絹旗「私が探し続けたものは——」 (372)

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垣根「君が教えてくれた花の名前は――」
垣根「君が教えてくれた花の名前は——」 - SSまとめ速報
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スレタイ変えた
そして立てないとエタりそうだから立てた


このスレもヨロシクナンダヨォ

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やべぇ、なにから書いていいかわからんくなってきた
一回整理するから来週の水曜までマッテホシインダヨォ


~~~

「最愛ッ!」

幻想に駆られて心が壊れる一歩手前。
たった一人の少女の英雄になる事に憧れ、やっとその少女を手にした男が初めてその役割を果たした。

「ていとく……」

垣根は食べ物や飲み物がつまったビニール袋を放り出し、きつく絹旗を抱きしめる。

「どうした?」

優しく、囁くように耳元に声をかける。
垣根の声と体温を現実だと理解した絹旗の喉がくぅと小さく鳴った。

「ていとくが、起きたら、ていとくがいないから……わたし……捨て、捨てられたのかと……全部全部幻だったんじゃないかって……」

子供のように泣きじゃくりながら、垣根の肩に顔を押し付けた。

「ごめん、寝てたからさ。食うもんとか買いに行ってたんだ。
お腹、空いてるだろ?」

ぽんぽんと頭を撫でながら、なだめるが、絹旗は泣き止む様子がない。

「……俺が、お前を捨てるなんてあり得ないことだ。
お前のためなら世界だって敵にまわす。
お前を失うくらいなら世界でも人類でも滅ぼしてやる、そのくらい俺はお前を想ってる。大丈夫だ」

髪を撫でながら、しっかりと抱き寄せる。
心地の良いあたたかさに、自分の心が満たされ、同時に何かが失われていくのを感じた。

「大丈夫だ、俺は……いつだってここにいるから。
お前の涙を拭うのは俺の仕事だ。
だから、大丈夫。この先にどんなことがあっても……お前への気持ちだけは変わらない。
十年も変わらなかったんだ、この先百年だろうと千年だろうと……変わるわけがない。
お前はいつだって、俺の最愛だ」

小さな朝の光が、小さく重なる二人の心を、優しく照らしていた。


~~~

バチバチと御坂美琴は電気をまといながら目の前に立つ女を睨みつけていた。

睨まれている女のほうは、めんどくさい、というようにため息をつく。

「私を殺してもいいけど、私を殺したら妹達は死ぬわよ?」

レベル5の第三位に明確な敵意を向けられているにもかかわらず、女こと芳川桔梗は怯える事もなく挑発的な言葉をかける。

「あんたは……」

ぐしゃぐしゃと訳のわからない感情が御坂の中で渦巻いていた。

「どうして、こんな実験に参加したの?」

殺したいという気持ちを落ち着けるように、無理やり冷静な声を絞り出す。

「大切な友人を守るためよ。私には知り合いは沢山いるけど、友人はあいつ一人なのよ」

そして、わざと御坂を勘違いさせるような台詞を吐く。

「そのためなら、何万人を殺すためになろうとも構わないわ」

その一言に、御坂はついに切れた。

「……じゃあ、私はあんたを殺すわ。
全く同じ理由で、あんたを殺す。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ……」

「あら、お嬢様のくせにそんなハードボイルド小説読んでるの?
話が合いそうじゃない」

笑う芳川と、怒りに目を燃やす御坂。


~~~

四日目。

御坂は昨日に引き続き、最近一人潰れた研究所を回っていた。

そして、ある研究所にたどり着いた時、その廃墟から出てくる一人の女を見つけた。

「……はぁ、めんど」

その女は御坂を見るなりため息をつき、鬱陶しそうな視線で御坂を見た。

「……ここの関係者?」

「ええ、そうよ」

「ここで何をしてるの?」

「資料が残ってないかの確認」

「そう、それはなんの資料?」

「私って、遺伝子工学が専門なのよね」

これが、御坂美琴と芳川桔梗の出会いであった。

もちろん、普段から一方通行をおちょくって遊んでいる芳川が超能力者だろうがなんだろうが恐れるはずもない。
そんな芳川の大胆さがめんどくさい状況を生みだしていると、芳川が気づく事はきっとないだろう。


~~~

「帝督がこの街であなた以外に負ける事はない。
じゃあ、なんで帝督は逃げたのかしらね」

御坂と芳川が対峙する一日前に話は戻る。

アイテムの三人は垣根帝督と絹旗最愛の行動理由を考察していた。

「というか、なんで絹旗連れて逃げたかって方が問題ってわけよ。
垣根なら絹旗置いて逃げそうなもんだけど……」

上条を含めた男三人での会話内容はフレンダ達も聞いている。
そこでも垣根は頑なだった。

「というか、そこに上条がいるのはなんでなのよ……」

ぼそりと呟いたフレンダの声には多少のイラつきが見えた。

「上条ってフレンダさんのクラスメイトだっけ?
土御門とも仲良いんでしょ?
そいつ暗部なんじゃない?」

心理定規の指摘に、フレンダは嫌悪感を隠す事なく舌打ちした。

「そんなわけない!あんなバカが暗部なわけないじゃん」

「人は見かけによらないわよ。フレンダさんだってなにも知らない人が見たらただの可愛い女の子だし」

それを聞いて、フレンダを可愛い可愛い騒ぐ青髪の顔が浮かんだ。


「それは……そうだけど」

可愛いこと認めやがったぞ、とミサカが茶々をいれるが、誰も気にしない。

「じゃあ、青髪やあのクラスの全員暗部だとでも言うの?」

――違う、論点はそこじゃない……。

自分が庇おうとすればするほど、上条当麻への疑惑が強まる。

「論点はそこじゃないでしょ。
垣根帝督につながりを持っていて、あの場にいた。
それが問題なんでしょ」

その通りである。

「で、でも……そんなの……」

「それに、上条当麻の言葉で帝督は部屋を飛び出したって話じゃない。
疑わずにはいられないわ」

考えれば考えるほど、上条当麻は怪しく思えてきた。
もしもこれが全て偶然ならば、上条とはどれほど不運な星のもとに生まれてきたのだろうと同情したくなるほどだ。

「……そうね……上条当麻について、調べて、みるわよ……」

心に釘を打たれるような痛みを堪えながら、フレンダは頷いた。

「それは、私がやるわ。私の能力ってこういう時に役立つものだし、もしも暗部の人間で、どちらかの実験に関わってるなら……最悪殺さなきゃならないし」

フレンダは上条に殺意を向ける事が恐らく出来ないだろう、心理定規はそう言っていた。

「嫌だ、私がやる。上条当麻が暗部の人間なら、私が殺す」

しかし、フレンダは譲らない。


「私が殺す最後の人間になってもらう」

殺気を完全に隠した穏やかな目でフレンダは心理定規を見つめる。
だから、誰も気づかなかった。

フレンダの手に何時の間にか小銃が握られているの事に。

椅子から立ち上がり、街を歩くように普通に歩く。
向かう先には心理定規がいる。

そして、銃の照準をゆっくりと心理定規の額に当てた。

その瞬間、室内に一気に殺気が充満する。

「ね、なずな……私はあんたにも銃を向ける事が出来るんだよ?」

褒めて、と言わんばかりの満面の笑みでフレンダは心理定規にそう言った。

「……やっぱり、あなたは暗殺者なのね。正直、忘れてたわ」

降参だ、というように心理定規は両手をあげ、ため息をついた。

殺気の消し方、殺気の出し方、そしてその大胆さ。

同じ暗部の人間である心理定規や滝壺理后すら騙せる作りあげた無害な自分。

「ばーん」

フレンダのそのセリフと共に引き金は引かれた。

「……なんちゃって」

乾いた音と共に、銃口から飛び出したのは――造花だった。

「ビビった?ビビった?」

全員が唖然とする中で、フレンダは一人ケラケラ笑う。


~~~

時間は御坂と芳川が対峙する四日目に再び進む。

その日の朝、御坂と芳川が対峙する数時間前のことだ。
上条当麻は困惑していた。

目を覚ますと、ベッドの傍にはお人形のように可愛らしく、氷のように冷たい笑顔を貼り付けたフレンダ=セイヴェルンが立っていた。

夢かと思い、次に夢ならば良いかと思う。

上条は上体を起こし、フレンダの頬を優しく撫でてみる。

――あったかいな。リアルな夢だなぁ……。

フレンダはビクッと少しだけ体を強張らせたが、なされるがままだった。

――うーむ、すべすべだ。

寝起きの上条はぼんやりとした頭のまま、頬を撫で続ける。

――しかし、リアル過ぎるな。

「俺の妄想力すごいな……」

そうつぶやいた瞬間、こめかみにゴツリとした感触が走った。

「……おはよう、当麻」

「お、おはようございます」

視線だけを動かし、自分の左こめかみに銃が突きつけられていることを認識する。
未だフレンダの頬に触れたままの右手の感覚がさぁっと明確になってきた。


「あんた、やっぱり私に欲情してたってわけね」

「いや、あの……夢だと思いましてね?
夢にす……いや、可愛い女の子が出てきたらそりゃ撫でたくなりますよ?」

好きな女の子、と言えないあたりがヘタレである。

「そう、じゃあ別に私じゃなくても良かったんだ?」

「それは……違うと思います。
というか、どうやって入ったんだよ?
あと、その銃……本物か?」

本物か否か、という質問にフレンダは至極わかりやすく答えた。
上条の頭から銃を離すと銃口を天井に向け引き金を引く。
ぷしゅっという音と共に天井には小さな穴が空いた。

「偽物だと思う?」

どう?と聞くように上条を見つめ微笑んだ。

「俺を……殺すのか?」

「さぁね、当麻次第よ。
ひとつ言っとくと、私が人を殺す時は、自分が死なないようにするためよ。
私は別に根っからの快楽殺人鬼ってわけじゃないしね」

仕事なのよ、と言うと上条は怯えるでもなく竦むでもなく、悲しそうな顔をした。

「そんなの……間違ってるよ」

「どういう意味?
殺すくらいなら殺されるほうがマシとでもいうつもり?」

「違うッ!殺すのも殺されるのも間違ってるんだよ」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「さぁ?」

上条は諦めたように笑った。


~~~

フレンダのミスはふたつ。
一つ、頬に当ててある上条の手を振り払わなかったこと。
一つ、上条を一般人だと決めつけ油断していたこと。

「ま、あれだよな。殺さなきゃならないのは強さが足りないからさ」

頬に載せた手を思い切り振り抜き、同時に空いている左手で銃を構えたフレンダの細い腕を力任せにつかみ上げる。

体を完全に起こした反動をそのまま利用し、くるりと回転すると、うまい具合にフレンダの足は掬われた。

態勢が崩れたので、右手を頬から首に持って行き、そのまま押しこむとフレンダは簡単に転んだ。

フレンダが態勢を整える前に、飛びつき、両足で両手を塞いだ。

「相手が脅威なのは同レベルの力しかないからだ。
圧倒的な力がありゃ、殺す必要なんざないんだよ」

フレンダを見下ろしながら、上条は冷たく笑った。

「あ、んた……」

フレンダは負けたことが悔しいのか、別の理由かはわからぬが瞳を濡らしながら上条を睨みつける事しかできなかった。


~~~

――なーんてことが漫画の主人公なら出来るんだろうなぁ……。

「さぁ、って無責任極まりないってわけよ。腹立つわ」

「ま、そうだな。じゃあ綺麗事抜きで言おう。
俺はお前が生きるためなら殺されるのも構わないと思ってる。
でも俺は自分が生きるために他人を殺したくはない」

上条は妄想から抜け出し、フレンダに答えた。
頬に手を当てる男と、その男に銃を突きつける女という奇妙な光景は現実では変わっていない。

「それも結局綺麗事ってわけよ」

「言い方を変えようかな。
今の俺はお前の事以外に、生きる理由が無い。
だから、俺が死んでお前が困るなら俺は自分が死なないために人を殺すかもしんないけど、
お前は俺が死んでも困らないだろ?」

だから、自分が死なないために人は殺さないかな。

当たり前のように、上条は言い切った。

「……もう、いいや……ちょっと、黙ってて」

まっすぐな上条の視線から逃れるように、フレンダは銃を握った右手で上条を殴り気絶させた。

「こいつの落ち着きというか、環境適応能力半端ないってわけよ。
演技だとしたら……それはそれですごいわね」

どうすれば上条当麻が暗部ではないと証明できるだろうか、とフレンダは気絶した上条を見ながら考える。


――色仕掛け?拷問?なんか、ダメね。

どれも決定力に欠ける。

――というか、そんな証明無理なわけよ……。

自分が撫でられたように、今度はフレンダが上条の頬を撫でた。

「可愛い寝顔しちゃって……馬鹿ね、こいつは」

そして、体が勝手に動いた。

フレンダ自身が恐らく一番動揺したであろう。

「はぁッ?!」

自分は今何をした?
自分で自分に問いかける。

「いやいやいや……なんで?」

銃を置き、人差し指で自身の唇に触れる。

「え?はぁ?……えぇ?」

パニックに陥りながら、感触を確かめるように唇を指で撫でた。

「……うん、忘れよう。誰に見られたわけじゃないし。
うん……うん。
さて、サクッと拷問してやろう」

手際良く上条をベッドの上に座らせると、体を拘束する。

これで起きても上条は動くことができない。

――うん、視界も塞ごう。

アイマスクをかぶせ、猿轡はどうしようかと考えるが、話してもらわなくてはならない話があるので、それは鞄に戻した。

拷問など無意味な事だとわかり切っているが、なんとなく何かをしなくてはそわそわしてしまう。
そんな理由で拘束される上条当麻という人間は、どのような星のもとに生まれたのかと本気で同情したくなる。


~~~

「私を置いてどこにもいかないでください」

泣き止んだ絹旗は垣根の服を掴んだまま離さない。

――完全に退行してるな……。

そんな事を考える余裕が垣根には出来ていた。

「どこにもいかない。もう一秒だってお前の側を離れないよ」

優しく髪を撫でると、絹旗は無邪気に笑った。

――そうだ。本来ならばこいつは両親のところでこうやって笑うはずだったんだ。

「ねぇ、帝督……心から私を超愛してくれますか?」

「当たり前だ」

「じゃあ……これからずっと一緒に、探しましょうね?」

「それも当たり前だ」

「私がもし先に死んでも、私の事を忘れないでいてくれますか?」

「そうだな、最愛が名前を教えてくれた花をたくさん咲かせてやるよ」

二人はもう何時間も同じような会話を続けていた。
絹旗が何かを尋ね、垣根がそれに答える。

垣根が答えると絹旗は子供のように純粋な笑顔を浮かべた。

――この街を壊す、か。

例えば、経歴も真っ白で暗部組織への加入を蹴り続けた一方通行が理事会に入れば何か変わるだろうか?


例えば、理事長であるアレイスターを殺したら何か変わるだろうか?

例えば、出会った絆、魔術師達に協力を依頼したら何か変わるだろうか?

――答えは否だ。

――俺たち能力者がいる限りこの街は変わらない。

――もっと、普通の世界で出会いたかったな。

インデックス、ステイル、神裂。
麦野、滝壺、フレンダ、心理定規。
そして、いま自分の腕の中で穏やかな寝息をたてる絹旗最愛。

――学校のクラスメイトとか後輩とかさ、なんでもいいから普通の世界で出会いたかった。

「てい……とく……だい、好きです」

寝言でそうつぶやいた絹旗のおでこに垣根はそっとキスをした。

――この幸せは……いつまで続くんだ?

求め続けた存在が自分の手の届くところにいてくれる。

その幸せが有限のものだと、垣根は知っている。

もしもそれが無限の永遠のものならば、垣根の母親は今でも垣根の側にいるはずだ。

――気持ちは変わらない。変わるのは……それ以外のものばかりだ。

自分が取り残される。

全てが過ぎてゆく中で、自分だけが動けない。

完全な孤独を、垣根は恐れていた。

ココマデナンダヨォ

自分で言った期限破っちゃってゴメンナンダヨォ

またヨロシクダヨォ


上条さんの不幸っぷりがパない

>>31
まぁ、

・垣根と友達
・垣根がピンチの時に拾う
・垣根が消えた時にその場にいた
・しかも土御門とも仲良し

上条さんこんな状態だしね
四つ目が何気にでかいよね
次回その辺にも触れようと思う!

では、またそのうち来ますので!!
他の人もいつもレスアリガトウナンダヨォ!!

生存報告
時間取れない



~~~

「朝っぱらからバタバタうるせぇと思ったら……。
何をしているんだ、フレンダ=セイヴェルン」

突然の声に、フレンダは銃を向けながら振り返った。

「土御門……元春……?」

銃を向けた先に居たのは上条を疑う決定的要素となった土御門元春であった。

「カミやんの拘束を解け……殺すぞ」

普段のにゃーにゃーふざけた土御門ではない。
その目にはサングラス越しでもわかるほどの殺意と怒り、そして憎悪がこもっている。

「……やっぱ、こいつも暗部だったってわけね……」

土御門の反応を見てフレンダは諦めたように銃をおろした。

「だって、そうでしょう?
暗部にいる人間で名前を知らない奴はいない、とまで言われる土御門元春が……あんたがたった一人の為にそこまで本気で怒るってことは……」

フレンダはすべてを放棄した。

あれ程こだわり続けた幸福も、妹との再会も……すべてを放棄した。

――初めて絹旗の気持ちがわかった気がする。

そして、唐突に理解した。


――人を好きになるって……恋をするってこういうことなんだね。

――もしここで生き延びても、多分私の心には埋めようのない穴が空く。

人を殺した時。
フレメアと別れた時。
人を殺すのが普通になった時。

フレンダの心には、穴が空いた。

その穴を埋めたのは同志を超えた家族のような存在たちだった。

――みんながいたら、それで私は平気だと思ってた。

ゆっくりと銃口を床から上げた。

――友達とかここ数日で増えたけど、私にとって私よりも重いのはアイテムだけだと思ってた。

フレンダの握る銃は上条を通り過ぎ、土御門を通り過ぎた。

――ごめんね、みんな……私アイテムよりも大切なものが出来ちゃった。

そして、銃口は向けられた。

銃を握るその人自身の頭に。

土御門の顔が驚愕に上塗りされた。

暗部の人間が、それもアイテムというそこそこ名の知れた組織の人間が、自ら命を絶とうとするのは土御門にとって衝撃であった。

――多分、私はこの先足でまといになる。でも、安心して……タダでは死なないからさ。

フレンダの握る銃が、一瞬にしてナイフに変わった。


「あんたにはしばらく動かないでいてもらう!」

フレンダの行為に驚いていたその一瞬だけ、土御門にはスキが出来た。

銃を撃つよりも、ナイフを投げる方が確実だと判断した理由は特にない。

強いていうならば、自分の頭に向けた銃を、土御門に向け直して撃つよりも、
そのままの流れで投げることの出来る武器の方が結果的に速いということだ。

「んなぁ!」

避ける事は不可能と判断した土御門は、左手でナイフを受けた。

「へへ、バーカ」

大した傷は負わせていないが、フレンダは満足そうだった。

「……毒か?」

右手でナイフを抜いたあと、それをフレンダに投げ返そうとするが、身体の違和感に気づき、動作を止めた。

「もって一週間かな?
一週間以内に解毒しないと死ぬわよ」

フレンダの手には再び銃が握られていた。

「馬鹿はおまえだ、やめろ!」

「……いろんな事を想定したけど、あんたが出てきた時点で私の負けなのよね。
どうやっても土御門元春から逃げる術はない、という結論にたどり着く。
だったら、あんたに殺されて……麦野たちがあんたを怨むよりも、私が自殺した方がいいのよ」

じゃあね、とフレンダはまるで教室で別れるかのように言った。


「ちぃ……この馬鹿!」

フレンダが引き金を引いたのと、土御門の投げたナイフがフレンダに当たるのはほぼ同時だった。

ぱん、という音と共に弾けたのは、上条の部屋のテレビ画面だった。

「……少し精神科へ通う事をオススメするにゃー。
俺もちと頭に血が昇り過ぎたが……おまえはどんだけメンヘラなんだにゃ~」

ナイフを投げたのと同時にフレンダに飛びついた土御門は、銃を奪ばい、フレンダを組み伏せた。

「はぁ、カミやんは暗部じゃない。
こいつが暗部なら、むしろ俺は助けようとなんかしないぜい」

「……は?」

「信じて欲しいにゃー。あと、解毒剤寄越せ……お前も傷を負ったし、仲良く解毒しようぜい……」

たった少し動いただけで、土御門は苦しそうだった。

「俺が怒ったのは……カミやんは……こいつと青髪は俺の友達だからだ。
……カミやんと友達だから、お前の事も殺せない。安心しろ。
勢いで殺すと言ったが……すまん、ありゃ嘘だった……ってわけだ」

そう言うと、土御門は意識を失った。


~~~

「あんたを……」

「殺す?」

御坂の言葉を芳川が奪う。

そして、

「別にいいけどあなたに出来るかしらね?
私を殺したら、妹達は半年以内に全員死ぬわよ?」

ひどく意地悪く笑った。

「……」

御坂は動く事ができない。
喋ることも、考えることすらできなくなっていた。

今御坂の頭にあるのは、芳川を殺すと守りたいものが消える、という事だけである。

「嘘だと思う?なら、殺してみたらいいわ。
でもね、御坂さん?自分を必ず殺せる人間の前で、こんな嘘をいうメリットあるかしら?」

御坂の中に思考するという回路が蘇る。

――確かに、そうだ。この人は初めから余裕だった。

もしも嘘ならば、それは咄嗟に思いついたものだろう。
だとしたら、芳川はもっと怯えていなければならない。

――でも、こいつがいる限り、実験は終わらない。

クローンの寿命を伸ばす。
それは、学園都市はこの実験をやめる気がないということである。

「まぁまぁ、落ち着いて。
第一位の恥ずかしい話でも聞かせてあげるから!」

芳川はいきなり毒気を取っ払い、ニコニコニコニコと楽しそうに笑いながら、般若のような顔の御坂にそういいはなった。


「……ぁえ?第一位……って、一方通行?」

その豹変ぶりに、御坂も呆気にとられる。

「そうそう、あぁ、私彼らの仲間なのよ。
というか、一方通行のご主人様?
だから、そんな怖い顔で睨まなくていいのよー」

「だ、だったらはじめから!」

「御坂さんばかねー、そんなに簡単に信用したらダメでしょ?」

言いながら、芳川は携帯を投げ渡した。

「信用なんてしてないわよ!あーもうっ!あんた意味わからん!」

携帯を受け取ると、それは通話中になっていた。

「もしもし!」

『おおう……なンだよ……電話してきて切れるなよォ……。
てか、誰ですか?芳川……じゃあ、ねェよな?』

電話口から聞こえてきたのは一方通行の声だった。

「あんた、一方通行?」

『あ、あァ……御坂美琴、か?』

「そうよ。……一方通行本人だと証明できる?」

『あァ?いきなりなンなンだよ……。
ンー……無理だな。今どこにいる?かわりにそこまで三分以内に行ってやらァ』

「……この携帯の持ち主と一緒にいるわ」

『……あー、悪いな。そいつは馬鹿なンだ』

御坂達がいる研究所の場所を伝えると、一方通行は本当に三分以内にやってきた。

「……芳川さんだっけ?
あんた、何が目的だったの?」

疲れきった顔で聞く御坂に、

「子どもをからかうのが大人の仕事なのよ」

心の底からの笑顔で芳川は答えた。


~~~

一方通行が御坂の電話で出て行った時、病室にはミサカの他にフレンダ、滝壺、心理定規がいた。

「……さて、ちょっくら行ってくるわ」

フレンダも一方通行のあとを追うように、出て行った。
これで残ったのは滝壺と心理定規だ。

「……そろそろ、教えてくれないかしら?」

口火を切ったのは心理定規である。

「なにを?」

「あなたの気づいたこと」

「……なんの話?」

珍しくこの二人の間にピリピリとした空気が流れた。

「それよりもさ、統括理事会にどうやったら私たち側の人をねじ込むことが出来るかな?」

わかりやすすぎる、というよりもわざとらしすぎる話題変更。
心理定規はあからさまに不快感を示した。

「……滝壺さん、あなた本当は帝督と絹旗さんの場所わかるんじゃないの?
というか、わからなきゃおかしいわよね?」

そんな明確な拒否に応じてやるほど優しくはない、というように心理定規は声を少し荒くした。

「ううん、わからないよ。かきねってやっぱすごい」

対して滝壺はいつも通りのんびり穏やかである。

「あなたの力って、AIM拡散力場を観測しているのよね?
だとしたら、帝督がわからないはずがない。あの人はいつだって無意識に能力を使っているもの」

「だからさ、わからないって言ってるじゃん。
AIM拡散力場なんて、わからないことの方が多いし、私の力は完成されたものじゃない。
もしかしたら、AIM拡散力場を観測しているんじゃないかもしれない。
それか、かきねときぬはたの自分だけの現実が変化したのかもしれない」

「そんな事――」

「あり得ない、とは言わせない」

心理定規を黙らせようと、少しだけ強めの声を発する。
だが、そこには苛立ちだとかそういうものは感じられなかった。


~~~

「……お……おお?」

目を覚ますと、青髪ピアスがせかせかと動いている様子がぼんやりと見えた。

「お?つっちー起きたか?」

「おぉ……おまえなにやってんだにゃー?」

青髪は土御門の頬をぺちぺちと叩きながら笑っている。

「んー、フレンダちゃんに手伝えいわれてなー。
しっかし上やんの部屋に遊びにきたら暴漢に襲われる、なんて難儀やなぁ」

頭を少し浮かせ、部屋を見回す。
天井に空いた穴。割れたテレビ。そして、台所で鼻歌を歌いながらなにかを作っている上条当麻を確認した。

「上ヤンの部屋か……。フレンダは?」

「安心しぃや、ちゃあんと僕が家に送ったで。
あの子えらい美人なおねーさんと暮らしてんやな、あれはすごかったわ」

青髪のセリフに土御門は違和感を覚えずにいられなかった。
アイテムのメンバーで「おねーさん」という呼称が当てはまるのは麦野沈利しかいない。
一般人とは言え、青髪が負傷したフレンダを抱えてアジトへ出向き、無事に帰れた事は奇跡だ。

「なぁ、フレンダちゃんって何者なん?」

土御門の違和感は確信へと変わった。

「……にゃー?なにを言いたいのかわからないぜい?
ただの生意気な女子高生以外に見えるってのかにゃー?」

「つっちー、隠さんでもええよ。
僕ぁな……多分君と同じくらい色々知っている」

土御門は青髪を刺すような眼つきで睨んだ。


「……お前こそ一体何者だ?」

「……第六位って言ったらどぉや?」

「笑えないぜ……頭おかしいのか?」

「第六位はいらないレベル5なんよ。
サイコキネシスってあるやろ?あれのレベル5や。
もう研究し尽くした分野やし、不要や言われた。
暗部に落とされそうになった事もあるで。
でもな、僕は生きたかった」

土御門を無視して青髪はしゃべり続ける。

「やっと手に入れた友達なんや。
上やんとつっちー、どっちも僕の大切な親友や。
お前らが命を落としそぉんなったら僕は自分の正体がバレる事も厭わず君らを救うで」

それだけ言いたかっただけや、と青髪は笑い、上条のいるキッチンへと歩いて行った。

「……まぁじかにゃー?
というか、フレンダの事聞きたかったんじゃないのか?」

そうつぶやくと、

「フレンダちゃんの事くらいならわかってるで、アイテム、やろ?
ちなみにアイテムは僕がリーダーやらされそうになった組織なんやで?」

どこからともなく青髪の声が聞こえた。

「ふっふっふ、念動力はな、使い方をマスターしたら自分の声を届ける範囲も選べるんやで」

要は、音も空気の振動であるから、その空気の振動を届かせる道を能力で作っているということだろう。

「……ご都合主義乙って感じだにゃー……」

もうついていけない、というように土御門は考える事を放棄した。



~~~

「あちゃー……色々やらかしてんなぁ」

倒れた土御門をとりあえずベッドに放り投げると、玄関から間の抜けた声が聞こえてきた。

「……はぁ……なんだってのよ……本当に……なんなのよ、お前らは……」

もう反応するのにも飽きたと言うようにフレンダはため息をついた。

「んー?これやったん……フレンダちゃんか?」

「そうよ……殺すなら殺せば?
麦野たちもあんたが私を殺した犯人だとは思わないと思うし……別にどうでもいいわ」

両手をあげながら、もう一つため息をつく。

「……合格や。ここで自分じゃない、なんて無様な姿晒されたらちとお仕置きしよかなぁと思ってたんやけどな。
とりあえず、土御門くんと君の解毒やね」

青髪は手をぱん、と鳴らしながらスタスタとフレンダのそばへより、担ぎ上げた。

「あ、君の能力アポートやろ?
解毒剤その力でこっちに持ってこれやん?」

突然の事態に、目を丸くさせフレンダは言葉すら発する事が出来ない。

青髪はそれをみて困ったように笑いながら、フレンダを軽く揺すった。

「……は!
……ちょっと、まっ……はい?」

「おーおー、混乱してんなぁ……。
ま、とにかく解毒や」

「え?うん……えっと……はい」

フレンダが脇に置いてあったナイフを取ると、それは一瞬で薬品と注射器の入ったケースへ変わった。


「ふむ……見た感じ、フレンダちゃんはアポートのレベル3くらいか?
なんかと交換じゃないと転移出来ない?」

「いや、慣れたものやよく知ってるものなら平気だけど、普段あまり移転させないものは何かあった方が安定するだけってわけよ」

「ほー、重さの制限は?」

フレンダから解毒薬と注射器を受け取ると、慣れた手つきでそれを土御門、そしてフレンダへ注射した。

「知らない。身体検査なんて受けてないし、これは登録もしてないもの」

「それじゃあ奨学金貰えないやん」

しゃべりながらも、青髪は手を動かし続ける。
今はフレンダが毒のまわった身体で土御門に施した傷の手当を、やり直している。

「別の能力登録してるから毎月笑えるほど振り込まれるよ。暗部で得た金はその情報隠すのに使ってる。
ダミー情報守るのに国家機密レベルの保護をしてるってわけよ。
これは同じアイテムのメンバーでも知らないレベルよ」

「あ、そうなん?じゃあ僕と同じやね。
僕のはこの街の理事長くらいしか存在知らんと思うけどな」

よし、と言いながら青髪は土御門の手に包帯を巻き終えた。

「まぁ、つっちーはこれで一応は安心やな。
あとで病院つれてくけどな……ほんなら次は君の番や」

あの時、フレンダを止めようと土御門が投げつけたナイフはフレンダの右太ももに命中した。
それによりフレンダはバランスを崩したのだった。


「ちょっと触るで、ごめんな」

傷口に触れ、強く圧迫する。
フレンダの盛った毒には血を固めない効果もあったのか、流血は止まらない。

「つっちー必死やったんやな。
この傷の深さは手加減なしやろ?」

「私だって本気で投げたわよ」

そうかそうか、と青髪は笑い、フレンダを担ぎ上げた。

「病院とお家どっちがええ?
どっちでも好きな方に送るで?」

青髪の問いかけに、フレンダは少し考えると、病院のほうがいい、と言った。

「OK、ほんなら、学園都市第六位の力をお披露目や!」

青髪ピアスの持つ力、それは重力、磁力を含める「物を操る力」全ての完全なる上位互換である。
その力を使いこなす青髪ピアスの頭脳、精神力は勿論桁外れな物がある。

本気で殺し合いをしたら、現第一位の一方通行ですら、殺せる可能性を持った存在であろう。

しかし、青髪も一方通行同様ここまで人を殺さずに来た化け物だ。

「上やんは暗部ちゃうよ。
こいつはどうしようもなく運が悪いだけの男だ。
だからさ、全部片付いたらまた学校で遊ぼうや」

青髪が辿り着いた平穏。
それは学校という箱庭だったのかもしれない。

もしも、この街の序列が強さだけで決まるのならば、青髪が第一位だろう。
しかし、そうではないのだ。
この街は“価値”が有るか無いかで評価される。

そして、価値が無いと判断された化け物は、落とされる。

抗うには、他人を殺すか、自分を殺すしかない。

「しっかり捕まっとけよ」

青髪はそういうと、文字通り飛び出した。


~~~

――多分、全部見張られてる。どうやったらこの見張りが消えてくれるかもよくわからない。

――もし、これを消す方法が有るなら、早く見つけないとだめだよね。

――でも……検討もつかないな……。

――それに、これを誰かに話してこっちがこの事を知ってるのバレるのもダメだし……。

――なんかうまい方法ないかなぁ……。


~~~

本当にこれでいいのか。

そんな事を問いかけてくる自分がいる。

「いいわけ、ないよな」

自分の胸に顔をうずめる絹旗を撫でながら、垣根は窓の外を眺めていた。

でも、どうしたらいいのかわからない。

自分がわからない。

支離滅裂に走り回って引っ掻き回してこんな訳のわからない状況にしたのは垣根自身だ。

「母さんが死んだ。俺のせいだ。俺が……殺した」

嫌な汗が頬をたれる。

「最愛は、多分俺といたら死ぬ。
だったら、いっそのこと俺が殺そうかな」

見知らぬ誰かに殺されるくらいならば自分で殺した方が納得が行く。

「俺が死んでも、最愛は死ぬだろうな。
だから、もし死にそうになったら最愛を殺して一緒に逝こう」

壊れてしまった絹旗は、もうアイテムでは守れない。
第一位でも無理だろう。

垣根は死を明確に意識した。

「……帝督。私はあなたが一緒なら天国でも地獄でも……どこでもいいです。
ただ、そうですね……超子供のまま死にたくは無いですかね」

抱きしめる力を強めると、絹旗がぼそりとそんな事をつぶやいた。

「起きてたのか」

「はい。なんだか、安心するんですよ。
大好きな人の温かさは、安心します」

そして、どちらからというわけでもなく唇を重ねた。

「愛してますよ、あなたの事をこの世界で最も愛してます」

「俺だって、お前を最も愛してる。
お前は俺の最愛だからな」

微笑み合うと、何かが壊れた。


~~~

そして、また夜が終わる。

夜が終われば朝がくる。

闇が姿を隠し、光が世界を包み込む。

しかし、闇は消えたわけではない。

光の当たる世界の裏が、今度は闇に包まれているに過ぎない。

ひと時の希望に過ぎない。

世界から絶望を根絶やしにする事は誰にも出来ない。

ただ、追いかけて追いかけられて、泣いて笑ってまた泣いて……繰り返すだけである。

誰かが立ち上がった。

その誰かは次に膝を折って泣くだろう。

そして、またいつの日か立ち上がるのだ。

最期の最期に立ち上がっていられた者が、強者なのである。

その命が尽きようとも、その最期の瞬間に立っていたら、それでいいのだ。

「ボニーとクライド、みたいですね」

学園都市の外壁へと歩いている時、絹旗がそんなことをつぶやいた。

二人は逃げようと思ったわけではない。
ただ、外の世界をみてみたかっただけだ。

立ち上がり、そして歩き出す。

歩き出した先にあるのは高い壁。

二人の行く末を邪魔する、高い高い壁。

「どこへ行くというのだ?バケモノよ」

「……お前らクソッタレのいない世界かな」

「そうか、ならば連れて行ってやろう」

路地裏で出会った男。

ミサカを狙撃した組織のリーダー的存在。

その後ろには、垣根をこの街に引きずりこんだ男もいる。

高い高いとても高い壁。

純白の光輝く翼をしても、越えられない壁。


「はは、お前空気読めよ。恋人同士が逃避行しようとしてんだ、ラブソングでも聞きながら見逃せよ」

疲れたような吹っ切れたような、よくわからない異様な笑顔で垣根は言った。
絹旗は垣根に寄り添うように後ろに隠れている。

「私がラブソングなんて……」

男はバカにしたように、笑った。

「その代わり、君たち幸せな恋人達にレクイエムを送ろう……」

幸せな、という部分を強調しながら、男は手元の装置を操作した。

「……ま、たこれかよ……」

ガラスをこすり合わせるような不快な音が鳴り響く。
それは、垣根だけに効果のある音。

力では防げない心に傷を負わせる音。

「しかし、本当にわからんな。
能力が心的な物に起因するとは言っても……阻害効果がレベル5に現れるとはな。
そんなに母親を殺したこの音が怖いのか?」

「は、うるせェな。黙れよ。
俺今男の子の日だから頭痛がすンだよ」

ニヤニヤと挑発して来る男に、垣根は余裕を装い、笑いながら中指を立てた。

「お前らがなんなのかはよくわからんし、考えるのもめんどくせぇ。
だから、もういい」

越えられない壁ならば、壊せばいい。

一人では無理でも、絹旗が……守りたい大好きな人が側にいてくれれば、可能だと垣根はふと思った。

「お前らごと、こえらんねー壁を……ぶっ殺してやる」

誰かがいるから何かが出来る。

それは、その誰かを失った時、何も出来なくなる、ということである。

垣根はその事に気づいていなかった。



クオリティが低すぎてやばい
頑張って盛り返す

はっじまっるよぉ~

ちょっとマジで時間なくて月一になっててヤバイね
時間ないから調整しようとした細かいところとか勢いで書いてるからちぐはぐになってるかもしれん

とりあえずこれは今年中に終わらせて、また垣根と絹旗で違うの書こうと思ってる
今度こそおれはギャグSSを書く


~~~

激しい銃撃音が、空間をぶち壊した。
灰色の銃弾が、垣根と絹旗を襲うが、二人ともそんなものは目に見えていないかのように落ち着いている。

普段よりも小さく形も歪な翼を世界を二つに分けるために垣根は広げたを

垣根帝督の持つ未元物質という能力。
その能力にはレベルというものが存在しない力だといってもいい。

この世に無いものを作り出す、それだけで全てを超越しているのだ。

例えば、電撃使いの御坂美琴は、他の電撃使いよりも出来る事が多い、
出力が高い、だから電撃使いとして最高位なのだ。
第一位の一方通行にしても、あらゆるベクトルを操作できるから、レベル5なのである。
もしも、ベクトル操作のレベル1というものがいたら、
それは操作できるベクトルの大きさなどに制限がかかるのだろう。

しかし、垣根帝督の未元物質は、それらとは性質が違う。

『この世に存在しない物質を作る』

そこには、出力もクソもない。


能力自体が初めから完成されているのだ。

他の超能力者達の持つ力は、その人の素質、努力、才能でその力を完成形に昇華させている。

なので、最強の超能力者である一方通行が能力を阻害されたら、普段は操作できる大きさのベクトル操作が難しくなる。

しかし、初めから完成されている未元物質にそれは関係ない。

普段よりも行動に時間がかかる、というだけである。

「不安そうな顔をするな、最愛」

「帝督……超大丈夫です。あなたと生きるためなら、私は戦えます」

『命のやり取りの場』という状況が、絹旗に『戦う』という選択肢を思い出させた。

安心しきった、任せきった子供のような顔つきは、凛々しく美しいものへと変わる。

「はは、いい顔だ。
でもお前は自分の身を守るだけでいい。
なんかあったら、すぐに俺の名前を呼べ」

微笑みながらそう言うと、途切れる事なく降り注ぐ鉛の雨を払いのけるように、普段と寸分違わぬ純白の翼を大きく広げた。


「普通の銃で俺を殺そうとは……舐められたもんだな」

「いやいや、君の素質と才能は認めているよ。
君は素晴らしく美しい……だが、もういらないんだ。
我々の思い通りにならないならば……君達学園都市の生徒はいらないんだよ」

男は言いながら、銃を垣根に向けた。

「……お前、頭が足りないんじゃねぇか?
そんな拳銃で俺様を殺せるとでも?」

しかし、垣根は余裕を失わない。

――この音ももう初めてじゃない。最初はビビって演算どころじゃなくなったけど、わかってりゃただの音だ。

冷めた目つきで男を見下ろしながら、考える。

考えるのと同時に、頭の中には数パターンの攻撃を組み上げていた。

翼にあたる銃弾は気にならない。

男が向ける銃口も気にならない。

「……なぁ、お前らってなんで俺を殺そうとしてんだ?」

戦いの場が、垣根をどんどん冷静にさせていく。
そして、極限まで冷静になると、そんなひとつの疑問が浮かんだ。


「五月というのはどんな月か知っているかね?」

銃を構えたまま、男は空いたほうの手でタバコを取り出しくわえた。

「この国では旧暦で皐月と言っていた。
これはもともと早苗月と呼ばれていたんだ」

タバコをしまい、代わりにライターを取り出し火をつける。

「聡明な君ならもうわかるだろう?」

そして、垣根が絶望するのを期待するかのように口角を歪めた。

「……いや、そんなのはいいんだよ。
そんなのは前に路地裏でお前の使えねぇポンコツ部下の頭落とした時に気づいてたよ。
本当にてめぇは俺と違って無能だな」

しかし、垣根はケロリとした表情をしていた。

「あのさー、俺はなんで俺を殺そうとするかって聞いてんの。
一方通行と殺し合いさせたいんだろ?だったら俺を殺しちゃダメなんじゃねーの?」

ため息をつきながら、垣根は続ける。

「はぁ……皐月ってのは田植えの時期って事だ。
それに、英語名とかだと五月はローマ神話で豊穣の女神の名前だな。
俺ら暗闇の五月計画の被験者は、
お前らに豊穣を授けるための犠牲、
生贄って事が言いたいんだろ?
でもさ、それって答えになってねーよな。
ここで俺と最愛を殺してなんの得があるんだ?」


話している間も止まない雨にイラついているのか、口調が少し雑になっていた。

「……必要だから、殺るのだよ。
既に一方通行と君が殺し合う確率はほぼゼロだ。
だったら、君はもういらない。
暗闇の五月計画はここで終わりだ」

煙をぷかぁと吐き出し、男は貼り付けたようなわざとらしい笑顔を浮かべた。

「最高の形で終えることができなかったが……まぁ、一応得るものはあったし、成功だよ。ありがとう。
そしてさようなら、第二位」

言い終わるのと同時に、男の持つ拳銃から一発の銃声が響く。









その銃声と共に、垣根帝督は天空から地上へと引き摺り下ろされた。




邪悪な笑みを浮かべた男と、何が起きたのかすら理解できずに驚きに満ちた顔で落ちる男。


「なん、で?」

翼を失い地面に這いつくばる垣根を見下す銃口。

「銃なんざ……効く訳が……」

「おいおい、フレンダとかいうブロンドに出来た事が俺たち科学者に出来ないとでも思ったか?」

カチリ、とピースがはまった。

「まさか、この未元物質を……解析したとでも言うのか?」

垣根の腹からは血が溢れ出ている。

絹旗は、動く事が出来ない。

目の前の理解出来ない光景に、脳が思考を拒否していた。

「全ては無理でも、お前がよく使う物質はご覧の通りだ。
フレンダ=セイヴェイルがお前の汚い羽を弾いた弾。あれを回収し、改良した」

今まで経験した事のない傷に、垣根の思考は乱される。
雑音も重なり、もう能力が展開すら出来ない。

絶体絶命。

「……やるじゃねぇか……おい、おれが死んだらどうなる?」

「窒素装甲を殺害し、ミサカ00001号と超電磁砲を殺害。
アイテムは能力追跡以外捨てて、
何故か上が固執している無能力者の上条当麻とかいうガキにも表からは退場してもらう。
あぁ、心理定規はいてもいなくても変わらないから放置だな。
一方通行と上条当麻で新生アイテムを組織し、
人を殺すのに慣れてもらったら絶対能力者進化実験を始める。
今度はお前のクローンでもいいな」


「……笑えねえ冗談だな」

「そうかね?まぁ、君が笑おうが泣こうが怒ろうがどうでもいいのだよ。
さて、死ぬ前にもう少し実験に協力してくれ」

男が手を振ると、まだ十歳にもみたない子供が現れた。
髪はボサボサで、服もボロボロだ。
首にチョーカーのようなものをつけており、目はどんよりと暗く鈍い。

「この子は氷を作り出す能力、そうだな《氷塊現象》とでも呼ぼうかね。
大気中の水蒸気を集め、固める、というだけの力なんだが……君の未元物質と相性がいいみたいなんだ」

垣根の意識は途切れ様としていた。

その中で、目の前にいる子供と自分を重ねてみる。

その目の色は、どこまでも深く、どこまでも悲しかった。


~~~

麦野沈利は片付けをしていた。
フレンダが散らかした雑誌やら滝壺が脱ぎ散らかした服やらを黙々と掃除、洗濯している。

理由はなんとなくだ。
いつもならば放っておくが、なんとなく片付けをしたい気分だったのだろう。

人はそれを現実逃避と呼ぶ。
テスト前の中高生にありがちな行動だがこれが、学校のテスト、ならばレベル5の麦野に現実逃避など必要ない。

「……よし」

最後の皿を洗い終えると、エプロンを脱ぎ捨てた。

バッグはいらない。
財布もいらない。
武器もいらない。
必要なのは携帯電話だけだ。

人と繋がるものさえあればそれでいい。

「まずは、フレンダ拾って……滝壺となずなはいいか……」

今アイテムで戦闘が出来るのはフレンダのみである。
そのフレンダが、負傷していることを麦野はまだ知らない。


~~~

「青髪がレベル5という現実に腹が立つぅうう!」

病院のベッドの上、フレンダ=セイヴェルンはそう叫びながら目を覚ました。

「……あ、夢か。だよね、あんなアホが麦野と同じレベルとか流石に夢よね」

ため息をつき、薄く笑う。

「あはは……で、ここどこだろ?
確か土御門が出てきて……ダメだ、夢が記憶を阻害する……」

うーん、と首を傾げると、

「夢ちゃうで、おはよーさん。
今朝五時半やけど、このあとどうするん?
妹達の部屋に、アイテムの人おったから呼んでこよか?」

横から、爽やかな空色の髪をしたでかい男が口を挟んだ。

「……うん。夢ね。早く目覚めなきゃ……」

「えー……そんなに信じられへん?
細い目の奴は目ぇ開いたら激強って王道ちゃう?
アホがほんまは賢いとか、もうお約束ちゃう?
あと……そういうキャラの本性知ったら普段毒舌な女の子がころっと惚れるんもお約束ちゃう?」

キリッと開眼し、優しくも自信に満ちた微笑みを浮かべながら青髪はまっすぐにフレンダを見つめるが、

「死ねばいいのに」

普段毒舌な美少女ことフレンダちゃんは、完璧な作り笑いでまっすぐ青髪を見つめ返し切り捨てた。


~~~

ぼんやりと屋上で朝日を見つめる少女がいる。
少女、というには少し大人びている気もするが、彼女には少女という方が似合う。

「……」

何かを考えているようにも、何も考えていないようにも見えるが、

「隠れてないで出ておいでよ」

微動だにせずに追いついた声で自身を見つめる背後の人間に声をかけた。

扉の隙間からその少女――滝壺理后を見つめていたのは頭の先からつま先まで真っ白な青年だった。

「あなたが私に用事なんて珍しいよね。どうしたの?」

振り返らずとも背後に立つ人物が誰なのかわかるのは、彼女の持つ力のおかげだ。

「ン、いや……何やってンのかなって」

疲れているのか、棘のない子供のような声色で一方通行は答える。


「……考え事?」

「なンでハテナがつくンだよ……」

「つまり、本当はただぼーっとしてただけなんだよ。
でもみんなが忙しく動き回ってる最中じゃん?」

やることなくてぼんやりしてたとは言えないよ、と滝壺は柔らかく笑う。

「なンで、お前はそンな風にふわふわ笑えるンだ?
あ、馬鹿にしたり怒ったりしてるンじゃないぞ?」

ふわふわ、というのがアホっぽいという意味にも取れると思ったのか、慌ててそうではない、と付け加える。

「私がみんなを大切にするのと同じくらいみんなが私を大切にしてくれるから、かな?」

「そォか……」

「大丈夫。あなたのことも、大切に思ってるから」

「……あンがとよ」

麦野が家の大掃除を終えた頃、どこまでものんきに穏やかな時間がそこには存在していた。


しかし、その穏やかな時の流れは唐突に寸断される。

一方通行が動いた。
その瞬間あたりに響いたのはコンクリートが崩れる無機質な音。
そしてぶ厚いガラスが割れるような鈍い音。

腕の中に滝壺を抱え、一方通行は重力を無視して貯水タンクに張り付いている。

「……平気か?」

一方通行の問いに滝壺は頷く。

「敵の位置、わかるか?だいたいでもいい……方向がわかりゃ捕まえられる」

ここで“殺せる”と言わないあたり非常に表の人間らしいな、と考えるほどの余裕も普段の滝壺にはあっただろう。

しかし、

「わ、からない……この辺に能力者なんかいない……」

AIM拡散力場、それを感知する能力。

対能力者として、暗部にいる滝壺にとって、能力者の感知ができないのは大きなショックだった。

「大丈夫だ……お前も死なせやしない。
なンてったって今ここにはこの街最強がいるンだからよ……」


ぽん、と滝壺の頭を撫でると、ここ数日で精神的にえらく逞しくなった第一位が言った。

「……あくせられーた変わったね。
なんか、強くなった?もっとチキンなイメージあったけど……」

そんな一方通行に、滝壺もいつもの調子を取り戻したのか、笑う余裕が戻った。

「……本当は怖ェよ。俺なンてコミュ障だし、モヤシだし、実を言うとさっきもなンて声かけたらいいかわからなかったから見てたンだ」

だけど、と一方通行は微笑んだ。

一方通行がふわふわしていると表現したような、柔らかい微笑みだった。

「絹旗に見得切ってかっこいい事言っちまったし、今更怖ェとか言ってらンねェだろ」

タンクを軽く蹴り、一気に出入り口まで跳ぶと、滝壺を下ろした。

「……あくせられーたはかっこいいね。もしもミサカがいなかったら惚れてたかもしれない」

「バカ言ってンじゃねェよ。
つーかやめろ、俺は能力名『コミュニケーション』に関しては逆レベル5なンだよ。
これからお前見るたびになンかそわそわしちまうだろ」


「だいじょうぶ、冗談だから。それに、私好きな人いるし」

「まァ、なンとなくわかる。
……おら、さっさと行きやがれ」

病院内へ滝壺を押し込め、扉を閉めた。

――うっわァ……すげェリア充っぽい会話しちまった……なンか超恥ずい……。

うつむいたまま、扉から一歩、二歩、と離れる。

――ガラスみてェな音は氷か……。あァ、微妙に温度変わったから攻撃くる前に気づけたのか……。

薄っすら赤くなった顔が元の色に戻ると、視線を上へとあげる。

「おいおい、なンの冗談だよ……どォいう原理で氷で飛べるンですかァ?」

見上げた場所には信じられない、というよりも信じたくない光景が広がっていた。

一方通行が見たものは、太陽を背に煌めく氷の翼を携え浮かぶ少女であった。

「……背中に羽はやして飛ぶなンざ、ふざけてンのか?あァ?」

一方通行の言葉を無視し、少女は攻撃を繰り出した。

氷を作り出し、それを一方通行へ飛ばす。


とても単純な攻撃だ。

しかし、一方通行はこれを避けた。
本来ならば避けるまでもなく、自身に当たったら跳ね返るそれを、わざわざ避けた。

「……」

少女は全く表情を変えずに、第二撃、第三撃を放つ。

これ以上病院への被害が増えぬように、一方通行はその氷の塊を出来る限りで小さく砕きながら避け続ける。

――やっぱ、普通の氷じゃねェな……。

本来ならばベクトルの向きを変え、拳を傷めずに氷くらい砕ける一方通行の手からは、血が滲んでいる。

――どォいうカラクリだ?

大きな氷の塊を、能力をフルに使い次々と粉砕していく。

もともと皮が薄いのが、一方通行の手は真っ赤に染まっていた。

「チィッ!
どうせ羽はやすならキチガイみたいに未知の言葉喋りながら
暴走した汎用人型決戦兵器よろしくビースト化しやがれってンだクソッタレめ!」

一ミリも表情を変えない少女から、次から次へと氷が撃ち出されるため、
特異な塊の解析が思うように進まずイライラとしながら、叫んだ。


~~~

そういえばこれが夢でないのならば、こいつには生足を触られたのだ、
と一種の開き直りからか、フレンダは青髪がすぐ横にいるにも関わらず入院着を脱ぎ捨てた。

「おわぁ!何してますのん!」

「あぁ?今更下着くらい別に見られても良いってわけよ。
それに、もしあんたが本気だしたら私レイプするなんて余裕でしょ?」

顔を瞬時に真っ赤にした青髪を見て、普段変態的なことばかり言うくせに童貞丸出しね、とフレンダは馬鹿にしたように笑った。

――下着って……上なんもつけてないやん!カミやん、なんか……ごめん。

青髪は、慌てて壁側をむき、心の中で上条に謝った。

「で?あんたがここにいるって事はなんか私に言いたい事があんでしょ?
忠告でも警告でも命令でも、それを受け入れる気はないけど聞くだけなら聞いてやるわよ」

どこから持ってきたのかはわからぬが、恐らく青髪が用意したであろう制服を着ながらフレンダはそう続けた。


「あー……本当にもうなんだかなぁ……。
別にそんなんはないで。
ただ、フレンダちゃんが一日近く寝てる間に、暗部に動きがあった。
現存してる暗部チームはつっちーのところを除いて、全部が垣根帝督と一方通行の排除、という命令を受けている」

「はぁ?なんで?垣根はわかるけど、なんで一方通行まで?」

「一方通行を殺すんが目的やない。
一方通行を壊すんが目的やろな。
今の一方通行には妹達という弱点がある。
それを目の前で壊されてみろ、あいつも多分ぶっ壊れるやろ」

青髪はフレンダに背を向けて、さらに律儀に目まで閉じていた。

「……つまり、あいつ切れさせて人殺しの道へご招待ってことね」

「せやね。それでもまぁ……あいつなら平気やろ」

「んー、でも垣根がヤバイかもね。
どうしよっかな、滝壺にも追えないみたいだし……」

――……能力追跡を退ける、やっぱカミサマの世界に近いんは一方通行よりも垣根か……。

衣擦れの生々しい音を聞きながら、青髪は真面目な顔で考え込む。


――だとしたら、やばいな……。

――下手に刺激したら……開いてまう。

――安定が必要や。精神の安定。心の安定……。

青髪にとって心の安定とは日常である。
その日常が壊れそうだから、正体をバラすと言う危険を犯しているのだ。

「……しゃーないな。どっちみち、カミやんもカミやんが知らんうちに巻き込まれとるし……僕も本格的に参戦するかな」

フレンダの着替えが終わったのほぼ同時に、青髪はその目を開いた。

その目の色は熱く、そしてどこまでも深かった。

その深さは、囚人のように禍々しくもあり、聖人のように神聖でもあり、子供のように無邪気でもあり、大人のように老獪であった。
その深淵を言葉で表そうとするならば、左右非対称の歪な笑顔とでも言うのが良いだろうか。

振り返った青髪のその目を見たフレンダは、神の美しさと、絶大なる恐怖を一瞬のうちに体験したかのような錯覚に陥った。

ここまでです

なんかもういろいろとゴメンナンダヨォ

またそのうちクルヨォ

では、またヨロシクナンダヨォ

上xフレを求めてやってきたが
>>1のおかげで垣x絹も好きになってしまったって訳よ

とりあえず追い付いた
応援してるぜ

>>105
このスレタイでよく上フレ要素あると見抜いたな、すごい

ハジマルヨォ


~~~

上条は目を覚ますと同時にため息をついた。
土御門が何故か自分のベッドに寝ており、テレビはぶっ壊れ、
そして青髪の友人が鼻歌なんぞ歌いながら台所に立っていたのだ。

「……何が起きてるのかわからなすぎてちょっと引く」

ポツリと呟くと、青髪がそれに気づき振り向いた。

「お、起きたか。つっちーは多分昼くらいまでは寝てるから寝かしといたってや。
テレビは僕が買い直したるわ」

手を拭くと、青髪は上条の正面に座った。

「さて、いろいろ聞きたいことあるやろ?
鬼が寝てる間に僕が答えたるわ」

鬼、と言いながら青髪は土御門へ視線を向けた。
上条はその意味すらわからない。

「……お前らが俺と友達でいてくれるのは……なにか企んでのことなのか?」

戸惑いながら、少しかなしそうな声を出した。

「もしそうなら、俺は悲しいかな」

ははは、と笑う。

上条にとっては状況もクソも無い。
わからないことしかない中で、ひとつだけフレンダや土御門、
そして青髪が普通の学生ではないことはわかっていた。
それは、勘や憶測ではない。
フレンダの行動、そして倒れている土御門。
さらにはそれに動じることなく全てを知っているような青髪。


なにもわからないというこの状況が、それぞれが自分とは違う位置に立っているのだと理解させていた。

「それは、違うで!
僕ぁカミやんもつっちーも大好きや、本当に親友だと思ってる!
そこに、僕が実はレベル5だったとか暗部だとか、そういうんは全く関係ない!」

青髪は必死だった。
やっと手に入れた平穏。友人。幸福。
それを手放さまいと必死だった。

青髪はいつになく真剣な目で上条を睨みつける勢いで見つめた。

上条も、青髪の目をまっすぐと見つめ返す。

そして、

「……良かったぁ」

数秒にらみ合うと、唐突に上条はホッと胸を落ち着かせながらそうつぶやいた。

「こっちこそ悪いな、疑うようなこと言っちまってよ。
もしも、漫画みたいに親友が実は敵だった、みたいな展開だったら……俺多分ダメになってたわ」

さっきとは違い、笑い飛ばす感じに顔を崩す。

「今さらお前がレベル5とか言われてもピンとこないし、その辺はどうでもいいや。
お前はお前だしな。
それよりもフレンダと土御門はなんなんだ?」

青髪は一瞬だけ迷った。


暗部のことを話したら上条は二人をどう思うだろうか、と考えた。

裏の世界を知らない上条にとっては、殺さなくては生きられない、という状況は理解し難いかもしれない。

土御門も間違いなく暗部の人間として、ではなく普通の高校生として上条と友情を育んできた。
フレンダも、上条に惹かれていると青髪は確信している。

自分が今から勝手に二人の秘密をバラすことで、二人はどうなるのだろうか……。

「大丈夫だよ、俺はバカだけど愚かじゃない。
そりゃあ、見方は変わるかもしれんが……気持ちは変わらんさ。
俺は土御門がどんな奴でも友達だし、フレンダがどんな奴でもきっと好きでい続ける」

そんな青髪の不安を察したように上条は言った。

「土御門もフレンダも、俺に向けてくれた笑顔や言葉は例え演技だとしても、全部が全部演技だとは思えないしな。
だから、大丈夫だ。
嫌いになる要素があっても……もう好きな要素がデカ過ぎるんだよ」

「……そぉか、ならええな」

青髪は吹っ切れたように軽く笑った。


「あんなぁ……実はつっちーとフレンダは暗部の人間なんや。
暗部っちゅーのはまぁ、平たく言えば殺し屋みたいなもんやな」

青髪は全てを上条に話した。
フレンダや麦野でさえ知らないアイテムの裏話や、垣根帝督の事。
土御門元春という暗部の中でもさらに闇の深いところにいる存在の意味。

そして、

「あとは……僕は実際会ったことないんやけど……神の世界への扉を開くんには魔術が必要らしいな。
その魔術を使えるのが、魔術師って奴らや。
垣根帝督がカミやんに拾われる前に一緒に行動してたのが魔術師やったら……ヤバイんよね」

本来ならば決して交わることのない魔術という世界のことも、青髪は話した。

「……なにが、ヤバイんだ?」

「神様ってのは何でもできるんや。本当になんでもや。
世界を作り変えることも可能やし、壊すことも可能や。
思っただけで何もかも叶う。
僕の力はあらゆる力の上位互換やけど、神の力は僕の力なんてアリに思えるほどの完全なる力やな」

「だから、それの何がやべぇんだよ。
垣根ならそんな力を持ってもバカなことには使わない。断言できる」

「ちゃうねん。そういうことやない。
世界がヤバイとかそういうヤバさちゃう。
なんていったらええかなぁ……」

この世界に存在する言葉では言い表せない、とでも言うように青髪は眉をひそめた。



「……とにかく、絶対能力者なんて、良いもんやないってことや。
僕がそれは一番良く知っとる……」

まるで自分が絶対能力者であるかと言うような言いぶりだった。

「……深くは聞かないでおくかな。それで?」

「あん?」

「今何が起きてんだ?
フレンダが転校してきたのも、暗部がごたついてるのも垣根が何かしてんだろ?
あいつは何をしてんだ?」

「さぁな、そればかりは僕にもはっきりとはわからんよ。僕の読みでは一方通行が垣根の場所にいるはずやったんよ。
だから、フレンダちゃんになんかしたら許さんで、ってプレッシャーかけといたけど……あいつは器じゃなかったんや」

「器?」

「僕らレベル5はもはや人間やないからな」

青髪が僕ら、と言ったのは第三位以上のレベル5の事だと上条には自然と理解出来た。

「僕と垣根は化け物より神様になりたいと願った。一方通行は化け物より人間になりたいと願った。
だからこそ、あいつは正真正銘の第一位なんや」

その言葉の意味はよくわからなかったが、上条はそうか、と呟くとそれきり黙り込んだ。


~~~

「帝……督……?てい、とく?」

落ちた垣根に駆け寄ろうとするが、足に力が入らず絹旗はずっこけた。
そのまま起きられずに、這うようにして最愛の人の元へ行こうとする。

――んな顔すんなよ……おれはま、だ……死ねねぇよ。

距離がある為垣根から絹旗の表情など見えないはずである。
それどころか絹旗が発した小さな声も届いていないはずである。

――あれ?声でない……やべぇ、約束したのに……。

傷口を未元物質で塞ごうとするが、その全てが分解され、意味をなさない。

――あー……楽しみだったのにな。

学園都市から逃げ出し、どこか田舎の片隅で絹旗と二人静かに暮らす事を二人は夢見ていた。

二人仲良く肩を寄せ合い、砂糖を吐くほど甘い暮らしを送るつもりだった。

――最後に……最後に、見るのは……。

無理やり体の向きを変え、絹旗のほうを向く。

――……はは、なんつーかお、してんだよ……。

空気が少し冷たくなった気がした。


~~~

「あ?」

反射は未だに出来ぬが、大雑把になら操作する事は出来るようになっていた。


手からの出血は既に止まっている。
否、止めている。

もう少しで完全に掌握できる、と一方通行が勝利を確信した途端、氷の能力者は逃げ出した。

「オイオイオイ……どォこ行くつもりだァ?」

当然、一方通行は追う。
しかし、一方通行はなかなか追いつく事が出来ない。
一方通行が追いつけぬほどのスピードで少女が飛んでいたわけではない。

――なンか妙だから……近づきたくねェ……。

異常な氷の正体は未だに一方通行にはわからない。

――一発ぶン殴ればそれで終いなンだが……。

ここで問題が二つあった。

ひとつは女の子を殴る事が嫌だという事。
もうひとつは正直解析出来ない氷が怖いという事。

――実際、大雑把になら跳ね返せっからいいンだけど……怖ェし気味悪りィ……。

少女は逃げながらチラチラと一方通行の方をたまに見る。
そこに表情の変化などは相変わらず全くない。


――こいつ、逃げるってよりも俺を何処かに連れて行きてェのか?

「チッ……だったら初めっから招待状でも送りつけて来いってンだ。
第一位様は逃げも隠れもしねェンだよ!」

――まァ、実際来たらシカトするけどね。知らねェ人と会うの怖ェしィ?

一方通行は少女を追いながら観察して分かったことがいくつかあった。

ひとつは、少女の出す氷は原理は不明だがそれ自体が浮く性質を持っているということ。
少女は氷を常に出し続けることで浮かび、氷を噴出することで進んでいるということ。

そして、

「あの背中の装置、あれが氷の謎の正体か?」

背中に何か装置を埋め込まれていること。

そしてもうひとつ、一番気になったことがあった。

――あいつの表情……なンかミサカに似てる……?

感情を消している、というよりは感情を知らないという雰囲気が、出会った時のミサカを彷彿とさせた。


~~~

一方通行が戦い始めた頃、麦野は路地裏を駆け回っていた。

「あああああっ!めんどくせぇっ!
フレンダの野郎は電話つながんねーし、変な無感情ロボに追いかけ回されるし……なんっなんだよ!」

麦野が逃げている理由は、人を殺すのを躊躇ったからでも、日中の街中でゴタゴタを起こすのは嫌だと思ったからでもない。

簡単には勝てない、と判断したからである。

――つーか、あいつの氷なんなの?なんで私の原子崩しが雲散されるんだよ。

走りながら、考える。

今まで出会ってきた人物で原子崩しを防げる可能性があるのは二人。

一人はこの街の第一位。
そしてもう一人は第二位である。

第三位である御坂美琴には、当たらぬような努力は出来ても完全に防ぐ事は不可能だと読んでいる。

――まぁ、十中八九あのダセェ首輪のせいだろ……。それがわかっても壊せねぇんじゃ意味ねぇんだけどな……。

「チッ……うっぜぇ」

思い通りに行かず、思わず舌打ちをする。

――つーかなんで私を狙うか意味不明なんですけど?


――垣根の居場所ならしらねぇんだけどな……。

走りながら、どこへ逃げ込もうか考える。

――……あれ?あいつ防御しかしねぇし逃げる必要なくね?

麦野はピタッと立ち止まり、あまり得意ではない肉弾戦を仕掛けようと、殴りかかった……が、

「おわぁっ……!テメ攻撃出来んならさっさと攻撃して来いよ!カウンターとかセコイんだよぉおおお」

氷の噴出を受け、吹っ飛んだ。

すぐさま起き上がり、逃避を再開する。

とりあえず、麦野は病院を目指すことに決め、走りながらメールを打った。

宛先はアイテムへの一斉送信である。

『厄介なのに追われてる、御坂かモヤシかフレンダを病院前に待機させといてくれ』

一人でも気づいてくれれば、あとはどうにでもしてくれるだろう、と麦野は確信していた。
確信、というよりも信頼していた。

「大当たりがモヤシで当たりがフレンダ、小当りが御坂、だな……」

なにも御坂を軽んじているわけではない。
御坂の能力の性質は麦野と同質のものである。
だとすれば、御坂の能力も効かない可能性があると判断しただけである。

「ま、なんとかなるだろ」

麦野には何故か余裕があった。


~~~

「屋上で襲われた」


ミサカの病室へ入ると、滝壺はいきなりそう言った。

そこにいた心理定規とミサカ、そして御坂美琴が揃って固まる。

「みことはみさかを守ってやってくれって。
わたしとなずなじゃ襲われたらひとたまりもないしね」

「で、でもあの一方通行に喧嘩売ってくるって相当な実力者ってことなんじゃないですか?!
とミサカは呑気な理后に少し苛立ちを感じます」

「でも、あのあくせられーただよ?
手こずることはあっても負けるわけないよ。
それに、あの人が勝てないのに助太刀行っても無駄死にするだけ。
だから、みことはここで待機ね?」

「まぁ、滝壺さんのいうとおりね。
美琴さんはここで妹さんの警護、私はフレンダさんの様子みてくる」

パタン、と本を閉じ心理定規は椅子から立ち上がった。
御坂は状況にうまくついていけずただぼんやりとしている。

「……みこと、平気だよ。
いまの敵は何故か能力追跡で位置わからないけど、これ使ったら多分捕捉、制圧できる」


これ、と言いながら薬物をちらつかせた。
それは麦野が管理しているはずの能力体結晶であった。

「なに、それ?」

「私のパワーアップアイテムかな?
このアイテムが私たちの最後の砦だから組織名アイテムっていうんだよ?」

「それ、マジですか?とミサカは疑いながらも妙な真実味に……」

「うん、嘘」

「……理后はあれですね。アホですよね」

二人のやり取りに、御坂の顔からフッと緊張が消えた。

「ふぅ、まぁいいわ。
私も最近は機械だなんだと頭脳労働が多かったし……敵が来たら暴れてやるわよ」

力が戻り、それが笑顔につながる。

その笑顔は清々しいほどに真っ白だった。

出来るならば御坂にはこの笑顔を失って欲しくない、滝壺は心底そう思った。


~~~

「あぁ……お前らか……。
そうか、わかった。よかったな、と言っておいてやる。それで?」

路地裏を歩きながら携帯電話で話をする男がいた。

「……まぁ、あまりめんどうを起こさないならなんとかしてやる。
そうだな、そのままお前らに新しい任務でもくれてやる。
そのあとはどうするつもりなんだ?」

電話相手は友達という風ではない。
仕事相手、という信頼はあるが親愛はないというような風だ。

「まぁ、なんとかしてやる。
その代わり……条件がある」

声色が変わった。
それは状況を楽しもうとするようないやらしい声色だった。


~~~

「あとそこ曲がったら……」

病院の前に一方通行がいることを願いながら、麦野は足に力を込めた。

「お、来た来た。はろーん麦野さん!伏せて!」

しかし、希望とは違い曲がった先に待っていたのはゲーセンのコインを構える御坂美琴であった。

そして麦野は御坂を勘違いしていたことを思い知らされた。

「バッ……」

伏せる、というよりも転がりながら麦野はぶっ放された超電磁砲を避けた。

「……カ野郎!てめぇ私ごと殺す気かぁ!」

「いや……殺す気なんてないけど……おかしいな、気絶くらいはすると思ったんだけど?」

麦野の怒りをスルーしながら、御坂は前方に目を向け続ける。

ぱりん、と氷の壁が割れその先には無表情な少年が立っていた。

超電磁砲をまるで問題にせずに、少年はただ無表情に立っている。

「まぁじかよ……やっぱ同じカテゴリの力は効かねぇのか?」

起き上がり、服の汚れを払いながら麦野はこの先どうするか考える。

相性が悪すぎるだけに相手が攻めて来たら厄介なのだが、少年が動く気配はない。


「おい、美琴……フレンダのバカか一方通行はいねぇのか?
正直私らの力はあいつに効かない。
相性が悪すぎる、あいつはまるで私らのために用意された絶対防御壁だ」

「フレンダさんはしらない。
一方通行は同じように襲われて敵を追って行ったんだと思う」

外に出ても屋上から物音らしい物音が聞こえなかったため、御坂は勝手にそう判断した。

「今の状況から察するに、同じように一方通行にも専用の敵が用意されたと考えた方が自然だ。
そんで、あいつの力をどうにかできるやつなんざ垣根しかいない。
あれの氷は垣根の力が関係してるはずだ……だとしたら」

本格的に勝ち目はない。
攻撃に転じてこない以上負けることもないが、このまま睨み合いがつづくだけである。

「せやねぇ……むぎのんは廃ビルにでも入って建物ごとぶっ壊してあいつ殺そうとすればステップ2へ進めたんちゃう?」

睨み合いが続く中、病院から青い髪の男がヘラヘラと笑いながら現れた。

「多分あの子は妹達と同じや。
感情を消され、行動をプログラミングされとる。
あの子には防御、追跡、逃亡しかないんやと思うで?」

青髪の男が指をパチンと鳴らすと、少年を守るように配置された氷の壁が砕け散った。


「これでステップ2や。
あの子を追っかけたらそこに多分垣根と絹旗ちゃんがおるで。
あとフレンダちゃんはあくせられーやんを追って既に行っとる。
あの子携帯電話壊してもうたから連絡できへんのや」

「おまえ……は、なんなんだ?」

相性が悪いとは言え、超電磁砲で放たれたコインを耐え切った氷を指を鳴らすだけで破壊した男に麦野は警戒した。

「僕か?僕は青髪ピアス。フレンダちゃんのクラスメイトや」

もっと聞きたいことがあったが、麦野の事情に関係なく、少年は動き出す。

「チッ、あとで詳しく話せよ」

青髪はあとで問い詰めるとし、麦野は少年を追うべく走り出した。

御坂は一瞬迷ったが、

「妹達なら任せとき」

青髪のこのセリフを信用し、麦野を追った。

二人が去ったのを確認すると、

「つっちー、あと頼んだで」

青髪は病院入り口に立っていた金髪アロハの男にそういうと、消えた。

「……サイコキネシスって極めるとマジでなんでもありなんだにゃー。
とりあえず“妹”ならこの土御門死んでも守ってやるぜい!」

言いながら、暗部最凶の男は病院内へと入って行った。


~~~

「な、にが……起きてやがる……」

一方通行がたどり着いたのは学園都市の外れ、なにもない荒野であった。

一人の男が垣根を見下し、一人の少年が垣根を殺そうとしている。

「や、めろォオオオオオ!」

追っていた少女を完全に無視し、垣根に襲いかかる氷の刃を一方通行は殴り飛ばした。

少女が使っていた氷とはまた違うのか、氷は鈍い音を出しながら意図したのとは全くの別方向へ飛んでいった。

「垣根ェ!なにぼんやりしてやがる!」

一方通行はまだ垣根が撃たれた事に気づいていない。
それどころか、絹旗が倒れているのにすら気づいていない。

「あく、せられーた?
……おれはいい、おれはいいから、最愛つれて、にげろ……。
あいつら、おれの力パクってやがるんだ」

「おま、その腹……撃たれてン、のか?」

「未元物質で傷塞いでも……分解されやがる……意味わかんねぇよ……。
未元物質は、おれだけの……ちからなのに……この世に、存在しねぇ……ものなのに……」

垣根に触れ、出血を止める。

が、すぐにまた出血が始まった。

「あー、無理無理。私がこいつに撃ち込んだのも未元物質だからな。
君じゃあ操作出来ないよ」

必死に解析しようとしている一方通行に、銃を構えた男が気だるそうに言った。

「うるせェ、俺を舐めンな。未元物質如きどうにかできねェ第一位様じゃねェんだよ」

しかし、解析する側から新たな未元物質が生まれるため、解析し切ることが出来ない。

――まてまてまて、おかしいだろ。

垣根は未元物質はこの世に存在しないものだと言った。
ならば、垣根以外が新しいものを作るなど不可能なはずである。

――なのに、なンで……。

そこで、一方通行の思考を遮る叫び声が響き渡った。

「絹旗っ!」

その叫びの正体は一方通行に遅れその場に到着したフレンダ=セイヴェルンだった。


~~~

「絹旗!あんた、ちょっと……平気なの?」

フレンダは絹旗へと駆け寄る。

「フレンダ?帝督が……ていとくが……」

抱き起こされると、絹旗は思い切りフレンダにしがみついた。

「だ、大丈夫ってわけよ……一方通行がいるし……それに、大丈夫、私もいる!」

フレンダも相当パニクっているのか、言っている事が無茶苦茶である。

ざっとあたりを見回すと、自分たちをいくつもの銃口が狙っているのにすぐ気がついた。

「絹旗、垣根連れてとりあえず逃げようよ!そのあとの事は私たちがどうにでもしてあげるからさ……」

数日ぶりに絹旗と会えた事に安心したのか、フレンダは涙声になっていた。
しかし、絹旗はフレンダの言葉に首を横に振った。

「……フレンダ、私の最後のわがまま聞いてくれますか」

「なに、言ってんの?最後ってなによ……」

「帝督の所へ私を連れてってください。
情けないんですが、足に力が入らないんですよ……」

フレンダの言葉には答えず、弱々しく笑いながら絹旗は言った。


「ねぇ、意味わかんないってわけよ……ここには一方通行もいる。
あいつアホほど強いんだよ?こんな奴ら軽くひねって垣根連れて逃げればいいじゃん……」

「ダメなんですよ……わたしは、フレンダ達を……」

絹旗の寂しそうな申し訳なさそうな様子にフレンダは気がついてしまった。

それは普段ならば笑い飛ばし、おちょくるようなそんな些細な事だった。

「あんた、まさか……私たちを捨てて逃げようとした、とかそんな事を悩んでるわけ?」

絹旗はなにも答えない。
しかし、それがイエスだという答えになっていた。

「バカじゃないの?そんなの気にしてないし、そんなの重大なことじゃない。
それに、あんたがそうした気持ち今なら私もわかるってわけよ」

フレンダの頭には一人の友人の顔が浮かんでいた。

「……でも、フレンダはそうしなかったじゃないですか。
フレンダってやっぱ最高の女ですよ。
好きな人も好きな仲間も全部手に入れようって強さがあるんですよ。
私は……ダメなんですよ。超弱いんですよ」

フレンダにしがみつく手に力が入る。
体も若干震えていた。


「……わかった」

もう、なにを言っても今は意味がないとフレンダは判断した。
どのみち、逃げるにしても敵を殲滅させるにしても、一方通行と合流する必要はあるのだ。

「少し、ここで待ってて」

べったり張り付く絹旗を離し、フレンダは垣根、一方通行と絹旗の真ん中くらいの位置まで走った。

「なんでか知らないけど、狙撃手も氷の能力者達も今は見てるだけ……だったらなにも考えずに集中できる……」

自分の力を人を移動させるのに使うのは初めてだった。

集中し、絹旗の事を思い浮かべる。

――大丈夫、絹旗のことならよく知ってる。
重さもさっき抱っこしたからだいたいわかる。

――大丈夫、私なら出来る。

演算を開始し、それを出力する。

すると、パッとフレンダの腕の中に絹旗が現れた。

「へへ、やっぱ私天才ってわけよ」

再び絹旗をおろし、急いで一方通行の元へと走り寄る。

「ねぇ、絹旗ここに連れてくるから逃げよう。
なんでかわかんないけどあの研究員も能力者どもも見てるだけだし、あんたなら余裕でしょ?」

「……無理だ、垣根の出血がやべェ……移動しながら止血は無理だ……」


「……この際血を止めるだけなら焼いちゃいなさいよ!」

一度成功すれば、基本演算は頭に残る。
今度は一方通行と会話しながら、フレンダは絹旗を移動させた。

四人が揃うと、ずっとニヤニヤと沈黙していた研究員の男が口を開いた。

「役者が揃って来たな。あぁ、逃げるなんて無理だから考えるなよ?
あと、フレンダ=セイヴェルン、君に感謝しよう」

未だにここで絶望を少しも感じていないフレンダを、男は絶望に叩き落とした。

「第二位にここまでのダメージを与えることが出来たのはお前のおかげだ。
お前は正直研究員として使える駒だ。
ここで我々に協力すると誓えばお前だけは助けてやらんこともないぞ?」

「はぁ?意味わからないこと言わないでくれる?」

「そうかそうか、じゃあもっとわかりやすく言ってやろう。
第二位が今倒れているのはお前のせいだ。
お前が加工した未元物質、あれを元に対未元物質兵器の開発に我々は成功した。
第二位が死ぬのも、お友達の窒素装甲が死ぬのも君のせいだよ」

「…………え?」

ピタリと全てのピースが組み上がって行った。

垣根と勝負したあの日。
加工した翼。
それで作った銃弾。

一方通行が解析できなかった氷。

全てが自分のあの日のヤケクソでやった武器開発の結果だと一瞬で理解してしまった。

「え?あ……」


倒れた垣根を見る。
垣根はフレンダを見つめ笑った。

絹旗を見る。
絹旗はフレンダを見つめ首をふった。

一方通行を見る。
一方通行はフレンダを見つめ力強い目で何かを訴えていた。

「私の……せい?」

垣根の笑顔も、絹旗の優しい表情も、一方通行の必死な顔も、誰もフレンダを責めてはいなかったが、フレンダにはそれが非難に見えてしまった。

ここを抜け出そうと必死に回っていたフレンダの頭が、完全に止まった。

ココマデダヨォ

やっと話が動いたかな

久しぶりに一週間以内に更新
フレンダ好きには少し受け付けないかもしれない
あと研究員さん名前あるキャラにすりゃ良かった


ハジマルヨォ


~~~

膝をつき、両手をつき、地面を見つめるフレンダ。

膝座りになり、垣根の頭を抱えるように抱きしめる絹旗。

ぐったりとしながら弱々しい呼吸をする垣根。

そんな垣根の腹に手を当て、脂汗を浮かべる一方通行。

一人は絶望。
一人は諦観。
一人は瀕死。
一人は焦燥。

それぞれがみなマイナス方向へ吹っ切れていた。

学園都市のトップが揃い、
暗部の中でも裏切り者の抹殺を主な任務とする組織に戦闘員として属する戦闘のスペシャリストが二人。

そんな四人を無力化したの原因はたった一つの弾丸であった。

「倒すというのは、心を折るということだ。
心を折ってしまえば……ほうら、反撃など出来まい」

言いながら、男はフレンダのわき腹を思い切り蹴り上げた。
フレンダは受け身すら取らずにゴロゴロと転がる。

痛みすら感じていないのか、反応が薄い。

「クッソォオオ……」

一方通行は目に涙を貯めていた。
フレンダが気になるが、垣根から意識を外したら垣根は死亡する。
だが、このままではフレンダもヤバイとわかっていた。

救いたい二人を救えぬ自分の無力さが悔しかったのだ。

「なンでだよ、なンで次々……」

一方通行を困らせているのは、撃ち込まれた弾丸の未元物質である。


それらはなにと反応しているのか、刻々と姿性質を変え、一方通行の解析を無駄なものへとしていく。

「作れるわけがねェンだろォ?なァ垣根……お前以外に未元物質は作れねェンだろォ……」

なにも考えずに、思ったことが口に出てしまう。
一方通行自身自分がしゃべっている自覚はないだろう。

それ程までに一方通行は不安に支配されていた。

「クソクソクソクソ……こいつらになンかあったら……ぶっ殺してやる。
人殺しは嫌だとか、そンなの知らねェ……必ずぶっ殺してやる。
ミサカ撃ったやつも、何もかも――ぶっ殺してやる」

何かスイッチが入った。

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

一方通行の目の色が変わった。

より紅くより深く、そして真紅の中に闇が生まれた。

「アハ……アハハハハハッ!」

高笑いが響く。


~~~

「ねぇ、なんでさっきの青い人が言ってたみたいな事しなかったの?」

走りながら、御坂は麦野に尋ねた。

「ただの喧嘩ならあいつの言ったような事をしたさ」

「……殺せないからってこと?」

「そうじゃねぇよ」

それきり麦野は黙ってしまう。

「ねぇ、なんでなのよ?」

普段から走り回っているからか、御坂はダッシュしながら話をしても余裕なようだ。
しつこく麦野に食い下がるが、スピードは落ちずにいる。

「……あぁうっせぇな!フレンダの馬鹿が電話にでやがらなかったからだよ!」

ついには麦野が折れた。

「どんなにイライラしててもアタマの片隅で冷静に一番いい選択をしねぇと暗部じゃ生き残れねぇんだ。
だから、あのフレンダが私の電話に出ない、というか繋がらないって事はあいつもピンチって事だ。
だったら襲撃受けてんのは私だけじゃねぇ、と判断したんだろうさ!」

なんとなく恥ずかしくて麦野はスピードを上げた。


「……ん?それ理由になってなくない?
合流させたくないって思っての事だとしても、襲撃受けてるならこっちの場所は筒抜けだろから意味ないじゃない」

御坂も麦野に合わせスピードをあげる。

「ねぇねぇ、なんで?なんで?」

「……街中でドンパチやりゃあ滝壺が私に気づく。そうしたら、あいつこの超能力者である私を心配して来ちゃうだろ……。
そんときそばにフレンダがいりゃ安心だけど、それは望み薄だ。
だったら、私が奴のいるところまで、奴が来ても安心出来る場所までいくしかねぇだろ」

つまり、アイテム全員へメールを送ったのは、そこへ行くから動くな、という命令でもあったのだ。
特に、滝壺に対しての命令だった。

病院ならばミサカがいる。
ミサカがいるならば一方通行がいる確率が高い。
もしもいなくとも、一方通行ならばミサカを守れる人間を一人は必ず置いている。

ならば、病院へいけば追撃者をそいつへ丸投げし、自分は滝壺を守る事に集中できると麦野は考えたのだろう。


いろいろ考えてるなぁ、と感心しながら、

「それにしても、麦野さんって滝壺さんのこと大好きなんだね」

御坂は最大級の爆弾を麦野に放った。


~~~

「やぁやぁお嬢さんがたご機嫌麗しゅう?」

突然の来訪者に滝壺は迷いなく銃を向けた。

「おわぁ、待つにゃー!味方ぜよ!……アイテムはおっかねぇ女が多すぎだにゃー……」

その来訪者は、後ろに二人の人物を引き連れていた。
一人は日本刀を手にした美しい女性。
もう一人は赤い髪に神父服という見慣れない格好をした大柄な男。

「……もしかして、土御門元春?」

「その通りだぜい。
フレンダのクラスメイトとして、あいつの友人を守る役目を承ってきたんだにゃー」

後ろの二人は特になにも言わず、黙って立っている。
部屋の主であるミサカは三者三様に怪しい集団をぽかんと見つめている。

「……フレンダにお礼言わなきゃね」

これで体晶を飲む必要はなくなった、と滝壺は少し安心したように呟いた。

「というか、何故お前がそれを持ってんだ?それは麦野沈利が管理保管してるはずだろう?」

詰問するような口調で、土御門は言った。

「う……それは……」

「護身用とかくだらない嘘はつくなよ?
お前はそんなのなくとも能力者相手ならば超能力者が現れない限り逃げることくらいは出来るはずだ」

「……むぎのを……ちょっと騙してちょろまかした、というか……」

「はぁ、ったく……駄目ぜよ。それは飲んだら飲んだだけお前を壊す。
それはお前が一番良く知ってるだろ」

何故本来無関係の土御門に叱られているのか、と若干疑問に思いながら滝壺は小さな声で謝った。

だが、全ては因果である。

原因があって結果がある。

そして、それはなるべくしてなることなのである。


~~~

「どこいく気や?」

こっそりと病院を抜け出そうとする少女に、青髪は声をかけた。

「……あなたに関係ある?」

少女は迷うことなくその男に能力を使うが、

「効かへんよ。精神系の力なんて、僕にとってはなんでもない。
自分の脳さえ僕は固定出来る。
シナプスが云々とか説明されたけど……よくわからんわ」

男はため息をつきながら少女に歩み寄った。

「君が行っても邪魔になるだけや。おとなしくしとき」

能力を使い、自由を奪えばそれでいいのだが、青髪はそうしなかった。
それ故に、反撃を受ける。

「……はぁ、だから、無駄やって」

少女――心理定規がとった反撃は、単純明快だった。
銃を構え、引き金を引く。
ただそれだけだ。

「なぁ、僕は君に死んで欲しくないんや。
言い方悪いが、今回の騒動で死ぬんははっきりと邪魔な存在や。
生き残るんは必要な存在といてもいなくても変わらない存在……わかるか?
君はこのままおとなしくしとけば奴らにとっていてもいなくても変わらんやつなんや」

その言葉を聞いて、心理定規はうつむいた。
その手から銃が落ちる。

「……んなの……」

「……」

「そんなの、分かってるわよ!
私の力なんて使い道そんなないし、私自身強いわけじゃない!
だからいてもいなくても同じなんて事はわかってる!」

心理定規はずっと疎外感を拭えなかったのかもしれない。
そして、その疎外感を肯定するかのように、自分だけが平和だった。


「でも……そんなの、嫌なのよ……。
死ぬなら、みんなのために死にたい。
生き残るなら、みんなの役に立ちたい。
誰かの一番になりたいって思うのが、そんなに悪いこと?
誰かのために何かしたいって思うのが、そんなに悪いこと?」

「……せやったら、僕の一番になればええ。
僕にとって一番大切な女の子、なら僕が君に死にに行くなと言うのもアリやろ?」

垣根には絹旗が。
絹旗には垣根が。

麦野には滝壺が。
滝壺には麦野が。

フレンダには上条が。
上条にはフレンダが。

みんなそれぞれチームを超えた大切な唯一がいて、それぞれが想いあっていた。
心理定規はそれがたまらなく羨ましかったのかもしれない。

自分の初恋はすでに終わったことが分かり切っている。

だからこそ、余計にそう思ったのかもしれない。

「名前すら知らないのに……そんなの……バカなんじゃないの?」

「あぁ、せやな。僕は大馬鹿や。
だから、同じ大馬鹿の垣根を止める義務があるんや」

青髪はゆっくりと目を開いた。

「神の扉に手をかけてしまった先輩として……止める義務がな」

だから、と青髪は続ける。

心配などいらない。

何が起きても垣根帝督は救うから、と。

「……その救いは、ちゃんとした救いなの?」

「さぁ、な……少なくとも、世界は救われる、と思うで?」

世界を壊せる神から世界を救う、それはつまり神を殺すと言うことである。

そして、垣根はもうその扉に両手をかけている。

あとは押し込むだけで、扉は開いてしまうのだ。

そのことを感じることが出来るのは、青髪ピアスだけである。

~~~

違和感なら、あったのだ。

滝壺の能力で垣根を追えないはずがないのだから。

いくら未元物質といえど、滝壺の力を無効化することは不可能なのだ。

その違和感について、垣根だから、と納得するべきではなかったのだ。

――違和感なら、あったさ。

――離れた場所にいても最愛の表情が手に取るように分かったしな。

違和感なら、あったのだ。

――あぁ、そういうことか。

――死の淵に立って初めて理解した。

――これが……力か。

神の国はどこにあるのだろうか。

どうすれば近づけるのだろうか。

――簡単だ。

――身体を捨てりゃあいい。

――だって、カミサマ ハ ニクタイナンテ ナイモンナ。

扉から、光が漏れた。


~~~

「おやおや、客が揃ったようだ」

麦野、御坂の姿を確認すると、男は言った。

麦野は息を整えながら、ざっと周りを見回す。
男のことは完璧に無視していた。

――狙撃兵が二十から三十ってところか。能力者っぽいガキが三人に……研究員か。

倒せなかったやつを除けば一人でも全滅させられる、とは思わなかった。

もし麦野にそれが出来るのならば一方通行はそうしてから垣根を病院へ運ぶだろう。

――垣根はあれ撃たれてんのか?つーか一方通行のバカはなにぶつくさ言ってやがる?

ゲストが全員揃った、と男は言ったが何かをしかけてくる気配はない。

ゆっくりと御坂がついてくるのを確認しつつ歩きはじめた。

一方通行の元へは簡単にたどり着けた。

一体なにを呟いているのかと聞いてみると、

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」

一方通行からは考えられないセリフだった。

「……なにを物騒なこと呟いてやがる」

あんたが言うな、と御坂が突っ込んだが麦野は気にしない。

そして、

「おい、一方通行。何をやってやがる。お前なら血を止めるくらい出来るだろ」

一方通行は呟くのをやめ、未元物質が、とだけ言った。

その一言で麦野は理解した。

「あー、なるほどな。
つーか血を止めちゃえばいいんだから……御坂垣根の傷口焼いて塞げ」

さらっととんでもない事を言うと麦野はあたりをキョロキョロ見回す。


「そんでさ、フレンダは?
まさかあそこでぶっ倒れてるのがそうだとかいわねぇよな?」

男をギロリと睨みつける。

「あいつをボコったの、お前?」

「あぁ、ボコったと言っても腹を一発蹴り上げただけなんだけどね。
もう少し可愛けりゃ私のペットにでもしてあげたんだがね」

後半のセリフは無視し、麦野はフレンダの元へと駆け寄る。

「おい、起き……てはいるのか?
なんだ?どうした?シャッキリしろ。
あんな野郎の蹴りで参るお前じゃねぇだろ」

フレンダの頬をかるくはたきながら話しかけるが、反応はない。

「おいおい、可哀想な事するなよ。
その子は今自分のせいで未元物質をはじめ君達超能力者たちを追い詰めている事に絶望しているんだよ」

「あぁ?どぉいうことだ?」

男は未元物質の加工という技術、そしてその技術はフレンダのおかげで確立した事を説明した。

「……フレンダ起きろ。三分以内だ。
テメェふざけなるなよ……垣根の腹に穴空いた事なんか気にしなくていい。
こんだけ血を流してまだ生きてるってことは血液だけは未元物質でなんとか作れてる証拠だ。
今から御坂がこいつの傷口焼き塞ぐから、それでこいつは助かる。
むしろ、お前が今ここで腑抜けてる方が最悪だ」

フレンダは相変わらず反応しない。

麦野はため息をつき、時計の針を眺めはじめた。
その頭の中ではフレンダへ照準を合わせた演算が既に組み上がっている。
あとは三分たったら出力するだけである。

「はい、三分」

光の筋が、フレンダを襲った。
























煙が晴れると、そこには変わり果てたフレンダの姿があった。
















「……おい、本気でぶち込むぞ」

麦野はため息をつきながら寝転がるフレンダに声をかける。

「……いやいや正直やばかったってわけよ?」

長い金髪がバッサリいかれ、変わり果てた姿となったフレンダがゆっくりと起き上がった。

「やっぱさ、リーダーってのはこうじゃなきゃね……。
部下が凹んでたらケツひっぱたいてでも立ち直らせるくらい強くないとね」

「馬鹿か、お前らは部下なんかじゃねぇよ」

「多分、麦野はいいお母さんになると思うよ」

「……髪、あとでちゃんと揃えてやるよ」

本来絶望のどん底にいなくてはならない暗部の二人が、まず立ち上がった。

「おい、さっさと垣根の傷口塞いでやれ。
ひとまず一方通行の手を自由にしねぇと私らここで死ぬぞ?」

御坂はそれが垣根を救うためだとわかりつつも、出来なかった。
当たり前である。普通の少女に人の肉を焼けというのはあまりにも酷だ。
麦野もそれはわかっている。

「で、でも……私……」

「……お前、なんでここに来た?妹達を実験動物として生み出した奴らを潰すためだろ?
だったら迷うな。最後の一線を越えなきゃお前はちゃんと帰れるから安心しろ。
そこは私らがやってやっから……」

御坂の脳裏に親友の顔が浮かぶ。
彼女ならばどうするだろうか。
彼女ならばこんな時私になんて言うだろうか。
御坂は考えた。


『お姉さま、黒子はいつでも両手を広げて待ってますの』

「とか……言いそうよね……」

待っていてくれる人がいる。
わかってくれる友人がいる。

真っ直ぐな御坂は、それがそのまま力に変えた。

「……垣根さん、ごめん!」

一方通行を突き飛ばし、垣根の傷口に手を当てる。
能力をいきなり全開で使用し、熱を発生させ傷口を一気に焼いて塞いだ。

人体の焼けた嫌な匂いが、あたりに漂う。

麦野とフレンダは慣れているが、御坂は顔を青くしている。

麦野の読み通り、垣根は血液の代わりとなる物質の生成は出来ているようで、段々と顔色が戻って来た。

しかし、危ない事に変わりはない。

「おい、一方通行……一方通行!」

御坂に突き飛ばされた一方通行はぼんやりと天を見上げている。

「お、おれ……」

「平気だ。お前も一般人なんだ。銃で撃たれたやつを見たらパニクるさ」

「……お、れ……殺すって……本気で、ぶっ殺してやるって……」

「んなの私なんかしょっちゅうだ。それで実際にぶっ殺してる。
何をそんなにショック受けることがあんだよモヤシ。
おら、さっさと逃げんぞ……お前ならこいつらごとき殺すまでもなく無力化できんだろ?」

一方通行の目に光が灯った。

「俺……なら……」

かるく頭を振り、一方通行は目を閉じた。

「やれる」

そして、目を開き、立ち上がった。

絶対的なリーダーの資質を麦野が開花させた瞬間でもある。


「しかし、人生そううまくはいかないんだよ」

男が再び銃を麦野達に向けた。
それと同時に、今まで遠巻きに監視していただけの狙撃兵達が殺気をおびながら銃を構えたのがわかった。

「いやいや、原子崩し……君は素晴らしいリーダーだな。
敬意を覚えるほどだ。
たった一言、たった一つの行動で完璧に折った一方通行と金髪を立ち直らせるとは……恐れいった。
だが……君たちはここで死ぬんだ」

男は空に向かって銃を撃った。

その瞬間――



――垣根を中心に爆発が起きた。




本能か経験か、麦野は御坂をなんとか庇いながら、能力を壁状に出現させガードする。
しかし、それでも防ぎ切れるわけもなく吹っ飛んだ。



フレンダは、たまたま持って来ていた以前拾った垣根の翼の残りが未元物質の爆発を中和したのか、直撃したにも関わらず生きていた。



一方通行も同様に反射しきれずに、吹っ飛んだが生きてはいる。



中心にいた垣根は未だに気絶したままで、絹旗はぐったりと倒れている。



何が起きたのか誰もわかってなどいなかった。


普通ではない理解を超えた爆発が、学園都市のトップ三人を一瞬で無力化した。

「ここで必ず殺さなくてはならないのは……未元物質と窒素装甲だ。
窒素装甲を失えば今の仲良しごっこに堕ちたアイテムは府抜ける」

やれ、と短く命令すると、三人の氷使いが同時に能力を解放した。

「う、そ……でしょ……」

麦野に庇われ、辛うじて意識を繋げていた御坂だけが、その光景を見ていた。

「最愛……折角、友達になれたのに……」

ポロリと涙がこぼれ、御坂は気を失った。

「ふむ……超電磁砲は壊れるかな?
壊れたら暗部に落として見るのも面白そうだ……。
確かテレポーターとハッカーと無能が……ふむ、表向きのアイテムとして使うのもアリかもしれんな」

男はブツブツと考えをまとめながら立ち去っていった。





そこに残されたのは“四人”だけだ。




日が傾き始め、綺麗な赤い暖かな黄昏が優しく世界を包んでいた。

ココマデダヨォ

次の投下分はもうかなり前に書いてあるからもしかしたら夜またくるかもしれぬ

じゃあマタヨロシクナンダヨォ

眠すぎて無理だわ
明日のよるか朝にクルヨォ

~~~

「しずり!フレンダにあくせられーたに……みことまでっ?」

バタバタと院内が騒がしくなったので、土御門に様子をみてくると言い、滝壺は病室を出た。

そして、運ばれてきた四人をみて叫んだ。

「ちょっと……え?どういう……事なの?
ねぇしずり?ふれんだ?あくせら……れーた?み、みこと?」

カタカタと震えながら、その場に座り込んでしまう。

「あれ?おーい、そこの彼女……具合悪いのか?」

そんな滝壺を目敏く見つけた一人のツンツン頭がいた。

「あーれー?聞こえてないっぽい?てかなんか下手なナンパみたいだったな……」

どこから誰がみてもタチの悪いナンパなのだが、本人にそのつもりは全くない。

「ほら、辛いならベッド借りれるように話してきてやるよ。
てか、ジャージだしもしかして入院患者?それなら部屋まで送るよ?」

ぽん、と肩を叩き、顔を覗き込む。

そこで、上条はやっと気づいた。

「もしかして今運ばれてきた人たち君の友――」

座り込んだ少女が、何かを見てショックでたてなくなった事に。

そして、上条は見てしまった。

少女が倒れた原因に、自分の友人がいた事を……。

「ふれ……あく……みさ、かも……?」

一瞬足が傾いだが、気合で踏みとどまる。


「フレンダッ!一方通行ッ!御坂ッ!」

ストレッチャーに乗せられた知り合い三人に駆け寄る。
看護師や医師達に止められるが、

「こいつら、俺の友達なんです!一体なにがあったんですか?」

必死に病院関係者にしがみつき、逆に問いただす。

しかし、医師達から返ってくる言葉はわからない、の一点張りだった。

結局、上条と滝壺は何も情報を得られぬまま、四人は処置室へ運ばれてしまった。

「……なぁ、俺は上条当麻だ。フレンダに……惚れてる。
何があったか、教えてくれないか?」

「……わ、からない……ただ、かきねときぬはたが……なんで、いないの?」

「垣根?これは、あいつがやったのか?」

「違うと思うよ。今微かに垣根のAIM拡散力場を掴んだ。
この辺に向かって何か能力を使った……」

「……おい、意味わかんねぇぞ!」

「わたしだってわかんないんだよッ!」

ロビーが静まり返るほどの勢いで、滝壺が叫んだ。
なんとか涙は堪えている、といった様子である。

「……すまん。君にとってもあいつら友人なんだな……」

「違う、家族。
特に、むぎのは……特別……。
きっと、君にとってのふれんだと同じくらい特別な存在」

滝壺は上条の手を取り、立ち上がった。


~~~

四人の中で一番に目を覚ましたのは御坂だった。
御坂は目覚めるとまずあたりを見回し、ぼんやりとした目つきで患者着のまま止める滝壺と心理定規を無視して帰寮してしまった。

「まぁ……しかたないんじゃない?」

心理定規は御坂との距離は変わりないからショックで自分たちが見えていないのだろう、と話した。

次に目を覚ましたのはフレンダであった。
フレンダの病室には上条が居続けようとしたが、滝壺がそれを許さなかった。
起きたら必ず連絡すると約束をすると、上条はおとなしく引き下がった。

フレンダは御坂のようにまずあたりを見回す。
そして、

「あ、はは……そっか……ゆめ、じゃ……ない、んだね……」

鏡に写った自分の短くなった髪を見て、シーツに顔を埋めながらそう呟いた。

最後はほぼ同時であった。

麦野と一方通行は目覚めるなり、まずベッドを破壊した。

一方通行は、目覚め、思い出し、悔しさでつい叩いたらベッドが粉砕した。
麦野は、目覚め、思い出し、顔を伏せると、急に叫びながら飛び起き、ベッドを溶かした。


~~~

それから数日後。

フレンダは滝壺と心理定規の監視をすり抜け、街を徘徊していた。
絡んできた輩は無意識に能力で飛ばしている。
骨折程度で済む高さに飛ばしているので、死人は出ていない。

深夜の街を徘徊していると、一人のツンツン頭がフレンダの前に立ちふさがった。

「……あはは……大切なもの、壊れちゃった……」

死んだ目で無理矢理笑いながらそういうフレンダに、上条は何も言えない。
笑顔の印象しかないフレンダが瞳に涙をためている。
こんな時に好きな女の子になんと言っていいか上条にはわからなかった。

「ねぇ、答えてよ……。
わたしは、これからどうしたらいいのかな?」

わからない。
何を言っても、フレンダをより傷つける事になりそうで何も言えない。

「ねぇってば!」

そして、ついに留めておくことのできなくなった涙がこぼれた。

「――ッ!」

それを見た瞬間、上条は考えるよりも先にフレンダを抱きしめていた。

「……当麻、私、最低だ。
覚悟が出来てるとか偉そうな事言ったくせに、いざ奪われると……失う覚悟もしてたはずなのに、どうしていいかわからない。
ねぇ……どうしよう……私、もう笑えないよ」

「そんな覚悟……いらない。
失う覚悟するくらいなら、失わない覚悟をするべきなんだ。
それが今、わかった」

「……失わない、覚悟?」


「あぁ、俺はいました。
大丈夫だ、お前の大切なものは絶対に取り返して見せる。
お前を絶対にもう一度笑わせて見せる。
俺はたった今、お前の笑顔をもう二度と失わないっていう覚悟をした。
だから、言え……俺にどうして欲しいのか。
自分がどうすりゃいいかなんて事じゃない。
お前は……俺はお前の事なにも知らないけれど……お前は精一杯やったんだと思う。
詳しいことは何も知らないけれど、俺が惚れた女だ。精一杯……やったんだと思う。
だから、次は俺にどうして欲しいかを言ってくれ」

「……たす……」

フレンダは迷った。
助けてくれ、と手を伸ばしてしまえば絹旗だけではなく、上条まで失ってしまうのではないかと恐れた。

一度奪われるとここまで臆病になるのか、と普段なら笑っていただろう。
しかし、そんな笑いすらもこぼす余裕がなく、こぼれるのは涙だけだ。

「言えよ」

大丈夫だ、というように上条はフレンダを抱きしめる腕にさらに力を込める。
フレンダが守られていると、抱きしめられていると実感できるように、きつくきつく抱きしめる。

「たす……けて……」

言ってしまった。
一度言葉にすると、それは堰を切ったように溢れてくる。

「助けて、助けて助けて……助けてッ!
お礼ならなんでもしてあげる!
私をあげる、私の何もかも全てをあげるから、だから……お願いだから私を助けて!」

「そんな見返りみたいな形でお前を手に入れても嬉しくなんかないよ。
俺のものになってくれるっていうなら俺を好きになってくれよ」

上条は笑った。
自信しかなかったからだ。

「俺はお前が好きだって言ったろ?
俺はお前が笑ってくれてたらそれでいいんだ。
好きなやつの為なら、何だってやってやるさ。
だから、お前の望み通り助けてやる。
俺が、お前を守ってやる。
お前が笑えないなんていう幻想は――」

――ぶち壊してやるよ。

上条は力強く笑うと、フレンダの頭を撫でた。


~~~

「あーあ、壊れちゃった」

普段の麦野からは考えられぬヒドイ格好で狂ったように徘徊していた。

麦野は人目もはばからずに涙をポロポロとこぼしていた。
すれ違う学生達が、何事かと振り向くがそれらを有象無象だというように全て無視する。

「……どぉすりゃいいんだろ……。
もう、私ダメだ……わかってたことじゃねぇか。
あいつらが誰か一人でも欠けたら私は壊れる。
アイテムが壊れたら、私は壊れるんだよ……」

病院を抜け出し、家に帰ってみたものの、すぐにその家を飛び出したのは、静寂が怖かったから。
常に楽しそうな笑い声に包まれていた部屋の静けさが怖かったからだ。
楽しそうな笑い声がもう聞けないと現実を突きつけられたからだ。

「もう、嫌だ……だれか、助けてよ……」

麦野は絹旗を失った場所に、何時の間にかたどり着いていた。

立ち止まり、左手を天に向かって突き出す、そして空に向かって能力を開放した。
閃光が、一直線に空へと伸びていく。


雲が消え、光が差し込んだ。

その光は麦野だけを照らしており、とてつもなく神秘的に見えた。

しかし、その情景とは裏腹に麦野は完全に絶望している。

だからこそ、美しい絵になっているのかもしれない。

――このまま出力上げ続けたら……死ねるかな?

それはどんどんと力を増し、ついには左手を侵食しようとした―――ッ。

―――だが、麦野の力は本人の意思とは関係なく収束し、雲散した。

「……はぁ……はぁ、む…ぎの……」

声にふりかえると、そこには初めて心を許した同志を超えた家族が立っていた。

「滝、壺……?
あんた、なんで……?
ま、さか……体、晶……使ったの……?」

「ばかだね、むぎ、のは……ほんとうに……ばか……」

息を切らし、苦しそうな表情で麦野を睨みつける。

「馬鹿は……お前だろッ!
それは使うなって……おま……はぁ?」

「う、るさいな……もう、むぎのの中では壊れちゃったんでしょ?
だったら……関係、ないじゃん……。
私が、壊れても……関係――」

ないじゃん、と言葉が続く前に滝壺は倒れた。
長いこと使っていなかった体晶の反動だ。


「理后ッ!」

倒れた滝壺に駆け寄り、抱き起こす。
そして、力いっぱい抱きしめた。
その存在を確かめるように、その存在が消えるのを拒むように……。

「い、いたいよ……。
ねぇ、やることが……変わったわけじゃないよ?
増えた、だけ……。
いつもの……しずり、なら……どうする?」

「いつもの、わたし?
そんなの、知らない……わたしは、もう……いつものわたしじゃ……ないもん」

子供のように、麦野は情けない声を出した。
滝壺はそんな麦野の涙を震える手で拭う。

そして、穏やかに笑った。

「いつもなら……『ブチコロシカクテイネ』でしょ?
しずりが、壊れなければ……アイテムは、壊れない……よ。
だって、しずりが、リーダー……なん、だもん」

「で、でも……もう……絹旗が……死んじまったんだぞ?いなくなっちまったんだぞ?
無理だよ……お前と、フレンダと、なずなと、そして絹旗……もう、わたしはお前らがいないと……立てないんだよ……」

「ばか、月並みなセリフ、だけどっ……さ……。
きぬはたは、今みたいな麦野……見たいと思ってるわけ、ないじゃん。
復讐を、望んでるかはわからないけど……怒りに任せて……暴れて……その結果を『あーあ、まぁた超めちゃくちゃやりましたね』とか、笑うのがきぬはたっぽくない?
それに、きぬはたが死ぬわけ、ないじゃん……。
あの子が私たちに笑えない未来を歩かせる死に方……するわけ、ない。
死ぬとしても……なにか、残して、るに……きまってる……」


ここで立ち止まってはダメなのだ。
立ち止まっては何もかもが止まってしまうのだ。

それは、死んでいるのと同じである。
時は否応なしに流れる。
過ぎて行くのだ。

その中で、変わらない物などないのだ。
ただひとつの絶対、それは生きとし生けるものには全てに訪れる死だ。
それ以外の事は常に変化し、その姿を変えていく。

その変化を受け入れずに止まってしまえば、それは世界を否定するという事だ。
生きているのに、死んでいる。
死んだように、生きている。

生きるというのは命懸けだ、とフレンダは信じていた。
それは、麦野よりも真剣に生きる事に目を向けていたという証拠だと麦野は理解したようだ。

「……わかったよ……。
でも、すぐには……無理だよ。
涙が止まらないなんて、こんな事本当にあるんだね……」

麦野は滝壺を抱きしめる。
一人じゃない事を確認するように、腕に力をこめる。

「人間だもん、しずり前に言ってたよ。
感情なんて簡単に抑え込めるものじゃないって、涙を流すのも、感情だよ」

滝壺は柔らかく笑った。

「大丈夫、そんなしずりも……応援してる」

腕を上げ、麦野の頭にぽん、と手を乗せ、言い直した。

「大丈夫、そんなしずりも、わたしは大好き」

麦野はただひたすらと、涙を流しているだけだった。


~~~

結局、一番冷静に行動をしたのは一方通行であった。

「……芳川、ミサカ……俺、人をぶっ殺しちまうかもしンねェ」

ベッドを破壊したあと、看護師に土下座する勢いで謝ったことで落ち着いたようであった。

ミサカと同じ病室へ入院する為わざわざミサカを個室から二人部屋へと移動までさせた。

そして、麦野とフレンダの監視を心理定規と滝壺がやっている数日、ずっと考え込んでいた。

その考えの終着点が、先の台詞である。

「なンかよ……どうやっても、俺は絹旗を殺した奴らを許せそうにねェンだ。
勿論、ミサカの安全はどうやってでも確保する。
芳川にも迷惑かけると思う。
だから……先に謝っとく。
俺が人殺しになっちまっても……友達でいてくれなンて言わねェ。
ただ、俺のことを……こうして今話をしている人殺しじゃない俺のことを忘れねェでやってくれ」


言い終わると室内はシーンという大きな静寂の音に支配された。

「貴方は、本当に馬鹿ですね。
ミサカは貴方が何者になろうとも、貴方を……あぁ、これが愛ですかね?
ミサカにとって貴方のいない世界なんて意味がない。
貴方の為に世界を敵に回しても、世界を救う為に貴方の敵にはなれません。
もしも貴方が最愛を殺したやつを殺すと言うならば……ミサカもその罪を背負います。
死ぬまで貴方とミサカは一緒です―――」

ふわりとミサカは一方通行に抱きついた。

「―――愛しています一方通行……とミサカは真正面からしっかりと言葉にしてみます」

御坂が親友に抱いた感情と似たものが、一方通行の中に溢れた。

「そうね……折角の金づ……昔からの知り合いだものね。
捕まる時はいい警備員の友達を紹介するわ」

二人の抱擁を飽きれた目で眺めながら、芳川も一方通行へと手を差し伸べてくれた。


~~~

「おねーさまー?」

入院着で帰ったその日から、御坂はずっとぼんやりしていた。
やることといえば、飯を食いトイレに行き、風呂に入り、睡眠を取る。
ただそれだけだ。

ショックな出来事があった、という事は御坂を心配した滝壺、心理定規から白井に説明されている。

「一体、何があったんですの?抱きついても優しく頭を撫でてくるし、キスしようとしたら逆に襲われそうになるわ……私がいうのもアレですけど相当おかしいですわよ?」

白井も、返事などは期待していない。
ただ、御坂に話しかけたいから話しかけているだけだ。

「正直、最初は傷心のお姉さまを口説くつもりでしたが……そんな気失せてしまいましたの……これが最初で最後のチャンスかもしれないというのに……黒子ってば健気ですの~」

風紀委員の仕事を片付けながら、一人御坂に話しかけ続ける。

鬼の寮監も、今回ばかりは入院着で帰寮をはじめ、様々な罰則対象行動を起こした御坂をわかりやすく心配していた。

そして、悩んだ結果、御坂が一番信頼している白井に任せようと結論を下した。

だからといって何もしていないわけではない。
少しでも白井の負担を減らそうと食事を部屋へ届けてやるなど、普段ならば許さぬ寮則違反を見逃すなど、していた。


白井もその事は理解している。

「……友達がさ……」

初めて御坂が反応した。

「お友達がどうかしたんですのー?」

しかし、白井は驚くでも喜ぶでもなく、普通に会話を続ける。
白井はわかっていたのだ、御坂は必ず乗り越える、という事を。

「し、ん……じゃってさ……わたし、目の前に……い、た……のに……たすけっ……らんなかった……」

涙をボロボロと流しながら、御坂は言った。

「くろ、こ……くろこぉ……」

そして、白井に縋りつき、わぁわぁと声をあげて泣いた。

「大丈夫ですのよ、お姉さま。
お姉さまはお友達が死ぬ場面をハッキリみたんですの?
見ていないのなら……まだ生きている可能性もありますの。
私は何も存じませんが……例えお姉さまがどれほど傷つこうとも、汚れようとも……」

白井はまるで赤ん坊をあやすかのように御坂の頭を優しく一定のリズムで撫でている。

「……お姉さま、黒子はいつでも両手を広げてここでお姉さまの帰りを待ってますの」

御坂は泣いた。

これでもかというほど泣いた。

防音性の高い壁が意味をなさないほどに大きな声で泣いた。

泣き止むと、

「ありがとう、黒子。そうよね、死体も出てないし……まだ諦めるわけにはいかないわよね……。
やっぱ、私の最大の理解者であり最大のパートナーはあんたよ……大好き、黒子」

少しだけ、常盤台のエースに相応しい顔つきに戻っていた。


~~~

「どーよ」

全員が読み終わったのを確認すると、学ランを着崩した垣根がワクワクとした表情で尋ねる。

「まず、一言。なんで私が美琴より序列が下位なんだよ!
鈴が第一位ってのはまぁ面白いが……作者が第二位で主人公とかキモすぎんだよカス」

「つーか、私空気読めない子見たいじゃない……」

お嬢様校の制服を着た御坂がため息混じりに呟くと、一斉にその場にいた全員から、

「いや、あんたの性格は割と忠実だった」

と声を揃えて言われてしまった。

「俺はなんかかっこよく書いてもらったから満足だわ。
それにしても、超能力とか魔術とかよく思いつくなぁ。
鈴の能力とかお前の能力とか流石って感じだ」

割と活躍の場があったことと、自身のヒーロー像とズレが少なかったからか、感心しながら笑顔を見せたのは上条当麻である。

「まぁ、小説の中でも私と当麻をくっつけたのは褒めてあげるってわけよ」

こちらも、かなり良いキャラとして書かれていたため上機嫌だ。

「お前らには世話になってるからな」

「私が魔術師って面白いかも!ていとくは発想が豊かなんだね!」

その場にいる最年少の少女も嬉しそうに笑っていた。


普通の世界で、普通にみんなが笑っている日常。

「だろ?良いだろ?
やっぱ超能力とか魔術とかそういうのは憧れだし、物語の中でくらい俺たちが主人公で暴れるのも楽しいよな!」

みんな着ている制服はバラバラである。

女子高に通う麦野は、紺のセーラー服。
お嬢様校の御坂は明るい色のブレザー。
上条、垣根はそれぞれ校章の違う学ランである。
垣根の学ランの方はややグレーに近い色だ。

フレンダは麦野の学校の隣にある県内随一の進学校の制服を身につけている。

「あ、やべ……最愛と約束あんだったわ……ほんじゃ、インデックス送るから支度しろ」

携帯で時間を確認し、垣根は慌てたようにインデックスに声をかけた。
名前を呼ばれた少女はこの中では一人中学生であり、少し前までフレンダが着ていた制服を着ている。

「それじゃ、また明日な!」

「おう、気をつけろよ!最愛にもよろしく!」

「手ぇだしたらぶっ殺すからな」

「キスくらいまでなら許すってわけよ!」

「わかってるよ、麦野はうるせぇな」

部屋を出て、階段を降りると、そのまま玄関には向かわずにリビングを覗いた。


「あ、詩菜さん、どうもお邪魔しました。
毎日毎日溜まり場にしちゃってすみません」

「あらあら、良いのよ気にしないでちょうだい……当麻さんも帝督さんと同じ学校にいけたら良かったんだけどねぇ」

「俺はそのつもりでしたよ。でもあいつ、俺に合わせてレベル落とすな、とかガチ切れしてきましたし……」

「何はともあれ、これからも当麻さんをよろしくね。
あの子があんなに明るくなったのは帝督さんと最愛ちゃんのおかげだから」

「いやいや、むしろ俺のほうが昔っからあいつには助けてもらってばかりでしたよ。
あ、とやべ……最愛と約束あるんで、もう行きますね!
それじゃ、失礼します!」

溜まり場と化しているのは上条の部屋のようだ。
家主である上条の親に挨拶を終えると、垣根はインデックスを連れて家を出た。

家を出ると、二階の窓から上条が顔を出していた。

「てーとく、明日俺補習だから来ても良いけど俺いないぞー」

「りょーかい!……てかまたかよ……こりゃ今週末は勉強会だなぁ……」

手を降りながら逆の手でインデックスの手を取り、垣根は走り出した。


「毎回送ってくれるのは安心で嬉しいけど、大変じゃないの?」

「あ?気にするな。可愛い子を家まで送るのは紳士の嗜みだ」

インデックスは数年前に垣根家の隣に引っ越して来た。
詳しくは知らないが、親の仕事の都合で一人日本へ来たらしい。

「あ、てか今日家にお前一人か?神裂とステイルなんか用事あるから遅くなるとか言ってたな」

垣根は急に立ち止まり、メールを確認する。
神裂は剣道の練習、ステイルは留学関係の説明会があるらしい。

「失敗したな、これなら帰りにどっちかに上条んとこよってもらった方が良かったな……」

うーむ、と垣根は悩みこむ。

「べ、別に平気なんだよ!私だって一人で留守番くらいは出来るかも!」

「いや、出来る出来ないの問題じゃねぇんだよ……しゃーない。お前も今日は来い。
最愛も別に何もいわねぇだろうし」

「でも……せっかくのデートを邪魔なんて出来ないかも……」

「今更だよ。俺と最愛なんて最愛が生まれた時からずっと一緒なんだぜ?
それに、家にひとりぼっちの寂しさは俺もよく知ってる」

そう言うと垣根は絹旗との待ち合わせ場所へと目的地を変えた。


~~~

「あ、超遅いですよ!……ってインデックスも一緒だったんですか。
ステイルと神裂さん今日帰り遅いんですね」

待ち合わせ場所には既に絹旗がいた。
携帯電話をカコカコいじっていたが、垣根が近づくと一瞬で気づき、顔をあげた。

「あぅ……ごめんね、さいあい。デートにお邪魔虫が来ちゃって……」

「別にそんなの超どうでも良い事ですよ。
本当に二人きりになりたかったらそう言いますし。
というか、結構久しぶりですよね」

絹旗はインデックスよりもひとつ学年が上である。
しかし、インデックスが大人びているのか絹旗が子どもなのか、二人に先輩後輩という雰囲気はない。

「うし、とりあえず……買い物だろ?
何買うんだ?」

「んー……そうですね。そろそろお母さんの誕生日なので、そのプレゼントと……」

ちらり、と絹旗はインデックスの方を見た。

「や、やっぱ私先に帰った方がいい?」

その視線を、インデックスはマイナス方向へ受け取ってしまったようだ。
あたふたと慌てる。

「あぁ、超違いますよ。
まぁ、いっか……そろそろインデックスが日本に来た日も近いじゃないですか。
だから……普段親と離れ離れで頑張ってるインデックスに何かプレゼント渡そうと考えてたんですよ」

絹旗は本当はサプライズでやるつもりだったのだろうが、別にどうしても隠したいわけではなかったのだろう。
素直に白状する。

「さいあい……」

「えへへ……なんか恥ずかしいですね」

二人の仲睦まじい様子を、垣根は優しく微笑みながら眺めていた。


~~~

――そうだよ……これが現実なんだ……。

二人を眺めている時も、上条の部屋で駄弁っている時も、どこかふわふわとまるでテレビの中を見ているような感覚が垣根にはあった。

――でも、それが現実だ。俺は俺の人生の主人公ではあるけど、それだけだ。

――殺しあったり、ファンタジーみたいな世界の主人公なんかじゃない。

――これが、現実だ。

――普通に幸せな日常を送って……。

――その日常を退屈だと思いながら、それがかけがいのないものだと理解して……そして学園都市みたいな世界の表面だけを見て憧れる。

――俺はそういう普通の高校生なんだ。


~~~

「うおらー!」

「はっはっはっ!まだまだだなぁ、帝督」

体格の良い男と、中学生としてはそこそこの体格の少年が腕相撲をしていた。

少年は必死の形相だが、男は余裕だ。

「うぐぐぐ……」

「はい、残念。おっちゃん時間ないんだわ」

言いながら、男はさっさと勝負を終わらせる。

「だぁー!また負けた!
ちったぁ手加減しやがれ!クソジジイ!」

「あぁん?俺を倒せねぇような男に最愛はやらん!
中学生だからと言って手加減なんざするかアホ!
おめぇも男だろ、好きな女くらい自分の力で手に入れやがれクソガキ」

「ただいまーって……まぁたくだらない事やってんですか?
というか、中学二年生ってのは小学四年生よりも学校終わるの早いんですか?」

そこに、帰宅した一人の少女。
少女――絹旗最愛は垣根と父親の姿をみるなり、ため息をついた。


「サボりじゃねぇよ。明日からテストだから午前で終わりなの!
それより、くだらない事ってなんだよ」

「はぁ……どうせお互い二十歳超えたら親の了承なんてなくても結婚できるじゃないですか」

絹旗は男親の前で、当たり前のように“自分はこの男と結婚するんだ”と宣言した。
少しだけ父親の顔が寂しそうな色を見せたが、絹旗は気づかない。

「それじゃあダメだ!俺はこのジジイに認めさせたいんだよ!俺でも最愛を守れるってな!」

垣根の言葉に、父親は元気を取り戻した。
嬉しそうに笑い、いつになることやら、とその時がくるのを楽しみにしているようにも見える。

「俺には父さんがいないから、あんたが父親代わりだ。
だけど絶対、いつか絶対本当の父親になってもらうからな」

「……永遠に父親代わり、でいさせてもらうぞ」

嬉しそうに、笑っていた。


~~~

「いつもごめんね」

玄関を開けるなりまずそう謝ったのは、垣根の母親だ。

「いえいえ、お仕事ですもの。仕方ないわよ」

「そうそう、気にするな。最愛も帝督とずっと一緒にいられて嬉しそうだしな。
ただ……いつか本当に帝督に持ってかれると思うと複雑だが……」

迎え入れるのは、絹旗の両親だ。

「早くても十年以上先の話でしょ?
それに、私は帝督くんが息子になってくれたら嬉しいけどなぁ」

垣根に父親はいない。
垣根が生まれてすぐに亡くなっている。

垣根の母親は、女手一つで垣根を育てているのだった。

勿論、こうして昔の友人や、垣根にとっての祖父母の助けを借りて、だが。

「それにしても、あなた達と再会できて嬉しいわ。
帝督も最愛ちゃん大好きみたいだし」

「……まぁ、帝督があいつと同じくらい頼もしくなったら認めてやろう」

絹旗の父親があいつ、と言ったのは垣根の父親のことだ。

絹旗の両親と垣根の両親は高校時代の同級生である。
当時から仲が良く、四人は常に一緒に笑っていた。


「あいつが逝ってもう八年か?お前はよく頑張ってるよ」

「そうね、正直あいつが死んだらあなたも死んじゃうんじゃないかって心配だった」

「死にそうだったわよ。でも私には帝督がいたから……。
帝督ってあの人がつけた名前なのよ。
帝が高貴さを表して、督が自らを律する強さを表してるって……」

「今のままだとまだ名前負けしてんな」

絹旗の両親は客人を招き入れ、リビングのソファを勧めた。

隣の部屋では四歳の絹旗と八歳の垣根が仲良く寝息をたてている。

「帝督、今日は何で泣いた?」

愛する我が子の寝顔を覗き、垣根の母親は優しく微笑んだ。

「あー、今日は泣いてないんじゃないか?」

「今日はなんかケンカしたみたいよ」

夜だからだろう、コーヒーではなく出されたのはお茶だった。

「ありがと、ケンカって最愛ちゃんと?
あの子に最愛ちゃんとケンカ出来るほどの度胸あるとは思えないけど」

「いやー、それがよくわからないのよ。
最愛はむっつりしちゃって何も言わないし、帝督くんはオロオロ泣きそうになってるだけだったし……だから、明日にでも聞いてあげて。
私も明日最愛から聞いてみるから」


垣根を引き取る数十分間、こうして両家の親はいつも情報交換をしていた。

「ええ、ありがとう。
でも我が子ながら情けないわね。
学校では当麻くんに守られ、それ以外では最愛ちゃんに守られる、なんて……」

三人はクスクスと笑いあう。
どんなに情けなくとも、それすらも愛しさに変わってしまうのだから親というのは馬鹿な生き物だ。

「でもさ、本当に花ちゃんは偉いよね。
仕事も子育てもちゃんと両立してるもん」

「そんなことないよ。こうやって友人に頼り切りだし」

「それでも、あの泣き虫の帝督くんが寂しい寂しいってなくことがないって事はそれだけ愛情を注いであげて、帝督くんもそれをしっかり受け取ってるってことじゃない。
あの子最愛が先に寝ちゃった時や、最愛より先に起きた時は私たちのところ来て「お母さんがこんなことしてくれた」って本当に嬉しそうに話すのよ」

「……そう。この子はあの人に似て優しいのね」

しんみりとした空気が流れると、垣根が目を覚まし、リビングへやって来た。


「おかーさん、かえってきたの?」

目をこすりながら、大好きな母親の姿を見つけると、ぎゅっと抱きついた。

「ただいま、遅くなっちゃってごめんね?お家帰ろっか」

「うん……さいあいちゃんにばいばいいってくる」

そういうと、出てきた部屋へと戻って行った。

「ふふ、本当にかわいい。あの子がいてくれて良かったわ」

「……それにしても、花ちゃんって懐かしいな。
花が好きだから花ちゃん、とか帝督のメルヘン、ファンタジー好きはあいつに似てる」

垣根の母親の名前に花という字は無い。

ただ、園芸部で花を育てている彼女に一目惚れした垣根の父親が勝手につけたあだ名である。

故人を想い、昔に浸り、それを共有できる友がいる。

間違いなく幸せな時間がそこには流れていた。


~~~

「さいあいちゃん?僕帰るね。
またね、ばいばい」

絹旗の頭を撫でながら垣根は小さな声で話しかける。

「んむ……ていとく……?」

絹旗は垣根の手をつかむと再び寝てしまった。

「……おやすみ、大好きだよ最愛ちゃん」

手を離し、タオルケットを掛け直すと親たちが覗いていないのを確認してそっとおでこにキスをした。

「お母さん、帰ろう!」

「えぇ、じゃあ二人とも、ありがとね」

「気にすんな。帝督、ちゃんと歯磨いて便所行ってから寝ろよー」

「まぁ、将来的には家族になるんだし、困った時はお互い様よ。
帝督くん、またね!」

「そういってくれると嬉しいわ。
じゃあね」

絹旗の両親は、垣根親子を見送ると、静かに微笑みあった。

「あいつ、あれで隠せてるつもりなのかね?」

「あの子昔から隠し事苦手だからねぇ……」

垣根の母が何かを隠していることは付き合いの長い二人にはすぐわかった。
そして、それが自分たちに関係していることも。

「これ以上迷惑かけらんねーとか思ってんのかもしれねーが……アホだよな」

「ほんと、迷惑なんて思ってないのにね。
まぁ、十中八九学園都市絡みでしょうね」

幸せに、少しだけ影がさした気がした。


~~~

「でもまぁ、お父さんお母さんは帝督に、帝督のお母さんは私に超感謝するべきですよ!」

高校の制服に身を包んだ絹旗が、いきなり言った。

「お前はまた急に意味わからんこと言い出すなぁ……。
それで?なんで俺が帝督に感謝しなきゃならんのだ」

娘の高校入学祝いのワインを煽りながら上機嫌に聞き返す。

「だって、もしもあの時学園都市行きに私たちのどちらかが賛成してたら、二人とも今頃学園都市で廃人ですよ?」

「いや、それむしろ俺らが親に感謝するべきことだからな?
三人とも億単位の金積まれても俺らの意思を尊重して、守ってくれたんだ」

高校を卒業し、一気に大人びた垣根が絹旗をたしなめる。

「なんか、帝督にそういうこと言われると気持ち悪いな……」

「気持ち悪いって……ひどいなおい」

苦笑いを浮かべながら、垣根は言った。
すると、

「全くよね、でも本心じゃないから。
本心では最近帝督くんが腕相撲勝負ふっかけてこないの寂しがってるのよ」

「でもまぁ、急に大人っぽくなったから確かにたまに気持ち悪いわ」

料理を運びながら母親たちがやって来た。


「そうなの?じゃあ久しぶりに腕相撲する?……ってか、母さんひどくねーか?実の息子に気持ち悪りぃとかいうなよ!」

「お?なんだ、最愛のことは諦めたのかと思ってたぜ。
というか、お前ら……付き合ってんの?」

相変わらず仲が良いが、そういう雰囲気を二人に感じたことはない、と絹旗の父親は言った。

それを聞いて、母親二人と子ども二人は渋い顔になった。

「いや……親の前でそんないちゃいちゃ出来るわけないじゃん?」

「本当に、父親になるとバカになるのかしらね?」

「うちの人も生きてたらこんなアホなこと言い出したのかなぁ……」

「お、お父さんには絶対に超言えませんよ!何考えてんですか!」

娘の真っ赤になった顔と大慌ての様子に、父は垣根に掴みかかる勢いで怒鳴った。

「おい、小僧テメェまさかもう最愛に手ェだしたとか言わねェだろぉな!」

それに度肝を抜かれたのは垣根である。

「バッ……いきなりなんて事を言いやがるこのクソジジイ!
必死に我慢して考えないようにしてんのに爆弾ぶっ込んでくんじゃねーよ!
このあとふたりきりになったら気まずくなんだろ!」


「てめえ人の娘をいやらしい目で見てんじゃねーぞクソガキ!」

「いやらしい目でしか見てなかったらとっくに襲ってるわボケ!」

母親たちは気にせず再び台所へ戻って行ってしまった。
今食卓にいるのは父と娘とその彼氏である。
父は激昂し、娘は顔を真っ赤にしてうつむいている。
彼氏は落ち着きを取り戻したのか、

「とにかく、手はだしてないからもうこの話はやめようぜ……。
俺はちゃんと最愛を大好きだから心配しないでくれよ、絶対に傷つけないし、泣かせたりしないよ。
大切なんだ……好きとか愛してるとか、そんな安っぽい言葉を本当は使いたくないくらい……大切にしてるからさ」

ため息をついて穏やかな口調で言った。

「……帝督、三年後だ。最愛が卒業したら最後の腕相撲勝負するぞ」

垣根の娘への想いを聞いて、絹旗の父も何かを納得したようだった。

スッと怒りを収め、垣根と男の勝負の約束を交わした。

そもそも勝手に怒りだしただけなのでは……と突っ込む人がここにはいなかった。

本当に穏やかな、理想的な幸せが溢れていた。


~~~

――これで良いんだ。これが本来俺が歩むべき道だったんだ。

「そんなん嘘や」

――違う、嘘なんかじゃない。

――大好きな母さんがいて、大好きな彼女がいて、彼女の家族も大好きになって……。

――そんなささやかな幸せが俺の人生なんだ。

「ほんまに、それでええんか?」

――うるせぇ、これが現実なんだよ。

これが現実。

学園都市での出来事は、すべて嘘。

現実。

嘘。

現実。

嘘。

現実。

嘘。

ふたつの相反するものが混ざり合い、混沌とした世界が出来上がる。

その中にまっすぐ立っている事が出来るのは……この世に一人しかいない。


~~~

「当麻、レポート出来たか?
折角推薦で俺と同じ大学これたんだから必死こいて卒業しろよ?」

絹旗の入学祝いパーティを終えて数日後、垣根は朝から上条の部屋を訪れた。

二人は同じ大学へ進学し、それぞれ一人暮らしをしている。

家からでも通えるが、学生のうちに一人暮らしを経験した方が良い、との事で学校の近くでアパートを借りているのだ。

「おー、帝督おはよう……なんとか書けたよ……」

「おら、寝んな。書けたならだしいくぞ。
三限までは代返しといてやっから寝るなら出してから寝ろ」

「おう……悪いな」

「気にすんな、友達だろ」

四限五眼の支度をし、カバンを上条に投げつけると、無理矢理家から引っ張り出し、学校まで引きずって行く。

「そんじゃ、いいか、必ずレポート出してから寝ろよ?
いいな?」

「りょーかいです」

正門の近くでフラフラとした上条と別れると、垣根は一限の教室へと向かった。


~~~

「あ、かきねだ。かみじょうはレポート書けた?」

「おう、滝壺か。上条は今出しにいかせた。
しかしあいつもついてねーよな。
バカみたいに難しいレポートバンバン出す先生に当たるなんて……」

言いながら滝壺のひとつ後ろに座った。
恐らく、あと数分もすれば滝壺の隣には麦野がやってくるだろう。

「なぁ、となりかまへん?」

ぼんやりとする滝壺に釣られてぼんやりとしていると、席はまだまだ空いているにもかかわらず、垣根にそう声をかけてきた人物がいた。

「青髪ピアス……だね」

滝壺は特徴をそのまま口に出すと、何かを思い出したように「あ」と小さく声を上げた。

「……別に俺の隣なら構わんが……まだそこら中空いてるぜ?」

とりあえず垣根は滝壺の呟きはスルーし、青髪にピアスの関西弁男に返事を返した。

「おおきに」

青髪が座るのを確認すると、滝壺に何を思い出したのか、とこっそりと聞く。

「うん、何年か前に学園都市舞台にした小説書いてたじゃん?
あれに、あんなキャラいたよね?」

「あー……確かに……青い髪にピアスの関西弁ってキャラ、いたな……」

垣根の顔が、徐々に青ざめて行く。

急に現実が空っぽになったように感じた。

「……」

青髪は特に何も言わず、イヤホンをしながら本を読み出した。

――あとは君次第や。

青髪男の目的は、何だったのだろうか。

麦野が見慣れぬ男を不審に思いながらやってきたのは、授業開始の二分前だった。

ココマデダヨォ

投下し終わったあとに気づいた
これ、三日くらいにわけて投下したらヨカッタンダヨォ

じゃあまた次もヨロシクナンダヨォ

ハジマルヨォ


~~~

「おい、帝督……明日飲みいくぞ」

「……りょーかい」

そんな会話を交わしたのは絹旗の卒業式が終わった日の事だった。

「母さんの様子はどうだ?」

「あまりよくないみたいだ。俺さ、今更だけど医学部はいりゃよかったって思うんだ。
俺くらい頭よけりゃ病気なんか治してやれるのにって……」

「お前は本当に真っ直ぐ育ったな。
お前の親父とそっくりだ」

「周りにいた大人がみんな立派な人間だったからだよ」

「ばーか……それじゃあ、また明日な」


~~~

「やっと、勝てた」

「負けちったな」

「ここまで最愛を守ってくれてありがとう。これからは俺が最愛を守るよ」

「……よろしく頼んだぜ……バカ息子」

「安心しろよ、クソ親父」


~~~




「最愛、やっと勝てたよ。やっと……認めてもらえた。やっと、息子って呼んでくれたよ。
俺と、結婚してくれないか?」




「……超喜んで!」


~~~


「実はさ、最近こうしてキスするだけで理性が飛びそうだったんだ」


「そんなの、私もですよ。
帝督はどんどんかっこ良くなるし」


「お前は制服が良く似合うしな。
もう、我慢しなくていいんだよな?」


「えぇ、良いんですよ。
私の初めては、全部帝督のものですから」


「ありがとう……俺と出会ってくれて、ありがとう」


「そんなの……こちらこそ、ですよ」


~~~

キスをして、服を丁寧に脱がせる。

下着姿になった絹旗を見て、垣根は急に怖くなった。

「大丈夫ですよ」

そんな垣根の恐怖をふんわりとした声で絹旗は肯定する。

「なんとなく怖いってこと、ありますよね。
大丈夫ですよ」

私がそばにいるから、と垣根に身を寄せた。

「下着、取る……ぞ?」

背中に手をまわし、取ろうとするが、うまくいかない。

「あ、あれ?……なにこれ、どうなってんの?」

「ぷっ……」

「笑うなよ!……あ、こうなってんのか。取れた!」

取り去った下着を、投げ捨てる。

「む、胸あまり大きくなくて……ごめんなさい」

「馬鹿、綺麗だよ。
可愛い、本当に、可愛い」

そっと触れてみると、ピクンと絹旗の体が跳ねた。

「な、なんか触り方がえっちぃです」

「お前の反応の方がエロいぞ」

言いながら、口を塞ぎ、ゆっくりとベッドに押し倒した。

「本当に、いいんだな?いまならまだ止められるぞ?」

「……私の方がもう止まれませんよ……帝督に奪って欲しいです」

「……もう、止まれねーからな」


~~~












「 ほ ん と う に 」













「 そ れ が お 前 の 幸 せ か ? 」





~~~

頭にノイズが走った。

あの日、大学で青い髪の奴と出会って以来、たまに走るノイズ。

垣根はそれを誰かに相談した事はない。

絹旗にさえ、言った事はなかった。

「なぁ、それでええんか?」

そいつは常に尋ねてくる。

「それがお前の望んだ幸せなのか?」

これでいいのか、と訪ねてくる。

「嘘の現実で、本物の現実を否定するのがお前の幸せなのか?」







「 負 け た ま ま 逃 げ る の か ? 」






~~~

「垣根さん、学園都市に出張って本当ですか?」

後輩の研究員は憧憬の眼差しで垣根を見つめる。

「ん、あぁ……そうらしいな。
正直行きたくねぇが」

「大丈夫ですよ!今はあの街本当に科学の街ってだけですから。
超能力者とかそういうのはあの事件以来研究してませんし!」

「いや、そうじゃなくて……嫁がな」

「あぁ、例の幼妻ですね」

「俺と四つしか違わねぇよ!
つーか、お前とタメじゃねぇのか?」

「いや、見た目どうみても15くらいって聞きましたよ?」

「誰からだよ!」

「麦野さんとフレンダさん」

「あいつらは馬鹿なんだからお話しちゃいけません!」

「でも垣根さんよりもよく遊んでくれますし」

「麦野はともかくフレンダだって旦那持ちだろ。
旦那が泣いてるぞ」

「安心してください、上条さんとも仲良しですから」

「ったく……お前は俺の後輩の中で期待の星なんだからな。
まぁ、励めよ……なずな」

「はい!いつか垣根さんに認めてもらったら私もお嫁さんにしてください!」

「馬鹿言ってんじゃねーよ!」

垣根帝督。

32という若さにして、学園都市外最大の研究施設の第二室長というスーパーエリートだ。

「そんじゃ、第一室長に呼ばれてるからいくわ!」

「はい!ではまた!」


~~~

「鈴ー、来たぞー」

「遅ェよ!コーヒー三杯おかわりしちまったぞ。
そンで、こっちでしらべたら垣根くンの両親は学園都市と確執あったみてェだけど……?」

ギラリと紅い瞳で鈴科は垣根を睨んだ。

「それさ、お前を知らない奴からみたら恐怖だけど俺とかからみたら滑稽だぞ?
大丈夫だよ、危ない事はしない。なんてったって……俺は父親だからな」

「……本当ォだな?」

「誓うよ」

「調べてわかったことがまだあンだけどよ……」

「それもわかってる。今回俺を呼んだとこが……親父のいた研究施設と繋がってたってことだろ?」

「だったら、なンでッ!明らかに黒じゃねェか!」

「最愛と結婚して……もう六年かな?
つまり、俺の母親が逝って六年だ。
六年前の母さんが死んだ日、義父さんが父さんの死の真相を教えてくれたんだ。
父さんは学園都市のこどもを救おうとしたから殺されたってな」

「……お前、何するつもりだ?」

「父さんにとっての義父さんがいたように、俺には当麻や鈴がいる。
危ないことを自分からはするつもりないけど、なんかないとも言い切れない。
なんかあったらガキの事と最愛の事……頼むぜ?」


~~~

垣根帝督。56歳。

「まさかうちの娘と当麻の息子が結婚するとはなぁ……」

「一番上の子は鈴の娘と良い感じらしいってわけよ。
もう30超えてんだからさっさと結婚しちゃえばいいのにね」

「それにしても……上条家はすごい一家だな。
順調にいきゃこの国の科学技術のトップ2が親族だぞ?
当主が馬鹿だけど……」

「まぁ、お前らとくらべたら馬鹿だけど、一応お前と同じ大学卒業してんだぞ?」

「そうなんだよなぁ、世間的にみたら高学歴なんだよなぁ……俺や滝壺、麦野がいなかったら卒業すら出来ないほどの落ちこぼれなのになぁ……詐欺だよなぁ」

「それは否定出来ないな。
結局俺は何でも屋みたいな事やって、しっかり稼いで養ってくれたのフレンダだしな」

「まぁ、あんたに惚れた私の負けってわけよ……それにしても、穏やかね……」

「そうだな、お前らのおかげでいい人生だ」

「だな……ただいまこの場に最愛がいねぇのが気にくわねぇが」

「買い物行っただけじゃねーか。還暦まで十年切ったってのに仲良しだよな、お前らは」

「お前らだってそうだろ。
聞いてるぜ?月に一度は必ずデートしてるって」

「はは……どんなに年老いて、婆さんになっても……俺にとっては世界で一番可愛くて大好きな人なんだ。
それは、お前も同じだろ?」

「当たり前だ」


~~~

垣根帝督。84歳。

「当麻も逝った。フレンダも逝った。鈴も美琴も妹も……。
なずなも、麦野も、滝壺も……インデックスもステイルも火織も……。
全員逝っちまったよ。
そっちは賑やかか?」

垣根家、と書かれた墓石に、年老いた垣根帝督が話しかけている。

「なんて、墓に話しかけても答えてくれるわけねーか……。
最愛、どうして俺をおいて逝ったんだ?
お前がいなきゃ、俺は……」

「おじいちゃーん!」

「こらこら、墓地で騒ぐんじゃないよ」

「じいちゃんこそ、もう年なんだから一人で歩き回るなよ。
ほら、帰ろうぜ!帰りにどっかでコーヒーでも飲もうよ」

「じいちゃんお金持って来てないぞ」

「孫のおごりだよ」

「じゃあ、お前のバイト代なんてゴミに思えるほど年金もらってるけど奢られてやるか」

「へへ、超おごってやるぜぇ!」

「それ、懐かしいな」

「え?」

「最愛も……いや、ばあちゃんも昔よく超超言ってた」

「そうなの?
そっかー、俺の言語センスはばあちゃん譲りってわけね!」

「わけね!はフレンダだな。
はは、自分の子孫って面白いな」

「そっか……俺は両ばあちゃんの口癖引いてるわけね。
上条のじいちゃんは口癖とかなかったの?」

「当麻か……不幸だー!かな?」

「あはは、じいちゃんらしい。
でもそれは俺言った事ないや。
親もじいちゃん達もみんな俺を大切にしてくれたし、幸せだよ!」

「そうか……お前が立派に育ってくれたしじいちゃんもいつ逝っても平気そうだな……」

「おう、無理せずさっさと逝っちまえ!」

「ばか、少しはしんみりしろ!」

「あはは、殺しても超死ななそうなじいちゃん相手にそれは無理ってわけよ!」


~~~

「満足したか?」

――黙れ。

「確かに幸せやろうな、友達がおって、家族がおって、家族が増えて……でも、そんなんでええんか?」

――黙れよ。

「お前の求めた幸せってのは嘘でもいいのか?」

――これは嘘なんかじゃない!

「嘘やで」

――違う、これが真実なんだ!

「見たいものが真実じゃない。見たくなくても受け入れなくちゃいけないのが真実だ」

――だったら……これを真実にすればいいだけだ……。

「……そぉか、お前は結局負け犬やな」

――な、んだと?

「だって、せやろ?」

自分が負けた現実に目を背けてるやつを、負け犬と呼ばずになんと呼ぶ?


~~~

「違うッ!」

息を切らせて、垣根は飛び起きた。

目の前には上条、麦野、フレンダ、滝壺、そして絹旗がいる。

「ど、どうした?」

「寝ぼけてんじゃねーよ!ビビったろうが!」

「あはは、凄い汗ってわけよ」

「ここで寝るの自体珍しいよね」

「帝督?平気ですか?」

寄って来た絹旗を垣根は無我夢中で抱きしめた。

「ちょ、痛いですって!」

「なぁ、これが現実だよな?いま、俺は現実にいるよな?」

「は、はぁ?当たり前じゃないですか!」

「相当寝ぼけてるな。おもしれー」

全員が笑っている。

それに安心した瞬間。

「あはは、ていとくん寝ぼけすぎやで?」

一人増えていた。

「は?……お、お前は……」

「ん?なんや?僕がどうかしたか?」

ニヤリ、とそいつは笑った。


~~~

「うわぁ!」

「な、なんだよ?」

「え?あれ?ここは?」

「君の部屋だろ?全く、招いておいて寝るとは……」

「……ステイル、これ現実か?」

「何を言ってるんだ?ひっぱたいてやろうか?」

「いや、いい……だよな、寝ぼけてた……」

ホッとため息をついた。

しかし、





「ほんまに、君寝ぼけすぎやで?」





また、現れた。


~~~

何度繰り返しただろうか。

それすらもわからない。

最後に気づいた時は、何もない真っ暗な空間に投げ出されていた。

「満足したか?」

その中に真っ直ぐ立つ唯一の存在。

青い髪にピアスの似非関西弁。

「君の本当の幸せはなんや?
ほんまにあんなまやかしで満足なんか?」

声が出せなかった。

「ここは、資格を得た器だけが来れる世界。
そこに資格無き者を入れたら……どうなるかわかるか?」

存在を感じた。

暖かく、優しく、柔らかい存在。

――さいあい……?

「死んでまうで?
資格のある君でもそんな状態なんや。
僕や君ならどんなに長い時間いても平気やけど……普通なら死ぬで?」

――いやだ……。

「なら、願え。扉を。未来を。明日を。お前が信じたお前の現実の幸せを!」

――俺の……現実?

――俺の……幸せ?

映画をコマ送りで見ているような、シーンだけが頭の中に現れた。

絹旗と笑いあう自分。
上条とふざけあう自分。

一方通行と仲良くなる自分。

ステイルをおちょくる自分。

麦野におちょくられる自分。

どれも笑顔で、幸せそうだった。

テレビの外からではなく、自分もその中に確かにいた。



「俺の、願いは……君の教えてくれた花を――」



真っ暗な空間から、青髪すらも消えた。

ココマデダヨォ

次回は未定ダヨォ

いつもレス嬉しいんダヨォ

次もまたヨロシクナンダヨォ

ペースイイ、ヨォ?

ハジメマスノ!


――みんな……良かったですね。


――あと、ごめんなさい。



――なんか、全部見えちゃいました。


――ここは、どこなんでしょうね。


――なんだか、あったかくて。


――気持ち良くて。


――みんなの事が見えて。


――あれ?……何かjw切f#/p事)?xo。


――#ぎの/&#@の_/&*÷とか69.8^:…。


――フレ々¥°€\>+妹*☆元→7々。


――


――






















『ほら、探しに行こうぜ?約束だろ?』



~~~


やらなくてはならぬ事は変わらない。

「落ち着いたか?」

わんわんと子どものように泣くフレンダを、上条は二人だけが知る場所へと連れて行った。

そこには誰もこないから、どれだけ泣いても、それはそこにいる自分しか知らないことになるから。

「……うん……けどさ……」

「大丈夫だよ。俺はお前に嘘なんかつかない。
まぁ、俺にできる事なんか限られてるから……俺だけでなんとかするわけじゃないけどさ」

あの日のように夕日を眺めながら、上条は呟く。

「青ピがさ、平気だって言ったんだ。
俺は俺のできる事をやれば、平気だって……俺はこの街に来て初めて出来た友達を信じてる。
そんで、初めて出来た好きな人のためなら……」

何だってやってやる。

そう言いながら上条はフレンダの頭を撫でた。

「神様だろうが閻魔様だろうが、なんだろうがぶん殴ってやる」

それが俺のできる事だと上条は笑っていた。

「……どうして、当麻はそんなに強いの?」

「俺は弱いよ」

上条はそう即答した。

「もし俺が強く見えるなら、それは青ピや土御門、そしてフレンダのおかげかな?」

「私の、おかげ?」


「そ、俺は弱いからな。
青ピと土御門がいなきゃ好きな子への気持ちすら気づけなかった。
あいつらがいなきゃ俺はただ死んでないだけの奴になっちまう。
あいつらを失いたくないから、あいつらと対等でいたいから俺は頑張れるんだ」

穏やかに微笑みながら、上条はフレンダの短くなった髪を撫でた。

「そんで、その二人と比べ物にならないほどの存在がお前だ。
お前がいなくなったら、俺は多分抜け殻になる。
本当に生きてるだけの存在になる。
だから、お前を笑わせたいんだ。
そのためなら、必死になるさ」

「な、んで……私なんかをそんなに思ってくれるの?」

「俺にはお前じゃなくちゃダメだと思ったんじゃないか?」

他人事のように上条は言う。

「あの日、屋上でお前におちょくられて、そのあと一瞬だけお前悲しそうな顔したろ?
それがなんか嫌でさ……お前には笑顔でいて欲しいと思った」

「……いみ、わかんないって。聞けば聞くほど私なんかには、あんたは綺麗すぎて似合わないってわけよ」

「暗部での事か?青ピからいろいろ聞いたよ。
アイテムだっけ?お前らの組織は簡単に言えば殺し屋だってことも。
仕方なく殺したんだろ?とかそういう綺麗事はもう言わない。
でも、お前言ってたじゃん。自分が生きるために殺したって……。
人殺しの罪は、幻想なんかじゃなくて現実だから消すことは出来ない。
でも、それをこれ以上させないことは出来る。
人なんか殺さなくても、自由に生きれる世界にお前を連れ出すことは出来る。
お前の目の前にある幻想の扉なら、俺は壊してやれる」


その扉を壊し、平和な世界へ行けたとしても、上条は永遠にフレンダが殺し屋だったことを忘れないだろう。
フレンダも自身が人殺しだということを一瞬でも忘れることは出来ないだろう。

「わ、たし……養父にレイプされたのよ?
あいつに、何回も何回も……あいつ以外にも、
ガキが一人で生きていくにはそういうことをしなくちゃいけない時もあった……
そんな、汚れた私をあんたは好きになるべきじゃないってわけよ。
私が欲しいならいくらでもあげる。なんでもしてあげる。
でも、あんたを好きになることは絶対にないわ。たとえあんたを好きになったとしても、それを言葉にすることはないわ」

「別にそれでもいいぜ。
言ったろ?俺はお前が笑顔でいてくれるならそれだけでいいんだ。
お前が幸せになってくれるなら、それでいい。
それに、俺はお前を好きだけど、やけっぱちみたいな形でお前を抱くなんてしたくない。
そんなの誰も幸せになれないからな。
そういうことをすること自体が幸せじゃないって事は……自分を汚れてるって思ってるお前の方が俺よりわかってるだろ」

「どうして、あんたはそんなに……」

「だからさ、言ってんだろ?お前が好きだって。
それに、お前は汚れてなんかないよ……本当に汚れてる奴は、そんな後悔なんてしないんじゃないか?」


「後、悔?
変な事言うわね、あんたに色仕掛けしようとした女よ?」

「それは、俺が絶対に手を出さないって確信があったからだろ?
あーゆーからかいかたしたのって俺にだけじゃん」

あまりにも上条は簡単にそう言う。
まるで今日の天気はなんだ、と聞かれたから空を見たままを答えた、という感じだ。

「……もういいわ、私の負けよ。
私を助けてくれるなら、そうね……一度だけ本音を聞かせてやるわ」

ふわり、とフレンダは上条へ抱きついた。
そして、耳元にそっと囁く。

「私、キスだけは自分からした事ないってわけよ。
処女は無理でも、ファーストキスくらいは自分の選んだ人と、って意地でも守って来た……」

少し離れ、上条の目をしっかりと見つめた。

「結局、私はあんたの事が好きってわけよ。
本当に、愛してるよ、当麻」

二人の会話が数秒間、完全に止まった。

「……おまえ、そういうの反則だ。
あと、ごめん。早速だけど俺おまえに嘘ついたわ。
別にいいとか言ったけど……本当はすげぇ腹立ってる。
お前を傷つけたクソ野郎をぶっ殺してやりたい。
冷静な振りしてたけど……お前を抱きしめてそんな辛い事わざわざ思い出すなって言ってやりたかった」

「……ばーか」

上条の腕に抱かれながら、顔を見られまいとフレンダは顔を上条の胸に押し付けながら言った。


~~~

落ち着いたか、そいつは泣きわめく私を抱きかかえると、
初めて遊んだ日に行ったあの場所へ連れていくと、そういいながら私の頭を撫でた。

迷わずお姫様抱っこ出来るような恥ずかしいヤツ初めて見たってわけよ。

そこで、しばらくないて、だんだんと落ち着いてきた。

不安は消えないし、絹旗が死んだ、なんてとても受け入れられなかったけどね。


絹旗は死んだ。


そこを私は目撃していないけど、確かに死んだのだ。

だって、滝壺が言ったんだもん。
今まで追えなかっただけなのに、今はもうどこにもいないって。

それは、死んだってことだ。

だけど、当麻は言った。

大丈夫だよ。

そう言った。

こいつがそう言うと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議ってわけよね。

なんでこいつはこんなに強いのだろうか。

色々と聞けば聞くほど、私にはこいつが光って見えた。

キラキラ輝いていて、眩しいくらい綺麗で……私なんかが好きだと言っていい人じゃないと思った。


気づくと、私は当麻だけには知られたくない事を自ら話していた。

どうでも良いヤツには、これを話して同情さそってぶっ殺してきたけど……好きな人たちにはなんとなく話せなかった。

麦野にですら、ふんわりとしか言った事はない。

はっきりとレイプされたんだって言ったら、こいつ別にそれでもいいとか言いやがった。

そして、結局は……こいつに言わされた。

こいつに対しての牙は完全に抜かれちゃったってわけよ。

「結局、私はあんたの事が好きってわけよ。
本当に、愛してるよ、当麻」

でも、ごめん。

実は気を失ったあんたにキスしてるからファーストキスではないんだな。

まぁ、相手はあんただし、大目に見てほしいってわけよ!





誰かが、どこかで笑ってくれた気がした。


~~~

「いやぁ、来るのが遅なって悪かったな!」

一人部屋で落ち込んでいると、そいつは唐突に現れた。

「ほら、泣いてもええんやで?」

そんな事を言いながら両手を広げる。

ムカついたから発砲してやった。

無駄だってわかってるけど。

案の定、それはそいつに当たる前に空中で止まった。

「情熱的な愛やな。
まぁ、それはおいといて……何を一人で落ち込んでるん?」

そんなの友達と好きな人が死んだからに決まってる。

「死んだ、とほんまに思ってるん?
僕が救うと言ったんやで?僕を誰やと思ってるん?
僕ぁチキンの第一位でもヘタレな第二位でもない。
やると言ったら必ずやる男、やで?」

バカなんじゃないかと思った。

「んじゃあ、僕の一番大切な女の子には先に教えといたるわ。
垣根は生きてる。絹旗ちゃんは垣根次第や。
なんで言い切れるかと言うと……いまていとくんが歩いてるんは僕が昔歩いた道やからや。
僕は色々失敗したけど、失敗したからこそ、同じ道を誰にも歩いて欲しくないんや」


こいつは本当に頭がおかしいんじゃないかと思った。
未だに自分の一番が私だといい、帝督が生きているなどと言う。

殺意を込めてまた銃の引き金を引いた。

「はは、やっぱ当たると痛いな」

今度の銃弾はそいつの肩と腹に当たった。

殺す気で撃っておきながら、殺せなかった事よりも弾が当たった事に驚いた。

「でもまぁ、平気や。
病院行ったら治るわ」

言いながら、傷口から銃弾を取り出した。

「まぁ、でも信じてや。
暗部にいらん君を僕が必要としたるから……安心して泣いてええんやで?」

私は何があっても……たとえ地球上でこいつと二人きりになったとしても、
この人の事だけは絶対に選ばないと誓った。


~~~

「……滝壺さんに麦野さん?」

泣きやまない麦野を家へと連れて帰る途中、赤髪のショートカットが二人の目の前に現れた。

「あわき、か……ちょうど良かった……ちょっと助けてくれる?」

「な、何があったのよ……麦野さんが……泣いてて、あなたは死にそうな顔してるわよ?」

えへへ、と滝壺は無理矢理笑う。
麦野は滝壺を支えるように抱きしめながら、何もしゃべらない。

「……なに?演技してんの?」

「ちがうよ、多分……学校での麦野は……結構この子の、本質なんじゃないかな?
もともと、お嬢様だし……」

「まぁ、何が起きたか、なんて今はどうでもいいわ。
とにかく、どこかで休んだ方がいい。
家……は遠いわね……」

「えへへ、助かるよ。
どこでもいいよ、ホテルとかでもいい……私たちお金ならかなりあるし」

安心したのか、滝壺の足からは一気に力が抜けた。
崩れ落ちる滝壺をかばうように、麦野も一緒にその場に座り込んだ。

「わかった、任せて。
医者も呼ぶわよ?あなたが信頼出来る人がいるならその人を呼ぶから連絡先教えなさい」

「ううん、医者は平気……原因もわかってるし、これは少し休めば治るから……へいき」


「でも、あなた真っ白よ?真っ白というか真っ青?
なんというか、ノーメイクでホラー出れそうな……そんくらいひどいわよ?」

滝壺は黙って首を振るだけだった。
頑なに医者に診てもらう事を拒む様子に、結標は察してしまった。

「あ、なた……もしかして、体晶とかいうの使った、の?」

「……あわき、頭よすぎるよ。
そんなんだと、長生き、出来ない、よ?」

「……何笑ってんのよ、ばか……」

大泣きして目を腫らした麦野。
体晶を使ったという滝壺。
そしてこの場にいないあと三人のアイテム。

結標は何かがアイテムに起きた事を理解した。

「とにかく、信じていいのよね?休めば問題ない……信じるわよ?」

嘘だったら許さない、と結標は滝壺を睨みつける。
暗部に深く関わっていない表の人間の睨みなど、滝壺にとっては脅しにすらならないはずだが、滝壺は少しだけ居心地悪そうな顔をした。

「あ、あわきこわいよ?なに、その目は……嘘はついてないよ、誓う」

「友達だから、じゃない?
とりあえずあそこのスイート取ったから、送るわね」

言うなり、結標は演算を開始し、それを三度チェックすると、行使した。

「あわき、ありがと。また学校で、会おうね」

飛ばされる瞬間、滝壺は微笑みながら言った。


~~~

「滝壺、へいき?」

結標に飛ばされ、滝壺と二人きりになると麦野は口を開いた。

「へいきだよ。……もう名前で呼んでくれないの?」

床に座り込んだ麦野の腕の中に滝壺は収まっている。

「いくらでも、呼ぶから……早く元気になって。滝……理后がいないと、私は……」

「……しずりは平気。
私は、二度とあなたのそばを離れない。
もう、それは死ぬまで……」

そっと手を伸ばし、頬に添えた。

「すべすべ、だいすきだよ」

「私だって、大好きだ」

「……私の大好きと、しずりの大好きは少し違うと思うよ?」

「……そんな事、ない」

寂しそうに笑った滝壺に、麦野は顔を真っ赤にしながらキスをした。

「……え?」

滝壺の目が点になる。
麦野の顔の赤さをわけて貰ったかのように、どんどん顔色が赤みを帯びていく。

「お前、男前過ぎるんだよ……本当に辛くてぶっ壊れそうな時に……登場しやがって……そんで、そのあとは可愛らしく倒れるし……ずりぃぞ」

キョロキョロと目を泳がせながら、恥ずかしさにより取り戻したいつもの口調で麦野は早口に言った。

「ふふ、しずり、かわいい……愛しているよ」

あたふたする麦野を見て余裕が出てきたのか、にっこりと微笑む。

「私以外を見たら、ぶち殺してやるからな……」

耳まで真っ赤にした麦野、写真にでも撮ってフレンダに売れば三十万くらいはだすだろう。
しかし、

――こんなレアなしずりは……私以外には見せてあげない。

そんな気はさらさらなさそうである。






――だれ、のこ、え?






『俺が一番好きな花?』






――ワカラナイ。






『んー……それは、お前だぜ?……とかは流石にクサイか……』








――&jcnm.p@dt'#g&_$£•*}]\\#%^€?





『でも、お前が教えてくれた花だよ』





――ajmw)adwtpga?





『そう……君が、教えてくれた。
その花の名前は……』


『君が、教えてくれた花の名前は――』




――ソ、ウダ……。





――わた、しが……超……好きな……人……の、声だ……。














『俺と最愛の、約束の証だ』



――あなたと……。





「一緒に、探していたものは」




『決して、お前を忘れない、決して俺を忘れない』



『その約束の、証』








――私が……。





「探し、続けたものは……」



「あなたとの……愛の形」



「素顔の、そのままの……飾らない……ありのままの愛の形」




「私は、それを探していたんです」



「私が、探し続けたものは――」






勿忘草。

ここまで

最後のレスちょっとミスったけどまぁ、いいや

前スレと現行のスレタイ回収回
キス回


前スレで指摘あったけど、やっと言える
スレタイは尾崎豊さんのFORGET-ME-NOTです
いい曲なので聞いた事ない人は聞いてみてください


それじゃあ、次もまたヨロシクナンダヨォ

あかんあかん。
訂正し忘れた。
>>231
~~~




『俺と最愛の、約束の証だ』



――あなたと……。





「一緒に、探していたものは」




『決して、お前を忘れない、決して俺を忘れない』



『その約束の、証』








――私が……。





「探し、続けたものは……」



「あなたとの……愛の形」



「素顔の、そのままの……飾らない……ありのままの愛の形」




「私は、それを探していたんです」



「私が、探し続けたものは――」






街の喧騒にうもれてしまいそうな、そんな小さな小さな……たったひとつの花。


街の喧騒に、掻き消されてしまいそうな、小さなピアノのような音。


『その花の名前はな、勿忘草って言うんだよ』



「あなたと一緒に探していたものは、幸せの答えです」

~~~

こんな感じで


~~~

「ねぇ、ていとく。あなたはお花とか好きですけど、花言葉とかには興味ないんですか?」

「花、言葉?……お花がしゃべるの?」

「違いますよ、超バカ。
お花にはそれぞれ意味があるんですよ」

「へぇ、そうなんだ……あ、じゃあカミツレの花言葉は?」

前に好きだと言っていたことを覚えていたのだろう。
垣根はニコニコと無邪気に笑いながら絹旗に聞く。

「えっと……確か逆境に負けない、とか苦難の中の力、とかそういう感じの力強いものですよ」

「逆境……ってなに?」

垣根はわからないことはなんでもすぐ人に聞く。
その人が教えてくれなかったら、わかるまで自分で調べる。

そういう自分に素直な性格は研究所ではバカにされていた。

「逆境ってのは……今の、私たちみたいな状況ですよ」

「じゃあ、そんなに悪くもないんだね!」

「はぁ?」

「だって僕には最愛ちゃんがいる。確かに、ここは嫌な場所だけど……最愛ちゃんがいれば地獄も楽しめるもん」

「じゃ、じゃあ……もしも私が……いなくなったら?」

聞いて、聞いたことを後悔する。
そんな問いかけは意味がないのだ。
自分が垣根のそばから消えてしまったら、自分は垣根に何もしてやることは出来ないのだから。


「そうだなぁ……探すかな?泣いて泣いて泣いて、これでもかってくらい泣いて……最愛ちゃんの名前を呼び続けるよ」

「……ストーカー宣言ですか?まぁ、ていとくなんて超返り討ちですけど……」

「僕のこと忘れないでね?」

これは遠い遠い記憶。

まだ、二人が引き離されることなどないと信じていた頃のお話だ。

「私は超賢いから大丈夫ですよ。ていとくこそ、バカなんだから気をつけてくださいね」

そして、絹旗は見つけた。

「あ、ぴったりの花見つけましたよ。ほら……これです。花言葉は『私を忘れないで』……どうです?」

「うん!忘れないよ!約束する!
僕、このお花見てみたいな……今度探しに行こうね!」

その約束は、果たされなかった。

――懐かしい。

身体が溶け、感覚だけで絹旗は過去を見ていた。

――これは……何歳くらいですかね?

「ねぇ、最愛ちゃん!」

――ふふ、超可愛いですね。

「はぁ、鬱陶しいですね……」

――そんなこと言ってても、本当は嬉しかったんですよ?

にやけている過去の自分自身を、絹旗は微笑ましく見ている。

――やっぱ、私も昔から可愛いですね。

――他には……。

思うだけで、場面は切り替わる。


~~~

「うううう……」

「まぁたお前はモアイに引っ付いてやがんのか」

――あぁ、居ましたね。黒夜海鳥でしたっけ?黒鳥夜海でしたっけ?槍女。

絹旗が本来知るはずのない事も、この空間は厳密に再現している。

それが、絹旗の願いである。

「ひはは……おらおら、本返して欲しけりゃかかってこいよ」

――それにしても……こいつ超小物臭がしますね。

「モアイじゃない、最愛ちゃん、だよ?あと……本、返し、て?」

怯えたような、微笑みを浮かべながら垣根は言った。

――あちゃー……それが通じるのは多分私となずな相手にしてる時くらいですよ。

「はァ……気持ち悪りィンだよヘタレ」

黒夜は能力を使い、本を破壊した。

――あー……こういうわけだったんですね。あの帝督が植物図鑑を失くしたのは……。

「ほらほら、どォした?悔しかったらやり返してみろよォ」

「……」

――これは……泣くパターンですかね?

「モアイちゃン呼ンで来てもいいンだぜェ?」

「モアイじゃなくて、最愛、だよ!」

――超そこじゃねぇでしょうが!本壊されたことに怒れってんですよ!


「あァ?」

「……絹旗最愛。僕がいつも一緒にいるのは、絹旗最愛ちゃんだよ」

――黒夜も今は超どこにいるやら……。

「もォ……いいや、お前死ンじゃえよ……どォせ能力も発言しない欠陥品なンだしィ?」

黒夜は手のひらを、垣根へと向けた。

――……あれ?こいつこれ、どうやって切り抜けたんですかね?

あったことすら知らなかった出来事。
その答えすら、今の絹旗には知ることができる。

「あのクソブスもあとで殺しといてやるから安心して逝けよ」

ピタリと額に手を当て、演算を開始した。

「ほらほら、命乞いして私の奴隷になる事誓えば助けてやってもいいぞォ?」

「……じゃないもん!」

「……はァ?」

泣いて命乞いをする、と黒夜は思っていたのだろう。
払われた手と、自分を睨みつけてくる垣根に無意識に一歩引いた。

「最愛ちゃんはブスなんかじゃない!
お前の方が……あ、でも黒ちゃんもかわいいよね。最愛ちゃんのが可愛いけど……」

「はっあァあああ?」

――こいつ、やっぱ馬鹿ですね……。

実はこの時すでに能力が僅かに発現していた、という漫画にありがちな展開を望んでいたのだろう。
絹旗はがっかりしたようだ。


~~~

「スクール、ねぇ……学校とか通った事すらねぇのに……」

次に絹旗が見た光景は、中学生くらいの垣根だった。

「アジトは……今のところ三つか。一番住めそうなのとこに住んじまうか」

割り当てられたメンバーには連絡を取らなかった。

――この時から一人で頑張ってたんですね……。

唐突にまた、見ている景色が変わった。

「……誰だ、お前は……答えなきゃ殺す」

「スクールのリーダーさん?なかなか声がかからないから出向いたのよ」

「お前みたいな女が暗部組織?」

――あぁ、なずなが来ました。良かった……これで一人じゃなくなる。

「へぇ、で?お前何ができるの?」

「戦闘以外なら、だいたいなんでも出来るわよ?」

「そか、じゃあ抱かせろよ」

――……はァ?

「嫌よ、あなたどう見ても童貞じゃない」

「なっ……」

「ふふ、中々面白い人ね」

――超最低の一言でしょう、これは!


~~~

「また、来たのか。仕事なら無いぞ」

「あなた、どうしてなんでもかんでも一人でやるのよ」

「一人で出来るもん!リスペクトしてんだよ、いいから帰れよ」

「ふふ、本当にバカね」

――ふむふむ、二人はどうやって仲良くなったんでしょうね。

「……はぁ、冗談をいう時間はもう終わりだ。
二度とここには来るな、これは命令だ」

戯けた態度を一変させ、垣根は心理定規を睨んだ。

――なんか、超無理してますね。

「俺はまばたきする間にお前を殺せる。次にここに来たら、その瞬間に死ぬと思え」

本気の殺気を、垣根は初めて心理定規へ向けた。

「……また来るわ」

「あぁ、死にたいなら来るといい」

――こっからどうやったら恋仲になるんですかね。

自分の恋人と友人が関係を持つ、という過程を絹旗は楽しんで眺めていた。

――まぁ、絶対的な勝者の余裕ですね。それに、過去の事をうだうだ言っても仕方ないですし。


~~~

「ちっ……めんどくせェな」

その日垣根に与えられた任務は簡単に終わるはずのものだった。

しかし、情報漏れがあったのか、ターゲットが急に逃走経路を変えた。

「つーか、マジでめんどいな」

下部組織すら使わずに、垣根は一人で仕事をこなしている。

それにもかかわらず、成功率は百パーセントだ。

「何人生き残るかな?」

ターゲットは五人組の運び屋である。
そして、今回手に入れなくてはならないのは樹形図の設計者に関する資料である。

もしもその資料を持った者を始末し、資料を取り返せたら他の者は見逃そうと垣根は考えていた。

「狩りの始まりだ」

――そんな、辛そうな顔して……何が狩りですか。

――本当に、あなたは血なまぐさい光景が似合わない人ですね……。

初めて見た垣根の仕事風景。

弱者を一方的に蹂躙しなくてはならない、という事に垣根の心は悲鳴をあげていた。

しかし、垣根は負けなかった。

――私が、幸せな人生を歩むために……。

この時垣根はまだ暗部組織が約束を守っていると信じていたのかもしれない。


~~~

「こんばんは。久しぶりに骨のある仕事だったでしょ?」

四人を殺害し、五人目を捕まえると、そいつは見知った顔だった。

「……心理定規、なぜお前がここにいる?」

「やだ、何言ってるの?私は仕事をしただけよ?」

心理定規の手には資料の入っていると思われるスーツケースと、銃が握られていた。

「……これ、仕組んだのお前か?」

「どう?一人だとめんどくさい時あるでしょ?」

――ほう、やりますね。

「今回のターゲットに取り入って、ブツだけ奪ってぶっ殺したのか。
やるじゃねぇか」

「たいしたことじゃないわ。
私と彼らの距離を友人以上恋人未満くらいにしただけよ。
それに、ご覧の通り私は人を殺す事も躊躇わずに出来る。
二人でスクールやりましょ?」

――なずなは……この時から惚れてたんですかね?

「……いいだろう。認めてやる」

――無駄に偉そうですね。

でも、

――一人じゃなくなって、超良かったです。

絹旗は微笑んだ。


~~~

「なんだよ、お前だって初めてじゃねぇか」

「男と女の初めては価値が違うのよ」

――うわ、いきなり事後に飛んだ。

「ねぇ、帝督……」

「なんだよ」

「キス、して」

「……勝手にすりゃいいだろ」

――超コメントし難いですね。恋人と友人の事後とか超コメントし難いです。

「……あなたから、して欲しいのよ」

「残念ながらそりゃ無理だ。俺の唇は高いんだよ」

――だったら誰彼構わず超ヤるな!

「……そう、ならいいわ。おやすみなさい」

「……おやすみ」

ごめん、と小さく垣根が言ったのを、絹旗だけは聞き逃さなかった。

――今のごめんは誰に対してですかね?

自分と心理定規二人に対してだと、絹旗はなんとなく思った。

二人は眠りにつき、絹旗は二人の寝顔を眺めている。

「さい、あい……」

ぼーっと見ていると、自分の名前を垣根が口走った。

――うわ、うわうわうわ。

――他の女とヤッといて、その女の横で違う女の名前口走るとかまさに女の敵ですね。

そう毒づいているが、何処か嬉しそうだ。


~~~

「ねぇーえ、結局絹旗は彼氏欲しいとか思わないってわけ?」

――あ……。

「思いませんかね。まずこの仕事してると周りは麦野、滝壺さん、フレンダ、と女の子ばかりですし。
出会った男は殺す相手か死んだやつですし」

――たった数週間前までは日常だったのに……なんだか、超懐かしい、です。

「そうだね。でもそれ関係なくきぬはたにはまだはやい」

――まだ、麦野がおっかない頃ですね。

「あーあー、うるせぇよ。恋バナとか興味ねぇから黙ってろ」

――ほら、おっかない……けど……なんか、本当の麦野を知ったあとだと、恋愛経験皆無だから照れてるだけみたいに見えますね。

まだ完全じゃないアイテム。

まだ心に空いた穴に気づかずにいた自分。

仲間ですらない上辺だけの気持ち悪い関係の自分たち。

――でも、ここから少しずつ変わったんです。


~~~

「結局、私はあんたの事が好きってわけよ。
本当に、愛してるよ、当麻」

――ふふ、良かったですね。フレンダは……優しいから好きです。

「私以外を見たら、ぶち殺してやるからな……」

――麦野も滝壺さんも大好きです。

「私は何があっても……たとえ地球上でこいつと二人きりになったとしても、
この人の事だけは絶対に選ばないと誓った」

――おお、考えてる事もわかるんですね。

――なずな、あなたには超感謝していますよ。

何かが、朧げな弱々しい光を放っていた。

「ほら、ごめんな?俺のせいで……帰ろうぜ」

姿も形もない。
ただ、声だけが聞こえる。

――帝督?

今度は、すぐにわかった。

「あぁ、それにしてもお前は強いな……」


――そんなこと、ありませんよ。

「いや、強いさ……俺はこの世界でなんでも叶うこの世界で新しい世界を作っちまった。
今よりも幸せな、ありえない世界を……」

――私も……大好きなあなたを忘れようとしました。

「おいおい、泣いちゃうぞ?」

――あなたの声が、わからなくなったんです。それでも……あなたが思い出させてくれた。

「俺は、何もしてないさ。今こうしてお前の世界にいるのも、お前が俺をいれてくれたからだ」


――それでも、あなたのおかげです。

――あなたと、交わした約束のおかげです。

「私を忘れないで、か?」

ふわり、と身体に重さが戻った気がした。

――もう一つ。それが私が欲しかったもの。探してたもの。

「真実の愛、だろ?いくらでもくれてやるよ。なんてったって……この世界でお前を最も愛せるのは俺だからな」

――はい、じゃあ……行きましょうか。

全てが光に包まれた世界に、絹旗最愛と垣根帝督はいた。

「その扉をあけたら、帰れるで」

優しい口調の似非関西弁が、告げる。

「僕の願いは全てを許される事やった。
だから、こうして……この世界に来てしまった人を導く事が出来るんや」

それは、青髪ピアス本人ではない。

青髪の願いが生み出した贖罪の思念。

「安心しぃや、君らは髪の色も変わらんし、名前も失わん」

さぁ、扉を開け、それはそう言い残すと、消えた。

「……まだ、俺達はこの世界にいるよな?」

垣根の言葉に絹旗は笑顔で頷いた。

「……えぇ!まだ、こちら側です!」

「よし、いくか!」

「はい!超帰りましょう!」

二人は手を取り合い、扉を押した。


おはようございました

絹旗回

また次もヨロシクナンダヨォ


~~~

「久しぶり、だな」

「そうだね」

「結局こうして意図せず集まっちゃうのよね」

「いいじゃない、繋がってるって感じで」

それぞれが落ち着きを取り戻し、それぞれが向かった先は奇しくも……いや、当然自分たちの家だった。

「たかだか数週間ぶりなのに、なんか懐かしいってわけよ」

テーブルを撫でながら、フレンダが言った。

「一人、足りないけどね」

心理定規が、呟く。

「それに関して……あと、なずなには言った事あるよね。私が気づいた事。
それを今から話そうと思う」

滝壺が気づいた事。

それは結標淡希と出会ったことで気づけたこと。

「もう……私たちは負けない。
全部取り返して、全部守り切る。
全員でだ、フレンダも滝壺もなずなも……絹旗も……てめぇらは私の手足なんだ、お前らがいなくっちゃ私は立つことも出来ない」

自信に満ちた微笑み。

「よろしく頼むぜ、アイテムは終わらない。終わらせない」

アイテムが再び一つになり動き出す。

それぞれの目的と、それぞれの幸せ。

それらが彼女らをどこまでも強くする。


~~~

「さて、やっとミサカも退院です!」

荷物をまとめ、なんとなく名残惜しさを感じていると病室の扉が開いた。

「お、もう準備できた?じゃあ行きましょうか」

「お姉さま……お迎えありがとうございます」

「いいのよ、私は結局なにも出来てないし……」

申し訳なさそうに御坂はうつむいた。

「バカね、ちゃんとお姉さまやってるじゃない。
あなたのおかげでこの子達の寿命も人並みに伸ばせるわ」

軽く御坂の頭をはたきながら芳川が現れた。

「申し訳ないけど、ミサカちゃんにはこれから真っ直ぐ研究所へ行ってもらうわ。
まだまだ不便な生活を強いてしまうけど、必ずあなたをクローンではなくて一人の人間にしてみせる」

珍しく、芳川が大人らしい心強い言葉をかけた。

「大丈夫です。お姉さまのことも、芳川博士のことも、信じていますし。とミサカは二人に微笑みます」

季節が変わろうとしていた。
そのことを、ミサカは開け放った窓から入ってくる空気から感じている。

確かな感情というものが、彼女には芽生えていた。


~~~

「さて、俺たちもそろそろ行くか?」

壊れたテレビが未だにそのままの部屋。
天井には銃痕があり、なんとなく異質な空気の溜まったそこに、部屋の主とその親友たちはたむろっていた。

「カミやんは対能力者に集中してくれや。
つっちーはステイルくんと神裂ちゃんのフォロー、というかインデックスちゃんの警護やな。
君はあまり表立って動いたらまずいんやろ?」

「お前はどこまでも知ってるんだな。敵なら恐ろしいけど……親友だから心強いぜい。
青ピの言うとおりだから、俺は今回大人しくさせてもらうにゃー」

三人は拳を合わせた。

「……はは、そういやいい機会やし、カミングアウトしとくわ」

いきなり、青髪が言った。

「――僕人間ちゃうねん」


~~~

「お、来た来た……白井さん、平気ですか?」

「……どういう意味ですの?」

「それは、御坂さんそっくりの妹さんを見て犯罪犯さない自信ありますか?っていみじゃありませんか?」

御坂達が病院を出ると、そこには三人の中学生がいた。

「やっほー!私は佐天涙子。涙子でも佐天でも好きに呼んでね!」

「私は初春飾利です。風紀委員をしています」

「私は白井黒子、お姉さまのルームメイトですの。以後お見知りおきを」

いきなり見知らぬ三人に自己紹介をされ、ミサカは固まった。

「あ、はは……この子達私の友達なの。
あんたのこと話したらぜひ友達になりたいって言ってくれたからさ……迷惑、だった?」

なんの反応も示さないことに、不安を覚えたのか御坂は弱々しく笑う。

「い、いえ……突然のことで驚いただけです。
すごく……嬉しいですよ。
最愛もフレンダも最近は忙しいみたいで構ってくれませんし……一方通行も中々帰って来ませんし……嬉しい、ですが……」

自分も自己紹介をしようとするが、自分には名乗る名前が無い、とミサカは御坂に視線を送る。

「気にいるかわかんないけど……」

喜んでいるようなミサカに安心したのか、御坂はホッとした笑顔を浮かべ一枚のカードを渡した。


「それ、あんたのIDカードよ」

「……御坂……琴音、とありますが?」

「へぇ、琴音さんって言うんですね。
お淑やかな感じでなんか良いです!」

「へ?」

「てかさー、御坂さん二人になっちゃったしこれからは美琴さんと琴音さんって呼ぼうよ。
いっそみんな名前で呼び合っちゃう?」

ミサカを置いて、周りはどんどん盛り上がって行く。

「美琴ちゃんが考えたのよ。
美来とか美夏とか美玲とか琴菜とか真琴とか……」

はしゃぐ四人をぼんやり眺めていると、芳川がミサカに近づきそう教えてくれた。

「お姉さま、が」

「良いお姉さまね。
だから、大丈夫よ。
第一位に愛されて、第三位に愛されて、この街でもトップクラスに優秀な研究員が味方……なにも不安に思うことは無いわ」

初めてミサカは芳川を大人なのだと実感した。
普段ふざけてばかりなので、余計に立派に感じるのだろうか、などと考えてみるが……芳川の表情はとても優しく、とても暖かかった。

「……良い風の音がしてますね。
季節が変わる、そんな風の音が聞こえます」

「そうね、琴音ちゃん」

「……はい。と琴音は頷きます」


~~~

「どういうことだ、これは……」

ぷかぷかと浮かびながら、アレイスターは顔を歪ませる。

「プランも何もかもが崩れた。
何故一方通行は絶望しない、何故上条当麻は笑っている?」

アレイスターは見誤っていたのだ。

人の心の強さというものを。

「目の前で絹旗最愛と垣根帝督を失えば……アレは絶望するはずだ」

しかし、一方通行には支えてくれる人がいた。

「人に裏切られる、それこそが上条当麻が恐れていることだ。
フレンダ=セイヴェルンの正体を知り、土御門元春の正体を知ったヤツがなぜ笑っている?」

アレイスターは知らない、青髪ピアスの存在を。

「そして、あの青髪の男……何故あいつは暗部でもなんでも無いのに……」

青髪は願ったのだ。

全て許されることを。


~~~

青髪ピアス、本来の名前も年齢も彼の素姓を知る者はいない。

アレイスターですら、彼の事はなにも知らない。

すべての人間が明らかに偽名である『青髪ピアス』という名前を素直に受け入れ、変わった名前程度の認識で済ませてしまう。

一体何故なのか。

それは、願ったからである。

何年前かも分からぬ過去に、青髪ピアスは扉を開けてしまった。

魔術というピースが抜けた扉は不完全な物であったが、それ故に、厳密に願いを聞き入れてしまったのだ。

「なんで……俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。
友達殺されて、親も殺されて……それが科学の発展?
ふざけるなよ……」

当時の青髪ピアスは、まだ青髪ではなかった。
背も低かった。
筋肉もなく、運動もどちらかというと不得意な子どもだった。

「俺は……友達がいて、親がいて……そんな日常があれば幸せなのに……。
どうして、俺はこんな力を持っちまったんだ……この力はなんのためにあんだよ……」

真っ白な冷たい世界に、少年はいた。

「なにが科学だ……なにが未来だ……なにが…………人類だ」

雪原の風景とは真逆のドス黒い感情が少年を支配していた。

「ぶっ殺してやる……何もかも……全部全部……ぶっ壊してやる」

能力を解放し、すべてを破壊しようとしたその瞬間、扉が開いた。


「え?」

眩い光に包まれたと思ったら、世界が滅んでいた。

「は、ははは」

すべての生命という生命が滅んだ世界。

それが彼の願いで、彼の望みだった。

望みのはずだった。

「なん、だよ……これ。
俺がやりたかったのはこんな事だったのか?
俺の力は……結局こんな事しか出来ねぇのか?」

後悔と罪の意識が彼を支配した。

彼はまだ気づいていない。

この世界が扉の中だという事を。

その荒廃した世界で、彼は数年間を過ごした。

世界中を飛び回り、生きているものが存在しないか探し回った。

虫の一匹すら見つける事が出来ず、彼は絶望した。

もう、彼に何も願いなどなかった。

その後は、ひたすら眠り続けた。

ひたすらに眠り、夢を見続ける事を選んだ。

「どうしたら、俺は許されるんだろう。
俺は……なんであんな事を願っちまったんだろう。
俺の力で、俺を許す事は出来ないのかな?」

夢の中でも、彼が見たい世界はなかった。

彼が望む世界は彼が壊してしまったのだ。

「友達が欲しい……普通に学校通って、恋をして、笑いあって……そんな日常を共に過ごしてくれる友達が欲しい」



ポツリとつぶやくと、その願いは叶った。

顔も名前も存在しない友人が彼に出来た。

――お前はどうしたいんや?

その友人は明るい声で彼に聞く。

「……幸せになりたい」

また、呟いてみるが、その願いは叶わなかった。

――んー、それはあかんみたいやな。

心の奥底で、その資格がないと決めつけていたからだ。

――他には無いんか?僕は君の友人や、なんでも聞いたるで?

「……守りたい。俺が壊してしまったすべてを、今度こそ守りたい。
世界を、壊す前に戻りたい。俺の罪を許してもらいたい。
俺が俺でなくなっても構わない……友達もいらない。俺は……罪を償いたい」

――それなら簡単なんちゃう?君が壊したんは扉の内側の君の世界やし、扉を開いて帰ったらええだけや。

「と、びら……?」

――せや、ただ、君は願ってしもうた。自分が自分でなくとも構わない。自分の存在を消してでも許されたい。

「……俺にはそれだけの罪があるからな。
両親も、友達も、全員俺のせいで死んだんだ」

――君が望めばそいつらも復活するで?この世界で君は暴走ゴッドやからな。

「……無理だわ。今、理解した」



――君が理解したいと願ったからやな。

「俺は死者が蘇る、なんて心の底から叶うと思えない。だから無理だ。
でも、ここが扉の中なら、扉を開けたら扉の中にはいる直前に帰れる。
それは信じられる」

――そか、ならそこからやり直したらええ。

――君は言うたな、友達もいらん、と。だから、僕はここに残る。なんか僕に最後に言う事あるか?

「……お前は俺だろ?俺はそう願ったからな」

――お、わかってきたやんけ。

「お前は、俺が……僕が願ったこうなりたい自分や。
優しくて、バカで、強い自分やな。
僕ぁ僕の力でお前になってみせたるわ」

――頑張れや。

「君は僕やからな、僕の罪を背負って貰うで。
君の役目はここにきたヤツを導く事や。
僕みたいに、アホな事を願わんと、運命は神の力やのうて、自分の力で作るもんやと教える役目や」

――承諾した。その願い、確かに受け取ったで。

少年は笑った。

少年を見送るのは、彼の両親と友人たち。

「すべての罪を償って、許されたらまた遊ぼうや」

後ろ手に手を振り、少年は扉を開いた。


「…………名前、忘れてもうた。
ん?……髪青なってるんか?」

伸びて目にかかる髪の毛が異常な色をしていることに驚いた。

「……しゃーない。青髪って名乗るか」

能力の残滓が、それを叶えた。

「青髪……なににしようかな。
……あ、せや……ピアスでも開けるか」


こうして、青髪ピアスは生まれた。


~~~

「てな感じでな……僕は神様の力に触れてしまった人間や。
もう神の力はないけど……名前も何もかも失った。
友達も出来んはずやった。
でも……」

青髪は上条を見た。

「俺がお前の神の力を一部消したってことか?」

「多分せやろな。
そんで、つっちーは魔術師やからなんかうまい具合にすり抜けてるんやろ」

「そっか、まぁ別にいいんじゃね?
多分、お前はお前が自分を許せたら、許されるよ」

「そうなんだにゃー。それにしても……なんで青なんだ?」

「……さぁ?僕青好きやからちゃう?」

「てかさ、お前ってレベル5の第六位って言ってたじゃん?
その辺がよくわからんのだが……」

「あぁ、簡単な話よ。
この街が出来るきっかけが僕の発見。
だから、僕が初代第一位。
その後、この街が出来てあくせられーやんが一位になった。
そのあとはいろいろ頑張って顔も名前も能力も不明なレベル5をねじ込んだだけや。
アレイスターだけは知ってると思うが……もしかしたら知らんかもな」

アレイスターは知らない。
知っている可能性を考え、青髪は今までいろいろと細工をしていたが、それも実はすべて無駄なことであった。

では、何故この街において全能のアレイスターが青髪ピアスの存在を知る事が叶わなかったのか。
それは青髪ピアスという存在をアレイスターが知れば、自分が原因で人が死ぬことになると、青髪ピアスが理解していたからである。


青髪の全てが許される、という願いは、厳密に再現されているのだ。

自分の力が知られたら、再び同じ事が起きる。
だから、自分の存在は、決して知られない。

全ては許されるために。

「だから、僕は君らが大切なんや。
でも、僕は君らしか見てへんかった。垣根や絹旗ちゃんも救えたはずやのに……僕が動けばこんがらがると……動かんかったんや……」

土御門が初めて青髪に話しかけてきた日。
青髪は少し許された気がした。

上条が話しかけてきた日。
青髪はまた少し許された気がした。

「……あ、でも前俺の教科書のトラックをドラッグに変えた事は許してねぇぞ!」

上条が思い出したようにいきなり叫んだ。
その叫びは、どんよりとした空気を一気に入れ替える。

「あはは、あれは傑作だったにゃー。
『ドラッグが彼の生きがいだった。ドラッグを失ったら彼は彼でいられなくなる』だったかにゃー」

土御門が吹き出しながら、その時の情景を思い出す。

「しかも小萌先生にまで伝わって……ホームルームの時泣きながら教室はいってきたのは思わず笑っちまったぜい」

「あはは、あったな、そんな事も……」

青髪もぎこちなく笑っていた。


「……俺だってこの日常を壊したくなんかない。
友達とバカやって、笑いあって、語り合って……そういうのを求めてるのはお前だけじゃない。
だから、青髪……お前だけが頑張るな。
俺も土御門もいる。
だからさ、心配するな」

フレンダに向けたのとはまた違った力のある笑顔を見せた。

「俺たちの友情は壊れたりしないし、日常はまだまだつづく。
俺たちの青春を奪えると思ってるやつがいるなら……そんな事が可能だって幻想を抱いちまってるやつがいるなら……その幻想をぶっ壊してやる」

ぎゅっと右手を握り、青髪の前に突き出した。

「はは……カミやんはやっぱかっこええな。
じゃあ、頼むわ。土御門くん、カミやん……僕の背中は任せたで」

「おっまかせだにゃー!」

「あぁ、お前は……前だけみてろよ。
過去を引きずるのも一向に構わんが、過去にとらわれるのはダメだ。
そろそろ自分を許してやってもいいだろ」


「……あは、僕は勘違いしてたみたいやな。
僕が動けば全てが悪い方向へいくと思ってた……けど、僕でも人は救えるんやな」

「あぁ、そうさ。お前だから出来るんだ、お前に無理な事は俺たちがやってやる」

「馬鹿やなぁ……僕は……ほんまに……」

初めて、青髪は二人の親友の前で涙を流した。

「ほら、行こうぜ。
なんでも思い通りになると思ってる神様もどきをぶん殴りによ」

上条の清々しい笑顔と、土御門の不敵な笑みを見て、青髪は唐突に自身の力を思い出した。

始原能力〈サイコキネシス〉

その名前の意味を取り戻した。

「僕が始まりなんや。僕のこの力が……この街の全ての凶事の元や。
でも、この力が幸せに向かう力なら……全ての吉事の元になるはずや」

始まりの能力者。

その名を与えてくれたのは、遠い昔に失った家族であり、友人であり、心を通わせた仲間達である。

その名を思い出させてくれたのは、遠い未来までの親友であった。

ココマデダヨォ

ペース ハヤスギルカラ ジカイハ スコシ ジカン アケルヨォ

じゃあ、またヨロシクナンダヨォ


ちょっと確認したいんやけど☆は6位を誰やと思ってるん?

>>271
それについては次の次くらいで書くつもりだからマッテテホシイヨォ


~~~

「アレイスター=クロウリーは全てを知っている」

滝壺はいきなり、そういった。

「アレイスターって……理事長の事?そりゃ知ってるでしょ」

「そういう意味じゃない。多分この街で起きてる事を全て知ってる。
私たちが今こうして話をしてる事も、多分知ってる。
どうやって知ってるのかはわからないけどさ」

「どうして、そう思うの?まさか、滝壺さんが根拠は“勘”とか言わないよね?」

チラリとフレンダに目を向けながら心理定規は言った。

「……ちょっと?今の視線はどういう意味ってわけよ!」

「あら?あなたに視線を向けたつもりはないのだけど……無意識って事かしらね?」

しれっとガーガー騒ぐフレンダをやり過ごし、心理定規は滝壺をまっすぐ見据える。

「ちょっとした違和感だよ。
私の考えすぎ、かもしれないけれどね」

「その違和感を聞きたいのよ」

「まぁまぁ落ち着いて。
違和感はあわきだよ」

「あわきって麦野が髪の毛撃ち落としたあの子?」

自身の短くなった髪をいじりながら、フレンダが言った。

「……おまえ、ちゃんと揃えてやったんだから根に持つなよ。
短いのもちゃんと可愛いぞ」

バツが悪そうに、麦野はそっぽを向いた。


「へへ、しばらくはこれで麦野が可愛いって言ってくれるってわけよ」

「ふれんだ、しずりをいじめちゃダメだよ。
あわきがうちに来た時、あの子能力使えなかったんだよね」

結標の事故の事は全員に説明をしてあるので、それだけで言いたい事は伝わったようだ。

「なるほど……確かあの日二人が居なくなったのはあの子のバイトが入ったからだったわね」

「そうか、霧ヶ丘はプライドが高いからな。
自分のところの生徒が事故ってトラウマ抱えたとしても、それを誤魔化したりはしない」

「なるほどね、暗部はあの時淡希が能力を“一人では使えない”事を知っていたはず……ってわけね」

「それにもかかわらず、仕事が来た。
つまり、結標淡希が能力を使える環境を整える事が出来る、と暗部は知っていた……という事?」

それぞれが同じ結論に至ったようだ。
滝壺は満足そうに頷き、続けた。

「うん、その環境って、間違いなく私だよね。
私が体晶無しでどれくらい能力使えるのかも見たかったのかも」

滝壺は自分の能力の価値を正しく理解していた。
アイテムで唯一切り捨てられる事がないとしたら、自分だと分かっていたし、それ故に自分は最大の盾になれると思っていた。


「多分ね、はじめからしずりが私の能力開発してくれてたら、私は不要者として暗部に落とされる事はなかったと思う。
それくらい、アイテムに来て、しずりと出会って……しずりが私を一人前にしてくれた」

だから、と三人の顔を順番に見て行く。

「私は守りたい。アイテムを、みんなを……。
そして、みんなと出会わせてくれたこの街を。
私は死なない。どんな手を使っても、必ずこの街の裏が私を生かそうとする。
だから、私も連れてって」

意外なセリフだったのだろう。
三人は言葉を失った。

「滝壺を置いて行くわけないってわけよ。
置いていって、一人の時に拉致られたら困るし、それだったら運命共同体らしく一緒に逝こう!」

「……フレンダ、おまえそれ絶対最後の漢字が違うだろ」

「逝く気は毛頭ないわ。全部終わらせて、私は寮監になるのよ。
しっかりと絹旗さんを再教育しなきゃならないしね」

アイテム成立初期は、どんな任務だろうと、麦野は切り札を失わぬために連れて行っていたが、アイテムが組織として固まってから、滝壺は戦闘へ連れられる事が減っていた。

そのため、今回も置いていかれると思ったのだろう。


「安心しろ、大丈夫さ。
一人になんかさせねぇよ」

死が近い仕事は何度もこなして来た。
しかし、ここまで圧倒的な死を感じる事は今までなかった。

「わ、たし……こわいんだ。
きぬはただけじゃなくて……みんな居なくなっちゃったら……って」

「大丈夫ってわけよ」

フレンダが微笑んだ。

それは、以前心理定規が絹旗に感じた死を感じさせる微笑みに似ていた。

「なんかさ、私沢山泣いて、沢山弱音吐いて、沢山絶望して……でもやっぱりどんな形でも、自分の目で確かめるまでは死なない」

何を、とは言わなかった。

言ったらまだ涙が溢れてくるような気がしたのだ。

「……それは、私のセリフよ。
あんたと麦野さんはその場に一応いたでしょ?
私なんか完全に蚊帳の外。だからこそ、確かめなきゃ泣く事すら出来ない」

心理定規は青髪の言葉を無意識に信じていた事に気づき、心の中で舌打ちしながら言った。

「おまえが言ったんだ。あいつなら、私らが前向ける死に方するってな。
でも、今のままじゃ向けねぇだろ。
だから、あいつの残したもんを取り返さなきゃなんねぇんだよ」

そっと麦野は滝壺の肩を抱き寄せる。

「そこにはおまえも居なきゃお話にならん。
お前の事は私が守ってやる。だから大船に乗ったつもりでついて来い」

最後に麦野は全員に向けて言った。


行くぞ、と死神のような、天使のような、見るものの心を凍らせる笑顔を浮かべながら。


~~~

「……」

風の中に真っ白な男が立っていた。
その目には感情がなく、光もない。

しかし、一度目を閉じ、再び開くと、先ほどの不透明な瞳が嘘のように真紅に染まった。

「感情は殺す。嫌だとか、怖いとか……そういうのは殺す。
そンで罰も受ける。それも、逃げねェ。
俺なら、やれる。俺だから、やれる」

初めて殺したい程人を憎んだ事に、自分自身が一番驚いていた。

自分の中にはそういった感情が芽生える事はないと思っていた。

そこまでの大切なものが出来る事を諦めていた。

「なァンでだろォな……絹旗も垣根くンも別に深い仲って訳じゃねェのにな」

答えなど分かっている事を自問する。

無論、その答えのひとつに罪滅ぼしはあるだろう。

しかし、真っ白な男――一方通行は二人の事をとても好いていた。

「……多分、あれが俺の求める最高の幸せなンだ。
俺は……あいつらみたいな」

そこで言葉を失った。
次に続く言葉が第一位の頭をしても、見つからなかったのだ。
恋がしたい、は何かが違うと思った。
パートナーが欲しい、恋人が欲しい……どれもあの二人を表すには相応しくないきがしてしまう。

「なンだろ……どれもなンか違う気がしちゃうなァ……」

ぼんやりと空を見上げ、少年のような無防備な表情で一方通行は雲を見つめた。


「……J'aime les nuages.
ハッ、フレンダがフランス人だったらどォしよォとか考えた事もあったな。
とりあえずボードレール読んだけど、異邦人って詩は良かったな……。
俺にぴったりだ。国も親もいねェ。友達もいなかった。
あ、でも女のとこだけは同意出来ねェ……俺は普通に普通の女の子を好きになっちまったし」

この日々の始まりを思い出す。

「ミサカと会ったのが始まり……。
暗闇の五月計画を知れたのも、アイテムの人たちや御坂美琴と知り合えたのも、
上条……くンと友達になれたのも……全部全部あいつのお陰なンだよな」

雲が移り変わるように、一方通行の脳裏に今までの事が浮かんでは消える。

「…………行くかァ……今思い切り死亡フラグ立てといたから死ぬことはねェだろ……」

軽く顔を叩き、気合を入れ直す。

何があっても気持ちが昂らないように、と息をゆっくり吐き出していると、携帯電話がメールの受信を告げた。

「……はは、琴音か」

件名は「退院したよ!」
本文は無く、写真が一枚添付されていた。

その写真の中で、ミサカは御坂琴音と名前の入ったIDを持ち、明るい笑顔の少女達に包まれていた。

「お、これも死亡フラグだな」

パタン、と携帯電話を閉じた一方通行は優しく笑っていた。


~~~

「まぁ、こうなると思ってたよ」

「……ですよね」

「……なンか、恥ずいな」

アイテム、上条勢力、第一位。

三つの繋がりは、顔を見合わせながらため息をついた。

「安心しろ、一方通行。恥ずかしいのは俺もだ。
かっこよく、行くぞ、とか言って家出たのはいいけど、どこ行きゃいいかわっかんなくてさ」

あはは、とバカっぽく笑うのは、勿論上条当麻である。

「てか、そもそもお前誰だよ」

麦野は一応フレンダのクラスメイトであり、土御門元春と繋がりが深い人物として上条を知ってはいたが顔を合わせるのは初である。

「あ、上条当麻です。
フレンダのクラスメイトです。
フレンダのこと好きなんで、フレンダを助けようと思って駆けつけました。
異能の力ならばなんでも消せます。
あと垣根も友達なんで困ってるなら助けたいなと」

深々と頭を下げながら、上条は麦野に自己紹介した。

「こいつただのバカだから気にしない方がいいってわけよ!」

さらりと「好き」だとか言ってのける上条に、フレンダが慌てる。

心理定規と滝壺はニヤニヤと、麦野はニヤァとしながら、喚き散らすフレンダを見ていた。

「あ、僕は第六位な。ちなみになずなちゃんに惚れとるで」

ニコリと笑いながら、青髪も上条に乗る形で爆弾を投下する。

だが、

「頭おかしいのね、お医者さんを紹介してあげましょうか?」

心理定規はフレンダのように取り乱すこと無く、氷の微笑みを浮かべそう言った。


「……お前、レベル5だったのか」

「あぁ、あくせられーやんに会った時は隠してたな。
ちなみに、僕は強いで?多分君よりも」

「別に強さに興味はねェよ。
大切なものを守れるだけの力がありゃいい。
第一位の座も欲しいならくれてやるよ」

「……流石やな、良かったらまた遊び来てや。パンくらいしか出せへんけどな」

即答した一方通行に、青髪は安心したようにそうつぶやいた。

「おう……お邪魔させてもらうわ」

そんな青髪の表情には気づかず、初めて人に招かれたことに、一方通行は少し照れながら応えた。

「……第六位ってのは、暗部の人間か?」

第一位と第六位の話が一段落つくと、第四位が尋ねる。

「ちゃうで、まぁ落とされそうにはなったけどな」

「どうやって回避したの?」

ほのぼのとした口調で、滝壺が口を挟む。

「ん?逃げただけや。
南極の研究室で、親や友達と一緒に隔離されててな。
全員僕のせいで死んだ。
それから僕は壊れてしもうて……僕の力も研究し尽くしたからもういらんといわれ、学園都市を作るからそこで殺し屋をやれと言われた。
けどな、嫌やったから逃げたんよ」

あっさりとした第六位の言葉を第一位も第四位もすんなりと信じていた。

「まぁ、でも今回は逃げん。アレイスターにばれてもええ。
僕は……僕の守りたい世界を今度こそ守り切ってみせると誓ったんや」

その言葉が引き金になったかのようなタイミングで、三つの勢力の間に冷たい空気が流れてきた。


~~~

「……第、六位?
あれは、青髪ピアスだ。
第六位ではない」

ビーカーの中に浮かぶアレイスターは混乱していた。

「……では、第六位とは誰だ?
決まっている、第六位は青髪ピアスだ」

ひたすらに頓珍漢な独り言をアレイスターは続けいた。

「だが、あれは第六位ではない。あれは幻想殺しのただの友人、青髪ピアスだ」

最高の魔術師、最高の科学者と言われるアレイスターが子どもでもわかるほどの矛盾に世界で唯一気づけていなかった。

「第六位は青髪ピアスなはずだ。
あれは青髪ピアスではなく、幻想殺しの友人である青髪ピアスのはずだ」

世界一面白いであろう独り言をアレイスターは混乱しながら何度も呟いた。



~~~

青髪の願いは許されること。

それは、もう二度と自分のせいで人が死なないということ。

ゆえに、青髪の力を利用しようとする人間は、はっきりと青髪を認識することは出来なくなっていた。
不完全な神の力が厳密すぎるほどに青髪の願いを叶えた結果である。

これは青髪自身も気がついていないことだ。

扉から出た青髪は自らを責め続け、人との関わりを深く持たなかった。

そんな青髪に初めて深く関わったのが、彼が下宿しているパン屋夫妻、そして土御門元春であった。


~~~

それは二人が出会ってすぐのことである。

「なぁ、青ピー」

窓際に寄りかかり、クラスメイト達を眺めながら、土御門元春は間抜けな声で青髪に声をかけた。

「なんやー?」

「なんでお前彼女作ろうとしないんだにゃー?」

「んー?僕に彼女なんて出来るわけないやん」

「なんで?」

「……さぁ?」

「……そうか……もしかして俺って迷惑かにゃー?」

「なんで?」

「俺が初めて話しかけた時、すごい驚いたような顔してただろう?
もしかしたらその青い髪もピアスも人避けのものかと思ったんだにゃー」

「は、そんなんちゃう……え?僕の髪色、変か?」

初めてのことだった。
あちらからこちらへ帰ってきて、髪色や名前を失ってから初めてのことだった。

それまでもいろいろな人とであい、言葉を交わしたが、誰も青髪ピアスという名前にもその名前となっている髪色にも疑問を持たなかった。

「は?そりゃ変だろ。日本人で青い髪なんておかしいぜい。
まぁ、何故か違和感なく似合ってるからいいけどさ」

「……そ、そうか。そりゃそうよな。
はは、そうか……」

魔術的なピースが足りない扉が叶えた願いは、魔術師には中途半端な効果しかもたらさなかったのかもしれない。

「なぁ、学校サボってゲーセンでも行こうぜい」

五限目のチャイムが鳴る数秒前の事だった。

「……ええな、行こか!」

上条当麻が加わり、三馬鹿として定着する少し前の話である。


~~~

「まぁ、でも……普通に考えりゃあ……こうなるか」

上条の首根っこをつかんでいた手を離しながら、麦野は言った。

「し、死ぬかと思った」

右手を突き出したまま、上条は自分を支えていた力を失った事により、尻餅をつく。

「いやぁ、しかしお前凄いな。本当に消えちまったよ」

冷気と共に撃ち込まれた氷の塊の前に麦野は上条を突き出したのだった。

「ちょっと麦野!」

「あー、はいはい。愛しい愛しい当麻くんを盾に使ってごめんなさいね」

麦野達の前に現れたのは、見覚えのある子供たち。
そして、見たくもないあの男であった。

「……第一位と黒髪のツンツン頭、そして能力追跡以外は殺して構わん……撃て」

いつものようにべちゃくちゃと喋らずに、右手を挙げ、そう命令した。

その命令と共に、未元物質製の銃弾が麦野達に襲いかかる。

それだけで決着はつくはずだった。

一方通行は未だに完全な解析を終えていないし、アイテムに至っては解決策がない。
上条当麻も未元物質を消す事は出来るが、銃弾自体を消す事は不可能である。

完全に詰んだ状況に麦野達はいたはずなのだ。

しかし、今ここにはイレギュラーがいる。

「まぁ、それはおいといて……その子らに何したん?」

全ての銃弾が空中で止まっていた。

否、銃弾だけではなく、幻想殺しを持つ上条以外の全てが動けなくなっていた。


「おい、青髪……これお前の仕業か?」

「おかげ、と言ってくれやむぎのん」

全てが止まった世界で、青髪は男に近づく。

男の首に手をかけながら、もう一度問うた。

「なぁ、何したん?」

青髪の雰囲気に、思わず友人である上条すら息を飲む。
上条だけではない。
あの麦野ですら黙ってしまった。

「……ふぅ、ダメや。
ごめん、カミやん。僕には人は殺せないみたいや」

止まった世界が崩れた。
風の些細な音や空気の鼓動。光の変化が世界に戻った。

パッと振り返った青髪は普段のニコニコした表情に戻っている。

「……そ、そんなの謝るなよ」

人は殺せない、と言った青髪に、上条はそう言うが、

「だったら失せろ。土壇場でトドメさせねぇようなら邪魔だ」

麦野は上条の言葉を全否定する。

「私らがやってんのは喧嘩じゃないんだよ。
こっちが殺したくなくてもあっちは殺す気でくる。
モヤシですら人を殺すかもしれない事を覚悟してんだ。ビビってんなら消えろ」

思い切り睨みつけるが、

「……むぎのんは優しいなぁ」

青髪はニコリと笑った。

「それ、僕が死なないように言ってくれてるんやろ?
ごめんな、君みたいな優しい子にアイテムのリーダー押し付けちゃって」

敵に背を向けたまま、青髪はゆっくりと上条達のもとへと歩いてくる。

「ただな、僕はここにいる。
僕が出来んのは攻撃だけや、反撃と防御なら出来るから邪魔にはならんで」


どこからが反撃なのか、はよくわからないけどな、と困ったように笑った。

「……んだそりゃ?どういう事だ?」

イライラした様子で聞き返すが、青髪は笑うだけだった。

「麦野……こいつはアホで馬鹿でどうしようもないけど、土壇場でビビるようなチキンではないってわけよ」

ブチ切れそうになる麦野をなだめたのは意外にもフレンダであった。

「おお、フレンダちゃんが僕にもデレたで!ええんか、カミやん!」

「別にデレたわけじゃない!私がデレんのは当麻だけってわけよ……って何言わせてくれんのよやっぱお前帰れよ!
私と土御門のいざこざの中に割り込んで来て無事ってのはそういうことでしょ」

フレンダというのもアホの子だった、と麦野は思い出す。
ここ最近のフレンダは常にしっかりするモードだったので、忘れていたようだ。

「はぁ……もういいよ。実力自体は認めざるを得ないし……極力私らで守るけど、滝壺となずなを気にかけてやってくれ。
こいつら戦闘員じゃねぇんだ」

「おおきに、理后ちゃんもなずなちゃんも……しずりんもフレンダちゃんも女の子は誰一人傷つけさせんから安心しぃや」

「……滝壺に手を出したら髪の毛黄色に染め上げんぞ」

「それも安心してや。僕ぁなずなちゃんに惚れとるから」

青髪の言葉がどこまでが本気なのか、もう誰にもわからなかった。
ただ、誰一人傷つけさせん、それだけは本気だと、全員がわかっていた。

青髪ピアスの支配する世界での殺し合いが始まった。


~~~

「御坂美琴ってのは君であってるかい?」

ミサカ退院後、五人の少女達は束の間の安息を楽しんでいた。

御坂は今日この日にアイテムが討って出る事を知らされていない。
心理定規から、準備を整え、絹旗の敵討ちは三日後と聞かされていた。

これは心理定規の独断である。

「……あんた、誰?」

後輩達をかばうように、御坂は一歩前に出た。

「あぁ、違う違う。怪しいものじゃないよ。
僕は……垣根帝督の友人だ。ついでに、そこで僕に全く気づかずクレープを食ってる君の妹さんとも知り合いさ」

「ふぇ?あ、ステイルじゃないですか。
その格好と髪色とバーコードはどうみても怪しいから街を歩く時はやめろって言ったの忘れましたか?」

妹、というフレーズにミサカはやっとステイルに気がついた。

「あ、あのう……」

なんだか物々しい雰囲気に、荒事とは無縁の柵川中学組はうろたえていた。

「あぁ、ごめん。こいつ私の友達の友達みたい。
琴音とも知り合いみたいだし、悪い奴ではないと思うよ」

「善人でもないけどね。
とりあえず、君は偶然だろうけどひとつの惨劇を回避したよ」

ステイルはため息をつきながらぼそりと美琴だけに聞こえるように言った。

「え?」


「無理矢理あの子を君の妹として学園都市に登録しちまったもんだから、暗部は今迂闊にこの子に手を出せない状況なんだ。
しかも、こうやって街中に連れ出されて何も知らない表の人間に“実は御坂美琴は双子の姉妹がいた”と宣伝して回ってる。
敵を馬鹿にした実に愉快なやり方さ」

アイテム、一方通行の護衛がなくなったかと思えば、土御門元春が何処かから湧き出し、それもやっと消えたと思ったら今度は実験動物であったはずのクローンが一人の個人として書庫に登録されてしまった。

ミサカ自身も人目を避け病院を出たらすぐに研究所へ籠もると思いきや、人目を憚ることなく公園でクレープなんぞを食いながら、目のあった学生全員にIDカードを見せて「御坂美琴の妹で琴音といいます」と自己紹介をしまくっている。

「……人の命ってもともとそんなに軽くないのにね」

迂闊に手を出せなくなった、つまり時が違えば簡単に殺せた、ということである。

「……僕にそんなこと言われても困るよ。
ただ……事故を装って殺される危険はある。
そんな訳で、僕もご一緒していいかな?」

白井佐天初春は気を利かせミサカと共に少し距離の離れたベンチへと移動していた。


「はぁ?ダメよそんなの!私だって久しぶりに友達と遊んでるのに!
……これが最後になるかもしれないのに」

決戦は三日後。
御坂はその時死ぬ可能性を覚悟していた。

「困ったな、だとしたら君と妹さんを誘拐しなきゃいけな――」

セリフをいい終わる前に、ステイルは御坂を思い切り突き飛ばした。

先ほどまで御坂の頭があった場所を銃弾が通った。

「こ、れは……人払い?」

人の気配が何時の間にか消えていたことに、魔術師であるステイルは違和感を覚えた。

――いや、おかしい。魔術が使われたなら気づかないはずがない。

自分たちの事は神裂が監視しているはずである。
神裂も自分も気づけないのはおかしい。
ステイルはキョロキョロとあたりを見回す。

「……おい、御坂美琴……君のお友達は一体なんなんだい?」

ステイルの視線が、ベンチへ移動した後輩三人組のところで止まった。

御坂は驚き過ぎて言葉すら発することが出来なかった。

「やれやれ、仮にも軍用クローンだろう?
病み上がりでさらに油断していたとは言え……ただの中学生が簡単に殺せるとはこの街には驚かされる」

ステイルの眼前には、制服を真っ赤に染めた佐天涙子、初春飾利、白井黒子とこと切れたミサカが転がっていた。

「もう一度聞くよ。君のお友達は……何者なんだい?」


~~~

御坂達がいる公園を見下ろすことの出来る位置で、聖人神裂火織は静かに身構えた。

「ステイルは一体何を……?」

何かが起きていることは確実である。

しかし、それが自分に起きているのか、それともステイル達に起きているのかはまだ不明だ。

「……何かがおかしいですね。
この違和感はなんでしょう……」

じぃっとあたりを見回すが、特に変わりはなかった。

それこそが最大の変化だということに神裂は気づけない。

御坂美琴が公園にうつ伏せになり、その傍で赤髪の神父服にバーコードという変人が立っていたら、これほど自然に学園都市の人間が動けるわけがないのだ。

「こんにちは、聖人神裂火織」

急に真後ろから声をかけられ、神裂は飛び跳ねた。

違和感の正体を見極めようと、神経を集中させていたとは言え、ここまで接近されたら、本来気づかぬ訳がないのだ。

「……何者ですか?」

「外に出るのは久し振りだな」

「質問に答えてください」

「……いいだろう。アレイスターだ。
私はアレイスター・クロウリー。
魔術師ならば当然知っているだろう?」

その名前を聞いた瞬間、快感にも似た悪寒が走るのと同時に、汗が吹き出してくるのがわかった。

「アレイ、スター……?馬鹿な、あり得ない!」

「あり得ない?そんなことはあり得ない……私が神だということを忘れていないかね?」

アレイスターは微笑みを崩さず、神裂へと近づく。

「来るなッ!」


「何故だ?そうそう、インデックスは放って置いてもいいのかな?
そろそろタイムリミットではないかね?」

「イ、インデックス?」

カタカタと神裂は震えながら、ついには膝を屈した。

「あぁ、ダメです。私は死ねない。どうか……どうか、命だけは……」

「フフ、良いだろう。そもそも私は君を殺しにきたのではない。
私は君にお願いをしに来たのさ。
赤髪の魔術師、そして御坂美琴を抹殺して来て欲しいんだ」

「……えぇ、わかりました。
それで、私とインデックスの命だけは……助けてくれるのですね?」

「あぁ、約束しよう」

神裂は立ち上がり、アレイスターに背を向けた。
視線の先にはステイルと御坂美琴がいる。

「十分もあれば、片付きます」

「よろしく頼んだよ」

「えぇ、十分もあれば余裕ですよ――あなた一人を殺すくらいならばね」

振り向きざまに、切り札でもある抜刀術、唯閃を叩き込む。

「出し惜しみは無しです。あなたがアレイスター本人ならば、我々魔術師が殺したとしても問題はない上にあなたを殺せば垣根帝督は救われる。
違うのであっても、我々を魔術師と知ってその名を名乗ったのならば殺されても文句は言えません」

「フフフ……中々演技がうまいじゃないか……女優にでもなったらどうだ?
……そんなに怒るな……まぁ、いい。そちらがその気ならば今ここで殺してやろう」

ついにアレイスタークロウリーが自らプランの修正に手を伸ばした。


~~~

「……うそ……よ……こんなの、うそにきまってる……」

目の前のあり得ない光景を、御坂美琴は受け入れることができなかった。

「あは、レベル5だかなんだか知らないけど……御坂さんとっても惨めですね!」

「御坂さんには誰も守れやしませんよ?レベル5は化け物なんですから。
化け物に何かを守るなんてことできるわけないじゃないですか。
むしろ、御坂さんなんて風紀委員に目を付けられてる馬鹿な化け物なんですから」

幻聴だと思いたかった。

しかし、言葉と彼女たちの口の動きは一致している。

「や、めて……」

そして、心を砕く最後の一言が、一番信頼している人物から発せられる。

「お姉さま、あなたのような人は……大っ嫌いですの」

いままで向けられていた無防備な自分を信頼し切っている笑顔はなく、ただ冷たく仮面のように無感情な恐怖を感じさせる笑顔がそこにはあった。

公園全体が一瞬無音になる。

その無音の中で、煙草に火のつく音がした。

「おい、御坂美琴」

煙をはきながら魔術師ステイル=マグヌスは言う。


「この街の能力者には精神に働きかけて人を操る力を持つものがいると聞いた。
その可能性は?」

「ない、わ……」

御坂はただ聞かれたことに答えるだけである。
思考もなにもいらない。
Aと言われたらBと言うように、自分の頭の中にある知識を吐き出すだけの物体のようになっていた。

「そうか、あの三人はレベルの高い能力者なのか?」

「黒子はレベル4の空――」

「あぁ、能力名は言わなくていいよ。
興味がないからね。
それで?君が精神系の力を受け付けない理由は?」

「私は、バリアみたいなのがあるから……弾けるのよ」

「ふーん?じゃあ君は精神系の力を体験したことがないのか。
使えないやつだな」

「そうね」

「ところで、君には君の妹の死体はどう見えている?
僕はね、信じられないんだよ。
気づかぬうちに妹さんが殺されている……そんなのは辻褄が合わない。
だから、信じない」

答えろ、とステイルは声を強くして言った。

「首が、落ちてる。
手足もバラバラ……初春さんと佐天さんがナイフを持ってて、黒子は……なにも持ってない。
首を落としたのは黒子の力だと思う」

それを聞いて、ステイルは勝ち誇ったように笑った。


「そうか、ならばこれは幻覚だ。
僕には君が言うような死体は見当たらない……さて、こうして幻術だか催眠術だかよくわからないものにかかってしまったわけだが……」

煙を吐き出しながらステイルは御坂美琴に歩み寄る。

「ちょっとごめんよ」

地面に膝をつく御坂を、ステイルは思い切り引っ叩いた。

「……解けたかい?」

御坂は力なく首を振る。

「そうか、やはりだめか。ならば、仕方ないな」

パチン、と指を鳴らし炎剣を出現させる。

「見当たらなくともこの辺に術者がいるだろう――全て燃やし尽くしてやる」

炎剣はたちまち大きく大きく膨らみ、剣と言うよりも棍棒のように変化して行く。

「傍からみりゃ僕がトチ狂ったように見えるかもしれないが……死にたくないやつは逃げろ!」

炎の球を頭上に掲げ、爆発させた。

その爆風で御坂の後輩たち三人はぶっ飛び、公園も空襲でも受けたかのように悲惨な有様になる。

燃え盛る公園の中を、ステイル=マグヌスは冷めた顔で進んで行く。

「さっさと僕にかけた術を解除しないとこの学区ごと消し炭にするぞ。
科学も魔術も知ったことか!……イノケンティウス!」

大きな声をあげると、炎の怪物が現れる。

「垣根が消えたあと、のんびりとしていたわけじゃない。
こうやって、自分のフィールドを増やしていたのさ」

魔女狩りの王を従え、若き天才魔術師は公園を焼き尽くして行く。


~~~

「……まぁったく……ステイルの馬鹿は無茶するぜい。
そもそもあいつ、精神感応系の力は科学産は効かないし、魔術産のものは効いても解けてるはずだろう?」

神裂とは違った場所で、土御門元春は公園の監視をしていた。

傍にはインデックスがいる。

「うん、もとはるがくれた装置を首からかけてたからここの力も防げるだろうし、魔術的なものなら私の中の力を使って対策してあるから……」

公園を燃やし歩く赤髪に、二人はため息をつく。

「……あれ直すのおれの仕事かにゃー?
まぁ、青髪やら他の超能力者の力をお借りすればなんとかなる、かにゃー?」

今回表立って動くことが難しい土御門は、徹底的に裏方に回っている。

実はミサカのIDを作るのにも影で一役買っていたりもするのだ。

「ていとくに頼めば平気かも!
ていとくの力はすっごく綺麗な神様みたいな力なんだよ!」

インデックスはまだ知らない。
その垣根がいまどのようになってしまっているのかを。
インデックスのみならず、ステイルも神裂もしらない。

魔術関係で知っているのは青髪から話を聞いた土御門だけである。

「そうしたらカミやんは立ち入り禁止だな……」

「カミやん?」

「おっと、なんでもないぜい。
インデックスは知らなくてもいい話だ」


「ふーん。それならいいけど」

これは本来の物語ではない。

故に、本来出会うべき科学と魔術は、ここでは出会ってはならぬのだ。

「しっかしあいつも性格悪いぜい。
あの魔術師が逃げるところ逃げるところに炎弾ぶっ放しやがって御坂美琴のところに誘導してやがる」

「魔術の場合、術者が姿をみられると辻褄が合わなくなるからね。
抜け出すきっかけにはなるかも」

魔術で見せる幻覚は、幻覚にかかったものが知らないことを見せることは出来ない。

学園都市の精神感応能力とは全く違うものである。

「基本は拷問の時に機密を吐かせる術だからにゃー」

目的が拷問ならば、幻覚を見ている、という実感があった方がいい。

何故ならば、通常そういう場合相手は監禁されており、反撃の刃は折った状態であるのだ。

幻覚だ、と思い込めば思い込んだだけ、吐けば抜け出せる、という光が強くなるのだ。

「まぁ、今回みたいな場合は暴露たらその瞬間終わりだからな。
あの術者が御坂美琴に姿を見られたらゲームセットだ」

そして、そのゲームセットまでの時間はあと少しだ。

「さて、病院に戻るか。
芳川桔梗がいるから御坂美琴の後輩たちもミサカも心配ないが……何かあったら青髪に殺されちまうからにゃー」

ヘラヘラと笑いながら、土御門はインデックスと共にその場を去った。


~~~

「ほら、どうしたんだい?さっさと逃げなきゃ死んでしまうよ?
一体君はどこからの刺客だ?何故妹ではなく御坂美琴を狙う?」

もはや幻覚にかかった振りすらもしていないステイルは、魔術師を追い回す。

「さっさと答えたら命だけは助けてやってもいい。
だが、これ以上手を煩わせるなら面倒だから殺すよ。
そうだな、爪先からちょっとずつ燃やしていってやろう。
それか、君が僕に見せた妹の死に方がいいかい?
ちょうどホラー映画を見たばかりでね、鉄串で滅多刺しにされるシーンが軽くトラウマだったんだ」

インデックスがステイルにかけた魔術。
それのスイッチは煙草であった。

煙草に魔力を込めその煙を吸ったら、自身の身体の乱れた流れをリセットする、というようなものである。

「あれを知った顔で見せられるとね……軽くトラウマだったのが本格的にトラウマになりそうだ。
基本的に僕は殺した相手の死体が残らないように焼いちゃうから死体には慣れてないんだよ」

既に相手の魔術師は詰んでいる。
それをステイルは逃げる隙を与え続け終わらない狩りを楽しんでいた。

「ふん、八割程度は憂さ晴らし出来たかな。
もういいや――宣言通り君を殺す。
逃げながらも命乞いだけはしなかった君のプロ意識には敬意を持とう」

燃え盛る炎の光を浴びてより赤くなった髪をなびかせながら、ステイルはその名を呼んだ。

「イノケンティウス」

魔女狩りの王。意味は必ず殺す。

その名の通り、その王は敵を一瞬で殺した。

人の燃える嫌な匂いが少しだけあたりに漂った。

「言っただろう?僕は善人ではないんだ」

吸い切った煙草を燃やし尽くすと、携帯電話が鳴り響いた。

「土御門かい?相手の魔術師は殺してしまったが……問題ないよな?」

『あぁ、ないぜい。
アレイスターの直轄部隊みたいなもんだ』

「アレイスターだと?」


『今ねーちんが戦ってる。絶対に手を出すな。
初っ端から唯閃使うくらい無茶してるから回収する準備しておけ、こっちは回復魔術使える人を用意しておく』

「わかった……」

『安心しろ、口でなんと言おうが今のアレイスターに魔術関係者を殺すことは出来ない。
それに、科学のトップが聖人を殺したとなったら魔術側共通の敵として全魔術師がいがみ合いを一旦止めて連合組んでもおかしくないくらいの空気になる。
これ以上ややこしくなるのはあいつも望んじゃいない』

「わかっているよ。一つ聞きたいんだが僕らはいつから幻術にかかっていたんだい?」

『お前が御坂美琴に話しかけた時だな。
スイッチが御坂美琴とステイル=マグヌスが会話した時、になってたんだと思うぜい』

「僕はいつかけられた?」

『直接じゃないだろうな。
その辺はあとで探る。
御坂美琴にかかった幻術を解くなら記憶は消しておけよ。
善人じゃないとか言いながら幻術だけ解けちまう方法を取らなかったステイル君』

「……少し時間がかかるぞ?」

『その程度の時間ならねーちんが稼いでくれるにゃー。んじゃー、またな』

「……やれやれ」

携帯電話をしまうと、ステイルは御坂美琴の顔を覗き込んだ。

「……約三十分、か。
時間はあったからルーンの設置は済んでいるけど……めんどうだな。
やっぱ殺さずに御坂美琴の前までお引き出せば良かった……」

炎を操り、御坂を中心に魔方陣を焼き付けて行く。

「御坂美琴、この炎を見ろ」

ゆらゆらと揺れる炎を御坂の眼前に突き出し、見つめさせる。

御坂の抜け殻のような瞳は、どんどんとその空虚を深くして行き、数分経つとフッと気を失った。

「こんなものかな……成功してるかは知らないがね……」

新しい煙草に火を付けると、神裂が戦っているであろうビルの屋上を見つめた。

「あっちはどうなるんだろうね。
体力ゼロの神裂というのが見れるのかな?」

絶対的に土御門を信じているのか、ステイルは神裂が死ぬかもしれないとは微塵も思わなくなっていた。


~~~

「……その程度か、聖人」

ぷかぷかとビーカー、ではなく空中に浮かびながらアレイスターは穏やかに笑っていた。

その場で起きた事といえば、神裂が戦闘開始直後フルパワーでアレイスターに切りかかった、それだけのはずである。

そう、それだけのはずであるのだ。

しかし、その現場を見た者は恐らく爆発かなにか起きたのだろうか、と錯覚するだろう。

ビルの屋上は抜け、最上階のフロアが見えている。
貯水タンクはズタボロになり、屋内と屋上を繋ぐ唯一の扉は吹っ飛び、階段がいきなり顔を出している。

そして、やや残った屋上の床には全身に傷を負った神裂火織が倒れていた。

「引け、お前らなどに興味はない。
私が今欲しいものは扉の鍵だ。
お前と赤髪はプランの脇役にすぎん、しかもプラン崩壊を招いた不要の脇役だ。
禁書目録は上条当麻の安定と崩壊になるはずだったのだ」

ひゅーひゅーと苦しそうな息を吐き出しながら、神裂は自分を見下すアレイスターを睨みつけていた。

「あの、子を……苦しめた、首輪の魔術……あれもあなたが編み出したものだと知りました……だから、私はあなたを絶対に許さない」

「……そう、全てはそこだったのだ。
私は神の扉を開くのに魔術だけでは不可能だと悟った。
そして、科学の道を進んだのだ。
科学と魔術、これらは相反して存在しているが、プロセスが異なるだけで本来は同じものなのだ」


科学と魔術は矛盾しない。
アレイスターは静かな、そして耳に残る大きな矛盾した声で語りかける。

「神が世界を作った。神が作ったのだから世界は合理的であるはずだ。それが科学」

そして、とさらに続ける。

「神が世界を作った。法則を作った。その法則は完璧だ。
ゆえにそれを少しでも崩せば不条理が起きる。それが魔術」

アレイスターの使う力が科学なのか、魔術なのか、それは誰にもわからない。

ただ、人が今のアレイスターを見たら直感でこう思うだろう。

“神”

それ程までに、全てにおいて圧倒的な存在感を放っている。

「あれがフレンダ=セイヴェルンというイレギュラーにより、精神の安定を得てしまったから、君も赤髪の魔術師も禁書目録ももう用済みだ。
本来ならば君達が魔術も科学も関係なく無に帰する右手を目覚めさせるための駒だった。
君達だけではない。この街自体があれの覚醒のためだけに作られた舞台装置に過ぎない」

あれ、とは上条当麻のことである。

この街自体が上条当麻という存在のためだけの街だとアレイスターは言い切った。

「ふざ、けるな……人は、駒じゃあない……。
垣根帝督も、麦野沈利も……その仲間たちも……私がこの街で知っている人間は僅かですが……みんな必死でした。
彼らは決して駒なんかじゃない……。
それぞれが、主人公で、それぞれが、生きているんです……」

アレイスターを睨みつけたまま、神裂火織は立ち上がった。

敵うわけがないとわかっている。

足元にも及ばない事がわかっている。

それでも、この街で救われない自分たちに手を差し伸べてくれた一人の優しい“友人”のために、立ち上がった。


「この街があなたの実験場だというのならば、この街の人々にはあまりにも救いがない。
彼だけだと無理だと言うならば、私は迷わず手を差し伸べる。
それが、この彼に救われた私が果たす義理というものです。
救われぬものに救いの手を――私は必ず垣根帝督を救ってみせる」

立っているのも辛そうだが、その目は負ける事を考えていない。

しかし、世の中には気持ちだけではどうにもならない事もある。

フラリと体勢を崩し、再び倒れこみそうになった。

「借りはすぐに返す、そこには僕も賛成だ。
だけど、僕はあんなエセホストと友人なんかじゃあない。
それに、僕は意外と仲間思いな奴でね……神裂を痛めつけてくれた借りも君には返さないとね」

倒れこんだ神裂を支えたのは、赤髪の魔術師ステイル=マグヌスだった。

「でも、君を殺すのは僕には無理だ」

「……よくわかっているじゃないか。それで?君はどうするつもりだ?」

「さぁ?どうしようかね。
イノケンティウスはもう使えないし、今使える魔術なんてたかが知れているし……だから、お前のいう扉というものを僕も開けてみようと思ってね」

「……ほう、面白い」

「何、簡単な事さ……少しだけルーン文字について、魔道書の内容をインデックスから聞いたんだ。
彼女は優秀な魔術師だが、その優秀さを支えている才能は知識の豊富さと特殊能力だ。
対して僕の優秀さの根底は閃きと考える力だ……だから、僕にはわかってしまった」

口角を思い切りあげながら、ステイルは手の中に炎を溜める。


綺麗な球をなしながら、炎は勢いを増して行く。

「……それで?どうやって扉を開くつもりだ?」

「ふふふふふ……わからないのかい?アレイスターともあろう者が……僕がやろうとしている事が本当にわからないのかい?」

巨大な炎球を圧縮し、完全な赤い球体にした。
それを目の前にかざし、不敵な笑顔を浮かべる。

「……まさか、貴様ッ……」

何かの可能性に気がついたのか、アレイスターは一瞬だけ期待に満ちたような、焦りの混じったような非対称な表情をした。

そして、その一瞬だけ、隙とも呼べないほどの小さな隙が出来た。

「なんてね、君が僕らを殺せないように僕らも今の時点では君を殺すと厄介な事になるんだ。
この街の事はこの街の人間に任せる!
僕らはただの脇役だ!」

圧縮した炎を一気に爆発させ、アレイスターから自分と神裂の姿を隠す。

ステイルは初めから攻撃することを諦めていた。
攻撃をしようと魔術を使えば本気で潰される、と感じ取ったからだ。

かと言って、殺意のない魔術では逃走することがバレバレである。

扉というアレイスターが興味を持ちそうなワードを使い、なんとか自然に殺意を抱かずに魔力を練り上げ、あそこまでの炎球を作り出すことに成功した。

簡単に言ってしまえば、現時点で人類で最も神に近い存在にステイルはハッタリをかましたのだ。


~~~

魔術師たちが表の人間を守っている頃、麦野たちは膠着状態に陥っていた。

「ジリ貧やな……」

攻撃は青髪のおかげで全く届くことがないが、こちらの攻撃も未元物質製の氷に阻まれてしまう。

「クッソ、狙撃兵だけでも無力化出来りゃあ……」

先ほどから弾が飛んでくる方へ向かって原子崩しを放ち続けるが、途中で方向が変わったり、雲散してしまう。

「……かきねがこの場にいるわけじゃないから私が未元物質コントロールするのも無理だしね」

「距離が遠すぎるから私の力で操るのも無理ね」

非戦闘員の二人は、五人に囲まれるような位置にいる。

「例えばよォ……俺が一人突っ込ンだらどォなる?」

「まだ解析終わっとらんやろ?
その状態で頭にでも食らったらいくらあーくんとはいえ一発で死ぬで」

どう言う仕組みかはわからぬが、弾丸に込められた未元物質は青髪に弾かれ地面に落ちた瞬間ただの鉄の塊に戻ってしまう。

そのため、一方通行は未元物質の攻略方法がわからないでいた。

「青髪、お前銃撃だけ止めるって無理か?」

「いくら僕でも無理や。
今は空間ごと止めてるから全部の弾止めれてるけど、銃撃だけを止めるとなると、全部は無理や」

次々と放たれる弾を全て止めるのは演算が間に合わない。
青髪はもはや演算などしてはいないも同然なのだが、物を認識をしなくては使い様がないのは他の能力者と同じであるのだ。


流石に、次々飛んで来る弾を、全て認識するのは不可能である。

それゆえ、自分達の周りの空間をまるごと固定しているのだが……。

「……空気読めない発言していい?
青髪のせいで緊張感がまるで無いってわけよ。
私ら今実際は円陣組んで中になずなと滝壺いれてるだけよ?」

「……かなり地味な殺し合いよなぁ……」

「つーかさ、垣根の未元物質ってこの世に無い物なんだろ?それを垣根が消えたのになんであいつらは使えてるの?」

もっともな疑問に、一方通行は軽くしたうちした。

「人間ってのは答えがわかってて、その答えが最悪なものだったら考えるのを放棄すンのかもなァ……」

その理由を考えなかったわけでは無い。
答えが出なかったわけでもない。

「やっぱそういうことか……胸糞悪りぃな」

麦野も顔をしかめる。

「で、でも……もしそうならあのガキンチョどもはみんな“同じ顔をしてる”はずじゃないの?」

「多分あの子達は普通の子供だよ。
首とか背中とかに装置つけてたから……あれがかきねの細胞から作った未元物質製造機なんじゃない?」

「ダ、未元物質製造機……?」

「まぁ、帝督〈オリジナル〉と違って製造できる物質の量がひとつだけみたいだけど……」

心理定規のその予想は外れである。

途轍もない時間をかければ、オリジナル同様に無限の物質を生むの事が可能だ。


「未元物質の怖いところはこの世に無いってところやからな。
運動のない物質とか作られたらサイコキネシスじゃ止められないで?」

運動がない。すなわち止まっているという事である。
止まったまま動く、などという事は不可能であるので、そんな事を気にする必要は無いかに思われた。

しかし、

「例えばの話や。運動のない世界があったとする。
そこは止まった世界や。
でも、その世界にある物質が運動しない性質を持ってる訳やない。
その世界の法則が、運動を相殺して止めてるだけなんや。
それが僕らのよく知る物理法則の中でどんな動きをするかはわからん。
今は未元物質を加工してこの世界のものに形を揃えてるからええけど……」

膠着状態は続く。

麦野はむやみやたらに原子崩しを撃つのをやめ、周りを観察し始める。

抜け道は必ずあるはずだ。
そして、もしもなければ作ればいい。

「レベル5が三人いて出来ねぇ事なんざあるわけねぇんだよ……考えろ考えろ……」

周りを見回していると、あるものに気がついた。

「……煙?火事か?」

黒い煙が上がっている方角は賑やかな街中のほうである。
研究機関の密集している地域では火事など珍しくもないが、街中での火災はこの街では珍しい。

「……なるほどね」

煙に目を止めていると、携帯電話が震えた。

メールの受信。

差出人は垣根帝督だった。

アイテムのリーダーとして、麦野沈利は決断を迫られていた。


「青髪……あの煙のとこまで行ってくれ。
多分、美琴がピンチだ。
お前なら相手が誰でも救えるだろ?」

それは自分達を追い詰める、という事である。

「でも……僕が消えたら君らは……」

麦野沈利ともあろう者がわざわざ助けにいけ、と言って理由を瞬時に理解した。

「あっちも、ほんまのほんまにヤバイ雰囲気なんか……」

“も”である。こちらも静かなピンチなのは変わりない。

「……問題ないわよ。私たちは覚悟をしてる。
それに、目的を果たすまでは死ぬ気もない。
だいたいあんたは元々イレギュラーなんだから、あんたがいなくても勝算はあんのよ」

しっしっ、と追い払うように手を振りながら心理定規がいった。

「……俺からも頼む。御坂は俺の友達なんだ。
それに、お嬢様だぞ?お前好きだろ、お嬢様」

「……カミやんはともかく、君ら全員暗部に向かんな。
よく生き抜いたもんや」

ふっと笑うといつかフレンダが病室で見たように、青髪の目が赤く染まっていた。

「ここに暗部の大部分がいて、それで第三位がピンチとなると……相手はなんやろな……ま、行くわ。
あーくん、カミやん、さっき奴らはお前らを殺すなと命じたが……脳が無事なら命はどうでもええんや。
だから、特にカミやん、気をつけろよ」

そう言い残すと、青髪は消えた。

「……なんでもありだなァサイコキネシスのレベル5は……」

青髪が消えた瞬間、麦野達を鉛の雨が襲う。

「はン、芸がねェなァア!伏せてろォオオ!」

一方通行は思い切り足を踏みつけ、地面を隆起させる。

それらはドームのように盛り上がり、一方通行達を包み込むような形をとった。

原始的ながら、銃弾を防ぐ役割は果たしている。


しかし、これは未元物質製の弾である。

土を分解するもの、溶かすもの、爆発するもの。

様々な反応をみせるが、

「銃撃じゃなくて、止まった能力なら怖くないんだよ!」

フレンダ、麦野を押しのけ、爆発を打ち消す。

「ボケっとすンな!暫くは持つけど青髪みてェな完全な盾じゃねェぞ!」

未だ対抗策の思いつかない第二位の能力に、一方通行は塹壕の影に隠れる。

アイテム、そして上条も溶けてなくなった場所から狙われない位置に伏せた。

「このままちっとずつ前に行くか。それとも……あっちが動くのを待つか、だな。
麦野……さンはとりあえず攻撃じゃなくて防御に徹してくれ。
上条くンはさっきみたいに未元物質の追加効果を消してくれ。
俺は……ちと試したい事がある」

指示を出すと一方通行は先ほど溶けて出来た穴の前に膝立ちになる。

丁度穴の位置に頭が来る形になっている。

「青髪は脳が無事なら、と言った。
だったら狙ってヘッドショットはしてこねェだろ……そンで、狙うとしたら?」

「……口、かな?
とにかく鼻より下を横から狙う。
顎ふっとばしてもすぐには死なないし」

フレンダが答えると、その予想通り一方通行の左頬に銃弾が飛んでくる。

顔をそらし、それを避けると、その弾は反対側の壁に当たった。

「これも予想通りだ。やっぱり俺の頭脳は欲しいらしいな。
爆発とかしねェ未元物質を使ってやがる」

「それで、何をするつもりなの?
私に手伝う事できる?」

滝壺はじっと一方通行を見つめた。

「……そォだな……体晶なくても演算の手伝いというか補正は出来ンだろ?
それ頼むわ」

力強く頷いた。

「そんじゃ、頼むぞ」

一方通行は再び穴の前へと顔を出す。


「すごい……」

一方通行の能力へ介入した滝壺は思わず声をこぼす。

「全く乱れがないし、無駄もない……」

「……黙ってろ。今すぐにお前の頭が焼き来れるくらい仕事させてやる。
俺だけの力で補えねェところを頼むぞ」

数秒後、一方通行が動いた。

体を大きく仰け反らせ、飛んで来た銃弾を――掴んだ。

血が激しく飛び散り、肉の焦げる匂いがほのかに香る。

「うっぐ……」

視力と身体の動きだけに無意識に演算している領域までを使い、銃弾を掴んだ。

「うう……あたま、痛い」

未元物質の性質を解析するための演算は滝壺任せにした。

「……」

滝壺と一方通行の激しい呼吸音が響く。
アイテム、上条は異様な雰囲気に声をかけらずにいた。

「……ヒッハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

一方通行は突然狂ったように笑い出す。

「あ、一方通行……さん?」

上条が恐る恐る声をかけるが、一方通行は無視し、笑い続ける。

「なァンでこンな簡単な事に気づけなかったンだろォなァ……。
この世にないなら、あると仮定してやりァ良いだけだったンだ……」

簡単に言うが、それは全ての物理現象を書き直すという事である。


「なァンかさ……最っ高に良い気分だ。
俺はまだまだ強くなれる。これから先、本当に誰も傷つけずに大切な人たちを守り抜ける……無敵な存在になれるッ!
たった一つだけこの街に感謝してやるよォ……俺を化け物にしてくれてありがとう。
人間のままだったら……俺はテメェらみたいな腐った肉袋になってたかもしれねェからな……」

化け物じみた力を持った超能力者達が、普通の頭の良いだけの科学者よりも命の価値を理解している。

そんな街がこの学園都市だ。

「命の重みを知らねェ奴が、無敵になる為の覇道を作れるわけがねェンだ。
その事をわからせてやるよ」

ミサイルのように、一方通行は飛び出した。

飛び出した一方通行に銃弾が刺さるが、完全に一方通行の意志通りに弾かれる。

「ハッハァ!花火はお好きかァアア?」

空中に弾かれた弾は、本来あり得ない色を持って飛び散った。

お祭りでもあるのかというくらい綺麗な戦闘領域が構成される。

「今がチャンスかな?」

フレンダは塹壕から顔を出し、狙撃兵が自分達をみているか確認する。

狙撃が無い事を確認すると、

「滝壺、なずな。ちょっと待っててね」

二人に手を当て、演算を開始した。

二人が消え、フレンダの手には二人の代わりに銃が現れる。

「麦野っ!すぐにA602地点に向かって!そこに一方通行のとこに来た氷ちゃん飛ばすから後はなんとかしてってわけよ!」

両手に銃を構え、走り出す。


「ちょっ……あー、もうっ!死ぬなよ!」

バラけるのは不本意だったが、麦野も言われた通り、フレンダの指定した場所へと向かって走り出した。

「当麻はそこにいて!最悪人殺すから……あんたには見られたく無い」

追いかけようと飛び出して来た上条を、フレンダは止めた。

しかし、

「お断りだ!」

上条は迷う事なくフレンダの背中を追った。

「チッ……死んだら殺してやる」

すぐに横に並んだ上条に、舌打ちしながらそう言った。

「前見て走れ!」

自分達に向かってくる二人に、子ども達は杭のような氷を飛ばしてくる。
それを、フレンダは器用に躱しながらはしり、上条は消しながら走り抜く。

「はい、いってらっしゃい!」

そして、殴りつけるように能力者の首を掴むと次の瞬間には手の中にあるものは人間からナイフに変わっていた。

そのナイフをそのまま男に向けて投げつけるが、氷の盾に阻まれる。

何時の間にか銃撃の音が止んでいた事に二人はまだ気づいていなかった。

はい、大量投下したしまた暫く間あけます

次もヨロシクナンダヨォ


~~~

「あ、しずりー!」

フレンダに言われた地点まで走ると、そこには滝壺理后が待っていた。

「これ、フレンダから手紙」

滝壺の元へ行くと、フレンダからの手紙を渡された。

「んだこりゃ?」

さぁ、と滝壺も首を傾げる。

「あそこの倉庫の中に飛ばされて……というか、わたしふれんだの力見るのはじめてかも?」

「あー、私もだ。お前からあいつも無能力者の振りした能力者ってのは聞いてたけどよ……で、これなんなんだ?」

ずれそうになった話を元に戻す。

「あぁ、ごめんね。あそこの倉庫の中に飛ばされて、その中にあった。
その他には武器類が沢山。きっとふれんだの私的武器庫じゃないかな?」

そんなものまで持っていたとは、と麦野は驚いた。

「……ここに今から一方通行と戦ってた奴飛ばすらしい。
なずなは土御門のとこに飛ばしたってさ」

読み終えると、癖で手紙を消滅させる。

手紙が消えた瞬間から、辺り一帯がピリピリとした戦闘モードの麦野が放つ殺気にじわじわと包まれていく。

「しずり」

その空間に一人の新しい気配が加わると、滝壺が静かな声で麦野の名前を呼んだ。

「わぁってるよ。あのガキに罪はない。
私はクソメルヘンコピー機をぶっ壊しゃいいだけ、だろ?」

氷の能力を持った子どもたちは置き去りの子だろう。


その子たちには罪はない。

あるはずのない罪のせいで、やりたくもない事をやらされているのだ。

その辛さを滝壺はよく理解している。

自分に備わった能力がただ“都合が良かった”だけ。

それだけで、身勝手な大人に利用され、光のあふれる世界へ背を向けなくてはならない生き方をさせたくなかった。

「ありがとう……大好き」

「……ばーか。巻き込まれねぇように、私の後ろから出るなよ。
どんな跳ねっ返り方するかわかんねぇからな」

滝壺に背を向け、無感情な子どもに向き合った。

「さて、悪夢は終わるけど、新しいトラウマ植え付けてやんよォ」

獣のようなギラついた視線を投げかけるが、少女の感情に変化はない。

「……チッ、やり難いことこの上ないな」

威嚇が無駄だと再認識すると、麦野の表情からは覇気が失せた。

「……」

無言で、電子線のビームを放つ。

が、それは氷に触れると、氷を少し溶かすが、貫通はせずにあり得ない方向へと跳ね返った。

「……」

少女も氷を生み出し、麦野へと放つ。

が、麦野も能力を盾状に展開し、これを消滅させた。

無言の能力の撃ち合いが始まった。


~~~

――壊せねぇわけじゃない……。

能力を撃ち込む角度や電子線の速度を微妙に変え、麦野は氷の法則を見抜こうとする。

――しかし……こいつ、あの機械ぶっ壊しても平気なのか?

ニタニタと下卑た笑い方しか出来ない男の顔が浮かんだ。

――あいつらが、そんな単純な解決方法を用意しておくとは思えねぇ……。


麦野が攻め方を考えあぐねているその頃、上条とフレンダは……逃げ回っていた。

「おいおいおいおい!」

上条は必死に走りながら、手の届く範囲の氷を消滅させていく。

「無理無理無理ぃいい!てか一方通行はどこいったのよぉおおお!」

フレンダは器用に飛んでくる氷群を避けながら隙を見つつ射撃するが、首輪をつけた少年の盾にすべて防がれる。

「てか、お前なんか策があって飛び出したんじゃないのかよ!なんとかしろよ!」

「それが男の台詞ッ?あんたが私を助けなさいよ!」

「まさかの無策?バカなの?」

「バカな子ほど可愛いっていうでしょうが!」

少年らと距離を取り、二人は小さな岩陰へと身をひそめる。

「……もう一人飛ばしてくれたら、なんとか出来る。
背中のやつと首輪ぶっ壊しゃいいんだろ?」

「……待って、それはまずいかも……てか、あの研究員消えてる……用があるのはガキどもじゃなくてあいつなのに」

ピッタリと寄り添いながら、作戦会議を始めるが、打開策は見つからない。


麦野、フレンダと違って、実感としてこの街の闇を知らない上条当麻は素直に機械の停止=勝ちと考えているようだった。

「……とりあえず、あの装置を壊すのは待って。
あのガキどもは、救わなきゃいけないから……。
チッ……一方通行の馬鹿はどこをふらついてんのよ!」

本来の策では、狙撃兵を制圧した一方通行が一体。
自分が一体、というものだった。

「私と当麻じゃ……無理ね。
近づくことなら余裕だけど、飛ばす場所がないし……あのガキ殺しちゃうわけにもいかないし……」

殺さずに制圧する。
それは圧倒的な力があって初めて可能なことだとフレンダは思い知る。

殺す、ならば簡単なのに、とフレンダは段々と苛々しはじめた。

「あぁもうっ!どうする、どうする……考えろ……銃撃が止んで、リーダーは消えた……。
なら次に私がやるべきことは……考えろ、考えろ……」

ブツブツと、あらゆる可能性を模索する。

最終的に、フレンダの頭の中に、死なない程度の負傷を負わせればそれで終わる、と結論がつこうとした瞬間。

「はい、タンマ!」

フレンダのイラついた様子を見抜いたのか、上条がフレンダの頭に手を乗せた。

無駄だとわかっていながらもし続けた演算が止まり、頭の中が空っぽになった錯覚を覚える。


「あ……」

「一人でごちゃごちゃ考えるのやめようぜ?
お前は一人じゃないだろ?
麦野さんたちもいるし、俺も横にいる。
一方通行や麦野さんよりは頼りにならないかもしんねーけどさ」

頭に乗せた手を滑らせ、そのまま頬を撫でた。

「難しい顔してると可愛く……いや、それもそれで可愛いけど……じゃなくて!」

上条は小さく息をはいた。

「お前はやっぱ笑顔が似合う。
相手を倒すのが目的じゃない、仲間と不幸な子どもを助けるのが目的だろ?
だったら……笑おうぜ!」

考え甘すぎるかな、と照れたように笑うが、フレンダの顔にも微笑みが戻った。

「あんた、やっぱ卑怯ってわけよ……。
こりゃ、フラグ立てまくるわけね」

でも、とフレンダは続ける。

「ありがと、落ち着いたってわけよ。
そうよね、助けるべきを傷つけるのは間違ってるよね」

上条は満足そうに頷いた。

「さて、頑張ろうぜ。
あの機械も百パーセント機械じゃないから、氷を消せるんだ。
つまり、あの機械に触ってりゃあの子らただの子どもだ。
盾のやつが……攻撃出来ないのかしないのかわからんが……とりあえず、チョーカーの子を無力化するぞ」

言うなり、上条は飛び出した。


上条が姿を見せた瞬間、容赦ない氷の大群が降り注ぐ。
フレンダと二人で戦場にいた時とは違い、上条一人に能力の全てが向けられているのだ。
単純計算で、降ってくる氷は倍になる。

右手で触れ損ねた氷を体に喰らいながら、上条は走った。

そして、その右手がチョーカーに触れようとした――。

だが、

「……ダウンロード完了だ――死ね」

いつのまにか再登場した男の声とと共に、チョーカーが狙いを外した氷群が、いきなり爆発した。

「当麻ッ!」

光が見えた瞬間、フレンダが叫ぶ。

その叫びをかき消すように、上条が爆発に巻き込まれた。

「……嘘、でしょ……?」

盾の能力者は、表情を変えずに爆煙を見つめる。

「上からは、上条当麻も殺して構わない、と言われたからね。
いやいや、ターゲットの中に殺してはまずい雑魚がいるとやりにくかったよ」

煙の中から男の声がする。

「当……麻……?」

フレンダは力なく上条を呼ぶ。

呼んだら、答えてくれると信じていた。

しかし、煙の中から上条の声が返ってくる事はなかった。


~~~

「さて、扉を開いたはいいが……ここはどこだ?」

この物語の主人公でありながら、おそらく上条、一方通行よりも影が薄い男。

垣根帝督は頭をかきながら困ったように言った。

「……お前、扉開ける時に何を願った?」

お前、と言いながら頭一つ分以上身長差がある少女のほうを見る。

「そんなの、みんなを助けたい、ですよ」

「だよなぁ……でも、じゃあなんで……こんなところにいるんだ?」

「そんなの、超知りませんよ」

二人がいるのは明らかに学園都市ではない街中であった。

外の世界だとしてもあまりにも科学技術が遅れている。

「ここ、俺らの時代より十年くらい前じゃねーか?」

「ですねぇ……ちょうど、私たちが学園都市入りしたくらいですかね」

扉の力は完璧である。

その扉に、願ったことならば、叶うはずなのである。

「……なるほどな……」

「なにがなるほど、なんですか?」

「あれ……上条だ」

垣根が嫌そうな顔で指差した先には、幼い頃の上条当麻がいた。

「お、あれがフレンダの恋人ですか。
……ふむ、中々いい男になりそうな感じですね」

「……ヤキモチ焼いちゃうぞ」

「他の女と超ヤリまくりの帝督くんがなんですって?」

「……ごめんなさい」

二人は言葉を交わしながら、上条当麻へと近づく。

「よ、ガキが一人で何してんの?」

上条ならば、ニコリと笑いながら何か答えてくれると垣根は思っていた。

しかし、

「……僕に近づくと、しんじゃうよ?」

返って来た言葉と表情は、現在の上条ではあり得ないほど暗いものだった。


「……ばーか。お前さんに殺されるほど、俺は弱くねーよ」

垣根がそう言った瞬間、走行中のトラックのタイヤが外れた。

その通行人が、悲鳴をあげる。

そのタイヤは吸い込まれるように、垣根と絹旗の元へと飛んできた。

「だから、嫌なんだ……僕に話しかけただけで……」

上条は顔を覆い、しゃがみ込む。

「……おい、怪我でもしたか?」

そんな上条に、垣根は優しく上から声をかける。

「え?」

当然、上条は垣根が死んだと思っていた。

「な、なんで……生きてるの?」

「言ったろ?俺ぁ強いんだ」

垣根は翼でタイヤを完璧に防いでいる。

「こんなの、私たちには超日常茶飯事ですよ」

絹旗も、タイヤを片手で抱え、余裕を浮かべている。

「……おにいさん……僕……こわいんだ。
僕に関わった人は……みんな不幸になる。
僕は……疫病神なの?」

「……違うよ。お前は優しいただの人間だ。神になんざとてもなれない、優しい奴だ。
だから、安心しろ、自分の力を信じろ。
守りたいものを守る力を……手に入れろ。
幸せは幻想じゃない。おまえでも、壊せないものはあるんだよ」

「守りたい、もの?」

周囲のざわめき、混乱を三人は完全に無視していた。

「あぁ、なんでもいい。
名誉でも、女でも、自分でも……守りたいものを守れりゃそれでいい。
神の御加護を消せんなら、悪魔の微笑みも消せるだろ?」

「かみさま?あくま?……なんのおはなし?」

「そのうちわかるさ」

垣根がそう言うと、垣根と絹旗はその世界から消えた。

一人残された上条は、ぼんやりと垣根のいた場所を見つめる。


~~~

「……次は、学園都市ですかね?
研究所っぽいですが」

急にシーンが変わるのには二人とももう慣れていた。

「……over-No.2施設?って……麦野のいた場所じゃねーか」

放り出されていた報告書に記載されている施設名から、垣根は現在位置を判断する。

「え?そうなんですか?」

「あぁ……とりあえず、麦野探すか」

垣根は部屋を出た。

「おわっ……あっぶね!」

出た瞬間、電子線が飛んできた。

垣根を狙ったわけではない。

たまたま、垣根の方へ飛んできただけである。

「おいおい、何が起きてやがる」

電子線が飛んできた方向へと足を進める。

「血の匂いがしますね……」

「なるほど、麦野が暴走した時ってことか」

垣根は奇跡的に残っているドアを開いた。

「……血みどろだな」

「ですね……」

その部屋の真ん中に麦野は立っていた。

生存者は、麦野とあと一人辛うじて息のある女性。

「麦野は……ダメだな。壊れてる」

「麦野……」

垣根は死にそうになっている女性に近寄った。


「……だ、だれ……?」

「俺は垣根帝督だ。多分お前は……死ぬな。
助けらんなくて……ごめん。せめて痛みだけでも消してやるよ」

女性に手を触れ、能力を使う。

麻酔効果のある未元物質を彼女に吸わせた。

「はは、ありがと……あんた、きっと……天使ね」

「バカ言うな」

「ねぇ、沈利ちゃんを……助けてやってくれない?
あの子を……旦那様と奥様のところへ……。
あと、私のことは、気にしなくて……いいって、伝えてやって。
たぶん、これは……仕組まれた、こと……だから……」

そう言うと、その女性は目を閉じる。

「でも……もっと生きたかったなぁ……。
沈利ちゃんと、本当の姉妹みたいになれたのにさ……。
あの子の悩みとか……もっと話がしたかったなぁ……。
あの子、弱いから……私がいないと……すぐ泣くから……。
強く生きろって……言ってんのにさ……」

口角をあげ、綺麗に笑いながら逝った。

「……その願い、確かに受け取った。
まぁ……安心しろよ、あいつはあんたの言葉を胸に……強く生きてるよ。
強すぎるくらいさ」

未元物質で作った枯れることのない花を、女性に供えた。


~~~

爆煙が晴れる。

男はニヤニヤと笑った。

「おい、そんなに面白いか……?」

煙の中から聞こえたその声に、男とフレンダの表情が変わった。

「なん、だ――」

「だったら、その幻想をぶち殺してやるよ!」

驚きの声を最後まで言い終える前に、男は上条に思い切りぶん殴られた。

「……何故かは知らんが、幻想殺しの効果範囲が……広がった?」

男をぶん殴ると上条は自らの右手を見つめた。

ぎゅっと握ると自分の周りに幻想殺しが広がるような感覚がした。

「すげ……」

しかし、急にその感覚は消える。

「あれ?」

「当麻!」

「おわぁ……」

消えた感覚に右手を再度見つめ直していると、フレンダが上条に飛びついた。

「なんで…….あんた無事なのよ」

「な、なんで……と言われても……おれにもよくわからん」

そう、確実に上条当麻はあの爆発でチョーカーの能力者諸共死んだはずなのだ。

上条が消せる爆発の範囲をはるかに超えていたのだ。

「……ただ、俺は……守りたいって思ったんだ。
ここで死んだら……この先お前を守れない。
ここで、あの子を守れなかったら……一生後悔する。
手に届くものを、全部守りたい。
そう思ったら……幻想殺しの範囲が……広がったんだ」

神の御加護は幻想かもしれない。

しかし、何かを守りたいという意志と人の言葉は幻想ではないのだ。

それを消すことなど、誰にも出来はしない。

たとえ、それが都合のいい奇跡だろうと、それは必然であり、救いなのだ。


~~~

「それで……?
私から逃げられると思っていたのか?」

神裂を抱え、逃走を計ったステイルだったが、

「なん……だと……」

気づいたら元の屋上へと戻っていた。

「知らなかったのか……アレイスター=クロウリーからは……逃げられない」

アレイスターは生気に満ちた笑顔を浮かべた。

その笑顔を視覚した瞬間、

「これは……死んだな」

圧倒的な死に、ステイルはその運命を受け入れてしまった。

「……あぁ、君たちは今ここで死んだ」

赤黒い光が、二人を襲った。

「……神裂、インデックスを頼むよ。
こっから投げても……君なら死なんだろう?」

抱えていた神裂を、ステイルは屋上から投げ捨てた。

そして、

「イノケンティウス、僕の命が尽きるまで……踏ん張れェええ!」

自らの生命力を全て捧げ、アレイスターの攻撃を自分の後ろへと届かないように庇う。

「ふん……短すぎるが、いい人生だったよ。
インデックスを絶望から救えたしな……感謝してやるよ、垣根帝督」

ステイル=マグヌスは静かに笑った。

「諦めんなよ、お前には心強い味方がいるだろ?」

死を覚悟したステイルに、懐かしい声が届く。
アレイスターの攻撃は、純白の翼によって消滅した。

「よぉ、アレイスター……扉の先を見てきたぜ」

「か、垣根……?
貴様っ!今までどこに……!」

驚くステイルを押しのけ、

「おいコラ、垣根っ!俺のかっこいい登場シーンに乱入すんな!」

本来ならばかっこよくステイルを助けるはずだった青髪ピアスも、神裂を抱え登場した。


「お、青髪!ありがとうな!
お前のおかげで俺は帰ってきた。
俺は……もう逃げない。現実から逃げない。
母さんが死んだ事も、俺が今まで重ねてきた罪も……全部背負って生きていく」

「……はは、良い顔だ。
絹旗はどうした?」

神裂をステイルへ押し付け、二人を遠くへ飛ばしながら、青髪は尋ねる。

「頼りになるリーダー様のお手伝いに行ったよ」

「そうか……まぁ、いい。
ここは俺に任せろ、カミやんとフレンダを助けてやってくれ」

「死ぬなよ?」

「死なんよ」

垣根はその場から去った。

そして、青髪ピアスとアレイスタークロウリーが対峙する。

「久しぶりだな、アレイスター。
もうお前から逃げるのはやめだ、お前の起こす悲劇を、もう見過ごさない。
この街ではもう悲劇なぞ起こさん!」

「……そうか、そういう事か……ハッハッハハハハ!
やはり、君は素晴らしい。
初めて私が作り出した超能力者なだけはある。
そうか、貴様……****か……南極の研究施設から逃げ出し、死んだものかと思っていたぞ。
それが……愉快だ。
第六位青髪ピアスと、幻想殺しの友人であるお前を同一人物と認識させないとは……考えたな」

「話が長いぞ、アレイスター。
あと、それは全部偶然だ、そんな事ならもっと早く動きゃ良かったな……」

青髪は高速移動しながら、空気を圧縮した弾をアレイスターに撃ち込んだ。

「効かん!」

だが、それらはアレイスターに届く前に雲散してしまう。

見えない攻防が始まった。


~~~

「やっべ……」

演算に若干の狂いが生じた。

氷に当たった電子線は、麦野へとまっすぐ跳ね返ってくる。

それを相殺するのは成功したが、その一手の遅れを相手は見逃してはくれなかった。

あらゆる方角から氷が降ってくる。

盾を展開する暇はない。

どれにあてても、全てを粉砕する事は叶わない。

その時、

「麦野ッ!これに当ててください!」

懐かしい声と共に、麦野の頭上にボール状のものが投げられた。

条件反射のように、麦野はそこに一本の電子線を撃ち込む。

ボールに当たった電子線は、氷の大群に引き寄せられるように、全ての氷を撃ち抜いた。

「な、なんだありゃ?……ってか……絹旗ァ!?」

ボールが飛んできた方向を振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた絹旗最愛が立っていた。

「……やっぱり、生きてた!」

「麦野、滝壺さん……迷惑かけてごめんなさい!
私も、超戦います!
この街から、悲劇をなくしましょう!」

暗部にいた頃とも、腑抜けていた頃とも違う顔つきで絹旗は言った。


~~~

「あっれー……こっち終わってんじゃん。
上条やるなぁ……」

チョーカーと首輪の子どもを無力化した
上条とフレンダは、その場に座り込んでいた。

そこへ、垣根帝督は舞い降りる。

「お、垣根だ。……垣根ェ?」

「あ、あんた……マジで生きてたの?」

「へっ、垣根帝督……神の国から帰還しました……てな感じかな。
二人とも、迷惑かけて済まんかった……。
俺は――」

垣根の言葉を上条が遮った。

「いいって、別に。
俺は俺のやりたい事をやっただけだし。
それに、俺が今こうしてるのはたぶんお前のおかげだろうし……なんでそう思うのかはわからんがな」

現実へ帰る事を決めた二人が最後に廻った世界。
それは実際の過去ではない。

上条の精神世界。
麦野家使用人の精神世界。

そこで起きた事は現実だが、現実ではない。
垣根は確かに今目の前にいる上条に言葉を与えた。
麦野の家のお手伝いさんから受け取った言葉も、全て現実である。
しかし、それは夢のようなものだ。

「……わからなくていいし。感謝なんざするな。
お前は……やっぱり強くて優しいな」

垣根は優しく笑った。

やっと、自分の歩きたい道を歩けた気がした。

「あとは……俺がやるよ。お前らは休んでてくれ」

垣根は氷の能力者二人から、未元物質を取り除いた。

「お前らも、ごめんな」

無理矢理動かされていた脳が通常の状態に戻り、二人は完全に気絶した。


~~~

「クソクソクソクソ……クソォオオオッ!
何故未元物質が生きている……何故私が殴られなきゃならんっ!」

上条達から逃げ出した男は、頬を腫らしながら廃墟の中を歩き回る。

「絶対能力者……十年以上かけた計画だぞォ……。
何故……何故うまくいかん。
モルモットどもが……逆らいやがってぇえ……」

悔しさにギリギリと歯を食い縛り歯を食いしばる。

「これを成功させて……理事会にはいるつもりが……クッソォ……俺の計画が……」

屈辱に顔を歪めた。

男の目的と、垣根帝督の目的は本質的には同じである。


それは“街を支配する”というものだ。

男は自分の幸せのために、垣根は自分以外の幸せのために。

両者がぶつかったのは、必然であったのかもしれない。

「…………私は……なんとしても勝つ……。
モルモットどもは皆殺しだ。
この街を、私のものにしてやる……アレイスターを、引き摺り下ろして……やるんだ」

底なしの強欲。

男を動かすものは、変わらずに地位と名誉への強い欲望である。

それに対し、垣根帝督の目的は変わった。

垣根は現実をありのままに受け入れる強さを目的にしている。

絹旗に頼り、アイテムに頼り、一方通行に頼り、上条に頼り……。

自分の繋がる全ての仲間に頼りながら、まっすぐ歩こうとしている。

だからこそ、男は垣根に勝つ事が出来ない。

初めて出会った日、垣根が上条に勝つことができなかったのと同じだ。

そもそも垣根はもはやこれを勝負として見ていないのだ。

垣根はこれを、罰ではなく、試練だと認識を改めたのだ。

勝ち負けではないのである。

ここまで

また次もよろしくナンダヨォ

トリあってるかな?
生存報告
ちょっと忙しくて時間取れない

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年03月06日 (木) 21:42:37   ID: ngW0u_oa

続きはいつですか?

2 :  SS好きの774さん   2014年03月25日 (火) 17:14:24   ID: APr1UY4E

続きまだー(/ _ ; )

3 :  SS好きの垣根さん   2014年04月26日 (土) 15:10:51   ID: 0HaJ-OAv

続きが見たいんだが…

4 :  SS好きの774さん   2014年05月14日 (水) 22:06:01   ID: B179J55s

続きはないのかー?

5 :  SS好きの774さん   2014年06月18日 (水) 00:52:37   ID: WqDcCZFM

あるわけないだろ

6 :  SS好きの774さん   2016年01月24日 (日) 14:50:41   ID: NggsajmE

俺はまだ待ってる

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