男「浮き彫り」 (14)

女「やあ」

男「……また来たのか」シュッシュッ

女「まあね。しばらく雨宿りさせてもらうよ」

男「勝手にどうぞ。じめじめしてるな」

女「ああ」

ザアアアァアアアァ……

女「よく毎日、物ばかり作れるね。疲れないのかい?」

男「ああ、疲れるさ。楽に生きたいよ」

女「その割には、随分丁寧な仕事をするね」

男「手は抜くなと教えられたからな。親父の口癖だった」

女「ふーん。仕事を継いでから、何年目かな?」

男「……さあな。覚えちゃいねえさ」

女「でも、私は好きだよ、君の作る物」

男「そうかい、そりゃ良かった」

女「少し休憩しないかい?」

男「……ああ」

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女「やあ」

男「……おう、今日も暑いな」

女「そうだね……あ、団扇があるじゃないか。借りてもいいかい?」

男「勝手にどうぞ。どうせ俺ぁ両手が塞がってるしな」シュッシュッ

女「扇いであげるさ、ほら」

男「……ん」

女「へえ、変わった模様の狐のお面だね」

男「気持ち悪いか?」

女「ううん。全然。不思議な力が宿ってるみたいに見える」

男「そうか」

女「見てて落ち着くよ。描き方がうまいね」

男「……なんだ、今日はやけに褒めるじゃねえか。何も出さねえぞ」

女「ひどいなあ、人を鳥の雛か何かと勘違いしていないかい?」

男「どっちも似たようなもんだ。ぴよぴよとよく喋る」

女「君の無口と合わさって、ちょうど良いくらいだよ」

男「……別に俺は無口って訳ではないが」

女「じゃあ、今日は君の話をたくさん聞きたいな」

男「……生憎、忙しくてな」シュッシュッ

女「ほら、すぐ仕事に逃げる」クス

女「やあ、それは……瓢箪の明かりかな? すごく丁寧に彫られてるね」

男「ああ、去年の奴だが。蝋燭はつけるなよ? 暑苦しくて適わん」

女「まあ、今は明るいしね。また夜に来た時にでも見せてもらうよ」

男「お前の言葉を借りるなら」

女「ん?」

男「よく毎日俺の所に通い続けれるな」

女「まあ、君と居ると、退屈しないしね」

男「そうか……よく分からんが」

女「おいおい、ちょっとぐらい照れてくれても良いんだよ?」

男「照れ方なんて忘れちまったよ」

女「まるで君が人形みたいな言い方をするね。君だって、感情を持った人間なんだぜ?」

男「どうだろうな。ただの物作り人形かもしれないぞ」

女「人形にしては、随分と表情に愛想が無いけど」クス

男「仕方ない。生まれつきだ」

女「君は生まれた時も、そんなしかめっ面だったのかい?」

男「別にしかめっ面をしている訳ではないが」

女「じゃあ、たまにはにっこり笑ってほしいものだねぇ」

男「そのうちな」

女「もう」

女「やあ、来たよ。さっそくだけど、明かりをつけてくれるかい?」

男「本当に来たのか……」

女「まあまあ。お酒と、肴もちゃんとあるからさ……ね?」

男「……まあいい。入れ」

女「おじゃまします、はいこれ」

男「鮪の刺身か。ええと、確か醤油は……」

女「ああ、いらないよ。これで食べよう」

男「……塩?」

女「商人から手に入れてね。岩からとったものらしいよ」

男「へえ……」スッ

女「……おお、光と影の塩梅が良いね、暖かい光だ」

男「だろう」

女「それじゃ。乾杯しようか」

男「ああ」

男「……おお、旨いな。この酒……」

女「だろう? これでも高かったんだよ」

男「うん、確かに刺身も旨いや」

女「塩で食べるのも、乙なものだろ?」

男「ああ」

女「……」

男「……」

男「……どうした。今日はやけにだんまりだな」

女「……うん」

男「何かあったんだな?」

女「……うん。実は……親に勧められて、結婚する事になったんだ」

男「……ほう」

女「役所の人でね。人柄も良さそうだった」

男「良かったじゃねえか、玉の輿ってやつだな」

女「ああ、そうだね」

男「……」

女「……」

女「……明日、遠くの町へ引っ越す事になったよ」

男「随分と急だな」

女「ああ、早く母さん達を安心させてあげたいしねぇ」

男「……じゃあ、今夜で会うのは最後か」

女「……そうだね」

男「……」

女「……」

女「……私ばかり喋っていたけどさ、君は私といて楽しかったかい?」

男「……いや」

女「迷惑かけてたら、ごめんね」

男「……そんなことはない」

女「……そうか」

男「……ああ」

女「……今日は涼しいね」

男「……ああ」

女「……良い、気分だ」

男「……そうだな」

女「……お酒が、回ってきたかなぁ。毛布借りるよ? 私が持ち込んだものだけども」

男「……!」

男(……言わなければ)

男(……このままだと、あいつは何処かへ行ってしまう)

男(……伝えなければ)

男「……ああ」

女「おやすみ」

男「……おやすみ」

男(結局、伝えたい言葉は、喉を通らなかった)

男「……朝、か……!?」

男(これは!)

【お世話になったね。先に出発するよ。今までありがとう】

【君は顔は悪くないんだから、もっとにこにこ笑ったら、きっと人気が出るよ?】

【体に気を付けてね。それじゃ、いつかまた】

男「……」

男(結局、あの時俺は何を伝えたかったのだろう)

男(あれから、俺は独り、物を作り続けている)

男「……蝉の抜け殻か」

男(抜け殻、面、瓢箪。全てに共通している事がある)

男「空っぽなんだ。こいつらも、俺も」

男(どちらも、表面ばかりで中身が無い)

男(だから、中身が無いと、そのすかすかな存在が、周りに浮き彫りになる)

男(暑い夏、騒がしい蝉の声。俺の周りだけが静かだ)

男「……女」

男(ああ、なんだろう、この気持ちは)

男(俺は、俺は)

男(俺は)


女『やあ』


男「……ああ、俺は、あいつが好きだったのか」

男(長い間、喉の奥で眠っていた言葉は、ゆらりと抜け殻に吸い込まれていった)

終わり。

そろそろ僕らの夏がやってきますね。

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