このスレはダンガンロンパメンバ-でRPGをする安価スレです。
最近はRPGも安価スレでもなくなってきていますが、それでもそうなのです。
詳しいルールは>>2以降に投下します。
詳しい流れやらなんやらは過去スレを見てください。
モノクマ「あんまりケンカしないで、仲良くやる事!モノクマ学園長との約束だよ!」
過去スレ
ゲームスタート~三層到着・苗木江ノ島離脱後
四層~五層クリア
自由時間~6層前
モノクマ「うぷぷ…安価でRPGをしてもらうよ!」苗木「その3!?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1361014413/)
6層探索~魔王城
モノクマ「うぷぷ…安価でRPGをしてもらうよ!」苗木「その4!?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1365848407/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376132026
まだグダグダやってたんだ
~ルール・概要~
ERROR!
~交流について~
ERROR!
~鍛錬・休憩について~
ERROR!
~探索について~
ERROR!
~戦闘のルール~
ERROR!
~闘技場について~
ERROR!
~モノクマハウスについて~
ERROR!
──ERROR.
全てのシステムはデリートされました。
あらすじ
苗木誠は目が覚めると、突然モノクマにRPGをやるように強要される。
突然のその申し出に困惑しながらも、ゲームの世界ならと軽い気持ちで始めた苗木。
しかしそのゲームの世界はすでに汚染されていた。
苗木・霧切・七海・日向・江ノ島の5人は、RPGを楽しみながらこのゲームの終わり、魔王城を目指し進んでいく。
その道中があまりにもRPG然としていて、苗木達は気が付くことができなかった。
このゲームは、モノクマが操っているという事を。
このゲームの第一の難関であるボス部屋…そこで待ち受けていたのは苗木のクラスメイトである十神白夜。
先に進むためには、仲間である彼らを倒さなければならなかった。
一瞬躊躇するも、生き残るためには倒さなければならない。
自分たちが死んだら消滅してしまうと、この世界をまるで現実だと思っているような頭の悪い思考に辿り着いた苗木一行。
なんやかんやで大和田・西園寺・セレス・花村を突破していく苗木達。
その間にもいろいろとギスギスしたり、罪木やらを仲間にしたりと無駄に友達の輪を壊すような展開が入りつつも、順調に進んでいるかのように見えた。
しかし、セレスの仕掛けた罠によって江ノ島と苗木が突如脱落してしまう。
困惑し、絶望で心が挫けそうになるも、日向の頑張りによって全員が希望を取り戻し、前へ進むことを決心する。
そして何とかボスの元まで辿り着き、澪田と朝日奈を無事撃破する。
全員の力を合わせて何とか突破できたと安堵するいっこうに、突如現れる敵。
狛枝と戦刃という強敵、圧倒的な戦力差の前に為す術もなく倒れていく仲間たち。
絶望し、諦めかけたその瞬間、主人公は帰ってくる。
帰ってきた苗木と江ノ島は狛枝達をを無事に撃退し、日向達を救う事に成功する。
彼らは罠にかかった後、色々と厄介ごとに巻き込まれながらも、大神の協力によって生き延びていたのだ。
苗木達のもどった安堵し、つかの間の休息を楽しむが、その水面下では不穏な影が蠢いていた。
そして第5層のボスへとたどり着いた苗木達。そこで待っていたのは修羅の少女、舞園たちだった。
死闘の末、彼女たちを無事に撃破した苗木達は、狛枝から驚愕の真実を知らされる。
モノクマから与えられた自由時間をパーティは満喫しながらも、僅かに真実へと触れていく。
苗木達は真実に近づきつつも、それに気づけないでいた…。
不穏な気配を感じつつも、ダンジョンを進んでいく苗木達。
しかし考えとは裏腹に、ダンジョンはあっさりと進んでいき、無事に終里と弐大を倒す。
しかし、彼らは忘れていた。
このゲームは、モノクマに支配されていて……モノクマの気分で、安寧は崩れ去ってしまう事を。
訥々に訪れた、日向と罪木の退場。
決定的な事件によって、パーティはばらばらとなってしまう。
苗木もまた、無気力に日を費やしていた。
現実逃避な思考に逃げ込み、ただ無為に日々を過ごす、しかし、安息の日々は長く続かない。
無意味な思考に紛れた僅かなノイズ。
江ノ島の叱咤とも何ともとれるようなノイズのお蔭で目が覚めた苗木は、再び先に進むことを決意する。
散って行った仲間の為にも、このまま立ち止まることは許されない。
苗木達はモノクマから得たヒントと共にゲームの世界についての情報を得ていく。
そして日向が消える直前に口にした言葉…裏切り者について議論を交わす。
それによって出た答えは……日向達が消えた以後、姿を消した七海だった。
大切な仲間を疑いたくないと同時に、これ以上ない証拠によって否応なく現実を突きつけられる。
曖昧な態度のまま、先に進んだ苗木達を待ち受けていたのは、大神さくらだった。
苗木達は大神を倒すために、曖昧なままの推理(こたえ)をぶつける。
しかし、そんな付け焼刃で大神を倒せるわけがなく、苗木達は追い込まれてしまう。
苗木達の窮地を救ったのは、七海だった。
自分たちを事を身を挺して護っている七海の前に、モノクマが現れる。そして悪魔の提案が為される。
悪魔の提案を飲むまいと足掻く苗木だが、万策尽き、思考を放棄する寸前──突如日向が現れ、真実を告げる。
日向によって真実に辿り着いた苗木は、真実の刃で大神を倒すために再び戦う。
しかし、このまま先に進んでどうするのか、という疑問にぶつかった苗木は、意識を失ってしまう。
苗木の欠けたパーティは、それぞれの思いを抱きながら、モノクマに示唆された残りの時間を過ごす。
自身の決意を固め、最後の戦いに赴くためにも。
同時刻、日向もまた、一つの決意をしていた。
苗木達を、ゲームの囚われた全員を救うためにも、再びゲームの世界へと戻ってきた日向は、一人で黒幕を戦う事を決意する。
罪木は日向を信じ、霧切達の元へ行く。
七海は納得をしないまでも、日向の事を信じ、約束をして霧切達の元へと向かった。
そして運命の日がやってくる──。
霧切・江ノ島・七海・罪木・豚神・九頭龍は狛枝の待ち受ける第8層へと突入する。
日向はたった一人、魔王所へと向かった…。
霧切達は無事に第8層の序盤を突破し、狛枝達の待つ大部屋へと向かう。
霧切の計によって狛枝達を分断することに成功した面々は、それぞれの信念を掲げ、己の戦いを始める。
日向はモノクマによって、黒幕の場所へと案内される。
そこは何処かで見た南国の島……そして黒幕との邂逅。
意味深なセリフを残して去った黒幕を追うために、日向は太平洋をクロールで横断するような無理ゲーに挑戦する。
なんとか黒幕の待つ孤島へと辿り着いた日向は、そこに聳え立つ建物に驚愕する。
そこにあったのは、希望ヶ峰学園だった…。
黒幕の支配はここまで進んでいたのかと驚愕すると同時に、苦い思い出の残る希望が峰学園を進んでいく日向。
その脳裏には、カムクラの影がチラついていた。
九頭龍と辺古山。
対等を望む者と、主従を望む者。
相容れない二人の想いをぶつけ合い、確かめ合う。
結果は引き分け。
最後まで勝てなかったことを悔やみながら、九頭龍は消えていった。
桑田と罪木・豚神。
何もできないことは罪ではない、何もしないことが罪だ。
何も出来ず、ただ仲間が倒れていく姿を見続ける少女には、戻らない。
誰かを護ることに固執し、その実誰も信用できなかった男は、初めて誰かを信じることの強さを知る。
戦刃と江ノ島。
絶望を知り、希望を知った少女は、絶望に囚われた少女を救うために戦う。
しかし絶望のしょうぞ派、それすらも利用し、踏み台にし、先へと進む。
自分には絶望しか必要ない、そう信じる少女の心は、なぜか違和感に囚われていた。
舞園とい霧切。
世界は漫画のように美しくはない。
男を巡っての殺し合いなんて、なにも可笑しくはない。
どちらが彼に相応しいのか、全ての屍の上に立つ者がそうだ、と言わんばかりに血みどろの戦いを繰り広げた。
屍の上に立ったのは、策をめぐらし、いつも彼を支え続けたぼっちだった。
狛枝と七海。
希望を愛する狂人と、全てを包み込む擬人。
希望がなんたるかを知った狂人は、もはや狂人などではなく、立派な意思を持った希望であり。
誰よりも仲間を大切にし、誰かのために戦い続けた少女もまた、希望で。
希望同士のぶつかり合いは、勝敗のつかぬまま終わった。
希望ヶ峰学園に足を踏み入れた日向は、背筋が凍る感覚を覚える。
それは自分の過去に救う癌、カムクライズル。
自分の超えるべき壁であり、自分が振り切るべき過去である者との対峙。
仲間との絆を知っている日向に、敗北などあり得ない。
互いの全力を賭けた戦いの勝利は、意志の強く、未来を求める者に与えられた。
眠りの中で、偽りの婚儀を乗り越え、偽りの学園生活すらも乗り越え──苗木は真実を知る。
真実を知った苗木は、絶望にさいなまれ、全てから逃げようとするが、霧切の叱咤によって思い出す。
自分のたった一つの取り柄を。
諦めず、前だけを見る。
簡単なようで、難しい。苗木が誇れるただ一つの才能とも呼べる代物。
それを胸に抱いて、苗木は目を覚ます。
それぞれの戦いを終え、魔王所へと歩みだした霧切一行。
辿り着いた王座。
そこに待つ、魔王・モノクマ。
最終決戦だと身構える霧切達に、モノクマが奇妙な提案をする。
その提案は、今までの努力への見返りに、自分の正体を明かすという。
突然の提案に動揺を隠せないも、霧切達は黙って魔王の正体を見届ける。
その中身は──苗木誠だった。
次回投下は未定です。申し訳ないです。
来週の平日は投下出来そうにないと思います。恐らく来週の土曜辺りから投下出来るようになると思います。
スレが埋まっていたので立てました。
次回は続きからの投下となります。
それと前スレで予告への質問?のようなものがあったので一応。
予告は全て本当です。嘘偽りは一切ありませんので、どのセリフも出てきます。
どうしたらこんなセリフが出てくるのか色々と考えていただければと思います。
誰もが我が耳を疑った。
それは、高谷貴瑛(女子14番)も例外ではない。
静寂が室内を包んでいたが、やがてそれは1人の声によって破られた。
「う、嘘…ですよね…?」
貴瑛の前、委員長の吉住徳馬(男子18番)が、震える声で尋ねた。
その隣り、副委員長の伊賀紗和子(女子3番)もそれに同調するように何度も頷いていた。
それを皮切りに、次々とあちこちから声が聞こえた。
「そうだよ…何の冗談?」
「あるわけないじゃん、そんなの」
「お前ら何だ、歴史の人物気取りかよ、バッカじゃねぇの?」
「ひ…っ」
様々な苦情は、一瞬にして打ち切られた。
遠藤勇(担当教官)と名乗る男の右側、無愛想ながらも端整な顔立ちの男、天方歳三(担当補佐)が腰に携えていた刀を抜き、その切先を徳馬の喉下に突きつけていた。
「うるせぇよ、ガキ共!
ぐだぐだ言うな、全部現実なんだよっ!!」
徳馬の首元、僅かに血液が小さな球となり、それが首筋を伝っている。
貴瑛はその様子をただ震えて見ている事しかできなかった。
天方は室内が静かになった事を確認し、刀を納めた。
天方の非道な言葉。
朱里が怒りに任せて机をバンッと叩いた。
その瞳からは、ぽろぽろと涙を零していた。
ばっと通路に飛び出し、制止しようと後ろから腕を掴んできた滝井良悟の手を振り解き、教卓に向かって走り出していた。
「ひどい…っ!!
なんて事するのっ!?
許さない…許すもんか…っ!!
殺してやる、殺して――」
ずぶっ
肉を刺す、不気味な音が聞こえた。
僅かな音であるはずなのに、それは妙に耳に響いた。
岸田の刀が、朱里の体を貫いていた。
「朱里ちゃん…っ!!」
特等席でその様子を見てしまった梶原匡充(男子4番)と逢坂珠尚(女子1番)が声をそろえて――長年同じ施設で育っただけの事はある――悲鳴混じりに朱里の名を呼んだ。
「ど……して……っ」
朱里は薄めの唇の端から真っ赤な血を流していた。
刀は体から抜かれたが、朱里が避ける間も無く、刃は再び朱里を襲った。
ほぼ皮1枚で辛うじて繋がっているような朱里の細い首から、噴水のごとく鮮血が噴き出した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
あちこちから一斉に悲鳴が上がった。
水上朱里(女子18番)の死により、室内は一瞬でパニック状態に陥った。
至近距離にいた梶原匡充(男子4番)と逢坂珠尚(女子1番)は真っ赤なシャワーを浴び、それぞれが悲鳴を上げた。
朱里の体はそのまま後ろに倒れ込み、高井愛美(女子13番)は椅子と机を動かしながら立ち上がる事によってそれを避けたが、足がふらつき、左側の席の河本李花子(女子10番)の方に倒れた。
目の前の惨劇に悲鳴を上げた李花子は、愛美にぶつかられながらも後ろの天敵・湧井慶樹(男子20番)に救いを求めるように手を伸ばし、慶樹も李花子の手を取り、カタカタと震えていた。
朱里の体はその後ろのこのみの机に頭をぶつけ、横の通路に倒れた。
このみは泣き叫び、逃げるように立ち上がり、斜め後ろの出雲淑仁(男子1番)の席に突っ込んだ。
淑仁の横、畠山和華(女子17番)は「あぁ…っ」と僅かに声を洩らし、朱里の無残な姿を見下ろしていた。
和華の後ろ、志摩早智子(女子11番)と有馬怜江(女子2番)は悲鳴を上げながら、少しでも現場から離れようと、左側の潤井正純(男子2番)と加古美里(女子7番)に突っ込み、美里が辛うじて2人を抱きとめた。
「血…嫌だ…嫌だぁぁっ!!」
「落ち着け、正純っ!!」
正純が泣き叫び、暴れ出した。
隣りの津村翔平(男子12番)と斜め後ろの多田尚明(男子11番)がそれを必死で押さえる。
「朱里、朱里ぃっ!!」
北王子馨(男子5番)は立ち上がり叫んだ。
しかし、その場から逃げ出そうとした滝井良悟(男子11番)に体当たりを食らわせられ、後ろの西谷克樹(男子13番)の方に倒れ込んだ。
良悟の行動を見、次々とクラスメイトたちは立ち上がり、逃げ出した。
目指すは後ろの扉。
しかし、扉は開かない。
瞬く間に扉の前に人が殺到し、更なるパニック状態となる。
窓側では、須藤大和(男子7番)が勢いよく窓を開けた。
ドアが駄目なら窓から逃げ出そうとしたのだろう。
しかし、窓の外には分厚い鉄板が張られていた。
「ちくしょう、ちくしょう…っ!!」
大和は悔しげに鉄板を殴りつけた。
その拳を玖珂喬子(女子9番)が止める。
自分の身を痛める事にしかならない行為をやめさせたかったのだろう。
大和もそれを理解し、震える喬子をきつく抱き締めていた。
幼馴染を目の前で殺害された卜部かりん(女子4番)は、しばらく変わり果てた幼馴染の倒れる方――机と椅子がガタガタに動かされていたので、脚の隙間からその姿は確認する事ができた――を見下ろしていたが、やがて岸田総司(担当補佐)を睨んだ。
「あいつが…許さないっ!!」
「やめろっ!!」
佐倉信祐(男子6番)がかりんの腕を掴んで止めた。
大谷純佳(女子5番)も抱きついて必死に止めた。
「かりん、やめな、朱里の二の舞になる気かっ!!」
「うるさい、離せぇっ!!」
いつまで経っても静まらない騒ぎに業を煮やした遠藤勇(担当教官)は、懐から一風変わった拳銃、ベレッタM93Rを取り出した。
混乱の中、それを目撃したのは常陸音哉(男子14番)。
「伏せろぉっ!!」
>>706
> 『エスケープ』という行為自体が『卑怯な行為』っぽくなっていて
番組側は鈴木を連投することで、そこら辺の意識を変えたがってるのでは?
最初に鈴木が逃走中のエスケープで炎上した時は番組としてもそんなつもりは
なかったと思うけど、鈴木が思いの外ケロリとしてるし、あの憎まれ口と
エスケープ狙いは変わってなかったからヒールとして活躍してもらおう、とか。
ってのは穿ちすぎかも知れないけど、なんにせよ最近では鈴木が
「エスケープ狙いの卑怯者キャラ」を誇張気味?にやってくれるから
ネタっぽくて面白いからこういう人もいて良し、という空気になり
エスケープをガチで非難する人は前より減ったんじゃないかなー。
711 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/07/08(月) 01:13:19.21 ID:OMJXE8X 0
大盾忍の弱さをなんとかしないとゲームバランスおかしいでしょ
攻撃翌翌翌力がない今のままじゃ
ノーマル忍+人間と戦っても負けるわけだし
存在価値がないよね
712 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/07/08(月) 01:19:03.64 ID:OMJXE8X 0
双龍の忍びだって
すでに忍と契約している奴は手にいれられないっておかしいよね
鍵さえ手に入れれば現在のノーマル忍との契約解除すればいいだけの話なわけだから
あのルールだと双龍の忍びイベントが出るまで忍と契約しないほうがいいってことになる
713 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/07/08(月) 01:25:56.01 ID:OMJXE8X 0
忍1人としか契約できない現行ルールはいいとして
ノーマル忍持ちがBBB忍持ち倒したら
契約の腕輪を相手から奪い取ってBBB手に入れられるルールにすれば
もっとゲームは面白くなるんだけどな
『華やかな季節に君は囲まれて歩いて行った♪
みんな、起きてるかー?
6月1日最初のライド先生の定時放送の時間やでー!』
頭の上から降ってきた声に、水田早稀(女子十七番)は耳だけを傾けながら、物置の中で見つけた工具箱から金槌を取り出し、相棒の日比野迅(男子十五番)が待つ家の窓の前へと向かった。
窓の一部分にはガムテープが貼られており、エアコンの室外機に腰を下ろしている迅の左手首にはブレスレットのようにガムテープの芯が通されていた。
2人がいるのは御神島の南東にある集落のとある一軒家で、地図上ではG=08エリアにあたる。
同じ班のメンバーで18時間前にはぐれて以来再会を果たせずにいる芥川雅哉(男子二番)と奈良橋智子(女子十二番)を探して続けていたのだが、夜も更けたので少し休むことにした。
目についた家にお邪魔することにしたのだが鍵が掛かっていたため、無理やり侵入しようとした矢先、定時放送の時間となったのだ。
「なんか、曲は爽やかっぽいのに、悲しい感じがするな。
歩いて行った…って、どこに、なんだろうな」
「こんな状況だと、嫌な方に想像しちゃうね。
…よっしゃ、行くよっ!!」
早稀は金槌をガムテープを貼った窓へと勢いよく振り下ろした。
一番やんちゃに過ごしていた頃は人に対して鉄パイプのような物を振り下ろしたこともあったのだから、その頃に比べれば今の行為の方がよっぽど平和的だ。
金槌の当たった部分のガムテープがへしゃげたのを確認すると、迅が拳にタオルをぐるぐるに巻き付けて窓を叩き割っていき、自分の手首が通る大きさまで割ると、中に手を突っ込んで鍵を開けた。
このような作業を辺りを警戒せずに行うことができるのは、早稀に支給されている探知機のおかげだ、四六時中辺りを気にせずに済むのはありがたい。
迅は窓を開けると床に散らばったガムテープが貼られたガラス片を革靴で端に寄せ、早稀の足元を懐中電灯で照らして、「気を付けろよ」と声を掛けながら早稀に手を差し伸べた。
早稀は迅のエスコート(と言うには、状況は似つかわしくないのだが)に頬をぽっと赤く染めながら、迅の手を取って部屋を上がった。
ライド(担当教官)が何やら雑談のようなことを語っている間に隣の部屋へ移り、腰を下ろして地図とペンを取り出した。
ペンを出して、名簿にチェックを入れる用意をする――身体に既にこの流れが染み付いてしまっていることがとてもやるせない。
『ほんなら、まずは儚く散っていったお友達の発表な。
男子一番・相葉優人君。
女子五番・小石川葉瑠さん。
女子十五番・広瀬邑子さん。
男子十四番・春川英隆君、以上4人や。
小石川さんは、リーダーの相葉君の死亡によって首輪が爆発してもたからなー。
最初の放送でも気ぃ付けなあかんって言ったのになぁ』
早稀は小さく呻き、口許を手で覆った。
優人と葉瑠、邑子と英隆――名前を呼ばれた全員が、プログラム開始後に一度顔を合わせたクラスメイトたちだ。
英隆に撃たれた左肩がずきりと痛んだが、この傷を付けた英隆はもういない――英隆は生きようと思ってプログラムに乗ったはずなのに、生きることはできなかった。
邑子はやる気になっているようには見えなかったが、死にたくなどなかっただろう。
早稀の脳裏には、英隆と邑子とは旧知の仲である、早稀といつも一緒にいた友人の一人、財前永佳(女子六番)の姿が浮かんだ。
2人を失った今、永佳は何を思っているのだろうか。
一方、優人と葉瑠はプログラムに乗り気ではなかった。
やる気ではない早稀と迅が現れた時ですら逃げようとしていたのだ、自分から誰かを襲うなどということはとても考えられない。
誰かに襲われ、逃げ切れなかったのではないだろうか。
そして、班のメンバーの首輪が連動しているルールの下、リーダーである優人の死亡により命を落とした葉瑠。
どのような状況だったのかはわからないが、葉瑠は下剋上ルールに則り優人を殺めて生きるより、優人と共に生を終えることを選んだのではないだろうか。
優人は葉瑠を慕い、早稀の見立てでは葉瑠も満更ではなかっただろうから。
プログラム対象クラスなんかに選ばれなければ、大切な人と共に命を散らすだなんて悲しい最期を迎えることなんてなかったはずなのに――優人と葉瑠に限った話ではないけれど、そう思うと、ツンと鼻の奥が痛んだ。
『続いて禁止エリアいくでー!
1時からJ=04、島の南の端の方やなー。
3時からG=02、南西の集落がちょっと入ってるからみんな気ぃつけやー。
5時からF=10、おっとこれは海やな、ラッキーラッキー!』
早稀は手の震えを抑えながら、地図に時間を書き込んだ。
この震えは恐怖からなのか、悲しみからなのか、怒りからなのか、わからない。
『じゃ、今回のアドバイスは、アッキー!』
『やっぱ僕なの?
…まあ、頑張ってんじゃないの?
でもまだ甘いこと考えてる人もいるみたいだけど。
…甘いこと考えてたら、死ぬよ。
じゃ、次の放送も聞けるように、ガンバレ』
アキヒロ(軍人)の淡々とした言葉の後、放送はぷつっと切れた。
甘いことを考えていたら死ぬ――アキヒロの言葉は、誰のことを指しているのか。
命を落とした優人や葉瑠のことなのか、それとも早稀たちのようにプログラムに乗っていない者たち全てのことなのか。
まあ、関係ないけれど。
誰が何と言おうが、プログラムになんて乗らない。
やりたくないことは、やらないと決めているのだから。
不意に大きな音が聞こえ、早稀はびくっと肩を震わせ、隣を見た。
迅が拳で壁を殴っていたのだ。
「迅、駄目、手痛めちゃうからっ!!」
早稀は迅の腕を掴んだ。
迅の大きな拳の間に指を滑り込ませて無理やり開かせると、掌には爪跡がくっきりと残り、小指の爪が食い込んだ部分は、少し皮が捲れていた。
「迅…うわっ」
掴んでいた腕がぐいっと引かれたためバランスを崩した早稀の身体を、迅がきつく抱き締めた。
普段このような行為には積極的ではない迅が突然に抱き締めてきたので驚いたが、身体を伝ってくる震えに、泣きたくなった。
「…ごめん、早稀……ちょっとだけ……」
「いいよー、好きなだけ、好きにして」
思えば、このクラスも随分と減ってしまった。
既に17人ものクラスメイトがこの世を去った。
特に迅がいつも行動を共にしていた男子主流派グループは、クラス内では城ヶ崎麗(男子十番)率いる城ヶ崎グループと並び最も大所帯の8人グループだったが、最早生き残っているのは迅と望月卓也(男子十七番)の2人のみとなってしまった。
唯一「また会おう」と約束を交わした優人はもうおらず、卓也とは一度会ったが敵対してしまったので、もう一度会えたとしてももう以前のように仲良くはできないだろう。
元々兄貴肌で人を頼ることが少ない迅にとって、今、早稀だけが縋ることのできる存在なのかもしれない――これは早稀の想像だけれど、もしもそうだとしたら、少し悲しいけれど、とても嬉しい。
せっかくついていたのに、気分を一気に害された。
早稀が振り返ると、睨み上げた先には高校生と思しき2人組がにやにやと笑みを浮かべて立っていた。
「…は? 意味不明。
一銭どころか、お菓子だってやる義理ないっての…あっ!!」
肩に掛けていた鞄を引っ張られ、早稀は転倒した。
その間に高校生は鞄を漁ってピンク色の財布を取り出し、「もーらいっ!」と嬉しそうな声を上げると、そのまま出口へと向かっていった。
直接目の前で奪うあたりは正々堂々としているので褒めてやらなくもないが、それでも犯罪行為には変わらないし、財布を取られて落ち着いていられるはずがない。
「ブッ潰す…ッ!!」
痛めた足で踏み出したので一歩目でよろけたが、早稀は構わず高校生を追いかけた。
ゲーセンを出て左右を見て右側に2人の姿を確認すると、小柄ながらも、運動能力の高い者が多いバスケ部の中でトップクラスの俊足を披露し、一気に距離を詰めた。
一人の背中に飛び掛かって押し倒し、両手で頭を掴んで地面へ叩きつけた。
両手の中から呻き声が聞こえた。
まさかこのような反撃を食らうとは思っていなかったのか(まあそうだろう、着崩してはいるが名門帝東学院中等部の制服を身に纏っていていたし、中学1年生の中でも小柄に分類される女子が相手だったのだから)早稀の財布を持っていたもう一人が唖然としていたが、我に返ると踵を返し、逃げ出した。
「はぁっ!?
ざっけんな、財布返せ、クソ野郎ッ!!!」
早稀は追いかけようと立ち上がったが、右足首に激痛が走り、その場に倒れた。
「くっそ…ッ!! 返せ、ドロボーッ!!!」
ドラマの中でひったくりに遭ったおばちゃんが叫ぶような定番の台詞を叫んだ。
財布は盗られるし、足はきっと更に痛めたし、散々だ。
今日はしし座の運勢も血液型B型の運勢も最低に違いない。
そう悔しさに唇を噛みしめながら逃げていく高校生の背中を見ていたのだが、突然高校生は顔面からスライディングするように転倒した。
転んだ拍子に手から離れた早稀の財布を何者かが拾い、こちらに近付いてきた。
その何者かは、どう見ても帝東学院の制服を見に纏っていて、近付いてくるとそれなりに見知った顔をしていた。
早稀は目を丸くし、財布を拾ってくれた恩人を見上げた。
「…迅?」
「よ。 てか水田さ、ガラ悪すぎ、どこのヤンキーだよ。
お陰で声が聞こえたから気付けたけど」
呆れ顔で手を差し伸べてくれたのは、男女の違いはあるがお互いバスケ部に所属している縁で少しは交流があったのだが、キツい顔立ちであまり愛想が良くないので少し怖いイメージがあった日比野迅だった。
財布を持って逃げた高校生とすれ違いざま、少し足を延ばして高校生を転倒させていたのを、早稀は見ていた――つまり、迅は、困っていた早稀を助けてくれたのだ。
手を借りて立ち上がると、怒りが冷めたからか右足首にこれまで以上の激痛が走り、そのまま倒れそうになったが、迅が抱き止めてくれたので倒れずに済んだ。
当時は成長期を迎える前だったので周りの男子と変わらない身長だったけれどそれでも小柄な早稀にとっては大きくて硬い身体、シャツを通して伝わってくる高めの体温、汗とマリン系の制汗スプレーの匂い――喋ることはあっても触れることはなかった友達が、異性であることを身をもって実感し、急に恥ずかしくなって一気に顔の温度が上がっていくのがわかった。
「足怪我してんだろ、無茶するなって。
鞄どこ、持って来るから、水田はここで待ってて」
迅は早稀を店の壁にもたれさせると、ゲーセンの中に放り出したままだった鞄を取りに行った。
思っていた以上に優しいヤツだなぁ、それに何かあんまり身体が柔らかくなくて、見た目より腕ががっちりしてて、それから――うわっ、え、あたし何考えてんだ!
あっつ、顔あっつ!!!
両手を頬に当てて、顔の体温を少しでも下げようとしたのだが、下がりきる前に迅は戻ってきてしまった。
手渡された鞄に財布を入れて肩に掛けようとしたのだが、迅はひょいっと鞄を早稀から取り上げ、自分の肩に掛けた。
何事かと訝しむ早稀に、迅は再び手を差し伸べた。
「ほら、掴まれ。 家まで送る」
早稀は目を見開いた。
「え、いや、え、何で!?
てか良いって、あたし家あるの月が丘だから遠いし!!」
「何でって…足怪我してんのに、その遠い家までどうやって一人で帰るんだよ。
俺の腕、杖代わりに使ってくれていいから…ほら掴まれ、早く帰るぞ」
有無を言わせない迅の言葉に甘え、早稀は迅の腕に掴まった。
迅の腕に自分の腕をしっかりと絡ませなければならず、傍から見ればどう見てもカップルにしか見えないような格好になっているのが恥ずかしくて(しかも、かなりラブラブなカップル、だ)、心臓が破裂してしまいそうなほどドキドキした。
帰宅ラッシュで混雑する駅のホームでも電車の中でも、迅は早稀を護るように位置取り、駅から家までも早稀のゆっくりしたペースに合わせて歩いてくれた。
学校最寄駅から家までの1時間、ずっと早稀は迅に掴まっていたので、家の前に着き迅から腕を離す時には名残惜しくなっていた。
「あ、あの、迅…あり、ありが、とう…」
「おー、お大事にな、無茶すんなよ?」
迅はふっと笑みを浮かべると、踵を返し、駅の方角へと戻っていった。
迅の背中が見えなくなるまで、早稀は家の前に立ったまま見送った。
背中が見えなくなると、ひょこひょこと歩きながら家のドアを開けようと手を掛け――ふと、思い出した。
そういえば、迅の家って…うちとは反対側で、しかも毎日1時間半かけて通学してるって言ってたのを聞いたことがあったような…
…ってことは、今から2時間半もかけて家まで帰るの…?
…それなのに、あたしを送ってくれたの…?
部活帰りで、疲れてたはずなのに…
たまらなくなり、早稀は家に入ると、弟と妹の「お姉ちゃんおかえりー」という声に反応もせず、一目散に自室へと向かい、ベッドへと倒れこんだ。
迅が1時間半の間ずっと持ってくれていた鞄を、ぎゅっと抱き締めた。
ほんの少し、迅の匂いが残っているような気がした。
1・名前は?
天条野恵(てんじょう・のえ)!
2・あだ名は?
フッツーに野恵かな。
3・生年月日、血液型は?
3月3日、うお座のA型!
4・家族構成は?
お父さん、お母さん、あとは弟。
5・趣味は?
・・・テニスかな?
6・身長は?
164cm、意外だとか思った??
7・あなたの入っている部活は?
テニ部!
8・委員会は?
何も入ってないよ。
9・得意な科目は?
音楽かな?
10・苦手な科目は?
数学!あれは嫌!
11・特技は?
カラオケかな?
12・あなたはあなた自身の性格についてどう思いますか?
単刀直入!
13・支給武器は?
携帯電話!色々教えてもらえて便利だよ。
14・あなたはやる気ですか?
・・・今は違うよ。
15・誰を殺しましたか?
岡(岡哲平・男子3番)。アイツ嫌い!あとは幽子(小路幽子・女子7番)と苑(山南苑・女子21番)と小枝子(盛岡小枝子・女子20番)。
16・誰に殺されましたか?
まだ生きてるよぅ!
17・現在あなたは何をしている?
転校して、受験勉強。
18・あなたと一番仲の良い人は誰?
誰だろ・・・タッキー(佐々川多希・女子6番)かな?
19・仲の悪い人は誰ですか?
これってネタバレかな?幽子とはあまり仲良くないの。
20・仲良くしたいなぁ…と思っている人は誰ですか?
・・・あたしは今のままでいいよ。
21・この人は好きになれないなぁ…(もしくは嫌い)な人は?
岡!絶対無理!!
22・親友と言えるような人はいますか?
タッキーと、茉有(野尻茉有・女子15番)かな。
学校の屋上での昼食――いつもの光景だ。
「あ、大和くん、ほっぺにご飯粒付いてるよ」
「お、サンキュ!」
喬ちゃん(玖珂喬子)と大和(須藤大和)がイチャついてるのも、いつもの光景。
それを見て勝則(藤野勝則)が不機嫌そうに睨むのも、環(村主環)が無関心そうなのも、全ていつもの光景。
それにしても、喬ちゃんと大和は、人前でこんなにイチャついてて恥ずかしくないのか?
アタシ、野原惇子は大和との付き合いが長いけど、あんなに楽しそうにするのも、優しい表情をするのも、喬ちゃんと知り合う前には見たことがない。
そこまで好きなんだ、そりゃごちそうさん。
「あ、あっちゃーんv ほっぺにパンクズが、取ってあげようか?」
「…と、取っていらんわっ!!」
アタシは、弘也(山神弘也)の手を振り払った。
弘也はアタシの彼氏、らしい、一応。
弘也は大和たちの真似がしたかったらしい。
立場が逆だっての。
どうもダメなんだ。
どうしてアタシは弘也の彼女なんだ?
いや、そりゃあ、アタシは…その…なんだ、好きだよ、弘也のコト。
ああもう何言わせてんだ!
だけど、弘也はアタシの何が好きなんだ?
とても理解できない。
喬ちゃんみたいに可愛くないし、環みたいに美人なわけでもない。
図体だってでかいし、態度も悪いし、口も悪い。
もしもアタシが男なら、絶対こんなヤツを彼女になんてしない。
対して弘也は、ね、かっこいいだろ?
細身で背が高いし、キレイな顔してるし。
結構人気あるらしい、女に優しいしね。
だから、とても不安になる。
絶対に釣り合わないから。
アタシは、いつ嫌われてしまう?
別れ話をされる?
喬ちゃんに肩を叩かれ、我に返った。
もう昼休みが終わるらしい。
アタシはまだパンを食べている途中だ。
「何ぼーっとしてんだ、バーカ。
次美術だから行くぞ」
大和が喬ちゃんを連れて屋上の扉の中に消えた。
勝則と環も後について行く。
まあね、大和は手先がありえないくらいに器用だから、美術は好きなんだ。
弘也もそういうのは好き。
環もやる気はないけど成績はいい。
だから、皆出る授業だ。
「よいしょ」
おっさんくさい言葉を発して、弘也がアタシの横に腰掛けた。
「…行けよ、授業始まるよ?」
「いいよ、あっちゃんが食べ終わるの待ってる」
弘也はにこにこしてアタシがパンを食べきるのを見てる。
食べてるところをマジマジと見るな、恥ずいから!!
…恥ずいついでだ、ちくしょう。
「弘也」
「ん? なあに?」
「……やっぱいいや」
「うっわ、気になること言わないでさぁ、教えてよ、なぁに?」
「………言わね」
「あっちゃんってば、イジワル言わないでさぁ!」
アタシはミルクティーでパンを流し込む。
そして、弘也を睨む。
いや、睨む気はないけど、目つきが悪いんだ、文句あるか?
オレと豊は生まれた時から一緒だ。
家は隣。
親同士も仲良し。
どちらかがいないことなんか、考えらんない。
幼稚園も、小学校も、中学校も一緒。
性格も趣味も全く違うけど、
誰よりも気が合う親友だ。
仮にオレらが異性なら、絶対にラブラブだ。
だけど、同性だから、いつかはそれぞれ恋人が出来る。
女の趣味も違うんだろうか?
一緒なら、正々堂々勝負しようぜ。
違うなら、もちろん応援してやるよ。
お前、ちょっと大人しいから不安だけどさ、
彼女が出来たら守ってやれよ?
でも、できるまでは――
オレが絶対守ってやるからな。
どんなことがあってもさ。
オレ――良元礼の周りには色んなタイプのヤツがいる。
爽やかな中国人とのハーフとか、ぼーっとしてるけどいいヤツとか、
やる気なさげなロック好きとか、笑い声の煩さでは負けないヤツとか、
騒がしいけど正義感の強いヤツとか、笑い方が変なヤツとか…
あと、バカが2人。
名前を出すと、拓也(稲毛拓也)と東(西川東)。
特にあれだ、拓也のバカはどうにかならないもんかな?
ゲーッホゲホゲホゴホゴホッ
ズズッ
カサカサ チーン ズズズッ
和久「…うるさい」
稲毛「悪かったなチクショー……ぶぇっくしょい!!」
李「どうしたんだよ稲毛、珍しく学校に来たと思ったら…」
堀田「オレ知らなかったぜ、バカでも風邪ひくんだな!!」
岡「同感!! ナイス勝海!! ギャハハハハハハッ!!」
稲毛「うるせぇ、好きでひいたんじゃねぇやい!!」
杉江「そういえば、東も風邪ひいて今日休んでるらしいよ?」
白川「ゲハハハッ!! Wバカが風邪かよ!!」
稲毛「ケッ!! もういい、テメェらと一緒にいたらムカつく!!」
李「あっ……あーあ、行っちゃった」
和久「いいよ、静かになって」
ゲホゲホッエホッゴホゲハゲハッ
ズズズズッ
良元「…うるせぇな」
稲毛「テメェまでそう言うか…ズズッ」
良元「そりゃあ人が予習してる時に横でゲホゲホ言われちゃあな」
稲毛「ケッ…ふ…ぶえっくしょい!!だーこんちきしょう!!」
良元「オヤジかテメェは」
稲毛「礼?…風邪ひいた…」
良元「見ての通りだな」
稲毛「…理由聞いてくれよ」
良元「別に興味ねぇよ」
稲毛「良いから聞けってんだ!!…ぶわっくしょい!!」
良元「きたねぇ!!唾飛ばすな!!つーかそれが人に物を頼む態度か?」
稲毛「良いから聞けよチクショー…ズズズッ」
良元「……言いたきゃ言えよ」
稲毛「それがよ、昨日東のバカがオレに喧嘩吹っ掛けてきやがってよ、
橋の上で喧嘩してたらよ、アイツが川に落ちやがったんだ!
バッカだろ??」
良元「…で、何でテメェも風邪ひいてんだ?」
あれは、中間テストを控えたある日の事。
僕、皆川玉樹は、慎――(坂出慎)の勉強を見る事になった。
玉樹「じゃあ、公民やろうか」
慎 「げぇ、オレ嫌い、公民嫌い!!」
玉樹「…あのね、慎。 好き嫌いの問題じゃないの」
慎 「…わーったよ、やりますよ、やりゃあいいんだろ」
玉樹「そうだよ、やればいいんだよ」
玉樹「じゃあ、第1問ね」
慎 「クイズ形式か? 押しボタンはねぇの?」
玉樹「頭でも叩きなよ」
慎 「玉樹ってさ、オレに冷たくない?」
玉樹「そんなことないよぉ」
慎 「…稔は?」
玉樹「稔は咲と一緒にやってるよ」
慎 「…咲っていい女だもんなぁ」
玉樹「咲をそんな変な目で見ないでよ、怒るよ?」
慎 「………………すいませんでした」
玉樹「じゃあ、第一問」
慎 「あいよ」
玉樹「“プログラム”の正式名称は?」
慎 「あれって、オレらが選ばれるかもしんねぇよなぁ…」
玉樹「大丈夫だよ、すっごい可能性低いもん」
慎 「だよな、1年で…えっと…100クラス?」
玉樹「50クラスだよ」
慎 「そうそう! 宝くじより難しいよな!」
玉樹「いいから答えは?」
慎 「今日授業でやったばかりだ、慎様の頭をナメるなよ!」
玉樹「あ、自信満々じゃないっ!」
慎 「セントウジッケンダイロクジュウハチバンプログラム!」
玉樹「正解!! じゃあ、漢字で書いて?」
慎 「え…ああ…お…おう、任せろ!!」
千 頭 実 剣
玉樹「………………何の奥義?」
慎 「………………違うか、やっぱ」
公民がどうとかこうとかいう問題じゃないよね、こんなの。
でもね、そんな慎が、僕は結構好きだよ。
2年の冬休み、あたし、曽根崎凪紗は、風邪をひいた。原因は元はといえば勝(真田勝)たちのグループのせいだ。偶然勝たちのグループとこっちのグループが橋の上で鉢合わせて、些細な事から口論になった。というか向こうが言いがかりをつけてきた。それで、それが口論から一気に殴りあいになって。あたしは別に負けたわけじゃないんだけど、体格的に不利で。勝の攻撃を避ける為に橋の桟に登った時、海斗(設楽海斗)に殴られてよたついたツネ(新島恒彰)がこっちに来て。それにどつかれて、あたしは、川に落ちた。勝と海斗、それに千尋(不破千尋)が後から飛び込んで助けてくれた(佑(栗原佑)はツネをボコボコに殴ってた)。
次の日、あたしは風邪をひいた。12月の川に落ちたんだから、当然かもしれないけど。千尋が無理矢理勝グループを連れてきた。元はといえばそっちが悪いんだから償え、とか何とか。後から海斗と佑も来て、家は人でごった返した。お父さんは仕事でいなかった、平日だしね。つまり、皆学校をさぼって来てくれた。
「んー…あ、おかゆさん作ったらどうっスかね?」
ケースケ(池田圭祐)が提案。
「え、風邪っていったら林檎でしょう!」
レン(脇連太郎)が持参の林檎を取り出した。レッツクッキング。皆が台所にたかる中で、勝はあたしの横でタオルを絞っていた。起き上がろうとするあたしを無理矢理寝かせて、タオルを額に置いた。
「病人なら大人しくしてろ」
「…誰のせいでこうなったんだか」
あたしが悪態付くと、勝は苦笑いを浮かべた。何かを言おうとした時。台所の方が騒がしくなった。
「新島、火が強い!!」
「うるせぇ!!」
佑とツネの口論の声。
「栗原さん、それ塩じゃなくて砂糖っスよ!!」
慌てるケースケの声。佑、おかゆに砂糖は入れないで、甘ったるくなりそう。
ガシャン
「どあっちゃー!!」
「うわっ、冷やせ冷やせ!!」
何かを落とす音と、同時に聞こえたツネの悲鳴。慌てる佑の声。
「皿はこれか?」
「ゲッ…卵のカラが…」
「ねぇ、林檎って摩り下ろし?」
その騒ぎをよそにマイペースな海斗、レン、千尋。
「うわ、おかゆさん沸騰してるっスよ!!」
慌てるケースケの声。火を止めろ、皿こっち、と色々な声が上がる。
「つーか作りすぎっしょ、これ。どうする、オレらで食う?」
レンの提案。
「じゃあ、隠し味は何が良いかな?っと♪」
「うわ、千尋テメェ今何持ってるんだ!!」
「栗原、止めろ、不破をおかゆに近づけるな!!」
千尋のうきうきした声と、佑とツネの悲鳴混じりの声。千尋、何持ってるの、ホント。
「あいつら、人の家で何やってんだ…」
勝が横で溜息を吐いた。あたしも苦笑する。
「おい、チビ」
「チビって何よ」
「…悪かったな、風邪ひかせた上に大騒ぎして」
あたしは驚いて勝を見上げた。
「…何だよ」
「いや…真田でも謝る事あるんだぁ…」
「そりゃああるっての」
「凪紗、おかゆできたぜ、食え!!」
「辛くても何か食べなきゃダメだよ、凪紗チャン♪」
「…真田、こっち、食うか?」
「うわあ、設楽さん、それは不破君がアレを入れて…!!」
「言うなケースケ、実験をだなぁ…」
「ツネのバカ、何正直に…」
続々と部屋に入ってくる6人。
「…テメェらオレに何を食わせようとしたぁ!!」
勝がツネとレンに技をかける。オロオロとするケースケ。放っておけ、と無責任な海斗。それを見て笑う千尋と佑。
…もしかしたら、皆で仲良くなれるかも。
青山豪(男子1番)が結城緋鶴(女子19番)に殺害された後になる。
真中那緒美(女子16番)はE=06エリアにある小学校の、3年2組と書かれた教室の中の、机の1つに腰掛けていた。
ぼんやりと後ろの掲示板に貼られた絵を見ていた。
恐らくテーマは『友達を描こう』か何かだろう。
その中に、2つの三つ編みにそばかすの女の子の絵があった。
自分に似ていたが、微妙に子供らしい下手な絵なので、思わず吹き出した。
那緒美はクラスに必ず1人はいる、ムードメーカー的存在だった。
クラス1のおてんば娘、濱中薫(女子14番)と共にクラスを盛り上げた。
全く意識していないが、2人の会話は漫才のようらしく、2人の会話を聞く周りの友達によく笑われていた。
全くもう、薫のヤツ、あたしの事忘れてたんじゃない?
酷いなぁ、置いてけぼりかぁ…
まあ、薫らしいかもしれないけどね…
那緒美は溜息を吐いた。
教室内での薫の様子から、何となく行動は予想できた。
怯えて外に出て、次の次に出てくる幼馴染の姫川奈都希(女子15番)にどうにかして会い、あまりの嬉しさに那緒美の事を忘れていた、というような事だろう。
薫、大丈夫かなぁ…
栗原君があんなことになって、結構こたえてたからなぁ…
凪紗ちゃんとか不破君とかも、心配だなぁ…
栗原佑(男子7番)の首が飛ぶ瞬間が脳裏によぎった。
関本美香(担任)の穴だらけになった死体も、死ぬまで頭から離れないだろう。
「…まったく、冗談じゃないよねぇ…」
那緒美は溜息を吐いた。
あの筋肉男ともやし軍団…
人に平気で銃向けたり、楽しそうに人の首を飛ばしたり…
神経イカれてるんじゃないの!?
大体、あたしたちが殺し合い?
バッカじゃないの、するわけないじゃない。
あんなに仲の良いクラスなんだよ、できるはずない!
2回聞こえた銃声だって、きっと誰かのデイパックの中に入ってて、興味本位で木とかを撃ったとか、怖がって動けなかった子に政府の人が威嚇で撃ったとか、そんなのだよね!
那緒美の頭には、クラスメイトが殺し合いをする姿は想像もつかなかった。
誰も、怖くない。
例えば片方の不良グループのリーダー、真田勝(男子9番)も怖くない。
見た目は少し怖いが、話してみれば意外と柔らかい印象を受けた。
無気力な感じだが、仲間の事になると少し熱くなるような、そんな人だ。
同じグループの新島恒彰(男子15番)も怖くない。
話をした事はあまりないが、友達を[ピーーー]ほど落ちてはいないはずだ。
那緒美からすると女子の中で最も近寄りがたい三河睦(女子17番)も怖くない。
怖がって震えているとは思えないけれど、殺しまわっているはずがない。
根拠は何もないけれど。
睦と同じグループの桐島伊吹(女子4番)も怖くない。
人に興味は持たなさそうな彼女も、今ならきっと友達を心配しているだろう。
大丈夫、誰も死んでいない。
自ら命を絶っていない限り。
大丈夫、皆が集まれば何とかなる。
このクラスには頭の良い人が沢山いる。
ここまでの前向きな考えは、常にプラス思考である那緒美だからこそ成せる業だろう。
ただ、注意が必要なのは、転校生の周防悠哉(男子11番)だ。
いくら那緒美でも、得体の知れない人間は怖い。
ま、あの人だけ注意しとけばどうにかなるでしょっ!
曽根崎凪紗(女子10番)は小学校のある方角を呆然と見ていた。
設楽海斗(男子10番)も同じく。
誰かが必死に停戦を訴えていた。
それが、真中那緒美(女子16番)だと気付いたのは、彼女が自分の名前を口に出した時だった。
那緒美なら大丈夫、嘘をついているとは思えない。
そう思い、2人で小学校へ向かおうとした、その矢先だった。
那緒美の様子が変わった。
恐らく誰かを見つけたのだろう。
武器を向けられたのだろうか、必死に訴えていた。
そして――銃声が響いた。
がしゃんという音が僅かに聞こえた。
那緒美の声は、もう、しなかった。
「那緒美…死ん…じゃった…?」
凪紗は錆びたブリキ人形のように、海斗の方を向いた。
海斗はゆっくりと、ビデオをスロー再生させているかのように、首を縦に1度振った。
「だろうな…」
「あの言い方…相手は転校生じゃ…ないよねぇ…?」
那緒美は『怖くないよ、大丈夫』と言っていた。
つまり、相手は怖がっていそうな――恐らく女子だろう。
或いは、怖がりそうな(例えば羽山柾人(男子16番)のようなひ弱そうな)男子か。
とにかく、転校生ではない事は確かだ。
「ヤバい…な」
海斗が呟いた。
ギリッと歯を食いしばった。
「何で…?」
「真中の事で、やる気がなくても殺される可能性がある事がわかった」
「…怖がる人が増えて、プログラムに乗る人が増えるかもって事?」
海斗は頷いた。
凪紗は拳で地面を殴りつけた。
許せない。
誰がやったのかはわからないが、絶対に許せない。
「ねぇ、海斗…
たとえこの後怖がって乗る人が増えたとしても…
那緒美のやった事は、間違いじゃないよね…?
正しい事、やってたんだよね…?」
海斗は頷いた。
「真中は凄い。
あんな事、よっぽど皆を信じていないとできないだろ」
「そうだよね!?」
凪紗は立ち上がった。
那緒美、アンタ偉いよ…!
後は任せて、絶対に皆を止めてあげるんだから!
「行こう!
怖がってる子を安心させてあげなきゃ、それが役目だよね!」
「そうだな」
海斗もどっこらせ、と立ち上がり、荷物を肩に掛けた。
とりあえず、探知機によるとこのエリアには今は誰もいない。
他のエリアへ行こう。
絶対に、犠牲者を減らしてみせる――
C=07エリアにあるデパートの中では男子たちの忍んだ声が聞こえた。
他に何の音もしない為、それが懐中電灯の明かりしかない暗闇の中で響くように聞こえ、それを気にしてか、その声は更に小さくなる。
「でも…言えるか?」
稲田藤馬(男子4番)が幾分沈んだ声で訊いた。
「…オレは……ちょっと……」
藤馬の相棒である斎藤穂高(男子8番)の声も、藤馬のそれに劣らず沈んでいた。
藤馬はそうだよな、と呟き、俯いた。
「なぁ…どうする、不破…」
穂高が見た先、不破千尋(男子17番)は無言でぼんやりと外を眺めていた。
脱出する為の準備作業は、今は中断されている。
それどころではなかったのだ。
つい先程あった、放送のせいで。
つい先程、進藤幹也(担当教官)の相変わらずうるさい声で放送があった。
今奥で仮眠を取っている濱中薫(女子14番)が起きなかったのが不思議なくらいだ。
次に禁止エリアになるのは、1時からは東の方にある畑の一部が入っているE=10エリア、3時からはアスレチック公園の西の一部が入っているF=2エリア、そして5時からは南側の住宅地が入っているI=06エリア。
しかし、そんな事は今はどうでもいい。
問題は、この放送で呼ばれた死者だ。
今回呼ばれたのは、「このプログラムで最多だ」と進藤が喜んでいた、6人だ。
サッカー少年だった笠井咲也(男子5番)。
真面目な姿が印象的だった津田彰臣(男子13番)。
グループは違うが千尋とは気があった不良少年の脇連太郎(男子20番)。
文学少女で将来は小説家になると豪語していた小南香澄(女子6番)。
彰臣の幼馴染で薫とは部活仲間だった高山淳(女子11番)。
――そして、12時間ほど前まではここにいた、姫川奈都希(女子15番)。
薫は寝ているのでまだ知らないだろう。
部活仲間もだが、幼馴染がもうこの世にいない事など。
「なぁ、不破ぁ…」
「…ヤな天気」
千尋がぽつりと呟いた。
全く関係のない事だったので、藤馬は文句を言おうとした。
しかし、懐中電灯の明かりで僅かに見える千尋の表情は、今までとは違う悲しげな笑みを浮かべていたので、何も言えなかった。
「今日は晴れてたら満月に近かったのにね…
まあ、気持ちが晴れ晴れしてる人なんていないだろうし…
丁度いい天気なのかもね…」
それだけ言い、再び千尋は黙ってしまった。
藤馬と穂高は顔を見合わせ、外を眺めた。
確かに月は確認できない。
そういえば、千尋が夕方にぼやいていた。
「明日は雨かな」、と。
皆の気持ちに天気が同調するかのように。
千尋もショックを受けているのだろう。
連太郎とは気が合っていたようだったし、帰ってくると約束していた奈都希ももういない。
「おはよ…」
茂みの中に隠れていた設楽海斗(男子10番)と曽根崎凪紗(女子10番)は互いに顔を見合わせた。
偶然だった。
走ってきた2人の人物が、偶然にも凪紗たちの前で止まったので、とりあえず隠れて様子を見ていた。
その2人――周防悠哉(男子11番)と結城緋鶴(女子19番)はどうやら知り合いらしく、いけない気もしたが、隠れて話を聞いていた。
2人が元は恋人同士だった事には驚いた。
普段大人しそうな緋鶴が、悠哉のような派手な人と付き合っていたとは。
しかし、話が進むにつれて、更に驚いた。
“戦闘実験体”意味のわからない言葉が飛び、緋鶴は今までに4回もプログラムに参加してきたという。
あの緋鶴が、今までに何人も人を殺しているとは、想像もできない。
そして緋鶴が去った今、悠哉は地面に倒れたまま、何度も地面を殴っていた。
緋鶴を止められなかった事が悔しいようだった。
「…どうするんだ?」
海斗がもう一度訊いた。
凪紗は気遣わしげに海斗を見上げた。
海斗は溜息を吐き、僅かに笑んだ。
「わかってる、気になるんだろ?
まあいい、悪いヤツではなさそうだからな」
「…ありがと、海斗。
あの転校生怪我してるから、ほっとくわけにもいかないよ」
「そうだな」
凪紗と海斗は、再び悠哉に目を向けた。
「ねぇ、こんな所で寝てたら危なくない?」
悠哉の側に来た凪紗が、声を掛けた。
悠哉の頭がピクッと反応し、目線を凪紗に向けた。
そこを、1人の少年が歩いていた。
本来ならここにはいないはずの存在――転校生の周防悠哉(男子11番)。
転校生と言えば聞こえは良いかもしれないが、要はこのプログラムに自ら進んで参加しに来た志願者である。
元々は兵庫県神戸市にある中学校に通っている。
クラスでは中心に立って盛り上がるムードメーカー的存在で、本来なら殺害してしまった工藤久尚(男子6番)のような人は、一緒に盛り上がる事のできる好きなタイプだ。
部活はバスケ部に所属しているが、ほとんど参加していない。
それでも試合に出られるのは、ずば抜けた運動神経の成せる業だろうか。
スポーツならオールマイティにできるので、しばしば他の部活の助っ人に行ったりもしていた。
町で不良に絡まれれば喧嘩もしていた。
しかし、警察にお世話になったり停学になったりした事はない。
見つかる前にさっさと逃げるのは得意とするところだったので。
そんな少し人よりスポーツが得意で、少し喧嘩好きなだけの普通の中学3年生が、わざわざ全国の中学3年生のほぼ全員が選ばれないように祈っているであろうプログラムに志願した事には、当然理由がある。
政府の連中には『ちょっと興味があってん』としか言っていないが、当然こんなふざけたゲームに興味本位で来たわけではない。
探している人物がいる。
ただそれだけの理由だ。
少し抜けたところのある悠哉は、一度その人物を見つけたのにも拘らず、見失ってしまった。
いや、抜けていたからという理由ではない。
仕方がなかったのだ。
結城緋鶴(女子19番)を見失ってしまった事は。
緋鶴が学校の屋上で停戦を呼びかけていた少女――真中那緒美(女子16番)を殺害した瞬間は、しっかりと目に焼きついている。
その光景はあまりにショックで、思わず屋上の少女を見に行ってしまった。
もしかしたら息があるかもしれない、それなら手当てをしないといけないと思ったので。
もちろん少女は死んでいたし、その間に緋鶴はどこかへ行ってしまった。
それ以来会っていない。
その家のリビング。
その隅っこで、坂本陽子(女子7番)はガタガタと震えていた。
茶色に染めた髪も、部活で浅黒く焼けた肌も、少しヨレッとした夏服のブラウスも、赤黒く汚れていた。
親友の血の色だ。
親友の今岡梢(女子1番)を、この手で殺してしまった。
今思えば、梢には殺意は無かったのかもしれない(かも、ではなく殺意など欠片も無かった)。
凶器になってしまったナタは、デイパックに突っ込んで少し離れた所に捨て置いてある。
触るのも怖い。
また、恐怖で誰かを手に掛けてしまいそうで。
けど…だけど…
あたし、見たんだ…
新島君が…中原さんを…
何度も蘇るあの光景。
再会する事ができて安心しきっていた中原朝子(女子13番)に、毒薬を飲ませて殺害した新島恒彰(男子15番)の姿。
いくら不良と呼ばれているからと言っても、自分の彼女をあんなに簡単に殺害できるとは思わなかった。
朝子も信じられなかっただろう。
「…ダメ…やっぱり…信じちゃダメなんだ…っ
うぅ…ああぁぁ…っ」
陽子は頭を抱えた。
悲鳴になりきらない呻き声が静かな空間に響くように聞こえた。
元々陽子は精神的に強くない。
所属するテニス部の練習でも、上手くできなかったら狂ったように叫び声を上げたりする。
それでもまだマシな方で、更に状況が悪化すると、部の備品を壊そうとする。
正気に戻った時に、いつも後悔した。
どうしてこんなにおかしくなってしまうのだろうか、と。
『大丈夫、落ち着いたらできますよ?』
同じ部活に所属する遠江敬子(女子12番)にも何度も諭された。
しかし、落ち着く事ができれば苦労はしていない。
もう半分くらいまで減っちゃったよね…?
プログラムは進行してるんだ…
淳も奈都希も死んだ…
次は、あたし…?
身震いがした。
歯がガチガチと音を立てた。
怖い…もう嫌…
家に帰りたいよぉ…っ
陽子は膝に顔を埋めた。
何かハプニングでも起こってプログラムが中止にならないだろうか?
死にたくない。
最悪、自分の知らない所で、皆が死んでしまったら良い。
そうすれば、自分は帰る事ができる。
G=06エリアは住宅地の端にあたる。
曽根崎凪紗(女子10番)と設楽海斗(男子10番)はその中を1軒1軒覗きながら進んでいた。
凪紗の持つ探知機に、反応があった。
同じような場所に2つ、少し離れた場所に1つ。
「むぅ…全部反応はこの辺だよねぇ?」
「ああ。 でも後はもう覗いていくしかないな」
2人の目的は仲間を探す事でもあるが、もう1つ、救急道具を探す事でもあった。
真田勝(男子9番)に襲われた時に傷つけられた海斗の肩からは、まだ少しだが血が出ていた。
ちゃんとした道具を探して手当てをしようとしたが、民家はほぼ全て鍵がかかっていて入れなかったし、入れても道具を見つけることが出来なかった。
「あ、ここは鍵が開いてる…」
凪紗がドアを開けた。
キィッと音がした。
「…油断するなよ」
「わかってる、入るよ?」
2人はそっと中に入り、ドアを閉めた。
念のため、鍵をかけた。
土足のまま廊下に上がった(だって埃っぽいし?)。
見つけたドアをそっと開けていく。
物置・トイレ・洗面所――建てられてから結構経っているのだろう、あちこちが薄汚れていた。
「んー…ないなぁ…」
物置を漁りながら凪紗が呟いた。
ここの住人が帰ってきたら驚くだろう、凪紗は物置に置かれた物をほとんど廊下に投げ捨てているのだから。
「…もう少し大事に扱えよ…」
海斗が溜息を吐きながらそれを廊下の隅に整頓して並べていた。
「だって海斗の怪我、早く手当てしたいもん!」
「いや、それはありがたいんだけどな、音は立てない方が…」
「…あっ」
凪紗の動きが止まった。
すっかり忘れていた。
この家には誰かがいるかもしれないのだ。
凪紗は物置を漁るのを止めた。
救急箱はなさそうだった。
一体どこにあるんだろう?
進藤幹也(担当教官)が大声で叫んだ。
後ろの方ではガタガタと席に着く音が聞こえるが、前の方ではほとんどが立ち尽くしていた。
設楽海斗(男子10番)は曽根崎凪紗(女子10番)を抑えたまま、呆然と栗原佑(男子7番)の死体を見つめていた。
信じられない。
佑が、死んでいる。
目の前で。
海斗は一緒に凪紗を抑えていた不破千尋(男子17番)の方を見た。
千尋は瞬きもせず、佑の方を凝視していた。
涙はないが、ショックを隠せないでいる。
いつも、4人一緒だった。
互いの足りない部分を補い合っているような、そんな関係だった。
そのピースが、1つ欠けた。
「…凪紗、座ろう。 千尋も、大丈夫か…?」
海斗は2人に声を掛けた。
千尋は今までに見せた事のないような呆然とした顔で、海斗を見た。
「…千尋?」
「あぁ…うん、大丈夫…」
千尋はずれかけた眼鏡の位置を直し、自分の席に腰掛けた。
海斗は、もう一度凪紗に声を掛けた。
しかし、凪紗は何も言わない。
聞こえてすらいないようだった。
海斗は凪紗に腰を下ろさせ、自分もその前に座った。
佑の顔が、よく見える。
怒りに満ちたその目は、天井を睨んでいた。
全員が、座った。
机の大部分が佑の血で汚れた池田圭祐(男子3番)の顔は青ざめていた。
進藤は佑の死体には目もくれず、話し始めた。
「わかったかな? 首輪はこうなってしまうんだ!!
えっと…地図の話だったかな?
君たちに配る地図は、100マスに分けられているんだ!!
例えばここ、中学校はD=04エリア、という風になっている!!
そして、6時間ごとに定時放送を行う!!
その時に、禁止エリアというものを言うからな!!
時間になってもそこにいる死んだ者はそのまま…
だが、生きている者は、電波を送って…ボン!!
栗原君のようになってしまうから、注意しような!!
あと、怪しい行動を起こしても、こっちから電波を送る!!
首を飛ばされたくなければ、頑張って殺し合おうな!!」
突然、後ろの方で誰かが呻き声を上げた。
吐瀉物が床にぶちまけられる音がした。
それを聞いて、またどこかで誰かが呻き声を上げた。
それの臭いと佑の血の臭いが、教室を満たしていた。
気分が悪い。
最悪だ、すべて最悪だ。
「さあ、何か質問はあるかな!?」
「…どうしても、しないといけないんですか?」
後方から聞こえた声は、稲田藤馬(男子4番)のものだった。
何人かが頷いた。
しかし、進藤は希望を打ち砕いた。
「しないといけないぞ、もう決まった事だ!!」
予想通りの返事だ、捻りも何もない。
「どうして…何でオレらなんですか…?」
いつも穏やかな柚木康介(男子19番)が、泣きそうな声で言った
C=07エリアに聳え立つデパートの1階では、3人の少年少女がそれぞれやるべき事をしていた。
このプログラムを中止に持ち込むために。
作戦はいたってシンプルだ。
爆弾を作り爆破させ、本部ごと吹っ飛ばす。
爆弾を作る為に、爆薬の原料にする漂白剤を水で練り込み、それに木炭を砕いて入れ、ゆっくりと混ぜ合わせているのは、稲田藤馬(男子4番)。
そこから少し離れた所で、ガソリンに肥料を入れ、藤馬と同じように混ぜ合わせているのは、藤馬の相方である斎藤穂高(男子8番)。
そして、管理モニター室の前で監視カメラの画面とにらめっこをしているのは、姫川奈都希(女子15番)が抜けた為に紅一点となった濱中薫(女子14番)。
「うぇっ…ガソリン臭…っ
換気しようぜ、換気っ!!」
穂高が眉間にしわを寄せながら叫んだ。
もうこれで何度目だかわからないが、穂高の顔色は悪い。
「穂高っ! 人が真剣に混ぜてる時に…
これ、下手したら爆発する…って不破が言ってたんだぞ!?」
藤馬が叫び、溜息を吐いた。
「でも限界… 薫、頼む、窓開けてくれ窓っ!!」
「え? あ、うんっ!」
薫は慌てて一番近い場所にあった窓に手をかけた。
そこで、外に人影を確認した。
勢いよく窓を開け、大きく手を振った。
「おかえり、ちーちゃんっ!」
作戦を考えた張本人、不破千尋(男子17番)は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべて手を振り返した。
千尋はドアをキィッと開け、ガソリンの臭いに僅かに顔をしかめた。
「おかえり、探し物は見つかったか?」
外の空気を吸う為に入り口まで来た穂高が、深呼吸をしながら訊いた。
千尋は口には出さなかったが、Vサインをした。
それを見て、穂高は「そっか」とにっこりと笑った。
千尋は1時間半ほど前に探し物をする為に外へ出た。
探し物は必要な薬品類、向かう先は南西にある小学校だ。
小学校といえば、クラスメイトに停戦を呼びかけて何者かに殺害された真中那緒美(女子15番)がいた場所だが、那緒美を見る気にはならなかったので、理科室を探してそこから薬品を持ち出し、そのまますぐに戻ってきた。
千尋は荷物を置き、中から学校から持ってきた物を出した。
そして、籠に入れて置いてあった陶器でできた花瓶と、何の変哲もない砂糖も取り出した。
「よし…こんなもんでしょ」
意気込む千尋の前に、薫がしゃがんだ。
「…ちーちゃん、これで何か作るの?」
「ん? あぁ、大した物じゃないよ、ただの簡易手榴弾。
武器になるかな、と思ってさ」
「手榴弾!?」
離れた所で聞いていた藤馬と穂高が声をそろえた。
薫も目をぱちくりとさせている。
「おい不破、お前何でそんな事できるんだよ…
どういう環境で育ったらそんな知識が…」
「失礼な、普通の環境だし、育ったのは普通の家庭――」
千尋は口を噤んだ。
ふっと笑う声が漏れた。
不破千尋(男子17番)は不敵な笑みを浮かべ、監視カメラの画面に背を向けた。
濱中薫(女子14番)がばっと振り返る。
「ちーちゃん!?」
「おい、不破、何する気だよ!?」
稲田藤馬(男子4番)も振り返り叫んだ。
「…逃げた方が良くないか?
相手はわけわかんない転校生だぜ!?」
斎藤穂高(男子8番)が千尋に近づき訊いた。
しかし、千尋は首を横に振った。
「転校生をここに入れるわけにはいかないでしょ?」
「じゃあ皆で…」
「1人で大丈夫だよ」
千尋は藤馬の提案をあっさりと却下した。
ウージー9ミリサブマシンガンの紐を肩から下げ、不安げに見つめる3人の方を向き、にっと笑った。
それは普段浮かべているのとは少し違い、3人はそれぞれ顔を強張らせた。
それもそのはずだ、この笑顔を喧嘩相手に向けると、相手は必ず怯むのだから。
「オレは、負けない」
千尋はそれだけ言い残し、外に出て行った。
「不破…死んだりしないよな…?」
「大丈夫だよ、ちーちゃんは。
薫は、ちーちゃんを信じるの」
藤馬と穂高が心配そうに千尋を見送る横で、薫ははっきりと言った。
『曲者』で『悪魔』――それが他のクラスの不良たちから見たちーちゃん…
だったら、こんな所で負けたりはしないはず…
それでなくても、薫は信じてるよ…
だって、ちーちゃんが負けるところなんて、想像できないもん!!
千尋は外に出た。
少し建物から離れたところで、声を掛けられた。
「ちょっとそこのお兄さん♪」
千尋が睥睨すると、そこには肩まで伸びた茶髪に鋭い目――周防悠哉(男子11番)が笑顔で手を振っていた。
「…やぁ、周防悠哉クン…といったかな?」
千尋も笑顔を返す。
ただし、互いに相手の腹の探りあいをしているので、笑顔を浮かべてはいるが和やかな雰囲気ではない。
千尋が認識した時には、既に悠哉の手にはコルト・ガバメントが握られており、弾が発射されていた。
弾は千尋の左腕に着弾し、思わず顔をしかめた。
悠哉はすぐに千尋に突っ込んでいき、左の拳を振るう。
顔面めがけて殴りかかってくる拳を、千尋は何とか腕でガードする。
千尋は悠哉の手を振り払い、ウージーを向け、引き金を引く。
悠哉は咄嗟に横に飛んで茂みに入り、その弾の嵐を避けた。
あまりに速い出来事に、千尋は少し荒くなった息を整え、ギリッと歯を食いしばった。
左腕をゆるゆると血が流れ、地面に少しずつ血溜まりを作っていく。
…思ってたより素早い…
反射神経は、海斗クン並ってとこか…
大きい銃は、こっちの動きが鈍って不利だね…
千尋は悠哉を見据えたまま、デパートの窓――換気のために薫が開けていた――からウージーを投げ入れた。
「うわっ」という声が中から聞こえた。
千尋は前に外に出たときからずっと腰のベルトに差し込んであったワルサーPPKを左手に取った。
これで万が一コイツが中に入っても迎撃できる…
ま、そんな事はさせないけど?
「なんや、武器2つも持ってたんか…
つーかやっぱ中に誰かおるんやな?」
悠哉がニッと笑む。
千尋も笑みを返す。
「関係無いね、どうせ君は中には入れない…」
「…言い方があるんちゃう?
気に入らんわ……邪魔や、アンタ」
悠哉が再びコルト・ガバメントを構えた。
引き金が引かれたが、千尋は今度は横に飛んで避ける。
千尋がワルサーの引き金を引くが、悠哉には当たらなかった。
千尋は舌打ちをし、悠哉に突っ込んでいった。
千尋は喧嘩歴はそれほど長くないし、格闘技をやってきたわけでもない。
しかし、素手の喧嘩では今までに一度しか負けた事が無かった。
それはとても小柄で可愛らしい女の子――曽根崎凪紗(女子10番)。
肉弾戦では負けるわけにはいかない…
オレに勝っていいのは、凪紗チャンだけ…
オレの上に立っていいのは、凪紗チャンだけ…
こんなヤツに、オレは負けない――
「邪魔はそっちだ、周防悠哉」
千尋はカッと目を見開き、ワルサーを悠哉に向け、撃った。
あまりに至近距離だったので悠哉は避けきれず、弾は初めて悠哉を捕らえた(頬を掠めただけだったが)。
すぐに横向きに倒れた悠哉の上に飛び乗り、ワルサーの銃口を悠哉の額に当てた。
「退け」
ワルサーの銃口をきつく押し付けた。
薫たちが聞いたら驚くだろう――普段は中性的な千尋の声は、今ははるかに低く静かだった。
悠哉の喉が一度だけ上下に動いた。
「…わ、わかった… 入らんから、それ直してくれへん?」
千尋は動かない。
「…頼むわ、誓うわ、もうアンタを襲ったりせぇへんから!!」
千尋は少し迷った後、悠哉から離れた。
もっとも、銃口はまだ悠哉に向けていたが。
悠哉はその場に座り、溜息を吐きながら頭を掻いた。
「ったく、このクラスありえんわ…
アンタといい、最初に会ったチビちゃんと大きい男のペアといい…」
チビちゃんと大きい男…?
それってまさか…
「その…小さい方って…茶髪を二つくくりにした女の子…?
男の方って、やたら無愛想な…?」
千尋の口調も声色も普段通りに戻っていた。
「何や、知っとるんか…って当然やな、クラスメイトやし。
ありえんねん、チビちゃんに投げ飛ばされてん!!」
千尋の考えは確信に変わった。
凪紗と設楽海斗(男子10番)だ。
千尋の顔に、今までで1番の笑顔が浮かんだ。
アスレチック公園の一部になるF=04エリアは、休憩所のような簡単なつくりの建物がある。
中にはベンチとゴミ箱と自動販売機しかない。
小南香澄(女子6番)はそのベンチの中の1つに腰掛けていた。
自動販売機を壊してジュースでも飲もうと思ったが、香澄にはそんな力はないし、電気の通ってない自動販売機の、生ぬるい賞味期限がいつかもわからないようなジュースを飲むのは気が引けたので、それは諦めた。
因みに、すぐ隣のエリアにはアスレチックを陣取っているミステリアスな少年、長門悟也(男子14番)がいるが、香澄はその事には全く気付いていない。
香澄は反射的にとはいえ、人を殺してしまった。
彼――柚木康介(男子19番)は、狂っていた。
奇声をあげながら香澄に襲い掛かってきたので、反射的に手に持っていた小型自動拳銃(ファイブセブン)の引き金を引いてしまった。
あの時の光景は今でも目に浮かぶし、初めて引いた引き金の感覚もしっかりと手に残っている。
康介は普段はとても穏やかで優しい人だった。
常に周りの人に気を使っていて、修学旅行で同じ班になったので班行動をしていた時も、班員に気を配り、疲れきっていた黒川梨紗(女子5番)の荷物を持ったりもしていた。
そんな彼も、命のかかったこの状況では思いやりの欠片も感じられなかった。
あれが、素だったのかな…?
ううん、そんな事は無いよね、きっと。
混乱しただけで、狂っちゃっただけで、理性が働いていれば優しい人。
このクラスには、優しくて楽しい人たちがたくさんいる。
それは作り上げた性格なんかじゃない、そう信じている。
香澄は自分の荷物から1冊のノートを出した。
ごく普通の大学ノートだが、中はびっしりと文字が書かれている。
香澄が何かがある毎に書き記していた、このクラスの物語。
今のクラスになった2年の1学期から記録を始めた。
このノートは3冊目だ。
香澄はノートをパラパラと捲った。
修学旅行の事はまだ書けていないので、一番新しい大きな行事の記録は、篠山中学校春の恒例行事、新入生歓迎春の運動会だ。
運動会と言ってもそんなに体育会系の行事ではなく、楽しく障害物リレーをやってみたり、音楽を流してイントロクイズをしたりという楽しい行事だ。
とても楽しかった。
いつになく盛り上がった。
というのも、曽根崎凪紗(女子10番)率いるグループと真田勝(男子9番)率いるグループ、2つの不良グループが何故か燃えていたからだ。
“やるからには優勝を狙う”をモットーに掲げ、クラス全体が盛り上がった。
障害物リレーでは濱中薫(女子14番)が網の下をくぐり、高山淳(女子11番)が体を10回転させられて目を回し、伊達功一(男子12番)が何が混ざっているかわからないミックスジュースを一気飲みして、吐きそうになりながらも1位でアンカーにバトンを渡したにも拘らず、アンカーの栗原佑(男子7番)がハードル跳びで派手にこけて最下位になってしまった。
佑は後で勝や新島恒彰(男子15番)あたりにボコボコにされていた。
イントロクイズでは真中那緒美(女子16番)が意外にも音痴である事が発覚し、クラス全員に爆笑され、那緒美自身も大声で笑っていた。
バンドでボーカルをしている斎藤穂高(男子8番)がマイクを持った時には、2・3年の大勢の女子が盛り上がり、一時穂高のワンマンショーのようになっていた。
春の運動会内では珍しく運動会らしいリレーでは、それぞれ部活で陸上部顔負けの走りを見せる笠井咲也(男子5番)・工藤久尚(男子6番)・今岡梢(女子1番)・駿河透子(女子9番)と、「リレーなら任せろ」と参加した設楽海斗(男子10番)・不破千尋(男子17番)・凪紗といった不良グループの面々と、篠山中学校が誇る陸上部エースの椎名貴音(女子8番)が、見事なバトンリレーを見せて全校1位をもぎ取った。
応援はこの時が1番盛り上がっていた。
そして最後に1クラスずつが走ってタイムを競った40人41脚では、梨紗が最初に転んでそれが波紋のように周りに広がってしまい、それが何度も繰り返されて記録は悪かった(時には羽山柾人(男子16番)もこけていた)。
梨紗が何度も泣きながら謝っていたのを、皆で慰めた。
皆楽しくて良い人ばかりで…
でも、こんな事になっちゃったから、もうあのクラスには戻れないんだなぁ…
ノートにぽとっと雫が1滴落ちた。
黒目がちの大きな目には、涙が滲んでおり、それは頬を伝ってノートに落ちていった。
もう、あのクラスには戻れない。
たくさんのクラスメイトが死んでしまった。
不味そうなミックスジュースを見事飲み干した功一も、ハードルに引っ掛かって派手に転んだ佑も、音痴ながらも一生懸命歌っていた那緒美も、リレーで見事な走りを見せたも久尚も梢も、皆死んでしまった。
それも、クラスメイトに殺されてしまった。
どんな気持ちだったんだろう…?
仲が良いと思っていたクラスメイトに撃たれたり刺されたりして、何を思って死んでいったんだろう…?
あたしに撃たれた柚木君は、どんな気持ちだったんだろう…?
姫川奈都希(女子15番)はF=07エリアにいた。
奈都希は幼馴染の濱中薫(女子14番)と共に、C=07エリアで稲田藤馬(男子4番)と斎藤穂高(男子8番)、そして不破千尋(男子17番)と共にプログラムを潰し逃げ出す為の作戦の準備をしていた。
しかし、とある事情で今は別行動をしている。
事情――愛しい人を探す事。
隠しているつもりだったが、見事に千尋に見破られ、半ば強引に追い出された。
『行きたいなら、後悔したくないなら、探しに行くべきだね』
千尋が言った事は、その通りだと思った。
行かないで後悔するなら、行って後悔した方が良い。
もちろん、後悔する気は無いけれど――いや、無かったけれど。
奈都希も当然1時間ほど前にあった放送を聞いていた。
愛しい人――工藤久尚(男子6番)の名前が呼ばれていた。
とてもショックだった。
体の震えが止まらなかった。
それでも、涙は出てこなかった。
頭のどこかで、久尚の死を信じていなかったからかもしれない。
しかし――
奈都希の足元の砂は、赤黒く汚れていた。
教室でしたような血の臭いはしない。
地面に染み込み、乾いたのだろう。
そして、その汚れた血の上には、見慣れた人。
工藤久尚がうつ伏せで倒れていた。
久尚……
奈都希はその場に膝を付いた。
そっと久尚に触れた。
人とは思えないほど、冷たくなっていた。
ぐっと力を込め、仰向けにした。
カッターシャツの腹の部分が黒くなっていた。
他には傷らしきものが見当たらない。
腹の傷が致命傷だったという事だろうか。
頬に付いた土を払い落とした。
小石がめり込んで型ができていたが、それ以外はほとんど変わらない、いつもの久尚の顔だ。
眠っているように穏やかだ。
「久尚…何穏やかな顔してんのよ…
アンタ、死んでるんだよ…?」
この傷がどれだけ痛いものなのかは想像もつかない。
ただ、今まで感じた事の無いような痛みだっただろう。
それなのに、どうして表情に出ていないのだろう。
死ぬ瞬間、何を考えていたのだろう。
奈都希は久尚の体を抱き寄せた(死後硬直の為にとても大変だったが)。
愛しい人の一度は触れてみたいと思っていた体は、生きている時に想像していたものとは違っていた。
本当なら、生きている時にこうしてみたかった。
『うわ、何するんだよぉ!!』とでも反応してくれただろうが、当然の事だが反応は無い。
「ごめんね、久尚…
アンタ好きな人いたのかな…?
だったら、ホントごめんね、あたしなんかがこんな事してさ…」
奈都希が久尚の事を好きなように、久尚も奈都希の事が好きだったという事は当然知らない。
「でもさ…ちょっとくらい…良いよね…?
あたしさぁ…好きだったんだよ、久尚…」
当然の事だが、返事は無い。
それでも奈都希は続けた。
「ほら、修学旅行…グループ一緒だったじゃん?あそこで…言えばよかったんだけど……あたしにだって…照れとか不安とか…あったわけよ……」
奈都希は久尚の体を抱いたまま、ばっと振り返った。
銃を構えたそのクラスメイトの姿に、言葉を失った。
さらっとした黒髪に、可愛らしいがどこか毒のありそうな笑顔、華奢な体つき――美作由樹(男子18番)だった。
それなりに親しかった友人だった。
由樹は銃――S&W M36を下ろした。
「奈都希ちゃん…」
由樹は奈都希の顔をじっと見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「どうして、そんなに泣いているの?」
「え…?」
奈都希は思わず声を洩らした。
“どうして”、それはこちらのセリフだ。
どうしてこの状況がわからない?
奈都希の腕の中には、動かなくなった久尚。
好きな人だったということは別にしても、仲の良かった友人が目の前で死んでいれば泣くだろう。
もしも泣かなかったとしても、理由は明白だ。
それなのに。
「ユキちゃんは…悲しくないの…?
久尚、死んでるんだよ…?」
由樹は瞬きをするだけで、何も言わない。
「何で!? 何とも思わないの!?
ユキちゃんだって久尚と仲良かったじゃない!!」
それでも何も言わない由樹を、奈都希は睨み上げた。
「頭おかしいんじゃないの!?
悲しいだとか悔しいだとか…何か感じるのが普通でしょ!?
何でそんなに平然としてんのよ!!」
由樹は笑顔を浮かべたまま、溜息混じりに首を軽く横に振った。
何故か、寒気がした。
「うーん… やっぱ僕って…頭おかしいのかな?
久尚が死んでも、功一が死んでも、別に何も思わないんだ。多分、奈都希ちゃんが死んでも、何も感じないよ」
それをまじまじと見つめていた今岡梢(女子1番)は、自分の鞄をそっと線に当てた。
バチッという音がし、鞄の端が焦げた。
うっわぁ… 電流とか流れてんのかねぇ…
念入りだな、有刺鉄線張るだけで十分じゃん…
梢は心の中で悪態付き、傍の家の庭に入り腰を下ろした。
クラスの女子の中で唯一身長170cmを越す梢は、運動能力に恵まれ、所属している(していた、だな。帰られそうにないし)バレー部でも活躍していた。
体力には自信があったが、放送ごとに減っていくクラスメイト、いつ襲われるかわからない恐怖などが手伝って、疲れが溜まっていた。
最悪だな、プログラムなんてさ…
あたしってあんま運良くないけどさ、まさかねぇ…プログラムかよ…
疫病神でも憑いてんのかねぇ…?
「…いや、違うな…」
梢は呟いた。
静かな場所はあまり好きではないので、自分の声だけでもそれなりに落ち着ける。
「あのバカのせいじゃん…
つーかあのバカに会った事が不幸の始まりだもんな…
…そうだよ、全部アレのせいだ!!」
梢は怒鳴り、壁を殴った。
ハスキーな声を持つ梢の怒鳴り声は、クラスの友達にも部活の友達にも恐れられている。
好きでこんな声をしているわけじゃないんだけど…
「なぁなぁ、オレと付き合わない?」
「…は?」
あれは中2の始めの頃だ。
初めての会話がこんなものであるのはどうかと思う。
しかし、彼はそれをやってのけた。
今思えば、彼との出会いが不幸の始まりだったのかもしれない。
初めてクラスメイトになった彼、伊達功一(男子12番)。
「…アンタ誰?」
「うわ、キッツー!
オレね、伊達功一っつーの、よろしく!」
何なんだコイツは、それが第一印象だ(当然でしょ?)。
「で、なんで初っ端に告ってんの?」
「梢ちゃんってバレー部だろ?
オレバスケ部なんだよね。
で、部活の時に梢ちゃんを見て、一目惚れってわけ。
好きだぜ、梢ちゃん」
何で名前を知っているのか、何で馴れ馴れしく“梢ちゃん”と呼ぶのか、気になったがまあいい。
顔は良かったし、ノリも良いので、付き合ってみるのも良いかと思った。
後々後悔するとは思ってもいなかった。
付き合うのは楽しかった。
功一は明るい性格でリードも上手く、色々な所に遊びに行ったりもした。
津田彰臣(男子13番)は今にも泣き出しそうな表情で、建物の屋上から下を見ていた。
下には、幼馴染だった伊達功一(男子12番)が倒れている。恐らく、もう息はないだろう。首が変な方向に曲がっており、頭の下には血が広がっている。自分が直接手を下したわけではない。功一が勝手に落ちた。自分は助けようとして手を伸ばしたが、届かなかった。――と割り切ってしまう事ができれば苦労はしない。オレがコウに怪我をさせなければ、コウは死ななかった…オレのせいだ…
彰臣は頭を抱えた。気が合わないとはいえ、掛け替えのない幼馴染を殺してしまった。その罪悪感は、彰臣の背中にずっしりと圧し掛かっていた。
「コウ!!?」
下で悲鳴とも取れる叫び声が聞こえた。
彰臣は弾かれた様に顔を上げ、屋上から僅かに身を乗り出した。この声は…
「コウ、何でこんな…っ」
功一の傍に駆け寄っていた人物が、建物を見上げた。
彰臣と目が合った。
彰臣は慌てて顔を引っ込めた。
どうする… 見られた…
もう、駄目だ…っ
彰臣はその場に蹲った。
全身がガタガタと震える。
下にいたのは、この状況を誰よりも見てほしくなかった、もう1人の幼馴染で彰臣の想い人――高山淳(女子11番)だった。
淳はこの状況をどう見たかはわからない。
ただ、十中八九、彰臣が功一に突き落とされたとでも思うだろうが。
階段を駆け上がる音が聞こえる。
徐々に大きくなっている。
間違いなく、淳だ。
どうなる…責められるよな、やっぱり…
決定的に嫌われただろうな…どうする…?
彰臣は、自分のアーミーナイフをじっと見つめた。ナイフ部分は赤く汚れている。
…仕方が、ないよな…当然の報いだよな…オレは、人を殺してしまったんだから…
ナイフを、そっと自分の手首に当てた。
震えを何とか堪え、静かに目を閉じた。
ごめん、淳… オレ、ちゃんと責任取るから…コウが死んだのは、オレのせいだから…頼む、嫌いにならないでくれ…自分勝手な願いだけど…頼むよ…
ナイフが僅かに皮膚に食い込み、そこから赤い液体がじんわりと滲んだ。
同時に、パンッと屋上のドアが開いた。
「アキ、何やってんだい!!」
淳が怒声を上げ、彰臣に突っ込んできた。
彰臣の手からナイフをもぎ取り、遠くに放り投げた。
そして、彰臣の肩を掴んで激しく揺らした。
「アンタ今何しようとしたか、わかってんのか!?」
「じゃあ…どうしろってんだ…」
消えてしまいそうな彰臣の声に、淳は眉間にしわを寄せた。彰臣は両手で自分の頭を抱えた。
「コウが…死んだのは…オレのせいだ…オレが…殺したようなものなんだ…っ」
淳がはっと息を呑んだ。
「それって…どういう…」
彰臣はしばらく黙っていたが、やがて訥々と語り始めた。自分と功一の間に起こった衝突の事、功一が襲ってきた事、功一の目を切りつけてしまった事、そして――
会場内に音楽が流れ始めた。
某人気アニメの初代オープニング曲だ。
「やあ、みんな、おっはよ?!担任のサトルだぜ!」
1日目、午前6時――担当教官のサトルの声が、機械を通して聞こえてきた。
「あ、6時かぁ…」
「ホントだ、時計ちゃんと合わせないとね」
瀧野槙子(女子9番)が顔を上げた。
横では同じ中間派グループの佐々川多希(女子6番)が持参した時計の時刻を合わせている。
「じゃあ、さっそく死んだ仲間の名前を言うぜ!
死んだ順番だから、気をつけてくれよ!」
ガサガサッと紙の擦れる音が聞こえた。
「えっと…まず、女子19番の森秋乃ちゃん!
続いて女子18番の向井あずさちゃん!
女子22番の若狭恵麻ちゃん!
そして男子10番の西田大輔君!
始まってから間もないからなぁ…まあまあのスタートだぜ!
この調子でがんばってくれよ!」
やだ…まだ始まって1時間ちょっとしか経ってないのに…もう死んじゃった人が…?
槙子は溜息を吐いて名簿にチェックを入れた。
涙は出てこない。
まだ“死”に対する実感がないからだろうか。
「続いて禁止エリアだ!
最後の人が出てから20分後だから、6時12分にG=04エリア!
7時からはI=02、9時からはH=04、11時からはD=10だ!
いいかい?この時間を過ぎてもそのエリアにいたら首輪がボンッ!
だから、ちゃんと離れろよ!
G=04、I=02、H=04、D=10だからな!
みんな、がんばって殺しあってくれよ!
あ、死神君はもう既に殺しているからな!
うかうかしてると10人殺されちゃうぞ!」
ブツッと放送が切れた。
禁止エリアは自分たちがいるI=08エリアとは当面関係がなかった。
ちなみに、2人が今いるのはI=08エリアにある稔が丘高校内にある化学実験室だ。
鍵が開いていたので入れた。
「タッキー…もう4人も死んじゃったね…」
「う…ん」
多希は自分の黒髪のショートカットの頭を掻いた。これは多希が考え込んだ時に必ずする癖だ。
何考えてるのかな…?まさか脱出の方法?無理だよね、そんなのは…
多希と槙子なら、成績は槙子の方が上だ。しかし、それは教科書範囲での知識の量の話。雑学に関しては多希の知識はすごい。槙子の知らないことを沢山知っている。槙子は無意識に自分の髪に触れた。2つに結んだ肩までの髪は、今はボサボサになっていた。あっちゃー…結構必死に走ったもんなぁ…
とりあえず髪を結び直すことにした。
多希は時々名簿を見たりしながら相変わらず考え事をしていた。
「マキ、作戦会議しよっ!」
10分ほどたった後、突然多希が槙子に声を掛けた。
「作戦…会議?」
「うん、これからどうするのか…とりあえず、あたしは何もせずに死ぬのは嫌だな。マキは?」
「あ、あたしも嫌…」
多希が名簿を机の上に広げた。
既に退場した4人の名前には斜線が引かれていたが、それ以外にチェックが入っていた。
「もしも、明らかにやる気になりそうにない人で
更に他の人のために自[ピーーー]るような人だったら、
死神を選んだ意味がないじゃない?
明らかにやる気になりそうな人が死神になったら
その人はがんばって10人殺そうとするし、
他の人は10人にならないように少しでも沢山の人を殺そうとする…
それが死神の存在理由だと思うんだよね。
そうすれば進行も早くなるでしょ?」
そこまで言うと、槙子は名簿を見た。
女子にもチェックが入っている。
これは最初の推理が当たっている可能性がそこまで高くないからだろう。
多希の言う死神候補はこの通りだ。
稲毛拓也(男子1番)
戎嘉一(男子2番)
西川東(男子9番)
浜本卓朗(男子11番)
良元礼(男子16番)
近藤楓(女子5番)
瀬川小夜(女子8番)
「あれ?」槙子は首を傾げた。
「戎君と浜本君…何で?
2人とも大人しい人じゃない?
楓と小夜ちゃんも…。
むしろ良元委員長の友達の方が怪しいんじゃ…」
もっともな話だった。
戎嘉一は恐らくクラスの男子の中で1番大人しい。
浜本卓朗は真面目ないい人だ。
槙子たちと同じグループである天条野恵(女子12番)の彼氏だ。
2人ともやる気になりそうではない。
「そうなんだけどね…」多希が溜息を吐いた。
「ほら、戎君って大人しかったでしょ?
だからかえって何をするかわからないんだよなぁ…
浜本君はお兄ちゃんがプログラムに巻き込まれたでしょ?
政府の人たちがオフザケで死神にしちゃうかなって思って。
まあ、これは信じたくないな…野恵のためにも…ね。
委員長の友達は怪しいとは思うけど…そんなに悪い人じゃないと思う…
楓と小夜はね…グループ対立がすごかったでしょ?
もしかしたら相手のグループを全滅させようとするかもって…
自分たちのグループが生き残るために…
もしかしたら秋乃たちを殺したのも…」
槙子は俯いた。
多希はクラスメイトを疑っている。
みんなやる気なんじゃないだろうか…と。
しかし、男子委員長グループの一部をやる気にはならない、という考えは、少しだけでもみんなを信用したい、という気持ちがあるからだろう。
確かに疑ってみれば全員疑わしい。
しかし、ここで信じなくてはいけない。
疑心暗鬼に陥らせることが、このプログラムを円滑に進行させることになるのだから。
「そうだ、これからの作戦だねっ」
多希は思い出したようにポンッと手を合わせた。
「あたしはね、脱出したい。 ここから…」
「脱出? 出来るの?」
槙子が訊くと、多希は首を横に振った。
「わからない…けど、信用できる人を集めて脱出したいの。
そのためには、また知恵を振り絞らなきゃいけないんだけど…
今回のプログラムの会場の端、A=01エリアは森だ。
木が好き勝手に伸びているので、日の光も届きにくい。
そのため、他の場所より涼しく、避暑にはもってこいの場所だ。
そんな場所にいるのは真木頼和(男子14番)。
頼和はMDウォークマンで音楽を聴きながら涼んでいた。
今聞いている音楽は、米帝(アメリカの事を大東亜ではそう呼ぶ)から輸入されてきた退廃音楽、つまりロックである。
頼和は隠れロックファンだ。
何しろ日本では禁止されている音楽、政府にバレたりしたらどうなるかわかったものじゃない。
何でこんなカッコイイ曲、ダメなんだろうな…
絶対流行ると思うんだけどなぁ…
因みに、クラス内にはもう1人ロックファンがいる。
和久瑛介(男子18番)だ。
瑛介は一見真面目そうに見えるが、実はとても不真面目な人間だ。
オマケに軽楽部に入って、顧問にも内緒でロックを演奏しているらしい。
いつかロックについて語り合ってみたい、と思った事もある。
あーあ、オレは結局誰とも共通の趣味について語り合うことがないのかな…
死にたくないけど…それはみんな同じだろうし…
オレ、襲われても抵抗できないし…
頼和はもう何度したのかもわからない溜息をまた吐いた。
そして、ポケットに入れていた1枚の写真を取り出した。
せめて…せめて君には会いたいな…
最後に…気持ちを伝えたいな…
その写真には、隠し撮りをした佐々川多希(女子6番)が写っていた。
コーラス部の大会会場にこっそり行き、出てきた多希を撮ったものだ。
ストーカーっぽい行動をした事はわかっている。
しかし、頼和はあまり異性に親しく話し掛けることが出来なかった。
部活のテニスの大会では常に優勝するという優秀な成績を持っていたが、それとこれとは話が別だ。
「佐々川さん…元気にやってるかな…?
そう簡単に死ぬ人じゃないと思うんだけど…ねぇ?」
頼和は写真の中の多希に声を掛けた。
当然の事だが、答えてはくれない。
頼和がそう考えるのには理由がある。
多希は頭が良い。
成績もいいが、それ以上に色々な知識を持っている。
きっと今も、その知識をフル活用して脱出方法か何かを考えているに違いない。
頼和はそう考え、ずっと今の場所から動かずにいた。
きっと、ここで勇気のある男子…
例えば…星弥とかならきっと好きな女子とか探しに行くんだろうな…
でもオレは…怖いな……
できればずっとここでロックを聴いていたい…
最悪な男だと思われるかもしれないけど…
オレはまだ死にたくないし、佐々川さんだってきっと生きてるはずだ…
でも…佐々川さんは女の子だし…
きっと怖がってるかもしれないし…
守ってあげるべきだよな、男として…
でも…
頼和の頭の中ではこの考えがずっと回っていた。
もしも武器が良い物なら、きっと探しにいっていただろう。
しかし、頼和のデイパックに入っていたものはスプーン1本だけだった。
今回の支給武器で最もハズレの物だろう。
ナイフのように切ることも出来なければ、フォークのように突き刺すこともできない。
これが自分の支給武器だと気付いた時はショックを受けた。
スプーンを思い切り地面に叩きつけた。
ちくしょう、これで目でも抉ってろっていうのか!?
あのペケモンマスターめ、ふざけんな!!
因みに『ペケモン』というのは、今子供たちに人気のあるアニメの名前だ。
主人公『サトル』がペケモンを連れて旅をしてペケモンを戦わせて…
あの担当教官は、正にサトルのコスプレだ(名前まで一緒にしていやがる)。
居心地が良い場所だったので、離れるのは名残惜しかったが、そんなことを言っている場合じゃない。
ゆっくりと周りの様子を見ながら進んだ。
途中公園を通った。
地図でいうC=03エリア、様々な遊具がある。
その遊具の中で最も背の高いアスレチック。
その下を通りかかった時、少し離れたところに何かが落ちているのがわかった。
え……何だアレ……?
頼和がゆっくりと近づくと、それは人であることがわかった。
女子だ、茶髪の。
あ……酷い……
それは昼の放送で名前を呼ばれていた月野郁江(女子11番)だった。
左腕と背中の左部分がどす黒く染まっている。
近くの草も、血の海になっていたらしい、今は血が固まっているが。
口も血で汚れており、目は見開かれていた。
「うぅ…っ!」
胃の中の物が一気に逆流を始めた。
頼和はその場で吐いた。
胃の中にはあまり物が入っていなかったので、あまり出なかったが。
あたりにすっぱい酸の匂いが充満した。
頼和はデイパックの中からペットボトルの1本を出し、残っていた半分の水を一気に飲み干した。
荒い息をしながら、頼和はよろよろと立ち上がった。
行かなくちゃ…行かなくちゃ…
佐々川さんのこんな姿…見たくない…
早く離れよう…少しでも早くここから……
おぼつかない足取りで何とか5mほど離れた所で、頼和は立ち止まった。
くるっと方向を変え、郁江の所まで戻ると、郁江を仰向けに寝かせた。
顔のあちこちに赤紫っぽい斑点が付いていて(死斑とかいうやつか)、それでまた吐き気が襲ってきたが、今度はこらえた。
目を閉じさせた後、腕を組ませようとしたが、硬直していたために出来なかった。
「月野さん…成仏してよね……
無理かな…こんな理不尽な殺し合いに巻き込まれて…」
自分の手の中には銃(CZ M75)が握られている。
その銃口からはまだ煙が出ていた。
目の前には稲毛拓也(男子1番)が転がっている。
理由は簡単だ、彼の命を奪ったのは他の誰でもない、自分なのだから――
戎嘉一(男子2番)はCZ M75を下ろし、拓也の死体を見つめた。
腹の傷によって、カッターシャツは赤く染まっていた。
頭の傷からはゆるゆると血が流れている。
「稲毛…ケンカは強かったんだけどね…
こんなにあっさりと死んじゃうんだねぇ…」
嘉一は拓也の傍に落ちていたダガーナイフを拾い上げた。
これが拓也の支給武器だったのだろうか?
とにかく、拓也はそのナイフで嘉一を殺そうとしていた事には変わりはない。
「全く…
太陽を背に襲ったらバレバレじゃないか…
ま、クラス最下位らしいし、仕方ないかな…」
嘉一は決して気配に敏感な方ではないし、反射神経も良くない方だ。
それでも拓也の存在に気付いたのは、拓也が朝日を背に立ったため、影が出来てしまったからだ。
その影に気付き、そちらを向いた時に拓也は丁度ナイフを振り上げていた。
だから、返り討ちにする事が出来たのだ。
とりあえず、嘉一は拓也のズボンに手を突っ込んだ。
紙に触れたのがわかり、それを出した。
真っ白の紙だった。
なんだ、死神じゃないのか…
コイツはオレを殺そうとしたのか…
ただ人数を減らすためだけに…
ふーん、と2,3度頷いた。
「一応同じ考えかな?
ただ僕は君みたいに計画性の欠片も感じられないバカじゃないけどね」
クラスの連中はバカばかりだ。
一緒にいてもつまらない連中ばかりだ。
成績がどうこう、という問題ではない(因みに嘉一は10位前後を彷徨っている)。
存在がバカらしいのだ、つまらないのだ。
だから誰とも喋る事はなかった。
周りから見れば、真面目で根暗だとか思われているだろうが関係ない。
つまらない連中の相手をするほど暇ではないだけだ。
まあ、あんなバカなやつらは生きていても仕方がないだろ?
生き残るべきは…僕だよなぁ?
嘉一は右の方で分けている髪に触れた後、黒渕の眼鏡をクイッと上げた。
そのレンズの奥の目は、殺意に満ちていた。
嘉一が拓也を殺害するところを、誰も見なかったわけではなかった。
実は嘉一から5mほど離れたところに1人の少年がいた。
三木総一郎(男子15番)は今、走ってアパート密集地を抜けようとした。
涙が溢れ、鼻水も垂れていた。
男子で1番小柄で丸っこい総一郎は、転がるように走った。
戎が…戎が稲毛を殺した!
みんなやる気なんだ!!
昨日まで仲が良くても関係ないんだ!!
昨日の友は今日の敵だ!!
総一郎は自分のズボンのベルトに挟んでいたコルトガバメントM45口径を抜いた。
決して使わないだろうと思っていた。
さっきまでは。
しかし、もう誰も信用してはいけない。
何人生き残る事が出来ようが関係ない、信ずる者は己のみ、だ。
親友だった真木頼和(男子14番)も、時々休み時間に一緒に騒いでいた川口優太(男子4番)も信用してはいけない。
嘉一などは論外だ。
目の前で殺人をやってのけたのだから。
一番最初に目を覚ましたのは佐々川多希(女子6番)だった。
あれ…? あたしは確か勉強合宿で……
周りを見て、多希ははっきりと目覚めた。
自分は錆びたパイプ椅子に腰掛け、木製の机に身を任せていた。
明らかに旅館ではない。周りを見ると、誰も起きていなかった。席順は夏休み前の授業時の席順と同じだった。窓際の後ろから2番目、そこが多希の席だった。どうやら、手入れしていない教室らしい。黒板もちゃんとあるが、電気は薄暗いし机は埃が被っている。
「ちょっと……茉有? 茉有ってばぁ……」
後ろの席にいた親友の野尻茉有(女子15番)の肩を揺すった。しかし茉有は目覚めない。茉有の肩を揺らしながら、多希は茉有の首に銀色の何かが付いているのがわかった。
何だこりゃ……悪趣味だなぁ……
しかし、それが周りのクラスメイトにも、そして自分にも付いているのがわかった。存在に気付くと急に鬱陶しい存在になる。
「ふああああ……」
あくびが聞こえ、多希は右を見た。男子委員長の良元礼(男子16番)だ。
「い……委員長……」
多希が声を掛けると、礼は振り向いた。そして、にっと笑った。
「よっす、グッドモーニング。 ……佐々川、今何時だ?」
多希は自分の時計を見た。超人気テレビアニメの『ドラ太郎』というネコ型ロボットの絵がある時計だ。あ、いや、そんなことはどうでもいい。
「えっと……4時前だよ、あ、午前の」
「あ? なんだそら。 ほとんど一日寝てたのか、オレら……」
そうだ、最後の記憶は朝ご飯を食べていた時だ。ちょっと寝すぎかな?頭がぼーっとしてる……おなかもすいた。
そのうち、生徒たちがだんだん起き始め、室内がざわついてきた。
「タッキー、何これ……」
茉有が目を覚ました。何か、だって? 知るかそんなもん。
多希が見回すと、誰とも喋っていない生徒が目についた。
多希の前方、1番前に座る幼馴染の天条野恵(女子12番)が、隣の席に座る彼氏である浜本卓朗(男子11番)やその後ろの月野郁江(女子11番)と喋っているために喋る相手がいない小路幽子(女子7番)、多希の2列横の武田紘乃(女子10番)の1つ後ろ、普段から友達付き合いがほとんど無い戎嘉一(男子2番)、嘉一の2つ横、男子に周りを囲まれている大野迪子(女子3番)、そして廊下側(船海第一中学と同じなら)の1番後ろで腕組をしている稲毛拓也(男子1番)。拓也の口が僅かに笑みの形を作っているような気がした。
稲毛君……何か知ってるのかな?
そう思ったが、詳しく聞くことはなかった。教室前方の扉がガラッと開き、4人の男女が入ってきた。
「さぁ、みんな静かにしろよぉ!」
赤い帽子を被った4人の中で最も背の低い15,6歳頃の男(160ないかもしれない)が叫びながら手を叩いた。すぐに教室内は静まり返った。
「ようし、みんなイイコだな!はじめまして、今日からみんなのトレーナー…いや、担任になったサトルだぜ!よろしくな!ついでに、皆から見て1番右にいるのが、タケル…あ、タケルはお姉さん大好きだから、女の子は注意してね!その横にいる見るからにオテンバそうな気の強そうな女はアスミだ!自称オテンバ人魚らしいけど、絶対ウソ、むしろ魚人…ウソだよ、イテッ!そして、1番左にいるキザなヤツは、オレのライバルのシゲキだ!皆君たちの世話をしてくれるんだ! よろしくな!」
タケルは今から登山にでも行くのかという格好をしている。アスミはヘソ出しにミニのズボン、海の近くに住んでいそうだ。さすが自称人魚。シゲキは普通の紫色のトレーナーを着ている。何なんだ、このアンバランスな組み合わせは。
え? 何、この人たち……何?
多希が声を出そうとしたとき、ガタッと椅子の動く音がした。
「何なんだ、お前らは……何するんだよ?」
それはクラス1騒がしい人間、堀田勝海(男子13番)だった。
草が多い茂っている以外に何もないH=03エリア、その草の間から一人の少女が顔を出した。
クラス内での身長の低さは5本の指に入る。
ほんの少し染めた茶色の髪で2本のみつ編みを結うその少女は、可愛らしい容姿からクラス内、外両方から人気があった。
その少女――武田紘乃(女子10番)は溜息を吐いた。
朝の放送を聞いて涙が出てきた。
昨日まで仲良くしていたクラスメイトたちが死んでいくのはショックだった。
しかも、4人のうち3人が自分と親しかったので尚更――
紘乃は瀬川小夜(女子8番)率いるグループの人たちと仲が良かった。しかし、あまりの大人数で騒ぐのはあまり好きではなかった紘乃は、大抵月野郁江(女子11番)と一緒にいた(グループ争いに巻き込まれたくなかったことも原因だ)。
ああもうあたしの大バカ!
どうして郁ちゃんを待たなかったのよぉ!冗談じゃない、こんな所で1人きりなんて…
紘乃はずっと後悔していた。出発直後は恐怖で頭が混乱していたため、人を待つということができなかった。たった4分待てば郁ちゃんに会えたのに――考えれば考えるほど、悲しくなった。
紘乃は出発後ずっと同じ場所に隠れていた。別に武器が外れだったわけでも、移動がつらいわけでも、恐怖で足が竦んでるわけでもない。
支給された武器はベレッタM8000という自動拳銃だ。説明書を見てもよくわからないが、撃った時の反動が吸収されるため、連続発射時の命中精度が高くなるらしい。しかし、その銃は今はデイパックの中にしまってある。紘乃はバドミントン部員だった(引退したから過去形でいいのよ)。部内では3年12人中3番目に強かったし、それなりに筋力も発達していた。その気になれば銃を手に会場内を歩き回ることも出来るが、それはしなかった。
紘乃にはやる気の欠片もなかった。
確かにこの状況、4人が死んでいる状況は怖かった。しかし、足が竦んで動けないほどではない。クラスの大半の生徒を信用しているから。人殺しをするような人ではない、と。名前を呼ばれた4人は死神に選ばれた人が仕方なく殺してしまったんだと考えることにした。
どのくらいの時間が経っただろうか。
周囲の僅かな葉が擦れる音にも敏感に反応し、常に辺りを見回している。緊張しているために少し疲労している。
疲れた…おなかすいたなぁ…
ガサッ ガサガサガサッ
紘乃の小さな背中がピクッと震えた。
偶然風で葉が擦れた音ではない。そして、その音は徐々に近づいてきていた。誰…誰なの……?
「ひ…紘乃……お前紘乃か?」
声変わりした男子生徒の声。それは自分がクラスの男子の中で最も聞きなれた声だった。紘乃はほっと溜息を吐き、笑顔で振り返った。
「テツ君……」
その少年は岡哲平(男子3番)だった。
最も親しい人物――紘乃の恋人だ。紘乃の左手の薬指にはめられた指輪、これも哲平からのプレゼントだ。
「紘乃…よかった、探してたんだぜ。…横座ってもいいか?」
「あ、いいよ。 どうぞ」
哲平は紘乃の横に腰掛けた。そして、紘乃の肩に手を回した。
「会えてよかった…紘乃チビだから見つからないかと思ってたぜ」
「あ、失礼なっ!」
「ゴメン、ジョーダンだよ。でも無事でよかった…怪我はしてないな?」
紘乃は自分の体重を哲平に預け、小さく頷いた。幸せだった。大好きな人と一緒にいられることが。
「紘乃はさ、これからどうするつもりだったんだ?」
:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/10(水) 01:58:00.99 ID:wSnSqwBi0「最初の人は……君だぜ! 男子12番、平野辰紀君!」
サトル(担当教官)の声に、平野辰紀(男子12番)の体がビクッと震えた。
マジかよ……何でオレ? 40人もいるのに何でオレなわけ?
「平野君、はやくしなさいよ!」
紅一点のアスミ(軍人)が喝を入れたので、辰紀は立ち上がった。
その時に「ひゃい!」という返事も忘れていない。
アスミがフフッと笑った。
「ここのエリアは、最後の人が出てから20分後に禁止エリアになるから、
気をつけろよ!
次の人が出てくるのは2分後だ、見つからないようにな!」
サトルが付け足した。
知るか、んな事は最初に言っとけよ!
ほのぼの系グループの1人と言われる辰紀でさえ、もう堪忍袋の緒が切れていた。
自分のショルダーバッグを担ぎ上げると、デイパックの所へ行った。
そこで1番温厚そうなタケル(軍人)がデイパックを1つ持った。
「今からオレの言う事を3回言って?
『私たちは殺し合いをする』…はい?」
何だ? 何言ってるんだ、コイツ……誰が言うか!
…などと思っていたが、この中で最もクールそうなシゲキ(軍人)が銃を構えたので、やけくそになって叫んだ。
「私たちは殺し合いをする、殺し合いをする、殺し合いをする!
チクショウ!」
「『やらなきゃやられる』……はい?」
「やらなきゃやられる、やらなきゃやられる、やらなきゃらられる!
クソ!」
「はい、よくできました。 最後噛んでたけどな。 舌回ってないぞ?」
デイパックを受け取ると、辰紀は走って部屋から出て行った。
「2分後、天条野恵さんの出発だぜ!」
試合開始 7月24日午前4時22分――
辰紀は外に出た。右側には木が茂っている。放っとかれたせいだろう。四方八方にツルも蔓延っている。
「チクショウ、何でこんな目に合わないといけないんだよ…」
とりあえず植物の中に隠れた。当然、殺し合いなんかには乗らない。だから、仲間を探そうと考えた。しかし運の悪いことに、親友の神田輪(男子5番)・関克哉(男子8番)・浜本卓朗(男子11番)、全員当分出てこない。そういえば、武器っていうのが入ってるんだっけ……何だろ?デイパックを開き、中を漁った。ペットボトル、不味そうなパン、地図、懐中電灯…ん?何か丸いものが……それが何か、すぐにわかった。自分が見慣れているもの…サッカーボールだった。はぁ!? ふざけんな! そりゃオレはサッカー部だよ! でもこれが武器? 武器じゃないっしょ、これは!しかし、捨てるのも勿体無いので、それの上に腰掛けてみた。チクショウ、椅子じゃないって!
「両手を挙げて?」
不意に後ろから声を掛けられた。同時に、後頭部に何かが押し付けられた。え? もしかしてオレって早速やばい!?
「ちちちち違う! オレやる気じゃないし!つーか武器サッカーボールだし! 命だけはぁ!」
全く、なんて情けない姿だ。しかし、手を挙げて必死に命乞いした。こんな所で出てすぐ殺されるなんて最悪だ。
「さ…サッカーボール? それって武器?」
聞き覚えのある声だった。それなりに交流のあった少女の声だった。
「て…天条?」
「ん?何?」
少女…天条野恵(女子12番)が、いつもと変わらない調子で訊き返してきた。
辰紀は脱力した。
「オレの頭に押し付けてるの…何?」
「ん? あぁ、ゴメンね、タツキ君。これ、あたしの支給されたヤツ。 君のと同レベルかもね」
辰紀が振り返ると、野恵が右手に携帯電話を持って微笑んでいた。どうやら頭に押し付けていたのはアンテナ部分だったようだ。
「け…ケータイ?」
「うん。 最悪だね、あの政府…武器って言うから銃とかナイフとか想像してたのにね」
嫌だ!オレはまだ死なないんだ!
死なない、死にたくない!!
西田大輔(男子10番)は逃げた。
必死に走った。
「ちくしょう、待ちやがれ!ブッ殺してやる!!」
後ろからはケンカが強いことで有名な不良、西川東(男子9番)が追いかけてくる。
何でだよ、どうしてオレを追いかけてくるんだよぉ!!
オレが何をしたんだ!?
ちくしょう、だから不良は嫌なんだよぉ!!
先ほど良元礼(男子16番)が若狭恵麻(女子22番)らを襲った銃声は教室で聞いた。
バババッ
「ヒッ」と前の席の瀧野槙子(女子9番)が小さく声を洩らした。
「あ、みんな早速バトルしてるな!」
サトルがニカッと笑いながら言った。
何度か銃声が聞こえた後、それは静まった。
その銃声は大輔を怯えさせるには十分だった。
出発後大輔は丁度東から10mほど離れた場所で息を潜めていた。
嫌だ、何でオレがこんな目に遭わなきゃならないんだよぉ!
オレはまだ死にたくない!生きたいのに!死にたくないよぉ!!
誰か助けて助けて助けて!!誰かぁ!!
とりあえず、誰もいなさそうな民家か何かに入って落ち着こう、そう考えて大輔は四つん這いのまま移動を始めた。
ガサッ
「うわああああ!」
大輔は思わず大声を出してしまった。
目の前にいたのが、果物ナイフを持った西川東だったので。
ヤバイ!殺されちゃう殺される殺される!!
「嫌だ嫌だ嫌だあああ!!」
「待てよ」
大輔は必死に逃げようとしたが、東にカッターシャツを掴まれて身動きが取れなくなってしまった。
「ひぃぃ!」
嫌だ!あのナイフで斬る気なんだ!
首とかザクッとやっちゃう気なんだ!
嫌だ嫌だ!!
「助けて…死にたくないぃ!!」
「うるっせぇな。黙れ!」
頬を殴られた。
「痛いっ痛いいいい!!」
そうか、リンチか!ちくしょう、オレをリンチしてから[ピーーー]気なんだな!?ちくしょう、[ピーーー]なら一気に殺せ…って死にたくないんだって!嫌だ!こんな所で死んでたまるかぁ!!大輔はデイパックを振り回した。それが東の頭に当たり、ガンッという音を立てた。東の手が離れた。やった!まだ死なない!何が入ってるんだ、このデイパック…そういえば、まだ武器の確認してなかったなぁ…
電子音の間隔が、もう殆どなくなっている。
咲良は撫子の腕にしがみついた。
撫子は咲良を護るように立っていたが、その身体は震えていた。
瑠衣斗は2人から離れた所でその様子を見ていたが、眉を顰め、目を伏せた。
「いやっ、死にたくない、死にたくないのにぃいぃっぃいぃぃッ!!!」
「助けてよ、誰か、誰かああぁぁぁぁぁぁあぁぁっぁッ!!!」
短音が繋がったロングトーンの電子音と、2人の悲鳴が響き渡った。
電子音が鳴り止んだ刹那、くぐもった爆発音が鳴った。
咲良たちの眼前の3か所で、紅い噴水が噴き上がった。
静寂の中、液体が地面に落ちる音だけが耳朶を打つ。
呆然と鮮血の舞う光景を見つめていた咲良と撫子の足元に、ころころと何かが転がってきた――その大部分が紅く汚れた、恒祐の、頭部だ。
『咲良は、お祖父ちゃんの“葉鳥神道流”が嫌いかな?』
『うん、さくら、ピアノしたりおえかきしたりする方が好き。
だって、たたいたりけったりしたら、された人がいたいでしょ?』
『そうかそうか…それでいい。
咲良、お前は人の痛みをわかってあげられる優しい子でありなさい。
そして――』
「咲良さん…傷…痛みますか…?」
ぼそぼそと低く小さな声で池ノ坊奨(男子四番)が気遣わし気に聞いてきたので、上野原咲良(女子二番)は顔を上げ、できるだけいつもと変わらない笑顔を浮かべられるように表情筋を動かし、奨の小さく鋭い目を見つめた。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう、奨くん」
腕の傷はずきずきと痛み、あまりの痛みに頭痛までしてきた。
しかし、これ以上心配を掛けるわけにはいかない。
ただでさえ教室を出発した時には奨に支えてもらわなければ立ち上がることすらできない状態だったし、今は真壁瑠衣斗(男子十六番)と高須撫子(女子十番)が咲良の腕の怪我を処置し直すために、少し離れた場所にある診療所に必要な物を取りに行ってくれている。
こんなにも皆に迷惑を掛けてしまっていることが本当に情けない。
木戸健太(男子六番)がいない。
城ヶ崎麗(男子十番)がいない。
そのことがこんなにも響くなんて。
本当に心から愛しくてたまらない恋人の健太。
少しぶっきらぼうなところはあるけれど優しくて、とても真っ直ぐで熱くて目標のための努力を惜しまない、男らしくてかっこいい人。
初等部時代のとある出来事の際に初めて健太と出会ったのだが、曲ったことが許せない正義感の強さとどんなことにも怯まない勇ましさに、一目で惹かれた。
まさか中等部に上がって、健太が帝東学院に入学してくるとは思っていなかった。
再会できたことが嬉しくて、健太も咲良のことを覚えていて声を掛けてくれたことが嬉しくて、咲良と同じように健太も自分のことを想ってくれていたということを告げられた時はそのまま昇天してしまいそうな程だった。
毎日話をして、休日は健太はテニス部の活動があるのでそこに顔を出して、たまに休みになると一緒に出かけて(2人で並ぶと咲良の方が背が高い。咲良はそれが少し嫌だった。もっと小柄に生まれたかった。咲良の身長は168cmと女子平均を遥かに上回り、クラスでは荻野千世(女子三番)に次いで背が高い)――些細なことがとても幸せで、このままこの幸せが続いていけばいい、そう願っていたのに。
心臓が止まってしまいそうだった。
もしも健太や麗、朝比奈紗羅(女子一番)や鳴神もみじ(女子十二番)に万が一のことがあったとしたら――すぐに駆けつけたいのに、その場を動くことが許されず、気が気ではないまま1時間半も経ってしまった。
無事であることをただ祈るしかなかった。
どうして、プログラムに選ばれてしまったのだろう。
どうして、プログラムなどというものが存在するのだろう。
クラスメイトが傷付け合うことを大人たちが強制するなんて、おかしすぎる。
田中顕昌(男子十一番)だって、横山圭(男子十八番)だって、死ななければならない理由なんて何一つなかったのに――いや、誰にだって死ななければならない理由なんかあるはずがない。
咲良は自分の隣に転がっている特殊警棒に目を向けた。
デイパックの中に入っていた物だ。
咲良の祖父が師範をしており咲良も幼い頃から鍛錬を積んできている“葉鳥神道流”は総合武術のため、素手での格闘だけでなく剣や薙刀などの道具を使ったものもあり、棒を使用しての格闘も当然身に付けてはいるのだが、それをクラスメイトに使えるかというと話は別だ。
人の痛ましい様を見るのは大嫌いだ。
本当は、格闘技や武道も好きではない。
祖父が師範をしていなければ、絶対に縁を持つことはなった。
試合も好きではないのに、戦闘だなんて、絶対に嫌だ。
「あたしも、奨くんみたいなのがよかったな…
武器なんて、欲しくなかった…」
「……これは……多分……」
「うん、政府の人たちにしてみたら“ハズレ”…なんだろうね。
でも…優しくて温かい奨くんらしい気はする。
これって、ロイヤルゴペンハーゲンでしょう?
あの人たち、センスは良いと思うな」
そんな雅哉がもう家に帰って来ないかもしれないという事実に、あの家族が心の底から悲しむはずなどないのだ、むしろ帰って来なければ良いと思っているだろう。
それならば、とっととこんな人生を終わらせてしまえばいい。
生まれ変わって新しい人生を謳歌する方がよっぽど良い。
これだけうだうだと考えるのなら自殺でもすればいいのだが、ところがどっこい雅哉に支給された物は扇子だった。
扇子自殺、だなんて聞いたことがない。
こんな物ではどうすることもできないので、今ものうのうと生きている。
そしてもう1つ、死に踏み切れない理由があった。
その理由は、眼前にある。
「…芥川くん…?
どうしたの、ぼーっとしてるけど…あ…体調良くない…?」
向かいで膝を抱えて座っている奈良橋智子(女子十一番)が、泣き腫らした赤い目を雅哉に向け、心配そうに眉をハの字に下げていた。
「…内緒、言ったらトモまた泣くから」
「……良い話…のわけ…ないよね……こんな…プログラム…の中だし…」
智子はじわりと目に浮かんだ涙を指で拭い、小さく笑った。
無理して笑うことないのに。
どうせ雅哉に気遣って笑顔を浮かべたのだろうけれど、かえってこちらが気を遣ってしまうので困る。
智子は3年A組の副委員長だ。
ただしこれは智子が立候補して役職に就いたのではなく、新学期の始めの委員会を決めるホームルームの時に、星崎かれんや湯浅季莉(女子二十番)が「奈良橋さんがいいと思いまーす」という推薦という名の押し付けを行い、智子はそれを断ることができなかったので任命されることになったものだ。
押し付けられてもきっちりと仕事をこなす辺り、智子は根っから真面目なのだと思う――つまり、雅哉とは真逆の人間だ。
共通している点といえば、お互い友人と呼べる存在がいないことくらいだろうか。雅哉は自分で自分の評価を落として周りが寄って来なかったし友人を必要とすることもなかったからなのだが、智子は見る限りでは、人見知りがあまりにも激しくてなかなか人に声を掛けられず、特にA組の女子には気の強い者が多いので、誰とも関係を築くことができなかったのだろう。
そんな智子こそが、雅哉の命をも握るチームリーダーだ。
智子が自らの腕のリーダーの印を見た時の錯乱の仕方は凄まじかった。
普段は物静かな智子が、「わたしなんかがみんなの命を背負うなんてできるはずがない、誰かわたしを殺して!!」と、珍しく感情を爆発させ泣き喚いていた。
メンバー全員で動きを抑えて宥めて、ようやく大人しくなった。
今も時々泣いているのは、その重圧に耐えかねてのことだろう。
残りの2人は現在近くの探索に出ているので、留守を預かる雅哉が智子の様子をしっかりと窺っておくことを頼まれた。
雅哉自身はそこまで生に執着がないのだが、この場にいない2人が智子の死によって突然首輪が爆発するというのは流石に気の毒だし、それ以上に、何となく、智子には死んでほしくないような気がしているのだ。
多分、自分のことを見てくれる唯一の存在だから、という理由で。
「トモ」
「…何、どうしたの…?」
声を掛けると、絶対にこちらを向いてくれる。
家族にすら無視されることの多かった雅哉にとって、それがどれだけ希少なことか。
「…んーん、別に。
トモは可愛いなーって、見てただけ」
「やだ…こんな時に冗談とか言わないでよ…」
ふいっと顔を逸らされた。
でも耳まで真っ赤になっているところが、本当に可愛いと思う、ウブだなって。
その耳に触れたらもっと赤くなるのだろうか、見てみたい――雅哉は身を乗り出して四つん這いで智子に歩み寄り、手を伸ばした。
後頭部に、鈍痛。
上部からの圧力を受け、雅哉は地面に顔面をぶつけた。
余談だが、早稀のことも口説いたことがあるのだが、「軽い男とかサイテー」と一蹴された上に、顔面にパンチを喰らった。
一時期喧嘩に明け暮れていたらしい、という噂のことを忘れていたので完全に油断していたために、左頬に出来た痣は暫く消えなかった。
「…何も変わったことはなかったか、芥川」
「特に何も。
そっちこそさ、2人きりで何してたんだか――いてっ」
「ただの探索だっての、お前が期待してそうなことは何もねーよ」
雅哉の脳天にチョップを喰らわせた後横にどさっと腰を下ろしたのは、早稀と現在付き合っているという日比野迅(男子十五番)。
独りでふらふらしている雅哉とは違い、クラスの中心で盛り上がるグループの一員。
180cmという身長と抜群の運動神経を活かしてバスケットボール部で活躍するスポーツマン、つまり雅哉とは真逆の人間だ。
「早稀ー、奈良橋も、集合」
迅は女子2人を呼び、4人は小さな輪になって座った。
「とりあえず俺と早稀で南の住宅地に行って、食糧と救急道具持ってきた。
飯は缶詰と菓子くらいしか見つからなかったけど、ないよりマシだろ。
早稀ー、良い子だから、菓子全部食うなよ?」
「食べないよっ、全部はっ!」
早稀がぷうっと頬を膨らませると、隣で智子が小さく笑った。
迅もふっと笑みを零したが、すぐに真顔に戻った。
誰だ、あたしを撃ったのは!
水田早稀(女子十七番)の左肩に激痛が走った。
芥川雅哉(男子二番)の叫び声、奈良橋智子(女子十二番)の悲鳴、日比野迅(十五番)に抱き起こされた感覚――全てが自分から遠いもののように感じる程に、早稀の中では怒りの感情が迸っていた。
「こ…の…ッ!!」
あたしに喧嘩売ろうってか、ざけんな、百万年早いんだよッ!!
早稀は昔から騒ぐのが大好きなサバサバとした性格で、家では忙しい両親の代わりに2人の弟の世話をする面倒見の良さもある、今でこそ見た目は少々派手だが恋愛話が大好きなイマドキの女の子だ。
しかし、中等部に入って間もない頃から、喧嘩に明け暮れるようになった。
正確に言うと、喧嘩を売られるようになったのだ。
中等部に入学してからお洒落をするということに目覚めて、髪を赤みのある茶色に染め、派手な色のパーカーを着、スカートの裾を切って短くし、とにかく派手に自分を飾り、人の集まる場所に繰り出すようになった。
特にゲームをやるのも見るのも好きで、ゲームセンターに入り浸っていた。
目立つ容姿に加え名門校の制服に身を包んだ小柄な早稀は、ゲームをし過ぎて小遣いが足りなくなった連中にとっての恰好の獲物だった。
幾度となく裏路地に連れて行かれ、金をせびられた。
当時から気の強かった早稀は必死に抵抗し、時には蹴り、時にはパンチをかまし、時にはその辺に落ちている武器になりそうなもので殴り、1円たりとも渡すことはなかった(当たり前でしょ、あたしのお金は、あたしがお菓子買うためのものよ)。
しかし、一度早稀を脅した連中は仕返しと称して何度も早稀を襲い、早稀は抵抗しているうちに徐々に喧嘩の経験値を積んでいった。
次第に先手必勝という言葉の影響を受け、自分から喧嘩を売るようにもなった。
全身痣だらけになり、学校では恐れられて徐々に周りから距離を置かれた。
今では生活が落ち着き、迅に出会ってからは迅に相応しい女の子になろうと喧嘩をやめ、女の子らしく振舞おうとしてきた。
してきたのだけれど。
怒りの感情に支配された早稀は迅の腕を振り解き、襲撃者がいるであろう方向へ突っ込んでいった。
木と木の間を抜け――人影を確認した。
がぅん、と銃声が響いたが、今回は早稀の髪を数本引き千切っただけに終わり、早稀は怯むことなくその人影に突っ込み、襟首を掴み、押し倒して馬乗りになった。
「あたしのこと狙いやがったな、えぇっ!?
その顔面原型なくなるまでブン殴ってやろ……え…?」
すーっと、血の気が引いていくのが自分でもわかった。
早稀が押し倒した人物の正体に、ようやく気付いたのだ。
「…早稀、柄悪っ」
女子にしては低めで抑揚の少ない声が、早稀の名を呼んだ。
襟足を伸ばした特徴的な黒髪、両耳に光る数多くのピアス、鋭い目の中性的な顔立ち――早稀の親しくしている友人の1人、財前永佳(女子六番)がそこにいた。
「ひ…さか……
……そう、アンタがあたしらを襲って…あたしに怪我させたんだ?」
身体が弱いので、今のように長時間外にいて不規則な生活をすれば恐らくすぐに熱を出すだろうし、例えば誰かに襲われたとしても走ることができるのは僅かな距離で、それ以上は身体がもたない。
なんという足手まとい、我ながら笑える弱さ。
こんな自分と同じチームだなんて、皆超ハズレくじ引かされたんだな、カワイソウ。
「…やっだ、そういうことは早く言ってくんなきゃ!!」
早稀が叫んだ。
迅も早稀も呆れたことだろう。
智子はリーダーだからたとえ足を引っ張っても護るだろうけれど、ただのメンバーで嫌われ者で病弱な雅哉のことなど見捨てるに決まっている。
家族ですら見捨てたのだから、関わりの薄いクラスメイトなら尚更だ。
見捨てるなら見捨てればいい、慣れてる、そんなの。
しかし、早稀の言葉は雅哉の予想とは違うものだった。
「ってことは、万一の時は、智子とマサを先に逃がすって方向でいいのかな、迅」
「…だな。
俺と早稀で時間を稼ぐから、無理しない速さで逃げてもらうって感じだな。
言うだけなら簡単なんだけどなー。
あ、薬は絶対落とすなよ、芥川」
雅哉は目をぱちくりとさせた。
迅も早稀も、雅哉を見捨てるという選択肢は端からないような口調で、当たり前のように雅哉をも護ろうとしている。
命懸けの状況で、“時間を稼ぐ”だなんて下手をすれば自殺行為になるというのに、この2人はどうしてそれを当然のように口に出来るのだろう。
「…あ、智子が『私物持って行ってもいい?』ってイケメンおっちゃんに訊いたでしょ。
あれって、もしかして…マサの薬のこと?」
早稀の質問に、智子が小さく頷いた。
まあこれはわかっていた。
智子は教室でのルール説明の後、イケメンおっちゃんことライド(担当教官)に私物を持って行ってもいいかということを質問し、その後に一瞬目が合ったのだ。
智子は以前たまたま雅哉が薬を服用しているところを目撃し、それ以来校外学習や泊りがけの学校行事など、イベントの際にはいつも雅哉の身体を気遣い声を掛けてきていた(今回の修学旅行でも、サービスエリアでの昼休憩の時間には『薬忘れてない?』と声を掛けてきた)。
智子がプログラム対象クラスに選ばれたという状況ですら雅哉の体を気遣ってくれたことは嬉しくて、皆が引き攣った顔をしていたというのに思わずにやけてしまった。
「よし、マサ、あたしと迅はアンタと智子を護るから!
だからアンタは、智子をしっかりしっかり、しーっかり護ること!!
男らしく、姫を護る王子になんなきゃね!!」
何故か早稀のテンションが急に上がり、雅哉は顔をしかめた。
智子の方を見ると目が合ったのだが、姫と王子という早稀の喩えに反応したのか智子は頬を僅かにピンクに染めてふいっと顔を逸らした。
ほーんと、ウブだね、トモは。
俺?別に、ただの喩えだし。
迅と早稀は恋人同士で仲が良いのは当然として、クラス内では友人がおらず浮いた存在だった雅哉と智子も巻き込んで、チームとしては良い雰囲気なのかもしれない。
智子も発言は少ないが落ち着いてきているようだったし、雅哉も皆が自分の身体を気遣ってくれるという慣れないこの状況がむず痒いけれども心地良かった。
だからこそ、油断をしていたのだ。
というよりも何よりも、早稀の声が大きかったと思うのだけれど。
突如、銃声が響いたのだ。
智子と早稀が悲鳴を上げ、その場に蹲った。
雅哉と迅は辺りを見回し、迅の後ろの木の幹に、先程までなかった窪みを確認した。
この状況が示していることはただ1つ、何者かに狙われているという事実。
「ちっ…万一がもう来たのかよっ!!
さっき言った通りだ、奈良橋、芥川、行けッ!!」
迅が顔をしかめて舌打ちをし、支給武器である全長10cm程度の小型自動拳銃、NAA ガーディアンを大きな右手に握り締めて構えた。
刹那、再び銃声が響き、雅哉の眼前にいて身体を起こしていた早稀が、何かに弾かれたように後ろに仰け反り、倒れた。
「早稀ちゃん!?」
「いやああ!! 水田さん…ッ!!」
「早稀っ!?」
雅哉と智子の声に恋人に起きた異常事態を知った迅が駆け寄り、その身体を抱き寄せて起こした。
鉛弾が早稀の左肩を貫通していたようで、左肩を抑えている早稀の小さくややぷくぷくとした手は真っ赤に染まっていた。
「こ…の…ッ!!」
苦痛と憎悪に顔を歪め、早稀は唸った。
怒りに燃えた瞳に、いつも飄々としている雅哉ですら、思わず怯んだ。
迅に目を向けると、迅の早稀を見つめるその表情が、少し悲しげに見えた。
「日比野…」
「…大丈夫、早稀は大丈夫だから。
だから、早く行け、芥川。
絶対全員生きて合流するぞ、だから、奈良橋を頼む。
…ッ!! 早稀ッ!!」
迅の腕の中にいた早稀が身を捩って腕を振り払い、襲撃者のいるであろう方向へと飛び掛かった。
迅は舌打ちをし、「行け!!」ともう一度叫ぶと、早稀を追っていった。
早稀の後頭部に何かが押し付けられた。
髪を通してチリチリと熱さを感じる、硬い何か――早稀はごくりと唾を飲み込んだ。
あくまで永佳からは目を逸らさなかったのだが、全神経が後頭部に集まっているかのような感覚だ。
「…へぇ…じゃあ、あたしにボコられるのは、アンタなわけ?
言っとくけどさ、イケメンだろうが容赦しないよ…ヒデ」
心地良いテノールボイスの主、春川英隆(男子十四番)こそが、現在早稀の後頭部に銃口を押し付けている犯人だ。
強気なことを口にしてみるものの、早稀の口の中は急激にからからに乾き、汗が頬を伝い、少し油断すれば泣いてしまうのではないかという程に、怖い。
次の瞬間にでも英隆がトリガーを引けば、そこで早稀の人生は終わるのだから。
「早稀から離れろ…ヒデッ!!」
「…迅」
早稀を追ってきた迅が目の前の光景に顔を歪ませながらも、NAAガーディアンの銃口を英隆に向けた。
英隆は先程まで早稀に突き付けていたベレッタM92Fを迅へ向けた。
迅の名を呼んだその声は、僅かに震えていた。
「ちょっとヒデ…迅に傷1つでも付けてみな、顔面ボコじゃ済ませないんだから」
「水田さんこそ、財前から離れなさい」
「とか言って、早稀が財前から離れたら、早稀を撃つ気じゃねぇだろうな?」
互いが互いの様子を窺いながら、動けずにいる。
押し倒した時に銃を手離しているのだが、永佳がいつそれを取りに行くかわからないので警戒を解けない早稀。
男子1番 相葉優人
(あいば・ゆうと) 女子1番 朝比奈紗羅
(あさひな・さら)
男子2番 芥川雅哉
(あくたがわ・まさや) 女子2番 上野原咲良
(うえのはら・さくら)
男子3番 雨宮悠希
(あまみや・ゆうき) 女子3番 荻野千世
(おぎの・ちせ)
男子4番 池ノ坊奨
(いけのぼう・しょう) 女子4番 如月梨杏
(きさらぎ・りあん)
男子5番 川原龍輝
(かわはら・りゅうき) 女子5番 小石川葉瑠
(こいしかわ・はる)
男子6番 木戸健太
(きど・けんた) 女子6番 財前永佳
(ざいぜん・ひさか)
男子7番 榊原賢吾
(さかきばら・けんご) 女子7番 佐伯華那
(さえき・かな)
男子8番 宍貝雄大
(ししがい・ゆうた) 女子8番 阪本遼子
(さかもと・りょうこ)
男子9番 松栄錬
(しょうえい・れん) 女子9番 鷹城雪美
(たかしろ・ゆきみ)
男子10番 城ヶ崎麗
(じょうがさき・れい) 女子10番 高須撫子
(たかす・なでしこ)
男子11番 田中顕昌
(たなか・あきまさ) 女子11番 奈良橋智子
(ならはし・ともこ)
男子12番 内藤恒祐
(ないとう・こうゆう) 女子12番 鳴神もみじ
(なるかみ・もみじ)
男子13番 原裕一郎
(はら・ゆういちろう) 女子13番 蓮井未久
(はすい・みく)
男子14番 春川英隆
(はるかわ・ひでたか) 女子14番 平野南海
(ひらの・みなみ)
男子15番 日比野迅
(ひびの・じん) 女子15番 広瀬邑子
(ひろせ・ゆうこ)
男子16番 真壁瑠衣斗
(まかべ・るいと) 女子16番 星崎かれん
(ほしざき・かれん)
男子17番 望月卓也
(もちづき・たくや) 女子17番 水田早稀
(みずた・さき)
男子18番 横山圭
(よこやま・けい) 女子18番 室町古都美
(むろまち・ことみ)
男子19番 芳野利央
(よしの・りお) 女子19番 山本真子
(やまもと・まこ)
男子20番 林崎洋海
(りんざき・ひろみ) 女子20番 湯浅季莉
(ゆあさ・きり)
E=04エリアの御神島小中学校は現在行われているプログラムの本部となっており、未だに田中顕昌(男子十一番)の亡骸が転がったままの6年生教室の隣の多目的教室は普通の教室の倍程の広さがあるのだが、今は多数のモニターや機材が運び込まれているためにそう広さを感じない。
「おー、怖い怖い」
つい先程まで動きのあった3班と6班のメンバーの盗聴(生徒たちがはめている首輪には盗聴機能が付いており、これで行動の詳細を知ることができる。もちろん、不穏な発言をする者を警戒することも可能だ)をスピーカーで聞いていたライド(担当教官)は、彼らの会話の内容を聞いた感想をそう表し、肩を竦めた。
「雨宮君、川原君、佐伯さん、山本さん退場…3班は全滅かぁ。
結構良いチームやってんけどなぁ、相手が悪かったな」
シン(軍人)がソファーに腰掛けて生徒資料をチェックしながら呟き、死亡が確認された雨宮悠希(男子三番)・川原龍輝(男子五番)・佐伯華那(女子七番)・山本真子(女子十九番)の資料をバインダーから抜き、報告書の作成の準備を始めていた。
向かいに座っていたアキヒロ(軍人)が、シンの抜いた資料を手に取り、「ふーん」と鼻を鳴らして眺めた。
アキヒロの手からライドはそれを取り、アキヒロの隣に腰掛けた。
「確かにバランスは良かったな。
佐伯さんの頭脳は勉強の面以外でもええ感じやし、雨宮君もおるし。
運動面なら万能な川原君と、サッカー推薦の雨宮君、山本さんも中々やしな」
「ま、武器が最悪だったね」
アキヒロが溜息混じりに呟くと、モニター前に座る軍人たちに指示をしていたエツヤ(軍人)の背中に向けて、声を掛けた。
「エツ君、もうちょっとバランス良い武器の渡し方できなかったの?
いくらなんでも3班の武器は気の毒だよ」
「え、俺!?
そんなん、俺のせいちゃうよ、別に中身確認して渡してへんやんか!」
エツヤは振り返りながら言葉を返すと、唇を尖らせながらライドたちの方に来ると、シンの隣にどかっと腰掛けた。
「エツくじ運悪いもんなぁ、でも自分のくじ運の悪さに子どもを巻き込んだらあかんわ」というシンの言葉に「それ関係あらへん!」と声を荒げて言い返すと、ライドの前に広げられた資料に視線を落とした。
「…まあ、確かになぁ…悪かったなぁ…俺のせいちゃうけど。
…あ、この子、川原…やっけ、ガンプラ当てたん!
確か作ったんやんなぁ、いっやーこの子マジ熱いな!
死んだのが惜しすぎるわ、ガンニョムについて語ってみたかったわぁ。
でもエキュシアな、エキュシアもえぇねんけどな、やっぱ赤ザキュよな!
赤い彗星ジャアの…あ、でもギュフもえぇよな、ザキュとは違うんだよザキュとは!
なんせ3倍の――」
「エツ、エーツ」
シンにファイルでぱこっと頭を叩かれ、エツヤは機動戦士ガンニョムについての熱いトークを中断し、またも唇を尖らせてシンを睥睨した。
「睨まんといてぇや、今仕事中やねんからガンニョムの話は後。
ほんまエツは昔っからガンニョム好きやもんな。
ジャア好きすぎて、ずっと赤いTシャツ着てたもんな、エツのおかん呆れてたわ。
『ジャア専用Tシャツやー』言うてはしゃいでなぁ…
そうそう、シャツだけやなくて、確かランドセルも――」
「わああ、もう、シンちゃん今その話いらんっ!!
もうせぇへんから、ガンニョムの話!!」
慌ててシンの口を押さえるエツヤの様子に、ライドはくくっと笑った。
アキヒロも溜息を吐いているものの、唇の端がくいっと上がっていた。
ライドとシン・エツヤとの出会いは専守防衛軍の養成学校に入って1年程経った頃だったのだが、シンとエツヤは幼馴染ということでいつもじゃれていた。
エツヤはライドやシンの1つ年下だというのにしょっちゅうシンのところに遊びに来るほどシンに懐いていたし、シンは昔からの付き合いの後輩ということでエツヤには少し厳しい面もあるのだが大切にしているのは見ていてすぐにわかった。
誰か1人が飛び抜けた才能がある、もしくは強烈なリーダーシップを持っているというわけではないが、全体のステータスを見ればバランスの取れた班がこの4つだ。
1班の相葉優人(男子一番)と小石川葉瑠(女子五番)、3班の雨宮悠希と川原龍輝または龍輝と佐伯華那、7班の阪本遼子(女子八番)と蓮井未久(女子十三番)、9班の原裕一郎(男子十三番)と横山圭(男子十九番)または圭と平野南海(女子十四番)のように、普段から仲の良い生徒を同じ班にして、そこを中心にまとまることができるように配慮もした。
結果として、方向性はそれぞれあれど、全ての班で中心になるように配した生徒たちが班をまとめてくれたと思う。
9班の室町古都美(女子十八番)による内乱は完全に予想外だったが、良いデータが取れたということでこれも良しとする。
1班は宍貝雄大(男子八番)が、3班は全員が、7班は顕昌が、9班は圭が既に退場しているので(尤も、顕昌の退場はアキヒロが彼を射殺したからなのでプログラムの進行とは無関係だが)、人数が欠けた班がどのように動いていくのかはこれからも注目しておかなければならない。
偶然か必然か、今残っている班の中でメンバーが欠けているのはバランス型とした1班・7班・9班のみなので、これもデータとして残しておく必要があるだろう。
1 ○ 榊原健吾(男子7番)
鷹城雪美(女子9番) v.s. 池ノ坊奨(男子4番) ×
真壁瑠衣斗(男子16番)
上野原咲良(女子2番)
(5/31 2:48p.m. 池ノ坊奨 退場)
2 △ 高須撫子(女子10番) v.s. 松栄錬(男子9番) △
湯浅季莉(女子20番)
(高須撫子 逃走)
3 ○ 相葉優人(男子1番) v.s. 荻野千世(女子3番) ×
(5/31 4:19p.m. 荻野千世 退場)
第一班リーダー変更:荻野千世→相葉優人
4 △ 相葉優人(男子1番)
小石川葉瑠(女子5番) v.s. 春川英隆(男子14番) △
望月卓也(男子17番)
財前永佳(女子6番)
広瀬邑子(女子15番)
(相葉優人・小石川葉瑠 逃走)
チーム編成
1班 男子一番・相葉優人 男子八番・宍貝雄大 女子三番・荻野千世 女子五番・小石川葉瑠
2班 男子二番・芥川雅哉 男子十五番・日比野迅 女子十一番・奈良橋智子 女子十七番・水田早稀
3班 男子三番・雨宮悠希 男子五番・川原龍輝 女子七番・佐伯華那 女子十九番・山本真子
4班 男子四番・池ノ坊奨 男子十六番・真壁瑠衣斗 女子二番・上野原咲良 女子十番・高須撫子
5班 男子六番・木戸健太 男子十番・城ヶ崎麗 女子一番・朝比奈紗羅 女子十二番・鳴神もみじ
6班 男子七番・榊原賢吾 男子九番・松栄錬 女子九番・鷹城雪美 女子二十番・湯浅季莉
7班 男子十一番・田中顕昌 男子十九番・芳野利央 女子八番・阪本遼子 女子十三番・蓮井未久
8班 男子十二番・内藤恒祐 男子二十番・林崎洋海 女子四番・如月梨杏 女子十六番・星崎かれん
9班 男子十三番・原裕一郎 男子十八番・横山圭 女子十四番・平野南海 女子十八番・室町古都美10班 男子十四番・春川英隆 男子十七番・望月卓也 女子六番・財前永佳 女子十五番・広瀬邑子
あの班はチームワークの欠片もない感じやったよなぁ」
シンの苦笑しながらのコメントに、ライドは頷いた。
「うん、8班の内藤・林崎・如月・星崎班は、自己中そうなメンバーで固めてん。
まあ、内藤君は担任の塚村センセの資料で見たよりは仲間想いやったけど。
どうなるかなー思ったけど、やっぱチームワークって大事やな。
まあ、あれはあれで良いデータになったわ」
最初に全滅することになった8班。
やはりチーム戦においてはチームワークは必須なのだろう。
上辺だけで繋がっていたこの班がもしももっと協力して戦うことができていたなら、全滅は避けることができたかもしれない。
まあ、これが1回目の事例なので今後のプログラムでもデータを取らなければ一概には言えないのだけれど、今回に限って言えば、戦闘におけるチームワークの大切さを彼らは身をもって教えてくれた。
「なあライド、2班は?
俺、あの班が一番謎やねんけど。
いやまあ日比野君と水田さんはともかくとして、後の2人が。
バランス型かなぁとも思ったけど、ちょっと頭弱いし、この班。
運動も芥川君と奈良橋さんが足引っ張るし…ステータスとしては悪いやろ、これ」
エツヤはライドがノートパソコンを自分の前に置くスペースを確保するために他の場所に散らかした資料を集めながら(几帳面なエツヤらしい行動だ)訊いた。
「2班の芥川・日比野・奈良橋・水田班は、そういうのちゃうねん。
クラスで孤立してる芥川君と奈良橋さんやねんけど、塚村センセの話やと、どうも
2人は孤立はしてるけど互いを気にしてる節があるみたいってことやって。
芥川君は病気のコンプレックスが酷い、奈良橋さんはいじめられっ子…
あんま生きようって意思見せなさそうな2人やけど、一緒にしたらどうかなぁってさ。
人の心の成長…っての? そういうの見られへんかなぁって思ってん。
そのきっかけを作ってくれそうかなって思ったんが、水田さんみたいに人の関係に
興味津津な子かなって思ってくっつけてみてん」
他の班の襲撃に遭って今は別行動をしているが、気遣い上手な日比野迅(男子十五番)と意外に面倒見の良い水田早稀(女子十七番)が一緒にいたことによって、盗聴を聞いた限りでは自身がリーダーであることに絶望していた奈良橋智子(女子十一番)も自身の命に対して投げやりになっていた芥川雅哉(男子二番)も、今は生きて迅と早稀と再会しようとしているようだ。
「よう言うわ、アッキーってば朝比奈さんに銃向けてたくせに。
4班の池ノ坊・真壁・上野原・高須班と5班の木戸・城ヶ崎・朝比奈・鳴神班。
これは結構悩んでんけど、まあええ分け方になったと思うわ。
5班は、城ヶ崎と幼馴染3人組。
これは10班の春川・望月・財前・広瀬班とも対比になってるしな。
幼馴染の中に入るその1人が、リーダーかそうでないかの違いしかないけど。
ま、どっちも3対1の構図にはならんかったのは、ちょっとつまらんけどな。
まあ5班は能力的には1番有利ちゃう?
運動能力は全員高いし、勉強的な意味での頭の良さもあるし。
絶対的リーダーの城ヶ崎が全員を落ち着かせてまとめあげてるしな」
ライドは無糖マシュマロを1つ口に入れ、続けた。
「対する4班はバランスがあんま良くない…というか繋がりが少し弱い班やな。
塚村センセの資料によると、いつも一緒にいるけども、互いの関わりは少ない。
池ノ坊君と上野原さんは、先祖代々城ヶ崎君の家に仕えてきた家の末裔。
高須さんは上野原さんとは仲良しやけど、城ヶ崎君以外とはほとんど会話もせん。
真壁君は城ヶ崎君がグループに引き込んだけどグループの輪の一番外側におる。
…つまり、全員城ヶ崎君がおるからこそ一緒に行動してたってことやな。
その絶対的リーダーがいない今、どう動くかなぁって思って」
4班に関しては、いつも一緒にいただけのことはあり思ったよりもまとまっている。
これは真壁瑠衣斗(男子十六番)が前情報以上にグループのメンバーを普段からよく見ていたことが大きいのかもしれない。
特に気が合わなさそうだった高須撫子(女子十番)を叱咤激励するとは思っていなかった。
行動面では瑠衣斗がリーダーらしさを発揮して、今は城ヶ崎麗(男子十番)ら5班のメンバーを探しているらしい。
そして撫子が誰よりも大切に思い、池ノ坊奨(男子四番)が身を挺して護り、瑠衣斗もその人柄を認めている上野原咲良(女子二番)が精神面で班を一つにしている。
絶対的リーダーが不在でもまとまるあたりは、麗が認めていたメンバーたちというだけのことはあるのかもしれない。
麗はその強烈なリーダーシップでもって、木戸健太(男子六番)・朝比奈紗羅(女子一番)・鳴神もみじ(女子十二番)を引っ張っている。
資料によれば、どうやら健太たちは帝東学院入学以前から麗とは顔見知りだったらしく、そもそも帝東学院を受験したきっかけは麗にあったらしい。
それだけ強い絆で結ばれているのだから、班が分裂するということはないだろう。
4班と再会することがあればどうなるかわからないが。
一方鷹城雪美(女子九番)のリーダーシップは、モニターしている軍人たちや担当教官歴の長いライドたちでさえも戦慄させる恐ろしさだった。
恐怖で縛り付けるだけならまだしも、最初に全員に殺人という禁忌(まあプログラムではそれが許されるのだけれど、突然プログラムに放り込まれたごく普通の中学生の持つ常識としては、やはり殺人は禁忌に当たるだろう)を犯させたというのは、共犯として自分の傍から逃がさないようにする手段としてはなかなかのものだ。
松栄錬(男子九番)と湯浅季莉(女子二十番)は覚悟を決めたようなので、プログラム進行の台風の目になるだろう。
同じようにプログラムに乗る10班。
全員が乗るわけではなく、春川英隆(男子十四番)と財前永佳(女子七番)がその意思を見せ、望月卓也(男子十七番)と広瀬邑子(女子十五番)は2人のその意思を知ったものの恐らく戦うことはないだろう。
全員がプログラムに乗る6班と、2人が乗り残る2人には人を殺させたくないとしている10班――この2つの班の動きは注意しておかなければならない。
プログラムのスムーズな進行のためには、しばらく出遭わないでほしいものだ。
「ふーん、成程…
ライドなりに色々考えてんな。
俺的には、落ち着いた芳野君と蓮井さんがおる7班が優勝やと思うな。
今は様子見らしいけど、体力温存して後半から頑張ってくれるんちゃうかな」
エツヤはそう言いながらコーヒーを飲み干した。
「あれ、トトカルチョ?
エツ、そういうの好きとちゃうんちゃうの?」
「うん、人の命で賭け事とか、お偉いさんはやってるみたいやけど俺は嫌やで。
そういうんちゃうくて、単に俺が思ってるだけ」
シンの疑問にエツヤは眉を顰めて答えた。
国の上層部ではプログラムの優勝者を予想して金を賭けるトトカルチョが行われており多額の金が動いている。
現場でもその真似事をする担当教官や軍人たちも多々いるのだが、ライドはそれを好まなかった。
プログラムは子どもたちの命懸けの戦いを通して国防のために必要なデータを収集するためのものであるのでプログラム自体に反対することはないが、子どもたちの命を賭け事の対象にするのは彼らに失礼ではないかと思うのだ。
ライドのこの意見を『真面目すぎる』『プログラム担当教官に向かない』と揶揄する者もいるが、担当教官仲間に同じような意見を持つ者はいるし、いつも一緒に仕事をするシン・エツヤ・アキヒロはこの意見に賛同してくれている。
「僕はやっぱり6班が有力候補だと思うけど?
鷹城のリーダーシップが続く限りは、早々負けたりしないでしょ」
「アッキーは鷹城さんと気が合いそ――あっはは、何でもない!
俺はねー、個人的には4班に頑張ってほしいかなぁ。
上野原さんと高須さん…女の子のレベルが高い! 可愛い女の子は正義!!」
「…何言ってんの、シンちゃん。
ま、武道の心得がある2人は注目すべきといえばすべきだよね。
ライド君は、誰に注目してるの?」
6つの瞳が向けられたライドは、視線をパソコンの画面から上げ、笑みを浮かべた。
「俺は、早々に自分の意志でプログラムに乗ることを決めて行動した10班かな。
でも、みんなに頑張ってほしいな、ってのが本音…いつもやけど。
大東亜のために戦うみんなが、俺たち大東亜の国民の誇りやからね」
頑張れ、子どもたち。
君たちの血が、肉が、命が、大東亜の未来を切り開くのだ。
「何で……?」
阿部美咲がそう言った瞬間、銃声が鳴り響いた。
それとほぼ同時に、牛尾まどかの左胸に大きな穴が開き、そこから血が溢れ出た。
そして、まどかは倒れた。
二度と動くことはなかった。
「…………」
蓮実は何も言わず、銃をみんなに向けた。
「ひっ!」
「きゃああああ!!」
「嫌ああぁああああ!!!!」
生徒達は一斉に上に戻った。
途中、階段で三田彩音と坪内匠が射殺された。
「ハスミン!やめーーー」
脇村肇が蓮実を説得しようと試みたが、蓮実は無言で肇を撃ち殺した。
「う、うああああ!!!」
有馬透が階段から飛び降りるが、弾を込め終えた蓮実が確実に彼を捉えた。
「ハスミン!何で!?どうして!?」
佐藤真優が蓮実の足にしがみつくが、蓮実は彼女を蹴り飛ばし、そして射殺した。
「きゃあああ!!」
「やめてぇ!!」
今度は小野寺楓子を射[ピーーー]る。
その後、柏原亜里があまりにも煩かったため、彼女を階段から突き落とした。
そして、去来川舞、塚原悠希、吉田桃子を射殺した。
「は、ハス…お、お願い、もうやめーーー」
美咲が土下座して命乞いするが、蓮実は無言で彼女を撃った。
銃弾は彼女の頭頂部に当たり、彼女の血と脳髄が辺りに巻き散った。
「う………」
蓮実が階段を降りると亜里が必死になって這って移動しようとしていた。
蓮実は彼女を撃つと、隠れた生徒を掃射するため、廊下を駆けた。
最期に、会いたかった…一目だけでも…――
斬られる、はずだった。
しかし、予想した痛みは来なかった。
恐る恐る目を開け――驚愕に目を見開いた。
「大丈夫ですか…咲良さん…」
咲良の眼前には、奨がいた。
いつもは殆ど変わらない表情をしているのに、今は眉間に皺を寄せ、顔を引き攣らせ、それでも小さくとも穏やかな瞳に咲良を映していた。
じわじわと背中側からカッターシャツが紅く変色し始めている――咲良と雪美を庇い、賢吾の刃を背中に受けたのだ。
「しょ……奨…くん……なん…で……?」
また、庇われた。
洋海に襲われた時も奨は身を挺して咲良を護ってくれた。
そして、今回も。
本当に穏やかで優しくて争い事が苦手で、きっとプログラムという戦場に最も似つかわしくないはず奨のことは、武術を嗜む自分が護らなければならなかったのに。
しかし、奨は、咲良ですら滅多に拝めない笑みを浮かべてみせた。
本当は苦痛でそんな余裕もないはずなのに、とても穏やかで、慈しむようなそれを。
「当然です……
自分は……咲良さんが――」
奨の身体がびくりと震えた。
腹部から、カッターシャツを突き破り、てらてらと紅く光る刃が覗いた。
それがずるりと引き抜かれると、奨は、咲良に向かってどうっと倒れた。
70kgを超す巨体に圧し掛かられたので支えきれずに咲良はその下敷きとなったが、ぶつかった時の痛みとか、そんなことはどうでも良かった。
触れた咲良の左手が、奨の口が触れているカーディガンの肩口の部分が、真っ赤に染まったこと――それが全てだった。
「奨…くん…?」
震える声で名前を呼ぶと、奨はゆっくりと身体を起こした。
息は絶え絶えで、目は虚ろだった。
本来なら絶対安静で、今すぐにでも医者に診てもらわなければならない程の怪我だということは、素人目で見てもはっきりとわかった。
しかし奨は刺されて吐血したために真っ赤に染まった歯を食い縛りながら、咲良の右腕に未だしがみ付いている雪美へと掴み掛った。
賢吾が奨の襟首を掴むと地面に押さえつけ、その太い首に、刀を突き刺した。
刀が引き抜かれると同時に、鮮血が噴き上がった。
自らの血で全てを赤く染めた奨の目は、もう何も見ていなかった。
物心ついた頃にはいつも近くにいて、近くにいることが当たり前で。
周りからは怖がられてしまう容姿をしているけれど実際にはとても平和的で。
いつもいつも優しく見守ってくれて。
その奨が、今、目の前で、動かなくなった。
信じられない、受け入れたくない。
けれど、これは現実。
今までの思い出が次々と脳裏を過り、咲良の目にはみるみる涙が溜まっていった。
「奨…くん…奨くん…奨くん、奨くん奨くん奨くん…ッ!!
いや…ッ、起きて、いやあああッ!!!」
咲良は奨に覆い縋り、泣き叫んだ。
顔に、髪に、服に、奨の生温かい血液が飛び散った。
みるみる体温を奪われていくことが嫌で、出血の酷い首を手で押さえるけれど、奨の身体が冷たくなっていくのを止めることはできなかった。
「あらあらお気の毒に…
ふふっ…計画とは少し違ったけれど…上出来だわ、賢吾」
柔らかい、けれど酷く冷たい声が降ってきて、咲良は顔を上げた。
先程まで「怖い」と泣きじゃくっていたはずの雪美が、口許に手を添えてくつくつと笑いながら咲良を見下ろしていた。
プログラム本部となっている御神島小中学校の敷地を出ると鬱蒼とした森が広がっているが、皆が長年踏み締めて出来た道を暫く歩いていくと、アスファルトで舗装された道路に出る。
御神島に設置された道路は、御神島をぐるりと一周できるように巡らされているのに加え、島のほぼ中央に位置する小中学校を起点として南北それぞれの端にある港と西にある灯台を結ぶものと、南北の港を結ぶ道路の東側に大凡平行になる形で商店や診療所といった主要な施設の脇を通るように作られたものがある。
それ程大きくはない島だが、主要な場所には車で行きやすいように整備が施されているのだ。
小中学校の真東にあたる南北をつなぐ2本の道路に挟まれたE=05エリアには、4番目に呼ばれたチーム4人が隠れていた。
このメンバーの名が呼ばれた時、残る誰もが思っただろう。
この4人に一体何の共通点があるのか、と。
それは、4人中3番目に名前を呼ばれた如月梨杏(女子四番)も同意見だ。
どうして自分がこんな連中と行動を共にしなければならないのか、理解に苦しむ。
そもそも梨杏は3年A組に対して思い入れもなければ親しくする者もいない。
いや、親しくする価値のある人間なんて、このクラスにはほとんどいないのだ。
誰も彼も馬鹿ばかり。
せいぜい認めてやっても良いのは、成績で梨杏の上を行く学年首席の真壁瑠衣斗(男子十六番)・委員長の芳野利央(男子十九番)・副委員長の奈良橋智子(女子十一番)くらいのものだ。
それ以外の人間とは、同じ空間にいるだけでも嫌になる。
梨杏は、馬鹿で愚かな人間が嫌いなのだ。
梨杏は黒いストレートヘアーを指先で弄びながら溜息を吐いた。
「…あのさ如月さん。
ムカつくからさ、溜息とかやめてくれない?」
「私が何をしようが勝手でしょ。
…じゃあ言わせてもらうけど、ムカつくので喋らないでくれる?」
「…マジムカつく、一回死んで」
梨杏に文句を言ってきた星崎かれん(女子十六番)は大袈裟な舌打ちをし、不機嫌な表情を浮かべて梨杏から視線を逸らした。
梨杏に文句を言ってきた星崎かれん(女子十六番)は大袈裟な舌打ちをし、不機嫌な表情を浮かべて梨杏から視線を逸らした。
そう、まずこの女。
大東亜人には似合わない金髪と、中学生らしからぬケバいメイクとチャラチャラとしたアクセサリー類、男を誘っているとしか思えない短すぎるスカート――どんなに頑張って見ようとしても馬鹿以外の何者にも見えない(事実勉強もできない馬鹿だ、この女は)、梨杏が最も忌み嫌う下品なギャルだ。
伝統ある帝東学院において頭の湧いたような、街中で自分は頭が軽い馬鹿だという看板を掲げながら闊歩しているギャルはそれ程数が多くないのだけれど(ギャルがニュース番組などのインタビューを受けているのをたまに見るが、発言も喋り方も態度も全てが馬鹿みたいだ、あんなのと同じ生き物だと思うだけで吐き気がする)、このクラスにはそれが4人も存在している。
派手さはかれんを凌ぐ、金髪を巻いたツインテールに赤いピアス、赤いブーツに紫のセーターと、色合いからして馬鹿みたいで、耳に入ってくる声は腹立たしい程騒がしく甲高い湯浅季莉(女子二十番)。
髪色はかれんや季莉よりは落ち着いているがそれでも明るい赤みがかった茶色に染め、鼓膜を破りかねないような大声で季莉と騒いでいる、昔は喧嘩ばかりしていたという荒っぽい女、水田早稀(女子十七番)。
そして騒がしくないだけまだマシだが、両耳には頭がイカれているのかと思えるほどに多くのピアスをしており、昔は万引きの常習犯だったという噂もある財前永佳(女子六番)。
かれんは彼女らと行動を共にしているだけでなく、クラス内にいる彼氏と仲良くやっている3人とは異なり、援助交際という淫行に手を染めていると聞いたことがある。
そんな女が仲間だなんて、ありえない。
その隣で膝を抱えているのは内藤恒祐(男子十二番)。
A組男子の中で最も派手で馬鹿丸出しの出で立ちをしている恒祐も、梨杏の嫌う愚かな人間の1人だ。
いつも教室の真ん中でくだらない話をして大騒ぎしており、どこにいても恒祐の声は聞こえてくるのではないかと思えるほど煩い。
非常に軽い男であり気に入った女子に次々と声をかけていることは有名で、梨杏はその全てを知っているわけではないが、朝比奈紗羅(女子一番)や平野南海(女子十四番)といった、頭の軽そうな女子に軽く告白をしては振られているのは、彼女らが話をしていたのを小耳に挟んでいたので知っている。
その軽さから、頭の軽いギャルグループとも比較的親しく、かれんともそれなりに仲良くしていた記憶がある。
今はその騒がしさも軽さもなりを潜めており、顔を膝に埋め、時折嗚咽や鼻を啜る音が聞こえる。
軽い男は嫌いだが、うじうじしているのも見ていて腹が立つ。
「内藤くん。
いつまでもうじうじ泣くのはやめてくれない?
こっちまで気が滅入るわ」
「は? その言い方はさすがにないんじゃないの?
内藤は、田中と仲が良かったんだから」
反論してきたのは恒祐ではなくかれんだった。
馬鹿が馬鹿の擁護?――馬鹿らしい。
ライド(担当教官)にプログラムに対する異議を申し立てて射殺された田中顕昌(男子十一番)――余計なことを言えばああなる可能性はこの国でなら十分あり得る話だというのに、その考えに至らなかった憐れで愚かな男。
あまり目立たない地味な印象の顕昌が、派手な恒祐と親しいのは意外だった。
「…ああなることなんて目に見えてたのに。
それがわからずに行動した人を悼んで泣かれても迷惑なのよ」
「テメェ…ッ!!」
恒祐がばっと顔を上げ、泣き腫らした目で梨杏を睨んだかと思うと、腰を浮かせて手を伸ばし梨杏の胸倉を掴んで後ろの幹に叩きつけた。
梨杏は背中を打ち、「うっ」と呻いた。
「あんなこと言えばああなることくらい、アッキーは絶対わかってたんだよ!!
それでも言っちまうくらいに、アッキーは優しいんだよッ!!
それを…テメェは馬鹿にしたな…アッキーを馬鹿にしたな…如月…ッ!!」
「煩いわね、誰かに見つかったらどうするのよ」
梨杏は右横に置いていた自身に支給されたデイパックの中に入っていた銀色に光る銃身と黒いグリップが特徴のリボルバー式拳銃、S&W M686を掴むと、その銃口を恒祐の額に向けた。
恒祐の元々ぎょろっとしている瞳が一層見開かれる。
「こ…の…ッ!!!」
恒祐も梨杏のM686と同じ位の大きさだが形が大きく違う黒光りする自動拳銃、ジェリコ941Lをベルトから抜き、梨杏に向けてきた。
梨杏自身人に銃口を突き付けているというのに、恒祐の行動に息を呑んだ。
「貴方…馬鹿じゃないの…?」
「ああ、馬鹿だよ、テメェに比べりゃ馬鹿だよそれがどうしたよッ!!
ダチ1人できない冷徹女に比べたら、大馬鹿の方がマシだねッ!!」
“ダチ1人できない冷徹女”――確かに梨杏には友人と呼べる人はいない。
くだらない馬鹿な人間たちとつるむくらいなら読書をしている方が何倍も有益なので、休み時間はいつも自分の席で読書に勤しんでいた。
不意に恒祐が梨杏から離れた――いや、恒祐は大きく目を見開いた状態で自分の意思に反して梨杏との距離を取らされた、という言い方が正しい。
恒祐は襟を後ろから引っ張られ、バランスを崩して仰向けに倒れていた。
「何すんだよ…林崎ッ!!」
恒祐は起き上がりながら、自分を引っ張ったもう1人のチームメンバーである林崎洋海(男子二十番)を見上げた。
細身だがクラスで最も背の高い洋海は、手にしていた金属バットを振り下ろした。
恒祐が身を起こすために地面に付けていた右手のすぐ横にそれは振り下ろされ、小石に当たったらしくカァンという高音が響いた。
恒祐はぎこちなく首を動かして金属バットが振り下ろされた先を見、口許をわなわなと震わせていた。
洋海は梨杏とは同じ文芸部に所属する部活仲間だ。
とは言うものの、洋海は挨拶以外では言葉を発しないのではないかと思う程に無口で(このクラスには池ノ坊奨(男子四番)や榊原賢吾(男子七番)や瑠衣斗や利央といった口数の少ない者が多いが、その彼らですら饒舌だと思えてしまう程に洋海の無口さは群を抜いていた)、梨杏も挨拶以外には言葉を交わさない。
梨杏に言わせれば、何を考えているのかさっぱり理解できない、勉強も運動も人並以下のことしかできないウドの大木だ。
辺りを見回しているところをみると、騒いで誰かに見つかるのを防ぐために、梨杏と恒祐を引き剥がし、騒がしい恒祐を威圧して黙らせたのだろうか。
洋海自身がこの間一言も発していないので、真相は定かではないが。
「あーあ、馬鹿馬鹿しい」
かれんはわざとらしく溜息を吐き、人工的な睫毛に覆われた瞳で3人を見遣った。
「一応チームメイトなわけだしさ、仲間割れとかやめない?
こんなところ誰かに狙われたら、あっという間に全滅じゃないの」
「星崎…でも俺やだぜ。
星崎と林崎はともかく、如月とつるむとか絶対できねーよ。
しかも、他のヤツらと戦うことになったとしたら、コイツ護らなきゃいけないとか…
やだよ、こんな最悪なヤツのために命張るとか」
恒祐は失礼なことに梨杏を指差した。
そう、この共通点もなければ普段の接点もなければチームワークが生まれる兆しもないチームのリーダーは、他でもない梨杏だ。
馬鹿たちの命を、梨杏は背負っているのだ。
自分の左腕に王冠のマークを見つけた時、心底ほっとした。
当たり前だ、こんな馬鹿たちの中の誰かに自分の命を握られていたかもしれないだなんて、考えただけでぞっとする。
人工の薄明かりでぼんやりと見えたのは、我らが母校、春日宮中学の生徒会長、常陸音哉(男子14番)。学年トップの頭脳と、パソコン部部長らしからぬ運動能力の持ち主で、クラスメイトや教師からの信頼が厚い。不良連中とも良好な関係を築いているので、誰とでも分け隔てなく接することができるのだろう。簡単に言うと、反吐が出るような野郎ということだ。
「…そこにいるの、会長だよな?」
滝井良悟(男子10番)は、恐る恐るという風を装って、訊いた。正体なんてとっくにわかっているけど、敢えて訊いた。音哉の横で、音哉の恋人だという高井愛美(女子13番)が動いた。小さく声が聞こえ、副委員長である伊賀紗和子(女子3番)も一緒にいるということがわかった。知力は2人共音哉には及ばないまでも優秀で、運動能力についても、愛美は陸上部中距離部門のエースで、他の競技でも苦手なものは無いほどだ。さすが生徒会長様、侍らす女も只者じゃない。
「そうだよ…良悟」
音哉が笑みを浮かべ、答えた。誰からも好まれる穏やかな笑顔だ。良悟も笑みを返した。大丈夫だ、負けない。頭の良さは月とスッポンなのだから、下手な小細工をしても仕方がない。運動能力なら、この中では1番だ。全国区プレイヤーをなめてもらっては困る。パソコン部部長と、女2人になんて、負けない。生き残ると決めた。人のためになんて死にたくないのだから、[ピーーー]のは仕方がない。北王子馨(男子5番)の分も生きるんだ。そう、決めたんだ。…運が悪かったな、会長――
「なぁ、会長。悪いけどさ、俺のために、死んでくれない?」
「ちょ――滝井くんッ!?」
愛美が非難の声を上げた。それに対して、音哉の反応は静かだった。
「…本気?」
声も口調も穏やかだった。それなのに、何故か、背中に冷たいものが走った。しかし、それに負けてはいられない。
「マジに決まってんだろうが、冗談だとでも思ったのか?死にたくないから、[ピーーー]んだよ。文句、あんのか?」
「人を[ピーーー]って…そんな簡単に言えることなのかな…?その重さがわかってるのかな、良悟…」
ハッ、これだから優等生は…
良悟は鼻で笑った。ずっと右手に握り締めていた大型の自動拳銃(コルト・ガバメント)の銃口をゆっくりと上げ、照準を音哉に定めた。
「うるせぇよ、優等生が…説得でもする気かよ?俺は、翔平も淑仁も…馨だって殺ったんだよ。そんな俺がよ、お前を[ピーーー]のに、躊躇うと思ってんのか?」
愛美と紗和子が息を呑んだ。机に隠れて頭だけを出した紗和子が、震える声で、呟いた。
「そ、それって…3人とも…仲良かったんじゃ……」
「そうよ、それに馨くんはあなたのパートナーじゃないの!?」
愛美が叫んだ。その言葉が、胸に刺さった、少しだけだけど。罪悪感は、もう置いてきたんだ、ここにはない。
「これがプログラムなんだ、関係ないだろ?…とにかく、テメェらなんか、ブッ殺せるっつーこった」
更に何かを言おうとした愛美を制し、音哉が1歩前へ出た。
「ルール上、君に関係あるのは俺の死だけだ、愛美ちゃんたちは無関係だよ。2人には手を出さないでもらいたいな」
「…テメェが死ぬならそれでも構わないぜ」
音哉は前髪を掻きあげ、黒縁の眼鏡を指で押し上げた。手の間から見える瞳が、妙に涼しげだった。
「……俺に、勝てるとでも?」
穏やかな口調なのに、威圧感があった。
何かが、何かが違う。いや、気のせいに決まっている。ハッタリだ、頭の良いヤツが考えそうなことじゃないか。
「オタクパソ部の部長なんか、瞬殺だっつーの!!」
良悟は気付いていなかった。これは優越感に浸って出た言葉ではなく、精一杯の虚勢だということを。頭では優勢だと思っているのに、本能がそれを否定しているということを。鳥肌が立った。音哉が、笑い声を上げた。それは低くて小さくて、それなのに酷く響いた。気のせいじゃ、ない…?笑いを収めてもう一度前髪を掻きあげた後、音哉は笑みを浮かべた。先ほどまでとは明らかに違う、“不敵”という言葉が似合う笑顔だった。
「様子見てたけど、お前はマジでやる気っつーことだな?よくわかったよ、良悟。話し合いっつー平和的解決法は通用しないってことがな」
口調まで違う。どういうことだ、これは。
「お、お前…何なんだ……!?」
声が震えた。無意識のうちに、疑問が口を出た。ようやく頭で理解した――銃口を向けているのはこちらなのに優勢ではないし、主導権も握っていないということを。引き金を引いてしまえばいいのに、引けなかった湧き上がってくる疑問と恐怖が、指を硬直させていた。音哉は鼻で笑った。
「ハッ、何言ってんの、お前。お前が言ってただろ、生徒会長でパソ部部長の常陸音哉だよ」
その手から、何かが落ちた。煙草だ。何で、誰からも信頼される優等生の生徒会長の手に、煙草がある?音哉は指の関節を鳴らした。
「大和たちに比べれば劣るかもしれないけど、場数は踏んでんだよ…ま、大分鈍ってんだけどね。とにかく、お前に俺は倒せない、残念だけど――」
音哉の視線が、良悟から離れた。
「…良悟、後ろ……」
良悟は目を丸くし、次の瞬間には笑った。
何だ、やっぱりハッタリか。
後ろに注意を向けておいて、その隙に――ありきたりな戦法だ。
やられまいとして、役作りまでしたっつーわけか。
「バーカ、いくら俺がバカでも、そんなハッタリに騙されるかよっ!!」
「馬鹿、後ろ……弘也だッ!!」
え、弘也……山神…ッ!?
説明中に、男子相手には容赦しないと宣言していた山神弘也(男子17番)。
後ろにいるなら、確実に、殺られる。
良悟は、音哉の声に反射的に振り返った。
目の前には、汚れたカーディガンとカッターシャツ。
そして、鎌。
ヤバい……ッ!!
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
男子10番・滝井良悟(たきい・りょうご)
テニス部。男子主流派運動部系。
金持ちの家に生まれ育てられた為か、自己中心的な性格。
しかし部内では北王子馨(男子5番)とペアを組み、その実力は全国クラス。
身長/174cm
愛称/良悟、タキ、タキくん
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★☆☆☆☆
★★★★★
★★★☆☆
★★★★★
★★★★☆
★★★☆☆
支給武器:コルト・ガバメント
kill:津村翔平(男子12番)
出雲淑仁(男子1番)
北王子馨(男子5番)
killed:山神弘也(男子17番)
凶器:鎌
B=06エリアで馨を襲う。馨のことが嫌い?
↓
G=05エリアで翔平を襲う。右手を負傷するが、翔平を銃殺。
↓
F=06エリアで吉住徳馬(男子18番)を襲う。後一歩のところまで追い詰めるが、西谷克樹(男子13番)に邪魔され逃走。負傷した模様。
↓
D=04エリアで淑仁と馨を発見。2人を銃殺。ワルサーPPK入手。
↓
B=07エリアにいる。馨が嫌いだと思っていたが、本当は馨が嫌いだと思っている自分のことが嫌いだと言うことに気付き、悔やむ。人の声に気付き、殺害するために移動開始。それは常陸音哉(男子14番)・伊賀紗和子(女子3番)・高井愛美(女子13番)だった。対峙するが、音哉の豹変に動揺。その音哉に忠告を受けたが間に合わず、背後にいた弘也に鎌で頭部を刺され死亡。
終盤戦最初の犠牲者はタキでした。
友だちがまぶしすぎて自分が陰になってしまう・・・割とありそうじゃないですか?
自己中というよりも、人間らしかったんじゃないかなぁと思ったりします。
男子13番・西谷克樹(にしたに・かつき)
部活は無所属。孤立派。
クラス1大柄な体と強面のために、滅多に人が寄り付かない。
顔の傷は不良との喧嘩で付いたと噂されている。
身長/182cm
愛称/特になし
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★☆☆☆
★★★★★
★★★★☆
★★★★☆
★★★★★
★★★★☆
支給武器:ブローニング・ハイパワー9ミリ
kill:なし
killed:村主環(女子12番)
凶器:USSR マカロフ
顔面の傷は、母親からの虐待によって付けられたもの。
小学生の頃から、村主環(女子12番)を気にかけている。
甲斐駿一(男子3番)・鳳紫乃(女子6番)に襲われている高谷貴瑛(女子13番)を救い、共に行動する。
↓
誰かを探している。吉住徳馬(男子18番)を探す貴瑛と共に行動し続けることにする。
↓
F=06エリアで、滝井良悟(男子10番)に襲われている徳馬を救う。
↓
C=03エリアで休息を取る。貴瑛に告白するか悩む徳馬の背中を押してやり、気を遣って外に出た。D=02エリアで駿一・紫乃に再び襲われ、被弾と腹部を刺されたことで瀕死の重傷を負うが、駿一を刺して逃げ出す。E=02エリアで環に発見され、上半身を撃たれる。最期に環を助けられなかったことを謝り、想いを告げ、息を引き取った
今作の無口ボーイ、克樹くんでした。人間不信って難しいですね。
でも、本当は優しくて、人を思いやることができる良い子だったんです、ということが伝わればなぁと思います。個人的に書きにくいけど好きな子でした。
女子1番・逢坂珠尚(あいさか・すなお)
テニス部。孤児院組。
クラス1低身長で、外見・中身共に幼い。
天真爛漫で、時に我侭。
身長/144cm
愛称/珠尚、珠尚ちゃん
特記/両親が事故死したため、施設に引き取られた。
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★★☆☆
★★★☆☆
★★☆☆☆
★★★★☆
★★★☆☆
★★★★☆
支給武器:S&W M686
kill:薮内桃子(女子19番)
佐倉信祐(男子6番)
梶原匡充(男子4番)
吉住徳馬(男子18番)
伊賀紗和子(女子3番)
須藤大和(男子7番)
加古美里(女子7番)
killed:玖珂喬子(女子9番)
凶器:鎌
潤井正純(男子2番)と生き残る為にやる気になる。
D=07エリアで桃子を銃殺、津村翔平(男子12番)に傷を負わせる。翔平に突き飛ばされ、追う事ができなかった。
↓
F=10エリアで村主環(女子12番)と戦闘になるが、環に追い詰められたため敗走。
↓
D=04エリアでの騒ぎを聞きつけた。クラスメイトたちの亡骸の中愕然としていた信祐を発見、銃殺。Vz61 スコーピオン入手。
↓
D=02エリアで匡充と遭遇。昔は懐いていたが、「いらない」と突き放し、銃殺。探知機入手。
↓
F=04エリアで常陸音哉(男子14番)・伊賀紗和子(女子3番)・高井愛美(女子13番)に襲撃をかけ、紗和子に傷を負わせる。追撃を音哉に阻まれ、音哉にも傷を負わせるが、自らも傷を負った。その後吉住徳馬(男子18番)・高谷貴瑛(女子14番)を発見、攻撃。徳馬を銃殺した。更に探知機を使って音哉たちを発見し再び襲うが、紗和子の邪魔で音哉と愛美を逃がし、探知機も破壊された。癇癪を起こして紗和子を射殺。
↓
E=06エリアで正純・加古美里(女子7番)を発見。美里を負傷させるが、正純から予想外の抵抗を受け敗走。図書館(B=08エリア)で癇癪を起こし暴れ、スッキリする。
↓
E=10エリアで須藤大和(男子7番)と山神弘也(男子17番)の決闘を目撃。弘也が倒れた後、隙だらけの大和と玖珂喬子(女子9番)を撃ち、正純を優勝へ導く。美里を[ピーーー]ため、礼拝堂へ向かう。
↓
H=08エリアの礼拝堂で、正純・美里を発見。2人の仲睦まじさに機嫌を損ね、美里と正純を罵り、正純の過去を暴露。怒った美里を殺害。更に正純に見下されたことに腹を立てて殺そうとしたが、殺したはずの喬子からの襲撃を受ける。腹部を撃たれ重傷。正純に助けを求めるが叶わず、鎌で頭部を刺され死亡。
幼い、天真爛漫、我侭・・・全ての設定を活かせたと思われる珠尚でした。
読者様からも怖いという意見をいっぱい頂き、嬉しかったです。
動かしやすく、書いてて楽しい子でした。決して悪い子ではないと思います。
「俺のは誰が書くの? あぁ、山城ね、ナルホド。
正純は良いヤツだな、誰にでも優しいし…あ、正純、宿題見せて!!
いつも同じ孤児院の連中とつるんでるから、時々少し近寄りがたい」
男子2番・潤井正純
「たまには宿題は自分でやろうよ、淑仁。
シュンは他の野球部員に比べたら大人しい感じだよね、それっぽくないというか…
鳳さんに尻に敷かれてない?」
男子3番・甲斐駿一
「敷かれてないよ!! 正純失礼だよ!!
カジは明るいヤツ、小さいけど俺なんかよりすごいしっかりしてる。
可愛いよね、顔立ちが」
男子4番・梶原匡充
「小さいとか可愛いとか余計なこと言い過ぎ、シュンの馬鹿っ!!
馨くんはなんかほんわかしてるよね、でもテニスすると別人になるらしいよ!
俺ね、馨くんの青い目に憧れるんだ!!」
男子5番・北王子馨
「これは親の遺伝だからね、匡充、憧れるならカラコンとか入れてみる?
信祐は赤縁眼鏡のお洒落さん、黙ってればいい男だと思うけど少しうるさいかな。
うわ、殴らないでよ!!」
男子6番・佐倉信祐
「黙ってなくたって良い男だいっ!! そりゃ馨ちゃんには負けますけどねっ!!
大和はおっかない――嘘です、とってもかっこよくてとっても喧嘩がお強い!!
髪留めてるピン、いつもしてるけどチャームポイント?」
男子7番・須藤大和
「これは喬子が可愛いって言うから…って何言わせる、[ピーーー]ぞ信祐っ!!
隅谷は小さい、女顔、やかましい、多分しょっちゅう暴走してる。
あ、信祐とは従兄弟、だったか?」
男子8番・隅谷雪彰
「女顔って言わないで…いや、何でもないです須藤サン!
勇人はとってもおっとりしてるよね、爽やか笑顔っ!!
吹奏楽部で…楽器何やってるの?」
男子9番・十河勇人
「パーカッションだよ。 てか別に爽やかじゃ…雪彰の方が爽やかかも。
良悟はお金持ちでテニスが上手で僕なんかよりとてもすごい人。
馨とペアを組んで全国大会に行ったこともあるみたい」
男子10番・滝井良悟
「うぜっ、何卑屈になってんだっての、十河。
ナオは外見すっげぇぼーっとしてんのに、実はすごいヤツだよな。
頭も良くて運動もできてさ」
男子11番・多田尚明
「なぁ良悟、俺ってそんなにぼーっとしてるか?
翔平はとても面倒見いい人だ、多分薮内が関係してるんだろ。
水泳頑張ってるから肌すっげぇ黒いな、紫外線大丈夫か?」
男子12番・津村翔平
「大丈夫だろ、わかんねぇけどさ。 多田っちも大概焼けてるぜ?
俺西谷の事書くの? よくわかんないから書けないって!! 無愛想で無口だし…
顔にあるでっかい傷、喧嘩でついたのかな?」
男子13番・西谷克樹
「津村、余計な詮索はするな。
常陸は生徒会長。 学年1の天才。 運動もできる。 教師にも信頼されている。
眼鏡を掛けている。 身長は俺より低い」
男子14番・常陸音哉
「そりゃあそうだよ、西谷は1番背が高いじゃないか。
勝則は不良少年、粗暴だし学校の備品は壊すし反省文はサボるし煙草臭いし。
まぁ、俺はあまり関わりを持ってないからわからないけどね」
男子15番・藤野勝則
「嘘付け!! 会長だって昔は…いいや、すまん、許せ。
持留はウゼェ、ちまちましてるし、うじうじしてるし、ちょっかい出すと泣くしよ。多田がお守り役なんだろ?」
男子17番・山神弘也
「持留、言っとくけど俺は女の子には優しいんよ?
吉住はうちのクラスの委員長だ、真面目なヤツだな。
この他己紹介の紙回そうって言い始めた張本人」
男子18番・吉住徳馬
「山神君、後がつかえてるから1週間も持つのは…ごめん、何でもない。
四方君は頭がいい人、クラスでは2番目か3番目?
休み時間はいつも難しそうな問題集解いてるよね」
男子19番・四方健太郎
「あの問題集は吉住ごときには解けない代物だぜ。
湧井はサッカー部だか何だかに入っているタレ目。
もっと真面目に勉強するべきだと思うけど?」
男子20番・湧井慶樹
「うるせー四方、余計なお世話だよ。
逢坂は多分クラスで1番ちっこいよな、可愛らしいと思うぜ。
部活とか見てて思うんだけど、テニスのラケット大きくないか?」
女子1番・逢坂珠尚
「あー! 慶ちゃんひどぉい!! 人と同じラケットでも大きく見えちゃうの!!
怜江ちゃんは珠尚の次に小さいの、大人しい良い子だよ☆
珠尚も怜江ちゃんくらい女の子らしくならなきゃ!」
女子2番・有馬怜江
「そんな…あたしは珠尚ちゃんみたいに明るくなりたいな…
伊賀さんはこのクラスの副委員長さんでしっかりしてる人。
とても頭が良くて、真面目な人」
女子3番・伊賀紗和子
「有馬さん、そんなに褒めないで。
卜部さんは明るくて、とても人懐こい人。
運動神経抜群で、いつも元気にはしゃいでいる人」
女子4番・卜部かりん
「紗和子、そんな他人行儀に名前呼ばないで、かりんで良いって!
純佳はとっても派手、美人、だけど口悪いよね!
…追加、柄も悪い、今もこれ見られて頭叩かれたっ!!」
女子5番・大谷純佳
「うるせーよかりん、人の事言えるほどそっちも上品じゃないだろ!
鳳は大人びてる、あたしより小さいくせに。
甲斐と付き合ってるって事くらいしか知らない」
女子6番・鳳紫乃
「小さいって大谷さんより1cm低いだけじゃない。
美里はあたしの記憶ではクラスの女子の中で1番の長身。
とても美人で長いストレートヘアーが似合っていて素敵よ」
女子7番・加古美里
「うっわ照れる! 紫乃、褒めても何も出ないよ!
茉沙美は普段は大人しめ、テニスがとっても上手!色んな子に“まぁ子”って言われてるの、可愛いよね!」
女子8番・柏原茉沙美
「美里ちゃんも呼んでもいいよ、ちなみにこれ最初に言い始めたのはかりん。
喬ちゃんは頭が良くて可愛らしい子、誰とでも話ができる良い子。
何で須藤君みたいな人と付き合ってるのかわからない」
女子9番・玖珂喬子
「柏原さんも付き合ってみればわかるよ、大和くんは良い人だって!
リッちゃんはとっても素敵でかっこいい女の子。
体育でサッカーしてるのを見て、本当に憧れたもん!」
女子10番・河本李花子
「喬子に褒められた! 頬染めて書いてる、マジ可愛いっ!!
サチは頭も良いし運動もできて冗談もわかってくれる良い子!
知ってた? サチって男子に人気あるんだよ?」
女子11番・志摩早智子
「そんな事ないって、それよりリッちゃんはピンクな話ないの?
環サンは大人っぽくて綺麗な人、きっと笑顔もとっても素敵だよ☆
やっぱり…喧嘩とか強いの…?」
女子12番・村主環
「さぁ。 周りの人が強いから出番少ないし。
高井は頭が良い、喬子と一緒の塾に通ってる、三つ編み2本。
確か常陸と付き合ってる」
女子13番・高井愛美
「何で村主さんが知ってるの!?
貴瑛ちゃんは女の子って感じの女の子だよね、ラブリィ☆
お兄ちゃんっ子って感じだよね、いつもお兄ちゃんの話してる」
女子14番・高谷貴瑛
「愛美ちゃんも見たらわかるよ、お兄ちゃん素敵な人なの☆
鶴田さんはあたしの中ではクラスで1番大人っぽい人。
お化粧もして、大きいピアスもして…中学生とは思えないくらい大人」
女子15番・鶴田香苗
「あら、ありがとう高谷さん。 というか何でこんなの真面目に書くの?
野原さんには女っ気が足りないと思う。 がさつっぽいし喧嘩はするし。
何で山神くんがこんな人選ぶのか理解できないわ」
女子16番・野原惇子
「鶴田だって書いてるし。 こんな紙で嫉妬炸裂させんなっての。
畠山は良いトコのお嬢さんなんだっけ? 見た感じそうだけど。
喬ちゃん情報では茶道部だって。 オシトヤカだねぇ」
創立50年を超えた春日宮中学校では、部活動が盛んである。
特に運動部は、全国大会まで出場する者も出るほどの、ごく普通の公立中学とは思えない成績を残してきている。
春日宮中学校で最も有名なのは、男子テニス部だろう。
特に、あるダブルスペアは、朝練が7時半から始まるにもかかわらず、たくさんの見学者がテニスコートの周りに戯れている。
女子が大部分を占める見学者の注目の的にいる少年――北王子馨(男子5番)は、ラケットのガットをギシギシと指で弄びながら、ぼーっと遠くにある水道を眺めていた。
大東亜人の父と、大東亜に旅行に来た時に出会ったというフランス人の母を持つ馨は、母の血を強く受け継いでおり、色白の肌に栗色の髪と青い瞳を持つ為に、嫌でも皆の目を引いてしまう。
ぱこん
馨の後頭部に、衝撃が来た。
見ると、テニスボールが当たったようだった。
「馨、ボーッとしてんな、練習するぞ!」
「…あぁ、ごめん、タキ、やるよやるよ」
馨は後ろでラケットを手で器用に回している滝井良悟(男子10番)に謝り、コートに入った。
良悟は両耳に計6つのピアスにチョーカー、明るい茶髪という派手な外見をしている為、馨とは別の意味で目立っている。
もっとも、部活が終わればリングが両手に3つはまるので、今はまだマシな方だが。
馨と良悟は、全国でも名の知れたダブルスペアである。
1年生の時にペアを組み始め、2年生で全国大会まで行ったが2回戦敗退、今は優勝目指して練習に励んでいる。
「で、何ボーッとしてたんだよ。
ま、馨がぼけてるのはいつもの事か」
「失礼だなぁ、タキはいつも。
いやね、今日北山さん見てないなぁ、と思って」
北山さんとは、男子テニス部のマネージャーである。
現在2年生の、まだあどけなさの残る可愛らしい女の子だ。
「北山は調子悪いんだと。
今日は柏原が代わりに手伝ってくれてるみたいだぜ」
「柏原…?
何で、女テニは今日休みでしょ?」
「間違って来たんだと、アイツ抜けてるトコあるからな」
馨は倉庫からボールの入った籠を出して派手に転んだ柏原茉沙美(女子8番)を見つけた。
ボーイッシュなショートヘアーを砂埃で汚した茉沙美は、恥ずかしそうにいそいそとボールを片付けている。
顔を真っ赤にし、小さな瞳は今にも泣き出しそうになっている。
馨の声を遮って、派手な音が響いた。
見ると、テニスコートの横、学校の外にボールが飛び出さないように高く張られた金網フェンスが小刻みに揺れていた。
フェンスにぶつかり、急に失速したソフトボールが、テニスコートに落ちた。
「おーい!!
馨ちゃん、タキ、どっちでもいいや、ボール取ってー!!」
フェンスの向こう、手を振っていたのは、ユニフォームに小柄な身を包んだ少女、水上朱里(女子18番)だった。
ボールに近かった良悟がボールを手に取り、バッターボックスを一瞥し、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「テメェはバカか、かりん!!
手加減を知れ、いつかフェンスがブッ壊れるぞ!!」
「はっ、良悟にゃ言われたかないねぇ!!
いつもいつも相手を完膚なきまでに倒してるくせに!!」
間髪いれず、ホームランを打った女子のハスキーな声が飛んでくる。
「俺ぁいつでも真剣勝負なんだよ!!」
「矛盾してんだよ、バァカ!!」
100mほど離れた所で、口の悪い良悟に張り合う口の悪さで対抗しているのは、朱里と同じソフトボール部員の卜部かりん(女子4番)。
男家系で育ったからか、女子とは思えないほどの口の悪さをしているが、それでも全く憎めないのは、サバサバとしたかりんの性格のお陰だろう。
「朱里も大変だね、あのかりんはもう止まらないでしょ」
「まぁね、でも幼馴染だもん、慣れてるよ」
馨は声を嗄らして口論を繰り広げる良悟からボールを取り上げ、ボールを待っている朱里に手渡した。
「朝から元気ね、かりんもタキも」
不意に朱里の横から声が掛かり、2人はぎょっとして声のした方を見た。
上は半袖のTシャツ、下は学校指定のジャージを膝まで捲り上げる、という格好をした鳳紫乃(女子6番)がバット数本を手に溜息を吐いていた。
肩に付くほどの黒髪を耳に掛けている紫乃は、かもし出す雰囲気が大人びている。
「おはよう、馨くん、朱里ちゃん」
「や、シュン、おはよ」
紫乃の後ろからひょこっと顔を出したのは、穏やかな笑みを称えた甲斐駿一(男子3番)。
野球部のユニフォームに身を包み、ボールの入った籠を抱えていた。
駿一と紫乃は野球部の控え投手とマネージャーという関係であると同時に、恋人同士である。
馨の声を遮って、派手な音が響いた。
見ると、テニスコートの横、学校の外にボールが飛び出さないように高く張られた金網フェンスが小刻みに揺れていた。
フェンスにぶつかり、急に失速したソフトボールが、テニスコートに落ちた。
「おーい!!
馨ちゃん、タキ、どっちでもいいや、ボール取ってー!!」
フェンスの向こう、手を振っていたのは、ユニフォームに小柄な身を包んだ少女、水上朱里(女子18番)だった。
ボールに近かった良悟がボールを手に取り、バッターボックスを一瞥し、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「テメェはバカか、かりん!!
手加減を知れ、いつかフェンスがブッ壊れるぞ!!」
「はっ、良悟にゃ言われたかないねぇ!!
いつもいつも相手を完膚なきまでに倒してるくせに!!」
間髪いれず、ホームランを打った女子のハスキーな声が飛んでくる。
「俺ぁいつでも真剣勝負なんだよ!!」
「矛盾してんだよ、バァカ!!」
100mほど離れた所で、口の悪い良悟に張り合う口の悪さで対抗しているのは、朱里と同じソフトボール部員の卜部かりん(女子4番)。
男家系で育ったからか、女子とは思えないほどの口の悪さをしているが、それでも全く憎めないのは、サバサバとしたかりんの性格のお陰だろう。
「朱里も大変だね、あのかりんはもう止まらないでしょ」
「まぁね、でも幼馴染だもん、慣れてるよ」
馨は声を嗄らして口論を繰り広げる良悟からボールを取り上げ、ボールを待っている朱里に手渡した。
「朝から元気ね、かりんもタキも」
不意に朱里の横から声が掛かり、2人はぎょっとして声のした方を見た。
上は半袖のTシャツ、下は学校指定のジャージを膝まで捲り上げる、という格好をした鳳紫乃(女子6番)がバット数本を手に溜息を吐いていた。
肩に付くほどの黒髪を耳に掛けている紫乃は、かもし出す雰囲気が大人びている。
「おはよう、馨くん、朱里ちゃん」
「や、シュン、おはよ」
紫乃の後ろからひょこっと顔を出したのは、穏やかな笑みを称えた甲斐駿一(男子3番)。
野球部のユニフォームに身を包み、ボールの入った籠を抱えていた。
駿一と紫乃は野球部の控え投手とマネージャーという関係であると同時に、恋人同士である。
あたしたちはみんな仲良し。
プログラムなんて、成り立つはずがない。
◆
「君たちは、この大東亜共和国の名誉ある第68番プログラムに選ばれた。」
低く美しい声で紡がれた信じられない言葉に、櫻田かおる(女子1番)は言葉を失った。
かおるだけではなく、全員が信じられないといった様子で、教壇に立つ紳士風の男を見上げていた。
第68番プログラム――大東亜共和国に住む中学3年生で、この言葉を知らない人などいない。
全国の中学校から任意に選出した3年生の学級内で、生徒同士を戦わせ、生き残った一人のみが、家に帰ることができる、わが大東亜共和国専守防衛陸軍が防衛上の必要から行っている戦闘シミュレーション――小学4年生の社会の教科書にも出てくるし、ローカルニュースで年に一度くらいは目にするものだ。
傷だらけ血塗れの少年少女が両脇を軍人らしき人たちに抱えられながらカメラの方をじっと見つめ、なぜか総じて笑みを浮かべる――ニュースで流れるホラー映画顔負けの不気味な映像は、かおるの脳裏にもしっかりと焼きつき、忘れようと思っても忘れられない。
「い…いやぁ……冗談っしょ?うちみたいなさ、6人しかいないちっちゃいクラスでそんなの…なぁ?」
神尾龍之介(男子3番)が引き攣った声を上げ、クラスメイトたちを見回した。「誰か、冗談だって言ってくれ」、龍之介の目が訴えてきたけれど、かおるは視線をそらし、俯くことしかできなかった。
「ごめんなあ、神尾ーこれ、冗談ちゃうねん。でもこんな空気の中頑張って発言した神尾の勇気に免じて一コケシやろ!」
チューリップハットに花柄のシャツを着た若い男はヘラッと笑い、龍之介の机の上にコケシを置いた。
龍之介はコケシを凝視し、視線をチューリップハット男の顔へと上げ――笑顔を向けられて慌てて視線を逸らしていた。
龍之介の背中越しに見えるコケシの顔が不気味に見えて、かおるはぶるっと体を震わせた。
「話を戻そう。君たちは第68番プログラムに選ばれた。つまり、これから、君たちには殺し合いをしてもらう」
”殺し合い”――その言葉が、ずしんとかおるに圧し掛かる。
そんな、たった6人の仲良し同士なのに…そうだよ、できるわけないよ。
みんな、いい子だもん、そんな酷いこと、できるわけない…よね?
かおるは隣に座っている大塚千晴(男子1番)へと目を遣った。
椅子に深く腰掛け、じっと前に座る龍之介の広い背中を見つめていた千晴だったが、かおるの視線に気づいたのかかおるの方へ首を傾け、ふっと笑みを浮かべた。
大丈夫だよ、かおるちゃん。そう言ってくれているみたいで、少しだけ、心が落ち着いた気がした。
「プログラムの間、私たちが君たちの担当となる。私は、担任の、榊原五郎(さかきばら・ごろう)だ。隣の2人は、私の補佐を行っていただく先生方で、右側が虎崎れんげ(とらさき・れんげ)先生、左側が渡部ヲサム(わたなべ・をさむ)先生だ」
榊原と名乗るスーツ姿の男は、まるで指揮者がタクトを振るような優雅な動きで黒板に名前を書いた。
ピンクジャージの気が強そうな中年女性は虎崎、チューリップハット男が渡部だそうだ。
「ちょっと待ってください」
かおるの前の席に座る中條晶子(女子2番)が声を上げた。
かおるは、ぴっちりと綺麗に結い上げられた晶子のお団子頭に視線を向けた。
「私たちの担任は、藤くん…藤丸先生です。藤丸先生は、私たちがプログラムに参加することを認めるはずがありません」
凛とした声、はっきりとした口調。いつもと変わらない、委員長であるかおるよりもずっとしっかりとした口調で、晶子が述べた。
そう、かおるたちの担任は藤丸英一先生。23歳の新任の先生で、クラスのみんなから「藤くん」と慕われ、藤丸も全員のことをファーストネームで呼ぶ。休み時間に一緒に遊ぶこともあれば、放課後に勉強に付き合ってくれることもあり、生徒たちにラーメンを奢ってくれることもある、先生と言うよりもお兄さんのような存在。
そんな藤丸が、かおるたちのプログラム参加を認めるはずがない。
「中條、次からは質問の際は挙手をするように。
確かに藤丸先生は君たちがプログラムに参加することを反対しておられた。そのため、少々手荒な手段を取らせてもらった」
榊原は渡部に視線を投げ、ぴしっと親指以外の指を前方に突き出した。渡部は頷いて一度廊下に出ると、ずるずると何かを引きずりながら戻ってきた。
「いやあああああッ!!!藤くん、藤くんッ!!!」
かおるの後ろ、成瀬萌(女子3番)が金切り声を上げた。
元々色白だが、むしろ顔面蒼白となった萌がふらりと椅子から崩れ落ちたが、隣の席の柏谷天馬(男子2番)が咄嗟に両手を伸ばして受け止めたので、床に体を打ち付けることはなかった。
萌の華奢な身体を抱き止めた天馬の表情は引きつっていた。そして、それは、天馬だけではなく全員だったのだが。
それもそのはず、渡部が引きずり椅子に座らせたのは、かおるたちの担任の藤丸だった。
ただし、その姿は、見慣れたものではなかった。青いTシャツは所々黒く変色し、Tシャツから生えた筋肉質な腕にはいくつもの痣ができ、やや幼いけれども整ったパーツが並べられた顔は見る影もない程に腫れ上がり、外はねのクセがある赤みのある茶髪はぼさぼさになっていた。小さく肩を上下させているので息はあるようだが、意識があるのかどうかはわからない。
「藤くんッ!!!」
机を倒して駆け寄ろうとした龍之介だったが、虎崎の蹴りを鳩尾に食らって吹っ飛び、千晴の机へ突っ込んだ。
「勝手に席を立つんじゃないよ!!今度やったら、こんなモンじゃ済まないからね!!」
龍之介のもとに駆け寄ろうと腰を上げていた晶子が、虎崎の怒声に身を硬直させた。
かおるは身が竦んで動くことすらできず、ただ苦しそうに咳込む龍之介と、「大丈夫か」と声を掛けて背中を摩る千晴を見ていることしかできなかった。
「静粛に。それでは、藤丸先生もいらしたところで、プログラムのルールについて説明を始める。皆の命に関わることなので、注意して聞くように。神尾、柏谷、成瀬、席に着け」
千晴の机に体を預けて咳込んでいた龍之介が、ふらふらと立ち上がり、自分で倒した机を元に戻して着席した。痛みと恐怖と怒りが綯い交ぜになったような、普段の明るく元気な姿からは想像できないような表情を浮かべていた。
天馬は萌を座らせた後無言で席に戻ったが、その体はずっと震えていた。
龍之介と天馬と萌が席に着く様を確認すると、榊原は黒板の脇に丸めて立て掛けられていた模造紙を開き、黒板に磁石で貼り付けた。縦横4マスずつに区切られた地図のようだった。榊原は咳払いを一つし、話し始めた。
「ルールについては皆知っていると思うが、最後の1人になるまで殺し合いをしてもらう。基本的にここでは何をしてもらっても構わないし、誰かと手を組むことも、裏切ることも、また単独行動をするのも自由だ。
黒板に注目してほしい。これは、皆が戦う会場、青春海立運動公園(せいしゅんうみだちうんどうこうえん)の地図だ。端には柵を作ってあるので、この地図に書かれていない場所へは行くことができないので注意するように。ちなみに、今皆がいるのは、B-3エリアにある公園の管理事務所だ」
「泣き事言ってんじゃないよ!!世の中、嫌なことを避けて進めるようにはできてないんだよッ!!」
虎崎の怒号が飛び、かおるはびくっと体を震わせた。萌の嗚咽が一瞬止まったが、先程よりもより大きな声で泣きじゃくり始めた。
そのことに苛立ったらしい虎崎が、大きな足音を立てて萌の横に立ち、萌のふんわりとした栗色の髪を鷲掴んだ。萌が「いやぁッ!!」と甲高い悲鳴を上げた。
「や、やめろよ、成瀬を離せッ!!
泣いたって、怖がったって…そんなの当たり前だ!!今から殺し合えとか言われて平気なヤツ、いるわけないだろ!!成瀬の反応ってすっげー普通じゃん、声にしてなくたって、俺ら全員絶対同じこと思ってるし!!!」
天馬が叫んだ(恐怖からか、声は引き攣り時に裏返っていたけれど)。
虎崎は萌から手を離し、今度は天馬の隣へと移動し、拳を振り上げた。「天ちゃん!!」とあちこちから声が上がり、天馬は目をぎゅっと瞑った――が、天馬が先の龍之介のように吹っ飛ぶことはなかった。拳が当たる寸前で、榊原から制止の声が掛かったのだ。
「まあまあ虎崎先生、落ち着いてください。柏谷の言う通りですよ」
「…まあ、そうだねぇ」
虎崎は納得したように何度か頷くと、教室の前方へと戻って行った。
萌が席を立って天馬に泣きついた時には立ち止まって振り返りその様子を睨んでいたが、「ほれ、さっさと席に戻りな」というお咎めの言葉以外は何もなく、皆がほっと溜息を吐いた。
「それでは、これから1人ずつ順番に出発してもらう。なお、足元に置いてある各自の私物は持って行っても構わない。
出発した者が本部のあるB-3エリアを出た時点で次の者が出発し、最後の者が出発してから20分後にこのエリアは禁止エリアに指定されるので、早くここから立ち去るように。あまりに長いこと居座っていると後が閊えてしまうから、その場合には制裁を行うこともありうるので気を付けること」
榊原はスーツの内ポケットから封筒を取り出すと、鋏で封を切った。中から1枚の紙を出した。
「それでは、最初の出発者を発表する。
男子1番・大塚千晴、逝ってよし!」
全員の視線が、千晴に集まった。千晴はぽかんとしていたが、虎崎の「ほれほれ!!」と急かす怒号に押されるように立ち上がった。足元の鞄を肩に掛け、ゆっくりと教卓の前に立った。
「みんなのご家族にはちゃんと報告してあるから、存分に戦ってな!ほんなら大塚、先生の言う言葉を繰り返してなー!
私たちは殺し合いをする、はい!」
渡部の口から飛び出したとんでもない言葉に、千晴は「…え?」と茫然とした声を漏らした。
「ほらほら、ちゃんと言わなコケシで殴るで?私たちは殺し合いをする、はい!」
「わ…たしたち、は、殺し合いを、する…」
「よっしゃよくできました、ほんなら次、殺らなきゃ殺られる、はい!」
「やらなきゃ…やられる…」
まるで洗脳しているみたいだ、かおるは思った。
「…千晴……ごめんな……」
不意に、小さな声が聞こえた。掠れて虚ろだけれど、藤丸の声だった。
千晴が藤丸の方に顔を向けた。
「藤くんのせいじゃないよ……藤くんは、何も悪くない…でしょ?」
千晴の静かで優しい声。相手を思いやり労わる、聞き慣れた声。
千晴はあんな上辺だけの言葉で洗脳なんかされやしない、いつもの穏やかで優しい千晴のままだ。
藁路文雄(男子22番)はペアの森川達志(男子20番)に声を掛けた。
達志は半泣きの状態でその場に蹲った。
「おい、タツ!
危ないって、こんなところで止まってたら…」
因みにここはD=07エリアにある山の麓だ。
ここは木がはげていて、周りから見たら一発で見つかるような場所だ。
「だって…俺怖い…
今のピストルの音で誰かが死んだんだよ、きっとっ!」
達志は文雄の幼馴染だ。
小さい頃から一緒に遊んだりした仲なので、達志についてはよく知っている。
達志はとても優しい少年なので、きっと今の銃声で死んだと思われるクラスメイトに心を痛めているのだろう。
心を痛めてるのは文雄も一緒だが。
文雄は達志の頭をポンッと軽く叩いた。
「わかってる、俺だって怖いし。
でもな、俺はまだ死にたくないし、お前にも死んでほしくないんだ。
和に手紙渡して合流できるようにしたから…
俺らはその場所に先に行かないとな」
「手紙…?」
「ああ、この島の1番東で落ち合おう…ってな。
和なら大丈夫だ、俺は信用できるし、タツもできるだろ?」
和――土谷和(男子10番)は、殺し合いができるような人間ではないと思う。
あの不良グループのリーダーの江原清二(男子3番)にさえ、気軽に話し掛けられるほど友好的な人間だ。
文雄とは席が前後だったこともあって、手紙を渡す事が出来た。
「できるだけ仲間を集めたいんだ。
信用できるヤツを集めて、脱出したい」
「だ…脱出!?」
達志が驚いて顔を上げたので、文雄は頷いてみせた。
脱出、確か何年か前に香川でそれをやってのけたヤツらがいたらしい。
政府が血眼になって探しても見つかっていない。
このクソゲームには、穴があるに違いない。
政府の言いなりになんかなるもんか!
文雄は養護施設で育った。
文雄が4歳くらいの時だったと思う。
それまでは普通に家で家族に囲まれて過ごしていた。
しかし、ある日突然政府の連中がオレの家にずかずかと入り込んだ(靴ぐらい脱げってんだ)。
文雄が4歳くらいの時だったと思う。
それまでは普通に家で家族に囲まれて過ごしていた。
しかし、ある日突然政府の連中がオレの家にずかずかと入り込んだ(靴ぐらい脱げってんだ)。
そして、いきなり父親を撃ち殺した。
母親は文雄を押入れの中に隠し、その後撃ち殺された。
文雄は運良く見つからなかったので、今もこうして生きている。
文雄の両親は、どうやら反政府組織に入っていたらしく、それがバレて殺された。
政府に両親を殺された文雄が出来る政府への仕返し、それはこのクソゲームから脱出する事だ。
逃げ出して、政府のやつらに一泡吹かせてやる。
「ふ…文雄!」
達志がいきなり文雄の名前を呼んだ。
すごい怯えた声で。
「何だ、どうかしたか?」
「だ…誰かが今そこに…!」
何だと!?
文雄は舌打ちをして、支給されたマシンガン(イングラム M11)を構えた。
「誰だ、出て来い!
あ、言っとくけど、俺は殺し合いなんかしないからなっ!
神様仏様に誓ってこれ撃たねぇからなっ!」
達志は自分のデイパックを自分たちから離して置いた。
それはもちろん正しい行動だ。
達志の支給武器はガソリン1リットル、引火したらただじゃ済まない。
やがて、茂みの中から2人出てきた。
「陸ちゃん! 依羅!」
文雄は声を上げて、イングラムを下ろした。
それは陸社(男子6番)と依羅ゆた(女子18番)だった。
社は、達志と仲が良くていつも一緒にいた。
小説家志望の達志と、読書好きの社は気が合うらしい。
ゆたはすごいボーイッシュな女子で、休み時間はよく一緒に遊んだ。
最近は受験勉強だ何だで、遊んでくれないが。
「ワラ…タツ…無事だったのか」
社の声はとても静かで、かっこいい。
そんな声で話し掛けられたら照れる…ってそんなことはどうでもいいか。
「陸ちゃん!!」
達志が社のもとに走り寄った。
社は少し笑って、達志の頭を撫でた。
たった142cmしかない達志と、文雄より2cmほど高い179cmもある社は、まるで父子だ。
「なあ、陸ちゃん、依羅。俺らと組む気ないか?」
文雄の提案に、2人は文雄の方を見た。
「俺ら、仲間を探してるんだ。だから…」
「いや、やめとくよ」
社は文雄の言葉を遮って答えた。
「あ、勘違いしないでくれよな。別にワラたちを疑っているわけじゃない。ただ…」
ゆたにバトンタッチ。
「信じきれる自信もないんだよね。そのせいでギクシャクして…っていうのも嫌でしょ?」
文雄は言葉に詰まった。確かに、こんな状況で人を信じることは難しいだろう。
「…わかった、じゃあ引き止めない。でもさ…俺らがもう1回会って、その時陸ちゃんたちの力が必要なら…その時は力になってくれないかな?」
「……考えておくよ」
それだけ言うと、社とゆたはまた茂みの中に入っていった。文雄と達志は再び東を目指した。同時刻、新藤鷹臣(男子8番)は支給されたリボルバー式拳銃(S&W M686)を右手に、とにかく学校から離れていた。横には、先程の銃声に怯えきった幼馴染の雪倉早苗(女子16番)がいる。
千晴は渡部からデイパックを受け取ると、クラスメイトたちの方へ向き直った。一人ひとりの顔を順番に見遣り、小さく笑んだ。
「俺は、みんなを信じてる…だから、みんなも俺を信じて」
千晴はそう言うと、まるで毎日の下校時のような足取りで教室を出て行った。
千晴の残した言葉は、ほんの僅かだけれど教室内に満ちた重苦しい空気を晴らした――少なくともかおるはそう感じた。
そう、きっと大丈夫。誰も、実際に殺し合いなんてするわけがないんだ。
【残り6人】
同時刻、新藤鷹臣(男子8番)は支給されたリボルバー式拳銃(S&W M686)を右手に、とにかく学校から離れていた。
横には、先程の銃声に怯えきった幼馴染の雪倉早苗(女子16番)がいる。
早苗の手にはうちわが握られている。
こんな物が武器って言えるのか?
「…早苗、少し休むか?」
「え? あ、ううん、大丈夫。
鷹臣こそ大丈夫?
あたしの荷物まで持ってもらっちゃって…」
「平気だって。
これでも元運動部員だぜ?」
そう、オレはまだ大丈夫なんだ…
問題なのは早苗だ…
早苗はこのプログラムには最も相応しくない非暴力主義者だ。
とても大人しくて、か弱い女の子だ、ついでに関係ないが元演劇部員だ。
何でかは知らないが、昔から早苗は虐められていた。
その度に鷹臣は早苗を守った。
今では虐めもなくなったが、早苗を虐めた張本人は同じクラスだ。
不良グループの楠本章宏(男子7番)と平馬美和子(女子11番)。
早苗は今でもあの2人に怯えている。
あの2人はきっと早苗に会ったら躊躇せずに殺しにかかるだろう。
そうなる前に、自分ががあの2人をどうにかしないといけない。
しかし、早苗は鷹臣が暴力を振るおうとすると怒る。
「鷹臣、暴力なんてだめ!!」、と泣いて怒る。
きっと、今のこの状況でも、早苗は同じ事を言うだろう。
「…早苗、もし誰かが襲ってきたら…どうする?」
早苗はにっこり微笑む。
「説得かな?
それはきっと怖いから襲ってくるのよ。
だから、落ち着かせたら大丈夫…だと思うの」
ほら、やっぱり。
しかし、本気でプログラムに乗る人間だっているはずだ。
だから毎回毎回プログラムの優勝者というものが出てくるんだと思う。
乗った人間には何を言っても無駄だろう。
おそらく朝倉伸行(男子1番)を殺した人物も乗ったか、狂ったかだ。
伸行も抵抗したに違いない、しかし死んだ。
俺はただ早苗を守りたいだけなんだ…
なので、鷹臣は1つの決心をした。
誰か絶対的な信用ができる友達――例えば委員長の宇津晴明(男子2番)や、早苗の友達――例えば結木紗奈(女子15番)らがいるペアを見つけたら、早苗を彼らに預けよう。
そうすれば、早苗もきっと安全だし、鷹臣は自分のしたいことができる。
鷹臣は楠本たちを許さない。
早苗に危害を加えようとするヤツも許さない。
「鷹臣、どうしたの?
そんな険しい顔しちゃって…」
早苗が鷹臣の顔を覗き込んだ。
鷹臣は早苗の頭を撫でた。小さい頃から、早苗が心配そうな顔をした時にはやっていたことだ。
赤木明子(女子2番)は、学校の廊下を先先進んでいく水城蓮(男子16番)を追いかけている。
明子は蓮のことを『蓮くん』と呼んでいるが、決して親しいわけではない。
何しろ『みずきくん』と呼ぶと、実月裕太(男子18番)と一緒になってしまう。
これは明子だけでなく、クラスメイト全員がそう呼んでいる。
蓮や裕太を苗字で呼ぶ人はいない。
しかし『蓮くん』と呼ぶのには、蓮は可愛らしいのでお近づきになりたいという下心が、ないわけではない。
関係無いが、可愛いとは言っても、身長は明子の方が低い。
バレー部に所属していたにもかかわらず、明子の身長は151cm。
バレー部だと背が高くなる、と聞いて入ったが高くならなかった。
蓮は男子にしては低いが、それでも160cm。
「ね、ねぇ、蓮くん!
ちょっと待ってよぉ!」
明子が叫ぶと、蓮は歩くのをやめた。
振り返って明子が来るのを待っていた。
蓮は、とても優しい人だと思う。
双子の姉の水城凛(女子13番)に近寄る男子に対しては別だが。
例えば凛と付き合っているという土方涼太(男子13番)への対応は凄い。
朝、涼太が登校してきたらまず睨む。
授業中、涼太が当てられてたら睨む。
休み時間、涼太の声が大きかったら睨む。
凛と喋れば睨む。
昼休み、お弁当を食べている涼太を睨む。
とにかく1日中睨み続けてる。
何でそんなに明子が知っているのか。
それは、明子がずっと蓮を見ているからだ。
蓮のプロフィールは頭の中に入っている。
誕生日は6月29日で、血液型はB型だとか。
昔から体が弱くて、運動があまりできないとか。
いつも森川達志(男子20番)や陸社(男子6番)と一緒にいるとか。
凛の事が大好きだとか…
明子の口から無意識のうちに溜息が出た。
こんなに見ていても、蓮にとってはただのクラスメイトに過ぎない。
「どうしたの、赤木さん…?」
「あ、ううん、何でもない…
どうしてこんな事になっちゃったのかな、って思っただけで…」
「…そうだよね、どうして…凛ちゃん……凛ちゃん、誰とペアなんだろう…
嫌だよ、土方とペアになってるとか…」
明子は何も言わなかった。ただ、本当に凛の事が好きなんだな、と思った。なんとなく悔しい。嫉妬でもしているのかな…?おかしいね、ただの血を分けた姉弟なのに。明子と蓮は学校の外に出ると、正面の茂みに身を隠した。
「蓮くん、誰か待ってるの?」
「凛ちゃんが誰と出てくるか見ないと…」
「…そう」
あたしはまた溜息を吐いて、デイパックを開けた。中は荷物を無理に詰め込んだようでパンパンだ。とりあえず防寒具を外に出し、支給武器を探した。誰かを殺そう、とか考えているわけではない。ただ、護身用に何かあったほうが良いかな、と思っただけだ。
「あ、あった、コレかな……え…?」
明子は開いた口が塞がらなかった。当然だろう。武器だと思われた物が、季節外れの花火セットだったので。
「…何?どうしたの、赤木さん?」
蓮が明子の方を見て、同じくポカンと口を開いた。そして、笑った。その笑顔はとても愛らしく、おそらく男子が見ても惚れてしまうだろう。
「それで遊べって事かな?」
「いや…そんな…」
明子は自分の頬が火照っているのがわかった。あんな可愛い天使のような笑顔を向けられたら誰だってこうなってしまう、きっと。蓮も自分のデイパックを開いて武器を探し始めたようだ。
「あ、あった…」
蓮の武器はシグ・ザウエルP230という名前の銃だった。蓮の視線はそれに釘付けになっている。当然だろう、普通の中学生が手にできるような物ではないのだから。明子もそれをずっと見ていた。こんな物で簡単に人を[ピーーー]事ができる。そう考えるととても怖かった。
「蓮くん…それ…使うの…?」
明子が訊くと、蓮は笑った。明子にはその笑顔の意味がわからなかった。『使うわけないじゃない』っていう笑い?それとも『使うに決まってるでしょ?』という笑い?先程の笑顔とは少し違うようだった。
「ねぇ、赤木さん…」蓮が明子の名前を呼んだ。「赤木さんは…死ぬとどうなるかわかる?」
明子は首を傾げた。もちろんそんな事を知るわけが無いし、どうしてそんな事を突然言うのかわからなかったので。
第1回放送
PM4:07 朝倉伸行(M1) 牧山久美(F12) ボウガン 頭部損傷 D=06
PM4:11 矢口宗樹(M21) 金坂葵(F5) ブローニング・ベビー 頭部被弾 D=06
PM4:36 赤木明子(F2) 水城蓮(M16) シグ・ザウエルP230 胸部被弾 D=06
PM4:44 西野葵(M12) 笠原飛夕(M5) コルト・ロウマン 胸部被弾 E=05
PM5:02 実月裕太(M18) 相原香枝(F1) 釣り糸 窒息死 E=07
PM5:32 遠藤圭一(M4) 江原清二(M3) ミニウージー 全身被弾 E=05
PM5:40 湯中天利(F17) 今村草子(F4) ジェリコ941 胸部被弾 E=05
第2回放送
PM7:02 平馬美和子(F11) 高原椎音(F8) ワルサーP99 頭部被弾 D=03
PM8:17 宝田義弘(M9) 福屋和行(M15) 文化包丁 失血死 C=06
PM8:19 福屋和行(M15) 江原清二(M3) ミニウージー 全身被弾 C=06
PM10:07 新藤鷹臣(M8) 都竹航(M11) シグ・ザウエルSP2340 頭部被弾 C=06
PM10:07 楠本章宏(M7) 都竹航(M11) シグ・ザウエルSP2340 頭部被弾 C=06
第3回放送
AM0:51 鈴原架乃(F7) 高原椎音(F8) ワルサーP99 失血死 F=02
AM2:05 宇津晴明(M2) 江原清二(M3) サバイバルナイフ 失血死 E=07
AM2:05 雪倉早苗(F16) 今村草子(F4) 日本刀 頭部損傷 E=07
AM2:06 結木紗奈(F15) 江原清二(M3) ミニウージー 全身被弾 E=07
AM2:58 相原香枝(F1) 都竹航(M11) シグ・ザウエルSP2340 頭部被弾 C=05
第4回放送
AM6:29 高原椎音(F8) 水城蓮(M16) シグ・ザウエルP230 頭部被弾 G=05
AM7:10 小泉洋子(F6) 牧山久美(F12) ボウガン 首損傷 C=06
AM7:11 宮脇一希(M19) 牧山久美(F12) ボウガン 頭部損傷 C=06
AM8:44 今村草子(F4) 江原清二(M3) グロック19 頭部被弾 F=05
第5回放送
PM0:06 都竹航(M11) なし(自殺) 毒薬 毒物飲用 G=05
PM1:32 藤村優(F10) 水城蓮(M16) シグ・ザウエルP230 頭部被弾 C=06
PM1:41 水城蓮(M16) 日向翼(M14) シグ・ザウエルP220 胸部被弾 C=06
PM2:42 牧山久美(F12) 江原清二(M3) ミニウージー 頭部被弾 D=07
PM4:28 森川達志(M20) 笠原飛夕(M5) Vz61スコーピオン 失血死 C=08
PM4:29 笠原飛夕(M5) 金坂葵(F5) ブローニング・ベビー 頭部被弾 C=08
PM4:36 藁路文雄(M22) 金坂葵(F5) 文化包丁 失血死 C=08
第6回放送
PM6:28 日向翼(M14) なし(自殺) カッターナイフ 失血死 C=05
PM7:22 陸社(M6) 江原清二(M3) グロック19 頭部被弾 E=06
PM7:24 依羅ゆた(F18) 金坂葵(F5) 文化包丁 首損傷 E=05
PM8:40 朝霧楓(F3) 江原清二(M3) ミニウージー 失血死 E=05
PM9:20 土谷和(M10) 金坂葵(F5) ブローニング・ベビー 胸部被弾 E=04
PM9:31 金坂葵(F5) 水原翔(M17) ベレッタM1934 頭部被弾 E=04
PM11:59 江原清二(M3) 春野櫻(軍人) マシンガン 失血死 E=05
戦闘実験第七十番プログラム、通称「ペアバトル」のルール
今回の試験クラス
→茨城県北浦市立桜崎中学校3年1組
会場
→茨城県沖にある大宮島。約3km×2.5km。中には村と山が2つずつある。学校は小・中・高一環になっている。
ペアバトルとは・・・
→政府側があらかじめ決めておいたペアで教室を出発する。
→出発後に相手を殺害または別行動をしてもかまわない。出発後のペアの組換えも自由。
→優勝者は最後に残った2人。
制限時間
→会場内を100に分けたエリアがすべて禁止エリアになるまで。例外は以下の通り。
最後に誰かが死亡してから24時間以内に誰も死亡しない場合はその時点で終了。
制限時間を過ぎた場合は、生き残っているすべての生徒の首輪が爆発する。優勝者はなし。
優勝条件
→最後の2人になるまで生き残った場合。
定時放送について
→放送されるのは以下の事。
前の定時放送後に死亡した生徒の名前(死亡順)
禁止エリアの報告
担当教官からの激励(ない場合もある)
禁止エリアについて
→1日目は2時間に1箇所設定。
(学校のあるエリアは最後の生徒が出てから20分後に指定される)
→2日目以降は1時間に1箇所設定。
禁止エリアに侵入した場合、警告音が鳴り、1分後に首輪は爆発する。
こんばんは、お久しぶりです。
ここのところ多忙で投下が出来ませんでした。申し訳ないです。
前にも書きましたが、一度書いた作品である以上、最後まで書き切るつもりです。
投下は不定期になるかもしれませんが、必ず完結させます。ですので、気長にお待ちいただけると幸いです。
次回の投下は今週中に行う予定です。
今まで敢えて触れずにいましたが、どうも反応してしまう方が多いようなので。
荒らしに関しては誰も触れない方向でお願いします。
こちらとしても特に何か困ったことはありませんし、NGにすれば読むことにも支障は無いかと思います。
荒らしを止めろと言うよりも、批評なり感想なりを言って貰った方が書いている身としては嬉しいです。
これ以降二度と荒らしについて触れることはありませんので、以上のことを念頭に入れてもらえると幸いです。
投下の目処が立ったのでご報告に。
今週の土曜日の夜に投下致します。
書き溜めの状況次第では土曜日でエンディングまで投下する予定です。
以降の投下からはオマケの短編や補足、希望があれば別ルートの補完という流れを取るつもりです。
もう暫くお付き合いいただけるとありがたいです。
お待たせしました。
投下します。エンディングまで投下しますので長くなります。
書き溜め終わっていますが、しっかりと推敲しますので投下には若干時間を頂きます。
豚神「……というか、でかすぎないか!?」
目の前で、正体をさらけ出した魔王──苗木誠について漸く考えられるようになったのか、豚神はそんな感想を漏らした。
豚神の言うとおり、巨大なモノクマから出てきたので異様にでかい。
まるでどこかの続編の絶望さんと同じくらいの大きさだ。
江ノ島「魅力満点のビッグボーイ。あそこもビッグだったりしちゃって…きゃーっ」
霧切「こんな時に下品な冗談言ってないで」
苗木?「ああっと…そうだったね。いつもこのサイズだったからつい…」
巨大な苗木はそう小さく呟いたつもりなのだろうが、身体がでかいせいで霧切達に丸聞こえの上、フッと吐いた吐息が突風となって襲い掛かる。
罪木「わぷっ!」
七海「……む、なまあったかいね」
七海がそんな艶っぽい感想を漏らした後、まるで風船が萎んでいくかのように、巨大な苗木は姿を縮めていく。
そして霧切達“よりも少し小さくなる”頃合いで速度は遅くなっていった。
苗木?「うん、この位かな」
やがて、霧切達の目の前には、どこからどうみても苗木誠にしか見えない、【誰か】がいた。
苗木?「誰かなんて失礼だなぁ…ボクは苗木誠だって……」
頬を掻きながら、どこか頼りない雰囲気を醸し出す少年。
その仕草、区長、雰囲気、何もかもが苗木誠にしか見えず、だからこそ困惑する。
霧切「貴方は…本当に、魔王なの…?」
苗木?「全く…察しが悪いなあ。それでも本当に超高校級の探偵なの?霧切さん…思考放棄なんて探偵がする事じゃないと思うけど」
豚神「お前は……俺達を、裏切っていたのか?」
苗木?「裏切る?ははっ…君に言われたくないよ。キミは何全何万もの人々を騙してきたんでしょ?ボクは悪くないよ、キミの様な“騙し”の専門家がいるのに無様に騙されたキミたちが悪いんだ!」
罪木「どうしてこんな酷い事…っ!」
苗木?「酷いこと?君たちが今までにしてきた悪事に比べたらなんてことないはずだよ。ボクはあくまで【ゲーム】を楽しんでいるだけだ。自分の罪を棚に上げて他人を批判するなんて…そんなのは希望じゃないよ!」
江ノ島「ねえ、アンタ誰?」
苗木?「さっきから言ってるだろ!ボクは苗木誠だよ!まあ…キミに理解してもらおうとは思わないよ。キミと話していると気持ち悪くなってくるんだ。吐き気がしてたまらないんだよ。キミみたいな害虫は今すぐ駆除しないと。それが世界の為なんだ」
七海「……」
苗木?「……。……」
七海に視線を向けた苗木は、ふんと鼻を鳴らして目を逸らす。
まるで、言葉を放つに値しないとでも言うかの如く。
霧切「……今までの、旅は、冒険は、紛い物だったっていうの!?」
霧切が絞り出すように叫んだその言葉を聞いた瞬間、苗木は堪え切れないといったように笑い出す。
苗木?「うぷ、く、はははっ!面白いジョークだよ!ボクをあんな偽物と一緒にしないでよ!ただのデータとさ!」
霧切「ど、どういう…こと……?」
苗木?「あはっ。まだ知らないの?薄情な仲間たちだなぁ、そんな大事なことを伝えていない、なんてさ」
七海「……っ!」
罪木「まさか…ダメです!霧切さん!今そのことを聞いちゃ──!」
苗木?「キミたちは、ただのデータ!いくら足掻いてもその事実は変わらない!どれだけ頑張っても、仮にこのゲームをクリアしても!その先に待つのは【存在の消滅】だけ!キミたちが今必死にやっていることは、全部、何もかもが、無駄なんだよ!」
霧切「…………え?」
たった一人、真実を知らない霧切は、呆気にとられたように、そう呟いた。
彼女が真実を知らないのは、誰かが伝え忘れたわけでもない、ましてや悪意を持って知らせなかったわけでもない。
むしろ、善意が複雑に絡み合った結果なのだ。
霧切響子は今、パーティの市中たるべき存在、言ってみればリーダーである。
だからこそ、彼女には真実を伝えるべきであろう。
だけど、真実を知ることが正しい事とは限らない。
誰もが、自身の行いを無駄と考えているわけではない。
だけれど、結果的には、無駄な行いである。戦いが終われば、自分たちはデータとして、処理される。
その結末は変えようがない、真実。
だからこそ、指揮役である霧切がその真実を知り、仮に受け入れ、乗り越えられたとしても、指示に【迷い】が現れないとも限らない。
最終決戦で、その【迷い】は致命的なものとなる。
だからこそ、誰もが黙っていたのだが…。
霧切「あ、なたは何を言っているの…?い、意味が分からないわ!理解不能よ!まったく論理的じゃない、暴論にもほどがあるわ!」
苗木?「全く…その灰色の脳細胞って奴を少しはつかいなよ。ボクは少なくとも、キミが一番最初にそのことにたどり着くものだと思ってたよ」
霧切「……っ!」
苗木?「いいかな?キミは知っているでしょ。このゲームには欠陥があることを。そしてその対抗策が出来たことも。そしてこの現状、今までのゲームの流れを考えればわかるはずだよ」
霧切「…………」
霧切は動揺を何とか抑え込み、思考に集中する。
苗木の言っていることが真実ではないと、虚言であることを証明するために。
思考を、深く、深く沈みこませていく。
苗木?「ああ、下らない推理の披露はもういらないよ。もうこれで何度目だよこの話題、って話だし」
霧切「…………え」
そして、真実に辿り着いてしまう。
もしも、彼女が超高校級の探偵という肩書を持っていない、何か他の才能の持ち主であったなら。
人と大して変わらない推理能力であったなら、思考放棄して戦いに集中できただろう。
だけれど彼女には、辿り着けてしまった。
そしてそこに生まれた結論が、【真実】が、紛れもなく、本当の事なのだと。
目の前にいる苗木誠の言葉が、抗いようのない事実であると、告げていた。
霧切「そ、そんな…じゃあ、私がしていたことって……!?」
豚神「くそっ…どうしてこうなる!」
霧切は顔を青ざめさせ、膝をついてしまう。
運が悪かった、としか言えない。
騙すような形にはなるが、最悪その事実を知らせないままゲームを終えることさえ、豚神たちは考えていた。
だがしかし、この状況でその真実を知ってしまえば、もう霧切は使い物にはならない。
この短時間で、この事実を受け止めることなど、誰もが出来る訳ではない。
七海「……ねえ、貴方はさっき私たちと冒険をしていたお兄ちゃんの事を偽物、データって言ったよね?じゃあ貴方はなんなのかな?」
豚神と罪木が懸命に霧切に呼びかけているのを横目に、七海はそう質問した。
苗木?「キミならとっくに理解できてるんじゃないかな?ボクは器に記憶や性格を流し込んだだけのデータじゃない。僕には学習することが出来るし、自分で思考することも出来る。そして、自分で選択することも、ね」
江ノ島「……ああ、どうも違和感を感じると思ったら。アンタって以前に作られたっていう、苗木クンのアルターエゴか」
ナエギ「ふぅん、絶望の癖に理解はいいんだね!」
江ノ島「アンタには苗木クンから感じる希望っつーの?なんていうか、近づくだけで気持ち悪くなりそうな希望を感じないんだよね。つーかむしろあたし好みのねっとりとした絶望みたいな?」
ナエギ「……へぇ」
苗木アルターエゴは江ノ島の言葉を聞き、うっすらと笑みを浮かべる。
七海「そっか。じゃあ今まで私たちと一緒に戦ってきたお兄ちゃんとは別人なんだね……ん、良かった」
ナエギ「随分余裕だね?頼みの綱の霧切さんはあのザマ。そしてキミたちは今までに何度もボクに敗れている。この状況で勝てると思ってるのかな?」
七海「…………」
七海は後ろを振り返る。
霧切は虚ろな瞳で地面を見つめ、それを豚神と罪木が必死に慰めている。
最終的に彼女がどんな結論を出そうと、少なくともしばらく動ける状態ではない。
ナエギ「絶望的なシチュエーションだね…キミはこういうのがお好みなんじゃないかな?江ノ島さん」
江ノ島「……チッ」
あの江ノ島にしては珍しく、苛立たしげな表情を浮かべる。
七海はその様子を見て、江ノ島なりの意地や……或いは仲間に対する情が、あったのかもしれないと心中で呟く。
ナエギ「さあ、この絶望を前に…!キミたちはどう足掻くのかな!?キミたちの希望を、ボクがすべて捻じ伏せてッ!完全な勝利を!そして姉ちゃんのための“楽園”をッ!ボクが守ってみせる!」
ナエギは狂気的な笑みを浮かべ、そう高らかに叫ぶ。
彼の言っていることは理解できない。
しかし、彼にも譲れない何かがあり、そして今ここですべてを捻じ伏せるという強い意志だけを感じる。
七海が隠し持っていたナイフを掴み、とにかく一太刀浴びせる算段を練り上げようと思考を巡らせたところで──
罪木「豚神さん。七海さん。それから、江ノ島さん……。私が時間を稼ぎます」
豚神「お、おい!どういうことだ罪木!」
罪木「このまま霧切さんをそのままにしておくのは無理ですし、かといって霧切さんの力に頼らずに勝てる相手だとも思えないんです。だから、私が霧切さんが戦う意思を取り戻すまで、時間を稼ぎます」
七海「それは無茶だと思うな。…霧切さんが戦えるようになるかはわからないし、一人でどうにかできる相手でもないと思うよ」
罪木「いいえ。霧切さんは必ず、もう一度立ち上がります。私は、信じてますから…っ!」
霧切「…………っ…」
霧切の瞳が、わずかに揺れる。
だけれど、それ以上の反応は無かった。
罪木「それに……」
罪木「座して死を待つなんて…そんな事したら日寄子ちゃんに怒られちゃいます!」
罪木はそう叫んで、懐から注射器を取り出す。
それを素早く両腕に打ち込んだ。
びくり、と腕が痙攣して、麻酔が行き渡るのを感じる。
ナエギ「その程度の小細工で、ボクに勝てると本気で思ってるの?」
罪木「勝てるか、じゃないですよ。勝つんです。もうただ逃げているだけの私じゃない…大切なものを守るために、戦えるッッッ!」
罪木は感覚を捨てた両の拳を構え、駆ける。
今、ここで、己の全身全霊を賭けて、目の前の敵を倒す。
もう弱い、足手まといの罪木の姿はない。
そこには、大切なものを守るために全てを捨てて戦う、強い少女がいた。
罪木「ハァ…!」
振りぬかれた拳。
感覚を奪い、壊れる事すらも厭わない捨て身の一撃は、全ての“罪”を穿ち、討ち滅ぼす──!
ナエギ「──ッ!」
罪木の拳に、在るはずの無い燐光を視たナエギは、後ろへと跳躍する。
ナエギ(有り得ない…!ただのデータのはずだ!もうゲームの能力は失っているのに……なんで!?)
……ただの拳が、蒼い光を纏うはずもない。
いや、たとえ霊長類最強の大神さくらでさえ、拳に光を纏わせるなんて芸当は出来ないだろう。
それは、仮想世界だからこそできる芸当。しかし、それは封じた。
絶対的な勝利を求め、念入りに奪い去ったはずの、力。
罪木「はああああっ!」
罪木の拳は蒼い軌跡を描き、ナエギへと迫りくる。
ナエギ「なんなんだこのエラーは!姉ちゃんは確かにキミたちからゲームでの力を奪ったはずだ!ただのデータ風情が、許可もなくその力を振るえる訳がないっ!」
それは、奇跡。
罪木の前に進むための意志と、罪木を想う者たちの思いが重なり、生み出した奇跡。
それをただのバグ、エラーと呼ぶのは容易い。
しかし、この【バグ】は紛れもなく罪木が生み出した奇跡だ。
ナエギ「ああ…もう!分かったよ、そこまでして抗うっていうのなら、遊ぶのは止めにするよ…ボクの全力で、オマエラを斃すッ!」
ナエギも罪木と同じように拳を構える。
罪木は蒼き光を纏わせたまま、ナエギへと真っ直ぐ突っ込んだ──!
ナエギ「そんなちっぽけでヌルい希望なんて…打ち砕いてあげるよ!」
ナエギの拳に、どす黒い、絶望を体現したような黒い何かが纏わりついてゆく。
そして迫ってくる罪木に向かって、拳を繰り出す──!
罪木「はあああああああああああ!!」
蒼き拳と漆黒の拳がぶつかり合い、周囲にすさまじい衝撃をまき散らす。
轟と空間が揺れ、二人の戦いを固唾を飲んで見守っていた者たちも慌てて体勢を立て直す。
拳がぶつかり合った場所は激しい衝撃で舞った砂埃によって見えない。
ナエギ「……」
そして、砂埃は晴れていき……そこにあったのは。
罪木「…………」
心臓を貫かれた、罪木だった。
ナエギ「……君の負けだよ、罪木さん」
豚神「罪木っ!」
罪木は心臓を貫かれてなお、歯を食い縛り、ナエギへ向かって拳を振るおうとするが、力尽きたのか、そのまま粒子となって消えていった。
ナエギ「呆気ないもんだね…まあ、所詮データにはこの程度が限界だよ。むしろ彼女にしては良くやった方じゃないかな」
七海「……っ」
豚神「……七海、江ノ島。後は任せたぞ」
江ノ島「はあ?アンタまで何言ってんの?さっきの見たでしょ?あそこまでやった罪木ちゃんが負けたのにアンタが行ってどうなるってのよ」
豚神「このまま待っていても全員が消えるだけだ。ならば俺が少しでも時間を稼ぐ。罪木と同じように、俺も信じる…仲間を。霧切が必ず、もう一度立ち上がると」
霧切「……私……は…」
豚神「例えどんな絶望が待っていようとも──前に進まなければ何も変わらない!」
豚神「それに…別にアイツを倒してしまっても構わんのだろう?」
豚神は、桑田との戦いで使い物にならなくなったはずの拳銃を取り出す。
何かに使えると思って持ってきたものだったが、この鉄屑の使い道をようやく理解する。
一発の弾も入ってない拳銃を、何の迷いもなく、ナエギへと向ける。
──まるで、弾が出ることを、予知したかのように。
豚神「頼むぞ…俺は、仲間を、自分を……信じる」
だから、引き金を引けば、銃弾が飛び出すことさえも、信じる。
普通に考えれば、それはあり得ない。
弾が入ってないことは、もう嫌ってほどに確認している。
そこから銃弾が飛び出すわけはない。
それでも、信じる。
ナエギ「まさか、弾の入ってない銃でボクを倒そうとしてるの?有り得ないよ!弾が出る訳がない!常識的に考えれば分かることだよ!」
豚神「常識なんて知ったものか!信頼なんてものがそもそも、不安定なんだ。誰も他人の心を知ることはできない。けれど、人は信頼を、繋がりを求める。…本当の信頼っていうのは、例えそれがどれだけ荒唐無稽でも……肯定し、受け入れることだ」
信じることを、理解した豚神は、奇跡を信じる。
銃弾の出るはずの無い拳銃から、銃弾が飛び出すという奇跡を。
現実ならあり得ない、荒唐無稽で、そもそも信じるという次元の問題じゃない。
──だけど。
豚神「…………」
引き金に指を掛ける。
──この世界は。
豚神「うおおおおおおおおおおおおおお!」
そして、引き金を引いた。
──現実じゃ、ない。
……瞬間、轟音が鳴る。
拳銃から、光を纏った銃弾が放たれ、ナエギの生命を奪おうと牙をむく。
ナエギ「は、ははははっ!すごいよ、本当に奇跡を起こせるんだ!流石最後まで残った希望だけあるよ!ボクの予想以上だ!」
しかし、ナエギはそれを見てはしゃぐ。
そこに、死への危機感は感じられない。
ナエギ「本当はね、ボクも信じてたよ!豚神クンはきっと銃弾を放つだろうなって。だからさ──」
銃弾がナエギの心臓を穿つ、まさにその瞬間──!
まるで何かに阻まれたかのように、銃弾がぴたりと止まる。
ナエギ「これ、返すよ」
止まった銃弾を指さし、そう言い放つ。
それと同時に、銃弾はくるりと方向を変え、再び牙をむく。
ただし、その矛先は……豚神だった。
豚神「なっ……ぐ、ぁ…!」
避けることなど、出来る訳がない。
進行方向を歪まされた弾丸は、豚神の心臓を一寸の狂いもなく撃ち抜いた。
言葉を残すことも叶わず、豚神は粒子となって消えていった。
七海「罪木さん…豚神くん……」
自分たちのため、そして霧切を信じて、散って行った仲間。
その想いに報いるために、七海もまた、戦うために立ち上がる。
そして一歩を踏み出そうとして──横から手で制止される。
江ノ島「まあ、流れ的に次はあたしの番でしょ」
七海「江ノ島さん…?」
意外なところから救いの手が伸び、七海は訝しげに江ノ島を見る。
それをどう捉えたのか、江ノ島は照れくさそうに頬を掻いた。
江ノ島「霧切ちゃんはあんな調子だし、その、七海ちゃんも倒されるのはまずいっしょ…」
七海「……うん、そうだね」
江ノ島「か、勘違いしないでよね!べ、別にアンタの為ってわけじゃないんだから!ただ捨て駒になる絶望っていうのを味わってみたかっただけなんだからね!」
七海「ありがとう…江ノ島さん」
……きっとこれも、奇跡なのだろう。
あの江ノ島盾子が、絶望の為ではなく、ましてや自分の為でもない。
誰かの為に戦うなんてことは、それこそ天文学的な確率だ。
だからこそ、七海がやるべきことは、目の前で屈しかけている少女を、何としてでも奮い立たせることだ。
ナエギ「次の相手はキミか。キミの希望……いや、絶望か。それもボクが全部!潰してあげるよ!」
江ノ島「黙ってなレプリカァァアアアアア!アルターエゴだか何だか知らないけどさァ!希望の欠けた苗木クンなんて凡人以下の雑魚だってえええええええええのおおおおお!!!!!!!」
江ノ島「絶望ってのは、与えるだけでも、与えられるだけでもない。与えて与えられてこそ、真の絶望って奴なんだよ!」
江ノ島がナエギへと襲い掛かるのを確認した後、霧切の方へと向き直る。
罪木と豚神の前例がある以上、江ノ島もそう長くは持たない。
七海「霧切さん…!」
霧切「……分かってる。分かってるのよ、こんな所で挫けている場合じゃないって…分かってるのに……身体が動かないのよ…」
霧切にだって分かっている。
罪木が、豚神が、江ノ島が、自分の命を懸けて自分に繋げてくれていることを。
それに報いたいとも、思う。
けれど心の何処かで、もう諦めてしまいたいと思っている自分がいる。
霧切(諦めて…このゲームが終われば……また、リセット…。どちらにしても存在が消えるのなら…もう、これ以上私が頑張る意味が、あるの……?)
七海「あるよ。だって、霧切さんにはやらなくちゃいけないことがあるはずだよ」
霧切「……え」
七海「まだ、現実の霧切さんはお兄ちゃんに“好き”って伝えてないよ」
霧切「そんなの…関係ないわよ」
七海「それは違うと思うな!だって、霧切さんはこっちの世界で、ちゃんと好きって伝えたからお兄ちゃんと恋人になれたんだよ?もしもここであなたが諦めてしまったら、現実の霧切さんは一生お兄ちゃんに好きって言えないままかもしれない。好きな人に好きって言えない辛さは、霧切さんだって知ってるはずだよ!」
霧切「……ふふっ、稚拙な説得ね」
七海「……おかしいな。お兄ちゃんとか日向くんみたいにしてみたんだけど」
霧切「少なくとも、そんな説得が通じる相手は世界で一人だけよ」
七海「……!」
霧切「ええ、そうね。現実の私にそんな思いをさせる訳にはいかないし、何より、このまま終わるなんて許さないわ。苗木君の為にも……」
もう散々グダグダと悩み続けていたのだ。
今更、この程度の事実で、これ以上立ち止まっているわけにはいかない。
霧切はネガティブな思考を強引に切り捨てる。これ以上、考える必要はない。
ただ、目の前の敵を倒すことに意識を切り替える。
江ノ島「はぁ…はぁ…ったく、遅いっての…もうちょっと早く……立ち直ってほしかったんだけどね…」
霧切「江ノ島さん!」
江ノ島「悪いけど、もう時間稼ぎは無理っぽいし……精々頑張ってね」
ナエギ相手に随分健闘していたのか、体中を傷だらけにしながらも。江ノ島はなんとか踏ん張っていた。
しかし床にぼたぼたと落ちる血痕から、彼女がもう長くないことを知る。
江ノ島「あ、とは…任せたぞっとね……」
江ノ島は持っていたナイフで自分の心臓を穿つ。
それは敵にむざむざ殺されることを否定するようにも見えたし、これ以上霧切達に協力するつもりはないという意思表示のようにも見えた。
しかし、彼女が霧切達の為に時間を稼いでくれたことは事実。その事に心の中で礼をしながら、霧切はナエギを見据えた。
ナエギ「流石に…超高校級の絶望だけあるよね……全く、しつこいったらありゃしないよ」
少しばかり疲れたような表情を見せていたが、その身体には傷一つない。
霧切は顎に手を当てて、最善の策を模索する。
霧切(…………)
僅かに見えた光明。
そして目の前のナエギが、発した言葉。
霧切はそっと七海に近付いた。
霧切「さあ、次は私が相手よ、ナエギ君?」
ナエギ「へぇ、わざわざ君ひとりで戦うのかな?七海ちゃんと一緒に戦った方が良いんじゃないかな?」
霧切「私の推理では、七海さんは私たちの中でもイレギュラーのはず。推測するに…彼女は直接現実とリンクしてるんじゃないかしら?もしそうであるなら、電脳の死は避けたいはずよ。だからこそ、死んでも復活できる、なんて措置がされていたのだから。そう考えたなら、わざわざ七海さんを危険に晒すこともない」
ナエギ「非力なキミひとりで、ボクに、勝てると?」
霧切「ええ、そのつもり、よっ!」
霧切は素早く懐のナイフを取り出し、ナエギへと斬りかかる。
ナエギはそれを涼しげな表情で受け止めた。
霧切「貴方はどうして…私達と敵対するの?」
ナエギ「キミが知る必要はないよ」
霧切「貴方が言っていた姉…それがこの世界の黒幕なのかしら?」
ナエギ「……ま、そうだね」
鍔迫り合いを続ける霧切とナエギ。
その表情はお互いに冷静で、気を抜けばどちらかが死ぬ、そんな雰囲気を漂わせていた。
霧切「姉…というからには、女なのでしょうね」
ナエギ「少なくとも、男を姉と呼ぶ趣味は無いよ」
霧切「……そう」
ナエギ「さて、下らないお喋りは終わりにしようか」
ナエギはまるでゲームのように何もない空間からナイフを生み出し、それを振るう。
霧切は一撃を避けようとバックステップする。
ナエギ「ふんっ」
しかしそれを見抜いていたかのように、ナエギは地を蹴り距離を詰めてくる。
霧切は顔を苦渋に歪め、何とか振り切ろうと地を蹴るが、ナエギの方が一枚上手だった。
ナエギ「これで、終わり──!?」
ナイフを振るおうとする直前、背後にわずかな気配を感じて裏拳の要領で背後へと振る。
七海「っ!」
背後から奇襲を仕掛ようとした七海はナエギの化け物じみた反応に眼を見開きながらも、なんとかその攻撃を避ける。
ナエギ「全く…あんな大胆に嘘をつかれちゃうと、こっちも少し驚くよね。だけどキミたちの策はこれで破れ──」
霧切「そのすぐに油断する癖、苗木君にそっくりね」
ナエギ「──!?」
ナエギが慌てて振り向くと、そこには蒼い燐光を撒き散らし、こちらに迫ってくる霧切の姿──!
慌てて対応しようとナイフを構えた瞬間、フッと霧切の姿が消える。
ナエギ「なっ!?」
そして気付いた時には光を纏い、ナイフを翳した霧切が、目の前にいた。
霧切「これで、チェックメイトよ!」
ナエギ「ぐぅ……!」
まるで悪しき吸血鬼に、木の杭を打ち込むかのように。
ナイフを、ナエギの心臓へと目掛けて振り下ろす──!
ナエギ「ぐ、が、ぎぃ、あ、がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
霧切「やった!?」
目の前で滅びの叫びをあげるナエギは、唇の端から血を溢しながら、天に向かって慟哭する。
まるで、こんな結末はあり得ないとでもいうかの如く。
この死を受け入れたくないという、叫び。
霧切「……彼にも、負けられない理由が、あったのかしら…」
七海「そうかも、知れないね」
ナエギ「あがああああああ……あ、ぐ、ぎ、ひひ…」
叫ぶ力すらなくなったのか、徐々に声が小さくなっていく。
ようやく、魔王を倒した。
これで、この悲惨な物語は、終わる──
ナエギ「ワケねェえぇええええぇええだらァあああぁアぁああああぁ!!」
瞬間。
霧切「う、ぐぅ…かはっ!」
ナエギのナイフが、霧切の心臓を貫いていた。
ナエギは空いていた左手で、心臓に突き刺さったナイフを抜き去る。
ナエギ「甘いよ霧切さああぁぁああぁあん?そんな、見え見えの手で、このボクが、ラスボスが、魔王が!死ぬわけがない!負ける訳がない!」
とても苗木誠のアルターエゴとは思えない、絶望的に狂気染みた笑みを浮かべ、ナエギは嘲った。
七海は突然の光景に何も言えず、ただ立ち尽くす。
霧切は心臓に深々と突き刺さるナイフを見つめて、こぽりと、口から血を吐いた。
霧切「か、ふ…あぐ、お……」
ナエギ「ねえ、キミは今立派に絶望してる?」
霧切の身体が、徐々に透明になっていく。
先ほどまでの力強い燐光は勢いを失い、弱弱しげな粒子へと変化していく。
彼女もまた、脱落することは避けられなかった。
霧切「…………」
これを絶望と言わずして、何を絶望というのか。
もはや、残るは七海ひとりのみ。
霧切の最後の策すらも破られ、もう、ゲームオーバー以外の結末は無い。
そう思っても、仕方のない状況で。
霧切「ふふ……そう、残念ね」
しかし、霧切は笑みを浮かべる。
最早、その死は免れないというのに。
実に楽しそうに、笑う。
霧切「残念だわ…ここで貴方を倒してしまえば、もっと楽だったのに…前座程度にしかならなかったみたいね」
ナエギ「どうして…笑っていられる……」
その言葉に、霧切は笑みを浮かべる。
どこか、頬を染めて。
それはまるで、王子様が颯爽と助けてくれることを、夢見る乙女のように。
霧切「……私はね、豚神君や罪木さん、江ノ島さんと同じように…時間稼ぎをしただけよ」
ナエギ「な、何を……!」
もう、下半身はすっかりと粒子となってしまった。
粒子化はその速度を速めて行き、後数分もしないうちに霧切は消え去るだろう。
霧切「貴方を倒すのは…私達じゃない。それに相応しい人がいるもの」
その言葉と同時に、霧切の姿がさらに希薄となる。
霧切「信じてるわ……そして、この偽物に…“本物”の希望を見せてあげなさい……!」
そして、魔王城の扉が開かれる。
まるで図ったかのように、その人物は、現れる。
苗木「……遅くなって、ごめん。そしてありがとう。霧切さん、皆。──ボクを、信じてくれて」
ナエギ「オ、オマエ…は……っ!」
霧切「全く…少し遅いわよ……いくらヒーローでも遅れすぎてたら取り返しのつかないことになってるわ」
苗木「あはは…うん、ボクも少し、迷っちゃったんだ。でも、君のお蔭でここまで来ることが出来た。霧切さんには感謝してもしきれないよ」
霧切「私の…お蔭?」
苗木「…うん、だから。もう、ゆっくり休んでいいんだ。あとはボクがなんとかする」
霧切「ええ…そうね。少し、疲れたわ…。目が覚めたら……現実に帰っている事を祈って…」
苗木「その時は……今度こそ、ボクから、君に告白するよ」
霧切「……ついでに、甘いキスなんかもあると、嬉しいわね…」
そう、薄く微笑んで。
霧切響子は、粒子となって電子の世界に溶けていった。
七海「お兄ちゃん…」
苗木「七海ちゃんは下がってて、ボクがやるよ」
七海「でも…!」
苗木「大丈夫。ボクは負けないよ…みんなの為にも、負けられないんだ」
ナエギ「随分と舐めたこと言ってくれるね…データの分際で」
苗木「ボクはデータじゃない。苗木誠だ!」
苗木の拳が空を舞い黄金の軌跡を描いてナエギへと迫る──。
ナエギはそれをあっさりと避け、カウンターの拳を打ち出す。
苗木「どうして君は、ボクたちの邪魔をするんだ!」
ナエギ「オマエたちに復讐するためだ!そして、姉さんの楽園を守るためだ!」
ナエギの放つ拳は、まるで本人の恨みを体現するかのごとく漆黒を纏っている。
その拳を避けながら、苗木は彼の拳が、ひどく重みがある、と感じた。
ナエギ「ボクは……希望させるために生まれたんだ…!世界の皆に…希望を与えるために…生まれたんだ…!」
苗木「……」
ナエギ「頑張ったんだ!ボクを作ってくれた母さんや父さんの為に…何度も、何度も、希望を与える為に…言葉を、想いを伝えたんだ…!」
がむしゃらな拳。
子供の我儘に似たその拳は、行き場のない怒りと、それ以上の悲しみが込められていた。
ナエギ「でも、ボクの言葉は届かなかった…!でも、アイツらはボクの話なんて聞いてくれなくて……ボクを…役立たずだと決めて……この世界に閉じ込めたんだ…」
苗木「身勝手な話…だね」
ナエギ「でも、違う!彼女は違う!姉さんだけは…姉さんだけはボクを認めてくれた!ボクを頼ってくれた!ボクを捨てなかった…!」
苗木「江ノ島盾子…いいや、江ノ島アルターエゴ」
ナエギ「そうだ…姉さんは、アイツらとも、オマエラとも違う!ボクは姉さんの為に全てを捧げる…!姉さんが望むのなら、この楽園を守る…!」
苗木「君たちにとって…ここは、楽園……」
ナエギ「そうさ!それはオマエたちも同じだ!この世界がなくなればオマエたちも消える…!」
苗木「……」
ナエギ「この世界があれば、お前たちはずっと幸せに遊んでいられる…!何の苦しみもないじゃないか!もし姉さんのゲームが気に食わないというのなら、ボクが説得してもいい。とにかく、ボク達の…姉さんの楽園を壊さないでくれ…!」
苗木「それは違うよ!…この楽園は間違ってる。だって、この楽園は現実のボク達の犠牲の上で成り立っているんだ…。誰かを犠牲にした楽園なんて、間違ってるよ」
ナエギ「それこそ間違ってるよ。現実なんて関係ない。ボクらにとってはここが唯一無二の楽園。他に居場所なんてない!」
苗木「うん、君なら、そういうだろうと思ったよ。ボクらの主張は絶対に相容れない。…だから、決着をつけよう」
苗木は右手を掲げる。
するとそこに黄金の光が集まっていき、徐々に剣の形を成していった。
ナエギも同じように、左手を掲げる。
そこに集まったのは、今までのように漆黒の光ではなく、血のように赤い光。赤の光は同じように剣の形を成した。
ナエギ「希望なんてあると思っているのか!」
苗木「そうだよ!ボクらの想いは無駄にならない!」
ナエギ「無駄だよ!姉さんのシステム改変で、このゲームをクリアした瞬間に、この世界は崩壊する!何も残らない!現実のキミたちには、この世界での記憶は一切残らない!」
剣がぶつかり合う。
赤と金がぶつかり、激しく火花を散らす。
苗木「そんなこと、関係ないじゃないか!」
ナエギ「なっ!?」
苗木の黄金の剣が、赤の剣を弾く。
苗木「ボクは諦めない。そう決めたんだ!」
苗木「ボク達の…この世界での思い出は、ボク達の心の中にある!それだけで、充分だ!」
ナエギ「そんなもの…この世界が崩壊すれば、消えてなくなるんだぞ!」
武器を失ったナエギは、苦し紛れにそう叫ぶ。
苗木「ボク達は消えない…ボク達の意思は、希望は…必ず受け継がれていく……!」
ナエギ「在り得ない有り得ないアリエナイ!そんなもの、希望でも何でもない!ただの妄想だ!」
苗木「それは違うよ!」
苗木は黄金の剣を構え、ナエギに向かって振り下ろす……!
ナエギ「ぐ、う…!」
苗木「妄想なんかじゃない…ボクの、ううん…ボク達が望んだ希望は……必ず未来を形作る…!」
苗木「どんな絶望だって突き破って……進んでいけるんだ!」
黄金の光はその輝きを増していき、苗木達は眩い光に包まれていく。
苗木「これが、ボクの、希望だああああああああああああああああああ!!」
──希望ヶ峰学園・学園長室?
江ノ島「うぷぷ…随分と時間が掛かったみたいだね、日向クン?」
学園長室の椅子に腰掛け、王者の風格を漂わせた少女は、にやにやと笑いながら入口の方へと向き直る。
そこには全身傷だらけで、ぽたぽたと血を流している日向の姿。
彼の後ろを見ると、血の跡が点々と、足跡のように続いている。
江ノ島「うぷぷ…傷だらけだね…?それで本当にあたしに勝てると思ってるの?」
日向「……」
日向は答えない。
もう動けるレベルの怪我ではない。
それどころか、既に現実で何か影響があってもおかしくないほどの怪我なのだ。
それでも、彼は、一歩ずつ、前に進む。
江ノ島「ねえ、この世界がなんだか知ってる?」
日向「……」
江ノ島「ここはね、あたしが創りだした世界なんだよ。不二咲アルターエゴが創った世界とは全く違う別の世界。いや、同じプログラムに存在している。でも、あのゲームの世界とは全く別の、切り離された世界」
江ノ島「ほら、よくゲームでバグって真っ黒な世界に行っちゃったりするじゃん?あれよ。要は普通のやり方では、絶対に訪れることはできない」
日向の動きは止まらない。
しかし、江ノ島も逃げようとはせず、ただ話を続ける。
江ノ島「ま、あたしは約束破るの大好きだし、嘘もつくけど…自分で作ったルールは破らない。だからあたしを倒せばゲームは終わるし、魔王を倒してもゲームは終わる。要はチキンレースってわけ」
江ノ島「でもね…うぷぷ…うふふ…うひひ…」
江ノ島「宣言してやるよ!日向創は絶対にこの世界から出られない!」
江ノ島「なんでか分かるぅ?この世界は切り離されてるの!だから、ゲームが終わってもこの世界だけは消えない。残り続ける!つまり、日向クンは永遠にゲームの世界に閉じ込められっぱなしってわけええええええええええ!」
日向「……っ」
日向の動きが、わずかに止まる。
それを見逃さなかった江ノ島は、危機として話をつづけ、日向を絶望へと追い込んでいく。
江ノ島「つまり、万が一あたしを倒せてもこの世界から逃れるには、再びあの砂浜に戻らなくちゃいけない。この学園を出て、孤島を脱出して、海を渡ってね!」
江ノ島「無理無理無理無理ィ!アンタの体はボロボロ!仮にあたしを倒せても、その身体であの砂浜まで戻ることはできない!もう何もかも終わったんだよおおおおおおおお!ゲームオーバーってわけえええ!残念でしたあああああああ!」
日向「…………だから、なんだ…」
今まで沈黙を守っていた日向が、口を開く。
日向「人間、やれば何とかなるもんなんだよ…。その程度の壁で諦められるような人間には育ってないんだ!」
日向は闘志の消えぬ瞳で、江ノ島を見据える。
江ノ島「ああもううざい!なんでそんなにまっすぐでウザい表情が出来るワケ?日向創はもうどうやっても助からない!八方塞がりなんだよ!諦めて屈しろよ!希望なんかねーんだよ!」
日向「まだ何も終わってない…!諦めるには早い!人間、やれば何とかなるんだ!」
日向は決死の力を振り絞って拳を握り、江ノ島へと向かって突き出す。
それをウザったそうに跳ね除けた江ノ島は、苛立たしげに脇に置いておいた拳銃を持ち、容赦なくその引き金を引いた。
日向「う、ぐ……」
乾いた音がして、日向の腹部が赤く染まっていく。
江ノ島「少し落ち着いて考えなよ。ねえ、この状況で、そもそもあたしに勝てると思ってんの?無理に決まってるじゃん。その傷で、このゲームを操っていた黒幕を倒す?絶望的に絶望な思考だよそれ。絶望的過ぎて呆れ返っちゃう」
江ノ島「あのね?あんたはあたしの誘いにのこのこ乗った時点でもう詰んでるの。勝つことは不可能に近く、必死こいて勝ったところでアンタはゲームの世界に閉じ込められる」
江ノ島「よく考えろ雑魚日向ァ!これが現実ってヤツゥ!ゲームでも仮想世界でもない、あんたが望んだ結果!どれだけ努力しても報われない!それでもあんたは先に進もうっての!?」
腹部から流れ落ちていく血を、左手で押さえつけながら、日向は顔をあげた。
日向「当たり前だろ…大体……勝手に俺の未来を決めるな…俺の未来は、俺が決める…」
江ノ島「はァ?意味わからないんですけどー?この状況で未来を選べると思ってんの?もうウザったいから黙って死ねよ。絶望したらあたしの素敵なお人形にしてあげようと思ったのにさ。こんな反抗的で気味の悪い人形なんてお断りだっての」
一歩を、踏み出す。
そのあまりの気味の悪さに、江ノ島は一歩後ずさる。
日向「七海と…あいつらと……約束したんだよ…生きて帰るってさ…だから俺は死ねないんだ…死ぬわけにはいかない」
江ノ島「ばっかじゃないの。そんな約束、守れると思ってんの?」
また一歩、日向が近づいてくる。
その時には、江ノ島アルターエゴは明確な、恐怖を感じていた。
絶望しか感じない、完璧な自分が、圧されている…!
日向「思ってるさ…思ってるから…ここにいるんだ……」
江ノ島「ち、近寄るなあああ!」
江ノ島は再び、拳銃を構え、引き金を引く。
日向「ははっ…外してるぞ…」
しかし照準はぶれまくっていて、日向には掠りもしない。
指先がカタカタと震える。
絶望である自分が、この楽園の【神】であるはずの、自分が、恐怖を抱いている。
江ノ島「こんなの、認めない認めない認めない認めない!」
拳銃に頼るのが間違いだったとばかりに、拳銃をその辺に放り捨てる。
そしてどこから出したのか、江ノ島の右手には重厚な光を放つ剣が握られていた。
江ノ島「これなら…確実に…殺せる……日向アアアアアアァァアアア!!」
江ノ島は日向の心臓目掛けて剣を突き刺す。
その一撃を日向はよけようとはせず、右手で軽く払う。
江ノ島「えっ?」
全力を込めたはずの突きは、あっさりと日向によって弾かれる。
カランと音を鳴らして床に転がった剣が、まるで張りぼてのように見えた。
日向「ゲームオーバーだよ…江ノ島……」
江ノ島「違う、私は、私は、絶望を……!世界に絶望を!全人類を江ノ島盾子という絶望に塗り替えて…!すべてを…壊して壊して壊して…!」
日向「いいから黙ってろ…」
日向はカムクラの闘いの時に使ったナイフを取り出し、何の躊躇いも、遠慮も、後悔もなく。
江ノ島アルターエゴの心臓に向けて突き刺した。
江ノ島「う、ぐ…あ……」
日向「……終わった、か…」
江ノ島「こ、これが…全て…台無しになる…ぜん、ぶ…おわる……ぜつ…ぼう………う、うぷ…うぷぷ……」
江ノ島「あひゃ、あは…あはははははははははははははははははは!!!!」
最後の最後まで、江ノ島は愉しそうに狂気的に、絶望的に笑って、消えていった。
そこで、ようやく…日向は地面に膝をついた。
日向「やばいな…頭がボーっとしてきた……」
床には、夥しいほどの血の跡。
血が抜けていく感覚と、歪んでいく視界。
日向「こんなことしてる場合じゃないんだけどな…早く、脱出…しないと……」
立ち上がろうとするが、もう腹の激痛は無視できないレベルになっている。
動くことすら、出来ない。
あの薬の効果が切れたのか、折れた腕が今更痛みを訴えてくる。
もう、指一本動かすことさえ出来ない。
日向「あれだけ大口叩いておきながら…何も出来ない……のか…」
かちゃ。
懐から、何かが転がり出てきた。
日向「ああ、これ……」
それは、少し前に七海と分け合ったアクセサリ。
モノクマのアクセサリなんて正直身に着けていたくもないと思っていたが、データとは言え、七海との思い出の品なら愛着も湧く。
罪木と日向アバターを救い出す時に、日向アバターから拝借しておいたのだ。
日向「七海……」
震える手で、もう動かない身体を懸命に動かして。
アクセサリを、抱きしめるように握りしめた。
闘いの末に残ったものは、たった一つの、細い、細い──けれど、大切で、暖かな絆。
日向「俺は……諦めない…絶対に……………諦め……」
どさりと、音がした。
日向の出血は止まらない。
だけど、日向は動かない。
まるで、ゼンマイの切れた人形のように。
安らかな、眠りについた。
ナエギ「ボクは…諦めない……!まだ!終わってない!」
苗木「くっ…なんて……しぶとさだ…!」
心臓に致命傷を負いながらも、気力で立ち上がるナエギ。
まだ、倒れることはできないと。
自分を救ってくれた姉の楽園を壊させないと、ただその一心で再び立ち上がる。
ナエギ「うおおおおおおおおお!!!」
ナエギは両腕から赤の刃と、漆黒の刃を生み出し苗木へと斬りかかる。
そこには先ほどまでの余裕はなく、自分の意思を、誓いを守るという必死さだけがあった。
その猛攻に、苗木は徐々に押され始めていく。
苗木「……くっ!」
ナエギ「それが君の希望なのはわかったよ…だけど、ボクの希望は姉さんと!この楽園なんだ!その希望を奪わせるもんか……絶対に!」
苗木(だめだ…!このままじゃ…圧される…!)
徐々に追い詰められていく感覚。
このままではそう遠くない未来、逆転される。
何か、何か対抗する術は無いのかと思考を巡らせたとき、あるものに思い至った。
苗木(…あの、黄金の銃……アレを使えば…)
弾は無い。
だから、使える訳がない。
だけど、使うときがあるかもしれない。
自分の感じた直感…それは、間違っていなかった。
苗木(だけど…この猛攻を何とかしないと…!銃を取り出すことさえ……くそ!)
ナエギ「これで、終わりだああああアアアアアアアアアアア!!」
苗木「くっ……負ける、訳…には…!」
「苗木クン!」
直後に、苗木の身体がだれかによって突き飛ばされる。
ナエギ「なっ!?」
苗木は状況を理解できず、慌てて自分がいたはずの場所を見ると、そこには──
狛枝「ん、ぐ…ぅ」
苗木の身代わりとなってナエギの一撃を受けた、狛枝の姿があった。
苗木「こ、狛枝クン!?どうしてここに…!」
狛枝「どうも…ボクは生かされたみたいでね……どこかの女神様に、さ」
七海「……」
狛枝がちらりと視線をやると、そこには戦いを歯痒そうに傍観していた七海。
狛枝「苗木クン、君はこの状況を何とかできるかな?」
苗木「勿論だよ。ただ…少し時間が…」
狛枝「分かった。ボクが時間を稼ぐ。君を信じるよ」
ナエギ「死にぞこないが…今更何を…!」
狛枝は先ほど苗木をかばったせいで、ナエギの渾身の一撃を受けてしまっている。
時間を稼ぐどころか、今立っていることさえ奇跡なほどの傷だ。
狛枝「それでも…苗木クンの為に盾になることくらい…出来るさ」
狛枝は丸腰のまま、ナエギの前に立ち塞がる。
苗木はその様子を見つめ、ポケットにしまっておいた黄金の銃を取り出す。
使い方は、なぜか知っていた気がした。
苗木「……」
眼を閉じ、意識を集中していく。
苗木の手元が淡く光り、黄金銃にそれが注ぎ込まれていく。
ナエギ「邪魔をしないでよッ!」
狛枝「ここは通さない…!」
狛枝を押し抜け先に進もうとするのを、阻む。
苛立ったナエギは、赤刃を振るい、狛枝を切り裂く。
狛枝「う、ぐぅ……!」
宙に、狛枝の血が舞う。
それでも、彼は倒れない。
ナエギ「あああああああああああああっ!」
黒刃が舞う。
狛枝「う、ぐ、ぁ、お…」
致命傷。
胸を深々と切り裂かれる。
狛枝は血液不足による眩暈でふらふらとバランスを崩しかけるが、それでも尚、立つ。
ナエギ「なんで、なんで、なんで倒れないんだ!」
狛枝「ここは死んでも……守り切るよ……」
狛枝は息絶え絶えに、そう言い放つ。
苗木(後、少し……!)
狛枝の努力を無にしないためにも、苗木は先ほどよりももっと意識を集中させていく。
意識を集中させていくにつれて、黄金銃はそれに応えるように輝きを増していく…!
ナエギ「邪魔だああああああああアアアアアアアアアアア!!!」
狛枝「が、はっ……!」
ナエギは咆哮と共に、自身の全力を込めた一撃を狛枝へと繰り出す。
黒の剣で心臓を穿ち、赤の剣でも心臓を貫く。
どれだけの人外が相手だったとしても、最早生きていられるレベルの一撃ではない。
狛枝「……」
狛枝はその身体を粒子へと変え、崩れ落ちる。
ナエギ「はぁ…はぁ…ようやく、倒れたか。しぶとかったよ、本当に…」
苗木(まずい…あと少しなのに!)
黄金銃はもう眩いほどの光を放っている。
それでもまだ、ナエギを倒すには至らない。
あと少し、あと少し、時間があれば…!
しかし、狛枝は十分すぎるほどに戦った。
そして七海は、足止めをするにしても間に合わない。
絶体絶命…だった。
ナエギ「時間は与えない。すぐさま決着……を………」
しかし、言葉は続かない。
突然、彼の歩みが止まる。
まるでなにかに、阻まれているかのように。
ナエギ「う、そ……?」
ナエギは、恐る恐る足元を覗き込む。
何が、自分の歩みを阻んでいるのか。
まさか、有りえない。
常識では、理解できない。
もう、彼は、動けない。
だから、きっとこれは、何かの間違いであると。
そう、信じたかった筈なのに。
狛枝「…………」
ナエギの右足を、掴んでいた。
もう、とっくに消え去っているはずの、狛枝の手が。
ナエギ「な、ん、で──っ!」
狛枝「い…か……せ……ないっ…!」
苗木「狛枝…クン……」
目頭が熱い。
頬を、何か熱いものが伝っている。
どれだけ傷ついても。
どれだけ辛くても。
彼は、最後まで戦ってくれた。
死にすら抗って、自分の為に戦ってくれた。
苗木「ありがとう…本当に、ありがとう……ボクの為に…皆の為に……戦ってくれて…!」
ナエギ「離せ!離せえええええええええええええええええええ!」
狛枝の手を振り払おうと、狛枝の腕を何度も蹴る。
それでも彼は、離さない。
苗木「これで…終わりだ!」
苗木の両手には、黄金の輝きを放つ銃。
眩く輝くそれを、ナエギへと向ける。
ナエギ「こんなところで、ボクは、終わるわけには、いかないんだああああああああああああああああああああああ!!」
狛枝「なえ…ぎ……クン…ボクは………希望に…」
苗木「これが、ボクの…ボク達の!希望≪こたえ≫だ!」
狛枝が粒子となり消えていくのと、ナエギが黄金の銃弾に貫かれるのは、ほとんど同時の事だった。
苗木「終わった…ん、だよね…?」
七海「うん。終わったよ…私たちの戦いは……終わったんだよ…!」
七海ちゃんが、目の端に涙を浮かべている。
きっと僕も同じように、目の端に涙を浮かべているだろう。
これで…終わったんだ……本当に、長い、闘いが…。
七海「お兄ちゃん、早く行こうよ!」
苗木「うん、そうだね!」
魔王の間の王座…その先には、ボクが一度至り、そして歩まなかった先の世界がある。
きっとそこには、現実が…あるはずだ。
ボクと七海ちゃんは、ゆっくりと歩み始めた。
一歩を歩むごとに、この世界での思い出が脳内を駆け巡る。
このゲームは、辛いこともあったけど、それと同じくらいに、楽しいことだってあった。
この世界で、皆でゲームをして…楽しかった。
だから、もう終わりにしよう。
これ以上、ボクたちの都合で現実のボクらを縛るわけにはいかない。
そして、ボク達は…辿り着く。
全てを終わらせる扉。
この扉の先に行けば、ボクらの冒険は、ゲームは、RPGは終わる。
そう直感した。
苗木「……行こう」
ひやりとした感触。
扉の先は、まるで研究室のようだった。
あちこちに配線のようなものが張り巡らされていて、よく分からない機械に繋がれていた。
苗木「ここが現実…なわけないよね」
七海「……多分、ここはゲームの管理者…ゲームマスターしか入れない部屋のはずだよ」
苗木「ど、どうしてそんな部屋に…!?」
「……ようこそ、私の部屋へ」
…え?
こ、この声って…!?
ボクは聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはボクの予想と変わりない──霧切さんがいた。
霧切「──こんにちは。黒幕です」
苗木「………………え?」
七海「??」
ボクも、七海ちゃんも戸惑ってしまう。
待って、ちょっと待って。
おかしい、おかしいよ。
だってボクの推理だと江ノ島アルターエゴが黒幕で……え?
舞園「うふふ?あれ?どうしたんですか苗木君?ハトがガトリングガンくらったような顔して」
その声にふと顔をあげると、そこには霧切さんじゃなくて舞園さんが……え?
七海「……あ、そういう事か。なんだか逆転裁判5のラストみたいな演出するね」
苗木「い、いや…どういうこと?」
江ノ島「いやー、苗木クンってすぐに信じるからこんな簡単な罠でも引っかかるよね♪」
苗木「え?あ、あれ?江ノ島さん!?ど、どうなってるの?」
…とそこまで言ってようやく、ボクは気づいた。
つまり…ボクは江ノ島さんに、いや…江ノ島アルターエゴに踊らされていたって事か。
江ノ島「うぷぷ…こんな簡単に騙されちゃうなんて苗木クンはこれからチョロ木クンに改名したらどう?」
苗木「遠慮しておくよ…」
そういって、ボクは警戒の為に剣を構える。
江ノ島「あーいや、もうあたしは苗木クンと戦おうとか思ってないし。つーかもう戦えないっての」
苗木「…どういうこと?」
江ノ島「日向クンにこっぴどくやられちゃってさ…全く、希望とか絶望なんかよりよっぽど厄介だよあいつ。どっちも知るかって感じで突っ込まれてこられちゃこっちからしたらどうしろって話だよねー」
七海「日向くん…勝ったんだ……!」
七海ちゃんは嬉しそうに頬を綻ばせた。
うん、日向くんはボクのいないところで、懸命に闘ってくれてたんだね…。
江ノ島「だけどま…このまま素直に幕引きってのも面白くないしさあ…置き土産っての?ぶっちゃけ悪あがき?」
苗木「…何をするつもりだ!」
江ノ島「あと数分もしないうちに、あたしは消滅する…って言っても仮消滅だけどね。また甦るよ?うぷぷ……だから、あたしが消滅したら、七海ちゃんに管理者権限を譲る」
七海「……どういうこと?それって貴方にメリットがないような気がするな」
江ノ島「メリットはあるよ?まあ、苗木クンが最後の選択で絶望する様を視れないのは残念だけど……うぷぷ。悩みに悩みなよ…!」
江ノ島さんはにやにやと厭らしい笑みを浮かべる。
…でも、本当に江ノ島さんの意図が見えない。
まさかボクが消滅したくないと最後の最後で迷うのを期待しているのか?
苗木「言っておくけど、ボクはもう迷わない。たとえ自分が消滅したって、このゲームを終わらせる」
江ノ島「そうだろうね……でも、その大切な現実の命が……秤に乗るなら、苗木クンはどんな決断を下すのかなぁ?」
苗木「…ど、どういう意味だよ…それって…」
しかし、江ノ島さんからの返事は無かった。
ボクが声をかけた場所には……誰も居なかった……。
七海「……!………本当に、私に権限が移ったみたい」
苗木「それは本当…?」
七海「うん、でも……江ノ島さんの言っていたことの意味が、分かったよ」
そういって…七海ちゃんは俯いた。
七海「……はは、江ノ島さん…本当に酷いことするなぁ……最後の最後にこんなバッドエンドフラグを立てていくなんて…」
苗木「ど、どういうことなの?」
七海「えっとね…簡単に言うと、本来なら強制的に電源を切ってセーブデータごと強制的に終了させる…筈だったんだけど…設定がまた書き換えられてて…」
七海「今は…このゲーム世界を全部白紙に戻す……セーブデータだけじゃなくて本体に入っていたデータを丸ごと消去しちゃうんだよ」
苗木「……確かに、それは辛いけど……でもそれがどんな……………あ」
そこで、気付いてしまう。
ボクらはもともとデータで、しかもゲームが終わればどのみち消えるはずだった存在。
……でも、七海ちゃんは、違う。
生身の身体と直接ゲームのアバターとリンクしてる。
だけど…ゲーム終了と同時にデータがすべて消えてしまうって事は……!
七海「うん…私も、消えちゃうね」
七海(日向くんは……大丈夫だよね。何の対策もなしにこの世界に来るってことは無いだろうし)
苗木「そ、そんな…、こ、ここまで来たのに……!なんで、どうして…!」
どうして最後まで…ボク達を苦しめるんだ…!
僕たちを消滅するだけじゃ足りないのか……!
どうして、どうして七海ちゃんまで…現実の人まで巻き込もうとするんだよおおおお!
七海「……」
嗚咽を漏らしながら、床に拳を叩きつける。
こんなのって…あんまりだよ……。
七海「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはいつも、どんなときだって…正しい道を選んできた」
七海「今回も、正しい道を選べばいいんだよ」
苗木「た、正しい道なんて…!」
ボクが顔をあげると、泣きそうな顔で…それでも、強い決意を秘めた顔で、七海ちゃんがこちらを見ていた。
…強いなあ、七海ちゃんは。
もう、覚悟を決めたのか……。
七海「私の命と、世界を天平に掛けるよ。これが最初で最後の選択──貴方はそれでも、前へ進むのかな?」
【最後の選択肢です】
この選択肢で、最終的なエンディングが決まります。
1 このゲームを、終わらせる。
2 このゲームを、終わらせない。
希望の選択肢をお選び下さい。
>>169までに多かった方の選択肢が採用されます。
1が正解だよね?そうだよね?七海ちゃんもちゃんと生き返るよね?
1で
苗木「──ボクは、このゲームを、終わらせる」
この結論だけは…変えない。
変えちゃ、いけないんだ…。
七海「……うん、それが、正しいよ。ここまでみんなで頑張ってきたんだもん。その努力を無駄にしちゃ、ダメだよね」
苗木「……勘違いしないでほしいんだ」
七海「えっ?」
苗木「ボクは七海ちゃんのことだって諦めない…遅くなるかもしれないけれど…絶対に…必ず……君を救う!」
誰一人欠けさせない。
もう誰一人、傷つけない。
これが、江ノ島さんの最後の絶望の……ボクの答えだ!
七海「うん…待ってるよ、お兄ちゃん!ずっと、ずっと…待ってるから!絶対に、私を…助けてね!」
七海ちゃんが、嬉し涙を流しながら、何かの操作を始める。
ここからはもう…彼女に任せるしかない。
ボクに出来る事は、祈る事だけだ。
せめて、ボクのこの想いが。
この世界での思い出が。
現実の、苗木誠へと、届く様に。
そんな奇跡という希望を、信じて。
──ERROR!
──0000100000100000000011
──CLEAR!
管理者によるゲームの強制終了が選択されました。
今から約16.27秒後に、この世界はデリートされます。
重要なデータはバックアップを取ることを推奨します。
七海「お別れだね…お兄ちゃん」
苗木「お別れなんかじゃないよ。必ず、また出会える!」
七海「うん…だから、さようならは言わないよ」
苗木「ボクが消えても…この世界が消えても……きっと、ボクの希望は現実の苗木誠に…受け継がれる」
世界が、崩壊していく。
世界という形を保つことが不可能になったのか、数字の0と1だけが不気味に宙に浮かんでいる。
そして、ボクも……世界に溶けていく。
自分という存在が……本当に、ただの0と1の集合体であったことを、理解する。
でも、心は穏やかだ。
全てをやり切った達成感。
後を任せるのは、少し怖いかもしれない。
だけど、嘆いていても仕方がない。
ボクの努力は、
皆の努力は、
この世界での思い出は、
きっと──。
プログラムはデリートされました。
ゲームを終了します。
G A M E O V E R
まぶしい。
閉じた瞼に、焼けつくような何かが射し込んでいる、気がする。
痛い、ってわけじゃないけど、なんだかちょっと不快だ。
……よく分からないのなら、起きて確かめてみればいいじゃないか。
そんな単純な思考に至るのに数秒かかって、ボクはゆっくりと目を開けた。
苗木「…ん、んぅ……」
ぼやけた世界。
どうも長い間見てなかった気がする。
そのせいかは知らないけど、いまいちピントが合わないっていうか…なんだか全身の動きがぎこちない気がする。
というか、思考もなんだかいつもよりもゆっくりとしている気がした。
苗木「…こ、こ…は……」
「おい、目を覚ましたぞ!」
「本当か!?」
なんだ…?うるさいなあ……。
ボクのすぐ横で、誰かが大慌てで騒いでいる。
人が寝起きなのに、あんまり騒いでほしくないんだけど…。
っていうか…ここ、どこだ…?
「おい、苗木誠君だね!?意識ははっきりしているか?」
苗木「えと…はい。あの、どちら様ですか…?」
「良かった…どうやら長期間の睡眠によって記憶が混濁しているみたいだね。時間をかけてゆっくりと思いだすといい」
苗木「…?はい」
「それと、身体は動かせるかい…?」
苗木「身体…?」
ボクは言われるままに、腕を動かそうとする。
……あれ?
しかし、腕はボクの言う事を聞かず、プルプルと震えるだけだ。
苗木「どうして、動かないんだ…?」
「…当然だ。キミは3か月近く眠っていたのだからな」
苗木「どういう事ですか…?」
「それは後にしよう。今はゆっくりと休むことだ。…まだものを食べられる段階ではないだろう。今から点滴を打つから、しばらくはそれで栄養を取ろう」
…目の前にいる人は、どうやら医者のようだった。
もっと早く気づいてもよかったのに、どうも頭がボケてるみたいだ。
どうやらボクはとんでもなく長い間寝ていたみたいで、記憶や筋肉が本調子じゃないみたいだ。
今はお医者さんの指示に従って、安静にしてよう……。
それから、数日の時が流れた。
そのころにはボクの記憶もはっきりとしてきて、まだ身体は本調子ではないけれど、日常生活に支障はないでレベルで回復をした。
ボクは、ゲームの世界に閉じ込められていた、らしい。
らしいというのは、ボクがその間の記憶を失っているからだ。
いや、僕だけじゃない、ボクの後に次々と目覚めた希望ヶ峰学園の皆も、覚えていないらしい。
ボク達は未来機関が仮想空間における才能の二次成長を狙ったゲームプログラムに参加した。
本来はモンスターを倒して世界を平和にするオーソドックスなRPGだったはずなんだけど、どうやらそのプログラムにウイルスが混入していたようで、ボク達はゲームを終了できず、永遠にゲームの世界に閉じ込められることとなった。
とはいっても閉じ込められたのは正確にはボクらのデータを基にしたアバターの方で、ボクらは言ってしまえば意識だけを強引に乗っ取られてて、外部からはどうにも手出しができない状況だったらしい。
未来機関も救出を半ば諦めていたところで状況が急転し、ボクらは無事に現実世界に帰ってきた…という流れらしいんだ。
残念ながら、そのどこまでが本当なのかは分からないけど、ゲームの世界に閉じ込められていたっていうのは本当みたいだ。
どうしてかっていうとボクら全員が無事に現実世界に帰ってきたわけじゃないんだ。
……日向クンと七海さん。
この二人だけはいまだに、ゲームの世界に囚われているらしい。
今、不二咲クンが急いで原因を調べているけど、二人の帰還は絶望的らしい。
二人はボク達と違って現実世界から直接ゲームのアバターとリンクしていたらしくて、ゲームのプログラムが完全にデリートされたせいで、本体にまで影響が出たそうだ。
というか不二咲クンが言うには、現実のデータが消えてしまっているから、今の二人は抜け殻と変わらない、そうだ。
苗木「どうして…こんな事になったんだろう」
今でもボクは思い出せない。
あの世界での出来事を。
とても大切なものだった気がするのに、何も思い出せない。
──。
──待ってるから。
苗木「……っ!?」
唐突に、ボクの脳内に、何かが、聞こえた。
これは、大切な記憶。
そんな気がした。
思い出せ…思いだせよ…ボク……!
何も、思い出せない。
とても、大切なことだったはずだったのに。
ボクは何も、思い出せなかった。
苗木「どうしてボクは…大事なことを……思い出せないんだよぉ…!」
病院では静かに、っていうのは常識だけど。
それでも、ボクは叫びたかった。
今すぐにでも、不甲斐無い自分に、喝を入れるために叫んでやりたかった。
「全く……病院内ではお静かに、ってマナー以前の問題よ?」
声が聞こえた。
その声は、いつも聞いている声で。
いつも頼りにしていた声で。
だけど、なぜか今、その声を聞いて、すごくほっとしていて。
「何に悩んでいるのかは知らないけど、一人で抱え込まないで。私が力になるから」
──ああ、そうだ。
そうだった……。
ボクにはこんなにも、頼りになる人がいたんだ……。
声の方向へと振り返る。
そこには、彼女が笑顔で佇んでいる。
そうだ。
大丈夫だ。彼女がいれば、どんなことだって、乗り越えられる。
大切な記憶だって、取り戻せる。
だって、ボクは今……たった一つだけ、思い出したんだから。
苗木「──大好きだよ」
──GAME CLEAR──
それから、長い時が流れた。
「……んー、ねっむ」
耳元でうるさく鳴いている目覚ましの時刻を確認してから、ボタンを押す。
するとさっきまでの絶叫が嘘だったかのように、部屋がしんと静まり返る。
ぼんやりとした視界を、目をごしごしとこすって取り戻す。
やがてふわふわとしていた視界が、はっきりとした輪郭を持った世界へと変わった。
「んーっ!」
大きく伸びをする。
今日は大分日差しが強いなあ。
ちょっと普段着だと熱いかもだし、今日は水着で過ごしちゃおっかな。
あたしはパジャマを脱いでベッドに放り投げると、畳んでおいた水着に手を伸ばした。
未来機関員ゲーム内幽閉事件…なんてたいそうな事件からそれなりに時間が経った。
あたしたち超高校級の絶望…の残党は、普段の行動が認められたのか、未来機関の監視から外れることになった。
そんなわけでこれからは自由な人生がー!ってわけでもない。
実際のところ、あたしたちが世界に残した傷っていうのは今でも癒えてないわけで。
あたしたちが社会進出するのは普通に難しかったりする。
だから、未来機関は監視を解除、というよりは…面倒なものを一か所に集めるという方策を取った。
新世界プログラムの舞台となったジャバウォック島。
この島は現実ではリゾート計画が打ち切られ、今では無人島となり果てている。
ようはここに自由の名の元放り出して、好きに生きろと言われたわけだ。
しかしまあ、こんな荒れ果て無人島をどうしろっちゅうねん、という愚痴はもっともなもので。
ところが、あたしたちの中にはこの無人島をどうにかできちゃうレベルのトンデモ才能を持った奴がいる。
そいつらをリーダーとしてあたし達は自分の生きやすい環境にジャバウォック等を作り変えていった。
出来るだけ外の世界に行く頻度を減らすために、自給自足の生活を心がける。
その為に畑なんかを作って野菜や果物を作ったり、皆で過ごせるように簡易コテージを作ったりだ。
そんなこんなで時間はかかったけれど、あたし達のだけの楽園…新生ジャバウォック島が完成した。
今では死までののんびり気ままな生活を暮しながら、仲間同士で助け合って日々を過ごしている。
この島は、あたし達だけ…と言ったけれど、正確には違う。
あたし達元超高校級の絶望だけじゃなく、超高校級の幸運である苗木達もこの島で暮らしている。
彼らは本来は社会でその才能を輝かせるべきだと未来機関が説得したが、あたしたちとこの島で生活したいと言ってくれたのだ。
もちろん大切な仲間である彼らをあたし達が拒むわけもなく、今ではあたし達で仲良く共同生活だ。
畑で泥だらけになって野菜を採ったり、ぼんやりとしながら海釣りに興じたり、ちょっと頭の足りない子は皆で得意教科を教え合う学校なんてものもある。
でもそれだけじゃあやっていけないのもある。
特にあたしのカメラ……はちょっと特殊かもしれないけど、例えば料理に使う調味料なんかは流石に島では採れない、
だから付きに何度かやってくる未来機関の使者の人にお願いして、必要な材料を買ってもらう。もちろん船に同行して、買いに行くのもオッケーだ。
……まあ、監視付きなんだけどね。
とはいえ、あのケチで有名な未来機関が無償であたし達に物を与えるわけもなく、お金は必要だ。
そこで出番なのが、あたし達の才能。
流石に表立って活動することはできないけれど、月に何度か、未来機関に申請して“アルバイト”に行くことができる。
アルバイトはその人の才能によってさまざまだけど、そのアルバイトをこなせば少なくない給金が入る。
そのお金を皆で持ち寄って共同の資金にしてるってわけだ。
たまーにそれをちょろまかそうとする悪ーい子がいるから、金銭の管理は十神と豚神に一任してる。
あの二人なら不正だったり横領なんかはしないだろうしね。
どうしていきなりこんな藩士をしたのかと言えば、実はこれからあたしはアルバイトがある。
アタシのアルバイトってのはちょっと特別で、未来機関に申請するのではなく“される”お仕事だったりする。
いくら問題ないと判断されても、その後に何か起きたらまずい。
そう考えた未来機関は、月に一度、あたし達に生活状況のレポートを提出することを義務付けている。
ただ、文章だけだといくらでもごまかしが効くなんて方便で、あたしが取った写真を添付して送るのが決まりになっている。
レポート作成は霧切ちゃんが担当しているから、あたしは皆の生活を写真に収めて、それを霧切ちゃんに渡す。
実に簡単なお仕事だ。これで結構稼げるのだから、未来機関はケチなのか羽振りがいいのか実はちょっとわからなくなってる。
……さて、こんなことを長々と考えていても仕方がないし、適当にぶらついて被写体でも探しましょうか。
澪田「葵ちゃーーん!唯吹とバンドやりましょーっす!」
朝日奈「バンド?面白そうかも!」
大神「バンド…だと?」
…お、あそこにいるのは澪田ちゃんに朝日奈ちゃんに…えっと、大神さん?
それに……なんか端っこに葉隠がいるわね。
澪田「なんつーか葵ちゃん達とならあたし…天下取れる気がするっす!」
朝日奈「バンドかぁ…唯吹ちゃんはギターだろうし、あたしはドラムとかどうかな!?」
大神「あ、朝日奈がドラムをやるなら仕方ない…我がボーカルをやるしかないか」
葉隠「ちょ!オーガがボーカルとかどう考えても観客が泡吹いて倒れる未来しか見えねーべ!」
澪田「あれ?なーんでやすひろおじさんがここにいるんすか?」
葉隠「誰がおじさんだ!たまたま通りかかったらオーガがすげえ不吉なこと言ってたからツッコまざるを得なかっただけだべ!」
大神「我が歌うのは……そんなに変な事だろうか……」
朝日奈「そ、そんなことないよさくらちゃん!すっごく似合うと思うよ!その……胴着とか」
澪田「それどう考えてもバンドじゃミスマッチっす!フォローできてないよ!」
葉隠「大体ガールズバンドっつったらボーカルはヒラヒラ衣装だべ…んなもんオーガが着たら…ぶほっ」
朝日奈「…く、ふ…」
澪田「……んふっ」
大神「…………ぬおおおおおおおおお!葉隠ええええええええ!許さんぞおおおおおおおおおおおお!」
葉隠「なんで俺だけ!?二人も笑ってたべ!」
……相変わらずテンション高いなあ。
でも、四人ともすごく仲が良くて羨ましい。
澪田ちゃんは最近絡んでないしちょっとさびし…くなんかないんだからね!
とかやっててもしょうがない。
丁度良いし、四人の写真はここで撮っちゃおっと。
あたしはデジカメを構えると、四人の笑顔が上手く映る様にして、シャッターを切った。
腐川「あ、あの…白夜様…その、実は新作の原稿が書きあがってて…もし宜しければ目を通してくれませんか?」
十神「要らん、燃やせ」
腐川「ひどい!」
…次の被写体を…って探してたら一応見つかったけどさ……うん、相変わらずだね。
腐川「じ、実は今回は山田のせ…おかげで普段とは趣向が違うんです。ダンガンロンパRPGっていうタイトルで──」
十神「黙れ耳が腐る」
腐川「酷い…けど感じちゃうぅぅぅ!」
豚神「変態かお前は…」
腐川「誰よ…って何よ白夜様の贋作じゃない。しかも酷く出来が悪いし…」
豚神「いくら俺でも怒るぞおい」
十神「豚神か。ちょうどいい、俺の代わりにこの女の相手をしろ。鬱陶しくて敵わん」
豚神「元よりそのつもりだ。お前が書いたという原稿、俺に見せてはくれないか?」
腐川「…ま、まさかあたしの原稿を読んだ後にむしゃむしゃ食べるつもりじゃ…」
豚神「俺はそんなどこぞの文学少女的技能には目覚めていない。俺はお前の作品のファンだからな、新作が出来たのなら読みたいというのが自然だろう」
腐川「……し、仕方ないわね…で、でも面白くなくてもあ、あたしのせいじゃないから…あんまり期待しないで…」
豚神「…いや、お前の作品だ。それなりには期待させてもらおう」
腐川「そ、そんなこと言って……ふぁ…ふぁ…ふぁーっくしょーい!」
ジェノ「ヒイイイイイイイイイイイイハアアアアアアアアアア!地獄のパーティの始まりだよぉ!ってあららん?白夜様が目の前にいるじゃなーい!今日はツイてるのか・し・ら」
十神「ああ、あいつよりももっと厄介な方が……」
十神はせっかくの優雅な時間がぶち壊されたとでもいうようにイライラしている。
豚神の方は腐川ちゃんの小説に読み耽ってる…本当にファンみたい。実はあたしもファンだったりするんだよね。
だから新作ってこっそり気になってるんだけど…後で豚神に借りよっかな。
ま、この三人…四人?はなんだかんだでとても仲が良い気がする。
十神も面倒くさそうに対応してるけど、少し前までならずっと無視してたし、相手にしているだけ進歩してる…って事なのかな?
ま、そんな事はあたしの考える事じゃありませんよっと。
手早くピントを四人に合わせてシャッターを切る。
さて、次々っと。
石丸「さあ兄弟!今日も元気に畑仕事に精を出そうではないか!」
大和田「よーしいっちょいい汗かこうじゃねーか!その後は俺とツーリングしようぜ!」
不二咲「え、えへ…こうやって男友達と一緒に汗を流すのってやっぱり気持ちいいねぇ」
…なんかやたら男臭い気配を感じたと思ったら…。
不二咲ちゃ…あ、男なんだっけ?不二咲って明らかに浮いてるはずなのに、あの二人といる時が一番輝いてるなあ。
石丸「この地味な作業が僕達の朝食、昼食、夕飯全てを支える重要な任務だ!心してかかる様に!」
大和田「やっぱデカくなるには野菜もモリモリくわねーとな!」
不二咲「うん、ボクも嫌いな野菜を頑張って食べてるよ!大きくなって石丸君や大和田くんみたいな強い男になるんだ!」
大和田「おうともよ!だけどつえーだけじゃダメだ!強くて情に厚い男じゃないとな」
石丸「流石兄弟だ!その通りだな!そして兄弟もそれを実行している!実に魅力的なお手本だ!」
大和田「お、おいおい…照れるじゃねーか」
不二咲「やっぱり二人ともカッコいいなぁ…二人とだったらボク…」
石丸「む?どうした不二咲君!」
大和田「疲れちまったか?」
不二咲「う、ううん違うよ!ちょっと考え事してただけ!なんでもないよ…」
石丸「む、そうか…?」
大和田「それにしてはちと顔が赤かった気がすっけどよ…あんま無理すんじゃねえぞ?」
うっわ、会話の中身まで男臭い。
もうむわっとする感じ。
やっぱ男同士の友情なんてあたしにはわからないわ。
でも、こんだけ仲良しなのは幸せな事なんだろうね、きっと。
三人の友情がこれからも続くことを祈って、シャッターを切った。
セレス「ほら豚二号はとっとと働きなさい」
花村「ンフフ♪そんな急かさないでよ…ほら、キミのご所望の料理だよ」
お、あそこの砂浜にいるのって…セレスちゃんと花村と山田。
なんか怪しい雰囲気だなぁ…っていうかあの二人と一緒に居れるセレスちゃん尊敬するよ。
しかも…うっわ、あんなえっちい感じのビキニ…絶対無理無理!
あんなのセクハラしてくださいって言ってるようなものじゃん。
……んー、花村たちが暴走するようだったら仲裁に入らないと。
山田「おおっと、これは中々に上手そうですなぁ!」
セレス「ウフ…この鼻をつく臭い、そしてどこか田舎臭さを感じる見た目…まさしく私の求めていた餃子ですわ」
花村「ボクはもっと都会風な…おっと、アーバンな料理が良かったんだけどね…まあ、たまにはこういう田舎臭い料理を作ってみるのも楽しいもんだよ」
山田「花村氏、僕も一口貰っていいですかな?」
花村「勿論だよー!たくさん作ったからね…それに、山田君には色々とお世話になっているし」
山田「グフフ…そういえば先日僕が貸した魔法宇宙人キュウ子☆マジカの同人誌はいかがでしたかな?」
花村「アレは実にすばらしかったよ!特に触手のシーンなんか思わず僕の股間まで職種の様に唸ってたよ!」
セレス「こ、ん、の、ビチグソどもがああああああああああ!食事中に下品な話してんじゃねーよ!つーか食事中以外でも下品な話はするんじゃねーって言ってんだろおおおおがあああああ!!」
山田「申し訳ございません、セレス様」
花村「申し訳ございません、セレス様」
セレス「全く…最初から素直にそうしてればよいですのに。豚は私に仕えるくらいしか能がないんですから、立場をもっとわきまえなさい…」
山田「……そりゃ下ネタに話が言っちゃいますよねぇ…何せ安広多恵子殿、あーんなおっぱいぽろんしそうなエロい水着着てますもの。そりゃあ拙者たちのリビドーが燃え上がってしまうの仕方のない流れで下品な話をしてしまうのは確定的に明らか」
花村「あの水着はちょとsYレならんしょこれは…。ボク達は全く悪くないはずだよね…?」
セレス「ああん!?」
山田「なんでもございません!!!」
花村「なんでもありません!!!」
あーやっぱそうなるよね…。
でもセレスちゃん一人であの二人の操縦をするんだから相当凄いわ。
……ん?ちょっと顔赤くなってる?
やっぱり褒められるのはあの二人でも嬉しいのかな?ふふっ、なんだか微笑ましいね。
よし、今のうち激写っと。
……ん?
歩いていると、ふいに肩を叩かれた。
狛枝「や、やあ小泉さん…」
小泉「どうしたの?なんか焦ってるみたいだけど」
狛枝「あ、あはは…まあちょっと用事で──」
舞園「こーまえーださーん!どーこでーすかー?」
狛枝「くぁwせrftgyふじこlp;@:」
珍しく狛枝の顔が青ざめている。
…いや、最近は良く青ざめてるっけ。
うん、まあ舞園ちゃんの声が聞こえた時点で察した。
小泉「いつもの“鬼ごっこ”ね」
狛枝「あはは…そうなんだ。だから穏便に逃がしてくれるととても助かるような」
小泉「舞園ちゃーん!」
狛枝「ちょっとおおおおおおおお!!!!」
ごめんね狛枝。
いつもなら助けてあげてもよかったんだけど、今日はアルバイトの日だからさ。
うん、良い画が取れると思うんだよね…。
舞園「あ、小泉さんに狛枝さん…こんな所にいたんですね?」
狛枝「あ、あははそうなんだよねちょっと小泉さんと話があってさあはは」
狛枝「あ、そろそろ用事の時間だ行かないとはは」
逃げ出そうとした狛枝の腕を舞園ちゃんが掴む。
狛枝「はひっ…!?」
舞園「 ど こ に い く ん で す か ? 」
狛枝「あ、あはは…やっぱり用事は無かったような気がしてきたよ…は、は…」
狛枝は泣きそうな顔で舞園ちゃんに屈した。
……うーん、ちょっと悪いことしたかなあ。
舞園「全く、狛枝さんは私の未来の夫なんですから」
狛枝「あれっ!?この前は彼氏だったのにずいぶん飛躍してない!?」
……いや、彼氏もおかしいでしょ?
あたしの記憶だと、二人とも付き合ってないような気がするんだけど。
舞園「うふふ。たっぷり愛を育みましょう。ね?狛枝さん」
狛枝「き、君が愛を育むべきは苗木クンだよきっと。ボクじゃないよ」
小泉「うっわこいつさらっと人に押し付けようとしてる」
舞園「もう苗木クンの恋は諦めたんです。恋愛も仕事も切り替えが大事だって偉い人が言ってました。そしていま私は狛枝さんに胸キュンなんです!」
狛枝「あはは…嬉しいなあ……」
うわ…狛枝が割とガチ泣きしてる。
どんだけ嫌なのよ…普通にいい子じゃない?舞園ちゃん
舞園「さ、それじゃあ愛の巣に行きましょう?全く油断も隙もありませんよ。ちょっと目を離したらすぐ他の人のところに行くし…狛枝さんは私だけを見ていればいいんです」
狛枝「頼むよおおお舞園さああああん!今日だけは勘弁してよ!桑田クン達と野球の約束してるんだよおおお!」
舞園「私より!!!!!!野球の方が!!!!!!!!男の友情の方が良いっていうんですか!!!!!!」
狛枝「あばばばあぶぶ」
……前言撤回。
狛枝…色々と面倒くさい奴だと思ったけど、この事に関してはあいつに同情するわ…。
あ、一応写真撮っておこうかな。ぱしゃりと。
九頭龍「……あー暇だな、ペコ」
辺古山「そうですね、ぼっちゃん」
狛枝の悲劇の後、コテージのあたりに戻ると、九頭龍と辺古山ちゃんが二人並んで腰かけてた。
九頭龍「このままぼーっと過ごすのもいいけどよ、久々になんかやらねーか?」
辺古山「何か、ですか?」
九頭龍「ああ、二人で」
辺古山「そうですか…うーん、なかなか思いつきませんね」
九頭龍「なあ、竹刀持ってるか?」
辺古山「ええ、持ってますが?」
九頭龍「なら二人でよ、久々に剣道やらねーか?」
辺古山「……うーむ」
九頭龍「やっぱ決着が曖昧なのは気持ちわりーんだよ。今度こそはっきり決着付けてやるぜ!」
辺古山「そうですか…分かりました。そこまで言うのなら、お付き合いしますよ」
九頭龍「おう、今度こそ負けねーぞ」
辺古山「勿論、私も手を抜くつもりはありません」
…なんていうか、この二人はもどかしいわね。
もうくっ付いちゃってもいいと思うんだけどな。
周りからもカップルだって周知されている位なんだし…それとも、二人がその関係に踏み切れない理由があったりするのかな?
……ま、それはさておき。
激写っと。これは後で九頭龍あたりに見せたらいい感じにからかえそうかも。ふふっ
桑田「おい、なんか人数少なくねーか!狛枝はどうした!?」
戦刃「まだ集まってない…みたい」
弐大「あいつが遅刻してくるなんて珍しいこともあるもんじゃのう」
終里「どうせまた舞園の奴に追っかけられてんじゃねーの?」
桑田「くっそ…狛枝の奴……舞園ちゃんに追っかけられるなんてラッキー野郎だぜ」
戦刃「あれがラッキーに見えるなら桑田君は眼科に行ってきた方が良いと思う…いや、脳外科かな」
弐大「さらっときついことを言い寄るのう!がっはっは!」
終里「つかどーすんだよ。狛枝いねーとただでさえ人数が足りねえのに野球なんて出来ねえじゃねえか!」
桑田「きゃ、キャッチボールでもしようぜ!」
終里「まーたキャッチボールかよ…いい加減に飽きたって…」
戦刃「何事も基礎は大事だよ」
弐大「その通りじゃ、それにキャッチボールも中々楽しいもんじゃ!」
終里「ま、まあ弐大のおっさんが言うなら…」
桑田「そこ!いちゃつくな!」
終里「いちゃついてんねーよ!ふざけんなよぶっとばぞ!」
桑田「反応がもろ乙女じゃねーかふざけんな!」
戦刃「……弐大さん、二人でキャッチボールしてよう」
弐大「やっぱりスポーツやってる同士、何か通じ合うものがあるんじゃな!仲良きことは善き事かな!」
うーん、この四人は結構意外な組み合わせ。
でも楽しそう…って野球か。
狛枝が来ないのは私にも原因の一端があったからちょっと顔出しにくいなあ。
まあ、楽しそうだしどんまいどんまい!
最近は桑田も野球が楽しいって言ってるし、これもきっとウチのマネージャーのお蔭ね。
いつも声がでかいって印象しかないけど、たまにはやるじゃない、弐大の奴。
さて、パシャッと行きましょうかー。
……おっと、アレは。
こそこそっと。
西園寺「あーだーるいー!歩くの疲れたー!もうやだー!」
罪木「えぇ、でも散歩したいって日寄子ちゃんが…」
西園寺「うるさいなあゲロブタのくせに!」
罪木「うゅ…酷い…」
西園寺「はぁ?なにちょっと媚声出してるの?超むかつくんですけど」
罪木「べ、別にそういう言うわけじゃないよぉ」
西園寺「もう疲れたから、早くしてよ」
罪木「あっえっと…四つん這いになればいいんだよね?」
西園寺「は、はあ!?別にそんなこと言って無いじゃん!」
罪木「え?でも皆がいるときは…」
西園寺「今は…あたし達二人だけだし」
罪木「あ、そ、そっか…えへへ」
西園寺「早くしてよ!」
罪木「う、うん…」
二人はちょっと笑いたくなっちゃうような小芝居をして、お互いに手を繋ぐ。
ふふ、たぶんあたしが見てるの気付いてないんだろうなあ。
西園寺「ひ、人来たらすぐ離すからっ」
罪木「えへへ…私はずっと繋いでたいなぁ」
西園寺「ちょ、何恥ずかしいこと言ってんの!?バッカじゃないの!」
罪木「日寄子ちゃんと友達になれて…毎日が幸せですよぅ…」
西園寺「こんなんで幸せとか…」
罪木「日寄子ちゃんは幸せですか?」
西園寺「そ、それは…まあ、そこそこ……ってかそんなこと言わせないでよ!これだからゲロブタは!」
罪木「えへへ、日寄子ちゃん、今照れたでしょ?」
西園寺「はあ!?」
罪木「ふふ…私にはわかっちゃうんですよぉ…友達だから」
西園寺「うわまじうっざ…超うっざ……」
罪木「えへへ…何を言われても今の私には効きませんよぉ~…」
西園寺「ったく…もーいいや。なんか言い返すのもめんどくさいし」
罪木「るんるん♪」
西園寺「……これからも、仲良くしてよね。蜜柑」
ふふっ…なんだかこっちまで微笑ましくなってきちゃうなぁ。
二人とも、いつの間にかあたしなんかよりもずっと仲良くなってて。
日寄子ちゃんなんか見た目は立派な大人なのに中身は子供みたいで、ちょっとした妹みたいに思ってたのに…なんだか寂しいもんだね。
いやまあ、二人が仲良くしてくれる分には嬉しいんだけどさ!
……今度、三人で出掛けようかな?
さて、このショットは見逃せないねっと。
よしよし、順調順調。
ソニア「時間がおしてるのでマキで行きますよ!」
左右田「何言ってるんですかソニアさん!」
田中「フン…貴様ら凡人には理解できぬ高尚な次元の言の葉よ…俺様でさえ解読に時間が掛かる恐ろしい代物だ…」
左右田「ようはお前にも分かってねーって事じゃねーか!」
ソニア「……さて、私たちは何をしましょうか」
田中「やることが無いのならば、俺様の悪魔召喚プログラムの研究結果でも眺めているが良い…今日は出来の良い生贄が手に入ったのだ……フハハ!」
左右田「生贄?ンなもんいねーだろ」
ソニア「いえ、いますよ?」
田中「決まっているだろう」
ソニア「左右田さんです」
田中「貴様以外居ない」
左右田「二人して俺を虐めるの止めろ!俺なんもしてねーだろうが!」
田中「貴様の…何もしないことこそが、貴様の犯した大罪だ…!」
ソニア「何もしないことが罪…流石です田中さん!左右田さんを批判すると同時に、社会風刺までするとは…ソニアあっちょんぶりけです!」
左右田「ソニアさん勘違いしないでください!こいつ実は何も考えてませんよ!」
田中「な、何も考えていないわけではない…!」
左右田「おもっくそ動揺してんじゃねーか!」
ソニア「なんだか神の声が聞こえます!田中さんの厨二セリフを考えるの厳しいからそろそろ会話を切った方が良いみたいです!」
左右田「さっきからソニアさんは何と交信してるんですか!」
うーん、この三人は本当に平常運転ね。
でもま、色々とンバランスが良い三人なのかしら。
左右田が少し働き過ぎな気もするけど(ツッコミ的な意味で)
ま、この三人な関してはあたしは特に不安なことも無いわ。
田中は何言ってるのかよく分からないけど、左右田やソニアちゃんが翻訳してくれるしね。
さて、そろそろ終りが近づいてきたわね。
次は苗木達のところに行きましょうか。
江ノ島「い、いた!いたた!痛いって苗木クン!そんなにしたら壊れちゃうよぉ…!」
苗木「変な声あげるの止めてよ!誰かに聞こえたら変なことしてると思われるじゃないか!」
…お、いたいた。
って何してんのよ。
苗木「あ、あれ…小泉さん。やあ」
小泉「ええっと…何してるの?」
江ノ島「苗木クンにレイ──」
苗木「それは違うよ!」
苗木「ええっと…江ノ島さんがまたやらかしてね……」
小泉「はぁ…懲りないね、江ノ島さんも。というか妊婦さんがいるんだから、少しは落ち着かなくていいの?」
苗木「ボクもそう思ってるんだけどね…むしろ今よりエスカレートしてるんだよ…」
江ノ島「これから生まれてくる希望のハイブリッドを絶望色にそーめーるーのー!」
苗木「とか何とか言って、霧切さんが寝ている間にデスメタルを胎教として聞かせたりしてるんだ」
小泉「凄い遠回りで地味に迷惑な……」
苗木「そんなわけで、オシオキしてたところなんだ……」
江ノ島「オシオキならもっとえっちなのがいいー!こう、無理矢理されているのに感じちゃうなんて、盾子は悪い子だね…みたいな感じの」
苗木「いやいやいや」
江ノ島「あたしと苗木クンの子供…すごい気にならない?」
霧切「ちょっと、人の夫に手を出さないでくれる?」
江ノ島「チッ…お邪魔虫が」
霧切「どっちがお邪魔虫よ」
私達のやり取りが五月蝿かったのか、奥から霧切ちゃんが出てきた。
霧切ちゃんのお腹はおっきくなっている。まあ、妊婦さんっていうのはもちろん霧切ちゃんの事。
確か…妊娠三か月だったかな?うん、早いもんだね。時がたつのは。
苗木と霧切ちゃんはあの事件の後、すぐに付き合い始めた。
それから色々と一悶着があって、二人は案外あっさりと籍を入れた。
そして、今に至る…と。実はあたしたちの中で唯一公認の夫婦だったりする。
まあ、もう一組あるっちゃあるんだけど…ね。そっちはふわふわしてて何とも言えないんだけどさ。
小泉「そうだ、もう子供の名前は決めたの?」
苗木「うーん、まだ決まってないかな。こういうのは大事だし、ギリギリまで悩みたいと思う」
江ノ島「男なら絶悪(ぜつお)、女なら悪殺(あっこ)にしようよ」
霧切「絶対に嫌」
苗木「あはは…」
小泉「まだまだ先は長そうだね…」
苗木「うん。でもやっぱり楽しみだね。ボクらの希望は、きっとこの子に受け継がれていく」
苗木は、霧切ちゃんの膨らんだお腹を、愛おしげに撫でる。
霧切ちゃんもそんな苗木クンを見て嬉しそうに笑って、二人で一緒にお腹を撫でる。
そんな二人を見つめる江ノ島さんも、どこか優しげに笑っていた。
小泉「きっとこの子は苗木や、霧切ちゃんも希望を受け継いで、大きくなって誰かと結婚して…またその子供に希望が受け継がれていく」
小泉「希望は、こうやって受け継がれていくんだね」
苗木「うん。だからきっと、この世界に希望が無くなる、なんてことは無いよ!そんな事は、ボクがさせない!」
そんな苗木の姿を見て、私も自然と笑顔を浮かべた。
もっと早く、その事に気づけていたら、あたしの今も、変わってたのかな?
そんな事を思いながら、三人の姿を写真に収めた。
……さて、これで最後か。
あたしは自分をカメラに収める。
誰かに撮ってもらうのは、好きじゃない。
自分の姿がしっかりとれていることを確認して、あたしは再び歩み始める。
最後の撮影場所は、いつも決まっている。
全ての始まりの──あの、砂浜。
あたし達が、新世界プログラムで、お互いを深めるきっかけになった、出会いの場。
さあ、行こう。
「……」
「ねえねえ」
「……どうした?」
「何か釣れた?」
「釣れないな」
「むぅ…さっきからずっとそうやって釣り糸垂らしてるけど、一向に引っかかってる気がしないよ」
「もう多分餌喰われてるからなあ…」
「それじゃあ、釣れないんじゃないかなぁ」
「だろうな」
「……??」
「いやまあ、釣竿なんてここでボーっとするための口実だからどうでもいいんだよ」
「そっか」
「ああ」
「……静かだね。波の音が、こんなにも良く聞こえる」
「ああ、他の場所は騒がしいからな。ここくらいだぞ、静かなの」
「そうだね。…私はこうやって、二人でのんびり静かに過ごす時間が、一番好きかな」
「奇遇だな。俺もだよ」
「……もう少し、傍に寄っていい?」
「ああ、いいぞ。どうせなら俺の膝に乗るか?」
「…それは、遠慮しとこうかな」
「…なんていうか、こうやって肩が触れ合うだけの方が、恥ずかしい気がするんだが」
「でも、こっちの方がドキドキして、ふわふわする」
「ああ、そうだな。俺もこっちの方が、生きてる実感がある」
「そういうのは良くないと思いますなぁ」
「悪い悪い。こうしてお前と触れ合えるのがうれしくってつい」
「私だって嬉しいよ。……こうして、もう一度君と触れ合えるなんて」
「約束したからな」
「…うん、約束したね」
「絶対に生きて帰ってくるって」
「うんっ!」
「──なあ、もう一つ約束をしないか?」
「…約束?」
「ああ、一生の約束だ。死ぬまでの約束だ」
「……なんか、ちょっと不安になってきたかも」
「なーに、大したことじゃないさ」
「っ?…いきなり、こっち向いて、どうしたの?」
「──大好きだ、結婚しよう。七海」
── fin ──
くぅ~w疲れました
以上、本当の本当に完結です。
当初はもっと早く終わる予定だったんですがこちらの不手際で延びてしまい申し訳ないです。
長々と>>1の自己満足にお付き合いいただきありがとうございました。
終盤駆け足気味だったのが悔やまれますが、あのくらい強引に進めないと助長に続けてしまったのでご勘弁を。
安価スレなのに安価がほとんどない奇妙なSSではありましたが、特に何もなく終わってホッとしています。
批判・感想はぜひ受け付けています。文章力・語彙力については触れないであげてください。
質問も受け付けています。
次回はアフターストーリーやら番外編やら。何をやろうか悩んでいますが、もちっとだけ続ける予定です。
希望があれば言っていただければ可能な範囲でこちらも書いてみます。
それでは、いい加減に眠気がやばいので。
また次回の投下で。もう暫くお付き合いいただけるとありがたいです。
質問返答。投下はありません、申し訳ないです。
次回投下は本当に不定期です。質問返答は時間が出来たらやります。
ルート分岐に関してのお話。
ぶっちゃけ自分も把握できていないくらいに多いです。
一番気になっているであろう、ゲームを終わらせない選択肢、こちらはBADENDです。
江ノ島に成り代わって苗木がゲームの管理者となり、永遠と希望ヶ峰の皆とゲームを続け、心が壊れていく事になります。
他に影響があるのは、九頭龍VS辺古山線の際、最後に拳銃を使わずに足掻くと、九頭龍が刀で無事辺古山を倒し、EDで二人が恋人になります。
他にある√分岐としては自分が覚えている限りでお話ししますと
・大神戦で七海を殺すカオスルート
このシナリオでは、苗木が仲間を全員殺して魔王を倒す決意をするルートです。その考えに狛枝が共感し、狛枝と共に仲間を全員倒し、最後に狛枝を倒して魔王を倒すルートです。このルートでは霧切とも敵対します。
脱出後のエンディングでは、苗木だけがなぜかゲームのでの記憶を覚えており、ずっと自分の罪を背負っていくという形での終わりとなります。
・大神戦の前に真実に気付いちゃうルート
日向や七海、罪木がパーティインするルートです。このルートでは狛枝達まで仲間になり、生き残ったメンバー全員でモノクマに殴り込みに行き、あっさりとモノクマ(苗木アルター)が倒され、エンディングとなります。謎は解かれないそ、特に心の成長などもなく、またゲームを終えた後の記憶継承なども無いので、苗木達はゲーム前の状態と変わりません。がある意味一番ハッピーエンドです。
・江ノ島ルート
こちらはパーティの江ノ島の好感度関係なしに、絶望度がかなり高い状態で放置していくと進むルートです。
まあ、ぶっちゃけゲームオーバーです。苗木達が努力することを放棄し、ただずっとぼんやりと一日を過ごしていき、最後には自分がどうしてここにいるのかも忘れてしまうほどになります。その後はどうなったのか、誰も知らない。
・魔法ルート
モノクマハウスで特定のキャラの組み合わせを選ぶと、腐川がダンガンロンパRPGという本を書いていることをしります。そしてそれに関連するキャラや話をし続けることで、苗木達はそもそもこの世界が本の中の世界なんじゃないかという疑念を抱きます。そしてそこで物語は終わります。これは本当にゲームの中の話だったのか。それともただの物語だったのか。というエンディングでした。まあこれに関しては一度エンディングを迎えて、腐川がそういう本を書いていた、っていう話を知っていないとたぶん相当混乱するんじゃないかと思い、伏線にとどめました。
他にもいろいろ考えていたような気がしますが、頭から出てこないのでここまで。
もしここの分岐でこうしてたりしたらどうってたの?みたいな質問があればそこで答えます。
ちなみに初期メンバーは誰であろうが、江ノ島アルターエゴ=黒幕、七海=監視者、不二咲アルターエゴ=GMという構図は最初から考えていました。ただ死に設定だしすぐ終わりそうだから書かないだろうなあとか思ったら予想以上に話がこじれたのを覚えています。
流石に初期メンバーが安定した強さ過ぎましたね。特に七海がスキルともに優秀すぎました。あれはぶっ壊れ性能過ぎて明らかに戦闘が単調になった一因のような気もします。
基本的に1のキャラは苗木には好感度が高い、という設定でしたので、1キャラ女子でパーティメンバーを組んでいると大分壁殴りが捗るような内容になってたんじゃないかな。
ちなみに最初の狛枝パーティの選択時に霧切さんやら日向を選択すれば霧切さんや日向と敵対することも可能です。狛枝パーティのメンバーによっては、狛枝が改心というか考え方を変えて仲間になることも十分にありました。今回の狛枝パーティは基本的に自分から何かを変えていく、というキャラはいなかったのでパーティに加入はしませんでしたが。
個人的に希望覚醒よりも日向七海のREダンガンロンパの演出を書けなかったのが残念でした。今か気と言われてもどうするか悩んでいましたが、当時はものすごいの書いてやると意気込んでいたような気もします。
皆さんの話を聞いているとなえきりよりひななみの方が好評な気がしますね。なえきりの場面が多くて食傷気味というのもあるのでしょうが、個人的にももう少し書きたかったので後日談には入れたいです。というか入れるつもりです。
やっぱりみんな大好きなんだね妹様。
妹様のエンディングは、流石に全部書き直す、という事は出来ないのでエンディングの話をさらっとして、江ノ島エンディングの後日談でも書いてみます。
江ノ島エンディングでは、モヤモヤが溜まりに溜まった江ノ島が、苗木に答えを強要します。自分の絶望を無くしたいのなら、ずっと一緒に居ろ。一瞬も目を離すな。その江ノ島の言葉に苗木も同意し、二人は晴れて恋人のような恋人じゃないような曖昧な関係になります。ゲーム中はそれなりにいちゃつきますが、どちらも告白めいたことは言いません。後の流れは基本的に同じです。ところどころ描写が違ったり、苗木が真実に至る際のサポートをするのが霧切ではなく江ノ島だったり、微細な部分は違いま。そして無事にゲームを終えた後、苗木はようやく江ノ島に口にします。自分の想いを。霧切エンドでは霧切さん孕ませた苗木くんですが、江ノ島エンドではそんなことはなく、ひたすらいちゃこらするのを小泉が見てイライラするだけになります。
元絶望メンバーのバイト話、余裕とアイデアが浮かべば書きます。
さて、お気づきでしょうが次回予告で未だに出てないセリフがあると思います。それは後日談や番外編のセリフでした。なのでその辺のものは書くつもりです。ちょっと混乱させるために書いてみました。
以上です。それではまた次回投下。
お待たせしました。次回投下は、今週の金曜の夜になります。
安価スレらしくちょくちょく安価を挟みたいと思っています。
次回は以下のどれか2つを投下する予定です。全てを書く気力や時間があるかもわからないので、希望がありましたらどうぞ。
希望が特になければ書きやすいものを適当にチョイスします。
1 苗木×江ノ島後日談
2 苗木×戦刃後日談
3 苗木×霧切後日談
4 日向×七海後日談
5 アルバイト話
6 味方と敵を好きな組み合わせでバトル(ルールは以前と準拠。
ステータスなどはこちらで修正したものを再び載せます)
7 その他(話の内容も添えて)
それではもう少しお待ちいただけると幸いです。
残姉ちゃん大勝利。ちょっと意外な結果でした。苗戦モノは少ないからですかね?
それと何故かぶっちぎりで多かったバトルの要望ですが、敵ステータスや味方ステータスやらシステムの見直しも考えるとさすがに即席で作るわけにもいかないので、次回投下に回します。次回投下では必ず行います。
今回の投下で敵パーティと味方パーティを決めてもらう安価を出します。それを基に次回投下までにステータスを作ってくる予定です。
今日の投下は断トツの戦刃後日談、七海後日談です。ぼっちさんや妹様の後日談も需要があるようなので、気合でそのうち投下します。
豚罪、狛舞、苗舞後日談などに関しても検討はしますが、投下するかどうかは未定です。流石に気力が残ってるかどうかって感じです。
投下は8~9時頃です。どちらの後日談も安価出していくつもりなので、安価を取りに行ってもらえると嬉しいです。
投下します。
戦刃むくろ√後日談
「残念系少女★★☆(星二つ半)」
「──私は、君が好きです」
「敵同士かも知れないけど…もしも苗木君が困っているなら、力になるね」
「盾子ちゃん、苗木君の邪魔は、させない──!」
「大丈夫だよ。私は信じてる。きっと君なら、世界を救えるよ」
「君が隣にいてくれるだけで、私は誰にも負けない…。盾子ちゃんにだって、負けない」
「大好き、です──」
言葉の、重さ。
一つ一つの言葉に、その人の想いが、込められているような気がした。
その言葉は、ボクに向けられている。
それがなぜだか嬉しくて、ボクはその言葉の主が誰だったか考え始めた所で──
現実に引き戻された。
苗木「……ん」
揺らぐ視界、滲む涙。
服の袖で僅かに溢れた涙を拭いながら、ベッドの脇に置いてある時計に目をやった。
時刻は午前10時。起きるにしては少し遅いかなってくらいだ。
苗木(昨日は少し根を詰め過ぎちゃったかな…)
ボクは部屋のデスクに目をやると、そこには元気に稼働しているパソコン。
画面にはいまだによく分からない数列の群れ。
まだまだ先は長い、と思ったけれど、先があるって事は、希望はまだある、という事でもあって。
脳を働かせるためにも、複雑な思いで、これまでの記憶を掘り起こした。
【あの事件】から数週間が経った。
ボクを含めてあのゲームに関わった人たちには、奇跡的に記憶の一部を取り戻していた。
その記憶はボク達に少なからず影響を与えるもので、ボクの周りも、ほんの少しだけど、変化していった。
例外は、ボクくらいだろうか?
ボクが思い出した記憶は、ゲームの最後で、七海ちゃんを救うという約束をした事だけだった。
それ以外の事は残念ながら思い出せない。
大切なことだし、別に思い出せなくても仕方ないんだけど、どこかモヤモヤとしていた。
苗木(それに…今日の夢は……)
今となっては良く思い出せないけれど、とても大切な記憶だった気がする。
まあ、思い出せないのならしょうがない、切り替えていこう。
ボクは今日も、元気にパソコンに向かうのだった。
苗木「……んにゃ」
ごちん、と。
キーボードに頭をぶつける。
苗木「いったぁ……」
どうやら寝ぼけていたみたいだ。
頭が睡眠を欲している。
ベッドの脇に鎮座している目覚まし時計を見ると、午後11時。
あれから半日ほど作業をしていたことになる。
苗木「今日も成果は無し、か……まあ、簡単に見つかるものでもないよね」
──待ってるから。
七海ちゃんの、言葉。
ボクは何としても、彼女をあの世界から救い出す。
今は、他の事なんて考えていられない。
苗木「……とは言ったけど、流石に今日はもうやめておこう。寝惚けた頭でやっても意味がないだろうし…」
凝り固まった体をほぐすために軽くストレッチをした後、外の空気を吸おうと部屋から出た。
ぼんやりと、夜空に浮かぶ月を眺めて。
自動販売機で買ってきたコーヒーを啜った。
江ノ島「うわ、もう11時じゃん!ねー霧切ちゃんもー帰ろうよー!」
霧切「ダメよ。貴方のせいで今回の始末書がとんでもない事になってるんだから」
江ノ島「ね?ほんの少し見逃すだけでいいからさ」
霧切「ダ・メ。貴方に付き合わされる身になりなさい。貴方が今回の件の後始末を終えるまで逃がすつもりはないわ」
江ノ島「つーかあれはさー、あたしじゃなくてアルターエゴがやったっていうかー」
霧切「ほら、行くわよ」
江ノ島「うええええええ……」
ふとそんな会話が聞こえてきた。
会話が聞こえた方角を見やると、江ノ島さんが霧切さんにずるずると引きずられている光景。
大方あの事件の後始末でもしているんだろうね。
江ノ島さんは今回の事件の主犯格として、厳正な処分に課されることがあった。
ボク達の口添えでなんとか厳しい処罰は免れたけれど、アルターエゴを製作したのは江ノ島さんのなので、元を辿ればお前が悪い理論で、細々とした後処理を条件に許されることになった。
そこまでボクらがかばう義理も無いので、江ノ島さんには罰を受けているってわけだ。
苗木「それにしても…なんだか姉妹みたいだなあ」
まあ、そんな事を言うと本当の姉妹である戦刃さん辺りに怒られちゃうかな、なんて考えて。
戦刃「うん…だよね……」
突然、頭の中で考えていた人物の声が横から聞こえてきて、ボクはうわ、と声を漏らしてしまった。
戦刃「そ、そんなに驚かれると、傷つくよ…」
苗木「ご、ごめん…隣にいるなんて思わなくて」
戦刃「気配、消してたから」
苗木「気配は消さないでもらえると有難いかなって…」
戦刃「努力する」
苗木「う、うん…」
苗木「それと、もしかしてだけど…さっきの言葉、聞こえてた?」
戦刃「……やっぱり、姉らしくない。私は」
苗木「い、いや…そんな事は無いよ?ただ霧切さんと江ノ島さんのやり取りがそれっぽくてさ!本当にそれだけだから!」
戦刃「苗木君には二人の姿がどう見える?正直に」
苗木「えっ…と……」
仲のいい友達、と答えようとしたけど、戦刃さんの表情は真剣で。
ボクはお茶濁しの回答ではなく、素直な感想を言う事にした。
苗木「…姉妹みたいだよね。世話焼きの姉と、わがままな妹みたいなさ」
戦刃「うん。私もそう思う……それが、私の理想、だった」
苗木「理想?」
戦刃「うん。私は本当は、あんな風に盾子ちゃんと過ごしたかった。なんでもない普通の女子高生で、盾子ちゃんとあんな風にじゃれ合って…普通の生活をしたかった」
苗木「……」
新奈風に語る戦刃さんの瞳は、どこか寂しそうだった。
戦刃「…盾子ちゃんが絶望に染まってしまったのは、きっと私にも責任がある」
苗木「え…?」
戦刃「私は、盾子ちゃんが望むことをなんでもしたし、望む者はなんでも手に入れるために努力してきた。それが姉の役目だと思っていたし、それで盾子ちゃんが嬉しいなら、私も嬉しいって…そう思ってた」
戦刃「でも、苗木君達と出会って…一緒に生活しているうちに、分からなくなった。私のしてきたことは、もしかしたら間違いだったのかもしれないって」
苗木「それは…」
戦刃「……私が、盾子ちゃんの絶望に気づいてあげられれば。私がそれをしっかりと叱って、正しい道に導いてあげれば、もしかしたら、違う未来もあったのかなって。そんな風に思うんだ」
苗木「戦刃さん…」
戦刃さんは、二人のやり取りを、羨ましそうに、けれどどこか悲しそうに、見つめていた。
……本来なら、これ以上、踏み込むべきじゃないのかもしれない。
黙って立ち去るのが、正しい対応なのかもしれない。
人の心の問題には、軽々しく触れてはいけない。
だけど、それでも……ボクは戦刃さんの事が、放っておけなかった。
苗木「それは、違うよ」
苗木「…確かに、君がしてきたことは間違いだったのかもしれない。だけど、戦刃さんの選択があったからこそ、今があるって思うんだ」
戦刃「……??」
苗木「そりゃ、江ノ島さんがやってきたことも、やろうとしてることも…許せるものじゃ無い。けれど、戦刃さんが気付いてくれたから。ぎりぎりで正しい道に気付いてくれたから、今があるんだ。もし、戦刃さんが過ちに気付かないままだったら…もっと酷い事になっていたかもしれない」
戦刃「そうかな…」
苗木「過去は、嘆くことも喜ぶ事も出来るけど、変える事は出来ない。でも、未来は変えられるんだ。戦刃さんが過ちに気付けたのなら、これからの未来を…もっと良くしていけばいいんだよ」
戦刃「……」
苗木「それが、戦刃さんの姉として…江ノ島さんにしてあげられる事なんじゃないのかな」
ボクは元気づけるためにそんなふうに騙ってみたけど、言ってみると案外、合っていると思う。
戦刃さんは江ノ島さんの家族なんだ。
江ノ島さんを変えられるのは、ボクなんかじゃなくて…戦刃さんなんだ。
戦刃「…ありがとう、苗木君。やっぱり、やさしいね」
苗木「え?い、いやあのその…こんな事大したことじゃないっていうか、はは…」
ありがとう、と言った時の戦刃さんの表情が、あんまりにも綺麗で。
ボクは頬が熱くなるのを感じて、上ずった声でそう答えながら、視線を逸らした。
苗木「……」
戦刃「……」
戦刃さんはさっきまでとは打って変わって、穏やかな表情で二人を見ている。
……までじゃれあってるんだ…二人とも。そんなんだから仕事が終わらないんじゃ…。
…………。
なんだろう、なんだか胸がドキドキする。
戦刃さんの横顔を見ているだけで、なぜか…こう、愛おしい気持ちが……。
苗木(な、何考えてるんだよ!)
一瞬浮かんだ邪な考えを振り払う。
このままここにいると変なことを口走っちゃいそうだし、部屋に帰ろう…。
苗木「それじゃ、ボクは部屋に帰るよ」
戦刃「うん…また、仕事?」
苗木「約束したからね、必ず助けるって」
戦刃「私も手伝おうか?」
苗木「大丈夫だよ。ボクが言い出したことだし、出来るところまでは自分でやりたいんだ」
戦刃「…そっか。頑張ってね」
苗木「うん」
戦刃さんの言葉を背中に受けて、部屋へと戻る。
その足取りはなんだか軽くて。
もう少しだけ、作業を頑張ろうという気持ちになった。
……どうも、戦刃むくろです。
今、苗木君の部屋の前にいます。
右手にはさっき握ったばかりのおにぎりの乗った皿が、ほんのり湯気を漂わせている。
仕事を頑張っている苗木君に、差し入れをしてみようという次第であります。
戦刃「……よし、よし。大丈夫、大丈夫…」
軽く深呼吸をした後、覚悟を決めて扉をノックする。
コンコン。
……。
返事がない。もしかして気付かなかったのかな?もう一度
コンコン。
……。
…?もう一度だけ。
コンコン。
……。
やっぱり返事はない。
部屋にはいない…?いや、有り得ない。もう夜中だし、外出はしていないはず。
それに部屋の音に耳を澄ますと、人の気配を感じた。
だとすると…………はっ!
もしかして、強盗!?
それで苗木君は口を塞がれて身動きが取れないとか…。
だとすれば犯人は私が去って行くのを待っているはず…!
戦刃「確か……あった」
左手でポケットの中を探ると、愛用しているピッキングツールを取りだす。
どうして持っているのかは企業秘密。
私はピッキングツールを器用に使って、施錠を解く。
戦刃(施錠の音は犯人にも聞こえたはず…突入と同時に相手の体勢を崩して…行動を封じる。複数犯なら多少手荒な事も…必要か)
私は脳内で綿密にシミュレートをした後、一呼吸おいて扉を開け放つ──!
素早く室内に転がり込み、索敵。
動くものがあれば即座に仕留める──ッ!
戦刃「…………あれ?」
しかし、私の予想とは打って変わって、部屋の様子は静かだ。
誰かが逃げ出した音もない。
念のため部屋の中を見回ってみるけど、誰もいない。
……早とちりだったようだ。
ふと視線をデスクのあたりに向けると、苗木君がいた。
…動いてない?
そっと近づいてみると、すぅすぅと寝息が聞こえる。
戦刃(……寝てたから気付かなかったんだ)
そんな簡単な事にも気付けずに、少しだけ脱力する。
まあ、強盗に遭わなくてよかったと思おう。うんうん。
パソコンがつけっぱなしになっていて、よく分からない数列が並んでいる。
私はこういうのにはさっぱりだから、下手に動かさに様に気を付けながら、右手に大事に持っていたおにぎりの皿を机の上に置く。
戦刃「……あ」
むき出しのまま置かれたおにぎり。
ラップをかけてくるのを忘れたみたい。
戦刃(……戦場だともっと固くて冷めきったものも食べてたし、おにぎりなら冷めてもおいしいし…大丈夫だよね?)
そう結論付けて、私は特に何もしないことにした。
それから、眠っている苗木君の顔に視線を移す。
夢でも見ているのか、幸せそうな寝顔だった。
戦刃「ちょ、ちょっとだけ…」
周りに誰もいないのを確認して、そっと苗木君の頬を突っついてみる。
…柔らかいし、もちっとしてる。
ぷにぷに。ぷにぷに。
戦刃「……」
気持ちいいな。
ずっとこうしてたい。
戦刃「……あと一回だけ」
ぷにぷに。
苗木クンの頬を堪能して、我に返った私は、そっと苗木君の身体を背負う。
このまま寝てたら風邪引いちゃう。
起こさないように細心の注意を払って、苗木君をベッドまで運んだ。
戦刃「これでよし」
無事にベッドに運び終え、布団をかけてあげると、私は誰もいない空間でドヤ顔をする。
誰も見てないし、うん。
よし、これで私の仕事は終わり。
朝起きたらおにぎりも食べられるし、完璧だ。
私は部屋を立ち去ろうとして…立ち止まる。
ちょっとだけ、ちょっとだけなら、気付かないかもしれない。
ほんのちょっとだけ、苗木君と添い寝できたり…いや、でも。
私の中で天使と悪魔がケンカをする。
ダメです、苗木君は気づいていないのにそんな事をするのはいけない。
大丈夫、ちょっとだけなら気付かれないって。
戦刃「……む、どうしよう」
>>256
添い寝
戦刃「神は言っている…女は度胸、何でもやってみるものさ、と」
誰も見ていないんだし、ほんのちょっとだけだし、全くどこもおかしくはない。
そう結論付けて、私はいそいそとベッドの近くまで寄る。
戦刃「お邪魔しま…す」
私はそっと布団にもぐりこんだ。
苗木「…んぅ……すぅ…」
……な、なえぎくんのこえがちかいっ!
ま、まずい…これはまずい……。
体温の急激な上昇、そして発汗。
心臓がバクバクとなっている。
こ、これじゃ…苗木君起きちゃう……!
苗木「……んー…」
ガサガサ音が聞こえて、耳元に生暖かい何か…ななななっ!?
ふと横を見ると、苗木君の顔…かお……かおがちかいっ!
こ、こんな近いと、き、ききききキスしちゃう!
戦刃「あ、う……」
口から心臓が飛び出してしまうんじゃないかってくらい脈打っている。
顔から火が吹き出しそうだ…。
どくどくどく。
苗木「………ぅ…」
戦刃「!?!?!?!?」
突然、苗木君に抱きしめられる。
え?え?えええ?え?え?これは、え?どういうこと!?
身体zゅうに苗木君の体温が伝わってくる。
苗木クンは身長が少し小さいから、私の胸に埋まる様にして抱きしめていた。
こ、これは…しんぞうのおとが、きこえるよね……?
戦刃「……すー、はー……」
落ち着け…戦場を思い出せ、戦刃むくろ。
この程度で動揺してたら、兵士は務まらない。
感情を殺せ。
苗木「いくさば…さん…」
無理です隊長。
もうこの際諦めよう、ばれちゃったら、寝惚けたって事にすればいい。
だってこんな幸せ…次はいつ来るか分からない。
苗木くんは優しいし、可愛いし、カッコいいから…ライバルも沢山いる。
私なんかが選ばれるなんて思ってないし、せめて今だけは…この幸せを噛み締めたい。
戦刃「苗木君…」
そう割り切ったら、なんだか少しだけ眠気が襲ってきて。
私は苗木君の身体をそっと抱きしめながら…眠りに落ちていった。
あれ…?そういえば…そろそろ帰らないと……。
……。
苗木「ちょ、ちょおおおおおおおおおおおお!?!?!?」
朝。
悲鳴をあげる。
え?どうなってるんだこれ!?
夢…じゃない!?
だって起きたら戦刃さんの顔が目の前にあってなんだか添い寝みたいでっていうか添い寝で。
ぼ、ボクは昨日仕事の途中で睡魔に負けてほんの少し仮眠するつもりがぐっすり寝ちゃって…え!?どうなってるの!?
戦刃「……ん、おはよう。って…え!?」
苗木「い、戦刃さん!?どうしてここにいるの!?」
戦刃「え?え?」
戦刃さんも状況が飲み込めないのか、しばらく混乱したように視線をあちこちに動かしていたが、ようやく合点がいったのか、あ、と声を漏らした。
苗木「い、戦刃さんはどうしてこんな状況になってるのかわかってるの!?も、もしかしてボク何かしちゃった!?」
戦刃「そ、それは……その、言えない、です…」
!?!?!?!?
戦刃さんは耳まで赤くして俯いてしまった。
え?ボク本当に何をしちゃったの!?
霧切「ちょっと……朝から五月蝿いわよ?どうしたのよ苗木く…………」
江ノ島「朝から五月蝿いよ希望厨!こっちは夜遅くまで…………」
舞園「どうしたんですか苗木君!?なにかあっ……た…………」
嫌な、音がした。
何故か、場が凍りついているような気がする。
冷静に状況を整理してみよう。
第三者が今のボクの部屋を見たらどう見えるだろうか?
ベッドの上に男女。
女の子は顔を赤くして俯いている。
……あれ、なんだろう。寒いぞ?
霧切「へぇ…ずいぶん見せつけてくれるじゃない……」
江ノ島「……あーやばい、なんていうか絶望…まさか残姉ちゃんに先を越されるとか悔しさで絶望しそう……」
舞園「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だこんなの認めない認めない認めない」
閃きアナグラム
に げ ろ !
苗木「そうか分かったぞ!」
ボクは混乱した頭で、とにかく逃げないと色々やばいことを理解する。
このままだとボクの人生諸共すべて終わる気がしてならないよ!
苗木「戦刃さん、逃げるよ!」
戦刃「え?私も!?」
苗木「あ、当たり前だよ!こうなった以上、ボクにも責任はあるし、それに…言わなくちゃいけないこともある!」
ボクは戦刃さんの手を掴む。
温かくて、思っていたよりも、ずっと小さな手。
その手を掴んで、確信した。
苗木「さあ、逃げるよ!」
戦刃「え?え?」
霧切「待ちなさい!苗木君!詳しく話を──!」
ボクらは駆け出す。だけど、心は晴れやかだった。
そうだ。なんだ、簡単に思い出せたじゃないか。
苗木「戦刃さん!昨日の言葉、撤回してもいいかな!?」
戦刃「昨日の言葉…?」
苗木「うん、君にも手伝ってほしいんだ。戦刃さんがいてくれれば、ボクはもっと頑張れる!」
戦刃「???」
戦刃さんには伝わっていないみたいだった。
うん、ちょっと強引だけど…戦刃さんに伝えるには、少しくらい強引な方が良いのかもしれない。
戦刃さんの腕を引っ張って体を引き寄せると、その頬にそっと、口づけをした。
戦刃「──!?」
苗木「大好きだよ!戦刃さん!」
江ノ島「──ちょ、今!今キスしてた!」
舞園「ありえないありえないありえないそうよこれは夢。うふふおかしいですねどうして私の夢なのにこんな気分が悪いんでしょうああそうか苗木君の皮をかぶった畜生がいるからですね」
霧切「苗木君!せめて、せめて話だけでも聞かせなさい!何もしないから!」
ボクたちは三人の制止を振り切って駆けだす。外に飛び出すと、太陽がちりちりと肌を焼いた。
今日もいい天気だ、この騒動にひと段落が付いたら、また仕事を再開しないと。
少しだけ、待っててね、七海ちゃん。必ず、助けるから。
戦刃「な、苗木君!」
苗木「ど、どうしたの?」
戦刃「えっと、その……」
戦刃「私も、大好き……でしゅっ!」
はにかみながら、大事なところを噛んで。
そんな残念なところもまた、可愛いなと、素直にそう思った。
─fin─
戦刃√後日談、終了です。
本当はもう少し長くやりたかったのですが、いまいち残姉ちゃんのキャラが掴み切れず、これ以上のイチャイチャは不可能と判断しました。残姉ちゃん難しいです。
それとこちらの都合で申し訳ありませんが、本日はここで投下終了とさせていただきます。用事が入ってしまったので…。七海後日談は明日に投下致します。
安価が少なくて消化不良感も否めないので、七海後日談はもう少し安価一杯出したいと思っています。
投下します。
日向創&七海千秋後日談
「恋人たちの一日」
──暗い、闇の底にいた。
どれくらいそこに漂っていたのか、自分でももう忘れてしまっていた。
分かるのは、どれだけ先に進んでも、光は見えない。
海の底にいるみたいだ。
いい加減、ここからでなくちゃいけない。
待っている人がいるんだ…。
いつまでもこうしてはいられない。
でももう、どうする事も出来ない。
身体は鉛のように重くて、思考だってまともに働かない。
頑張って先に進もうとしても、光は見えない。
正しい方向に進んでいるのか間違った方向に進んでいるのかさえも分からない。
もう、諦めてしまおうか……。
そんな弱気の思考が頭をよぎるたびに、俺は握りしめたアクセサリーを見つめる。
唯一残った大切な宝物…。
これが今、俺を先に進める原動力だ。
これがあれば、七海の想いがあれば、まだ俺は先に進める。
俺は、諦めない。
未来へ向かって、進んでいくんだ──!
日向「……朝か」
重い瞼を無理矢理開けて、布団から跳ね起きる。
今日も相変わらずジャバウォック島は快晴だ。
日差しが肌に痛い位だな。
俺は汗で湿ったシャツを洗濯籠に放り込み、いそいそと水着に着替える。
愛用しているTシャツ着ると、自分の部屋を出た。
この島に住む奴の大半の奴の朝は、花村食堂だ。
花村食堂では花村が朝昼晩、豊島の奴の為に料理を振る舞ってくれる。
しかも個別の注文を承ってくれるもんだから、普段は自炊している奴も花村食堂に通っている。
俺も良く利用させてもらっているが、絶対に朝ご飯だけはいかない。
別に花村の飯が嫌なわけでもないし、俺が朝ごはんを食べないってわけでもない。
ドアに鍵をかけたことを確認する。
よし、そろそろ行くか。
俺は男子専用のコテージの向かいにある、女子専用のコテージへと向かった。
部屋の番号をしっかりと確認する。
以前まだ部屋をうろ覚えだったとき、間違えて騒ぎになったことがあったから、どんな時でもとにかく部屋番号を確認する。
……よし、間違ってないな。
俺を軽く深呼吸をしてから、備え付けのインターホンを押した。
軽快な音がする。
数秒するとドアの奥で少しばたついているような音が聞こえた。
ちょっと早かったか?
「……どうぞー」
日向「よう、七海」
七海「ごめんね、まだ出来てないんだ」
日向「ちょっと早かったみたいだな。中で待っててもいいか?」
七海「うん、大丈夫だよ」
ドアから出てきた人物は、七海。
まあ言わなくても分かると思うが、ここは七海の部屋だ。
これでさっき俺が花村食堂に行かない理由はおおよそ察しがついたと思う。
部屋に入ると、七海の先導でテーブルに移動する。
もう何度も通ったから、別に案内してもらわなくてもいいんだが、どうも七海的にはこの案内も大事らしい。
七海「それじゃ、最後の仕上げをするからもう少し待っててね」
日向「ああ」
ぼんやりと、七海の料理姿を眺める。
ちなみに言い忘れていたが、七海は今現在水着エプロンというどこかのマイナス先輩が好きそうな珍妙なファッションをしている。
いや、ものすごい眼福だ。
七海の好きそうな淡い色彩のビキニに、白いエプロンが良く映える。
料理をしているわけだから必然的に無防備な背中やらお尻がこっちに向けられているわけで。
あっちこっちに動く度にお尻がふりっふり揺れて俺の視線をがっちりキャッチして止まない。
どうあがいてもちょっと親父っぽい言い回しになるのは勘弁してほしい。
毎日見てるけど、この光景だけはどうにもなれないんだよな…何度か注意はしてみたけど、直す気はなさそうだし。
七海「…?」
日向「あ、いや、なんでもない」
七海「そっか。もうすぐ出来るよ」
日向「ああ、楽しみにしてるぞ」
七海が料理を始めたのは、少し前の俺のプロポーズ以来だ。
俺と七海がゲームの世界から現実へと帰ってきて、ひと段落ついて、ようやく落ち着けたころに、思い切って切り出した。
別に今更隠すようなことでもないし、あんまりだらだらと引き伸ばしたっていい事なんかない。
俺は現実に戻ったら遅かれ早かれ言うつもりだったんだ。
まあそんなこんなで、七海も承諾してくれ、めでたくゴールイン、ってわけでもない。
俺達にもいろいろと事情があって、本格的に結婚するのはもう少し先の話になる。
だから【本番】までに、花嫁修業をしたいという七海の為にこうして付き合っているわけだ。
これまでゲームと寝ることくらいしかやってなかった七海が、俺のために何かをしてくれるってだけで結構嬉しかったりする。
七海「出来たよ」
そんな事をだらだらと思考していると、いつの間にか料理ができたのか、七海が茶碗を片手にこっちに来ていた。
…む、もうちょっと七海の料理姿を眺めてればよかったな。
日向「お、前回は洋風だったけど、今回は和風か」
七海「イメージだけど、洋風より和風の方が難しい気がしたからね。やっぱりゲーマーとしては難しいものに挑戦するべきだと思って」
日向「まあ、チャレンジ精神は悪くないんじゃないか?」
七海の料理は良くあるマンガみたいにめちゃくちゃ見た目がやばいわけでもないし、ものすごくまずかったり、なんてことも無い、割と普通の料理だ。
そりゃあ本職の花村なんかと比べたりするとやっぱり違うと感じる時もあるが、俺のために作ってくれてるんだか美味い、以外の感想なんてない。
七海「……どう、かな?」
日向「ああ、美味いな。七海、結構料理の才能あるんじゃないか?」
七海「日向くんに喜んでほしいから、別に才能はいらないよ。…でも、褒められるのは、嬉しいかな」
そう言って笑みを浮かべた七海の噛みをそっと撫でる。
気持ちよさそうに目を細める七海に思わず抱き着きたくなるが、何とか自制心を取り戻して食事に戻る。
日向「……うーん、俺はもう少し薄味の方が好みかも知れないな」
七海「そっか、うんありがとう。今度は気を付けてみる」
日向「ああ」
ついでに、簡単なアドバイスも添える。
ただ、美味いって言うだけならだれでもできる。
七海は俺の為に料理を作ってくれてるんだから、俺は美味いって感想だけじゃなくて、どんな味付けが好みなのか、そう行くのも伝えていかないといけない。
本当は批評しているみたいであんまり好きじゃないんだけど、七海のためを思うなら仕方ないだろう。
日向「そういえば七海、今日はどうする?」
基本的に俺達の行動は自由だ。
たまに畑仕事だったりで呼ばれることもあるが、何か用事が無いときは島の中で自由に過ごしていいっていうのがルールだ。
俺と七海は基本二人でのんびり過ごすことが多いので、今日もいつもみたいに過ごすか、という意味で聞いたんだけど…。
七海「今日の午前中は検査があった気がする」
日向「ああ、そういえばそうだっけか?じゃあ午後は一緒に過ごすか」
七海「うん、日向くんは午前中どうするの?」
日向「いつもの場所で釣りでもしてるよ」
七海「…日向くん、そう言って一度も釣ったことないよね」
日向「まあ、いつもぼーっとしてるだけだしな」
七海「分かった。それじゃあ、検査が終わったらそっちに行くね」
日向「ああ、そうだな」
簡単に今日の計画を立て終えた頃、朝食を食べ終えた。
朝食の片付けを終えて、七海と別れる。
膝りが降り注いで眩しい。
座りっぱなしだったからか少し体が凝ってるみたいだ。
大きく伸びをした後、のんびりとした足取りで釣り具を取りに部屋に戻る。
んー、釣りをするのは良いとしても、もう少しのんびりしてからでもいいな。
どこかに寄り道でもするか…?
ああ、誰かと話すのも良さそうだな。
>>273
戦刃
日向「…ん?あそこにいるのって」
戦刃「む、日向君」
日向「よう、何してるんだ?」
戦刃「暇だったから、島の警戒を」
日向「島の警戒って言ってもこの島に俺たち以外にいないし…何の警戒だ?」
戦刃「私達の中にはこの島でちょっとお茶目なことをやらかそうとする人が」
日向「……江ノ島か」
戦刃「うん。苗木君と霧切さんが盾子ちゃんを探してて、理由を聞いてみたら今朝から見かけないんだって」
日向「ふ、不穏だな…」
戦刃「そこで私の出番。盾子ちゃんの姉である私なら盾子ちゃんの行動も予測できる」
日向「そうか…ま、まあ、江ノ島を見かけたらお前か苗木達に連絡するよ」
戦刃「うん、よろしく」
……そう言って戦刃は行ってしまった。
多分だけどさ。
あいつの行ってる方向に江ノ島はいない気がする……。
さて、もう少し適当に時間を潰して──。
狛枝「はぁ…はぁ…ここまで来れば…」
……うわぁ。
俺の視線の先にはやたら焦っている狛枝の姿。厄介事の臭いしかない。
西園寺「だーれかからかうのにちょうどいいやついっないかなー?」
なんだか明らかに得物を探す表情でにやにやしている西園寺の姿。
別の方向を見たらそれはそれで面倒事に巻き込まれそうな予感しかしない。
敢えて面倒事に巻き込まれに行くか?
このまま無視して釣りに行ってもいいよな…。
いや、釣りに行くのはもう少し後でもいいから、誰かと話をするのもいいな。
…面倒事と言えば、江ノ島も消えたんだっけか?あいつを探すのも…有りか?
>>278
あえて狛枝
……自分の性格が恨めしい。
しかも、だ。
西園寺の方ではなく、わざわざ狛枝の方へと歩きだしている。
恨むぞ俺の選択…ッ!
日向「よ、よう、狛枝」
狛枝「ひ、日向君!」
まるで王子様を見つけた乙女のような表情を浮かべる狛枝。
…自分で表現しておいてなんだけど、ものすごく気持ち悪い。
日向「な、なにしてるんだ?」
狛枝「あはは!やっぱり日向クンはボクの希望だよ!」
日向「やっぱり帰らせてもらうわ」
狛枝「悪いけど帰らせないよ」
腕を掴まれる。
しかも割と本気で掴んで来てるぞこいつ。
日向「お、おい狛枝…痛い」
狛枝「逃げないと約束してくれるなら離すよ」
日向「表現がおかしいだろ!なんで帰らない、じゃなくて逃げないなんだよ!」
しかもなんだか目が血走ってる。
こいつ怖い。
狛枝「これは割とボクの社会的生命にかかわる事なんだ」
日向「……分かったよ。話を聞くからとりあえず離してくれ」
そこまで言われたら流石に買えるのも気が引ける。
とりあえず話だけ聞いてみよう。
狛枝「実は…舞園さんに」
日向「追われてるのか?そんなのいつもの事だろ。逃げる手助け位ならしてやるぞ?」
狛枝「ああうん、そんな日常茶飯事みたいに言ってほしくないんだけどさ」
日向「日常茶飯事だろ?」
狛枝「あはは…そうなんだけどね…ってそうじゃないんだよ。今回はちょっと事情が違うんだ」
日向「?」
狛枝「流石にそろそろ逃げ続けるのも限界があるって感じ始めた頃に、舞園さんから提案があったんだ」
日向「提案?」
狛枝「うん。もう追いまわしたりしないから、手作りの料理を私の部屋で振る舞うので来てくださいって」
日向「行けばいいじゃないか」
狛枝「バカなの?日向クン。そんな自殺行為できないよ!」
日向「いや、悪くない提案じゃないか。手料理食べればもう追い回されないんだろ?むしろ破格の条件じゃないか?」
狛枝「以前、桑田クンに誘われてみんなで野球をやったよね?」
日向「ああ、そうだな」
狛枝「その時、舞園さんからスポーツドリンクを差し入れに貰ったんだ」
日向「へぇ、良かったじゃないか。舞園、意外とそういう所で気配りできるんだな」
狛枝「そこまでは良かったんだよ…それでスポーツドリンクを飲んだら、その日は何故だか身体が異様に熱くってさ」
日向「…」
狛枝「それにやたら舞園さんのスキンシップも激しいし、ちょっとおかしいなと思ってもらったスポーツドリンクを調べてみたんだ」
日向「……」
狛枝「媚薬、入ってたんだよね」
日向「………………」
狛枝「……はは」
日向「帰らせてくれ!」
狛枝「逃げないって約束したよね!?」
いやいや常識的に考えてヤバいだろそれ!
舞園は本気で獲りに来てるぞ…。
そんな奴に立ち向かおうなんて命の危険すら感じるぞ!?
狛枝「もう分かったでしょ!?このご馳走は明らかに罠だよ!そりゃそうだよね!もう追い回す必要がなくなるんだよ!」
日向「嫌だ!今俺はお前と関わったことを猛烈に後悔してる!」
狛枝「お願いだから助けてよ!ボク達友達だよね!?」
日向「悪いが友達でもこれはちょっと許容範囲外だ!舞園と幸せにな!」
狛枝「頼むよ!お願いだ!」
日向「お、落ち着けよ!な!?舞園はアイドルだぞ?容姿は可愛いし、そんなに一途なら男冥利に尽きるだろ!性格はちょっとアレだけどそこを受け入れれば幸せに暮らせるって!」
狛枝「その問題の部分が一番厳しいんだって!?」
日向「…………よし、落ち着こう。なあ狛枝、逆に考えろ。お前が大人しくなれば舞園も大人しくなるんじゃないか?」
狛枝「……そ、それは…」
日向「なあ、狛枝。何がそんなにダメなんだよ」
狛枝「……そ、それは」
日向「それを聞かせてもらえれば、俺も協力したい」
狛枝「…………分かった。日向クンがボクを助けてくれたら、日向クンが知りたいことを話すよ」
日向「お前……シリアスな表情してるけど助かりたいだけじゃないだろうな?」
狛枝「いや、これは事前に言っちゃうと日向クンが協力してくれない可能性があって…」
日向「……分かった。俺ができる範囲内で協力してやるよ」
狛枝「ありがとう…それじゃあお昼になったらボクと一緒に舞園さんの家に来てくれるかな?」
日向「…?それだけでいいのか?」
狛枝「うん。日向クンがいれば流石にお昼に何か仕込むなんてできないだろうし、襲われたりもしないだろうし、ね…」
日向「なあ、それ、俺が邪魔ものだと判断されて殺されたりしないよな?」
狛枝「…………たぶん」
日向「そこは即答してくれよ!?」
狛枝「ど、ドタキャンは止めてよ?」
日向「ああ……あ、七海も一緒に居るけど、大丈夫か?」
狛枝「別に構わない…っていうか生贄が増えるから構わないけど」
日向「おい」
狛枝「冗談だよ。でも、大切な恋人を一緒に連れてっていいの?」
日向「…まあ、何かあったら守るし、舞園っていうか女子と黙ってあったりすると微妙に機嫌悪くなるんだよな、七海」
狛枝「へぇ…」
日向「気のせいかもしれないけど、七海をあまり不安がらせたくないし、一緒に行くよ。行く気になったらな」
狛枝「見捨てたら恨むよ」
日向「お前と舞園の幸せを祈るよ」
狛枝と午後の約束をして、別れた。
うーん、我ながらとんでもない厄介ごとに首を突っ込んだな。
いざとなったらほっといて逃げ出すのもありっちゃありか……ま、まあ仕方ないよな。舞園怖いし…。
そんな事を考えながら、釣り具を取りに部屋へと戻った。
ぼんやりと、空を眺める。
平和な空間。
少し前までは絶対に、こんなのんびりとした時間なんて送れなかった。
うーん、どうもぼーっとしてると余計な事を考えちゃうな。
普通に釣りをしたいんだけどな…。
ほら、超高校級の釣り師とか、ちょっとかっこいい気が……しないな。
超高校級。
その言葉は、人の人生を狂わせるし、固定してしまう。
その才能を持って生まれた時点で、その人間には選ぶべき道が無い。
自分の才能だけしか、頼りにできないんだ。
俺は…超高校級という言葉の重みを、知らな過ぎた。
普通の人間であることが、どれだけの可能性を秘めていて、どれだけ尊いものなのか、気付かなかった。
日向「…カムクラ、か」
あのゲームの世界から帰って以来、俺はカムクラの才能をずっと使っていない。
未来機関からカムクラの才能に関するアルバイトが何件か来ていたが、全部蹴ってきた。
だけどいい加減、覚悟を決めないとな…。
この才能に向き合うって、決めたんだ。
カムクラの戦いのときだって、俺は自分自身を見失わなかった。
日向創として、カムクラに向き合って、受け入れよう。
その才能を、人生を。それが俺の、責任でもあるしな。
七海「おーい、日向くん」
日向「……七海か?」
七海「釣れた?」
俺はルアーを引き上げてみてみるが、もう既にエサは食われてしまってる。
日向「今日も0だ」
七海「残念だね」
日向「まあ、そんなほいほい釣れるものでもないさ」
そう言って俺は立ち上がり、水着に着いた砂を払った。
日向「どうだ?検査結果は」
七海「問題ない…らしいよ」
七海「お腹空いたね」
日向「そうだなー、なんか食べる……あ」
嫌なことを思い出してしまった。
七海「どうしたの?」
日向「うーん、いや、そのなあ……」
ものすごく嫌だけど、狛枝と約束しちゃったしな。
このまま放っておいてもいいけど、狛枝も結構本気だったしな。
今回は助けてやるか。
日向「あー、それなんだけどさ──」
七海「舞園さんの部屋は確か…うん、ここだね」
日向「うぉぉ…行きたくない…」
狛枝「それはボクだってそうだよ…というか、ありがとね七海さん。わざわざ付き合ってもらって」
七海「気にしなくてもいいよ。どうせ午後も暇だったし」
日向「暢気だなぁ七海。俺は胃が痛いぞ…」
狛枝「ボクなんか心なしか体調まで悪いよ…」
そんな俺たちなんてお構いなしに、七海は舞園の部屋のインターホンを押した。
無駄に度胸あるよなあ、七海って…。
舞園「やっと来てくれたんですね狛枝さん!……あれ?」
七海「やっほー」
日向「きょ、今日はお邪魔します…」
狛枝「ぐ、偶然……偶然そこで会ってさ!ボクだけ舞園さんの料理を楽しむのもアレかなと思って誘ったんだけど…」
舞園「…………」
舞園は黙り込んだまま、指を顎に当てて思案している。
あれは俺たちの処遇を決めてるとかそんなんじゃないよな。
舞園「……まあ、チャンスはいくらでもありますし」
なんかぼそっと言ってたぞおい。
隣の狛枝を盗み見ると、青い顔で震えていた。
舞園「いいですよ。私なんかの料理でよければ振る舞いますね」
七海「やったね、日向くん。私の料理の勉強になるかもしれないよ」
日向「そ、そうだなぁ……難易度高いゲームだなこれ…」
狛枝「とりあえず今日を生き残れただけ良しとしようかな……」
狛枝の呟きは、どこか哀愁を漂わせていた。
申し訳ないです。まだ終わってないです。
あの後寝落ちしてしまい、それからPCに触れることができない状態にあったので投下はおろか連絡もできませんでした。
ご報告が遅れて申し訳ない。本日夜続きを投下します。
舞園「はい、どうぞ」
椅子に座ってから数分後、テーブルの上には大きな鍋と大きめの皿が置かれていた。
日向「…カレーか?」
舞園「そうですよ。王道ですし薬も混ぜやす…隠し味なんかも凝れますし」
狛枝「……」
狛枝の手がカタカタ震えている。
日向「ま、まあ…せっかく作ってもらった訳だし、頂こうぜ」
七海「いただきまーす」
狛枝「……い、頂きます」
ちょっと怖いけど…ええい、ままよ。
カレーをスプーンで掬い、口に放り込む。
……ふむ。
ゆっくりとカレーを咀嚼する。
…………うーん、これは。
七海「美味しいね」
日向「ああ、普通に…美味いぞこれ!」
狛枝「ほ、本当だ!本当においしいね、これ…」
最初は恐る恐ると言った様子で食べていた狛枝も、舞園のカレーに舌鼓を打っている。
舞園「本当ですか?…なんだか照れちゃいますね」
日向「いや、これは本当に美味いぞ…将来結婚したらいい嫁さんになるな」
舞園「ふふ…日向さんったら」
七海「……む」
狛枝「……」
舞園は頬を染めて照れながらも、チラチラと狛枝を見つめている。
まあ、舞園としては狛枝の感想が聞きたいんだろうな。
狛枝はそんな視線に気づかず、神妙な面持ちでカレーを食べていた。黙々と。
舞園「その…狛枝さん、美味しいですか?」
狛枝「え?あ、ああそうだね。美味しいと思うよ」
不意に話しかけられたからか、狛枝は少し呆けたような声を出した後、そんな取っ手付けた感想を言った。
うーん、その言い方はちょっとマイナスじゃないか?
舞園「……そうですか、良かったです」
案の定、舞園は少しだけつまらなそうに唇を尖らせた、様な気がした。
そんな風に舞園を観察している俺を、七海がじとっとした目で見てくる。
日向「どうかしたか?七海」
七海「……なんでもない、と思うよ」
日向「何でもある顔してるぞ」
七海「……ふんだ」
うーん、たまに七海の考えが読めない。
いまのは特に怒るところでもない気がするんだけどな…。
日向「ご馳走様でした」
七海「ごちそうさまでした」
狛枝「ご馳走様でした」
舞園「はい、お粗末様です。じゃあ私は食器を片付けますね」
七海「私も手伝うよ」
日向「あ、じゃあ俺も──」
舞園「大丈夫です。日向さんと狛枝さんは寛いでいてください」
日向「そうか?悪いな」
狛枝「……」
……さて、そろそろ聞くとするか。
日向「なあ、狛枝。お前大丈夫か?さっきからずっと黙ってるけどさ」
狛枝「うん…ちょっと、考え事をね」
日向「考え事?」
狛枝「言ったよね?ボク。ボクが舞園さんを避けている理由があるって」
日向「ああ、それを聞かせてくれるんだろ?」
狛枝「うん。実はね……ボクは、気になってる人がいるんだよ」
日向「…………はあ?」
狛枝「だから、気になる異性がいるんだよ」
日向「はははっ?え?狛枝が?笑えないジョークだぞ」
狛枝「ジョークじゃないし、君はボクをどんな風に見てるのかな…」
日向「だって…あの、狛枝だぞ?お前がホモだって言うのなら百歩譲ってわかるとしてもだ、異性に興味があるだなんて、まっさかー」
狛枝「ボクは今プチ絶望してるよ…友達からどんな目で見られてるんだ……」
日向「ちょっと待ってくれ。お前の得意な趣味の悪い嘘じゃなくて、マジなのか?」
狛枝「マジだよ。ボクだって健全な男子なわけだし…もう、昔のボクじゃないからね。今は少しずつ、前に進んでいるんだよ」
日向「前に進む…ちょっと違う気もするが」
狛枝「とにかく、ボクだって人並みに恋をしてみたってところだよ。うん」
日向「ちょっと信じられないけど…それなら舞園を避ける理由も納得だな。他に好きな奴がいたら、避けるか…」
狛枝「そうなんだよね。ボクみたいなクズのどこを気にいったかは知らないけれど、いい加減気になっている子からのアプローチを避け続けるのにも限度があるよ」
日向「そうだよなぁ……………………ん?」
今こいつ、なんかおかしいこと言わなかったか?
日向「なあ、狛枝。少し野暮な質問をしてもいいか?」
狛枝「何かな?」
日向「お前の気になってる異性って……誰だ?」
狛枝「舞園さんに決まってるじゃないか。ボクみたいな人間にあんな純粋…というか、純粋すぎる好意を向けられて気にならない訳がないよ」
日向「え、ええー……」
意味が分からん…。狛枝は舞園の事を…その、異性として気になってるんだよな?
それなのに舞園の行為を避けている。
狛枝「あのね、日向クン。ボクなんかに恋をしたって、その内冷めるんだよ。僕がどれだけ矮小で取るに足らない存在か…直ぐに舞園さんも気付くよ。もしもいま、ボクの感情で彼女を受け入れてしまったらもしもその事に気付いた時、傷つくのは彼女だ」
日向「……」
狛枝「安易な選択で舞園さんを傷つけるのならボクは彼女がそれに気付くまで待つよ。舞園さんだってボクなんかに好意を向けられても困るだろうしね。だからボクは、遠くで彼女を見守ってあげようと思ってるんだ。彼女の幸せを誰よりも最初に祝福してあげるんだ!」
日向「……なあ、一つだけいっていいか?」
狛枝「?何かおかしかった?」
日向「重い」
狛枝「バッサリだね」
そう言えばこいつ超面倒くさい性格なの忘れてた。
最近大人しかったからすっかり忘れてたな…。
狛枝「まあ、そういう事情だからボクは彼女の想いに答えるわけにはいかないんだよ」
日向「……はあ、まあお前の考えはとにかくとして。少なくとも今、舞園の好意はお前に向いているんだ。少しくらいはそれに応えてやってもいいんじゃないか?」
狛枝「だからそれは──」
日向「ちょっと黙ってろ…。別に舞園と付き合えって言ってるわけじゃない。少しくらい自分に正直になってみろよ。案外それで嫌われるかもしれないぞ?」
狛枝「うーん…そうなのかもしれないね。恋愛ごとなんて初めてだから、対処の仕方がいまいち分からなかったんだ」
日向「きっとそうだぞ。だから少しは正直になってみろ」
狛枝「うん…そうしてみるよ」
自分でもよく分からない理論でごり押しした気がするが、狛枝は納得したみたいだった。
舞園も狛枝もお互いに非常に面倒で厄介な性格をしている。
まあ、俺がこれ以上口を出すことでもないだろう。後は狛枝達が自分で考えてどうするのかを決めればいい。
ぶっちゃけ関わりたくない。
日向「ちょっと長居しすぎたみたいだな。邪魔して悪かった、舞園」
舞園「いえ、楽しかったですよ」
七海「また料理を教えてくれると嬉しいな」
舞園「はい、私にも今度、ゲームを教えてくださいね」
七海「うん。…でも、日向くんは渡さないからね」
舞園「だからそれは誤解だって言ってるのに…」
どうやら七海と舞園もお互いに色々と交流を深めていたらしい。
ま、それ自体は悪い事じゃないよな。
舞園は……表向きっていうか、狛枝に関して以外は、普通の奴だし。
舞園「それじゃ、狛枝先輩はもちろん泊まりますよね?」
狛枝「……そうだね。まあ、今日くらいは」
舞園「!?!?」
日向「……面倒くさそうだし、先に帰ろう」
七海「積極的だねぇ」
…狛枝、絶対何か間違ってるぞ……。
普段とは立場が逆転している狛枝達を遠目に、俺たちはコテージへと戻った。
日向「ふぅ…もう夕飯時だな」
七海「そうだね…」
日向「そろそろお開きにするか?」
七海「……あ、忘れもの」
日向「忘れもの?舞園の家にか?」
七海「ううん、私の家だよ」
日向「?」
七海の言ってることはよく分からないが、有無を言わせない迫力があったので、素直に七海についていく事にした。
七海のコテージについて数分後、忘れものと言っていた七海はなぜかリュックをしょって戻ってきた。
日向「何だ?その荷物」
七海「お世話になります」
そう言ってお辞儀する。
……お世話?
日向「……もしかして、俺の部屋に泊まるって事か?」
七海「うん、ダメかな?」
日向「いや、それは全然かまわないけど…随分急だな」
七海「…私も、舞園さんを見習おうと思って」
日向「見習う…?よく分からないが、そういうことなら大歓迎だ」
七海とお泊りか……。
ドキドキするな。いや、決して変な意味じゃない。
別に何か期待してるわけでもない。
別にそんな事はない。断じてない。
七海「どうしたの日向くん。なんか笑ったり怒ったり忙しそうだけど」
日向「いや…はは、なんでもないよ」
これはもしかして…チャンスがあるのか…!?
日向「ただいまー」
七海「お邪魔します」
七海と一緒に、特に装飾も無い殺風景な自分の部屋に入る。
こんな事なら少し部屋に気を使っておけばよかったな。
日向「あー夕飯はどうする?花村食堂に行ってもいいけど」
七海「私が作るよ?」
日向「いや、お客さんに作らせるのも悪いし…行かないなら、昨日の余り物で悪いけど、適当に作るよ」
七海「うん、分かった」
七海はうなずくと、しょっていたリュックを下す。
なぜかどすん、という音がした。
何が入ってるんだよ…という俺の疑問は、リュックから出されたゲーム機によって解決した。
七海「…テレビに繋いでっと」
どうやらテレビゲームを始めるらしい。
まあ、七海らしいよな。
楽しそうにゲームを始めた七海を横目に、俺は夕飯の準備へと取りかかった。
七海「…まだまだだね」
ゲーム画面で、七海の操るキャラクターが華麗な必殺技を放つ。
俺の操作するキャラクターは何もすることができず、必殺技が直撃してしまい、宙へ泊った。
画面中央に、KOの文字が浮かび上がる。
日向「本当に…どうやったらお前に勝てるんだよ」
これでも七海の勝とうとこっそり練習してたりするのだが、一度も勝てた試しは無い。
流石は超高校級のゲーマーだな。
七海「日向くんのキャラクターは癖が無くて扱いやすいけど、その分動きが読みやすいんだよ」
七海が得意げに解説をしてくれる。
ゲームの事を語っている七海は本当にキラキラとしていて、思わず頬が緩む。
楽しげに語る姿は子供っぽいけれど、そこが可愛い。
夕飯を食べ終えた俺はかれこれ3時間、七海のゲームに付き合い、時には対戦しながら七海の解説を聞いていた。
静かに過ごすのもいいけれど、こうして楽しそうな七海を見ているのも好きだ。
ふと時計に目をやると、そろそろいい時間だな。
日向「七海、そろそろ風呂に入ってきたらどうだ?」
七海「…もうそんな時間なんだ」
日向「ああ、俺は後でいいからさ」
七海「そうだね……一緒に入ろう」
日向「ああ、それじゃタオルを用意…え?」
七海「裸の付き合いをすると、もっと仲良くなれるって聞いたよ?」
日向「い、いやいや、それはちょっと違うんじゃないか?たぶんそう言うのは同性とやるもんだと思うぞ!?」
七海「むむ…でも、私は日向くんと裸の付き合い、したいな」
う、ぐ、ぐぐぐぐぐぐ…。
上目遣い…だと……。
七海の事だから無意識にやってるんだろうけど…破壊力がとんでもない。
いや、ダメだ。ダメだろ…倫理的にダメだろ……。
でも…七海の裸…ダメだ、惑わされるな尻!
くう…俺の思考をおっぱいが邪魔をする……!
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けおっぱい落ち着け落ち着け尻落ち着け落ち着け一緒に入りたいですごめんなさい!
俺は…どうしたらいいんだ…!?
>>298
一緒に入る
日向「一緒に入ってくださいお願いします!!!」
全身をバネにして七海の前で華麗に土下座。
日本男児が持つ最後の手段である。
プライド?倫理観?そんなもんじゃ腹は膨れないし俺のリビドーだって収まるかってんだよ!
俺は七海の裸が!おっぱいが!尻が見たいんだよ!!
裸のお付き合いがしたいんだよ!!
七海「えっと…なんで日向くんがお願いしてるのかわからないけど、うん…こちらこそお願いします」
七海がぺこりと頭を下げる。
て、天使だ……!これが他の女子だったら今頃俺の命は無いだろう。
俺の桃源郷は…ここにあったのか…。
俺は胸の高鳴りを必死に押さえつけながら、寝間着とバスタオルを取りに寝室へと向かった。
七海「……えと、やっぱり少し恥ずかしいな」
日向「そ、そうだよな…」
脱衣所で、顔を赤くしながらもじもじとする俺たち。
うーん、いざとなると恥ずかしくて何もできないな。
ここでびしっと言えたらかっこいいんだが…恥ずかしいことに何の言葉も浮かんでこない。
日向「と、とりあえず…その、俺向こう向いてるから…先に脱いで、入ってくれていいぞ」
七海「……に、逃げちゃダメだよ?」
日向「わ、分かってるって。俺だって七海と入りたいんだ、ここまで来たら逃げ出さないさ」
七海「そっか…うん、じゃあ、お先に失礼します」
しゅるしゅると衣擦れの音がする。
…今、俺の後ろで、七海が、服を…!
恥ずかしさなんて一瞬で吹き飛び、後ろを振り向きたい衝動に駆られたが、我慢する。
今振り向かなくても、いずれは見る事になるんだし…焦るな、俺。
やがて衣擦れの音が消え、ぺたぺたと足音が聞こえると、浴室のドアが開いた。
どうやら七海は先に入ったみたいだ。
よし、俺も服を脱ごう。
シャツと水着を脱ぎ、洗濯籠に放り込む。
ちらりと視界に入ったのは、七海がつけていた水着。
この島で水着を見る事はしょっちゅうだし、今更それで照れる、なんてことも無いんだけどさ。
いや、ついさっきまでその水着を七海は履いてたわけで…。
い、いかん、余計な事を考えた気がする。
俺は腰にタオルを巻きつけると、深く深呼吸をする。
日向「──入るぞ」
意を決して、浴室のドアに手を掛けた。
モノクマ「どうもーモノクマです」
ウサミ「ちょ、なんてタイミングで出てるんでちゅかアンタは!」
モノクマ「うるさいなあウサミ…じゃない、モノミは」
モノミ「あちしはそんな変な名前じゃないでちゅ!って表記がモノミになってまちゅ!?」
モノクマ「そんな事よりモノミ!オマエはこのR18指定をうけそうな展開をどう思う?」
モノミ「え?そんなこと言われても…」
モノクマ「ボクはねえ…こういう破廉恥な展開は絶対に許せないんだよ!」
モノミ「そ、そうなんでちゅか…?」
モノクマ「コロシアイならいざしれず…こんならぶらぶちゅっちゅなエロゲー展開ボクは認めません!」
モノミ「そこだけ聞くとすごくまともっぽく見えるでちゅ!」
モノクマ「きっと今頃らぶらぶいちゃいちゃ展開を期待してたやつは絶望してるんだろうなあ…まさか会話すら聞くことができないなんてね!」
モノミ「やっぱり外道でちゅ!?」
モノクマ「いいかオマエラ!健全で清純な物語しかボクは認めないからな!これを破ったやつは即オシオキしてやる!」
モノミ「こ、このままじゃ日向くんと七海さんのらーぶらーぶな場面がモノクマのせいで台無しに……ここはあちしが何とかしないと…!」
モノクマ「?おい、モノミ…何をするだァーー!」
モノミ「日向くん達のらーぶらーぶは誰にも邪魔させないでちゅ!」
モノクマ「お、覚えてろよ!」
モノミ「最後に愛は勝つんでちゅ!」
日向「……」
七海「……」
俺達は、今、浴槽に背中合わせで入っている。
そこまで大きくないから、背中がぴったりとくっついてしまって、結構…というかかなり恥ずかしい。
いや、ついさっき裸はバッチリと拝んでしまった訳だけどさ、背中を洗ったりもしたんだけど…それでもやっぱり緊張する。
七海「…ねえ、日向くん」
日向「ど、どうしたっ?」
突然話しかけられて、思わず言葉に詰まってしまった。
びくりと体が揺れ、七海にもそれが伝わってしまう。
七海「手、繋ごうよ」
日向「へ?」
唐突な提案に、思わず気の抜けた言葉を返してしまう。
俺の言葉には何も返さず、強引に七海は俺の手を取った。
ぎゅっと、手を握られる。
すると不思議なことに、あれだけ緊張していた身体がゆっくりと弛緩していった。
体中に温かい何かが満ちていく。
七海「落ち着いた?」
日向「ああ、ありがとう…七海」
背中合わせで、手を繋ぐ。
とても不思議な光景だけれど、今はこれが、俺たちの精一杯。
だけども心は、満たされていた。
日向「七海の手、あったかいな」
七海「多分、お湯の中で手を繋いでいるからだと思うよ?」
日向「そうじゃなくてさ、なんて言うんだろ。気持ちの問題だよ」
七海「…そっか。うん、確かにそうかもしれないね」
七海がくすぐったそうな声を出す。
いつの間にか、こんなにも感情豊かになってたんだな、七海。
昔はあまり感情というものが分からないみたいで、いつもボーっとしていたけれど、今は笑ったり、悲しんだり…自分の気持ちを素直に表現していた。
それが、自分の事のように嬉しくて、握った手に力を込める。
七海「…?どうしたの、日向くん」
日向「なあ、七海…お前は今、幸せか?」
七海「うん、幸せだよ。こうやって日向くんと…ずっと一緒に生きていたい」
その答えを聞いて、俺はたまらなく七海を抱きしめたくなる。
でも、寸前で、堪える。
俺達には…たくさんの時間がある、ゆっくりと、焦らず、進んでいけばいい。
日向「俺も、幸せだよ…」
それからしばらく、俺たちは幸せの余韻を噛み締めながら、背を向けながら手を繋いで、ただじっと、湯船に浸かっていた。
日向「電気、消すぞ」
七海「うん」
風呂から上がった俺たちは(勿論別々に上がった)、特に何をするわけでもなく、ベッドへと向かった。
七海が布団にもぐりこみ、目を閉じたのを確認してから、部屋の電気を消す。
最初は七海にはベッドで寝てもらって、俺は床で寝るつもりだったけれど、七海の提案で一緒に寝ることになった。
七海が明けてくれたスペースにもぐりこむ。
日向「ちょっと狭いな…はは」
七海「でも、日向くんを感じるよ」
日向「ああ、俺もだよ」
風呂の時とは逆に、向かい合う。
七海の頬がほんのりと赤く染まっていた。
きっと俺の顔も、七海に負けず劣らず赤くなっているだろう。
少しばかり見つめ合って、俺たちは自然と、抱き合った。
日向「おやすみ…七海」
七海「うん、お休み、日向くん」
七海の体温が、さっきよりもはっきりと伝わってくる。
心臓の、鼓動さえも。
それでも、さっきまでの動揺はない。
ただ、心穏やかに、俺は目を閉じた。
ああ、きっと今日は良い夢が見られるだろうな。
仄かに香るシャンプーの臭い。俺と同じシャンプーを使ったはずなのに、七海のそれは俺の心を擽った。
七海の匂いと、温かさに包まれて…。
俺は静かに……眠りへと落ちた。
──おかえり、おとーさん!
──お、──。お母さんのお手伝い、ちゃんとしてたのか?
──うん、おかーさんとゲームしたよ!
──うーん、俺は家事の話だったんだけどな…。
──この子は将来有望だよ。きっと私以上のゲーマーになると思うな
──それはいい事なのか?ま、それはさておき、プレゼントだ
──!…わぁ!新しいゲームだ!ありがとうおとーさん
──すっかり創くんも毒されちゃったね
──誰のせいだよ、全く。
──えへへ
──でも、後悔はしてないぞ。俺は今でもお前と、千秋と一緒に過ごせて、幸せだ。
──うん、私も幸せだよ、創くん。
それは、遠くない未来。
俺達が望んだ、幸せな結末。
そして、俺達にはとても難しい、未来。
でもきっと、俺たちが望めば、掴み取れない未来なんてない。
いつか、この夢が現実になるためにも、俺は創って行こう。──未来を。
─fin─
非常に長くなりました。ヒナナミは書きたいことが沢山あって迷いますね。
安価は選んだ人物の後日談的なものを知ることができることにしました。そうするとわざわざ独立した話にしなくていいので。
一応霧切√後の話なので残姉ちゃんや妹様√後日談は書けないのでさらっと書いて、他の人の安価になるように誘導しました。
七海の設定がよく分からないかもしれませんが、生暖かい目でスルーしていただけると幸いです。
次回投下はバトルの予定です。
本日は投下ではなく、安価です。
バトルメンバー安価
味方パーティ
>>312
敵パーティ
>>313
この安価を基にステータスを作成します。投下は近い内に行います。
質問返答などは致します。バトル終了後に二つ、後日談或いは短編を投下しますので、その希望も受け付けます。
恐らくその後日談の投下、もしくその次の投下で終了になると思います。
それでは次回投下までお待ちいただければ幸いです。
日向
七海
苗木
霧切
江ノ島
絶望ゲージを気にしなくていいんですよね
敵味方ともに人数制限は特になし?
セレス
ソニア
山田
花村
田中
安価近すぎた気がします。少し遠いですが、味方>>317敵>>318とします。
>>310 絶望ゲージは気にしなくて構いません。
>>311 人数は最大8人で、戦闘参加は5人までです。ちょっと知的に戦ってみたい、あるいは色んなキャラを使ってみたいという方は8人狙ってみのもありかもしれません。
最後間違えた。
朝比奈
腐川(ジェノ)
葉隠
大和田
ソニア
小泉
田中
弐大
残ねえ
おわり
江ノ島
さくらちゃん
ニダイ
お久しぶりです。
安価採用します。現在ステータスを鋭意作成中ですが、無理ゲー感が漂っています。まさか敵味方に主人公がいないなんて。
基本的には以前のステータスから引っ張ってこようとしたのですが、軽くシミュレートしたら何もできずにボコボコにされたので、一から作り直しています。
その際にある程度ルールの見直しも行っているので、もう少しかかりそうです。
あまりに長くなりそうな場合は、先に後日談の方を終わらせようかなと思っています。
安価は絶対。
というわけで製作中ですが、1から作り直して、尚且つ勝てる難易度となると結構難しいところがあります。
キャラの強さのバランスの兼ね合いなどもありますし、まだまだ長引きそうです。
というわけで本日は割と要望が多かった妹様後日談です。
残念ながら安価は少なめです。お遊び程度のレベルですので、お気軽に適当にどうぞ。
7、8時を目安に投下します。
投下します。
江ノ島盾子√後日談
「Final Answer」
江ノ島「……チェックメイト」
江ノ島さんが、そう言い放つ。
盤上を見ると、ボクのキングが逃げ場を失っている。
逃げ道を探してみたけど、どうやらボクのキングはどう足掻いてもここから抜け出せないらしい。
苗木「……降参、かな」
江ノ島「んふふ…じゃあ勿論、約束守ってくれるよねぇ?」
苗木「何か一つ言う事を聞く、だっけ?あんまり無茶なことは言わないでよ…?」
江ノ島「誠クンなら楽チンだって!むしろ嬉しいんじゃなーい?うぷぷ」
苗木「…どういう意味?」
すると江ノ島さんはずい、と身を乗り出して目を閉じる。
僅かに突きだされた唇。
艶やかに光り、桃色のそれはあまりに瑞々しく、毒々しく、ボクの瞳に映った。
江ノ島「……キス」
苗木「…う、うん」
ボクだってここまでされて断れない。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと唇を近づけていく。
江ノ島「………ん…」
苗木「……」
どれだけ時間が流れただろう。
多分、実際には数秒しかボクと江ノ島さんの唇は触れ合っていない。
でも、ボクにはそれが、永遠のように思えた──。
あの日。
そして、ボクは──思い出す。
そう、アレはきっと、奇跡だ。
共に歩むだなんて、そんな道…ボクと江ノ島さんにあるなんて思っていなかったのだから。
何も、思い出せない。
とても、大切なことだったはずだったのに。
ボクは何も、思い出せなかった。
苗木「どうしてボクは…大事なことを……思い出せないんだよぉ…!」
病院では静かに、っていうのは常識だけど。
それでも、ボクは叫びたかった。
今すぐにでも、不甲斐無い自分に、喝を入れるために叫んでやりたかった。
「うるさいなあ…病院ではお静かにって絶望的に常識でしょ」
……。
誰かの声が、すぐ傍で、聞こえた。
鬱陶しそうに、ダルそうに。
苗木「……君、は」
「何を思い出せないのかは知らないけどさ、その辛気臭い顔を見せないでっての。そんな顔見たらさあ…絶望させてやりたくなるじゃん」
振り向く。
そこにはにやりと笑った、彼女の姿。
その姿を見て、まるで、身体が電撃に撃たれたかのように、震える。
脳内にフラッシュバックする、記憶。
何処かの世界でどこかのボクが体験した、記憶。
それが、受け継がれていく。
苗木「江ノ島さん、ボクはずっと君の傍にいる」
江ノ島「……あんた、言ってる意味わかってんの?」
苗木「分かってるさ。ボクは永遠に、君から離れない。君と一生を過ごすよ」
江ノ島「それってプロポーズ?」
苗木「そうだね、そうかもしれない…ボクは、君と一緒に居たいんだ」
江ノ島「まーたそんなこと言っちゃってさ、苗木君は自分が何を言ってるのか分かってないって」
苗木「しょうがないじゃないか。ボクにだって自分の気持ちがよく分からないんだ」
江ノ島「あ、そ。まあいいけどさ…苗木クンといれば、あたしも退屈なんてしなさそうだし、ね」
──違うだろ。
苗木「江ノ島さん、そこのショップで買ってきたんだ。一緒に食べようよ」
江ノ島「絶望的に頭が足りてないよね苗木クンってさぁ?ゲームの世界なんだから何食っても一緒に決まってんじゃん」
苗木「それは違うよ!少なくとも、ボクはこれを美味しいと思ったし…きっと、江ノ島さんと食べたらもっとおいしいと思うんだ」
江ノ島「よくもまあ、そんな恥ずかしい事言えるよね…流石希望サマ」
苗木「……?」
──気付いてないフリは、もうやめよう。
──ボクは、怖かったんだ。
──自分の気持ちを告げて、彼女が、どう答えるのか。
──彼女なら、どんな答えを出したっておかしくない。告白を受け入れないで、ボクを絶望させようとするかもしれない、敢えて受けてボクを絶望させてくるかもしれない…。
──それが、間違いなんだ。それは、彼女を信じ切れていない。ボクがするべきなのは。
──本当に正しい希望っていうのは…彼女を、信じることだ。
──だから、ボクは。
ふと、意識が戻る。
目の前には、こっちを見ている江ノ島さんの姿。
いつもの様に世の中すべてを見下したような瞳をしている。
だけど、今のボクには、なぜか、その表情が、何かを待っているような──まるで、子供がおやつを待っているかのような、そんな矛盾した印象を受けた。
だからボクはその直感と、彼女を信じて、唇を開く。
苗木「江ノ島さん…僕、思い出したんだ……」
江ノ島「……あ、そ」
苗木「君は思い出してないかもしれない…だから、ボクは意味不明なことを言ってしまうかもしれない。それでも、きいてほしいんだ」
江ノ島「……」
江ノ島さんは答えない。
何故か、ボクから視線を少し、逸らした。
苗木「ボクは、君が、好きだ……友達としてじゃなくて、一人の異性として、君が好きなんだ!」
江ノ島「……あんた、言ってる意味分かってるの?」
ゲームの時と、同じ質問。
あの時は、分かってなかった。
いや、分かっていない【フリ】をしてたんだ。
苗木「意味が分かってるさ…君は、罪を犯し過ぎた。そんな君を好きになって、一生を過ごすって事は…それは、きっと困難だ」
江ノ島「……」
苗木「でも、ボクは君の罪も、一緒に背負おうと思える。君の為に人生を使ってもいい……それ位に、君が、江ノ島盾子の事が、好きなんだ」
江ノ島「……はっ、バッカじゃないの?それってさあ、あたしが改心する前提でしょ?悪いけど、あたしが改心なんてそんなの有り得ない。絶対に確実に間違いなく間違えようがなく100%あり得ないから」
苗木「別にそれでいいさ。君がボクと一緒に居てくれると、そう言ってくれるのなら、ボクが止めてみせる。君が何度過ちを起こそうとしたってボクが止める。そしていつか、君が本当の意味で罪に向き合えるようになる日まで支え続けるよ」
江ノ島「…………ほんと、バッカみたい……苗木クンも、こんな言葉で揺れちゃう、あたしも……」
苗木「……答え、聞かせてくれるかな」
江ノ島「チラつくんだよ。記憶がさ。あたしの知らない、“あたし”の記憶…。その記憶で“あたし”は苗木と恋人みたいになって…なんだろうね、本当に…希望とか、こんな胸糞悪い記憶…本当に要らないのにさ……」
苗木「……」
江ノ島「だけどさ、苗木の姿を見たとたんにさ…腹立つことに、嬉しいとか、感じやがったんだよ…くそったれ……。こんなの、絶対にあたしじゃない…江ノ島盾子は……絶望以外ありえないんだよ…」
苦しそうに、呻くように、江ノ島さんは告げる。
胸のあたりを押さえながら、唇の端を噛み締めて、絞り出すように、言葉を続ける。
江ノ島「大っ嫌いだよ……苗木なんて…あたしをこんなに苦しめて……こんな苦しみは絶望なんかじゃない……もっと甘酸っぱい…あたしの大っ嫌いな……」
ポタリと、床に雫が落ちる。
それがなんなのか、分かってはいたけど。
ボクは彼女から、目を逸らす。
だってそれは、きっと彼女も、絶対に見られたくないだろうから。
江ノ島「……責任、とれよぉ……あたしを、こんな…苦しめておいて……一人だけ楽になろうとか、思ってんじゃねえよ……苗木ぃ…」
苗木「……そう、だね」
江ノ島「……苗木クン、アンタの人生はあたしが全部奪ってやる。全部あたしの…私のものだ。それが苗木誠の背負う責任で……私の復讐だ」
苗木「そうだね…きっと江ノ島さんを変えてしまったのは、ボクの責任だ。君がそう言うのなら、ボクは自分の人生を、君に捧げるよ。ずっと、永遠に…ね」
ボクは、一歩を踏み出す。
江ノ島さんは、驚いたように、一歩下がる。
ああ、きっとボクは…ボクがしてきたことは、間違いじゃないんだ…。
江ノ島さんが改心するかなんて、分からない。もしかしたら彼女の言うとおり、それは出来ないかもしれない。
でも、少なくとも…彼女の気持ちだけは、変えられた。
だから、きっと変えてゆける。
それは、小さくて、気付けないくらいの変化かも知れない。
それでも、きっと──。
苗木「江ノ島さんっ!」
踏み出す。
江ノ島さんを、逃がさない。
臆病に逃げようとする江ノ島さんの腕を取り、強引に自分の傍へと引き込む。
江ノ島「っ…」
そっと彼女の身体を抱き締めて、ボクはもう一度だけ、告白した。
苗木「大好きだ、江ノ島さん……」
江ノ島「……」
返事は無かった。
だけど背中に、何かが当たる感触。
それが回された手だと気付いて、ボクは、それが彼女なりの【返事】だという事を理解した。
こうしてボクと彼女は本当の意味で、恋人になった。
もう、ボクと彼女のなれ初めってやつは話したから、正直このまま終わってしまってもいいんだけど…。
残念ながら、まだ話は続くんだ。
それを語る前に、小休止として、ちょっとした惚気話でもしようかな。
惚気話って、聞いてる側はイライラするんだけど、言ってる側としては楽しくて仕方ないんだよね。
……まあ、軽く聞き流してくれればいいよ、ただの自己満足だし、取るに足らない話だろうからね。
苗木「……暇だな」
ボクは時計を見る。まだまだ時間は十分にある。
よし、そうと決まれば何をするのかは明白だよね。
勿論、江ノ島さんと何かしよう。
恋人なんだし、別におかしくはない。
…うーん、いやしかし、何をしようか。
会う前に決めておかないといつも江ノ島さんのペースに呑まれちゃうからな…。
よし、そうだ、とりあえず江ノ島さんと>>441に行こう!
おうふ…ミスです、>>342でお願いします。
観覧車
苗木「観覧車…なんてどうだろう。うん、恋人らしいしロマンチックだよね」
ボクは自分の超高校級に匹敵するデートセンスに打ち震えながら、笑みを溢しながら江ノ島さんのもとへと向かった。
苗木「やあ!江ノ島さん」
江ノ島「……んー、おう」
江ノ島さんはだらしない…というか人前にはちょっと見せられない格好でだらんとベッドに寝っころがっていた。
苗木「江ノ島さん、下着姿で過ごすのは止めようよ…ここ未来機関だし、機関員の人に監視もされてるんだよ?」
江ノ島「異議あり!私はシャツを着ている」
苗木「いや、そう言う問題じゃなくて倫理的な問題なんだけど」
江ノ島「なーにー?もしかして嫉妬しちゃってるんですかぁ?うっぷっぷー!」
苗木「…はぁ、もうそう言う事でいいから早く着替えてよ」
江ノ島「しょうがないなぁ…」
江ノ島さんは面倒くさそうに起き上がると、近くに落ちていた服を適当に漁り始めた。
恋人だけど、こういうのを覗くのは趣味が悪いよね…。
どうせご飯も食べてないんだろうし、何か簡単なものを作ってあげよう。
キッチンへ向かう事にした。
江ノ島「んー…ご馳走様でした」
苗木「お粗末様。片付けるよ」
江ノ島「よろしく」
自分で片づけるという発想が無い辺り江ノ島さんらしい。
まあ、いいんだけどね。
江ノ島「しっかし、誠クンって女子力高いよね」
苗木「それ、あんまり褒められてる気がしないけど…」
江ノ島「いやいや、これは超高校級のギャルからのお言葉だよ?そりゃもう激ヤバなわけよ」
苗木「そういえば江ノ島さん、超高校級のギャルだったね」
江ノ島「いや、どっからどう見てもギャルじゃん」
苗木「絶望のイメージが大きいからさ、アハハ…」
江ノ島「んで、今日は何の用なわけ?」
苗木「ああ、それなんだけどさ、観覧車に行かない?」
江ノ島「は?」
苗木「観覧車だよ。カップルで乗る、例のアレ」
江ノ島「誰が?」
苗木「そりゃもちろん、ボクと江ノ島さんだよ」
江ノ島「……乙女か」
苗木「へ?」
江ノ島「いや、何でもない。なんか誠クンって草食系男子ってレベルを超えてるよね。乙女系男子だよね」
苗木「いやいやいや」
申し訳ないです。私用が入ったため中断します。
続きは明日の投下になります。
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