですね」

商家娘「あんたちょっと黙ってなさい」


「ごほん、そういえば魔王には姉がいたようです」

「元々はその姉が王位を継ぐ予定だったとか」

「まあ正確な記録もなく、本当かどうかわからない小話です」


商家娘「この人が、魔王」

青年「ほー、肖像画ですか」

商家娘「髪の色が、少し似ているかしら」

剣士「金髪碧眼の方がいいと思う」オレミタイナ

商家娘「なに言ってるの?」

剣士「こっちの話」


剣士「武器展示室」

剣士「う、うつくしい……」

商家娘「あんたそういえば剣士だったわね、興味あるの?」

剣士「ある、あるある」

剣士「東国の武器は少し華奢なんだよなー」

剣士「でもしなやかで、またそれがいい」

商家娘「置いてくわよ」


青年「建国の歴史」

商家娘「昔の人は寿命が長かったのね」

青年「まあ今は平準化されたってところでしょうか」

青年「西の国は逆に短かったようですから」

剣士「食べ物とか、衛生環境とかが標準化されたんだよ」

剣士「まあ種族的な違いも昔は強かったろうけど」

商家娘「詳しいのね」

剣士「ふふん」ホメテモイイノヨ

商家娘「また今度ね」


青年「ははあ、現地に来てみるとまた違いますね」

青年「ああまた難しい顔をしている……」

青年「ああそして剣士さんは既にいずこへ……」

商家娘「ねえ」

青年「なんでしょう?」


商家娘「これって……要は政略結婚だったってことじゃない?」

商家娘「長い長い戦火で疲弊した両国」

商家娘「突然現れて、結婚した魔王と勇者」

商家娘「平和の象徴となった二人……」


商家娘「二人は幸せだったのかしら」

青年「さあ? わかりかねます、いえまったく」

商家娘「そうね、今となっては」

商家娘「ただ私はそういうの、好きじゃないわ、ご先祖様」

青年「それにはまったく同意です」




王の間

東王「はっは、そなたが次代の会長であれば、中央商会の未来も明るいな」

商家娘「いえ、これからもよろしくお願い致します」

東王「そなたの家は、言うなればわが王家の分家でもある」

東王「ところで、先ほど申していた記録だが、それに関して面白い資料がある」

東王「話は通しておくのでな、行ってみるとよい」


城内研究室

「はあ、あなた方ですか」

「うーん、物としては面白いかもしれませんが、内容は特にそうでもないかも」

「まあ見てみますか」

「これが、魔王の手記です」


商家娘「凄い量ね」

「一番古い記録は、休戦の10年ほど前のものですね」

剣士「しかし、軍事に関する記録ばかりだな」

「ちょうどこの辺り……ああ、あったあった」

「休戦の5年前、彼が即位した頃です」

「唯一といっていい、軍事以外の部分ですね」

「彼の姉について、存在を匂わせる記述があります」


彼女はとうとう王家からいなくなった

これで私は王にならざるを得ない

いつか、また……


「諸説分かれる所ですが、彼女、とは彼の姉であるという見方が強いです」

「正式に家系図にあるのは彼の名前しかありませんが……」


「勇者側についての記録もあります」

「勇者パーティーは、勇者とその従者、戦士、魔法使いの4名だったようです」

「勇者、従者、戦士は平民の出でしたが、魔法使いは王宮にいたようです」

「王宮魔法使いだったんでしょうね、剣技にも長けていたとのことです」


「手記は勇者と相見える前日で終わっています」

「それから半年後、休戦条約が結ばれました」

「その後のことは、ご存知でしょう」


剣士「ご存知も何も余計謎が増えた気がするなあ」

商家娘「勇者と魔王の決戦から、休戦、そして結婚までの半年間」

商家娘「なにがあったのかしら」

商家娘「それにその間、西の王家、勇者パーティーも何をしていたのやら」

青年「当時の西王も若い王だったようです」

商家娘「あっちもこっちもお世継ぎ問題ね、揉めてたのかしら」

青年「はあ、揉める様なことはなかったと思いますが……」

剣士「……?」


剣士「……まあ、ともかく」

剣士「行くんだろ? 西の王都」

商家娘「そうね、手がかりはあまりなさそうだけど」

青年「勇者パーティーも、平民出の戦士と従者の出自はわからないでしょうね」

青年「あるとすれば、魔法使いの記録ですか」

商家娘「そうね、休戦後に王宮に戻ってるかもしれないし、あたる価値はあるかも」


野営

パチパチ

商家娘「……」グゥ

剣士「なんちゅう朗らかな顔で寝てるんだ……」

青年「はは、お疲れのようですね」

剣士「……西の王家って、いま荒れてるんだってな」

青年「そのようですね、やはり王子が亡くなりお世継ぎ問題ができたことが原因でしょうか」

青年「まあ噂では、分家の青年を迎えるようですが」

青年「西の王家は基本的に世襲ですからね」

青年「名目上は養子にして、王とするのでしょう」

剣士「……面倒くさい話だな」


剣士「……」シャー チン

青年「おお」

商家娘「あんたがまともに剣士してるところ、はじめて見た」

剣士「おかしいな、今まで相当無理難題ふっかけられた気がするんだが」

剣士「あの迷子の子猫事件……あれは本当につらかった……」

商家娘「剣士じゃなくて、ほぼ何でも屋だからなんじゃない?」


西国の城

商家娘「ったく、あの馬鹿はどこ行ったのかしら」

青年「王都に残した可わい子ちゃんが俺を呼んでいる、とか呟いてましたよ」

商家娘「あいつ……」

商家娘「しかし、やっぱり王には会えなかったわね」

青年「まあこんな時期が時期ですし」

また明日に続けます、よろしくお願いします

面白い

続きです、一応最後まで書きためてあるので、今晩中に終わるかと思います。
読んでくださる方がいれば、最後までお付き合い頂けると幸いです。


町中

商家娘「なんか、騒がしいわね」

青年「怒鳴り声……」

バタム

剣士「はっ、もう頼まねえよ!」

「おーおー、もう来んな!」

剣士「けっ、なーにが忙しいだ、暇人め」

商家娘「あんた、何やってんの」

剣士「おう、まあ、色々と」


剣士「王様は、どうだった?」

商家娘「駄目ね、やっぱり会わせてもらえそうにないわ」

剣士「だろうな、これで手詰まりか」

商家娘「他に……、そうね、個人の研究者とか、そういう人はいないのかしら」

剣士「いるよ、そんで今断られてきた」

剣士「忙しいんだと、くそ、年中暇そうな面してるくせに」

商家娘「あんたが言うと説得力のかけらもないわね」


小さめの酒場

商家娘「……」スピョピョー

剣士「相変わらず弱いくせに飲むんだな、こいつは」

青年「はっはー、いやー、実に色っぽいですね!」

青年「うーん、西の王都も活気があって、じつによろしい!」

剣士「こいつら二人連れて帰るのか……」


イラッシャーイ

「お」

剣士「ん? ああ、博士か」

博士「一日に二回も馬鹿面を見る事になるとは」

剣士「随分だなおい」

剣士「まあ、座れよ」

剣士「そんで飲め」


博士「だーいたいな、今は忙しい、言ったろ?」

剣士「わかる、わかるけどさ、お願い!」

剣士「なに、なんで忙しいの?」

博士「……まあちょっとばかし嫌な仕事だよ」

博士「……お前も知ってると思うんだけどな」


博士「とどのつまり遺産整理さ」


剣士「……まだ死んじゃいないだろ」


博士「気の早い連中はいるさ」


博士「量が膨大だってんで、町場の人間にもお鉢が回って来たのさ」


博士「けど中でも特に面倒な仕事だよ」


博士「……まあ、お前には教えておいてもいいかな」

剣士「そうそう、かるーく言っちゃいな」


博士「目録は、……魔法使いの遺産だ」

剣士「へえ……それはそれは」

剣士「……お前、乗る?」ゴニョゴニョ

博士「は? なにが? え? ほう……」ヒソヒソ


商家娘「あ、あたまが痛い……」

商家娘「み、みず……」


剣士「さあーさあ、お嬢さん!朝ですよー!」

剣士「ほらほら二日酔いなんて甘ったれたこと言ってないで行くよー」

商家娘「あ、あんた……ちょっと、黙って…」

商家娘「……行くって、どこへ?」

剣士「あー、風の町の近くかな」

剣士「魔法使いの手がかりさ」


博士「おはよう諸君!」

青年「おはよう、ございます……」ゲッソリ

商家娘「どなたかしら……はじめまして」ゲッソリ

博士「私は博士、剣士の古い友人だよ」

剣士「そうそう、まー昔はふたりで色々冒険したよねー」

剣士・博士 「「ねー」」


剣士「こいつに地下鉱脈に連行された時は生きた心地がしなかったなー」

博士「そうそう、お前が岩盤ぶち抜いて水が噴き出して来た時は焦ったなー」

剣士・博士 「「はっはっは」」

商家娘「なんなの、このテンションは……」

剣士「つきましては! 今回も一緒に調査をしようと思いまして!」


商家娘「あなたが……、剣士が言っていた研究者ね」

剣士「そうそう」

商家娘「忙しいから断られたって言ってたじゃない、それが急に、何故?」

博士「うん、お嬢さん、そこなんだよ」

博士「まあ君がいるからってのが、大きな理由かな」

博士「魔法使いの遺産ってのは、随分しちめんどくさい代物なんだよ」


博士「彼女の遺産は、名目上は西国の所有物さ」

博士「王宮魔法使いだったからね、王族に所有権がある」

剣士「そこからが問題なんだよねえ」

博士「西国は所有しか認められていない」

博士「使用したり、開示したりする権利は」

博士「なんと東国の王族にあるんだ、これがまったく不思議な話さ」


博士「なんでそんなことになってるのか、今はわからない」

博士「「私の仕事はその権利関係を整理して、目録として挙げることだったんだけど」

博士「それだけさ、実につまらなく、面倒な仕事だ」

博士「東国にも確認する必要があるし、故に研究者なら誰もやりたがらない」

博士「だけど、君がいれば」

商家娘「超法規的に、遺産を閲覧することができる……」

博士「察しがいいね、その通りさ」

博士「これは君たちにも旨味があるし、私の研究欲も満たされる」

博士「どうだい、いい提案だろう?」
商家娘「乗った」

博士「はは、そうこなくちゃ」


道中

博士「もう半里といったところだな、今日はここで野営か」

剣士「ちょっとその辺で何か狩ってくる」ウキウキ

剣士「青年、お前も行くか」

青年「狩りなんて初めてですね、行きましょう」ワクワク


商家娘「男共はああいうのが好きなのかしら」

博士「はっは、あいつは昔から変わらないなあ」

商家娘「随分、親しそうね、あいつと」

博士「親しい? うーん、なんかそういう言い方はぞっとしないけど」

博士「まあ昔、こどもの頃からの知り合いかな」

博士「ちょくちょくお互いの都合に引きずり込み合ってた」

博士「まあ最近はあんまり構ってくれないけどね」

博士「君だろ? ここんとこあいつが一緒にいるのは」


商家娘「3年くらい前かしら」

商家娘「ふらーっと、谷の町に来たの」

商家娘「はじめは商工会長、私のお父様の仕事を手伝ってたんだけど」

商家娘「段々、私の仕事を手伝う様になっていった」

商家娘「でも最近はあんまり谷の町にもいないわ」

商家娘「少し暇があるとふらっとどっかに行って、しばらくして帰ってくる」

商家娘「何してるのかしらね」


博士「……探し物があるって言ってたな」

商家娘「魔法使いの手がかりでしょ、それは私の我がままに付き合ってるだけよ」

博士「うーん、いや、それとは別にあるようだったけど」

商家娘「ふうん?」

ガサガサ

剣士「大体な、お前あのタイミングで動いちゃ駄目だって」

青年「いやはや、すみません」


商家娘「帰って来たみたいね」


パチパチ

剣士「なあ」

青年「なんでしょう、まだ見張りの交代の時間ではないですよ」

剣士「お前は……風の商工会長を継ぐつもりなのか?」

青年「はは、なんとまあ気の早い事を」

青年「まだ父が就任したばかりです、私なんかはどうなることやら」

青年「私は置かれた状況に感謝して、それを全うしたいと思います」


青年「ただ、父から継いだ約束はあるので、それだけは最優先ですが」

剣士「約束?」

青年「一族に伝わる古い約束です、私の代になるのか、はたまたいつになるのか」

剣士「そっか」

剣士「寝るわ、またあとで来る」

青年「ええ、おやすみなさい」


魔法使いの丘

博士「さあここが魔女の遺産の眠る土地、魔女の丘だ」

博士「管理小屋がある、まずはそこに行こう」


「ほお、その娘さんがねえ」

博士「そう、そうなんだよ爺さん、ね、だからさ」

「まあ、よかろう、身分証も本物みたいじゃし」


博士「やった! これはすばらしい発見になるよ」

博士「行こう、少し行った先に魔法使いの庵がある」

博士「資料の大半はそこにある」

「ああ、そうだ、これを持って行け」

「庵の鍵じゃ、それがないと話にならん」

博士「じゃあ行ってくるよ!」


「魔法使いか……、今頃どこにおるんじゃろうな」


商家娘「うわあ」

剣士「おお、凄いな」

青年「一面の花畑ですか」

博士「魔法の力だね、今もまだ残っている」

博士「この丘全体に魔法がかかっているんだ」

博士「個人的には他にも調査してみたいけど、とりあえずは庵の資料だね」


博士「ここが魔法使いの庵さ」

博士「魔法使いは晩年をここで過ごした」

博士「君たちの望むものがあるかは保証しないけど、ここはきっと彼女の大切な場所だったんだろう」

商家娘「そうね、こんなに素敵な丘なんだもの」

博士「うん、私もそう思うよ」


剣士「随分、綺麗だな」

博士「この庵の中は時間がゆっくりと流れている」

博士「ああ、あんまり散らかさないでおくれよ、さすがに怒られる」

商家娘「端から見て行きましょう」


博士「うーむ、この辺は魔法理論の本か……」


青年「おお、怪しげな道具入れが……」


商家娘「わ、可愛い、香り瓶ね」


剣士「ガサ入れ……」


博士「うーん」

剣士「なんだ、またおかしな顔になってるぞ」

剣士「お前がそういう顔した時は、大抵やっかいなことが起こるんだ」

博士「どうも腑に落ちない」

剣士「何が?」

博士「一通り見て回ったんだけど、ほとんどが基礎的な内容ばかりだった」

博士「これが彼女の研究成果の全てとは思えない」


剣士「単にそういうものを残すとかいう発想がなかったんだろ」

博士「ばっ、お前、魔法使いのことあんまり知らないだろ」

剣士「うん、教えて」


博士「魔法使いは、戦時から休戦直後にかけて、少なくても30年は王宮にいたんだ」

博士「魔法に長けているのはもちろんだけど、剣の腕前も一流だったって話だ」


博士「王宮にいる間、彼女は後進を育てることに力を注いでいる」

博士「今もある、騎士団・魔法兵団だって彼女が基礎をつくったんだ」

博士「それで東国とも漸く対等に戦える様になったってことだ」

博士「だからさ、何も残してないって方が考えにくいんだよ」

剣士「お前みたいなやつに研究されたくなかったのかもしれない」

剣士「俺は嫌だよ、死んだ後もあれこれ研究されるのは」

剣士「ただの剣士として死にたいね」


商家娘「今日のご飯はなんだろなー」

剣士「猪の丸焼きでございます」

博士「わあ野性的ですてき」

青年「調理器具とか何もないんですね、ここ」


剣士「ほっはっ」

剣士「せやっ!」ブオン

博士「なんだ、もう飽きたのか?」

剣士「ちょっとした運動だよ」

博士「商家娘たちもかい? 何しに来たんだ君ら」

剣士「あいつらは散歩だと」


商家娘「うっわあ、ほんとどこまで行っても綺麗な丘ね」

青年「うーん、気持ちいい、剣士さんも来ればよかったのに」

青年「風の町の近くにこんな丘があるなんて知りませんでした」

青年「この丘で風が凪いで、町にいい風が来るのですね」

商家娘「この辺りは気候も穏やかだし、だから避暑地になるのね」

青年「そうですね、おや……?」

青年「商家娘さん、あそこ、木陰に建物のようなものが……」

商家娘「え? あら、ほんとだ」

商家娘「博士はあの庵以外ないって言ってたけど……」


青年「空き家?」

青年「なんにもありませんねえ、机と、椅子だけ」

商家娘「……何もないときこそ、何かある!」ドカ

商家娘「あいたた、……な訳ないわよね……」ヨリカカリ

商家娘「!?おお!?」バタンッ

青年「え?隠し扉? 商家娘さん!?ちょっと! 大丈夫ですか?」

「……せいねーん」

「こっち、来て見なさいよー……」


剣士「あいつら、帰ってこねえ」

博士「まいったなあ、迷子かよ?」

剣士「ちょっと見てくるわ」

博士「早く帰れよ」


剣士「あいつら……どこ行った」

剣士「なんだ?」

剣士「建物?」


剣士「空き家か……」

剣士「すっごいな、ごちゃごちゃと物がある」

剣士「なんかこれこそ魔法使いの部屋って感じだな」

剣士「階段があるな……地下があるのか」

剣士「なっ、これは……」


博士「帰って来ないなー……」

博士「まあここで待つしかないか」

博士「しかし丘全体に魔法をかけるとかとんでもないね」

博士「そんなにこの丘を残したかったのかなあ」

博士「……何の為に? 花の為? いや……」

博士「何か……まだ別の理由があるんじゃないか……?」


剣士「こ、これは……」ゴクリ

剣士「まさしく、お、おんなのこの部屋……!」

剣士「……この状況だと逆に不気味だね!」

剣士「廊下の突き当たりに扉があるな」

剣士「なんだ、開かない」

剣士「開かないというか、重い……?」

剣士「ぐぬっぬぬぬ……はっ」ズズズ


………

「はじめまして」

「私は商家娘っていうの」

「あなたはだあれ?」

………


ズズン…

剣士「……」

商家娘「……」スピョー

青年「……」スカー

剣士「……こら」ビシ

青年「あだっ」

青年「なんですかなんですか、ああ、剣士さん」

青年「いえ、あまりに量がありすぎて眠くなってしまって……」

剣士「なんだここ、図書室?」

青年「空き家がありましてね、隠し扉から落ちた先にこの部屋が……」

剣士「奇遇だな、俺も空き家の地下を抜けたらここに出た」


剣士「しかし凄い量の本だな」

青年「博士さんが見たら驚きますかねー」

剣士「中身は読んだのか?」

青年「はは、まあ端から見て行ったら寝てしまいまして……お恥ずかしい」

剣士「魔法とかはよくわからないが、何冊か持って行ってやるか」


青年「剣士さんは、西の王都出身なんでしょうか」

剣士「なんだ、唐突に……まあ、そうだよ」

青年「剣はどなたかに?」

剣士「ああ、まあ教養みたいなもんで子どもの頃から習っていた」

剣士「たまたま向いていたからな、まあ今もやれている」

剣士「博士の奴も同門だよ、……お」


剣士「なんだこれ、箱か?」

剣士「中にあるのは、手紙の束……?」

青年「褪せているのか、読めませんね」

剣士「ちゃんとした所で調べればわかるかな……」

剣士「まあこれも持って行くか」


青年「時に……西王の容態はどうなんでしょうか」

青年「分家の青年が継ぐ事になるのでしょうか」

剣士「なんだよ…、また唐突に話題を変えて」

青年「いえ……、ただ、思い出してしまったんです」

剣士「……ふーん、何をだ?」


青年「そしてわかったことがあります」

剣士「……だから、何だって」

青年「それは、わたしと、あなたが……」ガッ


商家娘「むにゃ……、待って、おいていかないで…」

パサッ

商家娘「はっ」

商家娘「懐かしい……夢を見た」

商家娘「なに? なにか顔に乗って……」


商家娘「なに……これ」


剣士「おう、おはよう、どうした」

商家娘「これ」

剣士「さっきの紙の束……? いや文字が……浮かび上がっている?」


商家娘「魔法使い宛ての手紙よ、……魔王からの」



◆魔王の手紙


『ご無沙汰しております。

随分、ご心配をおかけしたのだろうと、痛み入る次第です。

この半年間、なんとか彼と、両国の混乱を治めて来たつもりです。

彼にも、思えば随分長いあいだ、協力をしてもらいました。

漸くその結果が実った事に、少々安堵感を覚えています。


彼女にも、随分悪いことをしてしまいました。

彼女が旅立つ前に、戦いは終わっていたのですから。

貴方にも最後で色々と尽力して頂いて、言葉もありません。

式はひと月後に行います。

姉上にも、出席して頂ければ幸いです。


彼女はどうも料理が苦手らしく、日々あれこれ苦心してくれるのですが…』



手紙はその後、勇者と思しき女性との日常を綴っている




商家娘「後半はほぼ惚気ね」

剣士「前半で十分だな」ヤレヤレ


商家娘「これでひとつはっきりしたわね」

商家娘「魔王の姉が……魔法使い」

商家娘「魔法使いは勇者パーティーの一員として、魔王と戦った」

商家娘「そして休戦となり、魔王は勇者と結婚した」

剣士「何があったんだろうな」


商家娘「……でも、そう、そっか」

商家娘「少なくとも二人は、勇者と魔王は、幸せだったのね」

商家娘「実のところ結婚の理由はわからないけど、二人にとっては幸せな結婚だった」

剣士「……そうだな」

商家娘「はあ、もういいわ」

商家娘「なんか、疲れちゃった」

剣士「?」

商家娘「私はこれで十分よ、知りたい事はそれだけ」

商家娘「わたしは、幸せな二人の、誇らしい子孫だった」

商家娘「子孫である私は……」

商家娘「ふ、なんでもない」

商家娘「剣士、仕事はこれで終わり、私は谷の町に帰るわ」

商家娘「また機会があったら、よろしくね」

商家娘「先に庵に戻ってるわ、あなた達はゆっくり戻ってくればいい」

商家娘「それじゃね」

剣士「おい、どうした」

商家娘「……っ」ポロポロ

剣士「おい」


剣士「行っちまった……」

剣士「……青年」

青年「はっは、どうしました、私は何も見てませんよ」

青年「後でなにをするなり慰めてあげたらいい」

青年「ただ、私たちにはやらなければならないことがある」

青年「……わかりましたよ」


青年「さっきの話の続きといきましょうか」


青年「休戦当時の西王、彼には弟がいたそうですね」


青年「そして、弟が、その後国王を継いだ」

剣士「ああ、その通りだ」

剣士「そして今の西の王家、先の亡くなった王子は」

剣士「その弟の子孫だ」


剣士「後釜になる、分家の青年もな……」

剣士「そうか、やっぱりお前だったんだな……」

青年「行きましょうか、彼女の所に」


商家娘「……」ソー

商家娘「……」バシ バラバラ

商家娘「あいつ、これの何が面白いのかしら」

剣士「お前にはわからないだろうよ」

商家娘「なんだ、もう帰って来たの?」

商家娘「博士なら今いないわよ、管理小屋に行ってる」

商家娘「明日は早いわ、もう寝ましょ」


剣士「そうか」

剣士「だけどな、その前にひとつだけいいだろうか」

商家娘「あら、何かしら、青年も改まっちゃって」

剣士「ここからは、ただの茶番だ」

剣士「だけど、よく聞いていて欲しい」


剣士「……さて」


青年「お久しぶりです、……王子」

剣士「……しばらくぶりだ、青年」

剣士「しかし、すまない、これからは……」

青年「ええ、すべて承知しております」

剣士「そうか、ならば……」


剣士「……これからはあなたの剣となりましょう」

剣士「新たな、我が王よ」

青年「ああ……、これからもよろしく、頼む」


商家娘「ど、どういうこと……?」

剣士「まだ、思い出さないのか?」

剣士「いかんな、そんなに印象が薄かったか?」

剣士『いつか、また、マイフェアレディ……』

商家娘「……!?」


すこし昔


商家娘「えーとね、そう、私は谷の町から来たのよ」

商家娘「お父様は、それはもうえらい商人様なの」

少年「そうなんだ、僕の父と一緒ですね!」

貴族の少年「ほー、お父様は随分立派な方なのですね」

商家娘「だあれ? あなた?」

貴族の少年「西の王都から来ました、夏のあいだだけ…」

商家娘「へえ、いいわ、一緒に遊ぼう」


………

貴族の少年「随分、機嫌が悪そうですね」

商家娘「むう」

商家娘「だって、明日には帰らなきゃいけない」

商家娘「そうしたら、貴方とも会えなくなるわ」

貴族の少年「会えますよ、また」

商家娘「そんなの! わからないわ、忘れてしまうかもしれない」

貴族の少年「じゃあ、約束しましょう、再会を」

商家娘「うん……」


少年「あれー!? 二人でなにやってるの? 僕も混ぜて混ぜて!?」

商家娘「……」


………


「そろそろ行くぞ」

商家娘「待って、もう少し、まだ来てない……」

商家娘「さよなら、またねって言えてない」

「すまんが、予定があるのでな」

商家娘「……待って、あの子をおいていかないで……」


貴族の少年「商家娘!」

商家娘「あ……」

貴族の少年「約束です、必ず、いつか」

商家娘「うん、うん」グス

商家娘「そのときは、お嫁さんにしてくれる?」

貴族の少年「ええ、必ず」

貴族の少年「いつか、また、」


商家娘「マイフェア、レディ……」

剣士「わたしの、大切な貴婦人へ」


商家娘「そんな、そんな」

商家娘「わたし、顔も思い出せなくて、情けなくて」

商家娘「それでも、いつかあなたが思い出してくれるんじゃないかって」

商家娘「だから名前を広めるために色々して……」


剣士「だから、見つけた、お前のおかげだ」

商家娘「もう、どうしても会えないんじゃないかって……」ポロ

商家娘「それが、たまらなく悲しく、なって」ポロポロ

剣士「見つけたけど、すぐには名乗り出られなかった」

剣士「王子が、亡くなったからだ」

剣士「彼が亡くなったことはしばらく秘匿にされていた」

剣士「俺は、……西の王家の分家で、その嫡男だ」

剣士「誰かが跡を継がなければならない」

剣士「一旦は諦めた、けど、ひとつだけ術があることがわかった」


青年「それが私です」

青年「私は、休戦のあと、弟に王位を譲っていなくなった、西王の子孫です」



剣士「俺が探していたのは、その子孫だった」

剣士「そして、この道中で、それが青年だと気づいた」

剣士「少しずつ、探りを入れながらだったけどな」


~~

青年「当時の西王も若い王だったようです」

商家娘「あっちもこっちもお世継ぎ問題ね、揉めてたのかしら」

青年「はあ、揉める様なことはなかったと思いますが……」



青年「まあ噂では、分家の青年を迎えるようですが」

青年「西の王家は基本的に世襲ですからね」


~~


青年「そして私も、剣士が次代の西王とされる分家の青年と気づいた」


剣士「建国以来、西国は知る限り世襲だ、例外はひとつだけ」

剣士「西王が兄から弟に変わっていたことは、ほとんど知られていない」

剣士「休戦直後で混乱していたからな」

剣士「知っているのは、王家の人間か」

剣士「それに関わる人間だけだ」


青年「兄王はどこかで罪悪感を感じていたのかもしれませんね」

青年「弟にその全ての責務を負わせてしまったことに」

青年「だから、その子孫に逃げ道を残した」

青年「自分の子孫を見つければ、その王位を譲る事が出来る」

青年「よく見つけ出しました、正解です、剣士」

青年「名乗り出ようか、少し迷ってしまいましたが」

青年「でも、これもまた、私の道なのでしょう」


青年「古い約束です、私が王位を継ぎましょう」


剣士「……」スヨスヨ

商家娘「……せいっ!」

剣士「うお!」

商家娘「この穀潰し! 子どもが産まれたってのにこの体たらく」

剣士「すまん、商人の仕事ってのはなかなか難しいな」イヤハヤ

剣士「しかし娘か……」

商家娘「このペンダントももうこの子のものね」

剣士「勇者のペンダントだっけ?」

商家娘「そう、これがたったひとつの証」


商家娘「ねえ、思ったんだけど」

剣士「ん?」

商家娘「わたしは、勇者と魔王の子孫で」

商家娘「あなたは、西の王族……」

商家娘「……この子ってちょっとすごーくない?」

剣士「そういえば、そうだな」

剣士「お前を超えて、この上なく、由緒ある正しい家の、ご令嬢?」

商家娘「まあ強く育てるわ」

剣士「わあおっかない」


博士「魔法使いの丘は立ち入り禁止にする提案をしたよ」

博士「あの丘は残さなきゃならない」

博士「丘で風が凪いで、風の町にいい風が流れるんだ」

博士「魔法使いが残したかったのは、あの町なのかもしれない」


博士「それと……あの2軒の空き家」

博士「どうも彼女のペンダントが鍵だったみたいだね」

博士「勇者のペンダントで姿を現す、魔法の家」

博士「誰が住んでいたのかは、わからないけど」


剣士「王の日記……ですか?」

西王「ああ、代々私の一族に受け継がれて来たものだ」

西王「まあ、それが約束の証のようなもの、だな」

西王「中身は読まないことになっている、君が読んでくれ」

剣士「ありがとうございます」

西王「ふー、なかなかこういう口調もなれないな」

剣士「すみません」

西王「なに、のんべんだらりと過ごしていた頃より充実しているよ」


剣士「日記……か」

パラパラパラ……
………


少女「お兄さん、王都から来たの?」

「そう」

少女「外は危ないんでしょう? こわーい魔王がいるんだって」

「うん、でもいずれ終わらせてみせるよ」

「僕が王様を継いだら、必ず……」

少女「お兄さんは、おーじさまなんだ!」

「ははは、ふたりだけの秘密だよ……」


少女「おーじさま! お花を編んだの、あげるね」

「ありがとう、じゃあ僕からも」

少女「うわー綺麗な石! だいじにする!」

「うん」

少女「わー、お姫様みたい!」

「うん、似合ってる」


少女「わたしね、いつかお姫様みたいになりたいの!」

「お姫様に?」

少女「うん」

少女「綺麗だし、いつもみんなに囲まれていて、とっても幸せだと思うの」

少女「わたしには、誰もいないから……」

「そっか、叶うといいね」

少女「うん!」


少女「おーじさま!おーじさま!」

少女「もう、帰っちゃうの?」

「うん、夏のあいだだけなんだ」

少女「さびしいな…」

「また来年、きっと来るよ」

少女「やくそくだよ!」

「うん」



「約束するよ、マイフェアレディ」

(小さな小さなお嬢さん……)





王「父上は亡くなられた、これからは私が王だ」

王「魔王め」


勇者「神託を受けしこの身に代えて、必ずや魔王を討ち果たしましょう」

王「ああ、そうだ、仲間を連れて行くといい」

王「彼女は魔法使いだ、とても強く、信頼できる」

勇者「はっ、ありがとうございます」

王「……頼んだよ、魔法使い」

魔法使い「ええ」


「休戦だ!」

「しかもなんだ、びっくりするな!」

「勇者様と魔王が結婚するって!?」

「いやめでてえこった! 平和な時代が来たんだ!」


勇者「王様は、来ないのかな」

魔王「あいつめ、こんな手紙だけ寄越して来た」

魔王「お前宛だ」

魔王「言伝で、あとはよろしくー、ばいばーい、だそうだ」

勇者「わたしの威厳ある王様象が塵と消えたよ」

魔王「奇遇だな、わたしもだ」


◆王の手紙

勇者へ(ついでに魔王)


いやー、ついにおめでたい日が来たね

君たちを見守って来た僕も感極まって、つい涙が……

おめでとう、お幸せに

それはそうと、一言君に謝っておかなきゃいけないね


君を戦わせてしまったことについてだ


知っての通り、魔王と僕は、君が旅立つずっと前に出会っていた

それから、表面では戦いをしながら、裏では休戦のために機会を伺っていたわけだ

どっちの国にも好戦的な人たちはいたからね

少しずつ国力を削り合い、休戦に持ち込んだ


それでも結局、君を旅立たせて、苦しい戦いに放り込んだ

英雄信仰というのかな? 休戦に向けて、どうしても偶像が必要だった

白羽の矢が立ったのが、王族避暑地、風の村にいた身寄りのないこども


それが君だ

風の村は昔から魔法の素養が高くて、強い戦士を多く輩出していたからね

でも、どの家も我が子をそんな旅に出したくはなかった


僕が、君を、選んだ


でもね、驚いたのはその後だよ

本当に信じられないことをするやつがいたんだ

君のことだよ、魔王(きっと横で見ているね)


そいつはある月の綺麗な夜に、僕の部屋にやってきた(窓から来た)

自分は、お前達のいう所の魔王だと宣言した

そして言うんだ、もう争いはやめにしたいと


彼はね、恋していたんだ

ちっぽけな、大人のいざこざに巻き込まれた、ただの少女に


先手を打って、自ら年端もいかない少女を始末しにいった

けど、できなかった


涙を流して彼は語った

それから、僕たちはともに、戦いを終わらせる道を探し始めた

僕はもう彼が気に入っちゃったんだ


そして君は、王都で修行をして、旅をして、魔王と戦って

けちょんけちょんにされて、捕まって

わけのわからないまま、半年間、花嫁修業をさせられて

気づいたら休戦とか、結婚だとか言われて

まあ、彼と、結婚するんだね


けっこう本気で戦ったみたいだよ、魔王は

君が強くて加減できなかったって言ってた(その時も泣いてたっけ)


一度、戦わせる事しかできなかったのは僕の責任だ

本当にすまない

だからと言ってはなんだけど、せめてもの祝福をここに


◆君たちの友人 西の元王様


追伸:魔王へ、彼女のことは任されたし


………


剣士「これは手紙の下書きだろうか」

剣士「……まあ、そういうことだったんだな」

剣士「しかしなんだ、花嫁修業とか、勇者はなにやらされてたんだ」

剣士「それに弟に王位を譲ってまで、どこで何してたんだ、この王様は」

剣士「まあ、おかげで、いまここにいられるんだが」

剣士「ん、続きがある……」ペラ


『いつか、また』

『マイフェアレディ』

剣士(王様から、勇者へ)

剣士(わたしの小さなお嬢さん……てとこかな)


剣士「昔の言い回しなんで、意味は色々あるだろうけどな」


剣士「……うわ、今になって恥ずかしくなってきた」

剣士「ひええ、昔の俺は随分キザったらしい言葉を使ったんだな」

剣士「忘れよう、うん」

商家娘「あら、ここいたの?」

商家娘「さー、次は南の国の商圏を開拓しに行くわ!」

剣士「即日連行?」

商家娘「むろん」

剣士「うわーい」

………

いつかどこか


「ねー、そんなこと言ってないでさ、一緒になろうよ」

魔法使い「しつこいやつ」

「君のこと一番よく知ってるのは僕ぐらいだって!」

「だいじょうぶ! 多少年が離れていたって愛せるさね!」

「それにさ、こうして魔法で家を繋いでくれるなんて、これは愛だね」

「風の町も、君のことも、両方見ていることができる、ありがとう!」

魔法使い「あなた、……冗談が過ぎるわ


魔法使い「もうよしなさいよ、無理するのは」

魔法使い「……私と一緒にいるのは、あなたの為じゃないんでしょう」


魔法使い「あなたはいつもそればっかり、ぜんぶ他人の為」

魔法使い「気に入った人の為なら、何だってする」

魔法使い「私の為、私を心配する弟の為、そして、あの子の為……」


魔法使い「あなたが、こどもの頃から、ずっと見てたわ」

魔法使い「好きなんでしょう、あの子が」

青年「……」

青年「はは、敵わないなあ」

魔法使い「でもね、嫌いじゃないのよ、そういうの……」

魔法使い「まあ、気の済むまで、いれば……」


青年「うん、ありがとう」

………

「いつか、お姫様みたいになりたいの!」

「叶うといいね」

………


いつか、また

マイフェアレディ

(わたしの愛するひとへ)


日記はここで終わっている


剣士「由緒ある正しい家の御令嬢」 おしまい

以上になります、閲覧ありがとうございました。

剣士と博士の子ども時代とか、勇者と魔王の時代、魔法使いが西国にいた理由等、
つらつら考えていましたが、とりあえずやめときました。
機会があればまた書きたいと思います。

おつん



面白かったよ!!
乙乙!

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