介護ヘルパー「勇者と魔王の老後決戦」 (22)
それは遥か昔、世界の景色が今と違っていた頃――
勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」
魔王「ハーッハッハ、執念深い勇者よ! 貴様にやられる程、我は甘くないぞ!!」
勇者「貴様を倒すために上げたレベル、増やした傷の数々……全て無駄にはせん!」
魔王「ならば来い! 勇者よ!!」
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そして70年後、老人ホーム『まおゆう』
勇者(86)「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」
魔王(200)「ファーッファッファ、ひゅう念深い勇ひゃよ! 貴ひゃまにやられる程、我はフガフガ」
勇者「貴様を倒すために上がった血圧、全身に貼った湿布の数々……全て無駄にはせん!」
魔王「ならば来い、勇ひゃフガフガ」
新人「先輩、おふたりがまた喧嘩を!」アセアセ
ヘルパー「はい、戦闘いったんやめ~。おやつの時間だよ~。魔王さん、入れ歯直そうね~」
勇者と魔王の戦いは、世代が交代し、2人が老人ホームに入ってもなお繰り広げられていた。
勇者「魔王、勝負だ!」
魔王「うとうと」
ヘルパー「あらら、魔王さんお腹いっぱいになって眠くなっちゃったんだね~。勇者さん、後でいいかな?」
勇者「俺には残された時間が少ないというのに」ブツブツ
ヘルパー「ねぇ、2人の昔のお話聞かせて貰ってもいい?」
勇者「そんなに聞きたいか、ん? 俺の武勇伝、ふふん」
ヘルパー「聞きたい、聞きたーい! 勇者さん、昔はもっといい男だったんだろうなぁ~」
勇者「まぁなぁ!」
>休憩時間
新人「あの2人は仲が悪くて困りますよ~」フー
ヘルパー「そうだね~。70年もいがみ合ってるから、仕方ないね~」
新人「70年……世界がまだドットだった頃からですね」
ヘルパー「そうそう。あの頃のダンジョンは今よりずっと理不尽でねぇ」
新人「へぇ~。私の世代は景色がヌルヌル動くし、チュートリアルもあって当たり前でした」
ヘルパー「人と世界に歴史ありだよ。景色がヌルヌル動くようになっても、時代は続いているのだー!」
勇者「魔王!」
魔王「……」ポケー
勇者「魔王オオオォォ!!」
魔王「……おぉ、勇者かぁ。何じゃ~?」
勇者「俺と勝負しろー!」
魔王「はぇ~?」
勇者「俺とー! 勝負しろー!」
魔王「はえぇ?」
ヘルパー「あ、魔王さんの補聴器電池切れてる。すぐ取り替えるね~」
勇者「全く、あちこち悪くしおって魔王め。人間の年齢に換算すれば、俺より若いくらいだろうに」ブツブツ
新人「心配ですねぇ」
勇者「心配? フンッ、あいつは昔から不摂生なんだ!」
新人「長い付き合いだと、そんなことまで知ってるんですね」
勇者「奴が魔王として名を轟かせたきっかけを知ってるか?」
新人「あ……いえ。理由って何ですか?」
勇者「奴は城の……晩餐会に出てきた料理を、食い逃げしたんだ!」
新人「食い逃……え?」
勇者「奴は俺と小競り合いをしながら、世界中で食い逃げを繰り返した! そうして血糖値が上がって倒れたのが、今から10年前のことだ!」
新人(クソくだらねー)
>夕食
魔王「美味い、美味い」モグモグ
勇者「魔王ォ、大食いもいい加減にしろよ!」
魔王「美味いんじゃて~。勇者にはやらんぞ~」
勇者「何を貴様アァ!」
ヘルパー「勇者さん、これ! 美味しいよ!」
勇者「どれどれ……おぉ、美味しいな」
魔王「今日の味付けは新人さんじゃろ? 腕が上がったのぅ」
新人「正解! 嬉しいなぁ」
魔王「~♪」
新人「魔王さんて食べてる間が1番幸せそうですね」
ヘルパー「食欲があるのはいいことだねぇ」
しかし……
魔王「……」ボー
ヘルパー「魔王さん、まだご飯残ってるよ~」
魔王「お腹いっぱいじゃあ」
勇者「貴様ぁ! 出された食い物をこんなに残すとは、それでも魔王か!」
魔王「食べれないんじゃて~」
ヘルパー「しょうがないね~。魔王さん、入れ歯磨くからちょうだい」
魔王「フガフガ」
新人(魔王さん、ここのところ食べる量減ったなぁ)
勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」
魔王「……」ポケー
勇者「おーいヘルパーさん、魔王の補聴器の電池が切れてるぞ!」
ヘルパー「え? 昨日取り替えたばかりだけど……」
勇者「まー! おー! うー!」
魔王「……おぉ、勇者かぁ」
勇者「俺と戦え、魔王!」
魔王「いやじゃあ」
勇者「何だとぉ」
魔王「眠いんじゃあ」
勇者「……魔王」
・
・
・
勇者「ヘルパーさん、魔王は?」
ヘルパー「寝ちゃった」
勇者「ここのところ、寝てばかりじゃないか」
ヘルパー「お医者さんは大丈夫だって言ってるけどねぇ。歳だし持病も多いし、調子悪くなる時もあるよ」
勇者「俺はピンピンしているぞ!」
ヘルパー「そうだね~。魔王さんが元気になったら、また喧嘩してあげてね」
勇者「勿論だ!」
・
・
・
魔王「……」
新人「魔王さん、おはようございまーす! カーテン開けますね!」
魔王「……」
新人「魔王さん、おはようございます! 魔王さん?」
魔王「……お主」
新人「はい?」
魔王「……どなたじゃったかのう?」
新人「えっ」
魔王「……」ボー
ヘルパー「数日で一気に落ちちゃったねぇ。介護度も3から一気に5だよ」
新人「そういうこともあるんですねー……」
勇者「……はぁ」
新人「勇者さんも、最近元気ないですね」
ヘルパー「魔王さんがあの調子だからねぇ」
新人「魔王さんは元々あちこち悪くしてたけど、勇者さんは元気でしたよね」
ヘルパー「魔王さんは、勇者さんにとっての薬みたいなものだったんだよ」
新人「薬、ですか?」
ヘルパー「そう。勇者さんは人生の半分以上、魔王さんと戦ってきたんだよ」
勇者「……ふぅ」
ヘルパー「その魔王さんと張り合いがなくなったら、勇者さんの元気もなくなるよ」
新人「……そうですよね」
・
・
・
勇者「おう、魔王……」
魔王「……ん~?」
勇者「魔王、俺がわかるか?」
魔王「はて……? どなたでしたかのぅ」
勇者「この俺を忘れるとは、何て奴だ」
魔王「すみませんの~」
勇者「元々は、そちらから仕掛けてきた喧嘩だろうに」
>70年前
魔王「ハーッハッハッハ! 姫の誕生日ケーキは、この魔王が貰い受けた!」
姫「楽しみにしてたのに……」シクシク
勇者「おのれ魔王! 晩餐会のローストビーフだけでは飽き足らず、誕生日ケーキまでをも! 許さん!」
魔王「美味かったぞ、王宮の料理は……。しかし、それだけでは足らん! この我が世界中の料理を食い尽くしてくれるわ!」
勇者「貴様ァ! 例え何年かかっても、貴様を討ち滅ぼしてくれるわ!」
魔王「受けてたとう、勇者よ!!」
・
・
・
勇者「……俺が討ち滅ぼすはずが、貴様の不摂生で自滅するとはな」
魔王「ふふっ」
勇者「笑い事じゃないぞ」
魔王「けど、楽しかったの~」
勇者「!」
魔王「世界中で色んなものを食べて、勇者と喧嘩して……」
勇者「魔王、お前……」
魔王「この70年、毎日が楽しかったのう」
勇者「記憶が戻ったのか!?」
魔王「……ありがとなぁ、勇者」
勇者「は?」
魔王「最後まで、我を追いかけてくれて」
勇者「最後まで……?」
魔王「楽しかったぞ、勇者ぁ……」
勇者「おい、魔王……!?」
魔王「我、は……」
勇者「魔王……――」
お前と出会えて、本当に良かった……――
>数年後、老人ホーム「まおゆう」
<先輩ー、オークさんが全部脱いじゃいましたー!
元新人「はいはーい、今行くー!」
ヘルパー「もうすっかり、新人ちゃんもベテランの域だね~」
元新人「毎日忙しくて、婚期逃しそうですよ~」シクシク
ヘルパー「そういえば新人ちゃん、今日の新聞見た?」
元新人「いえ、朝バタバタしてて。何ですか?」
ヘルパー「また新しい魔王が現れたみたいなんだけど」
元新人「へぇ、またか~。よく現れますね~」
ヘルパー「その魔王、建国記念パーティーのステーキを食い逃げしたんだって」
元新人「え」
ヘルパー「でね、その魔王を倒すと宣言した人も出てきたんだって」
元新人「何か、昔いらっしゃった勇者さんと魔王さんみたいですね」
ヘルパー「新人ちゃん、知ってる?」
元新人「え?」
ヘルパー「勇者と魔王の物語――それは数多くあるけれど、その中でも繰り返されるものがあるんだって」
元新人「繰り返される……?」
ヘルパー「そう。景色がドットからヌルヌル動くようになった世界で、また繰り返される」
元新人「時代を越えて、繰り返される……」
ヘルパー「そう、時代を越えて! 繰り返される理由は世界の法則だとか、神様がそう決めたからとか、諸説はあるんだけど――」
元新人「……」
ヘルパー「勇者さんと魔王さんの物語がまた始まって、新しい世代の人達にも知られていく。それって何だか、楽しいよね」
元新人「……そうですね!」
時代は繰り返される――
新勇者「こら、待て魔王ォーっ! 盗んだパンケーキ返せぇ!!」
新魔王「ふっ……愚かな勇者よ。パンケーキは既に、我の腹の中にある!」
新しい時代で新しいものを取り入れながらも、変わらないものがある。
オーク「ぐへへへ~、女騎士はいねがぁ~」
元新人「あーもうっ、オークさんは年々規制が厳しくなってるんだから大人しくしてて下さい!!」
世界の景色が変わっていっても、それはきっと色あせない。
新勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」
新魔王「ハーッハッハ、執念深い勇者よ! 貴様にやられる程、我は甘くないぞ!!」
人々は自分の生きた時代を忘れない。
私たちは、繰り返される歴史をこれからも見ていく。
元新人「さて! 今日も1日、元気に頑張ろう!」
Fin
ご読了ありがとうございました。
数年ぶりにssを書きまして、大変ですが楽しかったです。
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