千早「心交」 (122)
千早が屋上で誰かとご飯を食べるだけのSSです。
書き溜めありますのでのんびり貼っていきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1377603888
P 「みんなレッスンお疲れ様!午後に仕事のあるものは今の内に昼飯に行っておけよ。」
レッスンが終わって事務所に戻るとプロデューサーが迎えてくれました。
事務所で昼食をする時、私はいつもある場所へ足を運びます。
誰にも気付かれない様事務所の扉を開け外に出て階段を上る。
私が目指す場所、それは。
――――――屋上。
春香「プロデューサーさん、千早ちゃん見てませんか?」
P 「千早?レッスン終わって一緒に帰って来たんじゃないのか?」
春香「そうなんですけど、お昼一緒に食べようと思ったらいなくなってて。」
P 「う~ん、今日は千早に午後の仕事は無いから先に帰ったんじゃないか?」
春香「そうなんですかね?最近気付いたらお昼にどっか行っちゃうんですよね…。」
4階建てのビルの屋上に上がる。
それなりに見晴らしは良いが都会なのであまり遠くは見えません。
良くある4色のビニールシートを敷きその上に座りイヤホンを装着します。
プレーヤーから音楽を流すと心地いいクラシック音楽。
千早「…少し熱いわね。」
太陽に直接照らされていた地面は熱い。
しかし我慢できないほど熱いという訳では無いのであまり気にしません。
カバンからランチボックスを取りだす。
中身はサンドイッチ。
一応手作り…です。
以前の私は食事は栄養が摂れればそれでいいと考えていました。
カロリーメ○ト等の栄養食品やサプリメントだけいいと。
しかし春香にそれでは身体を壊すと本気で心配されたのでこうして手軽なもの位なら作れるようになりました。
千早「いただきます。」
ボックスからサンドイッチを取り出し口に運ぶ。
具はシンプルにツナマヨネーズ、それとレタスとハム。
咀嚼と嚥下。
ただそれだけを繰り返す。
誰もいない静かな空間で自分の作った昼食を黙々と食べる。
ただそれだけの空間が、何故か心地良いものでした。
恐らく事務所内では皆が口々に仕事や今日のレッスン、はたまた取りとめもない会話に花を咲かせているのだと思う。
最初は私も皆と同じ空間で食事をしていたが、皆がしているような会話に入る事も出来ず黙々と栄養食品を齧るだけでした。
別に皆との間に居心地の悪さを感じている訳ではありません。
むしろ仲がいいとさえ思っています。
皆、大切な仲間…いいえ家族だと。
しかし会話に入れない自分がいて気を遣わすのも嫌なので一人で食べられる場所を探した結果が今なんです。
食事をしていると屋上の扉が開いた。
伊織「あら、千早じゃない。何してるのこんな所で。」
千早「おふぃるごふぁんをたびぇていりゅのだけえりぇど」
伊織「飲んでからしゃべりなさい、飲んでから…。はしたないわねぇ。」
ペットボトルのお茶で口の中身を流しこむ。
千早「んっく、ぷはっ。お昼ごはんを食べて…いたのだけれど。」
今流し込んだものが最後の一つだったので過去形に変えてみた。
伊織「いや、見りゃわかるわよ。何でこんな所で食べてるのかって事よ。」
「中で皆と食べたらいいじゃない。」
千早「特に深い意味は無いわ、何となく居心地がいいのよ。」
「それに皆との会話に、私は混ざれないから。」
伊織「あんた…。」
それだけ言うと、水瀬さんは中へ入って行ってしまった。
何か気に障ってしまったのかしら?
食事は済んだけれどもう少しここでのんびりして行こうかしら。
日差しが温かくて少し眠くなって来るわね。
うとうとしているとまた扉が開く音がしました。
扉の方を見ると手提げ袋を持った水瀬さんが立っていました。
千早「水瀬さん…?」
伊織「ご一緒してよろしいかしら?千早。」
千早「え、えぇ。構わないけれど…。」
そういうと水瀬さんは靴を脱ぎ私の前に座った。
伊織「今日のレッスンは疲れたわね。」
水瀬さんの昼食もサンドイッチだった。
同じサンドイッチでも水瀬さんのは彩りも良く具材も豊富。
BLT、ポテトサラダ、エビの入っている物もあった。
千早「水瀬さんのサンドイッチ、凄いのね。」
伊織「そう?シェフが持たせてくれたものだから良く分からないわ。」
流石水瀬財閥のお嬢様。
伊織「でも量が多いのよね、いつもやよいと分けてるんだけど良かったら少し貰ってくれないかしら?」
千早「え、でも…」
伊織「良いのよ。残すのも勿体ないでしょ?あぁ、でもさっきお昼食べちゃったんだっけ。」
残念がる水瀬さん。
ふふっそんな顔されたら断れないじゃない。
千早「それじゃあ少しだけいただこうかしら。」
伊織「ふ、ふん!最初から素直に受け取っとけばいいのよ!」
顔を赤らめながら強がる水瀬さん、こういう所が可愛いわよね。
2人「いただきます」
千早「おいしいわね、これ。」
サンドイッチ一つでここまで差が出るものなのかと驚く。
伊織「ウチのシェフは優秀だから、にひひっ♪」
屋上に二人で座り、向かい合いサンドイッチを齧る。
ただそれだけ。
今まで私だけだった空間の初めての来訪者。
しかし不思議と居心地悪くはありません。
伊織「ねぇあんた。いつもここでこんな風にレジャーシート敷いて食べてるの?」
千早「事務所でとる時はそうね、いつもここだわ。」
伊織「そう…。何となくわかる気がする。屋上ってのんびりするには良い場所だと思うわ。」
千早「ええ、ここでのんびり音楽を聴きながらとる食事は結構癒されるわね。」
伊織「あら、じゃあ邪魔しちゃったかしら?」
悪戯な笑みを浮かべて問いかけて来る。
きっと分かって言っているんでしょうね、そんな事無いって。
千早「どうかしら。」
伊織「あら、天の邪鬼ね。」
何となく意地悪し返してみたくなったのだけれど水瀬さんには効果が無かったみたい。
伊織「また来てもいいかしら?」
千早「いつでもどうぞ、水瀬さん。」
伊織「そ、伊織ちゃんと食事できるのを楽しみにしてなさい!」
そういうと水瀬さんは扉から中に入っていった。
…もう少ししたら私も中に入ろう。
流石に日差しがきつくなってきたわね。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日はお弁当。
と言ってもご飯を詰めてふりかけをかけたものと、おかずは冷凍食品という簡素なもの。
千早「いただきます。」
箸を手に取り食べようとした時だった、またも扉が開いた。
やよい「あ、千早さん!」
千早「た、高槻さん!?」
お米を口に入れようとした瞬間で目が合ってしまった。
恥ずかしい///
やよい「やっぱりここにいたんですね!」
千早「や、やっぱり?」
やよい「はい、このあいだ伊織ちゃんから屋上で千早さんとお昼ご飯食べたって聞いて。」
水瀬さん…何も高槻さんに話さなくても。
やよい「だから私もご一緒したいなーって。ダメ、ですか…?」
そんな顔しないで高槻さん…。
千早「断る理由なんてあるはず無いわ、一緒に食べましょう高槻さん可愛い。」
やよい「うっうー!わかりましたー!」
あぁ、高槻さん今日も元気いっぱいで可愛いわ。
2人「いただきます。」
やよい「千早さん今日はお弁当なんですね。」
千早「ええ、意外かしら?」
やよい「うー、ごめんなさい…。少しだけ…。」
千早「気にしなくていいわ、実際以前の食生活は良い物ではなかったから。」
やよい「黄色い箱のパサパサしたのを良く食べてましたよね。」
千早「ええ、そればっかりだったから春香に怒られてしまったわ。」
やよい「確かに良くないかも。やっぱりご飯はお野菜とかバランス良く摂るのが大事かなーって!」
千早「そうね、そう思うわ。」
やよい「あ、ごめんなさい。なんだかお説教みたいになっちゃいました…。」
千早「ふふふ。心配してくれたのよね、ありがとう高槻さん。」
やよい「はわっなんだか照れます~。」
照れながらも嬉しそうな高槻さん可愛い。
やよい「あ、せっかくだからおかずを交換しませんか?」
千早「え、私は構わないけれどいいの高槻さん?」
やよい「はい!お好きなのをお一つどうぞ!」
千早「それじゃあ卵焼きを一ついただいていいかしら。」
やよい「卵焼きですね、はいどうぞ!」
差し出されたお弁当箱から卵焼きを掴み食べる。
千早「ありがとう、はむっ。うん、とってもおいしいわ。」
やよい「えへへ、ありがとうございます!」
千早「それじゃあ、高槻さんもお一つどうぞ。冷凍食品で申し訳ないのだけれど。」
やよい「う~ん、じゃあこのからあげもらってもいいですか?」
千早「ええ、構わないわ。」
やよい「ありがとうございますぅ!あむっ。う~、おいひいれすぅ~。」
美味しそうに唐翌揚げを頬張る高槻さんとっても可愛い。
千早「ふふっ喜んでもらえたのなら良かったわ。」
高槻さんは嬉しそうにお弁当を食べている。
食べながら楽しそうに兄弟の事、事務所の仲間の事を話してくれました。
その姿を見るだけで、こっちまで元気になって来るから高槻さんは凄いわね。
2人「ごちそうさまでした。」
やよい「千早さん、またここで一緒にご飯を食べてもいいですか?」
千早「高槻さんならいつでも大歓迎よ。」
やよい「うっうー!ありがとうございますぅ!」
高槻さんは特有のお辞儀をして元気いっぱい事務所に戻っていった。
午後からは収録があるようです。
頑張ってね、高槻さん。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日は朝からレコーディングがあったのでお弁当を作る時間がありませんでした。
なので今日は事務所に戻りがてら寄ったコンビニのお弁当です。
そこで栄養食品に走らない辺り私も変わったという事なのかしら。
千早「いただきます。」
温かい昼食を取るのは久しぶりね。
事務所には電子レンジもあるのだけれど使わなくても食べられるのだから私は使っていません。
買ってきたお弁当のおかずに手を着けると扉が開きました。
今日は誰かしら?
亜美「およ、ホントにいたよ真美!」
真美「ホントだ、やっほー千早お姉ちゃん!」
2人は予想外ね。
レジャーシート足りるかしら?
千早「いらっしゃい亜美、真美。」
亜美「ねーねー千早お姉ちゃん!」
真美「真美達もご一緒してもいい?いいよね?」
千早「ええ、構わないわ。ただ三人で座るにはこのレジャーシート狭くないかしら?」
真美「んっふっふ~。我々を甘く見てはいけませんな~千早お姉ちゃん。」
亜美「こんな事もあろうかと我々もレジャーシートを持参して来ているのだー!」
可愛らしいレジャーシートを広げる亜美と真美。
真美「早速シートを敷くのだ亜美隊員!」
亜美「ラジャーであります!真美隊員!」
手際良く2人でシートを敷き終えると袋からお弁当を取り出す。
2人も今日はコンビニ弁当なのね。
真美「真美達は大体コンビニ弁当だよね~。」
亜美「うんうん。ママ達も忙しいからね。ちかたないね。」
普段からコンビニ弁当である事を2人は特に気に留めていないようね。
千早「私が言うのもあれなんだけれど、ちゃんとしたモノを食べないと身体を壊してしまうわよ?」
亜美「ん~。千早お姉ちゃんに言われてもねぇ。」
真美「うんうん、ケッタクリョクに欠けるよね→」
千早「説得力ね。結託してどうするのよ…。」
2人はケタケタと笑っている。
千早「まぁ、なんでもいいのだけれど。」
亜美「おっ。出ました!」
真美「決め台詞!」
千早「決め台詞って…。」
完全に2人のペースね。
2人「いただきまーす。」
亜美「ねーねー、千早お姉ちゃんのはどんなお弁当なの?」
千早「私?普通の幕の内弁当だけど。」
真美「あー、なんか大人ーって感じのやつだ。」
亜美「うむ、さっすが千早お姉ちゃんだね。」
千早「そう、なのかしら?」
亜美「うん、亜美達はまず手に取らないYO~。」
千早「あまりお肉ばっかりなのは重いからこのくらいが丁度いいのよ。」
2人のお弁当はお肉たっぷりのもので見ているだけで胸やけしそうね。
千早「良かったらこっちのお弁当も少し食べてみる?」
亜美「え、いいの?」
千早「ええ、構わないわ。」
真美「やよいっちともおかず交換したんだよね?」
千早「2人は高槻さんからここの事を聞いたの?」
真美「そだよ→。」
亜美「やよいっちってば嬉しそうに千早お姉ちゃんとおかず交換した事話しててさ~。」
「こりゃ亜美達もゴミョウバンに預かるしかないっしょ→って事になったんだ。」
千早「ご相伴に預かる、ね。そんなにへりくだらなくていいわよ。」
真美「それじゃあ早速おかず交換ターイム!」
亜美「略して~!はい千早お姉ちゃん!」
千早「えぇ!?…えっと。おこた…?」
真美「千早お姉ちゃん、それじゃ炬燵の事だYO~。」
千早「くっ」
亜美「じゃあ亜美はこのシャケをいただくよん!」
真美「あっずるい!じゃあ真美はこっちの天ぷら!」
千早「はいはい、どうぞ持って行ってちょうだい。」
幕の内弁当のメインのおかずを二つも取られてしまったわ。
千早「じゃあ亜美のお弁当からは揚げものを一ついただくわね」
チキンカツと思しき揚げものを箸で取る。
千早「それと真美のお弁当からはこの磯辺揚げを。」
しまった、カツと磯辺で揚げ物がダブってしまったわね。
胃もたれしなければいいのだけれど。
2人はおかず交換に満足したみたいでその後は3人で談笑しながら食事をした。
今日は午後からラジオの収録があるので二人より先に事務所に戻る事にしました。
次は誰が来るのかしら?
少し楽しみになってきたわね。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日も朝から現場があり、更に午後にもレコーディングがあるのでお弁当を作る時間も買う時間もありませんでした。
なので今日は事務所に買い置きしてあるカップ麺です。
たまに食べると美味しいのよね。
シートを敷いて準備をしてからあらかじめお湯を入れたカップ麺を取りに給湯室へ向かいます。
最近は皆忙しく、事務所にはプロデューサーと音無さんしかいませんでした。
千早「いただきます。」
ふたを剥がした所で扉が開きました。
貴音「おや、このような所で何をなさっているのですか?千早。」
千早「こんにちは四条さん、今はお昼ご飯を食べようとしていました。」
貴音「そうでしたか。…はっ。千早、貴女が今正に食べんとしているそれは…!」
千早「コレですか?事務所に買い置きしてあったやつですけれど。」
貴音「それは、私が楽しみにしていたらぁめんの一つ…。よもやこのような形で失う事になろうとは…。」
千早「え、コレ四条さんのだったんですか!?プロデューサーが買い置きの中からくれたのでてっきり…」
貴音「いえ、買ってきたのはプロデューサーです。」
千早「…ん?」
貴音「しかし、このような心惹かれるらぁめんを目にして我慢できよう筈もありません!!」
千早「」
貴音「取られてしまったのなら仕方ありません。千早、私の分まで味わってお食べなさい…!」
千早「あの、良かったら一口差し上げますよ。」
貴音「何と!よ、よろしいのですか!?」
千早「え、ええ。」
あそこまで悔しがられるとこっちが悪いことした気分になるわね…。
貴音「あぁ、千早。貴女はとても優しいお方です。天使とは貴女のためにある言葉ではないでしょうか。」
て、天使だなんて…。
それは高槻さんの為の言葉です。
千早「それではどうぞ。」
貴音「いえ、しばしお待ちを。このままだとあんふぇあです。」
そういって四条さんは事務所に戻っていきました。
麺、伸びてないかしら?
数分後、四条さんが屋上に戻ってきました。
その手にはカップラーメン。
貴音「さぁ千早。私もらぁめんを持って参りました故、対等に貴女のらぁめんと交換できますね。」
満面の笑みをこちらに振りまく銀髪の女王がそこにいました。
日光を浴びてサラサラの銀髪が眩しい。
千早「その為に事務所に戻っていたんですね。別に、一口くらい気にしなくても…」
貴音「なりません!」
語気を強めた四条さんの声が空に吸い込まれていきます。
貴音「受けた恩には報いるもの、それを違えるのは四条の教えに反します!」
「らぁめんで受けた恩義はらぁめんで返す。それが人の道というものです。」
言ってる事は正しいのだけれど、別にラーメンで返す必要はないのでは?
まぁ、なんでもいいですけれど。
貴音「では千早、その敷物の上にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
千早「あ、はい。どうぞ。」
貴音「失礼いたします。」
靴を脱ぎレジャーシートの上に正座する四条さん。
ものすごいミスマッチね。
千早「四条さん、正座だと足を痛めますよ?」
ただのレジャーシートを芝生ならともかく、コンクリートの上に敷いているのだ。
こんな所で正座なんかしたら痛くてたまらないはずだ。
貴音「確かにこの座り方はこの場には適していないようですね…。」
そういうと四条さんは私のように体育座りをしてラーメンをすすり始めました。
何も言わずカメラを取り出しシャッターを切ります。
貴音「な、何を!?」
千早「あ、すみません。あまりにも普段の四条さんとかけ離れた姿だったので。つい。」
貴音「面妖な…。」
千早「お詫びと言ってはなんですが、このラーメンあと全部食べていいですよ。ちょっと私には豚骨は重かったみたいで。」
貴音「許しましょう。」
すごくあっさり許してもらえました。
というかそれでいいんですか四条さん…。
貴音「ではらぁめんの恩はらぁめんで。千早には私が今食べているらぁめんを差し上げましょう。」
千早「え、でも悪いですよ。」
貴音「構いません、こちらのらぁめんも美味ですよ。それに魚介系のすぅぷなのでそちらよりは食べやすいかと。」
千早「それではお言葉に甘えて。」
貴音「ふふ、皆と同じように私もおかず交換なるものが出来ました。真、嬉しく思います。」
千早「おかずではなく丼ごと交換しちゃいましたね。」
貴音「そのような些細な事は問題ではありません。こうして器を交わす事で私と千早の心を交わしたのです。」
すごく良い事のように聞こえますがラーメンの話です。
貴音「こうして貴女と食事を共にできた事、心より嬉しく思います。」
スープを飲み干すと四条さんは事務所に戻っていきました。
私も四条さんの普段見れない、私だけが知っている姿を見れて嬉しく思っています。
ちなみに私が食事を終えて事務所に戻ると四条さんは2杯目に手を着けていました。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日はオフなのだけれど自主練習をしに来ました。
ボーカルトレーニングをし、さらに腹筋を200回して昼食をしに事務所に戻りいつものこの場所へ。
今日は昨日春香が泊まりに来た際に作ってくれた煮物と焼き魚の残りがおかずのシンプルなお弁当です。
和食なのでお味噌汁も魔法瓶に入れて持って来ました。
千早「いただきます。」
山芋を口に運ぶ。
この食感がたまらないわね。
扉が開く。
本日の来訪者は―――――。
あずさ「あらあら、千早ちゃん?お食事中かしら?」
あずささんでした。
千早「こんにちわ、あずささん。」
あずさ「こんにちわ、千早ちゃん」
ぺこりと頭を下げるあずささん。
こういう何気ない仕草一つとってもすごく可愛らしいのよね。
あれ?そういえばあずささんって…。
千早「あの、あずささん。私の勘違いでなければ今日はオフだったハズじゃあ…?」
あずさ「えぇ、今日はお休みだから近くの公園でピクニックしようと思ったのだけれど気が付いたら事務所にいたのよ~。」
近所に行こうとして事務所に来てしまうなんて、流石はあずささん。
ということは普段から公園に行こうとすれば少なくとも事務所までは迷わないんじゃあ…。
あずさ「千早ちゃんも今日はお休みよね?」
千早「私は、家にいてもやる事が無いので自主練習をしに来ました。」
あずさ「うふふ、相変わらず練習熱心ね千早ちゃん。でも、無理しちゃだめよ?せっかくのお休みなんだからのんびりしても良いんじゃないかしら~?」
千早「大丈夫ですよ。結構今のんびりしてますから。」
正直、殺風景な自宅にいるより屋上で食事をするこの時間の方が安らぐ気がします。
千早「あずささん、お昼食べました?」
あずさ「いいえ、まだよ。公園で食べようと思っていたからお弁当はあるのだけれど」
千早「良かったら一緒にどうですか?」
あずさ「まぁ!千早ちゃんからランチのお誘いを受けちゃったわ~。」
頬に手を当て嬉しそうにしています。
あずさ「それじゃあ、お邪魔させてもらうわね。」
靴を脱ぎレジャーシートに座るあずささん。
トートバッグからお弁当を取り出す。
可愛らしいお弁当箱とタッパー。
タッパーには肉じゃがが入っているみたいです。
千早「あの、あずささん。どうして隣に座るんですか?」
あずさ「だってせっかく千早ちゃんからお誘いいただいたんだもの。離れて座ったら勿体ないじゃない。」
千早「まぁ、なんでもいいですけれど。」
あずさ「千早ちゃんのお弁当は和食なのね。」
千早「昨日、明日早朝ロケがあるから泊めて欲しいって春香に言われて、お礼にって春香が作ってくれたんです。」
あずさ「流石は春香ちゃんね~。とっても美味しそう。」
千早「私も少しだけ手伝ったんです。」
あずさ「まぁ。うふふ。仲良しさんね。」
千早「良かったらお一つ食べますか?」
あずさ「あら~いいの?」
千早「構いませんよ。」
あずさ「そういえば貴音ちゃんからここで千早ちゃんとラーメンを食べ交わしたって聞いたわね。」
千早「四条さんとはおかず交換ではなくどんぶり交換をしました。」
あずさ「まぁ、それも楽しそうね~。あ、この煮っ転がしいただいていいかしら?」
千早「あ、はいどうぞ…あずささん?」
あずさ「あーん。」
千早「どうして口を開けているんですか?」
あずさ「千早ちゃんに食べさせてもらいたいな~って。ほらほら、あ~ん。」
この人はファンが見たら卒倒するような事を平然とやってのける。
そこに痺れはしないし憧れませんけれど。
千早「分かりました…。はい、どうぞ。」
あずさ「はむっ。うん、味が染みててとっても美味しいわ千早ちゃん。」
千早「私はほとんど何もしてませんから春香に言ってあげてください。」
あずさ「でも千早ちゃんも作ったんでしょう?」
千早「まぁ、少しですけど。」
あずさ「だったら千早ちゃんに言っても大丈夫よ。」
千早「そうでしょうか?」
あずさ「うふふ。」
笑ってごまかされたような気がしないでもないです。
あずさ「それじゃあお礼に千早ちゃんもお一つどうぞ。」
嬉しそうにお弁当箱を差し出すあずささん。
色取り取りの野菜やおかずがとてもきれいに並んでいる。
こういうのを女子力が高いと言うのかしら?
千早「それじゃあ、肉じゃがをもらってもいいでしょうか。」
あずさ「は~い。」
タッパーのふたにお肉とじゃがいもと白滝を乗せてお箸でつかんで…
千早「あずささん、今度は何を?」
あずさ「うふふ、さっきのお礼にはい、あ~ん。」
この人はファンが見たら卒倒(ry
千早「あの、自分で食べられますから…。」
あずさ「そんなっ。私のあ~んじゃ食べられないのね…くすん。」
千早「な、泣かないでください。…わ、わかりました、その、あ~ん///」
あずさ「うふふ。はい、あ~ん。」
千早「あ、あむっ。あ、美味しい。」
あずささんの肉じゃがはとても優しい味がしました。
暖かくて、優しさがじんわり胸に広がるような、こういうのをおふくろの味って言うのかしらね…。
お母さん、元気かしら…。
あずさ「千早ちゃん…!」
いつの間にかあずささんに抱き締められていました。
何が起こったのか全く分かりません。
キョトンとしている私の頬をハンカチで拭うあずささん。
どうして、涙なんか流しているのだろう?
悲しい事なんて何もなかったのに…。
それでも私は、嗚咽を漏らして子供のように泣きじゃくってしまいました。
あずさ「落ち着いた?千早ちゃん。」
千早「すみません、あずささん。みっともない姿をお見せしてしまって。」
あずさ「うふふ、そんな事無いわよ。」
優しく微笑むあずささん。
でも、どこか申し訳なさそうな微笑みでした。
あずさ「お口に、合わなかったかしら…?」
千早「違うんです!そうじゃなくて、その。少し、母を思い出してしまって…。」
弟を亡くして以来疎遠になってしまった母。
その母が作ってくれた肉じゃがを思い出して、あの幸せだった頃の家族を思い出してしまって。
あずさ「そうなの…。」
そしてあずささんは再び抱き締めてくれました。
とても優しく。
抱き締められたまま言葉を紡ぎます。
千早「昔、母が良く作ってくれたんです。私も弟も大好きで、よく取り合いしながら食べたんです。」
「あずささんの肉じゃがを食べたら、その頃の事を思い出してしまっていつの間にか…。」
あずさ「そう、だったのね…。」
千早「でも、お陰で泣いたら少し吹っ切れました。」
あずさ「もう大丈夫?」
千早「はい、ありがとうございました。肉じゃが、とっても美味しかったです。」
食事が終わりあずささんと別れると私は携帯電話を取り出しました。
操作して2人しかいない事務所外の連絡先の一つを呼び出します。
少し震える指で通話ボタンを押す。
2コールほどで相手は電話に出た。
千早「もしもし。久しぶりね…」
―――――お母さん…。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日は午前中にラジオのお仕事、午後からはレッスンなのでラジオが終わってから事務所に帰ってきました。
昨日は久々に実家に帰り、そのまま泊まって朝に母がお弁当を持たせてくれました。
中身が分からないお弁当ってワクワクするわね。
千早「いただきます、お母さん。」
お弁当箱のふたを開けようとした所で扉が開きました。
響 「お、千早じゃないか。なにしてるんさ、こんな所で。」
今日のお客様は我那覇さんです。
千早「こんにちは我那覇さん、丁度今からお昼ご飯にしようと思って。」
響 「へ~。そういえばこないだあずささんが千早と食事したって言ってたけどもしかして。」
千早「ええ、ここで一緒に食べたわ。良かったら我那覇さんもどうかしら?」
響 「いいのか?じゃあお弁当取って来るからちょっと待っててほしいさ~!」
走って事務所へ戻っていく我那覇さんを見送ります。
さて、お弁当の中身は何かしら?
ふたを開けてみるとご飯の中心に梅干。
おかずはから揚げ、タコさんウインナー、卵焼き、ブロッコリーやプチトマトが詰められていました。
もう、まるっきり子供のお弁当じゃない…。
でも昔は嬉しかったわね、こういうお弁当。
響 「おまたせ千早!」
事務所からお弁当を取って来た我那覇さんをレジャーシートに招きます。
千早「いらっしゃい、我那覇さん。」
響 「お邪魔します、千早!」
靴を脱いでシートに座る我那覇さん、あぐらははしたないんじゃないかしら…。
響 「お、千早のお弁当うまそうだな!」
千早「ふふっ。ありがとう、我那覇さんのお弁当も美味しそうだわ。」
響 「千早が作ったのか?」
千早「いえ…。その、母が…。」
響 「千早のアンマーが…?」
千早「ええ、昨日実家に帰ったのよ。」
響 「じゃあ、アンマーと仲直り…できたんだな。」
千早「…どうかしら。ずっと溝が出来ていたから、その溝を埋めるのはきっと簡単な事じゃないと思うの。」
響 「千早…。」
千早「ごめんなさい!暗くなってしまったわね。さぁ、食べましょう。」
響 「…自分、トップアイドルになるまで戻らないって言って島を飛び出してきたさー。」
「それから連絡一つしないで一人で生きてきた。」
「でもさ、最近にぃにから連絡が来てさ。アンマーが自分の出てる雑誌とか番組とかちゃんと見てるぞって教えてくれて。」
「それ聞いて、自分嬉しくって。」
「勝手に飛び出してっちゃった自分の活躍を、ちゃんと…っく…見てくれて…。」
普段は底抜けに明るい彼女のこんなに弱々しい姿を見るのは初めてね…。
私は、あずささんが私にしてくれたように我那覇さんを抱き締めていました。
あずささんのように包容力は無いけれど。
それでも、泣いている我那覇さんをこのままにしたくはありません。
響 「ぢはや゛…。」
千早「ありがとう我那覇さん。家族の大切さ、ちゃんと伝わったわ。」
響 「えっへへ、自分完璧だからな…。」
泣きながらも完璧を主張するのね。
ふふっ、我那覇さんらしいわね。
響 「よしっ。いつまでも湿っぽいのはよくないさ!千早!おかず交換しようよ!」
恒例行事きました。
響 「あずささんから聞いたぞ、千早とおかず交換したって。だから自分ともやろう!」
千早「勿論。今日は私の手作りではないけれど、大歓迎よ。」
我那覇さんは嬉しそうにお弁当箱を開けると中身はあまり馴染みのない物ばかりでした。
千早「我那覇さん、コレは沖縄料理…なのかしら?」
響 「そうさー。これはクーブイリチーって言って昆布と豚肉を炒めたものさ。」
千早「この、中身が紫色のは何かしら?」
響 「コレは紫芋のコロッケだぞ。」
千早「ちゃんとした沖縄料理を見たのは初めてね。でも、どれも美味しそう。」
一番馴染みのあるゴーヤチャンプルーはありませんでした。
少し意外ね。
千早「それじゃあこのコロッケをいただいても良いかしら?」
響 「うん!それは自信作なんだ!」
千早「そうなの。はむっ。うん、とっても美味しいわね。」
響 「うんうん、自分完璧だからな!」
千早「それじゃあ我那覇さんもお一つどうぞ。」
お弁当を差し出すと真剣な眼差しでおかずを選んでいます。
本当に表情がコロコロ変わって見てて飽きないわね。
響 「じゃあ、タコさんウィンナーもらうぞ!」
千早「どうぞ、召し上がれ。」
響 「自分、タコさんウィンナーってあんまり食べた事無いんだよね。」
千早「沖縄ではあまり食べないの?」
響 「周りの友達のお弁当とかには良く入ってたんだけど、ウチはアンマーが作ってくれなかったんさ。」
千早「そうだったの。」
響 「それで一回アンマーに何でウチはタコさんウィンナー作ってくれないのって聞いてみたんさ。そしたら…。」
千早「そしたら?」
響 「たった一言。面倒、だって。酷くない!?」
千早「ふふっ。確かに少し手がこんでる感じするものね。」
響 「上京してからやってみたけど、そんなに手間でもなかったぞ…。」
きっと本当に面倒だったのね、我那覇さんのお母さんにとっては。
千早「それにしてもコロッケって家で作れる物なのね…。知らなかったわ。」
響 「え、結構簡単だぞ?」
千早「そうなの?」
響 「うん、今度教えてあげるぞ!」
千早「私に、出来るかしら?」
響 「だーいじょうぶさー!何なら春香も呼ぶか?それなら安心だろ?」
食事が終わりレッスンに行こうとしたらどうやら我那覇さんもレッスンだったみたいで2人で一緒に行きました。
コロッケ作り、今から楽しみね。
沢山作ったら事務所だけじゃなくて、お母さんにも食べさせてあげようかしら?
喜んでくれたらいいのだけど。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日のお昼ご飯は牛丼屋さんの牛丼です。
私はレッスン場にいたので詳しい事は分かりませんが事務仕事をしていたプロデューサーが突然牛丼が食べたいと騒ぎ出して人数分買って来たんだそうです。
レッスンから戻ったら満面の笑みで牛丼の特盛りを頬張るプロデューサーにもらったので、こうしてここで食事をしています。
千早「いただきます。」
牛丼屋さんの牛丼は初めて食べるわね。
何だか男の人が多くて入り辛い雰囲気があります。
音無さんは結構食べてる所を見かけるけど、私には無理ね。
牛丼に舌鼓を打っていると扉が開きました。
ふむ、今日は誰かしら?
真 「あれ、千早?こんな所で食事中?」
千早「あら、真。いらっしゃい。」
真 「最近皆が屋上で千早とご飯食べたって話してたけど本当だったんだね。」
そんなに話題になっていたなんて知らなかったわ。
真 「半信半疑だったけど、目の前でこうして見ちゃったらね。」
千早「良かったら、真もどう?ここって結構落ち着くのよ。」
真 「確かに事務所はなんだかんだ騒がしいからね。うん、せっかくだしボクもご一緒させてもらうよ。」
とても爽やかな笑顔を返されたわ。
萩原さんが見たら喜びそうね。
真 「じゃあちょっとお昼ごはん取って来るね。」
皆屋上に上がっては昼食を取りに戻るけれど、そもそも何をしに屋上に上がって来ているのかしら?
…案外皆も一人になりたい瞬間があるのかしら?
もしそうだとしたら、結構私気の利かない子よね。
一人になりたいのに食事につき合わせてしまうなんて。
1人迷走Mindしていると再び扉が開いた。
真の手には私の手にあるものと同じ器。
違うのは私のものより大きい事かしらね。
真 「今日は事務所まで走って来たからお腹空いちゃって。」
笑いながら言ってのけるけど真の家ってここからそれなりに離れていたわよね?
真 「それじゃあ、お邪魔します。」
千早「ええ、いらっしゃい。」
靴を脱ぎシートに座る真、貴女もあぐらなのね。
千早「ねぇ真、皆もだけどどうして屋上に?」
真 「え?う~んそうだな、特に理由は無いんだけどのんびりしたかったのかな?千早は?」
千早「私も似たようなものね、落ち着くのよ。ここ。」
真 「へぇ。うん、でも何となくわかるよそれ。」
千早「そうなの?」
真 「うん、ボクもすっごく疲れた時とか屋上に来て柵に寄りかかってボーっと街とか空とか眺めてるんだ。」
「そうすると心が軽くなるって言うか、明日も頑張ろうって思えるんだ。」
想像すると凄く画になる気がするのは何故だろう?
とても本人には言えないけれど、見てみたい気もするわね。
千早「真らしいわね。」
真 「そうかな?へへっ」
そうやって照れ笑いしている真はとても女の子らしくて可愛いのよね。
まぁ、当の本人はそこに気付いていないのだけれど。
真 「いっただっきまぁ~す!」
美味しそうに牛丼を頬張る姿はどこから見ても女の子らしさ皆無ね。
真 「あれ、千早のは大根おろし乗ってる!」
千早「真のは特に何も乗って無いのね。」
真 「それも美味しそうだなぁ…。」
千早「良かったら一口交換する?」
真 「え、いいの!?」
千早「ええ、構わないわよ。」
ふふっ、あんな物欲しげな顔されちゃあね。
真 「ありがとう千早!それじゃあ、はいあ~ん!」
千早「真?あの、自分で食べられるから…」
真 「え、そう?まあでももう掴んじゃったからさ。せっかくだし食べちゃってよ。」
千早「はぁ、分かったわ…。あ~、んっ。うん、美味しいわね。」
真 「でも殆ど味は一緒でしょ?」
千早「ええ、でも真が食べさせてくれたからより美味しく感じたわ。」
真 「ななな、何言ってるんだよ千早!///」
千早「ふふっ。はい真、あ~ん。」
真 「えぇ!?ど、どうしちゃったのさ千早!」
千早「先に仕掛けてきたのは真でしょう?ほら、もう掴んじゃったんだからせっかくだし食べてちょうだい。」
真に言われた事をそっくりそのまま返してみる。
どんな反応するかしら?
真 「ふぁっ!?う~、あ、あ~ん///」
顔が真っ赤ね。
千早「どうかしら?」
真 「うん、おろしポン酢でさっぱりして美味しいよ。それに…」
千早「?」
真 「千早が食べさせてくれたから…かな。うん、普通よりすごく、美味しかったよ。」
爽やかな笑顔をむけられました。
これが…真王子…!
千早「これ、すっごく恥ずかしいわね///」
真 「うん、ボクもやって少し後悔してる///」
2人揃って顔を紅潮させたまま食事を終え事務所に戻ると不審がった音無さんに追及されて大変だったわ。
とりあえず、真に甘い事を言われるととんでもなく恥ずかしい事が分かったので今後気をつけましょう。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
小鳥「懐かしいわね、その4色のレジャーシート。子供の頃ピクニックとかでよく使ったわ~。」
突然ですが今日の来訪者は音無さんです。
遡る事数十分前――――――。
―――事務所内―――
千早「おはようございます。」
今日は夕方から歌番組の収録が一本ね。
気合を入れて行かなくちゃ!
小鳥「おはよう千早ちゃん、随分早いのね。」
千早「音無さん、おはようございます。お昼を事務所で食べようと思いまして。」
そう言って事務所を見渡すと、今は音無さんしかいないようです。
小鳥「そうだったの。はっ!」
音無さんが何か思いついたようね。
…変な事じゃなければいいのだけれど。
小鳥「うふふ、私もそろそろお昼にしようかしら~。ところで千早ちゃん、聞いたわよ?」
千早「何ですか?」
小鳥「どうやら事務所の皆を屋上でたらしこんでるらしいじゃない。」
案の定変なこと考えていたみたいね。
一緒にお昼ご飯を食べているだけなんですが。
小鳥「と、言う訳で。私もその千早ゾーンに入れてくれないかしら?」
千早「なんですか千早ゾーンって…。」
小鳥「千早ちゃん、今日のお昼ご飯は何かしら?」
千早「今日はお弁当を作っていませんので何か買いに行こうかと。」
小鳥「あら、それじゃあ一緒に買いに行かない?美味しいお店知ってるのよ。」
千早「はい、私は構いませんよ。」
小鳥「うふふ、千早ちゃんとデートだなんてワクワクしちゃうわ~。」
千早「そ、そんなデートだなんて…!」
小鳥「そうよね、アイドルの千早ちゃんとデートだなんて思い上がりも甚だしいわよね…。」
千早「い、いえそういう意味ではなくてですね…。」
小鳥「いいも~ん、私は一人寂しくご飯を食べて誰もいない事務所でお仕事する運命なのよ…。ぐすん。」
そういえば私達がそれなりに売れてから事務所に誰かいる方が珍しくなってしまったのよね。
私達が現場で頑張れるのも音無さんが事務所で頑張ってくれているからで。
仕事やレッスンが終わって戻って来た時に音無さんからのおかえりなさいの一言がとても嬉しいのよね。
そんな音無さんの為に私が今できる事は…。
千早「音無さん、私とデ、デートしてくれますか?///」
小鳥「うふふ、ありがとう千早ちゃん。(照れて真っ赤な千早ちゃん可愛いピヨー!)」
―――――現在、屋上―――――
と言う事があり、音無さんとお昼ごはんを買って音無さん曰く千早ゾーンに来た訳です。
ちなみに今日のお昼はカレーです。
音無さんのお勧めのお店でとっても美味しいのだそうです。
テイクアウトでもライスとナンが選べるようで一つづつ買って来ました。
小鳥「千早ちゃんはライスで食べる?それともナン?」
千早「出来ればライスで。まぁ、ナンでもいいですけれど。」
小鳥「え。それは…。」
千早「ぶふっ…ナンだけになんでもいい…っふふ。」
小鳥「あ、はい。ははは…。」
これはなかなかの出来だと思うの。
音無さんも笑ってくれたわ。
2人「いただきます。」
私が頼んだのはオーソドックスなチキンカレーで音無さんはマトンカレーです。
千早「辛いです…。でも、美味しい…。」
小鳥「でしょう!?この辛さがクセになるのよね~。」
千早「そういうものでしょうか…?」
小鳥「千早ちゃんは何辛にしたの?」
1~5段階で辛さが調節できるお店でした。
千早「3辛です。普通の辛さかと思って。」
小鳥「あ~、3は結構辛いわよ~。一口貰ってもいいかしら?」
千早「あ、はい。どうぞ。」
小鳥「ナンですくって、あむっ。ん~、結構辛いわね。でも、美味しいわ!」
千早「音無さんは何辛にしたんですか?」
小鳥「私は2辛よ。これがいわゆる中辛位だと思うわ。」
千早「そうだったんですね、5段階だからてっきり3が普通なのかと。」
小鳥「一口食べてみる?」
千早「いいんですか?」
小鳥「勿論!おかず交換は遠足の定番じゃない!それに皆ともしたんでしょう?」
千早「はい。」
小鳥「うふふ、あ~んしてあげましょうか?」
千早「あ、それは2回やってるので大丈夫です。」
小鳥「ピヨォ…。」
音無さんのカレーをスプーンですくってご飯と一緒に食べます。
千早「あむっ。あ、確かに辛いけどそこまでじゃないですね。」
小鳥「そうでしょそうでしょ。」
千早「すごく食べやすいです。」
小鳥「でも千早ちゃんのは辛くて食べるのつらそうね。」
千早「いえ、せっかく頼んだんですからキチンと食べます。」
とはいえ本当に辛いのよね…。
小鳥「そうだわ、少し待っててね。」
そう言うと小鳥さんは事務所に帰って行きました。
どうしたのかしら?
千早「あむっ。ん…はふ…辛い…。」
小鳥「お待たせ、千早ちゃん!」
千早「あ、音無さんおかえりなさい。」
小鳥「うふふ、ただいま。」
戻って来た音無さんは紙パックを手に持っていました。
小鳥「さぁ千早ちゃん、これがあればもう大丈夫よ!」
そう言って手に持っている紙パックを渡してくれました。
千早「牛乳、ですか。」
小鳥「えぇそうよ、カレーの辛さを和らげるの!混ぜてもマイルドになるわよ。」
千早「そうだったんですか、初めて知りました。」
小鳥「インドカレーのお店に行くとラッシーとかがあるから辛いなって思ったらそう言うのを飲みながら食べるのも手よ。」
やっぱり音無さんは頼りになりますね。
色々な事を知っているしとっても優しいです。
まぁ、時々暴走してしまうのは玉に瑕ですけれど。
貰った牛乳と一緒にカレーを食べてみましょう。
千早「あ、確かに辛さがあんまり気にならなくなりました。ありがとうございます。」
小鳥「うふふ、よかったわね。」
音無さんのおかげで辛かったカレーが食べやすくなりました。
すごくスプーンが進みます。
小鳥「ふう、屋上も中々いいのね。」
千早「えぇ、落ち着きます。でも…」
小鳥「千早ちゃん?」
千早「私がここを使っているせいで、皆が使えないんじゃないかと思うと…。」
小鳥「そんな事無いんじゃ…」
千早「でも、食事をしていたら誰かに会って、一緒に食事して。」
「私は嬉しいけれど、誰かの用事を邪魔してしまっているんじゃないかって。」
小鳥「千早ちゃん…。」
千早「すみません、音無さん。」
小鳥「ねぇ千早ちゃん。」
千早「は、はい。」
小鳥「誰とは言わないけど一部の子はお仕事がうまく行かなかったり、凹んだりした時にここに来てたんですって。」
やっぱり、そういった事情があったのね。
何もなしに屋上なんて来ないわよ。
私だって最初は事情があったんだもの。
小鳥「でもね、そんな時にここで千早ちゃんと会って、食事して、なんて事無い会話をして。」
「それだけで、すっごく救われたって。また次も頑張ろうって思えたんだって。」
音無さんはいつもの優しい微笑みをしていました。
小鳥「ここで食事した皆がね、言ってたのよ。」
千早「皆が…?」
私はここで食事をしていただけ。
私がここで食べたいからそうしているだけで、それで誰かを支えていただなんて思いもよらなかった。
千早「音無さん。」
小鳥「なぁに?」
千早「私は、ここにいていいんでしょうか…?」
小鳥「当たり前じゃない!なんたってここは千早ゾーンなんだから。」
相変わらず千早ゾーンの意味は分からないのだけれど、私がいる事で誰かの力になれたのならそれはすごく嬉しい事。
私が歌を失いかけた時に皆が私の力になってくれた恩に、ほんの少しでも報いる事が出来ているのかな。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
最近は少しづつ気温も下がって来て過ごしやすくなって来たわね。
今日はお昼過ぎからお仕事があるのでいつものようにお弁当を作ってこの場所へ。
カバンからお弁当箱を取り出します。
きょうのおかずは焼ジャケ、生姜焼き、お野菜、そして魔法瓶に入ったお味噌汁の和風弁当です。
千早「いただきます。」
まずお味噌汁を一啜り。
…うん、ホッとするわね。
生姜焼きを一つまみ、ご飯と一緒に食べます。
お野菜で口の中をリセットし焼ジャケとご飯の組み合わせを噛みしめる。
そしてお味噌汁で一息つく。
はぁ、心が洗われるようね。
最近はお料理するのが楽しくなってきました。
春香や我那覇さんに教わって、たまに失敗しながら色々挑戦しています。
お弁当を三分の一ほど食べた所で扉が開きました。
雪歩「あ、千早ちゃん。ここにいたんだね。」
千早「萩原さん、いらっしゃい。」
ようこそ千早ゾーンへ。
言おうと思ってやめました。
雪歩「千早ちゃん、プロデューサーが午後のお仕事の打ち合わせがしたいって探してたよ。」
千早「あら、そうだったの。ありがとう萩原さん。良かったらゆっくりしていってちょうだい。」
打ち合わせの為に屋上を後にします。
いつもとは逆ね。
事務所に戻るとプロデューサーが待っていました。
P 「おう千早、探したぞ。」
千早「すいませんプロデューサー、お昼ごはん食べてました。」
P 「あ、そうだったのか。そりゃ済まんかった。」
千早「いえ、気にしないでください。打ち合わせは大事ですから。」
P 「そうか?じゃあサクッと終わらせちまうか。」
サクッとって、そんな適当で大丈夫なんでしょうか?
困るのは主に私なんですが…。
P 「うん、じゃあこんなもんで大丈夫だろ。」
千早「はい、ありがとうございました。」
サクッとな割にはしっかりとした打ち合わせだったわ。
流石はプロデューサーね。
さて、屋上に戻りましょうか。
階段を上り扉を開けます。
雪歩「あ、おかえり千早ちゃん。」
萩原さんはレジャーシートの上でお茶を飲みながら寛いでいます。
千早「えぇ。寛いでいただけているようで良かったわ。」
雪歩「うん、屋上で飲むお茶も美味しいよ。千早ちゃんもどう?」
萩原さんの脇には魔法瓶と湯のみとお茶っ葉と急須が置いてありました。
千早「あらいいの?それじゃあお願いするわね。」
雪歩「うん!」
嬉しそうにお茶を淹れる萩原さんを横目に食べかけのお弁当を食べます。
雪歩「はいどうぞ。」
千早「ありがとう萩原さん。」
お茶を一口飲む。
どうして萩原さんのお茶ってこんなに美味しいのかしら?
雪歩「千早ちゃんのお弁当美味しそうだねぇ。自分で作ってるの?」
千早「えぇ、あんまり凝ったものは出来ないけれど。なるべく自分で作っているわ。」
雪歩「そうなんだ、すごいね千早ちゃん。」
千早「そんなに褒められた物でもないわ。春香や我那覇さん、それにあずささんに比べたら。」
雪歩「ううん、私なんてお母さんに作ってもらってるしお料理もそんなに得意じゃないから…。」
千早「私も料理は得意じゃないわ、最近は楽しくなってきたけれどまだ簡単な物しかできないし。」
「それに萩原さんのお茶は事務所の誰にも負けないくらい美味しいから、自信を持っていいんじゃないかしら?」
雪歩「うぅ、そうなのかな…?」
千早「えぇ、そう思うわ。」
雪歩「でも、私なんてひんそーでちんちくりんで…」
千早「それ以上いけない。」
雪歩「ひぅ!な、なんだか千早ちゃんから黒いオーラが見えるよぅ…。」
オーラ?何のことかしら?
良く分からないわね。
千早「ところで、萩原さんはお昼は食べたのかしら?」
雪歩「ううん、まだなんだぁ。」
千早「そう、だったら一緒に食べない?せっかくだし。」
雪歩「いいの?」
千早「構わないわよ。」
雪歩「わぁ、嬉しいな。ご一緒させてもらうね。」
鞄からお弁当を取り出す萩原さん。
小さくて可愛らしいお弁当箱ね。
中身は私と似た和食。
白身魚の焼き物に卵焼き、牛肉のしぐれ煮、お野菜が少しづつといった構成。
千早「すごく小さいのね、それで足りるの?」
雪歩「うん、私少食だから」
少食なのにそのプロポーション…くっ。
雪歩「ち、千早ちゃん…?」
千早「あ、いえ何でもないわ。えぇ、何でも…。」
雪歩「何だか今日の千早ちゃん怖いですぅ…。」
千早「私もそんなに食べる方ではないけれど、その量ではお腹が空いてしまいそうね。」
雪歩「う~ん、真ちゃんにも言われたなぁ。雪歩は食べなさ過ぎだよ、ボクの半分も食べてないじゃないかって。」
千早「あぁ、真は逆にいっぱい食べるものね。この前なんか牛丼の特盛り?って言うのかしら。あれを平然と平らげていたわね。」
雪歩「うぅ、考えただけで胸やけしそうですぅ…。」
千早「えぇ、お肉とお米だけをあんなに沢山食べられるのは単純にすごいと思うわ。」
雪歩「焼肉ならいっぱい食べられるんだけどなぁ…。」
千早「そう言えば焼肉が好物だったのよね。」
雪歩「うん、月に2,3回は行くかな。」
千早「そうなの?結構な頻度ね。」
雪歩「そうなのかな?」
千早「えぇ、そう思うわ。」
そのプロポーションの秘密は焼肉が…?
私もお肉の量を増やそうかしら?
雪歩「あのね、真ちゃんから聞いて実は千早ちゃんとこうして屋上でご飯食べるの楽しみにしてたんだ。」
千早「嬉しいけれど、特別な事は出来ないわよ?私は自己満足の為にここで食事をしているだけだし。」
無論、誰かと食べる食事と言うのは良い物だと思うけれど。
雪歩「そ、それにね。もっと千早ちゃんとはお話したいな、仲良くなりたいなって…思ってたんだぁ。」
千早「確かにこうして2人で話した事ってあまりなかったわよね。」
雪歩「うん。だから今こうして一緒に話してご飯を食べられて本当に嬉しいんだ。えへへ。」
千早「えぇ、私も同じ気持ちよ。萩原さんとここで一緒に食卓を囲む事が出来て嬉しいもの。」
雪歩「えへへ、ありがとう千早ちゃん。」
千早「ふふっ。どうせならもっと仲良くなりましょうか。」
雪歩「ふぇ!?そ、それってどういう…?」
千早「四条さんが言っていたわ、丼を交わすという事は心を交わすという事。」
雪歩「ど、どんぶり?」
千早「えぇ、つまりおかず交換をするという事は心を交わすという事なのよ。」
雪歩「心を…交わす…。それ、すっごく素敵です!」
萩原さんの目が輝いているわ。
千早「それじゃあお一つどうぞ。」
雪歩「う~ん、それじゃあ生姜焼きを貰ってもいいかな?」
千早「えぇ、どうぞ。」
雪歩「いただきますぅ。はむ。うん、とっても美味しいよ。」
千早「ありがとう萩原さん。私はしぐれ煮をいただくわね。」
雪歩「うん、どうぞ。」
千早「あむっ。とっても上品な味ね。すごく美味しいわ。」
雪歩「えへへ、ありがとう。」
千早「うん、これで午後の仕事も頑張れそうね。」
雪歩「私もレッスンとっても上手く行きそうです。」
千早「お互い頑張りましょう。」
雪歩「うん!」
萩原さんのお茶で食後の一服。
至福のひと時と言ってもいいんじゃないかしら。
それくらいいつもよりのんびりした時間を過ごせたわ。
あんまりリラックスしすぎて2人して遅れそうになったのはまぁ、ご愛嬌と言うやつね。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日は地方でお仕事、少し遠いので朝出発して帰りは夜になります。
なので今日は朝ご飯を食べに屋上に来ました。
朝食は駅に入っているパン屋さんのパンです。
あんまりのんびりもしていられないので手早く食べられるものしました。
時間がないのなら事務所で食べるのが良いんでしょうけど、ここで食べるのがもうクセになっているのね。
千早「いただきます。」
袋からパンを取り出します。
食パンに目玉焼きが乗ったまさに朝食とも言うべきラピュタパン。
揚げたてサクサク食感のカレーパン。
ふんわりとしたパンに上品な甘さのカスタードクリームがたまらないクリームパン。
どれも焼きたて、揚げたてで美味しそう。
最初はどれからいこうかしら?あぁ、どうしよう、決められない。
悩んでいると扉が開きました。
律子「あー、千早。やっぱりここにいたのね。打ち合わせするわよ。」
千早「打ち合わせ?」
律子「今日はプロデューサー殿はあんたとは別現場よ。」
千早「じゃあ今日は律子が来てくれるのね。」
律子「竜宮はオフだからそうなるわね。」
千早「竜宮小町がオフなら律子も休めばいいじゃない。」
律子「う~ん、そう言う訳にもいかないのがこの仕事なのよ。」
千早「そうなのね…。」
仕事バカと言っても過言ではないくらい律子もプロデューサーも本当にいつ休んでいるのか分からない程頑張ってくれている。
律子「さて、それじゃあ食べながら打ち合わせしましょうか。」
千早「ここでいいの?」
律子「ま、私も朝ご飯はこれからだし皆ともここで食べてるんでしょ?」
律子にまで知れ渡っていたのね、音無さんも知っていたしこの分だとプロデューサーの耳にも入っているんでしょうね。
律子の朝食はコンビニのパン。
焼そばパンにメロンパンにぶどうぱん。
意外と甘党だったりするのかしら。
律子「さて、今日は地方の現場だけどコンディションはどう?」
千早「喉に異常は無いわね、体調も万全よ。」
律子「よろしい。まぁ千早に限って体調管理を怠るとは思えないわね。今日は新曲の披露もしてもらうからそのつもりで。」
食べながらとは言ったものの打ち合わせ中2人ともパンに手はつけていない。
時々律子が缶コーヒーを飲むくらいだ。
律子「よし、打ち合わせはこんなもんでいいわね。それじゃ今日は頑張ってちょうだい。」
千早「えぇ、よろしくね律子。」
律子「あ、打ち合わせに夢中で全然食べてないわね。」
千早「そう言えばそうね。」
律子「千早のそれ駅のパン屋よね。」
千早「えぇ、あまり時間もないし手軽な物の方がいいかと。でも、どれから食べようか迷っていたのよ。」
律子「へぇ、だったら焼そばパンとカレーパンを半分づつ交換しない?」
千早「半分づつ?構わないけれど。」
律子「ふふふ、それじゃあはい。」
千早「あ、ありがとう。それじゃあこちらも、どうぞ。」
律子「あら、ありがとう。」
せっかく交換したのだし焼そばパンからいただこう。
うん、コンビニパンも美味しいわよね。
あまり食べたりしないけれど、たまにはいいのかもしれないわね。
さて次は、ちぎっちゃったしカレーパンにしましょう。
律子「最初のパンが決まったらあとは決めやすいんじゃない?」
カレーパンを処理しようと思っていた所を見透かすかのように律子が言う。
まさかそこまで考えていたというの?
律子「まぁカレーパンがコンビニで売り切れてたから食べたかっただけなんだけどね。」
千早「ふふっ。そう言う事にしとくわね。」
少しだけ恥ずかしそうな律子を見ながら食べるパンも乙なものね。
さて、あまり時間もないし他のも食べちゃいましょう。
新曲披露もあるし、今日は張り切って行かなくちゃ。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日は午後からレコーディングがあるだけで午前中はオフでした。
とはいえ家にいてもする事も無いのでお弁当を作って事務所で昼食を取ろうかと。
カバンからランチボックスと魔法瓶を取り出す。
ふたを開けると中身はラップにくるまれたおにぎり。
まぜご飯や味噌を塗ったおにぎりを持って来ました。
魔法瓶の中身はお味噌汁です。
お味噌が被ってしまったけど気にしません。
千早「いただきます。」
おにぎりを包むラップを半分だけ剥がし手が汚れないように残ったラップ部分だけを持ちます。
一口おにぎりを頬張った所で扉が開きました。
今日は誰かしら?
美希「もー、それは分かったの!」
今日の来訪者は美希です。
でも電話中のようね。
美希「あれ、千早さん?…あ、ううん何でもないの。」
こちらに気付いたけれどすぐに電話に戻る美希。
お友達とかしら。
私は特に気にしていないけれど美希は誰にでも友達感覚で話すから意外と学校の先生とかかもしれないわね。
美希「うん、それじゃあまた学校で。バイバイなの☆」
電話をしまうとこちらに駆け寄って来た。
美希「千早さん、こんな所でなにしてるの?」
千早「ひょくじほひてるわ。」
美希「飲みこんでから話すべきだって思うな。」
そういえば水瀬さんにも言われたわね。
いけないいけない。
お味噌汁でおにぎりを流し込む。
千早「食事をしてるわ。」
美希「うん、見たらわかるの。」
水瀬さんと反応が同じね。
美希「あ、でも律子が前に屋上で誰かと何かしたって言ってたけど、それってもしかして千早さん?」
千早「多分そうじゃないかしら。」
美希「なんだか不思議な関係だね。」
千早「そうね…。確かに。」
美希「ふ~ん。じゃあ美希もここで千早さんとご飯食べてもいい?」
千早「ええ、良いわよ。」
美希「やったなの!じゃあおにぎり取って来るから千早さんもそのおにぎり食べないで待っててね☆」
事務所に走って戻っていく美希を見送り、食べるなと言われたのでお味噌汁を啜る。
お味噌汁ってどうしてこんなにほっとするのかしら。
のんびりしていると美希が戻って来た。
美希「それじゃあお邪魔しますなの!」
千早「いらっしゃい、美希。」
美希「えへへ。今度千早さんのお家にもお邪魔したいな。」
千早「私は構わないけれど、何も無いわよ?」
謙遜等ではなく本当に何も無い。
物理的な意味で。
美希「別にいいの、まだ春香しか行った事のない千早さんのお家にとっても興味があるの!」
千早「見せものではないのだけれど…。」
美希「千早さんのおにぎりとっても美味しそうなの。ね、ミキのおにぎりと一つだけ交換して欲しいの。」
千早「いいわよ。」
ここで誰かと食事した時に何かを交換するのは恒例行事よ。
美希「それじゃあミキこの茶色いのがいいの。千早さん、これってなんなの?」
千早「味噌おにぎりよ。春香に教えてもらったの。海苔の代わりにシソを巻いたり、焼いても美味しいって言ってたわ。」
美希「ミキの知らないおにぎりがあったなんて。春香侮りがたしなの。」
千早「春香もおばあちゃんから聞いたって言っていたからあまりメジャーなものでもないのかもしれないわね。」
美希「それじゃあ、いただきますなの!あ~むっ。ん~、おいひぃの~!」
おにぎりを一口齧り体育座りをしながら手足をばたつかせ美味しさを表現する美希。
美希「千早さんも好きなの1個食べていいよ。」
美希のおにぎりは白米に海苔が巻いてあるいわゆる普通のおにぎりね。
中身が分からないからどれを取るか悩むわね。
美希「ちなみに中身は右からシャケとおかかとツナマヨと明太子なの。」
千早「じゃあ明太子をいただくわね。」
美希「はいなの。」
千早「自分で作ったの?」
美希「ん~ん、ママが作ってくれたよ?」
千早「え、じゃあどうして中身が分かったの?」
美希「ミキくらいになると、パッと見ただけで中身が何なのかすぐにわかるの!えっへん!」
誇らしげに胸を張る美希。
くっ。
千早「それじゃあいただくわね。」
美希のおにぎりを一口齧る。
多めなのかすぐに具に到達した。
千早「本当に明太子だわ…。」
美希「ね、美希の言った通りなの。あはっ☆」
千早「凄いのね、美希」
美希「それほどでもなの。」
今日はあんまりのんびりもしていられないので先に事務所に戻らなくてはいけません。
レジャーシートはロッカーに入れておくよう美希にお願いして屋上を後にしました。
今日でレコーディングは一段落の予定だから頑張らなくっちゃ。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日はいつもとは違って昼食はテレビ局の食堂で食べてきました。
今はもう夕方、何故屋上に来たのか?
それは―――――。
春香「あ、もう来てる。お待たせ千早ちゃん。」
千早「いいえ、私も今来たところだから。」
春香「いやーでも美希から聞いた時はビックリしたよ。まさか千早ちゃんが屋上で皆と浮気してただなんて。」
千早「う、浮気!?そんなことしてないわよ!ただ食事をして…」
春香「うん、ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね。」
千早「冗談にしてもちょっと性質が悪いんじゃないかしら…?」
春香「えへへ、ごめんね千早ちゃん。」
千早「いいわよ、別に。それにしても春香から屋上でお茶しようなんて言われるとは思わなかったわ。」
春香「だって私だけ千早ゾーンにお呼ばれしてないんだもん!」
千早「千早ゾーンはやめてちょうだい、恥ずかしいから。」
春香「え~、良いと思うけどな。じゃあ千早王国(キングダム)とか。」
千早「どっちも嫌よ。私は好んでここにいるけれど別に独占しているつもりはないわ。」
不満そうな春香を尻目にお茶の準備を進めます。
ティーバックだから簡単ね。
千早「ほらほら、お茶が入ったわよ。萩原さんのように美味しくないと思うけれど。」
春香「あ、ありがと千早ちゃん。うん、大丈夫美味しいよ。」
千早「そうかしら。まぁ、なんでもいいのだけれど。」
春香「さて、お茶も入った事だしお菓子の登場ですよ、お菓子!」
春香は大きな鞄から袋に入ったお菓子を取りだした。
綺麗にラッピングされたそれは恐らく手作り。
春香「いつものクッキーと、今日はマフィンも作って来たよ!」
いつもながらに美味しそうなお菓子ね。
2人「いただきます。」
まずはクッキーを口に運ぶ、サクサクの食感と控えめな甘さが口の中に広がる。
春香「はふぅ、こうして屋上でお茶するのも悪くないね~。」
千早「えぇ、夕方に来たのは初めてだけど夕陽を見ながらここでこうするのも良いものね。」
マフィンに手を伸ばす、クッキーとは対照的にふんわりとした食感。
しかしやはり甘さは控えめで、春香の優しさがにじみ出ているわね。
横を見ると夕焼けを眺めながら、どこか元気なさげな様子の春香。
どうしたのかしら…?
春香「ねぇ千早ちゃん。」
千早「何かしら?」
春香「実はさ、結構寂しかったりしたんだよね。お昼を千早ちゃんと食べようとしても事務所にいないし。」
千早「春香…。」
春香「だから美希から屋上で千早ちゃんの事聞いた時は本当に驚いたよ。あと、ちょっぴり悲しかった。」
少しだけ影のある笑顔。
春香「そんな訳で、こんな時間に千早ちゃんをここに呼び出しちゃったんだ。えへへ。」
気付かなかった、春香を悲しませていたなんて。
秘密にするような事じゃないのだから話くらいしておけば良かったと後悔した。
千早「ごめんなさい。春香、あのね、ここに来た皆とはおかず交換をしているのだけれど。」
私は鞄から袋を取り出す。
千早「簡単なものしか作れないのだけれど、私もお菓子を作って来たのよ。良かったら食べてもらえないかしら。」
春香「千早ちゃんが…?これ、ゼリーだよね。」
千早「えぇ、聞いてみたらゼリーなら簡単に作れるみたいで。」
春香「そっか、うん。いただきます。」
一口サイズのゼリーを春香が口に含み飲みこむ。
春香「うん、美味しいよ。千早ちゃん。」
千早「良かったわ。」
春香「でも、どうして千早ちゃんまでお菓子を?」
千早「四条さんから教わったの、おかず交換は心を交わす事だって。」
春香「へぇ、貴音さんがそんな事を。」
千早「まぁ、四条さんと交換したのはラーメンの丼だけれど。」
春香「丼!?」
千早「えぇ、それを私が都合よく解釈したのよ。」
春香「そ、そうなんだ。あれ、じゃあこのゼリーって。」
千早「えぇ、せっかくだから春香とも心を交わしたくて。」
春香「千早ちゃん…。」
千早「悲しませてしまっていたけれど、春香は私にとって一番の、親友だから…。」
春香「…えっへへ。ありがとう千早ちゃん。」
千早「こちらこそ、いつもありがとう春香。」
春香「そっちいっても、いい?」
千早「えぇ、いらっしゃい。」
対面に座っていた春香が隣に移動してくる。
春香「ゼリー、美味しいよ。」
2人で赤くなった空を見ながらお互いのお菓子を食べる。
千早「春香のお菓子も美味しいわよ。」
春香「お菓子も作れるようになったんだね。」
千早「春香のようにはいかないわ。」
春香「ううん、そんな事無いよ。」
不意に肩に重みを感じたので見てみると春香が私の肩に頭を預けていた。
千早「春香?」
春香「また、来てもいい?」
千早「当たり前じゃない、いつだって大歓迎よ。」
春香「それ、皆にも言ってるんでしょ?」
千早「そうね、だって皆の事も大切だから。」
春香「ふふ、堂々と浮気宣言なんて酷いなぁ。」
千早「浮気じゃないわよ。ただの食事なんだから。あ、でも音無さんとはデートしたわ。」
春香「何それ!聞いてないよ千早ちゃん!」
肩に預けていた頭を勢い良く持ち上げ不満を述べる春香。
千早「ふふっ。一緒にお昼ご飯を買いに行っただけよ。」
春香「もう、私だって千早ちゃんとデートしたいのに…。」
千早「デートって貴女ね…。」
春香「小鳥さんとは出来て私とは出来ないんだ~。」
千早「いつでも遊びに来たらいいじゃない。家を知ってるんだから。」
春香「…いいの?」
驚いたというような表情を見せる。
ホントにころころ表情が変わるわね、面白いわ。
千早「構わないわよ。最近は誰かと食事するのが楽しくなってきたのよ。」
春香「そうなの?」
千早「えぇ、それに気付いたのは皆のお陰よ。」
春香「そっか。」
千早「それにウチを知ってるのは春香だけなのよ。」
春香「そうなんだ、えっへへ、何か嬉しいな。」
近々美希が来るかもと言う事は黙っておきましょう。
千早「黙っていたのは本当にごめんなさい、これからはいつでも来てちょうだい。」
春香が再び頭を肩に預けて来た。
心地いい重みを感じます。
春香「うん、ありがとう。」
それから暗くなるまで、寄り添ってお互いの温もりを感じて過ごしました。
会話はありません、でもすぐ横に春香がいてくれる安心感。
貴女がいてくれたから今の私がいるの。
本当にありがとう、春香。
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
いつものように4色のレジャーシートを敷いてその上に座る。
今日は午前中にテレビ局で収録がありました。
しかし共演者が急に来れなくなり収録が別日になってしまったのでお弁当だけいただいて帰ってきました。
今はお昼を少し過ぎたくらいです。
千早「いただきます。」
今日のお弁当は何とかなりいい所の物みたいで一つ3000円もするみたいです。
こんなに高いお弁当なんて初めてだし、そんなものいただいていいのか不安になりますね。
しかも電子レンジいらずで温める事の出来る容器らしくて驚きました。
ふたを開けるとお弁当の真ん中にとても厚い牛タンがスライスされた状態で6切れ入っています。
ツバが出てきた、絶対にお肉から食べよう。
こんな大ボリュームのお肉を見る事なんて滅多にないわよね。
せいぜいテレビの中だけと思っていたわ。
早速1切れと箸で掴んだ所で扉が開きました。
今日は誰が来たのかしら?
社長「おや、如月君じゃないかね。どうしたんだいこんな屋上なんかで。」
千早「しゃ、社長!?」
全く予想外の来客、いえもはや珍客ね。
手には何か袋を持っています。
千早「ど、どうしてこちらに?」
社長「いや何、ちょっと難しい奴と会ってたものだから少々気分転換にね。」
社長ともなると偉い人との会議とか色々あるのよね。
社長「如月君はどうして屋上に?何か悩みでもあるのかい?話くらいならば…」
千早「いえ、違います。私はここが落ち着くんです。」
社長「屋上が、かね?」
千早「はい、この場所は何と言いますか救われるんです。一人で静かで心が豊かになれるようなそんな場所なんです。」
社長「では、皆との間に何か感じているとかでは無いんだね?」
千早「はい、ありません。皆の事は大切に思っています。ですがこの場所は私が私らしくあるために必要な場所なんです。」
社長「成程…。それで、いつもここでこうして一人で食事しているのかい?」
千早「そうですね、でも最近は誰かとここで食事する事も増えてきました。」
社長「ほほぅ、それは良い事だね。誰かと囲む食卓は良い物だよ。」
千早「はい、本当にそう思います。」
社長「ふむ…。それじゃあ私もここで食事を共にしても構わないかね?」
千早「え、ですが社長をレジャーシートに座らせる訳には…。」
社長「何、お花見の時なんかもこんな感じじゃないか。気にする事は無いよ。」
千早「でも…。少し待っていてください。」
私は社長を残して事務所に戻りソファーからクッションを二つ手に取ると再び屋上に戻ります。
扉を開けると社長はすでに靴を脱ぎシートの上にあぐらをかいていた。
千早「社長、良ければこれを使って下さい。お身体を痛めてしまいますから。」
社長「これは…。ありがとう、わざわざ済まないね。」
千早「いえ、社長のお陰で私は今、歌を歌えるのですから。」
社長「はっはっは。私は何もしていないよ、如月君が頑張ったから今の君があるんじゃないかな。」
千早「そんな…。ありがとうございます。」
社長「うむ、それじゃあ食べようか。」
社長は私のお弁当と似た容器を持っていました。
社長「知っているかね如月君、最近の弁当ってのはすごいんだよ。この紐を引っ張ると何とお弁当が温まるんだよ!」
千早「あ、はい。私もさっきこのお弁当で知りました。」
社長「お、牛タン弁当かね。なかなかに良い物を食べているね。」
千早「今日の収録のお弁当をいただいて帰って来たんです。」
社長「あぁ、そう言えば別日になってしまったんだったね。」
千早「はい、共演予定の方が急遽来れなくなってしまったようで。」
社長「みたいだね、どうやら飛行機が飛ばなかったらしいと聞いたが。残念だったね。」
千早「いえ、収録自体はあるので気にしていません。」
社長「そうかね、気落ちしていないようで何よりだ。」
お弁当が温まったようで社長はお弁当のふたを開けると中はすき焼き弁当でした。
都内の有名なお店の名前が書いてあります。
社長「あいつのチョイスも昔と変わらんね。」
あいつ?
難しい奴と会っていたと言うから仕事上の付き合いの方と会っていたと思ったけど違うのかしら?
社長「ところで、私の他には誰がここに来たんだい?」
千早「大体皆来ましたね、プロデューサーは忙しいのか来ていませんけど。」
「それ以外は皆来てここで一緒に食事しています。」
社長「確かに彼は各方面に飛び回って忙しいだろうね。」
社長はすごく楽しそうに、そして嬉しそうに私達の事を話しています。
765プロに来て本当に良かった。
千早「事務所にいる事もありますけれど、大体デスクで何かしら作業しているので。」
社長「ふむ…。ところで、皆とはどんな話をしているのかな?」
千早「大体その日のお昼ご飯について話してます。あとはおかずを交換したりですかね。」
社長「おかず交換か。懐かしいね、学生の時分によくやったものだよ。」
千早「四条さんとはラーメンの丼を交換したんですけど、丼を交わす事は心を交わすことだって言っていました。」
社長「ほほぅ、四条君がそんな事を。」
千早「はい、それからですかね。皆とのおかず交換は私にとって心を交わす為の大切な行為になったんです。」
社長「とすると、私とも心を交わしてもらえるのかね?」
千早「私はできたら嬉しいのですけど、いいのでしょうか?」
社長「気にする事は無いよ。私は君達を自分の娘のように思っている。娘とおかずを交換するのに良いも悪いも無いと、そう思わないかね?」
千早「社長…。ありがとうございます。」
まさか社長ともおかず交換できるなんて思いもしなかったわね。
今日が高級なお弁当で良かったわ、カップ麺とかだったらどうしようかと。
千早「それでは社長、どうぞ。」
社長「うん、ありがとう。それじゃあすまないが牛タンを1切れいただこうかな。実は気になっていてね。」
1切れつまみ口に運ぶ社長。
大きな牛タンを社長は一口で食べてしまいました。
社長「美味い!あー、コレはお酒が欲しくなるね。それじゃあ如月君も。」
お弁当箱を向けられた私は色々迷った挙句すき焼き弁当のメインの牛肉の出来るだけ小さめなものを選んだ。
社長はもっと大きなのを勧めてくれたけれどそれは悪いので小さいものを。
千早「失礼します、いただきます。はむっ。とっても、美味しいです。」
社長「うむ。実は出先で貰った弁当なのだがね、昔からあいつはこの手の弁当が好きでね。口ではセレブだなんだと言っているが、いやはや変わっていないよ。」
千早「もしかして…。」
社長「あぁ、黒井だよ。」
黒井社長―――――。
脳裏をかすめたあの時の出来事。
でも、私には皆がいたから立ち直る事が出来た。
母とだって少しは歩み寄れた。
良い思い出…とは言えないけれど、今の私へ成長出来た一番のきっかけである事に違いは無いわね。
社長「時々あいつの所に行ってくだらない世間話をしては帰るんだけどね。いつもは邪険にされて終わりだが、今日はこうして土産を持たせてくれた。」
「あいつも、少しづつ変わって来てるのかもしれないな。あとは、間違いに気付いてくれれば…。」
過去に何があったかは分からないけれど、以前は肩を並べた戦友と袂を分かつというのはきっと悲しい事なのよね。
社長「おっと、暗くなってしまったね。歳を取るとどうも話が重くなってしまっていけないね。」
千早「社長。」
社長「なんだね?」
千早「きっと、いつか必ず元の通りになれます。私に皆がいてくれるように、社長にも私達皆がついているんです。きっと。大丈夫です。」
社長「如月君…。うん、そうだね。ありがとう如月君。」
千早「いえ、私もほんの少しだけ母と歩み寄れたので。社長もそうなったら私も嬉しいです。」
社長「なんと、お母さんと…?」
千早「はい、一度実家に帰って母と話をしてきました。そのまま泊まって翌日にはお弁当も持たせてくれたんです。」
社長「そうかね!いやぁ~良かった良かった!」
自分の事のように喜んでくれる社長を見ると、いつか黒井社長とも笑い合える日が来ると信じられます。
社長には、765プロの皆がついています。
皆、社長がいたからここにいるんですよ。
忘れないでください。
私たちはずっと、家族、でしょう…?
今日も私は屋上へと足を運ぶ。
時刻は20時過ぎ、手にはコンビニの肉まんの袋。
今日は歌番組の収録が終わって帰りに寄ったコンビニで買って来ました。
最近は気温も下がって来て吐く息も白くなります。
もう遅いのでレジャーシートを敷かず柵にもたれるだけ。
千早「いただきます。」
袋から肉まんを取り出す。
半分に割ると白い湯気が中からあふれ出してきました。
美味しそうね。
扉の開く音がしました。
振り向くと建物内の明かりを逆光に人影が。
扉が閉まると、人物が判明しました。
P 「やっぱりここか、千早。」
千早「お疲れ様ですプロデューサー。」
P 「お疲れ、収録終わって事務所に帰って来たと思ったらいなくなるから屋上に来てみたら案の定、だな。」
千早「やっぱり、と言う事は知ってたんですね。」
P 「まぁ、な。」
良く見るとプロデューサーの手には缶コーヒーが二つ握られています。
P 「飲むか?」
千早「私もコンビニで缶コーヒー買ってきてしまいました。」
P 「お、何だ被っちまったな。」
千早「ですが、せっかくなのでいただきます。」
P 「はは、なんだそりゃ。まぁいいけど。」
プロデューサーから缶コーヒーを受け取る。
千早「ではお返しにこちらを。」
半分に割った肉まんをプロデューサーに渡す。
P 「いやいや、悪いよ。」
千早「いえ、いいんです。」
P 「そうか、じゃあありがたく。」
プロデューサーは私の隣に来ると同じように柵にもたれる。
P 「どうだ、最近は?」
千早「仕事は順調です。CDも無事リリース出来ましたし、売り上げも好調のようです。」
P 「今度こそBランク抜けられるといいな。」
千早「あまりランクにこだわりはありませんが、目標としては価値がありますね。」
P 「はは、もうずっとBで止まってるのにこだわりが無いとはなんて奴だよ。」
千早「すみません。」
P 「気にしてないさ、それに変に気負うよりはよっぽどいいよ。」
言い終わると肉まんをひと齧り、やっぱり男の人の口って大きいのね。
半分に割った肉まんの半分以上が一口で無くなってしまったわ。
P 「あー、肉まんうめーなー。」
千早「喜んでいただけたようで良かったです。」
貰った缶コーヒーのプルタブを押し上げる、小気味良い音と一緒にコーヒーの芳醇な薫りが鼻腔を刺激する。
唇を飲み口にあてがい中身を口内に流し込みます。
コーヒーの苦みとミルクと砂糖の甘みが混じり合う。
千早「あったまりますね。」
P 「寒い日の缶コーヒーは美味いよな。あ、肉まんもな。」
千早「わかります。」
P 「染みるわぁ~。あ~タバコ吸いてぇ…。」
千早「吸うんですか?」
P 「ん、夜にこうやって屋上で缶コ―ヒー片手に一服するのが密かな楽しみなんだ。」
千早「そうだったんですか、知りませんでした。」
P 「まぁ、事務所にゃアイドルがいるからな。俺のせいで皆の服がタバコ臭くなると色々問題だし。」
千早「そういうものでしょうか?」
P 「そういうもんだ。」
千早「吸わないんですか?」
P 「今言ったろ?千早の服がタバコ臭くなったらまずいんだよ。」
千早「外ならば室内よりは匂いもつかないかと、それに家に帰ったら洗濯しますし。」
P 「ん~…。じゃあ、一本だけ失礼して。」
少し考え込んだ後スーツのポケットから赤い箱のタバコを取り出し、慣れた手つきで銀色のライターで火をつけるプロデューサー。
飲み干した缶コーヒーを柵に乗せを灰皿代わりにして煙を口から吐き出す。
煙がこちらに来ないように顔をそむけて煙を吐き出している。
タバコくらい好きに吸って良いんですよ?
千早「いつもそんな風にして吸っているんですか?」
P 「あぁ、ここでこうして街を眺めて空を眺めてボーっと次の展開を考えてるよ。」
息抜きの最中も仕事の事を考えているんですね。
それは本当に息抜きなんでしょうか…?
いつか、プロデューサーが身体を壊さないか私だけじゃなく皆が心配しています。
P 「千早はここでどんな風に過ごしてるんだ?」
千早「最近は誰かと食事する事も増えましたが…。そうですね、以前は―――――」
「雨~音~ く~さ~の息づかい
風の~ギター き~せ~つ~のメドレー
聞こえ~ない~ ダ~イナモにかきけされ
人は~何故~ う~た~を~手放したの」
P 「懐かしいな…遠い音楽か。」
千早「はい、夜なので声は控えめにしましたが誰も来ない時はここでこうして歌っています。」
P 「成程なぁ…。」
プロデューサーは何かを考えるような仕草を見せています。
P 「なぁ、千早。」
千早「なんでしょう?」
P 「ユニット、組んでみないか?」
千早「ユニット?私がですか!?」
P 「ああ、今の歌を聴いて確信を持った。千早の歌声はAランクでも通用する。」
千早「ありがとうございます。」
P 「だが、酷な事言うようだがダンス、ビジュアルで少し損をしている。そこをユニットで補おうって考えだ。」
千早「ユニットとなると3人ですよね。他の2人はどうするんですか?」
P 「まだなんにも。今思いついただけだし。」
なるほど、屋上でボーっと考えた結果なのね。
でも、ユニットか…。
春香や真とデュオでイベントに出た事はあるけれどユニットでの活動は経験ないわね。
私に、出来るのかしら?
P 「とりあえず、千早の考えを聞かせてくれ。」
千早「私に出来るのでしょうか?ユニットの一員として…」
P 「あー千早、そうじゃない。」
千早「え?」
P 「俺が聞きたいのは出来るかどうかじゃない、やりたいかやりたくないか。それだけだ。」
出来るかどうかなんて二の次と言わんばかりね…。
ふふっ、そうね。
私は―――――。
千早「やりたいです!」
力強く答える。
プロデューサーの嬉しそうな顔、屋上で決まったユニット参加。
これから始まる新しいステージ。
私はやりたい、やるからには全力で。
いつから始まるのかは分からないけれど、楽しみなのは確かだわ。
千早「プロデューサー、よろしくお願いします。」
後日、正式に立ち上がったユニット。
メンバーは私、春香、美希の3人で春からの始動を目指してレッスンの日々です。
私は相変わらず屋上で昼食をします。
でも、今は一人ではありません。
春香「千早ちゃん、その卵焼きちょうだい!」
美希「あ~、春香ズルイの!ミキだって食べたいの!」
千早「喧嘩しないの、一つづつあげるから。」
2人「わ~い、千早ちゃん(さん)大好き!(なの!)」
千早「代わりに何かと交換しましょうね。」
春香「うん、今日も“心交”を深めようね!」
美希「ミキもなの~!」
ユニットを組んでから屋上では3人で食事を取るようになりました。
賑やかになった屋上、以前とは違うその空気がとても居心地の良いものに感じます。
きっとここで食事をした皆のおかげね、皆ありがとう。
少し大きくなった4色のレジャーシートを敷いて3人で食卓を囲みます。
千早「それじゃあ食べましょう。」
2人「お~!」
3人「いただきます。」
おしまい
終わりです。
一応前作
美希「弱点」
と同じ世界線になりますが最後のPの時に少しだけリンクしている程度です。
細かい設定とかは深く考えず妄想を垂れ流した結果このSSができました。
遅筆なので書き上げるのに1週間以上かかってしまいましたが、すごく楽しかったです。
メモ帳から貼り付け作業してる時に誤爆してしまったので某スレにはご迷惑をおかけしました。
この場を借りて謝罪いたします。
前作と書き方を変えてみたのですが地の文が安定してないですね。
反省です。
また何か思いついたら書こうと思っています。
その際はよろしくお願いします。
それではお目汚し失礼いたしました。
乙です
のんびりして雰囲気も良かったです
別の話も期待してますが誤爆はご注意をww
>>116
どうもすみませんでした…。
ガチでいや~な汗が噴き出ました。
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