角谷杏「じゃあ、戦車道やろっか」 (80)

東富士演習場 決勝戦終了後

桃「うぇぇぇん!! えぇぇぇん!!!」

柚子「よしよし、桃ちゃん」

桃「やったよぉ……ゆずちゃぁぁん……」ギュゥゥ

柚子「桃ちゃん、みんな見てるから」

杏「勝ったんだから笑え、河嶋ぁ」

桃「だ、だってぇぇぇ……うぇぇぇん……」

みほ「……勝ててよかった」

沙織「色々あったもんね。特に生徒会チームは」

華「確かに私たちの中で最も学園の存続を危惧されていたのは、あの三人ですからね」

優花里「それだけはありません」

麻子「それだけじゃない?」

優花里「はい。西住殿と猫田殿は以前から知っていましたよね?」

ねこにゃー「え? あ、うん。知っていてもボクは結局なにも出来なかったけど」

みほ「私だって何もできなかった。むしろ会長には助けてもらってばかりだった……」

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四月初頭 文部科学省 学園艦教育局

桃「――失礼しました」

杏「さぁ、これからが大変だ。戦車道を選択科目に加えないといけないし、選択者をできるだけ多く募らないといけないし。やることいっぱいあるねぇ」

柚子「そんな他人事みたいに」

杏「戦車道の教官も手配しなきゃな。私たち戦車のことなーんにも知らないし」

桃「会長……。やはり無謀では……」

杏「無謀でもやるしかない。学園を守るためにはな」

桃「……はい」

杏「とりあえず戦車で知ってるのはティーガーぐらいだけど、ティーガー買えるだけの予算は?」

柚子「戦車がどれだけするかは分かりませんけど、きっと買えませんよ。予算の分配はもう終わってますから」

杏「んじゃ、学園艦の中で探すっきゃないか。昔は盛んだったんだし、なんか残ってるはずだ」

柚子「大丈夫でしょうか……」

杏「河嶋。今からすぐにやってほしいことがあるんだけどさ」

桃「はい。戦車道経験者を探します」

杏「ちょっと齧った程度でもいいから、とにかく探して。大至急な」

数日後 大洗女子学園 生徒会室

杏「えーと……連絡先はっと……」

典子「あの!!!」

杏「ん? あぁ、磯辺ちゃんだっけ? どうかした?」

典子「どうしてバレー部が廃部なんですか!!」

杏「部員数は?」

典子「ま、まだ四人ですけど……でも、これから増える可能性も……!!」

杏「悪いけど、公式試合に出ることができない部の活動を認められるほどこっちの懐事情はよろしくなくて」

典子「だけど、もう少し!! もう少しだけ時間を!! 根性で試合ができる人数ぐらいは集めますから!! お願いします!!」

杏「……ごめん。こればっかりはどうにもできないんだ」

典子「ぐっ……!! 折角、近藤たちもやる気だったのに……!! こんなところで……こんな形で……終わるなんて……」

杏「現時点ではバレー部の存続は認めることはできないけど、部員が揃えば復活でもいいよ?」

典子「ほ、本当ですか!? あ、でも、今のままでは試合も練習もできないし、どうやってバレー部をアピールすれば……」

杏「ふふーん。戦車道なんて、どう? 楽しいし宣伝にもなるしさ」

典子「せ、戦車道……?」

杏「ふぃー。戦車道の大まかなルールは覚えたけど、問題は戦車のことかぁ。こっちは面倒そうだな」

柚子「会長! 戦車が1輌だけ見つかりました!」

杏「どこにあったの?」

柚子「自動車部のみなさんが格納庫にあると教えてくれました」

杏「ああ、あの倉庫代わりにしてたとこか。で、なんていう戦車?」

柚子「え、えーと、Ⅳ号戦車というのです」

杏「Ⅳ号……確か、こっちの資料に……」ペラッ

柚子「強い戦車なんでしょうか?」

杏「……うん。悪くないね。うちの主力にはなるか。それで、他には?」

柚子「それが資料に性能の良い戦車は殆ど売ってしまったと……。ただ、売れ残りもあったので、学園艦のどこかにはあると思います」

杏「そっかぁ。なら他の戦車があったとしても性能は期待できないか。とはいえⅣ号も素人が乗ったところで仕方無いんだよねぇ。宝の持ち腐れになるだろうし」

柚子「じゃあ、だれが乗るんですか?」

杏「それは……」

桃「会長!! 一人だけ戦車道経験者が見つかりました!! それも中々の経歴を持っています!!」

杏「おぉ。Ⅳ号にはその子に乗ってもらおっか。で、どこの誰?」

桃「今年度より黒森峰女学園からこの大洗女子学園へ転校してきた、西住みほという生徒です」

杏「西住……。戦車道に西住流ってのがあるのは知ってるけど、もしかして」

桃「はい。その家元であり、戦車道国際強化選手にも選ばれている西住まほの妹です」

杏「それはすごいね。才能も経験も豊富にありそうだ」

桃「黒森峰では1年にして副隊長を務めていたとあります」

柚子「あの9連覇した黒森峰で!? すごい!! そんな人がこの学園にいるなんて!!」

桃「だが、この西住みほの行動が原因で黒森峰は10連覇を逃している」

杏「テレビのニュースでちょこっと見たよ。戦車が川に落ちて、その戦車の乗組員を助けに行ったとかで負けちゃったんだよね」

柚子「そのことがあって転校してきたんでしょうか? それならあえて戦車道がないこの学園にきたのかもしれません」

杏「……酷ではあるけど西住ちゃんにはやってもらうしかない。私たちには選択肢がないからさ。あとでお願いしにいくかぁ」

桃「分かっています。必修選択科目のオリエンテーションのほうはどうされますか?」

杏「勿論、やるよぉ。大々的に、ちょー良いように戦車道の宣伝すっから。あと、これも作った。小山が読んでね」ペラッ

柚子「な……! こんな風に説明するんですか? 履修届も戦車道の欄が大きいし……特典まで……!? それは一種の情報操作ではないでしょうか?」

杏「だいじょぶ、だいじょぶ」

桃「分かりました。直ちに取りかかります」

廊下

柚子「西住さんは本当に履修してくれるかなぁ」

桃「してもらうしかない」

杏「そうだねぇ。多少強引にでもやってもらうよ」

柚子「心苦しいですね」

杏「私も同じ。本来なら自主性を尊重しないといけないとこを無理矢理ねじ曲げようって言うんだから。ま、多少は恨まれるだろうね」

柚子「それに廃校がかかっていることを転校してきたばかりの人に任せるんですよね……」

桃「重責を背負わせることは承知している。だが、やるしかないんだ」

柚子「桃ちゃん……」

杏「西住ちゃんにだってさ、きっとこの1年でいい友達が出来るはずだし、ここに来て良かったって思ってほしいんだ」

桃「……」

杏「失くすにはいかないんだよね。この学園をさ」

柚子「はい……」

桃「会長、A組です」

杏「うん。んじゃ、行くか」

生徒会室

柚子「はぁ……。やっぱり西住さんはあまり良い顔をしていませんでしたね。あからさまに困っていました」

杏「大洗には戦車道がないから来たってはっきり言われちゃったしな」

柚子「もし選択しなかったらどうするんですか?」

杏「選択させるしかないねぇ。選択しなかったら学園に居られなくしちゃうとか脅しつけて」

柚子「えぇぇ!?」

杏「優勝できなきゃ学園が無くなって、西住ちゃん含む二年以下の生徒はみーんな居られなくなる。嘘じゃないから」

柚子「物は言いようですね……」

桃「会長。選択科目のオリエンテーションの準備は整いました」

杏「そっか。放送で全生徒を体育館に集合させて」

桃「はっ」

杏「できれば30人は欲しいな。戦車がたくさん見つかったときのために」

柚子「30人……ですか……」

杏「小山の説明にもかかってるんだから、よろしくたのむよぉ」

柚子「は、はい! がんばります!!」

体育館

杏「――ということで、よろしくぅ!」

柚子「はぁー。緊張したぁ」

杏「おつかれぇ、小山。あとは結果を待つだけだ」

桃「そうですね。集まればいいのですが」

杏「あれだけ魅力的な映像に特典も添えたんだから、多少はとってくれるって。それに4人は既に確定してるしねぇ」

柚子「4人ですか?」

杏「うん。バレー部の子たち。戦車道勧めたらやってくれるって言ってくれたよ」

桃「バレー部は既に廃部になっているはずですが」

杏「部員が集まれば復活させてあげるって約束しちゃった」

柚子「も、もしかして、戦車道でバレー部を宣伝したらと言ったんですか……?」

杏「うちらが優勝してみぃ、戦車道やってるバレー部がすっごく魅力的に映るって。あんだけ大袈裟に戦車道を紹介したんだからさ。部員なんて掃いて捨てるほど来るはず」

柚子「もしかして、バレー部のことを考えての大規模なオリエンテーションでもあったんですか?」

杏「一石二鳥ってね。あ、そうだ、河嶋、小山。今日はちょっと寄り道して帰るから、付き合えー」

桃「はい。ですが、どちらへ?」

戦車道ショップ

杏「ここ、ここ」

柚子「わぁ、初めてきました。学園艦にこんなお店があったんですね」

杏「河嶋、戦車のことちょっとは勉強した?」

桃「え、ええ。ですが、その……」

柚子「桃ちゃん、勉強が苦手だもんねぇ」

桃「桃ちゃんと呼ぶな!!」

杏「河嶋には副隊長やってもらうから、せめて戦車のことぐらいは多少覚えてもらわないと困るんだよね」

桃「わ、私がですが!?」

杏「うんっ。よろしくぅ」

桃「で、では会長が隊長ということですか?」

杏「いや、私はなにもしなーい」

柚子「えぇ!?」

杏「隊長は西住ちゃんに決めてるから」

柚子「確かに……隊長は西住さんしかいないと思いますが……やってくれるでしょうか……」

杏「あぁ、でも、西住ちゃんがどうしても嫌だっていったら繰り上がりで河嶋が隊長ね。あと作戦の立案なんかも河嶋に任せるから、頑張ってよぉ」

桃「は、はい!」

杏「うしっ」

柚子「か、会長、いいんですか?」

杏「うちらが常に劣勢になるのは分かり切ってることだ。せめて河嶋はそういうポジションにつけておかないとな。途中で弱音を吐かれたら士気にかかわるかもしれない」

柚子「で、でも、メッキが剥がれたときのほうが大変のような」

杏「そのころまでにはチームがまとまってることを願おう」

柚子「そんな賭けみたいな……」

杏「大丈夫。私と小山で支えれば河嶋だって後輩の前で泣きだすこともないって」

柚子「だといいんですけど」

桃「私が……副隊長……!! がんばらないと……!! 会長の期待に応えなければ……!!」

杏「これが戦車道で使う砲弾だな」

柚子「確か実弾なんですよね。ちょっと怖いです」

杏「戦車の中はコーティングされていて安全なんだって。さて、テストも兼ねてちょっと砲弾をもってみよっか」

柚子「テスト?」

柚子「よいしょっと。持てました」

杏「うん。河嶋は?」

桃「余裕です」ヒョイッ

柚子「流石、桃ちゃん……」

桃「どういう意味だ?」

杏「……次、こっちね」

柚子「そっちには何があるんですか?」

杏「こっちには戦車のシミュレーションゲームが――」

優花里「はっ! やぁ! とぉ!」バゴーン!!ドゴーン!!!

杏「ありゃ、先客がいたか」

桃「制服のままで寄り道か」

柚子「寄り道は一応校則違反なんだけどなぁ」

杏「まぁまぁ。私たちもやってるし」

柚子「あ、そうですね」

優花里「これでラストー!!」ドゴーン!!!

優花里「――よっしゃぁ!! ハイスコア更新!!」

杏「へぇ。やるねぇ」

優花里「え? うわぁ!? あ、生徒会の……みなさんですか……」

杏「やぁやぁ。戦車好きなの?」

優花里「あ、はい……私の友達は戦車だけでして……」

杏「そうなんだ。じゃ、戦車道を履修するつもり?」

優花里「はい! もちろんです!! 私、戦車道は大学に行かないとできないと思っていましたが、大洗で出来るなんて感激です!!」

杏「それはこっちとしても嬉しいね。戦車のことも詳しそうだし、色々頼むよ。私たち戦車のことなにも知らないから」

優花里「わ、私でよろしければ」

杏「名前は?」

優花里「普通二科2年C組の秋山優花里といいます」

杏「秋山ちゃんね。覚えた。でさ、このゲームのことちょっとおしえてくんない?」

優花里「は、はい。いいですよ。まずはですねぇ、ここでスタートして……」

杏「ふんふん」

桃「……」

『ドーン!!』

杏「あちゃ、やられちゃった」

優花里「照準が合っていませんでしたね。あと運転のほうもあまり……」

杏「なるほど。戦車ってむっずいなぁ」

桃「おい! 会長になんてことを言うんだ!!」

優花里「す、すみません!!」

杏「いいから。河嶋と小山もやってみ」

桃「では、僭越ながら私が」

柚子「桃ちゃん、ふぁいとー」

桃「……」グッ

優花里「いいですか、ここが――」

桃「おりゃぁ!!! 全部破壊してやるぅ!!!」ドーン!!!ドーン!!!

優花里「わぁ!? そんな無闇やたらと撃ってもダメですよぉ!!」

桃「うるさい!!! うるさい!!! 見えるものは全て撃ってやる!!!」

柚子「桃ちゃん、トリガーハッピーってやつぅ?」

柚子「ふ……んっ……あぁ……ひゃぁ……」

優花里「おぉ。今の良い動きですよ」

柚子「そ、そうなんだぁ……あぁ、あぶない……」

杏「……これで決まりだ」

桃「何がですか?」

杏「戦車での役割。操縦手は小山、砲手と装填手は河嶋」

桃「では、会長は車長と通信手ですね」

杏「そうなるな。……仕方無いけど」

柚子「あぁー、やられちゃったぁ」

優花里「初めてでこれだけできればすごいですよぉ」

柚子「本当? ありがとう」

杏「秋山ちゃん、助かったよ。戦車道の授業が今から楽しみだね」

優花里「あ、あのぉ……転校されてきた、に、西住殿は……やはり戦車道を履修されるのでしょうか……」

杏「西住ちゃんのこと知ってるんだ。……きっとするよ。期待してていいから」

優花里「は、はい!! やったぁ……あの西住殿と戦車道ができるなんて……」

柚子「桃ちゃんが砲手なんだ。あれで大丈夫なの?」

桃「自分の仕事をするだけだ」

杏「……秋山ちゃん。ちょっと」

優花里「なんでしょうか?」

杏「自宅でできる戦車の練習とかない?」

優花里「自宅で、ですか? あぁ、それならネットでいいのがありますよ」

杏「ネット? オンラインゲームのこと?」

優花里「はい。割りと本番さながらの戦車道のシミュレーションゲームなのでためになるとは思います」

杏「ふぅん。そんなのもあるんだねぇ」

優花里「ただマウスを動かしてクリックするだけですから、実際の戦車を動かすのとは違いますけど」

杏「まぁ、それはゆっくりやっていくしかないね」

優花里「コマンダーとしてはやっぱり戦車戦術は必要になってきますからね」

杏「……」

優花里「会長殿?」

杏「あ、ああ。ごめん。それじゃ、秋山ちゃん。また戦車道の授業でね。バイバイ」

角谷宅

杏「よぉーし。いっちょやるかぁー」カチッ

杏「これだね。まずは、ユーザー登録っと」

杏「ユーザー名はかいちょーでいっかぁ」カタカタ

杏「こういうネットゲームって初心者には厳しいイメージあるんだよねぇ。どっか受け入れてくれる人がいればいいんだけど」

杏「誰か良い人いないかなっと」カタカタ


かいちょー:初心者なんすけど誰か教えてくれないっすか?

ねこにゃー:どうもこんばんは ねこにゃーです 初心者大歓迎ですよー


杏「おっ。良い人いるじゃん。これはついてるね」カタカタ


かいちょー:マジッすか 戦車とか知識全然ないんで迷惑かけちゃうかもしれないっすけど

ねこにゃー:最初はみんな同じですから楽にいきましょう もうすぐしたらももがーとぴよたんもログインしてくると思うので待っていてください


杏「これで少しでも戦車道の足しになればいいかな」

杏「あと私にできることと言ったら……」

翌日 生徒会室

桃「会長。大変です」

杏「どうした?」

桃「西住が戦車道を選択していません」

杏「……」

柚子「やっぱり……」

桃「諦めますか?」

杏「呼び出して。今すぐ」

桃「はっ」

柚子「事情を説明して選択してもらいますか?」

杏「それだけはダメ。説得できたとしても西住ちゃんに余計なプレッシャーを与えることになる。できるだけ秘密にしておかないとな」

柚子「ですが、このままだと」

杏「強引にやるしかないなぁ。小山も協力してよね」

柚子「きょ、協力って?」

杏「ちょっとオーバーアクションしてくれるだけでいいからさ」

桃「――これはどういうことだ?」

みほ「……」

杏「なんで選択しないかなぁ……」

桃「我が校、他に戦車経験者は皆無です」

柚子「終了です! 我が校は終了です!!」

沙織「勝手なこと言わないでよ!! みほは戦車やらないから!!」

華「そうです。やりたくないと言っているのに、無理にやらせる気なのですか? 西住さんのことは諦めてください」

杏「んなこと言ってるとあんたたち、この学校に居られなくしちゃうよ?」

みほ「え……!?」

杏(学園が無くなるから、みんな居られなくなるんだけど)

華「脅すなんて卑怯です!」

桃「脅しじゃない。会長はいつだって本気だ」

杏「そうそう」

柚子「今のうちに謝ったほうがいいと思うわよ? ね? ね?」

柚子(謝りたいのはこっちだけど……)

沙織「酷い!!」

華「横暴すぎます!」

桃「横暴は生徒会に与えられた特権だ」

桃(そんな特権などないが)

杏「そーそー、特権、特権」

杏(そんな特権あったんだぁ。知らなかったぁ)

華「強制するなんてそれでも生徒会ですか!?」

沙織「とにかく戦車なんてみほはやりません!!」

みほ「……」

柚子「(桃ちゃん、やっぱり、駄目だよぉ。もうやめようこんなこと)」

桃「(ここまでか……。これ以上は問題になるな……)」

みほ「――あ、あの!!」

杏「ん?」

みほ「私!! 戦車道、やります!!!」

沙織・華「「えぇぇ!?」」

杏「はぁー、危なかったねぇ」

柚子「桃ちゃん、あれは言い過ぎだよぉ」

桃「しかし、横暴だと言われたらああ言う他にない。横暴なのは分かっていることだからな」

杏「ともあれ、これで一縷の望みができたね」

桃「はい。西住がいることで初心者への技術的指導等の心配はなくなりました」

柚子「あれ? 確か教官がくることになっていませんでしたか?」

杏「ああ。来るけど、教えてもらえるのは多分、基本中の基本だけだね。どうやって戦車を動かすとか、砲弾の装填方法とか。それに毎回学園に来ることもないだろうし」

柚子「そ、そうなんですか?」

杏「勿論、相談ぐらいには乗ってくれるだろうけど、直接の指導はあまり期待しないほうがいいね」

柚子「ということは、西住さんがいなかったら何もできなかったんですか……」

桃「一応、戦車戦術の基本は覚えた」

杏「基本は大事だけど、基本だけじゃ優勝はできないからなぁ」

桃「そうですね」

杏「西住ちゃんは自分のことや他の初心者を教えるだけで精一杯だろうし、なんとか負担を軽減できるようにしないとね」

桃「はい。善処します」

柚子「会長、そろそろ帰りませんか?」

杏「んー。私はもう少しやることがあるから」

桃「では、私を手伝います」

柚子「私も」

杏「いいから、二人はもう帰って。ああ、河嶋。明日中に見つかるとは思わないけど、見つかったら戦車を綺麗にするってことは履修者に伝えておいて」

桃「はっ。すぐに」

柚子「桃ちゃん、みんなの連絡先知ってるの?」

桃「生徒名簿を見れば分かる」

柚子「あ、そっか」

杏「ありがと。んじゃねー」

桃「では、お先に失礼します」

柚子「さようなら」

杏「うん。また明日なぁ」

杏「さてと……」ピッ

杏「あー、もしもし。大洗女子学園生徒会会長の角谷杏っていうんだけど、アンツィオ高校隊長の安斎って人と話したいんだ。できる?」

角谷宅

杏「よいしょっと」カチッ


かいちょー:こんばんは

ねこにゃー:かいちょーさん こんばんはー

ももがー:こんばんはなり

かいちょー:今日もよろしくぅ

ねこにゃー:はい そういえばリアルの戦車のほうはどうなんですか? 先生は見つかりましたか?

かいちょー:今日いけそうな人に頼んでみたんだけど断られちゃった

ももがー:どうしてなり?

かいちょー:まぁいろいろあるんじゃない? なかなかボランティアで教えてくれる人はいないからね

ねこにゃー:ボクが教えられるなら教えてあげたいけど リアルの戦車道はよくわからないし

かいちょー:いやいや ねこちゃんたちには昨日ネトゲのイロハを教えてもらったから それで十分だよ

ねこにゃー:そうかな これぐらいならみんなやってることだから


杏「こんなに親身になってくれるのはネットの世界ぐらいなんだよ。リアルじゃ、教えたくても教えられない立場の人なんかも少ないからな」

翌日 大洗女子学園 格納庫

杏「――んじゃ、みんなで戦車さがそっかぁ」

優季「探すってどういうことですかぁ?」

桃「我が校においては何年も前に戦車道は廃止になっている。だが、当時使用していた戦車はどこかにあるはずだ。いや、必ずある」

カエサル「して、一体どこに?」

杏「いやぁ、それが分かんないから探すの」

梓「何にも手掛かりないんですかぁ?」

杏「ないっ!」

桃「では、捜索開始! 見つけたものは私に連絡するように」

妙子「学園艦も広いのに」

おりょう「どこから探せばいいぜよ」

柚子「あのぉ。私たちが捜索した範囲は探さなくていいから。この地図の印がついたところは捜索済みなの」

あき「わぁ、割と印がある。これなら私たちが手分けすれば今日中に見つけられるかも」

典子「よし!! 私たちはこの断崖絶壁を探すぞ!!」

あけび「えぇー!?」

柚子「会長、自動車部のみなさんが戦車のレストアに協力してくれるそうです」

杏「悪いね、ナカジマちゃん。戦車の回収まで手伝ってもらって、しかもレストアまで。代わりといってはなんだけど洗車ぐらいはうちらでやるから」

ナカジマ「いえいえ。自動車部としても結構有益な活動ですから。まぁ、自動車部本来の活動とは言えませんけど」

杏「何か欲しいものある? タダでこんなことさせるのも悪いしさ。あ、干し芋3日分でどう?」

ナカジマ「そうですね……。とりあえず、レストアや整備に関しては私たちに全部任せてくれたらそれでいいですよ」

杏「もっちろん。私からは文句ないよ」

ナカジマ「ありがとうございます。あと、良い戦車が見つかったら私たちにください」

杏「いい戦車って? ティーガーとか?」

柚子「過去に保有していた記録はあるのですが、売却済みで多分残ってはいないかと……」

杏「あぁ、でも、ポルシェティーガーとかいうのは残ってんじゃない? 売却できたって記録ないし」

ナカジマ「ポルシェティーガー……?」

杏「どんな戦車かは知らないけど、ティーガーって名前がついてるぐらいだからなんか強そうって感じはあるね」

ナカジマ「それ見つかったら絶対に教えてください」

杏「うん。むしろ教えないとこっちが困る」

桃「会長、1輌見つかりました」

放課後 生徒会室

杏「見つかった戦車は全部で5輌かぁ。最低条件はクリアだね。砲弾は練習弾と一緒に発注してあるし、いつでも練習はできるか」

桃「あの公式戦ではどの校も限界数である10輌を投入してくるはずです。戦力が倍以上では厳しい戦いを強いられることになります」

柚子「確かに……」

杏「公式戦はフラッグ戦なんでしょ? だったら、フラッグ車だけを狙う作戦にしちゃえばまだ勝機はあるって」

桃「いや、しかし……」

杏「そうだねぇ。経験者は西住ちゃんだけ。まぁ、戦車のことを熟知してる秋山ちゃんもいるけど、辛いのは間違いない。しかし、そこは戦術次第だ」

桃「戦術……つまり、私ですか……」

杏「そう。でも、これからは西住ちゃんも戦術に関しては意見してくると思うし、そっちの戦術が良ければ採用すっから。そのつもりで」

桃「頑張ります」

杏「うん。だけど、河嶋が副隊長であることは変わりないんだから、気を緩めるなよぉ」

桃「はっ!」

柚子「あの、チーム編成や搭乗する戦車については?」

杏「それはちゃんと考えてあるから。んじゃ、今日はこれで解散」

柚子「はい。お疲れ様でした」

杏「えっと……」ピッ

杏「もしもし。大洗女子学園生徒会会長の角谷杏っていうんだけど、そちらの隊長と話がしたいんだ。できる?」

杏「え? いいの? ありがとね。はーい、待つ待つ」

杏「……」

ケイ『ハロー。大洗女子学園がサンダースになんのよう?』

杏「やぁやぁ、はじめまして。私、角谷杏。実は今年から大洗でも戦車道を復活させることになってさぁ」

ケイ『へぇー。そうなんだ。それで?』

杏「で、うちら絶対に優勝しなきゃいけないんだよね」

ケイ『どうして? 今年から復活ってことは大した戦車も揃ってないんでしょ? 人もそんなに集まってなさそう』

杏「おぉー。やっぱり分かっちゃう? 実はそうなんだよねぇ。いやぁー、それで困ってるんだ」

ケイ『客観的に見ても今年優勝なんてインポッシブルよ』

杏「現時点の可能性は0%。けどさ、それを1%にする努力はしてもいいと思わない?」

ケイ『普通はもっと時間をかけると思うんだけど?』

杏「時間はない。負ければ来年には学園がなくなっちゃうから」

ケイ『……統廃合の話? 最近、その手の話題多いもんね』

杏「だからさ、どうしても勝たなきゃいけないんだ」

ケイ『それで、負けて欲しいって?』

杏「そんなことはしないってぇ。できるもんならしたいけど」

ケイ『じゃあ、コーチをお願いしたいとか?』

杏「そういうこと」

ケイ『大洗には経験者とかいないわけ?』

杏「いるにはいるんだけどね、その子一人だけであとはみーんな初心者でさぁ。全員がその子に教えを乞いだすと負担が大きくなっちゃうしな」

ケイ『なるほどね』

杏「どう?」

ケイ『オッケー!! と、言いたいところだけど、技術や戦術の提供はそう簡単にはできないのよね。個人的には別にいいけど、やっぱり反感を持つ子もいるから』

杏「何とかならない? 勝ちたいんだ、どうしても」

ケイ『……』

杏「お願い」

ケイ『ソーリー。すぐに返答はできないよ』

杏「……だよねぇ。ごめん、時間とらせちゃって。ありがと。――はぁ、次いってみるか。ダメで元々だしな。知波単学園はどうだろうね」

翌日 格納庫

桃「会長、各戦車の搭乗者ですがどう振り分けますか?」

杏「見つけたもんが見つけた戦車に乗ればいいんじゃない」

柚子「そんなことでいいんですかぁ?」

桃「では、38tは我々が。西住たちはⅣ号で」

みほ「え? あ、はい。でも、私たちが見つけたのは38tですけど」

杏「正直者だね、西住ちゃん。んじゃ、ご褒美にⅣ号に乗っていいから」

みほ「は、はぁ……」

華「まるで金の斧、銀の斧ですね」

杏「そうそう。それね」

優花里「私たちがあのワークホースと呼ばれたⅣ号に乗れるなんて!! よかったですね、西住殿!!」

みほ「あ、うん。そうだね」

杏「とりあえず戦車を綺麗にしよっか。明日はかっこいい教官もくるから」

沙織「そうだった!! がんばりまぁーす!! やっほー!!」

みほ「うーん……」

放課後

桃「明日からいよいよ本格的な訓練を開始する。気合いをいれろ」

杏「それじゃ、かいさーん」

典子「お疲れ様でした!!」

優季「どこか寄ってかえろっか」

あゆみ「いいね。でも、その前にシャワー浴びたいなぁ」

沙織「私達もお風呂入ろう。体中、鉄臭いぃ」

華「そうですねぇ。西住さんはどうされますか?」

みほ「うん、行くよ」

優花里「あの……」

華「秋山さんもご一緒にどうですか?」

優花里「は、はい!! よろこんで!!」

桃「会長、砲弾が届きました」

杏「おっ。はやいね。ちょっと見せて」

みほ「……」

桃「こちらです」

杏「これか。よっ……」ズシッ

杏「ふぬぬ……!!」

柚子「か、会長、無理はしないでください」

桃「そうです」

杏「あぁー。やっぱ、ダメか。今から筋トレしてもこの体じゃ限界あるしね」

柚子「会長……」

杏「河嶋、小山。38tが活躍できるかどうかはお前たちに掛かってるからな」

桃「はい。分かっています」

柚子「任せてください!」

杏「そうそう、38tのことについては私が徹底的に調べておくから」

桃「と、いいますと?」

杏「操縦の仕方とか弱点とか色々」

柚子「それなら私が」

杏「いいからいいから。河嶋と小山はもう帰っていいぞ。また明日な」

杏「ふーん……! ふぅーん……!!」ピョンピョン

杏「はぁ……。一人で戦車にも乗れないのか、私は。あはは、情けないったらないな」

杏「……」

みほ「あの……」

杏「おっ。西住ちゃん、どうしたの。まだ帰んないの?」

みほ「私たちにⅣ号を振り分けた理由が、どうしても気になって」

杏「Ⅳ号はうちのエースみたいなもんだからね。それなら人間のほうもエースが乗らないとダメだと思うんだ」

みほ「そんな、エースだなんて」

杏「謙遜しなくていいって。西住ちゃん以外に経験者がいないっていう理由が大きいけど」

みほ「もしかして初めから決まっていたんですか?」

杏「……他に乗りたい戦車でもあったの?」

みほ「いえ、そういうわけじゃないんですけど」

杏「なら、いいじゃん。私はそろそろ帰るから」

みほ「あ、はい、さようなら」

杏「それじゃ。またね」

角谷宅

杏「……」カチッ


ねこにゃー:かいちょーキター

ぴよたん:こんばんはー

ももがー:かいちょー!!

かいちょー:みんなもう集まってたんだ ごめんごめん

ねこにゃー:きょうもがんばろー

ももがー:がんばるなり!

ぴよたん:きょうもいっぱい特訓だっちゃ

かいちょー:付き合ってくれるの? うれしいけどねこちゃんたちはつまらなくない?

ねこにゃー:そんなことないよ 何もできないまま負けるってつまらないから それにかいちょーがこのままネトゲは面白くないっていって辞められるのが一番困る

ももがー:もっとできたはずだって絶対に悔やむなり

ぴよたん:このテクを覚えていればよかったのにってよくなるから


杏「そうだな、負けるならやるべきことをやり尽くしてからじゃないと……」

翌日 大洗女子学園

優花里「教官! 本日はどのような練習を行うのでしょうか!?」

亜美「そうね。本格戦闘の練習試合、早速やってみましょう」

柚子「え!? あの、いきなりですか!?」

亜美「大丈夫よ! 何事も実戦、実戦! 戦車なんてばーっと動かして、だーっと操作して、どーんっと撃てばいいんだから。それじゃ、それぞれのスタート地点に向かってね」

柚子「あの、操縦の方法とかは?」

亜美「それぐらい触ればわかるから心配ないわよ」

柚子「えぇー!?」

杏「まぁまぁ、教官が言ってるんだし、とりあえず戦車に乗ってみよー」

あゆみ「大丈夫かなぁ」

典子「気合と根性で戦車を動かせばいいんだ!!」

妙子「おぉー!!」

カエサル「誰が操縦をする?」

おりょう「私がやってもいいぜよ」

桃「お前たち、少しいいか?」

38t車内

杏「小山、なんとかなりそう?」

柚子「は、はい。大丈夫です」

桃「会長、B・Cチームには協力してAチームを叩くよう伝えました」

杏「あんがと。Dチームには?」

桃「私たちの後ろについてくるように命令してあります」

杏「よぉし」

柚子「でも、この作戦上手くいくんですか? いくら西住さんでも4輌を相手にされたらひとたまりもないんじゃあ……」

杏「成功してもらわないと困るんだよね。西住ちゃんが隊長にふさわしいことを全員に分からせるためにも」

桃「むしろ、西住が乗る戦車が4輌とは言え素人の操る戦車に負けるようでは……」

杏「優勝は夢のまた夢かな」

柚子「それでは困ります……」

杏「西住ちゃんには悪いけど、これぐらいは乗り越えて欲しい。試合になればもっと多くの逆境が待ってるからね」

桃「会長の言うとおりです。柚子、そろそろ行け」

柚子「う、うん、わかった」

演習場 38t車内

亜美『――DチームM3、Eチーム38t、CチームⅢ号突撃砲、Bチーム八九式、いずれも行動不能。よって、AチームⅣ号の勝利!!』

桃「ふっ。やはり彼女に戦車道を受講させたのは正しかった」

杏「作戦通りだねぇ」

柚子「はぁ……。西住さんを試したみたいであまり気分はよくないですね」

桃「それは……」

杏「私たちは負けられない。これぐらいのことはしないとな。これで西住ちゃんの能力の高さをみーんなが目の当たりにしたんだし、自然と隊長として認められるはず」

柚子「そこはどうするんですか? 会長が自ら西住さんを指名しちゃうんですか?」

杏「現時点では河嶋が隊長なんだし、そこを崩していきなり西住ちゃんにしたら河嶋が可哀想だしなぁ」

桃「会長、私のことを考えてくれているのですか……」

杏「弱小チームだからこそ士気だけは高くないと。で、士気を高めるためには隊長と副隊長がしっかりしてないといけないとな」

柚子「では、もうしばらくは桃ちゃんが隊長なんですね」

桃「何がいいたい!!」

杏「できるだけ自然な形で西住ちゃんを隊長に任命しないとね」

柚子「何か考えでもあるんですか?」

格納庫

杏「今日は協力してくれてありがとー」

亜美「確かにいきなり実戦がしたいというのは驚いたけど、楽しかったわ。それに西住師範のお嬢様の技術もこの目で見ることができたもの」

柚子(今日の試合って会長の提案だったの!?)

杏「あー、西住ちゃんは今そこに触れられたくないみたいなんっすけど」

亜美「え? そういえば西住師範のお嬢様は姉妹共に黒森峰にいたはずよね。どうして大洗に?」

桃「去年の試合が原因でこちらに転校してきたようです」

亜美「ああ。なるほど。失礼なことをしてしまったようね。ごめんなさい」

桃「それは西住に言ってください」

亜美「分かったわ。それより、貴方達からは何か質問はない?」

杏「……どうやったら、狙った的は外さないようになるんですかね?」

柚子「会長……!」

亜美「確かに貴方達の砲撃は明後日の方向にいっていたわね。基本は分かっている?」

杏「ええ、まぁ」

亜美「だったらまず――」

>>35
杏「弱小チームだからこそ士気だけは高くないと。で、士気を高めるためには隊長と副隊長がしっかりしてないといけないとな」

杏「弱小チームだからこそ士気だけは高くないと。で、士気を高めるためには隊長と副隊長がしっかりしてないとな」

38t車内

杏「狙いを定めて……」カチッ

杏「やっぱりネトゲとは感覚が違うかー。戦車道ショップのゲームもやらなきゃなぁ」

ナカジマ「会長。38tの修理と整備したいんですけど、エンジン切って降りてもらえます?」

杏「おー。もう他の整備終わったの?」

ナカジマ「もうって今何時だと思ってるんですか?」

杏「何時ー?」

ナカジマ「9時ですよ」

杏「自動車部も大変だねぇ」

ナカジマ「会長がやってほしいって頭下げにきたんじゃないですか」

杏「あ、そっか。じゃ、降りなきゃな」

ナカジマ「会長も熱心ですね」

杏「ナカジマちゃんたちには負けるって」

ナカジマ「私たちは好きでやってますから」

杏「好きなことをやれるのは幸せなことだもんな。……ホント、今までが幸せすぎたのかな」

角谷宅

杏「そこをなんとかできない?」

アンチョビ『お前もしつこいな。技能のことを教えるなんて無理だって言ってるだろ。敵に塩を送れると思うか? こっちだって余裕はない、いや、ないことはないけど』

杏「直接指導してくれなくていいんだって。ただ、砲撃時のコツなんかをこっそり教えてくれたらそれでさぁ」

アンチョビ『それができないって言ってるんだ!!』

杏「……チョビ子、ダメ?」

アンチョビ『アンチョビ!! それが人に物を頼む態度か!?』

杏「まぁまぁ、そんな畏まる仲でもないし」

アンチョビ『まだお前とは電話でしか話したことないだろ!! いや、数回メールでやり取りもしたけど!!』

杏「十分、友達だね。私たち」

アンチョビ『調子狂うなぁ。……サンダースは何も言ってこないのか?』

杏「一度、メールはしたもののまだ何も返ってきてないよ。一昨日に電話しただけだから仕方無いけどね」

アンチョビ『プラウダは遠いから無理だし、黒森峰はお堅いからなぁ。あと強豪で頼れるのはグロリアーナぐらいか?』

杏「グロリアーナは練習試合の相手にって考えてるから、ダメだねぇ」

アンチョビ『お前、かなり我儘だな。まぁ車長ならそれぐらいがいいときもあるんだけどさ』

杏「車長ねぇ。的確な指示も出せない車長なんていらないと私は思うけどなぁ」

アンチョビ『焦り過ぎなんじゃないか?』

杏「……」

アンチョビ『そんなに焦ってもいい結果は出ないぞ。もっと仲間を信じて――』

杏「……なら、いつ焦ればいいと思う?」

アンチョビ『え……』

杏「今、焦んないでいつ焦ればいいのか、教えて」

アンチョビ『……』

杏「この1年しか無いんだ。今のはなし!! もう1回!! なんてことも、できないんだよ」

アンチョビ『悪い。軽率だったな』

杏「こっちこそ感情的になっちゃった。ごめん。チョビ子の言うとおり、焦り過ぎだな。頭冷やすっ」

アンチョビ『……また、メールする』

杏「ありがと」

アンチョビ『ふんっ。おやすみ』

杏「おやすみ、チョビ子」

数日後 放課後 生徒会室

桃「これより、次の日曜日に行われる聖グロリアーナ戦のミーティングを始める。練習試合だからと気を抜くな。勝ちに行くぞ」

杏「いぇーい」

桃「いいか。相手の聖グロリアーナ女学院は強固な装甲と連携力を活かした浸透強襲戦術を得意としている。とにかく相手の戦車は堅い」

桃「主力のマチルダⅡに対して我々の方は100m以内でないと通用しないと思え。そこで1輌が囮となってこちらが有利になるキルゾーンへ敵を引き摺りこみ、高低差を利用して残りがこれを叩く!」

典子「よしっ!」

みほ「……」

杏「西住ちゃぁん、どうかしたぁ?」

みほ「あ、いえ……」

杏「いいから、言ってみぃ」

みほ「聖グロリアーナは当然こちらが囮を使ってくることは想定すると思います。裏をかかれて逆包囲される可能性があるので……」

柚子「あぁー。確かにねぇ」

杏「(河嶋、今だ)」

桃「……」コクッ

桃「黙れ!! 私の作戦に口を挟むな!! そんなことを言うのならお前が隊長をやれぇ!!!」

杏「――それじゃ、とりあえず河嶋の作戦は採用するってことで。チームの指揮は西住ちゃんがとってね」

みほ「は、はい」

杏「どうしても嫌ならこっちも考えるけど?」

みほ「……いえ。私が隊長をやります」

杏「そう。まぁ、全部を西住ちゃんに任せるのはなんだから、他の雑用は勿論、他校の隊長とはなるべく私が応対すっから」

みほ「いいんですか?」

杏「せめて、これぐらいは役に立たないとね」

みほ「……」

杏「そーら、もう帰った帰った。また明日も練習すっから、新戦力の冷泉ちゃんをちゃんと連れてきてよぉ」

みほ「はい。それではさようなら」

杏「ばいばーい。おつかれー」

桃「……バレなかったですね」

杏「結構、クサい演技だったけどな。ともあれ、これで西住ちゃんを隊長にするとこが出来た。あとは次の練習試合でチームが軌道にのってくれれば儲けもんだね」

柚子「練習試合、できれば勝ちたいですね……」

みどり子「失礼します。会長、少しいいですか?」

杏「そど子か。なんかあった?」

みどり子「その名前で呼ばないでください!」

杏「風紀委員はみんなそど子って呼んでるじゃん」

みどり子「風紀委員はいいんです!!」

桃「どういう理屈だ」

みどり子「それより、生徒会から直接全生徒に忠告して欲しいことがあります」

杏「なにさ」

みどり子「最近、制服姿のまま戦車道ショップに出入りしている人がいるらしいです。一人なのか複数人いるのかは分かりませんが、とにかく止めさせないといけません」

杏「まぁまぁ、いいじゃん。みんな学校帰りにアイス食べたりしてるし」

みどり子「放課後ですし多少のことは目を瞑っています。でも、報告があった以上は注意する必要があります」

杏「……」

柚子「あの、別に変なことしてるわけじゃないんじゃないかな? ほら、戦車道ショップってことは戦車道を受講してる人だと思うし」

みどり子「度が過ぎていると言っているんです! 4月に入ってから今日までほぼ毎日、酷いときは閉店時間である夜10時までいることもあることも分かっています」

桃「秋山か?」

柚子「どうなんだろう……」

みどり子「会長、いいですね?」

杏「分かった。見かけたらそれとなく言っとくから」

みどり子「お願いします。それでは失礼しました」

杏「風紀委員はいい子ばっかりで困るね」

桃「私のほうから秋山に警告しておきます」

杏「秋山ちゃんじゃないかもしれないし、そういうことはちゃんと調べてからのほうがいい。この件に関しては私が調査して注意しとくから」

柚子「え!? 会長が!?」

杏「会長から言ったほうがいいじゃん」

柚子「それはそうですけど」

杏「それじゃ、また明日なぁ。遅刻すんなよ」

桃「は、はい」

柚子「珍しいね、会長が生徒の指導なんて」

桃「……秋山に連絡してみるか」

柚子「どうして? 会長に任せようよ」

桃「いや、他に知りたいことがある」

戦車道ショップ

杏「よっと」

『ドォォォォン!!』

杏「……ふぅ。ゲームオーバーか。ハイスコアには程遠いね」

杏「さてもう一回」

優花里「会長殿」

杏「おぉ。秋山ちゃん。ここで会うのは久し振りだね」

優花里「あの、先程連絡がありまして」

杏「……河嶋から?」

優花里「はい。ショップに入り浸っている生徒がいるらしいので調べて欲しいと」

杏「そっか。御苦労様」

優花里「もしかして最近、ずっとここで?」

杏「うん。ゲーセンでもいいんだけど、あそこは人が多いからね。こっちのほうがゆっくりプレイできるし」

優花里「しかし、会長殿はコマンダーです。このゲームは砲撃手としての技術は上がるかもしれませんが、戦車戦術を学ぶならオンラインゲームのほうがよくないですか?」

杏「ダメなんだよね。……それだけじゃ、ダメなんだ」

優花里「ダメだなんて、車長の仕事としてはそれで――」

杏「じゃあ、戦車道やろっか」

優花里「へ?」

杏「私が最初にそういった。言い出した人間が仕事できなきゃ、誰もついてこない」

優花里「どうして戦車道を始めようとしたんですか?」

杏「うーん……。楽しそうだから!」

優花里「あぁ……そうなんですか……」

杏「私の我儘に河嶋と小山は付き合ってくれてる。西住ちゃんも無理矢理巻き込んだ。だから、できることは全部やるしかないんだよね」

杏「でも私は、操縦ダメ、撃つのは河嶋レベル。装填なんてカメみたいに遅い。戦術だってまだまだ勉強中だから指示も出せない」

優花里「つ、通信手も大事な役割ですよ」

杏「そうだね。だけど今はまだ西住ちゃんの指示を聞くぐらいしかできない」

優花里「ですから、そのために戦術を勉強されているのではないのですか?」

杏「所詮は素人の付け焼刃。戦術に関しては他校の車長には敵わない」

優花里「……」

杏「まぁ、今のままじゃ私はただの足手まといだ。みんなを引っ張りこんだ張本人が足手まといなんて、笑えるよ」

優花里「あの、楽しそうだから始めたことなんですよね? なら、そこまでやることもないような気がするのですが」

杏「スポーツにおいて、楽しいって感じるときはいつだと思う?」

優花里「それは同じ志しを持つ友人たちと切磋琢磨しているときです」

杏「うん。それもいいよね。でも、もっと楽しいときがある」

優花里「勝ったときですか?」

杏「やっぱり、それが一番楽しいし、やっててよかったと感じる瞬間だ」

優花里「そんなことはありません! 私は会長殿が本気になってくれているのも嬉しいです! 勝ち負けは二の次だと思います!」

杏「ごめん、秋山ちゃん」

優花里「は、はい?」

杏「私は勝ちたいんだよ。どうしても」

優花里「な、なぜ……」

杏「西住ちゃん、いや、みんなに良い思い出を作って欲しいから、かな」

優花里「思い出ですか……」

杏「今日は帰るよ。じゃ」

優花里「会長殿……」

角谷宅

杏「……」カチッ


ねこにゃー:かいちょーさんこんばんはー

かいちょー:こん ももちゃんとぴよちゃんはまだー?

ねこにゃー:きょうは学校の課題を片付けてからくるっていってたよ

かいちょー:そうなんだ

ねこにゃー:それにしてもかいちょーさん 腕をあげたよね

かいちょー:ねこちゃんには負けるよ

ねこにゃー:そんなことない このまま続けていけばきっとすごいプレイヤーになれる! ボクが保障するから!!

かいちょー:ありがとね ねこちゃんにそう言われるとできそうな気がしてくる

ねこにゃー:リアルの戦車だって同じ かいちょーなら大活躍できる ボク応援してるよ

かいちょー:応援してくれるの?

ねこにゃー:もちろん かいちょーとは同志だから

かいちょー:なら今度試合するから見に来てくれない? 私が活躍できるかどうかはわかんないけど

ねこにゃー:試合? いける場所ならいく! 絶対に!

日曜日 大洗 試合会場 観客席

ねこにゃー(かいちょーって……大洗の人だったんだ……)

ねこにゃー(もしかして……かいちょーさんは……)

ねこにゃー(たしか、生徒会はカメさんチームだったはず)

ももがー(あぁ、38tの履帯が外れちゃったなり)

ぴよたん(かいちょーさんってやっぱり会長なのかなぁ)

ねこにゃー(大洗がピンチだ。でもリアルじゃなにもできないボク……)

ももがー(がんばれー。大洗ー)

ぴよたん(やっぱり迫力あるなぁ。私も本物の戦車で撃ってみたいなぁ。今からでも戦車道とれないかな)

ねこにゃー(そうだ。私も戦車道をとればかいちょーのことも助けられるかも。同じクラスの西住さんに言えば仲間にしてくれるかな)

ももがー(だけどリア友いないし、戦車道を受講している人たちってリア充っぽい人ばっかりだから、なんか行きづらいし……)

ぴよたん(はぁ……。ねこにゃーさんやももがーさんが一緒ならできそうなのに)

ねこにゃー(あぁ、でもボク、西住さんとは一度も話したことないし……気持ち悪がられるかも……)

ねこにゃー(それにボク一人が行っても……戦車はネトゲと違って一人じゃうごかせないし……)

ぴよたん(帰ったらねこにゃーさんとももがーさんに相談してみよう)

演習場 38t車内

杏「外れちゃったね、履帯。38tは外れやすいからなぁ」

柚子「あぁ……そんなぁ……。聖グロリアーナはやっぱり強いですね……」

武部『Eチーム、大丈夫ですか?』

杏「ダメっぽいね」

桃「無事な車輌はとことん撃ち返せー!!」

典子『私たちどうしたら!?』

エルヴィン『隊長殿、指示を!!』

桃「撃って撃って撃ちまくれー!!!」

杏「西住ちゃんはどうするか……」

みほ『――B・Cチーム、私たちの後についてきてください!』

典子『分かりました!』

エルヴィン『心得た!!』

桃「なに!? 許さんぞ!!」

みほ『もっとコソコソ作戦を開始します!!』

桃「くそっ!! 私たちを置いて逃げたのか!!」

杏「西住ちゃん。こっちは履帯直したら動けるよ」

みほ『分かりました。履帯が直り次第、これからいう地点に向かってください。敵は私たちで惹き付けます』

杏「よろしく。私たちにできることはあまりないけどねぇ」

みほ『そんなことはありません!』

杏「え……」

みほ『貴方達にしかできないことです!』

杏「西住ちゃん……」

みほ『私は信じています』

杏「……人が悪いね」

みほ『すみません。でも、私の正直な気持ちです』

杏「河嶋ぁ! 小山ぁ!!」

桃「直ちに履帯を!!!」

柚子「直します!!」

杏「西住ちゃん、私たちはどこに向かったらいい?」

市街地 38t車内

柚子「西住さんたちはどのあたりにいるんですかぁ?」

杏「小山、その路地を右折して」

柚子「こ、こっちですか?」

杏「西住ちゃんはその先にいる」

柚子「本当ですか?」

杏「この地点に誘い込もうとしてるのは間違いないからね。でも、急げよぉ。大ピンチには変わりないからな」

柚子「わかりました!!」

杏「河嶋、砲撃用意。車体の動揺が収まったと同時に撃て」

桃「はい!!」

杏「見えた!! ――参上ぉ!!」

優花里『履帯、直したんですね!!』

桃「発射!!! ……あ」

柚子「桃ちゃん、ここで外すぅ?」


ドォォォン!!!

試合会場

柚子「結局、負けてしまいましたね」

桃「その上、あんこう踊りまですることになるとは……」

杏「まぁまぁ、連帯責任だから」

柚子「会長が躍りたかっただけですよね」

杏「ふふん」

沙織「もー。恥ずかしかったぁ」

優花里「案の定、カメラでたくさん撮影されていましたぁ」

華「お母様の目に触れなければいいのですが」

麻子「はぁ……」

みほ「踊っている間の記憶がないような……」

杏「西住ちゃん」

みほ「すみません。結果を出せなくて」

杏「……こんな私たちのこと信じてくれてありがと。公式戦までにはもっと強くなるから。河嶋、小山。帰るぞ」

みほ「あ……」

数日後 夜 学園艦 戦車道ショップ

杏「ふんっ! でぇい!」

『ドォォォン!!』

杏「やーらーれーたー!」

みどり子「会長!!」

杏「お、そど子」

みどり子「その名前で呼ばないでください!! それより、こんな夜遅くに何をしているんですか? もう9時ですよ。こういった行動は控えてください」

杏「ごめん。もう帰るから」

みどり子「校則を破ってまで練習するなんて異常です。何かあるんですか?」

杏「絶対勝たなきゃ意味ないんだ」

みどり子「3年生だからですか?」

杏「後輩たちの思い出を奪わせないためだよ」

みどり子「それって……」

杏「じゃ、そど子も早くかえれよー」

みどり子「あ、はい。じゃなくて!! 会長が早く帰るんです!!」

角谷宅

杏「んー……」カチッ


かいちょー:いやー ゲームでは勝ててもリアルで負けるんじゃ意味ないよね

ねこにゃー:今のプレイはとってもよかった!! そうそうこの前の試合も見たよー

かいちょー:ホント? いやー ごめんね 誘っておいて負けるなんてさ 大した活躍もできなかったんだよね

ねこにゃー:実はボクも戦車道とろうと思ってて

かいちょー:マジ? それは嬉しいなぁ 試合でやることがあったらよろしくぅ

ねこにゃー:あとかいちょーは大活躍だったと思う あのときⅣ号の前に出てこなかったらあそこで終わってた


杏「私が誰か気付いてるんだ……ねこちゃん……。まぁ、名前でわかっちゃうよね」


かいちょー:あれは隊長の指示のおかげなんだよね 私の力でもなんでもないんだ

ねこにゃー:わざと追い詰められて助けを待つのはそれだけ信頼されている証拠

かいちょー:試合中も信じてるって言われちゃった

ねこにゃー:やっぱり!

かいちょー:嬉しい反面 これからが大変だよ 力のない私がどうやれば期待に応えられるのかわかんなくてさ

ねこにゃー:今日の試合のように動けばいいんじゃないの?

かいちょー:だといいんだけどね

ねこにゃー:ダメなの? どうして?

かいちょー:今日はいいとしても次からはミスできないんだ ワンミスでゲームオーバーだから もっともっと強くならなきゃいけない

ねこにゃー:部外者のボクがこういうことをいうのはどうかなって思うんだけど かいちょーさんが信頼されているのはきっと技術があるとかじゃないはず

ねこにゃー:撃つのが上手いからとか 操縦が上手いからとか 戦術が優れているとか そういうことでは期待や信用はしてないはず

ねこにゃー:みんな初心者だし 経験者ばかりの他校より劣っているのは誰の目から見ても明らかだし

かいちょー:言ってくれるね

ねこにゃー:ごめんなさい! 別にかいちょーのことを悪くいうつもりはなくて ただ西住さんは別のことで信頼していたんじゃないかって思っただけで

かいちょー:試合が進めば弱い私はいつか迷惑をかける 信頼だってしてもらえなくなる そんな自分に満足なんてできないし許せもしない 私が原因で終わったら悔やんで悔やみきれなくなる

かいちょー:だから強くなるしかないんだ

ねこにゃー:みんなで一緒に強くなることはできないの?

かいちょー:もちろん 一緒に強くなろうとしてるよ

ねこにゃー:だけどかいちょーはなんだかずっと一人で戦ってるような言い方しかしてない気がするんだけど


杏「……」

ねこにゃー:戦車道はチームで戦う ネトゲでもそれは一緒 かいちょー一人じゃボクには絶対に勝てないし ボクも負けない自信がある

ねこにゃー:だけどかいちょーとももがーとぴよたんが一緒ならボクは負けるよ ぼっちなボクは何も強くないから

ねこにゃー:だいだいかいちょーだってボクたちとネトゲして上手くなったはず だったら戦車道もきっと同じ

ねこにゃー:一人では強くなれない その上寂しいし全部を抱え込まなきゃいけないし あと困ったときにどうしたらいいかわからなくなって結局迷惑かけちゃうし


杏「……」


ねこにゃー:こう書いてたらかいちょーはここにいちゃいけない気がしてきた 今からでもいいからボクじゃなくて 周りの人に相談したほうがいいと思う

ねこにゃー:ボクじゃきっとかいちょーの悩みをきくだけで 解決することなんてできないし

かいちょー:そういえばねこちゃんはずっと私の愚痴をきいてくれてたね

ねこにゃー:こういう場所だとそれぐらいしかできなくてごめんなさい 戦車のことといっても所詮はネトゲのテクぐらいしか教えられないから

かいちょー:ねこちゃん ついでだから私の悩み もうちょっときいてくんない?

ねこにゃー:もちろん

かいちょー:長くなるけど いいかい?

ねこにゃー:徹夜は慣れてるから

かいしょー:そうか なら遠慮なく

>>56
ねこにゃー:今日の試合のように動けばいいんじゃないの?

ねこにゃー:前の試合のように動けばいいんじゃないの?


かいちょー:今日はいいとしても次からはミスできないんだ ワンミスでゲームオーバーだから もっともっと強くならなきゃいけない

かいちょー:この前のはいいとしても次からはミスできないんだ ワンミスでゲームオーバーだから もっともっと強くならなきゃいけない

かいちょー:悔しいんだ 試合でなにもできない自分が 悔しくて堪らないんだ 自分ってこんなに弱かったのかって毎日思ってる

かいちょー:いくら筋トレしたって満足に装填はできない 操縦もうまくできない 狙った的には当たらない あげくの果てには戦車にも土台がないと乗れない

かいちょー:私にやれることと言えばチームをまとめる手助けと隊長の負担を軽減させることだけなんだよ

かいちょー:そんな私がこれ以上西住ちゃんに何かお願いするなんて図々しくてできないんだ

かいちょー:だから色んな人に頼んでみた 相手を困らせるだけなのは分かりきっているのに 他校の隊長にだって頼んだ

かいちょー:毎日練習した 毎日戦車のことも勉強した 毎日校則破って戦車道ショップに通った

かいちょー:素人がすこし努力しただけで上手くなるわけがない それはわかってる

かいちょー:わかるからこそくやしいし つらいし 納得もできない どうして結果がでないんだろう もっと上手くなってもいいじゃん 私はただ役に立ちたいだけなんだ

かいちょー:やくにたちたい ちからになりたい


杏「私……なに書いて……」


ねこにゃー:ボクは一生懸命な貴女が大好きです


杏「……」


ねこにゃー:大洗のみんなにだってそれは伝わっているはず だから信頼してくれる 貴方は自分が思っているほど弱くなんてない! ボクが保障する!!

かいちょー:ありがとね ねこちゃん

ねこにゃー:いえ 偉そうなことをいってすみません

かいちょー:もうここで学べることはなさそうだね

ねこにゃー:それはボクも思う

かいちょー:これからはみんなでやっていくよ

ねこにゃー:うんうん

かいちょー:ねこちゃん 私待ってるから

ねこにゃー:何がですが

かいちょー:ねこちゃんと一緒に戦車道ができる日を

ねこにゃー:わかりました!! 絶対に戦車道を受講する!!

かいちょー:うん それじゃ

ねこにゃー:さようなら!! かいちょー!!


杏「……」

杏「弱音は吐いた。あとは強気でいかなきゃな」

杏「まずは……」ピッ

翌日 大洗女子学園 生徒会室

みほ「失礼します」

杏「おー。悪いね、西住ちゃん。貴重なお昼休みに呼びつけて」

みほ「いえ。それでお話って?」

杏「そろそろ戦車道の公式戦が始まるわけだけど、正直なところどう考えてる?」

みほ「ど、どうって?」

杏「今の状態で優勝はできると思う?」

みほ「優勝……」

杏「難しいよね、やっぱ。まぁ、メンタル面は別にしてあんこうチーム以外はこれといって長所もないし」

みほ「い、いえ。そんなことは」

杏「私さ、ずっと遠慮してたんだ。西住ちゃんだけには技術的なことは訊かないでおこうってね」

杏「転校してきたばかりの西住ちゃんに強制的に戦車道選ばせて、その上隊長まで押しつけて、その重任たるや目を覆いたくなるほどだ。そんな西住ちゃんにこれ以上の負担はかけまいとしてきた」

みほ「……」

杏「だけど、それは結果的に西住ちゃんの足かせになるだけなんだよね。このまま頼らずに強くなるなんて、絶対に無理だ。それがよぉーくわかった」

みほ「会長……」

杏「今更で本当に申し訳ないけど、この私に戦車のことを教えてほしいんだよね。特に砲手としてのイロハとか」

みほ「Ⅳ号に乗ってほしいと言われたり、みんなが示し合わせたように試合で狙ってきたり、あの場の流れで隊長をやることになったり……」

杏「あ、やっぱ怒ってる?」

みほ「会長は常に勝つためにチームをまとめようとしていたんですね」

杏「能力がある人が上に立つのは強いチームにするためには重要なことだから」

みほ「……」

杏「だけど、西住ちゃんを引き込んで隊長にしたのは勝つためってよりは、みんなで強くなりたいからだ」

みほ「強く……」

杏「スポーツは上手くなれば楽しい、勝てばもっと面白い。そういうもんだからね。楽しむにはまずは何より強く、上手くならなきゃいけない」

杏「あとさ、負けて10年後や20年後に思い出話で笑い合うんじゃなくて、今日勝って、今日の私達で笑い合いたい。私はそういう思い出を作って欲しい」

みほ「……」

杏「だから――」

みほ「だったらどうして最初に頼ってくれなかったんですか?」

杏「それは西住ちゃんにはこれ以上の負担をかけないようにって言ったじゃん」

みほ「遠慮なんてしないでください。それに私が隊長をすると決めたのは、会長がそうやって一生懸命だったからです。決して押し付けられたからじゃない」

杏「え……?」

みほ「あのとき、分かりました。会長は本気で、一生懸命なんだって」

杏「西住ちゃん……」

みほ「そんな会長なら信じられる。そう思いました。だから、隊長をするって決めたんです。遠慮なんてしないでください」

杏「……ごめんよ」

みほ「私、がんばります。だから、会長も手伝ってください。みんなで戦車道を楽しむためには会長の助けも必要です」

杏「うん。やるよ。どんなことだってやる。私は役立たずになることが、一番嫌いだからな」

みほ「でも、砲手は河嶋さんがやってくれるから、どちらかといえば戦術のほうを……」

杏「戦車戦術なんて今から学んでも到底試合には間に合わない。それよりも戦力アップが望めるのは砲撃のほうだ」

みほ「確かに戦術に関しては無理に自分で動くよりは密に連絡を取り合うほうがはるかにいいかもしれない……」

杏「でしょ? そこは西住ちゃんを信頼してる。でさ、西住ちゃんからの信頼を得る為には、砲撃しかないんだよね」

みほ「河嶋さんと交代するってことですか?」

杏「いや、交代するのはそれなりの自信がついてからにするよ。中途半端に変わっても意味ないし、それに秘密兵器っぽくてかっこいいじゃん?」

みほ「あはは……。わかりました。でも、砲撃の技術に関しては秋山さんにも聞くといいと思います」

杏「おぉ。それもそうだねぇ。秋山ちゃん、校内試合でもすごかったもんねぇ」

放課後 戦車道ショップ

優花里「素早さよりも正確さが重要です。動きながら的に当てることは基本的にできないと思ってください」

杏「はいよぉ」

優花里「それから――」

みどり子「またやってるの?」

優花里「うわぁ!?」

杏「やってるよー」

みどり子「会長……」

優花里「あの、すみません!! これが終われば帰りますから!!」

杏「文句ならいくらでも聞くって。でも、今は見逃してくんない?」

みどり子「……もうすぐ試合なんですよね? 無理して体だけは壊さないようにしてください」

優花里「あ、ありがとうございます!!!」

みどり子「もう!」

優花里「園殿、優しいですね」

杏「ホント、風紀委員はいい子ばっかりだね。さー、つづきやるぞー!!」

数週間後 戦車道全国高校生大会 抽選会場

柚子「1回戦の相手はサンダース大付属高校ですか……。いきなり強豪が相手ですね」

杏「だね」

桃「どんな相手だろうが関係ない。私たちは負けるわけにはいかないんだ」

アンチョビ「大洗女子学園の角谷杏」

桃「誰だ!?」

杏「やぁ、チョビ子」

アンチョビ「アンチョビ!!」

柚子「確かアンツィオの安斎さん」

アンチョビ「アンチョビ!!! 杏、これいるか?」

杏「これは?」

アンチョビ「うちらの砲撃技術の全てが記されているノートだ」

桃「なに……? どうしてそんなものを?」

杏「わざわざ持ってきてくれたんだ」

アンチョビ「使うのか、使わないのか?」

杏「嬉しいね。でも、前にメールで送った通り、もう必要なくなったから」

アンチョビ「そうか」

杏「自分の隊長と仲間を信じることにしたよ」

アンチョビ「やっとそこに気が付いたか。私たちは2回戦では戦うことになる。負けるなよ」

杏「チョビ子もね」

アンチョビ「じゃあな」

杏「バイバーイ」

柚子「会長、今の話はどういうことなんですか?」

杏「なんでもない。私が先走りすぎてだけのことだ」

桃「……」

杏「っと、ちょっと知り合いがいるから行ってくる」

柚子「会長!?」

桃「待て、柚子。お前も薄々感じていただろう」

柚子「う、うん。最近、一人で帰ることが多かったし、それに戦車道ショップでいつも……」

桃「ああ。会長は誰よりも学園のことが好きなんだ。守るためならなんでもする。だが、その努力や苦悩は見せてくれない。そういう人だからな」

杏「ケーイ」

ケイ「ん? えーと……?」

アリサ「誰よ?」

杏「角谷杏。1回戦、よろしくねぇ」

ケイ「おぉー。あなたがアンジー? こうして会うのは初めてね」

アリサ「あぁ。廃校が決まっているっていう。キャプテンから聞いてるわ」

杏「優勝したら廃校は白紙になるけどね」

アリサ「私たちに勝つ気なの?」

杏「うんっ」

アリサ「私たちにコーチを頼むぐらい人材が不足してるのに? 笑わせないで」

ケイ「アリサ。シャラップ」

アリサ「す、すみません」

ケイ「アンジー。この前のメールに書いていたことだけど、本当にいいの? 一応、ナオミにも許可は貰ったんだけど」

杏「うん。ケイのことは好きだけど、私はやっぱり隊長とその仲間たちのほうが好きだからね」

ケイ「それはいいことね。私はそんなアンジーが大好きよ。試合ではスポーツマンシップに則って、正々堂々戦いましょ。それじゃ!」

杏「……」

桃「会長、終わりましたか」

杏「ああ。悪いね。……待たせちゃって」

桃「いえ。西住たちも待っています。行きましょう」

柚子「会長。これからはみんなでがんばりましょうね」

杏「うん。河嶋、これからは不甲斐ないことしたら即座に交代してもらうからな」

桃「心得ています」

杏「小山、しっかり操縦しろ」

柚子「任せてください」

杏「……あと少しで形になりそうだからさ。ちょっと待っててくれ」

桃「心配はいりません。時間はあります」

柚子「決勝までに自信をつけてください」

杏「よぉーし!! いくぞー!!」

桃「はい!」

柚子「はぁーい!」

東富士演習場 決勝戦後

麻子「そんなことがあったのか」

沙織「今思うと全部会長の手の平の上だったんだって思えるかも」

華「けれど、会長は飽く迄も学園を守りたい一心だったわけですから」

優花里「はい。会長殿が私たち、いえ、生徒全員のことを想ってくれていたことは間違いないです」

みほ「うん。私はそんな会長と戦車道ができて本当によかったと思える」

杏「そこまで言ってくれると嬉しいねぇ」ギュッ

みほ「わっ。会長」

杏「試したり、騙したり、学校の未来を預けたり、西住ちゃんにはどんなに謝罪してもし切れないね」

みほ「いえ。チームが一丸となって戦えたから優勝できたんです。私だとここまでみんなをまとめることはできませんでした。会長がいなかったら……」

杏「そういってくれるんだ。西住ちゃんらしいね」

ねこにゃー「西住さんは優しいから」

杏「ねこちゃんもそれは負けてないと思うけどね」

ねこにゃー「え……!?」

杏「気がついてないと思ってた? 甘いねぇ。ねこちゃんにも助けられたよ。ありがとね」

ねこにゃー「ボ、ボクなんて、ネトゲで偉そうにいうだけで」

杏「それがよかったんだって。あのとき、弱音を吐けてなきゃ、私自身どうなってたか分からなかったし」

ねこにゃー「かいちょー……」

桃「うぇぇぇん!!! ふぇぇぇ!! ゆずちゃぁぁん!!」ギュゥゥゥ

柚子「よしよし。会長、あのぉ。そろそろ戻りませんかぁ?」

杏「そうだな。今日はゆっくり寝て、明日の夜はホテルで祝賀会だ!!」

おりょう「おぉ!! 宴会ぜよ!!」

沙織「かんぱいしよ! かんぱい!!」

杏「祝賀会ではかくし芸大会するから、そのつもりでなー」

みほ「かくし芸!?」

典子「よし!! 本当に隠してきたあの芸をみせるときだ!!」

あけび「アレですね!! キャプテン!!」

ナカジマ「私たちは何にしようか、ホシノ?」

ホシノ「ドリフトかな」

スズキ「宴会場では無理でしょー」

数日後 戦車道ショップ

優花里「おぉ!? いつの間にかハイスコアが更新されています!!」

杏「ごめんねー、秋山ちゃん」

優花里「いつ更新されたんですか!?」

杏「んー。アンツィオ戦の前かな」

優花里「ここまで技術が向上していながらどうしてプラウダ戦まで砲手を交代しなかったのですか?」

杏「河嶋だって練習してたんだ。上手くなったから交代なんて、河嶋に失礼じゃん」

優花里「そうですね。すみません、おかしなことを聞いて……」

杏「秋山ちゃんはこのままでいいの? 秋山ちゃんの努力を私が潰しちゃったわけだけどさ」

優花里「私にもプライドがあります!! このスコアは私が越えてみせます!!」

杏「どうぞどうぞ。その記録を私が塗り替えるけどね」

優花里「負けません!!」

杏「じゃ、やろっか」

優花里「いきます!!」

杏「おっ。早速右からきてるねぇ」

生徒会室

柚子「あれ、会長は?」

桃「秋山と一緒に戦車道ショップだ」

柚子「またゲームなんだ」

桃「あれ以来、はまっているらしい」

柚子「もう会長ってば、生徒会の仕事が残ってるのに」

桃「これぐらい私たちでやればいい」

柚子「桃ちゃん……」

桃「もうしばらくは会長の好きにさせよう。誰よりも憂いていたんだ。これぐらいはいいと思う」

柚子「そうだね」

桃「さ、やるか」

柚子「うん」

桃「……戦車道、楽しかったな」

柚子「やってよかったね、桃ちゃん」


おしまい。

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