王子『はちじょうひとまのワンルーム?』 (81)

書き溜めがないのでゆっくりと書きます。
誰も覚えていないと思いますが、7年前に書いたSSの続きになります。
以前のものは、魔王「八畳一間ワンルーム。風呂無し、共同トイレ。家賃は3万円」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455015928/)、です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1686068178

王子『なんなのそれ? おかあさん』
魔王『そうだな。んー、どう説明すればいいのだろうか……』
王子『おおきいの? ちいさいの?』
魔王『小さいな。この魔王城の寝室に比べれば』
王子『どのぐらい?』
魔王『どのぐらいだろう? 今、私たちがいるこのベッドよりも……んー、難しいな』
王子『……むずかしいの?』ウルウル
魔王『ううっ、そんな目で私を見るな。えーっと、待てよ、確か八畳は縦横360センチと360センチだから』
王子『360せんちと360せんち?』
魔王『うむ。一畳あたりの広さは1.62平方メートルだから、そこに八掛けして12.96平米。つまりは縦横約360センチと360センチだ。正確に言えば352センチなのだが』
王子『?』チンプンカンプン

勇者『……相変わらず難しい言葉を使ってんなあ』
魔王『むっ、ゆうしゃ――お父さん。王女は眠ったのか?』
勇者『ああ、ぐっすりだ。見てみろよ、この寝顔』
王女『』スピースピー
魔王『ふふっ。お父さんの腕の中で熟睡中だな』
勇者『ああ、まさに天使だ……ってかな、まお――母さん。そんな説明じゃ王子が理解できるわけないだろ』
魔王『むっ、ならお主は分かるように説明できるのか?』
勇者『もちろんだ。なあ、王子』
王子『うん』
勇者『八畳ってのはここから……』テクテク
勇者『ここまでが縦の長さで、横にも同じぐらいの広さの部屋だ』

王子『ちいさーい』
魔王『むっ』
勇者『』ドヤァ
王女『』ムニャムニャ
王子『ほかは?』
勇者『ほか?』
王子『うん。ひろさいがい』
勇者『……うーん。広さ以外のこと、ねぇ』
魔王『!』

魔王『なっ、なあ、王子。私たちが住むこの魔王城は誰のものだ?』
王子『ぼくたち』
魔王『そうだ。この城は、我が魔王の一族に代々引き継がれる、私たち家族の大切なお家だ』
王子『うん』
魔王『けれど、その八畳一間のワンルームは私のものではなく、お父さんのものでもなくてな。他の人にお金を払って貸してもらっていたんだ』
王子『そうなの?』
魔王『ああ。家賃は3万円で――といっても、日本円の価値は王子には分からないか。まあ、当時の私たちにとって決して高くはないが安くもないお金を払って貸してもらっていたんだよ』
王子『どうして?』
魔王『当時はそうする必要があったんだ。私たちが日本という国で生きるために』

王子『……にほん?』
魔王『ああ。素晴らしい国だぞ』ニコッ
魔王『王子は、私とお父さんが若い頃、異世界に飛ばされた話を知っているか?』
王子『すこしだけ』
魔王『そうか。なら、改めて話をしよう。大事なことだからな』

魔王『あれはまだ魔界と人間界が戦争してたころ。私とお父さんはこの魔王城で戦ったのだ。魔王と勇者としてな』
魔王『けれど、お互いの魔法がぶつかり合ったとき、空間に大きな歪みが現れて私たちは吸い込まれてしまった。そして、異世界である日本という国に飛ばされたのだ』
魔王『その世界にはマギカが存在しなかった。ゼロではないのだが、こちらの世界のように満ち溢れてはいなかった』
魔王『おかげで魔法は使えないし、勇者の武器も防具も機能しない。そのせいで常軌を逸した身体能力もない』
魔王『私たちは、ただの一般人になったのだ』
魔王『おかげでたくさんのことを知れたよ。私はそれまで魔王城から一歩も出たことがなかったから、全てが新鮮で。日本で教わったことを挙げればキリがないほどだ』
魔王『生活することの大変さ。人の強さに温かさ。種の垣根など些細なこと』
魔王『そして、なにより――』

王子『』スピースピー

魔王『……なんだ、眠ってしまったか』
勇者『途中からな。まあ結構早い段階でウトウトしてたけど』
魔王『話の途中で眠るのは父親そっくりだ』フフッ
勇者『お前の話が長いんだよ、っと』コトッ
王女『』ムニャムニャ
魔王『相変わらず、子供を起こさないままベッドに降ろすのは天才的だな』
勇者『だろ? これに関しては俺の右に出るやつはいねーぜ』
王子『』スピースピー

魔王『ふふ。私の可愛い天使たち。起きているときは怪獣の如くだが』
勇者『元気な証拠だろ? 確か日本のことわざでも言うじゃねーか。子供は火の子、って』
魔王『……それは大人だ。子供は風の子、だろう』
勇者『あれ、そうだったっけ?』
魔王『そうだ。子供は寒い風が吹く中でも元気に外で遊びまわるが、大人は寒がって火のそばから離れない。だから生まれたことわざで――』
勇者『』ウトウト
魔王『寝るなあっ』
勇者『……ハッ。いやぁ、すまんすまん』
魔王『まったく……』

勇者『けどな、久しぶりに魔王から日本の話を聞いたぜ』
魔王『……そうだったか? 確かに、ここ最近は忙しかったからな』
勇者『今でも日本語喋れたりするか?』
魔王「当たり前だ。魔王の一族を舐めるなよ」
勇者『おっ、やるな』
魔王『ふふん。お主はどうなのだ?』
勇者『俺はもうあんまりだな。聞き取りならまだ自信あるけど』
魔王『そうか。まあ、こちらの世界に戻ってきてから大分経つからな』
勇者『……ほんと、時間ってのはあっという間だよなあ』
魔王『ああ。出来ることなら、もう一度みなに会いたいな』

勇者『だな。ホーリーとナイトメア、もう一度ぶつけ合ってみるか?』フフッ
魔王『バカを言うな。それに、もう一線を退いているんだぞ。あれほどの魔法はお互いにもう打てないだろう』フフッ
勇者『ははっ、それもそうだな』
魔王『そうだ。何年も実戦から離れて魔法を好きに操れる者など賢者ぐらいさ』
勇者『……あの人は規格外中の規格外だからなあ』ブルッ
魔王『そういえば、勇者は賢者の子供に会ったのか?』
勇者『ああ。お前は会ってないんだっけ?』
魔王『うむ。私が戻る直前はまだ賢者のお腹の中にいたからな』
勇者『そっか。俺のほうがこっちの世界に戻ってくるのが1年遅かったもんな』

勇者『可愛いかったぜ。女の子でな。どことなく賢者さんに似てるんだけど、旦那さんにもちょっと似てて』
魔王『そうか。抱っこしてみたかった』
勇者『俺も抱っこはしてない。賢者さんに勧められたけど、首がすわってないから怖くてな』
魔王『ふふっ。赤子を抱くのが怖いとは、あの魔王軍を蹴散らしていた勇者の発言とは思えないな』
勇者『それとこれとは話が別だろ』
魔王『かもな』フフッ
勇者『賢者さんの子供はうちの王子とちょうど……3歳差ぐらいか。ますます賢者さんに似てきているんだろうなあ』
魔王『ということはとびきりの美人か。賢者は息を呑むほど美しいからな』
勇者『……うちの王女だって負けてねえぞ』ニッ
魔王『……知ってる』ニッ

魔王『職場のみんなも元気だろうか?』
勇者『コロッケが絶品だった商店街の惣菜屋さんな』
魔王『ああ。未だにあそこのコロッケが夢に出てくるときがあるよ』
勇者『お前の魔界芋のコロッケも負けてねえよ』
魔王『いいや、まだまださ。お店の味には到底及ばない。サクッ、フワッ、ジュワ~感がまだ足りないのだ』
勇者『そうか?』
魔王『そうだ。女は今も職場で頑張っているのだろうなあ』
勇者『そろそろ、跡を継いでるかもしれないな』フフッ
魔王『かもな。あり得ない話ではない』フフッ

勇者『だな。せっかく俺がこっちに帰る直前に付き合ったってのに、すれ違ってなければいいんだけど――』
魔王『えっ』
勇者『えっ、どうした突然』
魔王『待て待て待てっ。えーっと、勇者が帰る直前に女と男が付き合った?』
勇者『おう』
魔王『ええっ!?』
勇者『ば、ばかっ。声が大きいって』
魔王『仕方あるまいっ! あの2人が付き合っているなどと初耳なのだから――』
王女『うっ、うっ』ムクリ
魔王『……あっ』
勇者『……ほら』ハァー
王女『ほぎゃああああああああああっ!!』

王子『……うるさいなあ』

そのときの僕は、後ろで泣き叫ぶ王女と、妹を必死にあやす母と父の声を聞きながら再び眠りに落ちていった。
いつもとそう変わらない平和な一日だったのに、10年後になった今でも僕がこの日のことを妙にはっきりと覚えているのは、初めて母が日本という国の話をしてくれたからだろう。
当時3歳だった僕は母が話した日本の話のほとんどは理解できなかったが、母と父にとってその国での出来事がとても大切なことだったのだとはなんとなく分かった。
だからこそ、その時。漠然としたものだったけど。
僕もこの日本という国に行ってみたいと思ったのだ。

今日はここまでです。

まとめで見て凄い好きになったので嬉しい
支援

 そして、10年後――
 その日の朝は、人間界の王様が魔王城に来城する特別な日ということもあり、給仕や兵士たちが城内をめまぐるしく行き交っていた。
 給仕『あー、もう忙しいったらありゃしない!』バタバタ
 兵士『給仕。これはどこに持っていったらいいんだ?』
 給仕『それは調理場! それにこっちの荷物も一緒に持って行って!』バタバタ
 兵士『持って行って、って。そんな大きな荷物もう持てねぇよ』
 給仕『お願いね!』ダッ
 兵士『……相変わらず人使いの荒い奴』

 魔王『まあ、そうボヤくな。綺麗な魔王城を見てもらうことも立派な外交だ』
 兵士『ま、魔王様!?』
 魔王『どれ、私も手伝おう。この荷物を持っていけばいいのか?』
 兵士『いっ、いえ、やりますやります! 置いておいてください!』
 魔王『なに、遠慮しなくてもよい。まだ早いからな。エントランスでただぼーっと王を待つのも苦痛なのだ』
 兵士『……い、いいのでしょうか?』

 魔王『もちろんだ。それに』
 兵士『それに?』
 魔王『私だって魔王城の一員なのだ。こんな時ぐらいは手伝わせてくれ』ニッ
 兵士『~~っ! おっ、俺、一生、魔王様についていきます!』
 魔王『フフ。お主は相変わらず大げさな奴だなあ』クスクス

 魔王が兵士をねぎらうと、2人の足音をかき消すかのごとく大きな声が城内に響き渡った。

 巨人『おぉぉぉぉうぅぅぅぅじぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁっ!!』
 王女『お・に・い・ちゃああああんっ!!』

 声の主は、天井に頭をぶつけそうなほど大きい巨人と、その肩にちょこんと座る王女だった。

 魔王『どうした? 騒がしい』
 巨人『ああぁ、魔王様ぁ。どうしてかぁぁ、王子様の姿が見当たらなくてぇぇ』
 魔王『……またか。今年に入って何回目だ? 王子が姿をくらますのは』ハァー

 巨人『えぇーっとぉ、いちぃ、にぃ、さんぅ、よんぅ、ごぉ、ろくぅ――』
 魔王『……数えなくてもよい。巨人族の英雄よ』
 巨人『はいぃぃぃ』
 魔王『王女を下に降ろしてもらえるか?』
 巨人『かしこまりましたぁぁぁ。王女様ぁ、わしの手にぃ、乗ってくださいぃ』
 王女『はーい』ヒョイ

 魔王『ありがとう。さて、王女』
 王女『なにー?』
 魔王『巨人族の英雄にはやってもらうことがたくさんある。だから、ひとりで王子を探してくれるか?』
 王女『えー。こんなに広いのに1人じゃ探しきれないよ~』
 魔王『大丈夫だ。そのための魔法を教えよう。特別だぞ』
 王女『え、やった!』
 魔王『ふふ。喜び過ぎだ』

 魔王は床に手を当て、両目をつむる。

 魔王『――隠れる者を嗅ぎ出せ。探知魔法サーチ』
 王女『』ジー
 魔王『という風に、この魔法を使えば自分を中心に半径20~30メートルぐらいの人の位置を把握できる』
 王女『うん』
 魔王『これを上手く使って王子を探してほしいのだが……一発で覚えられたか?』
 王女『もちろん!』 
 魔王『そうか。話が早くて助かる』ナデナデ
 王女『えへへっ』
 魔王『では、お昼の会食までには王子を見つけてきておくれ。約束だぞ』
 王女『うん、約束。分かった~』ダッ

 巨人『はははぁぁっ。王女様を見てるとぉ、幼い頃の魔王様をぉ、思い出しますねぇぇ』
 魔王『……そうか?』
 巨人『はいぃ。魔法に対する天才的なまでの才はぁ、魔王様ゆずりでしょうぅぅ』
 魔王『褒め過ぎだ』
 巨人『いいえぇ。人様の魔法を見てぇ、すぐにそれを使えるようになる者などぉ、まずおりませぬぅぅ』
 魔王『……まあ、それは確かにな』

 魔王『一度見た魔法をすぐに使えるようになるなんて芸当、普通は出来やしない。私でも無理だ』
 巨人『普通はぁ、学校で何日も学んでぇ、やっと使えるようになるものですからねぇぇ』
 魔王『我が娘ながら末恐ろしいよ』
 巨人『血は争えませんねぇ』ニコニコ
 魔王『そうかもしれないな。けれど、だからこそ――』
 巨人『だからこそぉぉ?』
 魔王『……いいや、なんでもない。忘れてくれ』ブンブン
 巨人『??』

 魔王(だからこそ、危うさも感じてしまう。まだ小さな王女が危険な魔法を目にしてしまったときのことを考えると)

 王女は階段を駆け上がり、魔王城の中心部――玉座のある謁見の間に入ると、ふーっと息を吐き出した。
 きらびやかな絨毯が敷かれた床に両手を当て、両目をつむる。

 王女『――隠れる者を嗅ぎ出せ』

 空気中にふんだんに含まれるマギカというエネルギーに、自らの強大すぎる精神エネルギーを合わせる。

 王女『探知魔法サーチ』

 そして発生した魔法は常人のそれを遥かに凌駕していて。
 常人なら半径20~30メートルぐらいの人の位置を把握できる魔法は、彼女の手にかかれば魔王城全体の人の位置を把握できる魔法へと昇華した。

 王女(城内にいるのはひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ――)
 王女(うーん。多すぎて数えきれないや。でも、みんな忙しく動き回っているし、給仕さんか兵士さんかな?)
 王女(お兄ちゃんならきっと、見つからないようにどっかでジッとしてるはず)
 王女(どこにいるだろー、っと!?)
 王女(魔王の一族にだけ伝わる秘密の小部屋に人影あり!)
 王女(お母さんはお手伝いしてるし、お父さんは王様を迎えに行ってるから城内にはいないし)
 王女(みーつけた!)

今日はここまでです

>>18
ありがとうございます!
遅筆のため遅いとは思いますが、ゆっくり書いていけたらなと思います。

 魔王城、秘密の小部屋。
 戦時の際に魔王の一族が身を潜めるために作られたその部屋には、丁寧に床に積まれた本の数々とそのうちの一冊を読む王子の姿があった。
 王子『――よって、魔法の優劣を決めるのは、使い手自身の精神エネルギーの大小だけではない』
 王子『呪文の出来によっても魔法の質は少なからず変わると結論づけられる。考察終わり』パタン
 王子『……なるほどなぁ』ンー
 王子『やっぱり、この筆者の賢者って人は天才だなあ。残された考察を読めば読むほど目から鱗って感じだ』
 王子『ずっと昔にいなくなっちゃったらしいけど、この人が今もいたならどんな魔法の研究をしていたんだろう?』
 王子『……想像つかないなあ』

 王子『まっ、それもそうか。僕みたいな凡才が思いつくことは、この人みたいな天才にとって些細なものだろうし』
 王子『……はぁー。天才の頭を覗いてみたいよ』
 王子『そうしたら、きっと、今より魔法が上手くなれるんだろうなあ』
 王子『…………』ハァー
 王子『……よしっ。次はどの考察を読もうか――』

 王女『おにいちゃあああんっ!』バタン
 王子『うわあああああああ!?』ドタタッ

 王子『おっ、王女か。びっくりしたぁ』
 王女『びっくりしたぁ、じゃないよお兄ちゃんっ。今何時だと思ってるの?』
 王子『え? んー、何時だろ。9時ぐらいか?』
 王女『分かんない!』
 王子『えー……』
 王女『と・に・か・くっ、もうすぐ王様が来るんだよ? お兄ちゃん!』
 王子『……ああ、なるほどね』

 王子『僕はいいや。母さんと父さんがいれば十分だろ』
 王女『十分じゃないよーっ。王様に顔を見せないと!』
 王子『顔を見せたところでなにするんだよ』
 王女『……んー、お話とか?』
 王子『王様に話すことなんかないだろ。僕たち子供が』ハァー

 王女『そうかなー? 王様はいつもニコニコしながら聞いてくれるよ? 学校の話とか』
 王子『あのなあ。魔王の子供だから優しくしてくれてるだけで、王様だって本当は子供の話なんかに時間を割きたくないっての』
 王女『そうなの?』
 王子『そうに決まってんだろ。大人は忙しいもんだ』
 王女『でも、この前、帰る途中に魔王城の広場で街の子供たちと一緒にボール蹴ってたよ?』
 王子『それは……まぁ、なんだ。ボールを蹴りたい気分だったんだよ、その時は』
 王女『……そうなの?』
 王子『そうだよ。ああ、もう、うるさいなあっ』

 王子『どうせ、昼の会食には参加しろって感じだろ? 心配すんな。その時には戻るから』
 王女『……分かった』
 王子『なら帰れ帰れ。僕は忙しいんだ』
 王女『忙しい? ――あっ』

 王女『その本、賢者の残した考察だ! 図書館から持ち出したらいけないなやつ!』
 王子『……いいだろ、別に。こんな機会じゃなきゃ落ち着いて読めないんだから』ハァー
 王女『危険なものもあるから子供だけで読んだらいけないんだよ?』
 王子『大丈夫だよ。そんなの、大人のざれごとだ』
 王女『ふーん……』ジー
 王子『おいおい。なんだその目は』
 王女『わたしにも読ませて』

 王子『はぁ? 嫌だよ。僕が読んでるのに』
 王女『口止め料』
 王子『え?』
 王女『わたしにも読ませてくれたら、お母さんとお父さんには本を持ち出したこと黙っておく』
 王子『……勝手にしろ』ハァー
 王女『やった』

 王女『んー。呪文の考察、マギカの正体について、魔法の原理とその可能性。どれにしようかなー』
 王子『さっさと選べ』
 王女『あっ、これ面白そうっ。この本に決めた!』
 王子『読むときは静かにな』
 王女『分かってる。えーっと、なになに? 莫大なマギカの衝突におけるワームホールの発生について』
 王子『……それ、賢者の残した考察の中で一番難しいやつだぞ』
 王女『そうなの?』

 王子『ああ。大人でも理解できる人がいなくて、理論すら賢者本人しか理解してないってレベル』
 王女『へー』
 王子『だからやめとけ。もっと易しいやつがあるから』
 王女『いや、これにする。第一印象でピーンときたから』
 王子『……そうかい。まっ、勝手にしろ』

 王女『えーっと、なになに? はじめに、この本を読んでいる君に告ぐ』
 王子『……声に出して読むな』
 王女『この研究は人間と魔族両方の歴史を鑑みても存在しない、前例がない魔法へのアプローチである』
 王子『……静かに』
 王女『そのため、未知の領域が多い。非常に危険なものだと理解してほしい』
 王子(……だから嫌だったんだ)

 2時間後――
 王女『…………』
 王子(王女のやつ、静かになったな)
 王女『…………』
 王子(もしかして眠ってる? いや、寝息は聞こえないか)
 王女『…………』
 王子(集中してるのか? いやいや、まさかあの王女が)
 王女『……った』
 王子『えっ?』
 王女『分かった。この本。理解できた』エッヘン

 王子『は? お前なにを言ってんの。そんな難しい本、理解なんて出来るわけねーだろ』
 王女『ううん、出来た』ブンブン
 王子『……出来た、って。僕も――いや、大人だってその本を理解できた人いないんだぞ。嘘も大概にしとけ』
 王女『出来たもん!』エッヘン

 自慢気に薄い胸をそる王女。
 彼女が生まれてから10年間、家族として一緒に過ごしてきた。だから、王女が嘘をついていないことはその目を見て分かった。分かってしまった。

 王子『……なんだよ、それ』

 神様は不公平だ。
 なぜ、自分と妹の間でこんなにも魔法に対する才能が違うのか。
 同じ両親から生まれてきたのに、なぜこんなにも持って生まれたものが違うのか。

 王女『どう? 凄いでしょ?』ジマンゲー

 屈託なく笑う妹に、腹の奥底からわっと怒りが湧いた。

 王子『……お前は嘘つきだ』

 溢れる感情を制御できず、心にもないことを口にしてしまう。

 王女『嘘なんてついてないよっ』
 王子『嘘だ! お前は嘘つきだ!』
 王女『ついてない!』
 王子『いや、ついてる! 理解なんて出来るはずない!』
 王女『……なんで』
 王子『僕は信じない! お前は嘘つきだ!』
 王女『……なんで、そんなこというの?』ウルウル

 ポロポロと涙を流す王女を見て、はっと我に返った。

 王子『――っつ』
 王女『ひぐ……うぅ……』
 王子『わ、悪か――』
 王女『うわああああああん!』

 滂沱の涙を流す王女。

 王子(……やってしまった)
 王子(3歳下の妹に、大人気なくなに言ってんだ。僕)
 王子(才能ないくせに、魔族としても小さいな)
 王子(……ああ、もう!)

 自己嫌悪に陥る王子のかたわら、王女の側で空気中に含まれるマギカが集まっていた。
 それは、肌で感じられるほど、濃い。

 王子『……えっ?』

 王子が異変に気づいたときには、もう遅かった。
 王女の感情の奔流が、魔法を暴走させていたのだった。強大すぎる精神エネルギーに、ありとあらゆるマギカに反応し、直前に理解した魔法を無意識に発生。

 王子『な――っ!?』

 そして、空間にピキピキと歪みが入った。

 それは小さな歪みで、吸い込まれる力こそなかったが、泣きわめく王女のすぐそばで生まれていた。

 王子『――あぶねえ!』ドンッ

 王子は王女を押しのけ、身代わりになるかたちで歪みに吸い込まれる。

 王女『お兄ちゃんっ!』

 王子『……良かった。お前が無事で――』

 悪かった、という言葉を言う直前に歪みが閉じた。
 王子は、意識を、失った。

 ――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――

 ――――――――――

 ――――――

 ――……

 ??「君! ねえ、君! しっかりして!」ペチペチ

 王子『……ん? うぅ』
 少女「良かったぁ。息してる。ほっとしたよ」
 王子『うぅ……あっ。ここは?』クラクラ
 少女「そんなすぐ起き上がらないで。君、さっきまでどんぶらこどんぶらこって川を流れてたんだから」
 王子『……何語、ですか? さっきから』パシパシ

 王子のおぼつかない視界は、ゆっくりとピントが合ってくる。
 そこは見慣れぬ川のほとりで、体はびしょ濡れで、肌を突き刺すように日差しは熱くて。

 少女「えーっと、外国の子なのかな? すごく凝った衣装着てるし、もしかしてなにかの撮影中?」

 色の白い肌。金色の髪。大きな瞳は吸い込まれそうになるほど魅力的で。

 王子『――っ!!』

 目の前の少女を一目見た時、王子は少しの間、呼吸をするのを忘れてしまうのだった。

今日はここまでです。

 王子『』
 少女「んー。どの言葉なら通じるだろう? きっと日本語は分からないよね」
 王子『』
 少女「ひとまず、アーユーオーケイ?」
 王子『』
 少女「違うか。んーっと、エスクサヴァ?」
 王子『』
 少女「もしかして、エスタスビエン?」
 王子『――ゴホッ! ゲホッ、ガハッ!』

 少女「うわっ、どうしたの突然、咳き込んで!」ズイッ
 王子『!?』
 少女「大丈夫?」」
 王子『うわあああ! ち、近づかないで!』ドタドタドタ
 少女「……そんな後退りしないでよ。傷つくなあ』ツカツカ

 王子『や、止めて! むっ、胸がっ、胸がっ!』ドキドキ
 少女「慌てなくてもいいよ。別に取って喰おうってわけじゃないんだからさ」ピト
 少女はしゃがみ込み、王子のおでこに自分のおでこを合わせる。
 少女「んー、ちょっと温かいけど、熱は大丈夫そうかな?」
 王子『うわっ、あっ、あ……っ!』

 少女「ずぶ濡れのままで風邪引いちゃいけないから、すぐそこの診療所に行こっか」ニコッ
 ゼロ距離で笑みを浮かべる少女。
 仲の良い女性と言えば母と妹ぐらいしかいない王子にとって、その笑顔は彼をノックアウトするには十分すぎた。
 王子『――あっ』ブシュッ
 少女「きゃっ」
 勢いよく鼻血を出しながら、王子は前のめりに倒れる。

 少女「わっ、大丈夫!? 凄い鼻血出したけど」
 王子『』ピクピク
 少女「おーい! 聞こえてますかー!」
 王子『』ピクピク
 少女「これは本当にやばそう。誰かー! 誰かー!」

 少女の助けを求める声を耳にしながら、王子の意識はゆっくりと薄れていった。

 次に王子が目を覚ましたとき、そこは地面の上ではなく、ふかふかのベッドの上だった。

 王子『あれ? ここは?』
 王子『……確か、めちゃくちゃ綺麗な人になんか助けられたような』
 王子『……夢だったのか?』
 王子『…………』
 王子『とにかく、起きよう』

 王子はベッドから降り、辺りを見回す。

 王子『古いけど清潔感のある部屋だ。あと、見たことのないものがいっぱいある』
 王子『というか、外は凄く暑かったのに、なんでこの部屋は涼しいんだろう』
 王子『ん? あのゴウゴウ鳴いてるものから冷たい風が出てきてるぞ』
 王子『冷風を出す生き物じゃあないよな』
 王子『魔法か? いや、魔法というか道具っぽい』
 王子『……ん? 冷たい風を出す道具? なんかどこかで聞いたことがあるような』
 王子『!』

 王子『そうだ。確か“くーらー”だ! お父さんが言ってた』
 王子『日本という国には季節があって、めちゃくちゃ暑い季節があるから、みんなそれを使って部屋で涼むとか』
 王子『そうか。これが件のくーらーかあ。実物を見るのは初めてだなあ』シミジミ
 王子『こんなに角ばってるんだなあー。いやあ、いいものを見たなー』ウンウン
 王子『……いやいやいやいや!』ブンブンブンブン

 王子『なんでくーらーがこの部屋にあるんだ!?』
 王子『くーらーがあるってことは日本ってことだろ!』
 王子『だって、俺がいるこの場所は――』

 そこまで口にして、王子はハッと気づく。

 王子『……莫大なマギカの衝突におけるワームホールの発生』
 王子『その歪みに巻き込まれて』
 王子『別の世界に飛ばされた?』
 王子『もしかして、もしかしてだけれど。ここは――』



王子『日本?』


今日はここまでです。

 女「――おっ、目ぇ覚めた?」ガチャ
 王子『』ビクゥ
 女「あははっ。そんな驚かんでええやん。まあ言葉も通じへんし、知らん土地で知らん奴相手やと敏感にもなるわなぁ」
 王子『……平べったい顔の、人間?』
 女「ちょっと失礼」ジー
 王子『……なんですか?』
 女「ちょい待って」ジー
 王子(……母さんと同じぐらいの歳かな? これぐらいの人なら近づかれてもあんま緊張しないな)

 女「やっぱり見れば見るほどそっくりやなあ」シミジミ
 王子『?』
 男「失礼します」ガチャ
 王子(……また平べったい顔の人間がひとり)
 女「あっ、お父さん」
 男「患者さんに近づきすぎですよ、お母さん」

 女「ごめんなあ。あっ、少女ちゃんは?」
 男「遅くなりそうなので帰らせましたよ。ここからだと電車で1時間ぐらいかかりますしね」
 女「そっかあ。車で送ってあげたら良かったなあ」
 男「言ったんですけどね。定期があるので大丈夫です、って断られましたよ」
 女「律儀やねえ。ってかな、お父さん。この子、あんまりにも魔王ちゃんに似てない?」
 男「……確かに。それでいて、勇者くんの面影もありますね」ジー
 女「なー。賢者さんとこの少女ちゃんが男の子を背負ってきたと思ったら、その子があの2人にそっくりなんやもん」
 王子『…………』

 女「びっくりしたわ、ほんま。しかも少女ちゃんに話を聞いたら、あたしが魔王ちゃんと出会った場所とほぼ一緒やし」
 男「川で流れててびしょ濡れになって、僕の診療所までやってきたことも同じですしね」フフッ
 女「偶然って重なるもんなんやねえ」
 男「珍しすぎる気がしますが……」
 王子『……あ、あの!』
 女「ああっ、ごめんごめん。ほっぽって」
 男「つい、昔を懐かしんでしまいましたね。すみません」
 女「それじゃあ、お父さん。お願いできる?」
 男「久しぶりすぎてちゃんと話せるか不安ですけど。えーっと」コホン



 男『こんにちは。おカラダはダイジョウブですか?』

 王子『言葉が分かるんですか!?』ガシッ


 男『いっ、イタいです。おちついて』
 王子『あっ……す、すみません』ジワッ
 男『どうしました? やっぱりどこかイタミますか?』
 王子『い、いや。なんていうか、その……痛いところはないんですけど、なんかホッとして』
 男『……フフッ。シラナイ土地でシッテル言葉をキくとアンシンしますよね』
 王子『そうですね』ゴシゴシ
 男『キミのお母サンもそうでしたよ』クスクス
 王子『えっ、母さんを知ってるんですか?』
 男『モチロン。キミのお父サンもね』

 男『魔王サンと勇者クンにこの国の言葉を教えたのは僕だからね』ニコッ

 王子『……日本の、母さんと父さんの友人の男性』
 男『そうですね。ちなみに、そこにいる僕の奥サンも2人のユウジンですよ』ニッ
 女「ブイ」ニッ
 男『カノジョも話スことはデキマセンが、この言葉を聞キ取ルことならデキます』
 王子『そしてその人が、母さんと父さんの友人の女性……』
 男『ソウです』ニコッ
 王子『ということはっ!』ガバッ
 男「わっ」

 王子『あなたが、あの魔王と人間の王の一幕に出てくる――傷ついた人を助け、生かすことに尽力する男!』
 男「ええ……?」
 王子『そしてあなたが、相手に優しくすることに理由はいらない。そう教えてくれた女!』
 女「なんよそれ……?」 
 王子『そういうことですね!?』
 男『……そういうことですね、と言ワレましても』
 女「初耳やね」
 男『初耳デスね』

 王子『……えっ、あっ、そうか。2人は、魔王と人間の王の一幕を知らないのか』
 男『ええ。そちらのセカイに言ッタことがありませんから』
 王子『……すいません。あの伝説の2人に会えると思ってなくて。舞い上がっちゃいました』
 女「伝説って」
 男『……言イ過ギですね』
 王子『いえいえ。そんなことありませんよっ。2人のおかげで母さんは――』グゥゥゥ

 王子『……あっ』
 女「大きい腹の虫さんやね」クスクス
 男『ゲンキな証拠だ。キミさえ良ければ、ウチでゴ飯を食べますか?』
 王子『……い、いいんですか』
 男『もちろん。それに……』
 女「しばらくおってくれてもええよ」ニッ
 男『そちらのセカイに帰ル手立テを見ツケルまで、家ニ居テくれてカマイませんからね』
 王子『そんな……いいんですか?』
 女「もち!」
 男『その代ワリ、と言ッテはなんですが』

 男『そちらのセカイのことと、魔王サンと勇者クンの話を聞カセテもらってもいいですか?』ニコッ
 女「いやはや。もう二度と会えないと思ってた親友のお子さんと会えるなんて、人生なにが起きるか分からんねえ」

 人の良さそうな2人の笑み。
 見知らぬ土地で話も通じない環境で。
 母さんと父さんの2人がそんな世界に上手く馴染めたのは、初めて会った人が目の前の2人だったからなんだと、王子は強く思った。

今日はここまでです

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