ミカサ「この長い髪を切る頃には」2(583)

*続編です。

ミカサ「この長い髪を切る頃には」
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エレン「この長い髪を切る頃には」
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エレン「この長い髪を切る頃には」2
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の続きになります。ミカサ視点で物語が進みます。


*現パロです。現在、エレンの髪がちょっとずつのびています。(ミカサよりちょい長め。小さいしっぽ有り)

*舞台は日本ですがキャラの名前は基本、カタカナのまま進めます。漢字の時もあるけど、細かいことは気にしない。

*実在の人物とかは名前やグループ名等をもじっています。時事ネタも有り。懐かしいネタもちらほら。

*原作のキャラ設定は結構、崩壊。パラレル物苦手な方はご注意。

*原作のキャラ性格も結構、崩壊。原作と比べて「誰だてめえ」と思った方はそっと閉じ推奨。

*このシリーズでは適宜、性的表現も挟みます。性的描写が苦手な方はご注意。

*レスに対するお返事レスは返せない事が多いかも。体力温存の為。無視している訳じゃないんで、OK?

*感想は毎回有難い。でも自分の妄想話を書くのはNG。読んでいる人が混乱するから。本編と混ぜるな危険。

*雑談は雑談スレでお願いします。雑談嫌いな読者の方もいらっしゃるからね。

*現在、ヒッチ→ジャン×サシャ←コニー、エルヴィン→(リヴァイ×ハンジ) オルオ×ペトラ ユミル×クリスタ←ライナー&アルミン←アニ(?)←ベルトルト イアン×リコ、マルコ×ミーナあたりもちらほら。というか、そのつもりで書いています。

*安価時以外のアイデア・オリジナルの設定等の提案は禁止させて頂きます。(エレン「この長い髪を切る頃には」の時にトラブルが発生した為です)

*その代わり、安価出した時は出来る限り(多少無茶振りでも)採用する方針でやっていますので、宜しくお願いします。


*モブキャラも多数出演。オリキャラ苦手な方もご注意。キャラ濃い目。

*そんな訳で、現在設定しているオリキャラをざっとご紹介。


マーガレット(2年生♀)→大道具リーダー。漫画描ける。腐ってる女子。皆のお姉さん的ポジ。

スカーレット(2年生♀)→大道具。立体造形専門。ロボットもいける。たまに腹黒。

ガーネット(2年生♀)→大道具兼衣装。コスプレ好き。ちょっと大人しめのオタク。

アーロン(2年生♂)→役者。元野球部。高校から演劇始める。

エーレン(2年生♂)→役者。元サッカー部。高校から演劇を始める。

カジカジ(1年生♂)→役者。外見はエレンに似ています。明るい男子。愛称は「カジ」。

キーヤン(1年生♂)→役者。ジャンよりイケメン。歌上手い。

マリーナ(1年生♀)→役者。少年の声が出せる。ナレーションうまい。ほんわか系女子。


マリア・レイス(旧姓)→リヴァイ先生の元彼女。セレブなオタク。現在、海外在住。4人の子持ち。

ヒロ→コニーの元彼女。小学館高校の女子生徒。同級生。


*原作のモブの名前が判明すれば……途中加入もあるかもです。

*外伝のキュクロとシャルルも出ています。二人は野球部投手とマネージャー。

*先生方の年齢設定が原作より(恐らく)若干高め設定になっています。

*リヴァイ先生(39歳)というおっさん設定に耐えられない方は御免なさい。

*加えてリヴァイ先生の潔癖症が病気レベル扱い(笑)になっているので、御免なさい。

*リヴァイ先生の性癖(?)も大分、斜めってる設定になっています。ご了承下さい。

*エルヴィン先生(43歳)も相当なオタク設定になっています。リヴァイより更に斜め方向に変態です。本当に御免なさい。

*ハンジ先生(36歳)が昔は美人だったよ設定です。ややモテキャラですが、リヴァイに比べれば蟻の触覚程度です。

*リヴァイ先生がモテ過ぎ設定です。気持ち悪いくらいモテキャラです。愛され過ぎて御免なさい。



*ラスト100レスは完成する迄、レス自重お願いします。レス足りないと書き手としてプレッシャー過ぎる。

*そんな訳で、現パロ(ミカサ視点編)を始めます。OK?

今更ですが

*このシリーズでは適宜、性的表現も挟みます。性的描写が苦手な方はご注意。

の一文を入れるのをすっかり忘れていました。申し訳ないorz
通常運転でエロ描写書いていたから。いや、本当に御免なさい。

前文が回を重ねるごとに増えていきますが、
前回とあまり変わってないです。
カップリングの矢印に変化が出て来たくらいかな。

では、続きはまたノシ





エレンに昔、「好きだ」と告げられた時、私は思わず、すぐこう答えてしまった。

ミカサ「え? ああ……そうね。私も好き」

でもそれに対してエレンは訂正して、

エレン「いや、じゃなくてな」

エレン「ミカサ、オレの言ってるのは、その……レナがタイ王子を好きになったような、いや、タイ王子がレナを好きになったような、好き、なんだが」

そう、改めて説明されてしまって、私は、

ミカサ「ああ……………ええ?!」

と、不覚にも時間差で驚いてしまったのを今でもはっきり覚えている。

ミカサ「それって、私の事を、女として、好き?」

エレン「ああ」

ミカサ「エッチ、したいの?」

エレン「あー今すぐじゃねえけど。出来るんだったら、してえかなって」

ミカサ「……………」

口が開いたまま閉じる事が出来なくなった。

エレンが、私とエッチな事をしたい意味で「好き」なのだと知って、その急転直下の展開に頭の中は酸欠状態になった。

ミカサ「………………気づいて、なかった」

あの頃の私は、鈍かったのだ。自分の気持ちの整理をするだけで精一杯だったから。

エレン「え……でも、あの時」

ミカサ「あの時?」

エレン「オレと一緒に旅館泊まった時、見てただろ? オレのここ」

エレンは自分の股間を指さした。ちょっと恥ずかしい。

ミカサ「いいえ」

エレン「え?」

ミカサ「というより、あの時の事は、かなり意識がフワフワしていて、細部が思い出せないの」

エレン「えっ………」

お酒の魔力を知った。あの時の事は、かなり「曖昧」な状態なのだった。

ミカサ「でも、ジャンと仲良くすると何故か、エレンがやきもち焼いてるのは気づいてた」

エレン「そっちは気づくのか! だったら分かっててもよさそうなもん……」

ミカサ「でもそれは、なんというか、お母さんが取られて寂しい……みたいな? そんな感情? に近いのかと思ってた」

家族愛の延長上の物だと思っていた。

もし兄弟が出来れば、そういう事もあるかもしれないと思っていたから。

エレン「…………」

ミカサ「……………」

エレン「あの……」

ミカサ「今日はもう疲れたので、明日考える」

エレン「そ、そうか……」

ミカサ「先に部屋に戻る。おやすみなさい」

エレン「お、おう………」

何だか微妙に気まずかった。あの時の、私達は。

部屋に戻ってからも考えた。考えすぎて頭が痛くなってきた。

だからついつい、キッチンに降りた。何だか無性に冷蔵庫が気になる。

賞味期限の切れた食材はないかどうかをチェックしたくなった。

そして材料を漁っているうちに、いつの間には調理を始めた自分がいた。

気が付いたら、冷蔵庫の中身を全部使い切っていた。

またやってしまった。

私はどうして、現実逃避をすると、こういう暴挙に出るんだろうか?

昔も似たような事をやらかして母に呆れられた事がある。

其の時は幸い、冷蔵庫の「中身」自体が大した量ではなかったので良かったけど。

今回は、酷い。4人暮らしなのだから冷蔵庫の中はそれなりに「ストック」があるからだ。

これだけの量の料理を一気に食べられる訳がない。四人家族なのに多すぎる。

エレンが下に降りて来て驚いていた。無理もない。

エレン「あのさ、ミカサ……」

ミカサ(ビクッ)

目線を合わせるのが気まずかった。

エレン「飯、ちょっと貰っていいか? 腹減ってるからさ」

ミカサ「どうぞ……」

エレンにも勧める。食べて貰えるのならそっちの方が助かる。

ミカサ「どうしよう。食べきれない量を作ってしまった」

これはもうクリスマスとかのホームパーティーより酷い状態だ。

そう思っていたら、エレンが意外な提案をしてくれた。

エレン「………今日、うちに皆を呼ぶか?」

ミカサ「え?」

エレン「人数呼んで食って貰うしかないだろ、これ」

と、言って「皿」を指さしている。

エレン「アルミンとかに後で連絡してみる。ミカサも少し腹に入れたらどうだ?」

ミカサ「う、うん……」

エレンの言う通りかもしれない。そう思いながら私はエレンの斜め前の席に座った。

この時の私はまだ、大分混乱していたように思う。

エレンの気持ちは嬉しいけれど。でも、私の「何が」そうさせたのか疑問だった。

ミカサ「え、エレンは……」

エレン「ん?」

ミカサ「エレンは、私の、何が、好き?」

エレン「え?」

ミカサ「私の、どこが、好き?」

まずはそこをはっきりさせたいと思った。それからでも遅くはないと思ったのだ。

エレンはすごく悩んでいた。目線がキョロキョロして、でも私の顔はじっと見つめたりする。

ミカサ「が、外見が好き? なの?」

もしかしてそうなのだろうか? そう思って聞いてみると、

エレン「そ、それは当然、それも含むけど…」

そうか。やはり今までの男性のアプローチと同じ事を言っている。

男の人は「顔」で選ぶ傾向にあるのは知っている。

私も「美人だから」という理由で過去に多々、告白された事はある。

それが本当なら、エレンの申し出は少し考える必要があるかもしれない。

ミカサ「それは本当?」

エレン「うぐ! 1番に決まってるだろ?!」

ミカサ「え?」

エレン「いや、何でもねえ。こっちの話だ。ええっと、何の話だっけ」

ミカサ「………もういい」

外見が1番のようだ。そうか。それだけなのか。

そう、思って少しだけ残念に思う自分が居たのに気づいた。

きっと当時の私はもっと「中身」を見て欲しかったのだと思う。

ご飯をもぐもぐかきこんで自分の部屋に戻った。

とりあえず、着替える。少々眠いけれど。皆が家にやってくるなら身支度が必要だ。

私が階段を降りてリビングに向かうとエレン達が料理を運んでいた。

私も手伝おうとすると、

エレン「いいって。もうほとんど終わったし」

アルミン「うん、もう準備は終わったよ」

ミカサ「ごめんなさい…」

エレン「いいから、とにかく席につけ」

私はエレンの隣に座った。緊張する。でもエレンは普通の顔だった。

アルミン、エレンと私、ジャン、マルコ、コニー、サシャ、クリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルト、アニ、でぐるっと料理を囲んで少し早い昼飯になった。

エレン「悪いな、皆。急に呼びつけて」

サシャ「全然いいですよーこういうのだったらいつでも駆けつけますからね!」

コニー「タダ飯食えるならどこでもいくぜ!」

確かにサシャとコニーが居ればこの料理も粗方片付けられるだろう。

皆ももぐもぐ食べてくれる。その様子をぼーっと眺めながら私も少しだけ手をつけた。

少し体が怠かった。何故だろう? 昨日の疲れが今頃出てきたのだろうか?

ジャン「なあ、エレン。ビデオ繋いでもいいか?」

エレン「ああ、昨日の試合か。いいぜ。ちょっと待て」

ビデオカメラをテレビに繋いで直接映像を流すようだ。

そう言えばコニーの野球の試合もあったんだった。コニーは真剣にテレビを観ている。

コニー「試合は早いうちに反省しねえとな!」

ライナーが渋い顔になって言った。

ライナー「最初はリードしていたんだがな……」

ミカサ「え? 先制点は講談が取ったの?」

私がそういうとコニーが説明してくれた。

コニー「オレのヒットで2点取ったんだ。その後にキュクロのソロホームランもあった」

エレン「へーすげえなお前。甲子園で打ったのか」

コニー「おう! 甲子園で打つのが夢だったしな!」

コニー「1点差だったんだ。でも、その1点が取れなかったんだよなあ」

コニーが悔しそうにしていたけれど、私は甲子園に出ただけでも凄いと思う。

コニーはまだ1年生なのだから余計にそう思う。

ジャン「なあ、なんでキュクロを8回まで使わず、7回で降ろしたんだ?」

と、ジャンが問い詰める。

ジャン「前の試合の疲れが残っていたのか? それとも途中で怪我とか…」

コニー「ビンゴ。7回で爪が剥げちまって、続投出来なくなったんだ」

ジャン「げ! まじかよ、それ……爪のケアしてなかったのか?」

コニー「んにゃ。厳密にしていたけど、それでも耐え切れない程、爪に負荷がかかってさ。あのストレートだろ? 指先に結構力入れていたみたいだし、うっかりやっちまったんだって」

アルミン「うひい……それはきつかったね」

アルミンがまるで自分の事のように青ざめる。

ミカサ「爪が割れる事もあるのね」

それはとても痛そうだと思った。するとジャンが詳しい解説をしてくれた。

ジャン「あるぜ。女子がよくやってるだろ? あんな感じで投手は爪もちゃんと手入れするけど、それでも割れる時は割れる。特に速球派は気をつけないとやりやすいからな」

コニー「でも負けたのはキュクロのせいじゃねえよ」

コニーが白玉を片付けながら言った。

コニー「オレの……いや、オレ達の力が足りなかったから負けたんだ。特に打力がなかったせいだ」

ジャン「そうか? 結構、ヒットは打ってるだろ?」

コニー「ヒットは打っても、ホームラン性の当たりが少ないんだよ。見ろよ。カプコン高校の打線。ファールも多いけど、飛距離が全然違うだろ」

コニー「うちには所謂、ホームランバッターが少ないんだ。悔しいけど、一打で流れが変わる時もある。オレにはそれが出来ねえけど」

コニー「なあ、ジャン。何度もしつけえって思うかもしれんけどさ、野球部に入らねえか?」

ジャン「はあ?」

と、コニーがジャンを勧誘した。コニーにとってはジャンは欲しい「人材」のようだ。

コニー「オレが見た限り、お前、ホームランバッター向きの、いいセンス持ってる。オレには出来ない事をジャンなら出来ると思うんだよ!」

ジャン「……………」

ジャンが何故か私の方を見た後、コニーの方に視線を動かした。

コニー「途中加入でも全然いい! 次は秋の大会があるし、新チームが始まるし、そのタイミングなら、ジャンも………」

マルコ「コニー、ダメだよ。本人に無理強いしちゃ」

コニー「でもよお! ジャン、野球好きなんだろ?!」

確かに。ジャンは野球が好きなように思える。私から見ても。

コニー「オレ、嬉しかったんだぜ? 甲子園、来られないのにビデオ持たせて、ライナーに撮らせたって話を聞いてさ。マルコに頼まれたって聞いて、マルコはジャンに見せたいからって、今日だって、すげえビデオの試合真剣に見てるし、ジャン、絶対、野球大好きだろ?」

でもジャンはとても困っているように見えた。

ジャン「そ、そりゃ好きだけど、実際やるかは別だろ。オレ、頭を剃りたくねえし」

コニー「そこを何とか! 頼むよジャン!」

ジャンが美味しくない物を食べたような顔で断った。

ジャン「無理だ。大体、演劇部だって九州大会に行くんだ。そっちの方が大事なんだよ。今更辞めて、野球部に合流出来るかよ」

コニー「そ、そうなんか……」

コニーががっくり肩を落とす。可哀想にも思えたけど。

私には何も言えなかった。ジャンの人生だからだ。

クリスタ「あのね、コニー。そのことで、私も相談したいと思ってたんだけど」

コニー「え?」

其の時、クリスタが唐突に話を切り出した。

どうしたんだろうか? クリスタの顔がちょっと赤い。

クリスタ「その…………………」

ユミルが「言っていい」と急かしている。なんだろう?

クリスタ「あのね。私、弓道部と野球部のマネージャー、掛け持ちしたいんだけど、出来るかな?」

コニー「へ?」

クリスタ「掛け持ち禁止なら、弓道部を辞める。急で悪いんだけど、野球部のマネージャーをやらせて欲しいの」

と急に言い出したものだからライナーがお茶をぶーっと吹き出してしまった。

コニー「え? 何で? 何で急に?」

ユミル「生で野球を観ちまった、からかな」

と、ユミルが一緒になって言った。

ユミル「あの熱気を味わってしまったせいで、野球観戦の虜になっちまったってところかな」

クリスタ「う、うん……まあ、ストレートに言ってしまえばそうね」

と、二人が苦笑して言い合う。

ユミル「私はクリスタと一緒に行動するから、私もついでにマネージャーやるぜ」

コニー「えー……」

何故かユミルの申し出を嫌そうな顔で対応するコニーだった。失礼だと思う。

ユミル「あ? 何か文句あるか?」

コニー「クリスタだけで十分だけどなー」

ユミル「他校の彼女にその言葉、ちくるぞ」

コニー「ちょ! 何でユミルがオレの彼女の事、知ってんだよ!」

サシャ「え? 言ったらダメでしたか?」

コニー「サシャのアホ!」

この場合は別にサシャは悪くないと思う。コニーが悪い。

コニー「そりゃマネージャー増えるのは大歓迎だけど、掛け持ちすんの?」

クリスタ「ダメなら辞めるよ。その辺は確認して貰えるかな?」

コニー「分かった。ピクシス監督に聞いてみる。まあ、監督は女子には甘いから大丈夫だとは思うけどな」

と、そっちの件は一件落着した様だ。

ライナー「……………」

ライナーの顔色がとても悪いように思えた。

ライナー「あの……」

そしてライナーもコニーに質問したのだ。

ライナー「コニー、男子の方は掛け持ち出来るのか?」

コニー「ええ? 野球部員はさすがに掛け持ちは無理じゃねえ? え? もしかして、ライナー、野球部くんの?!」

ライナー「か、掛け持ち出来るのであれば……」

コニー「ええー……多分、無理じゃねえかな。マネージャーならともかく、部員はちょっとなあ」

ライナー「ではオレもマネージャーで……」

コニー「何、馬鹿な事言ってんだよ! さすがのオレでもキレるぞライナー!」

コニーが怒っていた。理不尽な怒りを込めているようだ。

コニー「野球部に来いよ! ライナーならすぐレギュラー取れるし!」

ライナー「ううう、しかし、いいのだろうか」

ベルトルト「しょうがないよ。ライナー」

ユミル「ライナー、野球好きなのか?」

クリスタ「野球やってるライナーも見てみたいかも」

ライナー「コニー、明日早速、入部届けを用意してくれ(キリッ)」

気が変わったようだ。変わり身の早さに少々驚いたが、本人がそれで良いなら良しとしよう。

マルコ「あ、あのさ……」

其の時、今度はマルコの方が挙手して発言した。

マルコ「僕も実は、部活に入ろうかなって、アルミンとも話してて」

エレン「え? アルミンと?」

アルミン「う、うん……実は、アニとマルコと僕は、演劇部の方に途中加入したいなあって、話していて」

え? そうなの? こっちも途中加入の部員が増えるの?

エレン「でもいいのか? アルミン。アルミンは特待生だし、マルコだって…」

アルミン「うん。成績の方は多分、問題ないよ。落とさずにやっていけると思う。ただ僕の場合はおじいちゃんの件もあるから、その件でイェーガー先生に相談したいんだ。近いうちに時間取れるようにお願いしてもいいかな?」

エレン「ああ、それはもちろん、大丈夫だけど……」

ジャンの方を見ると、物凄く嬉しそうにしていた。

マルコと一緒に活動できるのが余程嬉しいようだ。

場所は変わっても、また再びバッテリーを組めるのであればこれ程良い事はない。

ジャン「マルコ、お前、本当にいいのか?」

マルコ「野球部はさすがに無理だけど、文化系なら、成績落とさずに何とかなるかなって思って」

ジャン「もしかして、裏方か?」

マルコ「ああ、バレた? うん。あの舞台のセットとか、道具とか。凄く格好良かったから、僕もああいうの、作れたらなって思ったんだ」

照れくさそうに答えるマルコにジャンは「そっか…」と微笑み返していた。

なるほど。そういう「繋がり」もまたいいのかもしれない。

表と裏で繋がれる。2人はきっとそういう「縁」があるのかもしれない。

ミカサ「アニは、何をしたいの? 役者?」

アニ「いや、私は衣装の方がやりたいかなって。あのドレス、凄く綺麗だったから……」

おおお……ドレスを作りたいのか。だとしたら、いいかも。

人が集まるのは素直に嬉しい。人が増えればそれだけやれる事も増えるからだ。

エレン「やった! アルミンは手先が器用だし、大道具のセット、作るのとか得意そうだしな!」

アルミン「図面作るのとか大好きだよ。今度、大道具さん達と話させてね」

エレン「ああ、勿論だぜ!」

と、わいわい皆で盛り上がっていたら………

サシャ「いいですねー皆青春してますねー」

と、一人だけサシャが寂しそうに麺類を食いながらぼそっと言った。

クリスタ「サシャは部活やらないの?」

サシャ「私ですか? 私はアルバイトをしているので、難しいですね」

と、一人だけ眉をひそめるサシャだった。

サシャ「コンビニ(早朝)とカフェ(土日)と本屋(深夜)とスーパー(深夜)4つ掛け持ちしているんで、さすがに部活をする余裕はないです」

エレン「ええええ? 何でそこまで働いているんだ?」

もしかしておうちが貧乏なのだろうか?

サシャ「えっと、食費代が足りないから、ですかね。タダで飯が食える部があれば、そこに入りますけど」

サシャの胃袋が訴えている。なるほど。

サシャ「あ、勘違いしないで下さいね。うちは特別、貧乏って訳じゃないんで。ただ、お小遣いの範囲では食費が足りないだけなんです」

話しながらもかきこむ手は止めない。

サシャ「もっと短時間でてっとり早く稼げる方法があればいいんですが……」

と、食べ終えてから「げほーっ」とゲップをするサシャにユミルが「そうだなー」と頭を悩ませる。

ユミル「確かにサシャの食いっぷりだと毎月、金かかるだろうな」

ジャン「そんだけ食ってよく太らないな」

サシャ「私、食べても太らない体質なんで」

クリスタ(じとー)

ユミル「クリスタ、無い物ねだりするな」

クリスタ「な、なんのこと?」

惚けるクリスタがちょっとだけ汗を掻いていた。

アルミン「あれ? でも待って、サシャ」

サシャ「何ですか?」

アルミン「サシャってまだ、18歳未満だよね? それだけのバイトやってるってことは、深夜もやってる?」

サシャ「やってますよ」

アルミン「確か深夜は18歳未満だとバイトは出来ない筈じゃ……」

サシャ「ぎ、ぎくー! ええっと、オフレコでお願いします」

ジャン「は? 年齢を誤魔化してやってるのか?! 悪い奴だな」

サシャ「し、仕方ないじゃないですか! 18歳未満だと、雇ってくれるところ少ないんですから!」

でも危ない橋を渡っているのは良くないと思う。

アニ「ねえ、もっと堅実で金の稼げる仕事をした方がいいんじゃないの?」

と、アニもさすがに言い出した。

アニ「コンビニとかって、賃金が安いよね。そういうところより、もっといいところ探した方がいいと思うけど」

サシャ「いい職場があればすぐにでも鞍替えしますよー」

ジャン「んー…」

其の時、ジャンが微妙な顔になっていた。

心配しているのかもしれない。女の子が夜遅く出歩くのは危ないからだ。

アニ「誰か、いい職場知らない?」

エレン「うーん、求人情報か……」

ジャン「生憎、分からんな」

ライナー「すまん。オレも分からない」

ミカサ「私も分からない」

アルミン「パソコンで調べる事は出来るけど、やってみようか?」

サシャ「いえ、それは既にやってます。その上で選んだのがその四つなんです。他は賃金が多くても、融通がきかないところも多いので」

なるほど。そういう事なら仕方がない。

マルコ「家庭教師とかは賃金がいいってよく聞くけどね」

ジャン「ははは! サシャに家庭教師は絶対無理だろ!」

サシャ「ぐさああ! 失礼ですね! 確かにその通りですけど!」

サシャは確かに人に教えるのはあまり向いていないように思える。

クリスタ「読者モデルとかは? 採用されれば、結構いい金額貰えるけど」

サシャ「え? いくらくらいですか?」

クリスタ「私は昔、トータルで×××××円くらい貰ったかな。小学生の頃、一回だけ、雑誌の編集者にスカウトされて、やったことあるけど」

ライナー「なにいいい! そ、その雑誌は、今も残っているのか?!」

クリスタ「家にあるけど……やだ、ライナー。見せないよ?」

ライナー「そ、そこを何とか……」

其の時、ユミルがサシャに言った。

ユミル「確かにサシャは顔は悪くないし、モデルとして採用されれば、案外いけるんじゃないか?」

サシャ「どどどど、どうすれば採用されるんですかね?!」

サシャがやる気満々だ。本当に応募するつもりのようだ

クリスタ「自分で応募する場合と、スカウトされる場合の2通りあるらしいよ。サシャ、応募してみる?」

サシャ「はい! どこの雑誌に送ればいいですかね?!」

アニ「だったら少しメイクもした方がいいね。ちょっとおいで」

と、アニがサシャを捕獲して何やらごにょごにょ言っている。

アニ「ミカサ、洗面所借りてもいいかい?」

ミカサ「エレン……」

エレン「別にいいぞ」

アニ「じゃあちょっと借りるね」

アニがちょっとだけ嬉しそうだった。メイクをのせるのが楽しいようだ。

気持ちは分からなくもない。人の顔を弄れるのは私も好きだ。

そして数十分後…………

サシャがイメチェンして皆の前に顔を見せた瞬間………

ジャン(ガタッ)

コニー(ガタガタ)

ライナー「おおおお!」

ベルトルト「すごい、イメージ変わったね」

マルコ「可愛い……」

アルミン「可愛いよ! サシャ、すごく可愛い!」

エレン「ああ、可愛いな」

エレンも、頷いた。

その瞬間、私は何故か「もやっ」とする感情を覚えて顔が強張った。

確かに、サシャは可愛かった。普段と全然違った。けれど。

私の事を好きだと言ったのに、他の女に対してしれっと「可愛い」と言うのはどうなんだろうか?

………と、思う自分が何だか嫌で、俯いてしまったのだ。

サシャ「そ、そうですかね……自分では良く分かりませんが」

アニ「鏡見る?」

サシャ「お願いします」

サシャ「おおおお! 何だか違う人みたいですね!」

サシャが興奮してはしゃいでいた。私も初めて「化粧」をした時は似たような感じになったので気持ちは分かるけど。

でも、何故か「もやもや」が取れなくなっていた。唇が硬くなるのを時分でも感じる。

>>13
訂正
でも、何故か「もやもや」が取れなくなっていた。唇が硬くなるのを自分でも感じる。

時分→自分
変換ミスです。

エレンがサシャを注目している様子を見たくない自分がいる。

これって、もしかして、もしかして。

やっぱり、そういう事なのだろうか?

クリスタ「ついでだから撮影もしちゃう?」

ユミル「そうだな。スマホでもいいのかな?」

クリスタ「いいんじゃない? じゃあサシャ、写すよー」

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

クリスタ「ちょっとサシャ! 変顔しないで!」

サシャ「は! す、すみません。つい!」

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

ユミル「ダメだな。表情がダメだ。面白過ぎる。真面目な写真が苦手なのか?」

サシャ「ついつい、照れくさくて………」

ユミル「真面目な空気が苦手なのか。これじゃモデルは無理だな……」

サシャ「そこを何とか! 真面目に映る方法を教えてください!」

皆がわいわいやっている様子を遠目に見ている自分がいる。

サシャが元気なのはいつもの事なのに。元気なサシャを見てイライラする自分がいる。

こんな感情、最低だ。サシャはクラスメイトなのに。

アルミン「履歴書の証明写真の時はどうやって撮ったの?」

サシャ「ええっと、入学の時の集合写真を拡大して焼きまわしました」

アルミン「えええ? それって有りなの?!」

サシャ「幸い、背景に誰もいなかったですし、家に写真を加工するソフトがあるので、背景は一色にして消して、家でプリントアウトしました」

エレン「と言う事は、誰かと一緒に映る時は普通でいられるのか?」

サシャ「? 多分、そうですかね」

エレン「じゃあ誰かと一緒に映ればいいんじゃないか?」

クリスタ「ダメだよ。それだと書類審査で通っても、仕事の時に使えないよ」

エレン「ああ、そうか……」

エレンがサシャを気にかけている。そんな風に積極的に話しかけないで欲しい。

でも、言えなかった。私にはそんな事を言う「権利」なんてない。

それにそんな事を言ったら、折角の和やかな空気が濁ってしまう。

皆、私の料理を処分する為にわざわざ集まってくれたのに。そんな事は言えなかった。

サシャ「わ、分かりました。では真面目に一人でも写真に写れるように特訓します! 慣れれば何とかなるかもしれませんし」

ユミル「そうだな。習うより慣れろかもしれないな。じゃあ、今日はサシャの撮影会の練習だ。皆、一斉に撮ってみるぞ」

サシャ「えええ?! 全員で行くんですか? それはさすがに恥ずかしいですよ…」

ユミル「ダメだ。練習するんだろ? ほら、携帯スマホ持ってる奴は構えろ!」

と、何故か皆でサシャの写真映りの練習をする事になった。

でも私はこっそり拒否した。皆が夢中になって撮っている様子を眺めているだけにした。

サシャ「うー…ど、どうですかね?」

クリスタ「何だろ。実物より写真の方が可愛くない」

サシャ「うが!」

ユミル「そうだな。実物の方が倍は可愛い。写真映りが悪い方なのかな」

サシャ「ひええ」

アニ「確かに。実物はこんなに可愛いのに」

サシャ「ううう……」

ジャン「やっぱり、芋女にはモデルは無理だな」

コニー「ああ、諦めろ、サシャ」

サシャ「とほほほ……いい案だと思ったんですが」

ライナー「まあまあそう落ち込むな。今すぐ答えが出なくてもいいだろ」

ベルトルト「そうだよ。新しい職場なら、もしかしたら後で見つかるかもしれないし」

サシャ「いい情報があったら、すぐ教えて下さいね……」

そしてサシャの件はそこで落ち着いて残りの料理を食べ終えたら皆でエレンの部屋でテレビゲームをしたりして遊んだ。

夕方になってどっと疲れが出てきた。こんなに気疲れしたのは久々かもしれない。

家の中に戻るとエレンと目が合った。

つい、逸らしてしまった。気まずさが残ってしまったのだ。

自分の携帯電話が鳴った。母からだった。

パートの帰りにスーパーに寄って帰るそうだ。

ミカサ「………分かった。気を付けてね。お母さん」

電話を切ってからエレンに言った。

ミカサ「お母さん、パートの帰りに晩御飯の材料を買ってから帰るから少し遅くなるって」

エレン「そっか。じゃあ買い物はおばさんに任せていいんだな」

ミカサ「うん……皆のお皿、片付けよう」

エレン「オレもやるよ。量が多いし」

ミカサ「…………エレンは皿を拭くだけでいい」

エレン「分かった」

キッチンに食べ終わった皿を運んで二人で後片付けをする事にした。

ミカサ「…………」

エレン「…………」

先程のサシャの件もあって、少々自分でもイライラしていた。

そしてその原因に薄々気づいている自分にも気づいて余計に凹んだ。

でも、この感情をどうすればいいのか分からなかった。

初めての感情に振り回されて、自分で自分の行動を決めかねていたのだ。

カチャカチャ……

カチャカチャ……

カチャカチャ……

作業に集中した。今は、余り余計な事を考えたくなかった。

なのに………

視界が急に歪んで、眩暈がした。

つる………ガチャン!

しまった。皿を落としてしまった。集中力が欠けていたようだ。

エレン「おい、大丈夫か?」

エレンの声が頭に響いた。おかしい。

何かがおかしい。そう気づいた直後、私は全身の力が抜けていくのを感じた。

支えきれない。自分の体重を。それに気づいて必死に力を入れようとしたけれどダメだった。

エレン「おい、ミカサ?!」

エレンに触れられてちょっとびくっとしてしまった。

でも、エレンの顔色が変わった。

ミカサ「だ、大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ……」

エレン「大丈夫じゃねえだろ!」

大丈夫。私は大丈夫…。

ミカサ「皿、片付けないと……」

エレン「!」

でも、一度しゃがんでしまうとそれ以上、立ち上がれなくなってしまった。

エレンは私の異変に気づいてすぐさまリビングのソファまで運んでくれた。

熱を測ったら、38.1度もあった。

熱が出ていたようだった。通りで体の感じが変だと思った。

でも皿を割ってしまったから、先に片付けないと危ない。

ミカサ「皿を片付け……」

エレン「オレがやっとくから! お前は寝てろ!」

ミカサ「………ごめんなさい」

エレン「謝るんじゃねえ! つか、部屋に戻れるか? 無理だよな。今日は下で寝るか? 仏間に布団敷くから、そこで寝るか?」

ミカサ「いい。部屋に戻るくらいなら出来る……」

戻らないと。そう思って立ち上がろうとしたのに。

ミカサ「あれ? 力が入らない……」

エレン「熱出りゃ皆、そうなる! つか、動くな!」

ミカサ「…………これが、熱?」

とにかく力が入らなかった。酒に酔った時とは全然違う。

気持ち悪さも出てきた。天井が揺らぐ。視界が定まらない。

エレン「そうだよ! 過労だな。寝れば少しは落ち着く筈だ。ソファで寝るなら、腹にかけるもん持ってくるから!」

エレンがお腹に一枚、かけてくれた。

ミカサ「お酒を飲んだ時と全然、違う……」

エレン「そりゃそうだろ。多分」

エレンの心配そうな顔が見えた。眉間の皺がはっきり見える。

御免なさい。エレン。手間を取らせてしまった。

ミカサ「……………」

謝りたかったけど、口を動かすのも億劫に感じたから一度、両目を閉じる。

少しの間、目を閉じると気持ち悪さが少しだけ抜けた。

目をもう一度開けて、私はエレンに問おうとした。

ミカサ「エレンは………」

エレン「ミカサ、今はしゃべるな」

でも先手を取られて言わせて貰えなかった。

ミカサ「……………」

エレンは今まで私を「好きだ」と言った男性と大差ないのかと思っていたけど。

こうやって、親身に心配してくれる様子を見ると、「外見」だけでそう思われた男とは違うような気がしてきた。

いや、それより何より今までとは違う点が一つだけ、ある。

それは、私自身の「気持ち」の方がエレンに向かっている点だ。

ニファという先輩の件、そして今回のサシャの件。

2回も似たような感情に悩まされたら、流石に認めざる負えないと思った。

今は、やめよう。今は口を動かすのもきついから、後で言おう。

そう思いなおして、私は口を閉ざしたのだった。

そしてゆっくりリラックスしている内に眠気が襲ってきて、仮眠を取った。

次に目を覚ましたら、おじさんがすぐ傍に居て、点滴の用意をして待っていたようだった。

針を刺されてしまった。う……ちょっと痛い。

でもすぐ痛みは無くなって、液が体に流れてくる感覚が来た。

ちょっと気持ち悪いけど。すぐに慣れた。じっとしておく。

手当てが済んでからおじさんが渋い顔で私に言った。

グリシャ「昨日と今日、暑い環境で労働をしたせいで、一時的に自律神経が狂ったんだろう。夏場は多いんだ。料理中に熱中症になる事も決して珍しくはないんだよ」

ミカサ「で、でも…キッチンはちゃんとエアコンもつけていたのに。暑いって感覚はなかったのに…」

グリシャ「それはいけない。夏場は「暑い」って感覚があるのが普通だ。それがないって事は、危険信号を出している証拠だよ」

ミカサ「エアコンをつけていても、そうなるの?」

グリシャ「ああ。調理中は感覚が鈍くなる事も多いからね。ミカサ、罰として、8月一杯迄は料理禁止だよ」

ミカサ「ガーン…」

そ、そんな……。

グリシャ「うん、そんな顔をしてもダメなものはダメ。エレン、8月中はミカサを見張っているように。いいね」

エレン「分かった」

エレンにまで見張られる事になってしまった。

グリシャ「ミカサ、熱中症を甘く見てはいけない。今回は軽度で済んだけど、酷い時は命を落とす場合もあるんだよ。夏場の体調管理はとても大切だ。ましてや部活で疲労しているところに、そんな過労をしては、倒れるのも当たり前だよ。どうしてそんな事をしたんだい?」

ミカサ「…………」

おじさんには言えなかった。こんな話をここでしても怒られるだけのような気がする。

ミカサの母「ごめんなさいあなた。ミカサは悩み事があると、料理に没頭してしまう悪い癖あるのよ」

グリシャ「そうなのかい? それは初耳だ」

ミカサの母「でも、人には言わない……言えない悩みなのよね。そうでしょ? ミカサ」

ミカサ「………うん」

本当に御免なさい。

グリシャ「ふむ…。悩みがあるせいで、そういう行動をとった訳だね。だとしたら、悩みが解決しない事には、また、同じことを繰り返すかもしれないね」

ミカサ「………」

グリシャ「自分でどうしても解決したいんだね。分かった。詳しい事は聞かないよ。でも、もう2度と、同じ過ちをしてはいけないよ。分かったかい? ミカサ」

ミカサ「分かった」

そして私はその日の夜、ゆっくりリビングのソファでそのまま休ませて貰える事になった。

次の日になると体調もすっかり戻り、いつもの調子が出て来た。

演劇の舞台の裏方の疲れと料理の疲れが重なったのもあるけれど。

一晩経ったら頭の中が綺麗になっている自分に気づいた。

でも午後からエレンと一緒に部活に行く最中、エレンは私の予想を裏切る言葉を言い放つ。

エレン「悪かった」

ミカサ「え?」

エレン「この間の事、悪かった。突然、あんな事、言っちまって…」

何を謝っているのか、よく理解出来なかった。

エレン「忘れてくれ。オレの言った事。ミカサの迷惑になるんなら……」

何故? 迷惑だなんてこれっぽちも思っていない。

ミカサ「迷惑なんて、言ってない……」

エレン「ん? でも、ミカサ……」

ミカサ「悩んだのはエレンの事ではない……ので、エレンが気にする事ではない」

エレン「え?」

エレンに告白された直後に思ったのは、嬉しい反面、本当に「いいのだろうか」という点。

それに加えて、連れ子同士の場合、そういう関係になっていいのかどうかという点。

いや、そもそもエレンは私の「顔」に惚れているだけなのでは? という懸念の点。

でもそれは、もしかしたら違うかもしれない。と思い直したのでそれは解決したけれど。

もしもそういう関係になった場合、私はエレンに対してちゃんと「出来る」んだろうか?

こう言ってはなんだけれど、私は力が「強すぎる」のだ。

普段は意識して力を抑えているけど。でも油断するとすぐ「物」を破壊してしまう時がある。

そんな風に、エレンをうっかり「破壊」しやしないかという思いもあった。

なのですぐに答えが出せなかった。

エレン「でも、ミカサが悩んだのって、オレがミカサに好きだって、告白したせいじゃ…」

ミカサ「………」

現に昔、男の人に無理やり押し倒された時は抵抗して相手の骨を折った。

エレンに対して「抵抗」する事はないだろうけど。でも、万が一もある。

何かの「弾み」でエレンに怪我を負わせる可能性はあるのでは?

そう思うと、すぐに返事が出来なかった。

ミカサ「エレンは私の家族……なので」

私はだから、まずは慎重に答えた。

まずは連れ子同士は法律的にOKなのか。そこから確認しないといけないと考えていたのに。

ミカサ「家族なので、大事にしたいと思っている……ので」

もしダメだった場合はまた方法を考えないといけない。そう思っていたのに。

エレン「ミカサ、もういいって」

エレンが寂しそうな表情で私に言ってきたのだ。

エレン「無理すんな。オレも悪かった。オレ達、家族になったんだし、そういうの、良くなかったよな。もう……そういう目では見ない様に、オレも気をつけるからさ」

無理やり笑顔を作っているのが見え見えだった。

エレンが何故、ここで「笑顔」を作るのかいまいち理解出来ていなかった。

エレン「忘れてくれ……な?」

エレンが本心を言っていない事はすぐに分かった。

でもエレン自身がそう言う以上、私もそれ以上は言えなかった。

ミカサ「エレンがそう言うなら……」

正直、肩透かしを食らったような気分だった。

折角その気になりかけていたのに。我慢させられたような。そんな心地になる。

しょぼん。多分、そんな擬音がつく感じの表情になってしまったかもしれない。

音楽室に到着すると、先にマルコとアニ、ジャンの姿があった。

先輩達は全員は揃っていない。準備運動中だったようだ。

マルコ「やあエレン! ミカサ! 今日から早速、仮入部させて貰える事になったよ。よろしくね」

エレン「おう! よろしくな! ………アルミンは」

アニ「アルミンは8月末まではまだバタバタしているみたいで、こっちに来られるのは来週からになるかもしれないって」

エレン「……そっか。了解」

アルミンはちょっと遅れて入部するようだ。今から楽しみ。

そして練習に入った。でも、そこでもエレンの様子がおかしかった。

ペトラ「ストーップ!」

ペトラ「エレン、いつもより表情が硬いわよ? うーん、疲れが残っているのかしら?」

エレン「いえ、大丈夫です」

ペトラ「いーや、大丈夫じゃないわね。ちょっと休憩を入れましょうか」

エレンの表情が暗い。どうしてそんなに「我慢」するんだろうか。

何だかもやもやした。こんな風にエレンに対して「もやもや」するのは初めてかもしれない。

嫉妬の感情とは別物の「もやもや」だった。多分「欲求不満」の方のもやもやな気がする。

そして其の時、エレンが早口言葉を言い始めた。

エレン「生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵…」

オルオ「遅いな。その倍は早く言わないと」

エレン「え?」

オルオ「生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生ごふっ!」

ペトラ「早くても、噛んじゃダメでしょうが」

オルオ部長のおかげで空気が和んだ。

皆、笑いを堪え切れずに口を手で隠して笑っている。

オルオ「う、うるさいな! とにかく早口言葉は早く言わないと、ダメだろ。エレン、もっと気合入れて練習しておけよ」

エレン「はい!」

早口言葉をしたらエレンの表情が少し元気になった。

やっぱりエレンには「元気」でいて欲しい。そう思う自分がいた。

通し稽古が無事に終わって先輩達の指示が飛ぶ。

ペトラ「九州大会は今年はO県で行われるから、前日の朝にはここを出発するので、そのつもりで皆、準備しておいてね」

一同「「「はい!」」」

ペトラ「今日から仮入部の2名が入ってきたけど、2人も九州大会についてきて、皆のサポートをお願いするわ。宜しくね」

アニ「はい」

マルコ「はい!」

ペトラ「今年は例年と違って、ちょっと特殊な日程になっているからきついと思うけど、皆、頑張ろうね」

エレン「え? 例年と違う?」

オルオ「ああ。今年は何故か例年と違う日程なんだ。いつもの年なら、6月に地区大会があって、10月頃に県大会があって、12月頃にブロック大会、つまり九州大会があって、翌年の8月頃に全国大会になるんだが……」

ペトラ「うん。ブロック大会、つまり今回、九州大会で勝ち上がった場合は、また来年の夏の全国大会に上演するから、私達は九州大会でどのみち引退になるのよね」

おお。そうだったのか。成程。

でも確かに例年のやり方の方がいい気がする。

あまり日程が詰まっていると体力も気力も消耗するので、来年は元のやり方に戻してほしいと思った。

エレン「え? じゃあ今年は地区大会を飛ばしていきなり県大会をやったんですか?」

ペトラ「そうね。出場校が年々、減ってきているのと、予算とかの都合かしらね?」

オルオ「オレは前のやり方の方がいいけどな。慌ただしいだろう。実際」

エルド「でも試験的に今回、こういう日程になったらしいぞ。不評だったら元に戻るんじゃないか?」

ペトラ「もしかしたら、来年はまた元に戻るかもしれないわね」

この件に関しては後で裏事情があったと言う話をリヴァイ先生から聞いて驚いた。

エレン「じゃあ今度の大会で、勝っても負けても、先輩達は引退になるんですね」

ペトラ「そうね。ま、悔いの残らないように精一杯、頑張るわよ」

と、3年の先輩達は全員、ぐっと拳を握っていた。

ペトラ「13、14、15日はお盆だから学校もさすがに開いてないわ。間違えて来ないように気をつけて。16日の朝9時、校門前に集まって、バスで移動するから遅れないようにしてね。以上、解散!」

という訳で、今日は軽めの練習をした後、家に帰ることになった。

私は待ってくれているエレンに一言断って別行動を取る事にした。

大事な用事があったからだ。

ミカサ「あの、エレン。ごめんなさい」

エレン「ん?」

ミカサ「今日はちょっと、アニと一緒に寄るところがあるので、先に帰って貰えないだろうか」

実はこの時点ではまだ、アニを誘ってはいなかった。

アニを誘うつもりではいたが、もしアニがダメだった場合は一人でも本屋に行くつもりだったのだ。

エレン「あ、ああ……」

エレンが悲しそうに表情を歪めたのは心苦しかったけれど。

エレン「き、気をつけて帰れよ」

ぎこちない挨拶を交わした後、私はアニに声をかけた。

アニ「良かったの? 本当に」

ミカサ「うん。アニと一緒に出来れば本屋に寄って欲しい」

アニ「本屋?」

ミカサ「どうしても調べたい事がある…ので」

アニ「ネットじゃダメなの?」

ミカサ「本で調べたい。ネット情報はたまに嘘もあるので」

アニ「成程。分かった。一緒に行こうか」

そして私はアニと共に本屋に向かった。向かうは法律関係の本だ。

特に婚姻について詳しく書かれている本を探した。

立ち読みをして内容を確認する。アニはその中身を見て目を見開いていた。

アニ「え……連れ子同士って、結婚してもOKなんだ」

ミカサ「血の繋がりがなければ法律上は問題ないと書いてある」

アニ「え? でも、その手のドラマとか漫画ってよく禁断物として描かれていたような気がするんだけど」

ミカサ「その場合は血の繋がりが半分あったのでは?」

アニ「あれ…そうだったのかな。ううーん。なんてことだ」

当時のアニは自分が勘違いしていた事を凄く気まずそうにしていた。

アニ「ごめん。なんか勘違いしていたみたいだね」

ミカサ「私も記憶があやふやだったので、確認出来て良かった」

アニ「だったら……エレンとミカサはくっついても何も問題なかったんだ」

ミカサ「法律上はそうなる」

アニ「なんだ。だったらあんな事、言うんじゃなかったな」

ミカサ「?」

私はこの時点では、アニが言った昔の事をすっかり忘れていたので、ちょっとだけ首を傾げてしまった。

参考にした法律の本を私が購入した後、アニは言った。

アニ「ミカサ、この後ちょっと時間あるかい?」

ミカサ「うん。大丈夫」

アニ「だったら、お茶しない?」

ミカサ「うん。どこか喫茶店でも入ろう」

アニ「じゃあ、そこの本屋の中の喫茶店でいいかな」

ミカサ「本屋の中に喫茶店が……いつの間にか出来たのね」

アニ「最近、出来たみたいだよ。FUTAYAのポイントを貯められるからそこにしよう」

アニはどうやら本屋には頻繁に通っているようだ。

アニは慣れた感じで店の中に入ると、私を先に座らせてがっくりした。

アニ「あーなんか、ショックだ」

ミカサ「え?」

アニ「今まで禁断物で結構、ドキドキしていたのに。法律的には問題ないなんて」

ミカサ「それは血が繋がっていたのでは?」

アニ「そうかもしれないけど。萌えに関してそこは大事な部分だったし」

ミカサ「萌え?」

アニ「あ、いや……何でもない。ミカサはこっち側の人間じゃないもんね」

ミカサ「?」

何の話をしているかイマイチ分からなかったので首を傾げるだけに留める。

アニ「あのさ」

ミカサ「うん」

アニ「法律の本、買ったって事はそれがミカサにとって重要な事だったって思っていいの?」

私は購入した本を取り出して頷いた。

ミカサ「うん。どうしても確かめないといけない事だった」

アニ「それって、もしかして、エレンとの事を……」

ミカサ「真剣に考えないといけないと思っていた」

アニ「……いた? 何で過去形?」

ミカサ「エレンに、告白されたので」

アニ「!」

私がそう言うとアニがちょっとだけ驚いて見せた。

アニ「エレンの方から告白したんだ。へえ……」

アニの顔は尊敬と驚きが入り混じっていた。

アニ「うん。嫌いじゃないよ。そういう男らしい奴は。でも何で過去形で話すの?」

ミカサ「告白してくれたのに、後で忘れて欲しいとも言われた」

アニ「………は?」

その事を言ったらさっきの表情とは180度回転して軽蔑が混じった。

アニ「何その掌返し。舐めているの?」

ミカサ「恐らく違うと思う」

アニ「じゃあ、駆け引き? 今度はミカサの方から言わせたいとか?」

ミカサ「それも違うような気がする」

アニ「じゃあ、なんだろう?」

ミカサ「恐らく、エレンは勘違いしている気がする」

私は自分の中の推測を出来るだけ筋道を立ててアニに説明する事にした。

アニに説明する事で自分の気持ちも整理したかったし、そうする事で自分の進むべき道が見える様な気がしたからだ。

ミカサ「エレンは私が、告白されて困っていると思っているような気がする」

アニ「ミカサは困ってないの?」

ミカサ「お付き合いする件は受けてもいいと思っている。ただ………」

アニ「ただ?」

ミカサ「これはアニなら理解出来るだろうか? 私は、力が強い」

アニ「うん?」

ミカサ「普段は力を抑えて生活しているけれど、ちょっと油断すると物を破壊する事もある」

アニ「あー……それは、私もあるかも」

ミカサ「なら、その……先の事を考えた場合、心配になるのは分かるだろうか?」

アニ「……………」

その直後、アニはきょとんとして、数秒後、ぶふっとふき出してしまった。

笑われてしまった。ちょっと酷い。

アニ「ううううーん。気持ちは分かる。分かるけど……」

アニが頭を抱えてしまった。言葉に困っているようだ。

アニ「それって、そういう時に、うっかり、その……攻撃したらどうしよう? みたいな事だよね」

ミカサ「そういう事になる」

アニ「過去に似たような事、やったとか?」

ミカサ「襲われそうになった時は全力で拒否してきた。相手の骨を折った経験もある」

アニ「ああ……私も似たような事はあるよ」

ミカサ「そうなの?」

アニ「男は馬鹿だから。馬鹿な男は分からせないとダメだよ」

アニはその件については罪悪感が全くないようだ。私とは少し違うようだ。

アニ「でも、エレンはそういう馬鹿な男とは違うんでしょ?」

ミカサ「少なくとも、受け入れたいとは思っているけれど」

アニ「けれど?」

ミカサ「もし万が一、途中でその、やっぱり無理だとか、もしくはひょんな動きで怪我をさせたら目も当てられない」

そう言いながら顔を隠すと、アニがまたぶふっとふいた。

ミカサ「………酷い」

私が思わず拗ねるとアニが「ごめんごめん」と謝ってきた。

アニ「いや、本当にごめん。なんだ。そんな事で悩んでいたんだね」

ミカサ「……うん」

アニ「だったら、それをそのままエレンに伝えたらいいじゃない」

ミカサ「え……?」

アニの意外な提案に私は目を大きくしてしまった。

ミカサ「伝えていいのだろうか?」

アニ「いいと思うけど。それの何が問題?」

ミカサ「呆れやしないだろうか?」

アニ「呆れられてもいいと思うけど」

ミカサ「そうなのだろうか?」

アニ「うん。呆れたら、どうする?」

ミカサ「その時は、しょんぼりすると思う。あとちょっと恥ずかしい」

そう答えると、アニはちょっとだけ口元をニヤリとさせて言った。

アニ「その顔を見せたら、ミカサはきっと大丈夫」

ミカサ「え?」

アニ「あんた、自分が思っている以上に可愛い女だよ。自信持って」

ミカサ「…………」

アニ「あ、美人って言われる事が多くて、可愛いは初めてだった?」

ミカサ「あまり言われた記憶がないような」

アニ「そう? ミカサは美人より可愛いと思う」

そう言ってアニはクールに目を細めて私を見つめてきた。

アニ「心配は要らないよ。そのまま気持ちを伝えたらきっとうまくいくって」

ミカサ「そうだろうか?」

アニ「賭けてもいい……って、あ、これは禁句だった」

ミカサ「ん?」

アニ「いや、何でもない。げふんげふん」

何故かわざとらしい咳だった。

ミカサ「…………」

アニ「とにかく、折を見てエレンに自分から自分の気持ちをそのまま伝えたら?」

ミカサ「でも……」

アニ「どうしても心配なら、そういう時はいっそ、自分を縛っちゃえば?」

ミカサ「!」

その姿を想像して赤くなってしまった。

ミカサ「成程。その手があった」

アニ「あと、段階を踏んでやってみるとか? いきなり全部するのはしんどいだろうし。様子見ながら一緒にやってみればいいかもしれないよ」

ミカサ「おお……その手もあった」

アニ「うん。大丈夫だと思うよ。そんなに心配しなくても」

そうだといいのだが。

アニ「もしさ」

ミカサ「ん?」

アニ「今、ここでミカサがいかないなら私がいくって言ったらミカサはどうする?」

ミカサ「えっ……駄目!」

咄嗟に出た言葉に私は自分でも驚いた。

ミカサ「…………」

アニ「だったらもう、答えは出ているよね?」

アニの芝居に呆気なく乗せられた自分が居た。

そうだ。私はもう、他の誰にもエレンを取られたくない。

独占したい気持ちがここにある。だったらもう、迷う事はない。

ミカサ「ありがとう」

アニ「ううん。いいよ。迷いがなくなったようだし。うまくいくといいね」

ミカサ「うん」

そして私達は喫茶店で紅茶とケーキなどを食べ終えて店を出た。

自宅に帰宅すると、エレンは先に家に帰っていた。

エレン「ミカサ、本、買ってきたのか?」

ミカサ「う、うん……」

エレンに話しかけられて思わずびくびくした。する必要はないのに。

変に緊張してしまって調子が狂う。いつ、私の気持ちを伝えよう?

今はまだ、そのタイミングが測れなくて悩んでいると、

ミカサ「あ、カサブランカ……」

目に入った花に気づいた。綺麗なカサブランカだった。

エレン「ああ、お盆だし、母さんの墓参りに行くから、お供え用にと思って買ってきたんだ」

ミカサ「お花、好きだったの?」

エレン「まあな。昔はうちにもいろんな花、植えていたんだ」

そうだったのか。それは見てみたかった。

エレン「今は世話する人がいないから、ある程度処分しちまったけどな」

ミカサ「も、勿体ない。残っていたら、私が世話したのに」

エレン「ああ、庭を復活させたいなら、自由に使っていいぞ。ミカサの好きにしていい」

それは素晴らしい!

ミカサ「い、イタリアンパセリとか、植えようかしら」

エレン「え? パセリ?」

いろいろなハーブが植えられる! そう思ったけれど、ちょっと思い直して、

ミカサ「あ、でも、夏植えるものを優先した方がいいかもしれない。まずは畑を耕して、石灰を撒いて、土を作らないと…(ブツブツ)」

まずは土の状態の把握からだ。土の状態次第では肥料も必要だ。

いろいろ考え込んでいると、エレンがこっちを見ていた。

その柔らかい視線に気づいて慌てて私は俯いた。

やっぱりエレンは私の事を……。

そう思うと体が熱くなってしまい、ついつい頬が赤くなる。

でもあんまり考えると頭がぼーっとするので適当に切り上げると、おじさんが帰って来た。

お盆の予定を話し合って、13日にエレンのお母さんの方の墓参りを先にする事になった。

私はこの時点で決意していた。話すならきっと、ここしかないと。

そう思って、臨んでいた。移動の車の中でも、ついつい頬が緩んでしまった。

車で30分程度の距離にあるお寺に到着して、お墓まで歩いて移動した。

皆で手を合わせて、一通りの事を済ませると、おじさんとお母さんが一度、お墓から離れてしまった。

エレンはまだ黙祷を捧げている。少々長いとも思ったけれど、きっと報告する事が多いのだろう。

そしてエレンが目を開けて、こっちを見た時に言った。

エレン「あれ? 親父は」

ミカサ「お布施を払いに行くって」

エレン「あ、ああ…そっか」

エレンが気まずそうだった。今のうちに話そう。

ミカサ「……エレン」

エレン「ん?」

ミカサ「報告、終わった?」

エレン「…ああ」

よし。今、言おう。私から。

ミカサ「あのね、エレン」

エレン「ん?」

ミカサ「やっぱり、私、無理かもしれない」

エレン「何が?」

緊張でつい、下を向いてしまった。

ミカサ「エレンの言った事、忘れられない……」

するとエレンは戸惑って、

エレン「あ、いや、でも…」

ミカサ「エレン、聞いて」

エレンに主導権を握らせてはいけないと咄嗟に判断した。

ミカサ「あの日の夜、私が悩んでいたのは、2つある」

エレン「ふ、2つ?」

説明する為に頭の中を整理する。下を見ながら。

ミカサ「ひとつは、連れ子同士の場合は、日本の法律では結婚出来るのか、という点」

エレン「!」

エレンは驚いていたけれど、私は構わず続けた。

ミカサ「その点については、アニと一緒に本屋に寄って、法律の本を買って確認したので、間違いないと思う」

エレン「……そうか」

ミカサ「結論から言えば、私達は結婚出来る。法律上、問題ない」

エレン「そーかそーか、やっぱり……………って、え?」

変な間があった。どうやら、エレンも同じ勘違いをしていたようだ。

エレン「結婚……出来るのか?」

私は視線を上げて頷いた。

ミカサ「出来る。血の繋がりのない他人同士なので、大丈夫。問題ない」

エレン「え……じゃあ、何で……」

ミカサ「エレン、悩んだのは、2つあると言った」

むしろここからが本題だった。

ミカサ「あの…私が懸念するのは…その…もし、その……あの…」

恥ずかしい。もし呆れられたらどうしよう。

いや、でも信じるしかない。エレンが真面目に聞いてくれると。

ミカサ「そ、そういう空気になって、え、エッチな事をする時に、もし、万が一、私が、弾みで、反撃して、しまったら、その……エレンに怪我を負わせやしないかと、心配で……」

エレン「………え?」

エレンが凄い顔になっていた。なんて言えばいいのか。

外人の方が「もう1回言って」と言う時のアレの顔だ。

私は努めて冷静になろうと思ったけれど、それは難しくて、多少どもりながら言った。

ミカサ「い、いや、勿論! 抵抗しない様に、極力気をつける…ので、それにどうしようもなければ、最悪、体を縄等で拘束するという手もある……ので! でも、それすらも馬鹿力で解いて、やっぱり私が途中で「嫌だ」と思ったら、エレンの骨を折りかねないと思うと、怖くて、その……」

エレン「…………」

エレンが考え込んでいた。伝わっただろうか?

ミカサ「な、なので! エレン、私から提案したいのは、その、段階を踏んで、徐々に慣らしていくようにしていけば、私も慣れるかもしれない……ので、その、そういう条件であれば、私は……」

最後まで説明する前にエレンがいきなり私を抱きしめてきた。

その温かい体温にびっくりした。お互いの心臓の音が伝わる。

私自身、どんどん心拍数が上がっていくのを感じていた。

ミカサ「え、エレン…?」

エレン「それって、イエスって事だよな?」

ミカサ「…………(こくり)」

もう言葉で説明するのは面倒だったので態度で示すと、

ミカサ「で、でも……その、エレン……うぐっ」

まるで噛みついて食べられるような乱暴なキスがきたけれど。

ミカサ「………!」

その瞬間の感触は今も忘れられない。

全身が、弾けるような、宙に浮くような。

感じると言うのはきっと、こういう事だと気づいた。

エレンの吐息がかかって熱くて、何も言えなくて。

幸せの絶頂に浸っていた其の時、

グリシャ「あー……おほん」

そこから叩き落される声が聞こえて全身が冷えてしまった。

冷水を浴びせられたような心地で体を離すと、そこにはおじさんとお母さんの姿が…。

どどどどうしよう? エレンも私と同じ顔をしていた。

グリシャ「エレン、家に帰ったら、家族会議だ(☆☆キラーン)」

ひええええ! おじさんの怒った顔、怖い。ガクブル。

私とエレンはお互いにブルブル震えながら車に乗って帰る事になってしまった。

勿論、一言も話せないままだ。非常に気まずい空気だった。

家に帰ってリビングでお茶を飲んで、4人で一旦落ち着くと、おじさんに「墓の前で何を報告していたんだい?」と黒い笑みを浮かべて言われてしまった。

エレン「えっと、その……」

ミカサ「ご、ごめんなさい」

とりあえず二人そろって頭を下げる事にした。

きっとお説教を食らうのだろう。今から数時間。

グリシャ「やれやれ。ここ最近、ミカサの様子が変だったのも、そのせいだったのかな」

ミカサ「………はい」

私は正直にいう事にした。

グリシャ「ふむ、二人の事を、話せる範囲でいいから話しなさい。親として、知っておきたいからね」

そしてエレンは私を見て、頷いた後、エレンの口から説明する事になった。

エレンの説明を一通り聞いた後、おじさんは渋い顔で言った。

グリシャ「………では、二人はこれから男女のお付き合いをしたいと考えているのかい?」

エレンは強く頷いていた。

エレン「両想いになったんだ。別にいいだろ。法律だって禁止してないんだし」

グリシャ「……ダメだ」

エレン「え?」

グリシャ「二人の交際は認めないよ。父さんは反対だ」

ミカサ「ど、どうしてですか?」

私は当然、声をあげた。何がいけないのか。

グリシャ「墓の前で手を出すような理性のない男は何を言っても信用がないよ、エレン」

エレン「うぐっ!」

いや、アレはその、エレンだけの責任ではないので。

グリシャ「はあ……やっぱりエレンは高校入学と同時に学校の寮に入れるべきだったかな」

エレン「え?」

グリシャ「迷ったんだよ。年頃の娘さんと年頃の息子を同居なんてさせて、もし万が一、間違いがあっては困るからね。でも母さんが、ミカサの為だけにエレンにそんな事はさせられないって……」

その話は初耳だった。お母さんは普段と変わらぬ顔でいる。

ミカサの母「家族は一緒に暮らすべきですよ。それにミカサなら、自分の意に沿わない事は絶対にやらないと、信じていましたから」

グリシャ「いやでも、しかしだね……」

ミカサの母「あなた、少し落ち着いて。お茶のおかわりは?」

グリシャ「ああ、頂くよ」

ズズズ……

お茶の音がうるさくリビングに響いた。

グリシャ「うちの愚息が本当にすみません……」

ミカサの母「いえいえ、頭を上げて下さい」

お母さんは平静だった。それがとても心強かった。

ミカサ「お母さんも、反対?」

伺うように聞いてみると、

ミカサの母「ん? そうねえ。お母さんは賛成も反対もしないわ」

というお母さんらしい答えが返って来た。

ミカサの母「ただ、親としては心配はするのよ。特に女の方には、妊娠と言うリスクがあるから」

ミカサ「そ、そんな事はしない…」

一瞬、エレンとの子供を身籠る想像をしてしまった。

ミカサの母「今はしなくとも、付き合いが長くなれば、自然とそうなる場合もあるのよ。弾みでやってしまったり、お父さんも、その事を一番心配しているのよ。ねえ?」

グリシャ「ああ……エレン、前にお金の使い方についていろいろ言っていたのは、この為だったんだね?」

エレン「うぐっ…!」

グリシャ「全く……本当に参ったね。いやしかし、事前に露見して幸いだった。そういう事なら、以前言った事は撤回させて貰うよ」

エレン「え?」

グリシャ「エレン、隠れて外でミカサとラブホテルに休憩したりしたら、問答無用で家から追い出す。勿論、家の中でやった場合も同罪だ」

エレン「え、ええええ?!」

グリシャ「今後、エレンからのそういった接触は一切禁止だ。これは命令だ。いいね、エレン」

ミカサ「そ、そんな……」

今思うと、おじさんにはとても心配をかけてしまったのだと思う。

確かにそういう事態になってしまったら、負担を負うのは私の方だ。

でも私はそんな安易な事をしないと思っていた。この時点では。まだ。

エレン「お、横暴過ぎんだろ! 親父?!」

エレンも焦っている。でも少し考えて、表情が変わった。

何か大事な事を決意したような顔だった。

エレン「分かった……」

ミカサ「エレン…!?」

エレン「親父の言う通り、オレの方からは一切、そういう事はしない。でも……」

エレンの男らしい決断には驚かされる。いつも。

エレン「その代わり、ミカサと交際する事だけは認めてくれ! 絶対、手出さないから、オレ達の事、認めて欲しい!」

グリシャ「!」

ミカサの母「!」

ミカサ「……わ、私からもお願いします」

でも当時はこれしかないと、私も思ったので一緒に頭を下げたのだ。

するとおじさんも少し表情が変わった。

グリシャ「エレンが18歳になる日の3月30日までだ」

エレン「!」

グリシャ「その日まで、エレンの方からはミカサに一切、性的な接触をしない。そう誓えるかい?」

エレン「ああ、誓う!」

グリシャ「……分かった。じゃあ誓約書を作ろうか」

ここで交わされた契約書には実は穴があった。

後で分かった事だけど。おじさんの手腕には本当に驚かされた。

でもそれだけおじさんは私を心配してくれたのだと思うと本当に有難い。

ミカサの母「………あなた、いいんですか?」

ミカサの母「この誓約書の内容だと……」

グリシャ「母さん、それはここでは(しっ)」

ミカサの母「……分かりました。そういう事なら」

ミカサ「お母さん?」

ミカサの母「ううん、何でもないのよ。うふふ」

お母さんはこの時点ですぐに気づいたそうだ。これも後で知った事だけど。

契約書の内容については既に説明しているのでここでは省略する。

ミカサ「あの、確認したい事が」

グリシャ「ん? 何だい?」

ミカサ「おはようやおやすみ、いってらっしゃい、いってきます等のキスは性的な意味ではないので、許可して下さい」

グリシャ(ズコーッ)

キスをする言い訳を作ってキスをする権利だけはどうにか確保したかった。

グリシャ「だ、ダメだ! ここは日本なんだから、そんな挨拶は一般的ではないよ、ミカサ!」

エレン「でも、日本的ではないから、日本ではやっちゃいけないなんてルールはないだろ?」

ミカサの母「そうねえ。昔はミニスカートも日本的ではないから、非難されていたけれど、今はいつの間にか、ファッションとして浸透しているものね」

グリシャ「母さん!」

ミカサの母「いいじゃありませんか。親がしている事を、子供にしてはいけないとは言えませんよ」

エレン「え? そうだったのか? 親父」

グリシャ「…………(よそ向いている)」

おじさんとお母さんは実はラブラブなのでこの交渉方法ならいけると思ったのだ。

エレン「じゃあキスはいいよな? そう言う意味じゃないなら、欧米では普通だし?」

ミカサ「うんうん」

グリシャ「……分かった。だったら追記するよ」

という訳で、挨拶のキスは、それぞれ一回だけ許可するという旨も付け加えられた。ただし5秒以内。

ここで調子に乗ってもっとふっかけてみる。

ミカサ「は、ハグもダメ…?」

グリシャ「それはダメ。それも許したらずるずる線引きがあいまいになるからね」

エレン「でもハグしないで、どうやってキスするんだよ。鳥みたいに口をつつき合うのは不自然だろ?」

グリシャ「うっ……」

ミカサの母「あなた」

グリシャ「……分かったよ。ハグも5秒以内だ。それなら許可する」

よしよし。とりあえず、権利を確保出来た。

そんなこんなでいろいろあった一日だったけど。

その日の夜、早速、寝る前におやすみのキスを1回だけした。

優しいキスだった。ふわっとする。小さなキスだったけど。

そのキスのおかげで私はエレンと恋人同士になった実感を持てた。

布団の中でついつい。むふふふ。と笑いながら。

笑顔を堪え切れずにその日は眠りについたのだった。

大分、投下の間隔が空いてしまってすんませんでしたorz
恐らく今後はこんな感じで間が空いていくと思いますが、
マイペースに執筆していますので、気長にお待ち下さい。

ではではまた次回。ノシ






16日の朝。エレンに家を出る前にある事を忠告されてしまった。

エレン「ミカサ、オレ達の事は、学校の奴らには言うなよ」

ミカサ「え、でも…」

アニには既にバレている。どうしよう?

エレン「特にジャンには言わないでくれ。頼む!」

ミカサ「あ、アニにはもう、話してしまっているけど」

エレン「あ、アニだけならいい! アルミンとかには、オレから話すし、とにかくジャンにだけは、ミカサからは伝えないでくれ。頼む!」

ミカサ「わ、分かった」

まあ、プライベートな事ではあるし、そういうのはエレンに任せよう。

今回は残念ながらアルミンは同行出来ない。本当に残念だ。

全員が待ち合わせの場所に集まって、そしてリヴァイ先生は言った。

リヴァイ「忘れ物はないか?」

リヴァイ「向こうに着くまでにバスで2時間くらいかかるから、もし忘れ物があっても取りに戻る事は出来ない。最終確認だ。不安だったらもう一度、確認しておけ」

皆、ごそごそと、自分の荷物を確認してOKを出した。

リヴァイ「では出発する。バスに酔ったら遠慮なく吐けよ」

エチケット袋もちゃんと用意してあった。

そしてバスは出発した。目指すO県の某旅館だ。

研修旅行の時はK県だったけど、今度はO県だ。O県もK県と負けないくらい温泉地がある。

混浴は流石にないだろうが、エレンとなら混浴風呂でもいいかなと思っていたら、

オルオ「何、ニヤニヤしているんだ? エレン。やらしい顔をしているぞ」

エレン「え? し、してませんよぉ」

オルオ「いや、していたな。大方、入浴中の女子を妄想していたんだろ?」

エレン「うぐっ……」

オルオ「言っておくが、混浴はないからな。残念だが」

エレン「期待していませんよ! 何言っているんですか?!」

オルオ「はは!」

オルオ先輩がエレンをからかっていた。そうか。混浴はやはりないのか。

エレンの照れくさそうな顔が可愛いと思ってしまってついついクスッと笑ってしまった。

エルド「バスの中でカラオケやってもいいですか? 先生」

リヴァイ「ああ、別に構わんが、マイクは確か1本しかなかったと思うぞ」

エルド「十分です。では折角何で、向こうに着くまでにゲームでもしようか」

ペトラ「ゲーム? カラオケでゲームするの?」

グンタ「ああ、折角備えてあるんだし、使わないと勿体ないだろ?」

カラオケか。バスの中ではよくある事だ。

オルオ「別にいいが、カラオケでやれるゲームなんてあったか?」

ペトラ「うろ覚えでどこまで歌えるか、とかやるの?」

エルド「いや、それも楽しいけど、今回は別のをやろう。題して『カラオケdeしりとりゲーム』だ」

ズコーッ

エレンが何故か大げさにリアクションをしていた。はて?

エルド「ルールは簡単だ。歌のタイトルでしりとりをしていく。一人目の歌が歌い終わるまでに次の人が曲を入力できなかったり、最後に「ん」のつくタイトルをうっかり間違えて選んだら負けだ」

ペトラ「曲名でしりとりねえ」

オルオ「勝敗がつきにくそうだな。歌詞を見ないで歌う目隠しも入れたらどうだ?」

ペトラ「そうね。そうなると歌える曲がかなり絞られるし、いいかもね」

エレン「え?! カラオケなのに、歌詞見ないで歌うんすか?!」

おお。それは難しそうだ。

ペトラ「その方が面白いじゃない。……で? 勝ったら何か貰えたりするの? エルド」

エルド「ああ、勝ち残った奴は……先生」

リヴァイ「ああ、オレの金で何か奢ってやる」

ペトラ「え?! 何かプレゼントを貰えるんですか?」

リヴァイ「ああ。何を奢るかは、勝ってからのお楽しみだ」

ペトラ「やった! 燃えてきたわ!」

オルオ「まじですか……こりゃ負けられんぞ」

ミカサ「…………」

別に要らないのに。

リヴァイ先生のこういうところはちょっとイラッとする。

エルド先輩からスタートしたスタートしたカラオケdeしりとりは、『紅蓮の弓矢』(エルド)→『やさしさに包まれたなら』(グンタ)→『らいおんハート』(ペトラ)→『とんぼのめがね』(オルオ)ときて次はエレンの番だ。

エレン「ね?! ねのつく歌ってあったっけ?!」

エレン「う、歌えるか分からんけど、『狙い通りのDestiny』を歌います!」

軽快な音楽だった。どうやらアニメのキャラソンらしい。

後ろの方でマーガレット先輩が素早く反応したのが分かった。

マーガレット「まさかの黒バス?! エレン、やるわね?!」

エレン「え? ああ…うろ覚えかもしれないですけど」

エレン『言った筈だろ~決して落ちる訳はないの~だと~♪』

アイマスク着用で歌っている様子がちょっとエロいと思うのは私だけだろうか?

いけない。邪な事を考えている場合ではなかった。

エレン『悪く思うな~運命が決めた~こと~だ~♪』

後ろでマーガレット先輩達がノリノリで合いの手を入れていた。

私もマーガレット先輩のリズムの真似をして手を叩く。

見た感じ、間違えずに歌えているようだ。凄くいい曲だと思った。

エレン「………歌詞、合ってました?」

するとすぐさま後ろの席から、

マーガレット「合格! ミス無しだったよ!」

エレン「ほっ……」

スカーレット「いやはや、アニソン有りなら私ら有利だね。入れちゃうよ? いろいろ」

ガーネット「ふふふ……」

この流れだとアニメソングに偏りそうな気配だ。

でも私は余りアニメソングは知らないので、お母さんの好きな曲を選ぶ事にした。

エレンからアイマスクとマイクを受け取って装着する。

ミカサ「……LOVE PSYCHEDELICOのIt's you を歌います」

ミカサ『情景はrain~揺れるyour long hair~♪』

エレン「?!」

オルオ「お? いい曲を選んできたな」

ペトラ「しぶいわね~♪」

ふぅ。無事に歌えただろうか?

エレン「ミカサ、うまかったぞ」

ジャン「ああ、ミカサは歌うまいな、本当に」

ミカサ「この曲は母がたまにきいているので」

お母さんは邦楽が好きなのでいろんな曲を聴いている。この曲もそのうちの一つだ。

アニ「この場合、『ゆ』で続けるの? それとも『う』で続けるべき?」

オルオ「この場合は『う』だろうな」

ペトラ「そうね。『う』で統一しましょ」

アニ「分かりました。じゃ…うそつきを歌います」

アニ『会いたい~想いが~相対な君の手に~♪』

マーガレット「ボカロキタコレ!!!」

スカーレット「今年の一年、豊作ね」

この曲は知らない。エレンも同じ顔をしていた。

どうやらボカロというジャンルの曲らしい。

ペトラ「失恋ソングよね~これ。いい曲よね」

エレン「ミカサはこの曲知ってるか?」

ミカサ「いえ、知らない……」

でもいい曲だと思った。今度、アニに話を振ってみようと思った。

マルコ「次は『き』かあ………どれにしよう」

時間ぎりぎりでマルコが曲を入れていた。

マルコ「ええっと、僕も歌詞は自信ないけど、キミノアトを歌います」

バラードっぽい曲だ。マルコらしい優しい曲のようだ。

ジャン「マルコ、おまっ……ここでモモクロいくか?!」

マルコ「これしか思いつかなかったんだよ…」

どうやらアイドルの曲のようだ。モモクロは聞いた事がある。

確か5人グループの歌って踊るアイドルグループだ。

メンバーの名前までは知らないけど、フリフリの衣装を着て歌って踊っているのを前にテレビでちょっとだけ見た事がある。

マルコ『旅立つ為に~無理に隠した~キミへの想いが胸を叩く~♪』

ジャンが頭悩ませている。次は『と』だ。

時間ギリギリで入力を済ませた。だけど……。

ジャン「オレは曇天を歌います」

あれ? これは……。

マルコ「ジャン……これじゃ負けだよ」

ジャン「え……あ、しまったあああ!!!」

曇天では「ん」がつくから負けである。

オルオ「ははは! 脱落決定だな」

ペトラ「この場合、次の人は何を歌えばいいの?」

エルド「次の人も『と』から始めればいい」

アーロン「了解ー」

ジャン「ううう………これしか思いつかなかったんだよ」

マルコ「はは。ジャン、最後までちゃんと歌いなよ」

ジャン「分かってるよ」

でもジャンはノリノリで最後まで歌った。おお。上手い。

ジャン『鉛の空~重く垂れこみ~真白に澱んだ~太陽が砕けて~♪』

前回のカラオケの打ち上げの時も思ったけれど、ジャンは歌が上手い。

ジャン『耳鳴りを~尖らせる~♪』

ジャン『ひゅるり~ひゅるり~低いツバメが~♪』

ジャンのライブが続いている間、私は「しまった」と言った。

ジャンのように語尾に「ん」のつく曲を選べば私も脱落出来たのに。

ミカサ「わざと「ん」のつく曲を選んでドロップアウトすればよかった」

エレン「こらこら、それじゃゲームにならないだろ、ミカサ」

ミカサ「しかし私は先生のご褒美に興味ない……ので」

エレン「そんな事言うなよ。オレは楽しみだけどな」

ミカサ「む……エレンは欲しいの?」

エレン「そりゃな。何を貰えるか分からんけど」

ミカサ「むー……では仕方がない。頑張る」

渋々私も真面目に参加する事にした。

『時の河を越えて』(アーロン)→『手のひらを太陽に』(エーレン)→『虹』(スカーレット)→『じゃじゃ馬にさせないで』(ガーネット)→『でたらめな歌』(マーガレット)→『戦え! 仮面ライダーV3』(カジカジ)→『いーあるふぁんくらぶ』(キーヤン)→『ぶっ生き返す!!』(マリーナ)という風に回って、またエルド先輩に戻った。

知らない曲も多かったけど、皆楽しそうに歌っていた。

たまにリヴァイ先生がぶふっと噴いていたのが気になったけど。

エルド「じゃあオレはストップ ザ タイムを歌うよ」

エルド『四次元空間こ~えて~戦う姿はボイジャー♪ ワープだ~ワープだ~クロノス~チェ~ンジ♪』

ん? 何だか曲調が昭和チックだった。

そしてリヴァイ先生がまた盛大に反応した。

リヴァイ「また古い曲を……お前ら、オレをどうしたいんだ」

エルド『いや~先生も知ってそうな曲がいいかと思いまして』

リヴァイ「他の奴らが完全においてけぼりだぞ」

エルド『別にいいですよ。それはそれで』

マーガレット「あ、大丈夫。私この曲分かるんで」

リヴァイ「マニアックな奴め……おっさんホイホイソングだぞ。しかも一部の」

リヴァイ先生は相当なおっさんだそうだ。

見た目は若く見えるけど、恐らく歳は三十路以上なのだろう。

エルド『ゆがんだ時間(とき)の流れに~一発逆転チャンス~♪ スペース~ファルコン~決めれば~I'll get you♪』

リヴァイ「やれやれ。筋肉マンのキャラソンがまさか入っているとは……」

筋肉マンというアニメの曲らしい。

グンタ「む? むって難しくないか?」

確かに『む』は難しい。私もパッとは思いつかなかった。

グンタ「ええっと……じゃあオレは無冠の帝王でいきます」

グンタ『い・か・さ・まファイトで~♪ に~んきを稼ぐ~♪ ニセの仮面を~はいで~やる~♪』

先程の曲と似たような曲調だった。

リヴァイ「お前ら、筋肉マン世代じゃないだろう! 何で知ってるんだ」

グンタ『いや、親父が筋肉マン好きなんで、いろいろ持ってるんですよ』

エルド「そうなんですよ」

リヴァイ「ああ……そうか。お前らの親の世代がドンピシャか」

リヴァイ「ああ……オレも年くったな(遠い目)」

マーガレット「あ、うちも実はそうなんですよ。いまだに消しゴムありますよ?」

リヴァイ「今じゃプレミアムついているから、大事にとっておけよ」

そうなのか。へえ。

グンタ『正義も~悪魔も~みんなまとめて~俺のマントの~コレクション~♪』

ペトラ「えっと…この流れだと、古い歌を歌った方がいいのかしら???」

リヴァイ「無理するな。無理におっさんホイホイソングにしなくてもいい」

ペトラ「ええ…でも……」

ペトラ先輩は空気を読んで古い曲を探しているようだ。

そこまでしなくてもいいとは思うが、恋する乙女は気を遣う生き物だから仕方がない。

ペトラ「ええっと、私は『無冠の帝王』だから、『う』よね。Wanterdを歌います!」

ペトラ『私の胸の鍵を~こわして逃げて行った~あいつはどこにいるのか~盗んだ心を返せ~♪』

リヴァイ先生がまた反応していた。笑いを必死に堪えているようだ。

ペトラ『う~Wanterd!! Wanted!!』

リヴァイ「ペトラ、お前もよくやるな…」

ペトラ『ぴんく・レディーなら大丈夫ですよね?!』

リヴァイ「ああ。リアルタイム世代じゃないけど、歌は分かる」

ペトラ『え?! そうなんですか? もしかしてもうちょっと上世代?!』

リヴァイ「エルヴィン世代だろうな。いや、でも分かる。大丈夫だ」

この曲は流石に有名なので私にも分かった。

ペトラ『あん畜生にあったら~今度はただでおかない~私の腕にかかえて~くちづけ責めにあ・わ・せ・る!』

凄くノリノリで歌っている。周りも手拍子を合わせていた。

リヴァイ『ある時謎の運転手~ある時アラブの大富豪~ある時ニヒルな渡り鳥~あいつはあいつは大変装~♪』

何故そこをリヴァイ先生がやるのか謎だったけど、一同は爆笑だった。

ペトラ先輩の声が乱れていた。まあ、仕方がない。

ペトラ『好きよ~好きよ~こんなに好きよ~♪ もうあなたなしでは~いられない~ほどよ~♪』

ペトラ『からっぽよ~心はうつろよ~何もないわ~あの日あなたが~盗んだのよ~♪』

と、1番を大体歌い終わったけど、

ペトラ『しまった! 2番はさすがに分からない! ごめーん!』

オルオ「ふん…ペトラは脱落だな」

リヴァイ「貸せ。続きは代わりに歌ってやる」

何故かリヴァイ先生がマイクを引き継いで歌ってしまった。

リヴァイ『両手には鉄の手錠を~足には重い鎖を~♪』

オルオ「うーん、リヴァイ先生のおかげで繋いでいる間に次の曲を入れないと」

オルオ「『ど』か……どうするかな。よし、これにするか」

リヴァイ先生、実は歌を歌うのは好きなのかしら?

サービス精神の旺盛なリヴァイ先生が時間を稼いでいる間、オルオ先輩は選んだ。

オルオ「オレはトラベラーズ・ハイを歌わせてもらう」

オルオ『道路は~続く~はるか遠い街まで~♪』

オルオ『スピードは~僕の気持ちを乗せて走る~♪』

ペトラ「スキマノスイッチ! トラベラーズ・ハイね!」

ミカサ「あ、これは知ってる。母がよく聞いている曲のひとつ」

エレン「おばさん、割といろいろ聞いているんだな」

ミカサ「音楽が好きなので。いろんな曲を聞きながら家事仕事をしている」

エレン「そっか」

オルオ先輩も無事に歌い終わってエレンに戻ってきた頃、リヴァイ先生が、

リヴァイ「そろそろつくぞ。エレンでラストだな」

と言った。キリが良くて良かった。

エレン「ええ? まじっすか」

エレン「オレでラストか……何歌おう?」

エレン「そうだ。ラストだから、これにします」

流れて来た曲は有名な曲だった。

『いい日旅立ち』だ。中学生の時に音楽の授業で習った曲だ。

リヴァイ「お前ら、本当に10代なのか? 百枝ちゃん歌えるのか」

エレン『え? ももえちゃん? 誰ですか?』

ミカサ「この曲は学校の授業で習う定番のものですが」

ジャン「ああ、習ったな。確か」

マルコ「僕も習ったね」

リヴァイ「…………すまん。そうだったな。いちいち反応してしまった」

マーガレット「ああ、伝説のアイドル、山口百枝の代表曲ですもんね」

リヴァイ「マーガレット、お前の守備範囲もどうかしているぞ」

マーガレット「褒め言葉として受け取りますw」

そんな感じで皆でわいわい歌っていたら、あっという間に2時間近く経った。

皆、結構意外と歌えて、結局、脱落者はジャンとペトラ先輩の二名だけだった。

バスが旅館に到着して荷物を全部運び終わると、リヴァイ先生は言った。

リヴァイ「ご褒美は大会が終わってから渡す。今日は昼飯食ったら、会場の下見をした後は自由時間だ。好きにしていいぞ」

一同「「「あざーす!」」」

という訳で、下見が終わった後は、旅館の中で自由に過ごす事になった。

会場は県大会の時より大きかった。前回の倍以上ある。

リヴァイ「………急ごしらえでよくこれだけのキャパの会場をおさえられたな」

オルオ「え? 急ごしらえ? 会場は前々から押さえているもんじゃないんですか?」

リヴァイ「あ、いや………何でもない。気にするな」

リヴァイ先生が気になる態度を取った。

エレン「何か、あったんですか?」

リヴァイ「……………」

エレン「リヴァイ先生?」

リヴァイ「あまり、大っぴらには言わないと誓えるか?」

エレン「………はい」

エレンの言葉に促されてリヴァイ先生は少しずつ話し始めた。

リヴァイ「………実はな、うちの県の去年の演劇大会で、大きな事故があったんだ」

オルオ「え? 何ですかそれ。初耳っすよ」

リヴァイ「あまり大っぴらには言えない事故だ。去年はお前らは九州大会に出てないから知らなかったかもしれんが………その年の九州大会で、考えられない事故が起きた。そのせいで、高校演劇の為に毎年会場を貸してくれていた責任者が、来年はもう貸し出せないって言い出してな」

エルド「え? じゃあまさか、今年、公演が変則的な日程になった理由って、本当は……」

リヴァイ「ああ。表向きには発表していないが、そういう事だ。例年、貸し出して貰っていた会場が押さえられなくて、地区大会をやる為の会場も押さえられなかったそうだ。だから前の年に県大会に出場した高校だけで予選大会をやる事になった」

ペトラ「そ、そうだったんですか……」

エレン「……………」

成程。裏事情があった訳だったのか。

リヴァイ「正直言って、今の高校演劇は、そのバックアップがなさ過ぎて生徒に無茶な日程を組ませ過ぎる。その弊害が表に現れてしまったせいでその事故が起きたようなもんだ」

リヴァイ「プロの世界ですら、仕込みには数日かけることもあるくらいなのに、平均して1時間もない時間でどうやって準備を完璧に仕上げられる。上の奴らにその無謀っぷりを何度も説き伏せたが、予算がないからと言って無理を強いる。これじゃ何の為の演劇なのかさっぱり分からん」

ミカサ「前回はでも、ギリギリセーフでしたけど、間に合いましたよね」

リヴァイ「そりゃ場見を最優先にしてそれ以外の事は殆ど省いているからだ。本来ならもっと、あらゆる事故が起きないように想定する作業が必要なんだ。それが起きなかったのは、ただ運が良かっただけとしか言えない」

ミカサ「……………」

リヴァイ先生は苦い物を食べた時のような顔をしていた。

リヴァイ「ま、こんな事を今言ってもしょうがねえけどな。改善出来ないのは俺達大人の力不足だ。無理を強いてすまないと思っている」

リヴァイ「脅すような事を言ってすまない。しかしこれが現実だ。マーガレット、スカーレット、ミカサ。お前たち裏方三人は特に注意してくれ。そして決して無理はするな。何か起きた場合は、俺が体を張ってでも止める」

マーガレット「分かりました。約束します」

スカーレット「了解です」

ミカサ「…………了解」

リヴァイ先生は本当に生徒思いの先生のようだ。

そういう部分は嫌いではないが、だからと言って前回のエレンの件を許した訳ではない。

旅館に戻ってからはそれぞれ部屋に戻った。

ペトラ先輩がエレンに何か話しかけて、そしてこっちに合流してきた。

ペトラ「ごめん。お待たせ」

ミカサ「いえ……」

マーガレット「エレン、凹んでました?」

ペトラ「ちょっとだけね。でも大丈夫だと思うよ」

そして夕食後は男女別れてそれぞれ温泉を楽しむ事になった。

ちょっと熱めの温泉だったけど、皆楽しそうに湯船に入って談笑している。

マーガレット「しかし九州大会に来られるとは思いませんでしたね」

スカーレット「本当ね。ここまで来られたのはうちらの代では初めてだしね」

ミカサ「そうなんですか?」

ペトラ「うん。地区大会、県大会どまりだった。九州大会を経験するのは私達の世代は初めてだよ」

マーガレット「昔は九州大会までいく事も多かったみたいだけど。近年は県大会どまりでしたよね」

ペトラ「勝ち上がるには運の要素もあるけど、今年はエレンの力が大きいと思うよ」

ミカサ「え?」

ペトラ「あの子、演技力あるわ。役者に向いているんじゃないかしら?」

ガーネット「そうですね。それは思いました」

マリーナ「貫録がありますよね」

エレンが皆に褒められてちょっと嬉しい。

ミカサ「確かにエレンは凄い。努力家だと思う」

ペトラ「男の子なのに女の子の役作り、凄く研究しているもんね。手抜かないところが好感度高いわ」

ミカサ「確かに。エレンは手を抜かない」

ペトラ「最初はミカサを主役にする案も考えたけど、結果的にはこっちで正解だったわね」

ミカサ「そうだと思います」

マーガレット「でもいつかはミカサも主役をやったらいいよ」

ミカサ「え……」

マーガレット「美人だし、華があるから、そういうの出来ると思うよ」

ミカサ「いえいえ。私なんか、とても……(ぶるぶる)」

この時点ではとても表舞台に出る勇気なんてなかった。

秋の文化祭では舞台に出る事になったけど、当時はまだまだ裏方だけでいいと思っていたのだ。

マリーナ「ミカサは裏方の方が好きなの?」

ミカサ「そうだと思う。裏方の方が向いている」

スカーレット「確かに荷物運んだり、作業するのは早いけど、運動神経がいい子は役者もやった方がいいと思うけどな」

ミカサ「え……」

スカーレット「例えば時代劇のアクションとかだと、そういうのが出来る子と出来ない子じゃ、差が出るから。演技力だけではカバーしきれない部分ってあるよ」

ペトラ「あーそれは言えてるかも。技術的な部分ってどうしても差が出るよね」

マーガレット「今回の劇はそういう殺陣をメインにした話ではないからいいですが、物によってはそう言うのもありますよね」

ペトラ「オルオが最初に書いた脚本がそうだね。時代劇物でアクション満載劇だったし」

マリーナ「ではもしも、オルオ先輩の脚本をベースにしていたら、ミカサが主役だったかも?」

ミカサ「うぐ……」

ペトラ「ミカサと同じくらい運動神経がいい子がいれば、その子が主役でもいけると思うけど」

アニ(ギクリ)

其の時、少し離れていたアニが露骨に肩を震わせた。

そう言えばアニも運動神経はいい方だったような。

アニの方を見ると、何故か「しっ!」というジェスチャーをされてしまった。

この時点ではまだ、アニは自分の事を余り大っぴらには話していなかったのだ。

ミカサ「わ、私はまだまだ裏方をしたい……ので」

ペトラ「ま、それもそうか。本人の希望を優先しないとね」

スカーレット「勿体ないような気もするけどね」

そんな風に言い合いながら、私達は適当な時間にお風呂を出た。

男子はまだ上がってないようだ。珍しい。男子の方が早いと思っていたのに。

男子の方の部屋が空っぽだった。ペトラ先輩が首を傾げている。

ペトラ「珍しいわね。男子の方が長風呂だなんて」

マーガレット「部屋で待っておきます?」

ペトラ「いや、男子の部屋で待っておこうか。遊びたいし」

そんな訳で少し待っていると、やっと男子の団体が帰って来た。

ペトラ「あれ? 男子の方が遅かったですね。珍しい」

リヴァイ「ああ、ちょっと長話をしていたせいで遅くなった」

ペトラ「そ、そうですか……(羨ましい!)」

ペトラ先輩がオルオ先輩に「後で教えなさい(笑顔)」と呟いているのを聞いてしまった。

ペトラ先輩はいつも全力投球で素晴らしい。

ペトラ「ちょっと時間あるから遊ばない? いろいろ持ってきたわよ」

オルオ「お? やろうか。大富豪とか?」

ペトラ「まあ定番よね。参加する人~」

勿論、皆で参加する。大富豪は面白いゲームだ。

ただ全員で大富豪をやるのは流石に多すぎるので、グループを分けてやった。

リヴァイ先生も混じって遊んだ。リヴァイ先生と同じグループになってしまった。ちっ。

ミカサ(リヴァイ先生を負かしてやりたい)

そう思ってゲームを進めていたら、その邪念が余計だったのか負けてしまった。

ミカサ「うぐっ……」

リヴァイ「ミカサはゲームに弱いのか?」

エレン「運が絡むと途端に弱くなりますね」

リヴァイ「ほぅ」

エレン「神経衰弱とか、実力が試されるゲームは強いんですけど」

リヴァイ「なら次は神経衰弱をやってみるか」

そんな感じで何故か気を遣われながらゲームをしてしまった。

神経衰弱は得意なゲームなので、今度は勝てた。

リヴァイ「ほぅ……なかなかやるな。ハンジ並みに強いな」

ミカサ「ハンジ先生?」

リヴァイ「あいつも神経衰弱は得意だ。やるといつも負かされる」

其の時、少しだけ口元をあげて笑っていたのが印象に残った。

今思うと、これはただの惚気である。

マルコ「リヴァイ先生が1番好きなゲームは何ですか?」

其の時、マルコが聞いてみた。

リヴァイ「トランプのゲームの中でか?」

マルコ「いえ、それは問いません」

リヴァイ「んー……」

リヴァイ先生は少し考えてから答えた。

リヴァイ「将棋でやるすごろくが割と好きだな」

エレン「あーそれ知っています! 金4枚をサイコロにして進めるすごろくですよね」

リヴァイ「ああ。アレも運の要素が絡んでくるが、意外と面白い。2人でやっても楽しめる。ハンジが教えてくれたゲームだ」

ここも今、思うとただの惚気話だった。

ミカサ「どんなゲーム?」

エレン「将棋盤の4つの角からスタートして、歩から王まで1週ずつリレーしながら進めるすごろくゲームだ」

リヴァイ「将棋盤があれば実際して見せる方が早い。誰か持って来てねえか?」

ジャン「家にならありますけど」

エルド「流石に将棋は持って来てないですね」

リヴァイ「それは残念だ」

エレン「ミカサにはオレが家に帰ってからいつか教えてやるよ!」

ミカサ「ありがとう」

ゲームが好きなエレンはニコニコしている。

きっとアルミンともそのゲームをした事があるのだろう。

エレン「リヴァイ先生もいつかオレと将棋すごろくしましょう! 是非!」

リヴァイ「ああ。いいぞ」

ミカサ(イラッ)

其の時、エレンが自分からリヴァイ先生を誘っていたのでちょっとイラッとした。

そんな感じで夜も更けて、女子は自分の部屋に戻る事になったけど……

ミカサ「え、エレン……ちょっと」

私は先程の苛立ちもあり、ついついエレンに甘えてしまった。

エレン「ん? なんだ?」

ミカサ「お、おやすみの……」

エレン「ぶっ………や、やるのか?」

ミカサ「こ、こっそりお願いします」

キョロキョロ。エレンが周りを確認している。

エレン「えっと、ちょっと外れようか。ここじゃまずい」

ミカサ「ん………」

エレンと私は手を繋いで廊下を歩いて、非常階段の方に向かった。

人気がない場所を選んだ。ここなら恐らく大丈夫だろう。

エレンと真正面から視線が絡ませて、ゆっくりと、キスをした。

ああ。エレンの体温を感じる。

ミカサ「ん………ん……」

其の時はいつもより調子に乗ったキスをした。

ミカサ「んー……」

秒数はとっくの昔にオーバーしている。

腕を背中に回して、せがむようにエレンを密着した。

ミカサ「あっ……」

エレンが中に入って来た。そういうキスがしたかった。

願っていたキスを味わう。ああ。エレンの動きが、激しい。

口の中でエレンに身を任せる。好き勝手に遊ぶエレンが愛おしい。

おやすみのキスが長すぎる?

今、そんな野暮な事は言わないで欲しい。

エレンが体を離そうとした。でもまだ足りないので。

エレン「み、ミカサ…?」

ミカサ「エレンと同じ事、する……」

お返ししてあげたいと思った。エレンの真似をして。

そう、考えていた、其の時……

マルコ「非常口を確認するって、真面目だねえ…ジャン」

ジャン「あ? 旅行先についたら確認するのは当然だろ? 何が起きるか分からん世の中だし……」

人が来る気配がした。まずい。ジャン達がこっちにく………

ジャン「…………………………え?」

ジャンに見られてしまった。がっつりと。

ジャンの顔が酷かった。青ざめて、泣きそうで。

エレン「…………………………」

エレンは何も言えなかった。

ジャン「…………………………」

エレン「…………………………」

エレンとジャンの間に緊張が走っていた。

いけない。とりあえず、空気を変えないと。

ミカサ「ジャンも非常階段を確認しに来たの?」

ジャン「え? ああ……」

ミカサ「私達も、確認しに来た。大事な事なので」

ジャン「あ、ああ………そうだったのか」

ミカサ「うん。では、おやすみなさい」

私は仕方がないので一度、席を外した。

廊下の陰に隠れて2人の様子をこっそり探る。

詳しい会話は聞けない距離にいたけど、エレンとジャンが言い争っている気配は分かった。

話し合いが終わった空気を読んで私は顔を出した。

ミカサ「大丈夫?」

エレン「ああ。もう話はついた」

ミカサ「ジャン、やっぱり嫉妬していた?」

凄い剣幕だった。ジャンは相当怒っているようだった。

エレン「嫉妬大爆発だったな。でもしょうがねえだろ? こればっかりは」

ミカサ「そう………」

ジャンとは夏合宿の時のあの時から、少し思う懸念があった。

ジャンが前に言ったあの台詞を思い出す。

ジャン『オレはこっちの方がいいんだよ。ミカサがいるんだし』

あの時の事は気のせいではないような気がした。

もしかしたら、ジャンは私を好いているのかもしれない。はっきりと確かめていないけど。

ミカサ「ジャンはいい人なので、きっといい子が見つかる」

エレン「そうだな」

エレンもそう答えて、私達は一緒に部屋に戻って行ったのだった。





翌日。遂に九州大会の日程が始まった。

県大会より10分多い仕込み時間、つまり50分で仕込みを終えて合同リハをやって、いよいよ本番になった。

私達の出番は午後の3番目だった。今回も当然、裏方は他校の手伝いもする。

その中で特に印象的だったのは白泉高校の演劇部だった。

白泉高校は伝統のある女子高校なのだが、そのチームワークの凄さに圧倒された。

挨拶は勿論、その行動の規律はまるで軍隊の様だ。

恐らく頭の中で段取りが完璧に出来ているのだろう。

迷いのない動きに引っ張られるように私達も裏を走り回った。

裏方も群を抜いて行動が早い。私達はついていくだけで精一杯だった。

そしてあっという間に自分達の出番がやって来た。再び舞台裏で円陣を組む。

オルオ「九州大会の壁は高いが、ここまできたからには全国目指すぞ! 全力で挑め! いくぞ!!」

一同「「「「おー!!!」」」

2回目の公演。1度目よりも2度目の方が上手く出来た。

全体的に声も良く出ているし、台詞の間違いもなかった。

何よりエレンが凄く楽しそうに演技をしていた。それが嬉しかった。

舞台が終わると急いではけた。次の高校の為に舞台裏を空ける。

控室に戻ってから、三年の先輩達が全員、「終わったな…」としんみりしていた。

ペトラ「あっという間だったわね……」

オルオ「ああ。やってみれば、本当にその通りだったな」

エルド「本当にな。さて、急いで片付けるか」

グンタ「だな」

そして1日目の公演が無事に終わり、明日の公演を待つ。

県大会の時より裏方はハードだったのでちょっと疲れた。

ミカサ「ふぅ……」

お風呂にあがってからも念入りにストレッチをした。

すると、其の時マーガレット先輩達が私に近寄ってニヤニヤした。

マーガレット「ねえねえミカサ」

ミカサ「何でしょう?」

マーガレット「ミカサは同人誌、読んだ事ある?」

ミカサ「いいえ」

そもそも同人誌という物が良く分かっていない。

マーガレット「前にBLについてちょっと興味を持っていたでしょ? だからミカサでも読めそうかなって思う作品をちょっくら今回、持って来たんだけど」

ミカサ「ええ?」

マーガレット「ちらっとでいいから読まない? (ニヤニヤ)」

ミカサ「ちらっとでいいなら」

そして私はその薄い本をちらっと目に入れてぎょっとした。

ミカサ「のsvdhshfdklsfhs?!」

凄くエッチな絵だった。もう、そりゃあ、ええっと。エッチだ。

こんな絵を未成年が見ても大丈夫なのだろうか?

しかも男同士でそういう事をしている絵だった。

詳しく言えば、男の人が男の人のアレを口に含んでいた。

ミカサ「あの………エッチですね」

マーガレット「まあね。でもお話は面白いよ?」

ミカサ「本当に?」

マーガレット「とりあえず、一通り読んで! 是非!」

ミカサ「分かりました」

とりあえず、本当にさらっと読んでみる。

ミカサ(ドキドキ)

何故だろう? 絵柄を目に入れるだけで緊張してしまう。

特にその、エレンに似た顔立ちの男の子が出てくる物もあり、目のやり場に困った。

マーガレット「どう?!」

ミカサ「いや、どう…と言われても」

マーガレット「萌えを感じないか。残念……(シュン)」

ミカサ「エッチだなとは思いますが、その、萌えを感じるかと言われたら違うような」

マーガレット「やっぱりミカサはそっち側の人間じゃないのか。いや、でも何が切っ掛けでそうなるかは分からないし、今度、他の作品も読ませるからね!」

ミカサ「はい……」

何だか面妖な事になってしまった。

スカーレット「マーガレットは根っから腐ってるね」

ガーネット「激しく同意」

ペトラ「本当に。私はそこまでないけど」

マーガレット「ペトラ先輩はどっちかというとドリーム派ですもんね」

ミカサ「ドリーム派?」

マーガレット「キャラ×自分というジャンルもあるんだよ。漫画のキャラと自分が恋愛するパターンかな」

ミカサ「成程」

ペトラ「まあ、少女漫画系が好きなのは自覚しているしね」

ガーネット「作風もその傾向にありますよね」

ペトラ「まあね。乙女チックなのは否めないわ」

マリーナ「いいじゃないですか。乙女でも」

ペトラ「そうかな?」

マリーナ「個性はあった方がいいですよ。私もドリーム系嫌いじゃないですよ」

ペトラ「良かった。仲間がいた(ほっ)」

アニ「………(うずうず)」

ん? 何故かアニがうずうずしていた。どうしたのだろうか?

ミカサ「どうしたの? アニ」

アニ「ん?」

ミカサ「何か言いたそう……」

アニ「い、いや別に……(プイッ)」

マーガレット「そう言えばアニはどんなジャンルが好きなのかな?」

アニ「えっ……(ドキッ)」

スカーレット「ボカロ歌えるくらいだから、ヲタク文化に抵抗はないんだよね?」

アニ「まあ、私の場合は腐っている方の女子ではないんですが」

ペトラ「そうなの? なら私と同じね」

アニ「ま、漫画やアニメはそれなりに視聴済みですけど」

マーガレット「マジか! どの辺が好きなの?!」

アニ「割と雑食ですけど……」

マーガレット「ジャンプー派? マンデー派?」

アニ「マガジン派かもです。昔の作品だと、こーたろーまかりとおるとか……」

マーガレット「古いのきたあああ!! スゴイ子きたね! だったらラブコメ好き?」

アニ「うちは実家が格闘術の道場を開いているのもあって、そういう武術をテーマにした漫画はうちの親父が好きで家に全巻置いてあったんです。そこからですね。私が漫画の世界に入って行ったのは」

マーガレット「うちも似たようなもんだよ。うちは母親が漫画家やっているせいで、漫画が家に腐るほどあってね……」

と、アニとマーガレット先輩が何故か漫画談義に突入してしまったようだ。

何だか楽しそうだ。私は話を聞いているだけだけど。

其の時、ペトラ先輩が苦笑して言った。

ペトラ「ごめんね。ミカサ。話、ついていけないでしょ?」

ミカサ「ええっと、まあ……それは仕方がないです」

ペトラ「演劇部はいろんな方面でヲタクが集まりやすい部なのよね。皆、ちょっと浮いているというか」

ミカサ「でも、楽しそう」

ペトラ「まあね。楽しい事が好きな人が集まる部なのよ。うちは」

そんな風に言っているペトラ先輩がふいに翳りを見せた。

ペトラ「でもそんな部活動ももうすぐお別れか……」

ミカサ「ああ、そうか。そうでしたね」

ペトラ先輩は3年生なのでそうなる。この大会が終わったら受験体制に入るのだ。

ペトラ「うん。寂しくなるけど。でもしょうがないよね」

ミカサ「…………ですね」

ペトラ「次の世代は、ミカサとマリーナが頑張って盛り上げてね」

マリーナ「はい。頑張ります」

ミカサ「頑張ります」

そんな風におしゃべりしていたら、女子の部屋にリヴァイ先生がやってきた。

リヴァイ「おい。まだしゃべっているのか? そろそろ寝ないと明日もきついぞ」

ペトラ「あ、はい。すみません!」

リヴァイ「特に裏方三人娘は早く寝ろ。体力温存しとかねえと最終日まで持たないぞ」

そう言ってリヴァイ先生が言った後、部屋を出て行った。

皆、その後布団に入って、それぞれ眠りにつこうとしたけれど。

その日はなかなか寝付けなかった。疲れているのに。何故だろう?

変に興奮してしまっている。そうだ。トイレに行こう。

消灯後にこっそりトイレに向かうと、廊下でばったり、リヴァイ先生に出会ってしまった。

リヴァイ「なんだ? 寝る前にクソでもするのか?」

ミカサ「………女子生徒にそういう事を言うのはどうかと思いますが」

リヴァイ「腹の調子が悪いと力が出ねえだろ」

ミカサ「デリカシーの話をしているんですが」

リヴァイ「俺にそんなもんを求める方が間違っている」

そんな風に言われても。

リヴァイ「………疲れているのに眠れねえのか?」

ミカサ「何故バレた」

リヴァイ「そういう夜もある。俺もよくその状態になるから分かる」

ミカサ「…………」

黙り込んでいると、何故かリヴァイ先生の方から話を繋いできた。

リヴァイ「裏方は、どうだ? 少しは慣れたか?」

ミカサ「最初に比べれば」

リヴァイ「そうか。なら良かった」

ミカサ「でも、先輩達にいずれ役者もやってみたらどうだ? という感じの事を言われました」

リヴァイ「まあ、ミカサは華があるから勿体ないとは俺も思う」

ミカサ「………顔、ですか?」

リヴァイ「顔だけじゃねえ。姿勢や、所作も含めてだ」

ミカサ「……そうですか」

リヴァイ「お前、モテるだろ?」

ミカサ「まあ、そうですね」

リヴァイ「そういう華のある女は演劇では必要不可欠な存在だ。そいつを中心に舞台が打ちあがる」

ミカサ「…………」

リヴァイ「だからまあ、もしミカサが必要な脚本を舞台でやる時は、いずれやったらいいかもしれんな」

ミカサ「私は表舞台には立ちたくない……」

リヴァイ「例のトラウマが原因か?」

ミカサ「……はい」

リヴァイ「そうか。なら仕方がねえな」

ミカサ「…………」

リヴァイ「すまん。余計な事を言ったな。世間話をする程度のつもりだったんだが」

ミカサ「リヴァイ先生も眠れないんですか?」

リヴァイ「ん? まあ、そうだな。だから廊下をフラフラ歩いていた」

ミカサ「徘徊老人……」

リヴァイ「お前、それは言い過ぎだろ」

リヴァイ先生をそう例えたら苦い顔をされてしまった。

ミカサ「さっさと寝ないと明日がきついと思います」

リヴァイ「まあそうだな。すまん。ミカサもさっさとクソして寝ろよ」

そう言い捨ててリヴァイ先生は部屋に戻って行った。

その後姿を見送って私はトイレに行き、用を足してから再び布団に入った。

リヴァイ『だからまあ、もしミカサが必要な脚本を舞台でやる時は、いずれやったらいいかもしれんな』

リヴァイ先生の言葉を思い出しながら考える。

ミカサ(そういう舞台をする時が、いつかくるのだろうか?)

そんな風に思いながら、ふと考える。

もし自分がトラウマを克服出来たら、いつか。

エレンと共演出来る日が来るのではないかと。

ミカサ(うう………)

複雑な心境のまま、その日は両目を閉じて眠る事にしたのだった。

今回はここまで。
追加エピソードと、エレンの知らない部分も追加しながら進みます。
では、また次回。ノシ





2日目。この日も裏方はバタバタしていた。

何よりこの会場は荷物の量に対して通路が狭過ぎた為、相当気を遣って物を運ばないといけなかった。

リヴァイ「ちっ……」

リヴァイ先生も舌打ちしていた。心境的には私も同じだった。

リヴァイ「ミカサ! そのセットは縦にして持ち替えろ! 下から持て!」

ミカサ「分かりました!!」

4人で持って行きたいような大きなセットも通路の狭さのせいで2人でいくしかない場面もあった。

そういう時は力のある私とリヴァイ先生がコンビを組んで運ぶしかない。

勿論、補助でマーガレット先輩もスカーレット先輩も動いていたけど。

県大会の時より神経を遣った。倍以上、疲労している気がする。

汗を拭きながら水分を取った。マメにとらないと視界が霞む。

マーガレット「あ、しまった。ボトル切れたわ」

スカーレット「こっちもなくなった。補充してくる」

リヴァイ「俺のも頼む」

ミカサ「お願いします」

先輩達に頼んでボトルを追加して貰う。

2日目なのにかなりしんどい。まだ明日もあるのに。

リヴァイ「大丈夫か?」

ミカサ「大丈夫です」

リヴァイ「大丈夫っていう面じゃねえな。少し休め」

ミカサ「でも………」

リヴァイ「30秒でいい。一度座るぞ。筋肉疲労のせいで肉離れを起こしたらまずい」

リヴァイ先生にそう言われて仕方なく邪魔にならない場所に移動してしゃがむ事にした。

リヴァイ「……………」

ミカサ「…………」

何も話す事がなかった。でも、それがかえって有難かった。

リヴァイ「よし、いくぞ」

ミカサ「はい」

そして仕事を再開した。

通路の狭さは本当に神経を遣ったけど、何とかセットを壊さないようにして運んで、その日は無事に裏方を終えた。

旅館に戻ってから夕飯を食べたらだんだん眠くなってきた。

エレンとのお休みのチューをした後、私はその日、すぐさま眠りについた。

そしてその日の早朝。大会3日目の朝がやってきた。

今日でいよいよ最後だ。気合を入れて頑張ろう。

皆でもぐもぐ朝食を取っている最中、リヴァイ先生の携帯が鳴った。

リヴァイ「失礼」

リヴァイ先生はその場で携帯に出た。

リヴァイ「ハンジか。なんだ。朝っぱらから。………は? お前、そういう事は出発前に言えよ」

何やら親密に話している。会話がダダ漏れだけどいいのだろうか?

リヴァイ先生は渋い顔で携帯電話を切った。

リヴァイ「ったく、あのクソ眼鏡。土産に梅酒10本も買って来いとか」

と、ブチブチ言っている。

ペトラ「お土産ですか?」

リヴァイ「どこで調べたのか知らんが、O県に美味い梅酒があるそうだ。買って来いと言われた」

エレン「へえ。梅酒が美味いのか」

リヴァイ「俺も初めて知った。帰りもバスなのに10本も買えるか。せいぜい2本だな」

と、勝手に本数を減らしているけど、それでも土産はちゃんと買うようだ。

ミカサ「土産屋に寄る時間はあるんですか?」

リヴァイ「ん? ああ……それくらいの時間はある。お前らも買いたい物があるなら買っていいぞ」

オルオ「だったら俺も何か買って帰ろうかな」

ペトラ「そうね。私もお菓子を買って帰ろうかな」

3年生にとってはこれが部活での最後の遠出だから嬉しそうだった。

そして最終日の公演を終えてから搬出作業にとりかかったその日。私にとっては少々嫌な事件が起きた。

搬出作業中、どさくさに紛れて誰かに尻を撫でられるという事件が起きたのだ。

ミカサ「?!」

そのせいでびくっと反応してしまい、危うくバランスを崩しかけた。

反対側を持っていたのはリヴァイ先生だった為、一時的に負荷が向こうにのしかかったようだった。

リヴァイ「くっ……ミカサ、どうした?!」

ミカサ「すみません!!!」

何とか持ち直して運び出した。

セットを出した後、リヴァイ先生がすぐ駆けつけてくれた。

リヴァイ「大丈夫か? 足でも捻ったか?」

ミカサ「いえ……あの……」

どうしよう。こんな事、リヴァイ先生に報告したくない。

でもその様子を目撃していたスカーレット先輩の方が先に言った。

スカーレット「今、しれっと他校の男子生徒がミカサの尻を撫でました」

リヴァイ「なんだと?」

スカーレット「完全に触り逃げですね。一瞬だけ触って逃げていきましたけど」

リヴァイ「どんな奴だった?」

スカーレット「背丈はミカサと同じくらいの男でした。黒縁眼鏡の男です」

リヴァイ「顔は分かるか?」

スカーレット「はい」

リヴァイ「よし。分かった。後で締めてやる」

リヴァイ先生は搬出作業を終えた後、その男子をとっ捕まえて私の前に連れて来た。

男子「な、何するんですか?!」

リヴァイ「てめえの胸に聞け」

スカーレット「あ、こいつで間違いないです」

リヴァイ「てめえのきたねえ手でこの女の尻を触ったな?」

男子「触ってないですよ。何を言って……」

スカーレット「こっちは目撃したんだけど」

男子「それは触ったんじゃなくて、偶然当たっただけですよ! 通路が狭いから仕方がないじゃないですか!」

他校の先生「なんの騒ぎですか。一体」

他校の先生まで集まって騒ぎになりそうだった。

まずい。どうしよう。こんな事で騒いで欲しくないのに。

男子「先生! 助けて下さい! 濡れ衣です。この人達が僕に痴漢容疑をかけてくるんです」

他校の先生「どういう状況だったんですか」

スカーレット先輩の目撃証言のみの説明だったが、その説明に他校の先生は呆れ返っていた。

他校の先生「それは余りに酷い濡れ衣ですよ。これだけ通路が狭ければ偶然接触する事もあるでしょう。それを一方的に責め立てるのは筋違いという物です」

リヴァイ「しかし……うちの生徒が」

他校の先生「失礼ですが、そちらのお嬢さんは少々お尻の大きい女性の様だ。偶々当たったのかもしれないですよ?」

他校の先生は年のいった男性の教諭だった。

ベテランの先生の風格がある。恐らくリヴァイ先生より裏方の経験もあるのだろう。

リヴァイ「偶々当たった程度でバランスを崩しかける程、こいつは柔な女じゃねえよ」

リヴァイ先生が苛立ったように言い返した。不味い。

これ以上騒いだら、もっと波紋が広がってしまう。

ミカサ「リヴァイ先生。もういいです」

私はこれ以上、騒いで欲しくなくて間に立った。

ミカサ「こちらの勘違いかもしれません。すみません」

リヴァイ「おい、ミカサ……」

ミカサ「皆がこっちを見ている。……ので」

これ以上注目されるのが嫌だったので無理やり話を打ち切らせた。

他校の先生は「まあ、お互い気をつけましょう」といいつつ男子を連れて行った。

しかし帰り際、その男子はニヤリと笑っていた。

ああ、やっぱり。わざとだったようだ。そう確信したけど。

スカーレット「何で? ミカサは被害者なのに……」

正義感の強いスカーレット先輩が怒ってくれた。私はそれだけでも十分嬉しかった。

マーガレット「何の騒ぎ?」

別の担当を持っていたマーガレット先輩も駆けつけてくれた。

ミカサ「いえ、大した事ではないので」

スカーレット「ミカサの尻を撫でた馬鹿がいたんだけど、逃げられた」

マーガレット「ええ? またぁ? もー何で毎年そういう奴がいるのかな」

ミカサ「毎年?」

マーガレット「去年も県大会でそういう馬鹿がいたんだよね。私も何度か撫でられた」

ミカサ「ええ?」

それは酷い話だと思った。

リヴァイ「すまん。俺がバックで運んでいたせいだな。ミカサにバックを任せれば良かった」

リヴァイ先生が苦々しくそう言い捨てる。

リヴァイ「高校演劇の大道具の世界は男子の方が多いからな。女子がいるだけで浮かれる馬鹿が毎年、何人かいるんだよ」

ミカサ「成程。合点がいった」

リヴァイ「特に今年は通路が狭いせいで嫌な目に遭わせたな」

言い訳を作った意味では確かにそうかもしれない。

ミカサ「大道具はやはり男の世界なんでしょうか?」

リヴァイ「比率で言えばそうなるな。共学でうちみたいに女子だけの大道具組は珍しいかもしれん」

スカーレット「今度見かけたら、今度は逆セクハラしてやる」

マーガレット「駄目だよ! ミイラ取りがミイラになっちゃ!」

スカーレット「でも、腹立つでしょうが!」

ミカサ「あの、もう過ぎた事なので、大げさにしないで下さい」

先輩達の間に立って私は言った。

ミカサ「私が過敏に反応しただけかもしれないです」

リヴァイ「ケツを撫でられりゃ、反応して当然だろうが! 手を滑らせなかったのは幸いだったが、下手したらてめえが怪我するところだったんだぞ」

ミカサ「かもしれませんが、それでも好奇の視線に晒されるのはちょっと……」

恐らく言い争いをしていたらもっと人にひそひそ言われていただろう。

もしそうなった時、その話が人伝えにエレンの耳にでも入ったりしたら。

きっと嫌な思いをさせるに違いない。そう思って私は大事にしたくなかったのだ。

スカーレット「ミカサ。駄目だよ。そういうのは。痴漢を余計に調子に乗らせるよ」

リヴァイ「同感だ。やっぱりあそこの高校に今からでも抗議に……」

マーガレット「まま、2人ともカッカしないで下さいよ」

そこにマーガレット先輩が間に立ってくれた。

マーガレット「大会も終わった事ですし、疲れているせいで判断力が鈍る事もあります。ここはミカサの意志を尊重しましょう」

リヴァイ「…………本当にいいんだな? ミカサ」

ミカサ「はい。私は大丈夫です」

リヴァイ先生は首にかけたタオルで額の汗を拭いながら微妙に顔を歪めていたが……。

リヴァイ「分かった。ミカサがそう言うならこの事は他言無用にする」

と言って気持ちを切り替えてくれたようだ。

リヴァイ「しかし今日一日で疲れたな。特に頭が」

マーガレット「ですね。頭の中はすっかりテトリス状態です」

スカーレット「確かに。今回、通路狭過ぎでしたよね」

リヴァイ「全くだ。でも無事に事故もなく日程を終えたから良しとしよう」

そう労いながら、リヴァイ先生は先輩達の頭をポンポン撫でていたのだった。





結果発表の時が来た。

出場高校の生徒たちが一堂に客席について、神妙に結果を待った。

審査委員長の発表を順次待つ。結果は………

審査委員長『講談高校……優良賞』

ああ、残念。私達はここまでだったか。

審査委員長『白泉高校……最優秀賞』

その瞬間、白泉高校の生徒がざわめいた。

審査委員長『二連覇、おめでとうございます。どうぞ、壇上へ』

二連覇は凄い。やはり常連校の貫録があった。

審査委員長『また白泉高校には同時にキョーコ・モナカさんに主演特別賞を贈らせて頂きます』

主演の女子が照れくさそうにしていた。

見た目は普通の女の子なのに。演技力が大変素晴らしかったのだ。

私達は今回は優良賞以外の賞は特に取れず、残念だったけど。

精一杯、やり遂げたので皆、満足な顔で旅館に戻る事になった。

バスで旅館に戻る道の中で、ペトラ先輩が言った。

ペトラ「完敗だったわ。やっぱり白泉高校は毎年強いわね…」

オルオ「連覇をするだけはある。役者もそうだが、演出、照明、大道具、どれも一定レベル以上を持っている」

ペトラ「しかも既存の脚本でしょ? どんだけ金注ぎ込んでいるのよって話よね」

オルオ「うちも既存が使えればもっと役者の練習に力を入れられるんだがな……」

ペトラ「お金ないから無理よ。無い物ねだりしてもしょうがないわ」

と、小さな愚痴を言っていた。

エレン「既存を使えればっていうのは、所謂、著作権料を払えればって話ですか?」

其の時、エレンが質問をした。

オルオ「まあそういう事だ。脚本が先に出来ていれば、それに合わせて裏も表も準備の動き出しを早く出来るから、有利ではあるんだが」

マーガレット「でもそうなると、大道具の予算を削らざる負えなくなるんで、金持ちの学校以外はまずやりませんね」

エレン「金かあ…」

資金力の違いもあるならその時点でこちらが不利だと思った。

ペトラ「来年からは誰が脚本やる? 今までは私かオルオがやってたけど、2年に脚本書ける子いないし、1年に任せるしかないかしら?」

エレン「え? そうなんですか? 2年の誰かがやるのかと思ってたんですけど」

マーガレット「ごめん。私は脚本だけは無理。コントなら書けるけど、中編脚本とか絶対無理」

スカーレット「私も無理だわ」

ガーネット「同じく」

アーロン「読むの専門だ」

エーレン「難しいですね」

あらら。これは困った事態だと思った。

アニ「…………アルミンなら、出来るかもしれない」

と、その時、アニがぼそっと口を出した。

ペトラ「アルミン? あ、後で入るって言ってたあの金髪の子?」

アニ「はい。本を読むのが好きだし、読書量は毎年2000冊超えるとか言っていたんで、出来るとすればアルミンじゃないかと」

ペトラ「嘘!? 読書量負けた?! 私の倍読んでるの?!」

オルオ「平均して一日5~6冊か。なかなかやるな」

アニ「まあラノベも含むと言ってたんで、休みの日とかは10冊くらい一気に読むとか言ってました」

エレン「ああ、確かにアルミンは本の虫だから、出来るとすればアルミンしかいねえかもな」

アルミンは文化祭の脚本は断ったけど、クリスマス公演の時は引き受けてくれた。

リヴァイ先生とハンジ先生の『愛ある選択』は再現劇とはいえ、その膨大な台詞量をいとも簡単に書き上げた腕は流石だ。

恐らく今後はアルミンが脚本家として演劇部を引っ張っていく事になるかもしれない。

リヴァイ「もしくはエルヴィンの奴に頼むかだな。あいつも脚本は書ける筈だ」

ペトラ「え? エルヴィン先生? ですか? でも……エルヴィン先生って演劇の事……」

オルオ「リヴァイ先生、いいですか?」

リヴァイ「構わん」

ペトラ「なになに? 二人だけ通じる話しないでよ」

オルオ「いや、実は……」

と、その時、オルオ先輩が今後について、エルヴィン先生が副顧問について貰うかもしれない旨を全員に説明した。

ミカサ「顧問が二人……ですか」

私は凄くいい案だと思った。

ミカサ「いいと思います。その案」

マーガレット「へーエルヴィン先生を通じてリヴァイ先生が演劇に関わる事になったなんて、いい話ですねー」

スカーレット「どう無理やり勧誘したのかもっと詳しく知りたいところだけど(ニヤニヤ)」

マーガレット「そこ気になるよね。確かに」

リヴァイ「そこは気にするな。まあ、反対する者がいなければ、の話だがな。1年、2年はどう思う?」

マーガレット「別にいいですよ。エルヴィン先生なら」

ガーネット「うん、エルヴィン先生は優しいし、いいよね」

スカーレット「確かに兼任じゃ限界があるかもですもんねー」

マリーナ「今までは良かったけど、もし今後、リヴァイ先生に急な事が起きた場合、副顧問はいた方がいいよね」

カジカジ「うん。そうだね。何か起きてからじゃ遅いし」

アニ「むしろ何故、経験者のエルヴィン先生が顧問にならなかったのが疑問ですね」

リヴァイ「そこは大人の事情だ。まあ顧問は無理でも「副顧問」ならあいつなら出来るだろう。というか、させる」

と言う事で話が大体まとまって、旅館についた。

今晩まではここに泊まって明日の朝、学校に帰る。

旅館に戻った直後、急に気合が抜けて眩暈がした。

エレン「ミカサ?! どうした?!」

ミカサ「ご、ごめんなさい。ちょっと疲れたみたい……」

エレン「バスに酔ったのか?」

ミカサ「いえ、そうじゃないけど……」

リヴァイ「今日の裏方はかなりハードだったからな。すぐに休め。裏方チームは全員、体がバキバキだろ」

マーガレット「イエース……」

スカーレット「夕飯の前に寝ていいですか?」

リヴァイ「許す。オレもちょっと仮眠をとる。他の奴らは自由に飯食ってていいぞ」

そして私達は先に休ませて貰える事になった。

布団に入ったらすぐ寝た。死んだように眠る。

次に目が覚めたのはもう真夜中だった。

夜の食事を食べ損ねてしまった。周りを見ると、ペトラ先輩達も眠っている。

時間を確認した。夜の1時を過ぎていた。

枕元に何故かコンビニのおにぎりがあった。エレンの字でメッセージがある。


『起きたら食べろよ。 エレンより』


簡潔なメッセージだったけど嬉しかった。

音をたてないようにちょっとだけ頂く。もぐもぐ。

するとその気配で起こしてしまったのか、マーガレット先輩とスカーレット先輩も起きてしまったようだ。

マーガレット「やば! 超爆睡してたわ!」

スカーレット「うう……だるい。お茶飲みたい」

ミカサ「どうぞ……(スッ)」

スカーレット「あら、気が利くね。ありがとう。ミカサも今起きたの?」

ミカサ「はい。さっきまで寝ていました」

マーガレット「やーよく寝たわ。お疲れ様」

ミカサ「お疲れ様です」

スカーレット「中途半端な時間に目が覚めちゃったね」

マーガレット「だったら今から夜中の腐女子会をしない?」

ミカサ「婦女子会?」

ガールズトークという事だろうか。

マーガレット「まずはミカサに裏方の感想を聞きたいな」

ミカサ「感想ですか」

マーガレット「そうそう。どうだった? 裏方は」

ミカサ「思っていた以上にハードでした。特に九州大会の方が」

スカーレット「確かに。今回、大物のセットも多かったし、通路は狭いしでやりにくかったよね」

マーガレット「急ごしらえの会場じゃ仕方ないよね」

スカーレット「にしてもあの痴漢野郎、マジ、腹立つ」

ミカサ「ああ、触り逃げしていった彼ですか」

スカーレット「絶対、やったんだけどな。私、ばっちり目撃したし」

ミカサ「よくある事なので、もう余り気にされないで下さい」

マーガレット「電車とかでもあるの?」

ミカサ「そうですね。あんまり酷い時は爪を食いこませて退治しますけど」

スカーレット「絶対、泣き寝入りしちゃダメだよ!」

ミカサ「でも、あまり騒ぎ立てるとジロジロ見られてしまうのが、ちょっと」

マーガレット「ああ。好奇の視線が嫌だったんだ」

ミカサ「(こくり)それにもし人伝えにエレンの耳に入ったらきっと、エレンも嫌な思いをするので」

マーガレット「ああ。そっか。彼氏に気遣った訳だね」

ミカサ「はい……」

スカーレット「え? ミカサとエレンって付き合っていたの? いつから?」

ミカサ「つい最近……お盆からです」

スカーレット「ああそうか。それでか。ごめん……」

スカーレット先輩が納得してくれたようだ。

スカーレット「彼氏の耳に入れたくなかった訳か。そうだよね。下手すりゃ喧嘩になりかねないか」

ミカサ「エレンは喧嘩早いところもあるので」

マーガレット「まあ、ちょっと短気なところもあるよね」

スカーレット「喧嘩で思い出したけど、ジャンとエレン、公演直前で喧嘩してなかった?」

ミカサ(ギクリ)

スカーレット「非常階段のところでなんか騒いでいたのは聞こえていたけど、何があったのかな」

ミカサ「ええっと……その、あの」

どうしよう? 何処まで話せばいいのか。

いや、話さない方がいいだろうか。こういうのはエレンの判断も必要だ。

マーガレット「大方、ジャンが今頃、エレンとミカサとの事を知って嫉妬を爆発させたってところかしら」

スカーレット「あージャンはミカサが好きみたいだしね」

ミカサ「やはりそうでしょうか」

マーガレット「え?」

ミカサ「いえ、ジャンの事ですけど。ジャンはやはり私を好いているのかと」

スカーレット「今頃気づいたの?!」

ミカサ「薄々気づいてはいたんですが……」

スカーレット「結構、露骨にアプローチしていたのに」

ミカサ「うう……」

マーガレット「でも、ジャンの方から告白された訳じゃないんだよね?」

ミカサ「そうですね」

マーガレット「だったら、ジャンの事はあんまり刺激しない方がいいかも」

ミカサ「スルーした方がいいですか?」

マーガレット「だってミカサはエレンと付き合い始めたんでしょ?」

ミカサ「はい」

マーガレット「だったらそこはもう、ジャンの方から動かない限りはミカサも相手をする事はないと思うよ」

ペトラ「なーに話込んでるの? (ぬっ)」

其の時、話声で目が覚めたのかペトラ先輩も起きて来た。

ミカサ「すみません」

マーガレット「腐女子会をしていました」

ペトラ「大会終わったから、気合抜けたって感じね。まあいいわ。私も混ぜて」

ペトラ先輩までニヤニヤして会話に混ざった。

ペトラ「で? 何の話をしていたの?」

ミカサ「裏方についての感想を聞かれました」

ペトラ「成程。楽しかった?」

ミカサ「はい。大変だったけど、楽しかったです」

ペトラ「裏方は大変だけどその分遣り甲斐があるよね。たまに変な奴もいるけど」

ミカサ「え?」

ペトラ「私が1年の頃、ケツを撫でてくる3年の男子がいたのよ。腹立ったから、どさくさに紛れて金蹴り仕返ししたけどww」

マーガレット「えええwwwそれは初耳です」

スカーレット「ナイスwww」

ペトラ「わざとじゃないのよwwwと言ってね。接触事故に見せかけて向こうがケツ撫でてきたからこっちもやり返した」

ミカサ「それは危ないのでは……」

ペトラ「まあそうだけど。こっちもタダで撫でられるのは癪だったし」

ミカサ「…………」

次から私もそうした方がいいのだろうか?

ペトラ「大道具の世界は女子が少ないからね。男子が多いから。調子に乗った奴もたまにいるのよ」

ミカサ「そうですか」

ペトラ「嫌な目に遭ったらやり返していいわよ。私が許す」

ミカサ「分かりました」

ペトラ「あ、それとミカサ、おめでとう」

ミカサ「え?」

ペトラ「エレンから聞いちゃった。お付き合い始めたんだって」

ミカサ「あ、はい」

ペトラ「前にエルドがバラしていた好きな人ってエレンの事だったのね」

ミカサ「………そうですね」

ペトラ「でもこれでジャンは振られるのが確定か」

ミカサ「…………」

マーガレット「まあ、そうですね」

スカーレット「部活辞めるとか言い出さないといいけど」

ミカサ「え……」

ペトラ「あーたまにあるけどね。痴情の縺れのせいで部活辞める子。でも、ジャンは大丈夫じゃないかな」

ミカサ「そうでしょうか」

ペトラ「うん。ジャンはそういうタイプじゃなさそうな気がする」

そうだといいけど。そう思いながら私は俯いた。

すると其の時、

アニ「ん? あれ? 皆、起きてたの?」

マリーナ「まだ夜中ですよ」

ガーネット「ん~」

と、他の女子も起こしてしまったようだ。

ペトラ「御免御免。起こしちゃったね」

マーガレット「今日は最終日だし、この後はちょっと腐女子会しない?」

アニ「まあ、いいですけど」

という訳で最終日の夜は途中で皆、起きてしまったので、こっそり婦女子会を行った。

皆でいろんなおしゃべりをして楽しく夜を過ごせて嬉しかった。

でも途中でまた眠くなる人も出て来て、眠ってしまったり。

そんなのんびりとした一夜を過ごして私は思った。

エレンにくっついて演劇部に加入した私だけど、この選択は間違っていなかったと。

そうしんみり思いながら、最終日の夜を過ごしたのだった。






そして朝になって、皆が起きた。

後片付けをして、バスに乗って学校まで帰る。

途中でお土産屋さんにも寄った。

私は『かぼすのサブレ』のお菓子をお土産に買ってみた。

エレンは銘菓と呼ばれる『ざびえる』を買ったようだ。

リヴァイ先生は『きつき紅茶』という紅茶を購入していたようだった。

しかし土産屋の中でまた電話がきたようで、リヴァイ先生は顔を顰めていた。

リヴァイ「お前、測ったように電話してきたな。そうだ。今、土産屋にいる。は? 焼酎もついでに追加だと? ふざけんな。梅酒だけで十分だろうが!」

またハンジ先生の注文のようだ。余程お酒が好きらしい。

リヴァイ「クソ……分かった。焼酎はエルヴィンの分だからな。言っておくが、ハンジの分は買わねえぞ。は? 我儘を言うな! おい、待て! 分かった。そこまで言うなら仕方ねえな。追加で買ってきてやる。だからそれだけは勘弁してくれ」

何か強引に交渉されたようだ。リヴァイ先生が渋々携帯電話を切る。

リヴァイ「ちっ………ハンジの奴、追加の土産を買わないならショートヘアにするとか言いだしやがって」

何故その程度の事で言う事を聞いてしまうのか、この時点では理解出来なかった。

今思うと、リヴァイ先生はハンジ先生の髪ごと愛していたのだろうと思う。

リヴァイ「全く……あいつ、本当に酒好きだよな」

頭をぼりぼり掻きながら会計しているけれど、これもただの惚気である。

リヴァイ「あ? 何見てやがる。ミカサ」

ミカサ「いえ、別に」

リヴァイ「どうせパシリだとか思ったんだろ」

ミカサ「いえいえ。いい気味だと思っただけなので」

リヴァイ「ちっ………」

ハンジ先生が貢がれる様子を見るのは実に気分が良かった。

エレン「リヴァイ先生、沢山お土産を買いましたね」

リヴァイ「ハンジの奴がいろいろ注文してくるせいだ」

エレン「へー仲がいいんですね。ハンジ先生と。そう言えば夏の体操部の合宿の時も、世話していましたもんね」

リヴァイ「あいつ、油断するとすぐフラフラ何処かに行くからな。こっちは毎回頭がいてえよ」

ブツブツ文句を言っている。その様子にエレンも苦笑していた。

そしてバスに乗り込んで学校まで到着すると、校門の前で少し待たされて皆、ご褒美を受け取った。

しかしエレンは何故かオルオ先輩に図書カードをあげていた。

ミカサ「エレン、オルオ先輩に図書カードあげちゃったの?」

エレン「ああ。オレ、ひょんなことからCD貰っちゃったからさ。これでいいやって思って」

ミカサ「そう……私のを譲っても良かったけど」

エレン「いや、ミカサはミカサでそれで何か買え。おばさんにCD買ってやったらどうだ?」

ミカサ「それもそうね。分かった。そうする」

そんな風に話していたら、突然エレンの携帯が鳴った。

エレン「はい、もしもしーアルミンどうした?」

エレン「え…………………」

エレン「分かった。すぐに準備する。場所はどこだ。ああ、分かった」

エレンの表情が急に強張っていた。どうしたのだろう?

エレン「ミカサ、家に帰って荷物置いたらすぐにまた出かけるぞ」

ミカサ「え?」

エレン「アルミンのおじいちゃんが、今朝亡くなったそうだ」

ミカサ「!」

ミカサ「……分かった」

そして私達は一度自宅に戻ると、お母さんに事情を説明して車を出して貰った。

アルミンの家に到着すると、アルミンが自宅に一人、待っていてくれた。

アルミン「ごめんね、急に呼びつけて」

エレン「気遣うんじゃねえよ。分かってる。喪主はアルミンがするんだろう?」

アルミン「僕しかやれる人間がいないから。段取り分かんないから、どうしようかと思って」

ミカサの母「大丈夫よ。お手伝いできることがあれば、言って頂戴」

アルミン「すみません……」

ミカサの母「親戚の方は?」

アルミン「遠縁の方が何名か……でも全然、連絡し合ってないし、付き合いがないので」

アルミン「両親は既に他界しています。実質、僕一人が身内みたいなものだったんで」

ミカサの母「そう…でも、連絡しない訳にはいかないわ。連絡先は分かる?」

アルミン「あ、はい、一応、連絡先は分かりますけど…」

ミカサの母「仲があまり良くなかったのね」

アルミン「すみません……」

ミカサの母「分かったわ。なら代わりに話してあげる。電話を貸して頂戴」

お母さんはてきぱきとやるべき事をやって段取りをつけた。

そしてその日は当然通夜になり、次の日に葬式を慌ただしく行う事になった。

葬式にはジャンもマルコも来てくれた。クリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルト、コニーは遅れて来てくれた。

アニも最後に来てくれた。「遅れてごめん」と言いながら駆けこんでくれた。

サシャだけは仕事の都合上、どうしても抜けられなくて来られなかったそうだ。

アルミン「来てくれただけでも嬉しいよ。ごめんね。大会直後に」

アニ「関係ないよ。その……来ていいのか迷って」

アルミン「だよね。うん、でも来てくれて嬉しい」

そして皆、アルミンに気遣い、簡単に挨拶をして帰って行った。

葬式があっという間に終わって、一息つくと、アルミンは何やら遠縁の人達と話し合いをしていたようだった。

話が終わってアルミンがこっちに合流してきた。

アルミン「エレン、頼みがあるんだけど」

エレン「おう、何でも言ってくれ」

アルミン「今日、エレンの家に泊めて貰える?」

エレン「おう! それくらい、いつでもいいぜ!」

アルミン「ありがとう。ちょっといろいろ考えをまとめたいんだ」

何か問題が発生した様だ。

そしてうちで夕飯を一緒に食べて、一息ついてからアルミンは言った。

アルミン「いやーこれから先、どうしようかな」

と、ぽつりと言って、

アルミン「僕、まだ未成年じゃない? だから遠縁の人達が僕を引き取るか否かでもめてさ。僕もいきなり知らない人と同居とか無理だし、断っちゃったよ」

エレン「そりゃそうだな。親戚とはいえ、付き合いないんじゃ、他人と殆ど一緒だ」

アルミン「んー……その、快く引き受けてくれる空気ならまだお世話になるのも有りなんだろうけど。なんていうか、厄介者を渋々って空気だったし、お世話になるのはちょっとね」

アルミン「一人でやっていくのは遺産をやりくりすれば何とかなると思うけど」

アルミン「今の家、賃貸なんだよね。おじいちゃんの名義で借りてたから、僕一人になった場合、継続して借りられるのかな」

エレン「ん? 問題あるのか? それって」

アルミン「うーん、契約更新の時にどうなるんだろうと思って。未成年にも継続して貸して貰えるのかなと」

ミカサの母「そうね。確かに未成年が賃貸を借りる場合は、親権者の同意がいるわ。保証人もいる」

ミカサの母「でも不動産屋の場合、安定して家賃を払えるかどうかをもっとも重要視するから、そこさえクリアすれば、後は何とでもなるわよ」

アルミン「そ、そうなんですか?」

ミカサの母「ええ。下世話な話だけどね。勿論、一番いいのは遠縁の方に保証人になって貰う事よ」

アルミン「ううう………やっぱりその辺が面倒臭い事になりそう」

と、アルミンがちょっぴりげんなりしている。

ミカサの母「最初の契約の時も、その遠縁の方に保証人になって貰っていたのなら、継続して貰えるように頼んだ方がいいわよ」

アルミン「まあ、そうなんですけどね。うまく話し合いが出来ればいいけど……」

と、アルミンが頭を抱えている。

エレン「うちに高校卒業まで一緒に住むのとか、ダメか?」

おお。それはいいかもしれない。

アルミン「いや、そこまでお世話になるのは、僕としても申し訳ないよ」

そうなのか。それは残念だ。

エレン「そうか……」

アルミン「うん、大丈夫。まあ、ちょっと面倒臭いだけだよ。大丈夫」

と、アルミンは苦笑いだ。

アルミンはその日、エレンの部屋に泊まった。

きっと2人でいろいろと話す事もあるのだろう。

私も過去に父を亡くしているので、その悲しみの幾分かは理解出来る。

アルミンはきっと、今は辛いだろうから、そっと見守ろうと思う。

心配はするけれど。時が自然と解決する事を私は既に知っているから。

そう思いながら、私は葬式で疲れた体を癒すべく布団の中に入って眠ったのだった。

今回はここまで。ではまた次回。ノシ






アルミンの件で慌ただしい日々が過ぎた後の翌週。

エレンは自宅で一生懸命宿題をこなしていた。私はその頃にはもう宿題は全て終わらせていた。

分からないところが出てきたら私の出番だ。エレンの課題を手伝った。

空いた時間は庭の手入れをした。エレンに許可を貰ってから少しずつ庭の整理をして秋に向けて植えられる物を準備していた。

忙しかった夏休みはあっという間に終わり、2学期に入ると、部活の引継ぎが行われた。

アルミンは2学期から正式に演劇部に加入する事になった。

皆の前で挨拶を済ませた後、オルオ元部長が次の部長を指名した。

オルオ「えー3年全員で話し合った結果、次の部長はジャンを指名しようという事で可決した」

ジャン「はい?!」

自分が指名されたのが意外だったのか、ジャンは目を白黒させていた。

ジャン「ちょっと待って下さい! 普通、ここは2年が引き継ぐんじゃないんですか?!」

オルオ「いや、お前、進路が公務員希望だろ? 部活の部長とかやってた方が、内申点も上がるし、印象いいからやった方がいいんじゃないかと思って」

ジャン「確かにそれはいいましたけど、それなら来年でも十分ですよ! 1年にやらせるって無謀じゃないっすか?!」

マーガレット「んーいや、別に無謀じゃないわね」

スカーレット「ジャンは何気にメンタル強いし、いいと思うよ」

ジャン「いや、オレ、全然メンタル強くないですよ……買被り過ぎですよ」

ガーネット「え? そう? でも、アレでしょ? あの件、私達、知ってるよ?」

ジャン「あの件ってなんですか」

スカーレット「えー? ここで言っていいの? ほら、非常階段の件……」

ジャン「何で先輩達がソレ知ってるんすかあああああああ!!!!!!」

御免なさい。ジャン。

婦女子会が行われた夜、いろいろバレてしまったのだ。

マーガレット「やだーゴシップネタを女子が知らないと思う方がおかしいわよ。ねえ?」

ペトラ「ふふふ………まあ、端的な情報でも組み立ててれば自ずと真実が見えてくるってものよ」

ペトラ「推理力ならそれなりにあるからね。だてにミステリー小説を読んでないわよw」

エレンにじーっと見られた。

御免なさい。本当に御免なさい。

オルオ「そして副部長は……入ったばかりで悪いが、マルコ。指名していいだろうか」

マルコ「いいんですか? 経験浅いですけど」

オルオ「頼む。2年のマーガレットがやるっている案もあったんだが、こいつ、同人活動もあるから役職は無理だって言ってな」

マーガレット「ごめん! 二足の草鞋はいてて本当にごめん!」

マルコ「分かりました。でも、いろいろ分からないところが出てくると思うんで、その時はお願いします」

ペトラ「勿論よ。それは追々教えていくわ」

そして私達は新しい目標に向けてスタートを切ったのだった。

オルオ「当面の次の目標は文化祭だな」

ペトラ「そうね。10月初めの文化祭に向けて、何やるか決めないとね」

オルオ「一応、台本はオレの書いたものもあるが、他にやりたい物があれば、そっちを優先していいぞ」

ジャン「あー確か、オルオ先輩の台本は時代劇物でしたよね」

エレン「チャンバラいいっすね~」

エレンとジャンは時代劇推しのようだ。

アニ「衣装は和服になるんですよね。和服って作るの難しいですか?」

ガーネット「いや、かえって簡単よ。直線縫いがメインになるし」

ミカサ「和服なら家にもいくつかある……女性用で良ければ」

この時、うちにあった着物もいくつか貸し出す事になった。

エレンがチョイ役でやった和風ウエイトレスの衣装などがそれだ。

ペトラ「時代劇でいいの? 他にやりたいものないの?」

エレン「ん~」

エレン「他に、というか、チャンバラだけでなくて、格闘シーンもやってみたいです。戦隊ものでよくあるような」

ジャン「ああ、いいかもな。それ。アクション劇やりたいよな」

オルオ「なるほど。そういう事なら一から脚本を作り直した方がいいな」

ペトラ「そうねー。オルオの劇はチャンバラシーンはあるけど、格闘シーンはないもんね」

オルオ「それにチャンバラと格闘がメインなら、恋愛要素は入れない方がいいだろう。勧善懲悪の単純なストーリーの方がまとめやすいし」

ペトラ「そうね。そっち主体で、新しく脚本を書き起こして……」

ペトラ「……って、続けて私達がやろうとしてどうするのよ。引退したのに」

オルオ「あっ……そうだったな」

ペトラ「もう。暫くは癖が抜けないわね。後は皆に任せるわ。脚本は、誰がやる?」

エレン「アルミン、出来そうか?」

アルミン「え? 僕?」

エレン「アルミン、本読むの好きだろ? だったら書く方も出来るんじゃないか?」

アルミン「いやいやいや、書いたことないし、僕は読むのが専門で……」

ミカサ「そうなの?」

アルミン「そんな、まだ何も分からないのにいきなり脚本書くなんて、そんな責任重大な事、引き受けられないよ」

アニ「でも、他の皆も脚本は書けないみたいだよ」

ジャン「オレも読むのが専門だからな。ミカサはどうだ?」

ミカサ「私も書いたことはない」

私も本を読むのは好きな方だとは思うが、書くのと読むのではきっと勝手が違うだろう。

其の時、ペトラ先輩が黒板にいろいろ書きだした。

ペトラ「そういう時は、とにかく先に『アイデア』をまとめましょう。詳しいところは後で煮詰めれば何とでもなるわ。皆で話を考えればいいのよ」

エレン「おお…なるほど」

ペトラ「やりたい事を順次書き出していくわよ」

1.チャンバラ

2.格闘

3.和服

ペトラ「他に何かある? こういうの入れたいって言うの」

エレン「あー……今度の主人公は「男」にしませんか」

ジャン「あ、前回はヒロインが主人公だったからか」

エレン「ああ。だから次は主役は「男」でいきたいです」

ペトラ「了解。じゃあ加えるわよ」

4.男主人公

ペトラ「んー……とりあえず、押さえるのはこの4つかな」

ペトラ「主役のキャラはどんなのがいい?」

アーロン「強いキャラがいいんじゃないか?」

エーレン「そうだな。主役は強そうなのがいいと思うよ」

ペトラ「外見が強そうな感じ? それとも精神的に強そうな方?」

アーロン「両方だろう。男は心身ともに強くないと」

エレン「確かに」

ペトラ「うーん、あんまり完璧超人にしちゃうと、見ている方が共感を得にくいってのがあるのよね」

と、ペトラ先輩が言う。

ペトラ「強そうで実は弱い。弱そうで本当は強い。テンプレだけど、ギャップがあった方が面白いってよく言われるわよね」

マーガレット「でも、完璧系の主人公がいない訳じゃないですよ。テニヌとかそんなキャラばっかりですし」

ペトラ「まあねえ。でもテニヌは他のところで突き抜けているからウケているってのがあるし」

ミカサ「テニヌ? 何ですかそれ?」

エレン「テニスの王子様達っていう漫画の俗称だ。テニスしているうちに、テニスを突き抜けた事をし始めたから、スがヌに変わった」

ミカサ「………!」

頭の中で「ス」の字が「ヌ」の字に変わった瞬間、突き抜けるという意味を理解した。

ペトラ「ん~キャラクターは既存のキャラを参考にするっていう手もあるわね。こういうのがいいっていう、モデルにしたいキャラ、いる?」

マーガレット「それなら、火村剣心一択ですよ! チャンバラやるなら、最強のジャンプーキャラですしね!」

ペトラ「剣心っぽい感じにする? そうなると、演じられる子が絞られてくるわね」

ジャン「体格的にはアニかアルミンあたりになるよな」

アニ「えっ……!? (青ざめ)」

アルミン「えええ……僕が主役なんて、無理だよ。演技出来ないって」

エレン「いや、アルミンは意外と演技力あるから、オレは無理とは思わねえけど?」

アルミン「エレーン?!」

アニ「いや、私もそう思う(キリッ)」

アルミン「アニも?! 何で僕を持ち上げるの?!」

エレン「…悪い。ただ、剣心のイメージに一番近い奴って言ったら、アルミンになっちまうな、と思っただけだ」

マーガレット「確かに、小柄で柔和な顔立ちで、男の子となると、この中だと、アルミンよね」

アルミン「ええっと、本当に剣心っぽい主人公でいくんですか…? (ちょい涙目)」

ペトラ「いや、まだ主役を決める話じゃないわよ? 話はあくまで、主人公をどんなキャラにするかの段階だから」

と、その時、様子を見守っていたエルド先輩が挙手した。

エルド「あ、でも、主役を最強キャラにするのであれば、ある程度、運動神経の良い奴じゃないと、演技するのが難しいんじゃないか?」

アルミン「!」

グンタ「ああ。キャラクター以前の問題が出てくるな。アクション満載にするなら、体力のある奴がやらないと、ダメだろうな」

するとオルオ先輩が立ち上がって、

オルオ「だったら今から、体力測定の時の成績をリヴァイ先生に見せて貰いに行こう」

ペトラ「そうね。そういう話なら、リヴァイ先生に聞いた方が早いわね」

という訳で、体操部の方に顔を出しているリヴァイ先生に会う為、私達部員全員、第三体育館へ移動した。

リヴァイ先生は黒いジャージ姿で体操部員の指導をしていた。

リヴァイ「ん? どうした。お前ら。珍しいな」

そしてオルオ先輩が一通り事情を話すと、

リヴァイ「なるほど。次の劇の為に、体力測定の時のデータを参考にしたいのか。分かった。ちょっと待ってろ」

リヴァイ先生は一度席を外すと、データを持って来てくれた。

リヴァイ「演劇部の全員の体力測定のデータだけ抜いてプリントしてきた。データだけでみるなら、向いているのは男子はジャン、女子はミカサになるな」

ミカサ(びくん!)

うっ。やっぱりそうなのか。

ジャン「へー。男子の中じゃ、オレが一番ですか。意外だったな」

リヴァイ「ジャンは得意もないが、不得意もない感じだ。平均的に成績がいい。ただ、持久力だけで言えばエレンの方が上になる」

エレン「え? そうなんですか」

リヴァイ「ああ。データを参考にした上であえてランキングをつけるとすれば、ミカサ、ジャン、エレン、アニ、アーロン、エーレンの6人のうちの誰かが主役をやった方がいいかもしれんな」

ミカサ(びくびくん!)

あんまり私を推さないで欲しい。

リヴァイ「ただ、あくまでこれはデータ上の話だ。実際はどうかと言われたら、それはやってみないと分からん。丁度いい。お前ら全員、ここで逆立ちをやってみろ」

一同「「「?」」」

リヴァイ「女子はジャージを貸してやる。ちょっと待ってろ」

そして全員、リヴァイ先生の補助を貰いながら、逆立ちをする事になった。その上でリヴァイ先生は言った。

リヴァイ「……ふむ。個人的な意見になるが、ランキングを入れ替えても良さそうだな」

エレン「え? 何か違ったんですか?」

リヴァイ「ああ。逆立ちの姿勢を見る限り、アクションに一番向いているのは………アニ、お前だな」

アニ(ギクー!)

その瞬間、アニが露骨に動揺を見せた。

やっぱりそうだったのか。アニは本気を出していなかったようだ。

リヴァイ「次点がミカサだ。アニ、お前はもしかして、体力測定の時、少し手を抜いていたんじゃないか?」

アニ「な、なんの事です? (汗)」

リヴァイ「……まあいい。あくまで俺個人の意見だからな。実際どうするかは、自分達で決めろ。ランキングをつけてやるから、両方のデータを参考にして決めるといい」

と言って、リヴァイ先生はメモを書いて渡してくれた。

音楽室に戻った私達は、そのランキング表を黒板に貼って、考える事にした。



【体力測定を基にしたランキング】

1位ミカサ 2位ジャン 3位エレン 4位アニ 5位アーロン 6位エーレン

【個人的な主観に基づいたランキング】

1位アニ 2位ミカサ 3位ジャン 4位エレン 5位アーロン 6位エーレン


エーレン「どっちにしろ、裏方希望の二人がアクションに向いているって事でいいのかな」

マーガレット「だね。参ったね。向いている人が演技やらないっていうんじゃ、華がなくなるかも」

アニ(ギクッ)

ミカサ(ギクギクッ)

アニと私は殆ど同時に気まずい思いをした。お互いに同じ事を考えているに違いない。

ジャン「んーミカサもアニも裏方希望だから、またオレとエレンのどちらかが主役やるしかないですかね」

エレン「オレは今回は辞退してもいいぞ。ジャン、お前が主役やれば?」

ジャン「まあ…やってもいいけどさ。ただ、オレと剣心って、イメージ全然違うけど、いいのか?」

ペトラ「そうねえ。そうなると、剣心っぽい主人公っていうのを諦めるしかないかも…」

スカーレット「ジャンが主役になる場合は、また別のキャラを考えた方がよさげですね」

アニ「………」

ミカサ「………」

私はアニと無言のまま視線をかわし合ってお互いに遠慮し合っていた。

ペトラ「ん~ちょっと煮詰まっている感じだから、一旦保留にしない? 考えても答えが出ないうちは、無理に考える必要はないわよ」

エレン「そうですね。そうしますか」

ジャン「だな。一回ちょっと休憩って事で。今日はここまでにしていいですかね」

という訳で、その日の話し合いはここまでになり、私達はそれぞれ解散する事になった。

帰り道の電車の中で、アルミンが複雑そうに言った。

アルミン「なんかごめんね。僕、運動神経悪いから」

エレン「いや、アルミンは別に悪くねえよ。オレも無理言って悪かったな」

アルミン「僕がせめて平均くらい運動神経があれば僕が主役で決まったのかな…」

エレン「でも、アルミンも裏方希望だろ?」

アルミン「んー…」

アルミン「まあ、あくまで希望だよ。僕が一番やりたいのは、小道具を作ったり、背景セットとか組み立てたりする事だから、それに関わらせて貰えるなら、役者も兼任しても構わないよ。ただ、主役級をやっちゃうと、裏方の方に時間をかけられないから、やるなら脇役かなあって思ってたんだ」

アルミン「でも、剣心っぽいキャラでいきたいんだったら、確かに外見は僕が一番適任だし…とも思うし、ちょっと複雑な気持ちなんだよね」

エレン「まあな。ただまだ、話の輪郭も出来てねえし、これから皆で話し合って決めていくしかねえんじゃねえの?」

ミカサ「………」

エレンとアルミンの会話を聞きながら私は考えていた。

いや、正確に言うなら思い出していた。リヴァイ先生のあの言葉を。

リヴァイ『だからまあ、もしミカサが必要な脚本を舞台でやる時は、いずれやったらいいかもしれんな』

これが所謂「フラグ乙」とかいう現象なのだろうか?

そういう言葉に疎かった私だが、エレンやアルミンやアニと会話するようになって、そういう言葉も徐々に覚え始めた。

リヴァイ先生があんな事を言いだしたから、そういう流れになりつつあるのか。

それとも、ここで私が主役級を演じる事が運命なのだろうか?

アルミンが「じゃあ僕はここで降りるね」って言った時、私はハッと顔を上げた。

アルミンの事を気遣う余裕すらなく考え込んでいたので少し自己嫌悪した。

でも今でも私は思い出す。

自分の大失態を。あの日の体育館の光景を。

エレン「………まだ、忘れらんねえのか?」

ミカサ「うぐっ…!」

エレンも空気で察してくれたのか、そう言いだした。

ミカサ「うん…忘れていない。まだ」

エレン「そっか……」

其の時、少し間をあけてエレンは言った。

エレン「オレは、見てみたいなあって、思うけどな」

ミカサ「え……?」

エレン「ミカサがアクションやってるとこ。舞台で観れるんだったら、サイコーに興奮すると思うぞ」

エレンがニカッと笑っていた。その笑顔が凄く眩しかった。

ミカサ「エレン……見たいの? 私のアクションを」

エレン「おう! そりゃ見れるもんなら見てみたいぞ。格好良いだろうなって思うしな」

ミカサ「……」

そうなのか。エレンは見たいのか。

ミカサ「………」

そう言われてしまうと、揺れてしまうのが乙女心である。

エレン「ま。無理にとは言わねえけどな」

エレンは無理強いはしない。そういう人だから。

でも、其の時、私は思った。

ミカサ「………条件次第では、出ても良い」

エレン「条件?」

ミカサ「うん…条件をクリアすれば、出ても良い」

エレン「どんな条件だよ」

ミカサ「………」

ミカサ「リヴァイ先生っぽい悪役キャラをフルボッコ出来るシナリオなら、出ても良い」

エレン「へ?」

その瞬間、エレンが間抜けな声を漏らした。

きっと予想外の発言だったのだと思う。だから私は説明を加えた。

ミカサ「リヴァイ先生は悪い人…なので、悪役として適任。リヴァイ先生をモデルにした悪役を倒せばきっと胸がスカッとする」

エレン「完全に私情が入りまくりだな」

ミカサ「でも演劇は夢を具現化する娯楽。ペトラ先輩の時も乙女の妄想を具現化した。……ので、私の妄想も具現化して欲しい」

エレン「ううーん」

エレンは渋い顔をしていたけれど、結局は頷いてくれた。

エレン「そっか。じゃあ明日、皆にもその事を話してみようぜ」

ミカサ「うん……」

エレンの為に。そして自分の為に。

私は其の時、勇気を出して自分の心のトラウマと向かい合う決意をしたのだった。





翌日。9月2日。

その日は午前中に実力テストがあり、午後からはロングホームルームになった。

ユミル「えーちゃちゃっとやる事を決めるぞ。誰か何か案出せ」

司会進行はユミルだった。文化委員なので仕切っている。

サシャ「はいはいはいはいはいはいはいはい!」

ユミル「サシャ、うるせえから「はい」は1回でいいぞ」

サシャ「はい! 食べ物屋で何かやりましょう!」

ユミル「あのなあ…だーから、その何かを言えよ」

サシャ「ええっと、私としては食べ物なら何でもいいですけど、強いて言うなら、焼き鳥屋がやりたいです!」

ユミル「焼き鳥屋……はい、1個目の案ね。ベルトルト、書いてくれ」

ベルトルト「うん…(カリカリ)」

黒板に1個目の案が出た。

ユミル「他、何かあるか? ちなみに食べ物関係は枠があるから、抽選になる。抽選から漏れたら、食べ物以外の第2希望をやる羽目になるからな」

サシャ「うぐ……そうなんですか?」

ユミル「場所の関係もあるし、全体のバランスもあるんだよ。全部のクラスが食べ物屋をしたら、それもう文化祭じゃなくてただのバザーだろ?」

それはそれで楽しそうだが、確かに主旨が変わってしまうような気がした。

ユミル「……という訳で、焼き鳥屋がダメだった時の為の案も出してくれ。何かないか?」

クリスタ「喫茶店も食べ物関係に入るの?」

ユミル「んー……ちょっと待ってくれ。(パラパラ)ああ、部門は【食品販売】【室内販売】【展示発表】【舞台発表】の4部門に分かれているな。サシャの言う焼き鳥屋は食品販売に入る。喫茶店は室内販売に入るな。ただ、販売はどっちも枠あるから、どっちみち抽選になるぞ」

と、資料を見ながら答えるユミルだった。

クリスタ「そうなんだ。人気あるのね」

ユミル「そうだな。販売部門はどっちも人気ある。1番楽なのは展示発表だな。作品を教室に飾って、後は受付を適当に置けば他に殆どやる事ないしな。出来るなら、私は展示発表をやりたいが」

ミーナ「ええ? でもそれは味気なくない?」

ハンナ「折角の文化祭なのに……」

ユミル「部活やってる奴もいるから、あんまり大がかりな物は出来ねえよ。特に野球部とかは殆どこっちの準備、手伝えねえだろ?」

コニー「悪い…」

フランツ「うん…ごめん」

と、野球部員のコニーとフランツは頭を掻いている。

確かに部活動によってはクラスの出し物に余り参加出来ない人もいるだろう。

ユミル「だったらそこそこの準備で出来る物がいいんだよ。焼き鳥屋が通ればそれが1番いいけどな。はい、という訳で何か楽に出来そうな案をもう1個出してくれ」

楽に出来る物。うーん。手作りの手芸を売るとか?

いやでも、女子は出来ても男子は手芸が出来る子は少ない。

それ以外の案が思い浮かばず、私も唸っていると、

アルミン「はい!」

と、アルミンがその時、挙手した。

ユミル「アルミン、何かあるか?」

アルミン「僕は写真の展示がいいと思う」

ユミル「写真の展示? どんな写真を飾るんだよ」

アルミン「勿論! 女子の水着……ごふっ?!」

見事なチョーク捌きだった。クリーンヒットである。

ユミル「ふざけんな。却下だ」

アルミン「は、話を最後まで聞いてくれ! 女子の水着とか、白衣とか、所謂、コスプレの写真だよ!」

ユミル「なお悪い!! チョーク2本目投げるぞ?!」

アルミン「待って待って! 女子のだけでなく、男子も勿論やるよ! 需要が高いのは女子だから、男子はおまけ扱いになるかもしれないけど……」

ミカサ「賛成(挙手)」

男子も女子も手軽に出来る。これはイイ案だと思った。

ミカサ「男女、両方やるのであれば、平等。問題ないと思う」

エレンに着せたい衣装がある。その為に私はアルミンの案を推した。

アルミン「ミカサ、ありがとう…。それに写真なら、部活が忙しい子もちょっと時間を作って貰えたら、撮影だけでも参加出来るし、ブロマイドみたいにして沢山展示すればいいかなって思ったんだけど…」

アニ「コスプレ衣装なら、演劇部の物を貸し出す事も出来るけど」

アルミン「そう! そうなんだよ! これなら低予算で出来るし、用意するのは撮影代と装飾用の額縁くらいだし、準備が楽だと思ったんだよ」

クリスタ「つまり、コスプレ写真館って感じなのね」

ミーナ「衣装にもよるかなあ。水着は無理だけど、他のならいいよ」

ハンナ「そうね。カワイイ衣装なら着てみたいかも」

クリスタ「んーあと、一人ずつ写るのはパスして貰えればいいかな。最低二人ずつなら、私はOKだよ」

ユミル「え……いいのかよ。クリスタ」

クリスタ「うん。一人で写ると、ほら、サシャが……」

ユミル「ああ、そうだったな。サシャは一人では真面目に写れない体質だったな。よし、分かった。じゃあ2案目はコスプレ写真館による展示発表でいいか?」

ジャン「あ、あの、それって、「販売」はしないのか?」

ジャンが其の時、質問をした。

ユミル「あ? 販売にしたら室内販売部門枠で抽選になるし、管理の手間が大変になるぞ?」

ジャン「そ、そっか……(がっくり)」

販売に出来るならそれに越した事はない。

でも抽選枠に漏れてしまった時の事を考えると最初から展示だけでもいいと思う。

エレン「販売したらやる事増えて、大変だろうが」

ジャン「そ、それは分かっているんだが…(しゅん)」

マルコ「うーん、僕はやるんだったら室内販売にした方がいいと思うけどな」

エレン「?!」

ライナー「俺もそう思う。売れると思うぞ」

男子が一斉に販売の方に偏り始めた。エレンは何故か反対のようだけど。

ミーナ「えー?! でも売れ残ったら嫌じゃない? 優劣ついたら嫌だよ」

ハンナ「うん、そこは評価が分かれちゃうし…ねえ?」

しかし女子は販売をしたくない人が多いようだ。


ざわざわざわ……


結局、教室の意見が真っ二つに割れた。

ユミル「うーん、参ったな。まさか意見が割れるとは…」

ベルトルト「しかも第2案目で揉めるなんて…」

ユミル「どうすっかな。キース先生、どうしたらいいですかね?」

キース「ふむ。確かに販売は金の管理が大変だが、それは焼き鳥屋も同じだ。利益が出ればそれはクラスの打ち上げ代にしても良いし、全員で話し合って分配しても良い。利益を出せると踏めるなら、販売にした方がいい経験にはなるぞ」

ユミル「利益か……」

利益ならきっと出せると思う。何なら私も加勢をしよう。

ジャン「利益は出せると思うぞ。もし万が一、赤字になった時はオレが自腹で負担しても構わねえ」

アルミン「それは僕も同じだ! 言いだしっぺだし、赤字になったら僕も責任取るよ!」

ライナー「俺もそうさせて貰おう。協力するぞ」

その一致団結の場に私も加入したいくらいだった。

でもエレンが呆れている様子なのでここはちょっとだけ自重した。

サシャ「ええっと、これってもしかして、焼き鳥屋より、写真館の方が希望者多いって事ですかね?」

と、サシャが心配そうに言っている。

ユミル「あーなんか空気がそんな感じになってきたな。多数決、とるか。一応」

すると案の定、写真館の方の希望者が増えたようだ。

サシャ「うっ……焼き鳥屋より写真館が多いなら仕方がないですね」

と、サシャは諦めムードだ。

エレン「でも、抽選から漏れたらどうすんだ?」

ユミル「そこなんだよな。問題は…」

アルミン「その時は、諦めて展示のみにすればいいよ。第1希望を「写真販売」、第2希望を「写真展示」にすればいい」

ユミル「あ、そうか。それもそうだな」

おお。流石アルミン。頭がいい。

エレン「なあ、その写真って、写真に写るのが嫌な奴はどうすんだ?」

アルミン「え……あ、そっか。写真嫌いな人も、いるか」

ユミル「当然だな。私も基本、そこまで写るのが好きって程でもねえし、嫌いな奴だっているだろうな。どうしても嫌な奴は辞退しても良いよな?」

アルミン「うー。出来れば全員参加して欲しいけどね」

ジャン「参加しない奴は、それ以外のところで協力させればいいだろ? 受付とか。買い出しとか」

ユミル「まあ、そうなるな。あくまで強制しないで、写真撮られても良い奴を中心にやろう。それでいいよな?」

エレンは気遣い屋だと思った。写りたくない人の事まで考えられるとは。

よし。では写りたくない人の分まで私が頑張ろう。

ミカサ「ペアを組む相手は自分達で決めて良いだろうか」

アルミン「勿論だよ。ペアじゃなくても、それ以上の人数で写ってもいいしね」

ミカサ「分かった。では私も頑張る(キラーン☆☆)」

私がそう宣言すると何故か皆、一斉に私の方を見た。

ジャン「み、ミカサ。参加するのか?」

ミカサ「する。当然」

エレンと一緒に写る事が出来るのであれば何も問題ない。

ミカサ「衣装は演劇部にいろいろある。もし必要なら、私とアニで新しく作る事も可能」

アニ「うん。後は撮影場所だけが問題……」

サシャ「でしたら、うちの写真館、使用しても良いですよ」


ざわっ……


ユミル「ああ、そっか。その手があったな」

クリスタ「いいの? サシャ」

サシャ「父に聞いてみます。多分、スタジオ借りるのはタダで出来ると思いますよ」

スタジオ? もしかしてサシャの家は写真屋さん?

サシャ「うちは父がカメラマンやってますし、スタジオも経営しているんで。設備は一通り揃ってますから大丈夫です。安心して下さい」

おお。やはりそういう事か。だったらそれが一番いい。

サシャ「ま、さすがに撮影代を全部タダって訳にはいきませんが、サービス料金で受けてあげますよ。写真加工もお手の物なんで、多少盛った演出にする事も可能です。うふふふ……」

サシャがちょっとだけはしたない顔で言った。

でもこれで大体、クラスの出し物が纏まりそうだった。

話し合いの大まかな枠が決まったので、後は各自でやりたい事を決める事になった。

私は早速、エレンの席に向かう。

ミカサ「エレン、私と一緒に写ろう」

エレン「え?」

ミカサ「なので……出来れば私と服の種類を合わせて欲しい」

エレン「おま……その為にあんなにノリノリだったのか」

ミカサ「? 私はエレンと写りたい……ので」

エレン「馬鹿! そんなのは言ってくれりゃいつでも写る! ………はあ。もういいけどさ。ったく……」

ミカサ「?」

エレンが何故かがっくりしていた。

エレン「いや、分かんないならいい。一緒に写るなら、ミカサの希望に合わせる。オレ、何を着たらいいんだ?」

ミカサ「………では王子様の衣装をお願いしたい」

ミカサ「………オーロラ姫と王子様をやろう」

エレン「オーロラ姫? あ、眠れる森の美女の衣装か」

ミカサ「うん。そ、その……エレンが王子様になって、私を起こす瞬間を写真に撮りたい……ので」

エレンは私にとっての王子様そのものなので。

きっと似合うと思った。ふふっ。

エレン「分かった。オレは王子様役か。王子役は3回目だから、まあいいか」

ミカサ「え? 3回目?」

エレン「アレ? 言ってなかったか? オレ、小学生の頃、白雪姫とシンデレラの王子役を、姫役のアルミンと一緒に演じたんだよ」

ミカサ「それは知らなかった…」

エレン「そっか。言い忘れてたな。すまん。という訳で王子役は3回目だから大丈夫だ。衣装はそれに近いやつ、劇部の部室にあったよな?」

ミカサ「うん。似ている衣装はあった筈。あれを使おう」

演劇部にはそういう定番の衣装は揃っている。

エレンとの打ち合わせは済んだので、次の交渉相手の元へ向かう。

ミカサ「あ、アニ……一緒に写って貰えないだろうか」

アニ「え? いいの?」

ミカサ「うん、是非」

アニ「しょうがないね…(照れる)」

良かった。アニが了承してくれた。

エレンとも勿論、写りたかったけど、アニともやってみたいと思っていたのだ。

アニ「やれやれ。女子2人でやるなら何がいいかな」

ミカサ「アニは何かやりたいもの……ある?」

アニ「そうだね。ミカサと写るんだったら、アレがいいかも」

ミカサ「アレとは?」

アニ「ぷりきゅあとかどう?」

ミカサ「ぷりきゅあ?」

アニ「初代の方のぷりきゅあ。あんた、こういう感じのフリフリの衣装、好きだろ?」

と、言ってスマホで画面を見せてくれた。私はつい「ふおおおおお…」と目を輝かせてしまった。

何これ可愛い。フリルが沢山あるし、可愛いのに格好いい。

素晴らしい衣装だとは思ったが、作るのが大変そうな衣装でもあった。

ミカサ「か、可愛い…」

アニ「言うと思った。これでいく?」

ミカサ「是非……(こくこく)」

でもきっと、アニとならやれると思った。頑張ろう。

アニ「素材はどうする? あんまり凝り過ぎると予算がないし」

ミカサ「大まかな素材は一番安い生地で十分だと思う」

アニ「じゃあ、力を入れたいところだけ高い素材にしようか」

ミカサ「その方がいいと思う。フリルのレース部分の方に力を入れよう」

アニと打ち合わせを煮詰めていた其の時、

ジャン「み、ミカサ……何やるか、もう決めたのか?」

ジャンがこっちの席に近づいて来た。

ミカサ「うん。大体。エレンと『眠れる森の美女』アニとは『初代ぷりきゅあ』をする」

ジャン「ぷりきゅあ?! また意外なところをついたな……」

ミカサ「ジャンは何やるの?」

ジャン「ルパンⅢ世の次元だ」

アニ「………次元ファンに怒られないといいけど」

ジャン「何でアニもヒッチと同じ事言うんだよ?!」

アニ「いや、次元って結構、女性の人気あるキャラだからね。似合う奴がやらないと、ファンががっかりすると思うけど?」

と、アニがズバズバ言っている。

ルパンは有名な作品なのでメインの登場人物くらいなら私にも分かった。

ので、素直に意見を言ってみる。

ミカサ「…………五右衛門の方が似合いそう?」

ジャン「ぐは!」

何故かジャンは傷ついたようだ。でも似合う役柄をやった方がいいような。

ジャン「くっ……そ、そんな事よりミカサ、オレとも写真に写ってくれないか?」

ミカサ「え? ジャンとも写真撮るの?」

ジャン「ああ………出来れば2人で」

其の時、エレンがこっちにやってきた。

エレン「ダメだ。2人きりの撮影は許さねえよ」

ジャン「お前には聞いてねえよ。オレはミカサに聞いているんだが?」

ジャンの好意については私も一応、気づいてはいた。

しかしここで無下に断ったらジャンがまたエレンに突っかかる可能性があるので、私は慎重に答えを考えた。

エレンとジャンが同時に納得出来そうな条件を提案してみる。

この方法ならきっと皆、平和に解決すると思う。

ミカサ「………3人でなら、いい」

エレン「え?」

ミカサ「もしくはアニも含めて4人。グループ撮影もOKなので、それで良いなら」

エレン「うぐぐ……」

するとジャンはそれで妥協してくれた。

ジャン「わかった。いいぜ。アニはどうする?」

アニ「どっちでもいいけど、それだったらテーマを先に決めて、それに合わせてメンバーを調整した方がいいと思う。ジャンはミカサにやらせたいのって、あるの?」

ジャン「オレは……凪とあすからをやって欲しい」

アニ「凪とあすからでいくの? なら陸と海、両方の制服が必要だね。どっちをミカサに着せたいの?」

ジャン「陸の方を…」

アニ「じゃあ海は私がやろうか。男子のも両方作ってやるよ。ジャンはどっちを着る?」

ジャン「それはどっちでもいい。アニに任せる」

アニ「だったら……」

少し考えて、アニは言った。

アニ「うん、陸はエレン、ジャンが海側にしようか。その方が似合いそうだ」

アニ「キャラは別になぞらないでいいよね? カラコンとかは無しで」

ジャン「ああ。あくまで制服姿が見たいだけだから」

エレン「制服フェチか」

ジャン「ぐはっ……悪いかよ」

エレン「いや別に? 悪いなんて言ってねえだろ?」

ジャン「うぐぐ…(赤面)」

ミカサ「私はその『凪とあすから』の制服を知らないのだけど」

アニ「ああ…待って。見せてあげる」

ミカサ「ふおおおお……」

ミカサ「どっちも可愛い……」

これはいい案だと思った。

女子も可愛いし、男子の制服も可愛かったのだ。

ジャン「………」

そんな訳でジャンとエレンと私とアニのチームも打ち合わせが済んだ。

他の人はどんな衣装を着るのだろうか? ちょっと聞いてみよう。

ミカサ「サシャはどんな衣装を着る事になったのだろうか?」

サシャ「私ですか? 私はシータです! あとるろ剣の薫もやりますよ!」

ミカサ「誰とコンビを組むの?」

サシャ「ラピュタはコニーのパズーです! るろ剣は恵さんがユミル、蛍ちゃんがクリスタです!」

ミカサ「成程」

るろ剣は演劇部でも話題にのぼった作品だ。

まだ作品を一読した訳ではないけど、人気のある作品なのだろう。

ラピュタの方はテレビの再放送で何回か見た事があるので知っていた。

サシャ「ミカサも一緒にやりますか? きっと巴さんが似合いそうな気がします」

ミカサ「巴さん?」

サシャ「作中で死んじゃった剣心の元奥さんですよ」

ミカサ「うっ……殺されてしまうキャラはちょっと」

サシャ「駄目ですか。それは残念です」

ミカサ「御免なさい」

サシャの誘いは有難かったけど、既に三つも衣装を着る予定なのでこれ以上は無理だと思った。

そして次はユミルとクリスタにも話を振ってみた。

ユミル「ああ。私らはサシャとやる予定のるろ剣と、あとは私が執事でクリスタがメイドの恰好をするぞ」

クリスタ「ユミルもメイドになればいいのに」

ユミル「やなこった。それにそっちの方が売れ行きがいいと思うしな」

成程。売上を考えての衣装を選んだのか。

ミーナとハンナにも話を振ってみた。すると2人は団体でやると言っていた。

ミーナ「デュララララ! っていうのをやるよ。帝人くんがマルコで、紀田くんがミリウスで、静ちゃんがナックで、臨也がサムエルで、サイモンがトーマスで、ドタチンがフランツで、トムさんはダズで、ハンナがセルティで、私が新羅をやる予定だよ」

ハンナ「杏里ちゃんだけいないのがネックだけどね」

ミーナ「杏里ちゃんは巨乳じゃないと無理でしょ」

ハンナ「ミカサ、杏里ちゃんやらない?」

ミカサ「いえ、私はもう既にやる事が一杯なので」

ミーナ「そっか。残念だな!」

サムエル「大丈夫かな。臨也ファンに殺されそうな気がするが」

ミリウス「多数決で決まったんだから仕方がないだろ」

後ろの方で他の男子グループが何やら話している。

どうやらサムエルもジャンと同じくプレッシャーのあるキャラをするようだ。

そんな訳で、皆大体やる事を決めてしまったようで、ユミルが紙を回収していた。

ユミル「……えっと、意外と不参加の奴はいなかったみたいだな。全員、最低1枚は写るのか」

と、回収した紙を大体見てそう言った。

ユミル「衣装を作るのが必要な奴の分のリストはこっちで作る。女子でチームを作って人海戦術でどんどん衣装を作っていくぞ。男子は当日用の展示のデザインを考えてくれ。そっちの指示はベルトルトに任せるから、てきとーに教室のレイアウトを考えておいてくれ。あと買い出しは後日やるから、必要なもんがある奴は早めに私に言ってくれ。以上。今日はここまで」

と言う訳で、ロングホームルームは無事に終わった。

放課後は慌ただしく、今度は演劇部の方の打ち合わせに向かう。

そして昨日話していた条件を皆の前で発表する事になったが……

ペトラ「えええええ?!」

と、1番びっくりした反応を示したのはやはりペトラ先輩だった。

ペトラ「リヴァイ先生っぽい悪役を倒すシナリオなら、出てもいいって、そんな無茶な」

ミカサ「ダメですか?」

ペトラ「ダメっていうか……リヴァイ先生が許可するかしら?」

オルオ「いや、あくまでそれっぽい感じの悪役キャラだけなら、有りじゃないか?」

グンタ「後で怒られそうだけどな」

エルド「ああ。怒られるかもしれないが………面白そうではあると思う」

概ね皆は私の提案を良しとしてくれたようだ。

エルヴィン「それは面白い。だったらいっそ、悪役としてリヴァイ本人も舞台に出て貰ったらどうだ?」

エレン「え……先生が舞台に出ちゃっていいんですか?」

エルヴィン「別に違反ではないよ。文化祭だからね。演劇大会ではないし、学校の行事なんだから、先生が参加しても別に問題ないよ」

ジャン「じゃあ、リヴァイ先生がもし、舞台に出てくれるなら、ミカサとリヴァイ先生の対決が見られるのか」

ミカサ「本人とやりあえるなら、尚良いです(シュッシュッ)」

ふふふ。エレンの仇を取る機会がついに巡って来た。

私自身のトラウマの克服と、リヴァイ先生への然るべき報いを受けさせるという一石二鳥の案だ。

エルヴィン「分かった。そういう事なら、リヴァイ本人が舞台に出るように私から説得しよう。どんな手を使ってでも承諾させてくるよ(ニコッ)」

エルヴィン先生がOKを出したので私は心の中でガッツポーズをした。

エルヴィン「後は問題は脚本だね。書ける子がいないという話だったが……」

ペトラ「1年も2年も、書けないって言ってます」

エルヴィン「ふむ。まあこの時期に脚本を3年にやらせるのは酷だからね。1年か2年で書ける子がいれば任せた方が良いけれど」

エルヴィン「アイデアは大体まとまってきているんだったね?」

ペトラ「はい、一応。やりたい事はざっとまとめてみました(資料手渡す)」

エルヴィン「ふむ。私がこれを元にして書く事も出来なくはないが、それだとやはり楽しみが半減するだろう。いっそ1年2年全員で脚本を書いてみたらどうだ?」

オルオ「全員ですか?」

エルヴィン「ああ。もちろん、物語を完成させなくていい。断片的でいいから『こういうシーンが欲しい』と思った部分をとりあえず出していこう。それを映画のカット割りのように繋いで脚本を繋いでいく方法も有る。最終的な辻褄は私が調整してあげよう」

エレン「なるほど…」

そんな訳でその日の部活は皆で断片的なシーンを出し合う、アイデア作業になった。

ミカサ(断片的に……)

私はとりあえず『リヴァイ先生が苦しむ展開』と書いた。

何をどう苦しませるのか具体的な物は思い浮かばなかったが、とにかくリヴァイ先生の役どころに苦労を与えたかったのだ。

そして一通り皆のアイデアを提出すると、エルヴィン先生が何故かニヤニヤし始めた。

エルヴィン「ふふふ……確かに時代劇と言えばお色気シーンは定番だが、本当に入浴シーンをそのままやるのかい?」

エレン「?!」

まあエッチ。誰がそういう役をやるのだろうか?

私は今回、恐らく男役になるので脱ぐわけにもいかない。

ヒロイン役の子が脱ぐのかしら? と其の時は思っていた。

まさか悪役のリヴァイ先生が脱ぐことになるとは当時は思っていなかった。

マーガレット「ええ? 入浴シーン、そのままやるんですか? 仮面の王女の時ですら、入浴後、だったのに」

マリーナ「女子がやるんですか?」

アニ「いや、そこは男子がやるべきだと思う(キリッ)」

ジャン「はあ? 男が入浴シーンなんて誰得過ぎだろ。絶対ブーイングくるぞ」

マーガレット「いやいや、そんな事はないよ? テニミュでは生着替えだってあったし(*事実です)男子も今は脱ぐ時代よ?」

確かにイケメンの裸は需要があるのかもしれない。

エルヴィン先生は「クククッ…」と笑っていたけれど、

エルヴィン「まあそこはどっちでもいいじゃないか。分かった。入浴シーンは必ず入れよう。あと必殺技のシーンは……これは生身でやるには危険だろうね。補助の為にワイヤーが必要になるだろうな」

ジャン「ワイヤーアクション、出来るんですか?」

エルヴィン「設備はあるよ。最近は使っていなかったけど、昔はワイヤーアクションの劇をやったりしていたね」

エレン「すげえ! うちの高校すごいっすね!」

エルヴィン「ああ、体育館にはそれになりに投資しているから、いろいろやろうと思えば出来るよ。ただ事故は起こさない様に十分に注意しないといけないね」

という訳でエルヴィン先生が大体アイデアを把握してその日の話し合いは終わった。

そして次の日の部活では、項垂れて意気消沈しているリヴァイ先生が音楽室にやってきた。

リヴァイ「………………」

どんな手を使ったのか気になる。

でもリヴァイ先生はすっかり憔悴しきっていた。ククク……。

ニヤニヤする頬を必死に堪えながら私は言葉を待った。

リヴァイ「……………………………」

皆、笑いと動揺を押し殺して、リヴァイ先生の言葉を待っている。

そしてようやく一言。

リヴァイ「…………どうなっても、知らんぞ」

ジャン「それは、出演OKという事で……?」

リヴァイ「………(1回だけ頷く)」

一同「「「よしゃああああ!!」」」

これでリヴァイ先生を巻き込んだ劇は確定だ。

さあて。どんな然るべき報いを受けさせてやろうかしら。

エレン「エルヴィン先生、どうやって説得したんだろうな? (小声)」

ジャン「ああ、すげえ気になるけど(小声)」

エレン「リヴァイ先生? (スマホ見てる?)」

リヴァイ「いや、何でもねえ(スマホ隠す)」

リヴァイ「ああそれと、ミカサ」

ミカサ「? 何ですか」

急にリヴァイ先生が近づいて来たからつい身構えてしまった。

リヴァイ「今日は部活終わったら、職員室で待っていろ」

ミカサ「え?」

は? 何で。

リヴァイ「帰りは俺の車で家まで送ってやる」

ペトラ「?!」

ペトラ先輩が驚いていた。私も違う意味で驚いた。

ミカサ「嫌です」

リヴァイ「おい……お前が言いだしっぺなんだろ。断れる立場か?」

エレン「あの、リヴァイ先生、どういう事ですか?」

リヴァイ「ん? 親御さんにも一応、挨拶しておこうと思ってな。アクションをやるのであれば、危険を伴う。万が一の事があった場合、俺が責任をとらないといけないだろ」

ペトラ「!」

えええええ……何でわざわざ。

面倒臭い事をする。うちに来る程の事ではないと思うのに。

エレン「あの、それだったら、何も今日じゃなくても別の日でも良くないですか?」

リヴァイ「ん? 今日じゃダメなのか?」

ミカサ「母も仕事を持っているので、急に来られても困る」

リヴァイ「そうか。それもそうだな。すまん。では後日、挨拶させて貰うから、話を通しておいてくれ」

ミカサ「………分かりました」

ミカサ「挨拶なんて要らないのに(ブチブチ)」

どうにかしてリヴァイ先生の挨拶を無しに出来ないだろうか?

私はリヴァイ先生が退散した後にアルミンやアニに相談したけど、2人とも「無理じゃないかな」と言われてしまった。

アニ「ここまでしてくれる先生は普通居ないよ」

アルミン「うん。それだけミカサに対して責任感があるんだろうね」

ミカサ「でも、自宅に来るのは大げさだと思う」

アニ「うちの親父も格闘術を習いに来ている子供の保護者に対して挨拶とかする時もあるよ」

ミカサ「そうなの?」

アニ「指導する立場だし責任があるからね。一言挨拶くらいするのは礼儀だと思うよ」

ミカサ「うう……」

そこまで言われたら了承するしかない。

母と連絡し合って打ち合わせをすると、9月5日か6日ならOKという事になったので、それを後日リヴァイ先生にも伝えた。

リヴァイ「すまん。5日は用事が入っている。6日でいいか?」

ミカサ「用事?」

リヴァイ「毎年、その日だけはちょっとな」

ミカサ「では6日で」

リヴァイ「分かった。6日だな」

これは後で分かった事だが、9月5日はハンジ先生の誕生日だったのだ。

つまりリヴァイ先生は毎年、9月5日だけは優先して空けているという事だ。

恐らくその年の9月5日もハンジ先生と夜、居酒屋で飲みに出かける予定があったのだろう。

そして9月6日。土曜日。

その日の授業が終わって、文化祭の打ち合わせや何やらいろいろ終わってから、リヴァイ先生がうちに来る事になった。

リヴァイ先生の車に乗るのは初めてだ。

エレンが一緒に乗ってくれるという条件を呑ませて帰宅する事になった。

私は後部座席に乗った直後、すぐに窓を開けた。

リヴァイ「ん? 暑いのか? エアコン入れてもいいが」

ミカサ「いいえ。空気の入れ換えをしたいだけです」

リヴァイ「そうか」

リヴァイ先生と同じ空間の空気を吸いたくなかったので。

リヴァイ「道案内を頼む。一応、住所は把握したが、詳しい道は分からんからな」

エレン「あ、はい」

エレンが道案内をしてくれた。そしていつもより少し早く自宅に帰り着いた。

ミカサの母「まあまあ、わざわざすみません。いつも娘がお世話になっております」

ミカサ「……」

リヴァイ「いえ、こちらこそ。お時間をとらせて貰ってすみません。少しお話をさせて頂きたいと思いまして」

ミカサの母「詳しい事は中でお聞きしますわ。さあどうぞ」

母は紅茶とカステラを用意しておもてなしをしながら、リヴァイ先生の説明を真剣に聞いていた。

リヴァイ「演劇部の顧問をやらせて頂いております。リヴァイと申します」

ミカサの母「リヴァイ先生の事はミカサとエレン君の方から聞いております」

リヴァイ「そうですか。早速ですが、今度の文化祭での劇についていくつか説明させて頂きます」

ミカサの母「はい」

リヴァイ「今回、演劇部の方でやる演目は時代劇物になる予定です」

ミカサの母「時代劇……つまり、チャンバラですね」

リヴァイ「はい。チャンバラ……つまり殺陣と呼ばれるアクションが満載になります。運動神経の面から考えて、ミカサさんが主役をやるのが一番適任である事と、今回の劇では自分も直接、演目に関わる事になります」

ミカサの母「それはつまり、共演されるという事ですか?」

リヴァイ「そうなります。ただアクション劇には危険も伴うので細心の注意が必要になります。自分の方で責任もってミカサさんをお預かりしますので、今回の劇の出演の許可を頂けるでしょうか?」

ミカサの母「まあまあ、ミカサ。エレン君に続いて、今度はミカサが主役級に抜擢されたのね。凄いじゃない」

ミカサ「…………」

ミカサの母「分かりました。そういう事でしたら、沢山練習なさって下さい。先生自身も、怪我には十分注意されて下さいね」

リヴァイ「はい、それは勿論。練習時間を確保する為に、今後は文化祭まで、ミカサさん自身を早朝、送迎させて貰っても良いでしょうか?」

ミカサ「?!」

何故? そこまでするのか。意味が分からない。

ミカサの母「まあまあ、すみませんわざわざ……」

ミカサ「送迎なんて要らない。朝の時間が必要なら、私はちゃんとその時間通りに学校に行く」

リヴァイ「朝の4時に電車はまだ動いてないだろう」

ミカサ「?!」

リヴァイ「朝の4時から7時。1日3時間が最低ノルマだ。2人の息を合わせる作業には時間がかかる。文化祭まで一か月くらいしかないからな。みっちり練習するぞ」

ミカサ「そ、そんな…」

そこまでスパルタな練習日程を組まされるとは思いもよらなかった。

エレン「あの、リヴァイ先生。ミカサはクラスの出し物の衣装制作にも携わる予定なんで、そこまでやるのはちょっと……」

そうだ。演劇部だけの文化祭ではない。クラスの手伝いも必要。

リヴァイ「それはミカサでないと、やれない仕事なのか?」

ミカサ「えっ……」

リヴァイ「他の奴らでも出来る事なら、仕事をそっちに回せ。これはミカサの為に言っている」

ミカサ「………」

リヴァイ「まあ、いきなり言って、すぐ「はいそうですか」と頷けないのは分かるが、俺が何故、それを必要だと言っているのか、説明してやろう。ミカサ、着替えて来い」

と、言われて、渋々私はラフな格好に着替えた。

そしてリビングから直接外に出て、庭の空いたスペースでリヴァイ先生と対峙した。

リヴァイ「好きに攻撃して来い」

ミカサ「……………」

軽く、攻撃してみる。簡単にいなされた。

徐々に動きを早くする。でも絶妙に逃げられる。

ミカサ(逃げ方がうまい……)

まるでこっちの次の攻撃を読んでいるかのように逃げられる。

私もつい意地になってしまって、どんどん攻撃のリズムをあげていった。

ミカサ「……!」

そして唐突に一発、当てた。

でもダメージを食らったのは私の方だった。

リヴァイ「……痛いだろ? 殺陣は、当ててしまった方が、痛いんだ。だから基本、寸止めで行う。攻撃を実際に当ててしまってはいけないんだ」

ミカサ「ガーン……」

なんて事だ。どさくさに紛れて攻撃しようと思ったのに。

リヴァイ「こっちも全く痛くない訳じゃないが、怪我をする可能性を考えれば、リスクが大きいのはミカサの方だ。だから殺陣のシーンは綿密に打ち合わせをする必要がある。これでもまだ、練習は必要ないと思うか?」

ミカサ「うぐっ……」

エレン「……ミカサ」

エレンに促されて私は渋々了承した。

ミカサ「分かりました。練習……します。でも…」

リヴァイ「でも…?」

ミカサ「リヴァイ先生と2人きりで練習するのは嫌なので、エレンも、付き添って貰えるだろうか」

エレン「え? オレも?」

ミカサ(こくこく)

リヴァイ「ああ、そうして貰えるとこっちも助かる。ビデオ撮影を頼みたい。動きをチェックしたいからな」

エレン「あ、なるほど」

エレン「分かりました。オレも付き添います。練習はいつから始めますか?」

リヴァイ「エルヴィンの奴が大体の流れを繋いで台本が出来るのが恐らく、来週までかかると言っていたから、台本に合わせてやるのは13日以降になるだろうな。ただ、殺陣はアドリブでやる事も多いから、練習は先に始めていてもいい。月曜日から早速始めてもこちらは別に構わんが」

エレン「じゃあ月曜日からお願いします」

リヴァイ「朝の3時半には迎えに来るから、寝坊するなよ」

エレン「うっ……分かりました」

リヴァイ先生が帰った後、私は酷く落ち込んでしまった。

ミカサ「こんな筈じゃなかった……(ズーン)」

エレン「ミカサ………」

ミカサ「私はリヴァイ先生に、あの時の報いを、仕返しが出来ればそれで良かったのに……」

エレン「いや、ある意味じゃ十分、仕返しになっているだろ、これ」

ミカサ「そうだろうか?」

エレン「リヴァイ先生、自分の時間を3時間も割いてくれるんだぞ? その分、負担してくれるんだから、それだけ苦労をかけているだろ」

ミカサ「苦痛を味わっているって事…?」

エレン「身も蓋もねえ言い方すれは、そうなるな」

成程。そういう考え方も一理ある。

ミカサ「そう……そうね。リヴァイ先生の睡眠時間を削ってやったと思えば……」

ぐっと拳を作って気持ちを切り替えた。

文化祭まで約一か月。

リヴァイ先生への然るべき報いはこれから味あわせればいい。

そう自分に言い聞かせて、明日へと向かってやる気を出す私だった。

今回はここまで。次回また。ノシ





月曜日の朝。リヴァイ先生は約束通り朝の3時半に迎えに来た。

朝の4時台に学校に行くなんて初めての経験だった。

校門は既に開いていた。部活動の気配もある。

野球場は野球部、体育館はバスケ部が既に活動を始めているようだった。

エレン「え……えええ……こんな時間からもう、活動始めているんですか?」

エレンが目を丸くして言った。私もそれには同意した。

リヴァイ「あ? ああ……野球部とバスケ部の奴らは朝4時には当番制で集まっている。活動は5時からだが、活動前の1時間は、当番の奴らがグラウンドの整備やら、体育館の掃除をやっているな」

野球部とバスケ部はとても大変だと思った。

この時期はまだ朝からそこまで寒くないが、冬に入ればもっと過酷だろうと思った。

リヴァイ「活動場所は常に綺麗にして使う事。これはうちの伝統だからな。特に野球部とバスケ部は、その活動範囲が広いから、掃除も大変なんだ」

エレン「なるほど」

そして第三体育館に辿り着くと、リヴァイ先生が体育館のドアを開けた。

リヴァイ「体操部の朝練は7時から8時までの1時間程度だ。7時迄にはきっちり練習を終わらせるから安心しろ」

エレン「あ、だから7時迄って言ったんですね」

リヴァイ「まあな。やるとすれば、この時間帯しか俺の方が空いていなかったんだ。さて、顧問の特権だ。第三体育館の床を思う存分、使わせてやるぞ」

入念なストレッチを終えて、エレンの準備を確認次第、私達は対峙した。

リヴァイ「殺陣の流れを大まかに決めていくぞ。ミカサはどんな風に俺を倒したいんだ」

ミカサ「ボコボコにしたいです」

とりあえず顔面の形が変わるくらいボコボコにしてみたい。

しかしリヴァイ先生は両眉を上げ、何故か表情を少しだけ柔らかくした。

リヴァイ「殴り合いたいのか。しかし今回の劇はチャンバラメインの、格闘有りの劇と聞いているが? 俺をバラバラに切り刻まなくていいのか?」

ミカサ「あ、そっちでも勿論構いません」

むしろそっちの方が残酷でイイと思った。

リヴァイ「だったら本気の命のやり取りをするような、ギリギリの剣戟をやっていこう。俺の急所を躊躇いなく狙っていけ。俺はそれを受け流して、反撃していくスタイルにする。新聞紙を丸めた奴ですまんが、今日はこれを刀の代わりに使うぞ(ポイッ)」

よし。新聞紙でも本気で当てれば痛い筈。

私はリヴァイ先生に本気で一発当てにいった。

上から、下から、斜めから。全方向から剣を振りかざして当てにいく。

でも寸前で全て避けられた。

まるでこちらの心が読み取られているようだ。

何故、当たらない?

一発くらい掠ってもおかしくないのに。

なんていやらしい目つきだ。

全身を舐めるように見つめてくるその男を私は退治したかった。

狩るのは私。リヴァイ先生を屠るのは私……!

しかし距離が縮まらない。追いかけても逃げられる。

私の腕の筋肉にほんの少しだけ、疲れが見えた其の時!

リヴァイ先生が背を低くした。私の懐に入る様に突進して距離が…

しまった!

リヴァイ先生の寸止めの攻撃を食らってしまった。

目で追えたのに体が反応出来なかった。こんな事は初めてだ。

リヴァイ「よし、一回止めろ。エレン、今の動きをチェックするぞ」

エレン「あ、はい」

心臓がドキドキしていた。冷や汗が噴き出てくる。

こんな経験は初めてだった。

目で追えるのに、体の反応が間に合わない程の速さなんて。

私よりも身体能力を上回る男がこの世界に居るなんて。

すぐには信じられなかった。

そしてテイク10回くらい、似たような動きを繰り返し、リヴァイ先生は一度止めた。

リヴァイ「ミカサはあまり俺の動きを見ていないな。殺意が前面に出過ぎて空回りしているぞ」

ミカサ「うぐっ…!」

目で追う事をすると体の反応が遅れる気がして、山を張って動き出していたのがバレたようだ。

リヴァイ「もう少し、じっくり戦うスタイルでもいいと思うが。間を取って、焦らず攻めて来い。いいな」

ミカサ「……分かりました」

そうだ。少し冷静にならなければ。

今日は当てられなくてもいい。でも明日こそは。

そう気持ちを切り替えて私はその日の殺陣の稽古に精を出した。

リヴァイ「………今日はこの辺にしておくか。ビデオは後でエルヴィンにも見せるから、貸してくれ」

エレン「あ、はい」

私はとりあえず息を吐いた。全身から汗が噴き出ているのが分かる。

疲労が遅れてやって来た。今日は仕方がない。そう自分に言い聞かせた。

リヴァイ「体育館のシャワー、使っていいぞ。教室に戻る前に身支度しておきたいだろ?」

ミカサ「あ、はい」

リヴァイ「俺も1回、シャワーを浴びてくる。エレンはどうする?」

エレン「あ、オレはいいです。別に汗掻いてないですし」

リヴァイ「そうか。では今日はここまでだな。また明日、続きをやるぞ」

リヴァイ先生が先にシャワー室に向かっていなくなった後、何故かエレンに後ろから抱き付かれた。

ミカサ「え、エレン? 待って。今は汗を掻いているので、あまり近づかないで欲しい」

体育祭の時ですらここまで汗はかかなかった。

正直、このままだと汗を吸った衣服のせいで体を冷やしてしまう。

それくらい大量の汗を掻いていたのに。

エレン「やだ」

ミカサ「え、ええ? (赤面)」

エレンは何故か嫌がった。

エレン「朝、バタバタしてたから、朝のキス、まだしてない」

ミカサ「そう言えばそうだった。今……するの?」

エレン「ダメか?」

ミカサ「ダメではないけど……」

エレン「けど?」

ミカサ「シャワー浴びてからの方が……」

エレン「やだ。今したい」

ミカサ「んもう……」

エレンに私の汗の匂いがきっと移るに決まっているのに。

そう思いながらも我儘を言い出すエレンが可愛いので許してしまった。

エレンの方に向き直ってキスをする。

ミカサ「んっ……あっ……エレン……ん……」

其の時のエレンは結構、がっつり私に絡みついた。

舌は当然、中に入ってくる上に私の頭を手で固定している。

髪にも汗はたっぷり絡んでいるのに。エレンは臭いと思わないのだろうか?

体育館の中にキスの音が響いていた。

まだ誰も他にいないからいいけど。誰かに見られたら恥ずかしい。

でも、誰かに見せつけたいような気持ちもあって迷う。

エレンの吐息が鼻にかかって、私もついつい、その吐息に酔ってしまった。

其の時。

リヴァイ「……………おい」

呆れたような声が邪魔をしてきた。

リヴァイ「7時から体操部の奴らが集まってくるんだ。さっさと機材を片付けろ。エレン」

エレン「は、はい……!」

クソちび教師め。シャワーの時間が短過ぎる。もっと気を遣って欲しい。

エレン「リヴァイ先生、もうシャワー浴び終わったんですか?」

リヴァイ「ああ。3分もあれば十分だ。お前ら、3分もここで何やってたんだ?」

朝のキスをしていただけですが、何か?

リヴァイ「全く。長い朝の挨拶だな。程ほどにしておけよ」

ミカサ「ちっ」

ミカサ「馬に蹴られればいいのに」

エレン「こら!」

エレンに怒られたので渋々シャワー室に向かった。

シャワー室には勿論、1人だけだった。

汗の染み込んだ衣服を脱ぎ捨てて全裸になってシャワーを浴びる。

本当はエレンの匂いを落としたくなかったけれど、汗を落とさないと体を冷やしてしまう。

それにシャワーを浴びたのは汗を落とす為だけではない。

腕の筋肉を軽く温めて解しておきたかったのもある。筋肉の疲労が蓄積しているのが分かった。

私は一切手加減をしていない。なのに今回は完全に負けた。

男と女の体格差なんて、今まで一切感じた事などなかったのに。

この屈辱は絶対、次回の練習で晴らして見せる。

そう誓いながら私は全身のケアをしていったのだった。

そしてシャワー室を出ると……あれ?

エレンもどうやらシャワーを浴びたようだ。何故?

先程は浴びないと言っていたのに。

あ、やっぱり私の移り匂いが後から気になったのだろうか?

全くもう。だから言ったのに。

私はエレンと連れだって教室へ向かった。

でもその間、エレンは黙っていて少し様子が変だった。

ミカサ「エレン? どうかしたの?」

まさかあのクソちびに何か小言を言われたとか?

エレン「ん? 何が」

ミカサ「疲れたのだろうか?」

エレン「いやいや。全然。疲れてねえよ」

でもエレンが誤魔化し笑顔をしている。それが少し気になった。

ミカサ「そう……」

隠し事をされるのは少々嫌だなと思いつつ、私達は教室に到着した。

教室に戻ってからエレンと朝御飯を食べて朝の自習などをしていたらぼちぼち人が教室に集まって来た。

そしてそこでアニと合流して今後の事を話す事になった。

アニ「……そうかい。そういう事なら、ミカサは衣装制作をする暇がないね」

アニには非常に申し訳ない事になった。

ミカサ「ごめん……アニ」

アニ「いや、いいよ。その分、私が頑張ればいい話だし、ミカサの分も私が作ってやるよ」

エレン「すまねえな…」

アニ「ううん。私の方こそ、舞台に出なくて、ごめん。やっぱりその……台詞を言ったりするのは、その、恥ずかしいし」

当時のアニはまだ私と似たような状態で、表舞台に出るのが気恥ずかしかったそうだ。

でも文化祭の役柄上、どうしても出る事になって、一度表舞台をやってみたら案外楽しかったと後で言っていた。

アニの場合はただの食わず嫌いだったようだ。冬公演の時は吹っ切れて掛け持ちで役柄を演じられる程に成長したのだから。

アニ「私の分まで頼むよ。ミカサの分は私が引き受けるから」

ミカサ「うん……ごめん。アニ」

アニ「2回も謝んなくていい。リヴァイ先生の言い分は理解出来るしね。確かに怪我したら元も子もない。練習は多くするに越したことはないよ」

アニは道場の娘だからだろうか。その辺の理解はあるようだ。

そして其の時、エレンがやる気満々で言った。

エレン「オレにも何か出来る事があったら言ってくれ」

アニ「え?」

エレン「服作るのは出来ねえけど、布切ったりするのくらいなら出来るし、アニの手伝いするよ」

アニ「いいのかい? 朝、早いのはエレンも同じなんだろ?」

エレン「オレの場合はビデオで撮影するだけだからな。大して疲れる訳じゃないし。台本出来るまでは本格的な始動は出来ないし、それまでの間、空いた時間でオレが何かやれる事、ねえかな」

するとアニはくすっと笑みを浮かべて言った。

アニ「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ。分かった。だったら、型紙作るの手伝ってくれる?」

エレン「型紙?」

アニ「布を裁断する時に使うものだよ」

アニ「今回は作る量が多いからね。回せる仕事はどんどん回すよ。男子でも手の器用な奴には縫製やらせるから。エレンはそこまではやらなくていいけど」

エレン「分かった。暫くは部活とクラスの仕事を同時進行でやっていくぞ」

そして私は自分の席に移動した。もうすぐ朝のSHRが始まるからだ。

自分の席について1時間目の準備をする。月曜日の1限目は現国だ。

文化祭は10月4~5日。中間テストは10月16~17日にある。

文化祭の準備と同時進行で勉強の手も抜けないので私はイアン先生が来るギリギリまで自習をした。

そんな訳で朝型の生活に切り替えて日々が過ぎていき、慌ただしい毎日があっという間に流れていった。

リヴァイ先生との殺陣の稽古は何度やっても致命傷を与えられずに残念な思いを募らせてしまったが、練習が終わると何故かその直後にエレンが毎回、私にキスを強請ってくるので不思議だった。

最初の時はシャワーを浴びていたから、汗の匂いが気になっていたのだとばかり思っていたけど、2回目以降はエレンがシャワーに入っている素振りはなかった。

何故最初の時だけエレンはシャワーを浴びたのか謎だったけど、毎回エレンが私をハグしてキスしてくれるので余り深い事は考えない事にした。

最初の時の気まずさを教訓にしたのか、リヴァイ先生はシャワー時間を自主的に少し伸ばしたようなので、気兼ねなくイチャイチャ出来た。

そして9月11日。正式なクラスの出し物が全て決定してその日の昼休みに皆で拍手喝采となった。

アルミン「写真販売、枠取れて良かったね!!」

ジャン「ああ! これで勝てる!」

ユミルの運の良さに感謝しよう。

ユミル「なんかすまん……私は別に枠取らなくても別に良かったんだけど、くじ運でこうなっちまった」

ミーナ「もうしょうがないよ。そこは諦めるよ」

ハンナ「うん。全てうまくいく事なんてないしね」

皆でわいわいリストに注目していた其の時、ジャンが目を丸くした。

どうやら3年2組の野球拳が気になっているようだ。エッチ。

ジャン「なん……だと? さすが3年の先輩だ。目の付け所が違う」

アルミン「そこに痺れる憧れるね!」

ライナー「全くだ。しかも優勝者には景品が貰えるのか」

アニ「いや、これ、景品で釣っても、いくらなんでも女子の参加者はいないでしょ」

ユミル「いや、いるぞ。3年2組のニファ先輩が出演するのは確定していると言っていた」

物好きな先輩だと思った。

ライナー「何?! あの、アルミンに似た美人の先輩が出るのか」

マルコ「これは男の希望者が殺到しそうだね」

ユミル「男子の希望者は抽選だってさ。女子は無条件で参加出来るらしいよ」

エレン「しかしよく担任の先生、反対しなかったな。3年2組って、担任は誰だっけ?」

アルミン「確か生物のハンジ先生じゃなかった? あ、やっぱりそうだ(確認)」

エレン「そっか。あのハンジ先生が担任なら、この案が通ったのも頷けるな」

エレンはもしかして野球拳に出たいのだろうか?

何故かニヤニヤしているので後で確認しようと思った。

次は2年生の出し物リストに注目した。

エレン「このゲームセンターっていうのは、何やるんだ?」

ユミル「ああ、それは射的とか、金魚すくいもどきとか、そういう遊べるものを無料でやるらしいよ。子供向けの出し物だな。そこは室内販売取れたら、金取るつもりだったらしいが、抽選で漏れたからタダで遊べるようにするらしい」

それはとても楽しそうだと思った。

ユミル「文化祭には子供も来るからな。生徒の家族が来たりするから、子供向けの出し物も結構、毎年評判いいらしいんだ」

エレン「へーそうなのか」

最後は1年生の出し物リストを見ていこう。

エレン「この和風甘味って、和風の喫茶店って事か?」

ユミル「そうだな。今年は意外と喫茶店が被らなかったらしい。今年は1年9組だけだな。喫茶店は」

エレン「じゃあ喫茶店の希望出しても通ったかもしれないって事か?」

ユミル「ま、それも抽選だけどな。抽選に漏れたクラスはあえなく展示や舞台に追いやられる結果になってるぞ(ニヤニヤ)」

エレン「そうなんだ。比率はどんな感じに決まったんだ?」

ユミル「食品が10クラス。室内が5クラス。展示が5クラス。舞台が10クラスだな」

ユミル「でもやっぱり食品を希望するクラスが多くてさ。そっちは倍率が激戦だった。室内販売の方がまだマシだったから、最初から室内販売を希望して正解だったかもしれん」

エレン「そっかー。大変だったんだな」

ユミル「まあな。でも大変なのはむしろここからだけどなー」

とユミルがぼやいている。

ユミル「去年もコスプレ写真館をやったクラスがあるんだけどさ。その資料を見る限り、どうもその時はお客さんとの記念撮影も一緒にやってたらしいんだ」

アルミン「え? そうなの?」

ユミル「ああ。売上収入的にはむしろそっちの方が売れたようなんだよな。衣装をお客さんにも貸し出して、指名されたキャラと一緒に写る方が稼げるかもしれないんだよな」

エレン「そうなのか。だったらそれも一緒にやったらいいんじゃないか?」

アルミン「だ、ダメだよ! それこそ優劣がついて、指名されなかった子がもっと傷つく事になると思うよ」

マルコ「そうだね。写真が売れなかった場合は「まあ、しょうがないか」って思えるけど、記念撮影の場合は、もっと落ち込む子も出てくるかも」

アルミン「あと人気が出すぎる場合は逆にパニックになる可能性もあるよ。その場合の対処が難しいかもしれないし」

ユミル「ああ、私もむしろそっちの方が心配だから、やらない方がいいとは思うんだが、もし当日にお客の方からリクエストされた場合はどうする? 無下に断ったら評判が地に堕ちるぞ」

アルミン「あ、そっか……そういうケースも確かにあるね」

確かにアルミンの言う様にパニックになった場合の対処方法が分からない。

エレン「ダメなもんはダメって断っちゃダメなのか?」

アルミン「う~~出来ればそうしたいのもあるけど、去年、同じような物があったなら、また今年もやるのかって、お客さんが最初から期待してやってくる可能性が高いよ。その場合「今年は記念撮影はしていません」って言ったらお客さん側はがっかりしちゃうかもしれないし……」

ユミル「そこなんだよな。難しいのは。私が先に調べておけば良かったんだが、すまん。そこまでは気が回らなくてな。だから放課後、ちょっと皆に残って貰って、話し合いする機会を設けてもいいか?」

アルミン「うん、その方がいいかもしれないね。これは全員で話し合うべきだと思うよ」

そんな訳でその日の放課後にクラス全員、ちょっとだけ居残って話し合う事になった。

コニー「オレ、どっちでもいいから、出来れば早く決めてくれー」

コニーは早く野球部の方に行きたそうだった。

ユミル「すまん。コニー。10分だけくれ。ええっと、今、大体説明した通りなんだが、お客さんの参加型にするべきか否か。皆の意見を聞かせてくれ」

すぐに挙手したのはミーナだった。

ミーナ「それって、全員が参加する必要はなくない? あと衣装も演劇部のレンタルが混ざるから、全部を私達で作る訳じゃないよ? レンタル分をお客さんに着せてもいいの?」

ユミル「んー……その辺は演劇部の部長さん、どうなんだ」

ジャン「…………あ、そっか。オレか。ええっと、別に衣装を汚さなければ、昔、部で作った衣装を客に貸し出しても大丈夫だと思うが」

ユミル「じゃあ客に貸し出すのは、出来るっちゃ出来るんだな」

ジャン「た、多分……」

ユミル「多分じゃ困る。その辺は確認次第だな。分かった」

と、ユミルが何かノートにメモをしていた。

ユミル「去年の資料を見る限り、コスプレ写真館をやったのは演劇部員のマーガレットって人らしいけど。去年のやり方がどうだったか、詳しく聞いてみてくれないか? ジャン、知り合いなんだろ?」

ジャン「あ、ああ……先輩だ。分かった。聞いておくよ」

ユミル「うちらはあくまで「写真展示」がメインだ。だから去年とは違うやり方になっても、それはそれでいいと思うけど、客の反応を無視した出し物をするのも意味がないと思う。もし記念撮影をするとすれば、私は人数を絞って、やれる奴だけでやるのがいいと思うんだが、どうだ?」

コニー「いいんじゃねえか? 無理しないやり方がいいだろ」

ユミル「記念撮影自体をやりたくねえって奴はいるか?」

ミリウス「記念撮影をするとすれば、自由時間はかなり拘束されるよな?」

ナック「自分達が当日、他の店に見に行く時間も欲しいんだが」

ユミル「まあ確かにそうなるが、そこは時間を調整するしかねえな。ちゃんとスケジュールは考えるからそこは安心しろ」

と、ユミルが二人を宥める。

ユミル「私の意見になるが、やるとすれば、記念撮影は時間を限定して、人数も絞ってやるのがいいと思うんだ。一人あたり15分だけとかな。当日コスプレやれる奴がいれば、それが目玉商品にもなると思うが、やってもいいって奴、いるか?」

ライナー「15分程度なら別に構わんぞ。客寄せパンダの係はもともと請け負うつもりだったし、俺で良ければやってやろう」

ユミル「助かる。ライナーと、あとベルトルトもセットで出てくれるか?」

ベルトルト「う、うん。いいよ」

ユミル「後は、ミカサとアニ。2人も出れるか?」

アニ「制服の方ならいいよ。ぷりきゅあはちょっと、学校内でやるのはきついかな」

ミカサ「では私もそれで」

特に問題は無いので引き受ける事にした。

ユミル「よし。後は……」

クリスタ「わ、私もやるよ。アルミンとの撮影でセーラー服、着るから」

ユミル「クリスタ……」

ユミルが複雑そうな顔をしていた。本当はやらせたくないのかもしれない。

ユミル「分かった。クリスタも参加だな。大体こんなもんでいいだろ。この5人と一緒に撮影できますっていう、告知しとけば、写真館を見てやろうって奴が集まるかもしれないしな」

コニー「よし、そんな感じでいいんじゃねえか?」

ユミル「コニー、お前何もアイデア出してないだろ」

コニー「(てへペロ)だってよーオレ、やるのって天空城ラピュタのパズーだしー? 需要ねえだろ? 焼いたパン食いたいだけだもん」

そうだろうか? 私は需要があるように思うけれど。

サシャ「記念撮影でしたら、うちの父を当日、連れてきましょうか?」

ユミル「だ、大丈夫なのか? スケジュール空いているのか?」

サシャ「2日全部は無理ですけど、1日だけならいけると思いますよ。今から予約入れておけば」

ユミル「助かる。じゃあ機材とかも……」

サシャ「はい。自宅から持ってくればいいんですよね? うちにある物を使いましょう」

約束通り10分だけ話し合いをして方針が決まったので、放課後の残りの時間はそれぞれの活動になった。

音楽室に向かうとそこにはマーガレット先輩がいた。ジャンは早速先輩に話を聞くようだ。

マーガレット「出し物リスト見たよー! 1組はコスプレ写真館やるんだってね! うちらも去年やったよー!」

ジャン「はい。あの、それでお聞きしたい事が……」

マーガレット「うんうん、何でも聞いて?」

ジャン「その、お客さんとの記念撮影ってどんな感じだったんですか?」

マーガレット「ええっとね、うちの部にある衣装とガーネットが持ってるコスプレ衣装を全部足して、お客さんに貸し出して、クラスの中で綺麗どころを10人くらい選出して、どの子と一緒に写りますか? っていう感じでオーダー取って、その場で写真撮って、パソコンでプリントアウトしたよ。コスプレは、お客さんが着るのもいいし、着なくてもいいし、指名された側だけ、コスプレするっていうのも有りだった。いやー予想以上に繁盛してね? 稼がせて貰いましたよ。うふふ……」

ジャン「では、クラスの全員がコスプレするっていうやつじゃなかったんですね」

マーガレット「何それ?! ちょちょちょ、詳しく教えて!!」

マーガレット先輩の興奮具合が凄い。まるでハンジ先生のようだ。

ジャンの説明が終わってからも滾る思いを堪えられない様子だった。

マーガレット「おぬし、天才!! それ、買占めに行ってもいい?! 予約入れてもいい?!」

アルミン「あの、予約はしてないので、当日買いに来てください。すみません…」

マーガレット「NOOOOO! 特にその軍服の子達は今から予約したい……ぐぬぬ……」

マーガレット先輩はどうやら軍服好きのようだ。

そう言えば九州大会の時にちらっと見せて貰った同人誌も制服を着た男性が多かったような。

マーガレット「あ。でもひとつ問題があるよ。あのね、お客さんは、意外と外国の方が多かった。外人さんがわんさか団体でやってきて、写真撮りたがるから、英語出来る子を受付におかないと、パニックになるよ」

ジャン「英語?!」

アルミン「あ、そっか。コスプレ文化って、日本より外国の方が大らかだよね」

マーガレット「うん。だから英文で受付マニュアルを作っておいた方がいいよ。キース先生、英語の担当だし、先生に作って貰えばいいと思うよ」

アルミン「そうですね。頼んでみます」

マーガレット「あとそうだね……そういう事なら、ガーネットの手持ちのコスプレ衣装を今年も貸し出してもいいかもね。ちょっとメールするわ(スマホ取り出し)」

ガーネット先輩はまだ音楽室に来ていなかった。

しかし返事はすぐに届いて、

マーガレット「あ、OKだってさ。家にある奴、全部持って来てくれるって。貸し出せる物をリスト書いてくれたから、そっちに転送するね」

ジャン「あ、はい。お願いします」

そして届いたその衣装の数々に、私達一同は面喰う羽目になった。

そのリストの中にはるろ剣やデュララララというリストもあった。

あ……巴さんと杏里ちゃんの衣装もある。

誘われて断ってしまった衣装がまさかリストの中にあるとは思わなかった。

ジャン「……………マジですか、これ」

マーガレット「マジだよ。あの子の家、そういうの専門に作ってる部門があるから、融通きくんだ~♪」

アニ「これなら、いくつか作らなくて済む物も出てきたね」

ミカサ「確かに。予定では部室にないものは自分達で作るつもりだったけど」

マーガレット「あ、そうだったの? 話してくれて良かったわ。あ、ちなみに今、新作も作ってる最中だから。皆、9月28日、空いてる?」

エレン「9月28日ですか? その頃は文化祭の準備とか演劇部の準備で慌ただしいんじゃ……」

マーガレット「10時から2時までだけでいいから! お願い! スケジュール空けといて!!」

ミカサ「その日に何かあるんですか?」

マーガレット「あるの。F県恒例の、大型イベントが。ヤホードームのコミケが!」

一同「「「「はあ?!」」」」

マーガレット「お願いします! コスプレチームをやりたいから、お願い! 皆、協力して!」

エレン「いやいやいや、ダメですよ。遊んでいる場合じゃないですよ」

エレンの言う通り遊んでいる場合ではない気がするが……。

マーガレット「……参加してくれないなら、劇部の衣装もガーネットの衣装も貸してあげない(キリッ)」

アニ「えっ……(青ざめ)」

マーガレット「劇部の衣装、殆どガーネットが管理してた物よ? その権利はガーネットが一番持ってるわ」

ミカサ「ではガーネット先輩がいいと言えば、いい筈では?」

マーガレット「ふん……ガーネットがOKだすわけないわ。ねー?」

と、後ろを見るとガーネット先輩とスカーレット先輩が丁度到着した。

ガーネット「呼ばれて飛び出てきました。ええっと、話は大体分かったけど、1組もコスプレ館をやるのよね?」

スカーレット「私らの時よりグレードアップしているじゃない。やるわね」

アニ「あの、ガーネット先輩。28日、コミケに行くんですか?」

ガーネット「ああ、いくけど……え? 皆、いかないの? てっきり行くのかと思ってたけど」

エレン「いやいや無理ですよ!! 準備のまっ最中じゃないですか!」

マルコ「興味がない訳じゃないですけど、時期が悪すぎませんか?」

ガーネット「それはそれ、これはこれ。もうスペース申し込んでるしキャンセルは出来ないよ」

スカーレット「というか、既に皆の分も作ってるんだよね」

どうやらもう逃れられない運命のようだ。

エレン「ええっと、一応聞いていいですか? 何やらせる気で?」

ガーネット「今年は神々の遊戯をやるつもり。エレンはアヌビス神化。ミカサはツキツキの神化。ジャンはトールの神化で作ってるよ」

ジャン「マジですか……リヴァイ先生にバレたら怒られるんじゃないんですかね?」

ガーネット「何で? コミケに出るのは漫研の活動として出る訳だから、正式な同好会の活動だよ?」

マーガレット「あれ? 言ってなかったけ? 私、漫研と兼部しているって。こっちの二人も席だけは置いてくれてるんだよ?」

スカーレット「漫画は描かないけどね」

ガーネット「うん。人数合わせに入ってるんだよ」

マルコ「あ、だったら僕とアルミンとアニは、コスプレしないで済むのかな」

アルミン「だね。店番とかすればいいのかな?」

ガーネット「いやいや、途中加入の君達の分も、作ろうと思えば間に合うよ。よし、アニはタケタケ神化、マルコはバルドル神化、アルミンはロキロキの神化を作ってあげよう」

アニアルミンマルコ「「「ええええ……」」」

マーガレット「いいじゃない。どうせクラスの出し物もコスプレなんでしょ? あ、後で神々のコスプレも貸し出してもいいよね?」

ガーネット「うん。いいよ。貸す貸す。ちなみにペトラ先輩はユイ役で出るの決定だから」

其の時、私は思い出した。そう言えばそんな約束をしていた事を。

ミカサ「ああ、合宿の時の約束のアレですか」

ガーネット「そうそうアレ。合宿の時の交換条件で、「何でもする」って言ったからには出て貰わないとね」

エレン「? 何の話だ?」

ミカサ「夏の合宿の時、女子が男子と一緒に泊まるか否かで話し合った時、ペトラ先輩が説き伏せた条件。コスプレするって約束した」

それだけペトラ先輩は合宿を強行したかったのだろう。

恋する乙女は時に我儘になる。仕方がない。

エレン「ちなみにそのアヌビスってどんな奴ですか。一応、格好を確認させて下さい」

ガーネット「こいつ。こんな感じになるよ」

エレン「………………」

エレンは呆れ返っていたけれど、私は先程のマーガレット先輩と同じくらい滾ってしまった。

何故なら上半身が殆ど裸である上、可愛い猫(?)耳のような物があったのだ。

ミカサ「か、可愛い……(赤面)」

エレン「え?」

ミカサ「エレン、可愛いと思う」

エレン「何。やって欲しいのか?」

ミカサ「ぜ、是非……(こくっ)」

はあはあはあはあ。駄目だ。今から興奮してくる。

想像だけで鼻血が出そうだ。女の子なのに。はしたない。

エレン「分かりました。やりますけど、でも、10時から2時までは厳守して下さいね。多分、とんぼ帰りするだろうし」

ガーネット「それは勿論約束するよ。大丈夫」

ジャン「オレのどれ……」

ガーネット「ジャンはこれだよ」

ジャン「オレも結構、露出あるっすね…(ズーン)」

エレン「ミカサのも見せて下さい」

ガーネット「ツキツキはこれ。和風だから」

エレン「あー…」

私は何故か和風の衣装になるようだ。

マーガレット「いやーコミケの準備と演劇部の準備が重なったせいで、まともに寝てないけどねー昨日、2時間しか寝てないよー」

ガーネット「あー分かる。私も3時間しか寝てないよ」

スカーレット「似たようなものだね。私も2時間だわ」

皆、ギリギリまで頑張っているようだ。

ミカサ「………何だか私ももう少し頑張れる気がしてきた」

エレン「真似するなよ?! 良い子は真似しちゃダメな例だからなコレ?!」

マーガレット「確かに。これは悪い子の例だね。いや、イベント終わったら20時間くらい寝るからいいよ」

エレン「それもどうかと思いますが、あの、体壊さないで下さいね……」

エレンが宥めている様子を皆が苦笑して見守っていた。

どうやらこのマーガレット先輩の無茶っぷりは今に始まった事ではないようだ。

そしてその日の部活動は後からエルヴィン先生がやってきて、必要になりそうな小道具や衣装の打ち合わせを先にした。

エルヴィン「原稿は予定通り13日までには出来上がると思うよ」

進行状況は順調のようだ。

マーガレット「良かった。意外と早く動き出しが出来そうですね」

エルヴィン「大まかな粗筋はオルオの書いていた物があったからね。そこに修正を加えつつ、皆の願望を入れていったから、私の仕事はそんなに多くなかったよ」

アルミン「いや、それでも十分凄いと思います」

そしてその日の活動はいつもより早めに終わり、その日の放課後、私はエルヴィン先生に呼び止められてしまった。

エルヴィン「ミカサ、すまない。少し時間を貰えるかな?」

ミカサ「なんでしょう?」

エルヴィン「内密な話になる。2人きりでいいかな?」

ミカサ「分かりました」

私はエレンとアルミンとアニに先に玄関で待っているように言っておいた。

そして音楽室にエルヴィン先生と2人だけで居残りをする。

エルヴィン「率直に言おう。ミカサ。ミスコンに出て貰えないかな」

ミカサ「ミスコン?」

エルヴィン「3年4組の出し物だ。私のクラスの出し物なんだけど、今日の朝から投票受付が開始になったばかりなのにあっという間にミカサに10票集まってしまったようだよ」

ミカサ「10票?」

エルヴィン「今日から9月25日までを投票期間としたミスコンの推薦だよ。10票以上獲得した女子を優先的に出場させる事になっている。今日の時点で既に10票を越えているから、恐らくミカサが出ないと文句が出る事態になりかねない」

ミカサ「そ、そんなにすぐ集まったんですか」

エルヴィン「圧倒的だったね。これだけすぐ票が集まったのは一回目の女王の時以来だよ」

ミカサ「ミスコン……」

ミスコンと言えば水着姿になってポーズを取るアレを思い浮かべてしまう。

ミカサ「水着審査があるんですか?」

エルヴィン「いやいや。水着は着ないよ。その代り私服でセンスを競い合う事になる」

ミカサ「私服を着るんですか」

エルヴィン「うん。テーマに合わせて私服に着替えてファッションショー兼ミスコンみたいな感じになるよ」

ミカサ「…………」

どうしよう。突然の申し出になんと答えたらいいか分からない。

エルヴィン「ミカサの舞台恐怖症の件についてはリヴァイからも少し話を聞いている」

ミカサ「うっ……」

エルヴィン「でも今回、リヴァイを倒す役柄ならやってみたいという申し出はつまり、君自身、トラウマと立ち向かおうとしているとみていいのかな」

ミカサ「はい……」

エレンが喜ぶところをみたいと思う私の欲望が奮い立たせたのだ。

エルヴィン「ミスコンの方は演劇の様に舞台で長台詞を言ったりする事はない。皆の前で私服を見せて私のインタビューに適当に受け答えをすればいい」

ミカサ「でも……あの……」

エルヴィン「時間はまだある。でも返事は出来れば9月30日くらいまでに欲しい。勿論、それを過ぎてからでもいいけど」

ミカサ「分かりました。それまでには返事をさせて貰います」

そしてその日はミスコンの事に悩みながら私は自宅に帰る事になったのだった。






ミスコンの事はとりあえず一度棚上げして、今は殺陣の練習に専念した。

9月13日。この日も朝からリヴァイ先生と練習をしていたけれど、うまくいかずに落ち込んだ。

日に日にリヴァイ先生の動きが速くなっているような気がする。

私は一度も攻撃を当てられず、ストレスがどんどん溜まっていくのを感じていた。

リヴァイ「……おい、何度も言わせるな。殺気を前面に出し過ぎて、動きが雑になってきているぞ」

ミカサ「うぐっ……」

リヴァイ「俺の事が嫌いなのは別に構わんが、そのせいで動きに影響が出るなら、殺陣の内容を変えざる負えない。それでもいいのか」

ミカサ「い、嫌です」

リヴァイ「だったらもう少し落ち着け。そんな毛が逆立った猫みたいな精神状態じゃ、いいものは作れないぞ」

ミカサ(ズーン……)

リヴァイ「少し休憩するか。水、飲んでくる」

と言ってリヴァイ先生は体育館を後にしてしまった。

思わず床にボコボコ八つ当たりをしてしまった。悔しい。

ミカサ「何故……何故、一回もドサクサに紛れて一発当てられないの…?」

エレン「ミカサ。まだそんな事を思っていたのか」

ミカサ「然るべき報いをする為にこの作戦を考えたのに……(ゲシゲシ)」

ミカサ「何故……何故当てられない? 一矢報いたいのに」

エレン「あのな、ミカサ……」

ミカサ「今度こそ、今度こそはあいつに……(ブツブツ)」

この時の私はエレンの言葉も碌に頭に入っていなかった。

それくらいリヴァイ先生の事ばかり考えていて、頭の中が一杯だった。

エレン「……………」

エレン「ミカサ、もうあの時の事、忘れないか?」

其の時、エレンの声が少し低くなった。

ミカサ「え?」

エレンの方を見ると、両目が細くなっていた。口も不機嫌な形だった。

エレン「オレ、リヴァイ先生に腹バンされた事、別に怒ってねえし。ミカサがそこまで怒る必要はねえぞ?」

ミカサ「エレンこそ、何故あの行為を許せるの? 私はまだ、許した訳ではない」

エレン「いや、だって悪いのはオレだし。リヴァイ先生は先生として叱っただけだろ?」

ミカサ「その行為が行き過ぎだと思う。何もあそこまで、皆の前でやらなくても良かった……」

エレンの行動は私を思いやっての物だった。

だからあそこまでリヴァイ先生に責められるような事ではない。

注意するだけで十分ではないのか。何故、あんな見せしめをされなくてはいけなかったのか。

今でも私はあの件に納得がいっていない。根に持ち過ぎだと言われようとも。

私はリヴァイ先生に然るべき報いを受けさせたかったのだ。

エレン「いやもう、それ、済んだ事だし。そのせいでリヴァイ先生の事、嫌いになったんなら、何か申し訳ねえつーか……」

ミカサ「エレンはどうしてそこまでリヴァイ先生を尊敬するの?」

エレン「え? 尊敬?」

ミカサ「している。滲み出ている。私にはそれが理解出来ない」

エレン「…………そうなのかな」

エレンが首を傾げていた。

ミカサ「私の憎悪はそこも含まれている。エレンの尊敬を勝ち取っているのがムカつく」

エレン「え、ええええ………」

そうなのだ。エレンがリヴァイ先生を先生として好いている時点でもう既に嫌なのだ。

ミカサ「……ので、エレンがなんと言おうと、私はリヴァイ先生に然るべき報いを与えたい。リヴァイ先生はそれを受けるべき」

エレン「………………」

とにかく一発でいいから殴りたかったのだ。私の実力で。

そうすればこの胸の中のムカムカも幾分か収まると当時は思っていた。

まさかこの時、エレンがそんな私に対して嫌な思いをしていたなんて。

想像も出来なかったし、またそんな風に思わせてしまって、申し訳ないのと同時に。

凄く嬉しいとも思ってしまった。

リヴァイ「待たせた。再開するぞ」

リヴァイ先生が休憩して戻ってきた。そしてまた練習再開になった。

今度はリヴァイ先生の方から先に仕掛ける殺陣になった。

やっぱり初日に比べて動きが速くなっている。目で追うのもしんどい。

恐らくリヴァイ先生自身が殺陣の動きに慣れてきたのだろう。

元々、経験者であると言う事を後でエルヴィン先生に聞いたし、練習を重ねるにつれてリヴァイ先生は昔の勘を取り戻してきたのだと思う。

ミカサ「くっ!」

新聞紙の刀を弾き飛ばされてしまった!

ミカサ「しまった!」

エレン「!」

避けられない!

私は仰向けに倒された。リヴァイ先生に、完全敗北した。

駄目だ。

今の私では到底、リヴァイ先生に勝てない。

こんな風に実力で完全に捻じ伏せられるとは。

悔しい。悔しい。悔しい!

どうしたら、どうしたら私はリヴァイ先生に勝てるの?

ミカサ「はあ……はあ……はあ……」

私が呼吸を整えていた其の時、意外な言葉が降って来た。

リヴァイ「…………もしも俺が本当の悪役だったら」

ミカサ「?」

リヴァイ「お前をここで殺したのち、そこのエレンも殺すだろうな。それを想像出来ないか?」

ミカサ「!」

其の時、私は肝心な事を忘れていた。

そうだ。私は舞台に上がるのだ。

勿論、リヴァイ先生を倒す役どころにはなるけれど。それ以前に。

私は演じなければいけない。「主役」というヒーローを。

リヴァイ「お前は、誰かを守る為に剣を取るんだろ? だったら、その殺意を腹の奥に押し込めろ。敵を倒すその一瞬の為に剣を振れ。殺意が悪いとは言ってない。その出し方を、うまくコントロールするべきなんだ」

ミカサ「…………はい」

そうだった。私はリヴァイ先生を倒す為に剣を振るのではなく。

エレンを守る為に剣を振るわなければいけないのだ。

リヴァイ「まだ台本が完成した訳じゃないが、恐らくそういう役どころになるだろう。ヒーローは、負けてはいけない存在だからな」

と言ってリヴァイ先生は手を差し出した。

差し出された手にまだ抵抗感はあったけど、一応、その行為に甘えた。

そこから先は私は真剣に考えた。

リヴァイ先生に攻撃を当てる事を重視するのではなく、リヴァイ先生をどうやったら、殺す事が出来るかを。

ただ攻撃するのではなく、急所を狙って、動きをリファインしていく事を意識する。

リヴァイ「そうだ。今の動きは悪くない」

リヴァイ先生の顔が少し嬉しそうだった。

リヴァイ「闇雲な攻撃は自身の隙を生む。こっちも攻撃してくる事を意識して、注意深く相手を見るんだ」

ミカサ「はい!」

エレン「……………」

そして一通り殺陣をやり直したのち、リヴァイ先生がエレンに言った。

リヴァイ「おい、今の、結構いい感じだったのに、録画してなかったのか」

エレン「す、すみません…!」

リヴァイ「まあいい。それだけエレンが見惚れていたという事だな。精度が上がってきている証拠だ」

あらら。エレンがRECし忘れるなんて珍しい。

でもそれだけ今の殺陣はいい感じになったような気がする。

リヴァイ「少し早いが練習をここで切り上げよう。今日はいよいよ、完成台本の読み合わせの予定の筈だ。それを踏まえて、来週からは台本に合わせた殺陣も盛り込んでいくぞ」

ミカサ「分かりました」

リヴァイ「………シャワーを浴びてくる。じゃあ、お先に」

リヴァイ先生がシャワー室に行った。

その直後、エレンは正面から私を抱きしめてくれた。

恒例のキスを待っていたけれど、今日は様子がおかしいと思った。

ミカサ「……………? エレン?」

ハグの力がいつもより強い。というより、エレンが少し震えている?

ど、どうして? 何か気に障るような事があったのだろうか?

ミカサ「どうしたの? エレン………?!」

その直後、いつもは来ない感触がやってきた。

お、お尻にエレンの手が伸びていた。背中にも怪しく這う感触がある。

ミカサ「あっ……エレン? どうしたの? 急に……あっ……」

服の上からだというのにエレンの手の動きをはっきり感じた。

動きが力強い上に呼吸まで荒くなっていた。なのにエレンは何も話さない。

どうしたの? エレン。私をどうしたいの?

良く分からない感情がこみ上げて来て私は涙が出そうになった。

でも嫌じゃない。この感じは、全然嫌じゃない。

ミカサ「エレン……あっ……ああっ……」

運動で火照った体がますます熱くなってきた。

体中が溶けてくるような感覚が奔る。不覚にも、私は心から感じてしまった。

エレンの手の動きが気持ちいいと。

そして服越しにほんの少し分かる感触が私をますます赤面させた。

エレンの股の間にある物がほんの少し、反りあがっているような気がしたのだ。

気のせい? いや、でもどうなんだろう?

確認するのが怖かった。何か当たっている気がするけれど。

その何かを言うのは流石に躊躇われたのだ。

困惑のままエレンの手の動きを受け入れていたら、其の時、唐突に声が聞こえた。

ハンジ「あれれー? こんな朝早くから第三体育館、使ってるの? まだ6時半だよー?」

生物のハンジ先生が何故かこっちにやってきたのだ。

慌てて私達は身体を離した。

ハンジ「ありゃ? そこにいるのはエレンとミカサではないか。ん? もしかしてリヴァイもいるの?」

エレン「ああ、今、シャワー浴びてます」

ハンジ「まじかwwwwよし、こっそり突撃して、裸を見てやろうwww」

え? 何故?

ミカサ「リヴァイ先生の裸なんて見ても価値はないのでは?」

ハンジ「そんな事ないよwww」

ハンジ「これはリヴァイをびっくりさせるのが目的のドッキリだよwwぷくく……では突撃してきまーすww」

ああ。ドッキリ大作戦なのか。ならいい。

せいぜい、びっくりさせてやろう。ククク……。

ハンジ先生を見守る。静寂。しばしの静寂。

リヴァイ「うあああ?!」

案の定、リヴァイ先生の悲鳴があがって私も内心、笑いを堪えた。

リヴァイ「お前、何しに来た? 朝は弱いんじゃなかったのか?」

ハンジ「やーうん。これから仮眠取るとこだよ。昨日徹夜したからさー。この後寝るつもりだったけど、こんな早い時間に第三体育館の明かりがついてたから、リヴァイいるのかなーって思ってこっちに寄ってみた」

リヴァイ「相変わらず無茶してやがるな。たまには夜に寝ろよ。朝に寝て授業開始まで寝るサイクルはやめろと、いつも言ってるのに」

ん? あれ?

リヴァイ先生とハンジ先生、そのまま会話をしている?

ハンジ「それは分かってるけどね。いや、ついつい。朝練はリヴァイに任せっぱなしだからね。たまにはこの時間にも顔を出そうかと思って」

リヴァイ「寝ていない奴がいう台詞じゃねえな。目のクマは隠しきれてないぞ」

ザーザー…

シャワーの水音らしき音は止まってない。

やっぱりそうだ。え? 何故? 普通、追い出すなりするのでは……。

ハンジ「リヴァイこそ、いつもよりちょっと早いじゃない。何してたの?」

リヴァイ「言ってなかったか? 今、演劇部の方の活動の為に、朝練習をここでさせて貰っているんだ。今度の文化祭で、何故か俺も舞台に上がる事になったから、生徒と殺陣の打ち合わせをしている最中なんだよ」

ハンジ「ええええ?! 聞いてないし! 何それ。早く言ってよ。ちょー楽しみwww」

リヴァイ「エルヴィンにまたしても乗せられたような気がするがな。殺陣の練習の為に朝の4時にここに来て練習している」

ハンジ「マゾイwwwwリヴァイ、あんた、本当によくやるよね。私はそこまでやれないわよ。あんたこそ、寝てないんじゃないの?」

リヴァイ「……毎日4時間は寝ているから大丈夫だろ」

ハンジ「あー10時に寝て2時起き? 確かにその時間帯は黄金の睡眠時間とは良く言われるけどね。でも、あんたの場合は労働もしてるんだから、もうちょっと寝てもいいんじゃないの?」

リヴァイ「クソ眼鏡がもっと協力的にしてくれれば、俺は6時間寝られるんだがな」

ハンジ「そう言えばそうだった! めんごめんご! 分かった! だったら来週からは朝練は私が担当するから、リヴァイはその1時間を休憩に使いなよ。文化祭終わるまでくらいなら、替わってあげてもいいわよ」

リヴァイ「………とか言って、来週にはすっかり忘れて「めんご!」って言うんだろ?」

ハンジ「信用ない?! そんなに私、信用ないの?!」

リヴァイ「ああ、ないな。今まで何回尻拭いしてきたと思っている。……そうだ」

リヴァイ「飛んで火に入る夏の虫、とはよく言ったもんだな。ハンジ。勝手にシャワー室に突入したからには、覚悟できているよな?」

ハンジ「え? 何の事? (すっとぼけ)」

リヴァイ「お前もついでに洗っていけ。髪、洗ってないだろ。何日洗ってない?」

ハンジ「………一週間くらいかなー? (てへぺろ)」

リヴァイ「よし、そこに座れ。今から洗う。抵抗するなよ。シャンプーが目にしみるからな」

ハンジ「ぎゃあああああお助けええええ!?」

ええええええ?!

リヴァイ先生、ハンジ先生の髪を本当に洗ってしまったようだ。

な、なんて破廉恥。どう考えても変態である。

私とエレンはお互いに呆れ返った顔で髪を洗い終わったハンジ先生を見ていたし、リヴァイ先生を見て困惑した。

ハンジ「もー強引なんだからー…」

リヴァイ「その台詞、そっくりそのまま返す。ん? エレン、ミカサ。まだイチャついていたのか?」

ミカサ「あ、いえ……」

リヴァイ「時間は無駄にするなよ。さっさとシャワー浴びて来い」

ミカサ「は、はい……」

この瞬間、シャワー室に向かいながら私は気づいた。

ハンジ先生の髪を洗い終えた後のリヴァイ先生のどや顔を見て思ったのだ。

リヴァイ先生の方はどう見てもハンジ先生に気がある。

性的ないやらしい意味で見ているようにしか思えなかった。

先程は呆気に取られて油断したが、今度また同じような事があったらハンジ先生を助けなければ。

そう思いながらシャワー室で汗を流した後はエレンと教室に戻る。

エレンは何故か晴れやかな顔をしていた。いつもと様子が違う。

ミカサ「え、エレン……?」

エレン「ん?」

機嫌がいい声だったので思い切って聞いてみる。

ミカサ「さっきは、その……どうして、あんな事を…」

すると意外な答えが返って来た。

エレン「ああ、オレ、リヴァイ先生にヤキモチ妬いてたんだよ」

ミカサ「え?」

ヤキモチ?

エレン「だーから、リヴァイ先生の事ばっか、考えるミカサが嫌だったんだよ! 嫌悪感でも、その感情に囚われている間は、オレの事、忘れているだろ。それが嫌だったんだよ」

ミカサ「!」

私は一旦、立ち止まった。

エレンに指摘されて初めて気づいた。

確かに私はリヴァイ先生を憎たらしく思っている間はエレンの事を考えていなかった。

憎悪の感情に囚われてエレンの事をないがしろにしていた気がする。

そしてその状態が嫌だと言う事は。つまり。

エレンは私を独占したいと言う欲望がある証拠。

ミカサ「そ、そうだったの……」

エレンの言い分はすぐに納得出来た。顔が赤くなってしまう。

ミカサ「え、エレンが……ヤキモチ………」

エレン「だからさ、もうリヴァイ先生の事、恨むのやめてくれよ。ギラギラしているミカサを見るの、あんまり気分良くねえんだよ」

ミカサ「分かった……」

確かにあんまりギラギラしていると不細工になってしまうような気がする。

いけない。エレンの前では綺麗な自分でいないと嫌われてしまうかもしれない。

ミカサ「そうね。あんな身長も低いチビ教師、嫌悪する価値もない。うふふ♪」

私はエレンの腕をするりと取って教室まで歩いて帰った。

エレンの言う通り必要以上にリヴァイ先生を嫌悪するのは良そう。

そう思いなおして、私はエレンとの時間を大切にしながら教室に戻ったのだった。








13日の放課後、台本が9割仕上がったという事だったので、早速読み合わせになった。

リヴァイ「おい……何で俺の入浴シーンがあるんだ?」

エルヴィン「いや、お色気シーンを入れようという事になって、折角だからオープニングでやろうと思ってこうなった」

リヴァイ先生の褌姿が決定である。ペトラ先輩が興奮する姿が頭に浮かんだ。

リヴァイ「俺の入浴シーンは一体、誰得なんだ……」

ペトラ先輩はきっと喜ぶと思います。と言ってあげたいような。

エルヴィン「いいじゃないか。ほら、☆矢(セイヤ)では悪役のサガがしょっちゅう入浴していただろ? あのノリでいこう(キラーン☆)」

リヴァイ「この劇は、るろ剣テイストじゃなかったのか?」

エルヴィン「同じジャンプー作品だから気にしない(笑)。さて、リヴァイとミカサは出演決定だが、他のメンバーはまだ決めてないから、今日はキャスティングオーディションをしようか」

エルヴィン「今回の劇の大まかなあらすじを今から説明するよ」

エルヴィン「まずはロミオとジュリエットネタを混ぜたいという要望があったから、主人公に助けられる男女の前世にロミオとジュリエットのネタを入れさせて貰った」

エルヴィン「次にリヴァイが苦しむ展開という要望もあったので、薬を盛られるシーンも入れてみた」

リヴァイ「…………」

リヴァイ先生が私を見た。何か問題でも?

エルヴィン「後は……るろ剣ではよくある展開だが、ざっくり言えば悪い奴を主人公が退治するお話だよ」

エレン「本当に大まかな粗筋ですね」

エルヴィン「まあ詳しくは台本を読みながら説明するから」

エルヴィン「まずは主人公の助手的役割の警察官役からオーディションしていくよ」

そして仮台本を元に台詞の読み合わせが始まった。

斎藤雀の役は満場一致でジャンに決定した。

エルヴィン「ここは文句なしだ。ジャンにしよう」

エルヴィン「次はロミオとジュリエットの方を決めるよ」

ここもアルミンとマリーナがすんなり決まった。他の役もさくさく決まった。

ただ唯一揉めたのが使用人の女役だった。

エルヴィン「うーん。イメージとして一番しっくりくるのはアニなんだけどね」

アニ「え?! (ギクリ)」

エルヴィン「アニは裏方希望だったっけ」

アニ「はい」

エルヴィン「でもこの使用人の女役はアニにしか出来ないと思う。頼めないかな」

アニ「お、女役ならエレンでも出来ますよ……?」

エレン「別にいいですよ。オレがやっても」

エルヴィン「うーん。でもこの使用人の女には無理やり牛乳を飲ませるシーンがあるんだよね」

エレン「!」

アルミン「!」

ジャン「!」

リヴァイ「おいおい、誰だよ。そんな卑猥なシーンを要望した奴は」

カジカジ「……………」

ん? カジ君が何故かよそを向いているようだ。

ミカサ「卑猥ですか? どの辺が?」

エレン「ミカサ! 深くツッコミするな!」

何故かエレンに止められてしまった。はて?

エレン「そういう事ならオレがやるよりアニの方が適任ですね」

アニ「え!」

エレン「アニ、やってみたらどうだ?」

アニ「で、でも……」

エルヴィン「試しに牛乳を飲まされるシーンをやってみようか」

そういう訳で急遽、牛乳が用意された。

そして羽交い絞めされて牛乳を飲まされるシーンをアニとエレンがそれぞれやってみる。

男子票が圧倒的にアニに集中して、女性票もいくつかアニに集まって、多数決でアニが勝利となった。

アニ「………そんなに私の方が色気ありますか」

エレン「ああ! アニは色気たっぷりだしな! 大丈夫だ!」

ミカサ「確かに。アニは色っぽい」

アルミン「同感だ。アニの色気は絶妙だ」

ジャン「特にこういう、捻じ伏せられるシーンは似合うよな」

その直後、私以外の発言した男子に蹴りを入れたアニだった。

アルミン「り、理不尽……」

アルミンは蹴られたお尻を擦りながらニヤニヤして言った。

エルヴィン「うん。アニが適任だね。どうかな?」

アニ「うー……」

エルヴィン「どうしても駄目な時はエレンがやる事になるけど。少し考えてみてくれないか?」

アニ「分かりました」

アニは少し落ち込んでいたけれど、暫く考える事にしたようだ。

アニだけが練習から外れてちょっと悩ませている間、私達は仮台本を手にしてざっと通し稽古をやってみた。

この時点ではまだリヴァイ先生は最後に死ぬ役柄ではなくて、ラストでは傷を負ったまま行方不明になると言う粗筋だった。

ミカサ「あの、エルヴィン先生」

エルヴィン「なんだい?」

ミカサ「リヴァイ先生の役柄、あまり悪役っていう感じではないような気がします」

リヴァイ「贅沢言うなよ」

ミカサ「でも何だかすっきりしない……ので」

エルヴィン「ふむ。成程。だったらリヴァイ殺しちゃおうかw」

リヴァイ「はぁ?」

エルヴィン「いや、私も実はそこをどっちにするか迷っていたんだよ。行方不明案と殺す案、両方考えていてとりあえず、こっちで書いてみただけだ。ミカサがしっくりこないならそっちに変更しよう」

ミカサ(ぐっ!)

私はエルヴィン先生とグーをしあった。

リヴァイ先生はちょっとだけ遠い目をしていたようだけど。

そんな風に台本の変更部分を話し合っていたら、アニがこっちにやってきた。

アニ「あの……そういう風に台本の変更って出来るんですか?」

エルヴィン「ん? 出来るよ。演技しながら最終的に微調整していくんだ。だから先程、台本は9割出来たって言ったんだよ」

これはペトラ先輩の時もそうだった。台本は都合によっては変更する場合もあるのだ。

アニ「成程……」

エルヴィン「もしかして変更して欲しいところがあるのかな?」

アニ「あの、初めての舞台なので、出来れば台詞の量を少し減らして貰えたら」

エルヴィン「もしかして、殺陣よりも台詞の方が緊張するのかな?」

アニ「はい。台詞を言うのをとちったら恥ずかしいので」

その気持ち、痛いほど分かる。

エルヴィン「分かった。だったら使用人の女の台詞は少し削ろうか」

エルヴィン「その条件なら引き受けてくれるね?」

アニ「はい。やってみます」

という訳でアニも急遽、役者を兼任する事になり、練習をする事になった。

そしてその日の練習が終わった後、エレンはうっかりタオルを音楽室に置き忘れてしまって取りに戻った。

エレンを待っている間、私達は玄関の近くで立ち話をしていたら、ジャンとマルコが合流してきた。

ジャン「よお。皆、ちょっといいか?」

アルミン「ん? 何? 改まって」

ジャン「いや、あのさ……お前ら、舞台の方の演目に参加しねえのかなって」

アニ「舞台? クイズ大会とか?」

ジャン「いや、フィーリングカップルとか、野球拳とか……」

アルミン「野球拳は参加するより観客席にいたいかな」

ミカサ「そうなの?」

アルミン「うん。エレンも同じ事をいいそうな気がする」

ミカサ「そうなのか」

エレンは別に参加したい訳ではないのか。

マルコ「僕も野球拳は見ている方がいいかな」

ジャン「フィーリングカップルに出ないのか? フィーリングカップルは見るより参加する方が楽しそうじゃねえか?」

アルミン「ええ? ジャン、出るの?」

ジャン「いや、オレ一人じゃ無理だが、その……皆で出てみねえか?」

アニ「私はパス。そういうの興味ない」

アルミン「僕もパスするよ」

ジャン「でも、結構いい景品が出るみてえだぞ?」

ミカサ「景品?」

ジャン「なんか、ホテルの宿泊券とか、レストランのディナーとか」

ミカサ「ううーん」

景品に釣られる気持ちは分からなくはない。でも私は気が進まなかった。

ジャンのこういう遠回しなアプローチは正直、困る。

と、其の時、エレンがこっちに戻って来た。

エレン「ん? 何でジャンもマルコも待ってたんだ?」

ジャン「いや、何でもない(プイッ)」

アルミン「いやね、ジャンがさっきからしつこくってさ。フィーリングカップルに出ないのか? って言ってきて。エレンが戻ってくるまでその話でもめてたんだよ」

ミカサ「私は別に出る必要はない。ジャンは出たいなら出ても良いと思う」

ジャン「いや、さすがに一人で出るのは勇気要るし、その、団体参加でならいいかなって思ってな。景品も出るだろ? な? ダメか?」

ジャンの誘いにエレンも呆れている様子だった。

アニ「私達は舞台の準備で忙しいんじゃないの? 日程がどうなるかまだはっきり分かんないんだし、あんまりきついスケジュールにしない方がいいと思うけど」

アルミン「僕も同感。それにそういうのでくっつけられるのって、恥ずかしいし」

マルコ「うーん、僕もちょっと、そういうのは苦手だな」

ジャン「そうか……(ズーン)」

エレン「残念だったな。ジャン。それにフィーリングカップルには、多分、ハンジ先生が出るぞ」

ジャン「え?! 何で?! どこ情報だよ、それ!?」

エレン「さっき、音楽室に戻った時にリヴァイ先生がそう話していたんだ。学校の先生も出ていい企画みたいだぞ。どーすんだよ。もし、ハンジ先生とくっついちゃったら」

ジャン「ううう……そうか。さすがにハンジ先生はちょっとな。分かった。今回は諦めるとするよ」

まさかこの時のフィーリングカップルの事件がリヴァイ先生とハンジ先生をくっつける事になるとは。

当時は全く予想していなかった。本当に。

そして私達は電車で帰る。アルミンが「やれやれ」と言っていた。

アルミン「ジャンも早く彼女つくればいいのに……そしたら少しは落ち着くのにね」

アニ「ジャンは別にモテない訳じゃないのにね」

ミカサ「そうなの?」

他の子からのアプローチがあるのは知らなかった。

アニ「うん。この間、告白されているところをアルミンと一緒に見たからね。いつだったっけ?」

アルミン「あ~…2学期入ってすぐじゃなかったかな。確か。他のクラスの女子に告白されているところ、廊下で見たよ」

ミカサ「おおおお! それは良い事」

だったらそういう子と付き合ったらいいのに。

アルミン「ま、断ってたみたいだけどね。勿体ないけど」

ミカサ「そ、そう……(シュン)」

それは私の事を諦めきれないと言う事なのだろうか。ううう。

アニ「でも文化祭って、カップル出来易いって言うよね。ミカサとエレン以外にも、カップル誕生するかもよ?」

ミカサ「そうだといいけど」

エレン「いや、アニもアルミンも頑張れよ。人の事を言ってる場合じゃないだろ」

アルミン「うっ……耳が痛い」

アニ「うっ……胸が痛い」

そんな風に雑談して、アニとアルミンが先に電車を降りた。

2人きりになってから私はエレンに聞いてみた。

ミカサ「エレン。エレンは野球拳に出たい?」

エレン「へ? いや、オレはでねえよ」

ミカサ「では、見たい?」

エレン「そりゃあちょっとは見たいけど」

ミカサ「そう……<●><●>」

やっぱり男の人はそういうものなのか。

エレン「ちょ! 怖い顔すんなって! ど、どうしてもダメならやめておくし!」

ミカサ「うん。出来るなら観に行かないで欲しい」

エレン「うっ………」

ミカサ「………本当はみたい?」

エレン「いや、その………ええっと」

ミカサ「どうしても見たいなら、私も一緒に行くので」

エレン「え? ミカサも見るのかよ」

ミカサ「エレン一人だけ行かせたくない」

エレン「分かった。もし観にいく時間があれば……」

ミカサ「……<●><●>」

エレン「分かった! そこは自重する。な? な?」

ミカサ「うん」

と、この時は言ったのに。

エレンは結局、野球拳を見た時に食い入るように見ていたのでちょっとイラッとした。

ミカサ「野球拳を見たいなら、私とすればいいのに(ボソリ)」

エレン「え?」

ミカサ「何でもない」

そうわざと呟いて、エレンを困らせてやるのだった。ふふっ。

今回はここまで。次回また。ノシ
更新ペースのろくてすんません。年末だから忙しいぜ!






9月23日。この日は衣装がある人達から撮影をした。

私とエレンは眠りの森の美女から撮影を始めた。

王子様の恰好になったエレンが格好良すぎて鼻血が出そうになった。危ない。

興奮し過ぎてメイクが崩れると困るので必死に自分を宥めた。

そして先に撮影に入っていたサシャ達が何やら話していた。

サシャ「では次は恵さんと薫ちゃんと蛍ちゃん、いきますかー」

アルミン「蛍ちゃん?」

サシャ「るろ剣に出てくるおかっぱの女の子ですよ」

アルミン「え? それは燕ちゃんの事じゃない? 蛍ちゃんはセーラームーンに出てくる方のおかっぱキャラだよ」

サシャ「え? そうなんですか???」

アルミン「燕ちゃんのモデルがセーラームーンの蛍ちゃんだというのは結構、有名な話だけど。もしかしてそのせいで間違えて覚えていたとか?」

サシャ(真っ赤)

サシャ「そ、そうかもしれません!! あははは! すみません! あちゃー」

ユミル「サシャ、覚え間違えていたのか」

クリスタ「ぶふっ!」

一同がサシャのドジっぷりに笑っている。

サシャは照れ臭そうに頭を掻いていた。その様子をジャンがじっと見ていた。

口元を片手で押さえて赤くなっている。あ、この仕草。この表情はマーガレット先輩も良くやる。

『萌え過ぎて辛い』という状態になるとこういう仕草をする人は多い。

そんな訳でサシャ達の撮影が先に始まった。サシャ達が終わった後、ユミルが言った。

ユミル「本当は巴さんも入れたかったけどな」

クリスタ「だねえ」

サシャ「でもミカサには断られてしまったんです」

ミカサ「うっ………御免なさい」

ユミル「ああ、いいって。衣装作るの大変だしな」

ミカサ「いえ、その……あの、実は……」

私は巴さんの衣装が実は演劇部の方で借りられる事に後で気づいた件を三人に話した。

サシャ「ええ? そうだったんですか! ちょっと勿体ない事をしましたね」

ユミル「あーサイズはどうなんだ?」

ミカサ「多分、問題はないと思う。巴さんは和装なので」

クリスタ「だったら、四人バージョンも後で撮らない? 今日は無理だけど」

サシャ「その方がいいと思います。やっぱり巴さんも欲しいですよね」

ユミル「だったら剣心バージョンと抜刀斎バージョンも欲しくなるな」

ユミルはエレンとアルミンを呼んで相談を始めた。

アルミン「え? 追加するの?」

ユミル「ああ。ミカサが巴さんも出来る事を後で知ったそうだからさ。折角だから剣心と抜刀斎もお前らやらねえか?」

アルミン「なら僕が剣心で、エレンが抜刀斎?」

ユミル「まあ、イメージ的にはそうかもな」

エレン「いいぜ。今日は無理だけど別の日に撮影追加だな」

そんな感じで話し合って、次はいよいよ私とエレンの撮影に入った。

サシャの父「いやー美人さんだねー。いいよいいよー。そこのベッドに寝転がって、撮影始めようか」

サシャのお父さんは凄く手慣れた感じでサクサク撮影を終わらせてくれた。

私としてはもうちょっとエレンと一緒に撮りたかった気持ちもあったけど、他の人達も撮影するので我慢した。

ジャン「……………」

エレン「おい、ジャン。次だぞ。ルパン組だろ?」

ジャン「あ、ああ……」

次元の恰好をしたジャンがサシャをじーっと凝視していた。

サシャは着替えるのが面倒だったのか、薫ちゃんの恰好のまま仕事をしていた。

ポニーテールが揺れる。仕事をする様子は真剣な眼差しだ。

其の時、ヒッチがジャンに絡んでニヤニヤした。

ヒッチ「なーに、男の顔してんのよ。鞍替えすんの~?」

ジャン「ばっ! な、何の話だ?!」

ヒッチ「うひひひ……いいじゃん別に隠さなくたって。ぷぷー」

ジャンは私だけでなく、サシャにまで気を取られているようだ。

ううーん。だったら私よりサシャにアプローチをした方がいいのでは?

私にはエレンがいる。サシャは確かフリーの筈だ。

コニーとは仲がいいけれど、友達同士だと言っている。

ジャン「お前、頼むから黙ってくれ!! さっさと撮影すんぞ!」

ヒッチ「はいはい~」

ヒッチを中心にして、ルパン組が撮影に入った。

ジャンとマルコは後ろに立つ。4人で写っている。

撮影後もヒッチがとても楽しそうにはしゃいでいた。

マルロに自分を見せびらかしていた。富士子ちゃんの衣装がお気に入りのようだ。

そんなヒッチにジャンが呆れ返っているけど、視線の先は胸元を見ているような。

ジャン………。あなたは何処へ向かおうとしているのだろうか?

ジャンのフラフラ具合に流石に首を傾げる思いを覚えつつ、私は衣装の着替えとメイクを落としに行った。

サシャの父「……これで今日の分は終了か。また明日、放課後来っとかな?」

サシャ「ええっと、うん。あと15組残っとるけん、半分は終わったけん、あともうちょい」

サシャの父「よし。今日はここまでにしとこ。皆、お茶ば飲んでいきなっせ」

一同「「「「はーい」」」」

と、その時、ジャンの携帯がピロロン♪と鳴った。

画面を見て、すぐ青ざめた。誰からだろう?

ジャン「おい、マルコ。これ、どうする?」

マルコ「どうしたの?」

ジャン「マーガレット先輩からメール来た。ただ一言『タスケテ』だって」

マルコ「うわあ………」

な、何かタダ事ではない空気だ。

アルミン「ええっと、これって100%、コミケ関連の何かだよね」

アニ「衣装の方は順調に進んでいるってガーネット先輩、言ってたけど」

マルコ「だったらヤバいのは原稿の方なんじゃない? 落ちそうとか」

ジャン「ありえそう……どうする? これ?」

皆、視線を交わし合って答えに困っていた。

ジャン「まあいいや。とりあえず、1回電話するわ」

トゥルルルルル……

電話が一応繋がって、ジャンがマーガレット先輩と話し込んでいる。

ジャン「……あーなるほど。明日の昼までに入稿しないとヤバいんですね。で、残り10ページも残っていると。馬鹿ですか?!」

ジャンが先輩相手に酷い暴言を吐いている。

な、何か余程大変な事が起きているようだ。大丈夫かしら?

ジャン「あーはい。下書きは終わってる。背景は無し。背景描ける子? ああ、下手なので良ければ、オレも一応出来ますけど…え? 飯作れる子? 時給出す? 2000円?! はあ?! 本当っすかソレ?!」

ジャンの声にサシャが耳ダンボした。

サシャ「何ですか?! 緊急のバイトですか?!」

ジャンはサシャを制止しながら話を聞いている。

ジャン「分かりました。住所教えて下さい。はい。領収書は必須ですね。分かりました。この後、そっちに行きます。はい、じゃあまた後で」

ピッ。

ジャン「緊急事態だ。なんか、マーガレット先輩のお母さんが急病で倒れたらしくって、ガチで原稿がヤバいらしい。お母さん、プロの漫画家なんだってさ」

一同「「「「ええええええ?!」」」」

それはとても大変な事態だ。お母さん、大丈夫だろうか?

ジャン「自分の原稿よりそっち優先しないといけなくなったらしくて、本当にヤバいらしい。今から時間ある奴。ついてきてくれるか?」

エレン「この後は演劇部の方の活動行こうと思ってたけど、それどころじゃねえな、それ」

ミカサ「うん。マーガレット先輩、死にかけているなら助けに行かないと」

ジャン「ああ。あとこの中で絵描ける奴、どんくらいいる?」

ユミル「ん? 漫画家さんのピンチなのか? 落書きなら得意だぞ」

ジャン「ユミル、美術いける方だよな。よし、あと飯作れる奴も来て欲しいって。とりあえず、オレについて来れる奴、一緒に来てくれ」

という訳で、某マンションの一室に、緊急でお邪魔する事になった。

マーガレット先輩の家に来るのは初めてだ。高層マンションだ。

そして皆でゾロゾロ中に入ると、血の気の無いマーガレット先輩が出て来た。

マーガレット「あ、ありがとう……助かる。とりあえず、飲み物頂戴……」

ジャン「頼まれていたスポーツドリンクとカロリーメイト、あと食糧も買ってきました。今、どういう状況なんですか?」

マーガレット「とりあえず、中に入って頂戴……中で説明する(げっそり)」

中は広い部屋だったけど雑然としていた。片付ける暇もないようだ。

机が沢山あったけど、その上にいろんな資料や紙が置かれて何が何やらだった。

スカーレット先輩とガーネット先輩もこっちに来ていた。

スカーレット「あ、皆。来てくれたんだ。ありがとう。私らもさっき来たところだよ」

ガーネット「うん。ジャンがそれなりに絵が描ける子だってアニから聞いてたから、ごめん。呼び出しちゃった」

ジャン「オレもそんな大した絵は描けないですよ」

アニ「そんな事ないよ。あんたは多分、クラスで一番画力あるから」

ユミル「だな。ま、私は面白い絵しか描けないけど」

マーガレット「とりあえず、そこのソファに座ってくれる? 説明していいかしら(ヨロヨロ)」

こんな酷い状態のマーガレット先輩は初めて見る。

2~3時間しか寝てないと言った時の先輩の比ではない。

あの時はテンションが高い感じだったけど、今はそんな余裕もないようだ。

恐らくそれ以下の睡眠時間しか取っていないのだろう。

マーガレット「ごめん。今、お母さん仮眠中だから。熱40度越えてて、ペン持てないから、とりあえず、復活するまではペン入れ終わってるところを消しゴムかけて、ベタ入れて、トーン貼りたいけど、背景はまだ書き込んでないんだよね。ジャン、背景を任せるからやってもらえないかしら」

ジャン「背景ですか。どんなやつですか」

マーガレット「こんな感じ。資料はこっち。これを、三点透視図で、少し調整して……」

ジャン「ああ、はいはい。大体分かります。ざっと下書きするんで、一応チェックして貰えますか」

おお。ジャンはなんとなく仕事を分かっているようだ。凄い。

マーガレット「お、お願い。本当なら背景専門のアシスタントさんに来て貰う予定だったんだけど、都合つかなくて、今日は来て貰えなかったんだよね」

ジャン「分かりました。まあ、やれるだけやりますよ。他の奴らは何させたらいいですか?」

マーガレット「と、とりあえず、何か飯を作って下さい……お願いします」

サシャ「まっかせてくださーい! じゃんじゃん作りますよ!!」

とりあえずジャンとユミルが残って、それ以外はご飯を作る事になった。

腕まくりをして段取りを考える。

ミカサ「皆疲れているようだから、お腹に優しいものを作りましょう」

サシャ「ですね!」

アニ「おじや系でいいのかな」

エレン「熱、40度も出ているなら病院に連れて行くか、医者に来て貰った方がいいと思うけどな」

其の時、エレンが後ろ髪をひかれるような表情で言った。

アルミン「うん……でも今、お医者様に来て貰ったら、強制入院させられるんじゃ」

マルコ「ありうるね。どうしたらいいんだろ」

ミカサ「容体が悪化し過ぎたら手遅れになる場合もある。エレン、おじさんはこういう場合、どうするべきだと言っていた?」

エレン「うーん。具合が悪くなる前後の状況をちゃんと把握した上で、これはまずいと思ったら遠慮なく救急車を呼べ。が親父の口癖だったな。熱は40度越えたらヤバいと言ってたけど……」

エレンが冷静に分析していた。

そういう事であれば救急車を呼んだ方がいいかもしれない。

エレン「うう~……」

エレン「ペン入れってそんなに難しいのかな」

アルミン「素人が出来る事じゃないのは確かだよ。お母さんの絵の種類にもよるけど、繊細なタッチの絵柄だったら、線の細さが違うだけで読者のブーイングだね」

エレン「そうなのか。誰かペン入れも代わりに出来れば、お母さん、入院させてあげられるんだろうけど」

エレンはそこでやはり救急車を呼ぶべきだと判断した様だ。

マーガレット「え?! 救急車呼ぶの?! で、でも……」

エレン「先輩。気持ちは分かりますけど、今はお母さんの方を優先させた方がいいと思います。熱はいつから出ているんですか?」

マーガレット「2日くらい前から……」

エレン「それって結構、ヤバいですよ。先輩、付き添いに行っていいですから。行って下さい」

マーガレット「でも原稿あげないと、うちの死活問題なんだよ?!」

エレン「命の方が大事ですよ?! もしもの事があったらどうするんですか?!」

マーガレット(びくっ!!!)

皆、本当は同じ気持ちだったに違いない。

でもよその家の事だし、どこまで口を出していいのか分からなくて判断に悩んだ。

その躊躇いがあって私もうまく言い出せなかったけど、エレンは勇気を出して言った。

その咄嗟の判断が間違っていなかった事を後で知って私も安堵したのだった。

マーガレット「そうね……ごめん。冷静じゃなかった。うん、救急車、呼ぶ。ありがとうね、エレン」

という訳で、マーガレット先輩を説得して、救急車を呼ばせることにした。

マーガレット先輩はお母さんに付き添って、マンションを出た。

でも残された私達はちょっと困った顔でお互いを見合う。

さてと。ここから先はどうするべきか。

スカーレット「さてさて。ピンチの時は笑いましょ。はい、口動かして」

エレン「え?」

スカーレット「大丈夫よ。一応、締め切りは明日の昼までというラインだろうけど、それはまだ、第二締切くらいよきっと」

ガーネット「我々の業界では第三、第四の締め切りと言うものがあるから、そこまでに仕上げれば何とかなる筈よ」

アルミン「俗に言う、締め切りの駆け引きですね」

スカーレット「そうそう。担当さんの催促がいつ来るか分かんないけど、電話がきたら事情をそのまま話しましょう。向こうもプロだし、調整は出来る筈よ」

ユミル「あの~……こんな感じでいいですかね」

と、ユミルがマイペースに原稿を見せていた。

スカーレット「おお、うまいじゃない。つやベタ綺麗だね。色塗り得意?」

ユミル「まあ、それなりに。ええっと、ここのスタジオって、パソコンは使ってやらないんですか?」

スカーレット「ええっと、トーンの処理はパソコンでも出来るけど、え? もしかして使えるの?」

ユミル「いや、私は無理ですけど。サシャ、お前、フォトショ使えるだろ?」

サシャ「はいはい。使えますよ。自宅でガンガン使っているんで」

スカーレット「フォトショ使えるんだ。じゃあ、ジャンの背景が終わったら、ええっと、ポニテの子に後の処理任せようか」

サシャ「サシャです。ええっと、私は料理しなくていいんですか?」

スカーレット「フォトショ使えるんだったら、そっち優先だね。ええっと、原稿の大体の方針はマーガレットに聞いているから、とりあえず出来るところまでは私らでやっておこうか」

エレン「あの、ペン入れってやっぱり、本人がやらないとダメなんですかね?」

スカーレット「んー………ま、この絵を真似出来るっていう勇気があれば、別の誰かがやってもいいけどね」

おおおお。パソコン画面越しに原稿を見せて貰った。とても線が綺麗だ。

これを真似するとなると凄く大変な作業のように思える。

でもよく見ると、その……えっと。

とてもエッチなシーンも部分的にあり、直視するのが恥ずかしかった。

エレン「結構、エロくないですか?」

スカーレット「あーうん。いわゆる、そういう向けの大人向けの、漫画描いてらっしゃるのよね。知らない? ハーレークイーン系って」

マーガレット先輩がエッチな絵に抵抗がない理由が分かった気がした。

スカーレット「ええと、マーガレットのお母さんは、原稿の下絵からペン入れ、つやベタまではアナログで、残りをパソコンでやってるやり方みたいなのよね。やっぱり、手で描かないと表現できない繊細な部分があるらしくて、そのやり方でやってるって。だから、私らが出来るのは、ペン入れ終わってる原稿のつやベタと、消しゴムかけと、ジャンの背景が終わったら、それをスキャンしてトーン処理をパソコンでやるくらいかな」

? まあ、よく分からないけどとにかく大変そうだという事は分かった。

スカーレット「マーガレットもペン入れ出来るけど、タッチが全然親子で違うんだよね。似ていたら、代わりにやれたんだろうけど」

ガーネット「まあ、無い物ねだりしてもしょうがないよ。出来る事だけ先にやりましょう」

という訳で、後は黙々と作業になった。

それを見守って私とアニは一旦、作業場から離れた。

皆が頑張っている間に料理の準備をしておこう。

アニ「とりあえず味噌汁でも作っておこうか」

ミカサ「…………その前に、少し台所を片付けた方がいいかもしれない」

台所の惨状を改めてみると酷かった。

生ごみとかも放置気味だったし、りんごの皮を剥いたまま、まな板の上に放置されていたし。

細かい事を言い出したらキリがないが、恐らく片付ける時間もなかったのだろう。

先にある程度、片づけをしてから調理に入った方が良さそうだ。

アニ「そうだね。うわ……鍋にカビ生えている」

ミカサ「カレーを作って洗わずに放置していたようね」

アニ「冷蔵庫の中身も一応、見る?」

ミカサ「見た方がいいかも」

アニ「うはぁ……これは酷い」

賞味期限切れの惣菜のパックやらがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

途中まで食べて冷蔵庫に戻して、そのまま忘れて放置していたようだ。

ミカサ「OH……」

思わず外人風に驚いてしまう。

アニ「ううーん。これは家事手伝いをしてくれる人を雇った方がいいような」

ミカサ「漫画家というのはとても忙しい職業のようね」

アニ「だね。まあ、私らで出来る範囲で片付けてあげようか」

ミカサ「そうしよう」

そう言う訳でアニと一緒に台所を大体片付けてから調理に入った。

アニは料理の手際が良かった。家で家事をしている人は段取りを組み立てるのがうまい。

ミカサ「アニは家で料理をしているのね」

アニ「ん? うちは親父と私だけだから。母親はいないし」

ミカサ「そうなのね」

アニ「まあ、うちの親父がアレだから。必然的に家事は私がやっているよ」

ミカサ「そう………」

アニ「母親は私が小さい頃に亡くなったそうだよ。体が余り強くなかったみたい」

ミカサ「成程」

アニ「だから余計にうちのクソ親父が私を鍛えようとしてね。ムキムキになっちゃった」

ミカサ「私よりはムキムキではないような」

アニ「あれからまた鍛えたの?」

ミカサ「必然的に。殺陣の練習をするようになってまた筋肉が増えた気がする」

アニ「ああ……リヴァイ先生、厳しいんだ?」

ミカサ「いいえ。そういう意味ではなく、私の方がついムキになってしまって」

アニ「へー……」

ミカサ「気が付いたら全力でやっている。自分より強い男性に出会ったのは初めてかもしれない」

アニ「ガチで喧嘩したら勝てないって思うんだ」

ミカサ「今のままでは恐らく。勝てない」

アニ「そっか……」

ミカサ「リヴァイ先生も武術に精通しているように思う。身のこなしが普通じゃない」

アニ「まあ、私の事も一発で見抜いてきたからね」

ミカサ「うん。ただの体育教師に見えない。あの身のこなしは只者ではない」

アニ「台詞の方は順調?」

ミカサ「暗記するのは元々得意だけど……」

ただ、頭の中が真っ白になると台詞が飛んでしまうのでそれが怖かった。

ミカサ「本番がまだ怖い。でもやるしかないと思う」

アニ「頑張るね」

ミカサ「うん。エレンが私の舞台に上がっている姿を見たいと言った……ので」

アニ「恋する乙女って感じだね」

ミカサ「うん………」

アニに言われてつい照れてしまった。

ミカサ「アニの方は、順調?」

アニ「台詞を減らして貰ったし、今のところ練習ではとちってないけど」

ミカサ「本番が怖い?」

アニ「まだ怖いよ。そういう経験した事ないし」

ミカサ「お、お互い頑張ろう」

アニ「そうね。うん。頑張ろう……」

アニと何故か励まし合って、料理を完成させた。

味噌汁とおじや。後はちょっとした和え物とか。酢の物とサラダとかも付け足した。

身体が疲れている時は余りがつりとした料理は胃に入らない。

調理を終えると私とアニは途端に暇になった。

皆の様子を眺めたりするけど、手伝える事が無さそうだ。

なので私とアニは部屋にあった漫画等を読ませて貰って待機した。

すると暫くするとジャンが背伸びして、

ジャン「あー指定された背景、全部終わりましたよっと」

と、言って首を触りながら作業を一通り終わらせたようだった。

スカーレット「はや! え? もう終わったの?」

ジャン「あーはい。こんなもんでいいですかね?」

ガーネット「わーうまい。しかも線が綺麗だよ。意外とやるのね」

スカーレット「ちょっと、こんなに絵心あるって聞いてないわよ。何で役者やってるの」

ジャン「いや、なんか成り行きでそうなったんで……」

ガーネット「これ、マーガレットと匹敵するほどじゃない? 絵、うまいわよ、ジャン」

ジャン「そうですかね? いや、そこまでじゃないと思いますけど」

ちょっと得意げなジャンだった。

スカーレット「ねえ、ちょっとジャン、つけペンやらせてみる?」

ガーネット「いいかもね。ちょっとやらせてみようか」

ジャン「はあ……」

スカーレット「ねえねえ、ちょっとこの絵をつけペンでなぞってみて?」

と、没と思われる下書きを取り出して、スカーレット先輩が言った。

ジャン「はあ、まあ、似せてなぞればいいんですよね?」

と、言ってジャンがなぞった。

すると………

スカーレット「おお! これは思っていた以上に、やるね!」

ジャン「家では万年筆で絵を描いたりしているんで、まあ、タッチは似てますかね」

ガーネット「ああ、じゃあつけペンにそこまで違和感ないんだ?」

ジャン「実際に使うのは初めてですけど………」

スカーレット「ちょっと待ってね。スマホで写真送ってみる」

ジャン「え? まさか、オレが下絵、清書するんですか?」

スカーレット「やってもいいかどうか確認する。マーガレットにスマホで画像を送ってみるから」

そしてしばし待つ。その返事は……。

スカーレット「うん、練習させてからなら、やっちゃっていいって。ジャン、ちょっと練習してみて、イケるって思ったら清書をやっていいよ」

ジャン「ま、マジですか。責任重大っすね………」

でもジャンがやれるならやった方がいいと思った。

エレン「ジャン! お前しか頼れる奴がいねえんだ。頑張れよ」

ジャン「あーお前に応援されてもやる気は出ないわー」

ミカサ「ジャン、頑張ろう」

ジャン「よし、とりあえず練習するか」

ジャンは私が応援するとすぐ態度を改めた。

ジャンはお調子者な時があるのでこういう時は楽だ。

アルミン「………よし、大体マニュアル読み終わった。サシャ、僕もフォトショを触らせて貰っていい?」

其の時、アルミンが本を閉じて言った。

サシャ「はいはい。いいですよ。パソコン2台目たちあげていいですよね? こっちもソフト入ってますよね?」

スカーレット「ん? 多分入ってるんじゃないかな。…………あーこっちはヴァージョン古い方みたいね」

アルミン「げっ……そうなんだ。どうしようか」

サシャ「あ、でもバージョン古い方が使いやすいですよ。使いながら教えますんで、アルミン、パソコン得意ですよね?」

アルミン「画像処理ソフトを使うのは初めてだけどね。でも、パソコン自体は使い慣れているから、多分、大丈夫かな」

サシャ「アルミンは頭いいから大丈夫ですよー。フォトショはチョンチョンチョンと囲ってばっとやってカットしてぱっと貼り付ける作業が殆どですから! 単純なお仕事ですよ!」

アルミン「うん、擬音で説明されてもいまいち分からないけどね。まあいいや。見様見真似で、今覚えるよ」

アルミンは凄い。私もパソコンを上手に使えたらお手伝い出来たのだが。

アニも「私、そんなにパソコン得意じゃないから」と首を振っていた。

アニ「あ、そろそろ家の人に連絡入れないとまずいんじゃない?」

ミカサ「そうね。今夜はここに泊まる事になりそうだし……」

スカーレット「そうだね。今のうちに皆、家に連絡入れておこうか」

サシャ「そうですねー分かりましたー」

という訳で各自、今晩はここに泊まる事を保護者に連絡して、作業を再開した。

ジャン「んー……清書する前に、ちょっと腹に何か入れて来ていいですかね?」

スカーレット「あ、それもそうだね。私も腹減ったな」

ミカサ「おじやとか、味噌汁は作りました」

ガーネット「味噌汁有難いね! 豆の力を頂こうか」

という訳で、皆で軽い飯を入れてから、9時から作業を再開する事になった。

しかし其の時、ジャンが非常に顰め面になって原稿を掲げたのだった。

今年の投下はここまでの予定。
続きはまた来年。皆さん、よいお年を!

ジャン「んーちょっとこれ、下絵のデッサン、狂ってないですか?」

スカーレット「んーどれどれ? あ、本当だ。微妙に狂ってるね」

ジャン「意識朦朧とした中で下絵描いたんなら、多少狂っても仕方がないですけど、これ、このままなぞっていいんですかね……」

スカーレット「ちょい待って。確認するね」

と、いう訳でスマホでまたやりとりをする。すると……

スカーレット「あ、やっぱりそれ、そのままなぞったらまずいって。修正入れちゃっていいってよ」

ジャン「えええ……でも、さすがにこれ、何も見ないで修正するのは無理ですよ」

スカーレット「誰かにモデルやって貰うしかないんじゃない?」

ジャン「でも、男女の絡みっすよ? こんな濃厚な体位、誰がやる………」

エレン「ジャン、見せろ。どんな体位だ」

ジャン「あ、馬鹿! おい!」

エレンが原稿を奪って確認していた。私もちょっと興味がある。

エレン「ミカサ、オレ達の出番だ。やるぞ」

エレンに呼ばれて顔を近づけてみる。

ミカサ「? …………(真っ赤)」

おおおおおおおお! 何という密着。これを実演するのか。

ジャン「馬鹿! 誰がやれと言った!! お前らじゃなくても、別にいいんだが?!」

アニ「でも、この中で恋人同士ってエレンとミカサだけでしょ? ミカサ、嫌?」

ミカサ「ええっと……(真っ赤)」

むしろバッチ来い。

ミカサ「嫌ではない……(真っ赤)」

でもその気持ちをそのまま言うのは恥ずかしいので否定を重ねて答えた。

アニ「じゃあいいじゃない。ジャン、時間ないんだから贅沢言わない。ほら、絡んで絡んで」

エレンがベッドの上に寝転んだ。その上によいしょっと重なってみる。

多分、重いとは思うけれど。でもエレンは凄く機嫌が良かった。

ニコニコしている。エレンに釣られて私もニコニコしてしまう。

エレンと重なっていると、接触部分に違和感を覚えた。

これはその……服越しの感触でも僅かに分かる膨らみがあった。

エレン、もしかして勃……いや、言わない。うん。

ミカサ「え、エレン……ちょっと、あの……興奮している?」

オブラートに包んで言うとエレンが照れ臭そうにした。

エレン「ま、ちょっとな」

ああやっぱり。でも仕方がない。これはお仕事だから。

お仕事だから。お仕事だからいいのだ。大事な事なので3回言ってみる。

ジャン「くそおお……速攻、下絵完成させてやる!!」

ジャン、ゆっくり描いて欲しい。慌てなくていい。

エレン「ジャン、この体位以外にも下絵が狂ってたらモデルになるぞ(どや顔)」

ジャン「ああそうかよ! 嬉しそうな顔すんな!」

ジャンがシャカシャカ描いている最中、今度はユミルが渋い声で言った。

ユミル「んー……後半になるにつれて下絵のデッサン、確かに狂ってきているな。こっちとか、かなり酷いよ」

スカーレット「本当だ。よほど酷い状態で描いてたみたいだね」

ガーネット「今度は正常位、修正いれようか」

エレン「了解でーす」

他にもいろいろやらされるようだ。うん。どんどんやろう。

エレンと触れられる大義名分を得られて嬉しい。

ジャン「くっ………ジェバンニよりも早く仕上げて見せる…!」

スカーレット「うーん、こっちのキスシーンもかなりやばくない? うはあ……いつもの先生の絵じゃないよこれ……」

エレン「キスシーンもやばいですか? やりましょうか?」

ジャン「キスシーンはいい!! そこは見なくても修正出来る!!」

スカーレット「いや、でも、見た方が確実に修正出来るよね? だったら実演した方が」

エレン「やりましょう」

ミカサ「やる」

ジャン「お前らもう、これ以上、オレのライフ削るな!!」

ジャンが半泣きで手を動かしていると、

ピンポーン……

12時を過ぎた頃、誰かが来た。知らない人だった。

アシスタント「先生が倒れそうと聞いてこっちにヘルプきました……って、アレ?」

スカーレット「あ、すみません。先生は救急車で運ばれました」

アシスタント「マジですか?! え? じゃあ君達が緊急ヘルプ?」

スカーレット「あ、はい。マーガレットの同級生と後輩が来てます。絵、うまい子が入ったんで、代わりにやって貰ってます」

アシスタント「なにそれ!? 末恐ろしい子! いや、助かるけど、今、状況はどんな感じ?」

眼鏡の女性がバタバタ部屋に入ってきた。恐らくここのアシスタントさんだろう。

原稿の進行具合を確認後、彼女は気合を入れて指示を飛ばした。

アシスタント「ペン入れは私も手伝う。あと8頁よね。残り12時間前後か。うん、1時間半で1枚のペースでいけばギリいける筈。今のうちに、下絵清書してた子の体力回復させましょう。誰かマッサージ出来る子いる?」

アニ「あ、そういうのは得意です。ジャン、揉んでやるよ」

ジャン「あの、出来ればミカサに……」

アニ「贅沢言うんじゃない。ミカサはほら、あんたの応援要員だから」

ミカサ「ジャン、頑張って(何故かフラダンス)」

ジャン「ぶはっ…! (なんか可愛い)」

とりあえず踊ってみた。夜中のテンションは自分でも不思議な行動をすると思う。

でもおかげでジャンがやる気を出したようなので良かった。

そして私とアニは明日の為に先に寝かせて貰える事になった。

アニと並んで別室で布団を敷いて寝る。奥の和室の部屋はこういう時の仮眠室になっているそうだ。

朝の5時頃に目が覚めてアニと一緒に台所に向かう。

おにぎりとか卵焼きとか、お浸しとか。朝の定番メニューを用意してあげた。

ミカサ「お味はどう?」

エレン「おう、うまいぞ」

ジャン「そこ! イチャイチャすんな! 腹立つから!」

ミカサ「ご、ごめんなさい……(シュン)」

ジャンはイライラしている様子だ。徹夜して作業したせいだろうか。

ジャン「いや、ミカサには言ってない。エレン、お前がうざいから視界からどけ」

無茶苦茶言っている。徹夜は人を苛立たせるようだ。

触らぬ神になんとやらだ。エレンは素直にジャンのいう事を聞いて移動した。

アルミン「あー学校、どうしようか」

其の時、アルミンがもっともな事を言いだした。

私も学校の事を忘れていた。もっと言うなら朝練も忘れていた。

スカーレット「え? 私は休む気満々だったけど」

ガーネット「同じく」

マルコ「あーすみません。僕はちょっと休むのは……」

アルミン「うん、僕も出来れば休むのは……」

アルミンとマルコは特待生だから仕方がない。

其の時、私の携帯が鳴った。うっ……リヴァイ先生からだった。

ミカサ「エレン、出て」

エレン「ああ、分かった」

エレンに代わりに出て貰った。エレンを間に挟む方がいい。

エレン「あ、今朝飯食ってます。昨日、マーガレット先輩のお母さんが救急車に運ばれたんで、先輩に呼ばれて、漫画の制作の手伝いしてました。すみません』

エレン「ええっと、救急車に運ばれてからは、まだ詳しい容体は聞いてません。こっちもバタバタしていたんでそこまで気が回らなくて……」

エレン「ええっと、ちょっと待って下さいね」

エレン「リヴァイ先生が学校に来るつもりなら車出してやるって言ってるけど、どうする?」

アルミン「あーそれは助かるね」

マルコ「うん。幸い制服あるし、家に帰らないでそのまま学校に行けるしね」

アルミン「僕とマルコはお世話になりたいかな。エレンはどうする?」

ミカサ「私は今日は休んでもいい」

アニ「まあ、1日くらいならいいよ」

サシャ「休みますー」

ユミルはまだ寝ている。起こすのが可哀想なくらい熟睡している。

エレン「まあ、そうだな。オレもついでに休むか。分かった」

エレン「アルミンとマルコは学校に行きます。それ以外はまだ、作業を手伝います」

そしてリヴァイ先生が迎えに来た。ポリビタンDをお土産に。

ポリビタンDは疲労回復の為に飲む栄養ドリンクだ。子供でも飲める。大人が飲むのはCの方だ。

エレン「あ、助かります」

リヴァイ「間に合いそうなのか?」

エレン「ギリギリですかね……ジャンの力にかかっていると思います」

リヴァイ「そうか……何もしてやれないが、すまないな」

エレン「いや、お土産だけでも助かりますよ」

リヴァイ「詳しい事が分かったら、後で教えてくれ」

エレン「分かりました」

という訳でアルミンとマルコは先に学校に行って、残りのラストスパートをかける事になった。

午前9時。ジャンのペースが徐々に速くなってきた。

頑張って。あと少しだから。

そういう思いをのせてジャンを見ていたら、ジャンが一度頷いた。

どうやら「大丈夫」という意味で頷いたようだ。

アシスタント「あと2枚。残りの清書は11時までに終わらせるわよ!」

ジャン「分かりました」

其の時、エレンがユミルの様子を見に行った。

エレン「おい、ユミル、そろそろ起きろよ」

ユミル「ZZZZ」

ユミルが復活する気配がない…。

エレン「つやベタ、どうするんだ?」

アシスタント「え……? あ、そっか! つやベタの子、まだ起きてないんだっけ?!」

アシスタント「あー起きている子でいいから、つやベタお願い! 多少はみ出してもこっちで修正するから!」

エレン「や、やっていいんですか?」

アシスタント「残っているのはそう難しいつやベタじゃないから大丈夫!」

手が空いているのは私達しかいない。

ミカサ「エレン、ここはもうやるしかない」

アニ「うん。ユミル程、綺麗に出来なくてもいいなら、やるよ」

ジャンがまた1枚仕上げた。

まずは乾かして、インクがちゃんと乾いているかをチェックする。

乾いた事を確認して消しゴムを大体かけて、×の印を黒く塗っていく。

丁寧に。丁寧に。下手くそでもいいから丁寧にやる。

アシスタント「よし、峠は越えた。後はベタをお願い!」

最後の1枚。作業を終えて何とか間に合ったようだ。

アシスタント「……よし、これで完成。後はデータを転送するだけね」

エレン「あれ? 郵便じゃないんですか?」

アシスタント「パソコン使う様になってからは、データでも送れるようになったのよ。便利な世の中になったのよ」

アシスタント「これで何も不備がなければお仕舞ね……」

ジャンは机の上に顔を伏せて寝ていた。お疲れ様。

でも其の時、2回目の電話がきた。何か嫌な予感がする。

アシスタント「え? 原稿が足りない? そんな筈は……すみません。今、先生がいないので、その話は私にはちょっと分からないんですよ。え? カラー原稿のデータがない? 添付してない? 嘘ですよね? ちょっと待って下さい」

アシスタント「はい。来月号の表紙の方ですよね。はい。はい。えええ?! それ、本当ですか?! いや、でも、ちょっと、明日の昼の12時までって、無理ですよ?! 先生、救急車で運ばれたんですよ?!」

アシスタント「はい。はい。ああ……はい。分かりました。締めを伸ばして、夜の12時までですね。了解しましたー……」

アシスタントさんが項垂れた。何か、やらかしたらしい。

アシスタント「ええっと、表紙の方のカラー原稿、まだ入稿してなかったみたい。下絵のデータはあるらしいんだけど、色までは塗ってないそうです」

ジャンがその言葉を聞いて撃沈していた。

ミカサ「ジャン? 大丈夫?」

ジャン「あははは……もう無理です。動けねえ……」

アシスタント「うん、彼にはもう寝て貰いましょう。色塗りだけだから、こっちでやるよ。でも、どの原稿がそれなのか、私、知らないんだよね」

シーン……

スカーレット「データ、漁るしかないって事ですか?」

ガーネット「それらしいデータを探すしかないって事ですか」

アシスタント「マーガレットちゃんに聞かないと分かんないかも。電話してみる」

という訳で電話だ。すると、

アシスタント「マーガレットちゃん、こっちに戻ってくるって。先生、肺炎起こしていたみたいで容体は安定してきたそうよ。データは彼女が分かるから大丈夫みたい」

肺炎だったのか。だったら高熱が出るのも頷ける。でもとりあえずほっとした。

アシスタント「彼女が戻ってくるなら大丈夫ね。うっ……(クラッ)」

その時、アシスタントさんが倒れかけた。

アシスタント「さすがにこの年で2徹はきついなー。眠っても、いいかな?」

エレン「2徹?! 無茶苦茶ですよ?!」

アシスタント「あははは……若い頃は3徹とか余裕だったのにねー。年だなー」

いや、私達も3徹したら普通にこうなると思う。

そしてマーガレット先輩が無事に戻って来た。

マーガレット「お待たせ! 皆、ありがとう! 原稿の方は無事に入稿したんだってね!」

スカーレット「うん。予定通りミッション終了したよ。残るのはカラー原稿だけ。明日の夜の12時迄だよ」

マーガレット「それだけ時間あれば余裕ね。了解。後は私がやっておくから」

と、マーガレット先輩が晴れやかな顔でパソコンの前に座ったのだった。

エレン「あの、マーガレット先輩、寝たんですか?」

マーガレット「うん。病院で寝てきた。6時間も寝たから元気元気!」

ミカサ「お母さんの方は付き添いしなくていいんですか?」

マーガレット「うん。お母さんに『カラー原稿お願いいいいいい!』って悲痛な顔で頼まれたからこっち優先でいいって」

それならいいけれど。

マーガレット「皆、ごめんね。本当に。今回の件は、どう考えても無茶をやり過ぎた。全員に時給出すから、何時からアシスタントに入ったか計算しておいてね」

エレン「え……あ、そっか」

その事を忘れていたのか、エレンが思い出したように言った。

エレンに言われて私も気づいた。そう言えばアルバイトだった。

ミカサ「あの、私達は大した事してないんですけど」

マーガレット「そんな事ないよ。人がいるだけで助かるんだし。ご飯作ってくれる人も戦力だよ。というか、今回の失敗は飯をちゃんと確保してなかったのがいけなかったのよね。やっぱり飯スタントさんも雇うべきかしら……」

サシャ「求人ですか?! 私、何でもやりますよ?! (キラーン☆☆)」

マーガレット「本当? じゃあ頼んじゃおうかな。今度から。臨時で時々お願いしてもいいかしら?」

サシャ「まっかせてくださーい! 頑張りますよ!」

以前、サシャの件で悩んでいた事を思い出してしまった。

あの時は本当に申し訳なかった。サシャは何も悪くないのに。

バツが悪い思いでサシャを見てしまったけれど、サシャは「?」を浮かべていた。

そんな訳で、とりあえず峠が越えたので私達は休憩させて貰った。

リヴァイ先生がくれたお土産を消化して、家に帰り着いたのは夕方だった。

自宅に戻って落ち着いてから私はエレンに言った。

ミカサ「エレン、格好良かった」

エレン「え? なにが?」

ミカサ「マーガレット先輩を叱った時。私も同じ事を思っていた。多分、皆も。でも、それを言い出す勇気がなかった。いくじがなくて、でもエレンは勇気を出して、ちゃんと言った。それが凄いと思った」

エレン「え? え? ああ……アレか!」

エレンはちょっと照れ臭そうにしていた。

エレン「いや、あれはだって……当然だろ? まあ、ちょっと言い過ぎたかなーとは思ったけどな」

ううん。そんな事はない。

ミカサ「ううん、きっとマーガレット先輩もそう思った筈。冷静じゃない時にああやって、叱ってくれる人は格好いいと思う」

エレン「んーまあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな。ははは……」

リビングには私とエレンだけ。

この隙に私はエレンに擦り寄った。

思い出してしまう。体位のモデルをした時に感じた物を。

エレンの興奮の証とか。体温とか。匂いとか。

近くに感じる。吐息とか。

ミカサ「エレン、あのね……」

エレン「うん」

ああ。どうしよう。これは言っていい事なのか。

迷う。でも、事実だから。言った方がいいのかしら。

ミカサ「その……あの……」

グリシャ「おや? 何しているんだい二人とも(ドアの外から)」

びくううううう! びっくりした…。

グリシャ「おや? 何しているんだい二人とも(ドアの外から)」

エレン「うああああ?! 親父?! 今日帰り早いな!?」

グリシャ「うん。早い時もあるよ? どうしたのかな? リビングでイチャイチャしていたのかい?」

エレン「何でもねえし! なあミカサ?!」

ミカサ「う、うん……(真っ赤)」

グリシャ「ならいいけど。2人とも、さっさと宿題でもして寝なさいね」

おじさんは探知機でも備えているのだろうか?

怖かった。何かを悟られたようで怖かった。

おじさんに見つかってしまったので言えなかった。

まあいい。また今度、別の機会に言おう。

エレンに触れられると体が勝手に塗れてしまう件については、また後日にしよう。

…………にしても今回のアルバイトは美味しかった。

エレンとなら、また体位のモデルをやってもいい。そう思ってしまう。

>>190
訂正
グリシャ「おや? 何しているんだい二人とも(ドアの外から)」
の台詞がミスって2回になっていますが、正しくは1回。

そして次の日。朝練が終わった直後、エレンが意外な事を言い出した。

エレン「あの、リヴァイ先生……」

リヴァイ「ん? 何だ?」

エレン「そろそろ、朝練習の時間を減らしませんか? 先生の睡眠時間を削ってやってるから、無理させているんですよね?」

リヴァイ「ああ……まあ、多少はな」

エレン「マーガレット先輩のお母さん、肺炎起こしていたそうです。無理がたたって、そうなったみたいで。もし、リヴァイ先生も過労で倒れてしまったら、元も子もないし、負担を減らしたらダメですかね」

リヴァイ「ふむ……」

練習時間を減らすのは別にいい。減らせるなら送迎も止めて貰えないだろうか。

リヴァイ「そうだな。ミカサも以前よりは、殺意がむき出しではないし、調子も上がってきている。このペースでいけるなら、多少時間を減らしても恐らくは大丈夫だろう」

エレン「やった!」

リヴァイ「ただし、それでも2時間は欲しいな。朝の5時から7時。それでやってみて……」

ハンジ「やっほーおはよーリヴァイー!」

リヴァイ「?!」

ハンジ先生がやってきた。今日はジャージ姿だった。

リヴァイ「お前、また徹夜したのか?」

ハンジ「いいや? 今日はちゃんと寝てきたよ。寝る前に睡眠にいい食べ物を食べて、ちゃんと7時間寝てきたよ?」

リヴァイ「本当か? ああ……肌がつやつやしているな。嘘はついてないようだ」

エレン「?!」

うわあああ。しれっと頬を触っている。

そういうのは恋人同士でなら許される事であって、ただの職場の同僚がしていい事ではない。

じと目で睨んでやるが、リヴァイ先生は一向にこっちの気配には気づいてないようだった。

ハンジ「でっしょー? ちょっと時間かかったけど生活サイクル修正したよ? だからリヴァイは文化祭までは朝練休んでいいよ?」

リヴァイ「今度こそ、信じていいんだな?」

ハンジ「うん。舞台楽しみにしているし。頑張ってよ」

リヴァイ「………聞いての通りだ。これなら朝練習は6時から8時の間で出来る。それならゆっくり寝られるが、それでいいか?」

ミカサ「送迎、止めて貰うのも出来ますよね?」

リヴァイ「ああ。朝の5時台なら電車も確か動いている筈だからな。必要ないだろう」

送迎無しになった。よし!!

スケジュールが変更になって喜んでいたら、ハンジ先生が続けて言った。

ハンジ「あ、でもその代り、リヴァイ、野球拳に出てよ」

リヴァイ「は? 何で」

ハンジ「何でって、リヴァイの裸目当てに女の子が集まるから。客寄せパンダになってよー」

リヴァイ「いや、男子は抽選じゃなかったのか?」

ハンジ「抽選という名の、選出です。ここオフレコね。男子は綺麗どころしか野球拳させないよ。女子は普通の子でもいいけど」

野球拳………。やっぱりエレンは興味津々のようだ。むぅ。

リヴァイ(嫌そうな顔)

ハンジ「いいじゃーん。どうせ舞台の上でも脱ぐんでしょ?」

リヴァイ「エルヴィンから聞いたのか」

ハンジ「まあねー♪ リヴァイの腹筋は客寄せられるから盛り上げられるよー?」

リヴァイ先生の腹筋で客引き……ペトラ先輩は喜ぶか。

リヴァイ「お前は出るのか?」

ハンジ「私? 私は司会やる予定だから無理だね。何? 一緒にやりたいの?」

リヴァイ「いや別に。ハンジが出ないなら安心だ。分かった。その代り、一枚も脱がなくても文句言うなよ」

ハンジ「おおっと?! 全勝する気?! 脱がす気満々だね! さすがリヴァイ!」

リヴァイ「当然だろうが。全員、全裸にひんむいてやるぞ? 俺はじゃんけんも強いからな。ククク………」

やっぱり変態教師! いやらしい顔をしている。

鳥肌が立つ思いを抱えながらドン引きしてさっさとシャワー室に逃げた。

全く。皆、あの男の何処がいいんだろうか?

いやらしい事を考えている時のリヴァイ先生はホントに気持ち悪いのに。

………エレンがエッチな事を考えている時は格好いいけれど。

そんな風に思いながらシャワー室で服を脱いでさくっと体の汗を流してしまう。

タオルで体を拭いて、着替えて、間一髪だった。

あと数十秒、服を着るのが遅れたら多分、私の下着姿もリヴァイ先生に見られていた。

ハンジ先生が叫びながらシャワー室に突入して来て、その後ろからリヴァイ先生も入って来ようとしたのだ。

女子の聖域に何勝手に侵入してきている?!

このド変態教師!!!!!!!

私はすぐにハンジ先生を庇うように体を押して、入って来たリヴァイ先生の顎を狙って回し蹴りを放った。

身体のバランスが崩れた隙に続いて掌底!!!

もういっちょ回し蹴り!! 今度は腹部を狙ってやった!!

渾身の力を込めて退治してやった。ふん……。

ミカサ「変態教師。死ね」

全く。女子のシャワー室に入って来ようとするなんて。変態過ぎる。

エレン「あ、いや、今のはその、リヴァイ先生は……」

エレンが何かごちゃごちゃ言っていたけれど、すぐにハンジ先生が喜んだ。

ハンジ「ミカサありがとう~助かった~」

ミカサ「いいえ。これで然るべき報いを受けさせる事が出来て満足」

むふっ。あーすっきりした。

思わぬ形ではあったが、リヴァイ先生に一撃を食らわせてあげたので私は大いに満足した。

完全にのびたリヴァイ先生を端っこに運んで転がしておく。

あれだけの攻撃を与えたので暫くは撃沈して起きてこないだろう。

ハンジ「ごめんね~リヴァイ~ま、朝練の間、ここで寝かせればいっか~♪」

後の事はハンジ先生に任せる事になった。

私はハンジ先生をちょっと心配しつつも、教室に戻る事にした。

ミカサ「女子のシャワー室に突っ込んでくるなんて、変態教師過ぎる」

エレン「あ、あれは不可抗力と言う奴だったんだが……」

ミカサ「? 何故? ハンジ先生を無理やり襲おうとしたんでしょう? 変態だと思う」

シャワー室に入って来た瞬間のリヴァイ先生の顔を撮影してやれば良かっただろうか。

本当に、犯罪者の顔のそれだったのだ。思い出すだけで鳥肌が出る。

エレン「ハンジ先生、自分じゃ髪を洗わないらしいんだよ。10日も洗ってない髪を洗わせようとして追いかけたら、ハンジ先生、女子のシャワー室に逃げ込んだんだよ」

ミカサ「ん? 何故、リヴァイ先生が洗わせようとするの?」

エレン「潔癖症だからじゃねえの?」

ミカサ「………?」

エレンの言い分が良く分からなかった。

そもそもリヴァイ先生がハンジ先生の世話を焼く必要性が分からない。

2人はただの職場の同僚なのではないのだろうか?

エレン「どうした?」

ミカサ「いえ、潔癖症なら猶更、そんな汚い髪に何故、触ろうとするの?」

エレン「え?」

ミカサ「私なら触りたくはない。自分で洗いなさいと説得すると思う」

エレン「いや、それが出来ないからああやって……」

ミカサ「それが出来ないなら諦めると思う。少なくとも、無理やり洗わせようとする行為は、やっぱり変態なのでは…?」

エレン「!」

そもそも女性の髪に触ろうとする行為自体が普通ではない。

リヴァイ先生は理由をつけて単にハンジ先生に触りたいだけなのでは…?

ミカサ「この間も思ったけど、ハンジ先生が可哀想。あんな変態教師に無理やり髪を洗われるなんて、おぞましい……(ぶるぶる)」

また鳥肌が出て来た。ぶるぶる。

エレン「あ、いや、そこはもう、付き合い長いからお互いに承諾しているんじゃねえのか?」

ミカサ「? ハンジ先生、嫌がってたけど?」

エレン「まあ、そうだけど、それはほら、いやよいやよも好きのうち………」

其の時、エレンが変な顔をした。

ミカサ「……? どうしたの? エレン?」

エレン「いや、まさかな。うん、気のせいだよな」

ミカサ「何が?」

エレン「いや、リヴァイ先生、SMに近い感覚で、ハンジ先生との風呂を楽しんでいるのかなって……」

ミカサ「私にはそうとしか見えないけど?」

エレン「え?! ミカサもそう思うのか?!」

ミカサ「(こくり)だから変態教師だと言った。いやらしい男……気持ち悪い」

性的な意味合いがあるからこそ、変態だと思う。

エレン「でも、風呂だぞ? 別にエッチはしてないって、リヴァイ先生は言ってたし」

ミカサ「髪だけじゃないの? なんて破廉恥……(ガクブル)」

エレンの言い方だとお風呂も一緒に入っているという事よね?

それを想像してまるで強姦のようだと思った。

エレン「あ、今のは忘れてくれ。すまん。言っていい事じゃなかった」

ミカサ「え? でも、リヴァイ先生、ハンジ先生と無理やり一緒に風呂に入っているんでしょう? やっぱり変態教師……」

エレン「ええっと、でもエッチはしてないというか、身体を洗ってやるだけで、男女の仲じゃないのは確からしいんだ。エルヴィン先生もそう言っていたし……」

ミカサ「そうなの? うーん……でも」

私から見たらどう見てもリヴァイ先生はハンジ先生を好いているように見えた。

ハンジ先生の方は、はっきりとは分からないけれど。

少なくともリヴァイ先生の方は殆ど黒だと思うのだけど。

ミカサ「女の勘、だけど………私をナンパしてきた奴らの表情と、さっきのリヴァイ先生の顔は大差なかった気がする」

エレン「え……?」

ミカサ「雰囲気? だろうか。男の人の顔だったと思う。だからつい、私も咄嗟に本気を出して反撃してしまったので」

身体が咄嗟に反応したのだ。こいつ、ヤヴァイと。

本能の部分が先に反射したような感じだったので、間違いないと思う。

リヴァイ先生はハンジ先生を好いていて、髪を洗うのも触りたいだけ。

風呂にも一緒に入っているというのなら猶更そうとしか思えない。

エレン「……………」

エレンが何も言わなかった。私の言い分に納得してくれたのだろうか?

ミカサ「ハンジ先生はもっと気をつけた方がいい。リヴァイ先生に狙われない様に私が守ってあげないと……」

エレン「いや、そこはミカサ、立ち入らない方がいいぞ。2人の問題だしな」

ミカサ「でも………」

エレン「まあ、様子見ようぜ。本気でハンジ先生が嫌がっている時は、さすがに止めてやった方がいいけどな」

ミカサ「分かった。エレンがそう言うなら……」

エレンの態度が少々不可解だったけど、そう言うならそうしようと思ったのだった。

あけましておめでとうございます。元旦一発目の投下でした。
続きはまたぼちぼち。次回また。ノシ





その日の授業が終わって部活の時間、リヴァイ先生が不機嫌な表情で音楽室にやってきた。

リヴァイ「おい、ミカサ……」

ミカサ「謝りませんよ」

リヴァイ「いや、朝の件は俺の方が悪かった。その件はもういい」

ミカサ「反省しています?」

リヴァイ「ああ、まあ……一応」

ミカサ「一応? <●><●>」

この男、もう一発殴った方がいいようだ。

拳を作ってやると、リヴァイ先生はもう一度「すまん」と謝った。

リヴァイ「朝の件は俺が本当に悪かった。もう2度としない。許してくれ」

ミカサ「ハンジ先生に対しても髪を洗う行為をやめて下さい」

リヴァイ「いや、それは出来ないが………」

ミカサ「訴えたら多分、勝てますよ?」

リヴァイ「うぐっ………」

リヴァイ先生が心底嫌そうに顔を歪めたのが面白かったけど。

リヴァイ「ふ、不衛生なのは身体によくねえだろうが」

ミカサ「そういう問題じゃないと思います。ハンジ先生、嫌がっているのに」

リヴァイ「それはそうだが………」

ミカサ「エレンから聞きました。一緒に風呂に入っているとも。リヴァイ先生はハンジ先生の恋人ではないんですよね?」

リヴァイ「まあ、そうだが」

ミカサ「だとしたらそれは異常だと思います」

リヴァイ「エレンにも同じ事を言われたな……」

そう言ってリヴァイ先生は頭を掻いていた。

リヴァイ「だが俺はハンジを風呂に入れてやっている。一応、許可は取っているんだが」

ミカサ「うわあ………」

認めた。本当にそれをしているのか。この男は。

ミカサ「キモイ……(ぶるぶる)」

リヴァイ「えっ………」

ミカサ「気持ち悪いので半径2メートル以内に近づかないで下さい」

リヴァイ「それじゃ演劇が出来ねえだろうが」

ミカサ「劇中は許しますけど。普段はこっちに来ないで下さい」

そう言い放ってやるとちょっと凹んだようだった。ククク……。

リヴァイ「何で俺は生徒にキモイとか言われなくちゃならん」

ミカサ「そう思うならハンジ先生を洗う行為をやめて下さい」

リヴァイ「いや、しかしそれは………」

ミカサ「やめないならずっと言い続けます。リヴァイ先生、キモイキモイ」

リヴァイ「うぐっ………」

と、リヴァイ先生とつい雑談していると、エレンがこっちにやってきた。

エレン「ミカサ……リヴァイ先生を苛めるなよ」

ミカサ「苛めてはいない。キモイと言っただけ」

エレン「いや、それが苛めなんだけどな……」

エレンが嫌そうにしたのでこの辺で勘弁してやろう。

ミカサ「仕方がない。今日はこの辺で勘弁してあげます」

リヴァイ(ズーン)

そんな訳で今日も練習だ。

殺陣の方は朝練習でみっちりやっているのでこの時間は台詞の練習だ。

この時点ではまだ台本を読みながらやっていた。

エルヴィン先生も後から音楽室にやってきて練習風景を見てくれた。

台詞の練習は以前に比べたら大分マシになってきた気がする。

何より男役だという事もあって、女性役よりやりやすいと感じる自分が居た。

ガーネット「4月の頃に比べたら雲泥の差だね。上達したよ」

ミカサ「そうですか?」

ガーネット「うん。もう緊張も薄れているのが分かるよ」

ミカサ「それは良かった」

じーん。やっぱり人間は目標を持つと成長する物だ。

エルヴィン「ミカサの場合はもうちょい仕草を気を付けた方がいいかも」

ミカサ「仕草ですか?」

エルヴィン「うん。歩き方が上品過ぎるかな。もうちょい意識的に蟹股で歩いても大丈夫だよ」

ミカサ「分かりました」

注意を受けたのは歩き方くらいで、後は殆ど指摘されなかった。

むしろ注意を受けていたのはリヴァイ先生の方だった。

死ぬシナリオに変えたせいもあり、もう少し死ぬシーンを頑張ってと言われていた。

エルヴィン「侍恋歌というタイトルに変えたのは死ぬシーンに変えたからでもある」

リヴァイ「ほぅ……」

エルヴィン「素面で再び戦えなかった無念の中に入り混じるのは三村への執着だ。マーガレット風に言わせたら萌えるところだから頑張って」

ミカサ「萌えるシーンなんですか? 死ぬのに?」

マーガレット「美味し過ぎます。ありがとうございました!!! (敬礼)」

良く分からないがリヴァイ先生が死ぬシーンはおいしいそうだ。

そんなこんなで練習をしつつ、裏方は裏方で忙しそうにしていた。

音響のことで皆で相談をし合っていたのだ。

アルミン「サガ3のラスボス曲推しかあ」

エレン「オレ、この曲好きなんだよ! 格好いいだろ?!」

マルコ「確かにイントロは格好いいけど、殺陣のリズムと合うかな? 結構激しくなるよ」

ミカサ「殺陣を変えた方がいいの?」

マルコ「リズムが早くなるかも。試しに流しながらやってみる?」

ミカサ「勿論」

リヴァイ先生を呼んでサガ3の音楽に合わせて軽く動いてみた。

リヴァイ「トゥルルルル……からの5連打のところをあわせる感じだな」

ミカサ「リズムは合わせやすいかも」

リヴァイ「ああ。いいんじゃないか?」

エルヴィン「2人がやりやすいと感じるならこの曲を使うか」

エレン「やったー!」

そんな感じでBGMについても会議を行いつつ練習を進める。

エルヴィン「BGMの流れとしては神谷が薬を盛られた後、神谷覚醒、三村覚醒の3種類に分けたいね」

ガーネット「イメージとしては静、動、動って感じですよね」

エルヴィン「うん。最初は静かに戦うイメージだ」

ガーネット「静かに戦う……」

アルミン「難しいですね。戦いというと激しいイメージがあるけど」

エルヴィン「私の中ではアカイの『神技』って曲のイメージで脚本を書いたけど」

ガーネット「ああ、イメージが先にあるなら聞いてみたいです」

エルヴィン「流していいかい?」

ガーネット「お願いします」

という訳で、エルヴィン先生が神技を流してくれた。

ミカサ「……何だか神秘的な音楽」

中国風のイメージと幾何学的なイメージが湧いてくる。

リヴァイ「まあ、いいんじゃないか? これで」

ミカサ「いいと思います」

エルヴィン「そう? 殺陣やりにくくない?」

リヴァイ「大丈夫だ。問題ねえよ」

エルヴィン「じゃあ最後は三村覚醒の音楽だね。ここは一番、盛り上がるところだから慎重に選ぼう」

エレン「お、オレ、推したい曲があります!」

エルヴィン「どんな曲?」

エレン「サガ2の『死闘の果てに』です」

アルミン「サガ推しだね」

エレン「音楽が格好いいんだよ!」

エルヴィン「なら聞いてみようか」

おおおお。何だか明るくて勇敢な曲だ。

アルミン「ちょっと明るすぎないかな?」

マルコ「格好いいのは認めるけど、西洋風のイメージが強いかも……」

エレン「う……そ、そうか(シュン)」

エルヴィン「他には候補ない?」

アルミン「僕は子午線の祀りの方でもいい気がします」

子午線の祀りも聞いてみる事になった。

こっちは少々忙しない感じの戦闘曲だった。

マルコ「僕は3のSacrifice Part Threeですね」

エレン「お前ら聖剣派かよ……」

リヴァイ「ちょっと豪華過ぎる感じもするが」

マルコ「そうですか?」

リヴァイ「この曲は例えば、ボスが1匹いて、そこに3人パーティで挑むとか。そういうイメージだな」

エルヴィン「1対1で戦う曲のイメージではないのは確かだな」

アルミン「あーそう言われたらそうかも?」

マルコ「実際、聖剣は3人パーティだしね」

エルヴィン「というか皆、結構マニアックだね。古いゲームなのに良く知ってるな」

エレン「うちの親父が昔からゲームファンでして」

アルミン「懐古派なんですよ」

マルコ「勿論、今のゲームも好きですけどね」

リヴァイ「別にゲーム音楽じゃなくても別の音楽でもいいんだよな?」

エルヴィン「ん? 何か推したい曲があるのかな?」

リヴァイ「いやそういう訳じゃねえが……」

エルヴィン「遠慮しなくていいよ。何か提案があるのかな?」

リヴァイ「るろ剣テイストで作っているのにるろ剣のBGMを使わなくていいのか? と思って……」

エレン「あ……そう言われたらそうですね」

エルヴィン「うーん。そこは別に拘らなくてもいいかな。別にるろ剣の再現劇じゃないし」

ガーネット「どちらかというとパロディ劇に近いですよね」

エルヴィン「そうそう。だから気にいった曲を使うのが1番だよ」

ガーネット「るろ剣のBGMなら一応、用意はしてきていますが」

エルヴィン「聞いてみる?」

という訳でるろ剣の方の曲もいくつか聞いてみた。

ミカサ「うーん。るろ剣の方は戦闘曲よりも他の場面で使った方がいいような気がする」

エルヴィン「私もそう思う。特に飛天御剣流の曲とかは戦闘向きじゃない」

アルミン「音だけ聞くとサスペンス風ですよね」

ガーネット「飛天御剣流はラストに持ってきませんか?」

エルヴィン「そうだね。エンディングに流す感じでいいと思うよ」

ガーネット「戦闘曲として使えそうなのは志々雄のテーマですかね」

エルヴィン「まあそこはそうだね」

リヴァイ「三村と神谷の最初の邂逅シーンのBGMはまだ決まってなかったよな」

ガーネット「そうですね。こっちを使いますか?」

リヴァイ「まあ、合わせてやってみるか」

そんな感じで話し合いながら、動きを合わせてBGMを決めていった。

その日は三村覚醒シーン以外の部分のBGMを大体決めてしまって解散となった。

今回はここまで。次回またノシ






その日の練習後、何故かエルヴィン先生に呼び出されたエレンを玄関で待っていた。

何か話があるそうだ。その間、私達はいつものように玄関で待っていた。

アニ「BGMの件で少し揉めていたみたいだね」

ミカサ「私はエレンの推す音楽でいい」

アルミン「そう? 死闘の果てにでいいの?」

ミカサ「うん」

アルミン「まあ、実際やる人がいいっていうなら死闘の果てにでいいのかなあ」

アニ「私はサガシリーズはやった事ないんだよね」

アルミン「DS版で出ているよ。ソフトならエレンが持っている筈だよ。借りてみたら?」

アニ「ふーん。あいつ、本当にゲーム好きなんだね」

アルミン「エレンの親父さんもゲーマーだからね。親子でいろいろやってるみたいだよ」

其の時、エレンが帰って来た。

エレン「待たせたな!」

ミカサ「ううん。大丈夫。エルヴィン先生、何の話だったの?」

エレン「あー例のリヴァイ先生をブッ飛ばした件だよ。実際に見られなくて残念だったそうだ」

ミカサ「ん? エルヴィン先生が何故残念がるの?」

エレン「さあな。面白がっているだけじゃねえかな」

ミカサ「エルヴィン先生のリクエストとあればもう1回殴ってもいい(キリッ)」

エレン「殴っちゃだめだ!! リヴァイ先生、可哀想だろ!」

ミカサ「殴られてもおかしくない事をしでかしているのに?」

アニ「何の話?」

其の時、アニがきょとんとしたので私はかいつまんで今朝の事件をアニとアルミンにも話した。

するとアニが絶妙な表情で「キモイ」と言ったのだ。

ミカサ「でしょう? (どや顔)」

アニ「何なのそれ。訳分かんないんだけど」

アニもリヴァイ先生を軽蔑する表情になっている。

アニ「ハンジ先生を無理やり洗っているって事だよね。恋人でもないのに?」

ミカサ「そう。恋人ではないのに」

アニ「頭おかしいのかな。それともわざと?」

ミカサ「多分、わざとだと思う」

アニ「うわあ……(呆れ顔)」

アルミン「まあまあ、2人の事だから何か事情があるんだよきっと」

エレン「お、大人の事情ってやつかもな……」

エレンが遠い目をしている。そこまでしてリヴァイ先生を庇わなくてもいいと思う。

アニ「リヴァイ先生、本当はハンジ先生の事が好きなのかな」

ミカサ「本当はそうだと思う」

アニ「ふーん。だから理由をつけてセクハラしている訳か。……1回死んだ方がいいんじゃない?」

ミカサ「死んだ方がいいと思う」

エレン「オイオイ……」

アルミン「まあまあ、劇中では死ぬから大目にみなよ」

アニ「まあそうだけど。でもハンジ先生って、モブリット先生とも噂があるよね」

アルミン「まあそうだね。よく校内で2人でいる姿を目撃されているらしいけど」

エレン「そうなのか」

アルミン「うん。お昼ご飯とか一緒に食べている姿とか。2人で喋っている姿も見かけたよ」

エレン「へー……」

エレンが何故か再び遠い目をしている。

何か隠し事をしているような気がする……。

ミカサ「エレン?」

エレン「ん? な、なんだよ(ドキーン)」

ミカサ「何か隠し事していない?」

エレン「べ、別に何も隠してねえけど」

ミカサ「本当に?」

思えばこの頃からちょっとずつエレンは怪しかった。なんとなく。

今思うと、こっそりこの頃からリヴァイ先生を応援していたに違いない。

エレン「そ、それより、BGMの件だけど!」

ミカサ「ん?」

無理やり話題を逸らされてしまった。

エレン「三村の覚醒パートは死闘の果てにを推したいけど、駄目か?」

ミカサ「私はそれで異存はない」

エレン「ならそれで決定してもいいか?」

アニ「本人達がいいっていうならそれがいいかもね」

アルミン「うん。まあ、神戦との繋ぎも考えたらそれがいいかもしれないね」

ミカサ「リヴァイ先生にも一応、もう1度聞いてみて欲しい」

エレン「ん? ああ……分かった」

エレンに頼んで携帯で連絡して貰った。すると、OKが貰えたそうだ。

エレン「リヴァイ先生はミカサの意見を優先でいいってさ」

ミカサ「そう……」

エレン「神谷の覚醒の方が暗い曲だから対照的でいいんじゃね? みたいな事も言ってたし、これでいこうぜ」

ミカサ「うん。そうしよう」

アルミン「エレンはサガシリーズ好きだねえ」

エレン「ああ。サガ2のビーナス戦は今でも痺れるな!」

アルミン「ああ……『いまのあんたがいちばんみにくいぜ!』だね」

エレン「そうそう。あの名シーンが好きなんだよ」

アルミン「オリビアの『壁の外へ追放して下さい』は確かに泣けるよねえ」

エレンがまたアルミンとゲーム談義をしている。

そんなに思入れのある曲なら猶更使うべきだと思った。

アニ「それだけ思入れがあるならもうそれでいいんじゃない?」

アニも私と同じ意見のようだ。

アニ「私も探偵パートは逆転シリーズの曲を推したしね(ボソリ)」

アルミン「ああ、糸鋸さんのテーマだね」

アニ「うん。捜査っていうとどうしても糸鋸さんが脳裏に浮かぶ」

ミカサ「アニは使用人の覚醒シーンを推さなくて良かったの?」

ふと気になってアニに聞いてみたら、

アニ「うーん。思い浮かぶ曲がなかったんだよね」

との事だった。

エレン「アニのシーンはまだ確定じゃねえんだよな」

アルミン「仮で決めた曲で今は練習しているけど、しっくりくる曲が見つかるまでは取り敢えずサガ3の『涙をこらえて』で代用しているけど」

エレン「あの曲も好きだけど、ちょっとイメージとは違うんだよな」

アルミン「うん。僕もそう思う。もっといい曲があると思う」

ミカサ「私も何か探した方がいいだろうか?」

アニ「うーん。見つからない時はそれでいってもいいけどね」

と、わいわい話しながらその日は皆で一緒に帰ったのだった。





9月26日。金曜日。

その日の放課後、ちょっとだけグンタ先輩に来て貰ってアニのシーンのイメージに合う曲を探す事になった。

グンタ「仮当てで今は『涙をこらえて』なんだっけ?」

ガーネット「そうですね。他にいい曲が見つからない場合はそれでいくと思いますが……」

グンタ「同じ劇で3つも同じ系列のゲーム曲から選ぶのは偏り過ぎじゃないか?」

ガーネット「まあそうなんですけど」

エレン「アニのシーンはどんな感じがいいですかね?」

グンタ「そうだな……台本を見る限り、俺は………>>212とかいいかなと思う」

(*使用人の女VS三村の戦いのBGMを決めたいのでいい案があれば安価します)

(*ただしあんまりポップだったり面白過ぎる曲だとグンタさんが殴られます(笑))

(*安価ずれたらすぐ↓で)

MH4G 銀盤に潜む牙(氷海の汎用BGM)

エレン「おおおおおお! なんか格好いい!」

ガーネット「戦闘イメージを優先ですか」

グンタ「うん。理性がキレて戦わされている訳だからやっぱりその不気味な感じを出した方がいいと思うんだ」

ガーネット「仮当ての時は物悲しさを優先したんですけど」

グンタ「分かるよ。それも間違いじゃないと思う。でも俺が演出するならこっちだな」

ガーネット「うーん。迷いますね」

エレン「アニに聞き比べして貰ったらどうですか?」

ガーネット「そうだね。そうしようか」

という訳で聞き比べをする事になったようだ。

参考音楽を貼りたかったけど、
アドレスにNGワードが含まれているようなので貼れませんでした。
ニコニコ動画とかで検索かけたら出るから、
曲が気になる方は是非聞いてね!

アニ「あーこうやって聞き比べると戦闘を重視したイメージの方がいいですね」

ミカサ「そう?」

アニ「うん。私も銀板に潜む牙の方がいいと思う」

エレン「ならこれでいこうぜ!」

グンタ「死ぬシーンになってから涙をこらえてに切り替えるって手もあるけどな」

ガーネット「死ぬシーンはもうひとつ案があるんですよね」

グンタ「ほう? どんな曲だ」

ガーネット「死と言えばヴァルキリープロファイルーレタスーですよ」

アルミン「死をテーマにした暗いゲームですね。超面白かったゲームだ」

ガーネット「お? なかなか通だね。私はこれもいけるんじゃないかとおもうんだけど」

アルミン「薄霧っていう音楽だったのか。タイトルは知らなかった」

アニ「イイ感じに鬱になりますね」

エレン「確かに。こっちの方が合うかもな」

ガーネット「こっちにする?」

ミカサ「いいと思います」

そんなこんなで若干修正を加えながら作業が進んだ。

仮面の王女の時はこういう細かい部分は全部3年の先輩達が決めてしまったから、自分達で考えると大変だという事をこの時、初めて知ったのだった。

>>214
http://youtu.be/12pkmv_1zDc
ここからどうぞ

>>216
おお、わざわざありがとうございます。助かりました。
(そうだった。ようつべでも聞けるんだった)

舞台をやる時にBGMを聞き比べて
皆でいろいろ話し合うのはよくある事なので、
ミカサパートでは書こうと思っていました。
練習風景などもちょっと追加しますね。





9月27日。この日は刀が出来上がって皆のテンションが上がった。

スカーレット「刀がほぼ完成しました!!!!」

ミカサ「おおおおおお……」

逆刃刀と普通の刀が完成したので皆でバンザイした。

私も早速本番用の小道具に触れてみる。

エレン「どうだ?」

ミカサ「イイ感じ」

エレン「だろ?! アルミンと一緒に頑張って作ったんだぜ!」

アルミン「持った感じは大丈夫?」

ミカサ「うん。しっくりくる」

リヴァイ「ほぅ……」

リヴァイ先生も自身の刀が出来上がってイイ感じの表情をしていた。

今まではただの新聞紙だったり、剣道部の木刀を借りたりしていたので、ここからの練習は本当の殺陣になる。

何だかドキドキしてきた。エレンとアルミンの努力の結晶を大事に扱う。

腰に提げた時にちゃんと刀が抜けるかどうか確認する。うん。大丈夫だ。

スカーレット「明日はコミケもあるしね。進行が遅れないように超頑張ったよ」

ガーネット「うん。明日は皆、絶対遅れないように来てね」

ミカサ「はい……」

エレン「コスプレ衣装の方も完成しているんですか?」

ガーネット「バッチリだよ! おかげで寝てないけどね」

エレン「寝てない自慢はもうやめましょうよ……(げんなり)」

エレンが心配そうにしている。先輩達の悪い癖だ。

エルヴィン「ふむ。そう言えば明日はコミケがあるんだったな」

リヴァイ「ちゃんとイベントが終わったらすぐに学校に帰って来いよ」

スカーレット「了解です!」

ガーネット「了解です!」

そんな訳で今日も練習だ。しかしまたリヴァイ先生の方がダメ出しを食らう。

エルヴィン「リヴァイ、もっと表情を出して。三村を見つめながら死んでいく時はもっとこう……なんて言えばいいんだろ?」

マーガレット「愛する者との別れですよね?!」

エルヴィン「それに近いかな。そんな感じで」

リヴァイ「は? 恋人との別れじゃねえだろ。このシーンは」

エルヴィン「そうなんだけど。でもそれに近いんだよ」

リヴァイ「無茶苦茶言いやがる……(げんなり)」

エルヴィン「エレン、ちょっと代役やってみて。アルミンと」

エレン「はーい」

アルミン「僕が三村ですか?」

エルヴィン「うん。エレン、アルミンと今生の別れを覚悟した時を想像して」

エレン「分かりました!」

そんな訳でエレンがアルミンと死ぬシーンのところだけ再現した。

おおお。エレンが神谷をやるとまた違った印象になる。

リヴァイ先生がやるとこう、淡々とした感じになるけれど。

エレンがやる神谷はこの時だけ、感情を露わにする感じだった。

リヴァイ「どう違うんだ……?」

リヴァイ先生は首を傾けて今のシーンに難色を示していた。

エレン「神谷は心の奥では嬉しかったんだと思うんですよね」

リヴァイ「嬉しい?」

エレン「はい。自分と同等の力を持つ人間がいるなんて思ってなかったのに、そんな相手と巡り合えて。だから最後は少しだけ笑いながら、でも自分の願いが叶わない事を無念に思いながら死んでいったのかなと……」

リヴァイ「しかし自分のプライドを優先した訳だろう? 再び戦いたかったのであれば、ここで逃げて再戦の機を伺った方が……」

と、最初の脚本の方がしっくりくるのかリヴァイ先生が頭を捻っている。

エルヴィン「そこは理性が完全に飛ぶ前に自己判断したんだよ」

エレン「自分が消える前に、と思ったんでしょうね」

リヴァイ「自分を維持したまま三村と戦う事は出来ない。だから自害した。そういう事だよな」

エルヴィン「まだそのシーンの解釈が自分の中でもやもやしているみたいだね」

リヴァイ「ああ。難しいな。役者をするというのは……」

エルヴィン「自分以外の自分を演じる訳だからね。もう少し脚本を読み込んでみる?」

リヴァイ「そうさせてくれ。少し休憩が欲しい」

エルヴィン「了解。だったら他のシーンを先に練習しようか」

という訳で私とジャンのシーンを先に練習する事になった。

ジャンとの台詞の掛け合いは何も注意されなかった。

むしろジャンの演技がはまり過ぎて皆、笑いを堪えているようだった。

マルコ「ジャン、警察官の役がはまり過ぎて笑える」

アルミン「本当に、ジャン、演技がうますぎるwwww」

ジャン「それ、褒めてんのか馬鹿にしてんのか?!」

アニ「褒めてる褒めてる」

カジ君達まで笑いを堪えているようだ。皆、腹筋を鍛えている。

特に私が色仕掛けするシーンでの、ジャンの動揺するシーンは毎回皆爆笑している。

エルヴィン「うん。ジャンは完璧だね。駄目だしするところがない」

ジャン「えええ………」

エルヴィン「ジャンも役者に向いているようだね。特に三枚目をやらせたらはまり役だ」

ジャン「本当はシリアスで格好いい役がやりたいんですけど……(顔覆う)」

そう言えばジャンは仮面の王女の時もちょっとヘタレ王子だった。

でもジャンにはジャンに合った役があるのだからいい事だと思う。

エレン「いいじゃねえか。適材適所って言うだろ?」

ジャン「今回は裏方だからって呑気に構えてんじゃねえよ! エレン!」

エレン「チョイ役はあるけどな。ま、頑張れ(にしし)」

エレンは茶屋の給仕の女性役と、雑魚敵の役がある。

雑魚敵の恰好で休憩していたエレンがジャンとじゃれ合っていた其の時、まだリヴァイ先生は教室の隅で悩んでいた。

リヴァイ「うーん……表情か」

リヴァイ先生が頬をマッサージしながら悩んでいるようだ。

普段から顔の筋肉が硬いせいだろう。表情が出せなくて困っているようだった。

仕方がないので私はリヴァイ先生に顔のマッサージを教えてあげた。

勿論、距離は2メートル以上離れた状態で会話する。

ミカサ「美顔マッサージの要領で顔を解すといい」

リヴァイ「ん?」

ミカサ「リンパの流れを意識して顔を解すと肌も艶々」

リヴァイ「ほぅ……」

ミカサ「顎も動かすといい。顔にも筋肉は沢山ある。鍛える事で美しくなる」

リヴァイ「成程。ミカサは普段からそれをやっているようだな」

ミカサ「美しさは一日にあらず」

リヴァイ「俺はそこまで自分の顔を意識した事はねえが……」

頬を手で解しながらリヴァイ先生はやっぱり眉間に皺を寄せて言った。

リヴァイ「俺は元々、自分の感情を表に出すのが巧くない。そんな奴が役者をやっていいんだろうか?」

ミカサ「それを言ったら私も同じ」

リヴァイ「いや、ミカサは以前に比べたら大分、表情が出る様になったぞ」

ミカサ「そうですか?」

リヴァイ「ああ。4月の頃はガチガチだったな。でも、夏を過ぎてから大分印象が変わった」

ミカサ(ぽっ)

まさかそんな風に言われるとは思わずちょっと動揺した。

夏と言えばエレンの墓の前の告白を思い出してしまう。

ミカサ「き、気のせいでは……? (ドキドキ)」

リヴァイ「まあ、大体察している。言わなくてもいい」

ミカサ「……………」

リヴァイ先生のこういうところはやっぱりちょっと苦手だ。

リヴァイ「ミカサは三村の役柄をもう掴めているようだな」

ミカサ「ダメ出しを食らわないと言うことはそういう事だと思います」

リヴァイ「すんなり役に入れたって事は、掴むのが早かったって事だよな」

羨ましそうにこっちを見た。何が言いたいのだろうか?

ミカサ「恐らく……そうですね」

リヴァイ「うーむ」

ミカサ「まだ何を悩む必要が?」

リヴァイ先生が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

するとリヴァイ先生は其の時、神妙な表情で言ったのだ。

リヴァイ「……俺は自分と同等の力を持つ人間と出会った時に嬉しいとは思わなかったからな」

ミカサ「え?」

リヴァイ「ミカサはどう思う? 自分と同じかそれ以上の相手に巡り合った時にどう思った?」

ミカサ「……………」

リヴァイ先生との殺陣を通じて思ったのはまず「悔しい」という感情だった。

そして次に思ったのは「次は絶対、ぎゃふんと言わせたい」という気持ちだった。

それは全体を通して考えたら負けたくないという感情であり、つまりは………。

ミカサ「なんか腹立ちました」

リヴァイ「そうか。奇遇だな。俺もそうだった」

ミカサ「リヴァイ先生より強い奴なんているんですか?」

リヴァイ「いるぞ。いや……正確に言えば『居た』だ」

ミカサ「居た?」

リヴァイ「そいつは今、行方知れずになっている。生きているのかどうかも分からん」

ミカサ「…………そうなんですか」

ちょっと想像が出来なかった。リヴァイ先生より強い人間がいるのか。

世の中は広い。

リヴァイ「だからまあ………神谷が最後に死を選ぶのは納得出来るが、死ぬ時の表情をもっと感情的にというのは俺の中ではしっくりこねえ」

ミカサ「というと?」

リヴァイ「そこで感情を露わにしたら負けを認めたみたいで腹が立つ」

ミカサ「………成程」

確かに言われたらそんな気もする。気持ちは分かる。

私も余りリヴァイ先生に自分の内面を知られると腹が立つ。

きっとその感情に近い物を感じるのだろう。

リヴァイ「俺の場合はそうだが、そこは他人だからという意味では納得出来なくても演じないといけねえんだろうが………」

エレン「まだ悩んでいるんですか? リヴァイ先生」

其の時、ジャンとのじゃれ合いに飽きたのかエレンがこっちにやってきた。

リヴァイ「ああ。悩んでいる。どうもしっくりこねえ」

エレン「感情を出すのがしっくりきませんか?」

リヴァイ「ああ。死ぬ間際のシーンをどうしたらいいか分からん」

エレン「まあ俺も仮面の王女の時はいろいろ苦戦しましたしね」

リヴァイ「お前の場合は女役だった訳だし尚更だな」

エレン「そうですね。役柄を掴む時はやっぱり、それに近い人物に成りきるのが一番ですけど……」

エレンの時は私を参考にして観察して役作りをしていった。

でも今回はそれが出来ない。何故なら神谷がリヴァイ先生自身に近いからだ。

リヴァイ「この脚本の場合は神谷は俺に近い人物像ではある」

エレン「似ているけど、違う部分もあるから困っているんですよね」

リヴァイ「そうだ」

エレン「死ぬ時に感情を出すのは納得出来ないんですか?」

リヴァイ「………そもそも、無念の思いなんてもんがあるのか?」

エレン「というと?」

リヴァイ「素面で戦えなかったのは確かに残念だが、だからと言って無念だとは思わねえ」

エレン「ん? 無念だとは思わないんですか」

リヴァイ「そうだ。こういうのはなんて言えばいいんだ………?」

リヴァイ先生は「こういう時にハンジが居れば……」とぼやいている。

そこで私は自分の思った事を口に出してみた。

ミカサ「今回は負けといてやる……みたいな感じですか?」

リヴァイ「近い。そうだ。それに近い」

どうやらニアピンらしい。

エレン「え? でも死ぬんですよ? もう二度と、会いまみえないのに」

リヴァイ「確かにそうだが………」

其の時なんとなくだが、私はリヴァイ先生の言いたい事を理解してしまった。

ミカサ「まあ、もし私が神谷の立場なら『来世で待ってろよコノヤロー』って気分になりますけど」

リヴァイ「!」

私がそう言うと、リヴァイ先生が驚いた。

リヴァイ「まさにそんな気持ちだ。勝ち逃げは許したくねえって気分だな」

リヴァイ先生の気持ちが分かってしまった自分がちょっと気持ち悪い。

エレンは両目を大きくして私を見ながら驚いていた。

エレン「そっか………ああ、でもそれも有りかもしれませんね」

リヴァイ「解釈を変えるのは駄目なんだろうか?」

エレン「そこは脚本を書いたエルヴィン先生次第ですよ。呼びましょうか」

という訳でリヴァイ先生はエルヴィン先生と少し話し合って、神谷の自害シーンについて煮詰める。

エルヴィン「成程……そう来たか」

リヴァイ「勿論、台詞は変えない。ただ表情としては薄く笑う程度でも十分だと思うんだが」

エルヴィン「分かった。一度その解釈で演技をやってみよう」

そして自害シーンの少し前から練習をしてみる。

エルヴィン「うん。リヴァイが演じる場合はこっちの方がしっくりくるな」

アルミン「大分、印象が変わりましたね。同じシーンなのに演じる人で変わりますね」

エルヴィン「それが演劇の醍醐味なんだよ」

と、エルヴィン先生が言ったのでこのまま行く事になりそうだった。

一通りその日の練習が終わると、リヴァイ先生は少し安心した表情を見せた。

リヴァイ「ミカサ、ありがとう」

ミカサ「ん?」

リヴァイ「お前の言葉で掴めた気がする。俺の中の神谷を」

ミカサ「別に礼を言われるような事ではない」

リヴァイ「まあ、そうかもしれんが、言わせろ」

そう言って乱暴に手をこっちに向けたので思わず逃げた。

頭でも撫でるつもりだったのだろうか?

リヴァイ(ガーン)

ミカサ「馴れ馴れしくしないで下さい(キリッ)」

リヴァイ「いや、その………すまん」

ミカサ「ちびの癖に人の頭を撫でようとしないで下さい」

リヴァイ「撫でられるのは嫌か」

ミカサ「そもそも家族や恋人以外の男性に頭を触らせたりするのは破廉恥」

リヴァイ「えっ………」

其の時、リヴァイ先生は心底変な顔をした。

リヴァイ「そ、そういうものなのか」

ミカサ「そういうものです」

リヴァイ「いやでも、女子生徒の大半はこれをすると、ちょっと嬉しそうに……」

ミカサ「いやあああああ! (ゾゾゾ)」

私は思わずエレンの陰に隠れて逃げた。

ミカサ「エレン、助けて。変態教師から助けて!」

エレン「え? 何? 何の話だ???」

ミカサ「リヴァイ先生は女子生徒の頭を撫でる破廉恥教師(ガクブル)」

エレン「ええ? あーそういう事か」

エレンが納得した顔で私を守ってくれた。

エレン「リヴァイ先生。ミカサはお触り禁止なんで。勝手に触ったら駄目です」

リヴァイ「まるで俺を変質者のように扱うなよ(ズーン)」

エレン「え? リヴァイ先生って結構変態ですよね? (黒笑顔)」

リヴァイ「エレン、てめえにはもう一度躾が必要か? (ピキピキ)」

エルヴィン「こらこら。そこ、じゃれない。そろそろ下校時刻だから帰るよ」

エルヴィン先生が呆れた顔でパンパン手を叩いて後片付けをして帰る事になった。

そしてエレンは帰り際、私の頭を撫でながら言ったのだ。

エレン「あーミカサ」

ミカサ「何?」

エレン「今みたいな時は、たとえリヴァイ先生でも遠慮なくブッ飛ばしていいからな」

ミカサ「そうなの?」

エレン「ああ。リヴァイ先生、実際相当な変態教師だからな……(遠い目)」

ん? エレンが何故か変態教師という呼び方に賛同している。

ミカサ「おお……そうなのね。なら次は容赦なくブッ飛ばす」

私はそう言いながら、ファイティングポーズを取るのだった。

この頃から既にミカサは美顔マッサージをしていましたという話。
次回はコミケでわいわいするお話になります。次回また。ノシ







9月28日。予定していたヤホードームのコミケに行く事になった。

先輩達には『ドーム内を歩き回るからスカートよりはズボンの方がいい』と聞いていたのでその日の私服は機能性を重視した。

その日はドームまでの臨時のバスが出ていて、皆でそれに乗り込んだ。

エレンと私とアルミンとアニでバスに乗って、ジャンとマルコとは現地で集合する事になった。

現地に到着すると女性が沢山居た。殆どの人がゴロゴロ荷物を引きながら闊歩している。

とても楽しそうにわいわいしゃべりながら女性の集団が長蛇の列に並んでいる。

この日の天気は曇り。まだ蒸し暑いけど一時期の真夏日よりは大分過ごしやすかった。

と、思っていたのもつかの間、長蛇の列がどんどん増えていくとそれどころではなくなった。

人の数が増える度に温度も上がるような錯覚を覚えた。

スカートの方が良かったかしら。そんな事を思いながらも水分補給をしながら待っていると、

スタッフ『サークル参加の方は急いで下さい!! 間もなく開場となりますので、皆さん、決して押さないように移動をお願いします!!』

というスタッフさんの大声が聞こえて走り回っているのが見えた。

エレン「サークル参加?」

エレンが後ろのアルミンに問うと、すぐアルミンが指を立てて答えた。

アルミン「実際にお店を出す側の事だよ。先輩達はそっちで入場している筈だよ」

エレン「やけに詳しいな、アルミン」

アルミン「んー一応、予習はしてきた。僕もこういうのは初めてだからね」

しまった。私も予習してくれば良かっただろうか?

今日はマーガレット先輩自身はお母さんの付き添いの件があるので来れないそうだ。

その分、スカーレット先輩とガーネット先輩が頑張るらしい。

入場したらまずは先輩達のスペースに移動する約束をしている。

そんな訳でゾロゾロと入場を開始すると、徐々に人の流れが動き出した。

少し待って、中に入るとパンフレットを買わされた。これが通行証の代わりになるそうだ。

エレン「へーこんなのなんだ」

エレンがパンフレットをパラパラ見ながら歩いている。前方不注意なのは良くない。

その分、私が前を気をつけながら通路を進む。階段を降りて眼前に広がった世界は……。

エレン「おおおおおお?! なんじゃこりゃあああああああ?!」

私も思わず声を出しそうになった。エレンがアルミンと目を合わせている。

アルミン「うん、せーので言おうか」

エレン「せーの……」

エレン&アルミン「「人がゴミのようだ!!」」

ラピュタの名台詞のひとつである。まさしくそれと同じ状態だった。

ミカサ「すごい人の数……迷子になりそう」

アニ「だね。でも取り敢えず、先輩達のところに移動しないと」

ジャン「場所どこだったけ?」

マルコ「スペースは神々のところって言ってたけど」

パンフレットを見ながら、場所を確認する。どうやら図面上の端っこの方ようだ。

エレン「はぐれないようにしないとな……もしもの事があったら携帯に連絡しようぜ」

ジャン「今日はちゃんと充電してきてるよな?」

エレン「前回の教訓は守ってるよ。大丈夫だ」

ジャン「ならいいが……まあ、ここで突っ立ってるのも何だし、移動するか」

という訳でゾロゾロ移動する。先輩達のスペースにお邪魔すると、すっかりお店が出来上がっていた。

スカーレット「やっほー皆、おつかれー」

ガーネット「おつかれー」

エレン「あの、いつもこんな感じ何ですか?」

スカーレット「え? 何が?」

エレン「人の数ですよ。すげえ多いから……」

スカーレット「え? 多い? 全然多くないよ? 少ない方だよ?」

ガーネット「うん。サークル参加の数も、3000スペースだし。規模的には普通?」

スカーレット「夏コミとか冬コミとかに比べたら可愛い物だよね」

ガーネット「うん。ただここのコミケはコスプレが当日登録制で、販売だけじゃないからいいよね」

スカーレット「コスプレダメなところもあるからね」

エレン「あ、そうなんですか」

スカーレット「とりあえず、もうちょっと待っててくれる? まだペトラ先輩達がこっちに来てないから。合流してから交替で移動するから」

エレン「分かりました。……ん? ペトラ先輩、達?」

ジャン「ペトラ先輩だけじゃないんですか?」

スカーレット「あれ? 言ってなかったっけ? 3年は全員来てくれる予定だよ」

ガーネット「カジ君達も後で来るよ。今回は劇部全員、こっちに参加するから」

あらら。ほぼ全員集合だったのか。マーガレット先輩が余計に可哀想に思えた。

スカーレット「大丈夫大丈夫! これもいい経験よ。あ、ハンジ先生も来たー!」

ハンジ先生が何故かこっちにやってきた。

こっちを見るなりバタバタ駆け寄って来たハンジ先生は敬礼して言った。

ハンジ「いやーごめんごめん。遅くなって! あれ? エレン達も来てたのか」

エレン「あ、はい。ハンジ先生もこういうの、好きなんですか?」

ハンジ「いやいやいや! ぜんぜーん! 私、漫画の事は殆ど分かんないんだけど、一応、漫研の顧問も掛け持ちしているからね。こういう時はお手伝いに来ているのよ~」

なんとまあ、忙しい事だ。ハンジ先生はいい人だ。

ハンジ「分かるアニメは栄螺(サザエ)さんとかチビまるっ子ちゃんとかしか分かんないよ?」

エレン「よくそんなんで、コミケ来ようと思いましたね……」

ハンジ「いや、私はあくまで彼女らのお手伝いだからね。ええっと、リスト貰える?」

スカーレット「はい。今年もよろしくお願いします。先生(リスト手渡す)」

ハンジ「まーかせて! 『18禁の本の新刊を全部下さい。なければ健全で既刊本でも構いません』だよね?! この台詞言えば大体お買い物出来るから、簡単なお使いだよ!」

エレン「はい……?」

えっと、それはやっていい事なのだろうか?

ハンジ「18禁本は大人じゃないと買えないからね。彼女達の勉学の為に一肌脱ごうと言う訳ですよ」

エレン「いやいやいや! ちょっと待って下さい。それ、グレーゾーンじゃないですよ?! 完全にアウトですよ?!」

あ、やっぱりそうだと思った。

スカーレット「固い事言わないでよ~18禁本があるからこそ、これだけコミケが繁盛するんだし」

エレン「いや、でも、法律的にはアウトですよね?」

ハンジ「アウトじゃないよ? だって買うのは私だから~ね?」

エレン「でも、大人がそれを未成年に与えるのもアウトじゃないんですか?」

スカーレット「そこはほら、ハンジ先生がそれを「ゴミ」として出しちゃえばいいから」

ガーネット「私らはそれを後でこっそり回収して堪能するわけです」

アルミン「頭いいですね~」

アルミン、まさかあなたも同じ手を使っているとか?

一瞬そう思いかけたがここで追及するのはやめておいた。

エレン「ええっと、それ、本当に毎回やってるんですか?」

ハンジ「うん。部屋に適当に重ねて置いておけば、リヴァイが定期的にゴミとして出してくれるから、私はそれを確認して、すぐ彼女らに連絡入れて回収してもらってたよ。直接手渡すと、完全にアウトだから…」

リヴァイ「通りで何かおかしいと思った」


ざわっ………


その瞬間、聞きたくない声が聞こえて来た。

間違いない。このいやらしい声、あの男だ。

直後、ハンジ先生の頭に電光石火のげんこつ! ひえ! すごい音がした!

また暴力を振るっている。手が早過ぎる。ハンジ先生が可哀想だ。

ハンジ「……いったーい! 結構、本気で殴ったね?!」

リヴァイ「当たり前だ。エロい小冊子が沢山ある割にはお前が読んだ形跡もない。手垢もついてないのに「もう捨てていいよ」って、言っていたのはその為だったんだな?」

ハンジ「えっと、全く読んでない訳じゃないよ? チラッとは読んだよ?」

リヴァイ「話を逸らすな。まあお前も、たまにはエロ本くらい読むのかなって思っていたが、自分の為じゃなくて、生徒の為に買っていたんだな?」

ハンジ「………はい。すみましぇえん」

と、ハンジ先生が可愛らしくごめんなさいをするけど、リヴァイ先生の顔は変わらなかった。

リヴァイ「全く。本当にお前は呆れた奴だな。そうと知ったからには見過ごすわけにもいかん。お使いは18禁本を無しにしろ」

ハンジ「ええええ……ダメなのおおおおお?」

リヴァイ「当たり前だ。そういう事は大人が戒めないといけないのに、加担してどうする」

ハンジ「でもでもお……彼女達、真剣に『勉強』の為に18禁本を読むんだよ?」

リヴァイ「その勉強は『今』するもんじゃないだろう。どうせ18歳を越えたらいくらでも勉強出来るんだ。それまで我慢しろ」

ハンジ「教育は、早めに仕込んだ方がいいと思うけどなー?」

リヴァイ「早すぎるのも問題だ。段階という物があるだろうが」

ハンジ「えええ……どうしてもダメなのおお?」

リヴァイ「ダメなものはダメだ」

と、2人が言い争っている後ろで、ペトラ先輩達が「あちゃー」という顔をしていた。

あ、成程。一緒にこっちに来た訳だったのか。

ペトラ「ご、ごめん……今日はリヴァイ先生に車出して貰ったから、一緒に来ちゃったんだよね。連れてこない方が良かったみたいね」

スカーレット「いえ、私もまさかリヴァイ先生がこっちに来るとは思ってなかったんで……体操部の方の活動は?」

ペトラ「今日はたまたまお休みだったみたい。日曜日は月に1度、お休みだから、丁度空いてるから送ってやるって先生が言ってくれて……」

オルオ「ああ。つい、甘えちまったんだよ。すまなかったな」

リヴァイ先生はまだハンジ先生と言い争っている。

ハンジ「どうしてもダメ? ダメなのおお?」

リヴァイ「しつこいぞ。諦めろ。これ以上食い下がるなら、この問題を表沙汰にしてやってもいいんだぞ?」

ハンジ「いやあああ! それは止めて! 彼女たちの為にもやめて!」

リヴァイ「だったら諦めろ。未成年は未成年らしく、出来る範囲で遊べ。いいな」

でもその直後、エレンが何か悪い事を考えたような笑みを浮かべて言ったのだ。

エレン「でもリヴァイ先生……10代の頃、誘われたら結構、エッチしてたんですよね?」



ピシッ………



その瞬間のリヴァイ先生の顔はなかなか見物だった。

冬公演のおかげでリヴァイ先生のふしだらな過去が暴かれた訳だけど、当時はまだ私も詳しい事情を知らなかったので、まさかあそこまで酷い男だとは思っていなかった。

だから今にして思えば、ここでリヴァイ先生が動揺したのは分からなくもないけれど、だからと言ってエレンを窒息させる勢いで口封じしようとするのは先生としてどうかと思った。

ジャン「え? なんだその情報。どこから……」

リヴァイ「エレン、それ以上口を開くな。開いたら、タワーブリッジをかけるぞ」

でもエレンは平気な顔で続ける。

エレン「エルヴィン先生から聞きましたよ? いろいろと。女の子とお風呂……(むぐっ)」

ミカサ「! やめて! エレンが死んじゃう!!!」

あの時のリヴァイ先生は本気だった。私が止めなかったらエレンは殺されていたと思う。

ハンジ「自分はその頃、沢山、お勉強してたくせに、生徒にはやらせないんだ。リヴァイずる~い」

リヴァイ「くっ……!」

ハンジ先生のツッコミのおかげでようやく手を離してくれた。

リヴァイ「昔の事だ」

エレン「でも、フライングしていたのは事実ですよね? リヴァイ先生?」

リヴァイ「うぐっ………」

エレン「ここは、アウトなところだけ、線引きしましょうよ。それで手を打ちませんか?」

リヴァイ「どういうつもりだ」

エレン「つまり、ハンジ先生が18禁本を買うのはセーフ。それを未成年が受け取って読むのがアウトなんだから、預かって貰っておけばいいじゃないですか。18歳まで」

スカーレット「なるほど。それは名案ね」

ガーネット「ハンジ先生、お願いしていいですか?」

ハンジ「全然OKだよ~1年2年なんて、私らにとっては一か月くらいの感覚だからね! すぐ過ぎちゃうよ」

スカーレット「そうなんですか?」

ハンジ「大人になると、そうなるんだよ。今、16歳か17歳でしょ? あともうちょっとだから我慢しておこうか」

スカーレット「お願いします」

そんな訳で問題は一応解決したようだ。

リヴァイ「………………分かった。そういう事なら俺もこれ以上は言わん。どうせハンジの部屋を片付けるのは俺だしな」

ペトラ「え?」

その瞬間、ペトラ先輩の表情が陰った。

でもその様子には気づかないハンジ先生は続けて言った。

ハンジ「あ、ついでだからリヴァイも18禁本買っていったら? まとめてリヴァイが管理しておいた方が確実かもね」

リヴァイ「そこまで甘えるんじゃない。それに俺は今日は送迎しに来ただけだ。買い物をしに来たわけじゃ……」

ハンジ「ええ? 折角だからリヴァイも楽しんでいこうよ~コミケ初体験でしょ?」

リヴァイ「まあ、そうだが……そもそも俺も漫画には詳しくないんだが」

ハンジ「詳しくなくても楽しめるって♪ お祭りなんだから。あ、リヴァイもコスプレしちゃうとかいいんじゃない? 衣装ある?」

リヴァイ「はあ?」

ガーネット「あ、ありますよ。プロトタイプですけど。ショタゼウスの衣装も一緒に持って来ています」

スカーレット「着せていいなら着せられると思いますよ。リヴァイ先生のサイズなら」

リヴァイ「おい、それはどういう意味だ……(青ざめ)」

ハンジ先生との仲好さげな空気を見せつけられてどんどん落ち込んでいったようだった。

他の3年の先輩達もペトラ先輩を気遣って見つめている。

と、その時、丁度カジ君達も合流してきた。

カジカジ「遅くなってすみませーん! 場所分かんなくて迷ってましたー」

マリーナ「暑いですね~あれ? 皆、勢ぞろいだったんですか?」

キーヤン「ハンジ先生も来てたんですか~」

ハンジ「まあね~」

アーロン「ま、全員揃ったみたいだから着替えに行きますか」

エーレン「そうだね。店番は誰がする?」

ガーネット「じゃんけんで決めましょう。負けた2人が残って貰って、残りは更衣室に向かって着替えてきたらまた交替で」

ハンジ「了解~」

そしてハンジ先生とエレンが居残りになったので私達は先に着替える事になった。

女子更衣室の中で私とアニとペトラ先輩はスカーレット先輩とガーネット先輩に手伝われながら衣装に着替えた。

マリーナは意外と自分一人でさくっと着替えていた。もしかしてコスプレに慣れている?

ちなみにマリーナはツキツキの普段の学生服バージョンの衣装だ。

スカーレット先輩はバルドル(学生服)、ガーネット先輩はアポロン(学生服)だった。

マーガレット先輩はロキ(学生服)をやる予定だったそうだ。

私の衣装は和装だったので一番、調整に時間がかかったけれど何とか着替え終えた。

この中ではアニの衣装が一番、格好良かった。甲冑付きだ。

スカーレット「流石に上半身丸裸はアレだから、スポブラつけたけどね」

アニ「元々は男キャラなんですよね」

スカーレット「そうそう。一番、ツンデレ属性のキャラだよ」

ガーネット「ツキツキとは兄弟設定なんだ。ツキツキがお兄ちゃんだよ」

ミカサ「おお。では私とアニは兄弟」

アニ「何だか変な感じだね」

アニが衣装に着替えてから照れ臭そうにしていた。

スカーレット「後で皆で写真撮ろうね!」

ミカサ「是非」

ガーネット「店番、エレンと誰か替わって貰える?」

ミカサ「では私が替わってきます」

自主的に私が店番をかってでた。エレンにもこの衣装を見せたかったからだ。

スペースに戻るとエレンはハンジ先生と話し込んでいた。

ハンジ「聞かせてよー人の恋話を聞くのは大好きなんだよねー」

エレン「いやはや、ええと……」

ミカサ「エレン、着替えてきた。交替しよう」

どうやら恋バナの最中だったようだ。申し訳ないけど、でも交替しよう。

よく見るとエレンがちょっと赤くなっている。

良かった。エレンはこの衣装を気に入ってくれたようだ。

ハンジ「可愛いねー! こりゃナンパされちゃうね! 私が持ち帰りたいくらいだわ」

エレン「ダメですよ! 持ち帰ったら!」

ミカサ「持ち帰るのはエレンのみ許可」

エレン「あ、オレならいいんだ?」

ミカサ(こくん)

エレンが小さなガッツポーズを連続でしている。嬉しいようだ。ふふっ。

でも私も早くエレンのコスプレが見たい。わくわくしているので。

エレン「じゃあミカサ、交替して貰っていいか? オレも更衣室で着替えてくる」

ミカサ「うん。混んでいるので気を付けて」

エレン「了解!」

という訳でエレンと交替して私はハンジ先生の隣に座った。

ハンジ「ねえねえ衣装を触っていい? ちょっとだけ! ちょっとだけ!」

ミカサ「これは私の作った物ではないので」

ハンジ「ううう……それもそうか。分かった。ガン見するだけにしておくね!」

ミカサ「そうして下さい」

そう言えば先程、恋バナの最中で遮ってしまったようだったが。

ミカサ「ハンジ先生」

ハンジ「なにー?」

ミカサ「エレンと何を話していたんですか?」

ハンジ「ん? うふふふ。エレンはミカサの何処が好きなの? って聞いてたんだよ」

ミカサ「そ、そうですか」

思っていた以上にストレートな話題だったようだ。

ハンジ「ミカサはどう? 彼氏の何処が好き?」

ミカサ「ストレートに聞きますね」

ハンジ「そういう人の話を聞くのは大好きなんだよ!!」

そういう事なら遠慮せずいこう。

ミカサ「エレンは、とても格好いい」

ハンジ「うんうん」

ミカサ「エレンは、とても優しい」

ハンジ「うんうん。他には?」

ミカサ「エレンは、私がドジをしても責めない」

ハンジ「器用の大きい男だね!」

ミカサ「そうなのだと思います。あと判断が早くて、男らしい人です」

ハンジ「優柔不断なのは駄目だよね。分かる。スパッと決める男はいいよね!」

ミカサ「ハンジ先生は現在、そういう方はいないんですか?」

ハンジ「え? 私? 彼氏はいないよ」

ミカサ「ではあのクソちび教師は迷惑なのでは……?」

こっちもストレートに疑問をぶつけてみると、ハンジ先生がきょとんとした。

ハンジ「迷惑? え? 何が? クソちびって、リヴァイのことだよね?」

ミカサ「はい。いつも付け回されているようなので迷惑しているように見えます」

ハンジ「あははは! 別に迷惑とかじゃないんだよ。たまにやり過ぎな時もあるけど」

ミカサ「でも、リヴァイ先生はハンジ先生の事を好いているように見えます」

ハンジ「そりゃ付き合い長いからね。友人として」

ミカサ「本当に友人なんですか?」

ハンジ「その質問、もう何百回聞いたかなー?」

ハンジ先生がちょっと困ったように言い返した。

ハンジ「間違われる事は多いけど、リヴァイとはそんなんじゃないからね」

ミカサ「では本当に友人?」

ハンジ「うん。私、異性の友人、結構多い方だし。その内の一人ってだけの話だよ」

ミカサ「……………でももしも、そう思っているのがハンジ先生だけだったら」

ハンジ「えー? リヴァイが私を好いているって事? それはないけどなあ」

ミカサ「本当に? 隠しているだけかもしれない。ハンジ先生、もしリヴァイ先生に襲われそうになったら言って下さい。私がしかるべき報いを(拳作る)」

ハンジ「いやいや? 大丈夫だって。この間は助かったけど、あれからリヴァイも反省していたから」

この当時のハンジ先生は普通に否定されていたから、私はそのままそれを信じてしまった。

だから後日、それが違ったのだと知った時、私はほんの少しだけあのクソちびに悪い事をしたと思った。

ミカサ「でも、喉元過ぎたら熱さを忘れるとも言いますし……」

ハンジ「何だか今日はやけに突っかかるね。ミカサ、もしかしてそういう男が自分の周りにもいるとか?」

ミカサ(ギクリ)

まさかこっちに話題がパスされるとは。

該当する人物が約一名いる。ジャンの事だ。

友人としての位置にいる癖に、私を好いている。

それでいて決定的な事は何も言わずに曖昧で、視線だけはいつも熱っぽい。

ミカサ「…………わ、私の事はどうでもいい」

ハンジ「ははーん。つまりリヴァイと自分のケースを重ねてみちゃったわけだ?」

ミカサ「ハンジ先生はリヴァイ先生の事、本当に迷惑ではないと?」

ハンジ「2回目だけど、別に迷惑とかじゃないよ。本当に。むしろいろいろ有難いくらい」

ミカサ「………そうですか」

ハンジ「迷惑だと思っているのはミカサの方じゃない?」

ミカサ「………………」

こんな話をハンジ先生にしてもいいのか迷う。

ハンジ「うーん。曖昧なのって、難しい問題だよね」

そして先程までのおどけた表情から一転して大人の女性の顔を見せてくれた。

ハンジ「誰の事かは追求しないけど、もしかしてその怪しい男との関係をきっぱり拒絶したら相手に悪いと思ってる?」

ミカサ「いえ、そういう訳ではないんですが」

ハンジ「じゃあ断る件についてはもう、そのつもりなんだ」

ミカサ「もし告白されたら、そうするつもりではいますが……」

ハンジ「ふむ」

ミカサ「私は一度、既にその件に関しては彼に確認して『それは違う』ときっぱり否定されている。でも周りの人から言わせたら、彼は私を好いているようにしか見えないそうなので、恐らくそうなのだと思います」

ハンジ「あちゃー。煮え切らない男が視界をチラチラしている訳だ。ミカサはもうエレンのものなのにね」

ミカサ「はい。私は2人の男を同時に愛せる程、器用ではないので」

そうか。リヴァイ先生の態度を見て妙にイライラすると思ったのはそのせいだったのか。

私の場合はジャンがそれだ。私の望みは友人の距離感なのに。

ジャンが本当はそうではないと知った時、私は軽い失望感を覚えた。

でも2回も自分からジャンの本心を確認する程、私も厚顔ではない。

ハンジ「うんうん。その彼は、今日一緒にコミケに来ているのかな?」

ミカサ「あ、はい。一応………」

ハンジ「部活が一緒だと、どうしても顔を合せるし、気まずくなると今後が面倒だなと思う気持ちもあるのかな?」

ミカサ「それが全くないかと言われたら嘘になりますが」

ハンジ「なーるほど。だからミカサは私の事も心配してくれたんだね?」

ミカサ「すみません。余計なお世話だったかもしれません」

ハンジ「ううん。そんな事ないよ」

ハンジ先生は笑っていた。とても綺麗な笑顔だった。

ハンジ「そっかあ。まあ、断る側の立場の気持ちはよく理解出来るから、ミカサがしんどいのも頷けるなあ」

ミカサ「そうなんですか?」

ハンジ「うん。面倒臭いよね。相手の気持ちを想像すると。きっとこの人、後で泣いちゃうんだろうなとか、食事も喉通らない程凹んだりしたら嫌だなとか。出来ればさくっと忘れて欲しいなあとこっちは思うけど、フラれる側の気持ちも分からなくもないし、あーどっちも嫌だよねえ」

ミカサ「フラれた事、あるんですか?」

ハンジ「フる方が経験多いけど、フラれた事も一応あるよ。ま、この年になればいろいろね」

ミカサ「……………」

ハンジ「でも言い寄る男よりも、今の彼氏の方をちゃんと捕まえておかないと駄目だよ。エレンは男前だしね。今、経験できる青春をちゃんと謳歌しないとね!」

ミカサ「…………はい」

そしてこのタイミングでスカーレット先輩とマリーナとアニが帰って来た。

今度はハンジ先生とスカーレット先輩が交替して2人で並んで店番をする。

アニとマリーナはとりあえず男子が戻ってくるまでここで待つそうだ。

スカーレット「ハンジ先生の分の衣装もあるんで、着替えて来て下さいね!」

ハンジ「マジか! ありがとう! どんな衣装かな~?」

スカーレット「更衣室の中でガーネットが待っているんで、合流して下さい」

ハンジ「了解~」

今度はスカーレット先輩と店番だ。先輩がニヤニヤしてこっちを見ている。

スカーレット「やっぱりツキツキをミカサにやって貰って正解だったわ。嵌り過ぎww」

ミカサ「あ、ありがとうございます」

スカーレット「今日はリヴァイ先生もいるし、テンション上がるわwww」

ミカサ「え? 何故」

スカーレット「だってまさかショタゼウスやってくれるとは思わなかったから。洒落で一応、作っとく? みたいな話をガーネットとしていたら現実になるなんてねえ」

ミカサ「最初から着せるつもりだったんですか?」

スカーレット「一番似合いそうだったしね。機会があれば着て貰おうと思ってたんだ。今日じゃなくても、別の日にでも」

ミカサ「成程……」

そして結構素早くハンジ先生が戻って来た。

ハンジ「どう? 似合う?」

ハンジ先生は片眼鏡のキャラだった。

スカーレット「トト先生超似合いますwww着替えるの早かったですね」

ハンジ「まあ、男装だし、コスプレは何度か経験あるからね。昔、手塚とかやった事もあるよ」

スカーレット「マジですかwww似合いそうですねwww」

楽しそうに2人が話していると、本命のエレンが着替えてこっちにやってきた。

ミカサ「!!!!!!!」

dfsのdgvfdj;bvgdf;bjs?!

エレンとカジ君が並んでこっちにやってくる様子を周りがざわめいて見ている。

遠目でも分かった。この破壊力、凄まじい。

ハンジ「やっほー皆そろった~?」

ハンジ先生が目印になるようにぴょんぴょん飛んで手を振っている。

それに気づいてエレンもこっちを見た。手を振ってこっちに来る。

ひゃああああ!! ちょっと待って欲しい。

あんな愛らしい状態になるなんて反則だ。息が苦しい…。

動悸が激しくなってくる。顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。

アニ「おお……意外と似あっているね。アルミン」

アルミン「そ、そうかな?」

ジャン「アニも似合っているな」

マルコ「格好いいね」

アニ「どうも。ジャンも意外とイイ感じだね」

アニの声が遠くに感じた。エレンの方ばかり見ていたせいだ。

ジャン「お、おう……なら良かったぜ。ミカサ、どうだ? オレの衣装は」

ジャンの声も遠くに感じた。私の視線はエレンに釘づけだった。

その視線で察してくれたのか、カジ君が自分から言ってくれた。

カジカジ「店番、替わろうか? 次は俺とキーヤンで座るよ」

スカーレット「お願い! あとでまたよろしくね!」

そんな訳で店番を交替して貰う。

私達のチームは壁際に移動してグループで撮影会をする事になった。

ガーネット「ハンジ先生! 壁ドンやって下さい! ペトラ先輩と!」

ハンジ「壁ドン?」

ガーネット「壁側にこう、手をドンってやって顔を近づけるんです!!」

ハンジ「こう? (ドン)」

ガーネット「もっと激しく!」

ハンジ「難しいなあ…こう? (ドン)」

リヴァイ「そうじゃねえだろ。こうだろ? (ドン!!)」

と、その時、その音に皆びっくりして注目されてしまった。

そして、何故か周囲から拍手が巻き起こる。

お客さん1「生壁ドンだー」

お客さん2「ショタゼウスの壁ドンだ!」

お客さん3「壁ドン先生も頑張って!」

何を? という感じだったけどペトラ先輩はそれどころじゃないようだ。

ペトラ「あの、先生……顔、近いです」

リヴァイ「あ、ああ……すまん」

ハンジ「あんたが私のキャラをやった方が良かったのかも?」

スカーレット「でも身長が足りないんです。すみません……」

リヴァイ「うぐっ……」

クソちびの嫌そうな顔はちょっとウケた。笑いそうになってしまう。

お客さん4「……あの、写真撮らせて貰ってもいいですか?」

次は周りのお客さんから頼まれてしまった。

お客さん4「出来ればタケルと絡んで下さい! お願いします!」

絡みのある写真を頼まれてしまった。

するとエレンの方はハンジ先生との絡みを別のお客さんから頼まれていた。

ミカサ「うっ……私のキャラはエレンのと絡まないのだろうか?」

スカーレット「そんな事はないよ! でも一番美味しいのはマルコとアルミンだね」

アニ「……みたいだね」

熱心なファンがいるようで、アルミンはマルコとの写真を頼まれる事が多いようだった。

ジャン「オレは何で端っこに立つのばっかり頼まれるんだ…?」

エレン「さあ? そういうキャラじゃねえのか?」

お客さん5「トールは添え物ですから」

ジャン「意味分からん」

ジャンが自分のコスプレキャラに疑問を持っているようだ。

お客さん6「ペアだとトール×ロキも需要あるんでお願いしていいですか?」

ジャン「ああ、いいですけど」

皆がお客さんとの撮影をしている間、空いた私は近くの他の店の新刊をチラッと立ち読みしてみた。

丁度、今言われたトール×ロキの本が置いてあったからだ。

ミカサ「…………」

店の人「あ、もしかしてロキ受け派ですか?」

ミカサ「い、いや、違います……(ササッ)」

店の人「そ、そうですか。すみません……(残念)」

慌てて本を元の場所に戻した。やっぱり内容はエッチな物しかなかった。

お客さん6「もっと顔を近づけて下さい!! お願いします!!」

アルミン「いや、これ以上は無理ですよ?!」

ジャン「アレですか。キスに見えるアングルで写真撮りたいとかですか」

お客さん6「良く分かってらっしゃる!! 是非!!」

アルミン「僕はそういう趣味はないですから!!!」

エレン「ジャン、アルミンは偽装キステク指導を受けてねえからやらせるなよ」

ジャン「いや、やらねえし!! お前とも2度とやらねえし!!」

お客さん6「?! まさかのトール×アヌビス?! それはそれで美味しい(じゅるり)」

何だかお客さんの方が盛り上がっているようだった。ジャンはそれに呆れて、

ジャン「絡むんだったらオレはツキツキとの方がいいんだが……(チラリ)」

ジャンがこっちを見た。するとエレンもこっちを見て言った。

エレン「ああ? させるかよ。ツキツキと絡むのはオレの方がいい」

お客さん6「ツキツキの取り合い?! まさかの三角関係勃発?!」

お客さん5「ここでタケルが乱入して成敗しないと」

アニ「うん? 殴っていいんですか?」

お客さん6「是非! なにすんだてめえら! とかお願いします!」

アニ「了解」

そんな感じでじゃれ合っている写真も何故かウケたようだ。

皆で写真を撮ったり店番を交替したりして午前中を過ごしたらあっという間にお昼になった。

ミカサ「エレン、休憩しよう」

エレン「おう。そうだな」

ガーネット「あ、休憩するなら飲み物もお願いしていい?」

エレン「了解でーす」

という訳で自動販売機のところまで移動して、ちょっと外の空気を吸う事にした。

ミカサ「エレン、寒くない?」

エレン「んにゃ全然。むしろ丁度いいくらいだな。上半身裸だけど」

ミカサ「そう……(汗ダラダラ)」

エレン「あ、ミカサは着物だから暑いのか」

ミカサ「す、少し……(ぼーっ)」

エレン「んーもう写真も撮ったし、元の恰好に戻ってもいいんじゃねえか? ちょっと早いけど、先に着替えたらどうだ?」

ミカサ「う、うーん。でも……」

エレン「体調の方が大事だろ? 水、先輩達に渡して来たら着替えようぜ」

ミカサ「…………」

エレン「ん? どうした?」

はあはあはあ。イケメンが目の前に居る。

ミカサ「エレン……」

エレン「うん」

ミカサ「…………か、可愛い」

エレン「おう。ミカサの衣装、可愛いぞ」

私なんかそんな。

ミカサ「そうじゃなくて、エレンの恰好、可愛い」

エレン「あ、オレ? そうかあ?」

ミカサ「……………(ハアハア)」

こ、これが所謂、きっと、その、ああもう、理屈じゃない。

エレン「?!」

エレンが欲しい。今ここで。エレンがエレンがエレンが……。

私の指先は止まらなかった。もう触りたくて仕方がなかったのだ。

エレン「っ……!」

エレンの様子が変わった。表情が一気に色っぽくなった。

ミカサ「エレン……私、最近、変なの」

エレン「え?」

ミカサ「体が火照って、熱っぽくなって、ま、股がびしょびしょに濡れる事が増えて……エレンの事を考えると、体の制御がきかないような、変な感じになるの」

エレン「!」

ミカサ「どうしたらいいの? こんな状態はとても辛い。どうしたら、どうしたらいいの?」

言ってしまった。遂に。

体位のモデルをやった時やふいに抱きしめられた時から感じた熱を思い出して。

周りに人がいることも完全に忘れ去って、其の時の私は狂っていた。

エレンが悪い。こんな、綺麗な乳首を晒して私を誘惑するのが悪い。

そんな愛らしい猫耳に似た物を付けるのが悪い。

もうこのまま、自分の欲望を抑えずに、私は………。

ごくり。

生唾を飲み込む音だけが耳に残って私達は見つめ合った。

エレンの吐息も荒々しく変化していた。無言は肯定と受け取る。

だから油断していた。

その直後、まさかエレンの方から頭突きをされるとは思わなかった。

ミカサ「うっ……!」

ぷしゅーっと、お互いにダメージを食らいながら倒れた。

ミカサ「え、エレン……酷い……」

エレン「わ、悪い。ちょっと頭冷やしたくてな……」

ミカサ「ううう………」

エレン「ミカサ、ここは公共の場だ。チチクリあっていい場所じゃないぞ」

ミカサ「は! そうだった……」

そういえばここはコミケ会場だった。自宅ではなかった。

外にいる事を完全に忘れていた私はその場で深く反省した。

ミカサ「ごめんなさい。つい……エレンの色気に負けそうになった」

エレン「そ、そうか……」

エレンのコスプレパワーに負けそうになった。だって上半身が殆ど裸なのだ。

これを見てハアハアしない女はそうはいないと思う。

エレンの色気とか肌とかをダイレクトに視界に入れてしまったら、私でなくとも似たような事をしでかす女はきっといるに違いない。

ミカサ「と、とりあえず、戻ろう。一度着替えてリセットしたい」

エレン「ああ、そうだな」

という訳で自販機で水とかジュースとか買ってから、先輩達のところに戻る事にした。

そしてちょっと早いけど、私達は私服に戻って、今度はいろいろ店を見て回る事にした。

漫画だけでなく、手作りの手芸等も売っている店もあった。

そのうちの一つが気になってつい視線が動いてしまう。

ミカサ「あ、可愛い……」

エレン「買って行くか?」

ミカサ「うーん、どうしよう?」

エレン「今日はイベント用に少しは金貰っているから、いいんじゃねえか?」

ミカサ「ではひとつ、エレンと御揃いで……」

エレン「ん。どれにする?」

ミカサ「これ……」

鍵の形をした、金属製のペンダントだ。

エレン「じゃあそれにするか。同じの2つ下さい」

御揃いのペンダントを購入して満足する。

そしてその向かいの店では大量にボーイズラブの同人誌を購入して行くお姉さんが居た。

ミカサ「そういえばさっきから不思議に思っていたけど、どうして男同士でエッチな事をしている漫画が多いのかしら?」

エレン「ぶふーっ……ああ、BLの事か」

ミカサ「うん……ちょっと先程、立ち読みをしたけれど、そういう本がとても多いように思えるけど、何故?」

エレン「いや、それはオレにも分からん。マーガレット先輩に聞くしかない」

ミカサ「今日は聞けないので残念……」

エレン「ミカサはこういうオタク文化って抵抗ねえのか?」

ミカサ「? 抵抗というより、よく分からないと言った方が正しい」

不思議な世界だと思う。理解出来ないけれど、それに夢中になる人々がいるのは確かだから。

ミカサ「疑問符が先に来て、いまいちよく分からない。エレンはジャンとよく喧嘩しているし、男同士でキスするのも抵抗があるように言っていたし、男同士でイチャイチャする事って、あまり現実ではないように思える」

エレン「まあ、フィクションだから別にいいんじゃねえの? そこは現実と同じじゃなくても」

ミカサ「それはそうだけど、では何故、それがこんなに人々に求められるのか。不思議」

今も目の前で、幸せそうに新刊を買って行く女性たちが沢山居る。

ミカサ「多分、私には分からない何かがあるに違いない」

エレン「あ、あんまり興味は持たなくていいぞ、ミカサ。染まって欲しくねえからな」

ミカサ「そう……」

そしてエレンと少し移動すると、アルミンとアニと遭遇した。

手荷物が結構ある。アニはぬいぐるみを沢山買っていたようだった。

アニ「あ、ミカサ。丁度良かった。これ、あげる」

ミカサ「……!」

アニ「神々の遊戯(あそび)のメリッサだよ。作っている人、やっぱりいた。あんたこういうの好きそうだと思って買っておいた」

ミカサ「お、お金は……」

アニ「いい。要らない。これはその……アレだよ。この間のお詫びだよ」

ミカサ「?」

アニ「その、ごめんね? 嘘情報言っちゃったから」

そんな事、別に気にしなくて良かったのに。

ミカサ「で、でも……」

エレン「もらっておけばいいじゃねえか。なんかおでん君に似てるな、こいつ」

アニ「まあね。でも私はメリッサの方が可愛くて好きだよ」

ミカサ「この愛らしさ、いい……」

触り心地も気持いい。ずっとふにふにしたくなる愛らしさだった。

アルミン「うーん、もう3万使っちゃったし、これ以上買うのもやばいかな……」

アルミンは本を沢山購入した様だ。にしても買い過ぎでは?

エレン「あ、アルミン、帰りのバス代大丈夫か?」

アルミン「え? ああ……大丈夫。今日は一応、5万はおろしてきているよ」

エレン「?! なんでそんな大金持ち歩いてるんだよ?!」

アルミン「ええ? コミケってそれくらいお金使うって、ネット情報に書いてあったから。平均で3万は使うって。すごい人になると10万いくらしいよ」

エレン「えええええ………」

そんなに使い込む情熱は私にはない。

エレン「オレ、さっきペンダント買ったくらいだぞ……何をそんなに買い込んだんだよ」

アルミン「ええっと、一応健全本だけだけど、西方ものとか。アイマスとか。艦これもそこそこあったね」

アルミンは本当に守備範囲が広いと思った。

アルミン「だって1冊500円~1000円くらいするんだよ。薄い本だけど、10冊買ったらあっという間に1万越えちゃうんだよ。しょうがないよ」

アニが大量の薄い本をトートバックに入れて持っている。

アニ「あ、心配しないで。アルミンと回し読みするから問題ないよ。私もジャンル分かるし。むしろ私がアルミンに買わせたようなもんだから」

エレン「え? アニ、その辺のジャンル分かるのか?」

アニ「私は腐っている方の女子じゃないけどね。いろいろジャンルは雑多だけど、漫画も含めて好きだよ」

アニが楽しそうにしているので何より。

ミカサ「すごい。皆、すっかり楽しんでいる」

と、呟いたその時、後ろの方から声が聞こえた。リヴァイ先生とハンジ先生だ。

ハンジ「これで全部かなあ……すごいねえ。触手プレイとか、想像力豊かでびっくりするよ」

リヴァイ「お前、絶対、プレイそのものじゃなくて、触手の描写の方に興味あるだろ」

ハンジ「当たり前でしょ! 生物学的にあの造形は芸術的な美しさを持っていると思うよ?! 出来れば吸盤の部分をもっとリアルに描いてくれたら……」

ハンジ先生は生物の先生なので生物の造形の方に興味があるようだ。

ハンジ「本当に18禁本買わないの? リヴァイ、最近、ご無沙汰しているんじゃないの? 大丈夫?」

リヴァイ「ご無沙汰しているのは事実だが、心配されるような事じゃない。それより早く帰って風呂に入りたいんだが……もう帰っていいか?」

ハンジ「ええ? もうそんな時間だっけ? あ、1時か。そろそろお開きムードだね」

リヴァイ「そうか。なら帰っていいな。よし、着替えてくるからオレは先に帰る」

ハンジ「あ、先に帰るなら荷物も一緒に持って帰ってよー私の部屋に置いておいてー」

リヴァイ「ああ、分かった。これで全部だな(ヒョイ)」

軽く荷物を持ち上げてさっさと帰ろうとするリヴァイ先生だった。

ハンジ「わーいありがとう! 今日は私、多分帰り遅くなるから」

リヴァイ「……何? この後、どこかに寄るのか?」

ハンジ「うん。モブリットと約束があってね。2人で飲みに行く予定なんだ♪」

リヴァイ「!」

おおおおお! 流石モブリット先生。抜かりない。

しかしこの後、あのクソちびは訳の分からないことを言い出したのだ。

リヴァイ「………お前、風呂に入らないまま行く気か?」

ハンジ「え? そうだけど、何かまずい?」

リヴァイ「デートするのに汚いまんまで行く馬鹿がいるか! 今日の私服だって、男みたいな恰好だっただろう!」

ハンジ「え? デートじゃないよ? 飲みに行くだけだよ? ノミニケーションだよ?」

リヴァイ「アホか。そう思っているのはハンジだけだ。よし分かった。そういう事なら一緒に帰るぞ。服から全てコーディネートしてやる」

ハンジ「ちょっと待ってよ?! それは流石に悪いって!! あんた、自分の部屋の掃除するんじゃなかったの?!」

リヴァイ「俺の事は後回しでいい。いいから一緒に帰るぞ!!」

ハンジ「ええええ……本気なのおおおおお?!」

ずるずるずる………

どこからツッコミを入れたらいいのか、もはや分からない。

ジャン「………なあ、あの2人って付き合ってるのか? 付き合ってないのか? どっちなんだ?」

その時、ジャンとマルコもこっちに合流してきてぽつりと呟いた。

ジャンがそう言いたくなるのも頷けた。

ミカサ「良く分からない。でもリヴァイ先生は変態なんだと思う」

ジャン「ああ。オレもそれは今、思った。アレ、自分で気づいてねえのかな?」

エレン「気づいてないらしいぜ。エルヴィン先生に言わせると」

ジャン「うわあ……」

ジャンがドン引きしていた。ジャンでなくとも皆、内心同じ気持ちだったと思う。

マルコ「うーん、女性の服を自分でコーディネートしてやるっていう発想って、どう考えてもアレだよね」

アルミン「うん……アレだよね」

そこははっきり「変態」とか「頭がおかしい」とか言ってあげてもいいくらいだ。

アニ「あの2人って、のだめ☆カンタービレの主役二人みたいだね」

その作品は読んだ事はないが、多分、似たような2人が出てくる作品なのだろう。

エレン「あ、そう言えば他のメンバーはどうしたんだ? もう帰っちゃったのかな」

アニ「ああ、3年生達はさすがにね。先に帰ったよ」

アルミン「カジ君達はまだ遊んでいるみたいだけど、2時までだからそろそろ僕達も帰り支度始めようか」

マルコ「そうだね。時間ぎりぎりに更衣室に戻ったら混雑しそうだし」

という訳で、皆もコスプレ姿から私服に戻って、スカーレット先輩達のところに戻ったのだった。






約束通り2時にはきっかり退場して学校に戻り、役者は音楽室、大道具組は背景セットの制作の続きをする事になった。

休みの日なのにエルヴィン先生が先に音楽室で準備して待ってくれていた。

ミカサ「エルヴィン先生、休日なのにすみません」

エルヴィン「いやいや。文化祭前だから私もいろいろ雑用があるんだよ。こっちの用事が終わったら裏方組も見に行くし、他のところも回るから」

と言ってエルヴィン先生監修の元、演技の練習に入った。

しかし演技の練習後、ジャンが凄く難しい顔をしていた。

ジャン「ううーん」

ミカサ「どうかしたの? ジャン」

ジャン「あ、いや……オレ、全然駄目出しされてねえけど、本当にこれでいいんかなって思ってな」

ミカサ「え? 駄目がないのだから、それでいいのでは?」

ジャン「それはそうだけどさ。でも、全く駄目出しがねえのも逆に不安になるっつーか……」

ジャンがもにょもにょ言っていると、そこにカジ君達も加わってきた。

カジカジ「ああ、その気持ちすげえ良く分かる!」

マリーナ「でもジャンの演技は完成度が高いから、悪いところは見当たらないんだよね」

キーヤン「だよな」

エルヴィン「ふむ。駄目がないと逆に不安になるのかい?」

ジャン「あ、はい。すみません。贅沢な悩みかもしれないですが」

ジャンがそう困ったように頭を掻くと、エルヴィン先生は何故か笑っていた。

エルヴィン「ふふっ……はまり役を引き当ててしまった役者がたまに陥る悩みだね」

ジャン「そうなんですか?」

エルヴィン「裸の王様のような気分なんだろ? あんまり褒められ過ぎると逆に疑いたくなるって事だ」

ジャン「まさにそんな感じです……」

ジャンが素直にそう白状するとエルヴィン先生は少し考えてジャンを説得し始めた。

エルヴィン先生は脚本の表紙を見せながらジャンに言った。

エルヴィン「君は演技をしている時、何を考えている?」

ジャン「何って、そりゃあ三村の事ばっかりですよ。こいつ、本当腹立つけど気になるっていう」

エルヴィン「うん。それで正解だ。ジャンは最初からこのキャラを演じる上で一番大事な部分を自分で理解している。だから皆、すんなりジャンの演技を受け入れられるんだよ」

ジャン「え? そこが一番大事な部分なんですか?」

エルヴィン「その解釈の部分が脚本家と役者で齟齬が生じると一番困る。変更させたい場合は脚本家が納得出来る理由を役者側が提示する必要があるし、それが出来ない場合は役者を変更する場合だってあるよ」

ジャン「へえ………」

エルヴィン「リヴァイが苦戦していたところをジャンも見ただろう? キャラを掴むというのはそういう事だ。1点、そのキャラの中心、つまり核となる部分を理解する。それがつまり「キャラを動かす」事に繋がるんだ」

ジャン「なら、このままのオレでいていいんですね」

エルヴィン「その通りだ。下手に迷って迷走されると困る。駄目出しを出されないという事を前向きに捉えてくれて構わないよ」

ジャン「分かりました。じゃあこのままでいきます」

エルヴィン先生の説得にジャンの表情も晴れやかになった。

エルヴィン「まあそれでも、どうしても不安なところが出てきたらその都度、私や周りの人に相談してみてくれ。そっちの方がいいと思う場合は、微調整を入れていこう」

ジャン「え? 今から台本を修正するんですか?」

エルヴィン「アドリブを入れたくなる瞬間、みたいなものもあるだろう? そこは流れを見てやってくれていい」

ジャン「分かりました。有難うございます!」

そして休憩時間中にエルヴィン先生は大道具の様子を見てくると言って部屋を出て行った。

ミカサ「………………ジャン」

ジャン「な、なんだよ!? (びくっ)」

ミカサ「いえ、いろいろ考えて凄いと思って」

ジャン「そ、そうか?」

ミカサ「私は駄目出しを出されないのならそれでいいと思っていた。それ以上の事なんて考えてもいなかった」

ジャン「あ、いや……そんな大した事じゃねえよ」

しかしジャンは謙遜する。それが余計に私を惨めにさせた。

ミカサ「そんな事はない。私ももっと考えるべきだった。三村の事について」

ジャン「でもミカサは特に酷い駄目出し食らってねえんだろ?」

ミカサ「歩き方を注意されたくらい。女性の歩き方にならないように気をつけているだけ」

ジャン「まあ、中身が女だと周りに意識させねえようにしねえといけねえしな」

ミカサ「声も少し低くしようと意識はしている。でもそれ以外の部分は全く考えてなかった」

ジャン「いや、そんな事はねえだろ。ミカサもキャラは掴めているし」

ミカサ「そうだろうか?」

ジャン「エルヴィン先生も言っただろ? 『そのキャラの中心、つまり核となる部分を理解する』って。ミカサもちゃんとそこが出来ているから違和感ないんじゃねえの?」

ミカサ「むむむ…………」

そうなんだろうか? 自分では良く分からない。

ジャン「ミカサもるろ剣は一読しただろ?」

ミカサ「休憩時間の合間に大体は読み終わった」

ジャン「なら三村は誰に一番近いと思った?」

ミカサ「誰に……」

思い浮かんだのは、あの少年だった。

ミカサ「弥彦かしら。尊敬する火村を追いかけると言う意味では」

ジャン「その尊敬する人を追いかける気持ち、ミカサなら誰よりも理解出来るんじゃねえの?」

ミカサ「尊敬する人を追いかける気持ち………」

そこで浮かんだ顔は、勿論。

ミカサ(ぽぽぽぽぽぽ)

ジャン「あーもう、こんなの、オレに言わせんなよ! つまりはそういう事だろ?!」

ミカサ「な、成程」

ジャン「オレもあいつが前回の劇ですげえ頑張っていたのを知ってるしな。そういう意味じゃ負けたくねえし」

ミカサ「え?」

ジャン「あ、今のは別に。何でもねえ。とにかく! これからも頑張ろうぜって事だよ!!」

ミカサ「うん。頑張ろう。ジャン」

本当に。こうやって普通に話す分には何も問題ないのに。

ジャン「休憩、残り5分か。ミカサ、甘い物は欲しくねえか?」

ミカサ「甘い物?」

ジャン「疲れた時には飴とかチョコを舐めておくといい。欲しいならやるけど」

ミカサ「………………ちょっと欲しいかも」

ジャン「なら、口開けろ。入れてやる」

ミカサ「いえ、自分で食べるので。手に乗せて欲しい」

ジャン「そ、そっか………」

こういうところがなければ本当に、いいのに。

ミカサ「………(もぐもぐ)」

ジャン「………(もぐもぐ)」

結局、その後は無言でチロルチョコを食べた。

窓の外を2人で眺めながら、一緒に食べた。

ジャンは私を見ている。音楽室の中には他の演劇部員がいるのに。

もうバレバレな態度をずっと見せているのに、ジャンは何も言わない。

私から言うべきなのだろうか。でも今回の劇は私とジャンがコンビを組む。

下手に突いたら、演技にも悪影響しやしないだろうか?

ジャン「……休憩、終わりだな。再開するぞ」

ジャンは表面には出さない。でも、視線だけはずっと私を捉えていた。

その当時の私は、彼の視線の意味に気づいていたけれど、何もしないでいた。

中学時代の黒歴史が蘇る。あんな思いはもうしたくないと思っていたのに。

ジャンがどうしても金髪のあの先輩と被って見えてしまって。

臆病だったのだろうか。それともエレンに相談するべきだったのだろうか。

でもその当時はジャンの事を考える時間より、文化祭の準備やテスト勉強や、それ以外の事を考える時間の方が大事だった。

だから結果的には、ジャンには悪い事をしたとは思っている。

私自身も曖昧だったせいで、あの泥酔事件に繋がってしまったのだから。

そして練習再開中にエレン達大道具組が帰って来た。

スカーレット「今日の分の予定の作業は終わったからこっちに来たよ」

エレン「今日は殆ど、先輩達は働いてねえけど」

スカーレット「明日から頑張るから! 今日だけ許して!!」

ガーネット「至福の時間をありがとうございました!!」

ガーネット先輩までテンションが高い。

どうやら今日のコミケの戦利品を読み漁ったようだ。

ジャン「大道具組が帰ってきたから、今日は通し1回やっとくか。リヴァイ先生は今日、こっちに来れねえのかな?」

エレン「あーあの様子じゃ今日はこっち来れねえかもな」

アルミン「だねー」

マルコ「まあ、今日だけはそっとしてあげようよ」

ジャン「? まあ、いいけど。エレン、代役に入れよ」

エレン「了解ー」

リヴァイ先生が来られない時は大体、エレンが神谷をやってくれる。

その通し稽古を終えた後、ジャンがふとこんな事を言いだした。

ジャン「なあ、ふと思ったんだが、意見を言っていいか?」

アルミン「なに?」

ジャン「三村が憧れの侍を思い出すシーンはまだ撮影してなかったよな」

アルミン「そうだね」

ジャン「過去回想の侍役、アルミンよりエレンの方が良くねえか?」

アルミン「ああ、それいいかもね。僕も今日の通し稽古を見て思った」

エレン「え? オレ? でも、アルミンの方がイメージ近いんじゃ」

ジャン「顔立ちはアルミンの方が雰囲気あるけど、ミカサの方が、そういう顔しているだろ」

エレン「え? どういう意味だ?」

エレンには分からなくてもいい。

ミカサ「ジャン部長の意見なら是非、採用して欲しい」

ジャン、ありがとう。本当に嬉しい。

ジャンに向けてニコッと笑いかける他所を向いてしまったが。

エレン「ん~………まあ、よく分からんが、ミカサもそれでいいっていうならそうするか?」

スカーレット「了解。キャスト変更だね。今日、時間あるし、今から撮影入る?」

ジャン「丁度、時間帯も夕方で、夕陽も出て来たし、いいんじゃないんですかね」

という訳で、タイミングを逃さない様にエレンに急いで着替えて貰って撮影して貰った。

そうだ。三村は心の中にいる憧れの男を真似て旅をしている。

圧倒的な強さと、その心の強さに心酔しているのだ。

私がエレンを尊敬する気持ちと、それはどこか似ているのかもしれない。

ジャンがそれに気づいてくれたおかげで、この過去回想の映像は短いながらもとても素敵な作品になった。

そして撮影終了後、携帯電話に連絡が入った。

ミカサ「………ユミル?」

何か連絡事項だろうか? 出てみると、『今から時間あるか?』と聞かれた。

ジャンに確認すると、大丈夫という顔をされたので、OKを出す。

ユミル『良かった。だったら今から追加の分の撮影出来ねえかな?』

ミカサ「ああ……巴さんの」

ユミル『そうそう。丁度、こっちも揃っているんだよな。今、ちょっと時間ねえ?』

エレンもアルミンもOKを出したので、今日の演劇部の活動は終了して、その後はサシャのスタジオに移動する事になった。

今度は巴さんのコスプレだ。

エレン「今日、2回も抜刀斎をするとは思わなかったぜ」

ちょっと照れ臭そうに頬を掻くエレンとアルミンに挟まれて私達3人は撮影に加わった。

そして追加の全員集合写真。何故かジャンもついて来て『蒼紫やりたい』と言い出したけど、ユミルに却下されていた。

ユミル「100歩譲っても佐之助だな。蒼紫は絶対やめろ」

クリスタ「ミカサが男だったら、蒼紫が似あっていたかもしれないね」

ミカサ「そうなの?」

ユミル「それだけ美形キャラなんだよ。ジャン、最近調子乗り過ぎじゃねえの?」

ジャン「うぐっ…うるせえな! 夢くらい見たっていいだろ!!」

アルミン「ぶふー!」

マルコ「ジャンはコスプレに変身願望があるタイプなのか」

ジャン「な、なんだよ。アルミンも、マルコも笑いやがって」

エレン「オレは佐之助好きだけどなあ。いいじゃねえか。佐之助で」

ジャン「抜刀斎に言われたくねえよ!!」

サシャ「ああもう、くっちゃべってないで参加するのかしないのか、はっきりして下さいよ!」

ジャン「………佐之助でイイよ。もう」

という訳でジャンも何故か混ざって集合写真を撮影する事になった。

ミカサ「アニは合流しなくて良かったの?」

アニ「もう十分、他にも撮影しているから今回はいいよ」

ミカサ「そう……」

ジャンの着替え待ちの間、アニに確認すると苦笑された。

アニ「………しっかし、本当、ジャンの奴は呆れるね」

ミカサ「え?」

アニ「あ、いや……こっちの話。何でもないよ」

何だか誤魔化されてしまった。

そしてジャンの準備が済んで集合写真を撮った。

私は抜刀斎の嫁なので、エレンの隣を勿論キープして、反対側にはアルミンに来て貰った。

アルミンの隣には薫役のサシャ、後ろにはユミルとジャン、前にクリスタだ。

ユミル「おっしゃあああ! これでひとまず、売れそうな写真は大体終わったな」

サシャ「後はネタ写真編が残っていますからね。もう一頑張りですよ」

クリスタ「ネタ呼ばわりは酷くない?」

サシャ「そうですか? 一発芸風のコスプレも大事ですよ~」

と、三人娘はわいわいやっている。

とりあえず今日のところはやるべき事が大体終わったので私もほっとしたのだった。

身体の調子が悪かったり、
途中でプリンターが壊れたり、
私的な意味でトラブル続きでどうにもこうにも執筆できんかった。
正直、すまんかった。待たせすぎた上にストック少ないけど。

ではまた、続きはいつか。ノシ






エレン『カーバラ?』

ミカサ『?』

エレン『カーバラ! カーバラ!』

ミカサ『エレン、カーバラとは一体……』

エレン『カーバラ!』

カーバラだけで会話をするゲームだろうか?

よし。頑張ってエレンの言いたい事を解読しよう。

エレン『カーバラ、バラバラ』

ミカサ『………』

エレン『カー……バラバラバラ!』

ミカサ『ダメだ。さっぱり分からない』

頑張ってみようにも、とっかかりが何もなかった。

ミカサ『エレン、ちゃんと話して。何を言いたいのか分からない』

エレン『カー……』

意志の疎通が出来ないようだから、がっかりしたようだ。

エレン(いじいじ)

イジけている。その丸まった背中が可哀想で、ついつい私は言った。

ミカサ『エレン、落ち込まないで。大丈夫。私はここにいる』

エレン『カー?』

ミカサ『どこにもいかない。あなたの傍にずっといる』

意志の疎通が難しいのは、時間がいずれ解決してくれる筈だ。

今は分からなくても明日分かるようになればいい。

幸い、エレンの方は私の言葉が理解出来るようだ。

だったら焦らず、じっくりとエレンの言葉を理解すればいい。

そう思いながら私はエレンを後ろから緩く抱きしめて慰めた。

すると…………

エレン『……………カーバラ!』

急に元気な声になったエレンはこっちに体を回転させて私をがしっと正面から抱きしめなおした。

そして、急にキスの嵐をあちこちに降らせてきて、くすぐったくなった。

ミカサ『ん……エレン、あ……』

自分の制服が、あっという間にエレンに脱がされていく。

あれ? そう言えばこの制服は、講談高校の物ではない。

そうだ。ペトラ先輩がコスプレで着ていた制服だ。

いつの間に私はコスプレをしていたのだろう?

そして目の前のエレンは、コミケ会場で着ていたアヌビスと同じ格好。

乳首を晒した色気ムンムンのあの衣装で、エレンは言ったのだ。

エレン『オレも、ずっとミカサの傍に居る!』

ミカサ『……!』

エレン『だから、ひとつに、なろう! (がばっ!)』

ミカサ『え……あ、待って! エレン、待って!!!!』






ミカサ「……は!」






夢だったようだ。何だか都合の良過ぎる夢だったせいで心臓が痛い。

ミカサ「エレンのコスプレが良過ぎたせいだ」

恐らくそうだと思う。ああ、昨日の恰好が夢に出てくるなんて。

ありがとうございます!

……と、お礼を言っている場合ではなかった。

今日も朝練があるのだった。気を取り直して準備をしよう。

エレンとの交際がバレた直後はおじさんも頭に血が上っていたので、エレンは下の階で寝かせられていたけれど、ほとぼりが少し冷めた今は自分の部屋で寝る事が許された。私の母が『台所の用事を片付けるのに下の階で寝られると面倒だ』と言い出したのおかげもある。エレンがすぐ傍にいると音等を気遣うからだ。

もう時間なので私はエレンの部屋までそっと起こしに行った。

スースー寝入っているエレンが可愛い。

ミカサ「エレン、起きて」

エレン「ん~」

ミカサ「そろそろ時間。起きないと間に合わない」

エレン「んふっ……」

何だかいい顔をしている。もっと近くでその顔を見つめていたかった。

そろっと、体を近づける。吐息が分かる程の至近距離まで。

しかし其の時、急な感触が両方のお尻に。

ミカサ「?!」

そう。私のお尻はエレンに鷲掴みされていた。

ぐにぐにぐに……

ミカサ「エレン?!」

寝ぼけているのだろうか? 多分、そうなのだろうけど。

この寝ぼけ方はまずい。ああ……まずい!

まずいのに、ちょっと、嬉しくて。

手がもっと動くのを暫く待ってしまった。

すると、手は大きく動いて、前の方に移動した。

あ……ああ……あああ……!

ふ、服の上からだっていうのに気持ちいい……!

ミカサ「あ、ああ……え、エレン! やっ……ちょっと待って!」

朝っぱらから強い快楽を受けてつい、声を荒げてしまうと、

エレン「へ?」

エレンの寝ぼけた声が返って来た。

直後、エレンは布団の上で土下座して平謝りしてくれた。

エレン「ごめんごめんごめんごめん!!! 寝ぼけてた。完全に今、寝ぼけてた!!!」

ミカサ「ううん、いいけれど。その……なかなか起きないから起こしに来ただけなので」

今のは事故。事故だからノーカウントだ。

………………声を我慢出来たらもっと触って貰えたのに。

というのは後知恵だった。ううう。しまった。私の馬鹿。

ミカサ「………朝練、サボりたい」

エレン「ダメだろ。今、考えた事はオレも思ったけど」

ミカサ「エレンとイチャイチャしたいのに」

エレン「ミカサ、オレもそう我慢強い方じゃないから誘惑するな」

ミカサ「ううう……(シュン)」

渋々朝練に向かうと、今日はリヴァイ先生が居なかった。

代わりにエルヴィン先生が朝から来て下さった。

という事は、あのクソちびはお休みなのか。よしよし。

エルヴィン「やあおはよう。時間通りだね」

エレン「おはようございます。リヴァイ先生は……」

エルヴィン「ごめん。昨日ついつい飲ませすぎちゃってね。二日酔いにさせてしまったよ。今日は私が朝練を代行するから」

ミカサ「ありがとうございます! (キリッ)」

今日はエルヴィン先生と殺陣が出来る。良かった。

エレン「二日酔い……リヴァイ先生、酒弱かったんですっけ?」

エレンが疑問に思ったようでそう聞いている。

そう言えばリヴァイ先生はカラオケの時にハンジ先生に飲まされて陽気になっていた。

でも吐いてはいなかったようだし、私のように特別弱いようには見えなかったが。

エルヴィン「いやいや。強い方だけど。昨日はほら、動揺していたみたいだし。ペース配分がおかしくなったみたいでね。私に合わせて飲んでいたら許容量を越えちゃったみたいだよ」

エレン「やっぱり、自分がおかしいってこと、まだ認められないんですかね」

エルヴィン「うーん……微妙なラインだね。でもさすがに昨日の件はやり過ぎたと反省していたよ。少し頭を冷やす時間が必要なんじゃないかな」

ミカサ「ずっと頭を冷やしておけばいい。水でもかぶって反省して欲しい」

エルヴィン「おっと、懐かしいフレーズだね。セーラーマーキュリーを思い出すなあ」

ミカサ「? セーラーマーキュリー?」

エルヴィン「ああ、今の子達は分からないのか。ぷりきゅあ世代だもんね」

ミカサ「?」

エルヴィン「ごめんごめん。ミカサはそういうのにあまり詳しくないようだね。さて、ストレッチしてから、いつもの練習をやっていこうか」

その日はとりあえずセーラームーンについては横に置き、私達は殺陣の練習をした。

エルヴィン先生は殺陣の流れを覚えて来たのか、リヴァイ先生と同じ動きを見せてくれた。

不思議と合わせやすいと感じた。数ミリのズレもない、フィットした感覚に近い。

エルヴィン先生が私に合わせてくれている。そんな感じの殺陣だった。

ミカサ「すごい…」

ミカサ「リヴァイ先生とするのよりやりやすい。エルヴィン先生の方が殺陣がうまい」

エレン「そうなんだ」

ミカサ「うん。何故か良く分からないけど、動きが合わせやすいみたい」

エルヴィン「まあ、そうだろうね。殺陣は私の方が経験が長いから。最初に殺陣をリヴァイに教えたのは私だからね」

エレン「え!? そうだったんですか」

エルヴィン「うん。一応、こう見えても私は演劇関係者だったからね。役者も脚本も裏方も、一通り経験しているよ」

エレン「でしたら、余計にエルヴィン先生の方が顧問、向いているんじゃ」

ミカサ「リヴァイ先生と交替して下さい(キリッ)」

エルヴィン「いやいや、それは無理だよ。私もこの年になって、やる事が増えてしまってね。進路指導と3年の学年主任と、加えて麻雀同好会の顧問までやっている。それに演劇部の副顧問までやっているから、これ以上は難しいよ」

エレン「4つも掛け持ちしているんですか。先生達、大変なんですね」

私もそこは同意する。

エルヴィン「うーん。ま、私の場合はのらりくらりと、出来ない事はやらないように人に押し付けているけどね。リヴァイのように自分を犠牲にしてまでは生徒に尽くせないね」

エレン「でも、忙しいのは代わりないですよね?」

エルヴィン「忙しいのは大人になったら当たり前の事なんだよ。そこは自分で調整するしかないんだ。私が副顧問なら引き受けたのはそのせい。責任は負いたくないからだよ」

と、エルヴィン先生は苦笑いだった。

エルヴィン「ま、ずるい大人って事だよ。リヴァイはその辺、器用じゃないからうまくいかない事も多いんだよね。そこが可愛いんだけど」

えええ? そうなのだろうか? それは可愛いとは言わないと思う。

そもそもあのクソちびに可愛いなんて言葉は似合わない。

でも、エルヴィン先生はリヴァイ先生を愛していたから欲目でそう見えていたのだと思う。

エルヴィン「くくくっ………ま、リヴァイにとっては君達の方が可愛い存在なんだろうけどね。あいつは生徒の事が大好きだから」

ミカサ「!」

私達は可愛いと思われているという事? あの男に? ブルブル。

エルヴィン「まあまあ、そこまで毛嫌いしないであげて。ミカサ。彼は君達生徒の事を、まるで自分の子供のように愛しちゃってる奴なんだ」

愛情も度が過ぎると毒になるというのに。そのせいでいろいろ問題も起きたと言うのに。

リヴァイ先生の情の深さはいい面でもあり、悪い面でもある。

エルヴィン「そういう意味では恐らく、私よりリヴァイの方が教師に向いている。あいつ自身はそう思ってないようだが、技術的な部分より、精神的な部分の方が職業を選ぶ上で重要だと私は思うよ」

エレン「精神的な、部分……」

エレンが感心したように話を聞いている。

エルヴィン「うん。性格、と言い換えてもいいかもしれないね。私は確かに人に教える「技術」は持っているが、生徒の為に奔走する程、親身にはなれない。求められれば応えるけど、リヴァイのように自分が損してまで相手に働きかけようとは思わない性質なんだ」

ミカサ「で、でも……エルヴィン先生の授業は分かりやすいです」

教師なのだからむしろその『技術』こそが一番大事なのではなかろうか?

私はそう思うのだけど、エルヴィン先生の苦笑は収まらないようだった。

エルヴィン「うん。でも、私の場合は生徒全員が分かる授業はやらないよ。35人中、20人分かればいいと思っているから残りの15人の事は見捨てるね。分からないですと自分から言わないなら、放っておく事にしている。でもリヴァイはそうじゃないんだよ」

エレン「あー確かに。そういう意味では滅茶苦茶親身に教えてくれますね。リヴァイ先生」

私は女子だからリヴァイ先生の保健体育の授業を直接受けた事はない。

エレンがそう言うのだから、そこはそうなのだろうけれど。

エルヴィン「うん。本来ならリヴァイの方が教育者として正しい姿だけど、それをやってしまうと、教えないといけない部分が終わらない。自分の仕事が終わらないと、今度は別の部分にしわ寄せがくる。それを続けて精神的に潰れていった教師を私は何人も今まで見てきているんだよ」

エレン「じゃあエルヴィン先生がリヴァイ先生に教師を勧めた理由っていうのは、その「生徒思い」な部分を見抜いたからだったんですね」

エルヴィン「うん。生徒というか、もっと広い意味で言うと「子供」だね。あいつ、子供が好きなんだ。だから高校教師じゃなくても、中学でも小学でもやっていけると思うよ」

エレン「へーそうだったんですか」

エルヴィン「そういう意味では、必ずしも学業のレベルと高学歴が必要な職業が一致しない場合もあるね」

エレン「え?」

エルヴィン「頭がいいからと言って、医者や弁護士や政治家に全員向いている訳じゃないって事だよ。その辺の事を全く考えないで、頭が良いからといって、そういう職業を選ばせようとする親御さんが多いからね。いやはや、面倒臭いったら」

まあ、そういう親御さんだけでなく、先生も中にはいらっしゃる。

中学時代、私がトラブルを起こさないでいた頃は先生達も私に過剰な期待を寄せていたのだし。

エルヴィン「そういう意味では、特に学業で点数をとれる子の方が進路指導が難しいよ。親に洗脳されている場合もあるしね。ミカサの家は、その点どうなんだい?」

ミカサ「うちは……割と放任主義です。母は「あなたの判断に任せる」とよく言ってくれるので」

エルヴィン「それは良かった。だとしたら3年後が楽しみだね」

エルヴィン先生は生徒に過剰な期待を乗せないだけでも理想的な教師の一人だと思う。

私はリヴァイ先生よりもエルヴィン先生の方が余程好感が持てるのだが。

それをここで強く言っても謙遜されるだけのような気がするのでこれ以上は止めておいた。

エレンにRECされながら一通り殺陣を流す。

じんわり汗を掻く程度の運動をして、一時間程度で終わってしまった。

エレン「え? もうおしまいでいいんですか?」

エルヴィン「うん。あんまり私との殺陣の癖をつけない方がいいし、軽く流す程度でいいよ。今日は」

エレン「そうなんですか」

物足りない感じはしたけれど、エルヴィン先生がそう言うなら仕方がない。

そして朝の7時ちょい前。ハンジ先生が機嫌の良い様子で第三体育館にやってきた。

ハンジ「リヴァイおはよー! って、あれ? 今日はエルヴィンなの?」

エルヴィン「ああ。リヴァイは二日酔いでちょっと寝坊しているよ。8時15分からの職員会議までには学校に来ると思うけど」

ハンジ「えええ? 珍しいね。リヴァイ、二日酔いになるほど飲んだって事は、多分、20杯以上飲んでいるよね?」

この20杯というのは実はグラスで20杯ではなく、ジョッキサイズで20杯だと後で知った時は驚いた。

リヴァイ先生は決して酒に弱くない。ただ、それを上回る周りが強すぎるだけだと解釈した。

エルヴィン「すまない。ついつい面白く……んんー私が飲ませ過ぎたんだ」

ハンジ「そーなの? どうしたんだろうね? 何かあったのかな?」

エルヴィン先生とハンジ先生が話し込んでいる間に私はシャワー室に向かった。

体操部員がやってくる前には片付けないといけないのでざっと済ませる。

シャワーを終えて戻ると、エルヴィン先生に軽く手を振られた。

エルヴィン「じゃあ今日はこの辺で。明日からはまたリヴァイとの練習に戻るからよろしくね」

ミカサ「はい……(残念)」

エルヴィン「じゃあまた後で」

そしてハンジ先生がぽつりと言った。

ハンジ「どーしよ。昨日、リヴァイプロデュースを断ったからヤケ酒煽ったのかな? でもねえ。そこまで落ち込むような事じゃないよねえ? どう思う? エレン」

エレン「え!? オレっすか?!」

エレンが何故か焦っている。言葉に困っているようだったので私が先に答えた。

ミカサ「? 断って当然。恋人でもあるまいし、何故洋服の事に口を出されないといけないのか」

ハンジ「あ、いや、別に洋服の事に口出すのは別にいいんだよ。あいつ、服のセンスいいしね。ただ、昨日に限って言えば、ちょっとそれが仇に成りかねないなあって思ったからやめて貰ったんだ。私、別にモブリットを落とすつもりもなかったんだし」

エレン「あーそうですよね。確かに」

ハンジ「あいつが服選んでくれるのは有難いと思ってるよ。というか、服の安売り情報とかまで回してくれるような奴だしね。その辺は感謝しているから。変な意味で勘違いしないで欲しいんだけど……」

私は思わず眉間に皺が寄ってしまった。

ハンジ先生はちょっと……いや、大分私と感覚が違うように思う。

ミカサ「それって、普段はあのチビ教師に私服を選んで貰っているという事ですか?」

ハンジ「うん。洗濯とかも全部頼む場合もあるし、決めるのが面倒な時はあいつに任せるよ。その方が楽だもん」

その言葉にある懸念が生まれた。

ミカサ「……………そうなってしまうと、リヴァイ先生の好みに染められてしまうのでは?」

ハンジ「え?」

ミカサ「いえ、それだけリヴァイ先生に任せきりにしてしまったら、恐らく、それはもう、リヴァイ先生の好みの物しか、ハンジ先生の服がなくなってしまうのでは、と思ったので」

ハンジ「え? ああ……別にそれでも構わないよ。私、基本的には服なんて着られればそれでいいもん」

その瞬間、ハンジ先生を着せ替え人形にするリヴァイ先生を想像してしまって鳥肌が立った。

ミカサ「だ、ダメだと思います。そんな事をしたら、ますますあのチビ教師が調子に乗る」

ハンジ「ええ? そうかな? もう丸投げしちゃった方が良くない?」

ミカサ「それは恋人同士でなら許されるかもしれませんが、ただの職場の同僚にそれを許してはいかがなものかと」

ハンジ「ええ? 私は別にいいのに? 許さない方がいいの?」

ミカサ「調子に乗ると思います。やめた方がいい(キリッ)」

既に調子に乗っているのにこれ以上乗らせてはいけないと思った。

ハンジ「そうかあ。そういう意見もあるのね。分かった。面倒臭いけど、今度から自分で私服を選ぶように頑張ってみる……(渋々)」

ハンジ先生がしょんぼりしたのは可哀想だったが、でも私は間違っていないと思う。

エレンと一緒に廊下を歩きながら、私がまだ顰め面をしていると、

エレン「ミカサ、やけにハンジ先生を気にしているな」

と、エレンの方から聞いて来たので私はつい、言ってしまった。

ミカサ「あのチビ教師にハンジ先生は勿体ないと思うので。その、別の人とくっついた方がいいと思うので」

私がきっぱりそう言うと、エレンは渋い顔になった。

ミカサ「? どうしたの? エレン」

エレン「いや、何でもない」

これも今思うと、やっぱりエレンはリヴァイ先生を贔屓していた。

それをギリギリまで隠していたのは、今思い出してもやっぱりちょっとムカムカする。

でも当時の私は本気でハンジ先生にはモブリット先生の方がいいと思っていたのだ。





今日は水泳の最後の授業の日。

午後の体育2時間をこなして皆、更衣室で着替え終える。

ユミル「あーやっと水泳終わったな。来月からなんだっけ?」

サシャ「来月からは球技になる予定です。ハンドボールかバスケかサッカーか、まだ迷っているとリコ先生が言ってました」

ユミル「おお、サッカーいいな。サッカーだったら適当にさぼれるし」

クリスタ「もーユミルったら」

と、三人娘は今日も仲良さそうに談笑している。

アニ「…………」

ミカサ「? アニ? まだ着替え終わらないの?」

ノロノロ着替えているアニに違和感を覚えて聞いてみると、我に返ったようだ。

アニ「ごめん。ちょっと考え事」

ミカサ「何か悩んでいるの?」

アニ「うーん。どうしよっかなと思って」

ミカサ「ふむ?」

アニ「ミカサはミスコンの件、出演依頼来た?」

ミカサ「!」

其の時、私は思い出した。

ミスコン出場の件について、まだエルヴィン先生に返事をしていなかった事を。

ミカサ「き、きた……(微汗)」

アニ「ミカサはどうする? 実は私も出演依頼がきちゃったんだよね」

確か30日くらいまでに返事が欲しいと言われた。

今日は9月29日。そろそろ返事をしないと。

しかし今日の今日までその事について棚上げしていたのでどうしたものかと思った。

ミカサ「アニはどうする?」

アニ「いや、だからそれを迷って考え事をしていたんだってば」

ミカサ「な、なるほど」

そして最初に戻るのか。

アニ「私服審査がね……結構、プレッシャーだから」

ミカサ「そうなの?」

アニ「だって、ださい服を着て舞台に上がれないでしょ。もし変な目で見られたら嫌だし」

ミカサ「それもそうね」

アニ「ただね……優勝賞品が結構、美味しいんだよね」

ミカサ「賞品?」

そう言えば賞品については何も聞いてなかった。

アニ「あれ? 聞いてなかったの? お米を貰えるんだよ。くまもんの。しかも10キロ」

ミカサ「くまもん?! くまもんって、あの黒くて可愛いクマの?」

アニ「そうそう。あのくまもんのパッケージのお米が貰える筈だよ」

くまもんは私の部屋に初めて飾られた、おじさんから貰ったぬいぐるみだ。

あの子達の絵柄が入ったお米が貰えるのなら出てもいいと思った。

ミカサ「アニ、私は出る」

アニ「え? 出るの?」

ミカサ「今、決めた。くまもんの為に出る」

アニ「まさかのくまもん目当てか」

ミカサ「アニは出ないの?」

アニ「ううーん。返事はギリギリまで保留にしたい」

ミカサ「そう……」

アニ「まあでも、もし出る事になったらその時は言うから」

ミカサ「うん。待ってる」

そんな訳でアニとミスコンの話を終えて、放課後、私はエレンと一緒に部室に向かうと演劇部の部室の前に何故か濡れ鼠のハンジ先生がいた。

エレン「あーさっきの件ですね。また着替えを借りたいんですね?」

ハンジ「イエス! 私でも着れそうな服ないかな?」

ミカサ「どういう事? 何故ハンジ先生は濡れているの?」

エレン「後で説明する。ミカサはちょっと待っててくれ」

ジャンから借りた部室の鍵をエレンが開けると、エレンはハンジ先生と一緒に部室に入ってしまった。

数分でエレンが部室を出て来た。そしてすぐハンジ先生も出て来た。

ハンジ「うん。サイズは大丈夫だった。こんな感じかな」

エレン「おおおお……」

音楽室にいた筈の他の先輩達もこっそりこっちを見ている。

でも女子である私はつい、ツッコミを入れてしまった。

ミカサ「………エレン」

エレン「ん? どうした?」

ミカサ「いえ、花嫁衣装は、結婚前に着るといきおくれるというジンクスが……」

エレン「え? そんなのあるのか?」

ミカサ「迷信かもしれないけど、そういう話を聞いたことがある」

ハンジ「あはは! そりゃ参ったね! まあしょうがないよ! 今回は!」

ミカサ「あの、ジャージを新しく買ってきましょうか? 売店にあれば、それに着替えた方がいいと思います」

ジャージは大した値段ではない。買った方が早い気がする。

ハンジ「あ、うん。お願いしていいかなー?」

ミカサ「サイズは私と同じでいいですよね」

ハンジ「うん。2Lで宜しく~」

そして私は急いで売店まで走った。その途中でモブリット先生とすれ違った。

モブリット「ハンジ先生、連絡つかないな。どこ行ったんだろう?」

ミカサ「ハンジ先生? 探してらっしゃるんですか?」

モブリット「あ、そうなんだ。ハンジ先生がどこにいらっしゃるか知らない?」

ミカサ「ハンジ先生なら今、演劇部の部室前にいらっしゃいます」

モブリット「ありがとう! 助かった!」

モブリット先生は「携帯も繋がらないからどうしようかと思った~」と言いながら走って行った。

そして売店に急いで移動してジャージを購入し終えると、帰り道、会いたくない人物と出くわした。

リヴァイ「ん? ミカサか。部活はどうした?」

ミカサ「今から戻るところです。リヴァイ先生は今日はこっちに来るんですか?」

リヴァイ「嫌そうな顔をするなよ。時間が出来たら後でそっちにも顔を出すつもりだ」

ミカサ「………………」

まさかとは思うが。

リヴァイ「ん? どうした?」

ミカサ「いえ、何でもありません。それでは」

私は急いで戻った。すると、丁度ハンジ先生が、

ハンジ「あ、違う違う。リヴァイにプールに落とされちゃってさ。服がずぶ濡れになったから、着替えがなくて。とりあえず、ジャージ買ってきて貰うまで、この衣装に着替えさせてもらっているんだ」

モブリット「?!」

やっぱり。女の勘が当たった。

リヴァイ先生は自身のジャージの足の裾を少し巻くっていた。

普段はそんな事をしなくてもいい。足首を見せる必要なんてない。

つまりリヴァイ先生はプールサイドでハンジ先生を落として、その水しぶきを足元に食らったのだ。

モブリット「プールに落とされたって……なんて酷い事を」

ハンジ「あ、いやいや。なんか私がリヴァイを怒らせちゃったみたいだから。そのせいだから、しょうがないのよ」

モブリット「それにしたって酷すぎますよ。ちょっと抗議してきましょうか?」

ハンジ「あーややこしい事になりそうだから、いいって。大丈夫大丈夫」

モブリット「そうですか。分かりました。でも、自分はリヴァイ先生を許しませんよ」

こっちからはモブリット先生の表情は分からなかったけど、その声で十分伝わった。

ああ、モブリット先生は本当にハンジ先生が好きなんだなと。背中がそれを語っているように見えた。

ハンジ「えええ? 何でモブリットが怒るのよ。怒っちゃやーよ♪」


ツン……


でもハンジ先生はモブリット先生の額をつっついて怒りを宥めていた。

分からない。ハンジ先生は何故そこまでリヴァイ先生に甘いのか。

普通、プールに落とされたらもっと怒ってもいい筈だ。

モブリット「し、しかし……」

ハンジ「大丈夫大丈夫♪ モブリットが怒る事じゃないんだから。私が悪いんだし。リヴァイ先生の怒りは、まあ、エルヴィン先生が何とかしてくれるよね?」

エルヴィン「ん? なんとかしちゃっていいのかな?」

ハンジ「おねがーい! とりあえず、怒りをある程度鎮めておいてよ。その後にもう1回、私から謝りに行くからさ」

エルヴィン「ふふ……ハンジのお願いなら仕方がないね。引き受けた」

エルヴィン先生の背中が笑っていた。上下に揺れている。

エルヴィン「そうだ。折角だから記念写真を撮っておこう。ハンジ。エレン。ミカサ。モブリット先生も。4人を写してあげよう」

エルヴィン先生は背中に目でもついているのだろうか?

こっちを振り向くなり私も呼ばれたのでとりあえず集合する。

エルヴィン「うん。よく撮れた。綺麗だね。ハンジ」

ハンジ「ありがとー! いやーどうせ着る事もないと思ってたけど、着れる機会があって嬉しかったよ。こういうのも悪くないね」

エルヴィン「ん? 本番はしないつもりなのかい?」

ハンジ「あはは! 本物の式なんてあげるつもりないよー。もう36歳だし。無理無理」

モブリット「そ、そうでしょうか」

ハンジ「うーん。だって、ねえ? 私、酒癖も悪いし、家事仕事も碌に出来ないし、女としての戦闘力、0以下だもん」

モブリット「戦闘力?」

ハンジ「ほら、今流行りの。違ったっけ? あれ?」

エルヴィン「それを言うなら『女子力』じゃない?」

ハンジ「ああ、それそれ! 女子力がないのよ。だから結婚は無理じゃない?」

モブリット「それって、家事仕事が出来る男性なら、ハンジさんの許容範囲って事ですか?」

ハンジ「あーというか、最低ライン? 出来て貰わないと生活が出来ないと思うよ?」

モブリット「そうですか……(ほっ)」

話を切り出すタイミングが掴めなくて待機していたが、そろそろいいだろうか?

ミカサ「あの、すみません。ジャージ……」

モブリット「あ、すみません。ハンジ先生………着替えられるんですよね」

ハンジ「うん。ちょっと待っててね。アレでしょ? 野球拳の件だよね。すぐ着替えるから」

モブリット先生は廊下で待たされることになった。その時、

エルヴィン「そのままの姿で打ち合わせしても良かったのに、と思った?」

というエルヴィン先生のツッコミにモブリット先生があからさまに動揺していた。

モブリット「ぐっ……な、なに言い出すんですか。エルヴィン先生」

エルヴィン「いやいや、明らかにがっかりされていたから。ハンジのドレス姿、見惚れていたでしょう?」

モブリット「まあ、それはそうですけど……本当に、結婚はされるつもりはないんですかね? ハンジ先生は」

エルヴィン「ずっとそう言ってるけどね。ただ、人間なんていい加減なものですからね。そういう人間に限って、ある日突然、結婚したりする例もありますよ。宿題を「やってない」という奴ほどやっている法則と一緒ですよ」

モブリット「で、ですよねえ~」

まあ、結果的にはこの論理は当たっていた事になるのだろう。

エルヴィン「でも良かったですね。モブリット先生。貴方も、それなりに家事はこなせる方でしたよね」

モブリット「え? まあ……そうですね。休みの日は自分の部屋の掃除くらいしかする事ない人間ですから」

エルヴィン「だとすれば、いいアピールになるかもしれませんよ。モブリット先生」

モブリット「ええ? そ、そうですかね~」

と、モブリット先生が照れていた。

ハンジ先生がジャージに着替えて戻って来た。

そして2人は廊下を歩いて部室前を去っていき………

その後姿を見つめながら私はつい、言ってしまったのだ。

ミカサ「あの2人の方がお似合いだと思う。やっぱりリヴァイ先生が邪魔」

エルヴィン「おや? ミカサはモブリット先生を推すのかい?」

ミカサ「リヴァイ先生なんかより、よほど印象のいい先生なので」

先程のリヴァイ先生に対する怒りの声。あれは本物だと思う。

エルヴィン「……じゃあ賭ける? あの2人がくっつく方に」

ミカサ「いいですけど。何を賭けたら……」

エレン「だ、ダメだミカサ! 賭け事なんて……」

エルヴィン「エレン、ダメだよ。ここは平等に。負けたらミカサ自身の恋話を私とピクシス先生に全部暴露する事。この条件で賭けないか?」

何故そこでピクシス先生の名前が出てくるのかは分からなかったが私は即答した。

ミカサ「その程度の事なら、むしろ賭けなくても、今話しても構わないくらいですが」

エレン「あああああ! (頭掻き毟る)」

そしてエレンの奇妙な行動にも頭を傾げる。

エルヴィン「そこはほら、ゲームだから。賭けた方が面白いよ」

ミカサ「そうですね。では、それで」

エルヴィン「クリスマスまでにくっつくかどうか、賭けようか」

ミカサ「はい。きっとくっつくと思います」

エレンががっくりしていた。何をそんなに落ち込むのだろう?

エルヴィン「よしよし、モブリット先生側にも味方がついた。いよいよ面白くなってきたな」

何が面白いのかは良く分からない。でもエルヴィン先生の口は三日月のように弧を描いていた。

エルヴィン「いい加減、そろそろときめきの導火線に火をつけてもいい頃だよね」

エレン「え?」

しかしこのときめきの導火線とやらがまさかあんな事態を巻き起こす事になろうとは。

当時の私は想像もしていなかったし、思い出すと、その、ううう、まだ吐き気がする。

リヴァイ先生のキスシーンを思い出してしまった。もうあの時の事は忘れたい。

エルヴィン「ふふふっ……今年の文化祭は、実に楽しみだな」

エルヴィン先生はそう言って笑っているのに、どこか悲しげな表情でもあった。

うまく言えないが、きっと内心は葛藤もあったのだろうと思う。

もしこの当時に私がエルヴィン先生の本心を知っていたら、エルヴィン先生を応援していたかもしれない。

同性を愛するという感情自体を理解している訳ではないが、人を愛する気持ちそのものは私も理解出来るから。

そしてその日のうちに私はミスコンの件をエルヴィン先生に対して返事をした。

エルヴィン「良かった。ミカサが出てくれるなら今年は大いに盛り上がりそうだ」

ミカサ「準備しておくことは、私服だけですか? メイクなどは」

エルヴィン「勿論、メイクも有りだよ。化粧道具が必要ならこっちで貸し出す事も出来るけど」

ミカサ「いえ、そこは大丈夫です。自分の物があります」

エルヴィン「ふふっ……分かった。では予定のテーマを先に発表しておくよ」

エルヴィン先生に渡されたプリントに目を通す。極秘事項と書かれていたので他の人には内緒だ。

1回戦から決勝戦までのテーマがそこに書かれていた。

エルヴィン「決勝まで勝ち上がる事を想定して私服を準備して欲しい。出来るね?」

ミカサ「はい。大丈夫です」

そして私はその日の夜、自分の私服を引っ張りだしていろいろ考えた。

悩む。特に決勝戦。エレンは何が一番喜ぶだろうか?

そこで思い浮かんだのは夏のあの日。

あの日の事を思い出すと、つい、顔が赤らんでしまう。

ミカサ「………よし」

これで行こう。決勝戦まで勝ち上がれたら。これを着よう。

そう思い、そのとっておきの衣装に虫喰いの跡がないか入念にチェックするのだった。





9月30日。文化祭のプログラムが正式に発表された。

文化祭は毎年2日間にかけて行われるそうで、2日目が一般開放日になる。

プログラムは以下の通りになった。

文化祭【1日目】

 9:00 開会式

 9:30 舞台設営(設置)

10:00 クイズ大会(1年7組)

11:00 マジックショー(3年3組)

12:00 昼休み

13:00 フィーリングカップル(3年9組)

14:00 野球拳(3年2組)

15:00 すべらない話(3年5組)

16:00 コントと漫才(3年10組)

17:00 ダンス発表(1年3組)

18:00 舞台設営(片付け&次の日の為の準備&リハーサル)

19:00 解散予定

*設営の関係でプログラムの順番が前後・変更する場合もあります。予めご了承下さい。



文化祭【2日目】

 9:00 舞台設営(設置)

10:00 ミスコン(3年4組)

11:00 イントロクイズ(放送部)

12:00 昼休み

13:00 人形劇 三国志演義(1年2組)

14:00 侍恋歌ーサムライレンカー(演劇部)

15:00 英語劇 風と共に去りぬ(英会話部)

16:00 懐かしのゲームBGM集(吹奏楽部)

17:00 バンド演奏(1年10組)

18:00 舞台設営(キャンプファイヤー)

19:00 後夜祭(打ち上げ&閉会式)

*設営の関係でプログラムの順番が前後・変更する場合もあります。予めご了承下さい。

この時期になると準備もいよいよ大詰めだった。

私達のクラスのコスプレ館のスケジュール等も調整の時期に入った。

ユミル「撮影会の時間は午前11:00~12:00。午後は16:00~17:00の2回でいいな」

その日の昼休み。ユミルに呼び出されて最終的な確認作業に入っていた。

ミカサ「いいと思う」

アニ「私とミカサとクリスタは午後の部だけでいいんだね」

ユミル「ああ。午前はまず無理だろ。ミスコンと演劇部の準備もあるだろうし、午前はライナー達に任せる予定だ」

ライナー「うむ。任された」

ベルトルト「頑張るよ」

クリスタ「私は午前と午後、両方出てもいいんだけど」

ユミル「駄目だ。ミスコン終わってから移動する時間考えたら間に合わない。クリスタも午後のみだ」

クリスタ「ううーん」

アニ「女の子が最後に残った方がいいんじゃない? その方が客も釣れると思う」

ユミル「そうそう。主役は最後に登場するって良く言うだろ。だから女子の綺麗どころは最後でいい」

クリスタ「分かった。そういう事なら仕方がないね」

と、いう訳で打ち合わせが済んだのでほっとした。

ユミル「店番のローテーションも一応確認してくれ。問題がなければこれで行くけど」

ローテーションについては全員で閲覧してOKだったら自分のサインをするようにしてあった。

クリスタ「あ、アルミンが1日目に3回も入っているけどいいの?」

ユミル「それについては本人に了承済みだ。あいつ計算早いし、いてくれた方が心強い」

ミカサ「本当だ。10時からと12時からと16時からの3回も入っている」

アニ「私、1回しか入ってないけどいいの?」

ユミル「その辺は部活やっている奴は負担を少なめにしている。アニは撮影会の件もあるし、妥当だろ?」

ミカサ「でもジャンとマルコは2回も出ている」

ユミル「それは本人が……いや、何でもない。他の奴らの事より自分の方を見てくれ。これで問題なければサインをくれ」

ミカサ「分かった」

という訳で皆それぞれ、自分の欄にOKのサインをする。

ユミル「よし、私の用事はこれで終わりだ。後は自由にしてくれ。手間取らせた」

ミカサ「そんな事はない。ユミル、まとめ役お疲れ様」

ユミル「ああ? 本番はまだ先だろ。準備の時点で疲れる訳にはいかないんだけど」

といいつつも頭を掻くユミルだった。

放課後は演劇部の方の活動だ。こっちも大詰めの段階だ。

しかし台本を改めて読み直すと、リヴァイ先生の役どころが格好良過ぎて腹が立つ。

エレン「ミカサ、大丈夫か? 緊張していないか?」

ミカサ「うん。今のところは大丈夫だけど……」

エレンが気遣ってこっちに来てくれた。

エレン「どうした? 浮かない顔だな」

ミカサ「いえ、本音を言えばもっと、リヴァイ先生が皆に憎まれるような役どころをやらせたかったので」

エレン「そこまで贅沢言うなよー。ミカサ自身が初めに『リヴァイ先生っぽいキャラを倒す役なら』って言ったんだろ?」

ミカサ「でも、結局実力では倒せない訳だし、自害に近い形で死ぬし……」

エレン「リヴァイ先生は人気あるからな。あんまり酷い悪役はやらせられないんだろ。きっと」

ミカサ「ちっ……皆、騙されている」

つい舌打ちして悪口を言ってしまうと、エレンの手が私の頭の上に乗った。

すりすりすり。あ、なんだか気持ちいい。

うっとりする心地でそれに身を委ねると、エレンが微笑んでいた。

ミカサ「……エレン?」

エレン「あんまりカッカすんなって。ほら、撫でてやるから」

ミカサ「うん……(うっとり)」

ジャン「おい、衣装合わせ終わったなら、通し稽古始めるぞ」

ジャン、部長権限をここぞとばかり使うのは止めて欲しい。

残念に思いながらも気持ちを切り替えた。続きは家に帰ってからして貰おう。

そしてあっという間に時間は過ぎて、

リヴァイ「ラスト30分、確認したい部分だけやるぞ。ミカサ、やりたい部分はないか?」

ミカサ「アニとの殺陣の方ももう少し練習しておきたいです。時間は短いですが、練習時間が足りてないように思うので」

リヴァイ「分かった。残りの時間はアニとミカサの練習をやっていこう」

と、いろいろ調整しながら練習を重ねて、今日の練習がやっと終わった。

そして素早くいつものように片付けて、皆で撤収する。

さすがに疲労が溜まってきたのか、皆「疲れたー」という顔をしながら第一体育館を出た。

皆で音楽室で帰り支度をしていたら、先生2人が話し始めた。

エルヴィン「そう言えばリヴァイ、自分のクラスの方の出し物の進行は大丈夫なのかい?」

リヴァイ「ああ。うちのクラスにはオルオとペトラがいるからな。あいつら2人に殆ど任せているから、俺の仕事は殆どない。劇部仕込みの手腕でうまくまとめてやってくれているようだ」

エルヴィン「それは良かったな。うちももう、殆ど終わりかけだね。ミスコンの方の準備はほぼ終わっているよ」

リヴァイ「ミスコン出場者は決まったのか? なかなか候補が集まらないという話だったが」

エルヴィン「ふふふ……綺麗な子達を集めたよ。でもまだ誰が出場するかは内緒。本人たちにも箝口令(かんこうれい)強いているからね」

極秘事項と書かれていた内容は出演者を除いて教えられない。

エレンにもまだ言えない。そういう約束だから仕方がない。

エレン「ミカサ?」

ミカサ「な、何でもない……(ギクッ)」

エレン「…………」

エレン「ミカサ、まさかミスコン出るのか?」

ミカサ「な、なんのことだろうか? (汗ダラダラ)」

エレン「そんなあからさまに動揺しているくせに、誤魔化すなよ! 出るんだろ?」

ミカサ「…………ごめんなさい(シュン)」

私に隠し事は向いてないようだ。

エレン「あ、いや、別にそこまで落ち込まなくていいけど。エルヴィン先生に頼まれたのか?」

ミカサ「そう。推薦者の人数が10人以上集まった女性に声をかけているって、言われて、出来れば出て欲しいと」

エレンはちょっとだけ困ったような顔をしたけれど、すぐに気を取り直してくれたようだ。

エレン「まだ、内情は話せないんだよな」

ミカサ「うん。当日までは内緒にしないと意味ないと」

エレン「ま、そりゃそうか。うーん、まあしょうがねえか」

と、エレンと話し込んでいた其の時、

リヴァイ「エルヴィン、お前、何か企んでないか?」

と、リヴァイ先生が疑惑の目を向けていた。

エルヴィン「ん? 何の事かな?」

リヴァイ「いや、気のせいならいいんだが……」

リヴァイ「……………まさかとは思うが、そのミスコン、女性職員は出ないよな?」

エルヴィン「さあね? 詳細はまだ言えないよ。守秘義務があるからね」

リヴァイ「……………」

リヴァイ「ある意味、公開処刑だろ。それやったら……」

エルヴィン「失礼な言い方だね。まだ私は何も言ってないのに(ニヤニヤ)」

リヴァイ先生は頭を抱えていたけれど、エルヴィン先生は嬉しそうだった。

このミスコンについては、ハンジ先生は出る予定ではなかったけれど、急遽、出場になった。

あの時の舞台裏の出来事は、今でもはっきり思い出せる。

其の時の事は……また後で話そうと思う。









10月1日。水曜日。この日の4限目は生物だった。

ハンジ先生の授業がいつものように終わり、昼休みに入ったその時、リヴァイ先生が生物室にやって来た。

ハンジ「ん? リヴァイ? どうしたの? あ、もしかして、私の分のお昼のお弁当、作ってきてくれたとか?!」

リヴァイ「いいや? 作ってないが。何か?」

ハンジ「酷いいいいい! まだあの事、根に持ってるのおおお? いい加減、許してよー」

リヴァイ「いや、俺も最近忙しくて作る暇がなくてな。その………」

コンビニの袋が見え隠れしている……。餌で釣るつもりだろうか?

ハンジ「あ、おにぎり! 頂戴! 頂戴! (わんこ化)」

リヴァイ「やってもいいが、条件がある。ちょっと面を貸せ」

ハンジ「はいはい! 面でも何でも貸しちゃうよ!」

と、言ってハンジ先生はリヴァイ先生についていってしまった。

エレン「………………」

ミカサ「また、あのチビ教師、調子に乗ってハンジ先生を………」

おにぎりで何をするつもりだ。あのクソちびは。

エレン「ミカサ、落ち着け。とりあえず、昼飯食おう」

ミカサ「でも……」

エレン「気になるのは分かるけど、あんまり首を突っ込んだら……って」

ジャンとアルミンとマルコがこっそり尾行を始めようとしていた。

エレン「お前ら……」

席を立って3人のところに行く。私も当然ついていく。

エレン「やめとけって(小声)」

ジャン「いや、でも、気になるだろアレ! 気にするなって方が無理だろ? (小声)」

アルミン「あ、階段に座った。そんなに長い話をする訳じゃなさそうだよ(小声)」

マルコ「しかも階段ってことは、内密でもないんじゃない? (小声)」

ジャン「だったら聞いていいよな? 多分」

アニも遅れてこっちにきた。結局全員で聞き耳を立てた。

リヴァイ「ほらよ。鮭おにぎり1個だ(ポイッ)」

ハンジ「1個?! 酷くない?! 2個頂戴よ!」

リヴァイ「それは質問に答えたら、やる。ハンジ、お前、まさかとは思うが、ミスコンに出場しろとエルヴィンに言われたか?」

ハンジ「え? ミスコン? んにゃ? え? 何で?」

リヴァイ「本当か? 嘘、ついてないよな? (じーっ)」

ハンジ「嘘ついてどうすんのよ! それに待って。ミスコンに出られるのは推薦者の人数が10人を超えた女子だけだよ? 私に10票以上も入る訳ないでしょ。何考えているの?」

リヴァイ「……………それもそうか」

リヴァイ「じゃあ、ミスコンじゃなくて、何なんだ? あいつは何を企んでいるんだ」

ハンジ「え? エルヴィンがいろいろ企てるのはいつもの事じゃない? エルヴィン、サプライズ好きじゃない」

リヴァイ「いや、オレが感じているのはそんな類の物じゃない。こう、早めに知っておかないと、取り返しのつかないような何かが迫っているような気配がするんだ」

その勘とやらは今思うと、的中していた。

でもハンジ先生はマイペースにおにぎりを食べている。

ハンジ「考えすぎじゃない? (もぐもぐもぐもぐ)あ、リヴァイ、2個目頂戴♪」

リヴァイ「ああ、ほらよ(ポイッ)」

リヴァイ「………分からん。俺にはエルヴィンの行動が読めない。いや、読めた試しがない。あいつはいつも突飛な事ばかり突然言い出すし、考えるだけ無駄か」

ハンジ「(もぐもぐ)そうだね。分かんない事を考えてもしょうがないよ」

リヴァイ「それもそうだな。…………ハンジ」

ハンジ「ん? 何?」

リヴァイ「いや、良く見たら顔色悪いな。お前」

と、ハンジ先生の顔を見てはっきり言うリヴァイ先生だった。

ハンジ「んー? そうかな? 気のせいじゃない?」

リヴァイ「飯、食ってなかったのか」

ハンジ「うーん、そうだね。私もいろいろ仕事を掛け持ちしているからねえ。生物部の出し物と、野球拳と、あと漫研? 一応、ちょこっとずつお手伝いはしているよ。リヴァイとかエルヴィンに比べればマシだけど、それなりに忙しいのは忙しいよ。この時期はしょうがないもん」

リヴァイ「そうか………」

これは今思うと、ハンジ先生の嘘だと分かる。

プールに落とされた件をハンジ先生なりに気にしていたせいで顔色が悪かったのだ。

ハンジ「ああでも、美味しかった! ご馳走様! おにぎり2個食べられただけでも幸せだよ! ありがとうね! リヴァイはもうご飯食べたの?」

リヴァイ「いや、まだだ。俺はこの後、学食の方に生徒に混ざって食べて来ようと思う」

ハンジ「あ、そうなんだ。だったら私も一緒に行こうかな。もうちょっと食べられそうだし」

と言って二人は1階にある学生食堂へ向かって階段を下りて行った。

そんな二人を見送った後、アルミンが言った。

アルミン「そういうシステムだったんだ。知らなかった」

マルコ「職員室の前にミスコンの投票箱はあったけど、票数とかの規定は知らなかったね」

アルミン「うん。知っていれば組織票で出す奴が出るからかな? 一人1票が原則だったもんね」

ジャン「だろうな。そうなると、本当の意味で美人が出場出来ねえもんな」

ミカサ「…………」

ジャン、こっちを見るのは止めて欲しい。

エレンが目で合図した。私は頷いた。

アニ「………」

アニも微妙な顔をしていた。返事は確か、昨日が締め切りだった筈。

ただ、少しくらいなら遅れてもいいとの話だったので、まだ迷っているのだろうか。

エレン「アニ?」

アニ「な、なに? (ドキッ)」

エレン「いや、なんとなく…………」

エレンとアニが内緒話をしている。多分、ミスコンの事だろう。

アルミン「何、内緒話しているの? 2人とも」

アニ「な、何でもないよ……(プイッ)」

ミカサ「アニ、お昼を食べよう。早く食べて、残った時間は宿題をやらなければ」

アニ「そうだね。昼休みを逃したら宿題をやれないし」

アルミンにミスコンの事を追及されると困るので助け船を出した。

教室に戻ってから私とアニは一息ついた。

ミカサ「ふぅ……危ないところだった」

アニ「ごめん……」

ミカサ「まだ、返事をしないの?」

アニ「一応、今日中にという話はつけているけど」

ミカサ「そんなに私服を見られるのが嫌?」

アニ「まあ、自分の服のセンスを評価されるのって結構怖いから」

ミカサ「そう……」

アニ「新しい服を買いに行く時間もちょっと取れそうにないし、今あるアイテムだけで勝負するとなると、ねえ」

ミカサ「では2人で前もって相談するのはどうだろうか?」

アニ「え?」

ミカサ「私も自分で自分の衣装を全部決めるのが怖い。ので、アニの意見も欲しい」

アニ「………………そっか。何も1人で全部を決める必要はなかったか」

ミカサ「うん。もし良ければそうして欲しい」

アニ「分かった。そういう事なら、私も出るよ」

アニの決意が固まったようだ。そしてその直後にエレンからメールが来た。

モブリット先生が参戦するようだ。私はアニとの打ち合わせを優先したかったので今回は遠慮した。

アニ「エレンこっちに来るの?」

ミカサ「エレンはモブリット先生の様子を伺うそう。どうやら学生食堂で三角関係が勃発しそうな気配」

アニ「3人で食事するんだ。うわあ……気になるけど、こっちも自分の事があるからね」

ミカサ「うん。ご飯を食べながら話そう」

アニ「うん。まずは初戦の事だけど………」

と、テーマ別の衣装についてアニといろいろ話した。

お互いの服の事を沢山情報交換出来て、凄く楽しいひと時を過ごせた。

そしてこの同時間、あのクソちびには人生の分岐点と言える出来事が起きていたらしいが。

まあ、そこは今更どうでもいいか。うん。






そして10月3日。文化祭の前日。

クラスの出し物であるコスプレ写真館の準備が無事に終わった。

皆、出来上がったブースでそれぞれ楽しそうに完成した写真を眺めている。

実行委員のユミルが一番嬉しそうに教室の全体を眺めていた。

ユミル「ふーこんなもんかな。上出来だな」

エレン「イイ感じに出来上がったなー」

ユミル「まあな。いや、まさかこんなに皆、協力的に仕事をやってくれるとは、始めた当初は思ってなかった。絶対、誰かサボる奴が出てくると思っていたんだがな」

エレン「やっぱり、ナンダカンダで皆、楽しかったんじゃねえの? 準備が」

ユミル「そうかな。ま、今回の出し物はアルミンが言いだしっぺだし、あいつが陰でいろいろサポートしてくれたのも大きいけどな」

エレン「ああ、なるほど……」

ユミル「あと、サシャの家に協力して貰ったのも大きい。勿論、広告は入れさせて貰うけど、それにしたってすげえ安上がりで撮影させて貰ったしな」

エレン「サシャが何気に活躍していたな。今回は」

ユミル「ああ。あいつには個人的に何か、餌付けしてやらねえとな」

サシャ「はいはい?! 何か呼びましたかユミル?!」

ユミル「後でな。後でご褒美やるって言ってんの」

サシャ「マジですか?! 今、下さいよ!」

ユミル「文化祭が終わってからな!」

ユミルがサシャの方に離れていったのでその隙にエレンに話しかけた。

ミカサ「エレン、エレン」

エレン「ん? どうした?」

ミカサ「エレンの王子様、格好いい…(うっとり)」

エレン「ああ、眠りの森の美女か」

まさに小説の表紙のような構図の写真だ。エレンの横顔が素敵だ。

ミカサ「キスをする時は目を閉じる事が多いので、エレンがどんな顔をしているのか、一度見てみたかった」

エレン「あれ?! それが目当てでそれを言い出したのか?!」

ミカサ「うん……ごめんなさい(照れる)」

エレン「ああ、別にいいけど。何だよ。何か照れるなそれ」

えへへへ。私も一緒に照れてしまう。

すると今度はぷりきゅあの方に視線が向かった。

エレン「おお! ちゃんとアニメになぞって構図を作ったのか。なんか、こういうシーンあったよな」

ミカサ「そうなの? エレンはぷりきゅあ見た事あるの?」

エレン「子供の頃、ちらっとな。割と格闘シーンが多かったから、男の子も見れる女の子向けアニメだったぞ」

ミカサ「そうなのね。私の家は小さい頃、テレビがなかったので知らなかった」

エレン「え? そうなのか」

ミカサ「うん。母がそういう方針だった。中学に上がってからようやくテレビがうちに来たので、それ以前のテレビの話題についていけなくてがっかりした記憶もあるけど」

しょんぼりしていた少女時代だった。でも、悪い事ばかりではなかった。

ミカサ「でもその分、テレビが見れない時間は身体を動かしていたりした。子供の頃に鍛えたので今の自分がいるのだと思う」

エレン「なるほど。いいこともあるな」

ミカサ「うん。なので、昔の作品は今からでも観ようと思う。ぷりきゅあも今度まとめて観てみる」

エレン「大きくなってから昔の作品を観るのも味があっていいぞ」

エレンとアニメ談義をしていたら、後ろの方からヒッチの笑い声が聞こえた。

ヒッチ「やっぱり次元、やばいって! これ、ファン泣いちゃうんじゃない?」

ジャン「うるせえな! 格好いいだろ?!」

マルロ「まあ、悪くはないが、何か違う感があるな」

マルコ「まあまあ、そこはほら、役に入っている訳だから」

エレンと一緒にジャンのコスプレも見てみた。

…………。カメラ目線で凄く格好つけている。次元ってこんなキャラだったかしら?

むしろカメラ目線より何処かそっぽ向いているような渋い役柄だった気がする。

エレン「ジャン、お前、思い切ったな……」

ジャン「エレンまで言うのかよ?!」

エレン「いや、まあ、悪くはないんだけど。ちょっとナルシスト入ってるぜ」

マルロ「ああ。それは俺も思ったな」

ジャン「うぐぐぐ……」

四人の中で一番自然だったのは富士子ちゃんだった。

富士子ちゃんらしい、子猫のような愛らしさと妖艶さが出ている。

アルミン「ユミル、お釣りの方は大丈夫? 小銭足りそう?」

ユミル「ああ、一応、多めに用意はしているぞ」

アルミン「1枚100円で売る訳だから、千円を出す人の為に500円硬貨と100円硬貨は多めにね。あと、万札出す人もたまにいるから、5千円札も少しはあった方がいいって、マーガレット先輩が言ってたよ」

ユミル「あ、5千円の存在は忘れていたな。分かった。明日の朝までに万札を崩しておくよ」

と、アルミンはユミルとつり銭の事について話し合っている。

アルミン「この間、コミケ行ってきた時にいろいろ、ノウハウは聞いておいたよ。電卓はある? 暗算出来る子はいいけど、一応用意した方がいいらしいよ」

ユミル「それは大丈夫だ。サシャとコニー用に真っ先に準備しているからな」

コニー「なんか言ったか?」

ユミル「いや、別に」

と、コニーの声にユミルは誤魔化す。

コニーは確かに計算ミスが多いので電卓は必須かもしれない。

ユミル「あと何かやる事あったかな……忘れていそうで怖いな」

ベルトルト「アンケート用紙を書くスペースに飴玉とか置いたらダメかな? 無料で」

ユミル「ああ、それはいいかもしれないな。ちょっと疲れた時ように置いておくか」

と、当日までにする事を追加するユミルだった。

ユミル「よし、皆! とりあえずこれでクラスの出し物の準備は終了だ! 部活ある奴は行ってきていいぞ! あと、他のクラスの事が気になる奴は見に行って来い! 私が許す!」

一同「「「はーい」」」

という訳で他のクラスの準備をこっそり覗きに行く事にした。

エレン「まずはどこ行く?」

ミカサ「マーガレット先輩のところの占い館をみてみたい」

エレン「そうだな。ちょっと覗いてみるか」

という訳で最初は2年1組に行ってみる。

エレン「あ、マーガレット先輩がコスプレしている」

廊下を歩いていた先輩を見つけてエレンが先輩に声をかけた。

黒頭巾を被った占い師らしい格好になっている。

首元には丸い水晶をぶら下げている。如何にもそれっぽい。

マーガレット「あ、エレン、ミカサ。そっちは準備終わった?」

エレン「あ、はい。大体終わったんで解散しました。後は本番を待つだけです」

マーガレット「そっかそっかーそっち、フライングで見に行きたいけど、今、宣伝中なんだよね。あ、良かったら当日も遊びに来てね」

ミカサ「はい。勿論。あの、占いはどんなものをするんですか?」

マーガレット「いろいろやるよ。タロット、12星座、血液型、手相……全部まとめてやっちゃう感じ。何なら今、試しに二人の相性占いやってあげようか?」

ミカサ「是非お願いします(キリッ)」

今後の為に是非詳しく聞いておきたいと思う。

という訳で2年1組にお邪魔して私達はマーガレット先輩に占って貰う事になった。

マーガレット「誕生日を教えてくれる?」

エレン「3月30日です」

ミカサ「2月10日です」

マーガレット「お羊座ボーイと水瓶座ガールか……あ、相性は悪くないみたいだよ」

マーガレット「エレンはねー『実直で男気があり、常に前向きで好奇心の旺盛な行動派』だってさ。当たってる?」

エレン「男気は分かりませんが、まあ行動派っていうのは当たってますね」

ミカサ「そんな事はない。エレンは男気がある」

エレン「あ、そうなのか? 自分じゃ良く分からんが」

マーガレット「ミカサはねー『恋愛に関しては興味津々。好奇心が旺盛』とあるけど、つまり結構、エッチって事?」

ミカサ「うぐっ!? (赤面)」

いきなり図星を指されて動揺した。

ミカサ「え、エッチかもしれない……(赤面)」

マーガレット「へーそうなんだ。やるー(口笛)」

エレン「先輩、続き」

マーガレット「あ、はいはい。2人の相性だと、どうもミカサの方がエレンに惚れ込む可能性が高いとあるね。ミカサから告白したの?」

エレン「あ、いや、それはさすがにオレからですけど、へーそうなんだ」

マーガレット「2人の恋愛関係を保つには、彼氏側が常に変化のある内容の濃いデートを心がけるといいでしょう。ってあるよ。マンネリは厳禁みたい。エレン、ミカサにちゃんと構ってあげないとダメみたいだよ」

エレン「あ、そっか…デートか」

私はエレンと顔を見合わせた。

そう言われたら最近は文化祭の準備などで忙しくてゆっくりとした暇がなかった。

エレン「今度、落ち着いたら2人でどっか行くか?」

ミカサ「え、エレンに任せる……(ゆでだこ)」

うふふ。デートが楽しみだ。

マーガレット「相性は相性度数だと10段階中9、パーセントの方だと75%以上ってあるから、かなり高めだね。いいんじゃない? なかなか」

エレン「おお、思っていたより相性いいんですね」

マーガレット「ええっと、ついでに運命の人も占ってあげよう。エレンは『自分の言い分に耳を傾けてくれる、自然体な自分でいられる人』で、ミカサは『頭脳よりも感覚で動く人』とあるね。当てはまっているなら、お互いが運命の人かもしれないよ?」

エレン「あーそうだと嬉しいですね」

エレンは頭で考えるより感覚で動く方だから当たっていると思う。

私達を一通り占って貰ったので、次は別のカップルをこっそり占って貰おうかなと私も考えていた。

勿論、モブリット先生とハンジ先生だ。なのにエレンは……。

エレン「では、リヴァイ先生とハンジ先生、こっそり占って貰えないですかね?」

ミカサ「エレン?! ま、まさか、エレンはやっぱり、リヴァイ先生贔屓……」

エレン「いや、そういうんじゃないけど、ほら、あれだけ喧嘩ばっかりしているから、相性悪いんかなと思ってな」

苦笑いで誤魔化されたけど絶対嘘だと思った。

マーガレット「ええっと、誕生日はいつだっけ?」

エレン「リヴァイ先生は12月25日だそうですけど、ハンジ先生が分からないんですよね」

マーガレット「あ、待って。だったらメールで聞いてみる」

という訳で、尋ねたところ、

マーガレット「9月5日だって。誕生日過ぎていたんだ。こりゃ後でプレゼントしないといけないね」

といいつつ、今度は(不本意ながらも)リヴァイ先生とハンジ先生の相性を占う事になった。

マーガレット「ええっと、リヴァイ先生は『ルール重視、誠実だが融通の効かないタイプ』でハンジ先生は『思慮深く、慎重なこだわり派』とあるね。山羊座は『一見大人しめに見えるけど、内側は情熱家。唯我独尊的に融通が効かない時があるのが欠点。誠実で朴訥な一方、その内在パワーは相当な物。誠実さの押し付け過ぎで彼女側が息苦しくならない様に気を付けよう』ってあるけど、何かやらかしたの? エレン」

エレン「ぶは!!!!」

『ルール重視、誠実だが融通の効かないタイプ』

はまさにエレンを舞台上で腹バンした出来事を思い出し、

『思慮深く、慎重なこだわり派』

というのは私達を野球や料理で性格判断をした件を思い出し、

『一見大人しめに見えるけど、内側は情熱家。唯我独尊的に融通が効かない時があるのが欠点。誠実で朴訥な一方、その内在パワーは相当な物。誠実さの押し付け過ぎで彼女側が息苦しくならない様に気を付けよう』

に至ってはハンジ先生のスカート事件を思い出すしかなかった。

どうやらリヴァイ先生は典型的な山羊座の男性の性格をしているらしい。

マーガレット「まあいいや。続けるよ。乙女座は『様々な術数で恋愛相手をいろいろと振り回す事がありますが、いざという時は本音を必ず出してくるので、彼女のサインを常によく見極めてあげましょう』とあるね。『几帳面で神経質。ピュアでロマンチックな面もあり、いくつになっても夢を持ち続ける乙女チックなロマンスを求めすぎる事も。異性に関してはチェックは厳しい方です』ともある。あれ? でもハンジ先生って、几帳面でもないし、神経質でもないよね? 当たってない?」

エレン「あーまあ、でも、ロマンチストであるのは間違いないですよ」

マーガレット「あ、そうなんだ。じゃあまあ、その辺は大体合っていればいいか。相性度数が6で、%の方が90%っていう、変な数字が出ているね。まあでも、同じ『土』の属性同士だから相性は悪くない筈だよ」

エレン「土? 何ですかそれは」

マーガレット「ええっと、RPGゲームでいうところの『属性』みたいなもので、エレンは「火」でミカサが「風」属性になるんだ。リヴァイ先生が「土」でハンジ先生も「土」なるんだよ」

エレン「そうなんですか。オレは勝手なイメージでハンジ先生は「風」かなと思ってましたけど」

マーガレット「自由奔放なところがそう見えるよね。でも、案外中身は違うのかもよ? 土属性の人はどっしりとした価値観を持っていて揺らぐことが少ない事が特徴だって。所謂、大器晩成型が多いのが特徴だよ」

エレン「へーそうなんだ」

マーガレット「属性の観点から言えば、火属性と風属性は、またちょっと結果が違ってくるんだけどね」

エレン「え?」

マーガレット「いい時はいいけど、悪い時はとことん悪い……そんな感じで波乱万丈な感じになりそうよ。悪い方の結果も聞きたい?」

エレン「うー怖いけどお願いします」

マーガレット「分かった。あのね、ぶっちゃけると、風属性のミカサがある程度、エレンの頑固な面に目を瞑らないといけないみたいだよ」

ミカサ「目を瞑る?」

マーガレット「うーん、今はまだ見えてないかもしれないけど、エレン、相当頑固な気質を持っていて、一度「こうする」と決めたら梃子でも動かないのよ。心当たりあるでしょ」

エレン「うー……当たらずとも遠からずな気がしますが、そうですね。当たっていると思います」

マーガレット「ただ、他人から言われてもどうってことない事が、風のミカサに言われると「カチン」と来たり、喧嘩の原因になったりする事もあるそうよ。そこは気を付けようね」

ミカサ「わ、分かりました……」

これは今思うと、エレンがトイレに引き籠ってしまったあの事件を暗示していたのだと思う。

この時、マーガレット先輩に言われたおかげで私は冷静に対処する事が出来た。

もしこの時の占いがなければ、あの時の私はただオロオロして冷静で居られなかったかもしれない。

マーガレット「リヴァイ先生とハンジ先生は同じ「土」同士だから、恋愛に関しては物凄く時間がかかるのが特徴だね。所謂「遅咲きの恋」になりやすいのが土属性の特徴だから。逆に火属性のエレンは結構、最初からガンガン行くタイプでしょ?」

エレン「えっと、はい。まあ、結果的にはそうなりましたね」

マーガレット「やっぱりね。まあでも、基本的に火と風は相性いいから。心配はしなくていいと思うよ。大丈夫」

エレン「そうですか……」

私がエレンの頑固な部分にある程度目を瞑る。

それに気をつけさえすればきっとうまくいく。そう解釈した。

マーガレット「むしろ心配なのはリヴァイ先生とハンジ先生の方だね。ずっと同じ関係のままでいるつもりなのかな」

ミカサ「ハンジ先生はモブリット先生の方がいいと思います(キリッ)」

マーガレット「ええ? でも、私はリヴァイ先生、本当はハンジ先生の事、好きなんだと思うけどなー。ハンジ先生も、かなりリヴァイ先生に依存しているでしょ。どう見ても」

ミカサ「でも、リヴァイ先生は乱暴過ぎる。ハンジ先生が可哀想」

マーガレット「いや、そこはSとМがうまく噛みあうんだったら相性がいいって事になるし」

ミカサ「うむむ………でも、しかし」

それでも何でもかんでも暴力で解決するのは如何なものかと。

マーガレット「ま、どれだけ相性が良くても、結局は本人達がどうするかだもんね。占いはあくまで天気予報みたいなもんだから、当たってる時は頷いて、当たってないところはスルーでいいよ」

マーガレット先輩の占いを終えて私達は教室を出た。

エレン「次は何処に行こうかな~あ、次はガーネット先輩ところに行くか」

場所が近いのですぐ移動できた。教室の中はすっかりバザーが出来上がっていた。

ガーネット「あ、エレン、ミカサ。そっち、終わったんだ」

エレン「はい。準備は終了しています。もう終わりました?」

ガーネット「うん。大体。まあ、コミケでこういうのは慣れているから段取りは楽勝よ」

ミカサ「ふおおおおおおお………(キラキラ)」

これは確か、ばりぃさん!

間違いない。この愛らしい豆粒のようなお目目と丸っこい頭。

くまもんとはまた違った愛らしさを持つこれも、ゆるキャラグランプリとやらに輝いたキャラだ。

ミカサ「これ、欲しい……(フニフニ)」

ガーネット「ありがとう。でも予約は出来ないから早めにうちに来てね」

ミカサ「分かりました。すぐに来ます(キリッ)」

ガーネット「今日は演劇部の方はどうなるのかな。クラスによっては進行状況が違うから、練習出来ないかもしれないけど。ジャン、何か言ってた?」

エレン「あーそっか。カジのところは人形劇もやるから練習大変だって言ってたな」

カジ君のクラスは人形劇をやるから、今頃きっと大変な筈だ。

エレン「ジャンは多分、どっちでもいいっていいそうですね」

ガーネット「どのみち、場見は文化祭1日目が終わってからになるけど、今日は他のクラスの練習もあるから、舞台での練習は難しいんじゃないかな」

エレン「やるなら音楽室ですかね」

ガーネット「うん。そうなるかも。後で一応、一回音楽室に集合しようか」

エレン「了解しました」

という訳で、下見が終わったら音楽室に移動する方針になった。

エレン「他に見たいところ、あるか?」

ミカサ「食品ブースも見てみたい」

エレン「お、そうだな。そっちも見てみるか」

という訳で今度は食品ブースに足を運ぶ。



     【舞 台】

カレー屋       アイスクリーム屋
(3年1組)     (2年10組)

ヤキソバ       ミックスジュース
(3年6組)     (2年2組)

お好み焼き      わたあめ
(3年7組)     (2年5組)

焼鳥屋        クレープ屋
(2年6組)     (1年6組)

たこ焼き屋      から揚げ屋
(2年4組)     (1年8組)


     【入 口】


パンフレットを確認する。食品ブースには先輩達が中心にいる筈だ。

第二体育館の中の方に入ると、ペトラ先輩、オルオ先輩がエプロン姿で出迎えてくれた。

可愛い。ペトラ先輩のエプロン姿、凄く似合っている。

オルオ先輩の方は……失礼だけど、ちょっとおばちゃん風に見えてしまった。

ペトラ「あ、エレンだ。ミカサもこっちに来た。前売り券、要る?」

エレン「え? 前売り券?」

ペトラ「あれ? 知らないの? 希望者は前売り券買えるよ? これあった方が会計早く済むから、こっちとしては有難いんだけど」

エレン「あ、そうだったんですか。すんません、見過ごしていました」

私も見過ごしていた。迂闊だった。

ミカサ「では1枚ずつ、買います」

ペトラ「はいはい。1杯300円だよ~」

エレン「やす! え? それ、なんでそんなに安いんですか?!」

ペトラ「あ、大盛りなら400円だよ。特盛が500円。量に合わせて値段が変わるよ」

エレン「ど、どれくらいが並なんですかね」

ペトラ「んー……口で説明するのは難しいわね。しゃもじでご飯1回が並。2回が大盛り。3回以上が特盛かな?」

だとすればエレンは大盛りだ。

ミカサ「私も大盛りにします」

ペトラ「毎度あり~そっちも準備終わったのかな?」

エレン「はい。もう終わっているんで他のブースの様子を見に来ました」

オルオ「そうか。俺達もそっちに行きたいが、もう少し時間がかかりそうだ」

ペトラ「うん。下ごしらえがね。あと、もうちょい」

エレン「あ、すんません。作業邪魔して」

ペトラ「いやいや、いいのよ。ちょっと休憩もしないとね」

オルオ「他のところもぼちぼちって感じだな。明日に備えて、ある程度終わったら早めに寝ろよ」

エレン「そうですね。遠足前の子供みたいになりそうですけど」

ミカサ「私もなりそう」

ペトラ「気持ち分かるわ~私らもそうなるかも」

と、笑いながら雑談して、他のブースに移動した。

次はスカーレット先輩のところに移動する。

スカーレット「お? ご両人、前売り券買わない? 1枚100円だよ」

エレン「どんなジュースがあるんですか?」

スカーレット「ミックスだから、自分で選べるんだよ。オレンジ、りんご、パイナップル、いちご、キウイ、バナナ、ヨーグルト、大体何でも揃っているよ」

エレン「へーそうなんだ。美味しそうっすね」

その中だったらとりあえずこの三つを選ぼう。

ミカサ「オレンジとりんごとヨーグルトで」

エレン「オレも同じのでいいかな。カレーにミックスジュースが合うのか分からんけど」

スカーレット「た、多分、合うんじゃない? んじゃ、前売り券渡すね。はい」

と、言う事でこちらも前売り券を買う事になった。

エレン「アーロン先輩んとこも行くか」

ミカサ「たしか、たこ焼き屋だった筈」

という訳で、次は2年4組のブースに移動した。

アーロン「お? エレンとミカサが来たな。前売り券、買わないか?」

前売り券を推している。ここは買うべきだと思った。

エレン「いくらですか?」

アーロン「8個入りで400円だ。4個だと200円になる」

エレン「あ、こっちも量に合わせて値段変えているんですね」

アーロン「ああ。子供連れの客も想定して設定しているんだ。子供だけが食べる場合は4個で十分だろ」

エレン「へー。なるほど。だからカレー屋も量によって値段変えてあるんだな」

アーロン「ま、その分こっちは手間がとられるが、そこは仕方がない。何個買う?」

エレン「じゃあ8個を1枚。ミカサと一緒に食べます」

アーロン「了解。毎度あり~」

一通り前売り券を購入した私達は荷物を持って音楽室へ移動した。

音楽室にはジャンとマルコとアルミン、アニ、エルヴィン先生とリヴァイ先生が先に来ていた。

リヴァイ「ああ、2人ともこっちに来たのか」

エレン「はい、一応。今日の練習はどうしますか?」

リヴァイ「舞台の方が使えないからな。音楽室でやるしかないが……2組は人形劇の方の練習もあるから、通しの稽古は出来そうにない。今日は出来る部分だけ、やっていく方針にしようと、さっきジャンと話していた」

エレン「分かりました。衣装に着替えますか?」

リヴァイ「いや、今日はもう軽く流す程度でいい。今日、衣装を洗濯して明日中に乾かして、本番まで衣装を汗で汚さない様にしたい」

エレン「て、徹底してますね」

リヴァイ「やるんだったら、汗臭い衣装でやるより、綺麗な衣装できっちりやりたいだろ」

その方が見栄えも良くなるから当然だと思う。

その日の練習は音楽室で軽めの練習になった。今までの復習のような練習だ。

でもその日のリヴァイ先生は妙にキレが悪いと感じた。

重い体を無理やり動かしているような。そんな気配がある。

そして案の定、そのハプニングが起きた。




フラッ………



練習の途中で目の前で、リヴァイ先生が片膝をついてしまったのだ。

ミカサ「? どうしたんですか?」

リヴァイ「……何でもない。ちょっと汗で足を滑らせた」

体調が悪いように見えた。本番前に勘弁して欲しい。

もしもの事があった場合はエレンと役を交代する事は出来るが、それは最悪の場合だ。

今更、相手を代えて舞台に上がるのは……。

其の時感じた感情に私自身、少し戸惑った。

エレンと共演出来るのであればそれでもいい。以前の私なら迷いなくそう思っただろう。

でも本番を直前に、それが嫌だと感じた自分がそこに居た。

エルヴィン「リヴァイ。今日の睡眠時間を言いなさい」

リヴァイ「ちゃんと6時間は寝ているぞ」

エルヴィン「それは、横になっただけで、本当は寝ていないんじゃないかい? 誤魔化してもダメだよ」

リヴァイ「………ちっ」

この当時、リヴァイ先生は相当頭の中が混乱していたそうだ。

長年好きだと思っていた女性の正体が実はハンジ先生だと知ってしまって。

演劇よりもプライベートの方を優先して考えているのは先生として失格だとは思ったけれど。

心の弱さを見せない様に意地を張っていた様を見た時、本当のリヴァイ先生の姿を見た気がした。

リヴァイ「夕べ、紅茶を飲み過ぎたかな」

エルヴィン「自分を誤魔化すんじゃない。何か、気にかかる事でもあるんじゃないのか」

リヴァイ「……………」

リヴァイ「てめえのせいだろ。エルヴィン」

そして大分、間をとってから絞り出すような声でリヴァイ先生が答えた。

エルヴィン「私?」

リヴァイ「お前が意味深に笑うから、気になって仕方がないんだ。明日、何か仕掛ける気じゃないかって」

エルヴィン「ああ、その事……別に何も仕掛けないよ。私は」

リヴァイ「本当か? ハンジの奴にも一応、確認したが、あいつはミスコンには出ないと言っていた。あの時笑っていたのは、その件じゃないんだよな?」

エルヴィン「うん。ハンジはミスコンには出ないからね。出るのはフィーリングカップルと野球拳の司会だ」

リヴァイ「そのどちらかで、何かする気なんじゃないのか? エルヴィン」

エルヴィン「だから、私は何もしないって。どうしてそう疑うんだい?」

リヴァイ「………お前、オレとハンジがくっつけばいいと心の中で思ってないか?」

確かに一見すればエルヴィン先生の行動はそういう風に見て取れた。

でも、後で冷静に考えた時、私は矛盾しているとも思った。

本当にエルヴィン先生がリヴァイ先生とハンジ先生をくっつけさせる為に嵌めようとしたならば。

この時、エレンに余計な情報を与えたりしなかった筈だ。

エルヴィン「お似合いだとは前々から思っているよ。でも、それを決めるのは君達次第だろ?」

リヴァイ「いや、そういう類の物じゃなくてだな。……まあいい」

リヴァイ「明日、ハンジとモブリット先生がフィーリングカップルに出るんだから、それを切欠に、2人が付き合い出せば、俺の役目も自然に消えていくだろう。俺はそれまでの、繋ぎでいい」

リヴァイ先生がそう言い捨てた直後のエルヴィン先生の表情を言い表すのは凄く難しい。

リヴァイ先生の顔を見れば、本心ではハンジ先生とモブリット先生がくっついて欲しくないと思っているのがアリアリと分かる。

でもそれを表には出さないリヴァイ先生に苛立っているような、ほっとしているような。

お互いにまるでマーブル模様の、ちぐはぐな感情が入り乱れているように見えた。

エルヴィン「そうやって、前もって最悪の事態を想定して心を準備する癖、相変わらずだね」

リヴァイ「最悪じゃない。むしろ最良だ。ハンジが幸せになる選択をして欲しいと、友人として、思っているからな」

エレンが何故か拳をプルプルしている。殴りたいのなら私も手伝おう。

でもその拳プルプルに気づいてエルヴィン先生がウインクをしてくれた。

エルヴィン「友人ね。便利な言葉に甘えているのはリヴァイだけなのかな?」

リヴァイ「は?」

エルヴィン「まあいい。今日の練習はここまでにしよう。体力温存も大事だしね」

帰り際、エルヴィン先生はエレンにこっそり耳打ちした。

恐らくエルヴィン先生はここでエレンに情報を与えた筈だ。

でなければ、あの時、エレンがモブリット先生を探しに走り回れた筈がない。

エレン「!」

そして帰り際、エレンは元気がなかった。

ミカサ「エレン?」

エレン「い、いや何でもねえ……」

エレンが頭痛を堪える様な表情だったのが心配だったけれど。

エレンが自分から言いだす素振りが無かったので私もそれ以上は言わなかったのだ。






10月4日。文化祭1日目が始まった。

学校の先生の挨拶、諸注意があって、舞台設営が始まる。

まずは自分の教室に戻って、店番のローテーションを確認したのち、各自自由時間となった。

早く、早くばりぃさんの元へ向かいたい。

ミカサ(ウズウズ)

エレン「ミカサ、あのぬいぐるみ、買いに行くか?」

ミカサ「い、行ってもいいの?」

エレン「ああ、早く買わないと売り切れるかもしれないだろ? 一緒に行くぞ」

エレンの許可を貰ったので早速バザーのブースへ向かう事になった。

良かった! ばりぃさんはまだ売れていなかった。

早速、キープ。他にもいい物がないかどうか吟味する。

ああ、どれもカワイイ。全部欲しくなってしまいそうになる。

しかしあんまり買い過ぎると部屋の中の許容量を超えてしまうのでそこは自重する。

エレン「オレはどうしようかなー」

エレンは私から少し離れて他の商品を見ていた。

エレン「何?! これ、ゲームボーイ版のSAGA3~時空の覇者~じゃねえか! 今、これなかなか手に入らないんだぞ?!」

どうやらお宝を発見したようでテンションをあげていた。

エレン「やっべええええ! いくらだ? 100円?! 馬鹿だ?! これ、売るところ、絶対間違えているぞ!」

エレンが興奮している間に私の方の会計を先に済ませる。

ミカサ「エレン、買い物終わった」

エレン「オレも終わった。いやー超いい買い物したぞ。早めに来て正解だった」

ミカサ「それは良かった。次はどこに行こう?」

エレン「ん~そうだな。お化け屋敷に行ってみるか」

お、お化け屋敷? 

もしかして、カップルで行く定番のアレだろうか?

エレン「お化け屋敷行こうぜ。お化け屋敷!」

ミカサ「お、お化け屋敷? (ドキッ)」

エレン「なんだ? お化け怖いのか? (ニヤニヤ)」

ミカサ「べ、別に怖くはない」

エレン「へーそうなのか。じゃあ行こうぜ♪」

エレンがとっても楽しそうだった。私は別の意味でドキドキしていた。

お化け屋敷と言えば、その……多分、いろんなハプニングが待っている筈。

それを考えると嬉しいような怖いような。そんな気持ちで一杯だった。

お化け屋敷のある1年5組に向かうと、時間帯が早いおかげで人の数はそこまで多くなかった。

エレンと一緒に5分くらい待ったらすぐ順番が回ってきた。

受付「はい。男女ペアの方は割引価格で御1人様1回100円です。それ以外だと200円になります」

エレン「分かりました。はいどうぞ」

受付「では、ごゆっくり~」

中に入ってエレンと手を繋いで進んでみると、そこは真っ暗な空間だった。

凄い。光が完全に遮断されている。

エレン「おお! 意外と本格的だ。教室が真っ暗だ」

ミカサ「エレン、手を離さないで」

エレン「おお。足元気を付けろよ………うお?! (ベチ!)」

変な音がした。何か降ってきたようだ。

そして次の瞬間、足元に冷たい風が……。

ミカサ「ひゃああ! 足元に冷風が! (ドキドキ)」

エレン「さむ! くそ! 地味に攻撃してくるな!」

エレンとの距離が近い。足は寒いのに胸はドキドキして熱かった。

そして、壁沿いに落ち武者の首が沢山並んでいるのを見た。

スポットライトが下から当たっている。顔が怖い。

その生首達が一斉に振り向いてこっちを見る。

作り物だと分かっていてもちょっとビビる。

エレンがじーっと顔を近づけてそれを観察していたら……。

生首役「人形だと思った? 残念! 本物でした! (生首役の人が出てくる)」

エレン「うわああああああ?!」

生首役「ははははは! いいね! その反応! はい、飴ちゃんあげるよ」

と、何故か飴ちゃんを貰って次に進む。

エレン「あーびっくりした。人形の中に本物が混ざっているなんて、思わなかった」

ミカサ「びっくりしたー(ドキドキ)」

本物に騙された。こんな引っかけが混ざっているとは。侮れない。

次は騙されないようにしよう。エレンの腕をしっかり掴んで先に進む。

小さな小池があった。ここは跨いで進むしかない。

エレン「よいっしょ」

エレンが先に小石に乗って飛び越えていると、

河童役「きゅうりをおくれええええ(壁から出てきた)」

エレン「うあああああ?! (*死角の外だった)」

ミカサ「?!」

河童役「きゅうりをくれないと悪戯するぞおおおおお!」

何だか間違った要求をされつつ私達は急いでそこをクリアした。

次は回転ドアを潜って進まないといけないようだ。

狭い。エレンと一緒に潜るにはかなりギリギリの空間だった。

例えるなら、掃除用具入れの箱の中に2人、押し込められたくらいの狭さだ。

キス出来るような距離感に息を殺して先を進むと、油断していた。

両手が壁から出てきて思わず「ひっ」と悲鳴をあげそうになった。

御免なさい。邪な事を考えそうになって御免なさい。

と、内心こっそり謝りつつ私達は最後の関門を突破した。

15分くらいの短いお化け屋敷だったけど、結構興奮してしまった。

特に最後の回転ドアの密着感は、その、本当にありがとうございました。

ミカサ「はあ……はあ……結構、ドキドキした」

エレン「おう。オレもだ。予想出来ねえ攻撃ばっかりだったな」

ミカサ「エレンと回転ドア、潜ったの、楽しかった……」

エレン「ああ、オレもアレは別の意味でドキドキしたな」

ミカサ「うん……楽しかった(赤面)」

あの回転ドアを考え出した人は天才だと思った。

エレンも照れたように頬を掻いていて、お互いに笑ってしまった。

エレン「次は何処に行ってみる? 今、10:40分か」

ミカサ「次はゲームセンターに行こう」

エレン「え? いいのか?」

ミカサ「エレンはゲームが好きなので、きっと行きたいだろうと思っていた」

エレン「サンキュ♪ じゃあ行くか!」

次は2年8組まで移動すると、そこにはお祭りで見かけるような「射的」「金魚すくい(もどき)」「輪投げ」「ボーリング」「型抜き」「くじ引き」等いろんな遊び場が出来ていた。

エレン「おおおお! 射的やろうっと!」

当てて落としたらその景品は貰えるらしい。

エレン「あーくそ! 当たらない!」

ミカサ「エレン、私がやってみせよう」

エレン「えー自力で取りたいんだよ!」

ミカサ「そうなの?」

エレン「そうそう。こういうのは何度か失敗して、やっと取れた時が楽しいんだよ!」

でもなかなか当たらない。ハラハラしてその様子を見守っていたら、10回目でようやく取れた。

エレン「よしゃあああ! ころ助GETだぜ!」

エレンが喜んでいるのでまあ良しとしよう。

次は輪投げをしてみた。

エレンが譲ってくれたので先にやってみたら簡単過ぎてびっくりした。

輪投げの係「うそー全部持っていかれたら、もう次の人が遊べないよー」

ミカサ「いえ、商品はいいです。輪投げ自体が楽しかったので」

エレン「難易度、少しあげてもいいと思いますよ。難し過ぎると子供泣くかもしれんけど」

輪投げの係「そうですねーそうしますー」

私達が遊んでいたら徐々に子供達の姿が増えて来た。

エレン「次は何処に行こうかなーあ、漫画研究同好会! マーガレット先輩のところ、顔出さないと!」

ミカサ「漫研の部室はどこだろう?」

エレン「ええっと、4階だな。美術室の近くだ。行こうぜ!」

という訳で、2年の教室からまた上に上って漫研に顔を出しに行った。

マーガレット「あーエレン! ミカサ! 来てくれてありがとう!」

エレン「どんな感じですか?」

スカーレット「こっちはまったりムードだよ。出来上がった合同誌を読んでいたよ」

エレン「おお、マーガレット先輩達の本、売ってるんですね。買いますよ」

マーガレット「いやあああ恥ずかしいいいいいい」

エレン「恥ずかしがっちゃダメですよ。1冊いくらですか?」

マーガレット「300円。コピー本でごめんね。予算なくて。同人誌の方はオフセット出せるけど。お母さんに借金すれば」

借金してまで作りたいのか。情熱的過ぎるような。

エレン「じゃあ漫画本、読ませて貰いますね(ペラペラ)」

マーガレット「あ、今読まなくてもいいよ。持って帰ってからで十分だよ。時間勿体ないし、他のところにも遊びに行きなよ」

エレン「ええ? いいんですか?」

マーガレット「漫研は、本来ならおうちでの活動が一番だからね。ここは、漫研の歴史というか、今まで出してきた歴代の合同誌とかを展示したり、イラストを展示しているくらいだよ。あ、一応、ポストカードとかしおりとか、グッズもオリジナルで作っているけどね」

エレン「へー。じゃあしおり1枚買いましょうか?」

マーガレット「いやあああ恥ずかしいいいいい!」

商売っ気がなさ過ぎる先輩を無理やり説得して購入し、漫研を後にする。

美術室の近くを通ったので、ついでにそこにも顔を出す事にした。

エレン「おおお。授業で描いたのとか、展示してある」

ミカサ「! わ、私の絵が展示されている……」

エレン「え?! どこだ?! うわ! ジャンの絵、展示されていたのかよ!!」

実物より大分美人に描かれていた。

ジャンから見たら私はこんな綺麗な女性に見えるのだろうか?

欲目というのは恐ろしい。彼には真実が見えていないようだ。

ミカサ「なんだか少し照れくさい」

エレン「だろうな。やっぱりあいつ、女の絵はぴか一だな」

ミカサ「私、ここまで美人ではない」

エレン「いやいや、そんなことはねえぞ? 絵より本物が美人だからな」

ミカサ「う……うーん」

コメントに困る。エレンにそう言って貰えるのは素直に嬉しいけれど。

そんな訳でエレンと一緒にあちこち見て回っていたらあっという間に12時を過ぎた。

エレン「あ! そろそろ飯、食いに行くか! 食品ブースに行こうぜ!」

ミカサ「うん」

第二体育館に向かうと、人の数が一気に多くなっていた。

昼時だから仕方がないとはいえ、この数だと油断すると人とぶつかりそうだ。

エレンと一緒にヤキソバを食べ終えた後は、第一体育館に移動しようという話をした。

舞台の方も幕が降りている。しかし舞台裏の方から大道具の恰好をしたユミルが凄い剣幕で飛び出て来た。

エレン「ユミル?! お前、何、裏方やってるんだよ」

ユミル「ああ?! 今、忙しいんだよ! 話しかけんな! モブリット先生、見なかったか?」

ミカサ「いえ、見てないけど……」

矛盾した言動だが、ユミルが相当慌てていた。

何かトラブルが起きたようだ。

ユミル「何でこっちに来てないんだよ。段取りと違うだろ。進行表、勘違いしてやがるのか?」

ミカサ「もしかして、フィーリングカップルの件?」

ユミル「そうだよ。モブリット先生も参加する予定なんだが、こっちに来てない。くそ……放送は出来るなら使いたくねえんだが、どこほっつき歩いてやがるんだ。あと10分しかねえのに」

エレン「何なら探してこようか? オレ達、昼飯食い終わったし」

ミカサ「もしかしたら昼ご飯をまだ食べているのでは……」

エレン「だったら食品ブースから探してみるか」

ユミル「もしモブリット先生がこっちに間に合わなかったら、代役立てるからって本人に伝えておいてくれ。じゃあな。頼んだぞ」

エレン「ああ、分かった」

代役。………代役?

其の時、エレンの顔色が瞬時に変わった。

ミカサ「エレン?」

エレン「やべえ……そういう事だったのか」

エレン「ミカサ、やっぱりミカサはモブリット先生の方の味方をするのか?」

ミカサ「え、ええ……でも、何故今、その話を」

エレン「だったら早く探さないと、手遅れになるかも」

エレンと一緒にモブリット先生を探し回った。

校内放送もモブリット先生を第一体育館に呼びつけている。5分前だ。

ミカサ「ど、どういう事なの? エレン……」

エレンの後ろを走りながら私は聞いたけれど、エレンには答える余裕がないようだった。

この時、運命の分岐点だったとは知らず、私はただ戸惑ってエレンについていくしかなかったのだ。

エレン「いたあああああ!」

何故かモブリット先生は1年5組のお化け屋敷のところから出てきた。

モブリット「どうしたんだい? 2人とも」

エレン「モブリット先生、時間! 時間ヤバいですよ!」

モブリット「え? 何で?」

エレン「フィーリングカップル、出場するんでしょう?」

モブリット「ああ、その件なら野球拳とプログラムが急遽、入れ替わる事になって、順番が逆になった筈だよ。朝、そういう連絡が来て……」

エレン「それはおかしいですよ。さっき、実行委員の子がモブリット先生を探しまくってましたよ! 予定は変更されてないんじゃないんですか?!」

モブリット「えっ………」

モブリット先生は慌ててスマホを取り出して、実行委員と連絡を取っていた。

裏付けが取れたモブリット先生は顔面蒼白になって、そのまま急いで走って第一体育館に戻った。

演目は既に始まっていた。

本来、モブリット先生がいるべき席には、別の男性教員が座っている。

リヴァイ先生だ。頭を抱えて着席している。

ど、どうしてこんな事に……?

モブリット「なんで………何で、リヴァイ先生が舞台に……」

エレン「ユミルが言ってました。モブリット先生がこっちに戻ってくるのが間に合わない場合は代役を立てると。恐らく、野球拳の準備の為に早めに舞台袖近くに待機していたんですよ。リヴァイ先生しか、代役の出来る男性教員がいなかった」

モブリット「そ、そんな………」

モブリット先生は騙されたのだ。嵌められて、しまったのだ。

ミカサ「あのクソちび教師!」

エレン「ダメだミカサ! 舞台に乱入したら、演目が無茶苦茶になる!」

ミカサ「でも!」

エレン「もう、舞台は始まっちまったんだ。オレ達に出来る事は何もねえ。どんな理由があっても、邪魔したら、ダメだろ!」

ミカサ「うぐううううううう!!!!」

それを言われるとどうにも出来ない。

ミカサ「悔しい! あのリヴァイ先生が、フィーリングカップルに出るなんて。モブリット先生を差し置いて!!」

この時、もしも私とエレンの捜索が間に合っていたら。

リヴァイ先生とハンジ先生はもしかしたら、ずっとお互いの気持ちに気づかないままでいたのかもしれない。

モブリット先生とハンジ先生がくっつく未来もあったのかもしれない。

加えてエルヴィン先生とリヴァイ先生がくっつく未来もあったかもしれない。

それぐらい、人の運命を決める分岐点という物がこの世に存在するなんて。

当時の私は気づきもしなかったし、またその存在の大きさを意識する事もなかった。

モブリット先生には本当に悪い事をしたと思う。でも、今更言ってもどうしようもない。

ときめきの導火線は着火して、その舞台演目を大いに盛り上げた。

その当時の事の詳細は割愛させて貰う。思い出すと未だに頭が痛くなるからだ。

舞台が終わってからエレンがモブリット先生を運んで戻って来た後、私はつい毒ついた。

ミカサ「気持ち悪い……こんなに気持ち悪いの、初めてかもしれない……うぷっ……」

エレン「だ、大丈夫かミカサ……」

ミカサ「なんであのクソちび教師のキスシーンなんか見ないといけないの……ハンジ先生が穢された……(ブツブツ)」

後でハンジ先生の方もリヴァイ先生を好いている事が分かったから良かったけれど。

当時は本気でハンジ先生が可哀想に思えたし、モブリット先生も可哀想だと思ったのだ。

エレンと一緒に第一体育館を出てからも私は愚痴ってしまった。

ミカサ「許せない。モブリット先生が犠牲になった……許せない。なんとしても天誅を……」

エレン「ミカサ、その事なんだけど。リヴァイ先生、アレ、本当はキスしてないって言っていたぞ」

ミカサ「え?」

エレン「直前で透明ガムテを張り付けて、その上からキスしたんだって。直接した訳じゃないんだってさ。お芝居だよ」

ミカサ「お、お芝居…? 何故、お芝居を……?」

エレン「そりゃ、舞台だからだろ? 皆を盛り上げる為に、あえて「嘘」をついたんだよ」

でも、だとしてもハンジ先生はそれを許可してはいない。

ミカサ「で、でも、ハンジ先生は、『ほっぺならいい』って言ったのに」

エレン「え? ああ……」

ミカサ「ほっぺにキスされると思って我慢して待っていたのに、唇にいきなりキスされたら、嫌だと思う。例えそれがガムテ越しでも、私なら好きでもない男にされたら、発狂する」

エレン「え………」

例えばそう、ジャンに無理やりそんな事をされてしまったとしたら。

彼には悪いが、私はきっと肋骨を折るどころの騒ぎじゃない反撃をするだろう。

ましてや公衆の面前だ。ハンジ先生の精神的負担は相当の物だと思ったのだ。リヴァイ先生が本当に友人の位置に存在する男であったのなら。

エレン「ハンジ先生は別に発狂してないぞ。さっき会ったけど、普通だった。いつも通りだったよ」

ミカサ「そんな筈はない。ハンジ先生は我慢しているだけ。きっと今頃、頭の中は大混乱している筈」

エレン「え………」

エレンは意外そうな顔をしてそろーっと第一体育館の中を覗いた。



野球~するなら~こういう具合にしやさんせ~♪

アウト! セーフ! よよいのよい!


というお決まりのフレーズで会場は盛り上がっていたが、ハンジ先生の顔は赤くなっていた。

特にほっぺが赤いと思った。先程の事を引きずっているに違いない。

…………と、私はハンジ先生の様子を伺っていたのに。

エレンの視線はハンジ先生ではなく、他の女子生徒の方へ向かっていた。

ミカサ「エレン……? (ゴゴゴ……)」

しまった!! と顔に書いてあるエレンに詰め寄った。

エレン「いや、ほら、何ともないみたいだぞ? ミカサの気のせいじゃないか?」

ミカサ「でも………」

エレン「心配し過ぎだって。ハンジ先生は大人なんだし、ノリでそういう事もあるってきっと割り切ってると思うぜ?」

ミカサ「エレン、そんな筈はない。ハンジ先生は女性。強く見えても、女性なので」

エレン「そ、そうかあ~?」

エレンが呑気に構えているのが少しだけ苛立った。

加えてエレンは野球拳をしっかりしっかりしっかり見ている。

そんなにしっかり見る必要性があるのだろうか?

今はハンジ先生の方が大事なのに。そう思っていたら、そこにアルミンがやってきた。

アルミン「エレン~!」

エレン「あ、アルミン! 遅かったな」

アルミン「いや~クリスタと一緒にお昼を食べていたせいでついつい時間を忘れていたよ。野球拳、始まった?」

エレン「ああ、始まっているぜ。どんどん先輩達、脱いでる」

アルミン「本当だ! スゴイ! これはいいイベントだね!! (興奮)」

エレン「ああ、企画した奴は天才だな。ハンジ先生が許したのも凄いけど」

そう言えばこの企画自体、ハンジ先生が許可した演目だったのを忘れていた。

観客男子「ハンジ先生も参加して下さいよー!」

リヴァイ先生が女子生徒を粗方倒してしまったせいか、今度はハンジ先生に白羽の矢が立った。

ハンジ『え? 私? 私はやらないよ? 司会だもん』

観客男子「そこをなんとかお願いしますー!」

ハンジ『もー貧乳なんか見てもしょうがないでしょー?』

観客男子「むしろステータスです! 希少価値です!」

ハンジ先生は汗も頭も掻いていた。リヴァイ先生とアイコンタクトをする。

ハンジ『こ、困ったなあ。じゃあ、やっちゃう? リヴァイ』

リヴァイ『参加しないんじゃなかったのか?』

ハンジ『だって、観客が望むならやらない訳にはいかないじゃなーい』

リヴァイ『………はあ』

と、リヴァイ先生はため息をついて渋々構えたようだった。

リヴァイ『分かった。後悔するなよ』

ハンジ『うん。リヴァイの腹筋、お披露目するよ!!』

ハンジ先生の予告通りにリヴァイ先生の衣服がどんどん脱がされていった。先程の連勝が嘘のようだ。

動体視力には自信のある私だからこそ分かったが、リヴァイ先生は後出しをしている。

恐らく数コンマの世界のズレだが、リヴァイ先生はハンジ先生の手を見てから手を出しているのだ。

ハンジ先生を脱がせたくなかったのだろう。でも流石にそれに気づいたのか、

ハンジ『あんた、わざと負けてない?』

とハンジ先生の方から言い出した。

リヴァイ『腹筋お披露目しろと言ったのはハンジだろうが』

ハンジ『いや、言いましたけどね。まさかこのタイミングでやってくれるとは思わなくてね』

ぶーぶー! 今度は男子生徒がブーイングをする。

どうしてこう、男ってこういうのが好きなのだろうか?

「リヴァイ先生ー! 脱がせて下さいよー!」と野次を飛ばす。

しかしリヴァイ先生は野次を完全無視している。

最終的にはわざと全部負けてパンツ一枚になると、舞台をはけていったリヴァイ先生だった。

凄く不機嫌な表情だった。去り際の眉間の皺と、口元の歪みでそれが良く分かった。

ハンジ『ありゃりゃ、全勝しちゃったよ。ごめんねー脱がなくて!』

別に謝る必要はないと思うのだが。

でも、ここでもブーイングが止まない。

そしてまさかの「脱いで」コールが始まってしまった。

ハンジ『ええ?! 36歳のおばちゃん捕まえてそれ言う?!』

そういう問題じゃないと思います。ハンジ先生。

会場は異様な空気に包まれていた。「大丈夫大丈夫ー!」という声も出てきた。

興奮し過ぎて理性がおかしくなっている。これはもう、止めないと。

ハンジ『いや、あの…脱ぐのだけやったらそれはもう、ただのストリップだからね? もう時間も来ているし、この辺でお開きするよ。ごめんね? ね?』

と、ハンジ先生が言っていたその時、上着を1枚だけ引っかけたリヴァイ先生が凄い剣幕で舞台裏から出て来て、野次を飛ばしていた男子生徒にげんこつをかました。

いきなりの体罰に周りは「うわああ?!」とびっくりしていたけど、リヴァイ先生が殴るのも今回ばかりは頷けた。

リヴァイ『いい加減にしろ。頭を冷やせ。馬鹿が』

インカムつけたままだから、声が大きく響いた。

男子生徒は「す、すんません…」と涙目だったけれど反省して欲しいと思った。

リヴァイ『野球拳はこれでお終いだ。次の演目の準備する奴は早く舞台裏に行け』

と、言ってリヴァイ先生はその男子生徒をひっ捕まえて移動していった。

そして野球拳が無事に終わって、ハンジ先生が舞台裏から出てきた。

インカムはもう外している。ふーっと疲れ切った様子だった。

ハンジ「…………」

この時のハンジ先生は、赤い顔をしていた。

同時にとても綺麗だと思ってしまった。何故か分からないけれど。

エレン「ハンジ先生?」

ハンジ「うわあびっくりした! エレン、いたんだね?!」

エレン「まあ、そうですけど。大丈夫ですか?」

ハンジ「な、何が?」

エレン「いや、いろいろハプニングがあったから。ミカサも心配してましたよ」

ミカサ「ハンジ先生、必要ならリヴァイ先生に報復してきますので申し付けて下さい(キリッ)」

ハンジ「いやいや! 報復なんてしなくていいからね! 大丈夫! ほら、元気元気!」

空元気にしか見えなかった。

ミカサ「ダメです。ハンジ先生。我慢しては、ダメ」

ハンジ「え、ええ? 我慢なんてしてないよ?」

ミカサ「でも、キスされたこと、嫌だったのでは」

ハンジ「あーキスっていうか、ね」

ハンジ先生は困ったように言った。

ハンジ「あいつ、私にキス出来たんだーと思ったら、ちょっと何か、こう、もやもやしてね? いや、ガムテ越しだけど。私、てっきりガムテを「ほっぺ」に貼ってやるんだとあの時、思ったからさ。まさか口の方にくるとは思わなかったのよ」

ミカサ「嫌ではなかったんですか?」

ハンジ「んー……これ、どっちなのかな? 自分でも良く分かんないのよね」

ハンジ先生の表情はとても複雑に見えた。

顔は赤いのに、そんな自分に気づいていないようにも見えた。

ハンジ「なんか、さっきから、変、なんだよね。こう、もやもやしていて。なんだろ? これ。こういうの、初めて経験するんだけど」

ミカサ「そ、それが「嫌だ」という感情なのでは?」

ハンジ「いや、嫌じゃないの。嫌じゃないのだけは分かるんだけど……ああああ分からん! 未知の感覚! 初めての経験だよこれ?!」

未知の感覚? 嫌じゃない?

…………今、思えばこの時点で私も気づくべきだった。なのに素直にそれを認めたくなかったのは、多分、リヴァイ先生と両想いになったらきっと、ハンジ先生が苦労しそうだなと勝手に思い込んでいたからだと思う。

ハンジ「ちょっと後でノートにまとめよう。うん。ちょっと書き出さないと訳分かんない。自分観察やらないと自己分析出来ないわ」

と、頭を悩ませているハンジ先生だった。

ハンジ「まあいいや。自分の事は後回しだよ。それより、今回の事で、またリヴァイのファンの子達に恨まれちゃうなあ……」

エレン「え? ああ……そうか。そうですね」

そう言えばフィーリングカップルや野球拳の時の女子の盛り上がりは異常だった。

ハンジ「うーん。それが怖かったのもあって、「ほっぺ」を指定したんだけどね。あいつ、非公式ファンクラブの存在を知らないからなあ」

エレン「え? 何ですかそれ」

非公式ファンクラブ?

するとハンジ先生は急に声のトーンを落として私達だけに聞こえる大きさで話してくれた。

ハンジ「あ、これ、リヴァイにはオフレコしておいてね。リヴァイ、人気があり過ぎて、本人知らない間に、校内の女子生徒の間でファンクラブが勝手に作られていたみたいでね。もう5年目くらいかな? 最初は5人くらいの小さな集まりだったんだけど、今じゃOG含めたら100人くらい会員がいるんだよね」

エレン「ひゃ、100人?! 何ですかそれ?!」

ええええええ……。

それは異様な状態だと思った。あのクソちび、一体何をやらかした?

ハンジ「あーなんかいつの間にか増えていたみたいだね。私がその事を知ったのは、ここ数年なんだけど、ちょっと年々、ファンの子達が過激になってきていてね。1回、リヴァイのロッカーを勝手に漁って盗撮したり、あいつのパンツ盗もうとしていたりしていたから、流石にそれは私が止めたんだけどね。それがあって、私も初めてファンクラブの存在を知ったんだけど。そういう訳で、リヴァイと友人でいるのは良いけど、必要以上にくっつくと、いろいろ弊害も出るのよね。参ったなあ…」

アルミンも私達と同じ事を思ったようで、つい口を出した。

アルミン「あの、それはちゃんと表沙汰にして、リヴァイ先生に伝えた方がいいのでは」

ハンジ「あーそんなことしたらあいつ、問答無用でファンクラブ解散させるよ。そしたら活動が水面下になるだけで、存在だけは無くならない。もしそうなったら、もっと動向を探るのが難しくなる。適度に発散させて泳がせておくのが一番だよ。こういうのは」

アルミン「でも、もしリヴァイ先生自身に被害が及んだら……」

ハンジ「あ、それは大丈夫。エルヴィンが体張って学校内を監視してくれているから。リヴァイは全く気付いてないけど。少なくとも校内で下手な真似は打てない様にしているし、あいつの生活は教員用のマンションと学校の往復が殆どで、それ以外は生徒のたまの送迎くらいだから。私も校内では女子生徒をある程度、注意して見ているし、あいつに被害が及ばない様には気を付けているよ」

エレン「な、なんか思っていた以上に大変な事態じゃないんですか? それは……」

呆れた事態だとは思ったけれど、でも根本的な原因はリヴァイ先生自身にある。

それに本人が気づかないうちはどうにも出来ない気がする。

ハンジ「うーん。でもたまには彼女らを発散させないと、ますますストレス爆発するみたいだしねえ。私が夏に一度、顧問をサボってリヴァイから離れたのもそのせい。リヴァイを泳がせて、ちょっと遠目でリヴァイを観察していたんだよね。女子がどういう行動を起こすか。マークすべき女子は誰か。炙り出したかったんだけどねえ……」

エレン「ええええええ? ちょっと待って下さい。アレ、酔っぱらっていたのって」

ハンジ「ごめんね☆ うん。あれ、演技だから。酔ったふりは得意なんだよ。私。ただあの時、ちょっと私の注意が女子に気づかれそうになってね。ごめん。誤魔化す為にエレンを巻き込んだけど」

エレン(ポカーン)

ああ。夏のアレはハンジ先生の演技だったのか。

良かった。それが分かっただけでも。

ハンジ「健全にリヴァイを愛でてくれるなら何も問題ないんだけどね。というか、こんな事態になっちゃったのは、リヴァイ自身が誰彼構わず生徒に優しくするのがいけないのよ。あいつ、生徒には基本的に優しいからね。さっきみたいに調子に乗った奴にはげんこつかますけど。それ以外の時は、本当に何というか、面倒見が良すぎて、気づかないうちに女子生徒落としているんだから。ちったあ自重して欲しいけど。自覚がないから無理なのよね。だからこっちは、適当に宥めて、こうやってたまにリヴァイのお色気を出して発散させるくらいしか出来ないのよね。我慢させたら、もっと大変な事になるから」

恐らく、生徒の変化に逐一気づいてしまうリヴァイ先生の細かい気質がそうさせてしまったんだと思う。

気遣いが裏目に出たせいでこんな事態に陥ってしまったのだと思う。

ハンジ先生もそんなリヴァイ先生の気質を理解した上で、複雑な心境に陥っているようだった。

ハンジ「だから私、本当、リヴァイとどうこうなろうとか、思った事はないのよね。エルヴィンとかピクシス先生は、そうじゃないみたいだけど、リヴァイの隣に異性がいる場合は「友人」としての枠しかないのよ。万が一、恋人になっちゃったら、毎日ファンの子に暗殺される恐怖と戦う事となるかもしれない。割とガチで」

女の嫉妬は確かに恐ろしい面もある事は私も知っている。

そしてそのせいで、この後、ハンジ先生は精神的に傷つけられる事件に巻き込まれてしまった。

それを防ぐ手立ては、ただ一つだけあったのに。

ここでもモブリット先生の捜索が間に合わなかった事がとても悔やまれると当時は思った。

ハンジ「あーごめん。愚痴っちゃった。本当、こんなの生徒に言う話じゃなかったね。あーもう、私が男だったらなあ! こんな面倒な事考えずに、あいつと毎日飲みに行けたんだけどな!」

ハンジ先生は「じゃあまた後でね! お腹すいたからちょっと食べてくる」と言って離れて行った。

ハンジ先生が去った後、エレンはずっと考え込んだ表情でいた。

ミカサ「エレン……?」

頭を掻き毟って悶えているようだ。

アルミン「エレン、何かいろいろ考えているみたいだけど。なるようにしかならないよ」

エレン「アルミン……」

アルミン「話は大体分かったよ。疑問に思っていた部分も、これで繋がった。でも、だからと言って、僕らには何も出来ない気がするよ」

エレン「そうだよな。大人の問題だもんな。首突っ込むわけにはいかねえよな」

アルミン「まあでも、あんまり心配しなくていいんじゃないかな? 僕もエレンと同じ意見だし」

エレン「アルミンもそう思うのか?」

アルミン「うん。考えは大体同じだと思う。だって様子を見ていれば分かるじゃないか」

ミカサ「2人だけで分かる話をしないで欲しい(涙目)」

置いてけぼりはやめて欲しい。

エレン「すまん! その……人間についていろいろ考えちまった」

ミカサ「人間について? どういう事?」

エレン「その……こう、なんだ。人間って、自分の「本当の気持ち」ってやつを、簡単に「理性」ってやつで封じ込めちまう生き物なんだなって思って」

ミカサ「封じ込める……」

エレン「勿論、そうしないといけない場面もあるけど、それって限界があるだろ? いつか決壊して、壊れるのは分かってる。だったらもう、吹き出すものを我慢する必要はないんじゃねえかって、思うんだけど」

エレン、それはまるで本能を優先しろと言っているように聞こえる。

ミカサ「エレン、それは大人の階段を登りたいという意味?」

オブラートに包んで言ってみると、

エレン「違う!」

エレン「あ、いや、違わなくもないんだろうけど、その、この場合は違うんだよ!」

ミカサ「? どっちなの?」

という良く分からない回答だった。

エレン「と、とにかく、その、なんていうか、我慢のし過ぎは良くねえよって話だよ!」

ミカサ(ポッ)

それなら話は早い。

ミカサ「エレン、その……誓約書の事なんだけど」

エレン「え?」

ミカサ「後で、ちょっと確認したい事があるので、文化祭が終わってから、落ち着いてから話したい」

エレン「あ、ああ……そうだな」

今は文化祭が優先だ。残りの時間を楽しもう。

エレン「まだ見て回ってないところ、行ってみるか」

アルミン「あ、そうだね。僕も一緒にいいかな?」

ミカサ「勿論。いい。3人で回ろう」

アルミン「ハンジ先生の生物室、もう見て回った?」

エレン「いや、まだだな。折角だから行ってみるか」

そして生物室の方に顔を出してみると、そこにはあの事件が待ち構えていた。

エレン「ん………?」

異変に最初に気づいたのはエレンだった。

異様な空気だった。ざわざわしていて人だかりが出来ている。

3人一緒に中を覗いてみると、そこには……

エレン「!」

水槽が割れていた。動物の死骸もあって、息苦しい臭気を漂わせていた。

生物部部長「すみません! 中には入らないで下さい! 現在、展示は中止しております。中には入らないで下さい!」

私達は当然、廊下に追い出されてしまった。

生物部の部員たちが深刻な表情で何やら話し合っている。

生物部部員「どうする? ハンジ先生に連絡するべきなのかな」

生物部部長「しない訳にはいかないだろ。でも……」

ざわざわざわ……

そして、ハンジ先生が遅れて駆けつけた。

ハンジ「はあはあ…ごめん! 遅くなって!」

ハンジ「うあああああああ」

ハンジ「嘘……本当に? これ、全部?」

生物部部長「はい。すみません。ちょっと、目を離した隙にやられていたみたいで。こっちに誰もいない時間帯があったみたいで、すんません! 俺のローテーションミスのせいです!」

ハンジ「う、ううん……部長のせいじゃないわよ。大丈夫。気を落とさないで」

ハンジ先生が一番落ち込んでいるように見えたが、そこは教師としての顔を優先させたようだった。

ミカサ「なんて酷い……」

アルミン「まさか、ハンジ先生を妬んで、誰かがやったのかな」

エレン「そうとしか思えないだろ。あ……」

エレンがそう言って口を噤んでしまった。

思い当たる節は、ある。

リヴァイ先生とハンジ先生が最終カップルに選ばれた直後、一部の女子が空気を切り裂くような悲鳴をあげていた。

もしかしたら。あの時の女子生徒がこれをやったのだとすれば。

モブリット「! これは酷い……」

エルヴィン「大丈夫か。怪我はないか」

ハンジ「うん。幸い怪我人は出なかったみたいだけど」

他の先生達も遅れてやって来た。

慌ただしく話し合い、今後について方針を固めているようだった。

ハンジ「エルヴィン、監視カメラ。見せて。学校中に仕掛けている監視カメラ、今から総チェックするから。特にフィーリングカップルが終わりかけになった時間から、野球拳を行っていた時間帯。その時間帯を徹底的に調べさせて」

エルヴィン「何故、その時間に断定する」

ハンジ「腐敗の浸食が真新しい。これは殺してすぐの物だよ。恐らく、やったのは私に対する嫉妬からの犯行だと思うから」

エルヴィン「分かった。手分けしてビデオをチェックしよう」

エレン「あの、オレ達も手伝いましょうか?」

其の時、エレンが自分から手伝いを申し出た。

ハンジ「エルヴィン、いい?」

エルヴィン「人手が多い方が助かるが、一応、これはオフレコでお願いするよ」

エレン「分かりました。約束します」

そして私達3人と、生物部の部員も交えて、先生達と一緒に監視カメラの総チェックを行う事になった。

エルヴィン先生は職員室のすぐ隣にある進路指導室のドアを開けて、その奥の隠し部屋を教えてくれた。

アルミン「すごい機材だ。これ、全部学校内を監視しているんですか?」

エルヴィン「ああ。かなりの数を録画しているよ。ただこの事は一般には公表はしていないから、くれぐれも内密にしてね」

エレン「分かりました」

全員で食い入るように映像をチェックした。

そしてアルミンが真っ先に、「あ、あの子! 生物室に入りました!」と言った。

ハンジ「拡大して」

エルヴィン先生が操作する。そしてその犯行の瞬間がバッチリ収められていた。

ハンジ「監視カメラ、数を増やして正解だったね。犯人が分かった」

エレン「誰だったんですか」

ハンジ「悲しいけど、リヴァイのクラスの子だよ。3年1組の女子だ。確か、2年の時は登校拒否を起こしていて、3年になってからようやく復帰したんだったよね。この子」

エルヴィン「ああ。リヴァイが言っていたな。2年の3学期あたりだったか。このままだと卒業出来なくなるから、一応、家庭訪問してくるって言っていたあの女子だな」

ハンジ「リヴァイの呼びかけでちょっとずつ学校に来るようになったんだよね。何だって、こんな事を………」

ギリッ……

ハンジ先生が強く拳を握り過ぎて血を出している。

モブリット「ハンジ先生! 血が……」

ハンジ「あ? ああ……ごめんごめん」

ハンジ先生は我に返って、

ハンジ「この子を確保していいよね。証拠はあるし」

エルヴィン「そうだな。これはもう、器物破損罪で訴えていいレベルの悪戯だ。学校所有の生き物を殺しているし、隠し通せる問題じゃないけど」

ハンジ「けど?」

エルヴィン「リヴァイはどうする? あいつが担任教師である以上、隠し通せるものじゃないと思うが、この問題はデリケートだぞ」

ハンジ「………………………」

辛い選択だと思われた。でもハンジ先生はその選択肢を選んだ。

ハンジ「文化祭の最中だけど、こっちを優先させたい。彼女を確保しましょう」

エルヴィン「分かった。では彼女を進路指導室に呼び出そう」

エルヴィン先生が忙しく動いていた。そして、

ハンジ「ここから先はちょっと、君達には見せられないね。ごめんね」

無理やり笑顔を作ってハンジ先生は私達を閉めだしてしまった。

ココから先は部外者は立ち入れない。当然だけど。

生物部の部員メンバーも心配そうにしていた。お互いに見合ってしまっていた。

アルミン「………もうすぐ16:00だね。写真館の方に戻らないと」

エレン「ああ、もうそんな時間か」

ミカサ「私達も一緒に戻る?」

エレン「そうだな。その方がいいな」

まさかこんな事態になるなんて。重い空気を抱えながら教室に戻ると、そこには。

ヒッチ「うひひ~本当は嫌いじゃない癖に、素直じゃないよねジャンって」

ジャン「だーから、その話は誤解だっつってんだろ?! 誰がこの芋女を……」

ジャンがヒッチに絡まれていた。その空気は凄く和やかだった。

サシャ「さっきから失礼な事ばかり言ってますね! 芋女は余計ですよ!」

ジャン「教室で芋ばっか食ってる奴には芋女で丁度いいんだよ!」

マルコ「あ、皆おかえりー。どうだった? いろいろ見てきた?」

エレン「…………ああ、まあ、楽しかったよ」

エレンは苦笑を浮かべてそう答えていた。

ヒッチ「だってあんたさぁ~見たよ? ミスコンの投票箱の前で、ミカサに出すかサシャに出すか、すっごい悩んで頭抱えていたじゃない」

サシャ「え? そうだったんですか?」

ジャン「違う! オレはすぐにミカサに1票入れた! サシャのは、その、コニーに頼まれていただけで」

ヒッチ「うっそだ~! コニーは彼女持ちだから「そんなの誰でもいいよ。オレの票はジャンに任せるわ」って言ってたから、コニーがサシャを指定する筈ないじゃーん」

サシャ「ああ、それもそうですね。それだったら、ミカサに2票入れた方がいいですよね」

ジャン「うぐ!」

マルコ「あーもう、バレたんだからいいじゃない。ジャン。自分の意志でそれぞれ1票ずつ入れたって言えば……」

ジャン「うううう………(真っ赤)」

サシャ「まあでもおかげで私もミスコン出ますけどね。1票あざーっす!」

ヒッチ「そうなんだ。良かったね~サシャ♪ 馬面のおかげで出られるよ。優勝狙っていきなって」

サシャ「はい! 優勝者には景品が出ますからね! 優勝狙いますよ!」

ミカサ「………」

何だか今までいろいろ考え込んでいた自分が馬鹿みたいだと思った。

エレン「ミカサ?」

ミカサ「いえ、だったらもう、ジャンとサシャが付き合えばいいのに」

そうすれば万事解決である。違わない?

ジャン(パクパクパク)

ミカサ「ジャン、票を入れてくれたのは嬉しいけれど、私にはエレンがいるので。ジャンも早く彼女を作った方がいいと思う」

いつまでも煮え切らない態度なのは良くないと思う。

これを機会にジャンはサシャにアプローチをすればいい。

するとサシャが首を傾げながら聞いて来た。

サシャ「ええっと、ジャンは私の事が好きなんですか?」

ジャン「違うっつってんだろ! 調子に乗るんじゃねえよ!」

サシャ「え? でも、1票くれたんですよね? それって矛盾していませんか?」

ジャン「か、勘違いするなよ! たまたま、コニーの奴が自分の票をオレに丸投げしたから、出してやっただけだ!」

サシャ「ええ? でもそれだったらミカサに2票で良くないですか?」

ジャン「コニーがミカサ書いたら、違和感あるだろうが! 一応、バレないようにしねえといけないと思ったんだよ!」

サシャ「ああ、コニーだったら私に票を入れてくれそうだと。そう思った訳ですね」

ヒッチ「絶対嘘だ~」

ジャン「いいからお前はもう黙れ!!!」

ジャンがヒッチの口を塞ごうとしている。ヒッチは絶妙に逃げていた。

アルミン「騒いでいるところ悪いけど、そろそろ交替の時間だよ。引継ぎぼちぼちやるよ」

サシャ「はいはい。そうですね。落とし物は財布の落とし物が1件だけで、連絡はしてありますが、まだ取りに来てないんで、財布を渡す時は必ず財布の特徴とか、受け渡す前に中身の確認をして下さいね。たまに嘘ついて持っていこうとする方がいるんで。車の免許証入っているんで、顔写真で確認するのが一番ですね」

アルミン「了解。さすがアルバイター。しっかりしているね」

サシャ「いえいえ。前に間違えて確認せずにそのまま渡して店長にしこたま怒られた事あるんで。覚えちゃったんですよ」

成程。それなら確かに覚える。

サシャ「在庫の売り切れはないので今のところ、大丈夫ですが、やはりクリスタとミカサ、アニの写真はよく男子に売れましたね。軍服コンビのライナーとベルトルトのも在庫が少なくなってきました。明日の為に焼き回ししておいた方がいいですかね?」

アルミン「うん。そうだね。ちょっと思っていた以上に売れたみたいだし、在庫追加しようか」

サシャ「了解です。では私は抜けますので、何かあったら携帯に連絡してくださいね~」

と、サシャは手慣れた感じで教室を去って行った。

ジャン「…………」

ジャンの視線はサシャの後姿を追っていた。

そんなジャンの様子を見て、何処かほっとしている自分に気づいた。

自然と気が変わってジャンがサシャの方に意識を向けてくれたら。

もう必要以上に身構える必要はない。それを望んでいる自分が居た。

マルコ「ジャン、いい加減に認めなよ。サシャも可愛いじゃないか」

ジャン「うるせえよ! んなわけねえだろ」

どうして認めようとしないのだろうか。

ジャンはチラリとこっちを見たけれど、私は目を合わせないようにした。

アニとベルトルトとライナーが教室に戻って来た。次の当番のメンバーだ。

アニ「ごめん。少し遅くなった」

アルミン「いや、僕らも今さっき戻ってきたところだよ。楽しめた?」

アニ「まあまあってところだね。和風甘味は結構美味しかったよね。ねえベルトルト」

ベルトルト「う、うん……(赤面)」

ライナー「ベルトルトの奢りで食べてきた。和風のウェイトレスさんもなかなか乙だったぞ」

アルミン「そうなんだーいいねー」

と、アルミン達が話していたら、

ハンネス「すいませ~ん、財布落としちゃった者ですが」

エレン「ハンネスさん!」

ハンネス「おーいたな! エレン! アルミン! ミカサ! さっき会おうと思ってこっち来たがすれ違ったみたいでな。すまん、財布を落としていたよ」

アルミン「ああ、本当だ。免許証の写真、ハンネスさんだ。いくら入ってるのかな~」

ハンネス「こらこら、金額は1000円しかねえよ。小銭で」

アルミン「本当だ。子供みたいな財布だね」

エレン「ハンネスさん、写真買ってくれよー」

ハンネス「おう! それはもう買ったぞ。王子様のエレンとかな。おめーさん、スケベな顔するようになったなあ……ククク…」

エレン「す、スケベじゃねえし! 何言ってるんだよもう!」

エレンが照れている。ふふふ。

ハンネス「いやいや、いい事だぜ? そうやって男は徐々に大人になっていくってもんさ。美人の彼女のおかげだな」

ミカサ「どうも(ポッ)」

ハンネス「そうそう。彼女が出来た記念に俺からプレゼントをやろうと思っていたんだよ。エレン、これをやる」

エレン「ん? 何だ? この小箱」

ハンネス「それは開けてからのお楽しみだ。文化祭が終わった頃にでも開けてくれ」

エレン「分かった。ありがとうハンネスさん!」

この箱の中身については、今はまだ伏せておく。いずれまた。

夕方の店番は和やかに終わって、18:00からは一般公開日に向けての舞台設営となった。

最終リハーサルも同時に進行する。場見にまだ慣れていないエレンは途中で怒られたりしていたけれど、何とか無事に舞台裏の準備を終えたようだった。

予定時刻を30分ほどオーバーしたけれど、私達は一応解散となった。

でも解散の合図の直後、リヴァイ先生がエレンを捕まえた。

リヴァイ「エレン、ちょっと残ってくれ」

エレンは首を傾げていたけれど、一応、言う事を聞いてみるようだ。

売店のところで2人で話をするそうだ。

私はエレンに玄関で待っているように言われたけれど、やっぱり気になったので様子を盗み見る事にした。

エレンとリヴァイ先生の死角になるような位置を探して気配を殺す。

2人は飲み物を片手に向かい合って座って話をするようだ。

リヴァイ「なあ、エレン」

エレン「はい、何ですか」

リヴァイ「愛って、何だろうな………」

エレン「?!」

エレンの表情は見えないが、肩が揺れたのでびっくりしているのは分かった。

リヴァイ「学生に聞くのもアレだが、どう思う? エレン」

エレン「えっと、それはあくまでオレ自身の答えでいいんですか?」

リヴァイ「構わない。ミカサとつきあっているお前の方が俺よりも的確な答えを知っているんじゃないかと思ってな」

エレン「あの、あれからハンジ先生と何かあったんですか?」

エレンは冷静にまず情報を整理する事にしたようだ。

リヴァイ「あ、ああ……ハンジというより、オレのクラスの生徒の事だけどな」

エレン「あ……」

リヴァイ「話は既に聞いているかもしれないが、エレン達も偶然、生物室に居合わせたんだろ? エルヴィンからその件については話を聞いている」

エレン「あ、はい。すみません。でしゃばったかなとも思ったんですけど」

リヴァイ「いや、あの時は仕方がない。人手が欲しかった訳だしな。あの後、俺も呼び出されて事実の確認を行った。フィーリングカップルでの俺とハンジに嫉妬して犯行をしたと認めたよ。俺は彼女を……生徒を深く傷つけてしまった」

リヴァイ「特に最後の、俺とハンジのキスシーンに深く傷ついて、衝動的に犯行に及んでしまったそうだ。一応、今回の事は保護者に弁償金を出して貰う事で、5日間の停学処分までで収まったが、ハンジも相当、気が荒立ってしまってな。今はまともに会話出来そうにない」

エレン「そうですか……」

リヴァイ「俺は自分の出来る限りの事を生徒にやっただけのつもりだったんだが、彼女はそれを切欠にして俺に心底、惚れてしまったらしい。俺はそれに全く気付いていなくて、まさかそんな風に思われているとは思っていなかった。好きで好きで堪らなくて……どうしたらいいか分からなくて、その気持ちを制御出来なくなって、衝動的にハンジを傷つけてやりたくなって、犯行に及んだと言った。ハンジはハンジでその事に物凄く傷ついてしまった」

エレン「……でしょうね」

ハンジ先生の様子は私も見ていたからその悲痛な表情は思い出せる。

リヴァイ「そして今回の事を切っ掛けに俺は自分の非公認ファンクラブの存在を知った。聞かされた時は、本当に驚いた。まさか100人前後の人間が既に会員として加入していて、俺の事を密かに思っていたなんて、俄かには信じられなかったが、証拠として会員制のパスワード制のウェブサイトの存在がある事を知らされて、信じない訳にはいかなくなった」

リヴァイ「見せて貰ったんだ。そのサイトでは俺の情報が、つまり生徒から見た俺の印象とか、今日の俺はどうだったとか、そういうどうでもいいような事を、本当に嬉しそうに書いて情報を交換し合っていた。学校での俺の姿がとんでもなく美化されているような気もしたが、彼女らにとってはそう見えるらしい。正直、鳥肌が立った。俺はそんなに綺麗な人間なんかじゃねえのにどうして彼女達はそこまで俺を好いてくれるのか。全く理解出来なかったんだ」

エレン「うーん………」

リヴァイ「俺のしてきた事は、恐らく間違っていたんだろうな。でも俺はただ、その時その時、自分が出来る限りの事をただ、繰り返ししてきただけだ。それ以外の事は何もしていない。けっしてスーパーマンではないし、アイドルでもない。ただの元ヤンの体育教師だ。それが今の俺なんだよ」

リヴァイ先生の声がどんどん弱弱しくなっていくのがこちらにも伝わって来た。

リヴァイ「皆、過大評価し過ぎだ。幻影を俺に求められても困る。俺は愛されても、それに対して同じようには愛し返してやれないのに………」

エレン「本当に、そうでしょうか」

其の時、エレンがいつもと同じ声の調子で普通に返した。

リヴァイ「どういう意味だ。エレン」

エレン「いや、その、幻影とかなんとか。幻影じゃないのかもしれないじゃないですか」

リヴァイ「何、言ってやがる。俺はそんなに綺麗な人間じゃ……」

エレン「そういう意味じゃなくて、その……先生、実際、綺麗ですよ? 多分」

リヴァイ「………は?」

エレン、それは一体どういう意味かしら?

と、この瞬間、問い詰めたくて堪らなかったけれど次の瞬間、エレンは驚く事をしでかした。

ぴろりーん♪

なんとリヴァイ先生の間抜け面を写真に撮ったのである。

リヴァイ「?! 待て。今の顔、撮るな!!!」

エレン「まあまあ、話を最後まで聞いて下さいよ」

何だか悪戯を仕掛けるような声だ。とても楽しそうな感じだ。

エレンが楽しそうにしているせいで、割って入る勇気が出なくなり、もう少し様子を伺う。

エレン「外見がどういうという意味じゃなくて、なんていうか、生き方が綺麗なんですよ」

リヴァイ「生き方……だと?」

エレン「多分。オレ、今まで出会ってきた教師の中ではリヴァイ先生が一番好きですよ」

やっぱり!!

エレンはリヴァイ先生がお気に入りなのだ。くっ……!

嫉妬の炎が燃え盛りそうになったけれど、寸前で堪える。

まだ駄目だ。まだ出ては駄目だ。

そもそもエレンには玄関で待っているように言われているのだ。

リヴァイ「はあ? お前までそんな事を言い出すのか」

エレン「いや、ミカサは逆に嫌いみたいですけど、まあそういう生徒もいるでしょうけど、とにかく、リヴァイ先生って、教師向いてないって自分で言う割には生徒の為に奔走したり、サービスしてくれたりしますよね?」

リヴァイ「向いていないからこそ、やるんだろうが。でないとますますダメに………」

エレン「そこですよ。多分、皆が好きになっちゃう理由は」

リヴァイ「………え?」

ぴろりーん♪

リヴァイ「だから撮るなとさっきから!」

エレン「まあまあ、待って下さい。話は終わってないんで」

2枚目も撮った!! エレン、一体どういうつもりなの?

混乱する頭を必死に宥めて私はまだ盗み聞きを続けた。

エレン「リヴァイ先生、生徒の為に動ける……生徒思いの先生ですよね。だからそれがストレートに伝わっちゃって、たまに伝わり過ぎて嫌われる事もあるけど、とにかく良くも悪くも、真っ直ぐに。自分の気持ちに正直で、不器用だけど、優しいから。皆、リヴァイ先生を嫌いになれないんじゃないんですか?」

リヴァイ「……………………」

ぴろりーん♪ ぴろりーん♪ ぴろりーん♪ ぴろりーん♪

連写の音が聞こえた。エレン、さっきから何がしたいのだろう?

リヴァイ「あの、エレン。だから、もう写真はやめろと」

エレン「はいはい(棒読み)あー良く考えたらエルヴィン先生のメルアド知らないや。どうしようかな」

リヴァイ「エルヴィンにだけは送るな! 頼む!」

エレン「えーダメですかね? まあ、今度会った時でいいか」

あ、成程。エルヴィン先生に送るつもりだったのか。なら許そう。

エレン「まあ、そう言う訳だからもうしょうがないんじゃないんですかね? ファンクラブの件は、リヴァイ先生の公認にしちゃえばかえって運営もはかどるし、適当に遊ばせてやればいいと思いますよ。どうせ今だけですよ。キャッキャ言ってるのは」

リヴァイ「そうだといいんだが……(げんなり)」

エレン「むしろオレはその事より、リヴァイ先生自身の事が心配ですよ」

リヴァイ「俺、自身……だと?」

エレン「はい。ご結婚、されないんですか? もうすぐ39歳になるのに」

リヴァイ「!!!」

リヴァイ先生の表情がはっきり見えた。かつてない程の動揺だった。

コミケでエレンの口を塞ごうとした時の比ではない。あれ以上の動揺だった。

何故なら微かに震えているのが見えたからだ。手先が、特に。

リヴァイ「いや、結婚したらかえってその、ファンクラブの生徒達ががっかりするだろう……」

エレン「そんな事言い出したらもう、完全にアイドルですよ。先生、さっき自分で「アイドルじゃない」って言っていたじゃないですか」

リヴァイ「う………それもそうだった」

リヴァイ「だが、しかし…その、アレだ。相手の事が……」

エレン「ハンジ先生と結婚しちゃえばいいじゃないですか」

リヴァイ「!!!!!!!」

エレン、リヴァイ先生をけしかけるつもりなの?

………何だか裏切られたような気持ちで一杯になったけれど、もう少し様子を見る。

リヴァイ先生がようやくハンジ先生と向き合おうとし始めているからだ。

リヴァイ「いや、ハンジとは、その、そういう関係ではないしな………」

エレン「あれ? でもなんか、この間の反応と微妙に違いますよ? リヴァイ先生」

リヴァイ「そ、そうか?」

エレン「はい。顔、赤いですよ?」

リヴァイ「!」

一瞬だけ、刹那に赤くなってひいたのは見えた。リヴァイ先生、自覚がないのだろうか?

リヴァイ「赤くなってねえじゃねえか。嘘ついたな、エレン」

エレン「え? そうですか? じゃあ気のせいですかね?」

エレン「まあ、それはどうでもいいんですけど、リヴァイ先生。オレに尋ねた答え、言いますね」

リヴァイ「あ、ああ……」

リヴァイ「聞かせてくれ。エレンなりの解釈を」

エレン「オレは、『愛とは、自分じゃどうにもならん物』です」

リヴァイ「……………? すまん。もう1回言ってくれ」

エレン「だーから、自分でこう、「こうしよう」と思ってもそうなかなか思う様にならないというか、何でだよ?! の連続というか。我慢の連続というか、忍耐を要求されるというか……」

リヴァイ「言いたい事が多過ぎる。もっと絞れ」

エレン「あーつまり、もう一人の自分に委ねるしかない感じですかね」

リヴァイ「もう一人の自分? 自分は一人しかいないだろ」

エレン「いいえ? 天使と悪魔がいますよ? いつも脳内会議して騒がしいですよ」

脳内会議か。成程。エレンの中には天使と悪魔がいるのね。

リヴァイ「ああ、つまり理性と本能の話か。それは」

エレン「そうです。普段は理性に預けて生活しているけど、愛だけは、理性じゃ動かせない。本能の自分にハンドルを握らせないと動かないんですよ」

リヴァイ「………まさかエレンがそんな哲学的な答えを出すとは」

エレン「え? そうですか? というか、こんなの皆、知っていると思いますよ? 感覚的に皆、覚えていくもんじゃないんですか? 自転車の運転と同じですよ」

リヴァイ「……まるで俺が自転車に乗れないような言い方だな」

エレン「実際、乗れてないじゃないですか。リヴァイ先生、こと恋愛に関してだけはオレより経験値なさすぎですよ」

リヴァイ「うぐっ………! (ぐさあああ)」

嫌そうな顔がちょっとだけ笑えた。

リヴァイ先生が苦痛に歪む顔は何度見ても面白い。

エレン「リヴァイ先生、理性で動く事が多いから、本能の声が聞こえにくくなっているんじゃないんですかね」

リヴァイ「本能の声……」

エレン「んー頭とか腹の中にいる、声? みたいなものですかね。なんかこう、自分の内側から出てくるエネルギーみたいな」

リヴァイ「そういうものは経験したことがないな……」

エレン「あ、そうなんですか。原始的な欲求……みたいなものだと思うんですけどね。腹減ったら飯食いたい。眠くなったら寝る。それに近いですよ。愛もそのひとつですよ」

リヴァイ「うーん………(頭抱えている)」

エレンの言いたい事は私も理解出来た。

そうなのだ。愛は理屈ではない。それは経験した者にしか分からない。

リヴァイ「………エルヴィンに言われたんだが」

エレン「何をですか?」

リヴァイ「実は、フィーリングカップルの時、キスコールは確かに起こしたが、何も本当にする必要性はなかったらしい」

エレン「え?」

リヴァイ「エルヴィンは『時間が来たら強制終了するつもりだったし、それまで二人がキスをごねていれば、そのまま幕を閉めるつもりだったのに、本当に2人がキスするとは思わなかった』って後で言われて……」

OH……確かに冷静に考えたらその通りである。

リヴァイ「だから俺はあのまま、ただ、ハンジとしゃべっていさえすれば、キスはしないで済んだんだ。でも、あの時はそれに気づかなくて……そしたらエルヴィンが『仕事に格好つけて、本当はハンジにキスしたかっただけなんじゃないの?』って言ってきて……」

全く持ってその通り。

別にキスに限った事ではないけれど。

リヴァイ先生は何かに格好つけないとハンジ先生に触れないヘタレなだけだったのだ。

リヴァイ「咄嗟に言い返せない自分に気づいて、正直混乱したんだ。俺はあの時、もしかして、本当は……」

エレン「じゃあもう、答えが見えたようなもんじゃないですか」

やれやれ。エレンの言う通りである。

エレン「リヴァイ先生、ハンジ先生にキス、したかったんですよ。心の奥の、底の底の底の、地底くらいの底で」

リヴァイ「…………地下深すぎるだろ」

埋めていたのは自分自身の癖に。

エレン「掘り起こせばいいじゃないですか。ほら、芋づる式に」

リヴァイ「ハンジはさつま芋じゃねえんだぞ……」

エレン「さつま芋、美味いから問題ないです。ほら、そうと決まったら食べましょう! 腐る前に!」

リヴァイ「…………無理だ。今のハンジとまともに会話出来る自信がねえ」

エレン「何でですか」

リヴァイ「俺があいつにキスしたせいで、結果的にあいつの大事な物をぶっ壊してしまったからだ。死んでしまった命はもう、還らない」

エレン「あ………」

成程。リヴァイ先生が弱り切っているのはそのせいなのね。

リヴァイ「取り返しのつかないことをしてしまったと思っている。こんなに自分の選択に悔いを残すのは生まれて初めてかもしれない」

エレン「うーん………」

リヴァイ「今のハンジになんて声をかければいいか分からない。……冬眠してしまいたいくらいだ」

エレン「気持ち分かりますけど、ダメですよ! オレもしんどい時ありましたけど、ちゃんとミカサと向き合って今があるんで、絶対ここで現実逃避したらダメですから!」

リヴァイ「…………………明日の演劇、オレの代役しないか?」

エレン「弱気にも程がありますよリヴァイ先生!!!」

エレンがリヴァイ先生の代役で出る案も一応、残されてはいるが。

何故だろう? 自分でもらしくないとは思いながらも私は其の時、リヴァイ先生に一言言ってやりたくなった。



じーっ<●><●>



エレン「うわ! びっくりした! ミカサ! いつの間に背後に?!」

ミカサ「エレンが遅いので、こっちに来てみた。リヴァイ先生、いい加減、エレンを解放して下さい」

一応、盗み聞きしていた事はここでは伏せておく。

リヴァイ「ああ、すまなかったな。用事は大体済んだ。もう帰っていいぞ」

でもこのまま帰したらリヴァイ先生は明日、ぐだぐだになりそうだ。

それはエレンも気づいているようで困った顔でこっちを見ている。

エレン「ミカサ、リヴァイ先生、今日の事を物凄く反省しているってさ」

ミカサ「え?」

エレン「ハンジ先生にキスした事、今になって後悔しているんだって。どうやって謝ったらいいか分かんねえんだって」

ミカサ「そう………」

全く。気づくのが遅すぎる。

ミカサ「だったら一生苦しめばいい。ハンジ先生に振られろ」

リヴァイ「うぐっ………!」

そして私は言い放った。渾身の一撃を。

ミカサ「ハンジ先生にはモブリット先生の方がお似合い。クソちび教師は一生独身で孤独死するといい」

そう言い放ってやった直後のリヴァイ先生は本当に凄い顔をした。

想像すればいいのだ。ハンジ先生が別の男性と幸せになる姿を。そして一人ぼっちで死んでいく自分を。

想像した時にどんな気持ちになるのか。それを知れば分かる筈だ。

自分が今、何をするべきなのかを。

リヴァイ「………久々にこう、ボディーブローを食らうような言葉を聞いたな」

目頭を押さえて必死に堪えている様子だ。それでいい。

リヴァイ先生の声の調子が元に戻った。もう大丈夫だろう。

リヴァイ「だが、今の言葉で目が覚めた。確かに今のままでは俺は、孤独死しかねん。それは嫌だな」

ミカサ「ふん……今になってハンジ先生の存在の有難さに気づいても遅い」

リヴァイ「確かに遅い。それも分かっている。だが………」

リヴァイ先生がしゃんとした。立ち上がってエレンの方を見た。

リヴァイ「ここで動かなければ恐らく、俺は人生最大の後悔を残す。そうだろう? エレン」

エレン「はい!!」

リヴァイ「行ってくる。長く引き留めて済まなかった。じゃあ、また明日。気をつけて帰れよ」

と、言ってリヴァイ先生が自分の足で動き出した。さて。リヴァイ先生の件はこれで片付いたとして。

問題はエレンの方である。

ミカサ「エレンの裏切者……」

エレン「え? 何で」

ミカサ「やっぱりリヴァイ先生をこっそり応援していた。リヴァイ先生を贔屓していた。私にはあれだけの事を言っておいて、自分はリヴァイ先生の事ばかり考えて……(ブツブツ)」

私がそう言ってやるとエレンは青ざめて手の平を合わせた。

エレン「ごめんごめんごめん!! 本当にごめん!!」

ミカサ(ツーン)

エレン「隠していて悪かった!!! 本当にごめん!! どうしたら許してくれるんだミカサ?!」

ミカサ<●><●>

全く。教師として1番好きだとか何とか。

エレンがここまでリヴァイ先生を贔屓しているとは。

結局はハンジ先生の件もリヴァイ先生を応援していたし。

そんなにお気に入りだったなんて、本当に腹立たしい事である。

ミカサ「……………教えない。自分で考えて欲しい」

この時の私は流石に拗ねた。エレンに対して苛立ちを隠せなかったのだ。

エレン「わー待ってくれ! 一緒に帰るんだろ?! 先に行くなって!」

エレンに捕まってから考える。あんまり拗ね続けるのも良くないが。

要はエレンがもっと私の事を考えてくれればそれでいい。

ミカサ「……………ヤキモチ」

エレン「え?」

ミカサ「エレンがまた、ヤキモチを妬いてくれたら許す」

エレン「ええ?」

ミカサ「私だって、いろんな人に結構モテるので、あまり安心しきって貰うと困る」

エレン「オレが悪かったです本当にごめんなさい!!!!!(がばちょ!)」

優しい抱擁だった。私が欲しいのはそれじゃない。

ミカサ「………それだけ? あの時は、もっと、強引だったのに」

エレン「え?」

あの時の事をすぐに思い出したのか、エレンは顔を真っ赤にさせた。

エレン「うわあ……その、なんだ。アレ思い出すと、すげえ恥ずかしいんだけど」

ミカサ「でも、あの時のエレン、格好良かった。(ぴとっ)」

エレン「う?!」

ミカサ「エレン、もっと私を求めて欲しい。そしたら私も、あのクソちび教師を忘れられる。だから……」

エレン「…………………」

エレンの躊躇いと呼吸が聞こえた。

ぐっと力が籠った後、頭をブンブン振って理性を戻す。

エレン「ミカサ! 明日は舞台なんだぞ。そ、そういう事している場合じゃねえから!」

ミカサ「うん……それは分かっている」

エレン「だったら、ほら、帰ろうぜ。な? な?」

ミカサ「でも、もうちょっとだけこうしていたい(ぴとぴと)」

だって今は、周りに誰もいない。放課後だから人気も少ない。

こんな時くらい、ちょっとくらいイチャイチャしてもいいと思う。

エレン「み、ミカサ……」

ミカサ「エレン……」

見つめ合っていたら自然と身体が動き出した。

でも、その直前……



ルルルル……!


ズコー! 

エレンがずっこけて携帯電話に出たのだった。

エレン「はい、エレンだけど?!」

エレン「え、ええええ……」

プープープー♪

ミカサ「おじさん?」

そんな気がした。するとやっぱりそうだったみたいで。

エレン「ああ。明日、文化祭に遊びに来るってさ。休み取れたんだって」

ミカサ「そう……」

エレン「とりあえず帰ろうか。明日もあるしな」

ミカサ「うん(ニコッ)」

そしてエレンと一緒に手を繋いで玄関に向かった。

リヴァイ先生の件は完全に許した訳ではないけれど、今日のところは収めておこう。

明日は大事な舞台がある。明日の為に。私も心づもりをしておかなければ。

そう自分に言い聞かせながら、エレンと一緒に帰るのだった。

お待たせ過ぎてすみませんでした(2回目)
ここ最近、リアルが忙し過ぎてどうにもこうにも時間が取れなくて間が空き過ぎました。
また続きは間が空くかもしれませんが、気長に待っていただけると幸いです。

ではまたいつか。ノシ





10月5日。文化祭2日目が始まった。

私は当日の朝、舞台傍でアニと顔を合せた。アニの表情が少し硬い。

アニ「緊張する……」

ミカサ「私も」

アニ「他の子達はどんな服を用意してきたんだろう?」

サシャ「アニも出場を決めたんですね。うちのクラスは優秀ですねえ」

アニ「サシャ、どんな私服を持って来た?」

サシャ「うふふふふ……まだ教えませんよ。でも、とっておきの勝負服を持って来ました!」

クリスタ「そうなんだ。楽しみだな」

サシャ「クリスタも出場するんですよね。皆、ライバルですけど、負けませんよ!」

クリスタ「うん! 私も頑張るからね!」

と、4人でわいわい話していたら、エルヴィン先生がやってきた。

舞台傍での最終確認だ。全体の流れは一応、前もって書類を通して知っているが、口頭での説明も行うようだ。

でも周りをよく見たら参加人数が15人しかいない。トーナメントは16人の予定の筈だが。

其の時、エルヴィン先生の携帯電話が鳴った。直後、顰め面になる。

エルヴィン「参ったな。ドタキャンが出たか。ううーむ」

少し考え込んだ表情になり、他の生徒とも話し合っている。

書類を見て何か探している様子だ。そしてエルヴィン先生は私を名指しで呼んだ。

ミカサ「何でしょう?」

エルヴィン「すまない。先程1人、急病の連絡が来た。欠員が出たから埋め合わせをしようと思う。どうやら男子の中でエレンは票を投じていないようだから、彼に今、票を入れて貰えないか確認出来るかな」

ミカサ「いいですけど、誰を繰り上げるつもりですか?」

エルヴィン「9票獲得の女性が1人いる。ハンジだ。申し訳ないが、ハンジに入れて貰えるようにエレンに頼めるかな?」

ミカサ「了解しました」

緊急事態だ。それなら仕方がない。

私は舞台傍を離れてエレンを探した。恐らく観客席にいる筈だ。

エレンとアルミンが前の方に居た。

ミカサ「エレン」

エレン「なんだよ? 何か忘れ物か?」

ミカサ「いえ、あの……エレンは投票の時に、自分の票を出した?」

エレン「あー悪い。結局、出しそびれたんだよな」

ミカサ「良かった……では、今、出そうと思えば出せる」

エレン「ええ?! 今、ミカサに出せって事か?!」

ミカサ「違う。出来ればハンジ先生に1票、今、入れて欲しいの。緊急事態なので」

エレン「? どういう事だ?」

ミカサ「出場予定だった子が一人、急病で出られなくなった。出来れば16人、きっちりで行いたいから、9票を獲得している女性の中から出られそうな人を選出したいそう。でも、票が足りない人を出す訳にはいかないので、緊急で今、出して欲しい。これはオフレコになるけど」

エレン「あ、ああ…数合わせにオレの票が必要って訳か」

ミカサ「そう。ハンジ先生は9票だったそうなので、エレンの1票があれば出場できる」

エレン「いいのかな? 本人はなんて言っているんだ?」

ミカサ「まだ確認していない。10票揃っていた。という事にするそうなので、エルヴィン先生が「イエス」か「ノー」か早く決断して欲しいそう」

直接そう言われた訳ではないがそれで大体合っている筈。

エレン「分かった。じゃあオレ、どうしたらいい?」

ミカサ「とりあえず、1度、一緒に裏方に来て」

エレンを舞台傍に連れて戻る。

エルヴィン「すまないね」

エルヴィン「名簿と照らし合わせて、投票していない男子の中から選出させて貰ったよ。エレン、今、ここでこっそり書いて貰えるかな?」

エレン「あ、はい」

エレンの票が加わってハンジ先生の出場権利が得られた。

そしてエルヴィン先生はハンジ先生に連絡を入れた。

数分後、舞台裏に渋々ハンジ先生がやってきた。

ハンジ「あー……集計ミスっていたってマジなの? 本当に私に10票入っていたの?」

エルヴィン「うん。ごめんね。こっちのミス。後、人数が1人、急遽足りなくなったから、お願いしたいんだが」

ハンジ「まーじかー! ある意味公開処刑じゃないのこれって」

エルヴィン「リヴァイと同じ事言わない。ハンジ、大丈夫だよ。君は美しい女性だから」

うん。エルヴィン先生の言う通りだと思う。

でもハンジ先生はまだ尻込みしている。

ハンジ「えーでも、私、私服持って来てないよ? 確かテーマ別の私服の審査があるんだよね?」

エルヴィン「そこはリヴァイに協力して貰って、車でひとっ走り持って来て貰えばいい」

ハンジ「間に合うのかな……ギリギリじゃないの?」

エルヴィン「そこはこっちで調整するから心配要らない。今、必要なのはハンジの「イエス」だけだ」

ハンジ「んもー強引なんだから。分かった。じゃあ出てやろうじゃない。でも、あんまり笑わないでよ?」

と、ハンジ先生は照れている。

エルヴィン「ありがとう。じゃあリヴァイに連絡するから」

と、言ってエルヴィン先生が電話をかけ始めた。

エルヴィン「リヴァイ。私だ。すまない。今、時間あるか? ああ、1組の様子を見に行っていたのか。いやね、ちょっとこっちでトラブルが発生してね。急遽、ハンジにもミスコンに出て貰う事になったから、彼女の私服をいくつか持って来て欲しいんだ。化粧道具も出来れば。分かるよね? 時間は……そうだな。10:20分までなら尺を稼げると思う。それまでに往復できるか? 良かった。リヴァイならそう言うと思ったよ。では、頼むよ。また後で」

エルヴィン「ハンジ。すまないが、今からシャンプーして自分で化粧前の準備をしておけとリヴァイの指示だ。出来るね?」

ハンジ「じ、自分で洗うの? 今から? 乾かすの間に合わないんじゃ……」

エルヴィン「濡れていても大丈夫だよ。シャワー室は使える筈だから。ほら、自分で出来ない訳じゃないんだろ?」

ハンジ「うーん、出来なくはないけど雑だよ。私の洗い方は」

エルヴィン「緊急自体だから構わないよ。ほら、行って」

と、無理やりシャワー室に行かされてハンジ先生は一人でシャワーを浴びに行った。

ミカサ「エレン、ありがとう。ではまた後で」

エレン「おう」

ミカサ「………決選投票は、出来れば私に入れて欲しい」

エレン「あ、当たり前だろ! 心配するなって!」

赤くなったエレンに手を振って別れた。

さてと。いよいよミスコンの始まりである。

化粧の方は朝から既にしてきているが、崩れていないか姿見用の大きな鏡の前で見直す。

私以外の女子も念入りに鏡の前で髪型や肌のチェックを行っている。

舞台裏は早着替えの為に3年の女子が数名、スタンバイしている。

彼女らに手伝って貰いながら私服の着替えを行うのだ。

制服姿のまま一度、舞台上に出て、舞台裏に戻る。

一回戦は彼氏と初めての外出デート。海か山か迷ったけれど、今回はお洒落を優先して海を選んだ。

白いフレアースカートのワンピース。ピンクのリボンの麦わら帽子。2人きりで海のデートをするならこのスタイルだ。

マリーナとの対決はいい勝負だった。お互いに健闘を称え合い、舞台裏に戻ってからも2人でおしゃべりした。

そして丁度その頃、ハンジ先生がヨロヨロしながら戻ってきて鏡台の前にやってきた。

ハンジ「ううーん。ベースメイクするの面倒臭い……」

ミカサ「手伝いましょうか?」

ハンジ「お願いしてもいい?」

ミカサ「ハンジ先生、普段、ベースメイクもされないんですか?」

ハンジ「冠婚葬祭以外は殆どしないね」

ミカサ「でも、肌はとても綺麗。余程、食べ物に気を遣っているんですね」

ハンジ「ううーん。まあ、そういう事になるのかな」

と、取り留めもない話をしながら、私はハンジ先生のメイクを手伝ってあげた。

マリーナも舞台裏では暇だったので、私と一緒にハンジ先生を弄った。

そしてアニが一回戦の為に舞台上に出ている頃、リヴァイ先生が舞台裏に入って来た。

リヴァイ「準備は出来ているか?」

ハンジ「まあ、一応」

ミカサ「仕上げて置きました」

マリーナ「こんな感じですけど」

リヴァイ「上出来だ。後は俺に任せろ。ハンジ、衣装はこれを着ろ」

ハンジ「?!」

そして見せてくれた衣装は、あのラテンダンス用の深緑色のドレスだった。

ハンジ「ちょっと待て!! 何でそれにしたの?!」

リヴァイ「直感だ。いいドレスだろ」

ハンジ「アホかああ!! 初デートにこんな場違いな衣装を着てどうするのよ!! 他のはないの?!」

リヴァイ「ない。とりあえずこれだけ持って来た」

ハンジ(ズーン)

ハンジ先生の落ち込みっぷりが凄かった。

ハンジ「それは流石に初デートとかに着る服じゃないよ!! ええええやだあああ!」

リヴァイ「うるさい。もう時間もねえし、これにしろ」

ハンジ(しくしくしく)

ハンジ先生は泣く泣くそれに着替えて、服の上からビニールを被り(美容院で髪を切る時に使うアレだ)、椅子に座らされたのだった。

リヴァイ「………いくぞ」

リヴァイ先生がハンジ先生の半乾きの髪をぐいぐい引っ張ってどんどん髪を盛っていく。

ハンジ「痛い痛い痛い痛い!! ちょっと、もっと優しくやってよおおお!!!」

リヴァイ「黙れ。時間がねえんだ。我慢しろ!!」

ハンジ「ぎゃあああ?!」

ハンジ先生を乱暴に扱いながらもその手際は早かった。

本物の美容師のように素早く髪型を構築して仕上げていく。

その様子は格闘技のように荒々しく見えたけれど。

鏡越しに見えるハンジ先生の表情は、まるで恋する乙女の様で。

私はこの時、ようやく気づき始めたのだ。

リヴァイ「化粧を仕上げるぞ。とりあえず家にあった物を全部持って来たが」

ハンジ「あーもう、時間がないから残りは口紅だけでいいよ」

リヴァイ「アイラインを弄る時間はねえか」

ハンジ「うん。中途半端な顔で出るくらいなら、しない方がいいよ」

リヴァイ「色はこれでいいか?」

ハンジ「うん。リヴァイに任せる」

そして紅筆で口を綺麗に整えていく。その2人の姿がとても綺麗で。

先程までぎゃあぎゃあ言い合っていたのが嘘のように静謐な世界だった。

リヴァイ先生の目は真剣だった。ハンジ先生はゆっくりと魔法をかけられていく。

リヴァイ「………出来たぞ」

仕上がった顔を鏡越しに見てハンジ先生が赤くなった。

ハンジ「うん。ありがとう。上出来だよ。これで」

リヴァイ「あと残り時間は何分くらいだ?」

ミカサ「今、サシャとニファ先輩が舞台に出ているので、そろそろの筈です」

リヴァイ「ギリギリセーフだな」

そしてエルヴィン先生の声が聞こえた。

エルヴィン『エントリーナンバー15! イルゼ先生!』

エルヴィン『エントリーナンバー16! ハンジ先生!』

イルゼ「では、お先に失礼します」

イルゼ先生が先に出て行った。エルヴィン先生と少しばかりのトークをする。

その間に3年の裏方スタッフがピンマイクをハンジ先生に装着させた。

リヴァイ「おい、ハンジ。さっさと行け」

ハンジ『えええっと、でも、あの』

直前になって尻込みし始めるハンジ先生にエルヴィン先生もこっちに来た。

エルヴィン『準備は終わっているんだろ? 早く出て来て』

ハンジ『えええ……本当にこれでいくの?』

エルヴィン『似合っているんだからいいじゃないか。ほら、早く』

ハンジ『とほほ……』

そして送り出されたハンジ先生。舞台は直後、大きくざわめいた。

観客が度胆を抜かれているのが伝わってくる。

その様子を舞台裏からこっそり見守っているリヴァイ先生の口元が少しだけ笑っていた。

まさにどや顔である。ハンジ先生に見惚れているのが良く分かる。

エルヴィン『気合入っているね。想定は何処かな?』

ハンジ『うーん、多分、ダンスパーティーとかかな? 創立記念パーティーとか。結婚式とか、セレブな方の誕生日会とか? もうその辺のレベルの衣装だよね。初デートとかに着る服じゃないってあれほど……(ブツブツ)』

エルヴィン『いや、それは相手次第だよ。ハンジ。もしお金持ちのご子息とデートするのでればそれで間違っていない』

ハンジ『ああそうか。いやでもね、これは幾らなんでも気合入り過ぎじゃない?』

エルヴィン『いいんじゃない? たまにはこういうハンジ先生もいいよね?』

男子生徒「いいと思いまーす!」

と、すぐに返事がやってきた。会場は拍手喝采だった。

ハンジ『あ、そう? うーん。でもこれ買ったの、もう8、9年前くらいになるのよね。リヴァイが三十路になった時に買ったから、デザイン古くない? 大丈夫かな?』

男子生徒「買って貰ったんですかー?!」

ハンジ『あーうん。ちょっといろいろあって、ね。押し付けられたの。こっちは「要らないってば!」って何度も突き返したんだけどね。実は私、ダンスの講師の免許を持っているんだ。その資格を取った時に一緒にこれ、貰っちゃったのよ』

成程。だからその衣装を無理やり着せたのか。

私が半眼でリヴァイ先生を見ると、リヴァイ先生は「?」と言った顔をしていた。

やれやれ。スケベもここまでくるとある意味潔くはある。

エルヴィン『という事は、社交ダンス用の衣装って事で頂いたんだね』

ハンジ『そうそう。だから踊ろうと思えば、今でも踊れるよ♪』

エルヴィン『ふふっ…それは是非見てみたいけど、ちょっと時間がないからまた今度にしようか』

ハンジ『そうだね。ま、いつか機会があれば披露してあげるよ』

エルヴィン『という訳で、集計をお願いいたします!』

エルヴィン『ん~これは微妙だね。2グラム差かな? 僅差でイルゼ先生の勝利だね。おめでとう!』

イルゼ『あ、ありがとうございます…(困惑)』

ハンジ『おめでとうー! (拍手)』

エルヴィン『惜しかったね。ハンジ』

ハンジ『いや、むしろ大健闘じゃない? 私、頑張った方じゃない? 十分だよ』

ハンジ『票を入れてくれた子達、ありがとうねー!』

ハンジ先生は惜しくも負けてしまったけれど大健闘だった。

そしてこの時、ハンジ先生はピンマイクをすぐに外してリヴァイ先生の元へ戻って来た。

ハンジ「リヴァイー! 頭外してーこれ重いんだけどー」

リヴァイ「ああ、ちょっと待ってろ(ゴソゴソ)」

ハンジ先生を鏡台の前に座らせてから今度はゆっくり髪を解くリヴァイ先生だった。

ハンジ「んもう、何でこの衣装持って来ちゃったの。もうちょっと普通ので良かったのに」

リヴァイ「ああ? デート場所の設定は俺に任せるって言っただろうが」

ハンジ「いや、初デートだからね?! 初めてでこれって、ちょっと豪華絢爛過ぎるよね? 皆、びっくりしていたよ? 初デートで社交ダンスってどこのセレブ設定なのよ私は」

リヴァイ「………………すまん。そう言われれば確かにそうなんだが」

リヴァイ「ハンジには、その色の、深い緑色が一番似合うと思ってな。つい、それを咄嗟に選んでしまった」

ハンジ「ん~……まあ、そういう事ならしょうがないけどさ。うん、でもありがとう。協力してくれて」

リヴァイ「ああ……無事に終わったなら良かった。………ハンジ」

ハンジ「何?」

リヴァイ「服を持ってきた俺が言うのも何だか、その服は確か俺が三十路になった年に買った物だったよな」

ハンジ「そうだよ」

リヴァイ「お前、その頃から体型全く変わってないんだな。よく考えたら、凄い事じゃないのか?」

ハンジ「あーそう言われればそうだね。体型変わってないね」

リヴァイ「普通はそのくらいの年齢から少しずつ、身体のバランスが崩れてきてもおかしくはないと思うが」

ハンジ「ん~本当だね。珍しいよね。私、あんまり体重が変動しないんだよね」

ハンジ「やっぱり、ずっと、リヴァイのご飯を食べさせて貰っていたからじゃない?」

リヴァイ「…………そうか。だとすれば、飯を作り与え続けた甲斐があったな」

ハンジ「ん~でも、もういいよ。リヴァイ」

リヴァイ「え?」

ハンジ「もう、私、あんたにこれ以上、甘えるの、やめる事にするからさ」

この時のハンジ先生の表情には既視感があった。

エレンが一度、私に告白した事を「忘れてくれ」と言ったあの時と酷似していたのだ。

重なって見えた。エレンのあの時の表情と。

だから気づいたのだ。ハンジ先生の本当の気持ちに。

リヴァイ「え…………」

ハンジ「今まで、ありがとうね。本当に感謝している。でも、もう、あんたとはちゃんと線引きしないといけないって、分かったんだ」

リヴァイ「…………」

リヴァイ先生の顔に血の気が無くなった。

ハンジ「…………ごめん。昨日、家に帰ってから1人で考えたんだ。別に昨日の事を怒っている訳じゃないよ? そこは勘違いしないで欲しい。でもいくら文化祭の舞台上の事とはいえ、私は調子に乗り過ぎた」

リヴァイ「いや、調子に乗ったのは俺で、お前じゃないだろ。悪いのは俺で………」

ハンジ「うん。そんなに風に思えるのなら、こんな事は言わないんだけど」

リヴァイ「…………」

ハンジ「昨日のような事を2度と起こさない為にも、私はリヴァイから自立しなくちゃいけないと思うんだ」

リヴァイ「………………」

リヴァイ先生は何も言い返せないようだ。

ハンジ「じゃあね。私、もう行くから」

髪を解いたばかりのハンジ先生はすぐに更衣室に逃げて白衣に着替えた。

そしてリヴァイ先生に一瞥もくれずに舞台裏を逃げるように出て行ってしまったのだ。

舞台裏は静まり返ってしまった。誰も何も言えず、立ち尽くしたリヴァイ先生に注目している。

両膝が崩れ落ちて、四つん這いになる寸前、ペトラ先輩とニファ先輩が2人ほぼ同時にそれを支える様に駆け寄った。

ペトラ「リヴァイ先生……リヴァイ先生?!」

ニファ「リヴァイ先生、聞こえますか?」

努めて冷静に声をかけているけれど、2人の声は全く聞こえてない様子だった。

ミカサ「リヴァイ先生、ちょっと失礼します」

私も遅れてリヴァイ先生の前にしゃがみこんだ。とりあえず、コツン、と軽く頭を叩いて、頬をペチペチしてみる。

無反応だった。まるでこっちの事に気づいていない。

もう少し強く殴ってみる。駄目だ。これは完全に壊れている。

リコ「おい、これは一体どういう事なんだ?」

イルゼ「ハンジ先生を追いかけた方がいいんでしょうか? (オロオロ)」

アンカ「いや、今はそっとしておいた方が……」

他の女性の先生達も戸惑っている。その間を抜けるようにエルヴィン先生が裏にやってきた。

ペトラ「リヴァイ先生! 気をしっかり!」

ニファ「何か飲み物を持って来た方がいいでしょうか?」

エルヴィン「いや……」

私はエルヴィン先生に場所を譲った。正面からエルヴィン先生は言った。

エルヴィン「リヴァイ、俺が分かるか?」

リヴァイ「……………」

ペトラ「リヴァイ先生、しっかりして下さい!!」

ニファ「リヴァイ先生……」

ミカサ「クソちびが……こんな風になるなんて」

こんな風に崩れ落ちるリヴァイ先生を見る事になろうとは。

午後には大事な演劇の舞台が待っているのに。どうしよう。

昨日のようにうまく喝を入れる言葉が見つからない。今回ばかりは私ではどうにも出来ないと思った。

其の時、エルヴィン先生が重い口を開いて言った。

エルヴィン「………リヴァイ、生徒達が見ているよ」

リヴァイ「!」

リヴァイ「あ、ああ……すまない。見苦しいところを見せたな」

やっと正気に返ったリヴァイ先生は立ち上がろうとして失敗した。

エルヴィン「誰かパイプ椅子を。座らせてあげて欲しい」

ペトラ「はい!!!」

ペトラが舞台裏の端っこにあったパイプ椅子を用意してそこに座らせた。

リヴァイ「すまん……少し、そっとしておいてくれ」

エルヴィン「分かった。演目が終わるまでここで休憩するといい」

リヴァイ先生が頷いた。顔を覆って項垂れている。

涙は見せなかったけれど、端っこで耐えていた。

私はリヴァイ先生の事が気にはなったけれど、二回戦の事も有ったので、それにばかり気を取られる訳にはいかなかった。

心配ではあったけれど、それを舞台上に持ち込む訳には行かない。

私は順調に勝ち上がり、いよいよ決勝戦まで登りつめた。

決勝戦はサシャと対決した。浴衣の方に軍配が上がったおかげで勝てた。

くまもんのお米を無事に獲得してサシャと分け合う約束をして、私は着替える間もなくエレンを探した。

ミカサ「エレン!」

エレン「お疲れ。ミカサ」

ミカサ「ハンジ先生は……」

エレン「モブリット先生といっちまったよ。2人で何か話す事があるらしくて、何処かに行った」

ミカサ「そ、そう……(シュン)」

モブリット先生がついているのなら大丈夫だろうか?

でも、ハンジ先生の本心は、あのクソちびにある訳で。

ミカサ「エレン……どうしよう」

エレン「ん?」

ミカサ「勘違いしていたの。私はてっきり、リヴァイ先生の片思いなのだとばかり思っていたけれど、そうじゃなかったのね」

エレン「ミカサ………」

ミカサ「舞台裏で2人のやりとりを直接見たの。その時のハンジ先生の反応を見て、気づいた。ハンジ先生、リヴァイ先生の事を本当は………」

エレン「ああ。まあ、多分そうだろうな」

エレンは私より先に気づいていたのだろう。ハンジ先生の本心を。

だからリヴァイ先生の方を応援していたのだと思うと、自分の思慮の無さにがっかりした。

ミカサ「クソちびが、舞台裏の椅子に座ったまま動かないの。叩いたり、殴ったりしたけど反応が全くなくて、動かなくなってしまった。まるで電池の切れたロボットみたい」

エレン「そうか………でも次の準備もあるからずっとそこに座らせている訳にはいかねえよな。迎えに行くぞ」

皆でリヴァイ先生を迎えに行った。そろっと舞台裏を覗いてみると、やっぱりリヴァイ先生がそこに居た。

まだ立ち直れない様子だ。アニも困惑した顔で私を見ている。

アニ「どうしよう……アレ」

ミカサ「う、うん……」

立ち直って貰わないと困る。でもどうしたらいいのか皆、分からない様子だ。

エルヴィン「リヴァイ、立って」

エルヴィン「次の準備がある。ここにずっと居られると邪魔になるよ」

リヴァイ「あ、ああ……そうだったな」

と、やっと我に返ったのか、目に光が戻った。

そして立ち上がろうとしたけど、うまく立てずにエルヴィン先生にもたれかかってしまった。

リヴァイ「………すまん。足にうまく力が入らない。身体が自分の物じゃない様に重い」

エルヴィン「分かった。肩を貸して貰おう。私とでは身長差が大きすぎるから……アルミン。君に頼んでいいかな」

アルミン「分かりました」

アルミンはリヴァイ先生に肩を貸して取り敢えず外に連れ出した。

第一体育館の外に連れ出して座らせた後は、アニが自動販売機まで走った。

紅茶を買ってきてくれたようだ。それを無理やり喉に押し込んでようやくリヴァイ先生が一息ついた。

リヴァイ「………………昨日、謝ったんだがな」

エルヴィン「うん。キスした事だね?」

リヴァイ「ああ。準備が全部終わってから、ハンジを捕まえて、少し話した。でもあいつはずっと「あんたが悪い訳じゃない」って言って、笑っていたんだ。だから、許してくれたんだとばかり、思っていたんだが、手遅れだったんだな」

エルヴィン「……………」

リヴァイ「俺はハンジに縁切りされたんだよな。友人としても、もう付き合えない。そういう事なんだろうな」

エルヴィン「リヴァイ。それは少し考えすぎだよ」

リヴァイ「だが、そうとしか思えなかった。ハンジに拒絶されることがこんなに、堪えるとは思いもよらなかった」

と、言ってリヴァイ先生は静かに両目を閉じた。

リヴァイ「エルヴィン。前に言った事を覚えているか?」

エルヴィン「前に?」

リヴァイ「ああ。俺が前に、ハンジにはキスもセックスもしたいと思った事は1度もないと言った、アレだ」

エルヴィン「覚えているよ。はっきりと」

リヴァイ「すまん。アレ、よく考えたら記憶違いだった。正確に言えばたった一度だけ、昔、あった。かなり昔だが」

キスもセックスもしたいと思った事はない癖に、ハンジ先生の髪は洗って一緒に風呂に入っていたの?

何だかちぐはぐな状態な気もしたけれど、まあいい。今は話を聞いてみよう。

リヴァイ「俺が三十路になる年の2月頃だったかな。突然あいつが「ダンスの講師の資格が取りたいから、パートナーとしてつきあって!」と無理難題を言い出した。それから10か月程度の時間をかけて、ハンジと社交ダンスの練習をした。その時の事を、覚えているか?」

エルヴィン「ああ。良く覚えているよ。私も練習指導につきあったしね」

リヴァイ「俺はあいつとコツコツ練習を重ねて、12月にT都で行われるダンス大会に出場する事になった。そこで優勝すれば成績が認められて資格も得られるという大会だった。俺達は初出場にして、初優勝を果たして無事にお互い、資格を得る事が出来た」

リヴァイ「俺は資格を得てからハンジに聞いたんだ。そもそも何で社交ダンスをやろうと思たのかと。そしたらあいつ、何て言ったと思うか分かるか?」

エルヴィン「いや……分からないな。見当もつかないね」

リヴァイ「俺の三十路に間に合うように、俺の三十路の誕生日プレゼントに、ダンスの講師の資格を俺にあげたかったそうなんだ。社交ダンスはペアじゃないと大会に出場できないし、つまりあいつなりの、サプライズだったんだよ」

成程。ではあのドレスはもしかして。

リヴァイ「それを聞いて俺は『それを早く先に言え!』と怒鳴ってしまったが。でも、嬉しかったんだ。ハンジは『私は家事とか女らしい事は殆ど出来ないし、プレゼントを買ってあげるのも下手だし、でもこれだったら、一生、体育教師のリヴァイの役に立つプレゼントになるかと思って』と言ってくれたんだ。確かに体育教師の俺にとってはこういう資格はないよりはあった方がいい。もしダンスを指導する立場になれば、そういう知識も経験も必要になってくる。でも、あいつは生物教師だ。必要があるのは俺だけで、あいつはただ、それに付き合ってくれただけなんだよ」

イイ話だと思った。そしてハンジ先生らしいとも思った。

ちょっと変わったプレゼントだと思ったけど、其の時のリヴァイ先生は本当に嬉しそうだった。

リヴァイ「ダンス大会が終わったその日の夜は2人でツインのホテルに泊まった。あの時、俺は初めて、ハンジをいい女だと思った。でもあいつはその後『これからもずっと、友達でいようね。あんたは私の最高の親友だから』って言ってきてな。その言葉に対して俺はずっと約束を守ってきただけだったんだよ」

………………。これはなんと言ったらいいのか。

女の立場からすれば気持ちは分からなくはないのだが。

直前で逃げてしまったのだろうか? 誤魔化してしまったのだろうか?

まあいい。其の時のエピソードがつまり、リヴァイ先生を堕とした決定打だったのか。

リヴァイ「大会の時に借りたドレスを買い取って、ハンジにあげたのはせめてもの礼のつもりだった。だけどあいつは、ずっと「要らないから!」って跳ね除けていたんだが、俺もそこは折れなかった。あいつのクローゼットの奥の方に無理やり押し込んで、ずっと仕舞わせていたんだ。それを今朝見つけて、全部一気に思い出したよ」

エルヴィン「なるほど。だからあの深緑色のダンス衣装を持ってきたんだね」

リヴァイ「ああ。俺にはもう、アレしか思い浮かばなかった。初めて2人で旅行した時の、思い出の衣装だったからな」

そう呟いた時のリヴァイ先生の顔はとても綺麗だった。

男性に綺麗、というのも変な話だけど、まるで少女のような表情だった。

リヴァイ「沈んでいた筈だ。地下深く、自分の気持ちが眠っていたのも、ただ、そう考えない様にしていただけだったんだ。俺は………」

だから理由をつけて触っていたのか。なんとも面倒臭い男である。

リヴァイ「俺はハンジの事が好きだったんだ。恐らく、あの日の、三十路になった誕生日のあの日から、ずっと……」

その事にやっと気づいたのに、今更距離を取られてしまっては確かに落ち込むのも分かる。

でもここで落ち込んでばかりでは、折角気づいた自分の気持ちが浮かばれないと思う。

リヴァイ「ハンジは俺が三十路を越えてからはしょっちゅう「三十路~おっさんおめー」とか「三十路っていいよね! なんか響きがいいよね?」とか何とか言ってよくからかってきたりしたな。ハンジの中では恐らく三十路がひとつのステータスだったのかもしれんが、特別なものにしたかったんだろう。俺もあいつが三十路を越えた時は同じように「三十路を越えたから早く嫁に行け。結婚しろ」と言い放っていたが、よく考えたらそうやって言い合う事を楽しんでいただけだったんだな……」

エルヴィン「うん。そうだね。君達のそれは、ただの夫婦漫才だったよ」

リヴァイ「ははっ……今頃、気づいちまって、本当に俺は、馬鹿だ」

いいえ。それは馬鹿とは言わない。

本当の馬鹿は、それに気づいていなかった今までのリヴァイ先生の方だと思った。

気づいた今のリヴァイ先生は馬鹿ではない。馬鹿な状態からようやく抜け出せたのに。

リヴァイ「これが恋愛感情って奴なのか。俺は今、初めてそれを感じているのか………」

リヴァイ「自覚した途端にまさか振られるとは思わなかった。ははっ………はははっ……」

この場合はフラれたとは言えない気がする。

私とエレンのケースを思い出す。今の状態は、両想いなのにすれ違っているだけなのだから。

エルヴィン「リヴァイ。まだ振られた訳じゃないだろう」

リヴァイ「振られたようなもんだろう。もう、世話しなくていいと言われたんだからな」

エレン「それは違いますよ、リヴァイ先生」

其の時、エレンが前に出て言った。

エレン「振られるっていうのは、ちゃんと自分の気持ちを相手に伝えて、相手から「ごめんなさい」と言われる事です。その過程を得てない状態ならまだ「振られた」とは言い切れないですよ」

リヴァイ「何で、そう言いきれる」

エレン「オレの時がそうだったからです。オレも危うく「振られた」と思い込んでしまいそうになったから。なあミカサ?」

ミカサ「う、うん……あの時は、誤解させてごめんなさい」

エレン「だから、リヴァイ先生はまだ、やるべき事をちゃんとやってないんだから、諦める必要はないんですよ」

リヴァイ「……………」

リヴァイ先生の視線が揺れている。迷っている場合ではないと思うのだけど。

リヴァイ「しかし、ハンジにはもう、モブリット先生とか……」

エレン「だったら尚更急がないと、手遅れになりますよ。リヴァイ先生。モブリット先生とハンジ先生が付き合いだしてもいいんですか?!」

リヴァイ「……………分からない」

と、リヴァイ先生は頭を左右に軽く振った。

リヴァイ「ハンジが決める事に俺は口を出せない。それはただのエゴの押し付けだ。あいつの判断に俺の感情は関係ない……」

ミカサ「だからクソちび教師なのね。最低」

エレン「!?」

ああもう、イライラする。またこの男には喝が必要なようだ。

ミカサ「このヘタレが。やっぱりハンジ先生にはリヴァイ先生には勿体ない」

エレン「ミカサ?!」

アルミン「あーごめん。僕も同意だ」

エレン「アルミンまで、何言ってんだよ!」

アニ「うん。異議なし」

エレン「アニも?!」

ジャン「はーさすがにオレもそれはないと思ったわー」

マルコ「だねえ」

皆、賛同してくれた。エレン以外は。

エレン「お前ら?! 言い過ぎだろ?! リヴァイ先生は教師なんだぞ?」

エルヴィン「うーん、教師である以前に、まず一人の「男」なんだけどねえ」

と、エルヴィン先生がくすっと笑っている。

エルヴィン「皆がキレるのも分からなくはないよ。ただ、リヴァイはもともとこういう性格だからね。自分の判断や感情を殺して、相手のやりたいように出来るだけやらせる。昔からそうだから、今更どうしようもないんだよ」

ミカサ「でもそれでは、相手が動かない場合は自分から動かないって事ですよね? ずるい」

アルミン「ずるいよねえ。確かに」

アニ「指示待ち人間?」

ジャン「そうかもな。受け身過ぎるんだよ」

マルコ「時と場合によるよねえ」

皆、分かっているのだ。ここで言いたいことをぶちまける。

でもエレンだけは何故かリヴァイ先生を庇うようだ。

エレン「あのなあ。一応言っておくけど、この中でカップルなのはオレとミカサだけ何だからな! 恋愛ってもんは、そう定規みてえにまっすぐうまくいくもんじゃねえんだよ!!」

ミカサ「ではエレンは何故、私と付き合いたいと思ったの? 好きだと自覚したのはいつ?」

エレン「ええ? オレの場合はアレだよ。夏の海で、その……ミカサがヤキモチっぽい素振りを見せた時、なんかすっげえ浮かれちまって。何で嬉しいんだろ? って自己分析してみたら、やっぱりミカサの事が好きだからとしかと思えなくて……」

ミカサ「本当に? それ以前に私にヤキモチは妬かなかったの?」

エレン「それ以前? あージャンとかミカサの中学時代の金髪の先輩とか? その辺は妬いていたよ。今思うと」

ミカサ「ほらやっぱり。ヤキモチ妬いている。ヤキモチを妬いたらそれはもう、相手を独占したい証拠」

エレン「まあそうだけど、え? 今、その話、何か関係あるのか?」

エレン、ここまで言えば大体分かって欲しい。

するとジャンが先に説明してくれた。

ジャン「つまり、リヴァイ先生はヤキモチ、妬かないんですか? って皆、言いてえんだよ」

エレン「あー………」

やっと合点がいったようだ。

リヴァイ「ヤキモチ……だと?」

ミカサ「ヤキモチも妬かないような男は最低。度が過ぎるとダメだけど」

アニ「うん。同感。やっぱりそこは、女としては少しは妬いて欲しいよね」

リヴァイ「………………」

アルミン「でも、さっきモブリット先生、ハンジ先生と何か大事な話があるって言ってたよね」

エレン「あーなんか深刻そうな顔はしていたよな」

リヴァイ「!」

エルヴィン「2人が何処に行ったか分かるか?」

エレン「いえ、そこまでは。オレ達もすぐこっちに戻ってきたんで」

アルミン「もしかして、モブリット先生の方が先に告白しちゃうんじゃないの? このままだと」

リヴァイ「?!」

リヴァイ先生が胸元を押さえている。その胸の痛みをもっと味わってみればいい。

もっと煽るべきだろうか? と、皆考えていた其の時、突然、携帯が鳴った。

リヴァイ「リヴァイだ。………何だって? マーガレットがそう言っているのか? 分かった。すぐそっちに行く」

ん? 何か起きたのだろうか?

リヴァイ「エルヴィン。ミスコンの病欠の辞退者っていうのは、マーガレットで間違いなかったよな」

エルヴィン「ああ。なんか少し体調が悪くて今、保健室で休んでいるそうだが」

えええ? そうだったの?

マーガレット先輩が大道具に入れないのはかなり致命的だ。

リヴァイ「どんどん熱が上がってきているらしい。でも、裏方に入ると言ってきかないとスカーレットが困惑して電話してきた。ちょっと保健室に様子を見に行ってみる」

そんな訳で皆で保健室に向かうと、保健室のベッドの上で寝ているマーガレット先輩と周りにスカーレット先輩とガーネット先輩がいた。

リヴァイ「具合はどうだ?」

マーガレット「38.3度ってところですけど、大丈夫ですよ。本番までに下げれば…」

スカーレット「下げられる訳ない癖に何言ってるの。今日は休むしかないじゃん」

マーガレット「だああって今日は本番なんだよ? 休める訳ないじゃん! 大道具、今回先輩で入れるの私だけじゃないの」

スカーレット「そうだけど……リヴァイ先生からも言ってやって下さいよ。この子、親子ともども馬鹿なんですよ」

マーガレット「うちの血筋よ。しょうがないじゃん」

むー。無理をしてしまう気持ちは分からなくもないが。

リヴァイ「微妙な熱だな。動けない訳じゃないが、冷静な判断は無理だろ」

マーガレット「そんな事ないですよ。うちの親は肺炎で40度越えても原稿描いてましたからね」

エレン「あの、それはあんまり人としてやっちゃいけない事ですよ?」

マーガレット「まあ、そうだけど。でも40度はいってないから動けるよ。大丈夫だって」

リヴァイ「うーん、俺も似たような事はしょっちゅうやらかすから、なあ」

頭を掻き上げつつリヴァイ先生は言う。

リヴァイ「ただ、裏方に入る奴は体調管理出来てないと足手まといだ。もし万が一、途中で抜けられたり、倒れたら本当に邪魔になる。それを分かっていて言ってるのか?」

マーガレット「はい。倒れないから大丈夫ですよ。新人3人だけに任せる訳にはいかないし」

マーガレット先輩の言い分も分からなくはない。

私も裏に入った時、マーガレット先輩とスカーレット先輩の指示や手助けがあったからこそ出来た。

何も知らない新人だけでこなせるほど、裏方は簡単な作業ではないのだ。

リヴァイ「俺が役者に入っていなければ裏方に入るんだがな……エルヴィン。この後、お前予定有ったか?」

エルヴィン「いや、ミスコンが終わった後は特に何も。私が代わりに入ってもいいのか?」

リヴァイ「この場合は仕方ねえだろ。確かにマーガレットの言い分も分かるしな。新人3人だけで裏方をやらせるほど俺も鬼畜じゃない。経験者は絶対一人は必要だ。マーガレット。お前は裏には入っていいが、裏方はするな。裏で待機して何かあったら細かい指示だけをしろ。それでいいな? 寝転がってでも出来る仕事だ」

マーガレット「まーしょうがないですね。それで手を打ちます」

リヴァイ「そうと決まれば本番まで仮眠を取れ。俺もついでに寝て行こうかな」

エレン「リヴァイ先生?!」

リヴァイ「すまんが、俺も少し頭が疲れた。1時間でいい。寝かせてくれ」

リヴァイ先生がベッドに逃げた。ハンジ先生の件は棚上げする気らしい。

エルヴィン「しょうがないね。マーガレット。裏方プランを今から頭に叩き込むからプラン表、私に見せてくれ」

マーガレット「分かりました」

エルヴィン先生も気持ちを切り替えているようだ。

エルヴィン「今回、裏方に入るエレン、アルミン、マルコ。君達も一緒に話を聞いてね」

エレン達が裏方プランの引継ぎを聞いている間、私とアニは制服に着替え直す事にした。

一度、第一体育館に戻って私服を取りに行ったその時に、リヴァイ先生とハンジ先生の噂話がひそひそ蔓延しているのを聞いてしまった。

アニ「とりあえず、持って来た私服はどこに置こうか」

ミカサ「部室に置かせて貰えるだろうか?」

アニ「教室には置けないしね。うん。部室に置いてこようか」

ジャンに鍵を借りてアニと一緒に演劇部の部室に向かう。

とりあえず一息ついた時、アニがぽつりと言った。

アニ「やれやれ。皆、現金なもんだね」

ミカサ「リヴァイ先生の件?」

アニ「うん。ハンジ先生にフラれて喜んでいるのはどうかと思うけど」

ミカサ「確かに。どうかと思う」

ファンにとってはリヴァイ先生がフリーになる方が喜ばしい事らしい。

保健室に戻ってみると、ジャンも保健室で待っていた。鍵を返しておく。

アニ「まだかかりそう?」

ジャン「ああ。みてえだな。でも昼飯は入れておかねえと午後が持たねえ。時間になったら中断させるよ」

アニ「だね。今回の劇は皆、運動量が激しいし、お昼は絶対とらないと」

そう言えばまだ前売り券を使い終えてなかった事を思い出した其の時、ジャンが話題を変えた。

ジャン「リヴァイ先生、エレンに代役させなくていいんかな。この場合は」

其の時、ジャンが少し迷った表情を見せた。

アニ「でもさっきの口ぶりだと、裏に入るって自分から言わなかったし、やる気はあるんじゃない?」

ジャン「まあ、そうなんだろうけど。大丈夫かな……」

ミカサ「今更、変更されても困る。折角ここまで頑張ったのに」

私がそう言うと、ジャンとアニに意外な顔をされた。

アニ「へえ……エレンの方がいいって、言わないんだ?」

ミカサ「うっ……うん」

今回の舞台ではエレンは裏方だ。

エレンの意識がそっちに向かっているのに、それを覆す事はしたくない。

それにリヴァイ先生とは沢山、殺陣の練習をしてきた。

身体が覚えてしまった細かい間合いは、エレンでは再現出来ないと思う。

ミカサ「今回の劇はリヴァイ先生でないと駄目だと思う。エレンと共演するのは、また別の機会でいい」

アニ「成程ね。確かにミカサの言う通りだ」

ジャン「まあ、直前で交替っていうのもやりにくいよな。ここは根性で出て貰わねえと」

そんな風にいろいろ話していたら時間がきた。大道具組がこっちにやってくる。

ミカサ「エレン。前売り券、まだ使っていないので今日、使ってしまおう」

エレン「そうだった。忘れていたぜ。じゃあ買いに行くか」

エルヴィン「あ、エレン。ついでに私の分も適当に買って来てこっちに持って来てくれないか。マーガレットと打ち合わせしながら食べるから」

エレン「あ、分かりました。カレーでいいですか?」

エルヴィン「任せるよ。頼んだ」

という訳で私達は保健室を離れて昼飯を買いに行った。

カレーのところにはオルオ先輩がいた。ペトラ先輩もエプロン姿で働いている。

エレン「すんませーん。カレー下さい」

オルオ「はいはい。やっと来たな」

エレン「すみません。昨日はヤキソバ食ってました」

オルオ「いや、別にそれを責めている訳じゃないんだが。使い忘れる奴がたまにいるから、そうじゃなくて良かったと思っただけだ」

エレン「あ、なるほど」

オルオ「大盛りだったな。ちょっと待ってろ。トレーも1枚ずつ用意する」

オルオ先輩が用意している間、エレンが言った。

エレン「オルオ先輩はリヴァイ先生とハンジ先生の事、気づいてました?」

オルオ「ああ? んなもん、当たり前だろ。昔からあんなんだったよ」

エレン「そうですか……」

オルオ「リヴァイ先生大丈夫なのか? ミスコンでハンジ先生にふられたって、噂が流れまくってるぞ」

エレン「あ、やっぱりそうですか。まあ、今、仮眠取って寝てますけどね」

オルオ「そうか。寝られるんだったらまだマシか。あ、福神漬け忘れていた。いるか?」

エレン「あ、頂きます」

ミカサ「頂きます」

エレン「あ、エルヴィン先生の分もお願いします。大盛りでいいのかな」

オルオ「そうだな。まあ同じ量でいいだろう」

という訳でトレーを二つ頂く事になった。

オルオ「リヴァイ先生、まだ飯食ってないよな」

エレン「はい……食えるのか心配ですけど」

オルオ「カレーだと冷えると味がまずいからな。うーん。あ、福神漬けだけ持たせるか。これ、リヴァイ先生用な」

と、追加で小皿で福神漬けを持たされたエレンだった。

エレン「ありがとうございます」

オルオ「いや、俺も何かしてやりたいんだがな。こっちの仕事もあるしな。すまん」

エレン「ペトラ先輩の方は大丈夫ですか?」

オルオ先輩がちらっとペトラ先輩の方を見る。

オルオ「ああ。まあ、表面上は元気だよ。ただ、内心は複雑だろうな」

ペトラ「何? 私の噂話してんの?」

と、ひょいっとこっちの声が聞こえたのか、顔を出してきたペトラ先輩だった。

エレン「あ、すんません。勝手に話して」

ペトラ「別にいいけど……リヴァイ先生、大丈夫?」

エレン「今、仮眠とっているところです。大分、精神的に参ってはいましたけど」

ペトラ「はー……だよねえ。私も正直、舞台裏であの現場見ていたけど、アレはないわーと思ったよ」

エレン「ああ、そっか。ペトラ先輩も見ていたんですよね」

ペトラ「うん。敗者も勝者も舞台裏で待機だったからね。声漏れ起きていたのも酷いけど、アレは舞台装置を使い慣れてない子がやらかしたみたいね。文化祭実行委員の、えっと、背の高い、ベル何とか君が、ミスやったみたいで、後で怒られていたけど」

声漏れ? その件については気づいてもいなかった。

成程。だから皆、ハンジ先生の事を詳細に噂していたのか。

ペトラ「ったく……ハンジ先生と別れた噂が流れた直後に、キャッキャ言い出すファンの子達もイライラするわ。あの子ら、人の事を何だと思っているのかしら」

エレン「ペトラ先輩はファンクラブの存在をご存じだったんですか」

ペトラ「ああ。3年の女子で知らない子はいないわよ。でも私は入ってなかった。だって『2人きりで話したりしたらダメ』とか『リヴァイ先生は皆の物』とか何とか訳分からん誓約書を誓わされるんだよ? アホ過ぎるわよ。私、そこまで頭悪くないし」

と、苛立った様子でペトラ先輩が答えた。

ペトラ「生物室の事件も後で生物部の子から聞いたわ。私、事件やらかしたあの子とは以前、話した事あったけど、ちょっと情緒不安定な感じだったんだよね。両親に放置されているっていうか、構ってくれる人が誰もいないような家庭環境で育ったみたいでさ。それをリヴァイ先生が定期的に家庭訪問していたから。それでグラッといっちゃったんだろうね。だから、あの子の事は私も責める事は出来ないけど…」

そうだったのか。いやでも、やってしまった事はやっぱりイケナイ事である。

ペトラ「でも、私も正直言って、目の前でリヴァイ先生のキスは、精神的にきつかったわ。アレ、台本か何かあったの?」

エレン「いえ………完全にアドリブです」

ペトラ「そうなんだ……じゃあ余計にしんどいわ。リヴァイ先生、ハンジ先生と付き合ってないってずっと言ってたけど、やっぱり大人の嘘だったんだね」

エレン「うーん。厳密に言うと、嘘ではないんですけどね。リヴァイ先生、あの時のあの瞬間まで、自分の気持ちに自覚なかったみたいで。時間差でそれに気づいて自分でびっくりしてましたよ」

ペトラ「…………リヴァイ先生、どんだけ自分の感情に鈍感なのよ」

ペトラ先輩の落ち込み様が酷かった。

ペトラ「じゃあリヴァイ先生、今やっと、恋愛のスタート地点に立ったようなものなのね」

エレン「身も蓋もない言い方になりますが。その通りですね」

ペトラ「準備運動が長すぎる…。でもしょうがないのかな。友人の期間が長すぎたのよね」

オルオ「だろうな。近くに居過ぎて気づかないって奴だったのかもしれん」

ペトラ「どうにかして元気づけてあげたいけど、今は回復を待つしかないかしら」

オルオ「とりあえず仮眠はとってるらしいからまだマシじゃないか? 本当にきつい時は不眠症になるだろ」

ペトラ「だよね。何回眠れない夜を越えたかしら。私も………」

エレン「タフですね。ペトラ先輩」

ペトラ「恋する乙女は強くなるのよ! メンタル強化しないとやってらんないわよ!」

ミカサ「同感です…」

エレン「ミカサ? え? 何? お前も何かあったのか?」

エレン、昨日の事をもう忘れているのかしら?

リヴァイ先生をこっそり応援していた件は、思い出すとやっぱり今でも腹が立つ。

ミカサ「………教えない」

エレン「ミカサー?!」

オルオ「はは! ま、この後の舞台もあるし、あんまりごちゃごちゃ考えている場合じゃねえけどな。リヴァイ先生が担任したOBとOGの方々がそろそろ会場入りする頃だろうしな」

ペトラ「なんか今回、規模が凄いらしいわね。300人超えそうとか何とか。海外から帰ってくる卒業生もいるとか」

オルオ「ああ。らしいな。リヴァイ先生が舞台出るっていう情報を聞きつけて、卒業生が一堂に集まるらしいぜ」

エレン「え? それマジっすか? さ、300人超えるって……」

オルオ「そりゃリヴァイ先生も教師生活長いんだから、卒業生が遊びにくらい来るだろう」

エレン「え、でも、数が多すぎませんか? そんなになるんですかね?」

ペトラ「一クラス35人くらいでしょ? んで教師生活が27歳からスタートで、今38歳だから11年越えてるし。12年目だっけ? 今年で」

オルオ「単純計算で385人の卒業生がいる計算になるな。そのうちの300人くらいがリヴァイ先生の舞台を見に来るって言ってるんだから、そうなるよな」

エレン「リヴァイ先生、人気あり過ぎですよね?! え? もうそれ、芸能人のレベルじゃないですか!!」

オルオ「んな事言われても事実だからしょうがないだろ。第一体育館のキャパ足りるか心配だな」

ペトラ「そうだよね。保護者だって来る筈だし。超満員御礼になるんじゃないかな」

ミカサ「プレッシャーかけないで下さい(ガクブル)」

入学式を越える人数が集まるかもしれないなんて。ガクブル。

ペトラ「ふふふ……でも楽しいわよ? 超満員御礼の中でやる演劇は。なかなか経験できないし」

オルオ「だな。リヴァイ先生目当てで見に来る奴らが多いんだろうが、それでも、満員はいいよな。席が空いてないっていうのは、凄く嬉しいもんだ」

先輩達は呑気に構えている。そんな大観衆の中、とちったら大変な事になるのに。

ううう。本番、大丈夫かしら……?

エレン「ミカサ、とりあえず保健室戻るぞ」

ミカサ「う、うん……」

オルオ「ん? ここで食えばいいじゃないか」

エレン「あー実はかくかくしかじか」

と、マーガレット先輩の件を伝えると、

ペトラ「え? それマジで? 嘘……辞退者ってマーガレットの事だったのね。知らなかった」

エレン「はい。今、エルヴィン先生が急遽、引き継ぐことになったんで、昼飯を持っていかないといけないんですよ」

ペトラ「大変ね。何だか今年の文化祭は波乱万丈だわ」

オルオ「確かにな。でも、頑張れよ。ここを乗り切れば、絶対いい経験になるからな」

エレン「はい。頑張ります」

エレンがオルオ先輩と拳を合わせて、カレー屋を離れた。

アルミンは別のメニューを購入するようだったので、後で合流した。

エレン「あ、そういやオレもたこ焼きとミックスジュースあったんだ」

ミカサ「一緒に買って戻ろう」

という訳でそれぞれの買い物を済ませて私達は保健室に戻った。

ジャンとマルコも戻ってきた。お好み焼きを持って戻って来た。

アニはガーネット先輩と衣装の件で打ち合わせがあるようで一緒に昼ご飯を食べながら話していた。

時間になった。でもまだリヴァイ先生が起きてこない。

エレン「起こした方がいいよな。劇部は人形劇の次だし……」

エレンが心配そうにそう言うとエルヴィン先生が頷いた。

エルヴィン「そうだね。着替えの時間も必要だしね。リヴァイ、そろそろ起きろ」

リヴァイ「んー……」

軽い睡眠をとったリヴァイ先生がようやく起きた。

リヴァイ「……………」

エルヴィン「まだ、頭が起きてないな。水でも飲むか?」

リヴァイ「頂こう」

エルヴィン「了解」

コップ一杯の水を飲んでリヴァイ先生は少し落ち着いたようだ。

エルヴィン「少しは元気になったかな?」

リヴァイ「大分な。今、時間は?」

エルヴィン「ちょうど13:00だね。あと1時間後だよ。準備に入らないと」

リヴァイ「そうだな。考えるのは舞台が終わってからにしよう」

エルヴィン「ああ。舞台が待っている。やるしかないよ」

そしてマーガレット先輩だけを保健室に残して、私達はそれぞれの準備に取り掛かった。

第一体育館に劇部メンバーが全員揃った。舞台裏から人形劇を覗き見る。

無事に人形劇も終わったようだ。カジ君達が一斉に舞台裏にはけてくる。

カジカジ「いやー! 緊張した! 人形動かすだけなのに緊張した!」

と、笑いながらこっちに来た。

カジカジ「連荘きついね! でもまあいっか! 衣装ある?」

アニ「はい。こっちに用意しているんで着替えお願いします」

マリーナ「私のもお願い! ジュリエットの衣装頂戴!」

舞台裏はバタバタだった。片づけと準備を同時進行にやる。

ふう。いよいよ本番だ。いろいろあったけれど、もうやるしかない。

其の時、エレンが私の後ろから優しく抱きしめてくれた。

エレン「大丈夫」

ミカサ「え、エレン……」

エレン「大丈夫だ。今度はオレがミカサを支えてやる。だから安心して行って来い」

ミカサ「………うん」

ジャン「そこ! イチャつくのは後にしろ! 円陣やるぞ!!」

恒例の円陣だ。全員が輪になって手を揃えた。

ジャン「あーもう、なんか今年の文化祭はいろいろ波乱万丈だけど、絶対成功させるぞ! 怪我すんなよ! 皆、いくぞー!」

一同「「「「「「おー!!!」」」」」」

全員が駆け出した後、静かに幕が開いた。

観客席は超満員御礼だった。入学式の時より人が多い。

遠くの席の方から「リヴァイ先生ー!!! 元気ー?!」という叫び声が聞こえた。

その声を聞いて、リヴァイ先生が舞台袖でびっくりしていた。

リヴァイ「…………あいつら、来ていたのか」

どうやら卒業生の人達のようだ。リヴァイ先生が感激している。

お母さんもおじさんも前の方の席に居た。緊張する!

マリーナのナレーションが始まり、舞台が始まった。

この劇の全部を思い出すと長くなるので、あの場面だけピックアップして思い出そう。

そう。殺陣の勢いがつき過ぎて、小道具の刀が途中で壊れてしまったあの時の事だ。

三村(ミカサ)『えっ………』

小道具が劇中で壊れた。この時の私は、本当に頭の中が真っ白になった。

打ち合わせにない事故が起きて、何をどうすればいいのか分からなくなった。

観客の視線が一気に突き刺さるのを感じて全身が震えた。

どうしよう。この後、私はどうすればいいのだろう?

そう、考えていた其の時、エレンの微かな声が聞こえたのだ。

雑魚(エレン)『戦え……まだ、勝機はある……(小声)』

三村(ミカサ)『!』

雑魚(エレン)『ここに、ある!』

エレンの視線の先に神谷の刀が落ちていた。

そうか。私が刀を拾って殺陣をすればいいのか。

でも、そうなると殺陣の流れが全面的に変わってしまう。

三村(ミカサ)『で、でも……それだとラストの剣戟が無くなる…(小声)』

雑魚(エレン)『大丈夫だ! 先生を信じろ……いや、オレを信じろ! (小声)』

其の時の私はエレンの言葉を信じる事にした。

刀を拾って神谷と対峙する。リヴァイ先生も小さく頷いていた。

視線だけで合意した。ここから先は完全アドリブの殺陣でいくしかないと。

たららららたらららたらららたららららたららら~らら~♪

死闘の果てに音楽が切り替わる。リズムは身体が覚えている。

仕掛けるのは私が先だ。私の攻撃を避けて懐に入り込む神谷との間を取る。

一進一退の攻防。大丈夫。リヴァイ先生と重ねた時間が答えを導く!

考えるより先に体が動いた。それはリヴァイ先生も同じだった。

ギリギリの攻防。大丈夫。次にどう動けばいいか、お互いの視線で分かる。

曲の転調。バックスクリーンに映像が流れる。

一時停止。身体を完全に停止させて映像を優先させる。

そして再び時が動き出す。神谷を殺す訳にはいかないから、鞘で攻撃した。

この場面をなんとか無事に乗り切れたのは本当に良かった。

エレンの咄嗟の助言がなければ、私は劇を完全停止させるところだった。

あの時の事があったからこそ、私は舞台恐怖症を完全に克服出来た。

もう大丈夫。また混乱する事があったとしても、エレンを思い出せば。

私は何でも出来る。そう思えるようになったのだ。

そしてエンディング曲に入った時、私はちょっと困った。

アドリブで踊れと言われていたけれど、皆、格好いいダンスを披露したからだ。

ここは捻りを入れないと面白くないかも? と思って盆踊りをしてみたらちょっとだけウケた。

そして打ち合わせ通りにアニはラストだ。ジャンが殴られるところも含めて演出だ。

ジャン『以上をもちまして、演劇部の公演『侍恋歌ーサムライレンカー』の方を終了させて頂きます。ご来場の皆様、本日は誠に観劇ありがとうございました!!!』

一同『『『ありがとうございました!!!!!!』』』

劇が終わった瞬間、感無量だった。

全身は汗だくで、フラフラしていたけれど、達成感が凄くて。

エレンも仮面の王女の時にこの達成感を味わったのかと思うと、凄いと思った。

ジャン『皆、撤収!!!』

一同『『『撤収!!!』』』

急いで撤収だ。まずはお客さんのお見送りだ。

第一体育館の入り口まで走ってアーチを作る。すると私は女子生徒に囲まれて大変な事になった。

女子生徒1「すっごい格好良かったです!!! あの、サイン下さい!!」

ミカサ「御免なさい。サインはちょっと」

アニ「とりあえず、抜けて下さい。後がつかえてしまうし」

女子生徒1「じゃあ後でお願いします!! 絶対ですよ!!」

と、勝手に約束をさせられて、握手を多数求められてしまった。

リヴァイ先生の方も凄かった。なかなか人が抜けていかなくて渋滞が出来ている様子だ。

リヴァイ先生が渋滞を気にしてアーチから離れた後、私はエレンの方に移動した。

ミカサ「エレン。横に立っていい?」

エレン「おう。いいぞ」

ミカサ「あの時は、ありがとう」

エレン「ん? あの時?」

ミカサ「小道具が折れた時。まさか、あの程度の衝撃で刃が外れるとは思わなかった」

エレン「んーやっぱり本番は気合の入れようが違うから、リヴァイ先生も手加減間違えたんじゃねえのかな」

ミカサ「それもある。でも、私自身も本気で殺陣をやったから、その衝撃に耐えきれなかったのかもしれない」

エレン「かもな」

ミカサ「エレンが咄嗟に指示をしてくれなかったら、きっとまた、私は入学式の二の舞をしていたと思う。本当に、本当にありがとう……」

エレン「いいって。でもこれで少しは舞台恐怖症は克服出来たんじゃねえか?」

ミカサ「うん。パニックになりそうになったら、エレンを思い出す事にする。そうすればもう、私は何も怖くない」

思い切って舞台に上がって良かった。

勇気を出して挑戦して、本当に良かったと思えた。

するとエレンもニカッと笑ってくれた。安心したように。

ジャン「そろそろ舞台に戻るぞ! 撤収作業再開だ!!」

一同「「「はい!!!」」」

そしていつも通りに急いで撤収作業をして舞台裏の片付けに入った。次の英語劇の為に場所を空けないといけない。後片付けを終えた後、制服に戻った私達はついでなので次の劇も観ていく事にした。

演目は『風と共に去りぬ』だ。長編大作の恋愛劇だ。

エレンが途中で何度か解説を求めてきたので説明しながら観劇をした。

スカーレット・オハラとレット・バトラーの恋愛模様は意地の張り合いばかりで。

お互いに素直になれない様子に少し疑問に思う部分もあったけれど、ラストまで一気に観れた。

私よりもエレンの方が感情移入出来たようで、目元がうるうるしていた。

ミカサ「素晴らしい劇だった……」

エレン「意外と面白かったよな。これ、相当古い映画が元らしいけど」

ミカサ「うん。名作映画によく名前が列挙されている。でも私も見たのは初めてだった」

エレン「そうかー今度、借りて一緒に続き見てみるか」

ミカサ「う、うん……(照れる)」

そして其の時、時間を確認して、

ミカサ「あ、そろそろコスプレ写真館の方に戻らないといけない」

エレン「そうか。午後の写真撮影会の担当だったもんな」

ミカサ「うん。アニと一緒に写る。エレンはどうする?」

エレン「んーどうしようかなー」

アルミン「でも、この後、吹奏楽部がゲーム音楽やるって書いてあるよ? エレン、聞かなくていいの?」

と、アルミンが言ってきたのでエレンは迷っていた。

ミカサ「では、エレンはこのままアルミンと一緒にいるといい。私はアニと教室に戻るので」

エレン「いいのか? 悪いな。何か」

ミカサ「ううん。エレンも楽しめる方がいい。また後で合流しよう」

そして私はアニと合流して教室に戻った。

コスプレ写真館の方は結構人が集まっていた。予想よりも人が多い。

そしてそのうちの一人が、なんと「パズーとシータ」を指名して来て困った事態になった。

ミカサ「コニーとサシャと写真を撮りたいそう。どうしよう?」

相手の方は英語しかしゃべれないそうで、其の時は私が応対したけれど。

アニ「いや、こっちは前もってメンバーを決めているし。指名は出来ないって言わないと」

ミカサ「それもそうね」

私が事情を説明してもなかなか納得して貰えなかった。

その相手の方は熱心なジブリファンのようで、とにかくパズーとシータでないと嫌だそうだ。

クリスタ「こ、困ったね。どうしよう? 私が代わりにシータをやろうか?」

ミカサ「うん。違う人でいいなら、そうしよう」

でも相手の方は、サシャのシータの方が似あっていると主張する。

クリスタ(ズーン)

ユミル「あーもう、我儘な客だな。本人がいねえから諦めろって言ってくれ」

ミカサ「う、うん」

私は相手の方に必死に英語で説明した。

今、ここにコニーとサシャがいないので彼らと撮影は出来ないと。

呼び出せばいいだろ、と言われてしまったが、連絡がつかないという事にして説明した。

でも相手の方は連絡がつくまで待つと言い切られてどうにも頭を抱える羽目になった。

クリスタ「サシャ、今何しているんだろ?」

ミカサ「くまもんのお米の件を任せたので、恐らく準備してくれている筈」

ユミル「ああ、成程。米研いで準備中か。なら、家庭科室にいるのかな」

ミカサ「連絡した方がいいだろうか?」

ユミル「仕方がねえな。向こうは折れる気がねえし」

ユミルがコニーとサシャに連絡を入れてくれたようだ。

すると、エプロン姿のコニーとサシャがこっちに来てくれた。

サシャ「お米の方は炊き上がりました! 後はおにぎりを作るだけです!」

コニー「今から作るところだったんだけどなあ」

ユミル「悪い。パズーとシータのご指名が入った。悪いけど、1枚だけやってくんね?」

コニー「マジかよ! サシャだけじゃなくて、オレもか?」

ミカサ「どうしてもバルスをやってくれって言っている」

サシャ「あはは! バルスですね! いいですよ!」

アニ「まさかパズーにも需要があるとは……」

コニー「オレ、ぜってーないと思っていたのになあ」

と、2人は苦笑いしながら、そのお客さんと写真を撮る事になってしまった。

2人に連絡がついたから良かったものの、やれやれである。

そんな訳で少しばかりハプニングがあったけれど、何とか撮影会は無事に終わった。

アニ「やれやれ。いろいろあったけど、文化祭ももうすぐお終いか」

ミカサ「アニは文化祭を楽しめた?」

アニ「まあまあだね。甘味所は結構、美味しかった。ミカサは結局、行かなかったの?」

ミカサ「私は一日目にヤキソバを食べて、二日目はカレーだった。たこ焼きは食べたけど」

アニ「あらら。勿体ない。美味しかったのに」

ミカサ「仕方がない。全部を見て回る時間は無かった」

アニ「まあそうだけど。でも美味しかったよ。あんみつ。ベルトルトと一緒に食べたよ」

ミカサ「ベルトルトと?」

そう言えば一日目の時にそんな事を言っていたような。

アニ「うん。全部あいつに奢って貰ったけど。気前いいよね。どういう風の吹き回しか知らないけど、向こうから奢るって言ってくれたんだ」

ミカサ「そう………」

それはベルトルトの方には気がある証拠ではなかろうか?

と、其の時は思ったけれど、深くは突っ込まない事にした。

ラストのバンド演奏が待っているからだ。エレンのところに合流しよう。

第一体育館に戻ると丁度、始まる直前だったようだ。

リヴァイ「ふーやっとあいつらが離してくれた。やれやれ」

エレン「あ、リヴァイ先生もバンド演奏見るんですか?」

リヴァイ「最後くらいは、観たいと思ってな」

リヴァイ先生も合流してきた。エレン、ちゃっかり隣を許している。

もう………エレンはリヴァイ先生に甘い。言っても無駄だろうけど。

最初の曲は『女々しくて』だった。あ、リヴァイ先生が撃沈した。

ぷぷぷ。タイムリーな曲だったからつい笑ってしまった。

そして次は『Let it Go~ありのままで~』や『ラブラドール・レトリバー』等、流行の曲が流れた。

あ、『空と君とのあいだに』も流れた。渋い選曲だと思った。

会場は盛り上がった。ラストの曲まであっという間に時間が過ぎた。

ボーカル『えー最後は、この曲を選びました。皆、サビだけなら知っているかもしれません。ミスターチャイルドの曲の中ではマイナーかもしれませんが、聞いて下さい。ミスターチャイルドで『掌(てのひら)』です』

エレンが聞き入っている。私もリズムに乗って音楽を聞いた。

とてもいい曲だと思った。歌詞もメロディも含めて。

リヴァイ先生もエレンの隣で聞き入っている様子だ。

きっとこの時にこの曲を気に入ったのだろう。

リヴァイ先生は披露宴の入場時にもこの曲を使用したのだから。

ボーカル『キスしながら唾をはいて~』

ボーカル『なめるつもりがかみついて~』

ボーカル『着せた筈がひきさいて~』

ボーカル『また愛~求める~』

ボーカル『ひとつにならなくていいよ~』

ボーカル『認め合えばそれでいいよ~』

ボーカル『それだけが僕らの前の!』

ボーカル『くらやみを~やさしく~てらしてえええええええ♪』

ボーカル『ひかりを~ふらして~あたえてくれるううううう♪』

ひゅーひゅーという歓声に包まれながら最後まで終わった。

リヴァイ先生も拍手していた。拍手喝采だった。

ミカサ「イイ曲。ラストに相応しい曲だった」

エレン「ああ。確かにな。いい曲だったぜ」

リヴァイ「……ひとつにならなくていい、か」

エレン「ん?」

其の時、少し気になる呟きが聞こえた。

その呟きの意味は、後でハンジ先生が教えてくれたような物だったけど。

その当時の私はただ「?」となるだけだった。

リヴァイ「いや、何でもない。この後は、グラウンドに移動して最後のキャンプファイヤーだ。保護者の差し入れもある。クラスの片づけが終わったら、皆でつまみながら閉会式やるぞ」

エレン「はーい」

という訳で退出して、クラスの片づけを終わらせたらグラウンドに集まって、キャンプファイヤーが始まった。

飲み物を紙コップで受け取って、皆で「お疲れ様ー」と口々に言い合っている。

校長先生の挨拶が終わって、あとは自由気ままに。

だけど其の時、私はまた女子生徒に囲まれてサインを強請られてしまった。

アニの方も何故か変な男子のファンがついてしまったようで引いている。

どうしよう。私は芸能人ではないのに。

アニと目を合わせて頷き合った。こうなったら逃げるが勝ちである。

しかし彼女、彼らもしつこく追いかけて来た。

ミカサ「エレン! 助けて!」

エレン「どうした?!」

アニ「ジャンも助けて!」

ジャン「なんでオレ?!」

女子生徒「ミカサさん! サイン下さい!」

女子生徒2「写真お願いします!!」

女子生徒3「握手もお願いします!!」

男子生徒「アニさん! お願いします! 握手お願いします!!」

男子生徒2「お願いします!」

男子生徒3「罵倒でも構いません!!」

エレンとジャンが同時に困惑顔で彼らを見た。

ジャン「あーそういうのはダメダメ! もう文化祭は終わったんだから」

一同「「「えー!」」」

ジャン「散れ! 散らないとカレーぶっかけるぞ!!」

カレーぶっかけるぞ! の言葉が効いたのか渋々退散してくれた。

ミカサ「………何故か女子にもモテるようになってしまった」

エレン「だろうな。男装ミカサにもファンがついたみたいだな」

ミカサ「ううう……嬉しいような悲しいような」

エレン「いいじゃねえか。オレの自慢の彼女だよ」

ミカサ(ポッ)

エレンにそうはっきり言われると素直に嬉しい。

ミカサ「エレン。打ち上げはどこでやるの?」

エレン「さあ? ジャン、どこでやるんだよ」

ジャン「まだ決めてねえ。リヴァイ先生かエルヴィン先生にも来てもらった方が遅くまで遊べるけど、どうする?」

エレン「リヴァイ先生もエルヴィン先生も3年の方の打ち上げあるからそっちが優先だと思うけど、頼めば合同でやってくれるんじゃねえの?」

ジャン「まあ、その方が3年の先輩達とも話せるし、オレ達にとってはそれがいいけど」

ジャン「ちょっと確認してくる」

と、ジャンが移動していった。で、すぐ戻ってきて、

ジャン「カラオケで、部屋を別に取って合同でやればいいって話になった。3年に便乗でいいよな?」

エレン「ああ。いいと思うぜ」

ジャン「んじゃ、後夜祭終わったらすぐそっちに合流って事でいいよな」

と、ジャンがすっかり仕切り役だ。

マルコ「ふふ……部長役が板についてきたみたいだね」

マルコとアルミンもこっちに気づいて寄って来た。

ジャン「ああ?! んなわけねえよ。オレ、リーダータイプじゃねえし」

エレン「リヴァイ先生と同じ事言ってんな」

ジャン「あ? そうか?」

エレン「向いてねえって言ってる奴に限って、向いてる評価を周りから受けるんだから不思議だよな」

アルミン「言えてる。でも大体そんなもんだよね」

ジャンは確かに皆をまとめるのはうまいと思う。

細かいところまで注意が行き届くのだ。そういうところは、嫌いではないのだけど。

エレン「あ……思い出した」

其の時、ふと何故かエレンが言いだした。

エレン「ミカサ、悪い。ちょっとエルヴィン先生のところに行ってくる」

ミカサ「ん? 私はついていってはダメ?」

エレン「いや、ついてきてもいいけど。ついてくる?」

ミカサ「うん」

エレン「じゃあ一緒に探すか」

アルミン「エルヴィン先生に用事なの? あっちの方でピクシス先生と話しているよ」

エレン「サンキュ、アルミン」

という訳で、エルヴィン先生のところに移動すると、

エルヴィン「やあエレン。ミカサ。お疲れ様」

エレン「お疲れ様でした。あの、エルヴィン先生、この写真、どう思います?」

其の時、エレンは例の写真をエルヴィン先生に見せたようだ。ピクシス先生も一緒に覗いて顔を緩ませた。

ピクシス「いい写真じゃの!」

エルヴィン「どれどれ……ぷ! これは傑作だね。いつ撮ったの?」

エレン「文化祭1日目が終わって仕込みが終わった直後、リヴァイ先生と話す機会があったんで、その時に」

エルヴィン「いいねー。こういう顔が崩れたリヴァイは珍しい。画像くれる?」

エレン「あ、はい。それは勿論、いいんですけど。あの、エルヴィン先生から見たら、この画像をもし、ネット上で公開したら、どう思います?」

エルヴィン「ん? それはどういう意味かな?」

エレンはエルヴィン先生にあげる以外にも、明確な理由があってあの写真を撮影したようだった。

エレン「単刀直入に言えば、人気が上がるか、下がるか。エルヴィン先生ならどっちに賭けます?」

エルヴィン「それだったら、上がる方に10万賭けちゃうね。この程度の変顔だったら、アイドルでもやってるよ」

エレン「そうっすかーじゃあ、この写真は失敗ですね」

エルヴィン「失敗? どういう事かな」

エレン「いやー……余計なお節介かなーとも思ったんですけど」

エレンは頭を掻きながら答えた。

エレン「リヴァイ先生の人気をどうにかして「下げる」方法ってないかなって、ちょっと考えていて」

エルヴィン「ふむ。何故、そんな事を?」

エレン「オレ、リヴァイ先生とこの間話した時に、思ったんですよ」

エレン「今のリヴァイ先生の異様な人気って、どう考えても「美化し過ぎ」な面が強いというか、ファンの子達は、本当のリヴァイ先生じゃなくて、美化されたリヴァイ先生に対して、脳内で勝手にアイドル化している部分もあるんじゃないかって、思っちまって」

ミカサ「確かに。皆、リヴァイ先生の悪い部分をちゃんと見ていない気がする」

いい部分もあるけれど、悪い部分だってある。

それをちゃんと見ていれば、あんな風に狂ったようにリヴァイ先生を愛する訳がないのだ。

エレン「だよな。だから、もう少し今の綺麗なイメージから、リヴァイ先生の本当の姿に出来るだけ、近づける事は出来ねえかなって思ったんですよ。そうすれば、今の異様な状況を少しは緩和出来ねえかなって、思ったんですけど」

エルヴィン「うーん。確かにそれは私もその手は考えたんだけどね」

と、エルヴィン先生は頬を掻く。

エルヴィン「ただ、それは諸刃の刃でもあるんだ。リヴァイのプライベート情報を生徒に見せたら、そのせいでファンを止める子もいるかもしれないが、もっと熱狂して、熱が過熱してくる子も出てくる。私なんか、特に、リヴァイのドジで可愛い部分が好きだから、そういう部分に惹かれてしまったら、かえって抜け出せなくなる子も出てくるんじゃないかな」

エレン「あーダメなところも可愛いってやつですか」

エルヴィン「そうそう。その辺は難しいよ。情報で勝手に妄想するのは人間の性(サガ)のような物だからね」

エレン「そうですか。じゃあこの写真は没ですね」

エルヴィン「でも、そういう発想自体は悪くないと思うよ。リヴァイ自身がブログ書くとかしてくれれば、それが一番いいんだろうけど、あいつも教職で忙しいし、現実的には難しいだろうね」

エレン「そうですか……」

エレンがちょっと残念そうだった。

エルヴィン「でも、そうやってアイデアを出してくるところは優しいね。エレン」

エレン「え? そうですかね?」

エルヴィン「うん。しかもこうやって他人にちゃんと前もって相談するところも偉いよ。リヴァイはいい生徒に恵まれたな」

エレン「いやー……うーん……」

エレンが考え込んでいる。納得はしていない様子だった。

ピクシス「ふん……そんな面倒臭い事をせんでも、さっさと結婚宣言をすれば、ファンをやってる子も目が覚めるじゃろうて。あやつが男らしく行動せんのが一番悪いんじゃろうが」

と、酒を飲みながらピクシス先生がブツブツ言う。

エレン「いや、それが出来れば一番いいのは確かなんですが、今のリヴァイ先生にそこまで求めるのは酷じゃないかと」

ピクシス「ふん……八方美人では大事な物を見失うじゃろう。あやつ自身、自分にとって本当に大事な人は誰なのか、いい加減見つめなおす時期なのじゃ」

エレン「まあ、それはそうなんですけどね」

ピクシス「あやつに酒を飲ませて泥酔させた時に必ず口に出てくる女は、誰なのか。早く奴自身に気づいて欲しいんじゃが………」

これはつまりハンジ先生の事なのだが、当時の私達は意味を理解していなかった。

エルヴィン「まあまあ、ピクシス先生。その辺で」

ピクシス「ふん! 面白くないの! わしは早くあやつらの子供の顔が見たいんじゃ!」

エルヴィン先生がピクシス先生を宥めすかすのを見送って私達はそっと離れた。

そしてキャンプファイヤーも落ち着いて解散になった後、演劇部の打ち上げに移動する事になった。

心配していたハンジ先生もちゃんとこっちに来ていた。普段通りの顔で。

エレン「ハンジ先生!」

ハンジ「やーエレン! 演劇部も合同でやるんだってね? 5部屋確保しておいて正解だったね!」

エレン「手配はハンジ先生がやってくれたんですか?」

ハンジ「うん。そうリヴァイと約束していたからね。え? 何で?」

エレン「いや、ハンジ先生、こっちに来ないかもしれないと思ってたから」

ハンジ「やだなー。くるよー。2組の担任教師なんだから。大丈夫!」

無理をしているようにしか見えなかったけれど、リヴァイ先生と顔を合せた時は普通にしていた。

その普通の態度がかえって辛いように見えた。リヴァイ先生の口元が歪んでいるのが分かった。

でも合同で打ち上げをやると決めた以上はちゃんとやるようだ。

演劇部の方にはオルオ先輩率いる3年生が合流してくれた。

3年生は好き勝手に得意の歌を歌っている。

オルオ先輩、ペトラ先輩の隣をキープしてナンダカンダでいい雰囲気だ。

ペトラ先輩がスタンバイした直後、突然エレンがうるっと泣き出して先輩がぎょっとしていた。

ペトラ『ちょっと何、泣いてるのエレン?! どーしたの?!』

エレン「だって……寂しいんですもん……」

ペトラ『ちょちょちょ! 人が歌う前に泣くのやめてよ! こっちも泣きたくなるでしょ?!』

オルオ「そうだぞ。エレン。まだ泣くのは早すぎるぞ」

エレン「すんません……」

エレンが泣き出したせいで3年の先輩達が困ったようにうるっとし始めた。

ペトラ『もうー! エレンが泣くからこっちも泣きたくなってきたじゃないのおおおお! うわあああん!』

エルド「全くだ。本当に。お前は涙脆い奴だな」

グンタ「困った奴だ」

エレン「すんません……」

ジャン「気持ちは分からんでもないが、確かに泣くのはええだろ」

エレン「ジャンも涙腺潤んでるじゃねえか」

ジャン「これは汗だよ!」

嘘ばっかり。ジャンも意地っ張りだ。

ペトラ『あああもう! いいわ! 泣いていいわよ! 私達だって、いろいろこう、我慢してたんだから本当は! 泣きたい時は泣いていいのよおおおお!!!』

私も少しだけ貰い泣きをした。

ミカサ「エレン……」

エレン「んあ? 何だよ(ぐずっ)」

ミカサ「エレンと同じ部活に入って本当に良かった」

エレン「そうか?」

ミカサ「うん。あの時、エレンは自分で決めろと言ったけど。私はエレンと一緒で良かったと思っている」

エレン「そっか……」

ぐずぐずなエレンの鼻を拭いてあげながら私は微笑んだ。

皆が盛り上がる曲を歌っている最中、私はこっそり部屋を抜け出してゴミを捨てに行った。

エレンの分の飲み物のおかわりもついでに持って行こうと思ったのだ。

すると、フリードリンクコーナーで独りきりでいるリヴァイ先生と遭遇した。

紅茶を飲んでいる様子だ。歌わないのだろうか?

リヴァイ「盛り上がっているか?」

ミカサ「はい。リヴァイ先生、演劇部の方には来ないんですか?」

リヴァイ「………すまん」

どうやら今は歌いたい気分ではない様子だ。

ミカサ「いいえ。無理して歌う必要はないので。今はオルオ先輩とペトラ先輩が歌っていますし」

リヴァイ「そうか」

ミカサ「……………」

どうしよう。何か話した方がいいだろうか?

そっとしておいた方がいいだろうか? 私が迷っていると、

リヴァイ「ミカサ、ありがとう」

先に口を開いたのはリヴァイ先生の方だった。

ミカサ「え?」

リヴァイ「舞台でのアドリブだ。すまなかった。力加減を間違えてしまった」

ミカサ「いえ……あの時は、お互いに無我夢中でしたし」

リヴァイ「だとしても、劇を止めずに進めた機転は良かった。お前のおかげだ」

ミカサ「……正確にはエレンのおかげです。あの指示は、エレンの物でした」

リヴァイ「そうか。また俺はエレンに助けられてしまったな」

私はリヴァイ先生の前の席に座った。なんとなく、そうしたかったのだ。

リヴァイ「ん?」

ミカサ「いえ、その……お疲れ様でした」

リヴァイ「ああ。お疲れ様。もう、舞台は怖くねえようだな」

ミカサ「はい。もう大丈夫だと思います」

リヴァイ「良かったな。次からはエレンと共演出来るかもしれねえな」

ミカサ「そう出来ればとは思います」

リヴァイ「……………はあ」

リヴァイ先生が視線を外して暗くなった。

リヴァイ「劇中の方がかえって楽だったな」

ミカサ「え?」

リヴァイ「神谷を演じている間はハンジの事を考えずに済んだ。現実に戻るとかえって辛い」

成程。だからこそ頑張れたのか。そういう考え方も有りかもしれない。

ミカサ「ハンジ先生は……」

リヴァイ「今は2組の方にいるようだ。なんだろう。普通に会話は出来るが、今のあいつは目の奥が笑ってねえ」

ミカサ「………………」

リヴァイ「地味に堪える。今までの距離がどれだけ恵まれていたか身に沁みるな」

ミカサ「………………」

リヴァイ「ただの職場の同僚の距離感って奴が、こんなに遠いものだと思わなかったな」

ミカサ「………………」

リヴァイ「……すまん。愚痴っている場合じゃねえな。部屋に戻らねえのか?」

ミカサ「グダグダなリヴァイ先生をこのまま放置していいものかと」

リヴァイ「放置してくれて構わん。今は独りの方が楽だ」

ミカサ「そうやってすぐ逃げる……」

リヴァイ「うるせえな。そういう性分なんだよ。恋愛事は元々苦手なんだ」

やれやれ。困った先生である。

リヴァイ「3年と遊べる最後の機会かもしれねえんだ。ほら、部屋に戻れ」

ミカサ「では、戻る前にひとつだけ」

私はリヴァイ先生に言ってやった。

ミカサ「私は以前、ハンジ先生と同じような顔をした人を知っています」

リヴァイ「……………」

ミカサ「その時は、私の方から誤解を解く為に動きました。リヴァイ先生とハンジ先生のケースがそのまま当てはまる訳ではないとは思いますが………ここで何も起こさなければ、きっともっと、後々辛くなると思います」

リヴァイ「……………」

ミカサ「私が言えるのはここまでです。失礼します」

踏み込めるのはここまでだと判断して私はドリンクを持って部屋に戻った。

エレンは何故か「VALENTI」を歌って踊っていた。

マルコ「エレン、完璧過ぎるよww」

オルオ「すげえな。まあでも、踊れるに越したことはねえか」

アルミン「エレン、踊るの意外と好きだよね」

エレン「まあな。ミカサ! 次は一緒にやるぞ!」

ミカサ「踊るの?」

エレン「適当でいいからさ! 一緒に歌って踊ろうぜ!」

ミカサ「うん!」

そして私達はアニにリクエストされて『虎視眈々』を踊って見せた。

ボカロソングはアニがいくつか教えてくれたので予習済みである。

そんなこんなで騒いで歌って踊って泣いて笑って、楽しい打ち上げがあっという間に終わってしまった。

夜の11時になり、さすがにお開きにしようとリヴァイ先生が言い出した。

リヴァイ「これ以上遅くなると危険だからな。車必要な奴は出してやるぞ」

ハンジ「はいはい。女子は私が送ってあげるからね」

会計を済ませて皆で外に出る。カラオケ店の外はすっかり夜だった。

リヴァイ先生の方からハンジ先生に話しかけている。

リヴァイ「ハンジ、酒入ってないよな?」

ハンジ「んもー疑う気持ちは分かるけど、今回は飲んでないよ? あんたにも飲ませてないでしょ?」

リヴァイ「ならいいが…………あ、すまん」

酒気を確認しようとしてすぐ離れてしまった。

私が言いたかったのはそういう事ではないのだが。

でもアレがリヴァイ先生の精一杯だったのだろう。慌てて遠ざかる姿が痛々しかった。

ハンジ「うん。酒臭くないでしょ? だから大丈夫だよ。リヴァイ」

リヴァイ「………そうか」

ハンジ「あ、あとね。リヴァイに言っておかないといけない事、あったから、ここで言ってもいい?」

リヴァイ「ああ。何だ?」

ハンジ先生の表情が少し翳ったのが分かった。

ハンジ「……………文化祭の最中に、モブリット先生に告白されちゃった」

リヴァイ「………そうか。やっぱりな」

ハンジ「あんたはやっぱり気づいていたの? モブリット先生の気持ちを」

リヴァイ「ああ。エルヴィンからモブリット先生の件については聞かされていた」

ハンジ「リヴァイはやっぱり、私にはモブリット先生とくっつく方がいいと思ってる?」

リヴァイ「……………」

リヴァイ先生の表情が強張っていた。

そんな事を聞かれても困る。そう、顔に書いていた。

ハンジ「返事はまだ、してないんだよね。というか、本音を言えばモブリット先生とはそういう関係にはなりたくないんだ」

リヴァイ「振る気なのか?」

ハンジ「だって、モブリット先生、絶対結婚を視野に入れて付き合いたいって思ってる。真剣な告白だった。だから、ちょっと気が重くてね。彼の事を嫌いな訳じゃないんだけど」

リヴァイ「……………もう、チャンスは来ないかもしれないぞ」

ハンジ「結婚の? うん。そうかもしれない。でも、私にとってはそれは、大した事じゃないんだ。それよりも、同僚との良好な関係の方を優先したいんだけど」

リヴァイ「難しいだろ。それは。どう考えても」

ハンジ「ああ、やっぱり? 私が女だからかな。あーあ」

ハンジ先生が夜空に愚痴る様に言った。

ハンジ「面倒臭いな。男に生まれていれば、こんな風に悩まなくても済んだのかな。私はただ、仕事を優先して生きていきたいだけなのにな………」

リヴァイ「…………それはお前の本心なのか?」

ハンジ「本心だよ。だって仕事楽しいもん。私、リヴァイ程、全員の生徒を溺愛している訳じゃないけど、それでもこの教職は結構、気に入っているんだ。だって、生物好きな子達と出会えるじゃない」

リヴァイ「ああ、その気持ちは俺にも分かる」

ハンジ「でっしょー? 勿論、クラスの全員が生物好きって訳じゃないけど、一人くらい、たまにいるでしょ? 生物が異様に好きな子。そういう子に出会って、自分の知識を託せる瞬間を知ったあの時から、もうこれ、絶対やめられないって思ったんだ」

ハンジ先生の授業が長いのはそのせいだったのか。

油断するとすぐ授業予定時間を脱線するくらい熱心だから、本当に教師という仕事が好きなのだろう。

ハンジ「私の話ってさ、長いからさ。よく敬遠されるけど、たまーにいるんだよ。話聞いてくれるオタクっ子が。そういう子達がまるで、昔の自分を見るようで、楽しいんだ。だから、絶対、今の仕事を辞めたくないんだよね」

リヴァイ「モブリット先生は結婚したらやめて欲しいって言っているのか?」

ハンジ「それは分かんない。だけど、『やめなくてもいい』とか『続けて欲しい』とは1度も言ってないから、潜在意識では辞めて家庭に入って欲しいと思っているかもしれない。確証はないけど」

リヴァイ「お前の悪い癖だな。そうやって、人の考えを悟り過ぎるところは」

ハンジ「そうかな? 注意深く観察していれば大抵の事は予想出来るよ。それが外れた事も滅多にない。だから、正直言えば怖いんだ」

リヴァイ「………………」

ハンジ「だから断るつもりでいるんだけど………どうやって断ればいいのか分かんなくてね。参ってる。いつまでも逃げる訳にはいかないし」

モブリット先生の件を断るつもりでいるのだからリヴァイ先生にとっては喜ばしい事の筈だ。

なのにこの時のリヴァイ先生は冷たくハンジ先生に言い返したのだ。

リヴァイ「そんなもん、ただ一言、『付き合えないからごめんなさい。同僚としてしか見れないから』と言えば済むだろうが。俺に愚痴るような事じゃねえだろ」

ハンジ「いや、でも………それじゃあモブリット先生、傷つけちゃ………」

リヴァイ「だからどうして、それを俺に言うんだ!! お前は俺に何を期待しているんだ?!」

ハンジ「!!!」

リヴァイ先生の怒鳴り声は辺りに大きく轟いてしまった。まずい。皆、一斉に注目している。

でも周りを気遣う余裕がないようで、リヴァイ先生の汚い言葉は止まらなかった。

リヴァイ「うまく言い含める方法ならエルヴィンの方が上手い事を考えられるだろう。言っておくが、俺は口がうまくない。今言った以上のアドバイスなんて俺に出来る訳ねえだろ!!」

ハンジ「!」

リヴァイ「いい加減にしてくれ。俺にだって出来る事と出来ない事がある。出来る事はお前にしてやれるが、それ以上の事はしてやれない。たとえ職場の同僚だとしてもだ」

ハンジ「あっ………ご……」

ハンジ先生を放置して何処かに行ってしまった。

リヴァイ先生の行動は褒められた物ではない。男としても、教師としても。

でもリヴァイ先生も人間なのだ。感情的になってしまえば間違う事だってある。

そしてこの直後のペトラ先輩の行動もそうだ。

本当ならやってはいけない事だと私は思った。でも冷静に思えるのは私が当事者ではなかったからだ。

私はあくまで蚊帳の外の人間だ。だから見守る事しか出来なかった。

ハンジ「リヴァイ……ご……」

ざわめきが止まない中、ペトラ先輩が踏み出した。

ペトラ「ハンジ先生、ちょっといいですか?」


パン……!


一発。力強い一発だった。

ハンジ先生は目を丸くしていたし、一同も唖然とするしかない。そんな一撃だった。

ペトラ「ハンジ先生、今のはいくらなんでもハンジ先生が悪いです。リヴァイ先生がキレるのは当然じゃないですか」

ペトラ先輩の声は怒りに満ちていたけれど、それ以上に悲しみの方が大きいように見えた。

ハンジ「う……うん。確かに、今のは私が悪かった。どう考えても私が悪い」

叩かれた頬を触りながら、ハンジ先生が混乱していた。

ハンジ「私、何を期待していたんだろう。リヴァイになんで、何で………」

矛盾した自分にやっと気づき始めたのだろう。

理性的な行動が取れなくなっている自分に早く気づいて欲しい。

ペトラ「私、思うんですけど……線引き出来ていないのはリヴァイ先生じゃなくて、ハンジ先生の方ですよね?」

ハンジ「え………?」

ペトラ「今の会話、どう見てもリヴァイ先生に「甘えている」ようにしか見えなかったですよ? 自覚ないんだとしたら、尚、性質が悪い」

と、言い捨ててペトラ先輩がオルオ先輩の方へ行ってしまった。

その後にニファ先輩が駆け寄って「大丈夫ですか?」と気遣った。

ニファ「少し、落ち着いた方がいいと思います。立てますか? 先生」

ニファ先輩の方がペトラ先輩より冷静だった。

その理由については当時は理解出来なかったけれど。

のちにニファ先輩がハンジ先生に命を助けられた経緯がある事を知って合点がいった。

ハンジ「うん、ごめん……ちょっと頭冷やしたいかも」

と言ってヨロヨロと立ち上がったハンジ先生に肩を貸しているニファ先輩だった。

ハンジ「ごめん。皆。先に帰らせてもらっていいかな?」

男子生徒「いいっすよ。あんまり気落とさないで下さいね。ハンジ先生」

男子生徒「そういう事もありますって」

3年の先輩達は割と普通にしていた。ハンジ先生を慰めている人が殆どだ。

その様子を眺めながら私達もそれぞれ帰路についた。

自宅に帰りついてからつい、私はエレンに言ってしまった。

ミカサ「ハンジ先生、大丈夫かしら」

エレン「確かに心配だけど……もうなるようにしかならねえよな」

この時点では、リヴァイ先生に余計な事を言ってしまったかしら。

そんな風に思いながら、頭の中で2人を案じるしかなかったのだった。

今回はここまで。
出来るだけ間を空けずに一気に行きたいですが、いやはや。
何分、リアルとの兼ね合いもあるので投下はランダムになりそうです。

では続きはいつかまた。ノシ





次の日、クラスの方の打ち上げがボーリング場で行われた。

ユミルがボーリング推しだったのだ。私もそれに異存はなかったので賛成した。

ユミル「よっしゃああああああ! すかっとするうううううう!!!」

ユミルがとてもはしゃいでいた。ちょっと可愛い。

私も気合を入れてストライクを連発した。うん。決まると気持ちいい。

アルミン「ボーリング久々だね~」

エレン「アルミン、ボーリング得意だよな。スピードのろいのに何であっさりストライク取れるんだ?」

アルミン「そこはほら、ボールのコントロールを磨いた訳だよ」

カコーン…カコーン…と小気味よい音がボーリング場内に響いている。

皆、わいわい楽しんでいる最中、クリスタだけが浮かない顔をしていた。

どうしたのだろうか? ユミルはあんなに楽しんで居るのに。

エレン「ん? クリスタ、何か元気ねえな? どうした? 具合悪いんか?」

クリスタ(びくん!)

アルミン「そうなの? クリスタ」

クリスタ「う、うううん! そんなことないよ? 楽しいよ?」

エレン「クリスタもアルミンと同じ技巧派タイプなんだぜ。この間、やった時、思いっきり騙されたよな」

アルミン「え……この間っていつ? エレン」

エレン「あーミカサの夏に水着を見立てに行った時だな。あの時、クリスタも一緒だったんだ。んで、帰りにボーリングしたよな」

アルミン「裏切り者ー(棒読み)」

エレン「しょがねえだろ!! 呼び出されたのはオレとライナーだけだったんだし」

アルミン「いや、途中からでも参加させてくれたっていいじゃないかー(棒読み)」

エレン「あ、そっか。そう言われればそうだな。すまん……」

クリスタ「…………」

3人の会話をこっそり聞いていると、やっぱりクリスタの様子がおかしかった。

クリスタ「あ、あのね……」

エレン「ん?」

クリスタ「2人は、ユミルの事、どう思う?」

ユミルはまだまだストライクを取り続けている。

エレン「ああ、性格悪いけど根は悪い奴じゃねえのかな? 口悪いけど」

アルミン「エレン、それはほとんど悪口だよ」

エレン「えー? じゃあ、あ、意外と周りをよく見ているかな。気回せるっていうか。気配りは出来る奴だよな。口悪いけど」

アルミン「君も大概だよ。エレン……」

エレン「アルミンに言われたくはねえなあ。アルミンはどう思う?」

アルミン「んー……大人っぽい色気はあるよね。スーツとか似合いそうだね」

エレン「おま、ユミルにまでエロ目線でいうのか。このエロ師匠が!」

アルミン「え? ダメ? いやだって、ユミルは色気あるよ? まあ、僕はユミルはタイプではないけど」

クリスタの反応が変だった。顔が赤い。

エレン「……? なんか、気に障ったのか?」

クリスタ「ううん。別に……」

エレン「いや、でも顔、赤いぞ?」

クリスタ「?! (顔隠す)」

アルミン「今、何か僕、変な事、言った?」

クリスタ「ううん。全然……その、私も実は、そう思うんだけど、それって変なのかな」

アルミン「え?」

クリスタ「ユミルが、大道具の恰好で走り回っている姿見て、なんかいつもと違うユミルだなあって思って。格好いいっていうか、色っぽいというか、凄くいいなって思って。でもこれって、変なのかな」

エレン「………別に変じゃないと思うぞ。オレもミカサの男装姿を見て「いいね!」って心の中ではしゃいでいたからさ」

クリスタ「でも、それはエレンが「男」だからでしょ? 私、「女」なのに「女」の人にときめくのって、おかしくない?」

アルミン「…………………」

つまりクリスタはユミルの事が好きかもしれないのか。

2人の仲の良さは、普通の仲の良い女子同士のそれよりも良いようには見えるが。

その話を聞いたアルミンが石像のように固まってしまったのが何とも。

エレン「んー………」

アルミンを支えながらエレンが相談に乗っていた。

エレン「すまん。オレは同性に対してそっちの感情を持った事がないから、さっぱり分からん。だから無責任な事は言えねえけど、同性に対して「可愛い」と思うことくらい、男でもあるぞ?」

クリスタ「そ、そうなの?」

エレン「ああ。アルミンとか、あとそうだな。リヴァイ先生も……かな」

ミカサ「エレン、それは初耳。本当?」

こっそり話の流れを聞いていた私はエレンの背後に詰め寄った。

ミカサ「エレン。ちょっとその件について詳しく聞いていいかしら? 特にリヴァイ先生の方を<●><●>」

エレン「いや、そんなに顔近づけるなって。あくまで例え話……」

ミカサ「例え話だろうが何だろうが、リヴァイ先生を「可愛い」と思った時点でダメ。許さない」

アルミンが可愛いのは許す。でもリヴァイ先生は許せない。

エレン「ミカサのヤキモチは凶器だな! 頼むからちょっと落ち着け!!! 今はクリスタの話だから!!!」

エレン「だから、女同士でも「格好いい」と思うくらい別に変でも何でもねえよ。ミカサも女のファンがついちまったくらいだからな」

ミカサ「うっ……それは確かにあるけど」

女子に追いかけられるという目にあったから、そこは同意する。

クリスタ「そ、そう……」

クリスタはまだすっきりしない様子だ。

クリスタ「でも、もやもやするんだよね。ユミルに触りたい気持ちになったり、その、ヤキモチなのかなって思う事もあるの。独占欲みたいなの、あるのは分かる。勿論、友達同士でもそういうのあるってのは分かってる。でも、これって、その範囲内なのか、分かんないのよね」

エレン「んー……」

エレンが渋い顔で悩んでいた。

ここで無責任な発言をしてしまったら、クリスタに悪いと思ったのだろう。

だからエレンはエレンなりに考えて一生懸命言葉を選んでいた。

エレン「それはオレが決める事じゃねえよ。クリスタ。自分で決める事だ」

クリスタ「じ、自分で…?」

エレン「ああ。例えそれがどんなに「変」な感情でも、それをどう「定義」するかは、自分で決める事だろ? 人から見たらそう見えても、そうじゃない場合もあるし。逆もあるんじゃねえかな」

クリスタ「逆?」

エレン「所謂、ツンデレな奴とかそうだろ? ツンツンしているけど、本当は好きとか。冷たいようで、本当は声援を送っているとか」

クリスタ「意味がイマイチ分かんないよ。エレン……」

エレン「悪い。オレもあんまり口がうまくねえから、分かりやすくは言えないけど」

そこで少し間を置いてエレンは続けた。

エレン「………とにかく、ユミルが好きなら、多分、好きなんじゃねえの? それがどんな関係でもいいじゃねえか」

クリスタ「それって、無理に恋愛に定義しなくていいって事?」

エレン「それはクリスタ自身がそう「したい」と思った時に定義すればいい話で、「今」そうする必要はねえだろ?」

クリスタ「そっかあ……」

クリスタの曇り顔が少し晴れたようだった。

クリスタ「エレン、ありがとう。ちょっと頭の中が綺麗になった気がする」

エレン「おう。なら良かったな」

クリスタ「うん。ありがとう。エレンに話して良かった」

クリスタの恋愛相談はあっさり解決した様だけど。

問題はアルミンの方だった。

アルミン「………………」

アルミンの顔が酷い事になっていた。

アルミン「まさかの斜めからの刺客だよ。ユミルがクリスタの心を盗んでいたなんて……」

エレン「いや、でもあれは、そういうのじゃないかもしれないけどな」

アルミン「限りなく黒に近いグレーじゃないか! ううううう……(泣き出した)」

エレン「でも気持ちは分からなくはねえよな。ユミルの大道具姿、結構、格好良かったし」

ミカサ「うん。ユミルは格好いい。それは私も同意する」

やる事をきちっと整理して皆をまとめていった様子は凄く格好良かった。

エレン「アルミンも自分から行動起こさないと、手に入らないんじゃねえの?」

アルミン「クリスタがユミルみたいな格好いい人がタイプなら僕は完全に論外じゃないか……(ズーン)」

エレン「うーん……(困惑)」

と、其の時アニがこっちにやってきてツッコミを入れた。

アニ「何やってるの? アルミン、エレンとイチャイチャして。そっちに目覚めたの?」

アルミン「誤解を招くような事言わないでよ!!! 僕は健全な男の子だよ?! (*起きました)」

アニ「膝枕してもらっている時点でアウトだと思うけどね。いや、私は腐ってないけど、マーガレット先輩がここに居たらテンションあがるなあと思って」

アルミン「そうだった。ちょっと自重しよう。うん。もう大丈夫だよ(キリッ)」

アニ「やれやれ。アルミンも失恋か。失恋レストランを開いた方がいいのかもね」

エレン「ああ。秋は失恋の季節なのかもしれないな」

アルミン「そ、そんな事ないよ。秋だって恋の季節だよ。人が恋しくなる季節じゃないか。冬に向けて」

アニ「ああ、クリスマス?」

アルミン「そうだよ。クリスマスまでに彼女欲しい! って思う男子もいると思うよ」

エレン「そういえば、ミカサ。クリスマスどうする?」

ミカサ「クリスマス?」

エレン「ほら、占いで「デートした方がいい」みたいな事も言われたしな。クリスマスはちょっと贅沢してみないか?」

冬のデートなら海よりも山の方がいいと思った。

ミカサ「贅沢……山登りとか?」

エレン「え? お前の中で山登りは贅沢なデートなのか」

ミカサ「うん。山登りはとても贅沢なデート……(キラキラ)」

エレン「そ、そうか……まあ、いいや。うん。それは今度やるとして、クリスマスは何か記念になるような事をやりたいな」

ミカサ「エレンに任せる(うっとり)」

ふふふ。先の予定が埋まりそうで何より。

アルミン「そこ! リア充爆発させないで! 爆ぜろって言いたくなるから! ジャンじゃないけど!」

エレン「悪い。ついついな」

エレンがニヤニヤしていると、アニがふと視線を逸らして言った。

アニ「クリスマスか。今年も独り身かな。私も」

ミカサ「え?」

アニ「クリスマスを誰かと一緒にわいわい過ごしたことないんだよね。クリスマスパーティーみたいなの。やったことある?」

ミカサ「家族でひっそりとしたものはやるけど、クリスマスに皆でわいわいはしたことない」

アニ「だよね。今年くらい、やってみたいなあって思うけど……(チラリ)」

成程。そういう事なら、GWの時のように皆で集まるのがいいと思う。

ミカサ「では、クリスマスは皆でエレンの部屋に集まろう。そしてゲーム大会をやろう」

エレン「ええええええ………」

エレン「2人で過ごすんじゃないのかよー」

ミカサ「それは、イブの間に済ませて、当日は皆で集まりたい」

エレン「ああまあ、それでもいいけどさー別にー」

アニ(ニヤリ)

と、其の時はそんな感じで予定をざっくり立てていたのだけど。

まさかこの後、その予定を覆す大事件が勃発するなんて。

その当時は全く予想していなかったし、その運命の日に立ち会う事になるとは。

人生とは本当に分からないものだとつくづく思ったのだった。






そして次の日。10月7日。

この日は文化祭が終わった事も有り、教室の中はすっかり気合が抜けていた。

でも私の頭の中には次の事があった。次は16、17日に中間考査が待っているからだ。

中間が終わった後は四者面談も行われる。進路指導のエルヴィン先生と担任のキース先生と保護者と自分を交えて今後の相談会が行われるのだ。

ジャン「どーすっかなあ」

休み時間、ジャンがクラスの演劇部のメンバーを集めて迷っていた。

ジャン「舞台後の反省会をしておきたいけど。テスト前でもあるし。いつ集めようかな」

アルミン「まあ、反省会だけならいいんじゃない?」

マルコ「そんなに時間は取られないよね?」

エレン「悪い。オレ、昼休みの間に進路指導室に行って来てもいいか?」

ジャン「ん? 何か用事があるのか?」

エレン「四者面談の件だよ。まだ何もとっかかりがねえからさ。資料だけでも見ておきたいと思ってな」

ジャン「ああ、成程。いいぜ。そっちを優先したい奴もいるよな。今回の反省会は中間考査が終わってからでもいいか」

アニ「そうして貰えると有難いかな」

ミカサ「うん。そうしよう」

という訳で、文化祭の反省はとりあえず中間考査が終わってからという話がついたので、私とエレンは昼休みに進路指導室に行く事にした。

部屋の中に入ると、先客が1人だけいた。

リヴァイ「ZZZZZ………」

奥のソファで寝転んで仮眠を取っているリヴァイ先生がそこにいた。

私達が部屋に入るとその気配で起こしてしまったようだった。

リヴァイ「あ? しまった。寝ていたか」

エレン「起こしてすみません……」

リヴァイ「いや、助かった。昼休みだろ? 昼飯食わないといかんからな」

ミカサ「こんなところでサボっていたんですか?」

リヴァイ「自宅じゃあまり寝れなくてな……」

この様子だとハンジ先生の件はまだ解決していないようだ。

エレン「あの、食べてますか?」

リヴァイ「ああ。飯はちゃんと食ってるよ。ただ、寝る方がちょっとな」

目の下のクマが酷かった。いつもにも増して。

リヴァイ「エルヴィンは? あいつはいないのか?」

エレン「後から来ると思いますけど。先に行ってていいと言われて鍵貰って先に部屋に入りました」

リヴァイ「そうか……」

リヴァイ先生がすっかり意気消沈している。

私達はリヴァイ先生と向かい合う形で前の席に座った。

リヴァイ「自分の口の悪さを後悔したのは今回が一番かもしれん……」

エレン「まだ、謝れてないんですか?」

リヴァイ「目も合わせてくれなくなった。完全に距離を取られているよ」

ミカサ「そうですか………」

悪化しているようだ。ここまでくると可哀想ではある。

リヴァイ「なんでこう、俺は天邪鬼なんだろうな。本当は、ハンジが甘えて来た瞬間、嬉しかったのに」

ふむ。そういう気持ちを素直に顔に出せないのも悪いのかもしれないが。

リヴァイ「モブリット先生と付き合わないという判断をしたハンジに喜んでいる自分がいるのに、それをさっさと実行しないハンジに苛ついた。モブリット先生を気遣うあいつの様子に嫉妬したんだよ。男として、最低じゃねえのか、これって」

ミカサ「いいえ? 全然。それはむしろいい傾向だと思いますが」

リヴァイ「そうなのか?」

ミカサ「はい。大丈夫です。それは正常な感情です」

あの場面でリヴァイ先生が苛ついた気持ちは分からなくもない。

でも女の立場から考えたら、ハンジ先生の行動に頷ける部分もあるのだ。

ミカサ「でも、そこで「俺に何を期待しているんだ?!」というような言い方をされていたのはマイナスだったと思います。あの時、ハンジ先生はそこまでは求めていなかった。ただ、リヴァイ先生に話を聞いて欲しかっただけなんだと思うので」

リヴァイ「解決策を俺に求めていた訳じゃなかったのか」

ミカサ「女なんてそんなもんです。聞いてくれさえすれば、後は勝手に自分で立ち直ります」

その「話を聞いてもらう」という行動そのものが「甘える」という事なのだ。

だからペトラ先輩はキレたのだ。甘えないと言った癖に、行動が伴っていなかったから。

リヴァイ「そうか……いや。そう言われればその通りだ。いつもの俺達なら、それに気づいていた筈だ。やっぱりあの時は、お互いに正気じゃなかったんだな」

ミカサ「そうですね。でも人間は冷静でない時は必ずあります。私もそうです」

失敗は誰だってやる。人間だもの。

ミカサ「でも、失敗しても、克服する事は出来ます。私がそうだったので」

リヴァイ「……」

ミカサ「その為には誰かの力を借りる事も必要だと思います。リヴァイ先生の場合は、一人で抱え込み過ぎなのでは?」

リヴァイ「………………」

リヴァイ先生が顔を隠して泣きそうになっていた。

リヴァイ「今、優しい言葉をかけないでくれ。泣いてしまいそうになるだろうが」

ミカサ「泣けばいい。どうせ今、ここには私とエレンしかいない」

エレン「いいですよ。泣いても。リヴァイ先生。誰にも言いませんから」

リヴァイ「……………」

でもリヴァイ先生は泣かなかった。微笑んでこっちを見ている。

リヴァイ「お前らは本当に強いな。でも俺は天邪鬼だからな。泣けと言われたら泣きたくなくなるんだ」

ミカサ「面倒臭い……」

リヴァイ「ほっとけ。しかしこうやって話しているだけでも大分落ち着くな。ありがとう………」

リヴァイ先生の気持ちが少し落ち着いた其の時、


ハンジ「ごめんね。エルヴィン。急に時間とってもらって」

エルヴィン「構わないよ。どうしても相談したい事なんだろ?」


噂のハンジ先生とエルヴィン先生が入室してきたのだ。

リヴァイ「!」

リヴァイ先生は反射的にソファに寝転んで隠れてしまった。

私達も隠れようか迷ったけれど、よく考えたら向こうからは直接、こっちは見えない。間に本棚があるからだ。

進路指導室は話し合うスペースが2つあり、私達が座っていたのは奥の席だ。

ハンジ先生とエルヴィン先生は入り口に近い手前のスペースに座り込んだ。

どうしよう。でもここで出て行く訳にもいかず、私達は目で合図してここに残る事にした。

ハンジ「困ったよエルヴィン! 私、またやらかしたよおおおおお!!」

エルヴィン「うん。何をやらかしたの?」

ハンジ「もう全部だよ全部! 何もかも!! モブリット先生には告白されるし、リヴァイのところのペトラに頬ぶたれるし、リヴァイとはまた喧嘩しちゃうし! 忙しすぎるよおおおおお!!!」

エルヴィン「ハンジ。話が断片的過ぎる。ちょっと落ち着こうか」

ハンジ「う、うん……ごめん(赤面)」

ハンジ「…………あのね」

ハンジ「わ、笑わないで聞いて欲しいんだけど」

エルヴィン「ああ。笑わないよ」

ハンジ先生の声の調子がいつもと違った。可愛い声になっている。

その様子にリヴァイ先生の顔も変わった。密かに萌えているようだ。

ハンジ「私、物凄い大きな勘違いをしていたのかもしれない……」

エルヴィン「勘違い? どんな?」

ハンジ「その……リヴァイ、との事なんだけど」

リヴァイ「!」

面白いくらいにリヴァイ先生が目を開いて驚いている。

こっちもドキドキしてきた。釣られて緊張してしまう。

エルヴィン「リヴァイがどうかしたのか?」

ハンジ「ええっと、ちょっと待ってね。今、頑張って分かりやすく説明するから」

エルヴィン「うん」

ハンジ「……………実は、昨日の振り替え休日にモブリット先生と2人で会ったんだ」

リヴァイ「!」

リヴァイ先生が脂汗を掻いている。嫉妬の炎が着火した様子だ。

ハンジ「勿論、お付き合いを断ろうと思ってね。申し訳ないけど、私は結婚を視野に入れた付き合いは出来ないし、何よりモブリットとは同僚でいたかった。でも彼はどうしても納得してくれなくて。だから私、思い切って言ったんだよね。自分のダメなところ。全部。出来るだけ、詳細に。そしたら、彼は『それでも真剣に交際したい』と言ってきてね。何もかも、私側の要望の条件を飲んでも、それでもいいから付き合いたいって言い出してきて、正直、驚いたんだ」

エルヴィン「それだけ彼が真剣にハンジを愛している証拠だね」

ハンジ「うん。まさかここまで食い下がられるとは思わなくて……だから、つい、言っちゃったんだ。私、風呂もまともに入らないくらい超がつく程の面倒臭がり屋だよって。リヴァイとの事は勿論、伏せたけど。そしたら、モブリット先生の方から『だったら一緒に試しに風呂に入ってみませんか』って言ってきて……」

この瞬間のリヴァイ先生の顔をどう説明したらいいのか。

人を殺し兼ねない程の殺意を腹の中に押し込めているような。

でも顔の筋肉は動かさないように必死に耐えているような。

とにかくいろんな感情が混ざっていたのだろう。気配を言い表すならまさに「般若」だった。

エルヴィン「入ってみたんだ」

ハンジ「うん。まあ、1回だけならいいかなっていうか、その……ごめん。正直、押し切られたような形だったんだけど」

顔を隠してしまった。リヴァイ先生、南無。

ハンジ「んで、まあ、その……リヴァイ以外の男の人に初めて、自分の体を洗って貰ったんだよね」

エルヴィン「ふむ……」

ハンジ「正直、その…リヴァイの時のような爽快感のようなものがなくて、さ。だらだら体洗うし。なんていうか、そこじゃない! みたいな。ええと、こういうのなんていうのか分からないんだけど、とにかく、その……なんか違うなって思ってしまってね」

エルヴィン「うん……」

ハンジ「でも折角洗って貰っているのにそんな事、言えないじゃない? だから適当なところで「もういいよ」って言って切り上げさせようと思ったんだけど」

エルヴィン「ふむふむ(ニヤニヤ)」

ハンジ「そしたらさ、その、モブリット先生が、その、だんだん、その気になってきて……私の、股を洗おうとしてきたから、思わず「そこはやめて!!」って、跳ね除けてしまって………」

…………。ハンジ先生ってやっぱり、私とは感覚が大分違うような気がする。

まあいい。そこは置いて置こう。続きを耳ダンボする。

ハンジ「その瞬間、私、思い出したんだよ」

エルヴィン「何を?」

ハンジ「リヴァイと、一緒にダンスの資格を取りに行く為に旅行した時の事を」

リヴァイ「…………」

リヴァイ先生の顔がどんどん赤くなっていった。

おや? これは何か、面白い事が聞けそうな予感がする。

ハンジ「あの頃から既に、私、あいつと良く一緒に風呂入っていたし、体も洗って貰っていたんだけどさ。リヴァイはね、絶対、その、あそこだけは、絶対。何があっても洗おうとしなかったの。だから一回、「なんで?」って聞いてみたんだよね」

ハンジ「そしたらさ、『そこは人間の体で一番デリケートな部分だから力加減がとても難しい。洗ってやれない事もないが、同意がない状態では洗ってやれない』って言ってきてね。『そこだけは、自分でやれ。まあ、洗って欲しいならやってやれなくもないが……』って言って、こう、手首をくいっと動かしてね?」

うわあああああああ………。

それを聞いた瞬間、こっちまで顔が赤くなってしまった。

本当、ドスケベ。リヴァイ先生、スケベ過ぎる!

ハンジ「勿論、私は『丁重にお断りします!!!!!』って言って、慌てて拒否したけどね。だから、リヴァイは私の身体は洗ってくれていたけど、絶対、その、女性器の部分には触れなかったんだよ」

エルヴィン「それは初耳だったね。私はてっきりそこも込みだとばかり思っていたよ」

ハンジ「あー普通はそう思うかもね。でも、本当。うん。信じて貰えないかもしれないけど、そこだけは外していたんだ。あ、おっぱいも、かな。『自分でやれるだろ?』って。あいつが念入りに洗うのは背中側の方で、自分では洗いにくくて、汚れが溜まりやすい場所だったね。それ以外は、ざっと、する感じ。私が疲れない様に、必要最低限の洗い方しかしなかったのよ」

リヴァイ先生が撃沈していた。ぴくぴく痙攣してまな板の魚のようだった。

瀕死の重傷を負ったような感じだったけど、まさに精神的に大ダメージだったのだろう。

エルヴィン「ふむ……」

ハンジ「んで、今思うと、私がそう答えた直後、あいつ、小さく『ちっ』って、舌打ちしていたんだよね。私の気のせいだったのかもしれないけど、今となっては、確認のしようがないけど。でも、でもね………」

それは絶対、気のせいではない気がする。

ハンジ「それ、思い出した瞬間、私、なんかこう、ふわあああって、体が熱くなってきて、リヴァイとの思い出が一気にこう、蘇ってきて、身体に力が入らなくなってきて、震えてきてね。こういうの、もしかして、もしかすると、あの……なんていうか、その、私達って、実は、その………」

エルヴィン「あともう少しだよ。ハンジ、頑張って」

ハンジ「う、うん。あーちょっと、水飲んでいい? 喉カラカラなんだけど」

エルヴィン「紅茶を出してあげよう。ちょっと待ってて」

そして紅茶を入れて再開。ハンジ先生は落ち着いてから続けた。

ハンジ「私ね、こういうのも変な話だけど、セックスでイクっていう経験、まだしたことないんだよね」

う、うん? いきなり何故そういう話になるのだろうか?

ハンジ「セックス自体はその、何度か経験あるけど、エロ漫画とかビデオであるような、ああいう大げさな快楽の経験が一度もなくて。だからどこかで「女として欠陥品」なのかなって思っていて。まあでも、別に生活に困る事でもないし。それに「トキメキ」の謎が解けないうちはやっぱり、そういうの無理なのかなって諦めていたからね」

エルヴィン「そうだったね。では、今は違うのかな?」

ハンジ「うーん………その、私の場合は、もしかしたらその「快楽」そのものをあんまり求めてなかったんじゃないかなって結論になった」

エルヴィン「快楽を求めていない?」

ハンジ「そう。それよりも、「安心」というか「安心感」かな。うん。こう、どっしりとした、布団に包まれるような幸せっていうのかな。ふわっとするような、くすぐったいような。ドキドキじゃなくて、気が付くと、ニヤッとしているような。そういう小さな幸せを積み重ねていけるような。そんなパートナーが欲しかったのかもしれない」

エルヴィン「うん。では、その相手が、リヴァイなのかもしれないと。そう思ったんだね?」

ハンジ「うん………多分、そういう事なんだと思う。だからその、世間から見たら変なのかもしれないけど。私、その、リヴァイとは、男女の仲の範囲でつきあっていたのかもって、今になって思ったの」

成程。布団に包まれるような幸せなら私にも分かる。そういう気持ちになれる相手なら間違いない。

エルヴィン「いいや? 全然変じゃないよ。ハンジ。というか、気づくのが遅すぎるよ」

ハンジ「やっぱり?! 私、やっぱり気づくの遅かった?! ああああ…………!」

リヴァイ先生が生き返った。普段の顔色に戻ったようだ。

いや、普段よりも気色の悪い顔をしている。幸せ過ぎてニヤニヤしている。

ハンジ「見つからない筈だよ。私の中の理想って、若い皆がやってるような「ドキドキ」じゃなくて、「ニヤッ」だったんだよ。すっごく小さな幸せだったんだよ! 線香花火くらいの。それを地味に続けるような感じ! 一緒に馬鹿やってくれるような、そういう人を求めていたんだって、やっと分かったんだよ」

エルヴィン「それはつまり、リヴァイの事を、ちゃんと男性として好きだって事だね?」

ハンジ「多分……いや、ごめん。うん。ちゃんと、好き」

ハンジ先生のその可愛い声に、リヴァイ先生がまた萌えて震えていた。

ハンジ「だからその、エッチしてないけど、しているような? 矛盾しているけど。ひとつになってないのに、ひとつになっているような。そういう関係だったのかなって、今になって思ってね。これって、やっぱり変かな?」

エルヴィン「いいや? 変じゃない。というより、エッチの「定義」の認識の方が間違っていると私は思うよ」

ハンジ「定義の方が?」

エルヴィン「そう。キスとセックスをしないと「エッチ」ではないと誰が決めた? 心が通じ合えば、たとえ触れる事すら敵わなくとも、それは恋人同士の愛の営みという事も出来るんだよ」

ハンジ「そっか……じゃあ固定観念に囚われていたのは私の方だったんだね」

と、すっきりしたようにハンジ先生は言った。

ハンジ「実際、すっごい気持ちいいなって、思っていたんだよね。リヴァイとのお風呂。酷い時は、途中で寝ちゃう事もあったよ。だって、あいつ、洗うの上手すぎるんだもん。でも、私が寝ちゃっても、ちゃんと服着せてくれて、その辺の床の上に寝転がしてくれてね。安心して寝る事が出来たんだ」

エルヴィン「つまり、ハンジにとって、リヴァイは安心出来る存在だったんだね」

ハンジ「うん。それに気づいたのは……あの子が体張って私の頬をぶってくれたおかげだよ。あの子には感謝しか出来ないよ」

ペトラ先輩もいろいろ辛かったと思う。あの時は。

ハンジ「私にね、「リヴァイに甘えているようにしか見えない」って、超どストレートの言葉を注入してくれてね。その言葉の意味を噛みしめた瞬間、なんかこう、だんだん、パズルのピースが集まってくるような。自分の中の「謎」が全部一気に解けていくような。推理小説の解答を全部理解するような。不思議な感覚を味わったよ。あの子も辛かっただろうに。本当に、彼女には申し訳ない事をさせてしまったよ」

エルヴィン「そうか。では、ペトラが体を張ってくれたおかげで、今のハンジの「結論」が出たんだね」

ハンジ「スイッチボタンを押してくれたような感じだね。爆発させたのは、モブリット先生だったけど」

エルヴィン「そうか。そこまで結論が出たならもう、ここから先はリヴァイと本当の男女の意味で付き合っていくつもりなのかな?」

ハンジ「うぐっ……!」

ん? その直後、ハンジ先生の声が詰まった。

ハンジ「むしろ問題はそこから何だよね……」

エルヴィン「何が問題だ? ハンジはリヴァイの事、好きなんだろう?」

ハンジ「いや、でも、この間、物凄くまた怒らせちゃってね。どうやったら謝れるのか分からなくて……というか、目合わせると、自分の顔が赤くなるの分かるし。まともにあいつ、見れない自分が居て、どうしたらいいのか分かんないんだよね」

成程。意識し過ぎて混乱していただけだったのか。

それを知った瞬間、リヴァイ先生がほっと胸を撫で下ろすのが見えた。

ハンジ「だからその……今後、どうしていったらいいのか、エルヴィンにアドバイスを」

エルヴィン「それはもう、私がどうこう言える問題じゃないな。愛の進路相談は、2人でやるべき事だから。なあ、リヴァイ?」

この瞬間、リヴァイ先生はレット・バトラーがスカーレット・オハラの恋愛模様の盗み聞きをばらした瞬間のような悪漢の顔になってゆっくり立ち上がった。そしてくるりと、振り返り、

リヴァイ「ああ。じっくり話し合おうか。ハンジ」

と決め顔で言いきったのだった。

ハンジ「ぎゃあああああ?!」

ハンジ「え……嘘……今の、全部、聞いていたの?」

リヴァイ「ああ。全部、聞いた」

ハンジ「酷い!! エルヴィン!!! これ、完全に私を嵌めたね?!」

エルヴィン先生はわざとらしく両肩を竦めて見せた。

エルヴィン「人払いをして欲しいなんて一言も言わなかっただろ? 先客はリヴァイ達の方だったしね」

リヴァイ「ああ。ここのソファで寝かせて貰っていたからな」

ハンジ「あーうー(赤面)」

エルヴィン「じゃあ、ここからは、2人だけで大丈夫だね」

リヴァイ「ああ。手間をかけさせたな。エルヴィン」

エルヴィン「このくらい、どうって事ないよ。じゃあ、ごゆっくり♪」

という訳で私達も進路指導室を追い出されてしまった。

ドアの外でエルヴィン先生が悪い顔をしている。

エレン「な、なに話すんだろう……気になる」

エルヴィン「大丈夫。既に手は打ってある」

エレン「え?」

エルヴィン「ピクシス先生が今、監視室にいるから。進路指導室の様子はRECしている筈だよ」

え? という事はつまり。

エルヴィン「教室に移動してご覧? テレビ繋いで今頃、中の様子を中継している筈だよ」

よし! 早速続きを見よう!

ミカサ「エレン、教室に戻ろう」

エレン「お、おう……」

教室に戻ると本当にテレビ中継が入っていた。

リヴァイ先生とハンジ先生のガチ(愛の)進路相談が始まっていた。

教室に残っている生徒は突然のお昼のテレビ放送に「なんだ?」とざわついている。

この時の事は、何度思い出しても笑ってしまうけれど。

もう今更、詳しく振り返る必要もないだろう。

ハンジ『もう、私の馬鹿ああああああ?!』

結婚を押し切られたハンジ先生の悶絶模様を最後に中継が打ち切られた。

ミカサ「け、結婚するって、今、言った……」

エレン「ああ。言ったな」

ミカサ「しかも、クリスマス。12月25日に籍を入れるって……」

エレン「ああ。その日はリヴァイ先生の誕生日だから丁度いいじゃねえか」

ミカサ「じゃあ、結婚式もその日にするのかしら?」

エレン「かもしれねえな。あ、でもそうなると、クリスマスパーティーどころじゃねえよな。オレ達、リヴァイ先生に世話になったんだし、2人をお祝いしてあげないと」

ミカサ「そ、そうね……そうなる」

エレン「何してやろうかな。やべえ! 次の授業どころじゃねえなコレ!」

エレンもわくわくしていた。教室中がお祭り騒ぎだった。

その直後、もう1回、テレビ放送が来た。

リヴァイ『あー……授業始まる前に、すまん。ちょっとお知らせだ。12月25日、学校の体育館を借りて、俺とハンジの結婚式をあげてくれるっていう話がついたようだから、その日に結婚式の披露宴を行う。来たい奴は来てもいい。だが、生徒は全員、制服で来い。時間は追って知らせる。以上だ』

と、追加情報がきて、教室は更に轟いた。

アルミン「凄かったねえ。公私混同もいいところだね! でも良かったよ。ちゃんとくっついて」

エレン「だな。今頃、エルヴィン先生とピクシス先生、祝杯あげているんじゃねえかな」

ミカサ「次の授業の準備、出来ない……」

エレン「はは! ちょっと遅れてくるかもな。次の授業はなんだっけ?」

エレンがそう言うと、キッツ先生が渋い顔で遅れて教室にやってきた。

でも淡々と授業を始めた。我関せずといった風だった。

教室の中はまだ先程の動揺の余韻が残っていたけれど。

リヴァイ先生とハンジ先生の恋の行方がハッピーエンドになって心底、ほっとしていたのだった。







その日の放課後。私とエレンはもう一度、進路相談室に足を運んだ。

するとまた先客が居た。リヴァイ先生とハンジ先生が言い争っていたのだ。

ハンジ「ひどいよおお……昼休みの様子が中継で生徒に筒抜けだったなんて、私、知らなかったよおおおお」

リヴァイ「ああ? んなもん、エルヴィンとピクシス先生なら絶対にやるに決まっているだろうが。生徒全員が証人だからな。前言撤回は絶対させねえぞ」

ハンジ「うわああああん! 嵌められたよおおお! こんな筈じゃなかったよおおおお!」

リヴァイ「うるさい。いい加減に諦めろ。もう、決まった事だ。それより細かい事をこれから決めていくぞ」

ハンジ「ううう………ぐすんぐすん」

と、相変わらず痴話喧嘩をしている様子だが、こっちも用事があるのでエレンが言った。

エレン「あの、オレ達、四者面談用の資料を閲覧したいんですけど、奥の席、使っていいですか?」

リヴァイ「ああ。構わん。少々うるさいかもしれんが、それでも良いなら」

エレン「いえ。2人は2人で今後の相談、頑張って下さい」

大学の資料を引っ張り出して眺めてみるが、リヴァイ先生とハンジ先生の会話が気になってしまう。

ハンジ「うううう………しかももう、結婚式の日取りまで決めちゃって。12月って早すぎない? しかも学校の体育館を借りるって。いつの間に打ち合わせていたの?」

リヴァイ「その辺の事はエルヴィンとピクシス先生が全て前もって根回ししておいてくれたそうだ。準備万端で待っていたそうだぞ」

ハンジ「もう、なんか完全に、ベルトコンベヤーに乗せられた荷物のような気持ちなんだけど」

リヴァイ「いいじゃないか。面倒がなくて」

ハンジ「そうだけどさー。うーん。なんかこう、理不尽な気持ちが拭えない……(がくり)」

リヴァイ「どうしてそこまで嫌がるんだ。やっぱり結婚に抵抗があるのか?」

ハンジ「いや、その……そういう訳じゃないんだけど」

リヴァイ「ん?」

ハンジ「なんかこう、今、地に足がついてない感じでね。心拍数がずっと、フル活動していて。心臓持たないっていうか、壊れそうになっているというか。この状態、いつまで続くのかなって思って……」

リヴァイ「ああ、そんな事か。だったらハンジ、オレの脈拍、測ってみろ」

ハンジ「え? 何で?」

リヴァイ「俺の方が、多分、ハンジより脈拍早いと思うぞ」

ハンジ先生がどうやら脈を測り始めたようだ。

ハンジ「………本当だ。私より、早いかも」

リヴァイ「だろ? だったら、問題ないだろ。俺もこういう事は初めてなんだ。緊張くらいはする」

ハンジ「そうなんだ………」

リヴァイ「浮かれているのは俺の方だと思う。その………強引な手を使って悪かったとは思うが、早くハンジを自分の物にしたくて堪らなかったんだ」

ぶふうううう! 今までとは打って変わって甘い台詞の連発だ。

もっと早くそういう風に素直になれば良かったのに。こっちまで照れてしまう。

ハンジ「そ、そうだったの?」

リヴァイ「ああ。でないと、またいつ、別の男がハンジにちょっかい出してくるか分からんだろ。今度こそは「俺の女に手出すんじゃねえ!」って、代わりに言ってやりたいって思ったんだ」

ハンジ「え?」

リヴァイ「俺がもし、お前の彼氏だったなら、モブリット先生に告白された時点で、俺が代わりに話をつけにいっても良かった。あの時はそうする権利がなかった訳だから「俺にどうして欲しいんだ」って、つい怒鳴っちまった。すまなかった」

ハンジ「そ、そうだったんだ……」

あの時の苛立ちはそういう部分も含めていたらしい。

ハンジ「あんた、そこまで私の事、考えてくれていたんだ。ごめん……全然、気づかなくて」

リヴァイ「いや、俺の方こそ悪かったな。ただの愚痴に本気になって言い返すなんて、らしくなかった」

ハンジ「ううん。あの時、甘えた私も悪いのよ。これって、私の悪いところだよね」

リヴァイ「いいや? 俺はハンジに甘えられるのは嫌いじゃない」

ハンジ「え……?」

リヴァイ「嬉しかったよ。頼ってくれたのは。なのに素直にそれを表に出せなかっただけだ。俺もあんまり自分の感情を表に出すのがうまくない。そのせいで誤解も多々起きる。そんな時、何度、お前に助けられたか分からない。だからハンジが傍に居てくれないと困るんだ」

ハンジ「ええ? あ、もしかして、私、リヴァイの通訳的存在なの?」

リヴァイ「そうとも言うな」

ハンジ「うははは! そりゃ責任重大だね! じゃあもう、しょうがないか!」

と、やっと気持ちが落ち着いたのかハンジ先生が一度、手を叩いた。

ハンジ「それだけ必要とされているなら、肌を脱ぐしかないね! 分かった! 結婚を前向きに考えてみるよ。とりあえず、何から始めたらいいのかな?」

リヴァイ「そうだな。まずは、住居についてどうするか、だな」

ハンジ「あーそっか。今住んでいるところって、基本、独身の教員用だから、結婚した人は大抵出ていくよね。部屋の大きさが1人か2人用ってところだし」

リヴァイ「暫くは俺の方がハンジの部屋に通ってもいいが、ずっとそうする訳にもいかないよな。新居を考えるか?」

ハンジ「いいの? 探すの大変じゃない? 忙しいのに」

リヴァイ「その辺はエルヴィンに丸投げすれば喜んで探してくれるんじゃないのか?」

ハンジ「あは! それもそうだね。じゃあエルヴィンにも協力して貰おうか♪」

リヴァイ「学校からあまり遠くなり過ぎなくて……ハンジの荷物が多いから、収納が多い部屋がいいよな。4LDKくらいのマンションで考えておくか?」

ハンジ「いや、4LDKは大きすぎない? 3LDKでもよくない?」

リヴァイ「3も4も対して変わらんだろう。それにどうせ荷物増える癖に。初めから部屋数の多いところを押さえた方がいいんじゃないのか?」

ハンジ「いや、私の場合、あればあるだけ荷物ぶっこむだけだから。制限があった方がかえって助かるかなーて」

リヴァイ「ほう? だったら容量越えたら遠慮なくガンガン捨てるぞ? いいんだな? 後悔するなよ?」

ハンジ「うぐ! そう言われるとプレッシャーになるけど、4LDKになると家賃跳ね上がるからね。うん、そこで妥協しよう」

リヴァイ「は? 家賃を気にして遠慮する必要はない。金は使うべき時に使わなくてどうするんだ」

ハンジ「いや、だって! 悪いよ!! そこはほら、将来の為にも節約した方が」

ハンジ先生のいう将来はつまり、子供が産まれた時の事を指しているのだろう。

そういう意味ではハンジ先生の方が正論に思えたが、リヴァイ先生は折れなかった。

リヴァイ「そこは節約するべきところじゃない。それに4LDKの方が後々の為にもいいだろ」

こっちは子供が産まれた後の部屋の数の方を先に心配している様子だった。

リヴァイ先生、子供を何人作るつもりなのだろうか? とこの時、ふと思った。

ハンジ「うーん。確かにそうだけどさ。本当にいいの?」

リヴァイ「金の事なら心配するな。大丈夫だ。こう見えても俺はそれなりにため込んでいる」

ハンジ「………いくらほど?」

リヴァイ「…………8000万くらい」

おお。意外とお金持ち。

ハンジ「は、8000万?! ちょっと待って! 何をどうやりくりしたら教職だけでそれだけため込めるの?!」

リヴァイ「教員になる前に別の仕事もいろいろやっていたんだよ。土方仕事とか。宅配とか。主に肉体労働だな。若い頃、エルヴィンに無理やり大学行かされた時に、あいつに大学資金を全面的に肩代わりして貰ったから、それを返済する為に働いていたんだ。まあ、あいつはびた一文もこっちの金を受け取っていないんだが」

ハンジ「えええ……それは初耳だよ。あんた、エルヴィンに大学行かされたって、本当にそういう意味だったんだ。エルヴィン、まるであしながおじさんじゃない」

リヴァイ「あいつが勝手にやったんだよ。こっちの承諾も無しに。泥酔している時に、契約書を書かせるわ、大学先まで勝手に決めるわ……本当に、あいつ、何であそこまで俺にしてくれたのか……」

ハンジ「あーあれじゃない? 完全にパトロン感覚だったんじゃない? リヴァイがもし女の子だったらエルヴィンに召し抱えられていたかもしれないね」

リヴァイ「想像させるな……本当にやりそうで怖い(ガクブル)」

へえ。リヴァイ先生の裏話も飛び出してちょっと面白い。

エレンと目を合わせてニヤニヤ笑ってしまう。大学資料に全く集中出来なかった。

ハンジ「あははは……エルヴィン、リヴァイの事、大好きだもんね。案外、結婚してない理由ってそこだったのかな」

リヴァイ「おい。目を逸らしていた事を突き付けるな。俺も薄々、そんな気配は感じる事があったんだが、見ないようにしていたんだぞ」

ハンジ「本当に?! 襲われそうになった事あったの?!」

リヴァイ「いや、それはさすがにないが……なんていうか、たまに熱っぽい視線を感じる時はあった。そういう空気特有のな。まあ、俺は当然逃げたけど」

当時の私はエルヴィン先生の気持ちには全く気付いていなかった。

確かにエルヴィン先生はリヴァイ先生に甘いとは思っていたけれど、それが恋愛感情からくるものだったなんて。

そして後でエルヴィン先生の本当の気持ちを知った時は、なんとも複雑な気持ちになったものだった。

ハンジ「うはwwwww危ないwwwリヴァイ、同性からもモテるのって大変だよねwww」

リヴァイ「笑いごとか! あーもう、今はエルヴィンの事は横に置いておく。何の話をしていたんだったか」

ハンジ「家賃の件だよ。新居の大きさとか。あ、大きさもだけど、駐車場とかの事も考えないと。車2台とめられるところじゃないとダメだよね」

リヴァイ「ああ。まあ、車はそうなるな。うーん………そうなると、マンションよりも一戸建てを借りた方がかえって探しやすいかもしれないな」

ハンジ「あ、じゃあ学校からの距離は妥協する? ちょっと遠くなってもいいから郊外探す?」

リヴァイ「そっちでも別に構わんぞ。通勤に1時間以内なら何とかなるだろ」

ハンジ「おおお。プレッシャーだね。今までは片道5分で行き来出来たのが、1時間になるって思うと……」

リヴァイ「叩き起こしてやるぞ。毎朝な(どや顔)」

ハンジ「いやースパルタ教師きたああああ! ううう。やっぱり近くてマンションの方がいいかもー」

リヴァイ「まあ、両方見比べて決めてもいいだろ。その辺はエルヴィンの方が詳しいんじゃないか」

ハンジ「そうだねー。じゃあこの件は後回しにするとして……」

リヴァイ「ん? どうした。急に赤くなって」

ハンジ「いや、その……一緒に暮らす様になったら、一緒に寝るんだよね?」

リヴァイ「そうだな」

ハンジ「その、私、寝相、めちゃくちゃ悪いの、知っているよね?」

リヴァイ「ああ。そうだな」

ハンジ「リヴァイ、ベッドから落っこちないかなーと思って、痛い痛い痛い! 耳ひっぱらないでええぎゃあああ!」

リヴァイ「余計な心配は無用だ。大きいベッドを買いなおせばいいだろ(手離す)」

ハンジ「え? ベッド買いなおすんだ? ダブルで?」

リヴァイ「キングだ(どや顔)」

ベッドの上でどれだけハッスルつもりなのか。この男は。

やっぱりドスケベ。と思いつつ話を聞き続ける。

ハンジ「どこのラブホテル仕様ですか?! いや、その、そこまですると、お金飛んでいくから、さ」

リヴァイ「何でさっきからそう、ケチケチしているんだ。金なら出すって言っているだろうが!」

ハンジ「だあああってええええ! あ、分かった! 和室で寝よう! 和風の生活も良くない? ね? (てへぺろ)」

リヴァイ「まあ、和室でも構わんが………体位が制限されるな(ボソリ)」

やっぱり凄いエッチをしようとする気満々だった。

後でエレンから奪って見せて貰った体位の本にもいろいろ描いてあったけれど。

リヴァイ先生の頭の中では、ハンジ先生とのそういう計画を立てていたのだろう。

ハンジ「ん? 何か今、言った?」

リヴァイ「いや、何でもない。んんー……そうだな。分かった。寝室は和室でも構わんが、もし不都合が出てきたらベッドの生活に変えてもいいよな?」

ハンジ「多分、大丈夫じゃない? ほら、日本は畳の生活の方がいいって。きっと」

リヴァイ「今までがベッドだったから、すぐには慣れないかもしれないな。まあいいか。それでも」

ハンジ「後は何か決めておく事ってあったっけ?」

リヴァイ「家電とかはそれぞれの物を持ち寄ればいいし、特に新しく買う物はないよな」

ハンジ「あ、でも、私が使っている方はもうほとんどボロボロだし、これを機会に処分したいかも。リヴァイの使っている方に統一しようよ」

リヴァイ「まあ、そうだな。お前の部屋の掃除をすると、掃除道具も摩耗していたからな。そろそろ限界ではあったな」

ハンジ「冷蔵庫も洗濯機もギリギリだったよね。いやーその辺、ケチ臭くてごめんね!」

リヴァイ「お前の金の使い方は殆ど、飼っていた生物の餌代とかだったんだろ。足りない分は自分の金でこっそり補填して賄っていたんだし」

ハンジ「まあねー自分の事よりあの子らの方が可愛いからさーついつい、自分の事は後回しにしちゃうんだよねー」

リヴァイ「もう今度からそんな事はしなくていいからな。ハンジの分は、俺がまとめてやるから」

ハンジ「ありがとう。うん。素直に嬉しいよ」

ハンジ先生の声が優しい物に変わった。しかしその直後、

リヴァイ「………ハンジ」

ハンジ「(ドキッ)な、なに?」

リヴァイ「お前、本当に、イッた経験、ないのか?」

ハンジ「ちょっとおおおおいきなり何言い出すの?! エレン達、そこにいるのに。その話はやめようよ!!」

リヴァイ「エレン、耳栓しておけ」

エレン「らじゃーです(*嘘)」

ハンジ「思いっきり聞く気満々じゃないの! ちょっと、エレンもニヤニヤしないで!」

エレン「え? 何ですか? 聞こえませーん(*嘘)」

聞こえませーん。

リヴァイ「ほら、聞こえないって言っているんだからいいだろ。その件について、確認したいんだ」

ハンジ先生には悪いけど、そういうエッチな話には興味がある。

ハンジ「あーうん。その、はい。すみません……ごめんなさい」

リヴァイ「何を謝る必要がある。それはハンジの責任じゃない」

ハンジ「でも……やっぱり変じゃない? 私、36歳にもなって、そういう経験ないんだよ?」

リヴァイ「それは運がなかっただけだろ。もしくは、過去の男達の責任でもある。こういう話を聞いてもいいのか判断に迷うが……お前、今まで、何人の男と付き合ってきた」

ハンジ「…………それはエッチした人数で計算?」

リヴァイ「ああ。まあ、成り行きでやっちまった数も含めていい」

ハンジ「んー………5、6人ってところかな。多分、そのくらい」

リヴァイ「意外と少なかったな。そんなもんか」

ハンジ「うーん。私、そもそもそこまでエッチに執着なかったからね。ただ、傾向としては年下ばっかりで、年上とつきあった経験はないよ」

リヴァイ「あーなるほど。合点がいった」

ハンジ「え? 何が?」

リヴァイ「お前、まだスローセックスやったことないだろ」

ハンジ「え? 何それ。そんなのあるの?」

リヴァイ「あるんだよ。セックスにもいろいろ種類がある。パートナーが年下ばかりだったのなら、そいつら、余裕がなくてガツガツしたセックスを要求する奴らばっかりだったんじゃないか?」

ハンジ「何で分かるの?! まるで見てきたように言うね!」

リヴァイ「まあ、その辺はなんだ。若い頃はそんなもんだからな。俺も初めはそうだったし、数をこなしてから気づいた事だからな。女には、大まかに分けて2種類のタイプがいるって事を」

ハンジ「何それ? 何か面白そうな話だね。聞かせて(わくわく)」

リヴァイ「分かった。これはあくまで俺の自論になるが……」

と、前置きした上でリヴァイ先生の話が始まった。

リヴァイ「女には身体がすぐに濡れるタイプ、つまり短距離走者のようなタイプと、体が濡れるまでに時間がかかるマラソンランナーのようなタイプと2種類に分かれるんだ」

ハンジ「へー……それって比率的にはどんな感じ?」

と、すっかり生物の先生の顔になってハンジ先生が聞き入っている。

リヴァイ「俺の感覚だと、5割くらいがスローで、3割がクイック……まあ、これは俺が勝手に言っているだけの言葉なんだが、そんな感じだ。残り2割は、どっちもいける万能型の女だな」

ハンジ「えええ? じゃあもしかして、私、セックスのやり方が自分に合ってなかった可能性がある訳?」

リヴァイ「あくまで可能性の話だけどな。あと、初めてセックスした相手とのトラウマを抱えて、それ以後のセックスがうまく出来なくなるケースもある。お前、最初の時はうまくちゃんとやれたのか?」

ハンジ「………………痛いって感覚はなかったよ? ただ、その、アレ? こんなもんなの? みたいな拍子抜け感はあったね」

その感覚は今の私にも分からない。私の場合はエレンが初めてだったからだろうか。

リヴァイ「だとしたら、初めてのセックスでトラウマを抱えた訳じゃないんだな」

ハンジ「うん。初めての人にはとても優しくして貰えたよ。無理、言ったのに、ちゃんとしてくれたんだ」

リヴァイ「ん? 無理言った? まさかお前、自分から誘ったのか……? (イラッ)」

ハンジ「え……あ、いや……あははははは! む、昔の事だからもういいじゃない! ほら、リヴァイだって10代の頃、やりまくっていたんでしょ? 時効だよねえ?」

リヴァイ「………その口ぶりだと、初めては10代の頃にやったんだな」

ハンジ「な、何故分かったし……(遠い目)」

リヴァイ「相手は俺の知っている奴じゃねえよな? <●><●>(*疑惑の目)」

ハンジ「え? え? 何でそういう発想になるの?」

リヴァイ「何故、すぐ否定しない。お前、まさか………まさか………」

コンコン♪

エルヴィン「やあご両人。そろそろ新居のお話は煮詰まったかな? 私がいろいろ世話してあげよう(スタンバイ☆)」

其の時、エルヴィン先生が丁度部屋にやってきた。

でも部屋の空気の悪さに気づいて眉を跳ねあげる。

エルヴィン「おや? また喧嘩かい? 今度は何をやらかしたのかな?」

険悪な空気を察してそう言うと、

リヴァイ「単刀直入に聞こう。エルヴィン。お前、ハンジと昔、ヤッた事あるか?」

エルヴィン「……………(微汗)」

リヴァイ「答えろ。誤魔化したら容赦しないぞ」

エルヴィン「はー………バレちゃったか」

エルヴィン「うん。もう20年前になるかな。1度だけしてあげた事、あるよ」

私はエレンと顔を見合わせた。ど、どういう事?

エルヴィン「今から20年前。私はまだ23歳だった。教職になりたての22歳の時、初めて受け持ったクラスの子が、ハンジだったんだよ」

ハンジ「私、実は講談高校出身なんだよね。エルヴィンとはその頃からの付き合いなんだ」

エルヴィン「うん。で、翌年の、ハンジが16歳になった時だったかな。クラスの女子にいろいろ馬鹿にされて、やけくそになっていてね。「処女捨てたいから協力してお願いエルヴィン!!!」ってだだこねて。私も正直、困ったなあと思ったんだけど。教員としてはやってはイケナイ事だし。でも、どうもハンジは何か、特別な理由があるような気がしてね。ごめん。あの頃は私も若かったし、協力してあげたんだよ」

リヴァイ「……………」

エルヴィン「その頃からハンジはずっと「青春とは何ぞや」みたいな事を言っていてね。クラスの女子に「初恋もまだなの?」とか「処女ださい」みたいな事を言われてキレてしまったようでね。泣きながら訴えて来て。悔しいって。だから、ついつい、私もそんなハンジが可愛く見えて、………すみません。手出しました」

ハンジ先生……。

リヴァイ先生はがっくりしているが、もう過去の事だからどうしようもない。

リヴァイ「エルヴィン、よくまあ、事が発覚しなかったな。お前、教師生命、なくなるところだっただろ」

エルヴィン「その頃は今ほど、いろいろうるさい時代じゃなかったからね。勿論、バレたら懲戒免職だけど。でもその頃私も、自分の職業について揺れていた時期でね。親が教員だったから、そのまま習う様に教員に一応、なってみたけれど、実際やってみたら「うーん?」っていう違和感があって。だからバレたらバレた時でいいやって、思ったんだ。若いって怖いねえ」

リヴァイ「まあ、そういう気持ちは分からんでもないが。いや、でも……ハンジ、なんでよりによってエルヴィンを選んだ」

するとハンジ先生が困ったように言い返した。

ハンジ「んーエルヴィンなら、いいか♪ って思っちゃって。ごめん。あの頃の私、アホだったからさ。勢いだけは凄くて、好奇心が止まらないアホの子だったからさ。本当、ごめん」

と、ハンジ先生が手を合わせて謝り続けている。

ハンジ「でもその時、エルヴィンが言ってくれたんだ。今回のセックスが気持ちいいものではなかったのなら、そこに「トキメキ」がないからだよって」

リヴァイ「え?」

ハンジ「だから、『ハンジがハンジらしく生きられる人にいつか出会えれば、必ず本当の、気持ちいいセックスは出来るから。今日の事は、誰にも言わないで秘密にしておこうね』って」

ハンジ「エルヴィンの言葉を信じて20年経って、やっと言っている意味が分かった気がするよ。時間かかり過ぎてごめんねーあははは……」

と、頭を掻いているハンジ先生だった。

エルヴィン「いやいや。それでも運命の人に出会えたのだから結果オーライじゃないか。そうだろう? リヴァイ」

リヴァイ「……………はあ。もう、俺には何も言えん」

ご愁傷様としか言えない。

リヴァイ「エルヴィン、お前、ハンジの事、可愛いって言ったよな。だったら、俺に遠慮しているとか、ねえよな?」

エルヴィン「ん? どうしてそう思う?」

リヴァイ「いや、俺よりも先にハンジと出会っていたのも初耳だったし、お前、何でずっと独身を貫いているんだ?」

エルヴィン「え? 聞きたいの? 聞かない方がいいと思うよ?」

リヴァイ「もうこの際だから全部教えてくれ。驚かねえから」

エルヴィン「分かった。その言葉、絶対撤回しちゃダメだよ?」

そしてこの後、エルヴィン先生は衝撃の告白をしてしまうのだった。

エルヴィン「確かにハンジの事は可愛いと思っているよ。大人として成熟した後のハンジに再会してからも、ずっとそう思っていた。でも、ハンジよりも可愛い子を後から見つけちゃったからね」

リヴァイ「え?」

エルヴィン「お前だよ。リヴァイ。私はハンジよりも、リヴァイの方に心惹かれた。君がもし女の子だったら、拉致監禁してでも嫁にしたいと思うくらいには一目惚れだったんだよ」

ハンジ先生が昔、エルヴィン先生とエッチした経験があるという事よりもはるかに大きい爆弾が投下された。

その言葉を聞いた直後のリヴァイ先生は、なんというか、本当に可哀想な顔をしていた。

リヴァイ「あー……(ガラガラ声)」

事実をすぐには受け入れきれないのか、喉がガラガラになっていた。

エルヴィン「というより、もしリヴァイがそっちでもOKな人種だったら、私は正気では居られなかっただろうね。いやはや、道を危うく踏み外すところだったよ」

ハンジ「あーだから、エルヴィンはリヴァイに甘いんだね。納得したよ」

リヴァイ「いや、納得しないでくれ。ハンジ。ちょっと頭が痛くなってきた……(げっそり)」

顔がげっそりしていた。下痢をした直後のようなやつれ具合だった。

リヴァイ「つまり、エルヴィンは「バイ」なのか?」

エルヴィン「そういう事になっちゃうのかな? うん。知らない方が良かったでしょ?」

リヴァイ「そうだな。今、俺は自分の選択を物凄く後悔している……(げっそり)」

エルヴィン「だから言ったのに。でも、私の新しい本命は別にあるよ」

リヴァイ「え?」

エルヴィン「早く2人の「娘」を産んでくれ。特にリヴァイに似た娘だと尚良い。その子を私の嫁として貰えないかな?」

リヴァイ「は……? (石化)」

リヴァイ先生に似た女の子………。

想像するとちょっと怖いような気もしたけれど。

ハンジ「えええ……そんな博打みたいな事、言わないでよー。性別だけは完全に「運」の世界じゃない」

エルヴィン「いやいや。私は博打に強い方だよ。大丈夫。君たちの間には「娘」が産まれると思っているから」

ハンジ「気が早すぎるよエルヴィンー……あれ? リヴァイ? 何か動かなくなったね?」

気を失っているようである。

リヴァイ「………は! しまった。一瞬、気失っていた」

ハンジ「あはは! 器用だね!」

リヴァイ「笑いごとか!!!!! そうか。だからか。だから今までずっと、俺とハンジをくっつけるように仕向けていたのか」

エルヴィン「イエス。だから本当はもう少し早くくっついて欲しかったんだけどね。年齢的な問題もあるから」

リヴァイ「というより、完全な犯罪じゃねえかああ!!!!!」

まあ、年齢差でみればそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

リヴァイ「年の差いくつだと思ってやがる。今、お前の年、43歳だろ? 16年後で計算しても、59歳だろ? もうそれは孫と祖父の関係に近いんだぞ?! 正気の沙汰じゃねえだろ!」

エルヴィン「んー……でも、しょうがないんじゃない? 法律的にはセーフだろ?」

リヴァイ「倫理的な面から見たら完全にアウトだろうが!!!!」

エルヴィン「そんな事を言われても……せめてあと5年早く君達が結婚を決意してくれていればねえ?」

リヴァイ「いや、それでも十分犯罪臭がする。お前、ロリコンの気もあるのか」

エルヴィン「教え子に手出せた時点で、自分が鬼畜だって事は自覚しているよ(笑)」

リヴァイ「………もう嫌だ。この世界は残酷だ……(顔覆っている)」

ハンジ「まあまあ、リヴァイ。もうなるようにしかならないよ。諦めよう。ね?」

リヴァイ「お前らどっちも大嫌いだ!!!」

リヴァイ先生がすっかり拗ねてしまった。あーあ。

エルヴィン「困ったね。リヴァイが拗ねてしまった。どうしよう? ハンジ」

ハンジ「んー……リヴァイが拗ねた時は、とりあえず紅茶出すしかないんじゃない?」

エルヴィン「それもそうだね。紅茶でも飲ませて落ち着かせよう。入れてくるね」

と、言ってエルヴィン先生が紅茶を入れに行った。

その間、リヴァイ先生はソファに座り込んで頭を抱えていた。

リヴァイ「なんかもう、何もかもが嫌になった。もう、俺はやっぱり独身でいた方が良かったのか…?」

ハンジ「ええ? 今更それは言いっこなしだよ。リヴァイ。もう決めた事でしょ? 前言撤回はしないって、自分で言ったんじゃないの」

リヴァイ「それはそうだが……まさかここでこんな大どんでん返しが待っているとは思ってもみなかったんだ。子供、早めに作ろうと思っていたのに……(ブツブツ)」

ハンジ「あ、そうだったの? うーん。でも今すぐじゃなくても良くない? エルヴィンの件、納得出来ないうちは作らない方がいいと思うよ? エルヴィンの性格は知っているでしょ? 娘産まれちゃったら、本気で嫁にしようと画策してくると思うよ?」

リヴァイ「絶対、あいつには娘は渡さん……(ゴゴゴ)」

ハンジ「うーん。どっちに似ても嫁にしそうだから、難しいよね。多分、私に似ても嫁として貰いたいと思っているだろうし」

リヴァイ「息子が産まれたとしても危険だぞ。どう考えても。あいつとは縁切りした方がいいんじゃねえか?」

ハンジ「そんな不義理は出来ないよ! 私、エルヴィンにどんだけ世話になったか分からないよ! リヴァイだってそうじゃない!」

リヴァイ「それとこれとは別問題だ。あの野郎……本気で一度、締めた方がいい気がしてきたぞ(ゴゴゴ)」

エルヴィン「まあまあリヴァイ。紅茶でも飲んで落ち着いて」

と、紅茶を差し出してエルヴィン先生が差し出す。

でも其の時、私は嫌な予感がした。エルヴィン先生が笑っていたからだ。

あ、これはもしかして。多分。

紅茶を飲み終わった後、リヴァイ先生は倒れるように眠ってしまった。

私とエレンはほぼ同時に噴き出してしまった。

ミカサ「絶対、くると思った……盛られるって、思ったのに」

エレン「予想できたのに、出来たのに! ダメだった……!」

ハンジ「あー寝かせちゃったんだ。まあ、それが一番いい手かもね」

ハンジ先生がてへぺろの顔になってエルヴィン先生を見た。

エルヴィン「だろう? 今回、いろいろあり過ぎたからね。寝るのが一番のストレス解消法だよ。リヴァイに一番今、必要な事だ」

ハンジ「うん。そうだね。とりあえず、リヴァイは私が抱えて連れ帰るから。後の事は宜しくね。エルヴィン」

エルヴィン「了解した。じゃあね。ハンジ」

面白かった。やっと大学資料に集中出来る。

エルヴィン「おやおや。エレン。勉強熱心だね。ミカサも。今度の四者面談に向けての予習かな?」

エレン「あ、はい。今、何もとっかかりがない状態なんで、とりあえず、資料だけでも目通しておこうかと」

エルヴィン「ふむ。今はまだ、何も見えてない状態なのかな?」

と、エルヴィン先生が進路指導の先生の顔になってこっちに来てくれた。

向かい合って座って、話し合う。

エレン「そうなんですよね。エルド先輩には「語学系」とかどうだ? と言われた事もあるんですけど。オレ、そういうの向いているんですかね?」

エルヴィン「語学系ね。確かに語学が強いといろんな仕事が出来るけど、私が見る限り、エレンはもう少し違う職種でもいいと思っているよ」

エレン「え? エルヴィン先生から見たら、オレに向いている職業、分かるんですか?」

エルヴィン「あくまで私の「主観」になるけど……エレンの場合は「人の命を助ける仕事」に関する物がいいんじゃないかと思っているよ」

エレン「え? 医者とかですか? オレの親父は確かに医者ですけど、頭足りないから無理ですよ」

エルヴィン「そうか。なるほど……通りで。いや、血筋って奴か。確かに学力が伴えば、医者という選択肢もあっただろうね。でも私は、それよりももっと「危険」が伴う仕事でもいけると思うよ」

エレン「危険……ですか」

危険? エレンには余り危ない仕事には就いて欲しくはないけれど。

エルヴィン「例えばそうだね。『消防士』とか『レスキュー隊』とか、あとは『自衛隊員』とかかな。君の緊急時の咄嗟の判断能力は、リヴァイからも少し話を聞いているし、舞台での本番の適応力。そして、マーガレットの家の事もマーガレット本人から聞いたよ。お母さん、助けてあげたんだってね?」

エレン「あ、まあ……成り行きというか、ついつい」

エルヴィン「うん。そういう緊急時の咄嗟の判断能力は君の「武器」になるんじゃないかな。加えて君は人の「命」に対してとても敏感に感じ取って、それを助けようとする気質がある。自分を犠牲にしてでも、人の命を助けたいと思った事とかないかな?」

その言葉を聞いた時、エレンの表情が妙に強張っていた。

神妙な顔だった。其の時、微かな違和感を覚えはしたのだが。

エレン「……ない訳ではないです」

エルヴィン「だとしたら、それに「体力」さえ伴えば、割とその辺の職業が向いているように思えるよ。あくまで私の主観だけどね。参考になったかな?」

エレン「はい。とても。分かりました。その話を、親父にもしてみます」

エルヴィン「うん。四者面談、楽しみにしているよ」

と、言ってエルヴィン先生が先に退出していった。

ミカサ「凄い。さすがエルヴィン先生。すらすらと、導いてくれた。しまった。私も聞いておけば……」

エレン「まあ、それは今度の四者面談で話聞けるからいいんじゃねえか?」

ミカサ「そうね。そうする」

適当なところで切り上げて、私達は進路指導室を出た。

職員室に鍵を返して、教室に戻ると、アルミンとアニが待っていてくれた。

アルミン「あ、終わった? じゃあそろそろ帰ろうか」

アニ「帰ろう」

エレン「おう。帰ろうぜ♪」

文化祭は終わったけれど、まだまだやる事は沢山ある。

慌ただしい毎日はもう少し続きそうだ。でも、一息つける時が来たら。

エレンとゆっくり何処かに出かけたい。そんな風に思いながら毎日を過ごしたのだった。

とりあえずここまで。
早くミカサの回想部分を終わらせて時間を進めたい気持ちもありますが、
この後のクリスマス公演の裏側もゆっくり書きたい気持ちもあるので、
もう少しお付き合いください。それではまたノシ

勉強もするけど、筋トレもする。それが私の日課だった。

特に勉強をした後は何故か体を動かしたくなる。その日も室内トレーニングに励んでいたら、エレンが私の部屋にやってきた。

ミカサ「? どうしたの? エレン」

エレン「ミカサ。オレ、ミカサのトレーニングに付き合ってもいいか?」

ミカサ「え? ランニングは一緒にやっているのに? それ以外もやるの?」

エレンとは時間が合えばジョギングもやっている。これ以上はオーバーワークでは?

という心配をしつつもエレンの言葉を聞いた。

エレン「ああ。もうちょっと、本格的に体を絞りたいんだ。協力してくれねえか?」

ミカサ「うん」

何だろう? エレンが悩んでいるように見えた。

エレンに手伝って貰いながら腹筋をしたり、一緒に腕立てをしたりする。

エレン「ミカサは何か、めぼしい進路、見つかったか?」

エレンにそう聞かれたけどさっぱりだった。

ミカサ「いいえ……全然……さっぱり」

エレン「そっか。ミカサは成績もいいし体力もあるし、大抵の仕事をこなせそうだけどな」

ミカサ「でも……自分のやれる事と「やりたい事」は別だと思う」

エレン「ああ、それもそうか。やりたい事、何かないのか?」

ミカサ「…………………」

あるといえば、あるけれど。

ミカサ「ひとつだけ、ある」

エレン「お? なんだよ」

当時の私にはこれくらいしか思いつかなかった。

ミカサ「いつか、子供が欲しい」

エレン(ぶふー!)

エレンが真っ赤になって潰れてしまった。

エレン「お、おまえなあ……」

ミカサ「だ、だって……それくらいしか思いつかない。正直言えば、お嫁さんになれればそれでいいとさえ思っている」

エレンをちらっと見ながら言ってみた。重いと思われるかもしれないけれど。

するとエレンは苦笑して言ってくれたのだ。

エレン「そ、そうか。じゃあオレ、責任重大だな」

ミカサ「え……」

エレン「だって、ちゃんとした職業につかないと、ダメだろ? 子供育てられないだろ?」

意外だった。エレンは茶化す訳でもなく真剣に答えてくれた。

ミカサ「………」

エレン「ん?」

ミカサ「それって、プロポーズとして受け取って、いいの?」

エレン「!」

するとエレンは急にあたふたして、

エレン「あ、その、ミカサの旦那になるとすれば、その必要があるだろって話で、ええと、ごめん。ちょっとフライング過ぎた」

頭をガリガリガリガリ掻き過ぎるくらい掻いて照れていたのだった。

ミカサ「ううん。嬉しい……」

うふふふ。自然と笑みが零れてしまった。

エレンは暫くこっちをチラチラ見ていたけれど、急に何かを思い出したようで、

エレン「ミカサ。あの、例の誓約書の件、どうする?」

と聞いて来た。その件については私も気になっていたのだ。

ミカサ「出来れば確認したいけれど。その前に、エレンとも確認したい」

エレン「ああ、多分、思っているのは同じ事だよな」

ミカサ「うん。あの誓約書の「穴」について」

そう。あの時のやり取りを正確に思い出して欲しい。

エレン「誓約書の内容は「オレ」の方からの接触はダメで「ミカサ」からの接触については特に明記がなかった」

ミカサ「うん。多分、私はそこに何か「別の意味」が隠されているような気がする」

エレン「うーん。本当にそういう「エッチ」な事をさせたくないなら、確かに「両方」を規制するよなあ」

矛盾したおじさんの行動に私とエレンは同時に頭を悩ませた。

エレン「親父に今、確認してみるか? 早い方がいいよな?」

ミカサ「うっ……でも、もうひとつの可能性もある」

エレン「え? もうひとつの可能性?」

ミカサ「ただの明記ミス。こちらから指摘して「あ、忘れていた。ごめんごめん。じゃあミカサからもダメにしよう」とおじさんに言われてしまったら、穴がなくなってしまう」

ズーン……

もう一つの可能性に気づいてエレンが落ち込んでいた。

万が一の事もあるので、ここは慎重に行動をした方がいいかもしれない。

エレン「だ、誰に相談するべきかなコレ」

ミカサ「エルヴィン先生だと思う。エルヴィン先生ならきっと、客観的にこの誓約書の意図を読み取れるような気がする」

エレン「ああ、かもしれないな。こういう知略でエルヴィン先生に勝てる人はそうはいねえ」

エルヴィン先生ならきっとおじさんの言いたい事を読み取ってくれると思う。

エレン「よし。そうと決まれば、今度エルヴィン先生に時間つくって貰って相談してみようぜ」

ミカサ「うん。そうしよう。是非そうしよう」

と、その時、タイマーが鳴った。

ミカサ「お風呂の時間になったので入ってくる」

エレン「おう。いってらっしゃい」

という訳で時間になったのでお風呂に向かう。

湯船に入ってから私は考えた。エレンの事。そして将来の事を。

ミカサ「…………エレンの子供」

エレンに似た赤ちゃんを想像してみる。

それだけで、もう幸せ一杯になる自分を慌ててこづいたのだった。





次の日、私達は早速エルヴィン先生に放課後、時間を取って貰って進路指導室で話す事にした。

エレンが例の誓約書のコピーを差し出す。

すると、エルヴィン先生は「これは…」とちょっと驚いた顔を見せた。

エルヴィン「ふむ。では今日は2人の「愛の」進路相談という事で、私が話を受けていいんだね? (ニヤリ)」

エレンが頷くとエルヴィン先生が携帯電話を触った。

エルヴィン「そうだね。ちょっと待って。ピクシス先生も同席させていいかな?」

エレン「え? ああ、まあいいですけど」

ミカサ「あ、そう言えば賭け事の精算、まだしていなかった(汗)」

約束していた事をふと思い出すとエレンが「ああ」という顔になった。

エレン「あー……じゃあついでに全部話すか。説明するのにも必要だしな」

ミカサ「いいの?」

エレン「しょうがねえだろ。いいよ。こっちにも味方欲しいしな」

連絡を受けてから5分もしないうちにピクシス先生が進路指導室にやってきた。

思っていたよりも待たされなかった。

ピクシス「悩める生徒の為に参上したぞ。して、状況は?」

エルヴィン「まずはこちらの誓約書をご覧ください。ピクシス先生」

と、誓約書のコピーを見せると、ピクシス先生もエルヴィン先生と同じように驚いていた。

ピクシス「ほほう。なるほど。これは……」

エルヴィン「まずは2人が付き合うまでの経緯と、今の状況を詳しく説明してくれるかな?」

エレン「あ、はい……」

そしてエレンが今までの経緯を先生達に大まかに説明してくれた。

エルヴィン「なるほどね」

エルヴィン「エレンのお父さんはなかなかの策士だね。これは、いやはや」

ピクシス「ふふふ……いいのう。愛の試練というやつじゃのう」

エレン「愛の試練……ですか」

ピクシス「じゃのう。して、律儀にこれを守っておるのか? お主?」

エレン「うぐっ……その、微妙に破っている事もありますが、でも、本格的な手はまだ、出してないです」

ピクシス「ほうほう。しかしそろそろ、辛かろう。我慢にも限界があるというもんじゃ」

エレン「おっしゃる通りで……」

エレンが頬を染め乍らそう答えた。私も同じように俯いた。

エルヴィン「エレンとミカサはつまりこの誓約書の「穴」についてどう捉えたらいいのか、迷っているんだね?」

ミカサ「はい。わざとなのか、それともただの明記ミスなのか。判断がつかなくて」

エルヴィン「エレンのお父さんはお医者様なんだろう? 明記ミスは、まずないね。そんな初歩的なミスはあり得ない」

エレン「だとしたら、やっぱり裏の意図が?」

エルヴィン「うん。まあ、恐らく、こうかな? という意味は分かるけど、それは私が指摘していい問題なのか、ちょっと判断がつかないね。もしかしたら、自分達で気づいて欲しいのかもしれないし」

エレン「オレ達自身で、ですか」

エルヴィン「そうそう。お父さんからの「謎かけ」みたいなものだね。それを自分達で解く事が出来れば、もう少し先に進ませてあげてもいいかなって思っているかもしれない」

エレン「ううーん……」

エレンはすっかり頭を悩ませていた。

エルヴィン「どうする? カンニングしたいなら教えてもいいけど。ただ、もしそれが間違っていた場合の補償はしないよ」

エレン「あ、それもそうか」

ここは私達が協力して答えを出さないといけないようだ。

エレン「分かりました。それが分かっただけでも十分です。相談にのってくれてありがとうございました」

ミカサ「ありがとうございました」

ピクシス「ふふ……まあ、どうしようもない時はここの部屋を使えばよかろう。なあ、エルヴィン」

エルヴィン「ここのソファ、倒せば簡易ベッドになるからね。必要になったらいつでも言ってね」

エレン「あ、ありがとうございます……(照れる)」

もしもの時はお世話になろう。

ミカサ「ち、近いうちに借りるかも……」

エレン「ミカサ! 馬鹿! 言うなって!」

エレンには怒られてしまった。御免なさい。

エルヴィン「また困ったことがあったらいつでもおいで。愛の進路相談の方が楽しいしね」

ピクシス「じゃの。人の恋路の行方ほど、酒の摘まみに適したものはないからの!」

でも先生達はそんな私達に笑っていた。全面的に協力してくれるようだ。

それがとても頼もしく感じられて私も安心した。

今日のところは相談出来ただけでも気持ちが落ち着いた。

エレンと一緒に謎を解かないと。そう思いながら、教室に戻ろうとしていたのだが。


ざわざわ……


なんだろう? 女子の団体が売店付近に集まっている。

見たところ、殆ど3年生のようだ。何かあったのだろうか?

と、思いつつエレンと一緒にその様子を覗き込むと、

エレン「!」

囲まれていたのはペトラ先輩だった。1人で、女子の集団に囲まれていたのだ。

重苦しい空気だった。一触即発の気配だ。何か言い争っているのだろうか?

心配になった私達は顔を合せて、そっと様子を覗き込んだ。

すると先に口を開いたのはペトラ先輩の方だった。

ペトラ「絶対、嫌。何で署名なんかしないといけないのよ」

3年女子1「あんたのせいで、リヴァイ先生がやめるって言い出したんでしょうが! せめて署名運動くらい、協力しなさいよ!!!」

署名運動? その3年女子は紙切れを突き出している。

ここからだとはっきりと字が読めないが、タイトルに『反対運動』とかそういう感じの文字が見えた。

もしかして、これは。まさか、いや、でも。

ペトラ「はあ? 何言いがかりつけてんのよ。リヴァイ先生が教職やめるのは私のせいじゃないでしょ」

3年女子2「あんたのせいのようなもんじゃない! あの時、ペトラがハンジ先生をぶったりしなければ、あのまま2人はこじれて別れていたかもしんないじゃん! あんた、リヴァイ先生のこと、好きなんじゃなかったの?! なんで矛盾した行動したのよ!!」

ペトラ「……………」

やっぱりそうだった。

どうやら3年女子がリヴァイ先生の辞職の件について取りやめて貰うように署名運動を起こしているようだ。

しかし何故、ペトラ先輩のせいになるのか。イマイチ理屈が分からなかった。

3年女子2「放っておけば良かったじゃん! その方が都合いいじゃない! なんであんな真似したのよ! リヴァイ先生の方が教師やめるなんて、私達、思ってもみなかったのに……」

3年女子3「ペトラのせいだ……リヴァイ先生、やめて欲しくないよ……」

3年女子4「私達に謝りなさいよ! 勝手な事したのはあんたでしょ!!」

ああ成程。これは完全に八つ当たりだ。

リヴァイ先生が先生を辞めるという現実を受け入れきれないから、誰かのせいにしたいのだ。

3年女子は責任転嫁をして責め立てているだけ。その白羽の矢に立たされているペトラ先輩が可哀想だった。

どうしよう。ここはリヴァイ先生を呼んで来るべきだろうか?

エレンと目を合わせて迷っていると、ペトラ先輩が力強い眼差しで女子の集団に言い返した。

ペトラ「絶対、謝らない。私は確かに、悪い事をしたとは思ってるけど。謝るとすればハンジ先生よ。あんた達に謝る義理はないわ」

3年女子2「なんですって……」

ペトラ「ハンジ先生を辱めた事は本当に悪かったと思ってる。でも、あの時はアレしか方法が思い浮かばなかった。賭けだったの。あの一発で、目を覚まさせる事が出来なければ、きっと今頃……」

ハンジ先生の内なる恋心を気づかせる方法としては荒療治だったとは思う。

でも確かにあの時のアレがなければ、今のリヴァイ先生とハンジ先生の関係もなかったと思う。

ペトラ先輩は、一か八かの賭けに出たのだ。

3年女子2「一体何の話をしているのよ。賭けとか。意味分かんないわよ!!」

3年女子3「あんたのせいでどんだけの女子が落ち込んでいると思っているのよ! 泣かせているのはあんたのせいよ!」

ペトラ「泣きたいのはこっちの方よ!!!!!」

ペトラ先輩の目には少しだけ涙が浮かんでいた。

ペトラ「そりゃ私だって、本当はリヴァイ先生に教職をやめて欲しくないわよ!! でも、それは先生自身が決めた事で、生徒の私らが口出す事じゃない。先生自身が悩んで決めた結論なんだから、私達はそれを受け入れるしかないでしょ。自分勝手なエゴばっかり押し付けて、少しはリヴァイ先生の気持ちを考えなさいよ!!!!」

3年女子2「じ、自分勝手って……自分勝手なのはペトラの方でしょうが!!」

ペトラ「ええそうね! 私も自分勝手だわ! そんな事は重々承知しているわよ!! でもね、私は1年の頃、オルオと一緒に大道具で裏方をやっていた。その時、照明の事故が起きて、危うく2人とも死にかけたのよ。それをリヴァイ先生は身を犠牲にして助けてくれたの。命がけだよ?! 間一髪、スライディングして、2人を抱えて、助けてくれたの。私はあの時から、リヴァイ先生に一生、味方するって決めたの!!! あんたらの薄っぺらいファン心理なんかとか比べられるもんじゃないのよ!!!」

3年女子2「う、薄っぺらい……ですって……(ゴゴゴ)」

ペトラ「ええ、薄っぺらいわ!! この期に及んで、何でリヴァイ先生が教師を辞めるのか、その意味も理解出来ないようなあんたたちには決して分からないでしょうけどね!!!」

3年女子2「言わせておけば……! (手を構える)」

いけない! ここで暴力沙汰を起こしては!

私は間に入ろうと前傾姿勢を取った。でも、その直後、


ガシッ!!!


間一髪、ペトラ先輩を庇うようにニファ先輩が間に入ったのだ。

3年女子2「に、ニファ……」

ニファ「もう、やめようよ。ペトラをぶっても、意味ないでしょ」

3年女子2「で、でも……(涙目)」

ニファ「私は、ペトラの気持ちも分かるし、皆の気持ちも分かるの。だから、ちょっと聞いて欲しいんだけど」

ニファ先輩は腕を降ろして周りを一瞥して静かに言ったのだ。

ニファ「あのね。ミスコンの時、ハンジ先生とリヴァイ先生がこじれた後、リヴァイ先生、どんな状態になったか、知ってる?」

3年女子2「え…?」

ニファ「実際、それを見たのはミスコンに選ばれた女子だけだから、皆には分からないだろうけど、リヴァイ先生、完全に呆然自失だったの」

と、言ってニファ先輩が辛そうに目を落とした。

ニファ「真っ先に、私とペトラが駆け寄ったわ。でも、ペトラの声も私の声も、全く聞こえていない状態だった。ミスコンの女王に選ばれたあの綺麗な女の子、ミカサさんもいろいろ声をかけていたけど、ダメだった。エルヴィン先生が声をかけて、ようやく我に返ったみたいだったけど、あの時のリヴァイ先生、本当に死人のような顔をしていたんだよ」

3年女子2「……………」

息してる? と言いたくなるような状態だったのだ。

エルヴィン先生があの場に居なかったらリヴァイ先生はずっと動けなかったかもしれない。

ニファ「私もペトラも、あの状態のリヴァイ先生を見て悟ったの。リヴァイ先生、本当にハンジ先生の事、好きなんだって。多分、相当根深いところに、ハンジ先生の存在が「いる」んだって。多分、リヴァイ先生にとっては、なくてはならない存在だって。無くしたら、生きていけないくらいに大事な人なんだよ。ハンジ先生は」

3年女子2「…………」

ニファ「リヴァイ先生、好きになっちゃう子が多いのもしょうがないよ。でも、リヴァイ先生はあくまで「先生」だからね。アイドルじゃないんだし。生徒の私達がどんなに叫んでも、その愛が本当の意味で届く事はないよ。ロリコンじゃないみたいだし、リヴァイ先生がハンジ先生を選んだ以上、そこから先の事は、リヴァイ先生の自由だと思うよ」

3年女子2「で、でも……」

ニファ「署名運動自体を反対する訳じゃないよ? その活動をすればリヴァイ先生も気が変わるかもしれない。でも、何でリヴァイ先生が自分から「辞める」って言い出したのか。その意味は、やっぱり冷静に考えた方がいいと思うよ」

3年女子2「…………」

ニファ「ペトラも、ちょっと言い過ぎ。薄っぺらいとか、勝手に言っちゃダメだよ。人の想いは、他人に測られるものじゃないんだから」

ペトラ「………ごめん」

3年女子2「…………」

辺りは静まり返っていた。皆、思うところが出てきたようだ。

ニファ「いろんな事がいっぺんに起き過ぎて頭、疲れているのは分かるけどね。受験勉強の疲れもあるんでしょ? 皆も、ちょっと一回、落ち着こうか。署名運動も、一回休止した方がいいと思うよ?」

3年女子2「そうだね。ニファの言う通りだわ。ごめん……」

ニファ「ほら、あんまりここにたむろっていると、他の人に迷惑だから。解散しよ? ね?」

と、言って、3年女子の集団はゾロゾロ何処かに行ってしまった。

ペトラ「ニファ、ごめん……本当に、ありがとう」

ニファ「いいよ。あの時のリヴァイ先生の顔、知っているの、3年だと私とペトラだけだもんね」

ペトラ「うん……」

ニファ「リヴァイ先生に、二度とあの時のような顔、させたくなかったんだよね? だから、賭けに出たんだよね?」

ペトラ「うん………」

ニファ「ペトラは賭けに勝った。だから、もう、これ以上、意地張らなくていいと思うよ」

ペトラ「うん……うん……」

その直後、ペトラ先輩はニファ先輩の目の前で堰を切ったように泣きじゃくった。

堪えていたものが一気に溢れ出たのだろう。それをニファ先輩が受け止めていた。

ペトラ「ニファ、ありがとう…本当に、ありがとう……ごめん。本当に、ごめん……」

ニファ「……私も、一緒に泣いてもいい?」

ペトラ「うん…泣こう! もう、いいよね?」

ニファ先輩も貰い泣きしている様子だ。そんな2人の場面に、あの男がやってきた。

リヴァイ「何か、騒ぎが起きていると聞いてこっちに来たんだが……もう収まったのか?」

ペトラ「!」

ニファ「!」

ちょっと遅かった。いや、この場合は早かったというべき?

ペトラ先輩は誤魔化す様に慌てて笑っていた。

リヴァイ「どうしたんだ? 2人とも。何かあったのか?」

ペトラ「い、いえ……何でもないです。ね? ニファ?」

ニファ「ええ。ちょっと、2人で内緒話をしていただけですよ」

リヴァイ「? 内緒話で泣くほどの事があるのか?」

そこはスルーしてあげて下さい。リヴァイ先生。

リヴァイ「ああ、そうだ。ペトラ。今、時間あるか?」

ペトラ「あ、はい。大丈夫です」

リヴァイ「少し、話をしてもいいか?」

ペトラ「2人きりで、ですか?」

リヴァイ「その方がいいとは思うが、時間がないならここでもいい」

ペトラ「………ここで聞きます」

リヴァイ「分かった。…………すまなかったな」

ペトラ「………ハンジ先生の件ですよね」

リヴァイ「ああ。ペトラにぶたれた事を、ハンジが気に病んでいた。ペトラにぶたれたおかげでようやく、全ての「謎」が解けたと。その為のスイッチボタンを押してくれたのは、ペトラだったと。そう言っていたんだ」

ペトラ「そうですか……」

リヴァイ「俺もあの時はすまなかった。生徒を放置して先に帰るなんて、やっていい事じゃなかった」

ペトラ「仕方がないですよ。あの時は」

リヴァイ「いや……すぐカッカして行動を起こすのは俺の悪い癖だ。冷静な自分で居られないのは大人に成りきれていない証拠だ。中途半端な大人ですまない」

自覚があるのならもうちょっとどうにかならないのだろうか?

でもペトラ先輩は首を左右に振っていた。愛おしそうに笑っている。

ペトラ「リヴァイ先生が短気なところもあるのは、皆知っているから大丈夫ですよ」

リヴァイ「……面目ねえな。本当に」

と、リヴァイ先生が苦笑する。そして、

ペトラ「あの、リヴァイ先生」

リヴァイ「ん?」

ペトラ「教職を辞められるのはいつ頃になられるんですか? 2学期までになるんですかね?」

リヴァイ「いや、その事について何だが……」

リヴァイ先生は其の時、何とも言えない表情で眉間に皺を寄せていた。

リヴァイ「その……すまん。辞めると言ったのに、なかなか学校側が受理をしてくれない事態になっていてな。校長先生に「ふざけんなこの野郎。代わりの教員、いねえのに何、寝ぼけた事言ってるんだ? 絶対受理しません(黒笑)」と、言い切られてしまって、どうにもこうにも動けない状態になっている」

そうなのか。それは学校側としてはリヴァイ先生を辞めさせたくないと言っているような物である。

ペトラ「え? 学校側が受理しないって、そんな事、あるんですか?」

リヴァイ「いや、俺も今回のケースは初めての事だから、良く分からんが、俺は3学期までは続けて、3月末で辞めるつもりで交渉したんだが「辞める時は1年から半年前の間で前もって打診するのが常識だろうが!」と怒られてしまった。教員になる前に働いてきた職場ではそんな事は一度もなかったから、どうしたもんかと頭を痛めている」

ペトラ「では、続けられるんですか……?」

リヴァイ「うーん……それも難しい問題なんだ。例の、その……ペトラは知っているのか? 俺のファンクラブについては」

ペトラ「はい」

リヴァイ「その件や、ハンジに対する風当たりの問題が解決しない事には、俺が教師を続ける意味がないんだ。八方塞がりとはこの事だな」

と、リヴァイ先生が本気で悩んでいた。

リヴァイ「せめてあと1年続けて、来年辞めるか……だな。そうすればさすがに生徒達も諦めてくれるだろう」

ペトラ「じゃあ、まだ猶予期間はある訳ですね。卒業式は一緒に過ごせるんですね」

リヴァイ「ああ。まあ、ペトラ達の代はきっちり見送るつもりではいたよ。そこは安心していい」

そう、言い切った瞬間、ペトラ先輩がまた泣き出してしまった。

リヴァイ「お、おい……どうした? ペトラ?」

ペトラ「良かった……卒業式、一緒に出られるんですね? 本当に良かった…」

リヴァイ「あ、当たり前だろ。俺の性格、知ってるだろ。キリの悪いところで辞めるのは性に合わないんだよ」

ペトラ「はい……!」

良かった。ペトラ先輩が嬉しそうなのは何より。

しかし私はどうしても其の時、リヴァイ先生に言いたい事が出て来たので挙手した。

ミカサ「あの………」

リヴァイ「ああ、ミカサもいたのか」

ミカサ「こっそり居ました。その、どうしても辞めないといけないんですか? リヴァイ先生」

リヴァイ「辞めた方が、解決すると思ったんだが」

ミカサ「いえ……その……私の経験上、それはかえってまずいのでは、と思ったんですが」

リヴァイ「え? それはどういう意味だ?」

やれやれ。リヴァイ先生は女の裏の顔を知らないようだ。

ミカサ「…………女の執念を舐めてはいけません」

だから私は言ってやった。

出来るだけおどろおどろしく。真夏の怪談のように。

ミカサ「確かにリヴァイ先生が教師を辞めてしまえば、表面上はハンジ先生の嫌がらせは少なくなるかもしれません。しかし、リヴァイ先生の見えない部分で、必ず精神攻撃はこっそりしてきます」

リヴァイ「何……?」

ミカサ「結婚したら、尚更酷い陰湿な精神攻撃をしてくる可能性もあります。私は、リヴァイ先生自身が目を光らせて、生徒達を見張っている方がまだマシだと思うんですが」

リヴァイ「な、そ、そういうものなのか?」

ミカサ「(こくり)………女って、怖いんですよ? ククク………」

エレンが蒼褪めてガクブルしている。ちょっとやり過ぎたかしら?

でも私は決して嘘は言っていない。陰湿な嫌がらせなら私も過去に沢山経験している。

リヴァイ「そ、そうか……そういう可能性もあったのか。すまん。俺もちょっと浅はかだったな」

ミカサ「よおおおく考えた上で、決断された方が良いかと。ククク……」

リヴァイ先生は息を呑んで「分かった」と答えた。

リヴァイ「貴重な意見をありがとう。エルヴィンにも話してもう少し、煮詰めてから今後の事を考えてみる」

ミカサ「その方が宜しいかと……(ニヤリ)」

リヴァイ「ああ。そうする。じゃあな」

と、言ってリヴァイ先生は職員室に帰って行った。

ペトラ「み、ミカサ……ありがとう」

ミカサ「いえいえ。私は女性の味方なので。リヴァイ先生が辞める方が個人的には嬉しいですが、ハンジ先生が可哀想な目に遭うのは、ちょっと」

ペトラ「うん。そうだよね。女って、怖いもんね」

ニファ「うん。怖い怖い」

ペトラ先輩もニファ先輩も可愛いので少なからず、そういう経験はあるのだろう。

お互いに何やら思い出す事があるのか頷き合ってしまった。

そして教室に戻りながらエレンは私に言ったのだ。

エレン「とりあえず、良かったよな。リヴァイ先生の件、保留になりそうだな」

ミカサ「うん。一番いいのは、リヴァイ先生が必要以上に女子生徒に優しくしない事だと思うけど」

エレン「自覚ねえんだろ? 難しくねえか? それは」

ミカサ「これからは、自覚するべき。嫁を一番優先するべき」

むふーっ。それが一番の解決策なのに。

ミカサ「もしくは、もっとリヴァイ先生のダメで悪い部分も生徒に見せるべき。皆、美化し過ぎているので、イメージダウンをさせるべき」

エレン「あーそれはオレも思ったんだけど、エルヴィン先生が「諸刃の刃」って言ってたしなあ」

ミカサ「でも、それはエルヴィン先生の判断であって、リヴァイ先生自身の判断ではないので、リヴァイ先生にその件を話してみても良いのでは?」

エレン「…………」

其の時、ふとエレンの足が止まった。

エレン「そうだな。ミカサの言う通りかもしれねえ」

エレンはそう言って「うんうん」と頷いていた。

そしてこの時のことを覚えていたのだろう。エレンは後日、それをリヴァイ先生に話す事になる。

それが切欠で、クリスマス公演の内容がいろいろアレな状態になるのだが……。

まあ、それはまた其の時に話そうと思う。






10月9日。この日は雨だったので体育は中止になり保健体育の方の授業になった。

女子はリコ先生の保健体育の授業だった。授業が終わった後、5分程度時間が余り、リコ先生が「どうする?」と言い出した。

リコ「少し早めに切り上げてもいいが、先を進めた方がいいならそうするぞ」

ミーナ「切り上げて貰った方がいいですね」

サシャ「ですね。残り時間は寝ていいですか?」

リコ「ああ。構わない。各自、自由に過ごしていいぞ」

わーい。皆、すっかり自由時間を喜んだ。

たった5分でも自由時間があると妙に浮かれる物である。

其の時、リコ先生がちらっと携帯電話を気にした。メールをチェックした様だ。

リコ「……………」

リコ先生の顔色が赤くなった。おや? どうしたのだろうか?

ミーナ「そう言えばリコ先生」

リコ「なんだ?」

ミーナ「あれからイアン先生とはどうなったんですか?」

リコ「ぶふうううううう!!!!」

露骨に動揺を見せた。おや? これはもしかして。

リコ「ど、どうなったって、何の話だ?」

ミーナ「え? だって、フィーリングカップルでくっついたじゃないですか」

リコ「あれは舞台上の演出だ! 本当にくっついた訳じゃ……!」

アニ「…………顔と台詞が合致してないですよね」

ユミル「だな。ぷぷぷ………」

皆が失笑した。何だかバレバレようようだ。

リコ「ちがっ……! これは、その、違うんだ!」

ユミル「何が違うんですかね? 私ら、まだ何も言ってないのに」

ミーナ「もしかして、デートのお誘いのメールとか来たとか?」

ミーナがそう推理を働かせると、リコ先生がびくっと反応して「何でバレた!」と言い出した。

ミーナ「え? 本当に? やっぱり?!」

ハンナ「すごい。リヴァイ先生に続いて2組目のカップル誕生かな」

ヒッチ「じゃな~い? イアン先生、いい男だし。リコ先生も結婚しちゃえばいいのに」

リコ「なんでそういう話になる?! その、違うからな! イアン先生とはまだそういう仲じゃ!」

アニ「まだとか言っている時点でアウトな気がするけど」

ヒッチ「ぷくく……だよねえ」

リコ先生が皆にからかわれて真っ赤になってしまった。

リコ「それ以上言うなら私は帰る!! 各自自習をするように!」

アニ「あらら」

リコ先生は怒って(?)教室を早めに出て行ってしまった。

女子は皆、やり過ぎたか。という顔をしていたけれど、ひそひそ噂話を続けた。

ヒッチ「アレは絶対、イアン先生が押している最中だね。間違いない」

ミーナ「だよね。そういう顔、してたよね」

マリーナ「こっちもカップルになったら凄いですね」

2組のマリーナまで噂の輪に入って楽しそうにしゃべっている。

すると其の時、2組の方に何故かイアン先生がやってきた。

イアン「あれ? 今日は保健体育になった筈じゃ」

ミカサ「リコ先生なら早めに戻られましたけど」

イアン「なんだ。そうだったのか。すれ違ったようだな。残念だ」

そしてイアン先生がリコ先生を探しに行こうとした。

其の時、勇者が1人、イアン先生に突撃しに行った。

ミーナ「あの! イアン先生!」

イアン「ん? なんだ?」

ミーナ「リコ先生と、付き合っているんですか?」

イアン「あははは。ストレートに聞いてくるね」

ミーナ「どうなんですか? (わくわく)」

イアン「そこはご想像にお任せするよ」

ミーナ「えー? はっきり教えてくれないんですか?」

イアン「教えられる時が来たら教えるさ。じゃあ、そういう事で」

イアン先生は全く動じずに去って行った。おお。こんな時でもスマートだ。

ミーナが残念そうにしている。他の女子も同様だ。

ハンナ「イアン先生ってあんまりその辺の事をはっきり話さないよね」

ミーナ「しれっと逃げられるよね。ううーん。これは手ごわい相手かも?」

ヒッチ「いやでも、リコ先生の方の反応があからさまだったよ?」

ミーナ「そうだけど、イアン先生の反応をもっと知りたかったー!」

とか何とか話しながら1組女子は2組を出た。1組に戻る。

サシャはムニャムニャ眠って居たので起こしてあげた。

サシャ「は?! もう5分経ったんですか?!」

ミカサ「うん。もう教室に帰らないと」

クリスタ「サシャはリコ先生の噂話に我関せずだったね」

サシャ「? 何の話ですか?」

ユミル「サシャは花より団子ってことだろ」

とかいいつつ4人で教室に戻ると、先に教室に戻っていたアニがエレンとアルミンを前に悪い顔をしていた。

アニ「ふーん……やっぱり、いやらしい男だねえ。あんた達は。ククク……」

? 何の話だろうか?

アニは黒板を消していた。珍しい。リヴァイ先生が消し忘れるとは。

ミカサ「何の話をしていたの? エレン」

エレン「な、なんでもねえよ! (*上ずった声)」

ミカサ「?」

ますます不可解に思うのだった。





そして中間考査も無事に終わり、四者面談の期間に突入した。

私は名簿の後ろの方なので後で行う予定だ。

今日はアニとアルミンとエレンの3人が先に面談があるので、私とジャンとマルコは先に演劇部の部室に来ていた。

18日(土)の放課後、先輩達とのんびり話していた其の時、演劇部に入って来た女子と男子が居た。

あ。文化祭の時に私とアニを追っかけて来た生徒達だ。

ジャンに入部届を突き出している。ええええええ。まさかの入部?

ジャン「あー悪いけど。そういう動機で入部されるのは困るんだけど」

女子生徒1「何でですか?」

ジャン「個人的な追っかけが動機で入部されると部の空気が悪くなるから駄目だ。受理は出来ねえよ」

女子生徒2「そんなあ……真面目にやりますから、途中参加させて下さいよ!」

ジャン「って言われてもなあ。リヴァイ先生にもエルヴィン先生にもその辺の事はきつく言われているんだ。諦めてくれ」

男子生徒1「いや、でもオレ、脚本とかできますよ?! 書ける人材がいた方がいいんじゃないんでしょうか?!」

マルコ「あージャン、とりあえず、一回こっちに来て」

ジャンはマルコに呼び出されてしまった。

他の先輩達も困ったようにジャンを囲む。

スカーレット「ええっと、結論から言えば入部は不可だね」

ジャン「ですよねえ?」

マーガレット「あーこのケースはマルコ達とは違うみたいだね」

アーロン「だな。演劇部そのものに興味があって入ってくれるならいいが」

エーレン「ここは出来るだけ穏便に断った方がいいね」

ジャン「つっても、アレは諦めそうにねえっすけど。どうしましょう?」

ミカサ「ううーん……」

私のせいで迷惑をかけてしまったようだ。どうしよう?

其の時、リヴァイ先生が丁度、音楽室に顔を出してくれた。

リヴァイ「今日、反省会するって言っていたよな。エレン達が戻り次第、やるのか?」

ジャン「一応、そのつもりっすけど………」

リヴァイ「ん? なんだお前ら」

女子生徒1「あの! 私達、入部したいんですけど!!」

女子生徒2「途中加入させて下さい!!」

男子生徒1「オレ達、何でもやりますので!!」

ああああ。リヴァイ先生に直談判されてしまった。困った。

リヴァイ「……………何でもだと?」

男子生徒1「はい! 1から勉強しますし、是非とも入部させて下さい!!」

リヴァイ(ポリポリ)

リヴァイ先生が弱った顔でいる。

リヴァイ「やる気があるのは構わんが、本当に大丈夫なのか?」

女子生徒1「大丈夫です!!」

リヴァイ(じーっ)

リヴァイ先生がジャンを見ていた。ジャンは首をブンブン横に振っている。

リヴァイ「そうか。なら今から腹筋、1万回やって貰おうか」

女子生徒1「え……」

リヴァイ「それから腕立ても1万回。その後はジョギング30キロ走れ。放課後を全部使ってそれが出来るって言うなら入部しても構わない」

女子生徒1「えええええそんな無茶な」

男子生徒1「そ、そんなにスパルタなんですか? 演劇部は」

リヴァイ「ミカサ、お前の腹筋をこいつらに見せてみろ」

ミカサ「……はい」

リヴァイ先生の意図が読めたので私はお腹をチラっと見せてあげた。

一同は驚き、言葉が出ない様子だった。

リヴァイ「分かったか? うちは文化部ではあるが、中身は限りなく体育会系だ。身体は当然鍛えるし、それ以外にもやる事や覚える事が山積みだ。途中加入するって事は、他の1年よりもスタートが遅れた状態で入る事になる。今から体を絞って舞台に参加出来るようになるには普通の努力では足りねえと思うぞ」

女子生徒1「……………」

リヴァイ「他の奴らも見せてやれ。お前らの腹筋を」

私以外の演劇部のメンバーも頷いて腹筋を見せてあげた。

私達は腹から声を出すのが仕事のような物なので、腹筋を特に鍛えている。

最初の頃は割れていなかったエレンも、今ではすっかり逞しい腹筋を持っているのだ。

リヴァイ「見たところ、お前らは身体が細いし、運動部に入っていた経験もねえだろ」

女子生徒1「……………はい」

女子生徒2「……………はい」

男子生徒1「そうですね」

リヴァイ「演劇部に興味を持ってくれたのは嬉しいが、今回はちょっと勇み足が過ぎるな。一回、冷静になってからよく考えろ。その上でどうしても入りたいと言うなら、さっき言ったメニューをこなしてからうちに来い。いいな」

女子生徒1「……………分かりました」

という訳でリヴァイ先生のナイス機転でおっかけの子達を丁重に断る事が出来た。

彼女らが居なくなってからマーガレット先輩が言った。

マーガレット「まー1万回は流石にふっかけ過ぎですけどね」

ガーネット「うちらも流石にそこまではやらないけどね」

リヴァイ「そりゃそうだが。ああでも言わないと諦めねえだろ」

ミカサ「…………」

ジャン「ミカサ、しょんぼりしなくていいぞ。アレはミカサだけのせいじゃねえし」

ジャンが慰めてくれた其の時、アーロン先輩が口を開いた。

アーロン「ペトラ先輩の時もあったよな」

エーレン「ああ。あの時もそういう気配があったから、断った事もあるし」

ミカサ「そうなんですか?」

マーガレット「あーうん。あの時のオルオ先輩、すっごい苦い顔してたよねえ」

ガーネット「去年の冬公演だったっけ。新撰組の。元ネタは『風光り』のパロディみたいな。男装女子の物語をやったんだよね」

スカーレット「ペトラ先輩が主演だったから。公演後は結構、ペトラ先輩も大変だったみたいだよ」

ミカサ「そうだったんですか」

リヴァイ「仮面の王女の時、エレンの場合は女役だったから良かったが。もし王子の方だったら騒がれていたかもしれんな」

ジャン「……………」

ん? ジャンが視線を逸らしている。頭を掻いているが。

其の時、私は思い出した。ジャンも女子に告白されていた、とアルミンが以前言っていたことを。

成程。これが舞台効果なのか。そういう事もあるのか。

と、其の時、四者面談が終わったメンバーが音楽室に戻って来た。

アルミンが少しだけ元気ないように見えたけど、エレンは「大丈夫だ」と言っていた。

そして部員が集まって文化祭のビデオを見る。改めて見ると何というか。

リヴァイ「……すまん。本番が一番、ギリギリの殺陣だったな」

ミカサ「小道具が壊れたのも頷ける」

練習用に撮っていた殺陣の映像と比べると、寸止めの距離が近過ぎた。

それだけ迫力満点ではあるのだが、これは文化祭の舞台では危険な間合いだった。

映画とかならまだしも。ちょっと本気を出し過ぎてしまったのかもしれない。

スカーレット「いやーまさか私も途中で外れるとは思ってなかったです」

ガーネット「次からは強度をアップさせますね」

リヴァイ「すまん」

マーガレット「でもこれはこれで凄くいいじゃないですか。客席の反応もいいし」

リヴァイ「だが一歩間違えれば客席側に小道具が飛んでいた可能性もある。やはり俺は役者には向いてないようだ」

エレン「そんな事ないですよ!! リヴァイ先生、格好良かったです!!」

ミカサ「………まあ、努力は認める」

格好いいかはさておき。リヴァイ先生は今回、頑張ってくれたとは思う。

リヴァイ「……そうか」

私がそう言うと少しだけ嬉しそうに返したので、やっぱり付け加えた。

ミカサ「背丈があれば、もっと格好良かっただろうけど」

リヴァイ「うぐっ……(ぐさああ)」

エレン「おい、ミカサ! リヴァイ先生の背丈の事は言うなよ!! 小さくても格好いいだろ?!」

リヴァイ「エレンよ。傷口に塩を塗るな(プルプル)」

ぷークスクス。

内心、ちょっと笑ってやると、周りも苦笑いしたようだった。

そんな訳でその日の活動はざっと流して家に帰る。

エレンに今日の四者面談の話を聞きながら、私は改めてエルヴィン先生の事を凄いと思った。

ミカサ「エルヴィン先生はやはり凄い。人の事を良く見ている」

エレン「やっぱり先生になるだけあるな。皆、いろいろ悩んでいたけど、アニとかは思ってもみなかった方向を提示されたんだぜ? オレもある意味そうだけど。それって、やっぱりエルヴィン先生じゃねえと出来ねえよな」

ミカサ「うん。私はなんて言われるんだろう。ドキドキする」

エレン「ミカサの場合はいろいろ選択肢を提示してくれるかもしれないな。頑張れ」

ミカサ「うん。頑張る」

ん? エレンの顔が近いような………。



チュ……


ミカサ「!」

エレン「悪い。今、したくなった」

ミカサ「んもう……」

エレン「だって、ミカサが可愛いのが悪い……」

突然のキスにびっくりした。でも、その直後!

グリシャ「エレン? ルールは破っちゃダメだよ?」

エレン「?!」

あわわわわわあわ! 今のキスをおじさんに見られてしまった!!

しまった! エレンのキスが不意打ちだったから、止める間もなかった。

ミカサの母「今日は帰りを迎えに来て貰ったの~学校帰りにね。そのまま買い物もしてきたのよ」

グリシャ「ああ。今、帰って来たところだ。偶然だね。車の音、聞こえなかったのかな?」

エレン「うぐぐぐぐ」

グリシャ「晩飯のおかず、1個減らすよ。今日だけは多めに見るけど、次はないよ」

エレン「は、はい……(シュン)」

エレンが怒られてしまった。

そして私も釣られてシュンとなってしまったのだった。

この頃、エレンと一緒にいない時のミカサのパートで、実はいろいろありましたとさ。
そんな訳で続きはまた。ノシ






10月23日四者面談5日目。

私はミーナの後に四者面談を受けた。私の母と一緒に今後について話し合う。

キース「どうぞ、お席にお座り下さい」

ミカサの母「お世話になります」

ミカサ(ぺこり)

キース「まずはミカサさんの学校内の成績と活動内容について説明させて頂きます」

キース先生の評価は高評価だった。部活動の方は演劇部で主演を演じた事を特に褒められた。

友人関係も良好で、皆から慕われているとも言われてしまった。

ミカサの母「何もトラブルは起きてないようですね」

キース「はい。特には。成績も上位をキープしていますし、今の成績でいけば国公立のかなり上のレベルの大学も希望する事は出来ると思われます」

ミカサの母「そうですか。それは良かった」

キース「進路については、今のところどう考えられておられますか?」

ミカサの母「娘の選ぶ道ですので。親として出来る限りの事はしてやるつもりではいますが」

キース「でしたら、県外の大学も視野に含めておられますかね?」

ミカサの母「寂しくなりますが、それをミカサが選びたいと思うのなら親として出してやるつもりです」

お母さん……。

そうだった。県外に出たらお母さんと離れて暮らす事になってしまう。

それはちょっとあんまり考えたくなかったので、出来れば県内で進学できる大学の方がいいかしら。と考えていた其の時、

エルヴィン「ミカサさんの場合は、あまり家族と離れて暮らすのは良くないかもしれないですね」

ミカサの母「と、いいますと?」

エルヴィン「彼女は器用貧乏なところがあるようです。何でもこなせる代わりに、それに対する深い執着もないようだ。通り一辺をこなしてしまったら、そこで熱が冷めるタイプだろう?」

ミカサ「はい。その通りです」

エルヴィン「彼女の場合、職種に拘る性格ではないと思います。出来るなら家族と……愛する人と一緒に生活出来ればそれでいいと思ってないかい?」

ミカサ「まさにその通りだと思います」

エルヴィン先生にはバレているようだ。

エルヴィン「だとすれば、進路についても職種を絞るような専門的な大学に行くよりも、幅広い選択肢が出来る文系か。もしくはお母さんのお仕事に似た仕事。もっと言うなら、ミカサさんの将来、旦那になる相手と似たような職種、もしくはいっそ同じ仕事に就いてもいいかもしれないですね」

ミカサの母「あらまあ。もしかして、先生達にもバレているの? ミカサ」

ミカサ「う……うん」

ついつい赤い顔になって答えると、母は困ったように言った。

ミカサの母「何だか気の早い話のような気がしますが、ぶっちゃけて言えばいい旦那を見つけて早めに結婚するのが一番だと親としては思いますよ」

キース「いや、しかし、ミカサさんは有り余る才能が………」

ミカサの母「女の場合は出産の問題もありますから。ねえミカサ?」

ミカサ「お母さん………」

私はなんと答えたらよいか分からなかった。

エルヴィン「まあ、確かに永久就職が一番だとは思いますが。彼女の場合は普通の女性よりも才能があるのは確かです。ただ彼女の場合、その何でもこなせるというのが逆に進路を決める障害になっている」

ミカサ「ううう……」

確かにその通りかもしれない。

エルヴィン「あえて絞るとすれば………何か、興味のある趣味とか。そういう物はないかな?」

ミカサ「趣味と言えるか分かりませんが、家庭菜園は好きです」

エルヴィン「成程。だとすれば、農業に関わる仕事などもいいかもしれないね。農家の嫁にでもなってみる?」

ミカサ「農業、向いているんでしょうか?」

エルヴィン「農業は根気強くて、体力があって、そして性格的にマメでないと務まらない。ミカサにはその適性があると思うよ」

ミカサ「成程……」

エルヴィン「まあ、農業以外でもやっていけるとは思うけど。そこはミカサのやる気、モチベーションの問題になるね。これからの事は、一度、彼氏とも相談してみた方がいいかもしれない」

ミカサ「そうですね。分かりました。そうしてみます」

キース「いいのか? 本当に……」

キース先生は心配そうにしていたけれど私は頷いた。

キース「はい。大丈夫です。私は大丈夫です」

ミカサの母「まあ、まだ一年生ですから。ゆっくり考えていきましょう。ミカサ」

と、母は相変わらずのんびりしていた。

そんな訳で私の四者面談は終わった。母は先に家に帰って行った。

ミカサ「ううーん」

エレン「何言われたんだ?」

エレンが待っていてくれたので今日の面談の事を話す事にした。

ミカサ「旦那になる男と同じ職業がいいかもしれないって言われた」

エレン「ええええ? なんだそれ?」

エレンにそう言ったら驚かれてしまった。

ミカサ「えっと、私の場合、職種に拘る性格ではないので、愛する人と一緒に生活出来さえすればいいから、本当に何でもいいそう。で、あれば、結婚相手と似たような職業、もしくはいっそ同じ仕事に就いていいんじゃないかって言われた」

エレン「えええええ……それって、オレ次第って事か?」

エレンが申し訳なさそうにしていたけれど、むしろこっちの方が申し訳なかった。

ミカサ「そうなってしまう。エレン、ごめんなさい」

エレン「いや、いいけどさ。いいのか、本当にそれで」

ミカサ「部活動を決めた時もそうだったので、概ね問題ないかと」

エレン「あ、そう言えばそうだったな。いや、でも、1個くらい適性の職業なかったのかよ」

ミカサ「あえて言うなら『農家の嫁』と言われてしまった。農業が向いているそう」

エレン「そうか。農業か……」

ミカサ「エレンは今のところ『医者』か『消防士』か『レスキュー隊』か『自衛隊員』くらいを見ているのよね」

エレン「ああ、医者はまあ、成績次第だけどな。多分、相当頑張らないと難しいとは思うけど」

ミカサ「私は本当に、自分のやりたい事が特に「ない」状態なので、エレンと同じ仕事を選択してはダメだろうか?」

エレン「うーん……本当にそれでいいのかなー」

エレンと一緒に生きていくなら同じ業種がいいと思う。

理想はリヴァイ先生とハンジ先生のように。同じ仕事でやっていきたい。

エレン「本当に、それで後悔しないな? ミカサ」

ミカサ「うん。後悔しない」

エレン「分かった。だったらオレも覚悟を決める。出来るだけ早いうちに進路を絞るから。それまで待っててくれ」

ミカサ「うん」

エレンのこういうところが好き。決断が早いところが好き。

ミカサ「エレン?」

ん? 手を握られてしまった。

エレン「いや、なんとなく。手、触りたくなった」

ミカサ「うん……」

ユミル「廊下で急にイチャイチャするのやめてくんねえ?」

其の時、ユミルが突然気配を出したのでエレンと一緒にびっくりした。

エレン「うわああびっくりした! ユミルか。もう終わったのか?」

ユミル「あーまあ、一応な」

ミカサ「ユミルはなんて言われたの?」

ユミル「あーうー」

ユミル「エルヴィン先生、あの人馬鹿なんじゃねえかなって思うんだけど」

エレン「え? 何言われたんだよ」

ユミル「………女社長になったらどうだって言われた」

ミカサ「お、大きい……!」

ユミルに似合うと思った! 格好いい!!

ユミル「でかすぎるだろ!!! どう考えても! 現実的じゃねえし。アホだろ。あの先生」

そうだろうか? でもユミルが社長をするのは似合っていると思う。

エレン「いやいや、案外そうでもないかもしれないぜ? ユミル、社長になったらいいじゃねえか」

ユミル「だから、「何の」社長だよ!! 社長って一口に言っても、いろんな企業があるだろうが! 私は「それ」を聞きたかったのに「それは何でもいいと思うよ。ピンときた物を取り組めば」とか何とか。分かりにくくてしょうがねえ!」

ああ、そうか。言われてみればその通りである。

ユミル「私はそんなでかい夢なんてねえんだよ! とりあえず、生きていけさえすればそれでいい! その為なら、多少犯罪ギリギリの事でもやってやんよ!!! アウトでもバレなきゃいいと思ってる! とにかく金を稼ぎたい!! その手段を聞きたかったのに、あの先生はもうおおおお!」

ユミルがジタジタしているので、私は助け船を出した。

ミカサ「では、ユミルが好きな事をすればいいのでは?」

ユミル「好きな事?」

ミカサ「そう。ユミル自身が興味を持つ事をすればいい。何か、ないだろうか?」

ユミル「私が興味あるのはクリスタに関する事が殆どだからな……」

ミカサ「では、クリスタを綺麗にする為に化粧品の会社を立ち上げるとかはどうだろう?」

ユミル「………あーそういう事ね。なるほど。それだったら、悪くないかもな」

でしょう?

ユミル「女性に関する会社とかいいかもしれないな。ありがとう。ミカサ。ちょっと取っ掛かりが見えたよ」

と、手を振って去って行った。

ユミルプロデュースでクリスタが広告に出る未来を想像すると、何だかわくわくした。

きっと実現するに違いない。ユミルの事だから、本当にやり遂げそうな気がする。

最後はライナーだった。ライナーも微妙な顔で教室から出て来た。

ライナー「いろいろ多すぎて困ったな。適正が有り過ぎるそうだ」

エレン「有り過ぎるって、どれくらい?」

ライナー「まず体力のいる仕事だと『警備員』『警察官』『自衛隊員』『スポーツ選手』『消防士』等だな。ただ『教師』『塾の講師』等の子供と関わる仕事も大丈夫らしい。後は『農業』『漁業』等の体力勝負で地域に根づく仕事も大丈夫らしいが……これだけあると、何を選べばいいのか分からなくなってしまった」

私と似たような状況のようだ。絞れない気持ちは良く分かる。

ライナー「じっくり考えるしかないか。選択肢の幅が多い方が悩む事になるが仕方がない」

と言ってライナーも去って行った。

これで第一回目の進路相談は皆、無事に終わったようだった。ほっとした。

そして翌週の月曜日。10月27日の体育の日。

その日は天気も良好だった為、女子はグラウンドでサッカーをする事になった。

GKはユミルだ。一番背丈があって手足が長い女子なのでクラス全員、満場一致で決まった。

1組と2組で分かれてゲームを行った。私は球技大会のエレンと同じFWを任された。

サシャは私と同じFW、ミーナとハンナとクリスタはMF、アニとヒッチはDFに入っていた。

ゲームは1組が2-0で勝った。ゲーム後半、私のオーバーヘッドシュートが決まって勝てた。

ユミル「ミカサのシュートはまるで稲妻イレブンのキャラみたいな威力だな」

ミカサ「それは褒められているのかしら?」

アニ「一応、褒めているんじゃない?」

ユミル「ああ、褒めてる褒めてる」

ユミルに何故か苦笑された。ふむ。今度、その稲妻イレブンも観てみよう。

いつものように体育の授業を終えた後、何故かグラウンドにテニスボールが一個、転がって来た。

そう言えば男子は硬式テニスだった筈だ。誰かがボールをグラウンドまで転がしてしまったようだ。

一応、テニスコートには網があるのだが。それを越えるような打球があったのだろうか?

まあいい。一応、コートにボールを届けてあげよう。

テニスコートの方に向かうと、男子がまだ試合をしていた。

エレンはアルミンと組んでジャンとマルコのペアと試合をしていた。

おお。いい勝負をしているようだ。4-4で同点だ。

アルミンが前衛で、後衛にエレンがいる。ジャンは前衛で、後衛にマルコだ。

テニスは普通、司令塔役が後衛をする場合が多いのだが、運動量で言えば後衛の方が走るので、エレンは恐らくアルミンの体力を考えてあえて後衛なのだろう。

後衛のエレンはとにかく左右に走り、球を拾って打ち返した。


チラッ……


ミカサ「!」

腹チラが見えた!! 打球を返す一瞬だけど、裾がめくれてお腹が見える。

はわはわはわ! なんという破廉恥なスポーツだ。

…………と、エレンの腹チラを堪能していたら、

リヴァイ「…………おい、女子はもう授業は終わったのか?」

と、リヴァイ先生に頭をポンと、名簿で叩かれてしまった。

ミカサ「は、はい。ゲームが終わって皆、更衣室に帰りました」

リヴァイ「やれやれ。お前だけ男子の様子を見に来たのか?」

ミカサ「い、いえ! ボールが転がっていたのでこっちに持って来ただけです」

腹チラを拝んだのはついでだ。

あくまでついでだ。ついでなのだ。

ミカサ「けっして覗きをしようと思ってこっちに来たわけでは……」

信じて貰えないかもしれないけど。一応そう言うと、リヴァイ先生は微笑んだ。

リヴァイ「ふん………まあいい。ありがとう」

何か突っ込まれるかと思ったけれど、リヴァイ先生は機嫌よくボールを回収して行った。

その微妙なテンションの違いを不思議に思いつつ、私はついでなのでエレン達のゲームが終わるまで見学した。

最終的には7-5でエレンとアルミンのペアが勝ったようだった。

エレン「よしゃあああああ!」

アルミン「やったああああ!!」

ジャン「くっそおおおおおお!」

マルコ「うはあ! 負けちゃったかー」

アルミン「いやーいいゲームだったね! ハラハラしたよ!」

マルコ「確かに。シーソーゲームだったね」

ジャン「くっそ! アルミン、意外と前衛でさばくのうまいな!」

エレン「オレが後ろで拾い続けたおかげだろ? (ぜえぜえ)」

アルミン「だね! 来たるべきチャンスに備えて待ってた甲斐があったよ!」

と、男子同士、とても仲好さげな会話である。ちょっと羨ましい。

そしてエレンに気づかれた。笑ってこっちに手を振って来てくれた。

エレン「なんだよ。見てたのか?」

ミカサ「女子の方が先に授業が終わったので」

エレン「オレのリターン、見たか? 結構やるだろ?」

ミカサ「うん。格好良かった」

腹チラ万歳!

アルミン「女子と合同授業だったらもっと気合が入るんだけどね」

マルコ「まあね。でも、女子はサッカーだったもんね」

ミカサ「見ていたの?」

マルコ「ちょっとだけだね。こっちの試合の待ち時間、見てたよ」

ミカサ「そう……」

マルコ「ミーナ、大丈夫だった? 前に足を一度、傷めてしまったから癖になってないといいけど」

ミカサ「ああ……体育祭の時の足の怪我ならもう大丈夫だと思う」

ミーナは元気にしていた。心配するような物ではないと思う。

というより、よくその件を覚えていたものだ。私自身は完全に忘れていた。

マルコ「そっか。なら良かった」

ジャン「…………」

其の時、少しだけジャンが目を細めてマルコを見ていた。ふむ? 何か今の会話で気になる点でもあるのだろうか?

そんな訳で男子のテニスの授業が終わったようなので、後片付けをしている間、エレンを待って一緒に途中まで帰る事にした。

ミカサ「………エレン、気のせいだろうか?」

エレン「何が?」

途中の廊下で、私はこっそりエレンに聞いてみた。

ミカサ「ジャンがちょっとだけ、不機嫌な気がした。マルコを見て」

エレン「え? そうか? ううーん」

エレンは少し考えていた。すると、思い当たる事があったのか、手を打った。

エレン「ああ! もしかして、さっきの会話の件かもな」

ミカサ「さっきの?」

エレン「ミーナを気にしていただろ? 多分、まだマルコはジャンにミーナの件をはっきりと言ってねえんじゃねえかな」

ミカサ「どういう事?」

エレン「多分、だけど。マルコ、ミーナの事を気に入っている風だからさ」

ミカサ「そうなの?」

それは全然、気づいていなかった。

エレン「その件を全然、言ってくれないから拗ねているだけじゃねえの?」

ミカサ「そう………」

エレン「あいつ、そういうところがちょっと面倒くせえよな」

エレンが苦笑していた。でも、気持ちは分からなくもない。

もしアニに好きな人が出来て、何も言ってくれなかったら、ちょっと寂しいかもしれない。

ちょっとだけジャンに共感しながら、エレンと途中まで一緒に帰ったのだった。






10月29日。生物の授業の時のハンジ先生が奇妙だった。

授業を開始した直後に私は気づいた。教科書を逆さまに持ったまま授業を始めたのだ。

でも、授業は普通にこなしていた。逆さま文字でも読めるのだろうか?

そして一通り、口頭の説明が終わると、エレンがつい言ってしまったようだ。

ハンジ(ぼーっ)

エレン「ハンジ先生?」

ハンジ「はいはい?! 何かな?」

エレン「教科書逆さまに持ってますよ?」

ハンジ「うわああああ!? ごめんねええ?! ぼーっとしてた!」

クルクル教科書を回転させて真っ赤になるハンジ先生だった。

直後、教室の中はぶふっと笑いが漏れた。皆、大体察している。

ハンジ「……………うはあ」

そしてたまに変な声が漏れて顔を隠して忙しそうだ。

ユミル「ハンジ先生、顔が赤いですよ。熱でもあるんじゃないんですか? (ニヤニヤ)」

ハンジ「だ、大丈夫だよ!! 平熱だから! 顔が赤いのは、元々だから!!」

いやいや。それはない。でもそんなハンジ先生の反応に皆、また噴き出した。

授業が終わった後、エレンが心配そうにハンジ先生に話しかけていた。

私も心配になったので席を離れてハンジ先生のところに移動した。

エレン「だ、大丈夫ですか?」

ハンジ「うん。今のところは大丈夫。大丈夫だけど……」

エレン「けど?」

ハンジ「いつまでこの状態が続くのかなあ? もう、地に足がつかないような「ふわふわ」な感じがあの日以来、ずっと続いているんだよね。ねえ、これが「トキメキ」ってやつなのだとしたら、君達、よほど心臓が強いんだね……」

エレン「まあ、そうですね。でもオレ達も、そんなもんですよ? ハンジ先生」

ミカサ「確かに。しょっちゅう、ふわふわします……ので」

ハンジ「そうなんだー凄いねえ。君たちの方が若いのに。こういうの、先に経験していたんだね。予想以上に、とんでもない経験だよー」

うるうるしているハンジ先生がすっかり乙女になっていた。

ハンジ「リヴァイとの初エッチ、6時間もかけられるとは思わなかったよー。今まで経験したものが全部、馬鹿みたいに思えるよー」

エレン「ろ、6時間って?!」

あのエロ親父! やっぱりハンジ先生、早まったのかも?!

と、一瞬思ってしまったけれど、

ハンジ「うん。全部でそれくらい。勿論、途中で休憩込みだけど。いろいろ凄かったんだよ……」

凄かった。と言いながらハンジ先生は幸せな顔をしていた。

ミカサ「本当、エロ親父……やっぱり変態教師だったか」

だからそれ以上は言わないようにした。ハンジ先生が幸せならそれでいいのだから。

ハンジ先生は幸せ過ぎるのか、顔を隠して俯いてしまった。

ハンジ「恥ずかしいよーいつまでこんな状態続くのかなー怖いよー」

と、その時、昼休みになってリヴァイ先生が早歩きで生物室にやって来た。

リヴァイ「ハンジ。一緒に昼飯食うぞ」

ハンジ「はいいいいいい! (ドキーン☆)」

リヴァイ「何、そんなにおっかなびっくりしてやがる。そんなに俺が怖いのか? (ニヤリ)」

ハンジ「滅相もございません! いや、本当、大丈夫だから! その……ああああああ!?」

無理やり引っ張られて生物室の外に連れて行かれた。

昼食を食べられて、かつ人気のない場所に連れ込まれるような予感しかしない。

ミカサ「……………」

エレン「……………」

お互い、何となく思っている事は同じような気がしたのであえて言わない事にした。

そして10月は文化祭、中間考査、進路相談という山場を越えて無事に終わった。

11月に入ると、エレンがすぐに提案してくれた。

エレン「ミカサ」

ミカサ「何?」

エレン「そろそろ、オレ達、初デート、しないか?」

ミカサ「する!」

エレンの提案に、即座に答えて私はわくわくしたのだった。

ハンジ先生の保健体育の授業は無いです。申し訳ない。
この頃はまだそれどころじゃなかった。いっぱいいっぱいハンジ先生です。

そんな訳で、次回ようやく山登り回です。
ではまたノシ





11月2日。日曜日。その日は晴天だった。

私はその日、朝早くからお弁当の準備をしていた。

エレンの好きそうなおかずを用意する。特にハンバーグには気合を入れて作った。

水筒も用意する。小さなお菓子もあった方がいいので飴とかチロルチョコも。

そんな訳で大体、用意を済ませると、私達は朝早くから家を出て目的地まで移動した。

エレン「おおおお……やっぱり行楽シーズンなだけあって、結構、人がいるな」

到着するなり驚きの声をあげるエレンだった。

紅葉の季節なので仕方がない。色とりどりの葉が綺麗に色づき始めている。

エレンはこの日、黒い長そでと緑色の長いズボンをはいていた。

胸には格好いいロゴが入っていて、男の子らしい格好だった。

ずっとここに立ち止まる訳にもいかないので、私はエレンに言った。

ミカサ「まずは参拝コースを歩いてみよう。エレン」

エレン「おう!」

てくてく歩いて行く。ここは急いで歩かず、ゆっくり進む。

神宮参道を歩くのんびり参拝コース。というものがあり、今回はそれをなぞってみる。

銅鳥居をスタートし、神宮奉幣殿までの石段の参道をのんびり歩いて登るコースとあったので、初心者には向いている。

ミカサ「おおお」

ミカサ「すごい。古い建物がそのまま残っている」

エレン「歴史を感じるよなー」

エレンと一緒に建物を見て回る。趣のある建物があった。

次は庭園へ向かう。歴史館のような建物があったが、来るのが早過ぎたせいかまだ開いていなかった。

そして最後は神宮奉幣殿に辿り着いた。朱色の柱が目立つ大きな建物だった。

折角来たのでエレンと御参りする。

御賽銭を入れて、考える。何をお願いしよう?

…………エレンとずっと一緒に居られますように。これだ。

他の願いは自分の努力でどうにかなる。それが1番だと思う。

ミカサ「よし! エレン、ここから本番」

エレン「だな」

そしてここからが山頂まで登っていくコースだ。

1時間半くらいで辿り着くらしいので、頑張って登ろう。

神宮奉幣殿から中岳に向けて出発する。下宮を通過して、杉木立の中、石段を登っていく。

エレン「ほ! ほ! ほ!」

エレンのテンションが上がっていた。段を飛ばしながら登って行こうとする。

ミカサ「エレン、飛ばし過ぎると後で疲れる」

エレン「わり! テンション上がってきたからさ!」

石段をぴょんぴょん飛びながら進むところがまるでウサギみたいで可愛かった。

そしてエレンの後ろをついていく形で20分程度進むと、一の岳展望台が見えた。

エレン「どうする? 一回休憩するか?」

ミカサ「うん。ちょっと水を飲もう」

丁度、喉が渇いて来たところだったので言葉に甘える。

ミカサ「ふう……」

其の時、何故かエレンにじっと見られてしまった。

ミカサ「な、なに…? (ドキッ)」

エレン「いや、可愛いなーと思って見てた」

ミカサ「んもう……」

エレンは急に不意打ちのように甘い言葉をくれるから、嬉しい。

エレンにもお茶を注いであげながら、私達はそこで小休止した。

景色が綺麗だった。自然の力を頂くような気持ちになる。

でもここで長居をしていては、時間通りに山頂に行けないので適当なところで切り上げる。

ミカサ「エレン、そろそろ行こう」

エレン「おう!」

5分くらい休憩して再開。杉木立の中をまたずんずん登っていく。

鎖を使って登る箇所があった。私が先に行け、と言われたので登ると、

急にお尻に掌の感触がきたので思わず、

ミカサ「ひゃん! んもう、エレン……!」

と、感じてしまって、声が漏れてしまった。

もーエレンは、私に不意打ちばかりする。

案の定、エレンは嬉しそうにニタニタしていた。

エレン「いや、落ちない様にと思ってな」

ミカサ「いきなり触られるとびっくりする……」

エレン「悪い悪い(ニタニタ)」

ミカサ「んもう……」

多分、急に仕掛けて私の反応を楽しんでいるのだろう。

まあ、エレンが楽しそうだから私も強くは言い返せないのだけど。

そして先を進む。中津宮を通過した。今度は下りの道だ。慌てない様に進む。

再び石段だ。登って産霊(ムスビ)神社に到着。ここまでで75分。予定通り。

水場があったのでそこで水を少し頂いて、先を進んだ。

あともう少し。もう少し。上宮が見えて来た。

90分経った。上宮中岳山頂に着いた。そして、広場に。

ミカサ「着いた……」

エレン「おう! 着いたな! 到着だ!」

じんわり汗を掻いた。ふう。いい運動になった。

ミカサ「結構、意外と人がいる」

エレン「みたいだな。この山、結構人気あるんじゃねえの?」

ミカサ「かもしれない。初心者向きの山登りに案内されているだけはある」

エレン「記念写真撮ろうぜ! ほら、ミカサ! よってよって!」

エレンと一緒に記念撮影をした。顔をギリギリまで横に近づけて、はいチーズ。

エレン「今、何時だ?11:00くらいか。9:30分くらいから出発したからそんなもんか」

ミカサ「少し早いけど、お昼にする?」

エレン「そうだな! 昼飯食おうぜ♪」

エレンと場所を探してそこに座ると、お弁当を広げた。

ミカサ「おにぎりとか、卵焼きとか、ハンバーグとか、お煮しめとか」

エレン「基本の弁当きたー! ありがとうな! ミカサ!」

ミカサ「では、手を拭いて……(おしぼり持参)」

エレン「(拭き拭き)いっただきまーす!」

ミカサ「頂きます」

一緒に外で食べるご飯は本当に美味しい。

エレンが吸い込むようにおにぎりを食べようとするので、お茶を用意する。

もきゅもきゅもきゅ。まるでエレンのほっぺがリスのように膨らんでいる。

そんなに慌てなくても、おにぎりは逃げないのに。

でも、美味しそうに食べてくれるのは本当に嬉しかった。

ミカサ「ね? 贅沢なデートになった」

エレン「ああ! ミカサの言ってる意味が分かったぜ! こりゃ贅沢だな!」

そう言いながらあっという間にお弁当を食べてしまったエレンだった。

エレン「美味かった! 超美味かった! これは本当に、いいデートだな!」

ミカサ「うん。私もお弁当を作った甲斐があった」

エレン「ありがとうな。いつも、本当にありがてえよ。ミカサ」

ミカサ「うん……どういたしまして」

全部、綺麗に食べて貰えて嬉しかった。

作る方から見れば、残さず食べて貰えるの程、嬉しい事は無いのだ。

エレンがじっとこっちを見て、私との距離を詰めてから、其の時言った。

エレン「そうだ。ミカサ、例の誓約書の件なんだけどさ」

ミカサ「うん」

エレン「エルヴィン先生曰く「親父の謎かけ」って言っていたけど、どう思う?」

ミカサ「んー……」

エレン「オレ、そういうのあんまり得意じゃねえからさ。ミカサの考えを先に聞きたいんだ」

ミカサ「文章を、そのままあえて、捉えるとすれば、だけど」

私はとりあえず、思った事を言ってみた。

ミカサ「エレンからの接触はダメで、私からの接触がOKだと仮定すれば、もしかしたら、やっていい事を制限しているのかもしれない」

エレン「やっていい事を制限?」

ミカサ「うーん。例えば、エレンのアレを、私の口でその……するのまではOKとか?」

ぶふううううううう!

エレンが大げさに噴いた。真っ赤になって動揺している。

御免なさい。でも他にどう言えばいいのか。

エレン「いや、まあ、確かにそれは文面上は違反じゃねえけどさ。そんな事されたら、オレ、理性吹っ飛ぶぞ? 無理だぞ? 一気に最後までやっちまうぞ?」

ミカサ「やっぱり無理?」

私が強請る様に言ってみると、エレンは困ったように目を逸らした。

エレン「多分、無理だと思うぜ。いや、ミカサがどうしてもやりたいって言うなら、我慢してやらなくもねえけど」

ミカサ「じゃあしよう(キリッ)」

エレン「即答かよ! え? 何、ミカサ、抵抗ねえの? そういうの?」

ミカサ「むしろしたくて堪らない(キリッ)」

エレンにご奉仕したい。たっぷりと。

エレン「そうなのか……いや、意外だったな。なんかそういうのって、あんまり女の方からしたがらねえイメージがあったからさ」

ミカサ「そうなの?」

エレン「んーそういうエロ本ばっか見てきたせいかな。嫌々やらされている奴とかの方が多いもんな」

嫌々やらされている? そういうのが好きなの? エレンは。

ミカサ「エロ本? (ぴくっ)エレン、エロ本を所持しているの?」

エレン「うぐっ……!」

詰め寄ると、エレンが大きく肩を揺らして少し私から離れた。

ミカサ「エレン、どんなエロ本を見ているの? どういうのが趣味なの? (ゴゴゴ)」

エレンの性癖を把握しておくべきだ。でも、エロ本はこっそり処分したい。

エレン「お、怒るなよ!! アルミンから貰った奴とかだよ!! 中古本だから! アルミンが置く場所困るからって、引き取っただけだけだから!」

ミカサ「本当に? 本当にそうなの? <●><●>」

むしろアルミンに強請って貰ったのではないの?

と、私が疑った其の時、エレンは私にいきなり不意打ちを仕掛けた。

ミカサ「!」

口の中が甘い。あ、チロルチョコだ。

口の中に押し込まれて、甘味が舌の中を支配する。

ん~美味しい。つい、舐めてしまう。

エレン「イライラしたらダメだろ? チョコでも食って機嫌なおせ」

ミカサ(もぐもぐ)

糖分が頭の中に入ってくると、少し落ち着いた。

ミカサ(ごっくん)

ミカサ「…………誤魔化されたような気がする」

エレン「あんまり気にするな! とにかく、その……オレとしては、そりゃあやって貰えたら嬉しい限りだけど、そこまでで自重出来るかが、自信はねえかな」

ミカサ「そう……(シュン)」

エレン「なんていうか、こういうのって「ここまで」って決めてやろうとしても、そこまでで済まない気がするんだよ。そういうスイッチが入ってしまうと、オレ、どんどん調子に乗っちまうからさ」

ミカサ「それは私も同じかもしれない」

エレン「だろ? だから、多分、それは違うような気もするんだ。答えが微妙に違うような……」

ミカサ「では、誓約書を交わした「理由」から推理してみよう」

視点を変えて考えてみよう。

中途半端なところですがここで一回、区切ります。ではまたノシ

ミカサ「おじさんは恐らく「私とエレンの間にうっかり子供を作らせない為」にこの誓約書を誓わせたと思う」

エレン「そうだな。そこを一番、親父は心配していたからな」

ミカサ「でも、今の避妊具は性能がいいと言われているので、よほどのドジをしない限りは、ちゃんと使いさえすれば妊娠はしないと思う」

エレン「だよなあ。不良品を使わない限りは多分、大丈夫だと思うんだけどなあ」

ミカサ「私もそう思う。それこそ、何万分の1の確率の話だけで、こんな誓約書を作らないと思う」

エレン「つまり、妊娠の問題だけじゃねえって事なのかな」

ミカサ「恐らくそうだと思う。そもそも妊娠させない為なら、枷は私にも及ぶ筈」

エレン「そうだよなあ。意味ないんだよな。オレだけだと」

エレンが唸っていた。私も釣られるように唸ってみる。そしてふと思いついた事を口に出してみた。

ミカサ「エレンからの接触はダメで、私からの接触はOKだと考えるとすれば、それはまるで私の方が主導権を握るような話のように思える」

エレン「あ、まあ……そうなるな。ん? 主導権……」

其の時、エレンはハッとした表情で何かに気づいたようだ。

ミカサ「エレン……? どうしたの?」

エレン「あ、いや……もしかして、だけどさ」

エレン「親父、もしかして、セックスの主導権をミカサに握らせたかったんじゃねえのかな」

ミカサ「え……?」

エレン「今、ミカサが言った通りの意味かもしれねえ。多分、きっとそうなんじゃねえかな」

エレン「親父はもしかして、オレの方が強引に、ミカサにキスするところばっかり見ているから、ミカサの方の気持ちを心配しているのかもしれねえ」

ミカサ「え? え? どういう事?」

エレン「つまり、ミカサがオレに「流されて」付き合っているんじゃねえかって、心配しているんだよ。きっと」

ミカサ「ええええええ!? (ガーン)」

なんという事だろうか。そうか。でもそうなのかもしれない。

おじさんは勘違いしているのだ。だからこそ心配してくれている。

ミカサ「そ、そんな事ないのに。私は、エレンが大好きなのに……(涙目)」

困った。だとしたらなんとしてでも誤解を解かなければ。

エレン「いや、でも、誤解している可能性は十分にあるぞ。親父、オレの方からキスするところばっかり見ているような気がするし、オレの方から告白したって言ったし、ミカサの気持ちがどの程度なのか、測っていたんじゃねえかな」

ミカサ「だとすれば、つまりセックスのサイクルを決める決定権を私に委ねている…と?」

エレン「かもしれない。いや、本当にそうなのかは、まだ分かんねえけど。でも、そう考えれば誓約書の意味が通じる気がするんだ」

ミカサ「では、もしかしたら、「危険日」を避けてやれば、セックスをしてもいいっていう意味なのかしら」

エレン「え?」

ミカサ「そう考えれば辻褄が合う気がする。もしもエレンに主導権を渡せば、私はそういう時でも、求められたらきっと、うっかり応えてしまう。でも、エレンの側からは女の生理のサイクルは分からない。そこをコントロール出来るのは、女の私しかいない」

エレン「つまり、妊娠しづらい時期であれば、所謂「安全日」って呼ばれる期間であれば……」

ミカサ「や、やってもいい……?」

2人の手を握り合わせて答えに辿り着いた。きっとこれが正解だ。

エレン「多分、それだ!!! 親父はそれに気づかせる為に、謎かけみたいな事をしたのか!!」

ミカサ「エレン、家に帰ったらおじさんと答え合わせしよう!」

エレン「ああ、そうだな! あーなるほどな! 何か分かった気がするぜ!!」

エレン「くっそおおおお親父めええええ!」

エレンが嬉しそうな悔しそうな、ちょっと複雑な顔になって叫んでいた。

私はそんなエレンを柔らかく見つめながら言った。

ミカサ「では私は明日から基礎体温計で基礎体温を測らないといけない」

エレン「ん? なんだそれ」

ミカサ「そういう道具がある。女のリズムを測る道具。ちょっと面倒臭いけれど、それがあれば、妊娠しやすい時期としづらい時期を大体把握する事が出来る」

エレン「そうなのか」

ミカサ「ただ、データを採る為には一月から二月程度の情報が必要なので、すぐには結果が出ない。生理のリズムだけで計算する事も出来なくはないけど、正確な情報が知りたいのであれば、やはり基礎体温は調べるべき」

エレン「おう。なんかその辺はミカサに任せるぞ」

ミカサ「うん。任せて欲しい。早ければ、12月以降にはリズムが掴めると思う」

エレン「じゃあ、来年になれば、オレ達、出来るのかもしれないのか」

ミカサ「かもしれない。勿論、おじさんに確認した上での話だけど」

ミカサ「でも、今日は確かおじさん、お仕事……」

エレン「あ、そうだった。なんか出張行ってるって言ってたな」

おじさんはお医者様だから忙しいのだ。家を空ける事も珍しくはない。

だからすぐには確認出来ない。電話で話すような事でもない。

エレンもそう思っているようで、肩をすくめて見せた。

エレン「あーもう、うずうずするけどしょうがねえか」

ミカサ「うん。しょうがない」

エレン「まあでも、こういうの、わくわくして待っている時間っていうのも大事だよな」

ミカサ「うん。焦る必要はない。私はずっと、エレンの隣にいる」

エレン「………」

エレンにそう言ってあげると、照れ臭そうにそっぽ向かれてしまった。

そして少しの間、俯いて、何か考え込み始めた。

エレン「……………」

顔を上げて、エレンは私を見た。

エレン「……………」

長い沈黙だった。それだけ長考したい事なのだろう。

エレンは真剣な表情で空を見上げて、その後、私をもう一度、見た。

エレン「ミカサ、あのさ……」

ミカサ「何?」

エレン「オレ、もしかしたら、無理かもしれないけどさ……」

そう前置きしてからエレンは言った。

エレン「医者の道、チャレンジしてみてえかも……」

ミカサ「医者? おじさんの跡を継ぐの?」

エレン「出来るんだったらな。ミカサも、一緒に医者の道、進んでみるか?」

ミカサ「エレンがその道を進むのであれば、私は何処でもついていく」

医者の道。きっとそれは険しくて厳しい道かもしれない。

でもエレンなら大丈夫だと思う。私もそれを全力で応援しようと思った。

エレン「正直、無理かもしれないけどな。でも、オレ、やるだけ、やってみるよ」

ミカサ「うん。一緒に頑張ろう。エレン」

エレンの顔が少し近づいた。無言で、見つめ合う。

吐息がかかる程の距離まで近づいて感じた。エレンの熱を。

もう少しで触れ合える。その至近距離まで近づいた、其の時……

ハンナ「すごくきれいな場所だねー来てみて良かったね。フランツ」

フランツ「ああ。綺麗だね……ハンナ」

覚えのある声が聞こえてエレンと一緒にびくっとした。

振り向くと、そこにはやっぱりハンナとフランツが居たのだ。

ハンナ「うん。たまには気分転換した方がいいよ。思いつめると良くないって」

フランツ「ありがとう……ハンナ」

ハンナ「いいよ。で、話したい事って、何?」

フランツ「………」

エレンと目を合わせてアイコンタクトを取った。ここは静かにしておこうと。

フランツ「あの……ハンナ。単刀直入に、言うけど」

ハンナ「うん」

フランツ「つきあって、くれないかな。僕と」

ハンナ「え?」

フランツ「だから、その……おつきあいして下さい!」

ハンナ「いいの? でも、野球部、大変だって…」

フランツ「ハンナの応援があれば頑張れる気がするんだ。だから……」

ハンナ「本当に、私でイイの?」

フランツ「ハンナじゃないと、ダメなんだ!」

ハンナ「フランツ! (がばっ!)」

フランツの告白にハンナが即座にOKを出した。カップル成立だ。

ミカサ「おおお……ここはデートスポットでもあると書いてあっただけはある」

エレン「そうなのか?」

ミカサ「うん……でもまさかこんなところで2人に遭遇するとは思わなかった」

エレン「オレもだよ。いつの間にあいつら、そういう事になっていたんだ?」

エレンが首を傾げたので、私は思いつく可能性を言ってみた。

確か2人は同じ委員に入った。接点を考えたらそれが有力な気がする。

ミカサ「委員会、ではないだろうか。2人は同じ委員に所属していた気がする」

エレン「そうだったっけ? まあ、接点があるならそうなったのも頷けるか」

燃え盛る炎のように勢いのあるキスを堂々としている……。

周りは「うわあ」という表情で2人を見つめているけど、本人達は全く気にしていない。

私もついうっかり、やりそうになったけど、人がしている様子を見ると何とも。

エレンと無言で見つめ合い、そして頷いた。

エレン「そろそろ、下るか? 天気、夕方から崩れるかもって予報で言ってたし。長居はしない方がいいだろ」

ミカサ「うん。そろそろ下ろう」

フランツとハンナにはあえて声をかけずに私達は先に山を下る。

でも、その途中で急に雲行きが怪しくなってきて、エレンは眉間に皺を寄せていた。

エレン「やべ……予報より早く雨、きそうだな」

ミカサ「少し急ぐ?」

エレン「だな」

こけないように気をつけながら、少し速度をあげる。


ザーザーザー


しかし間に合わず、急な雨が降り出してしまった。

エレン「あーもう、運がない」

ミカサ「エレン。展望台で雨宿りしよう」

エレン「そうだなー」

エレンを先にタオルで拭いてあげた。2人で雨宿りする事になってしまった。

人の気配はなかった。他の人は別の場所で雨宿りをしているのかもしれない。

エレン「…………」

わしわし髪をタオルで拭いたけれど、完全には拭いきれない。

汗と雨のダブルパンチのせいで少し体が冷えてしまったようだ。くしゃみが出た。

エレン「大丈夫か?」

ミカサ「大丈夫。ちょっと寒いけど」

エレン「………」

ん? エレンがじっとこっちを見ている。

エレンに手を握られて、ドキッとした。そして次の瞬間……


グッ……!


引き寄せられて、ますます心臓が震えた。

いきなりの事にドキッとする。エレンを見たら、背中を擦ってくれた。

ミカサ「え、エレン……(びくん)」

エレン「寒くないか? 少し、体冷えてるぞ」

ミカサ「これくらい平気……(ぽやーん)」

エレンの手が暖かい。ずっと擦って欲しいくらいに。

背中に這う指先が優しい。その柔らかな指使いに、思わず、声が漏れそうになる。

でも堪えた。こんなところで恥ずかしい声をあげる訳には……

ミカサ「エレン? その……」

エレン「寒くねえように、触るだけだ。大丈夫」

ミカサ「うん……」

そうだ。エレンは私を温める為に触るのだから。これはきっとセーフ。

……限りなくクロに近いグレーなのかもしれないけれど、其の時の私はエレンを振りほどけなかった。

気持ち良かったのだ。エレンの体温が。服の上からの感触に酔いしれて。

エレン「擦るだけだ。こうすれば、寒くねえだろ」

ミカサ「う、うん……あっ……」


ビクン……


ああ。駄目だ。堪えていたけれど、無駄だった。

身体は正直だった。エレンに服の上から撫でられているだけなのに。

もう、私のあそこは湿り気を帯び始めている。

エレンの手が腰の方から太ももに移動した。敏感な内側を探られて体が震える。

ミカサ「あ……ああ……」

息が、乱れてしまう。エレン、もっと。もっと奥まで触って……。

ミカサ「ああっ……エレン……ん……」

身体の力がどんどん抜けていって、私は遂に両目を閉じた。

その直後、エレンの唇が触れるのが分かった。

もう、駄目。

エレンが欲しい。

頭が真っ白になる感覚を制御出来ず、私はエレンと舌を絡め合った。

ミカサ「ん……は……はああっ……」

いやらしい行為を止められなかった。

これはもう、ルール違反の範疇だと頭では分かっている。

でも私は本能から逃げられなかった。エレンを離したくなかった。

ここで我に返らせたくなかった。道連れにするような気持ちで私はエレンに応えた。

御免なさい。私はきっと、悪い子なのだろう。

誰かに覗き見られても、この行為を止めたくないと思ってしまう。

ミカサ「あああっ……ん……」

エレンの手が私のお尻の方に回って来た。

私もそれに応えるように、エレンを引き寄せた。

声は出来るだけ殺した。誰かに気づかれたらきっとエレンは手を止めてしまうから。

鎖骨にエレンの唇が当たる。舐められているのが分かる。

ブラジャーが緩んだ。息を大きく吸い込んで、私はエレンに強請る様に見つめた。

エレンの目が細くなっていた。何だかとても楽しそうな表情だった。

服の中に手が伸びて来た。胸の突起に指先が触れた。

強烈な快楽が、ビリビリと、きた。

ミカサ「あああっ……」

苦しい。でも、気持ちいい。

エレンの指先が、どんどん荒くなってくる。

乱暴に乳首を遊ばれて、キスをされながら、私は身を捩った。

乳首への刺激が、気持ち良過ぎる。

力が、入らない。

ああ、ああああ………、何か、くる……!

これは、きっと……!

ミカサ「え、エレン……あっ……ダメ……なんか、くる……」

エレン「え?」

ミカサ「それ以上、したら、私……ああ……あああああっ!!!」

身体がふわっと浮くような感覚が襲ってきた。

その直後、私は暫く気を失ってしまったようで、意識を戻した後、気恥ずかしくて山道を転がりたくなった。

ミカサ「わ、私は何を……」

エレン「ごめん、ミカサ……」

ミカサ「エレン……」

エレン「こんなに一杯触るつもりはなかったんだけど、やってるうちに、加減が効かなくなってきて、つい」

ミカサ「ううん。大丈夫…それは大丈夫だけど……」

ううう……股の間が気持ち悪いのが分かる。

ミカサ「下着、濡れてしまったので、着替えていいだろうか。着替えは持って来ているので」

エレン「あ、あああ……もちろんだ」

エレンに手伝って貰いながら私はささっと下着を取り換えた。

そして自己嫌悪に陥った。

ミカサ「どんどん酷くなっている……」

エレン「え?」

ミカサ「私、濡れるのが早いみたいで、すぐこうなるの。ごめんなさい……」

こういうのは確か、余り良くないと聞くけれど。

でもエレンは私を責める訳でもなく、気遣ってくれた。

エレン「あ、いや…別に謝る事じゃねえよ。っていうか、立てるか?」

ミカサ「ふ、ふらふらする……」

エレン「少し休んでいくか。ごめんな。ついつい」

ミカサ「大丈夫。大丈夫……」

俯いて顔を隠しながら私は言った。

ミカサ「今日の事は、おじさんには内緒にしよう」

エレン「そうだな。内緒にしねえといけねえな」

ミカサ「出来るだけ早いうちに誓約書の件を確認しよう。でないと、私もいろいろ辛い……」

エレンが頭を撫でてよしよししてくれた。

そのおかげで少し気持ちは落ち着いたけれど。

このままでは良くない。そうお互いに感じ始めていた。

私はエレンと手をしっかり握りながら、山道を降りた。

その胸には、強い決意を抱えながら、お互いに、強く強く、手を握り合ったのだ。









黒縁眼鏡をかけた白衣のエレンがそこに座って居た。

ミカサ『?!』

え?! 何故、エレンは眼鏡をかけているの?

格好良過ぎて鼻血が出そうになるのを堪えながら私は言った。

ミカサ『あの、検査の結果は……』

どうやら私は検査結果待ちのようだ。医者の恰好のエレンが渋い顔でいる。

ここは診察室のようだが、見覚えのない病院だった。

エレン『今回の検査の結果は異状なしです。ですが……』

普段とは違う雰囲気の大人っぽいエレンだった。

そうだ。見た目がどうみても、老けている。

今のエレンの年齢ではない。恐らく30歳くらいのエレンだろうか?

エレン『異常がないからと言って油断はしてはいけません。乳がんにならないように、こまめにおっぱいを揉み続けた方がいいでしょう』

ミカサ『おっぱいを揉んだ方がいいんですか』

エレン『そうですね。こう、脇腹から乳房のてっぺんにかけて、寄せてあげるように(もみ)』

ミカサ『!』

何故か実演つきで説明してくれるエレン先生に私はびくっと抵抗した。

ミカサ『あの……大丈夫です。自分で出来ますので……』

エレン『いや、自己流じゃダメだよ。特に左側には大事なリンパが流れているから、ここを大事に』

ミカサ『!』

もみ。もみ。もみ。

下から救い上げる様に揉みしだかれて、うっかり感じてしまう。

ミカサ『え、エレン先生……ダメ……ああっ』

エレン『堪えて下さい。ミカサさん。病気にならないように。これは予防の為に揉むんです』

ミカサ『ああ……でも、ああああ………』

親指が、掠れて、てっぺんを擦る。

絶対、わざととしか思えない胸のマッサージに、喘いで抵抗出来ずにいると……。

エレン『念の為に、他の部位も触診しましょう。何か悪いところがあったらいけませんから』

何だかしゃべり方がおじさんに似ている。

エレンも将来、こんな感じの大人になるのかしら?

でも、こんなスケベなお医者様は困る。他の患者さんにも同じような事をして貰っては困る。

そう思うのに、エレン先生の触診は絶妙で、抵抗出来ずに寝台の上に乗せられてしまった。

エレン『はい。では次は尻の穴もみましょうか』

ミカサ『お尻?!』

そんなところまで、触診されてしまうの?

エレン『大丈夫ですよ。痛くしませんから。さあ、下を全部、脱いで……』

いやらしい目つきでエレン先生に言われた直後、

隣の部屋から絶叫が聞こえた。




エレン「うあああああああああああああああああ?!」




はっと目を覚ました。しまった。2度寝した。

朝御飯を食べた後、何故か眠くなってしまって部屋で休んでいたら少し寝てしまったようだ。

今の声はエレンだ。大丈夫だろうか? そっと様子を見てみる。

ミカサ「エレン、大丈夫?」

エレン「だ、大丈夫だ。悪い。変な夢、みちまって」

ミカサ「そう……実は私も変な夢を見た」

エレン「ミカサもか。夢見悪いと寝た気がしねえよな……」

ミカサ「そうね。確かに……」

あの夢の続きをみたくないような、みたいような。

少しだけ複雑に思いながら、今日の午後の演劇部の活動の為に用意する。

エレン「そういえば今日はアルミンの誕生日だったなー」

ミカサ「そうなの?」

エレン「11月3日生まれなんだ。アルミンは」

ミカサ「では何かプレゼントを用意してから学校に行こう」

エレン「アルミンは毎年、図書カードをくれって強請るからそれでいいぞ」

ミカサ「え? 図書カードでいいの?」

エレン「おう。行く途中で本屋に寄っていこうぜ」

何だか変わったプレゼントだとは思ったけれど、本当にそれでいいのだろうか?

エレン「アルミンは本の虫だからな。図書カードを使い終わった後も栞にして使っているんだ。だから、変わった柄の図書カードだと喜ぶんだよ」

ミカサ「成程……」

エレン「この犬の柄の図書カードを下さい」

ミカサ「では私は別の柄で」

そんな訳でアルミンのプレゼントを用意した後、学校に行くと、音楽室が奇妙な空気に包まれていた。

ペトラ先輩が音楽室の隅で体育座りをしている。縮こまって落ち込んでいるようだ。

エレン「ペトラ先輩、どうしたんですか?」

ペトラ「!」

ジャン「馬鹿! そっとしとけ!!」

エレン「え?」

ペトラ「うああああああ! (*壁を額にエンドレス殴打)」

エレン「?!」

ペトラ先輩の額がまるでなぐりのようだ。

釘でも壁に打ち込むつもりだろうか? そんな勢いで額を殴打しているけど。

アルミン「あーあ。折角、一回収まったのに。今、ノゲノラのステフ状態なのに」

エレン「は? なんだそれ」

アルミン「ええっとね。詳しい事情は、エルド先輩から聞いて」

と、エレンと一緒に視線を動かすと、エルド先輩も遊びに来ていた。

エルド「や! 久しぶり。すまんね。最近、こっち来れなくて」

エレン「いや、もう受験生なんだから仕方ないですけど。ペトラ先輩どうしちゃったんですか?」

エルド「あー……新しい恋の兆しに混乱している真っ最中……とでも言えばいいかな」

エレン「誰かに告白でもされたんですか?」

エルド「そんな生易しいものじゃないよ。………オルオとうっかりベロチューやっちゃったんだって」

エレン「え?」

ミカサ「え?」

エレンとシンクロするように驚いてしまった。

エレン「何がどうなってそうなったんですか? え? キスしちゃったんですか?」

エルド「ああ、まあ……事故チューに近いんだろうけどな。なんか、雰囲気に流されちゃったんだって」

ミカサ「雰囲気に流された程度で、ベロチューは普通しないのでは?」

エルド「まあ、そうなんだけどな。そこはほら、ペトラは「事故チュー」に処理したいみたいだからそう言ってみただけだ」

エレン「えええ……」

さっぱり訳が分からない。

ペトラ先輩はある程度、額を壁にぶつけた後、また体育座りをして落ち込んだ。

ペトラ「違うの。オルオとキスしたのは、そういうつもりじゃなくて、その……あいつが急に優しくしてきたもんだから、つい、その、なんか嬉しかっただけで、そういうつもりは全くなくて、っていうか、何であの時、私、抵抗しなかったの? オルオを受け入れちゃったの? オルオの事は嫌いじゃないけど、リヴァイ先生の件が終わった直後にこれって、おかしくない? 私、尻軽過ぎない? っていうか、私の想いってそんなに簡単に変わるようなものだったの? 私、ずっとずっとリヴァイ先生の事が好きだったのに、何でオルオとキスしちゃったの? うわああああああああ?!」

ふむ? つまりオルオ先輩に優しくされてほだされてしまったのだろうか?

大体そんな感じのような気がするが、エレンは一応、話を聞くようだ。

エレン「ええっと、とりあえず、大体のあらすじを教えて貰えませんかね?」

エルド「あー。ペトラがハンジ先生、ぶった時の事は覚えているよね?」

エレン「まあ、現場見てましたしね」

エルド「んで、その後も、ちょっと1組の女子の間でゴタゴタがあったみたいでね。ペトラ、クラスで完全に孤立しちゃったみたいなんだよ。まあ、元々ペトラはちょっと浮いているところあるんだけどな。ますますそれが酷くなっちゃって。一人ぼっちで意地張っているところに、オルオが「お前がどれだけ周りに嫌われようが、オレはずっとお前の味方だからな」って言ったらしくてね。それにちょっと、絆されちゃったみたいで。オルオが、宥めていたら、ペトラ、ちょっと泣いちゃったみたいで。それで、グラッと。お互いに、その……ってやつ」

エレン「へーいい話じゃないですか。それの何が悪いんですかね?」

エルド「いや、本人的にはそこまでお互いの距離が近づくなんて思っていなかったみたいでね。ただ、体が自然にそう動いちゃった感じだから、お互いに混乱の真っ最中って感じだ。オルオの方はグンタが宥めているよ」

ミカサ「なるほど…」

怪我の功名とでもいうべきだろうか?

クラスの中で浮いてしまったのは良くない事だけど、それをオルオ先輩が支えてくれようとしたのか。

そんな風に急に優しくされてしまっては、うっかりキスをしてしまうのも、分からなくはないけれど。

あんまり額をぶつけ過ぎたら跡が残ってしまうので程々にした方がいい気がする。

ペトラ「っていうか、初めてだったのよ?! 何で初キスをオルオにあげちゃったの私?! もういっそ、途中で舌を噛み切ってやれば良かった! あいつの舌、中に入って来たし! あの時、噛んでやれば良かったのに、何でそれをしなかったの?! っていうか、何で意外と気持ちいいとか思ったの?! あいつ、そういうの手慣れてたの?! 女たらしだったの?! あいつ、彼女とかいたっけ?! そんな話、聞いたことないんですけど?! もしそうだとしたら、私は何人目なわけ?! あああああああ?!」

このグダグダな感じは見覚えがある。

ミカサ「…………何故か既視感を覚える」

エレン「え?」

ミカサ「まるで、リヴァイ先生とハンジ先生のよう」

エレン「ああ、そうかもな」

ミカサ(こくり)

やれやれ。もう土俵際に追い詰められているのに往生際が悪い。

まあ、ペトラ先輩とオルオ先輩の事は多分、そのうち時間が解決するだろう。

そんな思いでいたら、エルド先輩が空気を変えた。

エルド「ペトラ。その辺にしておけよ。皆、困ってるぞ」

ペトラ「は! そうね。ごめんなさい……」

やっと我に返ったのか、ペトラ先輩が顔色を戻した。

ペトラ「ええっと、今日は皆に、お願いがあって来たのよ」

アルミン「お願いですか?」

ペトラ「そう。リヴァイ先生の結婚式についてなんだけど。もともと、その時期って、演劇部では「冬公演」という形で自主公演を行っていたのね。でも、今年はリヴァイ先生の結婚式と日程が重なるから、いっそ結婚式で劇をやって貰えたらなって、思ったのよ」

マーガレット「まーその方がいいですよね。体育館でやるなら、ホール押さえる金も浮きますしね」

ペトラ「うん。私達3年も、手伝えることがあれば出来るだけ手伝うわ。準備期間は短いけど、文化祭のような大掛かりな劇じゃなくていいから、公演を行ってほしいのよ」

と、あくまで「お願い」という姿勢でペトラ先輩が言った。

ジャン「結婚式で演劇ですか。珍しいですけど、オレ達らしくていいかもしれないですね」

アルミン「準備期間は、文化祭の時よりかえって余裕あるかもね。今回はクラスの出し物の負担がないわけだし」

ペトラ「あ、それもそうね。確かに冬公演の方が、ゆっくり準備出来るか。でも、あまり尺を取る劇じゃない方がいいと思うけどね。何か、こういうのやってみたいっていうのないかしら?」

エレン「ん~」

結婚式だったら、やっぱり恋愛物がいいだろうか?

ミカサ「恋愛物をまた、やる、とか?」

エレン「あ、やるんだったら、ラブコメの方がいいんじゃないか? コメディ要素を入れようぜ」

ミカサ「なるほど。その方が新鮮でいいかもしれない」

アルミン「ラブコメかあ……」

アニ「ん? アルミン、何かアイデアがあるの?」

アルミン「いや、そういうジャンルなら、僕、割と好きだから、脚本やってもいいかなって」

アニ「いいの?」

アルミン「前回は準備期間があまりに短かったからね。いきなりやる自信はなかったけど、今回は準備する時間もあるし、頑張れば何とかなるかな。エルヴィン先生に台本の書き方を習いながらやれば、だけど」

アニ「いいと思うよ。というより、台本書ける子も育っていかないと、エルヴィン先生ばっかりに負担かける訳にはいかないよ」

アルミン「それもそうだね。うん。ちょっとずつだけど、僕も頑張ってみるよ」

そんな訳で大体の方針が見えたので、そこでマーガレット先輩が言った。

マーガレット「だったらラブコメの漫画でも読みながら、まったり構想を練ろうか」

エレン「そうですねー」

マーガレット「今、一番オイシイラブコメと言えば『にせこい』かな。割とおすすめ」

アルミン「へー。僕は『甘噛み』とか好きですけどね」

マーガレット「ほほう? 誰推しかな? りほこちゃん?」

アルミン「何故バレたし(微汗)」

マーガレット「あはは! なんかそれっぽいと思った! やっぱりね!」

ミカサ「それも漫画なの?」

アルミン「いや、甘噛みの方は元ネタがゲームだけどね。神々みたいにアニメ化された作品なんだ」

エレン「アルミンが書くなら、ゲーム原作の方を元にしたのがいいか?」

アルミン「別にそこは拘らなくてもいいと思うよ。皆の好きなラブコメ作品を参考にしながら、総合的に考えていきたいかな」

ミカサ「成程……」

アルミンの考えに納得していた其の時、

ペトラ「うあああああ?!」

突然またペトラ先輩が叫び出した。

ペトラ「だから何で今! オルオの事を思い出す私! 一昨年の公演の事を思い出してどうする!!」

エルド「どうどう……ペトラ、落ち着け」

ペトラ「もうやだああああ……(しくしく)」

何かオルオ先輩の事を思い出す事があったらしい。

そんなペトラ先輩に苦笑しながら、エレンはアルミンに言った。

エレン「そうだ。忘れないうちに。アルミン、誕生日おめでとう!」

アルミン「へ?」

エレン「今日、誕生日だろ。ほい、いつものやつだ」

アルミン「わーありがとう! ごめん、自分で自分の誕生日、すっかり忘れていたよ」

ミカサ「私からも。同じ物だけど」

アルミン「ミカサも?! わー本当にありがとう!!」

アニ「…………」

ジャン「なんだ。誕生日だったのかよ。言ってくれたら、なんか奢ってやったのに」

マルコ「ん~今からでも遅くないんじゃない? 先輩達、今日はアルミンの誕生日をお祝いしてもいいですか?」

マーガレット「勿論、いいよ~♪ 折角だから飲み食いしようか」

アルミン「ええ……なんか申し訳ないなあ」

マリーナ「なら、ケーキでも買ってきましょうか。今から」

キーヤン「お菓子とかもついでに買ってきます」

そんな訳で、アルミンの誕生日をお祝いしながらその日は皆でわいわい楽しんだ。

その中で、話題にあがった『にせこい』をもしもキャスティングするならという話が持ち上がり、満場一致で「マリーはアルミンで」という話になって皆で笑ってしまったのだった。

またもや更新の間が空いて申し訳ないっす。
今回はとりあえず、ここまで。次回はちょっとだけ『にせこい』をやります。
それではまたノシ






11月4日。火曜日。その日から早速、アルミンは脚本の制作に入ったようで、エレンと一緒に先生方に取材をしていた。

その結果、台本の内容はリヴァイ先生とハンジ先生の馴れ初め再現劇をする事にしたそうだ。

アルミン「だからリヴァイ先生の役はミカサに、ハンジ先生はエレンに是非やって貰いたいんだけど。どうかな? キスシーンとかもあるし、2人でやるのが一番適任だと思うけど」

ミカサ「え、エレンとキスシーン、やるの…? (ドキドキ)」

エレン「人工呼吸のシーンとか入れるみたいだぞ。やるとすれば、オレ達でやるしかないような気もするんだが」

ミカサ「了解した。あのクソちびを演じて見せよう(キリッ)」

私はその提案に即座に賛成した。

エレン「いいのか? ミカサはリヴァイ先生、嫌いなのに」

ミカサ「嫌いだからこそ、演じてやる。リヴァイ先生をとことん恥ずかしがらせられると思うと……ククク……」

私はこの時点で既に例の「憤死」のシーンを再現する気満々だった。

最初はリヴァイ先生に猛反対されたけれど、結果的にごり押しして正解だったと思う。

エレン「分かった。じゃあ、その方向で皆とも話していこうか。今回は、メインのキャスティングオーディションは無しでも良さそうだな」

アルミン「うん。皆、賛同してくれると思うよ。むしろ君達以外では出来ないと思うし」

演劇部の皆は、その話を聞いた瞬間、「いいのかなwww」と噴き出して笑っていたが、エルヴィン先生の許可が出たという事だったので「じゃあそれでいこうww」と悪ノリしたのだった。

そして次の日もエレンとアルミンが順調に取材を進めている間、私達はまだ特にやる事もなかったのでのんびりと基礎練習をこなしていたのだが、その途中でエルヴィン先生がやってきて言った。

エルヴィン「そうだ。リヴァイとハンジの再現劇の件だけど、本人達にはオフレコで進めようか」

ミカサ「当日まで内緒にしておくんですか?」

エルヴィン「その方が面白いだろう?」

ミカサ「確かに(ニヤリ)」

エルヴィン「ダミー用の演劇、何かネタない?」

マーガレット「それだったら、『にせこい』とかどうですか?」

スカーレット「偽劇だけに、にせこいか。いいね」

ジャン「あー成程」

マルコ「偽の劇だから、いいのかな」

マーガレット「よし! 先輩命令で勝手にキャスティングしちゃおうww 一条落君役はジャンでww」

ジャン「え? オレが主役っすか?」

マーガレット「小野寺さんはやっぱりマルコかなあ? 優しげな雰囲気が似合いそうww」

マルコ「ええ? 女装するんですか?」

アニ「大丈夫じゃない? マルコなら」

ジャン「まあ、案外似あうかもしれんが」

マルコ「そ、そうかなあ?」

スカーレット「と、なると、マリーはアルミン?」

マーガレット「つぐみちゃんはミカサだね! 絶対!」

と、先輩達が勝手にイメージを決めて配役を決めていってしまった。

エレンとアルミンが音楽室に戻ってくると、そこにはマリーの女装セットが用意されていた。

アルミン「ん? これ、なんですか?」

マーガレット「いや、かくかくしかじかで、ダミー用の劇の衣装を用意してみた」

アルミン「仕事早過ぎですよね?! ジェバンニじゃないんだから!!! (ガビーン)」

スカーレット「でもほら、リヴァイ先生がひょこっと急に顔を出してきた時に誤魔化さないといけないし」

アルミン「まあ、それはそうですけど、ええええ? 僕、マリーで決定ですか……って、うわああマルコ?!」

其の時、ようやくマルコの女装に気づいたのか、アルミンが声を荒げたのだった。

マルコ「やあ……(照れ笑い)」

アルミン「一瞬、分からなかった! マルコ、可愛くなってるねえ!」

エレン「本当だ。小野寺さんの雰囲気に似ているな」

マルコ「まさか、女装する羽目になるとは思わなかったよ」

スカーレット「コミケの時も似たような格好をしたじゃない」

マルコ「いや、あれは一応、男キャラだった訳だし……」

ジャン「……………」

ジャンが複雑そうな表情で頭を掻いていた。

エレン「あーこの流れだとアレですか。オレはちとげ役っぽいですね」

マーガレット「準備して待っていたよ☆」

ジャン「…………………………」

ジャンの顔がますます複雑になっているようだ。

ジャン「……折角のハーレム物なのに、4人中、3人が男子って」

思わずツッコミを入れてしまったようだ。私も同じ事は思ったが。

マーガレット「文句言わない! イメージ優先だよ。いいじゃない。一人だけ本物の女子がいるのだし」

スカーレット「そうそう。そして落の不遇っぷりを演じられるのはジャンしかいないって」

ジャン(顔覆う)

ジャンが遂に顔を覆ってしまった。ちょっとだけ、南無。

アニ「私は小野寺さん(マルコ)の恋を全力で応援すればいいんだね」

カジカジ「オレはるりちゃんをからかいつつ、いつものように殴られる、と」

エレン「オレは落と喧嘩しながら、ツンツンして……やってる事はいつもとかわんねー気がするな」

ジャン「ちとげルートだけは勘弁だな」

エレン「オレだっていらねえよ! この劇では、どのヒロインをメインにします?」

マーガレット「ん~そうだね~」

其の時、マーガレット先輩はニヤリと笑って言った。

マーガレット「ここはマリー推しのYさんにあやかって、マリーメインでいこうか」

アルミン「えええええ?!」

ジャン「マリーか……分かりました。じゃあそれで行きますか」

アルミン「ジャン、いいの?」

ジャン「どうせ偽劇だしな。アルミンの台本が完成するまで先輩達のおもちゃになるしかねえだろ。コレ」

アルミン「あ、いや、それはそうだけど……」

アルミンがチラリとこちらを見る。言いたい事は分かるけど、ジャンが選んだのならそれでいい。

マーガレット「はい、じゃあにせこいのマリー回、『シュラバ』を台本にして読み合わせの練習をしましょうかww」

一同「「「了解ーっす」」」

そんな訳でマリー(アルミン)が中心となる回を、漫画本を皆でまわしながら読み合わせていった。

その中で、落(ジャン)がマリー(アルミン)を押し倒して皆の誤解を招くシーンがあったけれど、その時の先輩達の盛り上がり方が酷かったので、ジャンは「これがやりたかっただけだろ!!」とツッコミを入れていた。

しかも間が悪い事に、そのシーンをやった直後、ちょっとだけリヴァイ先生が音楽室に顔を覗かせに来たので、沈黙が降りた。

リヴァイ「……………」

ジャン(滝汗)

アルミン(微笑みのまま)

リヴァイ「あー。あんまり過激なエロシーンはやるなよ? 一応、披露宴の余興なんだからな?」

と、言われてしまい、リヴァイ先生が帰っていった後、部員一同、大爆笑したのだった。

短いですが、ここまで投下しておきます。
ではまた次回。ノシ





11月6日。その日はまた保健体育の授業になった。

その日のリコ先生は奇妙だった。まるでハンジ先生と同じような赤い顔で授業をしている。

これはもしや、イアン先生と進展があったのだろうか?

女子一同は内心、ニヤニヤしながら授業を聞いていると、その日の授業も少し時間が余ってしまった。

リコ「………今日はここまでだ。以上だ」

時間を気にしている様子だ。先程から時計を何度も見ている。

ミーナ「リコ先生、この後デートにでもいくんですか?」

リコ「ばっ……そ、そういうんじゃない!」

ユミル「イアン先生との仲は進展したんですかね~? (ニヤニヤ)」

其の時、ユミルの「進展」という言葉にびくっと反応したのがありありと分かった。

その瞬間、教室の中が「おおお?!」とざわめいてしまった。

リコ「ちが……その、リヴァイ先生とハンジ先生の結婚披露宴の、受付の件を頼まれたから、その打ち合わせをするだけだ!!」

アニ「受付?」

リコ「そうだ!! 披露宴には沢山の方々に来て頂く予定だからな。受付を担当する人間が必要だって言われて、こういうのは、出来るだけ若い女性がやるべきだと言われてしまって、仕方なく……だ!」

全く仕方ないって顔をしてないように思えるけれど。

ユミル「へー(棒読み)」

アニ「ふーん(ニヤリ)」

ミーナ「でもだったら、相手はイアン先生じゃなくてもいいんじゃ」

リコ「イアン先生は優しい方だから、面倒事も進んで引き受けて下さったんだよ!!」

ユミル「ですかね~?」

アニ「まあ、下心がないといいですけど」

リコ(真っ赤)

もうこれは、アレだ。リコ先生も早くどうにかした方がいいような。

と、其の時、2組の教室に何故かハンジ先生がやってきた。

ハンジ「ごめーん! リコ先生! 授業終わったかな?」

リコ「ああ、少し早めに終わらせたよ。大丈夫だ」

ハンジ「いろいろ面倒事を押し付けてごめんね! あ、皆、リコ先生をちょっと借りていっていい?」

ユミル「あーどうぞどうぞ」

ミーナ「もう授業終わりましたし」

ハンジ「ありがとう! リコ先生、廊下にお願い♪ (手招き)」

リコ「ああ」

何だか忙しい気配である。ハンジ先生が沢山の書類の束をリコ先生に手渡していた。

そこにイアン先生も途中から加わって、何やら綿密に話し合っている。

ハンジ「じゃあ、そういう事で! 何か疑問に思う事が出てきたらすぐに連絡してね!」

イアン「了解した。引き受けたよ」

リコ「当日はどんな格好で居ればいいんだろうか」

ハンジ「ん~ミスコンの時のスーツみたいな感じで十分だよ。出来れば真面目な雰囲気でお願いしたいな」

リコ「そ、そうか。分かった」

ハンジ「私達がおふざけする気満々だからね! 2人は真面目にお願いするよ!」

イアン「ははっ……そいつは今から楽しみだな」

ハンジ「打ち合わせとか、段取り決めるので今、超忙しいけどね! じゃあまた後で!」

そう言ってハンジ先生は忙しそうに駆け出して行った。

イアン「ふふっ……忙しそうだけど、幸せそうだな。ハンジ先生」

リコ「まあ、確かに」

イアン「……………当日は胸をチラ見せしたらダメだよ」

リコ「?! しませんよ!!!」

イアン「エルヴィン先生のアドバイスを真に受けたらいけないと思ってね」

リコ(真っ赤)

イアン「当日の為の衣装、見立ててあげようか?」

リコ「………か、考えておきます」

おおおおお? 何だかどんどん距離が縮まっているような?

そんな気配を醸し出している2人に、外野の女子はますますニヤニヤするのだった。







そして放課後。少し遅れてエレンとアルミンが音楽室にやってきた。

私の方に近づいてくるなり、エレンは首を掻きながら、私に急に変な事を聞いてきた。

エレン「ミカサ、やっぱりリヴァイ先生の事、今でも嫌いか?」

ミカサ「うん。嫌い(即答)」

今更何故、確認するのだろう? そう思いながら聞いていると、衝撃の告白をされた。

エレン「でも、嫌えば嫌うほど、リヴァイ先生、ミカサに『癒される』らしいから、程ほどにしてくんね?」

ミカサ「ふわっつ?! (青ざめ)」

え? 癒される? 何故??

エレン「なんか、リヴァイ先生、変に天邪鬼なところもあるみたいでさ。ミカサといると『気が楽』なんだそうだ。だから、嫌えば嫌うだけ、リヴァイ先生が和んじまうから、気をつけてくれよ」

ミカサ(ガクブルガクブル)

リヴァイ先生を和ませたつもりはないのに。何故?!

訳が分からなくて混乱した。私は一体、どうしたらいいのだろう?

ミカサ「い、意味が分からない。嫌えば嫌うほど、癒される? 馬鹿なの? 頭がおかしいの? きっとそうね」

多分、リヴァイ先生は普通の人と感覚が違うのだと解釈した。

するとエレンも私の言葉を否定はせず、

エレン「あ、いや、まあ、その辺は確かに頭おかしいのかもしれんけど。その、リヴァイ先生、人に好かれ過ぎて、それがプレッシャーに感じる時があるみたいでさ。だから、嫌な部分もちゃんを見てくれる人間と一緒にいる方が、気が楽なんじゃねえかって話だよ」

ミカサ「嫌な部分……」

エレン「その気持ちは、分からなくもねえけどな。オレもたまに、ミカサの愛がプレッシャーになる時もあるし」

ミカサ「ガーン……(青ざめ)」

エレン「いや、それが悪いって話じゃねえぞ? 勘違いするなよ? プレッシャーは「あった方がいい」とオレは思ってるし」

ミカサ「そうなの? (涙目)」

本当に? 本当に大丈夫なの?

エレン「プレッシャーがあるからこそ、格好悪いところ、見せられないって思うだろ。全くないのも男としては問題なんだよ。だから、いいんだ」

ミカサ「そう……(シュン)」

エレン「しょげるなよー。ミカサは逆に、そう思うことねえのか?」

ミカサ「エレンに愛されるプレッシャー? って事?」

エレン「そうそう。そういう感じ。ねえの?」

ミカサ「うーん………あると言えばあるけれど」

例えばそう。エレンの為にいつも綺麗な自分で居なければいけないとか。

多分、そういう事なのだと思う。それなら。

ミカサ「私の場合はそれが「嬉しい」ので、頑張れる。私はエレンがいれば何でも出来ると思っているので」

エレン「そ、そうなのか」

ミカサ「うん。だから問題ない(どや顔)」

好きな人に好かれるのはいい意味でのプレッシャーになるから問題ない。

問題があるとすれば、そうでない人に好かれ過ぎる場合だろう。

そう、思っていた其の時、ジャンがこっちにやってきた。

ジャン「リヴァイ先生、こっちこねえよな。来ないうちに、準備をこそこそ進めるぞ」

アニ「そうだね。予定が分かればそれがいいけど、来たり来なかったりだから、怖いよね」

アルミン「暫くは大丈夫じゃないかな。なんか忙しそうだったし」

ハンジ先生も忙しそうだった。きっと結婚式まではこっちにはちょっとしか来れないと思う。

マルコ「それならいいけど。アルミン、大体、話は固まって来た?」

アルミン「うん。大体まとまってきたよ。とりあえず、必要な物から先にピックアップしていくね」

と言ってアルミンは皆に指示を出した。

アルミン「必要なのは、リヴァイ先生側の衣装。講談高校の男子生徒の制服と、金髪のカツラ。あと黒ジャージ。リヴァイ先生の着ている服に似たスーツとスカーフ。水泳用の衣装。これは上から服をはおってもいいと思う。その辺かな」

と言って、メモを頼りに黒板を使って説明した。

アルミン「ハンジ先生側は白衣と眼鏡。あとは……女子大生っぽい衣装と、講談高校の女子の制服だね。制服は新しく作る必要はないから楽だね。女子大生っぽい衣装の選択は、アニに任せてもいい?」

アニ「了解」

アルミン「後は……背景セットどうしようかな。何か、ヘリコプターで登場するシーンも必要になりそうだけど」

マーガレット「ヘリコプター……宙づりのワイヤーアクション入れるしかないかもね」

アルミン「あと、3階の窓の外から入ってくるとか。結構、アクション満載になりそうだけど。ミカサ、大丈夫かな」

ミカサ「問題ない(キリッ)」

リヴァイ先生の動きをトレースして見せよう。

スカーレット「その辺は、それっぽい演出とカメラワークを使えばいいから。ほら、ドリフのコントみたいにすればいいよ」

アーロン「実際には3階じゃないけど、って奴だな。分かる分かる」

エーレン「あーそういうコント、昔、再放送で観た気がするよ」

アルミン「あと、リヴァイ先生の元ヤン時代を表現するから、殺陣も必要になるね。またエキストラ役で、やられ役の練習する人、必要になるけど」

ジャン「それはもう、前回の侍恋歌で慣れたから問題ねえだろ」

アニ「そうだね。ミカサも格闘シーンは慣れているしね」

ミカサ「うん。大丈夫」

アルミン「ミカサの方は概ね問題ないかな。あるとすれば、エレンがやるハンジ先生の方だね」

エレン「ん?」

アルミン「セクハラシーン、大丈夫?」

エレン「うぐっ……」

セクハラシーン? どういう事??

ミカサ「え? セクハラシーン? 何それ(ゴゴゴ)」

アルミン「後で詳しく話すよ。エレン、今回の劇は、かなーりエレン側がエロいことされるけど、いい? 覚悟決めてくれる?」

エレン「んー」

エレン「正直、男としては複雑だが、まあ、やってやるさ。しょうがねえよ」

ミカサ「ううう。エレンがセクハラされるの? 私以外の人に? (涙目)」

そんなシーンはやりたくない。カットして欲しい。

エレン「しょうがねえだろ。でもその分、ミカサとの人工呼吸のシーンあるから、我慢しろ」

ジャン「じ、人工呼吸だとおおおおおお?!」

アニ「ジャン、うるさい」

ジャン「いや、だってなんだそのエピソード!? そんなの聞いてねえぞ?!」

アルミン「しょうがないじゃん。リヴァイ先生、昔、ハンジ先生を人工呼吸で助けた事あるって他の先生から聞いてきたんだし」

ジャン「マジかよ……OH……(頭抱える)」

アルミン「他にもいろいろ、ツッコミどころ満載のラブコメになりそうだけど。まあ、出来るだけ面白おかしく、台本書き上げるから。頑張ろうか、みんな」

一同「「「「おー!」」」」

皆、やる気満々だったけど、私はすっかりしょげてしまっていた。

ミカサ「ううう……」

エレン「ミカサ、アルミンの台本が出来るまで、涙は無しだ」

ミカサ「そうね。泣いてはいけない。頑張る(キリッ)」

エレン「よしよし」

そんな訳でいよいよ本格的に準備に取り掛かる事になった。

不安もあったけど、頑張ろう。エレンと微笑みながらそう思ったのだった。





11月7日。金曜日。

その日の夜、おじさんと少し話す事になった。

例の誓約書の件だ。私はおじさんと向かい合って真剣に切り出した。

すると、おじさんは普通に返してきた。

グリシャ「うん。誓約書について、確認したい事があるって?」

ミカサ「はい…」

グリシャ「具体的には? どの部分が気になるのかな?」

ミカサ「誓約書の内容そのものが、変だと思って……」

グリシャ「ふむ」

ミカサ「接触する側、つまり『エレン』からの接触は禁止しているのに『私』の方からの接触を禁止していないのは、何故ですか?」

グリシャ「ああ、記載ミスしていたようだね。御免御免。じゃあ、付け加えて禁止事項を増やそうか」

ミカサ「嫌です。私は、その誓約には同意出来ない……ので」

私がそう言い切った時、おじさんは眉毛を跳ねあげた。

ミカサ「この誓約書は『未成年のうちに子供を作らないように予防する為』にかわしたものだと思っています。でも、その場合『あるルール』を守りさえすれば、その事態は防ぐことが出来ると思います」

グリシャ「うん。何か案があるのかな?」

ミカサ「はい。一つは私の生理の周期をきちんと把握する事。もう一つは、その上で妊娠しやすい時期にはセックスを行わない事。勿論、行う際は避妊具も使う事。これを守りさえすれば、私はエレンと、そういう関係になっても構わないと思っています」

グリシャ「…………ミカサの方にも覚悟があるというんだね」

その時のおじさんの顔は今でもはっきり覚えている。

嬉しそうでもあり、また不安そうでもあり、二律背反の感情が垣間見えた。

だから私はおじさんを安心させる為に、はっきりと答えたのだ。

ミカサ「はい。決して私は、エレンに流されて付き合っている訳ではない……ので」

グリシャ「………そうか」

私の気持ちが伝わったようだ。おじさんは笑ってくれた。少しだけ。

グリシャ「ミカサがそう思っているのなら、安心だ。でも、決して軽はずみな行動はしちゃダメだよ?」

ミカサ「はい」

グリシャ「では、誓約書に新しい項目を付け加えてもいいかな?」

と、いう訳で新しい文面を付け加える事になった。


ミカサ側が許可した場合は、性交渉をしても良いがその際は必ず、避妊具を使用し、妊娠を避ける事。

加えて、危険日と思われる日は必ず避ける事。ミカサは生理周期を必ず把握する事。


グリシャ「これでいいかな? 約束を守れるか?」

ミカサ「はい。約束します」

グリシャ「なら良かった。ほっとしたよ。謎かけを、解いてくれて」

ミカサの母「うふふふ……本当はもっと早く教えてあげたかったんだけどね。自分達で気づくまではダメだって、口止めされていたのよ。ごめんね。ミカサ」

ミカサ「ううん。いいの。大丈夫」

エレン「親父、ありがとう」

グリシャ「うん。君達2人の様子を見ていれば、今のところ順調にきているのは分かっていたからね。そろそろかな、とは思っていたけれど」

エレン「そっか……」

グリシャ「何故、こういう形で誓約書を書かせたか、その理由をもう少し詳しく説明してあげよう」

グリシャ「10代の頃は男側の性欲が強すぎて、女側がそれに合わせて応えて、望まない妊娠をさせられたり、擦過傷を負ったり、精神的に傷ついて病んでしまうケースもある。こういう行為は、やはり「女」側のリスクの方が大きい。ミカサは優しい子だから、エレンの我儘にうっかり付き合ってしまっている可能性も捨てきれなかった。だから、ミカサの方から望まない場合は、そういう行為をさせちゃいけないと思ったんだよ」

ミカサ「大丈夫です。むしろ、私の方が、その……あの……(赤面)」

ミカサの母「あらあら。やる気満々ねえ、ミカサ(ニヤニヤ)」

エレン(赤面)

エレンとイチャイチャしたいので。ので!

グリシャ「うん。ミカサもちゃんと、エレンを好きでいてくれているようだ。安心したよ。でも、あんまり事を急いじゃダメだよ? ミカサが誘惑し過ぎたら、エレンの理性なんてあっという間に吹っ飛んじゃうからね」

ミカサ「エレンが誘惑してくる時は、どうすれば?」

グリシャ「え?」

エレン「ゆ、誘惑なんてしてねえよ! 馬鹿!」

ミカサ「熱っぽい視線で見つめられると、つい……」

グリシャ「エレン、視姦も禁止事項に入れようか?」

エレン「無茶苦茶言うなよ!! 親父!」

グリシャ「まあ、それは冗談だが。うん。2人の関係が良好であるなら安心だ。このまま順調に交際を続けていきなさい」

エレン「お、おう……」

おじさんとエレンの間の空気が和らいでほっとした。

これでもう、必要以上に気を張らなくていい。

グリシャ「避妊具なら、父さんが持ってるから必要な分は先に後で渡しておくよ。もし万が一、アレルギー反応が出たらいいなさい。たまに肌に合わなくて肌荒れや痒みを起こす子もいるからね」

エレン「え? そういう事もあんの?」

グリシャ「安物のコンドームだと、たまにあるよ。肌に合わなくて湿疹が出たり。そういうのは、別にコンドームに限った事じゃないけどね」

では一番高いコンドームを使用しよう。そうしよう。

と、私がこっそり内心企んでいると、

エレン「あの、親父…」

グリシャ「ん?」

エレン「そういうのって、自分で買わなくていいのかな」

グリシャ「ああ……まあ、自分で買ってきてもいいよ。別に。買いにいける勇気があるならね(ニヤリ)」

エレン「うぐっ…!」

エレン。私が買いに行っても別にいいのに。

グリシャ「ああ、もしかして、サイズの問題も気にしているのか? その辺はよほどのサイズ差がない限りは大丈夫だと思うけど?」

エレン「親父!!! それ以上、言わないでくれ!! ミカサ、真っ赤になってるだろうが!!」

ああそうか! そこは考えていなかった!

御免なさい。気を回し過ぎて御免なさい。

グリシャ「御免御免。これ以上は、男だけの時に話そうか。エレン。じゃ、今日の会議はこの辺でお終いにしよう」

おじさんにからかわれてしまった。恥ずかしい。

ミカサ「…………(まだ顔赤い)」

エレンのあそこを思い浮かべた自分がちょっと恥ずかしい。

エレン「その、準備が出来たら、その、あの……」

ミカサ「うん。もう少し待って欲しい」

エレン「ああ、待つけどさ。その………最初は、どこでやりたい?」

ミカサ「何処で? エレンの部屋じゃないの?」

エレン「オレの部屋でいいのか?」

ミカサ「もしくは、私の部屋。別にラブホテルでやる必要性はない」

エレン「うううーーーーーん……そっかあ」

何だろう? エレンの表情が渋い。

ミカサ「?」

エレンが凄く迷っている顔だった。何を迷う必要が?

ミカサ「何か問題があるの?」

エレン「いや、問題はねえよ。うん。ミカサの希望を優先するか」

ミカサ「え? エレンは別の場所がいいの? ラブホテルの方がいいの?」

エレン「いや、そういうんじゃねえよ。うん。大丈夫」

ミカサ「エレンが他に希望する場所があるなら、そっちを優先して欲しい」

エレン「えええええ……」

ミカサ「そ、外とかでも、別に全然、平気なので……(ポポポ)」

夏だと蚊に喰われる恐れもあるけれど。今の季節なら、多分大丈夫。

だけどエレンは真っ赤になって反論した。

エレン「馬鹿!! そんなんじゃねえから! もう、寝るぞ! オレは先に寝る!」

エレンがそそくさと逃げてしまった。

ミカサ「エレンーおやすみのキスは……(シュン)」

おやすみのキスは忘れないで欲しい。

エレン「そうだった。悪い。じゃあ、おやすみ………」


チュッ……


ミカサ「………今日は舌を入れないの?」

エレン「ミカサ、積極的なのは有難いが、もうちょっと自重しろ。親父も言っただろ? 軽はずみな事はするなって」

ミカサ「ぷー」

エレン「膨れるなよ。最近、もう、発情し過ぎだぞ! オレ達!」

ミカサ「思春期なので仕方がない(キリッ)」

エレン「まあそうだけどさー。とにかく、今日はここまでだ。おやすみ」

ミカサ「おやすみなさい……(シュン)」

私の答えは何か間違っていたのだろうか?

エレンの考えている事が読めなくて少しだけしょんぼりするのだった。






11月8日。土曜日。

この日の放課後、またリヴァイ先生がひょこっと顔を出してきたので慌てて偽劇を行った。

茶髪のカツラをつけてアルミンが慌てて役に入る。黒髪のカツラをつけて慌ててジャンも役に入る。エレンは金髪、私はリボンを頭につけて誤魔化していたが、その日のリヴァイ先生は、練習を止めて皆を集めてから言った。

リヴァイ「すまん。今度の第四日曜日、暇な奴、いるか?」

エレン「第四日曜日って言ったら、体操部のお休みの日ですよね」

リヴァイ「そうだ。11月23日だな。その日にその……引っ越し先の掃除をしに行くから、手空いている奴がいれば手伝って欲しい。勿論、後でバイト代は出すから」

ジャン「いや、バイト代なんて要らないですよ。リヴァイ先生には世話になってるし、普通に手伝いに行きますよ」

エレン「だよな。そのくらい、別にいいですよ」

リヴァイ「そ、そうか? じゃあ、昼飯くらいはこっちで用意するか」

エレン「新居は決まったんですか?」

リヴァイ「ああ。ハンジがどうしても『ここがいい!!! ここにしよう!!!』と興奮して決めた物件があってな。もうそこにする事にした」

エレン「へー場所はどの辺ですか?」

リヴァイ「職員用のマンションから歩いて5分もない場所に、古い貸家があってな。昭和チックな平屋の家ではあったんだが、間取りがその……栄螺(サザエ)さんの家と似ているから、そこにする事にした」

エレン「ええええ?! 似たような家が実際にあったんですか?」

リヴァイ「ああ。俺も驚いたけどな。確認したら、かなり酷似していた。違うのは、栄螺さんと鱒男(ますお)さんの部屋がないだけで、そこは駐車場のスペースになっているくらいか。それ以外は本当に同じだった。ただ、建築したのが相当前のようでな。一応、リフォームはしてあったようだが、それでも掃除を一通りしてからでないと引っ越しは出来ない感じだったから、休みの日に一気にやってしまおうと思ってな」

エレン「へええええ」

だとすれば、結構広いお家のような気がする。

リヴァイ先生、やっぱり子供を沢山作るつもりなのでは? と、其の時も思ってしまったが。

リヴァイ「6帖の畳の部屋が1つ、8帖の畳の部屋が3つ。台所も6帖くらいだったかな。広縁は長くて、走れるくらいある。便所が和式なのが難点くらいか。日当たりもいいし、庭も少しあったから、物件としては上等だと思う。平屋だからペットも飼えるし、猫でも飼おうかと思っている」

ジャン「猫、好きなんですか?」

リヴァイ「犬も好きだな。まあ、ハンジは爬虫類系の方が好きなんだが。あいつ、蛇でも平気で触るし、多少猛獣でも平気で触ろうとするからな」

ジャン「す、凄いですね。猛獣って、虎とかですか?」

リヴァイ「ああ。そうだな。動物園に行くとテンション上がり過ぎてやばくなる。ただ、さすがに虎を飼うのは難しいからな。猫で妥協させよう」

と、リヴァイ先生が「ふん」と笑っていた。

リヴァイ「その日は休みだから、来れる奴だけ来てもらえると助かる。無理はいわない。ただ、来てくれるのであれば、寿司でも頼んで振る舞ってやろう」

アニ「……寿司奢ってくれるんですか? (ガタッ)」

リヴァイ「ああ。出前取ればいい。来れるか?」

アニ「行きましょう(キリッ)」

アニ、そういうのはチョロインって呼ばれるので止めた方がいいのでは。

と、最近覚えた言葉を思い浮かべながら私は迷った。

お寿司は確かに食べたいけれど。リヴァイ先生のお手伝いか……。

アルミン「うん。寿司食べられるなら行こうかな。僕も」

ジャン「報酬としては上等ですよ」

マルコ「うん。お寿司は食べたいね」

マーガレット「本当にいいんですか? かえって掃除業者に頼んだ方が安上がりなんじゃ」

リヴァイ「業者に頼んでもいいが、やはり自分の住む家くらいは自分で掃除したいんだよ。お前らには庭掃除の方を頼みたい。草むしりとかな。部屋の中は自分でやるから大丈夫だ」

ミカサ「………お寿司か」

脳内の天秤がグラグラ揺れた。皆も行くなら私も行くべきだろうか。

エレン「ミカサ、行かないのか?」

ミカサ「エレンは行くの?」

エレン「ああ、行くぜ。草むしりして寿司食えるなら、お釣りがくるぜ?」

ミカサ「うううう……」

どうしよう?

エレン「無理には言わないけどな。でも、アニも来るんだよな?」

アニ「絶対行く(キリッ)」

エレン「アニも来るんだから、ミカサも来いよ」

ミカサ「……分かった。アニも行くなら行く」

まあ、ここはお寿司の為に動いてもいいかもしれない。

アニ「腹いっぱい、ご馳走になろうよ。ミカサ。金を吐き出させよう」

ミカサ「そうね。そうしよう(キラーン☆)」

アニ「……サシャも誘ってみる?」

ミカサ「! それはいいかもしれない(ニヤニヤ)」

それはいいアイデアだ!

アニ「リヴァイ先生、友達も連れて来ていいですか?」

リヴァイ「ん? 暇な奴がいるのか?」

アニ「寿司が食べられるなら、絶対来てくれる子が一人います」

リヴァイ「そうか。別に構わんぞ。連れてきても」

サシャがいれば最低でも10万は吐き出させられる。しめしめ。

ジャン「サシャ、連れてきたらやばくないか?」

アニ「しっ! ジャン、黙って」

ミカサ「黙って」

ジャン「………(オレもしらねー)」

ジャン、余計な事は言わない。

と、目で合図すると、ため息をつかれてしまった。

エレン「実際に引っ越しするのはいつ頃にされるんですか?」

リヴァイ「んー……12月に入ったら次は期末テストの準備に追われるから、11月中には何とか終わらせたいとは思っている。ただ引っ越しって言っても、場所がすぐ近くだからそんなに苦労はしないだろう。ハンジの荷物をまとめるのが少し大変なくらいか。俺自身の私物はそう多くはないし、家電は自分のをそのまま使うが、本とか服とかは、これを機会にある程度、処分するつもりでいる」

エレン「え? 服を捨てちゃうんですか」

リヴァイ「ハンジの私服はもう、大分摩耗しているからな。古着としても売れないし、雑巾に回せるような物はとっておくが、それ以外は処分するつもりでいる。ハンジは服が破れてもそのまま着続ける程、節約家だったからな。さすがにそろそろ新しい服を用意してやらんといかん」

エレン「へー。自分の好みで服を一新しちゃうんですね(ニヤニヤ)」

リヴァイ「あ、ああ……まあそうなるな。何だ? 何か変か?」

エレン「いえいえ。別にいいんじゃないんですか? ハンジ先生、嫌がってないですし」

アニ「ただ、普通ではないですよね。私はそういうのは、苦手かな」

アルミン「まあね。自分の服くらいは自分で決めたいよね」

マーガレット「そうですね。普通ではない、ですね」

スカーレット「普通だったら『キモイ』って思われますよね」

リヴァイ「え……? (顔面蒼白)」

え? 今頃気づいたの? 馬鹿なの?

リヴァイ「き、キモイのか……?」

アニ「あー髪型もメイクも私服のコーディーネートも全部、やってるんですよね? それって、ハンジ先生だから受け入れているんであって、他の女だったらきっと、途中でキレると思いますよ」

スカーレット「言えてる。私は絶対、無理だ。そこまで独占欲強いのは引く」

アニ「服装までなら、まだ妥協出来ても、他のも全部って言うのは、ね。さすがに息苦しいと感じますよ」

マーガレット「確かに……ハンジ先生が究極の面倒臭がり屋だったから良かったものの、普通、それが分かったら、女は逃げるかもしれないですね」

リヴァイ「え……そ、そういうもんか(ガーン)」

皆が次々とツッコミを入れるとリヴァイ先生が青ざめた。ぷークスクス。

やっと自分の異常性に少しは気づいたようである。

ミカサ「…………私は、まあ、エレンなら別にいいけど。クソちびに決められたら、殴り返すかも」

エレン「おいおい」

リヴァイ「…………(*凹んでいる)」

ハンジ先生に感謝するといい。本当に。

エレン「でもまあ、良かったじゃないですか。ハンジ先生は喜んでいましたよ。授業中、惚気るくらいだし」

リヴァイ「え?」

エレン「すっごく、嬉しそうでした。『全自動リヴァイ』とか何とか言ってたし。気に入っているようでしたから、問題はないですよ」

リヴァイ「ハンジが、喜んでいたのか?」

エレン「ええ、そうですよ? え? 知らなかったんですか?」

リヴァイ「ああ。あいつ、別に喜んでいる風じゃなかった。『んもーしょうがないなー』って感じで、いつも渋々だったからな。まあ、俺はそれでもハンジに好き勝手やっていた訳だが」

その直後、リヴァイ先生はぶわっと顔を赤くした。

リヴァイ「そうか。あいつ、実は喜んでいたのか。そうか……そうか」

おっと。またこのクソちびは調子に乗ろうとしている。

ハンジ先生が素直に喜ばなかったのはそれを予見しての事だろうに。

リヴァイ「だったら、遠慮しなくてもいいか。次はあいつの………」

次は何を弄るつもりなのか。変態。

冷めた目で皆が見ているのにリヴァイ先生は気づいていない様子だ。

エレン「あーリヴァイ先生、その辺でストップかけましょう。何でもやり過ぎるとダメですよ」

エレンの言う通りである。

リヴァイ「うっ……それもそうだな。すまん。俺もつい、調子に乗った」

ふーと長い息をついて、リヴァイ先生がすぐ反省したのはいいけれど。

リヴァイ「いかんと思いつつも、ついな。ハンジを弄り始めると手が止まらなくなる自分が居る」

ミカサ「やっぱり変態………」

リヴァイ「かもな。もうそれでもいい。はあ……何でもっと早く気付かなかったんだ。俺は」

アルミン「あはは……(苦笑)」

リヴァイ「特にあの癖のある髪がいい。ドライヤーで巻くだけでふわっと空気を含むところとか、毛先を散らして遊ばせられるところも最高だ。何度触っても飽きねえ……」

ミカサ「…………」

くせ毛に憧れると言う意味では気持ちは分からなくもない。

ジャン「まあ、髪の毛に惹かれるっていうのは分からなくもないですけど」

リヴァイ「だろう? 程よい長さなのも最高だ。長すぎず、短過ぎない、セミロングが一番いい(ぐっ)」

エレン「リヴァイ先生、髪フェチだったんですか」

リヴァイ「みてえだな。自分でも驚いた」

エレン「ん~俺は別にそこは拘りねえっすけどね」

ミカサ「そうなの?」

エレン「ああ。短くても、長くても、ミカサはミカサだし(サラッ)」

ミカサ「…………」

そう言いながらエレンが私の髪を掬うように触って来た瞬間、皆がOH…という顔をした。

マーガレット「リヴァイ先生の惚気よりもっと酷いのがきた」

スカーレット「今のは爆発しろって感じだったね」

エレン「え? なんでですか?! オレ、何か悪い事を言いました?!」

ジャン「あー爆ぜろ爆ぜろー(棒読み)」

マルコ「爆ぜろー(棒読み)」

アルミン「爆ぜちゃえ(棒読み)」

エレン「何でだよ?! (ガビーン)」

エレンのいう事は理解出来た。私もエレンと同じ意見だ。

今のエレンは髪が伸びているけれど、短くても、エレンはエレンだから。

春先に切った自分の髪の毛が少しだけ伸びたのを手で確認しながら、私は微笑んでいたのだった。





演劇部の方は順調だった。でも最近、エレンが何だか真面目だ。

夕食を食べた後もすぐ自分の部屋に戻って勉強する。以前はテレビを観たりゲームをしていたのに。

ミカサ「エレン、今日も勉強している……」

夜、気になってエレンの部屋を覗き込んでみる。

エレン「あ? 何だ? 何か用事か?」

ミカサ「いえ、最近、あまりゲームをしていないようだったので、つい気になって」

エレン「進路、真剣に考えるなら、あんまり遊びほうける訳にもいかねえよ。全くやってない訳じゃないけど。自分の成績、せめてマルコと同じくらいまで引き上げないと、入れる医学部がないと思うんだ」

ミカサ「そう……」

エレン「オレの場合、やっぱり数学がネックなんだよな。医学系は理系だけど。理系の苦手意識を克服しねえとどうにもならん。こいつをどうにかしない事には、先に進む事も出来ねえよ」

ミカサ「そう……」

でもそのせいで、エレンが根を詰め過ぎるのは良くないと思う。

エレン「ん? 何だ? 何か、元気ねえな。ミカサ」

ミカサ「いえ、その……あの」

エレン「ん?」

ミカサ「頑張るのはいいけれど、あまり根を詰めないで欲しい。エレンの体が一番大事なので」

エレン「ああ、その点は大丈夫だ。ちゃんと無理しない程度にやってる」

ミカサ「そう……」

それならいいけれど。

エレン「ん? どうしたんだよ。さっきから。何か変だぞ」

ミカサ「いえ、その……」

テレビを観て爆笑するエレンが居ないのは何だか寂しい。

ゲームに夢中になって「こんにゃろ!」と叫ぶエレンが居ないのも寂しい。

ミカサ「さ、寂しいって、つい……」

エレン「え?」

ミカサ「目標に向けて頑張る姿を見て、『頑張れ』と思う反面、『寂しい』って気持ちも出てしまって……」

欲張りだろうか? こんな事を思うのは間違っているだろうか?

そう思っていると、エレンが慌てて私の方にやってきて、言った。

エレン「なら、数学教えてくれ。ミカサも一緒に勉強するぞ」

ミカサ「いいの?」

エレン「やっぱり一人で勉強するのは限界あるからな。頼むよ」

ミカサ「うん!」

そしてその日から私はエレンと一緒に勉強する事が多くなった。

数学の復習をしたり、予習をしたりする。そんな日々が続いた。

少しの時が経ち、11月23日。リヴァイ先生の新居の大掃除の日がやってきた。

ハンジ「皆、ありがとうね! 人手があると助かるよ!!」

エルヴィン先生とピクシス先生も来ていた。

演劇部だけでなく、体操部の人達も手伝いに来ている。

これだけの人数が居れば、掃除もあっという間に終わるだろう。

サシャ「ん? ちょっとカビ臭いですね(くんくん)」

リヴァイ「ああ。古い建物だからな。多少はカビもあるだろう」

サシャ「私達は、草むしりをすればいいんでしたよね?」

リヴァイ「ああ。庭の方に案内するよ。こっちだ」

玄関を一旦出て、庭の方に移動すると、そこには……

ふむ。なかなか手ごわそうな雑草が生えていた。

サシャ「ううーん。手ごわそうですね」

リヴァイ「だろ? 放置していた物件だったからな。草がかなり生えている。人海戦術でどんどん草を毟ってくれ。根から掘らないとまたすぐ生えてくるから、スコップはこっちで用意している。皆、これを使ってある程度、土を掘っていいから草を撤去してくれ」

道具を借りて早速作業に入る。この日の為に虫除けスプレーは新調してきた。

皆で一斉に草を毟っていると、マルコが腕を掻いていた。

マルコ「あ、蚊に食われたかも……腕が痒い……」

ミカサ「虫よけスプレー、あるけど使う?」

マルコ「いいの? じゃあお願いしようかな」

エレン「ミカサ、オレも頼む」

ミカサ「了解(プシュー)」

ないよりはあった方がいい。蚊だけでなく、それ以外の虫にも気を付けないと。

草が大体無くなると、庭の広さに感動した。

庭の広さだけならおじさんの家より広かった。うぬう。この辺に葱とか植えたい。

と、人の庭なのに勝手に妄想していると、

ハンジ「休憩しようかー皆、1回作業やめて、うちにおいでー」

ハンジ先生が皆を呼んだので喜んで休憩する事にした。

畳の上にお寿司を広げて頂いた。おお。美味しそう。

お茶と一緒に早速、握りを頂いた。マグロから遠慮なくいく。

サシャが端からどんどん食べていく。サシャ、今日は本気で食べていいから頑張って。

リヴァイ「思っていたより足りないようだな。追加でピザも頼むか」

サシャ「ピザあああああ?! (涎)」

リヴァイ「5枚くらいでイイか?」

サシャ「何枚でもOKです!」

エレン「金、大丈夫ですか? サシャ、大食いですよ?」

リヴァイ「ああ。心配するな。足りない時はエルヴィンに借りる」

エルヴィン「おっと、あてにされたようだ」

クスクス笑って嬉しそうなエルヴィン先生だった。

リヴァイ「さて。部屋の中の掃除も大体済んだし、後は何をするか」

ハンジ「午後から荷物、ぼちぼち入れちゃう?」

リヴァイ「あーそうだな。やれる事は、今日のうちにやってしまうか。ハンジの本とか私服は先にこっちに移動させてもいいよな」

ハンジ「うん。いいよー。あ、でも、本棚の位置まだ決めてないや。そっち先に決めていい?」

リヴァイ「ああ、分かった。家具類の配置、先に決めるか」

と、言いながら図面を元に計画を立てる2人だった。

ハンジ「リヴァイは自分の部屋を何処にする?」

リヴァイ「別に何処でもいい。ハンジはどこを使うんだ?」

ハンジ「私の場合、書斎と夫婦部屋は分けて使いたいんだよね。鰹(かつお)君の部屋に本と机をまとめてしまってもいい?」

リヴァイ「日当たりは1番悪い部屋だが、いいのか?」

ハンジ「うん。本が焼けない方がいいかな。それに北側の光が入るから大丈夫だよ」

リヴァイ「分かった。ではそこをハンジの書斎部屋にするか。オレの部屋は…その隣の部屋でいいか」

ハンジ「居間を使うの? でもそこは押入れがないよ」

リヴァイ「あ、それもそうか。ではその南側でいいか」

ハンジ「じゃあその隣がリヴァイの書斎だね」

リヴァイ「いや、俺の場合は書斎部屋は必要ない。夫婦部屋で事足りるだろ」

ハンジ「あ、そうなの? んじゃ書斎は私の分だけでいいんだ」

リヴァイ「むしろ俺の場合は台所の方が自分の部屋みたいになるだろうな」

ハンジ「だったら、床の間のある方を夫婦部屋にした方がいいんじゃない? 台所からの動線考えるとそっちが近いよ?」

リヴァイ「しかしそうなると、ハンジが仕事中の時、遠く離れ過ぎているような…」

ハンジ「同じ家の中だから、歩けばすぐ会えるでしょ!」

リヴァイ「そうか。すまん……」

リヴァイ先生、ハンジ先生との適切な距離も必要だと思います。

リヴァイ「………やっぱり、居間にベッドを置かないか? その方がハンジの書斎に近いし、台所からも近いだろ」

ハンジ「えええ。折角の畳なのにベッド置くのー? 絨毯敷いて、その上に置くの?」

リヴァイ「別に出来なくはないだろ」

ハンジ「…………やけにベッドを推すね? 何か企んでない?」

リヴァイ「んんー……別に何も企んじゃいないが」

ハンジ「何か怪しいなあ。こっち見て言ってよー」

其の時、エルヴィン先生が呆れたように言った。

エルヴィン「ベッドの方がいろいろ都合がいいだけだよ。男の都合って奴だよ」

リヴァイ「エルヴィン! しっ!」

ハンジ「えええ? そうなの? んもうーしょうがないなあ。でもご飯食べる時、居間を使わないの? 台所で食べるの?」

リヴァイ「これだけのスペースがあれば、わざわざ居間で食べる必要はない。台所にテーブル置いてそこで食べても大丈夫だろ」

ハンジ「そうかなー? 狭くない? ギリギリな気がするけど」

リヴァイ「気になるなら、床の間のある方を居間の代わりにすればいい。動線的には問題ない」

ハンジ「んーじゃ、ちょっと変則的になるけどそうしよっか。客間は誰かが泊まりに来た時の為に空けておこうか」

エルヴィン「一番日当たりのいい場所なのに。そっちを空けちゃうんだ」

リヴァイ「エルヴィンが泊まりに来た時にそこで寝ればいいだろ」

エルヴィン「リヴァイ……(じーん)」

リヴァイ「喜ぶんじゃない。同居の件は承諾出来ないが、まあ、たまに泊まりに来るくらいなら、別に構わん」

エルヴィン「うん。ありがとう。嬉しいよ」

ピクシス「大体、方針は固まったようじゃの」

ハンジ「はい。後はぼちぼち私物を先に入れていく感じですねー」

と、ハンジ先生がスケジュール帖に何やらメモをしていた。

ハンジ「……よく考えたらベッド、リヴァイのと私のシングルを隣同士くっつけたら問題ないんじゃない? 新しく買う必要なくない?」

リヴァイ「いや、真ん中が凹むだろ。それは気持ち悪いから嫌だ」

ハンジ「そう? じゃあくっつけて改造しちゃえば? 私、大工仕事するよ?」

リヴァイ「お前はどうしてそう、ケチケチするんだ。買いなおす必要があるなら金を出すとあれ程……」

ハンジ「だって、その……リヴァイにばっかり、お金出させるのも、ねえ?」

リヴァイ「むしろ出させて欲しいんだが?」

ハンジ「やだよー。私も一応、働いているから金はあるけど。貯金は2000万くらいしかないんだよね」

リヴァイ「充分だろ。それだけあれば。2人合わせたら1億いくじゃないか」

凄い。2人ともお金持ちだ。

私もいつかの将来の為にお金を貯めようとこの時、思った。

ハンジ「そうだけどさ。私、出来ればそういう事に金を使いたくないんだよね。節約できるところは節約したい派なのよ」

リヴァイ「はー……(ため息)」

ピクシス「良い嫁じゃないか。浪費家の嫁よりいいと思うがの」

リヴァイ「いや、しかし……」

ピクシス「まあ、遠慮する女だからこそ、してやりたい気持ちは男としては分かるがの。引くべきところは引くのが夫婦生活のコツじゃよ?」

勉強になります。ピクシス先生。

リヴァイ「………ベッドの高さが合わない場合はどう改造するんだ?」

ハンジ「んーDIYのお店の人に相談すれば何とかなるんじゃない? 心配しなくても大丈夫だよきっと」

リヴァイ「仕方がないな。分かった。ただ、店の人が『改造は無理だ』と判断した場合は、ベッドを買いなおすからな。それでいいな?」

ハンジ「了解しました! (ビシッ)」

リヴァイ「後は、和室の上に敷く絨毯を新調する必要性が出てきたな。買いに行くか」

ハンジ「待って。誰か要らない絨毯、持ってないかな? 貰えるなら貰っちゃおうよ」

リヴァイ「おいおい、そこまで人に甘えるのは……」

ニファ「ああ、ありますよ。使っていない絨毯なら」

と、其の時、ニファ先輩が口を出した。

ニファ「もし良ければ差し上げます。使っていいですよ」

リヴァイ「いいのか?」

ニファ「はい。絨毯って、捨てるのは重いし、使わなくなると、ついつい収納の肥やしになるんですよね」

そう言えば私の部屋の絨毯はエレンに貰った物だった。

絨毯は重いから、捨てに行くのも面倒になるのかもしれない。

ニファ「私の場合、模様替えで色変えたくて買いなおしただけなので、物は悪くない筈ですよ」

リヴァイ「そうか。すまないな」

ニファ「いえいえ。利用出来る場所がある方がいいですよ」

リヴァイ先生は申し訳なさそうにしていた。

リヴァイ「後はぼちぼちハンジの私服から入れていくか。あ、でも収納場所がクローゼットはないから、タンスが必要になるな」

ハンジ「あ、そっかー。教員用の方はクローゼット備え付けだったから楽だったけど。和風の家ってタンスが必要なんだよね」

リヴァイ「クローゼットの方がいいならそれごと買ってもいいけどな。どっちでもいい。新調するか」

ハンジ「待って! タンスも誰か持ってない? 貰える物は貰おうよ!」

リヴァイ「いや、さすがにタンスくらいは新調していいだろ。それを持っている奴なんて……」

アルミン「…………祖父が使っていたタンスなら一応、ありますけど」

リヴァイ「?!」

アルミン「祖父が夏に亡くなったので。祖父の荷物はある程度、整理したので今はタンスを使っていません。遺品が無理なら差し上げられませんが、再利用して頂けるなら差し上げても構いませんよ」

ハンジ「いいの? 御爺ちゃんの遺品なのに、貰っていいの?」

アルミン「んー……実は僕自身も、近いうちに引っ越すかもしれないんですよね。今は独り身になってしまったので、近いうちにもう少し安い物件に引っ越そうと考えていたんで、荷物を減らそうかなって思っていたから丁度いいですよ」

ハンジ「ありがとう! 大事に使わせて貰うね!!」

タンスの件も片が付いたようだ。

でもリヴァイ先生は嬉しそうな顔をしていない。新しく購入したかったようだ。

リヴァイ「………飯台くらいは新しく買ってもいいよな?」

ハンジ「ええ? そんなの、DIYコーナーで木を買ってくれば安く作れるじゃないの。作るよ? 私が」

リヴァイ「いや、仕事忙しい癖に無理するんじゃない。ベッドも改造する癖に、これ以上自分の首を絞めてどうする」

ハンジ「んじゃ、飯台も誰かに貰おうよ。誰か持ってない?」

リヴァイ「おいおい、さすがに飯台は……」

マルコ「ああ、そのくらいならこっちで作りますよ」

リヴァイ「?!」

マーガレット「大道具組に任せて下さい。その程度の物だったら1日あれば作れます」

スカーレット「うん。材料さえあれば、いけるよね」

ハンジ「というか、演劇部に材料探せばあるんじゃないの?」

マーガレット「ありそうだよね。ちょっと探してみようか」

これは皆、分かっていてわざと邪魔しているようだ。

これはいい精神攻撃だ。いいぞもっとやれ。

リヴァイ「あー……本棚、増やしても構わんぞ? もうひとつくらいなら置けるだろ」

ハンジ「ええ? それは有難いけど、それだったら、私が今使っている食器棚っぽいアレを本棚に変更するよ。リヴァイの食器棚にお皿を統合させちゃえば、本棚2つ目作れるから要らないよー」

リヴァイ「………エアコン、新しいのを買ってもいいよな?」

ハンジ「エアコンもそれぞれ1個ずつ持っているでしょうが。夫婦部屋と書斎だけで良くない? とりあえずは」

リヴァイ「居間にも必要だろうが。客間にだって、エアコンつけた方が……」

ハンジ「エアコン4台も設置するの?! 電気代とんでもない事になるよ?!」

エルヴィン「客間はさすがにエアコン要らないんじゃない? 今からの時期なら電気ストーブでもあれば十分だよ」

ハンジ「電気ストーブなら、うちにも1台あるよ。居間だって、それで十分だよ」

リヴァイ「…………カーテンは」

ハンジ「それも既に持ってる。長さだって足りているよ。サイズ同じだから大丈夫だったし」

リヴァイ「………ブルーレイとかは要らないのか?」

ハンジ「まだレコーダーの方が生きているから移行しなくてもいいよ。パソコンだってあるし、今はネットでも観れる時代だよ?」

リヴァイ「………新しいテレビとか」

ハンジ「テレビならあるよ。別に買い替えなくていいよ」

リヴァイ「………照明器具は? 和風の照明器具、必要じゃないか?」

ハンジ「あー照明かあ」

流石に照明の予備を持っている人はいなさそうだった。

ハンジ「ん~じゃあ、それは買いに行こうか。さすがに照明器具を予備に持ってる子はいないだろうし」

其の時、リヴァイ先生がガッツポーズをした。

やっぱり買い物に行きたくてしょうがなかったようだ。しかし其の時、

ピクシス「照明器具ならわしがお祝いに買ってやっても良いぞ?」

リヴァイ「?!」

ピクシス「新婚祝いじゃ。それくらいならわしが出してやろうじゃないか」

ハンジ「いいのー? やったー!」

リヴァイ「ええええ……(げんなり)」

ピクシス「その代わり、早く子供の顔を見せるんじゃぞ? (ニヤニヤ)」

ハンジ「うっ……頑張ってるけど、あんまり期待はしないでね」

翌年の正月にすぐに妊娠が発覚したので、計算上、この前後に仕込んだと思われる。

リヴァイ先生はピクシス先生の言葉はスルーしてすっかり落ち込んでいた。

リヴァイ「くっ………出番がない」

ハンジ「いいじゃないの。甘えようよ。有難い事じゃないの」

リヴァイ「それはそうだが……」

ハンジ「リヴァイは自分の事にお金使いなよ。あんた、趣味が少なすぎて本当、自分に関しては掃除と料理に関する事くらいしか使わないじゃないの。これを機会に、調理器具とか増やしたら?」

リヴァイ「………俺自身の為に買っていいのか?」

ハンジ「いいんじゃない? 包丁とか、新調したら?」

リヴァイ「ふむ……」

ようやく光明が見えたのか、リヴァイ先生は何やら考え始めた。

リヴァイ「そうだな。ハンジの事に気を取られ過ぎて自分の事を忘れていた。調理器具を増やしていいのであれば、いくつか買いたいと思っていた物もある」

ハンジ「じゃあそれを買おう。それでいいじゃない。リヴァイの新作料理楽しみだなー」

リヴァイ「分かった。ではそれを今度、買いに行くぞ」

エルヴィン「ふむ……では私からの贈り物も、そういった調理器具関連がいいだろうか?」

リヴァイ「え?」

エルヴィン「ピクシス先生ばかりずるいよ。私にも何か贈り物をさせてくれ」

リヴァイ「いや、しかし……」

ハンジ「あはは! 本当、お金出す機会がないね! でもいいじゃない。甘えようよ」

リヴァイ「………欲しいと思っていたのは、寸胴鍋だ。専門店にいかないとなかなか見つからない特大サイズだが。いいのか?」

エルヴィン「構わないよ。それを買ってあげよう」

リヴァイ「はー……」

結局、何も買う物がなくてリヴァイ先生が大きなため息を漏らした。

リヴァイ「こういう時の為に金をためていた筈なのに。意外と何とかなるもんだな」

ハンジ「でも子供増えたら一気に使いそうじゃない? 子供にはお金かかるでしょ?」

リヴァイ「いや、それも何だかいろいろ貰って何とかなりそうな気がしてきたぞ。ピクシス先生、くれそうだし」

ピクシス「わしの孫の使っていた物なら譲る事が出来るぞ? (ニヤニヤ)」

リヴァイ「ああ、やっぱりそうですか……」

ピクシス「まあ、そうやって人は人に伝えていくもんじゃ。気にするな。譲る方も助かるんじゃよ」

リヴァイ「なら、いいんですが」

ピクシス「それよりも、1番大事な物はもう見に行ったのか?」

リヴァイ「ん? 大事な物……」

ピクシス「結婚式に使う『指輪』じゃよ」

リヴァイ「!」

ハンジ「あ! すっかり忘れていたね! どうしよっか」

リヴァイ「そうか。そこに1番金をかけるべきだという事を俺もすっかり忘れていた。ハンジ、この後、買いに行くぞ」

ハンジ「ええええ……荷物、運び入れるんじゃなかったの?」

リヴァイ「指輪が優先だろうが! 9月の誕生石は何だったか」

ハンジ「さあ? 私、そう言うの詳しくないから分かんない」

リヴァイ「スマホで調べろ。知ってる奴は教えてくれ」

恋人の誕生石くらいは先に調べておくべきだと思うけど。

私の母が9月生まれだったので、私はすぐに答えられた。

ミカサ「……確か、サファイアだったと思いますが」

リヴァイ「助かる。サファイアの指輪をオーダーメイドしに行くぞ!」

ハンジ「えええええ?! ちょちょちょ、オーダーメイドって! 普通のでいいよー。ほら、銀色の無地の。地味な奴。結婚指輪ってそういうのじゃないの?」

ピクシス「その辺は特に決まりはないが、2人で決める事じゃな。わしは小さなダイヤモンドを装飾した指輪を贈ったぞ。ただ、普段つける指輪はあまり華美でない物が普通ではあるが」

リヴァイ「つまり、2種類用意しても構わないって事か」

ピクシス「その通りじゃな。普通は『婚約指輪』を贈ってその後に『結婚指輪』を贈るのが通例じゃけど、今は結婚指輪だけの者も多いぞ」

リヴァイ「じゃあ、婚約指輪が先だな。そっちを派手にして、結婚指輪は地味目の物を選べばいいよな」

ハンジ「ええええちょっと待ってよ。リヴァイ。浮かれ過ぎ! 2個も買う必要ないよ! 結婚指輪だけでいいって!」

リヴァイ「しかし、今のこの時期は『婚約期間』に入るんじゃないのか?」

ハンジ「そうだけどさー。ええええ……本当に買っちゃうのー?」

ハンジ先生、こういう時は少しくらい我儘になってもいいと思います。

リヴァイ「何か不都合があるのか?」

ハンジ「いや、そうじゃないけど。そうじゃないけど………(ぷー)」

リヴァイ「不満があるなら、言え」

ハンジ「不満じゃないけどー」

リヴァイ「だったらなんだ」

ハンジ「いや、そのね? その……こそばゆくて」

リヴァイ「は?」

ハンジ「だーから、その、むずむずするんだよ! こういうのは! ふわふわ通り越して、舞い上がっちゃう自分が恥ずかしいんだよおお」

リヴァイ「ははっ……」

成程。幸せ過ぎて臆していただけか。

そんな可愛らしいハンジ先生の反応にリヴァイ先生はほっとしたようだ。

リヴァイ「なんだ。そんな事か。だったら問題ないな」

ハンジ「問題はないけどさーその、やっぱり、結婚指輪だけでいいって。サファイアなんて、必要ないよ」

リヴァイ「分かった。だったら結婚指輪の方に金をかけよう。それでいいな?」

ハンジ「うん………(照れる)」

ハンジ先生の赤面っぷりにこっちが当てられそうだった。

正直言えば、羨ましいとも思った。女として、私もいつか。

そんな風に妄想していたら、ふとジャンが挙手した。

ジャン「いくらくらいの物を買うんですかね? こういう時は」

ピクシス「ピンキリじゃよ。それは2人の愛が決める事じゃ。ただ、相場は10万くらいから100万くらいまでじゃろうな。金持ちであればもっと高い物でも普通に贈ったりするぞ」

ジャン「最低10万ですか……」

ピクシス「まあ、1万からでもいいとは思うが、安いよりは高い方が喜ばれるじゃろ。ここは男を見せるところじゃて」

ジャン「分かりました。今から貯めます」

ピクシス「いい心がけじゃな」

エレンの方を見ると、エレンも頷いていた。

これは期待していていいのかしら? なんて思ってみたり。

その後は皆でそれぞれおしゃべりをしながら昼飯を食べ終えて、午後は解散となった。

午後からは本当に指輪を見に行くと言っていた。結婚式までに間に合わせる為に。

そして別れ際、ペトラ先輩が残って、ハンジ先生に話しかけていた。

他の生徒は先に玄関を出て、そのタイミングを見計らって、頭を下げた。

前に皆の前で頬をぶった件について謝るつもりだったのだろう。

昼食時も、ハンジ先生の方を見ては様子を伺う雰囲気だったので、案の定、そうだった。

ペトラ「ハンジ先生、すみません」

ハンジ「ん? 何?」

ペトラ「あの時は、本当にすみませんでした……」

ハンジ「?! え?! 何で謝るの?! むしろ悪いのは私の方だよ?!」

ペトラ「でも、皆が見ている前で、あんな事したのは……」

ハンジ「?! ああ、いや、むしろペトラの方がきつかったでしょ? 私は大丈夫だよ? だから頭を下げないで。ね?」

ペトラ「でも………」

ハンジ「私、ぶたれて当然の事をしたんだよ? だからいいんだって! むしろ感謝しているくらいなんだから、謝っちゃダメだよ!」

その瞬間、ペトラ先輩は涙ぐんでしまった。

人は理屈で動く事ばかりではない。それは分かっているつもりだが。

それでも、してしまった事に対して後悔するのも、また人として当然の事で。

ペトラ先輩はまだ心の整理がついていないようだった。

ペトラ「でも、なんていうか、私、その、偉そうに、言ってしまったし、その……」

でも其の時、ハンジ先生は視線を落としてペトラ先輩の背丈に合わせて言った。

ハンジ「ペトラ。それでいいんだよ」

ペトラ「え?」

ハンジ「あのね。聞いて欲しい。教師という仕事はね、教師が生徒に教える事だけが仕事じゃないの」

と、其の時、ハンジ先生が真剣な表情になって言った。

ハンジ「教師もまた、生徒に教わるの。いろんな経験を通して、成長していくんだよ。そういう「姿勢」を持てないような教師は教師になんてなれないよ。だから、教えてくれてありがとう。ペトラのおかげで、私はひとつ「学ぶ」事が出来たんだよ?」

ペトラ「ハンジ先生……」

ハンジ「ペトラも教職希望しているんでしょ? リヴァイから聞いているよ。いつか一緒に、お仕事しようね? 待ってるからね」

ペトラ「はい……!」

話が無事に済んだようで、オルオ先輩がペトラ先輩を待っていた。

オルオ「終わったか?」

ペトラ「うん。ハンジ先生、あんたの言う通り、気にしてなかったよ」

オルオ「だろ? ハンジ先生の事だから、そうだと思っていたよ。体面を気にするような教師なら、元々、リヴァイ先生が選んでいる筈がねえ」

ペトラ「本当だよね。完敗過ぎるよ。いっそ、そういうの、気にする先生だったなら、良かったのに」

オルオ「普通じゃねえんだよ。リヴァイ先生も、ハンジ先生も、な。でも、だからと言って、それを真似する必要はねえぞ」

ペトラ「うん。私達は私達の道を頑張らないとね」

こっちの2人も元に戻った気配だった。もうペトラ先輩も心の整理がついたのだろう。

それを見送って、私とエレンは最後にリヴァイ先生と話す事にした。

リヴァイ「ん? 何か忘れ物か?」

エレン「いえ……その、ちょっと気になった事があって」

ミカサ「下世話な話を聞いてもいいですか?」

ハンジ「え? エッチな話?」

ミカサ「いえ、そちらではなく、ここのお家賃とか……」

エレン「すんません。気になっちゃって」

リヴァイ先生達を見ていたら、私達も新居について予習したくなったのだ。

リヴァイ「ああ、家賃か。確か6万5000円くらいだったかな」

エレン「それって安い方なんですかね」

リヴァイ「この地区だったらかなり安い方だぞ。ただ、安い理由は、建物が古いだけじゃないんだよな」

ハンジ「うふふふふ……出るかも? みたいな噂話、聞いちゃったんだよね」

エレン「え?」

出る? もしかして、もしかして?

ハンジ「だーから、もしかしたら、『幽霊』っぽいものが出るかもー? みたいな?」

リヴァイ「そのせいで、借り手がなかなかつかなくて余っていた物件だったらしいんだが、俺は別にそういうの気にしないし、ハンジに至っては「むしろ見てみたい」と言い出してな。だったらいいかと思ってここに決めた」

エレン「えええええ……呪われたらどうするんですか」

リヴァイ「その時は霊媒師でも呼んでお祓いしてもらうさ。まあ、死者に会えるというならば、俺はかえって会ってみたい気持ちの方が強いんだが」

エレン「こ、怖くないんですか?」

リヴァイ「全然。むしろ生きている人間の方が何倍も怖いだろ。もし会えるなら、会ってみたい奴もいるしな」

ミカサ「それって、誰か知人とか亡くされているんですか?」

リヴァイ「高校時代のダチとかな。若い頃に無茶やって、死んじまった馬鹿もいる。他にも、卒業生の中にも運悪く早く亡くなった奴もいる。生きていれば、いろいろあるんだよ」

と、少しだけ切なそうに目を細めるリヴァイ先生だった。

ミカサ「その気持ち、分からなくはないです」

リヴァイ「ん? お前も誰か知人を亡くしているのか」

ミカサ「父親を、幼い頃に」

エレン「オレも母親を、亡くしているので、気持ちは分かります」

リヴァイ「そうか」

ハンジ「霊感があれば、見れたりするのかな。リヴァイ、霊感ない?」

リヴァイ「さあな。少なくともそういう経験はまだ1度もないが。そういうのは見ようと思って見れるものじゃねえだろうからな」

ハンジ「そうだよねー。しょうがないよねー運に任せるしかないかー」

そして最後に玄関を出て、エレンと話す。

エレン「ミカサは幽霊の存在、信じるか?」

ミカサ「うん。いるとは思う。見えなくても、きっとどこかに」

エレン「そうか……」

ミカサ「父の姿を見る事が出来るなら、会ってみたい気持ちもある。でも、それは許されない事のような気がするので我慢する」

エレン「そうだな。オレもそんな気がするよ」

空を見上げて思い出す。亡くなった父の事を。

そして、あの時、私と母を助けてくれた少年の事を。

この当時はまさか、その少年がエレンだったなんて、思いもしなかった。

幼い頃のぼんやりとした記憶しかなかったから、成長したエレンと比べて分からなかったのだ。

生きていて欲しい。いつか、どこかで再会出来れば。

そんな風に思いながら、私はエレンと手を繋いで我が家に帰っていったのだった。

今回はここまで。駆け足ですが、出来るだけサクサク進めます。
ではまた次回。ノシ





11月24日。月曜日。その日は勤労感謝の日の振り替え休日だった。

その日の私は変だった。具体的に言えば、身体が疼いて落ち着かなかった。

熱がある訳でもないのに身体が火照っているような感覚がある。

リビングのソファに座ってぼーっとしていると、エレンが不思議そうに私の方にやってきた。

スッ……

エレンの手が急に近づいて来たので反射的にびくっと抵抗してしまった。

ミカサ「近づかないで」

エレン「なっ……熱、測ろうとしただけだろ!」

違う。違う。そうではない。

ミカサ「違うの。そういう事ではないので」

エレン「え? 何が違うんだよ」

ああもう、説明するのが億劫になるくらい、身体が変だ。

むずむずする。エレンに触りたくて堪らない。

内なる声を無理やり押さえつけて私は出来るだけ冷静に言った。

ミカサ「エレン、私は今、危ない状態なので」

エレン「え? え?」

ミカサ「排卵日が、恐らく終わったので、ムラムラするので、近づかないで欲しい」

エレン「!」

正直に告白すると、エレンは真っ赤になって一歩下がった。

ミカサ「エレンと付き合うようになってから、生理の不順が治ったおかげで、予測がしやすくなった。計測上、明日までは危ない日になるので、その………(ハアハア)」

エレン「分かった! 分かった!」

また一歩、下がった。その距離でお願いしたい。

あんまり近づかれると、私の方が狼になってしまいそうだから。

ミカサ「エレン、ごめんなさい。以前、コミケに行った時も、計測上、どうやら危険日の期間だったみたい」

エレン「え? そうだったのか?」

ミカサ「うん。クラスの出し物を決めた時も、その期間だったみたい。通りであの時、自分でも妙にテンションが高いと思った……」

エレン「そうなのか」

女はこれだから面倒だ。一定の状態を保つのが難しい。

ミカサ「その……私の生理は28日周期でドンピシャで来るようになったから、生理開始から13~17日の間が特に危険な時期になるそうなので、その5日間だけは、エレンも気をつけておいて欲しい。私自身も、気をつけるけど、その……自分でも熱っぽさを堪えるのがとても難しい」

エレン「分かった。気をつける………」

エレンが目を逸らして口を手で隠してしまった。

御免なさい。本当に御免なさい。

ミカサ「今日はこの状態で部活に出る訳にもいかないので、ちょっと運動して熱を発散してくる……」

エレン「え? 走ってくるのか?」

ミカサ「うん。ランニングでもして発散してくる。というか、もう、ムズムズして自分でも困る」

エレン「………………」

ん? エレンが急に沈黙した。

そして、突然変な事を言いだしたのだ。

エレン「そんな事するより、自慰したらいいじゃねえか」

ミカサ「え?」

エレン「!」

エレンはそう言った後に後悔したような顔になった。そしてすぐに意見を翻して、

エレン「いや、何でもない。すまん」

と、エレンは私に何故か謝ってきた。

ミカサ「自慰? 何の事?」

そう言えば、その言葉は何処かで………。

ぼんやりと覚えはあったのだが、其の時は咄嗟に正確に思い出せなかった。

エレン「………所謂、オナニー行為だよ。女でも、ムラムラ鎮めたいなら、抜いた方がいいんじゃねえの?」

ああ! 成程!

そう言えば、マーガレット先輩に読ませられた同人誌にそんな言葉があったような。

でもアレは男の人がしていたもので、女もしていい物なのだろうか?

ミカサ「その発想はなかった」

エレン「え?」

ミカサ「体がムズムズする時は身体を動かしていた。女の子も、そういう事、していいとは思わなかった」

エレン「え? 別にしちゃいけないって事はないだろ」

ミカサ「………なんとなく、してはイケナイ行為のような気がしていたので」

だってそういう事は、男の人がする事だと思っていたから。

ミカサ「体を動かしても、それでも足りなくて、体が濡れてどうしようもない時もあった。なので、以前、エレンに「どうしたらいいの?」と聞いてしまった」

エレンと付き合うようになってからは私の身体はどんどんエッチになっている気がする。

エレン「ああ、アレってそういう意味だったのか」

ミカサ「(こくり)誰か、相手がいればもっと発散出来たと思うけど。一人だとやはり身体を動かすのに限界がある。エレンが相手だと、本末転倒になりそうな気がしていたし……」

チラチラとエレンを見ると、エレンは横を向いて頭を掻いていた。

エレン「そっか……もっと早く、オレも勧めたら良かったな」

ミカサ「では、その、オナニーとやらを自分でやってみる」

エレン「……………」

ミカサ「でも、具体的にはどうしたらいいのだろうか? マニュアルはある?」

エレン「いや、そんなのは、独自に編み出すもんだけど……」

むう。そうなのか。

少し残念に思っていると、エレンが目を細めて私の方を見ていた。

あ……この顔の時のエレンは、凄く、格好いい。

ゾクッと背筋に甘い感覚が奔って、エレンの言葉を待っていると、

エレン「…………電話越しに指示してやろうか?」

という、提案をしてくれた。

エレン「オレ、自分の部屋にいるからさ。携帯で、電話越しに指示してやるからさ。その通りにやってみれば?」

ミカサ「いいの?」

エレン「初めてだから不安なんだろ? 手助け出来るならしてやるよ」

ミカサ「では、お願いしたい。私は自分の部屋でやってみるので」

エレン「おう」

自分の部屋に戻って携帯電話をかける。

ミカサ「エレン、まず何からしたらいい?」

エレン『んーと、まずはティッシュの箱をすぐ傍に用意しろ』

ああ、エレンの声が耳に響いて心地よい。

エレンに促されて私は言う通りに準備した。

ミカサ「OK。用意した」

エレン『その後は、そうだな……布団、もう片付けたか?』

ミカサ「うん」

エレン『出来れば布団の上でリラックスした状態で、仰向けになった方がいいな』

ミカサ「分かった。では、1回、布団を出す(よいしょ)」

エレン『…………準備出来たか?』

ミカサ「出来た。仰向けに寝ればいいのね? (ごろん)」

エレン『そうだ。んで、まずは服の上から、自分の右手で左胸を触ってみろ』

ミカサ「うん………」

エレン『オレに触られた時の事、思い出せ。あの時の感覚を思い出してみろ』

ミカサ「うん……っ……ああっ」

瞬時に蘇るのは山のデートの帰り道の事だった。あの時の続きを頭の中で妄想する。

エレン『ブラジャーは出来れば外してくれ。全部脱ぐ必要はないけど。右手で直接、左胸を触れる状態にしろ』

ミカサ「うん……出来た」

エレンの指示通りにしずしずと手を動かしていく。

エレン『準備出来たか? 次は乳首を右手で摘まんで、人差し指で軽く引っかけ』

ミカサ「うん……うん………」

こうかしら? ふああ……。これはとても、気持ちいい……。

エレン『感じるか? オレに触られているっていう、妄想も重ねるんだ。コリコリしてくるだろ?』

ミカサ「ああっ……ちょっと、固くなってきたみたい。ああん」

エレン『よし。固くなってきたら、もう少し強く挟んでちょっと右に回したり、左に回したり、乳首を回転させるんだ』

ミカサ「ああああ……エレン、これ、気持ちいい……!」

エレン『だろ? 気持ちいいなら、どんどん弄っていい。遠慮するな。好きなだけ弄れ』

ミカサ「ああああ……はああ……ん……んー……」

エレン……エレン……エレン!!

ミカサ「やあ……あの時の事、思い出しちゃう……! あああん!」

エレン『思い出せ。オレも思い出すから。あの時、その後はどうして欲しかった?』

ミカサ「ズボン、脱がせて欲しかった……濡れたあそこにも、エレンの手で触れて欲しかった」

エレン『そうか。んじゃ、次はそっちに手を伸ばすぞ。ズボンのチャック、緩めろ。まずはパンツの上から、優しく撫でてみるんだ』

ミカサ「布の上から擦るの?」

エレン『そうだ。こっちは中指の腹で、優しく撫でる感じだな』

ミカサ「あああ………こ、こんな感じ?」

エレン『ああ。気持ちいいだろ? 湿って来たか? パンツ、濡れて来たか?』

ミカサ「うん、だんだん……濡れて来た」

もうびしょびしょになっている。まるでお漏らししているみたいに。

エレン『よし。次は、ガラケーを耳で挟んで、下と乳首を当時に弄るんだ。出来るか?』

ミカサ「ちょっと待って……ん……何とか、出来た」

準備は出来た。これでよし。

エレン『準備は出来たな? 左胸は左手で。右手はあそこを弄るんだ。同時にだ。いけるな?』

ミカサ「うん……うん……こう、かしら? ああっ……」

エレン『気持ちいいか? ミカサ……』

この瞬間、エレンの声が凄く、柔らかく、優しく感じた。

エレンのニヤニヤしている顔を思い出して、頬を染めて答えた。

ミカサ「うん、気持ちいい。エレン、気持ちいい……あああっ……はああ……!」

イケナイ事をしている。私は今、とても悪い事をしている。

でもとても止められなかった。エレンの声に誘われて引きずり込まれる。

エレン『パンツ、ぐちょぐちょになってきたか?』

ミカサ「なってきた……」

エレン『よし、なら直接触ってみるぞ。中指で、自分の気持ちいい場所を探してゆっくり弄ってみろ』

ミカサ「うん……はああああ……あああっ……んー……ん……」

どんどん欲深くなっていく自分を止められない。

気持ちいいけれど、やっぱり欲しい。エレンが欲しい。

駄目。それはダメ。

相反する感情に挟まれて、快楽が一気に加速する。

ミカサ「ああ……ああ……また、ふわふわしてきた……」

エレン『そろそろじゃねえの? 体が浮くような感覚、きたか?』

ミカサ「た、多分……あの時のような、前兆が来ている」

エレン『だったら、一旦、休憩しろ。一気にイクと勿体ない』

ミカサ「えええ………」

エレン、酷い。意地悪…。

エレン『我慢しろ。イク手前で一旦、休憩した方が、もっと気持ち良くなれるぞ』

ミカサ「分かった……休憩する……」

渋々手を止めた。エレンがそういうのなら仕方がない。

ミカサ「はあ……はあ……はあ……はあん……」

呼吸を落ち着かせる。胸を上下させて酸素を取り込む。

数秒経つと、エレンが言った。

エレン『そろそろ、いいか?』

ミカサ「うん………」

エレン『自分の指、中に入れられるか? 中の方、緩んできたか?』

ミカサ「大分、緩い……あ、入った」

中指の先がするりと入ってしまった。自分でもびっくりした。

こんなにあっさり入ってしまうとは思わなかった。

其の時、エレンの指示が唐突に途絶えた。

ミカサ「エレン?」

エレン『いや、何でもない。入ったなら、入れたり出したり、気持ちいいところを擦りながら出し入れしてみてくれよ。………オレのだと、妄想して』

いや、でも、それは無理な話だと思う。

ミカサ「あああ……エレンのはこんなに細くないのでは?」

エレン『ぶふっ……』

ミカサ「体位のモデルをした時の、布越しに当たったエレンの、アレ……結構、太かった……」

正確な太さは分からなかったが、多分、ちくわより一回り太い。

巻き寿司よりは細いくらいの太さだろうか? その間くらいだったと思う。

………食べ物で例えて御免なさい。他にどう言えばいいか分からないので。

すると、恥ずかしそうにエレンが言い返してきた。

エレン『や、やめろ。何か査定されているみたいで恥ずかしいだろ!』

ミカサ「エレンだって、私を査定する癖に」

エレン『いやまあ、そうだけど。とにかく妄想すればいいんだよ。妄想を重ねて気持ち良くなるのがオナニーなんだから!』

ミカサ「ああん!」

自分の中指では奥の方までは届かない!

ミカサ「指じゃ、足りないっ……もっと、奥まで、何かで、貫かれてみたいっ……!」

エレンとひとつになりたい。その気持ちが止められない。

ミカサ「エレン……やっぱりこれでは、かえって酷くなるような……ああっ……性欲が、止まらない……!」

私は今、酷く淫乱な女になっている。それは分かっているのだが。

ミカサ「辛い……身体が、火照って、ぬるぬるして、ダメ……自分が自分じゃないみたい……」

口から零れる言葉はエレンを困らせるだけだと分かっていたのに。

この時の私は理性のタガが緩み過ぎて壊れていたのだ。

ミカサ「エレンと、エッチ、したい……のに………」

本音を言った直後、はたっと私は我に返った。

こ、こんな事を言ってはいけない。これではエレンを困らせるだけ!

そう思っていたら、私の部屋にエレンが勢いよくやってきて………。

私が何か言う前にエレンは私に覆い被さってきたのだ。

ミカサ「ん……!」

体重がのしかかる。と言っても、エレンは軽いので、息苦しい感じは全くない。

抵抗しようと思えば出来る重さだけど、私はその心地いい重みに潰される方を望んでしまった。

ああ、やっぱりエレンの体臭を嗅ぎながら、こうやって乱暴に弄られる方が何倍もいい。

気が付いたら全裸にされていた。エレンは新たな早業を身につけたようだ。

本当は危険日にはやっては駄目だけど。でも、もう無理。

避妊具を使ってしまえばきっと問題ない。

そう安易に考えて私は股を広げたまま待機していたのだが……。


ピンポーン…………


玄関のチャイムが鳴った。え? え? 誰?

エレン「え、まさか……親父か?」

おじさんが忘れ物でもしたのだろうか? 鍵を持って出るのを忘れたのだろうか?

ミカサ「はあ……はあ……エレン」

エレン「ああ、分かってる」

エレンが代わりに出てくれた。戻ってくるなり脱力するエレンだった。

どうやらただの宅配便だったようだ。

ああ、なんて間の悪い。エレンの眉間にはくっきりと皺が寄せられて、

エレン「悪い。なんかかえって暴走させたみたいだな」

ミカサ「ううん……」

エレンが悪いわけじゃない。悪いのは私だ。

自分をうまく制御出来ない自分が情けない。

エレン「明日までそんな感じなんだよな。多分」

ミカサ「うん……まだ、ムズムズするけど。後は自分でする……」

エレン「今日は部活休んでもいいと思うぞ。というか、そんな状態のミカサを他の奴らにあんまり見せたくねえかも……」

ミカサ「お休みしても、いいの?」

エレン「そんな状態のミカサと劇の練習したら、その、オレもヤバい気がする」

何だか申し訳ない気もしたが、今回ばかりは甘えさせて貰おう。

ミカサ「分かった。今日はそうさせて貰う。皆には、調子が悪いと言っておいて欲しい」

エレン「分かった。じゃあ、オレも準備するから」

エレンを見送った後、私は一人、自分の部屋に戻った。

しんと静まり返る部屋の中、私はぺたんと座り込んだ。

そしてため息が自然と零れてしまった。

一番「したい」と思う時期には出来なくて、そうでもない時期はしていい。

という非常に矛盾したやり方しか出来ないのがもどかしかった。

まだ中途半端な熱が体に停滞している。

ミカサ「妄想……」

エレンは言った。こういうのは、妄想を重ねて気持ち良くなっていいのだと。

でも妄想では足りないと思った。やっぱり直にエレンを感じるのがいい。

……………。

エレンが先程まで着ていた服はエレンの部屋に脱ぎ捨ててある。

エレンは脱いだ服を畳まないで放置する時がある。

着替えを急いでいる時なんかが、それだ。だから、エレンの部屋には、その。

ミカサ「………ごめんなさい」

エレンの部屋に入って私はエレンの服を胸に閉じ込めた。

エレンの体臭を思い出すだけで身体が震える。

今の私は、頭がオカシイのかもしれない。

多分、世間からは「変態」と呼ばれる行為をしているのだと思う。

エレンには言えない。これは私だけの秘密。

そう思いながら、私は私の熱を吐き出す事に専念したのだった。







11月25日。火曜日。

この日は放課後、私達は進路指導室に足を運ぶ事になった。

何でもジャンの事について、皆でエルヴィン先生に相談したい事が出てきたと言う。

ピクシス先生も同席して相談に乗ってくれるそうだ。

アルミンが一通り事情を説明したのち、エルヴィン先生は確認した。

エルヴィン「んーつまり、今、ジャンはどっちつかずな状態でフラフラしている訳だね?」

アニ「そうです。見ていてイラッとします(キリッ)」

マルコ「僕も親友として見ていて、たまに頭を張り倒したくなる時もありますね」

何だか周りに迷惑をかけてしまっているようだ。

微妙に申し訳ない気持ちでいると、エルヴィン先生がこっちを見て聞いた。

エルヴィン「ふむ。ミカサはどの辺でジャンの気持ちに気づいていたのかな?」

ミカサ「ええっと……怪しいなと思う時は何度もあったのですが」

振り返って考えると、そう思う切欠になったのは夏合宿だった。

ミカサ「1番変だと思ったのは、夏合宿をした時ですね。野球の練習に混ぜて貰った時、あの時のジャンの熱っぽい視線にはさすがに違和感を覚えて……後日、周りの人に確認したら『今頃気づいたの?!』と言われました」

ただ、だからと言ってジャンは個人的に私と約束を取り付けたり、デートに誘って来たりという事はなかった。

たまにジュースやお菓子を奢ろうとする事はあったけど。

文化祭の演技の練習中もちゃんと距離を置いて、部長と部員という関係を崩す事はなかった。

でも、ジャンの視線は常に感じていた。

後ろからじっと見られる事が増えて、振り返ると視線を逸らされたりもした。

何かをされた訳じゃない。ジャンは私と友人の距離を保ってくれてはいる。

ジャンの事は決して嫌いではないのだが………。

ミカサ「それ以降、私もどうしたらいいのか分からなくて。曖昧なまま今の関係を続けているので、どうしたら良いのかと」

エルヴィン「うん。その件に関しては放置でいいと思うよ。別にジャンの方から襲い掛かってくるとかいう話ではないんだよね?」

ミカサ「はい。表面上はあくまで「友人」として接してくれます」

エルヴィン「だったら見て見ぬふりをするのも、女の腕の見せ所だよ。放置でいい」

エルヴィン先生に自分の気持ちを後押しされた時、私はちょっとだけほっとした。

放置したいという感情に何処か罪悪感を抱えていたのも事実だからだ。

しかし其の時、アニの方が嫌そうな顔になって言った。

アニ「でも、ウザくないですか?」

エルヴィン「ウザいと思うなら、距離を置いてもいい。だけどミカサの性格を考えればそれは出来ないんだろ?」

ミカサ「……はい」

私は素直にそう答えた。するとエルヴィン先生は一度頷いて続けた。

エルヴィン「曖昧なままでいいんだよ。何も全てに白黒をつける必要はない。灰色の関係だってあっていい。ミカサの方から何かしたら、ミカサが悪者になっちゃうでしょ?」

アニ「ああ、そうか。そういう考え方もあるんですね」

エルヴィン「うん。女の子なんだから、多少ずるくても構わないよ。弄ぶくらいで丁度いいから。ミカサの特権だと思えばいい」

う……私はジャンを弄んでいるつもりはないのだが。

でも、周りから見たらそう思われてしまうのだろうか?

だとすれば、やっぱり私の方からきっぱりジャンと話をした方がいいのだろうか?

エルヴィン「こういう時は、確かにもう一人の女の子、サシャとジャンが付き合う方が都合がいいのは確かだが、それはあくまで、ミカサからみた場合だよね」

ミカサ「そう、ですね」

ジャンはサシャとお似合いだと思う。

でも其の時、エルヴィン先生は目を少し細めて口元を歪めて言った。

エルヴィン「いいのかな? キープ君、手放しても本当にいいんだね?」

何だか含みのある言い方に私は首を傾げてしまった。

ミカサ「キープ君?」

エルヴィン「そういう、2番目の男の事を『キープ君』と呼んだりするよ。いい女は、常にそういう男を隠して持っているものだよ」

ミカサ「ええええ………(げんなり)」

それでは私はジャンをキープした上で弄んでいる悪女のように思われていたの?

ミカサ「それって、私が周りから「そう思われていた」って事ですか?」

エルヴィン「まあ、そうみる人はそう見るだろうね。でも別にいいと思うよ。ミスコンの女王に選ばれるくらいの女の子なんだから、男が1人や2人や3人いたって」

ミカサ「1人で十分です(キリッ)」

エルヴィン「ミカサはそういう性格だろうけどね。でも、実際いるからね。そういう女の子も。だから一応、確認しただけだよ。気に障ったならごめんね」

ミカサ「いえ……それならいいんですが」

エルヴィン「ミカサの方にその気がないなら大丈夫かな。後で惜しくなっても後悔しないね?」

ミカサ「それはあり得ないと思います。むしろ祝福したいと思っているので」

エルヴィン「分からないよ? 実際、そうなってみたら、勿体なかったかなって後悔する場合もあるからね。後で寂しくなっても知らないよ?」

私はエレンの方を一度見て、きっぱりと返事をした。

ミカサ「大丈夫です。私はジャンを祝福したいので」

エルヴィン「分かった。そこまで言うなら、私も協力しよう。ジャンとサシャの2人にも「ときめきの導火線」を仕掛けようじゃないか」

アルミン「ときめきの導火線……なんか聞いたことある」

アニ「私もある。そういう「歌」なかったけ?」

エルヴィン「今の子達は知らないかー世代が違うとしょうがないよね」

と言って、エルヴィン先生がスマホで音楽を流してくれた。

ときめきの~♪ 導火線が~♪

というメロディが非常に耳に残る曲だった。

エルヴィン「いい曲でしょ? 私が恋の罠を仕掛ける時に使うコードネームに使わせて貰っているんだ。「ときめきの導火線」ってね。着火準備が整うまでに少し時間はかかると思うけど、私とピクシス先生で大まかな作戦を考えるよ」

アルミン「よろしくお願いします。もういい加減、僕もイライラしてきたんで」

アニ「本当、お願いします(ぺこり)」

何だか私達より、周りの方がやきもきしていたようだ。

エレンと目を合わせた。エレンは頭を掻いていた。

うん。多分、私と同じ事をエレンも思っているに違いない。

エルヴィン「にしても、ちょっと気になったけど。エレン、いいかな?」

エレン「あ、はい」

エルヴィン「君はジャンを出し抜いた件について、まだ罪悪感を残しているんだね」

エレン「まーそうですね。勢いっていうか、オレ、考え無しに告白しちまったようなもんだから」

エルヴィン「うん。でも私は、もうそれは気に病む必要のない事だと思うよ」

エレン「………そうですかね」

エレンよりも先にジャンの方が私の事を好いていてくれたというが、だとすれば、何故ジャンはその事を言ってくれなかったのだろうか?

不思議に思いながらも私はエルヴィン先生とエレンの話を続けて聞いた。

エルヴィン先生は紅茶を飲みながら頷いた。

エルヴィン「そもそも、ジャンの方が君の気持ちに早い段階で気づいていた筈だからね」

エレン「え?」

エルヴィン「無意識に抑え込んでいるエレンの気持ちに、恐らく……そのGWに一緒に遊んだ時点で確信した筈だ。男なら、その時点ですぐにミカサに対してのアプローチを仕掛けるべきだよ。いつ、エレンが覚醒するか分かったもんじゃないんだから。私なら、絶対その隙に逆に出し抜いたと思うけどね」

エレン「そうですか……」

エルヴィン「うん。ジャンの方にも何回か、仕掛ける機会はあった筈だし、それをスルーして怖気づいた結果がコレなんだろ? だとしたら、ジャンが文句を言う筋合いはないね。必要以上に、ジャンに対して気を遣う必要はないよ」

エレン「うーん……」

エレン「つまり『オレのだから』って宣言してもいいって事ですかね」

エルヴィン「君達の事はもうとっくの昔に有名になっているよ。校内でも。知らないの? リヴァイのファンの子達の嫌がらせとかの防護壁になっていた件とか」

エレン「え? 何ですかそれ」

エルヴィン「ミカサ、リヴァイと一緒にずっと殺陣の練習していたりしたでしょ? もしアレがリヴァイとミカサの2人で行われていたら、今頃ミカサも嫌がらせの対象になっていた筈だ。エレンが傍に常についていたから、皆が「ああ、あの子は違うんだ」と認識して、ミカサは嫉妬の対象から外されていたんだよ。だからエレン、君はミカサを知らない間に守っていたと言えるんだよ」

エレン「えええええ」

エルヴィン「体操部の子達から聞いたよ。朝から結構、イチャイチャしていたんだってね? リヴァイが赤面するくらいに」

エレン「うわああああ! まさか、見られていたんですかね?!」

エルヴィン「朝の7時きっかりにくる子ばかりじゃないよ? 少し早めに来た子達は、中に入りづらくてちょっと居た堪れない気持ちだったって言ってたなあ」

エレン「すんませんでしたああああああ!」

あああああ! そうだった! 確かにあの時、私達は、その……。

本当にごめんなさい(ぺこり)。

エルヴィン「まあ、若いんだから当然だよね。運動したてのミカサにクンクンしたくなるのは男として当然だ。健全な男子だよ」

ミカサ(真っ赤)

あの時の事を思い出してついつい身体が火照ってしまった。

エルヴィン「そう言う訳だから、あんまりジャンがしつこいようなら、エレンの方から話をつけてもいいと思うよ。まあ、私の個人的な意見になるから、どうするかはエレンに任せるけど」

エレン「そうですね。オレも機会を出来れば設けて、1度あいつと話してみます」

エレンの方からジャンと話してくれるようだ。

でも、そのせいで喧嘩になったりしないだろうか?

と、ふと心配になってしまった其の時、ピクシス先生が言った。

ピクシス「ふむ………わしはエレンの気持ちも分からんでもないがの」

エレン「え?」

ピクシス「出来る事なら正々堂々と宣言してから告白するべきだった。そう思う事は間違ってはおらんと思うぞ? むしろ男気があって良いでないか」

エレン「そ、そうですか?」

ピクシス「ただ人間じゃからの。予定通りに事が運ばない事も多々ある。元々は、エレン自身もミカサにそんなに早く気持ちを伝えるつもりはなかったんじゃろ?」

エレン「そうですね。そもそも、家族としてやっていくべきだと最初は思っていた訳なんで」

ピクシス「だとすれば、それはもう自然の「流れ」のようなものじゃ。美しいと思った瞬間に、言葉が溢れ出た。人間じゃからそういう事もあって当然じゃ。わしなんか、美女に出会った瞬間に口説き落とそうとして怒られた事も多々あるぞ」

ピクシス先生なら有り得そうだと思った。

ピクシス「じゃから、むしろ何故、ジャンの方が先に行動を起こさなかったのかがわしからみたら『疑問』に思うの。そこをちゃんと確認した上で腹を割って話せば、案外何とかなるのではないか?」

エルヴィン「私もそう思います。まあ、私の読みが当たっていれば、ジャンは「ミカサ」の方の気持ちも早い段階で気づいていたんじゃないかと思いますが」

ミカサ「え…?」

どういう事だろうか?

エルヴィン「男っていう生き物は、自分の方に気持ちの向いていない女に、なかなか自分から告白する勇気の持てない臆病な生き物だっていう事だよ」

エレン「え? そ、そういうもんですかね? オレの場合は、そうじゃなかったですけど」

ピクシス「いや、そうとも限らん。エレン、お主は潜在意識の中の何処かで「イケる」と判断したから、告白出来たのかもしれんぞ」

エレン「んー……」

エレンが首を傾げている。するとピクシス先生が先に言った。

ピクシス「まあその辺は、ミカサとも答え合わせをしないと分からん。告白された時点では、ミカサはエレンの事をどう思っておったんじゃ?」

話を振られて私は思い出した。

エレンに対する意識がはっきりと変化したのはきっと、あの事件が切欠だったと思う。

ミカサ「今思うと、私がエレンを好きになったのは、恐らく、6月の時点です」

エレン「え………」

ミカサ「梅雨の時期、私がついつい、ゲームにはまって家事仕事をサボってしまったのに、エレンは笑って許してくれて。むしろ、家の中で寛いで欲しいと言ってくれた。あの時、ふわっとする感情が出て来て。エレンの前なら、多少の失敗はしてもいいんだって思ったら、すごく、その、安心して。エレンに包まれているような感覚を覚えて。温かいって感じてしまって、その……多分、そこからです」

エレンの度量の深さに惹かれたのだと思う。

その当時はすぐに気づかなかったけれど、きっとアレが私の中の最初の変化だった。

ミカサ「ただ、それに気づいたのは、夏の海の件があってからで、加えて、サシャの美少女っぷりに嫉妬している自分とか、いろいろ重なって……なので、今思うと、告白された時点では、私の中では「OK」以外の選択肢はなかったです」

エレン「オレとしては、いつも完璧なミカサがドジやってくれた方が可愛いから好きなんだけどなー」

ミカサ「ううう……あんまり期待しないで欲しい」

エレンに微笑まれて照れてしまう。

エルヴィン「やっぱりね」

エルヴィン「という事は、むしろミカサの方がエレンの言葉を「引き出した」と言えるのかもしれないね」

ピクシス「じゃの。つまりジャンも気づいておったんじゃよ。エレンだけでなく、ミカサの方の気持ちにな」

エルヴィン「だから告白出来なかった。玉砕覚悟で突っ込む覚悟がなかった。つまりそういう事なんだろね」

アルミン「うーん。でもだったら尚更、今になってもチクチク嫉妬するのは筋違いだよねえ?」

アニ「言えてる。もういい加減諦めなよって思うけど」

マルコ「僕もサシャの件が出て来なかったらここまでイラッとはしなかったと思うけどね。片思いで思い続けるのは自由だけど。フラフラするのは、ちょっとなあって思うよ」

エルヴィン「その肝心のサシャの件だけど。彼女は今、本当にフリーなのかな?」

アニ「だと思いますけど」

エルヴィン「親しい男友達とかいないの? ミスコンの準優勝するくらいの可愛い子なんだから、1人くらいいない?」

エレン「あー一応、いますけど。コニーは彼女いますからね」

アルミン「一緒に馬鹿やってるだけの、男友達って感じですけど」

エルヴィン「へえ……」

その瞬間、エルヴィン先生が悪い顔になった。

含みのある顔を見せた時より、もっと悪い顔だ。

エルヴィン「まさかとは思うけど、リヴァイとハンジの2号ペアって可能性はない?」

エレン「え?! そっちの可能性、考えますか?!」

エルヴィン「わかんないよー? 友人関係程、怪しいものはないからね。コニーの方に「今」は彼女がいるところも、リヴァイとそっくりな状況じゃないか」

ううーん。でもサシャはコニーに対してそういう感情があるようには思えない。

コニーの方は分からないけれど。

エレン「でも、中学時代からの彼女だって言っていたんで、長いんじゃないんですかね」

アルミン「中学卒業時から付き合い始めたなら……もう7か月目だよね」

アニ「じゃない? コニーはサシャの事、そんな風には思ってないんじゃ……」

エルヴィン「7か月なら、まだ分からないよ。リヴァイにも、そのくらい付き合った彼女がいなかった訳じゃない」

エレン「え……そうなんですか?」

エルヴィン「ハンジの前にも「恋」をした経験がない訳じゃないよ。…………先に死んでしまったそうだけど」

その辺の話は冬公演の脚本が出来た時に詳しく知る事が出来たので素直に驚いた。

あのクソちびにもいろいろあったのね。と思えるくらいには。

エルヴィン「むしろ10代の頃のその経験があったからこそ、何処か恋愛に対して「臆病」だったのかもしれないね。大事な人を亡くしてしまったから、今でも『死者に会えるなら会ってみたい』と呟いている事もあるよ」

死者が怖くないと言ったのはそのせいであるらしい。

エルヴィン「なるほど。今、サシャの選択肢には「ジャン」と「コニー」という2人の男性がいる訳だね」

アニ「いや、コニーは違うんじゃ……」

エルヴィン「それは決めるのは私達じゃないよ。自分の勝手な都合でサシャの選択肢を狭めてはいけない」

それを言われるとそうなるのだが……。

私としてはジャンに頑張って貰ってサシャと円満にくっついて欲しい。

エルヴィン「分かった。まずはサシャ自身の「潜在意識」がどちらに傾いているのか調査しないといけないね。話はそこからだ」

ピクシス「そうじゃな。場合によってはジャンとサシャは結ばれぬかもしれんが、其の時は其の時じゃ」

アルミン「えええ……それはちょっと……」

エルヴィン「ダメだよ。あくまで私達は「相談」を受けるだけだ。実際にどうなるかは、本人次第だ。私達も何でも屋をやってる訳じゃないからね」

アルミン「………はい」

そして一通り話が終わったので皆で部室に戻ると、そこにはサシャが居た。

ジャン「だーから、その「レイヤー」っていうのはどういう意味なのかもうちょっと分かりやすく説明しろよ!」

サシャ「ええと、透明なミルフィーユみたいなもんですよ? それがないと、フォトショが使えません」

ジャン「ダメだ。サシャの説明の仕方がわけわかめ過ぎる…」

ミルフィーユ……つまり、重ねるという意味では?

と、思ったけれど私は口には出さなかった。

アルミン「ああ、フォトショの使い方を説明していたんだ」

サシャ「はい! ジャンの方から『俺もフォトショ使えるようになりたい』と言い出したんで。出来る限り分かりやすく説明しようと思ったんですが」

アルミン「ジャン、レイヤーっていうのはね、透明な『紙』を重ねていくようなものだよ」

ジャン「紙……あああ! そういう事か! ミルフィーユとかいうからケーキ連想したじゃねえか!!」

サシャ「だから、重ねるイメージを伝えたかったんですが」

ほら、やっぱり。

ジャン「紙でいいじゃねえか! なんでそこで『ミルフィーユ』を選択するんだよ!!」

決まっている。ミルフィーユの方がモチベーションが上がるからだ。サシャにとっては。

サシャらしい例えについ、小さな笑みが零れてしまった。

サシャに対して苦労しているジャンを見ると何だか微笑ましい。

サシャ「私にとっては食べ物の方が頭の中で処理しやすいので(キリッ)」

アルミン「その辺はイメージの問題だからね。まあ、普通は『透明な紙』として認識するかな。でもどうして? ジャンは作画のアシスタントじゃないの?」

ジャン「いやー……その、なんかどんどん仕事を任されるようになっちまってな。先生が『フォトショ使えるようになったら時給上げる』って言い出しているし、だったら覚えようかなって思って」

アルミン「もういっそ、そっちの道でやっていったら? ジャン、才能あるじゃないか」

ジャン「いやいやいや! あくまで小遣い稼ぎだからな! 趣味と実益を兼ねた、いいバイトだと思っている。サシャもアシスタントのおかげで深夜のバイト全部辞めたからな」

サシャ「はい! おかげで今は財布がホクホクです! たまにマーガレット先輩のご自宅から学校に通わせて貰っているくらいですからね!」

ジャン「同じ深夜に働くなら、アシスタントの方が断然いいからな。ま、そういう意味じゃオレも安心したんだけど……」

ジャンの表情がとても柔らかかった。

やっぱりサシャに対しても、ジャンは少なからず好意があるように思える。

サシャ「私の場合、フォトショの作業と飯スタントの両方の賃金貰っていますからね! ジャンよりお金貰っているんですよ! 2倍働いているので! むふー!」

ジャン「オレの場合はサシャより入る時間が短いっていうのもあるけどな」

マーガレット「いやーでも、頼りになる後輩がいてこっちは助かっているよ! おかげでうちの母、つやつやしているからね! 肌が!」

サシャ「栄養管理は任せて下さい! 食べ物の事なら詳しいですから!」

マーガレット「いつでも嫁に行けるよね! サシャを嫁に欲しいけどね!」

サシャ「女同士なのが残念ですね! むふー」

マーガレット先輩が男性でなくて良かった。

ジャン「……………」

ジャン「皆が戻って来たから、そろそろ練習始めるか。サシャはこの後、どうするんだ?」

サシャ「今日は暇なので、ここに居てもいいですよ? 皆の様子を見学してもいいですか?」

アニ「勿論いいよ。あ、お菓子でも食べな(餌付け)」

サシャ「ありがとうございます! (しゅぱー!)」

サシャがマイペースに居座ると、其の時、アルミンが渋い顔になった。

アルミン「ううーん」

エレン「どうした。アルミン。唸って」

アルミン「いやね。リヴァイ先生ってさ。学生時代にかなりモテたって話だったんだけど」

エレン「あーそういやそう言ってたな」

アルミン「だったらさ。女子の人数、アニとマリーナとマーガレット先輩だけでいいのかなって思って。もう少し人数、増やした方がいいんじゃないかな」

エレン「スカーレット先輩もガーネット先輩も出て貰うか?」

アルミン「いや、そういう次元じゃなくてね。エキストラ役でいいからさ。綺麗どころの女子、もう少し出て貰えないかな」

ジャン「つまり人数が全然、足りないって事か?」

アルミン「そうなるね。なんか取り巻きが20人くらい常にいたらしくて、リヴァイ先生、早く学校に来ると騒ぎになるから毎日、遅刻ギリギリに登校していたらしいよ」

ジャン「…………羨ましいこった」

本当、リヴァイ先生のモテ方は謎である。

アルミン「なんかリヴァイ先生曰く、入学したての頃は全くそんな事はなかったのに、徐々に徐々に人数が増えていって、自分でも『何でだ?』と首を傾げていたそうだよ。ハンジ先生曰く『リヴァイは遅行性の毒と同じだから』とか言っていたから、取り巻きの女子をどんどん増やしていく場面が欲しいんだよね」

ジャン「だったら仕方がねえか。募集かけてみるか?」

アルミン「いや、一般公募は止めた方がいい。トラブルの元になるからね。僕としては、サシャとかクリスタとか、ミーナとか。うちのクラスの中から出てくれそうな子達を何人か引き入れたいんだ。ペトラ先輩も出来れば出て欲しいけど」

エレン「ペトラ先輩は大丈夫じゃねえか? ニファ先輩も頼めばやってくれそうだしな」

アルミン「そうだね。交渉してみようか。一応、その辺は身内だけで募集かけよう。サシャ、エキストラ、やってみない?」

サシャ「はい? エキストラですか? 何をすればいいんですか?」

アルミン「ミカサにくっついて『格好いい!』とか言えばいいよ」

サシャ「お安い御用です! 了解しました! (ビシッ)」

アルミンが細かい部分を煮詰めていると、リヴァイ先生のスーツの方のコスプレ衣装が大体完成したそうで、ガーネット先輩に着せられてサイズ調整を行った。

エレンの方も白衣の調整だ。白衣、いい……。

ミカサ「エレン、雰囲気が似ている…」

エレン「ん? そうか?」

ミカサ「エレンは喜怒哀楽が激しい方なので、ハンジ先生で良かったかも。私では、ハンジ先生を演じる自信はなかった」

エレン「あーまあ、適材適所ってやつだな。ミカサの動き、リヴァイ先生に似ているもんなあ」

! エレン、それは言わないで……。

ミカサ「自分でも薄々気づいていたのに。やめて(涙目)」

エレン「あ、悪い。すまん……」

ガクガクブルブルしていると、其の時、エルヴィン先生がひょいっと演劇部に顔を出してきた。

エルヴィン「アルミン、すまない。頼まれていた物を渡すのを忘れていた」

アルミン「あ、参考映像の件ですか? 何かいい物ありましたか?」

エルヴィン「とりあえず、ウリナリの録画ビデオを持って来たよ。これが一番分かりやすいんじゃないかな」

アルミン「わあ、ありがとうございます!」

アニ「参考映像?」

アルミン「ほら、社交ダンスの件だよ。リヴァイ先生とハンジ先生の一番大事なエピソードだよ!」

アニ「え? 踊るの?」

アルミン「勿論! エレン、ミカサ、2人だけじゃないよ。エキストラも含めてやって貰うからね」

ジャン「ま、マジかよ!?」

マルコ「お、踊れるかなあ……?」

エルヴィン「大丈夫だよ。ダンス指導は私がやってあげるから」

アルミン「是非、お願いします」

エレン「社交ダンスと言えば、英語劇の風と共に去りぬの中でもあったな」

ミカサ「そうね。なかなかの迫力だった」

喪服を着たスカーレットがレット・バトラーとダンスをするシーンがあった。

舞台上でそれを見た時、とても美しく楽しいシーンだと思ったのだ。

するとエルヴィン先生が其の時、「ふむ」と言って、

エルヴィン「ああ、確かにあれも社交ダンスのひとつではあるんだけど、リヴァイとハンジが最初に資格を取ったのはあのダンスではないよ」

エレン「そうなんですか?」

エルヴィン「社交ダンスには大きく分けて2種類あるんだ。風と共に去りぬで踊っていたような優雅な踊りは「スタンダードモダン」に分類されるダンスになる。女性側がお姫様のようなふんわりした衣装を着て踊るのが特徴だ。それに対して、女性側がセクシーな衣装を着て踊るのが「ラテンアメリカン」と呼ばれる。リヴァイとハンジが得意なのはラテンの方になるね」

エレン「つまり今回はラテンの方を踊る事になるんですか?」

エルヴィン「うーん。どうしようか? アルミン。まだ、台本、全部は出来てないんだっけ?」

アルミン「リヴァイ先生に仮台本の件、バレちゃいましたからね。大分、修正が加わる予定なので」

ミカサ「え?」

その話は聞いてない。

ミカサ「エレン、台本の件、リヴァイ先生にバレてしまったの?」

エレン「あーうん。昨日、ちょっといろいろあってな」

ミカサ「そう……」

ちっ。リヴァイ先生を驚かそうと思っていたのに。

アルミン「ごめんね。ミカサにはまだ言ってなかったね。昨日、僕の手違いで本当の台本の件がバレちゃってさ」

エルヴィン「その辺は仕方がないね。バレてしまった物は仕方がないさ」

アルミン「本当にすみません……(シュン)」

ミカサ「どのくらい、修正する事になるの?」

アルミン「あー大まかな流れは変わらないんだけど、一部、どうしてもカットして欲しいシーンがあるってさ」

ミカサ「どのシーン?」

アルミン「リヴァイ先生の、手首クイクイ」

ミカサ「!!!」

なんてこと! あのシーンをカットするつもりなの?!

ミカサ「絶対、駄目!!!」

アルミン「え?」

ミカサ「あの卑猥で酷いシーンは絶対、入れるべき!」

アルミン「いや、でも、本人が『やめろ、俺が死ぬ』って言ってて………」

ミカサ「一度、死んだ方がいいと思う(キリッ)」

アルミン「ええ? 無理だよミカサ! 本人にバレちゃった以上、許可を出せないエピソードは表に出せないよ!!」

ぐぬぬぬ……なんて事だ。

リヴァイ先生の手首クイクイをやりたくて、この役を引き受けたと言っても過言ではないのに。

エレン「ミカサ、とりあえず落ち着けって」

ミカサ「ううう………」

エレン「その件はとりあえず棚上げしようぜ。今はアルミンの台本の完成が先だ。その上で、尺に余裕が出たらこっそり追加しちまえばいいじゃねえか」

ミカサ「成程、その手があったか」

アルミン「いや、それもダメだって! エレン!」

エレン「えー、駄目なのかよ」

アルミン「この場合、リヴァイ先生に怒られるのは脚本を書いた僕になるんだけど?!」

と、3人でやり取りしていたら、エルヴィン先生が腹を抱えて笑いを堪えていた。

エルヴィン「まあ、例のシーンに件については後回しにしようか。今、その話をしても先に進まないよ」

ミカサ「はい……(シュン)」

エルヴィン「アルミンとしては、スタンダードモダンとラテンアメリカン、両方のシーンを入れたいのかな?」

アルミン「出来るのであれば、ぜひやりたいですけど、間に合いますかね?」

エルヴィン「見せ方によると思う。勿論、ダンスを覚える役者の力量にもよるけど」

エレン「ダンスなら、オレは割と好きなんで大丈夫だと思いますよ」

ミカサ「多分、大丈夫です」

エルヴィン「そう? ならいいか。ガーネット。君のおうちで両方の衣装は借りられるのかな?」

ガーネット「むしろ、本業ですから。大丈夫ですよ」

エルヴィン「と言ってもエキストラの分も含めると今回は数が多くなる。レンタル料諸々経費は私が負担するよ」

ガーネット「え?! でも………」

エルヴィン「部費から経費を落としてしまったら、来年の大会で使える予算に負担がくるだろう? 今回の冬公演は例年とは違った意味で特別だから。私に出させてくれないか?」

ガーネット「………分かりました」

おお、まさかのエルヴィン先生の自腹とは。何だか申し訳ないような。

そんな訳で、この日はエキストラの件を煮詰めたり、ダンスのペアを決めたり、アルミンが書いた台本(許可が下りた部分のみ)をさらりと流して練習が終わった。

ジャンとペアを組むとなった時、サシャは「足を踏まないで下さいね! ジャン!」といい、ジャンは「その台詞、そっくり返す!!」と掛け合いをしていた。

その間、エルヴィン先生はサシャの様子をじっくり見ていたのが少々気になってしまったが、私も含めてその件については誰も何も言わなかった。

そして帰り際、エレンがエルヴィン先生と風と共に去りぬの話をしていた。

エルヴィン「ああ、風と共に去りぬの映画のディスクなら持ってるよ?」

エレン「え? 本当ですか?」

エルヴィン「うん。名作映画シリーズで揃えているんだ。なんなら貸してもいいよ」

エレン「マジっすか! じゃあお言葉に甘えます!」

エルヴィン「ダンスのシーンも参考になるだろうし、いいよ。明日にでも持ってくる」

という訳で、エレンが嬉しそうにしていた。

ミカサ「エレン、良かった」

エレン「おう! まさかエルヴィン先生が持っているとは思わなかったぜ」

ミカサ「借りに行く手間が省けた」

エレン「まあな♪」

そして帰り道、私はアルミンに何度も確認した。

ミカサ「アルミン、人工呼吸のシーンはカットしないのよね? よね?」

アルミン「うん。そこは別にやってもいいって。リヴァイ先生のOKは貰っているよ」

ミカサ「良かった……(ほっ)」

アニ「でも本人の監修が入ったら、アルミンとしてはやりにくくない?」

アルミン「確かにやりにくい部分もあるけど……まあ、そこも含めて脚本は頑張らないといけないと思うよ」

アニ「へえ……」

アルミン「問題はむしろそれをどう、まとめるか何だよねえ……」

そう呟いたアルミンの言葉の意味は後日、分かる事になるのだが、その件はまた後で説明しよう。

とにかくその日の私は、例の手首クイクイの件がカットされるのならばせめて、人工呼吸のシーンの方に力を入れようと張り切っていた。

その日の夜、おじさんにも話を聞いて、実際にエレンと人工呼吸をしてみた。

ミカサ「ぬ? 結構、難しい……」

エレン「本当だ。息がうまく入らねえ」

勿論、練習には人口呼吸の練習用の人形を借りた。

エレンに直接人工呼吸をする練習ではないのであしからず。

グリシャ「はは……まあ、最初はそんなもんだよ。慣れるまで頑張ってごらん」

そんな風におじさんに苦笑されながら、私達はその日の夜は人工呼吸の練習に励んだのだった。

お久しぶりです。
リアルが忙し過ぎてマジぱねえ。
そして明日からもパソコンを触れない。無念。

更新ペースが遅くてすまんね。
次はいつになるか分からんけど、ちゃんと続きは書いているので。
安心してくだしあ。そいではノシ





翌日。11月26日。

エレンは昼食を済ませた後に「ジャンと話してくる」と言ってジャンを教室の外へ連れ出した。

エレンはジャンと一度、腹を割って話したいと言っていた。

エレンの方から話をつけてくれるのなら、それに越したことはない。

きっとこれでジャンの問題は解決する。

………と、其の時はそう思っていたのだが。

ミカサ「ジャン、大丈夫だった?」

エレンが教室に戻って来たので早速話しかけてみる。

エレン「あーうん。もう大丈夫じゃねえのかな。多分」

ミカサ「そう……諦めてくれたのね(ほっ)」

エレン「いや、それはないみたいだけど」

ミカサ「へ?」

エレン「なんかもう、開き直ったみてえだ。どっちも好きなんだってさ。『今』は」

というエレンの説明に、流石に呆気に取られるしかなかった。

つまりジャンは私の事もサシャの事も好きだと開き直った訳だ。

ミカサ「……………そう(青い顔)」

エレン「ん?」

ミカサ「今、私の中でジャンの好感度のような物がマイナス1万くらい下がったかも」

エレン「えええええええ?!」

ミカサ「優柔不断な男は、ちょっと。エレンのように、スパッと決める男の方が好き」

エレンは其の時、何故か青ざめていたけれど、こっちはそれどころではなかった。

悩んだ自分が急に馬鹿らしくなったので、ジャンに対する意識を変える事にした。

ミカサ「ジャンとは少し距離を置く事にする。最初からそうすれば良かった」

女から見たら女性の間でフラフラする男は言語道断である。

ジャンは同じクラス、同じ部活の仲間ではあるが、これとそれは別問題だ。

湧き上がって来た嫌悪感はどうしても払拭出来ない。眉間の皺が取れない。

エレン「んんー……」

エレンが何か言いたげにこっちを見ていたけれど。

其の時の私はジャンに対する嫌悪感のせいでエレンの心情を慮る余裕がなかった。

自分でも悪い癖だとは思っているが、一度嫌悪感に囚われるとそこから中々抜け出せない。

リヴァイ先生然り、ジャンも然り。

なのでその日以降の部活ではつい、その感情を表に出してしまった。

私の異変に気付いたアルミンはエレンに事情説明を求めた。

12月1日。ジャンが委員会で遅くなる日。ジャンがいないのを見計らってエレンが大体の話の流れを皆に説明すると、アニが一番、大笑いした。

アニ「腹、痛い……! 何、それ。ジャン、馬鹿じゃないの? アホなの? 死ぬの?」

エレン「ええええ……アニ、笑い過ぎだろ」

アニ「だって、だって……(壁バシバシ!)」

私はこの時、初めてエレンとジャンの会話の詳細を聞いた。

その詳細を聞いてますますジャンに対する困惑が深まってしまったのだ。

ミカサ「アニ、あんまり笑い過ぎると過呼吸になる」

あんまり笑い過ぎてアニの頬が真っ赤になっていた。

アニ「御免御免。まさか私もそんな展開になるとは思わなくてね」

アニ「いや、まさか、エレンが『ありのままを受け入れろ』って言って、それをそのまんま本当に鵜呑みにしちゃうなんて、ただの馬鹿だよね」

アルミン「というか、エレン、それわざと? ただの孔明の罠にしか思えないんだけど」

エレン「わ、わざとじゃねえよ! 何かつい、そう口走っちまって、ついつい」

ミカサ「これでジャンは優柔不断過ぎると言う事が分かった。私の中で好感度マイナス1万」

アニ「いや、もう、10万くらい下げていいよ。100万でもいいけど」

エレン「いや、なんかすまん。オレ、やっぱり悪い事しちまったかな」

エレンは別に悪くない。そういう問題でもない。

アニ「いいや? 別に。まあ「オレの女に手出すな」じゃなくて「手出せるもんなら出してみな。ふふん」って事でしょ? どっちにしろ、もう宣言したんだから、エレンは堂々としていればいいんだよ。もうこれでジャンに変に気遣う必要ないからね」

エレン「あーまあ、そうなるか」

アニ「私としては「手出すな」の方が1番男らしくて好きだけど。まあ、その辺はエレンの判断だしね。それ以上は言わないよ」

アルミン「あーでも、ミカサは複雑じゃない? エレンに「手出すな」って言われたかったんじゃない?」

ミカサ「んー……」

その気持ちが全くないかと言われたら嘘になるけれど。

ミカサ「でも、エレンは元々、そういう人だと分かっているので。問題ない」

アルミン「まあ、それは僕も理解出来るけど。本当にいいの?」

ミカサ「ありのままの自分を受け入れる事、それ自体は大事だと思うので」

エレンは自分の気持ちに嘘のつけない人なんだと思う。

そういう素直な部分も含めて私は好きになったのだから。

エレン「……………」

エレンが意味ありげにこっちを見ているので、こっちも目を細めて言った。

ミカサ「ただ、もしも、エレン自身がジャンと同じ状態になった場合は、私もちょっといろいろ考えるかも……?」

エレン「え?」

ミカサ「フラフラする男は嫌い。スパッと決めて欲しい。もし2番目の女が出て来た時は、私も容赦はしないと思う……ので<●><●>」

と、両目を大きくカッと見開くと、エレンは大げさに震えだした。

ミカサ「本当に? 信じていいのね? <●><●>」

エレン「絶対ねえから! 一生、浮気はしねえから!!!」

アニ「でも、エレンは『ありのままで』生きるタイプなんだよねえ? それって、怪しいんじゃなーい?」

エレン「アニまで何でオレを責める?! オレ、そんなに悪い事言ったのか?!」

アニ「いいや~? 別に~? ククク……」

もしもエレンが浮気したらいろんな意味で容赦はしない。

エレンをじっと見ていると、ますますガクガクブルブルしていたけれど、其の時、

マルコ「でもそのせいで、ジャンのモチベーションだだ下がりだし、大丈夫かな」

アルミン「あーそうだね。あんまりつっつくと、演劇部を辞めるって言い出すかもしれないね」

アニ「まあ、そうかもしれないけど。でもこの問題って、ずっと棚上げする訳にもいかなかったでしょ?」

エレン「それはそうだな。見て見ないふりは出来ねえし。もし、ジャンが辞めるって言い出したら、それは止められない気もするけど………」

アルミン「え? そこは引き留めた方がいいんじゃない? 『恋愛事のトラブルで部長職辞める様な馬鹿が公務員なんてなれると思ってるの?』と言ってあげた方がいいよ」

エレン「アルミン、お前、オレよりたまにゲスくねえか?」

アルミン「愛の鞭だよー。だって事実そうじゃない? ジャン自身の将来を考えたら、ここで中途半端に辞めたらマイナスにしかならないよ。ジャンの為だよ」

エレン「なんか、ジャンが可哀想な奴に思えてきたな」

マルコ「………というか、エレンってちょっと不思議な奴だよね」

エレン「え?」

と、マルコが急に話題を変化させた。

エレン「オレが不思議? なんで?」

マルコ「いや、ちょっと人と感覚が違うなあと思ってね」

エレン「……まあ、たまに『変人』とか何とか言われる事もあるけどな」

マルコ「いや、そういう意味じゃなくて。ミカサの件もそうだけど。僕の中ではアニの言う様に「オレの女に手出すな」って真っ先に言うような荒々しいイメージだったんだけど。実際は、そうじゃなかった訳だよね。加えて恋敵にであるジャンに対して気遣っている面もある。何でそこまで相手に対してしてやれるのかなって思ってね」

エレン「あー。つまり、関係が破綻してもおかしくねえって事か」

マルコ「うん。その通りだよ。なのに意外と部活動は普通に2人で活動しているし。クラスでもたまに喧嘩はしているけどジャンに対して、縁を切るとかはしないじゃない? だから凄いなあって思ってね」

エレン「あー………」

其の時のエレンは少し考えて天井を見上げていた。

間をあけて、大分考え込んでから言葉を選んだようだった。

エレン「何でだろうな? 自分でも良く分からん。ただ、ミカサの事を好きな人間に悪い人間はいねえって、勝手に思っているだけかもしれん」

ミカサ「え?」

エレン「事実、そうだろ? それだけミカサは魅力あるんだし。あんまりジタバタしても格好悪い気がするし。悪い。これは男の変なただの『見栄』なのかもしれんが」

エレンが何だかバツの悪そうな顔で続ける。

エレン「そういう『嫌な自分』ってさ。あんまりミカサに見せたくねえんだよな。ヤキモチは妬くけど。でも、余裕なくなると冷静な判断って出来なくなるだろ? オレ、すぐカッカする性格だし。意識してそうしていないと、ただの馬鹿になる気がするし。んー……わり! なんか自分でも何言いたいのか分からなくなった」

エレンが中途半端に話を区切ると、其の時アルミンが苦笑を零した。

アルミン「はは! エレンってそういうところ、あるよねー。昔からそうだよ」

エレン「え? そうか?」

アルミン「うん。普段はカッカする事が多いけど。いざって時はすっごく『冷静』になるんだよね。緊急事態になればなるほど。すっごい度胸のいる判断でも、迷わず突き進むタイプだよ。今回の件も、もしエレンが「オレの女に手出すな」って言ったら、ジャンの事だからかえって煽られて燃え上がっていた可能性の方が高かっただろうから、間違ってはいなかったのかもね」

マルコ「ああ、北風と太陽みたいな?」

アルミン「そうそう。一見正しくない判断に見えて、結果的にはそっちの方が正しかった事ってあるじゃない? エレンはまさにそれ。その結果は、酷いように見えても、実は最小限の被害で留めたり。なんていうか『生きようとする』エネルギーがとてつもなくある感じ? 孔明の罠って言ったのは、まさにそういう感じに思えたからだよ」

エレン「それ、褒めすぎじゃねえか? アニの言う様に「オレの女に手出すな」って言った方が正しい判断だったかもしれねえじゃねえか」

アルミン「いや、分からないよ? この後どうなるかは。僕自身は、これが切欠でジャンの中で『何か』が動き出すような予感もあるんだ」

ミカサ「動き出す? それはつまり、ジャン自身の「本当の気持ち」が見えてくると言う事?」

アニ「ああ、そうだね。確かに。この後でどうジャンが行動を起こすかで、ジャン自身、自分の気持ちに気づくんじゃないかな」

エレン「そうだといいけどな………」

エレンが苦い顔で答えていると、先輩達がニヤニヤしながらこっちの輪に入って来た。

どうやらこっちの話題に興味津々の様である。

マーガレット「なんか面白そうな話題をしているみたいだねー」

スカーレット「ジャン、遂に諦めたの? どうなの?」

ガーネット「ミカサ、遂にはっきり言っちゃったの?」

先輩達に囲まれたので、インタビューされる気分で答えてみる。

ミカサ「ええっと、告白された訳でないんですが、今、ジャンがフラフラしているようなので、好感度がダダ下がりになりました」

マーガレット「あははは! 馬鹿だねー! サシャとミカサの間でフラフラしているだっけ? そろそろサシャの方に切り替えればいいのにね。あの子、いい子だよ。私が保証する」

ミカサ「私としても、サシャとくっついてくれた方が安心するんですが」

スカーレット「だよねえ。優柔不断な男って女から見たら『死ね!』って思うよねえ」

マーガレット「まあまあ。押さえて。ジャンも頭の中混乱しているみたいだし? いっそ開き直った方が楽かもね。でたとこ勝負でいいんじゃない?」

エレン「あれ? マーガレット先輩はそういう考えなんですか?」

マーガレット「ええ? だって選べない『時期』なんて誰でもあるんじゃない? 私もカップリングでどれを中心にするか、すっごい迷う事あるし。ツキツキ×タケタケか。バルドル×ロキロキか。それが問題だ。みたいな?」

先輩達にとっては重要な問題らしい。

マーガレット「あとハデスおじたん×アホロンか、アホロン×ハデスおじたんか。こっちも迷う場合もあるからね。難しいよね。選ぶっていうのは」

エレン「ええっと、それってつまりマーガレット先輩にとっては「フラフラ」する事はあんまり嫌悪感はないと?」

マーガレット「え? 人間ってそんなもんじゃない? 男女のそれも似たようなもんでしょ」

ううーん。この意見に関しては私は同意出来ない。

というより、その感覚が分からないと言った方が正しいだろうか。

ただ、考え方は人それぞれではあると思うけれど。

その考え方をまた許容できるか否かも、また人の考え方である。

マーガレット「あとはハーレム至上主義の人とか? そういう人もいるよね。所謂総受け中心とか。まあ、私の中ではリヴァイ先生とか美味しいかなとか思っていますが」

スカーレット「生物(なまもの)はあかんよ。マーガレット。バレたら殺されるからね」

エレン「生物? (なまもの)」

ガーネット「実際の人物で妄想しちゃうパターン。ここでいうと、ジャン×エレンとか、エレン×アルミンとか?」

エレン「やめて下さいよ!!! 一瞬、鳥肌出てきましたよ!!!」

マーガレット先輩、後でちょっと絞めよう。

マーガレット「御免御免。生物はさすがに自重するけど。まあ、男と女も似たようなもんでしょ。正直言ってしまえば、リヴァイ先生とか、アレだけモテるんだから、浮気の1つや2つ、してもバレないと思うし。ハンジ先生が今までなかなか踏ん切りつかなかったのも、その辺が関係していると思うけどなあ」

エレン「え? つまりどういう意味ですか?」

マーガレット「だってアレだけの「モテ男」の隣にいるのって凄いプレッシャーだと思うよ? 自分が傷つく覚悟がないと、隣には居られないし。事実、嫌がらせ事件もあったんでしょ? 生物室の。例えどんなにリヴァイ先生がハンジ先生を守ろうとしても、ハンジ先生自身に「覚悟」がないと一緒には居られないと思うよ」

ミカサ「……………」

色恋沙汰での面倒は確かにいろいろあるのは事実ではある。

ため息が出る様な事件も時には起きるし、自分の力だけではどうにもならない事もある。

マーガレット「そういう意味じゃ、エレンとミカサの場合は『エレン』の方に覚悟が必要になるかもね。ミカサ、かなりモテるでしょ? いろいろ大変なんじゃない? ジャンの事は、まだ氷山の一角だろうし。これから先の方が心配がいろいろ出てくると思うな」

エレン「まあ、そうだとは思います」

マーガレット「うん。まあ大変だろうけど。そこはエレンの男の腕の見せ所だよね。あんまりジタバタしないで、ドンと構えておけばいいんだよ。「オレの女に手出すなよ」とか言ったら戦争になるからね。「はあ? ミカサがオレに惚れているんだよ」くらいの余裕見せてイライラさせてもいいんじゃない? そしたら男どもは泣くしかないからさ」

エレン「ええええ? マーガレット先輩、案外その辺、大らかなんですね」

アニ「ちょっと意外…「オレの女に手出すな」って言わない方がいいんですか?」

マーガレット「うーん。ほら、人間って「ダメって言われるとしたくなる」っていう心理あるじゃない? 浮気や不倫が蔓延するのもそのせいでしょ? 北風と太陽ってよくいうじゃない。だから私はエレンはそこまで慌てる必要ないし、むしろそこで慌ててエレンとミカサとの関係が悪化したら、それこそ周りの思う壺でしょ? だから周りの事は横に置いて、2人はマイペースにイチャイチャしていればいいんじゃないのかな」

ああ、成程。

そういう見方もあるのか。

マーガレット「うちの両親、離婚しているからさ。修羅場とか見慣れているんだよね。うちの母もかなりぶっ飛んだ人だし? 恋愛観って人それぞれだしさ。どれが「正しい」っていうのはないけど。あんまり悲観する事はないと思うよ」

ミカサ「そうですか」

マーガレット「うん。あ、でも、ミカサ自身がやっぱり「オレの女だから」って言われたいっていうなら、別だけどね?」

先輩のウインクの直後、私は不意打ちを食らった。

エレン「ああ、ミカサはオレの女だから。確かにそうですね」

ミカサ「!」

い、いきなり言われて動揺した。そういうストレートな言葉に弱い。

つい、照れ臭くなってエレンをポカポカ叩いてしまった。

ミカサ「不意打ち、卑怯~! もー!」

エレン「?」

エレンがきょとんとしているのが余計に恥ずかしい。

アニ「ああ、つまり『手出すな』は言わないで『オレのだから』まで言えば効果的だと」

マーガレット「まあ、その通りだね。その方がいいと思うよ。人間って不思議なもんで、『手出すな』と言われると余計に燃えて手だしてくるビッチやたらしの男もいるからね。その辺は難しい問題だよ」

エレン「勉強になりました……」

エレンが深々と先輩達に頭を下げている。私も一応、それに習った。

スカーレット「まあ、確かにいるよね。人のだと、余計に燃えて手出そうとする奴は」

ガーネット「言えてる。しかも、手に入れたらポイ捨てとか? 相手が好きなんじゃなくて、恋愛の「過程」だけ楽しむタイプとか」

マーガレット「今のジャンも、ミカサに「彼氏」がいるから余計に意地になっている可能性もあるんだよね。人のが羨ましく見えるってやつ。もともと、嫉妬深いところもあるでしょ? 彼は。あと、ただの「偶像化」している場合もあるし」

ミカサ「偶像化?」

マーガレット「アイドルを好きになる様な感覚で、ミカサの事を好きなのかもしれないって事。似ているけど、恋愛とそれは別物だと私は思うんだよね」

マーガレット「今のジャンは、ミカサの「いい部分」しかまだ見えてなくて、自分の中で勝手に「偶像化」している可能性もあるよ。案外、ミカサの裏の顔を知ってしまったら、あっさり冷める可能性もあるんじゃないかな」

エレン「あー……」

その可能性はなくはないかもしれない。

もしそうだとすれば、その夢から醒めるような事をすればいいのだろうか?

ミカサ「そうなんでしょうか?」

マーガレット「いや、私も分かんないけどね。あくまで『推察』だから。ただ、そういう意味じゃ、今のジャンはミカサより『サシャ』と一緒に居る時間の方が長い気がするのよ。部活ではミカサと一緒にいるけど。アシスタントの方の仕事もそれなりに増えて来たし。あと、たまに一緒に寝泊まりさせているし」

その件は初耳だった。

エレン「え? そうなんですか?」

マーガレット「あれ? 知らなかったの? ははーん。まだ誰にも言ってないところを見ると、これはかなり怪しいねえ」

スカーレット「朝から一緒に登校とかしてなかった? 時間ずらしてわざと登校していたのかな」

アルミン「一緒に登校しているところは見た事ないですね」

マルコ「だったら、サシャを先に行かせて自分は後から、とかじゃない? ジャンならやりそうだよ」

ジャン、そういう事をするからサシャとの進展が望めないのでは……?

2人きりでいる場面を周りに沢山目撃させたら、サシャも意識し始める可能性はあるのに。

スカーレット「あーでも、サシャって子、あんまり恋愛とか興味無さそうだよね」

ガーネット「うーん。なんか『感覚』でいつも動いているよね。エレンより野性的な感じだね」

マーガレット「そうだね。それがネックなのよね。あの子、凄く可愛いけど。初恋とかした事ある? って聞いたら『ないです!』とはっきり答えていたし」

サシャは恋愛に興味がない訳ではない。

春の研修旅行の時のお風呂の時もそれなりに会話に参加していた。

ただ当時は自分の事となるとまだまだぼんやりしているような。そんな印象だった。

だからこそ、その感情と真正面にぶつかった時、強い混乱を覚えたのだろう。

ジャンとサシャの件は修学旅行までもつれ込む事になるのだが、その件はまた後で。

マーガレット「いっそ、2人の相性占いもやっちゃう? 勝手に」

アルミン「是非やりましょう」

マーガレット「誕生日、誰か分かる?」

アニ「サシャは確か、7月26日だったと思います」

マルコ「ジャンは4月7日ですね」

マーガレット「OK! ええっと、ちょっと待ってね。占いの本で検索するから」

と、鞄の中から分厚い本を取り出したマーガレット先輩だった。

マーガレット「相性度数は5。パーセントだと80%以上ってあるね。同じ火属性同士か。激しいカップルになりそうだね!」

エレン「火属性。オレと同じなのか」

マーガレット「だね。ジャンとエレンは同じお羊座で、サシャはしし座ガールだね。なんか納得したかも」

エレン「それって、オレとジャンが本質的には似た者同士って意味ですよね?」

マーガレット「YES! あ、御免御免! 悪い意味じゃないよ? 共通する部分はいくつかあるなって思っていたから。………面食いとか」

エレン「うぐ!?」

ミカサ「エレンは確かに面食いかも」

エレン「違う違う!! オレ、ちゃんと中身を見ているぞ!」

ミカサ「本当に~?」

アニ「本当に~?」

エレン「なんでアニもハモるんだよ!! いや、顔で惚れたとかじゃねえからな! ちゃんと中身込みで好きだからな!」

うん。知ってる。今のは調子に乗ってみただけ。

舌をちょろっと出してしまいたいような気持ちでいると、

マーガレット「まあいいか。サシャの方を見てみよう。『強いプライドと情熱と大きな愛に溢れています』『自分を想ってくれる人には包み込むような愛を与えます』『積極的で明るく前向きで、面倒見のいいお人好し』『寂しがり屋な面も』『派手に見えますが、恋に対しては真剣そのもの。意志が強く一度決めた事はやり通します』とあるね」

エレン「なんか大体当たってますね」

マーガレット「確かに。あの子いつも明るいもんね。あ、でもまずい」

エレン「ん? どうしたんですか?」

マーガレット「『優しい男性よりやや無骨で堂々とした男性に魅力を感じます。彼氏は間違っても気弱な点や女々しいところは見せず、爽やかで強い男のイメージを演出しましょう』ってある。これはまずい」

エレン「OH………」

やや無骨で堂々とした男性……これってコニーの事かしら?

と、当時は思ったけれど、コニーは違ったらしい。

マーガレット「あーでも、サシャの方は今年、恋愛運がいい感じにきているみたい。『シングルの人にはチャンス到来』とか書いてある」

エレン「そうなんですか」

マーガレット「うん。『いろんな人との交流が増える時期です。自分の感性で楽しいと感じる事にチャレンジした方がいいでしょう』ってあるから、これってアシスタントの件を言っているかもしれないね」

ミカサ「なるほど」

エレン「かもしれねえな」

マーガレット「火属性同士だと両方とも情熱家だから極端になる傾向があるね。でも『明るくて前向きな家庭を築けます』ってあるから、ジャンから見ればサシャは嫁にするのに悪くない相手だと思うな」

エレン「ああ、サシャは家庭に入ってもうまくやっていけそうな感じではありますね」

マーガレット「あの子の料理にかける情熱は半端ないからね。「料理人にならないの?」って以前聞いたら『基本的に自分で作った物は自分で食べたいので、振る舞う事は2の次なので難しいです』とか言ってたから勿体ないような気もするけどね」

才能の無駄遣いという言葉がぴったりである。

マーガレット「総合的に見ても2人の相性は悪くない感じだね。こっちの2人がくっついた方がいいかもね」

アルミン「うーん。でもエルヴィン先生は『コニー』の存在も仄めかしてきたしなあ」

マーガレット「コニー? 誰?」

アルミン「サシャの男友達です。サシャから見たら恐らく一番近い異性はコニーになると思います」

スカーレット「何?! それは不穏な気配だね。リヴァイ先生とハンジ先生みたいな感じなの?」

エレン「うーん。男友達なのは間違いないですけど。コニー、彼女いるからなあ」

スカーレット「いや、彼女いるからって油断は出来ないよ。そっか。サシャはもう一人の彼氏候補がいるんだ」

ミカサ「まだ、そう決めつけるのは早いとは思いますが」

マーガレット「ええっと、それってもしかして、野球部の子? 何かうちのクラスで騒いでいた子いたよね」

ガーネット「ああ、野球部の期待の新人みたいな感じだったね」

マーガレット「うん。そっか……野球部の子か。じゃあ運動神経いいんだね」

エレン「将来は野球選手になる! って言いきってますけどね」

マーガレット「夢を持っている子は魅力的に見えちゃうよね。今のところ、コニーの方が優勢なのかしら」

アルミン「そこはサシャの『潜在意識』を調べてみない事には分からない、みたいな事をエルヴィン先生が言ってましたよ」

マーガレット「そりゃそうか。少なくとも『今』の時点では自覚あるのってジャンだけだもんね」

エレン「まあ、フラフラしてはいますけどね」

マーガレット「もういっそ、ジャンとサシャを体育館の倉庫にでも1晩閉じ込めちゃう? そしたら案外、くっついちゃうんじゃないかな」

エレン「鬼畜なトラップ仕掛けるのやめて下さいよ。両方とも可哀想じゃないですか……」

エレンの言葉が少々気にかかり、私はつい言ってしまった。

ミカサ「………エレン、どっちの味方なの?」

エレン「え? オレ? オレはどっちの味方もしねえけど。ただ、自分の意志に反してあんまり周りからやんや言われるのは苦手だし。ある程度は放置してやった方がかえっていいんじゃねえのか?」

アルミン「ああ、リヴァイ先生の時もエレン、基本的には自分からは野次馬しなかったよね」

エレン「正直、『いいのかなー?』と思いながら首突っ込んでいたけどな。あの時はオレも相当流された気もするが。その結果がいい方向に転がったから良かったものの、悪い方にいっていたら目も当てられないだろ」

確かに。エレンの言う事は一理あるけれど。

でもこう、モヤモヤするのは否めない。

マーガレット「まあさすがに倉庫トラップはやらないけどwでも、なんかこう、ハプニングというか、切欠みたいなものは2人にあげたいよね」

スカーレット「それは分かる。ちょっとつついてやりたい感じ?」

マーガレット「うん。ちょんちょんって感じでさ。かるーく、こう、えい! って感じで」

アルミン「その件に関してならエルヴィン先生が作戦を考えてくれるそうなので大丈夫ですよ」

マーガレット「マジかwwwwそれは超楽しみにしてるわwwww」

スカーレット「ゲスい教師だね。大好きだわ」

そんなこんなでジャンを話のネタにして盛り上がっていると、

マリーナ「放送部の子達と話してきたよ。今日の放課後、今からなら少し録音室貸してくれるって。音撮り先にやろうか」

エレン「あー今日いいのか」

マリーナ「うん。先に出来ることはやっちゃおう。リヴァイ先生とハンジ先生の入浴シーン、音だけでやるんでしょ」

ミカサ「ついにきた(わくわく)」

エレン「んじゃ行ってくるわ。いくぞ」

という訳で音撮りの為に3人だけ録音室に移動した。

エレン「あ……ちょっと、ミカサ、それはやりすぎ……ああ」

アルミン「はい、カーット!! ミカサ、このシーンはまだそこまでやらなくていいよ。初めての入浴シーンだから。性的な接触は一切なし!」

ミカサ「ごめんなさい(シュン)」

本気を出し過ぎてリテイクを食らいながら収録をした。

そしてこの時も私は収録後、アルミンについ、食い下がってしまった。

ミカサ「アルミン。どうしてもダメなのだろうか?」

アルミン「え? あ、例のシーンの件?」

ミカサ「そう。あのシーン。実演したい。どうしても」

アルミン「ううーん。やめた方がいいと思うけどなあ……」

エレン「そんなにあのシーンをやりたいのか? ミカサ」

ミカサ「当然。絶対、舞台は盛り上がる」

エレン「確かに。それはあるだろうけど………(頭ポリポリ)」

ミカサ「リヴァイ先生に内緒で出来ないだろうか?」

アルミン「本番でごり押しする気かい?」

ミカサ「やっちまえばこっちのもんだと思う(キリッ)」

私がそう言うと、アルミンは胃のあたりを押さえこんでしまった。

アルミン「そりゃあ僕としてもエレンから聞いたとっておきのマル秘エピソードを入れた方がネタ的にもおいしいし、やりたい気持ちもあるんだけど」

ミカサ「けど?」

アルミン「本人の許可が出ない以上、僕としては止めざる負えないよ。どうしてもやりたいって言うならミカサ自身がリヴァイ先生を説得して欲しい」

ミカサ「……………………」

アルミン「もしくはエルヴィン先生か。だね。顧問の先生のどちらかの賛同を得られるっていうなら僕も考え直すから」

ミカサ「………分かった」

アルミンの妥協ラインに私は頷いた。するとエレンが言った。

エレン「やる気満々だな。ミカサ」

ミカサ「うん。やるからには、徹底的にやりたい」

エレン「まあ、そういう話ならオレもミカサと一緒に話してみる。玉砕覚悟でな」

ミカサ「いいの?」

エレン「駄目だったとしても、挑戦しないよりはいいだろ?」

そう言ってエレンも茶目っ気たっぷりにウインクしてくれたのだった。

【修正箇所】

エレン「正直、『いいのかなー?』と思いながら首突っ込んでいたけどな。あの時はオレも相当流された気もするが。その結果がいい方向に転がったから良かったものの、悪い方にいっていたら目も当てられないだろ」

ここはエレンサイドの方がミスしていました。
後半の部分も含めて台詞にしたつもりだったんですが、間違って区切ってUPしてました。

とりあえず、今回はここまで。
次回はいつになるか分かりませんが。そいではノシ







収録後、アルミンに許可を貰ったので少しばかり時間を貰ってエレンと一緒に体操部の方の活動に出ているリヴァイ先生の元に訪れた。

リヴァイ「なんだ? 何か用か?」

練習の指導を止めてこっちに来てくれた。そしてまずはエレンが先に話を切り出してくれた。

エレン「リヴァイ先生、どうしてもダメですかね?」

リヴァイ「何の話だ?」

エレン「これですよ。これ(クイクイ)」

リヴァイ「!」

リヴァイ先生が一発、エレンをはたこうとしたので慌てて間に入って止めた。

ミカサ「暴力はダメ!」

リヴァイ「………その件はもう既に却下した筈だが?」

リヴァイ先生は少しだけ頬を赤らめて、はたこうとした事は謝らず、言った。

エレン「そこを何とかお願い出来ませんかね? (ニヤニヤ)」

リヴァイ「駄目だ」

エレン「ハンジ先生の生キス中継はOKなのに、手首クイクイはダメなんですか? (ニヤニヤ)」

リヴァイ「あ、あれはその……あの時はああするしかなかったからな」

リヴァイ先生はますます顔を赤らめてプイッとよそを向いた。

濃厚なキスシーンを全校生徒の前で見せた癖に今更。

リヴァイ「それに別にあのシーンを入れなくても差支えはねえだろ」

ミカサ「そんな事は有りません」

エレン「そうですよ。むしろクライマックスシーンですよ」

2人でぐっと主張すると、リヴァイ先生は額を押さえてから言った。

リヴァイ「…………どうしてもやりてえのか」

ミカサ「やりたいです(キリッ)」

エレン「ミカサがやる気になっているんです。オレとしてもやらせてあげたいんですが」

リヴァイ「……………………(はあ)」

長い長い沈黙の後のため息。

リヴァイ「お前らは我慢出来るのか?」

ミカサ「え?」

リヴァイ「自分達の馴れ初め話を舞台化されても耐えられるのか?」

エレン「え? 絶対嫌ですけど」

ミカサ「……………」

リヴァイ「だったらそれを譲歩してやった時点で十分、俺は寛容だとは思わねえのか?」

ミカサ「つまり許可を出してやったんだから、脚本の内容に規制をかけさせろと?」

リヴァイ「監修する権利くらいあるだろ。今、アルミンとも脚本の修正について話し合っている最中だ」

ミカサ「で、でも、その結果、劇として面白くなくなったら………」

リヴァイ「今回の冬公演はあくまで余興だ。大会でやる訳じゃねえんだから、別にいいだろ」

ミカサ「よくない!!」

其の時、私は拳を作ってはっきりと異議を唱えた。

ミカサ「楽しませる為には全力を尽くすべき! 観客を退屈させたらいけないと思います」

リヴァイ「披露宴の食事の合間にやる演劇だから、つまらねえと思う奴は舞台を見ずに飯を食えばいい」

ミカサ「……でも!」

確かにご飯を食べながら見て貰う劇だから、それはそうなのだが。

私は言葉に詰まってしまった。こういう時に理屈をこねて捻じ伏せる頭があれば……。

其の時、エレンがすっと私の前に出てくれた。

エレン「リヴァイ先生」

リヴァイ「なんだ」

エレン「確かにリヴァイ先生の言う事はその通りだと思います。でも、あのエピソードがなかったら、ハンジ先生はリヴァイ先生への気持ちを自覚出来なかったと思うんです」

リヴァイ「…………(よそを向いている)」

エレン「そんな大事なエピソードなのに、本当にカットしてしまっていいんでしょうか?」

リヴァイ「…………(俯いている)」

エレン「リヴァイ先生があのシーンをカットしたいのは単に恥ずかしいからですよね?」

リヴァイ「それだけじゃねえよ」

嘘だ。絶対、恥ずかしいから嫌なんだ。

リヴァイ「その……なんだ。うまくは言えねえが、アレだ。あんな卑猥な場面を女子のミカサがやれるとは………」

ミカサ「大丈夫です。問題ありません(クイクイ)」

リヴァイ「!?」

ミカサ「練習します。殺陣を練習した時のように」

リヴァイ「なんでそこまでやる気満々なんだ………(頭抱える)」

エレン「どうせやるなら、とことんやる方が楽しいからに決まってるじゃないですか」

リヴァイ「…………………駄目だ」

むう。ここまで言ってもまだ折れてくれない。

リヴァイ「絶対カットしろ。頼むからカットしろ。もうお前らは演劇部に帰れ」

ミカサ「嫌です。OKを貰えるまでここに居ます」

リヴァイ「体操部の迷惑になると言っている。お前らばっかりに構っている訳にはいかねえんだよ」

体操部の部員がチラチラとこっちを見ている。

体操部を盾にされてしまってはこれ以上、粘れない。

ミカサ「卑怯者……(ジロリ)」

リヴァイ「なんとでも言え。この話は終わりだ。しっしっ」

渋々エレンと一緒に退出する事にした。

ミカサ「うう……ダメだった」

エレン「残念だったな。ミカサ」

ミカサ「こういう時に、もっと口が巧ければと思うのだけど……」

エレン「それはオレも思うけどな。この件は別のアプローチを考えるしかねえか」

ミカサ「うん。私もそう簡単には諦めない」

そう言いながら、私は自分の手首をクイクイと遊ばせるのだった。







そして部活終了後、帰り際、たまたま玄関でジャンと会った。

ジャンの視線は気づいていたが、私は目を合わせないようにして玄関をさっさと出た。

ジャンとマルコが先に行ってしまってからアルミンが言った。

アルミン「……………酷い状態だねえ」

アニ「自業自得じゃない? フラフラしているのが悪いし」

アルミン「まあねえ。開き直った辺りが馬鹿としか言えないけど」

ミカサ「むしろ私の事はさっさと諦めてサシャに切り替えた方がまだ、良かった」

エレン「そうなのか」

ミカサ「なんか、馬鹿にされているような心地になる。ジャンは私の何を見て好いてくれているのか未だに良く分からない上に、他の女にも目移りしている。ジャンの事は悪い人ではないとは思うけど。女に対する価値観は許容出来ない」

エレン「なるほど」

ミカサ「自分でもなんでこんなにイライラするんだろう? 今のジャンを見ているのは正直、辛い。彼の目を見たくない」

ミカサ「ジャンの事は暫くスルーしたい。あんまり深くは考えたくないので」

エレン「あ、ああ……そうだな」

今はそれよりもどうやって例の件をリヴァイ先生に承諾させるか。その件の方が大事だった。

頭の中でううーんと考え込んでいると、エレンが自分から手を繋いでくれた。

ミカサ「? エレン…?」

エレン「帰るぞ。一緒に」

其の時のエレンの声が少し固い気がした。

私はその意味をすぐに理解出来ず、不思議に思いながらも、エレンの手を握れる事が嬉しくて、小さく頷いたのだった。

短いですけど、ここまで。
眠気の限界なのでお休みなさい。ではまたノシ







その日の夜、湯船に浸かり乍ら手首クイクイの練習をした。

手首を何度も動かして、どう動かすのが一番いやらしく見えるか研究した。

リヴァイ先生を再びまな板の魚のように痙攣させたい。

其の為にはどうにかしてリヴァイ先生を説得しなければ。

考えながら手首を何度もストレッチした。前に倒して後ろに倒して。指の関節も柔軟にする。グーパーを繰り返す。

例えば、リヴァイ先生に勝負を挑んで賭けに持ち込むとか。

………勝負その物を拒否される可能性が高い気がする。

では、ハンジ先生を味方に引き入れるとか?

………ハンジ先生もダメだと言い出したらその時点で突破口は完全に塞がれる。

残るはエルヴィン先生だけど……。

エルヴィン先生はこの件をそこまで重要視しているようではなかったので、説得は難しいかもしれない。

エレンは別のアプローチを考えると言っていたけど、果たして方法があるだろうか?

ううーん。あんまり考え込むとのぼせるので適当なところで切り上げてお風呂から上がった。

エレンに次のお風呂を伝えて。私は自分の部屋に戻った。

…………ああ!

そう言えばもう生理開始予定日5日前!

この時期なら多少無茶なイチャイチャをしても危なくはない。

え、エレンがお風呂から戻って来たら、むふふな事をお願いしても……。

と、妄想していたら、お風呂からエレンが戻ってきたようだ。2階に戻ってくる足音がする。

自分の部屋には戻らないで私の部屋にすぐ来てくれた。

半乾きのエレンの髪がエロい。首筋に汗が……はあはあ。

エレン「ん? どうした。足崩してもいいんだぞ?」

ミカサ「う、うん……(そわそわ)」

思わず視線を逸らしてしまった。期待している事がバレたかもしれない。

でもエレンは少し顔を強張らせて言った。

エレン「ミカサ、少し話をしてもいいか?」

ミカサ「どうぞ」

少し長い沈黙ののち、エレンは言った。

エレン「……………ミカサ。オレの事、好きか?」

ミカサ「うん。好き(超即答)」

エレン「でもオレ、こんな奴だぞ? イライラしたり、ムカついたりしねえのか?」

ミカサ「?」

何の話だろうか?

エレン「あーだから『オレの女に手出すな』って、咄嗟に言えなかったような男だけど、いいのかって話」

……………ああ! そういう事か。

私としてはその件は既に処理を済ませてしまった件だったので、すっかり頭から抜け落ちていた。

ミカサ「その件に関してはもう解決しているので問題ない(キリッ)」

なので私はきっぱりエレンに答えた。

そんな事より、エレン、早くイチャイチャしよう。

という気持ちがあったけれど、

エレン「そ、そうか?」

エレンが微妙に納得していないようだったので私は仕方なく続けた。

ミカサ「マーガレット先輩も言っていた。その言葉は言わば『諸刃の刃』のようなものだと私は解釈した。エルヴィン先生じゃないけれど、何でも白黒つければいいものではないと思う。灰色も、時には必要」

エレン「そうか………」

ミカサ「それにエレンがジャンに気を遣っている理由は、何も出し抜いた件だけが原因ではないと私は解釈している」

エレン「え?」

ミカサ「エレンはもう、ジャンの事を『友人』として自然と認めているのだと思う。だからこそ、あまり邪険に出来なかったのでは?」

エレン「あー………」

エレンは思うところがあったのか、目を細めて眉間に皺を寄せていた。

考え込んでいるエレンに私はつい、苦笑が漏れてしまった。

ミカサ「むしろ私は、出し抜いた件で罪悪感を持っているエレンが好き」

エレン「え?」

ミカサ「もしそこで開き直る様な男だったら、ちょっと好感度は下がっていたと思う」

エレン「ああ、ゲス過ぎるっていう意味でか?」

ミカサ「そう。友情は友情で大事だと思うので」

エレン「ううーん」

眉間の皺がもっと酷くなった。ジャンを友達だと素直に認めたくないのだろうか。

エレンの顔がどんどん渋くなっていくので、私は例え話をする事にした。

ミカサ「こんな例え話がある。エレン、聞いてくれる?」

エレン「ん?」

ミカサ「私の中学時代の頃の話。とあるモテる女子生徒が、ある男子と付き合っていた」

エレン「ふむ」

ミカサ「ある男子の方。仮にA君とする。彼にはB君という友人がいた」

エレン「ふむふむ」

ミカサ「そのB君はCさん。モテる女子生徒を仮にCさんにする。彼女の事を密かに思っていたけれど、友人としてそれは言えなかった」

エレン「三角関係だな」

ミカサ「そう。でもある時、A君とCさんがとある事を切っ掛けに喧嘩になって、別れるか別れないかの話になった。B君は、それを友人としての立場で最初は見守っていた」

エレン「ふむふむ」

ミカサ「Cさんは、B君に相談した。そのうちにだんだん、B君はA君からCさんを奪ってやろうという下心が芽生え始めて、結果的に本当に奪ってしまった」

エレン「あー」

ミカサ「CさんはB君と付き合うようになった。でも、付き合っている最中に、Cさんはとある事が切欠でB君に対する気持ちが一気に下がってしまって、自分からB君との付き合いをやめる事にした」

エレン「え? 折角相談にのってくれたB君、ふっちまったのか?」

ミカサ「そう。その理由は何だと思う?」

エレン「えええ? さっぱり分からねえよ」

ミカサ「…………B君が、勝ち誇ったから」

エレン「え?」

ミカサ「B君がCさんと付き合うようになってから、まるで『奪った』事を男の勲章のように、自慢して勝ち誇ったから。Cさんは、そんなB君の態度に興ざめしてしまったそう。だからすぐに別れる事にしたそう」

エレン「えええええ……女って、そういうところでも「冷める」のか」

ミカサ「そう。A君とB君はもともと友人同士だった筈。奪った事に対して全く罪悪感のない男って、どうなの? と彼女は首を傾げてしまったの」

エレン「つまり、女から見たら、そういう部分も大事にして欲しいって事か」

ミカサ「そういう事になる。だからエレンがジャンに対して多少の罪悪感を持つのは当然。ピクシス先生も「間違ってはいない」と言っていた」

エレン「へーそういうもんなのか」

ああ、黒歴史の一部を思い出したら、あの時の理不尽な気持ちも蘇ってしまった。

ミカサ「………ちなみにこの時、A君とCさんの喧嘩の原因になってしまったのは、私。A君が私に対して色目を使っているという誤解が発生して、喧嘩になったそう。私はその事を後で知って愕然とした。勿論、A君は私とはそういう関係ではなく、ただのクラスメイトで委員会がたまたま一緒だっただけ。でも、女の誤解は1度発生するとこじれてなかなか元には戻らない。今思うと、可哀想な事をしてしまった気がする……」

エレン「いや、それミカサ全く悪くねえぞ!! ただのとばっちりじゃねえか!」

ミカサ「そうだとは思うけれど。つまり、そういう事もあると言う事。だから私は、出来る事ならエレンとジャンの友情を壊したくはない」

エレン「ううーん」

たまにジャンの方が私よりもエレンと沢山話している場面もあるのは嫉妬するけど。

ミカサ「エレンは元々、あまり自分の感情を誤魔化さないで「自然」に生きる事を信条にしている。ので、ジャンに対して言ってしまった事は、仕方がないと理解している。でも、それを受け入れるか入れないか。それはジャン自身の問題。エレンがいくらそう言ったからと言って、それをそのまま受け入れる必要はない。本当に私が好きなら「私」を選ぶ筈だし、サシャが好きなら「サシャ」を選ぶ筈。だから、エレンの責任というより、元々ジャン自身が「誰かに自分の考えを後押しして欲しかっただけ」だと解釈した」

エレン「あーなるほどな」

ミカサ「女にはそういう時がある。男の人もそういう事もあると思う。ジャンは元々、単純に優柔不断なだけだと思う。だからイラッとした」

エレン「まーな。告白できずにウジウジしているような奴だしな」

ミカサ「告白出来ないのは、やはりまだ「本当の好き」ではないのではないかと思う」

エレン「ん?」

ミカサ「本当に好きであれば、体が自然と動く。私も、そういう感覚は分かるので」

エレン「………そっか」

ミカサ「マーガレット先輩の言う様に、ジャンは私を『偶像化』しているだけなのかもしれない。アイドルを追いかける感覚で好きであるのなら、それはそろそろ卒業して欲しいと思う」

エレン「あーどうなんだろうな。その辺はオレ、アイドル追っかけた経験ねえからピンと来ねえんだけど」

ミカサ「私もそうだけど。でも、リヴァイ先生を追いかけている子達はまさにそれじゃないかと思う。あんな変態クソちび教師のどこがいいのか」

皆の目を覚まさせてあげたい。あの手首クイクイで。

其の時、エレンは半眼になって言った。

エレン「まあ、教師としてのリヴァイ先生はある意味『理想』の教師ではあるからな」

ミカサ「確かに、教師としてのリヴァイ先生は優秀なのかもしれない。だけど、乱暴で強引で、おまけに変態なので、それを知らないファンの子達が憐れに思える」

エレン「あーもし知られたら、ファンが増えるか減るか、興味はあるけどな」

エレン「でもその辺は、いずれ出していくかもしれないな。リヴァイ先生自身、大分開き直っていたみたいだし」

ミカサ「そう………早く出して嫌われるといいのに(ニヤリ)」

エレン「いや、まあ、その辺はリヴァイ先生、むしろファンの数を減らしたいみたいだけどな」

ミカサ「そう? じゃあ増えたらいい(ニヤリ)」

リヴァイ先生について話していたら、少し話が逸れて、

エレン「じゃあミカサはオレに対して今のところ、不満はねえと思ってていいんかな」

ミカサ「うーん?」

と、エレンに質問されてしまった。

エレン「定期的に、こういう事はちゃんと確認し合わないと、すれ違ったら嫌だろ? オレも出来るだけ腹割って話すし。ミカサも抱え込まないで出来るだけ話してくれないか」

ミカサ「いいの?」

エレン「そのつど、やっていかないとダメだろ。先延ばしにして、気が付いたらお互いに気持ちが冷めていたなんて事になったら嫌だしな」

ミカサ「うーん……」

成程。そういう事であれば、言いたい事は、ない訳ではない。

ミカサ「不満、なのか自分でも分からないけれど」

不満、というよりもこれは仕分けするとすれば『贅沢』なのかもしれない。

エレン「なんだ?」

ミカサ「エレンは少し、謙虚過ぎるような気がする」

エレン「え?」

ミカサ「もっと、子供のようにダダこねて、私を欲しがってくれてもいい。あんまり大人になり過ぎないで欲しい」

エレン「ええええ………?」

エレンが眉を跳ね上げてびっくりしているけれど、私は素直に本音を言った。

ミカサ「エレンがその……感情を爆発させている時の、顔、凄く好き、なので」

エレン「!!!!」

もう付き合い始めて3か月を過ぎた。

誓約書の件も話し合って問題も解決したのだし、もっとエレンはオープンに私を愛してもいいと思う。

エレンはまだまだ私に遠慮している気がする。きっとそうに違いない。

エレン「いやいやいや、それは出来ない相談だ。そんなしょっちゅう、オレも、その、子供にはならんぞ」

ミカサ「そうなの?」

エレン「大人であるべきだろうが。オレも高校生になったんだし。いつまでもガキのまんまじゃダメだろ?」

ミカサ「……………我儘言ってもいいのに」

エレン「いーや。その辺はセーブしていかねえと。自重の心は忘れたらいかん」

ミカサ「ん? 何故自重? なんの話?」

エレン「え?」

ミカサ「私は『感情を爆発させて欲しい』だけで別にエッチな話をしている訳ではないのだけど」

エレン「!!!!」

エレンの顔が真っ赤になった。エッチな顔になった。

可愛い。照れているエレンが可愛い。

ミカサ「エレン、今の会話のどこに『エッチ』な要素があったの? 教えて?」

エレン「あ、待て待て! なんか近いぞ? ミカサ!」

ミカサ「ふふふ……エレンは今、どうして『エッチ』な連想をしたのかしら? (つつつ…)」

はあはあ。エレン、可愛い。

もう私の方から仕掛けよう。そう思って服の上から指先でエレンを弄っていたら、手を重ねて止められた。

ミカサ「あん……」

エレン「ミカサ。どんどん誘惑スキルを上げているところ悪いが、今日はやってもいい日なのか?」

ミカサ「危険日は過ぎている。予定では生理5日前なので限りなく安全日ではある」

エレン「あ、じゃあ多少のイチャコラは大丈夫なのか」

無言で頷くとエレンが一度、唾を飲み込んだ。

少し迷った風に視線を逸らして、そして、何度か瞬きをしてから上目遣いで私を見た。

エレン「………………ちょっとだけ、触っていいか?」

ミカサ「うん」

エレン「こっち来い」

エレンの前に私がすっぽり収まる形で座った。エレンの息が首に当たる。

お互いの鼓動が伝わりあって、体温が心地いい。

エレン「……………」

エレンが何も言わない。何か言いたげな空気なのに。

ミカサ「……………」

だから少し待ってみた。エレンの言葉を辛抱強く。

そして零れたエレンの声は、何だか落ち込んでいるようにも思えた。

エレン「本音を言えば、さ」

ミカサ「ん?」

エレン「オレも本当は、初めは言いたかったんだよ。ジャンには『オレの女に手出すな』ってさ」

エレン「でもな。なんだろ……良く分からん『第六感』みたいなものがそれを止めたんだよな。良く分からねえけど。こう、闇の中に、2つの光の道筋があるように感じてさ」

ミカサ「うん」

エレン「たまに、あるんだ。そういう『分岐点』のような物を感じる事が。オレの中で、それを選ぶ時はもう、完全に『勘』の世界でさ」

ミカサ「うん……うん」

エレン「アルミン曰く、『一見間違っているように見えて正しい道を選んでいる』らしいんだけど。オレは常に『やっぱり違ったかな』と思いながら、それでも進んでいるんだ」

エレン「そのせいで、もしかしたらこれから先もミカサにも苦労かけること、あるかもしれねえけど。ごめんな」

ミカサ「うん。分かっている。大丈夫。私はエレンを信じてついていくだけ」

エレン「ありがとう。ミカサ………」

エレンの唇が項の辺りに触れた。強く吸われて、一瞬、痛みを感じた。

ミカサ「?」

エレン「オレの女に手、出すなって言わない代わりにさ」

ミカサ「うん」

エレン「ミカサの『項』に定期的に『キスマーク』をつけてもいいか? というか、今つけちまったんだけど」

ミカサ「そうなの? どのへん?」

エレン「この辺。自分じゃ見えない位置だけど」

エレンの指先が触れてドキッとした。耳元の近くでエレンの声が響く。

エレン「これが『オレの』っていう印だから。言外にそれで周りに伝えていいよな?」

ミカサ「そうね。確かに、その方が分かり易くていい」

エレン「恥ずかしくねえか?」

ミカサ「全然。むしろ自慢する(どや顔)」

私はエレンの方に向き直って笑った。そしてエレンの胸の中に頬を寄せる。

エレン「ん?」

ミカサ「項だけとは言わず、全身につけてもいい」

エレン「え? あ、いやそれは、また今度だ。うん………(照れる)」

言質は取った。よしよし。

エレンに頭を優しく撫でられて、おやすみのキスをしてエレンを見送った。

今はここまでのようだ。残念な思いと満足感が混ざり合って、でも幸せだった。

幸せの頂上を2人でゆっくりと歩いていたのだ。山を登った時のように。

この頃の私達はまだ、まるで満月を知らない子供のようだった。

満月の時を待つ楽しみを2人で味わっていた。ずっとこの幸せが続くのだと思っていた。

それが十六夜のように欠けていくなんて、この当時は思いもしなかった。

月は満月のままでいる筈はないのに。









12月6日。土曜日。予定通り生理が始まった。

エレンにも勿論、報告した。このリズムがバッチリ続けば来月の安全期間は……むふふ。

おっと、あんまりニヤニヤすると顔が崩れるので程々にして部活だ。

演劇部の方はアルミンの台本が遂に完成した。

アルミン「リヴァイ先生と綿密に打ち合わせしてやっと出来たよ」

と言われて読ませて貰った台本は仮台本に比べてとんでもない文字量に進化していた。

マーガレット「ちょwwwwこれ、文庫本並みの台本なんだけどwww」

スカーレット「これを全部やったら1時間じゃすまないと思うよ? いいの?」

アルミン「あーうん。その辺の事はもういいって。リヴァイ先生、時間の事はあんまり気にしないで自由にやれって」

皆でパラパラ読み進めていくと、アニの顔がページを進める度に強張っていくのが分かった。

アニ「何………これ。え、これ、本当にあった事なの?」

アルミン「どこ?」

アニ「20代後半くらいまでハーレム作ってブイブイ言わせてたところ」

アルミン「ブイブイ言わせてたというと語弊があるような気もするけど、女に困った事がないというのは事実だそうだよ」

アニ(バリッ!!)

アニが思わず台本を破ってしまった。

結構分厚い台本だったのに。でも気持ちは分かる。

アニ「気持ち悪……!!」

アルミン「アニ………」

アニ「いくら言い寄られてたからって、普通、そういう事する? リヴァイ先生、馬鹿じゃないの?」

ミカサ「馬鹿なんだと思う」

私はすかさず同意した。

アルミン「僕もそこは否定しないけれど、まああれだけモテる先生な訳だし」

ジャン「………………」

ジャンが遠い眼差しで窓の外の雲を眺めていた。

アニ「やれやれ。ミカサ、大丈夫かい? こんなの演じるなんて……」

ミカサ「大丈夫。エレンと演技するのであれば」

エレンは私達の会話には参加せず、完成台本に集中して読みふけっていた。

エレン「………ん? 呼んだか?」

ミカサ「いいえ。大丈夫」

エレンは集中しているのでほうっておく事にする。

エレンは台本を読み始めると、その世界に没頭して集中するからだ。

ゲームをする時も然り。邪魔をすると悪いので、アルミンと話す事にした。

ミカサ「アルミン。これはかなり長い劇になると思うので、前後編に分けて間に休憩を挟んだ方がいいと思う」

アルミン「まあ、そうだよね。区切るとすればどこがいいかな」

ミカサ「ううーん。どこがいいのだろう?」

アルミン「うーん。ジャン部長はどう思う?」

ジャン「………(窓の外を見てる)」

アルミン「ジャン?」

ジャン「は! 悪い。ぼーっとしてたわ。えっと、何の話だ」

アルミン「台本を前後編に分けるとすればどこにしようかって話だよ」

ジャン「あー……そこはアルミンが決めていいんじゃねえ?」

アルミン「何でも僕に丸投げしないでよ。迷っているからこそ聞いたのに」

ジャン「んー……」

ジャンは心あらずだった。何だか集中していない。

ジャン、部活中はちゃんと集中して欲しい。

其の時、私の方をじっと見つめ返してジャンは言った。

ジャン「だったらミカサとエレンが思うところで休憩を挟んだらいいんじゃねえか? 2人の集中力次第だろ」

ミカサ「それは実際に通し稽古をやってみないと分からないと思う」

マルコ「あのさ……それよりもツッコミたいところがあるんだけど」

マルコが台本を持ちながら挙手した。

アルミン「どこ? 変なところあった?」

マルコ「いや、この……ハンジ先生の『彼女がどんな気持ちでここに~』の後半部分、これ本当にやっても大丈夫かな」

アニ「ああ、『二日酔いを差し引いても、今のあんたはピー(自主規制)を切って~』のところだね」

マルコ「正直、これやったら観客はドン引きするんじゃないかな」

アルミン「でもその台詞、改変してそれだよ。本当の台詞は『あんたのあそこを大学の研究用に保管させてやろうか? 貴重なサンプルになるだろうから、その方が余程、人様の為になるからな! それとも今ここで、再起不能になるように尿道に針をぶっ刺してグリグリと……』」

マルコ「アルミン、分かった。このままでいこう(キリッ)」

どうやら元の台詞はもっと酷かったようだ。

どれだけ本当は罵倒したのかちょっとだけ気になったけど本題から逸れるから止めておく。

今日はここまで。中途半端ですみません。ノシ

今回の他の配役は兼任するものも多かった。特に負担が大きくなってしまったのはアニとジャンだった。

マリアさんの役は最初、マーガレット先輩がやる筈だったけれど変更してアニが負担する事になったのだ。

アルミン「暗転と場転が続くからね。マリアさんをマーガレット先輩がやるとなると、裏方の人数が足りないと思うんだ」

アニ「そうだね。マリアさんのシーンは場面転換が多いから仕方がないか」

アルミン「覚えられそう?」

アニ「その台詞はミカサとエレンに言うものだと思うけど?」

話を振られて私はエレンと見合った。

エレン「あー。完璧には無理かもしれんな。でも話の流れを掴んでおけば、語尾とかは多少変更しても大丈夫だよな?」

アルミン「勿論だよ。台詞が飛んじゃった時はアドリブでどうにか乗り切ってね(笑顔)」

ミカサ(ぶるぶるぶるぶる)

アルミン、可愛い顔をして怖い事を言わないで欲しい。

するとエレンが苦笑してこっちを見た。

エレン「大丈夫だ。ミカサはナンダカンダでリヴァイ先生の事を良く理解してる。リヴァイ先生に成りきれば失敗はしねえよ」

ミカサ「ふ……複雑(微汗)」

そんな訳で完成版の台本を片手に読み合わせの練習に取り掛かる。

読み合わせだけでもかなり時間がかかった。読み終わった後は喉がカラカラになった。

ミカサ「ふぅ………」

休憩に入ってお茶を飲んだ。其の時、ジャンがこっちに近寄って来たので、しれっと逃げた。

ミカサ「アルミン、話があるのでいいだろうか?」

アルミン「え? ああ、いいよ」

ジャン「……………」

ジャンが露骨に落ち込んでいるようだが知らない。

部活中は仕方がないが、休憩時間までジャンに構う事はない。

アルミンに話があったのは本当の事だ。

ミカサ「アルミン、やっぱりお願いがあるのだけど」

アルミン「ええ? 例の手首クイクイの件なら……」

ミカサ「違う。それではなく、ハンジ先生の回想シーンのセクハラの件なのだけど」

アルミン「ああ、そっちか。もしかして、やめて欲しいの?」

ミカサ「エレンの身体が穢されるようで嫌なので………」

アルミン「ううーん。後ろからハグするだけの軽いものだけど、それでも嫌なんだ?」

ミカサ「うん………」

私情を入れ過ぎだと言われてしまうかもしれないが、嫌な物は嫌なのだ。

アルミン「そっか……エレンはそれくらいならまあ、妥協するって言っていたんだけどね」

ミカサ「ううう………」

アルミン「分かった。ミカサがそこまで嫌ならちょっと考え直すね」

ミカサ「折角、台本を完成させたのに、ごめんなさい」

アルミン「あー。いいよ。多分、いろいろやりながら他の人も変更したい部分は後から出てくるだろうしね。其の為に皆で読み合わせたり、通し稽古をする訳だし」

ミカサ「うう………」

アルミン「その辺はエルヴィン先生が来られる日に相談してみるね」

ミカサ「ありがとう。アルミン」

アルミン「それ以外で気になる点はある?」

ミカサ「………あると言えばあるけれど」

アルミン「どこ?」

ミカサ「舞台の上でかつ丼を用意するシーンだけど、ここは食べるふりだけでいいのでは?」

アルミン「え? 食べないの?」

ミカサ「舞台の前にリヴァイ先生の披露宴の食事をとるので、食べきれるかどうか……」

アルミン「あ、そっか。忘れていたよ。だったらゴーヤチャンプルーの方も真似だけでいいかな」

エレンの方を見たら、マルコ達と何か話しているようだった。

ミカサ「エレンに後で聞いて確認した方がいいと思う」

アルミン「了解。後でエレンに確認しておくね。後は……」

ミカサ「あの、女1の役にユミルがふってあるけれど、いいのだろうか?」

アルミン「え?」

ミカサ「ユミルの役はもうエキストラの領域を越えた立派な役のように思える。おまけにキスシーンまである……ので」

台詞の量とか、要求される演技とか、これはもう部員がやった方がいいような気もしたのだが。

アルミン「ああ、ユミルの役か。その辺は本人にも了承済みだから安心していいよ」

ミカサ「そうなのね」

それなら安心した。

アルミン「リヴァイ先生とも確認したんだけど、ユミルが1番、当時の彼女の面影があるんだって。その頃から、すらっとした体型の女性と付き合うことが多かったような……とか言ってたから」

もう突っ込む気も失せるけれど。やっぱりリヴァイ先生は馬鹿である。

アルミン「こっちに合流して練習できる回数は少ないだろうけど、ユミルなら大丈夫だと思うよ」

ミカサ「了解した」

確かにユミルなら、度胸もあるし頭もいいし、大丈夫だろう。

そんなこんなでアルミンといくつか確認し合っていたら、他の人もアルミンに確認したい事が出てきたようで、質問し始めた。

マリーナ「ピー音を入れるタイミングは、完全に被せる感じでいいのかな?」

アルミン「うん。単語を完全に隠すようにお願い」

カジカジ「ヤクザのシーンからイザベルの場転まで何秒くらいかな。服は内側に着ていいよな?」

アルミン「そうだね。そこは前もってイザベルの衣装を着た上でスーツを着るしかないか」

と、次から次へと確認事項が出てくる。

その全てに的確に答えて台本にメモを取っているアルミンは頼もしいと感じた。

そして休憩時間終了のタイマーが鳴る。

ジャン「………………休憩終了だな」

ジャンが立ち上がった。こっちに来るなり、ジャンは言った。

ジャン「練習再開だ。時間ねえから、さっさとやるぞ!」

表情が違った。がらりと変わったジャンの雰囲気に私は驚いた。

さっきまでの目つきと違う。休憩中に何かあったのだろうか?

眠いので今回はここまで。
ちょっとずつしか進められなくてすまんぬ。ではノシ

エレンの様子も何だかおかしい。

ミカサ「エレン? 何かあったの?」

エレン「あー後でな」

エレンが曖昧に誤魔化したので余計に心配になった。でも今は部活中なので深くは聞きだせなかった。

そしてエレンと柔道の寝技とか、人工呼吸とか、接触の多い部分を改めて演技したのだが。

エレンが集中していない様に見えた。エレンの中にハンジ先生が入っていない。

スイッチが切り替わっていないせいか、自分の顔が赤くなってしまった。

エレンをエレンとして見ると、その、私も私になってしまう訳で。

アルミン「こらーエレン! 君は今『女役』だよ?! 男の顔しちゃダメだよ!!」

エレン「うっ………」

アルミン「ミカサも女らしくならないで! 男女逆転劇なんだから、そこんとこ、注意!」

ミカサ「う、うん………」

アルミンにもバレてしまった。エレンが頭を抱えて私から離れてしまった。

エレン「悪い。アルミン、さっき休憩いれたばっかりだけど、便所行って来ていいか?」

アルミン「ああ……OK。気持ち切り替えて来てね」

何だか足取りがフラフラしているように見えた。

アルミンはエレン抜きでやれるシーンを先に練習するようだ。

アルミン「エルヴィン先生とリヴァイ先生のシーンを先に練習しようか」

ミカサ「……………」

アルミン「ミカサ?」

ミカサ「アルミン、ごめんなさい!」

私はどうしてもエレンの事が気になってしまったので、頭を下げた。

アルミンにはそれだけで伝わったようだ。頭を掻いているけれど。

アルミン「…………5分だけ、だからね?」

アルミンの了承を得て私は音楽室を出た。

エレンを追いかける。ここから1番近い男子便所まで走って移動する。

女子は男子便所に入ってはいけないので、入り口に立って私は悩んだ。

エレンがいる気配はある。呼吸の音が微かに聞こえる。

周りを一度、確認して、私の他に誰も来ない事を確認したのち、男子便所の中にしれっと入った。

個室のドアの前で確認してみる。

ミカサ「エレン? お腹痛いの?」

私が声をかけると、一度沈黙が落ちた。

そしてエレンの掠れた声が聞こえて来たのだ。

エレン「ああ。悪い。急に下痢がきた。なんか調子悪いかも」

ミカサ「それはいけない。薬を貰いに行かないと……」

エレン「大丈夫だ。出してしまえばすっきりするからさ。もうちょっと便所籠るから。アルミンにそう言っておいてくれよ」

ミカサ「そう………」

全然大丈夫そうな声ではないのに。

どうしよう。何か、エレンにとって大変な事が起きているような気がするのに。

ミカサ「……………正露丸、要らないの?」

エレン「薬は出来るだけ頼らない方がいい。本当にヤバい時の為にとっておかないと。薬に慣れ過ぎると免疫力が落ちるって親父が言ってた。こういう時は出すだけ出したら、後は水分とって暫く安静にするのが1番なんだよ」

エレンが変だ。まるで何かに言い訳するようにまくし立てている。

ミカサ「…………何か、あったの?」

休憩時間に何かあったのだ。きっとそうに違いない。

エレン「何でもねえよ」

ミカサ「嘘。エレンもジャンも、何かおかしい」

エレン「……………」

エレンが答えてくれない。

ミカサ「ジャンの雰囲気が、急に変わった。以前のジャンに戻った。というか、熱っぽい視線がなくなった。エレン、ジャンに何か言ったの?」

エレン「…………それはミカサには言えない」

やっぱりジャンと何かあったのだ。

どうして? どうしてエレンは教えてくれないの?

ミカサ「何故? もしかして、ジャンと何かあったの?」

エレン「それも言えない。悪い。ミカサ、とりあえず今は音楽室に戻ってくれないか」

ミカサ「え? え? どうして? 私………」

エレン「いいから戻れって言ってるだろ!!!!!」

エレンに怒鳴られて心臓が止まるかと思った。

ドクドクドクドクと、強い鼓動が聞こえて、胸が痛くなった。

エレンに拒絶されて頭が酸欠したようにくらくらしたけれど。

其の時、私は思い出した。

文化祭でのマーガレット先輩の占いの言葉を。

マーガレット『風属性のミカサがある程度、エレンの頑固な面に目を瞑らないといけないみたいだよ』

マーガレット『今はまだ見えてないかもしれないけど、エレン、相当頑固な気質を持っていて、一度「こうする」と決めたら梃子でも動かないのよ』

エレンの頑固な面に目を瞑らないといけない………。

と、すれば、ここで私がやるべき事はひとつしかない。

ミカサ「…………分かった」

私はエレンにドア越しにそう答えて男子便所から出た。

私が今やるべき事は、エレンを信じる事だ。

何があったのか。それを聞き出すのは後回しにしよう。

音楽室に戻ってみると、皆、それぞれ練習に戻っていた。

アルミンがこっちに来たので、エレンは下痢をしているようだと伝えた。

アルミン「あらら……何か当たったのかなあ?」

ミカサ「出してしまえば大丈夫だと思う」

アルミン「まあ、大したことないといいけど」

アルミンがエレンの容体を他の人達にも伝えて、とりあえずその場は和やかに練習が進んだ。

アニとマルコが何度かこちらをチラチラ見ていたのが少しだけ気になったけれど。

練習中に余り私語をしてはいけないので、口を噤んでいるようだ。

そして少しの時間が流れて……30分くらい時間が過ぎた頃、エレンが何故かリヴァイ先生も連れて戻って来たのだった。

アルミン「エレン!!! お腹、大丈夫だった?」

エレン「え? ああ……出しちまえば問題ねえよ」

アルミン「ミカサから聞いたよ。急性の下痢だって。なんか変なものを食べたの? 売店とかで」

エレン「あー牛乳でもあたったのかな? 最近、飲み過ぎたのかもな」

アルミン「あー飲み過ぎるとダメていうよね。僕も気をつけよー」

エレンの周りに皆が近寄って「下痢大丈夫かー?」と言い合っている。

最後に私はエレンにこっそり言った。

ミカサ「…………と、いう事にしておいたので」

エレン「サンキュ。さすが気の利くオレの彼女だ」

ミカサ「本当の事、まだ言えない?」

エレン「後でな。今は部活だから。時間みつけて話すから。必ず」

くしゃっと笑ったエレンの笑顔にほっとした。

目が少しだけ赤いのが気になったけれど、この様子なら大丈夫だろう。

練習再開だ。ハンジ先生との掛け合いのシーンを演じて終えて、リヴァイ先生が渋い顔をした。

リヴァイ「あー俺ってそんなにいつも眉間に皺寄っているのか?」

ミカサ「大体こんな感じですが(キリッ)」

リヴァイ「そうか……」

アルミン「結構、ミカサの物真似は似ていますよ。かなり正確にトレース出来ていると思いますが」

リヴァイ「いや、まあそうなんだろうな。何か自分を客観的に見るのって変な感触だなと改めて思っただけだ」

ミカサ「背丈は違いますけど。そこは脳内で修正してください」

リヴァイ「うぐっ……(青ざめ)」

ミカサ「ダンスシーンの時も、ナレーションで『身長差は想像で補って下さい』と言った方がいいと思う」

アルミン「ああ! 確かにその方がいいかもしれない(メモメモ)」

リヴァイ「…………」

リヴァイ先生が何も言えずに落ち込んでいる。ふふっ♪

アルミンがマリーナに新しい指示を伝えていた。本当にナレーションを追加してくれるようだ。

リヴァイ先生は小さなため息をつきながら、

リヴァイ「まあ……順調に練習は進んでいるようだな」

ミカサ「そうですね」

リヴァイ「演じにくいところや、疑問に思う部分はないか?」

ミカサ「それは脚本の内容についてツッコミを入れていいという事ですか?」

リヴァイ「平たく言えばそうなるが」

ミカサ「ではひとつ、質問を」

リヴァイ「どこだ?」

ミカサ「ハンジ先生が三十路のプレゼントを暴露した時、何故『それを早く先に言え!』と言ってヘッドロックを?」

この時点での脚本では何故かハンジ先生がヘッドロックをかけられていたのだ。

私の質問に対し、リヴァイ先生はよそを向いて答えた。

リヴァイ「…………照れ隠しだ」

ミカサ「酷い」

リヴァイ「うるせえ。その、あの時の事は、俺もうまく言い表せねえんだよ」

ミカサ「おまけにヘッドロックの前に、1発頭を殴っていますよね? プレゼントをくれた相手にこの仕打ちはどうかと」

リヴァイ「身体が先に反応しちまったんだよ。仕方がねえだろ……」

ミカサ「私はエレンをこんな理由で殴りたくない。ここはカットでもいいのでは?」

リヴァイ「まあ、その辺はどっちでもいいが………」

アルミンに相談すると、

アルミン「ん~……そうなると、『隠していてごめんね~』のところから、飛んで『ハンジ』まで繋げる形にする?」

ミカサ「不自然ではないと思う」

アルミン「分かった。その流れも後で練習してみて、比べてから決めようか」

ミカサ「了解した」

其の時、唐突にエレンに呼ばれた気がした。

エレン「………………………………なあミカサ」

ミカサ「呼んだ?」

ジャン「うぐ……じゃあオレ、本当に出番無しか……」

ミカサ「何の話?」

エレンはジャンと話していたようだ。

エレン「ジャンはもう、ミカサの事を諦めて、もう一人の相手との事を真剣に考えてみるって話」

ジャン「?! エレン、いきなりバラすなよ!!!!」

ミカサ「それ本当?! ジャン!! (ぱあああ)」

ジャン「え、まあ……うん。すまん。気持ちが固まった」

何が起きてそうなったのかは分からないけれど、ジャンの気持ちが固まったのは良い事だ。

ミカサ「それは良い事! だったら私もそれを応援する!」

ジャン「ええええ(青ざめ)」

ミカサ「陰ながらだけど。ジャンとサシャがくっついたら、手料理を振る舞ってお祝いしてもいい!」

ジャン「………………………」

エレン「ジャン、今、邪な事考えたな? (ジロリ)」

ジャン「いやいやいや!? 考えてねえよ? ぜんぜーん考えてねえよ?!」

エレン「ほー。本当か? 今、『ミカサの手料理食えるのか』って思った癖に」

ジャン「何故バレたし」

エレン「お前もオレと同じで『顔』に出やすいんだよ。心の中がな!」

ジャン「うぐ……!」

ミカサ「え? では、嘘なの? ジャン、嘘をついたの?」

これ以上、嘘をついたら、絶対許さない。

ジャン「嘘じゃねえよ! その、ミカサの事を諦めるのは本当だ。その……サシャの事をこれから考えてみるのも、本当だし」

ミカサ「本当? 嘘ついたら、私、許さないけど<●><●>じーっ」

穴が空くくらいにジャンをじーっと見つめる。

するとジャンはガクガクブルブル震えだして、

ジャン「絶対嘘じゃない!! 本当!! もうサシャ一本に絞るから!!! 今まで、本当にごめん。不快な思いをさせて……」

ミカサ「なら良かった。(ニコッ)」

と、言ってくれたので胸がすっとした。

エレン「ジャン、嘘ついたらコニーのケツバットの相手100本な」

ジャン「多すぎるだろうが!!」

ミカサ「1000本でもいいと思う(キリッ)」

ジャン「あれ?! 意外とミカサってドSなのか?!」

ミカサ「何を今更……ククク……(黒笑顔)」

アニ「本当、今頃気づいたの? (黒笑顔)」

アニと一緒に笑った。

ジャンが酷い顔になっているのがちょっとだけ面白かった。

ジャン「OH……何か意外な側面を知ったぜ」

エレン「普段は優しいからな。怒らせると怖いぞ。アルミンもそうだしな」

アルミン「ん? 呼んだ?」

エレン「いや、優しい人間ほど、怒らせると怖えなって話」

アルミン「そうかもね。反動がくるんじゃない? ジャン、知らなかったの?」

ジャン「ああ。そうかもしれないな。いや、そこはそこで可愛いけど………」

ミカサ「コニーに電話してみようか」

アニ「そうしよう(スマホ構える)」

ジャン「すんませんでしたああああ!!!(速攻土下座)」

ジャンの件はこれで一件落着した。と、其の時は安心していた。

それが偽りの物だと気づいた時、私は自分が馬鹿だったと思い知った。

ジャンに対して私は思いやりがなかったのかもしれない。

本当は私からもっと早く、私の気持ちを彼に伝えるべきだったのかもしれない。

でも当時の私は、ジャンの事より、エレンの事で頭が一杯で。

エレンが便所に籠ってしまった理由の方が気になっていて。

だからジャンに対しては、申し訳ない気持ち以上の物を持つ事は出来なかったのだ。

ミカサが私情を挟み込みまくりな子になってますね。
今回はここまで。次回またノシ

諦めて暫く来てなかったが>>1生きてたのか 乙
ゆっくりでもいいから続けてくれると嬉しい
>>1の過去SS読み返しながら待ってるよ

>>554
プライベートが忙し過ぎて以前のようにはいかんとです。すんません。
ぼちぼち少しずつやっていきますのでよろしくお願いします。




休憩を挟んだ後、皆で意見を交換しながら脚本についての細部を調整する事になった。

その際、私が追加して頼んだ部分について意見が分かれてしまった。

スカーレット「ん~エレンを殴りたくないから、リヴァイ先生側の暴力はカットっていうのはなんかちょっと違うんじゃない?」

ガーネット「ここはカットしない方が、リヴァイ先生らしさが出ていいと思うけど……」

ミカサ「うぐっ……」

スカーレット「それにそんな事を言いだしたらエレン側だって複雑だよね? もっと酷いシーンあるし」

エレン「そうですね。思いっきりぶん殴るシーンありますからね」

ミカサ「そこは物語の重要な部分だからカット出来ない(キリッ)」

アルミン「まあねえ。それはそうなんだけど……」

ジャン「オレは別にカットしてもいいと思うけどな」

マルコ「うん。僕もジャンに賛成」

エレン「そうか? オレはそのままでも別に……」

わいわい。ワイワイ。シーンのカットについて意見交換が続く。

すると、そこにリヴァイ先生が頭を掻きながら付け加えた。

リヴァイ「あー。一応、削った結果がソレなんだがな」

ミカサ「え?」

リヴァイ「本当ならもっと、ハンジを殴ったり絡んだり、その……酷い時はプロレス技をかけたりもした。アルミンが『それは流石に酷い』と言い出したから、これでも割愛しているんだが……」

エレン「え? そうだったんですか。まあ、それはそれで、オレは構わないですけど」

ミカサ「駄目! エレンを酷い目に遭わせるのは……!」

エレン「そんな事言い出だしたら、劇にならねえだろ」

ミカサ「でも……!」

エレンと意見をぶつけ合っていると、今度はアルミンが頭を掻いた。

アルミン「というか、通しの読み合わせの時点で結構、時間を食っているから、細かい部分は時間短縮の意味でも削った方がいいかもしれない」

ミカサ「!」

アルミン「ミカサの意見を通す意味じゃなくても、削れる部分は少しずつ、削って行こうか」

ミカサ「いいの? アルミン……」

アルミン「ああ、いいよ。10時間分のリヴァイ先生とハンジ先生のインタビューを元に台本を掻き上げた時の苦労に比べたらどうってことないって」

10……10時間?!

録音を聞き直すだけで大変な作業である。

アルミン「先輩方、すみません(ぺこり)」

スカーレット「まあ、最終的な決定権はアルミンにあるし、いいよ」

ガーネット「脚本を書いた人がそういうんじゃしょうがないよね」

アルミンが先輩達に謝っている間、私はリヴァイ先生をじと目で責めた。

ミカサ「リヴァイ先生、アルミンに苦労を掛け過ぎ」

リヴァイ「………すまん。ハンジと話し込んだせいで、話が長くなった」

エレン「10年以上、2人の愛の歴史があるんじゃ長くもなりますよ」

ミカサ「全部、リヴァイ先生が悪い」

リヴァイ「……そうだな。その分の償いはこれからやる事にしよう」

そう答えたリヴァイ先生の表情には、年相応の皺が見えたけれど。

ふとエレンの方を見て、意地悪な笑みに変わった。

リヴァイ「………エレン、柔道の寝技をかけられている時、しっかり精神集中しておけよ」

エレン「え? (ドキッ)」

リヴァイ「バレるぞ。気持ちは分かるがな」

エレン「! は、はい……!」

ミカサ「2人だけで分かる話をしないで欲しい(じと目)」

リヴァイ「ん? 気づいていねえのか? 成程。うまく当てねえようにしてんのか」

エレン「リヴァイ先生、それ以上言わんでください!!!」

エレンにポカポカ背中を叩かれて、何故かニヤニヤするリヴァイ先生だった。

短いですがここまで。次回またノシ

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  `l:::::::::::::::::::::ヽ  :l li:::::::::::::/           /´   `l  |   <ヴッ!!!

  ヽ::::::::::::::::::::::\_」 lヽ::::/            !:-●,__ ノ  /   
  ノ:::::::::::::::::::::::::::ノ | l `゙゙            ,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,  /ヽ
,/ ヽ::::::::::::::::::::::(  l l::::::::..         /.:''/´ ̄_ソ  /  `ヽ
     ヽ:::::::::::::::ヽ | l:::::::::::...      /::// ̄ ̄_ソ  /    \
        ヽ:::::::\| l::::::::::::::::...    / :::.ゝ` ̄ ̄/ /       ヽ
           ヽ:::l l:::::::::::::::::::..      ̄ ̄;;'' /         ヽ

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              l l '''''''''''''''''''''''''''''''''''''' ̄l |             |

http://y2u.be/z2qK2lhk9O0

その日の部活動がひと段落して後片付けをして全員解散した後、私は忘れ物を思い出して音楽室に戻った。

しかしその時、2年の先輩達が全員、音楽室に集まって話し合っていた。

どうやら1年だけを先に帰して、2年だけは居残っていたようだ。

スカーレット「………でもさあ」

私はドアをスライドさせる手を一瞬、止めてしまった。

何だか開けてはいけないような空気を感じたからだ。

マーガレット「気持ちは分からなくはないけどさ」

ガーネット「そういわれたらそうだけど」

エーレン「そこはしょうがないと思うよ」

スカーレット「でも、本当にそれでいいと思う?」

何だろう? 何だか深刻そうな相談をしている様子だ。

私はその話を聞く為にドア越しに聞き耳を立てた。

スカーレット「だって、今回のミカサの意見って、殆どエレン絡みの自己中心的なものばかりじゃない?」

ギクリ!

スカーレット「劇そのものを良くしようっていう意志が感じられないんだよね。これって本当にいいことなのかなー……」

マーガレット「まあまあ、そこら辺の価値観は人それぞれだし」

ガーネット「そういう部分があるのは否めないけど」

アーロン「それは彼氏を中心に考えるのは良くないという意味か?」

スカーレット「うーん。それは別にいいんだけど。彼氏に気遣うのは女の立場としては分かるしさ。ただ、なんていうか……バランスを考えて欲しいというか」

ガーネット「ちょっと極端すぎるってこと?」

スカーレット「そうそう。その辺のバランス感覚は、アルミンのは絶妙だよね」

マーガレット「あー分かる。あの子の調整力、ぱねえって思うわ」

何だか私の事を批判されているようだ。

うう……ちょっと心が重い。

確かにエレンを中心に考え過ぎたのかもしれない。

我儘を言い過ぎて先輩達に嫌われてしまったのだろうか?

スライドドアを開けづらくて困っていると……

リヴァイ「成程。つまりスカーレットはミカサの我儘な言い方そのものが問題だと思っているわけか」

スカーレット「我儘なのは別にいいんですよ。人間、皆そんなものですし。ただ、伝え方がたまにストレート過ぎて、「ん?」と思ってしまう部分もあるというか。それって彼女の為にもならない気がして……」

うう……。ここでも私の残念な言語力が批判されているようだ。

確かに私は言い方が悪いのかもしれない。

先輩の言い分は正論過ぎて何も言い返せなかった。

マーガレット「アルミンの場合は自分の目的を遂行する為に、一番ベストな物の言い方を選んで人に話していますしね」

ガーネット「気遣いの仕方がたまに怖い時もあるくらいだよね」

エーレン「常に先の先を読んでいる感じだな」

アーロン「確かに」

リヴァイ「アルミンは口が達者な奴だからな。まあ、そこはアルミンとミカサを同じように考える方が酷だろうな」

スカーレット「彼女には何も言わない方がいいですかね?」

リヴァイ「迷う気持ちも分からんでもないがな。ただ、ミカサ自身が、劇を良くしようと思ってないという訳ではないと思うぞ」

スカーレット「そうなんですかねー」

リヴァイ「むしろ、いい傾向なんじゃねえかと思っている。今までは、指示された事はやっても、自分から積極的に周りに意見を言おうとする行動自体が少なかっただろ」

マーガレット「あー。確かに、文化祭の時より、今の方がミカサは自分で動いてますね」

リヴァイ「自主性が出てきた時点で、それはもう演劇を楽しんでいる証拠じゃねえか?」

スカーレット「まあ、確かにそういわれたらそうかもしれないですね」

リヴァイ「多少の役者の我儘は聞いてやれ。役者側が裏方に合わせるようになったら、その演劇はおしまいだ」

マーガレット「裏方が役者に合わせろ。……ですね」

リヴァイ「そうだ。それが裏方の一番の心得だと俺は思っている」

スカーレット「分かりました。じゃあ今回の件は、胸に留めておくだけにしておきますね」

その時、私はドアをスライドさせて先輩達の前に顔を出した。

ミカサ「あの………」

リヴァイ「ああ、ミカサ。なんだ。聞いていたのか?」

ミカサ「すみません。忘れ物があって、戻ってきました」

スカーレット「あっちゃー。今の聞いちゃった?」

ミカサ「………はい」

スカーレット「気、悪くしちゃったならごめんね。でも、やっぱり気になったからさ。私としては。皆に相談していたんだよ」

ミカサ「……………」

スカーレット「ミカサがエレンを大事にしている事は常々分かっているし、周りもそれを理解しているけどさ。エレンを理由に劇の内容を変えたり、我儘を通すようになると、それはなんか違うって思うのよ。これは他の人にも言えることだけどさ」

マーガレット「例えば、この演出は自分には身体的に無理だから演出を変える。とかは皆が納得するけど、この演出はエレンには合わないから変えて下さい。みたいな事はやっぱり周りも納得出来ないしね」

ミカサ「あの、では……」

そこで私は先輩達に尋ねてみた。

ミカサ「私が、エレンのセクハラシーンを削って欲しいといった要望なども、我儘になるんでしょうか?」

リヴァイ「まあ、そこら辺の最終的な判断はアルミンに委ねる事になるな」

と言ってリヴァイ先生が腕を組んだ。

リヴァイ「劇そのものを楽しめないのであれば、嫌なシーンはカットや変更をするべきだとは思うが、ただ、今回の劇に関して言えば、そこまで気を負うもんじゃねえよ」

ミカサ「というと?」

リヴァイ「大会に出る為の演劇じゃねえしな。ただの余興なんだから、完成度とか、そんなものより大事なものがある」

マーガレット「自分達が、楽しめる劇にすること、ですね」

リヴァイ「そうだ。束縛がない分、自由に楽しんでやれ。やりたい事をやっちまっていい。やらないという選択肢も有りだ。その辺は思う存分、話しあって煮詰めろ」

スカーレット「了解っす」

リヴァイ「忘れ物はこれか? ミカサのだろ。このヘアピン」

ミカサ「何故分かった」

リヴァイ「お前が俺風のメイクをする時にヘアピンを使うと聞いていたからだ」

ミカサ(ガクブルガクブル)

リヴァイ先生の記憶力はやっぱりキモイ。

リヴァイ「ほらよ。じゃあ俺は先に帰る。戸締りはちゃんとして帰れよ」

リヴァイ先生からヘアピンを受け取って、私はそこに居残った。

先輩達にどうしても伝えたい事が出てきたからだ。


ミカサ「あの、先輩達に聞いて欲しい事があります」

そして私は、この劇を楽しむ為の一番の「演出案」を先輩達に提案したのだった。


すると、先輩達は全員、口元を押さえて笑いを堪えながら、

スカーレット「マジで? 今、そんなことをこっそりしてるの?」

マーガレット「すごいね。諦めてないんだ?」

ミカサ「はい。まだ諦めていません」

ガーネット「1回却下されたのに、やるねえ」

エーレン「あーでも、あそこのカットは確かにしない方がいいと思う」

アーロン「ああ。カットするべきではないと客観的には思う」

スカーレット「した方が面白いよね」

ガーネット「ごり押し、賛成」

マーガレット「確かに。私も実は賛成」

スカーレット「そっか。ミカサはちゃんといろいろ考えていたんだね」

ミカサ「エレンについて、我儘を言ったのは、すみません……でも」

スカーレット「分かった分かった。今の言葉でミカサがこの冬公演にどれだけ意気込んでいるかは伝わったから」

先輩達に分かって貰えたようだ。それが嬉しかった。

スカーレット「どうにかしようか。水面下で」

マーガレット「了解。私もそっちの方向で準備しておくわ。こっそりと」

ガーネット「ふふふふ……リヴァイ先生、自分の言った言葉に責任を持ってもらいましょうか」

そして全員で「おー」とこっそり、拳をぶつけて、

私達は冬公演に向けて団結したのだった。

久々過ぎますが今回はここまでです。
ではまた次回までノシ








その日の慌ただしい部活が終わり、自宅に戻ってから一息ついたのち、エレンに呼ばれて部屋

で話す事になった。

エレン「今日、皆と話したんだけどさ」

ミカサ「うん」

エレンは少し気まずそうに視線を逸らしながら、頭を掻きながら続けた。

私は黙ってエレンの続きを待つ。少し間を置いて、エレンはゆっくり続けた。

エレン「オレは最初、ジャンにもう、サシャの方に行ったらどうだ? って話したんだけど、

その時に、浮気について話す流れになって」

ミカサ「うんうん」

エレン「女って、浮気者に対してはすげえ厳しい目を持つんだぞってジャンに言って」

ミカサ「それは当然」

エレン「そしたら、マルコがそこで『ミカサがもしも浮気者だったら許せるのか?』って言い

出して」

ミカサ「? 何故、そんな話の流れに???」

エレン「いや、そこは重要じゃなくて、だな」

ミカサ「???」

エレン「オレは最初、ミカサにもしも浮気されたら、それは自分に非があるせいだから自分の

反省が先だと思ってたんだけど」

ミカサ「? 浮気は浮気をした側が悪いのでは?」

そもそも浮気なんてしたいと思った事すら、私はない。

エレン「ええっと、今はその話は置いといて、とにかく、マルコに突っ込まれたんだよ」

ミカサ「マルコに?」

エレン「ああ。『無理に自分を大人に見せようとしていない?』ってさ」

ミカサ「……………成程」

それは思い当たる節がある。

エレンは子供っぽい部分があるのに、それを余り人に見せたくないのか、そういう時がある。

エレン「マルコに言われて、自分の本心に気づいちまって。オレ、ジャンを正面から見てなかった。あいつがミカサの事を好きだっていうのを知っていたけど、あいつは何も出来ないでいるから、慢心していたのかもしれねえけど。でも、正直言えばうぜえって思う事もあって」

ミカサ「うっ……それは私も同じ」

ジャンの態度が中途半端だから、私も曖昧な態度でいた。

エレンはそこで、頭を振って少し悲しげに続けた。

エレン「でも、よく考えたらオレ、やっぱり嫌だったんだよ。ジャンがミカサを見ている事も。ジャンだけじゃねえ。他の男がミカサを見ている事も。手出して来るんだったら、殺してやりたいって思うほど、そういう自分を無理やり抑え込んでいただけなんだって。マルコの指摘のおかげで気づかされちまったんだ」

ミカサ「だからジャンの態度も変わったの?」

エレン「ああ。その場でオレの気持ちをジャンに伝えた。手出したら殺すぞって。オレの本心を伝えたら、あいつも思うところが出てきたみたいでさ。サシャの件について真剣に考えてみるって、結論が出たみてえだ」

ミカサ「……………」

私がアルミンと話し込んでいる間にそんな急展開が起きていたなんて。

頭の中を整理して、そしてエレンの表情を見ているうちに私は自然と涙が溢れてきた。

エレン「何で泣く?!」

ミカサ「だって……嬉しい………」

エレン「え?」

ミカサ「エレンが、そこまで私を想っていたなんて、思わなかった。嬉しい……」

エレンの気持ちを知れたのが本当に嬉しかった。

ジャンの事が切っ掛けで、エレンの本心が見えたのが嬉しかった。

ミカサ「エレンの本当の気持ちが聞けて良かった。私、ずっと分からなかったの」

エレン「え?」

ミカサ「エレンが何となく感情を『抑えて』いるのは伝わっていたけど。それがどこまでの物かは分からなかった。エレンはジタバタする自分を嫌だと思うかもしれないけど。私は、エレンの泥臭い部分も含めて好きなの」

エレンの本心が見えない事が不安だったのかもしれない。

そうなのだ。私はもっと、エレンに求められたかったのだ。

ミカサ「エレンがリヴァイ先生の件を嫉妬した時もそうだった。あの時、私の体に電流が奔る様な感覚があって……体が一瞬で濡れてしまった。許されるならあのまま、あの場所で、エレンと繋がりたいとさえ思った」

ミカサ「だから本当は………たまにはヤキモチ妬いてくれるのも悪くないと思ったけれど。でも、アレ以来、あの時のような激しさを表に出来るだけ出さないようにしているエレンに対して少し寂しさを覚えていたの。だから、その……」

ぐいっと、そのままエレンに抱きしめられて押し倒されてしまった。

エレンの声が、耳元で、囁いて。

エレン「………………ごめんな」

優しい、悲しい声だった。

エレンの複雑な感情が伝わってくる。混じり合った物が愛おしい。

ミカサ「ううん。いいの。私は初デートの時も、嬉しかった。電話でのエッチも嬉しかった。エレンがたまに見せる、エッチな顔と声をもっと見せて欲しい」

エレン「オレ、そんなにエッチな顔していたか?」

ミカサ「うん。急に雰囲気がガラリと変わる瞬間が、ある。その時のエレン、物凄くセクシーになる」

表情がくるくる変わる、エレンが好き。

ミカサ「普段の優しい大人っぽいエレンも好きだけど。子供っぽくなる瞬間も、好き。だからお願い。もっと、エレンを私に良く見せて……」

エレンの手の動きが激しくなった。

心臓の音が聞こえる。

波打つ音が重なって、ドキドキする。

ミカサ「ん………ああっ」

もっとエレンが見たい。感じたい。

隠さないで欲しい。もっと、あなたを知りたい。

一気に飲み干したい。真夏の太陽の下で水をごくごく飲む時のように。

欲している自分に気づいて、遠慮なく声が漏れてしまう。

ミカサ「あっ……! んぐ!」

タオルを噛んで我に返った。そうだった。自宅で大きな喘ぎ声は良くない。

私の悪い癖だ。こういう時、すぐ、周りの事が見えなくなる。

ミカサ「ん…………」

反省した。エレンの眉が八の字だ。苦笑している。

そしてエレンの手が忙しなく動いて、私の衣服は緩められる。

エレンの唇が私の乳房に触れた。

ああ、もう、もっと、吸って。

私をもっと、エレンの中に、入れてほしい。食べて欲しい。

なのに、その時のエレンは、唐突に動きを止めた。

エレン「ミカサ」

ミカサ「?」

エレン「今日は生理初日だったよな」

ミカサ(こくり)

エレン「だったら、下は触らない方がいいか? 触っちゃダメだよな」

少しくらいなら、いい。

ミカサ(フルフル)

エレン「え?」

ミカサ(こくり)

エレン「い、いいのか?」

ミカサ(こくこく)

エレン「でも、血、つくし、衛生的には良くないんじゃ」

工夫すれば、大丈夫。

ミカサ(↓を指さしている。手の甲をトントン叩く)

エレン「調理用のビニール手袋、使っていいのか?」

ミカサ(こくり)

大丈夫。問題ない。

エレン「だ、大丈夫なのか? 本当に」

ミカサ(こくこく)

エレン「………分かった。じゃあちょっと取ってくる」

エレンが一度離れて、そして急いで戻ってきてくれた。

エレンがビニール手袋を装着して私の中に触れてきた。

ドキドキする。何だか悪い事をしているような気持ちになる。

怖いけど、その先を知りたい。好奇心が止まらない。

エレンの心が揺れ動いているのを感じた。

エレン「嗅いでみていいか?」

ミカサ「…………」

エレン「あ、ダメならやめておくから」

本当のエレンを知りたいと思ったのは私。

ならばここは、引くべき時ではない。

エレンが知りたいというのであれば、私は隠さない。

……でも、知った後に、もしも気持ち悪いと思われたら?

微かに感じる嫌な感情と、求められる興奮が混ざり合って、迷った末。

私はこくりと頷いた。それが私の選択だった。

エレンに自分を見せる。それが私の答えだった。

ミカサ「ん………!」

無言のエレンに自分を委ねる。

エレンの体温と手の動きだけに集中していたら、その先は思わぬ場所に近づいていった。

ミカサ「んん……?!」

え? ええ? 今、変な場所に手が触れた気が。

ミカサ「んんー……ん……ん……ん……」

あ、でも、何だか、それが気持ちいい。

今まで感じた事のない、言い表すのがとても難しい感覚が、くる。

エレン「ミカサ………こっちの穴にも指入れていいか?」

ミカサ「……………」

ぞくっと、した。

寒気のようなものを感じた。

冷蔵庫をいきなり開けた時の冷気を思い出した。

何故、今そんな事を思ったのかが分からない。

頭の中が熱っぽくて、いつもの自分が消えている。

頭の奥で鐘がなっているような、そんな感じがするのに。

私はその時の自分を止められなかった。目を閉じてその先をエレンに委ねてしまった。

ミカサ「んんんー………ん………ん…………」

ぐるぐる回る。頭も、体も、心も、混ぜられている。

私の中の何かが、変化している。

気持ちいいけれど、同時に、怖い。

何が怖いのか、分からないのに、怖い。

怖いと思うのに止められない。

この感覚は一体、何………?

ミカサ「んんんー!………ん!………ん!…………」

エレンに導かれて私は、堕ちた。

今までとは違う、明らかに違う場所に落ちた。

そこが何処かも分からない。エレンに引っ張られる。

腕を引かれる。痛いくらいに、強く。強く。

実際に引っ張られた訳ではないのに。何故、今。

分からない。この初めての感覚を言葉で言い表す事が出来ない。

何も考えられない。疲労感に包まれて、私は眠った。

エレンに包まれて、ひたすらに眠ったのだった。

今回はここまで。
リアルが忙しすぎてなかなか思うように書けませんでした。
次はいつになるか分かりませんが、次回またノシ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年12月26日 (金) 15:47:46   ID: QUkSYpN5

更新楽しみにしてまーす!
早くアルアニ読みたい!

2 :  SS好きの774さん   2014年12月30日 (火) 08:26:14   ID: x60pLSBG

アルアニにはならないよ、きっと。
それにしても、初めのシリーズから読んでるけど、可能性のない相手に遠慮し過ぎだよな〜。
スパッと相手に「気はない」事を伝えてほしいよね。

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