ミカサ「平和だな」/ライナー「平和だな」 (86)

今回は二つ連続でいきます。
突如巨人が消えて一転平和になった世界で暮らす21歳になった彼らの一人称で語られる後日談です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1377577571

過去作ですがこの辺りに目を通していただければ各々の近況や世界が掴みやすいと思いますのでよかったら

ジャン「平和だな」
ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375978363/
コニー「平和だな」
ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376103922/
アルミン「平和だな」
ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376165129/
ユミル「平和だな」
ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376729779/



前置きすみません。あげてきます

ミカサ



「ふぅ。寒い」



今朝はよく冷える。
先に部屋の暖炉に火をかけておこう。



三人が降りてくるまでには
この大きさの部屋ぐらいならすぐに暖かくなるだろう。





ひんやりとした薪炭を袋から五本程取り出して暖炉に並べ、マッチで火をつけた。

この暖炉、やっぱりいいものだ。
ちょっと高かったけど取り付けてもらって良かった。



パチパチという音と共に薪炭に火が通り中に赤みが灯る



私はこの眺めが好き。
冬の日々が好き。


フライパンに薄く油を伸ばして卵を落とし、黄身をとく。



エレンはスクランブルエッグが好き。ロイもラスも好き。

二人はパパが好きなものが好き。


だからこのバジルのソーセージも好き。


ロイとラスは私たちの子供。
上は三つ、下は二つの男の子。





上の子は活発で元気いっぱいでわんぱく盛り。


よく怪我をするから何かと心配は尽きない。目を離すとすぐにいなくなる。そんな男の子。



下の子は穏やかで優しい男の子。
垂れ目でよく容姿が私に似ていると言われるけど分からない。





「さて。」


今日はクロワッサンにしようか。
それとコーンスープ。寒い朝もこれがあればあたたまる。



「うん。よし。」


出来上がったそれらを丁寧に皿に盛り付け、注ぎ、食卓に並べる。



クマの絵が刺繍されたラスご自慢の前掛けも椅子にかけておいてあげよう。






さて、そろそろみんなを起こさないと。



二階の寝室へ。
段数の多い階段。二つ飛ばしで進む。

段差が低めなのはエレンの子供への計らいだ。


「起きてるかな?」


ベッドは一つだけ。
四人がすっぽり入る大きさのものを買った。





「エレン。朝だよ。」




エレン「ん‥‥‥‥‥そうか‥‥‥‥おはようミカサ」



まだ寝足りないのかまぶたの重さに抵抗しきれてない。


布団から体を出してベッドに腰掛けた。



「おはよう。ロイ、ラス。朝だよ。」


ラス「うーん。眠いよママ」



先に起きるのはいつもラスだ。



無秩序に多方向に拡がった寝癖をなでつけてあげる。


そして丸々とした頬に両手を使って挟む。私はラスを見るとこうしたくなる。

ラス「ママのてつめたいよ!」


楽しそうに笑うラス。
良かった。目が覚めたみたい。



エレンもそれを見てラスの頬を触ると、ひょいと胸元まで持ち上げて頭を撫でた。



あとはロイ。
この子は強敵。


布団の真ん中を陣取って、身の丈程もありそうなパパの枕を抱きしめて寝ている。



エレンの枕は寝ている隙にロイによって強奪されるのが我が家の慣例だ。


エレンはロイのために同じ枕を買ったがやはり朝起きるとエレンの枕はロイのものになっていた。



「ロイ。起きて。ご飯冷めちゃうよ?」


体を軽く揺する。


ロイ「うー。さむい。起きるのやだよ」


いつもはここからが長い。
けど、今日は違った。

暖炉つけてあるから下は暖かいよ?ちょっとだけ我慢して降りよう」


「それにコーンスープもある」



ロイの顔が明るくなる。


ロイにとってコーンスープはマシュマロに次ぐお気に入りのご馳走だ。





ロイ「おきた!僕下までいくね!僕がいちばんだね!」


そう言うとロイは一目散にベッドを飛び出し寝室を抜けた。


「あ、ロイ!階段気をつけてね。」


エレンは我が子の微笑ましい光景に表情を緩めている。



エレン「はは。ロイのやつ誰に似たんだろうな?」


「あなたよ。エレン。」


こんなこと言うまでもない。



挙動の一つ一つのみならず、
見た目や口調までもがエレンそのものだった。


エレン「だよな!」



エレンはラスを抱きかかえ、階段を降りた。


私は散らかった毛布や枕を手早く、ざっくりと整えて後に続いた。


一階におりると長男ロイはもう待ちきれないといった様子でスプーンを持って待機していた。


ラス「お兄ちゃんはやいね!」


エレンはその様子が可愛くて仕方なかったようでラスを抱えてない方の腕でロイの頭を優しく撫でた。


「お待たせロイ。はいコーンスープ。卵とソーセージも残さないでね。」

ロイ「食べる!」


大食漢のロイはラスが残したご飯も食べる。


対照的にラスは食が細い。



すべてロイの半分で満足する。



エレン「おぉっ!たくさん食べてるなロイ!パパみたいに強くなるぞ!」


そう聞き、少ししゅんとするラス。


私は彼のミルクにロイとエレンに内緒でこっそり蜂蜜を垂らしてあげた。


ラスはご機嫌になる。


ラスはニコニコ笑いながらクロワッサンを頬張ると甘いミルクで流し込んだ。


エレン「じゃあミカサ、仕事行くから子ども達の事頼んだぞ?今日は七時には帰れる。」

分かった。それじゃあ頑張って。」


エレン「あぁいって来る」



口周りを二杯目のコーンスープでベタベタにしたロイとクロワッサンもプチプチと千切るラスの「いってらっしゃい」の声。



エレンには何よりの励みだろう。


さぁ、私も頑張ろう。

ーーーーーーーーーーーーーーー



兵団解体後、職にあぶれた兵士のために新たに多くの仕事や役職が生まれた。



駐屯兵団と合併した公安警察隊、王立農技研、畜産技研。そして近衛兵団。



エレンと私は近衛兵団に引き抜かれた。


その頃の身近な人間では
訓練兵団104期卒の優秀者がこれの入団を勧められたが、ほとんどが辞退した。



そしてリヴァイ班の人間もリヴァイ兵長とグンタさんがこれを引き受けただけで他はみんなよそに流れた。



王家の貴族や内地に暮らす重鎮の護衛をする仕事。



世間のこの職に対する目は憲兵団に向けられるものと同じだった。

そのぐらいの待遇。



危険も何もない退屈な仕事で
内地の贅沢な暮らしを約束されている。

みんな憧れた。



私が引き受けた理由はエレンがそこにいこうとしたから。


エレンは新設された近衛兵団のなかの中級幹部になれることわ約束されていた。


それとまたリヴァイ兵長と働きたかったのだろう。
二つ返事で引き受けてしまった。



そして仕事が始まった。


巨人を相手にしている時のような緊張感とは無縁の仕事。


自分や仲間、そしてエレンやアルミンの命が何か危険に晒されるような状況はもう仮に私がそれを望んだとしてもやってはこない。



この仕事はそんな呑気なもの。



エレンと話す機会もたくさん増えた。



二人で貴族の人達が暮らしている内地の美しい一画を週に何度も歩き回った。

鮮やかな花々が敷き詰められた花壇を両脇に捉えた一本道なんかわ歩いているとなんだか照れ臭かった


二人とも照れ臭くて言葉に詰まる。


二人でいると今までの人生が嘘みたいに毎日が楽しかった。



すべてのしがらみから解き放たれた私達はもう、何かに邪魔されることはない。


気づくとエレンの事ばかり考えていた。



時代と世界が変わり、
私達も変わった。

ーーーーーーーーーーーーー

エレン「なぁミカサ。今度の土曜非番だよな?その遊びにいかねぇか?」


突然の事でびっくりした。



「構わない。私も予定がなかったからそのお誘いはとても嬉しい」


エレン「やった!!その日は産業祭があるんだ!二人でいかねぇか?」


「産業祭?」



エレン「あぁ!技研と街の商会の共同催なんだけどよ?街中にいろんな出店やなんかが出て、肉料理やら品種改良されたフルーツやらが食えるらしいんだ!」



「それは興味深い」



エレン「珍しい生き物がパレードとかしたりしてよ!!夜はフィナーレで花火だぜ!?」




「それは楽しみ。是非二人でいこう」



後から聞いた話だが、この日に休みを貰ったのは当時働き詰めだった私達を労おうとする兵長の気遣いだ。


エレンと同時にこの日に休みになったのは兵長がエレンと私の煮え切らない態度と関係にやきもきしていたからだそうだ。



そういった意味でこの休みは多くの意義を持っていた。

ーーーーーーーーー


「お待たせエレン」



驚いた。集合時間にはまだ三十分程も早いはず。


エレンがいた。



エレン「ようミカサ!それじゃいくか!」



私達はいつもより賑やかな通りに足を進めた。



ワクワクする。
何かがこんなに楽しみに感じるのなんて始めてかもしれない。


考えるとエレンと二人きりで出掛けることなんか滅多になかった。



互いの用事の付き添いという形なら何度か。



アルミンがいたりもした。
決してそれを煩わしいと思ったことはなかったけれど。



エレン「さて」

時刻は13時を回っていた食事をするにはちょうどいい。

エレン「ミカサ、飯はまだか?」


「まだ。エレンは?」


エレン「俺もまだ。じゃあどこか食いにいこうか。」


「うん」


繁華街に出向くとエレンのいったとおり、多くの催し物や出店が軒を連ねていた。


エレン「おぉ!あれが梨って果物か!あっちの芸をやっているあれは猿って生き物だな!すげー!空中で一回転してるぜ!見ろよ!」


楽しそう。
こういう時のエレンはすごく幼く見える。



「すごい。わたしも始めて見た。」


エレン「おもしれぇな!」



そう言うとエレンはニっと笑って見せた。


ありがとう、誘ってくれて。

エレン「お!あのテラス、座って何か食えそうだな!行ってみようぜ!」



テラスで私達は海沿いの村から出張出店した店が出している海鮮料理を食べた。

それと鳥肉をトマトソースで煮た物が入ったパイ。

エレン「ミカサ?お前それもう食わねぇのか?」


「もう満腹近い。余裕があるならエレンが食べて欲しい。」



エレン「お安い御用だ。ほら、皿ごとでいいや。こっちによこしてくれ。」


始めて食べる海老や烏賊は本当に美味しかった。
パイはほとんどエレンが食べた。



その後、辺りを散策して時間を潰した。


エレンはやたらと私にプレゼントを買いたがった。



だからクローバーの小さなモチーフのついた髪飾りと華奢なイヤリングを一つずつ買って貰った。


エレンも私も
ことに容姿やお洒落の話になると右も左も分からなくなる。


エレン「ああ、はい。あ、はい。ラッピングは結構です。はい、どうも」


エレン、女物のアクセサリーもって会計に進むのなんか始めてなんだろうな。

エレン「はいよ。ミカサ。」

「ありがとう。嬉しい。プレゼントなんて始めて///」


「あ、あのマフラー以外に」



エレン「そういえばミカサに何かあげるのこれで二度目だな!今度はちゃんとしたの渡せて良かったよ///」



「マ、マフラーも嬉しかった!!///今日のこれ、ずっと大事にする。約束!」


早速髪留めをつけた。
それにイヤリングも。


当然。



「その………どうかな?///」



顔が熱い………背中も……恥ずかしい。




エレン「あ、あぁ///いいぞ!すごく似合ってる!可愛い!」

可愛い………



………………可愛い………



可愛い!



「可愛い!///」



エレン「あぁ!……か、可愛いぜ///」


エレンが私に可愛いだなんて顔から火を吹きそうだ。


「エ、エレンもかっこいい。」



もう少し考えて返事すれば良かった。



エレン「そ、そうか///ありがとよ!」

変だって思われてないかな。
それより照れ臭さに耐えられない。


だめだ。どうしてもニヤけちゃう。


悟られないようにしなければ。




「も、もう少し歩こう?あの辺りはまだ見てない。賑やかだしきっとすごく楽しい」




エレン「?あぁ!行こうか!」




もうまともにエレンの顔を見ることができない。
穏やかじゃなかった。




エレン「お、パレードってのがやってるな。あそこのベンチから見ようか」


「うん」


ワケのわからない装飾を施されても尚、毅然とした立ち振る舞いを崩さない象って生き物が数頭。



そしていろんな種類の猿って生き物が落ち着きなく騒ぎまわっている。

あの象って動物はどこから連れてこられたのだろうか。



私は彼らの穏やかな物腰から

彼らの生活に踏み入ってめちゃくちゃした人間の残酷さを容易に想像できた。


そして超自然的に振る舞う人間の文明社会の驕りに対して激しく憤った。



というのは嘘で、



エレンが選んだベンチが思いの外狭かったために
右半身がずっとエレンに触れている照れ臭さに耐えきれずに象を見つめるしかなかった。



ゆるやかに波打つ鼻。優しい目。
彼らは理智的で高尚な生き物なのかも。




しかし調教師にリンゴを差し出されるなり一目散に鼻を伸ばし、
それをもしゃもしゃと食べている様子からして


彼らも大別されるところのただの動物なんだなと思った。

象に飽きるとエレンが気になってきた……………



よし、次は猿だ。猿を見よう。そうすれば………




エレン「なぁ、ミカサ」


「はっはい!」



エレン「どうしたんだよ?」



「な、なんでもなぃ」




エレン「そ、そうか?そのな……今日はありがとうな」



「ううん。私も楽しい。こちらこそありがとう。有意義な休日だ」

エレン「そうか………………お前さ」



「ん?」



エレン「好きな男とか…………って…………」




これはまさか…………

世間一般で言われている………


エレン「もし……………いないのなら俺と付き合って欲しいんだ」



そう言うとエレンは私の顔をじっと見た。



(告白というやつだ)



まだ訓練兵だったころの宿舎で
クリスタが幾度となくこの口調の前に身構えた。




だから私にもわかる。
これは告白というやつだ。



(エ、エレンが私に…………どうしよう//////)

花火があるなら花火まで待ってくれたらよかったのに待ち切れなかったんだろうな。



象と猿の往来を眺めながらの告白。



エレンらしくてすごく好き。


私はエレンの気持ちに応えなければ。




「もちろん構わない。私もエレンが好き。多分ずっと前から。」



……………ダメだ
また顔が…………





「だから、これからもよろしく」




私は今までにないってぐらい笑っていた。


なんとなく、生きててよかったと思った。

私たちがくっついた事を知ったアルミンはやけにホッとした顔をしたあとで

何か生涯を掛けて偉大な使命を成し遂げた人間を祝福するかのような大袈裟な賛辞を私たち二人に送った。



リヴァイ兵長の賛辞。
「まぁその……仲良くやれ」



今回の休暇の事は本当に素晴らしい気遣いでした。感謝します。





私は長男のロイを授かったと知ったところで都合退団を決めた。


誰も反対する人間はいなかった。


そしてエレンと結婚した。



式ではコニー以外の104期の人間やハンネスさん、リヴァイ班の人間が参加して
私たちを祝った。


ブーケは事もあろうにライナーが掴み取った。

女性が取る物なのに必死だなと私たちは笑った。



アニが何やら必死だったのを私は見逃さなかった。悔しそうに地面を打つサシャも。




ロイが生まれて次の年にラスが生まれた。


二人の名付け親はアルミン。


候補は全て、かつての偉人や
アルミンの持つ小説の中でも生涯の一冊と呼べるものからのピックアップ。



エレンは必死でアルミンの本を借りて読んだ。そして納得した。



ロイにラス。
いい名前だ。

ラス「僕あれ知ってる!象だ!」


エレン「そうだぞーでけぇだろ」


ロイ「パパ、僕もみたい!!僕も」





私達は世界が美しいものばかりでないことを知っている。


全てを内包してこそ世界。


醜いものがあるからこそ美しいものが際立つ。


私が冬が好きな理由はそこにある。小さな暖かさを知ることができるから。



幸せは振れ幅だいわれているが
幸いにも私とエレンはどん底もてっぺんも知っている。


子供たち二人は底を知る必要がない。私達が見せたいものは底抜けに明るくて楽しい世界だ。



エレンと私はパパとママ。
それに子供が二人に仲間たちまでいる。私の全て。




私は幸せだ。





多くを失った事がある私たちだからこれからの日々を誰よりも尊いと思いながら生きていく。




ーおわりー

ミカサ編おしまいです。


ライナー編は半分ほどしか書き置きしてないので全てが出来上がり次第あげてきます。

とりあえず見てくれた人ありがとう。

ライナー編あげてきます。

かなり長めになったと思います。では
よかったら読んでいってください。

ほら!ライナー!それを早く飲み干せ!もう少しで開けられるじゃないか!

向こうは待っちゃくれないぞ!



はやく!!




もはや誰がこの言葉を発しているかさえ定かではない。




おれの静脈流をびっちりと満たすアルコールが作りあげた世界。



極彩色に染まっては渦を巻きながら中心へ吸い込まれていく男の顔たち。




キメの荒い金属同士を擦り合わせたような声でがなる女………




果たして目の前で俺に向かって何か叫んでいるこいつはベルトルトだろうか。



なんにしてもグニャグニャしやがって胸糞悪ぃ…………………



「うぉおぉおおぉえええええ」

ボチャボチャボチャボチャ



ライナーが吐いたぞ!!

ユミル「えれれれれれれれれれれ」

今度はユミルもだ!



便所に連れてけ!ちくしょう臭えぞ!



けしかけたの誰だよ!




しらねぇよ!



こいつら勝手に始めやがったんだ!



(どうしてこうなっちまったんだ。)




………………………………。

~ライナー(19)~

公安警察隊に入るための
研修舎の卒業を三ヶ月後に控えたある日、思いもよらぬ朗報が兵舎中の研修生を賑わせた。




我らの愛してやまない、
二年と数ヶ月間世話になったバカ教官殿が事故により壮絶な殉職を遂げたと言うのだ。



死因は拳銃で頭を一発。



自分で撃ったものが致命傷になったんだという。



公安警察隊が腰から下げている護身用の豆鉄砲で同僚相手に得意のガンアクションを披露していたところ、不慮の暴発。



銃身は火薬の爆圧を方向付ける。


初速460m/sで飛び出す鼻くそみたいな弾丸。


それが机に並べた鋼鉄製のメットに当たり跳弾。

後はバカ教官の尊大なまでに禿げ上がった頭まで一直線というワケだ。


教官からほとばしるピンクの飛沫。



見るもおぞましい光景だっただろう。



恐れ多くも教官殿の御遺体の上半分を運ぶ事になった訓練兵は俺だった。




下はベルトルト。



ーーーーーーーーーーーー



「おい!泣くなベルトルト!!俺の方がキツイんだぞ」



ベルトルト「だって!…………血が!!………すごい量だ!!」




「我慢しろ!!俺にはさっきからこいつの脳天のペーストが丸見えなんだよ!!!さっさと運ばねぇと気が狂っちま…………


ベルトルト「うおぉえ」ビチャビチャ



「おいおい、勘弁してくれよベル…………」



「ヴオオオオォエエエエエエエ!!!!」ボチャボチャボチャボチャ


俺達は教官の死体を廊下にほっぽり出して盛大に吐き戻した。

俺たちの吐瀉に漬かる教官殿。


まるで吐き戻したゲロの一部のように見えた。未消化の何か…




俺たちに大したおとがめはなかった。


ベルトルトのはなむけの言葉。
「これは天罰だ」




これが公安警察隊研修舎での一番の思い出だ。

~ライナー(17)~

公安警察隊の研修舎には体が屈強であること以外に特徴のない能無しや




行き場を失った失業者、



それに俺みたいな兵団崩れの似非正義漢連中で溢れている。





ここでのルールは至って単純にして明快だ。


「疑うな」


簡単だろ。

各々がここでの「あるがまま」に従うんだ。



それは慣習であり

体制であり


規則や
上官の理不尽な叱責の一つである。


そしてそれは食事に割かれる15分であり
便所磨きの手順を書いたメモの事である。



俺たちはメシを食って走り、怒鳴られながら銃を組み立てたかと思えば次は土嚢を担いで階段を登らされている。





そして最後は汚いベッドに潜り込み、憂鬱な次の朝を待つ。



目覚めれば前の日やった事と同じ事をやればいい。



銃を手入れし、馬を手入れし、教官の後について走り、猿みたいに騒ぐ。

ーーーーーーーーーー


教官「ブラウン!ブラウン!どこだ!!」


早朝、胸くその悪いだみ声が響き渡る。この声は俺にはトラウマだ。



「ブラウン!なんだこれは!?」


こいつ。


この前衛芸術の出来損ないみたいな男が俺を目の敵にしている教官だ。


訓練兵の課程をクリア出来ずに退団になり、


公安警察隊なんて駐屯兵団の陰に隠れてるようなうだつの上がらねぇ職しか選べなかったグズだ。



安い給金を何年もケチにやりくりして仕立てのいい革の羽織やら丸ツバの帽子やらを買い集めているらしい。

調和という言葉から魂の逃避を果たしたような身の毛もよだつ醜いカラーリングの服。


緑、紫、赤。

まるで毒を持った爬虫類だ。


それらを制服に合わせて教練に臨む。


虫酸が走るぜ。




バカで繊細で不細工で貧相で。
兵団にいたら真っ先にいじめられるタイプだろう。



俺たち兵団崩れの何人かは卒業時の成績がなまじ良かったもんだからこいつに目を付けられちまった。


コンプレックスの裏返しでこのバカ教官は何かと俺たちを殴りつけたがる。


「はい教官!!!」

教官「これが見えるか?なんだ?」


「はっ!!"毛"、であります!!」


教官「そうだ。お利口だな!毛だよブラウン。お前が掃除した便器に毛が付いてるんだよなぁ!?」


「はっ!!」


教官「お前はグズで生意気な上に便器もろくに磨けないのか!?あ?」



「怠慢でした!!最初から全て…」


ゴッ!!



言い終わる前にバカ教官の小枝の先に石ころをくくりつけたみたいな腕からパンチが繰り出された。

問題はこいつが狙う場所だ。


上唇と歯が重なる場所
鼻のすぐ横



そういった誰もが手痛く傷を受ける場所を的確に狙ってくる。


今回は鼻の左横だ。




痛みの割にとんでもない量の血が噴き出す。



教官は得意げに出て行った。



ベルトルト「ライナー大丈夫かい!?」



実を言うとベルトルトも清掃の当番だった。そして小便用の便器はベルトルトに一任してあった。

ベルトルトの子犬のような目を見ていると怒る気にもなれない。


俺はこの目に弱い。



「大した事ねぇよ。しかしどうにも鼻血が止まらねぇ」

ベルトルト「これを使ってくれ」


止血用の綿詰か。本当は腕やふくらはぎにあてがうやつだ。


よっぽどテンパってたんだろうな。


「助かるぜ。ありがとよ」



ベルトルト「その………ライナー?今度の事僕の………「あぁ!!お前は気にするな。文句ならあのクソ教官に言ってやる」


そう、あいつが悪い。


この研修舎を卒業した後はバカ教官以上の役職に就けることが約束されている。


それだけが俺達の救いだった。




人をしょっぴく権利を得るためには一通りその勝手を学ばなければならない。
だから後の進路に関わらず最初はここでの教育を強いられる。



苦痛の二年半だった。



最初のふた月はとにかくたくさん殴られた。



身長が高い男はデカすぎると殴られ、低いやつは同様に低すぎる、
肌の浅黒いやつは黒すぎる、
顔が老けていれば歳を取り過ぎていると言われて殴られた。



俺はデカくて金髪で目が細いという理由で一度に三回殴られた。

バカ教官はこれがグズを淘汰する洗礼の儀式だとほざいていた。



ならこいつは一体いくつの罪状で殴られることになるのだろう。



ベルトルトはいつもそう言っていた。



俺たちはクソみたいな日々をなんとか乗り越えた。




そして公安警察隊に入った。



最初からそれなりに高い階級を与えられたが激務の日々だった。


日中は馬と一緒に街を歩き周り、夜は書類と向き合い、法を徹底的に頭に叩き込んだ。

研修舎にいた時とは比べ物にならないぐらいの充実感。



しかし満たされないものもあった。



それに気付いたのはかつて想いを寄せていた彼女を街で見掛けた時からだ。




ーーーーーーーーーーーー

~ライナー(21)~




クリスタ「あら、ライナー!」



「あっ」


突然の事で思考が定まらない。



黄色いエプロンに身を包んだ小さな彼女は紛れもなくクリスタだった。


「あー!!!!」



クリスタ「どうしたのー?大きな声出して」


クリスタは俺に向かって甘く微笑んだ。


相変わらず混じり気のない笑顔でだ。

クリスタ「エレンたちの結婚式で会って以来だね。元気してた?」


そう…………可愛いんだ。
それはもうどうしようもないぐらい……



その白いカチューシャ最高だ。手に持ったジョウロもなんだか野暮ったくてアンバランスな感じがすごくいい。




「あ、あぁ。元気だ!少し仕事が忙しいが問題……っない!」



マズイぞ。会話の呼吸がチグハグになっちまってる。


昔はもっと普通に話してたはずだろ。
和気あいあいとまではいかなくても。

クリスタ「そうなんだ?今公安警察隊にいるんでしょ?綺麗なお馬さんだね!」



俺は自分が通りを馬にのってパトロールしていた事を思い出す。慌てて馬から降りた。




「そうだな……よく手入れしてやってるから毛並みが特に綺麗だし、走らせるとこの辺じゃ一番速いんだ」


思わず話しすぎる。





クリスタ「すごい!大事にしてあげてるんだね!」


そう言うとクリスタは馬の首元に手をやって優しく撫でた。


すると馬は吐息を漏らして腰砕けになって喜んだ。



(この淫獣野郎が!!!俺に半年も懐かなかった癖してもう手懐けられたのかよ!!!!)



クリスタ「あはは。いい子!可愛い!!」



「クリスタが気に入ったみたいだぜ。すごいじゃねぇか」


クリスタ「えへへ!お馬さんは好きだから嬉しいなー」



ーーーーーーーーーーーーー

この幸運な再会以降、俺は仕事そっちのけで花屋のまえに足を止めるようになった。



クリスタはその度に最高の笑顔で俺を迎えてくれた。




そして二人で楽しく話して別れた直後にはもうクリスタが恋しくなっていた。


ーーーーーーーーーーーー

「おい!信じられない事があったぞ!!クリスタに会った!花屋をやってる!」



ベルトルトに話した。
この奇跡を。



ベルトルト「なんだい藪から棒に」




ベルトルト「同じ街って事は知ってたじゃないか。そんな大袈裟に言わなくてもいつかは会ってたんじゃないの?」



「違う!その日は巡回ルートを変えたんだ!何故かは分からんがそうしなければいけない気がしたんだ!」



ベルトルトは呆れた顔をして俺の方を見ていた。


ロマンを解さない男だ。



「とにかくだ!クリスタと俺は再び会ってしまった。」



ベルトルト「それで?」



「俺は彼女に夢中ときている!」




ベルトルト「どうしたいんだい?」

「彼女と交際したい!!どうすればいい!?」



ベルトルト「そうかい。ライナー、別に僕に相談するまでもないじゃないか。頑張れとしか言いようがないよ」



「だから!」



「どうすれば付き合えるんだって聞いているんだ!!!」



俺は男女の仲について
てんで素人だった。


それもそのはずだ。
かつての恋愛など許さないという世間の風潮に加えて、


自ら進んで女性との隔絶を助長するような環境を選び取って来た。




ベルトルト「あー、わかった。えっと……そうだね。」



とうとう観念したようにベルトルトが口を開く。




ベルトルト「まずは相手と距離を縮めないと。」

ーーーーーーーーーーーーーー


それから不毛な努力を続けた。


仕事はそれなりに出世した。
この年代では俺たち二人はトップクラスの成績を納めている。

検挙率もうなぎ上りだ。



ひったくり犯。
万引き半人。
落書き犯。






そんなケチな犯罪者を求めて来る日も来る日も愛馬で街を走り回った。


もちろん暇を見つけてクリスタの元にも行った。



たいていユミルが俺を撃退した、
「ストーカー」だなんて言葉を使って俺のことを罵ってホースで水をかけてきやがったりもした。



そんな俺にチャンスが訪れた。




「宴会?いったいなんのだ?研修舎の仲間のやつは先月やったろ?」


ベルトルト「どうやら104期のらしい。日にちは………」


ーーーーーーーーーーーー

「10月16日だ。」


心待ちにしていたその日は中々やってこなかった。



タイムリミット間際まで、
俺は徹底的に自分と向き合った。



まずは容姿。


無頓着だと思われないようにわざわざベルトルトを駆り出してジャケットを買いにいった。


高い生地の心地良い手触りに
俺はいい男になった気分になった。


そして香水だ。

購入のポイントはセクシーさを演出できるが、くどくないもの。


それは付け方次第だとベルトルトが言ったが俺は慎重に選んだ。



甘すぎてもダメだし男臭すぎるものも返ってムサくなるだけだ。



俺自身の熟考と店員の妄プッシュの末、石鹸のフレーバーを選んだ。


なるほど、これなら俺に無い繊細な雰囲気を出せる上に清潔感も醸し出せる。



ファッションは引き算だとはよく言ったものだ。



髪も植物性のポマードを使って丁寧に撫でつけた。



が、ベルトルトがあまりに全時代的な露骨なダンディズムがどうだとか抜かすからこれは不採用。





シトラスの匂いがするジェルで小さな束を作って立ち上げた。

ベルトルトの賞賛の声。
「いいんじゃない」



とにかく、俺が男として洗練されていくうちに10月の16日という日が楽しみで仕方がなくなる。


クリスタは思うはずだ。


普段の俺の着ている、
正義感と公への忠誠心表現したとかいう安っぽい信念の元にデザインされた白くてピチピチした間抜けな制服の男が、
こんなセクシーな一面を隠し持っていたと。




容姿の次は
酒の飲み方、トーク、エスコートの仕方。


いわゆる「できる男」の素養を養った。


女性役として練習相手になるのはもちろんベルトルトだ。



ベルトルト「今のは下心が丸見えだよ?目つきの演出なんかいらないから普通にしていれば大丈夫だよ」



こんな具合に。

そして最後に一番重要な事。


俺はベルトルトに言伝して巡回ルートを大きくそれた。


そしていつもの花屋の前に。



「ようクリスタ、そのな………今度の宴会お前どうするんだ?」



クリスタ「あ、あれね!参加するつもりだよ!仕事済ませとかなくっちゃ!」




全ての条件は整った。

すみません。寝ますorz

読んでくれてる方いますかね

それでは残りあげてきますね。

ー宴会当日ー


会場に入る前にふと、
今回の幹事が誰なのかが気になった。


今日のこの素晴らしい計らいを褒め称えたいと思ったからだ。



入口でエレンとミカサの夫婦とはち合わせた。



エレン「ははっ!ライナーにベルトルトじゃねぇか!久しぶりだな!元気かよ」



傍のイェーガー夫人も控えめに挨拶をした。


ミカサ「こんばんは。二人ともお久しぶり」


相変わらずミカサは表情に乏しいと思ったがどこか穏やかな雰囲気が感じられた。



「エレンにミカサか!早速嬉しいやつらに会えた!!今日は楽しもうぜ!」




エレン「ははは!!抜かせよライナー!そんなの当たり前だよな!さぁ入ろうぜ!」



四人で中に入る。

腐っても兵団をトップ10で卒業した面々だがそれも昔の話だ。

ただ、その点で俺は妙に落ち着き払っていた。まだ驕っている部分があるのかもしれない。




アルミン「みんな!来たかい!懐かしいね!」


………。


俺はアルミンを一目見た瞬間、
こいつは危険な存在であると悟った。



こいつの変わり様はなんだ。




事あるごとに耳に入ってくるその肩書きも去ることながら、
その容姿からは異性を惑わせる何か魔性の物を感じた。




アルミン「子供達は元気かい?エレン」


エレン「あぁ。坊主ども、毎日大はしゃぎだぜ!」


アルミン「それは何よりだ!ところでその二人、今日はどうしたの?」


ミカサ「ハンネスさんのところ。ほら、あの人以外と子煩悩なところあるから」

アルミン「そうか!それなら安心だね」



安心なワケがないじゃないか………


未だ童顔なことに変わりないが
甘い雰囲気にスマートな出で立ち。

背丈は俺と変わらないぐらいまでに伸びていた。



こいつは間違いない。


【恋敵】だ!!畜生!!


クリスタとこいつを近づけてはならない。一挙一動を見逃してはならない。



アルミンの立ち居振る舞いを見ているとなんだか自分が滑稽に思えた。




そんな事を考えていると……






クリスタ「やっほーみんな!」


ユミル「おす」


とうとう、待ちに待った瞬間が訪れた。




ニットニットしい可愛らしい格好をしていたし髪も短く切ったんだな。



最高だ!!婚約は当然俺の口からしよう。交際を重ねて二年もした後でいいか。


新婚旅行は奮発して巨大樹森林浴ツアーだ!煉瓦作りの城跡の宿でな!奮発するぞ!


あぁ、祝福のひと時だ。



鼓膜の裏で福音が鳴り響く。



「「クリスタ!!」」



この一声にユミルは不機嫌そうだった。



男どもがクリスタに群がる。


しっしと払い除けたくなるがそんな事は許されない。



ベルトルト監修の
How to make loveの精選集
第一項「アタックは大胆に。
しかし、がっつくべからず。」


を遵守。


「や、やぁクリスタ」



ここでの第一声が
「よぉ」でなく「やぁ」なのも長きに渡る訓練の成果だ。



クリスタ「らぁいなー!!」



俺はクリスタの声の調子から他の連中とは一線を画しているのだと勝手に思い込んだ。


クリスタ「やっぱり来てたんだ!あ、そのジャケットいいね!素敵だよ!」



よし。



クリスタ「なんだか感じ変わったよね。ね、ユミルもそう思うでしょ?」

ユミル「だな。」


ユミルは俺にあまりにいい印象を抱いていない。


俺の魂胆を見透かしての事だ。


ただ、今は事を荒立てぬよう、
必死に唇を噛んで耐え凌いでいるのだろう。



コニー「よぉみんな」


突如現れたコニー。
長髪から覗く表情がやけに暗い。



「コニー!おまえかよ!誰かわからなかったぜ」


空気をつんざくように騒々しく現れたサシャ。



サシャ「みっなさーん!!!」



会場が一気に賑やかになった。



そしてその騒ぎの中にこそこそと入って来たのがアニ。


あとはジャンだな………




とにかく、俺には使命があった。




「なぁクリスタ!お前…」
ユミル「香水かなんかつけてるだろおまえ」



そいつは確かに俺の前に立ちはだかった。


「あぁよく気付いたな」

ユミル「お前、つけ過ぎてんだよ。嫌でも気づくさ」


こいつ………



「そ、そうか。それは気づかなかったな。わざわざ知らせてくれてありがとよ」


ユミル「もう一つ教えてやるよ。色目使ってんじゃねぇぞ。それもバレバレだ」



「何言ってんだ。俺はただ……」



ユミル「クリスタにおまえは危険すぎる。近寄ろうってんなら……」


「だからさっきからなんだってんだ!」



ひとまず退いて、頃合いを見てからなのかそれともここに留まってユミルの誤解を解くか。


いや、決して誤解ではないのだが。

上等だ。



「ユミル。そうだ。その通りだ」



「俺は最初からそのつもりだ」


ユミル「なら話は早い。近づける気はない。ナンパなら向こうでやるこった。今のお前なら何人か引っ掛けることができるかもな」



水は低きに流れる物だ。
俺の心も等しく。

この言葉の前に狼狽えた事は認めよう。

しかし

「それには同意しかねる」


「いっちょ、勝負といかねぇか?ユミル」


ユミル「は?」



「飲み比べをするんだよ」


ユミル「構わないが、私が相当いける口だってことを知らないのかい?あんた不利だよ?」



俺は噛み締めた歯の隙間からひり出すように言った。



「構わない」

ユミルは半開きの口と俺を睨みつけている悪意のこもった目を一旦逸らし、乗ったと言うべきか、ふざけるなというべきか、無言でやり過ごすかを考えて結局、


ユミル「乗った」


と言った。
俺なんか敵じゃないと暗に言われているようで不愉快だったが実際そうなのだろう。



「よし、よく言った。」


ユミル「おまえが負けたら一体何をしてくれるんだ?」


「来季のボーナスお前んとこに全額投資してやるよ」


自分でも人生史上もっともかっこよかったと思う。


ユミル「ははは!馬鹿かい?それじゃ負けを認めた方が負けだ。容赦はしないよ。」


クリスタ「ユミル!そんな事………」
ユミル「あんたは黙ってな!」


ユミル「何をとってしてもあんたが不利なのは一目瞭然だ!最初の一杯ぐらい好きなのを選ばせてやるよ」

このアマ。

「ワインだ」


ユミル「おぉミセスブラウン!飛ばしますわね」

「おばちゃん!大瓶で二本頼む!」




ユミル「………ほう。」


よし、立会人はベルトルトだ。




「ベルトルト。コールを頼む。毎回合図するだけでいいんだ。」


ベルトルトが俺に耳ごちる。


ベルトルト(何してるんだよライナー!こんな早々に潰れちゃったら落とせるものも落とせないよ!)



「いつかはぶち当たる壁だ。それが今というだけのことだ。」



ユミル「おや、ベルトルさん。あんたもグルかい?そのアホになんとか言ってやりなよ」


ベルトルト「ライナー……こんなやり方正直賛同しかねる………もっと冷静になるんだ。」


「俺は負けねぇ。見ててくれ」



思えば、ここで大人しく引き下がっていれば後に起こる最悪の事態は防げたはずだったのにな。


こんな安請け合いの応酬で全てを失うことになろうとは…………



ベルトルト「あぁ……僕はもう知らないからな。二人とも、瓶を持って」



俺もユミルも瓶を持った。

ベルトルト「はじめ」


俺は瓶を高らかに上に持ち上げると大きく息を吸い込んでそれを受け入れた。



トクトクトクトクトク


気泡が茶色い瓶の中に飲まれては消えていく。



ユミルのやつ、すごいペースだ。


ユミル「ぷぁっ!!」



もう開けたのかよ!?


くそっ


「くぁっー……。ふぅ」
遅れて俺もなんとか開けた。




ユミル「口ほどにもないなライナーよぉ。」


「馬鹿野郎!ルールを忘れたか?倒れた方が負けだ」


我ながらなんて馬鹿げたルールなんだろうな。三杯や五杯で決着が着く勝負ならもし負けても次の手を考える事ができたのに。



ユミル「カルバドスの大瓶二つ」


ユミルのやつ自分の得意な果実酒を………甘いのが続くと俺は



(そのあと、何も思い出せなくなるぐらい飲んだ)


「ラガー、樽で!」

ユミル「スコッチ、トリプルで!」


「ジン……瓶……………で」



ユミル「ラ……………ム」



クリスタ「ちょっと二人とも!!その辺にしときなよ!?」





いや…………クリスタ



まだ…………………まだ




(ほら!ライナー!それを早く飲み干せ!もう少しで開けられるじゃないか!向こうは待っちゃくれないぞ!はやく!!)


………誰だよ。誰が言ってるんだ?ベルトルト?




「うぉおぉおおぉえええええ」

ボチャボチャボチャボチャ



ライナーが吐いたぞ!!

ユミル「えれれれれれれれれれれ」

今度はユミルもだ!



便所に連れてけ!ちくしょう臭えぞ!



けしかけたの誰だよ!




しらねぇよ!
こいつら勝手に始めやがったんだ!



(しまったな。どうしてこうなっちまったんだ。)

ーーーーーーーーーーーーーーー。

目が覚めるともう二時間が過ぎていた。


ひどく寒い。凍えそうだぜ。


あージャケットも台無しだ。




ベルトルト監修の
How to make love精選集(基本条項)
第五項「容姿は不快感を与えぬ物のチョイスを心掛けろ」

第十六項「酒の席で意中の女性を前にしてもハメをはずしすぎるな」


この二つはこれでパアになっちまったな。








アルコールで朦朧としているがユミルの位置は分かった。
分娩中の妊婦みたいにフーフー言ってやがるぜ。


クリスタを死守しようと躍起になっての事だよな。こいつは同志と呼べる存在なのかもしれない。


死闘の末に生まれた相手への敬意に目頭を熱くしていたところだ。




俺はかつて見たバカ教官の腐った脳より胸くその悪くなる光景を目撃した。

クリスタ「ん……………んー!!///」


………クリスタが……口づけされている…………だと!?



相手は誰だ?
アルミンでも場合によっちゃ…………



畜生。
この不貞の輩を懲らしめねば


あぁ…………クリスタ………あんなに惚けた顔しちまって!!



って男はジャンじゃねぇか!!!



ぶちのめしてやる!!!



「ジャーン!!!!!この野郎!!!!」



ジャンはギョッとした顔でこちらに振り返る。
こいつも相当飲んだ後なのか目が虚ろだ。


ここで思いもよらぬ増援。



アルミン「さっきから目に余るものがあるよ!ジャン!どういうことかな!?どういうことなの!?」



アルミン!そうだぜ。


俺は泣き出しそうな気持ちと怒り狂っておかしくなりそうな気持ちの両方から詰め寄られて
ついに思いの丈をぶちまけた。





ライナー「俺はこの数年間、片時もクリスタのことを忘れたことはない!無論仕事中でもだ!クリスタは俺の運命の人なんだ!邪魔しないでくれ!」


そう。この「仕事中でもだ」は特に強調しときたかった部分だ。


自警団で腐ることなく事なく順調に成績を伸ばしてきた俺が言うからこそ説得力があるってもんだ。



それに俺のアイデンティティだからな。


しかし俺の熱き思いは
離陸しようとする間際にトンビに襲われた雀のように
無情にも一蹴される事となった。




アニ「いや、集中して働きなよスケベ。だからあんたは馬にまで嫌われるんだよ」


アニだ。ちくしょう……
……………これは効いたぜ。


馬の話なんてしたっけな………ベルトルトのやつ告げ口しやがったのかちくしょう!!


「な、な、な!なにお!!あ、アニ!し、しつれいな事を抜かすな!」


我ながらなんて情けない声なんだ!!!



あぁもう全ての戦意を削がれたよ。何もかも終わったのかもしれない。


このジャンのスケコマシっぷりにあてられてクリスタはヒョイヒョイついて行くだろう…………



なんてこった…………ユミルと俺は自分達でジャンの侵攻を易々と許す状況を作り出しちまった。


そんなの俺たちは望んでいなかった!!





うっ……………ちくしょう……泣けてきやがったぜ………………ちくしょう



アニ「あんたもしかして泣いてるのかい?泣き上戸なのかい?」



グズッ……………エグッ


アニ「!?
ちょっと!言い過ぎたよ!私が悪かった!!」


エグッ……………ヒック……

どうにでもなれよ。


世界なんか滅んじまえ。



人類なんかみんな喰われちまえば良かったんだクソッタレ。



モブ「ジャン!貴様何をしたのか分かってるんだろうな!?あ?」



ダズ「ダズ「ちくしょう!俺の、俺らの夢を!!希望を!独り占めにしやがった」

………。



そうだよ。

こんなに同志がいるじゃないか。
俺は一人じゃないぜ…………なぁ




「行くぞうぉらぁ(裏声)!!」


酒でよろつく足元で一歩一歩を踏みしめるように歩いていく。


温い涙の大粒が喉を伝って胸元に流れる。



野郎の群れの中心にジャン。


お前は俺達の悪夢だ。



確か気に入らない従者には石を投げていいと聖書には書いてあった。

ジャンよ。


お前がここでみんなに心からの謝罪をするような事かあれば俺は生涯、性善説を信じて生きる事になるだろう。


ジャン「しらねぇな!!かかって来いよ!!」





こんのくそ野郎が!!!!!

「わぁあああああああああ」


やっとこさひねり出した怒りの咆哮も嗚咽という厚いフィルターの前には無力だ。


俺は輪の中心で丸くなるジャンのケツを一度だけ蹴りつけた。


それも怒りに震える男どもの尻の厚い肉の壁をなんとかすり抜けた左足のつま先でだ。





あとは輪の外へと押しやられて前の奴の肩をつかんで泣きながら飛び跳ねてただけだ。

「時間だぞ!!今回はここでお開きにします!!みんな今日はありがとう」


幹事の声。


見た事もない奴だった。




怒りで出来た輪がすっと解かれていく。



(おい!?お前ら!!
なんでだよ!まだ制裁は済んでないだろ。なんで離れちまうんだ!!)



モブ「ケッ!!せいぜい仲良くやるこったな」


ダズ「覚えてろよ!幸せにな!」

ジャンは鼻血まみれで中指を立てて笑ってやがる。


俺は孤独だった。


これだけ親しい人間に囲まれてなお、この状況は俺と外部を隔絶した。


身の毛もよだつ孤独の権化。
今この瞬間、俺はその中心だった。



ベルトルト「あぁ楽しかったな!ライナー店から出よう!!」



酒で有頂天のベルトルト。
俺は目を合わせる事なく無言で差し出された手をとった。




外に出ると秋に差し掛かって模様替えを果たした風が俺を感傷的にさせる。



ジャケットな。


くせぇし帰りの公園のゴミ箱にぶち込んでやるとするか。


クリスタ「ジャン!こっちきなさい!」



ジャン「悪かったって!な?」



ははは痴話喧嘩なんて見たくもねぇよ。


帰ってシャワーを浴びてチーズを食いながら迎え酒だ。



ぐっすり眠ろう。







あーぁ二人とも抱き合ってやがる。


……………………。

ジャン「付き合いたいって言ってんだよ!今日好きになった!ここ一、二時間の間にだ!しかも酔ってる!今もだ!でも俺と付き合え!幸せにしてやる!お前が必要だ!」


………………………………。




クリスタ「私さ、お店開くために時間いっぱい使ったの。わき目も触れずにね。
だからまだ男の子と付き合ったことないんだ///だから………幸せにしてよね、ジャン///」



………………。




過去とケリをつけてこよう。
明日を生きるんだ。



涙がとまらねぇ。
ちくしょう、涙が



………………………。




「おい。」

ジャンとクリスタ。



成就したカップルってのはどうも眩しくていけねぇな。


「幸せになれよ。二人とも。」



俺はそういうとクリスタとジャンをそっと引き離しジャンの頬を渾身の力をこめて打った。




ジャンがひっくり返る。



野郎、タフだな。




笑ってやがる……………




………任せたぜ。





「ベルトルト!!もう一軒だ!!」


ベルトルト「え!?ライナー、君はあれだけ飲んでひっくり返って………」



「もう一軒だ!!!!」





明日は遅番だ。今日は飲もう。






ーおしまいー

くぅ疲これ完w

ジャン「平和だな」で宴会でのやりとりがありましたが、それのライナー視点でした。


感想とか批評がございましたら是非お願いします!毎回すごく励みになるのでwww

あ、あとライナー編で思いっきり蛇足だなと思って削った部分があるのでなんか勿体無いしあげときます。



~ライナー(21)~


勤務を終えたベルトルトと都合が合えば

向かうのはいつものショボくれた酒場だ。



ベルトルト「だいたい、布団のノミ取り用の薬剤や芝刈り鍬のブランドの名前を知らない奴がいない世の中なんて変な話だろライナー!?そんなの生きていくのに必要ない!!」


今はベルトルトが話す番。



ベルトルト「僕らにしたってそうさ!三ヶ月後……いや今日明日の生き死にが危ぶまれてた世界にいたってのに今は三年後の手取りが何パーセント上がっているかなんて事にしか目がいかない!」



ベルトルト「19歳の女の子をどう落とすか、そんな事ばっかりだ!
これって馬鹿げてるだろ!?なぁ」


俺は少し飲み過ぎたんだ。
今にこいつの話を聞く事もままならなくなる。酒は思いの外回っている。




ベルトルト「確かに人類は生き残ったよ!この戦利品のライフスタイルは文明的と言えばそうだがこれは人類にしてみれば退化だ!」



おぉベルトルト、お前実はそんな事を考えながら生きてたのかよ。




ベルトルト「刺激に欠けるんだ!!ってライナー君は聞いているのか?」



聞いているともベル。



「分かってる!分かってるよ!しかしお前巨人がいる時からそんな事思ってたワケじゃないだろ?」




ベルトルト「そう言われるとそうだが………」

「だろ!?隣の芝はなんとやらだ!今が退屈なのは俺も同じだがあの世界に戻りたいとは思えない。」


ベルトルト「そうだけど……僕は平和ボケした世の中が嫌だって言っているんだ!もし、巨人が再び現れたら今度こそおしまいだぞ!!」


店から陰気な笑い声があがる。
ベルトルトを見せ物の猿かなんかだと思ってるらしい。




「無茶な結論に飛びつくなよベルトルト。巨人は関係ないだろう?俺もお前も馬鹿じゃねぇ。今日は少し飲み過ぎたんだ。」



「さぁ、次は奢る。それ飲んで帰るぞ」



顔を真っ赤にした大男ベルトルトは後ろで囃し立てる馬鹿そうな男をキっと睨みつけると。男は目を逸らした。


ベルトルトは穏やかなやつだがキレるとその力は計り知れない。


いや、俺も知らないが。



とにかく怒らせない方がいい相手に見えるのは確かだ。




間違いなく怪我じゃすまない。
知らないが。


カウンターで酒を受け取る。
小さなショットグラスになみなみに注がれた琥珀色のテキーラ。


もう最後の一杯だ。いくら強くてもこの量なら大した事はない。




店主「やけに威勢のいい兄ちゃん達だ。元は兵団に?」



「あぁ俺もこいつも調査兵団に」



俺がそう言うと店のあちこちがざわついた。



別に嘘をついているワケではない。一年程は籍があった。



もっとも、あっただけだが。




店主「たまげたな。元は兵士かなんかだろうと思ったがまさか調査兵団だとは………」


「あぁ。」




「実は俺も兵士崩れの身だ。今日はそのよしみでその二杯は俺が奢るよ。」


そう、よく見るとこの親切な店主はまだ若かった。

頭の後退具合や目尻のカラスの足跡を見るにざっと30半ばといったところか………




「ご親切にどうも。ほらベル!店主さんのご厚意だ!礼をいいな!」




ベルトルト「あんがとざいやす」




酔うとベルトルトは誰ばり構わず悪態をつく癖がある。




俺は店主に申し訳なさそうに笑って見せた。



「飲んだな?勘定して帰るぞ。」



二人ともおぼつかない足取りで店を出た。

ーーーーーーーーーーーーー


ベルトルトと酒場に出向いた時の流れはいたってシンプルだ。


まず、素面のベルトルトは飲みたがらない。
最初は気の利いた聞き役に徹したがる。


だから俺が飲む。
飲んで話す。クリスタとの会話の内容やユミルの俺への辛辣な態度の数々。



俺が話すうちに盛り上がって酒を進めすぎるとベルトルトにアドバンテージが行く。



いるだろ?自分以外の誰かが酔って始めて饒舌になるやつ。



そこで始めてベルトルトにスイッチが入る。



さっきみたいにベルトルトが話し始める。



ベルトルトが話す内容は伝染病や飢饉についてや新たに横行し始めた動産詐欺の事ばかりだ。


素面じゃなくても楽しく聞けねぇ話題ばかりでうんざりする。



俺は頷くだけ頷いてせっせとドリンクを運ぶ。潰しちまって連れて帰る。


それで終いだ。
素面じゃ会話も進まなねぇが酔っても同じだ。


次の日は遅番だ。ベルトルトを寮のこいつの部屋に突っ込み俺も寝るとしよう。


ーーーーーーーーーーーー

ありがとうございました。

次はクリスタとアニでいこうと思ってますのでまた良かったら読んでやってください。

では

そうですね。話の都合上全員の巨人化の設定は端折らせていただきましたwww

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom