緒方智絵里「特別な日の御祝い事」 (35)
※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS
※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも
※決して変態的なプレイをする話では無く、健全な純愛物を目指してます
※独自設定とかもあります、プロデューサーは複数人いる設定
以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励
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前に書いた作品
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智絵里「マーキング」 - SSまとめ速報
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智絵里「マーキング」まゆ「2ですよぉ」 - SSまとめ速報
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橘ありす「マーキング」
橘ありす「マーキング」 - SSまとめ速報
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鷺沢文香「マーキング」 - SSまとめ速報
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緒方智絵里「私の特別な、あの人だけの贈り物」 - SSまとめ速報
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緒方智絵里「私の特別な、あの人からの贈り物」 - SSまとめ速報
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緒方智絵里「汚れた私は、お好きですか?」 - SSまとめ速報
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島村卯月「マーキング」
島村卯月「マーキング」 - SSまとめ速報
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「おはよう、お母さん」
ある休日の朝。
星柄でピンク色をしたパジャマを身に包み、実年齢よりも幼い印象の少女は、そう言ってリビングにいた自分の母親に声を掛けた。
普段は会話の際、相手に目を合わせられず、目を逸らしがちになってしまう少女だが、今日ばかりは母親の目をジッと見つめている。
相応の覚悟と勇気を持って、少女はこの場に臨んでいた。
それに対して、母親は冷めた様子であった。
少女にとっては今日は休日で休みの日ではあるが、彼女にとってはそうでは無かった。
彼女は今から自分の職場に出掛け、否応にも業務につかなければならなかった。
そんな忙しい身分の自分なのに、呑気に話し掛けてきた少女の存在は彼女には疎ましくも思えた。
『何の用なの? 用があるなら早くして』と、少女を威圧する様に、彼女は視線を向けるのである。
「あのね、聞きたい事があるんだ」
それでも、少女は臆せずに母親にそう聞いた。
威圧されようとも、その目線は変わらずに聞くのである。
「今日の夜、だけど……お母さん、予定は空いてる?」
少女がそう聞くと、母親はその眉根を寄せて反応する。
まるで「はぁ?、何なの?」と、言いたげな様子だったが彼女はそれを口にはしなかった。
ただ忙しいのだとばかりに、首を横に振って答えるのだった。
それに加え「今日は遅くなるから帰ってこれない」と、少女に告げたのだ。
こうなった以上『そっか、仕方ない』とか言って、普通は諦めるだろう。
しかし、少女は違った。
そこで会話を終わらせる気は、毛頭も無かった。
何故なら、少女は気づいていたからだ。
自分の母親が言っている事が、嘘なのだという事を。
本当は、別の理由があって家に帰ってこれないという事も。
その別の理由に関しても、自分の家族では無い他者との付き合いによるものである事も。
少女は全部、知っているのである。
「へぇ、そうなんだ」
少女は敢えて納得した風を装ってそう言った。
すると、母親はやっと解放されると思って荷物を持って玄関に向けて足を進めていく。
母親が自分に背を向けて、関心が無くなったのを見計らった所で、少女は口を開いてこう言ったのだ。
「……―――さんに、よろしくね」
少女がそう言うと、母親は進めていたその足を急停止させる。
そしてゆっくりと、錆び付いた機械の様な動きで振り返り、智絵里を見る。
再び智絵里にへと向いた母親の表情は、驚愕の色に染まっていて、焦りも窺えた。
『何故、知っている』、『何でその名前を口にする』、『お前はどこまで知ってるのだ』
様々な考えが彼女の中で駆け巡るが、それが口から出る事は無かった。
「どうしたの? お母さん」
そんな母に、少女は追い打ちを掛ける様にそう言った。
表情は笑ってもおらず、また、歪んでもいない。
ただただ無表情のまま、黒く淀んだ瞳で母親を見据えるのである。
「何か、あった? それとも、聞きたい事でもあるの?」
「でも、早くしないと遅刻しちゃうよ? 遅れたら、大変だもんね」
「お母さん、忙しいんでしょ? 私なんかに、構ってる場合じゃないよ?」
「私は大丈夫だよ。だって、これが初めての事じゃないんだから、当然だよね」
「私なんて放っておいて、お母さんは自分の好きにすればいいよ。これまで通り、変わらずにね」
矢継ぎ早に繰り出される少女の言葉。
これまでの行いを糾弾する様な少女の言葉。
それを母親は青い顔をして聞きながら、こう思った。
『目の前にいる娘は、一体誰なのだ……』と。
彼女は自分よりも背の低い少女に、恐れを感じていた。
何も言わない、何もしてこない……人形の様に、虚ろな存在だと思っていた少女。
それが今、自分に対して容赦も無く言葉を浴びせてくる。
母親にとって、それは信じ難い現状であった。
最近は少女との接点も薄れていたが、まさかこんな風になっているとは微塵にも思っていなかった。
だからこそ、どう対応したらいいかが瞬時に出てこない。
焦り、慌て、混乱した先に彼女がとったのは……。
「だから、ね。私は気にしないよ? お母さんがわ……ッ!」
絶えず動いていた少女の口が急に止まった。
パァンッと乾いた音が室内に響いたのと同時に、止まった……いや、止められたのだ。
誰に? ……母親が、少女の頬を叩いた事によって、だ。
力強く叩かれた事で、少女の頬は赤く染まっていた。
それを母親は興奮からか、肩で息をしつつ、見つめる。
「……いたい」
少女は短くそう呟くと、叩かれた部分を自分の手でそっと触れる。
それからぎょろりと目をむいて、母親にへと視線を移す。
光も伴わない虚ろな目。感情の篭もっていない瞳。
母親はそんな視線を浴びせられ、「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げる。
そして居た堪れなくなったのか、少女から視線を外して逃げる様にその場から離れた。
ドタバタとした動作で靴を履き、それが終えると急いで家から出て行ったのであった。
「……」
母親が出て行き、一人になった少女はポツンとリビングの中央で佇む。
数秒程そのままでいた後、はぁ……とため息を吐き、天井を見上げる。
「……やっぱり、こうなるんだ」
誰もいない空間に向けて、少女はそう吐き捨てた。
「お母さん……もう、私の誕生日なんて、忘れちゃったのかな」
そう言う少女の瞳の端には、涙がジワリと浮かんでいる。
涙は瞳から零れると、頬を伝い、顎先から床にへと向かって落ちていった。
「お父さんも……しばらくは、帰ってはこない」
視線を移して、リビングにあるホワイトボードにへと目を向ける。
そこには赤い文字で大きく『父 出張』と書かれていた。
下には出張の期間も書かれていて、帰ってくるのは早くても来月。
どう考えても、今日中に帰ってくる期待は薄かった。正直、当てにもしていない。
「今年も……また、一人なんだ」
少女……緒方智絵里はその場にいない母親と父親に向けて、寂しくもそう口にするのであった。
数時間後、少女は家を出て街中をふらふらと当ても無く彷徨っていた。
こういった時、いつも赴くのは彼女が所属する事務所であるが、今日は行く気にはならなかった。
何故なら、事務所に行っても会いたい人物はいないからだ。
「今頃、きっと……まゆちゃんと二人で……」
彼女が会いたい人物。それは、自分を担当するプロデューサーのP。
彼は今、もう一人の担当アイドルの佐久間まゆと一緒に県外に行っていた。
何でも、急にまゆの出身地である仙台でイベントが催されて、それに参加するべく、現地に赴いていた。
智絵里にとっては、本当に急な話であった。
彼女がその話を聞いたのは、つい一昨日の事。
それも直接告げたのではなく、間接的に、千川ちひろを通してだった。
智絵里が聞いたときにはもう、Pとまゆの姿は何処にも無かったという。
「二人が何も言わないなんて、珍しいなぁ……」
こんな事は、智絵里にとっては初めての事だった。
Pもまゆも、マメな性格なので連絡不足なんて事は一度も無かった。
何かあれば必ず、智絵里には一言、連絡や報告をしていた。
しかし、今回に限ってそれが無かった。
もしかすると、二人は裏でこそこそと隠れて何かをやっているのかもしれない。
「……でも、私もまゆちゃんに内緒で色々とやってるから、人の事言えないけど」
そう口にすると、智絵里の視界の端に見覚えのある建物が見えてきた。
ボロと言うほどでは無い、少し年季の入った感じのアパート。
使い古された感じのその建物はもちろん智絵里の家では無いし、友人が住んでいる訳でも無い。
しかし、智絵里はこの建物に何度か足を踏み入れ、訪れた事がある。
このアパートの一室をPが借り、そこで暮らしているからだ。
一人暮らしのPの生活を支える為、まるで通い妻の様に足繁く通っているのである。
「まぁ、今は誰もいないんだけど……」
そう呟きながらも、智絵里はアパートに向かって歩いていく。
別に、ここを目指して歩いていた訳では無いが、何となく、ここにへと辿り着いてしまった。
それは無意識のうちに、Pの存在を求めてしまったからかもしれない。
しかし、その求めている相手はここにはおらず、遠い地にいるのは先程も確認した通り。
「……でも、いいや」
Pの家を訪ねた所で意味は無かったが、それでも、智絵里は真っ直ぐに向かっていく。
どの道、智絵里には行く当てなんて無かったし、家に帰る気にもならない。
それならば、今日はここでPの残り香を堪能しつつ、過ごすのも悪くは無いと思った。
そして、どうやって室内に入るかは、問題は無かった。
智絵里は以前、まゆと一緒にPの自宅の合鍵を本人から受け取っていた。
『プレゼントに対するお返し』だと言って、容易に二人にへと差し出したのである。
それ以来、智絵里とまゆは好き勝手にPの自宅に出入りをしているが、それをPが咎めたり、何か言う事は無い。
自分から差し出したというのもあるし、二人の手によって部屋を荒らされるのは彼の本望だからである。
そうした経緯で手に入れた合鍵を智絵里は取り出し、アパートの備え付けの階段を上り、Pの部屋に近づいていく。
部屋の目の前に立ち、合鍵を挿し込んで鍵を開けようとした、その時である。
「……あれ?」
鍵を挿し込もうとした所で、智絵里はその動きを止める。
普段なら迷わずに鍵を開けて、中にへと堂々と進入するだけ。
しかし、何か変な違和感を感じて、その手を止めたのだ。
それを確かめるべく、智絵里はそっと玄関に自分の耳を寄せて、聞き耳を立てる。
「―い――――くれ」
「―みま――――――ん」
そして、その違和感は的中する。
部屋の内部から、何者かの声が聞こえてきたのだ。
現在は外出中で、誰もいないはずの部屋にも関わらずだ。
「誰……だろう」
この部屋に入れる人間は限られた者達だ。
一人はマスターキーを持つ、このアパートの大家。
しかし、中にいるのが大家で無い事は、智絵里は分かっている。
その大家は智絵里がアパートの階段を上る時に、端にある菜園で何かをしているのを目撃していたからだ。
そして残るは家主のPと、智絵里と同じく合鍵を持つまゆ。
だが、二人も遠くに行っているので、中にいる事は考えられない。
となると、この部屋の中にいるのは……
「泥棒……さん?」
その考えに辿り着いた瞬間、智絵里の瞳からまたも光が消え失せる。
しかも、僅かながらに殺気を放ち、中にいると思われる人物に憎悪の感情を向ける。
普通であればその前に恐怖を感じ、まずは助けを求めるだろう。
しかし、智絵里は違った。
泥棒に対する恐怖よりも、憎悪や憤怒の感情が勝ってしまったのだ。
「だと、したら……許さない……」
智絵里は小さくそう言うと、手荷物の中からそっとある物を取り出す。
それは、十五センチ程の長さの棒状の文房具。
智絵里はそれに付いているグリップに親指を当てると、ゆっくりと前に押し出していく。
すると、チキチキという音と共に、その先端からは鋭利な刃が現れる。
そう、智絵里が取り出したのはカッターナイフだった。
「プロデューサーさんの家に、無断で入るなんて……絶対に、許さない」
刃を四センチ程伸ばして、智絵里はカッターナイフを右手に構える。
ただの文房具であるのにも関わらず、それは手練れの使う凶器の様に思わせる。
そして、空いている左手を使って、ドアノブに手を掛けた。
「……すぅ……はぁ」
中にへと入る前に、心を落ち着かせようと一度深呼吸をする。
肺の中の空気を入れ替えて、覚悟を決めると、智絵里はドアノブを捻って扉を開けた。
玄関には、鍵が掛かっておらず、扉はすんなりと開いた。
泥棒が入る時に解錠したのだろう……と、智絵里はそう思いつつ、中にへと足を踏み入れる。
「えっ……?」
しかし、一歩踏み入れた所で、智絵里はその足を止めた。
いや、止めてしまったのだ。その中に広がる、ある光景を見てしまって。
そこには、驚くべき光景が智絵里を待ち受けていたのだ。
「なぁ、いいだろ? 後生だからさ、そこに落ちてる飾りを取ってくれよ」
「そんな事言われても、駄目なものは駄目ですよ」
「頼むから、ちょっとだけでいいから手伝ってくれって」
「だから、少し待っててくれませんか? まゆも今料理中で、手が離せませんから」
室内でそう言い合って会話をしているのは、紛れも無く、泥棒なんかでは無い。
智絵里も良く知っている人物、プロデューサーのPとまゆの二人だった。
そして、本来ならばここにはいないはずの二人でもある。
「いやいや、早くしてくれないと、腕が限界……」
「もう、仕方がないですね……」
台所にいるまゆはそう言うとガスコンロの火を切り、鍋の縁に持っていたお玉を立て掛ける。
そして部屋の中央付近で脚立に跨り、天井に飾り付けをしていたPの下に向かっていく。
床に落ちている様に転がっていた花飾りをお手に取ると、それをPにへと手渡した。
「あぁ、すまないな、ありがとう」
「もう、まゆが拾わなくても、自分で拾えなかったんですか?」
「そうしたかったけど、今手を放すとリボンが緩んで、今までの苦労が水の泡になりそうで、なっ」
Pはそう言いつつ、手渡されたそれを天井に縦横無尽に張り巡らせてあるリボンへと飾る。
花飾りがしっかりと張り付いたのを確認すると、満足げな表情をしてPは脚立から降りた。
「ふぅ、これで飾りつけは一段落ついたかな。まゆの方はどうなんだ?」
「こっちは順調ですよぉ。あと数品程、おかずを作れば終わりですから」
両手を合わせて頬に寄せ、笑顔を見せながらまゆはそう言った。
その頼もしさに、Pの表情も綻んで、笑顔になった。
「やっぱり、まゆは頼りになるなぁ。料理も含めて俺が全部やりたかったが、どうにも無理そうでな、ははは」
「無理は駄目ですよ? 変に無理をして、倒れてしまっては元も子も無いですから」
「大丈夫、大丈夫。智絵里やまゆの為なら、俺はどんな無理でもやり通してみせるからさ」
「だから、駄目です。プロデューサーさんが倒れたら、まゆも智絵里ちゃんも悲しみます」
Pの発言に、まゆは諭す様にしてそう言った。
普段からすると、まゆがこうして説教している風景は珍しいものである。
本来ならば、する側とされる側の立場が逆なのだから。
「特に、今日みたいな日に倒れられたら、嫌な思い出として一生記憶に残ります」
「まぁ、それは確かにな。自分の誕生日にそんな事されたら、サプライズ所かサスペンスになるしな」
「分かってるなら、ちゃんと……」
「あ、あの……」
まゆの声を遮って、そんな声が室内に響き渡る。
何時までも続きそうな説教。
そして、何時まで経っても自分の存在に気づかない二人を見兼ねて、智絵里は小さく声を上げたのだ。
「ん?」
「えっ?」
二人はその声に気づき、同時に声をした方向にへと視線を向ける。
思ってした行動では無く、唐突に声が聞こえたからという反射的な行動。
そこに智絵里がいると思わず、近所の誰かが用事があって訪ねてきたのかと思い、二人は見たのだ。
「「あっ……」」
そして、智絵里の存在を捉えた瞬間、二人の表情は固まった。
『マズい』、『しまった』、『アカン』、『何で、智絵里ちゃんがここに……』。
二人は何も言わなかったが、何を思っているかは、顔を見れば簡単に読み取れてしまう。
それ程にも二人は焦っていて、尚且つ、分かりやすかった。
「え、えっと……二人共、イベントに出てたはずじゃ……」
更に、智絵里は追い打ちを掛けるようにしてそう言った。
別に二人を追い詰めたくて言った訳では無い。単純に、知りたかったのだ。
遠くにいるはずの二人が、何故ここにいて、何の為に飾り付けや料理の支度をしているのかを。
そして尋ねられた二人は顔を寄せ合うと、ひそひそとどうするかを検討し出した。
「……まゆ、どうする?」
「どうする……って、言われましても」
「まだ中途半端だし、俺としてはあまり言いたくないんだけど」
「……見られてしまった以上、正直に話した方がいいでしょうね」
「だよなぁ……はぁ」
そう言ってからため息を吐き、Pは頭を抱え、やれやれとばかりに首を横に振る。
「本当は、サプライズにしたかったけどなぁ……」
「残念ですが、当日での智絵里ちゃんの行動予測のできなかったのがまゆ達の敗因ですね」
「そうだな。仕方が無いが、諦めるよ」
Pはそう言った後、気持ちを切り替えようと咳払いを一つする。
それから智絵里の瞳を真っ直ぐと見つめ、覚悟を決めた。
「その、だな……まずは智絵里に謝っておく事がある」
「は、はい……何、でしょう……?」
「智絵里はちひろさんから、俺達が仙台に行ってると聞いてたと思うが……すまないが、あれは嘘なんだ。本当は一昨日から、都内からも出てはない」
二人が仙台には行っていなかった……そんな事はもう、分かり切った事実である。
現に二人は目の前にいるのだから、説明を聞くまでも無い。
問題は、そんな嘘を吐いてまでして、何をやっていたのか。
智絵里の聞きたかったのは、その一点である。
「そ、それじゃ……何を、してたんですか……?」
だからこそ、智絵里は率直にそう尋ねる。
何となく、薄々は感づいてはいたが、敢えて口には出さず、聞いてみたのだ。
「えーっと、その……まゆ、いいか」
「はい、大丈夫ですよぉ」
「そっか。じゃあ……せーのっ、」
「智絵里、誕生日おめでとうっ!!」
「智絵里ちゃん、誕生日おめでとうございますっ!」
二人同時に放たれた、智絵里に対する祝福の言葉。
続いて、パチパチという二人が拍手をする音が、狭い室内に響き渡る。
「……」
それを聞いて、智絵里は呆然と立ち尽くしていた。
思わず手に籠めた力が弱まり、カッターナイフが右手からスルッと抜け落ちる。
重力に従ってカッターナイフは落下し、軽く向きを変えた後に柄から床にへと衝突し、軽く転がってからその動きを止めた。
「実はだな……サプライズで智絵里の誕生日を祝いたくてな……こうして準備をしていた訳なんだ」
「一昨日にプロデューサーさんと打ち合わせをして、昨日に必要な物を買い集めて……だから、一昨日から事務所にはいなかったんです」
「その為に嘘を吐いたのは悪かったと思ってる。でも、俺は……」
何かを言おうと、言葉を続けようとしたP。だが、その口は途中で止まってしまった。
「ち、智絵里……?」
あるものを目にしてしまって。ある音を聞いてしまって。
Pが気付いた時には、目の前で目元に涙を浮かべてすすり泣いていたのだ。
「ご、ごめんなさい……感動して、勝手に涙が出て……」
「いや、その……」
「こんな風に誕生日を祝われたのは、久しぶりで……嬉しくて……」
「智絵里ちゃん……」
「二人共、ありがとうございます……私なんかを、祝ってくれて……」
智絵里は二人に対してそう言った後、深々と頭を下げた。
その動きで目元から涙が零れ落ち、床に点々とシミを作った。
「……ありがとうなんて言われても、何だか申し訳無いな、こっちとしては」
「えぇ。まだ準備が途中ですからねぇ。こんな状態で祝ってごめんなさい……って、言いたいぐらいです」
「全く、本当にその通りだよ。すまないな、智絵里。こんなだらしないプロデューサーで……」
「い、いえ、そんな事はありません……」
智絵里は首を横にふるふると振って、Pの言葉を否定する。
「ここまでしてくれたんですから……私は、そうは思いませんよ」
「……そうか。ありがとう、智絵里」
涙を拭い、笑顔を見せてそう告げる智絵里に、Pはフッと笑ってそう返した。
そしてしばらくの間、笑顔でジッと見つめ合うPと智絵里。
待てども待てども、二人は視線を外さず、そのままの状態でい続けた。
何時までも続いてしまうかも……けれども、そんな二人の間に割り込む影があった。
「……こほん」
それは、まゆである。
待ち切れなくなったまゆは二人の間に割って入ると、わざとらしく咳払いをして、二人の注意を引く。
流石の二人もそれには気づき、ハッとなって現実にへと舞い戻った。
「見つめ合うのは結構ですけど、そろそろ再開しないと間に合いませんよ?」
「再開……あぁ、そうだな。そうだったな。まだ準備の途中だったっけな」
「そうです。だから、早く終わらせて……それから仕切り直しでまた祝いましょう」
「うん、そうだな。まゆの言う通りだな。という訳だから……智絵里には悪いが、もう少しだけ待っててくれ」
「あ、あの……私も何か、お手伝い……」
「あぁ、そんなのしなくていいから、智絵里はゆっくりと待っててくれ」
「智絵里ちゃんは今日の主役なんですから、ここはまゆとプロデューサーさんに任せて下さい」
「……分かり、ました」
智絵里はそう言うと、落としたカッターナイフを拾い、二人の邪魔にならない位置にへと移動して、そこに座り込んだ。
Pとまゆはそれを見届けると、それぞれの作業にへと戻っていく。
Pは部屋の飾り付け、まゆは料理の準備にだ。
二人が慌ただしく準備を進めていく中、智絵里は二人の動きをジッと見つめて追っていく。
その表情に、幸せそうな笑みを浮かべて……でだ。
……………
………
…
「さて……それじゃあ、改めて……」
「「誕生日、おめでとうっ! 智絵里(ちゃん)っ!」」
「あ、ありがとうございます……」
本日二度目になる、二人からの祝福の言葉。
それを智絵里は少し照れ気味に、でも嬉しそうに受け取った。
「私……今年も誰にも祝って貰えないって思ってたから、こうして貰えて……幸せです」
「誰にも祝って貰えないって……智絵里、そんな事は無いぞ」
「そうですよ、智絵里ちゃん。みんな智絵里ちゃんの事を祝いたくて……ほら」
まゆはそう言うと、背後から大き目の箱を取り出して、それを智絵里の前にへと置いた。
箱は蓋がされておらず、上からその中身を見る事が可能であった。
智絵里は中身を見ようと、そっと身を乗り出して内部を覗き見た。
「これって……」
箱の中には、綺麗に包装されたプレゼントが幾つも入っていた。
それこそ、蓋ができないぐらいに、溢れてしまいそうな程に一杯だった。
「事務所のみんなから、智絵里ちゃんに……だそうですよ。これで祝って貰えないなんて言ってたら、罰が当たりますよぉ」
「そうだぞ。このプレゼントの山は、智絵里がどれだけ愛されているかという証拠だからな」
智絵里は言葉も無く、プレゼントを一つ一つ手に取って見ていく。
まゆを始め、ありす、文香、藍子、凛……CGプロダクションに所属する、事務所の面々からの贈り物。
中身を見なくても、その想いは手に取っただけで十分に伝わってきた。
「あぁ、それからこれは……夕美ちゃんからだ」
「夕美さんから……?」
智絵里は箱の中から視線を外すと、Pが何かを取り出しているのが見えた。
出てきたのは今まで見ていたどのプレゼントよりも大きい、正方形の箱。
Pは取り出した箱の包装を丁寧に外し、その蓋をゆっくりと開く。
蓋を開くと、その中からバラに似た様な香りが溢れ出てくる。
「これって……」
「ゼラニウムだそうだ。夕美ちゃんが朝一で持ってきてくれたんだ」
箱から出てきたのは、赤い色をしたゼラニウムの花束。
綺麗に、可愛らしく包装されたそれは、智絵里の目の前にそっと置かれた。
「花言葉は……えーっと、何だったっけ……?」
「確か、ゼラニウムは……」
「……『君ありて幸福』です」
「えっ?」
「赤いゼラニウムの花言葉は、そういった意味です。他にも、『信頼』や『真の友情』とかありますけど」
「幸福や信頼、友情……か」
「今度会ったら……お礼を言わないと、いけませんね。もちろん、みんなにもです」
智絵里は目の前に置かれた花束を手に取ると、自分の胸に優しく、ギュッと抱き締める。
「そして、こんな素晴らしい誕生会を開いてくれたまゆちゃんとプロデューサーさんには、もっと感謝です。本当に、ありがとうございます」
花束を胸に抱き締めたまま、会釈をする程度に頭を下げる。
「今日は……私の人生の中でも、最高の誕生日です」
最後に、今日一番の幸せそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべて、智絵里はそう言った。
「最高の誕生日……そう言って貰えて、俺も嬉しいよ」
「えぇ、まゆも……です」
二人はそう言いながら、Pは鼻をこすり、まゆは目元を拭う。
それぞれに思う所があり、そういった仕草を取ってしまったのだ。
「おっと、そうだ」
しかし、その最中でPは何かを思い出したかの様に、ポンッと手を打った。
「そういえば一つ、忘れてたものがあったよ」
「えっ? 何ですか?」
「これ……なんだが、俺からのプレゼントだ」
Pはポケットから取り出した封筒を、智絵里に手渡した。
何だろう……と、封を開け、中身を取り出すと、中から出てきたのは金券やチケットの類では無かった。
明らかに手作りされたもので、事務所にあるコピー用紙を切り出して作られた様な外観のそれは……
「『一日何でも命令権』……ですか?」
智絵里の手に持つ、長方形の用紙には油性のマジックでそう書かれていた。
それを見た後、智絵里は視線をPにへと移す。
すると、Pは困った様な表情をして、頭を掻いていた。
「本当はもっと別のものにしようと思ったが、生憎金欠でな……」
そう言うとPは、はははと空笑いをする。
金欠というが、これには深い事情があった。
つい数か月前のホワイトデーの事。
Pは智絵里とまゆから貰ったバレンタインのお返しとして、指輪を贈っていた。
おもちゃやアクセサリーの様な安物では無く、歴とした宝石店で買った本物。
それ故に、値段もかなり高価だった為か、Pの預金はほぼ底をついていたのだ。
だからこそ、こういう形でのプレゼントを贈る事になってしまったのだ。
「こんな粗末なものだが、言ってくれれば何でも従うから、遠慮無く言ってくれ」
「そ、その……本当に、何でもいいんですか……?」
「あぁ、男に二言は無い」
腕を組み、堂々とPはそう言い放った。
その様子を、『いいなぁ……』と、羨ましいとばかりに、まゆは指を咥えて見つめていた。
「そ、それじゃ、その……」
「うん」
「えっと、一日……一日で良いんです。私を……」
私を……その後に続く言葉を、Pは何かと考える。
思い浮かぶのは、『私を彼女にして』か『どこかに連れて行って』とかそんな感じの内容。
智絵里の事だから、そんな感じの要求だろう……と、Pは思った。
だが、違う。そうでは無かった。
智絵里が要求してきたのは、もっと高度のレベルの事だった。
「私を……プロデューサーさんの、プロデューサーさんだけの人形でいさせて下さい」
「……えっ?」
Pは思わず聞き返してしまった。
思っていたものと、予測していたものとは大きくかけ離れた命令がきてしまったからだ。
しかし、智絵里はにっこりと、満面の笑顔を浮かべてこう言うのだった。
「命令は……何でも聞くんですよね?」
「うっ……」
「男に、二言は無いんですよね?」
「……はい」
笑顔という圧力を前にして、Pは聞き返す事も出来なかった。
どういう事なの……と、混乱する脳内を必死に静めて、智絵里の真意を探ろうとする事だけが、Pに出来る唯一の事だった。
「それじゃ……今度の休日で良いので、よろしくお願いしますね、プロデューサーさん」
Pから貰った紙をその手に掲げ、決定事項とばかりに智絵里は告げる。
平穏無事に終わろうとしていた彼女の人生で最高の誕生日は、まだ終わらない。
Pの苦悩と共に、次の休日にへと持ち越さるのであった。
終わり
以上になります
ところで、今日は何日でしょう
……そうですね、6月17日ですね
智絵里の誕生日に6日も遅れるとか、信じられないですね、すみませんでした
本当に、マジでごめんなさい
今回に関しては、今まで以上に不快感を感じた内容かもしれません
特に冒頭部分ですね
私の脳内設定での智絵里の家庭イメージは、こんな感じになってます
公式は早く、デレステでのありすの様なコミュを、智絵里に用意してあげてください
とにかく、智絵里が幸せになってくれるのが、何よりの願いです
智絵里の幸せそうな笑顔を眺めていたいだけの人生だった……
それでは、ここまで見てくださった方々、ありがとうございました
このSSまとめへのコメント
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