エレン「俺は、憲兵団になる……」 (41)
―――2年前、人類は先端の壁『ウォール・マリア』を放棄した。
原因は一つ、巨人の進撃。
100年もの平和を実現していたこの壁は、突如として現れた超大型巨人によっていとも簡単に壊されのである。
訓練兵「このスープ味が薄いな……」
当時の巨人に対する危機意識は低く、襲来には到底対応できるはずも無かった。
訓練兵A「これから3年間も鍛えるんだとよ」
最中で巨人から逃げ惑う人々。
次々と人間を暴食していく巨人。
地獄を体験した人類は、瞬く間に尊厳を失い
そして、巨人に怯える日々を過ごすのだろう。
コニー「おいおい、たったの3年でいいのか? これじゃ巨人を[ピーーー]のに不足だろ」
マルコ「大丈夫だよ。何せ教官は調査兵団の前期団長だったらしいし」
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コニー「何? それは本当か!」
マルコ「ああ。事前に調べておいたんだ」
だが、現実は違った。
戦術の発達、情報の獲得、生み出された僅かな希望。
それらを放棄してまで現実逃避を選び、巨人に立ち向かう事を投げ出した者は比較的少なかった。
エレン「……」
訓練兵B「元調査兵団のうえに団長だったなんて、実力は相当な物だぞ!」
今では人類の大半が尊敬を取り戻しつつあり、必死で巨人に抗っている。
トーマス「よし、これで調査兵団に入っても人類の為に貢献できるな」
―――調査兵団。
壁の中で暮らす人類において唯一、巨人のいる壁外に臨む兵団。
ミーナ「調査兵団に入ればリヴァイ兵長にも会えるのかな……」
中には、リヴァイ兵長を筆頭とした有名な実力者に会いたいが為に志願する奴もいる。
くだらない三文芝居だ。
ジャン「……」
エレン「馬鹿馬鹿しい」
訓練兵「……は?」
エレン「馬鹿馬鹿しいって言ったんだよ」
ダズ「な、何だお前!」
エレン「俺はシガンシナ区出身だ」
ミーナ「え……?」
コニー「マジかよ……!? シガンシナって、あのウォール・マリアの……」
エレン「ああそうだ。俺はお前らと違って実際にこの目で巨人を見てきた」
マルコ「凄いな……じゃあ、やっぱりここに入ったのは巨人に復讐する為なのか?」
エレン「そんな訳ねーだろ。内地に行くんだ」
その明白な公言に、周囲がざわつき始めた。
訓練兵「お前、巨人と遭遇したにも関わらず内地に逃げるってのかよ!」
一人の訓練兵が席を立ち上がり、怒気を露わにしながら言う。
所詮、こいつらは政府の操り人形に過ぎない。
エレン「2年前のあの日を経験して生き残った人間は、誰一人として壁外に行こうだなんて思わない」
訓練兵「何……!」
エレン「お前らが巨人に勝てると思うのは、巨人に対して無知だからだ」
エレン「俺はあの光景を見て分かった。人類は巨人に勝てない」
ミーナ「……」
エレン「巨人の恐怖も知らないくせに、世論に流されてる風情が息巻くなよ」
ダズ「お前……言わせておけば……!」
ジャン「俺も同感だ。心底怯えるながら勇敢気取ってる奴より、よっぽど爽やかだと思うがな」
不穏な空気の中、一人の男が声を上げて賛同してきた。
珍しい。自分と同じ見解の奴がこんな所に居るとは思わなかった。
ジャン「ま、兎にも角にも突っかかって悪かったよ。ほらアンタも謝れ」
そう言いながら謝るよう示唆する。
まあ、確かにここで下手に出続ければ何をされるか分からない。
ここは上辺だけの謝罪でもしておいた方が利口か。
エレン「あーすまん。巨人を目の当たりにしてから、どうも頭が可笑しくなっちまってな」
エレン「別に気を悪くさせるつもりは無かったんだ」
マルコ「そ、そうか……」
訓練兵「………」
カンカンカン
どことなく異様な雰囲気、それを打ち壊すかのようにベルが鳴った。
晩飯の終了の合図。
それを聞いた訓練兵は、渋々とした表情をしながら食堂を後にして行った。
エレン「助かったよ。名前は?」
ジャン「ジャン・キルシュタインだ。礼なんていらないさ」
エレン「しかし、驚いたな。ジャンも内地に行く為にここに来たのか?」
ジャン「当たり前だろ。俺は兵士ごっこに興じられる程バカじゃない」
ジャン「あんたもそうだろ? こいつらは政府に踊らされ、巨人に勝てると誤信してやがる」
エレン「ある意味、可哀想な奴らだよな」
ミカサ「エレン」
エレン「ミカサか……どうしたんだ?」
ジャン「知り合いか?」
エレン「……ああ、俺の唯一無二の家族だ」
ジャン「唯一無二……?」
エレン「母さんは巨人に喰われ、父さんは行方不明」
ジャン「ッ!………すまない」
エレン「いや、別にいいさ。で、何か用かミカサ?」
ミカサ「言いたい事がある」
エレン「なんだ?」
ミカサ「あまり、さっきの様に悪態をつくのは得策では無い」
エレン「ほっとけ。衝動的に言っちゃうんだからしょうがないだろ」
ミカサ「目を離せばいつもそう。昔からエレンは―――」
エレン「やめろ」
ミカサ「……!」
ジャン「……」
エレン「………昔の話はするな」
ミカサ「……すまない」
エレン「……そろそろ寝るよ」
ミカサの声には反応せず、どこか覚束ない足取りでゆっくりと歩き出す。
ジャン「お、おいエレン!」
エレン「じゃあな」
出口に着き、こちらを振り向かないまま別れの挨拶をする。
ミカサ「……」
困惑する二人を差し置いて、そのままエレンは出て行ってしまった。
ジャン「……」
ジャンが息を呑む。一瞬だけエレンの顔が見えたのだ。
―――顔面蒼白。これ以外にエレンの表情を言い表せる言葉はないだろう。
ジャン「あいつ、よっぽど酷い目にあったんだろうな……」
二人だけになった食堂の中心で、ジャンがポツリと呟く。
さっきまで一緒に話していた相手が、ここまで豹変するものなんだろうか。
無慈悲なこの世界では、考えても仕方のない事だった。
翌日、立体起動の適性判断が行われていた。
内容は至って簡単。
両側の腰にロープを繋いでぶら下がり、更に全身のベルトでバランスを取るだけ。
ジャン「よし……!」
悪魔で初歩の初歩である為、ほぼ全員が合格する形式的な訓練である。
訓練兵「うおっ!?」
が、中には失敗する者も稀にいる。
可哀想な事に失敗すれば明日の最終試験に回され、それでも失敗すれば開拓地行きになってしまうらしい。
エレン「よかったじゃねえかジャン。これで開拓地行きは逃れたな」
ジャン「楽勝だぜこんなの。お前も潔く合格してこいよ」
エレン「ああ……俺は、何としても憲兵団に入るんだ」
ジャン「ハハッ! その意気だ」
キース「エレン・イェーガー!前に出ろ!」
エレン「はっ!」
整備係によって、双方のロープを両側の腰に繋げてもらう。
キース「覚悟はいいな?」
己の意思を問う、最後の警醒。
エレン「はい」
意思も覚悟も既に決まっている。
キース「そうか。始めろ!」
着々と持ち上げられていき、遂には地面から足が浮いた。
が、次の瞬間―――
エレン「うおっ!?」
キース「……!」
勢いよく回転し、ロープに縛られながら宙吊りになってしまった。
ジャン「マ、マジかよ……!」
エレン「……」
こんなハズではなかった。
逆さまになりながらも周囲を見渡すと、ちらほらと嘲笑している者がいるのに気が付いた。
ミカサ「エレン……」
その中で唯一、心配そうな顔をしている者が二人。
一人は、艶やかな黒髪をした少女。
そしてもう一人は―――
―――金髪碧眼の少年。
―――うわあああ――ああ――あ――
―――エ――レ―た―――けて―――
――エ――おい――い――で――――
エレン「は……!?」
思わず飛び起きる。
身体には毛布がかかっており、地べたはふかふかだ。
どうやらベットで寝ていたらしい。
エレン「……」
―――また、思い出してしまった。
手のうちの汗を握る。たが、汗では意味がない。
手でなければ、意味がなかった。
ミカサ「エレン……よかった。気分はどう?」
エレン「ミカサ……ここは何処なんだ?」
ミカサ「ここは医務室。あなたは試験の途中で気を失ってしまった」
エレン「……そうか。じゃあ、ミカサはずっと俺に付き添ってくれてたのか?」
ミカサ「いえ、訓練が終わったので今さっき来たところ」
エレン「訓練が終わったって……そんなに寝てたのか俺は」
ミカサ「うん」
ジャン「よう! 見舞いに来てやったぜ」
扉を勢いよく開けた人物、それは誰かと思えばジャンだった。
訓練が終了して急いで来たのか、少々息が上がっている。
エレン「二人共、ありがとな」
ジャン「おいおい、別に礼なんていらねぇよ」
ミカサ「そう。私達が自発的に来ているだけ」
ジャン「まあ、どうやらその様子だと大丈夫そうだな」
エレン「まあな。それより早く、姿勢制御の練習しねえと」
ミカサ「無理はいけない。まだ安静にしてないと」
ベットから起き上がろうとしたが、ミカサによって静止される。
ジャン「あんま無茶はすんな」
続けてジャンが言う。
エレン「……いや、休んでる暇はないんだ」
最終試験は明日。一刻の猶予も無かった。
ミカサ「でも……」
安易には納得してくれないようだ。
でもまあ、こいつらしい、とエレンは思う。
エレン「懸念してくれるのは嬉しい。でもな、こんなところで終わる訳にはいかない」
ミカサ「……」
ジャン「……本気なのか?」
エレン「ああ、本気だ」
ミカサ「……分かった。でも、もし気分がそぐわなくなったら必ず教えて」
今回はここまで
こんな感じでやっていくのでオナシャス!
静まりかえったグラウンドにて、一人の訓練兵が姿勢制御に励んでいた。
エレン「おわっ……!?」
そのすぐそばには二人の訓練兵が佇んでいる。
ジャン「また失敗か……」
ミカサ「エレン、大丈夫?」
エレン「くそ……一瞬、姿勢を保ったんだがな……」
もう、何回目になるだろうか。
一発目の失敗からめげずに続けているものの、一向に成功する気配はなく。ただ延々と失敗の堂々巡りを繰り返していた。
練習開始から既に1時間は経っている。
ジャン「でもまあ、一瞬だけでも体制を維持できたんだ。大きな進歩じゃねぇか」
エレン「……」
全く喜べなかった。
少なくとも、姿勢制御を繰り返した回数は軽く二桁を超えている。
そんなに努力したのにも関わらず、一瞬だけしか姿勢を保つことが出来ないのだ。
エレン「……こんなんじゃ駄目だ」
ミカサ「え?」
エレン「こんなところで行き詰まってる様じゃ……俺は……」
ジャン「……ならよ、もう一度ベルトの調整から見直してみたらどうだ?」
エレン「ベルト……?」
ジャン「ほら、もしかしたらベルトに原因があるかもしれないだろ」
エレン「……ああ、なるほど」
その可能性は低いだろう、と口には出さず。
胴体から足にかけて、エレンは全身のベルトの見直しを始めた。
緩くなっている箇所は無いか、サイズはぴったり合うか、欠落している部分はないか、等。
整備項目として予め決められていた事項の確認だ。
ふと、ミカサは思案する。
――もしこれでベルトのどこかに異常があれば、それが原因で失敗していたに違いない。
ミカサ「どこかおかしな所はあった?」
その期待を胸に、ミカサは平易な言葉で簡潔に尋ねた。
エレン「……いや、特に変わった点は見受けられないな」
だが、しかし。返ってきたその言葉は期待を裏切るものだった。
ミカサ「……え?」
思わず呆けた顔をするミカサ。
エレン「ベルトが原因なんじゃない。やっぱり、俺自身に原因があるんだよ」
ミカサ「……」
諦めのついたような、腑に落ちていないような、それらが混ざり合ったかの表情で、エレンは静かにそう告げた。
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