久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」 (170)
あらすじ
正体の不明の音楽プロデューサー、その目的はいかに。
前話
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1629804897/)
注
7人が行くシリーズの後日譚、その4。
設定はドラマ内のものです。
それでは投下していきます
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1666519693
メインキャスト
久川颯
望月聖
SDsメンバー
1・久川凪
2・白雪千夜
3・江上椿
4・夢見りあむ
5・日下部若葉
6・辻野あかり
7・砂塚あきら
クラリス
柳瀬美由紀
関裕美
速水奏
松永涼
依田芳乃
黒埼ちとせ
佐藤心
西川保奈美
川島瑞樹
アナスタシア
沢田麻理菜
棟方愛海
櫻井桃華
篠原礼
兵藤レナ
ヘレン
八神マキノ
西園寺琴歌
南条光
松山久美子
伊集院惠
太田優
財前時子
姫川友紀
・Hetero
接頭辞:異なったの意
例語:Heterojunction、Heterodox、Heterochromia、など
1
とある10月の日曜日
夕方
S大学・部室棟・SDs部室
SDs部室
夢見りあむが代表のサークル、SDsの部室。最近、勉強用の机が増えた。
辻野あかり「はいっ、わかりません!りあむさん、困ってるJKを助けるんご!」
辻野あかり
SDsメンバー。ただいま、お勉強中。歌はたまにカラオケに行くくらいで、音楽の成績も普通らしい。
夢見りあむ「……」
夢見りあむ
SDsの代表。こちらもお勉強中。地下アイドルなどニッチな方向に偏っていると思いきや、家族の影響で音楽の知識は広いらしい。
あかり「りあむさん?もしもーし、数学で聞きたいことがあるんご」
りあむ「うわーん、やっと終わった!なんで大学受験もとうに終わったのに、日曜のこんな時間にレポートを書いてるんだよぅ!んで、あかりんご、何か言った?」
あかり「りあむさんは立派です。数学で聞きたいことがあって」
りあむ「ぼくは終わったからね!いいよ!うんうん、これはこうだな!」
あかり「おー、りあむさんもちゃんと女子大生でした。普通の髪色のりあむさんも見慣れてきました」
りあむ「残念だけど女子大生以外の何者でもないぞ!実習の準備とレポートに追われる看護の学生!担当の患者さんまでいる!自分で言うのも何だけど、この事実がとんでもないな!」
あかり「りあむさん、最近元気ですね」
りあむ「そうかぁ?1年でこれだと2年以降はどうなるんだよぅ……ゆううつだ。リーダーちゃんにも迷惑を更にかけるぞ……」
あかり「リーダーちゃん?」
りあむ「実習はグループなんだよ。リーダーちゃんはりあむちゃん係のコミュ強ちゃんだよ。同い年とは思えない器のデカさ、どうせ負けるなら頼ってやる!」
あかり「そうなんですかー」
りあむ「何、その表情?ハムスターでも見るような」
砂塚あきら「慈愛の笑みデスね。りあむサン、大学で上手くやってるじゃないデスか」
砂塚あきら
SDsのメンバー。音楽はネットで配信してるのを聞いてますよ、とのこと。
りあむ「そんなわけないだろ!りあむちゃんのメンタルはいつもボロボロだよ!もっと患者のおばあちゃんにも色々できるはずなのに!むしろ、そのおばあちゃんにぼくが励まされてさ!りあむちゃんはりあむちゃんが情けないよ!」
あきら「りあむサンは、今はりあむサンなんて仕方ないデス」
あかり「少しずつ努力しましょう。りあむさんなら立派な白衣の天使になれるんご」
あきら「2人ともお疲れ様。でも、そろそろ時間」
りあむ「時間!時子サマがお訪ねになられる!はようはよう!」
あきら「何デスか、その言葉遣い。それに財前サンだけじゃないから」
りあむ「あかりんごも勉強は辞め!というか、S大学付属で真ん中なら、そこそこいいとこ行けるから安心だよ!さぁ、時子サマをお迎えするぞ!」
あかり「そうします。あきらちゃん、何をしましょうか」
あきら「とりあえずテーブルを綺麗にして、後は千夜サンに聞こう」
りあむ「白雪ちゃん、料理の準備は終わったの?」
あきら「そっちは大丈夫、千夜サンだし」
りあむ「ウワサをすれば白雪ちゃん!」
白雪千夜「ご心配はいりません。幾つかはテイクアウトで準備しましたから」
白雪千夜
SDsメンバー。音楽は聴きません、と本人談。あの子は楽しそうに歌うしとっても上手なんだよ、らしい。
あかり「ち、ち、ち、千夜さん……?」
りあむ「お疲れ様!手段は何でもコース料理を準備できるのは凄すぎるよ!」
千夜「お前に褒められても。財前さんの頼みですから、出来る限りは」
りあむ「まずは参考書を片付けないと。多いんだよ!ノートも信じられないくらい増えてくし!今時ノート提出とかあるんだよ!病院だから電子機器頼みできない文化なのは理解してるけどさ!最近は電波で狂わないのも知ってるからな!」
千夜「砂塚さん、食器を運んでください」
あかり「千夜さん!質問があるんご!」
千夜「辻野さんは、何か?」
あかり「そ、その恰好は何ですか?」
千夜「これは、給仕服です」
あきら「いわゆるメイド服。#エプロン付き」
りあむ「食事会があるから椿さんが用意してくれたよ!まずは形からだからね!椿さんのそういうところはキライじゃない!」
あきら「シックな感じで千夜サンによく似合ってる。コスプレ感も少ないし」
あかり「んごご~、めんごすぎるんご!どうして2人ともそんな冷静なんですかっ!こんなカワイイものを見て!」
りあむ「だって、白雪ちゃんはいつだってカワイイだろ?それに、なんかいつもメイド服着てるような気もするし」
あきら「あー、メイド服感。#わかる」
あかり「はぁ~、このありがたさをわかってないんご。華奢な女の子のメイド服姿はこんなに素晴らしいなんて……抱きしめたくなるのが当然ですっ」
千夜「衛生的ではないので抱き付くのはお辞めください。これからお客様も来ますので」
りあむ「うおぉ、メイドツッコミだ!ほら、白雪ちゃんは心にメイド服を着てるんだよ!」
あきら「メイドツッコミは#わからない。りあむサンもあかりも何言ってるんデスか」
あかり「はっ、正気を失ってました。あまりの可憐さに」
あきら「正気を失ってたんデスか……」
あかり「お触りは厳禁ですよね。脳に高画質で刻み付けないとっ」
あきら「これは戻ってない」
久川凪「千夜さん、凪の台所作業が終わりました」
久川凪
SDsメンバー。凪のマイクパフォーマンスは家族にも評判です、らしい。
千夜「ありがとうございます」
あかり「凪ちゃんは猫のエプロン、カワイイですね」
凪「はい。雑貨屋にてお小遣い残高を少なくしました。しかしながら、はーちゃんにも大好評なので良しとする」
あきら「千夜サンとの対応が大分違う」
りあむ「別カテゴリなんだよ、あかりんごの中では。ほら、神と天使は違うじゃん?」
あきら「いや、その例えはわからないから」
あかり「制服にエプロンの千夜さんもいいですけど、やっぱりメイド服ですね……んごんご」
りあむ「単に白雪ちゃん愛好家なだけか?ちとせとりあむちゃんに勝てると思うなよ!最初はナンバー3以降!」
凪「ここは凪もナンバー2を争いたいところですが、時間だと凪は思います」
あきら「うん。りあむサンもあかりも、集中して」
千夜「食器を並べたら段取りを説明します」
りあむ「わかった!あかりんご、手を洗って準備しよう!」
あかり「はっ!もしかして私達もメイド服を着るんですか!?」
あきら「違う。凪チャンも着てないし」
千夜「辻野さんも食事は楽しんでください。給仕は私がやりますので」
2
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「白雪ちゃん、テーブルはこれでいいかな!?りあむちゃんの記憶はうろ覚え過ぎて役に立たない!」
千夜「はい。問題ありません」
あかり「レストランで見る布もあるんご。これはどうしたんですか?」
あきら「黒埼家から借りて来た。食器も」
千夜「凪さん、メニューは」
凪「書けました。百円均一ショップで買ってきたミニ黒板、オシャレは工夫です」
りあむ「どこがいいかな?テーブル?」
あきら「テーブルかな、小さいから乗る」
千夜「ウェルカムカードを置きます。辻野さん、この紙の通りに置いてください」
あかり「わかりましたっ」
凪「凪が半分やります」
千夜「どうぞ」
あかり「時子様、望月聖ちゃんでしたっけ、颯ちゃんに、ん!?」
あきら「椿サンと若葉お姉サンはいないんデスか?」
りあむ「椿さんはバイトらしいよ。若葉お姉さんは卒論のフィールドワークがあるから今日から泊まり込みだって。椿さんからはカメラは預かってるよ!白雪ちゃんの写真は既に撮り始めた!」
あきら「あかり、カード眺めてどうしたの?名前しか書いてないと思うけど」
あかり「松山久美子さんが来るんですか?」
千夜「はい、私もお会いするのは今日が初めてですが。お知り合いでしたか?」
あかり「一方的に知ってるだけです。時子様の同級生の中でも一番の美人さんなんです、楽しみですっ」
凪「文化祭のホームページに記載があります。S大学1年生時にミスS大学。凪調べ」
千夜「そうだったのですね。知りませんでした」
あかり「でも、一番の推しは千夜さんです。心配しないでくださいっ」
あきら「また変な言葉を覚えて……りあむサンのせいデスよ」
りあむ「ええっ、ぼくぅ!?あかりんごには教えてない!たぶん!」
あかり「あっ、でも……」
あきら「あかりは、どうしてこっち見てるの?」
あかり「千夜さん、ごめんなさい!やっぱり1番はあきらちゃんにするんご!」
あきら「え?そういうのは……この流れで腕組んでくるのも恥ずかしいから……」
あかり「えへへ♪あきらちゃんは最初の友達で恩人ですからっ」
りあむ「え?もしかして、2人はぼくを尊死させようとしてんの?白雪ちゃん、どう思う!?」
千夜「お前の言葉は理解しかねる」
コンコン!
あかり「ノックの音がしました」
りあむ「約束の時間にはまだ早くない?誰か早めに来たのか?」
あかり「お出迎えするんご。はーい、ただいま!」
あきら「……意外とあっさり離れて行った」
りあむ「せっかくだから白雪ちゃんにお出迎えしてもらえばいいのに!ね、凪ちゃんもそう思うでしょ?」
凪「それは同感です。そして、何か聞こえました」
あきら「千夜サンのメイド服見た時と同じような声」
千夜「ということは、松山さんでしょうか」
あかり「みなさん、松山さんがいらっしゃいましたっ」
松山久美子「ごめんなさい、早かったけどいい?」
松山久美子
時子の同級生で同じサークルの一員だった。母はピアノ教師、自身もピアノが得意。
千夜「かまいません。お席へどうぞ」
あかり「あきらちゃん、あきらちゃん……」
あきら「何かあった?」
あかり「実物は写真よりも美人でした……都会は凄いんご」
あきら「あかり、そんなキャラでいいの?」
千夜「いましばらくお待ちください。辻野さん、松山さんの話し相手はいかがでしょうか」
あかり「喜んでお話しさせていただきますっ」
3
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「お待ちしていました、財前さん」
財前時子「……形から入るタイプなのね、貴方」
財前時子
S大学の職員。綺麗な声で歌えるのよ、とのこと。本日は何やらボトルを持参。
千夜「私ではなく江上さんです」
時子「江上椿は相変わらずね。他は揃っているのかしら」
千夜「はい。望月聖さんもいらっしゃいました」
時子「そう。いつまでも心配しているわけにはいかないもの、安心したわ」
千夜「そのお荷物はお預かりしましょうか」
時子「シャンメリーよ。未成年に出してあげなさい」
千夜「お気遣いありがとうございます。お嬢さまからワインをいただきましたので、財前さんと松山さんにはそちらを」
時子「受け取っておくわ」
千夜「こちらにどうぞ」
りあむ「時子サマ!待ってたよ!その服、似合い過ぎてる!」
時子「静かになさい」
りあむ「あっ、はい」
久美子「時子ちゃん、久しぶりー」
時子「先週会ったばっかりでしょうに」
久美子「ちゃんと正装してるのね。私もした方が良かった?」
時子「今日は構わないわ。久美子にも近いうちにしてもらうことになるかもしれないわ」
久美子「えっ?」
時子「飲み物だけ準備してちょうだい」
千夜「わかりました。凪さん、お手伝いください」
凪「りょ……おっと失礼、わかりました」
時子「紹介と説明をするわ。夢見りあむ」
りあむ「なに?時子サマ、何でも言ってよ!」
時子「戸締りとカーテンはしっかりとなさい」
4
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「何これ、旨いぞ!」
あかり「美味しいんご……」
あきら「子供の飲み物だと思ってたのに」
時子「貴方達も座りなさい」
凪「はい。遠慮はしません。シャンメリーもいただく」
千夜「お言葉に甘えます」
時子「紹介するわ。久美子は、いいかしら」
久美子「ええ。時子ちゃんが来る前に話したもの」
時子「この通りの姿よ。協力してもらうわ」
あかり「美人だから出来ることがあるんでしょうか?」
あきら「それはわからない」
久美子「やっぱり頼みごとがあるのね……」
凪「時子様、なーちゃんはご存知ですか」
時子「ええ。聖と先に会ってるわ」
久川颯「えっと、どう挨拶すればいいのかな?」
久川颯
久川凪の双子の妹。カラオケで楽しそうに歌う姿はまさに久川家のアイドルです、らしい。
時子「気張らなくて平気よ。久美子以外は知ってるわね」
凪「もち」
時子「『捕食者』のことも」
あきら「うん」
あかり「久美子さんは知ってる……んですか?」
久美子「時子ちゃんから事前に聞いてるわ。楓さんも知ってるし、顛末も聞いた」
時子「それと、もう1人。夢見りあむはこの子と会ってるわね」
りあむ「うん。確か、病院で会ったよ」
時子「聖、挨拶なさい」
望月聖「うん……望月聖、です……こんばんは」
望月聖
赤い瞳、金髪、白い肌と幻想めいた出で立ちの少女。歌は、時子との約束らしい。
あかり「えっと」
時子「辻野あかり、聞きたいことでもあるかしら」
あかり「颯ちゃんの秘密も話してるし、もしかして、あちら側なんですか」
時子「今はそうよ」
あかり「やっぱり。こんな神秘的な美少女が人間なわけないんご」
時子「聖の風貌は生まれつきよ」
あきら「その言い方だと、人間から変わったの?」
時子「違うわ。久川颯、わかるかしら」
颯「うん。わかるよ。深く、なんだか、別の所から顔を出してるみたい」
聖「そう……まだ、つながってる……」
久美子「前みたいなことにはならなそう?」
聖「うん……ほとんど聞こえないから……」
時子「聖にも協力してもらうわ。今回は教会も既に動いている」
あきら「りあむサン、そうなんデスか?」
りあむ「ぼくも詳しくは聞いてない」
時子「慌てないでいいわ、今から話すもの」
千夜「コース料理を準備した理由も聞いておりませんので」
時子「聖もいるから一言自己紹介してちょうだい。貴方から」
あかり「わかりましたっ。辻野あかり、山形出身の高校1年生です!実家のリンゴ農園をハーピーに荒らされちゃったから復活させるためにお勉強してるんご」
聖「ハーピー……気になる」
あかり「後でお話するんご、次はあきらちゃんです」
あきら「砂塚あきら、よろしくデス。あかりと同じクラス、何か特殊なことはないかな。次、どうぞ」
凪「凪は久川凪です。はーちゃんの姉です。どうやら霊感はないようです。おわり」
りあむ「夢見りあむ!S大学の1年生!看護学科!」
聖「ナースさんになるの……?」
りあむ「え?え、えっと、なりたい……んだと思う」
あきら「そこは自信持っていえばいいのに」
りあむ「それと、何か知らんけどこの集まりの代表やってる!次は、白雪ちゃん!」
千夜「白雪千夜です」
りあむ「それだけ!?もっとアピールしなよ!」
千夜「特にありません。望月さん、何かあったらお声がけください」
聖「メイドさん……カワイイ……」
りあむ「気に入ってるみたいだから、いいか!」
千夜「財前さん、本題に入りますか」
時子「ええ。聞いてちょうだい」
5
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「えっと?」
りあむ「『チアー』の力で儲けてる奴がいる、違うな、いるかも!」
千夜「『チアー』は誰かわかっていません」
あきら「目的も。能力は……どうかな」
凪「凪達は見ました。蝶々の集まりへと変貌した人物を」
颯「……うん」
りあむ「それより先に、筋力が上がるだけのも見た!」
久美子「つまり、『チアー』の能力はどれくらいかわからないのね」
聖「そう……シスターも言ってた……」
りあむ「歌が上手くなるだけかも!」
あかり「変身させるより、音楽の才能を目覚めさせる方が簡単ですよねっ」
あきら「問題は」
久美子「全然手掛かりがないってこと?」
千夜「だから、動き始めた」
時子「浮かび上がった人物が『チアー』である確証はない」
りあむ「うーん、仕方がない!わからないものはわからない!」
あかり「『チアー』かもしれないのが、その音楽プロデューサーさんなんですね」
あきら「うん」
久美子「名前は聞いたことはあるかな」
聖「人前に姿を見せないんだって……」
あきら「名前は『庵野雲』、なんて正しく読むんだろ?」
りあむ「読み方はあんの、うん。だけど、どう考えてもアンノウンが由来だろ!安直が過ぎるぞ!」
あかり「自分で謎だ、って名乗る人をドラマ以外で初めて聞いたんご」
凪「フムン。つまり、『チアー』も音楽プロデューサーも正体不明と」
千夜「疑いを持つには十分です」
時子「そんな音楽プロデューサーが企画を立てたわ」
颯「新たな才能をお披露目するため、って」
あきら「それが、強化合宿を兼ねたオーディション」
あかり「場所は、M市民文化会館?」
りあむ「歩いてすぐそこじゃん!めちゃちかだよ!」
凪「張り込むのは簡単です」
千夜「目の前に図書館もあります」
凪「何人かでやれば怪しまれることも少ないと考えます」
時子「ええ、だから協力してもらうわ」
りあむ「それなら出来るよ!時子サマのためがんばるぞ!」
凪「おー」
あきら「こっちは外側から」
あかり「内側からは颯ちゃんと聖ちゃんが探るんですねっ」
時子「ええ。『チアー』の影がつかめていないこの状況、協力をお願いするわ」
久美子「うーん、私もそう思うけど……時子ちゃん?」
時子「何かしら」
久美子「それだけじゃないでしょ?」
凪「それだけではない、とは?」
久美子「確証が持てないわりには、事が大きすぎるわ。時子ちゃんらしくない」
りあむ「確かに、颯ちゃんに聖ちゃんを送り込んでるのは大がかり過ぎるか?時子サマだからそれくらいやると思ってた!」
久美子「時子ちゃんもただの大学職員で、教会とは違うもの。どうなの?」
聖「時子……言ってもいいよ」
時子「わかったわ。そもそも、教会にこの件を紹介したのは私よ」
颯「そうなんだ」
時子「芸能事務所と伝手があるのは知ってるわね」
久美子「恵磨ちゃんのポスターが貼ってあるから、わかりやすいわね。見やすいところにありがとう」
凪「どういたしまして」
千夜「それならば何故この件を知っていたのか、というところも気になるところです」
りあむ「時子サマがアンノウン音楽プロデューサーのことを知ってて、何かオーディションがあることも先に知ってた理由?」
あきら「偶然調べてた、とか」
時子「もっと簡単よ」
颯「時子さんがアンノウン音楽プロデューサーとか」
時子「それは大胆すぎる仮説ね、違うわ。発想力は褒めるわ、大切になさい」
あかり「ずっと調べてた、かな?」
凪「何度も調べるのは大変です」
りあむ「時子サマも暇じゃないもんね!いつもありがとう!りあむちゃんみたいな面倒な学生を助けてくれて!」
千夜「常に情報が入るようにしていた」
聖「……」
凪「聖さんの顔を眺めて凪は閃きました」
久美子「凪ちゃん、教えてくれるかしら?」
凪「時子様は伝手を使って情報を収集していました。それは何のためか、歌の才能を示す場を与えるため」
聖「……そう、あってる」
凪「凪もはーちゃんが気にしていることを調べたりしていました。いわゆる先読みです」
颯「なー、そうだったの?」
凪「その話はおいおいです」
久美子「本当に聖ちゃんには甘いのね」
時子「久美子はその理由は知っているでしょう」
久美子「クリスマスのことはよく知ってる」
りあむ「クリスマス?何の話?」
時子「サンタクロースに会うことがあったら聞きなさい」
あかり「サンタクロースに会う?サンタってホンモノがいるんですか?」
時子「聖と約束していたの、雪が降るクリスマスに」
聖「ステージから歌うのを時子に聞かせる……って」
時子「それは私の希望でもあるわ」
聖「退院する前から……時子は教えてくれた」
時子「久川凪、正解よ」
凪「やりました。メモリー獲得間違いなし」
時子「聖の舞台を探していたわ。端役とはいえステップアップには相応しい」
りあむ「でも、気づいちゃった。最近の変なことにつながるような!」
時子「ええ。杞憂ならば良いのだけれど」
久美子「聖ちゃんは期待通りにオーディションは通った」
凪「なるほど、不安になったのですか。分かりますよ、その気持ち」
時子「急に親近感を持たれた気がするわ」
凪「用心に越したことはありません。はーちゃんのためにも」
颯「はー?大丈夫だよ、『捕食者』さんもいるから」
千夜「事情はわかりました」
りあむ「協力するぞ!最初からこの結論は変わってないけど!」
あきら「うん。自分達が役に立てそうなこと」
あかり「困ったら若葉お姉さんに相談しましょう」
時子「助かるわ。颯、聖」
颯「はいっ」
時子「まずは歌を真剣にやりなさい。いいかしら」
聖「うん……」
颯「わかった!はー、舞台にも興味あったんだー」
凪「やはり、そうでしたか。凪も勉強開始です」
久美子「時子ちゃん、もう1つ質問」
時子「何かしら。秘密にしていることはないと思うけれど」
久美子「どうして、コース料理の席が用意されてるの?」
颯「それは、あるから」
久美子「ある?何かしら」
聖「ディナーがあって……マナーとかそういうの知らないから……」
時子「何故かディナーが組み込まれてるのよ。誰の趣味なのかしら」
りあむ「ディナー、なんで?」
時子「私に聞かないでちょうだい。白雪千夜、礼儀作法はわかるかしら」
千夜「基本的なことは」
時子「良かったわ。貴方からも教えてあげてちょうだい」
千夜「かしこまりました」
時子「それもあるけれど、話がしたかったのも事実よ」
久美子「そうなんだー」
時子「……久美子」
久美子「ふふっ、わかってる。さ、はじめよっか」
千夜「付き出しから順にお出しします。凪さん、ご協力を」
6
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「……美味であった」
あかり「りあむさん、静かにしようとして美食家みたいになってるんご」
りあむ「ぼくの問題は口だからね、マナーを守り、炎上しないためには黙るしかない」
あきら「りあむサン、マナーは身についてた。口はともかく」
あかり「意外です」
聖「時子……これでいいのかな……」
時子「問題ないわ。必要以上に畏まるのだけは避けなさい」
颯「フォークとナイフでムニエルなんかはじめて食べたよ」
久美子「うん、颯ちゃんも上手」
颯「千夜さんに教えてもらったから」
千夜「どういたしまして。魚料理のお皿をおさげします」
りあむ「これは白雪ちゃんのお手製な気がする……旨い白身魚のムニエルだった」
あかり「付きだし、オードブル、ポタージュ、魚料理が出てきました」
あきら「コーンポタージュはレトルトだって。それ以外は千夜サン手作り」
あかり「そうなんですか?」
りあむ「あのクッキー手作りだったか……そんな感じの売り物じゃなかったのか」
あかり「オードブルなんて高いスーパーで売ってるのだと思ったんご」
あきら「パテもサラダも、アボカドとエビを混ぜたやつも手作りだって」
あかり「千夜さんは凄いんご」
聖「メイドさんは……すごい……すごいんご?」
あきら「聖チャン、真似しない方がいいデス」
颯「次はなんだろう?」
凪「お口直しの飲み物です。凪がオーダーをお聞きします」
千夜「財前さんと松山様にはワインをお出しします。お嬢さまからの頂き物です」
久美子「なら、遠慮なく」
凪「未成年にはノンアルコールです。サイダーか飲むヨーグルトをお選びください」
あかり「アンテナショップで仕入れた、山形産の飲むヨーグルトがオススメですっ」
颯「それなら、飲むヨーグルトで!」
あきら「自分もそれで」
聖「わたしも……」
凪「はい。りあむさんは」
りあむ「サイダーにする。あかりんごは?」
あかり「私もサイダーにするんご」
颯「えっ、そこは飲むヨーグルトじゃないの?」
あかり「サイダーの気分なので」
凪「あかりんごとはそういう人物です。お持ちしますのでお待ちください」
7
S大学・部室棟・SDs部室
久美子「時子ちゃん」
時子「何かしら」
久美子「このワインおいそれと飲んじゃいけない味がするわ」
時子「気のせいよ」
久美子「いいえ、美味しすぎるわ。メイドさん、聞いていい?」
千夜「松山さん、何かご用でしょうか」
聖「美味しそう……」
颯「おっきいローストビーフだー」
千夜「凪さん、お任せします」
凪「りょ。先ほどの練習の成果を見せましょう」
久美子「このワイン、どこの?」
千夜「黒埼家が保有する西欧の古城を改造したワインセラーに保存されていたもの、とのことです」
颯「西欧の?古城を改造した?ワインセラー?」
あきら「スケールが大きいデスね……」
久美子「時子ちゃん、本当に大丈夫なの?」
時子「いつか飲まれるものよ。それなら、久美子に飲まれて光栄でしょう」
千夜「遠慮は不要です。私にはワインの価値はわかりませんが」
久美子「そうするわ。だから、もう一杯ちょうだい」
千夜「かしこまりました。凪さん、そちらは問題はありませんか」
凪「はい。時子様、ローストビーフを献上します」
時子「ありがとう。盛り付けも上手よ」
凪「時子様に褒められました。なんと喜ばしい」
りあむ「うむ、わかるぞ」
あきら「わかるんだ……」
千夜「ワインをお持ちしました。どうぞ」
久美子「ありがと。いただくわ」
千夜「ごゆるりと。凪さん、お手伝いします」
凪「では、こちらを久美子姉様に」
千夜「かしこまりました」
8
S大学・部室棟・SDs部室
颯「あー、美味しかったー♪」
凪「凪も同じ感想です。ローストビーフを、固唾をのんで見守った甲斐がありました」
颯「チーズも美味しかったよっ」
あかり「ありがとうございますっ、今後も山形をよろしくんご。でも、やっぱり、デザートのタルトタタンが美味しかったんご~」
あきら「千夜サン、リンゴのデザート得意だよね」
あかり「そうですっ、前に食べたアップルパイも最高でしたっ」
千夜「お褒めに預かり光栄です。紅茶と焼き菓子をお持ちしました」
聖「美味しそう……」
千夜「砂糖とミルクはお使いになりますか」
颯「うん!あれ?こういう時は使っちゃダメなんだっけ?」
時子「そんなことはないわ」
久美子「元は砂糖を飲むための飲み物、とか優ちゃんが言ってたかしら」
千夜「では、ご自由にお使いください。スプーンで音は立てませんように」
りあむ「心が落ち着く、いや、これは……」
あかり「りあむさん、もしかしておねむですか?」
りあむ「かもしれない、黙ってたら眠くなってきたのか」
聖「看護師さんは朝早いから……うん、紅茶が美味しい……」
りあむ「せっかく明日休みなのに、まぁ、いいか。どうせ授業はいつも朝早いし」
久美子「ふーん」
あかり「久美子さん、りあむさん見ても何も面白くないですよ?」
りあむ「それ、あかりんごが決めること?まぁ、面白くはないけど」
久美子「時子ちゃん、この子については一安心?」
時子「私に聞かないで」
颯「紅茶もクッキーも美味しい!千夜さん、マナーも教えてくれてありがとう」
千夜「いえ。楽しく食事をしていただけるなら、何よりです」
時子「ええ。聖も食欲は問題なさそうね」
聖「うん……」
時子「これで準備はいいわね。ディナーで緊張しないこと」
りあむ「目的があるから?」
聖「食事の時間は……おしゃべりになるから……」
颯「情報を聞き出すため、だよね」
時子「ええ。明日から始まるわ、2人共気をつけてちょうだい」
聖「任せて……時子」
颯「『捕食者』さんと頑張るよ!」
時子「私はごちそうさま。久美子」
久美子「私達は飲み直しましょう。どこかで」
時子「ええ。ところで、久川颯」
颯「なに?」
時子「満腹かしら?」
颯「これくらいでも平気だよ。でも、満足してない」
久美子「『捕食者』とつながってるんだものね」
りあむ「腹何分目くらいなの?」
颯「えっと、えへへ……」
あかり「答えにくいくらいなんですか?」
凪「実のところ、そのようです」
颯「腹2分目くらい、かも」
あきら「千夜サンが用意したコースでそれは、大変だ」
凪「はい。ゆーこちゃんが困っています」
千夜「残りはありますので、運びます」
時子「白雪千夜、今日はありがとう」
千夜「構いません。良い夜をお過ごしください」
時子「……」
久美子「ありがとう。私も行こうかしら……時子ちゃん、どうしたの?」
時子「なんでもないわ。夢見りあむ」
りあむ「え、ぼく?」
時子「自分のことで精一杯だと思うでしょうけど、貴方はもう少しがんばれるわ。代表、がんばりなさい」
りあむ「うん。何か眠いから大げさに喜ばないけど、内心とんでもなく嬉しいよ」
時子「失礼するわ。久美子、行きましょう」
久美子「ええ。またね」
あかり「はいっ、また遊びに来てください」
凪「さようなら。玄関までお見送りします」
千夜「お願いします。颯さん、おかわりをお持ちします」
颯「はーい!」
9
とある10月の月曜日(祝)
午前10時
M市中央図書館・3階
M市中央図書館
M市民文化会館の道路を挟んで向かい側にある図書館。M市在住か通勤通学していれば利用可。
あきら「おはよ」
あかり「あきらちゃん、おはようございますっ」
あきら「2人共早いデスね。あかりは得意だけど、りあむさんも」
りあむ「朝一の授業に出ると思ったら楽だからね」
あきら「りあむサンは図書館だから抑えめか」
りあむ「いつも通りだと唾液が飛ぶってリーダーちゃんから言われたからね、練習してるんだよ」
あかり「ささ、ここに座るんご」
あきら「うん。窓際の良い席とれたね、文化会館の玄関がよく見える」
あかり「開館前に並びました。一緒にいたお婆ちゃんにアンテナショップの宣伝もしましたっ」
りあむ「うんうん、あかりんごは逞しく生きてるな」
あきら「2人は来たんデスか?」
あかり「聖ちゃんは案内されて中に入って行きました。妖精さんみたいだから、ここからでもわかりましたっ」
りあむ「颯ちゃんは、ウワサをすれば来た。時間ぴったりだ」
あかり「凪ちゃんと一緒なんですね」
りあむ「そう、一緒に行って認識されることで怪しまれない作戦」
あきら「なるほど……中に入って行った」
あかり「聖ちゃんを案内したのと同じ警備員さんです」
りあむ「高級そうな制服だな、市民文化会館には普段いなさそうな」
あきら「凪チャンがこっち見た、けど、行っちゃった」
りあむ「ここに合流すると怪しいからね」
あかり「凪ちゃんとは部室で情報共有です」
あきら「わかった。他に誰か入った?」
あかり「スタッフさんは別の出口から入ったか、朝早く集合したみたいです」
りあむ「黒髪ロング美女が到着したのは見た」
あかり「誰がいるかはわからないんご。颯ちゃんと聖ちゃんにがんばってもらわないと」
りあむ「うむ。ぼくたちは見守っていよう」
あきら「うん。今日は勉強デスか?」
あかり「本は読みますけど、学校のお勉強じゃないです」
りあむ「ありさせんせいからオススメを教えてもらった。頭の違う部分を使おう」
あかり「妖怪とか民俗学の本です。絵本もありますよ」
あきら「絵柄はカワイイ系だ」
りあむ「分担して読もう、んで、気になったところは教えあうぞ」
あかり「わかりましたっ」
10
M市民文化会館・エントランスホール
M市民文化会館
大ホールと小ホールを備える市民文化会館。他に会議室2つ、和室、茶室などがある。
M市民文化会館・エントランスホール
ガラス張りの玄関と大きなシャンデリア、2階の大ホール出入り口に続く大きな階段が特徴的。
颯「き、緊張する……」
棟方愛海「……うひひ」
棟方愛海
颯と同じコーラスでの参加者。とある芸能事務所に所属。事務所内オーディションに合格したのでこの場にいるとのこと。
颯「あれ、何か変な気配がする?」
愛海「……おっと、まだ早いよね。親睦を深めてからだよ、愛海」
颯「近づいてきた」
愛海「こんにちは♪」
颯「こんにちは……?」
愛海「あたし、棟方愛海!今日からよろしくね♪」
颯「棟方愛海ちゃん……えっと、久川颯、14歳の中学2年生です、宜しくお願いします」
愛海「同い年なんだ、その割には立派な……うひひ……」
颯「何か言った?」
愛海「何でもないよ!同い年だから遠慮しないでね、愛海ちゃんでいいよ!」
颯「それじゃ、愛海ちゃん。はーも颯でいいよ」
愛海「はーちゃん、って呼ばれてるの?」
颯「うん。なーとかに」
愛海「なー、あっ、一緒に玄関まで来た子?姉妹?」
颯「颯と凪は双子だよ。はーが双子のお姉さん。似てない?」
愛海「似てた!双子なんだ、オイシイね!」
颯「美味しい?」
愛海「それは忘れていいよ。颯ちゃんはオーディション?」
颯「ううん、地域の代表で選ばれたんだ。愛海ちゃんは?」
愛海「あたしは芸能事務所からの推薦だよ。いやぁ、がんばったよ……何がなんでもここに来たかったからね」
颯「そうなんだ。やっぱり、音楽プロデューサーさんが有名だから?」
愛海「それもあるけど、違うよ。そうそう、颯ちゃんの知り合いはいないの?」
颯「え、うん、いない。だから、心配で」
愛海「うんうん、そうだよね。あたしが教えてあげよう」
11
M市民文化会館・エントランスホール
颯「愛海ちゃん、知ってるの?だって、ぜんぜん教えてくれないのに」
愛海「あたしは自称情報通だからね。お山は情報が大切なんだよ」
颯「登山が趣味なのかな?それじゃあ、音楽プロデューサーさんのことは知ってる?」
愛海「アンノウンプロデューサー?あたしも知らない、綺麗な女性だと良いなぁ」
颯「そんな簡単にはわからないか。それじゃあ、あのメガネの人は?」
愛海「八神マキノさん、公演を主催する会社の人だよ」
颯「主催?」
愛海「場所の確保とか宣伝とかをやってるよ。他の仕事でもお世話になったことがあるんだ」
颯「へー。ならなら、あの肌の白い綺麗な人は?」
愛海「アナスタシアさん、芸能業界で密かに注目され始めたロシアンハーフの道産子。夏プロ所属で、隣にいるのはマネージャーの沢田さんだ」
颯「本当に情報通だ。じゃあ、あの子は?」
愛海「櫻井桃華ちゃん。櫻井のお嬢様だけど、何でここにいるんだろ?コンサートの貴賓席とかに座ってるの見たことあるよ」
颯「はー達と同じなのかな」
愛海「そうかも。一緒にいる人は知らない、お手伝いさんかな」
颯「セクシーだよね、芸能人かと思っちゃった」
愛海「うひひ……確かに」
颯「うひひ?」
愛海「気にしない気にしない」
颯「えっと、それなら……そこで外を眺めてる女の子は?」
愛海「冬の妖精」
颯「え?」
愛海「あたしも知らない。妖精かと思うような佇まいだよね、あの子がコーラスの予選を勝ち抜いた子なのかな?」
颯「そうかも。年齢も近そうだし仲良くなれるかな」
愛海「せっかくだから仲良くならないとね」
颯「最後は、あそこにいる……」
愛海「西川保奈美ちゃんだよ!」
颯「食い気味、ってやつだ……」
愛海「あの人と一緒にいるためにここにいるからね!凄いんだよ!あっ、一緒にいるのはマネージャーの川島さんだよ」
颯「……」
愛海「今回の目玉!アンノウンプロデューサーが次にしかけるアーティスト間違いなしだよ。どうしたの、颯ちゃん?」
颯「えっ、ううん、何でもないよ。綺麗な人だなって」
愛海「そうでしょそうでしょ!颯ちゃんもわかってるね!」
颯「あっ、誰かホールから出て来た」
愛海「ん、あれは兵藤レナさんかな?舞台監督だよ。演出の担当者なのかな」
颯「準備ができたみたい。行こう」
12
M市民文化会館・大ホール・舞台上
M市民文化会館・大ホール
収容人数約千人。国内選りすぐりの貴賓を招待する本番もここで行われる。パイプオルガンの設置も可能らしい。
颯「ディスプレイとスピーカーがある」
愛海「何がはじまるんだろ?」
颯「カメラとマイクもある。撮影するのかな?」
スピーカー『皆さん、ごきげんよう』
聖「男の人の声……」
颯「画面に『発声中』、って表示された」
スピーカー『揃っているようだね、はじめまして。私が庵野雲だ』
聖「あなたが……」
颯「アンノウンプロデューサー」
スピーカー『こんな姿ですまない。許して欲しい』
愛海「うぅ、女性男性どころか柔らかな体もないなんて……」
聖「質問してもいいですか……?」
スピーカー『構わない』
聖「あなたは見えて聴こえてますか……?」
スピーカー『ああ、もちろんだとも。複数のカメラとマイクが会場に設置されている。世間話にも遅れたりはしないよ』
聖「本当に……歌は聴こえていますか」
颯「……」
スピーカー『本当に聴いているよ、そこは安心してほしい』
聖「わかりました……」
スピーカー『これから私達は1つの舞台を創り、新たな未来へと進んでいく。そのためには理解も必要だ。私からメンバーを紹介しよう』
愛海「あたしのこと知ってるんですか!?」
スピーカー『少しだけだよ。まずはレナから』
兵藤レナ「こんにちは」
兵藤レナ
今回の舞台監督。アメリカ仕込みの多彩な持ち歌があるらしい。
スピーカー『今回の舞台監督を務めてもらう兵藤レナだ。ショービズの空気を知っている実力者だ、何でも相談するといい』
レナ「選んでいただき光栄です。みんな、よろしくね」
スピーカー『次はヘレン。今回の演出家だ。振付師とダンス講師も兼ねてもらう』
ヘレン「ヘレンよ」
ヘレン
演出家兼振付師兼講師。どうやら世界レベルで有名なのだが、一般の人々には知られていないらしい。
聖「……」
颯「それだけ?」
ヘレン「多く語ることは無言に劣る。ダンスで全て伝わるわ」
颯「そうなの?」
愛海「いや、あたしに聞かれても困る」
スピーカー『続いては八神マキノ。公演を主催し様々な尽力を頂いている。皆の力になってくれるだろう』
八神マキノ「よろしく。困りごとは何でも言ってちょうだい」
八神マキノ
某制作会社のスタッフ。会場の手配からスケジュール調整まで彼女の仕事。意外に甘いもの好きらしい。
スピーカー『人を増やす必要性は感じない。基本はこの3人と私でやらせてもらうよ』
颯「秘密の人だから、少ない人でやらないといけないのかな」
スピーカー『おっと、忘れるところだった。この企画は西園寺と櫻井にご協力いただいている。ご協力に感謝を』
聖「西園寺……櫻井……大きな会社の?」
スピーカー『見学者もいるだろうが、それは許してくれたまえ。それも、この企画のうちだ』
颯「それは書いてあった。ここにいる時は気をつけないと」
スピーカー『さてさて。主役2人の前に、協力してくれるコーラスの4人を紹介しよう。まずは、望月聖さん』
聖「はい……望月聖、です……」
スピーカー『レナが選抜してくれた未知なる才能だ。資料は見ているが、楽しみにしているよ』
聖「よろしくお願いします……」
愛海「はぁ、かわいい……同い年くらいなのに何だろうこの気持ちは」
スピーカー『次は、櫻井桃華』
櫻井桃華「ごきげんよう、櫻井桃華ですわ。アンノウン様、皆様、よろしくお願いしますわ」
櫻井桃華
櫻井家のご令嬢。一見で特別な存在とわかる。数々の習い事の中には音楽に関わるものも多数あるとか。
聖「櫻井……」
スピーカー『この企画のスポンサーである櫻井の娘だ。ここにいる理由は諸君らの想像通りだよ、いわゆるコネクションだ』
颯「コネ……」
桃華「まぁ、アンノウン様、それは言わない約束でしたのに」
愛海「……ふふ」
颯「愛海ちゃんは変に微笑んでる……」
桃華「ですが、櫻井桃華はそれだけではありませんわよ。何故わたくしがここにいるのか、すぐに証明して見せますわ」
スピーカー『頼もしい限りだ。次は、久川颯さん』
颯「はいっ、久川颯、14歳の中学2年生です、宜しくお願いしますっ!」
マキノ「ふふっ、元気でいいわね」
スピーカー『この地の者を推薦いただいた。実力は未知数だが、きっと良いハーモニーを紡いでくれることだろう。気負い過ぎずに楽しんでくれたまえ』
颯「ありがとうございます、がんばります」
聖「……」
スピーカー『最後は棟方愛海。芸能事務所から1人推薦していただいた。期待しているよ』
愛海「棟方愛海です、がんばります!」
颯「さっきと話し方が違う……」
聖「カワイイ……」
スピーカー『桃華、颯さん、聖さんは不慣れだ。サポートを頼みたい』
愛海「はいっ、任せてください」
スピーカー『それでは、主役、いや、主役候補をご紹介しよう。さぁ、2人は前へ』
13
M市民文化会館・大ホール・舞台上
聖「……綺麗」
スピーカー『まずはアナスタシアさんから』
アナスタシア「ダー。夏プロダクションの、アナスタシアと言います。よろしくお願いします」
アナスタシア
夏プロダクション所属。北海道出身。父はロシア人、母は日本人。透き通るような容姿と歌唱で業界内ではウワサらしい。
スピーカー『続いて、保奈美さん』
西川保奈美「はい」
西川保奈美
森総合芸能事務所在籍。兵庫県出身。高校でも声楽を学ぶ本格派らしい。
聖「……」
保奈美「森総合芸能事務所から参りました、西川保奈美と申します。よろしくお願いします」
聖「……!」
颯「あ……」
保奈美「これからよろしくね、アナスタシアさん。ライバルとして」
アナスタシア「はい。ホナミにも負けませんから」
愛海「うんうん、友情だねぇ。ライバルとしか芽生えない友情もあるよ」
颯「愛海ちゃんはどの立場なの?」
スピーカー『観客席にいる3人も承知しているよ。アナスタシアさんのマネージャー、保奈美さんのマネージャー、桃華のお世話係。それぞれ名前は沢田麻理菜、川島瑞樹、篠原礼。くれぐれも秘密は守るように』
聖「手を振ってる……」
スピーカー『アナスタシアさん、保奈美さん、着席したまえ』
アナスタシア「わかりました」
保奈美「はい」
スピーカー『それでは始めるとしよう。まずは……』
愛海「いよいよだね」
颯「うん……」
スピーカー『ティータイムにでもしようか』
颯「はいっ!えっ、お茶?」
14
S大学・部室棟・SDs部室
凪「はーちゃんから連絡が来ました。ティータイムは終わったそうです」
千夜「最初にやることがお茶会とは、芸能界の人間が考えることはわかりません」
江上椿「私たちもお茶してますし、そう変わりはないかもしれないですね」
江上椿
SDsメンバー。写真館でアルバイトをしている。演歌が十八番で驚かれるらしい。
凪「ティータイムの次は、体も動かすレクリエーションだそうです。はい、戸惑いと同時に楽しそうなはーちゃんが思い浮かびます」
千夜「ティータイムにレクリエーションか。予定とは違うのですか」
椿「聖ちゃんに送られてきたスケジュールのコピーは、これですね」
凪「フムン。初日はイントロダクションとしか書かれていません」
千夜「つまり、予定通りと」
凪「ちなみにディナーは金曜日です」
椿「颯ちゃんから他に連絡はありますか?」
凪「いいえ。怪しまれるのは避ける。双子の姉へ送るメッセージらしきものだけにしてもらっています」
千夜「それがよいでしょう」
凪「久川家に帰宅したはーちゃんから直接聞きます」
椿「それなら、怪しまれませんね」
千夜「急ぐ必要はないかと」
椿「ええ。りあむさん達はどうしました?」
凪「図書館でお勉強中。凪は見ました」
椿「こちらの収穫はありますか?」
千夜「いいえ。特に連絡はありません」
凪「何人か入って行ったのは見たそうです。だが、誰かわからない。残念」
千夜「連絡がきました。こちらです」
凪「『あかりんごとラーメンちゅう!』だそうです。ばい夢見りあむ」
椿「お昼休みにしていたんですね」
千夜「何故ラーメンの写真だけを送ってくるのか。辻野さんか自分を映すべきでは?」
凪「りあむキラキラ女大生進化計画はまだまだか」
椿「私たちもランチにしましょうか」
千夜「はい」
椿「凪さん、大学の学食に行きましょうか」
凪「イエーイ、一足先のキャンパスライフ、いや、キャンパスライス楽しみです」
千夜「凪さんは定食でも食べたいのですか」
15
M市中央図書館・3階
あきら「ただいま。お昼食べてきた」
りあむ「……」
あかり「あきらちゃん、おかえりんご」
あきら「りあむサンは、仮眠中?」
あかり「うん。昼寝はいいぞ、午後の辛い時間を減らせる、って」
あきら「変な言い方せずにストレートに言えばいいのに」
あかり「私もそう思うんご」
あきら「何か動きはあった?」
あかり「会館2階の喫茶店が臨時休業になってました。でも、宅配便屋さんが入ってすぐに出て来たんご。コックさんもいるみたいです」
あきら「食事の準備かな」
あかり「はい。玄関から颯ちゃんが移動するのが見えました」
あきら「関係者以外は会場に近づかせないため」
あかり「あっちもお昼みたいです」
あきら「ここからじゃ喫茶店は見えないか」
あかり「さっき横を通りましたけど、カーテンがしまってました」
あきら「そのくらいの対策はしてるよね」
あかり「怪しまれないくらいに見守るんご。まだまだ先は長いですから」
あきら「そうだね」
あかり「ねぇ、あきらちゃん?」
あきら「何?」
あかり「あちら側には和風の存在が少ない気がしませんか?」
あきら「はい?」
あかり「退魔師さんはともかく、ちとせさんもクラリスさんも違います。松永涼さんも和風じゃないですよね。山形にいたのもハーピーでした」
あきら「確かに。ありさせんせいのやつで読んだ化け狐くらいかな」
あかり「だから、居る気がしてきました」
あきら「あー、妖怪の本を読んだ影響か」
あかり「……猫娘、一反木綿、ぬりかべ、子泣きじじいとか」
あきら「テーマソングが聞こえてきそうなラインナップデスね」
りあむ「うー……」
あかり「りあむさん、おはようございます」
りあむ「ふわぁ、飽きてきた。あかりんご、あきらちゃん、ここは任せた」
あきら「りあむサン、用事でもあるんデスか?」
りあむ「ない。部室に戻るよ。これは借りてく。ばいばい」
あかり「足元には気をつけてください」
あきら「寝起きだからテンション低いデスね」
あかり「りあむさん、何で格闘技の歴史を借りて行ったんでしょう?」
あきら「さぁ何でかな。あかり、どれ読んだ方がいい?」
あかり「こっちを読んで欲しいんご」
あきら「日本の怪談話集か、面白そう」
16
M市民文化会館・3階・会議室1
会議室1
文化会館にある大きい方の会議室。控室として開放されている。ブレスケア用品と飴がたくさんある。
颯「あの、こんにちは」
川島瑞樹「あら、こんにちは。久川颯ちゃんよね?」
川島瑞樹
保奈美のマネージャー。森総合芸能事務所に長年勤めている。声も聞き取りやすいですし歌もお上手ですよ、とのこと。
颯「はいっ、はじめまして」
瑞樹「はい。名刺を渡しておくわね。森総合芸能事務所の川島瑞樹。よろしくね」
颯「わっ、名刺もらっちゃった。はじめてかも」
瑞樹「ふふっ。颯ちゃんは芸能活動の経験は?」
颯「ないです。ちょっと興味はあったけど」
瑞樹「困ったことがあったら相談してね。そうだ、私達の事務所に所属する?」
颯「いえ!はー、そんな凄くはないから」
瑞樹「残念。それにしても驚いたわ」
颯「え、何にですか?」
瑞樹「色々と。資料には誰が来るかも書いてなかったし」
颯「西川さんにも知らされてないんですか?」
瑞樹「ええ。その様子だと、そっちも知らなかったみたいね」
颯「あの、アンノウンさんのことは知ってますか?」
瑞樹「存在は知ってたわ。会えると思ったのだけれど」
颯「うーん、誰も知らないのか」
瑞樹「颯ちゃんはアンノウンさんを知ってるの?」
颯「ううん。選ばれてから初めて知ったくらい」
瑞樹「そう。誰かはわからない、か。ぜひ知りたいのだけれど、残念ね」
颯「……えっと」
瑞樹「聞きたいことでもあるのかしら?」
颯「アナスタシアさんとかはいない……よし、あの聞きたいことがあって」
瑞樹「どうぞ」
颯「西川保奈美さん、オーディションに選ばれると思いますか?」
瑞樹「もちろん。結果はわかるわ、あの子の素質は誰よりも私が知ってるもの」
颯「……」
瑞樹「颯ちゃん、そろそろ時間じゃない?」
颯「休憩時間が終わっちゃう、これからもよろしくお願いしますっ」
瑞樹「わかったわ。あなたも保奈美ちゃんを応援してあげて、颯ちゃん」
17
夕方
M市中央図書館・3階
あかり「あきらちゃんは、どっちだと思いますか?」
あきら「急に何?」
あかり「猫又と鬼だったら、どっちの方がいるかなって」
あきら「何でその2択……鬼はもういるし」
あかり「えっ、そうなんですか?」
あきら「吸血鬼」
あかり「おー、そうでした。あきらちゃんは賢いんご」
あきら「動物系はいるかもね。タヌキとか」
あかり「あっ、凪ちゃんから連絡来ました」
あきら「こっちにも来てた」
あかり「『なーちゃんを迎えに参りました』……見つけたんご」
あきら「着いてから連絡するんだ」
あかり「今日は終わりの時間ですね。何人か出てきました」
あきら「玄関から出てくる人は凪チャンに任せる」
あかり「全員出たのを確認したら部室に帰るんご」
18
夜
S大学・部室棟・SDs部室
椿「お疲れ様でした。お茶をどうぞ」
あきら「ありがと、椿サン」
椿「ずいぶんと遅かったですね。何があったんですか?」
あかり「そうなんです!連絡してからもう1冊読み終わっちゃったんご」
りあむ「お疲れ!なんかあったのは間違いなさそうだな!」
あきら「昼より元気になってる」
りあむ「白雪ちゃんが夕ご飯を用意してくれてるからね!2人も食べて行きなよ!」
あきら「そうする。あかりは?」
あかり「千夜さんの料理はもちろん食べるんご」
りあむ「それで、何があったの?『チアー』を見つけたとか」
あきら「いや、そういうわけじゃないんだけど」
あかり「いなかったんご」
椿「いなかった?」
あきら「アンノウンプロデューサー、あそこにはいなかった」
19
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「炊き立てご飯に、キノコ入りの豚汁、里芋煮……千夜さんは素晴らしいんご」
りあむ「当たり前だろ、白雪ちゃんだぞ!ちとせもそう言ってる」
あかり「んごんご。一汁一菜こそ至高なり」
千夜「簡単なものなのですが」
あきら「簡単に美味しいのが作れるのが凄いデス」
椿「そう言う人こそ料理上手と言うんですよ」
りあむ「白雪ちゃんも来たし、おさらいしよう!白雪ちゃんがご飯を作ってる間にホワイトボードに書いておいた!」
あきら「書いたのはりあむサンじゃなくて自分だけど」
りあむ「細かいことはいいんだよ!別にそれが自慢したいわけじゃないし!」
千夜「フムン……市民文化会館の間取り図と人の名前のようですが」
椿「千夜さん、ご飯をよそってきましょうか?」
千夜「ありがとうございます。お願いします」
あかり「はいっ。夜遅くなった原因はここにあるんです」
りあむ「その通り!名前と人数は颯ちゃんと聖ちゃんにも確認してる!」
あきら「市民文化会館にいたのは」
あかり「まずは、颯ちゃんと聖ちゃん」
千夜「棟方愛海さん、櫻井桃華さん、は2人と同じコーラスでしょうか」
りあむ「そうだよ。棟方愛海ちゃんは芸能事務所所属の芸能人みたい」
千夜「櫻井……」
あかり「千夜さん、もしかして櫻井桃華ちゃんと知り合いですか?」
千夜「いいえ。櫻井に娘がいるのは知っています。黒埼の家の方なら櫻井家の方々とは知り合いかもしれません」
りあむ「ぼくが知ってるくらいだからね!めっちゃ金持ちだよ!」
あきら「凪チャンによると、コネだって」
千夜「芸能界なんてそんなものでしょう。帰る場所があるから不安定な世界に飛び込めるのです」
あきら「……」
りあむ「それで、桃華ちゃんのお付きの人が篠原礼さん!」
あきら「運転手もしてた」
あかり「とにかく高そうな車だったんご」
りあむ「今回の主役が2人!西川保奈美ちゃんとアナスタシアちゃん、アナスタシアちゃんはフルネーム不明!」
千夜「既に芸能関係者のようですが、お前は知っていますか?」
りあむ「ぼくは芸能通ってわけじゃないよ!アンダーグラウンドな人知れないものを知ってるだけ!」
あかり「2人のどちらかが主役になるそうです」
あきら「2人にはマネージャーがついてた」
あかり「川島瑞樹さんが西川さんのマネージャーで、沢田麻理菜さんがアナスタシアさんのマネージャーです」
椿「参加者とその関係者が9人。千夜さん、おかわりをどうぞ」
千夜「ありがとうございます」
あかり「この人達は玄関から出て行くのを見ました」
千夜「参加者は9人に対して主催側は3人。少ない印象です」
りあむ「少ないよな!腕利きなのかもしれないけど!」
あきら「音楽の先生はスポットで来るみたい、って颯ちゃんが」
椿「いたのは、監督の兵藤レナさん」
あかり「演出家のヘレンさん!面白い人らしいですっ」
あきら「それと、主催する会社の八神マキノさん」
あかり「この3人が帰るところは見たんご」
りあむ「配置的に通用口も見えるもんね!粘り勝ちだよ!」
あきら「でも、それだけ」
あかり「出てこなかったんです、アンノウンプロデューサーが」
あきら「電気が全部消えた。警備員も帰ったのを見た」
千夜「まだ中にいる、わけではなさそうですね」
椿「アンノウンプロデューサーは姿を見せなかったそうです」
あきら「スピーカーから声が聞こえるだけ」
あかり「声は男の人らしいです」
千夜「引っかかる言い方ですね」
あかり「代理で話してるだけかもしれないんご」
あきら「あの会場のどこかにいると思ったけど」
椿「会場にはいなかった、ということですね」
千夜「別の場所から聞いている。そこにはいない」
りあむ「顔を完全にださないつもりか!あるいは出せないとか!恥ずかしがりや!」
あきら「ずっと素性がわからないから、顔を出さないのは納得する」
あかり「でも、聖ちゃんが不思議なことを教えてくれて」
千夜「不思議、ですか」
あかり「あの場所で聴いてると思う、って」
りあむ「会場を準備から借りるような音楽家がその場にいないわけない、っていう考えらしい。うん、そんな気がしてきた」
椿「でも、ここに書いてある人以外はいないんですよね?」
あきら「おそらく」
あかり「出てくるのを見逃してない、と思うんご」
千夜「直接聴いているはずですが、その場に別の人物はいない」
椿「スピーカーの向こうで話している人物もいますよね。その人はアンノウンと名乗ってます」
あかり「うーん、矛盾してます」
りあむ「どれかを信じて、何かを嘘と決めるしかないんだよ!ぼくは信じるものを決めたぞ!」
あきら「信じる、何をデスか?」
りあむ「聖ちゃんだよ!時子サマがあれだけ気にしてる子が嘘つくわけない!」
20
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「望月さんを信じるとなると1つのことが決まります」
りあむ「そう、あそこにいるんだよ!アンノウンプロデューサーは!」
椿「つまり……」
あかり「この中の誰かが……」
あきら「『チアー』かもしれない」
りあむ「それは言い過ぎな気がする!アンノウンプロデューサーかもしれないくらいか?!とにかく、まずは見つけることだよ!」
千夜「謎の人物を」
椿「それなら、スピーカーの向こうで話しているのはどなたなんでしょう?」
りあむ「雇われた人とか。颯ちゃんとか何か言ってた?」
あきら「そこは聞いてない」
椿「聞きましょうか。その場にいた人にしかわからないことはたくさんありますから」
あかり「もう遅くなってきたから明日にするんご」
あきら「あそこにいる、か」
りあむ「あきらちゃん、何か気になってるな!言ってみよう!」
あきら「今日は歌うことはなかった、って」
千夜「歌がないなら、何をしていたのですか?」
あかり「レクリエーションみたいです」
椿「レクリエーション?」
りあむ「何か自己紹介したりボードゲームしたり体操したりしたみたいだよ」
椿「打ち解けることも重要ですから」
あかり「このヘレンさんが独創的な踊りを教えてくれたらしいです」
りあむ「筋トレというか筋力テストみたいのもあった、らしい。理由はよくわかんないけど意味があるんだろう、きっと!」
千夜「それにアンノウンは参加していたのですか?」
あきら「基本は参加してない、見て聞いて時々口は出すけど」
千夜「砂塚さんが気にしていることがわかりました。歌がない、ということは」
あきら「まだ、現れてない可能性がある」
りあむ「わかった!それなら聖ちゃんが嘘をつくことにも、該当する人物がいないことにも矛盾しないぞ!」
あかり「新しく来た人は怪しい」
りあむ「見学者はいるらしい!基本は3人でやる、って言ってたのも気になるぞ!追加があるかもしれない!」
千夜「要は、断定するには早いと」
りあむ「そう!でも、何もかも決めないのが1番まずい!それなら、ぼくたちはどうする?」
あかり「聖ちゃんと颯ちゃんを信じるんご」
千夜「上手く立ち回ってくれることを信じるのはもちろんですが」
あきら「感じたことを信じる」
りあむ「そうしよう!ぼくたちは直接聴ける誰かがアンノウンだと決める!」
千夜「名前と簡単なプロフィールはわかりました」
りあむ「時子サマに相談してしらべてみよう!それと、西園寺だっけ?」
あかり「はいっ、櫻井と西園寺は有名なお金持ちですっ」
りあむ「何か最近どこかで見た気がするんだけど、知らない?」
千夜「お前が思い出せ」
りあむ「厳しい!でも、その通りだな!思い出すよ!」
千夜「そうしてください」
あきら「方針は決まったかな」
あかり「明日からがんばるんご」
りあむ「あれ?今日はおしまいな感じなの?」
椿「りあむさんも明日から朝早いですから。皆さんは学業優先ですよ?」
千夜「江上さんが言う通りにします」
あかり「今回の対象は逃げたりはしないはず、ですから」
あきら「そろそろ帰ろうかな。千夜サン、ごちそうさまでした」
りあむ「ぼくも帰ろう。椿さん、戸締りお願いしていい?」
椿「大丈夫ですよ。千夜さん、お片付けも任せてください」
千夜「お言葉に甘えます。ごちそうさまでした」
りあむ「それじゃ、また明日から始めよう!まずは、今日の登場人物を調べるところからだよ!」
21
とある10月の火曜日
早朝
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「おはようございますっ」
椿「おはようございます。あかりさん、授業前に来るのは珍しいですね」
あかり「あれ、りあむさんはいないですか?」
椿「まだ来てませんよ。そちらに実習セットがあるので、そのうち来ます」
あかり「それじゃあ、待ってるんご。椿さんは何してるんですか?」
椿「私は教科書を取りに。あと目覚めのコーヒーも。あかりさんは?」
あかり「りあむさんにお弁当を届けに来たんご。なんと、私が作りました!JK手作りです、りあむさんもやる気アップ間違いないんご!」
椿「あら、それは羨ましい。整形外科の実習だとお昼買うのに時間がかかるから火曜日は憂鬱、とか言ってましたね」
あかり「私の練習がてら作ってみました。お野菜たっぷり、ご飯も多めです」
椿「いいですね。看護実習も体力勝負ですから」
りあむ「ちょっと遅れた!まったくもって遅刻しないぐらいだけど!あっ、椿さんとあかりんご、おはよう!」
椿「おはようございます。よく眠れたみたいですね」
あかり「朝から元気ですね。りあむさん、約束のお弁当です。なんと私の手作りです、実験台になってください」
りあむ「ありがとう!実験台でも何でもどんとこいだよっ!実習セットは、あった。それじゃ、また夕方!」
椿「いってらっしゃい」
あかり「私も教室に行きます。今日はお店をお手伝いするので、夕方はいないです」
椿「わかりました。そうだ、コーヒーを淹れすぎたので、いかがですか?水筒もあるので、持って行ってください」
あかり「いただきます、あきらちゃん達にもお裾分けするんご」
22
昼休み
S大学付属高校・空き教室
空き教室
ちとせ達の部室になるはずだった教室。頼子によると期限切れになる来年3月31日までこのままにする、とのこと。
あきら「椿サンが淹れたコーヒー、美味しい」
あかり「なんか高い味がするんご、たぶん」
千夜「昨日財前さんのために用意した残りのコーヒー豆を使ったのでしょう」
あかり「椿さんはちゃっかり屋さんです」
あきら「落ち着いてるし色々考えてそう。まぁ、様子がおかしいことも多いデスが」
千夜「……」
あかり「私達から見たらお姉さんですけど、まだ大学3年生なんですよね」
あきら「あかりも妙に落ち着いてるように自分からは見えるよ」
あかり「それって、クールってことですか?冷やしりんご?」
あきら「それは違う、両方とも」
あかり「千夜さんは、どう思いますか?」
千夜「……江上さんの考えていることはよくわかりません」
あかり「あはっ、私にもわからないですっ」
あきら「わかるようになるのはちょっと」
千夜「……アンノウンについてわかったことはありますか」
あきら「ある。まずは、主役から調べてみた。西川保奈美さんについて」
あかり「さすが、あきらちゃん。素早いんご」
千夜「森総合芸能事務所と聞きました。由緒ある事務所です」
あかり「私も聞いたことがあります。近所のお婆ちゃんが好きな演歌歌手も森総合芸能事務所でした」
あきら「ネットで調べたくらいだけど。まずは事務所のホームページかな」
あかり「私も検索するんご」
あきら「名前は西川保奈美、兵庫県出身、誕生日は10月23日」
千夜「もう少しで誕生日のようです」
あかり「はぇー、大人っぽい」
あきら「趣味はオペラ鑑賞、宝塚鑑賞。昔から芸能界志望だったのかな」
あかり「受賞歴がたくさんあります。歌の大会でしょうか?」
千夜「小さな大会のようですが、そのようです」
あかり「演歌、民謡、ポップス、歌なら何でも上手なんですね」
あきら「事務所のホームページだとこれくらいかな」
千夜「他にもわかったことがありそうな口ぶりです」
あきら「事務所に所属したのが高校入学と同時。制服姿の写真も見つけた」
あかり「制服を見てもどの高校かわかりません。千夜さん、知ってますか?」
千夜「ええ。この高校なら音楽科があるかと。ここからバスで簡単に行けます」
あかり「音楽科、高校でも歌の勉強をしてるんですか?」
あきら「たぶん。声楽科もあるし」
あかり「おー、努力屋さんです」
あきら「アンノウンプロデューサーが目をつけるのには十分かな。似たようなネットの書き込みも見つけた」
あかり「同じこと言ってます。関係者でしょうか?」
あきら「いや、適当じゃない。知ってるものを結び付けたいだけの人は幾らでもいるから」
千夜「彼女がアンノウンプロデューサーという可能性は、なさそうですね」
あかり「それだったらびっくりです。私だったら自分で歌ってCD出しますっ」
あきら「だから、違うと思う」
あかり「あきらちゃん、前言撤回します。アンノウンプロデューサーじゃなくても『チアー』の可能性はあります」
あきら「どういうこと?」
あかり「西川さんは歌手です。良い音楽プロデューサーが欲しいはずです」
千夜「アンノウンプロデューサーを作ったのが彼女、と」
あきら「本人が『チアー』だから」
あかり「複雑にしちゃいました」
千夜「アンノウンが『チアー』でなく、どなたかが『チアー』である可能性は捨てられません」
あきら「この辺りは、りあむサンと相談かな」
千夜「はい。ところで、西川保奈美のマネージャーについては何か情報はありますか」
あかり「さすがにホームページに名前はないです」
千夜「マネージャーだけでも百人規模ですから、仕方がありません」
あきら「それっぽい人はネットで見つけた。これ」
あかり「アナウンサー、ですか?」
あきら「元アナウンサー。大学卒業後は地方局で報道の仕事をしてたらしい」
千夜「元から芸能関係者でしたか」
あきら「テレビ局の裏方に回ったあと、転職したらしい。アナウンサーの頃から人柄が良くて人気者だった、って」
あかり「昨日見た気がします」
あきら「『チアー』とアンノウン、どっちの可能性も捨てられない」
あかり「うーん、まだわからないことばかりです」
千夜「ただ、調べれば何か見つかりそうな気配はしてきました」
あきら「千夜サンと同感」
千夜「そろそろお昼時間が終わります。コーヒー、ごちそうさまでした」
あかり「自作のお弁当はまぁまぁでよかったんご。りあむさんのお腹も満たせたはずです」
あきら「あかり、教室に戻ろうか」
あかり「はい。そうだ、あきらちゃん、水筒を部室に持って行って欲しいんご」
あきら「今日アンテナショップのお手伝いだっけ、わかった」
23
夕方
M市民文化会館・エントランスホール
颯「西川さん、こんにちは」
保奈美「こんにちは、颯ちゃん。保奈美でいいわよ」
颯「じゃあ、保奈美さん。お勉強してたの?」
保奈美「ええ、数学の課題を。明日当てられてしまうから」
颯「あれ、高校もお歌のお勉強じゃなかった?」
保奈美「そうね、でも数学も国語も英語もあるの」
颯「へー。大変そう」
保奈美「平気。好きだから、歌いたいからやってるもの」
颯「うん、保奈美サンは凄い。はー、保奈美さんが選ばれると思うな」
保奈美「ふふっ、ありがとう」
颯「今日は予定が変わったんだよね、新しい歌があるって。保奈美さんの歌、楽しみ」
保奈美「私もよ。急遽ピアノの先生も来てくれたそうよ」
颯「どんな先生なのかなー」
24
M市民文化会館・大ホール・舞台上
颯「……知ってる人だよ」コソコソ
聖「うん……他は昨日と一緒、アンノウンさんはいない……」
スピーカー『皆さん、ごきげんよう』
桃華「ごきげんようですわ、プロデューサー様」
スピーカー『今日のゲストを紹介しよう。松山久美子さんだ』
久美子「はじめまして。松山です、短い間ですがよろしくお願いします」
スピーカー『この地の小さな音楽教室で講師を務めている。芸能界の人間ではない故に不得手なところもあろうが、一緒にやっていこう』
愛海「こんな透明感のある美人をよくぞ見つけてくれたよ、さすが天才プロデューサー」
颯「そ、そうだね」
スピーカー『松山さんには発声練習をお願いしよう。私は準備をする。楽しみにしてくれたまえ』
25
M市民文化会館・大ホール・舞台上
颯「桃華ちゃん、ピアノ弾けるの?」
桃華「はい。幼少の頃から習っていますの」
颯「へー、上手?」
桃華「残念ながらピアニストになるほどの才能はありませんわ。松山様も幼少期から?」
久美子「ええ。母がピアノの先生だったから、物心ついた時からずっと」
桃華「そうだと思いましたわ。貴方には音楽と共に育った匂いがしますの」
颯「匂いがする……?」
レナ「はい。休憩終わり」
スピーカー『レナ、郵便は届いたかな』
レナ「届いているわ。中身はまだ見てない」
スピーカー『松山さんに渡してくれ』
レナ「だそうよ。どうぞ」
久美子「私?」
スピーカー『開けてくれたまえ。ピアノ譜面が入っている』
聖「楽譜……」
久美子「3曲かしら」
スピーカー『ああ。君たちのイメージから3曲用意した』
保奈美「新曲、ですか」
スピーカー『その通り』
愛海「いきなり新曲!?昨日会ったばっかりなのに?」
スピーカー『まだ楽譜だけなのは許して欲しい。松山さん、弾いてくれるかな』
久美子「光栄というより、緊張するわ。プロじゃないから参考程度にね」
桃華「アンノウン様の新曲を初めて聞く、光栄ですわね」
アナスタシア「ダー、楽しみです」
スピーカー『他言は無用だ。秘密は守ってくれ』
颯「うん」
スピーカー『それでは、松山さん。頼んだよ』
26
M市民文化会館・3階・会議室2
会議室2
小さい方の会議室。こちらも控室として開放されている。高級なイスがどこからか運び込まれている。
颯「麻理菜さん、1人ですか?」
沢田麻理菜「ええ。颯ちゃんは休憩中?」
沢田麻理菜
夏プロダクション勤務のマネージャー。最近はアナスタシア担当。夏が終わったので仕事をがんばる時期、らしい。
颯「うん。このイスが気持ちいいんだよねー」
麻理菜「わかる。だから、私もここで休憩。颯ちゃん、オヤツ食べる?」
颯「うん!クッキー、もらっていいの?」
麻理菜「もちろん。はい、どーぞ」
颯「いただきまーす。美味しいー」
麻理菜「何かいつもお腹減ってそうだから、食べ物をあげたくなるわ」
颯「モグモグ、えっ、そうかな?」
麻理菜「この場にも物怖じもしてないし、何か心の支えみたいなのがある?」
颯「えっと、あっ、なー!」
麻理菜「双子のお姉さんね。昨日見たわ」
颯「今も心配してると思うよ。心配かけ過ぎないようにがんばらないと」
麻理菜「ふふっ、お姉さんは過保護なのね。こんなカワイイ妹さんなら当然ね」
颯「そんなことないです。その、聞きたいことがあって」
麻理菜「私に?所属する事務所を探してるなら、上に相談しようか?」
颯「それは考えてないです。昨日川島さんにも言われた」
麻理菜「あらら、川島さんに先手を取られちゃってたか」
颯「聞きたいのは、その」
麻理菜「言いにくいこと?」
颯「誰にも聞かれてないよね……あの、麻理菜さん。変なこと聞くよ」
麻理菜「とりあえず、言ってみて」
颯「アナスタシアちゃんに、このオーディションって大切?」
麻理菜「そうね、いい経験になると思うわ」
颯「いい経験……」
麻理菜「それに、あのアンノウンプロデューサーがアーニャちゃんのイメージで曲も書いてくれた。聞いたでしょ、透明な冬の星空をイメージするような曲!」
颯「うん。アナスタシアちゃんのイメージ通りだよ」
麻理菜「そこまでは想定してなかったから、私も嬉しいわ。世に出すかどうかは決まってないけど、何とか世の中に出したいわね」
颯「あの、麻理菜さんは、アナスタシアちゃんが選ばれると思う?」
麻理菜「そうね……選ばれないことも良い経験だと私は思ってる」
颯「……」
麻理菜「もちろん、アーニャちゃんが全てを出し切れるようにサポートするわ。颯ちゃんも、一緒にがんばりましょう」
颯「うん、がんばる」
麻理菜「それじゃあ、お姉さんから賄賂のオヤツをもう1つ。もう少しで今日も終わりだから、がんばってね」
27
夜
S大学・部室棟・SDs部室
久美子「あー、疲れたー」
あきら「潜入捜査、お疲れ様デス」
久美子「昨日今日でこんなことになるとはね、緊張したわ」
椿「ご苦労お察しします」
久美子「本当にね……こんな短時間で決めることじゃないわよ。時子ちゃん、前よりパワーアップしてるわね。まさか、音楽教室で講師をしているのも根回ししてるとは思わなかった」
あきら「財前サン、昔からそうなんデスか?」
久美子「そうよ。あの人使いは生まれながらの才能だと思うわ」
あきら「やっぱり。りあむサンすら動かせるんデスから」
りあむ「あきらちゃん、何か言った!?」
あきら「大したことは言ってないデス。課題に集中してください」
りあむ「わかった!ちょっと聞いてるから、お構いなく!」
久美子「看護学科は大変ね」
椿「はい。実習があるところは」
あきら「2人はなかったんデスか?」
久美子「経済学部だから。椿ちゃんは?」
椿「私は文学部なので実験や実習はありません。ゼミにはもう通ってますよ」
あきら「ふーん、そういうのも選ぶポイントなのかな」
りあむ「そうだそうだ!大変だぞ!」
椿「りあむさんは課題に集中してください」
久美子「あきらちゃん、進路は決まってない感じ?」
あきら「はい。あかりみたいに決まらなくて」
久美子「そうねぇ、結果的にそうならいいけど、楽とか大変とかで選ばない方がいいと思うわ」
千夜「私も参考にします。松山さん、こんばんは」
久美子「こんばんは、千夜ちゃん。いつもメイド服じゃないのね」
千夜「そんな変人ではありません」
りあむ「制服に質素なエプロンこそ最高!白雪ちゃん魅力爆発!」
久美子「話は聞いてて口も出すのに手は動いてる。結構優秀なのかしら」
千夜「ご夕食はいかがですか。今日は冷凍焼けが見られる廃棄されかけた魚を焼きます」
久美子「気兼ねなくいただけそうな献立ね。いつも一緒に食べてるの?」
千夜「半分くらいでしょうか。教会にも時々行っています」
あきら「りあむサンと椿サンはよく一緒に食べてるかな」
椿「私も独り暮らしなので。りあむサンは実習も始まりましたし」
久美子「せっかくだし、いただくわ。ありがとう」
千夜「かしこまりました。もう少しお待ちください」
りあむ「おっと!急がないと白雪ちゃんに飯を抜かれる!りあむ、がんばるんだぞ!」
千夜「抜いたりしません。お前は口を動かすくらいなら手を動かせ」
あきら「久美子サン、魚が焼きあがる前に話を聞かせて」
久美子「そうだったわね、それは話しておかないと」
28
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「フムン……」
久美子「今日やったのは、こんなところ」
椿「アンノウンプロデューサーの新曲を世界で初めて演奏した人になったんですか?」
久美子「なんとそうよ。さすがに緊張したわ」
あきら「颯チャンによると堂々としてて、ホンモノみたい、だって」
久美子「それは良かったわ。とりあえず、怪しまれてはいないと思う。ピアノで作曲してるのかしら、譜面もすんなり入って演奏できたと思うわ」
椿「新曲はどんな曲だったんですか?」
あきら「誰かをイメージしてるみたいだけど」
久美子「3曲あったわね。1曲目は西川保奈美さんに櫻井のお嬢様を加えた壮大な感じ。2曲目は冬のイメージ、アナスタシアさんと聖ちゃんのイメージも入ってるかしら」
あきら「主役はもう出てますよね。もう1曲は?」
久美子「颯ちゃんと棟方愛海さんのイメージって言ってたわ。明るくポップだけど、何か引っかかる感じ」
あきら「颯チャン、ばれてる?」
久美子「怪しまれてはいないと思う。さすがに私を見た時は落ち着きなかったけど」
椿「アンノウンプロデューサーは仕事も早いですし、気前もいいですね」
久美子「そうね。でも、早すぎるような」
あきら「りあむサン、どう思いますか?」
りあむ「早すぎる!そもそもアンノウンプロデューサーって1人なの?いっぱいいたりしない?」
あきら「ありがと。なるほど」
久美子「いっぱいいるか。確かにそうかもね」
あきら「1人じゃないのか。音楽家の集まりがアンノウンを名乗ってるのかも」
椿「久美子さんはどうしてそう思われたのですか?」
久美子「スピーカーから聞こえる声、芝居がかってるのよね。私の印象だけど」
あきら「芝居、役者さんなのかな」
椿「役者さんだけでは新曲は用意できませんものね」
久美子「スピーカーは話しているだけ」
あきら「それもアンノウンの1人なのか」
椿「ただ雇われているだけなのかは判断できませんね」
久美子「ええ。普通に考えたら、3人のうち誰かだと思うわ」
椿「3人とは?」
久美子「監督の兵藤レナ、演出家のヘレン、それとプロモーターの八神マキノ。誰かの隠れた顔がアンノウンプロデューサーだと思うの」
あきら「スピーカーの声は正体を隠すための演出」
久美子「楽譜を持って来たのは兵藤さんだったし。まっ、何も確証はないけど」
千夜「松山さん、お嫌いなものはありますか。味噌汁の具材を決めようかと」
久美子「ないわ。納豆は味噌汁に入れないで欲しいくらい」
千夜「ネギと油揚げにします。それともう1つ、気になることがありまして」
久美子「気になること?」
千夜「凪さん経由で颯さんに聞いたのですが、オーディションについてです」
あきら「言ってたかも。結果はどうなるか皆同じ考え、とか」
久美子「そうね、趣旨は私も聞いてるわ。今日、発声練習も一緒にやって実力もわかったわ」
千夜「松山さんから見て、いかがでしょうか」
久美子「格別な歌の才能があるのは2人。1人は西川保奈美ちゃん、間違いなく主役に選ばれるでしょうね」
椿「ネットでの評判通りですね」
久美子「私が知ってる限りだと、音葉ちゃんぐらいしか才能で争える人はいないわね」
あきら「もう1人は」
久美子「聖ちゃん。病気で入院してなければ、もっと早く世に出れたわね。時子ちゃんが残念がるのもよーくわかったわ」
あきら「もう1人の主役候補はどうなんデスか?」
久美子「アナスタシアさんもちゃんと基礎は出来てて上手よ。相手が悪かった、でいいんじゃないかしら」
千夜「ありがとうございます。そうなると、何故こんなことをやっているかが気になります」
あきら「確かに」
千夜「夕食の準備に戻ります。お前、後10分と言ったところですよ」
りあむ「10分!それなら終わる!魚の匂いで集中力乱されてきたけど!」
椿「何のためにやっているのか、が疑問みたいです」
久美子「西川保奈美さんは才能も練習量も格上、アナスタシアさんはまだまだ発展途上、私でもわかるくらいだからわかってないはずないわよね」
椿「実は、コーラスの方を選抜するのが目的とか」
久美子「選抜するだけなら聖ちゃんも見つけられたし、それでいいと思うのよね」
あきら「あの場を作る意味……何だろ」
椿「棟方愛海さんの印象はどうですか?」
久美子「棟方愛海さんはなんか猫かぶりな気がするけど、こっちもレッスンはきっちり受けてるみたい。動き方とか立ち方のクオリティが高い気がするから、歌手というよりタレントさんって感じ」
あきら「もう1人のお嬢様の方は?」
久美子「櫻井桃華さんはコネとか聞いてたけど、やっぱり桁違いのお嬢様は違うわね。歌も上手だしピアノも弾けるそうよ」
椿「選ばれるのに値する理由はありそうですね」
あきら「颯チャン、大丈夫デスか?」
久美子「私も心配だったけど、歌も踊りも想像以上だし何よりカワイイわ。そりゃあ、他の人と比べたら実力はないけど、見守られてる感じね」
椿「それなら安心ですね。楽しんでもらいたいのも本心ですから」
久美子「そう言い忘れてた。明日からはお役御免だから」
あきら「そうなんデスか?」
久美子「今日は準備できなかったけど基本は音源を流すそうよ。ピアノが必要な簡単なものは櫻井桃華さんにやってもらうみたい。それに、今日も私が指導したわけじゃないから」
椿「潜入捜査はおしまいですか」
久美子「ええ、正直1日で十分だわ。颯ちゃんと違って、身分も偽ってるし」
あきら「ありがとうございます。状況、だいぶわかってきた」
椿「わかってきて、不思議に思うところも増えてきました」
あきら「うん。もう少し調べてみる」
久美子「お役に立てたようで何より。相談くらいはしてね。時子ちゃんみたいなオーダーは困るけど」
あきら「わかった。ありがとう、久美子サン」
りあむ「課題終わった!ほめろ!」
椿「りあむさんは偉いですね。よしよし」
りあむ「あんまり感情こもってないけど許す!片耳で聞いてたけど、やっぱ目的が気になるな!もう少し調べよう!」
あきら「りあむサンに賛成」
久美子「そうだ、私からは提案だけど」
りあむ「なに?提案?聞くよ!時子サマの同期生の話は絶対に聞けと家訓にしてるからね!」
久美子「聖ちゃんに直接話を聞いてみて。あの子だから気づいてること、ありそうなの」
あきら「フムン、耳もいいらしいから聞いてみよう。りあむサン、手配できる?」
りあむ「わかった!付属病院に来てもらって、そこで会えるようにしておく!」
あきら「ありがと。理解が早くて助かる」
りあむ「よし、話はここまでだ!白雪ちゃん、ごはん!久美子サマがお待ちだよ!」
千夜「口だけでなく手も動かせ、お前は。皆様、夕食にしましょう」
29
とある10月の水曜日
昼休み
S大学付属高校・空き教室
あかり「千夜さん、今日はお弁当を作ってきたんですか?」
千夜「はい。お嬢さまに時々早起きしなさい、と言われてしまったので」
あかり「ちとせさんは心配症です。自分は夜の生活なのに」
千夜「どうしたら心配されないでしょうか」
あかり「あはっ、それはムリです。千夜さんが可愛すぎるのが悪いので」
千夜「はて、どういう意味でしょうか」
あきら「あかりはまた変な言葉覚えて……あっ、りあむサンから連絡あった」
千夜「何と言っていましたか」
あきら「聖チャンと会う時間作ったって。夕方、聖チャンが文化会館に行く前」
あかり「私にも連絡来てました。付属病院のお部屋を借りたみたいです」
あきら「時間は放課後すぐに行けば間に合うかな」
千夜「はい」
あかり「でも、病院だから少ない人数にしましょう」
千夜「ええ」
あきら「りあむサンは確定かな。凪チャンはちょっと遠いからナシ」
あかり「若葉お姉さんはまだ帰ってきてないんご。椿さんは?」
千夜「今日は大学の授業とゼミのようです」
あかり「2人なら許されますよね?この中から誰か1人行くのでいいですか?」
千夜「異論はありません」
あきら「あかり、今日は手伝い?」
あかり「今日はないです。千夜さんはどうですか?」
千夜「お嬢さまのところに行く予定でしたが、断られてしまいました。今日も部室に行こうかと思っていたところです」
あきら「予定、珍しい。なんだろ?」
あかり「あきらちゃんは?」
あきら「バイトもないから自分でもいい」
あかり「それなら、じゃんけんで決めましょう」
千夜「異議はありません」
あきら「勝った人で」
あかり「はい。じゃーんけん、ぽんっ」
あきら「勝ったのは」
千夜「辻野さんです。よろしくお願いします」
あかり「わかりましたっ、行ってきます。清良さんっていう優しい看護師さんに会ってくるんご」
千夜「私は部室で待っています」
あきら「自分も。りあむサンのこと、よろしく」
あかり「はいっ。そうだ、お昼休みが終わる前に言っておくことがあったんですっ」
あきら「言っておくこと?」
あかり「昨日ネットサーフィンをしてたらサーフィンの画像を見つけました」
あきら「ただの語源だから、それ」
千夜「サーフィンの画像がどうかしたのですか?」
あかり「この写真ですっ」
あきら「表彰式の写真かな」
千夜「沢田麻理菜さん。アナスタシアさんのマネージャーの方ですか」
あかり「そうですっ。検索してみたら、見つけたんご」
あきら「去年の写真なんだ、小さい大会みたい」
あかり「あきらちゃんみたいに見つけられて嬉しんご」
千夜「ええ。何かわかったことはありますか?」
あかり「特にないんご!」
あきら「ないんだ」
あかり「趣味はサーフィン、長野県出身、マネージャー歴は2年くらいみたいです」
千夜「最後の情報はどこから」
あかり「沢田さんのブログです。簡単に見つけられたんですけど、そのくらいからお仕事のことを乗せる頻度が減ってます」
あきら「なるほど、趣味優先でフリーターをしてたんだ」
千夜「芸能界の仕事なのでブログは控えるようにしたのでしょう」
あかり「サーフィンに行きました!みたいな記事も減ってます。私がわかったのはそのくらいです」
あきら「あかりは特にないって言ったけど、たくさんわかったよ」
千夜「ええ。怪しい人物とは思えません」
あきら「うん。颯チャンも久美子サンも印象は裏表なさそうだったし」
あかり「褒められてる?照れるんご~」
あきら「その調子で聖チャンに話を聞いてきて」
千夜「期待しています」
あかり「はいっ。あかりんご、がんばるんご♪」
30
夕方
S大学付属病院・空き診察室
S大学付属病院
医学部付属の病院、医学部の学生が実習を行う場所でもある。空いている診察室が用意された。
あかり「おー、ここがりあむさんが実習してるところなんですね」
りあむ「違うよ?りあむちゃんの今期の実習は整形外科だよ。しかも、附属病院じゃないし」
あかり「そうなんですか?」
りあむ「大学病院は大学病院の役割があるんだよ。学年が上がったらここでの実習もある、はず?」
聖「こんにちは……」
あかり「聖ちゃん、こんにちはっ」
りあむ「待ってたよ!座って座って!」
聖「はい……」
あかり「リンゴジュースを持って来たんご。どうぞ」
聖「ありがとうございます、いただきます……うん、美味しい」
りあむ「体調は大丈夫なの?」
聖「はい……元気で健康そのものだって先生は言ってました」
りあむ「ぼくにもそう見える。もしあるとしたら、医者が見えないところかな」
聖「それは大丈夫……歌があるから」
あかり「歌、ですか」
聖「私とつながっているところは……音楽が現象を起こすから……」
あかり「音が聞こえるだけじゃない、ってことかな?」
りあむ「ぼくらの常識じゃ理解できないよ。たぶん。本題に入ろう!」
あかり「そうですね、聖ちゃんの時間もないですし」
りあむ「聖ちゃん、質問していい?いいよな?」
聖「どうぞ……」
りあむ「じゃあ、あかりんごから」
あかり「えっ……まぁ、いいんご。聖ちゃん、オーディションを受かるのはどっちだと思いますか?」
りあむ「あかりんご、いきなり聞きにくいところから行くんだ」
聖「それは……」
あかり「正直に言っていいんご。颯ちゃんからは聞いてます」
聖「最初に声を聞いた時に気づきました……保奈美さんが選ばれると思う」
あかり「颯ちゃん、久美子さんと同じ答えです」
りあむ「やっぱり出来レースなのか?芸能界の裏側はやっぱり真黒なのか」
聖「ううん……とっても緊張してるから違うと思う」
りあむ「緊張?誰が?」
聖「保奈美さん……本当はもっと上手に歌えるはずなのに」
あかり「緊張してるということは、結果はわからないということですねっ」
聖「それと保奈美さんのマネージャーさんも……本人より緊張してるかも」
りあむ「自分の力なら努力でなんとかできるもんな。自分の力が及ばないところは震えるよ、わかるぞ」
あかり「他の人はどうですか?」
聖「楽しそうかな……緊張はしてないと思う……」
りあむ「何かアヤシイ感じの人いる?変な力ありそうとか。人じゃないとか」
聖「いないと思う……颯ちゃんみたいな感じは誰からもしない……」
あかり「怪しい行動を見たりしました?」
聖「ううん……」
りあむ「ぼくは聖ちゃんを信じてる。聖ちゃんは、アンノウンプロデューサーはあそこにいると思う?」
聖「……いる。絶対にあの場所で聴いてる。だから、歌います」
あかり「スピーカーの声はどう思いますか?」
聖「俳優さんかな……セリフみたいに感じる時がある……」
りあむ「やっぱり、スピーカーで喋ってる人はアンノウンプロデューサーじゃないんだ」
聖「でも……わからない」
あかり「誰がアンノウンプロデューサーか、ですね」
聖「みんな違う気がする……何人かあわせてアンノウンプロデューサーかも……」
りあむ「うーん、その可能性もあるのか。オーディション参加者以外がアンノウンプロデューサーを構成する一員!」
あかり「そういえば、アンノウンプロデューサーの経歴をちゃんと調べてなかったんご」
りあむ「それ難しいんだよ。ネットであんまり情報ないし。発表した音楽と寸評以外は無」
あかり「別の方法も考えないと、ですね」
りあむ「うん。新進気鋭の天才音楽家だけど覆面作家が過ぎる!情報秘匿し過ぎだよ!」
あかり「何か隠さないといけない事情があるんでしょうか?」
りあむ「わからん。カッコイイからとか?違うな!」
聖「あの……」
あかり「聖ちゃん、何か気づいたことがありますか?」
聖「りあむさんが言ったこと……気になって」
あかり「りあむさんはベラベラと喋ったからわからないんご」
りあむ「オタク特有の早口をバカにしたな!その通りだけど!」
聖「天才音楽家のところ……違うかも」
りあむ「え?そこが違うの?新曲で大喜びだったんじゃないの?」
聖「とっても良い歌……みんなのイメージが音に乗って……みんな嬉しかった」
あかり「でも、天才音楽家じゃないんですか?」
聖「何かが足らない気がします……それが何かわからないけど……」
りあむ「足らない?世間とかネットの評判とあってない、ってこと?」
聖「旋律だけで心を震わせるような音楽家じゃない……でも、音楽と人が大好きな、愛情がある良い音楽家だと思う……」
あかり「音楽のことはわからないんご。りあむさんは?」
りあむ「ぼくもわかんないよ!でも、聖ちゃんの言いたいことはわかった!聖ちゃんの感性と世間の評判の違い、それが気になる!」
聖「そう……りあむさん、わかってくれてありがとう」
りあむ「うわぁ、こんな神聖な感じの美少女に感謝の言葉をもらった。りあむちゃんは闇属性だから消えてなくなりそう」
あかり「りあむさん意外と闇じゃないのに。聖ちゃん、時間は大丈夫ですか?」
聖「はい……でも、遅れないように行きます」
あかり「歌、いっぱい楽しく歌うんご」
聖「リンゴジュース美味しかった……行ってきます」
あかり「どういたしまして。がんばってくださいっ」
りあむ「誰かがアンノウンプロデューサーなら嘘をついてる、けど、みんな楽しそう、うーん?わからん。聖ちゃんの言うことは信じるけど、どう調べるんだ?」
あかり「りあむさん、まずは部室に帰りましょう」
りあむ「あー、今日は家に帰る。教会でちとせと会うから、家の方が近いし」
あかり「そうなんですか?千夜さんがちとせさんに会おうとして断られて寂しがってました。りあむさんのせいです」
りあむ「えっ、そうなの?白雪ちゃんも早く言ってくれれば……いや、ちとせが断ったのか。なら、ちとせの考えだな。うん、今日はぼくが会いに行くよ」
あかり「……」
りあむ「あかりんごが無言でも考えてることがわかるようになってきたな。言わなくていい。今日の白雪ちゃんはあかりんごに任せた」
あかり「はい。聖ちゃんに聞いたことも伝えておきます」
りあむ「うん。アンノウンプロデューサーのことももっと調べてくれると嬉しい」
あかり「はい。それじゃあ、私は部室に向かいます。明日は実習ですよね、お弁当持ってくるのでがんばってください!」
りあむ「あかりんご、ありがとう、こんなりあむちゃんに優しすぎるよ!」
あかり「代わりに、柳清良さんに会いたいです。挨拶するから案内してください」
りあむ「なに?あかりんごは綺麗なお姉さんが好きなの?案内するけど仕事中だから邪魔にならないくらいでよろしく」
31
夜
M市民文化会館・正面玄関前
凪「凪です。妹のはーちゃんを迎えに来ました。そこで、関係者に会いました。こんにちは」
篠原礼「あら、あなたは……」
篠原礼
桃華のお付き兼運転手。桃華は特に手もかからず、平日昼間も時間が出来るので良い仕事らしい。趣味の社交ダンスも上達したとか。
凪「久川凪です。はじめまして、いや以前お会いしているので2度めまして」
礼「久川颯さんのお姉さんの」
凪「はい。凪は双子の姉をしています。今日は迎えにきました」
礼「お疲れ様。桃華お嬢さまが何かご迷惑をかけていないかしら?」
凪「いいえ。はーちゃんは褒めていました。お嬢さま然とした特別さ高貴さがありつつも、決して傲慢でなく親しみやすい、と」
礼「そこまで言ってたの?」
凪「申しわけありません、凪が大げさに言い直しました。はーちゃんらしく素直にそんなニュアンスを聞かせてくれました」
礼「そう。仲良くしてもらえるとありがたいわ。泰然としているけれど、桃華お嬢さまもまだ小学生だから」
凪「はーちゃんに言っておきます」
礼「終わりの時間だから、お嬢さまを迎えに行くわ。あなたも一緒に入るかしら」
凪「その手があったか。いえ、凪は慎む時。遠慮します。はーちゃんをここで待ちます」
礼「わかったわ。また会いましょう」
凪「……はーちゃんを信じる。いつも一緒にいなくてもいい。凪とは待つ風模様なので」
32
出渕教会・1階・礼拝堂
出渕教会
シスタークラリスが所有する教会。周辺住人から様々な差し入れが届くらしい。
黒埼ちとせ「こんばんは。待ってたよ、りあむ」
黒埼ちとせ
吸血鬼。昔からあらゆる人々を魅了する歌声の持ち主です、とのこと。
りあむ「こんばんは、ちとせ。レポートが思ったより終わらなかった!謝る!ん?待ってたってことは早起きした?」
ちとせ「そうかも。陽が落ちるのが早くなってきたから」
りあむ「ふーん。ご飯買ってきた。白雪ちゃんの手料理じゃないけど許せ」
ちとせ「もちろん」
りあむ「あ、他の人は?ぼくとちとせの分しかないや。忘れてた!」
ちとせ「シスターと美由紀ちゃんはお出かけ。誰かと会うみたい」
りあむ「誰か?わざわざ出向くなら偉い人か?」
ちとせ「さぁ?死神さんはお仕事、裕美ちゃんはパトロール、退魔師さんは会合。天使さんは、今日は来てない」
りあむ「退魔師の会合が気になるな。気にしても仕方ないか。ちとせ、ご飯食べよう」
ちとせ「ええ。地下へどうぞ」
33
出渕教会・地下1階
ちとせ「ごちそうさま」
りあむ「もう食べないの?このサンドイッチ好きじゃなかった?」
ちとせ「とっても美味しいからそれは違う。りあむが買いすぎ」
りあむ「そっか。みんなよく食べるから勘違いした!ぼくも最近よくお腹すくし!」
ちとせ「千夜ちゃんとか?」
りあむ「白雪ちゃんとか若葉お姉さんも良く食べるけど、そっちじゃなくて学校の方」
ちとせ「あはっ、りあむもがんばってるんだ♪」
りあむ「がんばってるよ!自分で言うのも難だけど!ぼくとしてはものすごく!」
ちとせ「きっとみんなわかってるよ。りあむ、大学はどう?」
りあむ「大変だよ!なんで、ぼくは看護学科なんて選んだんだろう!?ぜんぜん上手くできてる自信がない!」
ちとせ「そうなの?」
りあむ「こんなりあむちゃんがいきなりコミュニケーションできるわけないし……1人だけやたら話しかけてくるおばあちゃんがいるくらい」
ちとせ「へー」
りあむ「転んで足の骨が折れちゃったけど、入院してるとは思えないくらい元気なんだよ!実習初日からりあむちゃんにも笑って話しかけてくるし!さっさと骨つなげて退院しろ!」
ちとせ「良かったね」
りあむ「どこが!?様子を聞いてただけなのにうるさいって、ぼく含めて怒られたのに!」
ちとせ「私も大学生活しちゃおうかな」
りあむ「若葉お姉さんがやれるくらいだから夜間ならできる。ていうか、本当にそう思ってる?」
ちとせ「ばれちゃった。思ってない。変わる前から、私の未来も大学生活も考えてない」
りあむ「ちとせ、今なら考えられる?次のこと」
ちとせ「まだ、ぜーんぜん。シスターのお手伝いはしてるけど、ちゃんと考えないとね」
りあむ「ちとせの未来は長いからゆっくり考えるといいよ、自分のことはさ」
ちとせ「りあむ、千夜ちゃんの進学のこと何か聞いてる?」
りあむ「ちゃんとは聞いてない。黒埼の家が支援してくれるから、S大にそのまま上がるつもりみたい」
ちとせ「ねぇ、りあむ」
りあむ「ちとせ、また何かお願いごとしようとしてる?約束はちゃんと覚えてるよ。がんばってる、たぶん」
ちとせ「千夜ちゃんに進路相談してきて。たぶん、私に言った答えが返ってくるから」
りあむ「ちとせが言うならするけど、もう聞いてるのに?なんで?」
ちとせ「経済学部か文学部のどちらかにするみたいだけど決まってない、って私には言った」
りあむ「ぼくが聞くと答えが変わるの?」
ちとせ「変わらないと思う。でも、千夜ちゃんは1人で考えて1人で決めちゃうから。ちゃんと聞いてあげて」
りあむ「わかった。ぼくもそれはしない方がいいと思う。明日にでも聞いてみる」
ちとせ「ありがと」
関裕美「ただいま。りあむさん、来てたんだ」
関裕美
吸血鬼。クラリスと美由紀に讃美歌を教わったが、不思議な気持ちになったらしい。
りあむ「こんばんは!マイディアヴァンパイア着てないの?」
裕美「吸血鬼なことが私じゃないから。でも、これも魔法使いさん手作りなんだ」
りあむ「そういえば、ぼくも何故か作って貰ってる気がする」
裕美「最近忙しいからもう少し待ってろ☆、だって」
ちとせ「私のも遅れてるの。だから、1番楽しい時間が続いてる」
りあむ「裕美ちゃん、サンドイッチ食べる?買い過ぎた!」
裕美「いいの?」
りあむ「いいよ!そのかわり、ちとせとりあむちゃんの話相手になろう!」
裕美「わかった。『チアー』の話も聞きたいから。お茶を淹れるから、ちょっと待ってて」
34
出渕教会・地下1階
裕美「うーん……」
ちとせ「裕美ちゃん、眉間にしわが寄ってる」
裕美「いけないいけない。りあむさん、話してくれてありがとう」
りあむ「どういたしまして!正直、全然知りたいことはわかってない!」
ちとせ「だけれど、わかることがあるよね?」
裕美「『チアー』は人の力だから。こちら側の人は、その中にはいない」
ちとせ「壁を越えて変質した、私達みたいに」
りあむ「まだ『チアー』がいる可能性はある、ってこと?」
裕美「うん。『チアー』の力で能力が変わった人もいるかも」
ちとせ「私達が探している『チアー』は人の域を外れた変質も起こせるけど」
裕美「才能を伸ばす、っていうのかな。例えば、ちょっと力強くなるだけ」
ちとせ「颯ちゃんの出番はなさそうね」
りあむ「そうなると人か。『あちら側』の方がわかりやすくない?」
ちとせ「私もそう思うよ」
裕美「そうじゃないから、シスターも困ってる」
りあむ「んー、そういうことか」
ちとせ「りあむ、関係者のこと教えて」
りあむ「いいけど、何するの?吸血はダメだぞ?」
ちとせ「しないしない。そっちは、ちゃんとシスターが調達してくれてるから」
裕美「私も調べてみる。夜なら、違う顔が見えるかもしれないから」
りあむ「わかった。でも、なんか悪い予感がするから気をつけるんだぞ。あと、櫻井の大豪邸に忍び込むのは辞めた方がいい!」
裕美「私は忍者じゃないからそこまではしないよ。出来なくはないけど」
ちとせ「そうね♪颯ちゃんみたいに潜入調査とか」
りあむ「ちとせ、チャームの力が強くてもするなよ?ここぞというところで使ってこそ切り札なんだよ?」
ちとせ「わかってる」
りあむ「そろそろ寝る時間だ。明日も実習で早起きだから帰る。良い夜を!白雪ちゃんの進路相談はしておく!」
ちとせ「ありがと。おやすみなさい、りあむ」
裕美「りあむさん、送っていくね。もう夜も遅いから」
35
とある10月の木曜日
早朝
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「おはようございまーす」
りあむ「あかりんご、おはよう!」
あかり「りあむさんは朝からうるさいんご」
りあむ「うるさい……やむ」
あかり「違いますよ、いい意味です!朝から元気なんて、りあむさんも変わったな、ということですよっ」
りあむ「わかったよ、そういうことにしておく。あかりんごも相変わらず朝は強いな」
あかり「最近、始業前に勉強してるんですよ。けっこう、良いんです」
りあむ「あかりんごはがんばり屋さんだ。いいぞ、りあむちゃんも泣けてくる」
あかり「泣いてないで白衣の天使のタマゴは笑うんご。りあむさん、今日のお弁当です」
りあむ「ありがとう!前の野菜たくさんで美味しかったよ!今日は?」
あかり「蕎麦とおにぎりです。炭水化物をたくさんとってしっかり働きましょう」
りあむ「もはや体育会系みたいなメニューだな!たしかにそういうところあるけど!」
あかり「カマボコ付きです。あっ、おつゆを渡すのを忘れてました。この水筒に入ってますから、どうぞ」
りあむ「あったかい。たまには温かいお弁当もいい!あかりんご、ありがとう!今日もやむやむしても乗り越えられそうだよ!」
あかり「私は教室に行きますね。りあむさん、がんばるんご」
りあむ「そうだ、あかりんご」
あかり「なんですか?」
りあむ「白雪ちゃん、今日部室に来る?」
あかり「わかりません。来て欲しいんですか?」
りあむ「うん!伝えといて!」
あかり「わかりました、お昼の時に伝えておきますっ」
36
夕方
M市民文化会館・正面玄関前
颯「今日も一緒に来なくていいのに」
凪「姉は心配するのがサガです」
愛海「颯ちゃん、おはよう!」
凪「むっ……おや、こんにちは」
愛海「颯ちゃんの妹さん、こんにちは。姉妹愛は美しいよ、またね!」
凪「またお会いしましょう。ばいばい。もう1人いらっしゃいました。こんにちは」
保奈美「こんにちは」
凪「おお、西川保奈美さんではありませんか。はーちゃんからウワサを聞いています。楽しみにしてます」
保奈美「ええ、がんばるわ」
凪「凪は大学の図書館に行きます」
保奈美「大学の図書館?」
颯「なーは頭がいいんだよ。まぁ、変なことに興味があるとも言うけど。超常現象とか」
凪「褒められました」
颯「褒めたかな?」
保奈美「私も褒めたと思うわ。良いお姉さんね」
凪「はい」
颯「そこは謙遜するところじゃない?」
保奈美「ふふっ、がんばってね。颯ちゃん、行きましょうか」
颯「うん。なー、迎えに来てね」
凪「もちろんです。それでは、また」
37
M市民文化会館・大ホール・舞台上
スピーカー『いいだろう。ヘレン、いかがかな?』
ヘレン「グッド。初週なら上出来でしょう」
スピーカー『ありがとう。休憩としよう。連絡があるから、15分後に集まってくれたまえ』
桃華「わかりましたわ」
アナスタシア「マリナ、ちょっと相談したいです」
麻理菜「わかったわ。飲み物準備するから、エントランスで待ってて」
愛海「保奈美さん、私とお茶しませんか?」
保奈美「え?」
愛海「ダメ?」
保奈美「もちろん、いいわよ。颯ちゃん達もどうかしら?」
颯「はーい。聖ちゃんは?」
聖「私も一緒に……」
颯「桃華ちゃんは?」
桃華「少し歌の自主練をしますわ。お気遣いなく」
愛海「それじゃあ、行こうか!うひひ……」
桃華「余計なお世話ですけれど、その方にはお気をつけなさって」
聖「わかってる……」
愛海「変なこともしないし、気にもしないよ」
桃華「ごゆるりと」
38
M市民文化会館・3階・会議室2
聖「美味しい……」
愛海「桃華ちゃんが差し入れてくれたお茶だもんね。美味しいよ、値段は聞きたくない」
聖「放課後に遊んでるみたいで楽しい……」
颯「なーが迎えにくるから、あんまり遊ばないなー。保奈美さんは?」
保奈美「そうね、芸能活動もしてるから、同世代の子と比べたら遊んでないかしら」
愛海「さすが保奈美さん、ストイック」
颯「愛海ちゃんも同じじゃないの?」
愛海「私はエキストラとか人数合わせとかバックダンサーとか多いから、色んな部活を掛け持ちしてるみたいだよ」
聖「それも楽しそう……」
愛海「あんまり売れてないってことだけどね。楽しいのは嘘じゃないよ」
颯「へー」
保奈美「私も愛海ちゃんを見習って、そういう仕事もしてみようかしら」
愛海「え!?もったいないよ!同じ立場とか畏れ多いよ!」
聖「うん……歌の仕事がいいと思う……」
保奈美「……あの、聞いていいかしら」
颯「うん」
保奈美「私、選ばれるかしら?」
聖「はい……とっても素敵な歌声だから、きっと」
愛海「もちろんだよ!胸を張ろう!」
颯「はーも同じだよ」
保奈美「ありがとう。自信にして、がんばるわ」
颯「……」
39
M市民文化会館・エントランスホール
颯「うーん……」
マキノ「どうしたの、ため息なんて。緊張で疲れたかしら」
颯「あ、八神さん。ううん、元気だよ」
マキノ「それなら、悩みごとかしら?」
颯「悩んでないのは、言い過ぎかも。悩みごとはたくさんあるなー」
マキノ「でも、今悩んでいるのは自分のことじゃなさそうね」
颯「わかっちゃうんだ。でも、考え過ぎな気がする」
マキノ「……誰もいないし、マイクがないことは確認済み」
颯「八神さん?」
マキノ「久川さん、知りたいことはあるかしら」
颯「……知りたい?」
マキノ「私はアンノウンプロデューサーの正体が知りたいの。あなたはどうかしら」
颯「……」
マキノ「なんとなくだけれど、あなたが1番知りたそうだったから」
颯「えっと、そうかな?」
マキノ「知りたいと思うのは普通のこと。あなたはアンノウンプロデューサーでないようだから、私に協力しない?」
颯「八神さんがアンノウンプロデューサーじゃないの?」
マキノ「その考えは1番無理がないわね。残念だけれど、違うわ。その証明もできるけれど」
颯「じゃあ、どうして知りたいの?」
マキノ「個人的な趣味が大きな理由ね」
颯「趣味なんだ……」
マキノ「もうひとつは仕事のため。悪く言えば弱みを握るためよ」
颯「本当に悪い人だ」
マキノ「良く言えば、アンノウンプロデューサーとの関係を特別なものとしたい。秘匿された人物のままで作品を出す協力者になりたい」
颯「そっちを先に言えばいいのに」
マキノ「建前では信頼されないもの。どうかしら?」
颯「わかった。協力する」
マキノ「ありがとう。あなたはどう思うかしら?」
颯「どう思うって、何を?」
マキノ「私は不可解なことが多いと思うわ。音楽だけじゃなくて、何か別の力が働いているような」
颯「……」
マキノ「ごめんなさい、芸能界の事情を話しても仕方がないわね。あなたは気になったことがあったら教えてちょうだい。お礼はするわ」
颯「うん、あんまり期待しないでね」
マキノ「ええ。だけど、ステージは期待させてもらうわね。休憩時間が終わるわ、行きましょう」
40
M市民文化会館・大ホール・舞台上
スピーカー『レナ、揃っているかな』
レナ「ええ。こちらは始められるわ」
スピーカー『よろしい。レナ、ヘレン、彼女達は次のステップに進んでもいいかな』
レナ「構わないわ」
ヘレン「見せてもらったわ。あなたが望むことができるでしょう」
レナ「私達としては歓迎よ。こちらの仕事を進めるために」
聖「次……?」
アナスタシア「なんでしょうか?」
スピーカー『次の月曜日、私から渡すものがある。このオーディションの勝者が歌う曲だ』
颯「曲、まだ新しいのがあるの?」
スピーカー『これまでのものは、ここに集まったことに対するお礼だ』
愛海「ずいぶんと太っ腹な考えだね」
スピーカー『朧気だった輪郭は私の中では形を得た。明日から実際に形にしていく』
保奈美「……」
スピーカー『もう1度言うが、勝者に与えられる曲だ』
桃華「わたくしはコーラスですから関係ありませんけれど、厳しいお言葉ですわね」
スピーカー『私にも都合があるからね。今はここまでだ』
颯「都合、ってなんだろう……?」
スピーカー『さて、今日の最後のレッスンをはじめよう。桃華、頼んだよ』
桃華「歌唱のレッスンですわね。ご指示をお願いしますわ」
スピーカー『明日は休暇でディナーを楽しむとしよう。最後までがんばってくれたまえ』
41
S大学・部室棟・SDs部室
凪「凪は認知されています」
千夜「そのように思えます」
りあむ「もしかして、中に入れるんじゃないの?おねだりしてみる?」
凪「それは辞めます。おや、はーちゃんから連絡です」
千夜「なんでしょうか」
凪「予定より早く終わったようです。凪は迎えに行きます」
千夜「かしこまりました」
凪「明日、はーちゃんを連れてきます。ディナーの後です、謎解きは」
千夜「わかりました。素朴な食事でもご用意してお待ちしております」
凪「それでは、さらば」
千夜「お気をつけて」
りあむ「ばいばーい!不審者には気をつけるんだぞ!ん?『捕食者』がいるから大丈夫か?」
千夜「……お前と2人きりか」
りあむ「そうだね、白雪ちゃん!嬉しい?」
千夜「まったく。私も帰ります」
りあむ「ああ、待った待った!ご飯の用意はしなくていいけど、聞きたいことがあるんだよ!」
千夜「私はありません」
りあむ「ぼくがあるんだよ!頼むよ!」
千夜「必死になる理由がわかりませんが、少し時間は取ります。手短に」
りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!」
千夜「それで、何ですか」
りあむ「りあむちゃんが後輩に進路相談をしようと思う!白雪ちゃん、どうなの?」
千夜「お前は誰かに相談したのですか」
りあむ「うっ……りあむちゃんは、ほとんど1人で決めた」
千夜「そうですか。なら、私も自分で決めようかと」
りあむ「だから、聞くんだよ。わりと後悔してるんだよ。結果的に何も変わらないかもしれないけど、聞いた方が良い。それが、りあむちゃんでも!」
千夜「……お前は今の進路を後悔してるのですか」
りあむ「そっちは後悔してない、と思い込めるようになってきたはず。うん。いまさら、色々言ってもしかたないし。時子サマにもそう言われた!」
千夜「……」
りあむ「白雪ちゃんはどう生きたい?」
千夜「お前は聞き方が壮大すぎます。S大学に内部進学します」
りあむ「学部はどうするの?」
千夜「文学部か経済学部にします」
りあむ「それはなんで?文学部なら椿さん、経済学部なら時子サマの後輩だけど」
千夜「それは……」
りあむ「……」
千夜「……きっと、時間が欲しいからです。お前の最初の聞き方だと、私は答えられません」
りあむ「ん?もしかして、どう生きたい、って聞いた?そんなの答えられるわけないよな、ぼくもわかんないし」
千夜「それなら、聞くな」
りあむ「でも、人生はそんなに長くない気がするし、えっと、うん、わかった。進路相談はこれで終わりにする」
千夜「その方が良いでしょう。今のところ、学校にもお嬢さまにもそう答えています。まだ、時間はあります。考える時間もありますから、過度の心配は不要です」
りあむ「過度じゃないなら、心配していいの?」
千夜「ご自由に。帰ります。また、明日」
りあむ「うん、また明日。おやすみ、白雪ちゃん」
42
深夜
某所
裕美「……」
ちとせ「私達は高い所から日本有数の豪邸を見下ろしてる。遠いところにきちゃったな」
裕美「ちとせさん、お疲れ様」
ちとせ「中に入れそう?」
裕美「りあむさんの言う通り、櫻井邸に忍び込むのは辞めた方がいいかな」
ちとせ「どうして?」
裕美「人が多いの。お嬢様付きの篠原さんも見かけた」
ちとせ「住み込みなのかな?」
裕美「そうみたい。警備員さんもたくさん。あと、あそこ見て」
ちとせ「夜目も効くようになってきた。見えるよ、近づいたらうるさそう」
裕美「監視カメラかセンサーだと思う」
ちとせ「様子は見える?」
裕美「ううん。敷地内の木が高いから建物の中は隠されてる」
ちとせ「由緒あるお家はそういうことができるんだ」
裕美「変わった様子はないかな。ちとせさん、八神さんはどうだった?」
ちとせ「まだお仕事してたわ。ちゃんと寝てるか心配になっちゃう」
裕美「仕事をしてるなら」
ちとせ「颯ちゃんの言う通り『チアー』でもなんでもないのかも。ちょっと、知りたがりで働きたがりな人」
裕美「そうかな」
ちとせ「演出家の2人、見つかった?」
裕美「ごめん、今日もダメだった」
ちとせ「そっか。調べてるのばれちゃったかな?」
裕美「そういうわけじゃないと思うけど、ホテルとかに泊まってないのかな」
ちとせ「謎が謎を呼ぶ人達か。女子高生2人は?」
裕美「西川保奈美さんは下宿先、アナスタシアさんは事務所の寮に帰ってたよ」
ちとせ「櫻井家のご令嬢はお休み?」
裕美「うん。あそこが寝室だと思うけど、すぐに電気が消えたから」
ちとせ「小学生だものね」
裕美「棟方愛海さんも不思議なところはなかったかな」
ちとせ「夜に豹変する人物はいない」
裕美「見えてないだけかな」
ちとせ「変身してない狼男は私達にも見えない」
裕美「狼男は例え話だよね?」
ちとせ「ええ。今は『満月』じゃないのかも」
裕美「まだ気は抜けないね」
ちとせ「そうね」
裕美「ねぇ、ちとせさん」
ちとせ「なに?」
裕美「櫻井邸の敷地、あそこにあるものが見える?」
ちとせ「あそこにあるのは……お社。ちゃんと鬼門の方角ね」
裕美「鬼が入ってくるのを防ぐもの。他にも壁に十字架が書いてあったり、屋根のあそことか」
ちとせ「洋風の建物なのに鬼瓦があるんだ、不思議」
裕美「もしかしたら、『こちら側』の知識があるのかも。伝統のある家だから」
ちとせ「だけど、家に招待はしてくれなさそう」
裕美「そうだね。私達を遠ざけて、自分達を守ってる」
ちとせ「それが当然。知識はあっても、戦えるとは限らないもの」
裕美「りあむさんの言う通り、ここには入れない」
ちとせ「吸血鬼は制限の多い存在だもの。お呼ばれしないと入れないのは、きっと私達のためでもある」
裕美「うん」
ちとせ「今日は帰ろっか」
43
出渕教会・玄関前
ちとせ「あら、珍しい」
裕美「こんな時間にお客さん?」
ちとせ「こんな時間、だからかな」
水野翠「良い夜をお過ごしですか」
水野翠
死神。美由紀によると、日本へ移動するにあたり名乗る名前を決めたらしい。狂言や能にも詳しいとか。
ちとせ「今日は良い夜。こんばんは、死神さん」
裕美「涼さんに会いに来たの?」
翠「はい。残念なことに、涼には歓迎されませんでした」
ちとせ「目的は、お仕事?」
翠「その通りです。涼は既に出発しました」
ちとせ「帰るのを待ってないとね」
裕美「うん。お茶でも準備しておこうかな」
翠「涼も喜ぶでしょう」
裕美「翠さんは、寄っていかないの?」
翠「私も行くところがありますので。失礼します」
ちとせ「ばいばい」
裕美「また来てね」
ちとせ「……死神の仕事か」
裕美「うん」
ちとせ「今日も人は死んでく。運命の日は何時かくる。そして、私達を置いて行く」
裕美「……ちとせさん」
ちとせ「今は考えてもしかたないか。戻ろう、私達の死神さんを待っていないと」
44
とある10月の金曜日
早朝
S大学・部室棟・SDs部室
椿「おはようございます。今日は1番乗り……」
松永涼「よう」
松永涼
死神、正確には死神の使い。歌がとても上手らしいが簡単には歌ってくれないらしい。
椿「わっ、びっくりしました」
涼「驚かせたか、すまない」
椿「どこから入ったんですか?ドアにはカギがかかってましたよ」
涼「入れるものは入れる。死神だからな」
椿「そうなんですね。私と一緒に朝のコーヒーはいかがですか?」
涼「遠慮しておくよ。すぐに帰る」
椿「それなら自分だけ。良いコーヒー豆なので最近の贅沢です」
涼「椿サンはどうしてここにいる?」
椿「持って帰らない教科書はここに置いてるんです。あと、眠気覚ましに」
涼「それだけなのか」
椿「そういうことにしてください」
涼「ああ、わかったよ」
椿「涼さんのご用は何ですか?」
涼「夢見りあむは来るか」
椿「今日は実習がないので、すぐには来ないと思いますよ」
涼「そうか……」
椿「呼びましょうか?」
涼「いや、いい。そもそもアタシが出来ることじゃない」
椿「……」
涼「帰るよ。椿サン、頼んだ」
椿「何を、ですか」
涼「人の死を、見送る側の手伝いさ」
45
昼休み
S大学付属高校・空き教室
あかり「今日の予定は、ウワサのディナータイムですね」
千夜「はい。早めに終わるそうですから、颯さんが部室にいらっしゃいます」
あきら「ディナーの練習もしたし、何か聞きだせるかな」
千夜「それはわかりません」
あかり「期待しておくんご。他にわかったことはありますか?」
あきら「八神サンはアンノウンプロデューサーではない、って」
千夜「同じく探っている立場ということでした」
あきら「颯チャンに自分からそう言った」
あかり「それなら仲間ですか?」
千夜「そうは言えません」
あきら「『あちら側』ではなそう」
千夜「芸能界という異界を生きる人物です。距離は取っていた方が無難でしょう」
あきら「違うことがわかっただけで十分」
あかり「そうなると怪しいのは誰なんでしょう?」
あきら「演出家の2人かな」
千夜「夜の居場所がわからないそうです」
あかり「夜の居場所がわからない?」
千夜「お嬢さまによると、宿泊先を頻繁に変えているようです」
あかり「何をしてるんでしょうか?」
あきら「それはわからない」
千夜「そもそも素性もわかっていません」
あきら「アメリカで活動してた、とかはネットでは出るけど」
木場真奈美「おや、君達は仲が良いな」
木場真奈美
S大学付属高校で英語授業のアシスタントをしている。授業の一環で披露した歌が学校を震撼させたらしい。
あかり「真奈美さん、こんにちはっ」
真奈美「私もここで昼食を取らせてもらっていいかな?」
千夜「どうぞ」
あきら「真奈美サン、アメリカにいたんデスよね?」
真奈美「ああ」
あかり「歌が上手過ぎると聞きました。もしかして、ショービジネスをしてたんですか?」
真奈美「興味があったから関わっていた時期はある。職業とはしていないよ」
千夜「この方々をご存知ですか」
真奈美「どれどれ……」
あきら「ひとりは日本人、もうひとりは日本通デス」
真奈美「フムン。日本人の方は兵藤レナか?もうひとりはヘレンだったか、そう呼ばれているな」
あかり「知ってたんご」
あきら「さすが、真奈美サン」
あかり「うん、千夜さん」
千夜「はい。木場さん、お昼をご一緒しませんか」
あかり「お話を聞きたいです」
真奈美「断る理由もない。構わないよ」
46
S大学付属高校・空き教室
あかり「真奈美さんのお弁当、手作りなんですか?」
真奈美「そうだよ。料理は趣味なんだ」
あかり「はぇー、料理まで出来る。弱点がなさすぎるんご」
真奈美「食事こそ礎だ。私が学んだ1番大切なことだよ」
あきら「アメリカでも同じデスか?」
真奈美「アメリカこそ料理は大事だ。日本や東南アジアのように屋台文化がある国は稀だからな」
あかり「へー」
真奈美「それで、君達は何を調べてるのかな?」
あきら「この2人を調べてる」
千夜「図書館の前、文化会館付近で見かけました」
あかり「えっと、明らかに只者じゃないから調べてますっ」
あきら「文化会館で何かやってるみたい。芸能関係かと思って、名前だけはわかった」
千夜「どのような人物なのでしょうか」
あかり「真奈美さんが知ってるくらいだから、有名人?」
真奈美「まずは兵藤レナ君から。私が知っている彼女はディーラーだった」
あきら「ディーラー、カジノの?」
真奈美「ああ。若い日本人ディーラーなんて珍しいからな、見に行ったよ。彼女の卓にも座って幾らか巻き上げられた」
千夜「ディーラーですか、演出家ではなく」
真奈美「数年前の話だからな。鞍替えしたんだろう。ショービズと近い世界だ、不思議じゃない」
あかり「どんな人なんですか?」
真奈美「彼女の仕切る卓に座っただけの私が、ディーラーの為人を見抜けたら、私は今頃億万長者だ」
千夜「わからない、と」
真奈美「美しく善良なディーラーだ。闇の組織には関わっていなそうだったよ」
あかり「カジノに闇の組織ってあるんですか?」
真奈美「すまない、私の偏見だ。裏は見透かせないがディーラー以外の顔はない、そう言いたかっただけさ」
あきら「……」
千夜「彼女の周辺の人はいかがでしょうか」
真奈美「周辺?」
あかり「人が集まるとか、出世するとか」
真奈美「日本人だったのもあってか、どちらかといえば一匹狼タイプだったようだ。そんな話は聞かなかった」
千夜「ありがとうございます」
あきら「ミステリアスなのは変わらないデスね」
千夜「はい」
あかり「ヘレンさんはいかがですか?」
真奈美「……」
あかり「真奈美さん?」
真奈美「すまない。知ってるつもりだったが、私はヘレンについては知らないに等しい。説明はできない」
あきら「そんな人なんデスね」
真奈美「適当な説明をしたら何か悪い気がしてな」
千夜「どこかでお会いしてるのですか」
真奈美「彼女の舞台を見た、内容の説明は私には無理だ。その後、日本語で話しかけられた」
あきら「知り合いなんデスか?」
真奈美「会場にいた唯一の日本人だったから話しかけられただけだろうな。内容は他愛もない話だ、日本でいつか会いましょう、とは言われた気がするよ」
千夜「それなら」
あかり「何か変な感じはしませんでした?」
真奈美「かなり独特な人物なことに間違いはないが、良識も兼ね備えた普通の人間だよ。私の芸術的なモノを感じる力が足りてないだけかもしれないが」
あかり「やっぱり楽しそうな人だと思います」
千夜「私は直接関わりたくはありません」
真奈美「こんなところでいいかな?」
あきら「はい。真奈美サン、ありがとうございます」
真奈美「それは良かった。では、私から聞いてもいいかな?」
あかり「真奈美さんから?」
千夜「構いません」
真奈美「古澤先生から聞いているが、大学と高校の共同サークルに入っているそうだな」
千夜「はい」
真奈美「何をしているんだい?進学とかの将来に関わることか?」
あかり「何をしてるかと言われると?一緒にご飯食べたり、お話したり」
千夜「ちょっとした調べものをしています。ウワサ話の真贋を確かめています」
真奈美「君はどうだい?」
あきら「自分、デスか」
真奈美「ああ。どうして、かな?」
あきら「同じデス。将来とかそんなのは関係ないけど、仲間がいるところだから」
真奈美「そうか。仲が良いなら、それが一番だな。古澤先生の評価があがるようにがんばってくれたまえ」
あかり「古澤先生の評価?どうしたらあがるんでしょう?」
真奈美「さぁ、報告書でも出してみたらどうだろう」
千夜「考えておきます」
真奈美「私が力になれることがあったら、また聞いてくれ。時には、昼食もともにさせてくれ」
あきら「うん」
あかり「はいっ、頼りにするんご」
47
夕方
S大学付属高校・あかりとあきらの教室
あかり「あきらちゃん、今から部室に行きますか?」
あきら「うん。あかり、お手伝いは?」
あかり「今日、私はお休みです。颯ちゃんが来るからお土産は準備してあるんご」
あきら「その袋、颯チャンのお土産なんだ」
あかり「はいっ、果物たくさんですっ」
あきら「喜ぶと思うよ。そうだ、優サンから連絡来てる?」
あかり「財前さんのお友達の?来てないです」
あきら「自分だけか、何か呼ばれてて。部室で会う約束してる」
あかり「そうなんですか?何か用事があるんでしょうか」
あきら「わからない。とりあえず、早めに行こうと思って」
あかり「それじゃあ、行きましょう」
48
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「こんにちはっ」
あきら「優サン、どうしたの?」
太田優「ちょっとねぇ。ほら、あそこ」
太田優
太田優
時子の同級生で同じサークルの一員だった。りあむの髪型アドバイザー。ボーカル、ダンス、ビジュアルだったら、一番自信があるのはボーカルとのこと。
りあむ「……」
あきら「え、りあむサン?」
あかり「髪がピンクから茶髪を通り越して真黒になっちゃったんご」
優「真っ黒にする必要はないと思うんだけどぉ、りあむちゃんがそう言うから」
あかり「いつも以上に小さく見えるんご」
椿「りあむさん、サイズ合わせするので着てみてください」
あきら「椿サン、それは」
椿「あかりちゃん、あきらちゃん、こんにちは。これは喪服です」
あかり「喪服……」
あきら「りあむサンのご家族に不幸があったんデスか」
りあむ「そういうわけじゃない。海外でピンピンしてるよ。事故に巻き込まれても元気な人達だよ」
あかり「しゃべった」
りあむ「ぼくもしゃべるよ!あかりんごは何だと思ってるのさ!」
あかり「いやー、ショックで落ち込んでるのかと思って」
りあむ「そんなに落ち込んでないよ!別に、ちょっと話したことがあるだけ。いや担当の患者さんだからそれは変か。ともかく、看護師なんだから、こんなの覚悟してるよ」
あきら「うーん、これは落ち込んでる……」
あかり「……はい」
椿「りあむさん、準備したら休みましょう。ゆっくり何も考えない時間も必要ですよ」
りあむ「うん、そうする。椿さんも優さんもありがと、うん」
49
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「りあむさん、お家に無事に帰れたでしょうか?」
椿「平気ですよ。看護師向きの考え方なのは、清良さんのお墨付きです」
優「でも、少し早かったかなぁ」
椿「実習中に直面するとは考えてなかった、と思います。明日のお葬式でちゃんと見送れるといいんですが」
優「大丈夫だよぉ、時子ちゃんが見込んだ子だもん」
あかり「あの、どなたが亡くなったんですか?」
椿「りあむさんの話に良く出てくる、おしゃべりなおばあちゃんです」
あきら「聞いてます。りあむサンは元気だって言ってたのに」
優「年齢も高いし、思ったより体は悪かったのかなぁ」
あかり「りあむさん、気にかけてました」
あきら「早く退院しろ、とか言ってた」
椿「ご家族から連絡いただいたようです」
あかり「りあむさんが、せっかく良い関係だったのに。あの、りあむさんが」
あきら「……」
優「ちゃんとしなきゃって、時子ちゃんに相談したみたい。それで、あたしが来たんだ」
椿「優さんと私で準備はしてあげました」
あかり「それで髪が黒、いや真っ黒に」
あきら「今日金曜日で明日がお葬式か。しばらくは部室にも来ないかな」
あかり「これから颯ちゃんが来るのは、りあむさん抜きでがんばりましょう」
あきら「こっちの事情は気にしないでもらわないと」
あかり「りあむさんを心配させるわけにはいかないんご。がんばるんご」
椿「……あの、りあむさんには伝えてないのですが」
あかり「何かありました?」
椿「死神さんと会いました。りあむさんのことだと思いますが、死を見送る人を支えて欲しい、と言っていました」
あかり「死神さんが来るってことは……」
優「……」
あきら「本来の死に抗ってた」
椿「それか寿命でしょうか」
あかり「りあむさんのために元気に振る舞ってくれたかもしれないです」
あきら「……うん。きっと、そう」
あかり「りあむさんは優しいんご、少しだけ大切な時間をもらえたんです」
あきら「うん……それに、りあむサンはきっとそういう職業なのはわかってる」
椿「ええ」
あきら「だから、待ってればいいと思う」
あかり「はい。あきらちゃんと同じ気持ちです」
優「うんうん。代表を信じてて偉いよぉ」
椿「待っていましょう」
あかり「やることはやるんご。颯ちゃんを迎え入れるんご」
椿「優さんもいかがですか?」
優「ううん。アッキーも待ってるから帰るねぇ。また何かあったら呼んで」
あきら「うん。ありがと、優サン」
50
夜
M市民文化会館・正面玄関前
愛海「颯ちゃん、また明日!」
颯「愛海ちゃん、ばいばーい」
凪「はーちゃん」
颯「なー、もう待ってたんだ」
凪「はい。ディナーはどうでしたか?」
颯「美味しかったよ。でも、いつも通りかなー」
凪「いつも通り、とは?」
颯「何にも特別なことはなかったよ」
凪「フムン。話は部屋で聞きましょう」
聖「あ……こんばんは」
凪「こんばんは。一緒に行きますか」
聖「ううん……何もないから……」
颯「聖ちゃんもまた明日!」
聖「ばいばい……」
颯「なー、行こっか。お腹空いちゃった」
51
S大学・部室棟・SDs部室
颯「りあむさん、いないんだ」
千夜「はい。颯さんはご心配なさらずに」
凪「凪もそう思います」
颯「なー、りあむさんのこと信頼してるもんねー」
凪「はーちゃんに言われるとこそばゆい」
あかり「りんご、お煎餅、おまんじゅうに、ヨーグルトです。好きなだけ食べるんご」
颯「わー、いただきますっ」
あきら「『捕食者』は大丈夫なんデスか?」
颯「うん。この前、シスターと神社に行ったから」
あかり「神社に行くと『捕食者』さんはお腹いっぱいになるんですか?パワースポットだから?」
颯「封印されてた蔵の掃除をしたんだよ」
あきら「掃除って、表現するんデスね」
颯「やっぱり閉じ込めて置けばいいって危ないなー。ちゃんとお祓いした方がいいよね」
あかり「私もそう思うんご」
颯「全部おいしーい。りあむさん、いなくても大丈夫なの?」
椿「ちょっといないだけですから。お話を聞いてもいいですか?」
颯「うん。でも、今日は何もなかった」
あかり「ディナーがあったんですよね?」
颯「そう。練習が役に立ったよ!」
千夜「それは何よりです。準備した甲斐がありました」
颯「緊張しないで美味しい料理も楽しめたけど」
あきら「けど?」
颯「でも、それだけ」
凪「それだけ、とは」
颯「最初にあったお茶の時間と同じ。アンノウンプロデューサーはスピーカーの向こうからお喋りに参加してて、話題も練習の時と変わんない」
千夜「何かを聞き出せましたか?」
颯「ぜんぜん。レナさんはトランプでマジックするのも得意なことがわかったくらい」
あかり「目論見がはずれたんご」
颯「ごめんなさい」
あかり「わわっ、謝ることじゃないですっ」
颯「マキノさんが色々聞き出そうとしてたけど、やっぱり何にもなかった」
あきら「そっか、今は協力者がいるんだ」
颯「でも、全然。レナさんもヘレンさんもプライベートなことは話してくれないし、話してくれても本当かどうかわかんない」
千夜「素人で太刀打ちできる人物では、やはりありませんか」
颯「オーディションを受けてる側も同じかなぁ。ご飯が美味しい、新しい曲が楽しみ、学校で話題なこと、くらい?」
椿「何でもいいですから、話してみてください」
あかり「印象的なこと、とか」
颯「印象、あっ、桃華ちゃんはお嬢様なんだなーって思ったよ。慣れてた!」
千夜「櫻井ですから」
あきら「それで納得するくらいなんだ」
あかり「社交界には入りたくないんご」
椿「必要なら時子さんに頼むしかないですね。アンノウンプロデューサーの様子はどうでした?」
颯「最初から、ずっと同じかな。ずっと同じなのも変な気がする」
凪「状況は変わっているのに変わらない。それは違和感」
颯「すっごい順調に進んでるのに、うれしーとか思ってないのかなぁ」
千夜「順調なのは、オーディションですか」
颯「うん。みんな上手なんだよ、はーはそれほどでもないけど」
凪「いえ、はーちゃんが1番です」
あかり「知ってるんご、これがシスコンってやつです」
あきら「あってるけど……あかり、使わないで」
颯「練習も順調だし、オーディションも予想通り進んでる」
椿「予想というのは」
颯「保奈美ちゃんが主役に選ばれるように進んでるはず」
あきら「そっちも変わらないか」
あかり「うーん、りあむさんみたいに考えると……ん?」
千夜「辻野さん、何か思い当たりましたか」
あかり「西川保奈美さんは、アンノウンプロデューサーの正体を知ってるんですか?」
颯「知らないと思うよ。マネージャーの川島さんも知らない」
あかり「うーん?」
あきら「あかり、何がひっかかってる?」
あかり「やっぱり出来レースなんだよ、とか、りあむさんなら言いそうですよね?」
あきら「言うかな?とりあえず、モノマネは似てない」
あかり「自分でも上手じゃなかったから言わないで、あきらちゃんっ」
颯「ほっぺが赤くなっちゃった、カワイイー」
あかり「私のことはいいんです、出来レースならどうかって考えてみて」
千夜「出来レースなら、西川保奈美さんが知っていてもおかしくありません」
颯「でも、知らないよ?保奈美ちゃんは、まだ自分が選ばれると信じてないかも」
凪「それはマネージャーさんも同じく」
あかり「アンノウンプロデューサー側が一方的に決めてるのかも」
あきら「それなら……あっ」
あかり「あきらちゃんと多分同じ考えです」
あきら「何のために、してるんだろ?」
颯「練習のため、じゃないかー」
千夜「練習のためなら役割を決めたほうがいいはずです」
椿「時間もそこまでありませんから」
颯「それじゃあ、曲を作るためかな」
あきら「それはあるかも」
あかり「でも、オーディションにする必要あるんでしょうか?」
凪「うーむ、謎は深まるばかり」
颯「ねぇ、アンノウンプロデューサーは中にいる誰かだと思う?」
あきら「聖チャンがそう言ってるから、そう信じてる」
あかり「りあむさんと決めたんご」
颯「聖ちゃん、マキノさんは違う」
千夜「他の人物は肯定する証拠も否定する証拠もありません」
颯「保奈美ちゃんは違う、と思う。なんとなく」
あきら「何か突破口になるような情報は……ないか」
凪「凪は新しさが必要と考えます」
千夜「別の視点」
あかり「他の情報」
颯「どうやって手に入れるの?」
あかり「こういう時に、りあむさんが必要ですね」
椿「思ったより決められないですね」
千夜「同感です」
凪「りあむが戻るのを待ちますか。いや、もう1人いるではありませんか」
颯「もう1人?」
あかり「若葉お姉さんですねっ」
千夜「明日フィールドワークから帰ってきます」
あきら「話をしてみようか」
千夜「はい。このままでは何も進みませんから」
あかり「颯ちゃんの周りでハプニングが起こったら進むけど」
あきら「それを避けるためにやってる」
凪「はい」
千夜「こんなところでしょうか」
椿「そうですね。でも、せっかくだからもう少しお話しましょうか。このことに限らず」
コンコン!
千夜「来客でしょうか。対応してきます」
52
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「お客様をお連れしました」
佐藤心「やっほー。はぁとが部室に来たぞ☆」
佐藤心
CGプロ所属のアイドル。愛称は名前からしゅがーはぁと。アダルティな曲調もバッチリ☆らしい。
椿「こんばんは」
颯「はー、知ってる!アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆のはぁとちゃんだ!」
心「こんな若者に挨拶とポーズが浸透してる……はぁと泣いちゃう」
凪「はーちゃん」
椿「颯さん」
颯「なに?どうしたの?椿さん、凄いカメラだね」
凪「もう一度やってください。動画を取ります」
椿「記録に残さないと祟られてしまいます」
颯「仕方ないなー。はい、アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆」
凪「うぉぉぉ……」
椿「……」
心「おーい、お客様を無視すんな☆」
あきら「はぁとサン、こんばんは」
あかり「凪ちゃんと椿さんは放っておくんご」
千夜「佐藤さん、ご用は何でしょうか」
心「チヨチャンはクールだね、りあむちゃんは?」
千夜「今日はおりません」
心「あちゃー、衣装を渡そうと思ったんだけど」
あきら「衣装、デスか?」
心「魔法使いお手製だぞ、吸血鬼と共に生きるなら必要だからさ」
千夜「吸血鬼と共に……」
心「チヨチャンも欲しい?」
千夜「その前に魔法使いお手製の衣装、とは何物でしょうか」
心「まー、そこは時間がある時に。そうだな、チヨチャンははぁとじゃないかな」
千夜「申し訳ございません。よく話がつかめません」
心「わからないように話してるからだぞ☆これ渡しておくから」
あきら「わかった」
心「はぁとと同じエンジェルモチーフ、気に入れよ☆」
あかり「白衣の天使だから、ですか?」
心「うーん、そういうことにしておいて」
あきら「思ったより裏がありそうな人デス」
あかり「芸能人ですから」
心「芸能界に偏見ありすぎだぞ☆見せない努力があるだけだぞ☆」
あきら「りあむさんより先に見ておこう。気になるし」
あかり「私も一緒に見るんご」
颯「はぁとちゃん、えっとそうじゃなくて、佐藤心さん?」
心「そこは、はぁとでいいぞ☆あー、この子良いわ。カワイイし」
凪「でしょう」
椿「ええ」
心「そっちは満足げだな」
凪「ありがとうございます。アナタのはぁとをシュガシュガスウィートさん。家宝がまたひとつ増えました」
椿「衣装はお預かりしますね」
あかり「椿さんは満足しすぎて冷静になってますね」
颯「あの、はぁとさんが魔法使いなんですか?」
心「そう……あれ、言っていいのか?」
颯「裕美ちゃんから聞いてます。お世話になります」
心「……もしかして、楓さんの後釜」
颯「はい」
あかり「あれ、気づいてないんですか?」
心「できることすくねーのよ。それに、教会には近づき過ぎないから。そっか」
颯「お世話になります」
心「衣装もいらないだろうし、できることなんてない。そうだなー、じゃあ、お姉さんからのアドバイスを聞けよ☆」
颯「アドバイス?」
心「力があると自分がする方だと思うかもしれないけどさ、自分だって助けてもらう側なの。はぁともそうだったから、君も信じて」
颯「えっと、どういうこと?」
心「いつかわかる☆それじゃ、売れっ子なんで帰るぞ☆」
千夜「またお越しください」
あかり「いってしまいました」
椿「あきらさん、衣装かけておきますね」
あきら「うん。椿サン、よろしく」
凪「凪は我にかえりました」
あきら「結構時間かかりましたね……」
凪「はて、何を話していたでしょうか?」
千夜「話は終わっています」
椿「もう少しお喋りしましょう」
千夜「はい。お茶を淹れますので、ごゆるりと」
53
とある10月の土曜日
午前中
出渕教会・地下1階
クラリス「お話ありがとうございます」
柳瀬美由紀「大変そうだねー」
クラリス
『シスター』。日常生活には視力は使えないがオルガンも難なくこなし、歌も上手らしい。
柳瀬美由紀
クラリスの生活を支えている。クラリスに教えてもらったので、教会で使う曲は歌えるらしい。
颯「大変だけど、楽しいこともあるよ。『チアー』のことがなければ、もっと楽しいはずなのに」
凪「教会でわかったことはありませんか。はーちゃんの言う通り、心配事をなくしてあげたいのです」
クラリス「櫻井の方がいらっしゃるのですか?」
颯「桃華ちゃんのこと?」
凪「その様です」
クラリス「その方を協力者に引き入れるのは手としてあります」
美由紀「知らせるのは怖いなー」
クラリス「そちらは行き詰まった時の手段としましょう。芳乃さん、いかがでしょうか」
依田芳乃「古より芸事には妖が潜むものでしてー」
依田芳乃
退魔師。湯もみ唄を最近習得したので、島に帰ったら披露するつもりらしい。
凪「その言い方だと、何かわかったのでしょうか」
芳乃「いいえー」
クラリス「芸事の世界には伝手があります。昔からこちら側の領域でもあるのですから」
芳乃「しかしー、あんのうん、という人物には当たりませぬー」
クラリス「どうやら伝統に従った組織には属していないようです」
凪「フムン。新進気鋭という評価は本当か」
芳乃「あんのうんの音楽に呪の類は感じられぬと、評価していましてー」
颯「音楽そのものは、違う?」
芳乃「はいー。私も同じ感覚でしてー」
凪「音楽で人を変えてしまう存在でないことはわかった」
美由紀「それなら安心?」
クラリス「まだ安心とは言えません」
凪「音楽を兵器に変えないことがわかったのみ」
芳乃「連綿と流れる閉じた世界に差し込んだ雷光、平時とは思えませぬー」
颯「え?どういうこと?」
凪「真意はわかりませんが、普通でない人物がいると言いたいのでしょう」
速水奏「あら、こんにちは」
速水奏
N高校に通う高校生。音楽の成績は5段階評価で3。昔いた場所では飽きるほど歌わされ飽きるほど淀みない歌を聞いていたらしい。
凪「天使様、こんにちは」
奏「今日、練習はないのかしら?」
颯「うん。今日はお休みなんだ」
奏「お休みでも1日中練習漬けみたいなことはしないのね」
凪「今時です」
芳乃「良き休息は良き結果を産みましょうー」
美由紀「奏さんもお休みなの?」
奏「ええ。涼と映画でも見ようと思ったのだけれど」
颯「涼さん、どこに行ったの?」
美由紀「お買い物。アクセサリーを見に行くんだって」
奏「またドクロのグッズが増えるわね。待ってようかしら」
芳乃「それが良いでしょうー。私も勉学に励むのでしてー」
奏「2人はどうするの?」
颯「ちょっと自主練しようかな。なー、一緒にカラオケに行こうよ」
凪「魅力的な提案ですが、凪は部室に行きます」
颯「そっか。若葉さんが戻ってくるんだよね」
クラリス「それならば、お付き合いしましょうか」
颯「本当?」
クラリス「ええ」
美由紀「礼拝堂の準備するねー」
凪「凪は失礼します。はーちゃん、久川家でまた会いましょう」
54
M市民文化会館・正面玄関前
凪「今話題のスポットを経由しています。文化会館は暗く人影は見えません」
あかり「あれ、凪ちゃん?なにしてるんご?」
凪「おや、あかりんご。偵察ですか」
あかり「そこのケーキ屋さんに配達です。お得意先を今のうちに作っておかないと」
凪「ほうほう商売上手」
あかり「凪ちゃんは部室に行くところですか?」
凪「はい。共に参りましょう」
あかり「今日はお手伝いの日なんです。それに、今日は朝から大入りで」
凪「それは商売繫盛。何よりです」
あかり「そうだ、お土産をあげるんご。試供品を配ってるんです、美味しいですよ」
凪「いただきます。おお、ジュースだ。何本かあるのですね」
あかり「千夜さんとかにもあげてください。凪ちゃん、またね」
凪「では、さらば」
55
S大学・部室棟・SDs部室
凪「凪が参上です」
椿「凪さん、こんにちは」
凪「椿さん、千夜さん、こんにちは」
千夜「……」
凪「千夜さんはホワイトボードの前で思案顔」
千夜「わかっていることを並べてみたのですが、思いつくことはありません」
椿「凪さん、座ってくださいな」
凪「椿さんの言う通りにする。千夜さんも座りましょう」
千夜「はい」
凪「今日はお休みですか」
椿「特に予定もないので。今日はお勉強でもしようかと」
千夜「私も特には」
凪「あかりんごは先ほど会いました。今日はアンテナショップのお手伝いなのです」
千夜「砂塚さんは昼食時に来るかと」
凪「りあむは」
椿「これからお葬式です」
千夜「起きて着替えたという連絡が来ました。なぜ私に連絡が来たかはわかりませんが」
凪「若葉お姉さんは何時頃戻られるのですか?」
椿「お昼前に戻るそうです」
千夜「砂塚さんと同じ頃でしょうか。お昼の用意をしてお待ちしましょう」
椿「颯ちゃんはどうされました?」
凪「はーちゃんは、教会で歌の練習です」
椿「学校の休日ですから、練習日和ですね」
千夜「だからこそ、不思議です」
凪「千夜さんの意、凪に伝わりました。ほぼ学生なのにも関わらず、今日は休みです」
千夜「その通りです」
凪「はーちゃん以外の方々が何をしているのか気になります。知る方法はあるか」
椿「そう言うと思いまして、調べておきました」
凪「椿さんは仕事が早い。だが、どうやって」
椿「聖さん経由で棟方愛海さんに聞いてみました。大体わかりましたよ」
凪「情報通と聞いています」
千夜「まず、聖さんはお家でお休みです」
椿「まだ病み上がりですから」
千夜「棟方愛海さんは別のお仕事が入っているそうです」
凪「フムン」
椿「西川保奈美さんは通っている高校でトレーニングです」
千夜「マネージャーの川島さんはお仕事です。どこにいるかもわかっています」
椿「アナスタシアさんは事務所で打合せ」
千夜「マネージャーの沢田さんは同席しています」
凪「棟方愛海、さすが事情通。末恐ろしい」
千夜「八神マキノさんは趣味の日だと」
凪「趣味、たしか諜報活動だったような」
千夜「その通りです。彼女からもお聞きしています」
椿「はい。櫻井桃華さんはお屋敷から出ていないらしいですよ」
千夜「お付きの礼さんも出かけてはいないようです」
凪「そうなると、残るは」
椿「兵藤レナさんとヘレンさんですね」
千夜「ヘレンさんの居場所と誰といるかはわかります」
凪「大ヒントの予感」
千夜「場所は某ホテルの喫茶店、同じ席に八神マキノさんがいます」
凪「違った。諜報活動の失敗です」
椿「芸能について話せて楽しいわよ、らしいです」
千夜「ヘレンさんがご馳走してくれるコーヒーとケーキがとても美味しいそうです」
椿「そちらが本当の趣味なんでしょうか」
凪「残るは兵藤レナさん。身元がわからないなら怪しいです」
椿「マキノさんは知らなかったのですが」
千夜「私は見つけました」
凪「千夜さんが見つけた。まさか、近くに」
千夜「いいえ。ネットです」
椿「兵藤レナさんのSNSを、あきらさんが見つけておいてくれたんです」
千夜「あまり更新はないのですが、先ほどありました」
椿「こちらです」
凪「ここは……はて、どこでしょう」
千夜「競馬場です」
椿「当たり馬券と掲示板。さすが元ディーラー、賭け事に強いですね」
凪「オトナのオフだ」
千夜「以上です」
凪「今日休みにする必要は感じません」
椿「理由は謎です」
凪「単純に休みたいから、の気がしてきた」
千夜「このタイミングで日下部さんにお話を聞いておきましょう」
凪「りあむも休み、いいタイミングです」
椿「はい」
千夜「さて、昼食の買い物に行くとします。凪さん、一緒に行きませんか」
凪「りょ。凪は荷物を持ちます」
56
お昼前
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「どうも」
椿「あきらさん、こんにちは」
あきら「若葉お姉サン、戻ってきてたんだ。おかえりなさい」
日下部若葉「ただいま帰りました~」
日下部若葉
SDsのメンバー。5色で別のパートを歌うことはできないが、ぴったりあわせて歌えるらしい。
あきら「赤、青、黄、白、緑、全員いる」
椿「フィールドワークの時も一緒でした?」
若葉「はい~」
あきら「向こうではどうしてたんデスか?」
若葉「空き家を借りてたんですよ。快適でした~」
あきら「へー」
若葉「調査は1人ずつでしたけど、怪しまれませんでした」
あきら「そういえば何を調べに行ったんデスか?聞いてなかった」
若葉「山間部集落における空き家の活用方法です~」
あきら「そこなんだ」
若葉「他にもテーマはありましたよ。卒論は書けそうで安心しました~」
凪「あきらさんの声がしました。こんにちは」
あきら「ども。凪チャンはエプロン姿」
若葉「カワイイです~」
凪「お昼の準備をしています。いかがですか」
あきら「食べる。そのために来たから」
凪「はい。それでは、お待ちください」
若葉「千夜ちゃんの料理、楽しみです~」
あきら「待ってる間に話しておこうかな」
椿「はい」
若葉「話?事件があったんですか?」
あきら「事件は起こってない。でも、次は防ぎたい」
57
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「今日は洋食となります」
椿「パン、白身魚、トマトスープ、サラダ。まさに洋食ですね」
若葉「都会に戻ってきた感じがします~」
千夜「白身魚はリンゴソースを試しました」
凪「それでは、いただきます」
若葉「いただきます~」
あきら「うん、美味しい」
千夜「リンゴのソースはもう少し改良できる気がします」
椿「そうですか?こんなに美味しいのに」
凪「千夜さんは研究熱心ですから」
千夜「お嬢さまに出すのは良くなってからにします」
若葉「実験には付き合いますよ~」
凪「凪も練習します。あかりんごにも教えられるように」
千夜「日下部さんにお話しましたか」
凪「はーちゃんが参加しているオーディションについて」
椿「はい。お話しました」
あきら「わかってることは全部話したはず」
千夜「いきなりで申し訳ありません」
若葉「いえいえ~、私達は仲間ですから」
千夜「何かお気づきのことはありませんか」
若葉「うーん、それはないです~」
凪「芸事は魔が潜むと言います。お知り合いはいませんか」
若葉「故郷は山奥なので、知り合いは少ないんですよ~」
あきら「能力とか知りませんか」
千夜「人を動かすような能力です」
若葉「私も洗脳みたいな能力は使えるんですけど~」
凪「なんと。使えるのですか」
若葉「はい。普通の人なら効きますよ。動きを封じて血を吸うための力みたいです~」
あきら「そういえば、血を吸う怪物でした」
凪「油断していました、かなり」
若葉「血は吸いませんから安心してください~」
千夜「今回は使われていると思いますか」
若葉「例えば、私は直接目と耳に働き掛けないといけないんです」
あきら「映画とかだと、目を見させてるイメージ」
若葉「音楽を使うのは難しいと思いますよ。音楽で補助は出来るかもしれません~」
凪「フムン」
若葉「聖ちゃんと颯ちゃんも反応してないので、音楽には何にもないと思います」
凪「なるほど、同感です」
椿「聖ちゃんが気にしていないのは証拠になりそうですね」
若葉「人を動かすのは難しいんですよ~」
あきら「不思議な力で、ってことデスか」
若葉「はい。考えや気持ちを変えるのは簡単じゃありません」
凪「今回は世間の評価」
千夜「お嬢さまの力でも簡単ではないように思えます」
若葉「だから、よくわかりませんね~」
あきら「うーん」
若葉「でも、何かいそうな気がします」
千夜「颯さんも同じ感想です」
あきら「オーディションについては、どうデスか?」
若葉「目的がよくわからないです。なんのためにやってるんでしょう?」
凪「リアリスト日下部が登場してきました」
若葉「どう考えても西川保奈美さんが選ばれるし、正体を隠したいならそんなことしないで良いし、曲を作る時間も減っちゃいそうです~」
あきら「なんのため、か」
若葉「芸能界のことはわからないので、これ以上は辞めておきます」
凪「若葉お姉さん、お聞きしたいことが」
若葉「どうぞ~」
凪「正体を隠すためにはどうしたらよいか」
若葉「それは颯ちゃんについて、ですか?」
凪「はーちゃんの話ではありません。今回、潜んでいるかもしれない方のことです」
若葉「そうですねぇ……」
椿「……」
若葉「つながりを断つことです。関わる人を減らせば、正体は隠せます」
あきら「……」
凪「それは正しくはありません。凪は知っています」
若葉「私も知っています」
凪「そして、とても重要なヒントが得られた気がする」
あきら「うん」
椿「でも、どうしますか?」
千夜「申し訳ありません。私も江上さんと同じ意見です」
あきら「何をするかは思いつかない」
若葉「関わる人を探す?」
凪「誰をどのように、が問題です」
椿「相手は芸能界。簡単じゃないですね」
千夜「少し考えましょう」
凪「りあむ待ちか」
若葉「そうですね、りあむちゃんに決めてもらいましょう」
あきら「りあむサン、思ってたより大事な人なんデスね」
凪「古今東西リーダーは大切と言われています」
椿「思い切ることは難しいことですから」
あきら「りあむサンがいない時も考えないとかな」
若葉「そう悩まなくてもいいと思いますよ~」
千夜「ええ」
凪「いつか戻ってくる。安心安全の白衣の天使候補」
千夜「ごちそうさまでした。デザートも用意していますので、紅茶と一緒にお持ちします」
58
夕方
タコ公園
タコ公園
タコの形をした滑り台がおかれた公園。久川家の近くにある。
南条光「よっと!」
姫川友紀「いいスピンだよ。運動神経が良いんだね!」
南条光
久川姉妹と同い年の中学生。懐かしのヒーローソングを多数歌えるらしい。
姫川友紀
光と時々キャッチボールをしているフリーター。いろいろな球団歌を歌えるらしい。
光「今日はキャッツの試合はどうだったんだ?」
友紀「負けた!逆転負け!もうひと踏ん張りできなかったんだよ」
光「そっか。プロが勝つって大変だもんな」
友紀「そうそう。どんなに優勢でも勝つって難しい」
光「わかるぞ。ましてや、悪じゃないなら」
友紀「全部ヒーローものに例えるのは嫌いじゃないよ!」
光「上手くいかないこともある。だから、流した汗が輝くんだ」
友紀「うんうん。そうなんだけどねー」
光「友紀、何かあったのか?」
友紀「アタシのことじゃないけどさー、ちょっとねー」
光「悩みだったら相談に乗るぞ!」
友紀「辞めとく。人のせいにして、人を思うがままにしたいなんて考えたくないって話だから」
光「そうか?」
友紀「キャッツの試合を見て、光ちゃんとキャッチボールしてるから、それで十分!よしっ、スライダー行くよ!」
光「うわっ、曲がった!」
友紀「南条選手、後逸!」
光「こんな必殺技があったのか。すみません!」
凪「謝られるほどではない。白球は凪の足元に」
光「凪、ボールを取ってくれないか?」
凪「構わない。肩に自信がない久川凪はボールを転がしました。我ながら上手だ」
光「ありがとう!」
凪「キャッチボールの様です。あのお姉様は、前にも見かけたような」
光「凪もキャッチボールしないか?」
凪「お夕飯のために帰ります。それでは」
光「そうか。またな!」
凪「さようなら」
光「友紀、手加減してほしい」
友紀「ごめんごめん!あの子も近所の子?」
光「ああ」
友紀「中学生かな。将来の夢とかあるのかな」
光「スポーツ選手じゃないことは確かだな」
友紀「あはは、そうだね。よしっ、そろそろ帰ろう」
光「そうか。はい、ボール」
友紀「ありがと。ねぇ、光ちゃん」
光「なんだ?」
友紀「変わらないでね。つまらない夢を望まないで」
光「そのつもりだ!」
友紀「……またね、光ちゃん」
光「ああ、またな!」
59
深夜
S大学・部室棟・SDs部室
ちとせ「こんばんは」
りあむ「うわっ、びっくりした!驚かすなよ!ホンモノの吸血鬼なんだからさ!」
ちとせ「あはっ。それならお招きして。吸血鬼は招かれない所には入れない」
りあむ「まともな人間は招かれてない部屋には入らない。ちとせ、座って」
ちとせ「ありがと」
りあむ「どうしたの?見回りでもしてた?」
ちとせ「そっちこそ。どうしてこんな時間にいるの?あと、髪の毛は黒から戻したの?」
りあむ「質問を2つは欲張りだな。いいけど。2つ目から、しっかり洗えば落ちるやつ。1つ目は、ここに来たかったから」
ちとせ「髪の毛はいいけど、もう1つはちゃんと話して欲しいかな」
りあむ「ちとせは?何でここにいるの?」
ちとせ「りあむが心配だからりあむの家を見に行った。いなさそうだったから、ここを見に来た」
りあむ「わかりやすい説明だ。ちとせ、心配してくれた?」
ちとせ「りあむは心配してない。私がりあむが大丈夫なのを見て不安から解放されたかっただけ」
りあむ「ぼく、落ち込んでるように見えない?」
ちとせ「ぜんぜん」
りあむ「そっか。うん。ちとせの言う通りだよ。もう平気」
ちとせ「りあむが本当に大丈夫で、安心した」
りあむ「ねぇ、ちとせ」
ちとせ「なに?」
りあむ「ぼくの話、聞いてくれる?」
ちとせ「もちろん。好きなだけ話していいよ」
りあむ「ぼくは神妙な面持ちでお葬式に行ったんだよ」
ちとせ「髪まで黒く染めてね」
りあむ「ぼくはただの実習生だよ。それなのに、ちゃんと連絡くれてさ。なんか、すごい褒められた」
ちとせ「そう」
りあむ「ぼくはなんもしてないよ。ちょっと話しただけ。前に骨を折った時はずいぶん弱ったけど、今回は違うって。なんか、ぼくの話も家族にしてくれてた。聞いてよ、ちとせ」
ちとせ「聞いてる」
りあむ「ぼくのおかげで元気になったって。最後のお別れが悲しくなくて済んだって」
ちとせ「うん」
りあむ「そんなのウソだよ、ぼくはそんなことできない」
ちとせ「……」
りあむ「ぜんぜん悲しそうじゃなくてよかったよ。ぼくも泣かないですんだ。拍子抜けというか、これで良かったと思えた。でも、それはぼくのおかげじゃないよ」
ちとせ「ううん。りあむのおかげ」
りあむ「違うよ。違う。そんなの、ぼくが1番よくわかってるよ。悲しむ必要もないし、妙に元気ださないといけない理由もない」
ちとせ「全部とは言ってない。少しだけ、りあむのおかげ」
りあむ「……そっか」
ちとせ「その少しだけでいいの。私は知ってるよ」
りあむ「入院してた時のこと?」
ちとせ「そう。そして、りあむは少しだけ悲しめばいいの」
りあむ「うん。ぼくは、ちょっとだけ、役に立てた。ぼくは、ご家族以上に悲しんだりしなかった。ちゃんと昔ながらのお別れで、気持ちもお別れできた。うん、いいかな、それで、ちとせ?」
ちとせ「いいよ」
りあむ「ちとせ、やっぱ良い奴だな」
ちとせ「そうでもない」
りあむ「何となくそうでいいかな、って思ってた。でも、ちとせが言ってくれなかったら自信がなかった。ちとせはすごいよ。すごい」
ちとせ「それじゃ、そういうことにしておくね。ありがと、りあむ」
りあむ「ちゃんとお別れしたらさ、思い浮かんだ」
ちとせ「なにが?」
りあむ「ぼくのやること。見てよ、これ。りあむさんに聞く、って書いてある」
ちとせ「本当だ。あきらちゃんの字かな?」
りあむ「りあむちゃんは何も出来ない気がしてたけど、ちょっとできる気がする。こんなぼくでも必要としてくれるなら、生きてていい気がする」
ちとせ「そんなこと考えないで、生きていいのに」
りあむ「そうはいかないんだよ。りあむちゃんには必要なんだよ。生きる意味とか」
ちとせ「夢とか?」
りあむ「夢?なんか話が飛んでない?」
ちとせ「飛んでない。人は目標に向かう生き物だから。りあむは何を夢見てるの?」
りあむ「……なんだろ」
ちとせ「看護士さんになること?」
りあむ「違う気がする。それは結果というか過程というか」
ちとせ「誰かを元気にすること?」
りあむ「それも何か違う気がする。けっきょく、元気になるのもできるのも自分だけだよ」
ちとせ「それじゃあ、なに?」
りあむ「わかんない」
ちとせ「そっか」
りあむ「でも、ここはぼくが必要な場所。若葉お姉さんの情報とか増えてるし、考えないと」
ちとせ「ねぇ、りあむ」
りあむ「なに?そういう言い方する時は話題変える時かお願いがあるときだよね」
ちとせ「喫茶店に行かない?深夜にやっているところがあるの」
りあむ「また話がとんだな?意味がわからないぞ。ちとせ、ちゃんと言ってよ」
ちとせ「これは独りで考えるものじゃないでしょ?夢見りあむは、皆と一緒に次を探すの。ここで」
りあむ「……」
ちとせ「せっかく朝方になったんだから、夜更かししない方がいいよ。少しだけリラックスして、寝なさい」
りあむ「ちとせはぼくの保護者なの?いや、保護してくれる人はりあむちゃんには必要だけどさ」
ちとせ「でも、あってるでしょ?」
りあむ「ちとせを言い負かすのはぼくにはムリだよ。わかったよ、ぼくは独りで考えないでみんなと悩む。それと、喫茶店で小腹満たしてかえる。ちとせの夜に少しだけ付き合う。それでいい?」
ちとせ「よろしい。行こっか。夜は危ないから、最後に家まで送るね」
りあむ「ちとせは、ぼくにはこう言えるのに、どうして……いや、まだ」
ちとせ「何か言った?」
りあむ「まだ何も言ってない!口に出してない!喫茶店に行こう!飲み物をおごれよ!ただし、カフェイン抜きに限る!」
60
とある10月の日曜日
早朝
某庭園
芳乃「休日の早朝にお呼びして、申し訳ありませぬー」
颯「へーきだよ!昨日は早く寝たんだー」
芳乃「それは何よりでして」
颯「芳乃ちゃん、あれで全部かな?」
芳乃「悪い気は消えたようでして」
颯「良かった!」
芳乃「凪さんもよろしいでしょうかー」
凪「はーちゃんに凪は付いてきました。終わったようですが、凪には何もわかりません」
芳乃「偶発的に発生した巫蠱が先日の雷雨により開き、幾つかの獣がそれを取り入れました。肉体と生命は朽ち、悪き存在として漂っていたのでして」
凪「なるほど」
芳乃「巫蠱としては不完全、『捕食者』の領域のためお呼びした次第です」
颯「うーん?なー、わかった?」
凪「凪は説明によりわかりました。はーちゃんは、既にわかっていると思います」
芳乃「颯さん、どう思いましてー?」
颯「動物の幽霊だったよ。悪いものに憑りつかれて、死んでるのに苦しんでた。変な味がしたけど『捕食者』さんなら平気」
凪「退魔師の説明と同じです」
芳乃「それでは、ここを去りましょうー」
颯「芳乃ちゃんはこれからどうするの?」
芳乃「教会で少し眠るのでしてー」
颯「そっか。なーは?」
凪「凪は部室に行きます。りあむがもう起きているようなので」
颯「りあむさん、早起きだね」
凪「はーちゃんも一緒に行きますか」
颯「文化会館に入れたら練習しようかな。あいてなかったら、はーも行く」
芳乃「お気をつけていってらっしゃいませ、今日は快晴となるでしょうー」
61
S大学・部室棟・SDs部室
凪「おはようございます」
あかり「凪ちゃん、おはよう!」
凪「あかりんごがいる。お早いのですね」
あかり「お勉強してるんです。お手伝いで疲れたあとよりはかどるんご」
凪「なるほど」
あかり「きりがいいところで終わりにして、調査の方をはじめようと思って」
凪「どんな時でも学業を忘れない、あかりんごは素晴らしい。さて、りあむはいますか?」
あかり「いるんご。りあむさーん、凪ちゃんが来ましたよ」
りあむ「凪ちゃん?おはよう!はやいな!ぼくが中学生の頃は昼過ぎまで寝てたぞ!部活とかやってなかったからな!やってればよかったと後悔してる!」
凪「元気で安心。りあむは問題ない」
りあむ「うん、何も問題ない!ホワイトボードも見ておいた!」
あかり「私は何をしようかな。復習とかいいかも」
凪「何かわかりましたか」
りあむ「わからない!誰を、どのように、探せばいいんだろうね!?」
凪「即答。ある種の心強さを感じる」
りあむ「あれ?そういえば、妹ちゃんと一緒じゃないの?はぐれた?」
凪「流石にはぐれたりはしません。文化会館で別れました。先客がいたので」
りあむ「先客ってだれ?アンノウンプロデューサーでも見かけた?」
凪「そんな都合よくはいきません。警備員と西川保奈美さんです。はーちゃんと一緒に練習をすると言っていました」
あかり「そっかー、残念です。あっ、私はこれを読んでから考えることにするんご」
凪「あかりんごは本棚から本を取り出した」
りあむ「それは……ん?」
凪「ありさ先生の手順書です。考え方と共に、時子様達が遭遇した出来事についても書かれている」
あかり「必要なのは基本を忘れないことですよね。簡単なことほど何度も繰り返して覚える」
りあむ「待てよ、待て待て待て、何か思いだしそうだぞ。これについて考えずにしばらく過ごしたから脳内が整理されたのか?うーん、ここまで来てる気がする!」
凪「そのような時は情報をあえて入れるのです」
あかり「連想ゲームとか語呂合わせで覚えるのも勉強法でありますね」
凪「りあむ見るのだ。ホワイトボードを」
りあむ「白雪ちゃんの文字は相変わらず綺麗だな……あった!これだ!思い出した!」
あかり「りあむさん、詳しく教えてください」
りあむ「それだよ、あかりんご!」
あかり「どれですか?亜里沙さんの本?これは関係ないと思うんご」
りあむ「西園寺!どっかで見たことがあると思ってたんだよ!」
凪「西園寺?」
あかり「あのお金持ちの?」
凪「櫻井と共に西園寺はアンノウンプロデューサーを支援しています」
りあむ「調べるならこっちか!あかりんご、天使サマの件のところを見てよ!」
あかり「あっ、えっと、天使だから奏さんの……」
凪「根高公園での件ですか」
りあむ「そう!名前が書かれてた!」
あかり「あっ、いました!」
凪「どれどれ、西園寺琴歌様。ご丁寧に西園寺家のご令嬢と記されています」
りあむ「天使サマの事件では目撃者なだけだったけど、今回は違う!」
あかり「優さんの公園仲間、がご令嬢の前に書かれてます。ということは、優さんの知り合いなんですね。お友達が多くて羨ましいんご」
凪「優さんはアッキーさんのお世話があるので早起きと聞きます。即断即決、今こそ急ぐ時」
62
M市民文化会館・3階・会議室2
保奈美「……」
颯「保奈美ちゃん、飲み物持って来たよ」
保奈美「……」
颯「保奈美ちゃん?」
保奈美「ごめんなさい、聞いてなかったわ」
颯「練習に付き合ってくれて、ありがと。これは、はーのおごりだよ!」
保奈美「近くのコンビニまで行ってきたのね。颯ちゃん、ありがとう」
颯「新作なんだって。グレープフルーツ味のサイダー!」
保奈美「美味しそうね」
颯「保奈美ちゃんはサイダー好きだった?」
保奈美「炭酸の強いサイダーは好きよ」
颯「へー。どうして?」
保奈美「実家の方にある温泉のサイダーが美味しいの。思い出があるからかしら」
颯「それなら炭酸にしてよかったー」
保奈美「うん、美味しい。疲れがとれそう」
颯「おいしーい」
保奈美「……」
颯「保奈美ちゃん、今日はどうして早かったの?」
保奈美「ちょっと寝ていられなくて。不安だったのかしら」
颯「不安?」
保奈美「目標が高すぎるのかしら。目標と自分が遠すぎて、焦ってしまっているのかも」
颯「えっと、どうしたらいいのかな。どうしたら、保奈美ちゃんの不安じゃなくなる?」
保奈美「颯ちゃん、お話をしてもいいかしら」
颯「うん。それなら、保奈美ちゃんの目標って、なんなの?」
保奈美「歌姫。それも、最高の歌姫」
颯「言い切れるの、カッコイイな」
保奈美「だから、負けたくないの。負けず嫌いなの」
颯「……」
保奈美「使えるものは何だって使うわ。愛する歌を魅せるためなら、何だって!」
颯「はー、それは保奈美ちゃんらしくないと思うな」
保奈美「……そうね。私はまだまだ未熟で、そうなの」
颯「……」
保奈美「未熟でも、私の素質を信じてくれた人達が正しい、って証明してみせるわ。きっと」
颯「保奈美ちゃん、大丈夫?無理してない?」
保奈美「いいえ。私は大丈夫よ。絶対にこのチャンス、活かしてみせるわ」
颯「本心かな……」
保奈美「颯ちゃん、もう少し練習しましょうか」
颯「えっ、うん。わかった」
63
S大学・部室棟・SDs部室
凪「はーちゃんから、いつもの人々が揃い練習が始まったと連絡がありました」
あかり「遂に本番の曲が来るんですね」
凪「いえ、それは明日月曜日です」
あかり「勘違いだったんご」
凪「はーちゃんからの連絡事項はもう1つ」
若葉「おはようございます~、車を準備しましたよ~」
りあむ「若葉お姉さんレッド、おはよう!助かる!凪ちゃん、その連絡事項ってなに?」
凪「西川保奈美がストレスで病み気味、と」
りあむ「やむ?そんなりあむちゃんみたいなタイプだっけ?どちらかといえば体育会系の努力家で陽じゃなかった?」
あかり「精神強くてもプレッシャーは感じるんです」
凪「オーディションに選ばれるのは、ほぼ確定」
若葉「ほぼ、って怖いですよね~」
凪「五分五分なら受け入れられる。3%は受け入れがたい」
あかり「真面目な性格だから期待されすぎて、困っちゃうタイプかも」
りあむ「あかりんごは鋼の精神性を持ってるわりには、詳しいんだな!りあむちゃんはりあむちゃんの弱さしかわからないのに!」
千夜「ありがとうございます。失礼いたします」
りあむ「白雪ちゃん!どうだった?金持ちに連絡するのはりあむちゃんにはハードルが高すぎる!」
あかり「優さんが紹介してくれた、お嬢さまと話したんですか?」
千夜「はい。穏やかな方でした。お話を聞いていただけるそうです」
凪「よし。行ってこい」
りあむ「凪ちゃんが指示する側なのかよ!行くけどな!」
凪「凪は待っています。はーちゃんの連絡が気になるので」
千夜「西園寺琴歌さんは根高公園にいらっしゃるそうです」
あかり「優さんの散歩スポットです」
りあむ「公園仲間なのは本当なんだな!凪ちゃん、留守番よろしく!椿さんとあきらちゃんを待つこと!」
凪「りょ。何かわかったら、ここで整理します」
りあむ「若葉お姉さん、根高公園までお願い!」
若葉「わかりました~」
りあむ「白雪ちゃん、あかりんご、一緒に行くぞ!ぼくだけじゃ不安だからな!」
千夜「西園寺に無礼をはたらくわけにはいきません。同行します」
64
M市民文化会館・3階・会議室1
颯「やっぱり、うーん……」
聖「あの……」
颯「あっ、聖ちゃんと川島さん?」
瑞樹「颯ちゃんも休憩中かしら」
颯「うん。2人でどうしたの?」
聖「聞きたいことがあって……」
瑞樹「私に?」
聖「そう……」
颯「いても平気?」
聖「うん……でも、ドアは閉めて」
颯「わかった」
聖「……ふぅ」
颯「……」
聖「保奈美さん、いつもより歌がよくない……わかりますか……」
瑞樹「……あなたもそう思うのね」
颯「……やっぱり」
聖「理由は……」
瑞樹「わからない。少し疲れてるのかしら」
聖「ずっと緊張してる……もっと、そう、天まで届くように歌えるはず……でも……」
颯「……」
聖「……ここでは違う」
瑞樹「私も感じてるわ。大事なオーディションだもの、それでも立ち向かって欲しいわ」
颯「はー、川島さんにしか出来ないことがあると思うな」
聖「うん……助けてあげて」
瑞樹「わかったわ。話に行ってみるわね」
聖「お願いします……」
瑞樹「その前に、1つ聞いていいかしら?」
颯「なに?」
瑞樹「アンノウンプロデューサー、誰かわかったかしら?」
颯「ううん、わかんない」
瑞樹「そうよね。それじゃあ、またね。あなたたちも保奈美ちゃんを助けてくれると嬉しいわ」
65
根高公園・ドッグラン
根高公園
河川が通る大型公園。優や聖來がドッグランをよく利用している。再開発計画があるので区画を失った事故の影響は小さいらしい。
千夜「日下部さんは駐車場に向かいました」
りあむ「ぼくたちは西園寺のお嬢様に会いに行くぞ!若葉お姉さんは必要に応じた人数を招集!」
あかり「何人か必要なことがあるんですか?」
千夜「ないかと」
あかり「安心しました。それじゃあ、琴歌お嬢様を探すんご。優さんから写真は受け取りました」
りあむ「見ればわかる!って言ってた」
あかり「光り輝くセレブオーラを放ってるんでしょうか」
千夜「それもないかと」
りあむ「なんでドッグラン集合なの?犬を飼ってた?西園寺の家に一匹や十匹くらいいるか」
千夜「後半は偏見です」
あかり「きっと優さんがよく使う場所だから集合場所にしたんですよ」
千夜「そうなのでしょうか」
りあむ「どこかなー。ドッグランの中?違うな!」
あかり「うん、見ればわかる。まちがいなくあの人です」
りあむ「どれ?あっ、あかりんごは出足が早いな!ぼくの心の準備ができてない!」
あかり「こんにちは!西園寺琴歌さんですか?」
西園寺琴歌「はい。まぁ、優さんからご連絡のあった方ですか?」
西園寺琴歌
押し花が趣味のお嬢様。花壇での作業に励んでいる。かつて寄贈された花壇を北地区から移設したものらしい。
りあむ「あかりんご、あってた。エプロンと帽子の農作業姿なのによくわかったな!」
あかり「この姿なら見慣れてますから。農作業姿なら、慣れてる慣れてない、お嬢様か否か見分けられるんご」
りあむ「本当か?あってたし、あかりんごの言うことを信じよう」
琴歌「お話は優さんから聞いておりますわ。着替えてまいりますので、お待ちくださいな」
66
根高公園・ドッグラン近くのベンチ
琴歌「ふむふむ。興味深いお話ですわね」
あかり「……千夜さん千夜さん」
千夜「なんでしょう」
あかり「私達の動きまで話してしまったけど、大丈夫なんですか?」
千夜「太田さんのお知り合いなら大丈夫かと。それに『あちら側』のことは話していませんから」
あかり「わかりました」
りあむ「それで、えっと、いっぱい話しちゃったけどわかった?あっ、おわかりになられまして?」
あかり「りあむさん、変です」
琴歌「ふふっ、いつも通りでいいですわ」
りあむ「優しいな……ちとせもそうだしお嬢サマは心が広いな」
琴歌「優さんから愉快な方だとお聞きした通りですのね」
りあむ「愉快?」
千夜「褒め言葉ですよ。西園寺様、質問を幾つかしてもかまいませんか」
琴歌「はい。申し訳ありませんけれど、西園寺のお仕事については詳しくありませんの。よろしいでしょうか?」
千夜「もちろんです」
りあむ「社長令嬢にだって言えないことあるよな。うんうん、会社として当然だ」
あかり「何から聞きますか?アンノウンプロデューサーのこと?」
千夜「そうします。西園寺様、アンノウンと呼ばれている音楽プロデューサーはご存知でしょうか」
琴歌「ウワサは聞いておりますわ」
りあむ「もしかして、会ったことある?」
琴歌「いいえ」
あかり「そんなに都合よくはいかないんご」
琴歌「秘密の方ですから。もしかしたら、存在しないのかもしれませんわ」
千夜「存在しない?」
りあむ「存在しないの?どういうこと?」
琴歌「西園寺が関わっている音楽制作会社が協力しているそうですの」
りあむ「音楽制作会社が作った存在?いや、音楽制作会社そのものか?」
千夜「アンノウンプロデューサーという音楽制作チームの名前、ということですか」
琴歌「私の想像ですわ。きっと間違いです」
りあむ「ありうるぞ。聖ちゃんがスーパーカリスマじゃない、とか言ってたし。チームで作ったものをそういう捉え方にするのはありうる!」
あかり「うーん、でも人な気がします。これは勘です」
千夜「結論を出すのは難しい。お前、どうしますか」
りあむ「琴歌お嬢サマ、アンノウンプロデューサーが関わってる会社わかる?教えてくれたらその会社を調べるよ!」
琴歌「たくさんありますわ」
あかり「たくさん。このたくさんは物凄くたくさんある言い方です」
千夜「表立った関係でない場合もあります」
りあむ「う、そうか。それじゃあ、ぼくたちが出来ることは、どうする?」
琴歌「家のものにお願いしますわ。少しお待ちくださいな」
りあむ「何を?」
あかり「どこかに電話してるんご」
琴歌「はい。よろしくお願いしますわ」
りあむ「どこに電話したかしらないけど、色んな人が忙しくなる気がする」
琴歌「西園寺とアンノウンプロデューサー様の関係を調べてもらっていますわ」
千夜「問題ないのでしょうか」
琴歌「もちろん、秘密なことは秘密ですわ」
りあむ「あっ!アンノウンプロデューサー本人はシークレットだけど、公にしてることもたくさんあるのか!」
琴歌「はい。資料はすぐにお届けしますわ」
あかり「部室にお届けしてもらうんご」
りあむ「ありがとう!助かる!調べるのはこっちが勝手にやるから、お嬢サマには迷惑かけないよ!」
琴歌「まぁ、かまいませんのに」
あかり「本人は許しても黒服は許さないやつんご」
りあむ「あかりんご、最近そういうマンガとかアニメとか見てんの?」
千夜「ありがとうございます。アンノウンプロデューサーの尻尾はつかめるかもしれません」
あかり「他は、そうだ、誰か知り合いはいるか聞いてみませんか?」
りあむ「そうしよう。写真写真……どのフォルダにいれたっけ?」
千夜「こちらの方をご存知ですか」
りあむ「さすが白雪ちゃん、仕事が早い!」
千夜「お前が遅いだけです」
琴歌「まぁ、かわいらしいお方ですわ」
りあむ「ん?誰の写真見せたの?」
千夜「久川颯さんです。この中ではどなたかいますでしょうか」
琴歌「この方はどこかでお見かけしましたわ。ドラマでしょうか」
あかり「棟方愛海ちゃんですね。テレビにも出てるかもしれないんご」
千夜「西川保奈美、川島瑞樹、アナスタシア、沢田麻理菜、棟方愛海さんです」
琴歌「存じ上げませんわ」
千夜「こちらの方々はいかがでしょうか」
あかり「兵藤レナさん、ヘレンさん、八神マキノさん、です」
りあむ「舞台監督とかとにかく芸能関係者!」
琴歌「どこかのパーティーで見かけたような気がしますわ」
りあむ「西園寺のパーティーも気になるけど、誰を見たかを聞こう!」
千夜「どちらの方をお見かけしたのですか」
琴歌「このお2人ですわ」
あかり「2人?1度にですか?」
琴歌「はい。あまりお見かけしない方だったので」
千夜「兵藤レナとヘレン、と名乗っています」
りあむ「西園寺の知るところで調べてもらえたりする?あつかましい?」
琴歌「かまいませんわ。私もお知り合いになりたいと思ったのですが、ご挨拶もできずに後悔していましたの」
あかり「わかります。なんか知り合っておくと好奇心が満たせる気がするんご」
りあむ「ここが西園寺に関係してるのか?いや、可能性は高いな」
千夜「それでは、この方は」
琴歌「公園をお散歩しているのをお見かけしましたわ。優さんとお友達の方と一緒でしたわ。たしか、望月聖さんと」
あかり「聖ちゃんとは知り合いだったんですね」
りあむ「何か聞いてる?えっと、何かというのは、とにかく何か」
琴歌「お歌がとてもお上手と聞いてますわ」
りあむ「うん、ぼくもそれくらいしか知らないな!ありがとう!」
千夜「こちらの方は」
琴歌「ええ、桃華さんの運転手さんですわね」
あかり「それなら、櫻井桃華さんは知ってるんですか?」
琴歌「はい。昔から櫻井にはよくして頂いてますもの」
千夜「櫻井家のご令嬢」
りあむ「その素顔を知ってるのは珍しいか?」
千夜「ええ。お聞きしてもよろしいでしょうか」
琴歌「はい。でも、桃華さんは印象通りですよ?」
あかり「颯ちゃんの言ってた通り?」
琴歌「櫻井の気品あふれる特別な女の子。私も見習わないといけませんわね」
りあむ「貴族からもそう見えるのか……すごいぞ」
あかり「昔からピアノが上手だったんですか?」
千夜「今回はコーラスとして参加しています」
りあむ「ピアノも歌の練習するぐらいならひけるって!」
琴歌「あの……?」
りあむ「あれ、どうしたの?なんか、ぼくが無礼を働いた!土下座した方がいい?」
千夜「お前は静かにしろ」
りあむ「あっ、はい」
あかり「何か気になることがあるんですか?」
琴歌「最近は桃華さんのピアノもお歌も聞いてませんわ」
あかり「そうなんですか?」
りあむ「颯ちゃんの話だと、上手だったよな。ずっと練習していたとしか思えないくらいの」
琴歌「凄く上手でしたのに。今年のお誕生日会では聞けなくて残念でしたわ」
あかり「その前は聞けてたんですか?去年の誕生日会とか」
琴歌「はい。去年4月の誕生日会では綺麗なお歌を聞きましたわ」
りあむ「去年4月か。なんか記録とかある?カメラとか?」
琴歌「どなたかがビデオカメラで撮影していたと思いますわ」
りあむ「もし渡せるなら欲しい!お願いばかりでごめんなさい!」
琴歌「わかりましたわ」
りあむ「やさしい、なんかこう、このご令嬢は人をダメにする力を持ってるぞ……」
あかり「りあむさんはもうダメだから大丈夫です」
りあむ「あかりんごのことだから、完璧な悪口じゃないと思うけど、あれだな。傷つく」
千夜「ご協力いただきありがとうございます。お前、他には」
りあむ「えっと、それじゃあ、ちとせのことを聞いてみよう。黒埼家は知ってるの?」
琴歌「はい。ルーマニアに所縁のある一族ですわ。かつて今の当主様にお会いしましたわ。美しいご息女がいらっしゃるそうなのでその方にもお会いしたいものですわ」
千夜「……」
りあむ「ご息女ことちとせは美しいぞ!白雪ちゃんはそのちとせのメイドなんだよ!いや、だったが正しいか?」
琴歌「まぁ!そうだと思いましたわ。今からでも西園寺のお屋敷で働けますわ」
千夜「今は違います。ただの学生です」
琴歌「きっとご優秀なのですね。西園寺のお屋敷なら歓迎しますわ」
あかり「おー、千夜さんはすごいんご」
千夜「いえ、お言葉だけ受け取ります」
琴歌「きっと、今はお友達といるのが良いと思いますわ。もしも困ったらお声がけて欲しいですわ」
千夜「……」
あかり「あれ……もしかして……」
りあむ「あかりんご、言わない方がいいと思う」
千夜「ご協力ありがとうございました、西園寺琴歌様」
琴歌「こちらこそ楽しかったですわ。優さんによろしくお伝えくださいな」
67
根高公園・駐車場
あかり「若葉お姉さんがいましたよ」
りあむ「若葉お姉さん、ごめん。用事は終わってしまった!」
若葉「やっと車を止められました~。人気なんですね~」
あかり「都会の観光地に車移動はダメですね。あかりんご、学んだんご」
りあむ「今日はお散歩日和だからな!ドッグランも犬がたくさんいた!」
あかり「若葉お姉さん、駐車場に着いたばかりなのにごめんなさい。部室に戻ってもいいですか?」
若葉「何か用事があるんですか~?」
りあむ「うん。西園寺が調べてくれるから、待ってないと」
若葉「わかりました~。でも、千夜ちゃんはどこでしょう?」
あかり「あれ?一緒だったのに」
りあむ「迷子か?呼び出さないとか?」
千夜「呼び出しは不要です。連絡がありました」
あかり「連絡ですか?あきらちゃん?」
千夜「いいえ。西園寺の方からです。日下部さん、こちらに寄っていただけますか?」
若葉「わかりました~」
あかり「どこに行くんですか?」
千夜「西園寺の邸宅です。既に資料があるそうなので受け取りに行きます」
りあむ「西園寺のお嬢サマは影響力が強いな。うかつに頼まない方が良い気がしてきたぞ」
68
M市民文化会館・大ホール・舞台上
颯「どうかな?」
桃華「お上手ですわ」
アナスタシア「ダー。ハヤテ、よく練習しています」
颯「聖ちゃんほどじゃないけどね。聖ちゃんはどうしてそんな上手なんだろう?」
アナスタシア「私も気になります」
聖「えっと……好き、だからかな……」
颯「好きなだけで上手になったら苦労しないよー」
アナスタシア「はい。きっと何度も何度も歌っていたのですね」
桃華「聖さん、以前からお聞きしたかったのですけれど」
聖「なんでしょうか……」
桃華「お体はお強くありませんの?」
聖「うん……入院してた時期も長いから……」
桃華「今の状態はどのくらいですの?なんだか、無理をしているように感じますの」
颯「……」
聖「今は……まだ」
桃華「聖さんの才能は確かですわ。でも、お体を治してからですわね」
聖「うん……」
アナスタシア「ヒジリ、無理はいけません。頼ってくださいね」
聖「ありがとう……でも、がんばりたいから……」
桃華「その気持ちは受け取りましたわ。でも、無理はなさらずに」
颯「そろそろ休憩終わりかな、次もがんばろ!」
69
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「よいしょっ、っと。また箱が来たよ」
りあむ「また増えた!データで送ってくれてもいいのに、どうして紙にしてくれるんだ!」
あかり「西園寺のサービスでしょうか?」
若葉「あきらちゃん、運びますよ~」
あきら「若葉お姉サン、ありがと」
凪「はーちゃんから続報はなし。SDsは7人が勢ぞろい」
椿「わっ、ここも西園寺の関係だったのですか」
りあむ「ぼくの想像以上に手広いぞ!直接間接投資にいろいろやりすぎてる!」
凪「しかし、大量だ」
あかり「全部調べるのは無理ですっ」
若葉「そうですね~」
あきら「りあむサン、どうする?」
りあむ「芸能、いや、音楽関係に絞ろう!あと、今回の関係者が出てたら!」
あきら「了解。これは、音響機器メーカーか。西園寺の会社と取引あり」
千夜「まずは分類することから」
りあむ「塊が見えれば、何かが見える!はず!きっと!」
凪「否定することはありません。やります」
70
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「白雪ちゃん、これ本当!?」
千夜「確証はわかりません。ですが、調べる価値はあるかと」
りあむ「じゃあ、調べる!若葉お姉さん!調査を頼んだ!」
若葉「わかりました、雑居ビルですか?」
りあむ「ビルの地下!」
千夜「兵藤レナとヘレンが出入りしたか、お願いします」
りあむ「あとついでに、こことここも!近くにあるから!」
若葉「急いで行ってきます~」
あきら「そこも西園寺の関係なんデスか?」
千夜「はい。ビルのオーナーは西園寺の不動産会社です」
りあむ「別のところでも関係ありそう!だって、あそこレコーディングスタジオだぞ!?」
あきら「うーん、また西園寺か」
千夜「砂塚さん、気になったことでもあるのですか」
あきら「妙に西園寺ばっかり」
あかり「よいしょ。これは西園寺の傍流が作った楽器製造の会社でした」
凪「つまり、こう言いたいのです。コーヒーはいかがですか」
りあむ「ありがと!凪ちゃんが淹れたの?」
凪「はい。休憩がてら」
千夜「凪さん、こう言いたい、とは」
凪「支援を受けているのに、西園寺に偏りすぎている」
あきら「そう、それ」
あかり「西園寺と櫻井に協力してもらってるのに偏りすぎ?」
りあむ「うーん?なんでだろう?西園寺も櫻井も避けるのは難しいのに」
椿「お邪魔していいですか?」
りあむ「もちろん!椿さん、どうしたの!?アンノウンプロデューサーが誰かわかった?」
椿「そこまでは行ってません。ビデオの映像が再生できそうなので、見てみますね」
りあむ「ありがとう!倍速くらいで見るのがいいぞ!映像の情報伝達速度は速くないからな!」
凪「椿さんもコーヒーをどうぞ」
椿「ありがとうございます。苦そうで良いですね」
凪「りあむ、凪も伝えたいことが」
りあむ「いいぞ!どんとこいだ!あかりんごもわかったことあるなら言えよ!」
あかり「残念ながらありません!芸能界は奥深すぎるんご」
りあむ「それで、凪ちゃんの分かったことは?」
凪「凪は思いつきました。関係者を見つける方法を」
あきら「方法デスか?」
凪「やはりアンノウンプロデューサーを辿るのがよい」
あかり「それが難しいんご」
あきら「いや、今なら違う?」
千夜「隠し通せる理由を見つけた」
凪「西園寺に偏りすぎている」
あかり「なるほど!だから、あきらちゃんの言いたいことがわかったんですねっ」
りあむ「西園寺の影響力で抑え込んでるのか!ん?でも、違うな」
千夜「はい。肝心なところに西園寺の関係者はいません」
あきら「あの中にいない」
りあむ「西園寺の親族でもいたらわかりやすかったのに!そう簡単じゃないな!」
千夜「しかし、その手法を使っているのなら」
凪「調べる範囲は狭まった。アンノウンプロデューサーが見いだせる。かもしれない」
千夜「もしくは、密接に関係している人物が」
椿「りあむさーん!気になる映像が始まりました!」
りあむ「……」
あきら「りあむサン、負荷が大きくてフリーズした?」
あかり「りあむさん、おきるんご」
りあむ「起きてる。りあむちゃんは仮説を思いついた。よし、ぼくは椿さんと映像を見よう!白雪ちゃんは凪ちゃんの言ったことを手伝って!」
千夜「わかりました」
りあむ「あきらちゃんとあかりんごは資料整理続けて!あと、若葉お姉さんの連絡待ち!頼んだぞ!」
あきら「わかった」
りあむ「はじめるぞ!きっとわかると信じる!」
71
数時間後
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「がんばりすぎました。甘いものを食べて回復しましょう。はい、お饅頭をどうぞっ」
千夜「辻野さん、ありがとうございます。はい、素朴な甘さで美味しいです」
あかり「千夜さんの小さい口、かわいいんご」
りあむ「あかりんご、ぼくにもちょうだい!」
あかり「はい、どうぞ。美味しいのにあんまり売れなくて困ってるんです」
りあむ「手作り感バリバリのモリモリだからなぁ。あえて箱に入れるとか?試食もいい気がする!」
あかり「まさか、りあむさんから使えそうな意見が出てくるなんて」
凪「凪も頭も休める。名前の通りに」
椿「りあむさん、録音できました。あかりさん、お饅頭くださいな」
あかり「はーい」
りあむ「椿さん、録音したやつちょうだい」
椿「どうぞ。活用してください」
あきら「若葉お姉サンから連絡。やっぱり、そうだって。兵藤レナとヘレン、あと何人かいる」
りあむ「椿さん、追加!若葉お姉さんにもデータ送ってあげて!」
椿「わかりました」
千夜「フムン」
あかり「千夜さんにはお饅頭をもう1つです」
千夜「いただきます。こちらも美味しいです」
凪「疲れた。そして、りあむの仮説は正しそうだ」
あかり「あとは本人から聞くのが1番?」
椿「そう思います」
凪「同時に追加のこともわかり、真実に近づいている」
千夜「間に合いましたが、時間に余裕があるとは言えません」
あきら「どうする、りあむサン?」
りあむ「やるしかない。白雪ちゃん、凪ちゃん、行こう」
千夜「文化会館ですか」
りあむ「そう。椿さん、教会にも連絡しておいて」
椿「わかりました」
りあむ「凪ちゃん、許せ。颯ちゃんを使うぞ」
凪「凪は覚悟しています。はーちゃんはあちら側に踏み入れたので」
りあむ「もちろん危険は少ないようにするぞ!」
凪「当然です」
あかり「これから何をしでかすつもりなんですか?」
りあむ「今から説明する!作戦名は、ずばり!」
千夜「作戦名、とは」
りあむ「全部さらけだして夜におびき寄せる作戦!」
あきら「#わからない」
72
17時頃
M市民文化会館・大ホール・舞台上
愛海「集められたけど、何するんだろう?」
アナスタシア「わかりません。新曲のこと、でしょうか」
聖「……」
桃華「アンノウンプロデューサー様が集合させましたの?」
スピーカー『集めたのは私だが、目的を持っている人物は私ではない』
保奈美「それなら、どなたが?」
レナ「私も違うわよ」
ヘレン「同じく」
桃華「篠原もマネージャー様方も客席にはいらっしゃいますのね」
愛海「まだいないのは、マキノさんと颯ちゃん」
保奈美「2人とも入ってきたわ」
マキノ「集まってるわね」
アナスタシア「はい」
桃華「お伝えしたいことでもありますの?」
マキノ「ええ。彼女から」
保奈美「颯ちゃん、から?」
颯「うん。練習中に集まってもらってありがとう」
聖「……」
颯「伝えたいことがあるんだ」
保奈美「伝えたいこと?」
颯「はー、アンノウンプロデューサーが誰かわわかっちゃった」
73
M市民文化会館・大ホール・舞台上
愛海「ねぇ、颯ちゃん」
颯「なに?」
愛海「自称情報通としては知りたいよ。でも、みんなの前で明らかにすること?」
颯「うん。そっちのほうがいいって思うな」
マキノ「私は自分の秘密にして、ことを優位に進めたいのだけれど」
颯「マキノさんの気持ちもわかるよ。それじゃあ、ダメ」
アナスタシア「ダメ、とはどういうことでしょう?」
颯「隠し事をしたら、歌にも影響すると思うんだ。モヤモヤしてたら、気をとられちゃう。はー、そんなに集中力ないし」
聖「そうかも……」
颯「音楽とか舞台とか、よくわからないよ。でも、隠し事はキライ。隠し事が成功につながることとは思わない。だから、この中で秘密を共有したい」
保奈美「音楽のため……」
颯「聖ちゃんは言ってた、本当に聴いてるって。近くにいるなら、画面の向こうの人をはさんで言ってもらう必要とかない。はー、絶対にそっちのほうがいいと信じてる」
アナスタシア「ハヤテの言いたいこと、わかりました。アーニャも、そう思います」
聖「私も……保奈美さんは」
保奈美「私も音楽のためになるのなら」
桃華「颯さんの気持ちは伝わりましてよ」
愛海「あたしもそっちから否定できないなー」
聖「でも、認めるかな……」
愛海「アンノウンプロデューサーは秘密主義だからね」
マキノ「根拠はあるのかしら?」
颯「あると思う」
レナ「そこまで自信がなさそうね」
ヘレン「それも一興。颯、話してみなさい。ヘレンは許可するわ」
レナ「アンノウンプロデューサー、どう?」
スピーカー『知恵比べを楽しむとしよう』
レナ「だそうよ。私が止める理由もなくなった」
聖「颯……」
颯「うん。えっと、それじゃあ、どこから話そうかな。たくさんあるんだ」
74
M市民文化会館・大ホール・舞台上
颯「最初は、うんうん、レナさんに質問しよう」
レナ「どうぞ」
颯「レナさん、アンノウンプロデューサーが誰か知ってるよね?」
レナ「もちろん」
愛海「もちろん!?」
レナ「なぜなら、私がアンノウンプロデューサーだから」
聖「それはウソ……あなたは曲を作れない……」
レナ「これを押し通すのは無理か。ええ、ただの舞台監督よ」
マキノ「あなたについては調べてある。アンノウンプロデューサーが活動をはじめた時期に日本にいなかった、同一人物とは思えない」
レナ「そういうこと。正体も知らずにこの仕事はできないし、正体を隠す役割を担ってるの」
保奈美「それなら、教えてくれますか?」
レナ「私がウソを言ったら、それで終わり。契約で話せないし、本人から聞いて」
愛海「そう簡単にはいかないか」
颯「ヘレンさんは知らないんだよね?」
ヘレン「イエス。不要なことは頭にいれない主義よ」
颯「でも、そこの人は知ってる」
アナスタシア「そこは、スピーカーです」
颯「向こうにいる人に、会ったことある?」
スピーカー『……』
ヘレン「ええ」
颯「レナさんも?」
レナ「そうね。でも、どうしてそう思うの?」
桃華「あら?」
聖「モニターが映った……どこだろう……」
愛海「部屋に見えるよ。スタジオ?」
スピーカー『こんにちは~』
保奈美「女の子、いえ、女性のみたいですけど、どなたでしょうか……?」
愛海「髪の毛がもしゃもしゃだ」
アナスタシア「アンノウンプロデューサーですか?」
スピーカー『はじめまして、日下部若葉です~』
レナ「颯ちゃんのお友達?」
颯「うん。一緒に調べてるんだ」
ヘレン「論より証拠。隠しようがないわね」
レナ「ええ。そこがどこか説明してくれる?」
スピーカー『レコーディングスタジオです。宿泊施設もあるんですよ、豪華ですね~』
保奈美「颯ちゃんのお友達……どういうことかしら」
スピーカー『そこは置いておいてください~』
颯「この場所は……」
ヘレン「颯をわずらわせることはない。いいわね、レナ」
レナ「ええ。日下部さん、と名乗る人物がいる場所が私達の拠点よ」
ヘレン「アンノウンプロデューサーの指示を受け、曲を作成している」
レナ「アンノウンプロデューサーを代弁している、彼と打ち合わせもしてるわ」
ヘレン「代弁者とはいえレッスンを行う人物として必要」
レナ「要はトレーナーとしてのレッスンね。出てきたら?」
聖「映像が消えた……」
スピーカー『すまん、ばれちった。顔出しはNGなんでさーせん』
愛海「口調が軽い!」
保奈美「声もお若いですわね。なんとなく違和感があって」
アナスタシア「ダー。カンロクを出そうと大変そう、でした」
聖「うん……やっぱり……」
スピーカー『耳もいいタレントに騙しとおすのは無理だって。あー、楽になった』
レナ「彼を採用した理由は無名だから」
ヘレン「今後も役者として精進なさい」
スピーカー『あざっす』
アナスタシア「あなたは、アンノウンプロデューサーを知っていますか?」
スピーカー『もち。でも、それは約束だし言わない。このお姉さんにあとは任せていい?』
颯「うん。ありがとう」
スピーカー『1度皆と直接会いたかったなぁ。ま、役者を続けてればいつかみんなと会えるか。じゃあねー』
愛海「しゃべってたのは偽物か。どうやってたの?」
レナ「事前に打ち合わせしてアドリブ」
ヘレン「彼に音楽の素養もあって助かったわ」
レナ「大事なのは態度。堂々としていれば違和感があっても、確信はしきれない」
聖「そう……声だけは若い人なのかもって……」
アナスタシア「ディスプレイが映りました。クサカベさん、がいます」
スピーカー『もどりました~』
颯「若葉お姉さん、そっちは他にも誰かいるの?」
スピーカー『はい。音楽スタッフさんが何人かいますよ~』
レナ「明日、あなたたちに渡す曲を作業中だもの」
保奈美「独りじゃ無理よね、やっぱり」
颯「アンノウンプロデューサーが誰か、話してくれた?」
スピーカー『それは契約なので、言ってくれません。無理に聞き出すのも違います~』
マキノ「そうね」
颯「うんうん。若葉お姉さん、その場所について詳しく教えてくれる?」
スピーカー『西園寺と関係が深いらしいですよ~』
愛海「西園寺、ここを支援してくれてるよね」
マキノ「ええ」
スピーカー『スタッフの皆さんも西園寺に関係したところで普段は働いているそうですよ~』
マキノ「私のところに話が来る前から、西園寺の支援は決まっていたわ」
愛海「アンノウンプロデューサーも仕事も手伝ってる。ずいぶんと太っ腹だね」
スピーカー『調べても調べても西園寺の関係している人や会社ばかりなんですよ~』
聖「それは気になる……」
スピーカー『なので、西園寺の人から昔の動画をいただきました~。聞いてください~』
保奈美「これはピアノの……」
愛海「人の声もする。なんかの打ち上げとかで演奏してたのかな?」
アナスタシア「聞いたことがある、気がします」
聖「音楽は別人にはなりきれない……これは同じ人が作ったもの……」
レナ「ヘレン、聞いたことある?」
ヘレン「ノー。しかし、聖と同じ意見。作った人物は同一だと感じるわ」
スピーカー『これは2年ほど前のものらしいですよ~。それから、彼女は人前で演奏してないみたいです~』
愛海「2年前?」
マキノ「アンノウンプロデューサーが世に出始める前」
聖「想いがある……音楽への想い……その人が音楽をやめるはずがない……」
颯「アンノウンプロデューサーは西園寺が秘密を守る理由がある人。2年前から人前で演奏してない人」
聖「きっと聴いてる……この場所で」
颯「ここに必ずいられる人。どんなことがあっても」
保奈美「……」
桃華「黙って聞いているのも飽きてきましたわ。日下部様、その録音には映像もあるのでしょう?映しても構いませんわ」
スピーカー『それでは、遠慮なく~』
愛海「あっ!」
アナスタシア「モモカ、です」
桃華「あらためてご挨拶しますわ。プロデューサーを務めます、櫻井桃華ですわ」
75
M市民文化会館・大ホール・舞台上
保奈美「桃華ちゃんが、アンノウンプロデューサー……」
愛海「ええ!ずいぶんと妹みたいな扱い方しちゃった!」
桃華「それは構いませんわ。年下なのは事実ですもの」
レナ「意外とあっさり認めるのね」
桃華「この状況を覆そうとは思いませんわ。レナ、貴方には感謝しますわ」
レナ「どういたしまして。楽しんだから、それで十分」
聖「本当に聴いていると……信じてた」
桃華「聴かせていただきましたわ。聖さんには、心配をおかけしましたわね」」
聖「ううん……平気」
桃華「颯さんは、アンノウンがここにいるとどうしてわかりましたの?」
愛海「この中の誰かなんて決まってないよね?」
桃華「色々とお調べになったのなら、可能性はいくらでも思いつくはずですわ」
ヘレン「私とレナを除いたのなら、学生しかない。気になるわ」
桃華「それでもなお、アンノウンがここにいると推測した理由はなんですの?」
颯「それは、信じてたから」
アナスタシア「信じる、ですか」
颯「聖ちゃんを信じた。アンノウンプロデューサーは絶対にここで聴いてる、って言ってたのも信じた」
桃華「それだけですの?」
颯「えっと、自分で説明できるのはそれだけ」
ヘレン「エクセレント。颯、あなたの信念は称賛に値するわ」
桃華「その素直さにはかないませんわね。やはり貴方は特別な存在ですわ」
颯「え、特別?はー、そんなんじゃないと思うな」
桃華「もう少しお聞きしていいかしら、颯さん?」
颯「うん」
桃華「わたくしは存在を秘匿してきましたわ。お父様のお口添えで、あえて櫻井ではなく西園寺に協力を求めたのもそのためですわ」
颯「うん。桃華ちゃんがここにいるから櫻井の関わりがあるけど、調べても調べても前は西園寺ばっかりだった」
愛海「警備員さん、桃華ちゃんの知ってる人?」
桃華「そうですわ。お父様も心配性が過ぎましてよ」
愛海「やっぱりそうか。ロイヤルな感じがしたよ」
聖「お茶会は、桃華ちゃんの趣味……?」
桃華「ええ。話がそれましたわね。西園寺を使ったのに、わたくしにどうしてたどり着きましたの?」
颯「えっと、それは色々あって。例えば、桃華ちゃんの曲とか」
保奈美「曲?」
颯「ピアノで作曲してるみたいだった、って」
桃華「どなたがおっしゃってましたの?」
颯「それは久美子さん……あっ、松山先生!」
桃華「あの方も知り合いだったのですわね。意外と抜け目ありませんわ」
颯「あはは……それと、桃華ちゃんのおうちすごい大きいところでしょ?」
桃華「ええ」
愛海「天下にとどろく櫻井だからね、いつの間にか関わってるよね」
颯「そう、それ!」
愛海「それ?どれ?」
颯「どんなに調べても櫻井を避けてるみたいだった。考えてないと避けるのは難しいのに」
桃華「やりすぎましたわね。不自然なほどに関わりを絶てるのは、櫻井を熟知したものだけですわね」
マキノ「こう聞くとヒントはあったのね」
桃華「これをヒントというには論理の飛躍が過ぎますわ。これらはあくまでも予想。確信を持った証拠は、わたくしがかつて演奏していた映像ですわ」
聖「そう……前も根本は同じ……」
桃華「あの映像は、どこから手に入れましたの?」
颯「えっと、うん、西園寺琴歌さんに探してもらった」
桃華「琴歌様?西園寺当代のご息女様ですわね。次期当主の弟君と違って、表舞台に出てきませんのに。どこでお知り合いになりましたの?」
颯「知り合いの友達だった」
桃華「聞くほどに颯さんの信念が引き寄せた偶然のように思えますわね」
聖「偶然……かな」
颯「それは、ノーコメントで」
保奈美「偶然じゃないの……?」
アナスタシア「ホナミ、聞くのはヤボというやつです」
桃華「さて、颯さんの気持ちを尊重しますわ」
聖「それって……」
76
M市民文化会館・大ホール・舞台上
桃華「考えていたことがありますの。アンノウンではなく櫻井桃華としてお伝えしますわ。このオーディションも終わりにしますわ。一言ずつ、お伝えしてもよろしいかしら」
颯「なんだろう?」
保奈美「……はい。準備はできてます」
桃華「保奈美さんはそこまで緊張しなくてよろしいのに。まずは、レナ」
レナ「私?」
桃華「わたくしの妙な依頼に応えていただきましたわ。感謝しますわ」
レナ「それほどでも。隠し事は得意だもの」
桃華「ヘレン、実力はわかりましたわ。貴方はまだ表舞台にいるべきですわね、影に潜むことを望んで申し訳ありませんわ」
ヘレン「ノープロブレム。ヘレンはヘレン、何をしていても存在が傷つくことはない」
桃華「そう言っていただけると救われますわ。さて、八神さん?」
マキノ「言ってくだされば、私は協力しました。口は堅い方だもの」
桃華「もちろん選択肢にはありましたわ。ですが、貴方に隠せるかどうか試そうと思いまして」
マキノ「何故?」
桃華「それも一興、ですわ」
マキノ「ロジカルじゃないけれど、気持ちはわかる。今後も、私はアンノウンプロデューサーを支援します」
桃華「お言葉とお気持ちだけ受け取りますわ」
颯「……」
桃華「篠原、いつも助かりますわ。川島様、沢田様。思いやる気持ちはさすがですわ。ただし、そちらからは踏み入れない領域もありましてよ。そこは、覚えておいてくださいまし」
レナ「踏み入れない領域、ねぇ……」
桃華「聖さん」
聖「……はい」
桃華「同年代の素晴らしい才能と出会えたことは幸運でしたわ。お伝えした通り、お体を治してからですわね」
聖「うん……」
桃華「誰かの支えを求めている、いいえ、寄りかかったような印象を受けますわ。お体のせいなのかもしれませんけれど、自らの足で立てた時にお会いしましょう?その時を楽しみしていますわ」
聖「もしかして……わかってるのかな……」
桃華「それでは、棟方さん」
愛海「はいっ。なんか、緊張する」
桃華「貴方自身のこと、もう1度考えてみてくださいな」
愛海「あたしのこと?」
桃華「情報通で縁の下の力持ち、棟方愛海が目指す未来はそちらですの?」
愛海「えっと、それは……」
桃華「まだ先は長いですわ。目先の欲に囚われて、己を失ってもよいことなんてありませんわよ。わたくしが偉そうに言える立場ではありませんけれど」
愛海「……はい」
レナ「お嬢様は、厳しいわねぇ」
桃華「あら、わたくしは厳しいとは思っていませんわ。アナスタシアさん、よろしいかしら?」
アナスタシア「ダー」
桃華「本気でやっていまして?」
アナスタシア「……」
桃華「そこは言葉を止めずに、嘘でもいいから肯定すべきでしたわね。原因のすべてが貴方にあるとは言いませんけれど、がっかりしましたわ」
保奈美「……」
桃華「結果は見えていても、全力を尽くすべきですわ。予定された未来を覆すのが怖いのなら、傲慢ですわね。自身が特別な存在であることに、心のどこかで過信してますのよ」
愛海「え、厳しい、言い過ぎだよ」
アナスタシア「いえ、大丈夫です。ホナミ、ごめんなさい」
保奈美「私に謝ることなんて……」
桃華「優しいことは悪いことではありませんわ。ご両親を誇りに思うのなら、この世界で生きると決めたのなら、その優しさは不要ですわ」
アナスタシア「はい」
桃華「沢田さんとご相談なさって。それからでも、遅くありませんわ」
アナスタシア「ダー。ホナミ、次はきっと」
保奈美「……」
桃華「西川保奈美さん」
保奈美「……はい」
桃華「才能も努力も明らかですわ。最初にご挨拶した時に、オーディションの
結末が分かった方も多かったと思いますわ」
聖「……うん」
アナスタシア「ダー……」
愛海「って、ことは……」
桃華「わたくし、思いましたの。だからこそ、それだけではいけませんわ」
颯「……」
桃華「保奈美さん、答えてくださいまし」
保奈美「……はい」
桃華「あなたは何に怯えていますの?」
保奈美「えっと……」
桃華「結構。質問を変えますわ。何故そんなに急いでらっしゃるの?」
保奈美「急いで、ますか」
桃華「ええ。貴方の夢は歌姫。若さが絶対とは思えませんわ。何故、待てませんの」
保奈美「……」
桃華「はぁ、わたくしにも運が回ってきたと思いましたのに。最初に会った時は西川保奈美という歌手に感嘆したものですわ。ですが、ライバルは既に白旗をあげていて、貴方は本来の実力を出し切れていない。少々興ざめですわ」
颯「桃華ちゃん、言い過ぎじゃ……」
桃華「颯さん?」
颯「あ、はい」
桃華「わたくしはアンノウンプロデューサーでもありますの。つまり、ここの全権者ですのよ。そして、年端もいかないご令嬢なことも認めますわ」
颯「えっと……」
桃華「気分が変わりましたわ。正体も明らかになってしまったことですし」
保奈美「……」
愛海「ちょっと、ちょっと待った!桃華ちゃん、冷静になろう!間違いなく今の気分だと飛んでもないこと決めちゃうよ!?」
桃華「棟方さん、わたくし言いましたわ。ワガママな金持ちの子供が親の金で好き勝手やっているだけですの」
愛海「そこまでは言ってない!それに、違うでしょ!」
アナスタシア「いいえ、モモカはそんな人ではありません!アーニャは、知っています」
桃華「つい先ほどまで、アンノウンプロデューサーの正体を知らなかった人物が何を言ってますの」
保奈美「……愛海ちゃん、アーニャちゃん、もういいの」
アナスタシア「ホナミ、あきらめてはいけません!」
愛海「そうだよ!どう考えても、中止とかもってのほかだし、主役は保奈美ちゃん以外ありえないんだよ!」
桃華「そうですわね。中止にするのはやめますわ。貴方達の意思も尊重しますわ」
愛海「ほっ、気品あふれる桃華ちゃんが戻ってきたよ」
聖「そうかな……」
桃華「颯さん、いいかしら?」
颯「えっ、何?」
桃華「今回、わたくしのお姫様は貴方にしようと思いますわ」
愛海「いっ……」
颯「え、ええっ!」
77
M市民文化会館・大ホール・舞台上
桃華「ずっと考えていましたの。颯さんを主役にすることが、もっともよいのではないのかと」
颯「いやいや、そうはならないよ。おかしいよ」
聖「……」
桃華「ええ。わたくしの思いつきで入れた地元枠ですから、経験もありませんし、歌と踊りの才能も並みですわ。とてもかわいらしいですが、容姿も突出はしておりませんわね」
颯「それはそうなんだけど、言われなくてもわかってるし」
桃華「ですが、この方には魅力がありますわ。使い古された評価基準など関係ない、人を引き付ける力が」
保奈美「……」
桃華「まっとうでない選考だとはわかっていますわ。それでも、この思いは止められませんの。久川颯さん、わたくしのワガママをお聞きになって」
颯「えぇ、そんなこと言われても」
愛海「うーん、じゃあ、レナさんはいいの?」
レナ「私の答えは決まってるから。ヘレンもでしょ?」
ヘレン「ええ」
レナ「イエス、マイロード。櫻井桃華の仰せのままに」
ヘレン「あえて困難な道を行くことで世界レベルに到達する。それもまた芸の道。いいでしょう」
アナスタシア「アー、レナもヘレンもノリがいい、ということですね」
愛海「よく考えたら、こんな隠し事に協力するような人達だった……」
颯「えっと、じゃあ、マキノさんは?」
マキノ「中止にならなければいいわ」
桃華「どのような結末になろうとも、埋め合わせは櫻井がしますわ」
マキノ「損がなくなると、意地でも進めたい動機を失うわね。組織勤めのサガね」
聖「颯ちゃんなら……大丈夫」
颯「励まされても困るよ……」
桃華「今すぐに答えをとは言いませんわ。颯さん、1時間差し上げますわ」
保奈美「……」
桃華「貴方の意思でお決めになって。ただし、貴方一人で決めてくださいな」
颯「うーん、何も聞いてくれなさそう……」
愛海「颯ちゃん、ごめん。お願い」
アナスタシア「ハヤテが決めたことに従います」
聖「颯ちゃん……がんばって」
桃華「決まりましたわね。小ホールを颯さんはお使いくださいな」
颯「わかった。考える。その、良い答えが出ないかもしれないけど」
桃華「ええ。どんな意見を聞いてもかまいませんが、最後は貴方の意思で決めること。それだけは約束ですわよ」
78
M市民文化会館・小ホール・舞台上
M市民文化会館・小ホール
地元の講演会や発表会で使われることが多い。今回は特に使用されておらず、舞台上に用意されたものはない。
颯「今度は川島さんだ」
瑞樹「今度は、ってことは誰か来たのかしら」
颯「うん。さっきまでは聖ちゃんが来たよ。帰ったけど」
瑞樹「颯ちゃんのこと、心配だもの」
颯「独りは寂しいな。でも、決めたんだ」
瑞樹「決めた、のね」
颯「桃華ちゃんは選択肢をくれなかった。でも、道は2つくらいしかないよね」
瑞樹「……」
颯「保奈美ちゃんを信じるか、桃華ちゃんのために自分でやるか、どちらか」
瑞樹「どっちにしたか、聞いてもいい?」
颯「もう決めたから。いいよ」
瑞樹「決意は固い?」
颯「うん」
瑞樹「そう……」
颯「はー、自分でやる。桃華ちゃんのためにも」
瑞樹「私は保奈美ちゃんにやらせたいの。その答えは変わらないのね」
颯「うん」
瑞樹「それなら」
颯「川島さん、近づいてきてどうしたの?」
瑞樹「ごめんなさい。変えさせてもらうわ」
颯「……」
瑞樹「じっと私の目を見て。目を閉じて。いい子ね」
颯「……」
瑞樹「もう目を開けていいわ。颯ちゃん、答えを聞いていいかしら」
颯「……」
瑞樹「颯ちゃん?」
颯「謝るのはこっちなんだ。ごめんね」
瑞樹「え、あなた、その目……オッドアイじゃなかったわよね」
颯「『捕食者』さん、ありがとう。はー、干渉されなかったよ。ねぇ、川島さん」
瑞樹「ま、待って。あなた、どうなってるの……?」
颯「川島さんは少しだけ『こちら側』になってる。今なら『捕食者』さんの栄養になるよ」
瑞樹「効いてない、そんな」
颯「どうしようかな」
凪「はーちゃん!」
颯「なーの声がする」
瑞樹「あなた、どこから!」
凪「最初から部屋にいました。あと3人います。はーちゃん、それはすべきことではありません」
颯「うん」
凪「戻ってきてください。オッドアイでなく優しい青色の瞳のはーちゃんに」
颯「えいっ、戻ったかな?」
凪「戻りました。おかえりなさい」
瑞樹「聞かれたからには……」
りあむ「待った!そうはさせないぞ!」
千夜「こちらですよ」
瑞樹「今度は誰よ!?」
りあむ「説明は後!」
千夜「その能力を封じさせていただきます」
りあむ「もう色々失敗してるけど、最大の失敗を教えてあげよう!それはもう夜なことだよ!ちとせ!」
ちとせ「はーい。こんばんは」
瑞樹「今度はどこから!?」
ちとせ「上から。はい、目を閉じて。そこに座って」
瑞樹「そんなことに従うわけ……えっ、どうして」
りあむ「強い、強いぞ、ちとせ」
凪「声で命令するだけで暗示をかけられるとは」
颯「裕美ちゃんよりずっと上手だって言ってた」
ちとせ「アナタの能力は意識や思考の強制的な上書き。発現のキーは、瞳。これでもう安心。あっ、無理しないでね。アナタの意思では絶対に目を開けられないから」
颯「能力はあっても、耐性はないんだ」
ちとせ「能力以外はただの人間みたいね」
瑞樹「な、なにこれ、あなたは何者なの」
ちとせ「お話を聞いてくれたら、答えてあげる。りあむ、この人はどうしてここにいるの?」
りあむ「颯ちゃんの意思を変えようとノコノコやってきた!」
ちとせ「そうね。でも、颯ちゃんに返り討ちにあい、私達に待ち伏せされた。どうしてか、わかる?」
瑞樹「……まさか」
千夜「わかったようです。この状況でも頭は回るのですね」
凪「これが社会人のスキル」
ちとせ「そう、罠だったの。すべて、アナタの能力を使った現場を抑えるため。久川颯の気持ちを変えさせるように」
りあむ「颯ちゃん、餌にしてごめん!」
凪「許す。相手の能力を見極めたうえでの判断は適切であるため」
ちとせ「颯ちゃんの演技は上手じゃなかったねー」
颯「急に無理だよー。イヤホンはしてたけど上手くできなくて。アンノウンプロデューサーを演じてた人ってすごいんだね」
千夜「しかしながら、あなたは気づかない」
凪「心の中は大荒れ。違和感は些細でわかりにくい」
ちとせ「心が乱れてくると、落ち着いた判断ができなくなるの」
りあむ「アンノウンプロデューサーを探すのに、その力を使ってなかった!その慎ましさを失ってしまった」
千夜「そして、ここに来た。狙い通りに」
ちとせ「答えて。それに必要な協力者は誰?」
瑞樹「……アンノウンプロデューサー」
颯「そう、桃華ちゃん」
千夜「この状況を作れるのは、彼女だけです」
りあむ「川島さんを怒らせるにはこれしかなかった!西川保奈美ちゃんにはちゃんと謝るから!」
瑞樹「保奈美ちゃんを傷つけるのは、ダメよ」
颯「……それは」
ちとせ「颯ちゃん、もう少し待ってね」
凪「しかしながら、疑問が残りませんか」
りあむ「ぼくたちの詰め方は甘かった!あんなんシラを切ろうと思えばいくらでもできるよ!荒い推理にもほどがある!」
颯「最後の音楽もなんか似てるくらいだったよねー」
ちとせ「何が言いたいかわかるかな?」
瑞樹「……」
ちとせ「アナタのせい、ってこと」
千夜「私達は望月聖さんの感覚を信じました」
凪「先ほど言ったのは、アンノウンプロデューサーはこの中にいること」
ちとせ「でも、聖ちゃんが言っていたことはもう1つ」
颯「桃華ちゃんは天才音楽家じゃない、って」
千夜「ここで疑問が生じます」
りあむ「聖ちゃんの感覚と評価が違う!なんでだろう、そう、みんなとりあむちゃんは考えた!」
千夜「私達は望月聖さんを信じています」
凪「聖さんにゼンガケです」
りあむ「だから、結論はこうだ!聖ちゃんがあってる!間違っているのは、評価した方!」
颯「さっき聞いた時も思ったけど、すごい考え方だよね」
りあむ「そして、これはアンノウンプロデューサーが正体をげろる理由でもある!」
千夜「櫻井桃華様は、櫻井の誇りを持った方です」
ちとせ「そんな女の子が、捻じ曲げられた評価なんて許すわけないの」
凪「いわゆる激怒です。いや、態度に出たわけではありませんが」
颯「さっきはちょっと出てたかなー」
ちとせ「アナタが捻じ曲げたのね、川島瑞樹さん?」
瑞樹「……」
ちとせ「もう少し根拠を言ってみようか」
りあむ「西園寺もそうだけど、どこもかしこも森芸能事務所が関わってた!」
ちとせ「アンノウンプロデューサーを評価した人達は、接点があった」
凪「由緒ある事務所です。コネクションがあるのは不思議でない」
千夜「川島瑞樹さんが関係していることも把握しています」
ちとせ「人の出入りは西園寺の関係者は記録を残していた。そういう伝統なのかしら」
りあむ「それに、色々とできすぎなんだよ!あんなに一本線ならりあむちゃんでもわかるよ!」
凪「いいえ、普通の人にはわかりません」
颯「はーたちだから、わかること」
ちとせ「人の意見を捻じ曲げられる存在がいること」
千夜「それを知らなければ、あなたにたどり着きません」
ちとせ「アナタが、やったのね」
瑞樹「……」
ちとせ「無理やり答えさせることもできるけれど、どうする?」
瑞樹「そうよ、私がやったの!すべてはあの子のため!」
颯「……」
瑞樹「世の中おかしいわ!本当の実力を見ないで顔も知らない評論家の意見で決まっていくなんて!西川保奈美は、絶対に成功すべき歌手なのよ!」
千夜「……」
瑞樹「これもあの子のため、使えるものはなんだって使うわ!いきなりこんなことができるようになっても、あの子のことだけを考えてた!だから……」
颯「だったら!」
凪「……はーちゃん」
颯「だったら、なんで保奈美ちゃんのことを信じてないの?川島さんが1番信じてくれてると保奈美ちゃんは、思ってるのに」
ちとせ「アナタは本当は信じてない」
颯「期待に応えようとして、必死にがんばってるのに、どうして」
千夜「彼女の中で、まだその時でない、という思いがあったのでしょう」
りあむ「それも変に評判が高くなってたから!櫻井桃華ちゃんの今の実力ならよかった、かも!」
凪「凪も経験がありますが、お膳立てのしすぎはよくない」
りあむ「アンノウンプロデューサーならこういうことをやれるのによさそうと目をつけたのかもしれないけど!現に今までばれてないけど!」
ちとせ「影に潜むのなら、覚悟が必要なの。アナタに覚悟があるとは思えない」
颯「……どうして、待ってあげないの」
瑞樹「……」
颯「……そっか」
りあむ「芸能界なんて目立ってなんぼだからな!隠れきれるわけないんだよ!」
千夜「ええ。私はアンノウンプロデューサーの正体に興味はありません」
ちとせ「最初から、アナタを探していた」
凪「『チアー』ではなさそうです」
千夜「人の思考を捻じ曲げるだけの能力」
ちとせ「深く反省してもらうわ」
颯「ちとせさん、どうするの?」
ちとせ「眷属にするのもいいけれど、アナタは変質の要件を満たさなそうだから」
千夜「自身の変化ではなく」
りあむ「誰かの変化を願った!ワガママなやつだな!」
瑞樹「……だって」
ちとせ「りあむ?」
りあむ「うん。あのさ、前もそんなこと思ってなかった?たとえば、アナウンサーを辞めた時とか」
瑞樹「それは……」
りあむ「まぁ、もう調べてるから知ってる。世の中が悪い悪い叫んでも、何も変わらないよ。変えられるのは、なんとかなるのは、自分だけ。いや、自分もそんなに思い通りにいかないけど」
凪「『チアー』に付加される力は、自身の希望と関係するらしい」
千夜「西川保奈美さんへの想いではなく、自身の身勝手な望みが、その能力を産んだのです」
凪「怒る理由も自分自身から」
ちとせ「西川保奈美ちゃんでアナタ自身の復讐を果たすべきではない。そうでしょ?」
瑞樹「……」
ちとせ「颯ちゃん、これでもう自分で反省するよ。だから、食べなくてもいいの」
颯「うん」
凪「凪は芸能界から去ることもオススメします」
千夜「あの世界は、反省するには騒がしすぎる」
ちとせ「でも、罰を与えちゃおうかな。私は怒ってるんだ」
りあむ「ちとせ、やりすぎるなよ?ぼくが知りたいことを聞くだけだぞ。必要以上の恐怖もいらないからね?」
ちとせ「わかってる。さぁ、目を開けて」
瑞樹「いっ……」
ちとせ「あはっ、わかるんだ。さぁ、引っ張り出してあげる。アナタは、何時その力を手に入れたの?」
瑞樹「いつ、そんなのわからない……」
ちとせ「いいえ、思い出すの。人間は簡単には忘れないから」
瑞樹「ま、待って!が、あああ!」
りあむ「ちとせ、ストップ!明らかに頭が割れそうなくらい苦しんでる!」
ちとせ「わかった。ごめんなさい、手加減を間違えちゃった」
瑞樹「は、はぁ、忘れてる……頭の中に空白が、ある……」
凪「強い忘却術でしょうか」
千夜「堀さんも同じ症状でした。『チアー』が使えるのかもしれません」
りあむ「『チアー』が使えるの?んんん、そうなの?」
ちとせ「アナタ、『チアー』と呼ばれる存在って知ってる?」
瑞樹「知らないわ、あなた達が何者かもわからないのに」
ちとせ「そう。それなら、ずっとそのままにしてあげる。でも、アナタに吸血鬼という恐怖は叩き込んであげる。罰は受けてね」
瑞樹「うっ……」
凪「おっと」
千夜「意識を失いました。お嬢さま、なにを」
ちとせ「眠らせただけ。『こちら側』の記憶と自分の能力は封じ込めたから、もう平気」
りあむ「これ、起きるの?」
凪「寝る姿勢としました。これで寝て起きても痛くない」
ちとせ「しばらくしたら起きるよ」
千夜「私達の目的は果たしました」
颯「うん。はー、壊してはいけないものを守れたと思う」
凪「はい。はーちゃんが言うので、その通りです」
千夜「努力や想いは、アンノウンプロデューサーが拵えた茶番でも本物です」
りあむ「それを壊す必要はない!でも、『チアー』の影も形もない!」
ちとせ「ちょっと不思議。これまでは『こちら側』と関係あったのに」
りあむ「確かに!スーパーレッドも『蝶』も『あちら側』の存在と対立してたよね!?」
凪「はい」
颯「そうだよね。はーも聖ちゃんもいたのに」
千夜「気づいていた様子もありません」
りあむ「標的にしてた様子もない!探してた感じもしない!探してたのはアンノウンプロデューサーだけ!」
凪「はて、何故でしょうか」
ちとせ「さぁ?この人に飽きちゃったとか」
りあむ「ぼくは『チアー』じゃないからわからない!よし、帰ろう!もう考えなくて済む!」
ちとせ「そうね。千夜ちゃん、お食事の準備をしてくれる?」
千夜「もちろんです、お嬢さま」
颯「川島さん、このままで大丈夫?」
りあむ「風邪ひくような気温じゃないし大丈夫!それに、桃華サマがなんとかしてくれる!」
颯「そういえば、桃華ちゃんに『こちら側』のこと話したけど平気なの?」
ちとせ「それは平気」
りあむ「シスタークラリスのお墨付きがあるから。なんでかは知らないけど」
凪「さて、帰りましょう。はーちゃん、お腹は空いていませんか?」
颯「なれないことしたから、ペコペコだよっ」
りあむ「うんうん。颯ちゃんは正直者であるべきだよ」
ちとせ「聖ちゃんをお迎えして、帰ろう。部室でいいかな?」
千夜「はい。帰りましょう」
79
幕間・地上の調
M市民文化会館・大ホール・舞台上
保奈美「あら……」
桃華「お待ちしておりましたわ」
保奈美「桃華ちゃんだけなのかしら」
桃華「そうですわ。他の方は帰らせましたわ」
保奈美「警備員さんはいたけど、あの人は桃華ちゃんが手配した人なの?」
桃華「はい。普段は櫻井の邸宅にいらっしゃいますわ」
保奈美「やっぱり」
桃華「気づいてましたの?」
保奈美「はい。雰囲気がよかったから」
桃華「時期に貴方にも気づかれたということですわね。お話したくて、保奈美さんをお呼びしましたの」
保奈美「私と……」
桃華「まずはお伝えしたいことから。今回の話は全てなかったことにしますわ」
保奈美「……ええ」
桃華「八神さんが空いた会場は活用してくれますわ。そんなに心配な顔しないでくださいな」
保奈美「……」
桃華「次は、謝らせてほしいですわ。先ほどは言いすぎましたわ」
保奈美「いいえ、そんな。図星だったから。それに時間も経って冷静になったから、平気よ」
桃華「真実でもあのような場で言うことではありませんわ。そして、もう1つ聞いてほしいことがありますの」
保奈美「ええ、もう時間は大丈夫だから」
桃華「わたくしのピアノ、どう思いまして?」
保奈美「上手だったわよ」
桃華「ピアニストにはなれそうかしら?」
保奈美「それは、難しいかも。でも、努力すれば」
桃華「わかりましたわ。以前同じことを言われましたの」
保奈美「どなたに、ですか」
桃華「音楽の先生ですわ。更に、作詞と作曲も別の方に習っていましたのよ」
保奈美「幼い時からずっと?すごいわね」
桃華「わたくしも儚い希望は抱いていましたわ。いつか、その世界でも成功できるのではないかと」
保奈美「……」
桃華「残念ながら叶う望みの低い夢のようですわ。わたくしは櫻井として生きる者、きっと先生もそう思っていたからこそ言ったのでしょう」
保奈美「そんな、まだ決まったことじゃないのに」
桃華「ええ、その通りですわ。だから、櫻井桃華はアンノウンプロデューサーという名で活動を始めましたの」
保奈美「桃華ちゃんも反抗するのね」
桃華「わたくしだって子供ですもの。貴方もですのよ?」
保奈美「……そうね」
桃華「必死にがんばりましたわ。結果もそれなりに。今回は、貴方達と触れ合い、実力を見極め、深く知ることで企画の価値を上げようとしましたの。成功したと思いましたわ」
保奈美「……」
桃華「残念なことに、これまでが偽りでしたわ。アンノウンプロデューサーの力は作られた評判により押し上げられたもの。知る人が増えれば、正当な評価が下されますわ」
保奈美「そんな」
桃華「地上ではなく天上に響くような歌を、貴方によって響かせたかったですわ。だけれど、わたくしも貴方も未熟過ぎましたの」
保奈美「……ええ」
桃華「怯え急ぐ理由をわたくしは問いましたわ。それはわたくしも感じていることですわ、聞かれる道理などありませんわね」
保奈美「その質問は、答えがあるの」
桃華「言わなくて結構ですわ。わたくしと、きっと同じですわ」
保奈美「……」
桃華「……自身を大きく見せたくて、背伸びしているだけですの」
保奈美「ありがとう、桃華ちゃん。ずっと思っていたことがあって」
桃華「いいですわ、言ってくださいまし」
保奈美「私はそんなに裕福な家庭出身ではないけれど、似ていると感じていたの。はじめて会った時に」
桃華「そうかもしれませんわね。それならば、貴方も誇り高く生きますのよ」
保奈美「ええ。自分だけはそう思えるように」
桃華「アンノウンは消えますわ。消える前に、アンノウンとしての言葉を」
保奈美「はい」
桃華「申し訳ありませんけれど、貴方の順調ともいえる芸能界のキャリアはしばらく停滞しますわ。理由は……すぐにわかりますわ」
保奈美「……そうかと、感じてた」
桃華「ですけれど、これから訪れる時間が西川保奈美にとって大切な時間になりますわ」
保奈美「……」
桃華「たゆまぬ修練に必要な時間が与えられますわ。進んでいないように見えるかもしれませんわ。それでも、貴方の夢は必ず近づいていることを信じてくださいな」
保奈美「はい」
桃華「自分自身と向き合うことですわ。そうすれば輝きますわ、今以上に西川保奈美として」
保奈美「それは、信じていいの?」
桃華「櫻井桃華はウソをつきませんわ……あら?」
保奈美「ずっと正体を隠してたのに?」
桃華「語弊がありますわね、撤回します。もうウソはつきませんわ」
保奈美「ありがとう、信じるわ」
桃華「よろしい」
保奈美「何も隠さずに、堂々としている桃華ちゃんの方が素敵よ」
桃華「その言葉は受け取りますわ」
保奈美「あのね、桃華ちゃん」
桃華「どうかなさいまして?」
保奈美「どうして、みんなを集めて桃華ちゃんも参加したのか、考えていたの。もしかして、放課後に集まってこういうことをしたかったの?」
桃華「それもわかってますのね。そうですわ」
保奈美「お茶会なんて、桃華ちゃんの好きなことだものね。ふふっ」
桃華「やはり、保奈美さんは年相応に笑う時が魅力的ですわ」
保奈美「えっ」
桃華「私に言い聞かせる言葉でしたけれど、貴方にもお伝えしますわ」
保奈美「なにかしら?」
桃華「未熟で幼い時期が、そのような時期だからこそ、将来の糧になりますわ。今を楽しむことが貴方の夢を引き寄せると思いますわ」
保奈美「……うん」
桃華「わたくしは世間一般の女子高生が何をするかは知りませんけれど、放課後に遊んでみたらいかがかしら。例えば……例えも出てきませんけれど」
保奈美「ふふっ。それは私で探すわ、ありがとう。桃華ちゃんも、きっとたくさんのできないことがあると思うけれど、楽しんでね」
桃華「はい。わたくしは櫻井桃華。使命は果たしますわ」
保奈美「使命?」
桃華「これは貴方にお伝えすることではありませんの。そうですわ!演奏いたしますから歌ってくださいな、保奈美さん?」
保奈美「うーん、一緒に歌いましょう?独りで歌うのも寂しいわ」
桃華「まぁ、ワガママですのね。構いませんわ。曲は、こちらにしますわ」
保奈美「この曲は、学校でよく練習してる……」
桃華「どうぞ、保奈美さん。歌ってくださいな。怯えることも慌てることもなく」
保奈美「ええ、精一杯で。すぅ……」
桃華「……最初からこのように歌ってくれれば、わたくしも意地を通しましたのに」
保奈美「桃華ちゃん!」
桃華「いいえ、後悔することなんてありませんわ。もう、待ってくださいな!」
幕間・地上の調 了
80
数日後
とある10月の土曜日
あかり「こんにちはっ」
あきら「あかり、来たんだ。コーヒーあるけど、飲む?」
あかり「飲みます。凪ちゃん、お隣失礼するんご」
凪「構わない」
あかり「あっ、マグカップ買ったんですね!カワイイですっ」
凪「はい。買ったのではなくて貰い物ですが」
あきら「あかりの分もあるよ。どれにする?」
凪「凪はウナギの絵が描いているものにしました」
あかり「ウナギもかわいいけど、ウサギのにします。なんで時計を持ってるんでしょう?」
あきら「わかった」
千夜「辻野さん、来てたのですね」
あかり「千夜さん、こんにちは。それは?」
千夜「パウンドケーキを焼いてみました」
凪「オヤツにします」
あかり「わー、食べるんご!」
あきら「千夜サンもコーヒーいる?」
千夜「はい」
凪「座ってください」
あきら「マグカップは……」
千夜「緑色の珍妙なやつが描いてあるものです。選ぶ人もいないでしょうから」
あかり「味があるデザインですね。あきらちゃんは?」
あきら「自分は白雪姫っぽいやつ。りあむサンは小人」
あかり「セットなんですねっ。りあむさんのは、ん、りあむさんそのものは?」
凪「そちらです」
りあむ「……」
あかり「寝てるんご。あれ、部室にロッキングチェアなんてありました?」
千夜「財前さんからいただきました」
あきら「適度に揺れるから眠気を誘う、だって」
凪「ちなみに、マグカップも同じく」
あきら「聖チャンのお世話したから、だって。そんなにしてないけど」
あかり「ほー。そういえば、舞台はどうなったんですか?」
凪「中止ではなく、演目が変わるそうです」
千夜「はい。八神さんが尽力されたようです」
あきら「ヘレンさんが主役らしいよ」
千夜「ほかに、兵藤レナが集めたアーティストが出演するようです」
凪「なんとも珍妙な結末です。はーちゃんの出番はなくなりました」
千夜「オーディションメンバーについてはどなたも出演はないようです。もちろん、櫻井桃華さんも関わりはありません」
あかり「そっか。颯ちゃんは残念そうでした?」
凪「いいえ。『捕食者』の力を上手に使えたので、それで満足しているようです。今もきっと修行中です」
あかり「元気ならいいんご」
あきら「1番残念そうだったのは、時子サマらしいよ。りあむサンが言ってた」
あかり「そうなんですか?」
千夜「望月さんが表舞台に出ることは叶いませんでしたから」
あかり「へー、時子様はストレスがあると買い物をするタイプなんですか?マグカップも買ってくれましたし」
あきら「そうじゃないと思う」
凪「人情派なだけと推測する」
あきら「聖チャンも体を治すのを優先するって」
凪「まだつながっている何か、を切り離すと言っていました。凪にはよくわかりません」
あかり「焦ってもいいことはないですよね。聖ちゃんのデビューは楽しみに待ってるんご」
あきら「うん」
凪「はーちゃんからSNSのリンクが送られてきました。おやおや」
あかり「千夜さんのパウンドケーキは美味しいです。優しい味がするんご」
千夜「ありがとうございます」
凪「凪は見てもらいたいものがあります。こちらです」
あかり「こちら?凪ちゃんのケータイに映ってるのは……」
千夜「どなたかのSNSですか」
凪「これはアナスタシアさんの投稿です」
あきら「自分には、アナスタシアさん、西川保奈美さん、あと櫻井桃華さんが映ってるように見えるけど」
あかり「その3人ですね。何か食べてる?」
千夜「明石焼きのようです」
あきら「よくわからないけど、楽しそう」
あかり「3人でお出かけしてる理由はわからないけど、楽しそうだから理由はなんでも良いです」
凪「凪も同感です。雨降って地固まる、としましょう」
あきら「結局、ティータイムもディナーもお嬢サマの趣味だったんだよね?」
千夜「そのようです」
あかり「面倒なことはしないで、遊びに誘えばいいんですっ」
りあむ「あかりんごはそういうけどさ、色々あるんだよ。たぶん。ぼくは軽率に誘えないし」
あかり「りあむさんが起きました。おはようございますっ」
りあむ「おはよう!時子サマがくれた椅子はすごいぞ!ずっと座っていたくなる!」
あかり「疲れてるわけじゃないみたいで安心したんご」
りあむ「あかりんご、人には時には回りくどいことも必要なんだよ」
あかり「りあむさんがそういうなら、そういうことにするんご」
りあむ「でも、次の被害者は出なかったし、人間関係にヒビも入らなかったし、ぼくとしては上出来だと思うよ!」
あきら「そうデスね」
凪「その言い方は懸念があることを示します」
りあむ「凪ちゃん、するどいな」
あかり「自白するんご。楽になりますから」
りあむ「そんな取り調べみたいな言い方する必要ある?まぁ、言うけど」
千夜「『チアー』に関係することですか」
りあむ「そう!それも2つ!1つは、今回の動機!」
凪「残念ながら、今回は影も形もありません」
りあむ「前は『あちら側』に危害を加えようとしてたけど、そういうのがない!つまり!」
あきら「つまり?」
りあむ「『チアー』は適当に能力を付加してる時がある!」
凪「ならば、ただの愉快犯だ」
あかり「能力を使うだけ使って、あとは放置」
千夜「厄介な奴ですね」
りあむ「まぁ、今回の件に興味なかっただけかもしれないけど。2つ目は忘却術!」
千夜「お嬢さまが何度か試みたようですが、川島瑞樹さんからは何も得られていません」
あかり「ちとせさん、何回か川島さんに会いに行ってる……恐怖でしかないんご」
あきら「トラウマになるかな。でも、自業自得」
りあむ「つまり、『チアー』も使えるってことだよ!」
千夜「堀さんも覚えていませんでした。高森さんも同じようです」
凪「忘却術、あるいは洗脳する能力が使えるということは」
あかり「『チアー』はもともと人間じゃない、とか」
千夜「吸血鬼や日下部さんのような存在が『チアー』になった、と」
あきら「それなら教会が把握してる気がする」
凪「はい。あくまで人間が力を得て、人間に力を与えているからこそ、見つけにくい」
あかり「シスタークラリスは目ざといんご。いや、目は見えないので比喩ですけど」
りあむ「今回のでわかった!『チアー』で与えられる力には、洗脳みたいなのもある!」
凪「『蝶』が存在するので、もはや何があっても驚かない」
千夜「……なるほど。お前が言いたいことが読めました」
あかり「『チアー』も忘れる力が使える、『チアー』は忘れる力を与えられる……あっ」
千夜「『チアー』は自身に能力を付加している、と」
りあむ「そう!あくまで、ぼくの想像だけどな!」
凪「『チアー』という能力だけではない、そうなれば」
あきら「どんな能力を積み重ねた存在か、わからない」
あかり「とっても危ないんご」
凪「もとから危険な存在であることはわかっています」
りあむ「今まで通り気を付ける!でも、見つける!」
千夜「はい。様々な報いは受けていただきます」
あきら『チアー』がいなければ、捻じ曲がった評価はなかった」
凪「はーちゃんの舞台デビューもあったかもしれない」
りあむ「時子サマが無駄にがっかりすることもなかった!櫻井桃華ちゃんが不機嫌になることも!」
あかり「なにごとも正直が1番です」
りあむ「ひとまずは解決!『チアー』の手掛かりはまた無くなったけど、時子サマのお願いでも聞きながらやっていくぞ!おつかれ!」
凪「はい、凪も引き続き協力しま……はーちゃんからの連絡です」
りあむ「颯ちゃんから?なになに?急用?」
凪「櫻井桃華さんが教会を訪れるので、はーちゃんも教会に行くと」
りあむ「なんで?どういう経緯でそうなるのさ?」
凪「お土産は明石焼きだそうです」
81
出渕教会・地下1階
美由紀「おいしい、こっちでも食べられるんだー」
桃華「喜んでいただいたようで何よりですわ」
颯「はー、明石焼きは初めて食べた」
桃華「シスターのご自宅は兵庫にあると聞いておりますわ」
クラリス「はい」
美由紀「そうだよー。西のおうちは近くにたこ焼き屋さんも明石焼き屋さんもあるんだ。どっちも美味しいんだよ」
颯「へー」
桃華「わたくしも産まれは神戸ですの。物心つく前にこちらに移りましたわ」
颯「保奈美ちゃんも兵庫だったなー」
桃華「颯さんは、よく食べますのね」
颯「うん。お腹空くし、人より食べないとだから」
桃華「休憩時間にお菓子を際限なく食べていましたけれど、食欲旺盛だけが理由ではありませんのね」
颯「桃華ちゃんが教会の地下にいるってことは、話したの?」
クラリス「いいえ。そちらはお話しておりません」
桃華「颯さんには魅力を、いつもと違う不思議な感覚を、覚えましたわ」
美由紀「桃華ちゃんは分かる人なのかも」
クラリス「櫻井の方ですから」
桃華「お人柄も才覚でもなく、颯さんが抱えているモノを勘違いしていたようですわ」
颯「そう。はー、『捕食者』さんとつながってるんだ」
桃華「わたくしを守るために来てくださいましたのね。感謝しますわ」
颯「ううん。だって、それを引き継いだから」
桃華「わたくしが思っている以上にお強い方でしたのね」
美由紀「うんうん。颯ちゃんは強いんだよー」
桃華「シスタークラリス、本題に移ってもよろしいかしら」
クラリス「かまいません」
桃華「わたくしは『あちら側』の存在を把握しておりませんでしたわ」
颯「……」
桃華「しかしながら、自らの存在を明かし、わたくしの正体を探していた目的も教えてくださいましたわ」
颯「本当は、『こちら側』みたいな力を使う人を探してるのも言ったよ」
クラリス「私が許可をしました」
桃華「それが疑問でしたの。もしかして、わたくしがアンノウンプロデューサーということを知っていましたの?」
颯「えっ、そうなの?」
美由紀「違うよ?」
クラリス「申し訳ありませんが、把握しておりませんでした」
美由紀「もし悪いことがあったら、桃華ちゃんに助けてもらおうとは話してたよー」
桃華「わたくしとシスターに面識はありませんわ。音楽活動のことも知らないようですわね。それならば、理由は1つしかありませんわ」
クラリス「ご想像の通りかと」
桃華「わたくしが櫻井の者だから、ですわね」
クラリス「はい」
美由紀「桃を名前につけるのすごいよねー」
颯「櫻井の人だと何で言っていいの?あと、桃?」
クラリス「お話しましょうか」
桃華「いいえ、結構ですわ」
颯「聞かないんだ」
桃華「これは櫻井の問題ですわ。わたくしで答えは見つけないといけませんの」
颯「……凄いおうちに大変なんだね」
美由紀「大変なことも良いこともたくさんあると思うなー」
桃華「わたくしに恥をかかせた報いは受けさせるつもりですわ。完全なる私情ということは理解しておりますわ」
クラリス「はい」
桃華「お時間をくださいまし。今何事も決めてしまうには拙速ですわ」
クラリス「こちらはかまいません。吉報を待っています」
桃華「感謝しますわ。颯さん?」
颯「なに?」
桃華「颯さんはずっと堂々としていましたわ。あの中で歌うことは大変でしたのに、怯む様子はありませんでした。あの世界、いえ、どの世界でも、自身を特別に見せたくて虚栄をはるものですのよ」
颯「だって、聖ちゃんみたいに歌も上手くないのは本当だもん」
桃華「使命を負った、人と違う存在だからこそ、あのように振舞えたのですのね」
颯「ううん、それは違う」
桃華「違いますの?」
颯「はー、何でもそこそこだったけど、最初から特別な女の子なんだ。みんな、誰かの子供に産まれてきたから、なーもずっと一緒にいたし、なーがいなかったとしても、そうなんだよ」
クラリス「その心境にたどり着くことは、難しいことなのですよ」
桃華「わたくしも同じですわ。わたくしは櫻井桃華。特別な存在ですわ、最初からずっと」
美由紀「産まれてきてありがとう、でいいんだよー」
桃華「次は、その力をお借りしますわ」
颯「うん」
桃華「篠原を待たせているから、失礼しますわ」
クラリス「いつも扉は開いています。あなたのこれからに光あらんことを」
桃華「颯さん、楽しい時間をありがとうございましたわ。また、お会いしましょう」
EDテーマ
Twilight Sky
歌
フォー・ピース
82
時は過ぎて
12月25日・クリスマス
夜
夢見りあむの自室
夢見りあむの自室
ちとせを招くために千夜に掃除してもらったので整理されている。今のところは。
りあむ「りあむちゃんはクリぼっち……現役JDのクリスマスとは思えぬ虚しい夜……」
りあむ「……」
りあむ「まぁ、そんな悲惨じゃないけどな!教会のクリスマスイベントを誘われたけど行ってないだけだし!行ってない理由も授業で遅くなるからだし!クリスマスプレゼントも今年はもらえた!冷蔵庫には白雪ちゃんがくれた保存食もある!授業も今日で終わり!最高だ!」
ピンポーン……
りあむ「来客?ピザは頼んでない。あきらちゃんとあかりんごは勤労中で、椿さんもバイトだっけ。若葉お姉さんも卒論がんばり中だし、凪ちゃんは家だよな。白雪ちゃんは、りあむちゃんに何も言わずに会いに来るわけないか……よし、でない!」
ピンポーン……
りあむ「もう1回鳴らしたぞ?急用か?いやいや」
……ガチャ
りあむ「入ってきた!?玄関のカギしめわすれてたか!?い、いま、いきますから!玄関までで頼む!」
83
夢見家の玄関
りあむ「はいはい!どちら様ですか!?」
イヴ・サンタクロース「メリークリスマス!」
イヴ・サンタクロース
サンタクロース。わかりやすくサンタクロースの衣装を着ている。ありとあらゆる言語のクリスマスソングが歌えるらしい。
りあむ「いや、本当に誰だよ!なんかモフモフしたのもいるし!」
イヴ「こちらはブリッツェンですぉ、ご挨拶してください~」
ブリッツェン「ブモッ!」
ブリッツェン
トナカイ。イヴのパートナー。言葉はほぼ理解しているらしい。
りあむ「トナカイだ。いや本当にトナカイか?言葉を理解してるぞ、こいつ」
イヴ「夢見りあむさん、会えてうれしいです~」
りあむ「結構でかい!顔がいい!目が魔力を持ってそう!なんで、名前を知ってるのさ!」
イヴ「サンタクロースなので。クリスマスプレゼントを持ってきました~」
りあむ「クリスマスプレゼントは、今年はまにあってる!突然のサンタクロースは不要!」
イヴ「そうなんですか~?」
りあむ「あきらちゃんがクリームとかくれた!手洗いが多くて手荒れしてるの気づいてくれたんだぞ!」
イヴ「へぇ~」
りあむ「時子サマから新しいシューズもらった!若葉お姉さんと椿さんから、教科書代になる図書券も貰ったし、あかりんごはいつも通り色々くれたし、凪ちゃんから変な置物も貰った!」
イヴ「フムフム」
りあむ「ちとせと白雪ちゃんから高そうなチョコレートも貰ったし、今日はリーダーちゃんからクッキーもいただいた!どうだ、りあむちゃんからは想像できないくらい充実してるだろ!」
イヴ「それは知ってます~」
りあむ「教会の方面の知り合いだと思うけど、帰ってもらって……えっ、知ってる?」
イヴ「別のものですよ~。まずは、ご家族からのクリスマスレターです」
りあむ「そういう手紙はいらねぇ!そうじゃないって、いつも言ってんのに!」
イヴ「そう言うと思っていたので、本当はこちらですよ~」
りあむ「見るからにラッピングされた箱だ。あと、手紙本物?」
イヴ「手紙は本物ですよ。どちらも、どうぞ」
りあむ「いや、受け取るのは……」
イヴ「時子さんは喜んでくれたのに~」
りあむ「受け取っていい気がしてきた。時子サマと知り合いなのか」
イヴ「素直で良い子です、どうぞ~」
りあむ「ありがと、中身何なの?」
イヴ「お風呂セットですよ~。実習中に汗をかくのが気になるんですよね。汗の臭いには、ゆっくりお風呂で汗をかくといいですよ~」
りあむ「ええ、それ、何で知ってるの?時子サマにも言ったことないぞ!」
イヴ「臭ってないので大丈夫なのに~」
りあむ「それは信じていいのか?まぁ、いいや。ありがと。もらっておく。今日はゆっくりお風呂入ってみる」
ブリッツェン「ブモッ、ブモモッ!」
りあむ「なんだよぉ!トナカイがぶつかってきたぞ!プレゼントを置くだけだよ!まだ、何かあるの?いや、ありそうだな」
イヴ「そちらはオマケです。本当のプレゼントを差し上げます」
りあむ「本当の?」
イヴ「あなたの生き方に大切なものをあげます。さぁ、空の旅へ!」
ブリッツェン「ブモモッ!」
りあむ「えっ、なんか、眠く……」
イヴ「グッドナイト、アンド、ハブアナイスフライト!」
84
某所
りあむ「……うわぁ!どこだ、ここ!?」
千夜「おはようございます」
りあむ「白雪ちゃん!?なんで、ここにいるのさ!?」
千夜「わかりません。私も先ほど起きたばかりです」
りあむ「そう、サンタクロースだ!サンタに会った!?」
千夜「ええ。サンタクロースを名乗る人物に眠る前は会っていたような気がするのですが……」
りあむ「プレゼントもらった?何ここ!?お寺かなにか!?」
千夜「プレゼントはいただきました。お前は落ち着け」
りあむ「落ち着くか、落ち着け、夢見りあむ。和室だ。布団だ。外は雪景色の竹林だ……どこだここ!?白雪ちゃん知ってる?黒埼の別荘とか!?」
千夜「私もどこかはわかりません。黒埼の別荘ではないかと」
りあむ「そうだ、ケータイ!圏外!どんな山奥だよ!?今時圏外になる山なんて日本ではほぼないぞ!日本じゃないのか!?」
千夜「日本の山のように見えるのですが……」
りあむ「どこなんだよ?なんのために連れてこられたんだ?わからない!?」
脇山珠美「はっはっはっ、今回の客人は騒がしいですなぁ。茄子殿、客人が起きましたぞ!」
鷹富士茄子「はいはーい。それでは、ご挨拶しないとですねー」
脇山珠美
剣士。羽織姿に脇差を携えている。人を見かけで侮ってはいけませんぞ、らしい。
鷹富士茄子
彫綴師、スペリングマン。紫単色で染め上げられた着物は質素ながら高級感が漂う。茄子じゃなくて茄子ですよー、らしい。
りあむ「いや、誰だ?純和風だから日本かここは?とりあえず、只者じゃない気はするな……」
千夜「珍しくお前と同じ感想です……」
第5話に続く
終
製作・ブーブーエス
次回予告
千夜「その高橋礼子と名乗るヴァンパイアハンターから、お嬢さまと関さんを守るためなのですか」
次回
白雪千夜「7人が行く・EX5・吸血鬼殺し」
オマケ
P達の視聴後
CuP「Coさん、大学は音大でしたよね?」
CoP「そうだよ」
PaP「しかも、声楽だ」
CoP「自分は歌で稼げそうもなくて離れたので、保奈美ちゃんには本当にがんばって欲しい」
CuP「でも、芸能界の仕事にしたのは思い入れですか?」
CoP「それは成り行き。卒業して務めてたのは、文房具メーカーだったので」
CuP「そうなんですか、知らなかった」
PaP「こいつは入社後も色々あったぞ、今でこそ落ち着いてるけど」
CoP「まぁ、それは認めます」
CuP「Paさんはなんでこの仕事を?」
PaP「せっかくだから芸能界で働きたかったからだよ。入れたのが芸能事務所だっただけのこと」
CoP「そこの上司が今の社長」
PaP「そうそう。Cuはどうなんだ?」
CuP「僕は就職活動中に誘われたので。コネってやつです」
PaP「ははは、そんなもんの方がいいんだよ」
CoP「その感覚は、わかります」
PaP「そんなこっちからすれば、みんな特別すぎる女の子よ」
CoP「本当にそう思いますよ」
PaP「まぁ、それだけじゃ売れないもんな」
CuP「だから、自分達の存在が必要だと信じることにします」
PaP「ああ。微力な存在だけど、精一杯がんばるとしようじゃないか」
おしまい
あとがき
だいぶお待たせしました
傍から見れば特別な存在も、本当に特別であるかどうか悩んでたりするよね
7人が行くのはーちゃんは特別な存在であると最初から思い込んでいるのであまり悩まない
次回は、
白雪千夜「7人が行く・EX5・吸血鬼殺し」
です。強キャラが出るよ
次回も気長にお待ちください
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで
それでは
7人が行く・EXシリーズリスト
第1話 夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」
夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558865876/)
第2話 久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」
久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1607170950/)
第3話 辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1629804897/)
第4話 久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1666519693/)
第5話 白雪千夜「7人が行く・EX5・吸血鬼殺し」
(題名は仮題)
第6話 黒埼ちとせ「7人が行く・EX6・ぼくじゃだめなんだ」
(題名は仮題)
第7話 砂塚あきら「7人が行く・EX7・鬼」
(題名は仮題)
第8話 白雪千夜「7人が行く・EX8・もしもあの日に戻れたら」
(題名は仮題)
最終話 夢見りあむ「7人が行く・EX9・だからぼくらは夢を見る」
(題名は仮題)
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