千早「キサラギクエスト」 (992)

彼は大きな舞台から私達を見下ろして言った。

「必ずしも彼女を取り戻して欲しい」

そう、知っている。そんな言葉、言われることくらい既に知っている。いや、予想がつく。
誰もが知りながらにしてここに集まってきている。
何故、自分がここにいるのかを知っている。

ここはナムコ王国の首都、バンナム。
その中央にそびえ立つ、難攻不落のナムコ城。
その広大な城の中の大広間。

大広間の中には何十人と武装した人間がいた。
その中の一人、如月千早が私。
ほとんどの人が男である中、私が唯一の女性だった。

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武装した男達は私を除け者にした。
どうやら私みたいな女がここにいるのが気に食わないらしい。
無理もないわ。
ここに立っているのはあの試験をパスした者のみ。
今ここにいるのは何十人だけど、受験者はもっといた。数百単位でいたわ。

そこからここまで勝ち進んできた私は確実な実力がある。
だからこそ、ここに、この大広間の空間に立っていることができる。

「けっ、女が……。遊びでやっているんじゃねえんだよ」
「なんだあいつ……どこの田舎もんだ」
「誰だよありゃ、女?いや、男か?」
「おいおい、女にしちゃ、まな板だな。これから料理ショーでもするってのか?」

そんな心ないことを言う人もいた。最後のはよっぽど斬ってやろうかと思ったけれど。
しかし、私は無視した。

無視できたのも全て目的がある。
私にはやるべきことがあるから。
何もかもが目的のためだった。

そう、何もかもが。

奪われた私の全てを取り戻すために。
報酬の財宝なんて物に興味はない。見ているのは全てその先のこと。

「我が、ナムコ王国は現在、隣国、クロイ帝国との戦火にある。
そして非常に押されつつあるのは皆も承知であろう」

大広間のその演説用の舞台。
何人も警備の兵に囲まれながら話す男こそがナムコ王国の王。
高木順二郎。

私は彼の話を大広間の隅っこの壁に寄りかかりながらも適当に聞いていた。
睨みつけ、話を早く本題に入れるように、念をこめて。

時間の無駄。長い演説のような話は嫌い。大して説得力のあるものでもないのに。

「さて、君たち諸君が集められたのは先にも言ったように姫君である
 貴音を取り戻して欲しいのだ」

そう今にも泣きそうな、震えた声で言う。

先日。大きなニュースとして国を震撼させたのが、国の姫である貴音が誘拐されたという事件。
犯行は恐らく、クロイ帝国によるものとされている。

実際にはどうなのかは私ごときが詳しく知るはずがないのだが、
この戦火で疑うべきは確かにクロイ帝国だろう。

そんな風に思ったが口に出すこともなく思いとどまった。
もとよりそんなことを喋っていても誰も反応してくれるはずがないから。
一人で隅にいる私は。
一人ぼっちでいる私は。

「彼女が今現在、どこにいるのかはわからない。
そして、何のために誘拐されたのかも……」

そう話を続ける国王・高木に少し違和感を抱く私。
何かしら? この気持は。

自分の娘であるならもっと大切にするべきだし、熱心に調べるはず。

さすがに他人ごとのようでどうにも呆れるわ。

「君達は……あの厳しい試験をクリアしたんだろう?
 あぁ、彼女の考える試験は残酷だからねぇ。
 だが君たちなら大丈夫だ。私が保証しよう」

とてもいらない保証、無意味、と思いつつも試験の様子を思い出す。
確かにあの試験は意味不明なものや理不尽なものが多かったわね。

そして、それを作った彼女というのは国王のとなりに立って睨みをきかせている律子であろう。
彼女は大臣であり、実質ほとんどの仕事を彼女がやっているとの噂である。
まぁ、もっとも噂なだけだといいのだけど。


私は刀を交えた経験があった、あの大臣である律子と。

しかし、彼女はそれこそ無茶苦茶に強かった。
そんな場面に至った経緯は今は言えないが、だけど、相当強かった。


律子( あの子、確か千早って言ったわね。そう、来たの。
    どれだけの力を見せられるかは、見ものになるわね)

あんなに遠くにいるのに目と目が会った。いえ、そんな気がしただけ。
実際には私のことなんて見てないに違いないわ。

高木「いいかね。必ず姫を取り戻して欲しい」


そこまで溺愛するのなら何故……?
城の警備の甘さを反省させるべきなのでは……。
それをも突破する能力がクロイ帝国の側にあったというの?

しかし、私の疑問を遮るかのように大広間の武装した屈強な男たちの中で、
一人が拳を高く掲げて言った。

「任せてください! 僕が必ず助けて見せますよ! へへん」

そう言うにはあまりにも細く強そうには見えないのだけど。
そもそも男……? のようにも見えない。

違和感を感じるくらい周りの屈強な男の人たちと比べると弱々しく見えた。

「けっ、てめえみたいなヒョロい奴がよく生き残ったもんだぜ」

「何〜!?」

ザワザワと大広間が騒がしくなる。
細い男(?)は挑発してきた大きな男の前に出る。
それを見下すように大きな男は言った。

「おいおい、何なら俺が今から稽古つけてやろうか? あぁ?
 ほれ、このがら空きのボディーに一発いれてみな」

そう言いながら自分のお腹のあたりを指さした。
なんとも安い挑発なんだろう……浅ましい。と思いつつも見守ることにした。
そういう問題事に口出す性分ではない。

そして、このご時世、挑発をしてきた男はどこの世紀末のような格好をしているのだろうか。
肩のパットに棘がついているわ。

そして、細い男(?)はピョンピョンと軽く跳ねて構えをすぐに取ると
その小さな拳を相手の腹に目一杯めり込ませた。

次の瞬間には大きな男は、これまた大きな音をたてて倒れていた。

「ふっ、あまり僕を舐めないでください」

倒れた男を満面のドヤ顔で見下ろす。
その大きな音に再びどよめきを騒がしくなる大広間。

「僕の名前は菊地真。よく覚えておくんだ」

一連の騒ぎがあってから王の隣にいる大臣・律子は大きな声で「静粛に!」と
喝を入れ、一瞬にして大広間を静かにさせてみせた。

その後、王の方は何事もなく話また始めるのであった。

真。別段、私としては興味はなかったけれど、どうも向こうはそうはいかないみたいだった。
うっかり目があってしまった。

近づいてきたらわかる、整った顔立ち。大きな瞳。

「ねえ、君は……一人なの?」

「ええ、そうよ」

わざと素っ気なく返してみる。いつもの癖。

「そっか。ねえ、良かったら僕と」

「結構です。私は一人でいいです。一人で大丈夫ですから」

僕と一緒に姫を取り戻さないか?
そう言いたいのでしょうけど、お断りよ。


数々の男がその前にも私の所にきてそういう風に言ったわ。
だけど、見え透いていたのは己の欲望。

旅には華がなくては、なんてことも言われたけれどお断り。
そういうのには興味が無いの。

「そうか。何かあったらいつでも僕を頼ってくれてもいいからね」

と爽やかな笑顔を残し、元にいた方に戻っていった。

戻っていった先で別の男たちに

「なんだ振られたのか? せっかくカッコつけたのにな!」

とからかわれていた。
その度に「うるさいなぁ」と怒っていた。


「報酬は、国の財宝。聞ける願いはひとつだけ聞いてやろう」

一番に近くにいた男が「じゃ次の王にさせてくれるかもな」なんて言っているがそれは恐らく無理だろう。
できたとしてもすぐにはでないし、後継の形を取らされて、まあ、確かにその時は姫と結婚できるだろうけど。


そういった王位、権力にも私は興味がなかった。
どうでもよかった。

だけど大広間の男たちがこの国の美人で有名である姫の顔を知っている。
それを聞けば我先に、とそわそわしだした。

私は、聞ける願い。私の願いはこの国の財力、戦力があれば無理ではないはず。
いえ、この国自体にお願いするの。
そうすればきっと叶うはず。

「では、検討を祈る」

そういい王の余計な演説はいつの間にか終わり、
終わってみればやはり大したこともなかったなぁ、と思っていた。

そして、次々大広間を出ていく男たち。
そのあとに続いて私も、これからどうしよう、など考えながら大広間を出た。

数々の勇者、戦士、剣士、魔法使い、呪術使い、弓使いがいた大広間。
その人々が次々に大広間を出ていく。

そうして、これから、王位をかけ、己のプライドをかけ、姫の奪還に向かうのであった。

キサラギクエスト EP2.5  番外編



響「そういえば雪歩は他にどんな魔法が得意なんだ?」

雪歩「私? えっと……”お茶”かなぁ?」

千早・真「お茶!?」

千早(……何それ?)

雪歩「えっと、簡単に言うと……お茶を出す、魔法、かなぁ?」

千早「…………」

響「…………」

雪歩「うぅ……そんな風に疑わなくてもぉ」

真「じゃ、じゃあ、ちょっと休憩にしようよ!
  ほら、お茶の魔法も試してみたいし!」

…………
……


千早「というわけで……出してもらうんだけど、いいかしら?」

雪歩「うん、大丈夫だよ。一番得意だし」

千早(……それでいいのか魔術名門萩原一族)

雪歩「”お茶”よ!」


コポコポコポ……。


真「ほ、本当だ! 杖の先からお茶が出てる!!」

千早「しかも、極東でしか取れない緑茶の葉を使用してるじゃない……!」

雪歩「あ、じゃあ千早ちゃんにはレモンティーで。”お茶”よ!」


コポコポコポ……。


千早(お茶というかティーならなんでもいいの!?)

雪歩「はい、どうぞ」

千早「ありがとう……」

響「自分、さんぴん茶がいいぞ!」

雪歩「はーい、”お茶”よ」

コポコポコポ……。

響「おお〜! ありがとう雪歩! すごいな!」

真「本当に……美味しい」

千早「た、確かに味も本物だわ……」

雪歩「えへへ、ありがとう」

響「じゃあじゃあ食べ物も出せたり……」

雪歩「ごめんなさい。それはできないの……」

雪歩「魔法にもいくつかちゃんとルールがあって、
   元素のしっかりと存在するものなら出せるんだけど、
   元からない物質を作り出すということはできないんだ……」

響「そ、そうなのか……」

雪歩「うん、だからほら、元素のある”炎”」

ポォッ

千早(指先から小指の先ほどの炎を出して……保っている)

響「おお、なんか異世界のガス会社のコマーシャルみたいだぞ」

真「響はそういう本に影響されすぎなんだよ」

響「えー!? 別にいいじゃん」

雪歩「こういうのは簡単にできるんだけどね」

雪歩「一応お茶は水属性のものだからそこにお茶の葉の味を
   生成するための複合術式を脳内で組み込んで……。
   あっ、でも普通の魔法使いさんは術式を目の前で見えるように
   出すんですけど、私はそんなことはしなくても術式をダイレクトで
   完成させられるから」

響「あうー、なんか頭が……」

真「僕も頭がイタタタ」

千早「萩原さんもう大丈夫、なんとなくわかったから。
   二人の脳がショートする前にやめてあげて」

雪歩「えぇ!? だ、大丈夫?」

千早「つまり、水とか炎とか元素的なものは出せるってことね」

雪歩「複合術式の簡略方法は普通、腕を動かす時は脳で考えてから
   腕に信号が行って動く所を反射神経みたいに、直接、動かす、みたいな。
   謂わばショートカットみたいなものなの」

真「そのショートカットって誰でもできるってわけじゃないんでしょ?」

雪歩「うん、私の家の特殊な術式だともっと簡単にできるし、
   すごく使いやすいんだけど」

響「あ、でもでも自分も召喚獣は契約を結んでるんだけど、
  召喚の時は魔法を使ってるんだぞ!」

響「ほらっ」

真「うわっ、すごい、響の手のひらって今まで注目しなかったけど
  魔法陣がビッシリ描いてある……」

響「うん、これ、にぃにに描いてもらったんだ。これで呼び出せるんだ」

雪歩「へぇ〜、なるほどぉ」

千早(やっぱりあの意味不明な文様を全て解読できてるのかしら?)

響「ちょっと待って、自分、召喚獣を召喚できるってことは、
  普通の魔法も結構センスあったりするんじゃないか!?」

千早「でも今は何も知らないわけでしょ?」

響「ふふん、まぁまぁ、ねえ、雪歩! 何か教えてよ!」

雪歩「えぇ!? じゃ、じゃあ火属性の一番最下級のものでいい?」

雪歩「松明代わりくらいにしか役に立たないんだけど」

響「ふっふっふ、それを鍛えれば炎使いとしていろいろできるんだよね!?」

響「大丈夫大丈夫!」

雪歩「えっと、まず、初心者から中級者までは術式のスペルを
   手元に描いた方が間違いがなくちゃんとできるからそこから教えるね」

響「うんうん!」

雪歩「スペルを書くには体内の魔力エネルギーを書くもの……。
   本当は杖は書きやすいからそのためにあるんだけど、
   でも今は響ちゃんは杖がないから指に集めてry」

響「う、うん……! んん〜〜」

千早(萩原さんは指先で全く読めない文字を自分の目の前、空中に書きだした)

雪歩「まず火の元素記号を作成するために、この文字とこの文字を描いて、
   それから発動の条件である、記号と文字を描いてry」


響「ん、んん〜〜…………」

雪歩「それから呪文である”炎”を唱えるの」

響「うぎゃーー! 全然わかんないぞーー! 自分には無理! やめた!」

千早「まぁ、我那覇さんのは見え透いたオチだったけれど、
    私も今のを聞いても最後の呪文を唱えるって所しかわからなかったわ」

真「今の動作を雪歩はやらなくても出せるんでしょ……?」

千早(……やはり、天才だったか)

千早「って、真、何か肩についてるわよ?」

真「えっ!? って、うわぁぁあああ!! む、虫! 虫ぃい!」

響「げっ、それ、吸血虫だぞ! 早くどかさないと血、全部抜かれるぞ!」

真「うわぁぁ! 早く言ってよ!」

パンッ

千早「ちょ、やだっこっち飛ばさないでよ」

雪歩「大丈夫、真ちゃん!? 今やっつけるからね!」

雪歩「よくも真ちゃんの血を……。てぇぇぇいっ!!」



ボゴォォンッ!


千早「へ?」

真「……はい?」

響「……えっ」

千早(虫がいたと思われる空間が丸ごと……なくなった。
   飲み込まれた? どこに?)

真(いやいや、虫がいた周りの土とか草とかも丸ごと逝ってるよコレ)

響(きっと、別の亜空間に飛ばしたんだぞ……)



3人は雪歩には逆らわないようにしようと、心に誓った。



キサラギクエスト EP2.5  番外編〜萩原先生の魔術講座〜  END

今回はここまでにします。

EP2.5は30分も時間かけずに描いたから雪歩の口調に違和感を感じますが、勘弁してください。
精進します。

キサラギクエスト EP3.5 番外編



千早「戦闘舞踊民族……アルカディア……」

千早(萩原さんのおじいさん、そして新堂さんも知っていた……)

千早(あれは……一体、なんだというの?)

千早(私が? そのアルカディア……?)

真「どうしたの千早?」

千早「い、いえ……なんでもないの」

雪歩「大丈夫?」

千早「えぇ、本当に……大丈夫」

キサラギクエスト EP3.5 番外編



千早「戦術舞踊民族……アルカディア……」

千早(萩原さんのおじいさん、そして新堂さんも知っていた……)

千早(あれは……一体、なんだというの?)

千早(私が? そのアルカディア……?)

真「どうしたの千早?」

千早「い、いえ……なんでもないの」

雪歩「大丈夫?」

千早「えぇ、本当に……大丈夫」

千早「少し考え事をしてた……だけだから」

響「全く……千早? それをみんな心配してるんだぞ?」

真「そうだよ。何かあればみんな相談に乗るし」

千早「……そうね。ごめんなさい。実は」




…………
……



響「戦術舞踊民族……?」

真「アルカディア?」

響「なんだそれ? 全然知らないし、聞いたこともないぞ?」

真「うん、ボクも知らないや」

雪歩「私は……本当に小さい頃におじいさんから聞いたことがある気が……」

千早「本当!? そ、それは一体どんな人達なの!?」

雪歩「え、えっと……ごめんなさい。聞いたってことくらいしか覚えてなくって」

千早「そう……仕方ない……わね」

響「きっと国のおっきな図書館とかに行けば大丈夫さー!」

真「そうだね。すぐになんなのかわかるはずだよ」

千早「えぇ、そうよね」

響「ところで……ちょっとみんな休憩しない?」

響「つーかーれーたーぞー」

真「またそんなこと言って……」

響「だって〜……」

千早「まだ出発して6時間しか歩いてないわよ」

響「それ、結構歩いてるからな……」

響「体力馬鹿二人にはさすがに自分もかなわないぞ……」

千早「真と一緒にされるなんて心外ね」

真「むっ、ふん、ボクはあと倍の時間は歩けるぞ」

雪歩「わ、私はまだ我慢できるし、大丈夫かなぁ」

雪歩「それに……回復できるし」

響「うぎゃー! それずるいぞ、雪歩!」

千早「萩原さんに許された特権よ」

真「そうだよ。だったら響も魔法覚えればいいよ」

響「あ、あの難しいのをか!? 自分、無理だぞ……」

千早「じゃあ我慢して歩きなさい。私達はたぶん結構なペースで遅れてると思うのよ」

真「確かにね……。もうみんな早い集団ならクロイの首都に到着してるくらいかもしれないし」

響「うぅ……雪歩の特権かぁ……」

雪歩「わ、私は逆に響ちゃんみたいな召喚魔法はもともと動物とか苦手だからできないし……」

雪歩「だから羨ましいけどね」

響「えへへ……。そっか……。自分の特権!」

響「いぬ美に乗って運んでもらおう!」

真「それは……やめた方がいいんじゃ……」

響「へへーん。自分といぬ美は最近もっともっと仲良くなってるからなんくるないさー!」

千早(あんなに言うこと聞いてないのに……?)

響「さあ、来い! いぬ美!」

いぬ美「グォォオオ……」

響「よーし、いぬ美〜! よっと、さあ出発ー!」

いぬ美「……」

響「あ、あれ!? おい、いぬ美!? ねえってば!」

いぬ美「……ZZZ」

響「うぎゃー! 寝るなー!」

千早「敵がどこにもいないのがわかって安心して寝たんじゃないかしら?」

響「えぇー!?」

響「ねえいぬ美ー! いぬ美ってばー!」

いぬ美「……」イラッ

いぬ美「……」グリグリグリグリ

響「お? なんだ? 撫でてるのか? いで、痛いよいぬ美……いだだだだ」

真「大丈夫なのこれ?」

響「ま、全く……いぬ美は、な、撫でるが下手くそだなぁー。いてててて」

いぬ美「グォォオオッッ!!」

響「わ、悪かったよ呼び出して! ご、ごめんってば! 怒らないで!」

千早(魔法陣の中にいぬ美が引っ込んでいったわ)

響「ふ、ふぅ……危なかったぞ〜」

響「寝てて機嫌が悪かったのかなぁ?」

真「十中八九響のせいでしょ」

響「えぇ!?」

千早「たぶん敵もいないのにくだらない内容で呼び出したから……じゃないかしら?」

響「うぇー!? そんなぁ……」



キサラギクエスト EP3.5   番外編〜響といぬ美の関係〜    END 

私、如月千早の旅はもう半年以上経ち、
随分とこの4人で歩きまわるのに慣れてきた。


私達はつい最近、クギューウの街を抜け、森を暫く歩いていた。


「うぅ〜、お腹すいたぞー」


お腹を鳴らす我那覇さんが最後尾でうるさい。


「響、そんなこと言ってもまだたったの4時間……
 も歩いたのかぁ……はぁ」


時計を見てため息をつく真。さすがに疲れが見えているようだった。
疲れ、と言えば魔法で回復できるはずなのだが
今度はそれだと萩原さんが疲れて何もできなくなってしまう。

あまり魔法を便りにすることもできない。


「じゃあ次にモンスターに出会って勝ったら
 休憩にしましょう」

「おー」

「おー」

「お〜」


疲れきった掛け声が後ろから聞こえる。
大丈夫かしら……。


「うぅー、なかなか出てこないぞ」

「たぶんすぐに出てくるよ」


ガサガサガサッ!

モンスター! 狼のような形状をしたモンスターは私達にはお尻を向け
そして、無視してどこに走り去っていった。


「あぁ! 待て! 昼飯!!」


真が追いかけていった。そのあとに続き我那覇さんも。


「あ、真、ずるいぞ! 自分も!」


萩原さんと目を合わせ、結局追いかけることになった。
森を走り、草木をかき分け、少し開けた所に出た。

するとそこはまるで何か隕石が落ちてきたかのような何もなくなった土地で
よく見ると真と我那覇さんは何かを守っているように見えた。


その中心には女の人が眠っていた。
ショートの髪にアホ毛が一本。
スタイル抜群のナイスバディに嫉妬で狂いそう。


「真! 我那覇さん!」

「危なかったよ……こいつら……この人を食べようとしていたんだ!」


そう言いながら一匹一匹を確実に仕留めて言ってる真。
我那覇さんも負けずとダガーで応戦している。

私もさっそく剣を抜いて、狼達に斬りかかる。

数分もしないうちに狼の群れは全部やっつけ。周りには誰もいなくなっていた。



「それにしても綺麗な人だなぁ……でもなんでこんな森の奥で寝てるんだろう……」

「ひょっとして迷子かもしれないぞ」

「そんな……。我那覇さんじゃないんだから」

「なんだそれ! ひどいぞ!」



そう言い合ってるうちに女の人は目を覚ました。


「うぅ〜ん……あ、あら? ここはどこかしら?」

「もしかして……また迷子かしら? あら、こんにちは」


ようやくこちらに気がついたのか挨拶を呑気にかわしてきた。


「こんにちは。ねえ、お姉さん何してるの?」


我那覇さんが近づいて手を差し伸べ起き上がる。


「えっと……何をしていたんだっけ?」

「記憶がないみたい……困ったわ」


うふふ、と笑っている女の人。
笑ってる場合ではないと思うんですが。

「お名前は覚えていますか?」

「名前……えっと……あずさです」

「あずささん……」

「あ、そうだ! 思い出した!」


さっそく何か思い出した!?


「私、空を走っていたのよ」

「……はい?」

「だから……空を走っていたの。何かに追われていたわ」

「そ、空……?」


4人が顔を見合わす。
一体……どういうこと……?

森の中で偶然助けた女性、三浦あずさは記憶喪失でそれに加え
空からやってきたというので私達は混乱状態に。
ここは敵地のどまんなかであるが故に迂闊な行動は避けたいが、
それでも放っておくわけにはいかない。


本人に聞いても何も思い出しそうにないのでとりあえずは次の街に行って
何か聞いてみることにした。


「へぇ〜、雪歩ちゃんはそれで魔法使いをやっているのね」

「そうなんですぅ」

「自分だって召喚士だけど一応魔法使いの部類ということでいいんだぞ!」

「あらあら、私、魔法の力ってすごく苦手なのよね……」

なんて適当な雑談を交えながらも歩く。モンスターが出る度に
あずささんは小さな悲鳴をあげるがすぐに私達が片付けてしまうので
なんら問題はない。

そして……。


「やっと森を抜けたぞー!」


森の出口を見つけ、走りだす我那覇さん。
すると森の出口には見たことのある大きな山のような荷物の貨車が。


「おやおや〜? やっほー、また会ったねぇ」


旅商人の亜美だった。
亜美に聞いてみるのもいいかもしれない。

「ええ、この前はありがとう。おかげですごく助かったわ」

「なんのお礼はいらないよ。ご注文を一つでもしてアタシにご飯をくださいなっと」


そんなわざとらしく軽い調子で亜美は話した。
とりあえず、あずささんにはこれからたぶん暫くは一緒にいるだろうから、
守るためにも自分達の分と、あずささん本人の分の装備を購入した。


いつものようにパンツ丸出しで荷物の中に潜り込んでいき、
今頃はあの広い空間の中を走り回っているに違いない。
それからしばらくすると買った商品と自分の上半身だけを荷物の
中から出して、手渡してきた。


「毎度あり〜! いつもご贔屓にありがとうねんっ」

「そう、亜美、この人なんだけど……」


とあずささんを紹介する。


「あずさ、っていう人なんだけどどうやら記憶がなくって」

「空から来たっていうことだけはわかってるのよね」

「何か知っている情報はない?」


亜美は渋そうな顔をした。


「うーん、情報かぁ……」

「うーん……お得意さんだしなぁ」

「情報は安くないんだよ……」

「あの……私の情報なんで私が買いますよ」

とあずささんは一歩前へ出て自分の服の中に手を入れ、財布を探し始める。
が、すぐには見つからずにあちこち探していた。
しかし、あずささんは会った時には手ぶらでいたし、何もお金は持っていないんじゃいか。


「あずささん、荷物は持っていませんでしたよね?」

「えぇ、荷物は持っていないのだけど、確かにお金くらいは持っているのよ。
 あっ……そういえば……」


と大きな胸の谷間からお札を出した。


……。


大きな胸の谷間からお札を出した。

大きな胸のた

「千早? どうしたんだ?」

「にまからお金を……へっ!? あぁ、いえ、なんでもないの!」


我那覇さんに話しかけられなんとかこちらの世界に戻ってこれた。
いけないわ。精神を見だしていたわ。
危ない危ない。

亜美はあずささんからお札を受け取ると手際よくペラペラと
お札を数え始めた。


「うん、こんだけあれば、それ相応の情報は渡せるかなって」

「あのね……空から来たっていうのはね……」


ごくり……。
沈黙とともに一同が固唾を呑む。


「もしかしたら本当にこのあずさお姉ちゃんは空から降ってきたのかもしれないんだ」

「……というのも、ある種伝説とも言える空中王国が存在するんだよ」

……。
……。
……。


「亜美、お金を返しなさい」

「うあうあ〜! 本当だって! お金もらって嘘ついたりしないよ!」

「お空に国があるっていうの?」


真は首をかしげる。萩原さんも


「私は小さな頃に絵本でそんなお話を読んだことがあります……」

「確か背中に翼の生えた鳥人族が住んでるとか」

「自分は鳥人族は嘘だって聞いたことあるぞ!?」


と口々に話をはじめる。困った。あてにならない情報を買ってしまった。

「それでね、その王国への行き方なんだけど。
 ある人がすごく詳しく知ってるんだって。
 でも、その人は魔女でババアでおっさんくさくて……」

「だけど、先の大戦を一度休戦にまで持ち込んだことのある実力者でもあるんだ。
 もっぱら引退してしまったみたいなのだけど」


魔女でババアでおっさん臭い? でも大戦を休戦にまで持ち込んだ実力者?
一体……どういうことなの?


「まぁでもこれは噂、にすぎない情報なんだけどね……ごめんね」

「いえ、でもそれだけでも手に入ったのなら十分かもしれないわ。
 私達は結局何も知らなかったのだから」


「だからその人を聞いてみるといいよ!」


と随分といろいろと説明してくれた。


「それじゃ亜美はこれでもう行くねー!」

そして使い魔であろうゴーレムは再び亜美を乗せて動き出す。
私達も次の町へ向かうことにする。
森を抜けた私達の目の前には街が広がっていた。


「情報集めなんてしたことないですけど、どうやってすればいいんですか?」


萩原さんはもうすでに緊張している様子で少し固くなっていた。


「大丈夫だよ雪歩。まずは酒場へ行こう! 情報集めは酒場って相場が決まってるからね」

「どこの相場よ」


なんてツッコミをいれながらも街へ入る。
一応の目的地ではあったタキタウン。
街はそれなりに賑やかで人々は笑い、そして楽しそうにいた。

「じゃあまずはあのお店に入ってみましょう」


と指をさした店は人の多い酒場だった。
入り口は開放的になっていて、人々が自由に出入りする。
外の入り口付近にまで席が広がっていてそこでも人々は騒がしく飲んでいた。


狭い道の通路を入り、カウンターの奥にいる店員の所までやっとの思いでたどり着く。


「あの〜、ビール一つ」


とあずささんが急に頼み出す。

「あ、あずささん!まだ目的が果たされてないですから」

「いけない……そうだったわ。私のためにみんなこうしてくれているのに」

「ははは、お嬢ちゃん達、随分可愛いねえ。一体何かあったのかい?」


酒場の店主は気前よく聞いてきた。


「えぇ、実は……」

「おうおうなんだお姉ちゃんたち!」


急に一人の見知らぬ男が肩に手を回してきた。
酒臭い……! 

パシッ、と軽く手を払いのけてもとに店主のほうに


「あの、私達聞きたい情報があって」

「情報が必要なら俺が教えてやるよ」


絡んできた酒臭い男はそう答える。
この人には聞いていないのだけど……。
面倒だなぁ。


「私達、空からきたという人を返してあげたいのですが……」

店主はその言葉を聞くと急に怪訝な顔をし、露骨に嫌そうにした。
バァン! と大きな音をたてて私のすぐ横のカウンターを叩いているのは
酒臭いその男。


「出ていきな。空のものはこの街にはいらねえ!!」

「お前らがいたら空から何が降ってくるからたまったもんじゃねえからな!」

「空の者だと……?」


と一人の男が騒ぎ出すと次々とこちらに目線が寄ってくる。

「あ、あの……これは……」


店主に目を向けるが黙っているが、やがて小さく


「すまん、今日は引き取ってくれ」


あの店主は人がいいのだろうか、あまり気が強く言えない人なのか、
申し訳なさそうにそういった。
私達は仕方なくその酒場はあとにすることにした。


「なんだよ、真のせいで変な気分になったじゃないか」

「変な気分ってなんだよ……あのお店が体外なだけなんだろう!?」

「それはわからないけど、でもあのお店の人からだとあまりいい印象はないかもですぅ」


と萩原さんは言う。


「そうね。どうしましょう……」


あずささんはすっかり飲み干している空のジョッキを片手にいた。
これからどうするか迷っていると
一人のおじさんが店から出てきたこちらに駆け寄ってきた。


「あぁ、良かった君等。無事かい? 君たち、空のことに聞きたいんだろう!?」

「え?」

誰かしら。人のよさそうなおじさん。太った体に急いででてきのか
膝に手をついて息を切らしていた。


「空の者について知りたいならば、リトルバードに行くといい」

「リトルバード?」


真と我那覇さんが同時に首をかしげる。
確かに何のこと? 行くといいってことは……どこかそういう場所があるのかしら?

それが空と何が関係あるの……?

「リトルバードはアトリエだ。この街のはずれにある
 そこに行って空のことを聞けばわかるはずだ」

「俺は、教えてやれるのはこれくらいなんだ」


なんてったって俺自身がこれしか知らないからな。
と付け加えた。


「それだけ知れば十分よ。ありがとう」

「いや、いいのさ」


そう言うとおじさんはその辺の段差に座り込んだ。
そして、空を見上げた。

「私もね……空の者だったのさ」

とそう私達の背中を見向きもせず聞こえるか聞こえないかの大きさの声で呟いた。
私は特に聞こえないフリをして、その場をあとにした。


私達は街のはずれへと向かった。


「本当に空に街なんて存在するの?」

「でも、自分、そんな話お伽話でしか聞いたこと無いぞ」

「ええ、私それも覚えてないものだから……わからないわ」

「あっちの方角です」


と萩原さんはすでに探査系の魔法を
発動していたみたいで(いつの間に)私達を先導しはじめた。

街から大分外れた場所に来た私達は周りを見ると小さな遺跡のような場所になっていた。
木やつるが遺跡にこびりついて石版に何が書いてあるのかもわからなかった。


萩原さんは先導をしながらもところどころにいる虫にはビクつきながらも、それでも歩いた。そして私達は黙ってそれに続いていた。

そして。


「この家がそうなの? 急にメルヘンな家が現れたわね」

「可愛い〜〜!」


真が目を輝かせていた。確かに可愛らしものではある。
だけど、どうしてこんな街の外れに作る必要があったのだろう。
まるでお菓子か何かでできているんじゃないかと思うその家の扉から
ゾンビが現れた。

ゆらゆらとこちらに向かうゾンビに対し、私は無言で剣を抜き、斬りつけた。
悲鳴も出ない恐怖とはこのことね。
まさかゾンビ屋敷だからこんな街のはずれにあるのかと。


でもそんな風には見えないくらいメルヘンチックな家……。


「ぎゃーーーーーーー!!」


ゾンビは地面に倒れながらもじたばたと苦しんでいた。

「ひぃっ! 悪霊め!」

「や、やっちゃえ千早ー!」

「いいぞ、千早ー!」


振り返ると我那覇さんと真はいつの間にか森の木の後ろに隠れていた。


そして、再び剣を構えるが、とっさに萩原さんが割って入る。


「ま、待って千早ちゃん! この人、身なりはこんなだけど人だよ!」

「へ?」


「い、いだいっぃぃいいいい!! ぎゃぁぁぁあああ!」

「あ、あの、今治しますから! ”癒しを”!」


萩原さんは倒れもがき苦しむゾンビ(?)の横に膝をつき、傷口に向かって両手をかざした。
両手から出る閃光により、傷口がみるみるうちに癒えていくのがわかる。

「も、もうだめじゃないか、千早。いきなり人を斬りつけたら」


遠くの木の幹に隠れながら言う真。
その後ろに我那覇さんが小動物のように覚えて震えていた。


「ふ、ふぅ〜、生き返る〜」


と溜息混じりにゾンビが起き上がる。まるでおっさんのように。


「あ、どうもいらっしゃい。こんなに可愛い方達が来てくれるなんて
 本当にいつぶりかしら……。
 あ、いけない。申し遅れました。
 私、このアトリエ・リトルバードのオーナーの音無小鳥です」

このおっとりした口調は……女性?
なんだかこの世界には女性しかいないんじゃないかと思うほどの女性との深い関わりっぷりね。
だけど、一体なんでこんなゾンビみたいになるほど汚らしい格好をしているのかしら。


「あ、あの……すみませんでした」


とりあえずいきなり斬りかかってしまったことを謝罪しないと。


「えっ? あぁ、もう大丈夫ですよ。すっごく痛かったけれど今はもう何ともないですから」

「あぁ、ごめんなさい。これはそのアトリエというものだから巨大な同人ゴホン、
 アートを書こうと思って、それにはやはりカラーじゃないとだめでしょう?」


と丁寧に説明を始めてくれた。途中何かを隠そうとしたのは今は放っておこう。
触れない方が私達のためにもなるでしょうし。

「でも、私、そそっかしいところもあるからペンキ頭からかぶったり
 いろいろしてるうちにこうなっちゃったのよ……うぅ〜」


はやくお風呂入りたい……と愚痴をこぼしていた。
入ればいいのに、と思ったけどまた真にいろいろ言われそうだから黙っておこう。


それから私達はアトリエの中に入れてもらい、お茶を用意してもらった。
私達がお茶を飲んでゆっくりしている間に音無さんはお風呂に入ってその汚れを落としているみたい。


「へぇ〜、なんだかすっごい可愛い所だよね!」


我那覇さんは椅子に座りながらも両足をパタパタとさせて子供みたいに興奮していた。
一方萩原さんは入れてもらったお茶の味を確かめるように湯のみを睨みつけていた。

真とあずささんは立ってそこら中にある作りかけの彫刻や、絵画、を見て回っていた。
とても真に芸術的な感性があるとは思えないのだけど。


「……今なにか失礼なこと思わなかった?」

「いえ、何も」


こちらを振り向く真。聞こえてるのかしら?


しばらくするとすっかり綺麗になった音無さんがでてきた。
普通にしているとこんなに綺麗な人なのに……どうしてああなってしまったのかしら。


「ごめんなさい。遅くなっちゃって。それで、えーっと、密売の方々でしたっけ?」


密売?

「いえ、私たちは……」

「あぁ! え? 違うの!? ご、ごめんなさい……」

「てっきり私の同人を密輸して高く売ろうとしている人たちなのかもしれないなんて言えない
 、絶対に言えない……」


とボソボソと何かつぶやいていたが、わからなかった。


「自分達はこのあずささんを元の場所に返してあげたくてここに来たんだぞ」

「響、それじゃあ大事な所を端折りすぎてわかんないじゃないか」


と我那覇さんに対する真。

「えっと、要するに、あずささんが急にぱっと現れたもんだから僕達の力でどうにか
 お空に返してあげたいって話なんだよ」


問題外でした。


「あの、あずささんは元々天空街の人間なんです。それがなんの因果かわからないけれど、
 地上に降りていて、それで私達が帰れる方法を探そうってことになって。
 街の酒場で聞いたらこのアトリエに来てみろって言うんで来たんです」

「なるほどね。天空街のことかしら……」


どうやら察してくれたみたいでうんうん、と頷く音無さん。


「えぇぇぇぇ!? て、天空街いいいい!?」


と一人で驚き椅子から転げ落ちる音無さん。
何を一人コントをしているのだろうか。

「え?」

「ちょっ、えぇぇぇ!? ま、ままま、まさか本当に存在するだなんて……」


慌てふためく音無さんに一同、はてなマークが頭の上にでている。
どういうこと?
天空街? それは空にある国のことかしら?


町の酒場で聞いた、忌み嫌われていた空の者と何か関係があるの?


「あ、あの本当に存在するだなんて……とは?」

「だ、だって天空街ってのは私の書いたBL同人誌『天空街』の架空設定だったのに……」


「えぇぇぇぇえええ!?」


BL……? 同人誌? 聞きなれない言葉が飛び交うのだけど、
他のみんなもよくわからない、といった感じだった。

「ほ、ほら、これよ……」


ガタッっと慌ただしく席を立つと机の引き出しの中から原本らしき紙の束を持ってきた。


そしてそのまま私達の机の上に広げる。
その内容は見ても分かる通り、若き男性が
男性同士のくんずほぐれつの様子を描いたものだった。


「なっ、なあぁぁああ!!
 こ、こういうのは……そ、その……なんというかエッチだぞ!」


耳まで真っ赤にしながら大きな声を出し、立ち上がる我那覇さん。

「でも、これが私の中で最も売れた作品なのよ……。『天空街』……」

「う、うわぁ……すごいね、これ」

「まぁ……私の住んでた所ってこういう所なのかしら……」


真にあずささんは興味津々な、ようでもないが食い入るように見ている。


私も一応、この本の中に何かヒントが隠されていないか、
暴き出さないといけないので一応全てのページに目を通す。


「ち、千早……よくそんなの平気で見れるね……」


真がドン引きしていた。

「ち、違うわよ!! この中にだって何かヒントがあるかもしれないでしょう!?」

「そ、それはそうかもしれないけれど、こんな所にあるヒントなんて嫌だよボク」

「い、嫌!?」


一人ショックを受けているのを他所に、
萩原さんがさっきから静かにしていると思ったら、完全にフリーズしていた。


「萩原さん!?」

「お、男の人……」


目を回していた。青ざめながらふにゃふにゃと椅子に座りこむ萩原さん。
なかなか刺激が強かったようだ。

確かにこれは原本らしいので男性器の部分には
何も修正らしきものはされていなかった。


こういうのって普通少しくらいモザイクなりなんなりがあるんじゃ……?


私は弟がいたから別に驚くことはないけれど、
こ、こんな風になるのね……。


って別に興味はないのよ!?


「でも、どうしてこの本が空へ戻れるヒントになるとあの酒場の人は思ったのかしら?」


「うん、確かにそれに空の者がどうとかってことも言ってたし」

真の言葉にすぐに反応した音無さんが


「空の者!? だ、誰が!?」

「で、ですから、このあずささんがそうなんですって」

「ほ、本当ですか!?」


ぱしっ、とあずささんの両手を取る小鳥さん。
小鳥さんの勢いにあっけにとられるあずささん。


「いつもご愛読ありがとうございます」

「あらあら、こちらこそ? って、何のことなのかしら?」

小鳥さんの反応も意味がイマイチわからないけれど、
それに対応してしまうあずささんの天然っぷりは……本当に謎。


「ご愛読って、あずささん『天空街』をいつも読んでるの?」


と我那覇さんがあずささんに質問する。
私もそうなのかと思ったらさっきのあずささんの何もわかっていないような反応は
どうやらそうではないみたいだった。


「いいえ。読んだことも聞いたこともないわ」

「えぇ!? そ、そうなんですか!? ガーン」


と一人で効果音までつけてショックを受けている音無さん。

「それで……音無さん。空の者というのは一体何者なんですか?」

「ただのファンよ」

「へっ?」


私の質問にさらっと答える音無さん。
しかし、その答えも突拍子もないもので私は変なところから声が出てしまった。


「空の者っていうのはね。私の書いた同人誌『天空街』を
 こよなく愛する信者さんたちのことを言うの。そういう愛称みたいなものなの」

「じゃあ、あずささんはその空の者じゃないみたいね」

「そうね、私の作品を知らないみたいだしね」


と、自分の作品が世に出てそれほど有名ではない、ということを悟ったのか、
少し照れくさそうにしていた。

「で、本当に空にある国については何も知らないんですか?」


と念を推すように質問する。


「うーん、確か……。何か思い出しそうな気もするんだけど……」


と頭をコツコツと叩きながら思い出している。


どうやら話を聞いた限りだとこの町の人たち、いえ、
あの酒場にいた人たちもそうね。


その人達は単純に音無さんの書いた『天空街』というBL同人誌が
嫌いなだけで、それでアトリエ自体もこんな森に入るまでの町外れにあるということね。

それからこれは私の予測だし、見逃していただけかもしれないのだけど。
町には本屋というものは一つもなかった。


何故、ないのか。
この町があの有名な(自称ではあるが)BL同人誌『天空街』の生まれた場所。
さらにその聖地であるこの場所で購入したいというコアなファンも出てくるのでは?


また普通にファンだから町に来た。
という人も出てきているのだろう。


だからこそ、ファンである空の者も
空にある国がテーマになっている『天空街』も
この町の住人から嫌われている。


何よりもそれを求めて集まってくる客で
この町自体の生計が成り立っているのが気に食わないのだろう。

「酔っぱらいの言うことなんて当てにするんじゃなかったぞ」


机にうなだれる我那覇さん。
確かにあんな酒場にいる酔っぱらいの言うことを、
すべて鵜呑みにして信じてしまったのは失敗だったかもしれないわ。


確かにこんなドギツいBL同人誌の内容が頭に浮かんでしまえば
折角の美味しいお酒も不味くなりかねない訳なのだし。


……と、なると。全く本物の空への手がかりはなさそうね。


「はぁ……。だめね。他を当たりましょう」


がたん、と立ち上がる。

が、それを袖を掴んで離さない音無さん。


「あ、あの……私達もう行かないと」


「待って、思い出したわ。この『天空街』何も全て私の妄想だけで構成された代物じゃないのよ。
 これは、ある日突然舞い降りた、イケメンに目を取られているとその人が言ったの。
 空の街を陥落させるってのも……大した仕事だぜ、ってね」


「それってどういうこと?」

「私はその言葉を聞いて思ったの。あ、それいただき! ってね」

「それピヨコがネタを思いついた時の話だろ……」


ジト目で音無さんを見る我那覇さん。

どうやらそのようね。本当にここには要はもうないみたい。


「あぁ! でもその時に、私、勇気を出して話しかけちゃったのよ」

「あ、あの、天空街へ行くにはどうしたらいいんですか! って」

「そしたら」


ガシャーンッ!!

音無さんの言葉を遮るようにアトリエの窓が割れる。


「何っ!?」


窓の近くには拳程度の大きさの石が投げ込まれていた。

咄嗟にみんなで外に出る。


「誰!」


表に出ると、そこには一人の老婆がいた。


「黄石さん……?」


この人は会ったことのある、確か黄石三穂という老婆。
アズミンの街へ
行く前に私と真で森から助けて上げた人。


「おお、今大きな音がして驚いたのだが、どこの音じゃ?」

とよぼよぼと杖をつきながらこちらに歩み寄る。
それを真は駆け寄って支えるようにしてあげる。


「大丈夫ですか!? アズミンから引っ越したんですか?」

「おお、あんたは、確か命の恩人、真くんじゃないか。
 また、結構稼いでるようじゃね? あはっ」

「へ? どうしたのおばあさん」


とても老婆とは思えないスピードで腰の当たりからダガーを取り出した。

「真っ! 危ない!」

言うが遅く、おばあさんは柄で真の鳩尾に深く一撃食らわす。


「ぐっ、うぅ、何を!?」


膝をつく真。
その真の顔面に大きく蹴りを食らわす老婆。

「真ちゃんっ!」


吹き飛んだ真はアトリエに突っ込み壁を貫通する。
そこに駆け寄る雪歩。


「あはっ、どうやらまだミキがおばあさんだとか信じているんだね」

「あなたは一体……!」


ベリベリ……。
顔の皮を剥がすように変装を解いていく、骨格まで変化する高等な変化の術。
そして、あっという間に若くて綺麗な女性に早変わりした。

キサラギクエスト EP4.5


貴音「……」

貴音「……」

貴音「……」クゥ〜

貴音「お腹すきました」

冬馬「さっき食ったばかりだろうが!」

貴音「はて? そうでしたか?」

冬馬「そうだよ。……なんで覚えてないんだよ」

貴音「いえ、時間が経つのがあまりにも遅すぎるのです」

貴音「わたくしの体内時計ではもう5時間以上は経過しているはず……」

冬馬「してねえから安心しろ」

貴音「はぁ。そうですか」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「なんだよ」

貴音「あの……このようなことはしたないのであまり言えたものではないのですが……」

冬馬「あ?」

貴音「何か食べ物は持ってないでしょうか?」

冬馬「持ってねえよ。お生憎様でした」

貴音「……いけず」

冬馬「んなこと言われてもねえんだよ」

貴音「では何か取ってきてはいただけませんか?」

冬馬「んなこと言ったってもう城のコックは片付けとかしてる頃だろうよ」

貴音「では、取ってきていただけませんか?」

冬馬「は? 何言ってんだだかr」

貴音「いえ、ですから森へ行ってイノシシでも狩って来ていただければと」

冬馬「丸ごと食うつもりかよ……」

貴音「ふふ、そのようなはしたない真似ごとはできません。ちゃんと焼きます」

冬馬「あんま変わんないぞ!?」

冬馬「だいたい……俺は今お前の牢屋の見張り番をしてるんだ」

貴音「見張り番? そうでしたか」

冬馬「だからここを離れる訳にはいかないんだよ。ってか俺のことなんだと思ってたんだ」

貴音「お話相手だと」

冬馬「……」

貴音「……?」

冬馬「そんな風に見えるのか?」

貴音「はい」

冬馬「……はぁ。まさかお前、他の警備兵が見張りしてる時もこんな風に話してるんじゃ」

貴音「ええ、そうです。でもこのことは内緒にしておいてくださいね」

冬馬「は?」

貴音「そう、いつも話す警備兵の方達と約束していますので」

冬馬「あぁ、そうかよ」

冬馬(あとで説教だな)

貴音「確か……お馬さんパカパカさんとか言う人には言わないでくださいと懇願されたのですが」

冬馬「それもしかして俺のことか!?」

貴音「パカパカはいらなかった気もします」

冬馬「どっちでもいいわ!」

貴音「ところで、今日はあなたは私のお話し相手になってくださるのは初めてですね」

冬馬「だから話相手じゃねえっての」

貴音「あの、私はいつになったらここから出られるのでしょうか?」

冬馬「さあな。幹部クラスの俺でもわかんねえ」

貴音「はぁ。そうですか」

冬馬「……」

貴音「わたくしは何故誘拐されたのでしょうか?」

冬馬「さぁな。それもわからん」

貴音「……」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「なんだよ」

貴音「本当は知っている。だけど、言えない。そうですね?」

冬馬「……チッ。あぁ、そうだよ。と言いたい所だが、実際にはほとんど知っているってのが事実だ」

貴音「と言いますと?」

冬馬「全部は知らない。本当に計画がどういうものかは知らないのさ」

貴音「なるほど。そうですか」

貴音「ところで」

冬馬「あ?」

貴音「なぜ、あなたのような幹部の方がこんな牢屋の警備を?」

冬馬「あぁ、実はだな」


…………
……



部下1「あぁ〜、今日も警備か〜!」

部下2「くっそ〜、いいなぁ〜」

部下1「なんてったって敵国とは言え姫だからなぁ」

部下2「やっぱ最高に可愛いよなぁ〜」

部下1「最近もうあの子としゃべるのが楽しくてよぉ〜」

部下2「俺も俺も。あの子箱入り娘だったのか結構世間のこと知らなくってさ」

部下1「そうそう。教えてあげると興味津々に聞くんだよなぁ」

部下2「いや〜、もういちいち言動が可愛くてよぉ〜」

部下1「俺なんか今度スニッカーズ持っていく約束したぜ」

部下2「おいおいどうするんだよそれ」

部下1「食わせてやるんだよ。あの子喰ってる所すげえ可愛いからな」

部下2「まじかよ。俺もなんか持って行こうかなぁ」

冬馬「おい」

部下1、2「は、はい!」

冬馬「何雑談してたんだ?」

部下1「い、いえ何も」

冬馬「何やら任務が楽しそうに聞こえたが?」

部下2「いえ、そんなことは。例え見張りと言えども気を引き締めているので」

冬馬「そうか。見張りか。あの姫の見張りの奴らかお前らは」

部下1「はい、日付で交代して見張りを行なっています」

冬馬「……。姫の様子はどうだ?」

部下2「? いたって普通ですが?」

冬馬「そうか」

部下1「あ、あの……もしかして気になるんですか?」

冬馬「は、はぁ!? ちげーよ!」

冬馬「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ」

冬馬「あれはとくに危険なんだ。逃がさないようにしてくれよ」

部下2「またまたご冗談を。あんな女が危険な訳が」

冬馬「とにかく……いいか。しっかり見張っておけよ」

部下1「もしかして……ビビってるんですか?」

冬馬「あ? ビビってねーし! 全然ビビってねーし」

部下2「いやいや、まぁ、確かに僕等にしかできないですからしょうがないっすよ。あの見張りは」

冬馬「おい、ちょっと待てよ。まるで俺には無理みてえな言い方じゃねえか」

部下1「いえ、そんなこと言ってないですよ?」

部下2「そうですよ。この前、クロイ王の大事な皿割ってた冬馬さんでもできるとは思えますけどね」

部下1「まぁ、所詮。ただの見張りですけどね」

部下2「でも、もしかしたら冬馬さんじゃ逃がしてしまうかもしれないんで。
     僕等でちゃんと頑張りますね」

冬馬「おい……」

冬馬「ちょっと待てお前ら」

冬馬「俺が見張りもできねえとでも言うのか!?」

冬馬「いいだろう。受けて立つぜ。今日はこの俺が直々にあいつを見張る」

冬馬「お前たちはとっとと帰れ!」

部下1,2「……は、はい!」

部下1(ラッキー! 帰れるぜ!)

部下2(姫と話せないのはちょっと惜しいが、こいつ相変わらずチョロいな)


…………
……

貴音「なるほど。ハメられたと」

冬馬「ちげーよ! あくまで自主的に来たんだよ」

冬馬「敵国のトップの娘がどんなものか知っておきたかったからな」

貴音「ふふ、面白い方ですね」

冬馬「……ほっとけ」

貴音「是非、またわたくしとお話してはいただけませんか?」

冬馬「だから見張りだってのに……」

貴音「見張りでもいいのです」

冬馬「……」

冬馬「忘れるなよ。あんたは今囚われてるんだってことをな」

貴音「えぇ。肝に銘じておきます」

貴音「ところで」

冬馬「あ?」

貴音「ご飯は……」

冬馬「だからねえよ!」



キサラギクエスト  EP4.5   番外編〜囚われの姫君〜  END

気がつくと私達は檻の外に倒れていた。
ガバッと起きて辺りを見回すとそこには
倒れている萩原さん、そして真の上に乗っかった
ちひゃー、たかにゃ、そしてみうらさんがいた。


「くっくっくっ」

「えっ!? ち、ちひゃー!?」

飛びついてくるちひゃーを受け止めるが反動で後ろに倒れこむ。

たかにゃが私の顔の近くに紙に書いた文字を出してきた。


「しじょっ」


「未来予知」そして「救済」の文字。


「そう、たすけに来てくれたのね」


起き上がりちひゃーとたかにゃを抱きしめる。

「本当にありがとう。助かったわ」

「くっくっ!」

「ええ、そうね。一刻もはやく国王の救出に向かわないといけないわ」

「今度はあの天ヶ崎なんとかってのには絶対に負けないわ!」

「みんな、二人をお願い!」

「くっ」

「しじょ」

「あら〜」


3人、3匹? にまだ気を失っている二人を任せて地下の拷問処刑場を剣を持って飛び出す。


地下牢にたぶん国王が閉じ込められているはず。
どれくらい私が気を失っていたかはわからないけれど、
とにかく律子、そして天ヶ崎なんとかよりも先に国王の救出をしないと!

廊下を走り、階段を一つ飛ばしで駆け下りる。

兵士が何人か現れたが一撃で倒す。
こんな雑魚に構っている暇はない!


地下に降りて奥の奥まで進む。そこからまたさらに地下へ進む。


そして空の、誰も入ってない牢獄が続く中で一番の奥の牢屋の前で話し声が聞こえた。
牢屋のなかにはいつか見た国王がいた。


「だから、知らねえって言ってんだろ」

「それは嘘なの! さあ、早くミキにその在り処を教えるの」

「だめだ。何も俺達は殺しあう義務はねえはずだぜ」

「ミキは賢者の石のために協力しているの。ここまで協力したんだよ?
 さあ、早くその在り処を言うの」

賢者の石? 何、それは。
だけど、聞いたことがある。万能にして最強の石。
魔法を扱う人間にとっては誰もが欲しい代物。


しかし、そんなものが本当に存在するとは思えない……。


「あっそ、じゃあこの鍵はもらっていくの」


チャリ、と美希は手の中にある鍵を冬馬に見せつける。


「あ、てめえいつの間に!」


パンッ、チャリンッ。


天なんとかが美希の手にあった鍵を叩き落とした。
が、その鍵はちょうど私の足元に滑ってきたのだった。

美希と甘なんとかの奥の牢屋には国王が、この鍵は国王を閉じ込めておる鍵!


すかさず拾うが、二人にも私がいることがバレる。


「なっ、てめえ、生きてやがったのか!」

「あれー? おかしいなぁ。ちゃんと殺せなかったのかなぁ?
 あはっ、まぁいいの。ミキが直々に息の根を止めてあげるから」


二人が一斉に向かってくる。
私が国王を救わないと……!


あのミキもいるというのに……二人いっぺんはかなりキツい。

「邪魔なの!」


ブンッ。


ミキがアマなんとかに思いっきり蹴りをかますが、避けられる。
甘なんとかはその蹴りを掻い潜り私に剣を振るう。
もちろんガードし、激しい攻防が繰り広げられるが、
美希がすぐにそれを邪魔する。


美希は天なんとかとの斬り合いをしてる私の首にダガーを向ける。
咄嗟の判断で避ける。
ステップを踏んで避けて、美希に斬りかかろうとするが美希は
天何とかと斬り合っている。チャンス!


だが、横から天何とかの蹴りが私に炸裂し、私の剣は美希を捉え、斬りつける。
そして美希のダガーも天何とかに突き刺さる。

「ぐっ……!」

「いったぁぁ!?」

「チッ! くそ!」



三者が同時に倒れ、同時に起き上がる。



天何とかの武器も私と同じ剣。
美希は私と天何とかよりは短いダガー。

私は敵国の陣営であるこの二人を倒したい。
美希は賢者の石の在り処を聞くために天何とかを、
敵である私を倒したい。


天何とかは敵である私を、
美希を、一時的に手を組んでいたが邪魔をしてくるのでそのまま消したい
(とかなのだろうけれど)。



私は国王に理由を聞きたい、そして救出したいために鍵が必要。
美希は賢者の石の在り処を聞くために国王が必要で鍵もいる。
天何とかはそれらを阻止したいために鍵を保持したい。

にらみ合いが続く。
援軍が誰かに来た時点で負ける。
しかし、私にくれば勝てる。


三人が同時に突っ込む、私の手から牢屋の鍵を奪う美希、
その瞬間、天何とかに右腕を私は斬られる。


「ぐぅっ」


やられてばかりはいられない。
天何とかを斬りつけかえす。
ダメージも浅く軽くかすった程度。

「チッ!」



そして鍵を持ち去ろうとする美希を天何とかと同時に斬りつける。


「痛っ! もぅ! 何するの!」


甘何とかが斬りつけたのは鍵を持っている左手。
斬られた痛みで鍵を落とす。


私は咄嗟に鍵を拾いに行くが、美希に鍵を蹴られ鍵は遠くへ滑る。


「そうはさせないの!」


鍵を蹴った勢いで回転し、回転蹴りを私に食らわせる。
私は痛みに耐えながら鍵とは別方向へ転がる。
斬られたばかりで傷が痛む右腕をピンポイントで蹴られるなんて……!

その隙に甘何とかは鍵へ向かって一直線に走っていた。
がやはり美希の方が動きが早く、美希は甘何とかの背中に跳びかかる。
ダガーで背中をグサグサと何度も抜き刺しをする。


「ぐぉおおっ!?」


振り落とそうと肘を入れるが美希はそれもひらりと飛び跳ねて避ける。
私はその着地地点目掛けて走り着地した瞬間の美希の足を斬りつける。
まずはその素早い足を封じないと!


「痛ぁぁ〜〜!? なにするの!? あの鍵は」

「あの鍵は」「あの鍵は」



「ミキのなの!」「私のよ!」「俺のだ!」



鍵を中心にし、三人がだいたい均等に立って睨み合っていた。
だが、すぐにその緊張もほどかれ再び三者が激突する。

私と甘何とかが剣を交える。
重いっ!


そこに飛び蹴りを食らわそうとする美希を二人は交わす。
中に浮いている美希を同時に斬りつける。


「イヤァァァア!!」


美希が倒れる。
よし、残るはこの男……だけ!


「あとはお前だけだな」


互いに剣を構える。

「チッ、殺すわけにはいかなかったんだがな……。仕方ねえ」


それはどっちのこと?
今殺した美希のこと? それともまだ殺せてもいない私のこと?


「そう判断するのはまだ早いの」


甘何とかは美希に背中から再びダガーを刺されていた。


「お、お前……!」

美希はすぐに距離を取る。
そうだ……そういえば、美希には恐ろしい能力が……。

「あの時に雪歩とあって助かったの」

「魔法で回復したのね」

「チッ……いつの間に!」


萩原さんと共闘した時に美希はその能力”オーバーマスター”で魔法を覚えている。
人と戦うごとにどんどんと他人の能力を吸収して強くなる。


本当に厄介な敵ね。


「ミキの”妖精計画-プロジェクト・フェアリー-”は絶対に邪魔はさせないからね」

「て、てめぇ……! その計画を口にした以上、どうなるかわかってるんだろうな!」


プロジェクト・フェアリー?
さっきからこの二人にはよくわからない単語が飛び交っている……。
賢者の石。プロジェクト・フェアリー。


これは何か関係があるというの?

「そこまでだ!」

「”止まれ”ぇ〜!」


バンッ、と勢いよく扉が開かれるとそこには回復した萩原さんと真が。
本当に遅いわね、いつもいつも。
でも助かったわ。
ありがとう。


萩原さんの魔法で身動きが取れなくなる甘何とかと美希。
だけど美希の方は早く始末しないといつ魔法を覚えて解除してくるかはわからない。


私はすぐに王の入っている牢屋の鍵を拾い、王を救出する。
萩原さんは常に美希に杖を向けて、いつ解除されてもいいように
次の魔法を用意しているみたいだった。

「おお、君ぃ、すまない」

「いえ、このくらい……当然のことです。それよりも一体何があったんですか」

「あぁ、どうやらそこの男に唆されてしまったみたいでな。律子くんが」

「なるほど。魔法を解除するには……この男をここで始末する必要があるみたいだね」


剣を構えて、身動きの取れない甘何とかに背後から近づく。


「言いたいことはある? 甘何とかさん」

「天ヶ瀬冬馬だ。言いたいことか。お前らは俺達を甘く見すぎだ」

「そう、それだけね」


剣を振りかぶる。

しかし、その瞬間に天ヶ瀬冬馬は振り返り私の剣をガードした。


ギィンッ……!


「なっ!?」

と同時に私が動けなくなる。この魔法……!? どういうこと!?
萩原さんと同じ魔法。美希!? いや、美希は萩原さんが見張っているけれど。


「ち、千早ちゃん! ええいっ」


萩原さんがすぐに空いている手を振り、私の魔法を解く。
この隙に天ヶ瀬冬馬はもう遠くまで逃げ出してしまっていた。

「サンキュー、翔太。助かったぜ」

「全く、冬馬くんも油断しすぎだよ」

「あぁ、悪かったな」


急に聞いたことのないような少年の声が地下に響く。誰!?
萩原さんはすぐに索敵魔法を発動させ、次の瞬間には


「そこ! ”雷槌”よ!」


と電撃を発していたが、手応えはないみたいだった。
王は

「な、なんだ? 何が起きているんだ!」


とオロオロしていた。
真もすぐに天ヶ瀬冬馬を追うが、あのアトリエで会った伊集院北斗に止められていた。

「ごめんね、真ちゃん。だけど、此処から先へは通せないんだ」


伊集院北斗と真が殴り合いをし始めたが、
あっという間に真が私達の方まで吹き飛ばされてくる。


「うわぁああ……!」

「あなた……そっちがわの人だったのね」

「ごめんよ、騙すつもりはなかったんだ。
 まぁ、もともとそんな話もしなかったし、
 騙したことにはならないよね? それじゃあ、またどこかで会おう。チャオッ」


目から不快なウインクを飛ばし、天ヶ瀬冬馬と見えない声を発する翔太と呼ばれる少年。
そして伊集院北斗は逃げていった。

しかし、またもこの瞬間には振り返ると美希はいなくなっていた。
幸い全員の持ち物は無事で王も怪我もなく無事にいた。


「はぁ……危なかったわ」

「ほ、ホント……助かって良かったよ」

「ええ、ありがとう、二人共」

「ううん、気にしないで」

「ああ、千早もほら、怪我早く治そうよ」

「うん、そうだね。”癒し”を」


萩原さんの杖から出る魔法で私は回復する。
いろんなところを斬りつけられ、出血し、フラフラだった。


ほとんど限界に近かったから良かったわ。

「君たちぃ、本当に助かったよ。私ももうダメかと思ったくらいだ」

「いえ、私達は当然のことをしたまでです」

「はい! ボクも王様を助けることができて光栄です!」

「いいんだ。王だなんて……私のことは、ふむ、そうだな社長とでも呼んでくれたまえ」

「えっ、で、でもぉ」

「いいんだ。こっちのほうが慣れているからね」

「王といえど、国の民と同じ地に立たねば見えないものもある」

「さぁ、律子くんの所へと案内しよう」


それから私達三人は社長の後ろをついていき
入り組んだ城の内部を律子の部下に見つからないように
慎重に歩いて進んでいった。

「ねえ、千早。どうして響は」

「わからないわ」

「わからないって……」

「わからないわよ。スパイが得意だったのかもしれないわ」

「でも、ボクは響が。あの響が……あんなことを本気でやってるなんて思えないんだ」

「私もそう思いますぅ」

「そう思わせるように上手くやるのが彼女のミッションなのよ」

「確かにそうかもしれないけれど」


言葉につまる真。

「じゃあ千早ちゃんは……それでいいの?」


芯をつかれてハッとしている自分にも嫌気がさす。
私だってわからないし、戸惑っているのよ。
でも、今はとにかくこっちの城の方の問題を解決しないといけない……。


「いい……。訳ないじゃない」

「我那覇さんには絶対に何かあるんだわ。何もない訳がない……」

「私はそう信じてる」


しばらくの重い沈黙のあとに


「彼女は恐らくは王室にいるだろう」


王の一言で我に返る。
そうね、今はともかくこの反乱をどうにかしないといけない。

王の案内で私達3人は城の中の上階を目指した。
螺旋階段から除かれる町の景色は目も向けられない有様だった。


早くなんとかしないと。



途中何人か巡回している兵士にも見つかったりしたが、
すぐに気絶させるなり魔法でなんなりして警報を鳴らすことは防いだ。


そして、王室の前まで来る。


「ここに恐らく律子くんはいると思うんだ」

「はい……。彼女をなんとかしてでも止めないと!」

「あぁ、こんなことがあってはクロイの帝国軍も黙ってはいないだろう」

「恐らくはこの機会にすぐにでもこちらの城を目掛けて攻め上がってくるはずです」

王室の前の扉は豪華で王とはこんなふうな生活をしているのか……。
と少し感心もしつつ呆れ返る。
ニゴの町は今もなお復興作業が遅れ廃れたままだというのに。


だが、この国の方針としてはその町でのことは町での問題。
ということであまり干渉してこないというのがこの国の政治の方針の一つ。


あまりにも内部での反乱や争いなどが酷い場合は国が動き、
それらの動きを鎮圧にかかることはあるが。
だけど、それもめったに無いこと。


ほとんどは国のほうが無干渉を保っている。
ただ、現在はクロイ帝国との戦火にあるためにその町を
落とされてしまってはたまったもんではないナムコ側の
策のうちの一つである。

「行くわよ」


扉に手をかけ、真と萩原さんとアイコンタクトを取る。
そして、扉を開ける。


王室の奥にある大きな王様専用の机に律子は座っていた。
後ろ向き出会ったために顔は見えなかったけれど。


「律子。この反乱をとめて! 今は国の内部でそんなことしてる場合じゃないの!」

「……」

「お願い、いますぐとめて! 律子!」

「……わかってるのよ」

「え?」

ゆっくりとこっちを振り向く律子。
その顔は半分が焼けただれていた。
未だに血が収まらずにぼたぼたと流れている。


「っ!」

「萩原さん、急いで治療を!」

「うん」

「来ないで!」


大きな声を張り上げる律子に対し驚いた萩原さんは動きを止める。


「いいの。自分で焼いたのよ」


自分で!? どうしてそんなことを……。

「はぁ……参っちゃったなぁ。私ともあろうものが」


王の椅子に座りながら足をぶらぶらさせてくるくると回る。


「操られてたみたい。この王室でこの町の景色を見て高笑いしてたのよ」

「思ってもないことを口にしたり、叫んだりしてた」

「今さっき魔法が溶けかかったの。その時に記憶が蘇って……」

「でも、またすぐに持っていかれそうになったの」

「どうにかして意識を保とうとした私はすぐ目の前にあった暖炉の火で顔を炙ったわ」

「おかげで今はシラフよ」


ははっ、と乾いた笑いをあげる律子。
王はその場から微塵も動かなかった。


「どちらにしろこれは私の犯行に違いない。
 私の死刑は免れない。そうですよね? 社長」


社長は唇を固く結んで何も言わなかった。


「千早、と言ったわね、確か」

「え、えぇ」

「刺しなさい」


王の机の上にドカンと大きなナイフを置く。


「だめよ。そんなこと。これは罪になんてならないわ!」

「いいから早く!」


律子の眼鏡の奥には涙が見えた。
過剰なほどのプライドの持ち主。
王宮の最強の騎士にして国王の補佐を務めた大臣の律子。

その地位、王に仕えていることこそが彼女の最大の誇りだった。
しかし、操られるといった形で自分がもっともしないことをしてしまったが故に
ショックでしょうがないのだろう。


そして、うっすらと聞こえるかのような声で


「もう死にたいのよ……」


と呟いた。
ぼんやりと律子はナイフを見つめ、そして手に取り、
自分の首に向けた。


「だめ!」


言うが否や飛び出したのは王の手であった。
王は律子の手首を掴みそしてナイフを取り上げた。

「君の罪ではない。これは君を操ったものの罪だろう?」

「私も君に辛い思いをさせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている」

「本当にすまない」


私達は律子が死なないことを確認するとすぐに手当に移った。


「うぅ……少しだけ後が残っちゃいますぅ」

「いいわ。それぐらいで。私の罪のあかし」


王に忠誠を誓った律子は反乱を自らが指揮をあげていたことが
ショックだったらしく、それで大変なところまで思いつめてしまったみたいだった。


自分の一番大好きな国を、自分が壊しているのだから。
私も……きっとそうだった。
でも、私も私の時と同じように師匠が私にしてくれたように。


彼女を救うことができたのかもしれない。
手を差し伸べてあげることができたのかもしれない。


「嘘の言葉が溢れ……」

「嘘の時を刻む……!」


どこから歌が聞こえる。
刹那、私の横を真が盛大に吹っ飛んでいくのが目に写った。
真は壁に激突し、倒れこんだ。


「真っ!? な、なんで……」

「忘れ物ついでだ。簡単にそう収められちまったら困るからな」


そこには先程まで地下牢の前で死闘を繰り広げた天ヶ瀬冬馬がいた。


「ま、真ちゃん!」

萩原さんは律子からすぐに真の方へ駆け寄り回復手当に入った。
律子はすぐに

「わ、私はもう大丈夫! 今助けを呼んでくるわ!」


と部屋を出ていった。


「はぁぁぁ!」


私はすぐに剣を抜き、天ヶ瀬冬馬の脳天目掛けて剣を振るう。
しかし、ガードされる。


「邪魔な奴だ!」

剣を弾き、回し蹴りを喰らい書棚に頭から飛び込んでいく。
でも、今さっき一番最初に天ヶ瀬冬馬は何したというの。


今、歌を歌いながら戦ったというの……?
まさかこの人も……。


「あなたはまさかアルカディアの」

「あぁ? なんでアルカディアのことを知っている」


途端に嫌そうな顔をする。


「アルカディアとは……一体なんなの?」

「はんっ。そんな簡単に教えられるほど俺達は安っぽいものじゃねえってんだ」

天ヶ瀬冬馬が剣を構える。
こちらも剣を構える。


「はぁぁぁあ!」

「……声の届かない迷路を超えて」


一閃。
一瞬の動きを見抜けなかった。
足を斬られる。


私の一撃を避けて足に一撃を食らわせた。


「ぐっ……ぁぁああ゙ッ!」


萩原さんがすぐに回復魔法の準備に取り掛かる。
しかし、あっという間に天ヶ瀬冬馬の投げたナイフが萩原さんの肩に刺さる。


「ぅぅッ!」


立て続けにナイフを投げまくる。
手に、足に、お腹にとナイフが刺さる。


「そいつはしびれ薬も塗ってある。しばらくは動けないだろうぜ」


倒れこむ萩原さん。
これでは魔法が……!


ずんずんと剣を構えてゆっくりと近づいてくる!
目の前でゴミを、虫けらを見下ろすような目で私を見ないで!


一太刀、持っていた剣で防御するが弾き飛ばされる。
これではもう防御する術がない……。

かくなる上は動く素手で奴の剣を受け止めるしか。



「あばよ」


冷たくボソッと言い捨てると剣を振り下ろした。
もう……ダメか。


グサッ!


途端のことで目を閉じてしまった私は目の前に何が起きているのかわからなかった。
目を開けると王が私の盾になっていた。


「なっ……!? あ、あんたマジか!?」

「あ、あぁ……マジだとも」


驚く天ヶ瀬冬馬に対し口から大量の血を吹き出す王。
そして、刺さった箇所から流れでて止まらない血。

「チッ! さすがにこいつは予想外か……!」


バッ、と剣を王から抜き取り、血を拭き取る。
そして、王の間から去っていった。


「な、なぜ、私なんかを……!?」

「命の恩人に命の対価を持って守ったのさ」


王を腕に抱える。
優しい瞳、威厳のある顔も吐血した血により真っ赤に染まっていた。

「萩原さん……! 真!」


萩原さんはまだ動けない。


「いいんだ」

「待って、大丈夫だから! 死んではいけない!
 あなたがいなくなったら国は乱れる一方!」

「あなたのような人がいたからあの場所に勇者は大量に集まったのよ!?」

「私のような老いぼれがいつまで居座る場所ではなかったのさ……ゴホッ」


再び吐血をする。
萩原さん、真! お願いどっちでもいいの早く!

律子は……!? せっかく回復して助けを呼びに行くといって部屋を出て行った。
扉のほうを振り向くと天ヶ瀬冬馬の代わりに部屋に入ってきたのは律子だった。


その律子はいぬ美ことベヒーモスが口に加えて、血を流しぐったりとしていた。


「い、いぬ美……!」


いぬ美がいるということはこの状況をどこかから我那覇さんが見ているということ。
彼女はクロイ側の人間だった。


それを明瞭とさせているのは彼女のいぬ美が器用に口に加えている血を流している律子。
まるでおもちゃの人形を持っているかのような。


これでは……助けは来ない!
私も足を怪我してもう動けない……。

止まらない王の血。
回復薬は……!? だめ、捕まった時に全部没収されてる!
剣しか持って来なかった。


「だ、誰か……! 誰か!」

「……た、助けて……」


もう……何もできない……!
このまま目の前で人が死ぬの!?


嫌!

そんなのは嫌!

「名を如月くんと言ったかな? ゴホッゲホッ!」

「だめです、喋らないでください! い、今、すぐに回復薬を!」

「真ォ! 起きて!」


遠くの壁に埋まってる真はピクリとも動かなかった。


「私の役目はもう終わりなのかもしれん……王の座は律子くんに明け渡そう」

「何を言って……! だめです! まだ諦めたら!」


王の目はうつろになっていく。

「彼女は立派な王を務めることができる。
 優秀だからこそ……操られやすい所もあったのかもしれない」

「彼女が操られて反乱を起こしたことは国には好評はしない」

「正式に彼女は国を反乱という形で受け継いだということにしたいのだ、私は」

「だが、姫は確実に救出しなければならない」

「君の、勇者の使命は忘れるな……」

「なぜなら彼女は……」

「……」


ガクン……。
そして、王の手をいつしか握っていた私のその手を握る力は完全になくなる。
目を閉じ、動かなくなった。

嫌……嘘よ。


し、死んでる……の?

嫌……いや……。



走馬灯のように記憶が蘇る。忌まわしい記憶。
私の……大嫌いな過去。


私の全てを奪った過去が。

——ごめんなさい。千早。優。

——嘘よ。ねえ! なんとか言ってよ、お母さん! 





——お姉ちゃん? お母さんは……。

——ごめん、優。……わからない。わからないの。







——助けて、お姉ちゃん!

——優! やめて! 優を返して! 私の……たった一人の家族を!

——嫌だ! お姉ちゃんーーー!

——優! 優! 優ぅぅううううう!





「イヤ……嘘よ……こんなの……!」

目の前で人が……?
王様だからじゃない。人が……死んでいる。


目の前には萩原さんをもぶっ飛ばした、いぬ美。


「グォォオオ……」


逃げなきゃ……殺される。


いぬ美が片手をあげる。そして、軽く薙ぎ払うかのように一撃。


激痛。意識がいっきに吹っ飛ぶくらいの打撃。
全身を打ち砕かれたみたい……!

「……ッッ!」


口から血が噴き出る。内蔵をやられた……みたいね。
血が温かく。


不思議と心地いい。
なぜ……?


再び迫りくるいぬ美。しかし、何か気が変わったのか私の目の前まで来ておいて、
地面に現れた魔法陣の中にゆっくりと沈んでいった。


同情しているの? 馬鹿ね……。
殺せばいいのに。


そうでないならば。私は生きていたら……いつかあなたを殺しにいくのに。

薄れ行く意識の中で騒ぎを聞きつけた警備兵達が大勢押しかける。
そして近寄ってきて大丈夫か、と聞かれるが答えれるわけもない。


王の部屋での暗殺。
部屋で息を引き取ったのは王。


そして気絶し、重症を負うのは私と真、萩原さん、そして律子。


この日、王位は律子に静かに継承される。
後に国に発表されたのは正式な王位の継承であった。

律子が催眠にかかった状態で起こした反乱も正式なものとされ、
そして、それはただの律子と王の喧嘩だったということになった。


そして、王の死は暗殺ではなく、病死として扱われた。
国には病床で臥せっていた王に対し引退しろと話をした所、
頑固に席を譲ろうとせずに戦いになったと国中に広まった。



高木順二朗が王としてナムコ王国に君臨していた時代は終わった。
そして、私達と我那覇さんの関係も虚しく崩れ去り、終わった。



私は暗闇の中に意識が投げ飛ばされ、世界は私を唐突に断絶した。
絶望を味わう私はこのまま二度と目が覚めないかもしれない。





キサラギクエスト  EP�  国家転覆を狙う黒い影編   END

キサラギクエスト  EP6.5 


黒井「……」

冬馬「……」

北斗「……」

翔太「……」

美希「……」

響「……」

黒井「貴様ら……お前たちが城に直接向かっていて何てザマだ!」

冬馬「何言ってんだ、それでも王は殺しただろうが」

黒井「愚か者め……美希ちゃんはともかく冬馬、お前がいながら一体何をしているんだ」

美希「ほんとその通りなの。邪魔ばーっかりするし」

冬馬「なんだと!? もとはと言えばお前が」

北斗「まぁまぁ冬馬。お言葉ですが、冬馬はよくやってましたよ」

黒井「ふん……まあいい」

響「あ、あの! 自分は……その……」

響「あ、あれはやりすぎなんじゃ……」

美希「やりすぎって自分でやったくせに?」

響「そ、そりゃあ命令されたからやるけれど……でもあんなの酷いぞ!」

響「いくらなんでも殺さなくても……」

黒井「クックックッ……情が移ったのか? 奴らと腑抜けた旅をしたせいで」

響「……そんなことないぞ」

美希「でも、響をスパイに送った美希の判断は最高だって思うな」

黒井「さすがは美希ちゃんだな」

響「……うぅ、自分だって頑張ったのに」

黒井「で、報告することは以上か」

北斗「そのようですね」

黒井「では解散とする」

黒井「響ちゃん……あのクズの手先の連中と絡んでいたことはもう忘れるんだ」

黒井「迷いは己を弱くする。さっさと迷いを断ち切るんだ」

黒井「響ちゃんのお兄さんも心配してしまうよ」

響「うぅ……。はい」

響「……千早たちは……クズなんかじゃない……」

美希「……」

美希「響。あの人達はもう敵なんだからね。次に会ったら殺すんだよ?」

響「わかってるよ」

美希「そう。ならいいけど」

響「あ、ねえ美希。美希の言ってたプロジェクト・フェアリー? って何?」

美希「……聞かれてたの」

響「え?」

美希「ううん、なんでもないの。響は気にしなくてもいいことなの」

響「えー! なんでよ! 教えてよ!」

美希「やだよー! 教えて欲しかったらここまでおいでー!」

響「あぁ、こら! 待てー!」

…………
……



響「ハァ、ハァ、美希の奴、真の身体能力までマスターしてたのか」

響「追いつけない訳だよ……」

響「って、あれ? ここどの辺だっけ?」

響「久しぶりにお城に来たからわからなくなったぞ……」

響「まぁ、いいや。とりあえずその辺の見回りにでも聞けばいっか」

響「ん? 誰かの話し声が聞こえるな」



「どう? 美味しい?」

「真、美味です。しかし、面妖な味ですね」

響「ねえ、ちょっと」

部下「っっ!! はい!」

響「ここで何してるの? っていうか誰? その人」

貴音「わたくし、ですか?」

部下「き、機密事項により言えません!」

響「ふぅーん、いぬ美!」

いぬ美「……グルルルルッッ」

部下「ひ、ひぃぃ!? こ、こちらはナムコ王国の姫であられる四条貴音です!」

響「ナムコのお姫様……」

響「そんなのが何でこんな所にいるの?」

部下「わ、わかりません。私はただこの姫の監視の業務にいるだけですので」

貴音「わたくしはどうやら攫われたようです」

響「誘拐? そっか、敵国だもんね」

貴音「あなたは……何か落ち込んでいるのですか?」

響「えっ? べ、別に自分は落ち込むことなんて何ひとつないぞ!」

貴音「いえ、わかります。立ち込める負のオーラ、染み付いた血の匂い」

貴音「わたくしと同じ匂いがしますので」

響「ちょっと席を外してくれない」

部下「はっ!」

響「……」

響「自分と同じ匂い? 一国の姫が?」

貴音「えぇ」

響「……あんたに何がわかるんだよ」

貴音「わからずとも、感じるのです」

響「……」

響「……ぷっ、変な奴! あははは!」

貴音「? 何かおかしなことでもありましたか?」

響「ううん、なんでもないよ。そう言えば自分の名前を教えてなかったね」

響「自分、我那覇響って言うんだ。よろしくね」

貴音「はい。よろしくお願いします」

貴音「ふふ、これでわたくしとお話してくれるお友達がまた増えました」

響「なんだそれ? まぁいいや」

貴音「しかして、どうしてそのように落ち込んでいたんですか?」

響「うーん、なんと話せばいいんだろうな」

響「仲の良かった友達と喧嘩別れ? よりももっと酷いような別れ方をしちゃってさ」

響「まぁ、自分が一方的に悪いんだけど」

響「でも、しょうがないんだ」

貴音「それは真ですか?」

響「え?」

貴音「その言葉に偽りはありませんか?」

響「い、偽りって言われれば……ないこともない」

貴音「でしたら仲直りはするべきです」

響「なんか変な気分だな。全部見透かされてるみたいで」

貴音「そのようなつもりはありません」

響「そっか。でもさ、貴音はじゃあどうしてこんな所にいるんだ?」

貴音「わたくしですか?」

貴音「……トップ・シークレットです」

響「本当に変わった奴だな! あははは!」

響「自分気に入ったぞ! ねえ、これからもちょくちょくここに来てもいい?」

貴音「えぇ、構いません。もっともそれはわたくしではなくそこの憲兵さんが決めることですが」

響「そっか、ありがとう。自分もうお仕事の時間だから行かなくちゃ!」

貴音「ええ、頑張ってきてください」

響「ありがとう! じゃあまたね!」

響(……ちょっと変わってるけど面白い人かも! なんか気が合いそうな気がするぞ!)



キサラギクエスト  EP6.5  番外編〜運命の出会い〜   END

〜〜菊地真Side〜〜



こんにちは。おはようございます。それともこんばんは?
菊地真です。


ボク達の旅が終わってからもう2年が経ちました。
そんなボクの今の生活は……



「いらっしゃいませー! はい! 牛丼ですね!」

「うんうん、菊地真さんは今日も元気だなぁ」

 

牛丼屋でアルバイトをしています。






「……はっ!?」

「……夢か」

なんだろう、今の夢。何か乗っかってはいけない波に乗っかろうとしていた気がする。
寝ぼけ眼をこする。


朝日も登らない、まだ暗い。もう一度眠ろう。
枕に顔を埋める。


暗闇に意識を葬り去る。
それにしてもさっきの夢はなんだろう……。
牛丼? 美味しそうだったな。いいや、考えない考えない。



ボクの冒険は終わったんだ。
楽しかった、でも危険がたくさんあった冒険はもう終わった。
そう。



もう終わったんだよ。

ナムコ王国の前王である高木順二朗が死亡した事件が起きたあの日、
ボクはその事件場所にいたが、突然現れた天ヶ瀬冬馬というクロイ帝国の幹部により、
一瞬にして気絶されられてしまった。


不甲斐ない。あんなに鍛えていたのに。
やっぱりボクは女の子。男の人には勝てないのかなぁ……。


いいや、弱気になんかなっちゃいけない。
ボクは立派な勇者の一人なんだから。
いけないなぁ、ここの所どうも弱気になってしまう。


ナムコ王国の王が死亡して、その後は大臣であったはずの律子に王位が移った。
元王の直々の指名だそうで誰もこれには逆らえなかった。

しかし、この急死とも言える国の事情を戦争まっただ中の敵国、
クロイ帝国が見逃す訳がなかった。
そんなことボクが敵でも見逃す訳がない。当たり前だ。


これはボクが気絶したあとの話ではあるが、
王は千早を庇って天ヶ瀬冬馬に斬られ死亡。
その時に雪歩は天ヶ瀬冬馬により、
痺れ薬が塗られたナイフで攻撃され身動きが取れなかった。


千早は足を斬られ重症。急いでいたために手持ちは剣しかなく回復薬もなし。
律子は響の召喚獣であるハム蔵に捕まり、こちらも身動きが取れない。


そして王は死んだ。


千早もその後、まもなくいぬ美の攻撃をモロに喰らい……目を覚まさなくなった。

深い眠りにつき、昏睡状態でいる。
寝たきりになってしまった。
普通の医者だけでなく、魔術系の医師が診断した所、
起きようという意志がないと言われている。



その千早の体はバンナム城の秘密の隔離部屋に入れられていて、
まだクロイ帝国の者にも見つかってはいない。



見つかってはいない。
なぜ、このバンナム城にクロイ帝国の者がいるのか?
それは簡単なこと。


この戦火、敵国を潰すならば絶好のチャンス。
クロイ帝国は全総力をフルに引き出し襲来。



ナムコ王国は戦争に敗北したのだ。

クロイ帝国に対し、白旗を掲げた。



ナムコ王国が敗北した今のナムコ王国の現状は、
残された地域はナムコ王国の首都であるバンナムが一番端となってしまった。


元々クロイ帝国とナムコ王国は隣接し、
それぞれの首都からちょうど均等の位置辺りに国境線がある。



だけど、今は首都バンナムの町が国境線付近となっている。
これを聞けばどれだけ攻めこまれた、占領されたのかがなんとなくわかると思う。

かつてボク達が旅をした数々の地域。



ボクと千早が出会った森も、

ボクと美希が最初に出会った財布をスられた森も

響と出会ったあの草原も

雪歩と出会ったアズミンという町も

長介と出会って、やよいの住んでいる町ニゴも


全部クロイ帝国の領地になってしまった。

ナムコ王国はクロイ帝国の監視の下で日夜生活する羽目になってしまった。


この戦争に負けたのは律子が原因ではない。
ボクは毎日欠かさず律子には手紙を出している。


それは励ましの手紙である。
彼女の生活もまたクロイに監視されているものになっている。




その敗北から2年が経過していた。



ボクはクロイ帝国の中では重度の指名手配らしく今でもナムコ王国の中でも
クロイ帝国の中でもボクを探してうろうろしている連中がいる。

そんなボクの隣で寝ているのは……


「……まきょ?」

「ごめん、起こしちゃったね……」


そっとまこちーの頭を撫でる。
眠そうにして目をこすっているが、すぐにまた寝てしまった。

この一ヶ月毎日毎日、夢に見る。
こうやって布団で寝ていても夜空を眺めながら焚き火を囲んで4人で寝たことを。


誰彼構わず自分の夢を語り、雪歩はそれを興味津々で聞いて、
千早もそれを楽しそうに聞きながらも


「明日も早いんだからそのくらいにしないさい」


といって笑っていた。



ボクは今、あの小さな民族達が住む隠れ村に匿ってもらっている。
クロイの連中はボクがまだナムコ王国に潜んでいると思い込んでいる。
だからこそ、本来クロイ帝国のはずなのに、激しい雪山、豪雪地帯のせいで、
未開拓となっている地域に潜んでいるのだ。


それだけでなくいざとなった時に何度もお世話になったみうらさんに
瞬間移動で助けてもらうためということもある。

雪歩は……戦争により自分の出身地であるアズミンがピンチだと聞いて、
事件が起きたあの日から目が覚めると一人でアズミンに帰ってしまった。


ボクの生まれ故郷はクロイ帝国側から見ればバンナムよりも奥にある場所だから
まだ攻めこまれてはないし、それなりに安全である。


そして、ボク達が関わった町の一つでもあるクギューウの町にいた水瀬伊織。
彼女が持つ有志の軍はこの2年でさらに膨大に膨れ上がり、
水面下ではあるが活動が続いているらしい。


何でも、衰退したナムコ王国はもちろん、クロイ帝国にも引けを取らないとか。
その中でも優秀な破壊王とされてる年端も
いかない若い豪傑がいるとかで話題になっているらしい。



ねえ、千早、ボクはどうしたらいいんだ。

隣で眠るまこちーを撫でる。
すやすやと安らかに眠るその姿は本当に愛くるしいものがある。


あの時、ボクがもっと強かったら天ヶ瀬冬馬に勝てたのだろうか。
今もコツコツと修行を重ねているけれど、
ボクはそれで強くなれたのだろうか。




パサ……とテントの入り口が開く音と共に豪雪地帯特有の寒さが雪崩れ込んでくる。


「うぅ……寒っ、誰?」


首だけ起こして入り口の方を見るとそれはたかにゃだった。
何やら紙を持っている様子ではあるが、たかにゃが珍しく息を切らしていたのに驚いた。

「ど、どうしたの?」

「し、しじょっ」


といつものように筆談用の紙をあげる。


そこには「朗報」と書かれていた。


「朗報?」


そして、再び、テントが開いた。
寒さに驚いたまこちーが飛び起きる。


そこには真っ白いコートを着たボクのかつての相棒の一人である
萩原雪歩がそこにいた。


「やっと見つけたよ、真ちゃん」


「ゆ……きほ?」

雪歩は有無を言わさずにテントの中に入り込んできてボクを引っ張りだそうとした。


「時間がないの。今すぐみうらさんを呼んで。お城に戻るよ」

「……まさか」

「うん……。二人でお寝坊さんを起こしに行かなくちゃ」



何がショックだったのか。
初めて会った時、彼女は人の心を持っていないのかと思うくらい、
残忍で冷徹で、冷静な人だと思っていた。


だけどそれは間違っていた。彼女はその優しい心を押し殺していたんだ。
きっと何か人の死とかには人一倍に敏感なんだよ。


ずっと旅していたんだ。仲間だから。
ボクが助けなくちゃいけなかったんだ。

ボク自信は何もできないかもしれないけれど、
それでもただただずっとこの村で隠れて潜んでいたわけじゃない。
千早は旅を続ける中でずっとずっと成長をしている。
ボクなんか足元にも及ばないくらいになっていた。


追いつかなくちゃいけない。千早の相棒として。
ボクが隣に立つためにはボクがもっと強くならなくちゃいけない。


「……ごめん。雪歩。待っていたよ」

「頼んでいた魔法は開発できたみたいだね」

「うん、お待たせ真ちゃん」


ボクは立ち上がりすぐに着替えを始める。
雪歩はその間ずっとこちらを見ていたけれど、
誰かが来てボクを襲わないか見張っていてくれてるのだろう。
少し息が荒いのはここまで走ってきたからなんだよね。

着替え終わり外に出て、みうらさんの元に行く。
それからボクと雪歩はたかにゃや村のみんなに挨拶をする。


「みんな、ありがとうね。こんな危険なことに付き合ってくれて」

「ボクみたいなのがいれば村は危険になるのに」


ちひゃーは元気よくボクの懐に飛び込んできてペシペシと胸を叩きながら励ましてくれた。


「くっくっくっ」

「しじょっ」


たかにゃは紙に書いた「仲間」の文字を見せてくれた。
心強い言葉。ありがとう。

「まきょ」


「うん、ごめんね。また一緒に修行付き合ってね」


まこちーの頭を優しく撫でる。



「急ごう真ちゃん」

「うん、それじゃあ。みんなまた会おう!」


みうらさんを頭の上に乗せて、目指さすはバンナム城の内部にある
千早を匿っている秘密の部屋。


両手を勢いよく叩き、そして瞬間移動する。

一瞬のうちに雪景色の中にある村からレンガの中の冷たい部屋に飛んできた。
目の前にはひとつのベッド。


「ありがとう。もう戻ってもいいよ」


「あら〜」


と手を振ってからシュンッと消えていった。
移動の時は彼女達に助けてもらってばかりで申し訳ない。
だけど、仕方ない。急ぎなんだ。


ベッドにゆっくり近づいていく。


「千早。お待たせ」

「さあ起きなくちゃだよ」


答えてくれる訳もない。

「真ちゃん。千早ちゃんはきっと今も夢の中を彷徨っていると思うの」

「だから、千早ちゃんが目覚めないって聞いた時に私と真ちゃんで
 なんとか起こす方法を考えようってなったよね」

「それがやっと開発できたよ。この新しい魔法”DREAM”で」



雪歩はクロイ帝国が攻めこんできて
アズミンの町が危ないから支援しに帰らなくちゃいけない、
という時にボクが無理矢理宿題を出したんだった。


ボクと雪歩は1日や2日で目が覚めたが、千早はそうはいかなかった。
この眼の前でぐっすり眠っている、眠りこけてる眠り姫は。


ベッドでただ眠る千早も見る。
戦わずして、剣を持たずしてただ寝ているだけの千早は美しかった。


「さっそくやろう。だけど……どういう魔法なの?」

「これは私達の意識が千早ちゃんの意識の中に潜り込むっていう魔法なの」

「要するに千早の夢の中に入り込むって魔法ってことか……。よーし」

「じゃあ早速行くよ……タイムリミットは10分だからね」


10分間の間に千早を起こさないといけない。


ベッドの両脇に二人が立って千早の手を握る。温かい。まだ温もりがある。
雪歩がそっと目を閉じたのを真似して目をとじる。


「準備はいい?」

「うん。いつでもオッケー。その魔法をかけて」


呪文が聞こえる。





「”DREAM”……」

意識が飛んでいく。
徐々にふわふわした気持ちになる。眠っているのかなぁ?
違う。なんだろう。
これは。


浮いてる感じ。ぷかぷか浮いてる感じ。


「え?」


風を感じる。さっきまでここは無風地帯の城の中だったのに。
窓や明かりも何もなかったのに。


目を開けるとそこは見たこともない草原だった。
広く美しい。
雲ひとつ無い青空。


たくさんの花がある。

「綺麗……」

「真ちゃん……」


気がつくと隣には雪歩がいた。


「雪歩……ここって」

「たぶん、千早ちゃんの夢のなかだと思う……」

「ボク、千早のことだから夢のなかでも戦ってたりするのかと思ったよ」

「あ、あはは……」


雪歩もそんなものだと思っていたっぽい。
二人で草原を歩く。広い草原を。

しばらく歩くとそこには花がたくさん咲いている場所にでた。
今度はさっきよりも一段と綺麗だった。


「見て、雪歩!」

「うん、すごいね!」


二人して童心に帰ったような声を出して走りだす。
花畑が近づいてくるとさっきまではいなかったような気がするのに
いつの間にか真ん中に小さな女の子がいた。


「春は花をいっぱい咲かせよう〜夏は光いっぱい……」


楽しそうに歌を歌いながらこの一面の花を摘んでいた女の子は
こちらに気がついて歌をやめてしまった。
少し邪魔してしまったかなぁ、という気分になる。


でも、今の歌……どこかで聞いたことが……。この感じ。

「ねえ雪歩、今のってもしかして」

「わ、私も同じ事考えってる……」

「こんにちは。君、もしかして……千早?」

「うん! こんにちは! お姉ちゃん達誰?」


きょとんとした表情をする小さな女の子、もとい千早。


「どうしてこんな所にいるの? ここは私の秘密の場所だよ?」

「えっと……それは……」

「でもいいよ! はい、これあげる!」


回答に困っていると摘んでいた花を一つもらった。綺麗な花だった。
千早の容姿はざっと5歳とかそこら辺なんだろう……。
たぶん。

「ねえ千早ちゃん。このお花どうするの?」

「これはねえ、お母さんと優にあげるんだ」

「優?」

「うん! 優!」


誰だろう……でもきっと家族……。お父さんの名前なわけがないし。
確か千早にはもう一人家族が。


「真ちゃん、もしかして千早ちゃんの弟さんなんじゃ……」

「それだ! ねえ、もしかしてそれって千早の弟のこと?」

「そうだよ! いつも歌を歌ってあげてるの」

「……どうする雪歩?」

「どうするって言われても……この子に言ってもわからないんじゃ」

「うーん……試してみるか」


ボクは千早と同じ目線になるために屈みこむ。

「ねえ千早。よく聞いて欲しいんだ。ここは夢なんだよ」

「……夢?」

「そう、夢なんだ」

「なんで?」

「本当の千早はもう起きなくちゃいけないんだ」

「どうして?」

「うーん……」


言葉に詰まってしまった。なんて説明したらいいんだろう。
というかなんだろうこの純粋な眼差し……。
心が痛いよ。

というか、本当に同じ人物なのか?


「千早ちゃんはね、本当はここにいちゃいけないんだ」

「弟さんはどこにいるの?」


雪歩が自然とバトンタッチしてくれる。


「優はお家に……」

「いないよ」

「もういないんだよ」

「うそ……」


小さな千早は持っていた花を地面に落とす。
雪歩はそれでも真剣な眼差しで。

ダッ。
小さな千早は雪歩の横をすり抜けて走って逃げ出した。
ボク達は小さな千早を追うために後ろを振り返ったが、そこはもう町になっていた。


さっきまで花一面だったのに。青空の下にいたのに。
夢だから場面の変化も突然起きるのかな?


「千早!?」

「千早ちゃん!?」


千早もいなくなったし……どうしよう。
とにかく探さなくちゃ。

「雪歩、魔法でなんとか探せないかなぁ」

「ごめん、それは厳しいかも。ただでさえ、発動中の術式を操るのに精一杯で」

「そこに索敵の高度な魔法を織り交ぜるなんてのは……できないよ」

「下手したらこの”DREAM”も溶けちゃうかもしれないし」


そっか……。じゃあ今度はボクが頑張らないといけない番だ!


全力で町のなかを走りまわる。
夕方の設定なのかやけに町が暗い。


頑張らないと、言うけれど、どうしたらいいんだ。

がむしゃらに走り回って見たこともない町の中を探しまわる。
時間がないってのに!


町の終わりまで行くと今度は千早は少し成長してそこにいた。
少し背が大きくなってるから7歳くらいなのかなぁ。


ある家の前にいた。
町はずれの家に一人でいた。


「千早……探したよ」

「お姉ちゃん……誰?」

「真だよ。菊地真。あっちのは萩原雪歩」


遅れて雪歩が走ってくる。

「千早。ここは夢なんだよ」

「だから、もう起きよう。起きる時間なんだよ」

「王様は死んだよ。でもそれは受け入れなくちゃいけないんだ」

「ボク達が国のために頑張らないといけないんだ!」

「千早……わかるよね」

「真ちゃん……ハァ、ハァ、もうあと残り時間がもう……」


もう時間が……!

「千早、君はこんな所でとどまってはいけないんだ!」

「頼む、ボクに力を貸してくれよ!」



小さな千早は戸惑うばかりで声も出ていなかった。


「響もいなくなっちゃったし、王様は死んだ」

「負けたんだ。王国は……」

「頼むよ……」



どこかからいつの間にか涙が溢れる。
なんだろう。なんでだろうなぁ。
こんな所で何やってるんだよ千早。


悔しかった。ボクの相棒とも言える人がこんな所でこんな風になっているのが。

「千早……ボク達がやらないで誰がやるんだい」

「もうわかってるよね。気づいてるよね?」

「いつまでもそんな所にいちゃだめだ」

「確かにあの事件は悲劇かもしれない……。
 だけど、そこから逃げちゃいけないんだ」


ボクはいつの間にか目の前にいる小さな千早になんて話してはいなかった。
空に向かって空間に向かって、この夢の中で逃げ続けている千早に向かって、
声を張り上げて叫んでいた。


「過去を断ち切って……! 千早! 前に進むんだ!」

「諦めたらだめだ! 逃げていたらだめだ!」


タイムリミット。ボクの体と雪歩の体は光の粒となって足元から消えていく。

千早ばかりが苦しい思いをしているわけじゃないんだ。
雪歩だって自分の故郷が危ない目にあっている。


だけど、ボク達は今、千早が必要なんだ。
千早がいたから歩き出せる。こんな所で負けてばかりいられない。



「千早ならできる!」

「大丈夫だよ。傷ついたって。苦しくたって、ボクもいる。雪歩もいる」

「千早は一人じゃないんだ」



首の辺りまで消えて視界が奪われると思った瞬間に、
目の前にいたはずの小さな千早はボク達の知っている成長した千早だった。
口元は笑っている。優しく微笑んでいるのに涙を流していた。

目を開けるとボクと雪歩はまたベッドの両脇に立っていた。
ボクは涙を流していた。おかしいな。
何を言ったんだっけ? 思い出せないや。


最後は笑っていた気がする。
よく見えなかったけれど。



寝たきりの千早の手をボクはまだ握っていた。


意識が帰ってきた雪歩と目と目が逢う。


「やっぱり……思い出せないね」


やっぱり……? 夢のなかで何があったのか思い出せないことが?
最初からそれがわかっていたのかな?


「ごめんね、真ちゃん。説明不足だったよね」

「この魔法は千早ちゃんの見ている夢、つまりは千早ちゃんの脳が見ている夢に
 私達が潜り込む形になっているから、あまり私達の記憶には残らないようになってるの」

「そうだったのか」

「でも……」


雪歩は千早の方を見る。
もしかして、千早の記憶には残るかもしれない?


「でも、夢だから起きても千早ちゃんは覚えてないかもしれないけど」


と少し寂しそうに笑う。
ボクはその雪歩の顔が見れなくてつい目をそらして眠る千早を見た。

ボクは雪歩に「でも、どうやら失敗したみたいだね」と言おうとした。


その時、かすかに握っていた手にピクンと力が入った。


「い、今!」

「うん! 今!」


ボクと雪歩はいつの間にか手を繋いでいた。
3人で輪になるように。


だけど、すぐにボクの握っていた手は離されて、
眠っていた目をこすり、体をゆっくりと起こした。


「おはよう、千早ちゃん。待ってたよ」

「……ったく、遅いぞ千早。おはよう」



ボクと雪歩は優しく千早を抱きしめた。



キサラギクエスト  EP�   眠り姫編   END

サブタイトルが思いつかなかった訳じゃないんです。
千早のお誕生日だから更新したんだけど、たまたま千早が全く活躍しない回になってしまった。
申し訳ない。
千早お誕生日おめでとう!

私は……目が覚めると見知らぬ部屋にいた。
目の前には真と萩原さんがいた。


「おはよう、千早ちゃん。待ってたよ」

「……ったく、遅いぞ。おはよう千早」


「……おはよう」


何か二人に感謝しないといけない気がするのだけど、記憶がない。
それからというものの私は真と雪歩に介抱されながらも徐々に思い出していく。


私は一体何をしていたのか……。
あの時、何があったのか。


「律子は?」

「律子ももう目覚めてるよ。彼女は城の病室にいるよ」

「だって、彼女はもう女王だからね」


それも……そうか。
その後私はあのあとどうなったのかを一部始終聞かされた。
クロイ帝国に敗北したこと。いろんな地域を失っているということ。



それらの話をちょうど聞き終わる頃。
女王であるはずの律子がこの部屋に入ってきた。


一体どこが入り口なのかわからないくらいいつの間にか入ってきていた。
あとで聞いた所、入り口は城の中のどこにでもあって、
どこからでも繋がるようになっているとか。


魔法での秘密の扉になっていて、今の律子は城の中を見回っている
クロイ帝国の兵隊から逃れるために女子用トイレの便器から来たそうだ。


一体……なんて所に扉を作ってるのよ。

律子と目が合う。
眼鏡の下、頬のあたりに傷があった。
火傷痕が少し残っている。


「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

「律子……。体はもういいの?」


私の質問は少し頓珍漢な気がした。
寝起きだし仕方ないのかもしれない。



「あなたに言われたくはないわよ。2年もあれば全部治るわ」


2年、律子は簡単にいうけれど、私がずっと迷っていた期間。
実際には眠ることしかしていなかった私だったけれど、
それでもこのことの重大さは私でもわかっているつもり。

「えぇ、えっと、雪歩? だったわよね? その子のおかげよ」

「ありがとう」

「それから二人共もありがとう」


律子は二度私達に深く頭を下げた。
その言葉と行動は私の脳内に深く刻まれていた。
私をこの土地へ導いた人が、私のことをこんな風に感謝している。


愉悦とはかけ離れた、だけど、私はこの律子の姿を見て、
何故か安心してしまっていた。
自分の居場所に似たようなものを見つけていたから。


「や、やだなぁ……律子。
 律子はもう女王なんだからそんな風に簡単に頭なんて下げたらだめだよ」

「それに……ボク達は結局クロイ帝国には勝てなかったんだから」


真が驚いて動揺しながらも律子に言う。
力は随分と弱くなってしまったけれど、
一国のトップがこんな風に簡単に頭を下げていてはいけないんじゃないかと。


「いいのよ。残された人達の命を救ってもらったんだからこれくらい」

「私一つの頭でいいならいくらでも下げるわ」


それからサッと顔を上げると


「それじゃあさっそく本題に入るわよ」


「えぇ……急にどうしたの?」

「千早には起きて早々で申し訳ないんだけど。
 見て欲しいものがあるのだけど……。これよ」


と王の机に置いたものは一通の手紙のようなものだった。


「これは……?」

「いい? これは王が残した最後の文章よ」

「千早。王が何を言い残そうとしたかは覚えてるわね?」

「えぇ、王位は律子に譲ると。そして姫の方は必ず救出するということ」

「そう。書いてあるのはその姫のことよ」

真が頭を抱えながら必死に思い出している。


「姫? 貴音……だったっけ?」

「そうね。彼女はこの文章から察するに王の本当の娘ではない可能性があるの」


「 !? 」

「そ、それはどういうことなの?」


本当の娘ではない?
何を言っているの?
確かに、性が違うけれど、そんなもの養子になればいくらでも説明がつく。


まさか養子だったとか言わないでしょうね。

「わからないわ。私だって今まで知らなかったのだから
 それに、正確には娘でもないのよ」


真は何が違うのかわからない様子だったけれど、
これには私も同意。この言葉の何が違うのか、どこが違うのか。
言い方を変えただけではないのだろうか。


「そして、この手紙にはもう一つ重要なものが書かれているわ」

「それは……」

「賢者の石の在り処よ」



賢者の石……。いつか聞いたことがある。
王を助ける時に美希と天ヶ瀬冬馬が戦っている時に美希が口にした言葉。

「その石の効力とは……?」


「伝説の魔法を使うことができるのよ。その内容すらも謎なのだけど」

「所詮は伝説……というわけね」


さすがの律子も魔導書がすべて読める訳ではなく、
魔法についてはあまり詳しくない様子だった。
だけど、魔法ならば……。


「萩原さんは何か知っているかしら?」

「えっと、魔法は基本的に何でもできるんだけど、やってはいけない禁じ手があるの」

萩原さんは淡々と続ける。


「それをすると魔女裁判っていうのにかけられて、最悪死刑になることもあるんだけど」

「でも、多分それを合法化してやってのける代物なのかもしれない……」

「それからその禁じ手の魔法ってのは
 もう発動した時点でペナルティがあるって噂だから……」

「結局の所、誰も試そうなんてしないの」


そのペナルティ付きの魔法を何も問題なく使えるというのがこの賢者の石?

「それは……どういう魔法なの?」

「えっと、例えば人を生き返らせたり、世界の時間を止めたり、
 だいたい時に関係することだったと思う」

「時間……」


人を生き返らせるということはつまりは、
死んでしまって止まってしまった人の時間を再び動かすということらしい。



「でも、時を止めると言っても一時的な人を封じるって意味の止めるって訳じゃないからね」

「なるほど。それで律子……賢者の石はどこに?」

「詳しいことは書いてないの。言い方が悪かったかもしれないわね」

「この手紙に書いてあるのは……賢者の石の在り処を示した本があるのよ」

「それはこの城なの……」

「城に本が?」

「城の大図書館があるわ」

「そこに行って調べてきて欲しいの」


律子はそう言うと一応のためか


「あ、嫌とは言わせないわよ? あなたを匿うのも一苦労だったんだからね?」

「それにこの手紙の保管も大変だったんだから……」


と言った。もちろんそんなことは言わないわ。



「うん、ありがとう。わかったわ。行ってみる……」


私が素直にお礼を言ったのを真は少し驚いた様子だった。
失礼ね。


「城の中には帝国軍がうじゃうじゃいると思うから十分に注意して」

「ええ、ありがとう」

たぶん私と萩原さんがいればそういう調べ物関係はなんとかなりそうね。
あ、あと真も微力ながらも戦力にはなってくれるはず。


という訳で。
(私はよろよろしているが)私達は城の図書館に来た。
幸いにも誰にも見つかることもなく来ることができた。
本来ならば城の人間ですらあまり入ることのできない大図書館なのだけど、
律子からもらった直筆のサインを館長に見せた所すんなりと入ることができた。


それから館長にも手伝ってもらうことにしたかったが、
館長に聞いてもその館長自信もあまり知らなかった。


という訳で自ら探すしかないのか……。
まぁ、最初からそのつもりではいたし。

本の棚を隅から隅までまずはタイトルで探してみる。
しかし、こうも簡単に『賢者の石の作り方』、なんてお料理本のような本は出て来なかった。


という訳で次に国の歴史から知っていくことにした。




ナムコ王国が出来たのが約50年前。


クロイ帝国との分裂時に誕生。


もともとはひとつの国だった。

それから先の大戦が約20年前に起きる。
どの歴史の本にも一人の女性の書いた同人誌により戦意が失われたなど書いていなかった。


そして、現在の戦争が起きたのが、3年前。
今もなお続くこの戦争。



ざっと見てしまえば大した歴史のない国である。
もっと外国に行けば長い歴史を誇る国だってあるだろうに。


きっと今は大戦期なのかもしれない。
だからこそ、まだ我慢して戦い続けなければいけない。

一時休息。



「だめね……賢者の石の在り処を示した本なんてどこにもないわ」

「それどころか賢者の石に触れている本がないじゃないか」

「……うん。何か賢者の石の特性が知れたらいいんだけど……」



萩原さんは魔法系の本から探してくれたみたいだったけれど、手応えはなし。
同じく真も手応えはなし。何やら真は体力まかせに片っ端から探したみたいだったけれど。


「どうする? このまま見つからなかったら……」

「でもきっとこの国にも何か役にたつのよ」

「危険な石なんでしょ? 役に立つかなんてそんなのどうかわからないよ?」


と真は本棚によっかかりながら喋る。

「賢者の石ね……」


ひょっとすると何かの暗号になっていたり?
まさかね。


「ひょっとすると……何かの暗号になってたり……しないわね。ごめんなさい」

「千早……。確かにボクもそれは考えたけれど、いくらなんでもそれはないよ」

「私の魔法でも調べてみますね」


と萩原さんが珍しく魔法文字を書きだした。


「それは?」


と真がわかりもしないのに覗きこむ。
もちろん私もわかりっこないのだけど。

「これは今、暗号解読の魔法を走らせてるの。
 一応この図書館の本のデータはさっき探してる間にずっと収集はかけておいたし」

「へぇ〜」

「うーん、でもないみたい……」


あっという間に終わったのか、そうがっくりと言う萩原さん。
本当によくやってくれるわ。この娘。


手に持っていた歴史の本を真に渡す。
真はタイトルの背表紙だけを見ると少し苦そうな顔をして、
よっかかったまま手元の棚の空きの部分に本を戻す。


ガコンッ。


「?」

何かにちょうどよくフィットしたかのように音がなると
そのまま真の後ろの棚が一回転して真は奥の部屋に消えていった。


「う、うわぁぁぁあ!」

「真!?」

「真ちゃん! 大丈夫!?」


棚の奥の方で真のうめき声が聞こえる。
頭でもぶつけたのかしら。だとしたらぶつかった床とか壁の方が心配ね。


「う、うん……なんだろうこの部屋……」

真が棚を回転させて中に入れるようにしてくれたのでとりあえず私達も入ることにする。
中から回す分には簡単に回るけれど外側からだとびくともしなかった。
部屋は先程の図書館とは大違いの空間。


隠し扉とは……まぁありがちと言えばありがち。


暗い石畳の部屋だった。
真っ暗で何も見えないが松明の明かりを灯す所はあったために、
すぐに萩原さんが炎の魔法で火をつけて明かりをつける。

部屋の奥にはゴミのように乱雑に積まれた大量の本があった。
まさか……この中に? 嘘でしょ?


「この中に……あるの?」

「この本のデータを今回収するね」


と再び自分の手前に魔法文字を書き出す萩原さん。
真は本の山に飛び込んで探しだした。私もこの量は手探りするしかないみたい。
何より本当に乱雑に積み上げられていて、背表紙だけを確認しようにも
いちいち拾わないとそれができないようになっている。


「やってみないと分からないけれど……あったらいいわね」


そう言って私は一冊一冊拾い上げては背表紙のタイトルを見て、
見ては投げ捨て見ては投げ捨てを繰り返した。
その作業にすぐに真も加わる。

「……違う。……これも、違う。真、そっちはどう?」


いつの間にか半分ずつに区分していて真の方を振り返ると
真はひとつの本を楽しそうに見ていた。


「何してるの……?」

「えっ? あぁ、なんかこの本、ゲームの攻略本みたいなんだよ」

「……ちゃんと探してる?」

「もちろん」

「これ、クロイとナムコの大戦の歴史をゲームの攻略本風に書いてあって
 ボクにでも簡単に読めるんだよ」

「へぇ……」

「ほら」


と本を投げてきたのを受け取る。
ゲームの攻略本なんて見たこともないのだけど……。


さっきと同じ。だけどもう少し詳しく書いてある。
しかも写真付きで……。


これはナムコとクロイの分裂する前の国の写真ね。


私達の全く知らない王の写真がある。
ペラペラとページをめくる。


「ん?」

何か違和感を感じる……。
なんで?


いや、でも……確か年端もいかない子だって聞いたけれど。
え?


私と同じくらいの年齢だったんじゃ……?


なんで?

なんで……姫が写真にいるの?



「ふ、二人共……! これを見て……」

「これは……」

「…………誰?」

「……真。あなたねぇ」

「……真。あなたねぇ」

「ご、ごめん……」

「これは今の姫よ。私と真はこの姫を救うために旅にでたんじゃない!」

「そっか……でもなんでこんな古い写真に?」


本のページをパラパラとめくる。
そっくりさん? いや、いくらなんでも代わり映えがしなさすぎる……。


時代が新しくなるごとに写真はハッキリしたものにはなってきているが、
その集合写真のようなものには必ず写っていた。


しかし、高木順二郎、元国王の先代の王になるあたりから全く写らなくなった。


萩原さんも魔法文字を書く速度を全く緩めないまま本を見ていた。

「真ちゃん、千早ちゃん……その本の山から床を出してみて?」

「え? なんで?」


とりあえず言われるがままに二人で本の山を掘り崩す。
しかし、どこまで行っても床にはたどり着かなかった。


掘り進むごとに、萩原さんの目線よりもどんどん下に。


本のタイトルも確認せずに掘り進む。


すると一つ下の階にでた。
というよりかはこの図書館の秘密の部屋からさらにその地下に行くことができた。

「雪歩、明かりを」

「うん、”炎”」


下の部屋にも明かりができる。


その部屋の壁には人、一人つないでおくのに十分な手錠、足かせがあった。


まるで誰かを閉じ込めておくために。


「この部屋で……姫を?」

「な、なんでそうなるのさ千早!」


真が動揺しながら言う。
でも、一番に思い浮かんだのはそういう情景だった。

この部屋で姫をここに閉じ込めておいた。
高木順二郎元国王の先代がここに閉じ込めておいた。


「そういえば高木順二郎元国王には娘がいるとは聞いてはいたけれど
 全く表出ている所は見たことがなかったわね」

「言われて見ればそうだよね……でもさっき律子が娘じゃないって」

「ええ、それも気になるわ。表には出せない理由があったということ?」



手錠、手枷足枷の横には綺麗に平積みされてる本があった。
地下室を埋めていたゴミの山のような本ではなく。



本を手に取る。

何……この本は……。
一体どういうことなの?


さっきまで探していたような本達が急に姿を表したのだった。


「『人体実験』……。『賢者の石』……。こっちの本は『人造人間』……」

「ち、千早……。この本」


真も同じように平積みされた本の中から一冊を取り、それを私に見せてきた。
その真の手は震えていた。



「し、『四条貴音 制作日誌』……? 何……これ」





日誌の内容はこうであった。



ナムコとクロイが分裂する以前の国のとある王が、
死んでしまわない女性を作りたいと懇願した。
若くて、つやのある絶世の美女をと。


確かに姫はその通りではある。


しかし、研究に研究が積み重なれられるが成功はしなかった。



次の代の王の時代にもまだ研究開発のチームは引き継がれ残っていた。
最早その頃にはなんのために動いていたのかわからなくなっているほどに混沌としてきた。

製作に必要不可欠なものが賢者の石だと発覚するのが最初の王の孫。つまり3代目。


賢者の石を使用した人造人間の製作には2度失敗している。
国の死刑囚を使って、賢者の石の材料にしていた。


成功した日のページは破り捨てられてあった。
この近辺は読むことができない。



犠牲者の……肉体を重ねあわせ、調合したものは生きて、死ぬことはない人間。


四条貴音。

彼女は死ぬことはない。
何があっても。


つまり……彼女自信が賢者の石だった。


「彼女自信が……賢者の石……」

「お姫様が……」

「……」


というかそれを奪われたの? この国は?
全然だめじゃない……と責めたかったが、私にはあまり言えることではなかった。


四条貴音がクロイ帝国に奪われたことがほぼきっかけとなって
戦争が始まったようなものだった。


上の図書館にあるような歴史の本は全部嘘っぱち。

この国は大変なものを奪われてしまっている。
すぐに律子に報告しないといけないわね。


「真、萩原さん。すぐにこのことを報告にいきましょう」

「今、この国はとても危険な状態にあるわ」

「うん。早く報告に行こう」


という訳で崩した本の山をなんとか3人力を合わせ登り切ることに成功した私達。
すぐに律子の待っている王の間へと急いだ。


クロイ帝国の見回りに何度か見つかりそうになりながらも
今ここで交戦することは非常に避けたい。

そして色んな道を回り道したりしながらも
ようやく王の間に到着する。


王の間の扉には『着替え中』の立て札があったが、
私達はどちらにしろ女同士なので関係なく入ることにした。


律子は着替えてなどいなく、王座でのんびりコーヒーを飲んでいた。
私達が必死に探している間に何をしているのかしら。


律子は私の眠っていた部屋に来る時など、大抵はあの立て札を扉の前に下げて
兵士達が勝手に入ってこないようにしていたらしい。


それから私達は調べてわかったことを報告する。

「なるほど……そういうことだったのね」

「……知っていたの?」

「いえ、何も知らないわ。でも薄々感づいてはいたのよ。
 あの子、なんか人と違う……って」

「たぶんあなた達が見た手錠なんかは貴音を捉えていたものよ」

「その頃、貴音は知識というものがほぼゼロに等しいものだったのよ」

「私が社長に雇われる様になった頃にはちゃんとしていた……とはとても言えなかったわ」

「彼女はちゃんと言葉は喋れていたのだけど、赤ちゃんが成長するかのように」


「? つまり、言葉は上手くなかったってこと?」

律子が王の机の上をぼんやりと見つめながら思い出すように話はじめる。


「私が来て間もなくはね。恐らく社長の先代の人たちは貴音を外に出すことを恐れたのよ」

「知識を持って襲ってきたら勝てないからね」

「だから、閉じ込めていたのでしょうね。何も知識がわからない少女をずっとあそこに」

「何枚かの写真はたぶんその日だけ外に出されたのね」

「知識がない、というか感情すらもなかったんだと思うわ」


律子はため息を大きくついた。



「私は貴音を怖いとか楽しいとかの感情を表すのが最初は苦手な子だと思ったいてのよ。
 だって、あの子がそんな人じゃないなんて思いもしなかったからね」

「それで、ずっと閉じ込めるのはかわいそうだと主張した社長が解放して、
 しつけをしっかりとして育てればいい子に育つから、と」

「そして、貴音はさらわれたのよ。千早はわかるわよね?」

「ええ、あの日ね」


ここまでは恐らく律子の聞いた話や自分でみた感じなどで話しているのだろうけれど
どれも真実味があった。


国が独自に研究したものを根こそぎ奪い取ったのね。
クロイ帝国は。
どこまで汚い奴ら。


「先の大戦については知らない?」

「それから私達が2年前までしていた戦争のこと」


と私達に問いかけたが生憎それは何故なのかは知らなかったがもう予想はついている。
お互いが憎いからとかそういう理由ではない。


土地の奪い合いなんかでもない。

だけど私は一応牽制して


「詳しくはわからないわ。先の大戦が終戦した理由は知っているけれど」

「え? ど、どんな感じ?」


律子が聞き返してきたことに対して驚いてしまったが、
私は言葉を選びながら答える。


「そ、それは……確か、お互いの戦力や戦意が薄れてしまったって聞いたけれど」


言えない。同人誌読んでそれに夢中になってしまった人たちが続出したからなんて。
でも、それも律子は知っているのかしら?


知らなくても知っていてもそんなことを知っているか、なんてとても聞けたものじゃないわ。

「そうね、原因不明の病気のようなものに襲われて兵士達の戦意が薄れたの」


良かった。どうやら特別に知ってるわけではなさそうね。


「これから話すのは、戦争が起きた原因よ」

「まぁ、もう察しがいい子は気がついてるのかもしれないけれど」


そう律子は萩原さんの方を見ていた。


「はい……。本当は土地や財産が目当てだとかじゃなくて
 賢者の石、つまり四条さんの奪いあいですね」

「その通りよ」

あれほどの伝説級の代物を奪い合うことに意味があった。
確かにあれを手に入れればどんな魔法も使用できるわけだし。
あれさえ手に入れば簡単に相手国を滅ぼすことができるわけね。


「だけど、それならどうしてナムコ王国は最初の戦争の時に賢者の石を使って、
 クロイ帝国を滅ぼそうとはしなかったのかしら?」

「それができていれば……ね」


できない。賢者の石は並大抵の魔法使いでは使用ができないということ?


「これは社長が亡くなる少し前に聞かされた話なのだけど」

「賢者の石を使うにはある血が必要なのよ。血によって産まれ、
 そして血によって全てを終わらせることができるのが賢者の石」

「石の力を使うには……ある血が必要なのよ」

「でももう今はない。私達には……ない。
 クロイ帝国の側は持っている……らしいのよ。その血を」

「不確かな情報ばかりで申し訳ないわ」


律子はそうさらっと謝る。
血が必要? 発動条件に血が必要。一体どんな特別な血なの。


「それは……どういう血なの? まさか永遠の命を持った吸血鬼の血とかそういうこと?
 それとも特殊なモンスターの体液とかってこと?」

「そうじゃないわ。人間の血肉を持って作り上げた石なのよ?
 もちろん人間の血よ」


真の質問にも冷静に答える律子。
そして、重く閉ざされた口から聞いた衝撃の一言に私達は3人とも目をあわせるのだった。


「クロイ帝国は賢者の石を使ってくるものだと身構えて戦争に挑んでいたの」

「だけど、発動条件を詳しく知らなかったナムコ王国は賢者の石の力を発動できずに終戦を迎えた」

「その直後にその血液を持った人達は滅ぼされたのよ……」

「その血の供給源を断つことはクロイ帝国の好機に繋がるからね」

「数十年前、クロイ帝国によって滅ぼされた……」

「彼らの一族は土地と同じ名前なのだけどね……そう」


3人は律子をじっと見つめる。
今日は私は寝起きだと言うのにも関わらず、次々と予想のできないことが起きている。
そんな中でもう驚くことなんてないだろうと高をくくっていた。


しかし、それもまた虚しく崩れ去り、私達は衝撃の事実を知ることになる。



「その土地の名前は……アルカディア」



私が長い眠りから目覚めたこの日、
私達はもうあとには退けない重大な秘密を知ってしまった。



キサラギクエスト  EP�  秘密の血の真相編    END

真相というか色々暴き過ぎた気もします。
グリマススタートの記念ということで更新してみました。
読んでくださっている方はありがとうございます。

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