男「リビングデッド・ジェントルマン」 (71)

管理人「はい、これがスペアの鍵ね」チャリン

青年「ありがとうございます」

青年(ひっそりとした、町から隔離されたと言っていいこの場所。此処が例のアパートか)

青年(噂では、幽霊が出るらしいけど……格安だし仕方ないな)

青年(僕の部屋は、201号室……)

青年「ふうん、思ってたより嫌な感じはしないなぁ、明るいからかな」

青年(……うん。荷物も大丈夫だし、その辺を歩いてみよう)



青年(なるほどね、ざっくりと道を覚えたぞ)

青年(……ん? アパートの裏のこの小道……続いてる? 行ってみよう)

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青年「!」

青年(こんな所に小さな公園があったのか! ……遊具はベンチとブランコしかないけれど)

青年「? 何だこの石碑……何て書いてるんだろう」

青年(でも、クローバーが沢山生えてる。此処、いいな。一応ベンチの上に屋根があるし)

青年(近くに人家も無いし……ここなら集中出来そうだ)

青年(少し、吹いてみようかな)スッ


青年「――♪♪――♪――♪――」

青年「♪――♪ ♪~♪――」

青年「♪――ふぅ……」


パチ パチ パチ パチ

青年「!」

男「素晴らしい演奏でした、良い時間をありがとう」

青年「あ、貴方は……?」

男「申し遅れました、私、男と申します」ニコッ

青年「ど、どうも、僕は青年です」(全然気づかなかった……)

男「この辺りでは見かけないお顔ですね」

青年「あ、僕、この近くに引っ越してきたんです」

男「! ああ、なるほど」

男「しかし、オカリナとは珍しいものをお持ちで」

青年「趣味でして。まだまだ下手ですけどね」

男「いえいえ、素敵な腕前で……おや」

女「男、こんなところに居たの……探したよ」

男「ああ、これは失礼。何か御用で?」

女「スズメバチの巣が見つかった……お願い」

男「ええ、お安い御用で。では、後ほど」

青年「……? はい」

女「……」ペコリ

青年(……何だったんだ?)

青年「あ」

女「どうも……」

青年「同じ場所……と言うよりも隣の部屋だったんですね」

女「……?」

青年「どうかしましたか?」

女「……珍しい……」

青年「珍しい?」

男「やあ、青年君。びっくりしましたか?」スッ

青年「男さん……うわっ、どうしたんですか、それ」

男「スズメバチと少し遊戯を嗜みまして」

青年「シンプルに刺されたって言えば良くないですか」

男「ははは」

青年「……いやいや、はははじゃなくて、身体! 大丈夫なんですか!?」

男「ああ、これですか? 大丈夫ですよ」

青年「両腕すごいことになってますけど……」(何で意識があるんだろう、この人)

男「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」

青年「ええ……」

女(男……)ボソ

男(ええ、そのようです。珍しいですが)コソ

青年「?」

男「御気になさらず。慣れない事も多いでしょうが、連絡して頂ければすぐに駆けつけますよ」

女「男は私の隣の部屋だから……」

青年「ああ、なるほど」

男「では、もう夕暮れですし、失礼しましょうか」

女「そうだね」

男「では、また」

青年「あ、はい。これからよろしくお願いします」

青年(ふぅ、何だか疲れたよ)

青年(でも、悪い人は居なさそうで安心した)

青年(明日は大学だ……遠いけど、頑張ろう……)


青年(……!)パチ

青年(あれ、どうして僕は今目が覚めたんだ? 特に何も無いのに)

青年「……!!」

「……」

青年(部屋に、何か居る!)ゾッ

青年(視線を感じる……こっちを見てる! まずいまずいまずいまずい)

青年「ッ!!」バッ バタン

「!」

青年「はあ、はあ!」(鍵……開いてる!)

青年「女さん! すいません! 何か居るんです!」ガチャッ

男「あっ」

青年「……!?」

ユニコーン「……」

青年「え……あ、ああ……?」

男「……あ~、青年君。出来れば扉を閉めて頂きたい。鍵を閉めるのを忘れたこちらの落ち度ですが」

青年「……はい、ん、んん?」

青年「何で……ん、て言うかこれ、ユニコーン……?」

女「……こんな時間に来るとは思わなかった」フワッ

青年「!? え、女さんに……えっ」

男「落ち着いてください、とりあえず座りましょうか」

女「座って」

青年「……あ、はい」

男「ご覧になったように、女さんは一角獣……所謂「ユニコーン」です」

青年「つまり、人じゃない、と」

女「うん」

青年「……なんて言うか……突然、すぎて。その……何で部屋の中でその姿に?」

男「私の傷を治してもらっていたのですよ」

女「角を削るのはすごく負担がかかるから、角先を当てて治癒させたの……時間はかかるけど」

男「いやぁ、彼女のおかげで大分体も綺麗になりました」ハハハ

青年「……あ! それより、部屋に何か居たんです!」

女「ああ」

男「全く、あの悪戯者は……そこですね?」

「! バレちゃった」

青年(……子供? いつの間に部屋に?)

少女「でも、夢を貰っただけだよ。突然この人が飛び起きて……」

女「駄目でしょ……勝手にそんな事したら。また出ていっちゃうよ」

少女「はーい!」フワ

青年(ええ……浮いてる……)

男「彼女は「夢喰い獏」です、困った子でして」

女「人間の入居者は、皆この子が怖がらせて出ていくの……」

青年「人間の? って事は、男さんも」

男「ええ」

青年(故郷を出て、初めての一人暮らし)

男「私は「リビングデッド」――すでに死んだ人間です」

青年(僕は、とんでもない所に来てしまったみたいだ)

今日の更新は以上です。こんな感じで進めていきます。

青年「それじゃ、行ってきます」

少女「はいはーい! 気を付けてね~」

青年(とんでもない住民たちが住む、このアパート「日日荘」に引っ越して、3日が経った)

青年(少女の姿は霊体で、特に居場所を持たないそうだ)

青年(だが、僕の部屋に定住している。最初はどうなることやら、と思っていたが……)

青年(夢を渡す代わりに、その時間を決めてもらった。おかげで、早起きしても頭がすっきりする)

青年(夢は食べる他に、球体にして保存するのも好きなんだそうだ。……リスがどんぐりを貯蔵するようなものなのかな)

青年(とにかく、少女のおかげで朝きっちりと起きれる。ありがたい事だ)

青年「あ、おはようございます」

女「おはよう……」

青年(ユニコーン、と聞くと気難しそうなイメージを持つが、女さんはどこかふわふわしている)

青年(案外、彼らはそんなに堅苦しくない種族なのかもしれないな)

「では、授業を終わります。出席用紙には今日の感想を書くように」

青年「終わった……眠い……」

「お疲れさん、青年」

青年「お疲れ様」

「そういやお前一人暮らしだっけ? 今度泊まりに行っていい?」

青年「良いけど……大分離れてるよ? 学校帰りとかに寄れる距離じゃないかなぁ」

「あー、そっか。何処にあんの?」

青年「えーっと、○○駅って所から、さらにバスを使って……途中から歩きで……」

「うげっ、そりゃすげえわ……」

青年「まぁ、安いから仕方無いよ。それじゃ、行こうか」

「おー」

青年(あ、見た事ない子だ)

少年「……あー、こいつか、新しい住居人。ジジイがスペアキー渡したっていう」

女「こら、こいつなんて言ったらダメでしょ……」

青年「えーと、青年です。201号室に住んでます」

少年「ああ、うん。よろしくな。俺は少年ってんだ」

青年(やけに大人びた雰囲気の子だなぁ)

少年「新入り、ちょっと手伝ってくれ。時間あるだろ?」

青年「あー、うん。あるけど」

女「疲れるから、人手があると助かる……」

青年「?」

少年「着いてきな」


男「おや、青年君もですか」

青年「畑……トマトにキュウリ、色々ありますね。育ててるんですか?」

男「ええ、日日荘の皆で協力して育てているんです」

青年「へえ、良い事ですね!」

男「青年君も参加してみませんか? 大地と共に汗を流すのは気持ちいいですよ」

少年「死体が何言ってやがる。汗なんて流れねえだろうが」

男「おや、これは厳しい所を」

青年「僕もやってみます!」

男「では、雑草取りを始めましょうか」

青年「はい!」

男「ふう、お疲れ様でした。疲れましたね」

少年「ああ」

青年「うう、腰が痛い」サスサス

女「お疲れ様。冷たいお茶とサンドイッチを作ってきたよ……」

少年「おう、悪いな女」

男「いただきましょうか」

青年「はい!」スッ

青年「……おお、美味しい!」

男「女さんの作るサンドイッチは美味しいでしょ?」

女「そうかなぁ……特に変わった事はしてないけど」

少年「いや、これは美味い。パンに塗られたバターに黒胡椒が混ぜられてるな。ピリッと引き締まっていて良い味だぞ」

青年「なるほど……」

男「御馳走様でした」

青年「……そう言えば、男さんって死んでるんですよね?」

男「ええ、もちろん」ニコ

青年「ご飯とか、食べても平気なんですか?」

男「駄目ですね」

青年「えっ」

男「消化機能自体が死んでいます。ですので私は食事を摂る必要自体ありません」

青年「そうなんですか……」

男「この後、全て吐き戻しますよ。胃がパンクしてしまいますから」

青年「うわ……聞かなきゃ良かった……」

少年「その癖身体は腐らないんだよなぁ。そもそもお前味覚も無いだろうが。無駄に食うなよ」

男「女さんがせっかく作ってくれたんですよ? その気持ちを無下にするなんて出来ません」ニコ

青年「あ、そう言えば、少年君は何処に住んでるの?」

少年「俺は102号室だ。あまり此処に滞在しないが、まぁたまに会う事もあるだろう」

男「ああ、会ったのは初めてですもんね。彼は「不死鳥」でして。私とは不死身仲間ですよ」

少年「お前みたいな出来損ないと一緒にするな。女の治癒が無けりゃ傷も治せねえくせに」

青年「不死鳥……何度も灰になって甦るっていう、あの……」

少年「ああ。さて、疲れた事だし、帰って少し寝るかな」

女「私も……」

男「さて、帰りましょうか」

青年「そうですね」

少女「お帰りなさい、お兄ちゃん」ニコ

青年「ああ、ただいま」

少女「……何かあったの? 元気ないね」

青年「ん? ああ……ちょっとね」

少女「何かあったら、何でも相談してね?」

青年「ありがとう。君は優しいね」

少女「えへへー」ニコ

青年(……此処の人達は、生まれつきだけど)

青年(男さんは、一体何があって「ああ」なったんだろう?)

今日の更新は以上です。

青年「しかし暑いなあ。台所に立つのも嫌になるよ」

少女「大変だねー」

青年「少女は暑さとかは平気なんだね、羨ましいなぁ」トントン

少女「良いでしょ! へっへん!」

青年「……いてっ!」ビツッ

少女「! 大丈夫?」

青年「ちょっと切っちゃったみたいだね、うっかりしてたよ」ズキズキ

少女「絆創膏探してこようか? それともお姉ちゃんを呼んでくる?」

青年「ん、平気平気。僕、傷の治りが早いんだ。ほら、もう血は止まった」

少女「ほんとだー」

青年「さて、さっさと仕上げてご飯にしようかな」ジュウゥウッ

少女「いいなー、私も食べたいなぁ」

青年「少女は霊体だからね。こればっかりは仕方ないよ」

少女「その分、お兄ちゃんの夢をいっぱい頂きます!」ニコ

青年「はは、お手柔らかに……」

青年(図書館は涼しくていいなぁ)

青年「どれどれ」パラ

青年(ユニコーン……力強く、勇敢かつ獰猛。角の一撃は、あらゆる獣をねじ伏せると言われている)

青年(……うーん、全然女さんと違うなぁ……)

青年(フェニックス……何度も甦る伝説の鳥)

青年(って事は、やっぱり少年君はすごく昔から生きてるのか)パラ

青年(獏……あまり情報が統一されてないな。き、金属を食らう!?)

青年(リビングデッド、は……無いな。ゾンビ……これも色々ある。でも腐ってるのが多いな。自我も無い)

青年「ふーむ、案外情報なんてあてにならないもんだなぁ」

青年(そう言えば、管理人さんは普通の人間なんだろうか? ……あの面子だと、そんな訳ないよね)

青年「!」ピク バッ

青年「……?」

青年(今、誰かに見られてた……?)

管理人「やあ、此処には慣れたかね」

青年「あ、こんにちは」

管理人「変な奴らばかりだろう、ファッファッファ!」

青年「はは……」

管理人「しかし君は順応が早いねえ」

青年「初日に正体を見てしまったのが大きいですね」ハハ

管理人「ふゥむ。やはり……君は珍しいねえ」

青年「まあ、わざわざ此処に来る人なんて居ないでしょうね」

管理人「……」

青年「?」

管理人「まあ、何かあったら相談しなさいよ。住んでる人数は少ないが、悪い奴らじゃァないからね」

青年「……はい!」

青年(少女がオカリナを聴きたい、と言うので、あの公園に来た)

青年「――♪♪~♪―♪―」

少女「優しい音だね……なんて曲なの?」

青年「ん? 「メノーアイラに捧ぐ唄」って名前だよ」

少女「へえ~、有名なのかな?」

青年「ううん、これは僕の友達が作った曲なんだ」

少女「そっかー、でも気に入った!」ニコ

青年「それは良かった」

少女「また今度も聞かせてね!」

青年「お安い御用で、お姫様」ニコ

少女「あ、ねえお兄ちゃん。この石碑ってなんて書いてるか分かる?」スッ

青年「うーん、分からないんだよな。そもそも実在する文字なのかな?」

少女「わたしも気になってるんだけど、よく分かんないんだー」

青年「こんなところに一つだけあるなんて変だよね」

少女「ねー」

青年(しかし気になるなあ、これ)

青年「ふう、疲れた」

男「青年君も、大分手際が良くなってきましたね」

女「うん、そうだね」

青年「いえいえ、そんな……あれ? 男さん、血が」

男「おやおや、先ほどシャベルで傷つけてしまったようですね。この体は痛覚が無いので不便です」

青年「大丈夫ですか? とりあえずこれで拭いてください」スッ

男「いえ、とんでもない。汚してしまいます」

青年「どうせあんまり使わないですから、気を使わないでください」フキフキ

女「後で部屋で治すから、我慢してね……」

男「助かります。ありがとうございます、お二人とも」

青年「困った時はお互い様ですよ」

女「そうだよ……」

青年「――うっ!」ピリッ

女「?」

男「どうしました?」

青年「い、いえ。なんでも……何だろう、静電気か何かかな」

女「大丈夫?」

青年「はい、平気です」

青年(何だったんだろう、今のは……男さんの血が付いた瞬間、身体に電流が走ったみたいに……)

今日の更新は以上です。

「いやー、旨かったなあ。あの店」

青年「そんなに美味しい店だったの?」

「ああ、絶品だったね。ふらっと寄ってみたんだけどさ、すんげえうまいの」

青年「へえー、名前は?」

「いやあ、それが忘れてさ……何かの名前だったような……」

青年「ええ……分かりっこないよ」

「ま、今度行こうぜ。道は覚えてるからさ」

青年「うん、そうだね。じゃあまた」

青年「……」

「……」

青年(やっぱり、見られてる)

青年(最近、よく視線を感じるとは思ってたけど……誰だ?)

青年(……)スタスタ

「……」

青年(嘘だろ……着いてきてる!?)

青年(……あれ、何で僕は着いてきてるって気付いたんだ?)

青年(何だか、最近目も変な感じだし……男さんの血に触れてからだ)ゴシゴシ

青年(……この曲がり角を曲がったら、一気に走って逃げよう。それまでは悟られないように……)

ガシッ

青年「――!!」

「やあ、ちょっと話、良いかな」

青年「……誰、ですか」

「まあ、喫茶店にでも行こうよ――此処じゃ人目につく」

「僕は若者って言うんだ」

若者「ま、とりあえず行こうか?」


若者「ね?」ニコ

若者「まあ、コーヒーでも飲んで話をしようか。そんなに時間は取らせないよ」

青年「貴方は……」

若者「君、変な匂いがするね。人間とは違う匂いがする――それも多数の」

青年「!」

若者「少し気になってね。君、一体何処に住んでいるんだい?」

青年(こ、この人……ヤバい! そもそも、右半身が火傷塗れじゃないか……どう考えても普通の人間じゃない!!)

若者「教えてくれないかなぁ?」ガシッ

青年「ッ……!!」

青年(なんて握力だ……振りほどけない、って言うか……)

青年(う、腕が折られる!?)ググッ

若者「ふふ……」

青年「……あっ……いっ……!!」ミシミシ

「もしもし、ご友人の方ですか? それにしては随分と情熱的なスキンシップですが」

若者「……」パッ

青年「ッ……男さん!」

男「どうも。今日も暑いですねぇ」

男「――所で、少し手伝って頂きたい事があるのですが、お時間頂けますか?」

青年「……はい! 行きます!」

男「お話の途中でしたのに、申し訳ございません。では」チャリン

青年「……失礼します」

若者「……ふうん……」

男「此処まで来れば、大丈夫でしょう」

青年「助かりました」ホッ

男「しかし、彼は一体」

青年「よく分からないんです。最近視線を感じるなと思ってたんですが」

男「……只者では無さそうですね」

青年「確か、僕に人間以外の匂いが付いてるらしくて」

男「匂い」

青年「はい。そして、住んでる場所を聞かれました。黙っていると、腕を掴んできて」スッ

男「どれどれ……これは人間の出せる力では無さそうですね。痛みますか?」

青年「ええ……でも骨にヒビは入ってないと思います。すぐ治りますよ」

男「そうですか……これからは気を付けて下さい。決して一人で行動しないように」

青年「……ですね」

青年(日日荘に引っ越してきて、慣れてきたと思った頃)

青年(順調に過ごしていた生活に、黒い影が差し始めた)

青年(そして、それは生活に限った話では無かった)


青年「……何だ、これ……!?」

青年(僕の身体にも、謎の変化が起こり始めたのだった)

今日の更新は以上です。

青年(若者に接触されて、3日が経った頃)

青年「どうなってるんだ、これ……」

青年(ふと起きて鏡を見てみると、瞳の色が、血のように鮮やかな紅に染まっていた)

青年(頬の辺りには、白い鱗みたいなものが少し生えている)

青年「僕は……人間だよな……?」

少女「……」

青年「何だよ、これ……何だよ!!」

少女「お兄ちゃん……」

青年「どうなってるんだよ!!」バッ

少女「あっ!」

青年(僕は無我夢中で飛び出していた)

青年(脳に思考が行かないように全速力で。呼吸すらしていたかどうか怪しいくらいに)

青年(気が付けば、日日荘の近くの林の中に来ていた)

青年「ッ……ああああぁあああああぁあぁあぁ!!」

青年(頬を掻き毟る。その度に白い鱗がぱりぱりと剥がれ落ちては、また生えていく)

青年(視界がおかしい。妙な色があちこちに見える)

青年「なんで!! なんでだよ!!」

青年(僕は、人間では無いのか)

青年(……僕は化け物なのか)

青年「!」

青年(ふとその考えが頭を過った瞬間、まるで自分が彼らの事を化け物呼ばわりしているようだと気付く)

青年(そうか。僕は無意識のうちに……彼らと自分を線引きしていたんだ)

青年「……ははっ」

青年(強烈な自己嫌悪で、焦りや不安が少しだけ落ち着く)

青年「……僕は、一体どうすればいいんだ……」

「そんな事、簡単だよ」

青年「!」

若者「僕が何とかしてあげるよ」

青年「……何で此処が分かったんだ」ジリッ

若者「君は人間で居たいんだろう?」

青年「!」

若者「さあ」

若者「おいで?」ニコ

青年「……!」ゾッ

青年(とにかく、こいつの近くに居ちゃだめだ!)ダッ

若者「おやおや……」

青年(くそっ、さっきバカみたいに走ったせいで……体力が)ゼェゼェ

青年(おまけに視界が変な色のせいで見え辛い……くそ!)

青年(でも、何処に逃げればいいんだ?)

青年(此処に居るって事は、おそらく居場所もバレてる)

青年(……とにかく、今は距離を離さないと!)ガッ

青年「あっ!? ……ぐっ……」ドタッ

青年(まずい、早く立ち上がらないと!)

若者「どうして逃げるのさ。君も人間に戻りたいんだよね?」スタスタ

青年「……」ズキッ

若者「僕もこの右半身を治したくてさぁ」スッ

青年(……足を挫いたか……まずい!)

「……!!」ボッ

若者「!」バッ

青年「――女さん!?」

ユニコーン『大丈夫!?』キッ

若者「いてて……幻獣じゃないか」ポタッ

若者「でも」

ユニコーン「!!」ボッ!

若者「何しにきたの?」ガシッ

青年(ユ、ユニコーンの突きを見切って……掴んだ!?)

若者「角、折るからね」ミシ

ユニコーン「!!」

青年「!」ゾッ

青年「――止めろ!!」フッ

若者「!!」

ユニコーン『乗って!』サッ

青年「……はい!」バッ

ユニコーン「……」ダッ

若者「いてて……逃げられたか」

若者「しかし、いいなぁ……本当に……へへへっ……」

女「……あいつが、男が言ってたヤバい奴?」

青年「はい……でも、何で」

女「少女が泣きながら出て行った方角を教えてくれたの」

青年「いや、そうじゃなくて……僕のせいで姿を外に……」

女「? 大丈夫。管理人さんに目隠ししてもらってるし、この辺りは人なんて居ない」

青年「目隠し? ……角、大丈夫ですか?」

女「大丈夫だよ。私は強いもの」

青年(はっきり喋る女さん、新鮮だな)

少女「お兄ちゃん!!」

男「青年君! 無事でしたか」

管理人「怪我はなさそうだねぇ」

青年「はい、なんとか……迷惑かけてごめんね」

男「……大丈夫ですか?」

青年「なんか、よく分かんないです……突然身体がこんな風になって……」

男「……」

青年「……そんな事より、これからどうしましょう」

女「あの細い目の奴、きっと日日荘も突き止めてるよ」

男「困りましたね……少年君に電話してみましたが、少し時間が掛かるそうです」

管理人「戦闘特化の種族が居ればなぁ」

女「あいつ、とんでもない力を持ってる……かなり上位の種族みたい」

男「せめて種族が分かれば、弱点も付けましたが……」

管理人「まァ、姿をさらけ出してまで暴れはせんでしょ。相手は私の力も知らんだろうし」

男「管理人さんの力って何なんですか?」

管理人「私には「第三の目」があってね。目に関する力があるんだよ」

管理人「対象を人間に見られなくしたり、千里眼だったりねぇ。今ヤツはゆっくりこちらに歩いてきてる」

青年(……「人間」に……)

男「相手の狙いは何でしょうね。考えなしに襲撃する意図が不明です」

青年「多分、女さんの治癒だと思います。右半身の火傷を治したいって言ってました」

少女「ど、どうしよう。このままだと此処に……」

管理人「ふむ。相手の利点は、縛るものが何もないって事だ」

青年「……そうか。僕らが散り散りに逃げても、このアパートを潰そうとすれば、僕らは無視出来ない……」

男「……とにかく、少年君が来るまで時間を稼ぎましょう」

女「だね」

若者「……へえ、わざわざそっちから」

男(良いですか、あくまでも時間稼ぎです。決して無茶はしないように)

ユニコーン「……」コク

若者「……それとも、二人なら勝てるとでも思ったのかな?」

ユニコーン「!」バッ

若者「だから、君の動きは単調なんだよ」スカッ

男「くっ」シュッ

若者「君に至っては、何だよそのへっぽこパンチは」ドゴ

男「女さん!」ガシッ

若者(! 怯まない!?)

ユニコーン「!!」ドゴッ

若者「がッ……」(こいつごと蹴り飛ばした!? どうなってる!?)

ユニコーン「!」ボッ

若者「ッ!」ズガッ

若者(チッ……左腕を掠めたか)

若者(しかし……あの威力の蹴りを受けて、奴は怯む所かピンピンしている)

若者「……さては君、呪いが掛かってるね」

男「御名答。私はリビングデッドでして。すでに死んだ者です」

若者(聞いた事がある。死体に魂を無理やり留まらせ、呪力で生者のように甦らせる呪い)

若者「はぁ~……あーあ、面倒になってきた……死体ごときに邪魔されたく無いんだよなぁ」フワッ

男(! 人間体を解除した! あの姿は)

「ああ、火傷が痛むよ」

男「ヒュドラか……!」

ヒュドラ「さて、いきますか」

男(無数の首を持つ、邪悪な蛇の化け物……しかし、首が一本しかない)

男(おそらく、何者かによって再生を封じられている……戦いに敗れたが生き延びたと言った所。なら、彼の狙いは、女さんの治癒では無く――)

ブンッ

男「……!」

ユニコーン「!」ドサッ

男(尾の、一薙ぎで……)

ヒュドラ「もう人目を気にするのも面倒だな。このまま行こう」

ヒュドラ「新しい力は目の前だ」

男(まずい……青年君が危ない……)

管理人「男達がやられた。死んではいないみたいだけど……」

青年「!!」

管理人「ヤツの正体はヒュドラ。邪悪な大蛇の化け物だよ。おそらく君を狙ってる」

青年「何故、僕を……?」

管理人「……君の蛇神の力を求めてるんだろう」

青年「? 何ですか、それ」

管理人「……やっぱり自覚は無かったか。君には、蛇神が宿っているんだよ」

管理人「おそらく、君を喰って力を奪おうとしているんだろうね。同じ蛇だし適合する可能性は高い」

青年「……蛇神……」

青年(さっき、無我夢中で女さんを助けようとした時……複数の蛇の霊体みたいなのが飛び出た)

青年(そうか……僕の回復力も……蛇神のおかげだったのか……)

青年「……僕、行ってきます」

少女「!? ダメだよ! 食べられちゃうよ!?」

青年「……大丈夫だよ」バッ

少女「お兄ちゃん!」

青年(僕には、蛇神が宿っている)

青年(あのまま居ると、皆に迷惑をかけてしまう。いや……もうかけているんだけど)

青年(思い出せ、さっきの感覚を)フッ

青年「出せる蛇神の数は……4匹」

青年(霊体だけど、実体化してる。射程は……三メートルくらいか)

青年(……蛇には熱感知の器官があるって聞いた。おそらくこれが視界を邪魔しているんだろう)

青年(今の僕は力が発現したばかりで慣れていない。度が強すぎる眼鏡をかけているようなもの)

青年(……目に行く力を調整して……よし、視界がクリアになった)スッ

青年「男さんも女さんも、僕のせいで……」ザッ

青年(あれか。……思っていたよりも大きい)

ヒュドラ「……! へえ、使い方が分かったんだ」

青年(相手のサイズは……五、六メートルか。幅は車のタイヤより少し太いな)

ヒュドラ「ふふ……でも、それで僕に勝つつもりかい?」

青年「!」ビュッ

ヒュドラ「そいつを……寄越せ!!」グオッ

青年「くっ!!」バッ

青年(やっぱり駄目か、パワー負けする!)ババッ

ヒュドラ「へえ、蛇を使って木を飛び回るか……」

青年「! ……はあ、はあ……くそっ」ドサッ

ヒュドラ「どうやら、スタミナ切れのようだね。慣れない力を使っても、そりゃ長続きはしないさ」

青年「くっ……」

ヒュドラ「それじゃ、僕の血肉の一部となっておくれ」

青年「……まだだ……!」

ヒュドラ「遅いよ」

ゴクンッ


管理人「……!」

少女「ねえ! どうなってるの!?」

管理人「……呑み込まれた……」

少女「……嘘」

ヒュドラ(しかし、まさか蛇神の力を使ってくるとは思わなかったな)

ヒュドラ(てっきり、もう少し狼狽すると思ってたけど……いきなり使いこなすとはねぇ)

ヒュドラ(だが……これで焼き封じられた首を再生出来る)

ヒュドラ(ふふ……ん?)ズキッ

ヒュドラ「あっ……っぐっ……アアアアアアア!!」

ヒュドラ「ごっ……オエエェエッ……!!」

青年「……」ボトッ

ヒュドラ「ゲホッ……お前……まだ蛇神を出せたのか!」

青年(……内部から肉を引きちぎってはみたけど……倒せなかったか……)

ヒュドラ「……甘かった……手足を捥いで、気絶するまで締め付けてから喰ってやる!」

青年「……!」ゾッ

『いや、よく頑張った』

ボッ!

ヒュドラ「!? 炎……ッギャアアアァアアァァ!!」

青年「不死鳥……少年君!」

フェニックス『連絡があったからな。遅れてすまん』

ヒュドラ「貴様、貴様アアァアアアァアァ!!」

フェニックス『うるせえ、黙って死ね』

青年(大蛇が、炎に焦がされて断末魔を上げる)

青年(その光景を、僕は何処か他人事のように見ていた)

青年「……あ」

少女「起きた!! ねえ、大丈夫!?」

青年(少女のけたたましい声が、寝起きの頭を貫いていく)

青年(……夢だったのか……?)

青年「!」

青年(手に付いていた白い鱗が、それを否定する。……あの後、どうなったんだろう)

少年「おう、起きたか。とりあえず……奴は死んだ。安心しな」

青年「そう、ですか……」

管理人「女は休んでるよ。少ししたら元気になるさ」

青年「……」

男「青年君」

青年「! はい」

男「申し訳、ありませんでした」ペコ

青年「……!? な、なんで……土下座なんてやめてください! そもそも僕のせいであいつが来たんでしょ!」

男「いえ、その事ではなく……おそらく、私の血を拭った際に、身体に付着したのだと思われます」

青年「?」

男「私には特殊な呪いが掛かっています。おそらく、貴方の蛇神が私の呪われた血に反応して、時間をかけて力が表面に出てきたのでしょう」

青年「……これ、どうすれば……」

少年「心配するな。訓練すりゃ元に戻る。今は水道を開けっ放しにしてるようなもんだ。「閉じる」訓練をしねえとな」

青年「閉じる……」

男「とにかく、今日は色々と疲れたでしょう。しばらく大学の方も休む事をお勧めします」

青年「はい、そうします……」

青年(それから数日間、少年君の指導が始まった)

青年(今までの僕は、「水道が水漏れしている状態」だったらしい)

青年(つまり、人間ではないものからすれば、蛇神が宿っている事が丸わかりの状態だったそうだ)

青年(水道を閉めるためには、ひたすら力を使って慣れる事。自転車に乗れるようになるみたいに)

青年(自由に蛇神を出せるようになるまで、その特訓は続いた)

青年「やっと、出来た……前は簡単に出せたのに……」フワッ

少年「前は無我夢中だったんだろ? 意識してするのとは訳が違う」

青年「……とにかく、これで「閉まった」のかな?」フッ

少年「おう。もう自分で開け閉め出来るなら、大丈夫だろ」

青年「初めて僕を見た時、何だこいつって思ったりした?」

少年「まあな。そもそも、管理人がスペアキー渡しただろうが。あのジジイは人じゃないもんにはそれを渡すんだよ。俺らにも区別がつくようにな」

青年「ああ……」

少年「「あの子はおそらく気付いていない」って言うから、まあ触れないでいたんだけどさ」

青年「……どうして僕には蛇神が」

少年「知るかよ。まあ、大切にすると良いぜ? 蛇神が宿るなんて聞いた事もねえ」

青年「……うん。付き合ってくれてありがとう」

青年(こうして僕は、本当に普通の人ではなくなった)

青年(でも、本当の意味で、日日荘の一員になれた。そんな気がした)

今日の更新は以上です。

青年(僕が普通の人間ではなくなって、数日が経った)

青年(蛇神を使役する事が出来るようになったからと言って、別に旅に出たり、魔物と戦ったりするわけではなく)

青年(特に生活に変化は無い。強いて言うならば)

青年「……あ、帽子忘れた」フッ

青年「よしっと」シュルルル

青年(こんな風に楽が出来るようになった事くらいか)

青年(子供の頃、腕が伸びたら良いな、なんて思ったけど、まさかこうして可能になるとは思わなかった)

青年(さらに、この蛇たちにはそれぞれ個性があることに気付いた)

青年(臆病、気まぐれ、甘えたがり、活発。それぞれに性格があって、慣れると可愛らしい)

青年「――♪~♪―♪――」

青年(さらに、どうやら僕のオカリナが大好きみたいだ。僕の内部で喜んでいるのが分かる)

女「あ、やっぱり此処にいた……」

青年「どうも」

女「今日は七夕だから、皆でそうめんを食べるって言ってたよ……」

青年「良いですね、いつするんですか?」

女「もうそろそろ始めるから、呼んできたの……」

青年「今からですか。分かりました、戻ります」

青年「うまっ」ツルツル

管理人「涼やかでいいねぇ」

男「しかし晴れてよかったですね」

女「そうだね……」

管理人「はい、短冊。皆願い事を書きなさい」スッ

青年「短冊なんて久しぶりだなぁ」

女「……よし」

青年「何書いたんですか?」

女「秘密……」

青年「……」フッ

女「! あっ、ずるい!」

青年(蛇神の視界を借りて……何々)

【平和に暮らせますように 女】

女「もう!」

青年「あはは、すいません。僕と大差ないですよ。ほら」ピラ

【平穏に生きたいです。後お金も下さい 青年】

女「二つも書いてる。欲張り」

管理人「全く、少年が教えてから力を悪用してるねぇ」

青年「悪用とは人聞きの悪い。活用と言ってくれますか?」

男「何にせよ、慣れたみたいで良かったですね」

青年「皆さんのおかげですよ」

管理人「はい、私のも付けてくれる?」

青年「お安い御用で……」チラ

【宝くじが当たりますように 管理人(達筆)】

青年「やけにリアルな……」

管理人「当たればそこそこのお金が入るんだよ」

男「当たるといいですね。では私も」スッ

女「男は何を書いたの?」

男「さあ……?」

女「此処まで来たら、見せてもらうよ……」ジリ

青年「そうですよ」ジリ

男「……ふむ」

カサッ

青年「……あっ、ゴキブリ!」

女「!?」

管理人「ひえええっゴキブリは無理だぁ!」

女「……」

青年「女さんが無表情のまま気絶してる!?」

管理人「ぎゃああぁぁこっちに来たあぁあぁ!」カサカサカサ

青年「ちょっ! 僕を盾にしないでくださいよ!」

男「おやおや、大丈夫ですか?」

青年「男さんヘルプ! 僕もゴキブリは無理なんです!」

男「ご自慢の蛇神を使えば楽なのでは?」

青年「蛇神も嫌がってるんですよ! 僕の心の中に居るから!」

管理人「こ、こっちにも居る! もう一匹いるうううぅうぅ!」

青年「うわああぁぁさっきのよりもでかい!!」カサカサカサ

男「やれやれ。一肌脱ぎますか」

タスケテ! ハヤク! ハッ イヤコロシテクダサイヨ! イノチヲウバエト? ソノテヲムケルナアァアァァ 


【早く死ねますように 男】

今日の更新は以上です。

青年「ああ、見つけた。久しぶり」

母「青年!」

青年「窓側に座れて良かったね。見つけやすかったよ」

母「大丈夫? 一人でちゃんとやれてる?」

青年「うん。日日荘の人達も良くしてくれるしね。毎日が楽しいよ」

母「そう、良かった……何だか生き生きしてて安心だわ」

青年「そりゃどうも」

母「背も伸びたかしら」

青年「うーん、どうだろうね? そう言えばさ、僕らの村って、何か神様とかいたの?」

母「ああ……確か村の隅にある神社に、蛇の神様が祭られてたっけねぇ」

青年「!」

母「よく一人で遊びにいってたのよ……あ!」

母「昔、あんたが泣きながら血まみれで帰ってきたのよ? 理由聞いても知らないって言うし、怪我も見つからないし」

青年「そんな事があったんだ……」

母「あれは今でも不思議なのよ……何の血だったんだろうね」

少女「へ? 夢?」

青年「うん。僕の夢を食べてる時に、何か蛇神に関するものを感じなかった?」

少女「うーん……あ、そうだ! 「夢玉」使ってみる?」

青年「?」

少女「お兄ちゃんの夢を何個か使って、過去の記憶を覗けるかも」

青年「そんな事が出来るの? 頼むよ!」

少女「し、失敗したらごめんね……」

青年「良いよ。早速お願い」

少女「で、でも」

青年「良いから良いから。早く早く」

少女「わ、分かった」フワッ

青年(お、急に眠気が……)

青年「そう言えば……失敗したらどうなるの……?」

少女「そ、その……」

少女「最悪、記憶が飛んじゃう……」

青年「」

青年(!)

子供「――♪~♪ー♪♪ー」

青年(これは……子供の頃の僕!)

子供「……ふう……」

青年(そうだ、村はずれのこの神社で、僕はオカリナを吹いていたんだ)

子供「お腹すいたなぁ」スッ

青年(そして、帰ろうとした時に――)

ヌッ

子供「! い、猪……!」

子猪「ブゴゴ……」

子供(に、逃げなきゃ)

ゴッ!

子供「あっ……」

青年(子猪に遭遇して、そのまま吹っ飛ばされたんだ!)

子供「……」ドクドク

青年(そして、そのまま気を失って……どうなった……?)

ギイイィィ

青年(! 古びた祠が開いた!?)

青年「あ、あれは!」

白蛇「……」

青年(蛇神……!)

シュルルル 

青年(僕の身体に巻きついて、同化していく……! 潰された個所も塞がって……!)

子供「……あれ? 僕、寝てた……?」

子供「う、うわっなにこれ! うわあああぁぁあぁん!!」

青年(そうか、蛇神は――)

青年「僕を助けようとして、身体に宿ったのか……」

少女「――ちゃん!」

青年「! 少女」

少女「大丈夫!? 覚えてる!?」

青年「……ああ、大丈夫。ありがとう。助かったよ」

少女「思い出せたの?」

青年「ああ、おかげさまでね」フッ

青年「ありがとう、助けてくれて」ニコ

白蛇「……」スリスリ

青年(此処に来なければ、一生この蛇神達がしてくれた事を知らずに生きていたのかもしれないな)

青年「僕、此処に来て良かったよ」

少女「? うん、そうだね!」ニコ

青年(僕が本当にこのアパートの一員となってから、毎日が楽しかった)

青年(でも、若者の夢をたまに見るんだ)

青年(あいつは、炎に焼かれながらこう言う)

青年(「楽しい日々には、いつか終わりが来る。君はその時、再び絶望と直面する事になる」)

青年(それが呪詛のように、僕の頭に響き続ける)

青年(……何か、嫌な予感がするんだ)

ホー…… ホー……

少年「男」コン

男「おや、少年君?」

少年「見つけた」

男「――! 助かります」

少年「……詳しくはこれに書いてある」スッ

男「ありがとう。君には感謝してもしきれません……今までご迷惑をおかけしましたね」

少年「……行くのか」

男「……はい」

少年「悔いはないのか?」

男「……」

少年「……ま、お前の好きなようにすりゃいいさ」

男「……明日の夜明けには出発します。私が去った後はお任せします」

少年「……おう」

男「それでは、明日に備えて早めに寝る事にします。良い夢を」



少年「……よく言うぜ、睡眠なんか摂れねえくせによ……」

今日の更新は以上です。

長くなって申し訳ございません……もうそろそろ終わらせます……

少女「お兄ちゃん! 起きて!」

青年「!? どうしたの……こんな時間に……」

少女「それが……皆も呼んできて!」


青年「男さんが……消えた?」

少年「うん。何だか変な表情で……心配になって」

女「……まさか」

管理人「少年」

少年「ああ。ついに見つけたんだ。そしてあいつは自分の意思で出て行った」

青年「見つけた?」

少年「あいつの呪いを終わらせる方法だ」

青年「……それって、つまり」

少年「ああ。あいつとはお別れだ」

青年「そんな!」

少年「……ただ、追いたいのなら、案内してやる」

青年「何故? 僕を止めなくて良いんですか?」

少年「あいつの意思を尊重するが、お前らの意思も尊重する。……それに、どうせ黙ってても行くつもりだろ?」

女「うん」

青年「まあ、そうですけど」

少年「無駄死にされても気分が悪いからな。とにかく、人が住めないような場所だ。準備しな」


青年「少女は男さんの事について知ってるの?」

少女「ううん、なんか難しい話だったから」

青年「そうか」

少女「でも、男さんが困ってるなら、助けてあげないとね!」

青年「……うん。そうだね」ニコ

女「準備出来た?」

青年「はい。行きましょう」

管理人「私は行っても足手まといになるからねぇ……腕を出してくれるかい」スッ

青年「これは?」

管理人「目隠しの印だよ。一日くらいなら、普通の人間には力や霊を「見えなく」してくれる」

青年「ああ、これが……」

管理人「頼んだよ、私にはこれくらいしか出来ないからねぇ」

男「はい!」

女「任せて」

少女「行ってきます!」

少年「さて、こっからは電車一本だ。何か知りたい事は?」

青年「男さんには、一体何があったんですか?」

少年「……」

あいつはとある集落に生まれてな、そこには性質の悪い神が居座ってたんだ。

そいつは毎年ガキを生贄として捧げさせたそうでな、男の恋人がついに選ばれちまった。

だが、男はただのんびり生きてきた訳じゃなかった。その神をぶっ殺すために、悪魔に命を売ったんだよ。それもかなり強力な奴な。確か……ベルゼブブとか言ったか。

命を渡す代わりに、神を殺す事に成功し、男は死ぬ……はずだった。

しかし、今度は神が男に呪いをかけたんだよ。「死ねなくなる呪い」をな。

男「何故、神はそんなものを……?」

少年「簡単だよ。死ねないっていう「無限の苦しみ」を奴に与えたんだよ」

少年「自分の消えかけの命を代償にして、神はそれを男に掛けた」

少年「……まあ、俺も男から聞いただけだから、断言は出来ねえけどさ」

青年「それで、男さんはどうするつもりなんですか?」

少年「……ある洞窟に向かってる。人が立ち入れねえような山奥にある洞窟だ」

少年「そこには、何て言うか……関わっちゃいけねえもんが封じ込められてる。神とか悪魔とか、そんな次元のもんじゃねえ何かがな」

青年「……それに呪いを解いてもらうんですか?」

少年「んな訳ねえだろ。簡単さ……呪いが干渉出来ねえような力で文字通り「消されに」行くんだよ」

青年「……つまり、自殺させに行くんですか!?」

少年「それが奴の望んでいる事だ。それに、呪いを解いてもどうせ死ぬだろ? まさか生き返れるなんて甘い事思っちゃいねえよな」

女「でも、案内してくれたって事は、死んでほしいけれど、死んでほしくもないんでしょ?」

少年「そうだな。俺の甘い所だ」チッ

少年「男が消えるのが最も良い事だ――俺達のエゴで延命させる権利は無い」

少年「今は女の治癒があるから、普通に日常生活を送っちゃいるが……最初会った時、奴はボロボロだったろ?」

少年「ユニコーンが長寿って言っても、いつまでも付きっきりって訳にもいかねえし。お前が居なくなったらどうするんだ?」

少年「俺はあいつに死んでほしい。だが、お前にも何かする権利がある。あいつと会ってどうしたいか、考えておくんだな」

青年「……」

男「……此処を超えれば、「アレ」が……」

男(思えば、この身体にされてから何年も経った)

男(痛覚が無いというものは、非常に不便なものだった)

男(力加減が全く出来ない。何度も知らずに舌を噛み潰した)

男(手足の筋肉が千切れては、呪いの力が治癒――と言うよりも、その筋繊維を無理矢理繋ぐ)

男(うっとうしい事に、身体が動かせなくなるような傷のみに、その治癒が発動する。動けるような傷は治らない)

男(まるで「お前は動かなければならない」とでも言う風に)

男(見る事は出来る。聞く事も出来る。考える事も出来る。だが、それだけだ)

男(この身体になって以来、左胸には呪いの力が籠っている)

男(呪われた血が冷たい身体を駆け巡っている。腹は空かない。性欲は無い。睡眠も摂れない)

男(出血はするが、呪いの力が失った分の血を補充する)

男(文字通り、動く死体となった。何度も死のうと思った)

男(しかし、それは無理だと気付かされた。魂自体がこの身体に縛り付けられているからだ)

男(例え海に沈んだとしても、身体をグチャグチャにされたとしても、燃やされて灰になったとしても)

男(私の思考は留まり続けるだろう。それならば、まだ自分で動ける方がましだ)

男(何故神がわざわざ目と耳、手足を使えるようにしたのか)

男(きっと……そうやって視線を浴びながら、生き続けさせるつもりだったんだろう)

男(痛みを感じない分、心の苦痛はより強くなる)


……どうやら、死んだままこの身体に縛り付けられたみたいだ。

でも、安心してほしい。もうあの神は居ない。君が死ぬ事もない。だから……

――化け物!! 来ないで!


男「……「だから」、か」

男(私はあの時、何を言おうとしたのだろう?)

男(まあ、どうでもいいか)

男(私は本来、存在してはいけない存在だ)

男(こうして永遠に考え続ける日々も――もう終わりだ)

男(全く楽しくなかった事は……無いけれど)

男(もう、心残りはないはずだ)

男「……行こう」

今日の更新は以上です。

青年「うわあ、これは……」

少女「……すごい山……」

少年「昔から山には何かが居るんだよ。女」

ユニコーン『うん』

少年「気を抜くなよ。人間が入っていい場所じゃねえ」

青年「……分かった」フッ

少年「さて、行くぞ」

男「……この洞窟の中に」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

男(なんて禍々しい気……まるで異世界の入り口のようだ……)

男「……?」

男(身体が震えている……?)

男(痛みすぎて、ついに不具合でも起きたのか……? いや、これは……)

男「ははっ……無様だな……死体のくせに」

男(久しく忘れていた感覚)

男(これが、恐怖か)

男「くっくっく……あっはっはっは」

男(思えば、とっくの昔に、死ぬ覚悟なんて忘れてしまったのかもしれないな)

男(ああ、滑稽な事だ。さんざん死にたがっていたくせに、いざ目の前にすると、恐怖で動けない)

男(……この洞窟には、一体……何がいる……いや、何がある?)

男「私は、行かなくてはならない」

男(そう言い聞かせ、私は震える脚を強引に動かす)

男「……ッ!!」

男(一歩進むごとに、言いようのない恐怖が肌を貫いていく)

男(本当に……何があるんだ……この中には……)


青年「男さん!」

男「! 青年君……!? どうして此処に」

青年「少年君が教えてくれて……それで」

男「……」

男(後ろの三人は何も言わない。あの子はまだよく分かっていないようだが)

男(なるほど……青年君の意思を汲んで来た、と言ったところか)

青年(……なんだ、これ……寒気が止まらない……)

青年(こ、声を出すので精一杯だ……何なんだ、此処)

青年(男さんには死んでほしくない、けど、僕が何か出来る訳でもない)

青年(……男さんも震えてる。あの人もきっと怯えてるんだ)

青年(……僕は、どうしたい?)

(きみは、どうしたい?)

青年(この声は――)

青年「……男さん、貴方に会えて良かったです」

少年「!」

青年「僕の存在を教えてくれて……本当の僕を見据える事が出来ました」

女「……」

青年「だから、最後に……聴いてください。初めて会った時の曲を」

少女「お兄ちゃん……」

男「……分かりました」

青年(不思議だな)

青年(肌がびりびりするほどの気が溢れてるのに、あの「声」が聞こえてから、平気だ)

青年(いや、分かってる。その声の主を)


青年「――♪♪――♪――♪――」

青年「♪――♪ ♪~♪――」

青年「♪――」ポッ


少年(あいつの身体に……光が!?)

青年「! ――♪――♪―♪ ♪―」

(きみのオカリナの音色は、どこまでも純粋で、真摯で、綺麗だ)

(ぼくは、そんなきみを助けたくて、きみに灯った)

青年(……! 蛇神! 声が聞こえる……)

青年(僕から出て……分離しようとしている?)

(きみが心の底からそれを望むのなら、そうしよう。良いひと達に出会えたみたいだ)

青年(まさか)

(……さようなら。もうぼくが居なくても、きみは大丈夫)

フッ!

少女「あ、あれ!」

少年(へ、蛇神が……青年の身体から完全に飛び出しやがった!)

女「……大きい……」

少女「ふわぁ……」

少年(サイズこそヒュドラに負けるが……憑依してんのと違って、力が完全に解放されてやがる)

少年(おいおい、まさかこの先のもんと戦うってんじゃねえだろうな!?)

少年(あの大蛇神は上位の神クラスの存在……俺でも止められねえぞ!)

少年(ん? 神クラス……待てよ……)

青年(遠のいていく)

青年(曲が、最後に近づくと共に)

青年(僕の心に残ったなごりみたいなものが、薄くなっていく)

青年(だから、これは蛇神に捧ぐ曲でもあるんだ)

青年(だからこそ、この旋律は、なによりも美しく、何よりも丁寧に、何よりも真摯に)

青年「♪―♪♪――……」

大蛇神「……」

少年(男に巻き付いていく……やはり)

男(……?)

ゴクン

少年(そして、尾を呑み込んで……収縮していく……)

(呪い人よ)

(あなたに死を。あなたに生を)

男「!?」

男(こ、この暖かい感じは……)

青年(そうか……君は)

青年(男さんの呪いを塗り替えて……命を与えてくれるんだね)

青年(自分の存在と引き換えにしてまで)

青年「ごめんね。君に助けられてばかりだった」

青年「ありがとう、そして――」

青年(そして、蛇神が光の輪になり、巨大な閃光を放った時)

青年「……さようなら」


青年(僕の中の、最後のなごりが消えた)

青年(あれから一週間くらい経った)

青年(男さんは呪いが強引に塗り替えられ、生ける屍から、ただの人になった)

青年(ただ、蛇神の影響は少なからず受けているようで――まあ、簡単に言うと、髪がなんか白くなった)

青年(まだ痛みに慣れていないようで、昨日も小指をぶつけて大騒ぎしていた)

青年「ウロボロス、ねえ……蛇神も、そんな種族だったのかなぁ」

青年(僕は本を閉じ、石碑を見つめる)

青年「結局、これは何なんだろう……」

管理人「それはねぇ」

青年「! 管理人さん」

管理人「このアパートを初めて創設した人のものだよ」

青年「って言うと、やっぱりその人も」

管理人「ああ……種族までは知らないけどね」

青年「何て書いているんですか?」

管理人「読み方は知らないけどねえ……「楽しく安らかな日々を」って書いてるそうだよ」

青年「……へえ」

管理人「私も先代からこの立場を継いだ時に知ったんだ」

青年「そうなんですか……」

管理人「……言いたい事は分かるかい?」

青年「?」

管理人「……私も寿命が近い。君に継いでほしいんだよ」

青年「えっ……でも、僕はもう人間ですし」

管理人「だからこそだよ。君はまだ若く、人であり、人でも無かった。君にしか分からない事もある」

青年「……僕は」

男「おや、お二人とも」ザッ

少年「珍しいな、二人でいるなんて」

青年「あ、どうも」

女「探したけど、居なかったから……みんなで野菜を収穫しようって」

少女「やっぱりここにいたー!」

青年「……あははっ、汗だくの男さんって、違和感が」

男「いやあ……まだ暑さも辛くて」

少年「ただの死体から、ただの木偶の棒になったって訳だ」ケラケラ

男「しばらくは運動もしないといけませんね」ゲンナリ

青年「ま、とりあえず行きましょうか」

男「ええ」

終わりです。

やっぱり書き溜め無しだとひどいですね……すみませんでした……

忘れてました!すいません!

前作

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