モバP「代書屋さっちゃん」 (38)
「Pさん、今週の分書き終わりましたよ」
淡い髪色のショートヘアー
前髪を赤と緑のヘアピンで留めている
少女は男に数枚の封筒を手渡した
男は少女の小さな手から封筒を受け取る
「おお、ありがとう幸子」
男は自分の胸の高さにある少女の頭をなでる
さらさらと少女の髪が揺れた
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きっかけはとあるテレビ番組の企画だった
『代わりに手紙を書いて欲しい』
それだけがテーマの企画だった
ビジネスの場で最も重用されるのは電話、続いて面会、メール、手紙
ネットワークの発展した昨今は手紙よりメールが用いられる事の方が多い
それはプライベートでも同じ事だ
それでも、いまだに手紙は書かれている
例えば大切に思う誰かの人生の門出に
例えばかけがえのない誰かとの永遠の別れに
例えば胸に秘めた想いを伝えるために
筆跡の強弱や、一画一画の揺らぎ
そんなところに書き手は『想い』を込める
読み手は相手を思い浮かべる
だからこそ、利便性とは別にして『手紙』というものが果たす役割はいまだに大きいのかもしれない
企画書を読んだときに男は直感で、いけると感じた
特技はノートの清書
実際に一度見せてもらったことがあるが、見事なものだった
国語のノートではお話の一片を切り取っただけの文章なのに、登場人物の心情が心に訴えてくるようだった
もちろん、字は書写の教科書と比べても遜色のないほどに整っっていた
輿水幸子
いつも自信に満ちた表情と言動をしているのが彼女だ
しかし、その同年代をかなり下回っている身長と淡く柔らかな色合いのショートヘアーから穏やかな印象を受ける
そのギャップがほほえましく見えるようで幅広い層から人気があった
日ごろの伝えたい事は伝える言動
そして、感情表現に長けた綺麗な文字
男の予想通り、番組の企画は幸子に決まった
反響は上々だった
番組宛に届く手紙や音声をを幸子が手紙に代書する
そして、依頼人の希望するあて先へと届ける
そんな景色をカメラに収め、放送する
幸子が四苦八苦しながらも手紙を書き上げる姿
その手紙を受け取った人のあふれ出る感情
この企画から再開を果たした親子や、結ばれた男女もいたほどだった
反響は大きくなり、番組の企画が終了したあとも事務所に直接依頼が届くようになった
別に続ける必要もなかったのだが、幸子は
「さすがボクですね!こんなに求められるなら書いてあげてもいいですよ」
鼻高々にそういって今でも誰かの代わりに手紙を書き続けていた
「ん、これ俺宛か?」
男が幸子から受け取った封筒の中に『プロデューサーへ』と書かれた封筒が混じっていた
「そうみたいですね。まぁボクが心を込めて書き上げた手紙なので、読んで泣いたらいいと思いますよ」
えへん、と幸子が胸を張っている
ありがとな、といいながらプロデューサーは人差し指で幸子のおでこを押した
幸子は一瞬、軽くのけぞったあとむくれていた
誰からなんだろう
プロデューサーはその手紙を鞄の奥へとしまいこんだ
プロデューサーが封筒にペーパーナイフを滑らせる
さらさらと心地の良い感覚が指先から伝わる
役目を終えたペーパーナイフをテーブルに置くとプロデューサーはソファに腰掛けた
テーブルの隅にあった煙草を手にとり、火をつける
煙草を口にくわえ、ふうっと息を吐く
吐き出した紫煙が消えるとプロデューサーは封筒を傾けた
中から白いシンプルな便箋が現れる
罫線以外には薄いピンクの花模様がぽつりぽつりと見えた
便箋のチョイスも幸子に任せていたが、なかなかいいセンスをしているようだ
調子に乗るから本人には言えないが
そんなことを思いながらプロデューサーは手紙を開く
かさりと紙の擦れる音がした
『拝啓、P様』
手書きの手紙を貰ったのは何年ぶりになるだろう
形の整った美しい字であることに間違いはない
しかし、その中にも若干の癖や、強弱が感じられる
手紙の代書は幸子がしているが、まるで息遣いまで伝わってくるようだった
本来、文字と言うものはその人自身を表すものだ
その人がどんな人で、何を考え、どんな風に生きてきたのか
紙の上に並ぶ文字はそれらを教えてくれる
番組のときから、手紙には一つだけルールがある
それは差出人の名前を書かない、と言うものだ
番組がきっかけでいくつかの出会いがあったが、それらは手紙がきっかけになっただけで本人たちがあと一歩と言うところで踏みとどまっていただけのものだった
例に漏れずに、この手紙には差出人が書かれていない
ぱっと見ただけでは誰からの手紙かも当然わからない
内容から推測するしか手紙の差出人に辿り着く術はない
幸子のすごいところはこのあたりにある
手紙の内容によって巧みに筆跡を使い分ける
手紙の読み手は幸子が書いたことを知っていても、彼女が瞼の裏に浮かぶ事はない
彼女が感じたままに、彼女の感性から一文字一文字が紡がれる
普段の言動や態度からは想像できないほどに、彼女は純朴でまっすぐな内面をしているのだろう
だからこそ、依頼人は素直な気持ちを幸子に託すことができるのだ
プロデューサーはもう一度深く煙を吸い込み、手紙を読み進めた
支援ありがとうございます
遅筆で申し訳ないです
『お元気ですか?こんなことを尋ねるのもおかしなことかもしれませんね。
今の私がいるのはプロデューサーの御蔭です。プロデューサーと出会うまで、こんな私がアイドルだなんて夢の中でも考えたことがありませんでした。』
どうやら、差出人は事務所のアイドルらしい
便箋に並ぶ文章からは、どこか儚げな印象を受ける
事務所のアイドルたち胸を張ってどこにでも出せる
彼女たちをスカウトし、プロデュースしてきたプロデューさーには絶対の自信があった
もともと自分の短所に目が行ってしまったり、負い目に感じている子もいただろう
それでも、彼女たちの苦悩もまた彼女たちを輝かせるエッセンスなのだ
時に思い悩みながらも、強く輝こうとする
だからこそ、彼女たちは愛される
たとえ、笑顔の裏の顔がわからなくとも
前を向こうとする人間に人は惹かれるのだ
どうかしたのか?
その問いかけにも彼女は、なんでもない、大丈夫
そういった内容の言葉をきらりは並べた
プロデューサーに気付いた瞬間、僅かに気まずそうな笑顔が浮かぶ
目じりはやや下がるものの、眉間には若干の皺が残る
口角が上がり、柔らかな頬にふくらみができる
「大丈夫、なんともないにぃ☆」
いつものような口調で
いつものような声色で
いつものような表情で
努めて作った笑顔には若干の不自然さが感じられた
開いた窓から吹き込む風が彼女が揺れる
まるで夕日の色に彼女の毛先が溶け込むようだった
>>34
訂正
どうかしたのか?
その問いかけにも彼女は、なんでもない、大丈夫
そういった内容の言葉をきらりは並べた
プロデューサーに気付いた瞬間、僅かに気まずそうな笑顔が浮かぶ
目じりはやや下がるものの、眉間には若干の皺が残る
口角が上がり、柔らかな頬にふくらみができる
「大丈夫、なんともないにぃ☆」
いつものような口調で
いつものような声色で
いつものような表情で
努めて作った笑顔には若干の不自然さが感じられた
開いた窓から吹き込む風に彼女の髪が揺れる
まるで夕日の色に彼女の毛先が溶け込むようだった
---
他人の心中を、勝手に推察する事は褒められた行為ではないのかもしれない
1か0
はっきりとしたプログラムでできているのではないのだ
推察する側、される側ともに血の通った人間なのである
推察する側であれば、対象への『こうあって欲しい』という期待は少なからず反映される
推察される側からすれば、『こうありたい』という感情から行為しているかもしれない
そういった小さなずれの積み重なりで、実際の心情と周囲の認識は乖離していく
その距離が時には、人を傷つける
血の通った人間なのだ
傷がつけばどろりと赤い血が滲む
だからこそ、細心の注意で
それでいて自身の認識を押し付けることなく
考えをまとめていかなければならない
プロデューサーは深くソファにもたれこんだ
彼の背もたれが合皮に沈む
首筋が軋む音がした
>>36
訂正
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他人の心中を、勝手に推察する事は褒められた行為ではないのかもしれない
1か0
はっきりとしたプログラムでできているのではないのだ
推察する側、される側ともに血の通った人間なのである
推察する側であれば、対象への『こうあって欲しい』という期待は少なからず反映される
推察される側からすれば、『こうありたい』という感情から行為しているかもしれない
そういった小さなずれの積み重なりで、実際の心情と周囲の認識は乖離していく
その距離が時には、人を傷つける
血の通った人間なのだ
傷がつけばどろりと赤い血が滲む
だからこそ、細心の注意で
それでいて自身の認識を押し付けることなく
考えをまとめていかなければならない
プロデューサーは深くソファにもたれこんだ
彼の背が合皮に沈む
首筋が軋む音がした
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