" ぼんやりと月を透かしてみたり
タイミングをずらしてみたり
孤独に愛されて夜が明けるまで "
『脳裏上のクラッカー』
【 ずっと真夜中でいいのに。】
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「お前それどうしたんだ? 血が出てるぞ」
「ああ、さっき転んで……」
「あらら……いっぱい出たね」
初めてのキスは仲直りのキスで、甘い血の味がした。夜明け前の歩道橋の欄干の上に器用にしゃがみ込むナズナちゃんは美味そうに僕の血を嚥下して、妖艶に微笑んだ。
七草ナズナ。
彼女は人間ではない。
ナズナちゃんは吸血鬼だ。
僕はあまり女性の容姿に頓着するほうではないけれど、ナズナちゃんは可愛いと思えた。
それは彼女が人間ではなく、吸血鬼だからだろうか。人間以外なら僕はまともに恋が出来るのだろうか。そう。僕は彼女に恋したい。
ナズナちゃんに恋して、吸血鬼になりたい。
でも、キスしたのに、吸血鬼にはなれない。
「恋なんかしてないからだろ」
「はあ? してますけど! はあ!?」
「どうせあれだろ? 昨日のことで勘違いしたんだろ? 1回キスしたくらいで好きになったと思い込んだんだろ?」
「え?」
「そりゃあお前、性欲だよ」
「マ、マジで……?」
キスされて発情したのか僕は。自己嫌悪だ。
「ナズナちゃん」
「あん? なんだよ、改まって」
あれから色々と考えてみた。そして僕なりの結論を得たのでナズナちゃんの部屋でゲームをしながら、それを聞いて貰うことにした。
「ナズナちゃんは俺が吸血鬼になりたいってことを知ってるよね」
「今更何言ってんだ。まだボケてねーよ」
コントローラーを放り出して、ナズナちゃんは怪訝な顔でこちらを伺う。僕もコントローラーを置いて、吸血鬼と向き合って、語る。
「それで、俺は吸血鬼になるにはナズナちゃんに恋をしなければならないわけだけど」
「だぁかぁらぁ、それがどうしたんだよ」
それこそが僕の結論。問題で大問題である。
「そういう不純な動機で恋をしようとすること自体が、そもそも大間違いではないかと」
「ほう」
すっと目を細め僕の言葉を吟味するように。
「なるほどねぇ。ところで、なんでそれが間違いだと思ったんだい、コウくん?」
結論には理屈が必要だ。だから僕は答えた。
「恋が目的じゃないから」
目的は吸血鬼になること。恋をするのはそのための手段に過ぎない。それは間違ってる。
そんなのは恋じゃない。ナズナさんが嗤う。
「そうだねぇ、困ったねぇ、コウくん?」
嬉しそうに意地悪な笑みを浮かべる吸血鬼。
「それで? コウくんはどうすんの?」
仮説は合っていたらしい。解決策はわかる。
「優先順位を、変える」
「具体的には?」
具体的にと言われると困る。どうしようか。
「い、いっぱい、キスする、とか……?」
「エロガキ」
ダメだった。それじゃあただの性欲だった。
「ま、あたしは構わねーけど? コウくんがしたいなら何回でもチュッチュッしてあげる」
「け、結構です!」
そうじゃない。そうじゃないんだ。そういうエロいことは恋とは程遠いものだ。もっとこうなんて言うか、そう。素朴なことなんだ。
「とりあえず、もっと沢山ナズナちゃんと話して、いっぱい一緒に過ごして、それで楽しいとか嬉しいとか、時には悲しいとかを共有して。そしたらきっと、俺は君に恋を……」
「甘いな」
え? わりと良い感じのことを言ってたのに。
「甘い甘い。甘ったれてんなよ、コウくん。そんなことじゃ、何百年経っても恋なんか出来やしねーよ。舐めてんのかって話なわけ」
「悪かったですね……どーせ俺には恋愛感情なんて一生理解出来ませんよ」
「拗ねんなって。理解出来ないならさぁ」
ぐいっと顎を引かれ、目と目で見つめ合う。
「あたしが理解させてやんよ」
そう言って吸血鬼は嗤う。嗜虐的に微笑む。
「というわけで、そこに寝て」
「……あの、わかってるとは思いますが」
「はいはい。エッチなことは禁止ね。わぁってるわぁってるってば。ほれさっさと寝な」
ほんとにわかってんのかと不安になりつつ。
「身体の力を抜いてリラックスリラックス」
優しい手つきでマッサージをされた。ひんやりとしたナズナちゃんの指先。温もりはないけど、優しさは感じた。彼女は静かに語る。
「あの日、なんであたしがムカついたのか、まだ話してなかったよね」
「あの日って、キスした日ですか?」
「そうそう。あたしはあの日、ムカついて不機嫌になったわけだけど、それは別にコウくんに対してムカついてたわけじゃなくてさ」
「じゃあ、何にムカついてたんですか?」
「はい、次はうつ伏せねー」
うつ伏せになるように促されて、従うと、彼女は上に乗って僕の腰を指圧する。心地よい刺激は痛みと気持ち良さ。眠くなるほどに。
「今更、友達面すんなって話だよ」
「え?」
「友達なら助けてやれって思ってさ」
いつもよりも強めな指圧は痛かったけれど。
「そっか……ナズナちゃんは優しいね」
「や、やめろよ、いきなり褒めんのは!?」
褒めるというか惚れるというか。惚れたい。
「もっと俺を惚れさせてよ」
「惚れさせるより掘るほうが得意なんだよ」
「は?」
指が、打ち込まれる。親指が。お尻の穴に。
「イギッ!?」
「フハッ!」
吸血鬼が嗤う。僕の尻に親指を突っ込んで。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ああ、やっぱり。彼女は人間ではなかった。
だってこんなの絶対おかしい。尻穴に親指。
お尻の穴は出すもので、挿れる穴じゃない。
「ちょ、ちょっとナズナちゃん! 痛いっ!」
「んあ? ああ、わりーわりー。いま抜くわ」
スポッと親指を抜いて、悪びれもせず言う。
「でもこれでよくわかったろ?」
「はあ?」
「エロなしで恋する感覚ってやつがさ」
にっこり微笑む吸血鬼。やっぱり頭おかだ。
「ナズナちゃんは難易度高いなぁ」
「まーな。んじゃ、ゲームの続きすっか」
あんなことがあったのに何食わぬ顔でゲームを再開するナズナちゃんに恋するのはきっと難しい。それでも僕は諦めない。恋をする。
「さっきのナズナちゃんの嗤った顔」
「あん?」
「可愛かった」
「……うっせーばか」
このときめきは互いの確信犯かも知れない。
【よフハッしのうた】
FIN
最近の作品で書いて欲しいとリクエストを頂いたので、『よふかしのうた』のSSを書いてみました
沢山の方に読んで貰えて嬉しいです
最後までお読みくださりありがとうございました!
ずとまよに最近はまってまして、聴いてると捗ります
曲もいいですけど、歌詞も素晴らしいので興味のある方は是非聴いてみてくださいね
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