【とあるSS】壊れた窒素と、打ち砕く幻想 (421)
どうも、超>>1です。
以前、SS速報VIPにて上条×絹旗を書いておりました
今回も前回に続いて上記のCPでSSを制作したいと思います
以前はシナリオ形式でしたが、今回は地の文での挑戦です
前回に比べてあまり時間に余裕はないので、週に1~2回の更新となるかもしれません
また、今回のSSにおいての絹旗は、独自の設定を盛り込んでいます
そういったオリジナル要素が苦手な方はスレを閉じる事をお勧めいたします
では、またしばらくのお付き合い、お願い致します
過去作
絹旗「超窒素パンチ!」上条「その幻想をぶち殺す!」
絹旗「超窒素パンチ!」上条「その幻想をぶち殺す!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367384742/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1378177878
【壊れた窒素と、打ち砕く幻想】
~少女は暗闇に染まる~
『暗闇の五月計画』。
――学園都市最強の超能力者の演算方法の一部分を意図的に植え付ける事で、能力者の性能を向上させようというプロジェクト。
個人の人格を他者の都合で蹂躙する非人道的な計画だ。
性能を向上させる、それは聞こえがいい。
しかし、意図的に植え付ける、それはあまりに残酷で非道である。
そもそも人格とは、植え付けられるものではなく、積み上げていくものである。
その時の経験、環境によって自らが形成していくものだ。
プロジェクトには『置き去り』という、親元の行方が分からない少年少女、もしくは赤ん坊を用いられた。
非人道的な計画を進めるには、『置き去り』は最適な素材であったからだ。
が、計画は座礁に乗り上げた。
そもそも、自らが積み上げて形成する人格を、他者の手によって無理矢理植え付けるという行為に無理があったのだ。
プロジェクトに参加していた者達は途方に暮れた。
しかし、ある日。
素材に思わぬ数値を示したものがあった。
一つは攻撃性を示し、もう一つは防護性を示した。
それは学園都市最強の超能力者の演算部分の一端にしか過ぎなかった。
しかし、希望は見えた。
計画は更に進められ、深く、暗く、更なる混沌へと落ちていった。
…………
……
…
暗闇に、二つの影があった。
影の周囲は瓦礫で埋め尽くされ、平坦な場所は一切無い。
瓦礫の隙間からは煙や火が顔を覗かせている。
???「まさか貴女がこのような行動に出るとは超思いませんでしたよ」
少女が呟いた。
瓦礫から漏れた火に照らされた横顔はまだ幼い。
小学生か、中学生くらいの子だろうか。
肩の部分で切れた橙色のパーカーを羽織り、白地のシャツ。
青色のショートパンツを履き、白く細い太腿を晒していた。
少女と言うよりは、少年という印象が強いだろうか。
起伏はほぼ無く、全体的に細身である。
被ったパーカーのフードの下には、焦げ茶に染まったショートヘアが覗く。
僅かに見える瞳には、どこか面倒臭そうなものを感じさせた。
醸し出す雰囲気は禍々しく、光を感じない。
子供であって、子供ではなかった。
???「……いえ、やはり訂正ですね。いつかこんな事をするだろうと、超思っていましたよ」
少女が呟いた、その視線の先。
そこにはパンクな格好をした少女がいた。
起伏は少なく、小柄。
少女も、パーカーの少女と同じくらいの年代のようだ。
肩甲骨辺りまで伸びた黒髪を風に靡かせ、口角を吊り上げた。
アクセントのつもりか、もみ上げ部分の髪だけが色を抜かれ、金色に輝いている。
小柄な身体を締め付けるように、黒い革と鋲でできた衣服を身に纏う。
全身を黒で統一した少女だが、しかし何故か所々に滑り気を帯びた光沢が見られた。
???「さっすが絹旗ちゃーん! 私の事よく見てんじゃん。気でもあるのかー?」
黒髪の少女が冗談を含ませ、絹旗という少女に言葉を放った。
見開かれた目はどこか相手を見下しているようなものを感じさせる。
絹旗「それで、これから超どうするんですか。黒夜」
絹旗は少女の冗談を受け流し、淡々と呟く。
黒夜と呼ばれた少女は、冗談を受け取ってもらえなかった事に溜め息を吐く。
しかし、すぐに切り替え、自らの服を摘みながら言う。
黒夜「……とりあえず、シャワーだな」
絹旗「シャワー、ですか?」
黒夜「ああ。馬鹿共の臭い汁で、全身ドロドロにされちまったんだよ」
絹旗「それはそれは、超ご愁傷さまです」
黒夜「服も買わなくちゃいけねーな、こりゃ」
光沢ある滑り気は、どうやら彼女の全身を包んでいるようだ。
黒夜は自身の腕を鼻に近付け、試しに臭いを嗅いだみた。
が、一瞬で表情を歪めた。
それはかなりの異臭を放っており、離れた場所に立っている絹旗ですら顔をしかめる程であった。
絹旗「んっ……」
立ち尽くす二人に、風が吹いた。
絹旗はフードを押さえ、片目を閉じた。
黒夜「うわっ、色変わってるじゃん。私の服、黒だぞ?」
瓦礫の隙間から顔を覗かせる火が、風によって勢いを増し、明るさを増す。
それに照らされた黒夜の服は、赤黒く染まっていた。
それは、血。
一人ではない。
何十人という数。
それらが全て混ざり合い、黒夜を染め上げているのだ。
絹旗「まあ、奴等に人と同じ血が流れているなんて超ありえませんからね」
黒夜「はははっ、違いねえ! そりゃ、黒も染められちまうわなっ」
黒夜の笑い声が周囲に拡散していった。
絹旗「さて……私は行くとします」
黒夜「なんだー? どっかアテでもあんのかよ」
絹旗「とりあえず、お金は超稼がせてもらったんで、しばらくは身を潜めますよ」
絹旗はそう言って、パーカーのポケットから数枚のカードを取り出した。
黒夜「ちゃっかりしてんなー、おい」
絹旗「よければ一枚あげますよ?」
手にした数枚のカードから適当に一枚抜き取り、絹旗は黒夜に投げた。
カードは空気を裂きながら回転し、黒夜の眼前へと迫る。
黒夜はその飛んできたカードを人差し指と中指で器用に挟む。
黒夜「おいおい、暗証番号が無けりゃ使えねえだろうが」
カードを弄びながら、黒夜は絹旗に言葉を投げた。
絹旗「それは大丈夫ですよ。裏面に超書いておきました」
黒夜「あん?」
訝しげに黒夜はカードを裏返した。
そこには数桁の数字が黒のマジックで書かれていた。
絹旗「聞き出すのに、超苦労したんですからね? 黒夜程ではないにしろ、私も一般人を潰すなんて数秒と掛かりませんから」
黒夜「あー……確かに私じゃ無理だな。聞きだす前に潰すのがオチだぜ」
絹旗「ええ、食材は小さい程、扱いが超難しいですからね」
絹旗の言葉に、黒夜はカードから視線を上げた。
黒夜「尋問……いや、SMプレイとか、絹旗ちゃんには向いているんじゃねえか? くはははっ」
絹旗「私としては、黒夜の方が超向いていると思うんですがね」
そう言って、絹旗は瓦礫の上を歩き出した。
黒夜に背を向けて。
絹旗「――また、超会いましょう」
離れた言葉は風に乗り、黒夜の耳へと届いた。
その言葉に、黒夜は笑った。
黒夜「ああ。その時は、新しい時代を築こうじゃねえか」
風を受ける黒夜の言葉は、絹旗には届かない。
黒夜「――『新入生』としてよ」
揺られた炎に照らされた顔は笑っていた。
~item~
学園都市。
総人口の約八割が学生で占められた科学の街。
しかし、それは学園都市の一端にしか過ぎない。
本質は、『人間を超えた身体を手にすることで神様の答えにたどりつく』事。
人間を超えた身体――『超能力』、即ち『脳の開発』。
学園都市に住まう学生達の脳の開発を行い、人を超えた力を手にする事が、この学園都市の目的である。
東京西部を一気に開発して作り出され、一部を神奈川や埼玉に及ばせながら東京都の中央三分の一を円形に占めている。
二十三の区に分けられ、学区ごとに特徴がある。
そんな二十三区の一つである、第七学区のファミリーレストラン。
昼時の店内は喧騒で溢れ、店員が慌しく動き回っていた。
席は既に満席であり、回転効率を上げるため、席は時間性となっている。
そんな中、店の一角を占拠する四人の少女達がいた。
???「――た――おい――はた」
絹旗「――はっ!?」
???「ようやく起きたか……ったく、仕事の会話じゃなかったらブッ飛ばしてたところだわ」
絹旗最愛の向かい側の窓際に座る高校生ぐらいの女が腕組みをしながらそう零す。
ふわりとした栗色の髪が肩を撫でるように下ろされ、その髪から覗く表情には子供らしさは感じない。
切れ長の目は鋭く、可愛いというイメージよりは、美人というイメージだ。
春をイメージした桜色のスカーフを首に巻き、ベージュ色のコートを身に纏っている。
ストッキングに包まれた脚を組み、モデルであればかなりの高評価を得ることだろう。
どこかのご令嬢だったのか、一挙手一投足に落ち着きを感じる。
学園都市最強の超能力者(LEVEL5)第四位――『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利である。
電子を曖昧な状態で固定し、操り、絶大な破壊を生み、全力であれば第三位の超電磁砲(レールガン)をも圧倒すると言われている。
しかし、強大な力には代償が付き物だ。
使い方を誤れば、それは自身を蝕み、崩壊させてしまう。
麦野「最近、よく居眠りするみたいだけど、あんた調子でも悪いの?」
???「結局、絹旗はまだまだお子様っていう訳よ」
麦野の心配を他所に、ベレー帽のようなものを頭に乗せた少女が小馬鹿にしたように笑う。
彼女の名前はフレンダ=セイヴェルン。
元々の黒髪を脱色したのではなく、純粋な金髪は流れるように腰まで届いていた。
丸みを帯びた青い瞳は、全てを見透かす怖さを感じさせながら、同時に可愛らしさも感じさせる。
学校の制服を改造したような紺色の服に身を包み、スカートは短め。
そのスカートの下から覗く脚は黒のストッキングによって保護され、白い肌を隠している。
見た目と名前から分かる通り、西洋の人間だ。
が、彼女の流暢な日本語から推測するに、日本で産まれたか、もしくは物心つかない頃に海を渡ってきたのだろう。
能力に関しては一切不明だが、とある事柄に関しては右に出るものはいない。
フレンダ「ごふっ!?」
そんな小馬鹿に笑っていたフレンダが、奇声と共に机に突っ伏した。
絹旗「フレンダは、超黙っててください」
フレンダを突っ伏させた張本人、絹旗最愛が握り締めた拳を解いた。
見た目は中学生ぐらいではあるが、童顔の為にもっと幼く見えてしまう。
橙色のパーカーを羽織り、下には白地のシャツ。
フードに隠れた髪は焦げ茶色。
青色のショートパンツを履き、スニーカーという身なりは少年と思われても仕方ないだろう。
しかし、当の本人は動きやすければそれでいいと、服装に関してはあまり興味が無いようだ。
四人の中では最年少である彼女。
そんな彼女もまた、能力者の一人である。
大能力者(LEVEL4)の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。
窒素を纏い、そして操る彼女の能力。
それは、とある能力者を元に人工的に植え付けられたものだ。
暗闇の五月計画という、知る人は知る、非人道的な人体実験。
学園都市最強の超能力者(LEVEL5)第一位――『一方通行(アクセラレータ)』。
その演算パターンを無理矢理に脳に叩き付け、生まれたものだ。
???「大丈夫。お子様なきぬはたでも私は応援している」
絹旗「……滝壺さん、それは超応援してはいませんよ」
滝壺「……あれ?」
呼ばれた少女が首を傾げる。
伸ばしていれば和風美人になれるだろう黒髪は、肩の辺りでばっさりと真横に切られている。
表情の変化は乏しく、無表情。
伏せがちな瞼からは、常時眠気を醸し出している。
ピンク色のジャージをまるで部屋着のように身に纏う姿。
だらしがないように見えるが、彼女が着ると逆にそれがぴったりな印象を与えていた。
滝壺理后……彼女もまた、異能の力をその身に秘めている。
有する能力は『能力追跡(AIMストーカー)』――大能力者(LEVEL4)。
能力者が無意識に発する電波――AIM拡散力場。
彼女はそれを記録し、探索、補足ができる。
例え、太陽系の外に出ていたとしても、その位置は彼女の能力によって察知される。
そして、彼女達四人はとある組織に所属する。
名は――『アイテム』。
学園都市の裏の顔、暗部。
学園都市内の不穏分子の削除及び抹消を遂行する為だけに存在する。
絹旗「……で、私はどれぐらい寝ていましたか?」
麦野「まあ、ざっと三十分程じゃない? ……今日の鮭弁、なんかしょっぱいわね」
絹旗の質問に答えながら、麦野は自身のテーブルの前に広げた鮭弁に箸を伸ばしていた。
それ以外の食べ物は見当たらない。
ちなみに、ここはファミリーレストランである。
料理を注文し、食べ、お金を払う場所である。
食べ物の持ち込みは基本的に禁じられている。
フレンダ「麦野の言う通り、最近は頻繁に寝てるって訳よ。……お、鯖の柚子胡椒味は意外といける!」
そんな麦野の斜め右。
フレンダは近所のスーパーで購入してきた鯖缶に舌鼓を鳴らしていた。
改めて言うが、ここはファミリーレストラン。
注文、食う、払う。
この循環があって成り立つ場所である。
持ち込みなど以ての外である。
公園の片隅に鎮座するベンチではない。
滝壺「んっ……何か、悩み事でもあるの? きぬはた」
ドリンクバーで淹れてきた飲み物で喉を潤す滝壺。
前者二人に比べ、こちらは比較的まともだ。
が、それ以外のものは一切注文しない。
ドリンクバーで長居される客は、店側としてはかなり迷惑である。
店員「……」
現に、店員の迷惑そうな視線が四人へと注がれていた。
そして、今日に限って言えば、混雑時の対応として席の利用は時間性となっている。
既に彼女達が店内に入ってからの利用時間は、その制限時間を大幅に超越していた。
しかし、彼女達が占拠する席から発せられる、独特な雰囲気が店員の口を開かせない。
絹旗「悩み事、ですか……いえ、特には……って、滝壺さん」
滝壺「何?」
絹旗は引き気味に、滝壺が飲む飲み物へと視線を注いだ。
絹旗「今日は一体、何を超混ぜたんですか?」
滝壺「苺おでん、ジンジャー、ヤシの実サイダー、枝豆珈琲――」
滝壺は自身が口につけたコップを持ち上げ、答えた。
まるでヘドロのように渦巻き、泡が浮き上がる。
浮き上がった泡は、表面に出来た薄い膜をゆっくりと持ち上げ、そして裂いた。
それを平気で飲む滝壺も、やはりまともではない。
いや、そもそもこの四人にまともな人間はいないだろう。
絹旗「いえ、もういいです。これ以上聞いてしまったら、超気分が悪くなってしまいます」
絹旗はこれを片付ける店員の泣く顔が容易に想像できてしまった。
麦野「まだあんたはマシでしょう、絹旗。隣に座るあたしに比べりゃ」
フレンダ「結局、味、臭い、見た目、全てが毒って訳よ」
滝壺「……そんなフレンダは応援できない」
フレンダ「ぎゃー!? 私の鯖がー!?」
フレンダの言葉が気に触ったのか、滝壺は自身が持つヘドロ状の液体をフレンダの開けた鯖缶の中へと流し込んだ。
ヘドロが流し込まれた事によって、鯖は底へと沈み、ついには姿を消した。
そんなフレンダの悲惨な結末を目の当たりにして、麦野は自分の食す鮭弁を、数センチ程避難させた。
絹旗「……案外、超いけるかもしれませんよ?」
絹旗が思ってもないような言葉を放つ。
フレンダは涙目になりながら、缶の中を箸で弄った。
フレンダ「鯖……鯖……あ、あったって訳よ!」
目を輝かせ、救出した鯖を持ち上げるフレンダ。
しかし、
フレンダ「……へ?」
絹旗「……超、ありえません」
箸で掴んでいた鯖は、ゆっくりと溶解し、ヘドロの中へと落ちていった。
滝壺「流石、私が作ったスペシャルドリンク」
その様子を見て、滝壺はどこか満足気な表情を浮かべた。
麦野「ったく、あんたらは餓鬼かっての……」
一部始終を眺めていた麦野が、ここで口を出す。
既に鮭弁の中身は洗い流したかのように空にされていた。
フレンダ「中学生」
絹旗「超同じく」
滝壺「私は高校生」
麦野「……そういうところが餓鬼だって言ってんだよ」
溜め息混じりに、麦野は前髪を掻き揚げた。
そんな麦野に対して、フレンダは意見する。
フレンダ「結局、こういうところで息抜きしないと、アイテムの仕事なんてやってらんないって訳よ」
麦野「まあ、一理あるわね。けど、だらけ過ぎんな。オン、オフを切り換えれない奴は、アイテムにはいらないからね」
フレンダ「……なんで、私を見るって訳よ」
麦野の圧ある視線が、フレンダを捉える。
フレンダはその視線に身体を震わせた。
麦野「調子こいて、いっつもいっつもいっつもヘマをするのはどこのどいつだと思ってんだ? あぁ?」
フレンダ「ごめんなさい!」
机に頭突きを喰らわせるが如く、フレンダの頭が振り下ろされた。
そんなフレンダを見て、麦野は腕組みをし、席へともたれかかる。
これ以上追及したらしたで、現場へ出た時にかかる緊張が更なるミスへと繋がってしまう。
フレンダの性格を考慮した上で、麦野は口を閉ざしたのだ。
しかし、本人としてはまだ言い足りないという雰囲気がこれでもかと滲み出ている。
麦野「あん?」
そこに、突然電子音が鳴り響いた。
それは、麦野のポケットからだった。
麦野は眉を潜め、そして、そんな彼女の表情から、他の三人の表情が固くなる。
他三人の表情の変化に構わず、麦野は面倒臭そうにポケットから携帯電話を取り出し、すぐに通話ボタンを押す。
麦野「今日はオフ。それじゃ――」
そして、すぐに通話終了のボタンを押そうとしたが、
???『ちょ、ふざけんな! 今後のギャラ減らすわよ!』
これでもかと張り上げた声が、それを押させない。
若い女性の声。
麦野達の直属の上司でもある。
声と性別以外のあらゆる情報は不明。
四人はその電話相手の上司を、『電話の女』とそのままの意味で呼ぶ。
麦野「ちっ……テメェ、今日は仕事ねえって言ってただろうが」
麦野は聞こえるように舌打ちしてから、用件を尋ねた。
電話の女『絶対無いとは言ってないでしょうがー! ……まあ、とりあえず今日いきなりで悪いんだけど働いてもらうわよ』
電話の女はいつもの事なのか、麦野の舌打ちに関して気にも留めず、話を続ける。
麦野「わーったよ。で、用件をさっさと言え」
電話の女『はいはい。で、あんたらにやって欲しいのは十一学区にある――』
仕事の内容を告げられ、アイテムの一同は席を立つ。
彼女達がようやく席を離れた事に、店内の店員から疲れたような視線が飛ばされる。
四人はその視線に気付きながらも、特に気にしてはいなかった。
仕事。
彼女達の頭にはそれ以外の思考は既になかった。
アイテムが、動き出した。
今日はここまでです
地の文が久しぶり過ぎて、所々おかしい部分がありますが、温かい目で見守ってください
感想、この設定おかしくね? みたいな点がありましたらご指摘ください
今後の参考とさせていただきます
火、金の二日間だけフリーなので、その日に書き込めれば大体今ぐらいの時間帯に書き込みます
それでは皆さん、まだまだ暑い日が続きますが、くれぐれも夏風邪にはご注意ください
ではノ
乙
前作でできなかったネタもして欲しい
あと家族の問題はちゃんと片付いたの?本気で心配だったわ
起きている人、いますかね?
いたらちょっとだけ投下しようと思うんですが……
十五分ほど待ちまーす
了解です!
では、少々お待ちください
†
第十一学区にある某研究所内。
四人は電話の女からの命令で、施設破壊の命を受けてやってきていた。
施設破壊、それは施設の機能を完全に停止させる事。
それは、そこにいる人間も含まれている。
現在、建造物内の主電源は落とされている為、内部は予備電源による淡い光だけで照らされていた。
しかしそれはあまりに頼りなく、蝋燭の火のように、ちょっとした風で消えてしまいそうな程だ。
フレンダ「結局、こんな仕事をアイテムに押し付けるなって訳よ」
薄暗い通路を歩く二つの小さな影。
絹旗の隣を歩くフレンダが、両手を大袈裟に挙げてそう零した。
いつもなら裏方に徹するフレンダだったが、今回は何故か前線に出ていた。
その理由は、仕事内容があまりに簡単すぎるからであった。
フレンダ「能力者もいない施設の破壊って、結局赤ん坊でもできるって訳よ」
が、簡単過ぎるからと言って、手は抜いてはいない。
普段裏方に徹するフレンダの仕事。
それは――
フレンダ「お、通路A-3のセンサーに引っ掛かった馬鹿がいるって訳よ」
フレンダの携帯端末が震えた。
取り出した端末のロックを解除すると、液晶画面には建造物内の設計図と思われる図面が表示されていた。
図面には数十、数百に及ぶ数の赤い印が付けられている。
その赤印の一つが点滅していた。
主に建造物内の出入り口を集中的に配置された赤印。
それは、フレンダお得意の罠が張り巡らされている印であった。
フレンダ「結局、私の爆発はいつも大活躍って訳よ」
――彼女の十八番である、爆弾での誘導、妨害、破壊。
それが、フレンダ=セイヴェルンの仕事であった。
原始的な爆弾、学園都市の最先端技術を用いた爆弾。
彼女にとってそれは分けるものではない。
彼女にとってそれが爆発するかどうかが重要なのだ。
それさえ同じであれば、どんなものでも扱える。
アイテムという大能力者(LEVEL4)以上の人間ばかりで埋もれているが、彼女もまた立派な戦力の一人であった。
フレンダ「……さっきからずっとだんまりだけど、結局、聞いてるって訳?」
一人盛り上がっていたフレンダが、痺れを切らして隣を歩く絹旗の顔を覗き込む。
絹旗「……ええ、聞いてますよ」
パーカーのフードに隠れた目が、覗き込むフレンダを見下ろす。
フレンダは、そんな絹旗の視線に一瞬固まった。
フレンダ「(わ、私……何か怒らせるような事したっけ!?)」
絹旗の目があまりに冷め、恐怖を覚えていたからだ。
それは、仲間に向ける目ではない。
その目を、フレンダは見た事がなかった。
フレンダ「(と、とりあえずさっさと仕事を終わらせて帰るって訳よ!)」
内心で意気込むフレンダ。
絹旗は相も変わらず、無表情を貫いていた。
フレンダ「っと、ここって訳よ」
研究施設の中枢。
ここを破壊するのが、今回の最低限の仕事でもある。
しかし、その仕事の遂行を阻むかのように、部屋の扉は固く閉ざされていた。
フレンダ「ま、当然って――」
フレンダが扉を見上げ、面倒臭そうに呟こうとした。
しかし、それは突然の破壊音によって掻き消された。
絹旗「……ちっ」
絹旗が小さく舌打ちをした。
その原因は絹旗の目の前にあった。
強行突破を試みようと、絹旗が能力を用いて扉を破壊しようとしたのだ。
が、扉は絹旗の能力を用いても破壊されず、僅かなへこみが出来た程度。
フレンダ「ちょ、絹旗!?」
流石のフレンダも声を上げずにはいられなかった。
それは、普段の絹旗からすれば考えられないような行動だからだ。
フレンダから見た絹旗は、もっと冷静に物事を分析し、その行動がどのような影響を与えるかを予測する。
アイテムのメンバーで言えば、麦野に近いタイプである。
そうフレンダは思っていた。
しかし、今の絹旗の行動は全くの無意味。
何も考えていないという、ただの馬鹿がやる行動だった。
フレンダ「(……やっぱり、ここ最近はおかしいって訳よ)」
ここ最近、絹旗の行動に不可解な点が多く見られた。
それに気付いたのは、フレンダだけではない。
今はこの場にいない、麦野と滝壺の二人も気付いている。
が、どうやら麦野と滝壺は、絹旗がどういう状況にあるのかを知っているような態度ではあった。
フレンダ「(結局、私も二人に相談しておくべきだったって訳よ……)」
フレンダは溜め息を吐きながら、再度扉を殴りつけようとする絹旗に静止の声をかける。
フレンダ「結局、ここは私の出番って訳よ」
絹旗「……能力が超ないくせに、どう開けるつもりですか?」
遠慮のない言葉が、フレンダの癪に障る。
が、ここで喧嘩に発展させる程、フレンダは無能ではない。
絹旗の様子がおかしいのは確か。
フレンダはそれらを考慮し、滲み出そうな感情をぐっと堪える。
フレンダ「絹旗、ツァーリ・ボンバって知ってる?」
絹旗「フレンダのような爆弾オタクではないので超知りません」
フレンダ「結局、私には褒め言葉って訳よ」
フレンダは無い胸を張り、どこから取り出したのか、手の平サイズの瓶を取り出した。
瓶はコルクで蓋をされ、更にその上から針金が二重、三重と巻かれている。
その中には透明な液体が瓶の半分を満たしていた。
フレンダ「ツァーリ・ボンバ――通称『爆弾の皇帝』。ソビエト連邦が開発した人類最大の水素爆弾って訳よ」
絹旗「水素爆弾……それって核爆弾ですよね? こんなところで使用して、超大丈夫なんですか?」
フレンダ「勿論、私が持ってるこれはツァーリ・ボンバを小さくしたもの。本物なんて使ったら、学園都市が吹っ飛ぶって訳よ」
まるで新しい香水を手に入れたかのように、フレンダは小瓶を手の中で弄ぶ。
フレンダ「けど、これは本家のような水素爆弾じゃない。液体爆弾と燃料気化爆弾を混合したもの」
絹旗「燃料気化爆弾ですか?」
フレンダ「そ。学園都市で開発された気体爆弾イグニス。試作段階だけれど、その威力は充分過ぎるって訳よ」
絹旗「そうですか……では、その威力を超早く見せてください」
いつ終わるか分からない爆弾講座に絹旗は苛立ってきた。
フレンダも絹旗の苛立ちを肌で感じたのか、慌てて固く閉ざされた扉の前にしゃがむ。
フレンダ「そ、それじゃあ、ちょっと準備するから、絹旗は少し離れた場所で待ってて欲しいって訳よ」
フレンダの額に冷や汗が浮かんだ。
絹旗はそんなフレンダを見下ろしながら、
絹旗「ええ、なるべく早く頼みます」
と、右手の指の関節を鳴らした。
それから数分後、鼓膜を破く程の轟音が施設を揺らした。
本当に短くてすいません
今夜は以上です
>>14
ご心配ありがとうございます
現状はとりあえず、と言ったところでしょうか
こんなスレがあったなんて迂闊
絹旗好きなのになぜ見落としたんだろう
フレンダって高校生じゃなかったっけ
どうも、超>>1です
明日、投下の予定でしたが、所用でこれるか分からないのでこの時間に投下します
>>26
あ、本当ですね
素で間違えていました
皆さんも、何か指摘する場所があればどんどん言ってください
地面を叩くヒールの音が、施設内に木霊する。
一定のリズムで叩かれる音に、もう一つ。
まるで親鳥の後を懸命に追う雛のような可愛らしい足音。
麦野「あーつまんない仕事ねー。スライム殺したって、大した経験値(ギャラ)になんねーってのによ」
麦野がつまらなそうに髪の先を指で弄んだ。
彼女が歩いてきた道には、無残な死体が幾つも転がっていた。
この施設内にいた、研究員達だ。
滝壺「むぎの、お疲れ様」
もう一つの音の正体、滝壺が麦野の後ろから声をかける。
歩幅が違うため、若干早歩きだ。
滝壺「二人も、終わったかな?」
ここにはいない、絹旗とフレンダの事だ。
施設内には複数の出入り口が存在しており、例え外部から電源が抑えられたとしても、出入りが出来る箇所が二つ。
一つは麦野と滝壺のペア。
もう一つは絹旗とフレンダのペアである。
麦野「さっきの揺れと爆音からして、中枢部に突入したんでしょうね。あの二人ならそろそろ……っと、噂をすればなんとやら」
麦野の携帯端末が震えた。
淡い光を放つ液晶にはフレンダの名前。
慣れた指捌きで操作する麦野。
麦野「もしもーし、こっちは終わったわよ」
フレンダ『む、麦野!? ちょ、やばいって訳よ!?』
仕事の完遂の連絡かと思えば、フレンダの慌てふためく声。
麦野はまた何かやらかしたのか、と溜め息を零す。
麦野「はぁ……ったく、今度は何をやらかしたんだよ。本気でギャラの配分考えんぞ」
麦野は携帯を耳に押し当てながら、滝壺へと視線を向ける。
会話の端々で内容を理解した滝壺は、自らの能力を用いて二人の所在を探り始めた。
この場合、フレンダよりは絹旗を探した方が得策であると考えた滝壺は、絹旗の発するAIM拡散力場を追った。
滝壺は、学園都市に存在する超能力者の八番目になれる最も近い存在と言われている。
アイテムの要でもあり、その能力の干渉は超能力者にまで及ぶため、脅威とされている。
学園都市の機能を全て彼女一人で補えると言っても過言ではない。
しかし、彼女には一つ欠点があった。
それは、能力を使用するには意図的に暴走する必要があった。
学園都市暗部でも禁忌とされる薬物――『大晶』を用いて、初めて真の力を発揮する。
が、その力は勿論、滝壺自身の身体すらを蝕む。
ただ、今回は差ほど範囲も狭く、大晶を用いずとも能力の使用には問題はない。
滝壺「……」
その証拠に、絹旗の能力を追う滝壺の顔色はいつもどおりの無表情だ。
フレンダ『ち、違うって訳よ!? 絹旗が!?』
麦野「あん? 絹旗?」
フレンダの口から予想外の名前が出てきた事に、麦野は内心驚いた。
滝壺も、麦野の言葉に視線を僅かに向ける。
が、それは一瞬で、すぐに二人の痕跡を追った。
フレンダ『絹旗っ、もういいから! 終わってるって訳よ!』
フレンダが絹旗に呼び掛けているのだろう。
しかし、声からするに絹旗はまるで反応を示していないようだ。
麦野は耳を澄ませ、フレンダの言葉と電話越しに聞こえる音によって、何が起こっているのかを予測する。
麦野「(血……肉……骨……)」
僅かに聞こえる音から、麦野が直感で思いついたものだ。
それ以上は、フレンダの声が邪魔をしていて、聞き取れそうにない。
麦野「とりあえず、フレンダ。私と滝壺が今からそっちに行くから、絹旗を見守ってな」
フレンダ『わ、分かったって訳よ』
麦野は手早く携帯端末をポケットへと納め、滝壺へと視線を向ける。
滝壺「大丈夫、二人の位置は掴めた」
淡々とした口調で麦野に答える滝壺は、元来た道とは逆方向へと歩き出す。
麦野はそれに従い、その後を追った。
麦野「場所はどの辺?」
滝壺「さっきむぎのが言った通り、中枢部にいる」
そう言って、滝壺の歩くペースが僅かに落ちた。
麦野はすぐにそれに気付く。
「おい」と、麦野が声をかけようとするが、しかし、それよりも早く滝壺はぼそりと呟いた。
滝壺「むぎの、もしかしてきぬはた……」
滝壺は気付いていた。
絹旗に何が起こっているのかを。
麦野も滝壺と同じ意見であった。
だから、すぐに答えを口にできた。
麦野「ま、そろそろ頃合いでしょうね。多分、滝壺が考えている通りよ」
滝壺「……なんとか、してあげられないのかな」
滝壺の頭の中に、一人の少女の顔が浮かんだ。
それは明るく、無邪気で、妹のような存在。
けれど、いつからだろうか。
ある時期を境に笑わなくなったのは。
笑ってはいても、それは心の底からではない。
滝壺は感じていた。
少女と、私達にはまだ壁がある事を。
麦野「……滝壺、あいつの前ではいつも通りでいなよ」
滝壺「……うん」
麦野「いつも通りにいる事……それが、今の私達にできる最良の事なんだから」
麦野は滝壺の背にそう語りかけ、そして追い越した。
励ますかのように、滝壺の背を軽く叩いて。
普段は棘のある雰囲気を纏う麦野だが、それは、アイテムのリーダーとして情けない姿を見せない、そして周囲から舐められない為。
リーダーとして頼られ、そして同時に畏怖される存在にならなければいけない。
それらが絡まったものが、今の麦野の人格を形成し、積み上げてきたものだ。
しかし、今の麦野にそんなものは一切感じられなかった。
だが、それも一瞬。
自分はアイテムのリーダー。
超能力者(LEVEL5)の第四位――原子崩し(メルトダウナー)だ。
弱音を見せてはいけない。
麦野「っ……」
麦野は下唇を噛み締め、痛覚によって目を覚ます。
そして、鼓舞する。
アイテムのリーダー麦野沈利として。
ヒールのリズムが、僅かに早まった。
そして、もう一つの音も早まった。
†
壁一面がコンピューターで囲まれた部屋に二人の少女がいた。
一人は絹旗最愛。
もう一人はフレンダ=セイヴェルン。
フレンダが用いた爆弾の威力は想像以上であった。
が、中枢部を守る扉はそれ以上であった。
フレンダの予想立てとしては、扉どころか中枢部の中にいる人間、機器に至るまでが跡形もなく吹っ飛ぶ筈。
しかし、扉の強度は強固で、施設全体を揺らした爆発は扉をひしゃげる程度にしか破壊しなかった。
それでも、絹旗にとっては僅かな隙間ができれば充分であった。
窒素で纏った己が身体を突っ込ませ、内部へと侵入。
侵入後は、排除、破壊。
たったそれだけだった。
それが、フレンダの頭の中にはあった。
しかし、絹旗の頭の中には何もなかった。
ただ、敵を嬲り殺す。
それだけで埋められていた。
絹旗「……超、面白みがありませんね。もっと私を楽しませてくださいよ」
絹旗の腕が雑に振るわれた。
何かに跨り、窒素に包まれたその腕は、対象を無残にも押し潰し、赤い液体が飛沫となる。
液体は絹旗の服、髪、顔と全身を濡らし、染み込んでいく。
絹旗「……超、汚いです。これ、結構値が張るんですよ? 分かっているんですか?」
対象はこの研究所の研究員の一人。
しかし、そこには人と呼べるものは一切なかった。
果実を潰したように、どこがどのパーツであるかすら分からなくなる程に分解されていた。
分解と言っても、それは鋭利な刃物で寸断されたわけではない。
無理矢理に引き千切り、筋、皮、肉、骨の断面がどこにあったのかすら分からなくなっていた。
フレンダ「き、絹旗、もういいって訳よ!」
絹旗の残虐非道な行為を側で見守るもう一人の少女、フレンダが叫ぶ。
絹旗「何を言っているんですか。まだ、ここに超“ある”じゃないですか」
フレンダの叫びに、絹旗は口だけで答える。
その視線の先にフレンダの姿はなかった。
フレンダ「っ……」
そんな同僚の姿にフレンダの足が震え、言葉を詰まらせた。
本来の目的である仕事も終わった。
中枢部の機器も研究員も転がした。
後は帰って、暖かい風呂に入って寝るだけの筈だった。
しかし、絹旗は仕事が終わっても尚、何かに摂り付かれたかのように解体を楽しんでいた。
それはもはや仕事ではない。
それは無意味な労力だ。
一般人など、急所を貫けばそれだけでいい。
後は下部組織に回収を任せればいいだけの話だ。
絹旗は笑う。
こんな絹旗を見た事がない。
フレンダは、恐怖した。
出会った当初からこのような行動を起こす人物ならまだ分かる。
が、絹旗の場合は違う。
今までがあった分、フレンダは目の前の少女の奇異な行動に驚きを隠せずにいた。
絹旗はそんなフレンダの事などどうでもいいのか、息のあるない関わらず、人間の形をしているものを、片っ端から潰していた。
それは例え腕一本、脚一本であろうと、挽肉に、細切れにするまで続いた。
絹旗の周りには既に十数体にも及ぶ屍――いや、屍だったものが地面を濡らし、埋め尽くしていた。
それはまるでパンに塗った苺ジャムのようにも見えなくはない。
あまりにグロテスクで、誰も食べはしないだろうが。
研究員「うぅ……」
絹旗「おや? こっちの『玩具』はまだ超息の根があるみたいですね」
物陰に転がっていたため、絹旗の手にかからなかったのだろう。
しかし、声を漏らしてしまった時点で、彼の運命はそこで終わってしまった。
絹旗「フレンダの爆発の余波で気を失っただけですか……これはこれは超運がいいですよ、貴方」
研究員「こ、この化け物が!」
研究員が寝転がりながらも、懐から取り出した護身用の拳銃を絹旗へ向けて発砲する。
乾いた音が響き渡った。
狙いも定めずに放ったその一撃は、絹旗の右頬を掠った。
真一文字の傷にすぐに赤い線が走る。
そして、線は次第に膨らみ、重力に押し負けて頬を伝っていった。
絹旗「化け物、ですか……」
絹旗は傷を負った事など気にせず、研究員へと詰め寄る。
研究員は銃弾を掠ったにも関わらず、一歩また一歩と近付く絹旗に身体を震わせた。
絹旗「誰が、私を、化け物に超したんでしょうかねー?」
研究員の首に左手をゆっくりと伸ばし、締め上げ、そして身体を持ち上げる。
身長差があるため、研究員は膝をついたまま持ち上げられる形となった。
しかし、その細腕からは考えられない、まるで万力で締められたかのような圧迫感に、研究員が苦痛に顔を歪める。
声もまともに出せないのか、うめき声を上げる事が精一杯のようだ。
絹旗「……まあ、中には化け物にすらなれなかった者もいますから、超感謝はしているんですよ? だから……」
研究員「っ……」
絹旗「……化け物にしてくれた御礼として、私が直々に超料理をしてあげましょう」
絹旗の口角が限界まで上げられた。
それは三日月のように鋭利で、綺麗で、不気味で、妖艶さが混じっていた。
研究員は今から起こる事に恐怖し、途切れそうな意識で首を横に何度も振った。
しかし、絹旗は忘れない。
過去の自分も嫌がった。
痛かった。
怖かった。
暗かった。
けれど、その願いは聞いてはもらえず、ただ数値を図るためだけに弄ばれた。
それが今度はされる側になって、途端に拒否するとはどういう事か。
なら、最初からやるな。
それは、大罪。
許される筈がない。
例え、神様が許しても、私は許さない。
絹旗は、空いた右の手の指と指の間をぴったりと閉じた。
その右手をゆっくりと引き、研究員の腹部へと突き刺す。
まるで鋭利な刃物で刺したかのように、肉を裂き、内部へと侵入していった。
研究員「――――っ!!」
研究員の声のない叫び。
絹旗「あは」
手に纏わりつく滑り気と温かさ。
それが、絹旗の喜びに変わり、笑みとなった。
過去に暗闇の五月計画の被験者として鼠(ラット)に成り下がった絹旗。
当時の研究者共は何かを発見する喜びと同時に、鼠が転げ回る様を楽しんでいたのだ。
と、絹旗は自身が現在、当時の研究者共の側にいて、初めてそれに気付いた。
研究員は苦痛に顔を歪ませ、身動きもできずに声を上げるだけ。
全身の筋肉が緊張し、痙攣を起こしている。
陸に上げられた魚。
そして、それはまるで人形。
生きているようで生きていない。
生きていないようで生きている。
なんて楽しいんだ。
当時の研究者達の気持ちを、絹旗は僅かに理解した気がした。
絹旗「これは、超なンでしょうかねェ?」
昂ぶる絹旗の口調に変化が見られた。
自らの口調が変わる程に、絹旗は現状を楽しんでいた。
絹旗「とりあえず、超引っ張ってみましょうかァ」
内部を犯す手が、何かを掴んだ。
研究員は既に意識を失う寸前。
目を見開き、しかし、暴れる事もできない程に疲弊していた。
絹旗「えい」
なんとも可愛らしい掛け声と共に、絹旗は内部で掴んだものを引っ張った。
何かが割れ、折れ、砕けたような音がした。
果実を潰したような不気味な音を奏で、絹旗の手がゆっくりと研究員の腹部から顔を出す。
手は真っ赤に染まり、白い肌を隠していた。
その手に握られていたのは、骨だった。
上半身、下半身を繋ぎ、支える役目を持つ脊椎骨。
その一部が、絹旗の手によって握り、そして、
絹旗「……」
砕かれた。
絹旗「もォ終わりなンですかァ?」
絹旗は研究員に語りかけた。
しかし、人形のように手を垂れ下げ、研究員は既に絶命していた。
絹旗「はあ……」
興味が一気に冷め、絹旗は深い溜め息を吐く。
もっと、もっとぐちゃぐちゃにしたかった。
痛がり、転げ回る様を見ていたかった。
静寂が部屋の中を支配した。
???「荒れてるわね、絹旗?」
その静寂を破る女性の声。
聞き慣れた声だった。
絹旗「……私は別に荒れてなンか超いませンがねェ」
振り向いた先。
部屋の入り口付近の壁にもたれかかり、腕組みをする女性。
栗色の髪を下げ、高校生にしては大人っぽい雰囲気を撒き散らす麦野沈利。
そして、その影に隠れるように、おかっぱ頭の滝壺理后が顔を覗かせた。
麦野「荒れてないって言うんなら、その口調をどうにかしろ。それと……」
麦野は自分の右頬を指先で二度、三度と叩き、言った。
麦野「興奮、してただろ?」
麦野の言葉、その動作に、絹旗は自身が始めて傷を負っている事に気が付いた。
しかし、それは有り得ない事だ。
絹旗の能力名は窒素装甲(オフェンスアーマー)。
第一位の防御性の一部分を受け継いだその能力は、三百六十度全ての範囲を窒素の膜で覆っている。
その膜を破かない限り、絹旗に傷を負わせる事は不可能。
それが破られたという事は、膜を貫通する程の威力、もしくは絹旗自身が能力を操りきれていないという事。
だから興奮していたのかと、麦野は聞いたのだ。
麦野の頭の中に、その二つの選択肢は既にあった。
そして、前者はまずありえないと結論付ける。
ならば後者だ。
そして、原因の根本が何であるかも分かった……いや、分かっていた。
麦野「テメェの能力があれば、銃弾どころか、血飛沫を浴びる事すらない筈だ。だが、今のテメェはどうだ」
まるで床に広がる汚物でも見つめるような鋭い視線。
それは絹旗に注がれていた。
全身を返り血で染め上げ、どこかの部位であろう肉片などが絡まっていた。
フレンダ「うう……滝壺……」
滝壺「大丈夫、フレンダはやれるだけの事をやった。そんなフレンダを私は応援している」
絹旗の人間解体ショーを目の当たりにしたフレンダは、滝壺に泣きついていた。
麦野「はあ……」
そんな滝壺とフレンダを見て、麦野が深い溜め息を地面に落とした。
思えば、フレンダはこれが始めてだ。
絹旗が壊れるのを見るのは。
そろそろ来る頃だと思っていた。
麦野は今日の仕事で最大のミスを犯した事に気付き、唇を噛んだ。
麦野「……絹旗、しばらくアイテムを離れろ」
絹旗「はァ? 何を超言っているンですかァ?」
その小柄な体型からは想像もつかない威圧感を麦野は感じた。
が、アイテムのリーダーはその程度で怖気つく器量ではない。
麦野「理由が欲しいって顔だな。なら簡単だ。今のテメェじゃ使い物にならねえんだよ」
絹旗「LEVEL4のこの私がですかァ?」
麦野「そうだ。たかがLEVEL4如きで過信するような奴は、危なくてアイテムじゃ使えねえんだよ」
その言葉に絹旗の目が見開かれた。
麦野は今の絹旗を警戒し、僅かに腕組を解く。
滝壺「きぬはた、私からもお願い」
ぴりぴりとした空間に滝壺が突如割り込んだ。
滝壺は、絹旗と手が届く距離まで近付き、目線を合わせるために僅かに屈む。
滝壺「むぎのも本当は心配している。そして、きぬはたは役立たずなんかじゃない。四人揃ってのアイテムだから」
それはまるで母親のように、柔らかい笑みを浮かべ、滝壺は絹旗の顔に手を伸ばした。
血で汚れるのも気にせず、逆に絹旗の肌を汚す血を自らの手で拭ってあげた。
滝壺「最近、忙しかったから。むぎのはきぬはたに休んで欲しいんだと思う。だから、ね?」
絹旗「……わかりました」
頷くしかなかった。
絹旗の言葉に、滝壺は小さく微笑む。
そして、絹旗の小さな身体を優しく抱いた。
絹旗「……しばらく、アイテムを離れます」
絹旗は、自分が分からなくなりつつあった。
自分は、何をしたいのか。
何をしているのか。
絹旗「(頭が、超痛いです……)」
それは小さな違和感。
が、それはすぐに消え、息を潜めた。
そしてこの日、絹旗はアイテムを離れた。
五月一日。
春と夏の狭間。
まだ、とある少年とシスターが出会っていない日の事であった。
以上です
今、見直したら、フレンダが『訳』って言い過ぎな気がする……
次回辺りぐらいに上条さんが登場するかもです
文量的に登場しないかもしれないので、あしからず
また、今後の最愛ちゃんはかなりの独自設定を組み込みました
皆さんからの批判、あるかもしれませんが、完結目指して書き続けたいと思います
なので、これからも応援よろしくお願いします
感想、指摘あれば受付まーす
今日の更新はちょっと遅れます
前作のスレで呟いていた祖母の件ですが、一応健康とだけは言っておきます
ただ、ご近所に迷惑をかけている事から、施設に預けるという案もあったのですが、
施設に入れるにはそれなりにまとまったお金が必要であり、我が家の家計を考えるとそれは遠く及びません
また、現在は予約で一杯だそうで、四年待ちだという結果
祖母の年齢を考えると、施設に預けるにも預けられないという現状です
度々上がるご心配の声、ありがとうございます
皆さんのそういった声に、>>1は感動しております
本当にありがとうございます
では、また後ほど
どうも、超>>1です
遅くなってすいません
一服したら投下しまーす
†
不意に目が覚めた。
耳を澄ますと、ノイズのような微かな音。
……どうやら外は雨のようです。
ベッドから身体を起こそうとするも、全身が妙に重く気持ち悪い。
昨夜飲んだお酒が体内に残っているせいもあるでしょうか。
やはり、慣れないものには手を出さないのが無難みたいです。
まあ、止める気はありませんが。
それに、これはそれだけが原因ではないようですし。
多分、この天気のせいでしょう。
雨は見えるもの全てを暗くさせ、心と身体を冷やす。
嫌なことを洗い流してくれるという人もいるようですが、そんなポジティブに考える思考は持ち合わせてはいません。
あの時を、深く思い出させる。
雨は、どうも苦手です。
気分が滅入っているせいでしょうか。
今日は何もしたくありません。
そもそも、今は毎日を暇に過ごしている。
なら、このまま寝ていたとしてもいいでしょう。
早速瞼を閉じて眠りに入る。
閉ざされた視界に妙な安心感を抱く。
ベッドの柔らかさが心地良く、意識とともに雨の叩く音が少しずつ遠ざかっていった。
しかし、邪魔は突然やってきた。
眠りに入ろうとした頭が一瞬で覚醒する。
上から下まで貫き、全身がびくりと跳ねた。
身体をくの字に曲げ、悶絶する。
熱く、そして痛い。
同時に何かが頭の中に浮かび上がる。
それは映像。
カラーではなく、白と黒だけの映像。
目まぐるしい中に、聞こえる絶叫。
感じる冷たさと衝撃。
身体が震え、痛みが襲う。
全身の毛穴からは油のようなぬめり気をおびた汗が吹き出す。
汗は身体を包み、徐々に不快感へと変わる。
下着はほのかに湿り、肌にべっとりと張りついていた。
タンクトップにハーフパンツ姿で寝たが、まるで意味がない。
……どれだけの時間がたったのか。
映像と声、痛みはもうなくなっていました。
まともな思考ができるまでには落ち着いたようです。
ただ、妙な疲労感と気持ち悪さが残ってしまいました。
とりあえず、シャワーを浴びてまとわりつくもの全てを流してしまいたい。
あの時の彼女もこんな気分だったんでしょうかね。
シャワーの後はどうしようかと考える。
お腹は空いているが、どうにも食べる気がしません。。
食べてもいいでしょうが、胃に届く前に吐き出してしまうでしょう。
それにしてもまたか、と思う。
この時期は特にそう。
あれは既に終わっている事。
いつまで過去に縛られているのか。
本当、自分の弱さが嫌になってしまう。
身体を起こし、部屋を見渡す。
一人暮らしにしてはちょっと贅沢な1LDK
広さもそこそこあり、不便に思った事は一度もない。
ただ、今はとても狭く感じてしまう。
カーテンで締め切られ、部屋は電気をつけなければならない程に暗い。
ベッドの向かい側には備え付けの洋服棚とテレビ。
部屋の隅には小型冷蔵庫。
中はほとんどがお酒。
床にはビールや安いカクテルの缶が転がっている。
気が向いたら掃除をしておきましょうか。
まず先に、身体を舐めるこの不快感を洗い流してしまいたい。
カーペットの上に足を下ろし、ベッドを支えにして立ち上がる。
床のゴミを踏まないよう慎重に浴室へと向かう。
部屋の右手側にある扉を開ければ、キッチン等のリビング。
そしてキッチンを通り過ぎた先の左手側に浴室がある。
壁に設置されたスイッチに手を伸ばす。
浴室に淡い光が灯る。
そのまま入ろうと扉の取っ手に手をかける。
その時、遠くに消えた筈の音が、再びやってきた。
先程よりも強く、そして、声が聞こえる。
視界が歪み、手が震え、吐き気がこみ上がってくる。
――ああ……もォいやだァ。
こんな自分に対してか、それとも奴等にか。
それは、いまだに分からない。
口を手で覆い、逃げるように浴室の扉を押し開けた。
†
~その出会いは幻想ではなく現実で~
学園都市のビル群の遥か上空。
青空を薄っすらと塗りつぶすように、ベールのような梅雨雲が漂っている。
地面を照らす太陽の周りには、まるで今から雨が降るぞと傘を差しているかのように、白く薄い靄が周りを取り囲んでいた。
絹旗「あー……超つまんないですねえ……」
第七学区のとある公園のベンチにて、絹旗は空を仰ぎ、そう零した。
いつも好んで着ている橙色のパーカーと青色のショートパンツではない。
繊維の奥の底まで血で染め上げられ、元の色が判別できない程になってしまっていた。
撤退後、アイテムの仲間である滝壺に念入りに洗ってもらったのだが、それが元通りの色に戻る事はなかった。
絹旗は、あの服が気に入っていたので、正直かなりのショックであった。
しかし、着れないのならば仕方がない。
現在は代わりに、古着である黒色のパーカーと白色のショートパンツで揃えている。
絹旗「ここ最近の映画も全部見終わってしまいましたし……本当、超暇です」
絹旗はベンチの背もたれに上半身を預けた。
そんな彼女の手の指先には一本の煙草が握られている。
既に半分程短くなってしまい、今も尚、葉をゆっくりと燃やし絹旗の手との距離を縮めている。
絹旗「――――」
絹旗はその煙草を口元へ運ぶ。
桜色の唇でそっと煙草の末端を挟み、呼吸をするような自然な動作で煙を体内へと取り込む。
取り込まれた煙は絹旗の口内を犯し、更に侵入して肺を蹂躙した。
絹旗「――ふぅ」
役目を終えた煙が再び元来た道を辿って、絹旗の体内から吐き出された。
空気を押し退けるように空気中へと吐き出された煙は、ちょっとした風に吹かれ、霧散する。
絹旗「……PALL MALLがやっぱり超一番ですね」
煙の行方を見つめていた絹旗が、ぼそりと呟く。
ちなみに彼女は、成人にはまだ程遠い。
今年、ようやく中学生になったばかりである。
しかし、絹旗は確信犯である。
分かってやっている、もっとも性質が悪いパターンだ。
身長が伸びなくなる。
肺癌になる。
その他諸々の健康に害を及ぼす。
それがどうした。
既に自分は煙草を吸うよりももっと辛い事を体験しているのだ。
煙草如きで傾く身体じゃない。
絹旗「――はぁ」
再度、煙を吸い、そして吐き出す絹旗。
この行為は、アイテムに入ってから始めた事だ。
自分でも何故、と思う。
が、今ならなんとなく分かる。
多分、私は何かに浸り、縋りたかったのだろう。
と、絹旗は紫煙が揺れる様を眺めながら思った。
アイテムのメンバーは勿論、知らない。
今の自分を見たら、アイテムの皆はどう思うだろうか。
絹旗は煙を映画のスクリーンに見立て、その中に彼女達の姿を思い浮かべた。
絹旗「(麦野は、仕事に影響がなければ関係がないと言うでしょう)」
最初に浮かんだのはアイテムのリーダーにして、超能力者(LEVEL5)の麦野沈利。
絹旗「(滝壺さんは、超心配するでしょうね)」
次に浮かんだのは、暗部には到底向かない性格をした滝壺理后。
絹旗「(フレンダは、どうでしょうかね……案外、影で超心配してそうです)」
小生意気な金髪少女、フレンダ=セイヴェルンの顔が浮かんだ。
彼女達は今もアイテムとして活動を続けている。
毎日ではないにしろ、近況を伝える連絡はあった。
過信している訳ではないが、自分がいなくても大丈夫そうだ。
絹旗は少し自嘲気味に笑う。
絹旗「……私は、超何処に“ある”んでしょうかね」
煙草を吸う事も忘れ、燃えカスが地面へと落ちた。
そこに、
???「不幸だぁぁぁっ!!」
己が現状を表す叫び声が、公園に響き渡った。
絹旗はその声の出所へと視線を向ける。
その視線の先。
一人の男子学生が自販機の前で刺々しい頭を抱えていた。
絹旗「……なんなんですか、一体」
絹旗は周囲の事も考えずに大声を上げる男子学生に苛立ちを覚えた。
彼女は無視を決め込もうと、短くなった煙草を携帯灰皿へと押し込み、新たな煙草を吸うためにパーカーのポケットに手を伸ばした。
ポケットの中を探り、手の平サイズの赤い箱から適当に一本取り出し、口に銜える。
箱をポケットに戻すついでに、今度は火を点けるため、少し黒ずんだ銀色のZippoを取り出す。
蓋を親指で弾く。
金属の擦れた音が、波紋を広げるように空気中を渡った。
そして、火を点けると同時にオイルの臭いが鼻腔をくすぐる。
絹旗はこの一連の動作が好きだった。
一番自分が落ち着いていられる瞬間。
その余韻を楽しみながら、絹旗は口に銜えた煙草へと火を近づける。
煙草の先端が赤く燃え、熱を帯びた。
???「だぁぁぁっ、なんでお金を呑み込むんですかっ!? 上条さんのなけなしの金を返しやがれこのやろー!!」
どうやら自販機にお金を呑まれたらしい男子学生は、返却レバーの取っ手を何度も上下に動かす。
絹旗「……ちっ、超うるさいですね」
絹旗はせっかくの安らぎが、男子学生によって潰された事に舌打ちする。
あの様子では、しばらくは自販機から離れようとはしないだろう。
絹旗「はぁ……仕方ありません」
煙草を指に挟み、絹旗はベンチから腰を上げた。
そして、面倒臭そうに男子学生へと近付く。
絹旗「お金、超呑み込まれたんですか?」
???「へ? あ、なんで分かったんでせうか?」
うな垂れる男子学生が絹旗へと視線を向けた。
身長は一七〇センチ程。
特徴あるツンツンとした黒髪。
幸薄そうな顔には、どことなくやる気のなさを感じる。
それなりに運動をしているのか、学ランの上からでも分かるほどに肩幅などはしっかりとしている。
絹旗「(暗部の癖が超出てしまいましたね)」
対象を観察する事は、暗部――いや、戦闘を行なう者にとっては基本中の基本である。
絹旗はそれが日常生活においても出ている事に、自分がどれだけ暗闇に染まっているのかを自覚した。
絹旗「あれだけ大声を上げれば超分かりますよ。で、どうなんですか?」
???「あー……実はそうなんだよ」
男子学生は自分がそれだけ注目するような行為をしていた事に羞恥を感じ、隠すためか頭を無造作に掻いた。
そして、何故この少女が自分の所へ来たのか、男子学生は気付く。
???「もしかして、結構迷惑でしたでせうか?」
やや低姿勢になりながら、それでも絹旗よりは少し高めの目線で話しかける。
絹旗「ええ、せっかく人が一服ついていたというのに、正直超迷惑でした」
絹旗は自分の正直な気持ちを吐露した。
男子学生はそれに対し、深々と頭を下げた。
絹旗「まあ、謝罪は結構です。それより、お金が呑まれたんですよね? 私が超助けてあげましょう」
???「それって、どういう……」
絹旗の言葉に男子学生は疑問の言葉を投げかける。
が、それを言い終わる前に、とある音がそれを邪魔した。
絹旗「――らっ!」
渾身の蹴りが、自販機へと吸い込まれるように叩きつけられた。
片足を軸に遠心力を加え、更に能力を用いての蹴りは、人体であれば骨の数十は折れるであろう。
そんな強烈な一撃を喰らった自販機が無事な筈もなく、
『警告。警告。外部の衝撃による損傷。周囲の風紀委員(ジャッジメント)、警備員(アンチスキル)、警備ロボへと通達――』
と、蹴られた箇所を凹ませつつも、何やら怪しげな機械音声を流し始めた。
絹旗「ふむ。いくら呑み込まれたかは知りませんが、これだけあれば元は超取れるでしょう」
絹旗の放った一撃が、自販機の内部をも破壊してしまったのか、排出口から様々な種類のジュース缶が転がり落ちてきた。
それは徐々に排出口を埋め、ついには中で詰まったのか、奇妙な音が自販機から漏れ出した。
絹旗「あなたのお金なんですから、好きなのを――」
と、絹旗が男子学生に言葉を投げ終えようとしたところで、
???「――ふ、不幸だぁぁぁぁぁぁっ!!」
何故か男子学生に、片手で身体を抱えられた。
そして、男子学生は絹旗を抱えたまま、自販機から全力で離れていった。
絹旗「――きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然の事に、絹旗は叫ぶしかなかった。
その叫び声を聞いても尚、男子学生は走るのを止めない。
逆に、どんどんと速度を上げていく。
自販機があった場所には、通達を受けた警備ロボと近くを警備していた(風紀委員)が駆けつけていた。
しかし、事の発端である二人は既にいなくなった後であった。
†
絹旗「で、この私をこんな路地に連れ込んで、ナニを超するつもりなんですか?」
絹旗の機嫌は言葉の矛となり、目の前の人物に向けられていた。
???「いえっ、姫! 別にそういう訳じゃないんでありますっ!」
ウニのような頭をした男子学生が、絹旗に気圧されてコンクリートの壁に背を預けていた。
口調が壊れる程に狼狽している彼は、なんとか説得を試みようと両手を盾にして早口言葉となる。
現在、二人は第七学区の外れにある路地に身を潜めていた。
絹旗の一撃によって警報機を発令した自販機。
その発令に伴って現場に急行した警備ロボや風紀委員から逃れる為である。
男子学生はひたすらに走った。
その行動は、自販機から離れる事には成功した。
しかし、少女一人を抱えて走る様は、どう見てもただ事ではない。
すれ違った通行人のほとんどが、走り去る男子学生を見て誘拐犯だと勘違いし、風紀委員に連絡を入れたのは言うまでもない。
???「あのままあそこにいたらですね、色々と面倒な訳ですよ! 呑み込まれた金額よりももっと大事なものを損失する恐れがありましてですね!」
手振りを加えて、必死に説得を試みる学生。
まだ小学生か中学生くらいに見える相手。
そんな絹旗に対して、ここまで狼狽する様はなんとも間抜けである。
絹旗「ええ、それは超分かりました。まあ、それはいいとしましょう」
男子学生は少女がちゃんと話は聞いてくれる人だと分かり、内心でほっとする。
絹旗「逃げるなら逃げるで超一言あってもいいんじゃないですか? おかげで煙草もZippoも落としてしまったじゃないですか」
しかし、目の前の少女の言葉で、男子学生は全身の筋肉を再び緊張させた。
咄嗟の行動は、新たな事態を引き起こしてしまったようだ。
が、少年は少女の言葉に違和感を覚えた。
???「た、煙草って、あんたどう見たって小学生だろうが……」
男子学生は自分のクラスの担任を思い出した。
もしかすると、目の前の少女もそういった身体的な特徴がある、実は大人な女性なのかもしれない。
絹旗「それとこれとは話が別でしょうが。そ・れ・と、私は超中学生です!」
が、目の前の少女の言葉で、それは違う事が分かった。
今にも掴みかかり、そのまま殴りかかってきそうである。
どっちにしろ、煙草を吸っていい年齢じゃねえだろう。
と、男子学生は口にしようと思ったが、できなかった。
それを言った瞬間、二度と口が開かなくなりそうだと危惧したからだ。
???「と、とりあえずどうすればいいでせうか?」
冷や汗を流し、男子学生は半笑いで質問する。
絹旗「そんなの、超決まってるじゃないですか。弁償ですよ、弁償」
???「……ちなみにおいくらで?」
絹旗「まあ、超高いものではないので……一、二万ぐらいだった筈です」
絹旗の言葉に、男子学生の思考が一瞬停止した。
???「い、一、二万ですとー!?」
と、次の瞬間、男子学生が跳ね上がるように大声を上げた。
今度は絹旗が気圧され、一歩後退りする。
絹旗「な、超なんなんですか!? いきなり大声を上げないでください!」
???「あ、ああ……悪い」
男子学生は自分の非に後頭部を右手で掻いた。
???「……それで、姫には悪いんだけど、俺にはポンと出せる金額じゃねえ」
絹旗「超なんでですか? あなたもこの学園の人間なら奨学金ぐらい超出ているんじゃないんですか?」
上条「いや、お恥ずかしい事に、上条さんは無能力者(LEVEL0)なんです」
自分を上条と呼ぶ男子学生は苦笑を浮かべた。
絹旗は鼻で息を吐き、さてどうしたものかと腰に手を当てる。
絹旗「はあ……では、分割でもいいので、とりあえずあなたの名前と連絡先を超教えてください」
上条「あ、ああ……上条当麻って言うんだ。で、こっちが俺の連絡先だ」
上条当麻は学ランのポケットから携帯電話を取り出し、絹旗に差し出す。
絹旗も同じように携帯電話を取り出そうとポケットを弄るが、
絹旗「……」
上条「どうしたんだ?」
絹旗「いえ、超なんでもありません。これが私の連絡先です。ちなみに私は絹旗最愛と言います」
自分が暗部にいる事。
それが絹旗の思考を一時的に奪った。
連絡先の交換だけでも、光ある住人を自分達側に引き摺るような危険行為である。
絹旗は暗闇が嫌いだ。
それは過去の実験が大きく影響している。
光に憧れる。
けれど、だからと言って光ある人間を恨み、巻き添いにするつもりなど全くない。
しかし、自身は現在アイテムを離れている。
戻るまでの間であれば問題ないだろうと、絹旗は一度は止めた手を再び動かした。
絹旗「とりあえず、詳しい値段を調べてくるんで、また後日に連絡します……全く、おかげで今日は煙草を吸えないじゃないですか」
上条「分かった……なあ、さっきも言ったが煙草は止めとけよ。吸うなとは言わないけどさ、せめて二十歳過ぎてからでもいいじゃねえか」
絹旗「……あなた、超しつこいですね。別に私の身体なんですから超どうでもいいじゃないですか」
上条の言葉に絹旗は苛立ちを覚えた。
何も知らないのだ、こいつは。
私が今までどんな思いで過ごしてきたのかを。
相手は悪くない。
絹旗はそれを分かっていながらも、上条当麻という人間に沸々とした感情を沸かせた。
上条「そりゃ、自分の身体だってのは分かるけどよ……」
上条は絹旗の苛立ちに気付いていた。
けど、口は動き続ける。
何故か、目の前にいる少女を放って置いてはいけないような気がして。
それは単なる杞憂でしかない。
しかし、上条はこう考える。
杞憂で済むならそれでいいじゃないか、と。
上条「……あんたにも親がいるはずだろ? お前一人の身体じゃないんだから、もっと大事にしろよ」
絹旗「っ」
しかし、上条の杞憂は踏み込みすぎた。
そこは、絹旗の聖域でもあり、地獄でもある。
それを上条は踏んでしまった。
絹旗「――っさい」
上条「へ?」
奥歯を噛み締め、搾り出すように呟いた絹旗の言葉は上条には届かなかった。
顔を俯かせ、拳をぎゅっと握り締める絹旗。
彼女は、沸騰していた。
絹旗「――うるさいって言ってるンですよっ!」
そして、爆発した。
握り締めた拳を引き、上条に向かって放つ。
窒素で包まれた右拳は、空気を押し潰しながら上条の腹部へと向かった。
その威力には、殺しが含まれていた。
触れてはいけない場所へ土足で上がり込んだこの男を排除する。
絹旗の一撃が上条を捕らえる。
上条「っ!?」
が、上条はそれを寸前で避けた。
腰を無理矢理捻り、絹旗から見て左手側へ転がる。
その結果、腰を中心とした骨が僅かに軋みを上げ、上条は僅かに顔を歪ませた。
そして避けた拳はコンクリートの壁を直撃し、そして、砕いた。
拳を中心に、絹旗の身の丈を軽く越す大きなヒビが、円状に広がった。
上条「お、おい! いきなり何すんだよ!?」
地面に転がった上条は、その一撃に恐怖を覚えながらも、絹旗に怒りの言葉を放った。
絹旗「……超うるさい、超うざったい。マジでなンなンですかァ? 親? 先生? 友達?」
絹旗の口調が、変わった。
めり込んだ拳を引き抜き、絹旗は上条を見下ろす。
上条「うっ!?」
その瞳に、上条の心臓が跳ねた。
何も感じなかった。
それは、まるで人形のよう。
それは、まるで死人のよう。
光が、全く感じられなかった。
上条は、恐怖した。
絹旗「全部、違うでしょうが。超赤の他人ですよー? それが知ったよォな口を聞くンじゃねェンだよ、くそったれ」
一歩、一歩と上条に近付く絹旗。
上条はなんとか、立ち上がり、逃げようとする。
が、身体が動かない。
そして、気付いた。
自分の脚が震えている事に。
たったの一撃。
その一撃で、上条の身体は全て恐怖に犯されていた。
今までの生活でこんな事があっただろうか、と上条は考える。
いや、ない。
ここまでの事なんてあったら忘れる筈がない。
けれど、震えている自分。
それは、絹旗という少女から発せられる禍々しいまでの雰囲気。
それが自身を抑え、逃げる意欲を奪っているのだと上条は気付く。
上条「……そっちがその気なら、やってやるよ」
逃げる橋を失った。
なら、前に進めばいい。
上条はそう自分を鼓舞し、両腕を構える。
その構えは素人。
腕の位置は低く、脚幅が肩幅よりも広く開かれている。
それでは早く動く事はできない。
絹旗も、それに気付いていた。
絹旗「へェ、私と超やりあおうっていうンですか。中々見所がありますねェ――」
絹旗は口笛でも吹きそうな軽いノリで話しかける。
絹旗「――けど、すいませン。あなたのその意気込み、私が超つぶしちゃいますから」
そして、絹旗は地面を蹴った。
それは走るというより、跳躍に近かった。
絹旗「あは」
絹旗は笑った。
その笑った顔のまま、跳躍の勢いを生かして蹴りを放つ。
その際、腕と上半身を徐々に捻り、遠心力も加える。
当たれば、骨を砕く勢いだ。
それは当然自分も。
しかし、絹旗は窒素という防護服を着ている。
必然的に、ダメージを受けるのは上条だけになる。
上条「つっ!?」
上条は、その蹴りに自身の手を伸ばした。
握っていた拳を解き、手の平で迎え撃つ。
それは、避けるよりも賢いやり方である。
跳躍し、蹴りを放った人間の脚を掴めばどうなるか。
もし掴んだのであれば、蹴りを放った人間は成す術もなく地面に叩きつけられる。
上手く受身を取れることも出来ず、そして逃げる事もできなくなる。
が、それは普通の人間の場合に限る。
ここは学園都市。
能力者を開発する都市。
そして、絹旗は能力者。
上条は無能力者。
ここに差があった。
絹旗「(相手は無能力者と言ってましたし、能力者の私に対して、その判断は超間違いですよ)」
絹旗は相手の動作に対して、採点する。
そして、上条の身体に向かって蹴りが迫る。
窒素で包まれ、殺しを含んだ蹴りが。
そして、放たれた一撃は上条の手へと。
絹旗「ぐっ!?」
が、しかし、
上条「――わりぃな」
次の瞬間には、絹旗は地面に崩されていた。
そして、上条は脚を掴んだままである。
それは、おかしい。
絹旗「な、あなたは無能力者では――」
地面に崩され、脚を掴まれたまま、絹旗は上条に問いかける。
上条は即座に答えた。
上条「俺の右手は、ちょっと特殊なんだよ」
絹旗の脚を掴んでいたのは、上条の“右手”であった。
絹旗は知っている。
上条が無能力者であるという事を。
絹旗は知らない。
上条の“右手”には、“能力を消す力”があるという事を。
上条「っと!?」
絹旗は近くに転がっていた石を手首のスナップで投石し、上条の脚を掴む力が弱まったところを狙って拘束から逃げ出す。
そして、絹旗は分析する。
彼はなんと言っていたかを、思い出す。
絹旗「(俺の右手、と言っていましたね……という事は、右手以外にはその能力が超ないという事……)」
絹旗は立ち上がり、警戒心を強める。
上条「はあ……」
しかし、対峙する上条はどこか面倒臭そうに溜め息を零す。
上条「なあ、もう止めにしないか? こんな争いは無意味だろうが」
絹旗「無意味かどうかは私が決めます。テメェは超黙っててください」
それは、単なる意地っ張りであった。
絹旗も薄々と感づいてはいた。
そして、一度は考えた。
相手に非はないという事を。
もう、止めるべきであると。
相手は自身の境遇を知らないのだから仕方がないと。
絹旗「(けど、何も知らないっていうのが、余計に超腹が立つ……!)
幸薄そうな顔をした少年だ。
しかし、それでも自分よりはマシな日常を送ってきたのだろう。
だから、あんな事を平然と言える。
平気で手を伸ばし、偽善者となれる。
そういった思いが混ざり、絹旗の感情の昂ぶりに変わっていった。
上条「……」
上条は絹旗を見て思う。
これは止まらないと悟った。
何が悪いのかは分からない。
けれど、自分に非があるのは分かる。
だから、上条は――
絹旗「……超、なンのつもりですかァ?」
――上条は両手を頭上に上げた。
上条「正直、俺はお前がなんで怒っているのか分からない。けど、多分俺に非があるんだろう」
両手を上げたまま、少年は言葉を紡ぐ。
上条「だから、俺は何もしない。お前の気が済むまで何もしない」
絹旗「あ、は……は、はははっ――」
こいつは馬鹿か、と絹旗は思った。
笑いが止まらない。
そして、同時に
絹旗「――ふざけンじゃねェぞっ!!」
怒りが頂点に達した。
もう、腕の一本や二本どころでは済まさない。
舐めた事をしてくれた。
その存在を消し去ってやる。
絹旗「あああァァァァァァァァっ!!」
絹旗は右拳を解き、手を板のように広げた。
能力を指先に集中させ、窒素で視えない刃を作り出す。
それは肌から数センチという極僅かな刃。
しかし、それだけあれば充分である。
それだけあれば、肌、肉、骨をも切り裂く。
上条「っ」
上条は身体を固くした。
絹旗の気迫、そして絹旗から発せられる恐怖に。
上条に、絹旗の手刀――刺突が迫る。
絹旗「ァァァァ――っ!?」
が、しかし、
上条「――え?」
絹旗「あ……れ……?」
絹旗の手は、上条に届く事はなく、そして、ゆっくりと失速し、
上条「お、おい!?」
絹旗「ア、タ、マ、ガ……」
絹旗は地面に膝をつき、
絹旗「……イ……タイ……」
そのまま、地面にキスするように崩れ落ちた。
投下終了です
次回の投下はちょっと遅いかもしれません
今月中には投下すると思います
……それにしても、ルームシェアってストレスが溜まりますね
どうも
投下しますね
~電話の男~
そこは薄暗い。
光は最小限に抑えられ、視界を奪い、不安を煽らせる。
麦野「最近、温すぎやしない?」
そんな薄暗い空間に気だるそうな一人の女性の声が現れた。
学園都市の暗部――アイテムのリーダー麦野沈利のものである。
空間に向けられた彼女の声。
それに反応して、薄暗い空間が僅かに動いた。
フレンダ「おかげでギャラもいまいちって訳よ」
猫撫で声のような声で、フレンダ=セイヴェルンが答える。
フレンダ「滝壺はどう思う?」
次にフレンダは麦野を通り越した先の空間へと声を投げかけた。
彼女の声の先には、ぼうっと立ち尽くす黒い影。
微動だにしないが、しかしフレンダの言葉にはしっかりと反応を示した。
滝壺「よく、わかんない」
滝壺理后は淡々と返した。
麦野「ま、滝壺はフレンダと違ってしっかりしてるからね。無駄遣いとかしなさそうだし」
滝壺の言葉に、麦野は腕を組んで壁にもたれかかった。
本人としては特に気にしてはいないのだが、一々動作が丁寧だ。
フレンダ「ちょ、それって私がしっかりしてないみたいじゃない!」
麦野「え、そう言ったつもりだけど?」
フレンダ「お、おう……」
麦野は当然、と答える。
まさかこうも直球で言われるとは思わなかったフレンダは、言葉に押されて僅かに上半身を反らした。
滝壺「大丈夫、いつも失敗ばかりしているフレンダを私は応援している」
フレンダ「おうふっ!」
そこに滝壺が追い討ちをかけ、フレンダは奇妙な声をあげた。
それにはさすがの麦野も苦笑いだった。
麦野「……滝壺、あんたも中々えげつないわね」
滝壺「……そうかな?」
滝壺が首を傾げた。
そんな彼女の動作に、麦野は口元に手を当て、喉を鳴らすように笑った。
麦野「くっくっく……自覚してないっていうのが余計に性質が悪いわね」
フレンダ「うー、二人共酷いって訳よ……」
フレンダは拗ねているのか、唇を突き出し、不満の言葉を漏らす。
そんな彼女に対して、麦野は「ごめん、ごめん」と軽めに謝った。
滝壺「これで、今日は終わり?」
二人のやりとりをぼうっと眺めていた滝壺が、控えめに呟く。
麦野は彼女の言葉に頷き、
麦野「そうね。何人か逃げた奴もいたけど、今日はこっちがメインだし、放っとけばいいでしょ」
麦野はそう言って、目下の地面を見つめた。
その見つめる先には、黒いスーツ服を纏った男が転がっていた。
男には足がない。
あったが、なくなっていた。
丁度くるぶし辺りから下がない。
何かで焼かれたのか、傷口は黒く凝固した肉と血で塞がれ、異臭を放っていた。
そんな怪我を負いながらも、男の意識はまだ繋がれたたままであった。
それが男を苦しませる。
顔を苦痛に歪ませ、断続的に呻き声を上げた。
フレンダ「結局さ、あんたも馬鹿って訳よ」
フレンダが男の眼前にしゃがみ込む。
その格好のせいで、男には見えた。
スカートの奥底、黒いストッキングと下着に覆われた秘所。
一日中履き、包まれたそこは蒸れ、鼻腔をくすぐる程度の汗の匂い。
それが染みとなって、ストッキングと下着を汚していた。
スーツの男「……うぐっ」
情けないにも、男は反応してしまった。
死がすぐそこに迫っているにも関わらず。
しかし、それはある意味正しい反応なのかもしれない。
生物は死を迎えると、自らの遺伝子を残す為に性欲が増してしまうのだ。
フレンダ「うわっ、こいつマジマジと見てるって訳よ!」
そんな男の反応に、フレンダは冷たい視線を送る。
しかし、男の前から動こうとはせず、逆に男の眼前に脚を拡げて座った。
麦野「こんな奴に自分の×××見せて何が楽しいんだか」
麦野は飽きれて溜め息を吐く。
彼女の言葉に、フレンダは視線を上げずに答える。
フレンダ「まあ、こいつも最後だし、どうせ死ぬのならこれぐらいのサービスしてあげてもいいって思う訳よ」
滝壺「……フレンダはビッチ……私は応援できない」
麦野「だな。あんた、今度から名前はフレンダ=ビッチで通しなさいよ」
フレンダ「ちょ、それは勘弁って訳よ!?」
麦野「だったら変な事してないで、さっさと片付けろや」
フレンダはさすがに遊びすぎたか、と土埃の付着したスカートを叩きながら立ち上がり、
フレンダ「結局、あんたらみたいな奴には、これが一番のご褒美って訳よ」
そして、スカートを叩いていた手には、黒光りする拳銃が一丁握られていた。
フレンダ「ねえ、最高の快楽って知ってる?」
フレンダが口角を吊り上げた。
その囁きは甘くもあり、辛くもあった。
彼女のそんな姿を見て、男は何かを悟った。
そして、
フレンダ「バーン」
可愛らしい掛け声と共に、引き金を引いた。
同時に、火薬の弾ける音が周囲を駆け回り、遠くへと消えていった。
薬莢が転がり、周辺に火薬の臭いが漂う。
麦野「ったく、あんたはそういう無駄な事ばっかしてるから、変なところでミスすんだよ」
人形となった男の事など気にする素振りも見せず、麦野はフレンダの仕事に対しての視線に溜め息を吐く。
それは上司として、仕事ができない若造に対しての助言。
それは仲間として、その行動が一歩間違えば死に繋がるという心配からの言葉であった。
麦野「……あんた、まだ私達でよかったわね。“あの子”なら、こんな易々と眠れやしなかったわよ」
麦野は、どこか悲しそうな表情で男だったものを見下ろす。
勿論、彼女の言葉に返事はない。
麦野「今日、絹旗がいたら本当にやばかったわね」
ここにはいない、もう一人の仲間の事を思い浮かべた。
昼間、いつもご迷惑をおかけしているファミレスで依頼された仕事の内容。
それは、とある男の殺害。
それだけならば、特に問題はない。
いつも通りの仕事だ。
しかし、殺害する男に問題があった。
男は人身売買に手を染めており、その主な目標(ターゲット)は学園都市の置き去り(チャイルドエラー)。
その置き去りを学園都市の各研究施設に売り、仲介役として金を得ていたのだ。
その各研究施設というのは、いい噂の流れない場所ばかり。
主な内容としては、人体実験。
置き去り、そして人体実験。
それは、もう一人の仲間――絹旗最愛にとってのトラウマに塩を擦り付けるようなもの。
ここにもし彼女がいれば、仕事どころではなくなっていただろう。
下手をすれば、仲間内で死人が出ていたかもしれない。
フレンダ「けど、こいつがやった事って、“そこまで悪い事”じゃないんじゃない?」
一般人からすれば、それはおかしい発言であった。
しかし、フレンダや彼女達からすれば、この男がやった事はほんの些細な事。
この暗部という世界に、ほんの少しつま先がはみ出た程度である。
麦野「まあ、置き去りの問題は今に始まった事じゃないのは確か。けど、こいつはその置き去りを“外”に売ろうとしたのよ」
フレンダ「外に?」
麦野「そ。能力開発を受けた置き去りを、ね」
学園都市は基本的に外部への情報の譲渡は禁止である。
一部、生徒を集める為に広報等をやってはいるが、しかし、それだけである。
麦野「この馬鹿はその禁忌を犯したって訳よ」
フレンダ「あ、私の口癖って訳よ!」
麦野「面倒臭いわねー、別にあんただけの言葉じゃないでしょうが」
麦野の正論にフレンダは言い返せず、言葉を詰まらせる。
何やら言いたそうではあるが、はっきりとした言葉が出ないのか唸る事しかできなかった。
そんなフレンダを見て、麦野は呆れて溜め息を零す。
別に自分は悪くはないのだが、何故か後味が悪い。
仕方なく、麦野は謝罪の意味を込め、フレンダの頭を帽子越しに撫でてあげた。
フレンダ「んっ……」
その撫で方は少し乱暴ではあるが、しかし、撫でられているフレンダは満更でもない表情を浮かべている。
実はそっちの気でもあるのか、と麦野は撫でながら、フレンダに訝しげな視線を送った。
滝壺「……でも、本当に今日はきぬはたがいなくてよかったね」
じゃれ合う二人を見つめながら、滝壺が思い出したように、先程麦野が言っていた言葉を再び持ち上げた。
そんな彼女の言葉に、麦野とフレンダはぴたりと時間が止まったかのように動きを止めた。
フレンダ「結局、麦野の言う通り、今日の仕事に絹旗がいたら私達も無事じゃなかった訳よ」
つい先日、絹旗の暴走を目の当たりにしたフレンダ。
彼女その後、麦野と滝壺に、絹旗に何があったのかを聞いた。
そして、知った。
絹旗が暗闇の五月計画の生き残りであると。
絹旗が置き去り出身であるという事を。
もし、今日の仕事に彼女がいたのであれば、この男はどうなっていたか。
フレンダはそれを想像して、少し顔を青くした。
滝壺「ねえ、きぬはたに電話してみよっか」
滝壺が提案した。
フレンダはその言葉を聞いて、青かった表情に再び明るさを取り戻した。
それは、滝壺なりの気遣いでもあった。
やはり彼女の人を思い遣る性格は、暗部にはとことん向いていない。
麦野「まあ、いいんじゃない? 最近忙しくて、メールしか連絡してないしさ」
どうでもよさそうな態度で、髪を掻き揚げる麦野。
しかし、実はそんな彼女も絹旗の声を聞きたいのだと、滝壺は分かっていた。
勿論、あえてそれを指摘する程、愚かではない。
指摘すれば、照れ隠しに殺されかねないと分かっているからだ。
滝壺「それじゃ、わたしの電話からかけるね」
滝壺はジャージのポケットに手を突っ込み、ジャージと同色のピンク色の折り畳み携帯電話を取り出した。
そして、初めて操作するかのように、ゆっくりとした動作でボタンを押していく。
液晶の淡い灯りは、薄暗い空間には明る過ぎる。
それは眩しくもあるが、しかし滝壺は特に気にしてはいなかった。
滝壺「あった」
ようやく目的の項目へ辿りつき、滝壺の声が僅かに上擦った。
すぐにダイヤルボタンを押し、耳に携帯電話を押し当てた。
一回、二回、三回。
滝壺は簡素なコール音を聞く度に、胸が高鳴るのを感じた。
四回、五回、六回。
しかし、その回数が増えるにつれ、徐々に不安も募ってきた。
やはり、時間も時間だ。
既に寝てしまっているのだろうか。
丁度十回目のコール音が鳴り、彼女は諦めて通話終了のボタンに指を伸ばす。
まあ、仕方ない。
そう思ってボタンを押そうとすると、
「も……も……し」
何かを切断するような音。
しかし、それは相手と繋がった事を示す音でもあった。
アンプなども、ジャックを接続すると同様の音がする。
それと全く同じだ。
滝壺「もしもし、きぬはた? ごめんね、夜分遅くに」
滝壺は表情の変化を差ほど見せはしなかったが、どことなく嬉しそうに感じる。
フレンダ「ねえ、滝壺! 次は私って訳よ!」
麦野「あんたは長電話が過ぎるでしょう。私の次に決まってんだろうが」
フレンダ「さっきから私に対する麦野の対応が酷すぎるって訳よ!」
麦野「ふん、当然の対応だ。テメェから弄る要素奪ったらビッチしか残ってねえだろうが」
フレンダ「だからビッチじゃないっての!」
滝壺を他所に騒がしくなる二人。
やはり二人も絹旗の事が心配である事が、今の状況を見て分かる。
麦野「で、絹旗はどうなのよ、滝壺」
フレンダ「結局、お子様な絹旗はやっぱりおねん寝してたって訳よ」
麦野「あんたも充分お子様だっての……って、この会話これで何回目だよ……って、おい」
フレンダの相手をしていて気付かなかった麦野が、何か違和感を抱いた。
それは、滝壺が一切声を発しない。
いくら無口な彼女であっても、それはおかしい。
ましてや、あの絹旗との電話だ。
会話がない筈がない。
そして、もう一つ。
絹旗の声がしない。
声、はする。
しかし、僅かに漏れ聞こえる声は、どう考えても絹旗の声質ではない。
フレンダ「……」
フレンダも麦野、そして滝壺の様子がおかしい事に気付いたようだ。
両の碧眼は、滝壺の持つ携帯電話へと向けられていた。
沈黙が周囲を包み込む。
そして、
滝壺「あなたは、誰?」
その言葉は淡々として、そして冷たさが混ざっていた。
電話の向こう側にいる相手は、その声に臆する事なく答える。
上条『――俺は、上条。上条当麻だ』
上条は答える。
そして、告げる。
上条『絹旗最愛が倒れた。早く、来てやってくれ』
それは突然。
金槌で、頭を殴られたかのような衝撃。
ここにいる誰もが、その言葉を理解する事ができなかった。
……投下終了です
とりあえず、絹旗が出なくてごめんなさい
次の投下も少し日が開きますが、ご了承ください
そういえば、こんな夢を見てしまいました
☆「――新入生代表、黒夜海鳥」
黒夜「はい!」
絹旗「黒夜、超ファイトです!」
黒夜「おうよ!」
……俺は色々とやばいのかもしれません
感想などあればお待ちしております
では、またノ
どうも、超>>1です
間が空いてしまい、本当に申し訳ありません
とりあえず投下しますね
†
第七学区にあるとある病院の屋上。
鉄扉を押し開け、晴れ渡った空の下に出た麦野沈利は、その眩しさに目を細めた。
麦野「五月中旬……今が丁度過ごしやすい天気ね」
手の平で日差しを防ぎながら、僅かに太陽を見つめた麦野がそう零す。
屋上に人は皆無。
彼女の声は、とてもよく通った。
麦野「……ってか、あんた煙草吸うんだ。まあ、仕事に影響がなければ何しようが勝手だけどさ」
――の吐き出した煙が風に乗って麦野の鼻腔をくすぐった。
晴れ渡った空の下、――は屋上の鉄柵に両腕を置いて煙草を吹かしている。
パーカー付きの黒いスウェットを羽織り、全身を黒で統一したラフな格好。
麦野「あん? 急に笑い出して、実は薬までやっちゃってるってのか? 流石にそれは見過ごせねえぞ、おい」
やや脅しの含まれた声音に、――は否定する為に片手を軽く振った。
麦野はそんな――に訝しげな表情を浮かべる。
が、――は特に気にせず、口を開く。
麦野「二人か? あんたの病室にいるわよ……ったく、見舞いにきたら肝心の病人が寝ていないってのはどういう事だっての」
その言葉に、――は首を傾げ、聞いた。
ちりちりと燃えた葉が、ぽとりと地面に落ちる。
麦野「今日は非番なんだよ……っていうかさ――」
麦野が――を見据える。
――は短くなった煙草を携帯灰皿に捨て、新しい煙草を取り出す途中であった。
指先に挟んだ煙草を手にしたまま、――は固まる。
そして、尋ねる。
どうしたのか、と。
麦野「――その“口調”はどうにかなんねえのかよ……絹旗」
その問いに、麦野は面倒臭そうに答えた。
絹旗「……」
絹旗は何かを考えるかのように、ゆっくりと煙草を口に銜え、百円ライターで先端に火を点した。
背を膨らませ、煙をその小さな身体の中へ充満させ、吐き出した煙で空気を汚し、そして、
絹旗「……どォにもなンないですねェ」
空を見上げながら呟いた。
その口調は何かノイズがかかったかのような不快さが混じっていた。
麦野「そうかよ……ったく、どうにも慣れねえな……後、その“瞳”の色もな」
空を見上げる絹旗の両目を麦野は見た。
その瞳、白に囲まれた瞳孔。
彼女の本来の色は焦げ茶色の筈だ。
しかし、今の彼女は空に広がる青とは正反対の赤。
夕日よりも赤く、火よりも冷めた色。
絹旗「そォですかァ? 私は、宝石みたいで超きれいだとおもうンですけどォ」
麦野「それ、マジで言ってんなら、相当頭沸いてるわよ」
麦野の言葉に、絹旗は笑って答えた。
あの日、あの時、絹旗は変わった。
三日前。
とある少年と対峙しした時。
絹旗は倒れ、そして、気付けばベッドの上。
そして気付くと、この口調とこの瞳を宿していた。
麦野「そういや、あのツンツン頭は? えっと……確か上条ってやつだったか?」
絹旗「ああ、上条なら今日は学校だそォですよ。終わったら超来るそォです」
麦野「いっちょ前にパシリなんざ拵えやがって」
絹旗「そォいえば、上条の顔が超腫れあがってましたが……麦野、何かしましたかァ?」
麦野「ああ、あれな……実は――」
麦野はつい最近の出来事を、何年も昔の事のように思い出した。
彼女にとって、それはどうでもいい事だったからだ。
…………
……
…
滝壺「あなたは、誰?」
上条『――俺は、上条。上条当麻だ』
電話の主、上条当麻はそう答えた。
上条『絹旗最愛が倒れた。早く、来てやってくれ』
そして、上条はそう言った。
電話を受けた滝壺は、何故そこで絹旗の名前が出るのか、疑問を抱いた。
繋がっているのは、確かに絹旗の携帯端末だ。
その絹旗の持っている筈の携帯に出る、この上条と名乗る男は誰だ。
そして、この男は何と言った。
滝壺「――きぬはたが、倒れた?」
理解の追いつかない滝壺が、最初に口にしたのがそれだった。
フレンダ「ちょ、それってどういう――むぐっ」
麦野「……黙れ、フレンダ」
フレンダ「ふ、ふびの?」
喚くフレンダを後ろから羽交い絞めにして黙らせる麦野。
そして、滝壺を見据えながら、そっと囁いた。
麦野「何かある度に騒いでたら、仕事なんてできねえんだよ。今、何が起き、そしてそれに伴って何が起きるのかを予想しろ」
そう言って、麦野は自身のポケットから携帯の端末を取り出した。
親指を素早く動かし、画面に表示される英数字を睨みつける。
それを間近で見るフレンダは、麦野が何をしているのかさっぱりであった。
そして、
麦野「……第七学区×5.6××××3,1×9.×××××1か……ここは確かに病院だな」
麦野はそう呟き、端末を閉じてポケットへと戻した。
フレンダは頭上にクエスチョンマークを浮かべ、ぽかんとした表情を浮かべていた。
麦野「おい、滝壺」
滝壺「何、むぎの」
電話の男と話していた滝壺が、麦野の言葉に一時的に通話から離れる。
麦野「そいつのとこにいく、首を洗って待ってなって伝えろ」
滝壺「わかった」
麦野の指示に従い、滝壺は相手へと二言三言伝えて通話を終了した。
麦野「よし、ならさっさといくわよ」
麦野は滝壺が通話を終了した事を確認すると、フレンダの側を離れ、ゆっくりと立ち上がった。
フレンダ「わっと……って、麦野!? その電話の男のとこに行くって訳!?」
麦野「ああ、そのつもりだがどうした?」
フレンダ「……もしかしたら、罠かもって考えない訳?」
自信無さ気にフレンダは恐るおそる聞いた。
麦野はそんな彼女の言葉を聞いて、
麦野「フレンダ……」
フレンダ「ひっ――ご、ごめ……あれ?」
犬の頭を触っているかのように、乱雑に撫で回した。
そのお陰で、フレンダの帽子はずれ、綿毛のような金髪はぐしゃぐしゃとなってしまう。
麦野「そうだ。そうやって先読みする事が大事なんだ。それを仕事に生かせるようになると更にいい――けどな」
麦野はフレンダの頭から手を離し、言葉を続けた。
麦野「それじゃ、まだ落第点だ。私はこう考える」
麦野はにやりと口角を吊り上げ、白い歯を覗かせた。
麦野「罠かもしれない。なら、それを超える力で私達はその罠を潰せばいい」
フレンダ「……もし、絹旗が人質になってたら?」
麦野「人質は使ってこそ人質と言える。そして、もし仮に絹旗が人質になってたとしても、私は使わせない。なぜなら――」
滝壺「……」
フレンダ「……」
麦野の演説に滝壺とフレンダは耳を傾けた。
麦野「てめぇらは私の道具(アイテム)だ。私の道具は私が使ってこそが意味がある。てめぇの汚物触った手で勝手に構わせるかよ」
そういい残し、麦野は二人に背を向け、歩き出した。
まるで、背中で語るかのように。
だから滝壺、フレンダの二人はその背中に答えた。
フレンダ「……」
滝壺「……」
彼女の背を追い、二人も歩き出した。
白を基調とした内装。
それは潔癖めいたものを感じさせ、建造物内を漂う薬品などが混ざり合った臭いがそれを一層際立たせる。
慌しく廊下を叩くスリッパの音が反響し、時折聞こえるアナウンスの音声がBGM代わりとなっていた。
しかし、それは昼間であればの話である。
現在の時刻は既に夜の九時を過ぎた頃。
慌しく廊下を叩くスリッパの音もなく、アナウンスの音声もない。
あるとすれば、薬品の混ざり合った臭い。
白を基調とした内装は、一定の距離で設置された緑色に発行する避難経路を示す蛍光板によって不気味に照らされていた。
何か出るのではないか、と錯覚させる。
しかし、ここは別に遊園地などにあるお化け屋敷の類ではない。
ここは、病院。
第七学区――いや、学園都市の中で一番と言っても過言ではないだろう。
それは、建造物の外観が大きいという話ではない。
この病院にいる、とある医者の腕の事を言っている。
その医者は、どんな病気ですら治す腕を持つ。
その腕前から、医者の通り名は『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』とも呼ばれている。
どんな傷・病気であっても、あらゆる手段を用いて患者を治療してしまう。
最後まで諦めない。
この言葉は、その医者の為にあると言ってもいいだろう。
???「驚いたね……いや、彼女の容態ではなく、君が怪我をせずにここに来たという事がね?」
とある個室で、初老の男が小馬鹿にしたような言葉を並べた。
白衣を身に纏い、その下に着ているシャツやズボンは皺だらけ。
少し小太りで、顔の骨格はどことなく蛙に似ている。
正直言って、白衣がなければ彼を医者とは到底思えないだろう。
そして、白衣を着ているからといって、彼が冥土帰しという凄腕の医者であると言われても誰も信じないだろう。
冥土帰し「受付にいるナースも、君が怪我をしたと思ったらしいじゃないか? ナース服を着た女性に心配されるなんて羨ましい限りだよ?」
冥土帰しは椅子の背にもたれ掛かり、手にした一枚のレントゲンをじっと見つめながら話し続ける。
空いたもう片方の手で、机の上に広げられた書類に何かを殴り書きしている。
三つの動作を一度に行なうという、それだけでも一般人からすれば驚くべき事だ。
冥土帰し「どうやったら彼女達を虜にできるんだろうね? 何か秘訣でもあるのかい?」
それは一見すれば独り言のようであるが、勿論そうではない。
彼の背には、一人の男子学生。
ツンツンとした黒髪に、どこか気だるそうな瞳。
学ランに袖を通し、青色のシャツを覗かせる。
まるで面接でもするかのように、背筋を伸ばし、膝の上に握った拳を置いていた。
???「先生、俺の事とナースを着た女性の事はどうでもいいんで、彼女の容態はどうなんですか?」
男子学生――上条当麻が冥土帰しの背に言葉を放った。
その口ぶりには、どこか焦りのようなものを感じる。
冥土帰し「ふむ……レントゲンでは特に以上はないね? CTやMRIも同様にね?」
冥土帰しはレントゲンをゴミ箱に捨て、上条へと視線を移した。
本来、そう簡単にレントゲンなどを捨てたりする事はしない。
ライトボックスなどに貼り付けておくのが普通だ。
が、冥土帰しはこう考える。
そこに有益な情報は得られなければ、それは思考の邪魔でしかない、と。
だから彼は、それを紙屑同然に捨てる事ができる。
上条「特に、って事は……他に何かあるって事なんですか?」
冥土帰しの言葉に上条は引っ掛かりを覚えた。
冥土帰し「その通りだね? どうやら、彼女の内部構造に問題がある。脳を限定でね?」
理解の浅い生徒に対して、柔らかに説明する教師のように冥土帰しはゆっくりと答える。
冥土帰し「私も驚いたよ? まさか、人格が“二つ”あるなんてね?」
上条「人格が……二つ?」
それは多重人格という事だろうか。
上条が思考を捻っていると、冥土帰しが頷いて答えた。
冥土帰し「多重人格と言っても問題はないだろうね? しかし、少し気になる点があるんだよ?」
上条「気になる点ですか?」
冥土帰し「ああ、彼女には演算パターンが二つ存在するね?」
上条「いや、ちょっと待ってくださいよ。それ、まずありえない事だと思うんですが……もし、それが本当なら――」
上条はそれが何を意味するのか、理解できた。
事実上不可能とされる『多重能力者(デュアルスキル)』。
彼女がまさにそれであると、目の前の医者は言っている。
しかし、
冥土帰し「ありえない、か。なら、彼女は何故存在するんだろうね? その疑問は、彼女の存在を否定する事になるよ? 言葉には気をつけた方がいいね?」
上条「……すいません」
冥土帰し「ああ、別に攻めたわけじゃないさ。それと――」
冥土返しが言葉を続けようと口を開く。
が、しかしそれは突然邪魔をされた。
壊さんとする勢いで、開け放たれた扉。
そこには、三人の女が立っていた。
???「おう、てめえが上条ってのか。女誘うには、もっと場所を選ぶもんだぜ?」
三人の中で一番背が高い女性が口を開いた。
その瞳は上条を捕らえ、まるで今から兎を狩ろうとする狐を思わせる。
???「ど、どうもー……」
???「あれ、AIM拡散力場がない……?」
続いて西洋人形を思わせる金髪の少女が控えめに顔を覗かせる。
そして、一番後ろに立つジャージ姿の少女が上条を見据え、首を傾げた。
冥土帰し「ふむ、時間を考えてほしいね? ここには私の患者が沢山いるんだ。後、君達は誰だい?」
麦野「ああ、紹介が遅れたな。私は麦野、麦野沈利って言うんだ。ここに今日運び込まれた餓鬼がいる筈だ。そいつのツレだ」
フレンダ「フレンダ=セイヴェルンって訳よ」
滝壺「滝壺理后……あなたがかみじょう?」
上条「あ、ああ……俺が上条、上条当麻だ。もしかして、さっきの電話の人か?」
滝壺「うん、そうだよ。それで、きぬはたは――」
と、滝壺の言葉は麦野が突如動き出した事によって掻き消された。
上条「――え」
上条はその一言をあげる暇しかなかった。
麦野「――らっ!!」
その一言が終わると同時に、麦野の膝蹴りが上条の顔面を捉えた。
椅子に座っていた上条は、その勢いに椅子ごと吹き飛ばされた。
冥土帰し「おやおや」
目の前で吹き飛ばされる上条を見て、冥土返しは暢気に呟いた。
上条「い、な、なにを……うぐっ」
尻餅をつき、鼻血を流す上条。
そんな彼の襟首を片手で掴み、麦野は強引に持ち上げた。
麦野「おう、私の道具が世話になったみたいじゃねえか。で、何をした?」
上条「――」
麦野が問う。
しかし、上条は喉を絞められ、口から言葉を吐く事ができなかった。
フレンダ「麦野、流石にそんな状態で話せる訳がないって訳よ」
滝壺「むぎの、落ち着いて」
麦野「あぁん? なんで私がこいつに合わせなきゃならねえんだよ」
二人の言葉に、麦野は一切耳を貸さなかった。
それどころか、上条の首を絞める力を強めた。
冥土帰し「やれやれ……例え首を離したとしても、彼の鼻はどう見ても潰れてるね?」
見かねた冥土返しが、間を割って入ってきた。
冥土帰し「そんな状態じゃ話せるものも話せないだろう」
冥土帰しは椅子に座り直し、緩やかに話し始める。
冥土帰し「それに、彼女の知り合いというのなら、君達にも話さなくてはいけないからね――アイテムのメンバー諸君?」
投下終了です
とりあえず、ゆっくりとしたペースですが、投下は続けますんで
二週間以上空く場合は、生存報告もします
超電磁砲S、終わっちゃいましたね……
感想、このキャラクターの口調おかしいなどあればどんどん書き込んでください
>>1の励み、今後の制作の糧となります
では、また次の投下をお待ちくださいノ
どうも、超>>1です
それでは、投下しますね
今日の投下で、またしばらく日が空きますがご了承ください
それでは、投下ー
†
絹旗「それで、上条は麦野の膝蹴りを超喰らってしまったンですね。彼もご愁傷様ですねェ」
丁度三本目の煙草を吸い終わると同時に、麦野の話は一端の区切りを見せた。
麦野「まあな。蛙顔の医者が鼻の形が変わるかもしれないって言ってたな」
絹旗「……あァ、あの医者ですか」
新たに煙草を取り出そうとする絹旗。
そんな彼女の表情に僅かな陰りが見えた。
麦野「どうかしたか?」
麦野はそんな彼女の変化に気付き、声を投げかける。
絹旗「……いえ、超なンでもありませンよ」
絹旗は何かに耐えるかのように、ぎゅっと目を閉じ、そしてゆっくりと再び開いた。
そして、何事もなかったかのように、煙草を口に運び、火を点す。
しかし、麦野は知っている。
あの白衣が、絹旗の過去を思い出させているのだと。
彼女にとって、あれは最も汚れた白なのだ。
仕事であれが視界に入れば、彼女は高確率で暴走してしまう。
一種のスイッチとなってしまっているのだ。
麦野「そういや、あの蛙顔の医者が呼んでたわよ?」
麦野は思う。
かわいそうなやつだ、と。
そして、そんな絹旗に何の手も差し伸べる事ができない自分はなんとひ弱なのか。
絹旗「私をですか? 超なンなンでしょうねェ」
麦野「大方、これからの事についてだろ。まあ、一時的にとはいえ、意識がなかったんだ。最悪、検査入院は覚悟しときな」
絹旗「超ありえませン。こンな何もないところで生活なンて……何をして過ごせというンですかァ」
つまらなそうに、絹旗は煙草を銜えた。
そして、不満を吐き散らかすかのように、煙を盛大に吐き出す。
麦野「テメェは病院をなんだと思ってるんだよ……まあ、暇だったら私らか、お前のパシリでも呼びな」
絹旗「おやァ? 麦野にしては超優しィですねェ? それでは、毎晩ラブコールしてもイイですか?」
麦野「大丈夫だ。着拒にしておくからそのラブコールが届く事はありえねえよ。代わりに、お前のパシリにでもするんだな」
絹旗「……なぜ、そこで上条が出てくるンですか?」
むっとした表情で、絹旗は麦野を睨みつけた。
睨み付けられた麦野は、小馬鹿にするように、にやりと口角を吊り上げて返した。
麦野「あのウニ頭との喧嘩が原因かもしれないが、仮にも命の恩人だろ? お子様の最愛ちゃんは、それで意識しちゃったんじゃないかにゃーん?」
絹旗「はァ? どンな糞みたいな映画でも、そンなとンでも展開になンてなりませンから」
麦野「くくくっ、そうかよ」
絹旗「ったく、麦野は本当に性格が悪いですねェ」
麦野「おう、褒め言葉どうも……そんじゃ、そろそろいくぞ」
嫌味を受け流され、絹旗は溜め息を零した。
釈然としないまま、携帯灰皿に燃え尽きた煙草をしまい、欄干からそっと離れる。
麦野「……」
そんな絹旗を、麦野はじっと見つめていた。
絹旗「ん? 超どうかしました?」
絹旗の赤い瞳が麦野を見つめる。
麦野「いや、別に。ほら、さっさといくわよ」
麦野の行動に、疑問を抱く絹旗。
しかし、特に気にする事でもないかと、彼女は麦野の後を追った。
麦野「(……本当、信じられないわね)」
言葉が漏れる。
しかし、心の声を聞く事はできない。
麦野「(こいつを助ける事が、私にできるのかしら……)」
聞く事のできない言葉は絹旗へと向けられていた。
当の本人はそんな彼女の内心を知る術などなく、ただ黙って後ろを歩いていた。
麦野「(残酷ね、世界ってやつは……)」
…………
……
…
麦野「……テメェは一体誰だ」
上条の首を絞めながら、麦野は蛙顔の医者を睨みつけた。
その瞳は、普通ではなかった。
凍りつく、その言葉がぴったりであった。
それ程にまで、彼女の瞳は鋭く、そして冷徹さを帯びていた。
冥土帰し「ふむ、私は単なる医者だよ。巷では冥土帰しなんて大層な通り名で通っているけどね?」
しかし、蛇の人睨みを向けられている冥土返しは、麦野から発せられる威圧感をなんなく跳ね除けた。
自分のペースを崩す事無く話し続ける。
冥土帰し「それより、君達に話しておきたい事があるんだけどね? ああ、それと彼から手を離してあげた方がいいよ? 首が絞まってるみたいだしね?」
冥土帰しの言葉に、麦野は舌打ちをして答えた。
同時に、今まで首を締められていた上条の身体が、どさり、と糸を切った操り人形のように崩れ落ちた。
膝蹴りを顔面にもらい、更に首を絞められて呼吸困難に陥った彼。
息はあるものの、その意識は寝息を立てるかの如く静かであった。
しかし、彼女の興味は、既に上条にはない。
悠々とした態度で椅子に腰掛ける冥土帰しに、全てを向けていた。
フレンダ「あちゃー……流石にのびてるって訳よ」
滝壺「むぎの、やり過ぎ」
床で静かになっている上条を見て、フレンダと滝壺がそれぞれの思いを口にした。
麦野「はっ、女より先にイク男にやり過ぎも糞もあるか。それより、今はこっちが優先だろ」
そう言って、麦野は二人に向けていた視線を冥土返しへと戻した。
麦野「それでテメェは何者だ? なんで、私達(アイテム)を知ってる? 事によっちゃ……」
麦野の背後にある空間。
野球ボール程の大きさの光が三つ、突如として現れた。
これこそ、学園都市第四位の能力、原子崩し(メルトダウナー)である。
とは言っても、これは彼女の能力のほんの一端にしか過ぎない。
冥土帰し「無関係であるかないかと聞かれれば、あるだろうね」
麦野「なんだその曖昧な答えは」
冥土帰し「“君達”、そして“君達側”の事も知っている。けれども、ただそれだけさ。それを除けば、私は単なる医者でしかない」
「まあ、実際に会うのはこれが始めてで、名前だけしか知らないんだけどね?」と、冥土帰しは付け加えた。
そんな彼に対し、麦野の表情はただただ険しい。
麦野「……」
こいつはなんだ。
麦野は考える。
しかし、情報があまりに少ない。
冥土帰し「ふむ、どうやら疑いは晴れないようだね?」
麦野「当たり前だ。テメェがどこの誰か分かるまで、私はこれを下げる気はねえぞ」
麦野の背後で光の球体が不気味に蠢く。
銃口を眉間に押し当てられていると同等であるにも関わらず、しかし冥土返しは平穏を貫いた。
冥土帰し「私にとってそれはどうでもいい事なんだね? それよりも、私はこうしている時間が惜しい。彼女を優先してからでも構わないだろうか」
麦野「彼女……?」
冥土帰し「おや、君達は彼女のために、今ここにいるんじゃないのかな?」
麦野「絹旗か……」
冥土帰し「その通りだね? そこで寝ている彼には上辺だけの説明で終わってしまったが、彼女はかなり危険な状態にある」
そう言って、冥土返しは机の上に置かれたA4サイズの紙を数枚、手に取った。
用紙には英語、ドイツ語、その他様々な言語が走り書きされている。
冥土帰し「現状、特に問題はない。しかし、遠い未来を考えると、今の状態ではいずれ彼女は崩壊するだろう」
麦野「……それは、死ぬって事でいいのか?」
フレンダ「ちょ、麦野!?」
滝壺「……どうなの?」
話を聞くうちに光の球体を消滅させた麦野が、なんの躊躇いもなく言い放つ。
その言葉に、入り口付近で立ち尽くすフレンダが驚きの表情を見せる。
滝壺は表情こそ平静を保ってはいるが、しかし、僅かに声が震えていた。
冥土帰し「単刀直入に言えばそうだね?」
麦野「……時間は?」
冥土帰し「長く見積もって一年……短く見ても半年、というところだろうね?」
冥土返しは淡々と呟く。
その言葉の一つひとつに、部屋の空気が徐々に重くなっていく。
フレンダ「ちょ、ちょっと待ってほしいって訳よ!」
冥土帰し「何かな?」
その空気を吹き飛ばすかのように、フレンダが声を上げた。
冥土返しは麦野から視線を外し、フレンダへとその顔を向ける。
フレンダ「今の絹旗に、結局何が起こっているって訳よ!? そんな理由もなしにただ死ぬなんて告げられて、信じられるかっての!」
フレンダの言葉には焦りが見られた。
突きつけられた現実を、なんとか打破しようとしているかのようだ。
冥土帰し「――暗闇の五月計画」
その言葉に、アイテムの面々は目を見開いた。
やはり、この医者はただの医者ではない、と彼女達は改めて認識した。
冥土帰し「暗部に所属する君達なら分かる筈だね? そして――」
三人は押し黙った。
暗闇の五月計画。
――学園都市最強の超能力者の演算方法の一部分を意図的に植え付ける事で、能力者の性能を向上させようというプロジェクト。
個人の人格を他者の都合で蹂躙する非人道的な計画だ。
性能を向上させる、それは聞こえがいい。
しかし、意図的に植え付ける、それはあまりに残酷で非道である。
そもそも人格とは、植え付けられるものではなく、積み上げていくものである。
その時の経験、環境によって自らが形成していくものだ。
プロジェクトには『置き去り』という、親元の行方が分からない少年少女、もしくは赤ん坊を用いられた。
非人道的な計画を進めるには、『置き去り』は最適な素材であったからだ。
が、計画は座礁に乗り上げた。
そもそも、自らが積み上げて形成する人格を、他者の手によって無理矢理植え付けるという行為に無理があったのだ。
プロジェクトに参加していた者達は途方に暮れた。
しかし、ある日。
素材に思わぬ数値を示したものがあった。
一つは攻撃性を示し、もう一つは防護性を示した。
それは学園都市最強の超能力者の演算部分の一端にしか過ぎなかった。
しかし、希望は見えた。
計画は更に進められ、深く、暗く、更なる混沌へと落ちていった。
そして、その生き残りの一人が――
冥土帰し「――彼女が、その計画の被験者であるという事も」
麦野「……って事はあれか。その実験のツケが、今になって現れたって事か」
麦野の呟きには、先程までの勢いはまるで感じられなかった。
冥土帰し「そう捉えてもらって構わないね? そして、彼女に何が起こっているのか、それを今伝えよう」
そう言って、冥土返しは手にしたA4サイズの紙の束から一枚抜き取り、麦野に差し出した。
差し出された用紙を、彼女は乱暴に手にした。
麦野「これは……」
冥土帰し「LEVEL5の君なら分かると思うけれどね?」
LEVEL5であるという事も知っているのか。
麦野はそう言おうとしたが、底の知れぬこの医者には何を言っても無駄な気がする。
そう思い、麦野は軽く舌打ちする程度で収めた。
麦野「あれだろ、脳波を表したやつ、って……あん?」
冥土帰し「気付いたかね? 彼女には二人分の脳波が存在する。これは、まず有り得ない事だね?」
麦野「って事は多重人格じゃねえか……けど、こんなにはっきりと出るものなのか?」
冥土帰し「いや、多重人格であろうと、脳波は本来一つしか観測されない。一度に複数の値を示す事は、正直例がないね?」
冥土帰しは一度間を取り、説明を続けた。
冥土帰し「最初、一つの機器では観測されなかった。そこで彼女の経歴からもしやと思い、機器を二つ繋いでみたところ、別々の脳波を示すグラフが出たね?」
麦野「……おい、この螺旋を描いてるような波は能力か?」
冥土帰し「ふむ、よく気付いたね? そして、それが一番の問題であると言っても過言じゃないね?」
脳波を示すグラフの中に、複雑に螺旋を描くものがあった。
それはまるで人間のDNAの配置を示す二重螺旋のようにも見える。
フレンダ「結局、意味が分からないって訳よ! 早く教えてよ!」
小難しい話が続き、痺れを切らしたフレンダが再び声を張り上げる。
滝壺「落ち着いて、フレンダ」
そんなフレンダを見て、滝壺がなだめるように声をかける。
大事な仲間に命の危険が迫っている。
それを心配するのは当たり前の事で、声を張り上げるのも普通の事だ。
しかし、滝壺は一人冷静でいた。
いや、振る舞った。
本当であれば、彼女も声を張り上げ、目の前の医者を問い詰めたい筈だ。
けれど、滝壺は考える。
誰かが我慢をしなければ、大事な仲間に迷惑がかかる、と。
だから滝壺は張り上げたい声をぐっと飲み込む。
そして、仲間を気遣う。
滝壺「ちゃんとむぎのとあの先生が説明してくれるから、今は邪魔をしちゃ駄目」
悪戯をした子供を叱るように、滝壺はフレンダにそう言った。
しかし、滝壺は知っている。
フレンダがどれ程絹旗の事を大事に思っているのか。
我慢できなくなる程に、フレンダは絹旗の事を心配している。
麦野「後でちゃんと説明してやるから、もう少し待ってな……で、これはどう見ても複数存在するよな? とすると、今の絹旗には」
麦野が用紙から目線を外し、冥土帰しへと向いた。
冥土帰し「能力が二つ、存在する……それで、間違いないだろうね?」
麦野「本質は多重人格ではなく、多重能力って訳か……」
冥土帰し「伝説とまで言われた能力者……この街の研究者達は、知らず知らずのうちにとんでもないものを作り上げてしまったようだね?」
それは、喜ぶべき副産物、などではなかった。
冥土帰し「能力者は複数の能力を得る事は不可能。もし、無理矢理それを植え付けようとすれば、どうなるかぐらい分かるね?」
冥土帰しの言葉は至って単純であった。
ようは風船と同じだ。
無限に膨らみ続ける風船などない。
ある一定量を超えれば、破裂してしまう。
それを能力者に置き換えただけの話だ。
冥土帰し「しかも、このもう一つの能力は普通とは言い難い。暗闇の五月計画で何をされたかは知っているね?」
暗闇の五月計画。
それは、学園都市第一位の演算方法を植え付けるというもの。
麦野も、そして、その後ろで立ち尽くす滝壺もフレンダも勿論知っていた。
麦野「第一位か……」
麦野はとある人物を思い浮かべた。
学園都市第一位、『一方通行(アクセラレータ)』。
実際に出会った事はないが、データーベース上での資料で数度見た事が、彼女にはあった。
一般には公開されない情報のため、あまりいい噂は聞かない。
ここ最近では、とある実験に参加しているとそうだが、暗部に属する麦野でさえ、その情報を覗く事は不可能であった。
麦野「(確か、第一位の能力は……)」
そして、学園都市第一位が有する能力、それは――
冥土帰し「――ベクトル操作。あらゆる現象の向きを操る能力だね?」
麦野「よう、蛙顔の医者。知らぬが仏、言わぬが花って言葉は知ってるか?」
それは、麦野なりの優しさであった。
少しでも長く生きたいのであれば知るな。
例え知ったとしても、口を開くな。
黙ってれば、それで万々歳だ、と麦野は言う。
冥土帰し「ふむ、それもそうだね? けど、私の行動理念は患者が全てなんだ。仕方ない、と諦めてくれると嬉しいね?」
しかし、麦野の言葉に、冥土帰しは反論した。
もし、自分の命を削る事で患者を助ける事ができるのであれば、躊躇う事無く命を削り、捧げよう、と。
冥土帰し「彼女と、そしてその第一位の能力には近しいものがある。しかし、近しいからと言って、第一位の演算パターンは並大抵のものではない」
そんな、医者の鑑とでもいうような発言をしておきながら、冥土帰しはどうでもいいと話を進める。
麦野「だろう、な。って事は、その第一位の演算が絹旗の脳を圧迫しているのか?」
冥土帰し「その通りだね? 能力は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を探る事によって始めて開花する」
麦野「能力を得たやつは無意識のうちに、自分のスペックに合った能力を得ている」
冥土帰し「話が早くて助かるよ。纏めると、第一位の能力は彼女には負荷が大きい。今はなんともないだろうが、そのうちにガタがくるだろうね?」
麦野「それが一年……もしくは半年って計算か」
普段の彼女からしてはやけに静かで、どこか絶望の色を含ませた言葉だった。
そんな麦野の声を、後ろの二人は黙って聞いていた。
ここにいるメンバー全員が、同じような感情を抱いていた。
そして、それを否定したかった。
冥土帰し「とりあえず、現在できる事は限られている。後は彼女が起きるのを待つだけだ」
麦野「ちっ……それで? あいつはどこにいる」
話のペースを崩され続け、麦野は舌打ちを零した。
フレンダ「け、結局、絹旗に会って話したいって訳よ!」
冥土帰し「ふむ、会ってもいいが……今の彼女に意識はないよ? それでもいいのなら」
滝壺「構わない。きぬはたと一緒にいる、それだけでも充分」
麦野「だ、そうだ。わがままな連中でわりいな」
冥土帰し「別に気にする事じゃないさ。さて、彼女の部屋に案内しよう……けど、その前に彼を運びたいんだが、手伝ってもらえるかな?」
今思い出したかのように、冥土帰しは床で蹲る上条を見下ろした。
鼻を中心に真っ赤に赤い液が広がっている。
しかし、その液体は既に凝固しており、ペンキのようにカサカサとした質感に変化していた。
麦野「面倒臭いわねぇ……で、結局このウニ頭は私のモンに何をしたんだ?」
冥土帰し「ああ、すっかり説明を忘れていたね? ……それにしても、彼もまた不遇だね?」
溜め息混じりに、そして、どこか納得したような表情で、冥土帰しは上条を見つめた。
…………
……
…
麦野「ふーん……要するに、喧嘩を吹っかけた方が勝手に倒れたって事でいいのか?」
冥土帰し「まあ、大まかに言えばそういう事だね? 詳しくはまた後日、彼に聞くといい……っと、ここだね?」
冥土帰しに案内され、絹旗を除いたアイテムの面々はとある個室の前へとやってきていた。
その間、麦野は上条と絹旗がどういう経緯でこの病院にやってきたのかを、冥土帰しから簡単に説明してもらっていた。
ちなみに話のネタになっている上条は、冥土帰しの適切な処置を受け、別の部屋で寝かせつけている。
命に別状はないものの、麦野の一撃が相当効いているのか、しばらくは目を覚まさないだろうとの事。
冥土帰し「面会時間は過ぎているからね、なるべく静かに頼むよ?」
麦野「おい、私達がそんな餓鬼みたいな真似をするとでも思ってんのか?」
扉を蹴り破ったやつが言う台詞か。
しかし、ここでそれを口にする程、冥土帰しは無能ではない。
個室の扉をゆっくりとスライドさせ、室内へと黙って入った。
フレンダ「絹旗ー!!」
滝壺「……」
扉が開くと同時に、冥土帰しを押し退けるようにフレンダと滝壺が室内へと飛び込んだ。
四方の壁を均一にして作られた正方形の部屋。
既に面会時間を過ぎている為、室内の電気は消されている。
ベッド付近にある窓からの月明かりが、僅かに部屋を照らしているだけであった。
まるで牢屋だな、と麦野はその部屋を見て思った。
そんな部屋の角に押し込められるように、純白のベッドが一つ。
周囲には心音を図る機器や点滴台。
ベッドの高さに合わせて作られた収納棚に液晶テレビのみが僅かな生活道具。
最初の忠告など全く頭に入っていないフレンダと滝壺が、ベッドの側へと近付く。
大人一人が楽に寝る事ができる大きなベッド。
そして、眠る彼女には、そのベッドはあまりに大きい。
フレンダ「絹旗ー! わざわざ来てやったって訳よ!」
滝壺「きぬはた、久しぶり」
寝息を立てる絹旗最愛にフレンダと滝壺の二人が話しかける。
勿論、眠った彼女にその言葉は届かない。
一定のリズムを刻む心電図の音のみが、彼女達に反応していた。
そんな二人を見て、麦野は片手を頭に押し当て、溜め息を吐く。
麦野「あー……わりぃ、餓鬼が二人いたわ。さっきのは訂正で“私”はそんな餓鬼みたいな事はしないからな?」
冥土帰し「ふむ、それはそれで見てみたいね……っと、すぐ暴力に走るのは感心しないね?」
冥土帰しの言葉に、麦野は矢のような視線を向け、拳を作った。
麦野「ちっ……で、今のところどうなんだ?」
冥土帰し「先程も言ったように、今のところ問題はないね? しかし、検査だけじゃ分からない事もあるんだ」
麦野「って事は、こいつが目を覚まさないとなんとも言えないってか」
冥土帰し「その通りだね? ただ一つ言えるのは、彼女の病状は思った以上に重いという事だ」
「こればかりは覆す事はできないね?」と、冥土帰しは控えめに呟いた。
麦野「……あいつの寿命を覆す事はできないのかよ?」
冥土帰し「見込みがあるとすれば、彼女が蝕むものを取り除き、そして、彼女自身が過去のトラウマを乗り越えればだろうね」
冥土帰しは麦野の言葉に絶対とは言わなかった。
その言葉に、麦野は内心で毒づく。
麦野「(……結局、わからねえって事かよ)」
ここでこの医者に当たったところで、何も解決する訳ではない。
そう分かっている筈なのに、麦野は苛立った。
その苛立ちを抑える為に、麦野は奥歯を噛み締めた。
鈍い音、そして痛みが、彼女の口内に広がる。
フレンダ「あっ!!」
その時、フレンダが突如として声を張り上げた。
麦野「……ったく、おい。静かにしねえか」
そんなフレンダに、麦野は苦言を漏らす。
滝壺「うん、ごめんね。でも、むぎの……きぬはたが起きそう」
麦野「本当か!?」
滝壺の言葉に、麦野が急いで絹旗の元へと駆け寄る。
そんな彼女を見て、冥土帰しは呆れて溜め息を零した。。
冥土帰し「やれやれ、君も人の事を言えないじゃないか」
しかし、麦野に冥土帰しの言葉は届いてはいなかった。
意識は既に絹旗へと向けられている。
麦野「おい、絹旗。テメェなに堅気のモンに世話なってやがんだ! さっさと起きねえか!」
フレンダ「……結局、麦野も心配してたって訳よ」
滝壺「ツンデレー、ツンデレー」
麦野「お前ら二人、後でお仕置きな?」
滝壺「今のは全てフレンダが言ったもの。私は関係ない」
フレンダ「ちょ、滝壺!?」
???「っさい……です」
テンションが上がり気味のアイテムメンバー。
その中心で眠っていた絹旗最愛の表情が、ぴくりと動き、寝言のように言葉を零した。
三人は、その言葉を聞き逃さなかった。
口を閉じ、小さな眠り姫の起床を待つ。
絹旗「超、うるさいですよォ――痛っ」
まだ、痛みが残っているのか、絹旗の表情が僅かに歪む。
麦野「あん?」
フレンダ「え、これって……」
滝壺「きぬ、はた……?」
今まさに起きようとする絹旗。
しかし、先程とは打って変わって、他三人の反応はどこか戸惑いがあった。
冥土帰し「ふむ、ちょっといいかな?」
それを見て、冥土帰しが絹旗の元へと素早く駆け寄る。
絹旗「――ったく……一体全体、なンなンですかァ?」
それは以外にもあっさりとした目覚めであった。
まるで昼寝を邪魔されたかのように。
その声に不機嫌な色を混ぜ、絹旗の瞼がゆっくりと持ち上げられた。
絹旗「ン? ……ここは、超どこなンですかァ?」
瞼が持ち上げられ、つぶらな瞳が天井を見つめた。
絹旗「あなたは誰――って、あれェ? 麦野にフレンダ、滝壺さンじゃないですかァ。どォしたンですかァ?」
絹旗はまず初めに冥土帰し。
続いて麦野、フレンダ、滝壺へと視線を移していった。
自分は何故、四人の人間に見下ろされているのか。
こんな状況になる前、自分は何をしていたのかと、絹旗は思考を巡らせる。
絹旗「あァ、そォいえば上条とか名乗る男子学生と喧嘩になって……そしてそれから……それから? ――痛っ!?」
言葉を紡ぎながら、記憶を紡ぐ。
しかし、それは突然の頭痛によって阻まれてしまう。
冥土帰し「ああ、今はまだ安静にしていた方がいいみたいだね?」
見かねた冥土帰しが、絹旗をなだめようとする。
絹旗は額に手を当てながら、その見ず知らずの男の言葉の言う通りにした。
多分、この人は医者だろう。
絹旗は今の自分が置かれている状況を見て、判断する。
絹旗「それでェ? 私はなンでこンなとこに超いるンですか?」
絹旗はアイテムのリーダーである麦野を見た。
ここにいる人間の中で、一番状況を把握していると踏んだからである。
しかし、麦野の表情に、絹旗は疑問を抱いた。
それだけではない。
滝壺、フレンダも同様であった。
絹旗「……なンで皆さン、そンな鳩が豆鉄砲を超喰らったよォな面してンですかァ?」
麦野「何って……テメェ、気付いてないのかよ?」
無言を貫いていた三人の中から、麦野が代表して聞いた。
しかし、彼女の言葉を絹旗は理解できなかった。
絹旗「気付く? 超何にですか?」
フレンダ「その“口調”って訳よ……あんた、そんなノイズみたいな口調じゃなかったじゃない」
はて、と絹旗は枕に包まれながら、頭を僅かに傾げた。
そうなのだろうか。
自分ではよくわからない。
試しに、耳を塞いで適当に言葉を紡いでみた。
それは確かに、ノイズが混ざったような、どこか不快なものであった。
しかし、それはほんの微々たるもので、注意してみないと気付かない程である。
絹旗「あァ、確かに超変ですねェ。けど、これだけの事に皆さン驚きすぎですよォ」
滝壺「ううん、きぬはた。それだけじゃないの……ねえ、お医者さん。鏡、ある?」
滝壺が絹旗の言葉に首を横に振った。
そして、初老の医者に言葉を投げかける。
そんな彼女の態度に、絹旗は再び首を傾げた。
冥土帰し「ふむ、これでいいかな?」
滝壺「ありがとう。きぬはた、見て」
ベッドの周囲にあった収納棚の中から、冥土帰しは手のひらサイズの鏡を取り出し、滝壺へと渡す。
その様子から分かるように、どうやら常備備え付けられているようだ。
絹旗「ったく、一体何だっていうンで――」
滝壺に差し出された鏡を手に取り、絹旗は渋々鏡を見つめた。
そして、“それ”を見た。
滝壺「気付いた?」
絹旗「……本当、なンだっていうンですかァ」
状況を整理する事ができない絹旗は、溜め息混じりに答えた。
絹旗「なーンで、こンなにも目が真っ赤なンでしょうねェ?」
鏡に映った絹旗の顔。
鏡の中の自分が、自分を見つめている。
真っ赤に染まった赤い瞳で。
月明かりに照らされた瞳は不気味で、しかし、どことなく美しい。
血でそまったかのような、しかし、それは宝石にも見える。
その日、絹旗最愛は変わった。
五月十二日。
とある少年と、とあるシスターが出会うのは、まだほんの少し先の事。
しかし、とある少年と、とある少女はついに出会った。
投下終了です
むぎのんが誰状態ですが、仲間想いなむぎのんもありだと思います
予断ですが、このSSを書く前は下記のようなものを書こうとしておりました
御坂妹「世界は醜く、残酷で――それゆえ、美しい」
とある×キノの旅を混ぜたもの
エルメス以外は全員とあるキャラで設定を作っておりました
キノ役は御坂妹(検体番号は×××××号)です
このSSは途中まで書いていたんですが、投下しようと思ったら他のSS作者で
旅がしたいという御坂妹のSSが投下されてしまったので、ネタが被るかと思って捨てました
白垣根「これが、日常というものですか」
白垣根視点で、平和な学園都市の日常を過ごすという設定
これは、ネタのみで、一切書いていないです
いつか、上記のSSも書けたら書きたいです
とりあえず、明日から引越しで実家に戻るので、一週間は戻れないかと……
感想、指摘などありましたら、どんどん書き込みお願いします
今後のやる気、改善へとつなげたいと思います
それでは、またノ
どうも、超>>1です
……店長から社員にならないかと誘惑される日々を送っております
長らくお待たせ致しました
久方ぶりの投下です
残念な事に、本日は絹旗さんが出てきません
一応、ここは上絹スレです
後、引っ越したため、ネットの設備が整っておりません
なのでスマフォからの投下となります
投下ミスがありましたら申し訳ありません
では、投下開始です
~主従関係~
日が僅かに落ち始め、空の端を燃やし始めた夕方頃。
正方形に形造られ、白を基調とした部屋の中で二人の男が椅子に座って顔を向け合っていた。
一人は黒の学ランに袖を通し、前ボタンを全て外したツンツン頭の男子学生。
もう一人は白衣を着た、カエル顔の医者。
冥土帰し「ふむ、どうやら形は崩れていないようだね?」
カエル顔の医者――冥土帰しが男子学生の顔を両手で挟んだ。
そして、どこか呑気そうな瞳で彼の怪我の具合を確認するため、様々な角度から視線を送る。
上条「でも、まだちょっと違和感が……」
顔を挟まれた男子学生――上条当麻は冥土帰しに委ねながら呟いた。
この日、上条は第七学区にある病院へと足を運んでいた。
その理由というのも、丁度一週間前、不慮の事故によって鼻の骨を折ってしまったからだ。
冥土帰し「最初は仕方ないね? ギブスを外した後は、どうしても違和感はあるものさ」
冥土帰しはギブスで覆われていた上条の鼻周辺を、アルコールを含ませた脱脂綿で丁寧に拭き取りながら話す。
多少乱暴に拭いたせいか、上条が痛みで僅かに表情を崩した。
そこには、冥土帰しなりの文句が含まれている。
こんな目に遭いたくなければ、厄介事には首を突っ込むなという。
しかし、今回の上条は、別に怪我をして病院にやってきたのではない。
怪我をした場所がたまたま病院だったのだ。
こればかりは仕方ない。
冥土帰し「いや、それにしてもなかなか見事な蹴りだったね? つい見惚れてしまったよ」
上条「その代償が俺の鼻って訳ですか……全く割に合わないですよ……」
だが、それを除いても上条当麻という人間はよく怪我をする。
月に二桁に達するのも一度や二度ではない。
そのせいもあってか、病院のほとんどの人とは知り合いであり、彼専用の病室まで用意される程。
いつ、彼がやって来てもいいようにという、病院側の配慮だ。
病院限定、しかもたかが一般の高校生でのVIP待遇など、世の中広しと言えども、彼以外に例はないだろう。
何故、彼はそこまで怪我をするのか。
それは、彼が人よりもかなりの不幸体質であるからだ。
外に一歩踏み出た瞬間、その足元にボールが転がり、踏みつけて転んでしまう。
彼の友人達曰く、「上条の側にいれば、自分の不幸は全て上条が持っていってくれる」。
所謂、人間避雷針のようなものだ。
それも、不幸を限定で。
冥土帰し「まあ、あっちも謝罪はしているんだ。それでいいじゃないか」
上条「まあ、それはそうなんですけど、やっぱり俺だけが損しているような気が……」
しかし、怪我の原因は何も不幸体質だけが原因ではない。
上条は幸か不幸か、ならず者に絡まれる人間とよく遭遇する。
勉強こそできないものの、クソがつく程真面目で正義感のある性格だ。
いや、真面目や正義感というよりは、誰かが不幸に合う姿を見て、見て見ぬ振りができない――ある意味で臆病な性格なのかもしれない。
内心では嫌々でありながら手を伸ばす、善意でやっているのではなく、偽善。
自分はちゃんとやっていますよ、という主張。
それが、臆病に繋がっている。
そして、その代償が様々な怪我を引き起こす。
上条にとって怪我とは、もしかしたら彼の存在意義であるのかもしれない。
冥土帰し「ふむ、これでいいだろう」
上条「どうもです」
違和感の残る鼻を擦りながら、上条は冥土帰しに礼を述べる。
冥土帰し「二、三日もすればその違和感もなくなっているだろう。もし、少しでも変だと感じる事があれば、また診せにくるといい」
上条「はい、わかりました」
本来、骨は一週間やそこらでくっつくものではない。
が、ここは学園都市。
科学の街であり、同時に福祉施設などの機器や技術も、都市外とは比べ物にならないレベルにまで達している。
ある統計から、都市外との技術レベル差は、二十年から三十年程の間があるとも言われている。
冥土帰し「今回は仕方がないとして……本当、何度も言うようだけれど、これっきりにしてくれると嬉しいね?」
上条「ごもっともで……」
冥土帰しは表情では怒ってはいないものの、言葉では怒っていた。
上条は軽く頭を下げ、冥土帰しの言葉に自身の行動について反省する。
冥土帰し「こっちのツケもあるしね?」
上条「うっ……」
冥土帰しが右手の人差し指と親指の腹をくっつけ、円を形作る。
上条はそれにうっ、と上半身を僅かに反らし、額に脂汗を浮かべた。
???「失礼するわよ」
と、そこにとある女性が扉を開けて部屋の中へとズカズカと入ってきた。
冥土帰し「ふむ、ちゃんの中の人の許可をとってから入ってきてほしいものだね?」
???「そりゃ、悪かったな。まあ、こいつだから別にいいでしょ?」
女性は、上条を顎で指し、言った。
そんな彼女に対して、上条は困ったように半笑いを浮かべた。
上条「あ、あのー……麦野さん? 上条さんに何か御用でせうか?」
控えめな言葉を投げかける。
何を隠そう、彼女こそが上条の鼻を折った張本人なのだ。
言葉も自然と控えめになるのは当然だろう。
麦野「用があるのは私じゃねえよ。テメェのご主人様だよ」
麦野はそう言って、「なんで私が鳩みたいな事しなくちゃなんねえんだよ」と、不満を漏らしていた。
しかし、それは彼女なりの照れ隠しなんだろう、と冥土帰しは推測する。
勿論、言葉にするような馬鹿な真似はしない。
冥土帰し「ふむ、院内での不純異性交遊は控えて欲しいね?」
上条「ちょっ!?」
麦野「あん? なんだ、あんたらそういう仲だったの? あいつも手が早いわね……まだ出会って半月もたってないでしょ?」
上条「いや、だから違うって!?」
口一つに対して、口二つ。
間に挟まれ、上条は何とか誤解を解こうと両者の顔を交互に見て、弁明しようとする。
しかし、学園都市の超能力者と、学園都市のトップとも言える医者を相手では、ただの男子学生が言葉で闘える筈もなく、
冥土帰し「まあ、事後に何を言っても仕方ないね? ただし、シーツの交換代は請求させてもらうよ?」
麦野「よかったじゃない。シーツ代だけ払えば後はヤリ放題だとよ。ホテルいくより安く済むじゃねえか」
上条「だぁぁぁぁっ!! 上条さんの話を聞いてくださいよ!?」
上条はその刺々しい頭を乱暴に掻き天井を仰いだ。
そんな上条を見て、麦野はまあこれくらいでいいだろうと、話を切り替える。
麦野「で、こんなところで暢気に頭抱えてていいの? あの子、そこまで気の長い性格じゃないわよ?」
上条「いっ!?」
麦野「私の“友達”のフレンダって言うんだが……まあ、些細な事よ? 人の家に招待されて、家具にちょっと触れた程度の事。普通の人なら、気にしないか、気にしたとしてもちょっと謝れば済む事よ」
麦野は意地悪な笑みを浮かべ、上条を見つめた。
麦野「けど、あの子の場合、謝ってる時にはもう遅いからな? 気付いたら豚みたいに床に四つん這いなってる時さ」
上条「……迅速に行動します」
上条は麦野の言葉に背筋を僅かに震わせた。
そして震えが収まる前に、椅子から立ち上がって部屋を後にした。
麦野「……」
麦野は上条の背中を見送り、完全に扉が閉まるのを待つ。
開いた扉の先から、看護婦や患者が通り過ぎるのが見える。
その看護婦や患者を見る狭間がゆっくりゆっくりと狭まっていく。
そして、小さな音と共に完全に閉鎖された。
冥土帰し「“友達”か……」
静寂に満たされた部屋。
それを最初に破いたのは冥土帰しだった。
麦野「悪い? まあ、本当は“道具”ってのが正しいんだけどさ」
冥土帰し「……君は見かけによらず優しいんだね?」
冥土帰しの小馬鹿にしたような発言に、麦野は微笑を浮かべた。
そして、上条がいなくなって不在になった椅子に腰を下ろし、口を開いた。
麦野「……一言多いんだよ、蛙顔」
…………
……
…
上条「はぁ、はぁ、はぁ……」
上条は現在、早歩きでとある場所へと向かっていた。
最初こそは走っていたのだが、院内の看護婦に見つかり説教を喰らってしまったのだ。
近道をすれば遠道、遠道をすれば近道。
その通りだ、と上条は思った。
上条「確か、こっちだった――」
左折、直進、右折と通路が三手。
上条は院内の地図を思い浮かべ、記憶と合致した方向へと歩を進めた。
上条「――おわっ!?」
???「きゃっ!?」
そして、ぶつかった。
上条は相手の声からして女性である事がわかった。
女性は白のTシャツにピンク色のジャージを上下に身に纏っている。
その女性の姿を、上条は見覚えがあった。
上条「えっと……すまん。滝壺……で、合ってるか?」
滝壺「うん。かみじょうだよね? 久しぶり」
床に手をつき、眠気混じりの瞳で滝壺理后は上条を見上げた。
上条「悪い。前、見てなかった……ほら」
衝突の勢いで尻餅をついてしまった滝壺に、上条は手を差し出す。
滝壺「ありがとう」
差し出された手に、滝壺は自身の右手を重ねた。
滝壺「かみじょう、きぬはたが呼んでたよ?」
上条「ああ……絹旗、怒ってたか?」
滝壺「フレンダは犠牲になったのだ……」
滝壺は虚空を見つめ、言った。
上条はそんな彼女にどう反応したものかと、半笑いを浮かべながら頭を掻いた。
上条「あー……そういや、絹旗の病室ってこっち方向であってたっけ?」
独特の雰囲気に押され、上条は話題を変える事で回避した。
滝壺「ううん。あっち」
虚空を見つめていた滝壺が、上条の進行方向とは逆の通路へと指差す。
上条「あれ、でも滝壺は今こっちからきたよな?」
滝壺「お花を摘みにいってた」
上条「花?」
滝壺の遠回しの言葉は、どうやら上条には通じないらしい。
頭を傾げ、滝壺の言葉にどういう意味があるのかと真剣に考え始めた。
滝壺「……トイレだよ、上条」
上条「へっ……あ、ああー……悪い。デリカシーなかったな」
言葉の意味に気付き、上条は申し訳なさに滝壺から僅かに視線を離した。
滝壺「別にいいよ。かみじょう、それより大丈夫?」
滝壺はそう言って、自分の右手首を二度三度と指差した。
上条「へ? あっ!?」
その動作の意味を、上条は瞬時に理解した。
そして、すぐさま滝壺から背を向け、上条は一言残す。
上条「そ、それじゃ」
そう言って、上条はその場を後にした。
滝壺「……」
そんな上条の後姿を、滝壺はじっと見つめていた。
そして、
滝壺「……気のせいじゃ、なかった」
ぽつりと、何か確信めいたように呟いた。
†
投下終了です
次の投下は一週間後です
……多分ですが
いつも沢山のレスありがとうございます
では、また次回ノ
どうも、超>>1です
すいません
投下しようと思っていたものを、謝ってフォルダー整理中に削除してしまいました
……shift+deleteなんてしなければよかった
投下、30分から1時間程待ってください
今から思い出しながら書いてみます
書けなかったらすいません
では、またノ
第一声。
それは怒り。
第二声。
それは謝罪であった。
絹旗「……」
上条「……」
ここは、絹旗最愛が検査入院のために使用している個室。
茜色の日差しが白を基調とした壁に反射し、部屋の中を燃やしていた。
上条「あのー……姫?」
上条は両膝と両手をついて頭を低くしていた。
そのまま床を舐めるのではないかと思わせる程に。
ようは、土下座である。
絹旗「あン?」
それに対して絹旗はベッドの淵に腰掛け、上条を見下ろしていた。
赤い瞳が刃物のような視線を送る。
その瞳には非難の意思が込められていた。
上条「いえ、すいません……」
視線に怯え、上条はただ謝罪を述べる事しかできなかった。
フレンダ「……やれやれって訳よ」
そんな二人を見て、フレンダ=セイヴェルンは少し離れた場所で肩を竦ませた。
なぜ、こんな事になったのか。
それは数分前に遡る。
…………
……
…
滝壺と数える程度の会話をした後、上条は絹旗の病室へと向かった。
先刻に受けた麦野の言葉もあり、彼の頭の中にはとりあえず一秒でも早く病室へと向かう事。
それしかなかった。
上条「すまん! 待たせ――」
病室へ辿り着き、上条は扉の取っ手に手をかけ、そして勢いよく引いた。
しかし、それは大きな過ちであった。
上条はよく考えるべきであった。
相手は女の子。
そして、個室。
扉を数度叩く、もしくは声をかけるなどの配慮が必要だ。
ある程度は予測できた。
それ以前に、最低限のマナーでもある。
それが、上条にはできなかった。
絹旗「……」
上条「――」
その時、時間が確かに止まった。
両者の視線がぶつかる。
上条「……」
そして、上条の視線が僅かに下がった。
そこには、雪原が広がっていた。
その雪原には僅かな山が二つ。
頂上には桜が二輪。
桜を下り、先もまた雪原。
それらは――
絹旗「……」
――全て、絹旗の身体であった。
下半身を覆う下着一枚のみの姿。
それ以外は全て空気に晒されていた。
フレンダ「あー……」
そんな絹旗の側で、フレンダがどうしたものかと口を間抜けに開く。
同時に、それが合図となった。
絹旗「こンのあほンだらァァァァァァっ!!」
林檎の様に顔を染め、怒声と共に絹旗がベッドにあった枕を上条に向かって投げた。
上条「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ――ごふっ!?」
枕は上条の顔面を見事に直撃した。
その勢いは凄まじく、彼の身体を病室の外に追い出すには充分過ぎる程であった。
上条「いてててっ……」
通路で尻餅をつき、ついでに勢い余って後頭部を床で強打した上条。
頭の後ろを手で押さえ、ゆっくりと立ち上がろうとする。
上条「ぐえっ!?」
しかし、そこで追い討ち。
病室内から女性向けの手提げ鞄が飛んできた。
同時に室内から叫び声。
絹旗の声ではない。
それは、フレンダのものであった。
どうやら、投擲されたのはフレンダの鞄のようだ。
そして、それを投げたのは絹旗であるのは間違いない。
フレンダ「うぅ……酷いって訳よ。結局、八つ当たりじゃん」
悶絶する上条の前にフレンダが半べそをかきながらやってきた。
彼女は上条の側に落ちた鞄を拾い、再び室内に戻ろうと背を向ける。
その去り際、
フレンダ「あ、着替え終わったらこっちから呼ぶって訳よ……」
どこか疲れたような口調で、フレンダは上条に伝えた。
上条「はぃ……」
上条は目尻に涙を溜め、小さく頷いた。
先程ギブスを外したばかりの鼻に、先程の打撃はかなり効いたようだ。
自分の鼻が曲がってしまったのではないか。
そんな焦燥感に襲われ、上条は自分の鼻を何度も擦る。
…………
……
…
そして、現在に至る。
絹旗「……」
上条「うっ……姫……無言で頭を踏まないでください」
絹旗は土下座する上条の頭に、自身のその小さな足を押し付けていた。
特定の人からすればご褒美だろうが、上条にその気はない。
勿論、服は着ている。
退院祝いだという滝壺からのプレゼントの橙色のパーカーに紺色のショートパンツ姿だ。
フレンダ「もうその辺にしといたら? 上条だってわざとじゃないんだし……そうでしょ?」
フレンダが上条に問いかける。
そんな彼女の言葉に、上条は肯定のために僅かに頷いた。
絹旗「フレンダ、甘いです。この犬は私の裸を超見たンですよ? それに、ノックぐらいできたでしょうが」
フレンダ「まぁ……上条が悪いって訳ね」
上条「うぅ……」
ここに、上条の味方はいなかった。
彼は過去の自分を呪う事しかできなかった。
絹旗「あの件もまだ終わってないですしねェ?」
あの件というのは、上条が絹旗のZippoを落とす原因になった事だ。
彼はその精算をまだしていない。
絹旗「それに、麦野達と連絡する際に私の携帯を超勝手に取りましたね? 乙女の携帯を勝手に使うなンて万死に値します」
上条「……弁償の件は分割でもいいのではなかったですか?」
過去の約束を思い出し、上条は呟いた。
しかし、それが間違いであった。
絹旗「裸を見た奴が口答えするンじゃねェよ」
絹旗は、上条の頭の上に置いていた足に力を加えた。
それに伴って、上条の額は床に押し付けられる。
蛙が潰れたような奇妙な声を漏らす。
フレンダ「とりあえず、もう準備はできたんだから、さっさと帰ろうって訳よ。折檻は結局後回しでもいいでしょう?」
フレンダが再度、二人の間に入って仲裁役を買う。
絹旗「まァ、とりあえず今は保留としておきましょう……ほら、上条。さっさと私の荷物を超運ンでください」
絹旗は上条の頭から足を退け、ベッド脇に置いていたスニーカーへと手を伸ばす。
病院内での生活はスリッパだったため、久しぶりに履いたスニーカーにどことなく違和感を抱いた絹旗だったが、二、三度確かめるように地面を踏むとそれもなくなった。
上条「なぜ俺はこんなにも不幸なんだ……荷物はこれだけか?」
のろのろとした動作で立ち上がり、上条はベッド脇に置かれた黒いスポーツバックを指差す。
絹旗「ええ、それです。言っときますが、中を見たら超殺しますからね?」
病院での荷物という事は、ようは着替えなどの類だ。
勿論、着替えという事は、下着なども含まれている。
それを知っていてまで、上条は中身を確かめるような馬鹿ではない。
慎重に、まるで爆弾でも扱うかのような動作で鞄を持ち上げる。
それは間抜けにも見えるが、しかし、上条の不幸体質を考えれば当然といえば当然かもしれない。
上条「で、絹旗の家まで運べばいいのか?」
絹旗「ええ、超その通りです」
フレンダ「ちょ、絹旗!?」
絹旗の言葉にフレンダは驚かずにはいられなかった。
その驚きは、女の部屋に男を上げるという事ではない。
暗部の自分達の居場所に、ただの一般人を上げるという事に問題があるのだ。
絹旗「大丈夫ですよ、フレンダ。私達は他の所とは超接点がありませンから」
上条の手前、言葉を濁す絹旗。
しかし、フレンダにはしっかりと伝わっていた。
フレンダ「そ、それもそうだけどさ……」
彼女達が所属するアイテムは、主に他の組織に恨まれるような行為はしていない。
相手が手を出さない限り、こちらも手を出す必要がない。
それは、学園都市に存在する組織にとって暗黙の了解となっている。
しかし、世の中何が起こるかわからない。
フレンダは臆病な性格だ。
その何かが怖いのだ。
もしもがあるかもしれない。
絹旗「それに、私はそンじょそこらの羽虫と一緒にしないでください。フレンダも私の実力に関しては超知っている筈です」
フレンダ「けど……」
フレンダは今の絹旗だから余計に心配しているのだ。
命の期限。
蛙顔の医者が言っていた言葉を思い出す。
それが、もっと早まってしまうかもしれないのだ。
明日、もしくは今日。
それを知っておきながら、フレンダは絹旗を見逃せる程仲間意識は少なくはない。
絹旗「はァ……本当、うざいですねェ……私が大丈夫だと、超言っているでしょうが」
しかし、絹旗はそんなフレンダの思いを踏み躙る。
フレンダの側に近付き、耳元へと自らの口を近づける。
絹旗「早くこの薬品まみれの場所から出て行きたいんですよ。それ以上私を止めようとするのなら、私の空いたベッドを超使ってもらいますよ?」
フレンダ「……っ!?」
上条には聞こえないよう、ぼそぼそっと言葉を紡ぐ絹旗。
フレンダはそんな絹旗に対し、緊張した。
それは、耳元に突如話しかけられたからではない。
それは、自分のお腹。
そこには、絹旗の手刀の指先が押し付けられていた。
フレンダはそれが研究員の腹を突き刺し、内臓にまで至った事を知っている。
絹旗「私も、フレンダには死ンで欲しくないンですよォ?」
絹旗が再度語りかける。
同時に、腹部に押し付けていた手刀が僅かに沈む。
フレンダ「う、うん! わかったって訳よ!」
フレンダは頷く事しかできなかった。
彼女は臆病な性格だ。
ナイフを目の前にして、自分の信念を貫き通せる程の心を持ってはいない。
絹旗はそれを知っていて、脅したのだ。
絹旗「そォですか。では、またどこかで超遊びましょうね」
フレンダの頷きに、絹旗は満面の笑みを浮かべた。
そして、上条へと向き直る。
絹旗「では上条。いきますよ」
扉付近の壁にもたれ掛かり、二人の会話が終わるのを待っていた上条は、ようやく終わったかと立ち直す。
上条「何を話してたんだ?」
長すぎる会話に、上条が絹旗に尋ねる。
絹旗「フレンダは私が上条に襲われないかと超心配していたンですよ」
部屋を出る絹旗は半身になって上条に話す。
上条「……コンクリートの壁を破壊する女の子を襲う気はねえよ」
絹旗「破壊できなかったら襲うつもりだったンですか? 上条は超変態ですねェ」
上条「……俺、なんでこんなに弄られなきゃなんねえんだよ」
上条は肩を下げ、絹旗に続いて部屋を出ていく。
パタン、と扉が閉まり、残されたフレンダ。
フレンダ「……」
そんな二人が出て行く様を呆然と見ていた彼女は、自分のお腹周りを見下ろした。
フレンダ「……」
絹旗の指が押し付けられた場所。
服に僅かな切れ目が見えていた。
そして、
フレンダ「絹旗……」
僅かに皮膚を破き、血が玉となって白い肌に赤い点を見せていた。
投下終了です
いや、遅れて本当にすいません
……さすがに手が疲れました
またしばらく日が空きますが、ご了承ください
……8連勤とか、もうやばいとしか言えない
ではまたノ
【このスレは無事に終了しました】
よっこらしょ。
∧_∧ ミ _ ドスッ
( )┌─┴┴─┐
/ つ. 終 了 |
:/o /´ .└─┬┬─┘
(_(_) ;;、`;。;`| |
【放置スレの撲滅にご協力ください】
これ以上書き込まれると
できなくなりますので
書き込まないでください。
SS速民一同
【糞スレ撲滅にご協力ください】
>>232
ガンゴンバキン!! と、拳を振り落とす音が連続した。
上条当麻にしては珍しく、一撃では済まさなかった。
_、、ィ,._ _ _
\\\ゞ´ ヾ , ',___、 ヽ
(⌒\Z ,w'レviゞ {ィ|rwniト }
\ ヽヽ(l. ゚ -゚ノ 文句はねぇよな? ○i、゚ヮ゚|l_,○
(mJ ⌒\ .U__リ史.リ!_し ハ,,ハ
ノ ∩ / / _,ノ八. ヾ、 O(゚ヮ゚,,O
( | .|∧_∧ ``''=''=ー'"´ `c_,,o)~
/\丿 | ( ) ←>>232
(___へ_ノ ゝ___ノ
どうも、超>>1です
荒らしさんがいるみたいですが、まあ気にしません
気にするだけ無駄ですから
皆さんも無視でよろしくお願いします
という事で、遅れましたが投下です
†
受付での手続きなどを終えて、絹旗と上条の二人は第七学区の病院を後にした。
去り際、受付嬢が意味深な笑みで二人を見つめていたため、二人の顔には疑問が張り付いていた。
その疑問が晴れぬまま、二人は第七学区の通りを歩く。
上条「こっちは常盤台とかの方面だよな?」
スポーツバッグを肩にかけながら、上条は絹旗の横に並びながら呟いた。
自分には全く縁のない高級住宅街に、彼は忙しなく周囲に視線を巡らせる。
夕刻という事もあって、人通りは然程多くはない。
首が痛くなる程に高く設計されたビルやマンションが立ち並ぶ。
コンクリートの肌が剥き出しの質素な造りではなく、見た目も重視してややクリーム色に塗装されている。
よく見ると、屋根、窓縁、玄関、ベランダの鉄柵などにも、どこか洋風じみた流麗なデザインが施されていた。
上条の住まう学生マンションは、最低限の生活ができればいいというもの。
デザインは二の次である。
ここが自分の住む学園都市内なのだろうかと、上条は本気で考えた。
上条「あ、学舎の園だったらさすがの俺も入れないからな?」
上条は、そういえばと、絹旗に声をかける。
これも、周囲に気を取られていたせいだ。
高級住宅街には男子禁制の『学舎の園』という場所が存在する。
男がその場に一歩でも足を踏み入れようものなら、風紀委員、警備委員、警備ロボの三拍子が、そしてもれなく貴婦人や能力を宿した女学生が一斉に襲い掛かってくる。
その場において、男は害虫としか思われていない。
絹旗「心配しなくても、学舎の園ではないですから。私の住処はその周辺です」
上条の心配をその一言で片付ける絹旗。
先程、自身の裸を見られた事に関しての怒りは既に収まっているようだ。
パーカーのポケットに手を突っ込み、地面に転がっていた小石を蹴りながら歩く。
普段、クールな印象を見せる彼女だが、この時ばかりは歳相応の姿に見える。
絹旗「あ」
と、そこで絹旗は突然立ち止まる。
少し追い越してしまった上条は、僅かに振り返って絹旗に尋ねる。
上条「どうした、忘れ物でもあったのか?」
絹旗「ええ、超その通りです。けど、早急という訳でもありませン。上条、後でちょっと買ってきて欲しィものがあるンですが、構いませンか?」
上条「なんだ? 近場にはないのか?」
上条は内心で、少し驚いていた。
彼女がこうも丁寧に人に頼み事をするなんて思ってもいなかったからだ。
絹旗「ここら辺には売ってないンですよ、面倒な事に。まァ、また後で超伝えますので、とりあえず今は向かうべき場所に向かいましょう」
上条「ん、了解」
上条の返事と共に、絹旗は再び歩き出した。
同時に、上条も歩き出す。
そして、歩いて十五分程が経過したところで、絹旗の住まうマンション前へとやってきた。
建造物の高さは十三階建てであり、周囲の建物との差はほぼない。
玄関には二重のロックがかかっており、対能力者用の強化ガラスでできた扉で固く閉じられていた。
ロックは暗証番号の入力と生体認証の一種である静脈認証が備わっており、扉からやや離れた場所にはそれらを入力する箱型の端末が鎮座していた。
これだけでも相当な施設費用になるのではないか、と上条は高級住宅街の恐ろしさを改めて実感する。
そして、その恐ろしさは絹旗の懐事情にも向けられていた。
上条「(じ、次元が違いすぎる……)」
これが格差社会か、と上条は溜め息が出そうになった。
そんな彼の内心の事など露知らず、絹旗は慣れた手つきで機器を操作していく。
十六桁の暗証番号を入力した後、機械音声が静脈認証を行なうようにと説明する。
縦三〇横三〇センチの電子パネルに、絹旗は自身の右掌を乗せた。
スキャンが始まり、縦横と棒状の光が掌――内部の血管の位置を読み込んでいく。
『スキャン終了。静脈認証、並びに能力認証から、三〇四号室の絹旗最愛様と確認しました。お帰りなさいませ』。
機械音声が出迎え、閉ざされていた強化ガラスの扉が左右へと開く。
どうやら二重ではなく、三重のようだ。
それを知って、上条は半笑いをするしかなかった。
絹旗「ン? 何を超やってるンですか。さっさと入りますよ」
住人である絹旗はさも同然と、玄関へと足を向ける。
上条は恐るおそる、建物内へと足を踏み入れた。
………
……
…
玄関を潜り、エレベーターへと乗った二人。
壁に整列された数字ボタンから、三階行きのボタンを絹旗は押す。
同時に扉が閉まり、指定された階へと動き出す。
そして三階まで昇り、エレベーターから降りた絹旗はそのまま左折した。
上条もその後に続き、ダマスク柄で刺繍が施された絨毯の上を歩く。
絹旗は上条が着いてきている事も確認せず、黙々と歩き、三〇四号室という表札がかかった所で歩を止めた。
絹旗「なんというか、超久しぶりですねえ……今日は何日でしたっけ?」
部屋の鍵を取り出しながら、絹旗は上条に問いかけた。
上条「確か……五月の二十二日じゃなかったか?」
絹旗の問いに、上条はすぐに答えた。
そして、そういえばもうすぐで衣替えだな、とどうでもいいような事も思い出す。
絹旗「一週間とちょっと振りですか……」
上条の答えに、絹旗の表情が僅かに曇った。
背後に立つ上条からでは表情は見えないが、上条は絹旗の声がやや落ち込み気味である事は分かった。
上条「どうかしたのか?」
絹旗「いや、まァ……入れば超わかりますよ 」
上条の心配の声に、絹旗は曖昧な返事で答えた。
そして、取り出した鍵で、玄関の扉を恐るおそる開ける。
絹旗「っ……!!」
直後に、絹旗の表情が強張った。
上条「うっ……!?」
遅れて、上条の顔も強張る。
そして、空いていた手で鼻と口を覆った。
上条「な、なんだよ……この臭いは!?」
掌で包まれているため、その非難の言葉は若干くぐもっていた。
そんな上条の言葉を無視し、絹旗は玄関を潜った。
上条は躊躇いながらも、最後は口呼吸をする事で、部屋の中に入る決心をして彼女に続く。
玄関で靴を脱ぐと、右手と左手と正面に扉がある。
絹旗は迷う事無く正面の扉を開けた。
多分、そこがリビングだろうと上条は推測する。
そして、外観から見た隣人との部屋の距離を考え、1LDKだとも。
上条「こ、これは……なんというか……」
絹旗「上条、言わなくても超わかってますよ」
正面の扉の先は、上条の予想通りのリビングであった。
床はフローリング、壁は白で統一された洋室。
入ってすぐの右手には、コンロが二口設置されたキッチン。
更にその右手にはまた扉が一つ。
キッチンの左手には、クローゼットが置かれている。
部屋の中央には一人暮らしには広すぎるテーブルと、三つは必ず余るであろう四つの椅子。
全ての調度品が洋で揃えられており、そこだけ見れば壮観であっただろう。
上条「掃除はできないにしても、ゴミぐらいは捨てておけるだろ……」
しかし、そこには全てを破壊するものがあった。
明らかに出すのが面倒だからと、部屋の隅に置かれたゴミの山。
袋詰めにはしているが、生ゴミやらが詰め込まれているせいで、臭気を完全に押し殺してはいない。
漂う臭いの全ての原因がこいつだろう、と上条は思った。
絹旗「纏めて出したかったンですよ……ああ、後はこっちも酷いと思いますよ」
そう言って、絹旗は元来た道を戻り、再び玄関に。
そして、すぐに右手へと折れ、閉ざされた扉を開ける。
リビングよりもやや狭いが、見た所十畳以上はある部屋。
ベッドやテレビなどがある事から、ここはどうやら彼女の部屋のようだ。
女の子の部屋にしては、やけに質素だと上条は思った。
なぜなら、彼女の部屋には明るい色は白以外にほとんど存在しない。
黒を基調とした家具類は、部屋の雰囲気をやや暗くさせる。
そして上条はもう一つ思うところがあった。
これが、女の子の部屋なのだろうか、と。
床一面に散らばった飲み物の缶や瓶。
そのどれもが、二十歳以上の嚥下は禁止、という表記がある。
どうやら全てがアルコールの類であるようだ。
そして、踏んで引っくり返さないようにと部屋の隅に置かれた灰皿。
押し潰して火を消された吸殻が山となり、今にも崩れてしまいそうな惨状である。
一人暮らしにしてはやや大きめの液晶テレビの前には、DVDのケースと思われる物体がジェンガーのように積まれている。
絹旗「てへっ」
絹旗が僅かに舌を出し、可愛らしさをアピールした。
もし、この部屋を見る前であれば、多少なりとも心揺さぶられときめく瞬間があったかもしれない。
が、この部屋を見た後では、それは単なる誤魔化しと苛立ちしか生まない。
上条はそんな彼女に対して、ただ溜め息を吐くしかなかった。
上条「……とりあえず、片付けようぜ」
それしか、言葉にできなかった。
その言葉を聞いた絹旗は、上条をじっと見上げる。
上条「なんでせうか? ……はっ!」
そして、上条は絹旗の見上げる理由を理解した。
奇声と共に、一歩後ろへと下がる。
それでも、絹旗は上条を見つめ続けた。
上条「や、止めろ! それ以上、上条さんを見るんじゃねえ!」
近所迷惑になるであろう騒がしさで、上条は更に後退する。
上条が後退すると同時に、絹旗は一歩前進する。
そして、いつの間にか上条は、部屋の壁にまで追い込まれていた。
上条「あぁ……」
上条は悟った。
絹旗「という事で、部屋の掃除を超お願いしますね」
上条「……はい」
そして、諦めた。
…………
……
…
上条「ったく……」
上条は苛立ちながら、部屋でしゃがみこんでいた。
片手には透明のビニール袋を手に、もう片方は忙しなくゴミを選別する。
絹旗「ほらほら、手が超止まってますよー? 早くしないと日付が変わっちゃうじゃないですか」
上条「お前も少しは手伝え! そもそもここはお前の部屋だろうが!?」
絹旗「ええー? か弱い乙女に部屋の掃除をさせるンですかァ? 上条は超鬼畜ですねェ……おお!」
部屋をせっせと掃除する上条とは対照的に、絹旗はベッドの上で胡坐をかいてテレビに夢中になっていた。
テレビと言っても、ここ最近小さい子に人気の魔法少女カナミンとかいうアニメ番組ではない。
タイトルからして間違いなくこける臭いを漂わせる、B級感溢れる洋画であった。
どうやら絹旗は映画好きのようである、と上条は思った。
そう思うのも、部屋にある棚のほとんどがそういったソフトケースで埋め尽くされているからだ。
しっかりと、邦画と洋画でジャンル分けがされてあり、よく見るとタイトル順にも並べられている。
そこまで几帳面であるのに、なぜそれを掃除で生かせないのかと上条は不思議でしょうがなかった。
上条「にしても、全部酒じゃねえかよ……歳相応って言葉、知ってるか?」
絹旗「ああン? 今、イイところなンですから超黙っててくださいよ」
テレビに視線を固定したまま、絹旗が投げやりに答える。
今日何度目かの溜め息を吐き、上条の肩が深く下がった。
そんな上条の事など露知らず、絹旗は安物ライターで煙草に火を点している最中であった。
上条「……吸うなよ」
絹旗「あン? また説教でも垂れるつもりですかァ?」
上条のその一言に、絹旗の語気がやや荒くなる。
上条「いや……確かにそれもなんだが、室内で吸うと壁等がヤニで汚れてしまいますのことよ?」
絹旗「別に私は気にしていませンから平気です。それに、ここの家主は私なンですから、あなたが一々文句を言う筋合いはない筈ですが?」
上条「いや、文句っていうか……」
上条はなんと言えばいいか、迷った。
あまり踏み込んだ発言をすれば、以前のように対峙してしまう。
そして最悪、彼女の容態も再び悪化してしまうかもしれない。
それだけは避けたかった上条は、考えてもあまりいい言葉が浮かばなかった為、結局折れて部屋の掃除へと戻った。
絹旗「そォいえば、上条。もォこンな時間ですが、超大丈夫なンですかァ?」
上条「へ?」
絹旗が明後日の方向を見て、上条に問いかける。
どうやらその視線の先に時計があるようだが、上条からでは視認できない。
仕方なく、上条は自身のポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認しようと学ランのポケットに手を伸ばす。
上条「ん?」
絹旗「どうかしましたか?」
上条「いや、なんでもない……って、もう八時過ぎてるじゃねえか!? まだリビングの片付けも済んでねえんだぞ!」
微かな違和感。
上条はそれを振り払うかのように、携帯の液晶画面に表示された時計を見て叫んだ。
絹旗「一回一回のリアクションが大きィンですよ、超自重してください……別に明日は土曜日ですから、学校は休みでしょう。何をそンなに慌ててるンですか?」
上条「いや、上条さんは明日補修なんですよ……」
絹旗「それは超ご愁傷様ですね……まァ、今日はこれぐらいで超大丈夫ですよ」
上条「今日はって……明日も掃除しなくちゃなんねえのかよ」
悲壮感を漂わせる上条。
絹旗「超当たり前じゃないですか」
一刀両断の言葉が、上条に有無を言わせなかった。
只、肩を落とす事しか、上条にはできなかった。
上条「はあ……わかったよ。明日もくる」
そして、諦めと共に、そう呟いた。
その言葉に絹旗は満足そうに口角を吊り上げた。
絹旗「できるだけ早くきてくださいね」
絹旗の言葉に、上条は思った。
なんだ、大人ぶった印象のわりに、やはり淋しいのかと。
絹旗「部屋の片づけが終わりませんからね」
しかし、それは大きな間違いであった。
絹旗にとって、上条は掃除業者程度の認識でしかなかった。
上条「……とりあえず、補修が終わり次第にくる。そういえば、何か頼み事があったんじゃなかったか?」
絹旗「ん? ……ああ、これですよこれ。そろそろ手持ちがなくなりそうなので、買ってきてほしかったんです」
絹旗はそう言って、煙草の赤い箱を指先で摘んで軽く振った。
上条「……未成年に煙草を販売してくれると思うか?」
絹旗「年齢を偽装すれば超簡単ですよ? できれば今日と言いたいところですが、まァ仕方ありませン。明日ここに来るついでに買ってきておいてください」
年齢を偽装する、そんな犯罪めいた事を軽々と口にする絹旗。
上条は目の前の少女がどういった境遇であるのかを未だ知らない。
しかし、上条は既に知っている事がある。
その境界を越えてしまう事は、彼女のとても繊細な部分に触れてしまうという事を。
知らなかった前回の出会いで、それを既に学んだ。
上条「じゃ、また明日くる……少しは自分で片付けておいてくれよ?」
上条は学び、そして、彼女のその境界を踏み越えることはなかった。
長時間しゃがんでいたため、痛む腰を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
絹旗「ええ、また超会いましょう」
絹旗はそう別れの言葉を告げ、再びテレビへと視線を戻した。
上条「……」
上条は絹旗の家を出ると、すぐに自身の学ランのポケットに手を突っ込んだ。
小さな違和感。
違和感とは、違い。
普段、学生証などは胸ポケットに収納する上条。
不幸を身に纏ったような上条の体質は、彼の生活の隅々までを神経質にさせる。
胸ポケットに学生証などを入れる理由としては、まず滅多な事では落とさないという事。
主にカード類なども同様に胸ポケットに入れている。
例外として携帯や財布などは、ズボンのポケットに入れているが、それ以外はまず入れない。
だから上条は、ズボンのポケットの中にあったこのカードに違和感を覚えた。
上条「……五月二十二日、夜の九時」
そのカードには丸みを帯びた字で、そう書かれ、そしてこう続いた。
上条「……とある公園にて待つ」
カードの存在を気付きながら、なぜ絹旗の目の前で手に取らなかったのか。
上条「……滝壺理后」
それは、単なる偶然でしかない。
そして、上条は思う。
もしかすると、偶然の選択は間違いではなかったのかもしれないと。
わざわざこうまでして自分を呼び出す事。
上条はその理由を知らない。
しかし、上条の肌は何かぴりぴりとしたものを感じていた。
嫌な予感。
予想しても、不幸体質の上条は大抵外れる。
が、予感というのは、大抵当たってしまう。
見えない予想より、既に目の前に迫っている予感。
それは既に起こっている事だからだ。
上条はカードをポケットにしまうと、絹旗が住まうマンションを後にした。
と、投下終了です
本当、少なくて申し訳ないです
……いつ、完結するのか>>1もわかりません
絹旗と上条がなんで一緒にいるかについては、また別の時で説明させていただきます
後、年内は服を着ておいても大丈夫です
そこまでいかないと思います、はい
それでは、早くて一週間後にまた会いましょう
ではノ
どうも、超>>1です
今、仕事終わって家に着きました……
とりあえず、飯食ったら投下したいと思います
多分、二時までには投下できるかと
後、赤眼の絹旗の画像を作りました
アニメ絵と、適当に拾った画像を勝手に加工させたものですが……
貼り付けるにはどうしたらいいか、どなたか分かる方いますか?
ではまたノ
投下ー
~追跡者は探求者~
「おいおい、平和色に染まってんなー」
一人の少女が夜風に吹かれながら、呟いた。
暗闇に溶けるかの如く、少女は黒い服を身に纏っている。
服は皮製で、僅かな光沢を見せ、鋲のような装飾品をあしらっている。
髪もそれに合わせてか、もみ上げ部分のみを金色に染め、残りは黒一色という奇抜なスタイル。
「あの日から二年……人ってのは簡単に変わるもんなんだな」
少女はとある場所を見ていた。
地上から五十階建てのビルの屋上に座る。
少女が見つめる先から二キロメートル程離れた場所にある高級住宅区。
そこにあるとあるマンションを少女は見つめていた。
「今のあいつが私を見たら、あいつも私を変わったって言うんだろうな……」
少女の独り言に答える者はいない。
代わりに、少女の内が僅かな悲鳴を上げて答えた。
それは、金属同士が擦り合ったような不快な音。
「ちっ……もうメンテナンスが必要なのかよ。便利っちゃ便利だが、不便でもあるな」
少女は内なる声に不満を垂れる。
が、すぐにどうでもよくなったのか、視線を再び高級住宅区に戻す。
「ってか、いつの間にあいつは男を連れ込むようになったんだよ」
少女の瞳が動いた。
それはカメラのレンズのように機械的な動きだ。
瞳孔が収縮し、ピントを合わせる。
二キロ先を見据える事ができるのも、この機械の瞳だからできる事。
最長で十キロメートル。
それだけ離れていても、少女の瞳は相手の顔や表情、衣服などの特徴を把握する事ができる。
「ふーん……なんていうか、パッとしねぇ面構えだな」
少女はとあるマンションの部屋から出てきた少年を見ていた。
ワックスで逆立てたであろう黒髪に、校章のない黒の学ラン。
やる気のなさを感じさせる、腑抜けた表情。
「あいつ……趣味わりぃなぁ、おい」
少女はそれだけ言って、ゆっくりと立ち上がった。
そして、見つめる先に向かってゆっくりと歩き出した。
五十階建ての建物には安全防止用のフェンスはない。
誰も上るとは想定されていないからだ。
そのまま歩いてしまえば、地面を踏む筈の足は空を切る事になるだろう。
しかし、それを知っていながらも、少女は歩く。
そして、上る事を想定されていないビルに、少女はどうやって上ったのか。
答えは、至極簡単であった。
「ひゃっはあァァァァっ!!」
少女はビルの淵に達すると、満面の笑みで雄叫びを上げた。
それは、大きな跳躍。
そして、宙を貫いた。
「タッチダーウン!!」
凄まじい衝撃が、地面を僅かに揺らした。
その衝撃は自身にも跳ね返る筈であるのに、少女はアトラクションで遊ぶかのような軽いノリを見せている。
少女が今した事は、そんな軽いノリでは到底できない事。
先程立っていたビルの屋上から約五十メートル離れたビルに、少女は飛び移ったのだ。
それも、たった一回の跳躍で。
その人間離れした身体能力を象徴するかのように、着地したビルの屋上のコンクリートはクレーターのように大きく抉れ、陥没していた。
少女はその跳躍によって、五十階建てのビルに上ったのだ。
黒夜「さぁーて、あの男がどういう男か、この黒夜海鳥様が採点してやんよ」
黒夜は口角を吊り上げた。
その笑みは年齢的には不釣合いでありながら、彼女には違和感はなかった。
黒夜「なあ、絹旗ちゃん?」
そして、同じ色に染められたとある少女の名を口にした。
†
滝壺「……」
絹旗と上条の二人が病院を離れた後、滝壺理后は病院からそう遠くない、第七学区にあるとある公園へとやってきていた。
今日は一日オフの為、アイテムの集まりもない。
アイテムのリーダーである麦野沈利は、蛙顔の医者と話があるらしいと病院に残った。
鯖缶に目がないフレンダ=セイヴェルンは、何故か青い顔をして逃げるように病院から出て行った。
そして、滝壺はとある人物を待つ為に、今こうして公園のベンチに座って空を眺めていた。
既に夜の八時を過ぎ、もう数分もすれば九時になる。
街灯がなければ十メートル先も見えない程に真っ暗だっただろう。
滝壺(星が、綺麗……)
暗闇というのは、人を不安にさせる。
しかし、暗闇の中で光り輝く星を見るのは、なんとも心を落ち着かせるのか。
滝壺は引き込まれるような瞳に散りばめられた星の輝きを映し、詩人のように心の中で語った。
滝壺(綺麗、だけど……寒いのはいただけない)
五月の昼間は暖かいが、夜はまだコートなどがなければ肌寒い。
例え、それがどんなに星を眺める事に夢中であったとしても、身体は正直だ。
上下ピンク色のジャージ姿でいる滝壺は、衣服の物足りなさに腕を交差させて両肩を抱いた。
「寒いだろ」
滝壺「っ」
背後から突然声をかけられ、滝壺の頬に何か暖かいものが触れた。
滝壺はそれに驚き、身体を僅かに硬直させる。
「悪い、待たせたな」
滝壺「大丈夫だよ――」
青年と思わしき声が、気遣いの言葉を発する。
滝壺は頬に当たる暖かさが、缶飲料である事に気付いた。
滝壺「――かみじょう」
そして、その暖かさをもたらしたのが上条当麻である事も。
滝壺は彼が差し出してきた缶飲料を受け取りながら、柔らかく微笑んだ。
…………
……
…
上条「で、話があるんだろ?」
上条は滝壺の隣に腰掛け、自分用に買ってきた缶飲料のプルタブを押し開けた。
滝壺「うん……そうだけど、ちょっと待って、ね……んっ」
滝壺は上条の隣で、プルタブを持ち上げようとするが、寒さで悴んだ指先では上手く押し開ける事ができなかった。
上条「ほら、貸してみろ」
滝壺「あっ……」
上条は滝壺に渡した筈の缶飲料をやや強引に奪うと、片手で器用に持ったままプルタブを人差し指で押し開けた。
上条「ほら」
滝壺「うん……ありがとう」
蓋の開いた缶を差し出され、滝壺は礼を述べておずおずと受け取る。
それだけの動作に、何故か顔が赤くなってしまう。
滝壺(なんだろ……これ)
滝壺は自身の内から零れそうな感情を理解できずにいた。
寒いが、その寒さを吹き飛ばすかの如く、芯は暖かさを感じていた。
それは徐々に顔を火照らせ、滝壺の頬を染めていった。
上条「んー……顔が赤いけど、大丈夫か? やっぱこんな寒空の下で待ってたから風邪でも引いちまったか?」
滝壺「はゆっ!?」
ぼーっとしていた滝壺は、上条が自身の顔を覗き込んでいる事に気付き、奇声と共に小さく飛び跳ねた。
その一連の動作に、上条は笑い、滝壺は照れ隠しの為に缶飲料を口の中に流し込んだ。
甘い、と感じて滝壺が缶に印刷されたラベルを見ると、『おしるこ練乳味』と書かれていた。
学園都市は様々な研究機関が存在し、開発、研究が進められている。
日常生活に溶け込むほとんどの生活家電類が、その開発の賜物であると言っても過言ではない。
実際に使用してみて、そのデータを採取――そして、そのデータから更なる改善を図る。
現在二人が手にしている飲み物もその一つだ。
商品の実地テストとして比較的安価で購入できる代物であり、消費者にとっては嬉しい限りである。
が、勿論問題もある。
実験や実験品に、普通を求めてはいけない。
飲み物を例に挙げるのであれば、味的に問題はあるが飲めなくはないなど、ようはゲテモノを扱う。
稀に普通においしいものにも出会う事はあるが、それは本当に稀である。
滝壺(甘すぎるけど……ホットならこれぐらいが丁度いいかな)
そして、上条が差し入れた『おしるこ練乳味』というのも実験品ではあるのだが、滝壺は素直に美味しいと感じた。
不幸という言葉を首にぶら下げている上条にしては、ハズレを引かなかったのはとても珍しい事である。
滝壺(けど、ちょっとスパイスが足らない……ここに枝豆……いや、納豆菌を入れてみるというのはどうだろうか)
しかし、滝壺はその美味しいだけでは何か物足りなかった。
美味しい――それは普通過ぎるのだ。
普通とは全く面白みがない事。
アイテムの集会でよく喫茶店を利用する滝壺は、メニューを毎度ドリンクバーに絞り、そして自身の探究心から様々なドリンクを混ぜてオリジナルブレンドを創造する。
いつぞや作ったものには仲間の一人であるフレンダ=セイヴェルンの鯖が溶けてしまった事があったが、あれは今までで最高の出来であったと、滝壺は思う。
上条「で、改めてだが……なんでわざわざこんな遠回しな呼び方をしたんだ?」
滝壺が世にも恐ろしいものを脳内で作り上げているとは露知らず。
上条はそう言って、自身の学生服のポケットから掌に収まる一枚のカードを取り出した。
特に装飾はされてはおらず、白紙の中心部に丸みを帯びた字が並んでいる。
滝壺「あ、うん。……実はかみじょうに言っておきたい事があるの」
上条の問いかけで現実に帰還した滝壺は、そのレシピを一時的に思考の端へと追いやる。
程好く温まった身体は落ち着きを取り戻し、彼女は自身が今すべき事を見つめなおす。
そう、今はこっちが優先だ。
私自身の事などどうでもいい、と滝壺は気を引き締める。
上条「……絹旗の事か?」
滝壺「その通り……けど、なんでわかったの?」
上条「いや、俺が滝壺達と出会ったのは絹旗とのいざこざがあったからだし、それ以外はほとんど接触がなかった。だからもしかしてと思ってな」
滝壺は「そう」と、小さく頷き、ならば話が早いと単刀直入に言う。
滝壺「かみじょうにお願いがある。きぬはたの側にいてあげてほしい」
上条「……それは一時的なものか?」
滝壺「……できれば、ずっと」
滝壺の言葉は冗談で言っているわけではないと上条は理解していたが、冗談でないにしても、ずっと一緒にいてほしいという滝壺の言葉には無理があった。
しかし、上条はすぐにそれできないと否定する事はしなかった。
それは、滝壺の言葉が冗談で言っているものではないと理解していたからだ。
上条「……なんで、俺なんだ? 滝壺や、えっと……麦野さんやフレンダじゃ駄目なのか?」
詳しい事は知らないが、絹旗の体調があまり思わしくない事は、赤の他人である上条も知っている。
ふざけた顔はしているが、あの蛙顔の医者が言っていた事実。
絹旗最愛という少女には二つの人格、二種類の能力が存在するという特異体質らしい。
内部構造に問題がある、とあの医者は言っていた。
そして、いつの間にか瞳が真っ赤に染まっており、口調にやや違和感があった。
上条がそれに気付き、蛙顔の医者に尋ねると、どうやらそれもその特異体質が原因との事。
無知な上条でも、身体に変化が起こっている時点で、絹旗の病状は軽いものではないという事は明らか。
あの蛙顔の医者は大丈夫だろうと零していたが、果たして本当かどうか、上条は疑っていた。
上条「それってつまりあれだよな? 俺に絹旗を支えてもらいたいって事だろ? 出会って一月も経ってない俺より、お前達が側にいてやった方がいいんじゃないか?」
外面だけ見ても、彼女達がどれだけ深い関係にあるのかがわかる。
そんな彼女達だからこそ、絹旗の側にいるべきではないのか。
上条は思う。
俺は相応しくはないのではないか、と。
そしてなにより、何故滝壺はそんな答えを出したのか。
上条はそれが気になって仕方がなかった。
滝壺「支え……ううん。それは、違う」
しかし、滝壺は上条の言葉を否定した。
上条は首を傾げる。
では、どういう意味なのか。
なぜ、滝壺は絹旗の側にいてやってほしいと、上条に言ったのか。
滝壺「かみじょうには失礼かもしれないけど……私はかみじょうに、きぬはたの枷となってほしい」
上条「枷?」
上条は言葉の意味は分かるが、滝壺の真意が理解できずにいた。
上条の反応に気を配りながら、滝壺は両手で包み込むように握られた缶飲料に視線を落とし、話を続ける。
滝壺「かみじょうもあのお医者さんから聞いている筈……きぬはたには人格が二つあるという事を」
上条「ああ、それは聞いた。それと能力が二種類存在するってのもな」
滝壺「そう……きぬはたの身体は他の人に比べて特殊なの」
滝壺は上条の言葉から、どうやらそれが絹旗の命を脅かしているとまでは聞いていないようだと推測する。
絹旗の名誉を考え、ここは言わない方がいいと滝壺は思った。
同時に、上条に枷役になってもらうにあたって、その事実を伝えるべきだとも思った。
滝壺「今はなんともないかもしれない……けど、遠い未来にきぬはたは壊れてしまうかもしれないと、あのお医者さんは言っていた」
滝壺は考えた結果、言葉を濁すという中途半端な回答をした。
教えた方が、上条はより親身に聞いてくれるかもしれない。
しかし、教えてしまえばそれが逆に上条の枷となってしまい、絹旗と接するうえで支障をきたす可能性が生まれる。
滝壺達は、絹旗の命の刻限について絹旗本人には伝えてはいない。
それを知ってしまえば、絹旗は本当に壊れてしまうだろうから。
ただ、教えない事が本当に彼女のためになるのか。
自分自身の考えである筈なのに、滝壺は理解できずにいた。
上条「だから、壊れてしまわないよう……俺に……いや、俺が絹旗の枷役になれってのか?」
滝壺「うん」
滝壺は上条の目を見て頷いた。
その瞳に揺らぎはない。
上条はどうしたものかと、空いた手で頭を掻いた。
確かに、絹旗には借りがある。
自分と絹旗の間には、その貸し借りをなくす間だけというとても浅い関係だ。
しかし、滝壺の言葉は浅くはない。
下手をすれば、上条自身の人生を左右するかもしれない程に深く、重い言葉だ。
上条「なあ、さっきの答えがまだだからもう一度聞くが……なんで俺なんだ?」
上条の質問に、滝壺は行動で答えた。
持っていた缶飲料を上条が座る場所の反対側に置き、
滝壺「これを、持っているから」
そして、自由になった両手で上条の右手を手に取った。
上条「いっ!?」
上条は滝壺の思わぬ行動に、驚きを隠せなかった。
全身の筋肉が収縮し、肩や肘が棒のように真っ直ぐになる。
滝壺はそんな上条を見て、目を細めて微笑んだ。
滝壺「最初、出会った時は気のせいかと思った……けど、病院で擦れ違う度におかしいと感じるようになった」
自身のほっそりとした手で、上条の骨ばった手を撫でる滝壺。
女の子とは違うんだ、と滝壺は撫でながら思う。
滝壺「そして今日、ぶつかった時に確信に変わった」
上条「ぶつかった時って……ああ、病院での事か」
そういえば、そんな事もあったと上条は思い出す。
滝壺「そう、私がかみじょうの右手を掴んだ瞬間に……ちなみにそのカードはぶつかった時に入れておいた」
滝壺はそう言って、上条のポケットに入っているであろうカードへと視線を向けた。
上条「器用な事をするもんだな……口頭で言えばよかったじゃないか」
滝壺「……もし、きぬはたに今話している事を聞かれたどう思う?」
上条「そりゃ……怒る、なぁ」
枷。
言い換えれば、監視に等しい。
そんな事を自分が、そして深い付き合いである滝壺が話していると知ったならば。
上条は絹旗の暴走する様が脳裏に浮かび、僅かに身を震わせた。
滝壺「それと、こっちの方が雰囲気出るかなって思っただけ」
上条「おい」
滝壺の冗談に、上条は素早く突っ込んだ。
冗談を言った本人も、くすくすと笑みを漏らす。
絹旗もそうだったが、彼女たちはとてもマイペースであると上条は思った。
滝壺「私が思うに、かみじょうには能力を消す力がある……違う? それも、身体のある一部分限定で」
滝壺は未だ上条の右手から手を離そうとはせず、指の一本いっぽんに自身の指を絡めながら上条を見つめる。
寒さで頬が仄かに赤く染まり、零れる吐息は白を帯びていた。
そして、常に眠たそうな垂れ下がった滝壺の瞳は、どこか官能めいた雰囲気を漂わせている。
上条は、そんな彼女の動作一つひとつに釘付けになる。
が、すぐに今は真面目な話をしている時だと、思考を切り替える。
上条「そこまでわかってるのか……滝壺はどういった能力を持っているんだ?」
未だ自身の右手を弄る滝壺に、上条は問いかける。
上条の右手には、確かに能力を打ち消す力が備わっている。
幻想殺し。
それは神の加護ですら打ち消してしまうという代物。
しかし、見た目だけでは能力の有無を判別する事は不可能。
そして、右手以外を除いた場所は効果範囲外であるという事。
能力を打ち消す、それはある意味最強の盾である。
逆に言えば、盾しかない。
上条には、攻撃する手段が皆無なのだ。
滝壺「私の能力は能力追跡(AIMストーカー)……能力者が無意識に発するAIM拡散力場を探索、捕捉、記憶する事ができる」
滝壺は大きさを比べるかのように、自身の掌と上条の掌を合わせる。
上条「そのAIM拡散力場ってのが、俺は他のと違うのか?」
滝壺「ううん、そうじゃない。かみじょう、能力開発は赤点だね」
上条の発言に、滝壺は再び笑みを零した。
上条「うっ……確かに赤点でございます」
自分の発言がとんだ間違いであると知り、上条は言い訳をする事無く、素直に自分の落ち度を示した。
そんな上条に対し、滝壺は丁寧に言葉を汲み取り、話を続ける。
滝壺「そもそも、AIM拡散力場は一つとして同じものは存在しないの。指紋とかと同じ」
滝壺はゆっくりと言葉を紡ぐ。
その間も、滝壺の手は上条の右手を壊れ物のように、ゆっくりとなぞった。
上条はそんな滝壺の手を気にしながらも、滝壺の説明に耳を傾ける。
傍から見れば、なんとも奇妙な光景だ。
滝壺「AIM拡散力場は、能力者であれば誰もが持っているもの……けど、かみじょうにはそれがない」
上条「まあ、俺は無能力者だからな……それは仕方ないんじゃないか?」
滝壺の言葉に上条はやや諦めたような口調で答える。
そこには、能力者に対しての僅かな嫉妬が含まれていた。
滝壺「ごめん、言い方が間違っていた。能力開発を受けた人間は、誰しもがもっていて、無意識に放っている……それがAIM拡散力場」
滝壺は上条の言葉の深層に気づく事はなく、説明に補足する。
滝壺「私の能力はさっき言った通り、探索、捕捉、記憶する事ができる。空気中に漂うそれを、私は把握する事が可能」
上条「ふーん……」
上条は理解しているのかどうか怪しい相槌を打つ。
滝壺はそんな上条の反応を特に気にする事もなく、話を続ける。
滝壺「けど、かみじょうには何も感じられない。こんな事は、今まで経験した事がない。なぜ?」
上条「なぜって言われてもな……まあ、あるとすればさっき滝壺が言ったとおりの事ぐらいだな」
戸惑いの色をその瞳に宿す上条。
そもそも、上条自身も自分の能力についてはよくわかってはいない。
科学の街である学園都市ですら投げる程である。
それがただの一学生に過ぎない上条に分かる筈がない。
わかっているのは、そういった力があるという事だけだ。
滝壺「とりあえず、上条には能力を消す力がある。それは間違いない?」
上条「ああ、それは間違いない。俺の……ってさっきから滝壺が触っている右手だけど、この右手には能力を打ち消す力がある」
滝壺「そうみたい。空間で認識できなかった筈の力場が、今は全ての力場を観測する事ができない。これは、私の能力がかみじょうに打ち消されているという事だね」
上条「まあ、滝壺が言うんならそうなんだろうな。で、これが絹旗の枷役になるに値するものなのか?」
上条は自身の右手を見つめる。
滝壺はその手を未だ離さないが、上条は既に諦めて好きにさせる事にしていた。
この右手が絹旗の枷になるとは、到底思えない。
滝壺の思考に、上条は追いつく事ができなかった。
滝壺「今のきぬはたには、能力の行使は負担をかける。だから、かみじょうにはきぬはたの能力を打ち消してほしい」
上条の心の声を読み取ったかのように、滝壺が説明する。
しかし、その説明に、上条は驚きを隠せないでいた。
上条「ちょっと待ってくれ。それはずっと一緒にいるというより……ずっと絹旗の手を握っていてくれって事か? さすがにそれは無理だぞ。それに、俺が殺される」
滝壺「うん、さすがにそれは無理だと思う。だから、きぬはたが能力を使うような場面に出くわしたらでいい……だからかみじょう――」
そう言って、滝壺はようやく上条の手を離れた。
そしておもむろに履いている靴を脱ぐと、ベンチの上に正座をして、両手を前に突き出し、頭を下げた。
滝壺「お願いします……きぬはたを助けてほしい」
上条「お、おい……」
まさか土下座までされるとは思わなかった上条は、戸惑いの色を隠せないでいた。
滝壺はすぐには頭を上げず、ずっと下を向いている。
この様子では、上条が首を縦に振るまで頭を下げ続けるだろう。
上条「……頭、上げてくれよ」
滝壺「かみじょうがこの件を了承するまで、あげない」
くぐもった声で上条に問いかける滝壺。
上条に背中を見せる格好でいる。
よく見ると、その身体は僅かに震えていた。
それが、寒さからくるものなのか、上条にはわからなかった。
滝壺「えっ……?」
上条「そんな薄着じゃ寒いに決まってるだろうが」
だから、上条は自身の学ランを滝壺に被せるように置いた。
突然の温もりに、滝壺は顔を上げて上条を見上げる。
滝壺「かみじょう?」
上条「とりあえず、今日はそれ着て帰れ。ああ、家にスペアあるからすぐに返さなくても大丈夫だぞ」
Tシャツ姿になった上条は、身体を強張らせながら立ち上がる。
滝壺は、そんな上条の右手に手を伸ばし、掴まる。
滝壺「お願い、きぬはたを助けて」
声が掠れ、目尻が僅かに潤んでいる。
滝壺の絹旗を想う心は本物であった。
上条は、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
上条「今度、会えるように連絡先を交換しようぜ……そして、絹旗の近況を伝えるためにも、な?」
上条は、自身の腕に縋る滝壺の手が、びくりと跳ねた事に気付いた。
そして、見た。
瞳を充血させながら揺れる瞳を。
そして、流れ落ちた。
滝壺「いい、の?」
上条「ああ、上条さんでよければ」
上条は無邪気な笑顔を滝壺に送った。
それはとても眩しく、暖かい。
滝壺(そっか……)
そして、滝壺は気付いた。
滝壺(これが、優しさなんだ……)
暗く、寒い世界しか知らない滝壺は、上条という暖かさに初めて触れた。
滝壺(ごめんね、きぬはた……)
そして、仲間の一人に謝罪する。
初めて知った、温もり。
それをもたらした、青年。
滝壺(あの暖かさは、飲み物の温かさじゃないって気付いちゃったよ……)
滝壺は気付いてしまった。
たった、数回の出会い。
擦れ違って、まともに会話をしたのは今日が初めてだ。
なのに、滝壺は目の前の青年から目を逸らす事ができないでいた。
滝壺(かみじょう、とうま……)
その名前こそが、滝壺の初めての人となる。
滝壺(きぬはた……)
そして、妹のように可愛がっていたとある少女を再び思い出す。
自己嫌悪に襲われながらも、滝壺はこの気持ちにすがり続けた。
初めて知った温もりは、とても大き過ぎた。
投下終了です
絹旗が出なくてすいません
文章も整ってなく、本当に申し訳ない
とりあえず、次回の投下は未定です
下なんですが、貼れてますかね?
私の想像はこんな感じです
感想、設定に関する事があれば是非レスしてください
>>1の励みになります
では、次回の投下をお待ちください
……さて、休みはいつだ?
追伸
下↓貼れてますかね?
http://uploda.cc/img/img5297753e125df.png
http://uploda.cc/img/img5297756d369a5.jpg
http://uploda.cc/img/img52977586c51f9.jpg
どうも、超>>1です
お待たせしました
ようやく投下です
最愛ちゃんはほんの僅かしか出ませんが許してください
では、投下開始です
黒夜海鳥は上条と滝壺の話を聞いた。
それは、とある少女に繋がる話であった。
黒夜「ふーん……なるほどなるほど」
公園から数百メートル離れた位置にある風力発電の鉄棒の頂に片足で立ち尽くす。
そんなにも離れた場所で何故、彼女は二人の会話を聞く事ができたのか。
それは至極簡単な答えだ。
彼女は”化け物”だからである。
暗闇の五月計画の被験者の生き残り。
一人は絹旗最愛。
そして、もう一人が彼女――黒夜海鳥である。
黒夜「どうやら、絹旗ちゃんも初体験決めちゃったみたいだなぁ?」
黒夜はそう言って、足をわざと滑らせた。
一瞬の浮遊感。
それはすぐに落下へと変わる。
しかし、黒夜は慌てふためく事無く、姿勢を真っ直ぐに保ちながら足から地面へと着地した。
落下の衝撃は全て地面に伝わり、蜘蛛の巣のようにアスファルトにヒビを走らせる。
どうやら、彼女の行く先々は破壊の痕跡が残されるようだ。
彼女を探せと言われたら、陥没した地面を探せばまず見つかるであろう。
黒夜「さぁーて……予定変更だなぁ、こりゃ」
黒夜はそう言って笑った。
その笑みを向けるものは、ここにはいない。
…………
……
…
麦野「それで? あんた、絹旗をどうするつもりだ?」
上条が去った後、麦野沈利は声を落として言った。
下手をすれば喧嘩を売るような、脅しの含まれた声で。
冥土帰し「答えはこの白衣にあると思うんだが、分からないかい?」
そんな脅しに屈せず、冥土帰しは数枚のカルテを眺めながら答えた。
作業に集中しているため、麦野に彼の顔は見えない。
麦野「それは医者と言っていいのか? それとも、結果だけを生き甲斐としてるキチガイな研究者とでも答えた方がいいのか?」
小馬鹿にしたように、鼻で笑う麦野。
彼女は脚を組み直し、冥土帰しの背中を睨みつける。
冥土帰し「ふむ、その二択であれば、私は前者の答えだと思うんだがね?」
そこでようやく冥土帰しは眺めていたカルテを机に置き、麦野に向き直る。
滝壺以上に考えが読み取れない奴だと、麦野は冥土帰しの顔を見て思った。
麦野「そうかよ。で、助けられるのか?」
主語のない言葉。
しかし、二人の間にはそれだけで充分であった。
冥土帰しは背もたれに静かに身体を預け、手を組み合わせる。
まるで、今から昔話でもしようじゃないかと言わんばかりの雰囲気だ。
冥土帰し「無理、だね?」
麦野の問いに返答する冥土帰し。
それは、医者としてありえない言葉であった。
麦野「無理、と分かっていながらなんで絹旗を診る? 金か?」
悪気のない諦めの言葉に、麦野は激昂する事無く、落ち着いた口調で問いかける。
普段の彼女を知っている者であれば、それはそれで恐ろしく思うだろう。
嵐の前の静けさ、と誰かが呟くかもしれない。
冥土帰し「金銭面は余生を楽しむ分にはとってある。言葉が足りなかったようだが、私以外では無理だ、という事さ。それと、私はまだ全ての解を提示してはいないよ?」
麦野「……」
麦野は冥土帰しののらりくらりとした発言に苛立ったのか、無言で能力を発現させる。
彼女にしては、よく我慢したほうである。
冥土帰し「ああ、すまなかったね? ちゃんと話すから。だから、後ろの球体は隠してくれると嬉しいね?」
流石の冥土返しも慌て、降参を示すかのように両手を軽く上げる。
と言っても、表情に変化はなく、言葉もゆっくりとしたマイペース。
ここまでして、自分を保ち続ける冥土帰し。
仲間の金髪少女に見せてやりたいね、と麦野は内心で溜め息を吐いた。
麦野「ったく、言うならさっさとしやがれ。こっちは久方ぶりの非番なんだよ。どっかでショッピングでもして、家で酒でも飲んでたいんだっつうの」
麦野は苛立ちを自身の指先で表し、ストッキングに覆われた膝小僧を何度も叩く。
冥土帰し「それは済まなかったね? ……さて、私のもう一つの解についてだ。彼女は二つの人格、及び能力によって自身のスペックを上回る情報量に圧迫されている」
麦野「で、それが遠からずあいつの死に繋がるんだろ? 知ってる情報はいらねえんだから解答だけ示せばいんだよ、蛙顔」
冥土帰し「……君のその真っ直ぐな性格が羨ましく思う時があるよ」
冥土帰しはせっかちな麦野に対し、溜め息を零す。
冥土帰し「さて、と……では、もう一つの解だが、怒らないで聞いてほしい。最初は無理、と答えた……まあ、正直医者がこれを言ったらお仕舞いなんだがね?」
これ以上引き伸ばせば自分の命が危ういと思ったのか、冥土帰しは淡々と口を動かし続けた。
それに対して麦野は一言一句聞き逃さない、と冥土帰しの言葉にただ黙って耳を傾けた。
冥土帰し「もう一つの方法……それは、”殺す”事だよ」
そして、聞いた解はあまりに単純であった。
しかし、単純にしてはやけに重たい一言であった。
麦野「医者とは思えないわね、あんた」
黙っていた麦野が口を開く。
紡いだ言葉から、感情を読み取る事はできない。
冥土帰し「これが、最善の選択なんだね?」
冥土帰しは、いつもと変わらない無表情のまま、麦野に背を向けた。
そして、置いてあるカルテに手を伸ばし、再び仕事に戻った。
~十五歳と十二歳~
五月二十三日、土曜日。
休日でありながら、上条当麻は自身の通う学校にいた。
なぜかと言うと、補修を受けなければならないからであった。
ただ、当の本人上条は、補修を受ける態度ではない。
拡げたノートは白紙で、教科書は開かれずに机の端に置かれたままである。
窓際の後ろから二番目の席で、特に何をするでもなく窓の外を眺めていた。
しかしそれは上条に限らず、彼以外に補修を受けた生徒も同様であった。
ばれないように机の下で携帯端末を弄る者、机に落書きする者、こっそりとお菓子やらを交換してひそひそと談笑する者など様々だ。
ここにいる全員が、休日を返上してまでなぜ授業を受けなければならないのかという思考からである。
その原因を作ったのは自分達であるというのには気付かず。
???「――AIM拡散力場というのは、能力者が無意識に放っているものでして――」
そんな授業を全く受ける気配のない人間で埋められた教室で、子守唄にも聞こえる朗読が延々と続いていた。
その朗読は教壇に立つ女教師からである。
しかし、その女教師を初めて見た人は、必ずこう思うであろう。
小学生、と。
???「――って、皆さーん! ちゃんと先生の話を聞いているのですかー!? ここは定期試験にも出る重要なとこなのですよー!」
上条のクラス担任、月詠小萌が教室内に広がる怠惰な空気に気付き、朗読を中断して声を張り上げた。
赤いランドセルにソプラノリコーダー、黄色い安全帽子が似合いそうな容姿をした彼女。
身長百三十五センチ、見た目は十二歳の少女。
教壇に立つ際も身長が足らず、踏み台を介してではなければ頭も出ない程の幼女体型。
桃色の髪に、園児服にしか見えないこれまた桃色の服が特徴的だ。
小萌「特に上条ちゃん! この中では一番成績が危ないんですよー!? そんな授業態度では、頭に入るものも入らないのです!」
上条「うえっ!? あっ、えっと……すいません!」
ぼんやりと外を眺めていた上条は、突然の名指しに思わず立ち上がる。
あまりの勢いに、座っていた椅子が床へと転がり、教室内にけたたましい音を響かせた。
???「小萌先生に名指しされるなんてカミやん羨ましいわぁ~」
上条から見て右斜め前の席に座る、身長百八十センチを越す長身の持ち主が身体をタコのようにくねらせながら上条を見つめた。
上条「青ピ……マジでキモイからやめてくれ」
青ピ「うわぁ……あんさん、キモイ言いました? マジで凹むわぁ、わぁ……貝になりたいわぁ……」
青ピと呼ばれた青年は、大袈裟な動作で机に額を擦りつけた。
その名前の由来となった青髪が彼の表情を隠し、髪に隠れていた耳からはきらりと光るピアスが顔を覗かせた。
通称青髪ピアス、略して青ピと呼ばれる彼は、上条の友人の一人である。
少々性格に難あるが、根はいい奴である、と上条は思いたい。
小萌「はわわわっ! 青髪ちゃん、どうしたのですかー?」
青ピ「カミやんがボクを苛めるんやー」
こいつ、と上条は青ピを睨みつけた。
その視線に反応するかのように、青ピはにやりと口角を吊り上げた。
小萌「こらー上条ちゃん! 青髪ちゃんを苛めちゃいけません! めっ、ですよ!」
青髪「あー小萌先生が、ボクのために怒ってくれてるでぇ……このまま天に昇れそうな気分やわぁ」
上条「そのまま一回生まれ変わったらどうだ? 少しはその変態的な思考が改善されるかもしれねえぞ?」
???「にゃー。もしかしたらもっとパワーアップするかもしれないぜ、カミやん?」
青ピの前の席、上条から見て隣の席に座る土御門元春が話しに割り込んできた。
上条にも引けを取らない程に逆立てた髪は脱色されて金色に染まっている。
群青色に染まるグラサンをかけ、学ランの下にアロハシャツを着込み、首には金の鎖をぶら下げる。
見た目からして近寄りがたい印象を持つ彼だが、しかしそれは表向きである。
上条「……ありえそうで怖いな」
土御門「天使の尻でも追っかけそうな勢いだにゃー」
気さくでノリがよく、クラスで孤立しているわけでもない。
しかし、なぜそのような奇抜な格好をするのか。
上条が以前問いかけたところ、どうやらモテたいがためにそう着飾っているようだ。
青ピ「天使って裸なんか!?」
と、青ピが土御門の言葉を聞いて突如立ち上がる。
上条「知るかボケ」
それを罵倒の言葉で一蹴する上条。
土御門「いや、案外メイド服かもしんねいぜい?」
青ピの発言に乗っかる土御門。
上条「テメェは舞夏しか頭にないのかよ」
すかさずツッコミを入れる上条。
ちなみに舞夏とは、土御門元春の義理の妹、土御門舞夏である。
メイド服標準装備のメイド養成学校『繚乱家政女学校』に通っている。
そんな妹に対して、土御門元春という男は、目に入れても痛くないと豪語する程に溺愛している。
土御門「おい、俺の妹を呼び捨てにしていいと、誰が許可を取った? あぁ?」
上条「土御門、口調が崩れてるぞ。いや、よく料理の味見をしてやってるから自然とそう呼ぶようになっただけだけど」
上条が住むマンションには、同じく土御門元春も住んでいる。
しかも隣人という事もあり、妹の舞夏とはよく遭遇するのだ。
しかし、それを知らない兄は、
土御門「にゃー!! ふざけんじゃねぇぞ、いつの間に手篭めにしやがった!?」
勢いよく立ち上がり、そのまま上条の顎にアッパーを決めるかの如く、胸倉を掴み捻り上げた。
そして上条を下から覗き込み、グラサンの隙間から睨みつけるというコンボ。
上条「ちょ、まっ、まじ、で……締まって、る……」
地面から数センチほど浮いた上条が土御門の手を何度も叩く。
???「あんた達! いい加減に――しろっ!!」
土御門「にゃー!?」
上条「ぐへっ!?」
青ピ「ちょ、ボクは関係――がはっ!?」
と、そこに横合いからの奇襲。
背後から襲われた土御門は、そのまま上条に覆いかぶさり、ただ傍観していた青ピは二人の次に攻撃された。
上条「って……いきなり何すんだよ吹寄!?」
覆いかぶさる土御門をどかし、上条は自分達を見下ろしている人物に気付き、怒声を上げる。
そんな怒声に対抗するかの如く、吹寄と呼ばれた少女は目尻を吊り上げ、ぎろりと上条を見下ろした。
吹寄「いきなりも何も、あんた達がさっきから騒いでいて授業が進まないのよ! いい加減、静かにしなさい、この三バカ」
紺色の学生服を身に纏い、女子の大半は折り曲げて短くするスカートを彼女は規律に従ってちゃんと膝丈まで伸ばしている。
口調にはやや男勝りなものを感じさせ、仁王立ちで三人を見下ろす姿は、まさに漢を思わせる。
と言っても、それは内面的なものであって、外面は黒い長髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、顔立ちも美人の部類に入る女の子だ。
しかし、正義感が強く男勝りな部分もあって、周囲からは美人なのにちっとも色っぽくない鉄壁の女と言われている。
上条「三バカって……お前もこの補修に来ている時点で、人の事は言えねえじゃねえか」
吹寄「貴様と一緒にするな。あたしは以前体調不良で休んだ分を取り返すために、今日は自主的に補修組みに入ったのよ」
土御門「にゃー……にしても、背後からの吹寄DXは勘弁してほしいぜよ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、土御門が起き上がる。
ちなみに土御門が呟いた吹寄DXというのは、吹寄制理のみが行使可能な額での打撃……ようは頭突きの事を指す。
青ピ「二人はまだええやないか……ボクなんてマジな右ストレートを頂いたんやで?」
続いて、青ピが頬を押さえ、ややふらつきながら立ち上がる。
押さえている頬は、若干腫れ上がっていた。
吹寄「クラスの三バカ(デルタフォース)には丁度いい薬でしょ?」
吹寄が三人に向けて放ったクラスの三バカというのは、三人を纏めた呼称である。
クラスの平均点を大きく下げ、何かしら問題を起こす中心点にいる上条、土御門、青ピの三人は、いつしかクラス内ではそう呼ばれるようになっていた。
吹寄「先生、大変お騒がせしました。授業を続けてもらって結構です」
小萌「あ、ありがとうございます吹寄ちゃん……けど、もう少し穏便にして頂けると、先生としては嬉しいのですよー」
ようやく口を開く事を許された小萌が、戸惑い気味に答える。
しかし、吹寄
吹寄「こいつらにはこれぐらいが丁度いいんです」
鼻息を荒く、腕を組む吹寄。
そんな彼女を見て、小萌は軽く溜め息を着く。
小萌「はぁ……とりあえず、授業を再開するのです。では、上条ちゃんにはAIM拡散力場についての説明をお願いします」
騒ぎを起こした三人プラス一人が各々の席に戻る。
その中の一人、上条当麻を小萌は指名した。
上条は名指しされたにもかかわらず、自身を指差して「俺?」と疑問符を頭に浮かべた。
小萌「元はと言えば上条ちゃんがちゃんと聞いていないのが悪いんです」
小萌は頷きながら、そう言った。
表情には出ていないが、教室内にいる生徒全員が思った。
小萌先生が怒っていると。
今の今まで不真面目に過ごしていた生徒は、慌ててノートと教科書を開き、真面目スタイルへと切り替える。
小萌「では、上条ちゃん。お願いします」
上条は不幸だと小さく嘆きながら、一度着いた席から再び立ち上がる。
上条「えっと……AIM拡散力場っていうのは能力者が自然と発する電波みたいなもので、能力を持っていなくても能力開発を受けた人間は誰もが発するものです」
前日滝壺から教わった言葉を、上条は補足を付け加えながら答える。
しかし、なぜか上条が説明を終えると、教室内がしんと静かになった。
小萌先生ですら、口を半開きにしてぽかんとしている。
上条「あ、あれ? 上条さん、何か間違った事を言ってしまったでしょうか?」
上条はそんなクラスの反応に慌てふためく。
小萌「上条ちゃん……」
小萌がぼそりと呟き、上条は背筋を伸ばす。
ああ、これは怒られる、もしくは追加で補修だろうか、と先の未来に対して不安を募らせる。
小萌「――大正解なのですよー!」
しかし、上条の心配とは裏腹に、小萌が満面の笑みを上条に向けた。
青ピはそんな小萌の姿を見て、「天使はここにおったんや……」と、訳の分からない事を呟いていたがどうでもいい。
小萌「上条ちゃんには申し訳ないのですが、先生は答えられないのではないかと上条ちゃんに思っていましたー」
満面の笑みで話されても、そう言われると心にぐさりと何かが刺さりそうだ、と上条は苦笑を浮かべる。
小萌「今回はちゃんと予習をしてきたんですねー。上条ちゃんには後でえらいえらいしてあげますですー」
上条「あ、予習というかAIM拡散力場を観測できる能力を持った女の子と出会う機会がありまして、その際に彼女から教えてもらいました」
小萌「拡散力場を観測できる、ですかー? それはすごいですねー。学園都市で把握されている能力では、希少中の希少なのですよー」
上条「へーそうなんですか」
滝壺がそんなに珍しい能力を持っている事に、上条は感心した。
小萌「そうなのです。そもそも拡散力場というのはとても微弱で、精密機器を用いなければ測定する事はできないのですよー」
上条の発言から、小萌が徐々に饒舌になる。
とりあえず、上条はもう座ってもいいかと席に着く。
上条「ん?」
そして、席に着いて上条は何やら不穏な空気に気付いた。
それは全て自分に注がれていると。
土御門「カミやーん? どういう事ぜよ?」
青ピ「ちょーっと詳しく話を聞かせてもらってもええかいなー?」
上条から一番近い席に座る二人が特にそうだ。
上条「な、なんでせうか?」
上条は思った。
これはやばい、と。
そして、次の瞬間、教室内は再び騒音を発した。
…………
……
…
上条「つ、疲れた……」
昼の十三時を過ぎた頃。
上条は補修を終えた疲れた身体に鞭を打ち、昨日お邪魔した絹旗の住まうマンションがある第七学区の高級住宅街へと足を運んでいた。
なぜか補修を受ける筈が、無差別格闘技になってしまった事が未だ上条にはわからない。
小萌先生が泣き出すまで続き、熱を帯びた生徒……主に男子を吹寄が粛正するまで続いた。
上条「あー……そういや、絹旗に煙草買ってこいって言われてたっけ」
第七学区のとある公園付近までやってきて、上条はふと思い出す。
お店ではほとんど販売していないので、自販機で買ってこいとも言われた。
上条「近くにあるか……?」
上条は立ち止まって周囲を見渡す。
しかし、ジュースなどを取り扱っている自販機はあるものの、煙草限定で販売している自販機は周囲にない。
上条「仕方ねえ……絹旗に連絡でも入れてみるか」
自分で探すより、本人に確認した方が早いと踏んだ上条は携帯端末を取り出し、以前登録した絹旗の番号をかける。
上条「ああ、もしもし? 絹旗か?」
数回のコール音の後、通話が繋がる。
絹旗『そォですが、超どォしましたか。あ、煙草買ってきてくださいよ? 忘れたら…… 』
上条「忘れてねえよ。今からそれを買いにいこうと思ってたんだが、どの辺で売っているか聞いた方が早いと思ってな」
電話越しに絹旗の声に混じって、複数人の声が聞こえた。
日本語ではない事を考えると、どうやら映画鑑賞でもしているようだと上条は納得する。
絹旗『あァ、超そォいう事ですか。ちなみに今はどの辺にいるンですか?』
上条「第七学区のとある公園前」
激しい戦闘シーンにでも入ったのか、銃声のような音が立て続けに流れる。
上条は絹旗の声を聞き漏らさないようにと、携帯を強く耳に押し当てた。
絹旗『でしたら、公園から北に五十メートル程離れた場所にある筈です。陰に隠れているので超分かりにくいと思いますが』
上条「ん、了解。他にいるものはあるか?」
絹旗『ほォ、超気が利きますね。では、酒を適当に買ってきてください。料金は後払いでお願いします』
上条「煙草に酒……本当、年齢に見合わねえもんばっかだな」
絹旗『好きでやってるからイインですよ。では、私は映画の続きを見るので超失礼します』
予想通り、絹旗は映画を鑑賞していたようだ。
上条は絹旗が電話を切るのを確認すると、自身も通話終了のボタンを押して携帯をポケットの中に戻した。
そして、通話で教えてもらった通りに、北へ五十メートル程歩く。
上条「多分、この辺か……っと、あれか?」
公園の近くという事もあって街路樹が並んだ通り。
樹木に隠されるかのように、上条が立っている場所よりも十メートル程離れた位置にその自販機はあった。
上条は歩きながら財布を取り出し、煙草って幾らなんだろうと考えながら自販機に近付く。
しかし、そこである事に気付いた。
上条「あれ……俺、未成年だから買えなくね?」
法律の改正もあり、今では煙草や酒を販売する自販機には年齢確認を必要とするものしか存在しない。
高校生である上条は勿論買えない。
絹旗は年齢を偽装しているとか何とか、やや犯罪的な事をやっているが、一学生に過ぎない上条にそんな事はできない。
仕方ない、ここは一度絹旗のマンションへ向かって理由を説明しよう。
上条「って、酒を買うにも一度着替えなくちゃなんねえよな」
自分が学生服であるという事に気付いた上条は、絹旗のマンションへ向かうより、学生寮に一度戻った方がいいと判断する。
とりあえず、絹旗にメールでもしておくかと、携帯を取り出そうとすると、
???「おやー?」
上条は背後からかけられた声に、振り返った。
上条「なんだ、土御門か……」
先程まで一緒に補修を受けていた悪友であると確認すると、上条はすぐに安堵の溜め息を吐く。
もしこれが風紀委員や警備員であれば、言い逃れはできない状況だ。
手に財布を持ち、未成年が買ってはいけない煙草を販売する自販機の前に立っていれば、すぐに事情聴取を受ける羽目になるだろう。
土御門「なんだとはなんぜよ……それにしても、カミやんもワルだにゃー。まさか煙草を吸っているとは」
上条「俺じゃねえよ。頼まれたんだ」
土御門「そうかいそうかい。で、カミやんはどの銘柄を吸うんだにゃー?」
土御門はいやらしく笑いを滲ませながら、上条の隣にたって自販機に並んだ煙草の銘柄に視線を向けた。
上条は、こいつ信じてねえな、と不満を表情に浮かべながらも、とりあえず質問には答える事にした。
上条「これだこれ。PALL MALLの赤いやつ」
土御門「なかなか渋いやつを吸ってるんだな。確かとあるアニメのガンマンが吸ってる奴だにゃー」
上条「へーそうなのか」
土御門「怪盗の一味で髭生やした奴。ただ、PALL MALLはパッケージが変更したと同時に味が若干変わったのは頂けないぜよ」
上条「お前、吸った事あるのか? てか、吸ってるのか?」
上条の問いに、土御門は「昔の話ぜよ」と半分肯定、半分否定した。
吸ってはいたんじゃねえかと、上条はツッコもうと思ったが、面倒なので止めた。
上条「俺、寮に戻るけど、どうする?」
土御門「あん? 買っていかないのかにゃー」
上条「買おうにも、年齢確認証でアウトなんだよ」
そう言って、上条が財布を仕舞おうとすると、
土御門「しゃーないにゃー。今回は俺ので代用すればいいぜよ」
へ、と上条が声をかける前に、土御門は既に掌サイズのカードを財布から取り出し、自販機の硬貨投入口の隣にあるスキャンにカードをかざしていた。
ピピッ、という短い電子音の後、機械音声でお金を催促する案内が流れる。
上条「お前、それどうしたの?」
上条は驚きと共に土御門を見る。
土御門「実は俺、既に二十歳なんだぜい?」
上条「マジか」
土御門「嘘だぜい」
上条「どっちだよ」
土御門「俺は嘘つきだからなー。それより、早くお金を入れないと買えなくなるぞ?」
土御門はそう言って、掌サイズのカードを財布に仕舞った。
なんだかはぐらかされた気がして上条は妙な気分になったが、またここに戻る手間を考え、とりあえず土御門の好意に甘える事にした。
上条(一箱三百九十円か……)
財布を取り出しながら、自販機に記載された金額を見て上条は思う。
一箱がどれだけあるか上条は知らないが、三百九十円もあれば牛丼の一杯は食える値段。
上条(よくわかんねえな、ホント)
それを毎日吸い続ければ、月換算すれば相当な値段になる筈。
それならば、美味しいものの一つでも買った方がいいのではないか。
そっちの方が、断然いいだろう、と上条は思う。
上条(まあ、吸ってもないのにとやかく言うのはよくないよな)
しかし、それは自分の勝手な想像だ。
現にそれが原因で、絹旗と対峙したのだ。
自分の考えを押し付けるような真似はしない方がいい。
上条(でも、いつか分かってくれるだろうか)
それでも上条は、彼女が煙草を吸い続ける事を良しとしない。
吸ってもいいが、来るべき時期を待ってからでもいい筈だ。
だから少しずつでもいい。
彼女に問いかけよう、と上条は自販機の購入ボタンを押しながら思った。
…………
……
…
土御門「そうそう、カミやん」
上条「ん、なんだ?」
煙草を購入後、上条と土御門の二人は学生寮まで帰路を共にした。
時々ふざけながら、二人は互いの溝を更に縮めあった。
そして学生寮のボロいエレベーターに乗り込んだ所で、土御門が突然切り出した。
土御門「これ、やるぜよ」
と、土御門が弧を描くように何かを放り投げた。
上条は落下地点に右手を差し出し、それを受け取る。
上条「Zippo?」
小さいながらもずしりと重みを感じる冷たさ。
開いた掌には、黒ずんでやや表面に傷が走る銀色のZippoがあった。
ワンポイントとして浮き彫りで狼の彫刻が施されている。
土御門「オイルの臭いはどうも合わないみたいでなー。だから、カミやんに譲ってやるぜよ」
上条「……いいのか?」
上条自身は必要ないが、絹旗の話では相当な値段の筈。
百円ライターとはわけが違うのだ。
そんな高価なものを易々と受け取っていいものなのだろうか、と上条はZippoを手にしたまま隣人を見つめた。
土御門「にゃー別にいいぜよ。安モンだし。まあ、友情の証とでも取っておいてくれ」
土御門はそう言って、「ほな、火には気をつけるぜよー」と最後まで上条が煙草を吸っていると勘違いしながら自室へと消えていった。
あらぬ誤解を招いてしまったが、まあ仕方ない。
上条は受け取ったZippoをポケットに仕舞い、自室の扉を開けた。
…………
……
…
土御門「……ほんと、火には気をつけるんだぜい。カミやん?」
玄関の扉を閉めて呟いた土御門の言葉は、上条には届かなかった。
窒素は燃えない。
けれども、熱は与える筈だ。
ステイル(なら、三千度を超える熱が彼女を襲っている筈……!!)
しかし、絹旗は以前立ち続けている。
それがどういう事か。
上条(もしかして……)
ステイルが思考を巡らせている中、上条はある考えに至った。
絹旗のもう一つの能力。
もしかすると、それが熱を妨げているのではないかと。
あ、>>328はなしでお願いします
ちなみに今回の投下はこれにて終了です
……PALL MALLのパッケージが更にダサくなった
これで味が変わったら怒るレベルです
とりあえず、次回の投下は未定
皆さん、クルシミマスがもう目と鼻の先です
私は仕事なので関係ありませんが……
では、またノ
どうも、超>>1です
皆さんお久しぶりです
とりあえず、明日明後日は頑張って乗り切りましょう
それと、お待たせしました
内容短いですが、投下致します
†
上条「よう、待たせたな」
絹旗「えェ、超待ちました」
上条「……はっきりと言うな、ほんと」
絹旗「これが私ですから、もォ諦めろとしか言いよォがありませン。とりあえず、さっさと中に入ってください」
土御門と別れた後、上条は絹旗のマンションへと向かった。
途中、酒などを適当に購入し、ついでに摘みなども購入してきた上条の両手にはそれらが入った袋で塞がっていた。
絹旗「とりあえず、私の部屋にまで持ってきてください」
上条「わかった……って、お前の部屋は足の踏み場もないだろうが。どうやって置けっていうんだよ」
靴を脱いでいる途中で、上条は昨日見た部屋の有様を思い出し、絹旗の背に問いかける。
絹旗「足の踏み場がない、ってのは超どういう事でしょうか?」
絹旗は上条に背を向けたまま言った。
そして、自室の扉を開き、上条を中へと招く。
上条「やればできるじゃねえか」
絹旗「超失礼ですね。当然の結果ですよ」
絹旗の部屋に足を踏み入れた上条は、その部屋の様変わりに目を見開いた。
昨日まで缶や映画のソフトケース、適当に纏められたゴミで散乱していた部屋はすっきりとしていた。
しかし、上条はある事に気付いた。
では、掃除した際に出たゴミはどこへ消えたのか。
上条「……」
壁に埋め込まれるように設計された収納スペース。
上条はその扉の取っ手になんとなく手を掛け、勢いよく引いた。
絹旗「あっ」
と、絹旗が声を上げた次の瞬間、
上条「のわぁぁぁぁ!?」
上条はゴミの雪崩に巻き込まれ、自身の身体の大部分をゴミの山に埋めてしまった。
しかも、そのゴミ袋のほとんどは缶やビンなどの固いもの。
適度な痛みが上条を襲った。
上条「……」
ゴミの山から顔だけ突き出すという間抜けな姿をした上条は口を手で押さえる絹旗を睨みつける。
絹旗「……さァーて、煙草でも超吸いますか」
上条「おい、こら」
上条の棘のある言葉に、しかし絹旗は完全無視を決め込んだ。
しかも、本当に煙草を吸いだすという無責任さまで見せ付ける。
上条はそんな絹旗を見て、溜め息しか出なかった。
とりあえず、さっさと抜け出そうと身体をほんの少し動かした瞬間、山となったゴミが当たりに転がった。
上条「……」
絹旗「それ、片付けといてくださいよー?」
テレビの前で灰皿と煙草を片手に、絹旗が言う。
上条は、何も言えなかった。
…………
……
…
部屋のゴミを片付け……というより、見えない場所に隠す事を終えた上条は、絹旗に頼まれていたものを渡す事にした。
上条「ほい、煙草と……後、こっちは酒な」
絹旗「ああ、超助かりました。煙草のストックが残り二箱だったンで、心細かったンですよ」
上条「充分あるじゃねえか……酒は銘柄とかどれがいいかわからなかったから適当に買ってきたけど大丈夫か?」
上条は、続いて酒類を買い物袋から取り出した。
缶チューハイ、ワイン、日本酒、その他諸々。
酒を一滴も飲んだ事のない上条は、とりあえず目に止まったものだけを購入してきた。
絹旗の酒量がどの程度かはわからないが、とりあえず少ないよりは多いほうがいいだろうという理由で、かなりの量、種類がある。
絹旗「別に構いませンよ。お酒は銘柄じゃなく、私は飲む事が大事だと超思っていますから」
上条「立派なアル中じゃねぇか……」
絹旗「まだ手足が震える事はないので、そこは超大丈夫です。さて、それじゃ早速始めますか」
上条「始めるって……何をだ?」
こいつは何を言っているんだ、という顔で絹旗は上条を見上げた。
絹旗「超決まってるじゃないですか。酒がある、即ち飲むンですよ」
上条「ちなみにそれは上条さんもでせうか?」
絹旗「分かってるならさっさと摘みの準備でもしてください」
俺は未成年なのだが、と上条は呟くが絹旗は聞く耳持たずでキッチンへと向かう為部屋を後にした。
上条は肩を落とし、とある少女の言葉を思い出す。
上条「……まぁ、ちょっとぐらい大丈夫だろう」
そう自分を誤魔化し、上条は絹旗の側にいる事を改めて決意した。
絹旗「……上条、超お酒が弱いですね」
上条「上条さんはまだまだ平気ですよー」
絹旗「口調が超怪しい奴が言う台詞じゃないですね」
午後四時を回った頃、上条と絹旗の二人は四角い卓を間に酒を交わしていた。
絹旗の部屋から覗く空には厚く重たい雲が流れている。
昼間の天気とは一変して、このまま雨が降りそうだな、と絹旗はビールを口に含みながら思った。
絹旗「水でも持ってきましょうか?」
上条「いやいやぁ……水よりもお酒でしょうが!」
さっきまで未成年はどうのこうの言っていた癖に、と絹旗は冷めた目で上条を見つめた。
彼の足元にはジュースのような甘い酒が五、六本転がっている。
その類の酒はそれ程アルコール度数は高くない。
上条の酔いが早いのは、飲み慣れていないという理由もあるだろうが、口当たりの良さから空きっ腹に次々と流し込んだのが原因だろうと、絹旗は分析する。
絹旗「ンぐっ……明日は補修とかは超ないンですか?」
上条「明日はないのですよー」
上条の口調に、自身の担任の口調が乗り移った。
その人物を知らない絹旗は素直にキモイ、と思ってしまった。
上条「それより、絹旗ちゃんはさっきから何を食べているんでせうかー?」
絹旗の目の前の皿に並べられたものに、上条は目線を向けた。
絹旗「アボカドと長芋を生ハムで超巻いたものですよ。食べます?」
絹旗は皿にもったそれを指で摘み、寿司を食すかのように醤油皿に一度漬ける。
醤油が垂れないように、空いた片手を受け皿にしながら上条の口へと運んだ。
上条「おーアーンだ、アーン」
絹旗「……食べるのか食べないのか、超早く決めてください」
上条「悪い悪い。それじゃ、いただきまーす」
痺れる絹旗に催促され、上条は差し出されたアボカドを巻いたものを一口で口の中に入れた。
その際、絹旗の指先が上条の口内へと侵入してしまう。
絹旗「……」
醤油と上条の涎がついた指先を見て、絹旗は一度固まる。
絹旗「んっ……」
しかし、すぐにそれを自分の口に含み、舌を使ってさっと嘗め回す。
涎によって光沢を帯びた指先を、手近にあった布巾で軽く拭くと、再び飲みかけのビールへと手を伸ばした。
上条「お、これうまいな」
絹旗「作り方は超簡単ですよ。細切りにしたアボカドと長芋を生ハムで巻くだけですから。醤油にはダシの素を加えてます」
上条「酒とも合いますなー……んぐっ」
絹旗「まァ、ちょっとくどいのがあれですが、確かに酒には超合いますね。それより上条、何か飲みたいお酒でもありますか?」
絹旗は飲んでいた缶ビールを空にして、手中でくしゃくしゃに丸める。
そして自分の周囲にはほとんど酒がなくなっている事に気付き、新しいものでも出すかとゆっくりと立ち上がった。
上条「それじゃー絹旗ちゃんのおすすめでー」
絹旗「その絹旗ちゃンっていうの、なンとかならないンですかね、ホント」
絹旗は困ったように笑いながら、部屋を後にして、キッチンへと向かった。
上条の言葉に、絹旗はとある少女を思い浮かべる。
彼女は今、一体どこで何をやっているのか。
あの時、別れて以来一度も会っていない。
絹旗(なンでしょう……少し、会いたくなってしまいましたね)
彼女とは仲がいいという間ではなかった。
どちらかというと、喧嘩ばかりしていたような気がする。
しかし、そんな彼女だからこそ素を出す事ができたのかもしれない。
絹旗は思う。
力の限り、声を張り上げたいと。
絹旗(まァ、今の私がやったらどォなる事やら)
それが叶わぬ事だと、絹旗自身気付いていた。
叶ったとしても、自分の身体が枷となってしまう。
上条「絹旗ちゃーん?」
絹旗「あァ、今いきますよ」
部屋の外から聞こえてきた上条の声で、絹旗は現実世界へと戻される。
どうやらキッチンを前にして、ずっと立ち尽くしていたようだ。
絹旗はとりあえず、キッチンしたの収納棚から酒を選出する。
選んだのは一升瓶で、ラベルには元老院という金箔の文字。
電球の光が瓶の中に満たされた酒の中で屈折し、琥珀色に輝いている。
絹旗「ほい、上条」
上条「なんだ、これ……焼酎?」
渡された一升瓶を眺めながら、上条は適当に答える。
絹旗「ええ。麦と芋のブレンドです。飲む人によっては、超ウイスキーっぽいっていう人もいるみたいですが……私は味だけでなく、この色も好きなンですよ」
上条「確かに……なんか宝石みたいに輝いてんな」
窓の外から注がれる僅かな光に瓶をかざし、上条は呟いた。
絹旗は酔っ払った上条が落として割らないようにと、すぐさまそれを奪い、用意しておいたロックグラスを上条の前に置く。
絹旗「私が直々に注いでやりますから、超ありがたく思うんですね」
上条「おう、すまねぇな」
グラスを片手に、上条は笑う。
そんな上条の笑みに、絹旗も笑った。
そして、自分が笑った事に内心で驚いた。
絹旗(笑うなンて……いつ以来でしょうか)
上条のグラスに注ぎ終わり、今度は自分のグラスに注ぎながら絹旗は思う。
絹旗(私もちょっと酔ってるみたいですね)
そう自分に言い聞かせ、絹旗は注ぎ終わったグラスを眼前に掲げた。
その意図を察した上条は、同じようにグラスを掲げる。
夕闇に照らされ始めた室内に、鈴の音のような澄んだ音が響いた。
ほんと短くてすいません
今回これで以上です
次回からの投下なんですが、地の文なし……台本形式に近い形でやろうと思うんですが、皆さんはどうですかね?
正直、小説形式ではかなり時間がかかりそう……もしくは、完結できない可能性もあるかもしれません
とりあえず、皆さんの意見を聞きたいと思います
ちなみにこの作品にプロットは存在しません
頭の中で浮かんだストーリーをそのまま書き殴っているだけであります
正直、広がり過ぎてどうしよう状態になっております……
拡げた風呂敷を包めるように頑張ろうとは思いますが、力尽きたらすいません
さて、明日明後日は一人晩酌
働き先の子達は宴会……今の自分を否定する事になりますが、学生時代に戻りたいです
では、次の投下も未定という事でよろしくお願いします
ではまたノ
このSSまとめへのコメント
面白い!続き是非待ってます
早く更新してほしいな
更新遅いな…
他のSSも年明けてからどんどん更新してるのに…
更新遅すぎる…
完結させないならなぜ始めたんだろうか?
とうとうHTML化したな…
残念
すっごく待たされて中断ってどうゆうこと?
かなり無責任ですね!
>>7
このSS作者入院したから中断したんやが、お前はそれでも書けというほど鬼畜野郎なのか?
>>7
お前ほどの害悪なSS読者見たことないわ
まだ続き書かないのか?
このss無茶苦茶面白いのに途中でやめてしまうとは勿体無い
再開してくれることを期待してる
入院するとか何とかで一時中断するとあったが、あれから結構経ってるぞ
まだですか~?
何の病気に罹ったか知らないがまだ闘病中ってことは流石にないだろ
再開お願いしたい
お~~い。まだか~~~?
長い期間があいてモチベーションが下がったんかな?
まだ入院中か?
新スレ立った!
新スレ、とことん荒らしつくされたな…
折角ずっと待ってたのに
このスレでやった方が良いんじゃね?
結局この初代が一番だったな
いや全部つまらなかった
↑まだいたんすかアンチさん
※23
とりあえず、アンタにとってつまらんのはわかったが、いったい何がどうつまらないんだ?
例えばこうして欲しかったとか…
ただつまらんッて言うだけなら、言葉さえ知ってれば赤ん坊でもできるんだよ?
つまらないのに理由はいらない
※26
あんた、つまらんと言ってる割に何度もここを見に来てるんだね?
つまらない場合は二度と見に来ないのが普通だと思うけど
もしかして本当はこのssが好きなの?
それともただの構ってちゃん?
このコメ欄はアンチのたまり場(憂さ晴らし場)かよ?
>>27
あんたのようなスルーできないアホが構うからそら楽しいだろうよ
※29
アンタも同類だよ
釣り乙
アンチに構ってるの>>30だけだろ
・・・ふう
さすがにもう諦めたよ…
何度もスレを立て直した作者はホント立派だったよ
結局逃げたじゃん