「————心に、じゃないのかな?」4<br> (982)
浜面「俺は、どんな事してもお前を助けるって誓ったんだよ。インデックス」<br>
「――――心に、じゃないのかな?」<br>
「――――心に、じゃないのかな?」2<br>
「――――心に、じゃないのかな?」3<br>
【注意事項】
※浜面仕上一巻再構成
※独自解釈、独自設定、原作と明確な矛盾が多々あります。
※新約1巻、漫画超電磁砲6巻以降の内容は反映しません。
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――――――
昨日も足を踏み入れたはずなのに、ここに来たのは随分と久し振りだった気がする。
浜面「…………」
以前と見たまま、何も変わらないそこは荒れ果てた寮の一室だった。
まき散った家具、引き裂かれたベッド、モニターが割れたパソコン、
もう動くことはないだろうキャパシティダウン。
砕けたガラス窓からは風が吹き通り、傷だらけの肌を撫でる。
浜面「ただいま……なんつっても、またすぐでていくけど」
浜面が真っ先に訪れたのは、ほんの数日前まで自分が過ごしていた寮の一室だった。
浜面「靴は……脱がなくてもいいか。よっと」
玄関口まで飛んで来たいた破材を跨ぎ、土足のまま中へとはいっていく。
今更それをとやかく言う者は誰もいないし、そんな場合でもないだろう。
ここに戻って来た目的は、一つしかない。
散らかされた生活用品をひっくり返し、浜面が木材やら機材の中から
引っ張りだしたのはなんて事のない、どこにでもあるようなメッセンジャーバックだった。
塗れた埃を払い、充分に扱えると分かった所で中身のものを全て放り出す。
新たに詰め込んだのは風紀委員の間でも使われる簡易的な治療パック、一般的な弾薬。
滝壺から渡されていたスタンガンなどの武器類。
それに加え、浜面が手に取ったのは――
浜面「…………」
演算銃器。
駒場の血が染み付いたそれは、浜面が置いていったあの時のままそこに残っていた。
以前は手放し、決して受け取ろうとはしなかったその銃を、かつて絹旗に教わった通りに構える。
浜面「やっぱり、重いな……」
なるほど、駒場が気に入っていた訳だと今更ながらに納得する。
腕にかかる負担から考えて普通の人間には手軽に扱えるものでは無いのだろう。
これが、駒場利徳が弱き者を守る為に使った力。
スキルアウトととして、抗う為に得た力。
浜面「……駒場」
だが、スキルアウトはもう無い。駒場の理想は果たせなかった。
任されたというのに、自分は逃げ出してしまったから。
最早駒場の願いを継ごうという意思すらない自分には、この銃を使う資格なんてきっとない。
浜面「…………わりい」
だが、かつての様に浜面はその銃を放り投げる事はしなかった。
投げ出す様な事はしなかった。
浜面「コイツは貰っていくよ。駒場」
浜面「ずっと逃げっぱなしだったけど、ようやく守りたいものが出来た気がするんだ」
浜面「……行くか」
時間にして数分程度。バッグを肩にかけ、これで最低限の戦う準備だけは整った。
そもそも丸腰のままだった今までが異常だとも言えなくはないが、それは相手が能力者であったからこそだろう。
ステイルも、神裂も、一方通行も、なまじ力があるだけに能力者は己の力を過信する。
自分の力は強力だと、疑いもせずにその力だけで解決しようとしてしまう。
ただ人を殺すだけならば炎を使うより、刀を振るうより、直接触れるより、引き金を引く方が簡単なのに。
しかし、今回浜面が相手にするのは恐らく何の能力も持たない人間だ。
組織的に行動し、銃を構え、感情に左右されず引き金を引く人間だ。
そいつらと渡り合う為には、自分は余りに弱すぎる。
こんな装備では付け焼き刃にも程があるだろうけど、それでもないよりはマシだろう。
浜面「……コイツも、持っていくか?」
冗談の様に呟いて、浜面は足下に転がっていたその重量感のある塊を手に取る。
いつだったか吹寄から手渡された胡散臭そうな通販品だったそれだが、こんなものでも願をかけるには丁度いい。
振り回せば武器になるかもしれないし、もしかしたら銃弾から身を守ってくれるかもしれない。
あって邪魔になるという事は無いだろうと、浜面はそれを肩にかけたバックへ押し込む。
にゃあーと小さな声をかけられたのは、そんな瞬間。
浜面「……お前も、とことん着いてくるんだな」
投げた言葉を理解したのかしていないのか、スフィンクスが首を傾げる。
こんな時でもミサカが託していった小さな生き物は、自分の側を離れる事無く着いて来ていた。
「にゃー?」
浜面「たっく、ほんとよく無事だよな。お前も」
軽くため息を吐き、浜面は足下にすり寄ってくるスフィンクスをそっと抱きかかえる。
かなりの時間を自分と共に行動していたというのにスフィンクスの体には傷一つなく、
今も人肌の温もりに溺れているその姿に若干の羨望を込めつつ浜面はまたため息を吐く。
浜面「行くか」
そして一歩を踏み出し、少年は少女と過ごしたその部屋を後にする。
振り返る事はしなかった。名残惜しく見つめる事もしなかった。
ここには、また少女と共に帰ってくると決めていたから。
――――――――――――
浜面「……無理だな」
浜面がそう呟いたのはスフィンクスと共に寮を出ておよそ五分後。
路上に放置してあった車を盗み広大な学園都市を駆けている最中だった。
限界まで踏み込んでいたアクセルを緩め、規定速度を少しばかり超えて走りつつ浜面は思案する。
無理と言った諦めとも取れるその真意は酷く単純なものだ。
浜面「俺一人じゃ、間に合わねえ」
個人で戦う事の放棄。
今現在の浜面の目的はたった一つ、インデックスの救済だ。
しかし、そこに至るにはいくつかの絶対条件がある。超えられない壁に手を届かせる為の必勝法。
その一つが幻想御手のワクチンプログラム、そして滝壺理后の存在。
しかし、滝壺は今や敵の手に落ちた。
木山春生でさえ翻弄したあの顔面刺繍の研究者の手に。
浜面「木原、数多……」
先ほど邂逅したばかりだというのに、不愉快な高笑いが未だに耳について離れない。
生理的な嫌悪感を抱かせる人間とはあの様な事を言うのだろう。
そいつが今現在の最優先目標。浜面が倒すべき敵。なのだが……
浜面「クソ……」
戦う用意はできた。救う為の覚悟は出来た。
自分に出来る最大限の準備はした。
それでも浜面には確実な情報が足りなかった。
木原の目的、子供達や滝壺、体晶のファーストサンプルを奪った理由。
それが分からなくては、行動のしようがない。
闇雲に動いてしまえば時間は無駄に消耗され、安易な推測による行動も同じ事だ。
故の諦め。
たった300秒で浜面は一個として行動する事に見切りを付けた。
そうとなると浜面の次の行動と行き先は決まってくる。
確実な方法をとるなら、もはやたった一つしか選択は無い。
そう思った矢先だった。
浜面「な、!?」
走っている最中目に飛び込んで来たものに、思わず浜面はブレーキを踏み込む。
キキィィィ!!、とタイヤとコンクリートの擦れる音が静寂の都市に響き渡った。
スフィンクスが鳴く中、浜面は車から勢いよく駆け出し、その飛び込んで来たもの――見覚えのある少女を抱き起こす。
浜面「フレンダ!!」
まるで死んだ様に倒れていたフレンダ=セイヴェルンに向かって浜面仕上は少女の名を呼んだ。
フレンダ「あ……浜、面」
虚ろな夢でも見ているかの様に、少女は小さく眼前の男の名を呟いた。
凝らす様に薄く瞼を開け、意識を手放さない様にと必死に声を送り出す。
浜面「お前……!こんなとこでなにやってんだよ……それにこの怪我は」
浜面の抱き起こした少女の体は酷く傷ついていた。その理由を浜面は知らない。
自身が一方通行を倒す為に駆け回っていたその裏で何が起こっていたのかなんて、知る由もないのだから。
フレンダ「そんな事はいいって訳……それより浜面……滝壺がね、いないの」
浜面「……!」
傷ついた体から絞り出されるのは、悲痛な叫び。
いるはずの仲間がいないと、瞳を濡らし訴える少女の姿。
フレンダ「目を覚ますと病室も、麦野もボロボロで、滝壺が……きっと、攫われて」
フレンダ「だから、私……探して、ッ」
浜面「馬鹿野郎ッ、動くんじゃねぇよ……!」
腕の中でもがくフレンダを、浜面は必死に抱き押さえる。
本来ならば絶対安静であらねばならない程の傷を負っているのに、
そんな事は一目で分かるというのに、少女は夢中で何かを求める様にその手を伸ばす。
フレンダ「ねぇ浜面。結局、絹旗は、一緒じゃないの……?」
浜面「…………っ」
苦痛と共に投げ掛けられた声に、浜面は答える事は出来ない。
フレンダ「まさか、死んだりなんて……してないよね?」
浜面「あぁ……でも」
眠ったままで目覚める事は無い。そんな事はとてもではないが言えなかった。
しかし、その沈黙で少女は察してしまう。絹旗は生きている。けど、生きているだけの状態なのだと。
とりかえしのつかない状況に陥っているのだと、見抜いてしまう。
フレンダ「う、あ……」
溢れたのは、涙だった。
フレンダ「……う、うぅぅ」
溢れたのは、押さえつけていた恐怖だった。
フレンダ「どうしよう、浜面ぁ……」
聞こえたのは、絶対に失いたくないものが壊れていく音だった。
フレンダ「滝壺も、絹旗もいなくなって……このままじゃ」
最早隠すことも出来ない程に、小さな水滴が嗚咽と共に落ちていく。
フレンダ「このままじゃ、アイテムがバラバラになっちゃうよぉ……」
隠す事もせず吐き出してしまったのはそんな言葉だった。
少女の心が、身を裂く様な悲しみに塗りつぶされていく。
太陽の光さえ届かない海の様に暗く、深い闇――暗部の世界なんて
比べ物に
ならない程の孤独という闇に、少女の心が沈んでいく。
浜面「させねぇよ。そんな事俺が絶対にさせない」
それを救ったのは、そんな力強い言葉だった。
浜面「滝壺は絶対に取り返す。絹旗だって叩き起こしてやる。お前の居場所は壊れたりなんかしない」
始めて見たときとは別人の様に、その瞳には意思があった。譲れないものがあった。
フレンダ「浜面……」
浜面「だから待ってろ。明日になったら、全部元通りだからさ」
その言葉に、根拠は何も無い。
何も無いのにその言葉はきっと現実になるだろうと、フレンダは思う。
だから、
フレンダ「……結局、何大口叩いちゃってる訳よ。浜面の癖に」
フレンダ「……うん、任せたね」
だから、今は眠っておこう。
起きたらきっとそこにはいつも通りの日常が待っているのだから。
――――――――――――
浜面「……なんだこりゃ」
看護婦から聞いたその病室にはあるはずのドアは無く、代わりとはとてもえない大穴がぶち抜かれていた。
背中に抱えたフレンダとスフィンクスを落とさない様にゆっくりと大穴を抜けると、ソコにいたのはボロボロに変わり果てた少女だった。
ベッドに腰掛け退屈そうに学園都市を眺める少女は、足音に気付くと同時に気怠そうに振り向き、不快そうに眉を潜める。
麦野「なんだ、浜面じゃない。生きてたの」
浜面「……ひでぇな、麦野」
麦野「ハッ、笑っちゃう? そりゃ超能力者のこんな無様な姿滅多にみれるもんじゃないしね」
ケラケラと、自虐的に少女が笑う。スタイルがよく誰もがみても美しいと思う彼女の姿は今はソコにはない。
いるのは全身が傷に塗れ、片目を失い腕を捥がれた醜い少女の姿だ。しかし、
麦野「まぁ、なんてコト無いけど。こんなの」
それでも、そんなコトを平然と言って退けてしまう麦野沈利という女は変わらずソコにいたのだけれど。
浜面「つうか、何だよこの有り様。お前がやったのか?」
麦野「あぁ、なんか昨日うるさい虫がいたからね。叩き潰した」
浜面「…………」
まるで本当に虫でも潰したかの様な言い草で言ってのけたこの女の言葉が嘘だと言う事は、馬鹿でも分かる。
つまりは昨日、この場所は戦場になったのだ。自分の与り知らぬ所でこの少女達は何かと戦っていた。
そして、その何かは恐らく――
浜面「そりゃ……、さぞかしでかい虫だったんだろうな」
麦野「ええ。なかなかしつこくてね。結局、滝壺も攫われちゃったわ」
浜面「…………」
麦野「…………」
瞬間的に、二人の間に静寂が張りつめる。それはある種の意思の疎通。
麦野はその沈黙を通し浜面に何かを伝え、浜面はそれを受け取る。
麦野「ねえ」
静寂を破ったのは、麦野だった。
麦野「フレンダ、大丈夫なの?」
浜面「ああ、大した事ねえよ」
そう言って、浜面はゆっくりと空いたベッドにフレンダを横たわらせる。
安心しているのか、その表情には先ほどの様な悲痛さは感じられない。
麦野「そいつさ、滝壺を探しに行くって聞かないのよ。場所もわからないのにね」
麦野「私がもう動けないってわかるとさ、一人で出て行って、アンタにおぶられて帰って来たって訳」
浜面「…………」
麦野「たく、笑っちゃうわよね」
そんなことを言って、麦野は笑わなかった。
その表情は、髪に隠れて浜面には伺えない。
そして、切り出したのは、
麦野「ねえ、浜面。私さ、これからはちょっとだけ物持ち良くして行こうって思ったんだよね」
浜面「ああ」
麦野「だからさ、……」
浜面「………」
麦野「だからちょっと取り返して来てくれない?」
浜面「ああ、元々そのつもりだ」
麦野「ちゃんと取り返したら、ご褒美あげるにゃーん」
浜面「忘れんなよ」
麦野「うん、よろしく」
それ以上の言葉は、必要なかった。
浜面はそのまま駆け出し、麦野はそれを見送ろうともしなかった。
麦野「…………」
再びの静寂。
ただ、先ほどとほんの少し違ったのは隣から聞こえる微かな寝息。
昨日とほんの少し違うのは、その寝息を立てている少女に対する気持ち。
その少女だけではない。自分を居場所とする他の少女達からかけられる声を麦野は思い出す。
麦野「……頼んだわよ」
死んでしまった街のある病室で、そんな言葉が小さく浮いて、小さく消えた。
【次回予告】
「木山春生。アンタは信用出来ない」
無能力者・浜面仕上
「……聞かない子供だな。君も」
多才能力・木山春生
前スレではこのスレで最後だと言ったな……あれは嘘だ
一年以上ほったらかしにしてしまいました。すまぬ……すまぬ……
次回更新は来週日曜日の22時から。
しばらくは週一更新が続きます。
ではでは
――――――――――――
浜面がおもっていたよりも、その空間は荒れてはいなかった。
壁面が崩壊していたり、器物が破損していたり、とにかく凄惨な光景では断じて無く、
しかしその空間にはあったであろうものがなにも存在していなかった。
それを物語っているのは、研究室の中央に立ち尽くしている一人の女。
その女は、背後に立った浜面に気付くといつも以上に疲労が蓄積された様な表情で暗い言葉を放った。
木山「最悪だ……全員、攫われた」
浜面「…………」
そこには、木山春生の生徒達が眠っていたのだろう。
部屋の床から直接繋がれていたであろう機材はもぎ取られたのだろうか、
剥き出しのコードが何本も何本も至る所から飛び出している。
浜面「……追うんだろ」
木山「当たり前だ」
分かっていながら問いたその言葉に、木山は何の躊躇いも無く言葉を返す。
木山「さっきも言っただろう。子供達と滝壺は必ず取り戻す。だから――」
木山「だから君は、着いてくるな」
躊躇いも無く、浜面を切り捨てる。
浜面「…………」
木山「読心をするまでもない。大方、木原の居所を一人で探るよりは
私に着いて来た方が確実だと判断したのだろう?」
そう言った木山春生の言葉は、まさに浜面の思惑その通りだった。
可能性がある場所の検討は浜面の中でも既にいくつかついている。
ただしそれはあくまでも可能性の話だ。
もしも浜面に時間があれば、組織があれば、力があればその一つ一つを潰して行く事も出来たかも知れないが、
浜面「あぁ、その通りだ。俺には、もう時間が無いんだよ」
現状、浜面には絶望的なまでに時間が足りない。
太陽は既に頭上へと昇ってしまった。
インデックスは、もう半日もしない間に学園都市から連れ出されてしまう。
そして意識の目覚めぬ彼女がイギリスへ帰還した後に待つのは、確定された死だ。
浜面「頼む。俺も連れて行ってくれ」
故に、情けないまでの悲痛な懇願。
しかし、木山春生はそれを切る。
木山「ここで待っていればいい。私一人でも5分あれば全てが終わる」
浜面「…………」
返されたのは、当たり前の現実。非情な言葉。
木山「足手まといが増えれば、その分子供達を救い出すのが遅れてしまう」
浜面「……ッ。相手は組織で、率いてんのはこの街最高の科学者なんだろ」
だったら数は少しでも多い方が。そう言い放とうとした言葉は、まるで駄々をこねる子供のようだった。
分かっているはずなのに、無能力者が一人増えた所で戦況にはなにも左右されないと言う事を。
木山「愚問だな。例えどれ程武装していようが所詮相手はただの人間だ。
先ほどの様なこちらの想像の外を出る様な事態さえ無ければ、
140万の脳を統べる私に敵う訳が無いだろう」
言葉の裏側に隠れているのは、絶対の自負、自信。
高みへ至った木山春生は、確かな決意を持って浜面に宣言する。
木山「もう後には引けない。有無を言わせず一手で終わらせる」
浜面「…………」
木山「だから君は、ここに――」
浜面「そいつはごめんだ」
木山「……聞かない子供だな。君も」
木山「一体、何がそんなに君をつき動かす。この戦いに何の関係がある」
浜面「攫われた奴らを救わなきゃいけないのはアンタだけじゃねえ。俺も、
俺の目的の為には滝壺はどうしても必要なんだ。絶対助けなきゃいけねえんだ」
やれやれ、と。そう言いたげに木山春生は肩をすくめる。
まるで聞き分けの無い生徒を相手にしているようで、
そして諭す様に木山春生はその視線を浜面へと向ける。
木山「君がついて来てどうなる。君が救いに行ったとして何が出来るんだ?」
何が出来る。そんな言葉が真直ぐに無能力者の少年に突き刺さる。
それは、もっともな言葉だろう。今の木山春生にとっては浜面の方がよっぽど理解出来ないのだ。
浜面の感情は理解出来ても、その行動が理解出来ない。
勝利を確定された戦いにむざむざ危険を冒してまで連れ立つ意味が分からない。
木山「言っておくが、君が来たとして本当に身の安全は保証出来ないぞ。
単なる感情論でついてくると聞かないならば尚更だ」
だから、浜面はこの女に分からせる必要がある。納得させる必要がある。
浜面「何もできないんなら、ココは堪えて待つってのが正しいってことは
……俺だってよく分かってる」
木山「ならば」
浜面「別に約束したからだとか、救わなきゃいけねえのが
俺にとって絶対必要な奴だからとかじゃねえんだよ」
浜面「本当にアンタが5分で全部片付けられるって確信があるなら俺だって待つ方を選ぶさ」
そう、浜面は何も死にたがりではない。自殺志願者でもない。
無能力者だからこそ冷静に戦況を違った視点から見据える事の出来るその
行動は絶対の勝利と確実性に裏付けされたものでしかない。
だから、浜面は木山春生に分からせる。
浜面「俺がついていくのにそれらしい理由がいるってんなら、言ってやるよ。
木山春生、アンタは信用出来ない」
己自身の脆弱性を。
木山「……どういうことかな」
静かに、木山春生が言葉を返す。
分かっていない。この女は大事な事を忘れている。
浜面「別に、アンタ自身の事を信用してない訳じゃない。目的も、生徒への気持ちも本物だって事は分かってる」
浜面「信用出来ないのはアンタの言葉だ」
浜面「アンタが必ず子供達を取り返して滝壺を連れ帰ってくるってのが、俺には信用出来ない。」
木山「っ…! 私がアイツらに負けるというのか!!負けるかもしれないと思うのか!?
そんなコトが演算能力も無い、力もない君にどうして分かる!!どうしてそう思う!!」
浜面「俺は知ってる。もう知っちまってる。自分の体で思い知ってるんだ先生。
――強力な能力者だって事が無能力者に勝てる理由になんてならねえんだよ」
浜面「事実、アンタはついさっきあの木原って野郎に負けてるんだから」
木山「……っ!!」
浜面にとって木山春生の実力は未だ知る所ではないが、
この女はこれほどの大口を叩きながらついさっき目の前で木原数多に敗れている。
搦め手を使われ、先手を許し、守るべき者さえ奪われた。
浜面にとってそんな奴にすべてを託してココで待つという選択が出来る訳が無いのだ。
浜面「後に引けねえのはアンタだけじゃない。俺には絶対に救わなきゃいけない奴がいる。待ってる奴がいる。
木原数多なんて通過点に過ぎねえんだ。ここでもし1%の確率でもアンタに失敗されたら、全部が間に合わなくなっちまうんだよ」
木山「…………」
浜面「能力者なんざ、オカルトや科学の力で簡単に無力化できるんだ。
魔術って言葉を知らなくても、キャパシティダウンって言葉くらいアンタだって知ってるだろ」
木山「そんなものまで、知っているのかい」
浜面「俺は想定外の事態が起こった時の保険だと思えばいい。本当に5分で終わらせられるってんなら、
俺みたいな無能力者なんざいないと思って好きに暴れればいい。だから――」
浜面「頼む」
木山「…………」
生まれた静寂は、僅かな時間だった。
二人の交差した視線から伝わったのは、同じ感情。同じ目的。
目的は違えど、救わなければならないという絶対の意思。
そして、木山は――
木山「……わかった」
木山「分かったよ。着いてくればいい。いや、連れて行こう。
君にも私と同じ様に譲れない物があるという事はよくわかった」
根負け。なのだろう。
視線を逸らしたのは木山春生だった。
参ったとでも言いたげに両の手をあげ、資料が散らばった机に腰をかける。
浜面「わりい。邪魔はしねえよ」
木山「そうだな。私が借りているこの力を証明するのにも良い機会だろう。
信用出来ないのならば、信用させるまでさ」
ただし、と木山春生は言葉を区切る。
木山「そうだな……行動を起こすには、僅かばかりの猶予がある」
浜面「猶予?」
木山「あぁ、そもそもおかしいだろう?君を連れて行くか行かないかに関係なく、
私にはすぐにでも奴らの元へ移動して壊滅させる力がある。
すぐにでも助けられるならば、つれていけなどと言う君の相手などしてはいないさ」
浜面「そりゃ……確かにそうだけど」
木山「要はタイミングがあるのさ。奴らを一気に叩いて、片をつける為のタイミングがね」
だから、なのだろう。
生徒が攫われたにも関わらず木山がこうもこの場所に留まっているのは。
こうも浜面の声に耳を傾けてくれるのは。
本当なら、浜面の様にすぐにでも行動を起こしてもおかしくないはずなのに。
木山「私が行動を起こせるまで後10分と18秒ある。その間に教えて欲しいんだ、滝壺の事を」
木山「あの子が君とどこで出会って、この数年間どうやって生きて来たのかを」
浜面「俺も……知り合ってからまだ数日しか経ってないんだ。それでも、いいか」
木山「あぁ。頼む」
その言葉を受け取って、浜面は語りだす。
ぽつりぽつりと、少女の事を。
――――――――――――
「にゃ~」
と、いつの間にか足下へついて来ていたスフィンクスが小さく鳴いた。
浜面が滝壺の事を語り終えるまで、五分もかからなかった。
木山春生がこれまでの滝壺がどう生きて来たかを知るなんて、五分もあれば充分だった。
木山「もういい」
乱雑に書類が散らばったオフィスに腰を掛け、木山春生は小さく震えながら言葉を吐いた。
木山「そう……か。学園都市暗部……まさか、ソコで生きていたなんてな」
浜面「…………」
木山「しかも、体晶を服用していたなんて……クソッ!!」
八つ当たりするかの様に、机に腕を振り降ろす。
ドン!、と伝わった衝撃にスフィンクスが僅かながら驚いた。
頭を抱え木山は呟く。それは、浜面の知らない事実。
木山「私が携わり、子供達が巻き込まれた実験は暴走能力の法則解析用誘爆実験……
簡単に言えば体晶の投与実験だよ」
浜面「それって……!」
木山「滝壺が生きていた理由と子供達が攫われた本当の目的が同時に分かった。
流石に、この街の悪意には参ってしまうよ……なんて、酷い」
浜面「…………」
木山「取り乱してすまないね。ありがとう。あの子の事を、教えてくれて」
浜面「いや、俺も……そんなに知らないんだよ。滝壺の事は」
事実、浜面と滝壺はそう長く行動を共にしてはいない。
せいぜいファミレスで飯を食べ、簡単な死地をくぐり抜けたくらいだ。
人に対して何かを語れる程彼女の事を知ってはいないし、知ろうとも思っていない。
木山「私が知る滝壺は、そうだな。優しい子だったよ」
しかし、そう懐かしそうに言う木山にとっては、それだけで十分だったのだろう。
浜面「それは……知ってる」
木山「……そうか」
木山春生が先ほど示した時間も残り180秒を切った。
お互いに、死地に赴く覚悟も準備もできた。浜面はもしもの戦闘に備えて最低限の装備を、
対して木山春生が抱えていたのは小さなノートパソコンと……
木山「あぁ、そうだ。君にはこれを渡しておこう」
浜面「っ……、これ」
木山がパソコンと共に持っていたソレを放り投げる。
その小さなミュージックプレイヤーは、浜面の持っていたものとよく似ていた。
浜面「これ、もしかして……」
木山「幻想御手のワクチンプログラムさ。信用してくれと言っている訳ではないが、
それ聴かせれば昏睡状態の患者は快復する」
それは、浜面が喉から手が出る程求めていた幻想御手の快復薬だった。
木山「君に一つ渡しておくよ。まだデータ自体があるとはいえ、今手元にあるのは
私のパソコンと一緒に保護してあったそれ一つだ。大事にしたまえ」
浜面「これが……」
手に入った小さな希望の欠片。インデックスを救う為の道標。
木山「まぁ、それもこの戦いが終わってからにしてもらうと助かるのだがね。
今ソレを使われてしまうと、私はただのか弱い科学者でしかない。」
浜面「あ、あぁ」
流す様に、浜面は受け取ったそのワクチンをバッグに突っ込む。
決して無くさないように、失わない様に。
そして話をそらす様に呟いのは、なんてコトの無い、なんの意図も無い言葉だった。
浜面「つーか、俺にはそもそもどうしてこれで脳波を
強制するだけで能力が使えるのかがわからねえよ」
木山「理屈を説明するとなると難しいな。まぁ、一言で言うと能力者の力の核たる
自分だけの現実――AIM拡散力場は脳に宿るという事さ」
その言葉には本当に何の意図も無かったのだ。
浜面「……わかんねえ――な」
言葉が詰まる。瞬間的に浜面仕上の思考が停止した。
襲いかかったのはほんの小さなデジャヴ。
思考の深海から強烈な速さで引きずり出されてくるのは言葉。
言葉。
少女の言葉。
フレンダ=セイヴェルンの言葉。
フレンダ『実験動物扱いされてた時はホント、地獄だったけどねー 結局たいした成果も
出せず、何人も死んで分かった事と言えば『AIM拡散力場は脳に宿る』って事だけーー……』
浜面「――――」
パチンッ、と、浜面の中で何かが弾けた。
木山「そろそろ行こう」
浜面「あ、……あぁ」
その瞬間、浜面は引き戻される。現実に、この世界に。
浜面(なんだ?俺、今何を考えた?……駄目だ、思い出せない)
一瞬で先ほど手にした何かは消え去った。浜面の手からするりと抜けて、
掴みかけた何かはまたもや思考の海へと沈んで行った。
木山「残り30秒……分かってると思うが、移動は一瞬だ。
敵陣地のど真ん中へ移動するから、心構えだけはしておきたまえ」
なにか決定的なモノを掴んだ気がしたが、ソレを再び思い出す事はこの短時間では敵わなかった。
浜面「あぁ……って、場所はわかってるのか?」
そして思考は切り替わる。たった今から向かう戦場へと。
木山の提示した時刻まで、残り20秒
木山「むしろ君は分かっていなかったのか?よく考えてもみるといい。
木原数多が何を奪っていったのかを、そしてソコに通じる共通点を」
出来の悪い生徒を叱るかの様に、木山は浜面に答えを導く。
ただし、その視線は最早浜面の方を向いてはいなかった。
浜面「もしかして、」
木山「そう、共通点は体晶だ」
能力を発動する為に体晶を服用している――いや、適合している滝壺に、
体晶のファーストサンプル。そして、体晶の投与実験に巻き込まれた子供達。
残り10秒
木山「私の目の前で木原が誰一人として殺さなかったというのには大きな理由がある」
7秒
木山「必要ないのなら子供なんてなんの躊躇いも無く殺せる奴だ。
アイツは恐らくあの子達全員を使って何かをしでかそうとしている」
4秒
木山「そしてその為に必要な場所――『体晶と深く関わりのある施設』なんて、
もはやこの学園都市には一カ所しか残っていない」
3秒
浜面「まさか」
2秒
木山「そう、」
1秒
木山「MARさ」
0
浜面「ッ……!!」
瞬間、浮遊感と共に目にしていた世界が切り替わる。風の質が代わり、固い床を踏んでいた感触が柔らかい土に変化する。
そこは一度みた事のある景色と、建物。巨大な鉄の入り口が円形状に融解しており、辺りには駆動鎧のパーツが散乱している。
そして以前と決定的に違うのは、
浜面「な……」
木山「ふん、猟犬部隊か。準備のいい事だ」
既に大編成を終えたかであろう数百人の武装隊が唐突に出現した二人を取り囲んでいるところだろうか。
それは、敵にとっては想定内かつしかし衝撃的だったのだろう。
取り乱しながらも統率された動きで黒の集団は二人に対して銃を向け、そして、
木山「邪魔だ」
その一言で、半径数十メートルを取り囲む黒の暗部部隊が、対能力者用に用意されていた設備が、
べしゃりと嫌な音を立ててその場で潰れた。
一瞬の事だった。
浜面「……!!」
言葉が出ない。大地を隠すかの様に黒と赤がべっとり地面に張り付いた光景に、
本気を出した木山春生の圧倒的すぎる力に、声を漏らす事さえできなかった。
木山「少し刺激が強かったかな?」
5分もあれば全て終わる。その言葉の意味を浜面は真の意味で理解する。
小脇にパソコンを抱え、まるでちょっとした買い物にでも行くかの様に
木山春生は白衣をはためかせ一歩を踏み出す。
木山「行くぞ。着いて来たまえ」
【次回予告】
「あなたは……一体誰ですの」
風紀委員・白井黒子
「検体番号10032号……妹達ですが。と、ミサカは答えます」
欠陥電気・ミサカ10032号
一週間なげーと感じつつ今日はここまで。
次回も来週日曜日22時予定。もしかしたら早く来るかも。
次回は場面変わって今までろくに出番なかった黒子ちゃん登場。
キャラ紹介はいつにしようかな……
ではでは。
話的にキリいいんで前スレで載せれなかった登場人物紹介落として行きます。
もう木原くンで主役脇役も全員出そろって未登場のキャラいないからこれが最終になるかも
そう考えるとなかなか美味しい登場のしかただったなぁ…
登場人物紹介
浜面仕上
主人公。天才魔術師を退け、聖人に勝利し、学園都市第一位を倒した無能力者。
体晶に適応しているチート体質ながらもレベル0。
微弱な能力こそあるもののそれは曰くレベルが3あっても役に立たないらしい。
一度はインデックスを救ったものの、その後訪れた不自然なまでの鬱屈した自己卑下に崩壊寸前まで
追いつめられるが、上条当麻の言葉により本来あった覚悟を取り戻す。
ボロボロになりながらもインデックスを救う道を探し現在奔走中。
インデックス
ヒロイン。魔術師→能力者。
浜面によって学園都市の能力者になることを決意。
しかし日中聴きまくってた幻想御手のせいでその能力を披露する間もなく植物状態へ……
と思われていたが真の原因は能力開発する際に木山に仕組まれた幻想御手によるものだった。
現在彼女の体には余剰生成された魔力が溢れており、目覚めさせる事は自動書記による世界崩壊を意味する。
能力不明。レベル不明。
現在幻想御手に取り込まれ入院中 。
スフィンクス
主役。浜面の寮に住み着き、ミサカが世話をし、インデックスがかくまった一匹の猫。
激戦を渡り抜く浜面に付き添い未だ傷一つないすごい猫。その役割とは……?
長い間名前が付くことがなかったが、心を宿したミサカの意思によってその名は遂に決定された。
しかし、彼女がその名を呼ぶ事はもうない。
駒場利徳
主役。スキルアウト。
浜面達を率い、弱者の為に能力者に対する反逆を企てていたスキルアウトのボス。
だがそれを快く思わなかったテレスティーナの依頼により動いたアイテムの襲撃を受け、命を落としてしまう。
その意思は浜面仕上に託されはしたが、結局計画が成就する事はなかった。
彼の置き土産である改造された演算銃器は駒場の意思を受け継ぐ事はなかったものの
駒場の精神を受け継いだ浜面仕上の手に託された。
服部半蔵
主役。スキルアウト。
浜面達と共に行動していたスキルアウトの一員。時には浜面を励まし、協力し合う良き親友。
リーダーの死により崩壊したスキルアウトを抜け、駒場の形見や盗み出した能力体結晶を浜面に渡し去って行った。
ステイル=マグヌス
主役。魔術師。
インデックス追い学園都市にやって来た魔術師の一人。
初戦で敗退。次戦でも敗退となかなか活躍の場がやって来ない。
インデックスの能力者化、来るであろう自動書記による大殺戮を諦観するも、
浜面仕上の言葉により足掻く事を決意。
現在学園都市を巡り何かしらの策を練っている?
神裂火織
主役。聖人。
インデックスを追い学園都市にやって来た魔術師の一人。
圧倒的な身体能力を有するが策を巡らせた浜面仕上に敗退。
その後トドメを指そうとしたが運悪く実験に介入してしまい一方通行に敗北。
インデックスの能力者化、来るであろう自動書記による大殺戮を諦観し、全てを諦めている。
彼女がその刀を再び手に取る時は来るのだろうか。
現在インデックスの側に寄り添い、来るべき時を待っている。
絹旗最愛
主役。なんか近くにいるとどぎまぎするけど浜面とはよきお友達。
常盤平に所属するも不登校。友達が少なry
浜面仕上への想いを自覚し一方通行に挑むが敗退。
そして幻想御手を使い浜面仕上の勝利に一役買うが、その想いを伝える前に
並列ネットワークへ取り込まれてしまった。
暗闇の5月計画の被験者。
現在幻想御手に取り込まれ入院中。
滝壺理后
主役。アイテム大好き。麦野超好き。
同じ体質のせいか浜面にはなついている。
美琴曰くその能力をフルに使えばレベル0をもレベル5に引き上げる事が出来るらしい、
果たしてそれの意味するところは?
施設防衛の際、瀕死の麦野を守ろうと隠し持っていた体晶を全て使いきり、
絶対能力者状態の御坂美琴に挑み善戦するも負傷。入院中守りが手薄になったところを木原数多に攫われる。
木山春生の元教え子であり暴走能力の法則解析用誘爆実験の被験者。
フレンダ =セイヴェルン
主役。レベル3の空間移動能力者。
妹の仇を取る為に暗部に身を置いていた。
とはいえアイテムにはそれなりにご執心。
刺客として現れた博士を倒すも重傷を負い現在入院中。
プロデュースの被験者。
麦野沈利
主役。 戦う相手が格上過ぎてなかなか活躍出来ないもしかしたら上条さん以上に不運な人。
垣根帝督にボコボコにされ御坂美琴には右目と左腕を持って行かれ惨敗。
道具は道具。だったけど最近は愛着が沸いてきた模様。
重傷にも関わらず暗部部隊を全滅まで追い込みフレンダのピンチに駆けつけ博士にトドメを刺した。
結構人外である。 現在入院中。
御坂美琴
主役。学園都市序列三位の超能力者でありこの物語の全ての元凶。
たった一人で一方通行を殺す為、幻想御手に手を出した美琴は
140万人という超々規模のネットワークを駆使し、擬似的ながらも絶対能力者へと辿り着いた。
その悪魔的な戦闘能力は一方通行さえも楽々と追い詰めたが、御坂美琴を殺す為だけに調整された番外個体に敗北。
植え付けられた絶望によって引き起こされた雷は学園都市の全てを殺す事となる。
直後セレクターを爆破された番外個体の治癒を一方通行に懇願するが、自身も身を裂かれてしまった。
現在幻想御手に取り込まれ入院中。
番外個体
主役。御坂美琴を殺す為だけに無理矢理産み出された妹達。
その莫大な悪意は全て御坂美琴に向うよう調整されている。
能力差をものともせず終始美琴を圧倒するが、さらなる絶望と悪意を
植え付けるために体内に埋め込まれたセレクターを爆破。 学園都市が死に至る引き金をひいた。
現在御坂美琴の隣にて入院中。
ミサカ
主役。猫が大好き。
浜面を助ける為に一度は命を賭け、二度目は命を捨てた。
浜面や猫、御坂美琴と触れ合う中で存在価値を見出だし感情と心を獲得。 残惜しみながらも
スフィンクスを浜面に任せ、一方通行に『生きていたい』と至極真っ当な言葉を言い残し死亡した。
製造番号は10031号。
御坂妹
主役。妹達の一人。
10031号の最後の願いに思ったところがあったが、敷いたレールからは降りられず実験に参加。
しかし、実験に介入して来た浜面仕上の言葉によって生きる事、世界を知る事を決意。
後に打ち止めの意思を汲み、一方通行の隣を共に歩いて行った。
製造番号は10032号。
一方通行
主役。学園都市の第一位。
妹達を殺すことに迷いはなく人とは認識していない。が、浜面仕上を助けるよう10031号に脅され手を貸す。
その後、人を救える力があるかもしれないと自分の今までの生き方に僅かな疑問を持つが実験をやめてしまえる訳がなく、
結果生きたいと願った人間<ミサカ>を殺した事によってその疑問は決定的な確信へと変わってしまう。
自分の決めた道が間違っていた事に気付いた時にはもう手遅れで、半ば投げやりに突き進む事を決めてしまうが、
浜面仕上との戦闘での内心の発露、投げ掛けられた言葉、問いによって妹達を背負う事を決意する。
垣根帝督
主役。学園都市の第二位。
アレイスターとの直接交渉権を得る為に舞台の裏で暗躍するレベル5
第一位以上の存在価値を手に入れる為にインデックスの魔術知識を狙っている。
序盤から全ての情報を手に入れ、予知の如く未来を言い当て終始有利に動いているが
その行く先が絶望的な結末である事までは見抜けなかった。
死亡が確定済みの一人。
現在アレイスターの予備のプランを潰して回っている。
心理定規
主役。垣根のパートナー。
精神操作系能力者だけどメンタルは並。
垣根と共通の目標を目指し、不安になりながらも共に道を進んでいる。
死亡が確定済みの一人。
布束砥信
主役。研究者。
量産能力者計画の根幹に関わっていた研究者。
微力ながら絶対能力進化計画を阻止する為に独自に行動していたが、
番外個体による襲撃に気付けず、彼女の目論みは失敗に終わった。
現在は生死不明。
佐天涙子
主役。初春の親友。
無能力者である自分にコンプレックスをもつ少女。
インデックスに諭されるもその言葉は彼女の心の溝を深めるだけだった。
後に幻想御手を使用したと思われるが、その脳は既に木山春生の策によって眠る事が決まっていた。
初春飾利
主役。風紀委員。
佐天涙子が幻想御手によって昏睡したのをきっかけに浜面、上条らと協力体制へ。
卓越した情報処理能力を持つが、現状の学園都市においてそれは意味のないスキルとなった。
現在は幻想御手事件について独自に動いている。
白井黒子
主役。風紀委員。
佐天を案じる初春と同じ様に御坂美琴の失踪を案じてはいたが、風紀委員としての職務を優先し
機能停止した学園都市の復旧を進めていた。が、学園都市は完全に沈黙。
これによって彼女達の行動は完全に制限された。
現在はとある学区の医療施設において待機中。
木原数多
主役。学園都市最高峰の科学者。
しかしソレは表の肩書きで裏では猟犬部隊を率いる暗部の隊長。
アレイスターの指示によってかなり早い段階から滝壺拉致の計画を進めていた。
ブロックとメンバーを囮に滝壺の誘拐に成功した彼の目的を知るのは、アレイスターのみである。
暗闇の五月計画の立案者。
木山春生
主役。全ての黒幕。
全ての事件を無自覚に絡め、無能力者対象に執り行った超能力開発に幻想御手を仕込み
学園都市の半分以上の人間に幻想御手をばらまいた研究者。その目的はたった一つ。
『この街の全てを敵に回しても』
彼女の言葉の真の意味は教え子を奪った学園都市に対する宣戦布告というとんでもないものだった。
上条当麻
脇役。たった一つの役割を残すだけとなったヒーロー
この物語では彼は主人公でも主役でもない。
アレイスター=クロウリー
脇役。僅かに物語を歪め、以降は全てを静観する学園都市統括理事長
この物語では彼は黒幕でも主役でもない。
主役と脇役の理由は最後にでも明らかに。例外もいますが一応法則があったりします。
というわけでこんなところで。次回は変わらず日曜22時予定。
まだまだ盛り上がりに欠けますが今ジェットコースターが山のぼってるとこです。
あと二~三週間後には一気に駆け落ちます。
ではでは
伏線じゃないけどレベル6が異常に弱かったのだけが気になったかな
黒翼ごときに完封されてたけどレベル6は魔神と同一視されてるわけだし、黒翼だろうが白翼だろうが一方通行なんか瞬殺だろう
まあSSだし面白いから別に問題ないけど
――――――――――――
学園都市が死んだ。
今の状況はまさしくそう言い表すのが的確だと、白井黒子は思う。
機能しない街に、機能しない組織。
個々の連絡手段すら潰され前時代に逆行してしまったかの様なこの都市で、
自分たちが身に纏う盾の紋が刻まれた腕章にどれほどの価値があるかと言えば、
そんなものはにはもはや全くといっていい程価値は無かった。
自分が今身につけている物はもはやお飾りの腕章だ。そんなものに意味は無い。
それを頭では分かってはいるものの、彼女は自らが属する組織から通達された最後の命令に従わざるを得ないでいた。
現状維持。
すなわち待機命令。
学園都市が死を迎え、動かねばならないというその状況下で各支部員達に伝言ゲームの様な形で回って来た上からの指示。
理由は簡単だ。猿でもわかる。
既に警備情報網が機能を停止し連携を取れなくなった風紀委員と警備員に、
追い打ちをかけるかの様に訪れた学園都市の全機能麻痺。
微かに残っていた連絡手段すら完全に潰され、もはや個々の居場所も情報も状況も知る術がなくなった。
その中で風紀委員達が救助活動や復旧活動にあたるよりも、個々の判断で独立行動し更なる被害を被る危険性が勝ったというだけの話だ。
それ故の現地待機。
そうして、もどかしさと憤りと無力感に苛まれながら白井黒子は出会う。
現状、最も人が集まっている第八学区の総合病院。
その変哲の無い、ただの通り道。
病室が連なる長い通路の先で、出会ってしまう。
白井「どういう事……ですの」
声が震える。
この感情は一体なんなのだろう。恐怖か、戸惑いか、それさえも白井黒子には掴む事が出来なかった。
得体の知れない違和感が体に這い上がる感覚は、自身に経験の無い怖気を感じさせ思考がまとまらない。
そうして、白井黒子はやっとの事で言葉を吐き出す。
白井「あなたは……一体誰ですの」
御坂妹「検体番号10032号……妹達ですが。と、ミサカは答えます」
そう言って、『妹だ』と、目の前に存在する自分のよく知る人物と全く同じ顔をした人間は答えた。
白井「お姉様に……妹君はいませんわ」
妹だと名乗った存在を前に、少女がカラカラの喉からひねり出せたのはそんな否定の言葉だった。
御坂妹「そう言われましてもミサカは実際この場に存在していますので。と、ミサカは冷静に答えます」
白井「ありえないですの!!」
怒号。人が溢れかえる病棟内に響いたのはツインテールを揺らす少女の叫び。
唇を噛み、自分の理解の及ばない現象に白井黒子は本能的に目の目の存在を拒絶する。
白井「なんなのですの……あなたは、一体」
御坂妹「何。という問いに答えを返すと、先ほど申し上げた通りミサカは検体番号10032――」
しかし、ミサカ10032号は突きつける。無慈悲に、無自覚に、少女に現実を。
御坂妹「御坂美琴お姉様の量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン……妹達ですが」
白井「なッ……!!」
ありえない。そう叫ぼうとした白井の言葉はしかし、紡がれる事は無かった。
それは、確かにその言葉に対しての心当たりが白井黒子にあったから他ならない。
馬鹿馬鹿しいと一蹴出来ない、無理矢理に否定してしまえない理由。
白井「…ッ」
友人から毎度話を聞かされる都市伝説の中に混じっているレベル5のクローンなんて眉唾レベルのモノから
始まり、その被験者が御坂美琴だとか彼女と似た人物の目撃例が増えているだとか、
果ては白井黒子はここ数日の間に彼女の妹についての問いかけを絹旗最愛と言う同級生から受けており、
偶然知り合った浜面仕上という男性が妹の存在をまるで当然だという風に語っていた場面に居合わせた。
否定出来ない心当たりが多すぎる。
白井「ッ……美琴、お姉様は、」
やっとの事で絞りだしたのは、白井黒子が敬愛してやまない少女。
まるで何かを恐れる様に、白井は目の前にいる彼女そっくりな少女に言葉を投げる。
白井「お姉様は、この事を知っておいでですの……?」
御坂妹「ええ、知っていますが、とミサカは当たり前の答えを返します」
白井「……っ!!」
ガラガラと、白井の中で何かが崩れる音がした。
知っていた。御坂美琴は知っていた。
つまりは、一人でこの問題を抱え込んでいたという訳だ。
一人でこの問題を処理し切ろうとしていたという訳だ。
誰にも頼らずに、誰にも相談せずに、たった一人で。
まだいい。それはいい。
事の大きさにもよるが、それは御坂美琴らしい行動だ。
問題は、
白井「全く、気付けなかった……」
声が震える。震えと一緒に襲って来たのは、様々な感情。
後悔でもあり、哀しみでもあり、怒りでもあり、情けなさでもあった。
白井「なにも、気付けなかったですの……!!」
御坂美琴の側に一番長くいたのは自分だというのに、自分は何も気付けなかった。
本当に、何も。
何かを抱えていた事さえも、全く気付かなかったのだ。
御坂美琴はいつも通りだと笑っていた。これほど屈辱的な事があるのだろうか。
白井「………」
御坂妹「フォローをする訳ではありませんが、今回の件に限りお姉様の精神状態は
他人の入り込む余地が全くない状態でした。それはお姉様自身が生体電気を操作して自らの――」
白井「お姉様は……どこですの」
御坂妹「…………」
白井黒子はまだ気付いていない。
白井「どこにいるんですの!!」
白井黒子はまだ知らない。
御坂妹「この施設内にいますよ。とミサカは事実を申し上げます」
既になにもかも終わってしまっているだという事に。
白井「なら私をお姉様の所まで――っ」
御坂妹「ただし、現在は幻想御手使用の為、昏睡状態に陥っており目覚める事の無い状態ですが」
白井「…………は?」
自分は最初から最期まで、蚊帳の外だったという事に。
――――――――――――
その少女から告げられたのは白井の想像を遥かに超えた、超えすぎた事件だった。
吐き気を催す程の醜悪さにとてもじゃないが、頭の中では処理しきれない。
学園都市に存在する悪意という悪意を掻き集めこれでもかという程詰めんこんでも
まだ足りない、それほど馬鹿げた規模の計画。
そんな出来事の渦中にいた御坂美琴の重圧はどれほどのものだっただろう。
どれほど苦しかったのだろう。どれほど泣きたくて、どれほど辛かったのだろう。
考えても分からない。推し量ろうとも計れない。
それは、彼女という存在が壊れてしまう程重かったに違いない。
きっと、自らが積み重ねて来た努力を全て否定してしまう程に。
白井「けど、これも幻想ですの」
ポツリと呟き、面会謝絶の札がかけられたとある病室のドアに少女はうなだれる様にコツンと頭をぶつける。
所詮、闇に埋もれた事の無い白井黒子には理解できるはずもなかった。
白井「本当に、お姉様は幻想御手を……?」
漏らす様に声を投げたのは、自身の後ろに立つ少女。
まるで彼女と瓜二つ。いや、全く同じ顔をした少女。
御坂妹「はい。この街を一人で敵に回そうとしたお姉様に残されていた
手段はそれしかありませんでした。と、ミサカは答えます」
白井「……本当に、なんでも一人で突き進んでしまいますの。お姉様は」
言葉は無造作に吐き出され、少女の肩が小さく震える。
努力を否定する幻想御手という道具に、努力で超能力者という高みまで
登り詰めた彼女が手を出したというのは最期まで信じたくなかった。
だが、そんなモノは幻想であって欲しいという白井の願いは砕かれた。
それほどに、御坂美琴は追いつめられていたのだ。
追いつめられていたのに、
白井「……黒子はお姉様のパートナー失格ですわね。こんなに、いつも近くにいたのに」
乾いた笑いと共にそんな言葉が漏れた。撫でる様に触れたのは、少女の名前が書かれた小さなプレート。
たった一枚のドアを挟んだ向こうにいるというのに誰よりも近い場所にいた少女が、今は誰よりも遠くに感じた。
白井「これでは、頼ってもらえなくても当然ですの」
正直に言うと、白井黒子にはほんの少しの自負と自信があった。
いざとなれば御坂美琴には自分がいる。
なんて、とてもではないが他人には言えない様な驕りが。
根拠が無い訳ではない。風紀委員という立場、汎用性の高い能力、御坂美琴に対しての立ち位置。
どれか一つでもそれは頼るに値する要素であり、他でもない御坂美琴の為ならば
白井は己の要素全てを持ってして期待に添う覚悟はあった。
だが、現実は違った。答えは分かりやすい形で白井の眼前に突きつけられた。
御坂美琴は一人だったのだ。
一人で抱え、一人で泣き、一人で苦しみ、一人で絶望し、
誰にも頼る事無く、誰にも相談する事無く、誰にも打ち明ける事も無く。
努力を否定し、自分を制御し、感情を殺し、闇に堕ち、そして負けた。
その事に、悔しさは湧いてこなかった。そんなモノは最早とっくに通り越してしまった。
白井「う、……ひっぐ、」
湧いて出て来たのは、涙。
小さな嗚咽と共に溢れた涙が少女の頬を流れ、吸い込まれる様に落ちて行く。
悔しさも、怒りも、無力感も、今の白井黒子にはなにも無かった。
たった一つあるのは、染み渡る様に全身に広がって行く哀しみだけだ。
とにかく悲しかった。御坂美琴が誰も頼らなかった事が、頼れなかった事が、
自分が何もできなかった事が、気付けなかった事が、悲しくて悲しくて仕方がなかった。
白井「…………お姉様」
涙を流す事でしか胸を締め付けられる様なこの痛みの吐き出し方を、少女は知らない。
当然だ。13歳の少女にソレ以外の吐き出し方など、知るハズもなかった。
白井「…………」
そうして涙も止まった頃に、血がにじむ程唇を噛み締めた少女が何を
思ったのかは誰にも分からなかった。ただ一言、ポツリと呟く。
白井「己の信念に従い正しいと感じた行動を、とるべし……」
それはかつて幼い頃の白井が初春に教えた言葉であり、
つい最近その花飾りの少女から耳にした言葉。
風紀委員として、人としてでもある心得の一つ。
それを反芻する様に呟き、少女は――
白井「お姉様……待っててくださいまし」
ゆっくりと、立ち上がる。
白井「随分遠くまで置いて行かれてしまいましたが、例えお姉様がどれだけ一人で
突っ走ってしまおうが、振り切られ様が、黒子はお姉様の後を追いかけますわ」
それは、一つの決意。白井黒子は心に誓う。
泣いているだけでは何も生まれず、始まらない。まずはこの現状を覆そう。
他人を巻き込む事を良しとしない御坂美琴が誰も頼らないというなら、無理やりにでも自分は彼女にしがみつこう。
他人を巻き込む事を良しとしない御坂美琴が地獄を一人で進もうとするなら、無理矢理にでも自分はその隣を歩いて行こう。
それは並大抵な事ではないだろう。御坂美琴がその決意を知ったとしても良い顔はしないはずだ。
したとしても、結局は大抵の事は一人で片をつけてしまうだろう。それだけのポテンシャルを彼女は持っている。
でも、そんなのは承知のうえだ。結果はアトから着いてくる。
白井「だって、黒子はお姉様のパートナーですもの。なのにわたくしの知らない所で
一人傷だらけなんて、そんなの黒子は絶対に嫌ですの」
今回だって、例え御坂美琴を取り囲む事件が既に終わってしまっていたとしても御坂美琴の人生が
終わった訳ではない。この件は彼女の心に深すぎる傷を残すだろうし、その後の処理も山の様にあるだろう。
例え終わっても、彼女にとってだけこの事件は終わらないはずだ。
だから自分は彼女と進もう。彼女を癒そう。彼女を追いかけよう。
今度は気付ける様に、今度は助けるように、今度は一緒に歩ける様に。
だから、今から自分は御坂美琴を起こしに行こう。
白井「勿論、今回の事でのお説教は今までの倍じゃ済みませんの」
決意は花飾りの同僚に比べたらだいぶ遅くなったけど、少女は笑いながらようやく踏み出す。
白井「覚悟しといてくださいな、お姉様」
――――――――――――
白井「ふむ」
とは言ったもののさてどうしようかと、白井黒子は考える。
幻想御手の解決に乗り出そうにも、現段階までほぼ捜査に至っていない
この案件に対しての知識が白井黒子には薄すぎる。
そして今更調べようにも行動手段が余りにも限定されすぎている。
となると導きだされる手段は一つ……いや、一人しかいない。
白井「…………」
初春飾利。
白井「正直、会わせる顔がないのですけれども……」
思い浮かべるのは、数日前の情景。
現在同じ様な立場に対し、職務を優先させる様言い放った自分の姿。
正直同じ立場に立った今、しかもこの学園都市の状態で職務を
優先させるなんてとてもじゃないが出来やしない。
白井「初春にも謝らなければなりませんわね……」
とにかく、ここは彼女を捜すのが一番の道筋だ。
時間はかかるだろうが仕方が無い。
白井「っと、あなたはどうしますの?」
そう判断したところで、白井黒子は気付く。気付いて、声をかける。
御坂妹「どうする?とは」
白井「私はお姉様をお救い――いえ、起こす為に今から学園都市を駆け回るつもりですの。
あなたはその……わたくしが引き止めておいてなんなのですが、この後はどうするおつもりですの?」
御坂妹「お姉様を起こす為、というよりはこの事件を解決する為ならばミサカも御供したい所ですが、
残念ながら事件の手がかりが不確かなまま捜査し、この場を離れ時間を浪費する事は
他のミサカの負担にもなりますので、ついていく事は出来かねます」
白井「他の……ってあなた以外にもクローンがいらっしゃるんですの?」
御坂妹「ええ。現在、ミサカ達は都市機能の失ったこの街の電力を微力ながら賄っている状態です」
御坂妹「電力の回転効率をあげる為に各学区から続々と幻想御手による昏睡患者とミサカ達が
この病院を中心とした医療施設に集まりフルに医者や看護婦のサポートに当たっています。
と、ミサカは現状をかいつまんで報告します」
御坂妹「無闇に人手は減らせない。つまり、なにか確信的な手がかりでもない限りミサカはこの病院を離れる事が出来ません」
白井「そ、そうですの……」
つまり、一手で解決に辿り着ける様な何かが無いと無駄だという事だろう。
そんなものがあればお互い苦労しないものだと、そう思ってしまう。
そう思った矢先だった。
「御坂妹!!」
声が響く。
息を切らしながら真直ぐと走って来たのは、見覚えの無い少年だった。年上だろうか?
しかし確かにその少年は白井の隣にいる少女を呼んで、走ってくる。大きな足音を立てながら。
白井「どちら様ですの?」
御坂妹「あなたは……」
「なぁ、御坂妹。はぁ……っ、聞きたい事が、あるんだ……っ」
それは、きっと少年が最後の舞台へ駆け上がる音だったに違いない。
上条「木山春生って名前に、心当たりないか?」
ラッキー
幸運 が、少女の元へ駆けてきた。
【次回予告】
「いや、あれは口論って言うより暴行じゃ」
無能力者・上条当麻
「はぁ?」
風紀委員・白井黒子
「彼を追いましょう。何もかもが手遅れになる前に」
欠陥電気・ミサカ10032号
ここまで。ちょっと今日来れそうになかったからこんな時間からの投稿です。
最期の役割を果たすためやっとこさ上条さん参戦。おいしい脇役らしくちょっとだけ活躍してもらいます。
次の投下予定は変わらず日曜22時から。時間はまもれるかちょっとわからんです。すまそ。
>>73
あれはどちらかと言うと演算処理能力がレベル5の枠から完全に超えてただけと考えてくれた方がいいかも。
文中形容できる言葉がレベル6しかなかったから表記したけど登場人物紹介にも書いてる通りあくまで疑似、かなぁ。
というわけで、ではでは
`゙"''― ..,,,,_ `゙'''ー ..,,、 ヘ、 .ヽ. ..l .| . / /
´゙"''―- ..,,,_ `゙''ー ,,_ `'-、 \ l | . / . /
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. / (^p^ ) シュエエアィサィwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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(Ξ´ ‘ミ)
. |^ω^ )
. と ノ
. | /___
. / (^ )彡 !?
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. |彡サッ
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/ ( ) ターアィーサィ!!!!!
/ γ⌒\
.`ヽヽ / X ミ ヽ
ヽ___ノミ\ \
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シュエエアィサィ → Shade 愛妻 → 陰に隠れているのは分かっているぞ、妻よ
ターアィーサィ → 居た 愛妻 → ほらやはり隠れていたではないか、妻よ
つまりこうなる
. |___
. / (^p^ )
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| | | | 陰に隠れているのは分かっているぞ、妻よ
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(Ξ´ ‘ミ)
. |^ω^ ) !?
. と ノ
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/ ( ) ほらやはり隠れていたではないか、妻よ
/ γ⌒\
7``) / / \
.`ヽヽ / X ミ ヽ
ヽ___ノミ\ \
今更すぎるけど気付いたから言っとく
学園都市の学生は230万で、その六割のレベル0がレベルアッパーを聴かされて140万、って話だったが230万って数字はあくまで学園都市の総人口だぞ
その内学生は180万人、残り50万人は大人
これだと180万の学生中140万が倒れてほぼ全滅状態ってことに
――――――――――――
唐突に駆けて来た上条当麻の途切れ途切れの問いかけに、案外すんなりとミサカは答えを返した。
御坂妹「ええ、その名前なら数日前に聞いた覚えがあります。
と、ミサカは急な問いかけに答えを返します」
上条「ほ、本当か!?」
それは、少年にとってはさぞかし朗報だったのだろう。
一縷の希望でも見つけたかの様に不安そうだった表情が一転し、
まるで餌を前にした犬みたいにミサカに詰め寄り、肩をつかむ。
上条「たのむ…! どこにいるか教えてくれ!!」
御坂妹「っ、と……落ち着いてください。と、ミサカはあなたに冷静になる様促します」
白井「…………」
上条「お、落ち着いてられないんだよ!!すげぇ急いでるんだ!!いいからはやく――」
と、一連の問答を白井が黙って見ていられたのはココまでだった。
風紀委員として数々の暴漢を取り押さえて来た白井の腕が反射的にミサカの肩を掴む上条の手に伸びる。
上条「へ?」
手首を掴まれた上条は一瞬何が起きたのか分からなかったのか間抜けな声を上げ、視界は暗転。
次の瞬間には自分より小柄な少女に腕を押さえ込まれ完璧に拘束されていた。
上条「い、だだだだだだだだ!!」
白井「あらら、ちょっとお待ちくださいな下品なお猿さん。類人猿如きが女性という
存在に、しかもお姉様の……妹君に触れるとなるとちゃんとした手続きがあるんですの」
上条「は、はぁ!?いだッ、何だよそ手続きってぇぇ痛い痛い!!」
白井「はぁ、まず人間に生まれてくるとか」
上条「上条さんの根本的な部分を全否定!?」
不幸だー! なんて、少年の絶叫が院内に響き渡る。
街の現状が現状だからだろう。その叫びを気に留める者は誰もいなかった。
上条「だーッ!!上条さんはこんな事してる場合じゃないんでやがりますよー!!」
白井「はぁ? いきなり女性に詰め寄るなんて人として
失礼な事をかましておいて何を仰ってやがるんですの?」
上条「う……すまん。御坂妹」
御坂妹「構いません。とミサカは寛容な心であなたの無礼を許します。
出会い頭に下着を見られた事に比べればなんてことありませんよ」
白井「はぁ?」
上条「痛い痛い痛い!!!御坂妹さんそれフォローになってないです!!!」
先ほどの少女の発言はどういう事なのか?場合によっては殺す。
今にもそんな事を言い出しそうな程表情を険しく、更に腕を押さえにかかる少女に
少年は流石に観念したのか、もがいていた体の力を抜きがっくりとうなだれる。
白井「ふん、やっと観念しましたの。その殊勝な態度とこの方の
お知り合いという事に免じて勾留程度でこの場を収めてもよいですの」
上条「知り合いなら無罪放免でいいんじゃ……じゃなくて!
だ~、マジでこんな事してる場合じゃないのに……不幸だ~ッ!!」
先ほどと同じ様な言葉を吐きつつ、いい加減抵抗する気力を失ったのか上条は
されるがままに白井黒子に組み伏せられる。
上条「あぁ……ちくしょう。やっと、」
ぶつぶつと聞こえてくる呟きを流しながら白井黒子は腕に力を込め、この少年を拘束した後自分は御坂美琴の為に
どう行動しようかと既に思考を巡らせており――しかしその思考は一瞬により霧散する。
上条「やっと、幻想御手の犯人が分かったっていうのに……!!」
そんな上条当麻の情けないちいさな呟きによって霧散した。
白井「――――!!!」
ドォン!!!
と、鈍い音が狭い廊下に響き渡った。上条の視界が点滅する。
なにが起こったのか、一呼吸のうちに理解する、目を開けば理解出来た。
白井「今、なんとおっしゃいましたの」
上条「……風紀委員がお猿さんに胸ぐら掴んで詰め寄るには手続きはいらないんでせう?」
白井「そんなくだらない事はどうでもいいですの。それより、今仰った事は確かですの?」
上条「だー!!だからそういってるでしょうが!! 幻想御手の犯人が分かったから上条さんは
そいつがいそうな場所を日がな一日中走り回ってるんだよ!! もういい加減にしてくれ!!」
御坂妹「……それが先ほどミサカに訪ねた木山春生。ということですか」
上条の首元を締め上げていた腕が緩む。
ようやく締め付けから解放された少年は、咳き込みながらミサカに言葉を返した。
上条「あぁ、もうどう考えてもそいつしかいないんだよ。この街に幻想御手をばらまける人間なんて」
白井「どうしてそこまで言い切る事ができますの。なにか証拠がありまして?」
上条「……話せば長くなるけど、色々と調べたんだよ。風紀委員の初春って子と」
白井「……!!」
初春。少年の口から飛び出した馴染みの深い名前に少女の肩がぴくりと跳ねる。
白井「初春……初春飾利、ですの?」
上条「あ? あぁ、そうか。同じ風紀委員だもんな。元々俺と初春、後もう一人と一緒に3人で
幻想御手の事を調べてたんだけどあの落雷の後連絡がとれなくなっちまって……」
上条「でもついさっきあの子に会って、お互いの情報を照らし合わせたんだ。
そんで全部の条件が整った奴が研究員の木山って人でさ、手分けして探そうってなった訳です」
白井「そう、……ですの」
初春飾利。親友の身を案じいち早く幻想御手の捜査に乗り出していた少女は、白井が一歩を踏み出す頃には
既に答えに辿り着いていて、解決まで後一手という所まで差し迫っていた。流石だと、言わざるを得ない。
白井「ええと、それで……木山春生、でしたの?その人物がいそうな場所の手がかりはどこかにありまして?」
上条「それがあったら上条さんはこのクソ熱い炎天下の中を熱中症覚悟で走り回ってないっつーの」
けど、と上条が言葉を区切る。
やっと見つけた手がかり。とでも言わんばかりにその視線は一人の少女に向いていた。
御坂妹「…………」
それに釣られて、白井も自ずと視線を向ける。
しかし、
御坂妹「残念ながら、ミサカはその木山という方の居場所については一切心当たりはありません。
と、お二人にご期待に添いかねる答えを返します。」
上条「だーっ、クソ……!!」
白井「…………」
返って来た答えは欲しかったものではなかった。
御坂妹「申し訳ございません。ミサカも直接会った事がある訳ではないのです」
そう、ミサカ10032号は木山春生と直接的な関わりは一切ない。
別のミサカに蓄積された知識をネットワーク経由で知っていただけだ。
ただ、例え直接会った事があってもこの場ではどうしようも無かった訳だが。
上条「いや、いいんだ。そう簡単に見つかるとは思ってなかったからさ」
大丈夫だ。そう御坂妹にいいつつ、白井黒子にはその言葉は少年が自分に言い聞かせている様にも見えた。
結局、一悶着あったものの上条にとって何も得られず、御坂妹にとってはなにも与える事のできない結果に終わってしまい、
三者の間に雨空に覆われた様な気まずい雰囲気が形成されて行く。
上条「…………」
白井「…………」
御坂妹「…………」
いまこの空間で、どう動けばいいか誰も分からなかった。
どうすればこの状態から逆転出来るのかも、分からなかった。
結果的に言うと、それは少年少女達の様な子供では解決出来る様なものではなかった。
「そこの君達、少しいいかな?」
なら誰が解決するのか。そんな事は、決まっている。
冥土帰し「いま、木山春生くんの話をしていたんだね?」
子供が手に負えない事を解決するのは、いつだって大人だ。
「先生!」
と、3人の声が重なった。どうやら全員が全員、このカエル顔の医師と顔見知りらしい。
冥土帰し「いやね? ここら辺で学生が口論しているっていうからさ、少し見に来たんだ。
そしたら君達の話が聞こえて来てね?声をかけたって言う訳さ」
上条「いや、あれは口論って言うより暴行」
白井「ちょっと黙っててくださいまし」
上条「………」
それで、とカエル顔の医師は言葉を区切る。背後では他の医師が忙しそうにバタバタと走り回っており、
カエル顔の医師自身も忙殺されているのだろう、白衣の下からは途切れる事のないコールが響き渡っている。
冥土帰し「木山くんの居場所が知りたい、でよかったかな? あぁ、すこし待ってね」
医師は現在の学園都市に襲いかかっている惨事と真っ向から戦っているのだろう。
時折片手で医療端末を操作し、通りすがる看護婦に指示を飛ばしながら
それでも疲れは一切顔には出さず、何かを思い出す様に額に手を置く。
冥土帰し「思い出した。彼女ならさっきここを出て行ったよ。ほんの30分程前だね?」
白井「ど、どこに行ったかわかりませんの!?」
咄嗟に、誰よりも速くその行き先を聞いたのは白井だった。
医者はその勢いに少し驚くも、行き先は知らないと申し訳なさそうに答えを返す。
白井「そう、ですの……」
結局分かったのは木山春生は確かにここにいたという事だけだ。
明らかに落胆した様子の少女に、医者は困惑した表情を浮かべながら一言謝り、足早にその場を去って行く。
上条「…………」
御坂妹「…………」
進歩は無かった。
誰もがそう思った、その瞬間。
冥土帰し「あぁ、そう言えば」
と、カエル顔の医師の足が止まる。去り際の彼が思い出した様に残して行った言葉は、
冥土帰し「木山くんが出て行く少し前に、君らみたいに彼女の居場所を訪ねに来た子がいたんだね?
その子も彼女と一緒に出て行ったよ。確か名前は……」
それは、3人にとって決定的な情報だった。
冥土帰し「浜面仕上くん、だったかな?」
上条「え、はぁッ!?」
言葉にいち早く反応したのは、今度は上条当麻だった。
唐突に出て来た少年の名前に理解が追い付かないまま、足早に去っていた医師の背中を目で追い思考する。
白井「浜面……どこかで聞いた様な……」
御坂妹「……彼が、」
そして、その名前に聞き覚えがあったのは上条だけではなかった。
当然だ、白井はまだしも。御坂妹にとってはその名前を聞き流すなんて事は出来やしない。
その名前は上条にとっては、あの落雷以降連絡が取れなくなっていたもう一人の協力者であり。
御坂妹にとっては掛け値無しに命の恩人そのものといっても過言ではないのだから。
白井「あ、思い出しましたの……確か、絹旗さんと一緒にいった粗悪そうな男、ですの。
ですがどうしてここでその名前が……?」
上条「さっき3人で犯人を探してたっていっただろ……浜面がその3人目なんだ」
白井「……っ、という事は」
上条「あぁ、アイツ。もう犯人に辿り着いてたんだ……!!
けど、どうして幻想御手事件の首謀者と一緒に行動なんて……!?」
思考が巡る。しかし答えは浮かんでこない。
犯人を突き止め、対峙こそすれ共に行動する理由なんて上条には思いつかなかった。
白井「木山春生に懐柔された、なんて事はありえませんの?」
上条「ありえない。アイツだって知り合いの大事な女の子が一人眠っちまってるんだ。
そんな馬鹿みたいな行動にでるなんて思えない……」
白井「~~っ!!落ち合う場所は決めていませんの?
これでは現状はさっきと何も変わらないですわ……!!」
そう、これでは先ほどと状況は何も変わらない。
いつもなら、違ったのだろう。学園都市が正常に機能していればこんなにも八方塞がりにはならなかったはずだ。
交通が麻痺し、都市機能が壊れ、個人の通信端末さえ役に立たない。50年前の時代に遡ってしまったかの様な
この閉鎖された街で、少年や少女は余りにも打つ手が無かった。
この時に限り、何も特別も持たない少年の叫びが漏れる。苛立をぶつけるかの様に壁を殴る。
上条「くそ……っ、なんか手は無いのかよ」
もどかしかった。いつもなら届くはずの腕が届かないその感覚は己の無力さを改めて認識させられた。
上条「アイツの場所が分かるなにかが……ッ!!」
御坂妹「ありますよ。と、ミサカはうなだれるあなたに手を差し伸べます」
上条「え……?」
差し出されたのは、少女の細い腕だった。
まるで救い上げるかの様にミサカは少年を引っ張り上げ黒子と上条、二人を見据える。
そして、少女は語り始める。今度こそ、この状況を打破出来る決定的な言葉を。
御坂妹「あなたの言った手がかりですが、ミサカの能力を使えば彼の位置取りを追う事は
比較的容易です。とミサカは煮詰まっているお二人にある提案をします」
御坂妹「彼を追いましょう。何もかもが手遅れになる前に」
――――――――――――
少年少女達が忙殺される医師や看護婦を縫う様に廊下を走っていたのは、
先ほどの御坂妹の提案からほんの数分後のことだった。
先行する様に白井が走り、その後ろを上条、御坂妹の二人が続く。
上条「なぁ御坂妹!! 本当に浜面の場所が分かるのかよ!!」
走り様に投げ掛けるのは、先ほども尋ねた疑問。
御坂妹は浜面仕上の位置を特定するのは容易だと言った、その理由。
御坂妹「はい。あの方は学園都市には存在しない特殊な電磁波を恒常的に放出する物質を所持しています」
御坂妹「ミサカの能力はお姉様に比べれば微弱と言えど電磁の流れを掴む事が可能ですので、
今ならば常に特徴的な波長を感知し続ける事が可能なのです。と、御坂は理由と一緒にあなたの疑問に答えます。
……もっとも、ほとんどの電子機器が壊滅し一切の電波が飛び交わない現在の学園都市だからこそ出来る荒技ですが」
少年達には理解出来ないだろう。
かつてミサカ10031号が感知しミサカネットワークに情報として刻み込まれた電子の流れを狂わす正体。
上条「なんだよその物質って……」
御坂妹「さぁ、大方どこかの物好きが外部から買い込んだものと思いますが」
上条「んな都合のいい……海外通販でもやってたのかアイツは」
それは現在、上条当麻が必死になって救おうとしている少女が
気まぐれでこの学園都市にもたらした物質だという事を。
その事実を上条当麻が知る事になるのは、まだ随分とさきの話だ。
白井「そのお話についてはよく分かりませんが、居場所が分かるなら後はどうだっていいですの!!」
会話を交わしていた二人が悠長にでも見えたのだろうか、僅かに焦りの色を感じさせる声で白井黒子が
言葉を放った。掴む事のできた手がかりを逃さまいと、勢いよく廊下を駆ける。
御坂妹「場所はここより北西……20学区近辺。かなり離れているので、
現在の学園都市では移動だけで日が暮れてしまいます。と、
ミサカは何かしらの移動手段を確保する必要性を訴えます」
白井「だから今こうやって走ってるんですの……!!
わたくしのテレポートで飛べれば一番早いんですけれども……」
ちらりと、責める様な視線を白井から向けられたのは背後を走る上条当麻だった。
バツが悪そうに言葉に詰まる上条は、次いで御坂妹から向けられた冷めた視線に耐えられなくなったのかがむしゃらに床を蹴る。
上条「あーっ!! 悪かったな上条さんのせいでお手間とらせてすいませんーッ!!!」
そもそも、なぜ今現在3人が病院の廊下を駆けているのかと言うとそれには当然理由がある。
御坂妹の提案を聞き、上条達は直ぐさまその場へ行こうとしたのだ。そう、白井の空間移動能力によって。
しかし、
白井「全く……能力が一切合切通じないなんて、一体どういう事ですの?この非常事態に……」
上条「それは上条さんの右手が全部悪いんだよ……!!」
能力は発動しなかった。出来なかった。
いくら白井が演算を行い能力を行使しても、少年の体には一切何も変化が訪れなかったのだ。
幻想殺し。いわく、能力が通じない現象の理由はそう呼ばれている右手から来るものらしい。
少年の右手は全ての能力を無効化し、ぶち殺す。まるで都市伝説の様なそれに、白井は少なからず心当たりがあった。
白井「能力が通じない能力者……そう言えばお姉様からそんな話を聞いた気が」
それはもはや遠い過去のようにも思えるあの日常。
学園都市は生きていて、平凡な、それでいて充実していた日々の中で
御坂美琴の口からやけに語られることの多かったある能力者の話。
アイツ、と親しげに呼んでいてかなり気にかけていた人物の正体は、黒子にはついぞ分からなかったのだが……
上条「お姉様って……もしかしてビリビリの事か?」
白井「そうですの……度々お姉様の話にあがって来たのはあなただったのですね……」
ようやく正体が分かった。
努力を極め、心のどこかで強敵に飢えていた御坂美琴はこの少年との出会いで何かが変わったのだ。
御坂美琴の興味と心を少しの間と言えど独占したこの少年に、
場違いとは分かっているものの白井は複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
上条「…………?」
しかし、今はそんな場合ではない。
自分にも、少年にも今は何よりも優先すべき目的があるのだ。
救わなければならない人がいるのだ。
白井「まぁいいですわ。その話はこの事件が解決したらゆっくり聞かせてもらうとして――見つけましたの!!」
そして、走り抜いた先に3人は辿り着く。
病院さえも駆け抜けた先にぼんやりと佇んでいたのは上条と御坂妹には
見覚えの無い、しかし白井にとってはかけがえの無い存在である一人の少女。
その名を叫ぶ。
白井「固法先輩!!」
唐突に呼ばれ意表をつかれたのか少女の体がびくりと跳ね、きょろきょろと辺りを見回し気付く。
その人物は白井が考えうる中で最高の協力者であり、最大の理解者であり、最速の機動力を持つ人物――
固法「ふぇっ?」
華奢な体には似合わない暴れ馬の様な自動二輪車に跨がりながら、固法美偉はそんな間抜けな声をあげた。
【次回予告】
「は、はは……だから賭けたんだよ。このルートに」
無能力者・浜面仕上
次回は日曜22時と言ったがあれは嘘だ。
ちょっと予定入って来れなくなったんでこんな時間に投下です。
という訳でここまで。
正直に言うと吹寄とか浜面とかの関係性辺りは尺の都合上でクラスメイト設定に改変したんだけど
都合よすぎて若干やりすぎたと反省してる。2010年の自分に文句言いたいレベル。
なんでここら辺は目瞑ってくれるとありがたいです。書き直す機会あるならもっとうまくやりたい。
まぁ覚えてる人が入ればの話だけどね……放置期間長くてすいませんでした本当に。
>>163全部2011年の俺って奴が悪いんだ……素で気付かなかったんだ……
次回は日曜22時予定。多分残り少ない浜面メイン回。
ではでは良い三連休を
【次回予告】
「は、はは……だから賭けたんだよ。このルートに」
無能力者・浜面仕上
――――――――――――
クソ、どうなってんだよ畜生!!
なんて、まるで追い詰められた小物の様な台詞を吐きながら、
浜面は数日前にも訪れたその研究所を駆けていた。
傍らを並走するのは木山ではなく、『何故か一緒に着いて来ていた』スフィンクス。
そしてその後ろを追いかけるのは、明らかに殺意をもって銃を抱える黒に覆われた戦闘員達。
バババババっ!と、小気味良い音に遅れて銃弾が駆け抜けて行く。
浜面「~~ッ!!!」
一歩踏み出すのが遅れていれば死んでしまっていたかもしれない今の現状に、
浜面仕上の精神は徐々に追いつめられて行った。そして、ヒュンと風を切る音と
同時に頬に温い痛みが走ったその瞬間、浜面はとうとう我慢出来ず絶叫する。
浜面「だあぁぁぁッ!!先に行くならちゃんと全員倒してから行けよあの女ぁぁぁぁぁ!!」
スフィンクス「にゃ~」
MAR突入2分経過時点。現在、浜面仕上は予期しない単独行動の真っ最中だった。
浜面「ちくしょう……このままじゃマジで死んじまうぞ……」
散弾の雨の中、直線が続く先の左右に別れた通路を右に抜け、浜面が忌々しげに呟いた。
その視線は木山の置き土産……腕に抱える一台のノートパソコンに向けられる。
木山春生が厳重に管理していたお陰で恐らく現在の学園都市で唯一まともに動くコンピュータで
あるそれは、木山が『必要になるから』という理由で持参し、そして唐突に浜面に預けていったモノである。
つい先ほど、侵入した始めこそは無人であるはずの施設内を潜るかの様に地下へと共に進んで行ったのだが、
不意になにかを察知したのか、もしかしたら浜面には感じれない何かを感じ取ったのか、
木山は素早くパソコンを浜面へ預けると空間転移で掻き消えてしまった。
そして急いで後を追うように階下へ駆けて行く自身と一匹の猫が遭遇したのは、
猟犬部隊の残党、施設の外に控えていた部隊の生き残り。
瞬時の判断力は向こうの方が上だった。
浜面「どうする……どうすりゃいい」
駆ける。浜面はひたすら薄暗く閉鎖的な通路を駆ける。後ろに控えるのは複数の足音。
まるで猟犬の様に統率された動きに浜面は逃げ切る事が出来ない。
そもそも、先手を打たれてしまった時点で浜面がこの場を切り抜ける事の出来る確率は
極めて低くなってしまった。撃つべきだったのだ、出会い頭にスタンガンでも
何でも使って相手を怯ませ、すかさず演算銃器で一掃すべきだった。
その一瞬の判断の遅れが、今の結果だ。
浜面「武器はスタンガンに演算銃器、あとは……っ!!
駄目だ……速射性が高い武器と相性が悪すぎる!!」
どこか見覚えのある通路を走りながら、頭の中で思考する。
冷静にこの状況に対する対処法を詰めて行く。しかし、
考えれば考える程に待っている答えは絶望的だった。
相手は複数、武器は連射銃、追跡は振り切れない。
あと何秒生きていられるかも分からないこの状況で、浜面に決定的なものが何も無い。
浜面「……っ!!」
考え抜いた末に理解する。今自身が突き進んでいるのは、まぎれも無い死へのレールだ。
走っているのはただの通路ではない、死の淵だ。
浜面「ち、くしょう……っ!!」
ヒュン、とまたしても銃弾が浜面のすぐ側を駆けて行く。死ぬ。このままでは死ぬ。
何度も何度も何度も死戦をくぐり抜けてきた浜面を追いつめて行ったのは能力者でも魔術師でもない。
統率された暗殺部隊だった。
浜面「つッ……!!」
ビキビキと。刻み込まれた傷が、痛めつけられて来た体が悲鳴を上げる。
蓄積されていた疲労と痛みが度重なった激しい動きによって浜面の全身を襲う。
これではもう、逃げる切る事も出来やしない。
浜面「……ここで、勝たなきゃ死ぬ……」
言い聞かせる様に言葉が漏れる。
最早浜面仕上にはこの場を逃げ切るという選択肢は存在しなかった。
勝つ意外に、選択肢はない。
だから、
浜面「――ッ!!!」
瞬間、浜面仕上の体を複数の銃弾が貫いた。
駆け出していた脚は行き場を失い、力が抜ける様に体が傾く。
走っていた勢いは止まらず、倒れた体は無様に転がっていった。
浜面「く、ぐ……」
スフィンクス「にゃ~」
途切れる事の無く駆け進んでいた浜面の脚がとうとう止まり、
寄り添う様にスフィンクスが小さく鳴いた。
次第に聞こえて来たのは緩慢に近づいてくる複数の足音。
死をもたらす猟犬が、浜面の元に歩み寄る。
「こんな奴にやられたのか? 外の連中は」
降って来たのは、男の声。
「信じられない。どうやったらあんな真似が出来るの……?」
女もいる。二人の男女が、最早目標は動けないと判断したのか
猛獣でも見るかの様に床に這う少年を覗き込んでいる。
「二人組らしい。恐らくはそいつはただの無能力者だ。
本命は先に行ったんだろう」
「オイ、さっさと殺しちまおう。何が起こるか分からない」
また、違う声が飛んで来た。四人、ないし五人程この場にいるらしい。
カチャリ、と少年の頭に五つの銃口が向けられる。これらが発射されたら
浜面の頭は跡形も残らない程吹き飛ぶだろう。その瞬間はもう迫っていた。
浜面「―――、はは」
「……なんだ?おい、このガキ笑ってやがる」
「追いつめられておかしくなったんじゃないの?」
追いつめられておかしくなった。その言葉にも、思わず浜面は笑ってしまう。
そう、確かに浜面は追いつめられた。ここまで来て、追いつめられてしまった。
浜面「ここで勝たなきゃ、死ぬ……」
統率された集団を相手にするというものの恐ろしさを、浜面は知らなかった。
付け入る隙のあった魔術師よりも、聖人よりも、超能力者よりも、
冷酷に引き金を引ける殺人集団の方がよっぽどタチが悪かった。
浜面「インデックスを、救えない……」
でも、浜面仕上は負けられない。死ぬ訳にはいかない。勝つしか無い。
だから、
浜面「は、はは……だから賭けたんだよ。このルートに」
瞬間、僅かに振りかぶった浜面の手に何かが握られている事に、猟犬部隊はようやく気付いた。
その手に握られていたのは、スタンガン。何の変哲の無い、ただのスタンガン。
しかしそれはまるで見当違いの場所へ向けられていた。言うならば浜面が這いつくばる床へ。
ただ、その表現は正しくない。正確に言うならば――
向けられたのは、通路全体に張り巡らされた『テープ状の導火線』
単体で鋼鉄の扉を焼き切る事の出来るソレは数日前にフレンダが至る所へ仕掛け『未回収のまま残された』
敵を確実に仕留める為の罠装置。
バチっ――と、小さな音が爆ぜ、一瞬で数えきれない程の炎が走った。
そして、その先にいるのは場にそぐわないファンシーなぬいぐるみ。
大量の火薬が仕込まれたファンシーなぬいぐるみだった。
「――なっ」
反応出来たのは、一番始めに浜面に近づいた男だけだった。
その瞬間、狭い通路内を埋め尽くしたのは爆炎と衝撃。
爆発音は一回では終わらず続けざまに二度、三度。どれだけ
仕込まれてあったかは分からないが数分間、鳴り止む事無く続き、
勿論、人間など跡形も残らなかった。
――――――――――――
既に遠くに聞こえる爆発音を耳にしながら、浜面はズルズルと
壁に寄りかかりながら階下へと脚を進めていた。
浜面「あー、ちくしょう。今度こそ死ぬかと思った」
銃弾が貫いた肩と脚部から少量とは呼べない血を流しながらも
まるで人ごとの様に呟き、その瞬間襲いかかるのは激痛。
撃たれた傷も正気を保てない程の痛みと熱を発するが、
何よりも今現在痛むのは脚関節部。発条包帯を集中的に巻いた部分が、
最早使い物にならなくなっていた。
浜面「あぁ……くそっ」
ドサリと、その場に座りこむ。
懐の中に潜っていたスフィンクスがもぞもぞと顔を出して来た。
スフィンクス「にゃー!」
浜面「つーかなんでお前は着いて来てるんだよ……」
テレポートに巻き込まれたのだろうか。
そんな馬鹿な、と思いつつ。浜面は脚部に巻き込まれた発条包帯をゆっくり引きはがして行く。
神裂戦、一方通行戦、そして先ほどの猟犬部隊でも大爆発から瞬間的に逃れる
機動力をもたらしていてくれたこの装備もとうとう切り捨てるときが来た。
もともと人体への直接的な使用は想定されていない道具だ。
ただでさえ負荷がかかっている浜面の体には、これ以上の
使用はもはや無闇に命を削る行為でしかなかった。
どのみち、もうこれを使っても期待している程の機動力は確保出来ないだろう。
血に塗れ、火傷を負った様に腫れ上がった自身の脚部を見ずともそんな事は理解出来た。
浜面「つ、痛ぇ……はぁ……」
ようやく死の淵から逃れ、一息を置く。
今回は本当に危なかった。なまじ能力者の様に付け入る隙がない分
手強いだろうと想定はしていたが、それは想定以上だった。
浜面仕上は思い知る、学園都市の闇に蠢く暗部部隊というものを。
浜面「フレンダがいなきゃマジで死んでたな……」
そう、今回の立役者はまさしく彼女だろう。
一度彼女と共にこの施設を行動していたのは、浜面にとって大きすぎるアドバンテージだった。
既視感を覚えた通路は一度彼女と共に駆け抜けた通路だったし、移動中フレンダが常に罠を張り
続けていた事もしっていた。そして彼女がその罠を回収していなかった事も。
だから浜面は駆けて、賭けたのだ。フレンダが通ったはずのその通路を、罠を仕掛けている事を。
そして浜面は勝った。生き延びた。これで、また先へ進める。一歩先へ。
浜面「……あれ?」
そこで、ふと気付いた。気付いてしまった。
矛盾。この状況が生み出す決定的な矛盾。
そもそも、おかしいのだ。
前提からして、この状況に至ってしまう何から何まですべてがおかしい。
冷静に考えれば、今浜面が置かれている状況は明らかにおかしい。
スフィンクス「にゃー?」
浜面「…………」
なぜ、スフィンクスがここにいる?
テレポートする際、確かにこの猫は浜面に添う様に側にいた。
だから一緒に空間移動してしまったなんて、
冷静に考えてみれば、ソレ自体がおかしいじゃないか。
なぜこいつまでテレポートで連れてくる必要があった?
この戦場に猫が必要不可欠なんて事はありえない。
飛ぶ時にその場に残して行けばいいだけなのに、
コイツは浜面と共にここに飛んできている。
今、浜面が置かれた状況だってそうだ。
冷静に考えてみれば明らかにおかしい。
何故、木山春生は浜面を残して飛んだ?
一個大隊を一瞬で潰せる木山春生レベルの能力者ともなれば、
この施設内にまだ敵が残っている事なんて簡単に感知出来るはずだ。いや、していなければおかしい。
感知していたならば浜面を一人残して行くなど木山の性格からすればありえない。
彼女なら浜面を危険が及ばない様に多少なりとも配慮するはずだ。
つまり浜面をこの場に残した事がその配慮だとするなら木山は知らなかったという事になる。
ここにまだ敵が残っている事を木山は知らなかった。否、探らなかった。
浜面「……………」
もしかしたら、そんな粘ついた不安が体を包む。
それは、浜面が抱いた最もあり得て欲しくない不安要素だった。
浜面「もしかして……」
もしかすると、木山の現在の精神状態は『冷静』ではないのでないか。
そうだとしたらそれは少し、いや、かなりマズい事になる。
だって、浜面は知っている。今までの経験からして知っているのだ。
どんな強力な敵であっても、冷静ささえ欠いてしまえば簡単にその隙につけ込める
それはステイルでも、神裂でも、テレスティーナでも、一方通行でも、誰もが共通すべき弱点だ。
浜面は常にその隙をついて勝利をもぎ取ってきた。
だから、
もし強大すぎる力を得た木山春生がその力を過信して冷静さを失ってしまっていたら。
もし木原数多が冷静に木山春生を分析してなにか突破口を見つけてしまっていたら。
浜面「……もし、木山春生が木原の『あの言葉』を忘れていたら」
マズい事になるかもしれない。
浜面「…………」
ここで待っていればいい。私一人でも5分あれば全てが終わる。
そう言った、木山春生の言葉を思い出す。
すでに、MAR侵入開始からとっくに5分は過ぎてしまっていた。
【次回予告】
「遅くなってすまない、滝壺――――助けに来たよ」
多才能力・木山春生
「遅いよぉ……!!」
能力追跡・滝壺理后
「ハイハイ。泣ける演出ご苦労さん」
????・木原数多
という訳でここまで。
今日の22時にまたこれたら投下しにこようと思います。
これそうだったら20時くらいに一度報告します。
今丁度ジェットコースターの頂上付近です。
次回からリアルタイム推奨なので時間は守る様にします。毎度ぶっちしてすいませんち。
木原くンが用意した対策とは果たして。。。
ではでは。
22時投下
――――――――――――
滝壺「…………」
いつもよりその夢の世界は鮮明だった。
眼前に広がる空間には色が施され、音が流れ、空気が溢れ、
まるで現実世界なのではないかと錯覚してしまう程にその世界はリアルと遜色が無い。
もし、ソレが単なる夢なのだとしたら少女はなんの疑問も抱く事無く
その夢を過ごしたはずだ。
謳歌したはずだ。
滝壺「……いや」
しかしソコは夢ではなかった。
滝壺「いやぁ……っ」
掠れた様な声で、少女は否定する。
滝壺「いやだよ…………」
震えた瞳に浮かんだのは、涙だった。
滝壺「あ、あぁぁあああッ!!」
その華奢な体を支えていた二本の脚が、力なくがくりと折れる。
夢ではなかった。その世界は意識の覚醒と共に消えてしまう様な夢では断じてなかった。
滝壺「助けて…………だれか」
それは少女の心に幾重にも刻み込まれ。生涯決して消える事の無い悪夢だった。
かつての悲劇をありのまま再現した悪夢だった。
四方が無機質な鉄の壁に囲まれたソコは忌々しい実験場。
均等に配置されたカプセルの様な実験機に寝かされているのはかつての仲間達。
そして分厚い樹脂ガラスに仕切られた高見からソレを見下ろすのは……
滝壺「きやま……先、生……」
その瞬間、鳴り響いたのは異常を知らす機械音だった。滝壺が振り向いた先には鈍い空間の中で明滅する赤い灯。
そうして、本来の実験が始まる。
意図的に招かれた悲劇の実験が。
滝壺「いや……いや」
幼い悲鳴と絶叫が吹き荒れる。
強制的に能力を暴走状態まで引き出された少年少女達の仲間達の咆哮が。
滝壺「どうして……どうしてッ!!」
甦るのは身を裂かれる痛み。心を裂かれる痛み。
仲間達だけではない。この悪夢があの日の再現だというのなら、
幼い自身だってあの棺の中にいるのだ。
これから実験動物として学園都市の闇に身を浸していく幼い滝壺が
滝壺「う、ぅぅぅぅううぅぅ……」
滅多に露にならない感情が、溢れ出す。彼女を知る者からすれば想像もできないだろう、それは不の感情。
そうしてそれの矛先は自ずと一人へ向いて行く。
その実験を仕組んだ人間に。かつての恩師に。
笑みを浮かべながら自分たちを見下ろしていた木山春生に――
滝壺「……え?」
しかし、その感情は一瞬にして霧散する。
弾けて、消える。
そうして夢は崩壊する。
意識は、引き戻される。
捩じれる世界の中、滝壺の側を駆け抜けたのは仲間達の声。
幼い自分の姿、崩れ落ちた木山春生、そして――
滝壺「……木原、げんせ―――」
歪んだ、狂喜。
――――――――――――
木原「あ? ハッ、ようやくお目覚めかよお嬢ちゃん。いい夢見れたか?」
滝壺「…………」
引き戻された薄暗い現実の中で少女が真っ先に感じたのは、目の前の男に対する嫌悪だった。
滝壺「私、は……」
動けない。
朦朧とする中で少女が最大限に把握出来たのは、自分の両脚部に籠る激痛、
申し訳ない程度の手枷、体中に取り付けられた電極、まるで実験動物を
収めるかの様な円筒型の実験ケージに閉じ込められているという事と、
木原「モルモットにはお似合いの籠だな」
目の前に自分たちの人生を掻き回した天敵がいるという事だ。
滝壺「……木原、数多」
木原「へぇ。クズの末端にまで名前が知られてるとは俺も有名になったもんだ」
滝壺自身、目の前にいる『木原』との面識は一切無い。
ただ、その人間の存在はある少女から聞いていた。
木原「く、はは。愉快だねぇ」
ケラケラと、顔面に歪な刺青を刻み込んだ男が笑う。
その声は少女にとって、どこまでも耳障りでしかなかった。
滝壺「ここは……」
薄暗い中で、辺りを見回したソコは微かに見覚えがあった。
つい数日前も訪れた場所。アイテムが窮地に追い込まれた研究施設、その最深部。
滝壺「MAR……」
木原「正解。テメエらがボロボロに潰した施設を俺がリサイクルしてやってるって訳だ」
滝壺「どうして、こんな」
木原「あぁ? どうして俺がテメエを拐ったかか?命令だよ命令」
命令。その言葉で滝壺は理解する。この学園都市に置いて『木原』
に命令できる存在など一つしかありえない。
滝壺「統括理事会……学園都市の最高責任者がなんの目的で」
木原「おぉ、話が速くて助かるぜ。そうさ、昨日は本当なら俺ぁ暗闇の五月計画
で処理し損ねたガキの相手をする予定だったんだがな」
まぁた殺し損ねたわ。
そう言って、目の前の研究者はニヤリと笑った。
滝壺「……まさか」
暗闇の五月計画。滝壺はその実験名を知っている。
その実験で唯一生き残った少女の事を知っている。
滝壺「きぬはたに、何をしたの」
木原「あー、そうそうそんな名前だったな。あのクソガキ」
滝壺「ッ!!」
バンッ!!と檻の中から振り下ろされた拳は木原には届かなかった。
少女のか弱い力ではその硬化ガラスに何も変化を与える事は出来なかった。
その様子を木原は笑う。
木原「テメェよ、仲間の心配してる場合なのかよ。
後ろ、面白いもんが揃ってるぜ?」
滝壺「…………っ」
言葉に釣られて、薄暗い周囲を再度見渡す。
広大な面積を有すMARの最重要区画であるこの実験場は、
麦野達との戦闘の余波で至る箇所に亀裂が入っているが、
機能自体は生きているらしい。
ぽつりぽつりと、高い天井に設置された小さな非常用電灯が頼りなく施設を照らす中、
カプセル型の寝台がすらりと並べられている事に滝壺は気付く。
滝壺「あ、れは……」
木原「あ?暗くてわかんねーか? しかたねぇなぁ……
せっかくの茶番だ。嬢ちゃんの為に『予備の電池』使ってやるよ」
裂けた笑みを浮かべながら、木原が実験機に直結しているパネルを操作する。
瞬間、沈黙していたライトに電力が供給されたのか室内が一気に照らされ、その全貌が少女の目に飛び込んだ。
滝壺「……っ!?」
ずらりと並べられていたカプセルの中に眠っていたのは間違えようも無い、
かつて同じ机を並べ、痛みを分ち、生活を共に過ごした仲間達。
滝壺「みん、な……?」
置き去り時代の仲間達が、ソコにいた。
滝壺「そんな、死んだって………」
声が震える。体が震える。伸ばそうとした手は、薄いガラスによって遮られた。
滝壺「みんな……起きてよ!! ねえ!!」
破る様に、ドンッ、ドンッっとガラスを殴る。しかし、決して届かない。
あの頃木山に助けを求めた時と同じ様に、その手は届かない。
木原「く、ぎゃははははははははははははははははッ!!!
あーッ、さいっこうに面白れぇな嬢ちゃん。この実験の詳細を
聞かされたときからこれだけが楽しみだったんだぜぇ!?」
げらげらと、何が面白いのか腹を抱えて木原が笑う。
木原「さっきも言っただろうが!!木山もお前も、幻生のジジイに騙されてたんだよッ!!
ぎゃはははははははははは!!!」
滝壺「……っ!! ッ!!!!!」
全てが繋がった。
滝壺「……きやま、先生」
滲んだ記憶が澄んで行く。
全てが全て、仕組まれていたのだ。
全てが全て、利用されていたのだ。
あの施設も、チャイルドエラーも、研究員も、木山春生も。
滝壺「せんせぇ……!」
木山は自分たちを見捨ててなんていなかった。足掻いたのだろう。
木山春生は教師として、自分達を救う為に死にもの狂いで足掻いたのだろう。
先ほど目の前に現れた木山春生は、幻想でもなんでもなかったのだ。
だって、あの姿はどうみても自分たちを切り捨てた研究者ではなく、
かつての変わらない先生のままだったから。
滝壺「私、わたしは……」
なんて勘違いをしていたんだろう。
なんて馬鹿な事を言ってしまったんだろう。
なんて言葉をぶつけてしまったのだろう。
木山春生は笑ってなんていなかったのに。
幼い自身が助けを求めた時、笑ってなんかいなかったのに。
滝壺「う、うぅうううぅううッ!!」
少女の呻き声が残響し、小さく消えた。
同時に、最早笑い飽きたかのように木原が呟く
木原「さて、そろそろ始めるか」
滝壺「私たちを、どうするつもり……」
木原「あー? あぁ、一度言わなかったか?死んで貰うんだよ」
滝壺「ッ!!」
カタカタと、先ほども操作していたパネルを素早く叩き木原が何かの準備を始めた。
もはや滝壺や子供達など、その視界には入っていない。
木原「ポルターガイストって現象あるだろ?あぁ、オカルトじゃねーぞ。
モルモット共が無自覚に能力を暴走させて何らかの現象を引き起こす事をそう呼ぶんだが……」
木原「最近この街で頻発していた大地震。あれの原因ってお前らしいんだわ」
滝壺「!!」
地震。その心当たりは、確かにある。
スクール追撃から始まった能力使用の度に起こる地震の現象は、
自分が何らかのトリガーになっているのではと思ってはいたが、まさか本当に……
木原「まぁ単体の暴走能力者だけじゃそこまで大きな被害はでねぇが、
暴走能力者のAIM拡散力場に干渉があった場合はその限りじゃねえ」
木原「お前の能力、他人のAIM拡散力場に直接干渉出来るそうじゃねえか。
いつも能力を暴走させて使用していたらしいが、その時に別の
能力者と共鳴しちまったんだろうぜ。例えば――」
木原「後ろで眠っている暴走能力者の集団とかな」
滝壺「……え?」
掠れた声で、拒絶の言葉が少女から漏れる。当然だ。
ただでさえ少量であっても体への負担が大きい劇薬だと言うのに、
あんなモノを使われたら、滝壺は確実に正気ではいられなくなる。
能力を暴走状態まで引き出された行く末は良くて死ぬか、廃人だ。
最悪なのは、死してなお学園都市の利益の為に脳だけの状態で利用されるか、
人としての尊厳を全て失うまで体を弄くり回されるかのどちらかだ。
虫が這うかのような怖気が体を包む。
純粋に少女は恐怖する。
この街の悪意に。
木原「おしゃべりは終わりだ嬢ちゃん。例え死んだとしても結果を出してもらうぜ」
冷徹な声で、木原は結晶を実験機と直結した装置の中へ放り込む。
機動設定は全て終えているのだろう。木原が何かのパネルを操作した瞬間、
滝壺を閉じ込めている実験装置が低い唸りと共に稼働する。
滝壺「いやだ……いや、」
恐怖の余り後ずさるもソコは既に檻の中だ。すぐに逃げ場なんて無い事を自覚させられる。
振り向くと、ソコには眠るかつての級友。何を語ろうとも起きる事は無い、これから自分と共に死んで行く少年少女。
滝壺「いや……また会えたのに……こんなの、いや……」
震える声で少女は嘆く。瞳からは涙が溢れた。
滝壺「……たすけ、むぎの、きぬはた……フレ、」
脳裏に甦ったのは、かつての惨劇。死の淵に迫り、少女の幼い記憶がフラッシュバックする。
そう。これは、あの瞬間の再現だ。何度も何度も何度も夢に見たあの悪夢が、今まさに具現化している。
人生を引き裂く程のトラウマが再び滝壺と子供達に襲いかかっていた。
滝壺「たすけて」
少女は呟く。まるであの頃と同じ様に。
滝壺「助けて……」
少女は求める。まるであの頃と同じ様に。
滝壺「たすけて……きやませんせ――っ!!」
少女は叫ぶ。あの時と同じ名を――
そして、
木原「――――っち、来ちまうよなぁ。やっぱり」
滝壺「……え?」
瞬間、唸りをあげていた実験機が突如制止した。
稼働音は徐々に静かになっていき、滝壺に降り掛かろうとしていた脅威は終わりを告げる。
木原は何も操作していない。触れてもいない。ただ、唐突に断頭台の刃は止められた
なんだ、何が起こった。そんな疑問が少女の思考を埋め尽くして行く中で、
木原だけが滝壺とは違うものを見ていた。
自身より数十m離れたその背後。区画入り口の更に奥。光の届かない闇の中から響く足音に
木原数多が歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべる。
まるで猟犬の様に、待ちくたびれたと言わんばかりに。
コツコツ、と靴音を鳴らし姿をあらわしたのは――
滝壺「せん、せ……?」
ポツリと、少女から小さな声が漏れる。闇の奥から姿を見せたその人に、
白衣を纏い優しげな笑みを浮かべるその人に滝壺は覚えがあったから。
木山「滝壺」
一言、少女は名を呼ばれ。どくんと心臓が跳ねた。
それは、夢の再現。何度も何度も魅せられた悪夢と違い、
何度も何度も願っていた――しかし叶う事は無いと諦めていた、夢。
あの時の声が届いていたら、そんなありえもしない、幻想。
木山「今度は、ちゃんと届いた――」
先生。そう呼ばれる彼女が自身の元に来てくれる事を、少女は誰よりも求めていた。
伸ばした腕が届かなかったあの瞬間も、今この時も。
かつて届かなかったその言葉は今届けられる。
それは、数年越しにやっとの想いで、死に物狂いで足掻いて足掻いて伝わった言葉。
木山「遅くなってすまない、滝壺――――助けに来たよ」
滝壺「う、うぅぅ……!!」
溢れたのは、諦めと言う蓋に押さえられていた少女の感情。
届かなかったあの瞬間に心の奥に閉じ込めた子供らしい、少女の叫び。
滝壺「せんせぇ…ッ!!」
少女は叫ぶ。泣きながら、笑いながら、それはまるで子供が待ちくたびれて駄々をこねたみたいに。
滝壺「遅いよぉ……っ!!」
それが、あの頃全てを引き裂かれた木山と滝壺の声がようやく届いた瞬間だった。
木山「すまない。すぐに終わらせるから……だから、その後は沢山話をしよう」
滝壺「……うん」
木原「ハイハイ。泣ける演出ご苦労さん」
二人の再会に割って入るかの様に、パンパンと木原が手を鳴らした。
三文芝居でも観劇しているかの様なその表情はとてもつまらなそうで、
まるで茶番だとも言いたげに、木原数多は苛立を隠そうとしない。
木原「あー、終わった?感動の再会ごっこてのも実際見ると
退屈なもんだなぁオイ。ハッ、気分悪くなっちまう」
木山「……随分と余裕だな。木原数多。
自分がどういう状況にいるか分からないわけじゃ無いだろう」
氷槍のような鋭い言葉が”科学者”向かって放たれる。
そう、いくら特殊な環境に身をおいていたとしても木原数多はただの科学者、生身の人間だ。
対しこちらは140万人分の手札を持つ能力者。対峙した時点で既に勝敗は決まっている。
なのに、
木原「あ? 雑魚が一匹増えただけだろうが」
どこまでも人を小馬鹿にしたような笑みで言い放ち、
何を考えているのか木原はその身一つで木山の前に立ち塞がる。
木山「愚かだな。もう貴様には策の一つもないだろうに」
呟いた木山の表情には先ほどの優しげな感情は一切無感じられず、
何者にも犯しがたい程に冷めた視線が木原に向けられる。
そこにあるのはただ、目の前の存在に対する殺意だけだ。
しかし、向かい合う木原は挑発するかの様に笑みを浮かべる。
この状況で何を相手にしているか分からないはず無いのに、へらへらと言葉を投げる。
木原「ハッ、そういや――」
木山「悪いが、貴様と言葉を交すつもりなど私にはない」
木原「あ?」
しかしその言葉は遮られ、発言する権利さえも許されなかった。
木山春生の右目が朱に染まる。
木山「有無も言わさず片をつけると決めていてね」
それは、殺意の明確なる具現化だった。
木原「ご、が――ッ!!」
一言を放った瞬間。木原を中心に一筋の爆炎が立ち上った。
太陽な様な輝きを生み出し、熱と衝撃が拡散すると思われた炎塵はしかし
分子の一つさえも徹底的に制御され、木原一人を包む炎の膜へと姿を変える。
木原「――ッ!! ――ッ!!!!」
一人の人間を閉じ込めた炎の結界はその内部で延々と爆発が繰り返される。
断末魔すら届かない中、木山春生はその能力を全開まで引き出し、
ほんの少しの猶予も与えず木原数多を跡形もなく消し飛ばした。
ハズだった。
木原「オイオイ、死ねだってよ。物騒だなぁオイ。しかもやる事がえげつねぇ。
酸素奪われるとこっちもつれぇし、そもそも話す暇もあたえねえって、どこの悪党だよテメエは」
木山「な……っ!!」
消し飛ばされたのは、炎だった。
出て来たのだ。
木原数多が、火柱の中から悠然と一歩を踏み出した。
燃える様子も、焦げた様子もなく、まるで平然と――
木山「な、んだと――っ!!」
驚愕。
その表情を木山から引き出す事がどれほど難しいかは、他の人間には理解出来ないだろう。
140万人の脳を掌握し多才能力と言う副産物を手に入れた彼女の強みは一体何かと問われると、
その引き出しの多すぎる能力を選ぶ者がほとんどだろうが、実のところそれは間違いだ。
その真の価値は140万人の人間の脳を繋げた事による多重演算。
脳波を同一にする事によって思考領域を拡大し、繋いだ人間一人一人の脳の処理速度を
並列稼働させる事で樹形図の設計者に最も近づく事が可能になる超規模演算。
それは木山春生が一種の予知装置になった事と同義であり、その演算が弾き出した答えは絶対だ。
しかし、それは覆された。
木原「ハッ、塵も積もればなんて言葉はよく言ったもんだぜ。もしかしてテメェが使っているその能力、
超能力級まで引き上げられてんのか?末恐ろしいなぁおい。まぁ、俺には関係ねぇが」
この街では何の戦闘能力も持たない『科学者』に
現在、最も学園都市で最強を誇る木山春生の予測演算が。
木山「貴様、何を――」
木原「ハァ?お前は今じゃ学園都市じゃ全知全能。あの樹形図の設計者の
演算機能に一番近い人間だろうが。分かるはずだぜ、すこし考えりゃなぁッ!!」
獣のように木原が吠えた。同時にその手に掴んだのは、別の『木原』とアイテムが戦った際に
生まれた残骸――転がっていた駆動鎧。それを、木原数多は事もあろうに片手で掴み、木山めがけてぶん投げた。
木山「これは……ッ!!」
驚きは、音速で迫る巨大な鉄塊にではない。
今しがた木原が行った明らかに人間離れの芸当。
まさか、と木山の思考の中である予測が始まった。
木原「そもそもぉッ!!俺がなんの為に『あの『クソガキ』の脳味噌や自分だけの現実を
弄くり回して『暗闇の五月計画』なんざ下らない計画を主導したと思ってんだ?
全部テメェみてぇな誰の手にも負えない馬鹿が出て来たときの為の『対策』なんだよッ!!」
小馬鹿にする様に、木原数多がケラケラと笑う。
凶暴に、獰猛に、まるで獲物を捕らえた猟犬のように敵を見据える。
木山「――っ!!! まさか……ありえない。こんな、」
そしてその瞬間、木山春生の中でとある可能性の予測が終わった。
140万人分の脳を繋げた演算能力はその答えに絶望しかないとしても構わず正しい答えを弾き出してしまう。
弾き出されてしまった。
木原「何慌ててんだかなぁ木山ちゃん。ありえない? なぁ、目の前にいる俺は誰だ?
学園都市最高峰の研究者?猟犬部隊の隊長?違うな、答えはそうじゃないんだよ」
能力を物理的に防いでもいない。科学の力で無効化した訳でもない。何かの機械で演算を狂わされた訳でもない。
ならば、答えは自ずと決まってくる。
『対策』と、去り際にも木原が放った言葉の意味を、木山はようやく理解する。
愚かだった。言葉の意味を木山春生ははき違えていた。深く考えようともしなかった。
木原数多と言う人間が『なにをして来たか』『なにを成し遂げたか』
いったい『なにか』を考えれば、その答えは馬鹿でも分かるのに。
木山「馬鹿な、そんな――っ!!!」
この学園都市で『もっとも最強に近づいた研究者』の表情が、この場に来て始めて青ざめた。
そして、木原数多は笑う。
木原「俺は『木原』だぜ? 例え140万人の脳味噌取り込んだ多重能力者が相手だろうが
戦う相手の『想像の外』へ出ないでどうすんだよ!!!なぁ!!!?」
そう吐き捨てて、『この街最強の能力を開発した科学者』は笑った。
絶望が、震える木山の唇から放たれる。
木山「貴様、まさか――自分の体に超能力開発を……!?」
木原「正解だ。クソみてぇな能力を掻き集めて無敵を味わうのはここまでだぜクソッタレのエイリアン」
そう言って、目の前男は捨てた。『研究者』という皮をその場で脱ぎ捨てた。
木山「――ッ」
木原「なンせ今からテメエが相手にすンのはそのチンケな能力者共なんざ束になろうが
足下にも及ばねェこの街の『最強』様なンだからなァ!!」
瞬間、人間には不可能な速度で木原数多が真直線に跳ねた。
辛うじで木山春生が捉える事が出来たのは、木原数多の背に接続された四本の竜巻。
木山春生はその能力を知っている。見ずとも分かる、その問いに答えを弾き出す必要はなかった。
この男が自身に発現させる能力なんて、たった一つしか存在しない。
木山「――クソッ!!最悪だ、まさかこんな――」
木原「よそ見してる暇あンのか?」
アクセラレータ
学園都市序列一位に座する最強の超能力――”一方通行”
木山「き――ッ、はらぁああああああああ!!!!」
この街のすべてを敵に回しても諦めない。
かつてそう言い放った彼女の前に立ちはだかった正真正銘最後の敵は――
木原「気ィ張らねェと一撃で死ンじまうぜェ?」
この街の『最強』だった。
【次回予告】
「狂っているッ!!貴様、私を殺す為だけにベクトル操作能力を構成する数値を自分の脳に入力したのかッ!!?
それが何を意味しているのか貴様は本当に理解しているのか!!!!!」
多才能力・木山春生
「まぁ、俺しかいなかったンだわな。あの野郎の演算能力を再現出来るぐれェの頭持ってる奴なンてよ」
一方通行・木原数多
という訳でここまで。
ここの木山さんも木原さんも二人とも発想がキチガイです。木原くンの対策は皆さんの想像の外に出れたかはさておき。。。
一応繰り返しますが2010年時点でSSの構想は終わっています。恋査?しらないんだよ!!
正確に言うと木原くンの能力名はベクトル操作になりまする。
インフレ激しすぎな木山さんの対抗手段として木原くんは某漂白もびっくりのインフレ化に巻き込まれました。
でも”木原”なら追いつめられるとこれくらいやりそうだよね。
この展開はあんまり使われてないと思うから意外性は出せた、かしら。
次回からは残り少ない大ドンデン返しor大戦闘回。作中トップで頭いい二人の戦いですが
書いてる人の頭は良くないので頭良さげな戦いにはならないです。ノリで楽しんでください。
次回はいつ来れるかわかりません。
おっかけ推奨なんで一応投下前一日か二日前くらいに予告出そうと思います。
ではでは
>>227普通にミスってました……すみません。
以下>>212->>213に入る文章です。まとまらなくて申し訳ない……
木原「そのガキ共。幻生のジジイの実験で寝たきりになってるんだが、
どうも実験直後からAIM拡散力場が暴走状態になってるんだとよ。
ソコにテメェの能力が刺激を与えて地震が起きてたって訳だ」
だから、と木原は言葉を区切る。必要な作業は終わったようで、
その視線は再び滝壺に向けられる。ただ、
木原「だから俺は今からお前の能力を無理矢理暴走させる」
それは最早、人間を見る目付きではなかった。
滝壺「そんな、……ッ」
木原「元々は無理矢理暴走能力者同士を共鳴させて能力の強度を引き上げちまおうってのが
実験の内容だ。まぁコイツはテメェらがぶっ殺した別の木原のプランだったんだがなぁ、
どうもアレイスターのお目にかかっちまったらしいぜ?そんで俺に引き継ぎ命令が来た訳だ」
木原「ハハハッ、おい喜べよクソガキ。お前、第三位みたいな紛い物と違って学園都市初の本物
のレベル6になれるかもしんねえぞ。まぁ、その前にこの街が地震で今度こそ終わっちまうかもしれねーけどなぁ!!」
ぎゃはぎゃはと木原が笑う。まるで愉快で愉快で仕方が無いという風に。
滝壺「そんな事、出来るはず無い!! だって」
木原「体晶はこの学園都市にはもうない。ってか?」
滝壺「ッ!!」
木原「ざ~んねん、あるんだなぁここに」
白衣の内側から木山が宝石の様な結晶を取り出す。
それは、滝壺が接種していた粉末状のものではない、
通常接種しているものを何倍にも凝縮した能力体結晶の塊。
体晶のファーストサンプル。
滝壺「いや……いやぁ!」
これはひどいクソスレ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ドッカン
ドッカン
☆ゴガギーン
.______
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∩∩ | | | ∩∩
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( ,,) | | | (・x・ )<おらっ!出てこい、>>1!!
/ つ━━"....ロ|ロ . | l |U \___________
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し'∪ └──┴──┘ ∪
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秋田ー
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あー楽しかったー
ちょっと早めの生存報告。
一回で終わらせたいからガリガリ書いてるんだけど長くなりすぎてvs木原戦は投下までもう少しかかりそう。
一方通行戦並に長い。すまぬ…すまぬ…内容はがっつり濃くいくんでもうちょい待っといてほしいっす。では。
生きてます。生きてますよ。
近いうちに投下宣言できそうです。
vs木原編は一気に落とすつもりですが糞長いです。
自分ペースすぎて申し訳ないですがよろしくです。
投下予定日は来週の日曜でっす。お待たせしました。
多分vs木原戦はソコで終了か、もしかしら分割になるかも。
どっちにしろ大量に落としていくんでおっかけてくれるなら
一時間程時間貰う事になりまする。
投下時刻は追って追記します。
ではでは。
予定通り日曜です。
22時頃落として行きます。
いつの間にか10分前。という訳で時間通り投下しまする。
長いんで小休止ちょくちょく挟みます。
まぁ俺理論強すぎる回ですが(今更)よろしくです。
ではでは。
・自分だけの現実を超えた先に
状況を整理しよう。
現在、この学園都市において木山の存在は極めて異質だ。
100万通り以上の能力をレベル5級の力で行使しその演算能力は未だ遠く及ばないものの最も
樹形図の設計者に近いと称される程の頭脳を持つ、言ってしまえば現状木山の学園都市での実力は
学園都市上位三位に食い込む程の、この街にとってはイレギュラーとでも呼ぶべき能力者。
しかしそんな他と比較にならない程に圧倒的な制圧力を持つ木山春生でさえ――いや、
この学園都市の能力者が束になって足掻いても届かないある”能力”
それが学園都市序列第一位の持つ”ベクトル操作”
例え現在の木山がこの街に存在する9割の能力者を自ら操る140万のスキルで
圧倒出来たとしても、コイツだけは話が違った。次元が違った。
多才能力を駆使する木山がレベル5を相手取って幾人かは倒せたとしても、第一位だけは倒せない。
そういう”仕組み”が出来てしまっているのだ。
全ての能力者が第一位と戦ってもソコに勝ち負けは混在しない。勝利や敗北と言った概念は存在しない。
だって、それは勝負にすらならないのだから。
それは、一方的なワンサイドゲームでしかないのだから。
だから、もしも本当に目の前の男が木山以上の”イレギュラーな能力者"に成り果てたとしたのなら、
目の前に立ち塞がる者全てを屠ってきた木山春生がこの戦いを切り抜ける事の出来る可能性は――――
木山「――っ!!」
振り抜かれた腕は、木山春生を寸での所で捉える事は出来ず硬質の床を砕き割った。
その瞬間、ズズズズゥンと低い轟音が区画全体に鳴り響く。
大地から広がった衝撃は施設全体を大きく軋ませ、遠くに聞こえる振動は一部の区画が崩落したのを感じ取れた。
拳から伝わったベクトルは壁や天井に裂け目を生み、辛うじで電力が供給されていた電灯が軒並み砕け、
区画内にはぱらぱらと塵とガラス片が降り注ぐ。その中で叫んだのは木山春生だった。
木山「貴様、一体自分が何をしたのか分っているのかッ!!」
たった一撃、木原数多が腕を振り抜いただけで引き起こしたその破壊に木山は戦慄する。
どう考えても有利であったはずの木山の表情に恐れと、焦りが同時に浮かび上がった。
木原「ハッ、テメエだけにはとやかく言われる筋合いもねェよ!!
その言葉そっくりそのまま返させてもらうぜ、このクズ野郎がァッ!!」
吠える木原が振り抜いた腕を再び木山に向けた瞬間、同時に飛び上がったのは――、二人。
風力操作にて風に乗る木の葉の様に宙高く舞った木山を逃さまいと、その脚力だけで木原は
数十mを跳躍し爆発的に木山との距離を詰める。否、それは明らかになんらかの能力の恩恵を受けた跳躍だった。
通常の人間が跳躍だけで大地を割るなんて芸当が出来る訳が無い。
木山「――ッ、あり得ないッ!!こんな事が――」
木原「あり得ない? ハッ、ギャグか何かかそりゃ!!こンなふざけた街が存在する時点で
ありえないなンて抜かす事自体がちゃンちゃら可笑しいンだよォッ!!!」
直後、襲いかかったのは不可視の衝撃。大気の向きを一点に集約しぶつけたのであろう
その破壊を木山は真正面から受け止める。
木原「そもそも自分があり得ないなンて言える立場だとでも思ってンのか?なァ、学園都市でも
実現不可能とされた多重能力者のテメェがよォ。なンなら生きたまま頭の中調べてやるからさっさと殺されろよオラ」
木山「私のこれは貴様の考えているモノとは全く別の方式だ!理論さえ構築出来れば可能なシステムだが貴様のソレは――っ!!」
叫んだ瞬間、木山が受け止めていた衝撃が掻き消えた。
腕を薙いだだけのワンアクションで不可視の破壊は本来あるべき大気へと戻って行く。
一手が通じない事は簡単に予測出来ていたのだろう。やるねェ、と木原数多が小さく呟いた。
木山「狂っているッ!!貴様、私を倒す為だけにベクトル操作能力を構成する数値を自分の脳に入力したのかッ!!?
それが何を意味しているのか貴様は本当に理解しているのか!!!!!」
同時に周囲に生み出したのはネットワークに存在する電撃使いの能力を引き出して造り上げた雷撃の槍。
強度は軽く超能力者級に達しており、その姿はかつての御坂美琴を彷彿とさせた。
木原「理解力が高くて助かるぜ。あァ、そうさ。誰も手付けられなくなったテメェを殺す為だけに俺は
こンなモルモットみたいな真似せざるを得なかったってわけだ。たくッ、ムカつくよなァ。だからよォ、」
雷槍は瞬きをする間にまるで細菌の様に無数に数を増やして行き、
そうして弾幕の如く一斉に木原に向かって発射された雷は――
木原「だからこの”対策”の落とし前はきっちり付けてもらうぜ木山春生ィィィィィィッ!!!!!!」
雷は木原数多の体表面に触れた瞬間、まるで逆流するかの要に進行方向が木山へと向きが変わった。
実際には始めて目の当たりにするソレに、木山春生は唖然とする。
木山「これが、反射……!!」
それはまぎれも無く学園都市第一位だけが有する超能力――ベクトル操作能力。
運動量、熱量、光、電気量、ありとあらゆるベクトルを観測し、触れただけで制御する力。
最悪だった。目の前で起こった出来事は全てに置いて最低最悪としか言い様が無かった。
学園都市にて超能力の応用開発を研究する科学者が――
”催眠暗示や投薬によって人間の脳を開発し研究する人間が”自らの脳を開発する。
そんな頭のイカレた事をしでかす人間が存在するなんて木山春生は想像していなかった。
超予測演算を手に入れたというにも関わらず、想定すら出来なかった。
木山「これが――、暗闇の五月計画の負の遺産かッ!!」
歯ぎしりをしながら、そんな言葉を木山が漏らした。
この瞬間自身を追い込んでいる状況は本来ならばあり得ない事だった。
学園都市に住まう少年少女達が固有する超能力は、
ある法則に従ってこの世界で現象として現れている。
自分だけの現実<パーソナルリアリティ>
そう呼ばれるのは能力者の源、核、根底たるものであり、
能力者自身が脳の中で描く現実世界の常識とはズレた世界の事だ。
その自分だけに存在する世界を認識、観測する事によって
少年少女達はようやく現実世界にて非常識を常識として発現する事が出来る。
これは裏を返せば能力というものは一人の人間につき一つの固有のものであり、
同系等の能力が生まれたとしてもDNAや体組織が完全に一致しない限り、
違う人間同士に同一の能力が生まれる事は100%ありえない。
それは学園都市が開発する能力の大原則であり、基本であり、基礎であり、常識だ。
しかしその常識は覆された。簡単に、壊されてしまった。
『木原一族』の最高峰。科学の申し子、木原数多に。
木原「そうさ。本来、暗闇の五月計画ってのはあのクソガキ……学園都市第一位を
一から生み出す事を目的として立ち上がった糞みてぇなプロジェクトだ!!」
馬鹿げてるだろ?そう笑いながら呟き、自身の体を弾丸の様に加速させて雷撃の弾幕を
突破した木原が木山に向かって腕を伸ばす。そのなんの変哲の無い動作は、しかし
触れただけで終わってしまう致死の腕。命を刈り取る死神の鎌、それは何の慈悲もなく振り下ろされる。
木山「確かに、馬鹿げているなッ!!」
対し、振り下ろされた鎌をギリギリまで引きつけた木山は体の重心を移動させることによって
最低限の動きで降り掛かった死を躱す。瞬間、密接した二人の挙動は同時だった。
木原は続けざまに第二撃を素早く繰り出し、木山はソレをテレポートで回避する。
木山「本当に、イカレているとしか思えないよ。貴様ら一族は」
木原「ハッ、そンなに褒めんなよ。照れちゃうじゃねえか」
木山「くッ……っ!!」
馬鹿げている。木山春生は先の言葉の通り、本心からそう思う。
研究者として学園都市の側面に脚を踏み入れた者だったら知らない者はいないだろう、
木原一族が主導した三大禁忌と呼ばれる実験。その一角、暗闇の五月計画。
第一位の演算式、思考、行動原理、性格、計算方式、自分だけの現実、
これら全てを解析した上でその数値を元に被験者のパーソナルリアリティを最適化、
第一位の精神性、演算方式の一部を植え付ける事で能力者の性能向上をさせるという
個人の人格と尊厳をどこまでも踏みにじる非人道的な計画。
木山「だがそれはあくまで能力者の新たな制御領域の獲得を目的としたプロジェクトだったハズだ!!」
木原「ソイツは最初期の実験段階での話だ。誰もいきなりクソガキと同じスペックを持つモルモットを
作れるなンて考えなかったさ。まぁ、結局はあの野郎の演算能力を再現出来る程の素体がいなかったもンで
次の段階に進む前にそのまま計画は潰されちまったがなァッ!!!」
ギロリと、木原一族特有の狂喜に満ちた瞳が木山を射抜く。
空間移動によって一瞬の内に数十m程距離を置いた木山春生だったが、
向こうにとってはそんなモノは無いに等しい様だ。直ぐさま体勢を整え、
背後に二本の竜巻を翼の様に接続し木原数多はまたもや加速する――
木原「結局残ったのは素体さえあれば第一位を作れるかもしれないっつゥ可能性だけだ。
そンでこの計画は終わりのはずだったが、ソコに現れたのがテメェだ」
木原「生まれて始めて頭を抱えちまったよ。対策を立てろなンて言われても多重能力者に対抗できるクズなンざ
暗部には第二位ぐれェしか存在しない上にその第二位は学園都市から離反したときたもンだ」
木原「暗闇の五月計画を流用してテメェに”一方通行”をぶつけようにも都合のいい素体がいなかったンだよ。素体が」
木山「――貴様を除いて、か」
木原「大正解。補正がかかってるとはいえ頭のいい奴と話すのは楽だねえ」
ニヤリと獰猛に木原数多が笑った。
接近する木原に木山はまたしても空間移動で距離を取り、
再び木原が詰める。それはまるでイタチごっこのようで、
木原「まぁ、ご察しの通り。俺しかいなかったンだわな。あの野郎の演算能力を再現出来るぐれェの頭持ってる奴なンてよ。
素体が決まりゃ話は簡単。パッチを当てる要領で俺自身の脳に解析した一方通行の数値を打ち込ンでやれば、この通りだ」
その言葉に木山は納得させられると同時に恐怖する。
第一位を生み出すと言う暗闇の五月計画の素体としてこれほどまでに
適役な人物は確かに学園都市を探しても二人といないだろう。
なにせ、木原はあの第一位の能力を直接開発、解析した張本人だ。
全てが全て、知り尽くされているされているはずだ。
一方通行の計算式も演算方式も特徴も自分だけの現実や使用者の特性、癖、精神性のすべてを。
加えてそれら全てを理解し再現する事の出来る学園都市最高の頭脳。
だが、
木山「そんな簡単なものである訳が無い!!同一の能力を発現する為には自身の脳を第一位の要素に
限りなく近い形で再現しなければならないはずだッ、そんな事が――」
その続きを声に出して言うのは憚られた。
それは、つまり木原数多という”自分自身”を捨て一方通行に”限りなく近い何か”になると言う事に他ならない。
あの男にとって、人間にとってこれほど屈辱的な事がこの世にあるのだろうか。
きっと、ない。
木原「そォさ。お陰さまでこっちは人間卒業だ。ありとあらゆる面で俺はあの野郎に引き摺られて
生きて行くしかなくなったンだよ。笑っちまうぜェ? なンだっつうのこの喋り方。なァ、お前もそう思うだろ?」
だがなによりも恐ろしいのはそんな前代未聞の、下敷きにしたデータがあるとは言え
誰も到達する事のできなかった本当の意味での”超脳能力開発”をこんな事のためだけに成し遂げてしまったこの男の存在だ。
木山春生が組み立てた幻想御手による多才能力システムなど
目の前の男が行った事に比べれば足下にも及ばない、それほどの偉業だった。
もっとも、それが正しい志の元で組み上げられたモノならばの話だが。
木山「く、そ……ッ!!」
今日の最新が明日の最新だとは限らない。科学者の間では通し文句としてよく使われていたその言葉を
思い出すと同時に、木山春生は理解する。目の前の存在を真の意味で理解した。
これが『木原一族』
”科学”に愛されてこの世に生を受けたにも関わらず”科学の悪用”という概念が具現化した様な矛盾した存在。
科学を土俵として戦った時点で、元から勝ち目などなかったのだという事を理解した時には既に遅すぎた。
木原「ハッ、今思えばこれもアレイスターの計画の内だったンだろうな。
全く、ムカつくぜ。こうなる事を奴は想定して俺に一方通行の開発を任せやがったンだ。は、ははは」
木原「やってらンねェなァちくしょうが!!誰彼構わずぶっ殺さねえと気が済まね――」
言葉を遮り、瞬間、ゴガァァンという音とともに木原の後頭部に何かが激突した。
頭上スレスレの位置に出現し、死角から降って来たとてつもない質量は、
先ほど自身が木山に対し掴み投げ損壊した駆動鎧。
木山の空間移動能力の応用によって加速度を負荷されて
木原に衝突したソレは、普通の人間なら致命傷どころではすまないだろうが――
木原「まずはテメェだ。一撃ぶち殺すだけじゃ全然足りねえ」
木原は傷一つ負う事無く、逆に衝突した駆動鎧は
その衝撃を自身に向けて変換され粉々に砕けちった。
バラバラと数百の破片が周囲に降り注ぎ、木原はその破片を払う様に腕を薙ぐ。
それだけで腕に触れた落ちていくだけの数百の鉄の残骸が
全方位に向かって弾丸の様に発射される。
木山「貴様っ!!」
自身に向かってくる超加速の弾丸を考慮する必要はなかった。
ベコリ、ベコリ、と鉄クズは木山春生に着弾するも、
不可視の領域に阻まれるかの様にそれらは木山の体に届く事は無い。
まるで硬質の壁に激突したかの様に不自然に潰れ、砕けて行く。
木原「あァ? その自動防御能力……どこかで」
木原が何かを呟いたがその言葉に耳を傾ける事は無い。
同時に木山春生が行ったのは、木原数多の下方に位置する滝壺や
木山の生徒達に向かって飛来する弾丸の支配。
磁力を展開しベクトルを増幅させられ加速した数百のソレを
強制的に静止させると共に、掌程の大きさの弾丸を分子レベルまで分解する。
木原「おォ、能力の多重展開……その領域まで来ると単一の事象しか起こせねえ能力者とは違って
組み合わせ次第では化けちまいそうだな。まァどう使おうが届かなきゃ意味ねえが」
木山「……ッ!!」
ぎゃはぎゃはと、木原が笑う。それは無意味だと言わんばかりに木山を嘲笑する。
木山(どうする、どうする――ッ!!)
焦燥感は自身に焼く程に迫り胸中を得体の知れない
感覚が渦巻くも、しかし木山春生の思考は極めて冷静だった。
生徒達が不意に狙われた事に取り乱したり、
思考に隙が生まれたりはせずまた木原自身の注意も怠らない。
本来の木山ならありえなかっただろう、それは全てが全て超規模予測演算能力の賜物だった。
現在、頭脳だけで言えば木山春生は間違いなくこの学園都市でも群を抜いた存在だ。
140万人分の演算処理は通常の人間ではなし得ない様な
予測を可能にし、そしてその通りに今の木山春生には
現状に対する様々な可能性を演算し、即時に対応出来る様に思考を調整している。
もしも木原が能力を使用し距離を詰めて来た際の対抗法、
もしも木原が木山を無視し生徒達を狙ったときの対処法、
そしてそこから派生してく数百手先の予測、対処の選択。
枝分かれの様に起こるであろう可能性がある木原の行動と結果。
その先の全てを予測しきる事の出来る木山は、しかしソレ故に焦っていた。
前述した通り、木山には視えている。
予測を超えたそれはさながら予知の如く視えてしまっているのだ。
例え140万全ての手札を使い切ってもこの場を切り抜ける事の出来る可能性は0だという事を。
木山「――なにか、なにか無いのかッ……」
数百手先、僅かな可能性に賭けて木原と拮抗し続けるも
遠くないうちにその腕が自身の体を貫く事を。
木山「奴の反射を超える事の出来る能力はッ……」
切り札も、奥の手も、木山は何も持っていない。
この状況を覆せるイレギュラーな要素はこの場に置いて限りなく0だ。
それらを踏まえて、今や絶対的な予知能力を手に入れた木山春生が幻視した未来。
やっとここまで辿り着いたというのに、何も救えず、誰も救えず、
悲劇が世界を色濃く染め上げる、そんな確定された未来。
木原「どうしたよ木山ちゃんン。顔色悪いぜ?」
木山「………ッ」
それは木山春生の敗北という絶望的な未来だった。
つーっと、一筋の汗が額から流れ落ちる。
ソレが木山の現在の状況を余す事無く全て物語っていた。
最早あの学園都市が認める程に厄介な存在と成り果てた
木山春生を排除する為に差し向けられた能力者。
戦場に投下された”多才能力”を上回るイレギュラー要素に木山は追いつめられていたのだ。
存在するはずの無いもう一人の超能力者序列一位に。
木原「おーおー、やっと体が温まって来た所だってのに。もうちょい頑張ってくれよ」
つまらねえだろ?
そんな言葉を漏らし、笑いながら木原は落胆の視線を木山に投げる。
対する木山から返ってくる言葉は、なにもない。
それが不愉快だったのか、コキッ、コキッ、と
首の骨を鳴らしながら退屈だと言わんばかりに露骨なため息を吐き出した。
木原「……たくッ、しょうがねえなァ。なぁ木山ちゃン。
余りの力の差にがくがくぶるっちまってるテメェにちっとやる気の出る話をしてやろうか?」
木山「なんだと……」
だが一転、露骨な態度からどこか小馬鹿にした様な声で木原が笑う。
両手を広げ、この場に存在するもの全てを強調するかの様な仕草で木山春生に問いを放った。
木原「気付いてるだろ?俺らがいるこの場所には今の学園都市じゃあるはずのねえものが存在してる事によ」
木山「――、ッ……!!!」
今の学園都市にあるはずのないもの……その問いの無意味さを木山は知っている。
現在も動かしている思考を止めようとせずとも、その答えは一瞬で弾き出される。
そもそもこの施設は――いや、考えてもみれば
木原の襲撃自体が始めからどこかおかしかった。
当たり前に考えてしまえば子供達を攫ったとしても、
その目的に至るまでの前提条件が既に破綻しているのだ。
この”タイミング”で木原が何を企んでいようが行動を起こす意味が無い。
今の学園都市には、決定的に欠けているものがある――都市機能そのものだ。
御坂美琴が最後に落とした雷は
学園都市の機能を壊し、何もかもを無為にし、電力を枯渇させ、
今だってこの街の稼働原となっているのは
彼女のクローン1万体の能力によるものだ。
だが、そうなると確かにこの施設はどこかおかしい。
なぜかぼんやりとこの区画を頼りなく照らす照明器具や、
なぜか滝壺を閉じ込めた装置が稼働しているこの施設の電力源は一体どこから来ているのか――
木山「……嫌でも気付くさ。電力の源は――この街の学生か」
木原「大正解。全くこの街の科学者どもは揃いも揃ってボケばかりだぜ。電力が無いと何もできない?
いるじゃねえか、この街にはそこら辺に都合良く電気を吐き出してくれるガキ共がよ」
木原「高位の電撃使いを10人程攫って”電池”にしちまえば充分この施設ぐらいなら動かせる。
……ンなこと考えなくても分かるぜ?」
高らかに、まるで喜劇でも観ているかのように木原は笑った。聞くに耐えない醜悪な笑い声で。
カッ、と。木山の中から怒りにも似た感情が沸き上がる。
勿論、この事を予期していなかった訳ではない。
当然ながら木山春生はそこに気付いていたし、理解もしていた。
分っていたはずなのに、コイツはまともな善性を持った人間なら
絶対に犯さないよう禁忌でさえ軽々しく蹴り飛ばす様な人種だと。
木原「おーいおいおいおい。何睨ンでンだよ。全部テメエの撒いた種だろ?
俺はただ不足しちまった電力をしかたなーーく確保しただけだぜ?」
木山「何の関係も罪も無い学生を殺しておきながらよく言えたものだな……っ!!」
木原「その何の関係も罪の無い学生を140万人も嵌めた奴が何言ってンだか。
それに何も殺しちゃいねえよ? く、ははっ――もう脳味噌しか残っちゃいねえがな」
木山「き、さまァ……っ!!」
バチバチと、木山の感情に呼応するかの様に体の周囲に火の粉が、紫電が、烈風が迸る。
今にも目の前の存在に対する嫌悪感や怒りが破裂しそうな程に膨れ上がり、
しかしその暴熱が木原に対し炸裂する事はなかった。
にたにたと、木原が笑いながら放った一言。
木原「ここでテメエが気張らねえとあそこにいるガキ達もそうなるぜ?」
木山「――――」
ぷつん、と。何かのタガが外れてしまうのを、木山は感じた。
その一言は、木山の中にあったマグマの様なドロドロとした感情を
一瞬で消し去るには充分すぎる程だった。
頭の中が一気に冷え渡り、超速で駆ける思考は自らを戒める。
そうだ、自分は何をしている。
ここまで来たというのに、やっと辿り着いたというのに、
こんな所で踏みとどまって、もがいている。
負ければ死ぬ。自分だけなら良い。だが、確実に滝壺や子供達も殺される。
それも考える事を放棄する程の凄惨な方法で――そんな事をさせる訳にはいかない。
誓ったのだから。必ず助けると、何を敵に回しても助けてみせると。だから、
木山「――っ」
空気が弾け飛ぶ音と共に、木山春生が先その手に炎を生み出した、氷を生み出した。
水を、風を、雷を、斬撃を、衝撃を、重力を、光を、物質を、生み出した。
所有する140万通りの手札<超能力>を余す事無く切り続け、その矛先は……
木山「殺してやる。木原数多」
唇から漏れだしたのは、木山春生の感情そのものを一言で表した言葉。
その真っ赤に染まった瞳に宿っていたのは、凍える様な殺意だった。
ぞくりと、木原数多の体が震える。
それは、怖じ気づいた訳でも武者震いでも何でも無い。ただ純粋に、
木原「いいねえ。そう来なくちゃなァ!!!」
目の前の存在を嬲る事が出来るという昂りが、体に出てしまっただけだ。
木原「こちとらわざわざテメエにあわせて人間辞めてやったんだ。
お釣り来ちまうくれえの楽しみがねえとやってらンねェぜ全くよ!!!」
木山「――いいさ。望み通り、全力で相手をしてやるっ!!」
その言葉と共に、木山が生み出した異能の波が木原数多に襲いかかった。
全方向から押し寄せるそれぞれが違う性質を持ち、尚かつ超能力級である超常現象の嵐は
並の能力者であれば絶対に逃れる事など出来るはずの無い不可避の攻撃。
目の前の男を除けば。
木原「はッ、なァにふざけた事ぬかしてンだかなァ――ッ!!」
ドババババッ、と。耳を裂く様な爆裂音と共にそれは木原数多に直撃し、
互いの能力が干渉し合った結果か、轟々とした黒煙が立ち上る。
しかし、それでさえ木原数多の体には汚れ一つ着く事はない。
ベクトル操作と言う単一の能力は、それほどまでに強力だった。
だが、
木原「――ッ!?」
ぐらり、と木原数多の体が揺れた。
視界が明滅し意識が刈り取られる様な錯覚に襲われ、
そんな状態だというのに木原は一切戸惑う事無く現状に至った理由を思考した。
答えを弾き出すのには、薄くなった意識の中でも一瞬あれば充分だった。
木原(野郎――まさかッ)
黒煙。燃焼に伴って発生した微粒子が全方位に向いて霧散して行く中、
木山春生が薄く笑った。放った異能は全て囮。本当の狙いは――
木原(この空間の酸素を全てッ、一瞬で真空状態を作り出したってのか!?
オイオイ、冗談じゃねェぞッ!!)
木原「ッ――!!」
超能力者とはいえ、体の構造は生身の人間と変わる事は無い。
例えベクトル操作が核爆弾さえ跳ね返すとしても、木原自身はどれだけ状根が腐り切っていようが体は普通の人間だ。
生命活動には当然酸素やエネルギーは必要不可欠であり、それがなくては生きて行く事など出来はしない
木原(ハ……ハハハッ、ガキ共もいるってのに随分思い切りがいいじゃねえか!!
勿論、そう来るって事は分ってンだよォ!!)
真空状態に放りだされた人間が意識を保っていられる時間は若干の誤差はあるもののおよそ15秒。
すでに10秒は経過したが――十分だ。5秒もあればこの程度の窮地など、100降り掛かっても乗り切れる。
木原「お、らよッ――!!」
木原が行ったのは至ってシンプルなものだった。たったワンアクション。
たった一度、その脚で床を踏みつけただけ。
ズズズズズゥゥゥゥゥン……と、それだけの行為で、施設全体が大きく揺れた。
震脚から生み出されたベクトルを何倍にも増幅させて引き起こされた衝撃が、その震源を起点に
いくつもの亀裂を走らせて行く。ビキビキと、それは床を伝い、壁を走り、天井を砕く程に。
木原「さァて、ぼやぼやしてたらガキ諸共潰れちまうぜ?」
言葉が終わった瞬間、MAR施設の崩壊が始まった。
砕かれた天井はあっけなく瓦解していき、激しい音を立てながら木山達のいる最下層区画に降り注ぐ。
木原による破壊が及んだのはこの区画だけではないのだろう、見えない所にまで亀裂は及んでいたのか、
建物を支える支柱は完璧に砕かれており、その重量に耐えきれず施設そのものが自壊を始める。
砕けた天井の更に奥から、押し潰すと言わんばかりに大量の瓦礫が降って来た。
木山「――ッ!!!」
キッ、と降り注ぐ瓦礫を睨みつけた木山の判断は一瞬だった。
自身が支配する並列演算を加速稼働させ、瓦礫に向かい腕を翳す。それだけだ。
木山「く――ッ、ぐ……ッ!!」
たったそれだけで現在自分がいるこの地下深くの最下層区画から地上に通じるまでの空間全てが、瓦礫ごと消失した。
木山「ッ――はぁッ……はぁッ!!」
瞬間的な超規模演算を終え、激しく肩を上下させる木山の元に差し込んで来たのは太陽の光。
真直線上から大地までの間に存在していた施設の2/3の体積全てを転移させたその部分は、
ぽかんとした直径40m程の大穴が広がっており、光と共に夏の空気も入り込んでくる。つまりは、
木原「ひゅー、凄いねえ。アレだけの質量を一瞬で転移させちまうとはよ。現在最高の
空間移動能力の最大転移質量は確か4000kgって話だが、その10倍はあったろ。
もうレベル5なンて域を軽く超えてやがるな」
パチパチと、賞賛するかの様に木原が手を叩いた。その背中に新たな大気の翼を接続して。
木原「ちなみにすげえ質量だったけど、あれどこに飛ばしたよ?」
相も変わらずへらへらと笑う木原がそんな言葉を投げ掛けた。
短く、木山が言葉を返す。
木山「貴様の研究所だ」
木原「……おーけい。殺す」
それが、虐殺再開の合図だった。
木山「――っ」
ズキリ、と頭部に鋭い痛みが走った。
脳が焼き切れそうな激痛に、しかし意識を裂く余裕は現在の木山には存在しない。
その激痛がなにによって引き起こされたのか分かり切っていたとしても、
それをこの場で木原に悟られる訳にはいかなかった。
だから木山の超速演算は更に加速し、自らに取り込んだ広大な意識と知識に手を伸ばす。
木原「――ッ!!」
木山「――ッ!!」
瞬間、白衣を纏った二人の能力者がその場から消失した。
秒針が一を刻む毎に聞こえてくるのは金属が激突するかの様な
破壊音に、空気が破裂し巻き起こる衝撃波。
衝突が重なり合う撃音は次第に下層区画だけでは収まらず、
徐々に徐々にと大地へ、空へと駆け上って行く。
辿り着き大気の波が拮抗するかの様にぶつかり合ったのは、地上を抜けた遥か上空。
突き抜けた空の真下で、最早学園都市の常識から外れすぎた能力者二人が激突する。
そして世界を覆う青色の中で衝突を繰り返す二人を、
その激戦を唯一ギャラリーとして地上より遥か下層にて視認していた少年が一人いた。
浜面「なんだよ……あれ」
空間移動によって奇麗に抜き取られたかのような
MAR施設に出来た空洞、その穴から覗くように、
血みどろの少年は高みへと視線を投げる。
そこにいたのはまぎれもなく浜面が知るあの二人。
しかしその状況は、とてもではないが理解できなかった。
木山春生と木原数多が戦っているという状況自体、
それ自体があり得るはずの無い出来事だったから。
浜面「なんでだよ……あの木山にただの人間が渡り合える訳が……」
どうして。なんて意味の無い言葉が少年から漏れたその瞬間、浜面は捉えた。
そして理解する。先ほどからこの施設を襲っていた衝撃や、破壊音の元凶を。
浜面「まさか、まさかあの野郎……自分の頭を開発しやがったのかよッ!?」
浜面の叫びは、遠く上空にいる二人には聞こえない。
しかしその二人の攻防を、浜面は確かに見た。
木山の放った異能が、木原に直撃した瞬間逆流したのを。
その光景だけで浜面は理解する。理解してしまう。
ほんの数時間前に戦ったあの最強の能力が、木山に襲いかかっているのだという事を。
浜面「ベクトル操作……っ!! 冗談だろ、あんなむちゃくちゃな能力、いくら多重能力者だろうがッ……」
声は途切れる。その先の言葉は言わずしても十分だった。
現に木山春生は、木原相手にあそこまで追い込まれているのだから。
浜面「くそッ、もう歩く教会も発条包帯も無いってのに……!!」
予期していなかった絶望が浜面に襲いかかる。
気力だけで保っていたその両足がここにきて始めて膝をついた。
傍らに寄り添うスフィンクスの鳴き声さえも、今はどこか遠く聞こえる。
浜面「……どうすりゃいい」
学園都市第一位の恐ろしさを浜面仕上は身を以て味わっている。
だからこそ理解出来た。
木山春生がこの場を乗り切れる要素が何ひとつ無い事に。
勿論、自分にも。
浜面「…………」
ただひとつだけ、ある事にはある。
140万の能力を得た木山さえも圧倒する木原を倒せるかもしれないカードが、一枚だけある。
その可能性を、浜面仕上は知っている。
浜面「……ちくしょう」
だがそれはあくまで可能性。ほんの小さな可能性。
しかもそれは本来、
本来インデックスを救う為の手段として考えていた、たった一つの可能性だった。
浜面「…………」
葛藤が、少年の中で嵐の様な葛藤が巻き起こる。
本当にこれしかないのか、ここでその手札を切ってしまっていいのか。
迷いが溢れる様に胸中を満たして行く。
ここで使ってしまえば、最後の可能性は失われる。
インデックスを救う為の壁が、もうどうしようもない程に高くなってしまう。
それだけじゃない。きっと、大切なものも犠牲にしなくてはいけない。
だが
浜面「やるしかねえ……やるしかねえんだ」
そう、やるしかない。現状、木山も自分にも可能性はないのだ。
手札を出し惜しみした所で、木原を倒せなければ全て意味が無い。
だから、
浜面「滝壺……っ!!!」
少年は走り出す。
この状況を覆す可能性の持った、ただ一人の少女の元へ。
そして、そんな少年の動きなど気にも留めず……いや、存在すら思考の彼方へ
置き去りにした二人の超越者の攻防は更に苛烈を極めて行く。
木原「はっはァ!!!楽しいなァオイッ!!!オラもっと踊れよッ、
ダンスならいくらでも付き合ってやるぜェ!?」
獰猛に破壊を振りまきながら木原が叫んだ。
彼がその手に掴むものは大気だろうが何だろうが、
何物をも容易く切り裂く刃となり木山春生に襲いかかる。
木山「く、そッ――!!!」
風力操作によって空中で体を大きく翻し、
木山は辛うじで大気の刃をすり抜ける。
だが避けたというのに、その表情には今の今まで
表には出ていなかった焦燥感が浮かび上がっていた。
木山「ぐ、ぅうッ!!」
ずきりと、またも灼熱が脳を襲う。
マグマを直接脳流し込まれているような錯覚に、
しかし木山はその痛みを無視し能力を行使する。
意識を割いたが最後、待つのは死だと本能が警告していた。
木原「おらどうしたよ。動きがトロくなってンじゃねェのかァッ!!!」
だが兆候は確実に出ていたのだろう、細い穴を縫う様に木原は的確に攻撃を畳み掛けてくる。
全ては木山の隙を生み出す為に、全ては木山という一個人が持つ全てを蹂躙する為に。
木原「ハッハァッ!!まだまだ温いぜ木山ちゃンよォ!!
もっと気合いいれてくれよォッ!!!!」
木山「こ、の……狂人がぁッ!!!」
木原「自分は違うってかァ?いい子ぶってンじゃねェぜエゴイスト野郎が!!
科学者なんざ狂ってナンボだ。テメェがやった事だって俺達となンら変わりねェだろうがッ!!!」
木山「貴様らと私を、ッ同じにするな!!!!」
叫びと共にその瞬間、地上から螺旋を描き突き抜けて来たのは黒に塗れた砂鉄の刃。
磁力により結合されチェーンソーの様に刃を振動させながら、
それは自在に宙を駆け抜ける木原に向かい一直線に突き進む。
木原「これは……御坂美琴の戦闘パターンかァ?オイオイ、
レベル5もネットワーク内に囲んでンのか。突き抜けた演算能力の一端はコイツのせいかよ」
しかし、やはりソレも無為に終わる。
刃は霧散し、しかい木原を覆い込む様に展開された砂鉄の繭は
本来ならばその中身を細切れにすり潰したはずだが――
木原「ンで今更ながら興味深くなって来た。幻想御手ってのは取り込んだ脳の”知識”や”経験”も
共有出来るっつーわけだ。ま、そうじゃなきゃ取り込ンだ能力の使い方もわかンねェもんな?」
バサァッ、と。一瞬のうちの砂鉄の繭は弾け飛ぶ。
そうだろ?と、どこか納得したような顔で同意を求める木原には
変わらず汚れすらついておらず、木山の攻撃は先ほどと同じ様な結果に終わった。
だが、
木山「あぁ、そうさ……幻想御手の副産物。レベル4やレベル5の強力な演算力や
その戦闘知識、経験を全て余す事無く私は引き出す事が出来る」
終わってしまったというのに、その様子は先ほどとは何かが違った。
木山「お陰で貴様の対抗策が僅かながら視えたよ」
悲壮に濡れていたその瞳には、僅かながらの勝利への可能性が浮かび上がっていた。
木原「あ……? ……――ッ!!!!」
そして木原も気付く。即座に木山の言葉の意味に辿り着いたその思考速度は
流石とも言うべきだが、一瞬遅かった。そしてその一瞬は、
常に余裕を崩す事がなかった木原数多と言う人間の”隙”を生み出すには充分すぎた。
木原「テメエやはりそうかッ!!! さっきの自動防御は――暗闇の五月計画のォォッ!!!!」
獣の様な咆哮は、しかしなんの意味もない。その瞬間には既に木山春生は木原数多に対してゼロ距離地点までの
テレポートを終えていたし、その必殺の可能性が込められた右腕は既に振りかぶられていた。
木山「これで――ッ」
言葉と共に必殺が降りおろされる。
それが無為に終わるかどうかは大きな賭けだった。
木山春生が超演算にて弾き出したこの攻撃の有効確率はおよそ8割。
数百手と限られた手札の中で恐らくこれが唯一届く可能性を持つワイルドカード。
はっきりと言ってしまえば、木山春生は追いつめられていた。
第一位と同等、そして並ぶ演算力を有した木原数多に木山は追いつめられていたし、
このまま戦闘が続けば敗北は免れない事は最早分かり切っていた。
しかし得るものもあったのだ。追い込まれれば追い込まれる程、木山は手に入れて行った。
それは現在の木山にとって最も武器に成り得るもの――木原数多の戦闘パターンを。
反射はどの角度に向けられているのか、操作された大気や
武器はどのような演算処理を施しているのか、
それら全てを観察し、分析し、解析し、たった数分の間だろうが
今の木山にとって反撃の為の情報はそれだけで充分だった。
しかしそれのみではまだ弱い。木原には届かない。
だから、探ったのだ。僅かな可能性賭けてこの街の140万人の少年少女達の知識と、経験を。
そして見つけたの。奇跡とも呼べる確率で、木山は見つけた。
暗闇の五月計画の”被験者”であったとある少女を。
その少女が知識として有していた”一方通行の反射演算パターンと計算式”を
この木原数多の能力のソースとなる情報が決め手となった。
これさえあれば木原数多が扱う能力の方程式を暴く事ができ、正確な精度で予測出来る。
極めつけは、御坂美琴だ。
こともあろうに彼女は編み出していた。
とても馬鹿げた方法だが編み出し、それを”実践”にて有効だと確立させていた。
この世にたった一つであろう、一方通行の反射の突破方法を。
木山「これで終わりだッ!!!」
材料は全て揃った。だから、木山は賭けたのだ。
この拳が届くいう可能性に、木原をぶち飛ばせる可能性にすべてを賭けた。
そして、
結論から言ってしまうと、その賭けは木山春生の運命を大きく変えた事になる。
軽快な声が響いた。
木原「――、なーんて、な」
木山「――?、ッ!?……な、」
失敗。その事実を木山春生は瞬時に理解する。
反射を超える事は出来なかった。
μ単位の精密レベルで行った木原への攻撃はあっけなく終わってしまう。
どうして。と、残ったのはそんな疑問。
様々な要素が重なって生まれたこの切り札は確実とは行かずとも、
何らかの形で木原に届くはずだった。なのに、なのに
木原「良い線いってたが……一つ、誤算があったみてェだな。木山ちゃン」
木山「ご…さん?」
木原「テメエは今俺に向かって反射を超えるはずの拳を放った。仕組みは
インパクトの瞬間拳を引き戻す事で、衝撃を内側に反射させるって様は寸止めって奴だろ?
木原「ハッ、ありゃ元々”俺が”生身であのクソガキに対抗する為に編み出した戦術だ」
木山「なん、……ッ」
木原「自分で編み出した戦術に対する対抗策ぐらいあるに決まってンだろ。ボケ。」
言葉と共に、木原が動く。その動きに”合わせて”木山も動いた。
切り札が封殺されたにも関わらず、即座に次の行動をとったその反応速度は
流石とも言うべきだが――やはりと言うべきかほんの一瞬、遅れてしまう。
そしてその一瞬を、先ほど木山が見逃さなかった様に
0.1秒にも満たない刹那を木原数多は見逃さなかった。
大気のベクトル操作による自身の加速は音の速さを超えて、木山の懐に潜り込む。
ぐにゃりと、ヘビの様に木原の腕が自身に伸びるのを感じ取った時には、もう何もかもが遅かった。
木山「ぐ――ァあああああああああああああっ!!!!」
ぶちぶちと、その毒手に絡みとられた木山春生の右腕が引き千切られる音が辺りに響いた。
快晴が広がる空に不釣り合いな程の鮮血が飛び散り、
吹き出したそれは大地へ吸い込まれ赤い雨となって降り注ぐ。
木山「ッ――はぁッ……はぁッ!!」
じわりと、額に玉のような汗が浮かぶ。息を荒くし経験した事の無い様な痛みの中で、
今は無い右腕を庇う様に押さえながら木山は尚も衰えない殺意を木原に向ける。
対する木原は、そんな木山の様子を称えるように小さく口笛を鳴らした。
木原「中々の反応速度じゃねえか。俺がテメエに触れて生体電流を弄るより早く
自分で腕千切るたァ、ハハハッ、中々いい感じに頭のネジ飛ンでやがるなァおい」
言い放ち、まるで玩具の様にぶらぶらと引き千切った腕を振り回す木原の姿は狂気の沙汰以外の何物でもない。
木原「だがまァ、反応出来たと言ってもこンな簡単に腕一本とれるってこたァ………
どうやらその演算能力もそろそろ限界みてェだな?」
木山「!!」
その瞬間、これまでに無い程木山の余裕が崩された。
強者としての仮面が剥がされ、その表情は焦りと、恐怖に満ちていく。
木原「バレバレだっつうの。まず前提条件としてテメエの多才能力は
戦闘を目的に得たもンじゃねえ。あくまで演算装置の副産物だ」
木原「そもそもの話、今のテメエには決定的な欠陥がある事何ざ自分で理解してんだろ」
鼓動が一際早くなって行くのを、木山は感じた。
その先の言葉は既に分かり切ってはいるが決してこの場では悟られたくはなかった事実。
木原「ガキでも分かるぜ? 1人の人間が1400000人の脳を支配し続ける
なんて出来る訳がねえってことはな。明らかなオーバースペック。
人間一人のキャパシティを軽く超えてやがる」
木山「く、ぐ……」
また、ズキリと頭に激痛が走った。明らかに酷使しすぎた木山春生の脳が悲鳴を上げている。
それは能力の発現や演算能力の問題ではなく、140万人という馬鹿げた数字の脳を
まとめあげている事による負荷だった。
木原「今のテメエは細い糸で鉛100t持ち上げてるみたいなもンだ。
当然、ンな馬鹿な使い方したら糸は切れちまう」
ニヤリと、いやらしく木原が笑って、言い放つ。
的確に、正確に、急所を抉るナイフの様に。
木原「テメエの予測演算能力。後何分保つかねェ?」
木山「…………っ」
それは確実に凶器となって木山の心を削ぎ落として行く。
木山「……ふふ」
木原「あァ?」
対し、返って来たのは木原が予想した様な絶望に塗れた女の声では無かった。
木原「おいおい手詰まりで狂っちまったかァ?勘弁してくれよ。まだまだ足りてねェぜ?」
木山「ふ、ふふ……そうだな。そうしなければ、
狂ってしまわなければ私はお前を殺す事は出来はしないんだろうな」
ぽつぽつと、小さな言葉が漏れて行く。
本当に狂ってしまったのかと、その姿を見たものは思ってしまうだろう。
片腕を捥がれ、今にも沈んで行ってしまいそうな木山を前に
木原は怪訝な表情を浮かべる。その手には千切れた片腕。
常人であれば気が遠くなる様な光景を前に、しかし木山はまだ木原の前に立ち塞がる。
隻腕の科学者は已然その心を燃やし続け、否、自らの心さえも踏み台にし高みにのぼる。
木山「あの子達を救う為なら、狂ってもいい。どんな禁忌でさえも踏み越えてやる。
こんな所で私は、――止まる訳には行かないんだぁァッ!!!!」
叫びと共に、爆音。木山を中心に爆風が巻き起こり、次の瞬間木原は異変に気付いた。
木原「肉体再生……ッ!!」
木山の腕が再生している。引きちぎったはずの腕が一瞬で。
レベル5クラスの肉体再生。いや、これはそんな範疇を超えている。
ただの肉体再生ならば『引きちぎった腕』からも肉体が再生される事など、あり得ないだろう。
木原「ッ!!!!」
掴んでいたはずのただの細腕は、よく見知った人間の形をしていた。
木原「いや、違うな。肉体生成かッ!!!テメェもとことん人間辞めちまってるなァ!!」
叫びと共に、木原の全身を貫いたのは他方向から飛来し十字に交差した雷の光。
身を仰け反る程の爆音に、目も開けられない閃光の中激しい稲光の中から
飛び出して来た人間は新たな右腕に慣れなない様子の木山の隣に並んだ。
木原「ハッ、プラナリアじゃねェンだぞ。なにやらかしてるか分ってンのかてめェは」
無論、いくら雷光の直撃を浴びても傷一つない超能力者は木山の前に向かい続けるが、
その表情には呆れと、嫌悪感。今までその表情を向けられる事はあっても向けた事は
数えることしかない木原ではあるが、今はその感情を向けずにはいられなかった。
木山「あぁ、分っているさ」
木山「私とお前が既に人の道など軽々と踏み外してしまっている事にはな」
左右からまるでステレオ音声の様に同じ抑揚で、同じ声が聞こえてくる。
木原の目の前には、二人の、全く同じ姿をした木山春生が立っていた。
木原「正気じゃねェなァ。おおかた木山春生っつう一個体の構成情報を量子レベルまでキッチリ解析して
その情報の欠片である引きちぎられた右腕を座標起点に肉体を生成したって所かァ?
数十万の能力と量子コンピューター級の処理能力を組み合わせりゃ理論上は可能だろうが……」
それがどういう行為で、木山がもはや能力者とかいうそんなレベルのカテゴリを
一段飛び越えてしまっている事は、木原にも理解が出来た。
要するに木山は創ったのだ。自分と全く同じ存在を、もう一人。
そしてそれが何を意味するかは、一つ。
木原「ハッ、なるほどね。”司令塔”が二つになった分、脳にかかる負担も半分になった訳だ」
木山「そう言う事だ」
木山「そしてこれで」
木山「1/3だ」
木原「!?」
背後から降り掛かる全く同じ抑揚の声。
既に二人だけではない。全く同一の存在が、
数えるのも面倒になる程の木山春生が木原を取り囲んでいた。
木原「……いやァ、引いちまうわ。確かに俺は一方通行の脳をトレースしたが、
何もこンなとこまでトレースするつもりは無かったんだぜ?」
木原「しかもクローンどころかこいつら、構成情報や記憶すら同一の”全く同じ人間”だろ?
全員が全員遜色ないオリジナル。はは、すげえなオイ。お前、”自分”を使い捨てるつもりかよ。
飛ンでやがるなァ。倫理感とか禁忌なンて吐いて捨てるもンだとは分ってるけどよ」
木原「く……くく。流石に気持ち悪いわ」
木山「貴様に言われると
木山「虫酸が走るよ」
その言葉を皮切りに、暴力の波が襲いかかる。
しかし、尚も木原からは笑みが消える事はなかった。
前半終わり。5分小休止します。
続きは55分から。色々ぶっ飛んでるけどまだまだ続きます。
―――――――――――――――
ドンっ、鈍い音が小さく響いた。
響いただけで、それは何も変わらない。
自分を閉じ込める分厚い硬化ガラスは、
少女のか弱い暴力では決して破れはしなかった。
滝壺「……っ!!」
苦痛が口からもれ、何度振り上げたか分からない腕がだらりと下がる。
痛みの感覚ももはやなくなり、その小さな手は血に塗れていた。
滝壺「きやま、せんせ……い」
ポツリと漏れたのは、今も自分達を救おうとしてくれていた恩師の名。
その姿は今はここにない。立ちはだかった最後の敵と共に、今は遥か上空だ。
滝壺「…………」
どうすればいい。
今も衝突を繰り返す二人の能力者を檻の中から見上げ、そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
木山が何故能力を発現しているのか、木原が何故能力を発現しているのか、
気にはなるがそんな事は今はどうでもよかった。
どうすれば、木山春生とまた会えるか。再開を喜び合えるのか。
今の少女の頭の中にはそれだけしか無かった。
滝壺「なんとか、しないと……」
恐らく木山春生は木原数多には勝てない。
たった数分しか目の当たりにしなかった二人の戦いだが、
それだけみれば充分だった。
どんな能力を秘めていようが、先生は木原には勝てない。
それは、最早この科学の世界での理なのだ。例外なんてあり得ない。
このままでは、遠からず木山春生は敗北する。
だから、
浜面「だから、お前の力が必要なんだ」
滝壺「はまづら……? どうして、」
いつの間にか、檻を挟んで目の前に立っていたのは見知った少年だった。
ボロボロになって、血まみれになって、息を切らして、少年はまるでどこぞのヒーローの様に
滝壺が閉じ込められている檻の前に立っていた。
浜面「助けに来たんだよ。アイツらの為に、木山先生の為に……」
そしてその檻に向けるのは、銃。
標的の材質、厚さ、硬度、距離を正確に弾き出し最も適した弾頭を打ち出す、演算銃器。
浜面「インデックスの為に、お前を取り戻しに来たんだ」
パァンと乾いた音が弾け、続けざまにビキビキと軋む様な音が鳴った。
滝壺がいくら殴ってもびくともしなかった硬化ガラスに刻まれた亀裂は
徐々に広がって行き、程なくして粉々に砕け散る。
滝壺「……はまづら」
浜面「滝壺。時間がねぇんだ。このままじゃ、」
木山春生は絶対に負ける。だから、
と、少年はその言葉の先を言おうとはしなかった。
ただ、静かにソレを差し出した。
滝壺「……体晶」
浜面の傷だらけの手に握られていたのは、木原数多が先の実験で
滝壺に投与しようしていた体晶のファーストサンプル。
橙色の結晶は美しく見えるが、しかしそれは猛毒の塊だ。
使えば、きっとろくでもない事になるのは目に見えている。
最悪、この体は崩壊してしまうだろう。
滝壺「…………」
浜面「ほんとに、すまねぇ」
虚ろな目でぼんやりとソレを見つめていた少女に、
浜面がかけられたのはそんな言葉。
そんな、安っぽい。言い訳の様な言葉。
浜面「俺には、何もねえんだ。ベクトル操作を持った木原相手に切れる手札も、
一発逆転の切り札も、最後の奥の手も何も持ってねえ」
血がにじむ程に唇を噛み締めて、言葉はぽつりぽつりと漏れて行く。
この極限の状態、一手を誤ると全てが終わってしまう状況の中、
無能力者の少年が抱いたこの戦局を覆せるたったひとつの可能性。
それは自分と同じ年程の少女に全てを押し付けると言う、酷く情けないものだった。
体晶を使う事がどういう事かは、浜面だって知っている。
それでも少年は持てる全てを尽くして滝壺と勝利を天秤にかけた。
これが、その答え。
滝壺「……わかったよ」
浜面「…………」
響く少女の言葉に、浜面はなにも答えられなかった。
ただその差し出した手の平に、少女の血に濡れた手が乗せられる。
滝壺「きやま先生がね……手を伸ばしてくれたんだ」
ゆっくりと、そんな優しげな言葉がポツリと浮かんだ。
滝壺「あんなに酷い事を言ったのに、それでも助けに来てくれた。
私の名前を、ちゃんと呼んでくれたんだ」
そうして、滝壺は浜面の掌に乗せた手をゆっくりと引いた。
浜面「……滝壺?」
滝壺「ごめん、はまづら。それは使わない。
使っちゃうと、もう戻って来れない気がするから」
言葉と共に、少女は空を仰いだ。
遥か上空にて格の違う戦いが繰り広げられているのだろうが、
それもここからだと視えはしない。だが、もう決着はついてしまうのだろう。
木原数多の勝利と言う結果に終わってしまうのだろう。
滝壺「そんな事はさせない。今度は私が助ける……きやま先生をっ!!」
叫びと共に、弾き出されたのは新たな可能性。
この極限の状況をひっくり返す最後の可能性。
木山も得られず、浜面も得られず、犠牲を払う結果でしか得ることの
出来ない可能性を切り捨てる事で芽吹いたそれは正真正銘”滝壺理后”という少女に
備わった体晶に頼ることの無い本来の超能力。
その瞬間、滝壺は思い出す。
沈む様に思い出して行く。
数日前に経験したあの”戦い”を。
研ぎ澄まされた”自分だけの現実”を。
深
く。深
く。
手を伸ばす。
―――――――――――――――
まるで災害の様な異能が吹き荒れていた学園都市上空は一転、静寂に満ちていた。
まるで終わってしまった様な静けさの中で、漂うかのように存在していたのは二人。
”二人”だ。
木原「オイオイ。今度こそ限界か?」
代わり映えのしない醜悪な声が澄んだ青色の空に響いて、落ちて行った。
木原「それとも――”殺されすぎて”懲りちまったかなァ?」
赤色の大地――何百という原型のない死体に覆い隠された大地へと、落ちて行った。
木山「はぁ……はぁ……っ」
木原「あー、何人殺したっけ? 少なくともずっと俺とドンパチしてた
一番始めの木山ちゃンはとっくに死んじまっただろうなァ」
木原「ま、テメエが何人目だろうが”本人”なンだから全く関係ないんだろうがよ」
木山「あ……、う」
吐き出す言葉もどこか弱々しく、既に死にかけと言っても
過言ではないであろう木山春生の体がぐらりと揺れた。
視界が薄れ、そのまま自らの死体の山へと堕ちそうになるも必死に意識を留める。
肩を上下させ、血に濡れていない箇所の無い彼女の体の傷は
時間の経過と共に修復されるが、すでにその精神は摩耗しきっていた。
おおよそにして三桁近い自分を創り出し、その全てが殺されたのだ。
予測出来ていた事だがそれでも僅かな可能性に賭けて、
自分の中にある可能性を全てを振り絞った結果がこれだ。
全て手は尽くした。
この身を狂気に委ね、超演算の元弾き出した木原に対する有効手は、
自分自身を生み出すという暴挙に及んでまでぶつけた必殺は、
ほぼ全てをぶつけて全てが無為に終わった。
もう手はない。恒常的に使用していた超規模演算能力さえも限界を超え遂に失った。
勝てない。そんな言葉が、予測が、予知が、絶望が、現実に迫ってくる。
木原「情けねェ面じゃねえか。もう諦めちまうか?」
ゆっくりと、木原数多が距離を詰めて来た。
それが理解出来たというのに、なのに木山春生の体は動かない。
木山「…………」
蹂躙の限りを尽くされたその身体と精神の傷は余りに惨く、
死が迫っているというのに心が動かない。
木原「なァ、木山ちゃン。実際の所俺は多少なりともテメェの事評価してンだぜ?」
そんな最も忌むべき敵の言葉でさえも、何も響かない。
疲弊し切った心には何も響かない。
木原「俺に向けて来た殺意はそりゃ見事なもンだった。さっきは惜しかったなァ、
酸素奪われたときは流石に危なかったし、あの拳だってもしかしたら通ってたかもしてねェ。
終いにゃ自分を捨て駒に物量作戦……いやすげえよ!!
目的の為には手段を選ばないその姿勢、まともな頭だと出来る事じゃねェぜ!!」
木原「なんせよォ、100万人以上のガキ巻き込むって所から既にぶっ飛んでやがる。
俺らみたいなクズでもンなこたァやろうとおもえねェよ。ぎゃはははッ!!」
愉快だとでも言いたげに、くつくつと木原が笑った。
人間としての尊厳を余す事無く踏みにじられた木山を前に、恍惚に満ちたその笑みは、
まるで悪意という感情そのものを見せつけられているようだった。
木山「…………」
だがそこまで馬鹿にされて、見下されているというのに、
木山自身はその言葉に対してどこか他人事だった。
向けられた声はすり抜ける様に、どこか遠くへ流れて行く。
意思は既にここになかった。余りの絶望に押しつぶされた木山の心は、
事もあろうにこの状況からの逃避を行おうとしていた。
糸が、切れてしまったのだ。
数年前から、あの悪夢の様な実験を境に張りつめていた糸が、遂に切れてしまった。
あと一歩だったというのに、手を伸ばせば届く距離に滝壺はいるというのに。
なのに今手を伸ばした先にいるのはこの世で最も憎い男だった。
木山「…………」
諦め。脳裏を過ったのはそんな言葉。
全ての可能性を叩き折られ、もはや死を待つしか選択肢のない現状を受け入れる。
残されたのは、そんな絶望に塗れた最悪な終わり方。
木山「……嫌だ。そんなものは、絶対に」
掠れた声は、木原には届かない。
ここで終わる訳には行かない。そんな願いは決して届く訳が無い。
なにか手はないのか。そう考えても、脳の演算は常人程度にしか機能しない。
水面下の足掻きは無駄に終わる。終わってしまう。
すぅっ……と、ゆっくりと腕が伸びてくるのを感じ取った。
触れるだけで魂さえも殺してしまう手が、自身に向かって。
木原「なァ、木山ちゃン。テメエはかわいいかわいい生徒の為にこの街の無能力者全員
の弱みに付け込んだんだ。そんなオマエを尊敬して、敬意を払って、歓迎してやるよ」
そして口許を歪ませ木原はその言葉を贈る。
餞の言葉であり木山春生にとっては終わりの言葉を、囁く様に。
木原「俺らクズの仲間入りおめでとさん」
木山「……っ!!」
それは単なる反射行動だった。
幻想御手の副産物の作用による万全時の木山なら、
そんな行動は決してとらないだろう。
だが、現在は情けない事に思考が働かず、
意思が薄れ、自己防衛の為に超演算も機能していない。
だからこその、人が当たり前に備えている反射行動。
余りの不快感に、反射的に腕が動いてしまった。
無駄だというのに、そんな事をしても届く訳が無いというのに。
――だが
パシンと、乱雑に振るわれた木山の腕は正確に木原の腕を弾き飛ばした。
木原「……あ?」
木山「な――、」
予期していなった自体に思考が停止したのは、多分二人ともだった。
まるで夢でも見ているかの様に、木山は目を丸くしていたし、木原は絶句していた。
そして次の瞬間、異変は明確な形となって現れる。
木原「――ッが、あ、あぁああっぁっっっぁっっぁあぁぁぁぁッ!!!!」
木山「!?」
木原「が、あァあアァァァァァッァッ!!!!な、ンだ、こりゃあッ!!!
木山ァ!!!!一体なにしやがったァッ!!!」
獣の様な低い唸りをあげ、木原数多が苦しみ始めたのだ。
見た事の無い様な苦痛に歪んだ表情で頭を抱えのたうち回り始める木原を見て、
本人は勿論、木山でさえ何が起こっていたのか理解出来てはいなかった。
木原「がァあああ、あああああああああああッ!!!!」
咆哮は更に続き、脳を直接掻き回される様な苦痛は木原の思考を鈍らせる。
だがその鈍った頭で充分だった。充分に理解し、答えにはすぐに到達出来た。
木原「これは――クソ、がッ!!!AIM拡散力場に直接干渉してやがるなッ!!!」
脳を直接掻き乱す能力、安直に考えれば精神操作が思い当たるがベクトル操作の前には
そんなものは通用しない。だとするならばそう……残るのは脳に宿るAIM拡散力場に
干渉する能力しか考えられない。
しかしそうなるとおかしい。木山春生が取り込んだ能力者にAIM拡散力場自体に作用できる能力者が
いない事は事前に確認済みだ。そもそもこの学園都市にいるのかさえ怪しい。
たった一人を除いて。
木原「てめェかァッ!!!!!!!!!!!!」
吠えたのは、遥か下方。大地を穿った大穴の更に奥。
視えたのは、そこに立っていたのは一人の少女――
大きく目を見開き木原数多を捉えて離さないその少女の名は、
木山「たき……つぼ、」
木原「どうなってやがるッ!!体晶を使ってブーストかけようがAIM拡散力場に干渉出来るなンてこたァあっても
こンなレベル5級の馬鹿げた出力はなかったはずだッ!!!過去のデータにゃここまでの能力――ッまさか」
焦る木原の脳内でその瞬間浮かび上がったのは、一つの仮説。
余りにもバカバカしい程の可能性だが、それしか答えは考えられない。
木原「――まさかッ、進化しただとッ!!?自分だけの現実になにか調整を――、
いや、ンな事できる訳……あのクソガキィ、この数日の間に”誰”と戦って”何”を得やがったッ!!」
――そもそも、全ての能力者においてその力が発展、
もしくは強度が上がる可能性はというものは無数に存在する。
例えば”一方通行”
レベル5にまで達した超能力者である彼が、どのような方法にて次の段階まで到ろうとしたのかしたのか。
”どのような方法”なら一つの階段を上がる事が出来ると判断されたのか、その答えはひどく単純だ。
御坂美琴を126人殺害する事で一方通行はレベル6へと進化出来る。
つまりは単純な戦闘経験。それだけで能力は次のレベルへシフト出来る可能性があるのだ。
元々の強度が低い能力者ならば、更に少ない経験値で。
ならこの状況は――滝壺理后が木原数多の理解の及ばない段階へシフトしていてもなんら不思議ではない。
たった一度の戦闘とはいえ、敗北してしまったとはいえ
”レベル6へと至った御坂美琴”と互角に戦い新たな可能性を掴みかけた少女の力は――
滝壺「きやま先生は――絶対に殺させないッ!!!」
その自分だけの現実を超えて更なる高みへと――”7人目の超能力者”へと進化する。
思考が乱れていた。
木原(まずい。まずいまずいまずいまずいッ!!)
今も掻き鳴らされるような錯覚に脳が陥り、全身を焼かれる様な痛みが木原数多を襲っていた。
どうにかしなければと鈍った頭で考えるもその対処法は明確に浮かんでこない。
だからだろう、完全に想定外の事態に陥ってしまった木原の思考はらしくもなく安直な方法を手に取った
木原「殺すッ!!実験なんて知った事っちゃねェ、テメェだけはぐちゃぐちゃに殺してやるッ!!」
激高し、暴走した殺意は吹き出す様に溢れ未だ
驚異的な能力を振るい続ける滝壺理后に向けられる。
今すぐにでも殺すといわんばかりに、おぼつかない大気操作で
少女の元まで駆け抜けようとした木原であったが、
木山「どうやら……貴様以上のイレギュラーがいたらしいな。木原数多」
木原「き、やまァ……ッ!!!」
当然、その行為を木山春生が黙っている訳がなかった。
木山「能力の根源でもある”パーソナルリアリティ”を掌握されてしまえば、
いくら無敵のベクトル操作と言えどお手上げな訳か。思いもしなかったよ。
あの子が、そんな能力を秘めていたなんて」
木山「場違いだが、嬉しいものだな……教え子の成長というものは」
木原「はッ、余裕ぶっこいてンじゃねぇぞクソが。だからなンだってンだよ?あァ!?
とっくに限界迎えてボロボロのテメェに今更何が出来るって……ッ!!」
言葉は途切れ、その姿に木原の目が大きく見開かれる。
限界のハズだった。それは木山は当然ながら、木原でさえ一目瞭然だった。
もう木山春生には能力一つ繰り出す力さえも残っていない。演算能力を失い、
ギリギリで立っているだけのただの科学者だったハズのなのに――
木山「限界なんてものは超える為にあるんだ……貴様もよく知っているだろ?」
その木山から殺意と共に吹き荒れたのは顕現出来るはずの無かった異能の片鱗。
並列演算を再び再展開。脳を襲う痛みは最早廃人と化してしまうまでに達しているが、
ここにおいてはもう、どうでもいいことだった。
木原「ハハ……なンだそりゃ。限界を超える? アニメのヒーローにでもなったつもりかよ。
あァ、やってやる。やっぱテメェだけはぶち殺しとかねェと気がおさまらねェわ。
丁度いいハンデだオラかかってこいよ木山春生ぃぃぃッ!!!!!!!」
木山「ぁ、ああああああああああああッ!!!」
怒号と共に、超越者同士の最後の戦いの幕が上がった。
木原「よォやっと張り合いが出て来たじゃねェか!!!
いいぜ、ぶっ潰してやるよォ!!あの糞ガキもろともなァ!!!!」
木山「やらせるか!!! 貴様は今、ここで殺すッ!!!!」
溢れる殺意を押さえようともせず、再び音速を超えて二人の超能力者が激突する。
しかし木山が放つ異能は先ほどと変わらず反射を超える事はなく、一見なんの変化もないように見られたが、
木原(ちッ、能力がうまく働かねェッ……!!!)
いち早く己の異常に気付いたのは木原だった。
AIM拡散力場に干渉され、能力を乱された今の自分自身の把握を優先した
結果、木原は決定的な欠陥に気付いてしまう。
反射が機能していない。
木原「く、そがァッ!!!」
またもや異能が迫る。普段なら向かってくるものに意識など割く必要の無い木原だが、
この場合に限ってはそうではなかった。
どの程度AIM拡散力場が乱されてしまっているのかは見当もつかないが、恐らく自動反射は
失っているだろう。もしかしたら自身が恒常的に使用している自動演算は全てが全て機能していない恐れがある。
しかも不用意に能力を行使してしまうと、この状態では暴発しかねない。
木原「ち、ィ……ッ!!!」
だから木原は向かい来る異能一つに思考を集中し、触れ、解析し、向きを設定し、能力を演算し、ベクトルを操作する。
0.1秒にも満たないスピードでそれだけの工程をこなし、そして逆流したソレを
見るに能力自体は失われていない、しかしとてもではないが笑える状況ではなかった。
木原(これは――っ、随分と厄介じゃねェかッ……!! 反射は効かねえ、いつもの要領で自動演算込みの能力を使うと
何が噛み合なくなって暴発するかわからねェ……っ!!全ての演算をマニュアルでやるしか――クソがっ!)
木山「どうやら、あの厄介な自動反射機能を失った様だな」
木原「ッ――」
その欠陥に木山も気付く。瞬間、ここにきて木原の焦りが増長した。
理由は簡単だ、簡単すぎる。今の木原の能力は十全の状態と比べて明らかに劣化している。
強度的にみれば強能力者程度の出力しか発揮出来ていない。
通常の能力者相手ならそれでも対処出来るだろう。
いくら一から十まで全ての工程を踏まなければならないとは言っても、それは事態は些細なレベルだ。
木原の頭脳さえ健在ならば、0.1秒以下での演算処理を数百は同時に行える。
だから、
木山「――ッ!!!」
この瞬間が、圧倒的物量を持つ木山春生に訪れた最大の勝機だった。
呟かれた勝利宣言と共に木山の全身から虹彩色の粒子が吹き荒れた。
輝く虹色はさらに広がり、木山が翳した掌に収束していく。
木原「テメェ……ッ、――!!!」
木山「あ、ァぁああああああああああッ!!!!」
木原の言葉が終わるよりも速く、収束された虹彩粒子が木山から放たれた。
とてつもない速度で駆けるその虹色の柱としか表現出来ない粒子砲を、
木原は両手を突き出し正面から受け止める。
木原「ご、がッ……ッ!!!!!」
押しつぶされる様な衝撃が全身を駆け抜けた。口元からは、苦痛が漏れると同時に
脳が混乱の二文字で埋まる。なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは。
木原「なン、これは――ッ、粒子の質が全く違うじゃねェかッ!!!」
ベクトル操作。その能力は名の通り触れたものの力のベクトルを操作する能力だ。
いくら自動反射というアドバンテージを失い、強度が落ちたとはいえ木原にはまだその能力そのものは残っている。
触れさえすればその最強たる力は木原と言う最高の頭脳を持つ能力者によって、どんな物質だろうが
質を解析され向きを設定され能力を演算されベクトルを操作され、攻撃は届かない
だから木山春生が得体の知れない攻撃を放ったとしてもそれが単一のベクトルならば、
たった一つの物質から生み出されたベクトルなら、弱体化したとはいえ木原にとってそれを操る事は容易いはずだった。
なのに、なのにいくら力の向きを変えても、いくら演算を行っても
一向にこの粒子の塊は軌道を変えず依然木原数多を消し去ろうととてつもない力で突き進む。
そこから導きだされる答え。この攻撃の正体は――
木原「き、やまァ!!! ありえねェぞてめェ……140万の能力”全て”を多重放射してやがるなッ!!」
それは、木山春生が幻想御手にて取り込んだ全ての超能力の結晶体。
スーパーコンピューター並の頭脳を持つ木山だからこそ展開できた超多重演算による物量作戦。
この局面に来て、正真正銘掛け値無しの最後の奥の手。
それがこの超能力の並列展開によって起こる事象を一個に圧縮し撃ち放った粒子砲だった。
粒子の一つ一つが完全に質の違う能力で構成されたそれは、
単一の攻撃でありながら炎であり氷であり水であり風であり
酸素であり窒素であり雷であり斬撃であり衝撃であり重力であり光や
その他140万通りのベクトルを持つ凝縮体。
現在その手に触れたベクトル一つ一つを解析、演算処理しなければ
操作を行う事のできない状況にいる木原にとって、
その単一であり複数の性質を持つ超能力が
どれほど自身と相性が悪いかは、言うまでもないだろう。
木原「が、ァァああああッ!!!!!クソがクソがクソがクソがァァァァッ!!!!!」
雄叫びはしかしその虹色によって掻き消され、同時に木原の額から、
眼孔から、鼻腔から、ぼたぼたと鮮血が零れ落ちてきた。
その原因は突き進む粒子砲の構成粒子の全てを解析し
逸らし続けるという常人ではまず不可能な能力行使、
それを多重的に行っている演算処理が圧倒的に追い付かず
脳が悲鳴を上げているという事に置いて他ならない。
木山「あ、ぁあああああああああああああああああッ!!!!!!」
当然それは木原だけではなく140万もの能力を
同時展開し続けている木山春生にも同じ現象が襲いかかっていた。
度重なる超規模演算は確実に脳にダメージを蓄積し、しかし木山は限界を超え振り絞る。
ここを逃せば、もう勝つ可能性は本当にゼロだ。
だから、ありったけを――ッ
木原「は、はははははッ!!!!上等じゃねェか!!こンなとンでもないもンぶち込んで
テメェだってただで済むはずがねェ!!!いいぜ。最後の根比べだと行こうじゃねェか木山ちゃンよォ!!!!」
木山「私はこの目で見た未来を変える。貴様を超えて、必ず進むッ!!!絶対にあの子達を救うと誓ったんだ!!!!
だから――、いい加減倒れろ木原数多ぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!!」
喉が潰れる様な叫びがぶつかり合い、空が虹色に染まっていく。
処理しきれないベクトルが木原の身体を貫き、能力負荷によるダメージが木山の脳を掻き乱す。
木山「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!」
木原「あ、あああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
究極を振り絞ったイレギュラー同士の衝突はやがて太陽の様に
眩しい虹彩色の輝きを生み出し空を飲み込みながら両者を覆い、
光が晴れた瞬間――それが決着だった。
ずぶりと、木山春生がこれまでの生涯の中で経験した事の無い不快な感覚が全身を駆け抜けた。
木山「あ――、がッ」
視線を、ゆっくりと降ろす。木原数多の右手が能力によって何重にもよって防護を
かけていたはずの自分の腹部に突き刺さっていた。
ぬるま湯のような血液が、纏う白衣を染めて行く。
木原「まさしくそうだと思うぜ木山ちゃン――限界ってのは超える為にあるんだ」
目の前にいたのはあり得ない程に血に濡れ、しかし変わらない暴虐な笑みを浮かべた木原数多。
ぐじゅぐじゅと、嫌な音を立てて腹部を貫通した腕は更に突き進んで行く。
木山「な……ぜ、……不可能だったはずだ、あれを、処理し切るなんて――」
木原「能力者が強敵と戦う事で進化出来るってンなら――それは俺だって例外じゃねェハズだぜ?
なンせ俺は木山春生っつう”レベル5と同等の能力者”を3桁は殺してンだからな」
木山「――っ!」
言葉は詰まり、唇から漏れたのは生温いヘドロのような血液だった。
溢れたものは止まらず、濁流のようにボトボトと赤いソレを吐き散らす。
つまりは、そういう事だった。木山が戦い続ける事で”戦闘パターン”という切り札を得た様に、
木原もまた、木山と戦い続ける事によって”戦闘経験”を蓄積して行っていたのだ。
進化したのは能力ではなく――木原数多自身。
恐らく数十分前までは木原はベクトル操作を
完全に自分のモノに出来てはいなかったのだろう。
木山を殺す為に能力を開発したと言うならば、恐らくソレはここ数日の間のハズだ。
いくらこの能力を生み出した張本人と言えど、理論と実践は大きく違う。
それを木原は木山春生という敵と戦う事で感覚を研ぎ澄ませ、演算を最適化し――
木山「く、そ……」
”慣れる”前に、なんとしても殺すべきだった。
がむしゃらに戦い狂気に走り、選択を間違ってしまう前に。
木山「き、は……ら」
自然と、唇から漏れたのは絶望を孕んだ言葉だった。
まるで悪鬼の様に全身が赤に染まった木原はその言葉を受けてなお笑う。
その身体はボロボロだというのに心地良さげに、笑みを浮かべた。
木山「き、はらぁあああああッ―――」
パァン!!
瞬間、まるで弾けた様な音が鳴った。
木山春生の全身の血液が破裂した音だった。
木山「が、ぁ――――」
木原「さァ、クッセェ茶番は終わりだ。楽しかったぜ?木山ちゃン」
ゴミでも捨てるかの様に、木原が腕を振る。
ずぶずぶと、小気味良い感触を残しながら腕を抜けた木山はそのまま力なく落下していった。
―――――――――――――――
木山「――――」
まるで全身をマグマに浸けた様ような灼熱が体を襲っていた。
だが不思議と痛みは無い。痛覚が壊れてしまったのだろうか。
遠のく意識の中、重力に身を任せながら落下して行く木山の脳裏に駆けて行くのは、過去の記憶。
研究職に着き、実験に明け暮れ、子供達と出会い、失い、そして足掻いたあの日々がまるで矢の様に駆けて行く。
木山(これが、走馬灯というものか……)
そこで、自分は今から死ぬのだと。木山はようやく実感した。
木山(すまない――滝壺、みんな)
勝てなかった。自らの目的の為に140万人もの人間を巻き込んだというのに、たった一人の人間に追いつめられ、
決死の力を振り絞った滝壺の力までも借りたというのに木山春生は勝てなかった。
木山(始めから、分っていたことだった。私が得た超能力ではベクトル操作を持つ木原には勝てない)
木山(僅かな可能性さえ、切り札も、奥の手も、木原には通じなかった――もう、なにもない。なにも)
そうして、木山は閉ざす。
瞳も、可能性も、自分自身も、全てを閉ざして真っ暗な闇の中へと堕ちて行く。
そして堕ちる最中――
木山(――――これ、は……なんだ?)
今も死の淵から堕ちる最中、木山春生は何かに気付いた。
140万人の脳を統べる木山春生が今になって感じ取った決定的な違和感に、気付いてしまった。
それは、例えるなら羊の群れの中に紛れ込んだ異物。
それは、例えるなら羊の群れの中に紛れ込んだ異質。
それは、例えるなら羊の群れの中に紛れ込んだ異端。
それは、例えるなら羊の皮を被った得体の知れない”何か”
木山(一体……これは……?)
朦朧とする意識の中で、木山春生はその”理解の及ばない何か”に触れようと手を伸ばす。
それを一度手に取ってしまえば決定的な何かがズレてしまうと本能が警告しようとも、手を伸ばさずにはいられなかった。
木山(――――)
それは―――
それは、1冊の禁書。
―――――――――――――――
ぐしゃりと、果実が潰れる様なそんな気味の悪い音が響いた。
滝壺「あ――、」
浜面「な、……」
空気が凍る。時間が止まった様な錯覚に襲われ、
超越者達の戦いを見守っていた二人はその結末を見届ける。
木山春生の形をした何かは不幸にも、少女達の目の届く場所に落ちてきた。
滝壺「…………、せ、んせ?」
震えと共に漏れたのは、小さな声。
目の前の現実を否定するかの様な、小さな呟き。
そこに先ほどの瞳に宿っていた強い意思はどこにもなかった。
滝壺「あ、ぁああ……」
眼前に広がる赤、赤、赤。
滝壺「あ、あぁああぁあぁぁぁああぁぁぁぁあっ!!!!!」
絶叫が鳴り響く。嗚咽が混じった声を吐き出しながら取り乱し、
滝壺はその歪な何かに手を伸ばそうとするが、その肩を浜面は近寄らない様に抱き寄せる。
その腕は、情けない事にがくがくと震えていた。
浜面「どうする、どうする、どうする――っ!!」
同じ言葉が何度も口からもれ、何度も頭の中をぐるぐる回る。
賭けに負けた。木山は勝てなかった。
その事実が、目の前の現実が浜面達を絶望へと追いつめる。
木原「よォ、流石に焦っちまったぜ?」
そして、背後から聞こえたのは絶望が具現した様な男の声。
その醜悪さに、その悪意に、少年の身体は一気に強張る。
木原「たくよォ、随分余計な事してくれたなァオイ」
動けない、振り向けない。コツコツと響く足音が、
死が迫っているというのにその脚は動いてくれない。
木原「お、よォ。クソガキ。テメェも来てたのか」
浜面「――……っ!!!!」
心臓が、弾ける様に踊り狂う。声で分かる。木原はすぐ背後にいて、
今もう手を伸ばしている。どうする。どうする。
答えの見つからない言葉が浜面の脳裏を駆ける。
このまま殺されるのを待つのか。なにか手はあるのか。
木原「あー、言っちまったもンなァそういや。死にたいなら奪いにこいって。ならよ――」
そして、結局答えを弾き出せないまま――浜面は反射的に振り向いた。
その手に演算銃器を携えて。可能性なんてありはしないと、分っていたのに。
浜面「お、おぉっぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
木原「なら、死ぬ覚悟はあるンだろ?」
とん、と。木原の指先が浜面に触れた。
たったそれだけでボロボロの浜面の身体がぐにゃりと捻れ、
まるで車に跳ねられたかの様に弾け飛ぶ。
宙に浮いた身体はボールの様にバウンドし、激しく転がって、
そのまま少年の身体はピクリとも動かなくなった。
滝壺「は、はまづら……っ!!」
浜面「が……あ、」
木原「あァー? まだ息あるみてェだな。殺したと思ったが……
チッ、やっぱり調子狂っちまってるか――まァ、もう関係ねェが」
ギロリと、悪鬼のような眼孔が幼い少女に向けられる。
同時に伸ばされた腕は滝壺の黒髪を乱雑に掴み力任せに引きずり回した。
滝壺「……っぐ!! うッ!!」
木原「俺の能力がまだ生きてるってこたァテメェのAIM制御は発展段階みてェだなァ。
危なかった。もし完全に能力が進化しちまってたら、完全に扱える程テメェの
演算能力や自分だけの現実が強固だったら、本当に危なかった……ぜッ!!!」
滝壺「う、あッ!!!」
ゴン、と。掴まれた頭を一切の手加減無く鋼鉄の地面に押し付けられ、
鈍い音と共に脳にまで響く衝撃が滝壺を襲う。視界が赤く染まり、思考すら事もままならない。
滝壺「う……」
木原「しかしとンでもねェ能力だ……その力、順当に成長すればレベル0のクズでも
簡単にレベル5級の能力者になれちまう。ハッ、俺たちの存在意義なんてまるで
ゴミにしちまう力だな」
木原「現時点での永続性はねェみてェだが、それも発展次第……
学園都市の開発機関を全て補えるさながら学園個人って所かなァ?」
滝壺「…………」
嘲る声は、少女の脳に届かない。ただ響く様な痛みを受け入れ、
全身を飲み込んで行く様な失意に身を浸し、霞む視界の中で少女の意識は薄れて行く。
立ち上がる力は無かった。叫ぶ気力もなかった。生きたいと言う願いもなかった。
ただ脳裏から消える事の無い血に濡れた木山春生の姿を思い出し、とてもとても
言い表す事ができない程の悲しい気持ちになった。
終わってしまった。伸ばされた腕も、伸ばした腕も届かなかった。
可能性は全てが全て打ち砕かれ、残ったのは絶望だけだ。
沈む様な絶望だけだ。
全てが、終わる。
滝壺「……!!」
だが瞬間、少女は視た。気付いた。気付いてしまった。
全てが遠くなって行く世界の中で、もう終わってしまったこの状況で
それでもまだ立ち上がる赤に塗れたその姿を。
滝壺「……せんせ、い?」
木原「………あァ?」
ポツリと呟かれた言葉に怪訝な表情を浮かべた木原が、
大きく見開かれた少女の視線をゆっくりと追う。
そこに転がっているのは、もう動く事の無い死体のハズだ。
木原「……オイオイ。マジかよ」
なのに、死体は転がっていなかった。
いたのは、間違いなくトドメを刺したはずの――
木原「ハッ、確かに一撃殺すだけじゃ足りねェとは言ったがよ、
一体テメェは何回殺されれば気が済むんだよ木山ァッ!!!!」
ソコに立っていたのは、まぎれも無く木山春生だった。
驚異的な速さで腹部に開けた穴が、ボロボロにちぎったはずの血管が、
肉体再生の能力によって復元、再生されて行く。
何故この女が生きているのか、少し考えればそんな事は馬鹿にでも分かる。
木原「自分だけの現実が乱されちまったせいで能力がうまく働きませンでしたってかァ!?
間抜けすぎだぜチクショウがッ!!!」
吠える様に木原が叫び、腕に掴んでいた滝壺をまるでおもちゃのように振り投げた。
この女の介入のせいで最後の最後に能力行使に何らかのズレが発生したのだろう。笑えない話だ。
小さく響いた少女の悲鳴に見向きもせず、木原は死に損ないの女の前に立ち塞がる。
その表情は血に濡れた髪に隠れて伺えない。
木原「オラ来いよ木山春生ッ!!終わりにすンぞ。もう懲り懲りだ。
今度こそきっちり殺してやるから掛かってこいよォ!!!」
木山「あぁ……覚悟は出来た。切り札も奥の手も、私にはもう無い。
だから今度こそこれが本当に最後だ……木原数多」
ゆらりと、木山春生の体が揺れた。ソレと同時に血に濡れた白衣が、髪が揺れる。
その隙間から視えた瞳に刻まれていたのは、地獄の底から湧いて出たかの様な殺意。殺意。殺意。
木原「ハッ、デカイ口叩くじゃねえか、言っとくがテメエの力じゃもう俺にゃァ響かねえぞ女ァァッ!!!!」
先手を打ったのは、木原数多だった。
今度こそ目の前の敵の息の根を止める為に、
その腕に必殺を携え木原数多は大地を割りながら一歩を踏み抜く。
対して木山のとった行動は頑に今までのとり続けた回避行動ではなかった。
木山「あぁ、そうだな。理解したよ。私の力では、どう足掻いても勝てない事を」
ただゆっくりとその手をかざし――同時に吹き荒れたのは虹彩色の粒子結晶。
たった数分前に突破された切り札が再び木原に向かって撃ち放たれる。
木原「は、ははッ!!なァにトチ狂ってンだかなァ!!!!!」
この瞬間、木原は勝ちを確信した。
先ほど乱された自分だけの現実――言ってしまえば脳の調整は簡易的ながらも既に完了している。
今の木原数多は先ほどの様な一つ一つのベクトルに対し細々とした能力演算を行う必要は一切無く、
十全の状態でのベクトル操作能力を行使可能だ。加えていま自身に向けられた攻撃は既に解析が終わっている。
そんな確信があったから、木原数多は進む事を止めなかった。
簡単に弾き飛ばしてやろうと、自身を貫こうとする粒子砲に手を翳した。
木山「そうさ。確かに超能力では貴様には届かない」
だから、木山春生のその言葉も気に留めなかった。
木山「―――ただし、これが”超能力でないのならば”話は別だ」
木原「――はァ?」
それが、全てにおいて決定的だった。
ゴッ!!!!!!と、感じた事の無い衝撃が腕から全身に伝わった。
木原「ぐ、なッ!!!!!!!????」
余りにも予想外の出来事に飛び出した絶叫は木原数多のものだった。
木原「な、んだ、よこりゃァァァァッ!!!!」
感じたのは、体の筋や筋肉がぶちぶちと弾け飛ぶ強烈な痛み。
隕石でも受け止めたのかと思う程の質量が片手にのしかかり、
木原の思考がソレまでに無い程乱雑に乱暴に、ぐチャグちゃに掻き乱される。
木原「き、やまぁぁっぁぁっぁ!!!!!なンだよこれはァァッッ!!」
焼き切れそうな脳を無理矢理に働かし、言葉を紡ぐ。木山が放った――今も絶えず放ち続けているそれは
明らかに先ほどの粒子砲と何かが違った。違いすぎた。威力もさることながら問題なのはその質だ。
木原「理解出来ねえぞ、テメェ、一体何を――ッ何をぶちかましやがった!!!」
びきりと、何かが割れる様な音と共に激痛が身体を駆けた。
受け止めきれないその力が木原の指の骨を、掌の骨を砕き鮮血が吹き出し始める。
木原「ぐ、ぅっぅうッ」
訳が分からない現象に理解ができなかった。理解ができなかった。理解ができなかった。
何が起こっている。何故コイツの能力に干渉出来ない。
木原「あり得ねェ!!! テメェが放ったのは単なる質の違う物質で構成された超能力の塊のはずだ!!!
たとえどんな質を持っていようとそこにベクトルがあるのなら、操作できねェ訳が無ェだろォが!!!」
木山「だから言っただろう……これは超能力じゃない」
木原「じゃあ、なンだってンだよ――ッ!!!!」
木山「――さあな」
木原「こ、の――っ!!!!」
ふざけるな、という言葉を噛み殺したかの様に獣じみた眼光を向ける木原に対し、
しかし木山のはなった言葉は嘘偽りの無い真実だった。
木山は今しがた木原の反射を破った力の正体を知らない。
ただ、木山春生は気付いただけだ。
自身が統べていた140万人の子供達の中に、明らかに”超能力ではない知識”を保有する少女の存在に
その少女の正体が何者かは、木山春生は勿論木原数多さえも知る由もない。
そもそも、現在の学園都市には明らかな異物が混じっている事を二人は知らなかった。
明らかな異端が入り込んでいる事を知らなかった。
――魔術師と呼ばれるそれは、この物語のきっかけとなった全ての発端。根源たる異質な存在。
そして、その中でも極めつけに異端である”とある少女”の存在を
一年周期の死を運命付けられ10万3000冊の毒を背負わされた”とある少女”の存在を
紆余曲折を経てこの学園都市の能力者になった”とある少女”の存在を
そして、現在木山春生が取り込んだ140万人の中に運悪く紛れ込んでしまった、
能力者であり魔術師でもある”とある少女”の存在を――
インデックスと言う魔神とも称すべき程の知識を保有する”魔術師”を、この二人は知らなかった。
木山「ただ、一つ分った事があるよ」
木山春生が今撃ち出した粒子砲を構成する物質は先ほどとほとんど変わりがない。
それは炎であり氷であり水であり風であり酸素であり窒素であり雷であり斬撃であり衝撃であり重力であり光や
その他何万通りものベクトルを持つ凝縮体。
しかし、それらは全て”超能力”で生み出されたものではなかった。
明らかにこの街で行使される異能とは別の法則によるもの――
木山「これで――ようやく貴様を殺す事が出来る」
それは”魔術”と呼ばれるこ別の世界の法則を当てはめた全く別種の異能だった。
木原「――、っ」
しかも、それは平凡な術師が扱うただの魔術ではない。
魔術師でない木山にとっては、今自身がどれほど危険な行いを
しているのかなんて理解さえ出来ていないだろう。
それは魔導図書館から引き出す10万3000冊の禁書を起源として生み出された、一つ一つが禁忌級の大魔術。
木山「未だに理解はできない。説明もできない。これを表現する言葉を私は知らない。
しかし、そんな事はどうでもいい。私の目的は今までも、これからもたった一つだ」
そして、この時点で木原にとっては最悪であり木山にとって最高な程に、
全てが木山春生という存在にとって都合の良い仕組みが出来てしまっていた。
本来ならば超能力者と魔術師は対極に位置する存在だ。水と油が決して混ざり合わないのと同じ様に、
超能力者にとって魔術を行使する事は猛毒をその身に宿す事と同義であり、また魔術師にとって
超能力を行使する事は己の全てを捨てる事を意味している。
――しかしここに例外がいた。
世界によって定められた絶対的なルールを唯一くぐり抜ける事の出来る人間が。
この学園都市で唯一超能力開発を行わず、魔術師成り得る条件を
保ったままに現実を歪めることの出来る”究極の例外”が、ここにいた。
それだけでもこの世界から爪弾きにされかねない程の
イレギュラーだというのに、ソイツはそこで止まろうとはしなかった。
こともあろうに、その存在は更に次の領域へとシフトした。
ここにおいて、超規模演算を可能とし多才能力を得る事が出来るという幻想御手の特性は大きく変わり、
いや――システムそのものが魔術を行使する為の装置に成り代わる。
そのレベルは最早単純な装置ではなく、魔術史を覆す究極の霊装と呼べる程に。
偶然が幾重にも交差し生まれてしまった幻想御手の新たな特性――
目を通しただけで廃人確定であるはずの魔導書を140万人の並列演算処理にて”解析させる”事によって、
本来ならば術者一人に襲いかかるはずの原典の毒を”1/1400000”に薄め、禁書に書き記されている魔術を
自在に行使出来るという、およそ魔術を知る者にとっては不条理にも限度があるシステム。
10万3000冊の魔導書を限りなくノーリスクで引き出す事が出来るという、
この世界の概念がひっくり返ってしまうシステムへと姿を変えた。
それが意味する事は、詰まる所一つしか無い。
木原「ぐ、ォぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
木山「だから、これで終わりだ」
こつりと、人間としてのキャパシティを大きく逸脱した木山が一歩を踏み出した。
たった一つの願いから、最早世界の理から弾かれる程の存在に成り果てた木山春生が踏み出した第一歩。
その一歩が科学と魔術が交差した瞬間であり、
木原の命が終わりに近づいた瞬間であり、
木山「貴様との茶番は人生で最も最悪な時間だったよ、木原数多――決着を付けるぞ」
―――――――――木山春生という、魔神が生まれた瞬間だった。
というわけでここまで!!
木山さんラスボスフラグが微レ存だけどここmで
なげぇ!!ながすぎ!!だから決着は次回持ち越し!!
すぐ来るよ!!一週間ぐらいですぐ来るよ!!
突っ込みどころは沢山あるけどまだまだ出てくるから勘弁んな!!
ではでは!!
一週間ぐらいで来ると言ったな。実はあれは嘘なんだ…
いやまじスマン。大して長くはならないんだけどもうちょっとだけ時間くだせぇ…
なんというか、もうすぐ投下するかも。
出来なくても今日中に投下しま
・幕間劇の終わり、そして――
――――――――――――――――――――
ふわふわと、宙に浮いた様な感覚が少女の全身を包んでいた。
滝壺「う、ぅ………」
暗闇から引き上げられる様に、意識は浮かび上がって行く。
頭部の鈍痛が響き、しかめた表情をしながら目を開けた少女の瞳に飛び込んで来たのは、
滝壺「は、まづら……?」
浜面「よぉ、目……覚めたか」
全身がボロボロで、どこか苦しそうに言葉を吐き出す少年――浜面仕上が自身の身体を
背負い、なにかから逃げる様に物陰に隠れる姿だった。
その懐からは見覚えのある子猫が顔を出し、どこか緊張してそうな声色で小さく鳴いた。
浜面「つ、ぅ……っ!!」
滝壺「はまづら、大丈夫?さっき……」
浜面「流石に……二回目も食らっちまうと響くな。
本物より容赦ねぇよ……ごほッ、ごほっ」
咳き込むと共に、吐き出したのは少量とは呼べないヘドロの様な血液の塊。
内蔵がぐちゃぐちゃに叩かれ逆流し、粘り着くように喉に絡む血を不快に感じながら
浜面は口腔内に溜まった血を乱雑に吐き捨てる。
滝壺「はまづら……」
浜面「俺の事はいい、滝壺……あの二人は、どうなってる」
滝壺「二人……?」
呟いた瞬間、ドンッ!!と全身を覆うような衝撃波が滝壺に襲いかかった。
そこで滝壺はようやく気付く。浜面が身体を休める様にもたれかかるその障害物の奥。
そこから溢れる何かの余波。そこから漏れる何かの衝撃。浜面はこれらから自分を連れて逃げていたのだ。
そして、目の前にあったのは――まるでこの世に存在する可能性を全て詰め込んだ様な色をした、輝く虹彩。
滝壺「きやま……せんせい」
ソレを放っていたのは、血に濡れていたはずの木山春生。
だが、その姿は最早滝壺の知っている木山の姿ではなかった。
滝壺「なに……あれ」
輝きが、勢いを増す。
その瞬間、木山を中心に取り囲む様に宙に模様が浮かび上がった。
常人には理解すら出来ないだろう、それは魔法陣。
敵を殲滅する為に用いられる戦術魔術が牙を向いて、真直ぐに襲いかかる。
絶対の敵――木原数多の元へ
――――――――――――――――――――
脳の中で凄絶な叫びが反響していた。
木山「く、ぐ……ッ」
響く声に険しい表情を作りながら、しかし木山はその声に振り向かない、顧みない。
悲鳴。数多に束ねた140万人の脳が発していたシグナルは、恐怖と、悲壮に塗れた声。
木山「――少し、だ。ほんの少しだけ……ッ、耐えてくれ!!!!」
振り切る様な声と共に、翳した手から放たれた虹彩の勢いが増す。
この世界の法則とは違う異世界の法則に塗れた、理解のできないその異能は
放ち続けると共に木山の、取り込んだ子供達の脳を得体の知れない何かで侵して行く。
それは、毒。人間にとってそれは致命的なまでの致死の毒。
響く悲鳴がその毒に対する恐怖だという事は、早々に理解が出来た。
木山(時間は、ない。この能力は私だけではなく、ネットワーク内全ての子供達の脳に
僅かずつ毒をまき散らしている。何かを理解するたびに脳に積もる0.1%の異物――それが重なれば、)
そこまで考えて、ぶちりと気味の悪い音と共に額から赤い血液が噴き出した。
激痛の中、木山は理解する。これが結果だ。この訳の分からない能力を使い続ければ、やがて全員がこうなってしまう。
木山「そうなる前に……っ」
だというのに、木山の演算処理は加速する。決して、そこで止まろうとはしなかった。
まともな人間性や善性を持つものなら、木山の今の行いを決して許容したりはしないだろう。
木山自身も理解していた。140万人全ての子供達の命を踏み台にする様な今の行いは、
決して許されるものではないと理解している。していながら、止まれなかった。
もう、本当に、本当に後が無いのだ。
限界は超えた。超えて、超えて、更に超えた。
それでも木原には届かなかった。だから、もうこの方法しかないのだ。
訳の分からないこの力に縋るしか、残されていないのだ。
木山「だから、私は――ッ!!」
正真正銘、切り札も奥の手も捨てた後に偶然残った最後の希望。
猛毒を孕んだ虹色をその手に走り続ける木山はもう止まらない。
声を無視し、この瞬間にも自分や子供達に毒は蓄積されて行く。
木山「償いはするさ……代償も払う、誰も殺させはしない……
だから、もう少しだけ――あの子達を助けるまでは!!!!」
ズキリ、と最早麻痺して感じられないはずの脳の痛みが木山を襲った。
ソレさえも無視し、木山が掴む禁忌級の魔術は更にその勢いを加速させる。
木山春生は気付かない。
反逆の始まりに、気付かない。
――――――――――――――――――――
眼球の片方が破裂し、聴覚がその機能を停止した。
喉は既に潰れており、身体には何かが貫通したのか
風通しの良さそうな穴が出来ていた。
木山の理解できない力を正面から受け続けるその腕は肘から先が消失し、
なおも削り取るかの様に木原の身体はこの世から粒子ひとつ残さず消滅して行く。
しかし、それでもまだ木原は生命活動を止める事はなく、生きて、生きて、生きて、
木原「ふ、ざけンじゃねェぞォォォォォォぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
そんな極限の状態に置かれてなお、木原数多と言う人間は生きる事を諦めてはいなかった。
木原「ふざけやがってふざけやがってふざけやがってェッ!!!
こンな訳のわからねェもンに、この俺がァ!!!!!」
しかし、叫びは掻き消されて消える。
虹色は尚も木原を飲み込もうとその最強の力を喰い破り、突き進む。
木原「が、ァあああああッ!!!なンだッ!!なンなンだよこれはァあああああ!!!!!」
血反吐と共に吐き出した言葉に、しかし答える者は誰もいない。
木原数多の今まで培って来たもののすべてを詰め込んで、
脳の演算領域を余すことなくほんの欠片すら残さずありったけを注ぎ切っても、
その物質が、現象が、原理が、存在が、意味が、何もかもが分からなかった。
木原「――――ッ!!!!」
だが、ここで何かが木原数多の脳裏を過った。
走馬灯の様に、ゆっくりと何かが駆けて行く。ソレは本能。それは経験。
理解が出来ない現象。起こりえる事の無い現象。確立がどうとかの問題ではなくあり得るはずの無い現象。
よくよく考えても見ればそんな理解の出来ないモノを木原数多は知っている。
学園都市最高の科学者として星の数を超えた実験に関わった木原だからこそ、
その最中1/10000000の頻度で稀に起こるイレギュラーな出来事
思わず首を傾げてしまいそうになる誰もが理解の出来ない要素。
今直面しているものはソレに限りなく似ている。
科学者の間ではそれはなんと呼ばれていたか、そう、確か笑ってしまう様な呼び名だった。
木原「オカルトだと――ッ!!考えられねえぞテメェ……、この街以外の能力者を取り込みやがったのかァ!!!!!」
木原数多が答えに気付く。理解のできない力の行使に幻想御手の副産物。
たったそれだけを結びつけて強引に真実へと辿り着く。
しかし、気付いただけだ。
木原「ぐ、おォ……ッ」
受け止めていたソレが勢いを増し、ぶちぶちと頭の奥で何かが千切れて行く音がした。
この正体が分かった所で既に木原にはもうどうしようもない領域まで来てしまっていた。
死ぬ。後五秒も経たないうちに死んでしまう。
未だに木原がこの世に存在していられるのは木山の放った”なにか”の大部分が
辛うじでこの世界の法則に乗っ取ったものだからだ。
水、大気、炎、雷、それらは科学的に考えられない異常な性質を帯びてはいたが、炎は炎、水は水、
所詮は既存の法則なのだから理解出来る範囲ならばそのベクトルには干渉出来た。
だが、それも訪れる死を数秒贈らせる程のその場凌ぎにしかなかった。
木山の放った”なにか”は全てが全て、歪で歪んで捩じれ過ぎていて、
最早木原数多にはこの”なにか”をどうする事も出来なかった。
木原「ち、くしょォがァあああああああああああああああああああッ!!!!!!!!」
死を迎えた獣の様な咆哮は、もうどこにも届かない。”なにか”に肘から先まで
喰い破れていたその腕は、もはや肩まで飲み込まれ今にも全身を包もうとしている。
木原(死ぬ――?俺が――ッ、は、はははは。冗談じゃねェぞ)
潰れた瞳を鬼の様な形相でそれでも見開き、木原は必死なまでに目の前の魔神に食らいつく。
能力者という枠からはみ出てしまった存在に対し、無謀にも死を諦めない。
この世から少しずつ消滅させられていく最中にも走らせていた演算解析も
学園都市最高の頭脳だというのに全く役に立たず、この”訳の分からない力”を
操作する糸口さえも掴めかったというのに、まだ木原はその頭脳を走らせる。
木原数多は生きる為の思考を決してやめない。
例え何もかもを捨てる事になったとしても、諦める事を決してしない。
それは『木原』として備わっている欲望のままに、欲求のままに生きると言う性質云々の
話ではなく、ただ単純に木原数多という人間に備わった生に対する本能的な強さ。
恐らくは、それが何度も何度も何度も何度も限界を超えたハズの木山春生
が木原数多を超えられなかった一番の理由だろう。
単純に木原数多という人間は、あまりに人として強すぎた。
そしてこの局面ですら――
木原(考えろッ!!!時間はもう1秒もねェ!!!どンだけ解析してもできねェもンはできねェ!!!
ちっくしょうさっさと見切りをつけとくンだったぜッ!!なにが出来るッ、あと0,8秒のなかで俺は、何が出来るッ!!!!!)
究極的に死に近い状況でかつて無い程に、光より速く思考が駆ける。そして――
木原(――あと0,3秒ッ!!!木山の思考の先を行けッ!!木山の想像の外を超えろッ!!
すべてにおいて上回れッ!!既存のルールを全て捨てて、可能と不可能をもう一度再設定したら
俺が今出来る事と出来ない事を明確にして、その壁を――ぶッ壊せ!!!!!!)
この時点で、木原数多が今日何度目かの限界を超え――
木原「オ、ォオオオオ―――ッ」
咆哮とともにパリッと、大気がひずみ――その瞬間、
木原「――…………!!!!!?」
――――ふっ、とその身に受け止めていた木山春生の魔術が消失した。
木原「ッ………あ?」
潰れた喉から、掠れた空気と共にそんな声が漏れた。
粉塵が舞い散り、自らが流した血溜まりの中に立ち尽くす木原数多にはこの状況が理解出来ない。
木原(どういう事だ……生きてる。俺はまだ生きている――”なぜだ?”)
自分が生きている理由が、木原には理解出来ていなかった。
理由は、明白。”なにもしていないからだ”
木原「………?」
限界を超え、何かを掴みかけた木原数多はまだ何もしてない無いのにも関わらず、
目の前まで迫っていた”なにか”が急に消えた。あと0,1秒で決着をつける事が出来たというのに。
木原「……なンだってンだ」
考えてもその理由は分からない。ただ、今にも絶命してしまいそうな体を無理矢理に身構えさせ、
木原は直線上にいるハズの魔神に対し意識を集中させる。破壊と共に散った粉塵のせいで姿は見えないが、
未だそこにいるのは本能的に察知出来た。
だから、木原はその粉塵が消えた瞬間――
木原「――く、はははは、」
木原「ぎゃはははははははははははははははッ!!!」
同じく血溜まりの中に倒れ伏す木山春生を視認して、高らかに笑った。
木原「先に限界が来ちまったのはテメェだったみてェだなァッ!!なァ木山ちゃン!!」
喉が潰れて、最早言葉にすら成っていないというのにそれでも木原数多は言い放つ。
テメェの負けだと高らかに言い放って、まだ辛うじで生きているらしい木山に向かい
脚を引き摺りながら一歩一歩ゆっくりと近づいて行く。
その歩幅が木山春生の寿命だった。距離がゼロに達した時にこの戦いは終わる。
何度も限界を振り切った超越者同士の戦いは、木原数多という絶対的な悪によって幕を降ろされる。
ただ、観客はソレを黙って見てはいなかった。
滝壺「きやま先生!!」
浜面「滝壺!やめろ――っ!!」
叫んだ少女と、それを止めようとした少年が瓦礫の影から飛び出した。
木山春生を覆う様に、守る様に寄りそうもその行為に意味はない。
ただ、死体が二つ増えるだけだ。だから木原は止まらない。
焼き切れかけた脳に余計な負担はかけまいと、殺すという事だけを考えて足を踏みだす。
ただ、そんな木原が一つだけぼんやりと考えていた事と言えば、
先ほど極限の中、限界を超えて掴みかけた”なにか”
確かにあの一瞬、まさに死ぬ瞬間、木原は能力者としての枠を踏み越えかけた。
木山が力付きてしまったお陰でソレを得る事は出来なかったが、
もしも踏み越えてしまっていたらと――そんな無駄な思考に興じているうちに、歩幅はもう0に迫っていた。
木山「き、は……ら――」
木原「おー、木山ちゃン。最後になンか言い残すか?聞いてやっても良いぜ?」
必死に立ち上がろうとしながら、頭を押さえ痛みに呻きながら、二人の少年少女に庇われながら、
木山はその朱に染まった視線を木原に向ける。殺意を乗せて、敵意を乗せて、
しかし、それは届かない。
木山「これは……あ、まさか」
”邪魔をされて”届かない。
木山「ここまで、きて………」
ずきん、ずきんと、鳴り止まない津波の様な激痛に”邪魔をされて”届かない。
木原「やっぱヤメだ。死ね」
木山「ネットワークの暴、走……が、ぁああああああッ!!!!!」
そして、幕が降ろされる。木山と木原の鮮烈な戦いの幕が、ようやく降りた。
ただし降ろしたのは、木原数多ではなかったが。
木原「あァ?」
切り裂くような絶叫と共に、木山春生の頭頂部に”なにか”が収束していった。渦のように絡まりあい
ながらそれは莫大な大きさに膨れ上がって、膨れ上がって、膨れ上がって、
木山「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
木原「――――な、ン」
誰もがその現象を前に動けず、だというのにそれはそんな事はおかまい無しにと、パァンと風船のように弾けて――
”生まれ落ちた”
滝壺「胎児……?」
浜面「なんだよこれ……」
2~3m程の大きさのそれは胎児の様な形をしていて、次の瞬間には少年の様な形に成った。
と思ったら、その瞬間には老人の様な形になり、また胎児に戻る。不安定に形を変えるそれに
共通していたのは全てを飲み込む様なぎょろりとした目玉と、頭上に今にも崩れそうな光輪、
脆そうな羽が形成されているということか。
木原「は、はは……」
掠れた笑いが漏れた。木山が産み落としたその未知に存在に、この場にいた誰もが反応出来なかった。
木原が万全の状態であったならば、それを笑い飛ばす事もまだ出来ただろうが、消耗しすぎた精神と体では、
それも叶わない。そして、ぎょろりとふらついた目玉は、二度三度ぐるりと周囲を見渡し、一点に固定される。
大きな二つの目玉が木原に向けられて、
木原「……は、ハハ。なァに見てンだよ。バケモノ」
それが、木原数多の最後の言葉になった。
「ihbf殺wq」
木原「――ごッ!!!!!????」
瞬間、不可視の力が木原を襲う。反射を超えて、今度こそ一から十まで理解が出来ない、
しかしよく知っている”見えないなにか”が木原の全身をすり潰し、とてつもない速度で上空へとぶち飛ばされる。
止まらない。止めれない。先ほどの木山の攻撃と違って、既に死が確定してしまったその間際に木原数多は理解する。
これだ、と。先ほど木原数多が掴みかけた力の片鱗。この世の法則でない理解出来ない力にぶつけようとした
この世の法則に乗っ取った理解のできない力。自分が手を伸ばし掴みかけたのはソレなのだと。
しかし、もう遅い。
崩壊したMAR施設の壁を貫き、そのまま音速の十倍を超えた速度で成層圏まで
プラズマ化したオレンジ色の残像が尾を引いていく。生死などわざわざ確認するまでもない。
何度も限界を超え、最後まで木山の前に立ちはだかった木原数多という人間の最後は、そんなあっけないものだった。
浜面「な、……あ」
そして、その場に残された人間はようやく事態の重大さを把握する。
この状況がどれだけ危険か、あの木原数多を一瞬で消し飛ばした目の前の怪物が、どれだけ危険か。
浜面「た、滝壺……動けるか?」
滝壺「ごめん、はまづら……走って逃げるのは、無理」
小さく飛ばした声に、少女から震えた声が返って来た。
木原に撃たれた両膝の傷が開いたのか、脚部のジャージには濃い赤い色が滲んでいる。
ぐったりと意識をどこかへ置き去りにしてしまった木山の服の裾を掴み、
その怯えた瞳は目の前の怪物に向けられていた。
浜面「くそ、なんだよ……なんなんだよコイツはッ!!」
歯ぎしりをしながら、しかし浜面はその場を動く事が出来なかった。
手負いの滝壺に、意識を失った木山春生。この二人を連れて真っ先に逃げなければならないのに、
浜面「つ、ぅ……」
既に、自分自身も限界だった。ここに辿り着くまでの戦いで
慢心創痍だった体は最早思う様には動いてくれない。
小さく猫が鳴く、どこかに隠れていたスフィンクスがいつの間にかすり寄って来てた。
滝壺「は、はまづら……どうしたら」
浜面「とにかく、ゆっくりでもいいからここから逃げ――」
よう……。と、そう言おうとした矢先に言葉は途切れる。思わず口を噤んでしまった。
ぎょろりと、怪物の大きな目玉がこちらを捉えている光景に、言葉が出てこなかった。
ただゆっくりとその怪物は漂いながら、姿を変えながら、でも決して目を逸らさず、
啼いた。
「;snv;くsvoj@ormmv:smv:s;たa]し:v]a;,v;__,va;dあkv:;bmeitjだioenvni!!!!!!!」
浜面「く、ぅ……!!!」
滝壺「や、ぁッ!!!」
頭まで響く様な奇声に、滝壺も浜面も思わず両耳を塞いだ。
しかし、塞いだ所で変わらない。黒板を引っ掻いたような不快な声と共に
まるで直接脳に流れ込んでくるかの様に、頭の中でガンガンと音――いや、声が反響する。
それは、この街に住む少年少女の――無能力者達の怨嗟の声。
浜面「な……これ」
息を飲む。ヴィジョンと共に押し寄せる様に傾れ込んで来たのは学園都市に住む140万人の
レベル0の嘆きや、怒り、やり切れなさ、不満、そんな負の感情全てを押し込めた様な切り裂く声。
滝壺「はまづら……」
浜面「……ッ滝壺、逃げるぞ!構ってられねえよこんなの!!」
自分にも身に覚えのあるそれを振り払うかの様に浜面は叫び、少女の手を引く。
未だ意識を取り戻さない木山の細い体を抱え、浜面は赤子の様に拙い一歩でこの場から離れようとするが、
「uhounwohinkvwpihiwrnviowj!!!!!!!!!!!!!!!」
浜面「ぐ、ぁッ!!!」
滝壺「浜面!!」
逃れる事は叶わず、その脚にはバケモノから伸びた触手のような
ものが絡み付いていて浜面を離そうとはしなかった。
浜面「は、なせよッ!!」
叫びは、届かない。奇声をあげ続けるその怪物の黒い目玉は三人を見据え、ぎょろぎょろと揺れ動く。
そのバケモノの異変を感じ取ったのは、滝壺だった。
滝壺「はまづら……これ、段々おおきくなって……」
2~3mだったハズのその怪物が、だんだんと肥大している。
溢れ出す憎悪と共にその体は次第に膨れ上がり、まだ止まらない。
浜面「ぐ、うぁあああああ!!!」
脚に絡まった触手の締め付けが増し、脚部に激痛が駆け抜けた。
引きちぎられそうな痛みの中で浜面はまたも聞く。いや、もはや周囲に声が拡散していた。
どうして俺が―――― 自分だけ――――――
私が――――こんな目に――――
力が――――――レベルが――――――
ただ能力者に――――この街で――
なにが悪い――――――ズルをしたって――――
―――なりたかった――――――――能力を――――
縋ったって――――悪くない――――――
誰にも――――分からない レベル0なんて――――辛いだけ――――
どうして―――― 努力なんて――――全部――――――
無駄――――― 才能――――だけ――――
無能――――― なにも――――できない――――
こうでもしないと―――――― なれない――――――
能力者に―――― ――――――強く――――――なりたい
誰も――――助けられない――――――
――――分からない ――――辛いだけ――――
どうして―――― 努力なんて――――全部――――――
――――― 才能――――だけ――――
――――逃げたって――――いいじゃないか
力が――――――レベルが――――――
能力者に―――― 諦めて――何が悪い
浜面「…………っ!!」
まき散らされた声は大多数の、幻想御手を使用した奴は勿論不本意に巻き込まれたであろう
無能力者達だって少なからず持っていると言っていい特有の劣等感をぶちまけたものだった。
同時にその怪物から激情と共に吐き出されたのは、破壊衝動。暴走しているのか、憂さを晴らしたいのか、
今も肥大化を続けるその体から幾数もの超能力が生み出され、無差別に放射される。
瓦解寸前のMARの崩壊が、怪物の能力によって加速する。
浜面「く……や、めろぉおお!!!」
このままでは生き埋めだ。だと言うのに、逃げ切る事はできなかった。
そのバケモノは浜面の脚を掴んで離そうとは決してしない。だから、浜面は声を荒げ思いっきり叫んだ。
浜面「ッ、ふッざけんなよテメェら!!お前らにとやかく言える資格なんざ俺にはこれっぽっちもないけどな、
一つだけ教えといてやる!! 俺や、お前らは自分の力の無さを言い訳に逃げただけなんだよ!!」
浜面「どうしようもない事なんて腐る程あるけどな!!しょうがないからって、諦めて逃げた先で暴れて、
お前らここで終わらせちまうつもりかよ!!ならテメエらは一生レベル0以下のクズのままだぞ!!いいのかよソレでぇ!!」
がむしゃらに叫んだその言葉は、本当に目の前の怪物から放たれた声に向けて叫んだのか、
はたまたその声に重なったかつての自分の面影に向けて叫んだのかは、定かではない。
だが確かなのは、目の前の怪物は自分も成っていたかもしれない可能性の一つで、倒すべき敵だという事だ。
「ouオhoマエvuwnviだwnocavownviwおcmasmsoなmzizizizizizizizi」
ノイズが混じった様な奇声はやむ事無く、しかしそれは先程のまき散らす様な叫びではなく一点に向けられていた。
浜面「ぐ、……ッ!!!」
浜面仕上ただ一人に向けられていた。
「iianm殺iouwehoiwn」
殺意の混じったノイズが響き渡ると同時に、膨れ上がる怪物の周囲に先ほどと同じ多数の能力が形成させる。
それはやはり、一点に、たった一人に、浜面仕上だけに放射され、
滝壺「はまづらぁ!!!!!!」
少女の叫びが反響する中、しかし何も手段は無かった。
死が向かう。少年一人を跡形も無く消し去るには、充分すぎる暴力が。
浜面「――――――っ!!!!」
そして――――――――――――
――――――キュイン
どこかで聞いた覚えのある、何かが砕けるような甲高い音が響いた。
浜面「な……、お前」
降り注いだ死を逃れた浜面から、思わずそんな言葉が漏れる。
その見知った男の登場に、驚きを隠しきれなかった。
「それでいいわけないって、俺だって思うよ。浜面」
降り注いだ数多の能力を右手一本で掻き消し、男は笑う。
ぱきぱきと掌の骨を小刻みに鳴らし、少年は――
無能力者の少年はいつもの通りに笑みを浮かべながら立ち向かう。
「たくッ、やっと犯人に辿り着いたと思ったらゴジラみたいな怪獣が相手なんて……不幸だ」
浜面「ま、待てよ……お前、いま……どうやって」
「ん? あぁ……まぁ、後で説明するよ。今は取り合えず」
コイツをどうにかしないとな。
なんて、その男はこんな怪物を目の前にしてるというのに、
そんな事を軽く言ってのけ、右手を振るう。
こうしてようやく役者は揃う。
最後の役割を果たすべく、少年がようやく壇上へと足を踏み入れた。
仕組まれた一つの舞台が幕を閉じ、こうして、新たな舞台の幕が開く。
上条「はっ、いいぜ。テメェらがこんな形でしか強くなれねぇって言うんなら――
――まずはそのふざけた幻想をこの右手でぶち殺すッ!!!!」
上条当麻の参戦をもって、物語は終幕に向かって加速する。
【次回予告】
「ならここは手を貸してやる。貴様はさっさとあの化け物を止める方法を考えろッ!!!」
魔術師・ステイル=マグヌス
「あれを止めるには……ネットワークの繋がりをバラバラに分断するしか無い……だが」
科学者・木山春生
「無理ですの!! 電力の問題以前に、今の学園都市に音を広域拡散できる機材なんてありませんわ!!」
風紀委員・白井黒子
「それは、余りにも非現実過ぎます。とミサカはあなたの無謀な思索を否定します」
欠陥電気・ミサカ10032号
「触れちまえば一撃で終わるのに――クソッ!!近寄れねえッ!!!」
幻想殺し・上条当麻
「何か、御用ですか?」
魔術師・神裂火織
「よぉ、女。そのガキの名前、インデックスで合ってる?」
未元物質・垣根帝督
「なぁ、絹旗。あの時どうやって、何を考えて撃ったのか今なら分かるよ。俺は――」
無能力者・浜面仕上
「しあげ――まってるね」
????・インデックス
という訳でここまで。ねむてぇ
放置期間一年跨いだvs木原戦はこれにて終了。正直すまんかった。
きやまてんてー魔神化は本来予定にはなかったんであまり目立たずこんな感じで。
でも多分このSSの中なら間違いなく最強です。次点は木原さん。やっぱり大人は強いです。
そして息吐く暇もなく幻想猛獣戦にいきます。多分みんなの予想通り。
それからようやっと満を持して上条さん本格参戦。尚出番はあまりない模様。
二つあるうちの彼の最後の役割はここで消化して貰いますの!!
次回はオールスターでvs幻想猛獣(140万AIM)。ラストに向けて全員が突っ走ってます。
戦闘回もこれ含めて残り3回程。終わりが見えて来た。
がっつり投下するつもりなのでちょっと期間あくかもしれません。
分割投下のほうがいいという意見があるならそっちでいくかもしれませんち
……都合の良いほうでご意見ください。
ではでは。
そろそろ来る。またアナウンスしまっす。
今週日曜には来たい……っ
時間投下出来たら確定です……っ
一気に幻想猛獣編終了まで駆け抜ける予定でさぁ
一応明日23時~0時ぐらい目安に投下しまする。
ちょっと駆け抜けるのは無理かもしれないけど、そんなに期間は空けないのでよしなに。
結構最初期に張ってた伏線とか拾っていったりするやもなので
1スレ目だけさらりと流しておくと幸せになれます。
ではでは
0時投下
分割になりそうです。
・たった一つの冴えない方法。
上条「お、おおぉぉおおおおおッ!!!!」
自らを鼓舞するかのような上条の雄叫びと、怪物が動いたのは同時だった。
瞬時に撃ち出された数多の異能は津波の様に上条に襲いかかるが、しかしそれは掻き
消える。
その右手を一振りしただけで。
「ギsudia?nwipndmal!!!!!」
それを視認したのかどうかは定かではないが、怪物はその光景に何かを感じたのだろう。
巨大に膨れ上がったその体躯は膨張を止め、二つの大きな目玉が上条ただ一人を映し込む。
上条「――ッ!!」
一瞬の沈黙の後、ダンっ!と上条当麻が床を踏み抜き大きく駆け出した。
奇跡のような右手を突き出しまるで弾丸の様に怪物の元へ突っ込む上条だが、
そう簡単にはいかなかった。怪物の吐き出す無数の能力が、上条の歩みを邪魔している。
次第にその戦況が上条当麻の防戦一方に移り変わって行くまで、時間はかからなかった。
浜面「なんだよこれ……いったい、なにがどうなって」
そして、正直に言うと未だに目の前で二転三転と切り替わって行くこの状況に
浜面仕上はついていく事ができていなかった。
なんでアイツがここにいる。そんな疑問は、言葉に出てしまっていたのだろう。
そんな疑問に答えようと、小さな、しかし聞き覚えのある声が背後から降って来た。
御坂妹「微かな手がかりを追いかけて来たのですよ。と、ミサカが代わってお答えします。」
浜面「……ミサカ!!……妹か?」
御坂妹「はい。昨夜……というよりは、先ほどぶりですね」
こんにちわ。と、そんな場違いな言葉を少女は吐く。
思わず浜面が「どうして――」なんて次なる疑問の言葉を返そうとした瞬間、視界がぐるりと暗転した。
一瞬の浮遊感の後に、衝撃。気付けば足を締め付ける痛みはなくなって、後方に立っていたはずのミサカは目の前におり……
白井「わたくしもいましてよ!」
いつの間にか肩に触れていたのは、盾の腕章を身につけたツインテールの少女。
白井「ジャッジメントですの!!幻想御手事件の容疑者勾留に参ったのですが……なんですのあれ?」
浜面「お前、風紀委員の……」
白井「取り敢えず、今の現状を説明して頂けますの?まぁ……」
――と、そう言葉を区切り、白井黒子は横目である人物を拾い上げる。
ピンク色のジャージを着た傷だらけの少女に庇われている、
その少女よりも更に傷だらけで、死体と錯覚しそうな程血だらけの科学者の姿を。
白井「出来れば、ゆっくりお聞きしたい所ですが」
しかし、白井は恐らく自分たちが追いかけていた張本人……木山春生であろう人物を視界からハズす。
幻想御手の配布人。学園都市の無能力者全員を貶めた大罪人。本来ならばどんな状況であれ優先したい所だが。
白井「…………」
恐らく、何かがあったのだろう。自分たちの与り知らない所で、自分たちには想像のつかない何かが、
この少年と少女と、木山春生もしくは更なる第三者の中で壮絶な何かがあったのだ。
それはこの施設の崩落具合や、大量に沈んでいた身元不明の死体。何より、
木山を守る様に側を離れようとしない少女の瞳を見ればそれは一目瞭然だった。
白井「――まずはアレをどうにかするのが先決ですわね」
だから今の所は、目の前の障害をどうにかしようと
白井黒子の瞳がいつものソレとは違うものに切り替わる。だが、
浜面「ま、待てよ。ちょっと待ってくれッ!!」
白井「何ですの?」
浜面「お前、あれの正体もなにもわかってねえんだろ。具体的な策だってねぇ。
なら駄目だ……無闇に近づいたら一瞬で死んじまうぞ」
少年が、突き進む少女の手を掴み引き止める。無謀だと、その行為は命を捨てる様なものだと。
浜面の脳裏にフラッシュバックしたのは先ほど、たった数分前まで立ちはだかっていた
最強と呼ぶに相応しい科学者の姿。一瞬でこの世から排除されてしまった、最強の能力者。
いくら満身創痍だったと言え、あの男でさえ反応すら出来なかったバケモノを相手にするなど、
どれだけ馬鹿な行為だと浜面は引き止めるが、そんな事はこの少女達には知る由もない。
白井「……では、あなたにはあるとおっしゃいますの?
この場を乗り切ってしまえる、具体的な策が」
浜面「それは……」
白井「ならばわたくしは立ち止まる訳にはいかないですの。ここで逃して、
もしあんな怪物が街で暴れ回ったりでもしたら今の学園都市に状況では恐らく……」
都市の機能全てが麻痺したこの街で、追い打ちをかけるかの様にあんなモノが
暴れ出したら本当に学園都市は死んでしまう。そんな事は、簡単に想像ができた。
事情は分からない、状況も分からない、だが白井黒子はここで引く訳にはいかなかった。
この学園都市には今も眠っている、御坂美琴がいるのだから。
白井「だから、わたくしの全てを賭けてでもあのバケモノは止めてみせますの」
御坂妹「……別に、ミサカ達は死ぬつもりでも無策で挑むつもりでもありませんよ、と
ミサカは可能性はあなたにこの場に連れて来た可能性を示します」
そう言った少女の視線の向こうにいるのは、一人の少年。無能力者のハズの……上条当麻。
単身で怪物に立ち向かい、物量では押されてはいるものの何故かその攻撃は上条には擦りもしていない。
全てを掻き消す右手をもって、少年はそこに存在していた。
浜面「……っ、馬鹿言ってんじゃねえよ!!」
しかし、それでも浜面は少女を引き止める。
確かに目の前で起こっている事は理解が出来ない事だった。
なぜか上条当麻には能力が届いていない。効いてない。通じていない。
その異端の力は浜面の知らない能力であり、
この場を覆す可能性を持っているのだろう。
浜面「アイツがなんであの怪物の能力が効かねえのかわかんねえが、お前や御坂妹はそうじゃないんだろ!?」
だが例えそうであったとしても、浜面の中でこの少女達があの怪物を
相手にするという事は余りにリスクが大きすぎた。
今の今まで何度も死にかけながら最善手に手を伸ばし、
死線をくぐり抜けて来た浜面の直感が呼び止める。
無闇に戦えば、待つのは死だと。
浜面「だから俺が方法を――」
白井「あぶないですのッ!!」
浜面「ッ!!」
放ちかけていた言葉は遮られ、立ち止まっていた少年少女達に向かって能力の波が襲いかかる。
瞬間、暗転。白井黒子の空間移動によって戦域から僅か後方に飛ばされた浜面と滝壺が先ほどまで
座り込んでいた場所はこの世から消失し、地獄まで続いている様な暗い穴が覗いていた。
そして、目撃する。
浜面「ッ!!」
不気味な目玉からこちらを覗く触手が数十、怪物から伸び白井達に向かってくるのを。
その触手が次々に別個の能力を生み出し今にも放とうとしている様子を。その群に立ちはだかる二人の少女を。
御坂妹「どうやら……おしゃべりの時間は終わってしまった様ですね。とミサカは嘆息をつきます」
白井「ええ……ですが、確かに超能力級の怪物となると一瞬も油断はできませんわ……」
火花が弾ける様な音と共に、御坂妹の体から紫電が弾かれた。
空気を切る様な音と共に、白井黒子がその手に鉄矢を携えた。
二人の能力者が怪物に対峙する。唯一この場にいる可能性――
上条当麻は未だに雪崩の様な異能に足止めをくらい動けてはいない。
浜面「バカ野郎ッ!!戦おうとするんじゃねえよ!!!」
そんな少女達に放った声は届かない。電撃使いに空間移動能力者。
ありふれた能力が二つ並んだ所で戦況が変わらない事は分かり切っているというのに、
いや、分かり切っていたのは浜面だけなのだろう、だから少女達は戦う事を選んだのだ。
数十から、いつの間にやら数百に増えていた触手から莫大な出力の能力が放たれる。
そして――
「こんな所で油を売って、全く貴様はなにをしているんだ。無能力者」
業火が――生まれる。
浜面「な……、お前ッ」
驚きが声に変わるその瞬間、地獄の様な灼熱が空間を埋め尽くす様に燃え広がる。
津波の様に荒れ狂う炎の洪水はその勢いのままに、
数百と伸びた触手に膨れ上がった怪物を全て飲み込み薙ぎ払った。
御坂妹「これは……」
白井「なんですの……この炎」
海が広がるかの如く視界全てが炎に覆われ、それを呆然と見つめる少女達を他所に、
浜面仕上の背後から降り掛かかってきたのは、聞き覚えのある声。
「今頃インデックスの為に駆け回っているのかと思えば、
まさかのバケモノ退治とは、想像もしていなかったよ」
コツコツと、真っ赤な髪と紫煙を揺らし黒衣を翻しながら歩むその男の名を、浜面仕上は知っている。
ステイル=マグヌス。
浜面「ステイルっ!!お前……どうしてここに」
ステイル「ふん。偶然さ。ここに来たのはなんて事のない、
誰の意図も作為もない正真正銘の偶然だよ」
浜面仕上の最初の敵として立ち塞がった炎の魔術師が、
嫌みったらしく煙草の煙を吐き出しぼやく様にそう言った。
ステイル「僕を見ずに前を向け、無能力者。まだ終わっていないぞ」
浜面「ッ!!」
その瞬間、視界を覆う程に燃え盛っていた炎の勢いが弱まった。
獄炎から微かに聞こえる何かの奇声は次第に大きくなっていき――
「infあvsnosmdさv],v]a,v!!!!!!!!」
荒れる炎に対抗するかの様に水膜が吹き荒れる、今度こそ津波の様なそれは炎を覆い、
広がった炎を消し潰す。その中では、戦いがまだ続いていた。
上条当麻と、怪物の戦いが。
上条「く、そッ――!!!」
突然押し寄せた炎のお陰で止まった雪崩の様な攻撃は
上条にとっては最大の勝機だったのだが、右手を振るう少年の拳はしかし当たる事はない。
撃ち荒れる能力の弾幕を時に躱し、時に掻き消し怪物の本体に触れようにも
まるで知能があるかのように立ち回る巨体に上条は翻弄されていた。
上条「触れちまえば一撃で終わるのに――クソッ!!近寄れねぇッ!!」
次第に、再び雪崩のような異能の嵐が降り注ぐ。
1対1のその戦いは、余りに上条当麻の不利な戦局が続いていた。
その光景を分析するかの様に数秒見つめ、魔術師はため息と共に口を開く。
ステイル「全く、言葉が出ないよ。何だいあれは。
燃えても死なず、しかも……うん?」
視線の先には、同じく薙ぎ払った数百の触手。本体より強度はないのだろうが、
焼き払ったそれは時間の経過と共に欠損した部分が次々と再生されて行く。
ステイル「再生機能までありやがるじゃないか。あれじゃ僕とは相性が悪い。
本当に、どうしようもないモノを相手にしているじゃないか。無能力者」
額に手を置き、現状を理解したのか黒衣の魔術師は唸る様に声を漏らす。やれやれとでも言いたげに言い放つ。
ステイル「自動書記<ヨハネのペン>の前座にしては随分な大物だ」
浜面「お前……」
ステイル「……何を驚いた顔をしている。貴様の事だ。
どうせ、このバケモノ退治もあの子を救う為のものなのだろう?
僕はあの子の為にこの街にいる。ならあのバケモノは僕の敵だ」
ステイル「……勘違いするなよ。間違っても貴様と馴れ合うつもりはない」
浜面「なら、ステイル……ヨハネのペンを、」
ステイル「その様子だと神裂からは大体の話は伝わっているようだね。
当然だ。あの子を傷つけるものは、魔神だろうが超能力者であろうが焼き尽くす。例外は――ない」
浜面「…………」
その言葉に嘘はなかった。その想いに偽りはなかった。その心には、意思があった。
数日前にはこの男になかったものが、目に見えて分かる程に満ち満ちていた。
それは浜面と同じ、たった一人の女の子を救ってみせるという、何物にも代えがたい決意が
ステイル「ふん。それとも今言った言葉が全て僕の勘違いだと言うのなら、さっさとここから逃げるといい。
通りがかった縁だ。その非力さに免じて逃げる時間ぐらいは稼いでやるさ。無能力者」
浜面「は、ハハッ……そうだな。お言葉に甘える事にするぜ。魔術師。
けど、稼ぐのは俺が逃げる時間じゃねえ。あれをぶっ飛ばす方法をひねり出す時間だ!!」
そして並ぶ。かつて少年の敵として立ち塞がった男が
少年の隣に並び、同じ意思を持って不死身の怪物に向かい立つ。
ステイル「ならば当然、結果は出してもらうぞ。無能力者」
浜面「……あぁ」
ステイル「当然、あの子を救えないなんて言わないだろうな。無能力者」
浜面「……あぁ」
ステイル「当然、ちゃんと策は用意してあるんだろうな――浜面仕上ッ!」
浜面「ッ……あぁ!!」
少年が力強く答え、声を聞いた魔術師はニヤリと笑う。
同時に敵を捕捉。その手にルーンのカードを携え、ステイル=マグヌスは駆けて行く。
ステイル「ならここは手を貸してやる。貴様はさっさとあのバケモノを止める方法を考えろッ!!!」
浜面「んなこと――言われななくてもそのつもりだッ!!」
戦場に、炎の魔術師が投下される。
たった一人の少女を救いたいと言う想いを胸にし、
黒衣の少年が今その炎を振るい怪物に挑みにかかった。
――――――――――――――――――――
勿論、少女達もこの拮抗した状況にいつまでも黙ってはいなかった。
ステイル「能力者!!貴様達の力を教えろっ!!」
白井「な、なんですのあなたは!」
御坂妹「ミサカの能力は電気操作、ソコのですのは瞬間移動能力者です。
と、ミサカは突然現れたロンゲにミサカ達の手の内を伝えます」
白井「な、だれがですのですのッ!」
ステイル「ふん。どちらも殲滅戦には向かない能力だ――ねッ!!」
轟!!と、黒衣の能力者が腕を振り抜くと共に何もかもを燃やし尽くす灼熱が放たれる。
炎が向かった先は再生を終え再び活動を始めた怪物の片割れ達。先ほどまでは本体と繋がり触手の様な
形をなしていたその怪物達はいつの間にやら個々に独立し、まるで意思があるかのように独自の行動を始めていた。
ステイル「コイツらを倒そうと思うなッ!!僕らは時間を稼ぐだけでいい!!」
叫びと共に、爆炎が怪物達を次々と飲み込んで行く。
御坂妹「パイロキネシス……しかし、これほどの能力は」
白井「すごいですの……こんな力をもった能力者が学園都市にいるなんて……」
ステイル「ぼさっとしている場合じゃない――来るぞッ!!」
瞬間、勢い良く炎を突き抜け半透明に透けた肉の塊のようなバケモノが大挙をなしてステイル達に襲いかかる。
ステイル「そこの能力者!僕たちを連れて真上に飛べ、早く!!」
白井「は、はいですの!!!」
ステイルの言葉に従い、少女の行動は速かった。
その手に黒衣の能力者と御坂妹の手を繋ぎ能力を発動した数秒後には、黒子達がいたその空間にダダダダっと、
大量のバケモノが奇声を発しながら押し寄せていた。その一つ一つには巨大な目玉が備わっており、
数百の黒い目玉が直ぐさまに上空に飛んだステイル達を写し込み、捕捉する。
ステイル「気味の悪い瞳で僕たちを見るんじゃないぞ怪物――吸血殺しの、紅十字ッ!!!!」
しかし一手、ステイルの炎が速かった。真上に飛んだ魔術師の両の手に灯るのは爆熱。
ソレを交差させる様に勢い良く振り抜き、十字の爆熱は爆炎へ変わり一カ所に固まった怪物達へ炸裂する。
ドゴッォオンという爆破音と共に群れに成った怪物が全てが消し飛び、
まるで爆心地のような焦げ跡だけが残った戦場に降り立ったステイル達だが、
息つく暇もなくまたもや炎を突き抜けて来たのは、
上条「ぐ、ぁあああッ!!!」
とうとう怪物本体が放つ異能の波に押し負け、吹き飛ばされた上条当麻だった。
上条「つ、痛……くそッ」
白井「ちょ、大丈夫でして!?」
上条「駄目だ。一人じゃどうやっても近づけないっ……」
ステイル「そう言えばまだいるのを忘れていたよ。
電気、瞬間移動と来て次はどんな能力なんだい?」
上条「え?だ、誰だよアンタ!!」
御坂妹「申し訳ありませんが、悠長に話をしている時間はなさそうです。とミサカは現状を認識します」
ステイル「――また来るぞッ!!」
そして再び放たれたのは、上条が今の今まで一身に
受け続けていた視界から溢れんばかりの超能力の弾幕。
崩れた天使の様なバケモノそのものから放たれたその異能は
全てを破壊するかの様に、四人に向かって放射される。
当然、ただソレを黙ってみるだけの少年少女達ではない。
雷撃や爆炎で迎撃し、空間移動で障害物の壁を作り、極めつけは――
――キュイン
ステイル「――っ!! 能力を、掻き消したッ!?」
上条「詳しく説明してる暇はねえけど、見て分かったろ!!
この右手に触れたものは超能力なら何だって消しちまえるッ
能力で出来たあいつにならこの右手だって効くはずだ!!」
ステイル「は、はは――なんだ、とんだワイルドカードがあるじゃないか!!!」
思わず、魔術師から笑みがこぼれる。
ここに到着した時点でこの怪物を止める可能性を
後ろの少年に――聖人をも倒した少年に託した彼だが、
そんなことをしなくてももしかすればこの状況を
逆転出来るかもしれないと、素直にそう思った。
ステイル「上等だ……よく聞け能力者!僕が現状を把握した限り、
あの不死身の怪物を止めるような機転があるのは
後ろにいる無能力者だが、恐らくアイツも知らないこの場を覆す可能性がコイツの右手だ!」
ステイル「僕たちで隙を作り――この右手をあの怪物にぶち込むッ!!
それがこの場で出来る唯一の突破口だ」
上条「簡単に言ってくれる、よなぁッ!!どうやって近づくって言うんだよッ!!」
キュイン、とそんな何かが砕ける様な音と共に、
再び放射された超能力の嵐が右手一本で掻き消えた。
まだ、この程度なら上条一人でも対処出来るが集中的に狙われたらそれも不可能だろう。
圧倒的物量を持つ相手に、こちらの戦力は4人だけ。どうするべきか、
と上条が考えていた所で――黒衣の能力者が邪悪な笑みを浮かべた。
ステイル「なに、突破口がないなら無理矢理作ればいいのさ。
職業柄そういうのは得意でね」
上条「あの……なんで上条さんはさながら猫みたいに襟元を
あなた様に掴まれているんでせぇぇぇぇッ!?」
言葉が終わるより先に、ステイル=マグヌスが
その腕に力の限りを込めて上条当麻を怪物に向かってぶん投げた。
体のサイズ差、筋力の差もあったのだろうが、比較的運動は得意でないステイルが
投げたにも関わらず思いの他身軽だった上条はまるで大砲の様に吹っ飛び――
ステイル「能力者!僕も飛ばせ!!電撃使いは向かってくる怪物共と能力を
撃ち落とすんだッ!!間違っても当てるなよ!」
白井「は、はいですの!!」
御坂妹「了解です。とミサカは受け渡されたミッションを遂行します」
上条「だぁああああ!!!不幸だぁああああああああああああッ!!!」
そんな絶叫が轟かせながら奇麗な弧を描いて落ちて行く上条を撃ち落とすかのように、
怪物から放たれた異能の弾丸は再び駆けるが、その弾は決して上条当麻を貫けない。
時には炎が、時には雷撃がうまく軌道を逸らし
辛うじの状態で上条は己の身を右手一本で守る事が出来ていた。
上条「つーかッ、これ届かねぇんじゃ――」
既に頂点は過ぎ、今にも落ちて行く上条当麻の脳裏に嫌な想像が掻き立てられる。
というか、確定事項。この飛距離ではどうあってもあの怪物にはとどかな――
ステイル「届かないなんて事はないさ。僕を誰だと思っている」
上条「なッ、」
そんな言葉が降り掛かったのは、唐突だった。
白井黒子の助けを借り、再び背後に現れたステイルはまたもや上条の襟元を掴み、
上条「ちょ、まッ」
ステイル「そぉら行ってこいッ、能力者ッ!!!!!!」
共に落ちていく中、更に上条当麻を怪物に向かって今度こそのが右手届くように、ぶん投げる。
上条「な、ぁあああああああ!!今分かったっ!!
上条さんの真の敵はテメェだってなぁ!!あとで覚えてろよこの不良神父ううううッ!!!」
声が枯れる様な叫びを響かせながら、しかし既に上条の瞳には
目の前の特撮の怪獣の様な敵しか映っていなかった。
落ちる様に空を駆け、それを止めようと降り掛かる
念動力や風力、重力操作やその類いの能力は全てその右手に阻まれる。
そして、固く握りしめるその拳を――
上条「と、どけぇぇええええええッ――!!!!!!」
渾身の力で振り抜き、確かに上条当麻の持つ奇跡の右手は虚心の天使――幻想の猛獣を突き破り――
それが、地獄の始まりだった。
上条「――、――ッ!!」
声がでない。代わりに吐き出したのは
まるで自分のものだとは思えない量の血液だった。
上条「か、ぁ……」
視線を落とす。腹に細長い槍が深々と突き刺さっていた。
滲んでいく鮮血に現実味はなく、次第に意思さえも滲む様にぼやけていく。
何が起こったのかも分からないまま、上条の視界がぶつぶつと途切れる。
ステイル「――――、っ」
思わず、歴戦の魔術師が言葉を飲み込んだ。
確信したハズの勝利の喜びは声に表す事が出来なかった。
今目の前にどんな光景が広がったのか理解が追い付かない。
それは他の少女や、上条当麻でさえ同じだろう。
確かに、君臨していた怪物は弾け飛んだはずだった。
まるで幻想のように霧散したはずだった。
そこで終わると、全員が勘違いをしていた。
ステイル「クソ、本当に厄介なバケモノだ……ッ」
ステイルが一瞬だけ捉える事が出来たのは、
消え去った怪物の中に収まっていた小さな三角錐の物体。
恐らくアレが核だったのだ。表層を破壊しても意味はない。
触れなければならなかったのは、怪物の核。
それに気付けなかった代償は、大きかった。
「inhid……ガ、ipsjp……」
どこからとも無く、ひずみのような声が鳴り響く。
霧散した残り粕の様な粒子が核を中心に凄まじい
勢いで引き寄せられ、再びそれは再び形を成して行く。
しかし二度目の姿を現したそれは何かが違った。
先ほどまでステイル達が相手をしていた巨大な胎児か老人かを
身惑うような不安定な形をしてはいなかった。
大きさは2m程だろうか、それはしっかりと人のような形をしている。
筋肉質の男性を連想させる体のシルエットは、
しかし形は同じでも人間には程遠い。
半透明の透けた肉体の内部には血管のような、臓器のような気味の悪い物体が
通っているし、頭部から睨みつけてくる左右の大きさが違う巨大な目玉は
おぞましさを想起させ、なによりその頭頂部に浮いた崩れた様な光輪や
触手のような歪な翼は最早天使とも形容できない。
手の先には、何かを模したのか分からない様な細槍。
その先端には、未だに上条当麻が貫かれたままだ。
怪物は煩わしそうに、埃でも振り払うかのように、
上条当麻を目の前の少年少女達にむかって投げ捨てる。
上条「が、うッ……痛、くそ……痛すぎて気絶もできない……不幸だ」
ステイル「心臓を一突きされなかっただけでもまだ幸運だったと思った方が良い。立てるか、能力者」
上条「上条さんは無能力者だっての……痛、」
小さな風穴が空いた腹部を押さえながら、上条当麻が立ち上がる。
眩む意識の中で出来れば気絶して置きたいのが本音だが、そうすれば訪れるのは死だ。
だから、なんとしても上条はここで踏ん張らなければならなかった。
ステイル「申し訳ないが君にはまだ働いてもらうよ。心配するな、
流石にあれを倒せとはもう言わない。とにかく防御に徹するんだ。
あぁ、あまり動くと失血死するから気をつけろよ」
上条「……アンタ、この状況で年下の高校生に向かって言うセリフがそれですか」
ステイル「それなら安心しろ。僕はまだ14歳だ。
年下にかっこいい所を見せてくれると助かるんだがね」
四方から飛んでくる驚愕の声と視線を取り敢えず無視し、
あくまでも目の前の怪物からは注意をそらさず、ステイルは後方にいる
この場の可能性を託したその少年に意識を向ける。
どうやら、彼がいったこのバケモノを倒す方法というのは
まだひねり出せていないらしい。5分も経っていないのだから
当然と言えば当然だが、恐らくこの時間稼ぎももう5分は持たないだろう。
ステイル「あの子を救う時までに温存しておきたかったが、
時間を稼ぐと言い切った以上仕方ないね」
瞬間、その視線が堕ちた天使のような姿の怪物に向けられると共に、
まるでステイルの体が弾けたのかと錯覚する程にその場に炎が吹き荒れた。
同時にはためいた黒衣から飛び出したのは何千枚ものルーンのカード。
ステイル「――Fortis931」
そして、呟かれたのはステイル=マグヌスの魂に刻まれた魔法名。
顕現する――炎の魔人が。
上条「すげえ……」
ステイル「これでもかなり急拵えだ。長くは持たないだろう」
急げよ。と、心の中でそんな言葉を後ろの少年に向かって投げ掛ける中、目の前では
相対する捩じれ切った幻想のバケモノと魔女狩りの王が今にも衝突しようとしていた。
――――――――――――――――――――
ステイル=マグヌスが己の必殺を繰り出すおよそ数分、180秒前。
黒衣の魔術師がバケモノに向かって行ったその瞬間、
確かに浜面仕上の脳は過去のどの危機的状況よりも冴え渡っていた。
魔女狩りの王に追われていたときよりも、
聖人との勝負に打ち勝ったときよりも、
学園都市第一位を出し抜いたときよりも。
冷静に、冷静に、浜面仕上は組み立てていく。
勝利への道筋、条件、可能性、正真正銘自分が持ち得るもの全てを賭けて、思考する。
だが、
浜面「……ぐ、!?」
滝壺「はまづら……!!」
少年の膝ががくりと折れたのと少女がその名を呼んだのは、同時。
インデックスと出会ってからこの日まで傷つかない日などなかった少年の体は
すでに限界を超えて、立っている事でさえギリギリの状態だった。
しかし荒々しく肩を揺らす少年はそれでも思考を止めず、
恩師を抱いた少女はその姿を見て掠れそうな声を漏らす。
滝壺「はまづら……やっぱり、さっきの人が言ったみたいに逃げた方が……」
浜面「……逃げねえよ。もう、逃げる訳には行かなくなった」
滝壺「どうして、だって……そんなにボロボロなのに」
そこまで言って、次の言葉は少女の唇から綴られる事は無かった。
浜面仕上のその瞳を見てしまったら、
とてもではないがその行為を止めようなんて事は出来なかった。
そう、すでに浜面仕上の中に先ほどまであった
逃げるという選択肢は既に無い。
それは無能力者の意地でもプライドでもなんでもなく、
言葉の通り逃げる訳には行かなくなった確かな理由があった。
浜面「滝壺……、あのバケモノ。なんでもいいから、
レベル4の能力者から見てなにか分からないか」
滝壺「……え?」
不意に投げられた言葉に少女は目を丸くし、
そして自然とその視線は荒れ狂う戦場へ向けられる。
始めて意識をしながらその怪物を視界に入れたその瞬間――確かに感じた。
それは、滝壺理后であったから感じとれた決定的な違和感。
浜面「俺は、あれを木山の能力が……精神感応とか肉体変化とかが
合わさって出来たバケモノと思った。でも、違うんだろ」
滝壺「……うん。違う」
なぜ気付かなかったんだろうと、少女はたった今までの自分に自答する。
気を失った木山を抱く腕に自然と力がこもった。そして、言葉は紡がれる。
"AIM拡散力場を司る能力者"である滝壺理后から答えが弾き出され、あのバケモノの正体が暴かれる。
滝壺「はまづら、あれは能力で生み出された”結果”じゃない。
”能力そのもの”――先生が束ねていたAIM拡散力場の集合体だよ」
一度高みにのぼりかけ、至ることは出来なかったが
誰よりも超能力者に近づいた彼女の能力は僅かながらに強度が増し、
この場に置いて誰よりも目の前の怪物をの正体を理解出来ていた。
滝壺「仕組みはよく分からないけど、何かの力で束ねていたはずの
能力者の大量のAIM拡散力場が暴走して独立したんだ……
とんでもない数の負の意識みたいなのを感じる。多分、みんなが引っ張られている」
そう、目の前で大きく揺らぐ怪物を一点に見つめ少女はか細い声で呟いた。
まるで竦む様に、まるで怯える様に、その手は意識のない木山の手を握って離そうとはしない。
浜面「…………」
その言葉に少年からは特に驚きの声も、憔悴した様な感情も出てこなかった。
別に、予想外の結果や展開だった訳じゃない。
あれだけ強力な能力を誇った木山春生の能力にデメリットがないだなんて
馬鹿な事は誰も考えないだろう。実際聞かされた訳ではないが、
何となく予想はしていた。現に、今もボロボロの姿のまま目覚めない木山春生が良い証拠だ。
そして、それが浜面仕上がどうあっても逃げる訳にはいかなくなった理由。
あれが、木山春生の支配から解き放たれたAIM拡散力場の塊だと言うのならば
その正体は最強を超えて尚も膨れ上がる”幻想御手ネットワークそのもの”という事だ。
つまり、
浜面「インデックス……」
いるのだ。何度も求めたあの少女の思念が、確かにソコに。
歪み切った形となって。
浜面「どうする――」
どうする。そんな惑いが声になって現れる。
どうする。どうする。そんな言葉が頭の中を埋め尽くして行く。
確かに、この場においての浜面仕上の思考力は群を抜いていた。
あの不死身の怪物を止める事の出来る方法を何か探り出すのならば、
それはこの場に置いて誰よりも無力であるこの少年にしか不可能だろう。
強者とは全く違った立場から戦況と敵を見据える事の出来るその瞳と
持ちうる情報の何もかもを弱者のまま利用しきれる発想力を持つからこそ
炎の魔術師はこの戦いの要を少年に託したし、少年はこの戦いの要を買って出た。
だが。
浜面「どうする――っ!!」
溢れ出てくるのはそんな言葉ばかり。
全てを覆せる様な秘策は、都合良く湧き出てくれはしなかった。
どうすればあの怪物を止める事ができるか。
漠然としすぎるその問いに、浜面仕上は正しい答えを出す事が出来ない。
浜面「AIM拡散力場の集合体……! そうだ、滝壺!
お前の能力であれに干渉する事はできないのか!?」
滝壺「……体晶を使っても無理だと思う。
規模が大きすぎて干渉した時点で多分……死ぬ」
浜面「くそ……」
焦りが、増長する。
ただでさえ目の前では戦争と錯覚するような
激しい戦闘が繰り広げられているというのに、
自分とは歳も違わない少年少女達が戦っているというのに、
自分はただ無駄かもしれない思考しかできない状況がとんでもなく歯がゆかった。
今すぐ考える事を放棄して目の前の怪物に向かって走り出したかった。
浜面「……違う。違えよ。そうじゃねえ」
だが、違う。彼らには無くて、自分にしか無いものが確かにある。
がむしゃらに動いても結果は何も変わらない、
自分の役割を最大に発揮出来るのは今しかないのだ。
しかし、それも圧倒的に何かが欠けていた。
浜面「…………っ、」
足りない。なによりこの状況を突破する為の決め手が、
取っ掛かりになる手札が圧倒的に不足している。
こうして考えている間にも時は誰に対しても平等に過ぎて行く。
それは、浜面の額から玉のような汗が零れ落ちた瞬間だっただろうか。
ステイル「おい!!まだなのか!!!」
そんな苦し紛れの怒号が飛んで来たのは。
浜面「――っ!!」
まるで意識が覚醒したかのように、その声によって浜面の視界が広がって行く。
思考の闇に閉じこもっていた浜面が見た光景は、眼前にて対立する巨大な炎の魔人に、
先ほどとは明らかに姿の違う、ただあのバケモノには違いない崩れた天使の様な生物がお互いを
捻り潰すかの様に交戦している姿だった。
しかし、その戦いはどうみても魔女狩りの王が一方的に押されている。
そして魔人に戦線を預け浜面の側にまで後退して来た
ステイル、白井、ミサカ妹、上条の面々を、怪物から分離した
意思を持つかの様な目玉の触手がその後を追う様に向かって来ていた。
白井「キリがありませんの!!」
ミサカ「ジリ貧ですね。とミサカは冷静に戦況を分析します」
声と共に瓦礫が、雷撃がバケモノ共に降り注ぐがそれも足止め程度にしか成らず、
さらに不死性や回復力が増した怪物は金切り声をあげながら
その矛先をミサカと白井に向け能力を放つ。
上条「こ、のッ!!」
それを咄嗟に前に出て右手一本で防ぐ上条だが、よく見ると既にその体は満身創痍だ。
腹部からは少量とは呼べない程の血液が滲んでおり、立っているのもやっとだろう。
ステイル「見ての通りもう後が無い。神裂の時の様に一手で逆転出来る
ドンデン返しの展開をそろそろ待っているんだけど――ッ、ね!!」
口調は軽いが、急かす様な声色でステイルが炎を振るった。
浜面はその声に言葉を返す事が出来ない。
どうしても、後一歩届かないこの状況の中で、
一秒が刻まれるごとにゆっくりと浜面仕上は追いつめられて行く。
どうすれば、どうすれば、と。
しかし、その言葉に答えを返してくれる人間はこの場には存在しない。
皆、目の前の敵に対してほんの僅かながら寿命を伸ばすだけで精一杯だった。
「これは……随分とおかしな状況に、なって……いるな」
――ただ一人を除いて。
滝壺「きやま先生!!」
その声に真っ先に反応し、少女が叫んだ。
滝壺の腕に抱かれたボロボロの木山春生は、
やはりというか自力では立ち上がる事すら
出来ないようでゆっくりと首を動かし周囲の状況を認識する。
今がどれだけ危機的状況なのかを。
木山「滝壺……あぁ、よかった、子供達も無事で、木原は……死んだのか。
……あれは、虚数学区……?は、はは……まさか、あんなバケモノだったとはな」
木山「それに……なかなか、変わった面子が増えてるじゃないか……妹達に、外の能力者まで」
ステイルを、ミサカ妹に視線を移し掠れた声で呟いた木山は、
ゆっくりと覗き込む様に浜面を見る。
今も思考を止め続けない少年に、言葉をかける。
木山「結局、君の言った通りになったな……すまなかった」
浜面「見りゃ分かるだろ。んな事今はどうでもいいんだよ。それより――、」
木山「あぁ、”あれ”を止める方法か……」
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140万の意識が内包された不死身の怪物。それを止める方法を考えるには、
浜面は一人の知識ではどうしても限界がある。
だから、その無言の訴えを木山春生は受け止める。
木山「一つだけ……あるにはある」
白井「なんでもいいから言って下さいまし!!もう本当に保たないですの!」
ギリギリの状態で怪物を押しとどめる白井が、声を荒げて怒鳴り声をあげる。
血を流しすぎたのだろう、気がつけば上条は意識を失っており、ミサカとステイルが
自分達を含め上条を守る様に能力を広範囲へ展開し続けている。
そんな状況の中だというのに、木山春生はその言葉を言いよどむ。
木山「あれを止めるには……ネットワークの繋がりをバラバラに分断するしか無い……だが」
浜面「……クソッ!!!」
ドンッ、と響いた音は浜面が腕を振り下ろした衝撃だった。
歯を噛み締め、悔しさと焦りを隠す事無く表情は悲痛に歪む。
その姿に木山春生もなにかを察したのだろう、再び声をかける事はなかった。
そのやりとりに、必死に命を繋ぐ中で現状を理解出来ない三人が困惑の表情を浮かべる。
浜面「あのバケモノは、幻想御手に取り込まれた奴らのAIM拡散力場の塊だ!
普通の生物じゃねえけど、だからなんとかする為には元を断つしかねえんだよ!!」
ステイル「な、に……っ」
白井「ではあれには……お姉様も」
響いた言葉に各々が驚きを隠さず言葉を漏らした。
ステイルも、白井も、御坂妹もその言葉で目の前の怪物の正体を理解する。
そしてその怪物を止める方法を、曖昧ながら感じ取った。
だが、浜面は分かっていた。木山に答えを聞かずとも浜面仕上は分かっていたのだ。
予想の範囲内ではあるが、あの怪物を止める方法をはっきりと。
あれが幻想御手のネットワークそのものだというのならば、
ネットワーク自体を壊してしまえば良いという事は簡単に想像はつく。
浜面「幻想御手があれを束ねてるなら、逆にソイツらを解放してやればいい。
けどその為には学園都市全域に幻想御手を効果を打ち消す音声データを流さないといけねぇ……!!」
そのアイテムは、木山春生から託された幻想御手のワクチンは既に自分が持っている。
これを幻想御手被害者に聴かせる事さえできれば、あの怪物をどうにかする事は出来るはず……なのに。
この方法にはどうしても超える事の出来ないある障害が2つあった。
白井「む、無理ですの!!電力の問題以前に、今の学園都市に
音を広域拡散できる機材なんてありませんわ!!」
浜面「……くそッ!!」
言葉の通りだった。いつもの学園都市なら、
科学の繁栄を極めたこの街なら、そんな事は容易だっただろう。
携帯端末にワクチンを繋げて風紀委員の支部にでも
送ってしまえばそこから学園都市全土に幻想御手の
ワクチンデータが流されるはずだ。
そんな簡単な事だというのに、この沈黙してしまった学園都市では、
電力も、機材も、全てが稼働していない今のこの街では絶対に不可能だった。
浜面「どうすれば……、どうすればいい!!」
浜面達は、今孤立した状態だ。
外部との連絡手段は無く、それをどうにか補う事の出来る術も無い。
あったとしても、それはイコールこの現状を覆せるものではないだろう。
置かれた状況は、限りなく絶望的だった。
この状況で学園都市にワクチンを流す事など、出来るはずも無かった。
ミサカ妹「その情報に修正を加えるとすると、学園都市全土に流す必要性は無いかと思われます。
現在幻想御手被害者達は次々とあのカエル顔の医師の元に――第七学区の病院、地下施設、
その近辺に運び込まれて来ていますから、とミサカは現状をお伝えします」
残念ながら、放送機も拡声器も壊れてしまい使い物にはなりませんが、という言葉に
浜面は意識を向けない。それがどうであったとして現状を打破しない限り無意味に等しい。
そして、問題はそれだけではない。
ステイル「オイ、浜面仕上……貴様まさかこの状況で――あの子を起こすつもりか!!」
浜面「…………っ」
幻想御手に囚われているインデックスを目覚めさせてしまえば、ヨハネのペンが起動する。
そう、つまり幻想御手被害者を解放するという事は、結果的にこの世界を崩壊させる事と同義なのだ。
決して浜面に自動書記に対する策が無い訳ではない。
しかしそれは準備に準備を重ねた上で計算され尽くされた対抗策。
こんな遠く離れた学区で目覚められでもしたら、本当に何もかもが終わってしまう。
浜面「――――考えろ、考えろ、考えろ、何か、なんかないのかよッ!!」
熱が籠る。ステイルの炎のせいかとも思ったが、しかし体の芯はどこか冷たく感じる。
まるで死体に心臓を鷲掴みされている様な焦燥感が浜面を追い立てる。
それは端的に言うと恐怖であった。全てが潰えてしまう恐怖、なくなってしまう恐怖。
魔女狩りの王も既に消えかかっている。もう持たない、死んでしまう。
どうすれば。そんな言葉が今になっても頭の中を埋めつくす。隙間もなく、埋めつくす。
小さく、本当に小さく浜面の側に寄り添っていたスフィンクスが鳴いた。
荒波の様に狂う脳は新たなる可能性を求め必死に必死に突き進む。
周りの声が遠のいて行くまで、それほど深く浜面は堕ちて行く。堕ちて行く。そして。
浜面「……………」
辿り着いた先は、記憶。川の様に流れる記憶。
それはインデックスと出会ってから今に至るまでの9日間。
思考を投げ出した訳ではない。
今もその頭は出せない答えを出そうと必死に回転している。
だから、これはその一環だ。過去の記憶になんにかヒントは無いのかと、
まるで引き出しの整理でもするかの様に様にあるはずのない答えを求めて
ひとつひとつ記憶を掘り返しているだけだ。
浜面「なんでもいい……なんでもいいんだ。なにか、とっかかりが一つあればそれでいい」
まるで祈る様に、浜面は沈んで行く。自らに全てを賭けて、一つ一つ振り返って行く。
絹旗に追われ、落雷が落ち、インデックスに出会い、腕を噛まれ、そのまま見捨てて、半蔵に呼ばれて、
ミサカと世間話をし、劣等感に苛まれ、アジトに施されたいたずらに驚き、能力者と戦い、インデックスが飛び出して来て、
ステイルに出会って、逃げて、倒して、インデックスを連れ帰って、それから―――
浜面(全部掬い上げて行け。今あるものをリスト化しろ。全ての手札を整理しろ。使えるものは全て使え。
可能と不可能を再設定して、想像の枠を超えろ。今までの全てを揃えて可能性を精査して抜き出して行け
インデックス、魔術、魔神、禁書、霊装、呪い、幻想御手、妹達、レベル6シフト計画、御坂美琴、賭け、携帯、魔術師、暗部
垣根帝督、麦野、絹旗、スフィンクス、歌、偽造ID、補修、佐天涙子、初春、ジャッジメント、祈り、爆発、猫、歩く教会、
上条当麻、右手、6人の超能力者、キャパシティダウン、スキルアウト、一方通行、学園都市、落雷、能力、無能力者、木原、
駒場、演算銃器、超電磁砲、銃、滝壺、体晶、子供、超能力者、多才能力、能力追跡、
――思い出せ、なにかヒントはあっただろ? いい加減、不可能の壁を――ぶち壊せ!!!!)
――結果的に言うとその行動はどこまでも、どこまでも正しかったのだろう。
浜面「…………あった」
――――少年は答えを、見つけた。
切り替えは速かった。
浜面「――ッ、ステイル!!!5分だ!!!
あと5分だけなんとか保たしてくれ!!!!!」
ステイル「――その言葉が遅すぎるぞっ!!このノロマ――ッ!!!!!」
怒号と共に、少年少女達の間を幾塵もの炎が駆け抜けた。
導火線の様な炎は今にも消えてしまいそうな魔人へと
集約して行き瞬間、魔女狩りの王が息を吹き返す。
災害を表した様な炎の魔術が、再び幻想猛獣に襲いかかった。
ステイル「今度こそ五分だけだ。それ以上は絶対に保たないぞ」
浜面「充分だ」
そして、息を吹き返したのはイノケンティウスだけではない。
先ほどまで絶望に濡れていた浜面仕上の瞳に光が戻っている。
ステイルはその瞳に見覚えが会った。かつて自身を打ち負かした瞬間、
それは強い意志を宿したあの瞳だ。
ステイル「どうする、さっきの方法以外でどうやってあのバケモノを倒すつもりだッ」
浜面「やり方を変えるつもりはない。言ったハズだぜ。アイツをなんとかするには元を絶つしかねぇって!!」
ステイル「貴様……っ、本気か!!!?」
浜面「別にインデックスを叩き起こすなんて言ってねえよ!
今幻想御手の被害者はこの学園都市のほぼ一カ所に集まってる。さっきそう言ったよな御坂妹」
御坂妹「えぇ、確かにあの医師主導の元、第七学区の地下医療施設や外部施設などに収容されて来ていますが……」
浜面「なら様はアイツにだけは聴かせなきゃいいって話だ。
インデックス以外の全員を幻想御手から解放してやれば良い」
浜面「140万人のAIM拡散力場が繋がってるからこそあれの不死性や
能力の規模が飛び抜けて見えちまうが、それがどうだよ」
浜面「たった一人のAIM拡散力場っつうネットワークなんて呼べない代物まで
落とし込んじまえば、ここにいる俺らでも勝機はあるはずだ」
木山「……理論上は、正しいよ。ネットワークに捕われている人間の数が
あの強力さに直結していると言っても過言じゃない。取り残された人間がいたとしても、
脳波を強制的に私と同一に引き上げている以上その状態から恢復させるには
あの五感を揺さぶる音を絶対に聴くしかない。
それはネットワークが私の手を離れた後も、崩壊した後でも問題はないだろう」
浜面「らしいぜ。ならさっそくアイツはどっかに隔離しなきゃならねえ。ステイル。
神裂とは連絡がとれないなんて言わせねえぞ。携帯も扱えないアイツが
お前と別行動する時の連絡手段が当然あるはずだ。街の電力なんて関係ない通信手段が」
ステイル「…………っ通信符だ。使え」
苦虫をかみつぶした様な表情で、ステイルはその懐から
一枚のルーンが刻まれたカードを浜面に投げて寄越す。
恐らくこの男も魔術師ならば全ての話を理解出来た訳がないはずだ。
訳のわからない専門用語を並べられて、不確かな可能性を語られて尚、
少年に全てを託したステイルの決断力はこの極限の状況に対しては賞賛に値するだろう。
白井「な、何を仰っているのかいまいち要領は得ないですが、
そもそも根本的な問題としてあなたはどうやって
その音を学園都市に拡散するつもりですの!?」
白井「何度も言った通り今の学園都市には電力が……いえ、それ已然に
音楽データを送る為の通信端末や受信機でさえ機能していないというのに、
一体どうやってこの街を救うっていうんですの!!」
浜面「あるんだよ……あるんだ。たった一つだけ、方法が」
木山「……それは、確かな方法なのかい? こんな状況下でまともな策があるとはとても思えないが」
浜面「まともな策、か……ははっ」
木山の掠れた言葉を、浜面はどこかおかしく感じて小さく笑ってしまう。
思えばそうだ。魔術師と戦ったときも、聖人と戦ったときも、学園都市最強と戦ったときも、
浜面はいつもいつもいつも策を練った。糸を縫う様に隙を突いて、死と隣り合わせの選択肢の中で、
一歩間違えれば全てが終わってしまう賭けと共に、だから笑ってしまったのだろう。だから木山春生に言い放ったのだ。
浜面「まともな策なんてある訳ねぇだろ。
こっからは何もかもが一発勝負で、何一つ失敗出来ない大博打だ」
木山「……!!」
結果が確立された策など、浜面は練った事が無い。練れた試しが無い。
だが、それらの結果は全てもぎ取り、犠牲を払いながらこの手でつかみ取って来た。
なにも変わらない。それは今だって。
浜面「ただ、悪い。俺の頭の中にある方法は今までと比べちまうと
話にならないくらい無謀な策で、最悪の賭けで、最低の一発勝負だ」
その言葉に誰もが息を飲む。そして待った。
たった一つの光明であり、蜘蛛の糸の様な危うさを兼ね備えた少年の”作戦”を。
浜面「最優先なのは、俺たちがこの状況から抜け出す事だ。その方法がたった一つだけある」
そもそもの問題。それは現時点で浜面達は限りなく
孤立に近い状態に置かれているという事だ。
外部と連絡を取れる方法は見る限りステイルが預けた通信用のルーンのみ。
電子データの送受信なんてもってのほかだろう。
だが言葉の通りこの状況から抜け出せる方法が、たった一つだけここにあった。
いや、その言葉は正しくない。
正しくは”いた”と言うべきだろう。
浜面「――そうだろ。ミサカ妹」
御坂妹「……」
幻想御手開発においてそのベースとなった
ミサカネットワークと言う固有の”情報伝達方法”を持つ存在が。
浜面「お前ら妹達は全ての個体がネットワークで繋がっている。
確か、意識や視聴覚の共有や記憶のバックアップまで出来るって言ったのはお前だったよな?」
浜面「――――なら聴覚から取り込んだ音の情報を遠く離れた妹達に伝達する事も出来るはずだ」
御坂妹「……その言葉に間違いはありません。とミサカは答えます。しかし」
しかし、その先の言葉がなんと紡がれるのかは浜面には分かっていた。
今浜面が述べたのはプロセスだけだ。道筋だけだ。そこに結果は見えていない。
御坂妹に言わせてみれば、だからなんだと言った話だ。例え情報共有で電子ドラッグの
解放音を共有出来たとしても、それがデータとして外部に伝わらなければ意味なんてなにもない。
どうしようようもない。ただ妹達の幻想御手の情報が記憶されるだけだ。
浜面「それでいいんだよ」
なのに、浜面仕上はそう断言した。その必要はないと言い切った。
浜面「御坂妹。今から俺が言う方法は確かに荒唐無稽で、笑っちまうかもしれねえ。
けど、聞いて欲しい。俺のこの”声”を、妹達全員に届けて欲しい」
言葉を紡ぐと共に、浜面仕上が思い出していたのはとある少女の姿だった。
浜面「一万人の妹達なら、このレベルアッパーのワクチンを共有して解析、分析が出来るはずだ。
音の高さや微細な音の揺れ、音階が切り替わるタイミングを全部。けど、問題はそれを
奏でる機材や被害者達に聴かせる方法。だろ?確かに御坂美琴の雷で街は機能してねえし、
お前らが補助してくれてる電力だって他所に回す余裕なんてないだろう」
銀色の髪の、笑顔が眩しい少女の姿だった。
浜面「けど、あるんだ。たった一つだけ。幻想御手の被害者を解放する事が出来る、お前らにしか出来ない方法が」
ただの一瞬も忘れる事が出来ず、それでも誰かを必死に想う事が出来る少女の姿だった。
御坂妹「それは……まさか、」
自分の過ちで眠りに落ちてしまい、世界を滅ぼす定めを背負わせてしまった少女の姿だった。
浜面「――――」
浜面は思い出す。まるで天使の様に神々しい姿を、まるで太陽の様な微笑みを、
まるで悲劇を形にした様な涙を、浜面仕上は思い出す。
どんな事をしても救うと誓った少女の姿を思い出して、答えを告げる。
浜面「――――歌だよ」
それは銀の髪を流し、優しい声の音色で祈りを歌ったインデックスの姿だった。
――――――――――――――――――――
御坂妹「それは……つまりミサカネットワークを用いてデータを解析して、
第七学区にいるミサカ10033号筆頭に妹達全員でその音を再現しろというのですか。
――ミサカ達の声で、幻想御手に囚われた被害者達を解放する。それがあなたの考えた、賭け」
浜面「あぁ、間違いねえよ。お前ら1万人の妹達の声……歌で、
被害者達の五感を刺激させる。それしか手は無い」
木山「……発想が吹っ飛びすぎた最低の一発勝負だ。不可能ではないがとても策とはよべない」
呆れたような声で、木山が言葉を漏らす。
それは誰の目にも明らかな程、疎略で乱雑で粗雑で適当で杜撰な愚策だった。
歌。
それが浜面が考え抜いた末に辿り着いた最低最悪の一発勝負の大博打。
記憶に新しいのは、神裂戦後に療養していた浜面の安寧を祈りインデックスが奏でた癒しの歌。
特別でもなんでもないその音色によって紡がれた旋律は、確かには浜面の感情を揺さぶった。
その記憶をとっかかりにして編んだこれが唯一の方法。
ただし、あの時とは違って規模が違いすぎるが。
御坂妹「それは、余りにも非現実過ぎます。とミサカはあなたの無謀な思索を否定します」
そしてこの策の要である御坂妹から放たれたのは、否定の言葉。
だが浜面は予想通りの答えに慌てはしない。馬鹿な事を言っているというのは自分でも分かっていた。
学園都市の最暗部が産み落とした犠牲と欺瞞の象徴とも呼ぶべき妹達に全てを託すという
こんな他力本願にも程がある作戦、馬鹿で無謀以外の何物でもない。
だが、
浜面「けど他に方法なんて無い。一万人の妹達が視覚と思考を共有してこの状虚を把握していながら、
お前が今の今までなんの突破口も切り開けていないのがその証拠だ」
御坂妹「……ッ、無茶とは感じないのですか。たった1万の人数で、140万人の人間に歌を聴かせるなど」
浜面「感じるさ。140万人に声を届ける事が出来る妹達の配置や声量、現場にいる風紀委員やテレパス系の能力者との
連携や他必要な作業。この街の運命を全部お前らに押し付けちまうんだ。無茶なんて事はわかってる」
御坂妹「そもそも、そんなアナログな方法で本当に効果があるかどうかなんて……」
木山「……音は、共感覚的に五感や脳を刺激する事が出来る重大な要素の一部だ。
声。特に人間の喉を振るわせて発せられる音など特にな。あの音を完璧に再現するなど私たちでは不可能だが。
君達……シスターズなら可能性はゼロではない……」
御坂妹「…………」
それまで決して感情を表さず、淡々と言葉を紡いでいた御坂妹の表情が歪んだ様に浜面は感じた。
それは、きっと不安の現れだったのだろう。微細すぎる変化だったが、確かにそれを感じ取った。
しかし、それを振り切るかの様に、ミサカ妹はその手を差し出す。
御坂妹「ミサカ達には、あなたに命を救って頂いた恩があります。
そして昨晩、あなたに対してミサカ達は誓ったばかりです
どんな無理難題でも、応えると」
浜面「……悪いな、さっそくこんなむちゃくちゃな事頼んじまって」
全くです。愚痴でも漏らす様にそう呟きながらミサカ妹は浜面に手渡されたそれを、
小さなメディアプレイヤーから伸びたイヤホンを装着し……
御坂妹「……ミサカ達が出来なければ、学園都市はここで滅んでしまう……声は届くのでしょうか。
と、ミサカは柄にもなく重苦しい言葉を漏らします。この胸の内に纏わりつくような、
暗い靄のようなものはいったいなんなのでしょうか……」
その声はやはりどこか弱々しくて、どこかに躊躇いがあった。
変わったな、と。場違いながら浜面はそう思う。
三日前の妹達ならきっと表情を変える事も、不安も抱く事もなかったはずだ。
この数日で、驚く程に目の前の少女達は変わった、それはとても人間らしく――
浜面「そいつは、きっと責任とか、不安とか、恐れとか、そういうのじゃねえのかな」
御坂妹「恐れ………死を恐れなかったミサカ達が……ですか」
浜面「違うのか?」
御坂妹「……いえ、ミサカ達は、不安……なのでしょう。怖いのかもしれません。
この方法で本当に大丈夫なのか、作り物である自分達の声が、届くのか、
ミサカ達だけで、本当にこの街が救えるのか………」
浜面「…………」
時間がないということはわかっている。今もステイル=マグヌスがその全力を持って
幻想猛獣を食い止めているこの瞬間、しかし浜面は不思議そうな表情でわからないと
首を傾げる少女に言葉を投げずにはいられなかった。
浜面「こいつは受け売りだけどな……御坂妹。一時間の説教で涙を流さない人間も、たった一分間の歌で
涙を流す事がある。まだわからねえとは思うけど、人間ってそんな風に割と簡単にできてんだよ。
……だからお前達が祈れば、その想いは絶対に届く。インデックスだってそうやって誰かを救って来たんだから」
ステイル「…………」
浜面「この世界を知って、感情を理解して、生きたいって、思ったんだろ。
ならあのミサカが俺を救ってくれた時みたいに、今度はお前ら妹達がこの学園都市を救うんだ」
御坂妹「…………」
浜面の声に、少女は言葉を返さなかった。
だから、この言葉が妹達にどう伝わったのか浜面には分からない。
分からないが、目の前にいる妹達の少女はどこか安心した様に瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。
そして、
御坂妹「いきます」
正真正銘の大博打が、始まった。
――――――――――――――――――――
この数日間、彼女の過ごした日々は一言で言うならば平穏そのものだった。
神裂「…………」
第七学区に点在する医療施設のとある病室、神裂火織は感動も驚きも喜びもない
平淡な時間に身を任せ、ベッドに深く沈む一人の少女にひたすら寄り添っていた。
銀糸の髪を散らす美しい少女。今は眠り……いや、もう目覚める事もないのだろう。
彼女を待ち構えるのは断頭台の刃で、自分はそこに連れて行く案内人だ。
窓の外から見える日の光はゆっくりと傾き、堕ちて行く。
残された猶予は、あの太陽が消えるまで。
神裂「インデックス……」
眠る少女の名を、ポツリと呟く。
こうして少女の名を呼んだのは何度目か、もう数えるのは諦めた。
自身も、本当は求めているのだろう。あの少年の様に、ステイルの様に、
この少女の笑顔を、幸福を、人並みの人生を。
しかし、それも諦めてしまった。諦観してしまった。
行く末を見守るだけの敗北者に成り果ててしまった。
神裂「……どうすれば」
どうすれば良かったのか。そんな答えの無い問いを己に向け、
神裂は再び沈む。負の感情に押し負けるかの様に、飲まれて行く。
その時だった。
ステイルから渡されていたルーンが刻まれた通信用のルーンが、ひとりでに宙を舞う。
神裂「……なんですか、ステイル。今頃になって」
浜面『神裂――俺だ』
聞こえて来た声は、予想外の人間だった。
神裂「……少年、ですか。そのルーンを持っているという事はステイルもいるのですね。
二人が協力するとは予想外でしたが……インデックスを救う算段でもたちましたか?」
少し自嘲気味に、我ながら意地の悪い問いをしたものだと内心思う。
あのヨハネのペンに対抗出来る策などありはしないのに、と笑ってしまう。
だが、
浜面『――あぁ。見つけたよ。アイツを救う方法を』
こともあろうに少年はあると、この少女を救える方法があると言い切った。
流石に、歴戦の魔術師である神裂火織ですら驚きを隠せない。
神裂「……あなたは、何を言っているのか分かっているのですか?」
浜面『テメエこそ、俺が言った事言葉を忘れたのかよ。目の前で言ったはずだ。
俺は諦めない。なにを利用しても、どんな事をしてもアイツを救うって』
だから、お前にも協力して欲しい。と、小さな病室で力強いそんな声が響いた。
神裂「…………」
浜面『このままじゃ間に合わねえんだ。頼む神裂』
神裂「…………」
神裂火織は応えない。少年の言葉に答えない。
しかし、確かに彼女の心は揺れていた。眠る少女を前にして、少年から放たれた小さな希望に
縋りたくて縋りたくて仕方が無かった。本当に救えるのなら、手を伸ばしてもいい。そう思った。
しかし、
神裂「そこまで言うのならば、日が沈むまでに救う事ですね。
申し訳ありませんが、通信はここで打ち切りです」
浜面『神裂――ッ、』
ぶつりと、何かを言いかけていた浜面の声が途切れた。
両の手で引き裂かれたルーンのカードは最早その機能を終え、はらりとゴミの様に落ちていく。
神裂「…………」
沈黙。彼女の心がどう揺れ動いたか、それは彼女自身にしか分からない。
希望に手を伸ばす事をしなかった彼女の本心は、きっと浜面仕上には伝わらない。
だが、これでいいと彼女は思う。
神裂「確かに、あなたなら……もしかしたら世界を、いいえ。
インデックスを救えるかもしれませんね」
神裂「――その時が来たのならば、私は……あなたに手を貸す事が出来るかもしれません。
しかし、申し訳ありません」
今は、やらなければならない事がある。
神裂「……何か、御用ですか?」
垣根「よぉ、女。そのガキの名前。インデックスで合ってる?」
http://wktk.vip2ch.com/vipper12577.jpg
瞬間、平穏と呼べる時が流れていたその空間の雰囲気が一瞬で塗り変わった。
それはまるで戦場の様に重い重圧が降り掛かる、空間へ。
神崎は視線を向ける。
自らの刃を抜き殺意の籠った眼光を、扉にもたれかかり不遜な笑みを浮かべる少年へ
垣根「急いでるんだ。もうすぐコンサートが始まるみたいでよ。なんなら一緒どうだ?」
神裂「あなたにインデックスは渡しません」
垣根「その答えで充分だ。ここでくたばりたくないなら大人しくしてろよ。おねーさん」
小馬鹿にでもするように半月のように口を歪ませ、垣根帝督は一歩を踏み出す。
対し神裂火織は一言、呟いただけだった。
神裂「……Salvere000」
それは、自らに課せた絶対の証。消す事の出来なかった己の信念。
やはり、彼女もまた遅まきながら今ここで自身に誓う。
絶対に少女を助けると、何もかもに見捨てられた少女に手を伸ばすと。
神裂「救われぬ者に――救いの手をッ!!!」
こうして浜面仕上の与り知らぬこの場所で、一つの戦争が始まった。
少年と同じく、少女を守る為の戦争が。
ここまで。続きはそんなに長くはないので1~2週間以内には。
結構突っ込みどころしかないです。全部2010年に話を構成してた>>1が悪いです。
挿絵は放置前にざっかざっか描いてた奴を再利用。温い目で見てください。
ではでは。
浜面が原作の浜面らしさをしっかり保ちつつ活躍してるSSってコレと麦恋くらいだもんな~
,.ィ,. ---‐ァ_,.ィ
//: : : :/: :/ ̄ヽ___
/|/: : : : : : : : : : : : : : : : <_ノ
. トトV: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ‐<
N : : : : : : ト、: : :ヽ: : : : : : : : : : : : : : :> 「よう大将、困ってるー?」
〉: : : : : : : !:j,. イ:ハ: : : : : : : : : \: : `ー‐ァ _
、_/: : {: |: : :!: |∧,.ィ心刈: : !: : \: : :!: : :-=彡_/ / ̄ ̄
ヽ : |: : :ヽト、: |V {{ ゞ' |: /: : : :} >――‐//__/_/
、_フ| ∧八≠ミ、 jハ: : : :/ /´ / _,. -=≦
\__!:ト、ヽ∧代}''´ _ __jノ|/ ̄ ̄/ / / / /
イ N: \`Y 「ヽ´, ノ-‐/ !  ̄ ̄レ'_/___/_ / /
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ヽ! jハ: : :\ V/ / |/ ̄ ̄ ヽ
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\__/┴-〈 \___
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\
第七学区地下病棟。
冥土帰しと呼ばれる超級の医師が在中するその大病院の地下に作られた巨大空間は、
とにかく端から端まで移動するのも億劫になる程だだっ広かった。
そこに並べられているのはこれまた数えるのも諦める程の簡易的な白いベッド。
横たわっていたのは幻想御手を使用し、または知らぬ間に聴かされ昏睡状態に陥ったこの街の学生達だ。
体組織の配列の様に規則正しく並べられているベッドの隙間を縫う様に駆け抜けるのは看護士や医師、
風紀委員や警備員達。休む間もなく汗を拭いながら駆け抜けて行く彼らに安息はない。
いまや140万人の学生が昏睡状態に陥ったこの状況の中で、休む事など誰が出来るだろうか。
だがその誰もが慌ただしく動く空間の中に、明らかな異物が混じっていた。
「所定の配置に到着しました。と、ミサカは各妹達に伝達しつつ解析を続行します」
それは、少女。
一人であって、一人ではない少女。
「地下病棟での各妹達の配置、完了しました。と、ミサカは報告します。同時に音声伝播範囲の再演算終了。
ミサカ10578号から17582号の歌は正常にこの空間全体に響くものと答えを弾き出します」
どこかでそんな言葉が呟かれるのを、一人の医師が聴いた。と思いきやそれは
他方向からも同時に聞こえる。振り向いてみれば、そこにいたのはあの超電磁砲と名高い御坂美琴。
ではない。
超能力者第三位、御坂美琴と全く同じ顔をした”少女達”だった。
ベッドの隙間に点々と不規則に立ち並んでいたのは、御坂美琴を素体にした軍用クローンだった。
本来ならば、この状況はどうなのだろうと一人の医師は、看護士は、風紀委員は、警備員は考える。
超能力者序列三位のクローン計画。明るみになればそれは大事件であり、大惨事であり、大問題である
目の前の状況はどれほどの事なのかを考えて考えて考えて考え抜いて――彼ら、もしくは彼女らは考えるのを辞めた。
現在、学園都市に訪れている危機的状況に比べてしまえば、
比べる事ではないかもしれないがそれは彼らに取っては酷く些事であった。
今この場において、目の前の少女達はこの都市をギリギリの部分で支える救世主以外の何物でもないのだから。
彼女達がいなければ街の電力は枯れ果て、碌な医療も維持出来なかっただろう。
彼女達がいなければ街の人間は誰一人として連携が取れなかっただろう。
彼女達がいなければ、被害者に対する手当も乱れたままだっただろう。
そして、今。彼女達は真にこの街を救おうとしている。
「リハーサルの時間は残念ながらありません。とミサカは10032号の置かれた状況を鑑みて結論を弾き出します」
また、どこかでそんな声が響いた。
浜面仕上が妹達に伝えた作戦。
それを実現させるにあたって妹達1万人がこなさねば成らない課題は
それこそ自身の個体と同じ数程の問題が合ったが、妹達は自らそれらを突破した。
厳密に言うと、最大の問題は未だに残っているのだが。
「――、ターゲットの所在を9割掌握、同時にワクチンファイルの解析終了。
分かり切った演算結果ですが、この地下空間内と外の第七学区。1万人の個体数では
どうしても140万人に声を届けるには限界があります。と、ミサカは今更の問題提起を――」
「ではさながら渡り鳥の様に移動しながら、各妹達の座標を変えて行きながら歌えばいい。
とミサカはその問題の突破口を無理矢理提案します」
「本作戦に関しては複雑な音階域を表現する為に綿密な座標計算の結果、外と地下の現在位置に妹達が配備されています。
僅かな音のズレが致命的なこの作戦でそのような危険な行動は、それにその移動ルートを演算する時間も最早、」
「危険、と言うならば本作戦自体が既に博打の積み重ねの様なものです。とミサカは今更ながら思い返します。
ここまでくればレートの上乗せなど、あってない様なものではないでしょうか。つまりは……」
「――つまりぶっつけ本番です。準備はよろしいですか――、とミサカは全妹達に最後の確認を取ります」
言葉が止んだ。数秒後には辺りから、第七学区の至る所かからすぅーっ、と静かに息を吸う音が大きく聞こえ
瞬間、街に溢れたのは――歌だった。
――――――――――――――――――――――――
浜面「ステイル!!他にアイツと連絡を取る方法はないのかよ!!」
そんな少年の怒号が鳴り響いた。しかし、声は押し迫る異能の波に掻き消される。
だがそれを前に、既に浜面は己を襲う焦燥感に押しつぶされそうになりながら
ゴミ同然となったルーンのカードを握りしめていた。
浜面「クソ――ッ!!」
何度神裂火織の名を呼んでも言葉はもう届かず、一方的にこちらの声は断ち切られてしまった。
どうする。そんな言葉がまたも頭の中を埋め尽くす。一つの要素すら失敗出来ないこの賭けに
さっそく障害が立ち塞がった事に浜面の思考が掻き乱される。
そんな浜面に言葉をかけたのは、
ステイル「慌てるな。ああは言っても一番インデックスを救いたいと願っているのは彼女だ。
もう長い付き合いだが目の前の希望に一縷の望みを抱かない程、達観できた女じゃない」
浜面「けど……っ!!」
ステイル「この一世一代の大勝負は全ての要素が賭けだと、貴様は言ったな。
なら、神裂が僕たちを信じる方に全てを賭けろ」
僕は貴様に賭けたぞ。
視線を交す事無くたった一言そう呟き、次の瞬間ステイルの炎は
更に燃え広がり幻想猛獣を飲み込むかのように広がって行く。
浜面「……あぁ、わかったよちくしょう!」
信じろと、ステイル=マグヌスは言う。
誰よりもあの女との付き合いが長いこの男が言うからには、浜面もその言葉を信じるしかない。
ステイルは浜面仕上の言葉を信じたのがから。
そして、その瞬間。
御坂妹「~~♪ ~~~♪」
流れて来たのは、声。一人の少女から漏れ出す、旋律。
浜面「――!」
木山「…………っ」
その場にいる全員が理解する。
始まったのだ、と
白井「これが……そうですの?」
木山「あぁ……」
響いたメロディはどこか荘厳で、どこか儚げで、けれど血液の様に体を巡り、
人の五感に直接染み渡って行く様な不思議な曲だった。
こうしてミサカ妹が奏でているという事は、つまりこの旋律が
今も遠く離れた第七学区で唱われているということだろう。
そしてその結果は、思いのほか早く訪れた。
ボゴッ、と。
水底から巨大な気泡が浮上した様な音が大きく響き、
魔女狩りの王を薙ぎ払った怪物の肢体が、爆ぜた。
「ijjpwvpmpwdok!!!」
それは、自身でさえ意味が分からなかったのだろう。
その巨躯に埋まっていた目玉がぎょろぎょろと気味悪く動き回り、
まるで圧縮されていた肉が漏れ出るかの様に、飛び散った部位から半透明の物体が飛び散り
バケモノの肉体は膨張して行く。数十秒後には、先ほどの怪獣のような姿に逆戻りしていた。
白井「これは……どういう事ですの?」
木山「効いている。と思いたいな」
ステイル「なら確かめればいい。まだアイツが不死身だったら僕たちが死ぬだけだ!!」
張り上げた声に呼び寄せられたかの様にステイルの周囲に炎が渦巻き、
薙ぎ払われたはずの魔女狩りの王が再び顕現する。
全てを焦がす灼熱の吐息を漏らしながら地獄の底の様に暗い眼光を
幻想猛獣に向け、魔神の炎獄がバケモノを襲う。
ステイル「――、駄目かッ!!」
浜面「いや、再生速度が落ちてる。このままいけッ!!」
肥大した怪物を飲み込む炎はその体表を焼き焦がしていき、しかし消滅させるまでには至らない。
再生力も衰えはしたが未だに健在。浜面達の優位にまだ天秤は傾かない。
ステイル「なら――、とっておきだッ!!!!!」
怒号と共に、どこに隠し持っていたのやらその黒衣から更なるルーンのカードが飛散する。
魔女狩りの王の力の根源が空間全土にまき散らされ、その炎は更に更に燃え盛る。
この炎が明らかにこの場にあるルーンがもたらす力の範疇を軽く超えている事に、誰もが気付かないだろう。
それは確かにステイルが急場しのぎで用意した”自動書記に対するとっておき”の力の一端だった。
凄まじいとしか言い表せない業火に対し、怪物も黙って見ているだけではない。
声にならない金切り声をまき散らし炎に抗うが、しかしその勢いに押し勝てない。
御坂妹の歌が、よりいっそう大きく響いた。それと共に、怪物の再生力がみるみる衰えて行く。
こつりと天秤が傾く音を、その場にいる全員が聞いた気がした。
ステイル「まだ言っていなかったな、怪物――貴様が相手にしている魔女狩りの王。
名はイノケンティウス。その名の意味は――」
ステイル「必ず殺す、だッ!!!!!!」
瞬間、炎が何もかもを飲み込んだ。
業火は完全に怪物を圧倒し、僅かながらに残ったその再生速度が
追い付かない程ジリジリと全てを焦がし続けて行く。
このまま攻め続ければ――と、誰もがそう思ったが、
木山「ダメだ!それでは倒せないぞ――っ!!」
何かに気付いた様に、木山が叫ぶ。
木山「体表にどれだけダメージを食らわせても本質的に意味は無い!!
どこかに――どこかに力場の塊を自立させている核のようなものがあるはずだ!!」
ステイル「ちッ、さっきのアレかッ……!!!」
ステイルの脳裏に過ったのはツンツン頭の少年が深手を負う原因となったあの瞬間。
怪物の中から現れた三角錐の”核”のようなもの。恐らくアレだろう。
どうする。と天才魔術師の思考が駆ける。殲滅する事に関しては右に出るものがいない自身の魔術に、
この場においての決定的な突破力が欠けている事実は既に分かり切っていた。
このまま地道に目の前の怪物を灰も残さず消し去るしか、現時点での方法はない。
無いのだが、
ステイル「…………っ」
既に、自身の限界が近い事もステイルにはよく理解出来ていた。
浜面「――もう少しだけ踏ん張ってくれ」
そしてそれはこの場に置いて誰よりも無力な少年にも理解出来ていて、だから――
浜面「俺がやる」
だから、その手に演算銃器を携えた浜面仕上は再び立ち上がった。真直ぐに、燃え行く幻想の猛獣を見据えて。
ステイル「ふん。最初から最後まで貴様のお膳立てとはな……
ハズしてみろ。あのバケモノに殺される前に貴様を真っ先に殺してやる」
浜面「上等だ」
その言葉にステイルは笑う。浜面仕上も、笑う。
瞬間、怪物を飲み込み続けていた業火は花火の様に豪快に弾け、跡形も無く消え去った。
爆発的に出力を上げた炎は怪物の巨大な肉体を1/3程吹き飛ばす結果になったが、
そこでとうとうステイルの魔力が枯渇してしまったのだ。つまりは全ての力をその一瞬に注ぎ込んで、爆発させた。
もう空間全体に荒れ狂う様に渦巻いていた炎はないし、魔女狩りの王も今度こそ掻き消えた。
残ったのは、地に膝を付き全身の虚脱感に抗えず息を切らす炎の魔術師。
そして立ち上がったのは、この場に置いて無力でしかない浜面仕上。
向かうは半透明だった体表のほとんどが焦げ付き、肉体がほとんど吹き飛んだ幻想猛獣。
見上げる程の巨大さを誇るその怪物だが、浜面には見えていた。
頭頂部に埋め込まれる様に沈んでいる、三角錐の歪なオブジェを。
浜面「――そいつか」
目の前の怪物の反応は鈍く、もはや再生さえ行われない。
先ほどから唱われていた御坂妹の声が止んだという事は、詰まりはそう言う事なのだろう。
これで、全ての勝利条件は達成された。
カチリ、カチリ、と浜面は指元で演算銃器のシステムを”ある特殊なモード”に再設定する。
自身の親友である服部半蔵が書き残した通りに、とっておきのある一発を撃つ為に。
「udnvakamladm!!!」
瞬間、どこにそんな余力があったのか怪物から弱々しい異能の力場が放たれる。
と言ってもそれは当たれば人間一人ぐらいなら簡単に消し去れる程の出力で、
それは浜面に対し真直ぐ真直ぐに向かって――キュイン、と、そんな音と共に掻き消えた。
上条当麻の、それはギリギリを振り絞った最後の力だったのだろう。
言葉は残さず、ただ真直ぐ浜面と瞳を交し少年は再び倒れる。
浜面「…………」
もしコイツがインデックスと出会っていたなら、また違う結果になったのかもしれない。
なぜだか、浜面はふとそう思った。しかしすぐにその思考は掻き消される。
どこからか聞こえた、声によって。
御坂妹「この声は……」
白井「幻想御手に取り込まれた人達……いえ、求めた人達、ですの?」
木山「………………」
声は、嘆きあったり、怒りであったり、悲しみであったり、自嘲であったり、羨望であったり、
様々な種類の声で、だがそれは全てが全て幻想御手に手を伸ばした者の負の声だった。
『こんなハズじゃなかった』
『羨ましかった』
『力が欲しかった』
『悔しかった』
『ただ、あの子達を助けたかった』
御坂妹「………」
『『助けて』』
浜面「…………そうかよ」
それは、浜面自身がどこかで願った言葉であって、心から求めた言葉であって、
だからその苦しみは嫌という程理解している。知っている。
浜面「わりいけど、お前らの気持ちが痛い程分かる俺じゃ助ける事なんざ
できねえよ。出来んのは、手を貸す事だけだ」
浜面「――こんな所で苦しんでないでとっとと元の場所に帰りやがれ。次は逃げなきゃ、それでいいさ」
そう言って、浜面は手に握る銃を真直ぐに向ける。通常の銃より重くて不格好で
不安定なその駒場の置き土産は、何故だか面白い具合に手に馴染む。
引き金に指をかけた瞬間、声が聞こえた気がした。
『馬鹿浜面―――銃の撃ち方、覚えてますか?』
浜面「……あぁ、絹旗。あの時どうやって、何を考えて撃ったのか今なら分かるよ。俺は――」
――紫電が、奔る。
落雷のような轟音と共に無骨な銃身から真直線に放たれた青白い雷光は、
その銃身を溶かし尽くし、音の速さを軽々と超え目の前の怪物を、その核を撃ち貫いた。
光の粒子となって塵と消えて行く怪物を前に、こうして終わる。
幻想御手を中心にして全ての要因を複雑に絡めた物語が、ようやく終わりを迎えた。
浜面仕上の前に立ちはだかった壁は、ようやく全てが取り払われた。
そして、
『しあげ――まってるね』
浜面「……あぁ、すぐ行く」
それは、幻想だったのかもしれない。
浜面が描いた都合のいい妄想だったかもしれない。
だが、確かに聴こえた。だから――
浜面「白井、滝壺、御坂妹……頼みがあるんだ」
消えて行った幻想猛獣を仰ぐかの様に空を見つめて、少年がそう言った。
呼ばれた少女達はぽかんとした表情で、遅れながらにしてその言葉に応える。
浜面「あと、木山先生……アンタ俺と始めて会った次の日に言った事覚えてるか?」
木山「……なんだったかな」
浜面「困った事があったら一度だけ無理を聞いてやる。そう言ったんだ。
悪いけど、聞いてもらうぜ。もう、ここで止まる訳にはいかねえんだ」
木山「……それはまた、とんでもない口約束をしたものだな。私も」
呆れる様に、木山は笑う。どこか得意げに、浜面は笑った。
どうせなら今まで全員に貸していた借りを倍返しにして返して貰おうと、
そんな考えが透けて見える薄い笑みだった。
――――――――――――――――――――――――
街に響いた大聖歌は言葉通りに学園都市を救った。
事件は終焉を迎え、幻想御手に捕われていた街の住民は次々と目を覚まし、
誰もが胸を撫で下ろし、涙し、笑い、喜び合った。
だが、誰も気付かない。
その中で起こった確かな異質に気付かない。
とても身近で起こった異変に気付かない。
名前の描かれていない真っ白なネームプレートがかかったとある病室。扉一枚隔てた空間。
白を基調としていたその空間は異世界の様に変貌し、何もかもが変わり果てていた。
それは、戦争の爪痕。
世界大戦を一部屋に凝縮したのかと間違える程の惨事がそこに詰め込まれていた。
倒れ伏すのは、長身の女。魔術師。聖人。神裂火織。ともかく、彼女は勝てなかった。
部屋の主は既にそこにはおらず、ベッドも病室ももぬけの殻。
唯一残されたのはこの場には絶対にそぐわないであろう、一枚の羽根。
天使を連想させる純白の羽根。
舞い堕ちるそれは不意に降れた瞬間、燐となって消え失せる。
それが、いわば始まりだった。
全てを台無しにしてしまう終幕の始まりだった。
次回予告
「まさかあのビルから出てくるとはな。流石に驚いたぜ、アレイスター。さて、交渉開始といこうじゃねえか」
未元物質・垣根帝督
「失望したよ、未元物質。あっただろう? 君が歩んで来たこの物語の中に……明らかな矛盾が」
学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー
メリークリスマス(白目)
すまんかった。マジですまんかった。ちょっと1カ月投下無理とか自分でも予想してなかった。
というわけで駆け足かもしれないけど幻想御手編終了。
さくっと絹旗ちゃんの銃レッスンと木山てんてーの無茶なお願いの伏線ひろって満足満足。
神裂vs垣根?カットで(すまん)
次回は来年。やっとこさ起承転結の転の最終部分まで来た。
このSSは一応原作一巻再構成を目的に書いているのでつまりはようやく一巻で言うあそこら辺に来た訳です。
多分残り投下回数は3~4回。
予告からみて取れる様にこのSSで様々な暗躍をしてきてくれたスクール勢は次回で退場です。
初スレ終わってから完璧ピエロ状態の垣根君でしたが最後は結構動かすつもりなのでご期待を。
ではでは
生きてます。生きてますよ。
月末にはこれるかなぁ…な感じです。挿絵が結構増量してます。
投下の際はまた声かけるので、ではでは。
日曜に投下。24時頃。
予定。
多分これると思う…
うおい。やらかした(二回目)
ちょっと垢変えますね……はずかしい
こっちで。id切り替わっちゃったからちょっとあれだけど
・木山春生とミサカ10032号の独白
世界が終わりを迎えようとしているその最中、
木山春生はぼんやりと瓦礫に腰を落ち着け、暮れかけた空を仰いでいた。
そこは崩壊したMAR跡。遠くに見える都市部では燃える様な赤が立ちのぼっており、
微かに見える白の礫が、何かを放射し、全てを滅ぼしながら高速で軌道を描いている。
今頃は、あの少年が魔神と呼んだ少女が暴れ回っているのだろうか。
他人事の様にそんな事を考えながら、一息。
首が疲れたので空を眺めるのは辞め、視線を落とす。
木山「…………」
膝の上では滝壺理后が死んだ様に眠っていた。
疲れたのだろう、それとも安心してしまったのだろうか。
くうくうとかわいらしい寝息をたてて、木山はその黒髪をくしゃりと撫でる。
木山「……そろそろ時間じゃないのかい?」
ミサカ「そうですね」
独り言の様な言葉に小さく応えたのは、先ほどの木山と同じ様に空を仰ぎ続ける妹達の少女。
ミサカ「後は……お願いしてよろしいでしょうか? とミサカはあなたに全てを託します」
木山「大げさだな。私はなにもするつもりはないよ。ただ。自分の尻拭いは自分でするさ」
視線を交えない言葉の応酬。結果、生まれたのはなんとも言い様の無い沈黙だった。
だから、木山春生はまたも独り言のように言葉を吐き出す。
木山「自分勝手だとも思ったがね。私は最期までこんな事をするのは間違ってると思うよ」
ミサカ「それをあなたが言いますか。とミサカは呆れ顔でため息を吐きます」
木山「返す言葉もない。いや、まぁ私は自分が正しい事をしたととは欠片も思っては無いさ
この街の学生も、心も、脳も、全てを利用しつくした私はね」
木山「だから、間違ってると思う」
ミサカ「……ミサカが思うに、あなたはただ怖いだけでは無いのかと想像します」
木山「怖い……か。あぁ、確かに怖いよ。せっかく再び掴んだものを全て失うかもしれないと考えると、死ぬ程怖い」
木山「……全く、恐れ入るよ。よくこんなろくでもない策を次から次へと思いつくものだ。
あの時彼が語ったのは、君が歌った時よりも尚酷い。99%不確定要素で構成されたもはや子供の絵空事さ」
ミサカ「否定はしません。現にミサカ達もそう感じましたから」
木山「例え勝負が成立したとして、勝っても負けても間違いなく彼は死ぬ。負けてしまえば滝壺やこの街も道連れだ」
ミサカ「しかし、あなたは協力しました。彼が勝つ方に賭けたのでは?とミサカは推測します」
木山「いや、私は滝壺の言葉に乗っただけさ。教え子の頼みを無下に蹴れなかっただけだ。
……まぁ、共感もしたがね。あの瞬間、インデックスという少女をすべてを捨ててでも救いたい彼と
眠ってしまった生徒を全てを捨てて助けたかった私は……能力を持たない私たちは似たもの同士だった」
木山「例えば……彼が全てを救ってしまえるヒーローで、神様の奇跡でさえ殺せるような力さえあれば、
きっとこんな手段は取らずに済んだのだろうな」
ミサカ「幻想ですね。とミサカはありもしない可能性を切り捨てます」
木山「手厳しいね」
ミサカ「確かに……彼は全てを救えるヒーローというには少し遠いかもしれません。
とミサカはかつての夜を振り返ります」
ミサカ「しかし、たった一人の少女を救うためならば……彼に越えられない壁は無いでしょう。
事実、彼は学園都市最強と言う壁をあの少女の笑顔の為だけに乗り越えました」
木山「……一応聞くが、冗談か何かかい?」
ミサカ「事実です」
木山「……信じられない」
ミサカ「少し、可能性は上がりましたか?」
木山「あぁ、賭けるには充分だよ」
ミサカ「ならば……ミサカ達はそろそろ行きます」
木山「……」
瞬間、もう周囲に彼女の気配はなかった。
ふう、と小さく息を吐く。
これで、今の自分に出来る事は全てやり終えた。
あとは待つだけだ。
浜面仕上が勝つのを、待つだけだ。
あぁ、しかし……とんでもない事をしてしまった。
そう思う反面、木山春生はまだ知らない。
浜面仕上の要求を飲み込んだ事によって今日、この日――
学園都市に七人目の超能力者<レベル5>の名が刻まれた事を。
全てが終わってしまうまで、その事実をまだ知らない。
・最後の交渉
コンコン。と、ドアを叩く小さな音に気が付いた。
「………んー?」
病室のベッドに伏し、ぼんやりと天井や窓から見える街を眺めていた少女は
その音に気付くと怪訝そうに目を凝らし、ゆっくりと起き上がる。
「っ……、」
その瞬間体を奔るのは、全身の傷から伝わる痺れる様な痛み……だと言うのに
少女は起きるのをやめようとはしなかった。ギブスで固定された右腕に衝撃を与えない様に
慎重にベッドから降り、慣れない足取りで杖に頼りながらゆっくりと扉へ向かう。
ドアノブに手をかけた緩慢な動きに反し乱雑に開けられた扉の先に立っていたのは、
少女――番外個体の良く見知った顔だった。
番外個体「……はろー、お姉ちゃん。すっげえコンサートだったね。ミサカ感動しちゃった。ぎゃは」
ミサカ「それはどうも。と、ミサカは末っ子から受け取った心のこもった感想をMNW内に大拡散します」
番外個体「ぎゃはは。なんなら感想用紙100枚分くらい書いてきてあげようか?」
ま、右手が治ってからだけど。そう言って固定された右手をぶらぶらと振り回し少女は笑う。
対する少女は笑ってはいなかったが、どこか緩んだ表情で番外個体を見つめていた。
しかし、それも一瞬。
すうっと、神妙な眼差しで少女は見据える。
視線が捉えたのは番外個体を越えて病室の奥に設置された二台のベッド。
片方は目の前にいる少女のものであり、もう一台はこの部屋の本来の主である少女の寝台だ。
覚めるはずのない眠りについた御坂美琴の。
番外個体「……突っ立ってないでさ、まぁ入ったら?」
どこか意地の悪そうな笑みをニタニタと浮かべ、道を譲るかの様に番外個体が一歩後ろへ下がった。
途端に少女によって塞がっていた視界が開け、ミサカの脳に瞳に映る情報全てが流れ込んでくる。
そう、だから一歩進んで少女は言った。敬う様に、慈しむ様に、喜ぶ様に、けれど、どこまでも平淡に。
ミサカ「こんにちは、お姉様。ご容態はいかがですか?」
「…………………………………………………最悪」
掻き消えるようなか細い声で、誰かが答えた。
未だ拭いきれぬ程の怖気を纏わせ、ベッドに座り込む御坂美琴が答えたのだとミサカが理解するまで、少し時間がかかった。
http://wktk.vip2ch.com/vipper15968.jpg
美琴「……」
先にその濁り切った瞳を少女から逸らしたのは、御坂美琴だった。
目の前の景色も、人間も、現実さえも塞ぐ様に、
無造作に垂らされた薄汚れた栗色の髪が美琴の表情を覆い隠す。
美琴「……何の用よ。街一つ犠牲にしてたった一つの実験も潰せなかった私を責めに来たの?」
静かに、平淡に、それこそ妹達が喋ったのかと聞き違える程に、
その声には自嘲も、悔しさも、何の感情も込められてはいなかった。
精神と心を磨り減らし、肉体を極限まで痛めつけ、挙げ句の果てには
自らの矜持さえも捨て去ったこの少女に、かつての御坂美琴の姿はどこにも無かった。
美琴「それとも笑いに来た?」
ミサカ「…………」
美琴「それか、今度こそ私を殺しに来た?」
番外個体「…………」
ぶつぶつと、言葉が呪詛の様に漏れて行く。くすんだ目玉は、恐らくどこにも向いてはいない。
笑う事も蔑む事も無く、壊れてしまった少女は自らの中に抱えた絶望を撒き散らす。
それは御坂美琴にとって自身が抱えた呪いの様な黒い感情であり、
目覚めた瞬間、真っ先に襲いかかって来たモノだった。
美琴「私は失敗した」
失敗。
ここでいう彼女の失敗はどれの事だろうという疑問に答えるならば、
御坂美琴にとっては恐らく全てが全て、失敗だったのだろう。
DNAを提供した事、学園都市に来た事、超能力者に登り詰めた事、
実験の存在を知ってしまった事、一方通行に戦いを挑んでしまった事、
幻想御手を求めた事、無能力者を利用した事、この街を殺した事、
自分が生まれて来てしまった事。
全部が全部、どこかで間違えた。だからこんな事になってしまった。
美琴「あはは、なんであそこで死に損なったんだろう。もう……実験は、終わらないのに」
この言葉を吐く瞬間だけ、心無しか声が震えた気がした。
それは同時に、御坂美琴が現実を受け止めた瞬間。
もう実験は止められない。もう超能力者第三位にその力は無い。
全てを賭けて失敗した御坂美琴にその可能性はあり得ない。
妹達は死ぬ。これからも、この先も。20000人の命が散るまで。
そんな現実を受け止めて、飲み込んで、少女は――
美琴「……………」
涙一つ、流す事は無かった。起伏の無い表情は悲痛に暮れる事も
悔恨に潰れる事も憎悪に歪む事も最早無かった。
感情も涙も声も、全て枯れてしまっていたから。
ミサカ「お姉様」
美琴「……やめて。その声で、その顔で私を呼ばないで」
もう、吐き出せるのは言葉だけ。
このまま自分は死んで行くのだろう。とぼんやりと思った。
心も、感情も動かなくなって、側に立つ妹達より尚酷い存在に成り果て死ぬのだ。
ミサカ「いいえ、ミサカはお姉様を呼び続けます。」
それは、御坂美琴という少女の心が死のうとしていたまさにその瞬間。
ミサカ「だって、ミサカはここに来てまだ何も語ってはいないのですから」
美琴「……何を、語るっているのよ」
ミサカ「……………」
ミサカ「絶対能力進化計画が本日付けを持って永久凍結となりました。
と、ミサカは実質的な実験の終了をここにご報告いたします」
美琴「……………………え?」
美琴が絞り出せたのは、馬鹿みたいな声だった。
耳から入った断片的な単語だけが脳の中で混じ合わさり、
都合のいい幻想を聴かせたのかと錯覚するほど、その言葉は理解に追い付かなかった。
いつの間にか、どこにも向く事の無かった視線が自分と同じ顔をした妹達の少女を捉える。
あくまでも事務的な表情を崩さない少女に、御坂美琴と同じ様に驚きを隠せない番外個体。
番外個体「…………あのジジイ、本当に」
それは、番外個体にしても驚愕するに値する情報だった。
まさかあのカエル顔の医者が言っていた様にこの数日で実験が終わってしまうなど、誰が想像出来ようか。
そしてその背景すら思い描けない言葉に、理解も何もかも追い付かず疑問を浮かべたのは当然とも言えよう。
番外個体「ミサカはちょっと信じられないんだけど。あの実験が終わったなんて」
ミサカ「事実です。あなたが介入したあの10031次実験のすぐ後に行われた第10032時実験において、
新たな第三者の介入によって一方通行は実験を破棄。結果凍結に至りました」
番外個体「はぁ!?あの一方通行が実験を破棄!? 第三者って一体――う、」
と、そこまで言って、番外個体の言葉が途切れた。
番外個体「―――っ」
途切れたというよりは、吐き出せなかったという方が近い。
視界に映った御坂美琴の、まるで何かに縋っているような、諦めている様な、期待している様な、
未だに濁ったままの瞳を大きく見開いて、そんな表情をしている少女を前に、番外個体は言葉を失う。
美琴「……本当に?」
子供のように、髪を揺らしながら少女は訪ねる。
美琴「実験が……終わった?」
自分の吐き出す言葉がどこか途方も無い現実の様に感じる。
いや、実際途方の無いものなのだ。
御坂美琴という少女がなにもかもを賭けてでも、それでも止まらないものなのだ。
それが、眠っている間に全てが終わったと告げられどうして信じる事が出来る。
美琴「何があったの」
だから、御坂美琴は求めた。それが現実だと言う確証が欲しかった。
信じられると値する事実が欲しかった。だから、
ミサカ「それをお教えする前に――お姉様。ミサカはひとつ、
お姉様にお願いがあってここに来ました」
美琴「……なに?」
掠れた声で、美琴は聞き返す。しかし、その言葉にどこか感じた違和感を無視は出来なかった。
ミサカ「先ほど申し上げた最後の実験に介入したある第三者。一方通行が実験を破棄するに至ったのは実質的には
この人物の介入が大きな要因です。結果から言うと、この人物は一方通行に戦いを挑み勝利しました」
ありえない。突き刺さったのはあの一方通行に戦いを挑む馬鹿が自分以外にもいた事。
そして、貫いたのはその第三者があの一方通行に勝ったということ。
番外個体「一体誰が……もしかして幻想御手をバラまいてた大元の人間?
それとも第二位……垣根帝督?でも実験に介入する理由なんて……」
ミサカ「信じては頂けないでしょうが、その第三者は路地裏の無能力者です。
とミサカは一気に信憑性が低くなる事実を述べます」
美琴「…………」
余りに途方も無い話に気が遠くなりそうだった。このままベッドに倒れ込みそうだ。
無能力者と聞いて一瞬だけ思い浮かんだのはある少年だが、路地裏という事は恐らくスキルアウトだろう。
そんな知り合いおりはしないし、いたとしても一方通行に挑む理由も見つからない。
ミサカ「話に戻りますが、その一歩通行を倒した第三者はお姉様にある協力……もしくは要求を求めています。
そして、ミサカのお願いはその要求をお姉様に飲んで頂きたい。という事です」
美琴「…………そう。わかったわ」
ここで、美琴は先ほど感じた違和感にようやく気付く。
気付いて、枯れたものが再び溢れそうになった。
番外個体「ちょ、お姉様……!ミサカが言うのも説得力無いけどあんまり信用しない方が」
美琴「でもその前に、話を聞かせて。そのスキルアウトが誰なのか、どんな奴なのか、
どんな理由で一方通行と戦って、どんな理由でアンタ達がソイツを助けるのか、教えて」
そう言い放った御坂美琴の表情も、声も、先ほどとはあまり変わっていなかった。
しかしその目は……汚れ、濁って、淀んだ瞳はほんの少し濡れている気がして、
ミサカ「……きっかけは、一匹の猫でした」
そして、ミサカは語り出す。
この世界にはもういないミサカ10031号の人生を。
彼女が生きた物語を、語り出す。
ここまで。章題にも予告にも辿り着けないふがいなさ。
ばりばり手直し中なんですぐに落としに来たい。
垢バレはやらかした。顔真っ赤ですわぁ……
あと前回の挿絵はろだにわかりやすくあげてるんでよければ。
http://wktk.vip2ch.com
あ、今日投下します。
あ、時間忘れてました。23時で。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
その空間はまるでこの世界から隔離されたかの様な静けさに包まれていた。
四車線が並ぶ道路にはどれだけ時間が過ぎようと車一台通りはしないし、
その道路を挟む歩道には人っ子一人歩いていない。
更にその歩道に面した建物や店舗には明かりは灯っておらず、勿論人の気配もない。
きっと周りに立ち並んでいる高層ビル群ももぬけの殻なのだろう。完全なるゴーストタウンだ。
そんな沈黙した学園都市に、少女はいた。
「はぁ……遅いわね」
ぽつりと呟く。歩道に設置されたベンチに腰掛け小刻みに時間を確認する少女の姿は、
普段の街の景色の中なら自然な振る舞いなのだろうが、この異様な街の景色の中ではそれは
異常な程の身軽さが感じられた。
だがそれは振る舞いに限った話だ。学生服に身を包んでいるならまだしも少女の姿は
派手で豪奢な肩を大胆に露出した深紅のドレスという、一般人から見てみればかなり
非日常的な服装をしており、例えこの街が普段の様子を取り戻していたとしても
彼女の存在はその場に佇んでいるだけで異常と判断されるだろう。
まぁそんなものは彼女の能力――心理定規<メジャーハート>で
どうにでもなるし、今までそうしてきたのだが。
「遅い」
本日何度目だろうか。また、ポツリと時刻を確認しながら言葉と共に小さなため息を吐いた。
憂鬱の原因はひとつしかない。あの男、自分が連れ添う学園都市第二位。垣根帝督の存在だ。
「……はぁ」
気怠そうにベンチから離れると少女はとぼとぼと静かな街を歩んで行く。
余計な事はするなと垣根からキツく言われていたが。まるで犬の様にただ待つだけという事も
少女には我慢ならなかった。
ただでさえ、学園都市を裏切った自分と垣根はお尋ね者。
誰に追われるかも分かっていない状況の中、垣根と運命を共にする事で多くの障害を乗り越えて来たのに、
例えそれがこの街有数の頭脳を持つ垣根帝督の判断だとしても今更放置を食らうのも少々納得がいかなかった。
「まあ、わがままは……よくないわよね」
太陽が頭上を差し掛かった頃、垣根はインデックスという魔術師の回収に向かった。
垣根によればそこに常駐している二人組の魔術師との戦闘に巻き込むのと、
今この街で堂々と待機する事、どちらが安全か考えれば断然後者だそうだ。
「でも、こんなに時間がかかるものなのかしら」
また、ちらりと手元の時計に視線を映す。
垣根が向かってから数時間、よほど手間取っているのか、それとも………と、嫌な想像が頭をよぎる。
まさかね。と呟いてみたものの最悪の事態というものはいつだって起こりえるものだ。
それは染み渡るように自分の中に不安として広がって行く。あぁ、ダメだ。これ以上はダメだ。
この不安から逃げ込む様に、思考は別の事柄にへと走って行く。
なにかないか、なにかないか。そう考えて行き着いた先は、あの夜。
黒夜海鳥が襲撃してきたあの夜にもぼんやりと考えていた事だ。
そういえば、ばたばたしすぎてこれの結論を出し損ねた事を少女はようやく思い出す。
「……浜面仕上、ね」
確か、あのスキルアウトの少年はそんな名前だったハズだ。
ただの無能力者。レベル0。暗部の下っ端。
データではそれ以上でも以下でもないはずの無能力者を少女が思い起こしたその理由。
結局、彼女はどうして自身の”心理定規”が彼に対して効果が何一つ表れなかったのかが分からなかった。
これは能力者にとってはかなり重要な問題だ。自身も分からない能力の欠陥などあってはならない。
あってはならないのだが、その理由が彼女には分からない、見えてこない。
一度、垣根にも相談した方がいいのだろうか。そこまで考えて、
「よぉ、何やってんのお前」
背後から、聞き慣れた声が飛んで来た。
「遅いわよ」
「わりいな、意外に手こずった」
少女が振り返った時、丁度それは垣根帝督が降り立つ瞬間だった。
芸術品のような一対の翼を背負う垣根のその姿は見ようによっては一級品の絵画にも劣らないが、
彼をよく知る少女であるからこそ、そんな風に評してしまう事に対してなんだか無性に腹が立つ。
「やっぱり似合わないわね。その姿」
「心配するな。自覚はある」
「……その小脇に抱えてるのが、例の?」
「あぁ、どこからどう見てもただのガキだがな」
どさりと、垣根がまるでモノの様に少女を道端へ放り投げる。
激戦、とまでは行かなかっただろうが垣根がこの少女を連れてくるのに手こずったのは本当なのだろう。
全身についた小さな傷や汚れた服がそれを物語っているし、この男に傷や付ける事や服を汚させる事がどれだけ
至難の業か彼女は知っている。
「大したものだったみたいね」
「あ? あぁ、なんか侍みたいな刀もった女がいてよ。
結構前に潰した魔術師クラスと思ってたら予想外に強くて驚いた」
まぁ、俺の前に立つにはちょいと役不足だったがな。と言い放ち、垣根はインデックスに視線を向ける。
気絶、というよりはまるで眠っているかの様に寝息をたてている姿は本当に年相応のただの少女だ。
「……で、どうするのこの子?」
「機材があるなら頭の中弄くり回してもいいけどな……多分覗く方が速い」
言うや否や、羽撃く様に未元物質の翼が大きく広がった。
ギチギチギチと、どこからそんな音が出ているのか全く分からないが
まるで金属が刷り合う様な歪な不快感と共に、翼の先端が細く細く研ぎ澄まされて行く。
「覗くって……未元物質ってそんな事も出来たの?」
「何でも応用次第さ、出来ねえ事はねえよ。対象が頭の中って時点で理論は構築してた。
どうしてもコイツの情報が必要な以上頼るのは自分の力だってな」
「リスキーならさっき言った通り学習装置でも使えば」
「ばーか。学園都市にもうまともな機材なんざ残ってねえよ。……ヒントはあったさ。
そのヒントがあの赤毛野郎の魔術ってのは野郎にとっては皮肉だろうけどな」
ゆっくりと垣根帝督は自らの能力の象徴に意識を集中させる。
これから行うのは今まで垣根が振るって来た本来の未元物質の用途から大きく外れる行為だった。
人間の脳と自身の感覚をリンクさせる。それはこの力の本質ではなく性質ではない。
恐らく限りなく不可能に近いはずだ……だが、可能性はあった。
それは未元物質の進化に繋がるある可能性。
「未元物質には俺でさえ気付かない隠れた公式がある。やってみなきゃ分かんねえが、
多分魔術っていう現象にはそのヒントがあって、そしてコイツの頭を覗けば必ずその答えを暴けるはずだ」
未元物質。それは厳密に言えばこの世界に存在しない素粒子を生み出す能力だ。
副次的な力こそ吐いて捨てる程あるが、その超能力は既に垣根の中で完結してしまっている。
だからこそ必ず来ると想定していた、学園都市が機能せず
自らの能力も意味をなさないこの状況を抜け出しておく必要性があった。
だが――
「……なにもそんなに急ぐ事もないんじゃないの?」
「黙ってろ。予備のプランも潰して学園都市が奴の掌から溢れた今、この瞬間が未元物質の価値を引き上げる
最高のタイミングなんだ。アレイスターのクソ野郎が新たなプランの逃げ道を構築する前に、それより早く交渉に持ち込む――!!」
この、瞬間だった。
「止めておきたまえ、未元物質。無駄に命を磨り減らすだけだ」
世界が、震えた。
「――――」
誰もいなかったはずの目の前の空間から投げかけられた言葉に、垣根の動きが停止する。
一瞬止まったと感じた鼓動が駆ける様に速く鳴るのはいつ以来だろう。そんな事を思い返しながらも
学園都市第二位の頭脳をは過去に無い程の速さでこの事態の意味を考えていた。
(あぁ、くそ。ムカついた……考えもしなかったぜ)
ふぅ、と小さく息を吐く。額が汗に濡れたのも久しぶりだ。緊張という状態は
こんなにも懐かしい感覚だったか、なんて余計な事を考えて焦りを散らす。
そう、垣根帝督は突然の事態に焦っていた。学園都市第二位。暗部に君臨する超能力者。
星の数を超える程の修羅場をくぐり抜けたハズの彼は自分がこの街に飼い馴らされていた事を思い知る。
まさか『飼い主』が重い腰をあげわざわざ『実験動物』の目の前に足を運ぶなんて、
彼はそんな可能性すら思い浮かばなかったのだから。
意気揚々と出向くつもりだった彼はまさしく犬だ。
「…………っ!」
垣根の後ろに立つ少女は、直にその瞳に映してしまったその姿に絶句している。
口許の震えを隠す様に手で覆い、しかしその動揺は全く隠し切れてはいなかった。
だから、垣根帝督はせめて自らの感情は悟られないようにと不敵に笑う。
目の前のシスターから視線を外し、口角を吊り上げ、敵意を込めて、意に介さぬとでも言う様に前を向く。
そこに立つ世界最高の科学者であり男にも女にも、子供にも老人にも、
聖人にも囚人にも見える『人間』に言い放つ。
「まさかあのビルから出てくるとはな。流石に驚いたぜ、アレイスター」
「………」
「――さて、ちょっとばかし段取りが狂ったが、交渉開始といこうじゃねえか」
学園都市統括理事長――アレイスター=クロウリー
この街の絶対権力者を前に、垣根帝督は不敵に笑った。
「…………」
自分の瞳は今、目の前にいる人間にはどういう風に映っているのか、ふと考える。
獣の様に鋭い瞳をしているのか、それとも――それとも動揺の色を隠し切れてはいないのか。
「ハッ、ひきこもりのテメエがここにいるってことは、相当焦ってるみたいだな。
随分前に一蹴した俺の話もようやく聞くつもりになったかよ」
とにかく、垣根は場を繋ぐ為に言葉を投げる。自ら交渉とは言ったものの、
目の前の男がどのような目的でこの場に現れたのか、垣根には計りきる事ができなかった。
よもや、本気で自分との交渉の場を設けたなどという都合のいい考えに行き着きやしない。
「黙りか。なんとか言ったらどうだ? それとも立体映像かなんかじゃねえだろうな」
「いや、ここにいるのは私自身だよ。未元物質」
目の前に転がるシスターと同じ様に銀の髪を揺らし、アレイスターがようやく口を開く。
しかし、その視線は垣根帝督を捉えてはいない。どちらかと言うと……そう、インデックスに向かっている。
「おぉ、安心したぜ。で、ナニしに来たんだよ。そんなにこのガキが気になるか?」
ある意味で下種な笑みを浮かべながら、靴底でぐしゃりとインデックスの小さな頭を踏みつける。
垣根に取って都合の良い道具程度の存在でしかないこの少女が、アレイスターの興味を惹くに値するものだと確信できた。
そう思ったが、
「禁書目録か……着眼したモノは鋭い。それは誰であれ関わった者の重要なファクターに成る少女だ」
「……ッ!!」
アレイスターから飛び出て来た言葉は、垣根の期待を大きく裏切るものだった。
「だが……どうもタイミングが悪かった様だ。その娘は既にズレすぎて使い物にならない」
まるで興味の欠片も示さず、インデックスの存在を認識しているような発言。
そこから導き出される答えは最悪の結果と判断しても言いだろう。
魔術というこの街にとって未知の法則は、目の前の男にとってはなんて事の無い既知の情報であったという事であり、
たとえ”魔術”という法則を暴いた所で、垣根帝督が魔術を手中に収めたとしてもそれは、
魔術を知っていながら超能力とのハイブリッドをしてこなかったアレイスターにとって僅かな価値も無いという事だ。
この一瞬のやり取りで垣根は理解する。自身らの理想はたった今遠のいた。
「……テメェ、何者だよ。科学の街のトップはオカルトなんて非常識なもの信仰してやがるのか?」
「そもそも前提が間違っているよ、未元物質。この街を作ったのは魔術の世界のトップだったと考えれば全ての辻褄は合致する」
「……そういうことかよ。俺たちは勝手にテメエの掌の上で踊ってたって事か」
垣根帝督の表情にそれは珍しく現れる苦渋の瞳。失望感が胸から広がり全身に満ちて行く。
それは後ろにいる少女も同じだろう。つまり垣根がこの学園都市を離反してから今までして来た事は
全てが無駄でしかなかった事で何の意味もなかった事なのだ。本来驚くべきはずの事実にも感情が動かない。
「…………くッ」
それほど垣根帝督の失意は大きかった。
「そう落ち込まなくてもいい。第二候補にしてはよく働いてくれた。
しかし残念ながらこの手札では交渉にすらならない」
すっと、人を小馬鹿にする様に微笑むアレイスターから垣根に向かって何かが投げられた。
その黒くてどこか曲線味の帯びた硬質の物体はインデックスを越えて、垣根の足下にゆっくり転がる。
投げられたものがなんなのか、垣根には分からなかったがそれはどうやらスピーカーのようなものらしい。
ちいさく音が漏れ、それが自分の耳にも届くのが感じられた。
「……ハッ、んだこれ?どういうつもりだよ」
「餞だよ。まぁ、君達に向けてではないがね」
「訳わからねえな。それに今日はよく喋るじゃねえか。ムカつくぜ」
「不快だと言うのならばここから去るさ。私の目的はもう達した。
君達は私の掌から溢れた世界で自身の道を歩むといい」
だが、とアレイスターは言葉を続ける。垣根帝督の瞳に映り込むその表情はまるで――
「まだ気付いていないのかい、未元物質」
「……何に気付いてないって?」
「あっただろう? 君が歩んで来たこの物語の中に……大きな齟齬が」
瞬間。夢か、蜃気楼か、幻か、まるで幻想かなにかであった様に、
アレイスター=クロウリーは垣根帝督の目の前から姿を消した。
意図せず訪れた交渉の場はこうして終わる。垣根帝督の野望は目的はこうして潰える。
こうまで周到に全てに手を打ったというのに呆れてしまう程あっさりと、あっけなく。
「……帝督」
垣根の何も語ろうとしない背に、少女が不安げに言葉を投げる。
常に大きく見えたその姿が、今はどこか脆そうに見えた。
「帝督、私たちは……これから」
「大丈夫だ。別に、手は残ってない訳じゃねえ。
ようするに俺がアレイスターと対等に交渉出来る立場に立つには、
最初から一番馬鹿らしい方法をとる事が手っ取り早かったって事だ」
「…………!! それって、」
バカらしい方法。そんなものは決まってる。自分たちが極力避けてきた道。
ここまで遠回りするに至った直接的な原因。今この場で自分たちの前に立つ最悪の障害。
「一方通行を殺す。遠回りするのはもうヤメだ。どのみち魔術を材料にするのはギャンブルだった。
分の悪くねえ賭けだと……勝てると踏んでいたが負けちまった以上もう進む道は一つだけだ……行くぞ」
「…………ええ」
垣根の言葉に、少女はふたつ返事しか返せない。肯定し、首を縦に降る事しか出来ない。
「…………」
恐らく垣根帝督は一方通行には勝てない。
直感でしかないが漠然と少女はそう思った。
このまま挑んでも自身を食らうのは敗北と崩壊だけだろう、そうとしか思えない。
あの垣根が”勝てると踏んでいた”とまで言い切った賭けに負けた。
恐らくそれは少女も、垣根自身予測もしていなかった事だろう。出来なかった事だろう。
出来ていたなら垣根は間違いなくスペアプランを用意していたはずだ。
出来るだけ安全に、リスクが少ない方を選んだはずだ。
だと言うのに”一番馬鹿らしい”選択を取らざるを得ないという事は、
それほど自分たちは追いつめられているという事に他ならない。
今から垣根が行おうとしているのは切り札でも奥の手でも何でも無い。ただの”最後の手段”だ。
ここまで好調に歩を進めていた垣根が、一度躓いた垣根が
それに手を伸ばしたとしてあっさり勝てるという都合のいい妄想に浸れる程少女は楽観的ではなかった。
だから、
「…………帝督」
「……なんだよ」
だからここから逃げようと、二人で一緒にこの学園都市から逃げようと、
そう言いたかった。垣根帝督の背に、そう言葉を投げ掛けたかった。
だが、振り絞ってもその言葉は出てこない。震える唇からは吐き出せない。
「私は……」
「そんなに不安かよ」
そんな少女の言葉を、必死に絞り出そうとする言葉を掬う様に、垣根は言う。
「お前の事だ。どうせ俺じゃ一方通行には勝てねえとか
このまま死ぬとか逃げるとかそ、んなろくでも無い事で頭悩ませてるんだろ」
「……ええ。その通りよ」
「昔からそうだな。テメエは他人の心を自在に計れても自分の心を計る事に関してはからっきしだ」
「…………」
少女から言葉は生まれない。それらは全て真実ででしか無くて、
震える体と溢れそうになる涙は無言の解答に他ならなかった。
垣根は先ほどから、今も少女に背を向け続けてはいるが
そんな少女の答えなどとっくに分かっているつもりだし、察している事だろう。
だから、この少女に対して垣根は証明する必要があった。
絶対に大丈夫だという確証を、答えを与える必要があった。
だから垣根は宣言する。
「……テメエは俺を誰だと思ってやがる。俺は誰に負けないし、絶対に殺されない」
「第一位と第二位には確かに絶対的な壁がある。一方通行には未元物質じゃ埋められない溝がある
んなもんは分かってるつもりだ。だがな、あのクソ野郎と垣根帝督じゃ背負ってるもんが違うんだよ」
「帝督……」
「お前がいれば俺は負けない。それが答えじゃ不満かよ」
卑怯だ。そう思ったのは、多分二人ともだっただろう。
こんな言い方をして否定する女ではないと垣根は知っていたし。
こんな事を言われて否定出来るはずがないと少女は分かっていた。
「ずるいわね。あなた、詐欺師になれるんじゃない?」
「ハッ、第一位をぶっ殺してそれでもダメなら最後の手段として考えといてやるよ」
そう言って、垣根帝督は歩き出す。少し笑って、少女はその背中についていく。
ぼんやりとだが、流れが変わったと少女は思った。
どこか破滅的な雰囲気だった垣根の雰囲気と、自分の心が
なんとなくいい方向へとながれていったのを確かに感じた。
だから大丈夫だと思った。そう思ってしまった。
だが、ドレスの少女は気付かない。垣根帝督も気付かない。
この瞬間が二人にとって最大の分岐点だった事に、もう気付けない。
垣根帝督は言ってしまえば間違えてしまったのだ。
選択を間違えた。行動を間違えた。見据えるものを間違えた。
垣根は少女の話など聞かず、目の前にアレイスターが現れた意味と目的を
深く考えるべきだったし、彼が言い残した”齟齬”という言葉の意味を全力で考えるべきだった。
そして少女の言う通り二人でこの学園都市から逃げだすベきだったのだ。
そうすれば、少なくとも”学園都市序列二位としての垣根帝督とドレスの少女”は死なずにすんだというのに。
どちらにしろ垣根帝督は”賭け”に負けて――その”代償”をまだ支払っていない。
垣根帝督はその事実にまだ気付かない。
垣根帝督は『人間』の目的に気付かない。
垣根帝督はまだ大きな齟齬に気付かない。
気付いた所でもう遅い。
「――――――――ぁ、」
ズガンと、頭部に衝撃が走った。視界が赤く染まり、闇になる。
何が起こったのか分からなかった。ただ―――――――――されて、されて、されて、
垣根は思い出す。
アレイスターが言い残した齟齬という言葉の意味をようやく理解する。
ようやく気付く。己が選択を間違えた事に。己が齟齬に気付かなかった事に。己が慢心していた事に。
己がこの状況で油断していた事に。己が追われる者だと意識していなかった事に。
”あった”
確かにあった。
垣根帝督が歩んで来た10日足らずの時の中で、たった一度だけ齟齬があった。
言葉が、意思が、噛み合なかった瞬間があった。
思い出して、それは言葉にならない。まさか、まさか、まさか。そんな事で――
―――――――――――そう、あのウザかった狙撃手がアンタに始末されたって聞けてスッキリしたわ―――――――――――――
―――――――――――おいおい、始末したのはテメェらじゃねぇか――――――――――――――――――――――――――――
「ぁ――――――――――――」
ズガンと、頭部で何かが爆発した。細い鉛玉が頭蓋を砕き、脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜた音だった。
その衝撃で頭が体ごと吹き飛んで行く。最期はそんなモノだった。これが賭けの代償だった。
これが垣根帝督とドレスの少女、二人の少年少女が共に辿り着いた結末だった。
―――――――――――――――――――――――――――
どこかで、悲劇の幕上がりが聞こえた気がした。
「スクールの残党は実にいい仕事をしてくれた。
君があの時点で気付いていれば、それはそれでいいと思っていたんだがね」
アレイスター=クロウリー
この街を支配するその『人間』は、彼方を眺めながらそう呟く。
「だが君の最大の失敗はやはり気付けなかった事だよ”垣根帝督”
君が動くまでもなく、私のプランがイレギュラーによって既に破綻している事に」
「やれやれ、随分掻き回された。軌道を修正するには骨が折れそうだ」
だがその『人間』はどこか楽しそうに、これから起こるであろう
出来事をまるで喜劇でも観劇するかのように街を見下ろす。
「さて、最後の歯車として役にたって貰うよ。垣根帝督。
あぁ……そうだ。君が撒いたあの種、滝壺理后は無事に芽吹いた様だ。
残念ながら”8人目”としては……ふふ、もう関係のない話か」
『人間』は笑う。どこまでも。どこまでも。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁッ……はぁ……っ!」
初春飾利は走っていた。
ただ、己の細い足で死んだ街を駆け巡っていた。
本来事務的な作業を得意とする彼女が自らここまで駆け回ったのはいつ振りだろうと、
そんな事を考える余裕も無い。ただひたすらに彼女は追い求めていた。
この街を貶めた幻想御手の配布人――木山春生を。
犯人の特定は容易だった。上条当麻が何気なく言った被害者の共通点をきっかけに、
芋蔓式に辿って行けばその大元は面白い程簡単に判明したのだが、問題はここからだった。
そこまで辿り着いて、彼女の最大の武器が落雷によって破壊されたのだ。
それは、まさに手足を捥がれたものと何も変わりなかった。
犯人が誰かは分かっても、どこにいるのか分からない、どこにいるか調べられない、
そして風紀委員や警備員はこの状況だというのに動けない。
詰みだった。ここからどうやっても木山春生に彼女は辿り着けなかった。
だから、走りだしたのだ。自分の足を使って、無駄だと分かっていながらそれでも走り出した。
意識を落としてしまった少女の為に走って、走って、走って、結局の所その行為に意味はなかった。
少女の知らない場所で、知らないうちに、事件は解決してしまったのだから。
その事実を初春飾利は未だ知る事無く走って――――そして、
ッターン。
誰かの命を奪う音を、聴いた。
初春「…………え?」
ぴたりと、少女の足が止まる。途端に汗が吹き出て来た。
息も荒く、心臓が破裂しそうな程に震えている。
初春「今の音……銃声……ですか。それも」
一瞬遅れて聴こえたのは恐らく狙撃の音。
かつてなにかの研修で一度だけ聴いた覚えのあるその音を初春は思い出す。
音はたった一度だけ、出所は確かめることは出来ない。
分かるのは、確実にこの近くに撃ったものが、もしくは撃たれたものがいるという事だ。
初春「……っ!!」
思わず、少女は駆け出す。抱えてるものを放り出す訳ではないが、
自分のごく周囲で事件が起こっているのならば少女は自身の信念の元にそれを放ってもおけなかった。
直感を頼りに、しかしある程度当たりを付けて少女は比較的広い場所を目がけて走り、
初春「っ、きゃあ!!」
その瞬間、周囲が震えた。
地震でもない、自然現象ではない。文字通り空気が、周囲の何もかもが震えている。
初春「な、なんですかこれ……!!」
驚きが声に出たその瞬間―――視界の端に入っていた高層ビルが1棟、崩壊した。
それはピンポイントでの崩落、空気の揺れ程度では起こるはずのない不可思議な現象。
能力だ。
そう判断し、少女は止まっていた足を再び動かす。
動かして、何度目かのビルの角を曲がった瞬間、そこには誰かがいて、
初春「風紀委員です!今すぐ能力の行使をやめ――ッ!!」
そして、少女は見た。
明らかに場違いで、狂ったように蠢き回っている白濁した翼を背に、少年が啼いている姿を。
初春「……え?」
あまりにも現実離れしたその光景に、惚けた声がでた。
理解が追い付かない。何が起こっているのか分からない。
唯一、初春飾利が理解出来たのは先ほどから起こっているこの震えの原因。
それは、この血に塗れた少年の咆哮だったのだと、なんとなく思った。
首から上が吹き飛んでだらんと抜け殻の様な少女の骸を抱く、少年の泣き声だったのだ。
初春「…………う、あ」
言葉が出てこない。異様な光景を前に初春は一歩も動けないかった。
そして、気付く。それはたまたま見えた、少年が赤に染まっていたからこそわかった偶然。
涙だ。
初春「――――あの、」
垣根「あ、あぁああああああぁぁっぁあっぁぁぁあぁぁっぁあぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!!!!」
何かを言おうとした言葉を遮ったのは、泣き声だった。
何を思ったのか一歩その足を踏み出したと同時に、暴れ回る翼が少女を襲った。
それだけで、初春飾利の全ては終わってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
どれだけ時が経ったのか分からなかった。
それは一瞬かもしれない、何時間も経ったのかもしれない。しかしそれに最早意味はなかった。
その腕に抱く少女の死体に最早”時”など、なにも関係はなかった。
声が枯れ、喉潰れる程嘆いても、この叫びは収まらない。
垣根帝督の中から漏れ出すドス黒い何かは止まらない。
壊れた機械のように少女の名を垣根は叫ぶ。返事はない。
それでも呼ばずにはいられなかった。垣根帝督の全てと呼んでも差し支えなかった程の少女の名を、
最後に笑う事も出来なかった少女の名を、たった一人愛した少女の名を。
垣根「―――――――あああ、ああああああ、ぁぁあああああ!!!!!!!」
大気が割れ、大地が割れ、世界が割れた。いや、そんな錯覚に襲われただけだ。
自分は一人で、道は崩れ、行く先には闇しかない。いや、そんな錯覚に捕われただけだ。
少女は死んだ。隣を歩いていた少女はもういない。共に歩む少女はもういない。
垣根帝督を縛る枷はもういない。だが、それになにか意味があるのだろうか。
垣根「あぁあああ…………!!」
声が沈んで行く。それは明確な嘆きに変わって行く。
情けなく、無様に、悲痛に、無力に、垣根帝督は嗚咽を漏らす。
能力というその衣を剥いでしまえば、いくら超能力者と呼ばれる少年だろうが、
学園都市で二番目に優れた頭脳を持つ少年だろうが、垣根帝督は年相応の子供でしかない。
少女の死体をそれでも愛しそうに抱くこの姿が、垣根帝督という人間だった。
地獄に身を落としても感情は死んでいない。心は死んでいない。魂は死んでいない。
だからこそ垣根は少女と共に歩む事を選んだというのに、
垣根「う……うぅうぅぅぅぅぅぅうううう………っ!!」
何もかもが終わってしまった。
嗚咽と共に、涙と共に、行き場の無い憎悪が、怒りが、溢れ出す。
この現実を引き起こしてしまった己自身に対してのドス黒い感情の渦が垣根帝督を飲み込んで行く。
過去へは戻れない。時は戻せない。未元物質は全能ではない。
その事実を、現実を垣根は受け入れられない。受け止められない。
もしも時をたった300秒でも戻せたら絶対にこんな事にはならないのに。
絶対に少女を守って、絶対に愚かな自分自身を引き裂いてやるのに。
こんな凡俗な思考に陥ってしまった今の垣根に第二位というプライドは、矜持は存在しない。
超能力という衣を剥いでしまえば、垣根帝督はただの少年なのだから。
だが、垣根帝督という人間はあくまで能力者であって、超能力者であって。学園都市第二位であった。
だから、
「ドンパチうるせェから誰かと思えば……ハっ、随分情けねェ面してるじゃねェか」
どこからか聞こえて来たその忌まわしい声に、垣根帝督の全ての動きが制止した。
垣根「…………あ?」
涙は止まった。嗚咽は止まった。思考は止まった。絶望はとまった。ただ、憎しみだけが止まらなかった。
振り返る。周囲を見渡す。自らが無意識に振りまいたであろう破壊の爪痕。
立ちのぼる炎に、粉塵。声は確かにそこから聞こえた。垣根は少女の死体をその場に寝かせ、
ゆっくりと、本当に生きてるのかと思う程にゆっくりと立ち上がる。
充血させて真っ赤に染まった目玉を大きく剥き出しにして、たった一言呟いた。
垣根「あ、くせら……れーた………」
その名は垣根帝督にとって全ての元凶。
こうなるに至った、全ての根幹。
全ての間違いに至る選択をさせた張本人。
視界が広がる。そして、垣根帝督は信じられないものを見た。
目の前にいたのは、この学園都市の頂点だった。
一方通行。その人物を垣根はよく知っている。
だがそこにいたのは一方通行だけではなかった。
背後には派手な花飾りを頭に付けた少女が倒れている。
その側には花飾りを庇う様に第三位の幼いクローンがしゃがみ込んでいた。
そしてその少女達の側に立つ、一方通行。
そして少女の死体の側に立つ、垣根帝督。
垣根「……………なんだよ、これ」
意味が分からなかった。
意味が分からなかった。
どうして今一方通行の側に誰かがいて、自分の側には誰もいないのか。
どうして間違った垣根帝督の側に死体が転がって、どうして間違った一方通行の側に誰かが立っているのか。
何故ついさっきの自分のような姿で一方通行がそこにいて、そこにいて、そこにいて、
垣根「―――――――、ぁ」
ぶちり、と。頭の中で何かが弾けた。
気付けば、垣根はその翼に全てを込めコンクリートの大地を踏み抜いていた。
衝撃は大地を穿ち、音を駆け、脳がギチギチと音を立てて垣根の中にある何かが書き換えられて行く。
先ほどまで少女の死によって生み出されていた感情が、自身に対する怒り全てがこの男に対する憎しみに変換されていく。
一方通行「チッ、でけェ貸しになったもンだ。ハッ、いいぜ。相手になってやるよ、チンピラ」
垣根「ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああアクセラレェェタァァアァァア!!!!!!!!!!!!!!!」
第一位と第二位が衝突する。
それは、学園都市全てを巻き込む超能力者ツートップの殺し合いが始まった瞬間だった。
【次回予告】
「似合わねえよ。メルヘン野郎」
学園都市第二位の超能力者・垣根帝督
「心配すンな――自覚はある」
学園都市第一位の超能力者・一方通行
垣根退場って言ったじゃん? あれな、嘘。
ここまで。
遅れてすまんかった。出来るだけ一気に投下したかったんだが中々もうしわけない。
これで戦闘回はコイツら含めてもう二回だけ。一個手前の枠は垣根帝督八つ当たり戦でした。
ちょっと無理矢理だけどラストバトルの前座にしてはいいカードを持って来れたと思う。
結局は初期から仕込んでた一方さんと垣根の対比(多分覚えてる奴いない)は
この対決の為にあったものなのでここで書き切れたらなーと思ったり。
心理定規ちゃんは残念ながら間違いなく退場。大好きだったけどお疲れさまでした。
齟齬云々は当時伏線のつもりで書いたけど読み直してみたら分かるかボケって感じでした。すみません。
あれどのシーンか分からないと思うけど2スレ目中盤です。VSテレス戦で意識の外からの攻撃云々は明記してたので勘弁。
次回も一ヶ月後くらいで多分垣根メイン。結構長くなるかも。
相当時間がかかったけど気付いたらここまで来たかーって感じ。マジで終わりが近い。
ではでは
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