速水奏「ピローキス」 (13)
(美味しくはない。……やっぱり、何度味わったって)
キスの味は甘い。檸檬のように酸っぱい痺れる刺激があって、そして蕩けるように甘いもの。やめられない。恋しくて愛おしくて……たまらなく、どうしようもなく心の底から望んでしまって、手放すことの叶わないもの。お話の中ではよくそんなふうに言われているけれど、でも、違うと思う。
甘くもない。酸っぱくもない。ましてやそんな、美味しくも感じない。お話と現実は違うんだな、と思う。
何度も何度も。もう数えきれないほど何度も思ってきたそれを、今もまた、改めて心に思う。
美味しくなんてない。全然。これっぽっちも。
(でも)
でも、と同時に思う。
美味しくはない。それは確か。何度も何度も思ってきた通り。
でも、美味しくはないけれど……それでも、お話の中のそれにも真実はあるんだな、と。甘く酸っぱくて美味しい、というそれは間違いだったけれど……少なくとも、私にはそう感じることができなかったけれど。でも……もう一つは、真実だった。
やめられない。たまらなく、どうしようもなく……このキスという行為が、このキスを交わす相手が恋しくて愛おしくて。だからやめられない。手放せない。何度繰り返しても次のそれを求めてしまう。
大好き。他のどんな何よりも、これは。この、キスという行為は。
好きになってしまう。良く思えて、心の底から望んでしまう。それは、私にとっても嘘偽りのない真実だった。
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「…………もう……ちょっと……」
「ん……?」
「夢中になりすぎよ。……ほら、私の唇、すっかり貴方にふやけちゃったじゃない……」
唇を離す。それまで重なっていたそこ、プロデューサーさんの唇からそっとゆっくり。
絡んでいた舌がほどけて、触れ合っていた唇が別れて。部屋の灯りを受けてぬらぬらと光る粘ついた液の糸、間に架かったそれがぷつんと切れて垂れて落ちて。そうして離れていく度、だんだんと名残惜しそうな色へ変わっていく……もっと、ずっと、まだまだ……そう私とのキスを惜しんで望む、そんなプロデューサーさんの瞳を見つめながら離してしまう。
「……もう、こんなにして……ふふ、いけない人」
にちゃ、と粘って跳ねる水の音を鳴らしながら言う。爪の先まで熱を帯びた指を震わせて……抑えようとしても抑えられない、感じすぎてしまってもう震えを抑えておけない指を、わざと震わせているように装いながら口元へ触れさせて、そこをなぞり、音を出す。
プロデューサーさんの耳にも届くよう何度も何度も。にちゃにちゃ、と。ぬちゅぬちゅ、と。震える指を踊らせて、淫らに誘うような音を繰り返し響かせる。
「奏……」
ごくり、と喉の鳴る音。
ほんの少し前まで私の唇が触れていたそこ。重なって、塞いでいたそこから熱く濡れた吐息が漏れてくる。
その音を耳に聞いて、その吐息を顔のすべてで受け止めて……プロデューサーさんの想いを、私へ抱いてくれている興奮や劣情を感じて、胸の高鳴りが増していく。
プロデューサーさんが……自分が好きだと思う人。恋しい、愛おしいと想う相手が、自分のことを想ってくれている。自分と同じようにかけがえのない相手として、誰よりも望む異性として想ってくれている。それを実感して、身体が疼く。
甘い痺れが全身に広がって、お腹の奥をずんと強く震わされて、理性を手放してしまいそうになるくらいの幸せに包まれる。
「……ふふ。どうしたの、プロデューサーさん」
「い、や……」
「隠さなくてもいいじゃない。私と貴方の仲。ついさっきまで結ばれていた、そんな仲じゃない」
「それは、そうだけども」
からかうような態度を繕いながら言葉を交わす。
きっと、それはできていない。繕っているつもりで、でも繕えてなんてない。からかっているときみたいな余裕もない、今にも理性を失って決壊してしまいそうな、そんな何も繕えていない姿にしかなれていないのだろうけど。
でもそうやって言う。そうしないと、そうしているつもりでないと、それこそ堪えていられない。自分の理性を、この手の内に捕まえていられないから。
「……!」
ぐい、と押し付ける。
それまで引いていた足を前へ出して、ぐったり横たえられたプロデューサーさんの足へと絡めて。そして、それから身体を前へ。絡めた足を引き付けてプロデューサーさんの身体を寄せるのと同時、自分の身体も押し出して、そうして強く押し付ける。プロデューサーさんの脚の付け根の辺りへ、私も同じようにそこを。
「……あら、もうすっかりこんなに……ふふ、あんなにしたのに……本当、いけない人ね……」
さらさらと肌の上を滑っていくそれ。にちゃにちゃ、と音を鳴らしながら粘りつくそれ。どろり、と溢れて這い出る真白に濁ったそれ。そんないろいろ、プロデューサーさんのもの……そして私自身のもの、私たち二人から溢れて零れたそんないろいろに塗られた私のそこ。そこを押し付けられたプロデューサーさんさんの身体がどんどんと猛っていく。ついさっきまでのように、私のことを悦ばせてくれていたときのように、私を求めて昂っていく。
それを感じながら……それを感じて、我慢が効かなくなってしまいそうになりながら……それでもそれをなんとか堪えて、焚き付けるようにプロデューサーさんを煽る。
ちゅっ、ちゅっ。見せつけるように突き出した唇を鳴らして、何度も何度もキスの音を響かせて。
優しくそっと、汗に濡れたプロデューサーさん頬へ、震える手を触れさせ添わせて。
押し付けたそこを、上下に何度も這わせるように擦り付けて。
そうして煽る。プロデューサーさんの興奮を、劣情を、愛欲を。私へと向けてくれるそれらを、私へ注ぎたくて仕方ない……けれど理性に阻まれ留められているそれらを。
「いいのよ、しても。貴方のしたいように。貴方が、私へしたいように」
囁き声。甘く蕩けた、まるで媚びるような声で囁きを送る。
貴方が、私へ。それを強調しながら。……もう何度も結ばれた仲。私を他のどんな誰よりも理解してくれているプロデューサーさんのこと。だからこんなのとっくの昔にバレている。それは分かっているけれど。でも囁く。バレてはいても、それでも装いながら。貴方が私へ、じゃあなくて。私が貴方へ、なのを隠しながら。
「折れてしまいそうなほど強く抱き締めてあげましょうか? それとも、優しく包んで頭を撫でてほしいのかしら」
絡めた足へ込める力を強めて、頬へ添えた手を優しく揺する。
「苦しいのなら鎮めてあげる。貴方の望むやり方でしてあげる。擦って慰めてほしいのならそうするし、余さず飲み込んでほしいのならそうする。結ばれて、中へ受け入れてほしいのならそうしてあげる」
近付いて押し付く。絡んだ下半身がそうなっているように、離していた上半身も。
お互い何も纏ってなんかない。裸の、そのままに晒された肌。それを重ねる。胸を胸へ、お腹をお腹へ、お互いへお互いを重ねて添わせる。
「いいのよ、本当になんだって。貴方の望むことをしてあげる。貴方が私と望んでいることを叶えてあげる。なんだって……ほら、キスだって」
身体と一緒に前へ出た顔。唇。それを震わせて、焼けるように熱い吐息を注ぎながら言う。
なんでもしてあげるから、言って。と。
言う。プロデューサーさんから私へ望んでほしいこと。私がプロデューサーさんへ望むこと。したくて、してほしくて、もうどうにもたまらなくて……今にも理性を振り切って、求めてしまいたいと望むこと。それを。
「…………」
「…………」
一瞬沈黙。
お互いに見つめあって、熱く濡れた吐息を交換しながら無言で数秒。
そんな間を置いて、無音の時間をかすかに挟んでから。
「…………好きよ、プロデューサーさん」
呟く。ぽつりと、一言。
するとすぐ。その一言を言い切ったその瞬間、重なる。
キス。唇と唇が重なる、愛おしい人との大好きな行為。何よりも望む睦み事。
(……あぁ)
幸せ。嬉しくて満たされる。たまらなく幸せな心地。
プロデューサーさんから求めてくれた。私とのキスを。私が何よりも望むキスを、プロデューサーさんも望んでくれた。他の何よりも望んで、そして叶えてくれた。
それに想いが溢れてくる。抑えてなんかいられないくらいの想いが、とめどなく。
「好きだ、奏……俺も……奏のことが……」
「……ふふ、知ってるわ……プロデューサーさんが私のことを好きだなんてそんなこと……そうして、言葉になんかされなくたって……」
半分本当、半分嘘。
好きだ。と、そう言ってくれるプロデューサーさんへ、そんな半分ずつの言葉を返す。
「プロデューサーさんったら、すっかり私に夢中なんだから……。ふふ、恋人としては合格だけれど、プロデューサーとしてはどうなのかしらね。そんな……私以外の子を、見てあげられなくなっちゃって……」
プロデューサーさんが私のことを好きでいてくれている。私に夢中になってくれている。それはきっと本当。それを知っているというのも本当。半分は本当。
けれど残りの半分は嘘。真実でも、本当じゃない。
言葉にされなくてもいい。そんなこと思ってない。してほしい。言ってほしい。「好き」だって「大好き」だって、何度でも言ってほしい。
夢中になっている。それはきっと本当で、でもそれだけじゃない。夢中なのは私もそう。それもきっと、私のほうがずっともっと夢中になっている。溺れてしまって離れられないのは、プロデューサーさんよりもむしろ私。
仕方のない人。いけない人。そんなふうに言いながら、でも真実そうなのは私のほう。仕方ないのも、いけないのも。
「我慢、できないのね……?」
好きだと思ってもらえているのは知っていて。でも不安で、怖くて。だからもっと言ってほしくて。そうして言わせてしまう。何度も何度も、言ってほしくて言わせてしまう。
本当に求めているのは私なのに。したくて、してほしくて。何もかも……アイドルとプロデューサーとしてのこと。恋人同士にしか許されないこと。叶えたいと願って求めてしまう何もかもを、プロデューサーさんから求めてもらっている。
私からの何もかもをプロデューサーさんからしてもらっている。しなければ堪えられない。しないでいたら我慢もできず決壊してしまう。そんないろいろを、ずるい私はプロデューサーさんに求めてしまう。
「いいのよ、我慢なんてしないで……。何でも、何度でも、してあげる」
プロデューサーさんに甘えて。私のことを分かってくれる……我慢のできること、我慢のできないこと、私の……そんな何もかもを理解してくれているプロデューサーさんに甘えて求める。
大人のように振る舞う私よりも、ずっと大人なプロデューサーさん。引っ張って振り回しているように見られる私の手を、しっかり握って導いてくれるプロデューサーさん。私を気遣って、私に負い目を感じさせないために求めてくれる。拒めば私が我慢をし切れず、結局無理矢理に求めてしまうようなこと……それを察して、責任のすべてを被って求めてくれるプロデューサーさん。
それを知っているずるい私は、いつも……今だってまた、求めてもらおうと求めてしまう。
「ほら、しましょう……? さっきしていたようなことも、過去にしていたようなことも、まだ経験していないようなことも……全部、全部、受け入れてあげる。あげるから……」
早く。早く。もう我慢していられない。
もっと。もっと。たくさんしてほしい。たくさんしてあげたい。
気持ちよくなりたい。壊れるほど昂りたい。結ばれて重なりたい。昇り詰めた果て、息も絶え絶えに寄り添いあって眠りたい。
それを、そんな想いを抱きながら言う。
大好きな人。きっと私の唯一の人。愛おしい、私の何より大切な人へ。
「愛して……。愛おしく想う私のことを、貴方だけの色に染めて。私を……貴方の女に、してちょうだい……?」
以上になります。
速水奏「触れないキスを」
速水奏「触れないキスを」 - SSまとめ速報
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過去作など。もしよろしければ。
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