「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」 (41)

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」のお話です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1470921413

「……オラアァアアァアァ!!」

豪快な音を立てて、小さな赤い壺が砕け散りました。

中から出てきたのは、例の男です。相変わらず不機嫌そうな顔で、ぺっと唾を吐きました。

男は盗まれた酒を取り立てに老人を追い掛けていたのですが、老人の魔道具によって逆に封印されていたのです。

「クッソが……あのジジイ……見つけたらぶん殴ってやる……」

男は辺りを見渡し、老人を追う前の最後の記憶を辿ります。

(確か、ヒュドラの雑魚は取り逃がしちまったっけな……まぁウィルオウィスプの呪いを掛けてやったから、まともに戦えねえだろうが)

「……?」

そう考え事をしているうちに、男は異変に気付きました。

(……静かすぎる。血の満月はこの前終わったよな? 今はまだ三日月の月だったはずだが……)

男は眉間にしわを寄せながら、大通りに出ます。

次の瞬間、男の目には凄まじい光景が映し出されました。

「なっ……!?」

圧倒的破壊の跡。パイプで削り取られたような跡が縦横無尽に広がり、何かが一直線に進んだ跡が残っています。

早い話、大通りは壊滅状態になっていました。

「……どいつの仕業だ?」

男は笑っていませんでした。破壊痕から、なにか異質な気を感じるのです。

「ジジイを探すか」

夜の街「イサクラ」に、不穏な空気が漂っていました。

【一夜目 終わり】

此処は「イサクラ」第七区。他の区域に比べると、大分争い事が少ない地域です。

男は酒をがぶがぶと飲みながら、新聞を広げていました。

【イサクラサーカス団 壊滅】

イサクラサーカス団には、強力な種族が揃っています。男もサーカス団の団長は、一目置いていました。

「あの団長をねぇ……つまりただの物理攻撃じゃ「そいつ」は倒せないって訳だ」

イサクラサーカス団長は、強化魔法の達人です。男でも人型での殴り合いではおそらく勝てないでしょう。

なかなか骨がある相手と見える――後で秘薬を買い込んでおくか。男は立ち上がりました。

「おい」

「! ‘ジャック’の旦那! お久しぶりで」

「バカ、その呼び方だと死んだあいつと被ってんだろうが」

「す、すいません。何か御用で?」

「最近暴れまわってる奴が居るんだってな」

「そうなんですよ、何だかとんでもねえ強さらしくて」

「姿は誰も見てないのか?」

「そいつが出るときは、謎の霧で見えないそうです」

「霧か……何処に出るんだ?」

「いや、それが全く分からなくて。何でも霧と共に現れて、霧と共に消えるとか」

「……分かった」

男は調査を続け、「それ」が出現した場所をマークしました。

毎回バラバラの場所に出現しているようですね。

「それ」は今までに五回ほど出現しています。男はそれぞれの場所を線で繋ぎました。

(バラバラだが……大体此処を中心に動いてるな)

線が全て繋がった中心部は、ボロボロの観覧車が目立つ、誰も近寄らない廃遊園地でした。

【二夜目 終わり】

「このジジイを探して欲しいんだ。金はこれで足りるか?」

「――オーケー……では……開始する……」

男はとある占い師の場所を訪れていました。探し物がよく当たると評判の所です。

男は老人の(憎たらしい笑顔の)写真と金を渡し、どかりと椅子に座りました。

占い師は目を閉じ、額の第三の目を開眼しました。この目は「イサクラ」のほぼ全てを見渡す事が出来ます。

しかし、誰も地下を見ようとはしません。見た者は皆発狂して死んでしまったからです。ワタクシが何かした訳では御座いませんよ。

ただ、「イサクラ」本体の存在に気付いてしまうと、彼らの心が折れてしまうのです。人の心とはかくも儚いものでして。

「――居ない……この街には……見当たらない……」

集中が解け、息を切らしながら占い師は答えます。

「……そうか」

「――力になれず……申し訳ない……」

「いや、あんたの腕は信頼してる。居ないって事は、この世界には居ないんだろうよ」

男は礼を言い、店を後にしました。

老人が何処かに行っているのは、そう珍しくありません。いつも忘れかけた頃に、ひょっこり戻ってきます。

しかし、本当に今、老人はこの世界に居ないのでしょうか?

「……まさかな。あのジジイがやられる訳がねえ」

あのジジイを殺すのは俺だからな。男はそう呟くと、再び夜の街を歩き出しました。

【三夜目 終わり】

男は廃遊園地の門を蹴り破りました。老朽化が激しいせいで、簡単に折る事が出来たようです。

人から忘れ去られたその広場では、ただひたすらに物悲しい風が男を撫でます。

派手な原色で彩られたマスコットキャラクターは、錆びついてもなおその笑顔を保っています。

「薄気味悪い所だ」

男は指を鳴らすと、多数のウィルオウィスプを探索に向かわせました。

まさか「それ」が居るとは思っていませんが、何かの手掛かりを探しているのでしょう。

そもそも、この廃遊園地自体、存在しているのがおかしいのです。

この欲望の街「イサクラ」で、何故児童向けの遊園地が建設されたのでしょうか?

そもそも、これはいつから存在しているのでしょうか?

何故こんな町はずれにぽつりと立っているのでしょうか?

様々な恐怖がこの街には存在しますが、それでも此処は特に「薄気味悪い」と誰もが口をそろえ、近寄る者はいません。

(クスリの取引場か? いや、こんな場所でやる訳ねえか。場所はいくらでもある……ん?)

「!」

男は思わず身構えました。何故か、誰も乗っていないメリーゴーランドが、回り出したのです。

(……どうなってる? 霊でも住み着いてんのか?)

男は魔力を媒介にウィルオウィスプを召喚するので、霊の持つ独特なオーラはよく知っています。

しかし、この場所からは、もっと嫌なものを感じます。

それは無言の怨念のような……常に何かに見られているような……一言で言うと、「不気味」なのです。

気が付けば、つい先ほどまでは普通の空だったのですが、いつの間にか黒い雲で覆われていました。

示し合わせていたかのように、弾丸のような雨が降り始めます。

(チッ……ウィルオウィスプも駄目だ。引き上げるか)

男は舌打ちをすると、くるりと踵を返して元の道を戻り始めました。

やけに冷え切った背筋は、どうやら雨に濡れているからではないようです。

【四夜目 終わり】

「最近物騒だよなぁ」

「ああ……一体どんな奴なんだろうなぁ」

何処に行っても、街は「霧の怪物」の噂で持ちきりです。

酒場では、やれ「イサクラ」の化身だの、罰を与えに死の世界から来た使者だの、根も葉もない噂が喧しく飛び交っています。

しかし、霧と共に現れるせいで、その姿は未だ謎に包まれています。

酒飲み二人はそんな事を言い合いながら、仲良く小便を始めました。

「……ん? 月が見えない」

「月って言うか……お、おい。これって」

気が付けば、辺り一面に白い霧が漂っていました。

それも、かなり濃い霧です。ゆらりと広がる濃霧は、つい先ほどまで傍に居た相方の居場所すら、分からなくしてしまいました。

「おい、おーい!」

酒飲みは大声を上げましたが、相方の返事は聞こえません。

(や、やべえ……とにかく逃げないと)

酒飲みは背中を向けて走り始めましたが、一向に霧は晴れません。

(これは……進んでいるのか? 感覚が……)

酒飲みの感覚がぼやけているのは、どうやら酔っぱらっているからだけではないようです。

「――ッ……」

酒飲みは思わず呼吸を止めてしまいました。

少し奥に、何かがいます。


「オオォオ……オォオオ……ォオォ……ォオォオォ……」


それは何千人もの亡者のうめき声を、一つに纏めたような、太くて低い、悍ましい「声」。

ズズ……ズズズッ……。何かが這いずってきます。

(な、なんだ……あれは……)

その姿を認識する前に、何かが勢いよく飛び出し、酒飲みの意識はそこで途絶えました。

【五夜目 終わり】

「ありがとやしたーっ」

男は新しく買った巨大な大剣を背負い、武器屋を後にしました。

火山のマグマを泳ぐ龍の素材が使われており、火の力に呼応する性質を持っています。なかなか値は高くついたようです。

男が向かう先は、「封印屋」です。この大剣を紙に封印してもらい、持ち運びやすくするつもりなのでしょう。

例の「霧の怪物」が現れてから、大通りを歩く者は、ずいぶんと減りました。寂しい限りで御座います。

「……」

着けられてるな。男は匂いの異変を感じとりました。

(さっきから妙な匂いがする。何処のどいつだ――)

その瞬間、振り向いた男の背後の「影」から、ナイフを持った少女が飛び出してきました。

一瞬虚を突かれた男でしたが、即座に反射でウィルオウィスプを放ちます。

死霊術の弱点は、召喚して攻撃に移るまでの空白の時間です。男はその空白時間を、ほぼゼロで撃てるようにしていました。

そもそも、「自分の身体が血で汚れるのが嫌だから」と言うのが死霊術を使う理由ですからね。

ウィルオウィスプが少女を捉え、爆発を起こします。しかし、少女は無傷でした。

(! あの体制で防御した……どうやって?)

少女は鋭い目つきで男を睨み、素早い動きで距離を詰めなおします。

男がウィルオウィスプの早撃ちをするものの、当たる瞬間に少女は消えました。

(自分の影に潜った……?)

そう考える暇も無く、少女が背後から飛び出してきます。

男は叩き潰そうと右腕を振るいますが、少女は機敏な動きでそれを回避しました。

「ほう……ッ!?」

男がそれに合わせて膝蹴りをしようとすると、足元から二つの手が出現し、男の両脚を捉えました。

(こいつ……影に関しての能力を持ってやがる! 種族か、それとも魔法か……)

そのまま無駄の無い動きで、全体重をかけて男にナイフを突き刺します。

しかし、その刃が刺さる事はありませんでした。力んだ男の身体は、ナイフが貫くにはいささか固すぎたようです。

男の反撃を避けた少女は、身軽な動きで距離を取りました。ヒットアンドアウェイを徹底しています。

「さっきのウィルオウィスプを防いだのも、あの影の手だな」

(……「黒腕」がバレた。繋いだ「影沼」は使ったから、次は時間がかかる)

「しかし、こんなオモチャで俺を殺せると思ってんのかねぇ」

(……どうして喋れるの? あのナイフには)

「ナイフの先に、猛毒を仕込んでたな。悪いが、まだヒュドラの毒炎の方が効いたぞ」

(!? 毒の耐性を持ってた?)

「まァ、面白い能力だな。もっと見たいが……行く所があるんでね」

男はニヤリと笑いました。

男は次の瞬間、両足に馬鹿力を込め、思いっきり高く飛び上がりました。地面に巨大な亀裂が入ります。

「このまま火の海にしても良いんだが……試してみるか」

男は大剣を掲げ、火属性の魔力を宿しました。それに呼応し、大剣は炎を纏いながら、バチバチと爆ぜ始めます。

「――オラァ!」

ほほう、随分派手な一撃です!

それはまるで流星の落下――男が地面に叩きつけた大剣から、巨大な爆発が発生しました。

凄まじい轟音と共に、辺り一面が吹っ飛びます。

潜る場所も全部吹っ飛ばしちまえば、逃げ場はねえだろ――単純ですが、有効な対策です。

誰もがこの広範囲を吹き飛ばせるかは疑問ですが。

少女の姿は、原型を留めていませんでした。爆発の熱と衝撃波によって、即死したようです。

本来は炎熱を纏った斬撃が出る程度のものなのですが、男が握ればさながら流星のような威力に変わります。

ゼロ距離で爆発に巻き込まれた本人は、ぴんぴんしています。タフですねぇ。

「あーあ、こりゃ駄目だな。使えねえ」

しかしその大剣もまた、男の力を受け止めるには力不足だったようです。威力に耐えきれず、柄から先が無くなっていました。

やっぱり俺は武器を持つには向いてねえな。男は柄を投げ捨てます。

「あ、そう言えば……襲ってきた理由聞いて無かったか」

たった今、自分が殺したのを思い出したかのようにそう言うと、男は夜の街に消えていきました。

【六夜目 終わり】

男は「霧の化け物」が現れた被害跡を調査していました。

(……この削り取ったような跡は何だ……?)

(それに、この跡は……無理矢理進んだ?)

「霧の怪物」の横幅は五メートル、と言った所でしょうか。

進んできた後の地面が、絵の具を塗ったように変色している所を見ると、足は持っていないようです。

おそらく、何かしらの飛び道具を持っているのでしょう。

それが縦横無尽に壁を削り取っているようです。

(……フットワークは鈍そうだな。一人残らず殺られてるって事は……この飛び道具が素早いのか?)

(そりゃそうか……あの団長が負けるくらいだからな)

(……離れて炎をぶっ放すか。ウィルオウィスプじゃ力不足かもな……炎魔法を使うか、いや、空から完全体で攻撃する方が早い)

男はぶつぶつと呟きながら、武器屋で新しく買った武器を確認します。

よっぽどの獲物でないと壊れてしまうので、それならばと、最初から使い捨てのつもりで、大量のナイフを買ったのでした。

勿論、今は魔法紙に封印されています。

「……」

しかし、これは……嫌な感じだ。男は視線を落とし、変色してしまった地面を見ます。

(まるで質の悪い重油が通ったみたいだ……それに、かすかに匂いがする)

しかし、その香りは、今まで男が嗅いだ事の無い匂いでした。

勿論、良い匂いでは無いのですが……男は、この匂いを何度か嗅いだ事があります。

「……何の匂いだったっけなァ」

男は少し考えましたが、思い出せないので考えるのを止めました。

下手の考え、休むに似たりが男の座右の銘です。

「さて、次は何処に出てくんのかね」

男は右肩をごきりと鳴らすと、戦いに備えて不敵な笑みを浮かべました。

【七夜目 終わり】

(今日もヤツは出なかったな……ジジイは何処に行ったんだよ、ったく)

「!」

暗い路地を歩いていた男の前に、黒いフードを被った集団が立ちはだかります。

体格はそれぞれ……と言うよりも、子供のように見えますね。

「何だァ、てめえら」

「俺達は……」

「言う必要は無いよ。やろう」

一際背が大きい少年を遮り、小さな少年が仲間を散り散りに移動させます。

(……あのガキの仲間か?)

数は十人ほど。身軽な動きで、男の周囲を四方八方から覆ってしまいました。

しかし、誰一人として攻め込みません。男の出方を伺っています。

「……来ねえのか?」

男は魔法紙に魔力を流し、紐を通して纏められた、無数のナイフを召喚します。

「……ナイフ……当てつけのつもりか!?」

「おい、よせ! 様子を見るだけだ!」

「やっぱりねえ、あのガキの仲間か……何が目的だ?」

「……死ね!!」

激昂した一人が、仲間を振り切って男に突撃します。

左脇の刀に手を添えると、そのまま疾風のごとく風属性の斬撃を放ちました。

男は爪を尖らせ、腕を振るった豪快な一撃で、その斬撃を掻き消します。そのまま身体を捻りながら斜めに飛ぶと同時に、力を込めてナイフを投げました。

回避した黒フードの少年ですが、そのまま次々と飛ばされるナイフをさばき切れないようです。

ああ。ついに少年の太ももに深々と突き刺さってしまいました。もう動けないでしょう。

「おい、引くぞ! 一番強いユウを倒しただけある! あいつに相談しよう!」

「ぐっ……あ……?」

手を貸してもらった少年の身体が、ぐらりと揺れて倒れます、

「まさか……」

「もちろん毒ナイフだ。俺にとっちゃ大した毒じゃねえが……あのガキのよりは強いぞ」

「ッ……てっめええええぇえぇ!」

大柄な少年が男に飛び掛かります。力任せに跳躍すると、両手から火球を連続で放ちました。

(効いてない……!?)

男は防御すらしませんでした。全てを受けとめ、つまらなさそうに舌打ちをします。

男は炎が得意なので、火属性の耐性が非常に高いようです。彼にとってはそよ風が通ったようなものでしょう。

「……駄目だ! 戦うな! 逃げるぞ!」

黒フードの集団は、リーダーらしき少年の声と共に、一斉に逃げ去っていきました。唯一、大柄な少年が男に立ちふさがっています。

「お前なあ……弱い技を連発したところで、格上には勝てねえぞ?」

男はナイフの一本を手に取ると、それをウィルオウィスプで覆い、少年の腹に撃ちました。

小さな爆発と共に少年の身体が宙を舞い、壁に叩きつけられます。腹にはナイフが根元まで深々と突き刺さっているようです。

「さて、お前らは……何だ? あのガキといい、何がしたい?」

「無駄な時間を使いたくねえんだ。早くしろ」

男はそういうと、動けない少年にナイフを突き刺しました。

「ぎゃっ……あああああああああああ!!」

「うるせえよ。ガキはすぐピーピー泣く」

「ああああああああああっ……! い、痛いいいぃいぃい!!」

「死ぬ前に早く答えろ。ナイフを何本も使いたくねえんだ」

「……お、お前が来てたから……気付いたんじゃないかと思って……」

「気付いた?」

「……う、ううううううぅうぅううぅ……ぎっ」

「続きを言え」

良く見ると、少年の様子が変です。身体がぶるぶると震え、冷や汗をかき始めました。過呼吸を起こし、目の焦点もあっていません。

「おい!」

「かっ……ひゅっ……」

最後に蚊の鳴くような声を出して、少年は死んでしまいました。

「……何だこりゃ。口封じの呪いでも掛けられてたのか?」

(「来てたから」 「気付いた」……あの遊園地の事か?)

男は黒フードの集団を思い浮かべました。あの小さな子供達は、一体何者なのでしょう?

ただのストリートチルドレンにしては、襲撃が計画的で、引き際も素早いものでした。おそらく、男の実力を図るためだけに来たのでしょう。

「あいつ」に相談……参謀のような人物がいることも明らかです。

「……」

歩き出す男の背中を、三日月が静かに照らしていました。

【八夜目 終わり】

「……風が気色悪いなァ……」

男は「霧の怪物」が次に現れるであろう地区に足を運んでいました。

今までの間隔から考えると、此処に現れる確率が高いので御座います。

「来いよ……俺がぶっ殺してやる」

ぎらりと目を光らせ、男は疼く身体を抑えます。

薄暗い街を、三日月がぼんやりと照らしています。何処かで虫が涼しげな鳴き声を上げています。

「!」

歩く男の前に現れたのは、やはり黒フードの子供でした。すでに地面に大きな魔方陣を作っています。

魔方陣が緑と紫の光を放ちながら、辺りを照らします。

「私の魔術の結晶だ……お前には倒せないよ」

「……」

現れたのは、青い獅子のようなモンスターでした。さらにドラゴンとヤギの首を持ち、尾は蛇になっています。

「キメラ……だったか。まさか作ったのか?」

「行け!」

黒フードの子供は命令を下すと、即座に夜に消えました。

「……ウルルルル……」

「へえ、なかなかやる気なのが出てきたじゃねえか」

男は嬉しそうに笑い、重い風を纏って突っ込んできたキメラを迎え撃ちます。

鋭い爪の一撃を回避し、キレのある動きで力任せにぶん殴ります。

しかし、思っていたよりもダメージが通っていないようです。かなり耐久力が高いようですねぇ。

尾の蛇が口を開き、圧縮した水のレーザーを放ちます。

反射で回避した男ですが、右頬を掠めてしまい、血が流れてしまいました。

回避した先には、キメラの突進が待ち構えていました。ゴッと鈍い音がして男が吹き飛ばされます。

「がっ……は、ハハッ!」

空中で体制を直した男が着地します。そのままウィルオウィスプの嵐を浴びせました。

少しはダメージが与えられたようですが、キメラはまだまだ余力を残していそうです。

(機動力があって、水のレーザーで離れても戦える……割と威力が高いな。壁を貫通してやがる)

尾を引きちぎってから、炎で決めるか。男は素早く決断すると、キメラに向かって巨大な炎の矢を撃ちました。ウィルオウィスプでは威力不足と考えたようです。

しかし、キメラの様子が変です。筋肉がめりめりと不規則に膨らみ、小刻みに痙攣しています。

よく分からんが、チャンスだ――男は強化魔法を使い、身体能力を底上げします。

しかし、次の瞬間、先ほどとは段違いの速度で、キメラの右腕が振るわれました。

「うっおっ……!?」

再び鈍い音が鳴り響きます。両腕でガードした男ですが、それでもダメージは軽いものではありませんでした。

男の炎魔法の矢を回避し、瞬時に動きを詰める。どう考えても先ほどとは違います。

強化した腕でガードした両腕が、今もびりびりと痺れているのが、その証拠でした。

(こいつ……俺の動きに合わせて「進化」しやがった!?)

「ヴルルルル!」

「チッ……まだ完全体になるには早いんだよ。お前に魔力を割いてる暇はねえ」

ただ、この姿じゃ本気を出さねえと勝てないようだ。戦いが長引くと厄介な事になる。

男は肩を鳴らし、火属性の魔力を拳に集中させました。拳が真っ赤に染まります。

(……? 誰かいるのか?)

より勢いを増した水のレーザーが男に襲いかかります。男はそれを上回る速さで回避し、距離を詰めます。

ドラゴンの口から雷のブレスが放たれますが、男はそれも回避します。

突如、ヤギの頭が口を開き、大きな鳴き声を上げました。

「メエェエェエエッ~!!」

(ぐっ……何だこの汚い声は!!)

その粘っこい不愉快な鳴き声に、たまらず男は怯んでしまいます。

動きが止まったその隙を狙い、キメラは地面を砕きながら飛び掛かりました。

しかし、男はその重厚な爪を紙一重に引き付けて回避し――腹に強烈な拳を叩き込みます。

高熱の拳がキメラを貫通し、そのまま内部から二つに引き裂きました。

ズシンとキメラの身体が地面に落ちます。

(なかなか強かったな……最初から本気で戦ってたら、「進化」で厄介な事になってた)

「しかし――!!」

背後の殺気を感じた男は、飛んできたレーザーを跳躍して回避しました。

「おいおい、まだ生きてんのかよ……なんて生命力だ」

まだ動こうとするそれを、男は炎魔法で焼き尽くします。ヂウウゥウッと肉の焦げる音が漂い、ついにキメラは動かなくなりました。

「……そこか」

男は振り向きもせずに、ウィルオウィスプをぶつけます。

その先には、魔力で作られた目玉のようなものがありました。どうやら、戦闘中に感じた視線は、それのようですね。

爆発と共に、それはあっけなく消え失せました。

「……ったく、あのガキ共は何がしてえんだ」

やけに俺に突っかかってきやがる。何故――

男はそこで、本能的に身構えました。

今日の更新は以上です。もうちょっとで終わります。

「……いつの間に」

おや?

うっすらと霧が出てきたかと思えば、ほんの数秒間で真っ白な濃霧が辺りを覆い尽くしてしまいました。

(……そうか、来やがったか)

男の「嗅覚」が上手く働いていません。どうやら、この濃霧は身体機能を弱体化させる力があるようです。

(チッ……ああクソ、頭がはっきりしねえ……)

男の全身を気だるげな感覚が駆け巡ります。

男はガツンと自分を殴ると、痛みで意識をはっきりさせました。雑な対策法ですね。

「さァ、メインディッシュがお待ちかねだ」

男の身体が炎に包まれます。そのまま怪物の姿へ変貌した男は、大きな翼を力強く動かし、ゴウと突風を発生させました。

男の近くの景色は鮮明に映し出されましたが、やはり霧はかなり範囲が広いようでして、奥の方がはっきりと見えません。

「関係ねえか」

男は空へと飛び上がりました。

そのまま青い炎を全身に纏い、羽ばたきながら超広範囲の爆ぜる火球の豪雨を降らせます。

辺りの建物が片っ端から破壊され、辺りが炎の海へと変貌してしまいました。

「!」

「霧の怪物」の姿が、はっきりと男の目に映し出されました。

四肢は無く、姿はまるで巨大な芋虫のような形です。

顔はぽっかりと空いた黒い穴が広がる巨大な口に、妖しい紫色の光を放つ目が二つ。

なにより、身体全身から、異様なガス状の瘴気が絶え間なく立ち上っています。

それは男が見てきた色では、ちょっと言い表せないような色でした。

しかし、男はその香りを何度か嗅いだ事があります。

格上の敵と戦い、致命傷を負った時に感じた香り。

「ありゃあ……「死の香り」か……しかし、何処かで見た事あるような感じだ」

男は息を大きく吸い込み、燃え盛る太陽のような豪炎を放ちました。

それに対し、「霧の怪物」は口を大きく広げます。

「あ!?」

……ほう!

シュボッと音がすると同時に、その身体の何百倍ものサイズの豪炎が、「霧の怪物」の口の中に吸い込まれてしまいました。

男の炎を吸い込んでも、全くダメージを受けていないようです。

「……マジか。ジジイと同じ能力かよ。暴食野郎が」

男は苦笑いを浮かべます。

そんな事はお構いなしに、「霧の怪物」の口から、触手のようなものが勢いよく飛び出してきました。

男は身を翻して回避しますが、触手はさらに数を増やし、空中の男に向かってぐんぐんと伸びていきます。

いくら伸ばしても、全く伸ばす速度が衰えません。際限なく伸びていきます……はたして限界が存在するのでしょうか?

(まさかこの姿が裏目に出るとは……仕方ねえ。一度人間体に戻るか)

男が姿を戻そうとしたその瞬間、びゅるりと伸びた触手が男の尾に絡みつきました。

体格差を感じさせない異様な怪力で、男の身体が勢いよく地面に引っ張られます。

「うっおっ……!」

(このままだと地面に叩き落とされる――)

「……あぁ、クソ!」

男は尾を切断し、なおも尾に絡みついてくる触手を振り払いながら、勢いよく遠くの建物を目指して飛翔します。

落下の衝撃と共に建物に亀裂が入りますが、この際そんな事を気にしてはいられません。

「ったく……さて、どうしようかね」

人間体に戻った男は、ふうと一息つきました。

(炎は吸い込まれて効かねえ。かといって近づこうにもあの触手が待ち構えてるし、何より)

男は腰の辺りを触りました。

「ぐっ……!!」

ぢくぢくと、真っ赤に熱された鉄を押し付けられているような痛みが走り続けています。

おそらく呪いの一種でしょう。男からは見えませんが、独特の模様が浮かび上がっています。

(常時発動型の呪いか……全身から「触っちゃ駄目ですよ」って教えてくれてるようなもんだもんな)

さながら、あの怪物は「死の化身」と言ったところでしょうか。

「……武器は、ナイフは……こんな小せぇのが効くわけねえか。使えそうなのは」

風属性の魔力が込められたブーメラン、安物の剣、メリケンサック。

どれも相性が良い武器とは言えませんね。男はすぐ壊してしまうので、持っていても仕方ないのかもしれませんが。

「後ろをとれたら有利だったんだが……まぁ、仕方ねえか」

あのままでは触手に捕まっていましたからね。過ぎた事を言っても仕方ありません。

なにより、後ろから奇襲をかける戦法は、男の好むものではありません。

真正面からねじ伏せるのが、男の戦闘スタイルです。

男は秘薬をごくりと飲み干し、魔力を補給します。

「……やるしかねえな」

その前に、確かめねえと――男は巨大な瓦礫を掴み、60メートルほど離れた「霧の怪物」に向かって投げました。

ゴウッと風を切る音を纏い、瓦礫が飛んでいきます。

しかし、その瓦礫は何本も束ねられた触手により、叩き潰されました。

(やっぱり、物理的な攻撃は吸い込めねえようだ……行くか)

男はまず、刃が仕込まれたブーメランに魔力を込めました。

ボンと音が鳴り、直径6メートルほどのサイズに変わります。

男はそれを、ありったけの力を込めて振りぬきました。

投げられたブーメランは、飛べば飛ぶほど回転数を増していきます。そのまま風属性の魔力を纏い、斬撃の竜巻を発生させました。

(フットワークは皆無……あの触手が速いだけだ)

男はブーメランを追うように走り出します。

竜巻は向かってくる触手を切り裂きながら、さらに巨大になっていきます。

(まぁ、さすがにこれで倒せはしねえだろ……)

男は両手から巨大な二匹の龍を象った炎魔法を放ち、援護射撃をします。

(さぁ、どうする? 全部吸い込んで斬られるか、触手を犠牲にして防ぐか)

「霧の怪物」は大きく口を広げました。

男はそれを注意深く観察していましたが、口元が光ったのを見た瞬間、身体に電流が走りました。

(――いや!! 違う!? やばい!? 死――)

男は思考もままならぬまま、「霧の怪物」の直線上から跳躍して回避します。

――ボッ!!

次の瞬間、その直線上を超極太のエネルギーが通り去り、全てを消し飛ばしてしまいました。

あまりに一瞬の事だったので、男は呆然としてしまいます。

「……考えてみりゃ、あんなでかい口から出てくるのが、触手だけな訳ねえか」

しかし、あの高密度エネルギー砲は、連発は出来ないようです。身体の負担も大きいらしく、「霧の怪物」は進行を止めていました。

ジジイほどの威力じゃねえ。気を付けてりゃ避けれる。男は相手を睨みます。

「まぁ、何にせよ今がチャンスだ」

(ジジイと同じなら、吸い込んだ魔力を自分のものにしてるかもしれねえ)

魔法は使うべきではないと判断し、男は再び瓦礫を投げます。

新しく生えてきた触手がそれを貫き、細切れにしてしまいますが、男は想定済みだと言わんばかりに特攻をしかけました。

魔法紙から剣を二本取り出し、両手に握ります。そのまま炎を灯し、炎の刃を形成しました。

勿論これには何の特殊効果もついていません。すぐに使い物にならなくなってしまうでしょう。

「さァ、遊ぼうぜ!!」

男は襲いかかる触手を強引に斬り伏せながら、距離を詰めていきます。

動きは我流――と言うよりも、素人同然ですが、持ち前のパワーとスピードで、それを補っています。

「オオオォオォオォオォ……」

「霧の怪物」の触手は、すでに生え揃ったようです。何本もの触手が、四方八方から男に飛び掛かります。

男はそれを片っ端から斬り伏せますが、さすがに体力の消費も大きいようです。

(だが、距離はかなり縮まってきた……後少しだ!)

男は自分を鼓舞すると、さらに炎の刃を巨大化させます。

汗が顎を伝ってぽたりと落ちたその瞬間。

男の足元が、もこりと膨れ上がりました。

「ッ!! しまっ――」

地中を潜って飛び出してきた触手が、男の脇腹を貫きます。

「ガハッ……!!」

鮮血が地面に飛び散ります。男は抉り取られた部分を抑え、がくりと膝をつきました。

おやおや、随分苦しいようですね。もう駄目でしょうか?

「霧の怪物」は獲物が動けなくなった事を悟り、ゆっくりと触手を伸ばします。

「ハッ……ハッ……クソ……なめんな……まだ俺は死んでねぇぞ……!」

男は秘薬を傷口に流し、出血を止めながら未だ折れぬ闘志を見せつけます。

そんな男をあざ笑うかのように、触手が撃ちだされました。

「……ガアアァアアァァァ!!」

男は最後の力を振り絞り、全ての魔力を両手に集中させます。信じられないほどの高密度の魔力が圧縮されていきます。

このままこの区ごと吹き飛ばしてしまうつもりでしょう。死なば諸共、と言った所でしょうか。


「随分必死な顔じゃのぉ」


刹那、魔力の結界が張られ、触手を弾きました。

男の後ろを歩いてきたのは、長い白髪を持つ青年です。いえ、この人物は――

「まさか――ジジイか!?」

「ひっひっひ……ワシじゃよ」

道理で占い師が探しても見つからないはずです。老人は何らかの方法で若返っていました。

しかし、言葉遣いは変わっていないので、何やら変な感じがしますねぇ。

「して、この奴さんは一体……」

「……こいつはよく分からん。触れたら呪われるが、俺の炎は吸収しやがる」

「お前さん、こんな奴に挑んだのかい。力量差も考えられんようじゃ、まだまだヒヨッ子じゃのぉ」

回復魔法で男の致命傷を治した老人は、結界で守ると同時に口を大きく開きました。

いえ、それは開くなんてものでは御座いません。顎が外れてもなお、強引にこじ開けます。

老人の口から、真っ黒な脚が飛び出しました。

次の瞬間、「本体」がぬるりと老人の口から姿を現せました。老人(今は青年ですが)の身体は皮だけになり、力なく地面に崩れ落ちます。

黒い大きな腹、巨大な四枚の羽根の一つには髑髏の模様があり、ぎょろりと覗く赤い目玉。

「ヒッヒッヒ……」

あれが「蠅の王」ベルゼブブの姿で御座います。ワタクシもあまり見た事が御座いません。

ベルゼブブが姿を現すと同時に、魔力で作られた無数の蠅が辺りを飛び交います。

それを見た「霧の怪物」は野太い咆哮を上げ、さらに勢いを増して触手を伸ばします。


「ヒヒッ……久しぶりに暴れようか」


老人は羽根を凄まじい速度で羽ばたかせました。

烈風が「霧の怪物」を襲いますが、それだけに留まりません。

羽根を羽ばたかせる速度はさらに上がり、超速振動による衝撃と音波が発生しました。

それは、さらに威力を増していきます。

(あのジジイ……うおぉおおぉおぉ!!)

凄まじい衝撃が結界に広がります! びりびりと震える結界は、今にも割れそうです。

まるで嵐が通ったよう。老人の奏でる破壊の音は、男達が居る地区を丸ごと更地にしてしまいました。

「無茶苦茶しやがる……あのジジイ」

結界が解け、男はクリアになった景色を見ます。改めて、とんでもない破壊力であると実感させられました。

しかも、老人は本来の力を発揮していません。これはほんの力の一部なのです。

「そうだ、奴は」

「オ オォオォ ォ」

「霧の怪物」は倒れていました。

しかし、立ち上る死の瘴気は、まだ消えてはいません。

老人は無数の蠅を向かわせました。蠅一つ一つに「厄病」などの効果があり、触れるだけでも様々な状態異常になってしまいます。

「……ぬ?」

「霧の怪物」の身体が、どくんと胎動しました。

「霧の怪物」の身体が、風船を膨らませるように、むくむくと膨れ上がっていきます。

「あの野郎、自爆する気か!?」

「霧の怪物」の身体が何倍にも膨れ上がった後、その口から、凄まじい勢いでガス状の何かが放出されました。

「!」

老人は脚に男を引っ掛け、素早く空に飛翔します。

「霧の怪物」も、その勢いを制御出来ないようです。空に逃げた老人達に合わせる事も出来ず、ただ一直線にガスを噴出します。

全てを出し尽くすと、「霧の怪物」はぺしゃんこになってしまい、そのまま動かなくなってしまいました。瘴気は消えたようです。

ガスは未だ、霧のように漂っています。明らかに触れるとまずいものでしょう。

「何だったんだ……あいつは」

男は自然と口にしていました。

「ジジイ、これどうする? 吹き飛ばすのか?」

「此処は普段訪れんし……ま、無視しようかのぉ。虫だけに……ひっひっひ!」

どうせこの区域は壊滅状態です。周辺に漂うかもしれませんが、彼らには関係ありません。

巻き添えを食らった者達には気の毒ですが。

「……何でも良いから休ませてくれ。今も身体が痛んで仕方ねえんだ」

「ひぇ~、まさかジャバウォック様が、ここまでボロックソのボロ雑巾にされるとはのぉ」

「……」

「いやぁ、まるで小便を漏らした子供のようじゃったのぉ」

「……」

「しかも地中からの攻撃に気付けぬとは……その鼻は飾りかのぉ?」

「……」

「かーっ、天下のジャバウォック様も、あれには手も足も出なかったかぁ~」

「……おい言い過ぎだろボケ!! ぶっ飛ばすぞ!!」

「このまま落としても良いんじゃが?」

「……クソが!」

しかし、戦闘中に感じた妙な感じ。男は覚えがあります。

だがもう殺されたはず。男は考えを否定しますが、どうしても気になって仕方ありません。

「あいつ、ドッペルゲンガーのガキに似てたな……」

【九夜目 終わり】

「ああっ……また負けた!!」

「ひっひっひ……さぁ~て、次はこの酒を買ってもらおうかのぉ~?」

「チッ……次だ、次は勝つぞ!」

男は酒を注文し、老人に渡します。

にたにたと笑いながら飲む老人を見て、やっぱりこの爺さんには敵わねえな、とため息をつきました。

これが日常。強いて違う点を挙げるなら、目の前の老人が若返っている事くらいでしょうか。

「そういや、何で若返ってんだよ?」

「ワシは百年に一度、繭になって転生するんじゃ……前の身体は古臭くてのぉ」

「……って事は、別に目玉を移植しなくても平気だったんじゃねえか!!」

「ひっひっひ……何の話だったかの?」

「ふざけんな! 金返せコラ!」

男は老人にウィルオウィスプを放ちますが、老人にはそよ風が通ったようなものです。何処かで見たような光景ですねえ。

「店の中で暴れるとは……その頭にはマナーのマの字も入っておらんのか?」

老人はクチャクチャと音を立ててつまみを食べながら、新しい酒を飲み干します。そのまま盛大なゲップをしました。

「うるせえ! まともに飯も食えねえ奴に言われたかねぇよ!」

「ひひっ!」

(しかし……「霧の怪物」は神出鬼没って聞いたが)

(明らかに動きは鈍いし、地面を掘って移動するって訳でもなさそうだ)

(考えられるのは……召喚? もしくは封印して持ち運んでいる? それに、あのガキ共は……?)

何にせよ――裏で手を引いている奴がいる。男は神妙な顔つきになりました。

男が真剣に考え事をしている間、老人は(勝手に)新しい酒を注文しています。

「……ん? あっおいコラ! 何勝手に注文してんだ!」

「ひっひっひ……酒は飲―んでも呑まれるなー♪」

「おいジジイ!! 俺は払わねえぞ!」

「いやいや、全然構わんぞ~? 二度も命を救ってくれた恩人に、酒を買ってあげたいと思うなら話は別じゃがなぁ~?」

「……ああ畜生!! 好きなだけ飲みやがれ!!」

「イェ~イ……ひっひっひ!!」

机を叩く男を笑いながら、老人は上機嫌で酒を飲み干しました。

今宵の酒場も、騒がしくなりそうです。

【十夜目 終わり】

二人が(正確には老人が)「霧の怪物」を仕留めたという噂があっという間に広がり、街は再び活気づいて参りました。

明日からは、数千年に一度の、ワタクシ本体の血が騒ぐ「新月」の月で御座います。

彼らの運命は、果たしてどうなってしまうのでしょうか。

絶対的「理不尽」であるワタクシを差し置いて、何者かが少し調子に乗っているようですが。

この街には「イサクラ」が眠っている事。

どうか、お忘れなきように。

終わりです。ありがとうございました。
しかし多いですね……そろそろ書くのやめるべきでしょうか……

前作

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