女「神様なんていないんだよ」 (156)

※地の文あり

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363883702



— 真夜中の公園 —


女「うー……さむ……」


 私みたいな美少女は……やっぱこうさ
 夜にひっそりと、珈琲の飲むの

 それも、あまり知られていないブラックならなお素晴らしい

 静まり返った公園のベンチ
 夏の夜、ひんやりとしている
 
 私は、真っ暗なゴスロリを着ている
 ごたごたしたのは苦手だから、シンプルな感じの 


女「いい夜空だ……」

 
 たまにはこうして中二病な気分にも浸る
 世界は私のも、なんて面白いかも知れない


女「……まじっ」


 実はブラックなんて普段は飲まない
 でも、今夜はそんな気分だった

 それだけだ

 よく知られる銘柄は、美味しいから有名
 そうでないものはそういうことだ
 世間とは、なんとも正しいか


女「まっ、買っちゃったものは仕方ないよね……」


 そうなのだ
 結局、これを選んだのは自分
 後悔するのも自分

 次に生かせばいい

 
 反省しよう 

 
男「あ、あの……」

女「ん?」


男「女さん、だよね……」

女「そういう君は確か——」


 この男は、私のクラスメイトのはずだ
 一番後ろの窓側の隅っこにいた感じだろう

 感じというのは、そういう風貌だと思ってくれればいい


女「男……だったね」

男「し、知っててくれたんだ……」


女「そりゃあ、自分のクラスメイトくらいは、ね?」

男「嬉しいな……」


女「ねえ、珈琲飲む?」

男「え?」


 よく分からない銘柄の珈琲
 自分には飲めない

 これをあげようじゃないか


男「それって……不味いって噂の……」

女「そうなの?」


男「ね、ネットで有名だよ……。まとめサイトとか……」

女「まとめサイト?」


男「SSとか、アニメの風評とか……」

女「へー」


男「あ、うん……」


 会話が続かないけれど
 まあ仕方ないか

 
 SSって何だ
 そういう疑問は、どうでもいいけど


女「じゃあこれ要らない?」

男「う、うん……」


 そうか
 残念


男「と、ところで何をしているの?」

女「空を」


男「空?」

女「そう。空。見ていたの、夜空をね」


男「そ、そうなんだ……」


 会話は続かない
 でも、続けなくていい

 今はそれよりも、冷たい空気に触れていたい

 
男「……いつから?」

女「さあ?」


男「ふ、ふーん」

女「……でも、そうか。うん、君の疑問も分かるよ」


男「え?」


女「世界五分前仮説。私はいつからこの夜空を見ていたのだろう」

女「もしかすると5分じゃなくて、22分前かもしれない」


男「……中二病みたいだよ、それ」

女「そだね。でも、実はこの世界はそういう風に作られたのかもしれない」


男「……変なの」


 自分でも変だとは思う
 でも、少し楽しい

 もしかしたら、彼自信もそういう風に作られたのかもしれないから


男「……」

女「でも、君って少し変だね」


男「な、なんで?」

女「変わり者の私なんかに声を掛けるからさ」


男「だ、だからって変だなんて……」


女「——人のとる行動は、その人の考え方を最も的確に表明するものである」

男「い、いきなり何だよ」


女「ジョン・ロックの言葉だよ。変な女に声を掛ける人。やっぱり変人だ」

男「そんなのって……」


 ——理不尽だ

 彼の言葉に続くものは容易に想像できた
 でも、この世界はそういう理不尽に満ちている

 だから私は、このルールに従って私の言葉を訂正するつもりなんてない


 
 私はもう一度空を見た

 都会の夜は眠らない
 それは光が溢れすぎているからだと思う
 まるで玩具箱だ

 おかげで、綺麗なはずの星はかなり霞んでいる

 でも、私はこれが好き


女「……あれ?」

女「いつの間に消えたんだろ……」


 今夜のことは、一夜限りの出来事かもしれない
 偶然だろう

 こんな出会い二度とないだろう
 もし再び出会うならば

 それは理不尽だ——


—— Prologue ——

>>2
世界は私のも、なんて面白いかも知れない

世界は私のもの、なんて面白いかも知れない

1章 



— 街 —


?「お姉ちゃん!!」

女「へ?」


妹「やっと見付けたよお姉ちゃん!」

女「妹? なんでここに?」


妹「なんで、じゃないよ……。夏休みも終わって、今日から学校でしょ!」

女「そうだけど……。妹は?」


妹「もう学校終わったよ! とっくに放課後!」

女「だろうね。夕方だもん」


妹「夕方だもん、じゃないよ!」

女「あ、あはは……」


 妹はすごく怒っていた
 いや、妹さまは物凄く怒っておられました


女「すみません……」

妹「学校から留守電に連絡が入ってたんだからね!?」

 
 学校め
 余計な事をしやがって……


妹「学校はサボらないでっていつも言ってるでしょ!」

女「そんなに怒らないでよ。ほら、可愛い顔が台無しだよ?」


妹「話しを反らさないの!」

女「うへー……」


 どうしよう
 このままじゃ、街の中で晒し者だ

 公開処刑だ!

 とにかくまずは人目の付かないところへ行かないと


妹「お姉ちゃん!」

女「と、とりあえず家に帰ろう! ね!」


妹「……帰ったら、お説教だからね!?」

女「……へい」


 迂闊な事を言うなと、少し前の自分に言い聞かせたい
 人生にセーブがあればいいのに……

 
妹「んっ!」

女「なに?」


妹「お姉ちゃんが逃げないように、手を繋ぐの!」

女「子供じゃあるまいし……」


妹「いいから、ん!」

女「はいはい……。もう」


妹「誰のせいだと思って、んむ!?」


 私は妹の口を塞いだ
 とても驚いたようで、妹は目をぱちぱちさせている


女「続きは家に帰ってから、ね?」

妹「……むー」


 唸りながら頷いてくれた
 ジト目で見つめられるのがこれほど怖いとは

 我が妹ながら、やるな


— 自宅 —


妹「——反省した?」

女「はい。反省しました」


 それと後悔もしました


妹「もう、次から絶対にサボらないでよね?」

女「はい……」


 かれこれ2時間
 私はずっと正座をしている

 ニューロプラキシアだ、何かの本で読んだことがある。あれ、ニューロトメーシスだっけ?
 似た名前が多いのが医学用語のダメなところだな


妹「また別のこと考えてるでしょ?」

女「バレたか」


妹「もー!!」

女「ごめんごめん。明日はちゃんと学校に行くから、許して?」


妹「……本当?」

女「私は嘘をついたことがない!」

 

 
妹「嘘ばっかりのくせに」

女「あれ。そだっけ?」


妹「とぼけないで!」

女「はぁい」


妹「お姉ちゃん、頭はいいんだからね。学校だけはちゃんと卒業してよね!」

女「それはわかってるよ」


妹「もう、お父さんもお母さんもいないんだから」

女「その分、妹は私に甘えてもいいんだよー?」


妹「ばか!!」


 妹は自分の部屋に戻った

 まったく素直じゃない
 いつも私を心配して、探しにきてくれるくせにさぁ
 そこが可愛いところでもあるんだけどね

 
— 女 自室 —


コンコン


女「ん、どうしたの?」

妹「入っていい?」

女「いいよ」


 この家には、私と妹しかいない
 だから確認を取るまでもなく、妹だと分かる


女「まだ寝てないの?」

妹「……」


女「怖い夢でも見たのかな」

妹「……うん」


 妹は怖い夢を見るといつもこう
 枕を持って私の部屋にやってくる

 怖い夢の内容はいつも同じだから、今さら聞かない


妹「……」

女「ほら、おいで」

妹「……ん」

 
女「よしよし」

妹「子供扱いしないで」


女「いいからいいから」

妹「……もう」


 この子はまだ子供
 甘えられる人は私しかいない

 でも私だって子供
 だけど、この子の前ではお姉ちゃんだから

 
女「ゆっくりお休み」

妹「……」


 今日の夜の散歩はお預けかぁ

 でもたまには姉妹いっしょに寝るのもいいかな
 家族サービスだよね

 世のお姉ちゃんも、こうやって些細な家族サービスならびに妹サービスをしているのかな
 しているんだろうな

 だって私なんかがしているんだから、きっとそうだ。うん、絶対そうだ!


妹「……ん、おねちゃん……」

女「寝顔も可愛い。流石は私の妹ね……」


 私も眠ろう
 明日は学校だ

 夏休みを終えたばかりの学校だ
 宿題の提出もしなきゃ

 やることはいっぱいあるなぁ

 だから眠ろう
 明日のために、今は眠ろう


 うん

 おやすみ——


— 学校 屋上 —



女「——はぁ、疲れた」


 始業式に出ないだけで、こんなに疲れるとは思わなかった
 だいたい、オリエンと時間割くらいでしょ普通

 それなのに先生はすごく怒る

 もう顔真っ赤
 赤鬼かっての
 青鬼よりかはマシか。あれ、追いかけてくるもん


女「……あっついなぁ」


 胸のボタンをいくつか開けてぱたぱたする
 うっはぁ、はしたない

 でも今はいいよね
 誰もいないんだしさ

 
女「これだけ熱いと、死ぬ……」

女「ホント、干からびるから……」


 夏を熱く設定したのは誰だー!
 出て来いー!

 いや、本当に出て来られても私にはどうしようもないんだけどさ

 それでもやっぱり出て来い
 四季はもう少し気温を平均化すべきだ

 私は主張する
 未成年の主張だ!


女「あっついなぁ……」

?「こんな所にいらしたのですね」


 バタン、と扉が開いた
 同時に、一人の女子生徒が話し掛けてくる



女「あ、女友ー」

女友「女友ー。じゃないです。お昼休みを過ぎたのに、全然教室に帰って来られないから心配したのですよ?」


女「だってつまんないんだもん」

女友「そういう問題ではないかと……」

 
女友「保健室にだって探しにいったのですよ?」

女「そこまでして私に会いたかったのかー!」


女友「ええ、そうですわ。うふふ」

女「わ、私にはそんな趣味はないからね!?」


女友「どういう趣味ですの?」

女「えっと、それは……」


 謀ったなー!
 いや、勝手に謀られたのは私の方

 文句は言えない
 だけど悔しい


女友「びくんびくん?」

女「しませんけど!?」


女友「あら。クリームシチューゾーンかと思いましたのに」

女「なんだそれ」


女友「うふふ」

女「……私の周りって、変な娘しかいないなぁ」


女友「変な人筆頭に言われたくないですわよ?」

女「私ってそんなに変?」


女友「ええ、すごく」

女「自分では凄く普通のつもりなんだけどなぁ」


 私の周囲には変な子が多い
 友達が少ないのもあるけれど
 そういえば、そんなアニメが夜中にやっていた気がするなぁ

 私には、数少ない友達がいる。だけど、その全員がどこか可笑しい
 しかも、クラスには秘密で友達関係を築いている

 何故なら
 変な人筆頭の私とつるんでいる
 これだけで、私の友達に風評被害が出てしまうんじゃないか

 それが怖くて、友達関係であることを公表しない


女「中二病で、秘密の恋人みたいな関係って……痛くてどうしようもないじゃん……!」

女友「突然どうされたのですか?」


女「あ、いや……別に……」

女友「ほら。やはり変ですわ」


女「ぐぅ」


 ぐうの音も出ない
 まさしくこれだった……

 
女「ところで、女友は何で私を探しに来たの?」

女友「挨拶がまだでしたので。ごきげんよう」


女「それだけ!?」


女友「友人にはきちんと挨拶をしませんと」

女「なんでさ」


女友「遅刻ぎりぎりで来て、休み時間は寝て、今日のどこに挨拶をする暇があったのですか?」

女「あ、あはは……」


女友「おかげで、わたくしはいつ挨拶をすればよいのか全然分かりませんでした」

女友「あまつさえ、お昼休みから女さまは見当たらない……」


女友「わたくしがどれだけムラムラしていたと思っているのですか!」

 
 ムラムラって……
 そこはモヤモヤじゃないのかな普通
 
 いやでも本当にムラムラされていたなら逃げなきゃ
 私の貞操が危ない!

 初めて? 優しくするわよー、って
 結構です! 遠慮します!


女「と、とりあえず落ち着いて?」

女友「あら、わたくしとしたことが……」


女「まさか、用事はそれだけ?」

女友「それだけなんて失礼な」


女「だって」

女友「女さまにとっては下らないことかもしれませんが」


女友「わたくしにとっては重要なのです」

女「は、はぁ」


女友「判り合いたいなんておこがましい事は思いません。ですが、これくらいは許して頂けませんか?」


女「あ、いや! 別に悪く言ったつもりじゃないんだ!」

女友「それは真ですか?」


女「真も真! 大真と書いてマジ!」

女友「うふふ、それなら良かった」


 笑ってくれた
 よかった

 自分が誤解させやすい性質だってのは知っている
 でも、友達を傷付けたい訳じゃない

 やっぱり友達は大事にしなくちゃ

 どっかの偉い人たちも言ってたと思うしさ

 
 でも、どうして私をじっと見つめるのですか女友さん

 この物語りには18歳以上しか登場していません
 みたいな注意書きをしたくはないんですが

 
女友「女さま」

女「ひゃい!」


 うひゃーうわずったー
 恥ずかしいー!


女友「——女さまは此処で何を?」

女「へ?」


 覚悟していたのに
 百合的な展開を覚悟していたのに

 私の覚悟を返せ

 いや、やっぱりいいです
 いいですので、このまま平和に行きましょう
 世界は平和であるべきなのです

 
女「私はここで、時間が過ぎるのを感じてただけだよ」

女友「いつもの中二病ですね」


女「ぶっっ!? ど、どこでそんな言葉を覚えたの!?」

女友「インターネットですわ」


女「そ、そのインターネットは有害! もう見ちゃだめ!」

女友「はい。畏まりました」


 まさか女友から中二病なんて言葉が出るとは思わなかった
 
 単純に私はサボっていただけで
 それっぽく言い訳をしただけなのに


女「目から鱗だよ……」

女友「うふふ。……そうそう、そのことわざ、キリスト教系では別の意味だとご存知?」


女「ううん、知らない」

女友「使徒行伝の9章、キリストが死んで間もない頃に出てくる言葉なのですが」

 
 しまった
 こういう場合、突然説明をし始める癖があったんだ

 仕方ない、聞こう……


女友「アナニヤというものが、サウロに出会ったとき、聖書はサウロの目から鱗のようなものが落ちたと言っています」

女友「それから、サウロの目がよく見えるようになった。ここから目から鱗が落ちる、という語源があると言われているのです」


女「よく分からないことをよく知っているよね、女友って」

女友「褒められるとくすぐったいですわ」


 褒めてないです
 でも貶してもないです、言わないけど


女友「あら、もうこんな時間ですわ」

女「またお稽古?」


女友「ええ」

女「じゃあ急いだほうがいいんじゃないの?」


女友「そうですわね。では、失礼」

女「気をつけてね」


 また一人になった

 やっぱり熱い
 女友は汗一つかいてなかった

 でも私が熱い


女「うだー……」


 変な声も出る

 グランドでは、部活に性を出す男女で溢れている
 私には無理だわ

 そろそろ日陰に行こうかな


?「こんにちわ」

女「誰!?」


 今まで、私と女友しかいなかった

 訂正 
 今は私しかいないはずだ

 それなのに、気付けば誰かがいた


?「私を知らない?」

女「知らない。急に話しかけてくるなんて失礼じゃないかな」


 見たかぎりでは、うちの制服を来た女子生徒
 でも、こんな人、一度も見かけたことはない


クール「私の名前はクールだよ。気軽にクーとでも呼んでくれたらいい」

女「へえ……。初めまして」


クール「酷いな。初対面じゃないのに」

女「あれ? 何処かで会ったっけ?」


 記憶にない
 私はこんな女の子、知らない


クー「出会っているよ、クスクス」

女「もしかして、私をおちょくっているの?」


クー「まさか。君と私は友人だろ?」

女「御生憎様、どうも私はあなたと友達関係になりたいと思っていないみたい」


クー「そうか。残念……クスクス」


 残念と言う割りには笑っている
 それなのに目は笑っていない

 不気味だ

 私の中の警報機が叫ぶ
 関わるなと
 でも、彼女は私に話しかける


クー「この世界はどうだい?」

女「そ、そういう不思議電波ちゃんは要らないかな」


クー「そう? クスクス……」


 中二病をかじる程度の私でも、これは無理
 勘弁して 

 
クー「君はもうすぐ神様に出会う」

女「ごめんね、宗教の勧誘なら別でやって」


クー「宗教? 違う、本物の神様」

クー「一週間で世界を作った神様でも、宇宙の外から来た神様でも、八百万の神様でもない」


クー「君にとっての神様に出会うよ」

女「はあ!?」


 彼女はきっとあれだ
 可哀想だけど病気だ、宗教妄想だ
  
 統合失調症なのかもしれない
 
 関わらないほうがいいと、まだ私の警報機が警笛を鳴らし続ける
 逃げろ、逃げろ、逃げろと


クー「逃げられないよ」

女「な、何を言って——」


 口が渇く
 からからだ

 嫌な予感が凄くする、でも足は動いてくれない

 
クー「その神様は君を殺すかな、それとも生かすだろうか」

女「か、神様なんて……」


 居ないとは言い切れない
 だって見たことがないんだから

 見たことがないから居ないなんておかしい
 観測できない存在は、肯定も否定も出来ない


クー「猫」

女「え?」


クー「生きる確立、死ぬ確立の五分五分で毒ガスを充満させた箱に入れられた猫だよ」

女「何が!」


クー「知ってるくせに。混乱してるの?」

女「さっきから何を言って!」


クー「じゃあね。また会いましょう」

女「なっ——!」


女「え?」

 
 消えた
 前触れもなく、彼女……クールは消えた……

 もしかして、おかしくなっていたのは私の方?


女「いやだ……怖いよ……」

 
 自分の体が震えている

 さっきまで、あれだけ熱いって愚痴ってたのに
 寒気がする

 そういえば、グランドからの声もさっきまで聞こえていなかった


女「……な、なんで」


 夕暮れになっている

 さっきまでそんなことは無かったのに
 もう、日が落ちかけている

 ああ、早く帰らなきゃまた妹に怒られる

 でも……


女「なんなの……これっ」


 ——世界は私を置いてけぼりにしているようだった


女「神様? 生死? 知らない、そんなの知っちゃこっちゃないわよ!」


 私は混乱していた。

>>32
女「神様? 生死? 知らない、そんなの知っちゃこっちゃないわよ!」

女「神様? 生死? 知らない、そんなの知ったこっちゃないわよ!」

とりあえずここまで、誤字脱字は優しく見守って下さい


—— 帰路 ——


女「……さっきのは何だったんだろう」


 疑問だらけだ。
 あのあと、すぐに家に帰ってきた。

 神様ってなんだ。
 いや、もしかするとあれはただの不思議ちゃん。

 ただの構ってちゃんだ。

 放っておこう。
 そして忘れよう。


女「うん、それがいい」

女「だっていきなり神様とか、現実離れもいいところだっての」

女「それよりも今は早く帰らなくちゃ」


 また妹に怒られる。
 極力避けねばならない。

 
 変に中二病なところがあるせいだ。
 だから、無駄に混乱してしまったんだ。


女「まだまだ若いねぇー」


 何を言ってんだか。
 いや、でもあと数十年経てばアンチエイジング。

 小じわとか気になったりしてんのかな。
 やだなー……。


女「……はぁ」

女「今日のことは忘れようっと」

女「うん。それがいい!」


 気持ちを新たにして
 帰ろう。

 マイシスターがきっと美味しい晩御飯を用意してくれているだろう。
 期待に胸が膨らむな。

 胸無いけど……。あ、いや、一般的くらいにはあると思いますよ?


女「ただいまー」

女「おろ?」


 どうも靴が多い
 お客さんが来ているのかな

 でも、この靴見覚えがあるぞ
 まあいいや
 リビングに行くとわかるだろう


女「たっだいまー!」

妹「お帰りなさい」

女友「お帰りなさいませ。お邪魔させて頂いてますわ」

女「やっぱり女友か」


 それと……


??「あ、あの……初めまして……」


 このか弱そうな女の子はだあれ?


女「この子は?」

妹「私の友達だよ」


 ほほう
 でも、妹の友達にしては大人し過ぎるような気がする。

 まあそれはいいでしょう。
 それよりも気になるのが。


女「なんで此処にいるの、女友?」

女友「実は——」

妹「ここは私が説明します」

女友「わかりましたわ。お願いします」


 お、お?
 何やら問題事?

 めんどくさいなぁー……。
 仕方ないけど、話しを聞きましょう。


妹「じゃあ説明するねお姉ちゃん」

女「うむ」

妹「……」


 ジト目は止めて頂きたい。
 お姉ちゃん、そういう苛められて喜ぶ趣味はないの。


妹「はぁ……」


 加えてため息ですか。
 流石の私も申し訳ない気持ちでいっぱいになりそう……。


妹「えっとね、夕方に買い物に行ってたの」

妹「それで今日の夕飯の材料も買い終えて、帰ってる途中だったんだけど」

妹「公園で変な人に絡まれている妹友ちゃんがいたの」


女「それは怖いね……」


 この街ってそんなに治安が悪い所じゃなかったはずなのに
 そういう人たちが出てくるようにもなったんだ

 やだなぁ


女「やっぱりヤンキーに絡まれたの?」

妹「ううん、違う」

女「え?」


 なにそれ
 普通、やからと呼ばれる人ってヤンキーとかじゃないの?

 いやいや、私程度にはわからないけどね。
 変な人に絡まれることなんて今まで一度の経験もなかったしさ。


女「じゃあどんな人に絡まれたの?」

妹「それが……妹友ちゃんが教えてくれなくて……」

女「……?」

妹友「……」


 おいおい
 私を見てそんな縮こまらないでよ

 なんだか、私が悪いことをしているみたいじゃん
 そういうの嫌だよ


女「どうしても言いたくないの?」

妹友「……ご、ごめんなさいっ」


女「じゃあ無理に言わなくてもいいよ」

妹「お姉ちゃん!」

女「だって、言いたくないんでしょ」

女「それだったら、無理に言わせる必要もないんじゃない?」

妹友「……!」


 爛々とした目で見ないで
 別に君の味方って訳じゃないんだからね

 
女「んで、女友はどうしているのよ」

女友「叫んだのですわ」

女「は?」

女友「おまわりさん、この人です! みたいに」


 なるほどね。
 大体の想像はついた。

 妹友絡まれる。
 妹助けに行くけど、おどおどしてしまってgdgd。

 そこにおまわりさんを擬似的に呼んだ女友登場。
 変な人撃退。

 ——もっと簡易的に説明してよ! ややこしいなぁ。


女「それで、もうすっかり遅くなったから此処に避難していると」

妹「そういうことなの」

女「へー」

妹友「ご、ごめんなさい……」


 いやね?
 そんなに謝らなくてもいいからさ。

 そういうの強要してないから。
 どうやってコミュニケーションを取ろうかな……。


妹「……今日は妹友を家に泊めてもいいよね?」

女「妹がそう言うなら全然いいよ」

妹「あ、ありがとお姉ちゃん! 大好き!」

女「おふぅ」


 変な声出た。
 やっぱ、妹に好かれるのはいいね。


女友「わたくしもお慕いしておりますわ」


 そういうのは要りませんのであしからず。


女「とりあえず、今日はゆっくりしていってね」

女友「わかりましたわ」

女「あんたには言ってない」

女友「酷い……」


 妹友は少し落ち着いたみたい。
 私の目をしっかりと見ることはできるくらいにはなった。


妹友「本当に、どうお礼すれば……」

女「そんなお礼なんていらないよ」

妹「そうそう!」


 ぐぅ〜。
 
 おややや。
 私のお腹だ。

 うん、そりゃそうだ。


女「オナカスイタ」

妹「もうこんな時間だったね。暖めるだけだから、すぐ用意できるよ」

女「さっすが! 愛してるよ妹!」

妹「も、もう……」


— 自室 —


女「……」

女「……ふぅ」


 本を閉じる。
 文明の名前がタイトルのSF作品。

 生きる理由について書かれていた。
 へぇ、と思う。

 私自身、生きる理由なんてそこまで重要視していない。
 もちろんこの本にもそういう事が書かれている。


女「おもしろかった」


 この本はお気に入りだ。
 星マークの付箋を貼っておこう。

 こうすれば、次に読むときの参考になる。


女「さてと、そろそろ寝ようかな」


 時刻はもう午前2時。
 んー……。このまま眠るのも勿体無い気もする。

 折角SF作品を読んだんだ。天体観測にもで行こうかな。


女「……?」


 リビングに行くと、誰かがいる。
 女友は無理矢理家に帰したし。

 妹はこの時間帯は絶対に寝ている。
 だから、消去法で此処に居るのは誰か理解できる。

 でも、彼女は確か妹の部屋で寝ていたはず。


女「何をしているの?」

妹友「あ……ご、ごめんなさい」

女「いや、別に責めている訳じゃないんだよ」

女「あとそのすぐに謝る癖は止めた方がいいと思う」


 妹友は、テレビの前に座っていた。
 どうやら慌てて電源を落としたようだ。

 むふふー。
 やはり彼女もお年頃なのかな?

 でも、だからと言って他人の家でまでそういうの見る必要あるかな?


女「夜の美女でも見ていたのかにゃー」

妹友「……?」


 ありゃりゃ。
 違ったみたいだ。恥ずかしいぞこれ!

 
女「じゃあ何を見ていたの?」

妹友「何も見てません」

女「え、いやだって……」


 あからさまに慌てているし。
 テレビの前にいるし。

 それにそれに、リモコンもしっかり握ってるよね!?


妹友「……ごめんなさい。もう寝ます」

女「そ、そう? でも、夜更かしは美容の天敵だから気をつけてね?」

妹友「……はい」


 どうも会話が弾まないなぁ。

 年下の相手ってこれだから苦手だよ。
 こっちが年上ってだけですぐに向こうは萎縮しちゃう。

 あーあ。


妹友「おやすみなさい」

女「はい、おやすみ」

 
女「……何を見ていたのかなー」


 気になる。
 すっごく気になる。

 この時間帯は、アニメかエロいのしかやってないはず。

 ふっふっふ……。このままテレビを付けてやろう。


女「……ニュース?」

女「……なんだ、汚れていたのは私だけか……」


 一応、他のチャンネルも回してみた。
 アニメはやっていたけど、エロいのはなかった。

 つまんないの。


女「んで、ニュースは何を?」

女「新興宗教? まためんどくさそうな」

女「え?……これって」


 新しい神様を祭った新興宗教のニュースだった。
 宗教関連の報道自体が珍しい。

 内容は、ただのドキュメンタリー。ボランティア作業。募金について。
 在り来たりなのかもしれない。

 でも、私には宗教という言葉が引っかかった。


女「宗教……神……私の神様……。いや、まさかね……関係ない、たまたまだよね……」

 
女「……だって、一時は問題になった宗教団体なんていっぱいあるし」


 白い装束を来た人たち。
 鳥の名前を模した人たち。

 今だって、カルト宗教と呼ばれる人たちはたくさんいる。


女「……」


 少し気持ち悪い。

 吐きそうとか、頭がぐわんぐわんするとかそういうのじゃない。
 ただただ、肺の中に異物が侵入したような気持ち。

 こういうのはよくない。
 

女「散歩しよ」


 時刻は午前2時30分。
 女の子が外出するような時間帯ではない。

 それでも私は一度自室に戻って着替えた。
 お気に入りのゴスロリ。ごたごたしたのは好きじゃないからシンプルなやつ。


女「……バレたら妹に怒られるんだろうなぁ」


女「……少し寒いかも」

 
 こんな時間に外出するなんて、普通はしない。
 だから変な子って言われるのかな。

 別に気にしてないけどね。
 
 とりあえず、公園に行こう。
 それから街路を歩いて、いつものように家に帰ろう。

 気持ち悪い肺の中の何かを吐き出したい。


女「どうして人間というのは、こうも感情的な生き物かね」


 そうでないと、この無意味な恐怖心を消すことができない。
 あの時、クールと名乗る少女から逃げればよかった。

 お化けとか怪談が苦手という訳でもないし
 むしろ好きな方だ。

 でも、それはあくまで自分に関係ないからであって
 自分がそこにいる登場人物だとすると、これほど気持ち悪いことがあるだろうか。


女「やだなぁ……」


 途中、例の彼女を見かけた。
 クールだ!

 何処かへ行くのかな。

 自分のことは棚に上げておいてなんだけど
 こんな時間に出歩くのは可笑しい。

 それも学校の制服を着ている。


女「まさか援交?」


 いやいやいや!
 それこそ有り得ないでしょ!

 だけど、こんな時間帯に出歩くのはおかしい。
 
 ……警報機がなる。
 
 私の中の警報機が、逃げろ逃げろと叫んでいる。
 決してついていくんじゃないと。

 それなのに、私の足は無意識に彼女を追いかけていた。
 クールの歩く後方5mくらいを、ひたすらに。


女「……ビル?」


 これはアウトだ。
 私だって思春期の女の子だし、こういう所で何がされているのか分からない訳じゃない。

 引き返そう。
 自分のためにも。

 あの子がどうなったって、私には関係ないじゃないか。
 そこまでお人よしにはなれない。


女「だ、だよね……」


 誰に同意した?
 自分に同意した。

 自分を正当化して、罪の意識に苛まれたくない。

 でも——


女「嫌いな奴でも、同じ学校の生徒だよね……」


 これでも、武道とか、武器を使う方法とか
 そういうのを嗜んでいる。

 いざとなったら、そうしよう。


女「はぁ……。行きますか〜」


 嫌だけど。
 嫌なんですけれどもね。


 そして私はクールの後を追って、ビルに入る。
 普通の路地にある、普通のビル。さっき確認したら8階建て。
 
 ビルはエレベーターが壊れていた。
 階段から昇るしかないみたい。


女「死の13階段とかだったら、嫌だな」


 ないと思うけど。
 ここ、学校じゃないし。


女「……ええい、ままよ」


 気合いを入れて昇り始める。
 クールは何階に行ったんだろ。

 もう、私以外の足音は聞こえない。


女「振り返るとエイリアンがいた、なんてのは止めてよね。お願いだから……」


 よくわからない事を願ってしまう。
 恐怖でちょこっと混乱しているみたい。

 一歩一歩、確かめるように階段を上っていく。


 ——……。


女「……屋上についちゃった」


 どのフロアのどの扉も、鍵が掛かっている上に真っ暗でどうしようもなかった。
 扉の向こうから光が入っていたならば、少しは話が違ったのかもしれないけれど。


女「クールは、どこ?」

クー「クスクス」

女「クール!!」


 クールはいた。
 屋上の給水タンクの上に。


クー「本当についてきたんだね」

女「へ、へぇ。まるであなたが私を誘ったみたいに言うんだ」

クー「そう。私はあえてあなたの前に現れたの。そして、尾行させた」


 やっぱり不思議ちゃんだ。
 ただの電波ちゃんだ。

 そうだ。クールだってただの人間。
 人間なんだ。

 必死に自分に言い聞かしている。
 どうして? そうしないと、何かが決定的に崩れそうだから。


クー「クスクス。何を必死に考えているの」

女「なんにも?」

クー「嘘。君は必死に考えている。私の事を」


 まただ。
 この肺に泥が溜まるような不愉快な気持ち。

 この子は私をどこまでも不愉快にさせている。
 真夜中に見た海のように、おどろおどろしい得体の知れない、知っている何か。

 
女「あなたこそ、どうして真夜中にこんな所に来たのさ」

クー「なんでだろうね」

女「なっ!」


 おちょくられているの?
 そうだとしたら私、怒っちゃうよ?

 ただでさえ、不快な何かで気持ち悪いっていうのに
 本当に怒るよ。


クー「ねえ」

女「なに!?」


クー「今日は8月の21日、木曜日だね」

女「それがどうしたっていうのよ!」

クー「あと、11日」


 あと11日!?
 何が!

 あと11日も過ぎれば、世界が終わるとでもいいたいの!?


クー「週末の終末、世界は終わり、新しい神様が登場する」

女「へ?」


 ——心の中を見透かされた気分だった。

 
 
クー「君の神様にはもう出会った?」


女「だ、だから何よそれ……!」

クー「まだ、みたいだね。クスクス」

女「笑ってないで答えてよ!」


 少しヒステリックになる。
 クールの言う事はまるでオカルトだ。

 正常な人の考えることでもなければ、ましてや思いつくような事でもない。


クー「世界が生まれたのは、何日前かな」

女「そんなの、哲学者にだってわからないよ」

クー「そうだね。でも私は知っている。結局は認識の問題でしかない」

女「言っている意味がわからないのだけど……」


 またクールはクスクスと笑う。
 いい加減、私だって限界だ。

 今すぐ梯子を上って、給水タンクに腰掛けるクールに詰め寄りたい。

 でもそれは理性的ではない。
 だから私は抑える。自分の中の不快なものといっしょに。


クー「最後の日まで、何が起こるかは私にはわからない」

女「最後の日なんてない! 妄想をするのは言い加減にして!」

クー「理解できない絵空事を妄想と言うのは別にいいさ」

クー「だけど君はそれを見届けることの出来る人なのだ。ゆえに、妄想ではない。偶然でもなく、必然」

女「……もう、やってられない。帰る!」


 これ以上はダメだ。
 何がダメなんて分からないけど、勘が告げる。

 聞いちゃいけないことを聞いてしまう。


クー「世界は、終わる。完全には至らず、ゆえに可能性は0.999999...の果てに1とならずに消え失せる」

女「——!!」


 気付けば走り出していた。
 息が上がるのを気にせず、足音が響くだってお構いなしに階段を駆け下りる。

 クールの言っている意味はおおよそ理解できた。
 
 でも、それは全部ただの設定でしょ。
 そうじゃなくちゃいけない。

 簡単に世界は終わっちゃ行けない。神様だって出現しちゃいけない。

 
女「そんなこと、どうでもいい!」


 いつもと変わりない日常を過ごす。
 それがいかに幸せな日々か。

 それを壊そうとする者がいる。クールだ。

 もう会っちゃいけない。出会うたびに、私の中の何かをかき回される。
 息が上がる。

 肺の中には、ヘドロが溜まっているような気分だ。
 呼吸をする度に、この世のあらゆる悪意が私に入り込んでいるような気分だった——。

>>55
クー「今日は8月の21日、木曜日だね」

クー「今日は8月の21日、水曜日だね」


— 8月21日 自宅 —



妹「おはよぉー、おねえちゃ……って、何それ酷い顔!!」

女「はよー……。実は昨日、あんまり寝てなくて……」

妹友「だ、大丈夫ですか?」

女「なんとかねー」


 酷い寝不足だ。
 全然眠れなかった。

 さっき鏡を見たら、酷いくまができていたし。
 夜更かしは美容の天敵なのに、かんてつとか……。

 流石にふらふらだ。


女「あ、朝ごはんは用意したからね」

妹「だ、大丈夫なの?」

女「んー……たぶん……」


 寝たい。
 非常に眠ってしまいたい。
 
 妹を見て、何故だかひどく安心できたせいだ。
 おかげで一気に眠気がやってきた……。

ここまでです


女「机の上に置いてあるからねー」

妹「う、うん……」

 だめだ、眠たい。
 でも学校には行かなきゃ。

 なんだか、そうしなくちゃ行けない気分だし。

妹「今日は休んでもいいよ?」

女「そういう訳には行かないかも」

妹「お姉ちゃんにしては珍しい……」

女「んー……かもねー……」

 妹に学校を休んでいいと言われるなんて珍しい。
 それを断ってまで学校に行くと言う私はさらに珍しい。

 もしかすると、槍どころか海の向こうからミサイルが飛んでくるかもしれない。

 いやいや、それはないか。
 ない……よね……?

 


妹友「あ、あの……無理はよくないですよ……」

女「だいじょぶだいじょぶ。スタドリ飲んで行くから」

妹友「すた、どり?」

女「スタミナドリンクの略称だよ。リボDみたいたね」

妹友「はぁ……」

妹「またそんなの飲んで」

女「スタドリを舐めちゃだめだよ。日本人の文化と言っても過言じゃない」

妹「根拠のないことばっかり言って……」

妹友「い、妹ちゃん……。時間が……」

妹「あ、そうだった! 今日は日直だから早く学校に行かなくちゃ!」

女「朝ごはんは?」

妹「食べから行く! そのために、早起きしたんだから!」

 なるほど。
 そういえば、登校するにはまだ早い。

 眠れないし、することないからご飯作ったけど
 実はかなり早かったみたい。

 女ちゃんミステイク、てへぺろ!

妹「きもいよ。何してるの?」

女「うごほ……」

 無意識にしていたみたいだ。
 恐るべし、寝不足のテンション。


— 学校 —


女「もう……だめだ……」

 なんとか、3時間目を乗り越えた。
 古文の授業なのに、漢字が漢字に見えない。

 こういうのが将来なんの役に立つというのか。
 いっつも思う。

 絶対にこれ、時間つぶしに無理矢理入れられた単位だよね。

 机に突っ伏して、4時間目をサボろうかどうしようか悩む。

女友「……」

 女友とちょっとだけ目が合った。
 目と目が合う瞬間ー……ばかか私は。

 クラスにいるかぎり、私は女友と会話をしない。
 女友は、友人と仲良く会話中。

 もし私みたいな変人と友人関係であることが知れたら……。

 女友は気にしないと言うけど、私が気にするの。
 女友まで(根っこはおかしいけれど)変人だなんて噂になっちゃ可哀想だし。

 最低限の挨拶すら、クラスメイトからすると”さすが女友、優しいんだね”って評判になっているくらいなのに。

女「……次は、音楽。移動教室……」

 よし、サボろう。


 そうと決まれば、着の身着のままで出よう。

 旧校舎の屋上は、鍵が壊れている。
 いつものようにそこへ行こう。

 昨日もそこへ行ったんだ。

女「よいしょ、と」

 ざわり。
 私が動き始めるだけで、数名のクラスメイトが注目する。

 別にあんたらには何もしやんよ。
 
 それなのに、怖がられてしまう。
 やっぱり、あれが原因かな。

 2年生になった途端、苛めグループを叩きのめしたのが原因で怖がられているのかな。

 だって煩かったんだもん。
 睡眠の妨げだったんだもん。

 幸い、教室の中だけの出来事で終わったから、停学にもならんで済んだ。
 ちなみに、そのいじめ団体さんはちょっとだけ大人しくなった。ちょっとだけ。 


女友「……」

 女友が私を見つめる。

 いやいや、見つめないでよ。
 サボリに行きづらくなるでしょ?

男「……」

 あとついでに、男も私を見ている。

女「ん?」

男「っ!……!」

 でも、目が合うとすぐに反らされた。
 そこまで私は怖いとですか、そうですか。

 傷付くなぁ。
 これでもか弱い女の子のつもりなんだけどさ。

 腕力だって、男の子には負けるだぞ。
 まっちょじゃないだぞ。

女「はぁ……」

 ため息を付きつつ、私は教室を出た。


女「まぁいっか……」

 遠くで、誰か女の子が男の子に抱きついている。
 あ、いや、うちの教室だ。

 よくある光景だね。
 頑張れ、男くん!

男「——!」

??「——♪」

 うむうむ、青春かな。
 でも、だからって私をそんなに見ないでくれないかな、男くん。

 そんな程度で怒ったりするほど私は短期じゃない。
 ましてや、爆発しろなんて言わないよ。

女「……どーでもいいですよー」

 私は教室を出た。

 


— 屋上 —


女「うだるー……」

 熱い。
 やっぱり熱い。

 でも、ここに来ちゃう。

 だって好きだから。ひっそりと喧騒の中にある静かな場所。
 グラウンドでは体育の授業をしているクラスがあった。

 野球だ。
 ちなみに、男女別々の体育。

 女の子はきっと体育館でバレーボールでもしているんだろう。
 私にゃ無理だ。

女「団体行動できませんのでねーっと……」

 呟いた。
 一応、暇つぶしに持ってきた本を取り出す。
 
 脳が壊れた医師の物語り。こういうのは割りと好き。
 もちろんファンタジーも大好きだ。特にお気に入りなのは、はてしない物語。ミヒャエル・エンデが書いたやつ。

 私は日陰に避難して、こっそりと本を読み始める。


女「高次脳障害?」

 本にはそう書かれていた。
 
 認知、認識、視覚、聴覚、発語、行動などは全て、高次脳機能と呼ばれているらしい。
 でも感情は違うらしく、前頭葉や大脳辺縁系と呼ばれる所が司ると言われているみたい。

 なんだか難しそうだ。
 ならば、間違った認識はどうなるのだろう?

 これは高次脳機能に入るのだろうか。

 私は別に専門家という訳ではないので、わからない。
 一応この本は一般向けだ。だから、専門知識が無くては読めないという訳じゃない。

女「でも、ミスったかなー……」

 なんて思いながら読み進める。
 おや、意外と面白い。

女「ミステイクではないね。うん。読める」

 文字をかみ締めるように、ゆっくりとページをめくる。

女「ミステイクではないね。うん。読める」

女「ミスチョイスではないね。うん。読める」


女「……んー」

 おや?
 こんな所に人の気配?

 珍しい。誰かなだろ。
 DQNとか不良と呼ばれるたぐいの人じゃ無ければいいんだけどさ。

 タバコとか吸われたらちょー勘弁、みたいな。

女「って、珍しいですね。先輩」

先輩「おお。女じゃないか」

 長い髪を掻き揚げて、まるでどこぞの女優のように優雅に挨拶をしてくる。
 さらさらしてて羨ましい。同じ女としてすごく羨ましい。

女「ここにどんなご用ですか?」

先輩「これさ」

 先輩は、人差し指と中指を立てた。
 ピースじゃない。でもタバコでもない。

女「お菓子ですか。紛らわしいので、そういうジェスチャーは止めてもらえませんかね!?」

先輩「あはは。初めてのときは本気で止めにきたよね?」

女「そりゃあ、ここにタバコの灰がらなんて落ちてたら大問題になっちゃいますし」

 あと匂いが嫌だ。
 どうしても慣れない。

 煙も嫌だ。
 タバコの全部が嫌いだ。


先輩「女は何をしているんだい?」

女「え? ああ、ここでサボリを」

先輩「ふむ。ところで酷いくまだね」

女「寝ようとは思ったんですけど、まだ呼んでいない本があったのを思い出して」

 あと、こんな暑い場所では眠れない。
 干からびる。

 絶対に死ぬ。

先輩「じゃあ、うちの部室で過眠を取ってみてはどうだろう」

女「いいんですか?」

先輩「ああ。女なら大歓迎さ」

女「やった! お願いします!」

 嬉しいな。すっごく嬉しい。
 クーラーとまではいかなくても、扇風機くらいは期待してもいいんじゃないかな!

 わぁい!


先輩「そういうことなら、早速行こうか」

女「え? でも先輩はここに用事があったんじゃ」

先輩「お菓子ならどこでも食べられるよ」

先輩「たまには気分を変えようと思っただけさ」

女「へー」

 よくわからん。
 でも、私も年を取ればわかるのかな。

 こう、風情とかそういうの。
 んー、想像つかない。

 先輩は先に行ってしまう。
 私は慌ててその後ろを追いかけた。

 先輩は、私が1年生のときに知り合った女の人。
 そのときも屋上だった。例のタバコを吸うマネをしていた。

 それからの付き合い。
 数少ない私の友人。というか親しい人?

先輩「ぼーっとするなよ」

女「あ、ごめんなさい」

 優しい人。
 実は結構憧れていたりする、色んな意味で。
 おっぱいも大きいし。


— オカルト部 部室 —


女「涼しいー!」

先輩「そうだろ?」

女「どうしてですかー!」

先輩「こっちは西だ。昼間の暑い日差しが入ってこない」

 おお。それは素晴らしい。
 しかもちゃんと扇風機付き。しかも例の羽のない奴。

女「よくこんなのが学校にありますね」

先輩「部費で買ったんだよ」

女「部員は一人しかいないのに!?」

先輩「部として存在している限り、最低限の部費は出るのさ」

 なんということだ。
 私らの授業料がこんな使われ方をしているなんて。

 その恩恵に授かっている私が言えた義理ではないんだけどさ。
 でも、なんか納得いかない。

先輩「そこのソファを使ってくれて構わないよ」

女「先輩は何をするんですかー?」

先輩「ネットをね。お祭りなんだ」

 お祭り?
 それはソーランとか、わっしょいわっしょいとか、そういうのだろうか?

 有名人のブログ炎上とかに似たものかな。わからない。


女「お祭りってなんですか?」

先輩「んーとそうだな……。簡単に言うと、ある話題で皆が盛り上がっている、かな」

女「へー。それで、どんなお祭りなんですか?」

先輩「神様が現れたんだよ」

女「!?」

 神様が現れた?
 それはどういうことだ。

女「それって」

先輩「ああ。本物の神様だ。ま、あくまでも自称ではあるがな」

女「見せてください!」

先輩「おっと……!」

 先輩の横から無理矢理パソコンの画面を覗き込む。
 そこには掲示板があった。

 でも、気になるのはその書き込みだ。


235:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:29:36.74
神様とかまじぱねえ
厨二もここまでくると怖ろしい

236:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:32:45.79
あれだろ
いや、最初見たときぞっとしたわ

237:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:32:55.12
どうせ大規模な釣りです本当にありがとうございました

238:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:33:29.97
いやでも、テレビで報道はじまた
ウジ糞見てみろよ

239:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:34:30.82
テレビ出演キター!

240:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:36:74.29
まとめサイトさん超大変っすねwww


241:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:37:55.78
>238
マジだwwwやべえwww

242:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:38:36.71
うっはwww
ここ始まりすぎだろwww

243:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:38:38.38
お前らきもい
落ち着け

244:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:39:12.08
うおおおお
長年ここに住み着いてきたけど、こんなの初めてだぞ

245:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:40:02.63
TVキタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!!

246:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:40:23.91
ニコニコひまわりでも、ネット神暴誕とか書いてて気持ち悪いんだが

247:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:40:25.17
>243
お前の数字もやばい件について

248:以下、名無しが報告します:20xx/08/21(土)11:40:17.73
今から実況だな
なんΩは帰ってくださいどうぞ


 なんだこれ。
 何が起きているんだ。

先輩「テレビを付けてみようか」

女「え?」

 そう言うと、先輩は何故か備え付けてあるテレビの電源を入れた。
 そこでは、今起きていることの簡単な経緯と展開が報じられていた。

女「神様、登場?」

先輩「なんだ、知らないのか」

女「は、はい」

先輩「一昨日の夜から色々とお祭り騒ぎになっているんだぞ」

女「えっと……」

 一昨日も、昨日も、ほとんど家では寝ているだけだったし。
 テレビも新聞も見ていなかった……。

先輩「ちょうど今までの事をまとめて報じている。見てみるといい」

女「そうします」


 ——事の展開はこうだ。

 19日の夜、とある大型掲示板の全てのスレッドに、あるURLが1コンマのずれもなく書き込みされた。
 その大型掲示板は様々なジャンルがあって、数えると1万を越えるスレッドが存在しているらしい。

 ゆえに、同時にそれだけ書き込まれるのは不可能と言われている。
 掲示板関係者はこれを自分たちがした訳ではないと説明している。

 そりゃそうだ。
 URLの先が、がちの宗教って感じのサイトだったらしい。
 そんな事をしてしまえば、その大型掲示板は社会的地位のみならず、掲示板の存続すら危ぶまれる。
 
 警察については、どこから投稿された書き込みか総力を挙げて調査しているとのこと。

 

 私が知らないうちに、世界はいつのまにか神様を登場させてしまっていたみたいだ。



 まただ。
 また気持ち悪いヘドロのような物が肺に溜まる感じがした。 


先輩「気になるか?」

女「はい。教えて下さい、そのURLのこと。それと書き込みについて」

先輩「ああ、わかった」

 先輩はそう言うと、マウスをかちかちとクリックして一つのスレッドのログを見せてくれた。
 普通のスレッドだ。

 書き込みも少ない、そんなスレッド。

先輩「これは私が見ていたSSのスレッドなんだが」

女「SS?]

先輩「台本形式の小説みたいなものだよ。ちなみにこのSSは読み手が少なすぎてdat落ちしてしまったけどね」

女「へー……。って、別にそれはどうでもいいです。早くURLが書き込まれた瞬間を見せて下さい」

先輩「そうだったな」

 先輩は少しだけスクロールして、例の書き込みを見せてくれた。
 そこには、簡単なURLだけが書き込まれていた。

>>75-76
曜日を全て水に変更

———————————————————————————————————————————————————

  45:さるこえー◆HbmctahR4E:20xx/08/19(月)23:43:55.78

  たかし「そんなこと言ってもかおり! 俺たち、ここまでいっしょにやってきたじゃないか!」

  かおり「でもたかしが本当に好きなのはたけるなんでしょ!! 知ってるわよ!!」

  たける「たかし……? それは本当なのか……?」

  たかし「そ、それは……」

  はなこ「おおう」

  かおり「はなこ、いたのね……」

  46:◆HbmctahR4E:20xx/08/19(月)23:50:02.09

  たける「でも俺……かおりが好きなんだ……」

  かおり「そ、そうな!! だっていつも私のこと……ビッチって……」

  はなこ「ちなみに私はたかしが好きよ」

  たかし「……はなこ」

  たける「こんなのどうすればいいんだよ!」

  47:以下、名無しが報告します:20xx/08/19(月)23:59:59.59
  http;//god.co.jp

  48:◆HbmctahR4E:20xx/08/20(火)00:04:21.85
  >47
  なにそれ?

  49:◆HbmctahR4E:20xx/08/20(火)00:19:49.36
  ちょ……他の場所にもあんだけど……え?

———————————————————————————————————————————————————


女「……このサイトには行けますか?」

先輩「もう既に封鎖されたよ」

女「うそ……そんな……」

先輩「でも、webページは保存しているから安心して」

女「流石です!」

先輩「そりゃあ、オカルト部だからね。こういうことには余念はないさ」

 そう言うと、先輩は再びマウスをかちかちとさせた。
 あるフォルダから、その問題のサイトのトップページを開いてくれる。

 そこ写ったのは、リンク先も何もない、文章だけのページだった。

女「えっと」

先輩「これだけなんだ」

女「……これだけ? テレビにも問題になったくらいなのに、たったこれだけのサイトなんですか?」

 サイト、というにはあまりにも簡易的過ぎる。
 文字だけのサイト。
 しかもトップページのみ。

 ふざけているのかと思い、怒りたくなった。


先輩「おっと。あまり全体図を見ないほうがいい」

女「え? どうしてですか?」

先輩「それは、細かい模様というか……。細かい説明をすると長くなるから省くが」

先輩「人の思考回路を狂わせる効果があるんだ」

 言われてみると、このページを見ていると少し不思議な気分になる。
 色合いというか、模様というか……。

先輩「かの有名なカルト教団も同じ方法で信者を洗脳したらしい」

 流石はオカルト部の唯一の部員。
 それでありながら部長。
 こういうことに詳しい。

女「じゃあどうやって見れば」

先輩「古典的な方法を使えばいい。下敷きで画面の一部を隠しながら見ればいいだけだよ」

女「あ、そうですね」

 先輩は下敷きを持ち出してくれた。
 それを2枚使って、文章を一文ずつ読んでいく。

 中々骨の折れる作業だ。でも、私まで洗脳されてしまったらどうしようもない。
 
女「……えーっと」




  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



         ——世界は理不尽に満ちている——


      ——意味のない終わりと始まりに満ちている——

 
             ——壊そう——


           ——さあ生み出そう——


             ——私は神——


      ——不完全で完全なるこの世界を作り直そう——


            ——付き従えよ——




            ——さあ、今——

           ——これより未来——

       ——久遠の過去を変えて、帰るのは君だ——



  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


女「……なにこれ」

先輩「まるで中学生が書いたような文章だろ」

女「申し訳ないですが、これで誰かを洗脳できるとは思えません」

 稚拙な文章だ。
 物書きではないけれど、これは正直どうだろう。

 見ていて恥ずかしいくらいだ。

先輩「でも、ネットでは既に信者が生まれているんだ」

女「え?」

先輩「洗脳された人たちがもういるという訳だ」

女「嘘……」

先輩「普通に考えれば、これが如何ほどの価値しかないのがわかるはずなんだが」

 確かにそうだ。
 洗脳および信者というのはそういうものだ。

 妄信的に何かもを信じてしまう。
 全ての理由を、それに帰属させてしまう。

 ゆえに狂信。だからこその狂人。
 ……厄介だ。

 非常に厄介で、どうしようもなく壊れている。


先輩「ネットでは、この文章について様々な憶測が書き込まれている」

女「例えばどんな感じですか?」

先輩「一番多いのは、最後の文章かな」

 最後の文章?
 ”久遠の過去を変えて、帰るのは君だ”の部分のことかな。

先輩「過去を変える。それは一体どのようにして?」

先輩「変えて、帰る? 何を変えて、どこに帰る?」

女「さっぱりですね。タイムマシンでも無い限り過去なんて変えようがないのに」

 そう。
 人は過去には行けない。だからこそ、後悔や反省をしていく生き物だ。

 それなのに過去を変えるなんて大それたことを言うなんて可笑しい。

先輩「過去を変える、というのは実際のところ色んな意味に置き換えれば可能だ」

女「それってどういう意味ですか?」

先輩「仏教などによくあるのだが、考え方を変えるということだ」

女「考え方を変える……」

先輩「正しくは受け止め方かな」

女「……?」

 先輩の言っていることが難しすぎて理解できない。
 それの何が過去を変えるというのだろう。


先輩「理解できないかい?」

女「はい!」

先輩「いい返事だが……。まあいい。簡単な例をあげてあげよう」

女「助かります」

 だってわからないんだもん!
 私、女の子だもん。泣きはしないけどさ。

先輩「例えば女に苛められていた過去があったとしよう」

女「は、はい……」

先輩「で、苛められている原因が運動音痴だった」

先輩「苛められている当時は、それが苦しくて苦しくて、死ぬことすら考えた」

 ここまではよくある話だ。
 もし仮にそんな過去があったならば、どうにかして無かったことにしたくらいだ。

先輩「しかし、苛められたくないがゆえに運動を精一杯頑張った」

先輩「結果、女はオリンピック出場まで進歩することができた」

女「へ?」

先輩「これはあくまでも例え話だよ。そこをつっ込んじゃいけない」

女「あ、ごめんなさい」


先輩「女はオリンピックの舞台に立った。そのとき、苛められていたことを思い出す」

女「……なるほど、そういうことですか」

先輩「ああ、そういうことだ」

 苛めがあったから、頑張ることに繋がった。
 それが結果を結んでオリンピック。

 なるほど。

 確かにこれならば、苛めがあって良かったと思えるかもしれない。
 でもこれは、結果が良かったからこそ思える話。

 普通に考えてこんなことは有り得ない。有り得る方が珍しい。

先輩「要は考え方、受け止め方だ」

女「それが過去を変える方法だとするならば、変えて帰るとはどういう意味になるのでしょう」

先輩「帰るとは、たぶん仏教でいう帰依のことだと思う。でも、神に帰依するなんて言葉は普通使わないんだが……」

 神へ帰依する。文章としておかしい。
 でも……。

女「神へ帰る」

先輩「なんだそれは?」


女「ニール・ドナルド ウォルシュの書いた本です。神へ帰る。最終巻も発刊されています」

先輩「どんな本なんだ?」

女「シリーズは、神との対話というものです。そして最終巻のテーマは”死”について」

先輩「それはまた大きく出たな」

女「そうですね。ちなみに、死の過程、私語の生命について触れています。生きる意味や目的が書かれています」

 図書館で読んだ覚えがある。
 私が1年生のときだ。

 もうほとんど覚えていないけど……。

先輩「もし、それがあのサイトの帰るという意味ならば……怖ろしいことを書いているな」

女「はい。過去についての考え方を変えて、死ねと言っているようなものですから」

 そんなことが許されるはずがない。
 
女「でも、考え方ってそんなに容易く変わるものなんですか?」

先輩「容易くは無いけれど、そうだよ」

女「んー……」

先輩「医療の世界でも使われているよ。認知行動療法というものだ」

先輩「鬱、PTSD、パニック障害、解離性障害、複雑性悲嘆、強迫神経症などで治療効果を出していると言われている」

 これはオカルトと関係あるのだろうか。
 よくわかんない。

先輩「確か、エリスやベックという人物が発展させたのかな」

女「どうしてそんなことを知っているんですか?」

先輩「B級オカルトにはよく洗脳というのが出るからね。ちょこっと調べてみたんだ」

 あー、そういう。
 なんともまあ……。勉強熱心な先輩だ。


女「でも、それなら催眠について調べたほうがよかったんじゃ」

先輩「もちろん調べてあるぞ。聞きたいか?」

女「……いえ、いいです」

 たぶん長くなりそう。
 なんかそこに催眠療法、ミルトン・エリクソンとか書いてる本が置いてあるし。
 
 そういうのは今はいいです。はい。

先輩「そうか……」

 ちょっぴりしょんぼりしないでください。
 なんだか申し訳ない気がしますから!

女「……でも、本当にこれは何がしたいんでしょうね」

先輩「神様が登場したことを伝えたいんじゃないかな」

女「よくわかりませんね」

先輩「宗教とはそういうものさ。ほとんどの人間が自分の属する宗教について知らない」

 それって本当なのかな。
 普通は、その宗教を信じて入信するもんじゃないの?

 どこにも入信してないから分からないけど。

女「ふああ」

 あくびがでちゃった。

先輩「そろそろ眠ったらどうだろう」

女「そうですね……。2、3時間くらい寝ます」

先輩「じゃあそれくらい経ったら起こしてあげよう」

女「ありがとうございます」


 じゃあ寝るかな。

 でも、なんだかソファ……痛んでるんですけど。
 あと埃っぽい。

先輩「年期が入ってるからね」

女「あー……」

 もういいや。

 今はひたすら眠たい。
 きっついもん。まぶた下りてくるもん勝手に。

 寝よう。

 きっと足元から見たら、スカートの中モロ見えだろうな。
 パンチらじゃなくてパンモロ。

 それでもいっか。どうせ先輩しかいないし。
 女性が女性のパンツ見ても興奮しないし、気にもならない。

 ふああ。
 おやすみ。
 ふみゅー……。

女「んにゅー……」

先輩「ふふ。可愛いね」

 先輩が何か言った。
 なんか頭撫でられてる。

 でも、眠たいからどうでもいいや……れっつ睡眠……——。


——……
——……
——……



女「ふああ……よく寝た」

女「……あれ? 先輩?」

 先輩はどこにも居なかった。
  
 時間を確認すると、あれから3時間以上経っている。
 すっかり夜になってしまった。いや、夜中と言ってもいいだろう。

女「……これって」

 先輩は私に意地悪するような人じゃない。
 いや、誰かに意地悪するようなそんな小さい人じゃないはずだ。
 
 何か急用でもできたのかな。

 んー……。
 
女「……え」

 ——パソコンの電源が付いている。
 
 もったいないなぁ。
 省エネ時代なんだぞ? どっかの偉い人が怒るじゃんか。

女「もう」

 机の上に書置きがあった。

女「……うそ、でしょ……はは」

 乾いた笑いが出てきた。
 冗談もほどほどにして欲しい。

 書置きにはこう書かれていた。





 ”ちょっと神様に会ってくる”


 既に8月22日木曜日。
 今日を含めて、世界が崩壊する日まであと10日。


女「神様って何なのよ!!」

 先輩はどこに行った!?
 神様に会いにいくってどういうことよ!

 何か手がかりは……。

 いや、そもそもどうして神様に会いに行くなんて発想が生まれたんだ。

 普通、誰かに会いに行くときはその人の住所を知っていなくちゃいけない。
 住所じゃなくても、いる場所を知る必要がある。
 
女「パソコンに何かあるのかもっ」

 私は慌ててディスプレイの前に座った。

 パソコンはデスクトップのままだ。
 アイコンはゴミ箱とインターネットのアイコンだけ。

 どこか変なサイトで何かを見たのかも!

 インターネットを開いて、履歴を覗き込む。
 見事にオカルト関連ばっかりだ。いや、いくつか例の掲示板関連の履歴も残っている。

 おそらく神様のいる場所を知ったのは、私が寝ている間だ。
 もし私が寝る前に知っていたなら、教えてくれるはずだし。

女「幸い、履歴の数は少ない……。一つ一つ確認するか」

 そう呟いて、私は一つ目の履歴をクリックした。


女「オカルト……UMA……UFO……」

 サイトのどこかに神様の居場所について書かれている所があるかもしれない。

 スクロールしながらも、全部のリンクと文章をしっかりと読んでいく。
 隠しリンクがないかソースも確認する。加えて、全選択で、背景と同色にして意図的に隠されている文章がないかも確認した。

女「……」

 必要のない情報ばかり集まる。

女「次は、掲示板……」
 
 例の大型掲示板だ。

 いくつか、dat落ちとか書かれていて、閲覧ができなくなっている。
 いや、できるんだけど……お金を払え?

 ああもう!
 そんなシステム知らないっての!!

 こういうときはググれって誰かが言ってた!
 だから、ググール。

 すると先輩が閲覧していたのと同じスレッドがいくつか見つかる。

女「……どこかに無いの、先輩の居場所や神様のいる所とかさぁ!」

 書き込みされる内容は本当にどうでもいい。
 おそらくこれほど必要の無い情報を書かれた文章をこれだけ読んだのは人生で初めてだ。

女「目が疲れるけど、そんなこと言ってる場合じゃないよね」

 自分を励ます。
 

 ——結局、何も見つからなかった。


女「そうだ! 携帯電話!」

 私は自分のスカートのポケットをまさぐる。
 でも、普段あるはずのそれがない。

女「まさか忘れてきたの!?」

 寝不足で寝ぼけていたせいだ。
 家に忘れてきてしまっていた。

 帰らなくちゃ。急いで帰って先輩に連絡しなくちゃ。

女「そうと決まれば……」

 私は部室を出る。

 夜中の校内はひっそりと静まり返っていた。
 でもこっちは新校舎。警備員がいるはず。

 聞き耳を立てながら、足音を鳴らさないように昇降口へ向かう。

 なんで私こんなことしてるんだろうって思う。でも、悠長なことは言ってらんない。
 慌てず急げ。

 大丈夫。見つかるはずがない、見つかりっこない。

女「フラグなんて立ててる場合じゃないっての……」

 自嘲的になってしまった。

 どうしてこんな事になってしまったんだろう。なってしまっているんだろう。


女「ってか、なんで私こんなに寝てたのよ」

 寝たのが4時間目の最中で、時刻は12時前だとして、ほぼ半日も寝ていたことになる。
 寝不足でそんなに寝るか普通。

 いやでも、おおよその予想はつく。

 きっと芳香だろうな。
 アロマセラピーとか何とかで先輩がそういうものを使っているのは聞いた覚えがある。

 恐るべしってことか。
 
 しかしそれは今、ものすごくありがた迷惑。
 おかげでこんなにも眠ってしまったし、先輩はどっか行っちゃうし。

女「二度とアロマセラピーなんて受けてやるもんかっ」

 心に誓った。

 とにかく今は帰宅だ。
 携帯電話だ。

 遅くなればなるほど、きっと状況は悪化するだろう。
 こんなこと誰にだって予想がつく。

 だけど、すぐに他の疑問が浮かんだ。

 ——先輩はいつ立ち去ったんだ。
 ——どうして眠っている私を放置したんだ。
 ——起こさなかったのが優しさだったとして、目覚ましのような何かを用意してくれなかったんだ。

女「それだけ急いでいたってこと?」

 昇降口に向かうがてら、少し考えてみよう。


 1つ目の疑問。先輩が部室から立ち去った時間について。
 
 きっと私が眠ってから1時間以内だろう。
 私は2、3時間眠ると言った。

 だから、私が寝始めてから1時間以内に起こそうなんて思わなかったはず。

 2つ目の疑問。眠っている私を放置した理由。
 
 きっと先輩は急いでいたんじゃないだろうか。
 それは時間に追われていた?

 違うと思う。先輩のことだ、神様の居場所を知って、いても立っても居られなくなったんだろう。
 なんたってオカルト部だから。

 そして最後の疑問、眠る私を起こす手段を用意していない理由。

 こんなもの、考えなくてもわかった。
 先輩は携帯電話で目覚ましコールをしようと考えていたんだと思う。

 でも私は携帯を忘れていた。
 だから起こせなかっただけ。

 ここまで考えて気付いた。

 先輩はとっくの昔に神様なんていう奴のところに会いにいってしまったということ。
 それから一度も部室に戻っていないということ。

 もしかすると家に帰っているのかもしれない。
 むしろそっちの方がいい。それなら後で文句の一つや二つ、言えばいいだけなんだから。


「そこで何をしている!!」

 うっわ、やべ!
 ええいままよ!!

 ダッシュだ! 逃げろ!!

女「うっし……とおお!」

 本当に何してんだか……。

 見付かったら間違いなく停学。停学じゃなくても、それなりの処分。

 いやだ。非常にまずい。
 妹さまに怒られる。

「待てーー!!」

女「待てと言われて待つ奴がいるかよぉっ」

 半分泣きながら走って逃げる。

 くっ。


……………………
…………
……


女「はあはあ……」

女「逃げ切れた、よね?」

 もうすぐ自宅だ。
 流石にここまで追いかけてはこないでしょ?

 こないよね……。
 これ、フラグじゃないよね? 違うよね?

女「……と、とにかく家に」

 ガチャ。
 ドアを開けた。
 
 家の中はやっぱり静まり返っている。
 妹さまもお休みタイムだろう。

 でも、今の最優先は私の携帯電話。
 
 だから真っ直ぐ自分の部屋に向かう。
 抜き足差し足忍び足。

 ……これってどういう意味なんだろ。
 またそのうち調べるか。


女「……あった。これだ」

 私の携帯電話。
 今どきは珍しいと言われているガラケー。

 でも、これ十分じゃないかな。
 
女「先輩……っ」

 二つ折れ式の携帯をぱかっと開く。
 そこに表示される文字。

 着信が17件あります。
 新着メールが8通あります。

女「ふぁ!?」

 先輩、ここまでして起こしてくれようとしていたなんて……っ!

 なんて感動は後回しだ。
 着信履歴を見る。

 先輩、5件。
 妹、12件。

 あー……。
 い、妹についても後回しだ!

 先輩の番号に電話を掛け直す。


 ——現在、この電話番号は電波の届かないところか、ぴっ!

女「そんな……」

女「そうだ! メール!」

 新着メールを確認した。
 先輩からのメールは1通あった。

 あとのメールは全部妹だった。

女「何が書かれてるんだろ……」

 メールの内容を確認する。

  ”起こせなくてすまなかった。
   私は神様に会うつもりだ。天国に一番近い場所で。あと、心配しないで欲しい”

女「天国に一番近い場所ってどこになるっての!」

女「それに心配するなって方が無理があるでしょーが!」

「ほんと、そうだよね」

 こ、この声はまさか……。

 まるで機械のように固まった自分の首と体を後ろに回した。
 そこには怒りの形相で立つ妹さまがいた。

 鬼だ。
 現代の鬼娘だ。
 角も見えそう。いや見える。

妹「何してたのよお姉ちゃん!!」

女「ご、ごめん!」

妹「ほっんとーに心配したんだからね!?」

女「申し訳ない!」

 言い訳を必死で考えていたけど、止めた。

 妹の眼尻に浮かぶ涙を見ると、そんな情けないことはしたくなくなった。

たぶん今日はここまで。暇つぶしで即興の投稿だから非常に時間が掛かって申し訳ない


妹「どこに行ってたの!」

女「が、学校で寝てました」

妹「こんな時間まで!?」

女「面目ない……です……」

 普通の寝ぼすけでもこんな時間まで寝ないよね。
 あちゃー……。

妹「珍しく学校にちゃんと行くと思ったらこれだもん……」

女「あははー……」

 どうしよう。
 今はとにかく先輩に会わなくちゃいけないのに。

 でも心配するなって言っていたし。
 明日学校で会えるだろうか。

妹「お姉ちゃん、また別のこと考えてるでしょ?」

女「めめめ、滅相もない!」

 これ以上怒らせたらどうなるかわかんないもん。

 妹さまには勝てない。そもそも勝とうなんて思わないです。


妹友「い、妹ちゃん……それくらいに……」

妹「いいの! たまにはきつく言わなくちゃ!」

 おお、妹友いたんだ!
 
 というかもっと妹をなだめて! 怖いのすっごく!

妹友「あ、あの女さん……。まだ、居させていただいてます……。ご、ごめんなさい」

妹「そんな挨拶はいいの!」

女「まだ外が怖いのかな?」

妹「お、お姉ちゃん!?」

 いい誤魔化し方を見付けた。
 これは利用しない手はないでしょ。

妹友「えっと……」

妹「私がいいって言ってるんだからいいでしょ、ね?」

 妹が私におねだりしているだと。

 でも、そんな事でこの私がうなずくと思っているのかな。

女「いいよ。妹がそう言うならね!」

 はい、妹大好きです。
 色んな意味で妹に勝てません。


妹「今日はもう遅いし、もういいよ」

 優しい!
 妹が優しい!

 たぶん、妹友を泊めることに後ろめたさがあるからかもね!
 
 なんだかんだで優しくて気弱な妹ちゃんマジ妹!

妹「じゃあおやすみ」

妹友「お、おやすみなさい」

女「ああ。おやすみ」

 さてと、
 二人は部屋を出て行った。

 でも、私は全然眠たくならない。

 さっきまでほぼ半日以上寝ていたんだから。

女「……調べるかな」

 もちろん、先輩が行ったであろう”天国に一番近い場所で”の部分だ。
 
 これは一体どこを指しているんだろう。
 


女「えっと……」

 こういうときはインターネット。
 
 パソコンを立ち上げて、調べてみる。
 キーワードは『天国に一番近い場所で』。

 するといくつか候補が上がった。でも、それは全て海外だ。

 海外なんてそんな簡単に行ける場所じゃない。
 ましてや、ちょっと、なんて表現を使って行くような場所でもない。

女「どこに行ったんだっての……もう!」

 考えても分からないものは分からない。
 
 先輩のことだ。きっとどこか高い建物の場所を指してこんな表現をしたのかもしれない。

女「学校に行ったら、先輩に会えるかなぁ……」

 もし会えたら、怒ってやる。
 心配かけさせやがってって言ってやるんだ。

 それと、聞いてみる。
 神様に会えたのかどうか。

女「ネットニュースでも、まだ神様の到来が話題になっているなんてね」

 例のサイトまでは乗っていないみたい。
 
 とにかく今日は絶対に学校に行こう。
 あと、今は眠たくなくても寝よう。

 寝不足じゃ戦えない。
 それに今日はもう家を出ることはできない。

 もし気付かれたら、本当に妹に泣かれちゃう。


 ついでに、もう一度読み直そう。
 
 例の小説。神様との対話シリーズ。
 神へ帰る。

 何かヒントがあるかもしれない。
  
女「私にとっての神様、私だけの神様……」

 そんなものあるはずがない。
 そんな設定を造った覚えもない。

 クールが言った言葉をいつまでも気にするもの癪だけど。

 神様。
 この存在が私を焦らせる。混乱させる。

女「あと10日で何が起こるっての!……なんかの記念日だっけ?」

 そう思ってカレンダーを見た。

女「……8月が終わるだけじゃん」

 いや。
 9月を迎える前に、世界は崩壊する。そういう意味なの?

 グレゴリオ暦において、北半球では6月〜8月ごろが夏とされる。
 じゃあ、夏が終わると同時に世界を、なんてお洒落なことを考えているのか。

 くだらない。
 世間一般的に考えて、夏の終わりは秋の涼しさが感じ取れるようになった時期だっての。

 誰かが決めた設定に縋りついているようなら、そんなのただの中二病だ。

 カタカナが大好きなお馬鹿な中学二年生だっての!

女「少なくても、今話題の神様は、私にとっての神様なんかじゃないね……うん……」

 呟いて、ベッドに横たわる。

 あ、着替えなきゃ——。


— 8月22日木曜日 学校 —

キーンコーンカーンコーン


女「あれ?」

 どうしたんだろ。
 女友がいない。

 いや、それだけじゃない。

 男もいない。よく私を見てくる男がいない。
 私としたら、そっちのほうがいいんだけど。

女「んー……まあいっか……」

 別に大きな問題じゃないでしょ。

 風邪でも引いたんだと思う。
 夏風邪はしつこいから、ちょこっと心配だなぁ。

先生「おー……席につけー! 出席取るぞー」

先生「ん? 女友がいないぞ。遅刻かぁ? 誰か何か聞いてないかー?」

 女友と友人関係の女子がひそひそと喋っている。

 おや?
 休みの連絡が届いてないんだ。変なの。


先生「んー……まあいいかー」

 先生は適当だな。
 
 厳しくもないんだけどさ。
 なんというかもっとこう……きっちり? した方がいいと思うよ。

 欠席者が遅刻のままとかよくあるみたいだし。

先生「じゃあ朝のホームルームはこれくらいにして終わるぞ」

 で、終わりと。
 あっさりしすぎじゃありませんかね?

 一方で女友の友人たちはひそひそ話しが続いている。

 もしかすると、本当に遅刻かもしれない。
 うん、遅刻でしょ!

 欠席の連絡が届いてないってことはそういうことでしょ!

女「ま、まさか変なことに巻き込まれていたりしてないよね?」

 それこそ、神様とか……。

 まさか!
 あの子がそんな変なものに引っかかる性格なんかじゃない!

 きっと大丈夫。
 何の問題もないはず。

 自分に言い聞かした。


——……でもその日、お昼休みになっても女友は学校に来ることはなかった。


—— 図書館 ——


女「相変わらず誰もいないなぁ」

 がらんとしてる。
 
 普通なら司書がいるはずなんだけど。
 ここの司書さんはどうもやる気がないようだ。

 いや待てよ。
 うちの学校、担任といい司書といい、やる気ない人で溢れすぎだろ。

 いいのかなこれ。

女「まあいいや。とりあえず、探し物探し物っと……」

 寝る前に決めていたこと。
 本を探そう。

 神との対話シリーズ。

 もう一度読み直してみよう。

 きっと無駄には終わらないはずだ。

女「えっとー……あれはエッセイになるのかな? それともファンタジー系?」

 よくわからん。
 こういうときに司書さんがいればなぁ。

女「司書さん出てこぉい」

??「呼んだかー?」


女「ひぃやぁ!?」

??「人をお化けみたいに呼ばないでくれよ、ったく」

女「し、司書さん!?」

司書「そだよー。久しぶりだねー。最近は寄ってなかったん?」

 ちげぇよ。
 あんたがいなかったんだよ。

 だいたい週一の割合で来てたよ。

 あと夏休みもあったろう。

女「えっと」

司書「ああそっかー! たまたま会わなかっただけかぁー!」

 だからちげえよ!

司書「んで、何かようなん?」

女「はい。本を探してまして」

 この人は図書館の司書さん。

 ぼさぼさの髪をしている。だらしのない女の人。
 どうしてこんな人が学校の司書なんてできるんだろう、と学生の間で疑問になっている。

司書「本? なに?」

女「神との対話シリーズです。ニールの」

司書「ああそれね! それなら確か盗まれた!」

女「はい?」

 盗まれた?
 へ? うそ!?


司書「確か、1年くらい前に盗まれたんじゃなかったかな」

女「……そんな」

 じゃあ私が読んでからすぐに盗まれたってこと?
 
 誰が盗んだのよ!
 っていうか、どんなけ警備があまあまなんだっつうの!

司書「いやははは……。困った困った」

 絶対に嘘だ。

 本当に困っていたなら、もっと早く入荷し直しているはずだ。
 またサボったな。

 よくサボる私が言えた義理じゃないけれど。

司書「どうしても必要なんか?」

女「あの、まぁ……はい」

司書「んー……でも、今、学校にゃどこにもないんだよねー」

 タイミングの悪い。
 まさかこんな時に目当ての本が盗まれていることを知るなんて。

司書「どうしてもって言うなら取り寄せるけど?」

女「どれくらい掛かりますか」

司書「ざっと一週間くらいかな。発注、購入、入荷、書類関係、本棚に並べるって作業があるし」

女「それならいいですよ」

 時間が掛かりすぎる。
 遅くても明日には読まなくちゃいけないのに。


司書「そうなん? そりゃごめんね?」

女「悪いのは本を盗んだ人ですので」

司書「そう言ってもらえると助かるよー!」

 司書さんはけらけらと笑っていた。

 こっちは笑える状況じゃないってのに。

司書「んじゃ」

女「あの、お昼休みはここで過ごそうかと思っているのですが」

司書「ふーん。私は向こうの部屋で寝てるから、好きにしてもいいよー」

女「あ、はい」

 おいおい。

 仕事はどうした仕事は!
 だから本を盗まれるんでしょーが!

司書「じゃあねーん」

女「お、おやすみなさい?」

 ……。
 何も言うまいよ。

 とにかく私は、神様について何か書かれている本を探してみよう。

 他の本に何か書かれているかもしれないし。


 っと、その前に。

女「先輩に電話してみよっかな」

 そう思い、携帯を取り出す。
 ボタンをブッシュする。

 でも、聞こえてきたのはいつものメッセージだった。

女「先輩、本当に大丈夫かな」

 心配なら先輩の教室まで行けばいい。
 でも、流石に上級生の教室には行けない。

 ましてや受験を控える上級生たちだ、ぴりぴりもしている。

 雰囲気で伝わってくる。
 あれは苦手だ。

女「とりあえず放課後、オカルト部に行ってみよう」

 先輩は毎日と言ってもいいくらい部室にいる。

 休むときは私にメールをくれるくらいだ。
 別に私は部員じゃないけど。

 毎日だって行かないし、週に1、2回も行けばいい方だ。

女「……片っ端から、探してみるかぁ」

 作業を始めよう。
 本を探そう。

 何かをしていないと落ち着かない、そんな気分だ。

ここまで。読んでいる人がいるなんて驚きだ。


女「さてと、どっから手を付けるべきか」

司書「おーっと、そうだった」

女「わわ!?」

司書「だからさー。そんな驚き方しないで欲しいかなーって」

司書「あ、ちなみにこれ。あるアニメキャラの口癖なんだけど」

 どうでもいい!
 非常にどうでもいいからさ!

 お願いだからそんな突然現れないで欲しいかなーって!

女「なんですかもー!」

司書「お、りっちゃん!」

女「私は女です!! どこのアニメですか! いえやっぱ聞きたくないです!」
 
 いい加減にして欲しいっての!

 あんたと違ってそんなにアニメ知らないっての!
 深夜にたまに見るけど、そんなの時間潰しの程度だしさぁ。

女「それで、何か?」

司書「んー……。なんだっけ」

女「知るか!」

司書「鋭いね! つっ込みが鋭い!」

女「だーーもーー!!」

 めんどくさいなぁ……。
 用件はなんなの!?


司書「あー、そうそう! そういえばあったんだよ!」

女「何がですか?」

司書「神との対話シリーズ」

女「どぉい!!」

 怒りの沸点が。
 お腹でお湯が!!

 頭に血がああ!!

司書「私の私物なんだけどねー」

女「じゃあそれを借して下さい」

司書「ここにゃないんだわ」

女「刺してもいいですか?」

司書「すぐにキレる最近の若者って怖いよね!」

 何年前の言葉ですかっての。
 
 とにかく!!
 私は急いでいるの!

 そんなつまらないことで時間を潰さないで欲しいっていうかさ!

 わかってほしいな!?

女「それで、本はどこにあるのですか!」

司書「今朝、オカルト部の部長に貸した」
 


女「ふぁ!?」

 先輩に!?
 
 ってことは、先輩は学校に来ているってこと!
 やった!

 よかった。
 本当によかったよぉ……。

司書「な、なんで涙目なのかい!?」

女「ご、ごめんなさい……ちょっと……こっちの話なんで、気にしないで下さい……っ」

司書「そ、そう?」

 嬉しい。

 やっぱ、神様とかそういうのっていないんだよ。
 うん、きっとそうだ。

 今日の放課後、絶対にオカルト部に行こう。

 そんで言ってやるんだ。
 心配かけさせんなバカって。

司書「ななな、なんで笑ってるのかなぁー……」

女「えへへ……ぐす……」

 あれ。
 私ってこんなに弱かったっけなぁ。

 でもまあいいや。
 たまには有りっしょ。

 ……っしょ?


司書「本を貸し出したの、そんなにショックだったのかなー……」

女「そういう訳じゃないんですが……」

司書「ま、それだけだよーん。じゃあにー」

女「はい。失礼します」

 これで希望が見えた。

 先輩はいるし、本も見付かった。
 今日の放課後だね。

 うん!

 ちょこっとテンションが上がってるかも。
 なんでこんな程度でテンションが上がるかな。

女「よし、図書館で寝よう」

 果報は寝て待て、だ。

 午後の授業なんてもうどうでもいいや!
 妹にバレなければ問題ない。

女「じゃあ隅っこに行こう」

 背もたれにもたれ掛かって寝ようっと。
 わーい。

女「寝る子は育つってねー」

 育てよ、私のおっぱい?

 まだ諦めてないんだからね?
 


クー「クスクス、楽しそうだね」

女「あんたは!!」

 まただ。
 またいつの間にか現れた。

 前兆や前触れも何もなく、唐突に。

クー「おや。さっきまで君はとても幸せそうだったじゃないか」

女「おかげさまで、一気に不快な気分になったよ」

クー「それは悪い事をしてしまった」

 また笑った。

 本当に悪いことをしたつもりなら、笑うなよ……。

クー「やっと君は神様を見付けただね」

女「神様? あのネットの奴?」

クー「クスクス。どうだろうね」

女「あんたが私の問いに素直に答えるはずないよね」

 少し驚いたようだ。
 珍しく表情が変わっている。

クー「ふふ。君が何を神と仰ぎ見るかは、私にはわからない」

女「いつもの笑い方はどうしたのさ」

クー「クスクス。笑い方なんて色々あるだろう普通」

女「へぇ。珍しく会話が成立したね」

 初めて私と会話をしている。
 
 今までほとんど会話らしい会話はしてこなかったのに。
 問いに対して返事をしてくれた。


クー「さて君よ」

女「なに」

クー「君は0,9999...の先は見つけられそうかな」

女「それって数学世界の三位一体説の証明だよね」

 そういう話を聞いたことがある。
 いや、本だったかな。

 1とは3である。
 簡単に説明すると、次の通りになる。
 1/3は0.3333と永遠に続く数式だ。
 2/3は0.6666と同様に永遠。でも1じゃない。
 3/3は1になる。でも、1/3や2/3みたいに3の倍数じゃなくて突然1となってしまう。

 こんな感じだったような気がする。 

クー「そうだよ。パネンベルクの三位一体論。神様の証明」

女「パネンベルクの三位一体論? どういうものなのさ」

クー「神は3性でなければならない。神様は一体でも、それは3つに分けることができるというものさ」

女「それは一体何を言いたいの?」

クー「君の神様も同様ということ。神様は現れる。でも、1には至らない」

 それはすなわち出来損ないの神様っていうこと? 
 3性なければならないのに、2性で止まってしまっているということ?
  
 そんな神様が新しい世界を作れるはずがない。決まっている。
 だから世界は崩壊すると言いたいのかこいつは。

女「でもね、私は別にあんたの言うことを信じている訳じゃないんだよ」

クー「クスクス。いずれ君は出会う。回避できない出来事。そして確信する、神様の存在を」

女「まさか!」

クー「信じなくてもいい。起きることだから」

 信じるものか!
 そんな予言めいた事を信じてたまるか!

 普通の女子校生やってきたんだ。
 こんな展開は非日常過ぎるっての。


女「でも、いきなりどうして私にそんなことを教えたの」

クー「君があまりにも悠長に構えているから」

女「悠長に?」

クー「そう。クスクス」

 悠長って何がさ。

 もっと必死に神様探索をしろって言うの?
 いやだよ。

 私は神様を信じていない。

クー「後悔するよ?」

女「そんなことはない」

クー「人は誰しも後悔する前にはそう言う」

女「……」

 じゃあ私にどうしろって言うのよ。
 
 何をどうすればいいのさ。
 わかんないよ。

女「あんたは私に何をさせたいの?」

クー「君が何をしたいのか。そこが重要」

女「私はただ平和に日々を過ごしたいだけ」

クー「平和な日々。でも、知ってるかな。平和っていうのは、戦争と戦争の間の期間と呼ばれていることに」

女「それってただの戯言だよ」

 誰かが言った言葉なんか知らない。

 世界が平和になればいいと思う。でもそれをするのは私じゃない。
 せめて私は私の周りだけを平和にしたいと思っているだけ。


クー「君は平和を求める。でも平和は崩れる。じゃあどうする?」

女「平和を再び取り戻すだけだよ」

クー「そうは言うけれど、崩壊寸前の君の平和について、君は何も気付いていない」

女「そんなはずない!」

クー「戦争が起こる前、誰もミサイルなんて飛んで来ないだろうと思う」

クー「事が始まってからは遅く、同じ平和を取り戻すことも難しければ、そもそも平和を取り戻せないことがある」

クー「平和とは崩壊する。どれだけ回避しようとしても、逃れられない。結果とは思わぬ方向からやってくる」

クー「だからこそ気付かなくてはいけない。世界の姿に」

 クールは一度にたくさんのことを喋った。
 両手を広げて、私を諭すかのように。

 確かにクールの言うことには一理ある。

 どれだけ頑張っても回避できないことはある。そのほとんどは気付かなかったというのが理由だ。
 気付かないふりをする場合もあるかもしれない。

女「……私は、私の平和が壊されそうになっていることを気付かなくちゃいけないの?」

クー「そう」

女「どうやって? それに気付いたとして、どう対処すればいいのよ」

クー「クスクス。ヒントを上げよう。空を見上げる場所。空に近い場所。言うなれば、天国に一番近い場所で」

女「それって!」

 先輩のメールのことだ。
 
 どうしてクールがそのことを知っているんだ!?

ここまでです。どこへ向かうんだろ、これ


クー「世界は君のためにあるのではなく、誰かのためにあるものでもない」

クー「天国は死者のためになく、生きる者のためにある」

クー「君は選択枝を間違ってはいけない。天国に近い場所に行った彼女はまだあちらには行かず」

クー「けれどもこちらに留まる事も難しい状態。どっちつかずのふらふらな彼女を、こちらに留めるか、それとも……クスクス」

女「笑うな!!」

 とにかく先輩が無事であることを確認したい。
 それだけ。

女「あと、どうして先輩のことを知っているのよ!」

クー「クスクス」

女「……くそっ」

 答えないつもりらしい。
 
 いちいちムカつくなぁ。
 こっちは世界が崩壊するとか神様が出現するとか言われて、はっちゃかめっちゃかなのに。

 それを嘲笑うなんて、酷い。

女「人でなし」

クー「私は人じゃないからね」

女「は?」

 何を言っているんだこの電波ちゃんは。
 もしや自分を吸血鬼の始祖なんて言うんじゃないだろうな。

クー「人とはなんだろうね。それは生物学上での表現というだけだろうか」

女「知らないよ、そんなの」

クー「クスクス、そうだね」

 無駄な問答は控えよう。

 そうしないと、私が混乱してしまう。
 これ以上の混乱はきっと危険。


クー「さあ君、放課後になった。どこへ行く?」

女「は? まだ昼休みが終わりそうってだけじゃ——」

 図書室の時計を見る。

 嘘だ。
 嘘でしょ。

 ——もう、放課後になっていた。

女「なんでこんなことばかり起こってるのよ!! 教えてよ!!」

女「……あれ?」

 いない。

 まただ。
 何の前触れもなく現れて、まるで最初からそこに居なかったかのように消えてしまう。

 一体彼女はなんなんだ。
 どういう存在なのよ。

司書「あ、起きたんだ?」

女「し、司書さん?」

司書「机に突っ伏してよく眠っていたよねー。起こすのも躊躇っちゃったよ」

女「何を言って……私別に……」

 私は一度も眠っていない。
 証拠に、眠るための動作を一つもしていない。

 司書さんと別れたから私は一度も椅子に座ってすらいない。

 もしかして私は何か病気なんじゃないだろうか。

 いや、よそう。
 そういう考えこそ、自分を破滅へ導いてしまう。
 心を強く持とう。


女「すみませんでした。私はこれからちょっと用事があるので行きますね」

司書「そう? じゃあねー」

 軽く挨拶を済まして、私は図書室を出た。

 どんな過程を辿ろうとも、今はもう放課後。
 これは間違いようのない事実。

 じゃあ、今できることはオカルト部へ行くことだ。

 その間に考えよう。
 クールのことを。

女「一体彼女は何者なんだ」

 例えば、外なる神。
 有名なある神話に登場する神様だ。

 えーっと……なんだっけあれ。

 私はこの神話については詳しく知らない。
 だからあまりよくわからない。ゴズミックホラーっていうのは覚えているんだけど。

女「それとも、私の妄想?」

 それこそ有り得ない。
 
 私が知らない知識を私に教えるなんて芸当は不可能だろう。
 もしかすると私が以前見た、聞いたことを脳のどっかで造られた人格が私に教えてくれているのかもしれない。

 確かにこの説なら不可解な点も合致する。

女「まさか、ね……」

 でもそれは自分が精神的に病んでいることを示す。
 しかし、一つ大きな矛盾点が存在する。だからこの説は正しくないと言える。

 それは神様の出現を予言したことだ。
 ネットに出現した自称神様。それとさっきの予言。選択を迫られる? だったかな。

 もし私の内なる人格ならば、予言なんてできないし、ましてやそれを当てるなんてものは不可能。

 だからこの説は却下。


 じゃあ次の説。

女「幽霊」

 ない。
 もしクールが幽霊で、私に霊能力があって、そのため見える存在だとしよう。

 可笑しい。
 幽霊ならもっと曖昧な存在だと思う。

 それに本当に幽霊だとしても、じゃあどうして他に幽霊がいないんだろうってなる。

 クールの霊力が強いから姿を見せることができる、なんて言われちゃお終いだけど。

 でも何となく思う。
 あれは幽霊じゃない。

女「……すると、あいつは何かの精神体?」

 アニメやゲームで出てくるようなアレだ。

 世界を革命する少女、みたいなね。
 じゃあ彼女がしたいことは何?

女「何もかもが当てはまりそうだし、どれも違うような気がする……」

 証明できない理論は全て空論にしか過ぎない。
 何処かで聞いたことがある。

 私の考えるこれらは全て空論だ。

 空論をどれ程考えても、そこに意味はない。
 無駄な労力になってしまうだけ。

女「だからって、考えないわけにはいかないっての……はぁ」

 ため息が出る。

 こうして私の肺にはヘドロのような嫌な何かが溜まっていく。
 その何かに溺れてしまいそうだ。


— オカルト部 —


女「失礼しまーす」

 ドアの鍵は開いていた。

 ガラガラ。

 部屋に入る。

先輩「おお、女じゃないか」

女「先輩!!」

 普通にいた。
 いつものように先輩はそこにいた。パソコンの前で怪しげなサイトを見ていた。

先輩「いやぁ、すまない。起こそうと何度も電話したんだけれど」

女「そんなことはどうでもいい!! 無事だったんですね、よかったぁ……っ」

 私は本当に安堵した。

 神様に会うなんて馬鹿げたことを言う先輩だから、本当に心配していたんだよ?

先輩「どうした? なんだか様子が変だぞ」

女「誰のせいだと思ってるんですか!!」

先輩「誰だ?」

女「先輩です!!」

 ああ、でも。
 日常だ。私のいつもの日常がこれだ。

 本当に久しぶりに私の日常に戻ってこれたような気がする。


先輩「はて、それはどうしてだい?」

女「先輩が、なんか神様に会いに行くなんて言うから……」

女「ってそうだ! 神様には会えたんですか?」

 気になっていた。

 先輩の言う神様は、クールの言った私にとっての神様なんだろうか。

先輩「わからない」

女「はい?」

 わからないって。

先輩「だから、私はそれを確認したい」

女「どういう意味ですか?」

先輩「すまないが、それは教えられないんだ」

女「どうして!」

 情報が必要なのに。
 神様についての情報を一番知っている私の知り合いは、今のところ先輩だけなのに!

先輩「……ところで、今日は何か用事でもあるのかな?」

女「えっと……」

 用事の半分は既に終わってしまった。
 
 先輩の安否と、神様について聞きたかっただけ。

女「どうしても神様について教えてくれないんですか?」

先輩「こればっかりはね……」

女「……いじわる」

先輩「そんなことを言わないで欲しい」

女「じゃあせめて、神様を確認するってどういう意味ですか?」

先輩「それは……」

 先輩は口ごもった。

 この内容についても教えてくれないんだ。
 本当にどうしてよ……。

 まさか洗脳されているとか!?


女「……じゃあいいです」

 先輩は私の友人。
 責めるようなことはできない。

 それに、あんな存在が私の神様なんて有り得ない。
 そんな神様が世界を消滅させるなんて想像できない。

先輩「……」

 珍しく先輩が居心地悪そうにしている。

 そうだ。
 もう一つの用事を済まそう。

女「あの、先輩。ここに神との対話シリーズがあると聞きました」

先輩「ああ、それは今朝図書室で借りたんだよ。ほら、これだ」

 そう言うと、大きめの紙袋に入ってある本があった。
 これが神との対話シリーズ。

 やっと見付けた。

女「それを貸して下さい」

先輩「いや、でもこれは……」

女「司書さんには話しをつけています」

先輩「そうか。そう言うことなら別にいいよ」

女「でも、どうして先輩がこれを?」

先輩「……それは」

 これも言えないんだね。
 
 私が信じていた友情っていうのは、何だったんだろうかと、ちょこっとだけ疑問に思っちゃった。
 でも、私は信じたい。先輩のことを信じたい。

女「とにかく貸してください」

先輩「……ああ」


 私は紙袋を受け取った。

 もうここに用件はない。
 先輩も元気そうだし。

 変な事をしようとしたら、全力で止めればいい。
 うん。それが私にできることだ。

女「ありがとうございます。先輩!」

 私は出来る限りの笑顔でお礼を言った。

 ちょびっとだけ心に生まれた疑問が表情に出ていたと思うから、その相殺のために。

先輩「……お、女!」

女「はい?……んむっ!?」

 いきなりキスされた。

 はい!? 意味わかんないんですけど!?

先輩「ぷはっ……と、突然すまない。でも好きなんだ、女のことが!!」

女「……え」

 思考が止まる。

 今までこんなこと、なかった。告白なんてされたことない、ましてや同姓なんて起こり得ない。
 しかもそれがあの先輩なんて。

 流石に驚いて、2、3歩私は後ずさった。

先輩「……」

女「いや……来ないで……」

 それなのに先輩は私に近づく。

先輩「んちゅっ」

女「んんっ!!」

 無理矢理キスされた。
 私のセカンドキス。

女「んーっっ!!」

 舌が伸びてきた。
 固く閉ざした唇をノックしてくる。


女「いやあ!!」

 私は勢いよく先輩を突き放した。
 なんとか先輩を離す。

先輩「……」

女「どうして……」

先輩「やっぱり、おかしいかな」

女「だって今までそんな素振りなかったし……だって!」

 頭が真っ白になってしまっている。
 何かを言い訳したいのに、何も出てこない。

先輩「女を始めて見たときからなんだ」

 まさかの一目惚れですか。
 
 それも女子相手に、同性相手にですか。

女「……」

先輩「受け止めて貰えないだろうか」

女「そ、それは……」

 出来ない。
 私はどうあがいても、同性を好きにはなれない。

 変人と言われるけれど、自分から変な事をしているわけじゃない。

先輩「……そんなに嫌なんだ」

女「へ?」

先輩「だって、泣いてるよ?」

女「あ」

 熱い何かが頬を伝った。
 それが涙だということを指摘されは初めて気付いた。

女「……ごめんなさい」

先輩「……そっか」


先輩「……やっぱり、あいつの言うとおりだったかな」

女「先輩?」

先輩「んーん、なんでもない」

女「あ、あの……」

 何を言えばいいんだろう。

 これからもよい友人で居て下さい?
 それとも、もう会えません?

 後者は絶対に嫌だ。
 だからって前者どおりの付き合いに完全に戻れるかと言えば、無理かもしれない。

 力尽くでキスをしてくる相手に、どう安心すればいい。

 今まで信じてきたぶん、何故か裏切られた気持ちでいっぱいになってしまった。
 何も裏切られていないのに。

先輩「はは、私もこんな気持ちになるのは初めてだったんだけどな。初恋は実らないというのは本当だったんだ」

女「……」

 モデルや女優のような佇まい。
 綺麗な長髪。
 女子なら誰もが羨む理想的な体型。

 オカルト部というのと、ミステリアスな雰囲気。
 だから学校の裏アイドルなんて呼ばれているのは知っていた。

 そんな先輩が、どうして私なんかに一目惚れしたんだろう。

女「私なんて、つまらない人間です……」

先輩「そんなことはない。私は人を見る目はある方だと自負しているから」

女「一目惚れだったんでしょ」

先輩「確かにそうだけど、気付けば内面も好きになってしまっていたんだ」

女「内面? こんな私の?」

 精一杯気取ったりするけど、すぐに怖くなったり臆病になったりする。
 中二要素の残るそこら辺の女子校生となんら変わりない。

 先輩みたいな素敵な人と釣り合うような存在じゃない。


先輩「君は強い。めげない。それに、可愛い」

女「先輩?」

先輩「博識でもある。そんな女に私は惹かれていた」

女「……でも、私強くないです」

 そう。
 弱いんだ、私は。
 すごく弱くて、それこそクラスにいる女子と大差ない。

 強く見えるのはきっと私の容姿のせい。
 
 誤解殺気ならぬ、誤解強気。

先輩「いいや、強いよ。立ち向かう勇気がある」

女「それなら先輩の方こそ強いです」

先輩「私が? どうして?」

女「私に、その……」

先輩「告白のことか? これはな、私の強さじゃない……」

女「えっと……それってどういう……」

先輩「……はは」

 先輩は苦笑いをして誤魔化した。

 誰かに背中を押してもらったということかな?
 きっとそういうことだろう。

先輩「……すまなかったな。いきなり唇を奪って」

女「いえ……」

 別にファーストキスに拘っていたわけじゃない。
 好きな人じゃないとショックだった、なんてこともない。

 何とも思わない訳じゃないけれど、どうせいつか経験することだから、最初も最後も関係ない。

先輩「さほど気にしている訳ではなさそうだね」

女「……」


先輩「じゃあどうして泣いているんだ」

女「……わかりません」

先輩「そっか。でも、泣かしてしまって悪かったよ。ごめんね」

女「……」

先輩「私は帰るよ。鍵は返しておいてくれ」

女「わかりました」

先輩「本当に済まなかった。でも、私の初めてを女にあげたかったんだ……我が侭でごめん……」

 最後に私に謝ると、先輩は部室を出て行った。
 その背中はとても寂しそうだった。

 それなのに私には何もできなかった、何も言えなかった。

女「……はぁ」

 深く息を吐いて、私はソファに座った。
 傍らに置いた紙袋を確認する。

 そこには本がある。でも今はそんな気分じゃない。

 少しだけぼーっとする。
 自分の唇を指でなぞった。

 少しだけ濡れていた。先輩の舌が当たった場所。柔らかかった。女の子ってあんなに柔らかいんだなぁ。

 自分も女性の体だけど、他人のそれは違った。
 そのことを思い出して、そして先輩の想いを考えて、また涙が伝った。
 




 ——そして私は後悔する。


 ——このとき、どんな手を使っても先輩を引き止めておくべきだったと。


 ——同時に私は失うことになる。

 
 ——大切な人を。


 ——物語りは私をどこまでも置き去りする。


 ——縋り付いても、まるで水のように掴めない。


 ——反省とは次があるから出きること。


 ——でも後悔は……次がないから……するんだ……。


 ——私は悠長に構えすぎた。

 
 ——私の世界は、今日を境目にゆるやかだけれども本格的に崩壊を始めていく。



                                       崩壊と消滅は、そこにある。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

第一日目。光を作って、光と闇を分けて、昼と夜を作った。
第二日目。大空を作った。大空を天とよばれた。
第三日目。海と地と、地に木を作られた。
第四日目。天の大空に光るもの、星をつくって、昼と夜を分けて、季節や日や年のしるしをつくった。
第五日目。生き物が水の中に、鳥が地の上にあり。水にいる動物と翼のある鳥を作った。
第六日目。神さまにご自分にかたどって、人間をつくった。男と女に創造する。
第七日目。安息した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


— 8月24日 土曜日 女部屋 —



女「ふぅ……」

 朝から読み続けて、やっと読み終えた。
 もちろん神との対話シリーズだ。

 もう夕方になってしまった。
 それなりに急いで読んでいたつもりだったんだけどなぁ。

女「でも、違う」

女「神へ帰る。これは、一見すると死を推奨しているように見えるけれど」

女「これは読み手の解釈によって異なる」

 それに。
 著者自信がこの本を信じてはいけないと言っている。

 私はこう解釈する。
 これはあくまでもただのファンタジー系の小説だ。

 この本を心底信じてしまったら、人は死を信奉してしまう。
 死を甘いものとして受け入れてしまう。

女「……もし、あのサイトの神に帰るという意味が、これを指し示しているとしたら」

 危険すぎる。

 集団自殺だって起こるかもしれない。
 
女「も、もう一度整理しよう」

 この本は著者が箇条書きにしてくれている。
 だから、まずはそれを抜き出そう。

女「……それにしても、すごい本だ」

 神との対話。

 
 こんなことを考えられる人間なんていないだろう。 
 確かに神と出会った人が書いたと言っても、通じるかもしれない。


女「えっと、紙とペン……」


女「確か、神様とは自分にあるんだっけ?」

 正確には、神と一体であるということ。一つということだ。

 だから人は全知全能である。でも、それを思い出せないから、ニール・ドナルド・ウォルシュは思い出すという方法を使え
と言っている。
 
女「思い出す、ねぇ」

 私には信じられない話だよ。

 記憶というのは、中々難しい。
 心臓移植をした人が、そのドナーの記憶を受け継いだ、みたいなドキュメンタリーが昔会ったような気がする。

 記憶とは一般的に海馬と呼ばれるところが司っている。
 でも、それは長期記憶だ。さらに言うと、陳述記憶などである。

 その他の記憶は海馬ではなく、他の場所が深く関与していると聞いたことがある。
 テレビってすごいね。

女「でも、知りえないことを思い出すなんて出きるのかな」

女「まあ、その方法をウォルシュさんは書いてるわけだけどさ」

 宗教や信仰の世界って不思議。

 こういうものを信じられない私からすると、信じる人の気持ちがよくわからない。
 こんなことを言ってしまったら、信者にすごく怒られるんだろうな。

 えっと、項目は18だね。
 結構あるなぁ。

 めげずに書きだしてみよう。
 


1.死とは、あなたが自分のためにすることである。
2.あなたの死を引き起こすのは、あなた自身だ。いつ、どこで、どんなふうに死ぬのであっても、これが真実だ。
3.あなたは自分の意志に反して死ぬことはない。
4.「わが家」へ帰る道の中で、他の道より特に良い道はない。
5.死は決して悲劇ではない。死はつねに贈り物である。
6.あなたと神は一つである。両者の間に分離はない。
7.死は存在しない。
8.あなたは「究極の現実」を変えることは出来ないが、それをどう経験するかは変えられる。
9.「すべてであるもの」が「自らの経験」によって「自らを知ろう」とする欲求。それが全ての生命/人生の因(もと)だ。
10.生命は永遠である。
11.死のタイミングと状況はつねに完璧である。
12.全ての人の死は、つねにその死を知るほかの全ての人の課題(アジェンダ)に役立つ。だからこそ、彼らはその死を知る。従って「無益な」死は(生も)ひとつもない。誰も決して「無駄死に」はしない。
13.誕生と死は同じ事である。
14.あなたがたは人生/生命においても死においても、創造行為を続けている。
15.進化に終わりなどというものはない。
16.死から引き返すことが出来る。
17.死んだら、あなたがたは愛する人全てに迎えられるだろう。あなたより前に死んだ人と、あなたよりあとに死ぬ人たちに。
18.自由な選択は純粋な創造行為であり、神の署名であり、あなたの贈り物であり、あなたの栄光であり、永劫のあなたの力である。

引用 tp://samadi.cocolog-nifty.com/sahasrara/2009/09/post-b930.html


 書き出してみると、本当に多い。

 ほとんどが死についてだ。
 神へ帰る。

 なるほど、確かに死について書かれていた。
 しかもその内容が死とは決して終わりではないということを伝えている。

女「……んー、でも」

 そう。勘違いしてはいけない。
 この本は死ねばいいと言っているわけじゃない。

 極楽浄土へ行くために死ぬことが必要なんて言ってない。

女「……たぶん、あのサイトはこれとは関係ない」

 たぶんだけど、きっとそうだ。

 もう一度思い出してみよう。あのサイトに書かれていた内容。
 確かメモに書き写していたはず。


    ” ——久遠の過去を変えて、帰るのは君だ——  ”


 久遠の過去を変えて、これは受け止め方次第という考えでいい。

 ……もしかしてこれって、過去に帰るって言いたいの?

 じゃあ私がしてきたことって無意味?
 そんな……。

 でも、そうなると過去に帰るってどういうことになるんだ。
 過去って帰る場所なの?

 これも文法として可笑しい。いや、文法じゃなくて時系列としておかしい。

 だから、私は神に帰ると解釈したんだ。
 過去を変えて、神様に帰る。

 その神様に帰るという意味が、神へ帰るという本にヒントがあるんじゃないかと思った。
 ところで、そうでもないと思われる。

女「……じゃあ、これってただの中二病患者が書いたただの文章?」


 ……。
 どう考えればいい。

 これがただの悪戯でした、っていうオチならいい。
 だったら何の問題もない。

 けれど、神様はいる。
 先輩は会ったと言っていた。

 そして、あいつも私に言った。
 クールが私に言った。

 私にとっての神様が登場すると。それが世界を消滅させると。

女「あーもう……無理……」

 どこかに糸口はないの。
 どこか。

女「頭んなかぐっちゃぐちゃだよ!!」

 堪え切れず叫んでしまう。
 
 コンコン。

 ノックの音がする。
 
女「はーい?」

妹「私だけど、入ってもいい?」

女「んー、いいよー」

妹「ありがと」

 ガチャ。

妹「なんか叫んでたけど、大丈夫?」

女「んー……んっ」

 一応肯定しておく。
 心配は掛けたくないし。

今日はもう投稿できないです。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom