僕「僕は変態ですか?」(107)

音が絶え間なく鳴り続く。
なぜなら季節が夏だから。
蝉時雨。陽炎。入道雲に青い空。
“夏の”という形容詞がよく似合うそれらは、代わる代わる音を鳴らすのだ。時に喧しく、時に厳かに。
そうした中に聞こえてきたのは、一年中代わり映えしない学校のチャイムであり、自分の口がついたため息であった。

今日。僕の住むこの小さな村の七月一日は、梅雨明けもまだという東北地方を鼻で笑うような猛暑だ。
それはなにも、今朝方廊下にある大きなカレンダーをめくったからではなくて、だからましてやそこに描かれているしなやかな朝顔たちのせいでもなくて、実のところ二週間ほど前から始まっている夏をただ継続しているだけなのだ。

青年「う・・・・あじぃ」

だから、この隣で椅子の背もたれにもたれにもたれている青年——彼は僕の友人である——が、そんなじとっとした目で僕を見ても、僕にはどうすることもできないのだ。
それでも友人には変わりないのだから、社交辞令的にも、「暑いね」とだけ簡素な相づちは打っておくことにする。

僕「うるさい余計暑くなるから黙れ」

・・・。
夏の暑さは怖い。本当に。

いけない。このままだと、この物語の主人公だろうと思われる僕のことを誤解されたまま話を進めなくてはならなくなりそうなので、ここいらで少し自己紹介をさせていただきたい。
どんな誤解かというと、たわいない会話を楽しもうとした友人を冷たくあしらうような男。という誤解。
これから話を進めるにあたってはそれでも何も不都合はないけれど、僕のモチベーションに関わることなのできっちりさせておくことにする。

僕は今年四月にこの小さな村に越してきた。花の大都会東京から、新幹線ローカル線バス徒歩とおよそ六時間の長い道のりだった。
高校最後の年に、こんな山に囲まれた自然たっぷり八十パーセントアップ(当社比)の辺境へわざわざ越してきたのには勿論理由がある。
しかしそれを話すにはまず、僕の家庭環境について知ってもらうのが早いだろう。

僕の父親は僕が十四の時に死んだ。ガンだった。
関係ないけれど、“ガン”という病気は病名の響きからしてヤバそうな気配がぷんぷんする。漢字にしたら“癌”だぞ?いかにも身体の中に異物がある様子を表しているって感じだ。正直お医者様から診断されたら、僕はその時点で死を覚悟する自信がある。
父がどうだったかはともかく、とにもかくにも父は死んだ。
僕は泣き、母は新しい旦那様を見つけた。
驚く暇もなかった。
どうやら父が入院する以前より交際は始まっていたようだ。
そういえば父のお見舞いに行った回数は僕の方が多かったし、妙におめかしをして夜な夜な出かけて行くことがあった。あの頃は無理くり気がついていないフリをしていた。おそらくは父も。
母にとって邪魔だった二人は一人になり、その一人は頭の悪い子供だった。
結局顔を見たこともない親戚の家へ僕は預けられたのだった。

それから少し時が過ぎ、高校二年の春休み。進級の用意をしていた頃だった。
僕がお世話になっていた親戚の家へ村の使いの人がやってきた。
彼らは母方の祖父である村長の使いらしかった。
そもそも母方の祖父には一度も会ったことがなく、村の長をしているなんてことも初耳だった。
新手の詐欺かなにかかもしれないと注意しなければ。そう意気込んでリビングへ入った僕に、親戚のおじさま夫妻は言った。

「君はお爺さんの家へ行けるって」

「良かったね」

思えば、突然中学生を預かってくれなどという非常識なお願いを、厄介事を、引き受けてくれたのはおそらくはその村長の娘である母の頼みを断れなかったからなのだ。このおじさまもまた、母と同じ村の出身だった。
良かったのはあなたがですか。
そう僕は言おうとして、

「今までお世話になりました」

こう言った。

ここから出られるのなら、もうどこでも良かったのだった。

そういう訳で、僕はこんな辺鄙な村へやって来たのだ。
だが、すぐに僕はここへ来たことを心から正解だと思う。
てっきり祖父家で一緒に暮らすものだとばかり思っていたのだが、なんと祖父は小さな平屋を僕にあてがい、一人暮らしをさせてくれたのだ。
夢にまで見た一人暮らしを、である。
まさかあの母の父上がこんな人格者だとは。血のつながりというのは案外とあてにならないものである。
もっとも、僕が村に着いてからも僕の世話をしてくれたのは使いの村人で、僕はいまだに自分の恩人の顔を見てはいないのだが。
そんな男を人格者と呼ぶことには抵抗がないわけでもないけれど、僕にとっては尊敬に値する人間であることには間違いなく、ならばその本人が会いたくないというのに他にどんな理由がいるだろうか。

我が祖父は偉大である。

何はともあれ、気兼ねなく横になることの出来るスペースを手に入れた僕は、嬉しさを体現したような表情でもって荷ほどきを始めた。

長々とつまらない自分語りをしてしまった。申し訳ない。
これで僕のモチベーションも元の位置まで戻ったということで、どうかご容赦願いたい。

隣では相変わらず鍋にかけられた飴のようにでろでろとした男が、気だるそうに黒板の文字をノートに写している。

人口三百人にも満たない小さな村にある唯一の学校。
全校生徒合わせて四十二名。小学生から高校生まで一同に会してこれである。
その四十二名が集う二階建て木造校舎には、全部で十二のクラスがある。まず一階に、階段のある北側から順に小学一年、二年、・・・・六年。と六クラス。そして二階にも同様に、北側から高校一年、二年、三年、中学三年、二年、一年。という並びで六クラスある。
そのうち半分くらいが、生徒のいない空き教室だ。
そんな渋い学舎には空調設備などあるはずもなく、職業体験に来た子供が作ったのであろう出来損ないの飴細工の人形があちらこちらで誕生するばかりだ。

ようやく午前の授業が終了した頃には、頭は完全に茹で上がり、視界にあやしげな白いもやがかかりはじめていた。

青年「やっと飯だな」

派手な音を立てて僕の机に自分の机を並べ、彼はいそいそと昼食の用意にかかる。
可愛らしい巾着袋から出てきたのは、卵焼きや焼き鮭などが色とりどりにおさめられた美しいお弁当だった。
以前に、毎日の弁当は自作であり、当然これらすべてのおかずも彼の手作りだと聞いた時は、可憐な少女が暑苦しい男子高校生の皮を被っているのではないかと本気で勘繰ってしまったくらいだ。
いやなに、けしてオーバーリアクションではない。このヒョイと脇に退けられた薄ピンクに白い花が一輪咲いた巾着袋でさえも、彼のゴツゴツした手によって生み出されたものなのである。

青年「お前食わねえの?夏バテか?」

歯に磯辺揚げの青のりをふんだんにくっつけてニカッと笑うこの男を見るたびに、僕は“人は見かけによらない”と思い知らされる。

白飯、梅干、ふりかけ、ウインナー、ブロッコリー。だけ。
これが僕のお弁当。
一人暮らしなので、僕もまた手作りの弁当を持ってきてはいるのだが、隣の弁当箱と並べるたびもの悲しくなる。
男子高校生ならばこのくらいが普通のはずなのだ。わざわざウインナーをタコやら花びらやらに加工する方が普通ではないのだ。

青年「お?なんか騒がしくなったな」

異常者が弁当箱に突っ込んでいた頭を上げ、教室の出入り口から外の廊下を見る。

僕「確かに。なんかあったのかな?」

下の階から小学生たちの激しい歓声が聞こえる。
それはだんだんとこちらへ近づいてくる。ちょうど人がゆっくり歩くくらいの早さで。

やがて喧騒は二階に上がり、僕のいる教室の目の前にやって来た。

先程から彼がじっと見ている教室の出入り口の向こうに、腰元まである長い黒髪を揺らしながら、美しい女性が現れた。
しずしずと廊下を通る姿は、古文の教科書の挿絵で見た平安貴族のようだ。凛と前を向いたままだった彼女が、ほんの一瞬目だけで僕の教室を覗いた気がした。

肌は幽霊のように青白く、やけにふわふわとした真っ黒の洋服——ゴスロリ。というやつなのだろうか——との色の対比が目にまぶしい。
すらりとした痩身で、百七十センチメートル近くありそうな身体には余分な脂肪はおろか、必要な筋肉すら付いていないように見える。

喧騒の正体はもう疑う余地はなく彼女なのである。
幽霊の正体は枯れ尾花ではなく、やはり美しい女性なのである。
学校中の人間が彼女を取り巻き、やんややんやと熱い視線を送っているのだ。
ただ本人だけがそのなかで一人、涼しく黒髪をなびかせて歩いていく。

僕「なんだあれは?」

彼女が通り過ぎ、おそらくは隣の教室に入ったのだろう、少しだけ騒ぎが収まった。
僕は聞いた。

青年「なんだあれは。ってなんだよ、誰だあれは。じゃないのかよ」

僕「あ、無意識だった。あの子は誰なの」

青年「あれは巫女様だよ」

彼は答えた。
わざわざ聞き直させたにも関わらず、はじめの方の問いに。

僕「巫女様ってなに?」

青年「村の守り神に仕える神官のことだ」

僕「それがあの子?」

青年「そう。めったに学校には来ないぞ。だいたいジジババに拝まれてるから」

めったに。というのは過言ではなく、彼女が登校するのは一年に三回程度らしい。

僕「その巫女様っていうのはそんなに凄いの?」

・・・出席日数三日で進級出来るくらい?

青年「凄いよ。この村では村長よりも偉い人間だからな」

・・・学校に来なくても卒業できるくらい。

僕「じゃあ、そんなに凄い巫女様はどうやって決まるの?血筋とか?」

青年「いや、村長が任命するんだ。前任の巫女が神様の指名を聞き、神隠しが起きたらその人間に村長が任命するって形をとる」

神様の指名?神隠し?
どうやら、いつの間にかこの物語はファンタジーというジャンル分けをされてしまったようだ。

青年「若い奴らはほとんど信じちゃいないよ。けれど、じいさんばあさんや親なんかが従ってるからな」

青年「まあ、あとはなにもわからないちっさい子らか」

青年「そんなわけで、どうしたって俺らも従うほかないんだ」

ここも実に田舎の集落らしく、村民の平均年齢は高い。おまけにやや閉鎖的ときている。
若者が主権を取っていくことが難しいのは理解に易しい。

悪法も法。ならぬ悪習も習がまかり通ってしまう世界なのかもしれない。

幼女「お兄ちゃんおかえり!」

学校が終わり、酷暑にやられてへとへとの体を引きずって家へ帰ってくると、家の前の道路で女の子に声をかけられた。
この子は僕の家の隣に住んでいる子で、僕のことをお兄ちゃんと呼ぶ。心なしか疲れがすーっと消えていく気がする。

僕「ただいま」

そういえば、七夕の日、つまり七月七日が誕生日だと言っていたような。やはりプレゼントは用意しておいた方がいいだろう。

僕「今度いくつになるんだっけ?」

幼女「六歳だよ!」

僕「じゃあ来年から学校だね」

幼女「うん!お兄ちゃんと学校行くの楽しみだよ!」

来年お兄ちゃんは卒業しているんだけどね。

幼女「毎日一緒に行こうね!」

・・・留年の仕方を調べよう。

ふと。目が覚めてしまった。
古い木の柱にかかる時計は三時少し前を指している。

帰って来てからも昼間見た巫女様の姿が頭から離れず、青年に聞いた習わしのどこかおどろおどろしい、小説の舞台のような古めかしさに興奮していたのだ。
そんな状態では安眠快眠を貪ることなど出来るわけもなく、こうして夜と朝のちょうど中間くらいの時間に、僕は暗い部屋で頭に微かに残った夢の残り香を必死に思い出そうともがいているのだ。
それはそれとしても、まさかあんないかがわしい淫夢を見ようとは。
巫女というものはまったく恐ろしい。

僕「ふぅ・・・・」

ぶよぶよと膨らむ罪悪感が、寝汗のじとっと染み込んだシャツを覆うようで気持ちが悪い。
仕方なく僕は二度寝を諦め、シャワーを浴びることにする。
シャワーを浴びながら、自分の男子たる男子な部分に呆れ半分に自信を持った後、半袖シャツに短パンというラフな出で立ちで外へ出た。
夜風で頭を冷やしがてら、夜の散歩に繰り出したのである。
さしもの暑さもこの時間には影を潜め、シャワーで火照った身体を風が通り過ぎていくのは涼しくて心地がいい。
頭上では図鑑の写真を切り貼りしたような幾千の星々が輝き、あちらでびゅん、こちらでびゅんと流れ星がまったくありがたみなく流れている。
電柱や街灯などのないあぜ道を歩いていると、まったく違う世界へ来たのだと実感させられる。十七年間過ごした都会の色香はそうそう簡単には忘れることなど出来そうにない。

しんと静まり返った村の中をぽつぽつ歩いていると、いつの間にか学校まで来ていた。
夜の学校、それも古い木造校舎ともなれば、その雰囲気はそうそうたるものがある。

怪談は苦手な方だ。
幽霊とはどうして人間を驚かすことにああも躍起になるのだろう。僕も晴れて幽霊となった暁には、人間を驚かすことに生きがい——いや死にがいとも言うべきものを感じるのだろうか。

そんな僕だから、校門の前に真っ白い洋服を着た長い黒髪の少女がいたときには、腰を抜かすほど驚いてしまったのだ。
腰を抜かし、その場にへたりこみはしたが、しかしそれだけだ。声は上げなかった。どうだ。
多少下着に染みができていたかもしれないが、しかし僕は、声は上げなかったのだ。

少女はふらふらと校門の周りをうろつき、校舎を眺めているようだ。
そうして一瞬見えた横顔に、僕はこれ以上はない見覚えがあった。
昼間とは服装が真逆だが、少女は間違いなくあの巫女様だ。
僕が反射的に声をかけたのは、深夜の学校で美少女に遭遇するという非日常的な事態に頭が麻痺し、下心を抑制する“たが”が外れてしまっていたからだ。

女「きゃんっ!?」

マンガみたいに驚いて彼女は振り返った。
僕は精一杯のキメ顔をつくってもう一度声をかけた。

僕「こんばんは」

女「・・・・」

シカトだった。
昼間見た無表情に戻ってしまった巫女様は、なにも言わずじっと僕を見つめている。

僕「えっと、なにを、されているんですか?」

女「見ての通り夜の散歩を。あなたには関係ないと思うけど」

冷たい物言いに若干イラッとする。人が下手にでてりゃあ調子づきおって。
正面から見た実物の巫女様は、思っていたよりも排他的で、思っていたよりも冷徹で、思っていたよりもずっとずっと美人だった。

女「どうして私を見ながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているの?聞くまでもないことだけど一応聞いてあげるから答えなさい」

僕「うえっ、いや、違うんだよ。綺麗だなって思っただけで・・・・」

そう言い繕いながら、脳裏であられもない姿を披露している巫女様に退場願う。夢と現実がリンクしているようで内心かなり気まずい。

女「へえ。自慢じゃないけれど私は今まで数えきれないくらいにその台詞を聞いてきたわ。でもあなたのそれが一番嘘くさい」

女「面白いわね、あなた」

嘘なんてついていないのに。心から美しいと思っているはずなのに。
ただ一つ訂正して欲しいのはそこではなくて、誰がどう見ても、面白い言動をしているのは彼女の方だということだ。

女「ところで。あなたこそこんな時間にこんな場所で何をしているの?」

女「死体でも埋めた帰り・・・・だったりして」

ふふっ、と口先に息をこぼして言う。心底楽しそうだ。

僕「まさか。君には関係ないじゃないか」

さっきのお返しとばかりにそう答える。

女「あっそ」

一蹴。ささやかな抵抗は風に吹かれて飛んでいった。
そのまま彼女はまたふらふらとどこかへ歩いて行ってしまった。
一人取り残される僕。
どうやら選択肢を間違えたようである。
・・・セーブしておくの忘れた。

おはよう。おはよう。
朝の学校。
年長者になるほどその足取りは重く、表情も暗い。
黄色い帽子にランドセルのあの子たちは目一杯にはしゃぎ、これから始まる一日に対して期待を込めた眼差しを向けている。
反対に、よれよれのTシャツにハーフパンツという格好の青年は、これから始まる暑さと格闘するだけの時間に対して私怨にも似た感情をその視線に乗せている。かく言う僕も、こちらの部類に入るのだが。

下駄箱で外靴と内履きを履き替えていると、昨日聞いた喧騒がまた校門の方から聞こえてきた。

青年「二日連続登校?珍しいな。なんかあったのか・・・・?」

隣でぶつぶつ一人問答する彼の様子を見るに、これは異例と言う他はないくらいに異常な事態のようだ。
また学校中の人間をかき集めてようやく完成したような人垣の間を悠々と歩いてくるのは、やはり長い黒髪の巫女様であった。
夜に会ったときの白いレースのついた洋服ではなく、昨日の昼間と同じような、黒ずくめのゴスロリ姿に着替えている。
僕は人垣をなんとかくぐり抜け、彼女の背中に声をかけた。

僕「やあ、おはよう」

彼女はその声にゆっくり振り返り、僕に向き直って答えた。

女「昨夜のことは誰にも言わないようにお願いするわ」

そうして僕の返事も待たずに、颯爽ときびすを返し校舎の中へ進んでいく。
ツンとした態度が一層強まっている気がする。やはり昨夜なにか気を悪くするようなことを言ってしまったのだろうか。

青年「おいおい昨夜ってなんだよ」

よくあの小声が聞き取れたものだ。

僕「いや、なんでもないよ」

青年「そうはいかねえぞ」

結局その後、いつまでも問いただそうとしてくる彼の執拗さに折れ、昨晩の彼女との一通りを教えてしまった。
僕は彼女のお願いに応えるとは一言も言っていないのだ。なにも責められることはないのである。

青年「三時過ぎ!?なんだってそんな時間に」

僕「夜中に急に目が覚めちゃうことがあるでしょう」

理由は口が裂けても言えないが。

青年「ああ・・・・でも気をつけろよ。この村の掟でな、夜の十二時から二時までは外出しちゃいけないことになってんだ」

僕「そうなの!?」

初耳だぞ。危なかった、昨晩起きたのがもっと早かったら、僕は村の掟を破ってしまっていただろう。
しかしここに来て三ヶ月になるが、今更村の掟を聞くことになろうとは・・・・まさか他にもあったりしないだろうな?
不安だ。

男子生徒「ねえ君ってさ、転校生・・・・だよね」

昼食の時間。青年がトイレへ立ち、僕が一人になったのを見計らったように少年が声をかけてきた。
同じクラスの同級生ではあるが、名前を知らない。彼の様子を見るに、おそらくは互いに。

きついつり目で線の細い輪郭はどことなく狐を思わせる。
黒い短髪に少し寝癖がついているのは、午前の授業中いつものように爆睡していたからだろう。学校にいる間はいつ見ても眠たそうにしている。
このギラギラと照りつける太陽の下を、毎日登下校していればいやでも肌は焼けて黒くなるというのに、なぜか彼の服の裾からはみ出す腕や足や首は病的に白い。それが余計に彼を得体の知らない宇宙人のように思わせるのである。

僕「そう、だよ?」

男子生徒「君って巫女様とどういう関係なの?」

ああ、なるほど。合点がいった。
彼が、名前も知らない、三ヶ月経っても挨拶一つ交わしたことのない男に話しかけた理由が。
つまり彼はあの巫女様のファンなのだ。あるいは信者なのだ。
自らの熱い信奉の対象が、珍しく連続で登校してきたかと思えば、殆ど他人同然の転入生という新参者と言葉を交わした。
どんな関係なのか気にするなという方が無茶だ。
だから僕はそこまで理解した上で、彼の一番望んでいるであろう言葉を吐いてやることにする。

僕「いや、なんの関係もないよ」

男子生徒「へえ・・・・」

キュッと目が細まる。とたんに印象が狐から蛇に変わる。
蛙は嘘がバレぬように身動ぎせず見つめ返すだけしか出来ない。
気味の悪いぬるい汗が背中を伝って下着に吸い付いた。

男子生徒「まあ、いいや」

フッと力を抜いた。僕の方もつられて力が抜ける。
立ち去る彼の背中を見ながら、彼とはもう二度と絡みたくないなと思った。
しかしだからこそ僕は彼を“友人”と呼ぶことにした。なぜなら、同じ女性に魅せられた男同士、通じ合い分かり合うことが出来る気がしたからだ。
そしてそれ以上に、なんだか僕たちはとてつもなく深い関係になってしまう、そんな気がしたからだ。

午前三時。僕はまた夜の散歩に出ている。
無論、いとしの君との逢瀬を願ってのことである。
同じ道を通り、学校の前まで来ると、はたしてそこに彼女はいた。
心の中で半狂乱になりながら駆け寄る。そのせいで息があがり、彼女の白い目が僕に向けられることになった。

女「・・・・誰?変態?」

僕「いやいや!昼間も会ったじゃない!」

女「私は大きな声を上げるべきかしら」

僕「変態でもないから!」

女「息を荒げたかと思えばなに?今度は鼻をふがふがと」

女「はあはあ、巫女様くんかくんか。はあはあ」

女「ということなのね?分かるわ」

・・・問いたい。僕は変態ですか?

僕「いやいや、僕の発言を無視して変態認定をするな!」

・・・A。僕は健康な男子高校生だ!

女「そんなあなたに素晴らしい格言を教えてあげましょう」

女「犯人はみんな、『俺はやってない』って言うのよ」

僕「なら犯人じゃない人はなんて言うのさ」

女「そっか。確かにそうね。けれど逆を取れば良いわけだから、きっとこう言うんじゃない?」

女「『俺がやりました』」

僕「自白した!」

僕「駄目だろう!すぐにお縄にかかるぞ、そんなことを言ったら」

女「けれど、話の序盤で自分がやったと言う人は大抵真犯人を庇っているパターンが殆どよ」

僕「二時間サスペンスの見すぎだ!」

女「まったく。どこまでも変態ではないと言い張るつもりなのね」

僕「当然だ。だって僕は変態ではないのだから」

女「分かったわ。そういうことにしておきましょう。あなたが本当に変態なら、今時点で既に私は襲われていなくてはならないのだから」

僕「その理屈は変態の行動力を過剰評価し過ぎている気がしないでもないけど、まあ疑いが晴れたならよしとする」

女「ところであなたはまたこんな夜中に何をしているの?」

女「埋めた死体が朝起きたら自分の横に寝ていて、それをまた埋めに来た。とか?」

僕「まず死体を埋める発想をどこかへやるべきだ」

女「それなら。昨晩会った麗しい少女が忘れられず、頭の中であんなことやこんなことをした挙句に、ついに我慢の限界を迎え本人に対してその欲望の魔の手を向ける為に来た。とか?」

僕「一パーセントだけ合ってる、かな。僕は君に会いに来たんだ」

女「そう、残念」

僕「どうしてだ!」

女「私、あなたになら・・・・いや、あなたの欲望になら、抱かれてもいいと思ったのよ」

誘ってる・・・・のか?
途端に彼女の柔らかそうな唇が、桃色の頬が、艶やかな白い足が、僕の脳味噌に熱い汁をドバドバと注ぎ込んできた。

女「いやだ。そんな熱い視線やめて。ドキドキしてしまうじゃない」

襟元を口に寄せ、上体を後ろに向けながら目だけでこちらを見る。
上目遣いが、色っぽい・・・・。

女「ああまったく。その頭の中ではどんな妄想が繰り広げられているのでしょう」

女「氷漬けにして舐め回されたり。目の球を舐め回されたり。二、三日拘束されて憔悴し汚物まみれのまま舐め回されたり・・・・」

僕「僕の舌に感覚神経の全てがついているわけじゃないからな」

女「そうなの。なるほど、あなたはむしろ“シカン”する方が好きなのね」

僕「“視姦”か、まあ嫌いではないけど、いやいや僕の性的嗜好はノーマルだよ」

女「“死姦”がまあ嫌いではないレベルの人間の性的嗜好はノーマルとは呼ばないと思うわ」

僕「そっちかよ!なんで発想が常に死体寄りなんだ」

女「なんでかと聞かれたならそれは・・・・身近にそれを感じたい、あるいはそうなりたいから。だと答えるわ」

僕「そうなりたいって死体に——つまり死にたいってこと?」

女「そうよ」

僕「」

あまりにさっぱりとした返事が返ってきたものだから、僕は言葉を失ってしまった。

女「ここで会ったのも何かの縁。あなたに殺されるなら本望よ」

僕「そんな縁、願い下げだよ。なんだって夜の散歩の途中に殺人鬼にならなくちゃいけないのさ」

女「誰も殺人鬼になれ。なんてこと言ってはいないのよ?」

女「ただ、私を殺して。と、お願いしているの。ほら、この通りよ」

彼女は懇願哀願切望待望と繰り返し、僕の両手を自らの首にかけさせた。
その顔には死への恐怖や遊び半分の興味といった感情はなく、ただひたすら安らかな微笑みを浮かべるだけだ。
だからつい、僕もその細い首を覆った手に力を込め・・・・。

僕「駄目だ!」

なにを考えているんだ僕は。
急いで彼女の手を振り払い、数歩後ずさる。

女「残念だわ」

僕「同じことじゃないか。君を殺せば、結局僕は殺人者だ」

女「違うわ。私がお願いしたのだから」

僕「それでなにが違うことになるのか教えてよ」

女「私を殺せば、私が心から感謝するわ。そして誰も悲しまなければ、誰も困らない」

女「この二つの条件下での殺人は殺人鬼も殺人者も産まないわ。ただ人が消えるだけよ」

僕「そんなはずないだろう。誰かを殺したという事実は動かないのだから」

女「いいえ。そんな生ぬるい殺生で鬼とは呼ばれないわ。虫を何匹殺しても殺虫者と罵られたりはしないでしょう?」

僕「それでも駄目だ。君の理屈は真犯人を庇うためにされた序盤の自白と変わらないよ。結局捕まるのは君ではなくて、その真犯人だろう」

僕「それにその理屈を通したとしても、やっぱり僕は殺人者になってしまうよ」

女「どうして?」

僕「君が死ねば、僕が悲しむからだ。君を殺した僕自身が」

女「そう。ふふ、確かにそれなら駄目ね」

女「なかなか、拾う神というものは現れないものなのね」

僕「大丈夫だよ。僕にも拾う神は現れたんだから」

女「どういうこと?」

僕は自分の生い立ちとこの村に来るまでのことを長々と話した。彼女は少しも口を挟むことなく最後まで聞いてくれた。

女「そう、あの男に・・・・不思議な因果もあったものだわ」

僕「因果?」

女「いいえ、なんでもないわ。けれど、あなたのお祖父様はあなたが尊敬するような人間ではないと思うわ」

僕「どうしてさ」

女「それは・・・・わからない方が良いことよ」

僕「そっ・・・・」

彼女はそれだけ言い残し、つかつかと早足で暗闇の中へ逃げていった。
あとに残ったものは、言い知れぬ不安と謎を抱えて立ち尽くす少年だけだ。

友「おはよう。村長のお孫くん」

朝。寝ぼけ眼をこすりながら登校すると、下駄箱で巫女様ファンクラブvip会員の少年に声をかけられた。つり目で狐でそして僕の友人である、彼だ。
僕が村長の孫であることはそれなりに有名らしい。引越し作業でバタバタとしているあいだに、あっという間に小さな村中に伝わったようだ。

僕「おはよう。実際村長さんに会ったことはないんだけれどね。君はある?」

友「そうなのか。まあ確かにあの人はそういうところがあるからね」

友「何回か会ったことはあるけれど、会話らしい会話はなかったし」

僕「そっか。気難しい感じなのかな」

友「うーん、どうだろう。もっと極端に人を寄せ付けたくない、という感じなんじゃないかな」

僕「あまりいい印象ではないんだね・・・・」

苦笑いしかできない。
「あなたのお祖父様はあなたが尊敬するような人間ではないと思うわ」
昨晩の巫女様の言葉の意味がなんとなくわかった気がする。
やはり蛙の親は蛙なのだろうか。ならばその蛙の孫は、その蛙の子は、これもやはり蛙なのだろうか。
僕はがっくりとして、大きなため息をつく。

友「それにしても、どうしたんだい?やけに眠たそうにしているけれど」

僕「ちょっと寝不足でさ」

さすがに夜ふかしが連続すると体にも疲れが溜まる。昼間の体力消耗が馬鹿にならない分、夜中しっかり休息を取らなかったツケがこうして回ってくるのだ。

友「それはいけないな。夜は寝なくては」

君こそいつも眠たそうにしているじゃないか。

友「いや、今のは忘れてくれ。俺ができていないことを他人にとやかく言えたものじゃあないからね」

心の声を聞かれてしまったのかと内心どきりとする。

僕「君も夜ふかしが過ぎるのかな」

友「ああ。もう長いこと夜に眠っていないな」

僕「そんなに何をしているの?」

友「ずいぶんずけずけと踏み込んでくるね」

僕「ああいや、気を悪くしたなら謝るよ。ごめん」

友「いやいいさ、冗談だ」

友「ただあまり答えたくはないな」

僕「うん、うん。答えなくていい。僕が悪かった」

友「なるほど。君は面白いやつだな」

その評価をされたのは二度目だ。もしかして僕は面白い人間なのだろうか。

友「そんな面白い君に聞きたいことがあるんだ」

僕「うん?なに?」

友「ただやっぱり、これもまたずけずけと君に踏み込む質問なんだよ」

友「だから嫌なら答えなくていい。けれど真面目に答えてくれたなら、さっきの質問に加えて、これからも君からの質問に答え続けると誓うよ」

僕「わかった。聞いてみて」

友「君は、子に親を選ぶ権利はあると思うかい?」

想定していたよりも堅い内容の問いに、僕は面食らう。
人は何かを問いかける際には大抵、こう答えて欲しい。という正解と、こうは答えないでくれ。という不正解を無意識に頭の片隅に用意しているものだ。
僕は常にその正解を考えて回答する。これでも親戚の家に預けられた数年間に、なにも学ばなかったわけではないのだ。
たとえば、「今日はなにが食べたい?」と問われたならば、事前にリサーチしておいた質問者が食べたいものを答えるのが正解であり、「あなたが全て悪いんでしょう!?」とヒステリックに問われたならば、「はいそうです」とやや俯きながら答えるのが正解なのである。
ではそれを踏まえて今回の問いだ。
まずもって、彼にはこの問題に対しての解答は出ているのだろうか。出ているのであれば、それをそのまま答えてやることが正解で間違いないが、そうでなければ彼を納得させるだけの回答を自分で作らなくてはならない。
「君はどう思うんだ?」と質問に質問で返すのは、場合によっては限りなく正解に近い回答になりうることもあるが、今回にはむしろ不正解だ。

僕「ある、と思うよ。ただその権利を行使できるかどうかは別問題だけれど」

結局僕は正解を見つけられなかった。だからこうして、ただ自分の考えを述べたのだ。
親としてふさわしくない人間だと子が判断したならば、子は別な親に育てられるべきだし、その権利は当然あるはずだ。と、しかし実際にそんな権利が行使されるはずはないのだ。と。
まったくひとりよがりな、どこまでも主観的でありいつまでも自己中心的である、自分本意の意見を述べたのだ。
正解を探すなどと格好をつけていながら、実のところ僕は、どうしても浮かんでくるあの母親の顔を消そうと躍起になっていたのだから。

友「そうか、安心したよ。いや、実は俺も同意見なんだ」

しかし彼は優しく微笑んだ。どうやら僕は正解を引き当てたようで、なんだか複雑な思いがする。

友「それにね、君はそう言うが、権利があるからにはやはり行使されて然るべきなんだよ」

彼は聖人君子のような笑顔でもって続ける。

友「どうしようもない親のもとに生まれてしまったのなら、それはもうどうにかするしかないんだよ」

僕「どうにかって・・・・?」

友「それは・・・・いや、その話はもう少し仲良くなってからにしようよ」

僕「わかった」

友「うん。そろそろ始業のチャイムもなるからね」

僕が頷くと彼は自分の席へ歩き出した。が、途中で何かを思い出したように振り返ると、今度は一転していたずらっぽい笑みをうかべながら言った。

友「ああ、約束を忘れていた。俺が毎夜なにをしているかというとね、それはきっと君と同じ事なんだよ」

それはつまり巫女様と密会を・・・・?
いや、そもそも疑問形の時点でこの回答は信憑性が薄い。テレビの次回予告における、「○○遂に死す!?」の“!?”くらいあてにならない。

友「どう解釈するかは、君に任せるけれどね」

なんだか、狐につままれたような心持ちがした。

僕「ねえ、君は、子供には親を選ぶ権利ってあると思う?」

女「どうしてそんなことを聞くの?」

午前三時の校門。僕はまたこうして彼女に会いに来ていた。

僕「君のことが知りたいから。かな」

こんな問いかけをする理由は、少なくとも僕には他に見当たらない。

女「そう、そうね。あってほしい、いいえ、あるべきだと思うわ」

僕「それは何故?」

女「子は親を選べないからよ」

女「あなただってそう思うんじゃないの?」

僕「うん。そうだよ。同じだ」

女「ならあなたは、親には子を選ぶ権利はあると思う?」

僕「ないね」

女「なぜなら親は能動的に子を産むから。でしょう?」

僕「ああ、受動的に産まされる子と違ってね」

女「あなたは私と似ているわ」

僕「君は僕と似ているね」

それから、あの友人も。

女「けれど同じではない。似て非なるものよ」

僕「そうかな」

女「そうよ。私はけしてあなたのような面白い人間ではないもの」

女「それに、考え方も違う。私があなたなら、昨日の晩、きっと私は殺されていたわ」

僕「なるほど、確かに似て非なる」

女「きっとあなたはこう考えるのでしょう?」

女「子は親を選ぶ権利は有するが、その権利はけして行使されない。泣き寝入りするしかないのだと」

僕「よくわかるね。君はまるで僕博士だ」

女「そんな不名誉な称号をいただくくらいなら舌を噛むわ。マニアもフェチも同様よ」

僕「冗談だよ。ただ冗談では済まないくらいに僕の心は傷ついたけれど」

女「つまらない冗談を言うのは犯罪よ。気をつけるのね」

僕「追撃の手を少しは休めてよ。それで?僕がそう考えるからどうなのさ」

僕「なにか間違ってるかな」

女「大間違いよ。世の中持っている権利を使わないで泣き寝入りなんて、権利を有していながら有給休暇を取れないブラック企業の社員くらい阿呆だわ」

僕「阿呆って・・・・。だって仕方ないじゃないか、そういう企業に入ってしまったのは自分なんだから」

僕「それはどうしようもないことだろ?」

女「それが阿呆だと言っているのよ。その会社がダメなら転職すればいいのよ。それすら出来ないのなら、会社そのものを潰して自分で立ち上げるのよ」

僕「そんなこと・・・・」

女「できるはずない?いいえやらないだけよ」

女「だから阿呆なのよ」

女「これはほんの例え話なのだけれど、私の両親は私が六つの誕生日を迎えた日に殺されたわ。私がやったわけではないけれど、ほとんど同じことよ」

僕「それを出来ないから阿呆だって?勘弁してくれよ」

女「そう思うのでしょうね。と、これが私の考え。ほらね、やっぱり私とあなたは違うでしょう」

僕「そうだね。ちょっと残念だなあ」

確かに僕と彼女は似て非なるものだ。だが今の彼女の持論。詳しくは聞けなかったけれど、友人のそれがおそらく言わんとすることとまったく同じなのではないだろうか。
であるならば、彼女と友人は似て非ならざるものなのか。これが熱心な信奉のなせるわざなのだろうか。

こうして彼女のことを知ろうとした結果、わかったのは僕とは違う考え方をする人間であり、むしろ恋のライバルとも言える友人の方が彼女とは深く共感できる考え方をしている。ということだった。
この皮肉な結果に僕は肩を落とさずにはいられなかった。
しかし、僕がそんな風に甘酸っぱい青春を謳歌しているあいだに、これからこの小さな村に起こる大きな事件の始まりを告げる鐘は、けたたましく鳴り響いていたのである。

青年「よう、ちょっと聞いてくれよ」

教室に入ると、待ってましたとばかりに男が駆け寄ってくる。目の下に珍しくクマができているのを見る限り、昨晩は徹夜でもしたのだろうか。彼がちょっと聞いて欲しい話は、きっとそこに関係があるのだろう。

僕「おはよう。本当にちょっとなんだろうね」

青年「ああ、もうあっという間だ」

僕「いいよ。聞こうじゃないか」

青年「実はな、昨日徹夜で作業してたんだよ」

僕「なんの?」

青年「ほら、お前の近所の子さ、明々後日が誕生日だろ」

青年「だからプレゼントするものをちょちょっとな」

僕「優しいね。何を作ったの?」

青年「学校に行くようになったら使うかと思って手提げカバンにした」

青年「最近流行ってるらしいキャラクターの生地を買ったんだけど高かったぜ」

青年「機能性もあったほうがいいだろうといろいろ工夫したんだ。おかげで完成したときには三時過ぎでよ」

・・・やっぱりこいつの皮を剥いだら素敵な女性が出てくるんじゃないだろうか。本気で試したくなった。

僕「お疲れ様。それで?」

青年「眠ろうとしたところで思い出したんだよ。お前が夜の散歩に出たら巫女様に会ったっていうのをな」

青年「せっかくだからってんで軽く散歩に出てみたんだ」

僕「ああ、でも会えなかったろ?」

残念ながらその時間、巫女様と一緒にいたのは僕だからな。

青年「と、思うだろ?」

青年「それがな、学校の近くで会ったんだよ!巫女様に!」

僕「」

なんだと?
どういうことだ。三時から四時半まで彼女は僕と一緒にいた。無論そのあいだに青年の姿を見てはいないし、彼の散歩が一時間以上続いたと考えるのはあまりに不自然だ。
実際、

僕「それは何時頃だ!?」

と聞いたところ、

青年「そうだな、家を出て十分もしてない頃だから、三時二十分くらいじゃないか」

こう答えた。

僕「見間違いじゃないのか?」

青年「そんなまさか!だって言葉も交わしたんだ」

僕「夢とか」

青年「いいや、興奮して眠れなくてな。昨日俺は一睡もしてないんだぜ」

僕「お前・・・・ヤバイ薬をやってたりしないよな?」

青年「さすがに怒るぞ!」

こうなるともうなにがなにやら。
彼の話が本当で、ヤバイ薬もやっていなくて、さらに僕自身の記憶も現実のものならば、午前三時二十分から少なくとも数分間、巫女様はまったく違う場所に同時に存在していたことになる。

青年「なあ、やっぱりこれって運命なのかな!?そうなのかな!?」

馬鹿は放っておいても、僕はことの真偽を確かめないわけにはいられない。

僕「今日は早退する。先生によろしく」

青年「え?おい、待てよ!」

青年「おーーい!」

女「それで、わざわざ会いに来たのね」

ここは彼女の家だ。僕と同じ一人暮らしをしていると聞いたが、僕の家の五倍はありそうなお屋敷である。
その中でも、庭に面した「参拝場」と呼ばれる大きな部屋に二人は座っている。今は僕も室内にいるが、本来は参拝者は庭から彼女を拝むことしかできない。

僕「どういうことなのさ。僕は君と話したよね?」

女「ええ、勿論」

僕「ならそいつの話は全部嘘ってこと?」

女「いいえ、全てではないわ」

僕「?」

女「部分的には正しい。ということよ」

僕「もっと詳しく」

女「会って、話をしたことは事実よ。なにも不思議ではないでしょう?あなたと同じよ」

僕「そう・・・・だね」

心なしか気分が沈む。そんなはずはないのに、ああして夜な夜な彼女と密会を果たすのは、どこかで僕だけだと思っていたからだ。

女「けれど、時間が違うわ。確かその友人と会ったのは二時二十分頃だったはずよ」

女「眠気で勘違いをしたのでは?」

僕「そうなの?」

女「ええ。そのあとであなたと会ったんだもの」

僕「うん・・・・そっか。まああいつならやりかねないかな」

僕「そもそもアナログ時計の読み方を分かっているかどうかすら怪しいところだ」

女「ふふ。そんな、いくらなんでも酷いわ。誰にだって間違いはあるわよ」

彼女があいつを庇ってみせた。そのときの笑顔はつきものがとれたように晴れやかで、悔しかった。

それからずいぶん話し込んだ。昼間に会う彼女はなんだか新鮮で、話をしていてもそういった驚きが多々あった。
それはきっと、夜中に会うときとは違って、得意のゴスロリファッションを披露しているからだ。純白のワンピースな彼女もいいけれど、個人的にはこっちの方が好きだ。
綺麗な薔薇にはなんとやら、というやつだ。
そうして時間は瞬く間に流れ、やがてザアザアと音を立てて、激しい夕立が降り出した。

僕「ああしまった、傘なんて持ってきていないよ」

女「たくさん持っているからあげるわ」

僕「どうしてたくさん持ってるのさ」

女「傘だけじゃあないのよ。ここに拝みに来る人たちがね、毎回毎回いろんな物を置いていってくれるの」

女「お布施みたいなものよ」

女「まあおかげで、生活には不自由しないのだけれどね」

僕「なるほど。手ぶらで来てしまったよ、ごめん」

女「そういうつもりで言ったんじゃないわ」

女「とにかく傘なら余っているからから、遠慮せず持っていきなさい」

僕「お言葉に甘えるよ。ありがとう」

僕「ああそれから、今晩だけど」

女「約束はしないわ。わたしはただ、気分になったら散歩に出るだけよ」

僕「うん、わかった。僕もそうするよ」

僕「それじゃあ」


夕立のなか、透明のビニール傘をさして家路を急ぐ。
これは、彼女の家の傘立てに入っていた大量の傘の中でも、一番安っぽいものを選んだのだ。
それにしたって一応はお布施として置いていくものなのに、たかだか三百円程度のビニール傘というのはどうなんだろうか。本当にそいつは信奉者なのか。
そんなことをぶつぶつと考えながら歩いていると、遠くからこちらに向かってくる人影が見えた。やがて、その人影は友人であることに気づいた。

僕「今帰り?ずいぶん遅いね」

友「ああまあね、君こそ学校を早退してどこへ行っていたんだい」

僕「いや、ただなんとなくサボっただけさ。ほら、学校をサボるなんて今しかできないだろう」

友「へえ。そうか」

また蛇のような雰囲気を纏う。

友「にしても傘とは用意がいいね。俺はこの通りびしょ濡れだ」

確かに、傘を持っていない友人は、しっかりと夕立の洗礼を受けていた。

僕「でも足元がずぶ濡れだよ。靴の中とかね」

友「ああ。つめが甘かったね」

友「俺も革靴の中に水が入って不快だ。長靴を履いてくるんだった」

僕「せっかくだから家まで送っていくよ。男と相合傘をするのはあまり気持ちのいいものではないけれど」

友「ありがとう。だが平気だ。俺も、そんな趣味はないからな」

僕「いいの?」

友「どうせここまで濡れてきたんだ。変わりゃしないよ」

僕「わかった。風邪をひかないようにね」

友「お互いにな」

夕立は、結局日付をまたいで降り続けた。おかげで僕は、彼女にもらったビニール傘を携えたまま、夜中のお散歩に行く羽目になった。

僕「良かった。雨だから来ないかと思った」

白いワンピースを着た彼女は、傘をささずに立っていた。
おかげで濡れた服が身体に張り付き、そして透けて肌色が見えてしまっている。
なかなかに目のやり場に困る。

女「あなたこそ、わざわざ傘までさして」

僕「これは君がくれたんじゃないか」

女「そうだったかしら、忘れたわ」

僕「ほんの数時間前なのに!?」

女「つまらないことは記憶に残さない主義なの」

僕「僕と会ったことはつまらないことなのか」

女「当然のことを聞かないで。答えるのも億劫だわ」

僕「この頬に流れる雫はなにかな」

女「雨粒よ、きっと。そのボロ傘、穴でもあいてるんじゃないの」

僕「穴があいたのは僕の胃だよ」

女「あらかわいそうに。ところでこないだ唐辛子がたくさん実ったのよ。おすそわけするわね」

僕「とどめを刺しに来るな!」

女「ふふ。楽しいわね」

はじめて。はじめて彼女が心から笑った顔を見た。
そのことを正直に告げると、それは最初で最後だと言った。

女「あなたと会うのは今日でおしまい」

女「明日からはもう、夜に会うことはないわ」

僕「どうして?やっぱり夜中には体を休めた方がいいから?」

女「そうよ。ゆっくりと休めたいの」

女「これまでずいぶん疲れたから」

僕「わかった。でも、また昼間に会いに行ってもいいだろ?」

女「ええ。勿論。楽しみに待っているわ」

女「普段同年代の子たちなんて来てはくれないのだから」

僕「僕はこうして夜中に会うのも嫌いじゃないんだけどね」

女「いやらしい期待が目に浮かぶわ。まったく忌々しい」

僕「いやいや!そんな不純な動機ではなくてだよ」

女「そう。残念ね」

女「それから、あなたに伝えておきたいことがあるの」

僕「なんでも言って」

女「私は、とても頭の悪い子なのよ」

僕「へ?」

女「お高くとまっているのも、それを隠すため。本当は頭が悪くて、打たれ弱くて、寂しがり屋なのよ」

女「あんまり一人にすると、寂しくて死んでしまうから、しっかり会いにいくのよ」

僕「う、うん」

女「ありがとう」

急に始まった赤裸々な自己紹介に虚を突かれ、頭の回らない僕に、彼女はぐいと近づいた。

女「あなたに会えて良かったわ。本当を言えば、殺して欲しかったのだけれど、それは高望みしすぎよね」

互いの息がかかる距離で彼女は囁く。

女「むしろ私を殺せないと言ったあなたが、」

そこからさらにぐっと距離を詰めた。乾いてカサついた唇の皮膚が、微かに彼女の息に揺れる。
目を閉じた彼女は、すう、と息を吸い込んで、

女「好きよ」

と、言った。

夜が明けた。雨はまだやまない。
まぶたを閉じれば、彼女の告白が生々しい臨場感でもって蘇る。
そんな精神状態だったから、村の中がやけに騒々しいことに気づかなかったのだ。

青年「聞いたかおい!」

僕「どうした、うるさいな」

ふわふわした気持ちで席に着くと、隣から野太い声が飛んできた。

青年「村長が殺されたってよ!」

僕「え?」

一瞬なにを言われたかわからなかった。
浮かれた頭をしゃきっとさせて思い出すと、確かに今朝方からパトカーのサイレンが何度も鳴っている気がする。

青年「お前のお祖父さんだろ?なにも知らないのかよ?」

そうだった。いつの間にか僕は、血縁者を一人亡くしていたのだ。
恩人である人を、顔も見ぬまま、礼の一つも言わぬまま亡くしていたのだ。

詳しく話を聞くと、彼が殺されたのは昨晩の午前三時から四時の間で、場所は自宅の玄関だそうだ。
犯人は未だ捕まっておらず、警察が今も身を粉にして捜査している。
凶器は村長家の包丁で、正面からメッタ刺し。二十数カ所も刺されていたらしい。包丁には誰の指紋もついてはいなかったようだ。
ただぬかるみにははっきりとした足跡がいくつも残っていたようで、逮捕の報せが入るのもそう遠くはなさそうだ。
しかし警察しか知らないような情報まで簡単に広がる村のコミュニティはまったく恐ろしい。

青年「今アリバイ検証っての?やってるらしいぜ」

青年「一人暮らしの奴とかは話聞かされるってよ。お前大丈夫か?」

僕「あ、ああ。実は昨晩も巫女様と一緒にいたんだ」

青年「まじか!良かったなあ、ってことは二人ともアリバイ成立だな」

僕「当然。犯人だってすぐに捕まるさ」

青年「そうだな」

祖父の死は、僕にとってはさほどの衝撃もなかった。
それは意外でもなんでもなく、恩人とは言っても会ったことのない他人同然の人間なのだ。ならば、それが殺されようと、僕の感じた思いは目の前にいる青年となんら違わないのである。

僕「ん?なんだ、昨日も徹夜だったのか?」

だから、彼の目のクマが一層濃くなっていることの方が、僕にとっては興味深い問題であった。

青年「そうなんだよ。言ったろ?誕生日プレゼント作ってるって」

僕「でも昨日完成したんじゃ」

青年「ああ、姉の分はな。昨日は双子の妹の分」

僕「は?」

そしてそれ以上に、知り合いの少女が“双子”だということの方が、僕にとっては興味深い問題であった。

青年「あれ?なんで知らないんだ?」

青年「あの子が次の巫女なんだぞ」

それから、「巫女」についてのお勉強会が始まった。
というか始めさせた。僕はなにか、とんでもない勘違いをしていたかもしれないからだ。
そして勉強会の成果が、それが“かもしれない”ではないことを教えてくれた。

以前に少しだけ聞いた、巫女を決める方法。それは、前任の巫女が神からの指名を村長に伝え、神隠しのあとで村長が任命する。というものだった。
ここで気になることは勿論、「神からの指名」と「神隠し」であるが、さらにもう一点。よくよく考えてみれば、「村長が任命」というのもおかしい。どうしてわざわざそんな手間をかけるのか。それに、村長が任命するのであれば、巫女>村長というパワーバランスさえ成り立たない。
これは、「神隠し」について知れば、そうせざるを得ないことが分かるのである。

「神隠し」
それは、人が不意に消えていなくなることを意味する言葉だ。他に失踪とか、雲隠れとかが類義語として挙げられる。
ただその中でも特に、神様のもとへと連れられるという意味合いが付随する。
無論、現代の世の中ではありえるはずはないこの不可解極まりない現象が、ここでは数年おきに発生するのだという。
ではそれはいつか。巫女の代替わりの時だ。
次の巫女が巫女としての勤めを果たすのは六歳からとされている。その六歳の誕生日の前夜に、神隠しは起こる。前任の巫女が、消える。
つまり今回で言えば、今日の夜、あの彼女が消える。
だからそのあとに催される任命式では、村長が任命しなくてはならなくなるのだ。

しかしその神隠しの際に消えるのは前任の巫女一人ではない。それが、「神からの指名」に関わってくる部分だ。

「神からの指名」
神から指名を受け、新たな巫女となる人間にはある法則があるらしい。
一家の総領であること、一卵性双生児の姉妹(のうち当然、姉の方)であることの二点だ。
この条件に合致する子が生まれたとき、巫女は神からの指名を聞くのだという。
そして神隠しが起きる晩、前任の巫女と一緒に双子の片割れ——妹の方も消えるのである。

前任の巫女はその役割を終え、神のもとへ。双子の妹は、姉の蓄えとなるため。
それぞれにはこういった理由があるらしいが、とってつけたような胡散臭さはどうしたって拭えない。
話を聞けば聞くほど、この風習の裏でニヤつく存在の影は濃密になっていった。
その影はこの一連の流れで得を出来そうな人間を考えれば一発だ。
お布施をたんまりといただける巫女の親。そして、全てにおいて関わっている“村長”だ。
村長のうまみ。これは僕の推測ではあるが、今までに起きた不可解な食い違いに得心のいく説明をするためにはもう一つしかない。
そう、

“巫女は二人いる”のだ。

なんのためかは分からない、いや考えたくはないのだが、村長は巫女の両親すらも騙し、双子の妹をその手中に収めているのだ。
だから彼女は僕と青年の前に同時に現れることができた。正確には僕は双子の妹に会い、青年は双子の姉——巫女様に会った。

つまりこの村にある巫女という風習は、巫女の両親が村人を騙し、村長が巫女の両親を含めたすべての村人を騙すものなのである。

この事実、いやまだ確証こそないが、このことに青年は気づいていないようだ。
彼だけではない。村人は誰一人気づいてはいないのだろう。
すべてを知る村長が殺され、事実は闇の中だ。

だが、同時に僕は新しい推測を立ててしまった。本当に嫌な、推測を。
これから便宜上、巫女である姉をそのまま“巫女”と呼び、妹を“影”と呼ぶことにする。
昨晩。僕と逢瀬を果たしていた、つまり確実にアリバイがあるのは、影の方だ。巫女にはアリバイがない。
そして新しい巫女が誕生するのは明日。神隠しが起こるのは今夜。タイミングを考えても、動機は明白だ。
僕はまたしても、学校を早退した。

僕「これが、僕の推理だ」

女「なるほど、素晴らしい想像力ね。小説でも書いてみたら?」

僕「茶化さないでよ。このことを警察の人に話すか話さないかは、これからの君の反応を見て決めるんだから」

女「まあ、脅すつもりなのね。怖いわ」

僕「脅すさ。これは脅迫だ。君が本当のことを隠すなら、僕は警察に行く」

僕「けれど、全部話してくれたなら、僕はこのことを絶対に他言しないと誓う」

女「なにも隠すことなどないわ。昨日はあんなにいい雰囲気だったのに」

女「その子を脅すなんてあなたは人でなしだわ」

僕「それなら、昨日話したことを言ってみてよ。つまらないことだから忘れた、なんて言わないでよね」

女「話したことよりももっと大切なことがあるじゃない」

女「あのキスを忘れたりしないわ」

僕「え?なにを言ってるの?」

女「いや、だって・・・・」

僕「ああ、なるほど。そうか、君はいつも遠くから僕たちを見て、矛盾の生じないようにしていたんだ」

僕「だから君と話をしても、僕は別人ということに気がつかなかったんだ」

女「そっ・・・・」

僕「昨日君の妹とはキスなんてしていないよ。ギリギリの距離まで近づきはしたけれど」

女「そう、だったの」

女「あなたの背中しか見えなかったから。わたしはてっきり」

僕「僕も少し期待したんだけどね」

女「とんだ墓穴を掘ったものだわ。そう、わたしがあの子の姉よ」

嘘を見破られた少女は、いままでで一番偉そうに言った。
重荷を脱ぎ捨て、素顔を晒した本当の彼女は、なんだか急に何回りも美しくなったように見えた。
妹に似せるあまり、その輝きすら無意識に抑えていたのか。すべてを解き放った神々しさに気圧されて、僕は少し後ずさった。

巫女「なかなかそっくりだったでしょう?妹は六歳までに姉の言動をコピーさせられるのよ。万が一があっても大丈夫なように」

僕「うん。全然わからなかったよ」

巫女「それはそれはつまらない六年間だったと思うわ」

僕「六年じゃあ、済まないだろう」

巫女「そうね、でも、どうしようもなかったのよ」

巫女「わたしが今こうして暮らしていられるのは、わたしが巫女だからだもの。そしてそれは、妹の犠牲によるものなのだから」

巫女「今更どんな顔をして、あの子に会えばいいのよ」

僕「それでも、村長さんが亡くなった今なら違うんじゃないの」

僕「君のところに来るしかないだろう」

巫女「ええ勿論。あの子がここへ来たら受け入れるわ」

巫女「けれど、そのときわたしはきっと十年ぶりの再会を演じるでしょう」

巫女「わたしが、わたしの親があの子にした仕打ちは、許されないことなのだから」

僕「これから償えばいいじゃないか」

巫女「そんなこと、これからがあるから言えるのよ」

僕「そうかもしれないけれど・・・・」

巫女「償えばいい、なんて加害者の勝手な言い分だわ」

僕「ああ・・・・うん。ごめん」

巫女「それに、何よりの償いをする機会はもう失われてしまったのよ」

僕「え?」

巫女「あなたの推理、わたしが村長を殺したという部分、あそこは本当に外れよ」

僕「そんな・・・・」

巫女「外れて欲しくはないけれど。だから、残念だけど。と付けてあげる」

僕「じゃあ誰が殺したっていうの」

巫女「さあ、わたしが知りたいわ、名探偵さん」

僕「結局大事な謎は残ったままか」

巫女「まあそれは警察の仕事だもの、あなたが頭を悩ます必要はないんじゃないの?」

僕「でも無関係ではないから」

巫女「そう。なら、期待しておくわ」

巫女「頑張ってね、名探偵さん」

含みのある言い方が少しひっかかりはしたが、僕は彼女の家をあとにした。
そうして昨日とまったく同じように、彼に出会ったのだ。

友「やあ、なんだかデジャヴをみているようだね」

僕「うん、君が傘をさしていなければまったく同じだ」

友「さすがに今日はね。朝から降り続いているのだし」

僕「うん、嫌な雨だね」

嫌な雨だ。
それは誰にとっても。
たしか天気予報は、今月いっぱい雨はないとか言っていて、だからこんな季節外れの雨がそうそう長いこと続くとはゆめゆめ思わなかった。きっと犯人も。
まったく嫌な雨だ。
それはいろいろなところで不快感を生む。
たとえばそうほら彼も、傘をさしているのに肩がびしょ濡れだとか、体温が下がって風邪をひきそうだとか、

“革靴が水を吸ってぐちゃぐちゃになっている”

だとか。

僕「長靴、履いてくるんじゃなかったの?」

友「ああ、そうそう。そのつもりだったんだけど、どうやら奥にしまいこんでしまったみたいで」

僕「こないだ梅雨が明けたばかりなのに?」

友「そうだけど、なにか?」

僕「昨日、ここで僕と会う前に、なにをしていたの」

友「ふふ・・・・」

友「人と、会っていたんだ」

僕「誰と、いや、村長さんとだろう?」

友「ああ。まあ、この道を行っても家が一軒あるだけだしね」

友「だからって、じゃあ俺があれを殺した犯人なのかい。そいつはあまりに安直じゃないかな」

口では言い逃れる素振りを見せておきながら、彼はまったく否定するつもりはないようだった。

僕「そうなんだ。動機だけが分からない」

僕「どうして君が、村長さんを殺さなくちゃいけないのか」

僕「だから、聞いてもいいかな?」

友「誓いは誓いだ。君に聞かれたなら、好きな人だろうと、身体的コンプレックスだろうと、最近いつ自慰行為に及んだかまでなんだろうと答えるさ」

友「殺人の動機すらも、その例外ではなく。ね」

僕「本当は、そんなのはタブーなのかもしれないけれどね」

友「いいんだよ。確かにたいした証拠もないまま泣きながら自供、なんて三文ミステリーもいいところだけどね。だってこれは三文どころではなく駄作なんだから」

友「自分から勝手に墓穴を掘ったり、勝手に自白を始めたり、こんなサスペンスは見るに耐えない」

友「だがそれこそが、君の、そして俺達の生きる人生なんだ。そういう、駄作なんだ」

僕「じゃあそろそろ終わらせようよ。僕の、失笑ものの推理劇もさすがに限界だ」

友「もはや形を成しちゃあいないからね。そうだね、質問に答えよう」

友「“君に兄弟はいるかい?”」

質問に質問で返すのは、場合によっては限りなく正解に近い回答になりうることがあるのだ——

僕「君の家、思ったよりも広かったよ」

昔ながらの旧家。年季の入った木のいい香りが漂う。
巫女様の家に負けず劣らず立派な家だ。

友「一人暮らしの身からすれば、不便なものだよ」

僕「彼女は?」

友「奥で寝ていると思うよ。呼ぼうか?」

僕「いや、先に全部終わらせてしまおう」

友「そうか。では、名探偵の鮮やかな名推理を聞かせていただこうかな」

僕「よせよ、僕は本当はこんなことしたくないんだから」

友「しかしそれも宿命というやつだ」

僕「君が僕を選んだからじゃないのか」

友「そうとも言うな」

僕「はあ・・・・。それじゃあはじめるよ」

彼は笑顔で頷く。

僕「君は昨日の午後、村長さんの家を訪ねた。どうやってかはわからないけれど、包丁を盗むために」

僕「そして夜、もう一度村長さんの家を訪ねた君は、盗んだ包丁で玄関に出てきた村長さんを刺した」

僕「わざわざ夜中にしたのは、その時間だけが唯一彼女が外出する時間だからだ」

友「まさかいたいけな少女に、メッタ刺しにされた肉塊を見せるわけにはいかないだろう?」

友「血まみれの自分も、さ」

僕「包丁を盗んだのは、犯行時間を極力短くするため?」

友「それもあるけど、あんな奴を殺すのに自分のなにかを使ったり、新しい物を買ったりするのが嫌だったんだ」

僕「それから泥に足跡の残った長靴と、返り血を浴びた——おそらくは雨合羽のようなものを着ていたのだろう——上着を捨てた」

友「うん、雨も小降りになっていたし、まさか朝まで降るなんて思わなくてさ」

友「少ししてから買えばいいと思ったんだ」

僕「あとは僕と別れて帰ってくる巫女様の妹に事情を話し、自宅へ連れてきた」

友「正解だよ。あとは動機の方だけど」

僕「君はあの双子の兄なんだろう。三つ上、なのかな」

巫女様が学校にきたとき、彼女は隣の教室に入った。

友「よくわかったね」

白々しい。さっきの返事は、つまりそういうことなのだ。
巫女は一家の総領でなくてはならない。てっきり僕は本当に巫女の彼女がそうなのだと思い込んでいた。

友「長兄をよその家にやってしまえば、その条件はクリアできるからね」

僕「あの二人は君のことを知らないの?」

友「さあどうだろうね。あれでなかなか勘の鋭い妹たちだから、案外と気づかれていたのかもしれない」

友「とくに下の妹の方は。事情を説明して家においでと言った時も、なにも聞かず言うとおりにしていたからね」

僕「君がこの家の子になったとき、彼女らはまだ、」

友「ああ、零歳だったよ」

僕「なら普通にしていて、気づかれる方がおかしいじゃないか」

友「回りくどい言い方はやめようよ、君はちゃんとわかっているんだろう?」

僕「・・・・前に聞いたんだ。君たちの親が殺されたって。妹は犯人を知っているようだった」

僕「君が九歳のときだね」

友「おいおい、九歳で自分の親を殺せると思うのかい?」

その返事で、確証を得た。

僕「もう、君の親ではなかっただろう」

友「あはは。ああ、まったく酷い人たちだったよ。双子の妹が生まれてからずっと、話すことは俺を誰に預けるか、それとも神隠しに遭わせるか、その二択だった」

友「昨日まではいいお兄ちゃんになるんだぞ。子供が二人になっても愛は半分じゃなくて二倍になるのよ。そんなことを言っていたのに」

友「愛は二倍にはなっても、三倍にはならなかったらしい。いいや結局、二倍にすらならずに最後には全部捨ててしまうのだけれど」

僕「それで、殺した」

友「ああ、二人が六歳になるまで育てれば、情も湧くかと期待してみたんだ」

友「なんのことはない、あっさりとあれとの契約を交わしやがったよ」

僕「・・・・言葉が見つからない」

友「暗くなるのはまだ早いぞ?真の地獄はそのあとだよ」

友「言っても俺はまだ九歳だった。わかるのは、親がいなくなっても妹たちは食っていける。それだけだ」

友「巫女が村の男衆からどんな扱いを受けるのか、あるいは女衆からどんな風に罵声を飛ばされるのか。知らなかった」

友「あれに育てられることになった妹が毎晩どんな仕打ちを受け、どんな環境で生活するのか。知らなかった」

ひとことひとことに彼の表情は苦悶に歪んでいった。
思い出すのであろう、口に出すことすらおぞましい醜悪な人間の欲が織り成す数々の地獄絵図を、その血が滴るほど強く握られたこぶしが痛々しく物語っていた。

友「お前に分かるか!?玩具のように弄ばれる妹を俺がどんな思いで見ていたのか!唾を吐き、死ねと罵る相手に神のご加護を、と祈るあいつの気持ちが!わかるのか!?」

友「ああそうだ知ってるか?お前のお祖父さまはな、あの御年で毎夜毎夜ハッスルするんだぜ。それも必ず三回な!」

友「あのゴミクズみてえな男に、あいつは・・・!毎晩・・・!毎晩・・・毎晩毎晩毎晩毎晩!」

僕「ごめ、ん」

泣いていた。僕も、彼も。
止めようもなく、次から次へと涙が溢れた。
彼は吠えるように泣いて、僕は声をあげずにただ涙を流した。
それは少女たちが受けた苦痛を思ってでも、我が祖父のした行いへの償いの気持ちからでもないと思う。僕は多分、怒りとか、悲哀といった人間の本物の感情に恐怖心を抱いたのだ。
目の前で感情を爆発させた彼の咆哮は、僕の全身にぶち当たり、心の芯までを思い切り揺すぶった。
その烈しさという激しさに、僕は恐れて、乳飲み子のように泣いたのだ。

どれほど経ったか。実際には数分だったのだろうが、何時間も経過したような気がする。
僕らがほとんど同時に泣き止むと、彼はいつもの静かな調子で続けた。

友「俺が、馬鹿だった。あんな奴ら駆除したところで、この村は何も変わらない」

友「潰さなくちゃならないのは、その頭だった」

僕「ずいぶん、我慢したんだね」

友「後継者が誰になるのかわからなかったからね。この風習を終わらせるためには、そうしてくれる人に後を託すか、全部知っている人間を皆殺しにするしかない」

僕「そこに僕が来た」

友「うん。チャンスだと思ったんだ。あれがどんな目的で君を呼んだかはわかっている」

僕「僕を後継者にしようとしたんだ」

友「ああ、であればそれはつまり、すべてを知るのはあれの他には君だけってことだろう」

僕「実際にはまだ教えられてはいなかったのだけれどね」

友「幸い、ね。おかげで君は名探偵という役をもらえたんだよ。被害者Bの代わりに」

僕「僕も殺すつもりだったの!?」

友「当然だよ。けれど殺さない方がいいと思った。これからのために」

僕「僕が村長を継げば、もうあんな風習はおしまいになるからね」

友「だから最終チェックとして君に質問したんだ。子に親を選ぶ権利はあると思うかって」

僕「もし・・・・ないって答えていたら、」

友「話はここまで続いてない」

ニッコリ笑って言った。

友「でも、最初からあると答えると思っていたよ。だって君の過去を聞いたからね」

僕「君たちに比べたら、見劣りするような不幸自慢だけれどね」

友「いやいや、比べるのは幸福だけにしておきなよ。不幸を競ったって不毛でしかない。勝敗に関わらず勝負に出た時点で負けさ」

僕「そういえば、君の預けられた先の——この家の——両親は?」

友「亡くなったよ。少し前に」

僕「まさか・・・・」

友「まさか!」

友「あの人たちはいい人だったよ。俺のことを可哀想だと言ってくれたし、妹にもそういう態度で接してくれたしね」

僕「良かった。君が殺したのは三人か」

友「それは良いのか?」

僕「ま、まあ、数は少ない方がいいだろう」

友「考え方が違うよ。罪の重さは数で決めるわけじゃない、影響力で決めなくちゃ」

僕「影響力?」

友「その殺人で、誰が困るのか、誰が喜ぶのか。そしてそれぞれの強さを、天秤にかけるんだ」

僕「どこかで聞いたような理屈だ」

友「ふふふ、そうか。では聞こう。今の俺の罪は、どれくらいだ?」

僕「そう、だね・・・・」

僕は考える。この問いの正解を。
やがて気づく。それは僕にしかないのだと。
いつまでも彼の思考を読み取ろうとしたところで、見えてくるはずはないのだ。
なぜなら、彼が用意している正解は“僕が正直に答えること”なのだから。
きっとあの最終チェックの時も、正解は同じところにあったのだ。

僕「君は、重罪だ。情状酌量があっても、刑務所入りは免れないだろう」

僕「もしかしたら、出られないかもしれない」

友「尊属殺人罪すら消えたこのご時世に、ずいぶん冷たい判決だな」

彼は優しく微笑んだ。

友「でも、俺はね、俺の罪はもっと重いと考えているよ。情状酌量の余地はまったく無い、と」

僕「そんな!いくらなんでもここの風習は常識外だよ!」

友「ああ、だから妹たちが同じことをしたのなら、それはきっと仕方のないことなんだ」

僕「君だって同じじゃないか」

友「違うよ。悲しいくらいに俺たちは違う」

そんなはずはない。だって彼らは、ちゃんと似て非ならざるものだったのに。

友「俺はただ、辛い思いをしているだろう妹を見ていられなくなったんだ。ただ、自分を捨てた親が、許せなかったんだ」

友「ほら、身勝手な動機だろう」

僕「それは、あまりにそういう見方をしているからで、」

友「君さえも、俺は殺そうとしたんだ」

僕「僕は殺されてない!」

友「どうしたんだい、落ち着きなよ」

友「まるで怖がっているみたいだね」

僕「怖いよ、怖い」

彼はただ待っているんだ。
僕に同意されるその瞬間を。
首にかけられた僕の両手に、ぐっと力が込もるその時を。

友「どうしても嫌なんだ。他人に裁かれるのは」

僕「僕は別に、君が裁かれるべきだとは言ってないよ」

友「ああ、それは俺が決めることだ」

僕「僕は僕の友人を僕の手で殺すなんて嫌だ」

友「わがままだなあ。友人なら、そのくらいのこと笑ってしてくれよ」

友「なにも、たまたま夜中に遭遇した相手にお願いしているわけでもあるまいし」

僕「どうしてさ、どうして」

どうして君は、そんなに簡単に自分を罰せられるんだ。
どうして君は、自分の友人を傷つけることをためらわないんだ。

友「俺はやっぱり身勝手なんだろうね」

僕「うん。もう、殺したいくらいにね」

友「先に言っておくよ。ありがとう」

友「こうして会ったのもなにかの縁。君に殺されるなら本望だ」

ああ本当に、

友「お願いだ」

もうどうしようもなく、

友「俺に言ってくれ」

何から何まで、

友「突きつけてくれ」

君たち兄妹は、

友「“お前は死刑だ”と」

違わないよ。

部屋の机に置いてある小さなカレンダーには織姫と彦星が描かれている。
今日。僕の住むこの小さな村の七月七日は、本当ならば神隠しが起きたあとで、巫女様の代替わりがあるはずだった。
しかしこの年からはもう「巫女」は消え去り、あとには可愛らしい双子の少女と、村の奇跡と呼ばれる双子の少女が合わせて四人いるだけである。
もちろん、最後の神隠しで消えた少年のことなどを、誰も思い出すことはないまま。

幼女(姉)「村長さんおはよう!」

幼女(妹)「おはよう・・・ございます」

僕「おはよう、二人共。それからお誕生日、おめでとう」

いつの間にか次期村長は僕に決まっていた。
この村では、血の繋がりがなにより重視されるようだ。
そこで母の顔が浮かぶ。
息子をこんな場所にほっぽり出したことにすら、気づいてはいないのかもしれない。
昨夜執り行われた村長さんの通夜にも出なかったようだ。

僕は阿呆だったのだろうか?母を殺すべきだったのだろうか?
この村で彼らに出会い、その考えに触れて、それでも一層僕は強く思う。
母が今もどこかで生きているのは、僕が阿呆だからであり、僕が今もここで生きているのは、僕が阿呆だからだ。
殺した人にも、殺そうとした人にも、なにも差異はなく、けれど大きな溝はある。それは阿呆かそうでないかの境目で、そのどちら側にいようとやっぱり差異はないのだ。
優劣をつけようにも、これは不幸自慢大会と同じ不毛な競い合いであるから、勝負にならない。
だから大切なのは事実ではなくて、今、自分がどう思うかだ。
僕は母を殺してはいないし、阿呆でもあるけれど、そのことを後悔してはいない。そもそもそんなことを考えるきっかけをくれたのは、ここに来たことなのだ。
まぶたの裏にジリジリと浮かぶ母の顔すらかき消してくれる人たちに出会えたのだ。
僕は阿呆だったし、母を殺すべきではなかった。

それが、僕の自問した問いに用意した正解だ。

女(妹)「ありがとうございました」

僕「やあ、おはよう」

彼女が目を覚ましたときには、もう彼女の兄はいなかった。
あとに残った僕がすべてを話すと、彼女はしんしんと泣いた。
すぐに僕は、その場から離れた。
それはなんだか無責任だったような気もして、少しやきもきしていたのだが、開口一番の台詞を聞いて安心した。
彼女は彼女なりにきちんと自分のなかで、今回のことに関して答えを出したようだ。

昨晩から今朝まで、長い夜だった。
家に着いた僕を待っていたのは、時期村長による新巫女の任命式だった。
そこでこの風習は今をもって廃止にすると宣言し、同時にもう神隠しは起こらないと続けた。
高齢層からの批判の声があがったが、これからは俺たちの時代だとばかりに、青年ら若手のグループがそれを鎮圧した。
ただ、祖父の通夜にも参列しないで!と、言われたときばかりは、もうこれは素直に頭を下げるしかなかった。

女(姉)「なにやらいろいろとお疲れのようね、名探偵さん」

僕「よしてよ、もうその看板はおろしたんだ」

あんな思いをするのは、金輪際こりごりである。
この二人は姉の方の家で一緒に生活することになった。

女(姉)「そうなの?残念。お願いしたいことがあったのに」

彼女には何も話していない。妹から聞いていなければ、今も自分に兄がいることなど思いもしないのかもしれない。
そういえば、その兄も最後、僕との別れ際には「あの巫女をやっている方の妹は、ああ見えてあまりおつむがよろしくないんだ。ただとってもいい子なんだよ、だからどうか可愛がってやってほしい」と、そう言っていた。
君たちと同じくらいに可愛がるのは、もしかしたら難しいかもしれないよ。兄妹そろって見事な溺愛っぷりだ。

僕「なに?一応話してみてよ」

女(姉)「聞きたいことがあるのよ、二つばかり」

僕「なんだ、それくらいなら。どうぞ」

約束をさっそく違えずに済みそうだ。そう、胸をなで下ろした刹那、

女(姉)「わたしと妹、名探偵さんはどっちが好きなの?」

・・・なにより答え難い質問が来た。
しかも正解がわかりきっているだけに尚更だ。

僕「どっちだと思う?」

女(姉)「あなたに聞いているのよ。死にたいの?」

これはもう、逃げに徹するしかない。

僕「さ、先にもう一つの方をお願いするよ!」

女(姉)「そう、いいわよ。ねえあなた、わたしの兄を知らないかしら?昨晩から見当たらないのよ」

・・・まったく、愛は盲目だなあ。
彼女はきちんと知っていたのだ。
それこそ、妹や、兄なんかよりも深く、すべてを。

僕「君は、強いひとだ」

女(姉)「質問に答えてくれない?」

女(姉)「わたしが強いと思うのならば、それはきっとこの子やあの兄を心より愛しているからなのだわ」

女(姉)「軽々に自分の身を投げうつ愚兄と愚妹を、誰よりも世界で一番愛しているからなのだわ」

僕「君のお兄さんは、僕が殺した」

女(姉)「そう、わかったわ」

眉一つ動かさない。彼女には想定通りの答えだったはずだ。
誰よりも世界で一番、心より愛する人の考えは、手に取るようにわかるはずなのだから。
だから、やっぱりわかっているはずなのだ。
自分が納得するまで僕に殺されたあとで、今度は彼女たちに殺されるために、彼は戻って来なくてはならないということを。
この村で、神隠しから生還する奇跡の人間は三人いるということを。
そして勿論それは、本人を含めた三人ともが、彼女の家族であるということを。

女(姉)「聞いてもいいかしら、ああ一つ目のはまた今度にするから」

僕「いいよ」

・・・できれば一つ目の質問はもう永久に葬られて欲しいのだけれど。

女(姉)「兄は、わたしのことを、なにか言ってた?」

初めて彼女の表情に動揺が見えた。
正解を考えて、ああそうかと得心する。
簡単だ。彼女は兄を愛している。ならば思うことは一つしかない。
相手は自分をどう思っているのか。それだけしかない。

そのままを、伝えた。

女(姉)「そう。ふん、ね、愚兄でしょう?妹のことをまるでなにもわかっていないのよ」

女(姉)「昔からそういうところがあったのよ。たまに学校に行って教室を覗いてみても、机で突っ伏したままだし」

女(姉)「家に来たかと思えば、甘味だけ置いて帰ったり。しかも雨に濡れないようにって傘までさしかけて。じゃああなたはどうやって帰ったのって話でしょう?」

女(姉)「妹にもわたしにも、なんにもバレてないと思ってるのよ。本当はなんだってバレバレなのに」

女(姉)「一個下の後輩に密かに恋心を抱いていることも、お尻が意外と毛深いことがコンプレックスなのも、二週間前の午後八時十一分から三十三分間自慰行為に耽っていたことまで」

僕「こんなに楽しそうに話す君を、僕は初めて見たよ」

女(姉)「なっ・・・・い、いいでしょ、別に!なにか悪い!?」

僕「いいや、でも今までで一番魅力的だよ」

幼女(姉)「お兄ちゃん!見て見てー!」

彼女は顔を背けてしまったので、後ろから来た少女に向き直る。僕のことを村長と呼ぶのは一回でやめたようだ。というか飽きた?
その手には愛らしいキャラクターがプリントされた手提げカバンを持っている。

幼女(姉)「もらったー!」

僕「良かったねー」

少し向こうで、同じものを持った妹の方にペコペコと頭を下げられている青年が見える。
目の下のクマがメジャーリーガーの隈取りのように真っ黒になっている。

僕「僕からもプレゼントだよ」

幼女(姉)「ありがとーお兄ちゃん!」

同じ柄のポケットティッシュケースを掲げてくるくる回る。
察しがついたと思うが、プレゼントを用意する暇のなかった僕が、青年に頼んだのだ。
さすがというか、余った生地を使って一晩でやってくれました。

幼女(妹)「えっと・・・・」

僕「はい。もちろん君にも」

幼女(妹)「ありがとう」

ぱあ、と花が咲いたように表情が明るくなる。

青年「よっす」

僕「本当にありがとう、心の友」

青年「あたりめえよ、村長殿」

集会の時といい、彼には頼ってばかりだ。
これからもきっと助けてもらうのだろう。

僕「もし君が犯罪を犯したら、その時は僕はちゃんと裁いてやるからな!」

青年「はあ?なに言ってんだ?」

・・・ああ、それが正しい反応だ。

僕「夏の暑さは怖いな」

幼女(妹)「あの・・・・」

僕「うん?」

幼女(姉)「来年から一緒に学校行こうね!」

幼女(妹)「・・・ね」

僕「ねえ、僕も一つ聞いていいかな」

相変わらずそっぽを向いたままの彼女に問いかける。

女(姉)「なにかしら」

僕「留年ってどうすれば出来るの?」

彼女は——正確にはずっと側で話を聞いていた妹も含めた彼女たちは——双子のいたいけな少女たちを一瞥し、また僕を見て、冷ややかに言った。

「「やっぱり変態じゃない」」

僕も、優しく微笑んだ。

——終わり——

以上読んでくれた人はありがとうございました
読みづらい文で申し訳ない
あとなにかあれば答えます

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