レッド「また会おうな」 (198)
「グリーン…あの赤いポケモンは……」
「あれは…レッドのピカチュウだよ、じいちゃん……」
久しぶりに人間の目を見た
町の人の視線は避け、トレーナーには避けられてきたから。
数え切れない程向けられた感情。
羨望、期待、歓喜、憧れ、恐怖、悲しみ、憎しみ、絶望。
俺を見る2人
その目は『理解不能』『恐怖』を語っている
「おい、何があったんだよピカチュウ!…レッドは?レッドはどこだよ!?」
〈死んだよ〉
〈……俺が殺した〉
初めてレッドと出会ったのはいつだったか
遠い昔のような気がする
俺たちはいつでもどこでも、ずっと一緒だった
「最強のポケモンマスターになるのが俺の夢なんだ!」
いつもキラキラ目を輝かせて言っていた
レッドと出会ってはじめてのバトルの相手は、ライバルのグリーンだった
「ゼニガメ、みずてっぽう!」
「ピカチュウ、でんきショックだ!」
初バトルは俺がグリーンのゼニガメを倒して、レッドの勝利で幕を閉じた
俺を褒めてくれるレッド。
グリーンもゼニガメの頭を撫でている
「次はぜってー負けねぇかんな!」
「次も俺が勝つ!」
2人は最高のライバルだった。
やがてヒトカゲとフシギダネが仲間に加わった。
俺たちはジム戦に向けて特訓をはじめた
野生のポケモンと戦ったり、近くにいたトレーナーと戦ったり。
何度も負けて悔しい思いをした。
そして、はじめてジムバッジを手に入れた。
何度も俺たちの頭を撫でるレッド
嬉しかった。
もっと強くなりたい。
俺達の想いは同じだった
レッドとの旅は楽しかった。
特にバトルをしているときは。
・相手の体力がなくなれば勝ち
そのシンプルなルールの中に深さがある気がする。
でも、強くなるにつれて見えなかったものが見えるようになった
バトルが楽しいと思えたのは、俺たちがまだまだ弱かったから。
ポケモントレーナーになりたい子供がたくさんいるのは、彼らが世界を知らないから。
俺たちもまた、世界を知らない子供と未熟なポケモンだった。
バッジも順調に集まっている
ヒトカゲとフシギダネは リザードンとフシギバナに進化した
途中で出会ったラプラスも仲間に加わった
俺たちは着実に強くなっている。
それが楽しくてたまらない。
最近は負けることもほとんど無くなった
ヤマブキシティに着いた
ジムに入り、トレーナー達にどんどん勝っていく
いよいよヤマブキジムリーダーのナツメとのバトルが始まる
「いくわよレッド君」
「はい!」
ラプラスとフーディンは戦闘体勢についた
なんとかバッジは手に入れたものの、バトルに違和感があった
〈ピカチュウ…相手のポケモン、なんというか……本気で私達を…〉
フシギバナも同じことを思っていたらしい。
ナツメは俺達を本気で殺そうとしていた。
〈レッド…〉
レッドを見る
「なんでだろ……」
レッドもわかっていたようだ。
「ナツメさん!!!」
ジムの前で叫ぶ
「…なに?」
声が聞こえた様子のナツメがテレポートでジムから出てきた
「さっきのバトル……」
"殺す"という言葉を口にすることを躊躇っている
「…自分のポケモンが殺されると思った?」
読まれていたようだ
「………はい…」
レッドの拳に力が入る
「殺されたくなかったら、殺されないぐらい強くなるしかない」
瞬間、賑やかな街なのに、ナツメの声しか聞こえなくなる。
本当に殺意があったのか
ただのバトルなのに、ポケモンの生死が関わってくるのか
「あなたもたくさんのポケモンを殺してきたでしょう?戦いには死が付き物よ」
「そんな!俺殺してなんか…」
「本当に?」
「あなた達が今まで倒してきたポケモン達はみんな本当に倒れただけなの?かなりレベルの低いポケモンを倒したことはない?」
その声が、深く鋭く突き刺さる。
「…弱肉強食。可哀想だけど仕方のないことよ。まぁ、ポケモンセンターでいつでも生き返らせることはできるけどね」
うつむくレッド
「…知らなかったのね。今あなたがいるのは そういう世界よ」
そう言い残して、ナツメはまたテレポートでジムに帰っていった
重い沈黙が俺たちを包む。
バトルは相手の体力がなくなれば勝ち
それは、相手を気絶させたら勝ちだと思っていた。
旅をはじめた頃はそれでバトルが成り立っていた
俺も何度も気絶させられた。
トレーナー戦では。
野生とのバトルは負けたことがない
レベルの低い野生と戦っていたから。
今までどれほどのポケモンが犠牲になったのだろう
考えたこともなかった。
「…俺はどうすればいい?」
レッドの手が震えている。
「これから先、本当にみんないつ死んじゃうかわからない。たくさんのポケモンを殺しちゃうかもしれない。強くなればなるほど…。それでも俺は先に進むべきなのかな…」
帽子で表情は見えないが、きっと困った顔をしているのだろう
レッドは優しいから。
今思えば、ここで俺が何も言わなければ運命は変わっていたのかもしれない
だが、その時の俺には"死"なんて見えていなかった。
頂点しか見えていなかった。
〈進むしかねぇだろ〉
俺を見るレッド
〈今立ち止まったら犠牲になったポケモンも報われねぇよ〉
〈俺たちはお前がどんな道を選んでもついていくよ。でもここまで来れたんだ。どうせならもっと上を目指そうぜ〉
みんなも頷いている
〈死んでもまた生き返れるんだろ?なら問題ないぜ〉
ニッと笑いながら言うリザードン
「みんな……」
レッドに笑顔が戻る
「そうだよな…。ありがとう、俺が迷ってちゃダメだよな」
帽子を被り直す
「よし、セキチクシティに向かうか」
俺以外の仲間をボールに入れ、レッドと俺は歩き出した
カビゴンが仲間に加わった。
ヤマブキを出てから、レッドはレベルの低い野生ポケモンと戦おうとしなくなった
代わりに今の俺達より少しだけレベルの高い野生ポケモンとたくさん戦うようになった
たくさんポケモンは倒したが、相手の死は一度も見ていない。
自分がどんどん強くなるのを感じた。
数日後
セキチクのジムバッジもゲットした
しかしバトルの最中にカビゴンが深傷を負ってしまった
「大丈夫か!?」
急いでジョーイさんにカビゴンを預けるレッド
〈なんとか…大丈夫だよ。だからそんな顔しないで…。まだ僕は生きてるよ〉
カビゴンが言っても、申し訳なさそうな表情は変わらない
「あなたはとても優しいトレーナーさんなんですね」
ジョーイさんはカビゴンのボールをマシンにセットしながら言う
「最近は少ないですよ。あなたみたいに全員生きたポケモンを連れているトレーナーは」
……どういう意味だ?
「…それって…どういう……」
ジョーイさんは元気になったカビゴンのボールをレッドに渡した
「まだポケモンを死なせたことはないかしら?」
「…はい」
「そうですか…。ポケモンが傷ついたらポケモンセンターで治療しますよね。このマシンはどんな怪我でも一瞬で治してしまいます」
たしかに、俺も何度も世話になってる。
「かすり傷や切り傷、やけどや猛毒、骨折やちぎれた腕、抉れた体も…死んだ肉体をも治してしまう」
レッドの表情が曇る
「ただ、このマシンにも治せないものがあるんです」
「ポケモンの魂です」
「一度死んだポケモンの体は治っても、もうそのポケモンには魂が無いのです。つまり、指示通りに戦うただの人形なのです」
言葉が出ない。
知らなかった。
今まで魂のないポケモンと戦ってきたかもしれないだなんて
知らなかった。
ポケモンは死んでも戦えるし、死んでも戦わせる人間がいるなんて
知らなかった。
今俺たちがいる世界が、こんなにも悲しい世界だったなんて。
「そんな……」
レッドは悲しげな目でジョーイさんを見つめる
「これがポケモンバトルの真実です。私はたくさんの魂の無いポケモン達を診てきました」
「バトルをするなとは言えません。ポケモンと一緒にいる限り…、強くなればなるほど、バトルはほぼ避けられませんから。」
「でも…どうか、どうかあなたはこれからもポケモンを大切にしてあげてください」
そう言ってジョーイさんはカウンターに座っている俺を撫でてくれた
「ありがとう…ございます……」
ゆっくりと顔を上げ、曇ったままの表情で俺を見るレッド
「…薬、買わなきゃ」
ポケモンセンターを出ると、レッドはショップで強力な薬を大量に買い込んだ。
ポケモンセンターはトレーナーの宿にもなっている。
眩しいほどの夕陽が差す中、さっきのポケセンに戻り、受付に向かう
「おかえりなさい。どうされました?」
「今日はここで泊まります」
そう言うとジョーイさんは部屋の鍵を渡してくれた
部屋に着くとレッドはベッドに倒れこんだ
「ピカチュウ…俺、バトルって楽しいものだとしか思ってなかったよ」
枕に顔を埋めたまま動かないレッド
〈俺も楽しいものだとばかり思ってたぜ…。まぁ実際 楽しかったんだけどな〉
「でもあの話聞いたら…これからなるべくバトルは避けたいなぁって」
〈…そうか〉
俺は近くにあったクッションを持って窓辺に移動する。
はぁ、と大きな溜め息と共にレッドは白い天井を眺めていた
「ポケモントレーナーがこんな世界だなんて知らなかった…」
目を腕で覆うレッド
「このまま戦い続けることは正しいのかな…」
正しいかなんて、レッドが決めればいい。
「まだまだ知らない秘密があるんだろうな。」
〈……そうだな〉
「…チャンピオンになれば全部知れるのかな」
〈チャンピオンになるにはたくさんバトルしないとな〉
レッドの小さな溜め息が再び部屋に溶け込む
「…ちょっとだけ寝る」
そう言って帽子を顔に乗せ、しばらくすると寝息をたてはじめた
満月は静かに空を包み込んでいる
レッドはまだ眠っているようだ
クッションに体を預けたまま ふと窓から外を見ると、草むらで見たことのないポケモンが1人で座り込んでいた
近くにトレーナーは見当たらない
野生にしてはあまり汚れていないように見える
…なんとなく気になる。
クッションから立ち上がり、窓を開けて外に出た
外に出ると、そのポケモンの姿に目を奪われた。
月明かりに照らされたビロードの毛並みは優しく夜風に揺れて、息を飲むほど綺麗だった。
見とれつつもレッドのバッグから持ってきた2本のサイコソーダを抱えて少しずつ近付く
〈よぉ、お前さん独りか?〉
振り向いたポケモンの紅い目はとても大きくて、また少しだけ見とれてしまった
〈…何よ〉
〈喉渇いてねぇかと思ってよ。飲むか?〉
警戒する彼女にサイコソーダを1本渡す
〈いらない〉
そっか。と返事をして、隣に座りサイコソーダを開けた
〈お前さん何てポケモンなんだ?〉
〈……エーフィ〉
〈エーフィ…聞いたことねぇな〉
色々なポケモンと戦ってきたが、姿も名前も知らないポケモンは初めてだ
〈ところでエーフィ、お前さん…トレーナーはいねぇのか?〉
エーフィの綺麗な横顔が悲しげに歪む
「おいおい、ナンパですか?」
振り返ると、憎たらしいほどニヤけた顔をしたレッドが窓から俺達を見ていた
〈ばーか〉
「なんだと!?」
レッドが近付くとエーフィは俺の後ろに隠れた
〈…人間が怖ぇのか?〉
首を左右に振るがレッドと目を合わせようとしない
「君は…捨てられちゃったの?」
しばらくの沈黙の後、エーフィはゆっくりと口を開いた
〈捨てられたんじゃない、逃げ出したの〉
〈あたしはオーキド研究所で新たに造られた、新種のポケモンなの〉
逃げ出した?
オーキド研究所から?
造られた?
「詳しく聞かせてくれるかな」
優しく問いかけるレッド
〈…あそこではポケモンを造ってる。ポケモンは自然に生まれたんじゃない、全て人の手によって造られた人工生命なの〉
〈生殖機能を持つ造られたポケモンは野生に放たれて繁殖し、ここでは既存のポケモンや新種のポケモンを製造する。今のカントーはこうして保たれている…。〉
〈逃げ出す前、研究員がそう話してるのを聞いたの〉
体毛を揺らす夜風が冷たく感じる。
〈目が覚めたら、周りに私になるはずだったものがたくさん……。それが怖くて逃げてきた〉
レッドは嘘だろ…、と こぼした
〈お前さん以外のポケモンもいたのか?〉
〈うん。あなたになるはずだったものもいたし、まだ名前もない作成途中のものもいた〉
「博士の目的は?」
〈そこまでは私も知らない。でも、ポケモンセンターで何かするとか言ってた気がする…〉
ポケセン?
じぃさんは何を企んでるんだ?
「そっか…。ありがとう、教えてくれて」
そう言ってレッドはエーフィの頭を撫でた
〈なぁ、レッド〉
レッドに問い掛ける
「あぁ」
やはり俺たちは考えることは同じだ
「なぁエーフィ、俺達と一緒に来ないか?」
目を丸くし驚いた表情をするが、少し嬉しそうに見える
〈嬉しいけど…私はまだ未発見のポケモンだし……〉
「だからってエーフィを一人で放っておくなんて出来ないよ。な?」
〈おう〉
エーフィはしばらく考えた後、ありがとう と小さく呟き レッドのモンスターボールに入った
「博士…何 企んでるんだよ…」
エーフィの入ったモンスターボールを見つめ唇を噛みしめる
「あ、おいピカチュウお前それサイコソーダ」
〈えっ〉
エーフィの為に持ってきたサイコソーダはレッドが蓋を開けた
芝生の上に並んで座り、月を眺めながらソーダを飲む
「…なぁピカチュウ……俺、チャンピオンになったらやりたいことがあるんだ」
「やりたいことじゃない…やらなくちゃいけないことだと思う」
出会った頃のキラキラと輝いた目ではない
どこか悲しげな、切ない目
〈……付き合うよ。レッドの選ぶ道なら〉
そう言うと、ごめんな、ありがとう と言って俺の頭を撫でた
暖かい。
暖かくて優しい手。
俺はトキワの森で卵から生まれた。
親は確かにいたが、それでも俺もオーキドに造られた命に かわりはない。
俺の頭に乗せられたこの手の暖かさも
もっと強くなりたいと思うこの気持ちも
レッドが大好きだと思うこの感情も
全部嘘なのか?
オーキドの爺さんに造られたものなのか?
…違う。
俺はここにいる。
造られた命でも、俺は生きている。
迷いはない。
俺を撫でる暖かい手があるから
優しい手があるから……
───────………
───…
「…寝ちゃったか」
「ピカチュウ、ごめんな。いつも頼ってばっかで」
「ありがとな……小さな体で戦ってくれて」
「お前が、お前たちが博士に造られたなんて信じられないよ。…信じたくないよ」
「でも、ナツメの言葉やジョーイさんが言ってたこととすごく繋がったんだ」
「造られたから死んでも生き返る。造られたから、魂がなくても体は治るし戦える」
「だからやっぱり本当のことなんだと思うんだ」
「博士は間違ってると思う。酷すぎる。可哀想すぎる。ポケモンもトレーナーも…」
「でも…博士がいなかったら、俺はお前と出会うこともなかったんだよな……」
「……もうわかんないよ…頭の中がぐるぐるする…」
「…強くなったらわかるのかな」
「ダメだな…俺がこんなんじゃ」
ありがとうはこっちのセリフだ。
眠りかけたのに一人で喋りやがって。
一人で抱え込もうとしやがって。
「今はチャンピオンになることだけを目標に頑張ろう」
「よし!寝よう!起こさないように…よっと」
レッドは俺を抱きかかえ、部屋に戻った
部屋に戻ると俺をクッションに降ろしてくれた
「ありがとなピカチュウ。何も言わずに聞いてくれて」
…起きてることに気付いていたようだ
それでも寝たふりを続ける
どこでバレたんだ?
「俺なりの答えを見つけるから、それまで付き合ってくれよ」
「おやすみ、ピカチュウ」
レッドは俺を撫で、ベッドに潜り込んだ
次の日からまた旅は続く
「ありがとうございました」
昨日のジョーイさんに鍵を返す
「いつでも来てくださいね。無理はしちゃダメですよ」
笑顔で言うジョーイさん
「はい!お世話になりました」
レッドも笑顔で応え、手を振ってポケセンを出た
「新しくエーフィが仲間になりました拍手!」
〈〈〈パチパチパチパチ〉〉〉
〈よ、よろしく……〉
リザードンがやたらと可愛い可愛いと食いついていたが、ラプラスに いい加減にしろ、と怒られていた
それを見て笑う俺達
「よし、次はグレンジムだな」
みんながレッドを見る
「いくぜ」
おぅ、と声を揃えて、レッドはみんなをボールに戻し グレンへと歩きだした
グレンへ向かう途中、たくさんのトレーナーと戦った
そのほとんどが魂を失ったポケモン達だった
それでも どんどん倒していく。
仲間が倒される度、レッドはすぐにポケセンに走った
回復して意識があることを確認する度、レッドは胸を撫で下ろした
そして、グレンジムリーダー カツラの前に立つ
「うおおーす!やけどなおしの用意はいいか少年!」
「はい!お願いします!」
なんとかバッジは手に入れた
手に入れたが、失ったものも大きかった
カツラのウィンディの攻撃が、体力の残り少ないラプラスの急所に入ってしまった
どさっ、とその場に倒れ込んでから意識が戻る気配がない
バトルに勝ち、バッジを受け取るとすぐにポケセンへ走るレッド
「…少年、 シオンタウンにフジというジジイがいるのを知ってるな?ラプラスのことなら奴を訪ねるといい」
ポケセンへ向かおうとしたレッドの足が止まる
シオンタウンにはポケモンタワーがある
カツラにはわかっていたのだろう。
どれだけレッドがポケモンを大切にしているかが
さすがはジムリーダーだ。
「……ありがとうございます」
しかしその言葉は、ラプラスの死を意味していた。
ポケセンへ行けば、というレッドの望みは打ち砕かれた
「リザードン、セキチクまで頼む」
レッドはシオンタウンではなく、セキチクのポケセンへ向かった
あのジョーイさんに診てもらうつもりだろう
意味がないことはわかっている。
それでも、レッドは まだわずかな希望を捨てきれなかったようだ
セキチクに着きポケセンに入ると、俺達に気付いたジョーイさんは手を振ってくれた
レッドは手を振り返さず、唇を噛み締めたまま どこかを見つめている
きっと涙を堪えているのだろう。
様子のおかしいレッドを心配したジョーイさんが来てくれた
「どうされたんですか?」
優しく問いかけるジョーイさん
「…お願いします」
全員のボールを渡すレッド
ラプラスのボールを見たジョーイさんの表情がみるみる曇っていく
「すぐに治療します!こちらへ!」
俺もボールに入り、簡単な治療を受ける
ラプラスは大きな扉の先へ運ばれた
すぐに治療が終わり、ボールから出てレッドの肩に乗る
少しするとジョーイさんが扉から出てきた
表情でわかる。
やはり駄目だったのだろう。
「ラプラスの傷は治りました…。ですが……」
「ありがとうございます」
レッドは笑っていた。
涙を堪えて、悔しさを堪えて。
「ごめんなさい、力になれなくて…」
ボールを受け取る
無理に作った笑顔に、心の内を感じたのだろう
「…自分を責めないでくださいね。生き物ですから、どうしても避けられない事態だってあります。全てあなたのせいじゃない」
ジョーイさんはレッドの頭を撫でながら言った
「……ありがとう…ございます」
声が震えている
帽子で顔を隠したままお辞儀をして、出口へ向かうレッド
心配そうにレッドを見送るジョーイさんに俺は ありがとう、と手を振った。
リザードンに乗ってシオンへ向かう
今にも涙がこぼれそうなレッド。
死なせてしまった
その事実が深く心に傷をつけたのだろう
「強くならなきゃ」
拳を握りしめ、潤んだ眼を細めて遠くを見つめている
視線の先にはポケモンタワーがあった
シオンタウンに着き、フジ爺さんの家を訪ねる
ラプラスを供養したいと言うと、墓の場所を決めるためにタワーへ行こう、と言われ家を出た
「供養しに来るトレーナー自体 最近では珍しいというのに、また少年とはなぁ」
「また?」
「あぁ、グリーンという少年も昨日ここへ来てなぁ。ラッタを供養してあげたんじゃよ」
グリーンも来たということは、きっとあいつもレッドと同じ考えなのだろう
さすがライバルだ。
タワーに着き、中に入る
「優しいトレーナーがいてポケモンも幸せじゃろうな」
ほほほ、と嬉しそうに歩く爺さん
ありがとうございます、と答えるレッド
たくさんの墓の中を進み、階段をのぼる
「この辺はどうかのぅ?涼しくてラプラスにはピッタリだと思うんじゃが」
「そうですね…ここに決めます」
「ポケモンセンターに連れていけばまだ戦えるはずじゃが、本当に供養して良いのか?」
爺さんはレッドに問う
「…はい。死んでしまったポケモンを肉体だけ生き返らせて戦わさせるなんて、俺にはできません……」
「そんな…道具みたいな扱い……俺にはとても…」
ギュッと拳を握るレッド
「…ふむ」
優しそうな表情だったフジ爺さんの目が鋭くなる
そうか と言い、ぽつりぽつりと爺さんは話し始める
「少しだけ、昔話をしようかのぉ」
ちょっとタイム
すまんケーキ食べてた
「……わしは昔ポケモンの研究に携わっておった」
「元々はポケットモンスターなどという生物は存在しなかった。しかし わしはオーキドやカツラ達と未知の生物の研究に明け暮れ…そしてある日、ミュウという最初で最高傑作のポケモンが生まれたんじゃ」
「それから研究はどんどん進んでのぉ…。あの時のわしらには、命を造ることに責任を感じていなかった。重さを考えていなかった。ただひたすらにたくさんのポケモンを造ろうと研究ばかりしていた」
ふぅ、と爺さんは自分の過去に小さく溜め息をつく
「ポケモン同士で子どもを産む種類がいたり、そうでない種類もいたり、まだまだ研究することはたくさんあった。しかし、わしとカツラは研究から手を退くことにしたんじゃ」
どうして…?とレッドが聞く
「ミュウツーを…造ってしまったからじゃよ……」
「わしらは戦いに特化した強いポケモンを造ろうとしてしまった。その結果、とても凶暴なポケモンが生まれてしまった。」
「奴の心は冷酷で、なにより強すぎた。
わしらの手には負えず…ハナダの洞窟に閉じ込めたのじゃ」
「自分で造っておいて、手に負えなくなったら閉じ込める…。自分でも最低じゃとわかっておるよ」
「研究から手を退いたわしは 今までの行為のせめてもの償いにと、こうしてポケモンの死後を見守る道を選んだのじゃ。それでもポケモン達はわしをゆるしてくれるとは思わんがのぅ…」
爺さんは悲しい目でどこかを見つめている
今まで何度も責任に押しつぶされそうになったのだろう。
「オーキドだけはまだ研究を続けているようじゃがな」
やはりエーフィの言っていた通り、オーキドの爺さんは今もポケモンを造っているようだ
「君はポケモントレーナーじゃな」
「ポケモンは…わしらが造り上げた人工生命体じゃ。君ももう知っている通り、ポケモンセンターの機械でデータを修復すれば傷も肉体も元に戻る。…魂を除いてな」
「噂程度じゃが、それを知ったトレーナー達は、さらにバトルに熱中する者や、トレーナーの道を諦めた者がいた」
「君はこれからどうする?」
この問いには、レッドは何度も自問自答してきた
「俺は…このままチャンピオンを目指します。チャンピオンになって……博士に研究を中止してもらいます」
ほぅ、と爺さんは漏らす
「これ以上ポケモンの研究が進めば、ポケモンの命がどんどん軽く扱われてしまうと思うんです。だから…そうなる前に俺が研究を中止させたいと思います」
「チャンピオンになるまでにたくさん戦わないといけないことはわかってます。それまで誰も死なせません。絶対に…」
俺を見るレッドに、ニッと笑い返す
「フジじいさん、ポケモンを造ってくれてありがとうございます」
爺さんは目を丸くしてレッドを見る
「もしポケモンがいなかったら俺はピカチュウや仲間たちと出会えなかった。俺はこいつらと出会えて幸せです」
「だから、ありがとうございます」
微笑むレッド
〈俺も幸せだよ。ゆるさないとかそんなんは俺にはよくわかんねぇ。でも、俺たちは今こうして生きてるし、感情もある〉
〈俺からも、ありがとな〉
「……そんなことわしに言ってくれたトレーナーとポケモンは、君達がはじめてじゃよ」
爺さんの目は少し赤くなっていた
「気をつけるんじゃよ」
タワーの入り口で爺さんが見送ってくれた
「色々とありがとうございました!ラプラスのことよろしくお願いします」
優しい笑顔で手を振る爺さん
リザートンに乗り レッドも笑顔で手を振り返した
「強くならなきゃ」
シオンに来た時と同じ言葉
しかし、レッドの目に涙はなかった。
爺さんの話を聞いて、さらに想いが強くなったのだろう
俺も同じだ。
〈がんばろうぜ〉
そう言うとレッドはわしわしと体を撫でてれた。
しばらく修行の日々が続く
強く。
その言葉を胸に、俺たちは修行を続けた
そして、トキワのバッジは難なくゲットできた
みんな深傷もなく、修行の成果が目に見えてあらわれている
レッドはみんなをボールから出し、円陣を組む
「みんな…いよいよポケモンリーグでバトルがはじまる。絶対に…勝ち抜こうな!」
緊張と高揚が混じった声で言う
〈たのむぜ、レッド〉
〈がんばろうね〉
〈緊張します…〉
〈いざとなれば俺を頼ってもいいんだぜ!〉
〈おなかすいた…〉
「…よし、いくぞ!」
《《 おーー!!! 》》
チャンピオンロードをどんどん進んでいく
ここまで来ると、出会うトレーナーの持っているポケモンはほとんどが魂を失っている
バトルの連続。
しかし、それほど危ないこともなく 余裕をもった状態でチャンピオンロードを抜けることができた
目の前にそびえ立つポケモンリーグ
「すごい威圧感だな…」
呟いたレッドの言葉も、リーグの放つ重い空気に あっという間に飲まれていった
中に入り、ポケモンセンターで回復してもらう
「がんばってくださいね」
笑顔で言うジョーイさんに、レッドも笑顔でお礼を言った
ショップで必要なものを買い、準備を整える
「よし。これで大丈夫だな」
帽子を深くかぶり直し、気合いを入れるレッド
あの階段をのぼれば、もう全滅するまで引き返せない。
重苦しい空気を割るようにレッドは一段目に足をかけた
四天王とのバトルは、気を抜けば死にそうなほど白熱していた
何度も倒される。
何度も攻撃を繰り返す。
バトルが終わるたびにレッドはすぐにみんなを回復させて、元気になるとたくさん褒めてくれた
修行の成果あって、なんとか無事チャンピオンの部屋の前まで辿り着くことができた
深呼吸をするレッド
そして扉を開く。
見覚えのある影
「よぉレッド」
何度も聞いたことのある声
「久しぶりだな」
レッドは驚きと喜びと、悔しさが混じった顔をしている。
バタン、と扉が閉まる
「先越されちゃったな、グリーン」
そう言いながらチャンピオンのもとへ歩いていく
「そうだな!まーオレ様のほうがやっぱり強かったっていうか?」
はっはっは、と笑うグリーン
「…グリーン、ラッタをフジ爺さんのところに連れて行ったよな」
グリーンの笑顔が一瞬固まる
「…あぁ。知ってるってことは、お前も行ったのか」
レッドの腰のモンスターボールを見るグリーン
「行ったよ。ラプラスが死んだから」
「ポケセンで回復させれば まだ戦えたと思う。それでも俺はそうはしなかった。…それはポケモンを道具みたいに扱ってることだと思うから」
「フジ爺さんラッタを任せたということは、グリーンにもそういう考えはあるってことだよな?」
長い前髪で顔が隠れる
「…あぁ。じいちゃんの噂は聞いてたからな」
「じいちゃんにいくら問い詰めても何も教えてくれなかったよ。だから俺は、チャンピオンになって実力行使しようとしたんだ」
「でもダメだった。ポケモンリーグも じいちゃんの研究に協力してたんだ。チャンピオンになっても、研究を止めることはできなかった」
手持ちのモンスターボールを見せるグリーン
「……このザマだよ。でも、こいつらがいないと俺はここには立っていられないんだ」
6つのうち、5つのモンスターボールがピクリともせずにいる
おそらく、魂を失っているのだろう。
その中で唯一元気そうに動いているボールがある
「こいつをお前に託したい」
そのモンスターボールにはカメックスが入っていた
「グリーン、このカメックスは…!」
「押し付けがましく聞こえるかもしれないが、お前なら この現状を打破できると思う」
「それが たとえ世界を敵に回すことになるとしても、俺はお前が正しい道を選択したと信じるよ」
「ここまで全員生きたまま連れてこれるトレーナーはお前だけだ。だから、俺のカメックスも連れて行ってほしい」
カメックスのボールを見つめるレッド
グリーンからの、ライバルからの信頼。
期待。願い。そして賭け。
全てがこのボールに詰まっている
レッドはそれを全身に浴び、何を考えているだろう
何を思っているだろう。
「レッド、俺はお前をチャンピオンに認める。そのほうが色々と動きやすいんじゃないか?」
ニッと笑うグリーン
「…やれるだけやってみるよ」
レッドとグリーンはお互いの拳を軽く合わせ、チャンピオンを交代した
レッドがチャンピオンになってから、街の人はレッドを見る度に声をかけてくるようになった
キラキラした目。
外を歩くといつもその中心にいた。
レッドはそれにいつも笑顔で応えていた
そして、ポケモンを大切にしてほしいとたくさんの人に訴えかけた
どうにか博士の研究を止められないかあれこれ調べたり研究所へ行ったりしたが、結果は変わらなかった
レッドに憧れ、大切にポケモンを育てるトレーナーも増えてきた頃
オーキド博士からレッドに手紙が届いた
「レッド、最近町はお前さんの話題で持ちきりじゃ!わしも鼻が高いぞ。渡したいものがあるから研究所まで来てくれんか?
…だってピカチュウ。」
〈研究所に行った時顔も見せなかったくせにな。渡したいものって何だ?〉
「わかんないけど…行こうか。ついでに研究について聞いてみよう」
リザードンの背中に乗り、マサラタウンへと向かった
「こんにちはー」
レッドの声が研究所内に響く
しかし誰もいない。
「こんにちはー!」
やはり誰も出てこない。
仕方なく奥へと進む
すると壁の一部が少しだけ浮いている箇所があった
近付くと見たこともない扉が隙間から見える
〈レッド〉
「あぁ…たぶんな」
間違いない。
博士の本当の研究所だろう
中へと入っていく
言葉を失った。
本当に、目を疑った。
ズラリと並ぶ培養液とたくさんの機械
中にはよくわからない"何か"が入っている
いや、わからない"何か"なら良かった。
見たことのある、俺達が知っている"何か"が入っているものもあった
エーフィが逃げ出したのもよくわかる。
ここより奥はもっとひどいだろう
レッドは口元を押さえながら外に出ようと振り返る
「どうじゃ?わしの研究室は」
笑顔で扉の前に立つオーキド博士
「わしはポケモンのお陰で大金を手に入れることが出来たよ。ポケモン界もうまく回っておる。なぜ君がそこまでポケモンの生死にこだわり、研究を止めたいのかわからんが…ポケモンなんて、所詮は道具じゃろ?」
「……っ!」
歯を食いしばり、拳に力が入るレッド
「君がわしの研究を良く思っとらんことは知っとったよ。じゃが、最近ちょろちょろと目障りになってきてのぅ」
「君を幽閉することにしたよ。データを盗み、研究所を破壊しようとした超危険人物という汚名を着せてな」
どこからかたくさんの人が現れ、レッドを取り押さえる
「なんでだよ博士!ポケモンは人間の道具じゃない、博士は間違ってる!!!」
俺が電気を放とうとすると、ゴム手袋をした男が俺を捕まえようと手を伸ばす
手が届く前に、レッドはなんとか俺をボールに戻した
捕まっていればきっと二度とレッドとは一緒にいられなかっただろう
「シロガネ山に連れて行ってくれ」
博士の指示の後、レッドはねむりごなで眠らされた
「あれ…ここは……」
レッドがようやく目を覚ました
〈シロガネ山だよ〉
ここに着いてから勝手にボールから出ていた俺は少しだけ辺りを探索していた
〈ここの野生のポケモンはかなり強いみたいだぜ。それに、しっかり監視もついてる〉
空を飛んでいるピジョットと人間を指す
〈買い物に町に行く時は、あいつもついてくるってよ〉
「とことん危険人物だな…」
ため息を漏らしたレッドは、困った顔で微笑みながら俺の頭を撫でてくれた
モンスターボールから全員を出すレッド
「ごめん。こんなことになっちゃって…。ごめんなカメックス、グリーンに合わせる顔がないよ」
〈そんなことはない。グリーンは本当にレッドを信じている。俺もみんなと同じように、レッドに着いて行くさ〉
ピッと親指を立てるカメックス
〈私達はどこまでいってもレッドの味方だから〉
エーフィの言葉にみんなも頷く
「みんな…」
ごめんな、ありがとう。
と、少し弱った声でレッドは言った
「とりあえず山頂を目指そうか。そして、強くなろう。誰よりも強く。強くなって…もう一度博士に会おう」
みんなをボールに戻し、レッドは山へと歩き出した
ここの野生は、今までの野生とは比べ物にならないほど強かった
それでもどんどん戦う。
戦って戦って、強くなる。
傷つけて、傷つけられて、傷を癒して、また傷つけて
来る日も来る日も繰り返す
やがて、レッドのバッグが軽くなってきた
「そろそろ買い出し行かないとな」
穴抜けの紐で外に出てリザードンの背中に乗り、ピジョットに乗った人に買い出しに行くことを伝える
そして監視されたまま、タマムシのデパートに着いた
レッドを見る街の人の目は すっかり変わっていた
コソコソと話している声も聞こえる。
オーキドの爺さんのせいで、レッドは完全に悪者になっていた
ポケモンを想い、ポケモンの為に試行錯誤した結果がこれだ。
何も知らないくせに。
人々に対する怒りで頬がパチパチと火花を散らす
「いいんだ、ピカチュウ」
レッドは俺の背中を撫でる
監視の人間の手がモンスターボールを握っている
ここで下手に騒げば買い物にも来れなくなる可能性もあるだろう
一旦 深呼吸して落ち着く
「ありがとな」
そう言って階段をのぼり買い物をするレッド
大量に買い物をして、またシロガネ山に戻る
そしてまた戦う
そんな日々が続いた
何度目かの買い出しの時のこと
「死んでないはずのポケモンをポケセンに預けて回復させたらね、抜け殻みたいになってたの」
そう話しているトレーナーの声が聞こえた
「あとね、やたらと強い野生がいきなり襲ってきたこともあったの。最近ポケモン達なんかおかしくない?」
「私もちょっと思ってたー」
エリートトレーナー達の会話だった
レッドがいなくなってから、博士はさらに研究を進めているようだった
ポケモンが凶暴化している
ポケセンを使って、トレーナーのポケモンにさえも手を出している
エーフィが言っていたのは、きっとこのことだろう
もう取り返しのつかないところまで来ているのかもしれない
その会話を聞いた日から、なんとなくレッドの口数が減ったような気がする
既に ここの野生も相手にならなくなっていた
一体何匹ものポケモンを殺してしまっただろう
きっと数えるのが面倒になるほどだろう
もう俺達と対等に戦えるポケモンはいないのでは、とも思う
ある日の夜
「…ミュウツーに会おうと思うんだ」
温かいスープを飲みながら、ぽつりと言うレッド
「会ってきちんと話が出来そうなら、そこでみんなにも話したいことがある」
ボールから出ているみんなを見る
視線が俺に集まっている。
〈…わかった〉
みんなも頷いた
次の日
リザードンに乗り一気に上空へ飛ぶ
監視にほんの少し、軽く電撃を当てる
感電し、落ちたピジョットの羽は黒く焦げていた
人間も気絶している。
構うことなく、そのまま俺達はハナダへ向かった
ハナダに着き、洞窟の前に立つ
中から物凄いプレッシャーを感じる。
しかし、これに動じることはない
奥へと進んでいく
最深部に入る
その中央に、ミュウツーはいた。
〈誰だ…人間か……?〉
かつてない強さを感じる威嚇。
念のためレッドの前に立つ
「話がしたいんだ」
〈人間と話すことなどない〉
ミュウツーの力で周りの岩が少し持ち上げられる
帽子を被りなおすレッド
「ポケモンを…カントー中を敵に回したいんだ」
ミュウツーの動きが止まる
〈…どういうことだ〉
「今いるポケモンを全て消し去る。ポケモンのいなかった世界に戻すんだ」
そしてレッドは今までのことを全てミュウツーに話した。
フジ爺さんに聞いたことも、オーキドの研究のことも。
「俺は本当にポケモンが好きなんだ。人とポケモンが一緒に幸せに暮らせる世界に出来ないかとずっと考えてた。いろいろ試してみた」
「でも、ダメだった。俺じゃ何も変えられなかった」
「それどころか研究はどんどん進んでる。このまま進み続ければ本当に取り返しのつかないことになる」
「だから せめて…。せめて、もうポケモンが人間の道具としてこれ以上ひどく扱われないように……って考えたら、これしか方法がなかったんだ」
「それには君の力が必要なんだ、ミュウツー」
ミュウツーは、ずっとレッドを見つめていた瞳を閉じる
再び開いた目は、とても優しい目だった
〈これほどポケモン想いの人間がいるとは知らなかった。私は、人間は馬鹿しかいないとばかり思っていたよ〉
〈俺じゃ何も変えられなかった、なんてことはない。現にお前は私の心を変えられた〉
〈協力しよう。ポケモンの世界の終わりに〉
レッドは安堵の表情を浮かべた
みんなをボールから出す
「みんな、先に言わなくてごめん。そして こんな答えしか出せなくて、本当にごめんな。最低のトレーナーだよ…」
〈最低のトレーナーなんて誰が言った?〉
〈そうですよ!〉
〈俺にとっちゃ、最高のトレーナーだぜ!〉
〈私にとってもよ〉
〈お腹すいた…〉
濡れた瞳で笑うレッド
〈どんな道を選んでも俺達はレッドに着いて行く。俺達がずっと思ってたことだぜ〉
そう言うと、レッドはみんなを抱きしめた
〈いい仲間じゃないか。本当に…〉
それをミュウツーは後ろから眺めていた
「さて。最期に俺からお願いがあるんだ」
「ピカチュウとミュウツーは俺と一回シロガネ山に戻ってほしい。みんなはここで待っててほしいんだ」
みんな なんとなくレッドの考えがわかっている
〈一緒に旅できて、本当によかったぜ〉
リザードンの声が震えている
〈ライバルの頃から、ずっと尊敬してるぞ〉
微笑むカメックス
〈たくさんのありがとうを伝えきれないです〉
唇を噛みしめるフシギバナ
〈おいしいご飯、また作ってね〉
満面の笑みのカビゴン
〈大好きだよ、レッド〉
大きな瞳からポロポロと涙をこぼすエーフィ
ID変わったけど>>1です
サルくらってた
レッドは泣いていた
それでも、必死に笑顔を作っていた
「俺もみんなが大好きだよ」
みんなに手を振り、レッドはミュウツーにテレポートを頼んだ
シロガネ山の頂上に戻ってきた
そこでレッドは俺とミュウツーにこの後の具体的な指示をした
「よし…こんなもんか」
笑顔のレッド
「本当に、ピカチュウには世話かけっぱなしだな」
〈ほんとだよ〉
少しいじわるを言ってみる
「ごめんな。もう俺はこれ以上は耐えられない。ポケモンの命を奪い過ぎた。もう…限界なんだ……」
限界なんてとっくの昔にきていたくせに。
それでもレッドは戦っていた
ポケモンの為にポケモンの命を奪い、ポケモンと戦っていた。
大好きなポケモンと、自分と。
ポケモンを絶滅させる
その選択肢はかなり前からあったのだろう
それでも、そうならないように必死にもがいていた
チャンピオンの地位が唯一の希望だった
しかし、オーキドの爺さんの力があまりにも大きすぎた
研究は進む一方で、時間もない
これしかない。
その選択は、どれほどレッドの心を抉っただろう
レッドの隣に座る
頂上からは、レッドと一緒にまわったカントーが一望できる
今日は天気がいい。
遠くまでよく見える。
空でポッポが群れを成し、海でドククラゲがぷかぷか浮いている
森でバタフリーの夫婦が住処を探し、町では誰かがバトルをしている
何も言わず、並んでそれを眺める、
風が木々を優しく撫で、波打つ緑が何故か懐かしく感じた。
〈楽しかったよ。レッドと一緒で〉
「俺もだよ。ピカチュウがいてくれてよかった」
〈俺にとって、レッド以上のトレーナーはいねぇ。俺を選んでくれてありがとう〉
「俺にとっても、ピカチュウ以上の相棒はいないよ。俺からもありがとう」
〈またこうして、並んでいい景色を眺めようぜ〉
「そのときは人間として生まれてこいよな」
〈次はレッドが人間じゃないかもな〉
「それは考えてなかった!」
ミュウツーはずっと黙って離れたところにいてくれている
「ピカチュウ…、本当に最期まで迷惑かけてごめんな」
うるせぇ
「本当に本当に、ありがとな」
うるせぇ
「大好きだ。みんなが、ピカチュウが」
うるせぇんだよ
前が見えなくて狙いが外れたらどうすんだ。
言うな
言うなよ
お前が決めた、最期の言葉を。
「また会おうな」
ッ!────────……
シロガネ山の山頂に一本の雷を落とした。
俺のすぐ隣に。
その爆音はハナダの仲間にも届いただろう
これも、レッドが選んだ道
俺達はそれを信じて進むだけ
衝撃で地下まで抉れ、焦げた地面は見ないようにミュウツーのもとへ歩く
〈いこうか〉
〈あぁ、頼む〉
再びテレポートでハナダへ向かい、みんなにレッドからの指示を伝える
最後の戦い。
ポケモンの終わりが始まろうとしていた
リザードンは森と空へ、カメックスは山へ、フシギバナは海へ、俺とカビゴンは町へ
ミュウツーとエーフィにそれぞれテレポートで送ってもらう
2人には力を温存しつつ、みんなを手伝ってもらうように頼んだ
そして俺の雷を合図に、一斉にポケモンへ攻撃を始める
野生もトレーナーのポケモンも関係ない
ポケモンは全て攻撃対象だ
俺はエーフィについてきてもらい、各ポケセンを潰してまわった
途中何度もトレーナーと戦ったが、どれも相手にならない
シオンでフジ爺さんに会った。
セキチクでジョーイさんに会った。
レッドのことを話すと、2人とも涙を流してくれた
そして俺に優しい言葉をかけてくれた
この人達に会えて、本当によかった。
心からそう思った。
エーフィに海に送ってもらい、フシギバナを手伝った
死体が転がっていく
構わずどんどん倒していく
次はリザードンの背中に送ってもらって、空のポケモンを殺していく
空から、みんなの戦っている姿が見えた
フシギバナは海底まで根を這わせ、カメックスは山を水浸しにし、カビゴンは町を壊している
エーフィとミュウツーもみんなのもとへ行って一緒に戦ったり傷薬を運んだりしている
森を灼いたリザードンも俺も含め、みんな かなり疲労しているようだ
人間の悲痛な叫び声が、俺達への恨みの声が、俺達の心を削っていく
それでも攻撃はやめない
ポケモン達の必死の抵抗も、力で振り払う
ミュウツーを呼び、マサラタウンへ向かってもらう
そろそろ全ての元凶を潰しにかかろう
博士とグリーンが研究所の外で異変に混乱する中、俺の姿を見つけた
「グリーン…あの赤いポケモンは……」
「あれは…レッドのピカチュウだよ、じいちゃん……」
そうか、俺は今赤いピカチュウなのか
返り血を浴びていることすら気付かなかった
「おい、何があったんだよピカチュウ!…レッドは?レッドはどこだよ!?」
〈死んだよ〉
〈……俺が殺した〉
「何をいっておる、そんなわけなかろう!レッドはどこじゃ!」
喚く爺さんを横目に、グリーンは落ち着いた声で言う
「レッドがそれを選んだのか?」
〈あぁ〉
「この異変もか?」
〈あぁ。これしかないって、レッドが決めたんだ〉
レッドの決断をグリーンに話す
その間も爺さんはずっとパニックで叫んでいた
「そうか…わかった。じゃあ俺の仲間も頼む。できるだけ…苦しまないようにしてやってくれ……」
ここでそう言えるグリーンは、本当に強いと思う。
研究所の中にボールを置いてくれと言った
研究所を見る
ここがなければ、ポケモンが生まれることはなかった
ここがなければ、レッドが死ぬことはなかった
ここがなければ、俺達はレッドと出会うことはなかった
いい方向に ここが使われていれば、この世界はもっと違った形でまわっていただろう
もっと幸せな世界が……
〈…チュウ……ピカチュウ〉
はっ、とミュウツーの声で我にかえる
〈もういいだろう、何発雷を落とすつもりだ〉
目の前の黒焦げの地面が大きく穴をあけていた
それをオーキドの爺さんが絶望の表情で見ている
グリーンは、悲しい目で空を見ていた
研究所は跡形もなくなっていた
〈…悪い。ぼーっとしてた〉
どれほど殺しただろう
もうほとんどポケモンもいなくなった
俺達も既に限界だ
これほど力を暴走させたことはない
みんな傷だらけでボロボロになっている
〈エーフィ、ミュウツー、そろそろ頼む〉
〈…わかった〉
エーフィには、人間からポケモンに関する記憶を全て消し去るように頼んでいた
額の赤い珠が光り、カントー中の人々に念力をかける
ミュウツーには まだ生き残っているポケモンや隠れているポケモンを探してもらい残りのみんなでそれを倒していく
もう立っているのもやっとだ
カビゴンとフシギバナがついに倒れてしまった
リザードンとカメックスは今にも倒れそうな中、まだ戦ってくれている
俺も戦う。
エーフィも限界が近付いている
〈あとは…マサラだけ……〉
マサラに向けて、さらに強い念力を送り続ける
すると、パリンッと音を立ててエーフィの額の珠が突然割れてしまった
〈エーフィ!〉
〈大丈夫…成功したから……。もう誰も…ポケモンなんていう存在を知らないはず。だから…ちょっとだけ…休むね……〉
そう言ってエーフィも倒れてしまった
〈もうこの世界にポケモンは私達しかいない〉
ミュウツーの言葉に終わりを実感する
〈エーフィのおかげで、今眠っている人間達も起きた時には何も覚えていないだろう〉
〈そうか…。ミュウツー、すまねぇが俺達をシロガネ山の山頂に運んでくれねぇか〉
最期のわがまま。
ミュウツーは快く引き受けてくれた
〈終わったんだな……〉
呟くリザードン
〈あぁ。レッドはオーキドの手によって道具と慣れ果てていく道から、ポケモンを守ったんだ〉
カメックスが言う
〈ミュウツー。最後の始末を任せちまってすまねぇな〉
〈気にするな。人間の為に力を使うなど、これが最初で最後だからな〉
ボロボロのカントーを眺めるミュウツー
そして、サイコキネシスで町の修復をはじめた
少しずつ崩れた家や焼けた木が元に戻っていく
そして、数え切れないほどのポケモンの死体をシロガネ山の麓に集めてくれた
〈ありがとう。リザードン、手伝ってくれ〉
〈あぁ〉
リザードンと共に死体の山の前に立つ
残り少ない体力をふりしぼり、雷を落とした
リザードンも火炎放射を放つ
一瞬で山は炭へと化した
意識が飛びそうになる。
リザードンに支えてもらい、再び山頂へ戻る
「ねーおじいちゃんみてー!」
「おー、ゲーム買ってもらったんか。よかったなぁ」
「うん!あのね、ポケモンっていうの!」
「ポケモン…?」
「そーだよ!おじいちゃんしってる?」
「……いや、聞いたことないなぁ」
「でも…何故か懐かしい気がするのぅ」
「ふーん、おじいちゃんへんなの」
「どれ、おじいちゃんにもやらせておくれ」
「あっ!ママー!グリーンおじいちゃんもポケモンしたいってー!」
おわり
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