【艦これ】巡洋艦娘は酸素魚雷の夢を見るか?/フリートランナー1947 (40)

「……雨、か」

フロントガラスを叩きはじめた水滴を眺めながら、巡洋艦娘・北上は誰にともなく呟いた。

「全く、こういう天気は憂鬱になるねぇ」
                                バニラ
ここ十年ほどで横浜の大気汚染は急激に深刻化し、生身の人間では酸性雨をまともに浴びれば軽い火傷も免れない。

「……特に『仕事』の日は、さ」
         モディング            パラベラム
――もっとも、人体拡張を最大限に受け、9mm弾程度ならはじき返す体を持った彼女らにとってはさしたる問題ではないのだが。肉体をどれほど頑強にしても、精神面も強固になるとは限らない。

「目標の位置は?」

『38分前の確認時と変化なし。区画2501に依然潜伏中と思われます』
     AI
車載の妖精が無機質な応答を返す。十中八九、対象は動くことすら困難なほどに『症状』の進行が進んでいる。

北上は大きく溜息をつき、本日何度目かの愚痴を漏らした。

「……ほんとに、嫌になるね」



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・地の文あり。
・死亡描写あり。
・タイトルの元ネタとは直接関係ないので、小説及び映画のネタバレは特に含みません。

 オートノマス
自動運転車が目的地に到着する頃には、雨脚は一層強まっていた。

この近辺は無計画な都市拡張の末、放棄された区画だ。信号の発信源であるオフィスビルにも、もう何年も人の立ち入った記録はない。

「五体満足なら、絶好の隠れ家だったんだろうけどね」

人は来ない。監視カメラも満足に稼働していない。
                         ・ ・ .・ ・ .・ .・
汚染レベルの多少高い区域であっても、艦娘であればほとんど問題はない。

「ま、だったらそもそも隠れる理由がないって話か」

ナノファージウイルス。サイバネティクス技術と同時に蔓延した新たな脅威。
 モディング
人体拡張を行った部位から感染し、やがて全身を蝕み、死に至る――深海棲艦の殲滅後、統計上最も多い艦娘の死因である。

         キャリア                       パンデミック
放っておけば保菌者は感染を拡大させ、やがて制御不能な流行が起こる。

有効な治療法の発見されていない現状では、選択肢は二つしかない。速やかな感染者の隔離か――それでも手遅れとなった場合の、強制的な『解体』か。
     ロック
「せめて禁固で済んでほしかったんだけど、これじゃ無理かねぇ」

ドアを開けた瞬間、視界に踊る『ウイルス濃度:危険域』の警告。
                   シャットダウン   センサー
北上は監視システムを一時的に切断すると、羅針盤の示す方向へとゆっくり歩を進めていく。

むべなるかな、測定器がひときわ激しく反応する壁の一角に人影がもたれかかっていた。

「……なんだ、もう『鎮守府』が来たのか」

艤装が傷んでいて判別が難しいが、どうやら伊勢型の戦艦らしい。

「こっちも仕事だからね、しつこく追いすがる質の悪さにかけては折り紙付きだと思うよ」
スキャン                                   サナトリウム
走査結果を手早く確認する。『伊勢型一番艦 伊勢:85時間前に療養所より脱走した戦艦と生体ID一致』

「この3日半の間に他の艦娘と接触は?」

「……なかったよ、これ以上仕事が増えなくて良かったね」

「その口ぶりだと仕事を増やしたかったみたいだけど」

                                        ログ
質問する意味はなかった。実際に接触があったかは『解体』後に記録を確認すれば事足りたし、脱走の理由の把握は業務の範囲外だ。

ただ、ほんの少しの関心。追われる身となってまで成し遂げたかったことは何だったのか、自分とは異なる価値観に対して芽生えた興味。

「……妹がいたんだ」

「長いこと会ってないし、今も生きてるかは分からない。でも、そう信じてる」

「残された時間はもうわずかだって思ったらさ、最後に一目見たくって」

「……結果はこのザマだけどね。不出来な姉だよ、ほんと」

「妹に会ったら、なんて伝えたかったの?」

次の質問は無意味を通り越して愚かでさえあった。
                                     プライマリ
『解体』対象の艦に対して感情的にならないこと。この仕事の基本則を北上は自ら破ろうとしていた。

「……そうだね、月並みだけど、『今までありがとう』『ずっと愛してる』って言いたい。その二つで十分」

「……もし、さ。もし、あたしが妹さんに会えたら、今の言葉、伝えるよ。確約はできないけどね」

「うん、ありがとう。これで心置きなく『逝ける』ね」

装填済みの主砲を向けられても、伊勢は少しおどけたような笑みを崩さなかった。

「……でもやっぱり思うんだ。これが全部夢だったら、本当は隣に妹がいたら、って」

伊勢が言う。

「奇遇だね」

北上が答える。

「あたしもそうだったらいいと、いつも思ってる」

続けざまに3回、砲撃音が響いた。



"Do Cruisers Dream of Oxygen Torpedoes?"

「――それで、どうするんですか?」

北上の帰投報告を聞いて開口一番、駆逐艦・神風が聞いた。

「確かにデータベースを検索すれば見つかるかもしれませんけど……見つけて一体なんて言うんです? 『あなたのお姉さんは私が殺しました、遺言を預かっています』って?」

艦娘が大多数であるナノファージ感染者の行動を制限できるのは艦娘である、という理屈で設立されたのが今の『鎮守府』だ。

感染の危険を伴う仕事をすべて艦娘に押し付けているのではないか……政府の横暴とも評される所業に甘んじる所属艦に対し、当然ながら良い感情を持つ艦は少ない。

「そんなに直接的でなくても、やり様は色々あるでしょう。ただ『そう』言わなければいいだけの話です」

軽空母・鳳翔がとりなすように言った。身分を隠せば、確かに会って伝言を届ける程度はできるだろう。
                      キャリア          ひと
「……そうじゃなくて、私達の仕事は保菌者の捜査であって艦探しじゃない。神風はそう言いたいんだろう?」

口を挟んだのは駆逐艦・響。

「捜査目的外のデータベース利用なんて、言い訳の利かない職権濫用だ。本当にそれだけのリスクを冒すに値する行動か、よく考えた方がいい」

「……こういうことが起こるから、対象との会話は極力避けること、ってルールがあるはずなんだけどね」

呆れたように空母・葛城が溜息を漏らす。

「らしくないじゃない。自己満足の行きつく結果なんて、ロクなもんじゃないわよ?」

「自己満足、か……そうかもしれない。でもさ、手遅れになる前に食い止められることもあるんじゃないかな」

絞り出すように、北上は付け加えた。

「……大井っちみたいになる前に」



"Do Cruisers Dream of Oxygen Torpedoes?"

彼女の仕事はその日も輸送任務だった。

激しい雷雨に視界は遮られ、ほんの数メートル先すら見えない。
                           ソナー
魚雷発射管をほとんど取り外したどころか、聴音機も装備していなかった彼女は潜水艦の射程内へと不用意に入ってしまう。

気づいた時には、荒波に紛れた魚雷がすぐ目の前まで迫っていた。

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「――ただいま」
            スタック
北上が住んでいる集合住宅は、今やペストを媒介するネズミと同等の扱いとなった艦娘にしてはかなりマシな方だ。
                          ソイレント
雨風の凌げる屋根と壁があり、配給される合成食の調理ができる程度の電気は通っている。

「ごめんね大井っち、待ったでしょ? すぐご飯作るからね」

いつも通り、北上は話を続ける。

「いいえ大丈夫、退屈はしなかったから」

「それでもやっぱり、こんなボロボロの家じゃ暇潰しもないじゃん?」

「次のお給料が入ったらさ、もう少し良い区画に引っ越そうかと思うんだ」

「そんな、無理しなくてもいいのに」
                             ホロジェクター
「仕事が仕事だから、お金は貯まるんだよね。立体映写付きの部屋だったらきっと楽しいよ」

「ええ、それってとっても素敵ね」

「でしょ?」
 ・ .・ ・ .・ ・          ・ ・ .・ ・
「北上さんもきっと喜ぶわ。あなたもそう思わない?」

これもいつも通りだ。北上は笑顔を崩さないように気を付けつつ言った。

「……うん、そうだね。『その子』もきっと喜ぶと思うよ」



"Do Cruisers Dream of Oxygen Torpedoes?"

それから2週間、北上は仕事の合間を縫って伊勢の妹を探し続けた。
                            KIA
結果は空振りの連続。判明したのは少なくとも戦死してはいないこと、一方でナノファージ感染者リストにも存在しないこと程度。

データベースに期待できない以上、消息を地道に聞き回るしかなかった。

「北上さん、どうしてあんなに必死になって探してるんでしょう……居場所どころか生きているかも分からないままなのに」

駆逐艦・雪風が口に出した疑問に巡洋艦・鹿島が答えた。

「きっと、彼女の境遇をご自身と妹さんに重ねているんじゃないでしょうか。大井さんは大戦末期に敵の魚雷を受けて――」

その日の『仕事』も途中まで普段と変わりはなかった。
                            ドローン
ナノファージ濃度の高い区域が確認されたと無人哨戒機から報告があり、毎度のように北上が確認に向かう。

大抵の場合、ただの誤検知か感染者の残留物が発見されるだけ。
                  キャリア
少々珍しいケースでは現場で保菌者がこと切れており、衛生局に連絡して遺体回収と除染を行う。

だが今回はどちらでもなかった。発見された感染者にまだ息があったのだ。

――もちろん、あと少し時間が経てば二番目のケースに移行することは確実な状況で、だが。

                         アキュート
「……珍しいね、生きたまま発見される急性発症者なんて」

「いっそ死んでいた方が良かったか?」

「どっちでも、手間は大して変わらないよ」
             スキャン
そう返しながら簡易走査を行う。

ほんの数秒の処理――結果が視界に表示された瞬間、北上の思考は停止した。

『伊勢型二番艦 日向:IV度以上のナノファージ感染を確認、拡大防止のため即時解体を推奨』

「……いや、あんたには生きてて欲しかったかな」

「どうしたんだ、急に」

「あんたのお姉さんも発症して療養所にいた」

「……そうか」

「それで、あんたを探しに脱走した」

「……そうか」

「症状が進んで動けなくなったところで、あたしが『解体』した」

「……」

「姉の仇に殺されかけながら聞く話でもないだろうけど、伝言を預かってる」

「……内容は?」

日向の口調は至って平静で、怒りも悲しみも感じられなかった。

「『今までありがとう』『ずっと愛してる』って」

「……なんだ、もう少し飾り気のある言葉を残していけば良かったのに。君もそう思わないか?」

悪態はすぐに苦笑に変わる。

「まあ、でも、その方があいつらしいか」

「そろそろ限界が近いな。手早く済ませてもらえるとありがたいんだが」

「……どうして」

北上は感情のままに疑問をぶつける。

「どうしてあんた達姉妹はそんなに落ち着いてられるの? 姉を殺した相手が憎くないの? 二度と会えなくなるのが怖くないの?」

「……怖いさ」

日向の返答は北上にとって想定外だった。

「こんなものは夢だったらいいと思う。目が覚めたら全部が嘘であって欲しいと願う気持ちもある」

「だったら――」

「それでも」

日向は弱々しくも決然と続けた。

「過去を否定することはできない。例え何を失ったとしても、それまでに得た全てを捨て去ることは許されない」

「私の姉が君にメッセージを託したことも、それが私に伝わったことも、きっと何か意味のあることなんだ。例え自身には分からなくとも」

「……何かって、なにさ」

「私には分からない。あるいは誰にも分からないのかもしれない。ただ、そこに起こった細波は地球の反対側で大波に変わるのかもな」
       エフェクト
「バタフライ効果だ。案外君に関係する所に変化があるんじゃないか?」

「あたしは、ただそこにいただけだよ。変化なんて何もない」

北上の答えに、日向はゆっくりと首を振る。

「変化は常に起こり続ける。ある意味では、死も状態遷移の一つでしかない」

「自身のあらゆる変化に意味があると信じているから、私は自分が死ぬことも受け入れられる」

北上は手を震わせながら主砲に砲弾を装填した。

「……あたしも、受け入れたら変わるのかな? 夢じゃなくていいって、思えるようになるのかな?」

「それは私が決めることじゃない。すべての選択は君次第だ」

「……少しだけ分かった気がするよ。あたしはきっと、誰かに自分を否定してもらいたかったんだ。今のままじゃいけない、変わらなきゃいけないって言ってほしかったんだ」

そのまま構えて、大きく息を吐く。震えを止める。

「でも、そんなのは自分で決めなきゃダメだった。自分の変化を自分自身で受け入れないといけなかった――だから」

「今日会えたのは、きっと意味のあることだったよ……ありがとう」

      トリガー
そして、引き金をゆっくりと引いた。



"Do Cruisers Dream of Oxygen Torpedoes?"

               ダメコン
魚雷に身体を貫かれ、応急修理も間に合わない。暗く深い海へと、ゆっくり沈んでいく。

薄れ行く意識の中で、彼女は最後に姉のことを思った。

飄々と自立しているように見えて、あれで結構打たれ弱いところのある姉だ。

私がいなくなっても、あの人は大丈夫だろうか――。

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北上の新居は、前よりはかなり上等だと言えた。
                      アーカイブ        ホロジェクター
屋根と壁があり、電気が通り、戦前の資料が閲覧可能な立体映写機が備え付けられている。

上映されているのは巡洋艦・大井の最期の映像。

あの部屋の『大井』は決して知らず、ゆえに語ることもなかった記録。

「……そろそろ出ないとマズいかもね」
                      コール
北上は十秒ほど前から鳴っている呼び出しに渋々応じた。

「あたしだけど……その件緊急?」

「……うん、すぐに向かうよ。10分後に着くからデータの用意よろしく」

そうして、北上は『鎮守府』へと向かう。

空は薄曇り。長く降り続いた雨も次第に弱まっていく。

以上です。
サイバーパンクっていいよねという気持ちだけで突っ切ったのでちょっとテーマが散逸気味だったかもしれません。
でもこのごった煮感が好きなんです。艦娘の謎技術が実現してる近未来とか考えるのめっちゃ楽しい。
独特の退廃的空気を描くには力不足だったかもしれませんが、少しでも自分の好みに共感していただけたら幸いです。

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