劇場版・とある星座の偽善使い(フォックスワード) (141)
・上条当麻×麦野沈利です。
・劇場版再構成になります。
・以下が前作のリンクです。
麦野「ねぇ、そこのおに〜さん」※一巻再構成
麦野「ねぇ、そこのおに~さん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1273075556/)
麦野「ねぇ、そこのおに〜さん」2※新約一巻再構成
麦野「ねぇ、そこのおに~さん」2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1291819165/)
番外・とある星座の偽善使い(フォックスワード)※SS一巻再構成
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364564666
〜0〜
「初仕事が生ゴミ処理とは恐れ入るわ。これも“学園都市暗部”ってやつの任務の一環なのかにゃーん?」
電話の女「こいつときたら!駆け出しの癖して一丁前に仕事選り好みしてんじゃないわよさっさと働け!」
学園都市第二三学区。それは戦闘機や無人ヘリから始まり航空・宇宙開発と多岐に渡る特殊な学区である。
一般学生立ち入り禁止区域。少女はそこで手にした生存者リストを指先でなぞりつつ雨夜に佇み通話する。
その眼前には大気圏再突入時に機体を覆う融熱ジェルの残滓も生々しい、左翼の折れた宇宙船オリオン号。
少女は操縦席に飛び散る炭化した血痕を目にしても身じろぎ一つせずに、電話の声を涼しげに受け流した。
「もう終わってるわ。嗅ぎ回ってたジャーナリストはコインロッカーに箱詰めしてあるから後はよろしく」
電話の女「いいね!クライアントも大喜びしてくれるだろうね」
少女の初仕事。それは後に『88の奇蹟』と呼ばれるオリオン号不時着事件について調べていた者の始末。
表向きは乗客、乗組員、合わせて88人が生還した事になってはいるが実際には機長だけが死亡したのだ。
それを嗅ぎ回っていたジャーナリストは今、学園都市二三学区駅のコインロッカーで冷凍保存されている。
これが仕事?と少女は栗色の髪の緩く巻いた毛先を弄りながら渇いた笑いを浮かべていた。くだらねえと。
電話の女「じゃあ無事に試験合格って事でこれからあんたには学園都市暗部の組織の一つを率いてもらう」
「そう」
電話の女「でさでさ、やっぱり組織と来ればイカしたネームが必要だよね。それ、あんたが決めていいよ」
作られた奇跡も、真実を追い求めた記者も、顔も名前もわからない女からの電話一本で人を[ピーーー]自分にも。
「アイテム」
電話の女「アイテム?」
「項目、道具って言った方が良いかしらね。命以外何もかも無くした使い捨ての道具にはちょうどいいわ」
少女は絶望していた。この星座さえ見えない闇夜の中、堕ちて行く自分の未来にさえ見出せるものがない。
電話の女「じゃあこれからもよろしく。“アイテム”リーダー」
夢も、希望も、幸福も、未来も、何一つとしてありはしないと少女はそこで通話終了ボタンを押し、呟く。
「……救えねえ」
——斯くして物語はこの雨夜より三年後を舞台に幕を開ける——
劇 場 版 ・ と あ る 星 座 の 偽 善 使 い ( フ ォ ッ ク ス ワ ー ド )
〜1〜
麦野「——!?」
耳に痛いスズメの囀り、目に痛い朝の光を受けて麦野は剥き出しの胸を放り出してベッドから跳ね起きる。
それがけたたましい目覚まし時計よりも寝覚めの悪い夢によってもたらされた事に、漸く思考が追い付く。
麦野「……夢か」
カラカラに渇いた喉を乾いた笑いで鳴らし、麦野は右手で顔を覆って頭を振る。懐かしむには悪い夢だと。
麦野「(どうして今頃になって?もう三年以上前になるのに)」
低い血圧にぐらつく頭、低い血糖にふらつく足をベッドから放り出しフローリングに人肌の残滓をつける。
ペタペタと足音を鳴らしながら冷蔵庫へと向かって、メトロミントのキャップを外して一気に煽って行く。
食道に達する前に舌と粘膜に吸収されて行くような渇きは、一本丸々空けるまで続いてようやく癒された。
麦野「まだ七時じゃん」
麦野に早起きは三文の得という概念はない。少なくとも二度寝に勝るほどの価値などない。それは例えば。
「うーん」
麦野「(私がこいつより先に起きるって結構珍しいかも知れない。って言うかこういう寝顔してたんだ)」
一日中、服も着ないで一緒にベッドでゴロゴロしながら海外ドラマを見て気がついたら眠っているような。
うつらうつらと腕の中でその温もりを感じながら二度寝する幸せには替えられない。だが例外も希にある。
今も自分が抜け出したベッドで涎を垂らしている男の寝顔を眺める事。寝起きの悪い麦野にはレアな光景。
「うーん、うーんインデックスさんそれ以上は勘弁して下さい上条さんのお財布のライフはもう0でせう」
麦野「……散々ヤる事ヤッといて寝言で違う女の名前呼んでんじゃねえよ!さーん……にー……いーち!」
「ハッ!?」
だがそれも他の女の名前を寝言と呟くまでであり、あわや永眠しかねないほどの光芒を放たんとした所……
麦野の原子崩しは男の『右手』で握られた瞬間、消失した。初めての出会い(ころしあい)の時のように。
「ぐっ、グッモーニン麦野さん。所でおっぱい丸出しですよ?」
麦野「今更恥ずかしがる中でもないでしょう?でも親しき仲にも礼儀あり。なに寝言で他の女の名前呼んでんの?死ねやオラ!」
上条「ふっ、不幸だァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
上条当麻が、目を覚ました。
〜2〜
上条「死ぬかと思った」
麦野「殺そうと思った」
上条「血圧も沸点も低過ぎだろ!?あっ、パセリは抜いてくれ」
あわや、今オーブンで焼かれているベーグルのようになりかけつつも何とか宥め賺して上条が椅子に座る。
その向こう側では麦野がキッチンに立ち、フロマージュ・フレとマヨネーズを混ぜて塩胡椒を振っている。
上条がパセリは入れないでくれと言いながらテレビをつけると、そこには現在話題になっているニュース。
上条「宇宙エレベーター“エンデュミオン”、遂に完成ってか」
麦野「嗚呼、あの出来の悪いガラスペンぶっ刺したようなやつ」
上条「それだそれだ。でもたった三年で完成なんてすごいよな」
エンデュミオン完成記者会見が行われており、そこには建設に尽力したオービット・ポータル社社長……
レディリー=タングルロードなる10歳の少女が映っていた。だが麦野は振り返りもせずトマトを切る。
そしてパンに先程のチーズマヨネーズを塗り、トマトとレタスを乗せ、スモークサーモンを乗せて呟く。
麦野「私も昔に比べりゃ丸くなったか。少なくとも三年前より」
上条「ん?」
麦野「何でもないわ、お待ち遠さん。紅茶はミルク一つだっけ」
上条「ああ。いただきます!ありがとう、すげー美味いぞこれ」
麦野「(……私が変わったのは三年って言う月日じゃなくてあんたと出会ったこの三ヶ月なんだけどね)」
パンダ柄のエプロンを着て料理を作って、美味しそうに食べる男の紅茶の好みまで知っている自分の変化。
ここに辿り着くまでに、麦野は三度上条を殺しかけた。今でこそ傷跡ではなく爪痕を残すのみとなったが。
上条「……どうした?」
麦野「えっ?」
上条「何かニコニコしてるから。良い夢でも見たんでせうか?」
麦野「別に?あっ、チャンネル変えてよ。星占いの時間だから」
上条「おお」
麦野「私は“新たなライバル”あんたは“思わぬ出費”があるでしょうってか。相変わらず運が悪いね」
その変化に悩む事が、どこか自分には過ぎた贅沢だと思わなくもなかった。寧ろ絶えず付きまとって来る。
だが香り立つマリアージュ・フレールの湯気に包まれながら浴びる朝日は三年前の自分にはなかった物だ。
上条「じゃあ今日はデートは止めにして部屋でゴロ寝ってか?」
麦野「もう三回もしたからお腹一杯。ごちそうさまでした、と」
そして今も……
〜3〜
上条「今日はどこ行こうかな。お前どっか行きたい所あるか?」
麦野「第三学区で借りてるプールはこの間行ったし、CD屋で」
上条「お前もか。実は上条さんもCD屋に用があったんだよな」
麦野「うん、あんたが前に聞いてたARISAって子の歌。何か良い感じだったから探してみようかって」
上条「ミニアルバムの“ポラリス”だな。でもあれネットで落とすか路上ライブでしか買えないんだぞ?」
その後、セーフハウスから第七学区の歩道橋を二人で手を繋ぎながらブラブラと歩き、行き先を話し合う。
麦野が上条の右手を繋ぐのは、能力を封じるリスクを負ってまでも示したい彼女なりの信頼の証でもある。
この行き交う人波の中に自然に溶け込めるようになるまでを思い、上条は青空を見上げながら目を細める。
未だ夏の残り香を引き摺る九月にあって日差しは目映いが、風力発電機のプロペラを戦がせる風は涼しい。
その時だった。
上条「……あれ?」
麦野「この歌って」
上条「ARISAの“アタリマエの距離”だ。こっちだ行こうぜ!」
麦野「おいおい!」
その風に乗って聞こえて来た歌声に、上条は麦野の手を引いてエスカレーターを早歩きと走るの中間点で。
やっと手にした二人のアタリマエの距離を保ちつつトントンと下りて行き、引っ張られる麦野が苦笑する。
麦野「(こういう所見ると、こいつ年下なんだなって思うわ)」
自分が年上だと意識する事と相手が年下だと意識する事は似ているようで違う。少なくとも麦野の中では。
本気で腕相撲すれば自分が圧勝するが、今は痛いくらい手首に込められた痛みがただ何よりも愛おしくて。
鳴護「ありがとうございました!」
「すごいんだよ!」
上条「あれれ!?」
麦野「……あん?」
そして歩道橋から下り、歌声と人集りを頼りに目指した鳴護アリサの路上ライブで目にしたもの。それは
上条「あれ、ARISAと」
「すごいんだよ貴女の歌声!私の“心”にすごく響いて来て!」
鳴護「ありがとう!そう言ってもらえるとあたしも嬉しいかな」
黒山の中にも一際目立つプラチナブロンドの髪と、スノーホワイトの法衣に身を包んだ修道女(シスター)
麦野「インデックス?何してんのあんた」
禁書目録「あっ、とうまとしずり!」
インデックスである。
〜4〜
麦野「(こいつどこかで見たような気がする。一体どこで?)」
禁書目録「ありさの歌声、何て言うか頭と胸と心に直接響いて来るみたいかも。スペルも使ってないのに」
鳴護「スペル?」
上条「だーっ!気にすんな気にしないで気に留めないで三段活用!そうだ麦野お前CD欲しがってたろ?」
麦野「(思い出せない)ああ、そうだったわね。もし良かったらなんだけど、サインとかってやってる?」
鳴護「うん、やってるよ。そんなに上手く書けないけど良いのかな?本当にあたしなんかのサインで……」
麦野「貴女がメジャーデビューした時プレミアがつくでしょ?」
鳴護「ふふふ、ありがとう。じゃあちょっと待って。よいしょ」
上条とインデックスが歌い終えた鳴護アリサと意気投合したらしい様子を麦野は一歩引いて見守っていた。
鳴護の歌に、魔術的要素を見出そうとするインデックスの口を慌てて塞ごうとする上条が日の光に当たる。
麦野はそんな三人を遊歩道に聳える柱より伸びる影から見やる。眩し過ぎて自分から入って行けない世界。
そこで上条に声をかけられ、鳴護にサインを貰いながら冗談めかして微笑みながらも拭い去れない違和感。
麦野「だけどあいつらの言う通り確かに響くものがあるわ。何て言うのかしら、テレパスみたいな感じで」
鳴護「うん、良く言われるかな。でもあたしレベル0(無能力者)だからそういうのじゃないかも。はい」
麦野「ありがとう。変な事言って悪かったわね。確かにあいつの様子を見てると能力じゃないのはわかる」
鳴護「?」
上条「だから!今までずっと宇宙エレベーターは立ってたろ!」
禁書目録「えーっこの街に来てからもう二ヶ月くらい経つけどあんなの私の完全記憶能力には少しも……」
上条「ちっちゃい事は気にするな!夢と胸は大きく持とうぜ!」
麦野「……まあテレパスとかそういうのが効かない能力者なのよ。そのあいつがあんたの曲全部持ってる」
麦野は殺した人間の数などいちいち覚えていない。殺めた人間の顔はその都度忘れるのが習い性であった。
鳴護が頭の片隅に引っ掛かるのはそれに連なる何かかと結論付け、サインされたCDを受け取って仕舞う。
麦野「それって本物だと思うわ。偉そうに言うのも何だけどね」
この時麦野は、遊歩道を行き交う人波の中から幾つかの視線を感じていた。剣呑で禍々しいそれを……
〜5〜
鳴護「本物なんて初めて言われたかも知れない。何か嬉しいな」
禁書目録「本物だよ!聞いている人の心を動かすのに科学も魔術も肌の色も言葉の壁も関係ないからね!」
鳴護「魔術?」
上条「(インデックス!)いっ、いやお前の歌ってそれくらい人に夢や希望や感動をくれるなって話だよ」
ここから二時の方向に一人、人混みに紛れて二人こっちを見てる連中がいる。どこの連中かはわからない。
鏡張りのビル群に目だけ動かす。まばたきはしない。見逃す恐れがある。いた、三角帽子の魔女もどきだ。
それから、懐かしい古巣を思わせるドロの匂いとドブの臭いがする。プルースト効果よりもはっきりとね。
鳴護「夢か。あたしにも叶えたい夢があるの。聞いてくれる?」
禁書目録「うん!」
鳴護「いつかね、大きな場所であたしの歌を届けたいの。それがあたしの夢かな?」
上条「大きな場所って言うと第七学区の帝都ドームとかもうすぐ完成する“エンデュミオン”みたいな?」
鳴護「そう。この間そのオービット・ポータル社のオーディション受けて今結果待ちなの。望み薄だけど」
だとすればこの中の誰が狙いかしら?8月31日の時みたいにインデックスを狙う魔術師か、或いは私か。
鳴護「あっ、電話だ。ごめんなさいちょっと出ても良いかな?」
上条・禁書目録「「どうぞどうぞ」」
鳴護が電話に出て、当麻達の間に弛緩した空気が流れるのに反比例して人混みにいる連中の緊張が増した。
見なくても肌身で感じる。背中にも目がついてなきゃ、いつ殺されるかわからない世界で長く生き過ぎた。
鳴護「はい、はい、そうです、ええ、ありがとうございます!」
一瞬、鳴護が電話越しに何かサインを送ってるかと思ったけど。
鳴護「と、当麻君インデックスちゃん、あたし受かっちゃった」
上条「受かったって、まさかさっき言ってたエンデュミオンの」
鳴護「あたしの歌がキャンペーンソングに選ばれたんだって!」
でもそれは杞憂だった。インデックスと手を取り合って喜んでいる様子にも筋肉の強張りは読み取れない。
禁書目録「やったね!お目出度い事にお祝い事は付き物かも!とうま、しずり、皆でご飯食べに行こう?」
上条「おっ、おう!そうだな、未来のトップアーティストに!」
成る程、狙いはこいつか。
〜6〜
鳴護「ごめんね当麻君、わざわざ持ってもらっちゃったりして」
上条「はは、いつももっと重いもん持ったりしてるから平気だ」
麦野「(悪かったな重くて。こいつ後でシメる。鶏みたいに)」
禁書目録「しずりしずり!ジョセフ入りたいかも!良いかな?」
麦野「良いわよ。最近あそこのサーモンステーキ食べてないし」
そして一行は鳴護のエレクトリックピアノを始めとする機材を詰めたバッグを背負い、ファミレスを目指す。
とは言っても力仕事は上条に任せて麦野はインデックスの手を引いてやや前を歩きつつ、ドアベルを鳴らす。
店員「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
麦野「四人。禁煙席で出来れば一番奥のテーブルが良いわ(店員女6男3、客女15男8、問題ありね)」
そこで麦野はザッと店内を見渡し、大まかな人数と男女比率を割り出し、体格から武装の有無を推し量る。
案内される席までの十五歩に自分の歩幅を掛けて距離を計り、窓際からの狙撃を避け店内を見渡せる奥へ。
ここに至るまでにファミレスに停まっている車の車種からナンバー、店員のネームプレートまで暗記する。
そして
御坂「げっ」
麦野「ちっ」
禁書目録「あっ、短髪!」
御坂「短髪って言うな!私には御坂美琴って言う名前があんのよ!何よあんた達、何しに来たって言うの」
麦野「メシ一つ食いに来んのにもテメエにお伺い立てる必要があんの?お偉いこったね。お子様の中坊が」
席へ向かう途中のドリンクバーで、合わせたくもない顔がいる事も飲み込んだ上で肩をぶつけてすれ違う。
御坂美琴。様々な事件の中で時には敵対し時には共闘もした麦野(ハブ)にとっての天敵(マングース)。
佐天「御坂さん!」
白井「お姉様!?」
婚后「ひいっ?!」
そこへ何時まで経っても戻って来ない御坂の様子を見に来た仲間が目にした光景。それはドリンクバーの
麦野「………………」
御坂「………………」
コップがビキッとひび割れ氷が溶けるようなオーラによる鍔迫り合い、火花どころか火柱が立つ視殺戦と。
上条「ふーっ、こんなのいつも一人で運んでるなんて大変だな」
鳴護「ふふふ、もう慣れちゃったから。あれ?貴女は確か……」
御坂「!?」
上条「ようビリビリ。おっ、白井じゃねえか。怪我大丈夫か?」
間延びした二人と。
禁書目録「ねえ、ご飯まだー?」
長閑なインデックスの声だった。
〜7〜
店員A「(やだあの席行きたくない。あんた代わってってば)」
店員B「(俺だって関わり合いになりたくない勘弁しろって)」
上条「へえ、ビリビリとアリサが知り合いだったなんて世間は狭いな。おいインデックスそれ俺のだぞ!」
婚后「(このような事象の地平線のような空間では食事など)」
湾内「(喉を通らないどころか胃に穴が空きそうなほどです)」
泡浮「(白井さん、このお二人の間に一体何がありましたの)」
禁書目録「やだやだ!この山盛りポテトは私のものなんだよ!」
白井「(山より高い壁と海より深い溝があるんですわよ……)」
御坂「本当、世間は狭いわよねえ?こんな所で出会すなんてさ」
初春「(私はあんまり詳しくないんですけど、佐天さんなら)」
麦野「あーあ、早く来ないかにゃーん?私のサーモンステーキ」
佐天「(えーっと、ぶっちゃけると殺し合いって言うか……)」
鳴護「本当だね。まさかさっき友達になったインデックスちゃんと当麻くんのそのまた友達繋がりなんて」
上条「これって奇跡だよな!」
婚后・湾内・泡浮・白井・初春・佐天・御坂・麦野「「「(((奇跡じゃなくて悲劇だよ!)))」」」」
遠巻きに見やる店員、縦一列に並べ直されたテーブルの右側に御坂達、左側に鳴護を先頭に上条達が座る。
佐天達からすれば今話題のアーティストととのお目見え、インデックス達からお祝い、双方共に泥沼状態。
水素爆弾VS原子爆弾の邂逅を、何を思ったか仲良しだと思った鳴護の提案によりこの形と相成ったのだ。
婚后の言う通り場を取り巻く瘴気たるや、白井が佐天に嫉妬し御坂にキスを迫る数千倍のブラックホール。
いつ冷戦状態から第三次世界大戦が始まるかわからない状況下にあって上条とインデックスは平常通りに。
御坂と麦野はテーブルの下で束ねたバットを五本は折れそうなローキックで蹴り合い、これまた平常運転。
鳴護「うーん料理来ないね。そうだ!待ってる間ちょっとだけゲームしてみない?コーヒーフレッシュで」
全員「「「?」」」
鳴護「負けたグループが皆にデザートを一品奢るってゲーム♪」
そんなお通夜の方がまだしもというテーブルにて、鳴護がストックされているコーヒーフレッシュへ——
〜8〜
婚后「びっぐ・おあ・すもーる?」
鳴護「数の大小を当てるゲームだよ。施設に居た時トランプで良く遊んだの。玩具ってあまりなかったし」
上条「(施設?)」
佐天「それでどうやってコーヒーフレッシュで数当てするの?」
鳴護「コーヒーフレッシュを裏返してみて。数字があるでしょ」
泡浮「87?」
御坂「こっちもよ。13、49、66、本当だ全部数字が違う」
初春「シリアルナンバーです。その製品がどの工場のレーンで作られたか不具合があった時わかるように」
スフィンクス「にゃーん」
鳴護が提案したゲーム。それはコーヒーフレッシュの底部に刻印された通し番号の大小を当てるものだ。
この場合泡浮が引いた87よりも次に引く番号が高いか低いか。だが鳴護はそこに一つのルールを作る。
鳴護「インデックスちゃん、その中から一つ番号を見ないようにして手に取って、裏側の方を触って見て」
インデックス「うん。でもこれじゃあ何番かわからないんだよ」
鳴護「それだよ。皆、一度ずつフレッシュの裏側を指で触って、それをヒントにして大小を決めてみてね」
白井「(刻印が薄過ぎて数字を親指に押し付けても浮かび上がりませんの。点字よりも厄介ですのよ!)」
鳴護「ふんふ〜ん♪」
鳴護がハミングしながら指でフレッシュの底部をなぞり数字を知ろうと努め、手渡されたそれに麦野が。
上条「(通し番号が1から100までなら87を上回る事は少ないはずなんだ!総払いは絶対に嫌だ!)」
一瞬眉を顰めるのにも気付くも上条は構わず確率論に賭け、更に時計回りに全員の手に行き渡ったところ。
鳴護「決まった?」
上条「スモール」
全員「ビッグ!」
上条「えっ!?」
ハミングを終えた鳴護の手からフレッシュが裏返されると、そこに刻印されていた通し番号は『88』。
上条「不幸だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
御坂「(全然番号読み取れなかったのに)」
佐天「(大穴狙いの当てずっぽうなのに)」
湾内「(なのに11人中10人が正解?)」
泡浮「(それも確率的に低いビッグに?)」
上条「もう一回だもう一回!他の奴等はともかくお前絶対ズルしてるだろ!さっき眉がピクッて動いたし」
麦野「かかってきな。但し、私が勝ったら払いはあんた持ちよ」
〜9〜
その後上条と麦野の一騎打ちになったが、結果はデザート代、ドリンクバー代、サラダ代と惨憺たる有様。
麦野「おいおい。もうお腹いっぱいで食べられないにゃーん?」
上条「何でだよ!?お前透視能力とか持ってないはずだろ?!」
麦野「選別するポイントがあるのよ。1は指を横に滑らせる、2はどん尻を指で押さえる、3は点が……」
婚后「言われた通りにやっておりますが全然わかりませんわよ」
鳴護「じゃあ当麻君の奢りって事で」
全員「「「いただきます!」」」
上条「くそー、矢でも鉄砲でもステーキでも持って来やがれ!」
麦野「(それは私が何百人も殺して来た人殺しの手だからさ)」
自棄になる上条と、ゲームというワンクッションが功を奏したのか和む場に相反して麦野に喜色は無い。
麦野が番号を当てたのは長らく暗部で培われたよる体性感覚野の鋭敏化と夜間触読による経験則からだ。
優れたギャンブラーが指先だけで本の捲ったページを当てる、背中越しに観戦者の人数を当てるetc.……
入店する際に発揮した観察眼も含めて今の平穏な日常には必要ないであろう暗殺者のスキルだ。そこへ。
上条「どうした?」
麦野「…………」
上条「冷めるぞ〜」
テーブルの下で上条が麦野の手を握って来る。わかっているのかいないのかは麦野にも俄かにわからない。
ただ一つ確かな事は、自分の方にサーモンステーキをそっと寄せて来る上条がいつも自分が一番辛い時に。
麦野「ふん、御愁傷様」
上条「どういたしまして!それにしてもすげーよなあアリサって。あっという間に皆の中に溶け込んでる」
言葉にならない声にいつも耳を傾けてくれる。嘗てレベル0と蔑み、殺しにかけた男の手が今は愛おしい。
佐天「ARISAの歌を聞くと幸せになれるって本当だったんだね」
鳴護「えーっ、そんな風に言われてるのかな?何か照れ臭いよ」
麦野「——確かに能力とかじゃあないわね。こういうのってさ」
玉葱の皮のように積み重なって行く伝票と騒がしいやり取りに、麦野はアイテムの顔を思い出して苦笑し。
麦野「(それからこんなくだらねえ特技も)あっ、ソース頂戴」
上条「!?」
あたかも会話に加わっている風を装い机の下で携帯電話をブラインドタッチし、左手を繋ぐ上条に見せる。
上条「(マジかよ……)」
そのメール作成画面には『尾行されている』と表示されていた。
〜10〜
全員「「「ごちそうさまでした!」」」
上条「じゅ、11人分の会計。もうバッティングセンターにも行けねえ。今月マジでどうすんだよこれ!」
麦野「デザートだけで済ませときゃ良かったもんを。じゃあ私はインデックスと先帰るから後よろしくね」
禁書目録「じゃあね、ありさ!」
メアリエ「(どうやらここで解散、といった様子ね)」
夕暮れ時。飛行船が第二三学区へ帰還すべく烏合する空の下で、一行がファミレス前で分かれて様子を……
メアリエ=スピアヘッドは向かい側のビルの屋上から監視していた。全ては魔術サイド、科学サイド間に。
メアリエ「(マリーベート、鳴護アリサと男の子が二人きりになったわ。どうやら送って行くみたいよ)」
マリーベート「(了解。人気の少なくなった所で作戦開始よ。師匠にいいとこ見てもらわなくっちゃね)」
戦争を引き起こしかねない鳴護アリサを暗殺する為である。まだ『師匠』からGOサインは出ていない。
しかし通信用霊装越しに応えるマリーベート=ブラックボールや、この場に居ないジェーン=エルブス。
自分も含めた三人で任務達成に漕ぎ着けてこそ師匠に認めてもらえる。その為に多少のリスクは度外視。
鳴護「ごめんね、彼女さんいるのに送ってもらっちゃって……」
上条「いいっていいって。上条さんはこれでも紳士なんですよ。あっ、悪い悪い。その彼女から電話来た」
鳴護「うん(私の歌が着信音なんてちょっと照れ臭いな……)」
メアリエが飛び石伝いにビルを飛び移る中、鳴護と上条は繁華街から人気のない公園へダラダラ向かう。
硝子張りのビル群が赤光を受けて照り返し、鏡張りの研究所が落陽を受けて影を落とし、夕凪が訪れる。
風の止まったプロペラはまるで墓標の十字架、ないし時計の針を思わせ、その中で上条は電話を取った。
上条「えっ?時鮭買って来いだって?だから上条さんは金ないって言ってるだろ!何?金が無いなら……」
メアリエ「(呑気なものね)」
上条「〜〜時鮭が川で釣れるか!そもそも釣竿も持ってねえ!」
そして鳴護と共に公園内に入るなり、何やら使い走りを命じられて憤慨しているらしい事がわかる。だが。
上条「でも」
メアリエ「!?」
上条「鮭は無理でも獲物はかかったぜ。俺達を撒き餌にしてな」
そこで上条が尾行していたメアリエのいる方角へと振り返り——
〜11〜
マリーベート「伏せて!」
麦野「さーんにーいちドバァァァァァァァァァァァァァァン!」
メアリエ「?!」
次の瞬間、噴水広場の近くに身を潜めていたメアリエより更に後ろの植林樹から放たれる原子崩しの光芒。
間一髪の所で物陰に身を潜めていたマリーベートが土の魔術で地盤沈下を引き起こし、メアリエが転んだ。
同時にメアリエが被っていた三角帽子は穴が空く側から灰すら残さず燃え尽き、その光景に血の気が引く。
麦野「ハロウィンまで随分あるぞ。何なの?このコスプレ女共」
鳴護「えっ!?何、当麻君今のって何?!何なのかなあれ!?」
上条「悪い、事情は後で説明するから今は俺の側から離れるな」
禁書目録「そこに隠れてるもう一人の子、出て来て欲しいかも」
ジェーン「(禁書目録!私の位置までバレていると言うの!)」
噴水広場にてマリーベートとメアリエ、鳴護をカバーする形で上条が対峙し、ガゼボの屋根にはジェーン。
街路樹の影から麦野とインデックスが姿を現し、何時でも原子崩しを撃てるよう照準が合わせられている。
そこで三人は悟った。最初から尾行に気付かれていたばかりか、泳がされた上で二重尾行されていた事に。
メアリエ「鳴護アリサ!」
鳴護「(何であたしの名前を)」
上条「何で俺達を付け回すんだ!お前らの狙いはアリサか!?」
ファミレスで尾行されている事を告げ、散会した後に誘き寄せやすい人数に分かれ、人気の少ない場所へ。
ジェーン「そうだとしてあなた達に何の関係があるんですか?」
上条「テメエ!」
麦野「かーみじょう」
上条が鳴護とダラダラ歩いている間に麦野が先回りして、携帯電話で上条に連絡しつつその場へ誘導する。
上条「麦野……」
麦野「聞くだけ無駄よ。科学だろうが魔術だろうが殺し屋は殺し屋。口を割らせるには身体に訊きましょ」
上条が話していた内容はただの出鱈目で、実際は麦野からの指示を聞いていたに過ぎない。そう、全ては。
マリーベート「……ジェーン、メアリエ、ここでやりましょう」
麦野「おーおー殺る気満々ねえ?じゃあ同業者としての忠告よ」
メアリエ「………………」
麦野「次から人を殺す時は蝋燭の火を吹き消すくらいの気持ちでやりなさい。まあ、もっともあんた達に」
三人を燻り出す為に。
麦野「次があればのシャットアウラ「貴様達に“次”などない」
〜12〜
上条「!?」
次の瞬間、公園を取り囲むように聳え立つ鏡張りのビル群、その壁面を滑走する蜘蛛を思わせる機動兵器。
学園都市秩序維持部隊ことシャットアウラ=セクウェンツィア率いる『黒鴉部隊』が三機、吶喊して来る。
前門の魔術師(とら)、後門の黒鴉部隊(おおかみ)に挟まれ、ここに戦いの火蓋が切って落とされた。
マリーベート「メアリエ!鳴護アリサの確保を最優先にして!」
禁書目録「気を付けてとうま!四大元素の水を司る魔術だよ!」
シャットアウラ「クロウ7!レアアースペレットを射出しろ!」
メアリエが振るう杖に連動して貯水池が渦巻き逆巻き、波濤が如くうねりを描いて上条達へと襲い掛かる。
左手で鳴護を抱き寄せ右手を突き出し、迫り来る高波を葦の海を割ったモーセが如く破壊するのも束の間。
弾け飛んだ飛沫が地に落ちるより早く、レアアースを内蔵した円盤が飛来し、メアリエへと狙いを付ける。
シャットアウラ「希上拡張(アースパレット)!」
マリーベート「させるか!」
先行したレアアースペレットへ、駆動鎧から放たれたワイヤーが次々と突き刺さり、シャットアウラの目が光る。
同時に円盤に蓄積されたレアアースの力が点火され爆発する。されど直前で割って入って来るはマリーベート。
石畳全てをひっくり返す土壁をメアリエの周囲に展開させ、爆風をやり過ごし土煙が舞い上がり視界が塞がり。
麦野「何だテメエらはァァァァァ!」
ジェーン「どけ!」
轟と土煙をブラインドに麦野の原子崩しが槍襖のように放たれ、機動兵器の内一機の足がもがれ制御を失う。
スピンしながら滑走して来るクロウ7を、ジェーンが瞬間的な竜巻まで練り上げた風の魔術で叩き返さんと。
禁書目録「CTRTTOP、AO!」
ジェーン「強制詠唱(スペルインターセプト)!?」
した所でインデックスが詠唱に割り込み、上条へ叩き返そうとした機動兵器の軌道を逸らしてビルへ突っ込ませる。
それによって窓ガラスが雨のように降り注ぐ中を、光学迷彩で視認し辛くした機動兵器が弾丸のように三人へ猪突。
マリーベート「しまっ……」
五秒にも満たない三つ巴のバトルロイヤルに、マリーベートの意識が回り切らぬその間隙を縫うようにして。
ステイル「Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)!」
火柱が降りかけた夜の帳を焼き尽くした。
〜13〜
マリーベート・メアリエ・ジェーン「「「師匠!」」」
シャットアウラ「新手か!」
上条「ステイル!ステイル=マグヌス!」
ステイル「お前達、僕が命を下すまで動くなと言ったはずだぞ。それにまた君達か。上条当麻に麦野沈利」
麦野「そりゃこっちの台詞だ。タバコ臭えビジュアル系神父が」
禁書目録「すている!」
機動兵器の一機が溶解するような火の海と共に姿を表すは、必要悪の教会の神父ことステイル=マグヌス。
そこでシャットアウラも動きを止め、麦野が全体を見渡し、ステイルが炎剣を手に三人を庇うように立つ。
魔術サイドは四人、科学サイドは二人、上条達は鳴護を除いて三人。危うい均衡の上に成り立つ緊張状態。
シャットアウラ「私は統括理事会から認可を受けた秩序維持部隊黒鴉部隊、シャットアウラ=セクウェンツィアだ。鳴護アリサから手を引け」
ステイル「それは出来ない。彼女の存在は魔術サイドと科学サイドとの間に戦争を引き起こしかねない。少なくともその可能性を秘めている」
上条「アリサが何したってんだ!人の命を右から左に流すみてえに生かすだ殺すだ言ってんじゃねえ!答えろよステイル!シャットアウラ!」
鳴護「(どうして?私が戦争を引き起こすってどういう事?)」
射竦めるシャットアウラ、切り返すステイル、吠え哮る上条、三者三様の睨み合いに鳴護が狼狽えて——
鳴護「あっ……」
鳴護が肩からかけていたバッグより、この騒ぎで割り符のように半ばで砕けたブレスレットが落ちた所で。
麦野「死ね」
それを合図に麦野が左手を突き出し、最も人数の少ないシャットアウラ目掛けて原子崩しを放った所で——
ステイル「君がね」
シャットアウラ「貴様がな」
上条「やらせるかよ!」
シャットアウラが疾風のように石畳を駆け抜けてアースペレットを投擲し、ステイルが上条へ突っ込んで。
上条「沈利!」
マリーベート「ちっ!」
麦野「わかってる!」
ジェーン「マリーベート!」
上条がシャットアウラ、麦野がステイルへとスイッチし、マリーベートの土石の弾雨が二人を狙う。
麦野が咄嗟に原子崩しでアースペレットの爆発前にワイヤーを焼き切り、上条が土石の弾雨を右手で打ち消す。
そしてステイルが切りかかるのを麦野の右手が手首を掴み左手で肘を押さえ、上条が前蹴りで引き剥がす。
〜14〜
ステイル「くっ、イノケンティウス(魔女狩りの王)!」
メアリエ「振り切れない!」
禁書目録「させないかも!」
肉弾戦で迫り負けたステイルがルーンをバラまき、白熱する十字架を携えし三千度の炎を司る巨人を召喚。
業火を撒き散らしながら麦野へ襲い掛かるイノケンティウスに、メアリエがもう一機の機動兵器へ放つ水の流星群。
それをインデックスが強制詠唱で軌道をイノケンティウスにぶつけ、水煙と粉塵と爆風が吹き抜けて行く。
シャットアウラ「ちょこまかと!」
ジェーン「往生際の悪い!」
ステイル「ぼさっとするなマリーベート!」
しかしシャットアウラは迅雷のように公園内を疾走し鳴護を除く全員を取り囲むようにアースペレットを射出。
いち早く反応したジェーンが突風を巻き起こして爆風を何とか散らし、ステイルがマリーベートを抱いて飛び。
ステイル「吸血殺しの紅十字!」
上条「本気かよステイル!」
その勢いで左手にマリーベートを抱えたまま右手の炎剣で、上条が左手に抱えた鳴護を狙うが右手に掻き消される。
しかし
鳴護「きゃっ!」
上条「アリサ!」
初めての戦闘で蹴躓くアリサが前のめりに倒れ、上条が抱き起こそうと削がれた注意を見逃すはずもなく。
シャットアウラ「これで!」
麦野「よけろ!」
上条「しまっ……」
麦野が二機目の機動兵器を原子崩しで撃ち抜いた所へ、シャットアウラの駆動鎧が上条に狙いをつけた。
その時だった。
『今夜は星が綺麗ねだからきっと』
シャットアウラ「ごっ、がああああああああああああああ!?」
上条「(な、なんだ!?)」
鳴護「あたしの歌だ……」
上条の携帯電話の着信音に登録された鳴護の歌声が響き渡った途端、シャットアウラの演算が乱れ悶絶した。
それによって機動兵器が進路変更を余儀無くされ上条の頬をワイヤーが切り裂くに止まり、麦野が驚愕する。
麦野「(まさかこの女)」
そこへ。
神裂「ステイル」
上条「神裂!?」
神裂「潮時です。この騒ぎを聞きつけた警備員達がこちらに向かっています。直ちに撤退を」
沈み行く夕陽を背に風力発電のプロペラ機の上に佇む神裂が七天七刀に手をかけながら全員に向かい宣言し。
神裂「幕引きです」
抜刀した。
〜15〜
その瞬間、第二三学区へ帰って行く無人飛行船団が一台二台三台と真っ二つに斬られ、公園内へ墜落する。
可燃性ガス及び推進剤に引火して爆発を連鎖的に繰り返し、公園内が先程に倍する火の海に包まれて行く。
それによって三つ巴がそれぞれ強制的に引き離され、三者三様に赤の火と紅の炎と朱の焔の中で対峙する。
ステイル「マリーベート、メアリエ、ジェーン、一時撤退だ!」
ジェーン「ですが!」
神裂「お止めなさい」
ステイルが三人を引き連れて踵を返すのを、三人が追いすがる。しかし殿を務める神裂がそれを許さない。
上条「待てよ神裂!アリサが戦争を引き起こすかも知れないってどういう事だよ!」
神裂「……彼女は私と同じ聖人、ないしそれに次ぐ人間である可能性があります。それも覚醒すれば——」
上条「何だって」
神裂「私を越える可能性すら秘めています。暫定で第九位。インデックス、貴女にはこの意味が分かりますね」
禁書目録「………………」
神裂「では」
上条達に背を翻して去って行った。聖人。それは魔術サイドにあって核兵器に匹敵する脅威である。
それはインデックスの記憶を巡る戦いで、学園都市第四位の麦野が子供扱いされた事からも明らかである。
そして
シャットアウラ「くっ」
麦野「黒鴉部隊か。引退してからそっち方面はさっぱりだけど相変わらずねえ?この学園都市(まち)は」
そして麦野が蹲うシャットアウラを遠巻きに見ながら嗤う。嘗ての古巣で今も尚戦う見知らぬ後輩(どうるい)へ。
麦野「セクウェンツィア。どこぞの不時着事件の生き残りとその宇宙船の機長もそんな名前だったかしら」
シャットアウラ「!?」
上条「——帰ろうぜ麦野。俺達は兎も角アリサはもう限界だろうしこれ以上怖い思いをさせたくないんだ」
禁書目録「ありさ、大丈夫だからね」
鳴護「うっ、うん。ありがとう……」
鳴護もシャットアウラも、炎上する飛行船に取り囲まれながら酷く消耗していた。蒼白と呼んで良い程に。
シャットアウラ「待て!貴様は一体何者だ!」
麦野「そういう台詞は尻にくっつけた殻が取れてからにしなひよこ。テメエに“次”があればの話だけど」
そして麦野が原子崩しで地面を薙払い再び巻き起こった爆発と火の手が引いた時、上条達の姿は影も形も消えてなくなっていた。
〜16〜
青髪「(間一髪っちゅう所やねぇ。危なっかしいわあ上やん)」
同時刻、青髪ピアスは下宿先であるベーカリーにて店番しつつ、上条へ向けて発信した携帯電話を切った。
端から見れば単にブロンズパロットの制服の女性店員を盗み見しながらサボっているようにしか見えない。
吹寄「ふーっ、お邪魔するわ。取り置きを頼んでおいたパンもう出来てるかしら?」
青髪「いらっしゃーい。もう焼き上がっとるよあんなん頼むの吹寄さんくらいやし」
そこへ姿を現すは大覇星祭に向けての集まりの帰路にあった吹寄制理と、転校して来たばかりの姫神秋沙。
姫神「本当にパン屋さんが下宿先なんだ」
青髪「姫神さんもいらっしゃーい。大覇星祭の準備お疲れ様な」
青髪は知っている。仮にも委員長にある自分などより、吹寄の方が遥かに行事に熱心である事を。
吹寄が姫神に何くれと付き合ったり色んな所を回るのは彼女が一早くクラスに溶け込めるようにという配慮だと。
そして青髪は知っている。後に彼女達の身に降り懸かる受難を。そしてつい今し方起きた出来事も。
吹寄「ええ。だけど今日回ったルートは変更しなくちゃいけなそうなの。さっきね」
姫神「近くで飛行船の墜落事故があった。暫く。あの辺りは封鎖されそう。だから」
吹寄「幸いにも怪我人とかはいないって話らしいわ。これってちょっとした奇跡ね」
青髪「奇跡なあ。はい、青梅マフィンに抹茶あんパンに大麦若葉メロンパン。相変わらず健康志向やねえ」
吹寄「忙しい時だからこそいつもより健康に気を付けなくちゃ」
紙袋に入れられた焼きたてのパンを手に胸を張る吹寄と頷く姫神を尻目に、青髪はレジを打ちながら呟く。
青髪「長生きの秘訣は健康な食生活から、って言うたかて……」
吹寄「?」
青髪「百年も千年も長生きしたらそれはそれでしんどそうやね」
姫神「何の話?」
青髪「ちょっと待ってや電話かかって来た。もしもし上やん?」
上条『悪い青髪。ちょっと取り込み中だったんだ。何か用か?』
そこで上条から、何か用か?という折り返し電話を受け取って。
青髪「嗚呼、パンの耳余ったから取りに来る?ってかけただけ」
今回、僕に出来るのはここまでやでと言う言葉は飲み込まれた。
〜17〜
禁書目録「ありさ、大丈夫?すごく顔色が悪いんだよ」
鳴護「大丈夫だよインデックスちゃん。何だか嫌な事を思い出しそうになって」
麦野「………………」
鳴護「ああいう墜落事故現場みたいなのを見るとなるの」
噴水公園を後にした後、鳴護は上条達の部屋へと匿われ、今は床に敷かれた布団に横になっていた。
その顔色が優れない事は立て掛けられた折り畳み式ベッドに寄りかかる麦野の目にも明らかだった。
最初は突如として始まった戦闘で強いられた極度の緊張と弛緩によるものかと思ったが違うらしい。
鳴護「——あたしね、三年前からの記憶がないの。多分、その切っ掛けになったのが飛行機事故だと思う」
禁書目録「私と同じだね」
鳴護「えっ?」
上条「……インデックスにも一年前からの記憶がないんだ」
鳴護「そうだったんだ……」
布団から半身起き上がらせる鳴護の背中を寄り添うインデックスが支え、上条が青髪との通話を切った。
鳴護の手には、先程バッグから取り落とし拾い上げたブレスレット。それに目を落としながら語り出す。
鳴護「……あたしはそれから施設に引き取られたの。あたしには何もない。その時身に付けてたブレスレットと、この歌声以外」
自分には歌しかないと。
鳴護「歌っていれば、自分はここにいる、ここにいてもいいんだって、そう思える気がした。だけど……」
俯く鳴護の目から零れる涙がブレスレットに落ちる。もし先程のような争い事の原因が自分にあるならと。
鳴護「あたしが歌う事で、ここにいる事で、誰かが傷つくなら」
麦野「止めな」
禁書目録「しずり……」
いっその事と言いかけた鳴護に被せるように、それまで静観を決め込んでいた麦野が腕組みして口を開く。
麦野「私にはないもんだし、言えた義理でもない、そういうキャラでもない。だけどあんたの夢の終着駅はこんな所でいいの?」
鳴護「………………」
上条「オーディション受かったんだろ?やっと切符を手に入れたばっかりなのに本当にここで途中下車して良いのか?違うだろ」
鳴護「……あたし」
禁書目録「私は、ありさの夢が叶うところが見たいんだよ!皆の前で、私の心に響いて来た、ありさの歌う姿が見たいんだよ!」
〜18〜
鳴護「……本当は、あたし諦めたくない。あたしの歌を、皆に聞いて欲しい。あたしは、ここにいるって」
禁書目録「……いるよ。ありさはここにいる。でも忘れないで」
上条「俺達もここにいる。俺達だけじゃない、お前の歌が好きな人皆が、お前の夢が叶う瞬間を見たいと思ってる。そうだろ?」
鳴護の目から再び涙が溢れ出す。だがそれは先程までとは異なり、破れかけた夢に泣くそれではなかった。
それを見守っていた麦野が頭を振り、溜め息を吐くとパンパンと両手を鳴らし、その音に三人が振り返る。
麦野「はいはい。衣食住足りてじゃないけど、少し落ち着いてから結論出せば?それからでも遅くないわ」
禁書目録「そうだよありさ!とりあえず、お風呂入ってリラックスして、ご飯食べてから考えよう?ね?」
鳴護「でも、また巻き込んじゃう……」
上条「ここでお前をひとりぼっちにして、その後の事考えて食うメシが美味いはずねえだろ。行って来い」
とりあえずその転げ回った服を何とかして、煤に汚れた身体を洗い流して来なさいと麦野が言外に告げる。
上条もまた、ここでお前を見殺しにして気持ち良い明日の朝など迎えられない、今日の夜さえ眠れないと。
上条「お前の幻想(ゆめ)は誰にもぶち殺させねえ。安心しろ」
鳴護「……ありがとう!」
禁書目録「うん!それじゃあ一緒にお風呂に行くんだよ!裸の付き合いなんだよ!」
鳴護「ええっ!?」
禁書目録「私が匿われてる時もしずりや短髪と一緒に入ったら安心したかも!お背中流してあげるんだよ」
麦野「あれはあんたが一人じゃ風呂に入れなかったからだろうが!まあいいわ。はい、新品の服と下着ね」
鳴護「うん!」
涙ぐむ鳴護の手を引き、インデックスがバスルームへと向かって行く。それは正しく成長と言えるだろう。
麦野「……ダブんだろうね。私やあんたと出会った時の自分と」
上条「そうかもな。でも悪かった沈利。色々気回してもらって」
麦野「毎度の事だろ。テメエはいつまで経っても成長しねえな」
衣類を受け取った鳴護の背中を見送った後、麦野は呆れたように肩を竦めてベランダへ出、夜風に当たる。
麦野「……88の奇蹟」
上条「?」
麦野「やっと思い出したわ。あいつらオリオン号の生き残りよ」
その背中を抱き締めて来る上条の手に、自分の手を重ねながら。
〜19〜
麦野「——私がこの学園都市(まち)の暗部(やみ)で生きてたのはあんたも当然、知ってるでしょう?」
上条「……ああ」
麦野「三年前、私がまだ卵の殻を尻にくっつけた嘴も黄色いひよこだった頃、それに絡んで仕事を受けた」
麦野の細い腰の辺りで重なる手。夏の名残(におい)を運んで来る夜風に髪を靡かせながら麦野は語った。
麦野「その時入手した生存者リストには二つ穴があった。一つは機長が死んだ事、もう一つは記憶喪失で身元不明の女がいた事」
上条「それが、アリサだって言うのか?」
麦野「そう。搭乗者名簿にも乗っていなかった89人目の生存者。そいつが加わる事で死んだ機長の穴を埋めて88人になった」
あの時は顔写真しか見てなかったからわからなかったと続けて。
麦野「88の奇蹟だなんて謳っておいて実は犠牲者がいましたなんて引っ込みつかなかったんでしょ。所詮は自社のパイロット」
上条「どうとでももみ消せるってか」
麦野「それだけじゃないかも知れないけどね。何か裏があったのもかも知れない。この街の闇は深いから」
上条「……なあ、これはあくまで俺の勘の域は出ねえんだけど」
麦野「?」
上条「その事件の裏にいた連中が、今回のアリサの件にも絡んでるって線はありえねえか?って思ったんだ」
麦野「(オリオン号とあいつがオーディションで選ばれたエンデュミオンは同じオービット・ポータル社。有り得なくもない)」
上条「あんなメカまで引っ張り出して、俺と同じレベル0のアリサを守ろうとしたんだなら、そうするだけの理由があるはずだ」
そして切り出す。魔術サイドが聖人云々を論うのはまだわかる。だがそれだけで戦争の引き金になるか?
科学サイドも能力者を必要とはしても、聖人など必要とすまい。更に鳴護は自分と同じレベル0なのだ。
麦野「——歌」
上条「まさか……」
麦野「馬鹿馬鹿しい想像だけど、あの女の歌そのものに何か秘密があるんじゃないのかしら」
二人は思い返す。ファミレスで鳴護がハミングしながらやった、コーヒーフレッシュでのゲームでの結果。
異能の力を打ち消す上条を除く全員が、確率的に言って分の悪いビッグに賭け、一つ違いの88が出た事。
そして鳴護の着うたを聞いてシャットアウラが苦しみ出し、上条が九死に一生を得た事。それはまるで——
上条「……奇跡の歌姫か」
神からの贈り物のように。
〜20〜
鳴護「(当麻君達って何者なんだろう?これを見る限り、三人一緒に住んでるって事なんだろうけど)」
上条と麦野がベランダで夜風に当たっているのと時同じくして、鳴護とインデックスはお風呂に浸かっていた。
ちょうど湯船で向かい合わせになるようにし、インデックスが鼻歌を歌い、鳴護が抱えた膝の上に頬を乗せる。
その視線の先には『わたしの』『しずりの』『とうまの』と書かれたそれぞれ異なるメーカーのシャンプー等。
鳴護「ねえ、インデックスちゃん」
禁書目録「なーにー?」
鳴護「当麻君と貴女達ってどういう関係なの?」
禁書目録「とうまがご飯を作って、しずりが味に文句を言って、私が食べる関係?」
鳴護「(それじゃわかんないよ)でも、当麻君の彼女さんって」
もしかして妻妾同衾?という言葉が頭を過ぎるがそれは違うのではないか、と鳴護の女の勘が囁いている。
鳴護「一度もあたしの名前呼んでくれないね……」
禁書目録「……やっぱりわかっちゃう?」
それは麦野が一度も鳴護の名前を呼ばない事と、上条に接する所からかなり気も独占欲が強いと感じられた。
そんな女性が二股など許すはずがないだろうと。だとすればインデックスはそれ以外のポジショニングかと。
禁書目録「気にしないで。しずりは私と短髪以外女の子の名前を呼ばないんだよ。あいさもそうだった」
インデックスがアヒルのおもちゃを俯く鳴護の所へ泳がせながら苦笑する。フォローが大変なんだよと。
禁書目録「あいさって言うのは私の友達でね、やっぱりありさみたいに色んな人に追い掛け回されて……」
鳴護「うん」
禁書目録「とうまがそれを助けようとして死にかけたの。それも私のせいでしずりと大喧嘩してる最中に」
鳴護「」
禁書目録「それからしずりは女の子の名前を呼ばなくなったの。色んなものをなくして、変わっちゃった」
鳴護「」
禁書目録「でもあいさは部屋にも入れてもらえなかったから、ありさは少なくとも嫌われてはいないかも」
歌詞に起こすには濃過ぎる愛の形に、鳴護の笑みに汗が流れる。
鳴護「そ、そう。大人の女の人って難しいね」
禁書目録「しずりはまだ××歳なんだよ?大人じゃあないかも」
鳴護「」
麦野『ぶぇっくしょーい!ちくしょー!』
上条『ほら、冷えて来たから中入るぞ?』
その日一番の衝撃に、ベランダから豪快なくしゃみが響き渡り。
〜21〜
シャットアウラ「誠に申し訳ございません。鳴護アリサは無事ですが、襲い掛かって来たグループを取り逃がしてしまいました」
レディリー『問題無いわ。約束の日まで彼女の無事ならそれで。ただそれなりの布石を打っておくに越した事はない。でしょ?』
一方、帰投した後自室に戻ったシャットアウラは、窓から望む学園都市の夜景を見下ろしながら報告する。
より正確には、その中でも一際光り輝く“エンデュミオン”を打ち立てたオービット・ポータル社社長……
レディリー=タングルロード。若干十歳の依頼主が携帯電話越しにも笑んだ光景が目に浮かぶようだった。
シャットアウラ「それはどういう……っ」
レディリー『どうしたの?』
シャットアウラ「いえノイズが混じって」
同時に、耳の痛い皮肉とノイズにシャットアウラが眉を顰める。その原因はレディリーが自室でかける。
レディリー『止めて』
今時珍しい蓄音機から奏でられる旋律によるものであった。
それは機器に問題があるのではなく、聞く者に問題がある。
レディリー『これでいいかしら?』
シャットアウラ「はい、申し訳ございません」
レディリー『構わないわ。では引き続きよしなに』
シャットアウラは、歌声ないし旋律、音楽がノイズにしか聞こえないという後天性の脳障害を患っていた。
世界には音アレルギーとも言うべき、特定の低周波音に強い反応を示す患者もいるがそれともまた異なる。
依頼主に報告を終え、シャットアウラは携帯電話を切り窓辺から簡素な自室に置かれたパソコンへ向かう。
シャットアウラ「上条当麻、レベル0」
一つは『書庫』のデータベースより鳴護に絡んで自分に立ち向かって来た人間の洗い出しをしていたのだ。
上条に関してはレベル0だと言う事、側にいた修道女はデータ無し。だが彼女が問題視するのは残る二人。
シャットアウラ「鳴護アリサ、レベル0。麦野沈利、レベル5第四位」
自分と同じオリオン号試験飛行記念品であるブレスレットを割り符の様に持つ鳴護。そして壁に飾られた。
麦野『セクウェンツィア。どっかの不時着事件の生き残りとその宇宙船の機長もそんな名前だったかしら』
血染めの機長帽と、自分を知っているらしい麦野の顔が重なり。
シャットアウラ「……お父さん」
影が濃く、夜が長く、闇が深く、シャットアウラを蝕んで行く。
〜22〜
ディダロス『待つんだ!一体何が起こっているんだ!副機長!』
副機長『左翼第2から第3エンジン炎上!第4エンジン制御不能!駄目です降下角度が維持出来ません!』
ディダロス『このままでは機体が分解するぞ!レバーを引け!引け!引け!機首を上げるんだ諦めるな!』
航空機関士『大気圏再突入シークエンスを1から3に繰り上げろ!クソッタレ!なんて日だちくしょう!』
ディダロス『融除剤ジェル、展開用意!副機長!?副機長?!』
副機長『もうおしまいだァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
三年前。私は父ディダロス=セクウェンツィアを機長とし試験飛行に乗り出したオリオン号の機内に居た。
乗客乗員、合わせて88名。皆が祈っていた。あまりのGにシートベルトが食い込み肋骨が罅割れる痛み。
男も女もなく湧き上がる嗚咽混じりの金切り声。老人も子供もなくぶちまけられる排泄物と嘔吐物の臭い。
全身の冷や汗まで蒸発するような熱量に悲鳴を上げる機体の軋み。あの時神に祈らない者などいなかった。
ディダロス『再突入保安距離を確保しろ!最後まで諦めるな!』
父を除いて。
〜22.5〜
『ラー……ラー……ラー……ラー……』
どこからか歌声が聞こえる。これは幻想(ゆめ)?それとも記憶(げんじつ)?違う。あたしは知ってる。
『……ラー……ラー……ラー……ラー』
この歌声はあたしのものだ。他の誰でもなく他の何でもない、鳴護アリサ(あたしじしん)の歌声なんだ。
シャットアウラ『(お願い。どうか奇跡を、どうか奇蹟を、私の何を犠牲にしてもいい。だからお願い)』
その歌声に混じってあたしの中に流れ込んで来る思考。あたしの中に雪崩れ込んで来る感情。それはまるで
シャットアウラ『(皆を助けて!皆を救って!皆を守って!)』
悲しみ、恐れ、哀しみ、怖れ、絶望、畏れ、願い、懼れ、そのピースが合わさって描かれる祈りのパズル。
シャットアウラ『お父さん……』
その中で一人の女の子が、ブレスレットをひび割れるほど力強く握っている。まるでお守りのようにして。
乗客『神よ……』
その子だけじゃない。男の子も女の子も、おじいさんもおばあさんも、大人も子供も、赤ちゃんも、皆——
ただ一つのものを求めている。
思いを一つにして願っている。
奇跡という名の神様に祈って。
〜23〜
鳴護「……ううん?」
麦野「どういう事だ?これが本当なら、こいつは百年以上——」
鳴護「あれ?」
麦野「!」
そこで鳴護が覚ますと、真っ先に目につくのは見知らぬ天井。次いで目を動かせば陽光に満ち溢れた窓辺。
そして上条のワイシャツを羽織り、組んだ足の上でノートパソコンを叩いている眼鏡をかけた麦野の姿が。
麦野「……おはよう」
鳴護「おはよう……」
うつらうつらと思い出す。確かお風呂から上がった後、皆と食事を共にして、女三人はリビングで雑魚寝。
麦野「朝ご飯はあいつが学校行く前に作っていってくれたみたい。インデックスにはお使いを頼んでるわ」
そして上条とインデックスが既に家を出た時間まで眠りこけていた事を知り、鳴護はやや赤面し頬を掻く。
そこで麦野も再び画面に目を落とす。その大人びた横顔はとても同年代と思えないが敢えて口に出さない。
御坂との出会いとなった、路上で歌う自分にショバ代をせびって来た破落戸よりも怖い結果を招きそうで。
麦野「それで今日は何か予定とかある?悪いけどあんまり表は出歩けないからそのつもりでいてちょうだい」
鳴護「……実は今日、オービット・ポータルの担当者と契約の事で話しに行かなくちゃいけないの。それで」
麦野「……なるほどね」
当の麦野が改めて画面に目を落とす。その眼鏡に、金髪の少女と『1870』という年数が反転して映る。
麦野「一応、あいつに頼まれたから今日は私があんたにつくわ。本分じゃないけど、身辺警護も兼ねてね」
鳴護「………………」
麦野「どうかした?」
鳴護「……ありがとうって言えば良いのか、ごめんなさいって謝れば良いのか、お願いしますって頼めば良いのかわかんなくて」
麦野「……あんた、表裏がないって言うか今時珍しいタイプね」
そんな鳴護を、麦野は珍しい生物でも見るように見つめる。一癖も二癖もある同性ばかり見て来たが故に。
鳴護「……でもあんたじゃなくてちゃんと名前で呼んでほしい」
麦野「………………」
鳴護「あたし、記憶も何もなかった頃、誰にも呼ばれなかったし自分でも名乗れなかったの。だから……」
こんな風にストレートに切り込んで来る鳴護に、麦野は同じく施設で育った『置き去り』の少女を想起し。
麦野「——考えとく」
鳴護「!」
麦野「ご飯、食べな」
鳴護「うん!」
〜24〜
麦野『添付した画像ファイルは開いた?』
上条「ああ、見たぜ。正直驚かされたぞ」
それからほどなくして上条は昼休みに携帯電話を手に教室を出て屋上へ向かい、金網に凭れながら通話する。
その相手は麦野。授業中に送られて来たのはオービット・ポータル社と、その社長についての情報であった。
一つは、昨夜話したオリオン号事件で傾きかけた会社を、宇宙エレベーター事業で僅か三年で立て直した事。
そして上条もニュースで見た、若干十歳の天才美少女社長ことレディリー=タングルロードについてである。
上条「……この画像が他人の空似じゃなきゃ、レディリーって奴は最低でも今130歳は越えてるってか」
麦野『くだらねえ学園都市七不思議だと虚数学区で完成された不老不死の研究成果だとか二五〇年法とか』
上条「そういう与太話で笑って済ませるには怪し過ぎる。考えてもみろ。学園都市が出来たのはいつだ?」
麦野『……今から三十年以上前かしらね』
上条「そうだ。その頃にはまだ学園都市さえ出来てない。その前の1870年からこいつがいたとすれば」
麦野『——魔術、か』
上条「可能性はある」
麦野が1と0の二進法の海から引き上げた画像。それは1870と表書きされたレディリーの写真である。
如何に古い年代の写真とは言え、見間違える方が難しいほど瓜二つの少女に二人は戦慄を禁じ得なかった。
麦野『いつもそれくらい頭が冴えりゃあ私も苦労しないんだけどねえ?補習とか追試とか宿題だとかさあ』
上条「う゛っ」
麦野『まあいいわ。これからあいつをそのオービット・ポータル社まで連れて行く』
上条「悪い、頼んだ(こいつが女の子を名前で呼ぶってインデックス以来ないな)」
そこで予鈴が鳴り、麦野が通話を切り、上条が苦笑を浮かべつつ階段を下りて行くとそこで出会したのは。
月詠「上条ちゃーん!予鈴が鳴ったので早く教室に戻るのです」
レディリーに負けず劣らぬ幼い容貌を持つ担任月詠小萌であり。
上条「……先生も、実は100歳越えてるとか言わねえよな?」
月詠「んまー!レディに歳を聞くのはマナー違反なのですー!」
まさか先生も魔術で不老不死の身体に、などとくだらない事を想像しつつ、上条は小萌と教室に戻った。
〜25〜
鳴護「何だかすごい部屋だね。歯車がいっぱい。時計塔みたい」
禁書目録「うん。ビッグベンのクロック・ルームみたいかも!」
麦野「(嗚呼、そう言えばこいつはイギリス出身だったわね)」
昼過ぎ。鳴護を伴ってオービット・ポータル社へ向かい、担当者と正式契約を結び、晴れて彼女はメジャーデビューを果たした。
その後、社長たるレディリー直々に及びがかかり、三人は歯車や時計、蓄音機や人形の飾られたミュージアムへと通されたのだ。
室内は黄昏時を思わせる柔らかな光に満ち溢れ、鳴護は物珍しそうに辺りを見渡す。レディリーは未だ姿を現さない。その中で。
鳴護「うわーっ、綺麗なお人形さん!まるで生きてるみたい!」
鳴護が中でも一際美しい、細金細工の髪と緋嚇しのケープを羽織った市松模様の服を纏った人形に触れる。
すると
レディリー「ふふふ……」
鳴護「しゃ、喋った!?」
レディリー「人形ではないわ。はじめまして鳴護アリサ。私は」
麦野「——オービット・ポータル社社長、レディリー=タングルロード」
レディリー「あら、嬉しいわ。ふふふ、このまま気付いてもらえなかったらどうしようかと思っていたの」
白磁の頬が笑みの形を描き、青玉の眼差しが細められ、生気が吹き込まれ人形がカーペットに降り立った。
彼女こそがこの部屋の主にしてこの城の王レディリーだと知り、鳴護は頬に触れた手を慌てて引っ込めて。
鳴護「は、はじめまして!キャンペーンソングを歌わせて頂く事になりました鳴護アリサと申します!よろしくお願いします!」
レディリー「はじめまして、鳴護アリサ。これから頑張ってちょうだい。我が社も総力を上げてバックアップさせてもらうから」
帽子を取って頭を下げる鳴護の肩をポンと叩きレディリーが通り過ぎる。面通しは終わったとばかりに。
レディリー「貴女の歌は好きよ。ジェニー・リンドを思い出す」
鳴護「?」
麦野「“スウェーデンのナイチンゲール”か。良い趣味ね?まだ“蓄音機も発明されてない”時代の歌手だって言うのにまるで」
レディリー「………………」
麦野「“間近で聞いた事がある”、そんな風に聞こえるけど?」
レディリー「——ふふふ。貴女みたいなタフでキレる子も同じくらい好きよ。我が社に欲しいくらいにね」
その短いやり取りに、鳴護は何故か室温が下がった気さえした。
〜26〜
シャットアウラ「………………」
麦野「乗って」
鳴護「うん」
禁書目録「よいしょ」
打ち合わせを終えた帰る鳴護達の動向を、シャットアウラは管制室より監視カメラを通して伺っていた。
一行は正面玄関を避けエレベーターを使って地下駐車場に下り、扉の前に横付けされたハイヤーに乗る。
それも一台ではなく数台。この場を出て一気にバラけて目標を絞り込ませないか、或いは車列を組むか。
シャットアウラ「(やはりあの女はプロだ。それも私達側の)クロウ4、鳴護アリサの監視を強化しろ」
滑り出して行く車列を見送りながらシャットアウラは思う。修道女や少年は素人だ。だがあの女は違う。
それもボディーガードと言った類でもない。逆だ。暗殺者としての経験則から裏打ちされたやり方だと。
シャットアウラ「(明日は野外ライブらしいな。下らん……)」
シャットアウラは眉を顰める。明日も影ながら鳴護を監視せねばならない。暗殺者から彼女を守る為に。
音楽や歌をノイズとしか感じられないシャットアウラは、鳴護にある種の憎悪さえ覚えているのだから。
〜26.5〜
レディリー「“あの時のあの子”がね。運命の悪戯かしらね?」
時同じくして、レディリーもPCで車列が各学区に枝分かれするジャンクションで分散するのを見つめる。
その映像を一度ウィンドウから締め出し、代わりに開いたのは学園都市暗部についてのリストであったが。
レディリー「でも、向こうが鬼手ならこちらは禁じ手。私の搦め手からは逃れられない。そうでしょう?」
自動人形(男)「………………」
自動人形(女)「………………」
レディリーが振り返れば、背後には音もなく姿を現す魔術で作られた男とアンドロイドの女の自動人形が。
更にキーボードを叩けば、先程、鳴護が担当者と正式契約を結ぶ面接を映していた監視映像が流れ始めて。
担当者『ではよろしくお願いします』
鳴護『はい!あの……』
担当者『なんでしょうか?』
当然、その際部外者である麦野とインデックスは別室で待機している。だからこそ先んじて手を打てた。
鳴護『お願いがあるんです』
レディリー「貴女は優し過ぎるわ鳴護アリサ。でもそれこそが」
鳴護アリサを、約束の日に必ず手中に収める事の出来る方法を。
〜27〜
鳴護「ううん!本当だよ!あたしデビューしたんだよ!うん!」
麦野「インデックス、頭に入った?」
禁書目録「うん。これなら大丈夫!」
シャットアウラ、レディリーによる監視が続く中、麦野達は並んでハイヤーに揺られつつ高速道路を走る。
鳴護はデビューが決まった事を知り合いにでも報告しているのか携帯電話が手放せない。その傍らでは——
麦野が朝、インデックスにお使いに行かせたある物を広げていた。それは学園都市の詳細な地図帳である。
禁書目録「歩くと迷いそうだけど、車を使えば問題ないんだよ。こういう平面図の方が頭に入り易いかも」
麦野は万が一の時に備えて、身を隠す必要に迫られた際の避難先、逃走経路、合流地点を教えていたのだ。
その中にはホテル、個室サロン、貸しプール等他の事件でインデックスも身を隠した場所なども含まれる。
それに麦野の暗部の経験則から割り出したルートと、神裂やステイル達から逃げ回っていた経験値を足す。
そうする事で、自分や上条の手が回らず彼女一人で鳴護を守らなくてはいけない場合にも選択肢が増える。
禁書目録「しずりはすごいかも。映画のボディーガードみたい」
麦野「お生憎様ね。私は殺し屋だよ。ただし上に元がつくけど」
禁書目録「しずり!」
鳴護「わかった!今からそっちに行くね!皆の分あるからね!」
麦野「はいはいわかったわかった。なんであんたが怒るのよ?」
禁書目録「そんな風に言うととうまが悲しむし私も哀しいかも」
幸い鳴護は話に夢中で二人の会話は耳に入ってないが声は小さくなかった。インデックスは思うのである。
禁書目録「(……どうしてそんな自分が幸せになっちゃいけない人間みたいに突き放すの?しずり……)」
流れ行く車線を頬杖をついて見やる麦野の横顔を見る度に、どこか遠くに行ってしまいそうになるのだと。
後に麦野は、文字通り自分の流した血の海に溺れ死にそうになりながら己の過去と向き合う事となるのだ。
だがこの時はまだ茨の道の途中にあり、それを乗り越えるのはまた別の話である。そこで鳴護が向き直り。
鳴護「あのー、沈利ちゃん?」
麦野「ちゃんはやめろ」
禁書目録「ぷっ、しずりちゃん」
麦野「ぶち殺すぞ。それで何?」
頬杖を突いたままトイレ休憩?と流し目を送ると鳴護が見返し。
鳴護「一カ所、寄って欲しい所があるの」
〜28〜
少年「アリサ姉ちゃん!」
少女「おかえりなさい!」
鳴護「皆!久しぶりだね」
園長「あらあら、お友達も一緒?」
禁書目録「うん!ありさの友達!」
麦野「おいおい、私は違、痛っ!」
バシッと言うインデックスに尻を叩かれる音が響き渡る場所。それは鳴護が三年前に引き取られた施設。
彼女は彼等にデビューの報告をしに来たのである。自分にとっての始まりとも言う場所(ホーム)へと。
その鳴護が花壇で子供達の相手をし、インデックスが加わり、麦野が少し離れたジャングルジムに凭れ。
麦野「(あいつ今日はおやつ抜きかくていね。それにしても)」
鳴護「あははははは!」
麦野「(……成る程ね、あいつの性格はここから来てるのか)」
お尻をさすりながらその様子を見やる。恐らく彼等は、絹旗と同じような『置き去り』の子供達であろう。
だが決定的に違うのは、その相貌に影が、その双眸に闇が見え隠れしていない事。それに尽きるだろうと。
園長「驚きました?」
麦野「……まあね」
禁書目録「ぐ・り・こ!」
少年「ち・よ・こ・れ・と!」
少女「ぱ・い・な・つ・ぷ・る!」
鳴護「インデックスちゃんの負け!」
園長「彼女がここに来るまでは、うちもよそとそんなに変わりませんでした」
麦野「……そう」
園長「夜泣きする子も居て。そんな時、あの子が子守歌を歌うと自然と泣き止むんです。不思議ですねえ」
何故そんな事を私に話すのかと麦野はややささくれ立った思いで園長を見返す。だが園長はにっこり笑い。
園長「鳴護とは私が名付けました。記憶をなくした迷子のような彼女には相応しくないかも知れませんが」
麦野「………………」
園長「字の中に“護り”と入れました。白紙から始まったあの子が辿る軌跡(みち)に加護があるように」
麦野「………………」
園長「例え、道に迷う事があろうとも帰る場所があるようにと」
泥んこになって遊ぶ子供らを見つめながら麦野は思う。帰るべき場所、待っている人々、麦野にないもの。
麦野「もしもし」
取り出す携帯電話。二度とかける事はないと決めた番号。だが消す事の出来なかったそれに声を吹き込む。
麦野「話がある」
上条達がなんと言おうと、所詮自分は掃除屋だと自嘲しながら。
〜29〜
上条「ただいまーっと、あれ?二人は?」
麦野「おかえり。あいつらならお風呂よ。泥んこになったから」
夕刻、上条が帰宅するとそこにはタオルを頭に被ったままF‐MEGAなるカーレースバトルゲームをしていた麦野が出迎えた。
その麦野もお風呂上がりなのか、ショートパンツにタンクトップに眼鏡、膝元にはメロンカップアイスと言うラフな格好であり。
上条「泥んこって、まさか追っ掛けられて転げ回ったのか!?」
麦野「ちげーよ」
ゲームに集中したいのかやや投げやりな説明ではあったが、今日一日の出来事をおおよそ上条に説明した。
上条「そっか、アリサの施設に。お疲れ様、本当にありがとう」
麦野「そう思うんだったら肩の一つでも揉んでくれたって罰は当たらない、って誰が乳揉めって言った!」
上条「ほらほら事故るぞ?って冗談だよ。悪い。お前には、いつも苦労かけっ放しですまないと思ってる」
麦野「——あんたの彼女になるってのはそういう事でしょう?」
そこで麦野はコントローラーを放り出して上条に背中を預ける。一ヶ月前、失いかけた体温に目を閉じて。
麦野「あのゴスロリ、多分あんたの言った通りだと思う。今日施設で同じ年頃のガキ共を見て尚更そう思ったわ。あれは別物よ」
麦野は思い出す。レディリーとすれ違う時に感じた寒々しさを。
あれは早熟だとか、天才だとか、そういう物では発せられない。
麦野「そのゴスロリ曰わく、明日あいつのデビューライブやるから来いってさ。あんたも行くでしょう?」
上条「もちろんだ」
麦野「そう。って言うか本当に肩凝ったからどうにかして——」
上条「もちろんだ」
麦野「何で電マ取り出してんだ!普通に肩揉めよ!おいコラ!」
上条「電マってこういう時に使うもんだろ?何想像してんだ?」
麦野「それはあんたがいつも
鳴護「歌詞!歌詞!歌詞!」
インデックス「ありさタオルー!」
上条・麦野「「あ゛」」
そしてヴィンヴィンと鳴る電動マッサージ機を手にした上条と、その顔を手で押しのけようとする麦野と。
上条「……た、ただいま」
鳴護「……お、おかえり」
入浴中に降って湧いた霊感(かし)を書き留めようとして慌てて飛び出して来た全裸の鳴護が鉢合わせて。
鳴護「……キャァァァァァ!」
麦野「……死ねェェェェェ!」
上条「不幸だァァァァァー!」
そして——
〜30〜
そして翌日。
スタッフ「はじめまして鳴護さん。今日の現場、よろしくね!」
鳴護「はい!こちらこそ今日はどうぞよろしくお願いします!」
鳴護はデビューとなる特設ライブ会場へとやって来た。ちょうど外部に於ける渋谷のゲリラライブの様に。
多くのプレスが詰め掛け、所狭しとスタッフが走り回る太陽のようなライトと星のようなフラッシュの海。
スタッフ「うんうん、初々しいわねえ。あら?そちらの方々は」
鳴護は組み上げられるステージの機材や鉄パイプが積み上げられたステージ裏でスタッフに挨拶し、万雷の拍手に出迎えられた。
そして一頻り面通しが終わった後、この場を仕切る女性スタッフが打ち合わせに入ろうとした所で気付く。鳴護の脇を固める——
麦野「……マネージャー」
スタッフ「あらあらまあまあ!モデルさんかと思った。それに」
麦野を見てどこのファッション雑誌のモデルかしらと目を細め。
禁書目録「友達なんだよ」
スタッフ「あらあらまあまあ♪外国人子役さんだと思っ、!?」
インデックスを見て映画業界の子役かと思い、二人にも名刺を。
上条「マエガミエネエ」
スタッフ「ひっ!?」
麦野「嗚呼、そいつハロウィンが待ちきれないでミイラ男のコスプレした電マ好きのローディーだから気にしないで。早く運べ」
渡そうと思った所で、遅れて鳴護達の荷物を運んで来るは、包帯グルグル巻きのミイラ男こと上条である。
昨日鳴護とインデックスの裸身を見た事と麦野の逆鱗に触れた事が災いし、このような無惨な姿となった。
冥土帰しが見れば即入院との診断を下されるほどの重傷ではあるが、同情するのは鳴護とスタッフのみで。
麦野「早速サイン入りのCDにプレミアがつきそうで何よりね」
鳴護「うん、何だか今になってようやく実感が湧いて来たかな」
禁書目録「ドリンクサーバー美味しいんだよ!」
麦野「誰が“飲み干す者”やれって言ったよ!」
そこでスタッフは考えた。この二人もタイプこそそれぞれ異なるが、磨けばいくらでも光る原石であると。
スタッフ「ねえ、あなた達!」
禁書目録「?」
麦野「ああ?」
現場に置かれたドリンクをラッパ飲みするインデックスの頭に拳骨を見舞う麦野へ、スタッフが突撃して。
スタッフ「このステージの上に立ってみたいって思わない!?」
麦野「」
〜31〜
上条「ふーっ何とか運び終わった。ったく、沈利も俺より力持ちなんだから手伝って、くれる訳ねえよな」
その頃、上条は荷物を地下搬入口へと運び入れて、包帯を外しながら額に滲む汗を拭って一息ついていた。
日の当たらない地下搬入口は、頭上のステージ上のライトの熱さも機材の音も届かず、ひんやりと薄暗い。
コンクリートの冷たさに背骨に溜まった熱さが吸い込まれて行くのが心地良く、ついジュースなどを開け。
麦野「なーにサボって愚痴ってるんだにゃーん?かーみじょう」
上条「うわっ!?」
麦野「失礼な奴ね。肝試しのお化けだって来年まで出番なんてねえよ。あっ、私にもそれ一口ちょうだい」
口に含んだ真っ赤に実ったビタミーナを吹き出しそうになる。何と麦野が目の前まで下りて来たのだから。
麦野「あっ、おいしい」
上条「驚かすなよ……」
麦野「——私が殺し屋なら、今お前は誰にも知られず死んだぞ」
上条「!」
見知った顔に上条は胸を撫で下ろす間もなく、ジュースに口をつけながら一瞥をくれる麦野に凍てついた。
ラフな格好のまま部屋でゲームをしたり、ベッドで乱れる麦野の姿に慣れきって時に忘れそうになる事実。
麦野「ステージにはインデックスがサポートガールとして立ってる。耳にワイヤレスイヤホン付けさせて」
麦野が選り抜きの暗部の掃除屋だったという事実。その麦野が言う。インデックスは一昨日襲って来た……
ステイルとその弟子達の顔を完全に覚えている。故に群集に彼等が混じっていれば必ず見つけ出せるのだ。
そして麦野は今、ステージ周辺より魔術による狙撃や爆発物を仕掛けられるポイントを逆算しているのだ。
ステイルが如何に任務に徹しようとも、インデックスが鳴護の側にいるだけでその牙が鈍る事も計算して。
そしてインデックスが鳴護を守りたいという思いも織り込み済みだ。事の善悪などではなく是非によって。
麦野「——私を、非道い女だと思うか?」
上条「待て」
麦野「?」
上条「誰か来る」
冷笑を浮かべる麦野に上条が口を開きかけるも、続く言葉は紡がれる事なく声が潜められ、二人は物陰へ。
シャットアウラ「わかった直ちに向かう」
麦野「あれは……」
上条「——シャットアウラだ」
その横を、携帯電話片手にシャットアウラが駆け抜けて行った。
〜32〜
観客「A・RI・SA!A・RI・SA!A・RI・SA!」
少年「アリサお姉ちゃん!」
少女「頑張って!」
遂にここまで来たんだって、このあたしが立つ足元を揺らがせるくらいの歓声にやっと現実が追い付く。
マイクを握る手が震える。心臓が飛び出して来そうなぐらい高鳴る鼓動にこめかみが痛い程の武者震い。
百人?千人?もうわからない。これだけの人を前に、こんな高い所から、あたしは一体何を届けられる?
——歌だ。
禁書目録「あれ?」
そんなあたしを、サポートガールに混じってインデックスちゃんが居てくれる。その事にあたしは忘れる。
思ったより胸元やお臍や足が見えちゃう、この赤と黒の露出度の高い衣装がちょっと恥ずかしい事だとか。
あたしを殺そうとしたあの神父や魔女の事、あたしを守ろうとしたあのロボットの女の子の事も全て。そう
鳴護「——行こう」
あたしはここにいる。あなた達がここにいる。それだけでいい。それだけで構わない。ここで歌って死ねたなら、きっと本望だ。
鳴護「——Brand New Bright Step」
踏み出せ、新たな一歩。
〜32.5〜
シャットアウラ「くっ!」
鳴護の歌が始まると同時に、現場に急行したシャットアウラは端正な顔立ちと均整の取れた身体をした。
自動人形「——————」
金髪の成人男性が地下搬入口より爆弾を設置した所を突き止め、射殺するより早く蹴撃を浴びせられた。
床面を銃剣付き拳銃が滑って行きシャットアウラが手首を押さえつつ、ワイヤーを射出しようとするが。
自動人形「ふっ!」
床面を蹴り、一息で男が上段蹴りを浴びせて来るのを、シャットアウラは左腕を盾に受け止めようとする。
だが男はそれを読み切ってか、爪先で空を切らせるより早く上段蹴りを踵落としに変え、ガードの上から。
シャットアウラ「っ!」
シャットアウラの脳天目掛けて振り下ろされるのを、辛うじてバックステップで飛んだ床面に亀裂が入る。
だが男は止まらず、落とした踵を支点に独楽の動きで回し前蹴りをシャットアウラのクロスガードに放つ。
シャットアウラ「うっ!」
その衝撃に両腕が痺れ右肩が亜脱臼し、蹲う。男がまるで人形のように無表情な為攻撃の機微が読めない。
視線も固定されている為攻撃の軌道も読み取れず、跪くシャットアウラへ男が拳を振り上げ殴り殺さんと。
〜33〜
上条「シャットアウラ!」
シャットアウラ「!?」
次の瞬間、鉄パイプが三本、蹲うシャットアウラの頭上を通り抜け拳を打ち下ろさんとした男へ殺到した。
男はまばたきすらせず一本目を首を傾げてかわし、二本目を拳で弾き、三本目へ備えんとした所で上条が。
上条「させるかよ!」
疾風のように躍り出、三本を男が蹴り返した隙に左手でシャットアウラを引き剥がし右手を男へ振るうと。
自動人形「!」
上条「腕が!?」
男の拳がリモコンを残して消滅する。上条はその感触に覚えがある。それは数日前に対峙した『エリス』。
シェリー・クロムウェルが操るゴーレムのような土塊を思わせる無機質さに、思わず目を見張る。すると。
麦野「チッ!」
追い付いて来た麦野が鉄パイプを走りながら拾い上げるのと、男がリモコンを拾おうと飛び出すのが重なる。
麦野が横薙ぎに振り下ろし、男はダッキングでかわしつつアッパーで反撃し、麦野が鉄パイプで受け止める。
更に右手の鉄パイプを離さず腰を落とし、左手で手首を掴み、足払いをかけた爪先でリモコンを蹴飛ばした。
それによって男は崩したバランスと麦野にかけられたウェイトで左手を極められるも、腕ごと投げ飛ばした。
上条「沈利!」
麦野「(まるで球体関節人形みたいだわ)リモコンを渡すな!」
シャットアウラ「(エスクリマ!?)言われなくてもわかる!」
投げ飛ばされた麦野が猫捻りで上条の横に着地しリモコンを蹴飛ばす。その動きにシャットアウラは——
見覚えがある。フィリピン武術であり警察や軍隊でも一部取り入れられているエスクリマに近い物だと。
そこでシャットアウラもリモコンを拾い上げ停止信号を送るが止まらない。今の戦いで壊れたのだろう。
シャットアウラ「止まらない!」
上条「あいつは俺に任せろ!お前は爆弾を!」
麦野「了解」
自動人形「——————」
全ての異能を殺す上条と全ての物質を壊す麦野が揃って足を前に踏み出し、男がそうはさせじと構えて。
麦野「インデックス」
禁書目録『何?』
麦野「昨日教えた避難先“P—3”の座標を覚えてるかしら?」
麦野がステージ上で踊るインデックスにワイヤレスイヤホン越しに語り掛け、少女がうんと答えるのと。
上条「行くぞ!」
爆弾のタイマーが残り10秒に差し掛かった所で上条が走った。
〜34〜
上条「っ」
上条が殴りかかるのを男のレバーブローが迎え撃ち、内臓が軋んだ。されど上条はそれを受け止めた所で
自動人形「!」
顎に向かって頭突きを食らわせた勢いから左アッパーを繰り出して叩きのめし、その隙に麦野が駆け抜け
“10”
インデックス『X35度49分58.49、Y139度23分52.31、Z33度29分17.05!』
男が仰向け寝からバネ仕掛けのように起き上がる所を上条が蹴り上げるも、男はそのまま月面宙返りして
“9”
麦野「(くそっ!まだ調整も何もないけど!これしかない!)」
上条の頭上に舞い上がり、跳び蹴りを食らわせ、上条が踏鞴を踏んで耐える中麦野が爆弾へと辿り着いて
“8”
上条が血を鼻と口から吐き出した瞬間を狙い、男が失われた右手首からこめかみ狙いのフックを繰り出し
上条「ぐっ!」
“7”
上条の視界に火花が散り、男が更に左手で髪を掴み頭皮ごと引きちぎるような力でコンクリートの柱へと
“6”
麦野「っ」
後頭部を潰す勢いで叩きつける音に歯噛みし、麦野はインデックスが答えた座標を元に演算を組み立てる
“5”
上条「まだだ!」
されど上条は男の右腕を幻想殺しで消滅させ、男を蹴り剥がす。自分が今ここで倒れる訳には行かないと
“4”
シャットアウラ「あれは!」
した所で、男は先程倒れた際にシャットアウラが落とした銃剣付き拳銃を拾っていたらしく、上条を狙い
“3”
上条「こんなもん……」
上条が遮二無二になって突っ込み、自分の眉間を正確に狙う銃口と銃剣を左手で掴んで強引にずらさせて
“2”
上条「あの時に比べりゃ——」
自分の左肩を何発も撃たせ、舞い上がる血飛沫と空薬莢の数々を右手で握り締め、男の顔面へ幻想殺しを
“1”
上条「痛くも痒くもねえんだよ!」
上条が叩き込むのと、麦野の演算が組み上がるのが同時だった。
麦野「————————“0次元の極点”————————」
〜35〜
受付嬢「きゃっ!?」
その瞬間、第三学区にあるスポーツクラブの受付係はとてつもない衝撃波を階上から感じ取り駆け出した。
向かった先、それは数ヶ月前から麦野が借りっ放しにし、時折思い出したように泳ぎに来る貸しプールだ。
受付嬢「な、何なのよこれは!?」
天井やガラスに穴を空け、プールの水を干上がらせる程のバブルパルス現象を見て、受付嬢はへたり込む。
受付嬢「ば、爆発でも起きたの?」
それは地下搬入口に仕掛けられた爆弾が、麦野の『0次元の極点』によって転送され、もたらされた破壊。
『0次元の極点』とは木原数多の提唱した特殊な空間理論だ。
この世界においてn次元の物体を切断すると、断面はn−1次元になる。
3次元ならば2次元、2次元なら1次元。ならば1次元を切断すると0次元になるはず、という理論を基礎とする。
受付嬢「ど、どうしよう」
その空間の切断方法には原子崩しが持つ、『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』特性が相応しいとされる。
その規模たるや、極めれば銀河系の果てから距離も質量も関係なく物質を引き寄せる事も送り出す事も出来る。
受付嬢「警備員!」
麦野が上条と共に戦う為に手にしたもう一つの牙(ちから)だ。
〜35.5〜
麦野「当麻!」
上条「よ、よう」
時同じくして、自動人形を頭部から消滅させた上条が撃ち抜かれた左肩を押さえ、麦野が駆け寄って行く。
貫通こそしているものの、頸動脈や心臓部に近い銃創に、最悪の事態を回避した喜びさえ吹き飛んで行き。
上条「やったみたいだな……」
麦野「……シャツ脱がすわよ」
上条「——ありがとう」
麦野「喋んじゃねえ!」
上条の血染めのワイシャツを脱がせ、糸切り歯で帯状に引き裂き、動脈を傷つけていない事を改めて確認。
そして傷口を思い切り縛り付け、落ちていた鉄パイプを原子崩しで焼き切り、縛った部分に差し込み捻る。
上条「大丈夫だ。お前にヤられた時に比べりゃ大した事ねえよ」
麦野「っ」
それに麦野は応えず、すぐさま冥土帰しに連絡して救急車を要請する。自分が撃たれたように歯噛みして。
上条「……お前さ、さっき自分が非道い女だって言ってたろ?」
そんな麦野の背中に、上条は語り掛ける。
上条「——そんな事ねえよ。お前がいてくれなきゃ皆死んでたかも知れない。皆を助けたのは俺じゃない。お前なんだよ。沈利」
〜36〜
シャットアウラ「——待て」
麦野「まだ何か用がある?」
上条「……落ち着けよ沈利」
そこで亜脱臼した右肩を押さえてシャットアウラが立ち上がり、二人へと歩み寄る。拾い上げた銃を手に。
麦野もまた、縁取られた長い睫毛と目に宿る闇が一体化した流し目を送り、原子崩しの光子を揺蕩わせる。
上条はそれを遮るように苦痛による脂汗を浮かべながらも、麦野に背中を、シャットアウラに胸を晒して。
上条「こいつもアリサを守ろうとしたんだ。敵じゃねえだろ?」
麦野「私の中で人間は二種類しかいない。敵か、まだ敵じゃないか。テメエもそうでしょう?。黒尽くめ」
シャットアウラ「……なら、その私を何故貴様達は助けたんだ」
麦野との均衡と、シャットアウラとの拮抗を保つ。火口のように焼け付く銃創を、唇を噛んで耐える事で。
それを見て取りながらも、シャットアウラは銃口を下げない。それが麦野を苛立たせる。爆発寸前にまで。
上条「……目の前で誰かが危ない目にあってたら、身体が勝手に動いちまうんだよ。昔、足踏みして、俺は大切な女の子を……」
それを感じ取ったからこそ、敢えて上条は麦野との血深泥の出会いを思い返しつつシャットアウラを諭す。
上条「助けられなかった。救えなかった。守れなかったんだよ」
同時に麦野から風船の空気が抜けるようにして殺気が消えて行き、上条は俺も人が悪くなったと自嘲する。
上条「……もういいか?っていうかそろそろ貧血気味の女の子みたいに倒れちまいそうなんだよ。マジで」
そこへ救急車がやって来る音が聞こえ、シャットアウラが銃口を下ろすもそれ以上に剣呑な眼差しを送る。
シャットアウラ「……私は秩序を乱す奴が嫌いだ!人の仕事の邪魔をしてかき回す貴様のような存在も!」
上条「……お前がすげー委員長気質なのはよーくわかったよ。お前も肩、直しに行けよ。一緒に来るか?」
シャットアウラ「情けなどいらん!」
麦野「そう言う台詞はプロとして仕事こなしてから言えば?アマチュアのお情けに助けられた給料泥棒が」
シャットアウラ「っ」
上条「煽るな、沈利」
怒りと屈辱に震えるシャットアウラを残して出口へと向かった。何とか鳴護の晴れ舞台を壊さずに済んだ。
上条「……アリサのライブ見たかったな。それだけが心残りだ」
そして二人が爆発に巻き込まれなかった事に、上条は安堵した。
〜37〜
そして
上条「——沈利。さっき、俺が戦ったあの男の事なんだけどな」
ストレッチャーに乗せられ救急車に運ばれるまでの間、手を固く握って来る麦野に上条が言ったのである。
上条「あいつはこの間戦ったゴーレムと同じ、魔術で出来てた」
麦野「それって……」
上条「でもステイル達じゃねえ。俺の知る限りあいつらはああいう魔術を使わねえし、初めて見るあの三人組とも違う気がする」
地下搬入口で相手取った自動人形。あれは今まで上条が見てきたステイル達の術式とは大きく異なると。
確かに今回初めて見たマリーベートが土の魔術を操るのを見たが、それでも違うと思う根拠。それは——
麦野「……言われてみればあの爆弾は魔術じゃなくて科学ね。そんなもん使わなくたってあのエセ神父は」
上条「そう、あいつがその気になれば火の魔術を使えば済む話だ。爆弾よりよっぽど確実で破壊力がある」
その爆弾もまた学園都市製である事は立ち会った麦野が一番良く知っている。
素人や外部の人間には作れないし、手に入れる事も困難な学園都市のものだ。
そこで、上条をして魔術師ではないかという疑惑のあるレディリーが浮かぶ。
だが同時にレディリーが自社のイベントを台無しにする理由が見当たらない。
上条「行って来るよ」
麦野「……わかった」
上条「——アリサには内緒にしといてくれ。心配かけたくねえ」
救急隊が応急処置と搬送手続きを終え、いよいよ病院へ向かう時が迫っていた。それは少しの間の別れ。
上条「……そんな顔すんなよ」
麦野「誰がさせてんのよ馬鹿」
それを惜しむかのように握り締められていた手を、麦野の頬に添える。赤光を背負い影の落ちたその顔へ。
上条「明日には抜け出してでも戻る。それまでアリサを頼んだ」
麦野「……報酬は先払い」
その顔が上条に迫り、唇が重なり、救急隊員達が苦笑いしては。
上条「これで足りるか?」
麦野「利子にもならない」
上条「分割払いで頼むわ」
麦野「残りは身体で払え。お腹一杯だったのは昨日までの話よ」
そして走り出す救急車のサイレンと、ステージ上のサウンドが重なる中、麦野は唇をなぞりながら見送り。
麦野「……私も安い女になったものね。たかがこれっぽっちで」
その唇を笑みの形に変え、湧き上がる会場へと舞い戻って行く。
〜38〜
禁書目録「ありさお疲れ様!歌もダンスもすごかったんだよ!」
鳴護「インデックスちゃんこそサポートありがとう!でも本当に緊張しちゃった。まだ手が震えてるもん」
麦野「………………」
鳴護「沈利ちゃんもありがとう。おかげで安心して歌えたよ!」
麦野「……ああ?うん」
鳴護「どうかした?当麻君も居ないし、帰り道も昨日までとは」
麦野「あいつ、補修あんのライブ終わってから思い出して学校にトンボ帰り。でもって、今夜はホテルよ」
禁書目録「………………」
鳴護「そうなんだ?」
麦野「昨日みたく電マだ全裸だでドタバタするのも何だし男が一人居るとあんたも気が休まらないでしょ」
鳴護「うーん、あたしは別に。当麻君となら嫌じゃないかな?」
麦野「(あの野郎。むやみやたらにフラグ立てんじゃねえよ)」
ライブ後、三人はハイヤーに揺られながら幹線道路を行き、ナイトブルーに輝く学園都市の夜景を見やる。
未だ興奮覚めやらぬ鳴護の弾んだ声が車内に響き、インデックスが頷き返し、麦野は何やら物思いに耽る。
この場に上条だけが居ない事を鳴護は訝しんだが、麦野がしれっと吐いた嘘をインデックスだけが見抜く。
禁書目録「(とうまに何かあったんだね?だってライブ中に)」
麦野「って言うかあんたってダンスも出来たんだね。シンガーソングライターだってのに。意外だったわ」
鳴護「ダンス以外にデスメタルやガテラルボイスも出来るよ?」
麦野「ダズル・ビジョンじゃあるまいし。嫌いじゃないけどさ」
後部座席は右側から鳴護、インデックス、麦野。鳴護と話しながらも左目で尾行を確認し右目で唇を読む。
インデックスの言わんとする所を知りながら麦野は目力でそれを止める。上条から口止めされているのだ。
上条『——アリサには内緒にしといてくれ。心配かけたくねえ』
禁書目録「(何となくわかっちゃったんだよ。とうまの馬鹿)」
しかし、得られるものもまた多かった。それはオービット・ポータル社が極めて黒に近い灰色という事だ。
禁書目録「うっ、しずり、おトイレ行きたい。どこか止めて!」
しかし、失ったものもまた大きかった。それは上条が一時戦線離脱し大幅な戦力低下が避けられない事だ。
麦野「あんなにドリンクがぶ飲みするからよ。コンビニ寄って」
何かを手を打たねば——
〜39〜
御坂「で、何であんた達がこんな時間にこんな所にいるのよ?」
麦野「テメエには関係ねえだろ御坂。とっとと寮に帰ったら?」
そう思案していた矢先、麦野は立ち寄ったコンビニで立ち読みしている御坂とばったり出会してしまった。
端から見れば互いの額に銃口を突き付けているに等しい緊張感なのだが、その麦野の持つ買い物カゴへと。
禁書目録「しずり!ハーゲンダッツ食べたいかも!苺ミルク!」
鳴護「沈利ちゃんのシャケ弁ってこれだったっけ?えーと後は」
麦野「〜〜〜〜〜〜」
御坂「ぷっ、あんた達大物ねえ?沈利ちゃんって、ぷぷぷ……」
麦野「アイス戻せ!シャケ弁はそれじゃねえ!お前も笑うな!」
トイレから戻ったインデックスが各フレーバーごとにアイスを放り込み、鳴護は状況がわかっていないのか至ってマイペースだ。
麦野もてんこ盛りの買い物カゴを抱えて睨み合いなどどうあってもさまにならず、御坂も二人を見ている内に気が削がれたのか。
御坂「人間嫌いのあんたにしては珍しいじゃない。こういうの」
麦野「私が嫌いなのはテメエだけ。好きでやってるんじゃない」
唇を尖らせたインデックスと頬を膨らませた鳴護がアイスを戻しに行くのを横目に、麦野が溜め息を吐く。
だが御坂はその光景に二ヶ月前の出来事を既視していた。それは、インデックスの記憶を巡るあの戦いだ。
御坂「……今度のトラブルはあの子?」
麦野「テメエには関係ないでしょう?」
御坂「関係なくない。私、言ったもん」
麦野「ああ?」
御坂「困った事があれば連絡してって」
そこで御坂が鳴護との馴れ初めを話す。それは彼女が路上で歌っている時、スキルアウトに絡まれたのだ。
ショバ代を寄越せと因縁をつけて来た連中を、御坂が追い払い、今度も同じような事があれば連絡してと。
御坂「それにあんたは、あいつもいないでシスター以外の人間と一緒にいるほど人好きなんて思えないし」
麦野「………………」
御坂「また、前みたいな事になってるの?あの夏の時みたいに」
禁書目録「それはね!」
麦野「おい!」
するとそこへ、ハーゲンダッツではなくレディーボーデンを抱えたインデックスが戻り、間に入って来て。
禁書目録「しずり、ありさと短髪は、私の友達でもあるんだよ」
麦野「……ちっ」
事のあらましを、御坂に語って聞かせた。
〜40〜
御坂「成る程ね。あの時の神父と女の人がまた襲って来て……」
麦野「あの時殺しておけば良かったって心底後悔させられてる」
御坂「それはあの二人組?それとも私の事言ってんの?第四位」
麦野「両方、と言いたい所だけどあんたは“まだ”敵じゃない」
御坂「……そうね、私とあんたは“まだ”一度も戦っていない」
コンビニから出た後、四人は近くの公園へ立ち寄りライトアップされたカナール(水路)噴水の縁に腰掛け、星を見上げていた。
より正確には靴を脱いで水に足を浸す鳴護とインデックスを、少し離れた所から麦野と御坂が見守りながら話し込んでいる形だ。
御坂「でも……」
麦野「………………」
御坂「もう一度、一緒に戦うんなら私はあんたの力になれるよ」
麦野「おい」
御坂「勘違いしないで。あんたの為でも、あの子の為でも、あいつの為でもない。私自身の為に戦うのよ」
その言葉に、麦野はライトアップに照らされた御坂と、星明かりに照らされた上条の顔をダブらせて見た。
反対に御坂は鳴護を見やる。約束を果たしたいと言う思いと、麦野にあの戦いでの借りを返したい想いと。
麦野「その代わり条件があるわ」
御坂「……後で聞くわ。おーい」
鳴護「なーにー?」
御坂「明日のライブねー!私もついて行くからよろしくねー!」
両手をメガホンのようにして叫び、御坂が水に足をつけた鳴護へと駆けて行き、代わってインデックスが。
麦野「……インデックス、あんた、ここまで見越して話したろ」
禁書目録「うん。こうしてしずりが怒る事もわかってたんだよ」
水と光に照らされた二人を振り返りつつ、前髪をかきあげながら憮然とする麦野の元へ素足で戻って来る。
悪戯がバレた娘と、叱る母親のように向かい合う二人の姿。インデックスはペロッと舌を出して微笑んで。
禁書目録「しずりは優しいからね」
インデックスは知っている。ある点において、麦野は自分より御坂を高く評価している事も。それと共に。
麦野「……あんた、やっぱりアイス抜き」
禁書目録「前言撤回!優しくないかも!」
鳴護「どうしたのインデックスちゃーん」
御坂「意地悪な継母にいじめられたー?」
麦野「死ね!」
夜が更けて行く。
麦野「(優しくないわよ。私はあんたを使える道具としてしか見てないんだからさ。悪く思うなよ御坂)」
色濃い闇と共に。
〜41〜
シャットアウラ「鳴護アリサを確保せよ、と仰有るのですか?」
レディリー『ええ、昨日の爆弾騒ぎも鑑みれば妥当な判断だわ』
深夜、自室にてレディリーに謎の爆弾魔に関する報告を行い、シャットアウラは些か憮然としつつも——
それを表面に出す事なく、報告を受けたレディリーが下す新たな命令を自分に言い聞かせるよう復唱し。
レディリー『貴女は二度に渡って襲撃者を確保する事が出来ずに取り逃がし、糸口を掴む事さえ出来ず』
シャットアウラ「っ」
レディリー『あまつさえ統括理事会の抱える走狗までも呼び込んでしまったわ。何か申し開きはある?』
シャットアウラ「……わかりました。明日中に確保いたします」
レディリー『私は最高の結果だけを期待しているわ。それでは』
それはシャットアウラのみならず黒鴉部隊の護衛力では心許ないという、最後通牒に等しい命令であった。
刺客を取り逃がした上に爆弾魔の背後も洗えず、これでは麦野の言う所の『給料泥棒』の誹りは免れない。
シャットアウラ「くっ」
苦み走った煮え湯がシャットアウラの臓腑を焼き尽くして行く。
〜41.5〜
レディリー「なんてね。本当は統括理事会の手に落ちる前にこちらの手に置いて置きたいのだけれど——」
一方では、レディリーが社長室にて歌う今日の鳴護のライブと客席の様子をモニターで具に見比べている。
本来なら爆弾騒ぎを起こして鳴護の歌が起こす『奇蹟』を再検証しておきたかったのがこの際致し方ない。
レディリー「所詮、街の影に住む番犬と街の闇に棲む猟犬では役者が違い過ぎるわ。“搦め手”の準備を」
自動人形(女)「………………」
そう独白すると、レディリーは傍らに控えていた自動人形に命を下し、退室させた後に椅子に背を凭れる。
レディリー「——これでようやく、全ての準備が整ったわ……」
思い返すは千年前。戦争と飢饉により荒廃した街並みと、死の淵を彷徨っていた『彼』と在りし日の自分。
幼いレディリーは奇跡を祈り、そして奇蹟は叶えられた。不死を齎す、神々の食物たるアムブロシアーを。
それよりレディリーの時は千年、止まったままだ。その凍てついた長針と錆び付いた短針が今、動き出す。
レディリー「私が死ぬ為の準備が」
レディリーと、鳴護と、名も無き人々の屍の山と血の河の下に。
〜42〜
冥土帰し「傷口はどうだい?」
上条「あっ、熱も痛みも特に」
翌朝、上条は左肩と後頭部に包帯を巻いて自販機へコーヒーを買いに行き、休憩中の冥土帰しと出会した。
冥土帰し「僕の痛み止めは特別だからね?。頭の具合の方は?」
上条「悪いですけど……」
冥土帰し「いやそうじゃなくてね?眩暈であったり吐き気は?」
上条「それならないっす」
その冥土帰しも上条を診察して驚かされたのだ。全ての銃弾が『奇跡的』に重要な血管をセンチ単位……
否、ミリ単位で避けて突き抜けていた事に。それを聞いて上条もまた苦笑した。鳴護の歌のお陰かなと。
今、上条は自動人形に強かに打ちつけられた後頭部を診察されている。幸いにも挫傷や出血はなかった。
冥土帰し「それは良かった。当たり前の事だが、頭部、というより脳というのは繊細なものだからね?」
上条「インデックスの時もそう言ってたっけ。なあ、先生……」
冥土帰し「うん?」
上条「脳、って言うか失われた記憶って取り戻せないのかな?」
小窓より朝風を受ける上条が朝光を浴びる冥土帰しに問い掛ける。インデックスや鳴護の記憶について。
それに対して冥土帰しは答える。同一の症例から全一の結果が出るとは限らないと。それほどまでに——
冥土帰し「脳という分野は、この学園都市にあってさえ未だブラックボックスが多い。DNAと並んでね」
脳という分野は繊細を極める。今冥土帰しが受け持っている『患者』も上条と同じように銃弾を受けた。
冥土帰し「中でも、内外から負わされた傷が脳にもたらすダメージは思いもよらぬ影響を与える事がある」
結果として演算能力、歩行能力、言語能力を失ったそれすらも一例に過ぎない。そして冥土帰しは続ける。
冥土帰し「動く物体、例えば街中を歩いている人間が見えず建物のような静物以外を認識出来ない症例や」
上条「………………」
冥土帰し「或いは、特定の周波数の旋律や言語を音として正常に認識出来ない音アレルギーとも言うべき症例もあったりしてね」
上条「……それ、治せないのか?」
その時、上条の脳裏に過ぎるは鳴護の歌声に錯乱した少女の姿。
冥土帰し「——僕を誰だと思っている?」
「お花お花!ってミサカはミサカは売店に駆け込んでみたり!」
そしてどこからか、杖を突く音と子供の足音が遠ざかって行き。
〜43〜
鳴護の楽屋に、カリカリというシャーペンを走らせる音が響く。
時折ハミングを交えつつも、その手指の動きに淀みはなかった。
まるでその動作そのものが、一つの音楽であるかのようにさえ。
麦野「(アーティストって生き物は、場所を選ばないのかね)」
鳴護「出来た!」
麦野「お疲れ様、って言いたい所だけどそろそろ時間っぽいよ」
鳴護「本当だもうこんな時間!ありがとう。ボディーガード以外にもマネージャーさんみたいな事までしてもらっちゃって……」
麦野「……別に(私にとっちゃ、これも仕事の一環だしねえ)」
出入り口付近に腕組みして佇む麦野には思えた。どうやらまた一つ、新曲が出来上がったらしいとわかる。
ただボディーガードという言葉に苦笑せざるを得ない。昔見た歌姫とSPの恋を描いた映画でもあるまい。
麦野「それ、新曲?」
鳴護「うん!インデックスちゃんと話してて、前から頭にあったメロディーと歌詞がやっと形になったの。いつかなんだけどね」
麦野「?」
鳴護「“この歌を二人で歌おう”って、インデックスちゃんと約束したんだ。早ければ明日のラストにでも御披露目したいかな」
そう言いながらメモ帳を胸に抱く鳴護。彼女は明日、エンデュミオンに立つ。孵化を迎えた雛鳥のように。
麦野も聞いた曲で言う所の、終わりのない夢(そら)へ羽撃くのだ。麦野にはない幻想(ゆめ)を抱いて。
鳴護「……ねえ、沈利ちゃん?」
麦野「だからちゃんはやめなよ」
鳴護「——沈利ちゃんは当麻君とどんな風に出会ったのかな?」
麦野「……別に。“ねぇ、そこのおに〜さん”って逆ナンした」
麦野は夢も希望も幸福も未来も求めなかった。あまりに目映いそれらは、星を掴むように困難な事だった。
だからこそ鳴護の問いに嘘で答える。すると鳴護はそれを見透かしたように、やや悲しげに微笑み返して。
鳴護「……そっかぁ」
禁書目録「ありさーありさーそろそろ出番なんだよありさー!」
麦野「インデックス、デカい声で喚かない。いってらっしゃい」
鳴護「頑張って来る」
そこへ呼び出しに来たノックのおかげで気まずい雰囲気にはならなかったが、鳴護には寂しく思えるのだ。
鳴護「(やっぱり名前呼んでもらえないなあ、あたしってば)」
〜44〜
上条「……何やってんだ?」
御坂妹「ARISAの“グローリア”ですよ、とミサカはライブ中継の振り付けを真似てどや顔を送ります」
上条「間違ってねえけどアリサはそんな際疾い腰振りもしなきゃどや顔もしねえよ!俺の友達に謝れ!」
夕刻、上条は病院を抜け出す頃合いを見計らいつつ待合所を横切ると、そこに置かれたテレビに映る——
鳴護のライブ、『グローリア』を歌い踊る彼女に合わせて身体と腰を捻り、腕を時計回りにする御坂妹。
それも右手を腰に、左足の後ろに右足を交差させ、両手を花開くように広げ左手を高々と上げる仕草も。
時折わざとらしく下着がちらつくようにお尻を振るアドリブや、無表情である事を除けば中々似ていた。
御坂妹「それは聞き捨てなりませんね、とミサカは知り合いならばサイン貰って来て下さいと強請ります」
上条「(まあ、こいつらも音楽聞いたりなんかしたりして自我って言うか個性が出て来たんだろうなあ)」
今まさしくグローリア(栄光)への階段を上りつつある友人と、変わりつつある妹達に上条も頬を緩める。
テレビが見えないと言われ、そそくさと御坂妹の手を引きその場を離れようとした。まさにその時だった。
コンヤハホシガ——
上条「電話だ」
御坂妹「院内は携帯電話使用禁止です。スポットまで移動して下さいね、とミサカはメッと指差しします」
それは聞き慣れた着信音と見知らぬ番号。こういう時は大体良いニュースより悪いニュースに違いないと。
上条「もしもし?」
黄泉川『あっ、上条じゃん?』
上条「!?」
通話スポットにて電話に出るとその声の主は黄泉川であった。その思いもよらぬ相手からの電話によれば。
上条「えっ、沈利の借りてるプールが爆発したって(やべー)」
黄泉川『名義は彼女、以前の利用者にお前の名前も書いてるじゃん。ちょっと尋ねたい事があるじゃんよ』
それは麦野が転送した爆弾が炸裂した貸しプールの受付嬢が警備員に通報し黄泉川が駆け付けた為である。
黄泉川をして、怨恨の線も考えられると利用者名簿を洗い直し、繋がらない麦野に代わって上条に遡った。
心当たりはないか?と尋ねられたが、馬鹿正直に話す訳にも行かず上条が今病院ですからと言葉を濁すと。
黄泉川『なら、そっちに事情聴取に行くから待ってるじゃん♪』
上条「」
事態はより悪く……
〜45〜
鳴護「二人ともお疲れ様!今日はお礼にあたしがご馳走するね」
禁書目録「ありさ太っ腹かも!じゃあいただきますなんだよ!」
ライブ後、鳴護はボディーガードを務めてくれた三人への感謝の気持ちとしてジョセフへ誘ったのである。
テーブルは既に満漢全席であり、インデックスに負けないほど食欲旺盛な鳴護も嬉しそうに舌鼓を打った。
その中で麦野はチラリとファミレス前に停めたハイヤーと、ワイヤレスイヤホンマイクに神経を尖らせる。
麦野「(うるせーな。私の指示に従うって言ったでしょうが。テイクアウトくらいはしてやるわよ……)」
「お待たせしました!」
鳴護「あっ、来た来た」
その時であった。
禁書目録「——待って」
「?」
入れ替わり立ち替わり料理を運んで来る店員の一人がロブスターを運んで来た所で、インデックスが——
禁書目録「貴女、誰?」
鳴護を制するように手で庇い、麦野が店員を睨み付ける。そう、完全記憶能力を持つインデックスには。
「えっ?仰有る意味が」
禁書目録「杜撰だね。変装やメイクで誤魔化せても肩幅や首筋の骨格までは誤魔化せないんだよ誰かさん」
容貌だけでなく骨格から同一人物を照合する事が出来る。麦野が原子崩しで三角帽子を吹き飛ばした事で。
麦野「そうねえ?おかしいわよねえ?“三日前”に来た時は、テメエみたいな店員見てないんだけどさあ」
二人は顔を覚えていた。更に言えば麦野は、暗殺者としての観察眼で三日前に名札のついたスタッフ全員の
鳴護「えっ!?えっ?!」
顔と名前を記憶している。更に言うなら店内の間取り、自分の通された席から入口までの歩数と距離もだ。
仮にマリーベートが、ジェーンが、他の誰がやって来ようとも麦野は『殺さない』限り人の顔を忘れない。
麦野「13歩、6メートル半」
禁書目録「ありさ!走って!」
メアリエ「クソッ!」
次の瞬間、麦野はテーブルを店員に扮したメアリエへ蹴り上げ、インデックス達に窓ガラスまでの距離を。
麦野の歩幅、およそ50センチ半ばに掛け合わせた距離を伝え、原子崩しを放って窓ガラスをぶち抜いて。
メアリエ「師匠!マリーベート!ジェーン!」
三人は騒然となるファミレスの木っ端微塵となった窓ガラスから逃げ出し、表に停めていた車に乗り込む。
〜46〜
絶対等速「こいつはご機嫌だぜ!よーし、いい子だ!へへっ!」
同時刻、絶対等速はATM強盗で白井にお縄を受けて以来地にまで地に落ちたツキを取り戻しつつあった。
彼は今、幹線道路を盗み出して来たカマロのアクセルを思う様にベタ踏みし、加速に酔いしれていたのだ。
己以外並ぶ者のいない三車線のど真ん中。過ぎ行く街の灯りは自分だけを照らすスポットライトに等しい。
絶対等速「ハイスピードで!突破しようぜえ〜イエーイエー!」
留置場に置けるお情けばかりの沢庵三切れに、ひじきの混ぜご飯。冷め切った味噌汁等といった物相飯など思い出したくもない。
入牢の際、ゴム手袋をはめた警備員に肛門まで弄られ、汚い穴じゃんだの、お前初めてじゃないじゃん?力入れるじゃん等という
絶対等速「来世でまた会おう〜イエー!」
そんな雌伏(くつじょく)の日々は終わりだ。この車でいっちょナンパでもかまそう、そう思っていた。
絶対等速「お?」
この瞬間までは。
麦野「しつけえんだよオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ー!」
絶対等速「ちょっ!?」
先ず、左車線を疾走するマイバッハから箱乗りした麦野が、カマロの頭上を通り過ぎて原子崩しを放ち。
ステイル「吸血殺しの紅十字い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!」
絶対等速「おまっ!?」
次いで右車線を激走するマスタングのルーフに立つステイルがカマロの前方を通り抜けて炎を吹き上げ。
絶対等速「おいおい!あんたらイカレてるぜ!どうかしてる!」
光芒がテーパーポールを、ブロックを、次々と破壊し、その衝撃波に絶対等速のカマロが押し流されて。
絶対等速「やめろ!わかった!車は返す!だから!命だけは!」
業火がアスファルトを粉砕し、砂利と破片が散弾銃並みの威力でフロントガラスが蜘蛛の巣状に割って。
麦野「このクソ野郎!」
ステイル「逃がすか!」
絶対等速「心を入れ替えるから!生まれ変わるから!ひいっ!」
絶対等速が必死にブレーキを踏むも自分を間に挟んで殺し合う二人は止まらない。気も目も止まらない。
絶対等速「来世が見えるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅー!」
麦野・ステイル「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!」」
その後、絶対等速は風力発電機に激突した所を通りすがりのタクシーに救急車を呼ばれ奇跡的に生還した。
〜47〜
メアリエ「師匠!」
ステイル「ぶつけるつもりで寄せろ!僕の心配など百年早い!」
大瀑布を思わせるエンジン音を轟かせ、市街地へ入ろうとするマイバッハを追い掛けるマスタングを——
メアリエ「合点承知!」
メアリエはV8エンジンから振り絞る加速そのままに幹線道路より市街地へと左折したマイバッハを追う。
半ば旋回した状態でサイドブレーキを引いて、後輪をロックさせる事でテールを流してドリフトして行く。
更にその間にアクセルをベタ踏みしステイルを振り落としかねない6000回転まで上げサイドを下ろす。
同時にクラッチを蹴り入れ、2、3、4へ放り込んだギアより再加速しマイバッハを射程圏にまで睨んで。
麦野「振り切れ!ケツに食いつかれたらローストに化けるぞ!」
麦野もまた、皮膚の水分が吹き飛ぶような風の中を箱乗り状態で原子崩しを放つが敵は更にその上を行く。
右に左に車体を振って、市街地に突入する間も右ヘッドライトを潰し、サイドミラーを飛ばしながら追う。
けたたましいクラクションを鳴らしながらで交差点を直進して来るセダンに横腹を突かれてスピンしても。
メアリエ「この!」
インパネに浮かび上がるGの表示をバグらせ、ステアリングが焼き切れそうな勢いでマスタングが嘶いた。
交差点を抜けて再び直線に入るなり追い上げ、並んだ瞬間、メアリエが幅寄せしてマイバッハにぶつける。
ガードレールと車体の間に火花が散り、歩行者が蜘蛛の子を散らすように逃げ、ガードレールを薙ぎ倒す。
軒を連ねるブティックのウィンドウが薄氷のように割れ、清掃ロボットが轢殺され、空き店舗へ突っ込む。
麦野「死ね」
麦野が車内から左手を突き出し、原子崩しを放たんとするのと。
ステイル「伏せろ!」
ステイルが車上から右手を振るい、業火を放つのが同時だった。
鳴護「もしもし!」
禁書目録「運転手さん!“M—4”第四高速道路まで走って!」
原始の炎が右ドアを爆破し、原子の光がのルーフを爆発させ、鳴護は携帯電話を取り落としそうになった。
その間に運転手がサスが壊れんほどに、遊歩道よりアウトに振ってマスタングを引き剥がそうとした瞬間。
麦野「オラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
麦野が失われたマイバッハの右ドアから、オープンカーとなったマスタングのルーフへと飛び移ったのだ。
〜48〜
ステイル「やらせるか!」
マイバッハが車体をぶつけ返し押し流す中、麦野は吹き飛んだ屋根よりマスタングの車内へ侵入を果たす。
運転席にメアリエ、助手席にマリーベート、後部座席右にステイル、左にジェーン、後部座席中央へ麦野。
麦野「くたばれ!」
右側のステイルに対し座ったままジャブを放つも首を傾げてかわしされ、右サイドウィンドウが罅割れる。
そこへ生まれた間隙を縫いステイルが助手席のヘッドレストを引き抜き、差込口の金属棒で突き刺そうと。
ステイル「っ」
ジェーン「師匠!」
麦野「ッ!?」
眼球にあわや楔が打ち込まれるのを麦野が左腕で受け止め、左手でステイルの顔面、指先で目元を払う。
瞬間的な目潰しを受け目を瞑るステイルへ、麦野が外からのストレートではなく、内からのアッパーを。
しかしそこでジェーンが麦野を羽交い締めにして防ぐも、コンパクトに折り畳まれた肘を顔面に食らう。
マリーベート「こいつ!」
麦野「ちっ!」
ジェーンを引き剥がした所で、助手席からマリーベートが身を乗り出し掴みかかるが麦野が頭突きで反撃。
同時にステイルを蹴りつけ、ハンドルを握るメアリエを仕留めようと麦野が背後から原子崩しを放たんと。
メアリエ「させるか!」
右手でドリンクホルダーのボルヴィックを取り、左手でシートレバーをフラットに倒し、背面の麦野へ——
思い切りぶつけ仰向け寝からボルヴィックを水の魔術で弾丸のように放つと麦野がもんどり打って倒れる。
しかしただでは転ばず、左ドアポケットより発煙筒を焼き切り、車内がスモークに満ち全員の視界を遮り。
麦野「ぶっ飛べ!」
レザーシートの後ろにある、ガソリンタンクに向かって防盾状に展開した原子崩しによる抜き手を放って。
ステイル「逃げろ!」
突っ込んだ空き店舗の風穴の空いたシャッターが向かいのビルまで吹き飛び、マスタングが爆発炎上した。
その中で麦野はバリア状にした原子崩しを楯に爆炎に巻かれる事なく飛び出し、遊歩道へと着地した所で。
シャットアウラ「——————」
麦野「!」
マイバッハが走り去って行く方角へ機動兵器で追い掛けて行く黒鴉部隊を見、麦野は歯噛みした。こんな
麦野「……くそ」
麦野はこんなタイミングでと歯軋りしながら吐き捨てるように。
麦野「——クソ」
イヤホン越しに叫ぶ。出来れば使いたくなかった奥の手へと——
〜49〜
麦野「——出番だ御坂美琴ォォォォォォォォォォォォォォォ!」
シャットアウラ「!」
御坂「〜〜わかってるっちゅーの!耳元で怒鳴んないでよね!」
シャットアウラの駆る機動兵器が加速し、マイバッハを追う遙か後方から追い上げて来る一台のタクシー。
麦野『(うるせーな。私の指示に従うって言ったでしょうが。テイクアウトくらいはしてやるわよ……)』
御坂「(誰がテイクアウトぐらいで誤魔化されるっつうの!)」
そのルーフにて御坂はイヤホン越しに、ファミレスでぼやいていた麦野を思い出しながら怒鳴り返した。
一日中、表の護衛は麦野達が務める中で裏の護衛を任され溜まっていた鬱憤が爆発した形になる。それは
麦野『条件があるわ。護衛に関しては私の指示に従ってもらう』
御坂『はあ!?』
麦野『聞け。これはガキの用心棒ごっこじゃねえんだよ。敵はあのオカルト野郎共だけとは限らないのよ』
昨夜、麦野が出した条件。それは御坂に表立って行動するのではなく、影のように付き従えと言うものだ。
敵は魔術サイドのみならず、オービット・ポータル社そのものの可能性も考慮した上で麦野が下した判断。
麦野『あんたは言わばあっち側にとってノーマークのエースで、こっち側ではフリーのワイルドカード』
事実、シャットアウラはステイルと麦野が骨肉相食む間を出し抜いて鳴護に迫っている。そこで御坂が……
シャットアウラ「(何故、第三位が首を突っ込んで来る!?)」
介入した事はシャットアウラにとっても想定外の出来事だった。最も厄介な麦野さえ取り除けたならばと。
上条が戦線離脱した事から言ってもまたとない好機を、麦野をも上回る戦力がまだ控えていた事に対して。
だが後に麦野は諧謔する。『昔の私なら連中が出て来た時に御坂を呼び出して挟撃出来たはずなのに』と。
シャットアウラ「クロウ4!クロウ7!フォーメーションB!」
七機の機動兵器が北斗七星陣を取るのと同時に、タクシー上より御坂が伸ばした手を麦野が掴んで飛翔し。
麦野「足引っ張んなよ御坂!」
御坂「誰に言ってんのよ!!」
硬貨と拡散支援半導体が同時に舞い、黒鴉部隊を狙い撃つ。敵であるが故に互いを知り尽くした動きで。
〜50〜
シャットアウラ「くそ!」
レールガンによって二体が煙を、原子崩しによって二体が火を噴いて料金所に突っ込みバーが砕け散った。
マイバッハがその合間を縫って高速道路に突入し、コンテナを積んだビッグリグに追い越しをかけて行く。
シャットアウラは先ず後ろのタクシーから片付けようと、道路上に無数のレアアースペレットをバラ撒き。
シャットアウラ「食らえ!」
放射状にワイヤーを放って点火し、ビッグリグのタイヤを吹き飛ばし道路を塞ぐようにコンテナを横倒し。
麦野・御坂「「どけ!」」
麦野がコンテナ連結部を原子崩しで焼き切り、一台分のスペースをタクシーが突き抜け御坂が電撃を放つ。
後続の機動兵器も光学迷彩を施し目標を絞らせずシャットアウラに追走するが、御坂には通用しなかった。
機体の放つ電磁波を目印に、次々と脚部を撃ち抜かれてコントロールを失い、土砂を積んだ大型車に追突。
御坂は更に道路上にぶちまけられた土砂より砂鉄の剣を形成し、併走するクロウ4の腕部へと切りかかる。
だがカバーに入ったクロウ7がタクシーに横槍を入れ体当たりでひっくり返すも、麦野が原子崩しが放つ。
それによってアスファルトを爆破した衝撃で半ば片輪走行状態から車体を水平に戻し、共にトンネルへと。
シャットアウラ「邪魔だ!」
機動兵器をトンネル壁面へ蜘蛛のように張り付かせエクストリームの『コークスクリュー』のように加速。
天井部を滑走する側からレアアースペレットを取り付かせ、崩落を誘発させるように次々と起爆して行く。
トンネル全体が震え出し、瓦礫が雨霰と降り注ぐ中、麦野が原子崩しをコンパスで円弧を描くように放つ。
一泊遅れてオレンジの閃光とグレーの土煙と爆風が共にトンネル内部に荒れ狂い、タクシーが横流しされ。
御坂「今よ!」
麦野「オラ!」
麦野が爆風の中紙吹雪のようにシリコンバーンを何百枚とバラまきシャットアウラへ原子崩しを撃たんと
シャットアウラ「!」
その時であった。
ステイル「イノケンティウス(魔女狩りの王)!」
御坂「!?」
神裂「七閃!」
麦野「?!」
トンネルを塞ぐ瓦礫の山を吹き飛ばすイノケンティウスを放つステイルを後ろに乗せた神裂の大型バイク。
水平対向六気筒エンジン、1800CCも絞り出すゴールドウイングが黒い弾丸のように突入して来て——
〜51〜
鳴護「まだなの!?」
先行するマイバッハを追撃する七閃とイノケンティウスが、瞬時にハンドルを右に切ると同時に中央分離帯を爆破させて見失う。
そこへ御坂達を乗せたタクシーが滑り込み雷撃の槍を放つが、神裂がバイクを横倒しに走り空を切った稲妻が機動兵器を狙った。
だがシャットアウラがマイバッハへワイヤーを放ち、アンカー代わりにドン!とアスファルトを蹴散らし稲妻を避け食い下がる。
神裂「ステイル!」
神裂がハンドルをステイルに任せて飛び、トンネルの壁を走りワイヤーを七天七刀で兜割りで断ち切る。
更にトランクに掴まり、靴底から火花を散らして引きずられる右足をかけて取り付き刀を振り上げんと。
御坂「させない!」
した所で御坂がマイバッハのルーフへ飛び移り、砂鉄の剣で切りかかり神裂が振り上げた刀で受け止める。
更に麦野もまた背後から殴りかかるも神裂は勢い良く振り返りポニーテールを鞭のように撓らせ目を打つ。
怯む麦野、機を逃さずレアアースペレットを放つシャットアウラ、それをバイクで体当たりするステイル。
禁書目録「ありさ!」
激しく揺れるマイバッハのルーフを突き破り鳴護の鼻先で止まる令刀。その手を押さえ寸止めさせる麦野。
ステイルが炎剣を振るいサイドウィンドウを突き破り鳴護を狙うのを、インデックスが被さり床に転がる。
その隙にシャットアウラがボンネットにのし掛かり、フロントガラスを叩き割るとエアバックが作動する。
運転手がその衝撃に気絶し、二人の魔術師と二人の超能力者、一人のクロウを乗せたまま出口へ蛇行して。
「……え……」
麦野が原子崩しを展開してシャットアウラを狙い、シャットアウラがレアアースペレットで神裂を狙う。
神裂がそれを防がんと七閃、御坂が電撃、ステイルの火の魔術が屋根を吹き飛ばし鳴護らの姿が露わに。
「——合——」
この間、僅か数秒。床に転がった携帯電話、自分に覆い被さり降り注ぐ火の粉から守るインデックス……
全員を巻き込んで吹き飛びかねない状況下にあって鳴護の脳裏を駆け巡るたった三年分しかない走馬灯。
鳴護「……助……!」
祈るような気持ちで、幹線道路からずっと通話状態にある携帯電話へと鳴護が縋る。奇跡を願うように。
鳴護「——け……!」
ただ一つの名前を。
鳴護「助けて当麻君!」
上条「間に合え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
〜52〜
ステイル「なんだと!?」
トンネルを抜けた先、そこには先程に倍する爆音と共に滑空して来るヘリと、そこから身を投げ出す人影。
上条「アリサ!」
鳴護「当麻君!」
併走するヘリの縄梯子に左手でしがみつき、右手を差し伸べる上条に鳴護が飛び付き、身体が宙に浮いた。
銃創から血飛沫が舞い奥歯を噛み砕かんばかりに耐える上条。麦野はそれを信じられない思いで見上げる。
だが全員を巻き込んでコーナリングへ蛇行するマイバッハにあって、それは瞬きにも満たない永遠の刹那。
麦野「行け!」
上条「ああ!」
それ以上の言葉は、二人には必要なかった。だがそれを引き金に
麦野「飛び移れ御坂!」
ステイル「追え神裂!」
シャットアウラ「くっ」
パンクしたタクシー上からマイバッハへ乗り、麦野が運転手を引きずり出して運転席へ、御坂は助手席へ。
神裂も月面宙返りからバイクへ飛び移り、シャットアウラも離脱して行くヘリを追い掛け道路上を疾走し。
黄泉川「通行止めじゃん!」
神裂「またも新手ですか!」
黄泉川がヘリのスライドドアより身を乗り出し、対暴動鎮圧用プラスチック弾頭ライフルを地上掃射する。
そこで間一髪、神裂が左手でハンドルを握り右手で令刀を振るい弾雨を切り裂きつつコーナーを曲がるが。
禁書目録「後ろ!」
麦野「わかってる」
ステイル「神裂!」
先にコーナーを曲がっていたマイバッハのハンドルを握った麦野がギアをバックに入れ追走して来る——
神裂達のバイクにテールをぶつけ、アクセルを全開にして押し流す。されど神裂もこれ以上離されまいと
神裂「舌を噛みますよ!」
右手で令刀を支え棒に、左手でハンドリングを持ち上げ、いわゆるウィリーとなり前輪をマイバッハへ。
その上がった前輪をトランクに叩きつけた勢いで後輪を持ち上げ、マイバッハを踏み台に空中で一回転。
唖然とする御坂の頭上よりバイクごと飛び、着地し突き進んだ地点に聳える風力発電機を袈裟懸けに切り
神裂「はっ!」
斜めに倒壊して行く発電機を橋代わりに突っ走り、スキーのジャンプ台のようにヘリへと飛びかかり——
上条「嘘だろ!?」
ヘリからぶら下がるラダーが切り裂かれ、二人は高速道路を跨ぎ立体交差して走るモノレール上に落ちた。
〜53〜
麦野「やられた!」
疾走するモノレール上に落下した上条達と着地した神裂達を見、麦野がマイバッハを停車させ歯噛みする。
鳴護と言う足手纏いに加え、銃創を負った上条で御せる相手ではない。だが舌打ちを鳴らすよりも早くに。
麦野「追うわ!」
御坂「運転出来るの!?」
麦野「F‐MEGAでね」
禁書目録「ゲームの!?」
気絶した運転手を路肩へと置いて行き、マイバッハが走り出す。
〜53・25〜
シャットアウラ「機体を動かせる者は直ちに操車場へ向かうモノレールへ急行せよ!繰り返す!機体を」
クロウ4「駄目です!警備員第七四活動支部が介入して来ました!第3学区スポーツジム爆破テロに関して事情聴取すると——」
通過して行くモノレールを機動兵器で後追いしながら指示を飛ばすシャットアウラは『気付け』なかった。
先日、ライブ会場に仕掛けられるもプールへ転送された爆弾がレディリーによる差し金であると言う事に。
レディリー『もしもし』
シャットアウラ「!?」
そこへ図ったようにレディリーから通信回線が飛び込んで——
〜53・50〜
黄泉川「対象は操車場行き回送モノレールじゃん!現在ヘリ上空から追跡中じゃん!先回りするじゃん!」
操縦桿を握る鉄装の側でライフルを携えながら黄泉川が無線で檄を飛ばす。その膝上にはある書類の束が。
黄泉川「子供じゃないなら」
それは、プールを破壊した爆弾に使用されていたスチールの破片の金属組織を洗い直した組織写真である。
金属組織に混じる不純物の有無や増減は同じ製法や材質を使っても人間の指紋のように異なる特徴を持つ。
黄泉川が採取したそれは不純物0%に近い物であり、それほどの技術を持つ企業は学園都市でも指折りだ。
その金属組織を各企業のデータベースより照合した結果オービット・ポータル社が浮上して来たのである。
航空・宇宙開発に特化した企業である彼等の高い製鉄技術が徒となった。そして黄泉川が上条の病院へと。
上条『その爆弾で狙われたのはアリサだ!今も襲われてんだ!』
事情聴取を行ってる最中に鳴護とインデックスから齎されたSOSと、捜査情報の合致が黄泉川を動かす。
黄泉川「手加減無しじゃんよ!」
モノレール上に降り注ぐ弾雨となってマズルフラッシュが瞬き。
〜54〜
神裂「くっ!」
上条「今だ!」
鳴護「うん!」
ステイル「逃がさん!」
黄泉川がヘリより神裂に暴動鎮圧用プラスチック弾頭ゴム弾をバラまき、牽制する中ステイルが肉薄する。
立っていられないほどの向かい風さえ焼き尽くす業火を、上条は片膝立ちになりながら右手で打ち消した。
その腰には両手でしがみつく鳴護の帽子が吹き飛ばされ、モノレール上から市街地へと風に攫われて行く。
上条「ステイル!」
ステイル「君もしつこい男だな上条当麻!鳴護アリサを渡せ!」
上条「巫山戯んな!なんでアリサ一人の為に戦争が起きるんだ!“聖人”かも知れないってだけでそんな馬鹿げた話が通るか!」
左半身が赤く染まるほどの銃創に上条は血色を失いかけた白い唇を噛み締めてステイルと対峙していた。
長くは持たないしそんなに甘い相手ではない。黄泉川が神裂を押さえていてくれなければ今この瞬間も。
ステイル「もはやそんなレベルじゃあ終わらないんだ!彼女がそこにいるだけで北半球が吹き飛ぶんだ!」
上条「!?」
ステイル「あのエンデュミオンを神殿に仕立て“奇蹟の歌声”を持つ生贄を捧げる事で発動する大量破壊兵器をも凌ぐ術式だ!」
上条「ぐっ!?」
黄泉川の地上掃射を神裂が令刀を風車のように回転させて全て防ぎ、逆に切り飛ばして叩き返して行く。
ステイルも追い風を利用して上条へ炎剣を振り下ろし、右手で防ぐ事で空いたボディを前蹴りを放った。
それによって鳴護も二車両目から三車両目に吹き飛ばされて転げ、上条は受け身すら取れずに仰臥して。
上条「……逃げ、ろ!」
鳴護「——当麻君!!」
ステイル「冥土の土産に教えてやろう。彼女をトリガーとして」
その術式を組み上げようとする魔術師の名をステイルが口に——
ガクン
ステイル「!?」
しようとした瞬間モノレールの連結部が先頭から第三車両を残して切り離され、ステイルが取り残されて。
シャットアウラ「終わりだ!」
運転席に取り付いた機動兵器より、レールウェイに無数のレアアースペレットがバラまかれて点火された。
ステイル「しまっ!?」
神裂「ステイル!!?」
取り残された車体とレールウェイが暴落しステイルと神裂が脱落して行くのを上条は霞む視界で見送った。
上条「……マジかよ」
突きつけられる、シャットアウラの冷めた眼差しと銃口と銃剣。
〜55〜
ひた走るモノレール上にて、血染めで仰臥する上条の頭部に向けられるシャットアウラの拳銃と眼差し。
上条「——ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その瞬間、シャットアウラは頭部ではなく右手を撃ち抜き、上条が焼け付く痛みにもんどり打って転げ。
シャットアウラ「——貴様には借りがある。だから命だけは助けてやる。鳴護アリサを我々が貰い受ける」
鳴護「当麻君を撃たないで!あたしはどうなってもいいから!」
沈黙をシャットアウラが破り、静寂を上条が破り、鳴護が血溜まりに沈む上条を庇うように両手を広げる。
そんな鳴護にシャットアウラの眉間に皺が刻まれ、鳴護も眉根を寄せながら頭を振ると涙が風に運ばれた。
鳴護「よくわかんないけど、その怪我も、皆が争うのも、あたしがいるから、あたしが歌おうとするから」
上条「違う!」
鳴護「あたしがいると何億人って言う人が死ぬんでしょ!?なら、あたしはもう歌わない!歌えないよ!」
レディリー『それは困るわ。あなたには歌ってもらわないとね』
泣き叫ぶ鳴護、怒鳴り返す上条、眉を顰めるシャットアウラを運ぶモノレール上に響き渡る涼やかな声音。
それは運転席に取り付いた機動兵器の光学迷彩を応用してソリッドビジョンとして映し出される『少女』。
鳴護「……レディリー、レディリー=タングルロード、社長?」
レディリー『貴女が歌わないと言うなら搦め手を使う他ないわ。これを見てもまだそう言えるのかしら?』
レディリーと共に映し出されるは鳴護が引き取られた施設。そしてそれらを囲む夜戦服に身を包む私兵達。
少年『た、助けて!』
少女『撃たないで!』
鳴護「みんな!!?」
レディリーが進めていた搦め手とは見ず知らずの数千人の観客よりも効果的な見知った数十人の人質だ。
皆一様に怯えきっており、私兵集団はおよそ一個小隊。今から救出に向かっても時間的に間に合わない。
鳴護『わかった!今からそっちに行くね!皆の分あるからね!』
それは契約を結ぶ際に交わした取り決め。それは施設の少年少女をデビューライブへ招きたいという物。
禁書目録『あれ?』
そしてサポートガールを務めたインデックスが首を傾げたのは、彼等がライブに訪れていたためであり。
上条「……テメエ!」
——それは奇しくも麦野と上条が地下に潜っていた時の出来事。
〜56〜
麦野「——そう言う事か。ラバースーツフェチにゴスロリ人形」
上条「沈利!?」
ドン!と地上より原子崩しでロケット噴射のようにモノレール上へ飛び上がる麦野が上条を背に降り立つ。
そこで麦野は振り返って上条の出血量を見、改めて映像のレディリーと銃を向けるシャットアウラを見る。
その後ろ姿から上条には麦野の表情は伺い知れない。しかし、麦野を見て鳴護が凍てついた所を察するに。
レディリー『ふふふ、人質なんて取りたくなかったけれど、流石の貴女も気も手も回らなかったでしょ?』
麦野「………………」
レディリー『いいえ、“昔の貴女”なら気付いたでしょうね。私が統括理事会を通して依頼した三年前の』
鳴護「?」
レディリー『オリオン号事件の後始末に携わった頃の貴女なら、恐らく私は出し抜けなかったでしょうね』
シャットアウラ「——オリオン号、貴様何を知っている!!?」
その麦野へ、オリオン号と言う単語に反応してシャットアウラがレディリーを振り返りつつ銃口を向ける。
しかし麦野はシャットアウラに一言も発する事も、鳴護に一瞥も送る事なく、レディリーだけを睥睨して。
麦野「……“あの時”の依頼人はテメエだったのかロリババア」
シャットアウラ「……依頼とは何の事ですか!お答え下さい!」
レディリー『それは彼女が知っているわ。但し、その前に……』
レディリーが涼しげな顔でそれを受け流し軽やかな声でシャットアウラに水を向ける。鳴護を確保せよと。
シャットアウラ「来い!」
上条「シャットアウラ!」
引っ立てるシャットアウラ、追いすがる上条。しかし、麦野は。
麦野「……さっき、あんた私に聞いたよね?私とこいつがどうやって出会ったかを。教えてあげるわ……」
鳴護「待って!」
操車場に入って行くモノレールにて原子崩しを展開させる。麦野はいざとなれば全てを切り捨てられる。
インデックスも、御坂も、自分さえも。上条はそれを知っている。何故なら上条と出会った頃の麦野は。
麦野「今のあんたと全く同じ状況だったんだよ“アリサ”——」
今のレディリーやシャットアウラと同じ目をしていたのだから。
鳴護「やめて!」
そしてどこからか千切れ飛んだ花々が夜風に乗って舞い上がり。
麦野「そんな私が同じ手でやられるなんて思ったかにゃーん?」
〜57〜
次の瞬間、レディリーが映し出した施設の映像に赤光が迸った。
レディリー『!?』
私兵『何だ今の爆発は!おい、お前様子を見、ぐぁぁぁぁぁ!』
上条「こいつら——」
フレンダ『にゃーはっはっは!こんなイモどもの皮剥きで一億とか、結局こんなボロい仕事はない訳よ!』
絹旗『はいはいフレンダ。お仕事中に超だべらないで下さいね』
上条「沈利の……」
滝壺『誰だか知らないけど本当に依頼人の読み通りになったね』
シャットアウラ「——————」
そこには施設を占拠した私兵集団を更に倍する暗部組織で強襲し、片っ端から殲滅して行く『アイテム』。
子供らを避けて火線を配置し吹き飛ばすフレンダ、弾雨の中を窒素装甲を盾に切り込み突破する絹旗の姿。
滝壺が戦場を見渡し下部組織に指示を下し薙ぎ倒して行く。形勢が逆転し、趨勢が決するまでの僅かな間。
とぅるるるるるるるる♪
麦野「もしもし?」
電話の女『あんたの読み通り本当に来たよこのイモ共。じゃあ、残りのギャラ振り込んどいて。一人頭は』
麦野「あいつらに1億、下っ端共に1億、あんたに1億。嗚呼、そうそう。昔、私が初陣飾った時にさあ」
『電話の女』からかかって来た着信を取り、麦野が笑う。麦野が施設で発信した番号、それはアイテムだ。
自分が暗殺者の立場なら、鳴護のみならずその関係者をも脅迫材料にするという思考法から打った対処法。
万が一の時の為にかけておいた保険が功を奏し、歯軋りするレディリーを前に、麦野は鼻で笑い飛ばした。
麦野「ギャラ、いくらだった?」
電話の女『うーん、引退した人間でも守秘義務があるから教えられない。でもぶっちゃけケチだったわー』
麦野「ぎゃははははははは!そう、とんだしみったれよねえ?」
そして電話を切った後、操車場で停まったモノレール上で麦野はレディリーの立体映像に嘲弄を浴びせて。
麦野「——テメエの言う通り、確かに私の腕は鈍ってる。けどね、頭のキレまで鈍った覚えはないんだよ」
レディリー『……貴』
麦野「テメエの玩具(へいたい)が束になってかかろうと、私の道具(へいたい)の足元にも及ばないわ」
レディリー『……様』
麦野「“次”からは使い捨ての兵隊にも金かけな。しみったれ」
レディリー『——殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
〜58〜
シャットアウラ「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
激昂するレディリーが命じて、咆哮するシャットアウラがレアアースペレット弾を二丁拳銃で撃って来る。
だが麦野は展開していた原子崩しを防盾に切り替え、左手で前面に押し出して背後の上条と鳴護を守った。
されどシャットアウラは身体能力を引き上げるボディスーツを後押しに、モノレール上を突っ走って行き。
麦野「——“次”ってのは“今”の事よ」
横合いへ回り込み銃剣を振り下ろしつつ発砲し、麦野が右手首で銃身を叩き、手の甲で弾き軌道を逸らす。
麦野「今、テメエは私の“敵”になった」
更にシャットアウラは残るもう一方の手の銃剣を横払いしつつ更に発砲し、麦野が首を傾げ毛先が弾ける。
射撃と銃剣術と軍隊格闘が一体化した動き。それを駆使するシャットアウラは見た。地下道での麦野の型。
シャットアウラ「(エスクリマ使いなら必ず腕を狙うはず!)」
麦野の顔面目掛けて右手で突きと発砲を同時に繰り出さんとするシャットアウラ。だがしかし、麦野には。
麦野「ふっ!」
シャットアウラの突きと銃撃を、麦野は上体を反らしてかわすと同時に『下から』こめかみを殴り飛ばす。
シャットアウラ「がっ!?」
シャットアウラの視界が暗転すると同時に、上体反らしから垂直に蹴り上げる靴底が顎へと突き刺さった。
それによってシャットアウラを宙を舞わせ、モノレールから操車場のコンクリートへと呆気なく叩きつけ。
麦野「街の影しか踏んでねえテメエ如きが、街の闇を歩いて来た私に勝てるとか夢でも見たかにゃーん?」
麦野が両手をはたいてシャットアウラへ向き直る。麦野にスタイルなどない。あるとすれば『暴力』のみ。
その麦野がレディリーへ向き直る。搦め手は破られ、子飼いも倒され、ここに来て『イヤホンマイク』を。
麦野「ここまでの会話全部聞こえてたわよね御坂?そっちは?」
御坂『——高速道路で回収した機体から割り込んで逆探知したわ。発信地は“エンデュミオン”からよ!』
レディリー『!』
麦野「“年寄りの長話”に付き合ってやった甲斐があったわね」
今、黄泉川の操縦するヘリに乗りこちらに向かって来る御坂達に呼び掛ける。ハッキングさせていたのだ。
禁書目録『貴女の負けなんだよ。れでぃりー=たんぐるろーど』
〜59〜
レディリー『——ふ、ふふふ、フフ、はははははハハハハハ!』
レディリーの哄笑が響き渡る。それは千年の長きに渡っての悲願を打ち砕かれた、人ならざる嗤いだった。
上条「……何がおかしいんだレディリー!お前の目的は何だ!」
レディリー『——死ぬ事よ。彼女の奇蹟の力を使って人として死ぬ事。それだけが私の願いで望みで祈り』
立体映像のレディリーが闇夜に両腕を広げ星空に両手を上げると、上条ですら見た事のない巨大な魔法陣。
上条「……ステイルの言ってた魔術師ってのはテメエの事か!」
レディリー『そう。そこまで知られてしまっているのならばもはや一刻の猶予もないわ。今度こそ全てを』
鳴護「!?」
レディリー『終わらせる。彼女(トリガー)が居ずとも魔術(ブレット)はもう込められているのだから』
天穣無窮の宇宙に展開され夜空に星座が浮かび上がるようにして光り輝く。ギリシャ占星術師であり——
同時に魔術師であるレディリーが、バベルの塔を模したエンデュミオンを魔術的要素として組んだ術式。
その制御を意図的に放棄し、恣意的に暴走させるつもりなのだ。少なくとも、学園都市を道連れにして。
レディリー『エンデュミオンを倒壊させる。落下エネルギーだけでこの街は更地になる。あなた達を礎に』
上条「巫山戯んじゃねえ!死ぬ為だか何だか知らねえが、そんなもんの為に生きてる人間を踏み台に——」
レディリー『あなた達が悪いのよ。いつもそう、肝心な所で邪魔が入る。あなたの“父親”もそうだった』
シャットアウラ「なっ……」
レディリー『冥土の土産に教えてあげるわ。あなたの父親が乗客乗員を救ったのは“奇蹟”だったかもね』
鳴護「(オリオン号)」
レディリー『だけど、その死は“運命”だったのよ。私の術式を完成させる為に!しかし、その死は……』
子供を人質に取り、学園都市を道連れにせんとするレディリーを前にして揺らいだシャットアウラの心が。
レディリー『無駄ではなかったわ!あなた達親子は私に素晴らしい奇蹟をくれた!祈りがもたらした科学でも魔術でもない存在』
この瞬間、操車場に落ちたブレスレットと同じように罅割れて。
レディリー『鳴護アリサというもう一人の奇蹟(あなた)を!』
シャットアウラ「——貴様ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!」
二人は、襲撃事件の夜に見たオリオン号の夢の意味を理解した。
〜60〜
『ラー……ラー……ラー……』
嗚呼、そうだったんだ。やっと思い出した。私が何者なのかを。
『ラー……ラー……ラー……』
嗚呼、そうだったのね。思い出したよ。あたしが何者なのかを。
私はあの時奇跡を望んだ。奇蹟を願った。あのオリオン号に乗り合わせた全ての人々と思いを一つにして。
あたしはあの時生まれた。神様に祈る人達の、救いを求める言葉が、まるで歌声のように響き渡っていた。
シャットアウラ『そう、私達は最初から一人の人間だったんだ』
鳴護『そう、だけどあたし達は一つではあっても同じじゃない』
シャットアウラ『私は陽の当たる場所に背を向けて歩きだした。奇蹟(ひかり)に背いた軌跡(やみ)へ』
鳴護『あたしには帰るべき場所がある。あたしの歌を聞いてくれる人、あたしを待っていてくれる人達が』
奇跡から生まれたあたし、奇蹟を祈った私、私(あたし)達の歩んで来た軌跡は、他の誰のものでもない。
私(あたし)はあたし(私)。他の誰でもなく他の何でもなく。
シャットアウラ『私は貴様で』
鳴護『貴女はあたし。だけど』
私(あたし)はあたし(私)の足で、前に進んで行きたいから。
〜60.5〜
シャットアウラ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁ!」
上条「シャットアウラ!」
操車場から仰ぎ見る宇宙エレベーター『エンデュミオン』を見上げ、シャットアウラがモニターを撃った。
それによりレディリーの映像が消え、シャットアウラは立ち上がり、機動兵器に乗り込みその場を後にし。
麦野「——ほっときな。それよりあんた、撃たれた所はどう?」
上条「……死にそうなくらい痛いけど、ひとまず今は後回しだ」
麦野「そうね。死ぬのはとりあえず生き延びてからにしましょ」
上条が右手を押さえ、麦野が左肩を貸して立ち上がり、言った。
上条「——アリサ、お前も来てくれ。エンデュミオンに行こう」
鳴護「……うん!」
麦野「あれをどうにかしなきゃ、私達も学園都市も消し飛ぶわ」
エンデュミオンの倒壊と、レディリーの暴走を食い止める為に。
そして
打ち止め「——どうする?ってミサカはミサカはお供えの花束をギューッとしながら貴方に聞いてみたり」
一方通行「………………」
そして『実験』の止まった場所に花を手向けに来ていた彼等も。
〜61〜
土御門『という訳なんだにゃー。お前達はどうするんだぜい?』
ステイル「………………」
神裂「——決まってます」
一方、崩落するレールウェイから脱出を果たしたステイル達は、バイクで疾走つつ土御門と連絡を取って。
ステイル「断っておくが、僕達は鳴護アリサの抹殺を諦めては」
土御門『わかってる。しかし状況が変わった。最優先事項もな』
土御門の言わんとする所、それは引き金の処理より、火薬庫を吹き飛ばしかねない射手を優先せよとの事。
ステイルもまた後ろを振り返れば、そこには飛翔術式で付いて来る、辛うじて無事であった愛弟子達の姿。
ステイル「——目標を変更する。目指す先はエンデュミオンだ」
メアリエ「合点承知!」
マリーベート「はい!」
ジェーン「もちろん!」
爆破の瞬間ステイルが火の魔術で咄嗟に庇ったのが幸いした。もっとも、衣装は際疾くなってしまったが。
〜61.5〜
御坂「誰がエース(切り札)よ!よくも私をダシに使ったわね」
麦野「ジョーカー(切り札)は二枚でしょう?それよりエンデュミオン倒壊のシミュレーションはどう?」
鳴護「当麻君、大丈夫?」
一方、上条達は黄泉川のヘリに拾われて第二三学区へと向かい、機内では御坂と麦野がPCを叩いている。
麦野からすれば人質作戦への対応は『敵を欺くには味方から』なのだが、ダシに使われた御坂は不機嫌だ。
そんなやり取りの側で、鳴護が上条の撃たれた右手に警備員や風紀委員に支給される止血剤を塗りたくり。
上条「大丈夫だ」
黄泉川「それで大丈夫なら医者は商売上がったりじゃん。ほい」
上条「痛っ!?」
禁書目録「ありさも少し休んで。張り詰めっ放しは良くないよ」
黄泉川が包帯を縛り付けて、インデックスが鳴護を気遣う。その様子に麦野も一度画面から顔を上げるも。
麦野「……倒壊を防ぐにはエンデュミオンを支える三本柱の爆砕ボルトを点火しろってか。だけど問題は」
御坂「軌道上にいる首謀者を取り押さえない限り事態は終息しない。でもエレベーターは多分使えないし」
するとそこへ
コンヤハホシガ〜♪
上条「土御門!?」
鳴護の着うたと共に表示される、土御門元春の番号だと知ると。
麦野「——急げ!」
ヘリのローター音に負けないほど大きく舌打ちし、眉を顰めた。
〜62〜
黄泉川「本当にここで良いんじゃん?病院とは反対方向じゃん」
上条「良いんです!それよりもアリサをお願いします。御坂!」
御坂「わかってるわよ!指一本触れさせないから任せなさい!」
上条「頼んだ。それからアリサ、時間がないから手短に話すぞ」
鳴護「うっ、うん!」
そして一行は第二三学区に到着し、上条・麦野・インデックスは発着場に降り、御坂・鳴護はヘリに残る。
鳴護の護衛を美琴という個人と、警備員という組織に任せる事にしたのだ。最早一刻の猶予もない。だが。
上条「——お前の歌は誰かを幸せにする事が出来る。それは魔術でも科学でもましてや奇蹟でもねえ……」
鳴護「当麻君……」
上条「お前だけのものだ!お前の歌のせいで誰かが傷ついたり悲しんだりなんかしない。そうさせるのは」
飛び立んとするヘリを仰ぎ、風に煽られながらも上条は言った。もう歌わないだなんて言わないでくれと。
上条「この空の上にいる奴だ。そいつをぶっ飛ばしたら、また」
禁書目録「ありさの歌を聞かせて!必ず戻って来るんだよ!約束したかも!あの歌を二人で歌おうって!」
インデックスが手を振り麦野がそっぽを向きながら瞑目する。思えば、長いようで短い四日間であったと。
鳴護「——ありがとう当麻君、インデックスちゃん。それから」
麦野「………………」
鳴護「沈利ちゃん。初めて、あたしの事名前で呼んでくれたね」
麦野「さっさと行け」
そして鳴護達を乗せたヘリが飛び立ち、その場には雲一つない星空だけが広がっていた。そんな夜の下で。
土御門「何とか間に合ったようだにゃー。準備は出来てるぜい」
上条「……土御門!」
土御門はサングラスを直しながら、発着場にてエンジンを暖めていた全翼機の影から姿を表し手を挙げる。
黄泉川や舞夏を知る御坂と顔を合わせたくなかったようにも、鳴護について見逃してくれたようでもあり。
土御門「バリスティック・スライダーだ。上やん、こいつはな」
麦野「——学園都市製の次期主力輸機関コンペで宇宙エレベーターに敗れた新型シャトルシステムでしょ」
土御門「流石に詳しいな。お前さん達にはこいつで宇宙に上がってもらう。但し、“インデックス”とだ」
同時に麦野への牽制を兼ねた油断ならぬ隙のない佇まいだった。
〜63〜
上条「じゃあ行って来る。危なくなったらお前だけでも逃げろ」
麦野「逃げ場があればね。あんた達こそ気をつけて行きなさい」
発着場にてバリスティック・スライダーへ乗り込む二人を見送りながら、麦野は些か憮然とした面持ちだ。
二人には『魔術師が絡んでいる以上、インデックスの方が適任』だと土御門が丸め込んだ。しかし内情は。
麦野「アリサが路上で歌ってた時、尾けてた三人の内の一人はテメエだったな。そのテメエが今になって」
上条達への支援(アメ)と自分への警告(ムチ)である事を麦野は悟る。それが誰による差し金かまでも。
土御門「気付いていたか。そう、俺はずっとこの件を調べてた」
それと同時に今の土御門の立ち位置が学園都市のスパイなのか、イギリス清教のエージェントかさえもだ。
ただわかるのは、この状況が『上』の描くシナリオから外れ、自分というキャストを降板させた事までだ。
土御門「だからこそギリギリ準備が間に合った。この状況下は“上”の読みなら本来明日のはずだったが」
麦野「知らないわ。私が奴から受けた指令はただ一つ、上条当麻(幻想殺し)をサポートしろって事だけ」
しかし麦野は揺るがない。公人として幻想殺しの、私人として上条当麻の傍らに寄り添う事に変更はない。
上条が宇宙に飛び立った今、学園都市が吹き飛んでも問題ない。更に言えば『窓のないビル』も残るのだ。
だが、アレイスターがシナリオを前倒しにしてしまった麦野を抹殺する為に土御門を差し向けたとしたら?
麦野「それ以上でもそれ以下でもない。それ以外はどうでもいい。どうする?私を殺すかテメエが死ぬか」
土御門「——いいだろう。その答えを引き出せたなら、抹殺指令は撤回しても良いと因果を含められてる」
そう、この場のやり取りは生死がかかっていたのだ。だが麦野はそれを至極当たり前のように切り抜けた。
上条と付き合うまではこんな駆け引きは日常茶飯事だった。だからこそ自覚する。自分が衰え始めた事を。
麦野「用が済んだらとっとと私の前から消え失せろカケス野郎」
土御門「そうだな。だが原子崩し。これは警告ではなく忠告だ」
それは、自分と同じエージェントである土御門も知る所である。
土御門「女として麦野「おい、エンデュミオンが崩れ始めたぞ」
土御門「………………」
そして——
〜64〜
黄泉川「——報道陣を下がらせろ!避難勧告を急ぐじゃんよ!」
御坂「中継点リングが爆破されたわ!このままじゃ倒壊する!」
ヘリがエンデュミオンへと降り立つ同時に、宇宙エレベーターの外壁が次々とパージされ外壁が降り注ぐ。
降り注ぐ外壁はさながら空襲並みの破壊を齎し、エンデュミオン周辺を火の海に変えて行く。そんな中で。
記者「周辺住民の方々は直ちにシェルターへ!繰り返します!」
警備員「駄目だエンデュミオンに近寄れない!後退しろ早く!」
鳴護「——————」
エンデュミオンを取り囲む警備員達と応戦する私兵達の銃撃戦、逃げ惑う側から腰が抜け祈る他ない者達。
必死に現場中継する記者、赤々と燃え盛る炎。嘆き、祈り、叫び、喚き、降り注ぐ死から逃れようとする。
それは鳴護が『生まれた』オリオン号での阿鼻叫喚の地獄絵図を彷彿とさせた。だが、あの時と違うのは。
鳴護「あの日の涙は 祈りの流星 過去と未来で開かれたドア」
御坂「!?」
エンデュミオンへ連なる大橋へと包囲網を抜けて鳴護が歩き出し歌い始めたのだ。銃弾と炎の雨の直中を。
〜64.5〜
上条「——マジかよ」
上条達を乗せたバリスティック・スライダーが成層圏を突破した頃、二人はエンデュミオンを多角的に映し出すモニターより——
レディリーがエンデュミオンを外壁から破壊せんとする中、大型車の破片が降り注ぐ大橋にて、鳴護が歌っているのを見たのだ。
だが二人が目を見開いたのは他でもない。『全ての破片』が人々を避けて落下し、雲一つなかった星空から雨が降り注いだのだ。
鳴護『呼び合う心に 響いたアリアは 悲嘆(ノイズ) 包んで』
禁書目録「この歌は」
上条「インデックス?」
禁書目録「一緒に二人で歌おうってありさと約束した歌かも!」
鳴護が両手を広げ、警備員と私兵の銃撃戦の直中を歩み歌いながらも一発も掠る事なく、弾が避けて通る。
まるで血の赤と死の朱と炎の紅に彩られた戦場を行く従軍聖職者。否、それは正しく『奇蹟』そのもので。
禁書目録「明日(あした)を召還(よべ)るなら わたしはうたおう この願いを抱きしめ深い暗闇を越えて」
地に鳴護、天にインデックス、二人の歌声が響き渡る中飛来する
上条「アンチデブリミサイル!?」
エンデュミオンからのミサイル攻撃に上条が眦を決したその時。
禁書目録・鳴護「『奇蹟の朝が来るまで』」
それは起きた。
〜65〜
禁書目録『——やっぱり、貴女もありさの歌を聞いてたんだね』
自動書記『………………』
禁書目録『だってありさの歌は“心”に響いて来る本物だから』
二人の歌声が重なり合った瞬間、インデックスは自らの心象風景とも言うべき『バベルの図書館』にいた。
六角形の閲覧室が連なり、館内中央には巨大な換気口。四つの壁と五つの本棚に三十二冊の本が並ぶ場所。
そこにて司書とも言うべき『自動書記』とインデックスが向かい合った。鳴護とシャットアウラのように。
禁書目録『……力を貸して』
自動書記『——何故ですか』
禁書目録『私は貴女で貴女は私なんだよ。ありさは、そんな“私達”の友達なんだよ。だからお願い——』
それは飛来するアンチデブリミサイルを前に、生命の危機に瀕した事による顕現化だったのかも知れない。
或いは鳴護の歌声がもたらした『奇蹟』なのか、事の是非を正す者も正誤を下す者もいない。だがしかし。
禁書目録『——戦おう。“二人”で。歌おう。“一緒”に——』
インデックスが差し伸べた左手と、自動書記の右手が重なり——
〜65.5〜
レディリー「——鳴護アリサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
一方、『エンデュミオン』の最上階にして中枢部、無数の魔法陣が折り重なる部屋にてレディリーが叫ぶ。
エンデュミオンを倒壊させるべく中継リングを爆破してのブレイク・ピラーの悉くを鳴護の歌声が阻んだ。
瓦礫は誰一人として当たらず、火災は降りしきる雨に掻き消され、その光景が現場中継していたマスコミ。
記者『まっまるで奇跡です!今私達は奇蹟を目にしています!』
彼等の手により、破壊の中歌い続ける『奇跡の歌姫』鳴護が学園都市中に中継され、回線はパンク状態だ。
破壊と銃撃と戦火の中、歌い続ける少女。雲一つない星空より雨を呼ぶその姿は、正にカリスマそのもの。
覚醒を迎えた鳴護が欲しい。今の彼女ならば術式を完成させられると、レディリーがコンソールを叩いた。
その時であった。
レディリー「!?」
『エンデュミオン』へと接近しつつあったバリスティック・スライダーへと放たれた迎撃ミサイルが——
推進剤が齎す白線が蜘蛛の巣状に描かれたそれが、魚群を追い散らすかのように次々と誘爆して行く彼方
レディリー「馬鹿な!?」
そこには赤き翼と、三振りの紅き剣を携えし朱い目の修道女が。
自動書記「——警告、第二七章第六節。聖ペテロ撃墜術式、“術者を担ぐ悪魔よ速やかにその手を離せ”完全発動まで一秒——」
〜66〜
上条『インデックス!?』
機首上部開閉ハッチより宇宙服にて飛び立って行く自動書記が、飛来するミサイル群を次々爆破して行く。
赤き翼で錐揉み飛行し、切る過程を飛ばして斬った結果のみを生む三振りの『豊穣神の剣』が虚空に閃く。
それにより粉微塵に切り裂かれたミサイルが爆発し、引火した推進剤の煙と爆薬の光が視界を覆うものの。
自動書記『——飛行物体ニ対シ最モ有効ナ魔術ノ組ミ上ゲニ成功シマシタ。コレヨリ特定魔術『聖ジョージの聖域』ヲ発動——』
天穣無窮の宇宙空間に、アルキメデス双対の図形を描くように放たれる『竜王の殺息』が切り裂いて行く。
更にバリスティック・スライダーに併走して飛び回り、爆散流を発生させては追尾ミサイルを撃ち落とす。
それはさながらバベルの塔に下される神の裁きか、ヤコブの梯子より舞い降りた死の天使そのものだった。
上条「インデックス!!」
ミサイル群を撃ち落とし、死の天使がバリスティック・スライダーに収容され何かが壊れる音がするまで。
レディリー「………………」
レディリーは、身じろぎ一つ、一声も思い通りにならなかった。
〜66.5〜
マリベート「この!」
ジェーン「ええい!」
メアリエ「まだよ!」
同時刻、土御門からの指示を受け、ステイルとその弟子達はエンデュミオン基幹部にある爆砕ボルト……
地上で今にも崩れ落ちそうなエンデュミオンを立て直す為、私兵達の弾雨をかいくぐりつつ戦っていた。
マリベートが石版で防壁を築き、ジェーンが嵐を巻き起こし、メアリエがウォーターカッターで応戦し。
ステイル「——そうか。“彼女”が目覚めたのか。ならば……」
ステイルの言う『彼女』が、果たして自動書記を起こしたインデックスなのか、覚醒を迎えた鳴護なのか。
ステイル「——イノケンティウス(魔女狩りの王)ダブル!トリプル!クアドラプル!クインティプル!」
続く言葉は、二体三体四体五体と私兵へ迫る炎の巨人の咆哮に掻き消されて行く。それ即ち、反撃の烽火。
ステイル「セクスタプル!セプタプル!オクタプル!ノナプル!ディカプル!今だ!やれぇぇぇぇぇ!!」
マリベート・ジェーン・メアリエ「「「——はい!師匠!」」」
火・水・風・土の四大元素が生み出す光が闇を切り裂いて行く。
ステイル「3!」
〜67〜
私兵A「がっ!?」
機関銃を鞘で撃ち落とし、返す刀で顎を打ち、峰で切り落とし。
私兵B「ぐっ!?」
背後から振り下ろされるナイフを疾走しつつ居合い抜きで砕き。
私兵C「なっ!?」
手榴弾を投擲しようとする兵士を抜刀の衝撃波で吹き飛ばして。
神裂「峰打ちです」
チン!と鍔鳴りの音と共に納刀する神裂が打ち据えられた私兵達を背に、爆砕ボルトへと歩み寄って行く。
そんな地下にあって彼女は感じ取っていた。目に見えなくともわかる。地上にて鳴護が覚醒を迎えた事を。
神裂「——どうか、私と同じ轍を踏まない事を祈っていますよ」
鳴護が自分と同じような茨の道を行くのかはたまた光の道を行くのか、それは神裂にもわからない。だが。
神裂「——Salvere000(救われぬ者に救いの手を)!!!!!」
神裂の抜刀により爆砕ボルトを覆う防壁が切り裂かれ道が生まれる。嘗て上条に道を示された時のように。
神裂「2!」
〜67.5〜
土御門「——場ヲ区切ル事。紙ノ吹雪ヲ用イ現世ノ穢レヲ祓エ清メ禊ヲ通シ場ヲ制定(それではみなさん。タネもシカケもあるマジックをごたんのうあれ)」
そして土御門もまた、屍山血河の修羅道を抜け爆砕ボルトへと。
土御門「——界ヲ結ブ事。四方ヲ固メ四封ヲ配シ至宝ヲ得ン (ほんじつのステージはこちら。まずはメンドクセエしたごしらえから)」
土御門「——折紙ヲ重ネ降リ神トシ式ノ寄ル辺ト為ス (それではわがマジックいちざのナカマをごしょうかい)」
マリベート『この!』
土御門「——四獣ニ命ヲ。北ノ黒式、西ノ白式、南ノ赤式、東ノ青式 (はたらけバカども。げんぶ、びゃっこ、すざく、せいりゅう)」
ジェーン『ええい!』
土御門「——式打ツ場ヲ進呈。凶ツ式ヲ招キ喚ビ場ヲ安置(ピストルはかんせいした。つづいてダンガンをそうてんする)」
メアリエ『まだよ!』
土御門「——丑ノ刻ニテ釘打ツ凶巫女、其ニ使役スル類ノ式ヲ(ダンガンにはとびっきりきょうぼうな、ふざけたぐらいのものを)」
ステイル『3!』
土御門「——人形ニ代ワリテ此ノ界ヲ(ピストルにはけっかいを)」
神裂『2!』
土御門「 ——釘ニ代ワリテ式神ヲ打チ(ダンガンにはシキガミを)」
そして
土御門「 ——鎚ニ代ワリテ我ノ拳ヲ打タン (トリガーにはテメエのてを)」
ついに
土御門「1!」
〜68〜
御坂「0!」
爆砕ボルトが点火され、中継点リング爆破によりバランスを失いかけたエンデュミオンが正位置に戻った。
それにより外壁の落下運動も収束して行き歓声が上がる。しかしそこで歌い終えた鳴護が力尽きてしまい。
鳴護「うっ……」
御坂「大丈夫?」
橋上にてへたり込む鳴護の肩を御坂が抱く。まさしくこの崩壊を引き止めた功労者の一人と言えるだろう。
降りしきる雨もいつしか止み、御坂は鳴護に肩を貸しながらゆっくりと立ち上がる。だが運命は無情にも。
黄泉川「上じゃん!」
御坂「——えっ!?」
鳴護が歌い終え、傾いだエンデュミオンが直立へなおる揺り戻しから、大型自動車並みの外壁が落下する。
誰しも油断した刹那、目を瞑る事も出来ず、逃げ出す初動から迫り来る外壁が、眦を決した三人の目に——
「——う゛え゛え゛え゛え゛え゛えええええェェェェェい!!」
闇夜を切り裂き、外壁を打ち砕き、頭上で舞い散る『白き羽』。
〜68.5〜
鳴護「……天使??」
御坂「——あいつは」
黄泉川「一方通行!」
大橋ごと叩き潰すかのような外壁は、二人の頭上百メートルの所で『一万三十一枚』の翼を背負った——
一方通行の手により打ち砕かれた。呆然とする鳴護、愕然とする御坂、唖然とする黄泉川を見下ろして。
打ち止め「あっ!黄泉川とお姉様だってミサカはミサカは——」
一方通行「帰るぞ」
御坂「待ちなさい!」
両腕に抱えた打ち止めが指差す先、吠え哮る御坂が呼び止める。しかし一方通行は一瞥もくれる事はなく。
一方通行「——あの“三下”がここにいねェなら、用はねェよ」
その場から飛び立って行く。覚醒した己の『黒翼』と『白翼』をも『竜王の顎』で打ち砕いたあの少年……
上条が居ない事で気が削がれたのだ。同時に『自分の頭に鉛弾をぶち込んだ』御坂にさえ関心がなかった。
だが一方通行は感じていた。鳴護の歌声に込められた『何か』をベクトル操作で反射しきれなかった事を。
打ち止め「ARISAのサイン欲しかったのに!ってミサカはミサカは頬を膨らませてご機嫌斜めになったり」
飛び立って行く二人は気付かない。エンデュミオンの裏手より侵入する、もう一つの人影があった事など。
〜69〜
上条「しっかりしろインデックス!この馬鹿無茶しやがって!」
禁書目録「……あはは、とうまに言われたらおしまいかも……」
アンチデブリミサイル群を突破し、エンデュミオン発着場へバリスティック・スライダーで着鑑した二人。
そこで上条は宇宙服を脱ぎ、疲労困憊したインデックスを腕に抱く。一歩間違えれば文字通り宇宙の藻屑。
だが腕の中のインデックスは弱々しい笑みながらも清々しい目をしていた。『私だって戦えるんだよ』と。
禁書目録「……行ってとうま。行って何もかも終わらせて来て」
上条「インデックス……」
禁書目録「私はここで待ってるんだよ。私は機械音痴なんだからとうまが帰って来ないと還れないんだよ」
上条「約束する。絶対に」
そう言い残し走り去って行く上条。入れ違いにエンデュミオン内に取り残されたスタッフ達がやって来る。
『下に降りるエレベーターが作動しない』『この宇宙船に乗せてくれ』と。だが、その中の技師が言った。
男性「何を呑気な事を言っている!間もなくこの宇宙ステーションはパージされる!あと五分しかない!」
それは即ち、レディリーが仕掛けた破滅へのカウントダウンだ。
〜69.5〜
シャットアウラ「押し通る!」
飛び立つ一方通行と入れ違いに、シャットアウラがエンデュミオン内へ機動兵器ごと突入し、目指す場所。
それはチューブ状の宇宙エレベーターであり、見取り図にも乗っていない隠し通路の先に秘匿されていた。
銃剣付き二丁拳銃を携えつつ、パスワードを打ち込み、レディリーの居城とも言うべき最上階のボタンへ。
シャットアウラ「!?」
麦野「——やっぱりね」
シャットアウラ「っ!」
麦野「——撃たせないわ。風穴一つでテメエも私もくたばるぞ」
開閉スイッチを押し、ドアが締まりかけたその瞬間、何者かが信じられない膂力でこじ開けて入って来る。
反射的に抜き打ったガンブレードを叩き落とされ睨み付けられる。三年前と同じく雨に濡れた前髪越しに。
それによりドアが締まり、宇宙へ連なるクリスタルエレベーターに満ちる殺気が強化ガラスを怖震わせる。
シャットアウラ「それは貴様の能力もだろう?」
麦野「能力が封じられても“暴力”が残ってる」
譲らぬ劫(ごう)、消せぬ業(ごう)、傲(ごう)なる后(ごう)と轟(ごう)なる剛(ごう)が対峙し。
シャットアウラ・麦野「「お互いに」」
GOの号砲が鳴った。
〜70〜
レディリー「ノックくらいしたらどうなの?招かれざるお客様」
上条「………………」
レディリー「はじめまして、と言いたい所だけど自己紹介の必要はないわね?ふふふ、それにしても——」
自動人形(女)「——————」
レディリー「よくも私の計画を邪魔してくれたわね。千年越しの悲願にようやく手が届きそうだったのに」
そしてついに上条はレディリーの待つ、魔法陣とコンソールの並ぶ部屋へと辿り着き、そこで向かい合う。
至る所から歯車の爆ぜる音が響き渡り、燃え盛る火の海での対峙は落城を思わせる中、レディリーが笑う。
何の事はない。超能力者たる麦野でも魔術師たるインデックスでもない、ただの無能力者が来たのだから。
上条「どいつもこいつも誰も彼も何もかも、吹き飛ばして死ぬってのがテメエの計画なのかレディリー!」
レディリー「そうよ。あなた達が邪魔さえしなければ“奇蹟の力”を核に私の不死の呪いは解けたのに!」
左肩と右手の銃創を見るに特別な能力も技術も持ち合わせていないただの学生。だからこそレディリーは
上条「なら、俺が殺してやるよ。レディリー=タングルロード」
見誤った。
〜70.5〜
麦野「殺して!」
シャットアウラ「殺る!」
ドン!という轟音と共に麦野とシャットアウラのボディーブローが交錯し、腹腔に突き刺さり臓腑を抉る。
それによって麦野が後退って胃液を吐き、シャットアウラが前のめりに喀血を吐き、同時に面を上げれば。
麦野「グッ!」
シャットアウラ「がっ!」
麦野の右ストレートがシャットアウラの奥歯を砕き、シャットアウラの左正拳突きが鼻血を噴き出させた。
宇宙へと連なるエレベーター内では銃弾一つで真空に投げ出される。故にその戦闘はひどく原始的になる。
二人はそこで床面に取り落としたガンブレードを同時に拾い上げ、切り結ぶと同時に鍔迫り合い鍔を割る。
シャットアウラ「貴様!オリオン号の何を知っている!後始末とは何だ!答えろ!何をしたァァァァァ!」
麦野「テメエらの言う“88の奇蹟”とやらを調べ回ってたブン屋をバラすだけの簡単なお仕事だよ!!」
シャットアウラが身体ごと詰め寄り、麦野が蹴り剥がして離れるも、シャットアウラが独楽の動きで回り。
シャットアウラ「“奇蹟”などあるものかァァァァァァァァ!」
麦野の栗色の巻き毛が宙を舞い、踏鞴を踏ませる裂帛の一撃で。
〜71〜
上条「——その計画やらに、吹き飛ばされる北半球の中に、テメエの知り合いは一人でも含まれてんのかよ」
レディリー「そんな者はいないわ!私を知る者は皆逝ってしまった!看取った事も別れた事も数限りなく!」
レディリーが激昂し、上条を睥睨する。それを見て取った自動人形が構え、臨戦態勢に入る。そんな中で。
レディリー「貴方に私の何がわかるの!愛する者に先立たれ、子を宿す事も、家庭を営む事も出来ない——」
自動人形「………………」
レディリー「千年という時の凍土に一人取り残された私の苦しみを十年と少し生きただけの貴方なんかに!」
上条「わかんねえよ。お前の言う通り、俺はテメエの百分の一しか生きてねえガキだ。ただ一つわかるのは」
上条は一歩踏み出す。左肩から滲む血に赤く染まるシャツも気にせず、右手の白い包帯を引きちぎって行く。
上条「お前が道連れにしようとしてる人達にも愛する者や、子供や、家族が、友達や、恋人がいるって事だ」
自動人形「………………」
上条「それを失う悲しみを誰よりも知ってるお前が、それを他人にバラまく事が千年かけて出した答えか!」
〜71.5〜
シャットアウラ「奇蹟があるなら何故父だけが死なねばならなかった!何故父の死はなかった事にされた!」
麦野「……ふっ」
シャットアウラ「貴様のような人間が真相を闇に葬ったからだ!何が奇蹟だ!巫山戯るな!何が可笑しい!」
頬を紙で切ったような傷口か滴る血を舐めながら、文字通り鼻で笑うようにシャットアウラを麦野が嗤った。
麦野「——お生憎様ね。私はテメエの悲劇のヒロインぶった過去に何の興味もないわ。ただ言えるのは……」
シャットアウラは強い。能力が使えない状況下、不慣れなナイフでの戦闘や身体を保護するボディースーツ。
それらを差し引いて尚麦野と渡り合える程度には。しかしその強さはあくまで戦闘力であり精神力ではない。
麦野「テメエの父親が必死こいて起こした“奇蹟”をまさか娘に否定されるだなんてとんだ死に損、犬死ね」
光の道標であろうと闇の墓標であろうと、選んだ軌跡(みち)の道程で居直る事も開き直る事も出来る。だが
麦野「そんなに奇蹟を否定したけりゃ、奇跡で拾ったテメエの命ごと首でも掻き切って捨ててみろクソガキ」
最初の一歩だけは誤魔化せない。自分だろうと、他人だろうと。
〜72〜
上条「お前が何を背負ってても、それが誰かが生きる今日や夢見る明日を奪って良い理由にはならねえ!」
上条が拳を握り締め、レディリーが唇を引き結ぶ。幾星霜を生きた魔女の背筋が粟立つ。その理由は少年の
上条「テメエが千年生きて手に入れた、北半球丸ごと吹き飛ばす“程度”の幻想(ちから)なんかに——」
『右手』に宿る、千年の時を経た自分の描いた魔法陣さえ色褪せ艶消すほどの『無色透明』の力であった。
上条「——例え三年分の記憶しかなくたって、皆を守ろうとしたアリサの歌(ゆめ)を壊させやしない!」
レディリー「なっ!!?」
上条「殺してやるよ。テメエの描いた千年の軌跡(きせき)を」
それは聖座より投げ落とされた偽神(サタン)を思わせる竜。『とある聖座の偽神使い』の『竜王の顎』が
上条「テメエを縛り付けている、その惨めな幻想をぶち殺す!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!」
レディリー「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
レディリーの千年の牢獄(げんそう)を欠片も残さず打ち砕く。
〜72.5〜
シャットアウラ「——黙れェェェェェェェェェェェェェェェ!」
ドン!とエレベーターが最上階に達したと同時にシャットアウラが切りかかって来る。そして麦野もまた。
麦野「フッ!」
シャットアウラが振り下ろす銃剣の軌道に合流して下に振り抜き、切っ先を逸らさせ、力を逃がした所で。
シャットアウラ「なっ」
麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね!」
シャットアウラのトリガーガードに指をかけ、弾倉(マガジン)を吊していた腰のホルスターを撃ち抜く。
それによって腰部で弾薬が連続的に爆ぜ、シャットアウラが倒れた。ボディースーツの頑強さがなければ。
麦野「死ね」
即死は免れないダメージ。だがエレベーターが最上階で開いた事により、麦野もまた引き金を躊躇なく——
麦野「……あれ?」
倒れたシャットアウラの頭部に引こうとして、弾丸は発射されなかった。どうやら操車場での戦闘の際に。
麦野「——奇蹟か」
高所からコンクリートに叩きつけられた際、撃針が折れていたのだ。シャットアウラの嫌う奇蹟のように。
〜73〜
禁書目録「しずり!?」
麦野「インデックス?」
ならば首を刎ねてやろうと麦野が改めて銃剣を構えた所で、エレベーター前にインデックスが駆けて来た。
そこで気付く。行動を共にしていたはずの上条が見当たらない事、ステーション全体が鳴動している事に。
禁書目録「とうまが、とうまがまだ戻って来てないの!ここが切り離されちゃうのにあと二分ないかも!」
麦野「何ですって!?」
禁書目録「他の人も宇宙船で待ってるんだよ!早くしないと!」
麦野「わかったわ!あんたは戻りなさい!あいつは私が探す!」
シャットアウラにトドメを刺している時間さえ惜しいとばかりに麦野はステーション内を走り抜けて行く。
這い蹲るシャットアウラも、ボディースーツ越しとは言え肋が折れるほどのダメージを負い虫の息だった。
そんなシャットアウラを、インデックスが肩を貸して起き上がらせる。今から引き換えせばまだ間に合う。
禁書目録「軌跡(みち)に迷える子羊を導くのも私の仕事かも」
残り、1分30秒——
〜73.5〜
麦野「当麻!」
宇宙ステーション内にある部屋を片っ端から蹴破りながら、私は大声を張り上げてあいつの名を呼び続ける。
自分が死ぬか殺されるかって時でさえこんなみっともない真似はしない。こんな時つくづく思い知らされる。
——自分が、ただの『女』に成り下がってしまったという事に。
麦野「当麻!」
ようやく辿り着いた部屋で見たもの。そこには事切れたマネキンみたいな女と、うずくまった当麻の背中。
上条「沈利!」
レディリー「………………」
麦野「——終わったのね?」
上条「ああ、全部終わった」
その背中が振り返って、私を見つめる驚いた表情が苦笑いに変わるのを見て、私は小さく深く息を吐いた。
立ち上がるあいつが両腕にあの魔術師を抱えてるのが見える。全てから解き放たれた、疲れ切った寝顔が。
麦野「——なら突っ走るわよ!もうすぐここが切り離される!」
上条「お、おう!」
動き出す宇宙ステーションを逆走する。こんな所で文字通りお星様になるなんて笑えないジョークだもの。
星なんて、足が着く地べたから見上げるくらいで丁度良い。手を伸ばせば届きそうな場所は落ち着かない。
残り1分——
〜74〜
男性「駄目だ!もう間に合わない!諦めてここを出なければ!」
禁書目録「嫌なんだよ!まだとうまもしずりが来てないかも!」
一方、発着場ではバリスティック・スライダーに取り残されていた作業員とシャットアウラが収容された。
だが上条達は未だ戻って来ない。このままではゲートが閉まり、脱出する事さえ出来なくなってしまうと。
禁書目録「なら私がここに残るかも!貴方達だけでも逃げて!」
男性「——俺は一度逃げた!だからもう逃げない!力ずくでも」
禁書目録「(逃げた?)」
ならば自分だけでもむずがるインデックスの手を、男性が力強く引き止める。それもそのはず。彼は——
上条「インデックス!!」
禁書目録「とうま!!?」
麦野「——乗り込め!!」
そこへ上条がレディリーを抱えたまま突っ走り、麦野が追い掛け、インデックスと男性が手を伸ばしては。
男性「社長?!」
上条がタラップに足をかけ、右手でレディリーを男性に預け、左手で麦野に手を伸ばして、そして遂に——
上条「来い!!」
麦野を引きずり上げた所でドアが閉まり、バリスティック・スライダーのエンジンが点火し、走り出した。
〜74.5〜
御坂「宇宙ステーションがパージされた!でも、この宇宙船は」
麦野『地上には繋げられる?回線を開いて。おい聞こえるか!』
御坂「第四位!」
上条『——黄泉川先生!地上で医療班を待機させて下さい!』
黄泉川「上条!」
禁書目録『ありさ!そっちは?皆は大丈夫?怪我してない?』
鳴護「インデックスちゃん!」
一方、地上ではエンデュミオン周辺より追跡班が宇宙ステーションの切り離しを確認し御坂がPCを叩く。
そこへ衛星通信を経て麦野が回線に割り込むと、鳴護を取り囲んでいたマスコミも一斉にそちらへ直った。
その時だった。
『大気圏再突入シークエンスへ移行、これより減速行動に入る』
男性『待て!電装系に異常発生!圧力弁の閉鎖が遅れている!』
間一髪、宇宙ステーションより脱出を果たしたかに見えたバリスティック・スライダーに響き渡る警報音。
同時に映像が乱れ、音声が割れ、ザワザワとマスコミが騒ぎ立て始め、御坂の顔から血の気が引いて行く。
『——左翼第2から第3エンジン炎上!第4エンジン制御不能!駄目です!降下角度が維持出来ません!』
それはまるで、三年前の悲劇の再現のように悲痛な叫びだった。
〜75〜
シャットアウラ「うっ……」
どこだここは。何なんだここは。確か私は、エレベーターであの女と戦って、撃たれて死んだはずなのに。
禁書目録「もっ、もしかしたらさっき私が戦った時に、どこか壊れちゃったのかも!きゃあああああ!?」
上条「うわーっ!インデックス!ベルト締めろ!絶対に座席から立つんじゃないぞ!っていうかやべえ!」
ふと気付けば私は横たえられたシートから投げ出されて床を舐めていた。そうかここは宇宙船(ふね)か。
……いいや、この揺れ、この叫び、この熱さ、私は夢でも見ているのか?これではまるであの時と同じ——
シャットアウラ「な、何がどうなっている、何が起こって……」
麦野「よう死に損ない。残念だったわね。この船沈むみたいよ」
シャットアウラ「!?」
そう。オリオン号の時と同じだと、脇腹の焼けるような痛みさえ凍てつくような衝撃が私の胸に響き渡る。
ハッと上げた顔、眼差しの先、レディリー=タングルロードを膝枕で寝かせる、私の腹に風穴を空けた女。
シャットアウラ「……貴様らァァァァァァァァァァァァァァ!」
目尻が裂け、毛細血管が破れ、喉を潰さんばかりに血を吐くように声を張り上げる私を見て、この女は……
笑っている。逃れ得ぬ死を前にしてファーストクラスでシャンパンを待っているように。何なんだ貴様は?
麦野「慌てるんじゃないわよ。どうせもうすぐみんな死ぬのよ。私も、テメエの親の仇であるこいつもね」
シャットアウラ「——————」
麦野「こんな事ならもう一回くらいしとけば良かったわね。まあここで死んでもそこそこの人生だったわ」
こいつは私とは違った意味で奇跡なんて信じていない。死と隣人のように付き合っている。だからこんなに
麦野「……それでテメエはどうする?思い残した事があるなら今のうちにやっとけば?悔いのないように」
——私は貴様とは違う!私と貴様が同じであってたまるものか!
鳴護『みんな!』
シャットアウラ「!」
鳴護『貴女は……』
シャットアウラ「………………」
鳴護『——お願い』
シャットアウラ「………………」
鳴護『皆を助けて』
あの女の頭上にあるモニターから、もう一人の私がこちらを見下ろしている。そう、私と貴様は違うんだ。
シャットアウラ「……操縦席はどこだ!」
ただ一つを除いて。
〜76〜
男性「再突入保安軌道から外れている!機体を保つので精一杯だこのままではデブリベルトに突っ込む!」
御坂『そっちは私が何とかする!とにかく現状維持をお願い!』
一方、操縦席では男性が衛星回線を開いて地上と連絡を取りつつ必死に降下角度の誤差修正を行っていた。
デブリベルトとは宇宙に漂う隕石やゴミの吹き溜まりで、接触すれば墜落する前に機体が吹き飛ぶだろう。
だが男性は操縦桿を握り締める手から脂汗を、全身から冷や汗を流しながらのしかかる重圧に耐えていた。
そこへ——
シャットアウラ「………………」
男性「……君は、まさかそんな」
操縦席へと脇腹を押さえたシャットアウラがヨロヨロと姿を現すのを見て、男性が目を見開いて低く唸る。
それを受けてシャットアウラが土気色の顔にも困惑を浮かべて見返す。こんな男は知り合いにはいないと。
男性「——セクウェンツィア機長の娘さんだね?面影があるよ」
シャットアウラ「……父を知っているのか。貴方は、一体……」
男性「俺は……」
そうシャットアウラが訝しむのを見て、男性が悲しげに笑った。
男性「俺は、君のお父さんが乗っていたオリオン号の副機長だ」
〜76.5〜
黄泉川「何とかする、って宇宙空間のデブリベルトをどうするつもりじゃん!?いや、待てよ、そうか!」
御坂「そう言う事!揉み消してなんて言わないから見逃して!」
鳴護「——テレビをごらんになってる、230万人の皆さん!」
同時刻、地上では御坂が何やら作戦があるらしく『エンデュミオン』へと突入し管制室を目指して直走る。
一方、ここで起きた一部始終を放送していたカメラに向かって雨にうたれた鳴護が向き直り、語り出した。
鳴護「——今、この世界で一番危険な場所で、あたしの大切な友達が戦っています。だからお願いです!」
記者「!?」
鳴護「祈って下さい。願って下さい。望んで下さい。想って下さい。たった一つだけ、ただ一言で良い!」
泣きながら叫び、両手を握り締めて足を踏み鳴らし、空を掴むように掲げ、流れ星に願い事を言うように。
鳴護「祈りを、救いを、助けを、皆が笑って迎えられる、そんなハッピーエンドを、ただ一度だけで良い」
空に居る上条が望む結末と地に居る鳴護が願う奇蹟とが、折り重なり紡ぎ合い歌い上げられる名も無き詩。
鳴護「——奇蹟を!」
〜77〜
副機長「俺はあの時、怖くて逃げ出した。セクウェンツィア機長を殺したのは、俺なんだ。だから君には」
シャットアウラ「——————」
副機長「俺を裁く資格がある。でも、あの時果たせなかった責任を全うさせてくれ。頼む、お願いだ……」
その言葉にシャットアウラの目から涙が零れ落ちる。それは『生存者の罪悪感』であったと言えるだろう。
生き残った者が手放しで生を謳歌しているというのは、愛する者を失った事のない無知な楽観論と言える。
憎しみは褪せない。悲しみは消せない。だがしかし、操縦桿を握り締めるその背中が少女に父を想わせた。
副機長「レバーが上がらん!」
シャットアウラ「……貸せ!」
デブリベルトを前に必死にレバーを上げようとする副機長の手に、シャットアウラの掌が重なる。そして
副機長「……上がれ」
シャットアウラ「……上がれ」
折れそうなほどレバーを引き上げながら、二人が祈るように言葉を紡ぐ。まだ一押し足りない。そんな時
シャットアウラ「えっ……」
副機長に手を重ねるシャットアウラの掌に更に重なる大きな手。
ディダロス『………………』
シャットアウラ「お父さん」
そして
〜77・5〜
白井「あの類人猿!お姉様を悲しませたら只ではおきませんの」
白井が、婚后が、湾内が、泡浮が、佐天が、初春が祈る中カタカタとキーボードを叩く音が重なって行く。
ステイル「何としても彼女を死なせるなよ上条当麻。さもなくば、僕が地獄まで追い掛けて君を殺すぞ!」
ステイルが、神裂が、土御門が、マリーベートが、ジェーンが、メアリエが祈る中インジケーターが光り。
御坂妹「まだサインを貰う約束を果たしてもらっていません、とミサカは空の上にいる彼を想います——」
御坂妹が手指を組んで合わせ、一方通行が杖を突きながら星空を見上げて、打ち止めが花束を抱える中で。
少年「——お姉ちゃん達が」少女「無事でありますように——」
施設の子供達の、絹旗の、フレンダの、滝壺の頭上を帚星が通り過ぎ、ウィンドウがいくつも開いて行く。
青髪「奇蹟は神様が起こすんちゃう、奇跡は人が起こすもんや」
シャッターを閉める青髪、フランスパンを抱えて帰る姫神と吹寄が街頭ビジョンを見上げながら手を合わせ
黄泉川「今じゃん!」
エンターキーが押された。
シャットアウラ「——上がれえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」御坂「——当たれえええええええええええ!!」
〜78〜
上条「!?」
天上のシャットアウラがレバーを引き上げるのと同時に地上の御坂が『ひこぼし�号』をハッキングした。
それによって大質量の砲弾を軌道上に放り出し、地球の自転の力を借りて超高速の運動エネルギーを得る。
砲弾に十分な加速を与えた後、使い捨ての無人小型宇宙船の電磁力で軌道をねじ曲げることで、発射した。
そして機体を持ち直したバリスティック・スライダーの前方に広がるデブリベルトを残らず撃墜したのだ。
麦野「……地球旋回加速式磁気照準砲(マグネティックデブリキャノン)。あれを乗っ取ったって言うの」
かつて学園都市に復讐しようとしたハッカーが引き起こした事件に、御坂達や黄泉川もまた関わっていた。
故にハッキングの方法も知っており、その為に必要な衛星通信、天体望遠鏡、テレビ用衛星アンテナ等……
全ての機材が宇宙エレベーター『エンデュミオン』にはある。御坂のハッキング能力もさる事ながらも——
『八段階目の赤』と称される本来地上を狙い撃つ試作兵器でデブリベルトを吹き飛ばす発想力の凄まじさ。
御坂『ふふん、ヒロインは遅れてやってくる!なんちゃって♪』
麦野「調子に乗るんじゃないわよ(これが三位と四位の差か)」
更に言えば、機体を立て直す手助けとなる『奇蹟』は、鳴護ではなく、彼女がテレビで呼び掛けた人々……
学園都市230万人が、一瞬でも、一度でも、一言でも、奇蹟を祈った所も大きい。しかし、それ以上に。
レディリー「うっ……」
上条「気がついたか?」
科学、魔術、暗部、学生、教師、各々が自分の意思で動き、意志で選び、意地を貫き遺志を継いた事が——
無数の足跡の後ろに生まれる軌跡(みち)を生んだ。そんな中、意識を取り戻したレディリーが自嘲した。
レディリー「私の負けね……」
上条「勝ちも負けもねえよ。お前も、俺達も、みんな生きてる」
そしてレディリーの目から涙が零れ落ちる。『竜王の顎』に『身体』を噛み砕かれた瞬間、理解したのだ。
レディリー「私に、これからどうやって生きていけって言うの」
上条「決まってんだろ」
アムブロシアー(不死)の呪いが跡形もなく打ち消された事を。
上条「——人としてさ」
レディリーは泣いた。この世に生を受けた赤子のように大きな声で。シャトルが地上につくまでずっと……
— —E P I L O G U E : 「 8 8 の 奇 蹟 」— —
〜79〜
マリーベート「ししょーししょー、怪我してるのに煙草は駄目ですよ。背も伸びなくなっちゃいますしー」
ジェーン「師匠!リンゴがいいですか?お水がいいですか?それともわ・た・し?きゃー言っちゃった☆」
メアリエ「身体拭きましょうか?頭洗いましょうか?何でしたらお背中だって私の魔術ならちょちょいの」
ステイル「寝かせてくれ頼むから。何を笑ってるんだ土御門!」
土御門「いやいや、何だかお前さんも上やん属性がついて——」
神裂「くだらない事を言ってないで仕事に戻って下さい土御門」
事件より数日後、ステイルはベッドに寝そべりながら姦しい愛弟子達に辟易しながら土御門を睨み付けた。
だが当の土御門はお構い無しに腰掛けた椅子を揺らし、あわやひっくり返りそうになって神裂に支えられ。
土御門「へいへい。嗚呼、仕事と言えば最大主教(ローラ)から伝言だ。鳴護アリサに関する任務を全て撤回、白紙に戻すとな」
ステイル「——何を考えているんだ。最大主教(かのじょ)は」
神裂「覚醒した彼女の起こした奇蹟は科学でも魔術でも聖人でも魔神でも括れない為、との事ですが……」
座り直した土御門が手を組みつつステイル達に告げた内容。それは『鳴護アリサ暗殺計画の中止命令』。
彼女がどのようにして世に出たかは、オービット・ポータル社を調査していた土御門は勿論知っている。
AIM拡散力場の集合体である風斬でさえ幻想殺しに触れれば消滅してしまうのに鳴護にはそれがない。
幻想殺しで消せない異能の力、それ即ち竜脈に属するような生命力を有しているかの見極めもつかない。
ステイル「いずれにせよ、手温い処置だと僕は思うね。ネセサリウスはいつからこんなに角が取れて——」
マリーベート「ねえししょー」
ジェーン「ししょーししょー」
メアリエ「私達これからどうすれば良いんですか?師匠ってば」
ステイル「取り敢えず僕のベッドから下りろ!笑うな土御門!」
土御門「そういうこいつも丸くなったと思わないか?ねーちん」
神裂「ふふふ。そうかも知れませんね。土御門、ステイル——」
図らずも、上条の幻想殺しが彼女の存在証明を揺るがせ、両陣営に保留という判断を促した形となった。
〜80〜
レディリー「………………」
少年「×××××ちゃん!」
少女「今日は何して遊ぶ?」
レディリー「(本当に何をしているのかこっちが聞きたいわ)」
一方、鳴護が引き取られ生まれ育った施設のジャングルジムで、レディリーは頬杖をついて溜め息を吐く。
自分が人質に取ろうとした少年少女達の無邪気な笑みを見ていると、何とも言えない気持ちが湧いて来る。
レディリー「(それもこれも、あの上条当麻とか言う少年が)」
あの後、シャトルが地上に着くまでの間に、レディリーは殺される事を望んでシャットアウラに対面した。
シャットアウラ『そうね。貴様には死んでもらうとしましょう』
その時、シャットアウラから下された裁きとは『生きているのに死んだ』事にされるというものであった。
エンデュミオンから連なる事件及び、バリスティック・スライダーで起きた事故『唯一の犠牲者』として。
それは父、ディダロス=セクウェンツィアの死を『なかった事』にされた少女からの優しくも残酷な罰だ。
事実、新聞でも報道でも書類上でも社会的にも『レディリー=タングルロード』は死んだと記されている。
レディリー「(おまけに、魔術師としても死んでしまったわ)」
『竜王の顎(ドラゴンストライク)』が不死の呪縛を食い破るのと同時に魔術師としての力さえも失った。
魔力とは生命力に比例する。永遠の命を失った事で、それに併存する形で力を失ったのだろうとも思うが。
レディリー「(あれほど、死にたいと願って生きて来たのに)」
ディダロス=セクウェンツィアを殺し、それ以外にも少なからず人を殺めた自分に生きる資格などないと。
上条『そんな悲しい事言うのは麦野(あいつ)でたくさんだよ』
そう語ったレディリーを上条は悲しげに笑って麦野の背中を見ていた。あの二人にも何かあるのだろうと。
レディリー「——千年も待っていてくれたんだもの。もう少しくらい待たせても良いよね?お父さん……」
少年「×××××ちゃん!」
少女「一緒に遊ぼう?ね!」
レディリー「……はいはい」
切ったばかりの髪が揺れ、うなじにかかる風は秋の匂いがする。
あともう少しだけ生きてみよう。人として死ぬその日まではと。
レディリー「何して遊ぶ?」
新しい名前と新しい髪型で新しい人生と新しい世界を生きる為に
〜81〜
シャットアウラ「……私の、いや、“私達”の父の眠る場所だ」
鳴護「ディダロス=セクウェンツィア。あたし達のお父さんか」
一方、鳴護とシャットアウラは『オリオン号事件』『88の奇蹟』の慰霊碑の前に花束を持ってやって来た。
二人で一束の花を手向け、両手を合わせる鳴護と十字を切るシャットアウラ。その首には『チョーカー』が。
鳴護「あたし、施設に居た頃からずっと一人だと思ってた……」
シャットアウラ「………………」
鳴護「はじめましてお父さん。ほら、お姉ちゃんも紹介して?」
シャットアウラ「誰がお姉ちゃんだ気色悪い。だがまあ姉妹のようなものである事に変わりはないか……」
立ち上がり、シャットアウラの手を握りながら鳴護が笑んだ。そう、二人はある意味双生児のような存在。
だが二人は一つにはならなかった。どんな人生であれ、それぞれ違った軌跡(みち)を歩んで来た事を……
なかった事になどしたくなかったからだ。出会った人々に、別れた者達に。そして何より自分自身の為に。
シャットアウラ「いきなり家族が増えて驚いたでしょう?お父さん、貴方のもう一人の娘が来たわよ……」
あれからあの副機長もパイロットに現役復帰したみたいと、シャットアウラは墓前の父に向かって語った。
許した訳ではない。赦すつもりもない。だが彼も生き延びた事で苦しんでいたのだと言う事を認めたのだ。
シャットアウラ「私は奇蹟なんて信じない。けれどあの時必死になって操縦桿を握って、初めてわかった」
副機長と共にレバーを引き上げた時、見えざる三人目の手が重なった。あのゴツゴツした手は父のものだ。
シャットアウラ「お父さんがあの日、どんな気持ちでいたかを」
それが学園都市、230万人の祈りがもたらした奇蹟なのかどうかはわからない。ただ一つわかった事は。
鳴護「——あたしそろそろ行くね?明日のリハーサルあるから」
シャットアウラ「ああ」
父は、ディダロスは、自分に復讐など望んでいないという事だ。
鳴護「お姉ちゃんは来てくれないの?」
気を利かせて立ち去ろうとする鳴護に、シャットアウラが首筋に巻かれたチョーカー型電極を指差して——
シャットアウラ「十五分だけだ。あのカエル顔の医者が言うには、それ以上はノイズに変わるらしいから」
鳴護と瓜二つの笑みを浮かべ、手向けられた花が秋風に靡いた。
〜82〜
詩菜「それじゃあ沈利さん、当麻さんを宜しくお願いするわね」
麦野「はい“お母様”“お父様”。後の事は私にお任せ下さい」
上条「(誰だよお前!でも突っ込んだら後で傷口抉られる!)」
麦野「(外堀は母親から埋めるもんよ。ふふふ、計画通りね)」
詩菜「あらあら、そんな他人行儀じゃなくて“詩菜さん”で良いのよ?冬休みになったら遊びにいらして」
刀夜「(……母さんの若い頃に似てる。苦労するぞ我が息子)」
一方、『刺突杭剣』を巡る戦いを終え、入院中の上条を見舞いに来た両親に対し、麦野はこれ以上無い——
そう、これ以上無いほど深窓の令嬢然とした笑顔と言葉と立ち振る舞いで歓談し丁重に見送ったのである。
大覇星祭初日より対面し、清いお付き合いをさせて頂いておりますと嘯き、学園都市の案内を買って出……
麦野「ふーっ、疲れた。ねえこのリンゴもらっても良いかしら」
上条「へいへいお好きなように麦野さん。って言うか上条さんは疲れた疲れきった疲れましたよ三段活用」
麦野「私もよ。笑い過ぎて顔の筋肉がおかしくなりそう。あーあ、肩凝った。温泉でも行きたいくらいよ」
まんまと取り入ったのである。そして今は上条の横たわるベッドに腰掛け足を組んでリンゴを齧っている。
二人で見上げた窓辺には天高く馬肥ゆる秋の空が広がり、もうひと月もすれば紅葉の時期になるだろうと。
上条「いっその事、思い切って海外旅行なんか良いかもな……」
麦野「夏ならバリ島、冬ならイタリアなんか行ってみたいわね」
上条「そんな金、財布のどこを逆さに振ってもねえんだけどな」
麦野「こうやって入院費やらエンゲル計数ばっか嵩んで行くし」
上条「くじ引きでも当たればなあ。我ながら貧しい発想だけど」
麦野「とりあえずまあ、冬休みはあんたの実家に決定って事で」
芯だけになったリンゴをゴミ箱に放り投げ、麦野がゴロンと横たわり、上条を胸に抱いて頭を撫でて行く。
上条「そん時はインデックスも一緒に連れて行ってやらないと」
麦野「そうね。あとさっき聞いたんだけど当麻の家の近くって」
上条「ああ。御坂の家も近いらしいな。すげー偶然だよなこれ」
そんな二人を見下ろすよう『ARISA』と電光表示された飛行船が空を渡り、秋風がカーテンを翻らせ。
麦野「この先もあいつと腐れ縁が続くと思うとゾッとしないわ」
〜83〜
御坂「へくしょん!ううん、誰か噂してるのかしら。チーン!」
禁書目録「こっち向いてくしゃみしないで欲しいんだよ短髪!」
一方、御坂とインデックスはファミレスでドリンクバーを啜りながらぐだぐだとおしゃべりに興じていた。
食蜂操祈や妹達に絡んでの事件にも一応の解決を見、大覇星祭も閉会式を翌日に控えての束の間の休息だ。
御坂「ごめんごめん。それよりさっきの話なんだけどあの娘の」
禁書目録「ありさが大覇星祭の閉会式で歌うって言う話かな?」
御坂「それそれ。話聞いた時は驚いたんだけど、エンデュミオンでの一件以来、一躍有名になったもんね」
そう、鳴護の『エンデュミオン』キャンペーンソングの件は立ち消えになってしまったが問題はその後だ。
降り注ぐ瓦礫、飛び交う銃弾、燃え盛る火の海の中を歌い奇跡を起こす様子が生中継されていたのである。
その後鳴護は『路上の天使』『奇跡の歌姫』『戦場の女神』『神に愛された少女』とこぞって報道された。
奇しくも記憶喪失にして施設出身という出自が、ある種アメリカンドリームのような夢物語を後押しした。
禁書目録「ありさも夢が叶って、めでたしめでたしなんだよ!」
〜83.5〜
青髪「そっちはめでたしめでたし、では済まんやろうけどもね」
アレイスター「………………」
青髪「あんさんのプラン通りで行くと不死の力を持つレディリーは回収、サンプルの一つになる筈やった」
一方、窓のないビルにて青髪は最悪の魔術師にして最高の科学者、そして最低の人間にして統括理事長……
アレイスター=クロウリーが揺蕩う生命維持装置の前に立っていた。自分の部屋に一人でいる時の表情で。
青髪「もう一つ付け加えるならあの娘とシャットアウラも再統合するはずやった。せやけども結果として」
アレイスター「結果として幻想殺しが不死の力をも打ち消し、“奇蹟”の力は打ち消せない事がわかった」
青髪「………………」
アレイスター「データは取れた。全てシナリオ通りだ。多少のイレギュラーなど取るに足らない問題だよ」
それはアレイスターも同じように見えたが、青髪にはわかっていた。その腑が煮えくり返っている事を……
青髪「(シナリオ?そんなん上やんが“記憶喪失”にならんかった時点で最初から破綻しとるやないか)」
そしてアレイスターの『プラン』が徐々に綻び始めている事も。
〜84〜
青髪「(あんさんらの言う“ホルスの時代”は、上やんが“一度目の死”を迎えん限り来うへんのやで)」
神話に於いて、オシリスが死を迎えなければホルスの時代はやって来ない。つまり記憶を失っていない——
偽善使い(フォックスワード)を名乗る上条当麻ではホルスの時代を担う『神浄討魔』の目覚めは来ない。
インデックスを妻イシスに見立てようにも麦野が同神と言われるイシュタルに置き換わってしまったのだ。
その影響は上条の竜王の顎や一方通行の白翼などの早過ぎる覚醒にも渡り、修正が追い付かないのである。
更に呪縛から解かれたレディリー、統合を拒否した鳴護達、麦野らを排除する事で起きるイレギュラーを。
アレイスター「——下がっていいよ“第六位”。御苦労だった」
青髪「ほなね」
アレイスターは恐れている。わざわざ第六位たる自分をを呼び出し、再確認する事それ自体が証明である。
アレイスター「待ちたまえ」
青髪「……なんやろうか?」
アレイスター「君の“目”から見て、第四位はどう映っている」
青髪「——番犬としては言う事無しやろうけど“女”やからね」
アレイスター「………………」
青髪「僕の“目”は、女心に関しては節穴やねんよ。ごめんな」
そこで振り返った青髪の目は、『ホルスの眼』に酷似していた。
〜84.5〜
御坂「開会はレベル5、閉会はあの子、委員会もミーハーよね」
禁書目録「ねえ、短髪。レベル5ってしずりや短髪もでしょ?」
御坂「……あと一方通行もね。私以外全員性格破綻者ばっかり」
ファミレスの帰り道、インデックスと御坂は手を繋いで第七学区の遊歩道を行く。そこで出た話題が——
レベル5。開会式での食蜂と削板を含め御坂は5人のレベル5を知っている。だが、残る二人の内の一人
御坂「第二位は名前だけは聞いた事あるけど、第六位は顔もわからないわ。どんな能力者なのかもね……」
禁書目録「ふーん?変わり者が多いんだね。あっ!あおがみ!」
青髪「嗚呼、何や上やんの所のシスターちゃんに電撃姫さん!」
御坂「ど、どうも!(今、このビルから出て来なかった!?)」
第六位とは何者なのか、そう御坂が考え込んだ時、窓のないビルからいきなり姿を現した上条の友人に……
御坂「(まさかね)」
御坂は頭を降って青髪に会釈し、くだらない想像だと一蹴した。
〜85〜
そして大覇星祭も最終日を迎え、閉会式と相成り、上条も退院したその足で麦野と合流し会場へ向かった。
鳴護の計らいでVIPシートに招待された二人は、並んで腰掛けながら開演の時を今か今かと待っていた。
上条「何か悪いなぁ。病み上がりの身体には正直有り難いけど」
麦野「いいんじゃないたまには。っていうか遅くない?なんか」
上条「あっ、照明が落ち始めたぞ。いよいよ始まるんだな……」
帝都ドーム内の照明が段階的に落とされて行き、それに反比例して会場内のざわめきが大きく広がり始め。
食蜂『——では只今よりぃ、第××回、大覇星祭閉会式を——』
削板『始めるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
上条・麦野「「!?」」
雲川『〜〜誰かあの馬鹿からマイクを取り上げろぉぉぉぉぉ!』
食蜂『(また喰われたぁ。もうお家に帰りたい、うえーん!)』
ドン!という轟音と共に赤橙黄緑青藍紫の煙が巻き上がり、雲海のように広がり、会場内に歓声が響く。
それに応報するように各校の校旗がウェーブし、闇夜を切り裂いて客席のスポットライトが次々と点火。
同時にエンゼルハイロウを思わせる光が飛び交う中を、ドーム天井部が開閉されて行き一機のヘリから。
麦野「大人しそうな顔して、何っつうド派手な登場の仕方なの」
夜空を焼き尽くすかのようなナイトパレードに匹敵する花火をバックに鳴護が手を振りながら降り立つ。
ドレスを思わせる赤のステージ衣装は胸元、お臍も露わで黒のショートパンツから伸びる足は細く長い。
ドーム内のモニターに映し出される鳴護をあらゆる角度から映し、舞い散る紙吹雪が星屑のように輝く。
上条「……俺達、あんなすげー奴と寝泊まりしてたんだな……」
麦野「ついでに裸も見たでしょ。思い出したらイラッと来たわ」
ステージに降り立つ鳴護と、サポートガールとして御坂・初春・佐天・そしてインデックスが並び立った。
そこで観客の持つケミカルライトが輝き、溢れる色とりどりの光が『ARISA』の文字を描いて行って。
鳴護「 —— 今夜は 星が 綺麗ね だからきっと —— 」
オープニングにしてクライマックス、『telepath〜光の塔〜』のイントロと、歌い出しが完璧に重なって。
鳴護『——————届く!!——————』
光が生まれた。
〜86〜
鳴護『眠れぬ夜 見上げれば星達が 何時だって聞いてくれた』
左手人差し指と中指で自分を指す鳴護と御坂、腰に下ろして右足と左足を交差させるインデックス達が。
鳴護『信じてるの でも本当は 怖くて 涙を 伝う頬に舞い降りた MY SHOOTING STAR』
両手を広げる鳴護、交差させた足を左へ解く佐天と初春、更に。
鳴護『希望の粒を 指で弾く』
禁書目録『THE STARS TWINKLE IN THE SKY』
鳴護『この瞬きを 光に変え 一つ 願いを 虚空を 突き抜けて!』
インデックスがコーラスを入れ、御坂と鳴護の背中が合わさり。
鳴護『募る思い この空 高く 積み上げたなら 届くかな きっと届く TO WISH YOUR HAPPYNESS!』
サビに入ったところで花火が再び上がり、上条は総毛立ち、麦野は粟立つ。言葉が出ない。声すら出ない。
鳴護『君の笑顔で また ONE STEP だから受け止めて』
230万人の人々全てに向けて歌われる中、ただ“二人”を除いて誰も気付き得ない、鳴護の眼差しの先。
鳴護『—— 夜空に飛び交う 星屑に願い 閉じ込める—— 』
上条、当麻。
〜86.5〜
あたしがあたしとして生きたいと願ったのは、あたしを『本物』だって言ってくれた、貴方達がいたから。
あたしには何もないと思ってた。記憶も、家族も、能力も。あたしには歌しかなかった。そんなあたしに。
上条『悪い、事情は後で説明するから今は俺の側から離れるな』
そんなあたしにとって、貴方は絵本の中の王子様みたいだった。
上条『お前の幻想(ゆめ)は誰にもぶち殺させねえ。安心しろ』
そんなあたしにとって、貴方はテレビのヒーローみたいだった。
上条『間に合え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
きっと、沈利ちゃんやインデックスちゃんにとっても当麻君はそうだったんだと思う。わかるよ。だって。
鳴護「誰の夢にも 空にも 終わりは ないから 歌い続ける 永久に響く声」
あたしも女の子だもん。
鳴護「——幾千の時間(とき)も越え届けたい この想い——」
あたしも当麻君が好きだもん。
私の名前を呼んでくれたって事は、認めてくれたって事だよね?
恋敵(ともだち)として。
〜87〜
麦野「(〜〜ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね・!)」
御坂「(——本当にかましたわこの子!あの第四位相手に!)」
禁書目録「(わ、私でも正面切って喧嘩売った事ないかも!)」
佐天「(いやあこんなところで宣戦布告しないでぇぇぇぇぇ)」
初春「(確かにこの人は大物かも知れません。色んな意味で)」
上条「最高だったぞアリサ!なあ沈利もそう思、ひいっ!!?」
ステージ上から艶やかなウインクを飛ばし、軽やかにステップを踏み、爽やかにスマイルを浮かべる鳴護。
ここに至り麦野はキレた。しかし当の鳴護はどこ吹く風とばかりに一礼して、大歓声を背に捌けて行った。
鳴護が麦野にアイコンタクトした意味はただ一つ。『油断してるとあたしが当麻君取っちゃうよ』である。
鳴護「(なんちゃって。初めから勝ち目なんてないんだけど)」
荷の降りた肩を竦めながら鳴護が舞台袖に消えて行く。生まれて初めての失恋も悪くないなと思いつつ。
シャットアウラ「——お疲れ様」
鳴護「——うん、楽しかったよ」
顔を上げた先、通路に腕組みしつつ寄りかかっていたシャットアウラがチョーカーの電極を切っていた。
音楽を認識するという機能を脳に障害を負った事で失った彼女に、冥土帰しが作って与えたものである。
一方通行の代理演算に用いる技術を流用したもので、今のところは十五分しか持たないが将来的には——
シャットアウラ「“音”を“楽しむ”と書いて“音楽”か……」
セクウェンツィア(聖歌)の名を持つもう一人の自分が鳴護の肩をポンと叩いて労をねぎらってくれる。
歌う事も恋する事も、踊る事も愛する事も、生きる事が楽しくて仕方無い。そんな笑みを鳴護は浮かべ。
観客『アンコール!アンコール!アンコール!A!RI!SA!』
削板『そうだ腹の底から根性入れてもう一度だ!アンコール!』
雲川『〜〜だから!お前は!!喋るなって言ってるけど!!!』
シャットアウラ「……お呼びだぞ?」
鳴護「良いのかな?閉会式なのに?」
吹寄『静かにしなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!』
シャットアウラ「いいんじゃない?」
鳴護「(やっぱりあたしと似てる)」
少女は元来た道を戻り、薄暗い通路より満天の星空を思わせるケミカルライトの海へと舞い戻って行った。
幾多の星、数多の光が瞬く夜空で、一際輝くポラリスのように。
〜88〜
上条「落ち着けって落ち着くんだ落ち着けよ三段活用!ぐえっ」
麦野「出て来いコラ!勝ち逃げなんて許さねえぞォォォォォ!」
——斯くして奇跡と奇蹟と軌跡を巡る物語はここに幕を下ろす。
禁書目録「ねえ短髪。この後の打ち上げ来る?ご飯出るかも!」
御坂「うーん、妹の様子が気になるから手短にお願いするわ!」
巣立ちを迎えた一人の少女は、天を衝く塔より高く舞い上がり。
神裂「ステイル。次の任務が待っていますので早くして下さい」
ステイル「お前達!いい加減離れろ!そんな目で僕を見るな!」
目覚めを迎えた少女は、自らを縛り付ける鳥籠より飛び出して。
姫神「私の出番。たったこれだけ。ふふふ。私って救われない」
土御門「あーあ、あれじゃあ病院に逆戻り間違いないですたい」
月詠「んまー!上条ちゃんったら退院して早々サボるなんて!」
帰るべき場所(とまりぎ)を見つけ、ここに折れた翼を休める。
白井「んほぉぉぉぉ!お姉様のステージ衣装たまりませんの!」
初春「私は白井さんと知り合いだと思われるのがたまりません」
これは、星に導かれるようにして集った、三人の少女達の物語。
一方通行「いつまで起きてンだクソガキ!さっさと寝やがれ!」
御坂妹「やっと体調が戻りました、とミサカは起き上がります」
齎された奇跡を、起こした奇跡を、歩んだ軌跡をここに記そう。
青髪「さて、ガラガラに当たりを混ぜるだけの簡単なお仕事や」
シャットアウラ「あと一曲分くらいは聞けるだろう。頼んだぞ」
希望(ほし)は天上の神ではなく、地上の人の手で掴むものだ。
レディリー「……これが成長痛か。この痛みは、初めてね……」
鳴護「 —— 今夜は 星が 綺麗ね だからきっと —— 」
それは決して打ち消される事のない、奇蹟のように目映い幻想。
上条「——不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
——偽善使いと原子崩しが交差する時、新たな物語が始まる——
おしまい!では
>>1さんは過去に偽善使いシリーズ以外に何か書いているのでせうか?
>>115
とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)※姫神秋沙×結標淡希(百合)
とある白虹の空間座標(モノクローム)※白井黒子→結標淡希(百合)
結標「貴女なんて」白井「大嫌いですの」※白井黒子×結標淡希(百合)
御坂「あんたなんて」食蜂「大嫌いよぉ」※食蜂操祈→御坂美琴(百合)
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