少女「涙の夜行に彼岸花」 (35)

少女(山に囲まれた私の村は、年中彼岸花が咲き乱れている)

少女(この村の彼岸花には、不思議な力が備わっていて)

少女(人々は、その力を利用して生活している)

少女(ここは、そんな彼岸花の村の話)


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「遅すぎ、もう皆終わってるんだけど」

「ほんっと役立たずだよな」

「早く戻ろうぜー」

少女「……」

少女(私は今、山菜を収穫している)

少女(私は村で唯一、彼岸花の力を引き出す事が出来ない)

少女(私には才能が無い。だから、周りの子供達からはいじめられている)

少女(ほかの子が出来る事も、私は何をするにも時間がかかる)

少女(私には何も出来ないんだ)

「もっと効率的に動けないかなあ」

「鈍間だなー」

少年「おい! 止めろバカ共!」ダッ

「少年、だってこいつがさあ」

少年「要は、早く済ませれば良いんだろ」ヒュオッ

少女(少年が彼岸花の花弁を握りしめると、辺りを突風が吹き抜けていく)

少女(風の刃で刈り取った山菜が、小さなつむじ風によって運ばれる)

少女(あっという間だ。私がのろのろやっていた事が、少年にとってはたったの数秒)

「お、おお……なんて精密な力の制御……」」

「すげぇ、やっぱ少年は格が違うよね」

「次の「花頭」はやっぱあいつで確定だよなあ」

少女「……ごめんね。いつも助けて貰って」

少年「気にすんなよ。他人はいつだって好き勝手言うもんだから」

少女(少年は私を気にかけてくれている。いつも助けてくれる)

少女(なのに、私は何もしてあげられる事が無い)

少女(ああ、私は駄目だなあ)

少女(この村では、年に一度「月花参り」という度胸試しの行事が行われている)

少女(まっすぐ森の一本道を抜けた所にある小さな池に)

少女(花弁が良質な薬になる白い彼岸花が生えているらしい)

少女(秋の月が出ている夜にしか咲かないから、暗い森に入らないといけない)

少女(勇気を出して、白い彼岸花を持ち帰った子供は「花頭」として称えられる)

少女(けれど、挑戦する子供はほとんどいない)

少女(何故なら、花の力は夜になると出せなくなってしまうから)

少女(この村の人間は、大人も子供も夜を恐れる)

少女(夜は周りが見えないし、花の力を使う事も出来ない)

少女(だからこそ、危険な月花参りを成し遂げた人間は、皆に尊敬される)

少女(私も月花参りをしたら、皆に認めて貰えるかな)

少女「……」

少女(無理に決まってる。私は力も無いし勇気も無い)

少女(いつだって心が苦しい。どうして私は生きているんだろう)

少年「よし、完成」スッ

「お、少年。それは?」

少年「彼岸花に、油に似た性質を付与しました。長時間持つように」

少年「これなら火を点ければ、夜でも手軽に利用出来ますよ」

「! こいつは良い! 燃料としても灯りとしても使えるな」

少年「ただ、これはかなり体力使うんで……数作るのはまだしんどいです」

「いや、大したもんだ! 大人顔負けだなこれは」

「良い発想だな。さすがは花頭候補だ!」

少年「……あざっす」

少女(少年はすごいなあ。何をしても人より出来る)

少女(少年に対する尊敬の裏に、どろりとした嫉妬が隠れている)

少女(そんな自分の心が、私は嫌いだ)

少女「少年は凄いよね、皆から認められてる」

少年「別に……たまたまそう言うのに向いてたってだけさ」

少女「でも、何も出来ないよりはいいよ。私なんて何も出来ない」

少女「どうして私は生きてるのかな。人の足を引っ張るだけなのに」

少年「そんな事無いさ。きっと何か出来る事がある」

少年「そんなに自分を否定すんなよ。少女は少女なんだから」

少女(少年はいつも私を慰めてくれる)

少女(少年みたいに、自信があるかっこいい人になりたい)

少年「ほら、行こうぜ」

少女「……うん」

少女(でも、人にそう言ってあげられるのも、何か持ってる人だけなんだよ)

「さて、いよいよ明日は月花参りだが」

少年「……はい、覚悟は出来てます」

「うむ。一時間もあれば着くはずだから気をつけてな」

「期待しているよ」

少年「……どうも」

少女(良いな。私も誰かに期待されてみたい)

少女(明日はいよいよ月花参りか。少年は凄いなあ)

少女(……でも何だか、元気が無いな)

少女(少年でも、不安になったりするのかな)

少年「……」ブオッ

「うおお、凄いな!」

「いつにも増して気合入ってるね、そりゃそうか」

少女(凄い、全員分の木の実を一人で集め終わった)

少女(けれど、いつもより口数が少ないな)

少女(やっぱり緊張しているのかな?)

少年「……フー、ふぅ……」

少女「少年……あれ、どうしたの!?」

少年「平気だ。ちょっと熱っぽいだけ……」

少女「だ、大丈夫? 今日は安静にしてないと」

少年「駄目だ。村の皆が楽しみにしてる……期待を裏切る訳にはいかない」

少女「で、でも」

少年「すぐに戻ってくるよ、大丈夫」

少女(少年はそう言うと、しゃきっと立ち上がって皆の所に戻っていく)

少女(少年は強いなあ。私だったら寝ていたいのに)

少女(でも、心配だな)

少女(……心配するだけなんて、誰にだって出来るんだけど)

少女(そうしているうちに、夕暮れはやってきた)

「ではいよいよ、月花参りを開始とする」

少年「はい」

「武運を祈る。さぁ、開始だ」

「頑張ってー!」

少女「少年……!」

少年「行ってきます」

少女(そう言うと、少年は薄暗くなってきている森を進んでいった)

少女(大丈夫かな、彼岸花の力も無いのに)

少女「……」

少女(何を心配しているんだろう。私が何か出来る訳でも無いのに……)

少女(……遅い。あれからもう二時間は経った)

少女(もうそろそろ帰ってきても良いはず……)

少女(やっぱり、途中で倒れた? それともケガをした?)

「……遅いな」

「何かあったのかな、探しに行くか?」

「駄目だ。大人の介入は掟で禁止されている」

少女(少年……!)

少女(私が助けに……)チラ

ヒュオオォォォ……

少女「……!」ブル

少女(駄目だ、怖い)

少女(月明りしかない真っ暗な森に入るなんて……)

「おい、お前助けにいけよ」

「いや、お前がいけよ……」

「でも少年なら大丈夫なんじゃない? きっと上手く切り抜けてくるだろ」

「まあ、それもそうだけどさ……」

少女(確かに、少年なら大丈夫かもしれない)

少女(私なんかが居なくたって……)

少女(でも……)

少女(もし何かあったのなら、どんなに怖いんだろうか)

少女(誰も居ない夜の森で、独りぼっちで……きっと心細くて堪らない)

少女(……)

少女「……わ、私が助けに行く!」

「……え、いや少女が行ったって」

少女「行ってくる!」

「ちょっ」

「おい、戻れって!」

少女(ほんのちょっとの勇気を胸に、私は彼岸花を手に取った)

バチバチ……

ザッ ザッ

少女(少年が作った彼岸花に火を灯し、私は真っ暗な森を歩く)

少女(夜の森はとても寒い。震えているのはきっと寒さのせいだ)

少女(一寸先は闇だ。ほんの少し先はもう何も見えない)

少女(怖い。確かにこれを一人で達成した子供は称えられるだろうな)

少女(燈火の音と私の足音だけが森に響く)

少女(むしろ、その音以外がしてはいけないんだ)

少女(すぐ側から獣が飛び出してくるかもしれない)

少女(足元に毒蛇が居るかもしれない)

少女(もしくは、もっと異質な何かが居るかもしれない)

少女「……大丈夫。大丈夫」

少女(不安は際限無く膨らんでいく)

少女(気を抜けば呑まれてしまいそう)

少女(か細い燈火だけを頼りに、私は夜の森を進んでいく)

少女「はあ、はあ……」

少女(結構歩いたのに……まだかかるの?)

少女(少年の姿が見えない。もしかして、見落とした?)

少女(そもそも、この道で本当に合っているの?)

少女(私はちゃんと進めているのかな、迷子になっていたらどうしよう)

少女(怖い、怖い)

少女「うっ……グスッ……」ボロボロ

少女(駄目だ、私が泣いてどうするんだ)

少女(少年を助けにいくんだ)

少女(少年に会ったら、大丈夫だよって笑ってあげるんだ)

少女(私なんかよりも、少年の方がよっぽど不安で苦しいはずなのに)

少女(なのに、どうして涙が止まらないんだろう)

少女(弱虫だなあ、本当に私は弱虫だ)

少女(胸を張れるような人間になりたい)

少女(ちゃんとした人間になりたい)

少女「グスッ……待ってて、少年……!」

少女(それでも、私は燃える彼岸花を手に進んでいく)

ザッ……ザッ……

少女(いつまで経っても景色が変わらない)

少女(本当に進めているのだろうか)

少女(今はどの辺りに居るんだろう)

少女(考えたって仕方無いのに、余計な事ばかり考えてしまう)

少女(この燈火も、いつかは消えてしまう)

少女(焦りばかりが募っていく、心臓の辺りがずっと気持ち悪い)

少女(いつも通りに息が出来ない、自分を見失ってしまいそう)

がさっ!

少女「わああああ‼」ザッ

少女(す、すぐそこで音がした!)

少女(何が居るの⁉ 獣⁉ 何かが落ちてきた⁉)

少女「わああああー……助けて……もう嫌……」グスッ

少女(目と耳を塞いで、惨めにうずくまる事しか出来ない)

少女(燈火も手放してしまった)

少女(怖い。どうして私はこんな所に居るんだろう)

少女(助けて。誰か助けて)

少女(もう怖いのは嫌だ。涙で顔はぐちゃぐちゃだ)

少女(とっくに心は限界なんだ)

少女(……あれからしばらく経った)

少女(どれくらい塞ぎ込んでいたんだろう)

少女(少し落ち着いた私は、顔を上げた)

バチバチバチ……

少女(そこには、少年が残してくれた火が、まだ燃え続けていた)

少女(その光は優しくて、暖かくて)

少年『そんなに自分を否定すんなよ。少女は少女なんだから』

少女「……」ギュッ

少女「待ってて、少年……!」

少女(私はもう一度彼岸花を手に取り、歩き出した)

少女(遅れてしまった分を取り戻すためにも、私は進み続けた)

少女(身体は今も震えているけれど、そんな事よりも大切なものがある)

少女(そうだ、私が少年を助けに行くんだ)

少女(鈍間で弱くて、何にも出来ない私だけど)

少女(それでも……!)

少女(あれ……煙の臭いがする?)

少女「……」

少女「ひっ! あ、あの光は……」

バチ……バチ……

少女「……燈火だ!」

少年「……はぁ……はぁ……」

少女(木にもたれ掛かっているのは……少年……!)

少年「少……女……?」

少女「う、ううっ……少年‼」ギュッ

少女「うわああああ……!」ボロボロ

少女(優しく笑ってあげたかったのに、顔を見た瞬間泣いてしまった)

少女(安心させてあげたいのに)

少女(本当に私は弱いなぁ)

少年「……悪い……手間かけさせたよな……」ゼェ

少女「そんな事無いよ、えっと」

少女(これからどうすればいい?)

少女(私の力じゃ少年を運べない、肩を貸して戻る……?)

少女(あれ、森の奥に見えるのは……)

少年「もう、すぐそこに……白い彼岸花の……池があるみたいだ……」

少女「……分かった。待ってて」

少年「……ごめんな……」

少女(少年の燈火はもう消える寸前。私のはまだ持つ)

少女(きっと、真っ暗闇で待つのは心細いよね)

少女(私は持ってきた彼岸花を少年の側に刺して)

少女(闇の中に潜っていった)

少女「……怖くない、怖くない」

少女(そこには、本物の暗闇が広がっていた)

少女(灯りが無い、それだけでこんなにも息苦しい世界に変わるなんて)

少女(これに比べれば、今までの道なんて羽虫のようなものだ)

少女(少年の彼岸花を手放して初めて、その光のありがたみを思い知る)

少女(もう終わりは見えている)

少女(あの開けた場所だ。月明かりが差し込んでいる)

少女(そこに行くだけ。そこに行くだけ……)

少女(なのに、こんなにも不安で苦しい)

少女(少年の光があって私はここまで来れたんだ)

少女(だから、ここからは自分一人の力で進むんだ……!)

少女(冷や汗が止まらない。足だって歩き疲れてもう限界だ)

少女(だけど、後ほんのちょっと)

少女(吹けば飛ぶような勇気を手に、私は進む)

少女「あ……」

少女(着いた。これが……)

少女(小さな池が、月明かりに照らされている)

少女(丸い池に沿って、白い彼岸花が輪を描くように咲いている)

少女(これが……!)

少女「……いただきます。ごめんなさい」

少女(二輪だけ摘み取り、私は池を背に歩き出す)

少女(綺麗な景色だけど、ゆっくり眺めてられない)

少女(待っててね、少年)

少女「持ってきたよ、少年!」

少年「……!」カリ

少年「……うっ……クソ苦い……おぇ」ムシャ

少女「ど、どう……?」

少年「……」フー

少年「……少し楽になってきた、もうしばらく休めば治ると思う」

少女「良かった……」フラ

少年「ありがとう。助かったよ」ニコ

少女「……うん……どういたしまして……」トサ

少年「!」

少年(寝てしまった。来るまでの疲労と、ずっと気を張り詰めてたからか)

少年「……本当にありがとうな。ゆっくりお休み」

少女「……」スー

少年「……スー……ハー……」

少年「……うん」

少年(熱は下がった。まだしんどさはあるけれど)

少年(少女を抱えて村まで、いけるか……いや)

少年(あの怖がりな少女が、勇気を出してここまで来てくれたんだ)

少年「ここでやんなきゃ、男じゃないよな」

ザッ ザッ

少年「少女、寝てるだろうけどさ」

少年「俺は皆が思ってるような、すごい奴じゃないんだ」

少年「いつだって期待に応えられるか不安だし」

少年「人より何か出来る分、失敗出来ない重圧がある」

少年「人前で何かをするのも、人に意見を言うのも怖い」

少年「いつもいつも、不安で押しつぶされそうなんだよ」

少年「それでも、平気なフリして振舞っているんだ」

少年「今回も本当は休んでいたかったけど、皆の事を考えると休めなかった」

少年「人からの評価を気にしてる俺が、実は一番臆病なのかもしれないな」

少年「だから、今日少女が来てくれて……嬉しかったよ」

少年「何ていうかさ」

少年「俺の弱さを見てくれている人が居るって、安心する」

少年「少女のおかげで、俺は救われたんだ」

少年「だから、自分に自信を持ってほしい」

少年「少女は少女なんだ」

少年「皆、自分でも気付けないような所で、案外人の助けになってるもんだぜ」

少年「……空が少し明るくなってきた。夜明けが近いな」

少年「よし、後もうちょっとだ」

少女(……ありがとう、少年)ギュッ

少女(あれから、三日が経った)

少女(今回の月花参りは失敗と言う事になった)

少女(少年は自分で花を取って来なかった事で失格)

少女(私はもう動けずに、少年に抱えられて戻った事によって失格)

少女(今回の花頭は、結局誰もなる事が出来なかった)

少女(周りの人は落胆しているけれど、相変わらず少年は堂々としている)

少女(そのせいか、次の挑戦に期待する声も上がってきた)

少女(やっぱり少年は凄い。失敗なんてものともしない)

少女(でも、少年だって心の中ではきっと苦しんでる)

少女(皆、心のどこかで苦しんでいるんだ)

少女(完璧な人なんて、居ないんだなぁ)

少女(……それと、私に向けられる視線が、前とは少し変わった)

少女(少年が色々と話してくれたらしい)

少女(あの夜以来、色んな事が変わった)

少女(泣き虫で弱虫な私だけど)

少女(生きててもいいのかなって、思えるようになった)

少年「少女、そろそろ皆飯にするってよ」

少女「うん、今行くね」

少女(これからも、悩んだり笑ったりしながら私たちは生きていく)


少女(ここは、彼岸花が咲き誇る村)

終わりです。ありがとうございました。

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