千早「キサラギクエスト�」 (106)

前スレ

千早「キサラギクエスト」
千早「キサラギクエスト」 - SSまとめ速報
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Episode�までは前スレになります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364452531


私の話はいたって単純なもので人がどんな風に暮らしていたのか。
私自身がその村でどんな風にすごしていたのかを淡々と語ったものだった。


真と萩原さんは茶化しもしないでずっと聞いていてくれた。
本当にありがとう。
ずっと言えなかった私の過去は今こうして話すことで
何が吹っ切れて、少し肩の荷が降りたような気がした。


いつの間にか思い出して、胸の痛みにも耐えられるようになっていた。
それはずっと私の手を萩原さんが握っていたから。


前は思い出すと一人胸の痛みに苦しみ耐えることなどできなかったのに。
私にはこんなにも大切な仲間ができた。
本当の意味で、やっと仲間になれたのかもしれない。


私達は四条さんの存在の秘密、
そして、その原動力となる私の血の秘密を知ったあの日。
クロイ帝国の警備も夜はもうないということで
ナムコ王国の首都バンナムにあるバンナム城の一室を借りて寝ていた。


これから私の生まれについて
母親に直接聞きに行くということで
私は寝付けなかった。

そこへ萩原さんと真は傍に寄ってくれていた。
その優しさに私はとうとう自分のこれまでの経緯を
打ち明けていたのだった。



「……本当はこんな重い空気にするつもりはなかったのだけど」

「うん、いいんだよ別に。それでも」

「二人共ありがとう」

「全く。……今日は特別に一緒に寝てあげるよ」


真はそそくさと私のベッドに入ってきた。
少し恥ずかしいのか照れていた。

「あ、じゃあ私も」


と萩原さんも。
二人が入ったせいで私のスペースはあんまり残っていなかった。


端っこのあいたスペースに


「仕方ないわね……」


と言って入ろうとすると。
萩原さんに真ん中に引っ張られる。


「何言ってるの? 千早ちゃんは真ん中だよ」

「えっ? あ、もう!」



真ん中に引きずり込まれて私にしがみつくように、抱きついて、二人は寝始める。
すごく寝づらい。だけど、嫌じゃない。今は、すごくありがたかった。
こうして夜は更けていった。





翌日から私達はまた旅を始めた。
城の中に帝国の連中が来て巡回を始める前に出発した。
見つかってしまって私が生きているのを確認されては困る。


朝が早かったために
城下町で少し買い物をしたかったがそれもできず。
結局律子の用意してくれた少ない荷物を受け取ることになった。


森へ入り、木々を掻き分けながら進む。
時々出てくるモンスターも朝方からお昼になるにつれて
出現頻度が上がるが、大したことはない。


早足で移動をする。
帝国が今にでも賢者の石の解読が終わり
実用されてしまっては元も子もない。

私は何度かトラウマのために立ち止まることもあったが
一歩一歩確実に歩み続けていた。



それから私達は一ヶ月が過ぎて、ようやく到着していた。



「国境は大きくうねって、ここは昔からそうだったけれど
 もうナムコの領地じゃないんだよね」

「そうね……」

「ああ。だからこの辺りからもっと気をつけて移動しよう」

私達はいつかのあの高台に来ていた。
何も代わりはしなかった。


この高台から見る景色は。
あの時と同じ。



山に囲まれた村で
鉱山を資源としている村を一望できるこの高台。


それから村へと向かう。
村長の家だった場所に向かう前に、私は行かなくては行けない所があった。
村の外れの、とある場所へ到着した私達。

「……」

「大丈夫? 千早ちゃん……」

「ムリしないで」

「大丈夫よ……これぐらい」



私の家だったものは今もそこにはなかった。
焼き払われたように燃えて、家の形をしていた跡だけは見て取れた。

確か、ここが玄関だったっけ。
立ってみる。


あの時、母親が私と優を見ず知らずのオジサンに
売り飛ばしたということをここで聞かされて、
初めて大人に殴られた。


痛かったなぁ。


きっと今喰らってもすぐに起き上がれるんだろうけれど、
あの時、ショックを受けた私とっては
きっと精神的なダメージもすごかった。

「……もう、ここにはいないのかしら?」

「そうかもしれないね」



私達は仕方なしに、村長の家に向かう。
村の様子は荒れ果ててところどころの家が焼き払われて跡形もなくなっていた。


村長の家は無事だった。
というよりも村はほとんど無事で、
少し荒れた様子もあったのだけど、
村に住んでいる人達はみんな健康で元気だった。




誰も私のことに気が付きはしなかったけれど。

……コンコン。


村長が住んでいた家をノックする。
中から返事が聞こえ、
しばらくすると中から人が出てくる。
私は身元がバレると厄介なのではないかと思って少し衣服で顔を隠していた。



「はい、どなたですか?」

「この村の村長さんですか?」

「えぇ、私がそうです」

見ると随分と若い村長だった。
村の人達もこの人で依存はないのだろうか。


「この村が軍に襲われた時の話を伺いたいのですが……」


と萩原さんが聞く。
その時、村長は少し嫌そうな顔をして、
私達の顔をジロジロと見たがすぐにこう答えた。


「……中に入ってください」

周りの目を気にするように村長は中に入れてくれた。
あれ、もしかしてこの人。
中に通してもらい、大きな机に3人で座る。



「それで、何故知りたいのですか」

「真実を知るためにここに帰ってきました」


お茶を淹れてくれている村長に向けて、
私はそう言って覚悟を決めて、顔を隠していたものを全て取った。

「私のことは分かりますか? 覚えてますか?」

「……お前は……村の外れの……」

「ええ、あなたがバケモンと呼んだ者よ」

「……生きていたのか」


村長はそう言うと少し俯いてしまった。


「そうか。それがこんな二人まで連れて何の用だ」

「言ったはずよ。真実を知りたいのよ。
 あの日、私はあまりにも幼すぎた。だからもう一度聞きたいのよ」



本当の話を。
私の真実を知りたいのよ。

「そうだな。仮にも村の住民だったからな。知る権利がある」

「だけど、これは私が話すことではない。
 あんたの母親自身から聞けばいい」


「!?」


思わず立ち上がる。


「生きているの……!? この村で? だってもう私の家は」

「あぁ、家に行ったのか? 確かにあそこは焼かれているが、
 別の所に住んでいる。今は一人で住んでいるよ」

「住所を教えて」

「わかった。今紙に書く」



と言って取り出した紙にスラスラと書いた。


「だけど、気をつけろよ。この村はもうナムコの村じゃない。
 領主が存在する。奴に見つかった場合は消されると思う」

「だから……」


「だから……気をつけてくれよ。俺にはこれくらいしかできない」

そう言って目を伏せた。
もしかしたらこの人も私達に協力することで、
命の危険にさらされるのかもしれない、と考えると、
すごくありがたいことをしてくれたのかもしれない。


「あの……村長は……」

「死んだよ」

「最後に戦って死んだよ」

「そう……」


そのあとは村長にお礼を言って、家を出た。
出されたお茶は全く飲まずに。


紙に書かれている住所を頼りに私の母親が住んでいる家に向かう。

私を捨てたあの人。
優を捨てたあの人に。


「千早。ボク達がいるから大丈夫だよ」

「千早ちゃんは何も心配しないでいいからね」


そう慰めてもくれる二人を背に私はその住所の書かれた扉の前にいた。
私の震える手はゆっくりと扉をノックする。


しかし、返事はなかった。

「留守かなぁ?」


真が言う。


「そうかもしれないわ」


内心でほっと安心している私はすぐに扉の前から離れてしまった。
背を向けてそのまま歩き出そうとした所に、
私の行く手を遮るような形で目の前に呆然と立っていた女性がいた。


青みがかった髪の毛はぼさぼさで所々跳ねていて、
後ろで緩く束ねていた。

「……私の家に何か用が?」


と言いかけた所で私も、その女性もお互いに気がつく。
ハッとしたような気持ちになる。


何かで胸に穴を開けられたような、そんな気持ちに。
変わってしまった。
何もかもが。


そう思えるほどに、私の母親は変わってしまっていた。
あんなに綺麗だった髪も艶を失っている。

顔も小じわが増えている。
あんなに素敵な笑顔を出していたのに、
目の下にはクマがあり、口角は下がり、疲れきった顔をしていた。


「……千早なの?」

「……はい」


私の母は私から目を背け、そして、
私の横を通り、自分の家の鍵を開けて小さく言った。


「入って」

「……はい」

私と母親はぎこちないどころではない。
どう接していいのかわからない。


彼女は私や優を捨てたことで後悔し、
後悔して後悔して後悔して生きてきたと、そう信じていたい。


私達は部屋にあがらせてもらった。


部屋は余計なものは置いてないと言った感じだった。
殺風景。可愛げもなんともない部屋。

そのうちのテーブルに3人はつく。
村長の家のとは違って今度は小さな。


3人は何も話さなかった。
しばらくすると台所の方から母親がお茶を運んできた。


「どうぞ」


とゆっくりとした口調で3人に配り終える。
シンとした空気に合わせてるのか真も萩原さんも会釈しかしなかった。

そして、私の母親は、私の正面に座った。


張り詰める空気。切り出さないといけない。



「あ、あの……。き、今日は聞きたいことがあって、その……」


上手く言えない。普段は別に人前でこんなことにはならないのだけど。
でも、黙って聞いてる。


「私の……故郷のことなんだけど」

「故郷……?」


まるであなたの故郷はここじゃない、
とでも言いたげな表情をするのに苛立ちを覚える。

「そうじゃないの」

「私の生まれた場所の話よ」

「それは……どこなの?」



母親は一度目を伏せて何かを考えた様子だったが再びこちらを見た。
疲れきったその目で、私を。



「あの時のことは聞かないのね」

「えぇ、聞かないわ。そこは最も聞きたい所だけど、
 それよりももっと重要なものがあるの」

「私の血族の話よ。一体……アルカディアとは何ですか?」

再び黙ってしまう。母親。


「そう……知ってしまったのね」

「はい……。もうあとには引けません」

「教えるわ」


そして、私の母親が語ったのは何とも言えないものだった。

アルカディアとは通称、戦術舞踊民族のことを指すとある集落の部族のこと。
彼らは一族で血液が繋がっていて、戦う時には歌を唄いながら戦うとのこと。
正確には戦う時だけでなく、常に歌がある民族だった。


歌を唄いながら戦うのとそうでないとではだいたい10倍以上も力量が違う。
そのために怪我で限界がきた時もこの能力を使って、歌を唄って治すことも多々ある。


それらの特別な血を持って創りだされたのが賢者の石だった。


故に賢者の石はまたその血を持つものが使うことができる。




「賢者の石を使えるのこの世界には今は、私の血、そしてあなたの血と……」



「優の血よ」


「 !? 」

優の血?
生きているの?
私は大きく動揺する。
真と萩原さんも真剣に聞いている。


「優は……。どこへいるの」

「生きているわ、でも死んでいるとも言えるかもしれない……」

「詳しいことは……。ごめんなさい。わからないの」


優が生きている……。
私の家族。


一度バラバラになったけれど、またこうしてここにいる。

しかし、結局優がどこにいるのかはわからないままだった。
私の目的は今は賢者の石について、そしてアルカディアについて知ることだった。


賢者の石の秘密を知る鍵がアルカディアを知ることにあるなら、
と思ってこちらへ来てみたが、なるほど。
見事にそういう訳だった。


「私達の血族は……賢者の石を使って何をしようとしていたの」

「賢者の石を使って私達は歌を広めようとしていたのよ」

「歌……?」

「ええ」

「……どうして歌を?」

「それはあなたもよくわかっているはずよ」

「……」


言われて見て、またいつの日かのことを思い出す。
優と歌った。この村のはずれにある高台を。



「私達の歌を、多くの人に広め、そして、その楽しさや美しさを
 広めていきたいと、世界の人々と私達の歌で繋がりを持ちたいと思っていたの」

母は続ける。


「だけど、それを悪用しようとしたものが現れたわ。
 それがクロイ帝国とナムコ王国。
 当時の王達は賢者の石の魔力を使って永遠の命を手に入れようとしたの」

「一族が住む小さな集落には何度も何度もどちらもが侵攻にきた」

「だけど、それを幾度となく返り討ちにしたのも事実」

「そんなに大量の軍が毎日毎日押し寄せることで体力がもうなかった」

「……一族はほぼ全滅。最後に残ったのは私の夫」

「あなたの父親よ」

「彼は最後に私達を集落から逃し、追手も来ないようにと
 盛大に歌い上げ、襲い来る軍をほぼ一人で壊滅に追い込んだ」

「だけど、そのせいで、私達を逃したせいで逃げ遅れて死んだ」



初めて聞いた父親の話。
小さい頃、父親の話を聞くと、母が悲しそうな顔をしていたのも思い出す。


「その後、私は幼い千早と生まれたばかりの優を抱え、
 なんとかこの村に逃げてきたのよ」

「そして、匿ってもらっていたの」

そして、私達はミンゴスという、この村で育った。
記憶があるのはこちらに来てからだったということね。


だから今、この世界に賢者の石を操れる力を持っているのは
私と優と母だけ、ということね。


私の知らなかった所で起きた大まかな出来事が頭に入ってくる。
だけど……私は知らないことばかりだった。




ドガァン……!



外で大きな爆発音がする。
まだ話の途中なのに。

「今のは!?」


私と真は外に飛び出す。
すると、村長の家があった場所は燃えていた。


「千早。あれはここの領主である、御手洗さんよ……」

「み、御手洗……?」


クロイの人間なのは、この村がクロイに占領されてることを知っていれば
なんとなくではあるがわかること。

「真、萩原さん」

「ああ、行こう千早」

「うん!」



私達3人は母親の家を飛び出し、村長の家へと走った。
そこには、見たことのない少年の姿。あれが領主?


村長さんは無事で、少し怪我をしている様子だった。


少年の隣にいるのは……ローブを着てそのフードが顔まですっぽり覆っている。
あれでは顔がわからない。

私達は何が起きているのか
様子を伺うために近い所まで来て物陰に隠れている。


「ねえねえ、村長さん。この村によそ者が来てることくらい知ってるんだよ」

「せっかくこの人にも着いて来てもらって自慢しようと思ったのにさ〜」


聞いたことのある声……どこかで……。


「す、すいません。わ、私も知らなくて……」


あの若い村長はヘコヘコと自分よりも
年下なんじゃないかと思うほどの少年に頭を下げていた。

「いいよ、そんな嘘つかなくても。わかるんだから」

「今、魔法で記憶を辿ってあげるから」


村長の顔を片手で掴み魔法を使い脳内から直接記憶を読み取っている。


「あ……うっぅ、あがっぁ」

「やっぱり嘘なんじゃないか」

「どうします?」


この声……バンナムの城の中で天ヶ瀬冬馬を助けた翔太という声!
ま、まさかあの幹部の一人が直属に支配する地域だったなんて。

御手洗翔太はフードを被った人に聞いているが、
かすかに口が動いたように見えたが
何を言ったのかは私達にはわからない。


「えぇ? いいんですか?」

「えへへ、じゃあ殺しちゃおうっと」


御手洗翔太はスッと杖を取り出し村長の首にそえる。
それ以上はさせない!


「待ちなさい!」

「やぁ!」


萩原さんが魔法で御手洗翔太の杖を吹き飛ばす。

「痛いなぁ。誰?」

「ん? あっれ〜? お姉さん達、もしかしてバンナムの城で見た……」

「やっぱりそうだったのね」


こっちも声に聞き覚えがあると感じていたけれど、
向こうもこっちに見覚えがあるみたいだった。


ジリジリと睨み合う私達3人と
御手洗翔太とその横にいる謎の人間。

「ふぅん……僕の杖を吹き飛ばすとか、やってくれるよねぇ」

「うぅ〜。魔法で人を殺すのは魔術法に違反しています!」

「そんなこと言って……いいよ3人かかってきなよ」


面倒くさそうにそう言いながら
そう言いながら前に出る御手洗翔太を手で止めるのはフードの人。


「え? おお! 一緒に戦ってくれるんですか? へへ〜、ラッキー!」

「お姉さん達、そういうわけで、この人も戦ってくれるみたいだから
 もうお姉さん達には勝ち目はないと思うよ?」

「だって、この人すっごい強いからね」

「……」

「やってみないと分からないわ!」

「そうだ!」


真と私はフードの人と向き合う。フードの人はローブの中から剣を抜く。
私も剣を抜いて構える。

一方、萩原さんは御手洗翔太とすでに激しい魔術戦を繰り広げている。


「お姉さん、中々やるじゃん」

「……その程度の魔法では私には勝てません」


あっちは萩原さんがかなり押しているようだった。



そして、こちらもまもなく激しい衝突が始まる。
見ず知らずの人だったけれど、ここで倒してしまう方がいいわね。

この人は……たぶん只者ではない。


「あなたは……何者なの!」


剣を交える。冷たい感触。何も伝わってこない。
そこに真が蹴りを入れるが、びくともしない。


一瞬の隙をつかれた真は脇腹を剣で叩かれ、吹き飛ぶ。
が、すぐに起き上がる。


「ぐっ、いてて……!」

一方、私の剣術は全く通用しない。全てお見通しのような。
首筋を一気に狙った突きを繰り出すがそれもかわされてしまう。


かわされた隙に顎を下から殴りあげられる。


「がぁッ!?」


宙に浮いた体に蹴りが入る。
少しの距離を滑るように転げ、すぐに立ち上がる。

だけどこの感触。この人……まさか。
この戦いを楽しんでいる?


私と真は殺す勢いなのに。
全く本気を出していない!?



「変わらないね」


ボソッ、とフードの人が喋った声はうまく聞き取れなかった。

何度か剣を交える度に不思議な感覚に陥る。
この感覚は前にもあった。


そう、これは美希と戦った時に感じた感覚と同じ。
あの時に美希は私の剣の捌き方をマスターしていた。


じゃあこの人も私のをマスターしているというの?
私の剣の動きを……。


「そうじゃないよ」


クスクスと笑いながらも私の剣。
そして真の拳や蹴りをひらひらと避ける。

「今まで戦ってきた人たちの非じゃない……」

「そうかなぁ? そうだと思う?」


真のその言葉にも余裕で返してくる。
どこか嬉しそうな雰囲気で私に向かって剣を振るうその人。


「千早……こいつ……強い」

「えぇ、わかってるわ!」

どうする……?
だけど、私が歌を歌った所でこの人にも勝てそうにない。
だけど、やらない訳にはいかない……。


アルカディアの秘密を知った以上。
私は……戦わなくてはいけない!


思い出すのよ。
あの時の、かつて無意識のうちに発動させていたその能力を。



「泣くことなら……容易いけれど」

歌を唄い始める。
自然に相手の剣の動きが入ってくる。
頭に直接流れ込むように見える。


「……もう気がついたんだ。それとも知ったのかな?
 自分の運命に……」


まるで何もかも知っているかのように言うその人の突きを交わし、
柄で一撃、顎に入れる。
すぐに後ろに回り込み羽交い締めにしたのちにフードに手をかける。


「何を知った風な口を聞いているのか分からないけれど、
 とにかくまずはその顔を拝ませてもらおうわ!」

バッ!


真がそこに顔面に右ストレートを入れようとするが、寸で止まる。


「お、女の子……!?」


その言葉とほぼ同時に視界に入っていたのは頭の横についた赤いリボンだった。



私は……この人を知っている。
かつて……私と旅をして、私に剣の全てを教えた師匠だった。




「は、春香……」


思わず手を離して後ずさる。


「久しぶり。千早ちゃん」


この笑顔。この声。春香……。
春香……なの?



嘘……よ。


どうして生きているの。
春香は死んだはずじゃ……。

「ど、どうして春香がここに……」

「どうしてだと思う?」


「わ、わからない……なんで」

「千早ちゃん。現実から目を背けちゃだめだよ。
 私を見て千早ちゃん。生きている私を見て」


私は咄嗟に変身の能力、擬態の魔法を使って
おばあさんの振りをした美希を思い出す。



「み、美希!? 美希なら……こんなことやめなさい!」


「美希? 美希じゃないよ。私だよ」

「分からない?」


近づいてくる春香に何も抵抗できなくてただ後ずさるだけしかできなかった。


「ち、千早!」


すぐに真が咄嗟に判断んして跳びかかるが
真の方へは見向きもしないで剣で薙ぎ払った。


真はまたしても吹き飛ばされ、少し離れた家屋に頭から突っ込んでいった。

「真!」

「だめだよ千早ちゃん。目の前の敵から目を背けてはいけないって
 そう教えたはずだよねぇ?」

「は、はい……」


思わずそんな返事をしてしまう。
違う。そうじゃない。今はこの人は……。
昔はどうであれ、今は敵なのだから……攻撃をして倒さないといけない。


でも、待って。本当に敵なの?
もしかしたら敵じゃないかもしれない。
だけど、そっちにいるということは敵。

私は動揺の中で剣を振るうがそれはとても弱々しく、
春香はいとも簡単に弾いてしまった。つまらなさそうに。


「千早ちゃん。私のために死んでね」


春香は頭上に大きく剣を振りかぶる。
どうしよう。どうして春香がここにいるの。


「は、春香さん! た、助けてくださいよ!」


声の方向では圧倒的力量の差で、
御手洗翔太は萩原さんによって追い詰められていた。
声をかけられたことにより、ぴたっと春香の動きは止まる。

やれやれと言った表情で萩原さんの方を振り向き、


「はぁ……しょうがないなぁ〜」

「これ、まだ使ったことないけど、試してみようかな」

「”そこに跪いて”!」


そう発言した春香は何か特別な力で萩原さんをその場にねじ伏せた。
だけど、私もあの瞬間だけ春香を取り囲んでいたどす黒いオーラを見逃しはしなかった。

「な、何こ……れ」


見ず知らずの魔法に全く身動きの取れない萩原さん。
しかし、私も解除の方法もわからなかった。
見たことがない技だったから。


「千早ちゃんも。”そこに跪いて”」

「あっ……が、……」


ガクン。
両足が地面に吸い付けられるように倒れこむ。
すごい……重力を感じる。動けない!

「ふぅ〜、助かりましたよ〜」


そう言いながら御手洗翔太はこちらにやってくる。
そして春香の横に立って言った。


「さて、さっさとこいつらやっちゃってください」


「わかってるよ」


軽々しくそう言う御手洗翔太を一瞥してから
私にもう一度近づいてくる。

「ごめんね、千早ちゃん」


一つ、大きく深呼吸をしてから。


剣を目の前で振りかぶる春香。
私はまだ動揺していた。答えなんて考えたってでなかった。
もう為す術はない。



私はこの時、すごく嫌な予感がしていた。
もし、このまま春香に殺されるのなら
私はそれでもいいんじゃないかと思っていた所があった。


自分の使命くらい分かっているつもりだった。
だけど、私の前には大事だった春香がいる。

私のあの時の悲しみは一体何だったのか。
でも、
もう別にいいのかもしれない。
こうして春香は生きているのだから。


そんな甘っちょろいことを考えてしまう瞬間もあった。


だけど、現実はそんな風にしてくれなかった。


この場面。

身動きの取れない私。


私に剣を向ける春香。


遠くで倒れている真。


私と同様に身動きの取れない萩原さん。


そして、死が迫る私を守るもう一人。


嫌な予感はしていた。


ザクッ。


私は春香の目の前で跪いたまま生きていた。
目の前に私を覆うようにして立つ母の姿を見ながら。



斬られた箇所からは大量の血が噴き出て、
ゆっくりと、静かに崩れ落ちる。



血が流れ、うつろな目をして倒れている。


「あーあ」


御手洗翔太はそう僕達は何も悪いことはしていないとでも言いたげだった。
なんで……なんで私なんかを。
どうして。



「お、お母さん……?」

「ち、千早……。許して……」

嫌……やめて。しゃべらないで……。
もう、いいから。
本当は気づいてた。
私、自信がお母さんのことを恨みきれてないことを。



手を握り、抱える。
血が、温かく……。
そして、また私は……この腕に抱いてるのに。



「な、何で私を助けたりなんて……」

「あなたが大事だったからよ。
 あなた達二人が、私は一番大事だったからなの」



だって……あんなに優しかったお母さんを、恨むことなんて。
私にはできない……。
恨んでいる振りをしていただけなのかもしれない。
現実から目を背けて。それが真っ当だと思ったから恨んでいる振りをした。



だけど、そんなの違った。
本当は……どうでもよかった。
いつだって許したかった。

「あなたは……歌うべきよ。いつだって、どこだって」

「歌い続けるべきなの……だから」

「千早。優を……お願いね」



握られた手からはあっという間に力が抜けた。
私は……この腕に抱いているのにまた助けられなかった。


今度は自分の親を。
私の不力で、助けられなかった。






「お、お母さん……!?」


そうして、私のお母さんは優しい微笑みを残してその息を引き取った。

私を売り払い。
その身のために、自身の安全のために取った行動。


本当は許したい。いつだって謝ってくれれば許してあげたい。
だけどここに優はいない。
お母さんもこうして死んでしまった。目の前で。



私はお母さんにはこうして守られる義理もないし、
何を言っていいのかもわからなかった。

だけど……。


だけど、涙が出て止まらなかった。
嫌な思い出なんかは一切出て来なかった。


人間ってこういう時、現実逃避が上手にできるようになってるのかしら。
楽しい思い出ばかりが頭に流れてくる。
どうして。


どうして私の中のお母さんはいつも笑っているの。
なんで……私は助けられなかったの。

「いい機会だから教えてあげるよ。
 君のお母さんは最後まで君を守り続けようとしていたことをね」

「まぁ、結果的には失敗した部分もあるけれどね」

「……どういうことよ」


御手洗翔太とかいう男がべらべらと喋りだす。
殺す勢いで睨みつける。
あなたに何がわかるのよ。

「君のお母さんは君を売ったんではなく、
 君たち二人の身を遠くにやることで守ったんだよ」

「石の発動は君等自身の血。その君等が捕まってはお終いだからね」

「だからこそ、君たちは逃がされたんだ」

「だけど、結局はクロイの追手にすぐに見つかって
 弟くんとは別れる羽目になったんだけどね。
 これが君の母親の一番の失敗」


うるさい……。

「まさかこんなに早く追手に見つかるだなんて夢にも思わなかっただろうに」

「世界の滅亡に手を貸す子供を育てるくらいならば、
 どこか遠くへ売ってしまえばいいと、そう思ったのさ」

「君たちを売った資金ですでに武器を買ってある君の母親は
 迫り来るクロイの軍と盛大に村を引き連れて戦った」



うるさい……! 黙って……。

「だけど敗北に終わった。そこからこの村は僕達クロイ帝国のものなのさ」

「結局、君は引き取った領主が交渉したのかなんなのかはわからないが、
 無事に農奴になり見苦しくも生きていたってわけだよ」


うるさい……。


「うるさい……!」


うるさい……。あの日、逃がされた……?
売られたわけではなく。

「もう、喋りすぎだよ」


ニコッと御手洗翔太に言う春香の目は笑ってなどいなくて
むしろ怒っていた。


「ひぃッ!? ご、ごめんなさい!」

「あ、は、春香さん。ここは僕に任せて! 
 まだ調整中なんですから、先に城へ戻っていていいですからね!」

「ふぅん……。大丈夫? あまりベラベラ喋らないようにね?」


「はい! そりゃあもちろん大丈夫ですよ」

「そう……ならいいけど」


春香は振り返り、私になんて目もくれずに歩いて行き、
そして、今までそれが幻だったかのように
その姿は揺らぎ、唐突に消えていった。


「まあ、このミンゴスも僕の任されている領地だからね」

「自分の土地くらいは自分でやらないと」

「さて、どう料理してあげようか……」

そう自分で自分に気合を入れなおす御手洗翔太。


御手洗翔太……許さない。
クロイ帝国……絶対に許さない。


春香に何をしたのか知らないけれど、
まず第一に彼女が本物かも怪しいのに。


絶対に許さない。
私の優を奪って、お母さんにこんな苦しい思いもさせて。


剣を握る。固く、より強く握るその手はブルブルと震えていた。


春香がいなくなったことで
春香の魔法が解除された萩原さんが駆け寄ってくる。


同時に真も崩れた家屋の中からようやく脱出できたみたいでこちらに走ってくる。


私はただ立ち尽くし、
目の前にいる敵を睨みつけていた。


「千早! ……まだ間に合うかもしれない。回復薬を」

「もう間に合わないわ。国王の時も私はこの腕に抱いていた」

「人の死ぬ瞬間を……肌で感じていた」

「もう魔法でも薬でも元には戻らないわ」

「ち、千早……?」


真が心配そうな顔で見ているのが今はもう鬱陶しかった。
今はもう……目の前の敵しか……親の敵を討つことしか考えられない。

萩原さんがそっと真の方に手を当てて引く。
目で何かを訴えていたのを真も受け取ったのか萩原さんと二人で
お母さんの遺体を抱え近くを離れた。


それを見た御手洗翔太はにやにやしながら言う。


「何々? そんな死体運んでどうするの?」

「……うるさい。黙って」

「あれー? もしかして千早さん怒ってる?」

「だって、ずっと恨んでたんでしょう?」

「子供の頃に何も知らずに売り飛ばされちゃって……さぞかし大変だっただろうに」

「黙れ!!」

「……っ」


自分でもこんなに汚い言葉が出るなんて思ってもいなかった。
私は今……私の感情のためだけにこの男を殺す!



切っ先を向ける。


「……覚悟しなさい」

「私は絶対に許さないから」

「僕が殺したんじゃあないんだけどなぁ〜?」


思い出して、集中するのよ。
この怒りも何もかもを私の力に変える。
剣を握り、全身に込めるのは何よりも歌声を響かせる私の魂。


大きく息を吸う。



「風は天を翔けてく
 光は地を照らしてく
 人は夢を抱く
 そう名付けた物語……
 arcadia……」



体は震え上がるほど力が湧く。
剣を握る手が熱い。

「アルカディアだかなんだか知らないけど……
 剣で魔法に挑もうなんて……ちょっとヤバいよ、お姉さん!」

「”炎”よ!」



御手洗翔太の杖からは業火が噴き出る。私を覆うには十分すぎる炎が。


「うああああああああッッ!」


地面を盛大に剣で殴りつける。畳返し。
地面なので畳ではないにしろ、その爆発的な衝撃で
大量に土が盛り上がり炎からこの身を防ぐ。


盛り上がって壁になった土は斬り裂いて、
道を作りいっきに御手洗翔太の元へ。


「は、早い……!?」


掬い上げるように剣を振るう。
杖でガードされる。
このままへし折ってやろうとしたが後ろの飛び跳ね距離を取られる。


「遙かな空を舞うそよ風
 どこまでも自由に羽ばたいてけ……」


逃がすものですか。持っていた剣を御手洗翔太の顔面目掛けて全力で投げる。


「はぁっ!? いっでぇッ!!」

「け、剣使うのに……剣投げるとかありえないでしょ!?」


剣は御手洗翔太の肩を傷つけ軌道が変わり、大きく宙を舞う。
私は飛び、空中で剣をキャッチする。

空中からいっきに剣を振り下ろす。


「うわぁぁああッッ!」


剣は外れたがその衝撃により御手洗翔太はふっ飛ばされ
誰のかもわからない民家に激突し、その家の中へ入ってしまった。


集中して如月千早。


あの家だけを……。


「始まりはどんなに小さくたって
 いつか  嵐に変われるだろう……」



剣を握り直す。
構えを取る。
未だに民家の中に隠れているのか潜んでいるのか出てこない御手洗翔太。
出てこないなら……。



「さあ願いを願う者達
 手を広げて 大地蹴って
 信じるなら……」



私は歌うことをやめない。
私は歌い続ける……。


「うおおおッ! やってくれるねぇえ!!」

「いいよ、最高だよ!」


ドガァッ!
盛大に魔法を使って屋根をぶち破って飛び上がり、
御手洗翔太は屋根に降り立つ。


「”雷槌”をォ!」

「翔べッ!」


一閃。
民家ごと屋根にいる御手洗翔太を斬り裂く斬撃を飛ばす。

屋根に飛び上がろうが関係ない。
私が私を信じて、斬撃を飛ばす。


斬撃は御手洗翔太の出した雷槌をも斬り裂き、
民家を、そして杖を持っていた右腕を吹き飛ばした。



「が、あッ、ぎゃああああああああああッッ!!」



杖を落とし、屋根から落下していく所を目掛けて走る。
右腕があった場所からは血が噴き出ている。

「海よりも激しく
 山よりも高々く
 今
 私は風になる
 夢の果てまで」


今まで走ったこともない速度で走り抜け、
あっという間に御手洗翔太の元へ。


しかし、御手洗翔太も魔法で落下中の体勢を立て直し、
杖をも引き寄せまだあまる左手で受け止める。


「”煙”よ……!」


ボフンッ、と杖からはいっきに煙幕が出る。

「ヒュルラリラ
 もっと強くなれ」


足音だけでわかる。愚かなこと。
目だけで頼るものには私は負けない。


足を斬りつける。


「うがぁああッ」


ドサァッ!
と倒れる音がする。
しかし、それでもズルズルとこの場を逃げようとしている。

力を込めて、剣をフルスイングして爆風を起こし煙を風に飛ばす。


だんだんと煙が晴れていくとそこには杖を持ちながらもずるずると
地を這い逃げようとする御手洗翔太がいた。


私は近寄って杖を持っている左手を手の甲から貫通するように突き刺した。
これでもう杖は持てない。



「あああああ゙ああッーーー!!」

ジタバタとその場で芋虫のように痛みに暴れまわる。
さっき斬った右腕の方はもう治癒魔法で血は止めているようだった。


「ハァ……! ハァッ! や、やめて、参った、降参するよ!」

「頼むから命だけは……」


睨みつける。


「そうやって、あなた達は王も私のお母さんも殺したわ!!」

「今更都合のいいこと言わないで!!」


柄にもなく大きな声で怒鳴り散らす。

私はもう退けない。
この手を汚して、平和をつかめるのならば、
優を救うことができるのならば……。


「嫌だ……死にたくない……。死にたくないよ!」

「……うるさい……!」


剣を首筋に立てる。


「ハァ、ここで殺せばもう人殺しの領域からは出られない……」

「ハァ……ッ。千早さんはもう、勇者でもなんでもなくなる。ただの人殺し!」

「……人殺し? あなた達がそれを言う?」


「ハァ、そう、そうだ! 人殺し! 僕達と同じに」


「私はもう……迷わないわ。
 歌うことを決めた。歌って……私は戦い続けることを」


御手洗翔太の言葉を遮って私は言う。


その言葉を聞いて、
御手洗翔太は覚悟を決めたのか、見苦しい命乞いをするのをやめた。
しばらく黙って……そして仰向けになり、目を閉じる。

死の淵に立たされておかしくなったのか笑い出す御手洗翔太。



「ふっ、あははは! あははは!!」


「そっか……。千早さんのその自信がまた揺らぐのを。楽しみに待っているよ」


「ヒュルラリラ
 目指す arcadia……」


私は全力を込め剣を突き立てた。

血は私の手に、頬にかかる。
ビクビクと反応し、そして、最後には力尽き、血の溢れ出る左手は地に堕ちた。



私は本当にあとには退けない所に来てしまったようだった。
空を見ても
さっきまでと同じ世界にいると私は思えなかった。


世界は血に染まり、また動き出すだろう。


一つの死体を目の前に空を見上げ棒立ちしていた。

誰かがどこかで責める気がした。
私はこれで正しかったのだろうか。


たくさんの疑問を抱き、それでもこれで良かったと無理矢理にでも思うことにした。
だけど、私は色んな後悔をした。


長い眠りから目を覚まして、真と萩原さんに助けてもらった時に
もう迷うことはないと思っていた。
立ち止まることはないと思っていた。
覚悟はできていたはずだった。

だけど、また旅を初めてほんの一ヶ月しか経ってないのに。


それなのに私を迷わせる。
自分で自分を後悔していた。


たった一人のお母さんを救えない私は後悔していた。
あの時もっと気がついていれば、
あの時お母さんがこっちに走ってきているのを知っていれば。


あるいは何かが変わるかもしれなかった。

それから、私はたった3人でお母さんの葬式をあげることにした。
私は血に染まった自分の母親を背負い、
いつか優と二人で唄った秘密の高台へ向かった。


たくさんの木材を真が運んできてくれて、
萩原さんは綺麗に組み立ててくれた。


3人で囲んで、私は萩原さんが火をつけた木を一つ受け取り、
それでお母さんに火をつけた。



——あなたは……歌うべきよ


——いつだって、どこだって。


——歌い続けるべきなの……。




「ねえ今 見つめているよ
 離れていても……
 Love for you  心はずっと
 傍にいるよ」



私は大きな声で……どこまででも響くように唄う。
声が震えようが、音を外そうが関係ない。


「もう涙を拭って微笑って
 一人じゃない  どんな時だって
 夢見ることは生きること」




メラメラと燃え上がる火の中で私はお母さんを見つめていた。




——二人共ありがとう……。


——あなたが大事だったからよ。
  

——あなた達二人が、私は一番大事だったからなの。


——千早。


——優を……お願いね。









「歩こう  果てない道
 歌おう  天を超えて」




炎の中で目を閉じるお母さんの口角が上がっていた。
最後の最後に自分の思いを明かすことができたのだろうか、
満足そうに、安らかに眠っていた。
私はそれが私に向かって微笑んでいてくれてるのだと思ってしまった。



「想いが届くように
 約束しよう……前を……向く……こと」



本当はそんなことないし、笑ってなんかいない。
だけど、私はまた……。

目の前が歪んで見えなくなって、
立っていることも辛くなって……。
歌うことも……声を張ることもできなくて。




「……お母さん、ごめんなさい……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


大好きだったとも言えずに私は別れてしまった。
笑顔が忘れられなくて。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


私はただただ地面に向かって言い続けていた。
ごめんなさい……何もできなくて。
救うことができなくて……。



大好きだったと言えなくて。


お母さん……。


でも。


だからこそ。


お母さん……私に……。


私に任せてください。


必ず優は助けて見せます。




夕焼けの空へと登る煙は黒く、
どこまでも黒く、陽の光をも遮断した。





キサラギクエスト  EPXI  約束編


読んでくださった方はお疲れ様です。
2スレ目に突入しました。


誤字脱字、設定の矛盾等、あるかもしれませんが
今後ともよろしくお願いします。

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