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提督「墓場島鎮守府?」
提督「墓場島鎮守府?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476202236/)
時系列的にはここがこのスレ。
【艦これ】提督「鎮守府が罠だらけ?」【×影牢】
【艦これ】提督「鎮守府が罠だらけ?」【×影牢】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1467129172/)
【艦これ】提督「鎮守府が罠だらけ?」ニコ「その2だよ」【×影牢】
【艦これ】提督「鎮守府が罠だらけ?」ニコ「その2だよ」【×影牢】 - SSまとめ速報
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上記スレッドの番外編です。
・舞台になっている鎮守府、通称『墓場島鎮守府』の過去の話になります。
提督の着任から、各艦娘がこの島へ着任するに至った経緯を書いていきます。
・艦娘の殆どが不幸な目に遭っておりますので、そういう話が嫌な方は閉じてください。
・影牢のキャラは出てきません。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1529758293
舞台の「墓場島」について
作中の表記は「××国××島」、通称「墓場島」。太平洋上にあるとある無人島、パラオ泊地が一番近いと思われる。
島の北側には海底火山があり、潮流が強く流れが特殊なため、普通の船舶は近寄れない。
そのためか深海棲艦も寄り付かず、轟沈した艦娘の亡骸がよく島の北東に流れ着いている。
島の北部は火山活動によってできた岩場。西側は手つかずの林に包まれ、小さいながら切り立った崖がある。
島の南から北東にかけては、なだらかな丘陵と砂浜が続いており、島の東側に鎮守府が建てられている。
艦娘以外の主要な登場人物
・提督
階級は准尉。一般人には見ることすら出来ない妖精と話が出来たせいで
親からも変人扱いされたため、人間嫌いをこじらせる。結構な不幸体質持ち。
・中佐(前スレ初登場時は少佐)
戦争は金儲けの道具と考え、中将の威光を傘に暗躍。後に大佐にまで昇進する。
妖精と会話できる提督の存在に危機感を覚え、離島の鎮守府に封じ込めた。
・中将
中佐の父親。有能だったらしいが息子が絡むと駄目になるらしい。
足を悪くしており、本営の自室でデスクワークが日常。
登場艦娘一覧
如月:試作の新兵器の実験台にされていたところを脱走し大破、島に漂着
不知火:もと少佐の部下。解体前提で如月捜索に駆り出されるが、提督の計らいで中将麾下に
朧、吹雪:捨て艦で轟沈後、島に流れ着く(二人とも別の鎮守府出身)
由良、電:大破進軍で轟沈し、島に流れ着く(同じ鎮守府出身)
神通:慕っていた司令官を謀殺され、その復讐の途中で左遷させられる
大淀:日々の解体任務に疑問を覚えて仕事が手につかなくなり異動してきた
敷波:由良と電の捜索を命じられそのままMIA
明石:提督に帳簿の不正を強いられ、そのまま首犯扱いで雷撃処分
朝潮、霞:提督の不正の内部告発を計画するも逆に犯人扱いされ雷撃処分
暁:信頼していた提督の変貌に錯乱して敵陣特攻し記憶喪失に
初春:捨て艦で轟沈後、暁に助けられ島に漂着
潮、長門:変態の上官に迫られ耐え切れなくなり家出、長門はその護衛
比叡:料理上手なのに認めてもらえずご飯を投げ捨てられて鬱に
古鷹:お人よし過ぎて自分の練度が上がらず観艦式において行かれる
朝雲:観艦式に向かう途中で艦隊を離脱して古鷹を追いかけてきた
利根:司令官の猟奇趣味に巻き込まれ死にかける
ル級:オリョールで毎日毎日潜水艦に小突かれる日々に嫌気がさし脱走
伊8:オリョールに行ったら逃げたル級の代わりの軽巡に轟沈させられる
大和:妖精が提督に内緒で大張り切りで大型建造したら作られた
初雪:艦娘管理ツール使いの提督に昼夜問わずこき使われ失神後漂着
注:ル級は島の北の離れ小島近辺に住んでいます。この鎮守府所属ではありません。
自分の覚え書きもかねてのテンプレ投下完了。
それでは、本編の続きです。
* 鎮守府 艦娘寮 廊下 *
提督「……」
伊8「……」キョロキョロ
初雪「……」サッサッ(←『来てもOK』のハンドサイン)
提督「……」タタタッ
伊8「……」コソコソッ
初雪「ねえ、なんでこんなにコソコソするの」
提督「なんか、どいつもこいつも俺を探してたっぽいからな」
提督「捕まったら絶対ろくでもねえ目に遭って吹雪に謝るタイミングを逃しちまう」
提督「俺が今しなきゃいけねえのは、吹雪に頭を下げることだ。それ以外のことは後回しだ、後回し」
初雪「……そう」
提督「誰かに見つかる前に初雪を見つけられたのは幸運だ。助かったぜ」
初雪「ん……別にいいけど」サッサッ
提督「……」タタタッ
初雪「ここ。この部屋」ユビサシ
提督「……」
コンコン
提督「……吹雪」
シーン…
伊8「いないのかな……」
初雪「ううん、さっきまで部屋にいたし」
提督「ドアは開いてるな……吹雪。入るぞ?」
シーン…
提督「……入るぞ」チャッ
(提督たちに背を向けて、部屋のベッドに横になっている吹雪)
提督「……」
吹雪「……」チラッ
提督「吹雪」
吹雪「……何をしに来たんですか」ジロリ
提督「謝りに来た。お前の話を聞こうとしなかった、その非礼を詫びたい」ペコリ
吹雪「……わかりません」ムクッ
吹雪「私には、司令官の考えが理解できません……!」
吹雪「あんなことを言えば、司令官は私たちがどう思うかわかってたんじゃないんですか!?」
吹雪「どうして、司令官は私たちを捨てて、ここを出て行こうとするんですか!」
提督「吹雪、それは違うぞ。俺が捨てたかったのはお前たちじゃない。俺自身だ」ヒザマズキ
吹雪初雪伊8「「!?」」
提督「俺はな。お前みたいに未来のことなんか、最初から考えてなかったんだよ」
吹雪「え……?」
提督「俺は、俺の身の回りの身勝手な人間に、ほとほと愛想が尽きてた」
提督「中佐みたいなくそ野郎の言われるがまま社会から追い出された時も、俺は奴を憎んだし……」
提督「大勢の艦娘が砂浜に流れ着いていたのを見た時や、島に如月が流れ着いてその境遇を知った時なんかは、俺はただただ悔しかった」
提督「艦娘が命を懸けて守ろうとしたのが、あのくそみたいな連中だと思うと……」
提督「俺がそいつらと同じ、人間だってことを思うと、腹立たしいやら嘆かわしいやら、気が狂いそうだった」
吹雪「……」
提督「俺はそいつらとは違うと思いたかった。そういう事実が恥ずかしくて、逃げたくてたまらなかった」
提督「だから、如月と不知火を助ける時も、最初は捨て身で刺し違えてもいいと思ってた」
提督「平気で誰かを陥れたりするような連中と、俺は違うってことを証明して、そのまま綺麗に終わらせたかったんだ」
吹雪「……それって、死にたかったってことですか」
提督「ああそうだ。殺されたかった、と言うべきか」
提督「身勝手な人間に振り回され、利用されるだけだったお前たちを助けたかったのは確かだ」
提督「俺がまさしくそうだったからな。だからこそ、俺の自己満足のためにお前たちを助けているような気がしてならなかった」
提督「これじゃあ俺が忌み嫌った連中と一緒だろ? 尚更、お前たちと一緒にいられねえ……そう、思わねえか」
吹雪「……如月ちゃんたちにあんなことを言ったのも、そういう考えがあったからですか」
提督「それもあるし、それよりも俺が自分の遺伝子を残したくないって思いもある。俺の親もくそムカつく存在だったからな……」
吹雪「……」
提督「以上が俺の本音だ。間違っても、俺はお前たちのことが嫌いなわけじゃない」
吹雪「……」
提督「とにかく、俺の言い草が吹雪を傷付けていたことに変わりはない。吹雪の望む通りの……」
吹雪「やっぱりバカですよ。司令官は大バカです」
提督「……!」
吹雪「この期に及んでなお自分を悪く言うんだから、本当に救いようがないです」スクッ
ペシッ
吹雪「誰かを助けて、良かったと思うのが自己満足だったら、私たちはどうなるんですか」
吹雪「司令官と一緒に、海の平穏を取り戻すために戦ってる私たちの行いは、愚かだって言うんですか」
ポコッ
吹雪「そんなの誰だって同じじゃないですか。誰だって幸せになりたいんです」ポコッ
提督「……」ポコッ
吹雪「私だって、自分の頑張りを認めて欲しいし、褒めてもらいたいし、可愛がってもらいたい!」
吹雪「みんなと一緒に、喜んで、笑いあいたいんです!」ポコポコ
吹雪「確かに、海に平和を取り戻すのが、私たちの本懐です。でも、そこはゴールじゃないんです!!」
吹雪「私は、平和になったあとの幸せな未来も、みんなと一緒に見たいんです!」
提督「……」
吹雪「誰かのために戦って、報われないことなんかたくさんあります。でも、そんなの、悲しいです。嫌じゃないですか!」グスッ
吹雪「誰かを幸せにしたいって思ってる人が、幸せになれない世界なんて、おかしいです!」
提督「……」
吹雪「勝手に、どこかへ行くだなんて言わないでください……!」
吹雪「艦娘のために……私たちのために手を尽くしてくれておいて、お礼も言う前に消えようだなんてしないでくださいよ!」
吹雪「もしそんなことをしたら、私、深海棲艦になって、司令官を捕まえに行きますからね!」ガシッ
提督「……そりゃあ、困ったな」
吹雪「そうですよ。悪い子になって、司令官をたくさん困らせちゃうんですから!」
吹雪「それが嫌だったら、もう二度とそういうことを言わないでください……! 約束です!!」
提督「そういう約束、守らないのが俺だってわかってんだろ」
吹雪「わかってます! わかってても、私は司令官に言いたいんです!!」
提督「……」ウツムキ
吹雪「……司令官?」
提督「参ったな。お前の顔がまともに見られねえ」
提督「まっすぐすぎて、俺には眩しすぎる」
吹雪「んなっ!?」カオマッカ
吹雪「こ、こ、こんな時にいったい何を言い出すんですか司令官!!」ポカポカポカポカ
提督「いや、しょうがねえよ。俺みたいなひねた人間と比べたら素直すぎてなあ。恥ずかしくて直視できねえや」
吹雪「しーーれーーーえーーーかーーーーん!?」ポカポカポカポカ
提督「悪かった。悪かったよ吹雪。心配してくれて、ありがとうな」ダキヨセ
吹雪「ううううう……」プルプルプル
初雪「……」
伊8「……一応、解決したの?」
初雪「……したみたい」
由良「そう。それなら良かったわ」
初雪&伊8「!?」クルッ
長門「話は全部、聞かせてもらったぞ!」
ズラッ!
吹雪「ゆ、由良さんに長門さん!?」ギョッ
提督「お前ら……!」
古鷹「提督、そこまでご自身を責めていたなんて……!」
初春「馬鹿者じゃと思っておったが、よもやここまでとはのう……」ハァ
吹雪「え、ええええ!? な、なんでみんなここに!?」
提督「……おい待て長門。全部聞かせてもらったって、どういう意味だ」
由良「明石謹製の小型マイクを吹雪の部屋のドアに取り付けておいたのよ!」
長門「そしてそのレシーバーは私の手元と執務室に置いてある!」ドヤッ
吹雪「ちょっとおおおおお!?」
提督「盗聴かよ……最低だな」ドンビキ
朧「最低って、なにがですか」ズイ
提督「!?」アタマツカマレ
ゴチン!!
吹雪「頭突き!?」
提督「~~~っ!!?」クラクラ
朧「っつ……て、提督の石頭……っ!」
提督「……ってえな、くそ……! なにしやがる、おぼ」
朧「提督。朧、言いましたよね? そういう冗談、キライだって」ジロッ
提督「冗談? 俺は」
朧「言いましたよね?」ズイッ
提督「俺はじょ」
朧「言いましたよね!?」ズズイッ
提督「……」
由良「はいはい、いつまで女の子の部屋に入ってるつもりなの?」ホッペグニッ
提督「んぎっ!?」グイーッ
由良「失礼なことをしてるんだから、早く部屋から出て。反省してください?」グイー
提督「……!」ギリギリギリ
吹雪「あ、し、しれいか……」
由良「後は任せて。失礼するわね!」ヒラヒラ
バタン
吹雪「うう、あの会話、全部聞かれちゃったんだ……恥ずかしい」カオマッカ
伊8「……」
初雪「……ご愁傷様」
吹雪「引きこもりたい……」ベッドニモソモソ
伊8「吹雪ちゃん!?」
初雪「私みたいになってる……」
* 一方 部屋の外 *
提督「……」ヒリヒリ
古鷹「もう! 提督はおひとりで背負い込みすぎなんです!」プンスカ
初春「何が滑稽かと言えばこの男、つい先日N中佐に『艦娘に腹の中を正直にぶちまけろ』とのたまったんじゃぞ?」
初春「わらわは最早呆れすぎて物も言えぬ。ほれ、潮も何か言うてやると良いぞ」
潮「え!?」
朧「うん。なにか、ガツンと言ってやってよ」
潮「えええ!? え、ええっと……こ、こ、この、クソ提督……っ!」
提督「……潮が言うと地味にショックだな」
神通(本当にそう思ってるんでしょうか)
提督「クソとか汚え言葉使うのは俺だけでたくさんなんだが」チラッ
神通(!?)
比叡「いやもう本当に勘弁してくださいよ、こういうの!」
電「暁ちゃんが本気で怒ってて怖いのです!!」
暁「……怒ってないわよ?」ゴゴゴゴゴゴ
電「怒気の炎がだだ漏れなのです!!」
比叡「こんな暁ちゃん初めてなんですよ!? やめてください本当に!」ブルブル
利根(この鎮守府のパワーバランスはいろいろとおかしいのう)
敷波「とにかく司令官さあ、私たちも司令官の本音を聞いて、思うところがいろいろあるんだよね」スッ
朝雲「そういうわけだから」スッ
バゴゴッ
提督「いってえ!?」
敷波「痛くないようにお尻を蹴ったんじゃん。このくらい我慢してよ! ふん!」
朝雲「古鷹さんも大概だと思うけど、司令官も負けず劣らず自虐的よね。ほんとにもう!」
提督「だからって二人がかりで蹴るかよ……!」
長門「じゃあ、一人ならいいんだな?」
提督「!」
長門「フンッ!」ヒダリストレート
バキッ!
提督「っ!」ドシャッ
長門「手加減はしたぞ。私はこれで手討ちにしよう」
提督「く……あ、ああ、そうかい、ありがとよ」
暁「……みんな、終わり?」
長門「あ、ああ。そうだな?」
暁「そう。なら、最後に暁ね」
長門「え」
比叡「あ」
暁「司令官。動かないでね」ハイライトオフ
提督「!!」
ブンッ!!(暁の艤装にかかっていた錨を提督めがけて振り下ろし)
全員「「!?」」
ビタッ!(提督の額の寸前で寸止め)
提督「……」
暁「暁も、これで手討ちにしてあげる」ハイライトオン
全員「「……」」
提督「……そうか」
暁「いーい、司令官? あんまりみんなに酷いことを言っちゃ駄目よ?」
提督「……ああ。善処する」
電(暁ちゃんがすっごい怖かったのです……!)ガタガタ
由良(この中で一番怖いんじゃないかしら……)アオザメ
利根(駆逐艦の迫力とは思えんな……)ヒキッ
長門(フフ、怖いな……)ナミダメ
暁「あ、そうだ。ねえねえ比叡さん、確か執務室に人を待たせてたんじゃ?」
比叡「そ、そうです! 司令、急いで執務室まで来てください!」グイッ
提督「つぅ……なにがあったんだ?」
長門「新しい戦艦の仲間だそうだ」
提督「戦艦?」
提督「……で、お前ら全員ついてくんのかよ」
長門「心配だからな。いろんな意味で」
由良「明石と、朝潮ちゃんと霞ちゃん以外はみんな集まるんじゃない?」
提督「その3人、なにかあったのか?」
電「霞ちゃんは、司令官を蹴り落としたことを気に病んでいるのです」
暁「明石さんたちが付き添って、見ててあげてるのよ」
提督「ああ……そういうことなら後で顔を見に行くか」
今回はここまで。
こちらも2スレ目になりました。
どうぞよろしくお願いいたします。
本編である程度説明あり:
雲龍、龍驤、隼鷹、榛名、霧島、陸奥、伊勢、日向、扶桑、山城
摩耶、那智、筑摩、最上、三隈、青葉、那珂、五十鈴、五月雨
説明らしい説明なし:
金剛、武蔵、加古、鳥海、山雲、黒潮、白露、島風
実は前スレに登場してる:
川内、若葉、千歳、足柄
登場していない艦娘はこんな感じですかねえ。
では続きです。
* 執務室 *
優雅に紅茶を飲む金剛「……」
如月「……」
大和「……」
金剛「Uh-huh, 今日の紅茶は美味しく淹れられマシタ。お二人もいかがデスカー?」
大和「いえ、結構です……」
如月「如月も、遠慮させていただくわ……」
金剛「Oh, それは残念デス」
大淀「……」
不知火「……」
大淀「提督、早く来てくださらないでしょうか……」ソワソワ
不知火「マイクからの会話から察するに、もうすぐこちらに来そうな気配ではありますが」
大淀「待ってると長いですよね……」
不知火「……来ますね」
大淀「えっ」
如月「!」カッ
大和「!」カッ
扉<コンコン
提督「入るぞ」チャッ
如月「司令官!」ガタッ
大和「提督!」ガタッ
大淀(本当に来ちゃった……みなさんなんでわかるんですか)
提督「あー……ここにいるってことは、お前らも聞いてたんだな? あの小っ恥ずかしい会話」
如月「聞いてたわ。どうしてそこまで思い悩んでることを話してくれなかったんですか!?」
大和「そうです! 大事なお話ではありませんか!」
提督「ああ……悪いな。話をしようがしまいが付き合い方が変わるわけじゃあねえし、意味ねえと思ってたんでな」
大和「悩みを共有することで得られる解決策だってあります! おひとりで決めつけないでください!」
如月「そうよ! 私たちは司令官の力になりたいんだから!」
提督「ああ、わかったよ。悪かった」
如月「本当にそう思ってます!?」ミギウデガシッ
提督「いやもう勘弁してくれよ。俺の私情で余計な心配させたかねえ」
大和「やっぱりわかってませんね!? 私たちは心配したいんです! すぐにお怪我の手当てを!」ヒダリウデガシッ
長門(相変わらず押しが強いなこの二人は)
提督「お前ら落ち着け。客の前だろうが」
比叡「そうですよ! いつまでお姉様を放っておく気ですか!」
提督「姉だと? 比叡の?」
金剛「Yes, I am !」ザッ
提督「!」
金剛「私は英国で生まれた帰国子女の金剛デース! I'm glad to see you !」
金剛「本日付でこちらの鎮守府に配属されマシタ! よろしくお願いしマース!」
提督「お、おう。よろしく……」
金剛「ところでテートク? 失礼ですが私も吹雪やみなさんとの会話、聞かせてもらいマシタ」
金剛「テートクのお考えは納得できないところもありマスし、みなさんのテートクに対する不満もわかりマスが……」
金剛「それでもこの仕打ちはあんまりデス! 右目の周りは蒼くなってるし、おでことほっぺも赤く腫れてマス!」
提督「まあ、自業自得だ」
金剛「Hm... All right, I understood. テートク? あなたには Love が足りていまセン」
提督「らぶ……?」
金剛「Yes. テートクには、自分の気持ちをちゃんと人に伝えようとする優しい heart が必要デス……!」スッ
提督「!?」カオヒキヨセラレ
ズギュゥゥゥウゥン
不知火「」
大淀「!?」
比叡「!?」
如月「」
大和「」
提督「!?!?!?」
全員 ( ゚д゚)
全員 ( ゚д゚ )
金剛「Huh...」スッ
如月「」アゼン
大和「」ボーゼン
提督「んなっ……な……っ!?」セキメン
比叡「ちょっ、お、お、おね……っ!?」パニック
金剛「今の Kiss は挨拶デス。でも、ドキドキしたデショウ?」
提督「お、おま……」
金剛「Hm... その反応、テートクは女性との Communication が不足しているようデスネー」
金剛「私、決めマシタ! 私が、これからテートクに Love のなんたるかを lecture してあげマース!」
金剛「だからテートクゥ!? 私から目を逸らしちゃあ No!! なんだからネ!」
全員「「「」」」
提督「……おい比叡」
比叡「は、はひっ!?」
提督「金剛の説教、お前が俺の代わりに受けててくれ。俺は逃げる」スルリ
比叡「ええええ!?」
金剛「テートク!? Why did you run away !? Come back ! And stay here !!」
提督「俺は英語はわからん!!」ダッシュ!
比叡「司令、足はっや!?」
金剛「テーーートクーーーゥ!? Please come baaaaack !!」
長門「……」ポカーーン
朝雲「な、長門さん?」
長門「……はっ!? す、すまん、なんというか、驚きすぎて……」
古鷹「……そ、そうですね……」カオマッカ
由良「な、なんていうか、すごい人が来ちゃったわね、ね」ポ
初春「うむ……」ポ
敷波「すっごい自然にキスして……う、うわああ」セキメン
暁「あ、挨拶って言ってたけど……」セキメン
電「オトナの人の所作だったのです……」セキメン
如月「」マッシロ
大和「」マッシロ
朧「如月がまた白くなってる!」
潮「ふ、二人ともしっかりしてください!」
ワーワーキャーキャー
神通「……」フイッ
利根「!」
* その後 工廠 *
提督「ったく、なんなんだよいったい……くそ」
明石「……あ、噂をすればなんとやら」
朝潮「お疲れ様です、司令官!」ビシッ
提督「噂ってなんだよ」
明石「いいえ? 吹雪ちゃんを泣かせるなんて悪い人ね~って」
提督「言ってろ。ったく、悪趣味なもん作りやがって」
朝潮「それより司令官、そのお怪我の手当てを!」
提督「そいつは後でいい。それより霞だ、あいつ大丈夫なのか?」
朝潮「いえ、それが」チラッ
部屋の隅で体育座りしている霞「……」ズーン
朝潮「もうずっとこんな状態でして……」
提督「霞も真面目が過ぎんだよ。いつも俺にきつくあたるのも、そこから来てんだろうし……」
提督「その分、手前がミスすると必要以上に引きずるんだよなあ。俺みたいに適当に、ちゃらんぽらんにしてりゃいいのによ」
明石「うっわあ、今言っても説得力皆無ですね!」
提督「うるせえ」
朝潮「霞! 司令官が来てくださいましたよ!」
霞「……!」ビクッ
提督「……重症だな、こりゃ」
明石「ちゃーんと責任取ってくださいよ?」
提督「言われなくてもわかってるよ、んなことは」
明石(あ、これわかってないわ)
提督「なんだその顔は。まあいいや、おい、霞」
霞「……し、しれ……!」
提督「幽霊じゃねえんだから怯えんな。ちゃんと足ついてんだろ? 怒ってもいねえから安心しろ」ナデ
霞「しれ、かん……っ!!」ダキツキ
霞「良かっ……良かった……ああああ! ごめんにゃしゃい! ごめんなさいぃぃ……!!」ウワーン
提督「……ったく、自分に厳しすぎるのも考え物だよなあ。朝潮もそうだから心配になるぜ」ナデナデ
朝潮「そ、そうでしょうか!?」
提督「まあ、お前の場合は、何かあったらすぐ俺や明石に相談持ちかけるだろうから、霞ほど心配はないと思いたいがな」
明石「そうですね~、抱え込まれると心配よね」
提督「そういうこった。なんかあったらすぐ言えよ?」
朝潮「そ、それでは僭越ながら! 司令官の顔のお怪我の治療をさせていただきたいのですが!」
霞「顔……?」ミアゲ
霞「あ、あ……あんた、その顔いったいどうしたのよ!?」
提督「おお、戻った」
明石「良かったあ」
朝潮「これで安心ですね!」
霞「安心じゃないわよ!! なんなのよその怪我!!」ガーッ
提督「俺が不甲斐ないからって、お前が俺を蹴ったのと一緒だよ。朧に頭突き貰って、由良に頬をつねられて、長門にも一発貰って……」
霞「ちょっと何それ!? やりすぎじゃないの!?」
提督「別に構やしねえよ。明石にだってこの前一発貰ったしな」
朝潮「霞こそ、司令官を足蹴にしたではありませんか!」
霞「そ、それはそうだけど……」
提督「霞の場合は、怪我させる目的で蹴ったんじゃなくて、海に突き落として頭を冷やせしゃきっとしろー、ってやりたかったんだろ」
明石「あー、そういう……」
提督「俺が泳げねえこと知らなきゃあ、霞がやりそうなこった」
朝潮「とにかく、霞は司令官にちゃんと謝りなさい」
霞「そ、そのつもりよ……その、ごめんなさい」
提督「いや、俺に原因があったんだから気にするな。俺のほうこそ悪かったな」
霞「そ、それはもういいわよ……それより、その怪我!」
朝潮「ええ、早く治療しましょう! さあ、こちらへ!」グイッ
提督「痛って!」ビクッ
朝潮「!? も、申し訳ありません司令官!!」
霞「な、何!? どこが痛いの!?」
提督「尻だよ、しり。朝雲と敷波に思い切り蹴られたからな……くっそ、湿布でも貼っとくか」
朝潮「明石さん! 湿布は確かこちらにありましたよね!」ガサゴソ
明石「あるけど、人間用じゃなくて艦娘用よ? 提督が使ってるのは先週なくなったばかりだから、注文待ちなの」
霞「それでもなにもしないよりはましでしょ。ほら、あんたは早くお尻を出しなさい」
提督「……は!?」
霞「なにボケッとしてるのよ。脱がないと湿布が貼れないでしょ? 貼ってあげるからお尻を」
提督「そうじゃねえよ! なんでお前がやるんだよ!? 自分でできるぞそれくらい!?」
霞「はぁ!? 貼りづらいだろうから私がしてあげるって言ってるの! そのくらいさせなさいよ!」
提督「そうじゃなくて、恥ずかしいっつってんだろが! 朝潮、霞を何とかしろ!」
朝潮「朝潮は、司令官の湿布貼りをお手伝いすることをこれっぽっちも恥ずかしいとは思いません!」
提督「そういう意味じゃねえええ!」
朝潮「僭越ながら不肖朝潮、司令官の怪我の治療のお手伝いを希望させていただきます!」ビシッ
霞「ああもうじれったいわね! 早く脱ぎなさいよ!」ガシッ
提督「ちょっ、やめろ! ベルト外すんじゃねえ!!」
朝潮「司令官、遠慮なさらずに朝潮型にお任せください!」ガシッ
提督「明石! 二人を止めろ!!」
明石「えー、どうしよっかな~」
扉<バーン!
吹雪「明石さん!!」
明石「吹雪ちゃん!?」
吹雪「明石さん、どうしてあんな隠しマイクを私の部屋のドアなんかに取り付けたんですか!」
明石「あー、あれはねえ……」チラッ
吹雪「そのせいで私はあんな恥ずか……?」チラッ
霞「とっとと脱ぎなさい!」グイグイ
提督「放せ! ずり落とすんじゃねえええ!」
朝潮「霞! 私が協力して下着を脱がせます!」
提督「やめろっつってんだろーーーがーーーー!」
吹雪「な、なにやってんのおおおおおお!?」キャーーー!?
明石(そう言いながら指と指の間からガッツリ見てるあたり、吹雪ちゃんもむっつりの気があるわね~)ニヤニヤ
初雪「……明石さんが悪い顔してる」タラリ
伊8「なにこのカオス」
* 一方その頃 丘の上 *
神通「……」
利根「のう、神通よ。なにかあったのか」
神通「利根さん……」
利根「なにやら思い詰めた顔をしていた。吾輩で良ければ力になるぞ」
神通「……」
利根「この鎮守府の者たちにはいつも世話になっている。吾輩のことも迎え入れてくれたし……」
神通「……私は……」
利根「!」
神通「私には……好きな人がいました」
利根「……」
神通「その人は、もうこの世にはいません……」
利根「……!」
神通「わかっては、いるんです。この感情は、ただの嫉妬だってことを」
神通「私の事情は、本当なら、この鎮守府にいるみんなには、関係ないってことを」ポタッ
神通「……でも、どうしても、羨ましいと……思ってしまうんです」ポタッ
神通「私も、あのとき……あの人と、一緒に過ごしていた時に……」
神通「もっと、あの人に、この気持ちを、伝えていたら……!」ポロポロ…
利根「……」
神通「もっと、あの人に、好きですと、言うことができていたのなら……!」
神通「……こんなに、後悔……することも、なかったと、思うと……私……」
利根「……」
神通「誰かを好きになることを、やめてだなんて、私には、言えません……」
神通「でも、私は……う、うう……」
利根「そうか……気付いてやれず、すまんな、神通」
利根「誰かに気持ちをぶつけることもできず、つらかったろうに。吾輩で良ければ胸を貸そう」ギュ
神通「……うううっ……う、ああああ……!」グスッ
利根(いや、違うな。気付く気付かぬではなく、吾輩はそもそも本気で誰かを好きになるという経験自体しておらぬ)
利根(そんな吾輩がそのようなことを言うのは、間違っておるのだろうな……)
利根(すまん、神通……吾輩は、お前のそばにいてやることしか出来ぬ)
* それからしばらくして 食堂 *
初春「む、遅かったのう? また包帯巻きの姿に戻ったか」
提督「まーな。おとなしくしてとっとと治すさ」
如月「司令官!? どこに行ってらしたんですか!?」
大和「お待ちしてたんですよ!?」
提督「蹴られた尻が痛くて座れねえから、湿布貼ってきたんだよ」
暁「利根さん、できたわよー」
利根「おお、かたじけない!」
提督「……? 利根、どうしたんだ? なんでおにぎりなんか持ってくんだ」
利根「うむ、少々やることがあってのう。外で夕餉を取りたくて、おにぎりを作ってもらったんじゃ」
提督「やること?」
利根「余計な詮索は無用! 神通も一緒である、危ないことはせんから安心せよ!」ニコッ
提督「あ、ああ、別に構わねえが……」
利根「うむ! ではの!」
提督「……おにぎりか。それなら立ったまま食べられそうだし、俺も作ってもらおうかねえ……」
如月大和「「任せてください!」」キラーン
提督「……いいけど、米粒潰すなよ」
初春「力いっぱい握って歯が立たぬほどの硬さになったら面白いがの?」ニヤリ
提督「そういう意味で言ったんだがな。あいつら、加減を忘れるときがあるし。ところで金剛はどこに行った」
初春「ああ、あやつなら厨房に……」
比叡「こ、金剛お姉様!? 油を入れるんですか!?」
金剛「Yes ! ここで追い Olive oil を足すのが cooking の新常識ネー!」
比叡「それは酢の物です金剛お姉様ーー!」ヒエエエエ!!
初春「……」
提督「……比叡に任せっか」
初春「なんじゃ、わらわも握り飯をこさえて外で食べたくなってきたのう……」トオイメ
提督「……おにぎりか。それなら立ったまま食べられそうだし、俺も作ってもらおうかねえ……」
如月大和「「任せてください!」」キラーン
提督「……いいけど、米粒潰すなよ」
初春「力いっぱい握って歯が立たぬほどの硬さになったら面白いがの?」ニヤリ
提督「そういう意味で言ったんだがな。あいつら、加減を忘れるときがあるし。ところで金剛はどこに行った」
初春「ああ、あやつなら厨房に……」
比叡「こ、金剛お姉様!? 油を入れるんですか!?」
金剛「Yes ! ここで追い Olive oil を足すのが cooking の新常識ネー!」
比叡「それは酢の物です金剛お姉様ーー!」ヒエエエエ!!
初春「……」
提督「……比叡に任せっか」
初春「なんじゃ、わらわも握り飯をこさえて外で食べたくなってきたのう……」トオイメ
大淀「あの、提督すみません」
提督「どうした?」
大淀「実は、本日付で着任する艦娘が、金剛さんのほかにももう一人いたんです」
大淀「手違いというか、問題があって連れてこられなかったと言う話がありまして……」
提督「問題?」
大淀「はい。手ひどく暴れたと」
提督「……反抗的なのか」
大淀「話を聞く限りはそのようです。それでなんですが、この鎮守府の建物の一番奥にある牢屋、使ったことありますか?」
提督「使えってか? 何したんだそいつは」
大淀「……それが……」
* * *
* *
*
今回はここまで。
新たに金剛着任ですが、彼女が来た理由は後ほど。
>39 と >40 が二重書き込みになってしまったので、
一方は無視してください。
次からシリアス色が濃くなります、ご容赦ください。
それでは続きです。
* 翌朝 鎮守府埠頭 *
神通「……あの、利根さん。昨晩はありがとうございました」
利根「おお、神通! もう大丈夫か?」
神通「はい、おかげさまで」
利根「うむ、それならば何よりじゃ。むしろ吾輩のほうこそ無知ゆえの浅慮であった。申し訳ない」ペコリ
神通「そ、そんなことは! 私こそ、私のために夕餉まで持ってきていただいて……」
利根「否、神通を泣かせたのは吾輩だぞ。当然のことをしたまで、礼を言われても困る」
神通「利根さん……」
利根「おぬしのように気遣いできる者ほど、自分の中に悩みを閉じ込める傾向があることは、あの男を見ててよくわかった」
利根「気軽に胸中を打ち明けられる姉妹がおらんのも、また不幸である」
利根「そこでじゃ。乗りかかった船というわけではないが、また何かあったら吾輩を頼って欲しい」
神通「……!」
利根「まあ、おぬしほど艦娘としての人生経験もなければ、倫理観……というのか? 吾輩のそれも怪しいのかもしれんが……」
利根「おぬしの抱えているものが、誰彼かまわず話せるようなものではないことくらいは理解しておる」
利根「一人で思いを溜め込まず発散する相手がいても良かろう。あれじゃ、『王様の耳はカバの耳』というやつじゃな」
神通「利根さん、カバじゃないです。ロバです、ロバ」クスッ
利根「む、むうう……と、とにかく、おぬしにも言いたいことはたくさんあろう!」
利根「そういうわけじゃから、今後は遠慮せず吾輩を訪ねよ。これでも吾輩は『お姉さん』なのだからな!」
神通「……ありがとう、ございます」ニコ…
利根「うむ!」ニッ
利根「しかし……練度に限って言えば神通が図抜けておる。みなが訓練についてこられない旨の愚痴ばかりは如何ともし難いな」
神通「はい。ただ、特訓するにしても、やはり資材不足が深刻ですので」
利根「ゆえに無理も禁物と。ふーむ、都合よく資材が流れてはこないものか……ん?」
神通「どうしました?」
利根「あれを見よ。あの船、こちらに向かってきてはおらんか?」
神通「はい。海軍の船のようですね」
利根「……今日は定期便が来る予定はなかったな?」
神通「……はい」
利根「……」
神通「……!」
提督「よう」
神通「おはようございます、提督」
利根「おお、提督か、丁度良い。あれが見えるか? こちらに海軍の船が近づいてきておるようなのだ」
神通「提督は、あの船について心当たりはありませんか」
提督「あー……ありゃあ、昨日金剛と一緒に来る予定だった奴が乗せられてんだな」
利根「……」
神通「……」
提督「憲兵の制止を振り切って、この島への定期便から脱走を企てたんだとよ」
提督「10人がかりで取り押さえて、やっとこさ捕まえてきたらしいぜ。こりゃあ骨が折れる」
神通「……」
利根「……そやつは何をしたんじゃ」
提督「仲間を撃って沈めたんだと。真偽のほどはわかったもんじゃねえが」
神通&利根「!」
提督「そういう奴なんで、できれば神通の手を借りたかったんだが、頼めるか?」
神通「……わかりました」
利根「吾輩も付き合おう。手伝えることがあればの話だが」
提督「ああ、助かる。悪いな」
* 十数分後 *
ギャーギャー
憲兵A「きりきり歩け! こっちにこい!」
憲兵B「くっ……この、抵抗するな!!」
バキッ
ドサッ
利根「お、おい! やりすぎではないのか!」
憲兵C「やりすぎなものか! こいつは俺たちに砲撃したんだぞ!」
利根「そ、そうは言ってもだな! 提督よ、おぬしも何とか言わぬか!」
提督「無理だな。仲間殺しが事実であろうとなかろうと、今、俺がこいつを庇う義理も理由もねえ」
利根「そ、そうかもしれんが……!」
提督「だから話を聞かせてもらう。こいつの口枷、外してもらおうか」
憲兵?「それはできん。牢屋が先だ」ヌッ
提督「!」
憲兵?→隊長「申し遅れた、私は憲兵隊隊長。貴様が提督か」ケイレイ
提督「提督准尉。この島の鎮守府の責任者だ」ケイレイ
隊長「辞令が出ている。この艦娘の身柄は、本日より××島鎮守府へ配属となった」
隊長「この艦娘の口を塞いだのは自衛のため。野良犬のように我々に噛み付いてくるためだ。ご理解願いたい」
神通「噛み付く……彼女が?」
利根「馬鹿な!?」
隊長「事実だ。安全のため、檻に入れて運ぶことも考えたほどだ」
提督「……何者なんだ、こいつは」
隊長「白露型駆逐艦、五月雨。P少将鎮守府の最古参、P少将の初期艦だ」
神通&利根「……!」
提督「……利根。お前は明石を呼んでこい。神通は俺たちと一緒に牢へ行く」
殴打され気絶している五月雨「……」
* 鎮守府内 牢屋 *
大淀「提督、こちらへ」
提督「……綺麗にしてくれたんだな。ありがとよ」
大淀「はい」
提督「使う必要はねえと思ってたんだが、わかんねえもんだな」
隊長「ここか。よし、こちらに運べ」
憲兵たち「はっ!」
(気を失った五月雨が、憲兵たちによって牢屋の中に運び込まれる)
隊長「提督、貴様にこれを渡しておく」
提督「これは?」
隊長「手錠の鍵だ。それ以外の拘束は取り外す。口枷も外そう」
隊長「その最後の手錠は、貴様の判断によって外してもらいたい」
提督「責任を取れってことか」
隊長「いかにも」
牢屋の扉<ガシャン
憲兵A「拘束、解除しました!」ビシッ
憲兵B「扉の施錠、問題ありません!」ビシッ
隊長「よし。駆逐艦五月雨の移送完了を確認。我々の任務は提督准尉への説明を以て完了とする、各員帰投準備」
憲兵たち「はっ!」
神通「……提督、五月雨さんは……」
明石「提督!」
利根「提督、連れてきたぞ!」
提督「おう、ご苦労さん」
明石「! 五月雨ちゃん……! ちょっと、憲兵だからってここまでしていいと思ってるの!?」
大淀「あ、明石!」
隊長「ここまでせざるを得なかった。その怪我は彼女自身に起因する」
明石「あんた……!」
提督「よせ明石。それより、五月雨をうちに連れてきた経緯を聞きたい。それも任務のうちだろ?」
隊長「いかにも」
* *
隊長「2週間前、P少将の艦隊が**諸島の海域を突破した。これは海軍でもまだ数名しか達成されていない快挙だ」
隊長「しかしその帰路に、未確認の深海棲艦と遭遇。P少将の艦隊は壊滅した」
大淀「壊滅……!」
隊長「海軍はこの個体と、過去数回出現していた謎の個体を照合。これを戦艦レ級と認定した」
隊長「そのレ級の個体情報を持ち帰ったのが、そこにいる五月雨だ」
明石「そ、それじゃ、彼女が咎められる理由はないじゃないですか!」
隊長「……P少将から報告を受けた。『五月雨は、レ級から逃げるために随伴艦を砲撃し逃亡した』と」
艦娘たち「「!!」」
提督「なるほど。誤射かどうかは別として、味方に被害を与えて逃げた、と」
隊長「P少将は五月雨を艦隊から解任し、鎮守府から追放。この島の噂を聞いていたP少将は、この鎮守府への異動を命じた」
隊長「以上が、私がP少将から受けた報告である」
利根「……」
明石「……」
「……そ、です」
提督「!」
五月雨「そんなの、うそです!!」ヨロッ
隊長「私もP少将とは決して短くはない付き合いだ。だが、この報告を受けた時の鬼の形相は見たことがない」
五月雨「私はそんなこと、してません! 私はみんなを撃ってなんかいません!!」ガシャン
五月雨「お願いです! ここから出して! 私は、みんなの敵を討ちにいかなきゃいけないんです!!」ガシャガシャッ
五月雨「こんなところに閉じ込められてる場合じゃないんです!」ガンガンッ
隊長「辞令は発令された。異議申し立てがあるならば、提督准尉を通じて申告せよ」
五月雨「そんなの……そんなのってないです!」ポロッ
五月雨「どうして!? どうして誰も信じてくれないんですか……!」ポロポロポロ
五月雨「おかしいと思わないんですか!? 隊長さん!!」ガン! ガンッ!
五月雨「どうして……!」ヘタッ
隊長「……」
提督「……」
隊長「提督准尉。煙草が吸いたい」
提督「あ?」
隊長「喫煙所まで案内を願いたい」
提督「ねえよそんなもん。外に行け」
隊長「そうか。ではご一緒願おう」
提督「……あ?」
隊長「私は付き合えと言っている」ジロリ
提督「……面倒くせえ……」
短いですが今回はここまで。
白露型には猛犬がたくさんいますので、その片鱗を見せたのかと。
では続きです。
* 丘の上に通じる非常口 *
シュボッ
隊長「……」フー…
提督「……で? ただ煙草吸いに来たわけじゃねえんだろ」
隊長「そうだ。提督准尉、まずはこれに目を通してもらいたい」スッ
提督「……これは?」ガサッ
隊長「轟沈したP少将の艦隊の詳細。こちらは戦艦レ級に関する資料と、その交戦記録だ」
提督「……」ペラッ
隊長「……」ハイザラトリダシ
提督「へえ……すげえな。うちの艦隊とは大違いだ。こいつらが沈んだってか」
隊長「……」
提督「なるほど。ふざけた性能してやがんな、このレ級ってのは」ペラッ
隊長「貴様の艦隊で相手取ることはできるか」
提督「無理だな。逃げる一択だ」
隊長「……よし。目を通したならば、今度はこれを読んでもらいたい」ゴソ
提督「ん?」
隊長「P少将から君宛の手紙だ」スッ
提督「……おい、封が開いてんぞ」
隊長「私が先に目を通させてもらった。これも仕事なのでな」
提督「ち……」ガサガサ ペラリ
提督「……」
隊長「……」スパ…
提督「……」
隊長「……」フー…
提督「……おい」
隊長「……」
提督「あんたがこれを読んだのは、いつだ?」
提督「少なくとも、さっき五月雨の前で話をした時より前だよな?」
隊長「この島への航路上で読ませてもらった」
提督「あんたのさっきの報告と書いてる内容が全然違うんだが、どういうことだ?」
提督「五月雨は仲間を撃っちゃいない。それどころか、その仲間は五月雨を庇って沈んだと書いてある」
提督「レ級の情報を鎮守府に持ち帰らせるため、中破してはいるものの、それでも最も速力のある五月雨を戻らせたと」
隊長「私は、P少将からの報告をそのまま話しただけだ。そこに脚色や私意はない」
提督「……P少将の建前をそのまま話したってか?」
隊長「いかにも」
提督「五月雨を預かれっつうんなら最初からそう言えって話だろが。くそ回りくどい真似しやがって」
隊長「……」
提督「それで手前は航空機に爆弾積んで特攻するってか。こんなもん成功すんのかよ」
隊長「……失敗したよ」ハイザラシマイ
提督「! そこまで知ってたのか……!?」
隊長「4日前、P少将は、その航空機に乗り込もうとしたところを特別警察隊に射殺された」
提督「しゃ……!?」
隊長「軍上層部はクーデターを警戒していた。地位ある人間が、航空機と爆薬を秘密裏に集めていたとなれば、不信を買うのも道理」
隊長「それに、ある鎮守府で、艦娘を洗脳して人間を襲わせる計画もあったと聞く。それ以来、軍はこういう動きに過敏になっている」
隊長「P少将の特攻が、海軍に向けてのものだと判断したのだろう。特警の行為は、正当な粛清と見なされた」
提督「……ちっ!」
隊長「それから、P少将の死は、五月雨にはまだ知らせていない」
提督「……」
隊長「五月雨は、鎮守府に戻った後、頻りに出撃したいと言い出していた。おそらくは仲間の敵を取りたいのだろう」
隊長「P少将と私は、短い付き合いではない。彼は私の家族……妻と娘の顔もよく知っている」
隊長「彼も結婚こそしていなかったが、五月雨をはじめとした艦娘たちに向ける眼差しは、実の娘を見る目と同じ優しいものだった」
隊長「その彼が、最も信頼していた第一艦隊の、五月雨を除く5人を一度に失ったのだ」
隊長「そこへ更に五月雨が突撃したがっている。勝てる見込みもないのにだ」
隊長「P少将はそれを何度となく制止したが、五月雨はそれに納得せず抗議し続けた」
隊長「聞き分けのない五月雨に、彼はこれ以上なく激昂したと聞く」
提督「……おとなしくお留守番しとけ、ってことか」
隊長「この手紙を彼から受け取ったとき、彼の呟きが聞こえた。これ以上、娘を先に死なせるわけにはいかんのだ、と」
隊長「そしてその内容を読んで、すべてが腑に落ちた。彼は自分から遠ざけるため、五月雨をここへ閉じ込めるつもりだったのだ」
提督「……」
隊長「私は、彼の特攻を見過ごすつもりはなかった」
隊長「しかし、それをこんな形で……彼を殺す形で阻止することも、私は望んでいなかった」
隊長「提督准尉。機を見て、五月雨に彼の遺志を伝えて欲しい。少将もまた、五月雨と同じ思いを抱いていたことを」
提督「……だから、奴の嘘の報告をそのまま伝えたのか」
隊長「いかにも。それが、彼の……父親の願いだろう」
提督「……」
隊長「少将も、いくら父娘だからと言って、そんなところまで似て欲しいとは思ってもいなかったろうにな……」
提督「……」
* 牢屋前 *
明石「五月雨ちゃん、大丈夫?」
五月雨「ぐすっ……は、はい。少しは、落ち着きました」
明石「鉄格子越しで悪いけど、とりあえず応急処置はできたわ。しばらく安静にしてて」
五月雨「ありがとうございます……」
提督「……落ち着いたみたいだな」
大淀「提督! 憲兵のみなさんはどうなさったんですか」
提督「帰った」
明石「帰った!?」
五月雨「そんな!!」
提督「まあ、それでだ。五月雨、お前、これからどうしたい」
五月雨「!」
提督「俺は自殺の手伝い以外なら、できる限りのことを……」
五月雨「准尉さん! 私を艦隊に加えてください!! 私、すぐにレ級を討伐しに行きます!!」バッ
五月雨「私は、あのレ級に沈められたみんなの敵を取りたいんです! お願いします!!」ガバッ
提督「……」
明石「提督、手伝ってもらえませんか? このままじゃ、彼女が可哀想です」
明石「P少将がどんな方なのかはわかりませんが、無実の罪を着せられて、ずっと檻の中というのはあまりにも……!」
提督「……」
神通「……」
利根「……」
提督「そうか」ハァ…
大淀「!」
明石「そ、それじゃあ!」
提督「俺の答えはこれだ」ポイッ
チャリンッ
明石「これは! 手錠の鍵です……ね……!?」
手錠の鍵<グニャァ
明石「……」
五月雨「……え」
神通「……」
利根「……これは貴様がやったのか」
提督「ああ」
明石「どういうことですか!」
提督「どうもこうもねえよ。付き合ってられっか」
五月雨「!?」
提督「さっき、憲兵の隊長にP少将の艦隊とレ級の資料を見せて貰った」
提督「P少将の艦隊の練度はかなり高い。いくら疲弊していたとはいえ、そう易々と全滅するような連中じゃねえ」
提督「その中でも五月雨は、残念だが一番練度が低い。仮に単騎でぶつかったとして、勝てる見込みはあんのかよ」
五月雨「それは!」
提督「根拠もねえのに根性論で『勝ちます』なんて言うんじゃねえぞ」
五月雨「っ!」
提督「『一矢報いたい』ってのもなしだ。最低でも沈めろ。沈めなきゃ仇討ちとは言わねえぞ」
五月雨「で、でも!」
提督「言ったよなぁ? 俺は自殺の手伝いはしねえ、って」
提督「うちの艦隊に入ってレ級退治だ? お前はこの鎮守府の何を知ってる!」
提督「この鎮守府の戦力ってものを、理解して喋ってるか!? わかりもしねえのに手前勝手な夢見てんじゃねえぞ、くそが!」ガンッ
五月雨「……そ、そんな言い方って!」
提督「関係ねえよ。大淀、仕事に戻るぞ、時間の無駄だ」
大淀「え!? は、はい!」
五月雨「ま、待ってください!」
提督「俺は結論を出した。この結論は何があっても覆す気はねえ」
提督「お前より練度が高い艦娘なんか、この鎮守府には指折り数えて片手で済む程度しかいねえんだ」
提督「どうしてもってんなら、うちの鎮守府の連中集めて説得しな。倒せそうな人数を集められたんなら、全員まとめて見捨ててやる……!」
五月雨「そんな! 准尉さん!!」
明石「……」ギリッ
神通「明石さん」
明石「わかってる。わかってます」
神通「提督の仰ることはごもっともです。五月雨さんの練度からして、並の練度では彼女の本懐は達せられないでしょう」
明石「それでも、何もしないわけには、いかないでしょ……!」
利根「ならば悪いが、吾輩は力になれぬな。皆と比較すれば、目に見えて力が劣っているのは自覚しておる」
明石「利根さんは……仕方ないですよ」
利根「大和もそうであろう。資材不足で演習もままならぬ。実力不足が随伴しては、足を引っ張ってしまうからの」
神通「……はい」コク
五月雨「や、大和さんがいるんですか!?」
利根「うむ。少々、性格に多少問題があるがの……」
五月雨「そ、そうなんですか?」
明石「ほかに練度が高い人たちとなると……」
* 廊下 *
提督「ったく……身の程知らずが」
大淀「提督、今更ですが、もう少し言い方を考えてはどうかと」
提督「あそこまで強情な奴をへこますには、ああいう言い方しかねえだろ。本当に今更だ」
提督「それより、長門と不知火を呼んでくれるか」
大淀「は、はい」
提督「お前もこれに目を通しておけ。五月雨を襲ったレ級ってのがどんなやつか、知らねえことには話にならねえ」
提督「はっきり言ってタチが悪ぃぞ。五月雨がこれを見てもやり返したいとか言うんなら、こっちも考える必要がある」
今回はここまで。
しばらくはこんな感じのシリアス展開になります。
間が開きましたが続きです。
* しばらくのち、牢屋前 *
五月雨「……」
利根「……」
明石「……まあ、意外だと思うかもしれないけど、単純に練度が高いのはこの人たちね」
神通「……」
初雪「……初雪、です」
伊8「……ハチです」
五月雨「ほ、本当ですか?」
利根「神通はわかるが、正直、意外な面子じゃな」
明石「少なくても、五月雨ちゃんよりは練度は上よ」
五月雨「……」
初雪「……」
伊8「……」
神通「伊8さんがいたとしても、このままだと水雷戦隊ですね」
初雪「? なに? このみんなで、艦隊組むの?」
明石「ここに長門さんと不知火ちゃんも入るわ」
伊8「よくわからない編成ですね」
利根「して、その二人はどうしたんじゃ」
明石「提督に呼ばれたらしいですけど、もうすぐきますよ」
不知火「お待たせしました」
長門「なるほど、彼女が五月雨か。私は戦艦長門だ」
不知火「不知火です」ビシッ
五月雨「あ、はいっ! 五月雨っていいます!」ペコッ
長門「おおよその話は提督から聞いている。私たちの力を借りて、敵戦艦を撃破したいと言う話だったな」
五月雨「はいっ!」
長門「結論から言わせてもらう。残念だが、お前の思いには応えられない」
五月雨「ええっ!?」
明石「な、長門さん!? 何を言ってるんですか!!」
長門「これを見てくれ。提督がもらったレ級に関する資料のコピーだ」
不知火「司令から、全員が目を通しておくよう指示がありました」
明石「……なんですか、この冗談みたいなスペック……」ペラ
神通「対潜攻撃まで備えてるんですか……」
五月雨「……」ペラッ
長門「実際に戦った五月雨はわかると思うが、いざ数字にしてみると、良く助かったと言うべきだ」
長門「今の我々では、レ級に対してあまりに無力。仮に不意を突いたとしても、まともにダメージが通るかどうかすら怪しい」
明石「……」
長門「それから、この鎮守府には航空母艦がいないのも致命的だ」
五月雨「え、ええ!?」
神通「……確かに、そうですね」
長門「このレ級が出没する海域には、夜間でも爆撃機を飛ばしてくるヲ級改がいる」
長門「ヲ級改の艦載機に発見されれば、レ級を探し出すより先にこちらと交戦せざるを得なくなるだろう」
利根「となるとやはり空母と戦闘機の出番じゃな。比叡に三式弾を、でなくば防空艦……せめて高雄型がおればな」
長門「そして一番厄介なのはレ級の性格だ。この海域のレ級の目撃情報は大まかに3か所で、性格もその場所によって異なる」
長門「こちらに興味を持ってちょっかいを出し、いたぶって反応を楽しむ『遊びたい』奴」
長門「自らの被害は一切顧みず、ひたすら戦闘行為を楽しもうとする『戦いたい』奴」
長門「そして、ただただ艦娘が轟沈するところを見たい『沈めたい』奴。五月雨が遭遇したのは、おそらく最後のやつだ」
明石「最悪ですね……!」
長門「ああ。しかもそいつは、決まって帰投中や撤退中の艦娘を狙っては不意打ちを仕掛けるらしい」
長門「こちらから探りを入れれば逃げていき、こちらが弱って退くときに迫ってくる、典型的な卑怯者だそうだ」
五月雨「そんな……そんな相手に、みんなは……!」グスッ
五月雨「私、やっぱりじっとしていられません。そんな敵を放っておいたら、被害が増える一方です!」
長門「五月雨!」
五月雨「やらなきゃ、また誰かがやられるんですよ!? また、私たちみたいになるんですよ!」
利根「それはそうだが……」
五月雨「それに、P少将に信じてもらえないままは嫌なんです! 今までたくさん、お世話になったのに……」
五月雨「一緒に戦ったみんなだって、たくさん、思い出があるんです……なのに……!」
神通「……」
五月雨「なんとか……なんとかできませんか!?」
長門「いや、なんとかしたくてもだな……」
五月雨「明石さん!!」
明石「……ごめんね」
明石「五月雨ちゃんの気持ちにはどうにか応えたいけれど……」
明石「こうやって具体的な数字を示されたからには、それを無視するわけにはいかないの」
五月雨「そんな……っ!」
五月雨「……だ、誰か、いないんですか……!」
初雪「えっと……」
五月雨「初雪ちゃん!」
初雪「……私、行きたくない」
全員「「!!」」
五月雨「それは、なんで……」
初雪「五月雨は、前の鎮守府で、たくさん可愛がってもらって、たくさん思い出がある……よね?」
初雪「でも、私……思い出、ないから」
五月雨「え……!?」
初雪「ここに来る前の鎮守府で、そこの司令官だったN提督と話したのは、数回だけ」
初雪「誰のものでもない声の言うことを聞いて、ただただ遠征して……笑った記憶も、泣いた記憶もないの」
利根「初雪……」
初雪「でも、ここへ来て……ここに流れ着いて、全部変わった」
初雪「私、まだ、思い出を作ってる途中、だから」
初雪「私は、もう少し、ここに引き籠ってたい」
五月雨「ひ、引き籠って、って……」
伊8「……はっちゃん、その気持ち、わかります」
五月雨「!」
伊8「資材を探してオリョールに行って、少しでも休むとものすごく怒られて……はっちゃん、おかしくなってました」
明石「……」
伊8「……はっちゃんも、つらい思い出しかありません」
伊8「少し、考えさせてください」ペコリ
五月雨「あ……」
(牢屋前から初雪と伊8が去っていく)
不知火「……」
長門「……思い出、か」
ガタン!
神通「と、利根さん!?」
利根「……」ブルブル
明石「ど、どうしたんですか! 顔色が真っ青ですよ!」
利根「……吾輩、は……ここは、どこだ……!?」ガチガチ
明石「利根さん!?」
利根「……あ、あ……あああ……やめて、くれ……やめ……ぇ……」ガタガタガタ
神通「利根さん! しっかりしてください! 利根さん!!」
長門「おい……もしかして、利根も昔のことを思い出したんじゃないのか!?」
明石「早く落ち着かせないと!」
神通「すみません、私は利根さんをドックに連れて行きます!」グッ
長門「明石、お前も一緒に行ってやってくれ!」
明石「は、はい!」
利根「……ひっ! か……ぁ……ぎゃあああ!!」ガクガク
神通「利根さん! もう、もう大丈夫ですから! 利根さんっ!!」
(利根が神通と明石に抱えられて出て行く)
不知火「……大丈夫でしょうか」
五月雨「……」
長門「……五月雨を助けるどころの話ではなくなってしまったな」
五月雨「……なにが、あったんですか」
長門「利根は、前の鎮守府で殺されかけた」
五月雨「!?」
長門「建造されて間もなく地下牢のような場所に閉じ込められて、何週間も拷問にかけられたと聞いている」
不知火「……あの様子から察するに、フラッシュバック、というものでしょうか」
長門「ここも牢屋だからか……まだ、全部忘れてしまえるほど日も経っていない。迂闊だった」
五月雨「……」
長門「なあ、五月雨。お前は仲間の敵を取るために出撃するのだな?」
五月雨「は、はい……!」
長門「どうやって相手をおびき出す? どうやって叩きのめす?」
五月雨「え? え、ええと……」
長門「私もな、絶対に始末したほうが良いと思っている奴から、身の危険を感じて逃げてきたんだ」
五月雨「……え?」
長門「それは私がかつて所属していた鎮守府にいる司令官だ」
長門「司令官が相手では、下手をしたらこちらが問答無用で解体されてしまうだろう」
長門「私には、打てる手がなかった。だから逃げて、最初に心の平穏を求めた」
長門「五月雨がはやる気持ちもわからなくない。だが、どうやったら確実に仕留められるか、落ち着いて考えるべきだと思うんだ」
長門「でなければ、きっと後悔する」
五月雨「……」
長門「それに、もし、お前と私が出て行って敵を討てずに沈んでしまったら、P少将と同じ思いを提督にさせてしまうだろう?」
五月雨「そ、そうかもしれませんが! あ、あんな乱暴な言い方する人が……」
長門「いいや、ところがそうでもない」
不知火「不知火も、司令に助けられた一人です」
五月雨「……」
不知火「その司令からの言伝です」
不知火「この鎮守府にいる艦娘と一通り話をしろ。その上で、お前がどうしたいかを決めろ、とのことです」
長門「……相変わらずだな」フッ
不知火「不知火は、これから鎮守府内を回って、皆さんに五月雨と話をするように伝えます」ビシッ
不知火「では」クルッ スタスタ…
長門「五月雨、教えてくれ」
長門「私は、お前が仲間を撃ったと聞いているが、どうにも信じられない」
長門「お前があの海で何をしていたのか、戻ってきてから何があったのか。ゆっくり、話を聞かせてくれないか」
五月雨「長門さん……!」ウルッ
* それから *
朝潮「……これは、強敵ですね」
霞「っていうか、今のあたしたちにこんな奴の相手は無理よ。あいつが怒るのも無理ないわ」
朝潮「すみません、練度を上げるための時間が必要です」
朝潮「霞、司令官へ演習の機会を増やせないか相談してみませんか?」
霞「あいつもそうだけど、資材とも相談しないと駄目よ」
五月雨「……」
* *
電「……ちょっと、遠慮したいのです」
敷波「あたしも。これ、なんとかすれば勝てるって感じの相手じゃないもんね」
由良「そうね……どうやってダメージを与えたらいいのかしら」
敷波「あいつだったら、これ見ても、行けって言ってたのかなー」ポツリ
電「……」
由良「……あまり、考えたくはないわね」
五月雨「……」
* *
初春「ふむ。わらわたちにこやつを始末せよと。ならば体に魚雷を巻きつけて、突撃するほかあるまいな」
吹雪「は!?」
朧「それって、どうなのかな」
吹雪「だよね!?」
朧「確かにダメージは与えられるかもしれないけど、確実じゃないんじゃない?」
吹雪「って、そうじゃなくて!! なんでそこを真面目に返してるの!?」
初春「まあ、もしやるときは、の話じゃぞ。やりたくなくばやらんで良かろう」
朧「そうそう。吹雪は無理だよね。前の鎮守府の司令官を見返すって目標があるし」
吹雪「……朧ちゃんだって、鳳翔さんを悲しませるわけにはいかないでしょ」
朧「……まあ、そうだけど」
初春「ふむ。となると、できるのはわらわだけじゃな」
朧「……初春だけ余裕ぶってるみたいでなんだかムカつく」
吹雪「長門さんにだっこされてデレデレしてた上に降りたくないって駄々こねてたくせにー」
初春「お、おぬしどこでそれを!?」カオマッカ
五月雨「……」
* *
暁「力を貸してあげたいのはやまやまだけど……勝てるかしら」
大和「この海域の攻略は難しそうですね……」
五月雨「そうですか……」
朝雲「……ねえ、これこそ余所の立派な鎮守府にお願いしてみたらいいんじゃない?」
古鷹「提督にお願いしてみましょうか!」
* 執務室 *
提督「俺たちが何か言うまでもなく、現場の奴らも上の連中も、もうレ級対策を検討してるけどな」
古鷹「そうでしたか……それもそうですよね」
提督「ただ、情報はあっても、それを有効活用できる艦隊がそうそういねえらしい」
提督「P少将の艦隊だって、うちとは比べ物にならないくらい鍛えられてる。それで負けてるんだから、どうしようもねえ」
暁「その、攻撃対象だけおびき出す、ってことはできないの?」
提督「それなんだが、そのレ級がなかなか出てこねえんだ。レ級に勝ち目がなさそうだとおとなしくしてるらしい」
朝雲「それじゃ、狙い撃ちすら難しいってこと?」
提督「だな。その海域を制圧してる敵空母のヲ級の撃ち漏らし……っつうかおこぼれか、それを狙うハイエナみたいなもんだからな」
提督「気に入らねえだろうが、今、俺たちが向かってもヲ級にすら会えねえだろうな」
大和「海域へ挑む以前の問題ですか……」
提督「今の俺たちにできることっつったら、必死こいて訓練するしかねえんだが、資材にも余裕がねえし……どうしたもんかね」
* 牢屋前 *
牢屋の毛布の上で横たわる五月雨「……はぁ……」
潮「あ、あの、五月雨ちゃん? 大丈夫……?」
五月雨「っ……は、はい!」ムクッ
如月「だいぶ疲れてるみたいね」
潮「その……ごめんね、ここから出してあげられなくて」
五月雨「いえ……」
如月「ね、五月雨ちゃん、腕を出して。手錠を外してあげるから」
五月雨「……え!? は、はい!」
カシャン カシャン
如月「これでいいわ」
五月雨「あ、あの、鍵は准尉さんがこの前曲げてしまったんじゃ……」
如月「ああ、あれはスペアキーよ」
五月雨「」
如月「ごめんなさい、司令官ってちょっぴり意地悪なの」
潮(ちょっぴり……ちょっぴりなんだ)
如月「それより、お腹へってない?」
比叡「軽食持ってきました! さあ、冷めないうちにどうぞ!」
っ「おにぎり&味噌汁&たくあん」
五月雨「え? え……っ?」
潮「手錠したままじゃ食べづらいだろうから、って……提督が」
如月「まだここから出すわけにはいかない、って言ってたから、もう少しだけ待っててね」
五月雨「いえ、あの……」
グゥ
五月雨「……///」
潮「……」ニコ
如月「……」ニコー
五月雨「い、いただきます……」カァァ
比叡「はいっ、どうぞ!」ニコニコー
* *
五月雨「ご、御馳走様でした……!」キラキラキラ
比叡「お粗末さまでした!」ニコニコー
潮(五月雨ちゃん、すっごいきらきらしてる……)
五月雨「とってもおいしかったです……この島の鳳翔さんってすごいんですね」
如月「あら。この島には鳳翔さんはいないわ?」
五月雨「え?」
潮「このごはんを作ったの、比叡さんですよ」
五月雨「……え??」
比叡「あはは、まあそういう反応されちゃうよね!」タハハー
五月雨「い、いえ! た、大変失礼しました!!」ドゲザッ
比叡「まあ、しょうがないのかなあ……みんなの反応を見る限り、どこの私もお料理はからっきしみたいだし」
潮「そ、そうですね……ここの比叡さんは特別だと思います。も、もちろん、いい意味でとっても特別です!」
五月雨「……あ、あの」
比叡「?」
五月雨「あの、比叡さんも、余所の鎮守府から来たんですか? なんか、みんなから話を聞いてると、そういう艦娘ばっかりで……」
比叡「ん……まあ、言いづらいけど、そうよ?」
五月雨「……」
比叡「でも、今はそこまで不幸じゃないかな。こうやってお料理作って、おいしいって食べてくれる人がたくさんいるし!」ニコッ
五月雨「……」
というわけで今回はここまで。
ここのひえーさんは悪い意味で浸透したメシマズネタのとばっちりを
理不尽に喰らってるという割とリアルも絡んだ笑えない生々しさを感じる。
艦これ二次の闇というか
割と多いですよね、風評被害。
個人的に一番ひどいのは鹿島あたりじゃないかと。
では、続きです。
* *
五月雨「……」ションボリ
提督「邪魔すんぜ」
金剛「Hey, 五月雨! How are you !」
五月雨「!」
提督「……五月雨、少しは落ち着いたか?」
五月雨「は、はい……」
提督「そうか。じゃ、誰を道連れにするかも決めたのか?」
五月雨「……そ、それは……」
提督「何人かからは昔話も聞いたんだろ?」
五月雨「……はい。あの、准尉さんは……わかってて、話をさせたんですね?」
提督「ふん。そこまで気付いたんなら俺の意図はわかってんだな?」
五月雨「……」コク
提督「俺が言うよりかは、あいつらから直接行けない理由を聞いたほうが説得力あるしな」
提督「そういうわけなんで、死にたいって連中以外は連れて行くな」
五月雨「……私が行くのは引き留めないんですか?」
提督「そいつも最終的にはお前が決めることだしな。生きてても希望が見いだせないなら、それも道の一つだろ」
五月雨「……」
提督「ま、神通にもな、同じように我慢してもらってんだ」
提督「あいつも敵討ちがしたいんだ。それをやっちまうと、この鎮守府の存続が危ういことになる」
提督「だから、我慢してもらってる。申し訳ねえとは思ってるんだがな」
五月雨「……倒せる相手なんですか?」
提督「ああ。ただ、その相手ってのが海軍中将の息子なんだ。どうする? やれたとしても、その後をどうするよ?」
五月雨「……」
提督「悩むだろ。倒したい相手が強いだけなら練度を上げてひっくり返せるとは思うが、地位的なもんが絡むと途端に面倒くさくなる」
提督「そんなこんなで欲をかくと、助けてやりたくても助けられないことが出てきてなあ……」スクッ
提督「ま、お前が一人で行っても歯が立たねえ。かといって、この鎮守府の連中を当てにしてもらうのは、こっちも困る」カチャカチャ
五月雨「? じ、准尉さん?」
牢屋の鍵<カチャン
提督「とにかく、今はお前を助けてやることはできねえ。悪いな」ギィッ
五月雨「……」
金剛「五月雨どうしまシタ? 鍵は開いてマスヨ?」
五月雨「は、はい……でも、いいんですか?」
提督「お前、まだレ級退治に行くつもりか?」
五月雨「……それは……」
提督「ちゃんと考えることができるようになったんだろ? 誰かに噛み付いたりもしねえよな?」
提督「だったら、ここに閉じ込めておく理由はねえ」
五月雨「……」
金剛「テートク? 私をここへ連れてきた理由はなんデスカ?」
提督「ん? ああ、五月雨もいろいろ話を聞いたことだし、お前にも語ってもらおうかと思ってな」
提督「つうか、そもそも俺も聞いてねえ。金剛、お前はなんでこの島に送られてきた?」
提督「言いづらいんなら、執務室で訊くがどうする?」
金剛「No probrem. ここで問題 nothing デス」
* *
金剛「端的に言ってしまうと、前の提督……Q中将の夫婦喧嘩に首を突っ込みすぎたのが原因デース」
五月雨「Q中将ですか!?」
提督「知ってんのか」
五月雨「演習で一度だけお会いした覚えがあります。たしか、ものすごく厳しい方だったと……」
金剛「Yes. とーっても厳格な、まさしく軍人! って感じの方デース」
提督「……で、夫婦喧嘩ってのはなんなんだ?」
金剛「Q中将と奥様の間に息子さんが一人いらっしゃったんデスが……」
金剛「5年ほど前、彼が海外留学中に亡くなったことで、Q中将が奥様と向き合わなくなってしまったんデス」
金剛「そのために仕事の鬼となったQ中将は、自分の体を顧みず、日々深海棲艦の撃滅の指揮を執り続け……」
金剛「つい先日倒れて、検査したら……癌やら何やらで、全身ぼろぼろだったそうデス」ウツムキ
五月雨「ど、どうして奥さんとの仲が悪くなったんですか?」
金剛「息子さんはQ中将に憧れて海軍へ入ることを熱望していたので、二人とも海外留学に諸手を挙げて賛成したわけデスが……」
金剛「それが原因で亡くなったこともあって、Q中将は息子さんが事件に遭ったことを自分のせいだと考えていたようデス」
金剛「おそらく、Q中将は悲しい出来事を忘れようとして、仕事だけに向き合っていたんだと思いマス」
五月雨「そんな……それじゃ奥さんが可哀想ですよ!」
提督「……Q中将の息子はなんで死んだんだ」
金剛「……喧嘩に巻き込まれて、刺されたと聞いていマス」
五月雨「……っ!!」
提督「……」
金剛「犯人は警察によって捕まったそうデスが、Q中将にかける声なんてどこにもありまセン。慰めるなんてこともできませんでシタ」
金剛「こんなことがあって、4年前に私がQ中将の艦隊に着任した時には、みなさん冷や汗が止まらなかったそうデース」
提督「……くそが。笑えねえな」
金剛「Yes, of course. But, そのまま人生から笑顔を絶やすことが幸せだとは思いまセン」
金剛「笑うことを忘れては人生は死んでしまいマス! いくら悲しくても、逃げずに一度は向き合わなければいけないと思いマス」
金剛「私もこの話を聞いたとき、Q中将はそのことから目を逸らしているだけに見えマシタ……!」
提督「だから首を突っ込んだと?」
金剛「Yes. はっきり言って、見ていられませんデシタ」
金剛「それから、それとは別に、私が鎮守府に着任した時期、こちらも4年ほど前に、鎮守府の中を探ろうとする不審者が現れまシタ」
金剛「それがQ中将の奥様でシタ。奥様が言うには、Q中将はその事件以降、奥様のいる邸宅に殆ど近寄らなくなったそうデス」
金剛「全然帰ってこないものだから、心配で様子を見に来たけれど、いざ入ろうと思ってもQ中将に追い帰されそうで怖い、と仰ってマシタ」
五月雨「そ、それでどうなったんですか……!?」
金剛「Q中将に内緒で、鎮守府の食堂で働いてもらうことにしまシタ!」
提督「……いいのかよ」
金剛「私が着任する前から、Q中将の心配をしていた艦娘は大勢いまシタ」
金剛「奥様も、陰から気付かれないように見守りたいと言う、たっての希望デスから、問題 nothing デース!」
提督「見守ってるだけでいいってか。俺にはよくわかんねえな」
金剛「世の中にはそういう奥ゆかしい女性もいるということデス」
金剛「私も見かねて、執務室に連れて行こうと画策してまシタが、奥様は頑なに拒否していマシタ」
金剛「私が彼の前に姿を現すことで、平静を保っている彼を動揺させてしまうのではないか、と、仰っていましたネー」
提督「……変わってんな」
五月雨「強い女性なんですね……」
金剛「そういう生活が続きまシテ、いい加減、奥様のことをQ中将にお話ししようかと話し込んでいたのがつい先日デスガ……」
金剛「Q中将の後輩である、P少将の訃報が届いたんデス」
五月雨「…………え?」
提督「なに?」
金剛「それを聞いたQ中将は倒れて緊急入院しマシタ。私は、奥様を連れて病院へ行ったんデスが……」
金剛「勝手なことをするなと怒られて、こちらの鎮守府に異動させられた、というのが顛末デス」
提督「……」
五月雨「……」ボーゼン
金剛「? 提督? 五月雨? どうしまシタ?」
五月雨「……あの、いま、P少将が……なんて、言ったんですか?」
金剛「え? P少将の訃報が……」
五月雨「……ふほう……死んだん、ですか……?」
金剛「五月雨? アナタ、まさか……」
提督「そうだよ。五月雨は、P少将の初期艦だ……!」
金剛「しょ……!?」
五月雨「准尉さん……P少将のこと、知ってたんですか? 死んだこと……黙ってたんですか!?」
提督「ああ。こんなタイミングで話す気はなかったがな……!」
五月雨「どうして……!? どうしてみんな、私に黙ってどこかへ行くんですか!?」
五月雨「そんなに私を仲間外れにしたいんですか!? そんなに私が嫌いなんですか!!」
五月雨「みんな……なんで、私を置いて……」
金剛「五月雨……」
提督「……」
五月雨「……准尉さん。私、やっぱり敵討ちに行きます! たとえ死んでも……」
提督「ああ、好きにしろ。だがな、P少将の敵討ちなら、海軍が相手だぞ」
五月雨「……え?」
金剛「テートク!? どういう意味デスカ!?」
提督「P少将は、海軍の特別警察隊に射殺されたんだ」
金剛「Why !?」
提督「P少将はな、大量の爆薬を詰め込んだ航空機で敵に突っ込もうとしてたんだ。それを海軍は軍部への謀反と判断したらしい」
金剛「……カミカゼ attack 、デスカ」
提督「ああ。どっちにしろ死ぬつもりだったってことだ」
五月雨「な、なんで……なんで、そんなこと……」
提督「お前を連れてきた憲兵の隊長が言ってたぜ。お前はP少将と似てるってな」
提督「要はそういうことだ。P少将も、仲間の敵を取りたかったんだよ」
五月雨「ですから、それは私が……!」
提督「だから、それに加えて……いや、それよりも、五月雨を死なせたくなかったんだよ」
五月雨「っ!」
提督「憲兵連中の腕に噛み付いてまで、敵討ちに行きたがってたのは誰だ?」
提督「今のまんまじゃ勝てないことも理解っておきながら、レ級を探しに行こうとしてたのはどこのどいつだ?」
提督「お前を放っておいたら、せっかく仲間たちに助けてもらった命を捨てに行ってしまいかねない」
提督「P少将は、それを何よりも恐れて、お前をこの島に送りつけたんだ」
五月雨「……」
提督「お前もP少将も、海域を制圧した気になって油断したせいで仲間たちを沈めた、って、自分を責めてたんだろ」
提督「思うに、二人とも懺悔する場所が欲しかったんだ。だから特攻しようとした……命を絶とうとした」
提督「これは俺の勝手な予想でしかねえが、お前もそうなんじゃねえのか?」
五月雨「……私は……」
提督「俺は、お前をここに送ったP少将の行動には少し共感できる」
提督「本当に大事な相手は、自分がどうなってもいい、嫌われてもいい、とにかく助けてやりたい……生きていて欲しい。そう、思うもんだ」
五月雨「……そんなこと、言わないでください」
提督「言うなと言われても、そうとしか思えねえ。P少将の手紙もここに預かってる」
五月雨「どうして……そんなんじゃ、私……戦えなく、なっちゃいます……!」
提督「いいんだよそれで。多分、P少将はお前に戦うなって言いたかったんだろうさ」
五月雨「そんなぁ……それじゃ、私、どうしたら……」
提督「今のお前に必要なのは懺悔じゃあねえな。練度だ」
提督「お前は、仲間を見捨てたかったわけじゃねえだろ。お前の仲間は、お前に後を託したんだろ?」
五月雨「……」ポロ
提督「P少将も、同じだったんだろうさ。じゃなきゃ、こんな手紙、俺に寄越すはずがねえ」ガサ
提督「五月雨、こいつはお前が持っとけ。下向いて読むなよ、涙でインクが滲んだら読めなくなっちまう」スッ
五月雨「……はい……」
金剛「五月雨」
五月雨「金剛さん……?」
金剛「アナタは、みんなから愛されてたんデスネ」ギュ
金剛「艦隊のみんなもP少将もきっと、あなたが大事だったんデス……」ナデ
五月雨「……」グスッ
金剛「死ぬのは簡単デスガ、あなたの仲間も、P少将も、そんなことは望んでいないでショウ」
金剛「あなたの命が明日までしか持たないと言うのなら話は別デスが、そうでないのなら、焦る必要はありまセン」
金剛「みんなの敵を打倒できる確信を得られるその時まで、耐え忍んで修練に励むのも、艦隊に所属する私たちの重要な務めデス」
五月雨「……金剛さん……!」
金剛「やるからには万難を排して、完膚なきまでに叩き潰して、良い報告をしまショウ! それが敵討ちというものデス!」
金剛「それまで、死ぬわけにはいきませんヨー!」ニカッ
五月雨「……はい……っ!」グシグシ
金剛「But ! つらい時には、泣いていいんデスヨ? いくらでも胸を貸してあげマース!」ギュゥ
五月雨「わぷ……!?」ムギュウ
提督「元気出せっつったり泣けっつったり、どっちなんだよ。五月雨で遊んでんじゃねえぞ」
金剛「Oh, テートクこそ行くなと言ったり好きにしろと言ったり、五月雨を惑わせてマスヨー?」
提督「……そんなん俺のせいじゃねえよ」プイ
金剛「ンー、テートクもいい加減デスネー」ナデナデ
提督「とにかく、俺は言いたいこと言ったから、後の判断は五月雨に任せる」
提督「悩んでるなら保留で構わねえし、漠然とでもやりたいことが言葉にできるようなら俺に報告しろ」
提督「俺がサポートできる範囲なら手を貸すぜ」
五月雨「……」
金剛「……五月雨?」
五月雨「……」スー
提督「……寝てんのか?」
金剛「失神したみたいに眠ってしまいマシタ。ずっと気を張り詰めていたのかもしれまセンネー」ナデナデ
提督「そうか……焦らせやがる」
金剛「テートク。私はあなたに謝らなければいけまセン」
金剛「あなたには Love が不足していると言いまシタガ、あなたにはちゃんと、他人を思い遣る心がありまシタ」
提督「そんなことはねえよ。たまたまだ」
金剛「謙遜しなくても大丈夫デース!」
提督「謙遜なんかじゃねえよ。そもそも、お前んとこのQ中将の奥さんの話だって、心情が理解できねえ」
金剛「Hm, いまどきの男性には理解しづらいのかもしれませんネ。昭和の男性にとっては、理想的な女性だと思いマスヨ?」
提督「そこまで男についていくことがか? その夫婦ん中でQ中将はそんなに偉いもんなのかよ……」
金剛「それはわかりまセン。Q中将を私個人の感想で言うなら、家庭のことは一切持ち出さない、良くも悪くも頑固なお方でしたネー」
金剛「ただ、私たち艦娘には、Q中将からの Policy の押し付けは一切ありませんでシタ」
金剛「前線に立つ者の不満は極力取り除き、良い気分で戦えるようにするのが上に立つ者の役目、と仰ってまシタし……」
金剛「ご自身のご病気を誰にも悟らせないほどの精神力をお持ちでしたカラ、 Stress がどれほどのものだったのかは判断できかねマス」
金剛「むしろご家族のことを心配すると『下世話だ』『自分の心配をしろ』と怒鳴られるくらいなので、誰も触れられませんでしたネー」
提督「……」
金剛「……テートク? What's a matter ?」
提督「なんでもねえよ……」
金剛「……!」
提督「?」
金剛「テートク? you could understand English !」
提督「……」
金剛「Okey, そうでシタカ。テートクはQ中将の心境も理解できてるみたいデスネー」
提督「知らん」プイッ
金剛「ヘーイ、テートク! こっち向いてくだサーイ!」
提督「うるせえ。五月雨が目を覚ますぞ」
金剛「Oh, Sorry ! I'll be quiet !」
提督「五月雨をこっちに寄越せ。部屋に連れてって寝かせてくる」
金剛「……いきなり部屋に連れて行っても、鎮守府を案内してないんですカラ、そのあと迷子になったりしまセンカ?」
提督「……じゃあ、執務室のソファーか」
金剛「私も一緒に行きマース。五月雨も抱っこして連れて行くネー」
提督「……わかった、起こすのも悪いし、悪いが任せるぜ」
というわけで今回はここまで。
金剛:愛情から目を背ける提督を説得し続け、煙たがられて左遷 ←New!
五月雨:玉砕覚悟の敵討ちを望むも、仲間を沈めた濡れ衣を着せられて追い出される ←New!
今のお話が一区切りついたら、番外編に入る予定です。
続きです。
* 執務室 *
暁「そうだったの……つらいわよね、仲間や司令官を一度に失って……」
提督「まあ、緊張の糸が切れたんだろうな」
五月雨「……」スヤァ
比叡「それで、金剛お姉様の膝枕で、五月雨ちゃんが寝てるわけなんですね」
提督「ああ」
比叡「……ちょっと羨ましい」ボソッ
金剛「Oh, 仕方ありまセンネ、比叡にも後でしてあげマース!」
比叡「本当ですか!?」キラキラキラッ
暁「……」
提督「……ん? 暁もやって欲しいのか?」
暁「べ、別にそういうつもりじゃないわ!」
提督「甘えたかったら甘えてもいいだろ。ずっと気を張り続けてるのもしんどいぜ?」
暁「で、でも、司令官こそ誰かに甘えたりしてないじゃない」
提督「俺はいつも気を抜いてるからな。誰かに甘やかされたいと思うようなことはねえ」
暁「なんだか釈然としないわ……」
提督「俺はずるい大人だからな。真面目じゃねえから、これでいいんだ」
暁「……どこが真面目じゃないんだか」フンッ
提督「いや、本当に不真面目だろ? 暁にまでそう評されるとは思ってもみなかったんだが」
暁「いくら暁だって、司令官が不真面目できなくて、無理してそうなときがあることくらい見てわかるわ。失礼ね、ぷんぷん!」
提督「……例えばいつだよ」
暁「え? えっと……砂浜に行ったときとか。いつも泣きそうなの我慢してるように見えるわ」
提督「……よく見てやがんな」ハァ
比叡「結構よく見てくれてるんですよ? 暁ちゃんは」
提督「ふーん。小さくても姉は姉ってことか」
暁「そうよ!」フフーン
提督「……なあ比叡?」
比叡「はい?」
提督「お前、暁に膝枕してもらったらいいんじゃねえの?」
比叡「どうしてそうなるんですか!?」
暁「……ど、どうしよう、かしら」ニラニラ
比叡「暁ちゃんも、満更でもないような顔しないで!?」
暁「えっ!? い、いいのよ!? もっと甘えても!?」
比叡「何言ってんの!?」
提督「……」ニタニタ
比叡「司令も変な顔で笑いをこらえてないで止めてくださいー!」プンスカ!
ヤイノヤイノ
五月雨「……う、ん……」パチ
金剛「五月雨! 目が覚めましたカ?」
五月雨「……ここは……」
提督「執務室だ。お前が眠っちまったんで、そのまま連れてきた」
提督「気絶させられて牢屋に入れられたんじゃ、この鎮守府の間取りも全然わかんねえだろ。金剛がそうしようって言ってくれたんだ」
五月雨「……」メヲゴシゴシ
提督「金剛には感謝しとけよ。眠ったお前をここまで運んでくれた上に、寝かしつけてくれてたんだからな」
五月雨「……?」
提督「まだ寝ぼけてるっぽいな」
金剛「Hey, 五月雨。体は大丈夫デスカ?」
五月雨「私は……牢屋に入れられたんじゃ?」
提督「ああそうだ。夢じゃねえぞ」
五月雨「……」キョロ
提督「……」
五月雨「……夢じゃ……ないんですね」
五月雨「P提督も、みんなも……」ポロッ
金剛「五月雨……」
五月雨「だい、じょうぶ、です……」ポロポロ
五月雨「私は……わたしはぁ……」グスッ
金剛「五月雨、我慢しなくていいデス」ナデ
五月雨「わたし……わたしぃ……! う、うわあああああ……!!」ギュウ
金剛「……」ナデナデ
比叡「……」ウツムキ
暁「……」ウルッ
提督「……」
* *
五月雨「ぐすっ、ひっく……」
金剛「落ち着きまシタカ?」
五月雨「すんっ……は、はい。ありがとう、ございました……!」ペコリ
提督「……今なら聞いても良さそうだな」
比叡「? なにをです?」
提督「五月雨。お前、生きたいか、死にたいか。どっちだ」
五月雨「……!」
提督「生きたいんなら、できる範囲でサポートしてやる。無理難題吹っかける気ならそれ相応のリスクを覚悟しな」
提督「死にたいんならどこへでも行け。俺は止めねえし、これ以上関わる気はねえ」
提督「どうする、五月雨?」
五月雨「……私……」
金剛「……」
暁「……」
比叡「……」
五月雨「……まだ、死ねません」
五月雨「私、やっぱり、みんなの敵を取りたいです」
五月雨「でも、今のままじゃ、駄目だって、気付きました……」
五月雨「みんな、それぞれに大切な人がいたり、大事なものがあったりするから……それを、無視しちゃ駄目だって」
提督「……」
五月雨「私、もっと強くなります」
五月雨「みんなと一緒に強くなって、協力してもらえるよう、頑張ります……!」
提督「……そうか。いいんじゃねえの」
提督「お前が時間に迫られてない限りは、焦ったっていいことなんかねえからな。ま、ゆっくりやりな」
五月雨「はいっ!」
提督「ああ、それとだ。金剛、お前にも礼を言っとくぜ。気を遣わせて悪かったな」
金剛「Oh, it's so easy operation デース!」stund up!
比叡「さすが金剛お姉様!」
金剛「私も頑張りマーシタ! と、いうわけでぇ……テートク、ご褒美が欲しいデース!」ジリジリッ
提督「」
暁「」
五月雨「?」クビカシゲ
比叡「ちょっ、金剛お姉様ー!?」ガビーン
五月雨「私、やっぱり、みんなの敵を取りたいです」
五月雨「でも、今のままじゃ、駄目だって、気付きました……」
五月雨「みんな、それぞれに大切な人がいたり、大事なものがあったりするから……それを、無視しちゃ駄目だって」
提督「……」
五月雨「私、もっと強くなります」
五月雨「みんなと一緒に強くなって、協力してもらえるよう、頑張ります……!」
提督「……そうか。いいんじゃねえの」
提督「お前が時間に迫られてない限りは、焦ったっていいことなんかねえからな。ま、ゆっくりやりな」
五月雨「はいっ!」
提督「ああ、それとだ。金剛、お前にも礼を言っとくぜ。気を遣わせて悪かったな」
金剛「Oh, it's so easy operation デース!」stund up!
比叡「さすが金剛お姉様!」
金剛「私も頑張りマーシタ! と、いうわけでぇ……テートク、ご褒美が欲しいデース!」ジリジリッ
提督「」
暁「」
五月雨「?」クビカシゲ
比叡「ちょっ、金剛お姉様ー!?」ガビーン
扉<ガチャバーン!
大和「提督の御身に危険が!」
如月「司令官、大丈夫!?」
暁「なんでこのタイミングで現れるの!?」
比叡「どこに潜んでたんですか!?」
金剛「Shit ! 邪魔が入る前に、テートクの heart を掴むのは、この私デース!」バッ!
大和「抜け駆けするなんて!」ダッ
如月「許さないんだから!」ダッ
金剛「Burrrrrrrrrning !! Looooooooo」ガシッ
暁「あ」
提督「落 ち 着 け」アイアンクロー
金剛「Yaaaaaaaaaaaaa !?」メキメキメキメキ
大和「今だわ! 提督、今こそこの大和の愛」ガシッ
提督「お 前 も だ」ヒダリテアイアンクロー
大和「ひぎいいいいいいいい!?」メキメキメキメキ
如月「はっ! 両手の塞がってる今がチャンスだわ! しれいかーー」ガシッ
金剛「Oh, 助かりマシタ」ミギテハナシテ
提督「いい加減にしろ」ミギテアイアンクロー
如月「いやああああああああ!?」メキメキメキメキ
金剛「Okey ! やっぱり私の」ガシ
大和「あ、外れたわ……提督、やっぱり私が」ガシッ
如月「あっ、やっぱり私を」ガシ
提督「お前らしつけえぞくそがああ!!」ガシ パッ ガシ パッ
暁「なにやってるのよ……」アタマカカエ
比叡「……金剛お姉様……」アタマカカエ
五月雨「……あ、あの、何が起こってるんですか?」アセアセ
バヂン! バヂン! バヂン!
提督「落ち着けって言ってんだろが……!」ピキピキピキ
大和(仰向け倒れ)「はい……」シュウウウ…
如月(仰向け倒れ)「ごめんなさい……」シュウウウ…
金剛(仰向け倒れ)「こんなに痛いデコピンは初めてデース……」シュウウウ…
暁「……大和さんはもっとレディだと思ってたのに」ズーン
比叡「金剛お姉様……」ズーン
五月雨「な、なんですか!? 何が起こったんですか!?」オロオロワタワタ
不知火「みなさん司令が好きすぎて、襲い掛かったら返り討ちに合っただけです」ヌイッ
五月雨「!?」ギョッ
暁「不知火も出てくるタイミングが良すぎよ……」
不知火「いえ、単純にこの二人を追いかけただけですので」ペタペタ
五月雨「な、何をしてるんですか?」
不知火「デコピンされた3人の額に、冷やした熱冷ましシートを貼り付けているんです」ペタペタ
暁「それこそ準備良すぎよ!?」
比叡「あ、金剛お姉様には私が貼ります! 一枚ください!」
不知火「どうぞ」スッ
比叡「あれ? 何か書いてある。『煩悩退散』?」ペタペタ
金剛「Noo ! これはボンノーなんかじゃないデース!!」
不知火「ではこちらにしますか」っ『自主規制』
金剛「なんでそんな四字熟語を用意してるデース!?」
如月「ねえ不知火ちゃん? 恋愛成就はないのかしら?」←『安全第一』と書いてある
不知火「いえ、それは用意しておりませんでした」
大和「そうですか……残念です」←『商売繁盛』と書いてある
暁(……書いてある四字熟語のチョイスが微妙だわ)
比叡「ちなみにこれ、すっごい達筆でダイナミックなんだけど誰が書いたの? 長門さん?」
不知火「潮です」
比叡「マジで!?」
提督「潮か……不知火、無病息災か堅忍不抜あたり、ねえか?」
不知火「はい、どちらもあります。こちらに」
暁(あるんだ……)
提督「おう、ありがとな。五月雨、お前はこいつ貼っとけ」
五月雨「え……? わ、私ですか?」
提督「そうだ。今日のところは、お前は飯食ってこれ貼って寝ろ」
提督「自覚がねえと思うが、お前、相当疲れてんぞ。さっきだっていきなり眠っちまったこと、ちゃんと覚えてるか?」
五月雨「……い、いえ」
提督「恨んだり怒ったり、憎んだりし続けるってのは、意外と体力も精神力も使うもんだ」
提督「おまけにハイになるから、自分自身が疲弊してるのに気付けねえ。相談相手も失ったお前なら尚更だ」
提督「やりたいことは決まったんだから、いっぺん背負ったものを降ろせ。今だけ忘れろ。何も考えんな」
提督「本気を出すのは明日からにしておけ」
五月雨「准尉さん……」ウルッ
暁「……」
提督「? どうした暁」
暁「……その調子なら、司令官も心配ないみたいね」クスッ
提督「おかげさまでな」
五月雨「……私、そこまでおかしかったんでしょうか」
提督「ま、冷静じゃあなかったな。疲弊してたんだろうが、金剛に抱きしめられてすぐ寝ちまったのは俺も驚いた」
五月雨「あの、おぼろげながら思い出してきたんですけど」
提督「?」
五月雨「私、金剛さんにぎゅってされたとき、多分安心しちゃったんです」
五月雨「その、抱きしめられたのに、ふわーっとした感じで、とっても優しくて、とろーんってしちゃったんです」
五月雨「なんて言ったらわかりませんけど、こういう感じって、お母さんみたい、って言うんでしょうか……」
暁「お母さんかあ……」
提督「言われてみれば、俺に愛を教えるだの、世話焼きなところがあるな。お節介なかあちゃんってとこか」
金剛「Noooooooooooo !!」
五月雨「うひゃあ!?」
暁「きゃ!?」
提督「うお、びっくりした。どうした金剛」
金剛「私、かあちゃんじゃありまセン! そんな年齢じゃないデース!」プンスカ!
暁「そこなの!?」ガビーン
金剛「五月雨は駆逐艦デスから甘やかしマスけど、提督には甘えたいデース!」
提督「……いや、お前比叡の姉だろ?」
金剛「だったら今日から比叡の妹になりマース!!」
比叡「金剛お姉様!?」
金剛「Noooo !! 比叡、今日から私のことは金剛ちゃんと呼ぶデース!!」
比叡「ええええ!? ……ど、どうしよう、かなっ」ニラニラ
暁「比叡さん、満更でもないような顔してる!?」
比叡「し、しょうがないなあ! 甘えてくれてもいいんですよ?」
暁「比叡さんキャラが変わってるわ!?」
金剛「比叡も納得したことだし、これでテートクに甘えられマース!」ダキツキー
提督「うぼあ!?」ドボォ
如月「ちょっと金剛さん!?」ムクッ
大和「なにしてるんですか!」ムクッ
比叡「こっちに甘えてくれるんじゃなかったんですか金剛お姉様ー!?」
金剛「No ! 私は妹様デース!」
暁「妹様ってなに!?」
五月雨「っていうか、さっきちゃん付けで呼んでいいって言ってたんじゃ……」
金剛「Yes ! テートクに是非とも呼んで貰いたいデース!」
比叡「」シロメ
暁「ひ、比叡さんがたったまま失神してるわ!?」
不知火「これをどうぞ」っ「『絶対安静』と書かれた熱冷ましシート」
暁「……もうちょっとほかの四字熟語がなかったのかしら」ガックリ
如月「っていうか、どうしてそこまで司令官にくっつこうとするの!?」
金剛「素敵な殿方なら当然の反応デス! そうは思いまセンカ!?」
如月「そんなの否定する方がおかしいわ!?」
大和「事実ですけど、いくらなんでもがっつきすぎです!」
提督(お前が言うな)
金剛「そうは言いマスガ、私だって我慢の限界デス! 私だって Burning Love したいデース!!」
金剛「前の鎮守府でもQ中将にイチャイチャしたかったのに、既婚者だったから遠慮してたんデスヨー!?」
暁(……貞操観念が高いのか低いのかわかんないわ)タラリ
金剛「でもここのテートクは、反応を見る限りそんなことはありまセン! Is'nt it !?」
不知火「まあ、その通りと言えばその通りですが」
金剛「デスヨネ!?」
如月「ちょっと不知火ちゃん!?」
金剛「そういうことだからテートク! 私の Burning Love !」ダキツキッ
金剛「受け取ってくだサーイ!」カオチカヅケ
提督「……」ハァ
金剛「ン?」ガシ
提督「悪いが断る」
金剛「テ、テートク!? どうしてデスカ!?」ヒキハガサレ
提督「お前に返してやれる愛情がねえからな。つうか、愛とか俺はどんなもんか知らねえしピンと来ねえ」
金剛「ですから私がそれを教えてあげマース!」
提督「いらん」
金剛「Why !?」
提督「俺が何かさせられるのは御免だ。そんなことより、俺は艦娘がやりたいことをやらせてる」
提督「ちゃん付けで呼べというくらいなら、やらないこともないが?」
金剛「hmm ... じゃあ、 Hug して欲しいデス」
提督「ハグ?」
金剛「Yes , さっき私が五月雨にやったみたいに、優しく抱きしめて欲しいデス……」ポ
提督「……まあ、そのくらいならいいか」ギュ
金剛「!!」
如月「ああっ……!!」
大和「なんて羨ましい……!!」
比叡「……はっ、私はなにを!?」
暁「あっ! 比叡さん、気がついた!? 大丈夫!?」
(比叡の目の前で提督と金剛が抱き合っているのを目撃)
比叡「」チーーン
暁「比叡さん!? 比叡さんっ!!」
不知火「また気を失いましたか」
五月雨「!?!?」(←状況に追いつけていない)
金剛「テートク……私は……こういう situation に憧れてマシタ」
金剛「また、こうやって hug して欲しいデス……!」
提督「……ま、週に一回くらいなら付き合ってやっても……」
金剛「Really !? Thank you テートク! I'm so glad !!」カオチカヅケ
大和「そこまでです」ガシッ
如月「私たちも我慢の限界よ?」ガシッ
金剛「Oh ...」
大和「提督? 私たちも同じ条件で同じことをお願いしたいのですが」ニコー
如月「いいわよね? 司令官」ニコー
提督「……しょうがねえな」
如月「やったわ!」ハイタッチ
大和「やりました!」ハイタッチ
金剛「ふ、二人ともそろそろ放して欲しいデース」
大和「そうですね、提督から離れて戴きましょうか」ニコー
如月「そうよね、司令官に抱きついたりキスしたり、好き放題したものね」ニコー
大和「そういうわけですから、私たちとゆっくりお話ししませんか?」グイッ
如月「そうね、それがいいわ」グイッ
金剛「Oh ...」ナミダメ
提督「んじゃ、金剛のことは任せる。俺は気を失ってる比叡を部屋に連れて行くからよ」ヒエイダキカカエ
金剛「比叡!? お姫様だっこされるなんて羨ましいデース!」
大和「金剛さんはこっちですよー」グイグイ
如月「余所見しちゃだめよ?」グイグイ
金剛「Noooooooooooo !!」ズルズルー
暁「……」ズツウ
提督「なんだろうな、ありゃ。暁、とりあえず比叡の部屋まで付き合ってくれ」
暁「え、ええ、わかったわ……」
不知火「五月雨、私たちも一緒に行きましょう。あなたの部屋に案内します」
五月雨「あ、は、はい!」ハッ
提督「……それにしても。比叡のやつ、重たくなったな」
暁「もう、司令官! レディにそういうこと言うの、失礼よ?」
提督「馬鹿、最初来たときのこと考えろ。あん時の軽さは異常だろ?」
暁「……あのときと比べるのが失礼よ。でりかしーがないわ?」
提督「そうか。ま、ここまで回復できてなによりだ」
五月雨「……」
不知火「どうしました」
五月雨「私、すごいところに来ちゃったんですね」
不知火「はい。慣れるまで時間がかかるかもしれません」
五月雨「……大丈夫です。私、頑張っちゃいますから」
五月雨「P少将や、みんなに、いい報告ができるように……!」
不知火「……はい」コク
それでは番外編、
舞台はN中佐のいた鎮守府になります。
* N提督鎮守府 卯月たちの部屋 *
卯月「ただいまだっぴょーん!」ドアバーン
望月「んお、おかえりー」ネッコロガリ
弥生「……おかえり。遠征、お疲れ様」
卯月「おお!? みんな読書中だっぴょん?」
望月「卯月がいないと静かでさー。すっげー過ごしやすい。快適すぎ」
卯月「辛辣ぴょん!?」
弥生「……否定、できない。とても落ち着く」
卯月「こっちも辛辣ぴょん!?」
望月「実際卯月がいたら、こんなにごろごろできないしー? ふあぁ……」
卯月「うーちゃん放っておいてどんな本を読んでるぴょん?」
弥生「……これ。封神演義」スッ
卯月「弥生はまた小難しい本を読んでるぴょん……ついていけないぴょん」
卯月「で、望月はまたエロマンガ読んでるぴょん?」チラッ
望月「あ? よく見ろよー」
っ『食べ歩き観光スポット120選』
卯月「!?」ズガーン!
卯月「で、出不精の望月が……食べ歩きだとぉ……っ!?」ヨロッ
望月「……語尾が取れるくらい驚くとか、さすがにムカつくんだけど?」
卯月「望月、熱はない? なにか変なもの拾い食いした? 鳳翔さんのおっぱい揉む?」キリッ
望月「殴んぞ」イラッ
卯月「冗談はさておいて、どういう風の吹き回しぴょん?」
望月「あー、墓場島で食べた料理さ、めっちゃおいしかったじゃん?」
卯月「あー……確かにそうだったぴょん」ジュルリ
望月「鳳翔さんもあっちの比叡さんからいろいろ教えてもらったみたいだし」
望月「次は何を作ってもらおうか選んでたんだー」
卯月「出歩く気ゼロぴょん!?」
弥生「……もっちらしい」
望月「別にいいじゃん? 鳳翔さんの料理は確実においしいんだから、そういう意味でも絶対外れをひかないし」
卯月「はぁ……安心するくらい全然ブレてないぴょん。心配して損したぴょん」
望月「心配してたようには見えなかったんだけど?」
弥生「……それはそうと、卯月が帰ってきたんなら、次は私の番」スクッ
望月「ん? そっか、もうこんな時間かー」ムク
卯月「うん? 二人ともどこに行くぴょん?」
弥生「私は遠征」
望月「あたしは鳳翔さんに頼まれごとがあってさー」
卯月「せっかくうーちゃん帰ってきたのに、一人ぼっちぴょん!?」
望月「しょうがないよ、みんなの負荷を考えて回り番にしてるんだしさ」
弥生「ごめんね、卯月。すぐ戻るから、おとなしくお留守番してて」
望月「あたしもどーせ大したことない用事だと思うからさ。昼寝でもしてなよ」
パタン
卯月「……退屈だっぴょん」
卯月「弥生も、なんでこんな難しい本を読むのかわかんないぴょん……」ペラペラ
卯月「文字ばっかりで眠くなるぴょん……」
卯月「遠征で疲れたし、ちょっとだけ寝るぴょーん」ゴロン
卯月「……」
卯月「スヤァ……」
* * *
* *
*
ドタドタドタ
扉<バンッ!
弥生「卯月!」
卯月「……ぴょん? どうしたぴょん」ムニャムニャ
望月「良かった、無事だったんだ」
卯月「???」
望月「早く逃げるよ!」
卯月「な、なにがあったぴょん!?」
弥生「! 隠れて。静かにして」
憲兵?「おとなしくしろ!」
「は、放して!」
「私たちが何をしたっていうの!?」
憲兵?「連行しろ!」
卯月「……何が起こってるぴょん?」
弥生「わからない。でも、この鎮守府の艦娘を全員どこかに連れて行こうとしてるみたい」
卯月「でも、あれ、本当に憲兵ぴょん? 特警でもないぴょん?」
望月「だよねえ、全員顔隠してるし……どっかの特殊部隊みたい」
憲兵?「これで全員か?」
憲兵?「いや、まだだ! なんとしても探し出せ!」
弥生「こっちに来た!?」
望月「と、とりあえず逃げとかない!?」
卯月「それならこっちぴょん!」
* 鎮守府内のどこか *
卯月「みんなここに隠れるぴょん」
弥生「……ここは」
卯月「うーちゃんしか知らない、秘密の隠し通路ぴょん」
望月「なんでこんなとこ知ってるのさ……」
卯月「いたずらした後の逃亡用っぴょん」
弥生「……」
望月「……いや、いいけどさあ」
卯月「それよりこれからどうするぴょん?」
望月「いやもうマジどうしよーか? 展開がまるっきりパニック映画じゃんか」
卯月「まさかゾンビが出てきたりするぴょん?」
望月「あー、まあこの展開だと有り得そうかなー。いや、ないとは思うけどさあ」
卯月「出たとしても、どうしたらいいぴょん」
弥生「……待ってるしか、ないと思う」
望月「嵐が過ぎ去るまで、かあ」
* *
卯月「……まだ騒がしいぴょん」
望月「いつになったら帰るんだよぉ……いい加減ヒマすぎぃ……」フワァ
弥生「……」ソワソワ
卯月「弥生?」
望月「もしかして……」
弥生「……おトイレ、行きたい」モジモジ
卯月「い、今、外に出たら危ないぴょん!」
弥生「で、でも……」
望月「んなら、あたしも一緒に行く。卯月はここで待ってて」
卯月「だ、大丈夫ぴょん!?」
望月「スネークならよくやってるし」
卯月「ゲームの話ぴょん!」
弥生「……」プルプル
望月「弥生も我慢の限界だし、ちょっと行ってくるわー」タッ
弥生「ごめん」タッ
卯月「気を付けるぴょん!!」
卯月「……」
卯月「……」
卯月「無事に戻ってきてくれるといいぴょん……」
* * *
* *
*
卯月「……」ウツラウツラ
卯月「……はっ!」
卯月「い、今何時だぴょん!?」キョロキョロ
卯月「……」
卯月「結局、弥生も望月も戻ってこなかったぴょん」
卯月「うーちゃんもおとなしく捕まったほうが良かったぴょん……?」オソルオソル
卯月「……」
ギィ
卯月「……」
卯月「……めっちゃ静かだぴょん」
卯月「……」テクテク
卯月(人の気配がしないぴょん)
卯月「……」テクテク
* *
卯月「本当に誰もいないぴょん……」
卯月「執務室にも、食堂にも工廠にも……大淀さんも間宮さんも明石さんも、妖精さんもだーれもいないぴょん」
卯月「おまけに、みんなのお部屋の中も、何もなくなってるぴょん……」
卯月「書庫の本棚も、厨房の冷蔵庫もからっぽ……執務室には段ボールだけ」
卯月「うーちゃんの部屋の家具も、全部なくなってるって、どういうことだぴょん?」
卯月「……ここ、本当に鎮守府……? ここはいったいどこなんだぴょん……!?」
* 夜 *
卯月「……わけわかんないぴょん」
卯月「……あいてる部屋を全部見てみたけど、何もかもなくなってたぴょん」
卯月「うーちゃんは、何をすればいいぴょん?」ソラヲミアゲ
お月様「」
卯月「……うーちゃん、どこに行けばいいぴょん」グスッ
卯月「みんな、どこに……どこ行ったぴょん……!!」ポロポロポロ
* 翌朝 ロビーのソファ *
卯月「……」パチ
卯月「……」キョロキョロ
卯月「やっぱり誰もいないぴょん……夢じゃ、なかったぴょん」ガクッ
卯月「……」
卯月「弥生……」
卯月「望月ー……」
卯月「鳳翔さーーん……妙高さーーーーん!」
卯月「誰か……誰かいないぴょん……!?」
卯月「……誰かぁ……!」グスグス
卯月「うああああああん!」ボロボロボロ
* 鎮守府正面玄関 *
卯月「……」フラフラッ
卯月「そうだぴょん。外に出れば、誰かに会えるぴょん……」
卯月「外に出れば……」
「卯月?」
卯月「ぴょん!?」ビクッ
望月「卯月? なにしてんのさ!?」
弥生「なんか……泣いてるみたいだけど、どうしたの」
卯月「……やよい? もちづき……?」
望月「んあ? ああ、あたしは望月だけど……」
卯月「……ど、ど……どこに行ってたぴょぉおおおん!!」ウワーン
弥生「え!?」
望月「ちょっ、いきなり泣き出すとかなんなのさ!?」
鳳翔「どうしました?」
望月「あっ、鳳翔さん、なんか卯月が……」
卯月「うわああああん、鳳翔さぁぁぁん!!」
卯月「う、うーちゃん、もう、みんなに会えないかと思ったぴょおおおん!!」ビエーーン
鳳翔「もう、大袈裟ですね」ナデナデ
弥生「大丈夫。もう、大丈夫」
卯月「ぐすっ、ううう、良かった……良かったぴょん」エグエグ
望月「はぁ~、初対面からこれじゃあ、先が思いやられるなあ……」
卯月「……え?」
鳳翔「そうですね。でも、これからはみんな一緒ですから」
弥生「うん。卯月、よろしくね」
卯月「…………」
望月「ん? どした?」
卯月「……いま、なんて」
卯月「なんて、言ったぴょん?」
鳳翔「どうか、しましたか?」
弥生「? さあ……」
卯月「……みんな、誰ぴょん?」ジリッ
弥生「え!?」
望月「だ、誰って、あたしは望月に決まってんじゃん? こっちは鳳翔さんで……」
卯月「……嘘ぴょん」ジリッ
卯月「だったらどうして、みんな、うーちゃんのことを覚えてないぴょん!?」
鳳翔「そ、そんなことを言われましても……」
望月「だからさっきから何言ってんだよぉ!?」
卯月「N中佐のことは!? N中佐について行った妙高さんのことは!? 墓場島の提督准尉のことは!?」
弥生「え……急に、そんなこと言われても」オロオロ
卯月「覚えて……ない、の?」
望月「っつーか、誰さ?」
卯月「あり得ない……全部忘れちゃうなんて、絶対……っ!!」プルプルプル
鳳翔「う、卯月さ……」
卯月「来ないでっ!!」バシッ
鳳翔「つ……っ!?」
弥生「卯月……!?」
望月「お、おい! いくらなんでも鳳翔さんに失礼じゃんか!?」
卯月「……みんな、うーちゃんのこと、覚えてないのは、失礼じゃないの?」
弥生「え? えっと……」
望月「お、覚えてるもなにも……」
鳳翔「初めまして、ですよね……?」
卯月「……」
卯月「わかったぴょん」
卯月「……うーちゃん、知らない鎮守府に来ちゃったみたいだぴょん」クルッ
卯月「……」トボトボ
弥生「う、卯月……どこへ行くの……!」
卯月「……っ」ダッ
望月「おい!?」
弥生「卯月!!」
鳳翔「卯月さん!?」
* 太平洋上 *
卯月「……」
ザザァ…
卯月「どこへ行くって……どこに行ったらいいぴょん」
卯月「妙高さんは、N中佐と一緒に、どっかの鎮守府に行ったって聞いたけど……」
卯月「行先、わかんないぴょん」
卯月「あとは……提督准尉のところくらいしか、行くところがないぴょん」
卯月「……提督准尉は、うーちゃんのこと、忘れてないよね……?」ウルッ
卯月「うーちゃんは……」
卯月「准尉にまで忘れられたら、どこに行ったらいいぴょん……」
ヒュウウウ
卯月「!?」
ドガァァン
卯月(中破)「あう!?」ヨロッ
ツ級「……」シュゥゥ…
卯月「……あ……」
リ級「……」ジャコッ ドォン
ドカドカァン
卯月(大破)「ぐ……ぅ……!」
卯月「回避……回避する、ぴょ……」
タ級「……」ガシャッ
卯月「!!」
ドガァァァァン
卯月「ぎゃ……!!」ズガァァン
卯月「……あ……」フラッ
卯月「……じゅ……い……」
ドポンッ
ザァァ…
ザザァ…
今回は、これまで。
N中佐は「チートやツールを使った提督」として描いていたので、
その鎮守府のその後、というイメージで描いております。
続きです。
* ??? *
ザッ…ザッ…
卯月(……何の音ぴょん?)
ザクッ…ザクッ…
卯月(ここはどこだぴょん? 体が動かないぴょん)
無言で穴を掘っている提督「……」ザクッザクッ
卯月(……提督、准尉……?)
卯月(もしかして……)
提督「……」チラッ
卯月(うーちゃん、沈んで島に流されてきたぴょん?)
卯月(……やっぱり、声が出ないぴょん……)
提督「……」
卯月(抱えられてるけど、全然感覚がないぴょん……うーちゃんはこのまま……)
提督「……」ザッ
卯月(やっぱり、うーちゃん埋められるぴょん……)
卯月(……)
卯月(だんだん、真っ暗になってく……)
――……!
卯月(みんな、お別れだぴょん……!)
――き……!
――づき……!
卯月(なんだか、懐かしい声が聞こえるぴょん……)
――うづき!
卯月(弥生……うーちゃんは、弥生のこと、忘れないぴょん……!)
弥生「卯月!!」
* N鎮守府 卯月たちの部屋 *
卯月「……ぴょん?」パチリ
弥生「な、なにがあったの!?」
卯月「」パチクリ
弥生「泣きながら寝てたから、なにがあったのかって……びっくりした」
卯月「夢ぴょん?」
弥生「夢?」
卯月「……」
弥生「……」
扉<ガチャバーン
望月「弥生! 鳳翔さん呼んできた!」
鳳翔「卯月さん大丈夫ですか!?」
卯月「……」
鳳翔「こんなに目元を腫らせて……怖い夢を見たんですね!」ガッシ
卯月「おうっ!?」ギュウ
鳳翔「可哀想に……怖かったでしょう!」ナデナデギュウウ
卯月「もごー!?」ジタバタ
望月「鳳翔さん、卯月めっちゃ苦しんでんだけど」
鳳翔「はっ!? ご、ごめんなさい!」パッ
卯月「び、びっくりしたぴょん……!」ゼーゼー
弥生「……それで、いったいなにがあったの」
卯月「ぴょん……」
* *
望月「うへえ……なんて夢みてんだよぉ、ぞっとしねえし」
弥生「でも、確かに、今一番頼れる人って准尉さんになるかも」
卯月「今、艦隊に来てる人は本営からのつなぎの人ぴょん。ちゃんとした司令官はいつ来るぴょん?」
鳳翔「それでしたら、先程その本営から連絡がありましたよ。艦隊の指揮を引き継いでくれる方が決まったそうです」
卯月「本当!?」
鳳翔「はい。この鎮守府の体制もそのままで良いそうです、大淀さんから聞きました」
望月「マジで!? やったじゃん!」
弥生「……どんなひとなの?」
鳳翔「さすがにそこまでは。噂では、自殺を図ったこともあるそうですが」
弥生「ええ……?」
望月「それはそれで超不安なんだけど」
鳳翔「それから、先日この鎮守府に監査に来た方の先輩だそうですので、それなりに実績がある方のようですよ」
望月「監査に来たってーと……あー、あの准尉と話してた士官の人?」
鳳翔「O少尉ですね」
望月「えー、准尉より階級上なんだ……」
鳳翔「准尉はどういうことか冷遇され続けていますね……」
弥生「L大尉が言ってたけど……やっぱり、中佐のせいじゃないかな」
望月「まー、そうなんだろうけどさあ……」
卯月「とにかく、どのくらい信用できるか、時間がたたないとわかんないぴょん」
* それから一週間後 *
* N提督鎮守府 執務室へ向かう廊下 *
鳳翔「申し訳ありません、まさかカレーが苦手だとはつゆ知らず」
新提督「気にしないでくれ、これは私の我儘だ。海軍にいてカレーを嫌ってしまった私が悪い」
鳳翔「しかし、半ばトラウマなのでしょう?」
新提督「……私の未熟ゆえだ。それに、食べられないわけじゃない」
鳳翔「あの挨拶もみな一様に驚いています。あそこまで頭を低くされなくても……」
新提督「私はかつて、その部下の心を蔑ろにしたために轟沈させてしまっている」
新提督「勤め先が変わったからと言って、その愚行を忘れて繰り返す馬鹿者にはなりたくないんだ」
鳳翔「……然様でございますか」
新提督「むしろ、初日から気を遣わせてしまってすまないな。わざわざ執務室に夕餉を運んでくれるとは」
鳳翔「個室なら不快になる者もいないと思いまして。苦手なのでしたら、残してくださって構いません」
扉<チャッ
鳳翔「こちらへどうぞ」
新提督「……」スン
新提督「……鳳翔?」
鳳翔「はい?」
新提督「このにおい……」
鳳翔「あの、どうかなさいましたか」
新提督「この、カレーは」
鳳翔「お、お気に召しませんでしたか」
新提督「いや、とんでもない。この食欲をそそられるこの香り……」
鳳翔「……」
新提督「鳳翔。このカレーは、あなたが作ったのか?」
鳳翔「え、ええ、そうですが」
新提督「……すまない、言い方が悪かった。このカレーのレシピは、あなたのオリジナルか?」
鳳翔「そういう意味でしたら……違います」
新提督「……誰に習ったかを聞いても?」
鳳翔「も、申し上げてよろしいのでしょうか……」
新提督「ああ、頼む」
鳳翔「とある鎮守府の……比叡さんに教わりました」
新提督「! ……それは……いつ教わった?」
鳳翔「いつ……!? ほ、ほんの一か月前くらいです」
新提督「……そうか」
鳳翔「提督? 大丈夫ですか? お体が震えてるようですが」
新提督「ああ、大丈夫だ。すまないが、席を外してもらえるか? 食べ終わったら電話で呼ばせてもらいたい」
鳳翔「……承知致しました。失礼致します」ペコリ
パタン
新提督「……」
新提督「……」カチャ
新提督「……」モグ
新提督「……」
新提督「……」モグ
新提督「……」
新提督「……あの味だ」ポロ
新提督「懐かしい……あの味だ」
新提督「もう二度と、口にすることはないと思っていたのに」ポロポロ
新提督⇒V提督「生きて、いたんだな、比叡……!!」
V提督「良かった……! 本当に、良かった……!」
* 太平洋上 海軍護衛艦艦内 *
O少尉「このたびは無茶なお願いを聞いていただいて、ありがとうございます」
O少尉「……ええ、無事に着任したと。はい……はい」
O少尉「とんでもありません、私こそ若輩の身で差し出がましいことを……」
O少尉「いえ、艦娘のみんなは、我々や国民のために身を粉にして戦っているんです」
O少尉「私がしなければならないのは、彼女たちを労い、一緒に笑える雰囲気を作ってやることです」
O少尉「今も、傷付いた彼女たちをどうにか癒してあげなければと、暗中模索しているところですから」チラッ
瞳に光の宿っていない伊168「……」
瞳に光の宿っていないU511「……」
O少尉「……はい。ありがとうございます。ご武運を」
ピッ
O少尉「……」
木曾(O少尉秘書艦)「O少尉。そろそろ港に着くぞ」
O少尉「そうか。木曾君、報告ありがとう」
木曾「……今、通信で話していたのは、W提督か?」
O少尉「ああ、そうだよ」
木曾「聞く限り、W提督ってのは、いろいろやり手らしいな?」
O少尉「戦況の見極めが上手、というべきかな? 本営にも一目置かれてるみたいだね」
木曾「大将の甥っ子と同期ってだけで、ちやほやされてるわけじゃないんだな」
O少尉「だからこそ目を付けられてるところもあるけどね。それに、君の長姉ともよくやっているみたいだよ」
木曾「なるほど……球磨姉と仲がいいなら、悪い奴じゃあなさそうだな」
木曾「で? これから会うX提督ってのも信用できんのか? そいつこそ親の七光ってわけじゃあないだろうな?」
O少尉「この前の……艦娘八つ裂き事件で本営に集められた時に、X提督は潜水艦のゴーヤとイクを連れて行ったそうだ」
木曾「……変態じゃねえの?」
O少尉「ちゃんとセーラー服とスカートを着せて行ったそうだよ?」
木曾「変態だ!」
O少尉「なんでだよ!?」
木曾「そこまで気遣いできるなんて、絶対変態だ。間違いねえ」
O少尉「もしかして褒めてんのかい? よくわかんないね、木曾君も」
O少尉「まあ、そういうわけだから、君たちにも決して悪いようにはならないよ」
伊168「……」
U511「……」
O少尉「伊8君が沈んでしまったことは、本当に無念と言うほかなかった」
O少尉「だからと言って、君たちまで同じ目に合わせるわけにはいかない」
O少尉「どうか、君たちの未来のためにも、私たちに力を貸してほしい」
木曾「……フッ、どこまで甘ちゃんなんだか」
というわけで今回はここまで。
かつて比叡の司令官で、ピストル自殺を図ったV提督がN中佐の後釜に。
そして、中佐の部下だったO少尉は、伊8がいたブラックな某鎮守府を
指揮することになりました。
当初、夢オチにせずに島に卯月が埋まってる設定にしようとも考えましたが、
他のキャラやいろんな救済を考えた結果、こんな形に収まりました。
近いうちに余所の鎮守府や関係者がどうなったかも
書いてみたいと思います。
卯月以外の艦娘は結局なんだったの?
復活ktkr!
>>169
アカウントが消された場合、所属の艦娘はどうなるか……?
という前提の書き方をしたのでわかりづらいですが、
卯月以外はリセットしちゃったパターンです。
卯月のように放逐されて闇に葬られるパターンもあるかもしれませんし、
鎮守府ごとなかったことにされるとか、人によって捉え方は様々でしょうが、
そのうちの一説として書いた次第です。
結果として夢オチにしてしまいましたけど。
今回は日常編です。
- きっかけは一冊の雑誌 -
* 休養室 *
朧(読書中)「……」
扉<チャッ
伊8「……」テクテク
伊8「……」ゴトン
伊8「……」ペラリ
朧「……伊8さん?」
伊8「ハチ、で、いいよ?」
朧「……ハチさん、その分厚い本、なんですか? 電話帳?」
伊8「これ? 通販のカタログ。この前の物資の、別の箱に入ってたから、持って来たの」
朧「通販?」
伊8「うん。通販」ペラリ
朧「……」ノゾキコミ
伊8「……」ペラッ
朧「……あ」
伊8「?」
朧「いえ、なんでもないです」
伊8「なにか、欲しいものでもあった?」
朧「ま、まあ……」
伊8「ふぅん……あ」ペラリ
朧「ハチさんも何か見つけました?」
伊8「うん。これ」
* それから数日後 食堂 *
長門「大淀。ちょっとこれを見て欲しいんだが」
大淀「なんでしょう? あら、これは……通販カタログですか」
長門「ああ。卯月たちが持ってきた古い本なんだが、一年前のものでな。これの最新刊が欲しいんだ」
長門「欲しいものがあっても買い物にも行けないし、どんな品物が売っているのか、世の中にどんなものが出回っているのか……」
長門「私たちがそれを調べるとなると、情報源はこれしかないんだ」
大淀「なるほど……折り目やら付箋やら、いっぱいついてますね」ペラリ
長門「みんなそれぞれに必要だと感じているものが多くてな」
大淀「……このお掃除セットは古鷹さんですか?」
長門「これのワックスの原液が欲しいんだそうだ」
大淀「鎮守府全体に使うとしたら、量が多すぎて市販品の価格では経費で落ちなさそうですね……別口で探しましょう」ペラッ
大淀「……こちらのホースとスプリンクラーは?」
長門「初雪の希望らしい。畑に使うんだと。スプリンクラーが駄目なら、ホースに取り付けるヘッドでもいいそうだ」
大淀「ホースとヘッドくらいなら良さそうですね」
大淀「わかりました。それではこちらのカタログの最新版を取り寄せましょう」
大淀「同じものでも、もっと良いものがでているかもしれませんからね」
長門「ああ、よろしく頼む」
大淀「……」ペラリ
* さらにそれからしばらくして 執務室 *
不知火「……」
提督「……」ソロバンパチパチ
長門「……」
提督「……」カリカリ
大淀「……」
提督「……まあ、こんなとこか」ピラッ
長門「お、おお……!」パァッ
大淀「よろしいんですか!?」パァッ
提督「いいだろこのくらい。考えてみりゃあ、N中佐んときの艦娘制御ツールの存在を確認できたのは、うちの手柄だしな」
提督「このくらいのボーナス、要求したって罰は当たんねえだろ」
提督「さすがに古鷹のワックスみたいな消耗品とかは別口で上に依頼するが、それ以外は買っていいんじゃねえか?」
長門「そうか……ありがたい!!」
大淀「ありがとうございます! さっそく申請します!」ダッ
長門「頼むぞ!!」
提督「……嬉しそうだな」フフッ
不知火「司令。よろしいんですか」
提督「大丈夫だろ。俺の給料、全然手を付けてなかったし……つうわけで不知火。これ持って本営に行け」
不知火「……これは、司令の通帳ですか」
提督「記帳もしてないし、ぶっちゃけ今いくら入ってるかわかんねえ。足りねえときはここからおろして使え」
不知火「……は、はい……」
* そして2週間後 埠頭 *
明石「届きましたね!」ワクワク
長門「おお、ついに……!」ワクワク
大淀「順番に配りますから、あわてないでくださいねー!」
提督「届いたのか。不知火、ご苦労さん」
不知火「はっ」ビシッ
不知火「ときに司令、お預かりしていた通帳ですが」
提督「いいよ、お前が預かってろ」
不知火「内容だけでもご確認をお願いいたします」スッ
提督「……」ウケトリ
不知火「……」
提督「……なんだこりゃ」タラリ
不知火「休暇もなく、離島勤務ということもあって特別手当がついておりまして」
提督「……」
不知火「中将からのボーナスもその中に……司令? だ、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
提督「いや、ちょっと気分が悪くなった。不知火、こいつはお前が持っててくれ」
不知火「は……」
提督「ついでに適当に使って減らしておいてくれ。俺には分不相応の大金すぎて、眩暈がしてきた」
不知火「はぁ!?」
提督「手に余るような大金抱えても、使い方を知らなきゃ身を滅ぼすだけだ。そんなもんいきなり持たされても困る」ヨロッ
提督「そういうわけだから、不知火が適当に使ってくれ。俺は休んでくる」
不知火「……あの、不知火にどうしろと」タラリ
* 提督の私室への廊下 *
妖精「どうして無駄遣いしろなんて言うのさ? 貧乏性にもほどがあるよ」
提督「そうかもしれねえが、なんで俺があんなに貰えてるんだ? 俺は都合の悪いことから逃げてるだけだぞ?」
提督「人間どものしがらみから逃げたくて好きでこの島に引き籠ってんのに、あんなに支払ってくるとか、海軍はなにを企んでやがんだ」
妖精(相変わらず自己評価が自虐的すぎるなあ……)
妖精「でも、お金なんてあって困ることはないんじゃない?」
提督「人間から遠ざかりたいのに、金なんか持ってたら欲深どもが寄ってくるじゃねえか。勘弁してほしいぜ……」
扉<チャッ
如月「あっ、司令官!」
大和「提督! お疲れ様です!」
提督「……なにやってんだお前ら」
妖精「その大きなベッドはどうしたの?」
如月「これは、司令官に日頃からお世話になってるお礼よ」ニコッ
提督「ああ、でかいベッドを買いたいってのはお前たちだったのか。てっきり大和が使うのかと思っていたが」
大和「ちゃんとしたベッドで休んでいただいたほうが疲れが取れると思いまして、こちらを是非提督にと!」
提督「いくらなんでも、でかすぎだろ……正方形じゃねえか」
妖精「これ、キングサイズってやつかな?」
如月「どうせシャワーを浴びて寝るだけのお部屋だもの、スペースなんか有り余ってるでしょう?」
提督「確かにそうだが、別に俺なんかに気を遣わなくても……」
如月「私たちの指揮をしてくれている司令官だもの、健康でいて欲しいのよ?」
提督「んー……そういや古いベッドはどうした」
大和「老朽化がひどいので処分しました。寝返りを打つたびに軋む音がするベッドでは寝苦しいでしょうし」
提督(なんで軋みがひどいって知ってんだ)
如月「枕だけは残しておいてるわ。新しいほうも用意してるから、どちらかがいいかはお試ししてね?」ウフフー
提督「……」アタマガリガリ
妖精「提督、ちょうどいいから横になってみたら? 気分が優れないんでしょ?」
如月「えっ!? 司令官、大丈夫なの!?」
大和「そういうことでしたらすぐ横になられたほうが! 上着をお預かりします!」ササッ
提督「あー、わかったわかった……試しにちょっと横になる……」ノソノソ
提督「……」モフ
大和「提督、いかがですか?」
提督「……あー、確かにこれは……」
提督(やべえな、すっげえ楽だ……意識が沈んでく……)
提督「……」
如月「司令官?」
提督「……」スヤー
妖精「……寝てるね」ツンツン
大和「ほ、本当ですか」
妖精「こんなにすぐ落ちるように寝ちゃったのを見たのは初めてだよ」
如月「やっぱり普段から疲れてたのかしら……」
大和「提督……」
如月「……ねえ、大和さん? 今なら試せるんじゃないかしら」
大和「! で、でも、提督が起きたりしたら……」
妖精「いや、大丈夫じゃないかな」
大和「そ、そうでしょうか……」
如月「それじゃ、私はこっちね」コロン
大和「私はこちらから……」ゴロン
(提督を挟んで川の字になる3人)
如月「……」
大和「……寝心地、いいですね」ヒソヒソ
如月「ええ……とっても」ヒソヒソ
大和「それにこれなら、3人でも寝られそうですね……!」
如月「ベッドから落ちずに済みそう……!」
大和「夜が楽しみ……」ニコー
如月「うふふふ……」ニコー
妖精「……やれやれ」
提督「」スヤスヤ…
* 一方その頃、工廠 *
明石「おお……おおおおお!」ガサゴソ
明石「いいですね、これ! すっごくいい!」キラキラキラッ
朝潮「明石さん、それはなんですか?」
明石「ふふふ……これはねえ、このアタッチメントを付けると……」キュイーン
朝潮「それはドリルですか!?」
明石「これだけじゃないわ。こっちのアタッチメントを見て!」
朝潮「ドライバーにもなるんですか!?」
明石「そう! で、こっちはグラインダーでしょ? これがサンダーで、こっちが丸鋸で……!」
朝潮「なんでもできるんですか!? これはすごいですね!」
明石「欲しかったのよ、こういうの! この鎮守府っていろんなものが不足してるでしょ?」
明石「だからいろいろDIYで自作したいなーって思ってて! こういうのが一つあると、すっごく便利よね!」ウキウキ
利根「ふむ、これが説明書か。朝潮、読んでみるか?」ペラリ
朝潮「はい! マルチインパクトツール……こんな便利なものが世の中にはあるんですね!」ペラペラ
利根「それにしても、新しいおもちゃを手に入れた子供のようじゃな」
明石「そういう利根さんだって面白そうなもの買ってるじゃないですか!」
利根「うむ。カタパルトの調整がしたくての」
朝潮「小さくて綺麗な工具箱ですね……!」
利根「中身も綺麗だぞ」ガパッ
朝潮「うわぁ……」
明石「汚れのついていない新品の工具セット! いいですねえ!」
利根「奮発させてもらったが、このように立派な道具だと、使うのがもったいないのう」
明石「駄目ですよー、せっかくの道具なんですから使わなきゃ! 飾るつもりなら私が有効活用しますよ!?」
利根「うむ、使ってもらって構わんよ。むしろ、明石に正しい使い方を教えてもらわねばならんかな?」
明石「えっ、い、いいんですか!?」キラキラキラ
利根「うむ。それがこれからの吾輩や、朝潮たちの力になるのなら、買った甲斐があるというものじゃ」
朝潮「え!? わ、私もですか!?」
明石「あ、物の貸し借りはちゃんと本人に断ってからにしてくださいね? その辺は提督がうるさいですから」
朝潮「はいっ! 了解しました!!」ビシッ
利根「それにしても、自分のために買い物をすると言うのは、なんとも心が躍るものだな」フフッ
* 一方その頃、長門の部屋 *
ダカダカダカダカ…
暁「ミシンって、意外とうるさいのね……」
潮「それに、すごく速いし……ちょっと怖いかも」
長門「……」
暁「でも、長門さん楽しそう」
潮「……うん」
ダカダカダカダカ…
チョキッ
長門「よし。できた」ガタッ
暁「わぁ……!」
長門「どうだろう? 暁、試着してみてくれ」
暁「はーい!」シュルシュルッ
潮「いいなあ……新しいエプロン」
暁「じゃーん! 着てみたわ! どう? 似合う?」
長門「うん、いいな! サイズもぴったりだ!」
潮「ピンク色でかわいい……!」
長門「やはり手縫いとは違うな、縫い目が綺麗だ」ウンウン
長門「よし、それじゃ次は潮の分を作ろうか。こっちの水色の水玉模様の生地を使おう」シャッ
暁「長門さん、みんなの分を作るの?」
長門「ああ。人によって背丈も違うし、体つきも違う。それに、貸し借りするよりは各々で持っていたほうがいいだろう?」
潮「そう言われれば、そうですね……!」
長門「もっともそれ以上に、作るのが楽しいというのもある」ニッ
長門「潮の分を作ったら、次は比叡の割烹着だ。フフ、腕が鳴るな」チョキチョキ
暁「……暁も長門さんにお裁縫を教えてもらおうかなあ」
潮(私は暁ちゃんにお料理教えてもらいたいんだけど……)
今回はここまで。
復活乙!
長門がすごく可愛い、利根のツールはTONE製のいい奴に違いない
私はトルクレンチが欲しいです。
では続きです。
* 厨房 *
電「長門さん、スキップしながら新しいミシンをお部屋に持っていってたのです」
朝雲「大事そうに抱えていったわねー。生地まで買っちゃって、エプロンくらいなら普通に買ったほうが安くないの?」
電「わたしたち駆逐艦向けのエプロンは、そのちょうどいいサイズが少ないのです」
朝雲「……まあ、微妙なサイズよね」
電「手縫いでも良かったのですが、どうせなら綺麗に作りたくってミシンを探していたのです」
電「倉庫で見つけた足踏み式のミシンは錆だらけで動かなかったから、あの最新型のミシンはなおのこと嬉しいはずなのです」チラッ
朝雲「そうね……」チラッ
比叡「うふ、うふふふ……」
比叡「新しい包丁とフライパン、とっても綺麗……!」
比叡「さーーあ、何を作ろうっかなーーー!」ルンルン
朝雲「うん、比叡さんも嬉しいのはわかるけど、刃物眺めて笑うのはやめてほしいわ……」
電「なのです……」
五月雨「あ、こっちにいたんですね! 比叡さーん!」ヒョコッ
比叡「はい?」
五月雨「やかんを貸してください!」
比叡「??」
* 執務室 *
大淀「まあまあ、でしょうか」フゥ
不知火「いえ、十分かと」
吹雪「いい感じのソファですね!」
不知火「大淀さん、配置の確認のためにも座ってみましょう」
吹雪「座りましょう座りましょう!」ポスン
大淀「ええ」ストン
不知火「……」ストン
不知火「……いいですね。固いところもなく、背もたれもしっかりしています」
吹雪「前のソファは、中のスポンジが破けたり潰れてたりしてぺったんこだったからね!」ポヨンポヨン
不知火「大淀さんから進言していただかないと、こういった調度品は新調できませんから」ウンウン
大淀「いえいえ、そんなことは」
大淀(以前、提督に膝枕をされて耳かきしていただいたとき、ソファが痛くて肩や腰が痛かったんですよね……)
大淀「安物ではありますが、この座り心地なら体を痛めることもないでしょう……」
吹雪「大淀さんは優しいんですね!」
不知火「見習わないといけませんね」
大淀「えっ!? あ、いえいえ……」
大淀(わ、私、どこから口に出してたんだろ……)ハラハラ
* 大浴場 脱衣所 *
初春「うむうむ、これで良い。由良殿、助かりましたぞ」
由良「これで洗面台の鏡の貼り換えもおしまいね。うん、いいんじゃない?」
初春「腐食してくすんだ鏡では、身だしなみも整えられん。備品として申請できてなによりじゃ」
由良「でも、取り付けはこっちでやれ、だなんて、どこまで由良たちと関わろうとしないのかしらね」
初春「いやまったく。もしやとは思うが、工賃もケチっておるのかもしれんな」
由良「あ、そうそう。これもおいていかないと」
初春「む? それは……」
由良「新しいドライヤー。ほら、スイッチ入れても動かなかったり、風が弱かったりしてたでしょう?」
由良「提督に新しいのを買えないか、聞いてみたの」
初春「これはありがたい! わらわの髪も乾かすのが大変でのう……!」
ガラガラッ
古鷹「お風呂の鏡の取り付けも終わりました!」
霞「ついでにお風呂も綺麗になったわよ」
初春「おお、戻ったか……って、確かに綺麗になったのう……」
由良「あの大きなお風呂を……すごいわね」
霞「古鷹さん、新しいお掃除道具が来て張り切っちゃってるんだもの。手が付けられないわ」
古鷹「汚れが落ちるのって、とっても楽しいですよね!」
霞「……まあ、否定はしないけど」
古鷹「あれ? ドライヤーも取り替えるんですか?」
初春「うむ! これで湯上りに髪の毛を絞ったりせずに済みそうじゃ!」
由良「じゃあ、ドライヤーの空き箱、捨ててくるわね」
霞「それなら、私も一緒に行くわ」
由良「え? だ、大丈夫。ひとりで行けるわ、大した荷物じゃないし」
古鷹「そうですか?」
由良「ええ。それじゃ!」ピャッ
三人「「「?」」」
由良「……」タタタッ
由良「由良の分だけ、最新型のドライヤー買ってもらっちゃったの、ばれてないわよね? ね?」キョロキョロ
由良「早く部屋においてこようっと」コソコソッ
* 休憩室 *
扉<ガチャ
朧「ふんふん~♪」
伊8「……珍しい」
朧「はい?」
伊8「朧ちゃんが鼻歌歌ってるとこ、初めて見た」
朧「い、いいじゃないですか、別に」
伊8「うん。いいよ? すごくいいことだと思う」
朧「……か、からかわないでください」カァ
伊8「それで、お目当ての本は買ってもらえたの?」
朧「はいっ! ハードカバーの新書です!」ニコー
伊8「それなら良かった」ニコー
朧「ハチさんも、あの本を買ったんですか?」
伊8「うん」ペラリ
朧「……それ、医学書ですよね? ハチさん、お医者さんになるんですか?」
伊8「うん、臨時のね。私たちの修理は明石ができるけど、提督を治療できる人っていないでしょ?」
朧「……!」
伊8「はっちゃん、あまり出撃する気はないから、こっち方面で役に立とうかと思って」
朧「そうだったんですか……朧も、そういう本にすれば良かったのかな」
伊8「朧ちゃんは、ちゃんと出撃して戦果を挙げてるんだから、趣味を大事にしたほうがいいよ?」
伊8「はっちゃんの本も、気になることがあるから買ったんだし」
朧「……それ、提督がなにかの病気だってことですか?」
伊8「病気っていうか……精神的なものかも。多分それほど深刻じゃないから、大丈夫」
朧「???」
伊8「あと、病気じゃないけど……提督のあの性格は、もう少し良いほうに治ったらいいなって思う」
朧「朧もそう思います」
* 提督の私室 *
提督「……くしゅん! ……んあ?」
妖精「あ、目が覚めた」
如月「し、司令官!? 風邪ですか!?」
大和「寒いんでしたら、大和がお傍に!」
提督「……つうかなにやってんだよお前ら」タラリ
* 食堂 *
金剛「Oh, テートク! 良いところにおいでになりマーシタ!」
提督「よう。いい匂いがするな」
大和「これは紅茶の香りですね」
金剛「Yes ! ティーセットと紅茶の茶葉を買わせていただきまシタ!」
如月「良かったんですか?」
提督「いいんじゃねえの? 今まで鎮守府にはなかったんだし、欲しいなら欲しいで構わねえさ」
金剛「これで急な来客にも、品の良い紅茶でお出迎えできマース!」
提督「とってつけたような建前だがな」
如月「一番喜んでるのは金剛さんですよね」
金剛「Of course ! さあさあ、テートクも一緒にティータイムを楽しみまショウ!」
提督「……まあ、眠気覚ましにいただくか」
金剛「みなさんも please sit down !」
大和「よろしいんですか?」
金剛「勿論デース! ティータイムは争いの場ではありまセン!」
如月「それじゃ、お言葉に甘えさせていただくわ」
「金剛さーん!」
金剛「五月雨? どうしまシター?」
五月雨「厨房からケーキをお持ちしましたーー!」タタタッ
朝雲「ちょっと五月雨! 走ったら危な……」
コケッ☆
全員「「「あ」」」
バターーーン!
大和「五月雨さん!?」ガタッ
朝雲「だから言ったじゃない!」
如月「ちょっと、大丈夫!?」ガタッ
五月雨「いたたた……あ、はい、ケーキは無事でした」ヒリヒリ
金剛「Cake より、あなたの体のほうが心配デス!」
提督「ケーキかばって、まともに受け身とってなかったからな。ほれ、腕と顔、見せてみろ」ダキカカエ
五月雨「あっ」
提督「ケーキは朝雲、ちょっと預かっててくれ」
朝雲「ええ」
提督「ひじと、顎か? 膝も打ってるな、痣になってるぞ」ヒョイッ
五月雨「きゃ!?」オヒメサマダッコ
如月「!?」
大和「!?」
提督「明石に診てもらうか。悪いがお茶会は先に始めててくれ」
金剛「い、いえーす……」
五月雨「お、降ろしてください! 一人で歩けます!」
提督「暴れんな。じっとしてろ」スタスタスタ…
全員「「「……」」」
比叡「ごめんなさい、ケーキナイフ渡し忘れてまし……あれ? 司令と五月雨ちゃんは?」
朝雲「あー、五月雨が転んで怪我したから、司令官が連れて行ったわ」
電「みんなはどうしたのですか?」
如月「……羨ましいわ」
電「えっ」
大和「五月雨さんが提督にお姫様抱っこされていきました……」
電「ああ……そういうことですか」
金剛「経験済みの比叡が羨ましいデース!!」バーン!
比叡「ひえええ!? 私ですか!?」
大和「大丈夫。戦艦の比叡さんも抱っこされたんだから、私にもチャンスはあります……!」
如月「そうよ、まだあわてるような時間じゃないわ……!」
朧「……飲み物を探しに来たんだけど」
伊8「なにこのカオス」
電「電もなにがなんだかわからないのです……」
金剛「But !! 私は諦めまセーン! テートクの heart は必ず掴んで見せマース!」
暁「それはいいけど、静かにしてないとまた司令官に顔を掴まれるわよ?」スッ
金剛「!?」ビクッ
電「暁ちゃん!? そのエプロンはどうしたのですか!?」
暁「長門さんに作ってもらったわ! 似合うでしょ? いいのよ、もっと褒めても!」ドヤァ!
朝雲「サイズぴったりね。買ってきたみたい」
朧「へーえ、さすが長門さんだね」
潮「あ、あの、私も作ってもらいました……!」
比叡「わぁ、二人ともかわいい!」
朧「うん、潮も似合ってる」
電「……」
朝雲「……」
比叡「? どうしたの二人とも」
電(エプロンだけ見ると、潮ちゃんの胸の大きさが際立ってるのです……)ペタ
朝雲(潮のエプロン、ちゃんと胸のサイズも考慮されてるのよね……)ペタ
如月(あの二人、私とは違う意味で暗黒面に堕ちそうな顔をしてるわ……)
金剛(……もしかして私、潮に負けてマスカ?)ガクガク
大和(金剛さんもどうしたんでしょう)
伊8「金剛さん、顔色悪いけど大丈夫……?」
金剛「ヒィィィ!! もっと勝ち目のない相手がいマース!!」
伊8「???」
暁「みんなどうして怖い顔してるのかしら……あ、比叡さん、これ、長門さんから預かってきた割烹着よ!」
比叡「私にもあるんですか!? やったぁ! さっそく着てみます!」バサッ イソイソ
比叡「うわぁ……サイズもぴったり!」キラキラキラ
潮「良かったですね、比叡さん」
比叡「気合い十分! 力が湧いてくるようです!」フンス!
朧「比叡さんたちはこんなにキラキラしてるのに、どうして金剛さんたちは戦々恐々としてるんだろう……」
伊8「カオスすぎ」
* 工廠 *
五月雨(こ、こんな恰好のまま、工廠まで連れてこられちゃった……)カァァ
提督「おーい、明石いるかー?」
ヂュィイイイイン!!
提督「なんだこの音?」
明石「ああ、この丸鋸の切れ味……イイ……」ウットリ
朝潮「あ、あの、明石さん、試し切りはその辺にしたほうが良いかと……」
五月雨「」
提督「……」
明石「あ、提督? どうかしまし」
五月雨「ヒィィィ!!」ヒシッ ギュゥ
提督「ぐえっ」クビシマリ
朝潮「あっ」
明石「さ、五月雨ちゃんどうしたのその怪我!」
五月雨「いやあああああ!!」ビクビクビクーーッ
提督「」ギリギリギリ
利根「お、落ち着け五月雨! 提督の首が絞まっておるぞ!?」
明石「ちょっ、五月雨ちゃん手を離して! 提督の顔色がやばいことになってる!」
朝潮「司令官お気を確かに!!」
* 外 ビニールハウス *
シャワーーー
初雪「……」
初雪「……」
初雪「……ふふ」ニヤニヤ
神通(初雪さん、すごくキラキラしてますね……)←新品の園芸道具を抱えながら
敷波「ねえねえ神通さん、そっちの移植べらは新しいのに、このスコップは結構古い感じしない?」
神通「そちらの大きな道具は、陸軍が払い下げた品物だそうですよ。提督が格安で買い取ったそうです」
敷波「ふーん」
神通「見た目は無骨ですが、軍用品だけあってしっかりした造りで使いやすいですよ」
敷波「これで塹壕掘ってたりしたのかなー」
今回はここまで。
思いついてしまったので追加で一コマだけ投下。
敷波「うわー、なんか物騒な刃物もある! なにこれ、鉈?」
神通「それは斧ですね。柄が短くて片手で使えるものが鉈です。ちなみに、柄が長くて刃物の幅が広いと鉞と呼ばれます」
敷波「ふーん……」
神通「提督が薪割りに使うつもりで取り寄せたみたいですよ」
敷波「……」
敷波「あ、この斧、なんかしっくりくる……これ欲しいかも」
神通「え?」
とりあえず日常編はここまで。
ツイッターは謎が多すぎる。
続きです。
* 北東の砂浜 *
五月雨「本当にすみませんでした!」ペコペコ
提督「もういい、っつってんだろ……」
五月雨「ですが、私のせいでお茶会だって参加できなかったんですし……!」
提督「構やしねえよ。俺はそういう風流な趣味、持ち合わせてねえしな」
五月雨「それはよくありませんよ! コミュニケーションは大事です!」
提督「俺のことは放っておいても構わねえんだがなあ……」
五月雨「そういうさみしいことを言わないでください!」
提督(こいつも吹雪と同じ世話焼き系か? 面倒臭えな……)
提督「わかったわかった。それはそうと、膝とかは大丈夫なのか?」
五月雨「はい! 艦娘ですから、あのくらいなら修復剤で綺麗に治ります!」
提督「……どういうカラクリなのか、いまいちよくわかんねえな」
五月雨「確かに原理はわかりませんけれど、深く考えないほうがいいですよ?」
提督「なんでだよ」
五月雨「私、考え事をしながら歩くと、よく躓いて転んじゃうので……えへへ」ポリポリ
提督「……」
五月雨「あ、でも、転んだ時に持ってたお茶をこぼしたり、書類を散らかしたりしたことはないんですよ!」エッヘン!
提督「いや、転ぶなよ普通……」ズツウ
五月雨「ところで、どうして提督がわざわざ巡視なさってるんですか?」
提督「日課だよ。外に出ないと体がなまるし……まあ、気晴らしにぶらぶらしたいってのもあるか」
五月雨「そうなんですか……あれ?」
提督「どうした」
五月雨「なんだか、誰かの声が聞こえませんか?」
提督「……?」
「……さま……そう……ま……!」
提督「女の声……また誰か流れ着いてきたのか?」スタスタ
五月雨「また、って……えええ!?」
山城(大破)「扶桑お姉様……扶桑お姉様はどこなの!? ああ、なんてこと……!」
山城「ここはいったいどこなの……扶桑お姉様は!?」
ジャリッ
山城「だ、誰!? 扶桑お姉様!?」
提督「いや、誰だよ扶桑って」ヌッ
山城「!? あ、あなたこそ誰よ!?」
提督「俺は……」
五月雨「危ないっ!!」バッ
提督「!?」
山城「え」
??「!」ブンッ!
ガキィン!
五月雨「きゃあっ!?」ドシャッ
提督「五月雨!? てめえ……なにしやがる!」
山城「なに!? なによ!? なにがどうしたの!?」オロオロ
五月雨「あ、あいたたた……」
提督「おい五月雨、大丈夫か」
五月雨「は、はい! で、でも、どうして……どうして提督にいきなり襲いかかってきたんですか!?」
五月雨「那珂さん!!」
??→那珂(大破)「……」
提督「なか?」
那珂「……」
山城「……ちょっと、どういうことか説明しなさいよ。あなたは何者なの!? ここはどこよ!?」
提督「俺はこの××島鎮守府の責任者、提督准尉だ。こっちは部下の五月雨」
山城「提督……あなたが!? というか、この島に鎮守府があるの!?」
提督「まあ、まともな鎮守府じゃねえがな。それでだ……那珂、っつったな」
那珂「……!」
提督「お前、さっきから目を丸くしたり冷や汗かいたりしてるみたいだが、どうかしたか?」
那珂「……」ダラダラ
山城「それは無理もないわよ。いくら准尉とはいえ、艦娘を率いてる人間にいきなり襲いかかったんだもの」
山城「普通だったら解体もやむなしの不祥事よ? ご愁傷様、としか言い様がないわ」
提督「ふーん……」チラッ
那珂「!」ビクッ
提督「まあいい。おい、那珂。お前、なんでいきなり襲ってきた」
那珂「え、えっと、それはぁ……」
提督「……」
那珂「……ご、ごめんなさい!!」バッ
提督「あぁ?」
那珂「その、敵だと……思っちゃったんです!」
提督「……勘違いした、と?」
那珂「は、はい……!」ビクビク
提督「ふん。だったら頭下げる相手が違うぞ」
那珂「え?」
提督「ちゃんと吹っ飛ばした五月雨に謝っとけ。五月雨、さっきは助かった、庇ってくれてありがとうな」
五月雨「!? は、はい! 護衛はお任せください!」
那珂「……」ポカーン
提督「……おい」
那珂「えっ!? あ、ごめんなさい! さ、五月雨ちゃん、ごめんなさい!」ペコッ
五月雨「い、いえ、間違いは誰にでもありますから!」
那珂「でも、思いっきり殴り掛かっちゃったし……怪我してない?」
五月雨「はい! これくらい、大丈夫です!」
那珂「よ、良かったぁ……」ヘナヘナ
山城「あの……准尉? ここはいったい、なんなのよ」
提督「ん?」
山城「私はともかく、どうして那珂まで大破してるの? それに……」チラッ
提督「……」
山城「この砂浜、艦娘の艤装の残骸が其処此処に散らばってるわ。私たち、本当に生きてるんでしょうね……!?」
提督「残念だが夢じゃねえぞ。この砂浜には、しょっちゅう沈んだ艦娘が流れ着いてきてる」
提督「お前らみたいに生きて流れ着く奴もいれば、そうでない奴らもいる。それだけの話だ」
山城「……それじゃ、扶桑お姉様は……」マッサオ
提督「もしかしたらこの浜のどこかに流れ着いてるかもな。どうなったかは知らねえが」
山城「そんな……! 扶桑お姉様……ああ、不幸だわ……!」
五月雨「あの、那珂さんもそうなんですか?」
那珂「……え? あっ、ご、ごめんなさい、聞いてなかった……」
提督「……お前、顔色悪いな。損傷はそれほどじゃねえが、目の下にクマができてんぞ」
那珂「!」
提督「ほほも少しこけてるし、過労か栄養失調ってとこか。比叡や伊8がこんな感じだったしな」
山城「そうね……徹夜明けって感じの顔をしてるわね」
提督「だな。それで? お前は誰だ?」クルリ
山城「! わ、私は、扶桑型戦艦姉妹、妹のほう、山城よ……!」
提督「ふぅん。何しに来た」
山城「何しに!? 別に私はここに来たくて来たわけじゃないわ! 私は……私たちは……!」
提督「……」
山城「……私たちは、沈められたのよ。敵艦隊に……」ウツムキ
提督「私たち、ってのは?」
山城「私と、扶桑お姉様よ。ほかの子たちがどうなったかは、知らないわ……」
提督「こっちの那珂は仲間じゃないのか」
山城「私は初対面よ。D提督って知ってる? 私たちの鎮守府の指揮官なんだけれど」
提督「俺は知らねえな。五月雨は」
五月雨「す、すみません、私も知らないです」
提督「そうか。おい、那珂。お前は……」
那珂「……」ウツラウツラ…
提督「……寝てんのか?」
五月雨「めちゃくちゃ眠たそうですね……白目向いて涎まで垂らして、うとうとしてる那珂さんなんて、初めて見ます」
提督「珍しいのか?」
五月雨「はい、珍しいと思います。私の鎮守府にはいませんでしたけど、演習でお会いした那珂さんはみんなキラキラしてて……」
五月雨「艦隊のアイドルを名乗ってましたから、こういうお姿はちょっと想像したことありませんでした」
提督「アイドルねえ……」チラリ
那珂「……はうっ!? ね、寝てません! 那珂ちゃん寝てません! ……はっ!?」キョロキョロ
山城「もう、全然余裕ないじゃない……見てられないわ」タラリ
提督「やれやれ。おい、那珂」ズイッ
那珂「は、はひっ!?」ビクッ
提督「お前はどうしてここに来た?」
那珂「そ、それは……」
提督「……」
那珂「那珂ちゃん、真のアイドルを目指してるんです!」
五月雨「……」
山城「……」
提督「何言ってんだお前」
那珂「詳しく言うと、那珂ちゃんは、24時間歌って戦い続けられるアイドルになりたいんです!」
山城「ええ……?」
提督「だから何言ってんだお前。それとお前がここに流れ着いたのと、どう関係があるんだよ」
那珂「その、那珂ちゃんは、みんなと一緒に特訓してたんです」
五月雨「特訓って、アイドルのですか?」
那珂「アイドルの特訓じゃなくて、今回は普通の戦闘だよ? 休息なしで、24時間と言わず一週間くらいオールナイトで!」
五月雨「えええ!?」
山城「どうかしてるわ……」
那珂「それで、だいたい5日目くらいから脱落者が出てきて……」
五月雨「!?」
那珂「最後まで残ってたのが那珂ちゃんと……えっと、誰だったっけ」ウーン
提督「じゃあなにか? ほかにももう数人、浜に流れ着いてる可能性があるわけか? ったく、やってられねえよ、くそが」ハァ
提督「……まあいい。それでお前ら、これからどうすんだ?」
那珂「へっ?」
山城「これから?」
提督「早い話が、お前ら生きたいか、それとも死にたいかって話だよ」
山城「はあ!? いくらなんでもそこで死にたいなんて言う人がいるわけないでしょ!? 何考えてんの!?」
提督「そういうやつがいるから、そう聞くときもあるんじゃねえか。じゃあお前はなにがしたいんだよ。何が望みだ?」
山城「……扶桑お姉様よ」
提督「?」
山城「私の望みは、扶桑お姉様の幸せ。その扶桑お姉様を見つけられなければ話にならないわ」
山城「お願い、扶桑お姉様を……扶桑お姉様を探して。お願い、します……!」
提督「そういうもんか……わかった。手は尽くす」
山城「ほ、本当!?」パァ
提督「ああ、ただしどんな姿で見つかるか、そこまでは保証できねえぞ。そこは覚悟しとけよ」
山城「え、ええ……それは……そう、なって欲しくないけど」
提督「で、那珂はどうすんだ?」
那珂「……うーん、那珂ちゃんは……元の鎮守府に、戻りたい、かな。ちゃんとアイドルやりたいし!」
提督「そいつはできるかどうかわかんねーな。お前、轟沈したんだろ?」
那珂「え……して、ないと思う、けど……」
提督「何言ってんだ、どうやってこの島に来たのか説明できねえんだったら、その時点で意識はすっとんでたってことだろ?」
提督「まあ、お前がなんて言おうと、お前んとこの司令官が轟沈したって認識したならそれまでだがな」
那珂「そ、それ、どういうこと!?」
提督「とりあえずその話はあとだ。五月雨、明石呼んで来い。念のため、探照灯とバケツも持ってくるよう伝えろ」
提督「あと、ちょうど金剛と比叡が埠頭で偵察機の調整してたよな? その2人にも声をかけてこっちに来るように伝えろ。できるか?」
五月雨「わかりました! 任せてください!」ダッ
提督「……さて、俺はもう少し浜を見て回るかね。お前らは休んでな」
山城「そうはいかないわ……私も扶桑お姉様を探しに……くっ」ヨロッ
那珂「山城ちゃん大丈夫!?」ガシッ
山城「ちゃん付けで……って、あなたこそ大丈夫なの!? 本当に顔色悪いじゃない! 異常よ!? そのやつれ方!」
バウーン
提督「!」
山城「何か飛んできたわ。あれは……」
那珂「零式水上偵察機?」
ザザァ…
金剛「Yes, I am ! その子は私の偵察機デース!」ビシッ
提督「金剛!? 海を来たからって、いくらなんでも早すぎだろ!?」
金剛「ノンノン! この金剛の愛の力を甘く見ては困りマース!」
提督「何が愛だよ、適当なこと言ってんじゃねえぞくそが! どうせ偶然だろうが、ったく!」
比叡「はい、たまたまですよー! 司令が何をしてるのか見に来たら、たまたまそこで五月雨ちゃんと会いまして!」ザザァ
金剛「Nooo ! 比叡、ネタばらしが早すぎマス!」
山城「なによ、あの二人があんたの部下なの?」
提督「まあな」
山城「……悩みがなさそうね、羨ましいわ」ハァ
那珂「ちょっと、山城ちゃん!?」
比叡「ところで司令、向こうのほうに倒れてる艦娘がいる、って偵察機から連絡が入ったんですけど!」
提督「なに?」
比叡「映像がぼやけててよくわかりませんが、戦艦っぽいそうです!」
金剛「Really !?」
提督(あの偵察機、金剛じゃなくて比叡が飛ばしてたのか)
山城「まさか……扶桑お姉様!?」ガタッ
那珂「きゃあ!?」ビクッ
提督「よし、じゃあ行ってみるか」
比叡「はいっ! こちらです!」ザァッ
金剛「ひ、比叡!? どうしてあなたが仕切るんデスカー!?」
提督「山城は歩けるのか?」
山城「扶桑お姉様ああああ!!」ドドドドド
那珂「きゃあああ!?」ダキカカエラレ
提督「……元気そうだな」タラリ
今回はここまで。
ぎゃああああ! 一箇所、致命的な間違いやっちまったああああ!
>>221
誤)
那珂「……うーん、那珂ちゃんは……元の鎮守府に、戻りたい、かな。ちゃんとアイドルやりたいし!」
正)
那珂「……うーん、那珂ちゃんは……元いた場所に、戻りたい、かな。ちゃんとアイドルやりたいし!」
差し替えお願いいたします、理由は後ほど。
少しだけ続きです。
*
比叡「もうすぐです、司令! たしかこのあたりに船影が……」
提督「あれか」タタタッ
山城「あれは……」
ピタッ
那珂「山城ちゃん?」
山城「扶桑お姉様じゃないわ……」ガクーッ
那珂「山城ちゃん!? しっかりして!?」
比叡「え、えらい落ち込み様ですね……」
金剛「……比叡、急ぎまショウ」
比叡「金剛お姉様?」
金剛「あれは、私たちの姉妹……金剛型の艤装デス!」
提督「!」
比叡「えええ!?」
金剛「あの砲の迷彩……おそらく、榛名だと思いマス!」
タタタッ
提督「なるほどな。確かにお前らと同じ衣装だ」シャガミ
金剛「榛名は、私たち金剛型高速戦艦の三番艦デス。まさか、My sister のこんな姿を見るとは思いませんデシタ……」
榛名(大破)「」
比叡「ひどい……こんなにぼろぼろになるなんて」グスッ
那珂「……榛名ちゃん……!」タタタッ
提督「知ってんのか?」
那珂「うん、確か……覚えてる中で、あたしの後を一番最後まで追いかけてきてくれたのが、榛名ちゃんだよ」
提督「……ほかの連中はどうした?」
那珂「だ、だんだん人数が減ってったのは覚えてるんだけど……どうなったのかまでは……」
提督「つくづく馬鹿げた特訓だ」チッ
提督「とにかく、五月雨に明石を呼ぶよう頼んでる。こいつも埠頭のそばに運んでやらなきゃ……」
那珂「!」ビクッ!
提督「? どうした、いきなり海のほうを見て」
那珂「みんな伏せて!!」バッ
提督「うお!?」
金剛「What's !?」
比叡「ど、どうしたんですか!?」
那珂「深海……深海棲艦が近づいてきてる……!」
提督「なに?」
金剛「そういうことなら、テートクは早く避難してくだサーイ! ここは私たちの出番ネー!」
提督「近づいてきてる、って、この砂浜にか?」
那珂「うん……!」
山城「……ああ、こんなタイミングで……不幸だわ……!」
提督「比叡。偵察機飛ばせ」
比叡「は、はい!?」ガシュン
零式水上偵察機<バゥーン
提督「お前らも武器おろせ。警戒しなくていい」
金剛「な、何を言ってるんデスカ!?」
那珂「そうよ! 敵が来てるのよ!?」
山城「そうだわ、こんなこと、現実に起こるわけないもの……夢よ、私は海底で夢を見てるのよ……フフフ、不幸だわ」ブツブツ
提督「敵じゃねえよ。比叡、そうだろ?」
比叡「あ。ほんとだー」
金剛&那珂「「え?」」
ザザァ…
ル級「アラアラ、知ラナイ顔ガ随分増エタワネ?」
比叡「ル級さんでしたか! ひっさしぶりー!」
金剛「!?」
那珂「!?」
提督「よう。なにかあったのか?」
ル級「私ノ塒ニ艦娘ガ流レテキタカラ、アナタノ知リアイカト思ッテ曳航シテキタワ」グイ
ドサ
比叡「この人は……」
扶桑(大破)「……」
山城「ふ、扶桑お姉様ああああああああ!?」ガバッ!!
提督「わざわざ連れてきてくれたのか。ちょうど探してくれって頼まれてたんだ、助かったぜ」
比叡「これはル級さんにちょっといいものを御馳走しないといけませんねー!」
ル級「アラ、イイノ? 楽シミダワァ」ウキウキ
那珂「」ボーゼン
金剛「」アッケ
山城「うわぁぁぁん、良かったああああ扶桑お姉様あああああ!!」ナミダジョバー
金剛「テ、テートク、どういうことデース?」
那珂「し、深海棲艦でしょ?」
提督「ああ。深海棲艦の知り合いだ」
ル級「別ニ問題ナイデショ?」
金剛「……」
那珂「……」
提督「さて、探し人は見つかったことだし、いったん鎮守府に戻るか?」
比叡「そうですねえ、これ以上誰かが見つかっても人手が足りませんし、応援を呼んだほうがいいですね!」
提督「ああ、ル級にも礼をしなきゃ……」
榛名「……う……」
提督「!」
比叡「榛名!?」
金剛「はっ! 榛名、大丈夫デスカ!?」
那珂「榛名ちゃん!」
榛名「う、うう……」
提督「……」
榛名「ここは……」パチリ
那珂「榛名ちゃん!」
榛名(……海の底じゃない……?)
比叡「榛名!」
榛名(那珂ちゃんと……比叡お姉様と、金剛お姉様……?)
金剛「目を覚ましてくれたみたいで良かったデース!」
提督「そのようだな……」
榛名(……この男の人は……)
金剛「テートク、早く榛名を連れて行きまショウ!」
提督「ああ」
榛名(……提督……?)
提督「おい、榛名。お前、話はできるか?」
榛名(この人は……この方は……ちゃんと、榛名のことを見てくれてる……)
榛名(この方は、ちゃんと榛名を、『人』として見てくれている、そういう瞳……!)
榛名(最期に、こんな素敵な方に出会えるなんて……!)
榛名「……榛名は……」テヲノバシ
提督「!」ダキツカレ
榛名「……榛名は、幸せです……!」カオヲチカヅケ
ズギュゥゥゥゥン
提督「!?」
金剛「!?」
比叡「!?」
那珂「!?」
山城「!?」
ル級「……」
「「……」」
榛名「……」カクン(←幸せそうな顔で失神)
提督「……」
比叡「えっ!? えええ!? ど、どういうことですか司令!?」オロオロ
提督「俺が訊きてえよ……こりゃどういうことだ、金剛?」アタマカカエ
金剛「... Oh ! My !! Goddess !!!」URYYYYYYY!
金剛「いくら可愛い My sister とはいえ、私に無断で唇を奪うなんて! 私は榛名をそんな子に育てた覚えはないデェェェス!!」
提督「やってることはお前そっくりだがな……」
那珂「えっ? ちょっ、准尉さんって、榛名ちゃんとそういう関係なの!?」カオマッカ
提督「いや、初対面だぞ……?」
那珂「本当に!?」
提督「本当だよ……どういうことなんだ? 理解が追いつかねえ」ハァ
ル級「ネェ」
提督「ん?」
ル級「ソイツ、撃ッテイイ?」ジャゴン
比叡「ひええええ!? ストップ! ストップです!!」
五月雨「な、なにかあったんで……し、深海棲艦っ!?」ビクーッ
明石「提督……まーたなにかやったんですか?」
提督「やってねえよ。つうか、毎回俺がなにかやらかしてるみたいな言い方すんな」
山城「そんなことはどうでもいいから早く扶桑お姉様を治療してあげてぇぇ!!」
金剛「Nooo ! ソレはそんなことじゃないし、どうでもよくなんかないデェェェェス!!」グワッ
山城「心っ底どうでもいいわよぉぉぉぉお!!」ブワッ
提督「明石、とりあえず扶桑を診てやってくれ」ハァァ
五月雨「っていうか深海棲艦ですよ深海棲艦っ! みなさん戦わなくていいんですかっ!?」オロオロ
比叡「あー、大丈夫大丈夫、ル級さんは怖くないからー」
ル級「ナァニ? マタ新顔ナノ?」ギロリ
五月雨「めちゃくちゃ殺気立ってるじゃないですかあああ!!」
今回はここまでー。
更新お疲れ様です
いつも楽しく読ませていただいております
提督「あれ?また俺なにかやっちゃいました?」
艦娘「キャー!」
うらやましい
続きです。
* 日没 入渠ドック *
明石「とりあえず、今回流れてきた4人については、命に別状はないことをご報告します」
提督「おう」
明石「ですが、その中でも扶桑さんは損傷も激しく、疲労も相当たまってるようです。4人の中では一番重傷です」
明石「同じくらい損傷が激しいのが榛名さんですが、精神状態がいいのか、穏やかな顔してますね」
提督「……」
明石「で、同じく精神状態がよろしいのは山城さん。損傷の具合も先の二人よりはまあマシ、という感じでしょうか」
明石「那珂さんは損傷はそれほどではないのですが、疲労の累積が一番ひどくて。よく倒れませんでしたね、って言いたいですよ」
提督「んじゃあ、最初に話が聞けそうなのは山城か?」
明石「そうですね。ただ、山城さんは扶桑さんにかなり依存してるみたいですから、素直に話をしてくれるかどうか……」
提督「扶桑が目を覚ますまで付きっきり、って可能性もあるわけか」
明石「はい」
提督「となると、次に目を覚ましやすそうなのは榛名か那珂か」
明石「多分、榛名さんのほうが先だと思いますけど」チラッ
提督「……」チラッ
金剛「ガルルルル……」ウロウロ
提督「……」
明石「で、何したんですか今回は」ヒソヒソ
提督「何もしてねえよ、榛名が目を覚まして俺にキスしてまた気を失ったんだからよ」ヒソヒソ
明石「は? キス? なんでそんなことに!?」ヒソヒソ
提督「それがわかんねえから困ってんだよ……」ヒソヒソ
提督「まあ、あの金剛の妹だからな。来て早々初対面の俺にあの挨拶だ、お前も見てたろ」
明石「そうですね、あれは度肝を抜かれました……それを今回は榛名さんが金剛さんの目の前でやったと」
提督「如月と大和がいなくて良かったぜ。あの二人がいたらますます面倒なことに」
扉<ガチャバーン!
如月「司令官? 流れ着いたばかりの子にキスされたって本当……?」ゴゴゴゴゴゴ
大和「ル級さんから聞きました。どういうことか、ご説明いただけますでしょうか……?」ゴゴゴゴゴゴ
提督「……」アタマカカエ
明石「あー、二人とも? 確かにそういうことらしいですけど、提督は何も身に覚えがないそうですよー」
大和「明石さん……本当ですか」
明石「ええ。提督が、出会った艦娘を手当たり次第誘惑するような人じゃないことくらい、二人ともわかってるでしょう?」
如月「それはそうだけど……」
明石「思ったんですけど、榛名さんがキスしちゃったのは、むしろ金剛型としての素養なんじゃないですか?」
金剛「!?」
明石「比叡さんが例外なだけで、榛名さんも金剛さんと同じくらい惚れっぽいんですよねえ……その辺、金剛さんがどう思ってるんでしょう」
如月「っていうことは、そういうことなのかしら……」クルリ
明石「いやあ、金剛さんもこの鎮守府に来て提督へ挨拶したとき、みんなの前で何したか覚えてます?」
金剛「わ、私は無関係デース!」
明石「あ、揉め事は外でお願いしますよ。榛名さんも含めて治療中の人がいるんですから、騒音厳禁でお願いします」
大和「はい、お任せくださいね。さ、行きましょう金剛さん」ガシッ
金剛「ヒィイ!?」グイッ
如月「あっちでゆっくりお話を聞かせてもらいますね?」グイグイ
金剛「Nooooo !! Help ! Please help meee !!」ズルズル
扉<パタム
提督「……お前、すげえな」
明石「そうですか?」シレッ
明石「まあそれよりも、話の出所がル級さんなら、彼女のところにも説明しに行ったほうがいいと思いますよ」
提督「それもそうだな……これ以上変な話になっても困る。悪いがあの4人は任せていいか」
明石「はい、こちらはお任せください。とりあえず急いだほうがいいですよ、ル級さん、見た感じ明らかに不機嫌そうだったし」
提督「……なあ」
明石「はい?」
提督「なんでル級は不機嫌になってるんだ?」
明石「ネボケテンジャネエゾクソガー」ボウヨミー
提督「……」
明石「あ、すいません、つい本音が」ニッコリ
提督「……くそ。やっぱり理解できねえや」
ガチャ バタン
明石「……あらら。痛いとこ突いちゃったかな?」
工廠妖精「……明石、よくあんなこと言えたな。提督が怒ると思わなかったのか」ヒョコ
明石「提督ってさ、自分に非があると思ってるときは言い返してこないんだよね」
明石「多分、ル級さんが腹を立ててることには気付いたみたいだけど、その理由がわからなくて私に探りを入れたんじゃないかなあ」
工廠妖精「……まあ、たぶんな」
明石「ル級さんはさ、結果的にだけど助けてもらったり悩みを聞いてもらったりしてるから、多少なりとも提督に対して好意はあると思うの」
明石「その自分を助けてくれた相手と、余所から遅れて来た誰かとのキスシーン見せられたら、面白くないのは当然でしょ」
明石「あの人のニブさは今に始まったことじゃないけど、普通ならそのくらい、すぐわかることじゃない」
明石「その辺を提督が自覚してないから、こういうゆか……ややこしい事態を招いてるんだから自業自得よ」
工廠妖精「今、『愉快』って言おうとしたな」タラリ
明石「うん」テヘペロー
明石「いやー、だってねえ、ル級さんも嫉妬してるの無自覚っぽいし? どうなっちゃうのか恋バナ的にはわくわくしてくるよねー!」
工廠妖精「明石……いくら話ができても相手は深海棲艦だぞ? バッドエンドに向かって行ったらどうなるか……」
明石「その辺は提督がうまくやるでしょ。そういうところのバランス感覚はいいし、万が一には自分の身を投げて場を収めるだろうし」
工廠妖精「だから、その万が一、提督が身を投げたらどうするんだ!?」
明石「誰かが助けるんじゃない? 危なっかしいから目が離せないんだよね、今回だってみーんな提督のために動いてるし」
工廠妖精「……」
明石「そのおかげで多少は提督も自覚し始めてくれてるんだけど、まだまだ押しが足りないかなー」
工廠妖精「……やめてあげてくれ」タラリ
* その晩 執務室 *
那珂「おはようございまーっす!」キャピーン
提督「よう、お前が最初に目ぇ覚ましたか。元気そうだな」
那珂「那珂ちゃんはアイドルですから! いつだって元気元気! なんです!」クルリーン
提督「そうかい」
那珂「ええと、それはそれとして。今回はお世話になりました、ありがとうございました!」ペコッ
提督「……ああ、まあうちの鎮守府じゃよくある話だ。無事で何よりだ」
提督「とりあえず、お前がすぐ元の鎮守府に戻るのは、やめといたほうがいいとだけ言っておく」
那珂「どうしてなんですか?」
提督「一度轟沈した艦娘は、深海棲艦になる恐れがあるから運用しないってのが海軍じゃ常識なんだとさ。知ってるか?」
那珂「は、初耳です……!」ブンブン
提督「意外と知られてねえんだな。とにかく、お前の所属してた鎮守府はどこだ。そこの鎮守府から……」
那珂「そのぉ……それなんですけど、鎮守府じゃないです」
提督「……ん?」
那珂「那珂ちゃん、鎮守府じゃなくて養成所所属なんです!」
提督「……養成所? 艦娘ってのは、必ず海軍に所属するもんじゃねえのか?」
那珂「海軍の附属学校っていえばいいのかな? 海軍の外部組織として艦娘養成所っていう組織があるんです!」
那珂「そこで、那珂ちゃんはメディア向けの艦娘として、日々特訓を重ねてきてました!」ビシッ
提督「……そんなもん初めて聞いたぞ。お前と榛名はその組織の所属だって言うのか?」
那珂「はいっ!」
提督「……那珂、お前は建造艦か?」
那珂「はいっ! 那珂ちゃんは生まれながらにして正真正銘のアイドル艦ですっ!」
提督「で、お前はその養成所の出身だと」
那珂「はい、その通りです! っていうか、那珂ちゃん何か変なこと言ってます?」クビカシゲ
提督「艦娘ってのは、海軍支配下の各鎮守府が所有する建造ドックで作られるか、海上で艦娘が発見することで邂逅できると聞いてる」
提督「海軍が直接支配していない組織が艦娘建造ドックを持ってたら、艦娘を第三者に悪用される危険性がある。危険視されて当然だ」
那珂「そうなんですか!? その情報、本当ですよね……?」
提督「いくら辺境の鎮守府にいるからって、艦娘の指揮を執っている以上はリスクくらい把握して当然だろ」
那珂「そうですか……」ウーン
提督「それにしても、養成所ねえ……そんなもん轟沈のリストにはねえぞ」ブツブツ
那珂「……」
提督「うーん……」
那珂「……あのう」
提督「ん、なんだ?」
那珂「提督准尉さんは、どうしてこんな島の鎮守府を管理してるんですか?」
提督「あ? ああ……直属の上司に嫌われてんだよ。だからこんなところに追いやられてんだ」
那珂「……」ジッ
提督「……なんだ? 納得できねえのか?」
那珂「いえ。もうひとつ質問、いいですか?」
提督「なんだ」
那珂「……准尉さんは、何者なんですか?」ガシャッ
提督「……質問の意味が分からねえ。艤装展開しなきゃ訊けないことか」
那珂「はい。あなたは本当に人間ですか、って訊いているんです」ハイライトオフ
提督「……?」
那珂「……」
提督「まあいい、質問に答えるか。人間かって訊かれたら、俺は人間だ、って言うしかねえな」
那珂「……本当に?」ジッ
提督「人間を辞めたいと思ったことは何度もあったが、人間を辞めた記憶は残念ながらねえよ」
那珂「……」
提督「……」
那珂「……」
提督「返事なしかよ。おい那珂、お前が砂浜で五月雨吹っ飛ばしたとき、俺を狙ったんだよな?」
提督「何を根拠に俺を狙った? どうして俺を敵だと認識した?」
那珂「……」ジャキッ
提督「聞く耳持たずかよ……くそがっ!」ガタッ
妖精「待って!」バッ
提督「!」
那珂「!? よ、妖精さん!?」
妖精「わたしの話なら聞いてくれるんだね?」
那珂「……」ハイライトオン
妖精「那珂ちゃん、この人は敵じゃない。普通の人間じゃないけど、一応人間だよ」
提督「おい、普通じゃないとか一応とか、ひでえ言い草だなおい」
妖精「その人間と一緒くたにされるのが好きじゃないくせに。贅沢言わないの」
提督「へいへい」
那珂「え……!?」
妖精「那珂ちゃん、わたしは提督が小さいころからずっと一緒だったからわかるんだ。彼は……」
那珂「て、提督さんって、妖精さんの言葉がわかるの!?」
妖精「そうだよ」
提督「おかげで海軍に誘われてたのに厄介払いされて、こんなところにいるんだよ。くそむかつくぜ」
那珂「……」
提督「那珂、もう一回訊くぞ。なんで俺を敵だと思った?」
那珂「……ふ、雰囲気、かな?」
提督「雰囲気?」
那珂「え、ええっと……具体的に言うと、深海棲艦っぽかった、って言うか……」
提督「深海棲艦……ル級の影響か? でも、ここ最近はル級は島に来てなかったんだよな。俺が深海棲艦っぽい……?」
妖精「まあ、それはないよね。深海棲艦だったら泳げないはずがないし」
提督「うるせえよ」
妖精「多分、普段から轟沈した艦娘と一緒にいるからかな? 前例がないみたいだしね」
提督「そういやお前、浜にル級が来た時も真っ先に気付いたな。あの先制攻撃は、そういう気配を俺から感じたからか?」
那珂「うー……そう、なんだけど……」
妖精「その気配って、今も感じてる?」
那珂「じ、実は今はそういう感じがしなくって……」
提督「だが、その時は身の危険を感じた。信用できなくて鎌をかけたってとこか?」
那珂「ご、ごめんなさい!!」ガバッ
提督「……今度からは誰かしら応援呼んで面接しねえと駄目かな……」ハァ
妖精「ちなみに、その那珂ちゃんが感じた雰囲気って、どんな感じなの?」
那珂「え、ええっと……文字通り、息の詰まるような、濃い、潮のにおいっていうか、海のにおい、かな」
提督「マジで深海って感じだな」
那珂「うん、五月雨ちゃんはそんなことなかったんだけど、山城さんとか、比叡さんからもうっすらそんな雰囲気が伝わってきてて」
那珂「榛名ちゃんからも、そうだったし……」ウツムキ
提督「……」
妖精「提督、どう思う?」
提督「砂浜では那珂は疲弊してて寝落ち寸前の極限状態だった」
提督「人間でも動物でも、追いつめられると変な力を発揮したりするからな。その類なんじゃねえか?」
妖精「ある意味で危なかったってことかな?」
提督「だと思うぜ。何にしても、なんでも見えすぎると不幸になる。今くらいがちょうどいいんじゃねえか」
妖精「……提督が言うと説得力すごいね」
提督「お前に言われたくねえよ」
那珂「……」
提督「とりあえず食堂に行くか。そろそろ準備できてんだろ、那珂も来い。飯だ、飯」
那珂「へっ? い、いいの?」
提督「死にたくねえんだろ。だったら食え」
那珂「は、はいっ!!」パァァ
提督「今日は比叡が張り切ってたからな。いいもん食えるんじゃねえか」
那珂「」
提督「なんだその顔は」
那珂「ひ、比叡さんの、ごはん……なの?」
提督「遠慮すんな」エリクビガシッ
那珂「な、那珂ちゃんは遠慮したいな~って、なにこの力!?」グイグイグイ
提督「行くぞ」ズルズルズル
那珂「い、いやあああ! 来て早々罰ゲームはいやああああ!!」
というわけで今回はここまで。
続きです。
* その後、食堂 *
長門「なるほど、今夜の挽肉多めの麻婆茄子はル級のお手柄か」
ル級「初メテ食ベタケド、オイシイワネー」モグモグ
電「な、ナスは嫌いなのです……」
長門「おやおや、残すなんてもったいないな。潮を見てみろ」
潮「おいひいれす……♪」モッキュモッキュ
電「はわわ……幸せそうに食べてるのです……」
ル級「食ベナイノナラ、私ガ貰ッチャオウカシラ」モギュモギュ
電「はう!? う、ううう……ぱく……な、なのですぅぅぅ」ムグムグ
ル級「アラ、食ベチャッタノ? 残念」ションボリ
長門(……本当に食べたかったのか)
ル級「……!」ガタッ
長門「? どうした、どこに行く?」
那珂「^q^」チーン
提督「……」
不知火「司令、いったい何があったんですか」
提督「いや、さっきまでめっちゃ幸せそうな顔して麻婆茄子食ってたんだがな……」
朝潮「朝潮も見ていましたが、どうやらおいしさのあまり意識が飛んで即身仏になってしまったみたいなんです」
不知火「どういう食生活を送ってきたんですか、那珂さんは」タラリ
ル級「チョットイイカシラ」
提督「ん? どうした」
ル級「ソノゴハン、食ベナイノナラ一口貰エナイカト思ッテ」トナリニチャクセキ
提督「ああ、那珂の分か。那珂が食べないって言ったわけじゃないからやめとけ」
提督「代わりと言っちゃなんだが、俺のでもいいか? 残り一切れだけだが」
ル級「イイノ? ソレナラ、食ベサセテクレル?」
提督「俺の箸でいいんなら……ほら」ヒョイ
ル級「アーン」
パク
如月「!?」
大和「!?」
金剛「!?」
ル級「フフフ、ゴチソウサマ」モグモグ
提督「おう。食べ終わったんなら食器は戻しておけよ」
ル級「ワカッタワ」ルンルン
如月「」シロメ
大和「」シロメ
金剛「」シロメ
長門「ル級……お前はすごいな」
ル級「ナニガ?」
提督「那珂もそろそろ戻ってこい。いつまでトリップしてやがる」デコピン
那珂「あいったあ!?」ズビシ
那珂「あ、あれ!? ここどこ!? 那珂ちゃん、超満員のアリーナで拍手喝采を浴びてたはずなのに!」
提督「飯の最中に夢見てんじゃねえ。冷めるから早く食え」
那珂「えっ、今の夢!? 那珂ちゃん寝てたの!?」
不知火「ええ。まるで天寿を全うしたかのような安らかな寝顔で」ナムナム
那珂「手を合わせないでー!?」
不知火「でなければ喩えるならルーベンスの絵を目の当たりにし、天に召されたネロ少年かと」シャッシャッ
那珂「十字を切らないでー!?」
朝潮「まさしく昇天ですね!! 那珂さんは幸せに包まれイってしまったと!?」
那珂「それ意味違わない!? じゃなかった、意味わかんないー!!」
朝潮「えっ、わかりませんか? 那珂さんは夢の中のステージ上で絶頂を迎えていたわけですよね?」
那珂「あーーあーー聞こえなーーい!!」
提督「うるせえな、飯時に騒ぐな」
那珂「これ、那珂ちゃんのせいなのー!?」ガビーン
霞「……」ミミマデマッカ プルプル
朝雲「ちょっ、霞どうしたの!?」(←意味が分かってない)
敷波(そりゃあ、長姉のあの言動を聞いたらそうなるよ……)カオマッカ
明石「ちょっと提督、那珂ちゃんは病み上がりなんですから、興奮させないでくださいよ」
提督「また俺のせいなのか? 注意はしてるんだがな」
伊8(朝潮ちゃんの言い回しがアレなのが駄目なんだけど、黙っていようっと)
提督「まあ丁度いいや、明石ちょっと話を聞いてくれ」チョイチョイ
明石「はぁ、なんでしょう?」
提督「さっき那珂に、俺が深海棲艦みたいな雰囲気がする、って言われたんだがどう思う?」
明石「……」マガオ
不知火「司令が……?」
朝潮「深海棲艦……!?」ワナワナ
伊8「ふーん」
那珂「ちょ、ちょっと准尉さん!?」
提督「ほかの連中の見解も聞きたいからな」
那珂「そういう意味じゃなくって……」
朝潮「それはいったいどういう了見ですかっ!?」ドカーン
那珂「ひいい!」カリスマガード
伊8「どうどう、朝潮ちゃん落ち着いて」
明石「うん、まあ朝潮ちゃんはそういう反応するよね」
不知火「司令、もう少し顔ぶれを考えて発言していただきたいのですが」ハァ
提督「? 駄目か?」
朝潮「良いはずがありません! 司令官は、深海棲艦に喩えられるような方ではありません!」
明石「まあ、性格と要領と目つきの悪さは確かにいい勝負ですけどぉ……」
朝潮「あ、明石さん!?」
不知火「性格はともかく、司令が深海棲艦だ、という話は、今までにない切り口ですね」
朝潮「不知火さんも否定しないんですか!?」
伊8「ル級さんと仲良くできてるのはどうなの?」
朝潮「ル級さんは良い深海棲艦だから別です! 悪い深海棲艦は問答無用で襲いかかってきますから!」
那珂「……確かに、深海棲艦とお話しできるなんて、とても考えられなかったなあ」
那珂「私たち、深海棲艦に遭ったら即沈めろ、人類の敵だ、ってしか教えられてこなかったし」
提督「……」
明石「それに、海で溺れるような人が深海棲艦っていうのは考えづらいですよねー」
提督「だよなあ」
朝潮「司令官!? ここまで言われているのに、あっさりと流していいんですか!?」ガーン
提督「お前こそ、どうしてそこまで俺を聖人君子みたいな目で見てるんだよ……」
伊8「提督。提督が善人か悪人かは別にしても、丁度いいから調べてみたら?」
提督「何をだ?」
伊8「はっちゃん、提督の体で気にかかることがあります」
伊8「一度人間ドックへ行って、体をぜーんぶ、調べてきたほうがいいと思ってるんです」
明石「……それ、いいかもしれませんね」
不知火「不知火も賛成です。司令の身に何かあってからでは遅いですから」
朝潮「朝潮も賛成です! 司令官にはいつまでも健康でいて欲しいです!」
提督「……」
不知火「そこで面倒くさそうな顔をしないでください、司令」ギンッ
提督「わかったよ……ったく、面倒くせえ」
明石「とりあえず、提督もお医者様に診てもらえば、その変な疑惑も晴れるんじゃない? ね?」
那珂「う、うん……ごめんなさい、大事にしちゃって」
不知火「いえ、どうかお気になさらず」
伊8「他人にかまけてばかりで自分のことを顧みない人だから、たまにはいいと思うけど?」
明石「……」
明石(提督の顔の怪我がどうしてあんな短期間で治ったのか……わかんないんだよね)
明石(あの異常な握力も気になるし、一緒に調べてもらったほうが良さそう)
明石(……でも、提督が深海棲艦……)チラッ
明石(さすがに、ない……よね?)ウーン
不知火「伊8さん」
伊8「?」
不知火「先程、司令が深海棲艦ではないかと疑われたとき、全然動じていませんでしたが」
伊8「はっちゃんには、どちらでもいいことだから」
伊8「提督の中身がなんだろうと、優しくしてくれるところは変わんないと思う」
不知火「……そうでしたか。大変無礼な質問でした、申し訳ありません」ペコリ
伊8「……心配なの?」
不知火「はい。あの言動ですので、自重していただければ、とは思うのですが」ハァ
伊8「ふふふ」
今回はここまで。
それでは続き……の前に。
伊8>大和≧潮=比叡≧
長門=扶桑≧山城≧金剛>
初雪=明石≧ル級>榛名>大淀≧
古鷹=利根≧由良≧那珂=神通≧
初春>如月>朧≧朝雲>
吹雪=敷波≧不知火=朝潮=五月雨≧電=霞=暁
この鎮守府限定、隠しパラメータ改訂版。
話の流れで、とはいえ盛り過ぎなのは初雪。
少し盛ってるのは朝雲と大淀、
少し減らしているのは榛名と川内型、というイメージです。
ちなみに、ずっと後に出てくる艦娘に減らし過ぎの子もいます。
* 翌朝 執務室 *
那珂「おっはようございまーーーす!」
提督「よう。ちゃんと眠れたか」
那珂「はいっ、那珂ちゃんぐっすりです! ちょっと寝すぎちゃったくらいかも!」
大淀「それはなによりです。今日の昼までには、姉妹艦の神通さんも遠征から戻ってきますから、会ってあげてください」
那珂「はーいっ!」
提督「あぁ!? 神通が姉妹艦!?」
大淀「提督、いくらなんでも驚きすぎです」
提督「そうは言ってもな……神通が姉か?」
大淀「はい。川内型軽巡洋艦、神通さんは2番艦で那珂さんは3番艦です」
提督「マジかよ……こいつが神通の妹……確かに同じ衣装だが」
那珂「どういう意味で驚いてるのか、すっごい気になるなあ……」
提督「まあいいや、残りの3人、扶桑以外は目を覚ましたんだってな?」
大淀「はい」
提督「とりあえず朝餉のあとで榛名に会いに行く」
提督「那珂と一緒に行動してたんなら、何があったか照らし合わせながら話せるはずだ。それと……」
大淀「それと?」
提督「うーん……仕方ねえ。大和とはっちゃん呼んでくれ」
大淀「大和さんと……はっちゃん、ですか」
提督「榛名は戦艦だろ。万が一暴れた時に対抗できる力を持ってそうな戦艦と、天敵の潜水艦を控えさせたほうがいいかと思ってな」
大淀「はぁ、そうですか……」
提督「神通が戻ってくるのを待ったほうが良さそうだが、時間がもったいねえし」
提督「はー……榛名みたいなやつの相手に大和持ってくると脱線しそうで嫌なんだがな……」
大淀(そこまで理解していて色恋沙汰をわからないと言い張るのはどうかと思いますが)
那珂「ねえねえ大淀ちゃん? この鎮守府に大和さんがいるの?」
大淀「はい。ちょっと問題がありますけれど」トオイメ
那珂「???」
大淀「ところで提督。事情聴取なら執務室で行ったほうがよろしいのでは」
提督「話の最中にいきなり撃たれて、新調したばかりのソファを穴だらけにされたいならそうするが」
大淀「外でお願いします」
提督「よし」
那珂「何がよし、なの!?」
* 入渠ドックわきのテーブル *
提督「明石が言うにはこっちで待ち合わせっつってたが……」
那珂「あ、いた! 榛名ちゃーーん!」ブンブン
榛名「!」
榛名「……」コソッ
提督「……なんで物陰に隠れてこっちを窺ってんだ、あいつは」
榛名「……」チラッ
榛名「……」キャッ
榛名「……」チラチラッ
榛名「……///」キャー
提督「早くこっちに来て座れ!!」
那珂「て、提督准尉さん落ち着いて!!」
* 着席しました *
提督「……」
那珂「……」
榛名「……」モジモジ
提督「那珂。さっきから榛名がくねくねしてて気持ち悪いんだが」
那珂「!?」
提督「挨拶してからまともにこっちを見やしねえ。やっぱ大声出したのがまずかったのか?」
那珂「え、いえ、その……」
那珂(うわー、明石ちゃんの言うとおり、この人、本当に乙女心を理解する気ゼロなんだあ……)
榛名「いえ! 榛名は大丈夫です!」
提督「そうか? じゃあさっそく……」
榛名「ケッコンの手続きですね!」キラキラキラッ
那珂「!?」
提督「!?」
榛名「大事な話があると伺いました……私たちのこれからのお話だと!」
那珂「そ、それはそうなんだろうけど、飛躍しすぎだよー!?」
榛名「式はどこで挙げましょうか!?」
提督「話聞けよ……」ズツウ
大和「提督、遅くなりました!」
伊8「? 何かあったんですか? 頭抱えたりなんかして」
提督「おう、来たか……ちょっと付き合え」
大和「提督からのお付き合いのお願い……はっ! これはもしや求婚では!」
那珂「!?」
提督「……」アタマカカエ
伊8「そういう意味じゃないよ」
大和「そ、そうなんですか?」
伊8「一緒に話を聞いて欲しい、って言われてたでしょ」チャクセキ
大和「そ、それって、大和が提督に信頼されている証ですよね!」チャクセキ
伊8「それでいいと思う」
提督「まったく、伊8がいてくれて助かったぜ……ん?」
榛名「……」ハイライトオフ
那珂「は、榛名ちゃんどうしたの!?」
榛名「……」ジッ
大和「?」ドーン
伊8「?」ボイーン
榛名「……」モニモニ
那珂「あっ(察し」
榛名「榛名は……慎ましやかでも……大丈夫……です……」パタリ
那珂「は、榛名ちゃーーん!」
大和「……いったい何があったんでしょう」
提督「いい加減、話が進まねえぞくそが……」グッタリ
伊8「ぐだぐだですね」
* ぐだぐだ中略 *
那珂「というわけで、那珂ちゃんたちはその養成所の出身なんです!」
提督「……ここまで辿り着くのに、えらい時間がかかったな……」ハァ
伊8「艦娘の養成所……訓練してくれる鎮守府なら聞いたことあるけど、養成所は聞いたことありませんね」
提督「で、その養成所の訓練の一環で、お前らは三日三晩と言わず、一週間近く不眠不休で戦ってたわけか」
那珂「それをクリアできたら、艦娘として華々しくデビューする予定なんです!」
大和「その話、本当でしょうか……」
提督「いろいろとおかしいな。お前ら建造されて作られたんだろ? だとしたら、最初から艦娘じゃないなんてあるか?」
榛名「……生まれたばかりの艦娘は不完全だ、と、言われていました」
榛名「だから、訓練して、運用可能な個体を選別すると」
提督「適性を見る、って意味では考えられなくもねえな。完全にモノ扱いしてるってところは気に入らねえが」
大和「それで、長時間の訓練に耐えられるかをテストされてたんですか」
提督「けど、その結果が全員轟沈だぞ。やる意味あんのか?」
那珂「ちょっと待って! 那珂ちゃんはまだ沈んだって決まってないですーー!」
提督「という話だが、さて榛名。お前、最後まで那珂を追いかけてきてたんだよな?」
提督「お前が最後に見た那珂の姿、どうだったのか教えてくれ」
榛名「……」ウツムキ
榛名「ひとつ、お約束していただけますでしょうか」
提督「なんだ?」
榛名「私たちの……身の安全を、保障していただけませんでしょうか」
提督「解体されたくないってことか?」
榛名「それも、ありますが……」コク
提督「話を聞くだけだ。話の結果がどうあれ、暴れさえしなきゃお前らを処分する気はないから安心しろ」
榛名「……わかりました。お話しします」
榛名「私と、那珂ちゃ……那珂さん、ほか数名が、訓練のため出港したのはおよそ一週間前です」
榛名「訓練は過酷で、那珂さんが次々と深海棲艦を撃沈していく中、脱落者も3日過ぎたあたりから出始めていました」
榛名「そして、残り2人……榛名と、那珂さんだけになって、いよいよ私も限界に近づいていました」
榛名「那珂さんは、大破した私を庇い、そのうえ私を励ましながら進軍していましたから、無理が来たんだと思います」
榛名「……那珂さんは、航行中に意識を失い、倒れてしまったんです」
那珂「え!?」
提督「過労死ってやつか?」
伊8「多分そう。死んでないから、過労ね」
榛名「那珂さんが倒れてすぐ、私たちは敵の攻撃にさらされて、そのままなす術なく……」ウツムキ
那珂「……」
大和「それで二人とも大破して島に漂着したんですね」
提督「辻褄は合うな。大破する前に意識を失ったんなら、那珂が自覚してねえのも頷ける」
那珂「うそ……うそだよ」プルプル
那珂「那珂ちゃんは、ここまで頑張ってきたのに……!」
榛名「那珂ちゃん……!」
那珂「最終訓練だったんだよ? これさえクリアできれば、ステージに立てるって養成所の人も言ってくれたのに……」
那珂「那珂ちゃんは……那珂ちゃんはぁぁぁ……!」ガクガク
伊8「なんだか様子が変です」ガタッ
大和「提督、お下がりください!」バッ
那珂「これで、終わりなん……うぐ、うあああああ……!」ガタッ
提督「おい、頭抱えて苦しみだしたぞ!?」
榛名「いけません! 那珂ちゃんを落ち着かせないと!」バッ
那珂「あああああ!」バキッ
榛名「きゃあっ!」ドタッ
伊8「榛名さん!」
那珂「あ、ああああ……!」ジャキジャキッ
提督「ここで撃つ気か!?」
那珂「うぅ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
大和「提督、下がってください!」バッ
ガッ
大和「!」
那珂「あ……!?」ヨロッ
那珂の背後に現れた神通「……」ガシッ
大和「神通さん!」
神通「すみません、咄嗟のことでしたので……那珂を気絶させて良かったのでしょうか」
提督「ああ……助かった。遠征、ちょうど終わってきたところか」
神通「はい。入渠ドックで提督が那珂と話をすると、大淀さんに伺いましたので」
提督「そうか、とにかくありがとな。毎度毎度、神通には世話になってばかりだ、頭が上がんねえよ」
神通「いえ……」ニコ…
大和(神通さん、提督に頼りにされてるんですね。大和も頑張らないと)グッ
伊8(そこまで言われるなんて、ちょっと羨ましい)
提督「おい榛名、大丈夫か」
榛名「提督……!」ポロッ
榛名「お願いです……! 私たちを助けてください……ここに、匿ってください!」ドゲザ
大和「!?」
提督「……どういう意味だ」
榛名「あの人たちは……養成所の人たちは、きっと最初から私たちを沈めるつもりだったんです!」
提督「その根拠は」
榛名「証拠はありません……ですが、榛名は、目を見ればわかります……!」
榛名「あの人たちの目は、私たちをモノとしか見ていない目です! 提督の目とは全然違います!!」
提督「それをほかの誰かに伝えたりしたか?」
榛名「……それは、できませんでした」フルフル
榛名「ずっと前から嫌な視線を感じていましたが、それで私たちがこうなるなんて、予見できたわけではなかったので……」
榛名「ですが、きっとそうだと確信を得るに至った出来事が、出撃を告げられた日に起こったんです……!」
榛名「呼び出された私たちは、薄暗い倉庫に案内され、そこで……そこ、でっ……!」ポロポロポロ
大和「……」
伊8「……」
神通「なにか、あったんですね。衝撃的なことが」
提督「榛名、もういいぞ。言えないなら言わなくていい」
榛名「……いえ、言います……言わせてください……!」グスッ
提督「……」
榛名「倉庫にいたのは、那珂さんの同型艦でした……」
提督「ここにいる那珂とは別の個体ってことか?」
榛名「はい……! その彼女を、彼らは、私たちの目の前で……!」
提督「……殺したのか?」
榛名「っ……!」コクッ
大和「……どうしてそんなことをしなければならないんですか……!」
榛名「私たちが深海棲艦に捕まればどうなるか……それはその末路だと……こうなりたくなければ、死ぬ気で戦えと……!」
榛名「だからと言って、あんな、惨たらしいこと、を……うう、うううう……!」ボロボロボロ
伊8「出撃前にそんなの……逆効果でしょ?」ヒキッ
提督「ああ、わざとトラウマ植え付けてるとしか思えねえ。何考えてやがる……何が目的だ?」
大和「目的なんて……いったいどんな目的だと言うんですか……!」ギリッ
提督「榛名、それは那珂も見たのか?」
榛名「はい……! でも、何が起こったかわからない顔で、ずっと、固まっていたんです……」
榛名「翌朝そのことを話しても覚えていない、と……」
神通「忘れてしまったんですか……」
伊8「防衛本能からくる記憶障害、かな? そうしないと耐えられなかったんだと思う」
提督「無理もねえな……」
榛名「それから、私たちは一週間、昼も夜もなく戦い続けました……ただただ死にたくなくて、必死に……!」
提督「……那珂が生き残ったのは、目の前で自分を殺されて、悪い意味で覚醒しちまったってとこか?」
神通「さっき暴れだしそうになったのも、そのトラウマが原因だと思われますね……」
ここはここまで。
ちょっと小休止の後続きを投下します。
続きです。
大和「提督。その艦娘養成所、なんとかしてその悪事を暴きましょう! 許しては置けません!」
提督「……いや、無理だな」
大和「提督!?」
提督「まず、相手に関する情報がなさすぎる」
提督「海軍でもないのに艦娘を建造する方法を知っていて、かつ、見せしめに艦娘を殺せるほど余裕のある相手」
提督「どんなもん持ち出してくるか予想ができねえし、向こうが俺たちのこととか、どの程度の情報を持ってるかもわからねえ」
提督「何も知らない俺たちがそいつらを探しに動いたところで、捕捉されて逆に目を付けられたら、こっちが圧倒的に不利だ」
大和「……っ」
提督「俺もここまで胸糞悪い気分になったのは久々だ。関係者全員ぶっ潰してやりたいところだが……」
提督「榛名の望みは、匿え、って話だ。那珂もまた暴れだすかもしれねえし、落ち着くまで療養させたほうがいいだろう」
神通「様子見、ですか」
提督「ああ、ここは知らぬ存ぜぬを通す。できればこのまま関わらずに済ませたいとこだ」
提督「こういうのは本営に丸投げが一番いいんだが、その本営が絡んでないとも言い切れないしな。藪をつついて蛇を出したくもない」
提督「それから……念のためだ、榛名と那珂の体と艤装、持ち物のチェックを頼む。変な発信機ついてたら終わりだからな」
榛名「それは大丈夫だと思います」
提督「ん?」
榛名「出撃するときに、腕時計のようなものを着けるよう命じられました。大破した時に壊れて海に落ちてしまったんですが……」
榛名「それ以外に後付けの装備はありません。もしかしたら、それがそうだったのかも……」
提督「だといいがな。ひとまずお前も後遺症がないかを含めて、明石に精密検査受けとけ。変なもん埋め込まれてたら嫌だろ?」
榛名「はい……わかりました」
大和「……ですが、このままでいいのでしょうか」
提督「大和。今回はN中佐のときとは状況が違う」
提督「あの時は首謀者自ら乗り込んできたし、事前にイヤホンを見つけていたから簡単に返り討ちにできたんだ」
大和「……」
提督「今回は情報が少なすぎてなあ……あっちから出向いてくるのを待ってた方がいい気がするぜ」
神通「……」チラッ
提督「……!」
伊8「!」
提督「……それから」スタスタスタ
提督「そこで盗み聞きしてんのはどいつだ!」バッ
由良「!! ……ゆ、由良は、遠征の帰りで、ちょっと気になって……」メソラシ
五月雨「す、すみません、私も……」
初春「ふむ、ばれてしまったか」
吹雪「す、すみません司令官!!」ペコッ
提督「お前らなあ……」ハァァ
初春「わらわは今日の秘書艦を任されておるぞ。事態の把握はしておっても良かろう?」
提督「ったく、開き直ってんじゃねえよ。まあいい、聞いちまったもんはしょうがねえ」ハァ
提督「聞いたからには全員執務室に来い。伝言ゲームになって嘘が混ざるのだけは御免だ」
提督「とりあえず、問題がないなら榛名と那珂の身柄はうちで預かる」
提督「二人の轟沈の記録が流れてきていないから、折を見て、洋上で見つけたドロップ艦の扱いで申請しておく」
榛名「……! あ、ありがとうございます……ありがとうございますっ!!」
提督「事情が事情だ、しばらくは追手の警戒のため島の哨戒を優先する。遠征時も電探を積んで速力優先で行くか」
提督「他に轟沈した艦もいるし、そいつらがどうなったか気になるしな。そういう意味でも哨戒任務は増やしておくか」
大和「承知しました、大淀さんにもそう伝えます」
提督「ああ、頼むぜ」
榛名「提督……本当に、ありがとうございます……!」
提督「断っておくが、お前らばかりに構っちゃいられねえぞ。まだ話を聞いてない奴らが2人残ってんだからな」
以上、今回はここまで。
今更ながら意外とこの鎮守府の由良さんて逞しいというか
サバサバしてるなぁ。基本癒しオーラ全開娘なイメージというか。
おのれブラ鎮
続きです。
* 鎮守府 執務室 *
由良「確かに、艦娘養成所なんて聞いたことないわ」
提督「五月雨もそうか?」
五月雨「はい。前の鎮守府では、それこそいろんな鎮守府と演習を行いましたが、養成所というのは聞いたことがないです」
提督「榛名や那珂が嘘をついているとも思えねえが、五月雨が知らないとなるとなあ……」
由良「とにかく、その養成所がどこにあるかとか、存在そのものを証明できないと何もできないわね」
吹雪「探しに行くのは駄目なんですか?」
提督「神隠しに遭っても知らねえぞ」
吹雪「……そ、それってどういう……」
提督「ミイラ取りがミイラになっても知らねえぞ、って言ってんだよ。養成所なんて名乗ってやがるが、まるっきり謎の組織じゃねえか」
提督「名前が養成所だから、捕まっても大丈夫なんて浅い考え起こしてんじゃねーだろうな? 見せしめで艦娘殺せる連中だぞ?」
吹雪「……!」ブルッ
由良「こちらから動くのは得策じゃない、ってことね?」
五月雨「なにかあっても、相手の拠点がわからないうちに連れ去られたりしてたら、助けに行けないですからね……」ウーン
提督「そういうこった。普段通り過ごして、気になることがあったら報告してくれ。俺からは以上だ」
五月雨「わかりました!」
ゾロゾロ
大淀「那珂さんは、危ないところだったんですね……」
提督「神通には借りばかり作っちまって、足向けて寝られねえよ。早いとこ神通の仇を討ってやりたいところだ」
提督「しかし未だに信じられねーな。神通と那珂じゃ、性格が違いすぎるだろ……」カリカリ
初春「それで? 此度の那珂と榛名の実情の調査はせぬのか?」
提督「しない。君子危うきに近寄らずだ」
初春「なんじゃ、つまらんのう。てっきり、敵を欺くには味方から、と、おぬしが隠れて調べるものとばかり思っておったんじゃが」
提督「初春、やたらと首を突っ込もうとするな。そんなに外に出たいのか?」カリカリ
初春「うむ。なんというかの、暁の鎮守府の調査が謎解きのようじゃったのでなぁ」
提督「悪趣味だな。好奇心は猫を殺すって言葉知らねーのか」
初春「ふん、建造されてすぐ捨て艦にされたわらわじゃぞ。外の世界に対する知識欲に飢えていることくらい察してほしいものじゃな」
提督「朧からミステリ借りて読んでろ」カリカリ
初春「原文じゃぞ。わらわは英文は読めぬ」
提督「金剛に訳してもらえ」
初春「先日はそれであやつに結末をバラされたのじゃ。あやつには頼みとうない」
提督「いいから朧みたいに英和辞書使えよ、この頭でっかち」
初春「……いけずめが。斯様にわらわをこの件に関わらせたくないか」プイ
提督「俺が関わりたくねえんだよ。倒れる寸前の那珂に最後までついていくくらいの根性を見せた榛名が、あれだけ怯えてたんだ」
提督「やばいからこそ榛名が必死になったとも言えるな。どういう風にとらえても、危険な案件だってことは変わんねえぞ」
初春「……まあ良い。貴様がそこまで嫌がるなら、従っておこうかの」
提督「そうしてくれ。面倒は増やしてほしくねえ」カリカリ
大淀「ところで、提督は先程から何を書いているんですか?」
提督「中将への信書」カリカリ
初春「なぬ?」
提督「養成所のことを俺が直接調べる気はねえ。代わりに本営をけしかける」
初春「なにをしておるか、貴様の手柄になるのじゃぞ?」
提督「手柄なんざいらねえよ。この話に決着がついて、那珂や榛名の心配事を潰せればいいだけだ」
提督「下手に目立って注目されればそれなりの戦果も期待される。この前みたく、大和狙いの馬鹿がまた出ないとも限らない」
提督「俺は今のだらだらした暮らしが気に入ってんだ、人間なんぞのためにあくせく働く気はねえよ」フー
初春「……」
大淀「……」
提督「そうでなくても艦娘管理ツールの一件で俺の評価が上がっちまったらしいからな。これ以上目立ちたくねえ」
提督「とはいえ、いつまでも中将の陰に隠れてるわけにもいかねえし……」
提督「何よりもあの中佐をなんとかしねえとな。くそ、やっぱ始末しときゃ良かったか……」
初春「安寧を得るためには力も必要じゃぞ。それが武力であれ権力であれ、力の伴わぬ正義なんぞ……」
提督「おい、勘違いすんなよ初春。俺は俺が正しいなんて思っちゃいねえぞ」
初春「ならば貴様は何故、何のために戦うのじゃ」
提督「そんなもん、俺自身の自己満足のためだろうが。この前も言ったろ」
初春「は?」ポカン
大淀「……」
提督「俺は誰かのために、なんて大層な志は持ち合わせちゃいねえよ」
提督「泣いてる艦娘がいて、手を差し伸べたいと思ったからそうしてきたまでだ。ちゃんと本人に同意を確認してるだろ?」
初春「そ、それを自己満足と言うか!?」
提督「どんな物事だって、自分が納得して選択肢を選んでいれば、後悔はしても理不尽とは思わねえだろ?」
提督「誰かのために損をしても、それでいいって思ってやってるならそれも自己満足だ。人生の最重要項目じゃねえの?」
初春「……」
提督「好き勝手やって、それが艦娘に喜ばれて……そう考えりゃあ、俺も昔より今のほうが遥かに幸せだな」フフッ
提督「お前が養成所の調査をしたいのも、気に入らないからだろ? 調べて満足したい、叩き潰して満たされたいってな」
初春「むう……」
提督「でもな、今回は駄目だ。我慢してくれ」
初春「二度も言わんで良い。あいわかった、これ以上の口出しはせぬ」
提督「ああ、そうしてくれ」ニコ
初春「……貴様もだいぶ険の取れた顔をするようになったのう」
提督「あ?」
大淀「今、とても穏やかな顔をなさってましたよ」
提督「……」
初春(まさかこやつに毒気を抜かれるとは思わなんだ)
大淀(いい顔してましたよね……もう元に戻っちゃったけど)
提督「……はぁ。なんか前にもあったな、こんなこと。なんだったっけか……」アタマガリガリ
通信機 < RRRR...
提督「!」
大淀「ドックからですね……もしもし、執務室です」チャッ
大淀「……そうですか、わかりました。提督にもお伝えします」
提督「扶桑か?」
大淀「はい。目を覚ましたそうです」
提督「わかった。大淀、中将宛の文書の校正頼む。あとで清書しとく」バサ
提督「初春は大和と伊8呼んで来い。お前にも話を聞いてもらうぞ」
初春「うむ、わらわに任せておくが良い」ムネポーン
初春「このわらわの灰色の脳細胞が、いかなる難事件も容易く解決してみせようぞ!」ビシィ!
提督(クリスティに毒されてやがんのか)ハァ
* 入渠ドックわきのテーブル *
山城「まさか戦艦大和がいるなんて……生き残っても私たちの出番はないのかしら。不幸だわ……」ズーン
提督「のっけから何を落ち込んでやがるんだこいつは」
伊8「山城さんはもとからこういう感じだから」
提督「ま、いいけどよ。で、こっちが扶桑か、見た目の傷は癒えたようだな」
扶桑「……」ペコリ
大和「なんだか、雰囲気が重苦しいですね」
提督「しょうがねえんじゃねえの? とりあえず座ってくれ、俺は提督准尉。この××国××島の鎮守府の管理者だ」
山城「改めて言うべきかしら。扶桑型超弩級戦艦姉妹、妹の山城です、そしてこちらが……」
扶桑「……」
山城「ふ、扶桑お姉様……?」
扶桑「……扶桑型、超弩級戦艦……姉の、扶桑です」
提督「……」
初春(口調まで重苦しいのう……)
大和(なにかしら、この異様な迫力……)
伊8(負のオーラがすごい……)
提督「まずは状況を整理するか」
提督「お前たち二人はD提督配下の艦娘。数日前の戦闘で大破轟沈し、この島の海岸に流れ着いた。間違いないか?」
山城「ええ、それでいいわ。でも、どうせすぐ解体するんでしょう?」
初春「? 別に解体などとは……」
提督「ああ待て初春。その話の前にだ、お前ら、どうして解体されるって思ったんだ?」
山城「確か……轟沈した艦娘は、いずれ深海棲艦になってしまうから、じゃなかったかしら?」
提督「それは誰から聞いた?」
山城「誰ともなく……よ。食堂で駆逐艦たちが話していたのを聞いたりとか、あくまで噂話としてだけど」
山城「それが事実なら、私たちは解体されるって話も、噂のついでで聞いてるわ……」ズーン
大和「……提督、榛名さんたちとは微妙に反応が違いますね」
提督「艦娘が深海棲艦になるっつう話は、艦娘にはあまり浸透してないのか?」
山城「それで、深海棲艦の候補生になった私たちの処分はいつなの?」
提督「早まんな。この島の鎮守府にはある特例があるんだが、それは知ってるか?」
山城「……特例? も、もしかして、扶桑お姉様を助けられるの!?」ガタッ
初春「なんじゃ、話が食い違っておると思ったら。話しておらんかったのか?」
提督「ああ、ちょっと明石に話さないように言っておいたんだ」
山城「もったいぶらないで!! 特例って何よ!?」ズイッ
提督「落ち着けよ。端的に言えば、この島に流れ着いて助かった轟沈艦娘を、うちで登用できる特例を作ってもらったんだよ」
山城「そ、それって、この鎮守府の艦娘になれば、助かるってこと!?」
提督「ああ。大和は違うけど、なあ?」チラッ
伊8「はい。はっちゃんも、そうです」
初春「わらわもそうじゃ。今は所属する艦娘の半分くらいがそうじゃったかのう?」
山城「本当!?」パァァ
山城「扶桑お姉様! 私たち、解体されずに済みそうですよ!」
扶桑「……」
大和「提督? なんだか、扶桑さんは嬉しくなさそうですよ?」ヒソヒソ
初春「なにやら思うところがありそうじゃのう?」ヒソヒソ
提督「そうだな……お前たちがどうして沈む羽目になったのか、その辺の説明はできるか?」
山城「え、ええ、それは全く構わないけれど……」
* *
山城「私たちが受けた任務は、敵艦隊の邀撃。敵艦隊旗戦艦タ級の撃滅が目的よ」
山城「駆逐艦4、戦艦2の艦隊を組んで、敵艦隊を挟撃する、というのが私たちの受けた作戦命令だったわ」
提督「挟撃?」
山城「ええ、その時の作戦海域を……ちょっと書くもの貸して。こう……簡単に、九つの区画に分けるわね」カリカリ
789
456
123
山城「電卓と同じ並びと思ってちょうだい」
山城「敵艦隊は東側、6の位置。私たちは北西……1の位置から海域に突入。中央、5の位置には岩礁があるの」
山城「戦艦の私たちは、7-8-9のルートを通って北側から接敵」
山城「駆逐艦隊4隻は、7-4-2-3のルートを通って南側から接敵」
山城「私たちが先制攻撃を仕掛け、敵の注意を引いたところで、背後から駆逐艦隊が敵艦隊を攻撃する手筈だったのよ」
山城「でも……駆逐艦隊が敵を攻撃する前に、私たちは敵の猛攻を受け、轟沈したのよ」
提督「駆逐艦隊が攻撃していないと判断したのはなぜだ?」
山城「私たちの攻撃の後、敵艦への砲撃が見受けられなかったからよ」
山城「敵艦隊を視認しながら攻撃していたけれど、私たちの放った砲撃以外で、敵艦隊から煙が上がったり水柱が立ったりはしていなかった」
提督「連携は? お前らと駆逐艦たちで通信はしていなかったのか」
山城「D提督からは、駆逐艦隊と私たちの間の通信は、挟撃すると傍受される可能性があると言われたわ」
山城「それを回避するために、通信用の小型船を4の位置で待機させて……」
山城「私たちと駆逐艦隊の所定の位置への到着を確認してから、D提督の指示で攻撃をすることになっていたの」
山城「実際に、私たちへは指示が来たわ。それを受けて、私たちは砲戦を開始したのよ」
大和「作戦内容だけ聞けば悪くないと思いますが……通信の傍受の可能性は、この小型船を挟んだとしても防げませんよね?」
提督「挟撃じゃなくて十字砲火なら理解できるんだがな。挟撃が効果的だというのもわからなくはないが、この場面で必要か……?」
提督「まあ、戦術の良し悪しはさておいて、とにかく駆逐艦隊から敵艦への攻撃はなかったのはどうしてだ、って話だな」
山城「ええ。なんらかのトラブルがあったと思っているけれど……」
初春「トラブル、のう……」
大和「確かにトラブルではありますね。駆逐艦隊が攻撃できない状態で、山城さんたちに攻撃せよと指示が飛んだということですよね?」
山城「結果的にはそうね……」
初春「駆逐艦隊が何らかの理由で行動できなかった……或いは、駆逐艦隊に指示を飛ばせなかった、というのもあり得るわけじゃな」
山城「そうね……なんにしても不幸でしかないわ。時雨たちは無事なのかしら……」ハァ
大和「時雨……というと、駆逐艦の?」
山城「ええ、そうよ。白露型駆逐艦二番艦、時雨。あの子は、今回の作戦の旗艦を務めていたの」
山城「時雨はいい子だったわ。私が建造されてすぐ顔を見せに来てくれて……今回の作戦も、時雨が旗艦だからこそ成功させたかったの」
山城「船だったころも同じ艦隊に所属していたし、その時の無念を晴らす意味でも、任務を成功させたかったんだけど……」ウツムキ
大和「無念……西村艦隊のことですね。あのレイテ沖の」
山城「そう……!」コクリ
山城「私も、扶桑お姉様も、時雨を残してみんな沈んでしまったわ。それなのに、時雨に同じ悲しみを味わわせて……」
山城「そうだわ、時雨はあのときどうしていたのかしら。まさか、時間差で敵艦隊に突撃して、あの子まで沈んだりしてないでしょうね!?」
山城「あああ、不安だわ! 時雨にもしものことがあったら……!」
扶桑「山城、大丈夫よ」
提督「!」
大和「!」
山城「扶桑お姉様……!?」
扶桑「D提督は、時雨を大事にしているわ。絶対に無事よ」
山城「……だ、だと良いのですけれど……」
扶桑「……」
提督「……」
伊8「提督? どうかした?」
提督「ん……いや、なんでもねえ」
伊8「……」ジーッ
提督「……そうだな、初春。お前は大和と一緒に、休養室あたりで山城と雑談してきてくれ」
初春「雑談とな?」
提督「ああ。山城にしても扶桑にしても、もう少し聞きたいことがある。扶桑にも話を聞きたいから、先に行っててくれ」
大和「わかりました」
山城「……扶桑お姉様になにかしたら許さないわよ……!」
提督「はっちゃんは丘の上を見てきてくれるか? 神通は那珂に付き添っているから、誰もいないはずなんだが」
伊8「人払い、ですね?」
提督「理解が早くて助かる」
伊8「……それと、提督」
提督「ん?」
伊8「扶桑さん、死にたがってますよね?」ヒソッ
提督「……理解が早くて助かる」
伊8「経験者でしょ? お互いに」
提督「……ふん」アタマガリガリ
今回はここまで。
五月雨と涼風はどうなるんでしょうねえ……高雄とか青葉もですが。
続きです。
* 島の南東、丘の上 *
ザザァ…
扶桑「……」
提督「さて。ここなら誰も来ねえ」
扶桑「……ここは、なんですか」
提督「その質問にゃあ後で答えてやる。その前にお前にいろいろ聞いておきたくてな」
扶桑「……」
提督「お前、助かったのにちっとも嬉しくなさそうだな。なんでだ?」
扶桑「……」
提督「……」
扶桑「……なぜ、私を助けたのですか」
提督「山城に頼まれたからだ」
扶桑「……私のことは、見なかったふりをして捨て置けば良かったのです」
提督「生きるのは本意じゃなかった、ってか? それこそ、そう思うのはなぜだ」
扶桑「私は……」
提督「……」
扶桑「私が、望まれて造られた艦娘ではないからです」
提督「……そいつはどういう意味だ」
扶桑「私がD提督のもとに建造され、初めてお目見えした時……彼に、こう言われました」
扶桑「最初の戦艦が不幸型かよ、ついてねえ……と」
提督「不幸型?」
扶桑「私たち扶桑型は、敵艦隊の待ち伏せによって沈められた史実などから、不運な艦であるという認識をされています」
扶桑「だからこそD提督は、私を不幸型と揶揄し、私が建造されたことに露骨に顔をしかめたのでしょう……」
提督「……」
扶桑「D提督は、異常なほど運や願掛けを気にする人でした」
扶桑「かつての武勲艦や幸運艦に執着する彼だからこそ、あのような指示を出した意図を理解しています」
扶桑「彼は最初から、厄落としのつもりで、私たちを沈めるつもりだったのです」
提督「厄落とし……!?」
扶桑「私が来たから作戦に失敗する。近寄れば不幸が伝染る。そんな言いがかりも受けました」
扶桑「私が笑えば不幸が寄ってくるとまで言われ、微笑むことすら禁じられました」
提督「……」
扶桑「時雨が来た時も、彼女を笑って迎えることができませんでした」
扶桑「山城が来た時も、疫病神が増えた、と言われ……」
提督「……」
扶桑「あの鎮守府に、戦艦は私たちだけです。私たちはD提督に渋い顔をされながらも使われ続けてきましたが……」
扶桑「空母機動部隊を要する余所の提督と提携を組めたことで、私たちを切れると踏んだのでしょう」
扶桑「私たちに縁のある時雨を旗艦に掲げ、わざと艦隊を分断する作戦を立て、私たちを戦没に見せかけて処理したのです」
提督「処理……だったらおとなしく解体すりゃあいいじゃねえか。なんでそんな回りくどいことをする」
扶桑「……言ったでしょう? 厄落としだと」
提督「時雨はどうなる。艦隊の旗艦だぞ、何らかの処分は受けるだろう」
扶桑「時雨は、のちに幸運艦とも呼ばれた艦の艦娘です。先程も申し上げた通り、D提督なら時雨は寛大な処分を与えることでしょう……」
扶桑「だから、時雨の身の心配はいりません。心まではどうかは、わかりませんが……」
提督「だからか。だからお前は笑えないってか……!」
扶桑「……はい」
提督「それ以上に、なんなんだ!? そのくそみたいな命令は!! くだらねえ……馬鹿じゃねえのか!!」
提督「お前もそんなもん、律儀に従ってんじゃねえよ……!!」
扶桑「……」
提督「はー……ったく、イライラすんぜ。くそばっかりだな、人間ってのは」
扶桑「……」
提督「さっき遮ったお前の質問にも答えとく。ここは、墓地みたいなもんだ」
扶桑「墓地……?」
提督「そうだ。この島の周辺は潮の流れが強くて、艦娘の遺体が海中に沈むこともできず、しょっちゅう砂浜に打ち上げられてる」
提督「ここにある艤装は、その轟沈した艦を土葬した証。墓標代わりだ」
扶桑「……!」
提督「俺が来たころは地獄絵図だった。砂浜に、夥しい数の艦娘が、無残な姿を晒してた」
提督「それ以来、俺は砂浜に足を運んで見回ることにした。遺言が聞ければ上等だ、ってな」
提督「運良く一命を取り留めて、生きると言えた艦娘は、ここで暮らせるように手配してる」
提督「お前にとっちゃあ、運悪く、かもしれねえがな……」ジロリ
扶桑「……」
提督「そういうわけでだ、生きたいんならそれなりに面倒は見てやる」
提督「だが、死にたいんなら俺もお前に関わる気はない。島を出るなり好きにしろ、見なかったことにしてやる」
扶桑「……」
提督「それから、山城には必ず話をしていけよ。山城は、お前の幸せが自分の幸せだって言ってたんだからな」
提督「何も言わずに消えるようなら、山城がどうなるかは知らねえぞ」
扶桑「! ……あなたは、山城を人質にしようというの……!?」
提督「人質ぃ? 馬鹿言え、俺たちは何もしねえよ」ニヤァ
提督「山城が、お前に捨てられ嘆き悲しんで自害しようが、お前を追いかけて海の藻屑に消えようが、俺たちは一切関与しないってだけだ」
扶桑「……っ!」
提督「お前がいなくなれば、山城はきっとお前を追いかけるだろうな。そのオチがどうなるかなんか、俺の知ったこっちゃねえ」
扶桑「……」
提督「折角助かった山城を見殺しにしたくないなら、もう少し身の振り方を考えてみるんだな」
クルッ スタスタ…
扶桑「……」ウツムキ
ザザァ…
* 鎮守府内 執務室への廊下 *
提督「立ち聞きとは感心しねえな」
如月「そんなこと言ったって、那珂さんのときだって神通さんがいなかったら危なかったって話でしょう?」
如月「司令官の身に何かあってからじゃ遅いのよ?」
不知火「不知火も異論ありません。当然の対応だと思います」
伊8「はっちゃんは聞こえないあたりまで離れてたけどね」
提督「……まあいいや。話の内容はとにかくとして、お前らも見てて少しは気付いたろ、扶桑の顔」
如月「そうね、嬉しいも悲しいもない、なんていうか、諦めきった顔、って言えばいいのかしら」
提督「いい線いってんな。話を聞く限り、多分扶桑は自分の未来に希望を持ってねえんだ」
提督「建造直後に自分の存在を否定されて、その評価が覆る未来を想像できなかった……境遇の好転に期待できなかったんだろうな」
提督「笑うなとまで言われちゃあ、心が折れるのもしょうがねえ、って感じか」
如月「暴君ね……!」
不知火「頭に来ました」
伊8(加賀さん……?)
提督「それでだ。仮面被った扶桑の顔が、やっと感情らしい感情を見せたのが、山城の話になった時だ」
提督「世を儚んで諦観してるあの姉も、妹までは巻き込みたくないらしい」
不知火「なるほど……」
提督「つうわけで、徹底的に山城を巻き込んで、扶桑が自重せざるを得ない状況を作る方法を考える」ニタァ
伊8「……うん、やりたいことは正しいと思うけど」
如月「もう少し、言い方があると思うわ……」
不知火「あなたという人は……」ハァ
伊8「そういえば提督、さっきもすっごい悪い顔してたけど」
如月「この人ったら、山城さんをだしに扶桑さんの危機感を煽りたくて、わざと悪役みたいな立ち回りをしてるのよ」
伊8「あー……」ナットク
如月「それで、わざとああいう顔をしてみせたってことでしょうね」
不知火「まあ、いつものことです」シレッ
伊8「いつも……そうかも」
如月「本当、気が気でないわ……」フゥ
伊8「……っていうか、提督を『この人』呼びって」ジトメ
不知火「いつものことです」シレッ
伊8(まるで内縁の妻……)
不知火「実質、如月がこの鎮守府の初期艦でもありますし……」
伊8「え」
不知火「不知火ともども命を司令に助けていただきましたので、如月が司令にぞっこんというか、贔屓目なのは当然かと」
提督「別にお前らに恩を着せたつもりはないんだがな」
提督「とにかく、とりあえず扶桑と山城のことをもう少し調べないとな。過去の因縁とか……」
執務室のドア<コンコン
提督「入るぞ」チャッ
大淀「あら。噂をすれば、ですね」
朝雲「来た来た、待ってたわ」
提督「? 朝雲が何の用だ」
朝雲「扶桑さんと山城さんが来たんでしょう? 同じ西村艦隊にいた私が、あの二人のことを少し話そうと思って、来てみたの」
提督「……お前は、ほんっとーに気が利くな……」
朝雲「お褒めに与り光栄です」ニコッ
* 一方その頃 鎮守府埠頭 *
パシュッ
零式水上偵察機<バユーン
由良「……うーん、やっぱり、私のカタパルト、邪魔かなあ」
吹雪「……珍しい」
五月雨「? 何が珍しいんですか?」
吹雪「由良さんが艦載機を載せてるのが珍しいの。普段からカタパルトが使いづらいから、って、主砲とか副砲を多めに積んでるんだもの」
五月雨「そうなんですか?」
由良「そうよ。でも、さっきの養成所の話を聞いたら……ね」
五月雨「? それとこれと、どういう関係があるんでしょうか……?」
由良「養成所の目的がわからないのよ。なんのためにあの二人をぼろぼろになるまで戦わせたのか、どうしてもわからなくて」
由良「仮に、戦闘データを取るためとか、轟沈したときのデータを取るためだったら、あの二人を回収しにくる可能性もあるわよね?」
由良「もしそうだったら、普段から見張っておく必要があるでしょ?」
吹雪「この鎮守府に攻めてくる、ってことですか!?」
由良「うん。可能性としては、無しじゃないわよね」
五月雨「そ、それじゃみんなに知らせないと!」
由良「でも、本当に来ると思う? こんな辺鄙な島に」
吹雪「え、で、でも……」
五月雨「由良さんはそれを心配してたんじゃないんですか?」
由良「あの二人がどの辺の海域で沈んだのかわからないけど、でもそれでこの島に流れ着いたって、誰がわかるのかな?」
由良「二人とも腕時計を渡されたっていうけど、それも沈んだ時に落としたらしいし」
由良「それに、回収なんか考えてないかもしれない。もっと別の目的があったかもしれない」
由良「そうしたら、この島に誰かが来るなんて、絶対にないかもしれない」
五月雨「……」
由良「どっちの可能性もあるわけじゃない? 考えても結論が出なくて、どうしたらいいのかな、って。何をすべきか、まだ悩んでるの」
由良「それで、何ができるか、って考えて……何かあった時に気付けたほうがいいよね、って」
吹雪「それで偵察機を飛ばしてたんですか」
由良「監視は多いほうがいいわ。最近は利根さんがいつも飛ばしてるし、この前は金剛さんも調整してたし」
由良「由良はしばらくカタパルトを使ってなかったから、いざという時には飛ばせるようにしないと……あれ?」
五月雨「? どうしたんですか?」
由良「あれ、扶桑さんだわ……みんな、隠れて」ススッ
吹雪「えええ!? か、隠れるんですか!?」ササッ
五月雨「ど、どうして!?」ササッ
由良「いいから!」
扶桑「……」ヒタ…ヒタ…
吹雪「!?」ビクッ
五月雨「!?」ゾクッ
由良「だから言ったでしょ……!」
吹雪「め、滅茶苦茶怖い……っ!」ガタガタ
由良「無表情なのにあの迫力で、瞳に光がないんだもの。近寄れるわけないじゃない……!」
五月雨「ふ、扶桑さんって、この前榛名さんたちと一緒に流れ着いてきたんですよね?」
吹雪「で、でも、理由はあの二人とは違うはず! 事情を聴いて、そのあと……埠頭にきたのかな……?」
由良「どっちでもいいけど、どんな話をしたら扶桑さんがああなるの!? もうっ、提督さんったら……!」
五月雨「……あの目……」
吹雪「五月雨ちゃん?」
五月雨「私、なんだか、見覚えあります。あの目の感じ、どこかで……!」
『五月雨……! よく、戻ってきてくれた……!』
『みんなは……お前、以外は……!』
五月雨「あ……!」
『お前一人が行ってどうなる! お前が、あれを沈められると思うか!』
『許せないのは私も同じだ! よくも、よくも私の娘たちを……!!』
五月雨「……!!」ポロッ
由良「五月雨ちゃん!?」ギョッ
吹雪「な、なんで泣いてるの!?」
五月雨「……扶桑さんの目、P提督と似てます……!」
五月雨「私たちが、私以外のみんなが沈んだ時の、あの目……あの絶望した時の……!!」ポロポロ
由良「ど、どういうこと!?」
五月雨「事情はわかりません。でも、あの扶桑さんの目は危険です!」グシグシッ
五月雨「私、お話を聞いて、説得してみます! 放っておけません!」ダッ
吹雪「えええ、どういうこと!? ま、待っ……!」
由良「吹雪ちゃんは提督さんを呼んできて。私は五月雨ちゃんをフォローするから!」
吹雪「は、はいっ!」ダッ
今回はここまで。
続きです。
* 執務室 *
朝雲「というわけで、私たち西村艦隊の艦は、時雨を除いて全滅したの」
提督「……なるほど。悪いな朝雲、お前にとっても嫌な過去だったろうに、喋ってくれて」
朝雲「いいのいいの。このくらい覚えてるってことは、きっと忘れちゃいけないことなのよ」
朝雲「確かに無念だったけど、この記憶が、同じ失敗を繰り返さないため、後世に伝えるためだって思えば……」
朝雲「今こうして提督に話せているのも、きっと無駄じゃないと思うわ」
提督「……立派過ぎる」
不知火「ええ。感銘を受けました」
如月「前向きな考え方よね。見習わなくちゃいけないわ」
提督「あの古鷹とあのL大尉の保護者だからな。気苦労は計り知れねえ」
如月「そうね、苦労したんでしょうね」ウルッ
不知火「お察しします」
朝雲「ちょっと待って、確かに苦労してなくはないけど!」
伊8「……古鷹さん、なにしたの?」
大淀「来た当初は大変だったんですよ、提督と一緒にベッドに入って子守歌歌ってあげようとしたり、お風呂で背中を流そうとしたり」
伊8「えええ……」
朝雲「憲兵さんがいないからって好き勝手し過ぎたのよ」ハァ
大淀「古鷹さんの場合は、それが100パーセント善意から来てますからね」
提督「それにしたってなあ……大昔の、それも艦娘になる前の実績だけで選り好みしてんじゃねえよ、って言いたいがな」
朝雲「好きになられる分にはまだいいんだろうけどねー」
提督「……あー、そうでもねえぞ。潮みたいにストーカーになられても困る」
朝雲「え……なにそれ」
伊8「はっちゃんも知りません」
提督「潮が前いた鎮守府の司令官は筋金入りの変態でな。長門が見かねて連れ出して一緒に逃げてきたんだよ」
朝雲「うわあ……」
伊8「何をされたの?」
提督「知らないほうがいいぞ。そもそも訊いてどうする、セカンドレイプでもする気か。聞いたって俺たちには何もできねえよ」
伊8「う……ごめんなさい」
朝雲「アンタッチャブルな話なわけね」
提督「それにしてもだ、来て間もないはっちゃんはともかく、朝雲がその辺を知らないとは思わなかったな」
朝雲「え~、この場合、知らない方が普通じゃない?」
朝雲「榛名さんや那珂さんの話も聞いたけど、利根さんとか伊8さんとかも壮絶な過去過ごしてきてるでしょ?」
朝雲「人によっては思い出したくないだろうし、そんなに不幸な目にあってない私が慰めの言葉をかけるのもどうかなあ、って……」
提督「……ああ。すげーわかる」
如月「司令官?」
提督「当事者にしかわかんねえんだよ、こういうのは。同情したところで何がわかるってんだ」
提督「例えば如月が向こうで受けた屈辱や苦痛を、俺が全部理解するなんてできるわけねえ。男と女の差もあるし、境遇だって違う」
提督「それなのに、俺が『如月の気持ちはよくわかる』なんて言ったら、おこがましいにも程があると思わねえか?」
如月「それはそうね……」
不知火(少なくとも如月の好意に気付こうとしない司令の言うセリフではありませんね)トオイメ
伊8「っていうか、違う意味でも分かってないよね」
大淀「!? く、口に出ていますよ!?」
伊8「知ってる」
大淀「!?」
不知火(不知火も口に出して良かったのでしょうか)タラリ
朝雲「まあとにかく、お節介が過ぎるのが良くないっていうのは古鷹さんを見てよくわかってるから、大丈夫よ」
提督「……俺が知ってる女連中ってのは、他人を貶めて嘲うドロドロした奴らばっかりだったんだが、やっぱ艦娘は違うな」
如月「一概にそうとも言えないけど……」
大淀「たまたまこの鎮守府にいる艦娘たちが、そういうのを好まないだけなんだと思います」
朝雲「そうそう。気遣いできるひとたちばっかりだから、平和よね」
伊8(夜、提督のベッドに忍び込む順番までみんなで決めるくらいだし、仲がいいなんでもんじゃないと思う)ウンウン
バタバタバタ
吹雪「大変です司令官!!」バーン
提督「? どうした吹雪」
吹雪「扶桑さんが、すっごい顔して砂浜のほうに歩いて行ってます!」
提督「……なに?」
吹雪「五月雨ちゃんが、あの目は危ないって言って、扶桑さんを引き留めに行ったんですけど、どうなるかわかりません!」
吹雪「司令官、いったい扶桑さんに何を話したんですか!?」
提督「くそ、山城を少しでも大事だと思うんなら自重して身を引くタイプだと思ってたんだが……逆だってのか!?」
不知火「焚き付けたのが仇になりましたか……!」
吹雪「しれーーかーーーん!? もおお、何をしてるんですか!!」
提督「うるせえ、いいから案内しろ! 朝雲、休養室に行って山城連れてこい!」
如月「待って、山城さんのところには私が行くわ! 朝雲ちゃんは、司令官と吹雪ちゃんと一緒に扶桑さんのところへ行って!」
提督「! わかった……吹雪! 案内頼む!」
朝雲「急ぎましょ!」ダッ
吹雪「なんで今回に限ってこんなことになるんですか!!」ダッ
提督「たまたま今までうまくいってただけだろうが!」ダッ
不知火「不知火も行きます」ダッ
伊8「はっちゃんも……」ダッ
ドタドタドタ…
大淀「……大丈夫なんでしょうか……」
通信機 < RRRR...
大淀「はい、執務室です」チャッ
通信『あ、もしもし大淀? 提督は?』
大淀「あら、明石? 提督はちょうど今、席を外しましたけど、どうかしました?」
通信『那珂ちゃんが目を覚ましたんだけど、ショックを受けたらしくて……って言う話をしようと思ってたんだけど』
大淀「そう……それより、今は扶桑さんが砂浜に行ったらしくて、みんな出て行ったの」
通信『なんだかよくない予感しかしないなあ……私もバケツ持って行ってみる』
大淀「ええ、お願い」
* 砂浜 *
五月雨「扶桑さん! いったいどこに行こうとしてるんですか!!」
扶桑「……」
五月雨「話を聞いてください!」
扶桑「……ねえ……」
五月雨「は、はい! なんでしょう!?」
扶桑「あなたは……私と一緒に……死んでくれる?」
五月雨「え……!?」
扶桑「不幸の連鎖は断ち切らなければならないわ。これ以上、不幸な艦娘を増やさないためにも」
五月雨「え? ええ? い、いったい何の話ですか!?」
扶桑「私は、D提督のもとで働いていたわ……あの人が同じ過ちを犯さぬよう、あの人を殺してあげるの……!」
五月雨「な、なぜそこまで……!?」
扶桑「それは、あの男が、不運を嫌うからよ……不運艦と呼ばれた私たちを、あの男は沈めようとしたの……!」
扶桑「私たちが生き残ったことがあの男に知れれば……改めて私たちを沈めようとしてくるはず……!」
五月雨「そ、そんな……いくらなんでもそこまでは!」
扶桑「故意に沈めた艦娘が戻ってきたら……厄を落とし切れなかったとしたら、当然、始末をするでしょう……?」
扶桑「そうなれば、山城の身が危ないもの。そんなことは、させないわ……!」
五月雨「ま、待ってください! そ、そもそも、D提督は、お二人が生きてるかどうかだってわからないんでしょう!?」
五月雨「このまま、黙ってたら……ここで隠れていたら、何も起きないんじゃないですか!?」
扶桑「……そうね。でももし、向こうでまた別の山城が建造されでもしたら、また同じことが起こるかもしれないわ……」
五月雨「っ!!」
扶桑「わかるでしょう? 元を絶たないと……いけないの」
五月雨「で、でも! 扶桑さんがいなくなったら、山城さんはどうするんですか! 絶対悲しみます!」
扶桑「ここの山城のことは……そうだわ。あなたに、山城のことをお願いしてもいいかしら……?」
五月雨「え、えええ!?」
扶桑「私と一緒に行くのは嫌なんでしょう? 引き受けてくれるなら、私は心置きなく、あの男を殺しに行けるわ……!」
五月雨「待って! 待ってください、扶桑さん!!」
??「ま……って……」
扶桑「!?」
五月雨「!? だ、誰!?」キョロキョロ
??「ふ、そう……待っ、て……」
扶桑「この声……」
五月雨「こっちから聞こえてきましたよ……あっ!」
半ば砂に埋もれて横たわっている時雨「……五月雨、かい……?」
五月雨「時雨姉さん!!」タッ
扶桑「時雨……時雨なの……!?」
五月雨「もしかして、扶桑さんと同じD提督鎮守府の!?」
時雨「そう……だよ……」コクン
扶桑「どうして……どうしてあなたがここに……!」シャガミ
時雨「扶桑を……探しに、きたんだ……良かった、生きててくれて……」ニコ…
扶桑「何を言ってるの……! 時雨こそ、砂に埋もれて……こんなぼろぼろになって……!」ダキカカエ
ズッ
扶桑(軽い……!!?)
五月雨「ひっ……!?」
扶桑「し、ぐれ……あなた……っ!!」
下半身を失った時雨「……はは……少し、ドジっちゃった……」ダキカカエラレ
五月雨「あ、ああああ……」
扶桑「時雨……どうして!? どうしてこんなことに!?」
時雨「……扶桑……ぼくは、聞いちゃったんだ……」
時雨「扶桑たちが……沈んだのは、あいつの……D提督の、仕組んだことだ、って……」
扶桑「……!!」
時雨「だから……逃げて、きたんだ……」
扶桑「もういいわ……もう喋らないで! 早くドックに連れて行かないと!!」
五月雨「っ! だ、誰か……明石さんを呼んできます!」
由良「二人とも! 提督さんたちがこっちに向かってるわ!」タタッ
五月雨「本当ですか!?」
由良「ええ……ほら、みんな来たわ!」
五月雨「!! 提督! 早く! 早く来てください!!」
ダダダッ
提督「なんだ……何があった、五月雨!」
山城「扶桑お姉様……時雨!?」
扶桑「山城……! 時雨が、時雨がぁ……!!」ポロポロポロ
提督「!! どういうことだ……!」
五月雨「時雨姉さんが逃げてきたんです! 扶桑さんたちがいた鎮守府から!」
提督「逃げてきた!? 単艦でか!」
山城「嘘でしょう……!? 幸運艦の時雨が、こんな目に遭うはずがないわ!?」ガクッ
時雨「幸運……なんかじゃ、ないよ……」
山城「時雨!」
時雨「あの男の、そばにいたら……幸せなんて、ありえない……!」
扶桑「喋らないで……お願い、お願いだからぁ……!」ポロポロポロ
伊8「これは……!」
五月雨「わ、私、明石さんを呼んできます!」
如月「駄目よ! あなたは同じ白露型でしょ!? そばにいてあげて!」
五月雨「あ……!」
不知火「工廠には不知火が行きます!」クルッ ダッ
吹雪「私も行きます! 修復剤を持ってこないと!」ダッ
朝雲「五月雨はこっちよ!」グイッ
五月雨「は、はいっ!」
朝雲「時雨!」
五月雨「時雨姉さん!」
時雨「……朝雲も、いるんだ……良かった、扶桑たちを……任せられるね……」
扶桑「何を言ってるの!?」
朝雲「そうよ! 扶桑さん、時雨は安静にしないといけないわ、一度砂浜に寝かせてあげたほうが……」
時雨「このまま、が……いいよ……扶桑の、腕の中が、いい……」ギュ
扶桑「……!」
時雨「山城も……手を……握ってくれる……?」
山城「勿論よ!」ギュ
時雨「……ふふ……ずっと、こう、してみたかったん……だ……」ニコ…
山城「しぐ、れ……っ!」ボロボロボロ
扶桑「……お願い……! 誰でもいいから……私がどうなってもいいから! 時雨を……時雨を助けてあげて!!」ポロポロポロ
提督「……由良。偵察機は使えるか」
由良「は、はいっ!」
提督「よし。由良と如月、はっちゃんは、俺と一緒に時雨の下半身、探すのを手伝え」
如月「!」
提督「明石は不知火と吹雪が呼びに行った。時雨の命が保つかどうかは扶桑たちに任せるしかねえ」
提督「俺たちにできることは、時雨の体の復元を手伝うことくらいだ。はっちゃんは海中を頼む!」
伊8「はいっ!」
提督「由良は偵察機を飛ばして上から探せ! 如月は俺と一緒に浅瀬を捜索だ! 急げ!!」ダッ
如月「了解!」
由良「わかったわ!」パシュッ ブィーン
扶桑「じゅん、い……」ポロポロ
時雨「……」ゼー、ゼー…
山城「時雨、大丈夫なの……?」
時雨「……あんまり……よく、ない……かな」
時雨「でも……気分は、いいよ……ふふ、っ」
山城「……時雨……」グスッ
時雨「……ねえ、扶桑……お願いが、あるんだ……」
扶桑「なあに……!?」
時雨「笑って、見せてよ……」
扶桑「え……?」
時雨「ぼくは……扶桑が、笑ったところを……見たことが、ないんだ……」
時雨「扶桑は、ぼくが、嫌いなのかい……?」
扶桑「そんなわけないじゃない! あなたがきたときだって、山城が来たときだって……嬉しかったのよ……本当よ……!?」グスッ
時雨「それなら……笑ってよ……ぼくは、いま……扶桑にだっこされて……嬉しいんだから……」ニコ…
扶桑「……ふ、ふふふ……」
山城「!」
時雨「……」
扶桑「こんなとき、なのに……時雨は、面白いことを言うのね……」ニコ…
時雨「……良かった……ぼくも、山城も……嫌われてたわけじゃ、なかったん、だね……」
山城「時雨……っ!」ボロボロボロ
時雨「ぼくは……しあわせだ……姉妹艦の、五月雨もいて……同じ艦隊の、朝雲もいて……」
時雨「扶桑と山城に、看取って……もらえる……」
扶桑「時雨……?」
時雨「ぼくは……しあ……わ……」
時雨「…………」
扶桑「時雨……? 時雨?」ユサ
五月雨「時雨姉さん……!」ポロポロ
朝雲「時雨……っ!!」ブワッ
山城「時雨……時雨っ! 嘘でしょ!? 返事しなさいよ! 時雨!! しぐれぇっ!!」ユサユサ
扶桑「時雨……ごめんなさい……!」
扶桑「あなたに……こんな、小さな体に……こんな、重いものを背負わせて……!!」
扶桑「私が悪いの……全部、私が悪いのよ……! 私が、全てを諦めて、沈もうとしたから……!!」
山城「扶桑お姉様……!?」
扶桑「D提督が、私と山城を沈めたがっていたのは知っていたわ……私がそれに乗ったから……!」
扶桑「あの男の下にいたって、何も良くならない……何もいいことなんか起きない……」
扶桑「私たちの扱いが変わらないのなら……私は、あの男の言うがままに……沈むために、海に出たのよ……!」
山城「扶桑お姉様! それは、本当なんですか……っ!?」
扶桑「……本当よ……!」
山城「っ!!」
扶桑「でも、山城には助かって欲しかった……」
扶桑「轟沈に見せかけ、余所の鎮守府に拾ってもらうことを期待していたわ……」
扶桑「でも、私が助かるつもりは、これっぽっちも、なかったの……!」フルフル
扶桑「なにもかも……終わりたかったの。終わって……私は、この世から消えてしまいたかった……!」
山城「……だから、扶桑お姉様はあの時、私を必死に庇っていたんですか……!」
扶桑「でも……でも、それ以上に! 時雨に……私たちが沈んだ責任を……こんな気持ちを、背負わせるつもりはなかった!」
扶桑「時雨を……時雨を、海に連れ出して、沈めたのは、私……!」
扶桑「時雨を殺したのは私だわ……! ごめんなさい……ごめんなさい、時雨……!!」ボロボロボロボロ
山城「……姉様……」
五月雨「……扶桑さん。時雨姉さんは、最期は、そこまで悲しくなかったと思うんです」
朝雲「五月雨……?」
五月雨「私が、大好きだった人たちは、みんな、私の知らないところで、死んでしまいました」
五月雨「私を逃がすために、私を、危険な目に合わせないために……私だって、同じ思いだったのに」グスッ
山城「……」
五月雨「でも、時雨姉さんは、笑ってるんですよ」
五月雨「山城さんの手を握って、扶桑さんに抱きかかえられて……笑ったまま、眠ったみたい、に……」
五月雨「……私、少し、羨ましいです……」ポロポロ…
扶桑「……」
タタタタッ…
明石「はぁ、はぁ、こんなに、走ることになるなんて……」
吹雪「し、司令官……!」ゼェゼェ…
不知火「……!」ハァハァ…
提督「……」フルフル
不知火「……そう、ですか……」
提督「……」ハァ
如月「司令官、こっちも見つかったみたいよ……」
伊8「!」ザバッ
提督「……そうか。ありがとうな、残念だが、ちょっとだけ間に合わなかった」
由良「提督さん……」
提督「明石も走らせてすまなかったな」
明石「! ……いえ、気にしないでください」ゼェゼェ…
提督「扶桑」ザッ
扶桑「……はい」
提督「すまない。お前の望みは、叶えてやれなかった」ペコリ
扶桑「……准尉」
提督「……なんだ」
扶桑「遺言が聞ければ上等、なんでしょう?」ニコ…
提督「……」
扶桑「みなさんには、手を尽くしていただきました……お礼を言うのは、私のほうです」ペコリ
朝雲「扶桑さん……」
扶桑「もうひとつ、お願いがあります。時雨を、弔わせていただけますでしょうか……」
提督「……ああ。手伝わせて貰う」
……今回はここまで。
夜提督のベッドに忍び込んでる子って誰々いるのかな。
如月、電、朝潮、吹雪、大和は確定っぽいけど。
やっと書けた……続きです。
* 島の南東、丘の上 *
ザック ザック
山城「ふ、扶桑お姉様? お、おひとりで大丈夫なんですか!?」
扶桑「ええ、大丈夫よ」ザックザック
初雪「……すごい」アッケ
提督「さすが陸軍御用達のスコップだ、簡単に穴が掘れていくな」
初雪「……これ、戦艦のパワーだからこそだと思う」
吹雪「あれ? 初雪ちゃんどうしてここに?」
如月「初雪ちゃんが農具を管理してくれているから、スコップを持ってきてもらったの」
山城「……は? 農具を管理、って、どうしてこの子が?」
五月雨「初雪ちゃんが畑仕事をしてるんです、ここの鎮守府では」
山城「……嘘でしょう?」
吹雪「嘘じゃないですよ、ここの初雪ちゃんの引き籠り先はビニールハウスなんですから」
山城「あの初雪が畑仕事ですって……!? いったいどんな悪魔の契約を交わしたのよ」
初雪「契約? んっと……月に2回、提督に耳かきをしてもらう契約、なら」ポ
山城「み、耳かきぃ!? ちょっと待ちなさい、何の隠語よそれは!」カオマッカ
初雪「耳かきは耳かきだけど……いんご?」クビカシゲ
伊8「隠語の『隠』は隠す、ね。『語』は語学の語」チョイチョイ
伊8「山城さんは、何か違う意味を隠してるんじゃないか、って言ったんだと思う」
初雪「……意味、わかんない」ムー
山城「そ、そうなの?」
伊8「顔も赤くしてたし、多分、えっちぃことを考えてたんだと思」
山城「そそそそそんなことないわよ!!?」
初雪「……」ポ
如月(必死過ぎて却って怪しく見えるわ)
伊8「もしかしたら隠語の『いん』は淫猥のいんかもしれ」
山城「いいいいいいい加減なこと言わないでっっ!!?」
初雪「……い、『いんわい』ってなに?」クビカシゲ
伊8「エロのこと」
初雪「……エロ」ポ
山城「ちょっとおおおおお!?」
提督「おい、調子に乗るな、山城からかうのもそのくらいにしとけ。そういう席じゃねえだろ」
伊8「すみません」ペコリ
初雪「……はい」コク
提督「悪いな山城、無神経が過ぎた」
山城「……戦時中だもの。その辺の感覚が麻痺することくらいは大目に見るわよ」ハァ
山城「なんたって初雪が畑仕事するような島だもの、槍が降ったって驚かないわ……」ハァァ
提督「その割には随分と溜息が多いな」
山城「それは当然よ。なんで私が助かって、時雨が……」
提督「それこそ、ぐじぐじしたってしょうがねえよ。扶桑だってつらいはずだぜ、いろいろとな」
無心に穴を掘る扶桑「……」ザックザック
山城「……」
提督「扶桑、そろそろいいだろ。そのくらいで十分だ、外に出な」テヲノバシ
扶桑「! そうですか……わかりました」ヨイショ
山城「扶桑お姉様、大丈夫ですか?」ヒキアゲテツダイ
扶桑「ええ、大丈夫よ」ニコ
山城「扶桑お姉様……!」ウルッ
重機<ズゴゴゴゴ…
吹雪「扶桑さん山城さん、穴から離れてください! これから司令官が重機を使って、時雨さんの入った木箱を穴に入れますから!」
山城「!」
提督「……」ガチャガチャッ
重機<キュラキュラキュラ…
朝雲「オーライ、オーラーイ! ストップ!!」ハンドサイン
吹雪「そのままゆっくり降ろしてくださーい!」
重機<ズゴゴゴゴ…
山城「小型のパワーショベルの扱いも上手なのね……当然かしら、これだけ多くの艤装が並んでるのなら」
扶桑「そうね……これだけの艦娘が、ここに眠っているのよね……」
五月雨「……」
吹雪「司令官! オーケーです、ロープをショベルから外してください!」ハンドサイン
重機<キュラキュラキュラ…
吹雪「よし、これで大丈夫……ロープ回収しました!」
朝雲「さ、二人とも行きましょ! 土をかけてあげないと!」
扶桑「ええ、山城?」
山城「はいっ!」
ザッ ザッ
提督「いつもなら土をかぶせるところまでユンボでやってるんだがな」
由良「いいんじゃない、大事な仲間だったんだもの。自分たちの手で弔いたいのよ」
提督「……まあ、別にそれに文句があるわけじゃあねえさ」
如月「司令官には司令官なりの埋葬の手順があるものね。いつもと違うから、手をつくし足りないって、感じてるんでしょう?」
提督「まあ、な」
ザッ ザッ
朝雲「それじゃ、最後に艤装を上にのせて……」
山城「こう?」
吹雪「はい。少し周りに土を寄せて……これで大丈夫です」
不知火「こちらをどうぞ」
扶桑「お線香ね、ありがとう……これは?」
不知火「紙パックですが、お酒です。妖精さんにお祓いしてもらいました」
山城「お神酒ってわけね。このままおいておくといいの?」
不知火「はい。最後に回収して振る舞います」
五月雨「お経とか読まないんですか?」
不知火「残念ながらそういったことをできる人がいませんので」
吹雪「司令官も神様や仏様を信じてないので『俺がそういうことをするのはおかしい』と言ってました!」
如月(吹雪ちゃん、司令官の物まね上手ね……)
由良「でも、月に二回、妖精さんたちがお祓いをしてくれているから大丈夫よ」
提督「そういや、明日か明後日だったか」
初雪「そんなことしてたんだ……」
提督「お前が作った野菜とかもお供えしたりしてるんだがな」
初雪「知らなかった……」
吹雪「司令官、神仏は信じてないのに、沈んだ艦娘の供養はするんですね?」
提督「あー、まあな。幽霊の類は信じてるっつうか、この前見ちまったから信じざるを得ねえって感じか」
如月「え」
吹雪「は?」
初雪「なにそれ」
五月雨「ゆ、幽霊が出るんですか!?」
不知火「……それでいきなり祠を建てると言い出したんですか」
由良「提督さん……本当なの?」
提督「揃いも揃って変な顔すんな」
朝雲「無理もないわよ、司令ってば幽霊信じてなさそうだし、実際に信じてなかったでしょ?」
扶桑「たとえ信じていなくても、見えてしまうものはたくさんありますよ」
全員「「!」」
扶桑「信じているけど見えないものも、見えているのに信じてもらえないものも、世の中にはたくさんありますから」
提督「……そうだな」
全員「「……」」
提督「時雨のほうはもういいのか」
扶桑「ええ、略式の略式ですが、つつがなく」
提督「そうか。俺たちも手を合わせさせてもらうか」
神通「那珂!!」
提督「ん?」フリムキ
榛名「那珂ちゃん、どこへ行くんですか!?」
那珂「……」フラフラ
提督「なにやってんだ、あいつらは」
明石「あ、提督、こちらにいましたか」
提督「明石? どうした」
明石「いえ、さっき伝えそびれちゃったんですけど、目を覚ましてからの那珂さんの様子がおかしいんですよ」
明石「なんていうか、心ここに非ずって感じで、ふらふらっとドックを出てきちゃったんです」
明石「ああやって榛名さんや神通さんが呼び止めてもお構いなしで……それで追いかけたらこっちに来ちゃったんですが」
那珂「……」ヨタヨタ
山城「……あれは駄目だわ。目から光が失せてるもの」
那珂「……」
提督「やれやれ、いきなり暴れたりしないだろうな」
扶桑「それはないと思います。あの顔は……絶望しかしていない顔です」スッ
提督「扶桑?」
山城「扶桑お姉様!?」
スタスタ…
扶桑「那珂さん?」
那珂「……」
扶桑「あなたの望みは、なんだったの?」
那珂「……」
扶桑「私には、なんとなくだけど、わかるわ。あなたのその目……全ての望みを失って、どこへ行ったらいいかわからない……」
扶桑「希望も行き場も失った人の目……そんな、目をしているわ」
那珂「……」
神通「那珂……!」
那珂「那珂ちゃんは……ううん、私は……」
那珂「みんなの前で、歌いたかった。ステージに立ちたかった」
榛名「……」
那珂「でも、もう、それもできなくなっちゃった」
那珂「轟沈した、艦娘は……元の場所に、戻れないって……」
那珂「私は……もう、『那珂ちゃん』に、戻れないって……」
那珂「私って……なんなのかな……」
神通「那珂……」
山城「ちょっと、提督! あなた艦娘の責任者でしょ!? 那珂に何か言ってあげたらどうなの!?」
提督「ああ? 知らねえよ。そいつがどこへ行こうと、どこで沈もうと、俺の知ったこっちゃねえ」
山城「!?」
吹雪(また始まった……)
不知火(相変わらず言葉を選びませんね司令は……)
山城「ちょ、ちょっと!? 艦隊の司令官がそんな考えでやってていいの!? 部下の前よ!?」
提督「関係ねえよ。生きる意志のねえ奴を無理矢理生かしたって、どうせ行きつく先なんか決まってる」
提督「俺は扶桑にだって同じことを言ったし、ここにいる奴らにも言ってんだ。そいつだけ特別扱いして何になる」
山城「そんなのケースバイケースでしょ!?」
提督「違うね。ダブルスタンダードって言うんだよ、そういうのは」
山城「立ち上がるきっかけを作るくらいはできるでしょう!?」
提督「なんでそこまで世話焼いてやんなきゃなんねえんだよ、面倒臭え」
山城「めん……っ!?」
扶桑「……提督。あなたは、彼女を助ける気はないと?」
提督「そうだな。どっかで沈んでこの島に流れ着いたんなら、ここに埋葬するくらいの世話はしてやるさ」
扶桑「時雨のように、ですか」チラッ
提督「ああ。時雨は無念だっただろうが、これでも幸せなほうさ。ここに埋まってるやつらは、みんな無縁仏だ」
提督「お前らみたいに、縁者が埋葬に参加することも、そいつを看取ってやることも、今までなかったからな」
五月雨「……」
神通「……」
那珂「……誰か……死んだの?」
提督「D提督鎮守府の時雨。扶桑と山城を追いかけてきて、轟沈して浜に流れ着いて、息を引き取った。今さっき埋葬を終えたばかりだ」
那珂「……」
提督「……」
那珂「そう、なんだ……」フラ…
榛名「那珂さん……?」
(時雨の艤装の前に立ち、艤装を見つめる那珂)
那珂「……」
明石「ど、どうしたんでしょう?」
提督「……好きにさせてやれ、思うところがあるんだろ」
山城「だ、大丈夫なのかしら……」ハラハラ
扶桑「……」
那珂「……スゥ……」
那珂「♪ La …」
全員「「!?」」ドヨッ…
那珂「♪ Ah Ah …」
伊8「……いきなり歌いだすとか、なにがあったの?」ヒソヒソ
吹雪「さ、さあ……な、何か思うところがあったのかもしれないですけど……」ヒソヒソ
如月「ここは静かに聴きましょ?」ヒソッ
吹雪「……」コクコク
伊8「……」コクリ
榛名(那珂さん……!)ウルッ
* 執務室 *
潮「え、遠征から帰還しました」
大淀「はい、お疲れ様でした」
朧「提督はまた砂浜ですか?」
♪~……♪~♪~……
暁「? ……ねえ、何か聞こえない?」
霞「……外からみたいね」
* 厨房 *
♪~♪~……♪~……
電「歌のように聞こえるのです」
比叡「……ほんとだ。誰かが歌ってる?」
朝潮「比叡さん、見に行ってみませんか? 朝潮、気になります!」
古鷹「行ってみましょう!」
* 沖合 *
♪~……♪~♪~……
利根「丘の上で誰かが歌っておるな?」
金剛「ここから聴いていても、excellent な歌声デスネ……」
大和「はい……でも、涙を誘われる、とても悲しげな声です……」ウルッ
敷波「ねえ、ちょっと丘に寄り道して行こうよ。ちゃんと聴きたいし」
初春「うむ。わらわも賛成じゃ」
長門「そうだな。演習結果の報告の前に、行ってみるか」
♪~……♪~♪~……
* 丘の上 *
那珂「♪ La Lah... !」
(歌い終えて大きく息をつく那珂)
シ…ン
那珂「……」
パチパチ…
那珂「!」
パチパチパチ…!
吹雪「那珂さん、すごかったです!」パチパチ
五月雨「私も感激しました!」
朝雲「アーとかラーだけなのに、すっごい綺麗だった!」
山城「すごすぎて涙が出てきたわ……」グスッ
扶桑「ええ、素敵だったわ」ウルッ
那珂「……」
如月「まさか司令官が涙するところを見られるなんて思わなかったわ」クスッ
提督「泣いてねえよ。むしろ泣いたのはお前らじゃねえか」プイ
明石「いや、でも本当すごかったですよ!」ウンウン
由良「うん、外なのにアカペラで、あれだけよく響く声、聞いたことないわ」
榛名「そんなの、当然です……! 榛名は知っています……那珂さんが、ずっと歌の練習をしてたこと……!」
那珂「…………」
榛名「やっと……やっと、みんなに聞いてもらえて……榛名は、感激しています……!」ブワッ
那珂「……そっか……これで、良かったんだ……」
神通「那珂、あなたはどうして、ここで歌ったの?」
那珂「……誰かに聞いてもらいたかったんだと思うの……」
那珂「私も、轟沈して……ステージに立つ夢は見られなくなっちゃった……」グスッ
那珂「ここには、私とおんなじ、沈んだ人たちがいて……私と同じ人たちがいて……」
那珂「悲しいだろうな、悔しいだろうなって思ってたら、なにか、してあげたくなっちゃって……」
那珂「そう思ったら、歌いたくなったの。私には、歌しかないから……私の歌を聞かせてあげたい……聞いてほしい、って……」ポロポロ…
神通「那珂……」
那珂「神通ちゃん。那珂ちゃんは、幸せでした。最後にこんなに拍手をもらって……もう、思い残すことはないよ」ニコ
神通「な……」
山城「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!」ガッシ
那珂「!?」ビクッ
山城「何が『思い残すことはない』のよ!?」
山城「あなたがそうでも、こっちはあんな歌聞いて感動してるところに、これでお別れですはいさようならとか、冗談じゃないわ!」
那珂「え……でも……」
吹雪「っていうか、山城さん、あんな歌って……」
山城「いいから黙ってなさい」ギンッ
吹雪「ハイ」ビクッ
山城「こほん。あなたが死ななきゃいけない理由って何よ?」
那珂「え……だって、私、もうアイドルになれないし……」
山城「そんなの誰が決めたのよ」
那珂「轟沈したら……轟沈したらもうチャンスはないって言われてたんだよ!?」
山城「だったらもう一回チャンスを作ればいいじゃない」
那珂「そんな簡単に……」
山城「提督准尉。この島には特例があるのよね?」
提督「お、おう」
山城「轟沈した艦娘でも、この鎮守府に着任すれば艦娘として活動できる、っていう特例。私にも、この子にも適用できるんでしょう?」
提督「おう、できるぞ。ただ……」
山城「ただ、なによ」
提督「那珂と榛名は所属不明だ。こいつらが所属していたっていう艦娘養成所ってのが、海軍の施設にはない」
山城「なんですって!?」
那珂「……」
榛名「どういうこと……!? それじゃ、私たちは……!?」
提督「ドロップ艦と言っても通用するかもな」
那珂「……!!」
山城「じゃあ、轟沈したことも隠せるってこと?」
提督「まあ、そうしようと思えば、できるだろうな」
神通「そ、それじゃ、那珂は問題なく戻ることができるんですか!?」
提督「ただなあ、その養成所ってのがどうもキナ臭くてな。榛名の話からも、怪しい匂いがぷんぷんしやがる」
提督「だからあまり外に出してやりたくないな。着任の時期も、実際の轟沈の時期と少しずらしたほうが良さそうだと思ってる」
提督「下手にこいつらが養成所と関わりがあることがばれると、面倒臭いことが起こりそうだからな……もちろん、杞憂ならなによりだが」
提督「あと、ほかにも心配なのは、那珂が工廠で見せたフラッシュバックみたいな症状だ」
提督「あれがなくなるまでは人前に出ないほうがいいんじゃねえか?」
那珂「……」
提督「それで、だ。一番肝心なことを聞くぞ」
提督「那珂。お前、生きていたいか、それとも死にたいか、どっちだ」
那珂「……!」
山城「そんなの決まってるでしょう!?」
提督「お前には聞いちゃいねえよ。那珂、お前の口から答えろ」ズイ
那珂「……あ……」
神通「那珂……!」
榛名「那珂さん……!」
那珂「わたし、は……」
暁「あ、いたわ!」
那珂「!?」
提督「なんだ?」クルリ
タタタタッ
電「さっき歌っていたのは那珂さんだったのですか!?」
大淀「執務室にもあの声が届いていたので、急いできてみたんですが……」
古鷹「私たち、ここに来る前に歌が終わってしまったから、まともに聞けなかったんです!」
朧「もう一回、歌ってもらえませんか?」
那珂「え……!?」
長門「おお、提督たちもここにいたのか。コンサートはもう終わってしまったのか?」
大和「切ないながらも、とても綺麗な歌声でした」
金剛「Encore をお願いするネー!」
那珂「……」ポロッ
敷波「ちょっ、な、なんで泣いてんの!? 大丈夫!?」
榛名「那珂さんは嬉しいんですよ。人前で歌って感想を聞くのが初めてですから」ニコ
利根「なるほど、そうであったか。初舞台ではやむを得まいな」
山城「……どうするの? 歌うの?」
那珂「うん……私……ううん、那珂ちゃんは、アンコールに応えます!」ビシッ
那珂「准尉さん! ここで、レッスンを続けさせてくださいっ!!」
提督「……大淀がいるから丁度いいな。今の那珂の台詞、聞いたな?」
大淀「はい。那珂さんも着任ですね」
扶桑「……提督」
提督「ん?」
扶桑「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。先の挨拶では、お見苦しいところをお見せしました……申し訳ありません」
扶桑「私も、改めまして、妹の山城ともども、よろしくお願いしたいと思います……!」ペコリ
山城「扶桑お姉様……!!」
扶桑「山城、ごめんなさい。私の勝手な思い込みで、あなたまで危険な目に遭わせて……」
扶桑「時雨は、私たちの無事を喜んでくれたわ」
扶桑「山城も、私を助けようとしてくれた……それだけじゃなく、那珂も助けようとした」
扶桑「勝手に世を儚んで、命を粗末にするのはあなたたちへの背信でしかない、って思ったわ……」
扶桑「私も生きてみようと思うの。あなたが、那珂を……彼女を一生懸命に励ましたように」
扶桑「あなたの姉として、恥じない生き方を、選んでみようと思うの」
山城「扶桑お姉様……っ!!」ヒシッ
扶桑「時雨は、許してくれるかしら……」
ポツ…
朝雲「!」
ザァァ…
不知火「雨……ですか!?」
如月「嘘っ、雲一つないのに!?」
サァ…ッ
暁「……すぐに止んじゃったわ」
古鷹「通り雨だったんでしょうか?」
山城「……時雨だわ。時雨が、扶桑お姉様を心配してくれているんですよ……」ウルッ
扶桑「そうね……優しい、雨だったものね」グスッ
提督「……」
扶桑「あの……提督?」
提督「ん」
扶桑「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
提督「おう。まあ、楽にしてくれ」
榛名「あ、提督! 榛名も! 改めて、よろしくお願いいたします!」
提督「ああ、わかったわかった」
金剛「Umm, どういうことかよくわかりまセンガ、とりあえず happy end デショウカ?」
神通「いえ、これからがスタートなんだと思いますよ?」ニコッ
霞「それで、那珂さんの次の公演はいつなの?」
那珂「公演……っ!」ジーン
那珂「あ、那珂ちゃんのことは、那珂さんじゃなくて那珂ちゃん、って呼んで欲しいなー!」
朧「那珂ちゃんさんですね!」
那珂「さんはつけなくていいよ!?」ガビーン
霞「さんは外しちゃ駄目でしょ?」
朧「朧も良くないと思います!」
那珂「真面目なの!?」ガーン
由良「ま、まあ、本人が言ってるんだから、いいんじゃない?」
潮「い、いいんですか?」
那珂「うん! 駆逐艦のみんなも、気兼ねなく那珂ちゃん、って呼んでね!」
朝潮「朝潮! 僭越ながら那珂ちゃんに質問があります」キョシュ
由良(言葉に違和感があり過ぎだわ……)
朝潮「先程那珂ちゃんが歌っていた歌は、なんという歌でしょうか!」
那珂「えっ? えーっと、実は……アドリブで歌ってたんだ~」
電「えええ!?」
那珂「思い付きっていうか、その時に思い描いたメロディを、そのままコーラスにしただけで……」
那珂(本当にその場のノリで、切なさを思いっきり歌っただけなんだよね……)
那珂(私のキャラクターと方向性が全然違うし……こんなこと、みんなには言えないよ~……)タラリ
古鷹「すごいです! シンガーソングライターみたいです!」
暁「恰好いいわ!」
那珂「で、でも、那珂ちゃんの本職はアイドルだから……」
長門「……ところで、アイドルというのはどういうものなんだ?」
大和「歌手とは違うのでしょうか」
比叡「別にアイドルじゃなくてもいいですよね?」
那珂「それは言っちゃダメェェェ!!」
不知火「……」
提督「……不知火? どうかしたか」
不知火「些細なことなのですが」
不知火「那珂さんが歌っていたとき、風が止まっていました」
提督「それは珍しいな」
不知火「それどころか波の音も止まっていました」
提督「……」
不知火「何者かが、那珂さんの歌を聞きたくて、舞台を整えたのではないか、と……」
不知火「司令の仰った、幽霊の仕業ではないか、と、ふと思っただけです」
提督「……かも、な」
今回はここまで!
実は、一番時間がかかったのが那珂ちゃんの再起の場面で、
ここから下の部分は先週中に書き終えてました。
というわけで、裏で蠢く人たちのお話。
続きです。
* 舞鶴 市街地某所 小さな居酒屋 *
トクトクトク…
J少将「H大将殿にお誘いいただけるとは恐縮至極です」
H大将「ああ、そんなに畏まらんでくれ。君とは一度こういう席で話をしてみたかったんだ」
H大将「遅くまで職務に励んでいるし、深海棲艦の邀撃にも積極的だというのに、艦娘とあまりコミュニケーションもとっていない」
H大将「人付き合いが苦手なだけなのか、それとも何か事情があるのか、ざっくばらんに話してみたくてな」チビッ
J少将「や、私にはそこまで深い事情は……」
H大将「ふむ。そうは言うが、深海棲艦の跋扈を忌々しく思っているところは、俺と同じじゃないのか?」
J少将「……」チビッ
H大将「やつらのせいで、俺たちは多くの船と仲間を失った。海軍を再編せねばならんほどに」
H大将「漁船や貨物船の安全も損なわれ、シーレーンをずたずたにされ、俺たちの生活も、戦力と誇りもずたずたにされた」
H大将「君もそれが心底気に入らないからこそ、今の君の戦果があると思っているんだが、どうだ」
J少将「……それは、仰る通りです」
J少将「海を守るために結成された我々が手も足も出ない……これを悔しいと言わずして何と言いましょうか」
J少将「しかも、深海棲艦に対抗できるのが、艦娘などという年端もいかぬ小娘の姿をしたものたちです」
J少将「情けない。常日頃から心身ともに鍛えていた我々が、あのようなものたちに、自分の命運を委ねなければならない」
J少将「我々は、何のためにここにいるのか。艦娘に生かされている状態に、忸怩たる思いしかありません」
H大将「なるほど。君の思いは尤もなことだ」
J少将「H大将殿。あなたは、艦娘の運用について、何の抵抗も、歯痒さもないと仰いますか」
H大将「いいや、君と同じだ。女子供を矢面に立たせ、俺たちは陸の上でただ彼女たちの帰りを待つ……本来ならば逆だろうさ」
H大将「だが、深海棲艦に我々の攻撃も知識も通用しない以上、戦いは艦娘たちに頼らざるを得ないのが現実だ」
H大将「そして、俺たちが第一に考えなければならないのは海の平和だ。この順番だけは覆しようがない」
H大将「だとすれば、深海棲艦を駆逐し、無力化できる艦娘に頭を下げることこそが、俺の仕事になるのは当然の流れだと思っている」
H大将「いくら男としてのプライドがそれを邪魔しても、今はそれを曲げるしかない」
J少将「……あなたは、それでよろしいのですか」
H大将「ああ、相手が人間ではないからな。言葉は悪いが、亡霊の相手は亡霊にしてもらうしかない」
J少将「亡霊……と、仰いますか」
H大将「旧海軍の艦の名前を名乗っているうえに、その艦の記憶まで持ってきているとなれば、そう呼んでも間違ってはいないだろう」
H大将「だが彼女たちは、人間を守ると言ってくれている。彼女たちは亡霊ではなく、英霊なのだ」
H大将「英霊と呼ぶには、少々……いや、えらく垢抜けてはいるがな」
J少将「……」
H大将「しかしだ。艦娘と深海棲艦の何が違うかと言えば、うまく答えることはできん」
H大将「今もって彼女たちと轡を並べることが本当に正しいことなのか、今もわからん」
H大将「俺たちは、都合よく現れた彼女たちに舌先三寸で言いくるめられて利用されているだけではないか……?」
H大将「そんな得体の知れない者たちに、この国の未来を託している現状は、非健康的というか、望ましい姿とは言えんな」
J少将「は。私もそう思います」
H大将「多くの疑念はある。だが、今は戦争中だ」
H大将「勝たねば人間の存続すら危ぶまれるのなら、手段を選んではおれんのも事実」
J少将「……」
H大将「自画自賛するつもりじゃないが、俺も艦娘の信頼を得て、西方海域の一部を奪還した」
H大将「今なお膠着状態ではあるが、その戦線を維持できているのも、前線に立つ艦娘とそれを指揮する司令官の努力によるものだ」
H大将「そればかりは、評価されて然るべきだと俺は思っている。いかに艦娘の正体がわからないとしてもな」
J少将「……この戦争が、艦娘と深海棲艦との自作自演である可能性があったとしても、ですか」
J少将「奴らのやっていることは、人の家の庭に入り込んで戦争ごっこを始めた傍迷惑な子供と同じです」
H大将「そうだな……民間にしてみれば、戦っている相手が化け物だろうと人間だろうと関係はないし、戦争行為に変わりはない」
H大将「だからこそ、戦争を終わらせるためにも、俺は艦娘を頼るしかないと思っている。艦娘がその後どうするのかはわからんが」
H大将「どこへ行くのだろうな。この戦争が終わったら、彼女たちは……考えたことはあるかね?」チビッ
J少将「H大将殿。まさか、この期に及んで戦争が終わって欲しくないなどとお考えではないでしょうな」
H大将「それはない。不謹慎ながら、良い夢を見させてもらっている、とは思うがね」
J少将「……女性に囲まれた職場が、ですか?」
H大将「それはそれで否定はしないな。君は嫌か」
J少将「いえ……まあ、確かに賑やかというか姦しいというか……非日常的と言いますか」
H大将「苦手かね」
J少将「……否定は致しません」グイッ
J少将「男の見栄に理解を得られずケチをつけられるのは、少々こたえますな」
J少将「それどころか、色気づいて浮き足立つ若い連中に、何度頭が痛くなったことか……」
J少将「スイーツが何やらコスメが何やら……一昔前では考えられません」
H大将「確かにな」フフ
J少将「それから……敢えて言わせていただきますが、H大将殿が秘書艦にしている大井。聊か言葉がきつくありませんか」
H大将「いや、いいんだ。あれこそ俺にとっては良い夢だからな」
J少将「? ……と、仰いますと……」
H大将「大井は、俺の死んだ妻にそっくりなんだ」
J少将「こ、これは失礼を……!」カバッ
H大将「いや、いいんだ、気にするな。俺が勝手にそう思っているだけだ」
H大将「それに、大井は艦娘の大井であって妻じゃない、似ているだけの別人だ。一緒にするわけにはいかんよ」
H大将「だが、あのきつい言い方が懐かしくてな。ついつい傍に置きたいと思ってしまうんだ」
H大将「もし妻が生きていて、軍に配属されていたとしたら、あんな感じだったんだろうなと……思わずにおれん」グイ
J少将「……」
H大将「大井が俺の気持ちにどれほど気付いているかは知らんが、この話をあいつにする気はない」
H大将「もしこの戦争が終わって、大井が消えてしまうのなら、それこそ亡霊だ。入れ込むわけにはいかん」
H大将「そういう意味でも、戦いが長引くとつらい。俺があいつにのめりこまないうちに、カタをつけたい」
H大将「この戦争が終わった時に、良い夢を見せてもらったと……そう思って終わりたいと思っている」
J少将「……左様でしたか」
H大将「それから……J少将、お前の腹も少し見えてきた」
H大将「艦娘に良い思いはしていないにしても、お前自身は、お前の力で海を守りたいと強く望んでいる……」
J少将「……はっ」コクリ
H大将「それがわかれば重畳。人間を守る気概があることを知って安心したよ。お前には俺の背中を任せても良さそうだ」
J少将「は……恐れ入ります」
H大将「まあ呑んでくれ、ここは俺が奢……」
PPPP... PPPP...
H大将「うん? 俺か? ……すまんな、少し外で電話してくる」ゴソゴソ
H大将「もしもし? ああ、俺だ……」ガララッ
J少将「……」
J少将「……」トクトクトク
J少将「……」チビッ
J少将「……」
パチンッ!
J少将「む……!?」フリムキ
隼鷹(私服)「あんた、何考えてんのさ!」
飛鷹(私服)「ちょっと、隼鷹! いきなりひっぱたくとか、何を考えてるの!」
隼鷹「いいから飛鷹は黙ってて。R提督、いくらなんでも、あんまりだと思わないのかい!」
R提督(私服)「……」ヒリヒリ
隼鷹「あたしはいいさ、もともと酒好きだし、ここで言われても構わないよ。あたしはそういう女だからね!」
隼鷹「でもねえ! 飛鷹はそうじゃないんだよ! こんなところで、あたしと一緒くたにしていい女じゃない!」
飛鷹「隼鷹! やめてったら!」
隼鷹「わかってんの!? R提督! カッコカリとはいえ、こういう話ってのは一大事なんだよ!」
R提督「……すまない」
J少将「何を騒いでいるのかね」スッ
飛鷹「す、すみません、すぐ静かにしますから……!」
J少将「……R提督、と言っていたかな。私はJ少将だ」
隼鷹「げ……っ!」
R提督「! こ、これは大変失礼いたしました!」バッ
J少将「ん……軽空母、隼鷹だな。貴様、艦娘でありながら、酒の席とはいえ自身の司令官に手をあげるというのはどういうことかね」
隼鷹「う……」
J少将「R提督。我々が守るべき国民もいるような席上で痴話喧嘩など、見苦しいぞ。恥を知りたまえ」
R提督「も、申し訳ありません!」
隼鷹「い、いや、J少将、ここはあたしが悪いんですよ。こういうお店に行ってみたいってR提督に……」
J少将「ふう……どうやら教育が行き渡っておらんようだな」
R提督「申し訳ありません!!」
飛鷹「と、とにかくお店を出ましょ!? J少将、申し訳ございませんでした」ペコリ
J少将「……」クルリ
飛鷹「ほら、R提督も、早く!」
R提督「……二人とも、ごめん」
隼鷹「……ま、まあ……出ようよ、な?」
ガラララッ
H大将「うん? 今出て行った3人組……女のほう、なんかどっかで見たような……」
J少将「気のせいでしょう」
H大将「そうか?」
J少将「……」
* ???? *
白衣の男「……ええ、残念ながら、反応は確認できませんでした。轟沈後も1時間計測しましたが、変化なしです」
白衣の男「はい、計測器は轟沈後1時間で自動的に壊れる仕組みでして。はい、仕様です」
白衣の男「出撃させる前にも、同型艦を見せしめに殺して見せたんですが……はい」
白衣の男「ご期待に添えず申し訳ありません……いえ、本当に申し訳なく思っていますよ。我々としても残念な結果で……はい」
白衣の男「しかし……本当にどちらが早いでしょうかね。深海棲艦の鹵獲と、艦娘から深海棲艦を作るのと」
白衣の男「諦めるなど滅相もない。あれらは我々の貴重な研究材料です」
白衣の男「頭の先からつま先まで、髪の毛一本無駄にする気はありません。はい……はい……承知しております」
白衣の男「鹵獲する際のリスクを考えれば、深海化させることができたときのメリットは計り知れません……ええ」
白衣の男「はい、我々としては、いただけるならミンチでも構いませんよ。やつら、倒すと文字通り水の泡になりますからね」
白衣の男「かけらが残るだけでもありがたいというもの……はい」
白衣の男「はい。では、2日後に……はい、お待ちしております。失礼いたします」
ピッ
白衣の男「……ふう」
スーツの男「いつも悪いな」
白衣の男「いいさ、あの人はなんだかんだで気難しいからな。機嫌を損ねて研究が続けられなくなるのは俺も困る」
白衣の男「とはいえ、あそこまでやったなら、少しは深海化の兆候が現れてもいいと思うんだが……」
スーツの男「艦娘に絶望を与えてやれば深海化すると言われてはいるものの、そういった事実を直に確認したわけでもない」
スーツの男「奴らもなまじ思考が人間らしいから、どうショックを与えればいいか、個体差も考慮しないと駄目なんだが……」
白衣の男「艦娘は戦争中の船の記憶を引き継いでるやつもいる。少々残酷なシーンを見せた程度じゃ動じないだろう?」
スーツの男「一部のクライアントの意向だよ。若い娘の無残な姿に興奮するのか、なにかと理由をつけて派手な処刑を見たがるんだ」
白衣の男「やれやれ、平和だな。この前の、艦娘切り裂き事件の犯人のほうが余程可愛げがある」
スーツの男「ああ……あれか。重巡の艦娘をバラして飾ってたやつ」
白衣の男「そいつの精神構造には興味がわいたな。お前はどう思う」
スーツの男「好きな画家のいろんな作品を集めておきたいコレクター、ってところじゃねえか?」
白衣の男「なるほど。ともあれ、わざわざ防腐処理をして綺麗に飾っておいたというあたり、まともじゃない奴だってことは確かだ」
スーツの男「俺たちが言えたセリフか?」ククッ
白衣の男「それもそうだ」フフッ
ゴポッ
白衣の男「ああ……そうだ、さっきの電話だが、軽巡ヘ級を鹵獲できたそうだ」
スーツの男「なに!?」ガタッ
白衣の男「現地で冷凍処置済み、あさってここに届くらしい」
スーツの男「そうかそうか! そりゃあ楽しみだ!」
ゴポゴポッ
スーツの男「お? なんだ? お仲間の到着を待ちわびてるのか?」
白衣の男「あまり刺激するな、データが取れなくなる。お前、暴れたら抑えられるのか?」
スーツの男「首だけだぞ?」
白衣の男「噛みつかれても知らんぞ」
スーツの男「大丈夫だ、お前も負けじと噛みついてきてるじゃないか」
白衣の男「……」
スーツの男「冗談だよ、そんな顔するなって」
白衣の男「そいつにはもう少し役に立ってもらわなきゃ困る。少しは丁重に扱え」
スーツの男「わかってる、わかってるって。で、できそうなのか? 例の話」
白衣の男「J准将がいい話を持ってきてくれた。昔、深海棲艦の艤装の武器化を考えてて捕まったやつがいたよな?」
白衣の男「そいつの仲間の中佐とか言うやつが、その時の成功例と失敗例のデータを隠し持っていたらしい」
スーツの男「残ってたのか!? 全部特警に消されたと思ってたのに!」
白衣の男「ああ。それもあさって一緒に届く予定だ」
スーツの男「おいおい、そっちのほうが重要じゃないか! やったな!」
白衣の男「どれだけ信用できるデータかわからないからな。まあ、検証してうまくいけば儲けものだ」
白衣の男「お前のほうこそうまくやれよ。ヘ級を捕まえるのにだいぶ骨を折ったらしい、深海化の話も釘を刺されたぞ」
スーツの男「ああ、それなんだが、ここまでのデータで、艦娘を深海化させるのには深海棲艦からの干渉が必要だと見込んでるんだよ」
スーツの男「できればそのヘ級、俺にも使わせてもらえると嬉しいんだが?」
白衣の男「……そういうことなら、仕方ないな。所長にも掛け合ってみるか」ギシッ
スーツの男「助かる!」ガタッ
白衣の男「善は急げだ。所長に新しい設備の話もしなきゃな」ピピッ
スーツの男「ああ!」スタスタスタ
扉<ガチャッ ガシャン
(部屋を出ていく男たち)
(重い鉄製の扉が閉まって、部屋の明かりが落ちる)
コポッ…
(発光するモニターと計器類、そして、部屋の中央に置かれた、青い液体に満たされたカプセル)
(無数のコードを突き刺された、首だけの姿の重巡リ級の薄く開かれた目が、青く淡い光を放っている……)
今回はここまで……で、一箇所ミスしてました。置換お願いします。
>>384
誤)
白衣の男「J准将がいい話を持ってきてくれた。昔、深海棲艦の艤装の武器化を考えてて捕まったやつがいたよな?」
正)
白衣の男「J少将がいい話を持ってきてくれた。昔、深海棲艦の艤装の武器化を考えてて捕まったやつがいたよな?」
次のお話で登場人物のアルファベットを使い切ってしまうので、
イロハで名前をつけようか悩み中。
そして次は誰を出そうか悩み中。
ここまで雑談で出てきた質問にもいくつか答えようと思います。
乙ですギリシア語とかは?
αやβとかあるし
本年もよろしくお願い申し上げます。
では続きです。
* 舞鶴 J少将の部屋 *
ガチャ
J少将「……戻ってきていたか」
K中佐「はっ。本日の任務、完了しました」
J少将「ん、良くやった。先方は良い反応だったか?」
K中佐「はい」コクリ
J少将「そうか。ならば良い」
K中佐「……少将閣下、意見具申、お許しを」
J少将「なんだ?」
K中佐「あの男は……中佐は信用できるのでしょうか」
K中佐「彼奴は保身のために仲間を売り渡した男です。そんな男と……」
J少将「フ、心配するな。そも、奴をお前と同等に扱う気はない」
K中佐「……」
J少将「中将の息子とはいえ、所詮は血の繋がりも、誇りも品位もないどこぞの馬の骨だ」
J少将「馬車馬のように働かせ、馬脚を現す前に使い捨ててしまえばよい」
K中佐「は……」コクリ
J少将「調子には乗せておけ。奴の情報の見返りの餌くらいはわけてやると良い」
K中佐「承知しました」
J少将「ん……それから、R提督というやつの処分が必要だ。酒の席で艦娘に平手打ちをくらっていた」
J少将「そのような情けない男など、我らの同胞には要らん。適当な場所に捨て置くよう、調べて手配しろ」
K中佐「はっ、承知いたしました。失礼します」
扉<チャッ パタン
J少将「……」
カーテン<シャッ
ドアの鍵<カチャン
部屋の照明<プチッ
J少将「……」ギシッ
(カーテンを閉じて部屋の照明を落とし、真っ暗な部屋で椅子に座って目を閉じるJ少将)
J少将(……私は、海を守るためにこの仕事を選んだ)
J少将(私はこの仕事に文字通り命を懸けて、様々な犠牲を払い、決断し、この地位にまで上り詰めた)
J少将(それを……我々の培った技術や戦術を深海棲艦にぶち壊しにされ……)
J少将(我々の職場や規律を艦娘に乗っ取られ……未曽有の危機に若い部下たちは鼻の下を伸ばして迎合する始末)
J少将(何より、妖精などという不確かな存在が見えると言うだけで、何の経験もない民間人を鎮守府の責任者に据えるなど前代未聞……!)
J少将(ふざけるな……! これまでの、私の努力はなんだったのだ……!!)ギリッ
J少将(上層部も上層部だ……! 得体の知れない存在たちにへらへらと媚び諂い、戦争の主導権を握らせる……)
J少将(終いには、単なる艦娘のリミッター解除を、ケッコンカッコカリなどという浮かれた儀式に倣って、身も心も明け渡す……)
J少将(これでは残るのは艦娘に飼い慣らされた腑抜けばかりだ……まったくもって腹立たしい……!)ミシッ
J少将「……」
J少将(だが、今少しの辛抱だ)
J少将(艦娘がいなくても、戦争を終わらせることができれば良いのだ)
J少将(深海棲艦の装甲を武器に加工する……)
J少将(何をどうやったのか知らんが、鹵獲した深海棲艦を武器にする技術を、中佐とやらが作ったと聞く)
J少将(それが事実ならば、深海棲艦を効率よく駆逐するための、最上の手段として利用できる……!)
J少将(更に別の話を聞いていけば、艦娘と深海棲艦はもとは同じだと言う……)
J少将(同じ時期に出現し、お互いを攻撃し始めたのだからな。この戦争は艦娘と深海棲艦の自作自演だとしか思えん)
J少将(いずれにしても、もとが同じ存在なのなら、艦娘を素材に武器を作ってしまえば、両方とも駆逐できる……)
J少将(我々の戦場を、仕事場を取り戻せる!)
J少将(勿論、艦娘のまま、やつらを武器にしたのでは反発も買うだろう)
J少将(艦娘をどうにかして深海棲艦にすることができれば、その心配もない。それどころか、艦娘運用の危険性も周知させられるというもの)
J少将(そのためにも、あの研究所には成果を出して貰わねばならん……)
J少将(そのためにも……)ギリッ
J少将(この顔は、何が何でも隠しておかねばなるまい)スッ
J少将「……ふう……」
部屋の照明<カチッ パッ
ドアの鍵<カチャン
カーテン<シャッ
J少将「……本営に戻るか」スクッ
* 一方その頃、屋外 *
コツコツコツ…
K中佐「……」
K中佐「……!」クルリ
K中佐「……?」
コツコツコツ…
ガチャ バタン
ブロロロロ…
青葉「……」コソッ
* * *
* *
*
* それからしばらくして *
* 墓場島鎮守府 執務室 *
榛名「♪~」ニコニコ
提督「……」シンブンナガメ
榛名「♪♪~」ニコニコ
提督「……榛名」
榛名「はいっ!」ニッコニコー
提督「近い。ちょっと離れろ」
榛名「そうでしょうか? 触ってはいないのですが」チョコン
提督「……もう少し離れろ」
榛名「ちょっと離れろと言うことでしたので、一寸、つまり3センチ弱離れてみたのですが、不足でしたでしょうか」クビカシゲ
提督「せめて1メートルは距離とれよ……ほぼ密着状態じゃねえか」ハァ
提督「俺がソファで新聞読んでんのに、その隣に座って肩くっつけて新聞じゃなくて俺を見てる秘書艦ってなんなんだよ」
榛名「榛名は少しでも提督のお傍にいたいと思いまして!」
提督「なんでだよ……」
榛名「榛名は嬉しいんです。榛名の知っている男性は、みんな私たちを『もの』としか見てくれませんでした」
榛名「でも、提督の目は違います。ちゃんと、私たちとお話ししてくれる、安心できる瞳です!」
提督「……どうだか」
榛名「ふふふっ、そんな風に冗談を言っていただけるのも、榛名は嬉しいんですよ?」
提督「冗談言ったつもりはねえんだがな……それにしたって、随分な場所にいたんだな」
榛名「はい。今思えば、自由や、希望のない場所だったと思います」
榛名「薄暗い独房のような部屋で、誰とも触れ合えず……たまに外に出られたと思えば、四六時中監視されて……」
榛名「それが普通だと思っていました。実際には、全然違っていたんですね」
提督「……」
榛名「那珂さ……那珂ちゃんは、隣の部屋だったんです」
榛名「そこから漏れ聞こえてくる歌声が、とても元気で、綺麗で……もっとたくさんの人が聞ければいいのに、と思っていました……」ウツムキ
榛名「あのとき集められたメンバーは、その独房から選ばれた人たちでした」
榛名「集められて任務を任され、出発する直前に……」
提督「那珂の同型が殺されるところを見せられたのか」
榛名「はい……そうして、榛名と那珂ちゃんは、運よくこの島にまで流れ着きました」
榛名「でも、それ以外の……随伴していたみんなは、もうどこに行ったのか……」
提督「……」
榛名「今、榛名は幸せです。ですが、こんなに幸せで良いのでしょうか」
榛名「本来なら、あの時一緒に出撃したみんなも、一緒に幸せになれたのではなかったのでしょうか」
榛名「私は……私だけが、幸せになって良いのでしょうか」
提督「……そんなもん、考えたって意味ねえよ」
榛名「!」
提督「誰だって自分の命が惜しいだろ。自分だけで手一杯の奴が誰かを助けようとしたって、まともな結果になりゃしねえよ」
提督「それとも、お前がもっと強かったらこんなことにはならなかった、ってか? それこそ思い上がんなって話だ」
榛名「……」
提督「ま、沈んだ連中にしてみりゃあ、なんでお前らばかり、って嫉妬されるかもしれねえな」
提督「それが嫌なら……そうだな、毎日あの丘で手を合わせるとかしてりゃ、許してもらえるかも……な」
榛名「提督……!」ウルッ
扉<コンコン
金剛「金剛デース!」
榛名「!」
提督「おう。入れ」
扉<チャッ
金剛「Good morning ! Oh, 今日の秘書艦は榛名でしタカ……ン? 目元が赤いデスネ?」
榛名「は、榛名は大丈夫です!」アセアセ
金剛「つらい記憶でも思いだしまシタカ? 素直に私に言うといいデス、くれぐれも無理はイケマセンヨー?」ニコッ
榛名「は、はいっ!」
金剛「ところでテートク、何か御用デスカ?」
提督「……お前に、悪い報せだ」シンブンサシダシ
金剛「!」ガサッ
提督「ここの、お悔み欄に載っているQ中将。お前がいた鎮守府の司令官で間違いないな?」
榛名「え……!?」
金剛「……」ペラッ
金剛「……その通りデス」コクッ
金剛「そうデスカ……亡くなられたのデスネ」
提督「ああ。それから、これを見ろ」スッ
金剛「! これは……!!」
提督「Q中将の奥さんからの手紙だ」
金剛「!!」シャッ ガサッ ペラッ
提督「……」
金剛「……」ペラッ
金剛「……良かった……奥様は、Q中将と仲直りできたそうデス……!」ウルッ
提督「……」
金剛「Q中将は強情な方でシタ……頑なに見栄を張っていマシタガ、奥様の愛が、やっと通じたんデスネ……!」
金剛「Letter には、Q中将と最後の時間を過ごすことができたと……書いてありマス」グスン
金剛「喪主も、つとめられると……本当に、良かったデス……!」
提督「……しかし、そうなると鎮守府はどうなるんだ」
金剛「Ah, それでしたら、既にQ中将の代理の司令官を立てていたそうデスから、その方が正式に着任することになると思いマス」
提督「なるほど。じゃあ、心配はしなくていいな?」
金剛「いいと思いマス」ニコッ
提督「そうか」
金剛「……テートク。私も、奥様にお返事を出したいと思いマス」
提督「そうか、いいんじゃねえか。明石のところで便箋も何種類か扱ってるはずだ、いいのを探してこい」
金剛「そうさせていただきマース! 善は急げ、デスネー!」ダッ!
扉<チャッ パタン
榛名「……」
提督「……急いでても扉の締め方は優雅なんだな」フフッ
榛名「金剛お姉様は……」
提督「前の鎮守府の司令官……Q中将が倒れた時に、奥さんを呼んだのがQ中将は気に入らなかったらしい」
提督「それでこの島に追い出されてきたんだ。理不尽だと思わねえか?」
榛名「……」
提督「それでも金剛は、Q中将夫婦のことを心配してたわけだ。ったく、どんだけお人好しなんだかな」
榛名「……いえ、それでこそ金剛お姉様です。榛名は自分のことしか考えられず、未熟でした……」
提督「そうか? お前も仲間のことを案じてたじゃねえか。そこまで気に病むな」
提督「だが、この鎮守府には、大事な相手を失った奴が金剛以外にも数人いる。あんまり刺激しないように頼むぜ」
榛名「そうなんですか……! わかりました、自重致します」ペコリ
提督「ああ」シンブンペラリ
新聞『勤務地移動:R提督(舞鶴→ショートランド泊地)』
提督「……」
新聞『退役:S提督(呉)』
提督「……こいつ……!」
榛名「?」
スクッ
キャビネット<ガシャ
提督「……」ペラッペラッ
ファイル『 ○ S提督鎮守府 吹雪 ○月×日 』
提督「……」
榛名「提督? どうかなさったんですか?」
提督「……いや、なんでもねえ」パタン
榛名「……?」
というわけで今回はここまで。
ちょっと雑談を挟みます。
前スレ968
> 溺れた人への蘇生措置と言えば古来より
> マウスtoマウスですが、ふふ、誰が奪ったのかな
暁ちゃんの判断で肺活量を考慮した結果ということで、はっちゃんがやってました。
もともとはっちゃんも、二度と酷い目に遭いたくないがための
打算ありきで動いてますので、願ったり叶ったり。脅し文句に使う気満々です。
利根もやろうかと言い出してましたが、これも暁ちゃん判断で
心臓マッサージをしてもらっていました。こちらは下心なし。
>>94
> ここのひえーさんは悪い意味で浸透したメシマズネタのとばっちりを
> 理不尽に喰らってるという割とリアルも絡んだ笑えない生々しさを感じる。
>>188
> 長門がすごく可愛い、利根のツールはTONE製のいい奴に違いない
>>290
> 今更ながら意外とこの鎮守府の由良さんて逞しいというか
> サバサバしてるなぁ。基本癒しオーラ全開娘なイメージというか。
比叡のメシマズネタと長門の駆逐艦好きネタは、かなり補正を入れてます。
他にも補正入れてるのは利根と暁。由良はサービス開始初期のクールな感じが強めです。
なお、利根のツールボックスは言うまでもなくTONE製です。それしか考えられませんでした。
>>344
> 夜提督のベッドに忍び込んでる子って誰々いるのかな。
提督のベッドに潜り込む人たちはこちら。潜り込む動機は様々です。
如月(頻繁に。隙あらば潜り込んで抱き着いて寝ている)
大和(こちらも頻繁に。頻度は如月といい勝負、こちらも抱き着いたりしているが、提督が起きないようにやや控えめ)
伊8(それなりに。だんだんと頻度が増えてきている。ぴったりくっついて寝ている)
朝潮(それなりに。誰かと枕を並べて一緒に眠るのが嬉しいようで、隣で気を付けの姿勢で寝ている)
電(それなりに。単純に独り寝が寂しいらしく、長門や暁のところにも行く。よく脚にしがみついて寝ている)
吹雪(たまに。喧嘩→仲直りの一件から回数が増えた。そっと手を握ったり腕に触れて寝ている)
金剛(まだ数回。提督の同意を得ず忍び込む、というのが本人は気に入らないが、後れを取りたくはないので葛藤している)
初雪(まだ数回。どっちかというと新しいベッド目当て。恥ずかしいので提督に背を向けて寝ている)
利根(数回。愛情のなんたるかを体験したいらしいが、最近は神通のほうが気にかかるので、それどころではないっぽい)
敷波(男性に興味が出て、一度だけ提督のベッドに潜りこんだことがあるが、恥ずかしくてまともに眠れなくて途中で逃げた)
大淀(未遂。一度だけ提督の部屋に入り込むも、恥ずかしさのあまり何もせず逃げた)
榛名(みんなが提督の部屋というか寝床に忍び込んでいることを最近知って、参加を希望している)
番外:長門と一緒に寝てる人たち
潮(頻繁に。前の鎮守府のときから長門が心の支え。依存症の気がある?)
初春(それなりに。長女ではあるが甘えたいときもあるのじゃ)
朝潮(それなりに。理由は前述)
電(それなりに。こちらも理由は前述)
五月雨(まだ数回。初春が嬉しそうだったからとお試し期間中)
そのほか
比叡→暁(比叡がたまに暁を誘って一緒のベッドでおしゃべりしてるらしい)
朝潮→明石(理由は前述の通り。霞も誘って川の字で寝るのが楽しみだとか。霞も満更ではない様子)
電→暁(こちらも理由は前述の通り)
個人的まとめ:これまでの登場人物
中佐(のちの大佐)の部下になる人たち
・A提督:明石に横領を強要し、それを調査していた朝潮と霞に濡れ衣を着せ、雷巡になったばかりの北上に3人を雷撃処分させた。
・B提督:初期艦だった電と、その随伴艦由良を大破進軍で失う。それを咎めた敷波を捜索に向かわせ、そのまま行方不明扱いに。
・D提督:験を担ぐあまり扶桑と山城を毛嫌いし、わざと勝ち目のない海域へ向かわせ轟沈させた。時雨がその後を追い轟沈してしまう。
・E提督:潮に対して繰り返し変態行為を迫ったため、長門の手引きによって二人に逃げられる。
・C提督:(未登場なので割愛)
その他
・F提督:神通の元上官。ケッコンを約束した仲だったが、深海棲艦共存派であったため徹底抗戦派と戦争継続派に襲われ没する。
・G提督:神通をF提督から引き離し我が物にしようとした男。神通に考えを当てられ続け、恐怖のため精神に異常をきたし入院。
・I提督:暁の元上官、女性提督。深海棲艦から長期間兵糧攻めに遭い正気を失う。秘書艦の翔鶴を手にかけ、鎮守府とともに炎に消えた。
・L提督:古鷹、朝雲の元上官、登場時は少佐。秘書艦だった古鷹に上げ膳据え膳で立場を勘違いしたために、観艦式を古鷹抜きで挑んで
盛大にやらかす。中尉に降格するも新たな秘書艦香取によって更生し、現在は大尉に。ババ抜きは弱いが将棋はプロ級。
・M提督:利根の元上官、准将。利根への歪んだ愛情のためか、秘書艦以外の利根を殺害し地下室に飾っていた。露見後は罪を認め自害。
・N提督:中佐。深海棲艦殲滅のため違法ツールに手を出し、初雪が過労で島に漂着。過去には朧も捨て艦で沈めていた。現在裁判中。
・O提督:もと中佐の部下の下士官、現在は少尉。中佐の不在時に中佐の権力を使って艦娘を救ったのを評価され昇進。中佐から独立し、
伊8を大破進軍で沈めた鎮守府に、新しい責任者として着任した。態度は柔和だが、やってることはしたたか。秘書艦は木曾。
・P提督:五月雨の元上官、少将。レ級に部下を沈められ、五月雨を嘘の罪で墓場島へ護送後、報復の特攻を目論むも特警により射殺される。
・Q提督:金剛の元上官、中将。息子を失い自責の念に駆られ、疎遠になった妻との仲を取り持とうとした金剛を島に追放する。その後病没。
・R提督:隼鷹の上官。飛鷹と隼鷹に酒の力を借りてプロポーズカッコカリするも隼鷹に激怒され、その現場をJ少将に見つかり左遷される。
・S提督:吹雪の元上官。退職したっぽい。
本編にも出てる人たち
・大将:軍人だが、終戦のために深海棲艦と和睦を結びたい人。声がでかくて威勢のいいおやじさん。猪突猛進のきらいがある。
・H大将:秘書艦は大井。お堅いおっさん。深海棲艦を殲滅したい人たちの筆頭的存在で、人類を守るために精力的に活動している。
・J少将:H大将の部下。地味で人のよさそうな細身のおっさんだが、自分たちの活躍の場を奪った艦娘を密かに嫌悪している。
艦娘を運用せずに深海棲艦を打倒する方法を模索しており、そのためには艦娘や深海棲艦を実験材料に使うことも厭わないほど。
・K中佐:J少将の部下、のちに大佐。要領が悪く海軍内の評価はほどほどだが、目立つなというJ少将の意向に忠実に従い活動している。
X提督とその同期組
・X提督:秘書艦は祥鳳、大将の甥。見た目も性格も軍人には向かない、酒匂に似てるとよく言われる。主力は潜水艦と海外艦。
・W提督:秘書艦は伊勢、「日向に似てきた」と言われている。主力は航空火力艦、他には球磨、多摩、鈴谷、熊野など。
・V提督:比叡の元上官。酒飲み友達に感化され、比叡の料理を褒めずに貶めたため比叡が轟沈。ピストル自殺を図るが一命を取り留める。
・U提督&Y提督:飲み友達。
上の補足
X提督の伯父の大将にTを当てていたので、Tは使わない予定。
>>387-391
いろいろ考えていただいて感謝です。
ギリシア文字は、機種依存文字があることと、
あまり浸透してない読みの文字が多いこと(イプシロンとかオミクロン、シータやエータなど)、
大文字ではアルファベットとかぶる文字が出ること(アルファはA、ゼータはZなど)を踏まえて、敬遠の予定。
甲乙だとまた別の意味になりそうなので、こちらも見送り予定。
今は、漢字の以呂波かカタカナのイロハを、後ろから(スセモヒシミメユ~)使うといい感じかも? と思ったりしてます。
次回は多分、N中佐のその後になるかと思います。
改めて、今回はここまで。
書いて消し、書いて消して結局全部消して書き直し。
ようやく話の筋ができたので、続きです。
なお、登場人物の名前は漢字の以呂波にしました。
(呂はろーちゃんがいて紛らわしいので、飛ばす予定です)
* 太平洋上 某所 *
(輸送船の甲板上で、N提督が佇んでいる)
妙高「N大尉」
N大尉(中佐から降格)「……」
妙高「……N提督。中にお入りにならないのですか?」
N大尉「ん、ああ……そうだな、今の俺は大尉だった。すまん、妙高」
妙高「お寒くありませんか?」
N大尉「寒いには寒いが、もう少し、この景色を眺めていたいんだ。見ろ、大湊がもう見えなくなった」
妙高「……」
N大尉「俺は、何を見ていたんだろうな」
N大尉「お前たちのことをろくに見ていなかったのに、こんな大きな海を見張っていた気になっていたと思うと、情けなくて仕方ない」
妙高「……」
N大尉「あいつらには、詫びを入れることすら許されなかった。一目会って、頭を下げたかった」
N大尉「いや、そもそも許してもらおうと思うほうが間違っているか。俺の顔も見たくないだろうしな」
妙高「……」ハァ
N大尉「妙高。お前も俺みたいな男についてくる必要はなかっ」
ゴンッ
N大尉「あだっ!?」
妙高「N大尉。私、言いましたよね? 今後そういう後ろ向きなことを言ったらげんこつですよ、って」
N大尉「本気だったのか……」ジンジン
妙高「良い大人なんですから、何度も言わせないようにお願いしますね」
N大尉「わかった。気を付ける」
妙高「はい」コクリ
N大尉「ただな、妙高……俺の処遇は本当にこれだけで良かったんだろうか?」
妙高「言った傍から、まだ仰いますか」
N大尉「腑に落ちないんだよ。これから向かう単冠湾は、大湊の目と鼻の先だ」
N大尉「俺に対する罰も、艦娘の指揮権の剥奪と二階級の降格だけ」
妙高「十分ではありませんか」
N大尉「……十分だと思うか?」
妙高「N大尉は変なところが厳しいんですね」ハァ
N大尉「俺はな、この処罰の軽さは、中佐が一枚噛んでるんじゃないかと疑っているんだよ」
妙高「中佐……中将のご子息の、ですか」
N大尉「大鳳はあいつの部下だ。親のコネを使って、俺を管理しやすいところへ連れて行く魂胆じゃないかと思ってるんだ」
N大尉「あの中佐なら、艦娘管理ツールのことを狙ってくるに違いない」
妙高「……それで、刑を軽くして、こちらに貸しを作ったと?」
N大尉「ああ。そのうちあいつから何らかの接触があって、俺を陥れようとしてるんじゃないかと思ってる」
妙高「それは考え過ぎではないでしょうか。そもそも中佐は、墓場島で大怪我を負い入院してると聞いてますし」
N大尉「は? ……なにかあったのか、あの島で」
妙高「はい。中佐が大和さんに振られたついでに酷い目に遭ったそうです、盛大に」
N大尉「やっぱりあいつも大和を狙ってたのか……だが、それで怪我したとなると、大和や提督准尉にお咎めが行ったんじゃないのか?」
妙高「そういうお話は聞いていませんね」
N大尉「……どういうことだ? その話の出所は?」
妙高「中佐の元部下です」
N大尉「もと?」
妙高「はい。中佐が墓場島から大和さんを連れ出すときに、一緒に連れて行った部下たちだと聞いています」
妙高「なんでも、大和さんを墓場島から連れ出せなかった責任を押し付けられて、中佐の鎮守府から追い出されたそうですよ」
N大尉「……」
妙高「彼らが言うには、中佐は最初から大和さんに拒絶されていて、誰が説得しても連れ帰るのは無理だった、言うことらしく……」
妙高「逃げ帰る理由になった中佐の大怪我も、もとは中佐が大和さんの逆鱗に触れたからだ、と、言って回っているそうです」
妙高「追い出された腹いせに言いふらしているらしいですから、どのくらい誇張されているかはわかりませんが」
N大尉「……なんともはや、だな」
妙高「N大尉も、一歩間違えばそんな目に遭っていたかもしれませんね」ジトメ
N大尉「……耳が痛いな」メソラシ
妙高「それからもうひとつ、妙な噂がありまして」
N大尉「なんだ?」
妙高「あの島は『わけあり』なんだそうです」
N大尉「わけあり、か……その話も今更だな」
妙高「あの島の記録は海軍にもほとんど残っていません。なのに、かなり古くから鎮守府が置いてあったようなんです」
妙高「本当は流刑地だっただの、あの島で数千人が餓死しただの、こちらもどこまで本当なのかわからないような噂があります」
N大尉「まあ確かになあ……ただ、仮にそうだとしても、提督准尉は順応していて、最低限とはいえ戦果も挙げているんだ」
N大尉「それに加えて、轟沈経験艦も引き連れているのに大きな事故も起きてない」
妙高「はい……」
N大尉「とはいえ、俺も金縛りなんて生まれて初めてかかった。お前と鳳翔も幽霊を見たんだったよな?」
N大尉「俺たちが体験したことは事実だが、今の噂も含めて、誰かに話したところでまともに取り合ってもらえるとは思えないな……」
妙高「……このお話はそのくらいにして、そろそろ船内に入りましょう。どうせ船内にいたがらないのも、周囲の目が気になるからなんでしょう?」
N大尉「……お前にはすべてお見通しか」
妙高「ええ。ですから、諦めて暖を取ってください。お茶もお入れしますよ」ニコ
N大尉「……ああ、わかった。甘えさせてもらうよ」
妙高「ところで、これから向かう単冠湾の以中佐がどんな方か、N大尉は御存知ですか?」
N大尉「以中佐は、単冠湾の中でも指折りの戦果を挙げていると聞いている。だが、どんな人物かは詳しく聞けなかった」
N大尉「だが、その鎮守府の艦娘はみな意気軒昂で士気が高く、出撃となればこぞって先陣に立つ勇猛果敢な猛者ばかりだと聞いている」
妙高「ここまで聞くと、相当な人格者のように思われますね」
N大尉「ただ……見た目が世紀末的な人だ、とだけ聞いた」
妙高「世紀末? ……蝋人形の館……」ボソ
N大尉「? 何か言ったか?」
妙高「いえ」ニコニコー
N大尉「? ……とにかく、しばらくは以中佐の補佐官として職務に励めというお達しだ。あの中佐とは仲が良くないことを祈るばかりだ」ハァ
* * *
* *
*
* それから数日後 *
* 墓場島鎮守府 執務室 *
提督「どーすっかねえ……」ハァ
コンコン
大淀「失礼します」チャッ
朧「失礼します。あれ? 提督、おひとりですか?」
提督「んー」
朧「……また考え事してるみたいですけど、どうかしたんですか」
提督「まあ、な……」ジーッ
提督「朧なら聞いても良さそうだ。ちょっと聞いてくれ」
朧「なんでしょう?」
提督「吹雪が前にいた鎮守府の、司令官が退官したそうだ」
朧「!」
大淀「!」
提督「吹雪にこのことを伝えるべきか否か。どう思う」
朧「……難しい、ですね」
提督「ま、即答はできねえよなあ」
大淀「吹雪さんは前の鎮守府に戻りたがっていたんですよね?」
朧「はい。前の司令官に元気な自分の姿を見せたいって言ってたんです」
提督「成長した姿を見せる相手がいなくなったんじゃあな……」
大淀「ゴール地点を失ったってことですか」
提督「……この話は保留だな。吹雪の保護者だったS提督がなんで海軍を辞めたのか、理由がわからねえと吹雪への説明もできやしねえ」
朧「朧もそう思います。吹雪を犠牲にしてまで勝ちたかったはずの人が、簡単に海軍をやめるなんて……!」
提督「朧だって憤慨するのに、吹雪がこの話を聞いたらどうなるか……ったく、面倒臭え事態を作ってくれたもんだ」ハァ
提督「とりあえず、朧も大淀も、この話は余所に漏らすなよ。いいな?」
朧「はいっ」
大淀「承知しました」
提督「で、朧はどうかしたのか」
朧「ハチさんから、提督の人間ドックの日程はどうなったか聞いてきて、と頼まれたんです」
提督「……まだ返事は来てねえよな?」
大淀「はい。ですが、本営では医療船を各泊地へ数隻ずつ配備することがほぼ決定していまして」
大淀「泊地へ医療船を送るついでにこの島に立ち寄ってくれる、ということらしいです」
提督「……マジか」
朧「提督、そんなにお医者さんが嫌なんですか」
提督「嫌に決まってんだろ」
朧「……妖精さんの話を信じてもらえなかったからですか?」
提督「……」
大淀「もしかして、図星ですか」
提督「そんなとこだよ。あいつら、俺を気狂いか可哀想なものを見る目で見やがって……人間の医者なんてろくなもんじゃねえよ、くそが」
大淀「朧さん、よくわかりましたね……」ヒソヒソ
朧「提督のあの性格は、周りにちゃんと話をしてくれる人がいなかったからだと思うんです。多分」ヒソヒソ
大淀「提督、今回来るお医者様は妖精さんの存在を理解してくださってますから、そこまで心配なさらなくても大丈夫ですよ」
提督「だといいけどなあ」ムスッ
大淀「明石みたいに面倒見の良いお医者さんもいるはずですから」
提督「……まあ、明石はな。明石は悪くねえ」
朧(大淀さんもだいぶ提督の操り方がわかってきたみたい)
大淀「提督のお体に異常がないかどうかを調べるだけです。どうかご自愛ください」
提督「……わかったよ」アタマガリガリ
提督「それで、大淀のほうはどうした。その封書は」
大淀「はい、それが……」
コンコン
榛名「提督! お客様です!」ガチャ
提督「ああ?」
妙高「失礼致します。お久しぶりです、提督准尉」スッ
提督「……お前、妙高か? N中佐んとこの」
妙高「はい! ……って、その様子だと、何も聞いてらっしゃらないのですか? 事前にご連絡していた筈なのですが……」
大淀「それなんですが……つい先程その書類が届いたんですよ」スチャ
妙高「……」
提督「……」
朧「なにやってんでしょうね、本営は……」
榛名「???」クビカシゲ
今回はここまで。
お待たせして申し訳ありません。
以中佐鎮守府でのN大尉の活躍の場は収拾がつかないので全カット!
マジごめんよう……。
方向性が決まれば筆が進むんですがね……。
では続きです。
* 応接室へ向かう廊下 *
提督「うちに艦娘を引き取れってか」
妙高「申し訳ありません。ただ、事情が事情でして……この鎮守府でないと引き取ってもらえないだろうと、N大尉が」
提督「ふーん、N中佐は大尉に降格したのか。裁判は終わったのか?」
妙高「はい。条件付きで降格と配置換えという寛大な処分を受けまして……」
提督「条件?」
妙高「はい。ある鎮守府への潜入捜査です」
提督「……つまり、そこの鎮守府の問題児を引き取れと?」
妙高「問題児と呼ぶには語弊がありますが」
コンコン
(応接室前に到着し、ドアをノックする妙高)
妙高「提督准尉が入ります」
カチャ
妙高「提督、お入りください」
提督「おう」スッ
立ち上がってむくれている龍驤「……」
立ち上がって俯いている陸奥「……」
提督「……引き取れってのは、この二人か?」
妙高「はい」
提督「ふーん……じゃあ、とりあえず聞いとくか」
提督「お前ら、生きたいか死にたいか、どっちだ」
妙高&龍驤「「はああ!?」」
陸奥「!?」アゼン
妙高「いきなり何を言うんですか!?」
龍驤「妙高! こいつアホなんか!?」
提督「何言ってやがる、こっちは大真面目だ」
提督「もう死んでもいい、みたいに考えてる奴を面倒見たくないっつってんだよ。面倒臭えからな」
妙高「提督准尉!?」
龍驤「……しょっぱなから何言っとんのや、こいつ」ドンビキ
陸奥「……」ナミダメ
提督「そういう場所なんだよ、ここは。まあいいや、とりあえず突っ立ってねえで座れ」
提督「俺は提督准尉、この鎮守府の責任者だ。お前らは?」
龍驤「……うちは軽空母の龍驤や。こっちは戦艦の陸奥」
陸奥「……」ペコリ
提督「空母? 空母ってお前、航空母艦なのか」
龍驤「なんや、うちが空母やったらなんか文句あるんか!」
提督「いや、空母って言ったら……」
龍驤「胸か! 胸がないちゅうんか! 悪かったなあこんな体で!」グワッ
提督「あぁ? 何言ってんだお前」
妙高「り、龍驤さん落ち着いて! 提督准尉はそういう方ではありませんとさっきも……!」
龍驤「だったらなんやっちゅうねん!」
提督「胸なんか知らねえよ。お前、飛び道具はどうした」
龍驤「……なんのことや?」
提督「空母だったら飛び道具持ってんじゃねえのか? 例えば赤城とか、鳳翔とか……あと大鳳もだったよな?」
妙高「は、はい、そうですけど」
提督「赤城や鳳翔は弓を持ってたし、大鳳のはクロスボウか? 矢なり弾なり飛ばすための道具持ってたろ」
提督「お前はそういうもん持ってこなかったのか、って聞いてんだ」
龍驤「……」
提督「俺、なにか変なこと言ったか?」
妙高「いえ、でも勘違いも無理もないことでして……」
龍驤「……あー、ごめんな。うちの早とちりやった」ジャラ
提督「ん? なんだその手錠は」
龍驤「これ? ていうか、うちらがここに連れてこられた理由、あんた知らんの?」
提督「資料が来るのが遅くてな。妙高が来るのと同じくらいに届いたくらいだ」
龍驤「んなアホな……どこまで連絡不行き届きなん」
提督「まあいいや、とにかく話を聞く。資料に嘘が書いてあるようならすぐ言えよ」
* *
提督「鎮守府をまるっと燃やしたって?」ペラリ
龍驤「うん。全部、跡形もなく燃やして、瓦礫の山にしたったん」
提督「それで手錠か。お前にはそこまでする理由があったわけだな?」
龍驤「うん。いろいろ許せんかったんよ。以中佐は、本当に人でなしやった」
提督「以中佐ね……」ペラリ
妙高「あ、それです。その写真が以中佐です」
提督「……なんだこのデブ。CGじゃねえよな?」
妙高「実在の人物です。身長が2メートル20あります」
提督「はぁ!? マジかよ……腹回りも同じくらいあるんじゃねえの」
妙高「N大尉は『ハート様みたいだ』と言ってましたが……何の事だかわかりますか?」
提督「はーと? 悪い、ちょっと意味わかんねえ」クビカシゲ
妙高「そうですか……あとでN大尉に教えて貰います」
提督「で、こいつがやらかしたことってなんだ?」
妙高「平たく言えば、鎮守府の私物化でしょうか。私設警察団を作って、艦娘を……自分のものにしようとしたんです」
提督「自分のものに……?」ペラリ
提督「……」
提督「おい、なんだこれ。妙高、書き間違いじゃねーのか」
提督「朝飯に肉が1キロとか、なんの冗談だ?」
妙高「冗談ではありません。以中佐は、その食事量を艦娘に強要させていたんです」
提督「馬鹿じゃねーのか? 昼も夜も食わせすぎだ、これじゃ艦娘もまともに動けねえだろうが」
妙高「はい。ですが、食べなければ罰せられる規則になっていました」
提督「なんでそんなことさせんだよ……」
妙高「以中佐は、自分と同じことを艦娘にさせようとしていたんだと思います」
提督「だからって食事もか。デブの基準で食事量考えんじゃねーよ……なんでこんなやつが海軍にいやがんだ」ハァ
妙高「実は、以中佐もちょっと特殊な経歴を持っていまして、もともとは格闘家だったそうなんです」
提督「格闘家?」
妙高「はい。それも、生身の人間でありながら、深海棲艦を撃退したという」
提督「はぁ!?」
妙高「陸に上がった駆逐艦を、体当たりで気絶させたそうで……それでそこの住人が助けられたという証言もあったそうです」
妙高「海軍は彼に感謝状を送り、『提督』として働けないかスカウトしたらしいんです」
妙高「彼のような格闘家なら、艦娘にも近接戦闘の心得などを伝授できるんじゃないかという思惑もあったみたいで……」
妙高「彼自身も艦娘に格闘技を教えられるのならと、同じ量の食事を用意しようと考えたんでしょうか」
提督「本当に手当たり次第だな、海軍の連中は……ちったあ考えろよ」
妙高「いえ、最初のうちは戦果もあげていたんです。しかし、以中佐の交友関係や人柄の評判は決して良いものではなく……」
妙高「評価が上がると海軍の特別警察隊を本営に帰し、親しかった犯罪者まがいの人間を集めて私設警察隊を作ったのを皮切りに」
妙高「徐々に艦娘を縛る規則を作り上げ、鎮守府を支配していった、というのが顛末です」
提督「何やってたんだよ本営の連中は……」
龍驤「その辺は仕方ないと思うで。曲がりなりにも、単冠湾にある鎮守府の中じゃあ、一番戦果をあげとったしなあ」
提督「!」
龍驤「残念なことにあいつは口も上手いんよ」
龍驤「特警には、単冠湾も離島やから地元民じゃなきゃ家族と離れて暮らすのはつらいやろ、って、殊勝なこと言って帰らせたんや」
龍驤「それから、私設警察のメンバーに服役中の犯罪者を入れて、以中佐が更生させるっちゅうプランも挙げとった」
龍驤「一石三鳥か四鳥くらいの大風呂敷を広げて、本営をうまいこと丸め込んだんちゃうかな」
妙高「以中佐が普通に強いというのも一因ですね。私設警察に登用した人材の殆どが軽犯罪者で、以中佐に勝てそうな人がいませんでしたし」
龍驤「経費を節約してその分食事に回す言うてたから。じゃなきゃあ、あんな大量の食糧、供給してもらえるわけがないんよ」
提督「……こすいな」
龍驤「それから、たくさん食わせる狙いはほかのところにもあるで」
提督「? そりゃどういう意味だ」
龍驤「あいつはな、艦娘を太らせたかったんよ」
提督「あぁ?」
龍驤「肉をつけさせて、胸の大っきい娘を侍らせたかったんよ。それで、目ぇ付けられたんが、陸奥や」
陸奥「……」ウツムキ
龍驤「陸奥ももともとはこんな内向的な性格やないねん。どっちか言うたら、よってくる男を軽くいなすお姉ちゃんな感じやったんよ」
龍驤「けど、あいつは力尽くで、嫌がる陸奥を無理矢理、遠慮なーくべたべた触りよってな……」
龍驤「その触り方というか纏わりつき方というか、とにかくキモい以外の感想が出てこんかったわ」
提督「それでトラウマになったってか」
陸奥「……」コク
龍驤「ま、そんなとこやな。以中佐が格闘技やっとった言うのも本当みたいで、反抗した艦娘が返り討ちにあったことも何回かあるんや」
龍驤「遣り込められて、見せしめにセクハラまでされて……うちらがだんだんと以中佐に刃向わなくなったのも、その辺が理由やね」
提督「腕も立つのか。そりゃ面倒臭えな」
龍驤「それから、食事の話で言うなら間宮もひどい目に遭っとんねん。毎日、あの量の料理を準備させられてみ?」
提督「まさかあれを一人で作らされたのか……!?」
妙高「そうです。提督准尉、この写真を見てください。以中佐鎮守府の間宮さんです」スッ
提督「……これが間宮だと? 痩せすぎだろ!?」ゾッ
妙高「彼女は今、私がいた鎮守府でリハビリに入ったそうです。治療はなかなか進んでいませんが……」
提督「最悪だな……それで龍驤は鎮守府に火をつけたってか」
龍驤「まあ、そうやけど……本音は、もっと違うとこや」
龍驤「さっき、以中佐が陸奥を狙ったって言うたな? ほんじゃあ逆に、以中佐はうちのことをどう思ってたと思う?」
提督「どう? ……見た目のことを言って悪いが、子供っぽいって言われそうだな」
龍驤「せやね。うちは見ての通り、ちんちくりんのお子様体型や」
龍驤「それを以中佐は……あいつは、うちのことを『まな板』やら『洗濯板』やら言うとったんや」
龍驤「『軽空母』なら言われたことはある! せやけどうちは、あいつにただの一遍も『龍驤』って呼ばれたことがないんや!」
提督「……」
龍驤「そう呼ぶのがあいつだけならええねん。あいつはそれを、ほかの艦娘に強要しとったんよ」
龍驤「それを嫌がると、お仕置き部屋に連れてかれて、以中佐と私設警察とかいうチンピラどもに、酷いことされるんよ……」
龍驤「そんなん繰り返されたら、みんなおかしくなるやんな? うちと距離おくのも、しゃあない……しゃあないねん」
龍讓「そんで、あの日……うちは我慢できひんかった。なんの魅力もないって言われてたようなもんや。だから、全部燃やしたんよ……」
龍讓「毎日毎日、顔を見るたびにねちねちぶちぶち嫌み言われて……何もかも嫌になっとったなあ」
龍讓「まあ、毎日触られてた陸奥に比べれば……」
陸奥「そんなことないわ……龍讓、あなたは他の艦娘たちを庇っていたんでしょ……!?」
龍讓「……」
提督「妙高。その辺はどうなんだ?」
妙高「は、はい、それは事実です。龍讓さんは、他の艦娘が以中佐に迂闊に近寄らないように、鎮守府の中を見回っていたのは本当です」
提督「そうか。で、そのくそったれの以中佐はちゃんとぶっ殺してきたのか?」
龍驤「ちょっ、そんなことできるわけないやんか!」ギョッ
提督「なんだ、殺ってこなかったのか」
龍驤「いや、確かに殺ってやりたいのはやまやまやけど! あかんて!」
陸奥「……」ポカーン
提督「おい妙高、お前らが潜入捜査に行ったって言ってたけど、N大尉は何してたんだ?」
提督「折角なんだから、こいつらに代わって以中佐の息の根止めてやりゃあ良かったじゃねえか」
龍驤「言うことがいちいち物騒やなキミィ!!」
妙高「提督准尉はこういう方なんです」アハハ…
龍驤「いや、苦笑いで誤魔化したらあかんやろ……」
妙高「それで、N大尉ですが、実は以中佐の鎮守府滞在3日目で音を上げまして……」
提督「短けえな! それで捜査になったのかよ!」
妙高「残念ながら十分でしたよ。陸奥さんへの過剰なセクハラや龍驤さんへの執拗な罵倒、食糧の浪費に間宮さんへの過剰労働……」
妙高「そして、私設警察の横暴と、それによる艦娘への……とにかく、不愉快な3日間でした」
妙高「その生活を長きにわたって強いられていた龍驤さんたちの心情は、筆舌に尽くすことができないものだと思います」
龍驤「まあ、そのうちらの扱いに異を唱えてくれたんがN大尉やったんや」
龍驤「恰好良かったで。大見得切って啖呵切って、うちらをかばってくれて」
龍驤「その直後に以中佐に体当たり貰って伸されてたんは、まあ、しゃあないわな」
龍驤「でも、それがきっかけでうちは腹を決めたんや。うちらの味方になってくれる海軍の人間がおるんなら、うちらは間違ってない」
龍驤「間違ってるのは、以中佐や、て」
提督「……で、それからどうなったんだ?」
妙高「龍驤さんが艦載機を放って、執務室内を爆撃しました。それを機に、ほかの艦娘が次々と加勢して、瞬く間に本館が炎上……」
妙高「私は負傷したN大尉を背負って建物を脱出したので、それ以後は館内の避難誘導を行っていました」
妙高「所属の艦娘は全員保護。私設警察は一部を捕縛しましたが、取り逃した者たちは散り散りになって海へ逃亡しました」
龍驤「海へ逃げた連中は助からんやろうね。なんでかんで深海棲艦が多数潜んでる海域やし、今頃はあいつらの餌になっとんちゃうか」
提督「以中佐はどうしたんだ」
龍驤「うちらが逃げる直前に陸奥に抱き着いて助けを請うてたけど、陸奥がびっくりして第三砲塔が過熱してなあ」
龍驤「艤装が炸裂して、以中佐は火だるまになって吹き飛んで、そのまま海へどぼーん、や! ざまあないで、まったく!」クックック
陸奥「……」ムスッ
龍驤「陸奥は笑いごとやなかったけど、うちらは見ててすっきりしたわ」
龍驤「でもまあ、以中佐のとどめは刺されへんかったし、あいつどさくさに紛れて逃げよったから、その辺は悔いが残るけど……」
龍驤「とにかく、うちがこの騒動を引き起こした。そう本営に伝えて、解体処分してちゃんちゃんにしてもらうつもりやったんよ」
妙高「ですが、龍驤さんは今回の事件の被害者のひとりですし、彼女の反抗がなければ他の艦娘の未来もありませんでした」
妙高「龍驤さんの助命の嘆願が集まったこと、N大尉が以中佐鎮守府の実態を証言したことで、龍驤さんは異動ということになったんです」
龍驤「限りなく追放に近い形やと思うけどな?」
妙高「それから陸奥さんは、以中佐に直接危害を加えたということで、龍讓さんと同じ扱いという形になってしまいましたが……」
龍驤「ま、余所の鎮守府に行っても働けないんちゃうかな。陸奥のトラウマも相当なもんやで」
陸奥「……」ウツムキ
龍驤「んで、うちらはこれから、どんな罰を受けることになるん?」
コンコン
提督「ん?」
朧「朧です。お飲み物をお持ちしました」
提督「ああ、入ってくれ」
朧「失礼します」チャッ
妙高「朧さん! お久しぶりです」ニコッ
朧「お久しぶりです!」ニコッ
提督「妙高、二人の手錠を外してやってくれ、手錠したまま飲み物ってわけにはいかねえだろ」
妙高「! 承知しました、そのように致しましょう」スクッ
龍驤「はぁ!? ええんか!?」
陸奥「!?」
提督「別にいいだろ。何か不服か?」
龍驤「いや、普通こんなあっさり手錠外すとか……なあ?」カチャカチャ
陸奥「……」コク
提督「いいっつってんだろが、しつけえな。俺はお前らのやったことが悪いなんて思っちゃいねえよ」
陸奥「……!」
龍驤「……ほんまかいな」アッケ
妙高「提督准尉は無罪を主張するということですね?」ニコ
提督「以中佐は張っ倒されて当然だろ。ざまあねえやってのが俺の感想だ。悪いか?」
龍驤「いやいや全然! 悪いどころか、そこまで言ってもらえてすっごい嬉しいよ? なあ?」
陸奥「ええ」コク
妙高「提督准尉、手錠を外し終わりました」チャラッ
提督「ん。まあ、飲み物でも飲んで一息入れてくれ。とりあえずここがどんなところか、説明するからよ」
朧「話が終わったら呼んでください。片付けますから」
提督「朧も気が利くな、わざわざ悪いな」
朧「いえ、古鷹さんに言われて持って来ただけですから……」ニコ
妙高「朧さん、元気そうでなによりです。鳳翔さんも気にかけておられましたよ」
朧「本当ですか!? ありがとうございます!」
龍驤「なんや、随分仲がええなあ。もしかして、妙高と古い知り合いなん?」
朧「え? ええ、まあ」
龍驤「なら、N大尉のことも知っとるんか?」
朧「……」
妙高「……」
龍驤「な、なんや、二人してビミョーそうな顔して……」
提督「そういや妙高、N大尉はどうしてる」
妙高「は、はい、今は入院しています。最低1か月は安静にしておくべきだと……」
朧「……あの人が、何かしたんですか」
提督「早い話が、迫害されてたこの二人を助けようとして大怪我したんだと」
朧「……そうですか」
龍驤「いや、そうですか~って、ちょっと冷たいんちゃう!? N大尉は体を張ってうちらを助けようとしてくれたんよ!?」
朧「……そんなの、今更ですよ」クルッ
朧「失礼します」
パタン
龍驤「な、なんやあれ……今更て、なんかあったんか」
提督「まあな。朧の話は後だ、お前らこそN大尉のことをどう思ってんだ?」
龍驤「え? ええっとなあ……最初は、以中佐がスケジュール管理が得意な人材を取った、とかいう触れこみでな?」
龍驤「うちらはてっきり、時間の鬼みたいなやつが来るんかーって、絶望しとったんよ」
龍驤「でも、来てみたらまあなんというか、えらい神妙にした感じの普通の男の人やったから、拍子抜けやったっけな」
提督「……それから?」
龍驤「で、鎮守府を案内したら、うちらのやることにやたらと驚くし、以中佐のやることに眉をひそめてたし」
龍驤「もしかして、以中佐の息がかかっとらん、完全に外部の人か、と思って声をかけたのが2日目の夜やな」
龍驤「そんで、N大尉にうちらがもう限界や! 助けて、なんとかしてー! って直談判して、3日目の昼にN大尉が以中佐へ具申したんや」
龍驤「最初は静かな話し合いやったんやけど、話していくうち以中佐の語気もだんだん荒ぶってきてなあ」
龍驤「それでも一歩も退かずに以中佐に物申してくれたんや。最初は頼りない印象やったけど、あれで見直したんよ!」
提督「今の話、本当か?」
妙高「はい。まさかその返事を暴力で返されるとは思ってもいませんでしたが」
龍驤「で、あいつはN大尉だけじゃなく妙高も始末しようとしたん。それでもう、うちもやる気になって、腹を括ったわけよ」
妙高「その龍驤さんの発艦に呼応して、空母の皆さんが爆撃支援を始めて、結果的に艦娘全体の反乱になったわけです」
龍驤「みんな不満がたまってたからねえ。私設警察の連中以外は、みんな協力して避難してくれたから、人的被害は少なかったんや」
妙高「龍驤さんと陸奥さんだけは、少しやけどをしてしまいましたけどね」
陸奥「……私はいいわ。慣れてるから……でも、龍驤は……」
龍驤「うちもええんや。誰かがやらんと、みんな壊れたん。たまたまうちが引き金引いただけや」
提督「よく本営の連中に信じてもらえたな、今の話」
妙高「以中佐の鎮守府の様子は、私がすべて小型カメラで映像に残しましたから」
提督「そうか、潜入捜査だったな」
妙高「はい」
陸奥「……ねえ、潜入捜査ってどういうこと……? どうしてN大尉が私たちの鎮守府に来たの……?」
妙高「海軍本営は、以中佐鎮守府の成績が異様に良いことを気にしていました」
妙高「本営からの人材なしに、ここまで戦果を挙げられる理由は何か? と……」
提督「妬み嫉み成分が多そうだな?」
妙高「……丁度そのときに、N大尉は身柄を勾留されていたんです。ある事件の容疑者として」
龍驤「容疑者て、なにをやったん……?」
妙高「……それは……」
提督「艦娘管理ツールっつうか、洗脳装置みたいなもんだな。それをN大尉が使ってた」
龍驤「洗脳装置ぃ!?」
陸奥「嘘でしょ……!?」
提督「嘘じゃねえよ。現にこの鎮守府に、そのツールが原因の過労で漂着した艦娘がいる」
龍驤「なんでN大尉がそんなもんを……」
提督「深海棲艦を効率的に邀撃するためだ。やつらのせいで故郷の漁村が過疎で廃村寸前なんだとよ。だから形振り構わずツールに手を出した」
提督「事情はどうあれ、本営はそのツールの使用を禁じた。N大尉は、それで身柄を本営に移されたんだ」
妙高「その後、本営では不正行為を行ったN大尉の処分をどうするかと言う話になりました」
妙高「そんな折に、以中佐鎮守府から人員補充の依頼が来たんです。それも、N大尉を名指しで」
提督「そんなことできんのかよ」
妙高「これはよくあるお話ですよ。降格した『提督』の能力を求めて、あちこちからスカウトされるんです」
妙高「話が前後しますが、その艦娘管理ツールを使って一番戦果を挙げていたのは実はN大尉なんです」
妙高「あのツールは、使用者がきちんとスケジューリングしないと、使ってもあまり効果が得られません」
妙高「もともと綿密なスケジュールを作って執務をこなしていたN大尉だからこそ、ツールを使った戦果が顕著だったとも言えます」
提督「……以中佐は、N大尉の能力を見抜いてたってことか?」
妙高「見抜いたかはわかりませんが、以中佐が艦娘のスケジュール管理を行おうとしていたのは事実です」
妙高「以中佐の鎮守府には、私設警察という犯罪者の更生が建前の組織もありますし……」
妙高「N大尉をそこに編入させて、スケジュール管理を担当させるつもりだったのではないかと」
提督「……もっとストレートに、以中佐の狙いがツールそのものだとしても、おかしくはねえな」
提督「ツールを使って洗脳しちまえば、龍驤でも陸奥でもおとなしく言うことを聞くようになる」
提督「たとえ直接手に入れられなくても、実物を知ってるN大尉から、どこから手に入れたか情報を得られれば無駄じゃあない」
提督「本営相手にN大尉は捕まったんだ。以中佐はN大尉を『同族』と見たのかもな?」
妙高「かもしれません」ウツムキ
龍驤「ちゅうことは、朧はそのツールの被害者なんか?」
提督「いいや、その件の被害者はまた別だ。朧はN大尉に捨て艦にされたんだ」
龍驤「はあ!?」
陸奥「沈んだの……!?」
妙高「……」ウツムキ
提督「ああ、N大尉がツールを使うよりずっと前にな。理由は同じだ」
提督「朧がいい顔しなかったのはそういうことさ。言ってたろ? 今更だって」
陸奥「……」
龍驤「……なら、あんたは」
提督「ん?」
龍驤「あんたはどうなんや。あんたは何をしてここに来たんや」
提督「俺か? 上司に嫌われたんだよ。妖精と話ができると都合が悪いらしい」
龍驤「そんだけなん……!?」
提督「別にいいさ、人間なんか俺含めてどいつもこいつも碌なもんじゃねえし、俺も人間の役に立とうなんて気はねえ」
提督「うちの連中には好きなことをさせてやれるなら、それでいい」
龍驤「……さよか。誰が善人で誰が悪人かなんて、案外わからんもんやな」
提督「N大尉は悪人じゃあねえが、方法を間違って咎められた人間だ」
提督「以中佐みたいに私利私欲にまみれた根っからの悪党じゃねえよ。なあ、妙高?」
妙高「……はい」コクッ
提督「で、そういう愚直なやつほど、他人に利用されやすいもんさ」
提督「あのツールを使うことになったのも、誰かに便利だから試してみろとか唆されたからじゃねえのかね。何のリスクも説明されずに」
提督「ま、N大尉のやったことを好意的に捉えれば、の話だがな」
龍驤「……」
提督「ところで……陸奥。お前、そんなに俺が怖いのか?」
陸奥「!」ビクッ
龍驤「当たり前やんか。向こうでどんな目に遭わされたか……」
提督「その話はいいや、どうせ俺が聞いてもしょうがねえ」
龍驤「おい!?」
提督「そうだろうが。俺がその辺の話を聞いて、薄っぺらい同情の台詞吐いたら何もかも解決するわけじゃあねえだろ」
龍驤「言い方っちゅうもんがあるやろが! 言い方っちゅうもんが!!」
陸奥「……」ビクビク
妙高「……」ハァ
今回はここまで。
というわけで、今回は龍讓と陸奥のお話になります。
続きです。
* 非常口→中庭 *
龍驤「轟沈した艦娘が集まる島、ねえ」
提督「6割……いや、7割がそんなところか。あとは余所から逃げてきたやつや、追い出されたやつばかりだ」
提督「知らないか? 轟沈した艦娘をそのままにしてると深海棲艦になるから危険だって話」
龍驤「うちらは知らんかったわ……そんで憲兵も特警もおらんのかいな」
提督「ああ。人間も男も俺しかいねえ。俺さえ陸奥に関わらなきゃ、陸奥のリハビリにはちょうどいいんじゃねーの?」
陸奥「そ、そうね……」キョロキョロ
妙高「大丈夫ですよ陸奥さん、本当にこの島には提督准尉以外の人間がいませんから」
陸奥「わ、わかってるけど……」
提督「こりゃトラウマも相当なもんだな」
龍驤「まあねぇ……で、ほんまにここに長門がおるんか?」
提督「ああ、最近は戦艦ばっかり増えててな。長門はその中でも一番最初に来た戦艦だ」
龍驤「普通逆やろ……!?」
提督「本当だって。戦艦で言うと、長門が来て、次が比叡で……次が大和か」
龍驤「嘘や!!」
提督「だからうちは普通じゃねえんだよ……」
龍驤「せやかて信じられへんしなあ……大和、うちにもおらんかったし」
妙高「ところで提督准尉、どうしてこんなところを通って行くんですか?」
提督「こっちに厨房の勝手口がある。今日は長門が飯を作ってるからな」
龍驤「は? なんで長門が!?」
妙高「間宮さんもいないんです、この鎮守府は」
提督「厨房もこの鎮守府の艦娘で回り番だ」
龍驤「……」
提督「ここだ。長門、ちょっといいか」ゴンゴン
提督「……」
扉<ガチャ
長門(エプロン着用)「なんだ、まだ仕込みの最中……ん?」
提督「よう。ちょっと付き合ってくれるか」
長門「陸奥……!」
陸奥「長門……っ!」ウルッ
陸奥「長門おっ!!」ダキツキ
長門「うお!? む、陸奥! どうしたんだ!? 提督、これはいったい……!」
提督「まあ、察してくれ。陸奥も龍驤も、さっき余所の鎮守府から来たばかりでな」
長門「……!」
* 中庭(厨房裏) *
長門「そうか、あのN中佐が……」
妙高「結果的にですが、このお二人が以中佐鎮守府焼失の罪をかぶる形で、ここへ異動することになったんです」
長門「大変だったんだな。だが安心すると良い、この鎮守府ならセクハラなんて絶対起き得ないからな」ニッ
龍驤「そこまで言えるんか……」
長門「ああ、この提督が筋金入りのカタブツだからな。誰がベッドに潜り込んでも絶対に手を出さないほどだ」
龍驤「ただのヘタレやん!」
提督「……」
龍驤「それともアレか、ホモなんか!」
提督「……」
龍驤「……ツッコミはどないしたん。反論しいや」
提督「いちいち反応すんの面倒臭え」
龍驤「コミュ障かい!」
妙高「いえ、本当に面倒臭いんです、提督准尉は……」
龍驤「どんだけ人間関係捨ててんねん……」
長門「いや、提督は口こそアレだが面倒見はいいと思うぞ? 冗談や軽口には滅多に乗ってくれないだけだ」
龍驤「マジか……」
長門「そもそも彼がいなければ、この鎮守府も鎮守府として存在していなかっただろう」
龍驤「なんやそれ……」
提督「まあ、それはそれとしてだ。長門は陸奥に抱き着かれっぱなしで大丈夫なのか?」
陸奥「……」ギュゥ
長門「この陸奥がここまでとなると、ちょっと厳しいな。しばらくは私の部屋で休ませてやったほうが良さそうだ」
提督「出撃はどうする、控えたほうが良さそうか」
長門「そうだな……だが、ここ最近で戦艦も増えた。戦力としてはそこまで悲観することはないだろう?」
提督「人数はな。練度で言うならお前が抜ける穴はでかいぞ?」
長門「ならば、龍驤に代わりをお願いしたいがどうだろうか」
龍驤「うちが?」
長門「この鎮守府初の航空母艦だ。空母が入った編成は、この鎮守府では初めてだろう?」
提督「そういう話なら頼みたいところだが、今、陸奥をフォローできるのは長門と龍驤だけだからな」
提督「できればもう一人くらいサポートできる奴がいてほしいところだが……」
<ナガトサーーン!
長門「潮!」
長門から離れる陸奥「!」ビクッ
タッタッタッ
潮(エプロン装備)「あ、あの、今日の分、下拵えまで終わりましたから、もう、厨房は大丈夫、です……!」
長門「終わったのか? 全部任せてしまってすまないな」
潮「ふ、古鷹さんにも、手伝ってもらいましたから……!」
龍驤「……」ジトォ
潮「……ひっ!?」ビクゥ
提督「おい、何してんだ龍驤」
龍驤「ん……!? あ、ごめん……今、うち変な顔しとったん?」
潮「あ、あの、提督さん……!?」プルプル
提督「……どいつもこいつも、いろいろ抱え過ぎだ」ハァ
長門「貴様が言うか」
妙高「……」
* 執務室 *
提督「どうすっかな……」
大淀「今度はなんですか?」
提督「陸奥もそうだが、龍驤もそれなりに傷がでけえな」
大淀「と仰いますと?」
提督「龍驤に胸の話は禁句だってところだよ。妙高もさっき見てたろ?」
妙高「はい」
提督「さっき陸奥を長門に会わせたときに、厨房で仕込みを手伝ってた潮が走って来たんだが、龍驤がすげえ目をして潮を睨んでたんだよ」
提督「多分だが、背が高くなくて胸がある艦娘を龍驤の傍に置いとくと、あいつも気に病みそうだ」
大淀「……離してあげたほうが良いと?」
提督「ああ。ただ、陸奥は俺が関わりに行かなきゃいいだけだが、龍驤の場合はそうもいかねえ」
提督「こんな時に限って、駆逐艦の半数が長期遠征ときたもんだ。確か、小柄なやつが選ばれてなかったか?」
大淀「はい、ええと……朝潮さん、霞さん、朝雲さん、暁さん、電さん、五月雨さんですね」
提督「タイミングが良くねえんだよな。周りがでかい奴ばかりじゃ、龍驤も気が休まる場所がなくねえか?」
大淀「そうは仰いますが、そこまで神経質にならなくても……」
提督「ちょっと神経質くらいのほうがいいぜ? 俺、正直に言うと大和が苦手なんだよ」
妙高「それは……どうしてですか?」
提督「俺よりでけえ、っつうのがな……劣等感を煽られるっつうか、コンプレックスを刺激されるというか」
提督「本人に悪気はなくても、当人は勝手に気にしちまうもんなんだ。多分、龍驤もそうだ」
提督「俺が空母かって訊き返したときも過剰反応してたし、他人より小さい分だけ余計に気になっちまうんじゃないか?」
提督「ガタイのいい長門なら諦めもつくだろうが、潮みたいな例外を見るとやっぱり、なあ?」
大淀「……あるかもしれませんね」
提督「俺は男だから、女の龍讓の気持ちはそこまでわからないが、むしろあいつの方が過敏になってるよな」
提督「そういう意味じゃあ、はっちゃんあたりも会わせたらまずいよなあ……」
ドタドタドタ
提督「……おい、もしかしてもうそうなったか?」アタマカカエ
大淀「そんなまさか……」
妙高「そうですよ、いくらなんでも、こんなに早く……」
ガチャバーン!
伊8「たいへん! 大変です!!」
提督「……どうしたよ」ハァ
伊8「龍驤さんが、初雪ちゃんと揉み合って、それから、すごい顔して出て行っちゃったんです!」
提督「そうかよ……どうしてこうなるかねえ……」ガックリ
大淀「……」
妙高「……」
提督「大淀。旗艦敷波、以下神通、那珂、利根で第3艦隊編成、電探と偵察機積んで龍驤の捜索に当たってくれ」
大淀「は、はい!」
提督「俺は初雪のところに行ってくる。はっちゃん案内しろ」
伊8「こっちです!」タッ
大淀「……あ、もしもし明石? 今そちらに利根さんはいますか?」
妙高「この鎮守府も大変なんですね……」
* ビニールハウス *
畑の真ん中で蹲っている初雪「……うう」
伊8「こっちです!」ザッ
提督「初雪!」ザッ
初雪「!」ビクッ
提督「初雪、大丈夫か!?」
初雪「来ないで……っ!!」
提督「!? 来るな……って、あの白い帯はなんだ? 包帯か? 怪我してたのか?」
伊8「さらしです。あれで胸を隠してたみたいなんです」
初雪「来ないで……見ない、で……!!」グスッ
提督「……わかった。だが、見るなってのはなんでだ?」
初雪「……」
提督「……」
初雪「だって……私、普通じゃ、ないし」
初雪「私は、普通で、いい……こんな、の、別に、欲しかったわけじゃないし」
初雪「胸が、大きいからって、みんなと違う目で、見られるの、嫌、だったし」グスッ
初雪「目立ちたくないのに、隠したら、隠したで……いろいろ、言われるし……!」ポロポロ
初雪「ひそひそ、言われるのは、いや……!!」
提督「……」
* 寮 廊下 *
提督の上着を羽織った初雪「……」
提督「……」キョロキョロ
伊8「……」サッサッ(←『来てもOK』のハンドサイン)
提督「……」タタタッ
初雪「……」コソコソッ
伊8「……あのときと逆ですね」
提督「そういやそうだな」
初雪「……誰も、いない?」
提督「ああ、いまのうちだ」タッ
ガチャ パタン
伊8「ふう」
提督「遠征や演習で出払ってるやつが多くて助かったな」
初雪「……あ、あの……あ、りがと……ございます」ポ
提督「おう」ゴソゴソ
伊8「提督、なにしてるんですか」
提督「ドアに明石の隠しマイク仕込まれてないか確認してる」
初雪「!?」
伊8「さすがにそれはないと思います……」
提督「ま、仕込む理由がないから大丈夫だと思うが一応な」
初雪「……」
提督「とりあえず、初雪が胸をさらしで隠してたのは、変な目で見られたくなかったって認識でいいんだな?」
初雪「……はい」コク
伊8「別に隠さなくてもいいと思うんだけど」
提督「本人が言いたくないって言ってんだから、そうしようぜ。目立ちたくない、放っておいて欲しい、って気持ちは俺も少しわかる」
提督「だから俺はこのことは他言しねえ。はっちゃんも内緒にできるか?」
伊8「ん……わかりました。誰にも言いません」
初雪「……!」
提督「よし、残る問題は龍驤だな。わざわざさらしを巻いて胸を隠してた初雪にまで突っかかるあたり、重症だ」
伊8「龍驤さん、あのまま沖に出て行っちゃったんです。とにかく連れ戻さないとどうにもできません」
提督「ったく、どうしたもんかね……あ」
伊8「どうしました?」
提督「お前、さっき龍驤と初雪が揉めてた、って報告してたよな? 理由を聞かれたらやばくねえか?」
初雪「……!!」サーッ
伊8「うーん……それなら、はっちゃんが突き飛ばされたことにしましょう?」
提督「なに?」
伊8「というか、はっちゃんも龍驤さんに突き飛ばされたんです。揉み合いを止めようとしたせいで」
伊8「なので、はっちゃんが龍驤さんに突き飛ばされたところを、初雪ちゃんが注意したら揉み合いになった、ってことにすればいいと思います」
提督「……悪くねえな。初雪もそれでいいか?」
初雪「は、はい」
提督「ところで野暮なことを聞くが、N中佐も初雪の胸のことは見抜いてたのか?」
初雪「それは、わかんない、です……噂されるのが嫌で、ずっと部屋に引き籠ってたから、呼び出されたと思うんだけど……多分」
提督「そうか……そうだな。むしろ知ってたらさらしを解くように命令してたかもしれねえな、あのイヤホンで」
初雪「え……それって」
提督「あいつ、胸のでかい艦娘が好みらしい」
初雪「」
提督「今なら、その胸とさらしのおかげでお前がここに漂着した、って推測できるな」
伊8「どうしてですか?」
提督「胸を隠すように巻いてたら、その分圧迫されて苦しいだろ。他の艦娘より疲れるのが早いはずだ」
初雪「……」
提督「偶然が重なったとはいえ、お前が倒れてここに来たのも、ちゃんと理由があったってことだな」
提督「畑仕事も重労働だ、頑張ってくれるのはありがたいが、ちゃんと休んでおけよ?」
初雪「……はい……」コク
提督「で、はっちゃんは怪我とかしてないのか?」
伊8「ああそうだ。はっちゃん、突き飛ばされたときに尻餅ついちゃったんですけど」フリムキ
伊8「おしりに痣ができていないか、見てください」ミズギグイッ
初雪「!?!?」カオマッカ
提督「……いや、特に青くも赤くもなってねえな」
伊8「んん、そうですか。Danke」ゴソゴソ
提督「触って痛みがあるなら、すぐ工廠へ行けよ?」
伊8「はい、わかりました」
提督「じゃあ、俺は執務室へ戻る。初雪、上着返してもらっていいか」
初雪「! ……!」コクコク
提督「よし、じゃあ、落ち着いたら適当に持ち場に戻ってくれ」ガチャ
パタン
伊8「……」
初雪「……ね、ねえ」カオマッカ
伊8「はい?」
初雪「し、司令官に、おしり、見せてたけど……大胆すぎる、と、思う……」
伊8「提督は、性行為にトラウマがあるみたいなの。無意識に考えないようにしてるっていうか、遮断してるっていうか」
伊8「多分、おっぱい見せても、絶対手を出してくれないよ? だから、提督にはばれても変なことにはならないから、きっと大丈夫」
初雪「……そ、そうなの?」
伊8「うん。裸で迫っても、提督の魚雷は全然反応してくれなかったし」
初雪「ぎょ……!?」ボフッ
伊8「あ、今の話は内緒ね?」
初雪「……」コクコク
伊8「あと……この島に流れてくる艦娘の遺体をたくさん見てることも、影響してるかもしれない」
初雪「……!」
伊8「提督が、ちょっとでも間違ってはっちゃんに手を出してくれれば、その拍子でトラウマも直せると思ったのに」
初雪「……わ、私の部屋で、そういうことしないで……」ミミマデマッカ
伊8「オウ……ごめんなさい」
* 一方その頃 太平洋上 某所 *
龍驤「……」
龍驤「……」
龍驤「……あかん」
龍驤「ここ……どこ?」ゴーーーン
龍驤「うそやん……うち、自分で自分の居場所見失うくらいまで思い詰めとったんか」
龍驤「ああもう、なにやっとんねん! 早く戻らんと……」
ズズズ…
龍驤「……な、なんか、聞こえたかな」
ズゴゴゴゴ゙…
龍驤「……え、えらい近くで、い、嫌な気配がするなあ……?」
「アラァ、嫌ダナンテ……」
龍驤「……」フリムキ
戦艦棲姫「ゴ挨拶ネェ……!!」
龍驤「ーーーーー!!」パクパク
戦艦棲姫「コンナトコロニ、独リデ来ルナンテ……道ニ迷ッタノカシラ?」
龍驤「せ、戦艦棲姫……な、なんでこんなところに……!」
戦艦棲姫「ナンデ? ウフフ、ヤッテ来タノハ貴女デショウ? 折角ダカラ、ユックリ寛イデイクトイイワァ……!」ニィッ
龍驤「は、ははは……で、できれば遠慮させてもらおかな……!」ジリッ
戦艦棲姫「遠慮ナンカシナイデ……ココデ、海ノ底ニ……」ガシャン ガシャン
龍驤「……っ!」クルッ ザァッ!
戦艦棲姫「沈ンデ、逝キナサァイ……!!」ガシャン!
ドガガガァン!
龍驤「ひいいいいい!!」ザザザァッ!
龍驤「あかん! めっちゃあかん! こんなとこ、うち一人でなんとかなるわけないやん!!」
龍驤「まともな艦載機も積んでないのに、戦闘なんかできるわけないて!」
ドガガガァン!
龍驤「ひいいいい! またきたあああ!」
バシャバシャー
龍驤「危な! めっちゃあっぶなあ!! ちょっちかすったでええ!!」
龍驤「けど……もうちょいや、もうちょい距離が開けば……!」チラッ
龍驤「……うん、このくらいの間合いなら……よっし、逃げるで!!」ザァァァッ
*
龍驤「……ひぃ、へぇ、はぁ、ふぅ……」ゼーゼー
龍驤「こ、ここまでくれば大丈夫やろ……」
ゴン
龍驤「おわっ!?」バシャーン
龍驤「な、なんや!? なんに蹴躓いたんや! 流木かなんかか!?」
骸骨?「」プカ
龍驤「ひわぁぁぁあああ!?」ビクウウウウ!
龍驤「ほっ、ほ、ほ、骨やあああ!?」
骸骨?「……」
龍驤「え、なに!? なんなん!? い、生きとるんか、この骨!?」
骸骨?「……す……」
龍驤「うん……?」
骸骨?「た……す……」
骸骨?「……け……て」
龍驤「も、もしかして、生きてるん?」
骸骨?「生き……て……る……」
龍驤「もう、骨と皮みたいなもんやないか……ずっと海を漂っておったんか!?」
骸骨?「……そ、う……」
龍驤(こんな餓死寸前の子、初めてや。向こうの鎮守府じゃあ、食べたくなくても食べさせられたくらいなのに)
龍驤(やっぱり、どこかで世の中は繋がっとるんや。向こうの歪みが、こっちにしわ寄せてきとるんや……!)
龍驤「こんなん可哀想すぎるやんか……しっかりしいや!」
骸骨?「……」
龍驤「あ、あかん! 寝たらあかんて! うちが鎮守府まで連れて行くから、しっかりしい!」ヨイショ
龍驤「って、軽! 予想はしとったけど、軽すぎや!」
龍驤「うん、これならそんなにスピード落とさへんでも行けるわ! ええか、飛ばすでぇ!!」ザァァァッ!
骸骨?「……」
龍讓(この子は、死なせちゃあかん……絶対に、うちが助けるんや……!!)
今回はここまで。
続きです。
* 墓場島鎮守府 執務室 *
龍驤「迷惑かけて、ほんまに、すいませんでした」ドゲザ
提督「……いいけどよ、別に。被害もねえわけだし」
敷波「司令官、本当に大丈夫なの? 戦艦棲姫と出会って逃げてきたとかさあ、あたしたちにとっちゃ未知の相手だよ?」
提督「見つかったとはいえ、一発も当てずに逃げてきただけだから、向こうも躍起になってこっちを探すようなことはないだろ」
敷波「だといいけど……」
神通「追いかけてくる可能性は極めて低いと思います」
敷波「そうなの?」
神通「戦艦棲姫のような大物は、本営が発表する大規模作戦時に姿を現します」
神通「逆に言えば、特定の時期、特定の海域にのみ出現しますから、余程のことがない限りその海域から出てくることはありません」
敷波「そっか、良かったぁ……」
提督「龍驤は、たまたまその特別な時期の海域に迷い込んで、戦艦なんとかと鉢合わせた、ってことか」
敷波「ついてなかったんだねー……」
神通「私は運が良かったと思いますよ。あの戦艦棲姫から逃げおおせたんですから」
那珂「提督さーーん!」キラキラキラ クルクルクル スターーン!
提督「報告にエフェクトとターンとポージングは要らん」
那珂「そんなぁ!? 最重要項目ですよ!?」
神通「なにがあったんですか?」
那珂「龍驤ちゃんが連れてきた艦娘、誰だかわかったの! 空母の雲龍さんだよ!」
提督「雲龍?」
那珂「うん! ただ、修復剤の効きが悪いみたいで、まだ目を覚まさないの!」
提督「まあ、あの姿じゃ無理もねえな。龍驤、いつまでも土下座してねえで、雲龍の様子でも見に行ってこい」
龍驤「え、ええのん?」
提督「雲龍を助けてきたのはお前だ。お前が看に行かないで誰が行くってんだ」
* 工廠 入渠ドックの外 *
明石「龍驤さんとの遭遇がもう少し遅かったら、手遅れでしたね」
提督「なんでこんなことになったんだ?」
明石「雲龍さんなどの一部の艦娘は、特定海域でしか邂逅できないんです」
提督「特定海域? 神通が言ってた特別な海域のことか」
明石「はい。深海棲艦の群れが大きくなると、鬼級や姫級と呼ばれる強力な深海棲艦が発生しやすくなります」
明石「鬼級や姫級は世界にとって大きな脅威となりますので、本営はこれを掃討するために大規模作戦の開始を発令するわけです」
明石「しかし同時に、そういう大物のいる海域は、特別な艦娘が生まれやすい環境でもあるんです」
提督「雲龍はそういう特別な条件下の海域でしか出てこない艦娘だということか」
明石「はい。深海棲艦の存在によって海域の『なにか』が変わって、その海でのみ特殊な艦娘が生まれるというのが、私が信じてる説です」
明石「今回は、その深海棲艦の群れがたまたま近くの海域を移動中で……」
明石「たまたまそこに迷い込んだ龍驤さんが、その中にいた雲龍さんをたまたま発見し、救助できたんだと思います」
明石「前回の大規模作戦が半月ほど前ですから、おそらくその時期に発生した群れの生き残りなんでしょう」
提督「雲龍もそのくらいに生まれたってことか」
明石「だと思います。で、その作戦時に誰にも見つけてもらえなかったと」
提督「そうなったら、そのまま死ぬのか?」
明石「そうなるでしょうね」
提督「……理不尽なもんだ」
明石「そこは割り切るしかありませんよ。戦争ですもの」
* ドック内 *
(風呂のような水槽に痩せこけた骸骨?→雲龍が浮かんでいる)
龍驤「まだまだ骨みたいやなあ……」
利根「うむ。明石が言うには、もうしばらくは修復剤に浸しておかねばならんそうだ」
雲龍「……」
利根「もう少ししたら修復剤に栄養剤やら肌の保湿剤やらを混ぜてゆっくり体に浸透させて、それから食事の練習じゃな」
利根「衣服も準備してやらねばならん。痩せ細ったせいで、元の衣装ではサイズが合わなくて着られなくなっておる」
利根「とにかく何も食べずにおったから、普通の水すら飲むのに難儀するであろうよ」
利根「まずは重湯から作るべきじゃが、暁が遠征で不在じゃからなあ……比叡に頼むか習うかせねばな」
龍驤「ひ、比叡!? じょ、冗談やないで! 毒を作れっちゅうんか!?」ガクゼン
利根「……その反応も毎度恒例じゃなぁ」ハァ
* それから3日後 執務室 *
潮「おはようございます……!」
陸奥「おはようございます……」
提督「よう。陸奥、あんまり顔色良くないみたいだが、大丈夫か?」
陸奥「は、はい、なんとか……」
提督「そうか、無理すんなよ」
大淀「今日は昨日お知らせしたとおり、潮さんと陸奥さんが秘書艦です」
大淀「長門さんからは、潮さんのおかげで陸奥さんも鎮守府に馴染めできていると聞いています」
大淀「今日はその区切りといいますか、仕上げの段階、と言う感じですね」
提督「思ったより早かったな?」
大淀「やっぱり、鎮守府内に男性がいないのが大きかったと思います」
提督「そうか。とりあえず俺はいつも通りでいいんだろ?」
大淀「はい。提督と一緒にいられるかどうかが一番重要ですから」
潮「あの、私と同じように、陸奥さんに接してもらえれば、大丈夫だと思います……!」
提督「そういうもんか? まあいいや、試すだけ試してみるか。陸奥、無理があるようならすぐに言えよ?」
陸奥「は、はい……!」
提督「それから、今朝は工廠へ行って雲龍の様子を見て回ってきた」
提督「起き上れるくらいには回復したが、まだ食い物が受け付けられないらしい」
大淀「お腹が弱っているということでしょうか」
提督「多分な。無理に食わせても戻しちまうから栄養が取れなくて、立って歩くのもつらそうだった」
提督「龍驤も付きっきりで看病してるが、さすがに疲れてきてるみたいだな」
大淀「そうですか……」
提督「ただ、俺たちが気をもんでも何にもならねえ。明石もいるし、俺たちは俺たちの仕事をする」
大淀「はい」
陸奥「……」
潮「あの、陸奥さん、なにかあったら、すぐ教えてくださいね」
陸奥「……ありがとう」
* 昼 *
提督「潮ー」
潮「は、はい!」ガタッ
提督「今月の申請書はこれで全部だ。確認頼む」
潮「わかりました……!」
提督「人数が増えたもんで食費が馬鹿になんねえな。もう少し自給自足できりゃあいいんだが……」
提督「畑は初雪が見てくれてるけど、もう少し拡張しないと自給が追いつかねえ」
潮「……でも、初雪ちゃん一人で見るのは大変だと思います」
提督「そうだよなあ……もう一人くらい専任がいてもいいよな」ウーン
陸奥「……」
潮「……陸奥さん?」
陸奥「! な、なに?」
潮「なんだかぼーっとしてましたけど、大丈夫ですか?」
陸奥「う、ううん、なんでもないわ。大丈夫」
潮「……やっぱり、顔色が悪い気がしますけど」
陸奥「大丈夫よ……!」
潮「やっぱり、提督さんがいると落ち着かないんですか?」
陸奥「そんなことはないわ……あの鎮守府に比べたら天国と地獄みたいだもの」
潮「そ、そんなにひどかったんですか」
陸奥「ええ、いつ迫られるか、気が気じゃなかったから……」
陸奥「でも、准尉はなにかするときに必ず声をかけてくれるし……今ここで過ごすこと自体は、全然苦痛じゃないから」
潮「陸奥さん……」
コンコン
大淀「大淀です。失礼します」チャッ
大淀「提督、そろそろ昼餉に致しましょう。比叡さんからお弁当をいただいてきました」
提督「弁当?」
大淀「はい、今日は屋外で作業している方が多いので、お弁当を作ってみたそうです」
大淀「ポットにお茶も入っています、今ご用意しますね」
提督「弁当か……比叡の飯は向こうでも大好評だったんだよな」
潮「む、向こうって……朧ちゃんや初雪ちゃんがいた鎮守府ですか?」
提督「ああ。からあげとか一口ハンバーグとかあったんだけど、あっちの卯月と望月がすっげー勢いで全部食いやがってな」
提督「そのあと、こっちに来た鳳翔が比叡に作り方を教えてもらってたから、今頃向こうでも流行ってるんじゃねーかな」
潮「おいしいですからね……!」ニコニコ
大淀「提督、どうぞ。こっちが潮ちゃんと陸奥さんのぶんです」コトッ
提督「おう、ありがとな」
潮「ありがとうございます……!」
陸奥「……」
提督「……相変わらず手が込んでるな。今日は由良と如月が手伝ってたんだっけか」カパ
大淀「はい。如月さんからは味わって食べてくださいと言伝を預かってますよ」
提督「そうか」
潮「そ、それじゃ、いただきます! ……もぐ、もぐ……んん……っ」ニコー
提督「相変わらず幸せそうに食べるな……」
大淀「ですね」ニコニコ
陸奥「……」
提督「……陸奥? どうした」
陸奥「……」
潮「陸奥さん……?」
陸奥「……ぅ、ぐ……!」グラッ
ドタッ
提督「陸奥!」ガタッ
潮「む、陸奥さん……陸奥さんっ!?」
提督「おい! しっかりしろ! 陸奥! おい!!」ユサユサ
陸奥「ぅ……」
提督「……大淀! 明石に連絡だ!」
大淀「は、はいっ!!」
* 工廠 入渠ドック *
提督「龍驤も倒れただと!?」
明石「はい、真っ青な顔をして倒れてしまって……!」
提督「飯は食ったのか?」
明石「食べたんですけれど……」
提督「けれど?」
明石「尋常じゃなく早食いだったんですよ。余程お腹が減っていたのか、雲龍さんのために用意した重湯まで食べたいと言い出して……」
提督「……」
明石「陸奥さんは食べる前に倒れたんですよね?」
提督「そうだ。腹を抱えていたから胃痛の類だと思うが……明石はなんともないのか?」
明石「は、はい。同じお弁当を食べたんですけど、私はなんともないですよ」
提督「じゃあ、弁当が原因じゃねえんだな……」
明石「そ、そうですね……!」
提督「……もしかして、どっちも摂食障害ってやつか?」
明石「え?」
提督「俺も急に食生活が変わった時に経験したんだが……仮説として聞いてくれ」
提督「龍驤と陸奥は、前の鎮守府で大食いを強要されていた」
提督「無理矢理胃袋をでかくさせられて、ある日いきなり普通の量の飯を出されたら、それは足りなく感じるよな?」
明石「え、ええ……」
提督「龍驤の場合は空腹で倒れたんだろう。食べ過ぎても、必要な栄養分だけ吸収するように体が順応したとしたら……」
提督「食べる量が減れば、その分吸収できる栄養も減って、栄養失調になる。それで倒れた、って考えられる」
明石「……!」
提督「陸奥は背負ってドックへ連れてくるときに、頻りに気持ち悪いと訴えていたし、酸っぱい匂い……多分胃液だな、それが出過ぎてる」
提督「大量の飯を食べるのに慣れたせいで胃酸過多になって、胃を壊したように思えるな」
明石「よ、よくそこまでわかりますね!」
提督「適当だけどな。どっちにしても、俺はいきなり食事量が変わったせいで起きたことだって推測してる」
提督「そういう観点で、なにか治療法はねえのか」
明石「そんなこと言われても、私はどちらかと言えば外科医みたいなものですし……!」
提督「これは内科医の仕事か……」
明石「い、いったいどうしたら……」
提督「……」
明石「……」
提督「そうだ……おい明石。バケツは今どのくらいある」
明石「へっ?」
提督「あれの中身を……修復剤をあいつらに食わせたら、体の内側を直せないか?」
明石「え、ええええ!? あ、あれ、食べられるんですか!?」
提督「N大尉の鎮守府の厨房にあのバケツが置いてあったのを見たんだ。鳳翔に聞いたら、料理に混ぜてくれってリクエストが来るらしい」
提督「どういう理屈か知らねえが、修復剤は怪我とかを直すんだろう? 胃袋に直接流し込んでやれば、効果あるんじゃねえか!?」
明石「……私はやったことありません。でも、試してみる価値はあると思います!」
明石「その話が本当だとしたら、大発見ですよ!!」グワッ
提督「お、おう……」
* ドック内 病室 *
潮「陸奥さん、しっかりしてください!」
長門「龍驤も倒れただと!?」ダダッ
大淀「な、長門さん落ち着いて!」
長門「し、しかし……!」
利根「気持ちはわかるが静かにするんじゃ」
ガチャバーン!
明石「みなさん! 治療のご協力をお願いします!」
大淀「明石!?」
潮「な、なんですかその脚立!?」
提督「おい明石、このバケツはどこに置くんだ!」ガシャガシャ
長門「提督も来たのか!?」
明石「とりあえずここにお願いします! 陸奥さんから治療を始めましょう!」ガシャッ
潮「え? ど、どういうことですか!?」
明石「話はあとです! 提督、陸奥さんの上体を起こして、顔は上に向けてください!」
提督「こ、こうか!?」グッ
陸奥「……う、うう……」ムクッ
明石「はい! そのまま、口を開けさせてください!」
提督「わかった」グイ
ガポッ
陸奥「……もが?」
潮「な、なんですか、あれ。漏斗?」
大淀「ろうと、というより、じょうごですかね……サイズ的に」
明石「よし、それじゃ行きますよ!」キャタツノウエデバケツカマエ
提督「え」
陸奥「!?」ギョッ
潮「!?」
大淀「!?」
利根「!?」
長門「明石!?」
明石「修復剤、投入!!」バケツザバーー
陸奥「もぼがばごぼっ!?」ゴボボボー
潮「む、陸奥さあああああん!?」
大淀「な、なにをしてるんですかああああ!?」
明石「修復剤を胃袋に直接流し込んでいるんです!」ドヤッ!
長門「そんな無茶苦茶な流し込み方があるかああああああ!!」
陸奥「……も……! ごぼ……っ! お……!」ジタバタ
提督「おい明石、大丈夫なのかこれ!?」
明石「提督は動かないで! もう少しです! もう少しで終わりますから!」
陸奥「……っ……っ!」プルプル
潮「あわわわ……!」
利根「……」アングリ
提督(……俺、余計なこと言わなきゃ良かったか?)タラリ
明石「よし! これでオーケーです!」バケツカラッ
陸奥「」チーン
長門「何がオーケーなものかあああああ!!」
潮「む、陸奥さん? 陸奥さぁぁん!」オロオロ
明石「今回陸奥さんが倒れた原因は消化器系の問題と思われます! だとしたら修復剤を直接お腹に入れるのが一番効果的です!」
大淀「だとしても、やり方に問題があるとしか言えませんよ!?」
明石「次は龍驤さんですね!」
大淀「話聞けよ!」ゴォッ
潮(提督さんそっくり!?)ビクッ
提督(誰だ今の!?)ビクッ
龍驤「う、うう……なんや、騒がしいなあ……」
陸奥「」シロメ
龍驤「」
明石「提督、さっきと同じように龍驤さんを抑えててください! 早く!!」ギラッ
提督「あ、ああ」ガシ
利根(あの提督が気圧されておる……)タラリ
龍驤「ちょっ、な、なにするん!?」
明石「大丈夫、龍驤さんのお腹の治療です! 治療ですよ!」ギラギラッ
龍驤「あ、明石! その血走った眼はなんやねん!?」
明石「いいから口を開けてください!」ガポッ
龍驤「がぼっ!?」
明石「はい、上を向いてぇ! 投入うう!!」バケツザバー
龍驤「ごぼがばぼべーーーー!?」ゴボボボー
潮「」シロメ
大淀「」シロメ
利根「なんなんじゃこの地獄絵図は……」
提督「これで治らなかったらどうする気だ……」タラリ
長門「陸奥! しっかりしろ、陸奥ーーーー!!」
今回はここまでー。
どうしてこうなった……。
それでは続きです。
* 工廠 *
明石「あいたたた……どうして長門さんからげんこつをもらわなきゃいけないんですか」タンコブ
提督「お前ノリノリだったじゃねえか、目が怖かったぞ。つーか、お前のせいで俺までげんこつ食らったんだからな?」タンコブ
明石「発案者は提督じゃないですかー」
提督「そうだけど、あんな治療法あるかよ。もうちっとスマートにできなかったのか?」
明石「カテーテルでもあればできたでしょうけど、そう都合よく持っていませんでしたし!」
明石「とにかく、小一時間もすれば胃腸に浸透して効果も出てくるでしょうから、お茶の時間にでも見に行きますよ」
提督「……うまくいくといいがな」
明石「そうですね。雲龍さんにも少量ですが似たように処方しましたし、これでうまくいかなかった人はまた別の方法を試してみましょう」
提督「……無理はさせんなよ?」
明石「ええ」ニマー
提督「なんつうか不安になる笑顔だな……まあいい、俺は執務室に戻る。陸奥を連れてきて昼餉を食べ損ねたからな」
明石「はい、こちらはお任せください! それにしても、修復剤を料理にですか……どんな味がするんでしょうね」
提督「修復剤自体は無味無臭だったな。水あめみたいな感じだった」
明石「……え」
提督「? どうかしたか」
明石「い、いえいえ!」ブンブン
提督「? ……とりあえず俺は執務室に戻るぞ」
明石「はい!」
パタン
明石「……提督が、修復剤を食べたってこと……!? そ、それこそ大丈夫なの……!?」
* その日の1530 食堂 *
龍驤「……うまいなあ、このパンケーキ」モギュモギュ
陸奥「本当……」モグモグ
龍驤「比叡が作るっちゅうから、どうなるんかめっちゃ不安やったけど……」モギュモギュ
陸奥「見ただけでお腹が鳴ったものね……」モグモグ
龍驤「それに、好きな分だけ食べられるて、ええな……」ポロ
陸奥「そうね……幸せだわ」ウルッ
龍驤「食事までトラウマになったら、うちらどうしたらいいかわからんし」ポロポロ
陸奥「もう……泣きながら食べたらしょっぱくなるわよ」グスッ
龍驤「陸奥やってそうやんか」グシグシ
提督「……よう」
陸奥「!」ビクッ
龍驤「な、なんや!?」ビクッ
提督「あー……その、昼間は悪かったな。修復剤の件、明石に持ちかけたのは俺だが、考えてた以上に荒っぽいっつうか……」
龍驤「そーやなあ! 無理矢理やったなあ!」
提督「……」
龍驤「な、なんや、文句あるんかい」
提督「いや。すまなかった」ペコリ
龍驤「……!」
陸奥「……!」
龍驤「い、いや、いつまでも怒っとるわけやない。やり方は考えて欲しいんや! な!?」オタオタ
陸奥「そ、そうね……」オロオロ
龍驤「結果オーライやったけど、同じことを起こしたらあかんねん! な?」
提督「そうだな。次がないのが何よりだが、もしあったらもっといい方法を考えなきゃな……明石にも相談する」
龍驤「……ところで、雲龍には修復剤を少ししか飲ませんかったって聞いたけど、なんでや?」
提督「龍驤たちは食べさせられすぎて胃拡張気味だったと思うが、雲龍は逆に飲まず食わずだからな。胃縮小を心配したんだ」
龍驤「うちらにがぶ飲みさせたんは、大食いしてたからなんか……」
提督「つっても、あそこまでやる気はなかったがな……」
陸奥「雲龍には、普通の食事は駄目なの……?」
提督「しばらくは重湯やおかゆで食べ物に慣れてからだな。余所じゃ修復剤を混ぜて食べさせてる例もある」
提督「お前たちがこんなに早く回復したんだから、雲龍もすぐにここに来られるようになるんじゃないか?」
龍驤「……だとええなあ」
提督「しばらくは様子見だ。お前たち自身も、落ち着く時間が必要だろ」
龍驤「そうやね……」
提督「それでだ。今なら、死にたいとは言わないよな?」
陸奥「……!」
龍驤「……まあ、せやね。やっとまともな生活できそうやし、考えたほうがええかなあ」
陸奥「そうね……」
山城「有耶無耶に、そうね、じゃなくて、はっきり言っておいたほうがいいわよ」ズイ
龍驤「!?」
提督「山城……!」
山城「私よりも薄幸そうなオーラを放ってる一団だもの、この辺で決意表明でもしておいて、腹を括ったほうがいいんじゃない?」
提督「まあ確かにな。そうすりゃ出撃とかも任せるつもりだ」
陸奥「……出撃……」
提督「どうする?」
龍驤「……そうやなあ。うちは、ここで人生始め直しても、ええかもしれんなあ。陸奥はどうするん?」
陸奥「そうね……出撃、させてもらおうかしら」
陸奥「いろいろ、たまってたのかもしれないわ。外で思いっきり、鬱憤を晴らすのもいいかも、ね……!」
提督「……陸奥もやっと笑ったか。これなら一安心だ」
陸奥「!」
山城「なにそれ。ナンパでもしてるつもり?」
提督「してねえよ。やけに突っかかってくるな、お前」
山城「あなたの態度に納得いかないだけよ。私や扶桑お姉様には踏ん反り返って上から目線だったくせに」
提督「ああ? 踏ん反り返った記憶はねえぞ」
山城「は? だったらどうしてこの二人には、私たちのときよりペコペコ頭を下げてるのよ! 弱みでも握られたの!?」
提督「いや……明石が二人にやらかしたことを聞いたら納得すると思うが」
山城「はぁ? いったい何をしたのよ……」
龍驤「うちらの口にじょうご突っ込んで、高速修復剤を流し込んだんや。ダバーって」
提督「それもバケツ一杯分な」
山城「……はあああ?」ドンビキ
提督「な? そういう顔になるだろ?」
山城「鬼畜」ジリッ
提督「それは明石に言えよ、俺は修復剤を食わせたらどうだって言っただけだぞ」
山城「部下に責任転嫁するの? 鎮守府を預かる提督のくせに、逃げるなんて最悪ね」
提督「そうじゃねえよ。お前も口が減らねえな、明石といい勝負だ」
山城「あなただってそうでしょ、ああ言えばこう言うし……!」
提督「……負けん気が強すぎるぞ、お前」
山城「まだ言うの!?」
龍驤「仲ええなぁ」ニヤァ
陸奥「そうね」フフッ
山城「ちょっと!? そ、そういうのとは違いますから! そもそも着任して日も浅いし!」
扶桑「そうかしら? 山城、そう言う割に提督ととっても仲が良く見えるわよ? ふふふっ」ニコニコ
山城「」シロメ
山城「」シロメ
山城「」ヒザカラクズレオチ
山城「不幸だわ……」ガクーッ
提督「なにやってんだよこいつは……」
龍驤「一人上手やなー」ケラケラ
扶桑「ところで……二人はもう体調はよろしいんですか?」
龍驤「!」
提督「扶桑……お前、いつから異常に気付いてた?」
扶桑「何度か食事で近くに座っただけですが、その時に。龍驤さんは食べるスピードが異常に速かったですし……」
扶桑「陸奥は食べるのを怖がっていたように見えましたので。潜水艦の子から病気に関する本をお借りして、調べていました」
扶桑「過食症ですとか、拒食症ですとか……当てはまりそうな症状にあたりを付けてから、ご報告するつもりでいましたが」チラッ
扶桑「必要、なかったみたいですね」ニコ
提督「いや、そういうことなら早めに教えて欲しかったぜ。結局二人とも倒れたわけだしな」
提督「実際今はどうなんだ? 食べてて違和感ないか?」
龍驤「嘘みたいに調子ええよ。前は食べても味もせんかったし、こう……食べ物がちゃんと喉を通ってお腹に収まる感触がなかったしなあ」
陸奥「私もよ。何か口にすると胃液の味がして気持ち悪かったんだけど、今は全然そんなことないわ」
提督「……もしかして修復剤、効果あったのか?」
陸奥「認めたくないけど……」メソラシ
龍驤「あれはあれで別のトラウマになるで……」トオイメ
提督「もうあんな使い方はしねえよ、コップで飲むようにするか医療用の細い管でも取り寄せるかするさ」
提督「とりあえず、正式な着任の手続きは大淀が受け付けてる。そろそろこっちに来るだろうから、各々適当に申請してくれ」クルッ
扶桑「提督、どちらへ?」
提督「執務室。まだやることがあるんでな」
スタスタ…
扶桑「……」
龍驤「なあ扶桑? あんた、うちらのことよう見てたなあ」
扶桑「ええ、なんでも、ちゃんと見て、向き合うことにしているの。今までは、この世の全てから、目を逸らしていたから……」
龍驤「あんたも、なにかあったんやな?」
扶桑「……ええ、いろいろと」フフッ
扶桑「山城? そろそろ立ち直って? 一緒におやつにしましょう?」
山城「……はっ!? ふ、扶桑お姉様!? 私はいったいなにを!?」
扶桑「そこまでショックを受けてたなんて……さすがに少し心配よ?」
龍驤「……」
陸奥「嬉しそうね、扶桑……ずっとにこにこしてて」
龍驤「そうやなあ……なあ、陸奥、どうなん? あの提督、信用できそうか?」
陸奥「……まだ、乱暴は受けてないから……何とも言えないけど」
陸奥「でも、あんなふうに、男の人に頭を下げられたのは初めてだわ」
龍驤「そういえばそうやなあ……」
* 一方その頃 *
* 海軍本営近くの病院 *
(ギプスで全身を固められたN大尉がベッドに寝かされている)
N大尉「……艦娘が羨ましいな。俺にも高速修復剤が使えたら良かったのに」
妙高「安静にしててくださいね。焦ってもいいことはありませんから」
N大尉「わかってるよ。とにかく、以中佐の艦娘の体調不良はなんとかなりそうなんだな?」
妙高「はい。高速修復剤を体内に取り込むことで、お食事の異常を直せることが実証できました」
N大尉「もと部下たちがごはんに高速修復剤を混ぜてたのも、あながち無意味じゃなかったんだな」
妙高「入渠時間が惜しい子たちから、良く依頼されていたと鳳翔さんが仰っていました」
妙高「それから、N大尉の立てる計画はいつもカツカツでしたので、ストレスを感じていた子が結構いたみたいですよ」チラリ
N大尉「ぐ……」
妙高「確かに『時は金なり』と申しますが、無駄がないというのは余裕がないとも言い換えられます」
妙高「その時その時の最大効率を出したいのはわかりますが、適度に息抜きも必要でしょう」
妙高「せめて食事くらいは、ゆっくりとれる時間を持ったほうが良いと思いますよ」
N大尉「……ああ」ムスッ
妙高「N大尉?」
N大尉「許してくれ。この年にもなると、自分の続けてきたことに合わない説教をされると、こういう顔になるんだ」
N大尉「妙高の言うことは理解できる。ただ、長年自分が信じていたものを否定されるのはきつい」
妙高「ええ、そんなことだろうと思っていました」
N大尉「……」
妙高「新しいもの好きの割に、そういうところは頑固ですよね」
N大尉「妙高……少し性格がきつくなったんじゃないか」
妙高「長いこと構ってもらえていませんでしたので」ニコリ
N大尉「んぐ……」
妙高「仕方ありませんよね、提督准尉のような世捨て人ならまだしも、世の中の男性は胸の大きい女性に目が行くのは当然なんでしょうね」
N大尉「みょ、妙高! 俺は別にそんなつもりは……!」
妙高「でしたら、私より愛宕を重用するようになったのはどうしてなんでしょうね」ジトッ
N大尉「」
妙高「駆逐艦の子たちも、あからさまにぱんぱかぱーんな趣味が出ているようですし?」
N大尉「い、いや、それはその……」
妙高「この件ばかりは、以中佐のことを言える立場にないと思いますが、いかがでしょうか」
N大尉「……か、返す言葉もなく……!」
妙高「はぁ……こういう感情を、やれやれと言うのでしょうね」
N大尉「だ、だが、この場合、俺の趣味というか、好みはあまり関係ないと……」
妙高「ええ。あなたがこれまで私たちに対して、節度を持って接しておられたことは間違いありません」
妙高「ですがそれ以上に、あなたは、あまりに事を性急に進めようとしていました。ご自身の余裕を削ってまで」
N大尉「……仕方ないだろう。俺は、ただただ、父さんや母さんの生き甲斐が消えていくのを防ぎたくて……」
妙高「だからこそでしょうね。今思えば、あなたとこんな風に雑談すること自体、なかったような気がします」
N大尉「俺が戦えれば一番良かったんだ。多少無理をしても、戦果を挙げれば誰にも文句を言われない」
N大尉「だが、お前たちしか戦えないのなら、俺はそのバックアップを完璧にやらなきゃいけない」
N大尉「ゆとりなんか持ってる場合じゃないと思っていたんだ。いつの間にか、お前たちにもそれを押し付けていたわけだがな……」
妙高「それでツールに手を出したんでしたね。時間設定で艦娘に指示ができるからと」
N大尉「あ、ああ……それから、胸が大きい艦娘ばかり選んでたのは本当に無意識だった」
妙高「どうだか? 胸の小さな子たちを軽視していたのでは?」ツーン
N大尉「そ、それはない! 誓って本当だ! その……母さんがそうなんだ。だから軽んじたりはしていない!」
妙高「それでも胸の大きい女性が好きなんですか」
N大尉「……その、隣の家に住んでた姉さんがな、あー……憧れてたというか……な?」
妙高「そうですか……」ハァ
N大尉「……そ、それに……少し、お前に似ていて……」ポ
妙高「!?」
N大尉「お前にあのイヤホンを渡すのをためらったのも、その、深い理由はないんだが……」
N大尉「付けさせたら、どこかへ消え去ってしまいそうで……その、あのときは、なんとなく……そう思ったんだ」メソラシ
妙高「……」
N大尉「……」
妙高「そんな嘘で誤魔化せるとお思いですか」ジトッ
N大尉「嘘じゃないよ!」ガーン
妙高「本当ですか? 話が出来過ぎですよ」
N大尉「本当だよ! ……滅茶苦茶恥ずかしかったのに、こんなことまで茶化されるのか……ぐううう」
妙高「今までやってきたことのツケが回ってきたと思ってください」
N大尉「ぐぬ……今の俺は何を言っても三枚目ってことか」ガックリ
妙高「序二段あたりではないでしょうか」
N大尉「辛辣だな!! しかも意味が微妙に違わないか!? うまいこと言ったと思ってるだろう!?」
妙高「いいえ?」シレッ
N大尉「笑顔が白々しいぞ! ったく……お前に、そんな冗談を言われるとは思わなかった」
妙高「真面目一辺倒では疲れますから。N提督も、執務から離れて一休みしても良いでしょう?」ニコ
N大尉「……厳しいんだか、優しいんだかわからないな」ハァ
妙高「ところで……あの駆逐艦隊に初雪さんを加入させたのはどうしてです?」
N大尉「……勘でしかないんだが、あの初雪、絶対何かを隠してると思ってな……!」
N大尉「育てたらいい線行くんじゃないかと思ってたんだ」
妙高「それでは、島に行ったときに連れていた磯波さんは」
N大尉「彼女も期待ができると思う」
妙高「それは胸部装甲的な意味でですか?」
N大尉「そちらは更に期待できる」キラッ
妙高「……げんこつ一回分、ツケておきますね」ピキッ
N大尉「!?」
今回はここまで。
続きです。
* それからさらに3日後の朝 *
* 墓場島鎮守府 食堂 *
提督「雲龍の回復もあっという間だったな」ウドンズルズル
明石「はい、予想以上でした」ソバズルズル
提督「やっぱり、高速修復剤入りの食事が効いたのか?」
明石「だと思います。あとは、食べて寝てを短いサイクルで繰り返したので、回復を促すことができたのが大きいかと」
提督「食っちゃ寝してたってことか」チラッ
明石「身も蓋もない言い方をすると、そうですね」チラッ
雲龍「……」モグモグ
明石「おかげで食べるのがすっかり楽しみになっちゃったみたいで、今朝も早く食堂に行きたいって言ってましたよ」
提督「仕込みの最中からここに来てたらしいな?」
明石「どんなふうに作ってるのかを見たいし、時間をかけてゆっくり食べたい、とも言ってましたからね」
提督「そうか……それにしても、やっぱ目立つな。あの胸は」
明石「ああ、そーですねー……提督でも目が行きますか」
提督「今まで見たことねえサイズだからな。神通やはっちゃんが口開けて驚いてるとこも初めて見たぞ」
明石「那珂ちゃんも笑顔のまま目を見開いて固まってましたからねー」
提督「神通もそうだが、那珂のトレーニング風景見たことあるか?」
提督「あいつら、アスリートでも目指してるのかって感じにハードでストイックだからな」
提督「胸ってのは脂肪の塊らしいから、那珂にせよ神通にせよ、今のトレーニング続けてたら絶対大きくならねえぞ」
明石「……すいませんねえ、脂肪の塊で」
提督「当て付けのつもりはねえぞ。っつうか、相手によっちゃあその一言も嫌味に聞こえたりするんだろ? 本っ当、面倒臭えな」
明石「まあ、そうですねー……気にするなって言われても、どうしても気になることですよ」
提督「難しいもんだな……」
金剛「Good morning, テートクゥ!!」
比叡「司令、おはようございます!」
榛名「おはようございます!」
提督「おう」ズゾゾ
榛名「お、お二人とも、朝から麺類ですか!?」
明石「……驚かれるようなことですかね?」モギュモギュ
提督「別に珍しくねえだろ?」クビカシゲ
榛名「そ、そうなんですか?」
比叡「うん、司令はたまに厨房借りて作ってたりするよ?」
金剛「ンー、 balance の良い食事を心掛けないとよくありまセン……ヨ……」
提督「?」
榛名「どうかなさいましたか、金剛お姉さ……」
比叡「何を見てるん……」
明石「あ」
比叡「ひええええ! おっぱいでっか!!」
提督(声がでけえし感想がどストレートすぎる)
金剛「……テートク……あの White haird big breast はいったい誰デース……」ハイライトオフ
提督「雲龍だ。少し前に戦艦棲姫のいる海域で見つけた、飢え死に寸前の艦娘がいたろ?」
比叡「えええ!? あの骨みたいな人が、あんなにおっぱいおっきくなったんですか!?」
金剛「比叡……おっぱい連呼するのははしたないデース……」
比叡「でも良かったですね、元気になって!」
提督「ああ、まあな……って、榛名?」
榛名「……」ボーゼン
明石「榛名さん、大丈夫ですか?」
榛名「……」
榛名「榛名は……」
榛名「榛名はだいじょばないです……」ヒザカラクズレオチ
比叡「は、榛名ーー!?」
金剛「榛名!? 榛名、しっかりするデース! 傷は浅いデスヨ!?」ダキカカエ
提督「落ち込むのはあとにして、とりあえず飯にしてこい」
金剛「Yes...行きマスヨ、榛名ー」ズリズリ
榛名「ハイ……ハルナハダイジョウブデス……」ズルズル
比叡「金剛お姉様も元気を出してください!」
提督「……比叡は大丈夫そうだな」
明石「他人に悪意を向けたり、嫉妬したりするタイプじゃないですからねー」
明石「それをさておいても、比叡さんもそれなりにあるほうですから。そこまで羨ましいと思ってないんでしょう」
提督「まあ、とにかく……しばらくすりゃあ見慣れると思うんだが、それは楽観視しすぎか?」
明石「大半の人はそれで大丈夫だと思いますが……この件で致命的にショックを受けてる人がいますからね」
提督「……それ、もしかして龍驤か?」
如月「ええ、そうみたいよ?」スッ
提督「如月……?」
如月「お隣失礼しますね、司令官」ニコ
陸奥「……おはようございます」
提督「陸奥も一緒か。顔色も悪くなさそうだな」
陸奥「え、ええ……おかげさまで、ね」
提督「飯もまともに食えてるようなら、あとは鎮守府の雰囲気に慣れてもらうだけだな」
陸奥「……」コク
如月「……陸奥さん、大丈夫?」
提督「緊張してんだよ。陸奥と龍驤も前の鎮守府でひどい目に遭わされたからな」
如月「そういうことなら大丈夫ですよ? 司令官は、私たちに意味もなく手をあげたりしないもの」ニコ
提督「そこは理屈じゃねえよ。刷り込みみたいなもんだから、ゆっくり時間をかけて馴染んでもらうしかねえさ、マイペースにな」
明石「ひどい目に遭わされた、という点では私たちも同じですから。力になれることがあれば相談に乗りますよ」
陸奥「そ、そうなの?」
提督「まあな。ところで陸奥、今日は龍驤と一緒じゃないのか」
如月「それなんだけど、龍驤さんが部屋から出ようとしなくって……陸奥さんにどうしたらいいかって声をかけられたの」
提督「もしかして、それが雲龍絡みか?」
陸奥「……」コクン
如月「陸奥さんは潮ちゃんにお願いするつもりだったんだけど、今朝は大和さんと厨房に入る予定だったし……」
如月「ショックを受けてる理由が雲龍さんのそれだとしたら、潮ちゃんも……ね?」
提督「なるほど……思ったより深刻だな。とりあえず朝餉済ませて龍驤を訪ねてみるか」ズズッ
如月「私たちも一緒にいいかしら?」
提督「……そうだな、頼む」
如月「ええ」ニコー
提督「それで、龍驤は部屋にいるのか?」
陸奥「え、ええ、そうよ」
ズイッ
雲龍「少し、いいかしら」ヌッ
提督「うお……!? ど、どうした」
雲龍「龍驤が、部屋から出てこないって聞いてるんだけど」
提督「……ああ、そうだが」
雲龍「私も、話がしたいの。できれば、工廠で」
提督「……工廠?」
雲龍「そう。もし、話ができるなら、工廠で待ち合わせをお願いしたいのだけれど」
提督「……明石。場所、借りられるか?」
明石「うーん……わかりました。そういうお話なら、片付けてきますので少々お時間ください」
雲龍「ええ。よろしくお願いね」スッ
スタスタスタ…
提督「……雲龍は何考えてんのか、いまいち掴めねえな」
明石「……」
如月「……」
提督「どうした?」
明石「い、いや、まあ……間近で見ると迫力ありますね」
提督「あー……そうだな、いきなり視界にでん、と入ってくるからな。正直、俺もびびった」
如月「……」ムニムニ
提督「……」
如月「気にしてないつもりだったけど、やっぱりちょっとショックね……」ガックリ
提督「どうやって龍驤を立ち直らせるかねえ……骨が折れるぞ、これ」ハァァ
陸奥「……」
* 工廠 *
龍驤「うちを呼び出すとか……なんなん」
提督「四の五の言わずに付き合え。雲龍がお前と話をしたいんだとよ」
龍驤「用があるんはあんたやないんか」
提督「なくはねえ。が、俺は後でいい」
龍驤「さよか」
如月「……明石さんと雲龍さんはどこへ行ったのかしら?」
明石「何をしてるんですか!!」
(のこぎりや電動の丸鋸を抱えて奥の部屋から出てくる明石)
如月「明石さん!?」
提督「そんなもの抱えて走ると危ねえぞ」
明石「それどころじゃありませんよ! 雲龍さんが自分を切ろうとしてるんですから!」
提督「なに?」
雲龍「明石。それを貸して」ヌッ
明石「嫌です! 貸せません!」
雲龍「……そう。なら、厨房で包丁を借りるわ」
提督「おい待て雲龍。お前、自殺でもする気か」
雲龍「自殺? 違うわ。私は、この胸を切り落としたいだけよ」
提督「なに?」
陸奥「胸を……って、のこぎりで!?」
雲龍「別に道具はなんでもいいわ」
雲龍「私は胸を切り落とせるなら、それでいいの」
龍驤「!?」
如月「何を考えてるんですか! そんなことしたら、大怪我どころの話じゃすみませんよ!?」
提督「雲龍、どうしてそんなことをする」
雲龍「龍驤が悲しんでるから」
龍驤「……!!」
雲龍「私を助けてくれた龍驤が、私を見て俯くの」
雲龍「だから、私は彼女が気にしているところを、なくしたいだけ」
雲龍「それの何が悪いの?」
如月「……そ、それは……!」
明石「別にそう思うのは構いませんけど、そういうことになら私の道具は貸せませんし、協力もできません!」
雲龍「それはどうして?」
明石「成功するビジョンが見えないからですよ。治療ならまだしも、体形をいじる手術なんて私の専門外です」
提督「厨房の包丁も無理だな。比叡や暁なら、包丁は料理を作るものであって、人を怪我させるものじゃない、って言い張るだろうさ」
雲龍「……そう。なら、それ以外の刃物がどこかにないか……」
龍驤「……けんな……!」
如月「!」
龍驤「ふざっけんなやああ!!」
雲龍「!?」ビクッ
龍驤「馬鹿にしとるんか!? それとも、うちを憐れんでるつもりなんか!! 舐めんのも大概にしいや!!」ブワッ
龍驤「そんなもんぶった切ったところで、うちが喜ぶ思たんか!! うちが満足する思たんか!!」ボロボロボロ
龍驤「思い上がんなや! このドアホ!!」ダッ
雲龍「え!? え……!?」オロオロ
如月「龍驤さん……!」
提督「やめとけ。下手に刺激しないほうがいい」
如月「……」ウツムキ
雲龍「なんで……!? ……どう、して……!?」オロオロ
提督「どうして? 胸を切ったところで満足するのはお前だけじゃねえか」
提督「龍驤は自分の体にコンプレックスを持ってるんだ。お前のやることは、それの解決に繋がらねえ」
提督「下手すりゃ、お前以外の胸がある奴が、お前と同じように切らないといけないのか、と悩むようになったり……」
提督「最悪、龍驤は雲龍の胸を切除するように迫ったひどい奴、なんて噂が立つかもしれねえな」
雲龍「そ、そんなこと……!!」
提督「他人がどう見るかはお前がコントロールできる話じゃねえよ」
提督「龍驤はお前を助けたくて、うちの連中と揉めて喧嘩別れしたのを土下座して謝ってきた」
提督「そこまでしてお前を助けたいと思ってた奴が、お前が傷付くのを容認できると思うか?」
雲龍「……」
雲龍「だったら」
雲龍「だったら、私はどうすればいいの……」ヘタッ
雲龍「私は……」ウツムキ
雲龍「助けてもらったお礼をしたかっただけなのに」
明石「……」カオヲ
陸奥「……」ミアワセ
提督「礼をしたいなら最低でも自傷行為はやめとけ。胸を切ったお前を見るたび、龍驤が罪悪感に苛むかもしれねえからな」クルッ
明石「提督!? どこに行くんですか!」
提督「この話、今の俺じゃ、これ以上首を突っ込んでも役に立てねえよ」スタスタ
如月「司令官……」
陸奥「……仕方、ないのかしら」
明石「まあ……デリケートな問題ですからね」
雲龍「……」ウナダレ
陸奥「……雲龍、気を落とさないで」
雲龍「……」
陸奥「あなたは龍驤にお礼を言いたかったんでしょう?」
雲龍「……」コクン
陸奥「とにかくまずは謝ってきましょ? それから、あなたの思いを、真剣に伝えればいいわ」
雲龍「でも……」
陸奥「許してもらえるかどうかわからないけど……それでも、あなたは龍驤を傷付けるつもりなんかなかったんでしょ?」
陸奥「それだけは伝えないと。大丈夫よ、龍驤は面倒見がいいの。きっとあなたを見捨てたりしないわ」ニコ
雲龍「……」
今回はここまで。
ローソン山雲に2回くらい心臓を止められてました
続きです。
* 龍驤の私室 *
(龍驤が自分のベッドの上で、うつぶせになって枕に顔をうずめている)
コンコン
龍驤「……」
チャッ
雲龍「……龍驤」ソロッ
龍驤「……」
雲龍「……」
(龍驤のベッドのそばの床に正座する雲龍)
雲龍「……ごめんなさい」ペコリ
龍驤「……」
雲龍「……」
龍驤「……なにしとん」モゾ
雲龍「……」
龍驤「土下座なんかされたって、なんにもならんで」
雲龍「……」
龍驤「別に雲龍が悪いわけやないんやし」
雲龍「え……!?」ミアゲ
龍驤「うちが勝手に嫉妬して、醜態さらしとるだけやろ」
龍驤「……まあ、雲龍がアホなこと言い出したのも気に入らんのは確かやけどな」
龍驤「うちに同情してあんなこと言うたんやろうけど、うちにとっては屈辱や」
雲龍「……本当に、ごめんなさい」ションボリ
龍驤「もうええねん……うちがうじうじしとったのが悪いんや」
雲龍「でも……」
龍驤「少し前に扶桑が言うとったんやけどな。扶桑は、うちが羨ましいんやて」ムクッ
雲龍「……?」
龍驤「うちが雲龍を助けたこと、立派やと。もっと胸を張るべきや、って言うんよ」
雲龍「……」
龍驤「扶桑は、前の鎮守府で冷遇されてて、自暴自棄になっててな。そのあと、そこの司令官に嵌められて轟沈させられたんや」
龍驤「扶桑はそれを受け入れたらしい。夢も希望もありゃしない、やから、それに乗じて沈んでしまおうとしたんや」
龍驤「だけど扶桑は、この島に流れ着いて助かった。逆に扶桑を心配した友達が、扶桑を探して追いかけたせいで轟沈したんやって……」
雲龍「……!」
龍驤「扶桑は、自分がつらい現実から目を背けて逃げたせいで、大事な友達が沈んだのを、めっちゃ後悔してる」
龍驤「だから扶桑は、もうどんなことからも逃げたくない、目を逸らさんで、何にでも向き合う……そう、決めたんやて」
雲龍「……」
龍驤「さっきまで腐ってたんやけど、扶桑が言ってたこと思い出してな」
龍驤「なんや、うちも逃げてるだけやなあって……」
龍驤「変わりたくても変われなかったんが現実で。雲龍に当たり散らしたってしゃあない。なんの解決にもなってへん」
龍驤「それどころか、うちの心配してくれる雲龍にこんなことさせて……我ながら情けなくて涙出てくるわ」
雲龍「情けなくなんかないわ」
龍驤「そんなことないねんて」
雲龍「いいえ、あなたがあなたを蔑むのはおかしいと思うもの。きっと、おかしくなっていたのよ」スクッ
龍驤「……さよか」
雲龍「……」
龍驤「……」
雲龍「ねえ、龍驤」
龍驤「うん?」
雲龍「私はあなたに助けてもらった。私は、あなたの力になりたいの」
雲龍「さすがに体を取り換えることはできないけれど……そうね」
雲龍「龍驤。私の体、好きにしていいわ」ニコ
龍驤「……うん??」
雲龍「私は、あなたのものになる。だから、何をしてもいいの」
龍驤「……雲龍、何を言うてるん???」
雲龍「うん。それがいいわね」ズイ
雲龍「龍驤。私のことは、煮るなり焼くなり好きにして」
龍驤「だからさっきから何言うとんねん!!?」
雲龍「私は本気よ?」ズズイ
龍驤「お、おう……って、そうじゃなくて!」
雲龍「!」
龍驤「……ど、どしたん?」
雲龍「声が出てる。元気になったみたいで良かった」ニコ
龍驤「な、なんか調子が狂うなあ……そんなにうちのことが気になるん?」
雲龍「ええ」
龍驤「なんでそんなにうちのことばかり気にするんよ? もう少し、自分のこと心配したほうがええんちゃうか」
雲龍「私はいいわ。あなたのことが大事。それだけよ」
龍驤「うちに酷いこと言われてもか?」
雲龍「私があなたに嫌われるのは、それなりに原因もあるし、受け入れるわ。でも、だからと言って私はあなたを嫌いになりたくないの」
龍驤「……はぁ、かなわんな。どうやったら嫌いになれるねん、こんなお人好し」
雲龍「……」
龍驤「な、なんや、急に黙りこくって」
雲龍「良かった」ポロ
雲龍「本当は嫌われたくなかったから」ダキツキ
龍驤「わぷ!?」モニュ
雲龍「本当に良かった……」ニコ
龍驤(あー……あかんわ。こんな泣きながら子供みたいな笑顔向けてくる相手、憎むようになったら終わりや)
雲龍「……♪」スリスリ
龍驤(それにしても……)
龍驤「……ほんまに、でかいなこれ……」モミ
雲龍「触ってみる?」
龍驤「……ええんか?」
雲龍「ええ」
龍驤「うちに酷いこと言われてもか?」
雲龍「私があなたに嫌われるのは、それなりに原因もあるし、受け入れるわ。でも、だからと言って私はあなたを嫌いになりたくないの」
龍驤「……はぁ、かなわんな。どうやったら嫌いになれるねん、こんなお人好し」
雲龍「……」
龍驤「な、なんや、急に黙りこくって」
雲龍「良かった」ポロ
雲龍「本当は嫌われたくなかったから」ダキツキ
龍驤「わぷ!?」モニュ
雲龍「本当に良かった……」ニコ
龍驤(あー……あかんわ。こんな泣きながら子供みたいな笑顔向けてくる相手、憎むようになったら終わりや)
雲龍「……♪」スリスリ
龍驤(それにしても……)
龍驤「……ほんまに、でかいなこれ……」モミ
雲龍「触ってみる?」
龍驤「……ええんか?」
雲龍「ええ」
龍驤「うちに酷いこと言われてもか?」
雲龍「私があなたに嫌われるのは、それなりに原因もあるし、受け入れるわ。でも、だからと言って私はあなたを嫌いになりたくないの」
龍驤「……はぁ、かなわんな。どうやったら嫌いになれるねん、こんなお人好し」
雲龍「……」
龍驤「な、なんや、急に黙りこくって」
雲龍「良かった」ポロ
雲龍「本当は嫌われたくなかったから」ダキツキ
龍驤「わぷ!?」モニュ
雲龍「本当に良かった……」ニコ
龍驤(あー……あかんわ。こんな泣きながら子供みたいな笑顔向けてくる相手、憎むようになったら終わりや)
雲龍「……♪」スリスリ
龍驤(それにしても……)
龍驤「……ほんまに、でかいなこれ……」モミ
雲龍「触ってみる?」
龍驤「……ええんか?」
雲龍「ええ」
龍驤「なら、遠慮なく……」
フニッ
龍驤「……」
モニュ
龍驤「……」
モニュモニュモニュ
龍驤「……」
龍驤「なんやこれ……」
龍驤「なんやこれえええええ!!」
龍驤「めっちゃやわっこい! なんやのこれ!!」ワシッ
龍驤「うわ、ぽよんぽよん跳ねるくせにめっちゃ重た!」
龍驤「発見や……こんなもん胸にぶら下げてたら洒落にならんわ」タラリ
龍驤「な、なあ雲龍、その……もう少し触っててもええか?」ドキドキ
雲龍「ええ」コク
* * *
* *
*
* 執務室 *
提督「……」ウーム
大淀(提督、また考え事をしてるみたいですね)
提督「なあ大淀、ちょっと聞いていいか」
大淀「はい。なんでしょうか」
提督「もし、嫌いな相手とどうしても話をしなきゃならないとき、お前ならどうする?」
大淀「嫌いな相手……ですか?」
提督「ああ」
大淀「そうですね……できるだけ余計なことを言わないで、用件だけを事務的に接すると思います」
提督「そうか……大人の対応だな」
大淀「私は、人の好き嫌いを言えるような立場ではありませんから」
提督「そういう話かよ。いくら役割とはいえ、健全じゃねえな」
大淀「そうでもありませんよ。ここに来てからは、それなりに言いたいことを言わせていただいてます」
提督「そうか? まあ、ストレスになってなきゃいいんだが……」
提督「こう言っちまうとなんだが、うちの艦娘はほぼ全員まともな配属のされ方してねえからな」
提督「難しい境遇の艦娘同士、衝突もあって当然だと思ってたから、ここまで内部分裂起こしてねえのが奇跡だと思ってる」
大淀「お互いの立場を慮れる人たちばかりですから」
大淀(ここを追い出されたら行く当てがないと言うのもあるかもしれませんが)
大淀「それに案外、居心地がいいと思ってる人も少なくないと思いますよ」
大淀(提督のそばにいたいって人、それこそたくさんいますからね……)
提督「なんか一言二言言いよどんでる気がするが……」
大淀「気のせいです」ニコー
提督「……本当かよ」
大淀「それより、どうしてそんな質問を? 嫌いな相手と話さなければならなくなったんですか?」
提督「俺じゃねえよ。龍驤と雲龍だ」
大淀「ああ……」
提督「龍驤が雲龍を身体的特徴で敵視しちまうのはどうしようもねえと思う。少なくとも俺が口を挟んでどうこうできると思うか?」
大淀「デリケートな問題ですし、下手に口を出すべきではないかもしれませんね」
提督「そうなるよなあ……」
大淀「提督こそことあるごとに人間を嫌ってますが、これまではいったいどうなさってたんですか?」
提督「開き直って無視してただけだ。まあ、妖精がいたから孤独じゃあなかったし、一人のほうが楽だったしな」
提督「嫌われる側はそれでいいんだが、龍驤に好意を抱いてる雲龍にそれをさせるのは酷だ」
提督「嫌う側の龍驤だって、これから毎日雲龍と顔を突き合わせることになりゃあ、否応なしにストレスたまっちまう」
大淀「ですが、あの二人を引き離しても大丈夫でしょうか……」
大淀「餓死寸前の雲龍さんを、絶対助けると息巻いていたのは、ほかでもない龍驤さんですよ?」
提督「そうかもしんねえけど今回のケースはなあ……助けた相手が親の仇、みたいなもんだろ?」
提督「だとしたら、血を見る前に隔離したほうがいいと思わねえか?」
大淀「雲龍さんを余所の鎮守府に異動させるということですか」
提督「そうするしかないんじゃねえかな……」
提督「龍驤がこの島に送られてきた罪状を考えると、龍驤がこの島を出たとしても受け入れてくれる鎮守府はないだろ」
大淀「雲龍さんも邂逅した状況が複雑ですよ?」
提督「そりゃあな……」
コンコン
龍驤「ちょっとええか?」ガチャ
提督「……龍驤!?」
龍驤「あー、なんかうちらのことで揉めとるん?」
雲龍「失礼するわ」
大淀「雲龍さんも……!」
提督「もしかして聞いてたのか、今の俺たちの話」
龍驤「うーん、まあ……聞こえてきてもーたなあ」ポリポリ
雲龍「私を余所の鎮守府に、ってあたりからね」
龍驤「でも、あれや、大丈夫や。もう心配あらへんよ」
提督「なに?」
龍驤「うちと雲龍は和解できたから。気を遣わんてくれて大丈夫や」ニコ
大淀「え?」
雲龍「一応聞くのだけれど、私と龍驤が仲良くなれば、どちらかがこの島を離れる必要もなくなるのよね?」
提督「あ、ああ……そうだな」
雲龍「いらない心配をさせてしまって、ごめんなさい」ペコリ
大淀「い、いえ、そういうことでしたら何よりです……ね、提督?」
提督「そう……だな」
龍驤「ほな、工廠に行ってくるわ。明石たちにも謝らなきゃなあ」
雲龍「ええ」コク
提督「……」
大淀「……」
パタン
提督「……」
大淀「……」
提督「なにがあったんだ?」
大淀「……さあ……」
提督「……」
大淀「……」
提督「わけわかんねえ。なんでこんなにうまく回ってんだこの鎮守府!?」
大淀「て、提督……?」
提督「おかしいだろ!? あんなに取り乱してたやつが、簡単に心変わりするもんか!?」
大淀「提督、落ち着いてください!」
提督「俺が見てきたやつらに、あんな風に理解のある連中なんか……!!」
提督「……人間じゃあ、ないからか?」
提督「艦娘だから……だからここまで、諍いがすんなりおさまるのか?」
大淀「提督……?」
提督「……」
大淀「……」
提督「やっぱ人間は一度滅んだほうがいいな」ハイライトオフ
大淀「て、提督!? 何を言い出すんですか!?」
提督「あぁ? だってそうだろうが。あんな下らねえ連中がのさばっていい理由がどこにある」
大淀「いけません! そのような発言は控えてください!」
提督「なぜだ? お前だって人間から拒絶されたクチじゃねえか、なんであいつらを庇う」
大淀「そうじゃありません! どこで誰が聞いているかわからないんですから、口を慎んでください!」
提督「……」
大淀「それに提督、その思想は危険です」
提督「俺の偽らざる本音だぞ」
大淀「そうであっても! そう言うのをやめてほしいと私は言っているんです!」
大淀「いつその不用意な発言が誰かの耳に入って、あなたの身を脅かすようになったらどうするおつもりですか!」
提督「そうなったらそうなった、だ」
大淀「先日! 吹雪さんが何と訴えていたか、もうお忘れですか!」ツクエバシッ
大淀「自殺をほのめかすようなことを言うなって泣かれたこと、もうお忘れになったんですか!」
提督「……忘れちゃいねえよ」プイ
大淀「吹雪ちゃんだけじゃありませんよ……! 私だって同じ思いです」
大淀「任務管理役として役立たずになった私を……私の我儘を受け入れて、私に役割を与えてくださったのは、提督です」
大淀「提督の……あなたの代わりはどこにもいません。あなたがいなければ、私の居場所もきっとどこにもありません」
提督「……」
大淀「提督。どうか、ご自愛ください」
大淀「私には、あなたが必要なんです」
提督「……」
大淀「……」
提督「……お前もそこまで言うのかよ」アタマガリガリ
提督「わかったよ、自重する。だから、そんな泣きそうな顔すんのはやめてくれ」
大淀「そ、そんな顔してません!」カオマッカ
提督「え……お前自覚ないのかよ。滅茶苦茶落ち込んで泣きそうだっ」
大淀「そんなことありませんっ!!」ツーン!
提督「いや、おま」
大淀「だいたい! 提督はご自身を軽んじすぎておられます!」クワッ!
大淀「少しはご自身の立場というものをご理解ください! いいですね!?」ズイッ
提督「……わかった。わかったよ」ハァ
大淀「また同じようなことがあったらお説教ですからね! まったくもうっ!」プンスカ
提督「散々だな今日は……まあ、大淀の言うことも尤もだ」
提督「妖精たちもその辺で聞き耳立ててるし、迂闊なこと言って心配させねえほうがいいか」
大淀「……!?」
島の妖精たち「」コソコソッ
大淀「」
提督「まあ、自嘲はできるだけ言わないようにするが……人間への文句は言いたくなる時があるから、そっちは勘弁してくれ」
大淀「……」カオマッカ
提督「どうした?」
大淀「なんでもありませんっ!!」プイッ
提督「……なんなんだ、いったい」
>538-539は書き込みミスのため無視をお願いします。
なんで連投になっちゃったんだろう……。
今回はここまで。
お待たせしました、続きです。
今回はその、ぼっちになった理由をば。
* 工廠 *
古鷹「そうですか、二人とも仲良くなれたんですね!」
雲龍「ええ」ニコニコ
龍驤「まあ……うちが大人になれへんかっただけや。いらん気ぃ遣わせてごめんなあ」ペコリ
明石「いえいえ、身体的なコンプレックスはなかなか根深いですから、仕方がないですよ」
古鷹「本当に良かったです!」ニコニコー
長門「……」
如月「……」
陸奥「それにしても……」
龍驤「うん?」
雲龍「なぁに?」
陸奥「ちょっとくっつきすぎじゃない?」
(雲龍の膝の上にちょこんと座る龍驤)
龍驤「そう?」クビカシゲ
雲龍「私は構わないわ」
如月(雲龍さんの胸が枕みたいになってるわ)
長門(潮にもしてあげたら喜ぶだろうか)ウーム
陸奥「……まあ、二人がいいならいいんだけど」
古鷹「良いことばかりだと思います!」パァッ
古鷹「陸奥さんも仰ってましたよね、龍驤さんは前の鎮守府でも練度の高い航空母艦として、みんなから信頼されていたって!」
古鷹「そんな良い先生がすぐそばにいれば、雲龍さんもすぐに強くなれそうですね!」ニコニコー
雲龍「そうなりたいわ」ニコ
龍驤「先生なんて、そんなたいしたことあらへんて」テレテレ
長門「いや、たいしたことはあるぞ。何といっても、この鎮守府の航空戦力はお前たちだけだ」
明石「この鎮守府、空母が長らく不在だったせいで、艦載機の妖精さんたちは暇を持て余してましたからねえ」
島妖精A(流星改)「まったくだ」ウンウン
島妖精C(彗星)「やっと私たちが腕を振るえる日がきたねえ」ウンウン
長門「これから頼りにさせてもらうぞ?」
如月「私たちも頑張って護衛するわね」
龍驤「おおきにな、うちも頑張るわ」ホロリ
雲龍「私も頑張るわ」
龍驤「ところで……」チラリ
妖精「……」ションボリ
龍驤「なんでキミはそんな風にしょげてるん?」
妖精「提督がね……」ハァ
明石「まーたなにか碌でもないこと言い出したんですか」
島妖精A「人間は一度滅ぶべきだ、と言っていた」
古鷹「!?」ギョッ
* 執務室 *
朧「大淀さんが珍しく怒ってると思ったら」
由良「そんな滅多なこと、口にするべきじゃないわ」
大淀「ですよね!」
提督「わけわかんねえ。どうしてお前らが人間を擁護するんだよ」
朧「気に入らないことは確かですけど、それをアタシたちが口にしたらダメだと思います」
由良「そうよ。仮にも私たちは国民を守るため、国を守るために働いた軍艦の生まれ変わりよ?」
由良「かつて私たちに乗っていた人たちだって、親しい人たちと一緒に生きたくて、生きて帰りたくて戦ったのよ」
朧「戦争に負けたらどうなるかわからない。みんな必死だったんです」
提督「それで死んだ先人たちの無念を知る艦娘を、生き残った人間どもはどんな風に扱ってるんだ?」
提督「お前らこそ悔しくねえのかよ、俺は呆れてるくらいだ。そうでなくても、俺はあいつらを信用できねえ」
由良「良い人だっているじゃない。どうしてそこまで人間を敵視するの?」
* 工廠 *
妖精「わたしのせいで提督は、提督の両親と険悪になっちゃったんだ」
陸奥「どういうこと?」
妖精「提督は、小さいころからわたしの姿が見えてたんだ。それを両親に話したらとんでもないことになっちゃって……」
龍驤「そんな長い付き合いなんか。キミたちもそうなん?」
島妖精A「残念だが、わたしたちは提督の幼少のころの話は知らないぞ」
島妖精C「こっちの子は提督が島に来る前から一緒だったけど、わたしたちは提督とはこの島で初めて出会ったからね」
妖精「わたしが提督と出会ったとき、提督は4つか5つだったと思う。素直でいい子だったんだ」
明石「素直……」
長門「いい子……?」
龍驤「いやいや、さすがにそんな歳から歪んどったら可哀想やろ」ビシッ
古鷹「でも、そこまで話を遡るってことは、そのころから問題があったんですね?」
妖精「うん。提督の両親……っていうか、お父さんはオカルトが大嫌いでね」
妖精「提督がわたしを見つけて、その話を提督のお父さんに話したの。そうしたら、すごい剣幕で提督を詰りだして……」
妖精「話を合わせるわけでもなく、優しく諭すわけでもなく、いきなり怒鳴り始めたんだ」
長門「子供相手にか……!?」
妖精「うん、まるで関係なかったみたい。そこまで毛嫌いするのかって、わたしもびっくりしたよ」
妖精「提督も見えたことは事実だから、嘘じゃないって主張するんだけど、そうすると火に油を注いでるような感じで」
妖精「わたしの存在を否定するだけじゃなく、提督のことまで非難し始めて……そのうち暴力も振るわれて」
如月「……!」
妖精「それからかな。提督の言うことを、周囲の人に信じてもらえなくなったのは……」
妖精「提督の前に姿を見せた、わたしが悪かったの……」ションボリ
島妖精たち「……」
艦娘たち「……」
* 執務室 *
提督「悪いのは聞く耳も持たずに俺の話を全否定した父親だ。妖精に罪はねえよ」
朧「お母さんとか、信じてくれる人がいなかったんですか」
提督「いなかった。なまじ父親が社会的に権力を持ってたせいでな」
提督「外面も良かったし、そんな父親だから母親も妄信してた」
由良「……信じられない。幼稚園児くらいだったんでしょ?」
提督「俺だって信じられなかったさ。確かに今思えば我ながらメルヒェンな寝言をほざいてたとは思うが……」
大淀「ですが子供の言うことですよ? せめて、見間違えじゃないか、くらいの言葉をかけられても良いはずです」
提督「……お前らは優しいな」
提督「そういう言葉をかけてくれるやつが一人でもいたんなら、妖精にもつらい思いをさせずに済んだはずなんだがな」
朧「提督と一緒にこの島に来たっていう、あの妖精さんですか」
提督「ああ。俺に見つかりさえしなきゃ、こんな島に来ることはなかったのによ。あいつには迷惑かけっぱなしだ」
* 工廠 *
妖精「提督はわたしに迷惑をかけたって言うけれど、わたしは迷惑だなんて思ってないよ」
龍驤「キミもえらいお人好しやなあ。この島に来る前に、提督と別れることだってできたやんか」
妖精「さっきも言ったけど、見られないと思って姿を見せちゃったわたしが悪いんだ」
妖精「単純に心配だ、ってところも多いけどね。提督は人付き合いっていうか、他人が苦手だし」
長門「まあ……そうだな」
妖精「提督と小さいころから過ごしてきて、土壇場でわたしは行かない、なんて言ったら不義理じゃないか」
妖精「提督はわたしを信頼してくれてるし。離れ離れになったら、提督が心配でわたしが大丈夫じゃないよ」
陸奥「それで一緒にここに来たのね」
妖精「本当はすごく優しい人なんだ。以前はわたしたち妖精にもにこにこ笑ってくれてたんだよ」
妖精「でも、何もないところを向いて微笑んでいるところを、何も知らない人たちが見たらどう思うか、わかるよね」
妖精「提督が小さい頃……学生になってからもかな。それで提督はずっと後ろ指を指されていたんだ」
如月「司令官……」
妖精「提督が普段殆ど笑わないのも、そのせいなんだと思う」
* 執務室 *
提督「妖精に向かって何を喋っても、馬鹿にしてくるクソどもがいねえってのは本当に快適だぜ」
提督「海軍の内部ですら、ひそひそしてくる奴がいたからな」
大淀「……提督。妖精さんが見えると言う話、警察やお医者さんには話さなかったんですか?」
提督「うん? そう言やあ、話した記憶はねえな。つっても、村中で噂になってたから、知らない奴はいなかった気がするが」
朧「村……ですか?」
提督「おう。俺の生まれは山奥のど田舎だ。海とは無縁の農村だよ」
大淀「私が知る限り、警察やお医者様には、妖精さんが見える人がいたら海軍へ連絡するように連絡が行っているはずなんです」
提督「そうなのか?」
由良「……ねえ、大淀。もしかしてその話って、提督が小さいころは広まってなかったんじゃない?」
大淀「提督の話を聞くと、そうかもしれませんね……」
大淀「それと、妖精さんの目撃情報が海沿いに集中していましたから、内陸部にはその連絡が広まっていなかったのかも」ウーン
提督「かもな。実際、山奥の妖精は珍しいぞ」
朧「そうなんですか?」
提督「小学校のときは田舎の分校だったが、中学からは学校も町中になって、それ相応に妖精も増えてたな」
提督「そもそもあの妖精も、気まぐれで俺の村に来たとか言ってたし」
由良「それなら、提督さん以外にも妖精さんが見える人がいてもおかしくないわよね。ね?」
提督「いや、生憎と俺以外で妖精が見える奴には、お目にかかれなかったな」
* 工廠 *
妖精「ほかの子たちにも聞くと、提督以外にもわたしたちの姿が見えていそうな人はいたみたいなんだ」
妖精「でも、提督が妖精と話ができる、という話が『良くない噂』として知れ渡っていたせいで……」
妖精「見えることを秘密にしちゃう人ばかりだったんだよね」
長門「なるほど、もし誰かが妖精さんを視認できていたとしても、とても言い出せない環境だったわけか」
如月「ちょっと待って、それじゃ司令官は、その学校にいる間ずっと『良くない噂』で何かされてたってことなの!?」
妖精「うん……たとえば、からかわれたり、無視されたり……いじめに近いと言えばそうだったね」
龍驤「今のいじめって陰湿なのが多いからなあ……」
陸奥「でも、提督が子供のころだと、そこまで陰湿ないじめってなかったんじゃ……?」
妖精「最初はからかわれるほうが多かったよ。でも、それを提督が無視して、無視し返されて……」
妖精「そのうち喧嘩になったんだけど、提督が全部返り討ちにしてね。それからは腫物扱いされてたよ」
雲龍「提督って強いの?」
明石「間違いなく強いはずですよ。計ったことはありませんが、握力がとんでもないですから」
如月「アイアンクローもすごいけど、でこぴんもすっごく痛いの」
古鷹「そういえば、吹雪さんをでこぴん一発で気絶させたこともありましたね……」
妖精「あったね、そんなこと……」ハァ
* 執務室 *
提督「最初は腕力を鍛えてたさ。けど、あの父親のげんこつはそれじゃ止められなかった」
朧「それで握力を鍛えてたんですか」
提督「とにかく向こうの攻撃を防ぎたかったからな。殴れないように腕を抑えればいい、って考えたのがきっかけだった」
由良「それにしたって、小学生相手に暴力をふるう父親ってどうなの!?」プンスカ
提督「俺が折れないせいで頭に来たんだろ。俺も俺で妖精が見えることを嘘だと言いたくなかったからな」
朧「でもそれで提督は怪我してるわけですよね。周りの大人が提督を庇ったりしなかったんですか」
提督「あー……あいつ、一応は県議だったからな。村の連中にしてみれば超エリート、村の英雄みたいなもんだ」
大淀「権力でもみ消したんですか?」
由良「スキャンダルになるんじゃないの!?」
提督「国会議員になる話もあったからな。議員と話をする機会もあって、お巡りも町医者も委縮してやがった」ケッ
提督「誰に言っても無駄だとわかってからは、誰に頼らずにも済む方法を模索し始めたのは確かだ」
提督「出来のいい弟のおかげで、俺のことはなかったことにしようとしてたくらいだからな」
由良「提督さん、弟がいたんですか」
提督「あいつらの英才教育のおかげで、そりゃあお利口さんに育ったぜ」
朧「絶対に皮肉ですよね、それ」
提督「おうよ」
* 工廠 *
妖精「最初は提督も弟さんのことは可愛がってたよ。それこそ小っちゃいころの話だけど」
妖精「でも、提督がわたしたちの姿を見えると言った途端、提督に近づけちゃいけない、って完全に隔離されちゃってね」
長門「理解のない親だったとは言え、そこまでするのか……!」
妖精「あのお父さん、潔癖なくらいわたしたちの存在を否定してたからね」
妖精「その甲斐もあって、弟さんはお父さんと同じエリートコースに乗ってるみたい」
妖精「兄である提督に対する態度は、お父さんよりひどいものがあるけど」
明石「なにそれむかつく! 当然、因果応報があったんですよね!?」
妖精「むしろ逆かなあ……」
陸奥「逆?」
妖精「提督が海軍に入って提督業に就いたことが、提督の家族にとってはプラスに働いたみたい。エリート家族の箔がついたって」
明石「うわ、そうくるの!?」
古鷹「で、でも、そうなったら、お父さんたちも提督に感謝して……」
妖精「あの人たちは、提督に対して感謝はしないと思うなあ」
古鷹「ど、どうしてですか!?」
* 執務室 *
提督「俺がこの島に来る前に、中佐が父親たちに金を渡したって言ってきたんだ」
由良「ど、どうして!?」
提督「俺の身に何があっても口出しするな、ってことだろうさ」
朧「……!」
提督「随分と神妙に受け取ったらしいが、あいつらのことだ。体よくごみを処分できたと喜んでるだろうよ」
由良「そ、そこまで言い切るの!?」
提督「妖精が見えるなんて血迷ったことを言う問題児。表に出れば問題行動を起こして迷惑をかける大馬鹿者」
提督「一族の面汚し、ってのが俺の評価だろうな。それを破格の値段で売っ払ったんだぜ? 笑ってないわけがねえ」
朧「笑えませんよ……!」
提督「そういうわけなんで、俺は奴らを家族だなんて思っちゃいねえ」
提督「その俺を見捨てないで、根気よく相手してくれたのは妖精だけなんだ」
提督「人間からは……誰からも救いの手を差し伸べられなかった。いくら妖精がいると訴えても、信じてもらえなかったんだからな」
提督「だから俺も人間は信じてねえし、信じられねえ」
* 工廠 *
妖精「……でもね。あの時は嬉しかったかなあ」
明石「あの時?」
妖精「N中佐に啖呵を切ったときのあの言葉だよ」
妖精「俺にとって大事なのは、この鎮守府にいる艦娘たちだ、って」
明石長門「「!」」
如月「そうね……すごく嬉しかったわ、あの時は」ニコ
妖精「あ、そうか、如月はあの時あの場所にいて、一緒に聞いてたんだよね」
如月「だからこそ、その後、自分の命を粗末にするようなことを言うのが許せなかったけど」ザワッ
明石長門((怖っ!?))ビクッ
龍驤「お、落ち着きや! なあ!?」
如月「あ、ごめんなさい。うふふっ」ニコ
陸奥「……信頼されてるのね、ここの提督は」
龍驤「陸奥?」
陸奥「あの鎮守府にいたときは、以中佐に怒りを覚えることはあっても、以中佐のために怒るようなこと、絶対になかったもの」
長門「陸奥……」
陸奥「私、少しだけ頑張っちゃおうかしら」
龍驤「まあ、無理せんでええよ。徐々に慣らしてき」
明石「それにしても……提督の昔話は、聞けば聞くほどひどくなってません?」
如月「まだ話してない過去もありそうね……」
妖精「そうだね……いじめの話もいろいろあって。だいたいはわたしたちが提督に告げ口するから、すぐ解決するんだけど」
龍驤「例えばどんなん?」
妖精「嫌がらせで物を隠されても、妖精ネットワークですぐに犯人も探し物も見つかるし……」
妖精「大勢での待ち伏せやだまし討ちなんかも、わたしたちが見つけて事前に対策できちゃうんだよね」
龍驤「あー……偵察機飛ばすのに似てるなあ」
如月「妖精さんたちとは、いい関係が築けてたのね」
妖精「提督が、危険を知らせてくれたお礼に、って、お菓子やアイスをわたしたちに買ってくれたのも大きかったかなー」
妖精「スーパーに並んでるお菓子を勝手にとっていくのは、さすがにわたしたち的にもアウトだからね」
龍驤「お金はどうしてたん?」
妖精「結構落ちてるよ? 自販機の裏とかに」
龍驤「そういうことかいな!」
* 執務室 *
提督「妖精に助けてもらってばかりいたが、図書館以外でゆっくりできた場所がなかった気がするな」
提督「親は親で、育児放棄を疑われたくないから飯だけは出してくれたが、会話なんてなかったぜ」
朧「それで提督は、家族なんかいない、と仰るわけですか」
提督「ああ。あいつらは中佐に俺を金で売ったんだ。そうでなくても、俺は中学で父親に勘当されてる」
朧「勘当したくせにお金は受け取るんですか」ムスッ
提督「不服そうだな?」ニヤリ
朧「当然ですよ。そんなの家族なんて呼べません」
提督「ああ、俺もそう思う。けどな、忌々しいことに俺はそいつらの血を引いちまってるんだよな」
朧「!」ハッ
提督「そんなばつの悪そうな顔すんな。むしろ俺と同じ不満を口にしてくれたんだから、これでも嬉しいんだぜ?」
朧「提督……」
大淀「大和さんたちからの求愛を拒んだのも、そういうことですか」
提督「こういう血筋だからな。とっとと途絶えちまえ、って思ってる。結婚なんてもってのほかだ」
由良「それに加えて提督さん……その、えっちなのも、嫌いなんでしょ?」ポ
提督「確かにそれもあるな」アタマガリガリ
朧「あー……吐いてましたね、そういえば」
* 工廠 *
如月「司令官は、このまま独身を貫くつもりなのかしら……」
龍驤「……もしかして、ここの提督って童貞なん?」
妖精「うん、そういうことになるね」
龍驤「そういうのって、タガが外れた時の反動とか怖ないんかな?」
明石「そういうお話はよくありますけど、あの提督の性欲のなさは本当に異常ですよ」
明石「大和さんが隣で寝てようが、恥ずかしがるだけで絶対に手を出してこないそうですから」
長門「提督のほうが抱き枕にされてるくらいだと聞いてるな」
雲龍「その調子だと、生涯不犯でいる気なのかしら」
古鷹「ふぼん、ってなんですか?」
雲龍「僧侶の戒律ね。異性との交わりを断って禁欲することよ」
古鷹「そこまでするなんて……」
如月「有り得るわ……それに、男性向けの大人の雑誌を見て、拒否反応を起こして気分を悪くしたくらいだもの」
如月「もしかしたら司令官、そういうこと自体受け付けないっていうか、できないんじゃないかしら……」
長門「明石。確か、近々提督に健康診断を受けさせる話があったな?」
明石「はい、大淀から本営に申請したって聞きましたよ」
長門「提督には、一度カウンセリングにかかってもらったほうが良いと思うんだが、どうだろうか」
明石「うーん、今からじゃ、ちょーっと遅いと思いますよ」
* 執務室 *
扉<コンコン
不知火「失礼します」チャッ
提督「不知火か」
不知火「ご報告いたします。司令の健康診断の日程が決まりました。詳細はこちらの書類に」スッ
不知火「この島へ向かっている医療船もすでに出港しております。診察前日の夜から飲食は控えるようにとのことでした」
提督「そうかい。はー……面倒臭えなあ」
不知火「面倒がらずに準備をお願いいたします。何もなければ面倒もなくすぐに済む話ですから」
提督「ああ、わかったわかった」
朧「不知火も結構世話焼きだね」
不知火「司令はご自身のことに頓着しませんから」
提督「……世間じゃあ、こういうのと母親みたいだって言うんだろうな」
大淀「提督……」
提督「気にすんな、ちょっと思うところがあっただけだ。ガキのころなら嫉妬してたがな」
提督「それに、お前たちこそ『親』とかいねえじゃねえか。今の発言、無神経なのは俺のほうだろ」
由良「言われてみれば不思議よね。提督さんが言うまで、親がいないことを何とも思わなかったわ」
朧「……アタシも、鳳翔さんがいたから……」
提督「……いろいろ、おかしいよな」
不知火「……司令」スッ
提督「ん?」
不知火「不知火は、司令とは家族のようなものだと考えております」
提督「……」
不知火「司令はこれまで、不知火や如月、そしてこの鎮守府に流れ着いた艦娘たちを、救ってくださいました」
不知火「血縁でもないのに、体を張って、私たちを守ってくださいました」
不知火「それはさながら、親や兄弟のためであるかのように」
提督「……」
不知火「いえ、今のお話を伺うに、親や兄弟以上の……」
提督「そのくらいにしとけ」スクッ
不知火「!」
提督「……冗談じゃねえ」スタスタスタ
扉<パタン
朧「行っちゃった……」
由良「提督さんったら、何を考えているの!?」
大淀「……し、不知火さん」ハラハラ
不知火「……」
* 埠頭 *
提督「……」
提督「不知火に本音を言うのは間違いだったかな」
提督「……」ハァ
提督「ったく、やめてくれよ。俺に優しくしないでくれ」
提督「……離れられなくなるじゃねえか」ウツムキ
というわけで、今回はここまで。
あちらの方はなかなか筆が進まずすみません。
というか、こっちを書き進んでいるといろいろ辻褄が合わなくなることが多すぎて困ります。
本当は、今回の二人の出番はもっと後だったのですが。
というわけで、続きです。
* 太平洋上某所 航行中の護衛船の一室 *
女性提督(以下「波大尉」)「……」ムスッ
士官1「大尉、機嫌を直してくださいよ」
士官2「そうですよ。大尉にもいい人が見つかりますよ」
波大尉「そーゆー台詞を聞き続けて何年経ってると思ってんのよ!!」ウガーッ
波大尉「だいたい! どうしてこのタイミングで私がブルネイまで出張しなきゃいけないの!? いつかは行きたいって言ったけど!」
士官1「そ、そう言われましても」
波大尉「ほかに行ける人いっぱいいるでしょ!? おかげでまた出会いの機会を逃がしちゃうし!!」
士官2(また隠れて合コン行くつもりだったんだ)
士官1「いいじゃないですか、波大尉もこの仕事を頑張っておられるんですから、そのご褒美のバカンスだと思えば」
波大尉「バカンスに独りで行ったってしょうがないでしょーーー!!」
士官1「……す、すみません」
波大尉「っていうかさぁ、そう思うんなら、あんた、あたしに付き合いなさいよ」
士官1「え? そりゃ駄目ですよ。俺、妻がいますんで、未婚の女性とそういう行動をとるのは既婚者としてどうかと」
波大尉「はあ!? じゃああんたは!」
士官2「結婚はまだですけど、そういう約束なら……」テレテレ
波大尉「」
士官1「え、マジ? お前、あの子とそこまで行ったのか!?」
士官2「いやー、ちょっと顔見せ程度だったんだけど、彼女の両親に会わせてもらって……」テレテレ
士官2「ほんっと緊張したぜー、強面の親父さんだったしなあ。でも、俺の職業聞いたら歓迎されちゃってな!」テレテレ
士官1「えっ、普通逆じゃね? 俺、めっちゃ反対されたぜ」
士官2「親父さん、警察官なんだよ。それで同情されたっていうか」
士官1「あー、なるほどなー、あっちも命懸けの仕事だもんな。苦労がわかるってかー」
士官2「だもんだから、娘をさびしくさせるなよ、ってしみじみ言われちゃって……あれはちょっとホロリときたぜ」
士官1「でも、理解ありそうで良かったじゃねーか」ハハハ
士官2「そーだな! なんだかんだで一大イベントもいい感じで行けたし、俺もそろそろ……なあ!」ハハハ
士官1「そろそろかもなあ!」ハハハ
波大尉「それはそれは……良かったわねえ」ズゴゴゴゴゴ
士官1「」
士官2「」
波大尉「なぁに? 目の前に独り身の女性がいるってのに、のろけ話!?」
士官2「そ、そんなつもりは」
波大尉「あーーはいはい御馳走様!! お腹いっぱいで吐きそうだわ!」
士官2「も、申し訳ありません!」バッ
千歳「ちょっと、申し訳なくなんかないでしょ」スッ
士官1「千歳……さん」
千歳「こればっかりはおめでたい話なんだから。ほら、士官2君も顔をあげて。頭を下げるのは向こうのお父さんに、でしょ」
士官2「は、はい!」
千歳「提督、八つ当たりはよくありませんよ、一歩間違えばパワハラです。愚痴でしたら私がお付き合いしますから」
波大尉「……」ムスーッ
千歳「二人とも、この場は私に任せて。持ち場へ戻って頂戴」ニコッ
士官1「はっ!」ビシッ
士官2「了解いたしました! 失礼いたします!」ビシッ
ガチャ パタン
士官1「千歳さんが来てくれて助かった……」
士官2「大尉の前では迂闊なことが言えないな……」
スタスタ…
* 一方の室内 *
波大尉「……」ムッスーッ
千歳「ほら、提督、いつまでもむくれてないで。お仕事中なんですから」
波大尉「……敵影は」
千歳「今のところありません。先行している護衛艦隊からも、私たちが飛ばしている艦載機からも、今のところは異常ありません」
波大尉「……艦隊の疲労度は? 休憩はちゃんとしてる?」
千歳「現時点で体調不良や疲労を訴えている艦娘もいませんし、欠員も出ていません」
波大尉「××島の駆逐艦隊の様子はどう? コミュニケーションはちゃんと取れてる?」
千歳「こちらも問題ありません。深海棲艦の艦隊の迎撃をお願いしていますが、今のところ出番なしです」
千歳「連絡もこまめに来ていますし、雑談もできるくらいには馴染んでいますね」
波大尉「……とにかく、順調なのね?」
千歳「はい。順調です」
波大尉「……」
千歳「……」
波大尉「だったらあたしがいなくたって良かったじゃない……」ゲンナリ
千歳「提督!?」
波大尉「こんなのただの遠征任務じゃない! 別にあたしがいなくたって回る任務なんじゃないの!?」
千歳「今回の任務は医療船の引き渡しです。提督が代表として引き渡しを行わないといけないんですから、駄目ですよ」
波大尉「そんなの誰かやってよぉ、なんであたしなのよぉぉ……」
千歳「提督が物資の管理を担当しているからじゃないですか、これはれっきとした提督のお仕事ですよ」
千歳「それに、一人に全部任せたら大変だからって、幌筵やショートランドには他の提督が向かうことになったじゃありませんか」
波大尉「ううう……せめて、1日くらいずらせなかったの……!?」
千歳「戦時中ですよ。戦況は毎日変化するんですから、1日順延して明日になったら襲撃されて時すでに、なんてことがあってはいけません」
波大尉「そうですよねー……国民の命ですもんねー……」イジイジ
波大尉「それに比べたら、あたし一人の幸せなんかちっぽけなもんですよねー……」
千歳「……もしかして、また合コンに行こうとしていたんですか?」
波大尉「……」プイ
千歳「提督。こっち見てください……提督?」
波大尉「なによう。あたしだって好きで不貞腐れてるわけじゃないわよ」グス
波大尉「やっと都合つけたのに。やぁぁっと、私の旦那様が見つかるかと思ったのにぃ……!」グズグズ
千歳「提督……!」
波大尉「わかってるわよ……今のお仕事は立派なお仕事で、誰に対しても誇れる仕事だって」
波大尉「でも実際にはあたしはデスクワークしてるだけで、立派なのは現場で戦ってるちーちゃんたちじゃない」
波大尉「あたし、はんこ捺すだけだもん……みんなを励まして見送るだけだもん」
千歳「提督、そんなことありませんよ」
波大尉「作戦立てるのも、あいつらに攻撃するのも、みーんな艦娘がやってくれるし、普通にみんなのほうが優秀だもん」
波大尉「どこにでもいるよーな元OLが、いきなり海軍に誘われて入ったって、やることなーんにもないんだもん……」イジイジ
千歳「提督……」
波大尉「そんで気が付いたらあたしもいい齢で、そろそろ結婚しなきゃーってときに、気付いたらあたしだけ独り身で……」
波大尉「年賀状にドレス姿とか赤ちゃんの写真とか、地味にくるのよねー……話題にもついていけなくなっちゃってさあ」ハイライトオフ
波大尉「いいとこ勤めてるんでしょー? いい男ばっかりでしょー? って言われるけど」
波大尉「そんな男が売れ残ってるわけねーじゃん!!」クワッ!
波大尉「しかも今の海軍、艦娘がいっぱいいて、その部下の艦娘といい雰囲気になってる人ばっかりなのよね!!」
波大尉「見た目も能力も並以下のあたしが、美女美少女揃いの艦娘と比較されて勝てるわけねーじゃんよー……」ブツブツ
千歳「提督……そんなこと考えてらしたんですか」
波大尉「そーよー? 今更言いたくないけどさー……ちーちゃんっていい奥さんになれそうだよねえ」ジトォ
千歳「……っ」タジッ
波大尉「聞き上手だし、あたしのこと立ててくれるし、弱音吐いたら慰めてくれるし、お肌ぴちぴちだし、おっぱい大きいし」
千歳「ちょっ」
波大尉「あたしが男だったら絶対飛びついてる。お嫁さんがあーちゃんかちーちゃんなら、絶対幸せになれるって確信してる」
波大尉「だからこそ……今のあたしが、みじめすぎて……うああああ……」
千歳「て、提督! しっかりしてください!」
波大尉「もうしっかりなんかしたくないよう……ちーちゃん養ってぇ」
千歳「もう、提督ったら、いくらなんでも崩れすぎですよ!」
波大尉「ふぇぇ……」
コンコン
足柄「提督ー、入るわよー」
波大尉「!」
足柄「お邪魔するわね。霞ちゃん、入って」
霞「……失礼するわ」スッ
波大尉「あら、いらっしゃい。なにかあった?」シャキッ
千歳「……」
霞「いいえ、何かあったわけではないんだけど、お礼を言いそびれてたから」
波大尉「お礼?」
霞「ええ。ここへ来た時に緊張でがっちがちに凝り固まってた朝潮姉さんに、冗談で緊張を解いてくれたことと……」
霞「すっ転んだ五月雨に絆創膏貼ってくれたこと。ちゃんとお礼を言いたくて」
波大尉「いいのよそんなこと! あたしがやりたくてやったんだから」
波大尉「あたしはあなたたちと違って戦えない。あなたたちが全力でお仕事してるんだもの、あたしだって全力で持て成してあげないと、ね」
霞「……いい司令官ね」
足柄「うふふ、ありがと」ニコ
霞「うちのクズも、もう少し愛想良ければいいんだけど」フゥ
霞「それじゃ、休憩に入らせてもらうわね。ありがと、大尉さん」
波大尉「ええ、どういたしまして。ゆっくり休んでね」
パタン
波大尉「……いい子だったわねえ……」
千歳「……ほんと、借りてきた猫みたいでしたね」
足柄「今まで出会ってきた霞ちゃんの中でも、トップクラスに素直な霞ちゃんだわ」ウンウン
波大尉「そうね……誰彼かまわずクズ連呼する、ギザギザハートな子もいたから。あれはショックだったわ」
足柄「ギザギザ……?」
波大尉「え!? 知らないの!? すっごいショックなんだけど!」
千歳「私は提督の変わり身のほうがショックでしたけれど」
波大尉「いくらあたしでも駆逐艦娘みたいな小さい子にみっともない姿は見せられないわよ……ましてや手伝ってもらってる立場なのに」
足柄「なぁに? また腐ってたの?」
波大尉「そうよ……ああ、思い出したら嫌になってきちゃった」ズーン
足柄「ほら、しっかりしてよ。提督でしょ?」
波大尉「……あーちゃんもちーちゃんも立派すぎだよ……もうしっかりしたくなーい」グテー
足柄「これはいつになく重症ねえ……」
千歳「ちょっと、甘やかしすぎたかしら……」
足柄「提督、とりあえず××島にはそろそろ到着しますから。身なりは整えておいてくださいね」
波大尉「……うあーーい……」ダレー
千歳「駄目みたいねえ……」
足柄「ほら、××島で霞ちゃんたちとはお別れなんだから。びしっとする!」
波大尉「そんなこと言ってもさあ……」
千歳「そんなもこんなもありませんよ」
波大尉「そうじゃなくて。××島って、ほぼ無人島みたいなとこでしょ?」
波大尉「それに、その島の責任者、っていうか、司令官の階級が准尉でしょ? 士官に毛の生えた下っ端じゃない……」
波大尉「その辺でスカウトされて提督になったあたしより階級が下って、普通いないわよね? 何か問題ある人なんじゃないの?」
足柄「そうかしら。あの霞ちゃんがあんなに素直なんだもの、いい提督さんだと思うわよ?」
波大尉「そうかなあ……その鎮守府、憲兵とかがいないって話でしょ? ドの付く外道だったりしないわよね?」
千歳「そんなことはないと思いますけど……」ペラリ
波大尉「? ちーちゃん、何を見てんの?」
千歳「提督准尉の履歴書です。家族構成とかも書いてありますが、特に問題がありそうな感じではありませんよ」テワタシ
波大尉「ふーん……」ウケトリ
足柄「問題があるんだったら、私たちがとっちめてあげないとねえ」
千歳「ちょっと、あまり問題起こしちゃ駄目よ。××島の後にパラオ泊地とブルネイ泊地へ医療船を届けなきゃいけないんだから」
足柄「ところで、どうして××島に寄り道することになったの?」
千歳「聞いてないの? ××島の提督准尉の健康診断のためよ? 離島勤務だからって、体調管理を疎かにさせられてたみたいで……」
千歳「それで今回医療船を輸送するついでに、提督准尉の健康診断をしましょうって話になってたの」
足柄「ごめん、初耳なんだけど……」
千歳「……そうね、あなた護衛の話しか聞いてなかったものね……」ハァ
波大尉「……この人……!」
千歳「提督? どうかしました?」
波大尉「なんか……提督准尉のお父さんの名前、聞いたことあるかも」
足柄「……誰?」
波大尉「スマホで検索かけて……あった。ほら、野党シンミン党の若手のホープだって」
足柄「地方遊説で大人気……予算委で歯切れの悪い与党幹部を圧倒……」
千歳「与党議員の醜聞に鋭く切り込み……政権交代のキーマン……」
波大尉「へー、期待されてるんだ……准尉、弟さんもいるんだね。何やってんのかな……検索検索っと」
足柄「なにこれ? ブログ?」
波大尉「フェー○ブックだねー。自分がどんな活動をしてるか、名刺代わりになるページって言えばいいかな」
千歳「○○省勤務ですって。官僚じゃないですか」
足柄「すごいわね、エリート一家じゃない」
波大尉「……あれ?」
足柄「提督?」
波大尉「もしかして、これってものすごいチャンス……?」
千歳「提督?」
波大尉「官僚とか、議員二世とか、有名人候補じゃない! もしかしてお金持ちの家系!?」
足柄&千歳「!?」
波大尉「っていうか、提督准尉の顔写真、そんなに悪くないじゃない! 年齢も……うん、いける!」
足柄&千歳「」
波大尉「狙ってみる価値はありそうね……! よおし、待ってなさい!」ジュルリ
波大尉「あ、ちょっとお化粧直してくるから。二人は引き続き任務をお願いね」ニコッ
波大尉「よーし、ちょっと気合い入れますかあ!」ギラリンッ!
足柄「……」カオヲ
千歳「……」ミアワセ
足柄&千歳「はぁ……」アタマカカエ
今回はここまで。
というわけで、前スレ444に出てきた女性提督が波大尉として登場です。
それでは続きです。
* 一方その頃 墓場島 執務室 *
提督「っくしゅん! くちゅん!」
吹雪「! 司令官、大丈夫ですか?」
提督「……なんかしらんがゾワッときた。風邪じゃねえと思うんだけどな」
伊8「熱はないですか?」
提督「大丈夫だって、そこまで大袈裟じゃねえ」
大淀「折角ですから健康診断で一緒に診ていただきましょう」
提督「しかし、波大尉だっけか? そこの鎮守府にうちの遠征部隊が突撃かまして大丈夫だったのかよ」
大淀「殴り込みみたいな言い方しないでください。ちゃんと事前に連絡してから向かわせました」
朧「……」ジー
大淀「? 朧さん? どうかしました?」
朧「あの、提督。どうして提督は、そんな風に小さくくしゃみするんですか?」
大淀「そういえばそうですね……?」
提督「……これもきっかけは父親のせいだな。くしゃみがうるせえって八つ当たりされたせいだ」チッ
吹雪「ええ!? なんですかそれ! そんなことでも暴力振るわれてたんですか!?」
提督「……なんで吹雪が父親の暴力のこと知ってんだ」
吹雪「みんな知ってますよ? 明石さんと由良さんから聞きました!」
提督「……」アタマカカエ
朧「朧は、潮と長門さんにしか話してないですよ」
提督「十分だよ」ハァ
伊8(大淀さんも結構いろんな人に話してた気がするけど)チラッ
大淀(秘密ですよ?)シー
吹雪「あ、それから大淀さんに聞いたんですけれど」
大淀「」ガクッ
伊8「」ズルッ
朧「?」
吹雪「提督のお父さん、国会議員になってるみたいですよ」
提督「なに? どういうことだ」
大淀「こほん。それに関しては気になる記事がありまして」
提督「記事?」
大淀「国会の予算委員会で、防衛費……その中でも、主に艦娘に関する予算ですね、それを見直せと言う声が野党から上がったんです」
大淀「私たちが言うのも本末転倒ではありますが、艦娘が何者なのか、深海棲艦同様まだまだわからない部分が多く……」
大淀「そのため国民には説明できないので、私たちの存在に関して公表できないというのが与党の現状です」
提督「……まあ、確かになあ。二の句に困るなら下手に喋らねえほうがマシか」
大淀「そのため野党からは、深海棲艦とは何者なのか、目的は何かを調べろ。そして戦争回避のための努力をしろ、という無茶振りと……」
大淀「国を守るためという名目で、得体の知れないものに金を突っ込むな、という、ある意味真っ当な意見で責められています」
大淀「それを切り出したのが……」」
提督「俺の父親だ、ってことか?」ジロッ
大淀「はい……!」コクッ
提督「……あの野郎。縁を切ったっつうのに、まだ俺の邪魔をしやがんのか……!」ギリギリッ
吹雪「司令官……」
朧「……んー?」クビカシゲ
伊8「どうしたの?」
朧「ええっと……提督が海軍に入った時、中佐が提督のお父さんにお金を渡したんでしたよね?」
朧「提督のことに口を出させないために……」
提督「ん? ああ、そうだが」
朧「中佐も艦娘を部下に持つ『提督』なのに、どうして艦娘運用の予算を削ろうとする人にお金を渡すのかな、って」
提督「……そういやそうだな……?」
全員「……」
吹雪「これって、賄賂……ですよね?」
朧「……どう、なのかな。なんて言うんだろう、こういうお金」
伊8「でも、そのお金って政治には関係なくて、単に提督をどうするってお金でしょ?」
朧「頭に来るけど、そういうことだよね」
吹雪「政治的には敵対するけど、提督に対しては利害が一致してる感じ?」
提督「……」イライライラ
伊8(提督の顔が般若みたいに……)タラリ
大淀「……もしかしたら、ですが……」
提督「なんだ?」
大淀「中佐は、艦娘の存在を公表したがっているのかもしれません」
朧「どういう意味ですか?」
大淀「国会での野党は、艦娘と深海棲艦について説明ができない与党を攻めて、政権の奪取を狙っています」
大淀「ですが今、艦娘を海から撤退させようものなら、深海棲艦による被害が拡大し、それこそ国家転覆に繋がります」
大淀「与党としては艦娘についての情報を公表するしかないのですが、そうなると……」
提督「今度は艦娘の人権がどうの、って話になんのか?」
大淀「それもありますが、なにはともあれ単純に、海軍そのものに注目が集まります。おそらくそこが問題なんです」
大淀「海軍本営では、艦娘の情報公開について賛成派と反対派が綺麗に分かれていまして」
大淀「賛成派は、艦娘の活躍をもっと前面に出して、海軍の活動の支持者を増やしたい意図があります」
大淀「一方の反対派は、提督が懸念した人権問題や、女性差別などの問題に発展するのを恐れている人たちと……」
大淀「艦娘という得体の知れない存在に、日本の未来を託しているという不安極まりない現状への批判を恐れる人たち……」
大淀「女性を前面に出して媚を売るのが好かない! という、昔ながらのお堅い人たちですね、そういう人たちが難色を示しています」
大淀「おそらく中佐は賛成派でしょう。国会で野党が情報開示を求めるのは好都合……」
提督「そうか……野党の連中をけしかけて、藪をつついて蛇を出させるわけか」
吹雪「??」
大淀「深海棲艦に対する抑止力は、艦娘しかいません。それが公にも認められれば、海軍が今いかに重要な組織かを宣伝できます」
提督「そうなりゃあ、国家予算を海軍につぎ込むことが悪いと言えなくなる」
朧「そっか……予算を削るつもりが、逆に出さなきゃ、って雰囲気に持っていかされるんだ……」
大淀「違法ですが、資産家が個人的に出資する可能性もありますね」
提督「中佐にしてみりゃあ、それこそが一番の狙いなんだろう。個人的なコネやパトロンを増やすためのいい宣伝だ」
大淀「与党議員が艦娘について公表しない一因には、海軍が力をつけすぎるのを恐れているところもありますね」
大淀「海軍の反対派にも、軍事政権が誕生してしまいかねない状況になっていることを危惧している方もいらっしゃいます」
吹雪「真面目に考えてる人もいるんですね……」
朧「いなかったら困るよ……」
提督「ったく、狸爺どもの化かし合いだな、巻き込まれるほうはいい迷惑だ。考えてたら胃がむかむかしてきたぜ」
不知火「司令。健康診断では胃カメラを撮る予定ですので、できるだけ平常心でお願いします」ヌイッ
提督「うお!?」ビクッ
吹雪「いつからいたの!?」ドキドキ
不知火「海軍の国家予算がどうのこうのという辺りからです」
朧「全然気付けなかった……」
不知火「本営にいると、耳を澄ませば良くない話があちこちから聞こえてきますので、そのための護身術です」
伊8「どんな環境なの……」
提督「そういうのは護身術って言わねえだろ……」
大淀「永田町には鵺が住む、と言いますが、本営もそんな感じなのでしょうか……」
* 後日 太平洋上 護衛船内 *
士官1「えー……提督准尉と会うんですか?」
士官2「悪いことは言いませんから、やめておいたほうがいいですよ……」
波大尉「え、なにその反応」
士官2「あ、でも、会うだけならまあ……」
士官1「そうだな……あの島に近づかないなら、いいか?」
波大尉「?? あの島に行くのがそんなに駄目なの?」
士官1「大尉は御存知ないんですか。あの島、墓場島って呼ばれてるんですよ」
波大尉「なにそのいかにも何かありそーな名前」
士官2「いやまあ、そのまんまなんですけどね。この辺の海域、潮の流れがちょっと変わってまして」
士官2「このあたりで艦娘が轟沈すると、あの島の海岸に打ち上げられるくらい潮が強いんですよ」
士官2「で、あの島に住んでる准尉が、その砂浜に流れ着いた艦娘を、みんな埋葬してるそうなんです」
波大尉「えっ、准尉ってばいい人じゃない」
士官2「それだけならいいんですが、提督准尉は島に生きて流れ着いた艦娘を、そのまま運用してまして……」
波大尉「え……!?」
士官2「それがどれだけやばいことか、大尉も知ってますよね?」
波大尉「うん……轟沈した子は、そのうち深海棲艦になる、って話だったよね? もしかして霞ちゃんたちもそうなの!?」
士官2「いや、それはわかりませんけど……俺だってあの子たちが深海棲艦になるとか、思いたくないですよ」
士官1「でも、ああいう性格になったのが轟沈を経験したからだとしたら、そういう可能性が高いのは否定できないですよね」
波大尉「そんなあ……」
士官1「まあまあ、まだそうと決まったわけじゃ。轟沈した艦娘が流れてくるところを見てるからああなったって可能性もあります」
士官2「とにかく、島への上陸はやめたほうがいいですよ。実際、立ち寄った提督はみんな災難に遭ってるらしいですから」
波大尉「災難って、例えば?」
士官2「降格させられたり、僻地に左遷させられたり……あの島のもと管理者だった中佐ですら大怪我してたりしてますね」
波大尉「中佐、ってあの中佐? あの気持ち悪い奴」ヒソッ
士官1「ええ、そうです。大尉が嫌いなそいつです」ヒソッ
波大尉「元の持ち主なのに大怪我したって、どういうことなのよ……」
士官1「わかりません。大和が関わってるって言いますけど、あんな島に大和がいるなんて思えませんし……」
波大尉「大和!? 大和ってあの戦艦大和!?」
士官2「そうです。その大和です。信じられないですよね」
波大尉「うん、横須賀でもまだ2、3人くらいしかいないのに、さすがにちょっとねえ……」
士官2「それから他にも、あの島じゃ幽霊騒ぎも起きてるらしいですよ」
波大尉「幽霊!?」
士官2「だって轟沈した艦娘が流れ着いてる島ですよ、その手の話の一つや二つ、あってもおかしくありません」
士官2「……もしかして、中佐が大怪我したのって大和の幽霊の仕業だったりして」ウラメシヤー
波大尉「ちょっとやめてよ!!」バシッ
士官2「いてっ! じょ、冗談ですよ!」
波大尉「なんでそんな問題ありありの不吉な島に私が行くことになったのよぉ……知ってたら断ってたのにぃ」
士官1「しょうがないですよ。我々だって、××島って聞いてすぐあの墓場島だって思い至らなかったんですから」
士官2「その××島からの依頼の話も、今回の遠方の鎮守府への医療船配備の予定がたまたま重なったから行くことになったわけですし」
士官2「こればっかりは間が悪かったとしか言いようがないですよ」
士官1「そういうわけですから、今回の提督准尉の健康診断も、××島には寄港せず、出向いてもらって洋上で診察することにしています」
波大尉「あ、そうなんだ……じゃあ、大丈夫なのかな」
士官1「……大尉?」
波大尉「提督准尉とさ、いい人ならちょっと会ってみようかなーって思ってたんだけど」
士官1「いえ、提督准尉と面会はしませんよ。波大尉が准尉とお会いする機会は用意していません」
波大尉「ええええ!?」
士官1「いやいやいやいや、当然じゃないですか。今までの話、聞いてたんですか!?」
波大尉「聞いてたけどさ、島に立ち寄るのは駄目なんでしょ? こっちに出向いてこっちの船に乗るわけよね?」
波大尉「あの駆逐艦娘たちがこぞって評価してるような人だもん。准尉が不幸をばらまいてるとは思えないんだけど」
士官1「うーん……」
士官2「正直に言うと、俺はお近づきになりたくないですけどね。不気味じゃないですか」
士官2「ただでさえ人が寄り付かないような島で、平然と生活してるんですよ。提督准尉って何者なんだ、って考えません?」
波大尉「でも、経歴見ると提督准尉って国会議員の息子よ?」
士官1「そうかもしれませんが、そうだとしてもなんであの島に、って話ですよ」
士官1「もし提督准尉が有能なら、もっと別の鎮守府で戦果を挙げてると思いませんか?」
波大尉「……」
士官2「提督准尉は海軍に籍を置いてからずっとあの島で働いてて、怪我の治療で2~3日しか帰国したことがないって話です」
士官2「もしかしたら、ご両親とも何かあって、日本から離れているのでは?」
士官1「もしくは、日本に居づらい理由があるとか。問題を起こしているとしか思えませんよ」
波大尉「……」
士官1「とにかく、大尉は提督准尉のお相手はしなくて大丈夫です」
士官2「大尉のお仕事の範囲外なんですから、医療班に丸投げしましょうよ」
波大尉「……うん」
波大尉「提督准尉、お父さんたちと離れ離れで、寂しくないのかな……」
波大尉「霞ちゃんたちもあんなに素直でいい子なんだもの、悪い人じゃないと思うんだけど」
波大尉「第一、問題を起こしてたら、いくら離島でも憲兵不在の鎮守府を任されるとは思えないし」
波大尉「うーん……」
波大尉「うん、やっぱり会ってみよう。ちゃんと顔を見て話をしないと、善いも悪いもわかんないわ」
今回はここまで。
それでは続きです。
* 翌朝 鎮守府埠頭 *
(外海に見える三隻分の船影)
那珂「提督! あれ! 船が見えるよ!」
提督「……あれが医療船か?」
大淀「はい、後ろ二隻がそうです。一番前の小さい船は護衛艦ですね」
提督「随分小せえな。あんな小さくて護衛できんのかよ」
大淀「今の護衛艦には、最低限の装備しか積んでいませんから」
提督「あ? なんだそりゃ」
大淀「そもそも、現代兵器による攻撃が深海棲艦には効果的じゃないんです。深海棲艦程ではありませんが、艦娘もそうなんですが、」
提督「……全然効かない、ってわけじゃないんだな?」
大淀「はい、ですが、深海棲艦にはせいぜい足止め程度にしかなりません。大がかりな主砲を積んでも当てるのが難しいですし」
大淀「なので、最近の護衛艦は小型の砲や機銃を積む位にとどめて、あとは速度重視ですね。艦娘の応急ドックを積んでいる艦も開発されています」
提督「逃げるのを優先してるわけか」
如月「でも、医療船が二隻で来たのはどうしてなの?」
大淀「あれはそれぞれ、パラオとブルネイに配備予定の船なんです」
大淀「あの護衛艦も、艦娘用のドックと新型レーダーを備えた最新型で、女性提督である波大尉が、泊地への配備任務を任されています」
大淀「そこに提督の健康診断を本営に依頼したところ、この二隻の輸送の途中で寄り道してもらうことになりました」
那珂「ね、ねえ……それ、結構どころじゃなく、重要任務だよね……?」
大淀「はい。ですがこの機を逃すと次がいつになるかわかりませんし……」
大淀「この周辺海域で深海勢力と遭遇することが少なくなったのも、依頼が通った一因だと思います」
如月「一応、鎮守府として面目を保ててるってことかしら」
提督「それにしても……」チラッ
如月「?」
那珂「?」
大和「?」
伊8「?」
龍驤「どうかしたん?」
提督「人数多いな。お前らもついてくるのか?」
龍驤「うちはお空の監視役や」
那珂「那珂ちゃんも今回は提督の護衛役だよー!」
大淀「伊8さんは島の医療班代表です」
提督「明石じゃねえのか?」
伊8「はっちゃん、今回やってくるお医者さんに、聞きたいことがあるの」
提督「ふぅん……で、大和と如月は?」
如月「司令官に何かあったら心配だもの」
大和「大和も御一緒させていただきます!」
提督「野次馬かよ」
大淀「これでも金剛さんと榛名さんを説得するのに頑張ったんですよ」ハァ
那珂「あっ、提督! 駆逐艦のみんなが戻ってきたよ!」
ザザァ…
朝潮「司令官! 艦隊、遠征より只今帰還致しました!」ビシッ
提督「おう、ご苦労さん。今回は荷物多くて大変だったろ」
霞「そうでもなかったわ。荷物自体は波大尉の船で運んでもらったし、私たちはその護衛をするだけだったんだから、どうってことないわよ」
暁「そのお礼に、私たちが運んだ資材の一部を波大尉に渡したんだけど、良かったわよね?」
提督「ああ。波大尉には俺からも礼を言っておく」
朝雲「それで、司令の健康診断の話なんだけど……」
* 洋上 *
ザザァ…
大和の背中に乗せられた提督「……」
大和「提督、乗り心地はいかがですか?」ニコニコ
提督「……神輿に乗せられてるみたいで恥ずかしいな」
如月「お姫様抱っこされるよりはいいんでしょう?」
提督「そりゃあそうだけどよ……」
如月「せっかく如月が司令官を連れてってあげるって言ったのに」プー
提督「勘弁してくれ。俺だって恥じらいくらいある」ハァ
龍驤「ちゅうか、せめてお迎えくらいあってもええやん。それを『医療船まで来い』とか、上から目線もええとこやわ」
朝雲「鎮守府埠頭の潮の流れが不安定だから島に近づけないってのも、一応納得できる理由ではあるけどね」
那珂「そういえば、提督さんって泳げないんだっけ?」
提督「おう。さすがに水は掴めねえからなあ……」
龍驤(脳筋や……)
朝雲(司令って、こういうところは意外と力押しなのね……)
霞「言われる今の今まで何とも思ってなかったけど、救命用のゴムボートすらなかったのよね、あの鎮守府」
龍驤「島で万が一のことがあったらどないすんねんな」
如月「それもこれも全部中佐が悪いのよ、司令官が島を出る手段を全部処分しちゃったんだから……!」ギリッ
大和「中佐……!」グラッ
提督「うお!? おい大和、大丈夫か?」
大和「も、申し訳ありません! ちょっと気分を悪くしただけです、今は大丈夫ですから!」
提督「無理すんなよ!?」
那珂「如月ちゃんも大丈夫? すっごい顔してたけど」
如月「……ごめんなさい、私ももう大丈夫」
那珂「……あんまり大丈夫じゃない顔してるよ? 本当に大丈夫?」
提督「まあ、いろいろ因縁の相手なんだ。龍驤にとっての以中佐と同じようなもんで、俺もあれにゃあ不快な思いしかねえからな……」
龍驤「じゅーぶんおおごとやんか。そんなんが提督の直の上官って、やっていけてるん?」
提督「直接かかわってこねえから、今のところはな。連絡するにしても、秘書艦の赤城が応対してくれてる」
提督「それに、困ったことがありゃあ不知火を通して中将に連絡できる。そこまで不自由はしてねえさ」
龍驤「ちょい待ち、なんで不知火にそんな権限あんねん」
那珂「不知火ちゃん、提督さんの部下じゃなくて中将の部下なんだってー」
龍驤「は?」
那珂「不知火ちゃんってもともと中佐の部下だったんだけど、提督さんのおかげで中将の部下になったんだって聞いたよ?」
那珂「それで、如月ちゃんもこの鎮守府に配属になったんだよね?」
如月「そう……そうなの。この人に……司令官に出会ってから、私は、やっと『如月』になれたの……!」
龍驤「なんか、みんないろいろあったんやなあ」
霞「みんなそれぞれに事情があるから、余所から来たばかりの人には説明が大変なのよ。どこまで話をしていいかで悩むのよね」
提督「言ってて思い出したが、那珂。神通も中佐には嫌な思いさせられてるから、それなりに気を付けとけよ」
那珂「じ、神通ちゃんもなの……!?」
龍驤「うちを受け入れてくれるっちゅうのも、それなりに理由があってのことなんやな……」
* 医療船 甲板上 *
提督「乗船させてもらったはいいが、どこへ行きゃあいいんだ?」
朝雲「確か、案内がいるって言ってたわよね」
霞「明石さんが来るって聞いてるわ」
大和「明石さんが?」
扉<ガチャッ
明石(スーツ+白衣)「ああ、来た来た。ようこそ! あなたが提督准尉ですね」
提督「明石?」
明石「はい、工作艦明石です。私が准尉の診察を担当しますので、よろしくお願いしますね」
提督「明石がか? 人間も治療できるのか」
足柄「こっちの明石は人間の医学にも精通してるの。あなたのところの明石はどうだかわかんないけどね」スッ
提督「!」
足柄「初めまして、提督准尉。私は波大尉の秘書艦、重巡洋艦の足柄よ。よろしくね」
提督「波大尉の……うちの駆逐艦たちを送ってくれたと聞いている。礼を言わせてくれ」ペコリ
足柄「私たちこそ、この島までの道中の護衛を手伝ってもらったからお互い様よ。協力に感謝するわ」ニコ
足柄「それにしても……」ジロジロ
提督「?」
足柄「うーん、見た感じ普通よね。霞ちゃんたちもあなたのことを悪く言ってなかったし、なんであんな島に一人で住まわされてるのかしら」
霞「ちょっ、足柄さん!?」カオマッカ
足柄「ああ、ごめんね霞ちゃん。でも、別に隠す必要ないでしょ?」
霞「~~~っ!!」
提督「何の話だ?」
霞「なんでもないったら!! 早くとっとと診察されてきなさいよ! このクズ!!」
提督「……わけがわかんねえ。まあいいや、さっさと終わらせてくるか」
伊8「あ、ちょっと待ってください」
明石「? どうしました?」
伊8「提督の検査で、追加で調べて欲しいことがあるんです。そのための資料を持ってきました」
那珂「! もしかして、出発する時に那珂ちゃんに渡したこれ?」フウトウトリダシ
伊8「そう」コクリ
明石「調べて欲しいこと、ですか……わかりました。書類、お預かりしますね」
明石「それじゃ提督准尉、行きましょうか」
提督「ああ」
スタスタ…
足柄「うーん、准尉ってあんまり愛想のいい人じゃないのね。緊張してるのかしら」
霞「ちょっと、足柄さん!? さっきの話はいったいなんなの!?」
足柄「そんなに怒らないの。あなたが彼を悪く言ってなかった、って言っただけで、深い意味はどこにもないんだから」
霞「~~~っ!」プイッ
大和「それにしても驚きました。明石さんは人間を診察することもできるんですね」
足柄「それはちょっと違うわ。彼女は人間に助けてもらったことがあるの」
足柄「ただ、それが原因でその人が怪我をしちゃって。それで彼女が人間のための医学を学ぼう、ってことになったのよ」
龍驤「ふーん……人間にもええやつがおるんやなあ」
足柄「そんなに珍しくもないでしょ?」
大和「……私も、提督のために勉強してみようかしら」
伊8「……」ムー
朝雲「うーん、大和さんはそれよりも、練度を上げることに集中したほうがいいと思うけど」
大和「そ、そうでしょうか」
朝雲「長門さんも言ってたけど、大和さんの主砲の威力はすごいわけだし。一緒に出撃できれば、私たちとしても心強いわ」
朝雲「それに大和さん、厨房のお仕事もしてるでしょ? もしそこから勉強もするとなると、ちょっと時間が足りなくない?」
大和「た、確かに、厨房にも立っていると、少し時間が足りませんね……」
朝雲「逆にハチさんは練度こそ高いけど、着任当初からあまり出撃したくない感じだったし、食糧調達も島の周辺ですぐ戻れるし」
朝雲「何事も、無理に手を広げてもあんまりいいことないと思うし。ね?」
大和「一理ありますね……」ウーン
那珂「ふえぇ……朝雲ちゃん、よく見てるんだね~! えらいえらい!」ナデギュー
朝雲「あ、ありがと……っていうか、那珂さんに褒められるとちょっと照れるわ」
足柄「しっかりした子ねえ……」
龍驤「ほんまや。朝雲、ほんまに駆逐艦かいな」
霞「まあ、あの古鷹さんとずっと一緒だったから……」トオイメ
如月「そうね、気配りの人だものね……」トオイメ
足柄「あー、古鷹と一緒にいたなら、あの気遣いも納得ね」ウンウン
伊8(絶対、意味を取り違えてると思う……)
* 診察室 *
明石「それじゃ、最初は身長体重から測りましょう。准尉、こちらに着替えてから、お部屋にお入りください」
*
明石「レントゲン撮りますねー。はい、息を吸ってー、はい、息を止めてそのまま!」
*
明石「視力聴力は問題なし……血液検査も問題なし……ふむふむ」カリカリ
*
明石「准尉、こちらへどうぞ。こちらでまた診察をさせていただきます」
提督「診察? さっきやったんじゃねえのか?」
明石「はい、それとは別の診察です。触診しますので、上着を脱いでください」
提督「……」ヌギ
明石「背中から触りますよー」スッ
提督「……」
明石「……」サワサワ
明石「……」スリスリ
提督「……」
明石「……」サワサワ
提督「……おい、明石?」
明石「あ、動かないでくださいね。うーん……」
提督「……おい」
明石「ちょっとばんざいしてください。はい、そのまま……」サワサワ
提督「……」
提督(どこ触ってんだこいつ……)
明石「はい、手をおろしてください。楽にしてていいですよー」
明石「それじゃあ、ちょっとこっちを見ててくださいね」シュル
提督「おい……?」
明石「……」スルスル ヌギヌギ
提督「明石!? 何をしてんだ!?」
明石(下着姿)「何って……」パサッ
提督「……いいから服を着ろ。何考えてんだ」セキメン
明石「ちゃんとこっちを見てください。聴診器当てますから」
提督「……っ」
明石「はい、そのまま息を吸ってー」
提督(なんなんだいったい……)
* *
明石「はい、お疲れ様でした!」
提督「……」ハァ
明石「さすがに男性の前で下着姿になるのは恥ずかしかったですねえ……」
提督「俺だって恥ずかしいぞ……なんのための診察なんだ」
明石「それはこれからご説明します。いくらか質問もさせていただきますね」
提督「……まだ続くのかよ」ハァァ
* *
*
* 医療船内 休憩室 *
龍驤「はー……立派な設備やなあ。船の中やってこと、忘れてしまいそうになるわ」キョロキョロ
如月「技術の進歩って、すごいわね」
霞「クーラーも完備で自販機もおいてあるなんて、陸の上にある普通の鎮守府と変わらないわね」
大和「これを世界各地の泊地に配備すると思うと、安心できますね」
伊8「これ、ほかのみんなも連れてきて、見せてあげれば良かったかも」
朝雲「明石さんあたりは目を輝かせそうね」
那珂「でも、医療船だからねー。大勢で押しかけて騒がしくするのは良くないよ?」
龍驤「せやなあ、その辺はしゃあないか。それにしても……提督、ちょっと遅ない?」
如月「ちょっと時間がかかってるわね……大丈夫かしら」
大和「念入りに調べてもらっているのかもしれません。ハチさんも気になるところがあって、あの封筒を渡したんですよね?」
伊8「そう」コク
朝雲「いったい何を調べて欲しかったの?」
伊8「それは秘密。不安を煽りたくないし、思い過ごしならいいなと思って」
那珂「何か深刻な病気なの?」
伊8「命にかかわるような病気じゃないと思う」
如月「……司令官、大丈夫かしら」
扉<チャッ
明石「お待たせしました!」
提督「よう」ヌッ
如月「司令官!」
大和「提督!」
如月「大丈夫でした? 痛いところとかあります?」
大和「大変だったでしょう!? さ、こちらへどうぞ!」
提督「……検査から戻ってきただけだぞ」
霞「二人とも心配しすぎよ」ハァ
龍驤「えらい時間かかったなあ? 何しとったん?」
提督「まあ、いろいろだよ、いろいろ。心電図とか採血とか、胃カメラも飲まされた。全部初体験だ」
朝雲「明石さん、診断結果はどうだったんですか?」
明石「おおむね良好。普通の生活を送るにあたっての問題はないわ」
明石「ただ、伊8さんからもらった封書の内容については、残念ながら……危惧している通りね」
伊8「……そうですか」
如月「え!?」
大和「な、なにがあったんですか!?」
明石「それはこちらの診断書に。提督准尉の名誉にもかかわるお話ですので……うん?」
龍驤「? なんやこの音?」
那珂「なんだか、騒々しくない?」
「ちょっとだけ! ちょっと会うだけだから!」
「待ちなさいってば!」
扉<ガチャバーン!
波大尉「提督准尉、いる!?」
全員「!?」
千歳「提督、控えてください!!」ダッ
足柄「恥ずかしいからやめなさいよ!」ダッ
全員「……」ポカーン
明石「あの、波大尉? どうかなさったんですか?」
波大尉「何って、提督准尉を見に来たんじゃない! 診察終わったんでしょ!?」
龍驤「見に来た……て」
提督「俺は見世物か」
波大尉「あー!! あなたね!!」シュバッ!
提督「!?」タジロギ
波大尉「初めまして、私は波大尉! あなたが提督准尉ね!?」
提督「あ、ああ……」
足柄「ご、ごめんなさいね! この子、提督准尉に会いたいって言ってきかなくて……!」ガシッ
千歳「早く戻りますよ!?」ガシッ
波大尉「診察も終わったみたいだしぃ、いろいろお話を聞かせてもらおうと思って~」ニジニジニジ
千歳「ちょっ、なにこの馬鹿力!?」ズルズルズル
波大尉「休憩も兼ねて、ちょっと二人でお茶でも飲みながら、お話しさせてもらいたいんだけど~!」ウデツカミ
提督「……」ウデヲツカマレ
千歳「そうやっていきなり迫って嫌われるのがいつものパターンでしょう!?」
朝雲「あー……あの顔は『面倒臭い』って思ってる顔だわ」アタマオサエ
霞「……波大尉ってあんなに落ち着きのない人だったかしら」アタマオサエ
足柄「みっともないところ見せちゃってごめんね霞ちゃん。うちの提督、結婚に焦ってるもんだから……」
ゴォッ
龍驤「!?」ゾクッ
千歳「!?」ビクッ
如月「……結婚……?」ゴゴゴゴゴゴ
足柄「えっ、なにこの迫力!?」
大和「もしや、提督と、ですか……?」ゴゴゴゴゴゴ
那珂「ちょっ、如月ちゃん!? 大和ちゃん!? ここ、医療船だからね? 病院と同じだからね!?」アセアセ
伊8「……一発までなら誤射ですよ?」ボソ
那珂「誤射しちゃ駄目ぇぇぇぇぇ!!」ヒィィ!
千歳「ほら、波提督! 早く准尉から離れてください!」グイー
波大尉「こんな程度のプレッシャーで離れてたら合コンで勝ち残れないわよ!」
足柄「ここは合コンの会場じゃないわよ!」グイー
提督「……? 『ごうこん』てなんだ? 金剛の親戚か?」クビカシゲ
波大尉「えっ」
龍驤「金剛とは関係ないんちゃう? うちもよくわからへんけど」
朝雲「勝ち残るとか言ってたから、スポーツかなにかかしら?」
千歳「えっ」
提督「ゴーゴンだったらわかるんだがなあ……」
如月「メデューサのことね?」
霞「私もよく知らないわ。ねえ足柄さん、ゴーコンってどういう意味なの?」
足柄「……ねえ波大尉、私、この子たちの純真さに涙が出そうになってるんだけど。説明していいの?」
伊8「今調べたけど、合コンって、恋人探しパーティみたいなものみたい」ペラリペラリ
足柄「あ」
伊8「複数人の男女が参加して、お相手を探してあわよくば、ってことみたいだけど?」
龍驤「……あー……」アキレ
霞「そういうことなの……」ジトォ…
足柄(霞ちゃんからの視線が痛すぎるわ……)
朝雲「ま、まあ、そういうのもあるわよね! うん!」アセアセ
明石「フォローしたほうが痛々しいからやめてあげて!」
大和「ということは、波大尉は提督とお付き合いしようとしているわけですか」ギンッ
如月「司令官をどこに連れて行く気?」ギンッ
波大尉「ひっ! な、なによ! すごまれたって退くわけにはいかないんだから!」
提督「退くも進むもねえよ。そういう話なら俺は結婚不適合者だから諦めろ」
如月「そんなことありません!」
大和「勝手に決めつけないでください!」
波大尉「そうよ! それはこっちが決めることよ!!」
伊8「なんで敵同士で意見が合致してるんでしょうねえ……」ボソ
提督「そもそも俺は誰かと結婚なんてする気はこれっぽっちもねえぞ」
波大尉「どうしてよ!? それであなたは幸せなの!?」
提督「ああ。むしろ、うちの艦娘たちが今の生活に満足してくれてりゃそれでいいと思ってるが」
如月「も、もう……そんなことなら、如月はずーっと提督のお傍においてもらえるだけで幸せよ……?」モジモジ
大和「大和も、提督の隣にいられるのなら、これ以上の幸せはありません……!」モジモジ
波大尉「フン……そんなの嘘よ!!」ズビシッ
如月「そんなことはないわ!」
大和「何を根拠にそんなことを言うのですか!」
波大尉「あなたたち……家庭が欲しくないの!?」クワッ
如月「!?」
波大尉「愛する人との子供が欲しくないの!?」ビシィッ
大和「!?」
波大尉「あなた~、おかえりなさい! お仕事お疲れ様でした!」
波大尉「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し? とか、やってみたいと思わないの!?」
如月「そ、そんなの……やってみたいに決まってるじゃない!!」
大和「如月さんっ!?」
波大尉「大好きな人のために、お料理作って! 綺麗なベッドを準備して! 仕事から疲れて帰ってきた旦那様を迎えて!」
波大尉「一緒にお風呂に入って! 一緒のベッドでイチャイチャしながら眠る生活に、憧れたりしないって言うの!?」
大和「う、ぐううううう!!」
伊8「ダメージ受けてる……」
龍驤「なんちゅうか、結構古風やなあ……」
明石「あ、やっぱりそう思います? 良くも悪くもちょっと昭和的なんですよね、波提督の感性って」
霞「ええ、古風ね……わかるけど」ボソ
千歳「無理もないのよ。波大尉のご両親も、妹さんのご夫婦も、絵にかいたようなおしどり夫婦だから」ハァ
千歳「どっちの夫婦も仲が良くて、いつもにこにこしてて、旦那様を立てて、奥さんも可愛がられて、っていう……」
千歳「なんていうか見てるだけでお腹いっぱいなご家庭なのよ」
霞「それじゃ無理もないわ……」タラリ
千歳「ご両親や妹さんたちからは別にせっつかれてるわけじゃないんだけど、波大尉はそれが逆に煽られてるように感じてるの」
那珂「成功者が近くにいると焦るよねー……」
波大尉「妹のところの双子も、小学校に入ったわ。可愛かった……甥ちゃんも姪ちゃんも、すっごい可愛かった!!」
波大尉「あたしだって……あたしだって、同じように子育てして、ママって呼ばれたいのよおおおお!!」
提督「……」
朝雲(うわー、司令ったら完全に興味なさそうな顔してる……)
波大尉「提督准尉! あなただって、そういう温かい家庭に憧れるでしょう!?」
提督「うんや、別に。どうでもいいな」
波大尉「!?」
大和「!?」
如月「正直、そう言うんじゃないかと思ったけど……」ハァ
波大尉「提督准尉! 真面目に答えて!」
提督「あぁ? 真面目にどうでもいいっつってんだよ、いちいち面倒臭えな」
波大尉「」
大和「」
龍驤「」
那珂「」
足柄「」
千歳「」
伊8「うん。だいたいみんなそういう反応になるよね」
霞「あ、足柄さん!? しっかりして!」
千歳「じ、准尉、あなたは本当にそれでいいんですか」
提督「うるせえな、俺は結婚する気はねえってさっきから言ってんだろが。まともな親を知らねえ俺が、まともな親になんかなれるかよ」
千歳「……! 准尉、それはどういう……」
波大尉「何を言ってるの!? 仮にもご両親は健在なんでしょう!?」
千歳「波提督!? 待ってください、提督准尉は……!」
波大尉「これまで育ててもらったご両親に対して、家族としてそんなことを言っちゃ駄目よ! わかるでしょう!?」
提督「あぁ……?」ピキ
波大尉「!」
提督「何が駄目だって?」ギロリ
如月「し、司令官……!」
龍驤「こらあかん……あかんこと言うたで、波大尉……!」
大和「て、提督……!?」ビクッ
足柄「ちょっ、ど、どうして准尉がここまで怒ってるのよ!?」
霞「ちょっと!? いったいなにがあったのよ!?」
如月「司令官は、両親と縁を切ってるの……」
朝雲「えぇ……!?」
霞「縁を切るって、いったい何やってんのよ、あんた……!」
提督「何って、当然の流れだよ。あいつらと俺は、家族なんかじゃねえ……家族なんかやってられっかよ、くそが!」
霞「……!」ゾク
那珂「提督さん……!」
龍驤「霞や朝雲はともかく、なんで大和たちまで驚いてんねん。提督の昔話、誰かから聞いたんやろ」
伊8「き、聞いてたけど、提督の怒り方が、今まで見たことなかったくらいだから……」
大和「これほどだったなんて……提督、なんておいたわしい……!」ウルッ
如月「司令官、落ち着いて! もう帰りましょ!? 用は済んだんだもの!!」
提督「……ああ」
波大尉「ちょっと待ちなさい!」
千歳「波提督!?」
波大尉「さっきから何を言ってるの!? 家族じゃないとか、やってられないとか!」
波大尉「そんな悲しいこと言わないで。そんなんじゃ、誰も幸せになれないわ……!」
千歳「波提督! 何を言ってるんですか!」
波大尉「だって! 両親と不仲だなんて、可哀想じゃない!」
足柄「ちょっ……それは家庭の事情が」
波大尉「事情があるなら、話し合って仲直りすればいいでしょ!?」
提督「……仲直り、だと……?」
如月「落ち着いて! 司令官!! 相手にしないで!!」ガシッ
波大尉「如月ちゃん、私は彼のためを思って言ってるのよ!? 肉親と憎み合うなんて、馬鹿なことをしてると思わないの!?」
提督「……」ギリ
如月「駄目よ!! 司令官、抑えて!!」
波大尉「如月ちゃんだってわかるでしょ!? そんなに彼を慕ってるなら、家族がどれくらい大事かって!」
波大尉「喧嘩したら仲直りしなきゃ……人は一人で生きていけないのよ!?」
如月「……いい加減にして!!」キッ
波大尉「っ!」
如月「あなたの家族観は、司令官を傷付けるだけだわ! これ以上喋らないで!!」
大和「如月さん……!?」
波大尉「はぁ……私、何か間違ったことを言ってる? 幸せっていうのは……」
如月「っ……これを、見なさいよ!!」バサッ
那珂「如月ちゃん!? なんで上着を脱……っ!」
龍驤「……なんや、あの体」
明石「体中、傷だらけじゃないですか……!」
波大尉「きさ……如月、ちゃん……どうしたの、その傷は!!」
提督「おい如月、やめろ。すぐに服を」
如月「いいの。司令官、これだけは言わせて」フルフル
提督「……」
如月「この、私の体の傷は、私が生まれた鎮守府でつけられたものよ」
波大尉「え……」
足柄「虐待されてたってこと……!?」
如月「ううん、兵器の実験台にされてたの」
波大尉「……っ!!」
如月「命からがら逃げてきて、あの島に流れ着いて……私は、提督に助けてもらったの」
如月「司令官は、私を助けるために、命懸けになってくれたわ。今、私がここにいるのは、司令官のおかげ……!」
如月「あなたは、親を大事にしろと言うけれど、私にも同じことを言えるの?」
如月「私の親にあたる人……私の体をこんな風にした人と、私は仲直りしないといけないの?」
波大尉「そ……それは」
如月「司令官のお父さんは、肉親なのに司令官を一方的に苦しめてきた人なのよ? 私と同じことが言えるの?」
波大尉「で、でも、准尉のお父さんは政治家で……」
提督「職業なんか関係ねえよ。俺が海軍に入った時、中佐があいつらに金を渡して、あいつらは金を受け取った」
霞「はぁ!?」
提督「これがどういう意味かわかるよな?」
波大尉「……」
提督「あいつらは、俺の身柄を海軍に売ったんだ。俺がどうなっても構わない、ってな」
朝雲「……司令」
スッ パサッ
如月「司令官……」ウワギカケラレ
提督「如月、悪かったな」
波大尉「……」
提督「それからな。俺はEDってやつらしい」
大和「イー、ディー……?」
伊8「……やっぱり」ハァ
千歳「もしかして、それ……」
明石「男性器の勃起障害です。提督准尉は、過去のトラウマのせいで、性的興奮に強い抵抗と拒絶反応を返しています」
明石「彼が女性と性交渉を行うことは、現状のままでは不可能だと思われます」
明石「ですから、彼と結婚したとしても、子供はおろか、セックスレスになる確率が高いでしょうね」
大和「そんな……!」ガーン
波大尉「なに、それ……!」
提督「だから言ったんだ。俺は結婚不適合者だ、ってな」
如月「司令官……!」
提督「そんな悲しそうな顔すんな。俺はもとより、子孫なんか残したくなかったんだからな」
波大尉「……そんなの……うそよ。現実から目を逸らしてるだけよ! 病院へ行って治療すれば……!」
提督「いい加減にしろ」
波大尉「!」ビク
提督「あんたの幸せの定義はわかった。俺はそれに賛同する気は微塵もねえし、それを押し売りすんじゃねえ」
提督「ついでに、俺を可哀想だなんて思うのも大間違いだ。俺は、こいつらと……今の『家族』と一緒にいられれば、それでいいんだ」
如月「司令官……っ!!」ブワッ
波大尉「……」
提督「帰るぞ」
龍驤「お、おぉ……」
大和「如月さん、服を……!」
明石「提督准尉、診断書をお持ちください」スッ
提督「ああ。那珂、お前が鎮守府に持って行ってくれ」
那珂「は、はいっ!」ウケトリ
霞「司令官。島に帰ったら、さっきの話がどういうことか、話してもらうわよ」
提督「そいつは適当に誰かに聞け。もうほとんどの奴が知ってるみたいだからな」ハァ
提督「ついでに診断書の中身の話も適当にして欲しいもんだが……」
伊8「それは、はっちゃんがみんなに報告します」
提督「頼む」
大和「さ、島に帰りましょう……!」
ゾロゾロ…
波大尉「……」
千歳「波提督! 何を考えてるんですか!」
千歳「准尉がいくら不遜な態度とはいえ、いくらなんでもあの説教はないわ!」
足柄「やめなさいよ、准尉にあんな事情があったなんて、波提督に想像できないわよ」
千歳「でも、話の途中でいくらでも気付くことはできたでしょう!?」
波大尉「……そう、ね」フラ
千歳「……」
扉<ガチャ パタン
足柄「……波提督」
千歳「まったくもう……あの子、世間知らずなのよ。自分の理想が正しいって、信じて疑わないんだから」
明石「ですが、その曲がらない信念があったからこそ、ここまで頑張ってらしたんですよ」
千歳「そうね。でも、今回ばかりはね……」
足柄「理想を面と向かって拒む人と出会ったことがなかったから……波提督、立ち直れるかしら」
以上、今回はここまで。
動くむつきさ改二、よいぞ……!
まさか動くリベッチオが見られるとは。
それでは続きです。
* 食堂 *
(不知火以外の全員が集まって、明石と由良から提督の話を聞いている……)
明石「……というわけで、提督は家族だった人たちと縁を切ったわけです」
霞「……あんまりだわ」
朝潮「司令官……今のお話、本当ですか!」ワナワナ
提督「まあ、概ねその通りだな」
五月雨「提督……」ウルッ
暁「司令官! 司令官には暁たちがついてるからね!」ヒシッ
電「電も一緒なのです!」ガシッ
提督「あー、よしよし、泣くな泣くな」ナデナデ
金剛「私もついてマース!」ガッシ
榛名「榛名も大丈夫です!」ガッシ
提督「ぐぇっ!」
金剛「提督が愛を知らないと仰るのは、良い家族や友人を得られなかったからなんデスネー……!」スリスリ
榛名「榛名なら、いくら甘えても甘えられてもなでなでして差し上げてもなでなでしてくださっても大丈夫です……!」ウットリ
提督「いいから離れろ」アタマツカンデヒキハガシ
比叡「金剛お姉様も榛名も何をしてるんですか……」アタマカカエ
敷波「まあとにかくさ、司令官があたしたちに優しいのも、なーんか納得だよね」
朧「うん。でも、もうちょっと言い方が優しかったら、初対面で誤解されることも減るのにね」
潮「ほ、本当です……! 本当はすごく、私たちに気を遣ってくれてるから……!」
初雪「……言動だけ勿体ない」
吹雪「司令官、改善するなら今のうちですよ!」
提督「けっ、この齢で今更この性格を矯正できっかよ」ベー
五月雨「提督は、小さいころに頼れる人がいなかったんですね……」
提督「可哀想だなんて思ってくれなくていいぞ。今となっちゃあ、俺は連中と縁を切りたくて仕方なかったくらいだ」
提督「むしろ、最初からなにもない俺に比べれば、頼る相手を失った五月雨のほうが、よっぽどつらいんじゃねえか」
五月雨「それは……」ウツムキ
提督「ま、お互い様かねえ。どっちがつらいかなんて量れるもんでもねえし、俺も慰めなんか言えねえし」
明石「だからって、その代わりに『生きたいか死にたいか』なんて言葉かける人がいますかねえ?」
提督「面倒臭いのは嫌いなんだよ。自分の行き先くらい、ちゃっちゃっと決めてくれ」
明石「そういうところを改めてください、って話ですよ……ここまで言われて恥ずかしくないんですか」
提督「全員いる前で俺の昔話を語られることのほうが、よっぽど恥ずかしいぞ俺は」
明石「それも誤解を生まないように、全員を集めてるわけじゃないですか」
由良「提督さんも以前言ってたでしょ。伝言ゲームになって嘘が混ざったら困る、って」
提督「……よく覚えてやがんな」フー
山城「それで、帰ってきたときに不機嫌だったのは、その親との仲直りをしろと言われたからなのね?」
提督「そういうこった。古鷹、お前はどう思う」
古鷹「う、うーん、難しいですね……本音を言えば、お父様と喧嘩なんかしない方がいいんですが……」
古鷹「信じられるものが根本的に違うわけですから、関わり合いにならないようにした方がいいと思います」
提督「意外だな? 博愛主義なお前のことだから、仲良くしろと説教してくるかと思ったんだが」
古鷹「残念ですが、艦娘そのものを忌み嫌う方々もいらっしゃいますし……」シュン
朝雲「あー……あったわね、ヘンテコな人権団体が鎮守府前でデモ行進してたこと」
利根「なんと。そのようなことがあったのか」
大淀「日本国内の鎮守府に限れば、デモ自体はそれなりに行われているそうですよ」
大淀「国としては正式発表していませんし、一応は国家機密なので、基本的に艦娘は民間人との接触を断つように指示されていますが……」
大淀「鎮守府近辺の地域に限定されるとはいえ、艦娘の存在自体は民間でもそれなりに知られています」
長門「深海棲艦が存在する以上、隠しきれるわけではないからな」
大淀「はい。そもそも、深海棲艦が各国の船舶を襲撃するようになったのがこの戦争の始まりです」
大淀「軍隊のみならず民間にも被害が出ていますから、情報公開を求められるのは当然でして」
提督「そういやあの時は、ゴジラが出たとか宇宙人の侵略だとか、いろいろ変な噂がたったっけな……」
大淀「その後、深海棲艦に対抗できる艦娘が現れ、海軍が再編され、各地に鎮守府が設置され、現在に至るわけですが」
大淀「私たちの存在自体を否定する人たちが未だに多いのは、私たち自身が艦娘の出自を明らかにできないことが最たるところかと……」
提督「それ以上に政府も信用されてねえんだよ、テレビのせいでな」
提督「テレビが報道の自由だ、情報開示しろとか言って、視聴率欲しさに国家機密まで晒せなんて無茶振りすんのが悪いんだ」
提督「それを拒否されたら、隠蔽体質だのなんだのとレッテル貼りして逆切れだ。メディアは調子に乗り過ぎなんだよ、くそが」
大淀「それもありますが、艦娘の指揮を執る人材が不足していることもあって、民間の協力者を秘密裏に募ったことも不評の一因かと」
提督「秘密裏に、ねえ」
朧「提督はどうだったんですか?」
提督「俺の場合は海軍の人間にスカウトされたんだが……そういえば、俺がバイトを辞めるって伝える前にバイト先に連絡が行ってたな」
提督「多分、俺のことを調べて裏で手回ししたんだろうな。今思えば、やけに手際が良かった気がすんぜ」ハァ
大淀「そういったこともあって、海軍は民間人に何をしているんだ、という不満も持つようになりまして……」
大淀「今の野党も、そういう団体の後押しを受けて国会で艦娘について言及を続けています」
提督「つうことはあれか。父親みたいなアンチオカルト思想の連中が、国会でギャーギャー言ってるわけか」
暁「そういう人たちに、私たちの戦いを直接見てもらったら納得してもらえないの?」
提督「どうせ見せたって納得なんかしねえよ。あいつらのやってることは宗教と同じだ」
提督「自分の信じてること、自分に都合のいいこと以外は事実であっても否定するからな」
暁「そ、そうなの……?」
五月雨「私、実際にそういう人たちと話をする機会があって、話をしたこともあります。でも、話が通じないんです」
五月雨「深海棲艦が何なのか説明しろ、から始まって、私のこと……艦娘のことは最後まで信じてもらえなくって」
五月雨「私が何を言っても、女の子が戦うなとか、洗脳されてるとか、遊びじゃないんだとか……正直、くじけちゃいそうになりました」
暁「五月雨……」
提督「どうせそのうち手のひらを返すさ。人間なんか信用できたもんじゃねえ」
提督「俺も同じだ、使えるもんは使う。この鎮守府も、寄越してくる資材や食料も、あいつらが決めたルールを利用してるに過ぎねえ」
長門「使うのはあくまでも自分たちのために、か?」
提督「そういうこった。戦ってるのは艦娘たちだ、艦娘を優先して何が悪いって話だよ」
朝潮「朝潮は、司令官が間違っているとは思いません!!」キョシュ!
提督「……朝潮はあぶねーな。狂信者かお前は」ハァ
明石「極端なんですよねえ……どうにも」
如月「でも司令官? 私たちはあなたを信じてるのよ? ちゃんと自覚してる?」
提督「俺についてきてくれている以上、お前らに悪いようにはさせねえさ。こんな不自由な生活も強いてるわけだしな」
提督「もっとも、俺がいなくても生活できる環境になってくれりゃあ、一番いいんだが」
吹雪「まだそんなこと言うんですか!」キッ
如月「ねえ司令官?」ニコー
朧「提督もこりませんね」ジトッ
提督「そういう意味じゃねえよ。くっそ面倒臭え問題が残ってんじゃねーか、食料とか、中佐とか!」
全員「「!」」
提督「俺だって楽になりてえんだよ。そういう面倒臭えのが残ってるから、そうもいかねえってだけだ」
由良「もう……そういう話なら、みんな手伝うにきまってるじゃない」
神通「提督は、私たちをトラブルから遠ざけようとしているのですか……?」
提督「当然だろ、人間の不始末だ。人間の俺が、カタを付けられるように道を作るのが筋ってもんだろうが」
初春「もう少し手段を選んでも良かろうに、のう?」
提督「いいんだよ、俺は善人じゃねえし。なあ?」
全員「「……」」
提督「なんだその反応」
長門「いや……なあ、って、誰に対して同意を求めてるんだ」
提督「だって俺、善人か? エゴの塊だろ? 人の弱みに付け込むクズだろ?」
扶桑「提督は、ご自身を悪者に仕立て上げるのがお好きなようですね」ハァ
伊8「うん。提督は、その自分を必要以上に卑下する悪癖を最初に何とかしないと駄目なんじゃないかな」
全員「「……」」コクリ
提督「……わけわかんねえ。俺をおだてたって何も出ねえぞ」アタマガリガリ
敷波「そーゆーとこ、あたしそっくりなのがなんかむかつく」ボソ
伊8「まあ、提督の病気というか、悪いところはそれだけじゃないんだけど」チラッ
那珂「……あ、もしかして、これ?」ショルイサシダシ
伊8「そうそう。Danke」ゴソゴソ ペラリ
提督「……ああ、それの話か」
長門「何の話だ?」
明石「もしかして、提督の病気ってやつですか」
伊8「うん」
金剛「病気!?」ズガーン
榛名「そんなの大丈夫じゃないです!?」ズガーン
提督「そこまで深刻じゃねえから安心しろ」
那珂「でも、めっちゃダメージ受けてるよ、大和さん」ユビサシ
大和「……」ズーン
如月「私もわかるわ……」ションボリ
雲龍「それで病気っていうのは、何?」
伊8「人によっては朗報になるのかな」
陸奥「?」
伊8「端的に言うと、提督は女性に興奮しません」
全員「「「!?」」」
神通「そ、それは一体……どういうことですか」
明石「もしかして、提督はホモだってこと!?」
全員「「「!?」」」ドヨヨッ!
金剛「...Oh, Jesus」クラッ
榛名「……榛名は、提督が同性愛者でも、だい、だい……」グラグラグラ
比叡「ふ、二人ともしっかりしてーー!?」
明石「うわー、そっか……そういう方向だったのね……」
吹雪「」コウチョク
潮「ふ、吹雪ちゃん……吹雪ちゃん!?」ユサユサ
敷波「お、驚きすぎて固まっちゃってるよ……」
朧「朧も、ちょっと頭が痛いかな……」
長門「」コウチョク
初春「長門も立ったまま失神しておるぞ!?」
陸奥「お姉さんもちょっと引くんだけど……」トリハダ
山城「私も遠慮させてもらうわ。気持ち悪い……」トリハダ
暁「……ホモって何かしら?」クビカシゲ
電「よ、よくわからないのです」オロオロ
古鷹「わ、わからなくてもいいと思いますよ!?」
雲龍「……うーん」
龍驤「雲龍? どないしたん」
雲龍「私と龍驤もそう思われたりするのかしら。もしそうだとしたら困るわ」
龍驤「その辺は大丈夫なんちゃうかな」
扶桑「そうすると、私と山城もそう思われているのかしら……」
山城「姉妹はくっついてても当然ですよ扶桑お姉様!?」アセアセ
由良「ちょっと……結構ショック大きいんだけど」アタマカカエ
朝潮「……ど、どうして、男性が男性を好きになるんでしょう……」オメメグルグル
五月雨「わ、わかりません! どういう理屈なんでしょう……!?」クラクラ
利根「いや待て、提督が衆道に走るとはとても思えんのだが……」
神通「……ですよね?」
朝雲「し、司令! どういうことか説明してもらえない!?」
如月「もう……放っておいていいの?」
提督「まあ、どうでもいいんじゃねえか。俺は困らねえ」
霞「あんた、なんでそこまで自分を捨てられるのよ……」ヒキッ
那珂「伊8ちゃん、わざと誤解を生むような言い方したでしょ……」
伊8「うん」テヘペロ
龍驤「やっぱりかー……ろくでもあらへんやっちゃな」ガックリ
龍驤「はいはい、みんな注目や! ちゃんと言い直すで!」パンパン
不知火「なんですかこの騒動は」スッ
提督「ん? 不知火か、丁度良く戻ってきたな。まあ話を聞いてくれ」
不知火「はい」
*
伊8「まず、ちゃんと言い直すけど、提督は男性が好きなわけじゃないよ?」
金剛「Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaarr !!」ガッツポーズ
不知火「金剛さん、ステイ」ギンッ
金剛「」スッ
榛名(!?)
伊8「さっき明石さんたちが話した通り、提督は人間嫌いで、誰かを好きになったこと自体ありません」
伊8「だから、提督は普段から愛情がそういうものかわからない、と言っています」
利根「うむ……」
伊8「もうひとつ、決定的なことがあって……提督は、学生のころに他人がセックスしてるところを見ちゃったんです」
ドヨッ
吹雪「せ……!?」カオマッカ
電「はわわ……!」カオマッカ
五月雨「えええ……」カオマッカ
暁(え? セ……なに? みんなどうして顔を赤くしてるの!?)オロオロ
長門「お、おい! 駆逐艦たちもいるのにその単語はまずいだろう!!」カオマッカ
伊8「じゃあ、なんて言えばいいんですか」プクー
初春「……であれば、交尾かのう?」
長門「は、初春っ!!」アセアセ
潮「……」カオマッカ
敷波「……」カオマッカ
暁「……?」クビカシゲ
朧(暁はわからないんだ……)タラリ
不知火「……」ユゲボシュー
明石「不知火ちゃんが熱暴走してる……」
初雪「ね、ねえ……朝潮はどうして平然としていられるの」
朝潮「生物学的にはごく自然な生殖行為だと思うのですが?」
霞「ま、まあ、そうね……」
朝雲「で、でも、交尾って、もう少し言い方が……」
提督「いや、交尾って言い方のほうが相応しいかもなー。ぶっちゃけ、人間じゃなくて獣見てる気分じゃなかったしよぉ……」アオザメ
山城「でも、年頃の男だったら、その手のことに興味を持つものじゃないの? そこまで嫌な思いするもの?」
由良「この前、提督さんが思い出して気持ち悪くなって吐いてたんです」
朧「してたのが、おじいちゃんとおばあちゃんだったそうですからね」
山城「……」
伊8「ともかく、それを見た提督は、気持ち悪くてトラウマになっちゃった」
伊8「なので、提督は女性に限らずそういう行為に興奮することができなくて、えっちなこともしたいと思わない人になったんです」
扶桑「それって、性欲すら湧かない、ってこと……?」
陸奥「それで手を出そうとしないのね……」
伊8「それで、気になって調べてもらったんですが、診察の結果は予想通り、EDでした。ちんちんが勃たないっていう症状です」
全員「「!?」」
金剛「」マッシロ
榛名「」マッシロ
比叡「ひえええ! 金剛お姉様と榛名が灰みたいに真っ白に!?」
潮「あ、あの、それ、大丈夫なんですか? て、提督の普段の生活にも、影響が出るとか……!?」
伊8「あ、それは大丈夫。これまでの提督の生活からしても、影響はほぼないに等しいんじゃないかな」
吹雪「じゃ、じゃあ、長期の入院とか、そういうこともないんですね!?」
伊8「提督は治す気ないでしょ?」
提督「生活に困るこたねーし、何より医者は嫌いだ」
古鷹「提督……本当にそれでよろしいんですか?」
提督「いいんだよこのままで。下手に治して、反動でお前たちに襲いかかっても嫌だろ」
吹雪「それはないと思います」
朧「ないよね」
電「ありえないのです」
敷波「うん。ないない」
大淀(提督、そういうところはヘタレですから……)
神通「私も同意見ですが、大淀さんがそれを言うのはどうかと……」ボソ
大淀「!?」ギョッ
暁「司令官が私たちを襲うとか、ありえないわ。みんな何を言ってるの?」
初春「……うむ、そうじゃな。そうに違いない……のう」
暁「なんか引っかかるわね……?」クビカシゲ
由良「とにかく、提督さんは現状維持ってわけね?」
提督「だな。別に気にするほどでもない病気……いや、病気でもねえな」
龍驤「いやいやあかんて。ちゃんと自分の身体の異常は、異常として認識しとき」
提督「そうか? まあとにかくだ、俺が子供を残せないことはこれで確実だってわけだな」
伊8「人工授精ならできるけど?」
提督「そういうことをしないと無理なんだろ? そこまでしたくねえよ、面倒臭え」
提督「こんなことならちょん切ってもらっても良かったかも知れねえな」
如月「司令官!?」
伊8「それはやめといたほうがいいと思う。ホルモンバランスが崩れて、女の人みたくなっちゃう可能性もあるから」
提督「マジか?」
伊8「男性ホルモンが作られなくなって、髭が生えてこなくなったりとか、胸が出てきたりする例があるみたい」
提督「髭はいいけど、胸は勘弁だな……」
如月「……」ホッ
伊8「そういうわけだから、提督に迫るのはいいけど、その見返りが返ってくるとは思わないほうがいいよ、って言いたかったんだけど」
金剛「」
榛名「」
伊8「一番聞かせたい人たちが真っ白になってて、聞いてるのかわかんないから、あんまり意味ありませんね」
比叡「金剛お姉様も榛名もしっかりしてください!」ユサユサ
不知火「如月は大丈夫ですか」
如月「え? ええ……事情だけなら船の上で聞いたから」
利根「その二人も心配と言えば心配だが……」チラッ
扶桑「そうね……」チラッ
大和「……」
山城「目を閉じてずっと俯いてますものね……何も言わないのがかえって不気味っていうか」
長門「大和、大丈夫なのか」
大和「……」スクッ クルッ
大和「しばらく、一人にさせてください……」
スタスタ…
長門「……」
陸奥「ねえ、長門。本当に大丈夫なの?」
長門「た、確かに心配だが、私たちが口出ししていいものなのか?」
陸奥「だからって放っておくわけにもいかないでしょう? ヤケを起こされたら止められないわ」
長門「……そういうことか。そういうことなら行くしかないな」スクッ
如月「あの……私も行っていいかしら」
陸奥「え?」
如月「話を聞くだけなら、私も力になれると思うから……」
神通「一緒に行かせてあげてください。思うところがあるみたいですから」
長門「……わかった」
陸奥「長門!?」
長門「何かあればすぐに止める。それでいいか?」
如月「ええ」コク
陸奥「……いいわ、とりあえず急ぎましょ?」
タタタッ…
扶桑「とりあえず、お知らせは以上かしら?」
伊8「はい。ご清聴ありがとうございました」ペコリ
ザワザワ…
不知火「司令、一つご報告が……」ヒソッ
提督「? なんだ?」
不知火「実は……」ヒソヒソ
提督「……なんだそりゃ」
那珂「提督! 那珂ちゃんからもちょっといいかな?」
提督「?? お前からもか?」
神通「はい。不知火さんもよろしいでしょうか」
不知火「? はい」
那珂「実はねえ……食堂の外に誰かいるみたい」ヒソッ
提督「!」
那珂「さっきから窓のほうから視線を感じてたんだよね。不知火ちゃん、何か気付いたこととかなーい?」
不知火「実はここに戻って来るまでの間、何者かに後を尾行された気配を感じました」
神通「そういうことでしたか……」
提督「不知火を追ってきたと言うことは、相手は艦娘か?」
不知火「おそらく」
提督「……」
神通「捕まえますか?」
提督「そうだな、できればなんでこんなところに来たのか、話を聞いてみたいところだな」
那珂「那珂ちゃんも手伝いまーす!」
神通「那珂は厨房の裏口から。私は休憩室の窓から行きます。それから……」
神通「聞き耳を立てている初春さん?」クルリッ
初春「」ギクッ
神通「私たちが捕まえましたら、輪形陣でお出迎え、お願いできますか?」
初春「心臓に悪いのう……あいわかった、わらわの姉妹艦の得意技じゃな」
神通「お願いしますね。那珂、行きましょう?」
那珂「那珂ちゃん、いつでもスタンバイ完了でーっす!」ビシッ
ビュンッ
初春「……」
提督「……はえーな」
不知火「敵に回したくない人が二人に増えましたね」
初春「あの二水戦と四水戦の旗艦じゃからの……」
窓<コンコンコン
那珂「捕まえたよーー!」
初春「……」
提督「……はえーな」
不知火「心底、敵に回したくありませんね」
*
提督「で、お前らは何者だ」
白露「私は白露型駆逐艦の一番艦、白露です!」
島風「駆逐艦、島風です! こっちにいるのは連装砲ちゃんです!」
提督「この島には何しに来た」
白露「私はこの島がいったいどこなのかが知りたいんだけど……」
提督「なんだそりゃ」
島風「白露と一緒に海を走ってたら、持ってた羅針盤がおかしくなっちゃって」
白露「これが壊れると、元の鎮守府に戻りたくても戻れなくなっちゃうの」
島風「羅針盤が壊れるなんて、今までなかったのに……」
白露「お願い! これ、修理できないかな?」
提督「明石、そういう話ってあるのか?」
明石「いやー、滅多なことでは壊れませんよ羅針盤は。なんたって妖精さんの謎のテクノロジー使ってますから」
白露「えええ!? じゃあ、なんでこんなにぐるぐる針が回ってるの!?」
敷波「……あー、それ、もしかして」
島風「なに? 直す方法知ってるの!?」
敷波「そうじゃなくってさ、逆」
白露「逆?」
敷波「その羅針盤がそっぽ向いたってことは……」
敷波「二人とも、その鎮守府から除名されちゃったんだよ」
白露「!?」
島風「!?」
神通「ああ……なるほど」
古鷹「敷波さん、それってどういう意味ですか?」
敷波「意味も何もあたしが体験済みだもん」
敷波「あたしが電たちを探すためにB提督の鎮守府を出て、数日したら持ってた羅針盤がぐるぐる回り出して使えなくなっちゃったの」
那珂「ええええ!? 本人の同意もなしに契約を切られちゃったの!?」
敷波「手っ取り早く行方不明扱いにしたかったんでしょ。どうせあたしも邪魔者扱いだったしさ! ふん!」
白露「」コウチョク
島風「」コウチョク
提督「なにやらかしたんだ、こいつらは……」
というわけで、今回はここまで。
波大尉たちの出番はしばらくお休み。
白露&島風登場、さらにもう2隻出す予定です。
影牢トラップガールズというゲームとのクロスです。
詳細は>>1をご覧いただければと。
というかそんなに殺してませんよ?
では続きです。
* 墓場島鎮守府 艦娘寮の外 *
山雲を背負った黒潮「ふぅ、ふぅ……」ヨタヨタ
黒潮「なんなんやここ……人が住んでるっぽいのに、人の気配がないとか、なんなん」
黒潮「人を探しに行った島風たちも戻ってきいへんし。不知火が入ってった、って言ってたのも見間違いちゃうんかな……」
黒潮「……工廠、どこやろ。ちゅーか、使えんのかいな」キョロキョロ
< ウワァァァァン!
黒潮「!? な、なんや、泣き声!?」ビクッ
黒潮「あっちのほうからやな……」コソコソ
黒潮「この部屋かな?」マドノゾキコミ
部屋の中でギャン泣きする大和「うわああああああんん!!」ナミダジョバー
黒潮「!?」
大和「提督……あんまりです! あんまりですうううう!」ウワーーン!
黒潮「どういうことなん……あの大和があんな泣き方するなんて」
黒潮「もしかしてここの提督、ド外道なんやないやろな!?」
黒潮「となると、島風たちもやばいんちゃうか!? 急いで探さんと!!」
黒潮「……それにしても、さすがにお腹がすいたわ……」ヨロヨロ
大和「提督に対するあんまりな仕打ち! 提督が可哀想ですうううう!!」ウワーーーン!
* 食堂 *
敷波「羅針盤って、あたしたちが海域を攻略するときに、進んだほうがいいルートを示してくれるんだ」
敷波「誰も試したことがないんだけど、この針が指し示す方向と別のほうに行くと、必ずひどい目に合うって言われてるの」
提督「本当なのか?」
敷波「本当かどうかはわかんない。けど、逆に羅針盤に逆らって生きて帰ってきたっていう艦娘には、会ったことないんだよね」
提督「……なるほど」
敷波「それに、この羅針盤の通りに進んでひどい目に合うこともあるけど、帰れないほどじゃないし」
敷波「帰るときはちゃんと鎮守府のほうを向いて安全なルートを示してくれるから、羅針盤は大事なんだよ」
敷波「だから、これがぐるんぐるん回りだしたときはすっごく焦ったんだから」
提督「帰り道を誘導してくれるのか。それじゃ一大事だな」
敷波「で、ここに流れ着いてしばらくして、あたし轟沈扱いにされたってわかったじゃない?」
敷波「それで、ああ、あの鎮守府から切り離されたんだ、ってわかっちゃったんだよね」
電「……」シュン
由良「……」ウツムキ
敷波「ああ、二人が気に病むことないって。どうせあたしもあいつが気に入らなかったんだし、いい機会だったんだってばさ」
白露「……」
島風「……私たち、どうなっちゃうのかな」
白露「……大丈夫だよ!」ガシッ
島風「え?」
白露「あたしたち、まだ沈んだわけじゃないし! こうやって生きてるんだもの!」
白露「それに、今の敷波の話だと、あたしたちは帰る場所がなくなっちゃっただけで、新しく帰る場所ができれば問題ないんだよね!?」
敷波「え? ま、まー、そうかも……」
龍驤「いやいや、ちょっち待ちぃや。うちが言うのもアレやけど、何したら除名処分されるんよ?」
白露「わかんない」
龍驤「は?」
白露「だって、私たちなにもしてないよ? 自主訓練してただけなんだけど」
利根「……」
島風「私たち全然出番がなくって。私たちの提督からお呼びがかからないから、自主的に訓練してたんだよ?」
由良「それ……本当?」
白露「本当だよー!?」
提督「こいつらの言ってること、おかしいのか?」
初春「うむ。白露はともかく、島風は駆逐艦の中でも破格の性能を誇っておる。それを放ったらかしというのは理解できん」
不知火「島風は重雷装駆逐艦と呼ばれることもあるほどですが、特筆すべきはやはりその速度かと」
五月雨「そうですね。普通なら、島風さんがいたら重用しない司令官はいないと思います」
提督「じゃあなんで艦隊に編成されてないんだ」
白露「簡単だよ、私たちの司令官の仁提督は、戦艦や空母の人たちしか興味ないんだもの」
島風「そうそう! 私がいくら速くっても、艦隊に入るのは長距離砲を撃てる戦艦の人たちばっかり!」
白露「駆逐艦の子は遠征に行くだけの最低限の人数しかいなくってさ。島風は珍しいから解体されなかっただけみたいなんだよね」
山城「また偏った思想の司令官ね……」ハァ
島風「私以外はみんな睦月型でさ。姉妹艦がいなくて、ぼっちだったところを、新造艦の白露に声をかけられて……」
白露「私が島風のお姉ちゃんになってあげる!!」
島風「とか言い出したの。遅いのに」
白露「遅くなーい! 明石さんに頼んで思いっきり速くしてもらったもん! 今は私のが速いよー!」
島風「そんなことないもん! 島風のほうが速いもん!」
白露「私のほうが一番だよ! 一番艦だもん!」
ギャーギャー
暁「……お姉ちゃん、かぁ」ウーン
吹雪「……」
提督「なんだかな……こいつら、単純にやかましいから切られたんじゃねーのか?」
扶桑「それより、自主訓練だと言っていましたが、ちゃんと許可を取って海に出てきたんでしょうか?」
提督「命令違反の度が過ぎた、ってか?」
扶桑「定かではありませんが」
大淀「とにかく、これだけ元気だと自殺志願者ではなさそうですね」
朧「お決まりの台詞はお預けですね」
提督「まあ、そうっぽいな……ただなあ」
神通「この鎮守府の所属にするかどうかは、考え物ですね」
提督「だな」
潮「そ、それはどうしてですか?」
提督「この二人が仁提督の鎮守府から切られた理由が、本当にそれだけかがわからねえ」
提督「本当の問題がどこにあるのか、探ってみたほうがいいな」
初春「!」キラーン
提督「そういうわけで初春。お前、不知火と一緒に本営回って仁提督の鎮守府に探り入れてこい」ハァ
初春「うむ! 任せよ!!」ムネポーン!
提督「それから白露と島風は……」
白露「一番艦がどれくらい速いか、見せつけてあげるんだから!」
島風「そっくりそのままお返しするよ! 島風が一番速いもん!」
提督「……」ピキ
吹雪「あっ」
提督「おい」ヌゥッ
白露「え!?」アタマガシッ
島風「おうっ!?」アタマガシッ
提督「お前らは少し静かにしろ。こっちの話を聞きやがれ」
白露「あぎゃあああ!?」メキメキメキ
島風「うおおおおう!?」メキメキメキ
提督「お前ら今の自分の立場、わかってんのか? ああ?」ピキピキ
五月雨「……何やってるんですか白露姉さんは……」ガックリ
朧「まあ、いい薬なんじゃないかな」
「そこまでや!」
神通「!」バッ
那珂「提督!」バッ
窓の外から入ってくる黒潮「動くんやないで!!」ジャキッ!
島風「!」
白露「黒潮!?」
* 一方 艦娘寮から食堂に通じる廊下 *
長門「……」
如月「大和さん……」ウルッ
陸奥「彼女、本当に提督のことが好きなのね」
長門「ああ……一人にしてほしいと言うのもそういうことだったんだな」
如月「あんな風に泣いてるところ、誰にも知られたくなんかないですものね……」
陸奥「ええ、泣き止むまでそっとしておいたほうが良さそうね」
長門「とりあえず食堂に戻ろう。大和が泣いていたことは秘密だぞ」
如月「はい……? 食堂が騒がしいわ」
長門「何だ……っ!?」
黒潮「放しぃ! なんでこいつの肩を持つんや!」ジタバタ
神通「おとなしくしててくださいね」ギリッ
黒潮「あだだだだ!?」
金剛「私たちが気絶してる間に、何事デスカーー!」
榛名「勝手は榛名が許しません!」
伊8「いや、もう遅いんだけど……」
島風「黒潮!」
白露「ああもう! この手! いい加減放し」
提督「ああ?」ギリッ
白露「痛い痛い痛ーい!!」メキメキ
如月「ちょっと、何の騒ぎなの?」
不知火「余所の鎮守府の艦娘の乱入騒ぎです」
陸奥「えええ!?」
長門「どういうことだ! 殴り込みか!?」
黒潮「うるっさいわ! なんでみんな、こんな外道にへこへこしとるんや!」
金剛「外道!? そんなこと絶対ありまセーン!」Boo!
霞「そうよ、外道じゃないわよ。ただのクズよ」
朝潮「霞!?」ガビーン
暁「ちょっと待ってよ、司令官の何を見て外道なんて言うの!?」
黒潮「うちは見たんやで! そいつのせいで、大和が泣いてるところを!」
陸奥「え」
黒潮「あんな風に大和をギャン泣きさせといて、しれーっとしとるそいつの神経がわからん言うとんねん!!」
長門「……」ハァ
如月「……仕方ないわ、長門さん」
榛名「そ、それは榛名も、無理もないと思います……」
黒潮「はぁ?」
那珂「黒潮ちゃん、それ、大和さんの名誉のためにも、言わないほうが良かったと思うんだけどなー」
黒潮「どういう意味やねん、それ!」
* かくかくしかじか *
黒潮「……ほんまかいな」ムスッ
那珂「本当だってば。ここの提督さんはセクハラどころかエッチなこと自体に抵抗を持ってる人だもん」
黒潮「ふんっ、どうやろな!」
不知火「随分と跳ねっ返りますね」
電「とにかく、司令官さんは私たちの嫌がることはしないのです」
島風「だったら私たちも早く放してよーー!」
提督「話を聞こうとせずにどっか行こうとするから捕まえてるだけじゃねえか」
利根「うむ。おぬしたちはまず静かにせよ」
黒潮「……まあええ。百歩譲ってそういうことにしといたる。うちは信じられへんけどな……!」
神通「ところで、外にもう一人、いるのではないですか?」チラッ
黒潮「!! せや、山雲や!」
朝雲「山雲!?」
黒潮「海上で拾たんやけど、気絶したまま動かんのや! うちとは関係あらへんから、助けたって!!」
提督「関係ない?」
黒潮「うちとは所属が違うっちゅう意味や! なんも後ろめたいことはない! やから……」
提督「朝雲、明石、すぐ見てやってくれ」
朝雲「ええ!」ダッ
明石「わかりました!」
提督「とりあえず、なんでこの島に来たのか、ゆっくり話を聞こうじゃねえか」
提督「込み入った事情もあるみたいだし、なあ?」ギロッ
黒潮「……っ!」ジロッ
というわけでここまで。
黒潮、山雲も遅れて登場です。
続きです。
* 仁提督鎮守府 *
仁提督「よしよし! 戦艦はやはり強いな! 空母が制空権を抑えれば、何も怖いものはない!」
仁提督「よぉし、このまま北方海域も突き進むぞ!」
大淀(仁提督鎮守府所属)「あの、提督……」
仁提督「なんだ大淀、駆逐艦の育成の話か? それだったら日頃から遠征で育てている睦月型で事足りているだろう」
仁提督「我が艦隊の主力はあくまで戦艦だ。駆逐艦はあくまでスポット的な運用としか考えていないというのに……」
仁提督「これ以上駆逐艦に手をかけてはおれん。さっさと除名処分して、新しい戦艦のために枠を開けるべきだ」
大淀「だからと言って、そのように強制的に除名してしまっては……」
仁提督「島風も、自主訓練したいというから第4艦隊を任せていたが、闇雲に出撃するだけで戦果が上がっとらん」
仁提督「だいたい、たまたま建造でできた白露が焚き付けたせいで、白露にも余計な改装を施すことになった!」
仁提督「戦艦の恒常的な運用のために必要な資材を無駄にする気はないぞ!」
大淀「ですから、それでは……」
仁提督「この艦隊の司令官は私だ。命令違反したからこそ除名した、それに何か問題があるのか」
大淀「そうではありません、問題なのは……」
仁提督「我々が戦線を維持していくためには、主力である戦艦の維持が必要不可欠なのだ」
仁提督「駆逐艦だけではなく、軽巡洋艦も不要な艦は資源に変える。一番良いのは、潜水艦による資源調達チームの編成だな」
大淀「……提督」
仁提督「よし、知り合いに頼んで潜水艦娘を融通してもらえないか、交渉してみるか。大淀は引き続き第一艦隊に出撃の連絡を出せ」
大淀「提督! お話を……!」
仁提督「くどい! 俺に指示に対する返事は!」
大淀「……了解、致しました」
仁提督「それでいい!」
バタン
大淀「……はぁ……仁提督では、北方海域を攻略できなさそうですね」ハァ
* 墓場島鎮守府 執務室 *
不知火「なるほど。そのようなことが」
初春「ふむ……北方海域か。あまり良い思い出はないのう」
提督「昔の話か?」
初春「それもある。が、今は今で厄介な仕掛けがあると五月雨から聞いておる」
初春「北方海域には、駆逐艦だけの編成にしないと、決して最奥まで辿り着けない海域があるそうじゃ」
提督「なに?」
陸奥「聞いたことがあるわ。キス島のあたりでしょ?」
初春「うむ。入れたとしても軽巡を一隻まで、じゃな。でなくば、羅針盤と潮流に阻まれ、それ以上の進軍は成らぬのじゃ」
大淀「仁提督の方針では、北方海域の突破は難しいと思います」
提督「北方海域への進軍が近かったら、その辺の情報も仕入れてるよな? なのに、島風と白露を切ったってか」
大淀「どうしてなんでしょう……」ウーン
提督「単純に、仁提督が調べてないか、その手の情報を無視してるか、どっちかだな」
白露「島風、何か心当たりない?」
島風「うーん……正直に言うと、私、あんまり歓迎されてなかったし……」
初春「なんじゃと……?」
黒潮「それ、ほんまなん?」
島風「本当だよ、『ふーん、そうか』程度のリアクションしかされなかったもん」
黒潮「ありえへんて。島風が欲しい言うてる提督、大勢おるのに」
提督「そいつが島風の能力を重要視してねえんだろ。なんか、話聞く限り射程や火力の高い艦を優先してるっぽいしな」
白露「そんなあ! 島風のいいところを無視するつもり!?」
提督「というより、戦艦しか見えてねえんだろ。艦種でばっさり見切っちまってんじゃねーの」
提督「仮に除名されずに仁鎮守府に戻ったとしても、早かれ遅かれ除名か解体か、そこらへんになってたんじゃねえか?」
白露「そんな!?」
提督「戦艦を出撃させるために、無駄を削って遠征を増やすのが常になってるなら、出撃予定のない駆逐艦の強化をよしとするか?」
提督「多分、そいつは全部戦艦と空母で事足りると思ってんだろ。初春、その辺の裏付け、とってこれるか?」
初春「うむうむ、わらわに任せよ」ムネハリ
島風「……やっぱり、必要とされてなかったんだ」シュン
白露「……島風、気を落とさないで」
陸奥「ねえ、初春ってこういうの得意なの?」ヒソッ
大淀「出たがりなんです。好奇心旺盛というか、推理小説好きだからというか」ヒソヒソ
陸奥「ああ……」
提督「でだ、次は黒潮の番だが」
黒潮「……」ジロッ
提督「俺を睨んだってなにも出ねーぞ。話す気がないならとっとと家に帰んな」
黒潮「……うちに帰る場所なんか、あらへんわ」
不知火「黒潮……?」
黒潮「うちはなあ……人を……人間を、海に連れ出して捨ててやったんや……!」ギリッ
白露「!?」
島風「え……ええええ!?」
黒潮「せやから今のうちは犯罪者も同然や。帰りたくても帰れへんねん」
黒潮「けど、別に帰りたいとも思わん。あいつがあんな奴だとは、思わんかったからなあ……!」ギリギリッ
初春「……提督よ、この殺気は危険じゃぞ!」
提督「別にいいだろ。怒りたいんだろ? どうせ俺には関係ねえ」
大淀「提督!?」
提督「いいから何があったか喋ってみな。お前のその怒りの理由……俺たちに聞かせられないようなことか?」
黒潮「……」
白露「私は話を聞くよ!」
島風「し、白露!?」
白露「だって、海上で声をかけられたとき、黒潮は中破した山雲を背負ってたじゃない!」
白露「気を失ってたところを、放っておけなくて連れてきたって言ってたじゃない!」
白露「見ず知らずの誰かを心配できる人が、悪い人なわけないよ!」
黒潮「……白露……」
提督「人の話を聞かない奴がよく言うぜ……」ハァ
陸奥「とにかく、そこまでするに至る理由があるわけでしょう? その理由はちゃんと聞くべきよ」
不知火「黒潮。話してもらえませんか」
黒潮「……ええわ、話したる。胸糞悪いけどな」
*
黒潮「うちは、保提督の鎮守府の艦娘や。規模はまあ、中の下くらいの、ほどほどの鎮守府やな」
黒潮「その鎮守府には陽炎型が4人おってな。うちと、雪風、嵐、萩風が着任してる」
黒潮「その中ではうちが一番上……陽炎型の三番目やから、雪風たちは妹みたいなもんなんや」
提督「不知火も陽炎型だったか?」
不知火「はい。不知火は陽炎型の二番艦に当たります」
黒潮「……あの3人にしてみればうちは一応お姉ちゃんやから、まあ、それなりに姉らしいことはしとったんよ」
黒潮「けど、あの日、どうしても許せない事件が起きたんや……!」
白露「何があったの?」
黒潮「保提督が、学生時代のいじめっ子に、ゆすられとったんや」
島風「え……!?」
黒潮「子供のころの弱みっちゅうか恥ずかしい写真をばらまかれたくなかったら、言うこと聞けって言われとったらしいんよ」
黒潮「金やら何やら巻き上げられて……ほんとアホらしいわ。警察なりなんなりに突き出せば良かったんや」
提督「……」イライラ
初春「提督よ。あからさまに不機嫌な顔をしておるな」
提督「当然だ。ほいほい言うこと聞いてたら、そいつらが調子に乗るのが目に見えてる」イライラ
黒潮「……ようわかるな。その通りや」
黒潮「それで、そいつらが次に何を要求したか……わかる?」
島風「……?」
白露「……何て、言ってきたの?」
黒潮「雪風たちと会わせろ言うてきたんや……!」
大淀「!」
提督「……それで、会わせたのか?」
黒潮「ああ、会わせたったよ。可愛い服を着せて、艤装を外してなあ?」
初春「馬鹿な!?」
提督「……おい、オチが読めたぞ。そいつは保提督の差し金か? だとしたらとんでもねえ下衆野郎だな」
黒潮「まあ、そういうことや……!」ギリッ
島風「え? ど、どういうこと!?」
大淀「艦娘は艤装を外すと、力が普通の人間と同じくらいにまで制限されます。安全装置のようなものです」
大淀「その安全装置がかかった非力な状態で、提督を脅かすような相手と会うことが、安全だと言えますか?」
白露「え……」
大淀「そういうことなんですね、黒潮さん?」
黒潮「そう……あいつは、雪風たちを襲わせたんや。自分の保身のためになあ……!」
全員「「……」」
提督「よくやるぜ、くそが……!」
陸奥「最低ね……」
提督「今の話が本当なら、黒潮の怒りは至極当然だ。黒潮のやった行為は非難されるようなことじゃねえぞ」
黒潮「……」
提督「お前らはどう思う?」
島風「……信じられない、よ……」フルフル
白露「うん……まさか、そんなことをする人がいるなんて」アタマオサエ
初春「とんだ愚物がいたものじゃのう……!」
不知火「はい……頭に来ました」
大淀「提督、どうなさるおつもりですか」
提督「……どうすっかねえ。その雪風たちを助けに行くか? それとも保提督をぶちのめすか?」
初春「ふむ……もう少し黒潮から仔細を訊かねばなるまい。黒潮よ、雪風たちは今どうしておるか、わかるか?」
黒潮「……」フルフル
島風「それじゃ、雪風たちは……」アオザメ
黒潮「あー……その、襲われたって言ったけど、実際にはぎりぎり現場を押さえて阻止できたんよ」
白露「本当!?」パァッ
島風「良かった……!」ホッ
黒潮「あの日、うちは遠征に行くように指示されてたんやけど、そのときに変な話を聞いたんよ。雪風たちがおめかししてる、って」
白露「おめかし?」
黒潮「うん。お洒落な服を着て、艤装を外してた、て」
黒潮「雪風たちは比較的最近着任したんよ。だから同型艦のうちが、あの三人のお世話係みたいなもんやったん」
黒潮「実際、陽炎型としてもうちの妹分やから、可愛がらなあかんなあ、って。ちょっとはお姉ちゃんらしいとこ、見せたろ思とったん」
黒潮「そこに艤装外すだの、可愛いおべべ着せてるだの、胡散臭いことしてたら気になるやん……」
初春「……それで、雪風たちを尾行したと?」
黒潮「……ほかの子に遠征の任務の代わりをお願いして、保提督と一緒に出掛けてった3人のあとをこっそりついて行ったんや」
黒潮「人通りの少ない港の倉庫街を歩いてるのも、お忍びやからかなー、って考えてた」
黒潮「ついたら古臭い雑居ビルのカラオケボックスで、チャラそうな男たちがおって……おとなしい保提督の連れとは思えんかった」
黒潮「それがどうにも嫌な感じがして、もう気が気でなくて、中に入ろうか入るまいか、ビルの周りをうろうろしてたんよ……」
白露「……そ、それから?」
黒潮「しばらくしたら……保提督だけが一人でビルから出てきたんや……!」
黒潮「見た瞬間、血の気が引いたっていうか、さあっ、と、体温が抜けてったっていうか……」
黒潮「そんで、保提督の襟首掴んで、問い詰めたんや。雪風たちをどこへやった、て」
黒潮「保提督は、答えてくれんかった。なんのことだ、って、とぼけよった」
黒潮「それでぷっつん来て、力づくで居場所を吐かせて……その部屋に入ったら、雪風たちは部屋の隅に追いやられてた」
島風「無事だった……ん、だよね?」
黒潮「……うん」コク
黒潮「けど、3人ともあちこち引っ掻き傷やら擦り傷やらつくってて、服も破けてて……悔しいやら悲しいやら、泣けてきてなあ」
黒潮「3人を襲った奴らも、保提督も許せなくて……馬鹿男4人担いで港に行って、そのまま海に出たんや」
白露「……」
黒潮「ほどほどに沖に出たところで、そのゴミどもを海に投げ捨てて……あとはもう、そのまま当てもなく……」ウナダレ
初春「……」
島風「……」
大淀「……その、保提督たちは、死んだんですか?」
黒潮「……どうなんやろ」ハァ…
黒潮「怒りに任せて海に出たはええけど、そのあと妙に冷静になって……」
黒潮「このまま保提督が死んだら、雪風たちやみんなに迷惑かかるかなあって……」
黒潮「沖から50か、60メートルくらいやったかなあ……このくらいなら泳いで戻れるかな、ってあたりで投げ捨てたんよ」
黒潮「せやから、あいつらがどうなったかは確認してないねん……」
陸奥「そういうことなら確かめようがないわね……」
白露「黒潮はそのあとどうするつもりだったの?」
黒潮「……少なくとも鎮守府には戻れへんと思ったし、自分の司令はんを沖に投げ捨てるような艦娘なんか、即解体されるやん」
黒潮「帰るのも馬鹿馬鹿しいし、だったらこのまま行方知れずになろかな、って。保提督の不始末になればええねんて、思ったん」
白露「で、でも、それじゃ雪風たちが心配するよ!」
黒潮「……そうなんよ……そうなんやけど」ガックリ
提督「やっちまったもんはしょうがねえ。大淀。この場合、黒潮は脱走扱いになるのか?」
大淀「それもありますが……司令官である保提督への暴行と、民間人に対する暴行というのも、看過できないかと」
提督「そっちも面倒だな。黒潮が死ぬ気じゃないなら、戻ってもいいことはねえか」
不知火「……黒潮」
黒潮「……?」
不知火「今のあなたの、望みはなんです」
黒潮「望み……望みなあ」
黒潮「雪風や、嵐や萩風が無事なら……それが一番やな」
黒潮「……できたら、みんなと……また、一緒に出撃したかったけど、さすがにそれは無理やろなあ」ウルッ
白露「……」
島風「……」
提督「なあ、不知火」
不知火「はい」
提督「黒潮のいた鎮守府……保提督だったか? そいつと、そこにいる陽炎型の艦娘が今どうしてるか、初春と一緒に調べられるか?」
不知火「はい」コク
提督「それから、保提督が艦娘と外部の民間人を引き合わせた件、大事件にできねえかな?」
島風「え!? な、なんでそんなことするの!?」
提督「黒潮のやったことが、しょうがねえな、って思われるくらい保提督が悪かったことにする。黒潮が戻って罪に問われない方法はそれくらいだろ」
黒潮「……!」
提督「話をでかくするとしたら、駆逐艦娘を使った売春の斡旋を企んだことにするか。艦娘の機密情報の流出あたりも使えるか?」
大淀「ええっと、そうですね、ほかには……」バインダートリダシ
黒潮「……」
陸奥「ねえ」
黒潮「!」
陸奥「あの人、そんなに悪い人じゃないわ。本当にいい人かは、私も着任して日が浅いからそうとは言い切れないけど」
陸奥「でもね。提督は、私たちの望みを、可能な限り聞いてくれる人で、私たちの憂いを、可能な限り排除しようとしてくれる人よ」
陸奥「とっても不器用だけど、あなたが生きることを諦めない限り、味方になってくれる人だから」
黒潮「……せやろか」プイ
提督「というわけでだ、不知火」
不知火「はい」
提督「刑罰が重たくなりそうな罪状、全部重ねて訴えろ。保提督が生きてたら社会的にぶっ潰してやれ」
提督「死んでたら死んでたで、死んでも当たり前って思われるくらい罪状盛っとけ。死人に口なしだ」
大淀「て、提督! あまり虚偽の報告はしないようにお願いします!」
提督「いいだろ少しくらい」
大淀「ちょっとした勘違い程度にしてください!」
黒潮「……」
不知火「黒潮?」
黒潮「ん? あ、ああ、なんや?」
不知火「少し安心しました。なんとなく、目に光が戻ったような気がしたので」
黒潮「! も、もう、何言っとんねん! 恥ずかしいやんか!」
初春「うむうむ、元気が出たようなら何よりじゃな」
提督「おい、まだ話は終わってねえぞ。山雲の話が残ってんだ」
全員「「!」」
提督「黒潮が、港から外海に出て、その途中で見つけたって話だったな?」
黒潮「あー、うん。そうや」
提督「黒潮と山雲に面識はない。白露と島風は同じ仁提督鎮守府の出で、黒潮、山雲ともに面識がない」
白露「うん、そうだねー」
提督「山雲は誰に中破させられたんだ? そして、山雲はどこの鎮守府の艦娘なんだ?」
全員「「……」」
提督「わかんねえよなあ……こりゃ本人が目を覚まさねえとわからなさそうだな」
初春「……しかし、随分な偶然じゃな。所属の違う3艦隊が、揃ってこの鎮守府に辿り着くとはのう?」
提督「事実は小説より奇なり、ってな。ま、こっちに都合のいい偶然なら、いくらでも起こってもらいたいもんだ」
コンコン
山城「都合のいい偶然ね……私たちには縁のない話だわ」ガチャ
全員「「!」」
扶桑「失礼します、お茶をお持ちしました」ニコニコ
提督「おう、ありがとな」
山城「提督、この部屋は防音してないの? 扉の前から話が筒抜けなんですけど」
提督「妖精がそこかしこで聞き耳立ててるからな。防音なんてあってないに等しいぜ?」
山城「それこそ少し考えたらどうなの? それでもあなた、この鎮守府の司令官?」
提督「俺は妖精と艦娘のおかげで提督できてるようなもんだ。下手に隠そうとしたほうが良くねえと思うが?」
山城「まったく、ああ言えばこう言う……」
扶桑「それはそうと、山城? あなたは本当に、その都合のいい偶然には無縁だと思ってるの?」ニコニコー
山城「それはまあ私たちにとっては……って、何を仰りたいんですか扶桑お姉様」
扶桑「いいえ? 少なくとも、私が助かったのは偶然にしては都合が良すぎると思って。提督、お茶をどうぞ」コト
提督「ん」
山城「……姉様……」
扶桑「それだけじゃないわ。那珂が救われたのもあなたがいたからでしょう? 本当に、それらはただの偶然なのかしら」
初春「話が出来過ぎておる、と?」
扶桑「……どう、なのかしら。誰かが仕組むなんてこともできないし、本当に出来過ぎた話なら、時雨も助かっていたと思うのだけれど」
提督「そうだな、流れ着く艦娘の全員が助かってるわけじゃねえからな」
黒潮「なんか……もしかしてこの島、えらい物騒なとこなんか」
提督「墓場島、って聞いたことあるか? 本営とか、巷じゃあそう呼ばれてるってよ」
黒潮「うわ……うち、聞いたことあるわ」
島風「えっ!? なになに!?」
白露「どういうこと!?」
提督「この島には、大破轟沈した艦娘がしょっちゅう流れ着いてくるんだ。俺がそいつらを埋葬してたら、そんな別名が付いた」
提督「ま、最近はだいぶ轟沈艦が減ったみたいで、流れ着いてくる奴も減ったけどな」
提督「扶桑には前も言ったが、遺言が聞ければ上等、生きてりゃ奇跡。お前らみたいに生きて流れ着いてくる奴はあんまりいねえな」
黒潮「……うちが聞いた話はちょっと違うなあ?」
提督「違う?」
黒潮「使い物にならなくなった艦娘が送られる島、て聞いたで。言うことを聞かない子や、何かしら問題がある艦娘を放り込む場所、て」
提督「……誰だそんなこと言ってた奴は」ピキ
黒潮「そんなん噂や噂。誰が言ってたか、正確な出所なんてうちわからんもん」
大淀「……」ブゼン
陸奥「……」フクザツ
初春「まあ、ある意味間違ってはおらんかの。わらわも捨て艦にされて沈んだ身、使い物にならんからこそ、この扱いをされたわけじゃ」
提督「そういう噂があること自体、問題だがな。噂を放置しておくと、どっかの馬鹿が艦娘をこの島に押し付けてくる」
提督「ここは介護施設じゃねーんだぞ。不知火、中将と本営に釘刺してこい」
不知火「く、釘……ど、どのようにすべきかわかりませんが……しょ、承知しました」
黒潮「中将!? そんなとこと繋がりあんのかいな」
山城「提督の階級は准尉だけれどね」
黒潮「いや、それやったら中将に釘刺すとか何言うてんねん!? 大丈夫なんか!」
大淀「大丈夫もなにも、この島にはもういろいろな特例が出てますから。轟沈経験艦をそのまま運用して良いとか……」
黒潮「……」
扶桑「まあまあ、お話はこれくらいにして。羊羹もあるからどうぞ?」
陸奥「あら、おいしい。これ、比叡が作ったの?」
黒潮「ひえ……っ!?」
山城「まあ、そういう反応になるわよね」
陸奥「利根が嘆いてたわよ。新しく入った艦娘が比叡の料理を食べるたびに驚く姿を見ると、比叡が気の毒だって」
島風「……不思議な場所だね、ここ」
白露「……うん」
今回はここまで。
続きです。
* 工廠 入渠ドック *
黒潮「わけわからへん。この島、いったいなんなんや……うち、夢でも見てるんか」
陸奥「そう思うのも仕方ないわね。みんな訳ありなのよ、この島の艦娘たちは」
明石「まともな着任した艦娘がほぼいませんからねえ!」アハハー
黒潮「いや、それ笑うところちゃうんちゃうか」
朝雲「笑わないとやってられないところもあるわよ?」
黒潮「なんか、もうやけくそやな……」
龍驤「まあまあ、笑う門には福来るて言うし、ぶすっとしてても事態は好転せえへんよ。ストレスためないほうがええで」
雲龍「心配事があるんだろうけれど、今は自分を気遣ったほうがいいわ」
黒潮「ん……」ウツムキ
朝雲「元気ないとこ悪いんだけど、黒潮!」
黒潮「……なんや」
朝雲「山雲を助けてくれてありがとう!」ペコッ
黒潮「……っ」
雲龍「どうしたの?」
黒潮「……いや、助けたのは、たまたまや。たまたま、見つけただけやし……」
朝雲「だとしても、お礼を言うのは当然よ」
雲龍「私もたまたま、龍驤に助けられたわ。お世話になったなら、その気持ちを伝えたいと思うもの」
白露「初春も捨て艦にされたって言ってたけど、もしかしてそんな艦娘ばっかりなの?」
龍驤「その辺の事情はそれぞれやな。うちと陸奥は……厄介払いされたって感じかなぁ?」
陸奥「まあ、そういうことにしておこうかしら」
明石「私もそんな感じかなあ……私たちの場合はご丁寧に雷撃処分までされましたけど」
島風「えええ!?」
朝雲「明石さんにしても、龍驤さんたちにしても、共通してるのは、その当時の司令官がクズすぎるところよね」
陸奥「朝雲のところはどうだったの?」
朝雲「前は本当におバカだったんです。今はもう別人みたいにちゃんと働いてるみたいだけど」
白露「ってことは、改心したんだ?」
朝雲「練習巡洋艦の香取さんが再教育したの。前は古鷹さんが馬鹿みたいに甘やかすから、本当にもう勘違いしまくってて……」ハァ
古鷹「朝雲さん呼びました?」ヒョコ
朝雲「うひゃあ!? よ、呼んでないですよ!?」
龍驤「古鷹、山雲はどないやった?」
古鷹「修復材を入れたプールに入ってもらっていますが、顔色がだいぶ良くなりました。そろそろ目を覚ますと思います」ニコッ
雲龍「そう。じゃあ、次は私の番ね、見てくるわ」
龍驤「よろしく頼むでー」
朝雲「目を覚ましそうなら呼んでくださいねー!」
黒潮「……うん。助かりそうならええことや……うん」
島風「……黒潮は、雪風たちが心配なの?」
黒潮「まあ、せやな……雪風たちから一刻も早くあいつら遠ざけたくて、ろくに話もせんで後にしたから……」
白露「それじゃ、提督准尉から保提督の鎮守府に連絡が取れないか、聞いてみようよ?」
島風「うん、そうしよう!」
黒潮「ちょっ、余計なことせんでも」
不知火「そういうことでしたら、不知火からも進言してみます。中将にも事態の確認を促してみますので」スッ
黒潮「不知火……!」
不知火「黒潮。不知火も陽炎型ですから、遠慮は不要ですよ」クルッ
黒潮「……そか……そやな……」
明石「さ、お話はこのくらいにしておいて、3人とも体に異常がないか検査するから、中に入って!」
白露「はーい! 白露が一番でいい?」
黒潮「うん、うちはええよ」
島風「私、最後でいい? ちょっとここの提督さんとお話ししてくるから!」ビュンッ
明石「わかりま……って、速っ!?」
* 入渠ドック内 *
龍驤「……なあ朝雲?」
朝雲「はい?」
龍驤「ちょっち訊くけどな……きみ、ほんまに朝潮型?」
朝雲「それ、どういう意味ですか?」ムス
龍驤「ああ、気を悪くせんといて。一か所、気になることがあってなあ……」ジッ
龍驤「朝雲は、朝潮型にしてはちゃんと胸があるなあ思て……」
朝雲「ど、どこを見てるんですか!?」バッ
古鷹「本当ですか? 良かった、効果あったんですね!」
朝雲「古鷹さん!?」
龍驤「ちょっ、朝雲、きみ何かやっとったん!?」
朝雲「いやっ、そのっ……!」ワタワタ
古鷹「私がしてあげたんです!」
龍驤「え?」グリッ
古鷹「見様見真似ですけど、マッサージを……」
龍驤「マジで!?」ズズイッ
古鷹「龍驤さんも御希望でしたら、お風呂の後に伺いますよ?」
龍驤「是非! 是非によろしゅう!!」ガッシ
古鷹「では、夜にお邪魔しますね!」ニコ
朝雲「……龍驤さん、龍驤さん」チョイチョイ
龍驤「うん? なんや?」
朝雲「一応断っておくけど、結構どころじゃなく痛いですからね?」ヒソヒソ
龍驤「ほーん。まあ、その程度の代償で済むならうちは構へんで! ちなみに、どんなマッサージなん?」
朝雲「マッサージっていうか……その……おなかや背中の贅肉を集めて胸に寄せるんです」カァァ
朝雲「東南アジアだかでニューハーフの人たちが自前で胸を作るためにやってたっていうのをテレビで見て……」
朝雲「それを見様見真似で、ほぼ独学で習得したんです」
龍驤「独学!?」
朝雲「私、それで実験台にされたんですよ」ハァ
龍驤「ははぁ……」
朝雲「ひどいんですよ、体中の肉を痛いくらい揉み解したうえで無理矢理寄せて引っ張って作るから、体中突っ張るし……」
朝雲「それを最低でも1か月くらい続けないと胸に脂肪が固着しないから、すっごい苦行で」
龍驤「ま、まあ、それでもうちは大丈夫や!」
朝雲「それから、無駄な肉を移動させるわけですから、失礼なこと言いますけど、痩せてる人には効果ありません」
龍驤「それやったら、前の鎮守府で食わされすぎたから、ダイエットせななーって思っとったし、かえって好都合やで」
朝雲「そうですか……」
龍驤「朝雲? どうかしたん?」
朝雲「古鷹さんのマッサージ、身体的にも痛いんです。でも、それ以上に……」ドヨーン
朝雲「自分の体にこんなに余分な肉がついてたっていう、精神的なダメージがすごくて……」ハイライトオフ
龍驤「……」
朝雲「あれだけ痛い思いとみじめな思いをして、成果がこれだけっていうのもショックではあるんですけど」ズーン
龍驤「う、うん、その、ご、ごめんな?」
朝雲「いえ……せっかく古鷹さんにお世話になって、こういう言い草もよくありませんよね」ハァ…
龍驤「うん、難しい問題なのはうちもよーくわかってるから」ヨシヨシ
龍驤「それから……も一つええか? 朝雲も気になったかどうかなんやけど」
朝雲「……なんですか?」
龍驤「白露て、あんなに胸小さかったかな?」
朝雲「そういえば……」
龍驤「白露型は改装すると胸が大きなる子が多いんや。中でも、白露や村雨は改装前でもまあまああったって記憶してる」
龍驤「けど、あの白露は全然そんな感じせえへん。ちゅうか、むしろうちと同じくらいやった」
朝雲「……体のどこかがおかしいとか?」
龍驤「明石も気にしてたから、検査言うたんやないか? 何かあったんやろか……」
* 執務室 *
提督「違法改造?」
島風「違法っていうか、無茶な改装、って言ったほうがいいのかなぁ」ウーン
島風「白露の艤装はね、明石さんに無理を言って魔改造してもらったの」
提督「マカイゾウ?」
大淀「普通じゃない改造のことを俗にそういいます。魔法のような改造、だから魔改造ですね」
提督「言葉の響きがやべえな。大丈夫なのかよ、それ」
島風「……あんまり大丈夫じゃないと思うんです」
提督「!」
島風「私、島風は、唯一無二のスピードを誇る、疾きこと島風の如し! な、特別な駆逐艦なんです」
島風「そのおかげもあって……ううん、そのせいで、島風型は私一人なんです」シュン
大淀「島風さんは駆逐艦の中でも珍しい、姉妹艦が建造されなかった艦なんですよ」
提督「……一代限り、ってやつか」
島風「そんな私に声をかけてくれたのが白露で……」
提督「島風の姉になるとか言ってた話か?」
島風「そうなんです。でも、島風は速いんですよ! 白露が追いつけるわけなくって……」
島風「それで白露は、明石さんに無茶なお願いをしたんです」
島風「艤装をばらしてすっごい速いタービンに替えたり、とにかくいろいろ、原型がないくらい改造して!」
島風「改白露型どころか、準島風型みたいな艤装で、島風を追いかけてきたんです」
島風「……島風は、それがすごく、嬉しくて」
島風「今まで、島風を追いかけてくれる人はいなかったんです。いつも遠征に出てる睦月型のみんなは疲れてるし」
島風「戦艦や重巡のお姉さんたちは最初から諦めてて追ってこないし」
島風「だから、白露に構ってもらえるのは、嬉しかったんです」
島風「……でも、白露はかなり無理をしてるみたいで」シュン
提督「無理? 体のほうが追いつかないってことか?」
島風「すっごい負担がかかってるはずなんです。その証拠に、白露の体は痩せて筋肉質になったし……」
島風「だから、さっき白露がドックに入って検査を受けてるけど、本当に大丈夫なのか心配だし……結果を聞くのが怖いんです」
提督「……」
大淀「……」
提督「……羨ましいもんだな」
島風「!?」
提督「俺にも弟がいたが、今は関わりたいとも思わねえ。あれは俺を完全に見下してるからな」
提督「だが、島風は、お互いを気遣える姉妹を手に入れた。いいことじゃねえか」
島風「……」
大淀「提督……」
提督「白露が心配なら、検査の結果はちゃんと聞いてきな。そのうえで、何をしてやれるか、一緒に悩んでやればいい」
島風「……准尉さん!」スクッ
島風「島風、白露の検査の結果聞きに行ってきます!」ダッシュ!
ドドドド…
提督「……騒々しい奴だな」
大淀「提督……」
提督「とりあえず、変なもんくっつけられたりしてねえといいな」
大淀「はい!」
* ドック内 入渠用プール *
山雲「……」
雲龍「だいぶ顔色が良くなってるわね。これならすぐに目を覚ましそう」ニコ
雲龍「それにしても、後頭部に打撃痕だなんて」
雲龍「後ろから誰かに襲われたのかしら」ウーン
山雲「……ん……」
雲龍「!」
山雲「う……」
雲龍「山雲? 山雲!」
山雲「う、うう……っ」
雲龍「そうだ……彩雲、みんなを呼んできてくれる?」シャランッ
彩雲<バルーン!
雲龍「……」
山雲「う……こ、こは……」パチッ
雲龍「目が覚めた?」ヌッ
山雲「!?」
雲龍(の胸部装甲:山雲視点)「山雲? 大丈夫?」ズドーン
山雲「」
雲龍(の胸部装甲:山雲視点)「どうしたの? 山雲?」ユッサユッサ
山雲「」
山雲「」
山雲「」アワブクブク
雲龍「!?」
龍驤「雲龍! 山雲が目を覚ましそうやって!?」
朝雲「山雲ー!!」
山雲「」チーン
雲龍「えっ? えっ?」オロオロ
朝雲「や、山雲!? なんで泡を吹いてるの!? 山雲ーー!」
龍驤「……なんや、目を覚ましておらんやん。どういうこっちゃ」
雲龍「いえ、あの、目を覚ましたんだけど……また、気絶したっていうか……」オロオロ
龍驤「ええ……?」
タタタタ…
朧「泡を吹いたって!?」ガラッ
雲龍「!?」ビクッ
龍驤「朧は何しに来たん!?」
というわけで今回はここまでー。
保守ありがとうございますガッ
書けない病に罹患して苦しんでおりました
少しだけですが続きです。
* 数日後 執務室 *
扉<コンコン
五月雨「失礼します、黒潮さんをお連れしました!」チャッ
黒潮「……」ス…
提督「ん、ご苦労さん」
五月雨「提督……そのお顔の様子からすると……」
大淀「ええ、あまり良い結果が得られなかったみたいです」
提督「しょうがねえさ。何でもかんでも、こっちが思ってるように都合よく話が進んでくれたりはしねえ」
提督「さて、何から黒潮に話してやったらいいもんかね……まずは座んな。どうせ今の俺たちにできることはねえ」
黒潮「……」ストン
五月雨「あ、あの、私も、ですか?」
提督「ああ。お前の意見も聞かせてくれ」
五月雨「はぁ……」ストン
黒潮「……うちだけ呼んで聞かせればええやんか」
提督「いいから第三者の意見も聞いとけ。大淀も同席頼む」
大淀「はい」ストン
提督「じゃあ、不知火と初春の調査結果について報告する」
提督「まず保提督。一応、怪我自体は大したことねえが、ひどく落ち込んでるって話だ」
提督「今更ながら、自分のやったことを悔いているらしい。何もかも遅いがな」
黒潮「……」
大淀「保提督の処罰はどうなったのでしょうか?」
提督「減俸と謹慎1か月、一階級降格と、思ってたより軽いな。罪を全面的に認めちまってるせいで、同情でも買ったか」
提督「保提督を唆したチンピラどもには、それなりに重い処罰が下ったみたいだが……それでも執行猶予がついてやがる」
提督「残念ながら、そいつらはそれほど悪びれてねえみたいだ。ったく、面白くねえ」
黒潮「……」
提督「次。雪風が行方不明だ」
黒潮「!!」ガタッ
五月雨「提督……!」
提督「鎮守府に戻ったあと、艤装を身に着けてすぐ黒潮の後を追いかけたらしい」
黒潮「……っ!」ガタッ
提督「どこに行くつもりだよ。黒潮、座ってな」
黒潮「座ってなんかいられるかい!!」
五月雨「ちょっと待ってください! 提督、ほかの人たちはどうなったんですか?」
提督「嵐と萩風は保提督の鎮守府に戻ってるが、出撃はしてねえ。姉妹艦を一度に二人失ったもんで、塞ぎこんでるって話だ」
黒潮「……!」ギリギリッ
提督「それから黒潮。お前の処遇についてだが、解体することに決まったそうだ」
黒潮「はぁあ!?」
五月雨「そんな!!」ガタッ
提督「お前が海に放り込んだチンピラのうちの一人が、政治家の息子なんだとよ」
大淀「!」
提督「そいつの親がお前の処遇に口を出してきたんだ。お前が保提督の鎮守府に戻ったら、解体処分しろってな……!」
提督「ったく、どうしてこう『えらいやつ』ってのはこう我が儘なんだろうな。頭おかしいんじゃねえか、くそが!」
五月雨「……提督、黒潮ちゃんは元の鎮守府に戻れないんですか!?」
提督「今は無理だな。保提督の鎮守府の周囲で厳戒態勢が敷かれてる」
提督「人間を守るはずの艦娘が、民間人に手を出したのが奴らは余っ程気に入らなかったようでな」
提督「そのせいで、萩風たちへの接触は中将麾下の不知火でも難しいとさ。国家権力なのはこっちも同じはずなんだがな?」
五月雨「……」
提督「それから、雪風は雪風で足取りが掴めねえ」
大淀「どうしてですか?」
提督「雪風捜索中、その周辺海域で見たことのない深海棲艦が目撃されてる」
提督「不知火たちにも同じように本営から警告が出されてるし、事実そういう連中を目撃してるそうだ」
大淀「提督……それじゃ、さっき遠征部隊を呼び戻せと仰ったのは……!」
提督「下手に動けば被害が出そうだと思ってな」
黒潮「……」
五月雨「どういうことなんでしょう……」
提督「ともかくだ、海は海で物騒だし、保提督の鎮守府に近づいたとしても、どうにもならねえって話だ」
黒潮「せやったら、どうすんねんな……」
提督「だから俺は待つことにする」
黒潮「何もせん、っちゅうんかい!」
提督「ああ、何もしねえよ。果報は寝て待てって言うしな」
提督「雪風ってのは幸運艦なんだろ? もしかしたら、お前みたいに運よくこの島に流れてくるかもしれねえし」
五月雨「……そ、それはだめですよ!」
提督「じゃあ、迎えに行くか? 行って見つけて無事に戻ってこられるか?」
五月雨「……」
提督「無理だろ? 待つしかねえんだよ」
黒潮「そんな都合よくいくかいな」
提督「さあな。それともお前、自殺しに行くか?」
黒潮「……」ギリッ
大淀「提督!」
提督「それよりもだ、黒潮にいくつか聞きたいことがあるんだが」
黒潮「……なんや?」ジロッ
提督「お前は海に出た後、羅針盤を見てたか?」
黒潮「? まあ、見てたけど……習慣付けみたいなもんやったし」
提督「……ということは、その針の向きに、逆らって進んだりはしてないんだな?」
黒潮「……」
提督「別にそれが悪いとかいいとか、そういう意図はねえよ。深く考えなくていい」
提督「この前、敷波が言ってたんだ。羅針盤に逆らって戻ってきた艦娘に会ったことがない、ってな」
提督「白露と島風は羅針盤の針がぐるぐる回っててびっくりしたとも言ってたし、お前はどうだったのか気になったんだ」
黒潮「……そういうことなら、うちは特に何も面白いことはないで」
提督「そうか」
黒潮「……あ、でも」
提督「?」
黒潮「山雲を助けるちょっと前やったかな……羅針盤の針が異常なほどぶるぶる震えてて」
黒潮「針の方と逆を見たら、黒い雲がぶわーーって通ってったんよ」
黒潮「なんていうか、見てて背筋が寒くなるような、おどろおどろしい雲やったん。あれは正直やばかったんちゃうかな……」
大淀「その後で山雲さんを助けたんですか?」
黒潮「うん。あの黒い雲がわーっと通り過ぎた後、その通り道を羅針盤が指してて」
黒潮「何かと思って進んでみたら、気絶した山雲がぷかぷか浮いとったんよ」
提督「その、雲を見たのがいつごろだったかは覚えているか?」
黒潮「……あんまりよく覚えてないけど、うちが出港してから2、3日ってあたりちゃうかな」
提督「……」
五月雨「提督……?」
提督「どうもな、その黒い雲、雪風が海に出てすぐくらいから発生してるみたいなんだ」
黒潮「……黒い雲が雪風やっちゅうんか?」
提督「いや、そうじゃねえ。黒い雲の正体は無数の深海棲艦だって言われてる」
提督「俺は、もしかしたらそいつらが雪風を追いかけてるんじゃねえか、って思ってんだよ」
五月雨「ど、どうしてですか!」
提督「雪風が、羅針盤を無視したから……ってのはどうだ」
黒潮「……!」
提督「雪風が黒潮を探すために、羅針盤を無視して無茶苦茶に海を駆けずり回ってるとしたら……」
大淀「……それが、深海棲艦を呼び寄せたと?」
提督「羅針盤を見れば危険を察知することができる。しかし、見なかったり無視した時はその限りじゃない……」
五月雨「それじゃ、雪風ちゃんは……!」
提督「さあて、な。今の俺たちに確かめる術はねえぞ」
黒潮「……」ヘタッ
提督「今は祈っとくしかねえな。雪風が幸運であることに」
* 一方そのころ V提督鎮守府(もとN提督鎮守府) *
妙高「通してください! 急患です!」
寝かされて運ばれる鳳翔(大破)「……」ガラガラガラ
加賀「鳳翔さん!?」ギョッ
赤城「何があったんですか……っ!」
望月(大破)「うう……痛ってえ……」フラフラ
卯月(大破)「弥生、しっかりするぴょん……!」ヨロヨロ
弥生(大破)「……卯月、こそ」ヨロヨロ
赤城「皆さん、鎮守府正面の対潜哨戒に行ってたはずでは!?」
加賀「いくらなんでも、そこまで攻撃は激しくないはずよ。一体、何があってこうなったの……!?」
卯月「よ、よくわかんない、ぴょん……!」
弥生「……鳳翔さんが、危ないって、叫んで、それ、から……」フラ
加賀「! 危な……!」ガシ
望月「ほんと、マジ、わけわかんないって……とんでもない数の艦載機だったし……」
赤城「……艦載機……!?」
弥生「そうだ……あの子は、無事……?」
加賀「あの子?」
卯月「うーちゃんたちが襲われてから、大怪我してた艦娘を助けたんだぴょん」
ガラガラガラ…
赤城「あれは……」
寝かされて運ばれる雪風(大破)「……」ガラガラガラ…
加賀「あの子は……雪風?」
望月「……あー、来たってことは、無事、だったのかな……?」
卯月「一安心だぴょん……」ヨロ
加賀「!!」ガシ
赤城「加賀さん、この3人も私たちがドックへ運んであげましょう」ヒョイ
望月「お、おお……?」カカエラレ
加賀「そうね。こっちの2人は任せて」ヒョイヒョイ
望月「……」
赤城「どうかしたの?」クビカシゲ
望月「あー、いや、あの……赤城さんや加賀さんと、今まであんまり喋ったことなかったし、ぶっちゃけ怖いイメージあったんだけど」
望月「全然、そんなことなかったんだなーって……」ポリポリ
赤城「ふふふ、怖いだなんて、そんなことはありませんよ。ね、加賀さん?」
加賀「……そうね」
赤城「加賀さんはとても優しいんですから。話していればわかりますよ。ね? 加賀さん?」ニコニコ
加賀「……早く行きますよ」スッ
望月「……耳まで赤くなってる」ボソ
赤城「ね? かわいいでしょう?」クスッ
赤城「……それにしても、鳳翔さんたちを含めた4人……いえ、5人ね……それをここまで追い込むなんて」
赤城「深海棲艦とはいえ、一体何者なのかしら……!」
今回はここまで。
続きです。
* それからしばらくして 工廠 *
黒潮「」ズーン
五月雨「そういうわけで提督からは、出撃も遠征も控える、という話になりました」
山城「黒潮が落ち込んでるのはそういうことなのね」
龍驤「なるほどなあ……そらかける言葉が見つからんわ」
金剛「黒潮も可哀想デース」ナデナデ
黒潮「……」パシッ
金剛「Oh, これは相当にnervousになってマスネ」
龍驤「黒潮なあ、いくら何でも手を叩き落とすことはないやろ」
金剛「Hey 龍驤 Stop デス。今の黒潮を責めるのは酷デスヨー」
龍驤「ええんか……?」
金剛「今はそっとしておいて欲しいんでショウ。手を出した私が悪いだけデス」ニコ
金剛「人生にはどうにもならないときがありマス。時間をかけて、ゆっくり傷を癒すのも必要なことデース」
龍驤「えらい大人の意見やな」
金剛「私も榛名が砂浜に倒れていたのを見たときは、胸が張り裂けそうになりマシタ」
金剛「同じ姉妹艦の身を案じている黒潮の気持ちがどれほどのものか、いくらかは理解しているつもりデス」
山城「そのあとは違う意味で胸が張り裂けそうだったのはどこの誰だったかしら」ボソッ
金剛「」ピシッ
龍驤「……なにがあったんよ」
山城「榛名がその後目を覚ましたんだけど、そのまま提督に抱き着いてキスしたのよね」
龍驤「は?」
五月雨「き、キス、ですか……!?」カオマッカ
山城「あの時は扶桑お姉様も大破してて大変だったっていうのに、金剛は妹にヤキモチ焼いてそれどころじゃなかったんだから」
五月雨「そ、それで金剛さんはあんなに取り乱してたんですか」
金剛「と、取り乱して当然デース! テートクの唇は、簡単に奪われていいものではありまセーーン!」グワッ
龍驤「金剛うるさいで。びー・くわいえっと、や」
金剛「ぐぬぬ……」
山城「そういう金剛も、この鎮守府に着任してすぐ提督とキスしたって聞いたわよ?」
龍驤「はぁあ!?」
五月雨「本当ですか!?」
金剛「あれはただの挨拶デース!」
龍驤「認めるんかい……」
五月雨「あわわ……」カオマッカ
金剛「だってだって、ずーっと我慢していた My burning love を、完全燃焼させる相手が見つかったんデスヨー!」
金剛「思い立ったが Lucky day !! 遠慮なんかしてられないデース!」
山城「我慢? なんで我慢なんかしてたのよ」
金剛「前の鎮守府にいたQ中将は既婚者デス! 既婚者に手を出すのは My Policy に反しマース!」Boo!
金剛「それに、Q中将の奥様は素晴らしい大和撫子デシタ。Q中将のお体が心配で、お忍びで鎮守府に通ってたくらいデス!」
金剛「あそこまで奥ゆかしくていじらしい女性ならば、同性でも応援したくなるというのが人情というものデスヨ」
山城「ふーん……つまり、負けを認めたの?」
金剛「愛情に勝ち負けを求めてはいけまセン。私は、Q中将の最期を看取るのは奥様が相応しいと思っただけデス」
山城「看取る? ちょっと、なに勝手に殺してるのよ」
金剛「いえ、Q中将は先日亡くなられまシタ」
五月雨「ええっ!?」
龍驤「病気かなにかなん?」
金剛「Yes. 癌を患ってマシタ。意地っ張りで見栄っ張りで、自分の弱いところを絶対に部下に見せようとしない、頑固な人で……」
金剛「だけど、思い遣りがあって、こちらを向かずにそっと手を差し伸べてくれる、昭和のお父さんみたいな人デシタ」ウルッ
山城(今で言うツンデレってやつかしら)
五月雨「……良い提督さんだったんですね」ウルッ
金剛「Yes」ニコ
龍驤「さよか……羨ましいもんやな」
金剛「ンー……でも、Q中将の訃報を聞いたときは、どうしようもない喪失感に苛まれマシタ」
金剛「生あるものには必ず死が訪れるのが自然の摂理とはいえ、好きな人を失う悲しみは誰にとっても耐え難いものデス」
五月雨「……はい……」ウツムキ
山城「……っ」プイ
龍驤(あー、扶桑が言うとった時雨の話か……)
金剛「黒潮には、そういうつらい思いをさせたくありマセン。Isn't it ?」
山城「それはその通りよ……」スクッ
五月雨「ど、どこへ行くんですか!?」
山城「どこだっていいじゃない。良いニュースが聞きたいなら、私なんかいないほうがいいわ」スタスタ…
五月雨「そ、そんなことないですよ!」ガタッ
龍驤「ああ、ええからええから。気にせんと座っとき」
五月雨「でも!」
龍驤「ひどい話や思うけど、山城は自他共に認める不幸体質や。せやから、自分がここにいたら良い報せが回ってこないて思うてるん」
龍驤「山城も山城なりに黒潮に気を使こてくれてるってことや。難儀な奴っちゃで、ほんま!」クス
金剛「少々口下手で言葉足らずなところもネー」フフッ
パタパタパタ…
吹雪「黒潮ちゃん、いる!?」
五月雨「!」
吹雪「雪風ちゃんが見つかったって!!」
黒潮「!!」ガバッ
金剛「Oh... What a right timely...」
五月雨「……」
龍驤「ほんま、山城は損な役回りやなぁ」
* 執務室 *
提督「前にN中佐……今は大尉だが、そいつがいた鎮守府。あそこで保護されたそうだ」
黒潮「無事……やったんや」ホロリ
提督「ただ、俺が危惧した通り、雪風は羅針盤を無視して海を渡ってたせいで厄介な奴に目をつけられたらしい」
提督「空母ヲ級3隻に軽空母ヌ級2隻を随伴艦とした、空母棲姫率いる航空戦隊。雪風を襲ったのはそいつらだと」
提督「N大尉の鎮守府は大湊にあるんだが、その大湊から雪風を連れて出航すると、どこからともなく艦載機が襲ってくるそうだ」
五月雨「どういうことですか!?」
提督「わかんねーよ。とにかく数が多いうえに練度も高くてな、向こうの赤城や加賀の艦載機でも歯が立たないときてる」
提督「だから、雪風をここまで連れてくるのは不可能に近い。つうか、まともに海に出られねえだろう」
黒潮「……!」
提督「かといって俺たちも黒潮を連れて向こうに行くわけにはいかねえ。行けばお前は捕まって解体処分だ」
提督「お前と雪風を会わせたいとと思ってはいるが、向こうは海に出られず、こっちは雪風に近づけねえとなると、どうしようもねえな」
提督「多分、黒潮が見たのは空母棲姫の放った艦載機だと思うんだが……どうだ黒潮。どのくらいの航空戦力、あるいは対空砲を準備すればいい?」
提督「ちなみにこっちは空母が龍驤と雲龍。対空要員は……」
黒潮「いや、もうその時点で厳しいと思うで」
龍驤「ちゅうか、余所の鎮守府の一航戦が無理やったんやろ? うちらの手数じゃ、烈風ガン積みでも厳しいかなあ……」
提督「そうか……どうしたもんかね」ハァ
金剛「テートク? 空母棲姫を倒すつもりデスカ?」
提督「……お前が雪風である限り、私はお前を逃がさない」
提督「加賀が空母棲姫と交戦中に聞いたらしい、雪風に向けられた言葉だ」
黒潮「……」
提督「一説によれば、深海棲艦てのは人間に対する恨みから生まれたんだってな」
提督「で、加賀が言うには、空母棲姫の口振りから、雪風が航行中に何かしら空母棲姫の恨みを買うような真似をしたっぽいんだ」
提督「残念ながらそれが何なのかはわからねえが、奴が雪風を赦す気は毛頭ないようだ」
提督「雪風を連れて海に出ると、しばらくの間はその海域の奴らが出てくる。だが、少し遠出するとあの黒い雲のような艦隊が見えてくるらしい」
五月雨「……察知されてるってことですか」
提督「雪風が艦娘として活動を続ける気なら、空母棲姫を倒さない限りはこの先ずっと雪風の障害になる」
提督「早かれ遅かれ、空母棲姫の撃破が避けては通れねえ道になるだろうよ。そうなると、雪風が地道に練度を上げるしかねえ」
龍驤「なんだか、気が遠くなりそうな話やな」
提督「雪風はまだいい。面倒な敵に目をつけられただけだからな」
金剛「まだ?」
提督「ああ、問題はお前だ、黒潮」
黒潮「……!」
提督「どうやって黒潮を保提督の鎮守府に戻してやるか……そっちのが難題なんだよ」
五月雨「提督、何かいい方法はないんですか?」
提督「なくはねえよ。手段としちゃあ最悪の極み、すっげえやりたくねえってだけの話だ」
金剛「Oh...」
黒潮「……どんな方法や」
提督「この前も言ったが、雪風を襲ったバカの父親を失脚させる。黒潮が海に放り込んだあのバカを、完全に悪役に仕立て上げてやるんだ」
提督「バカの父親は与党議員。議員の息子が未遂とはいえ婦女暴行なんてしてたら、野党連中にとっちゃ願ってもねえスキャンダルだ」
提督「それに、資料だけ見ると雪風ってのは随分幼い容姿をしてる。そいつを襲ったとなりゃあ世間だって黙っちゃいないはず」
提督「悪いのは議員の息子ってのを前面に押し出して、黒潮の行為を正当防衛として世間的に認めさせる、ってシナリオに持っていきたい」
提督「この手の話はマスコミも大好物だろうからな。トップニュースで報道してくれんじゃねえの」ケッ
五月雨「……でも、それって……」
提督「そうさ。一番の問題は、それをやるためには雪風を世間の晒し者にしなきゃいけねえってとこだ」
提督「この一件で傷付いてるであろう雪風を、マスコミ連中は面白可笑しく話を盛り上げ囃し立ててくれるんだぜ? やってられっかよ」
龍驤「そら確かになぁ……」
提督「それに、晒し者になるのは雪風だけじゃねえよ。黒潮も、萩風たちも最悪そうなる。下手すりゃ保提督鎮守府の艦娘全員かもな」
金剛「……確かに、とてもおすすめできるような手段ではありまセンネー」ウーン
提督「黒潮の行為を正当化するためには、雪風たちの協力がねえと難しい」
提督「だが、雪風にそんなことをさせられるかと言えば、させたくねえんじゃねえか、と俺は勝手に思ってる」
黒潮「……まあ、させたかないわ、うん……」
五月雨「……」
提督「それからもう一つ。この事件を表沙汰にした場合、艦娘の扱いがどうなるかが誰にも保証できねえ」
提督「海軍の上層部ですら意見が割れて躊躇している艦娘の存在の公表を、この一件でやっていいのかどうかが、俺にも判断つかねえんだよ」
金剛「何か問題があるんデスカ?」
提督「問題山積みだろうが。今まで艦娘の存在は、一応機密情報だったんだ。艦娘が世間に公表されたらどうなると思う?」
提督「何の責任も背負おうとしねえ外野が、無責任に煽って騒いで文句を言いに来まくるに決まってるじゃねえか」
提督「古鷹も言ってたろ、変なデモ隊が鎮守府周りに現れたって。五月雨も体験済みだろ」
五月雨「……あの、言葉の通じない人たちがいっぱい現れるってことですか」ゾク
提督「楽観的に見れば艦娘に好意的な人間も多いと思うが、そうじゃねえ奴らだって一定数いるだろう」
提督「一見好意的でも、艦娘を利用しようとするクズも出てくるはずだ。視聴率欲しさに見世物にしたがってる奴らも多そうだ」
黒潮「……」
提督「俺の忌み嫌ってる中佐みたいに、艦娘が今のシーレーンにおいて必要不可欠な存在であることをアピールしたがってるのもいる」
提督「海軍である自分が力を持っていることを世に知らしめて、個人的に強力なコネを作ろうとしてやがるからな」
金剛「ンー、少し悲観しすぎな気がしマース」
提督「お前の周囲はまともな人間が多かったかもしれねえが、俺は人間なんか信用してねえ。それが海軍であってもな」
提督「深海棲艦と戦えるのが艦娘しかいないから、海軍を編成して艦娘の支援をしている、ってのが建前だが……」
提督「だったらどうして、黒潮の行為を正当だと弁護する奴が現れねえんだよ。くそが……!」ダンッ!
黒潮「……」
金剛「テートク……」
龍驤「……」
五月雨「……」
提督「……話を戻すが、雪風を世間に公表すれば、そこからなし崩し的に、すべての……世界中の艦娘が世間に晒されることになる」
提督「影響範囲がでかすぎて、どんな問題が出てくるか……いや、どれだけ問題になるか、俺には見当も付かねえ」
提督「それを避けようと思うと、黒潮を向こうに合流させる方法ってのが、思い付かねーんだよ……」
黒潮「……」
五月雨「……」
金剛「……難しいデスネー」ウーン
龍驤「確かに、こりゃ二の足を踏むわなぁ……」
提督「とりあえず、雪風には海に出ないように指示しているそうだ」
提督「その黒い雲……空母棲姫か。そいつらがどうやって潜んでいるのか、それも調べて対策を考えねーと……」
コンコン
大淀「失礼いたします。提督、海軍と思しき見慣れない船が、島に近づいてきています」
提督「あぁ? ……どこの船だかわかるか?」
大淀「いえ。ただ、長門型と金剛型の戦艦6隻を従えて進軍してきたみたいです」
提督「艦娘連れてきてんのか……黒潮、悪いが姿を隠しててくれ。もしかしたらお前を探しに来たのかもしれねえ」
黒潮「!」ビクッ
提督「大淀はどこの船か確認を頼む。五月雨と龍驤は黒潮を連れて匿っててくれ」
* 埠頭 *
仁提督「こんな辺鄙な島に鎮守府があるとは……墓場島とかいう名前の割には小綺麗な島じゃないか」キョロキョロ
仁霧島「提督、丘の上に無数の艤装やら単装砲やらが並んでいますが……」
仁長門「もしかして、あれが墓場ということなんだろうか?」
仁陸奥「それだと、聞いていた話と違うわね」
仁提督「そうだとしても、くだらんな。あんなものを後生大事に飾っておくより、さっさと溶かして資材に変えてしまえば良かろうに」
仁提督「弾薬にしても燃料にしても、いくらあっても足りんのだ。こんな戦争、とっとと終わらせなければならん」
仁霧島「……本当に誰もいませんね」
仁比叡「さっき人影が見えたんだけど……あっ」
如月「……あれ、誰かしら」
潮「提督……じゃない、ですね?」
初春「金剛姉妹か? 長門と陸奥もおるようじゃが……」
霞「霧島さんがいるわ。余所の鎮守府の人たちかしら」
敷波「司令官、呼んでくる? あたし行ってこようか?」
電「それが良さそうなのです」
仁陸奥「駆逐艦の子たちね。この鎮守府の子たちかしら」
仁提督「丁度いい、練度が高い順に連れて帰るか。長門!」
仁長門「!!」
仁提督「何人か捕まえてこい。練度の高いやつを優先して見繕ってくるんだ!」
仁長門「捕まえ……いいのか!?」キラーン
仁長門「ふ、ふふふ……胸が熱いな!」
霞「っ!?」ゾク
潮「な、なんかこっち見てるけど……!?」
如月「あの長門さん、ちょっと目つきがやばくない?」
初春「……いかん! あの長門はまずい!!」
敷波「ま、まずいって何が!?」
初春「皆、逃げるんじゃ! 襲われても知らんぞ!」
電「えええええ!?」
キャアアーー
仁陸奥「ちょっと、長門が変な顔してるから逃げちゃったじゃない」
仁長門「よーし、追いかけっこだな! 待てぇぇぇえ!!」ダッ
仁陸奥「……」
仁提督「おい長門! 遊びじゃないぞ! さっさと捕まえてくるんだ!」
仁長門「ふははははははぁぁぁぁあああ!!」
仁陸奥「聞いてるのかしら……」
ズドドドド…
電「お、追いかけてきたのです!」
初春「くせ者じゃああ! 出会え、出会ええええ!」
敷波「し、しれいかーーーーん!!」
潮「長門さぁぁぁん!!」
仁長門「私ならここだぞぉぉぉ!!」
霞「あ、あんたじゃないわよっ!!」
* 鎮守府正面ロビー *
キャァァァァ
金剛「なんだか叫び声が聞こえマスヨ?」
提督「ったく、なんだってんだよ……面倒臭え」
敷波「し、司令官っ!!」ダッ
提督「!」
潮「たす、助けてくださいっ!」ヒシッ
電「追いかけられているのです!」ヒシッ
如月「も、もうやだっ……!」ヒシッ
提督「なんだなんだ、どうしたって……」
仁長門「うおおおおおおおおおお!!!」ドドドド
提督「……長門?」
仁長門「むっ、誰だ貴様は! そこをどけ!」キキーッ
提督「……あぁ?」ギロ
金剛「テートクに向かって『どけ』とは良い度胸デース」ユビヲバキボキ
敷波(金剛さんって意外と武闘派……?)
提督「長門みたいだが……誰だこいつ。俺の知ってる長門じゃねえな」
如月「そ、それが、余所の鎮守府から来た長門さんみたいなの」
提督「ふーん……」
仁長門「貴様! そこをどけと言っているのがわからないのか!」
金剛「Hey you, テートクに向かって二度目の暴言、そろそろ許してはおけまセンヨー?」ニジリ
仁長門「提督だと? この男がか」ピク
提督「俺はこの島の鎮守府の管理者、提督准尉だ。お前こそうちの艦娘を怯えさせて、何しようってんだ」
仁長門「知れたこと! 我が仁提督鎮守府へ編入させ、活躍の場を与えようというのだ!」
提督「あぁ?」ピク
如月「編入……って、私たちを移籍させるつもり!?」
仁長門「そうだとも! 我が艦隊には駆逐艦が致命的に不足しているんだ……!」
仁長門「こんなにも愛くるしい駆逐艦たちを、こんな辺鄙な鎮守府で遊ばせておいていいものか! いや、ない!」
仁長門「だから私が連れて行く!」キリッ
金剛「連れて行く、じゃありまセン。勝手過ぎる言い草デスネー」イラッ
提督「つまり人攫いか。憲兵の出番だな」
仁長門「なんでそうなる!!」
提督「なんでもなにもそうじゃねえか。本人と保護者の同意もなしに連れて行けば捕まるのが法治国家ってもんだろうが」
提督「ん、待てよ? 艦娘には適用されねえのか?」クビカシゲ
金剛「テートク、今はそこは重要じゃないデース」
提督「まあいい、どっちにしたって連れて行くのは無理だ。諦めて帰んな」
仁長門「フ……何を愚かなことを! このビッグセブンとともに征きたくない駆逐艦娘がいないわけがないだろう!」
如月「私は嫌よ!」
仁長門「!?」
潮「私も嫌です!」
電「電も嫌なのです!」
敷波「あたしも絶対やだ!」
霞「私だって断固断るわ!!」
初春「当然じゃのう。去ぬが良い」シッシッ
仁長門「なぜだぁぁぁ!?」ブワッ
金剛「当然デス」Huh!
提督「あんだけ怯えさせておいて、一緒に来てくれると思ってんのかこの馬鹿」
仁長門「私は遊んでやろうとしていただけだぞ!!」
霞「遊ぶ!? 冗談でしょ、何をされるか分かったもんじゃないわ!」フシャー!
金剛「テートク? さっき大淀からあった連絡……」
提督「そいつか……仁提督鎮守府とか言ってたな。おい、そこの誘拐犯、仁提督とやらが来てんだろ? 案内しろ」
とりあえず今回はここまで。
マッ鎮とのコラボはおもしろそうだと思うけど筋肉はノーサンキュー
あっちは加入した艦娘を徹底的に鍛えてるけど
こっちは加入した艦娘を徹底的に甘やかしてるから
練度フィジカル差がガバガバで対抗できる艦娘が皆無よ?
あとル級が泣く。絶対泣かされる
潮と初雪あたりもいろんな意味で怖くて泣き出すと思う
魔神様覚醒後ならワンチャンあるかもしれないけどマッスルさんはイビルシュートすら耐えそうなんだよなあ
長々書いたけどいち読者としてあちらの話も期待してます
以上独り言終わり
続きです。
* 埠頭 *
仁提督「なに、そう難しい話ではない。練度の高い駆逐艦を6隻、こちらに差し出せば良いのだ」
提督「断る」
仁提督「おい!?」
提督「話は済んだな。帰れ」クルリ
仁提督「」ピキキッ
霞「10秒で済んだわね」
初春「にべもないのう」
提督「話すだけ時間の無駄だ」
霞「まあ、同意するけど」
仁提督「待たんかあああ!」
提督「だから嫌だっつってんだろうが、面倒臭え」
仁提督「貴様、准尉のくせに上官に対していその口の利き方はなんだ!」
提督「ふん、てめえこそ、それが人に恵んでもらう態度か? 物乞いの分際で」
仁提督「物乞い……っ!」
提督「物乞いじゃなきゃ人攫いだ。うちの駆逐艦、無断で連れて行くとか言ってたのはどこのどいつだ? 憲兵に言うぞ?」
仁提督「だ、誰もそんなことは言っていない!」
提督「そうか。だったら帰れ、俺はお前なんかに身内を差し出すような真似はしねえ」
仁提督「ぐぬぬ……下士官のくせに口の減らない男だ!」
「テートクー!」
提督「!」
金剛「テートクのために、応援を呼んできまシタヨー!」
榛名「榛名もお手伝いいたします!」
扶桑「私たちも、提督のお役に立てることがありましたらお手伝いさせていただきます」
山城「……まあ、どのくらいお手伝いできるかわかりませんけど」
提督「戦艦勢揃いか……大袈裟だな」
比叡「お相手さんが戦艦6隻揃えてきたということでしたから!」
陸奥「それに出撃も制限中だったでしょう? 暇だから必然的にみんな来ちゃったの」
提督「そういやそうだったな……」
仁金剛「オーゥ、あちらには私たちもいるみたいデース」
仁比叡「あ、でも霧島はいないみたいですよ、金剛お姉様」
仁提督「ぐぬぬ……辺境とはいえ、戦力は揃えておるのか」
長門「ふむ……あちらには私や陸奥もいるのか」スタスタ
潮「! 長門さん!」ダッ
電「長門さんなのです!」ヒシッ
初春「おお、長門が来たか!」
長門「? どうしたんだ?」
電「あっちの長門さんに追いかけられたのです!」ダキツキ
潮「目が血走ってて、すっごく怖かったんです……!」ウルウル
初春「うむうむ、やはりこちらの長門は安心するのう」スリスリ
長門「そうか、私がいない間に怖がらせて、悪いことをしたな」
敷波「長門さんは悪くないんだから謝ることないよー」
仁長門「……うぐううう!」ギリギリギリ
仁比叡「ひえっ……」
仁霧島「血涙を流すほど悔しいんですか……」
仁榛名「駆逐艦欠乏症だとか仰ってましたから……」
仁陸奥「なによそれ……」アタマカカエ
仁提督「……! あ、あれは!」
仁金剛「? どうしマシタ……!?」
大和「それにしても、駆逐艦を狙うなんて、酷いことをなさいますね」
仁金剛「大和!?」
提督「まあな。とりあえずお前らが揃って来てくれたのはありがたいが、連中との話は終わったぞ」
大和「そうなんですか?」
提督「あいつ、あの白露たちのもと司令官だ。海域の攻略に行き詰まって、うちの駆逐艦を寄越せと言ってきやがった」
全員「「……!」」
提督「その話もさくっと断ったからな。もう持ち場に戻っていいぞ」
仁提督「待て待て待て! なぜ貴様が大和を連れているんだ!」
提督「……またかよ」ハァ
仁提督「こんなところで大和を寝かせておく気か! おい大和! うちの鎮守府なら、何度でも出撃させてやるぞ!」ズカズカズカ
仁提督「こんな貧乏くさい鎮守府なんかおさらばして、うちに来るんだ!」テヲノバシ
大和「……あぁ?」ギロリ
仁提督「」ビクッ
長門「……つくづく提督そっくりだな」
比叡「ほんっと、似てますねー……」
大和「どこのどなたか存じませんが……あなたも、この大和を所望なさるんですか?」
仁提督「お前がいればどんな海域も怖くはない! 我が艦隊の破竹の勢いは誰にも……」
大和「度胸と勢いだけですか。考えなしの未熟者に命を預ける気は毛頭ありません」プイッ
仁提督「な……っ!」
大和「この鎮守府の提督准尉は思慮深く、そして各々の幸せを熟慮した指揮を執っておられます」
大和「あなたのような、艦娘をただの駒にしか見ていない輩とは違うのです」
仁提督「こんな男が……こんな口も態度も目つきも悪いこの青二才がか!」
大和「提督? この方は、提督の実力を侮っておいてのようですね。ここは私たちにお任せできないでしょうか?」
提督「任せろって……どうする気だよ」
大和「演習などなさってはいかがでしょう?」
仁提督「ほう……!」
提督「演習ねえ……」
大和「今の彼ら相手でしたら、負ける要素はありません」ニコ
仁提督「なにぃ!?」
仁霧島「それは聞き捨てなりませんね。精鋭の戦艦6隻に勝てる自信がおありですか」ズイ
大和「ええ、『蜂の巣にできる切り札』があります。ね? 提督」
提督「!」ピーン
仁霧島「切り札?」
提督「……ああ、そうだな。誰が凄んだところで結果は同じだ」ニヤリ
提督「全員ぼろ雑巾にしてやってもいいが……戦艦の修復は時間がかかる。1対1でやろうじゃねえか」
仁霧島「それほど自信がおありですか……!」
仁提督「面白い、力の差を見せつけてやろうじゃないか!」
提督「よし、大和、ちょっと来い」
大和「はいっ!」
仁長門「仁提督、私を出してくれ! 名誉挽回のチャンスを……!」
仁提督「馬鹿者、ここは練度の高い金剛を出すに決まっているだろう! 霧島!」
仁霧島「はいっ!」
仁提督「金剛の実力なら負けることはないだろうが、お前も良い作戦を考えてやれ!」
仁霧島「お任せください!」
仁提督「それから榛名に、比叡が船の厨房で赤飯を作り出さないように見張れと伝えておけ!」
仁霧島「わ、わかりました……!」
仁長門「提督、忘れるんじゃないぞ、本来の目的は大和に勝つんじゃなく、駆逐艦たちの保護だからな!」
仁提督「わかっているから後にしろ!」
仁陸奥(また話を聞いていないケースねこれは……)
仁長門「この戦い、演習とはいえ負けるわけにはいかないんだ……!」
仁陸奥「長門も一体どうしたの?」
仁長門「この鎮守府の提督准尉……とんでもない外道かもしれないんだぞ!」
仁陸奥「どういうこと……?」
* それからしばらくして *
仁提督「こちらの準備は整ったぞ。いつでも演習可能だ!」
提督「そうか」
仁提督「どうした、相手の大和の姿が見えないな」
提督「こっちはまだ準備中だからな」
仁提督「怖じ気づいたか? 貴様のような未熟者が大和を持つなど十年早いんだ」」
仁提督「せっかくだ、俺が勝ったら大和は貰ってやろう! がはははは!」
提督「何寝言こいてんだ。お前んとこの金剛がいくらご自慢の艦娘でも、こっちに砲弾を当てることはできねえよ」
仁提督「まだ言うか!」
提督「ああ言うね。お前がそんなことを言うんなら、俺も勝ったら何かもらってやろうじゃねえか」
大和「提督、お待たせしました! 準備完了です!」
仁提督「!? な、なぜ大和がここに!?」
提督「あぁ? 俺は大和を演習に出すなんて一言も言ってねえぞ?」
仁提督「なんだと!? それじゃ相手は……」
提督「さあ、お互い準備できたぞ! 演習開始だ! 霞、合図しろ!!」バッ
霞「わかったわよ!」
ドーン
仁比叡「ねえ、敵艦が見えないんだけど」
仁霧島「……まさか」
ボチャーン
提督「砲弾の着水が演習開始の合図だったな」
仁提督「お、お前の艦娘はどこへやった!」
提督「ああ? あそこにいるじゃねえか。見えねえだけでな……!」ニヤァ
* 洋上 *
仁金剛「……合図はありまシタガ、敵影がありまセン……」
仁金剛「もしかして、恐れをなしての不戦勝デスカ?」ドヤッ
仁霧島「金剛お姉様ーーーっ!!」
仁金剛「オーゥ、霧島ー! 作戦は必要なかったデース!」
仁霧島「違います! 下です! 下ーーーー!!」
仁金剛「下?」
魚雷<ゴボボボボボ!
仁金剛「!?」
ドガァァァン!
* 埠頭 *
仁提督「……!!」アングリ
提督「魚雷命中。中破判定か、流石に頑丈だな」
仁提督「き、きさ、貴様っ……!」
提督「戦艦には潜水艦。まあ、相手がわかってるなら当然だよな」
仁提督「み、認めん! 認めんぞ! こんな卑怯な手で勝って貴様は嬉しいのか!」
提督「卑怯? どこが卑怯なんだ?」
仁提督「姿を見せずに海の中からなんて卑怯だと思わんのか! 正々堂々戦え!」
提督「潜水艦は潜水してなんぼだろ? なんで潜水艦がわざわざ浮上して敵の真ん前から雷撃しなきゃなんねーんだ?」
仁提督「戦艦に潜水艦をぶつけるのが卑怯だというんだ! 水上艦を出せ!」
提督「嫌だね。高い練度の戦艦とまともにやりあえば、圧倒的な火力で反撃すら許さないまま潰されるのが目に見えてる」
提督「俺たちのやってることは戦争だ。奇襲に夜襲に兵糧攻め、勝つためにあらゆる手を尽くすことは卑怯でもなんでもねえ」
提督「お前だって、自慢の艦隊を維持するために不要な艦を切り捨てたりしてきたんだろ?」
仁提督「……!」
提督「俺も俺ができることをやってるだけだ。どうやったら被害を抑えられるか、どうやったら打ち勝てるか」
提督「どうやったら、これまで散々駆逐艦を切り捨ててきて、必要になったら慌てて余所の鎮守府へ掻っ攫いに来るようなやつに……」
提督「赤っ恥をかかせられるか、ってなあ……!」ズイ
仁提督「き……!」
提督「大和、あの二人はどうしてる」
大和「あちらで演習の様子を見ていると思います」
提督「会うつもりはあったか? あるなら連れてきてくれ」
大和「わかりました」スッ
提督「さて。何の話か、さすがにもうわかってるよな? 仁提督よぉ……?」ニィ
仁提督「貴様、最初から……我々のことを知っていたのか!」
提督「戦艦好きとは聞いていた。まあ、まさかそっちから現れて難癖付けてくるとは思わなかったがな」
仁提督「おのれ、謀ったなあ……!」
仁長門「仁提督、やめるんだ。勝負は付いた、我々の負けだ」スッ
仁提督「ば、馬鹿な。この試合は無効だ! この勝負はなかったことに……」
仁長門「仁提督! これ以上の言い訳はよせ! 見苦しいぞ、恥を知れ!」
仁提督「ぐ……!」
提督「……」
仁長門「提督准尉、仁提督の非礼は詫びよう。それと……」
提督「ん?」
仁長門「貴様と話がしたい。訊きたいことがある」クイ
提督「あぁ……?」
大和「提督、白露さんたちを連れて来まし……どうなさいました?」
提督「向こうの長門が話があるんだとよ。大和は白露と島風を守ってやってくれ」
大和「は、はい……」
島風「なにがあったんだろうね?」
白露「さあ?」
* 埠頭と丘の間の通り道 *
提督「聞きたいことってのは、なんだ」
仁長門「如月のことだ」ギロリ
仁長門「如月の衣服の下の傷はなんだ!?」エリクビツカミ
提督「……見たのか?」ジロリ
仁長門「見えたんだ。あの傷は、貴様がつけたのか」グイ
提督「……」
仁長門「答えろ!」グワッ
提督「……他言するなよ」
仁長門「!」
提督「如月は、この島の砂浜に大破して流れ着いてきた」
提督「あいつは、海軍が開発する新兵器の実験台にされていたんだ。あいつの傷は、そこでつけられた傷だ」
仁長門「っ!? それは本当か……!?」
提督「しばらく前に、Z提督とかいう奴が捕まったことが海軍の新聞に載ってたんだが……」
仁長門「お、覚えているぞ……その事件か!」ワナワナ
提督「知ってんなら話が早えな」
仁長門「その被害者があの如月か……だとしたら、すまない、どうやら私は誤解していたようだ」スッ
提督「おいおい、素直が過ぎるぞ。俺の出まかせだったらどうすんだ」
仁長門「貴様、嘘なのか!?」
提督「嘘じゃねえよ。ただ、そんな風にホイホイ信じていいのかっつってんだよ」ハァ
仁長門「ぐ……そういう貴様こそ、その如月の話が本当だとしたら、簡単に話していいものなのか? デリケートな問題だろう!」
提督「……お前の目が、真剣だったからな。如月の体の傷と、その仕打ちに真面目に怒りを覚えてたんだろ?」
提督「だったら、話してもいいと思っただけだ」
仁長門「……」
提督「それから如月だけじゃない。この島にいる艦娘の多くは、理由こそ違うが大破轟沈してそのまま流れ着いてきた奴らだ」
提督「俺は、あいつらを保護するため、特例としてこの島限定で着任できるようにしたんだ」
仁長門「それじゃ、この島の駆逐艦たちはこの島から出られないのか……!?」
提督「駆逐艦に限らねーがな。だからこの島にいる奴らは余所では働けねえ」
仁長門「なぜそんなことを……」
提督「あいつらは、人間の勝手で沈められたんだ。俺はそんな連中と同じになりたくねえ」
提督「運良く助かるならいいが……丘の上にある艤装は見たか? あれは全部、この島に流れ着いてきた艦娘の墓標だ」
提督「潮の流れが強いもんで、水葬できずに砂浜に打ち上げられるんで、ああやって埋葬してる」
仁長門「如月がこの島に流れ着いたのも、その潮の流れのおかげだったと……?」
提督「かもな。まあ、白露と島風は大した怪我もなく……仁提督の勝手な判断で艦隊から見捨てられただけだが」
仁長門「……なるほど。ある意味では噂通りなのか」
提督「追放された艦娘が、ってやつか?」
仁長門「ああ。我々はその噂を聞いて、余所の鎮守府で不要になった駆逐艦を引き取るつもりでいたんだ」
提督「うちは預り所とかレンタルなんとかじゃねーんだぞ。ふざけてんのか、くそが」
仁長門「ふ、ふざけてるつもりはない! 私はそんな可哀想な駆逐艦がいたなら、保護して全力で可愛がるつもりだったんだぞ!」
提督「……お前、駆逐艦をペットか何かと勘違いしてねーか?」
仁長門「そんなことはない!」ゴォッ
提督「本当かよ」ジト
仁長門「それに……身も蓋もない言い方をしてしまうが、仁提督は、ケチで極端なんだ」
提督「ケチ、ねぇ」
仁長門「仁提督は、これまで遠征で頑張ってくれていた睦月型にキス島の戦闘を任せているんだが……」
仁長門「装備をドラム缶から変えていないんだ」
提督「……はぁ?」
仁長門「どうせ今回だけだからと、駆逐艦の装備を揃えるつもりもないらしい」
提督「馬鹿じゃねーのか!?」
仁長門「素直に武器を開発すればいいと、我々も何度も進言した! しかし彼は目的のこと以外に金や手間をかけたがらないんだ!」
仁長門「我々の意見はまったく聞き入れてもらえず、大淀にも匙を投げられ……」
仁長門「そんな折に噂を聞いて、島にめぼしい艦娘がいないか、探しに来たということなんだ」
提督「そうかい。じゃ、無駄足だったってことだな」
仁長門「そういうことになるな……」ガックリ
提督「そんなに駆逐艦を編入できなかったのがショックだったのか」
仁長門「それもあるが……この島の実情が噂よりひどかったことのほうがショックだ」
仁長門「この島の駆逐艦たちも可愛い子ばかりじゃないか。それなのに、みな轟沈を経験していると思うと……」グスッ
仁長門「そういえばさっき、白露と島風もいたな」
仁長門「我々の鎮守府にもいたんだが、ろくに構うこともできないうちに、仁提督はあの二人を……」ブワッ
仁長門「今頃二人は何をしているのか! 無事でいるのか!! そう、思うと……うううう!」ナミダジョバーー
提督「そいつら、今うちにいるぞ」
仁長門「……え?」
提督「運がいいのか、航行中に羅針盤があてにならなくなって、それでうちの鎮守府に迷い込んだって感じだからな」
提督「たいした怪我もしてねえし、まあ元気なもんだったぞ」
仁長門「さ、さっきの二人が……そうなのか? よ、よかっ……」ジワッ
仁長門「良がっだぁぁぁぁぁああ!!」ナミダジョバーーーー ズドドドド…
提督「おい!? どこ行くんだ!?」
扶桑「……おそらく、あの二人の駆逐艦のところではないでしょうか?」コソッ
提督「!? お、お前、どこに潜んでた!?」
扶桑「万一があってはならないと思いまして。艤装を隠してそちらの草叢に潜んでいました」
扶桑「金剛型の皆さんから、私たちではじっとしていられないから、ということでしたので」フフッ
提督「……」
今回はここまで。
続きです。
* 埠頭 *
仁霧島「艦隊の頭脳として言わせてもらいますが、今回の模擬戦の結果は司令の慢心が原因です」
仁霧島「我々戦艦の力を過信するあまり敵の戦力を考えず、結果金剛お姉様を危険な目に合わせた司令の判断、稚拙極まりないと言って過言ではないでしょう」
仁提督「そ、そこまで言うか」
仁霧島「ええ、大淀共々以前から申し上げておりますが、姑息とか卑怯とか相手を貶める言葉でご自身を正当化するのは、いい加減におやめください」
仁霧島「司令が我々を信頼してくださるのはありがたいことですが、我々が戦えない相手と戦えば負けます。至極当然の結果です!」
仁提督「……」
仁陸奥「それから、この島で駆逐艦を引き抜くにしても、白露や島風と知り合ってるのならいい印象を持たれてる訳がないわ」
仁陸奥「諦めて睦月型に装備を用意してあげたらいいじゃない」
仁提督「し、しかし……」
仁陸奥「しかし、って、何が不満なのよ」ムッ
仁陸奥「特定の艦種だけじゃ相手できない相手もいるって、今回の件で分かったでしょ?」
仁提督「……いや……」
仁霧島「常々言わせていただいておりますが、戦艦だけの艦隊では問題がございます。そのお考え、改めて戴かないと困ります!」
仁提督「うぐ……」
仁霧島「お返事は!」
仁提督「ぐぅぅぅ……!」
ズドドドド…
白露「……ねえ、何か聞こえない?」
島風「なにって……あ、あれ!」
仁長門「うおおおおおお!!」ズドドドド…
仁陸奥「長門!?」
大和「こっちに向かって走ってきてますね……」
仁長門「うおおお! 白露ぅぅぅ! 島風ぇぇぇ!!」ズドドドド
白露「……な、なんかすっごい顔して私たちのこと呼んでるんだけど!」
島風「に、逃げよ白露!! はやく!!」ダッ
白露「えええ? う、うん!」ダッ
仁長門「うおおお! 白露も島風もよく無事で……って、なんで逃げるんだあああ!」
ズドドドド…
榛名「すごい勢いで通り過ぎて行きましたね……」
初春「まあ、涙と鼻水ですごい顔になっておったからのう……逃げられても已む無しじゃ」
提督「……あの長門は何考えてやがんだ」
扶桑「二人の無事に感極まっただけだと思いますが……」
山城「扶桑お姉様!」
大和「提督! ご無事でしたか!」
金剛「何の話をしてきたんデスカ?」
提督「うちの鎮守府の事情を訊かれた。一応、駆逐艦が傷付けられるのは耐えられないくらいの常識は持ってるようだな」
仁陸奥「まあ、そうね。知ってるかもしれないけど、私たちの鎮守府って、駆逐艦は遠征に行く睦月型の子たちだけなの」
仁陸奥「おかげで長門は、駆逐艦との触れ合いが欲しいって普段から言ってて……」
提督「それであの有様か」
長門「……」ズーン
潮「な、長門さん?」
長門「あれが余所の私か……」
仁陸奥「……そっちの長門はまともそうね」
潮「え、ええ……とっても優しいんです。お裁縫も上手ですし」
電「エプロンを作ってもらったのです!」
比叡「お料理も上手ですよ!」
仁陸奥「なにその女子力の固まりみたいな長門」
榛名「包容力の固まりでもありますよ? 榛名も見習いたいです!」
扶桑「そのおかげで駆逐艦の子たちにも慕われているわね」
仁霧島「艦娘には個体差があると言われていますが、その一端でしょうか……?」
伊8「提督」スタスタ
提督「ん、はっちゃんか。急に呼び出して悪かったな」
伊8「戦闘は、あまり好きじゃないけど、頑張りました」フンス
仁提督「……俺の戦艦が、こんな奴に、手も足も出せないのか……」ポツリ
提督「そういうことだな。何に拘ってんのか知らねーが、戦艦だけでことを進めようなんざ……」
仁提督「何を言う! 戦艦の主砲こそ戦場の華! 巡洋艦や駆逐艦でちまちま撃っても、奴らが恐れなど抱くものか!!」
仁陸奥「え……?」
提督「何言ってんだ?」
仁提督「提督准尉、貴様にはわかるまい! こんな僻地で過ごしてきた貴様には!」エリクビガシッ
仁提督「奴らに……深海棲艦どもに、街を粉々にされた、この俺の恨みはわかるまい!!」
提督「恨み?」
仁提督「その通りだ! 港町を砲撃し、瓦礫に変えたあいつらへの恨み……貴様にわかるものか!!」バシッ
提督「っ……」ヨロッ
仁提督「駆逐艦の砲撃も、巡洋艦の砲撃も、あいつらが放った砲弾の威力とは雲泥の差だ……だが、戦艦なら!」
仁提督「戦艦の砲撃なら! 戦艦の持つ大口径主砲なら、あいつらを木っ端微塵に粉砕できる!!」
仁霧島「提督……だからあなたは私たちを……」
仁提督「戦艦の持つ破壊力こそが奴らに絶望を与えるんだ。拘って何が悪い!」
提督「……何言ってんだ? 馬鹿じゃねえの?」
仁提督「!?」
仁陸奥「ちょっと!?」
提督「いや、馬鹿だろ。何度も言ってんだろ、戦艦じゃ勝てない相手がいるのに、戦艦に拘り続けるのは馬鹿だって」
提督「お前、単に敵を吹っ飛ばしたいってだけだろ? それでいいわけがねえだろが」
提督「本当に仇を討ちたいなら、丁寧に、詰め将棋のように、端っこから、逃げ道を消して、確実に、息の根を止めてやる……」
提督「復讐ってのは、そういうことじゃねえのか?」グイ
仁提督「く……」ギリッ
提督「それになあ。お前の復讐劇に付き合わされる連中の身にもなってみろ」
提督「戦艦にとっての潜水艦みたいに、かなわない相手に何百回挑んだって、労力の無駄だぞ? 資材も金も時間も、無駄なだけだ」
提督「負けたからと言って反省する気配もねえ。力押しのごり押しが通用しない相手は、卑怯なことをする相手が悪いと責任転嫁」
提督「失敗から何かを学ぶのが人間だ。それがねえお前は、艦娘にとっての『ひとでなし』になっちまうだろうが」
仁提督「……っ」
提督「やり返したいんなら頭を使え。あいつらにだって知恵があるんだ、こっちが使わなきゃ不利は当然」
提督「そもそも頭に血が上りすぎなんだよ。復讐したいんなら誰相手に喧嘩を売るべきか、ちゃんと相手を選びな」ポイ
仁提督「……ぐっ」ドスン
提督「それから、お前らこの島から駆逐艦を連れてくつもりだったようだが……」
* 説明中 *
仁陸奥「それじゃ、ここにいるみんなは轟沈を経験してるの!?」
仁霧島「そのような特例が出ていたなんて……初耳です」
提督「そういう意味でもあまり有名になりたくないんだけどな。こうやって、誰かが来る都度、こうやって説明すんのも面倒臭えし」
提督「お前らみたいに間違った噂を信じて来客が増えんのも、はっきり言って迷惑だ」
仁霧島「そのような事情では、この鎮守府から引き抜きというのは不可能ですね」
仁陸奥「そうね。やっぱり睦月型の子たちに、ちゃんとした装備を渡してあげるべきよ」
提督「そうしてくれ。どうせそいつのことだ、新しく駆逐艦を連れてきても、用が済んだら解体するんじゃねえの」
仁霧島「やらないとも言い切れませんね」ジトメ
仁陸奥「むしろ最初からそのつもりだったんじゃない?」ジトメ
仁提督「……」ウナダレ
提督「とにかく、この島から艦娘を連れ出すのは諦めろ。金剛たちの修理が終わったら、さっさと引き上げたほうがいいぜ」
仁霧島「そうさせていただきましょう……提督准尉、余計なお手間でした。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」フカブカ
提督「苦労してんな、お前らも」ハァ
仁陸奥「私たちは主力として活躍させてもらってるし、そういう意味では、いい思いをさせてもらってるからいいんだけど」
提督「空母連中はいないのか?」
仁陸奥「いないわけじゃないわ。今回は呼ばなかっただけよ」
仁霧島「それに対空でしたら、比叡お姉様と榛名お姉様が対空電探と三式弾を載せていますし……」
提督「そうじゃなくてだな、今は空母棲姫が出没するって話があったろ。そいつらに襲われたらたまったもんじゃねえ」
提督「ここに来たってことは遭遇しなかったんだろうが……黒い雲のような艦載機の群れ、途中で見えなかったか?」
仁霧島「いえ。私の水上観測機からは、そのような報告はありませんでしたよ?」
提督「たまたま運良く遭遇しなかったのか……?」
仁提督「いいや……その話なら、もう決着がつくはずだ」
提督「なに?」
仁提督「本営から、空母棲姫の出没条件がわかったと連絡が来た。だから、俺はこの編成で来たんだ」
提督「本営から? なにか指示があったのか」
仁提督「空母棲姫を討つため、本営中将の配下である中佐が連合艦隊を編成し、撃滅にあたることに決まった」
提督「中佐……!?」
如月「なんで中佐が……!?」
大和「また、あの男ですか……!」
仁霧島「どうしたんですか?」
提督「どうしたもこうしたもあるか……! あれが絡むと、絶対ろくなことが起きねえってのに……!」
大和「あの男、今度は何をしようとしているんです?」
仁提督「空母棲姫は、ある鎮守府の雪風を追いかけていることがわかった」
仁提督「中佐は空母機動部隊の連合艦隊を準備し、その雪風をわざと海に出して空母棲姫を誘き寄せて叩く算段だ」
提督「最悪のパターンじゃねえか! なんでそんなに行動が早いんだよ、くそが……!」
仁提督「なぜだ? 深海の大物が駆逐艦一隻に釣られてくるんだぞ。十分すぎるリターンじゃないか」
提督「その雪風の姉妹艦は……残された奴らはどうする!!」
仁提督「甘いことを言うな。これは戦争だと、貴様も言ったばかりだろう……!」
提督「被害は想定しても犠牲はないに越したことねえだろう!」
仁提督「随伴のヲ級ですら海域の最奥にいるようなやつだぞ! 犠牲を出さないなんてぬるいことを言っていられるか!」
仁提督「それにこれはもう決定事項だ! 今回の決定でテレビ局も動いている!」
提督「テレビ局!?」
仁提督「海軍も政府も腹を決めたらしい。我々の敵である深海棲艦が一体どういう奴らなのか、テレビ放映して国民に知らしめる気だ」
提督「艦娘も映す気か!?」
仁提督「そうなるだろうな……!」
提督「ふざけんな!! 他人事みたいに言いやがって……!」ガシッ
仁提督「ぐ……っ!?」ギリッ
大和「て、提督! おやめください!」
仁陸奥「落ち着いて! 仁提督を責めてどうするの!」
如月「司令官!」ガシ
提督「く……っ!!」パッ
仁提督「ぐ、げほ、げほっ……き、貴様が不満だろうと、もう始まってしまったことだ……止めることはできん!」
提督「冗談じゃねえぞ……」
仁提督「抗議する気ならやめておけ! 我々のような末端の提督に、その決定に意見する資格も、止める権利も力もないのだ……!!」
提督「なにか資格だ! そんなもんくそくらえだ!」
仁提督「そもそも今から行っても遅いと言っている! 出向いたところで海域は封鎖されているし、今から向かってももう終わっているぞ!」
如月「え……?」
提督「……それじゃ、もう、その作戦を始めたってのか……?」ワナワナ
仁提督「俺はこの島に来る途中まで、衛星ラジオで開戦の様子を聴いていたんだ。霧島、船内の通信機で上に今の戦況を確認してくれ」
仁霧島「わ、わかりました!」タッ
提督「……電と初春は、工廠にいる大淀に今の話の確認を取るよう伝えてくれ」
電「わかりましたなのです!」タッ
初春「任せよ!」タッ
仁提督「俺の話が信用できんのか」
提督「違ぇよ。そっちで把握できる情報と、俺たちが催促した情報に差がないか確認したいだけだ」
提督「俺が一番信用してねえのは俺の真上だ。あれはこっちにまともな情報を寄越さねえからな」
仁提督「貴様が信用されていないだけじゃないのか」
提督「まあ、それもあるな。俺も中佐に信用されたいとは思ってねえから、お互い様だ」
仁提督「中佐だと!? 貴様は中佐の部下か!」
提督「不本意ながらな。俺はあれに邪魔者扱いされて、こんな島にいる」
仁提督「……」
仁陸奥「仁提督、彼の中佐と仲が悪いって話は本当じゃないかしら」ヒソヒソ
仁提督「そうか……?」ヒソヒソ
仁陸奥「ええ、この前、中佐が大怪我した話って大和が関係してるでしょ?」
仁提督「……確かに、中佐の名前を出したときに、大和もあからさまに嫌な顔をしていたな」
仁陸奥「ねえ、提督准尉。今回の空母棲姫要撃の件、何も聞いていないの?」
提督「なーんにも聞いてねえな。あいつからは重要な話はひとつも流れてこねえ。仕方ないから中将から聞いてるくらいだ」
仁提督「中将!?」
提督「ああ、ちょっとした伝手があるんだ。さっきの轟沈艦の話で世話になって以来だな」
仁提督「……わからんな」
提督「?」
仁提督「なぜ貴様は中佐に歯向かう? その上で、沈んだ艦娘にそこまでするんだ」
提督「……気に入らねえってだけだよ。どっちもな」
仁提督「貴様が雪風を気にかけているのはなぜだ? 雪風の知り合いか?」
提督「俺じゃねえ。雪風の身内がいる」
仁提督「身内? ……もしや、民間人に暴力をふるって指名手配された艦娘か。単艦で海に出て、最後にこの島に流れ着いたか」
提督「……さあてね」チラッ
仁陸奥「……丘のほうを見たってことは、もしかして沈んだの?」
提督「……」プイ
仁陸奥「そう……」ウツムキ
如月(司令官って、こういう思わせぶりな仕草、得意よね……)
敷波(演技派だ……)
仁提督「沈んだのなら、それ以上雪風を気遣う必要はないだろう」
提督「手前はいちいち癪に障るな……!」
仁提督「当然だ。艦娘は建造によって作られる兵器だ、逐一感傷に浸っていられるか」
提督「兵器だと? 笑ったり泣いたりするこいつらが兵器だと?」
仁提督「人為的に造られたのなら兵器だろう。人である証明もできない以上、無責任に人だと言えるか! 人語を解せば人扱いか!」
提督「人並みの考えや感情を持っててそれを無視できる方がおかしいだろうが! お前こそ人でなしじゃねえのか!」
仁提督「軍に属している以上、艦娘も俺たちも使われるのは当然のことだ! 俺たちはそういう組織なんだぞ!」
仁提督「貴様は艦娘に入れ込みすぎだ! 何が貴様をそこまで駆り立てるんだ!」
提督「……どうせ、言ってもわからねえだろうよ」ギリ
仁提督「……ふん、大体わかった。さては艦娘に懐柔されたか」
提督「懐柔じゃねえよ! 単純に、理不尽だと思わねえのか! こいつらの受けた仕打ちを!」
仁提督「だから戦争とはそういうものだ! 人間であっても、艦娘であっても、そこに違いはない! 何度も言わせるな!」
提督「そうかよ……だったらもう話すことはねえ」クルッ
仁提督「どこへ行く気だ」
提督「雪風がどうなったか、大淀に話を聞きに行く」
仁霧島「司令! 状況、確認できました!」タタッ
仁提督「ん、報告してくれ。提督准尉も聞くといい」
提督「……チッ」
仁霧島「よろしいでしょうか。まず、戦闘開始は本日1130、戦闘終了が同1310……」
仁霧島「指揮を執ったのは中佐、艦隊旗艦は中佐鎮守府の赤城。そして提督9名とその配下の艦娘54名、総勢60名の艦娘が戦闘に参加しました」
仁霧島「目標は敵航空母艦である空母棲姫、およびその随伴艦である航空母艦5隻、内訳は空母ヲ級3隻と軽空母ヌ級2隻」
仁霧島「戦果として、敵艦隊は6隻すべて撃沈。海軍の被害は……66名中、5名が轟沈、24名が大破、14名が中破しました」
提督「……」ムス…
仁提督「……続けてくれ」
仁霧島「はい。戦闘後に本営が会見を行いました。会見の席に上がったのは中佐、J少将、政府高官が2名」
仁霧島「今回の戦闘の影響と被害状況について政府高官から説明があり、その後中佐から艦娘と深海棲艦についての説明が行われています」
仁霧島「そこで、今回見せた深海棲艦……空母棲姫は、深海棲艦の中でも力の強い深海棲艦であること……」
仁霧島「そして、それを撃退できた自分たちの艦娘は、深海棲艦に対抗できるただ一つの戦力であるということ……」
仁霧島「そして、その艦娘を率いているのは、海軍の中でも選りすぐりの精鋭であること……!」
仁霧島「テレビで流された音声の情報をいただきましたが、中佐はこのような演説を行っておりました」
提督「……チッ」
仁提督「どう思う、提督准尉」
提督「だいたいは奴の思い描いたシナリオ通りじゃねえか」
提督「中佐が欲しいのは名声だ。機密情報だった艦娘のお披露目に、深海の大物退治の陣頭指揮も執れて」
提督「自分の権力と力をテレビカメラの前で誇示できたんだ、チヤホヤされて幸せの絶頂なんじゃねえの」ケッ
仁提督「……なるほどな」
提督「ところで、ひとつ質問いいか?」
仁霧島「は、はい、なんでしょうか」
提督「空母棲姫の狙いは雪風だ……その雪風がどうなったか、わかるか?」
仁霧島「……どこの鎮守府の所属かはわかりますか?」
提督「確か、保提督だったか」
仁霧島「保提督……その方は、今回の作戦には参加なさっていないようですが」
提督「だとしたら、別の鎮守府に編入されたのか?」
大淀「提督、雪風さんは無事です。中破こそしましたが、本営には戻ったということです」スッ
提督「大淀……!」
仁提督「それは確かなのか?」
大淀「はい、不知火さんが丁度本営におりましたので、そちらで把握している情報をいただきました」
仁霧島「ほ、本営から直接、ですか!?」
仁提督「准尉、これが貴様の言う伝手という奴か」
提督「中将麾下の不知火が、この鎮守府のお目付役だ。この鎮守府には憲兵も特警もいない。その代わりを担っている、とでも思ってくれ」
提督「大淀、中佐はどうした? 赤城はいなかったのか」
大淀「赤城さんは留守のようでした。代わりに中佐鎮守府の職員らしき人が出たんですが、後にしろと言われまして」
提督「それで不知火に連絡したのか。やっぱ中佐んとこの人間連中はくそだな」
提督「とにかく雪風が無事か……轟沈したのはどこの鎮守府の艦娘だ」
大淀「はい……B提督鎮守府の5名ですね」
提督「B提督鎮守府……?」ピク
仁提督「霧島。どうなんだ、正しいのか」
仁霧島「私の情報と合致しています。誰が轟沈したかの詳細はありませんが、B提督の艦娘5名がくだんの雪風を庇って轟沈したとあります」
仁提督「ということは、その雪風はB提督鎮守府の艦隊に入っていたわけか……」
山城「冗談じゃないわ……!」
提督「どうした? 山城」
山城「どうしたもこうしたも……目の前で仲間が沈められるのを見てて、平気でいられる艦娘がどれだけいると思うの?」
仁提督「おい、何をそんなに興奮しているんだ。落ち着け」
山城「落ち着いていられるわけないじゃない……轟沈よ!? 沈んだのよ!?」
山城「……雪風って、幸運艦って呼ばれてるでしょう? 時雨もそうだったわ」
山城「その時雨が以前、言ってたのよ。自分は幸運艦になんかならなくて良かった。他のみんなが沈んで、自分だけ生き残るのはつらい、って……」
提督「……」
山城「それがどれほどの悲しみか……雪風は、どう思っているのかしら……」ウツムキ
提督「……雪風もケアしてやらなきゃならねえ状態ってことか」
クイクイ
提督「ん?」
敷波「……あのさ、司令官」
電「……」
敷波「B提督って、もしかして……」
提督「俺もそうなんじゃねえかって思ってるが……そういうことだな?」
電「……どうして」ウツムキ
電「どうしてあの人は……!」フルフル…
電「どうしてなんですか……!!」
大淀「い、電ちゃん……?」
提督「敷波。B提督ってのは、そういう奴だったか?」
敷波「ううん……あたしは、ここまで酷いなんて思ってなかったけど……!」
仁提督「B提督を知っているのか」
提督「……ああ」
敷波「知ってるよ。あたしと、電と、由良さんを捨てた、あたしたちの元司令官だもん……!」ギリッ
仁提督「……!」
今回はここまで。
お待たせしました、続きです。
* 入渠ドックわきのテーブル *
提督「ここなら邪魔も入らねえ。まあ、あんな地雷を踏むとは思わなかったがな」
提督「とりあえず、あんたが聞いた話を聞かせて欲しいんだが」
仁提督「……雪風たちを襲ったのは、艦娘を持たない他国のスパイだと聞いていた」
仁提督「しかし、実行犯の一人が政治家の息子となると、その話も眉唾物だな」
提督「俺はスパイの関与を今初めて聞いたぜ。俺には真犯人を隠匿するための後付けの嘘にしか思えねえ」
仁提督「だからと言って黒潮に対する処分が軽くはならんだろうな」
提督「なぜだ」
仁提督「艦娘が、海軍の備品として扱われているからだ」
提督「……」
仁提督「俺を睨んでもその事実は変わらん。日々の任務にも、建造と解体の任務があるだろう」
提督「うちじゃやってねえよ」
仁提督「そうか。まあ、人それぞれだ、好きにするといい。だが、この任務はどこの鎮守府にもあるものだ」
仁提督「貴様の考えに賛同する者もいるだろうが、それはごくごく少数派だ。艦娘を率いる多くの者は、艦娘とは一線を引いている」
仁提督「そもそも、建造ドックから出てきて、解体すれば資材が残るような人型のなにかを、人間と呼ぶのはさすがに無理がある」
提督「仁提督は……艦娘の処分は慣れたものか?」
仁提督「そう……だな。特にどうとも思わん。余計な感情もなく、日々の任務で黙々とこなすだけだ」
提督「ふん……」
仁提督「……なるほど」
提督「どうしたよ」
仁提督「本営は、我々が艦娘を躊躇なく処分できるように、そういった任務を課しているのかもしれんな」
提督「……」
仁提督「話が逸れたな。で、貴様は、雪風たちを助けた黒潮の名誉回復を考えていると」
提督「……そうだ」
仁提督「ふむ……今からでは遅いかもしれんな」ウデグミ
提督「遅い?」
仁提督「中佐が艦娘についての情報を公にした。となれば、艦娘の世間での扱いについてもある程度決まったんだろう」
仁提督「そこで艦娘が人間に危害を加えた場合の要綱も織り込まれているはずだ。ついこの前、それを考えるきっかけになった事件もあった」
提督(以中佐の話か……)
仁提督「そこの提督自身にとんでもない問題があったとはいえ、艦娘たちに反抗されて鎮守府が崩壊した事件だ。聞いたことはあるか?」
提督「……まあ、知らなくはねえよ」
仁提督「不愉快そうだな。もしかして、詳しく知っているのか?」
提督「さぁな」プイ
仁提督「……ともかく、そいつのように致命的な悪事を起こしていない限りは、立場をひっくり返すのは難しいだろう」
提督「致命的な悪事ね……既に起こしてるんだがな」
仁提督「何だと?」
提督「雪風たちの司令官だった保提督は、厳秘情報扱いだった艦娘を一般人と接触させようとしたんだ」
提督「艦娘から艤装を奪い無力化させた上でな」
仁提督「……!」
提督「艤装を外して可愛い服を着せ、めかし込んだ艦娘を外に連れ出した保提督を訝しんだのが黒潮だ」
提督「艦娘を連れ外出した保提督を尾行して、入っていった建物から出てきたのは保提督一人」
提督「黒潮が保提督を問い詰めれば、保提督は知らぬ存ぜぬと言い出した」
提督「この時点で、いろんな意味で致命的だと思わねえか……?」
仁提督「……」
提督「黒潮が現場に入ったとき、雪風たちは襲われる寸前だった。衣服は破かれ、手足には引っ掻き傷も受けていた」
提督「可愛い妹分がそんな目に遭っていたら、ブチ切れんのも当然だ。全員、海に投げ捨てようって考えてもしょうがねえだろ」
仁提督「だから海に連れ出したのか……しかし、保提督たちが命拾いしたのはなぜだ」
提督「途中で冷静になっちまったんだよ。こんなことをしたら余計に雪風たちに迷惑をかけちまう」
提督「だからと言ってこのまま保提督の下で働けるはずもねえ。黒潮はもう、その時点で戻る気はなかった」
提督「どう思うよ? 奴がやったことは艦娘の援助交際……いや、売春の斡旋だ。売った側も買った側も、お咎めなしってのはどうかしてる」
仁提督「……」
提督「それから、艦娘を見せろと言ってきた奴らは、保提督の悪い知り合いらしい」
仁提督「知り合いだったのか!?」
提督「いじめっこといじめられっこってやつだとよ。昔の話を持ち出して、それをネタに強請られてたらしいぜ」
提督「大人になってまで子供みたいなことをしてる奴らに提督させてんだ、任命責任という奴を問われてもいいと思うがな」
仁提督「……そんなことをさせていては限がない。海軍は慢性的に人手不足なんだ、ただでさえ提督業は人離れが多いからな」
提督「そうなのか?」
仁提督「本来、戦争なんかに縁のない、縁を作ってはいけない民間人にこんな仕事をさせるほうがおかしいんだ」
仁提督「適性があっても、艦娘がぼろぼろになって帰ってくるのを見るのが苦しくてやめた奴も多い」
提督「……ふん、本当かよ」
仁提督「皆が皆、貴様のように強い人間ではない。覚悟がなければ心が折れるのも仕方ないことだ」
提督「やけに理解ある言い草だな?」
仁提督「過去のトラウマというものは、どんな人間も弱くしてしまうものだ。貴様にもないのか?」
提督「……なくはねえよ。吐き気がする程度にだがな」
提督「とにかく。本営が今回の保提督のやったことを隠そうとしてるってことはわかった」
提督「バカの父親が政府とどこまで懇ろなのかは知らねえが、都合の悪い事実を揉み消したいくらいには重要な奴なんだろうな」ハァ
仁提督「……提督准尉。この話が事実だとして、なぜ貴様は俺にこの話をした?」
提督「あんた最初に言ってたろ。俺たちが口を出しても無駄だ、みたいなことをよ」
提督「どうせ無駄なら、あんたにも俺の無力感を味わってもらおうと思ってなあ」ニヤリ
仁提督「……それこそ無駄なことを」フン
提督「そーだな。こんな話、うちの連中に愚痴るわけにもいかねえ」
提督「話はこれで終わりだ。金剛の修理が終わったら、もうこの島に用はねえだろ」
提督「さて……問題は、雪風をこれからどうするかだな」
仁提督「……貴様は雪風も助けるつもりか?」
提督「おそらく、中佐や本営は雪風の処分をどうしようか考えているはずだ」
提督「連中が隠したい保提督の悪事を知る被害者だ、そのまま放ったらかしにしとくわけにはいかねえだろ」
仁提督「かもな。だが、どうやって助けるつもりだ」
提督「さあな?」
仁提督「ヘラヘラしているが、貴様に手はないだろう。ただでさえ今回の空母棲姫邀撃の話も聞いてなかったんだろう?」
仁提督「本営に頼むにしても、中佐が貴様に雪風を渡すとは思えん」
提督「……」
< テートクーーー!
提督「!」
仁提督「この声……金剛か?」
金剛「失礼しマース! Tea break にしまセンカー?」シュピッ
仁提督「……貴様のところの金剛か」
提督「あんな大声出さなくてもいいぞ?」
金剛「No ! わざわざ人払いをしてこんなトコロで meeting してるんデスから、knock は必要デショー?」
仁提督「あの声がノック代わりか。気が利くな」
金剛「それからテートク? 向こうの比叡が厨房を借りたいと言ってきてるんですケド……」
仁提督「やめさせろ」クワッ
金剛「What !?」
仁提督「絶対に比叡を厨房に近づけるな。死人が出ても知らんぞ」
提督「……」
金剛「アー……わかりまシタ。使わせないようにしマス」ヒキカエシ
提督「……そんなにひでえのか」
仁提督「ああ、ひどいぞ。トラウマものだ」
提督「そういや長門も騒いでたな……化学兵器とか言ってやがったか」
仁提督「比叡もそうだが、貴様のところの長門はえらく駆逐艦に好かれていたな。落ち着いてもいるし……」
提督「反面教師を見てきたんだよ。元居た鎮守府の提督が、筋金入りの変態だったからな」
仁提督「……誰も彼も、訳ありなのはみな同じか」フゥ
提督「……」
仁提督「……人払いはしてあるんだったな」
仁提督「俺の住んでいた街が深海棲艦に壊されたことはさっき言ったが……」
仁提督「正直に言えば、俺にとってそれはあまり重要じゃない」
提督「おい……!?」
仁提督「昔の話だ。俺は当時陸自だったんだが、その日は非番で、海の見える砂浜を愛犬を連れて散歩してたんだ」
仁提督「その途中……深海棲艦の駆逐艦が浅瀬で死にかけていたのを、その街に住んでいた子供らが見つけてな……」
仁提督「あろうことか、深海棲艦に石を投げてぶつけて遊んでいたんだ」
仁提督「深海棲艦がやばい存在だってことは知っていた俺は、すぐに子供を避難させ、急いで海自に連絡しようとした」
提督「……」
仁提督「ところが、子供は一向に言うことをきかん。俺も苛立って、担いで連れて行こうとした矢先に、いきなり砲撃を受けた」
提督「!」
仁提督「運良く外れたが、瀕死の駆逐艦を迎えに来たのか、連中の仲間が4隻、こっちを睨んでいたんだよ」
仁提督「それを見て慌てて逃げ出した子供の一人がすっ転んだのを、俺の犬が庇って……」
提督「……」
仁提督「直撃はしなかった。ただ、爆風であいつは吹っ飛ばされて……」ウツムキ
提督「……」
仁提督「ひどいもんだった。子供の親は、子供が深海棲艦に石を投げるのを見てたらしいが、何の注意もせず……」
仁提督「愛犬を殺された俺に、子供の怪我の責任を押し付けてきやがった」
仁提督「そんなことを言ってる場合じゃない、ここから早く逃げろと言っても聞く耳も持たず」
仁提督「深海棲艦は街中へ逃げた子供を追って、市街に向けて砲撃し始めたんだ」
仁提督「……そのころからだな、子供を好きだと言えなくなったのは。駆逐艦連中も幼い容姿の奴らが多いからな……」
提督「……」
仁提督「海自への要請で来たのは、伊勢型戦艦の日向を旗艦とした艦隊だった。あいつらはあっと言う間に深海棲艦を始末していった」
仁提督「痛快だったさ。軽巡や駆逐艦の砲撃とは次元の違う、破壊力のある砲弾が次々深海棲艦を沈めていったのは」
仁提督「……俺の状況説明を受けた日向は遅参したことを詫び、俺に海軍の存在を教えてくれた」
仁提督「そうして、俺は海軍に身を置くようになったんだ」
提督「なるほどな。ま、人間なんて守ろうなんて思わないほうが健康的だぞ?」
仁提督「そう一括りにするな……と、言いたいが、あの時は……失望感が半端なかったな」
仁提督「街を破壊されたことに俺がそこまでショックを受けなかったのも、違う意味でショックだった」
提督「……街を壊されたことを恨んでたんじゃないのか」
仁提督「そんなものは建前だ。愛犬の敵を取りたくて戦っているなんて、誰にも言えたもんじゃない」
仁提督「それを隠したくて、街を破壊されたことに怒りを覚えたと、自分も含めて周囲に言い聞かせてきただけだ」
提督「……」
仁提督「フッ……情けないだろう、笑いたければ笑え」
提督「あぁ? 馬鹿か? 笑える話じゃねえだろうが」
仁提督「……!?」
提督「犬だろうが猫だろうが、敵を取りたいってことは、そいつが大事な存在だったんだろ」
提督「笑える要素がどこにある」
仁提督「……」
提督「……」
仁提督「ふう……」ミアゲ
提督「……」
仁提督「この話を……誰かに」フルッ
仁提督「肯定してもらえるとは……思っても、いなかった」ウツムキ
提督「……」
仁提督「あいつらには、たかが、と言われたんだ……」
仁提督「……たかが、じゃないんだ」
仁提督「俺にとっては……あいつは……」フルフル
提督「……」
* 鎮守府 埠頭 *
大淀「仁提督、お帰りになられましたね……」
提督「……だな」
大淀「これから、どうしましょう……?」
提督「……どうしようもねえな。参ったぜ」ハァ…
大淀「赤城さんとも連絡は取れませんし、中将も今は不在と、不知火さんから連絡がありました」
提督「その不知火は本営で待機しろって話だろ……動きようがねえな」
提督「そうこうしてる間に、本営は勝手に話を進めていくだろうし……」
黒潮「……司令はん」スッ
提督「……黒潮か」チラッ
黒潮「もうええよ。死人に口なしって言うやん」
黒潮「保提督に歯向かった時点で、うちは解体されるって決まっとったんやから、こうして生き永らえてるだけで儲けもんや」ニコ
提督「……」
黒潮「雪風も、無事やって聞いたし。雪風を追っかけてた空母棲姫も倒せたんやろ?」
黒潮「これで雪風も安心や。ええんや。これで」
提督「……」
大淀「……黒潮さん……」
黒潮「辛気臭いでー! ほらー、解決したんやし、笑わんと!」
提督「……解決?」ジロリ
黒潮「……」
提督「お前のその面で解決か。それでいいんだな……?」
黒潮「……」ウツムキ
提督「大淀」ヒソッ
大淀「はい」
提督「黒潮が夜中に脱走しないか、誰かに見晴らせておけ」
大淀「!」
* * *
* *
*
* 翌日 執務室 *
提督「……」ムスッ
潮「あ、あの……提督、顔が怖いんですけど……」ガタガタ
提督「……回り番とはいえ、こういう日に限って秘書艦が潮ってのはどうなんだ?」ハァァ…
潮「わ、私に言われても……!」
提督「まあ、そーだよな。とにかく潮に当たり散らしたりはしないから安心しろ」
潮「もしかして……黒潮ちゃんのことですか?」
提督「まあな……あいつ今どうしてるか、知ってるか?」
潮「……生気がない感じ、でしょうか……」
提督「そうか。立ち直れと言われて立ち直れる状況じゃねえし……どうしたもんかねえ」
潮「……あの」
提督「うん?」
潮「黒潮ちゃんは、遠慮……してます、よね? 提督にも、私たちにも……」
提督「あー……そうっぽいな。死人に口なしとか言ってやがったし、どうも悪い意味で諦めが入ってる気がするぜ」
提督「もしかしたら昨晩のうちに保提督の鎮守府に乗り込むんじゃねえかって、心配になるくらいだった」
提督「せめて雪風たちの件が、ちゃんと落ち着く形で解決できりゃあいいんだが、こっちからは手を出せる状況にない……」
潮「みんなも気を遣いますし……元気になれるニュースがひとつでもあればいいんですけど」
扉<コンコン
朝雲「ほーんと、そうよー? 元気になってくれなきゃ困るわ」ガチャ
提督「朝雲か。なんでお前が困るんだ?」
朝雲「私、後発にあたる陽炎型には、負けたくないって思ってるんだけど。あんなに元気がないとちょっとねー」
朝雲「それに、山雲を助けてもらったのに、本人の元気がないのも良くないと思わない?」チラッ
提督「!」
山雲「お邪魔しまぁ~す」スッ
朝雲「司令、改めて紹介するわね。朝潮型駆逐艦6番艦の山雲よ」
山雲「山雲ですぅ~、よろしくお願いしまぁ~す!」
提督「お、おう……怪我はもういいのか」
山雲「おかげ様で~、体のほうは、大丈夫ですぅ~」
提督「……」
山雲「司令さ~ん? どうか、なさいましたか~?」
提督「いや。お前と話してると、俺が早口になった錯覚に陥りそうだ」
山雲「ふぅ~ん、そうかしら~?」クビカシゲ
提督「……なあ朝雲? こいつ、もとからこんな感じなのか?」
朝雲「え? ええ、そうだけど。でも、砲雷撃戦で足を引っ張ったりなんかしないから、大丈夫よ?」
提督「ならいいんだけどよ……」
山雲「山雲は~、ちゃあんと戦えますからぁ~、大丈夫ですぅ~」
提督「……」
潮(提督、微妙そうな顔してる……)
提督「まあいいや、とりあえずいつもの質問しとくか」
山雲「あ~、それなんですけれど~」
提督「うん?」
山雲「私~、そのときって~、生まれたばっかりだったと思うんですよ~」
提督「生まれた……どういうことだ?」
朝雲「私もそうなんだけど、山雲は俗にいうドロップ艦なの。海で見つけて拾ってくるタイプの艦娘」
提督「雲龍みたいなもんか」
朝雲「ええ。山雲は、どうもドロップ直後に被害にあったみたいなのよ」
山雲「そうなんです~。気付いたら、頭の後ろに大きなコブも出来てて~」
朝雲「背中にも痣が出来てて、なにかに叩きつけられたような感じの怪我だったの」
提督「それを黒潮が運よく見つけたと……」
朝雲「山雲が中破で済んだのも、空母棲姫が雪風を追いかけるのに必死だったって考えれば納得できるわ」
提督「なるほど、見過ごされたってか。時系列考えても、そう考えるのが無理ねえな」
山雲「ですから~、これから頑張るぞー、って、意気込む前に、こうなっちゃったんですよ、ねー」
潮「運が良かったのか悪かったのか、わかんないですね……」
山雲「うーん、山雲は~、運が良かったと思います~」
山雲「だって今、朝雲姉と~、一緒にいられるんですから~!」ニコニコー
提督「……つうことは、聞くまでもねえってことか」
朝雲「そういうことです!」フンス
朝雲&山雲「「ねー」」カオヲミアワセー
提督「……」
潮「……な、仲がいいんですね」
提督「……」
潮「て、提督?」
提督「……黒潮の一件、早めになんとかしてやらねえとな」ウーン
提督「黒潮が姉妹艦との繋がりを絶たれてああなってるんなら、朝雲たちみたいに姉妹で仲良くしてる姿を見せるのは、ちょっと酷だ」
提督「不知火も最近はこっちにいない時間が多いし、妹じゃねえからな……」ウーン
潮「……」ニコー
提督「……なんだ?」
潮「あ、いえ……やっぱり、提督は、お優しいんですね」
提督「そうかねえ……」アタマガリガリ
朝雲「ふふふ、司令ったら照れてる?」ニマー
提督「放っとけ」プイ
山雲「ふ~ん、思ったより、優しそうな人なんですねぇ~」
提督「優しくしてるつもりはねえよ。できる範囲で艦娘の希望を叶えようとしてるだけなんだがな」
山雲「それじゃあ山雲も~、お願いしてもよろしいでしょうか~?」
提督「ん? なんだ?」
山雲「山雲は~、土いじりがしたいんです~」
提督「土いじり?」
朝雲「山雲は畑仕事をやりたいの。丁度人手が欲しかったんでしょ?」
提督「そういう話なら渡りに船だな。ビニールハウスも増やす予定だったし、初雪と分担して管理してもらってもいいか」
山雲「ありがとうございます~」パァ
朝雲「良かったわね、山雲!」
山雲「それからぁ~、もうひとつ、司令さんに聞きたいことがありまして~」
提督「なんだ?」
山雲「司令さんは~……」ユラッ
提督「……!」
潮「!」
山雲「胸部装甲の大きい艦娘がお好きなんですかぁ~……?」ジトォ
朝雲「や、山雲!?」ゾクッ
山雲「雲龍さんも大きかったし~、今いる秘書艦さんも、ねー……?」グリッ
潮「ひっ!?」ビクッ
山雲「朝雲姉もなんだか微妙にあるみたいだし……朝雲姉に、何か、したんですかぁ~?」ハイライトオフ
朝雲「や、山雲、誤解よ! 私は司令にはなにもされてないってば!」
提督「……」
潮(て、提督があの顔になってる……まさか)ハッ
提督「潮。正直に言っていいよな?」
潮「……そ、それ、私が止めても、言いますよね?」
提督「お前がどう思うかってのもあったんだが……まあ、それもそうか。おい、山雲」
山雲「!」ギョロッ
提督「俺はお前らの胸のサイズなんぞに興味はねえぞ」
山雲「!?」
朝雲「なにそのどストレートなぶっちゃけ方!?」ガビーン
提督「ぶっちゃけついでに、胸の大小なんか俺の知ったこっちゃねえし、いちいち気ぃ遣うのも面倒臭え」フン
朝雲「もうちょっとオブラートに包んだ言い方ないの!?」ガビーン
山雲「」アッケ
潮「私、知ってます……提督は、そういう人なんですよね……」ガックリ
朝雲「いくら独身宣言してるとはいえ、もうちょっとデリカシーのある言動をお願いしたいんだけど」ガックリ
提督「そういうの面倒臭えから嫌なんだ」
朝雲「そーですね、司令はそういう人でしたもんねー……」
提督「それをさておいても、そいつは俺が何かして解決するような問題じゃねえだろが」
提督「努力してどうにかなる類の悩みでもねーし、他人に当たんのも論外だし、せいぜい泣いて発散するくらいしかねえだろ」
朝雲「う、うーん……」
提督「それでも俺になにかしろってんなら、ついでに俺の身長も伸ばしてくれよ。あと3センチでいいからよ」
朝雲「そんなこと無理に決まってるじゃない……」
提督「つまりはそういう話だってことだ。嫉妬するのはしょうがねえ」
提督「ただ、それを当たり散らしたって良い結果にはならねえし、それを承知で暴れる気なら、俺も容赦しねえぞって話になる」ジロリ
提督「それに、胸がありゃいいってもんでもねえぞ。潮はそれがきっかけで、前の鎮守府でひどいセクハラ受けてたからな」
潮「……」シュン
提督「山雲がその手の話題を嫌がるんなら俺はしねえよ。ただ、あんまり沸点が低すぎるのは見過ごせねえからな?」
山雲「……」
朝雲「山雲……?」
山雲「……なんていうか~」ハイライトオン
山雲「無理矢理納得させられた感じがするわね~?」ウーン
提督「泣き言言いたいんなら付き合ってやる。ただ、お前の望むリアクションは期待すんな、俺にはデリカシーがねえからな」
朝雲「それ、威張って言うことじゃないでしょ……もう」ハァ
提督「それより、さっきの山雲の様子なんだが……お前、本当に大丈夫か?」
山雲「? 山雲が~、どうかしましたかー?」クビカシゲ
提督「自覚ねえのかよ……正直に言わせてもらうぞ。お前、深海棲艦と関係あるか?」
山雲「……え……ええ~?」
潮「て、提督!?」
朝雲「ちょっと司令!? どういう意味よ!?」
提督「なんとなく、なんだけどな。さっきお前の放ってた殺気が、どうもル級の雰囲気に似てた気がするんだよ」
提督「艦娘と深海棲艦が決して遠い存在じゃないことはわかるが、そこまで雰囲気が似るものなのか?」
提督「お前らも感じなかったか? 山雲の目がマジだったときの、水中みたいな息苦しさを」
潮「……」
提督「山雲が、この鎮守府にいる間に深海棲艦になっちまったら目も当てられねえ」
提督「山雲に自覚がないなら猶更危険だ。何かされた記憶はないか? 些細なことでもなんでもいいから思い出せ」
山雲「そ、そう、言われても~……」
山雲「気が付いて~、海の上に立ってたと思ったら、ガーン、って、衝撃が来て……」ウーン
山雲「そのあとは、覚えてないわ~」
潮「全然、わからないですね……」
提督「……衝撃……空母棲姫は、山雲を攻撃目標に入れていなかった」
提督「当然、爆撃された痕もない。単純に全身を打ち付けたような怪我だった……」
提督「つうことは、山雲は空母棲姫に激突されたってことだよな……!? もしかしてそれか!?」ガタッ
朝雲「し、司令!? それってどういうこと!?」
* 工廠 *
明石「まーた新しい説をねじ込んできましたねー」
提督「深海棲艦と接触した艦娘なんて、そうそういないだろ?」
明石「まあ、大体は接触というか、近づく前に砲雷撃戦で沈んでますからねえ」
明石「危ない相手ほどアウトレンジで戦いますから、激突なんて滅多におこらないですよ」
山雲「つまり~、山雲は、轢き逃げに遭ったってこと~?」
提督「ああ、そういうわけだからお前はしばらく通院だ。山雲は工廠に通って経過を診てもらえ」
明石「深海棲艦との直接的な接触が艦娘に影響するかどうか、ですね。調べてみます!」
提督「……今度ル級にも聞いてみるか。でも最近、あいつ穏やかだよな?」
朝雲「ええ、昔よりも雰囲気が柔らかいっていうか」
潮「や、やっぱり、怒ってるかどうかだと思いますよ……?」
提督「多分、そうなんだろうな……」ウーン
山雲「ねーねー朝雲姉~、ル級さん、って、誰~?」
朝雲「え? 文字通り戦艦ル級さんよ? 深海棲艦の」
山雲「えええええ……?」
提督(こいつでも驚いた顔はするんだな……)
ドドドド…
白露「明石さぁぁぁぁん!」キキーッ
提督「? 白露か?」
明石「ど、どうしたのー?」
白露「大変! 大変なの! 島風が……!!」
* 砂浜 *
白露「こっち! こっちだよ!」
提督「……島風はなにやってんだ」
島風「」キュゥ…
白露「ごめんなさい、前方不注意で……あたしがちゃんと見ててあげなかったから!」
提督「それで、そっちは誰だ?」
三隈「最上さん! 最上さん、しっかりなさって!」
最上「」キュゥ…
白露「提督ごめんなさい! 島風が前を見ないで走ったせいで、この人と衝突しちゃったの!」
提督「衝突って、海でか?」
白露「うん、この島の周りをぐるっと、航行トレーニングしてたんだけど……」
三隈「お気になさらないで、最上さんも衝突事故をよく起こすんです。不用意にあちこちへ突き進むから……」シュン
提督「気にしないわけにもいかねえだろ。とりあえずどこの誰だ? ここで入渠するって連絡してやらねえとな」
三隈「あ、ありがとうございます。私、部提督鎮守府の三隈と申します。それから、ついでと言ってはなんですけれど……」
提督「なんだ?」
三隈「私たちは、××島の提督准尉という方を探しているんですけれど……もしかして、あなたでしょうか?」
提督「ああ、俺だが……」
三隈「良かった、無事に辿り着けましたのね……!」
提督「?」カオヲ
白露「?」ミアワセ
というわけで、今回はここまで。
島風:スピードを追い求める姿勢を疎まれて、訓練中に除名される
白露:島風と一緒に特訓するため艤装を改造、同じく訓練中に除名される
黒潮:姉妹艦を人身御供にした司令官にぶち切れて、犯人もろとも海に投げ捨て離反
山雲:ドロップ直後に、黒潮を探す雪風が起こした深海勢に激突される
次は最上と三隈の回です。
こんな時間ですが続きです。
* 執務室 *
三隈「提督准尉、こちらをご覧ください。私たちの提督である部提督……正確には部提督代理からです」スッ
提督「代理?」ウケトリ
三隈「は、はい……部提督はある事情で、鎮守府を離れておりまして……」
提督「ふーん……」ガサガサ
三隈「その書類の内容については、三隈たちも知らされておりません」
三隈「ですが、その書類を提督准尉に届けて、必ずご覧になっていただいて、それを見届けるよう指示されました」
提督「なんだそりゃ。俺がこれを見たのをちゃんと確認しろってか」
三隈「はい」
提督「信用されてねえってか? まあ、いいけどよ……」ペラリ
三隈「……」
提督「……」ペラリ
提督「それで三隈。なんでお前がわざわざこれを届けに来た?」
提督「定期便でいいじゃねえか。お前が来て、見たかどうか確認しろとか、普通じゃねえよな?」チラッ
三隈「そ、それは……」ウツムキ
提督「……潮」
潮「は、はい」
提督「こっちの書類を見てくれ。こいつ、なかなか愉快なことやらかしてんぞ」ニヤッ
潮「え……?」ショルイウケトリ
三隈「……!」
潮「……え、えええ!? こ、こんな……本当ですか!?」
提督「おそらく本当だ。で、こっちの書類にはこう書かれてんだよ」
提督「部提督鎮守府所属、重巡洋艦最上、並びに三隈。両名に、部提督鎮守府から××国××島鎮守府への異動を命ずる、ってな」ニヤリ
三隈「……」グッ
提督「まあ、当然っちゃあ当然だよな。手前の上司を撃つような奴が、そこに居続けられるわけがねえ」
提督「見ろよ! 余程悔しいんだか、煮るなり焼くなり好きにして構わないなんて書いてきてんぞ!」
提督「下手打った手前の自業自得じゃねえか……負け惜しみもいいとこだ! くっくっくっ……!」
潮(うわぁ……提督が悪人の笑顔になってる……)アワワ…
三隈「……提督准尉!」キッ
潮「!」ビクッ
三隈「あなたは、最上さんを……私たちを、どうするおつもりですか!?」ジャキッ
提督「うん? どうするって……何かあんのか??」キョトン
三隈「えっ」
潮「……」アタマカカエ
提督「潮? なんで三隈はこんなに殺気立ってんだ?」クビカシゲ
潮「提督が悪い顔して笑ってるせいです!」プンスカ!
提督「……俺、そんな誤解を招かれるようなことしてたか?」
潮「してました!!」プンプンプーン!
提督「……潮にこんなに怒られたの、初めてかもしれねえ」ボソ
三隈「……」
提督「とりあえず、三隈には一言言わせてもらうか」フー
提督「三隈、よくやった」ニヤァ
三隈「!?」
潮「……て、提督!?」
提督「何を驚いてんだよ、これは賞賛するべきじゃねえの? 潮もそう思うだろ?」
潮「それは思いますけど!」
三隈「……」アッケ
提督「セクハラなんざかます方が悪いんだよ、ざまあねえや」クックック
三隈「……あのう……」
潮「は、はいっ!?」
三隈「ここの提督は、変わってらっしゃいますのね?」
潮「……そ、そうですね……変わってるんです」ハァ
* 工廠 *
山雲「最上さんの検査結果~、特に問題ないそうですよ~?」
三隈「ああ、よかった……」ホッ
山城「それにしても無茶するわね、自分の提督の……アレを撃つなんて」ポ
扶桑「でも、そのおかげでその鎮守府から追放……というより、解放? されたのよね?」
三隈「ええ……私のせいで、最上さんは……」シュン
明石「気を落とすことなんかありませんよ!」
扶桑「離れられたのはいいことだと思うわ。それにこの鎮守府なら安心よ。ね? 山城?」
山城「そうですね……ここの提督、色気には興味なしですからね」
白露「ここの提督なら、三隈さんに撃たれることもないだろうねー!」
朝雲「物資が少なかったり、いろいろ不便ではあるけど、住めば都って言いますから!」
三隈「……もしかして、みなさんも訳ありだったりするんですか?」
山城「そうね……一人残らず訳ありよ。そうなんでしょ? 提督」
提督「まーな」
扶桑「……提督? どうかなさいました?」
提督「あー……いや、正直、三隈が羨ましくてな……」
三隈「羨ましい?」
明石「あ、もしかして……言っちゃ」
提督「俺も中佐のキ○タマぶっ潰してやりてえぞ、くそが……」ハァァァ
三隈「はい!?」カァァ
山城「ちょっと!?」カァァ
明石「ダメですよ、って、遅かったか……」アタマカカエ
朝雲「もう……その辺のデリカシーはほんっとないんだから」セキメン
山雲「いけませんわー、それはセンシティブですぅ~」ポ
提督「いいだろ別に。三隈だって実際に部提督に主砲で実行したんだからよー」
扶桑「流石に、そのように言葉に出すのは控えたほうがよろしいかと。女性ばかりの席ですし」
提督「しゃーねーな……」
明石「それにしてもですよ、最上さんと三隈さんの処分も、よく異動だけで済みましたね?」
三隈「最上さんは、とても長い間セクハラされてたんです」
三隈「目撃者もたくさんいますし、提督に問題があると何度も憲兵さんに訴えていました」
提督「その実績があったんで、解体処分まではいかなかった、ってこったろうな」
提督「だからって、三隈に直接書類持たせて直行しろとか、普通やるかよ?」ムスッ
白露「提督、不機嫌そうだね……」
提督「当然だ。黒潮や仁提督も言ってた噂を信じて、問題がある艦娘をこの島に送り付ける奴が現実に出てきてる」
朝雲「迷惑な噂が現実になりつつあるのね……!」
提督「この調子だとこの狭い島に、三隈たちみたいに次々と艦娘が送られてくるかもしんねーんだぞ。くそが」
明石「結構な人数になりましたからねー。部屋数も増やさないといけなくないですか?」
提督「ドックだって拡張しねえとな。くそ、あんまり本営にこの手の頼み事はしたくねーんだけどな……」
大淀「提督、こちらにおられましたか」スッ
提督「!」
大淀「……あ、あの、提督?」
提督「なんかすっげー嫌な予感がすんだよな。お前の抱えてるFAXの束……」ウヘェ
大淀「……」
提督「また、艦娘が送られてくるのか?」ウンザリ
大淀「はい……」シュン
提督「……」
白露「泣ーかした、泣ーかしたー」
提督「!?」
大淀「!?」
明石「せーんせーに言ってやろー」
提督「……頭、掴まれたいかお前ら」ワキワキワキ
白露「きゃーーー!」ダッシュ
明石「ちょっ、速っ!?」
山雲「逃げるくらいなら~、言わなきゃいいのにね~?」
提督「なにやってんだか……はぁ、しょうがねえ。大淀、そいつ、見せてくれ」
大淀「はい……」
三隈「……あのう、事情が良く飲み込めないのですが……」
朝雲「あー、それはですね……」
* 執務室 *
提督「到着は明日か……」フー
大淀「……」
提督「4人とも命令違反ねえ……なんでそういう連中をこっちに送り付けてくるのかね」
大淀「……」
提督「……大淀?」
大淀「は、はい!?」
提督「大丈夫か? 元気ねえっつうか……いや、まあこんなもん来たんじゃ元気も失せるか」
大淀「え……いえ、私は大丈夫です」
提督「……そうか?」
大淀「大丈夫です!」
提督「……」
大淀「……」
提督「本当にそうか?」ズイ
大淀「ふえっ!?」ビクッ
提督「お前は気付いてるかわからねえが、今まで見たことないくらいの落ち込んでるからな……さすがに心配だぞ」
大淀「い、いえ、その……わ、私はいいです……」
提督「……本当にか?」
大淀「はい……この知らせが原因では、ありませんから……」
提督「……」
大淀「ちょっと……昔を思い出しただけですので」
提督「昔……?」
大淀「……前の鎮守府で……艦娘の解体の話題になると、よく言われてたんです。そんなつらそうな顔をするな、って」
大淀「この資料を持って行ったときに、提督が……その、前の提督と似たような、うんざりした顔をしてましたので」
大淀「つい、その時のことを、思い出してしまったんです……」
提督「……」
大淀「それだけです……私が、ふと、思い出しただけで、提督が悪いなんてことはありません」
大淀「……ですから、提督は、お気になさらないでください」
提督「ふーん……なあ、大淀?」
大淀「……はい?」
提督「俺は、お前がいてくれて助かってるぞ」
大淀「……」
提督「お前の働きはみんなのためになってるし、俺もお前を頼りにしてる」
提督「だから、その……なんだ」
大淀「……」
提督「……他人を褒めるってのは難しいな。俺、変なこと言ってないよな?」
大淀「……い、いえ……」ウルッ
提督「お、おい」
大淀「あり……ありがとう、ございます」ポロポロ
大淀「私……前のところでは、疎まれていると、感じていたので……」
大淀「そんなふうに、お褒めの言葉を、いただけたのが……」グスッ
提督「……」アタマガリガリ
大淀「うれ……うれし……う、うえ……」ボロボロボロ
提督「大淀!? だ、大丈夫か?」セナカサスリ
大淀「だい、だいっ……ふえ、ふええええ……!」グスグス
* *
大淀「……」ダキツキ
提督「……落ち着いたか?」ダキツカレ
大淀「……」
提督「大淀?」
大淀「……」ギュ
提督「……まあ、たまにゃあいいか」
大淀「……」
大淀(……どうしよう)ミミマデマッカ
大淀(感極まって提督に抱き着いて泣いたのは終わったことだから仕方ないとして)
大淀(恥ずかしくて顔が見せられない……)ギュウ
提督「……俺は、大淀に頼りすぎてたか?」
大淀「えっ」ミアゲ
提督「いや、俺が休まないから、大淀も休ませられなかったのが悪かったのかと思ってな」
提督「そもそも俺がこんなんだしな。気が休まらないのは良くねえ」
大淀「え、あの」
提督「とりあえず、今日の業務はこれまでにしとくか。その顔、見られたくないだろ」
大淀「……!」カァァ
提督「どうする? 部屋まで送ってくか?」
大淀「し……しばらく、執務室に引き籠らせてください」カオマッカ
提督「お、おう」
* 夕方 執務室 *
RRRR... RRRR...
提督「……」
通信『はい、中佐鎮守府です』
提督「××島鎮守府からの定時連絡だ。こちらは提督准尉……赤城はまだいないのか?」
通信『ええ。私は航空母艦、加賀です。あなたが不知火を中将のところへ着任させたひとね?』
通信『彼女に居場所と役目を与えてくれたこと、感謝しているわ』
提督「大したことはしてねえよ。俺は……」
通信『……どうしたの』
提督「いや、なんでもない」
通信『?』
提督「とりあえずだ、今日あったことの連絡を……」
通信『……中佐なら、まだ戻ってきていません。それから私も、あの男のことは良く思っていないから、警戒しないで』
提督「!」
通信『急に口調が変わったから、私を警戒しているのだと思ったのだけれど。違ったかしら』
提督「……」
通信『あの男のせいで、赤城さんはいつも険しい顔をしているの』
通信『赤城さんは赤城さんで、私たちに厄介事が飛び火しないよう、私たちを遠ざけているし……』
提督「まあ……確かにな。ちょっと行き過ぎてるときもあるな」
通信『……あなたも、そう思うのね』
通信『それで、今日も無茶というか……ちょっとした揉め事があって』
提督「揉め事?」
通信『ええ。もし、私たち艦娘に、戦うなという人たちが現れたら、あなたはどうしますか』
提督「そりゃあれか、メディアの馬鹿どもか」
通信『……テレビ局の人たちであることは違いないわね』
通信『彼らからは、深海棲艦と話し合いができないか、女性が戦うことに異論はないのか……そういう質問が飛んできたの』
通信『その会見の席には、J少将という方が中佐と同席していたのだけれど、彼が、なぜ艦娘が戦っているのかを説明していたわ』
通信『例えば、深海棲艦には現代兵器が決定的な打撃にならず、海自や海保では太刀打ちできないこととか』
通信『自分たちの力が及ばず、艦娘に頼らないと国を守ることすら叶わないのが、悔しくて仕方がないとも語っていたわ』
提督「……」
通信『それでも文句を言う人がいて。私たちは後ろに控えて話を聞くだけだったのだけれど、赤城さんが……』
提督「……どうしたんだ?」
通信『その文句を言う人の前まで歩いて、自分の弓を差し出して、こう言ったの』
『私たちの存在意義は、この国の人命と財産を守ること。深海棲艦との戦争を終わらせることです』
『私たちに戦うなというのなら、この弓を取り上げて、この場で折ってください』
『私たちの代わりに、この国の人命と財産を、あなたがたが守ってみせてください』
『あなたは、あの空母棲姫とも、話し合えば戦争を終わらせられるとお考えなのでしょう?』
提督「……」
通信『空母棲姫との戦闘を見た後だったからでしょうね。さすがにその人も狼狽えていたわ』
通信『そのあと、赤城さんはJ少将に下がるよう言われて、私たちも会場を後にしたのだけれど……』
通信『赤城さんは全く表情を変えなかったの。会見の最中も、その前も……その後も』
通信『もしかしたら、テレビ局の人が狼狽えていたのは、質問の内容じゃなくて、赤城さん自身だったのかも……』
提督「お前も怖いと思ったのか?」
通信『赤城さんの覚悟は重いわ。私たちを寄せ付けないくらいに』
提督「ふん。だが、確かに艦娘たちにとっちゃあ、そいつの発言は面白くねえよな。外野の分際でうるせえって話だ」
提督「どの辺が赤城の逆鱗かは知らねえが、それに近いことを言えば、そうなってもしょうがねえ」
通信『……』
提督「てぇことはなんだ、赤城は居残りでお説教か?」
通信『いいえ、単純に秘書艦だから中佐の付き添いよ』
通信『J少将からは言い過ぎだとお叱りを受けたけれど、無知で無粋なマスコミに冷や水を浴びせたことには、溜飲が下りたとも言われたわ』
提督「……ふん、ちったあまともな奴も少しはいるもんだな。中佐とつるんでる時点で、どれほどのもんかはわからねえが」
通信『そうね……』
提督「そうすると、赤城が戻るのは夜か。明日には話ができるか?」
通信『ええ。ただ……』
提督「ただ?」
通信『あまり赤城さんに無理難題を押し付けないでくれるかしら』
通信『これ以上、迷惑も苦労もかけたくありませんから』
提督「無理、ねぇ……そうか。それじゃ、今後は軽い雑談程度の報告にさせてもらうか」
通信『……』
提督「まだ何かあんのか?」
通信『いいえ。赤城さんとは、雑談も満足にできていないことを思い出したから』
通信『あなたが少し、妬ましく思っただけよ』
提督「……」
通信『……』
提督(どうしろっつうんだよ、面倒臭え……)
通信『悪かったわね、面倒臭い女で。自覚してるのよ、これでも』ハァ
提督「……」
今回はここまで。
続きです。
* 翌日 執務室 *
吹雪「そういえば、司令官はいつお休みしてるんですか?」
提督「休み?」
吹雪「そうです。私、提督が一日お休みしてるとこ、見たことありませんよ?」
提督「つってもなあ……休んだって、別段何もすることがねえんだよな。気分転換なんて日頃からやってるようなもんだし……」
吹雪「その言い方だと、司令官が普段からさぼってるって言ってるみたいになりますよ」
提督「まあ、その通りだろ。普段から最低限のことしかしてねえし、深海棲艦を積極的に倒そうとも思ってねえし」
吹雪「でも、書類とか点検とか、司令官はきっちりしてますよね。普段から面倒臭い面倒臭いって口癖のように言ってるくせに」
提督「後から間違ってたから直せって言われるほうが面倒だ。大淀にも余計な手間かけさせるじゃねえか」
吹雪「司令官って、ほんっとーに、ああ言えばこう言いますよね……」
大淀「……ぷっ、くすくす」
吹雪「! お、大淀さん? な、なんで笑うんですか!」
大淀「いえ、いつの間にか、提督のお話になっていたものだから、つい……」
提督「もともと大淀の休みをどうするかって話だったんじゃねえか。なんで俺の話に逸れるんだよ」
吹雪「そ、そんなつもりはないですよ!?」
提督「そうか? まあいいや……それで、大淀は本当に大丈夫なのか? 今の勤務体制のままで」
大淀「はい、もともとこの島の仕事量もそれほど多いわけではありませんので、自由になる時間もいただいてます」ニコ
大淀「提督の仰る通り、仮に一日丸ごとお休みをいただいても、それはそれで暇を持て余してしまいますから」
提督「……そもそも娯楽が限られてるからなあ。近くに気晴らしできる施設でもありゃあいいんだがな」
吹雪「司令官はどんな施設があったらいいって思ってるんですか?」
提督「うん? 俺は別に……って、だからなんで俺の話になってんだよ」
大淀「っく、ぷくく……」プルプル
吹雪「お、大淀さん、笑いすぎですよぉ!」
大淀「す、すみません……ふふふ……」
提督「やれやれ……で、今日の予定はどうなんだっけか? 命令違反の連中が来るのって何時ごろだ?」
吹雪「え? ええっと……マルキュウサンマルですね!」
提督「じゃあ、そのころまでに準備してお出迎えってか」
大淀「はい、金剛型の皆さんに大和さんも協力して、お茶と菓子を用意すると言っていました」
提督「そうか。ちったあ暗い雰囲気をなんとかできるといいな」
吹雪「……」
提督「どうした?」
吹雪「艦娘が背きたくなるような命令を出す人が、多すぎますよね……」
大淀「吹雪さんも、捨て艦にされたと聞いていますが……」
吹雪「私を捨て艦にした前の提督は、それこそ苦渋の決断だったと記憶しています」
吹雪「重要な戦闘を前に私が大破したんですけど、危険を承知で進軍すると……私に、どうにか逃げて耐えてほしい、と」
吹雪「結局、私はその期待に応えられなくて……」
提督「一見美談に聞こえるが、力不足の艦娘を無理矢理強行させたわけだからな。そいつの肩は持ちたかねえ」
吹雪「……」シュン
提督「が、これから来る奴らに比べりゃあ、マシというか、まともな神経してると思うぜ」
大淀「……そうですね。あまりに更迭された理由が我儘すぎて……」
* 埠頭 *
輸送船<ザァァァ…
提督「来たみてーだな」
吹雪「……あれ? あれってもしかして……」
ザッ
吹雪改二「……初めまして、提督准尉。私は止提督鎮守府所属、吹雪です」ケイレイ
吹雪「……!」
提督「ご苦労さん、俺が提督だ。お前は吹雪の……改装艦か」
吹雪改二「はい。特型駆逐艦、吹雪の第二改装です」
吹雪「うわぁ……格好いい! 私もあんな風になれるんですね!」
提督「はしゃぐな。それより、命令違反した艦娘を連れてきたって聞いてるが」
吹雪改二「はい。今、連れてまいります」クルッ
吹雪「司令官! 私も頑張って第二改装になりますね!」
提督「その話はあとでな。へらへらしていい時間じゃねえぞ」
吹雪「す、すみません!」ビシッ
吹雪改二「お待たせいたしました。こちらをお受け取りください、移籍手続きの書類と、手錠の鍵です」ジャラ
提督「……手錠ねえ」ス
「ってえな! 押すんじゃねえよ!」
吹雪「!」ビク
摩耶「こんなもんで拘束しておいて急かしやがって! 危ねえだろうがよ!」
霧島「摩耶。慎みなさい」
摩耶「ち……わかってますよ、霧島さん」
川内「うーん、すごいところに流されたねえ、私たち」キョロキョロ
若葉「……」
吹雪改二「こちらの四名……戦艦霧島、重巡洋艦摩耶、軽巡洋艦川内、駆逐艦若葉が、貴艦隊所属になります」
提督「ふーん……」
摩耶「……ああ? 何見てんだよ、くそが!」ギロリ
提督「ああ? うっせーぞ、くそが」ジロリ
摩耶「んなっ!? て、てめえやんのか、おいっ!?」
霧島「やめなさい摩耶!」
摩耶「……っ!」
提督「……」
霧島「あなたが提督准尉ですね。ご無礼をお許しください」ペコリ
提督「気にすんな。あんな理由で連れてこられたんじゃ喧嘩も売りたくなるし、隙を窺いたくもなる」ニヤ
霧島「!?」ハッ
提督「お前の目にも、ちょっと殺気が宿ってたからな。お前も気に入らねえんだろ? いろいろとな」クックックッ
霧島「……」
吹雪改二「……提督准尉、大丈夫なんですか?」
提督「何がだ?」
吹雪改二「この場を……この人たちを任せていいか、という意味です」
吹雪改二「そこにいる『私』では、頼りないと思いますが?」
吹雪「っ!」
提督「心配いらねえよ。うちの吹雪だって、そこまで心配になるタマじゃねえし……」チラッ
<提督ー!
提督「ほれ、応援も呼んでる」ユビサシ
龍驤「お待たせやー!」
神通「遅くなって申し訳ありません」
雲龍「待たせてしまったみたいね。ごめんなさい」
三隈「……どうして私もなんでしょう……?」
陸奥「ずっと工廠に籠りっぱなしは不健康だからでしょ」
提督「龍驤、こいつ預かっといてくれ」ジャラッ
龍驤「うん? もしかして……手錠かけられてるん?」
提督「そういうこった」
龍驤「ほほーん……ま、ええわ。うちらに任しといてや!」ムネポーン
提督「ああ、頼むぜ」
陸奥「あなたたちがこの島に配属になった人たちね。案内するわ」ニコ
霧島「……はい」
摩耶「……霧島さん、このくらいの相手なら……」ヒソッ
龍驤「おお、なんか怖いこと考えてるん?」
摩耶「っ!」
雲龍「あなた、高雄型の摩耶ね。対空装備が充実してるって噂の」
龍驤「お出迎えが空母に航空巡洋艦やからなあ。一矢報いるつもりかもしれんねえ」
龍驤「まあ、あんまり気張らんでええよ? うちらも似たようなもんやったからね!」ニパー
三隈「……まあ! 皆さん、そういうことですの?」
若葉「! もしや……その口振りだと、三隈さんもなのか」
陸奥「そうね……というか、やったことなら三隈が一番すごいんじゃないかしら」
霧島「え……?」
摩耶「……つまり、あたしたちと同じような連中のたまり場ってことか?」
龍驤「雲龍はちょっとちゃうけど、そんなとこやねぇ」
摩耶「……」
龍驤「そういえば神通はどんな理由やったんやっけ?」
神通「私も、厄介払いされたんです」ニコ
龍驤「なんや、訳ありそうな笑顔やなあ」
神通「ええ、正直に言えば、あまり語りたくはありませんね」フフッ
川内「……」
*
提督「サインはこれでいいんだな?」
吹雪改二「……はい。確かに」
提督「さて、俺たちも行くか。んじゃ……」
吹雪改二「提督准尉、少しお時間をいただけますか? いくつか、あなたに質問があります」
提督「ん?」
吹雪改二「……そちらの、秘書艦の吹雪にも」ジロリ
吹雪「……!」ビク
提督「おいおい、尋常じゃねえ目しやがって。何のつもりだ?」
吹雪改二「……提督准尉は」
吹雪改二「S提督を、御存知ですか」
提督「!」
吹雪「!!」
吹雪改二「今の反応……やっぱり、そうなんですね」
吹雪「し、司令官!? S提督って……いったい何があったんですか……?」
提督「本営から回ってきた軍の新聞で見たが、S提督は退役したんだよな?」
吹雪「え……?」
提督「ったく、どうしてこう人が身構えてもいねえときに……不意を衝いてそういう話ぶっこんで来んなよな、くそが」ハァ
吹雪「あの、司令官……? S提督が退役したって……」
提督「で? その話を俺とうちの吹雪にするってことは、お前はS提督の関係者か?」
吹雪改二「……おまえの……」
吹雪「っ!」ゾク
吹雪改二「おまえのせいで、司令官は……!!」ギロッ
吹雪「わ、わたしの、せい……!?」
提督「どういうことだよ。おい、説明しろ」
吹雪改二「……わかりました」ス…
吹雪改二「S提督は、お優しい方でした」
吹雪改二「そのS提督が、作戦成功のため、たった1度だけ、無理な進軍をして、沈めてしまった艦娘がいます」
提督「……吹雪のことだな?」チラッ
吹雪改二「そうです。その作戦を執って成功を収めたS提督はやがて自己嫌悪に陥り、廃人寸前にまで陥ったと聞いています」
吹雪改二「事態を重く見たそのS提督の艦娘は、何度か建造を試みて、私を建造したんです……!」
吹雪改二「私は、S提督にとても可愛がっていただきました。私も、それに応えようと、努力して艦隊の主力にまでなったんです。なのに……!!」
吹雪改二「S提督は……お辞めになったんです……! 私を……『吹雪』を沈めた罪は消えないと言って……!!」
吹雪改二「私が頑張ってる姿を見るのがつらいって! 私を見ると、沈めてしまった吹雪に申し訳が立たないって!!」
吹雪改二「司令官は……S提督は、『私』を見てなんかなかった。私の努力も、私の顔も、見てなかった……」
吹雪改二「私を通して……沈んで、過去になったはずの……お前しか見てなかったんだ……!!」ギロリ
吹雪「……っ!!」
吹雪改二「どうして!? どうして、沈んだお前にしか、S提督は目を向けてくれなかったの!?」
吹雪改二「近くにいるのは私なのに! 私が吹雪なのに!! 頑張ったのは私なのに!」
吹雪改二「司令官を……S提督を好きなのは、この私なのに!! S提督が見ているのは、この私なのにっ!!」
吹雪改二「どうして……どうして私は、身代わりでしかないの……!?」ブワッ
吹雪「……」
提督「……」
吹雪改二「……今の司令官……止提督からは、ここは、いらない艦娘が集められる島だと聞いていました」
吹雪改二「けれど、よくよく調べてみれば、轟沈した艦娘が流れ着く島だって……」
吹雪改二「もしかしたら……S提督が沈めてしまった、『私』がいるかもしれないって……」
提督「それで、わざわざ出向いて探しに来た、ってか?」
吹雪改二「……まさか、こんなにあっさり、見つかるなんて、思っていませんでしたよ」ニヘラ
吹雪改二「それも、何も知らないで、幸せそうににこにこしてて……」プルプル
吹雪「そ、それは……」
提督「知らないも何も、吹雪にはS提督のことなんざ何も知らせてねえんだ。知らなくて当然だろうが」
吹雪「司令官……!?」
吹雪改二「……許せない」ジロッ
提督「……!」
吹雪改二「S提督は、ずっと苦しんでいたのに……」
吹雪改二「S提督は、ずっとお前のことを気にしていたのに……」
吹雪改二「S提督の気も知らないで、のうのうと笑っていられる『私』がいるなんて」ジャキッ
吹雪「!」ジリッ
提督「吹雪、下がってろ」
吹雪改二「S提督を苦しめる、悪い吹雪は……ここで、消えてしまえばいいんだ……っ!!」
提督「言いたいことは言い終わったか?」ガシッ
吹雪改二「っ!? ……な、なにこの馬鹿力! は、放して……!」グイ
吹雪「司令官!? そんな風に真正面から連装砲を掴んじゃ危ないですよ!!」
提督「ああ? 何言ってんだ、こうしねえとお前が撃たれるだろ」
吹雪改二「……い、いいから放して! そこをどいて! 私の邪魔をしないでっ!!」グイッ
提督「勝手なことばかりぴーぴー言いやがって……こっちも言いたいこと言わせてもらうぜ」メキッ
吹雪改二「!?」ビクッ
提督「S提督がうちの吹雪のことを考えてた? だから何だ! 考えてるだけでうちの吹雪が幸せになるわけねえだろうが!」
提督「お前が身代わりだ? それの何が悪い! S提督に可愛がってもらってたのは、うちの吹雪じゃなくて、間違いなくお前だろ!」
吹雪「……司令官……」
提督「お前こそうちの吹雪がどれだけ悲しんでどれだけ泣いたか!」
提督「知りもしねえのに自分のことばっかぎゃあぎゃあ喚きやがって! ああうざってぇ!!」
吹雪改二「う、うざ……っ!」
提督「捨てられたのはこっちの吹雪も同じなんだよ! それも、お前のように育ててもらうこともないうちにな!」
提督「第一、身代わりが不服なら、そう訴えろよ! お前が建造された時にも文句を言えただろうが!」
提督「S提督もS提督だ! 吹雪を沈めたのも手前の決断した結果じゃねえか! 沈めるのが嫌なら撤退する決断もあっただろうがよ!」
提督「そんな女々しい奴が戦争やっていけんのか! どのみちどこかで挫折して逃げ出すのも、ある意味目に見えてたんじゃねえのかよ!」
吹雪改二「……っ!! し、司令官を悪く言うなっ!!」
提督「なんで庇うんだよ! S提督ってやつは、ここまで慕ってる艦娘を見捨てて、自分の都合で逃げ出したんじゃねえか!」
提督「沈んだ吹雪の面影を別のやつに重ねて、まともにそいつを見ようとしねえ! そのくせ成長したら見るのがつらいだ!? ふざけんな!」
提督「こっちの吹雪も! お前も! 結局はS提督の気分のいいように利用されただけじゃねえか!!」
吹雪改二「そんなことない……そんなことないっ!!」ブワッ
提督「意識していようがいまいが、結果的には同じだろうが!」
提督「一度目は、最初の吹雪を捨て艦で沈めて! 二度目はお前を見捨てて!」
提督「三度目は、お前にうちの吹雪を殺させようとした!!」
吹雪改二「そ、ん……!」
提督「S提督は、吹雪を3回も殺してるのと同じようなもんじゃねえか!」
吹雪改二「そんなこと……そんなことない……!」フラ…ヘタッ
提督「お前は、そんな奴をまだ信じてんのかよ!!」
吹雪改二「S提督は……そんなことぉ……」グス…
吹雪「し、司令官、さすがに言いすぎですよぉ……」
提督「あ? お前までS提督のことを庇うのか?」
吹雪「い、いえ、そうじゃなくて、そっちの私にです……なにもこんなに泣かさなくてもいいじゃないですか」
吹雪改二「う、うううぅ……えぐ、えぐ」ボロボロ
提督「……ったく、しょうがねえな……」
吹雪「ええっと、私、ティッシュ持ってきます!」タッ
提督「……」
吹雪改二「ぐすっ、ぐすっ」
提督「……おい、お前」シャガミ
吹雪改二「……?」
提督「今は止提督の下で働いてるんだったな?」
吹雪改二「……」コク
提督「やっていけてるのか?」
吹雪改二「……?」キョトン
提督「あー……あの止提督の下でこれからも働いていけるか、って訊いてんだ」
吹雪改二「……あう……」ウルッ
提督「なんだよ、いきなり気弱になるなよ……やりづれえ」
吹雪改二「……」シュン
提督「……吹雪、お前は止提督とS提督とどっちがいいんだよ」
吹雪改二「……そ、それは……」
提督「この場には俺とお前だけだからな。本音をぶちまけてみろ」
吹雪改二「わ、私は……S提督のほうが、いい、です」
提督「そのS提督には、お前の言いたいことはちゃんと言ったか?」
吹雪改二「……」フルフル
提督「だったらちゃんと言ったほうがいいぞ。S提督がお前を見てないなら、ちゃんと見ろって言ってこい」
吹雪改二「で、でも……」
提督「やめたとしても関係ねえよ。お前はS提督にちゃんと向き合ったのか? 今までのお礼なり思いなり、ちゃんと伝えたか?」
吹雪改二「……」
提督「S提督に未練があるんだろう? 取り合ってもらえなかったと思ってるから、うちの吹雪に矛先を向けたんだろう?」
提督「うちの吹雪に当たることはできるのに、S提督に当たりには行けないのか?」
吹雪改二「……」ウツムキ
吹雪「あのう……知ってたら、ですけど、S提督は、今どこに行ったんでしょう?」ヒョコッ
提督「!」
吹雪改二「……」
吹雪「私は、轟沈しちゃったから、この鎮守府から離れられないけど……一言だけ、言っておきたいかな……」
提督「一言? 何だ?」
吹雪「もし伝えられるなら……私は元気だから、未練があるなら、早く忘れて欲しい、って伝えてほしいです」
提督「お前……いいのか?」
吹雪「私が頑張ってるってことを認めてほしかったんだけど、それがS提督にとって嫌な思い出なら、その方がいいなって」
吹雪「それに、S提督には、こっちの吹雪がいますし!」ニコ
吹雪改二「……!」
吹雪「私より後に着任したのに、短い期間で第二改装までできたんだから、その頑張りはきっとS提督にも届いていたはずです!」
提督「なるほど……『認められた』からこその第二改装、か」
吹雪改二「……あ……う……!」ポロポロポロ
吹雪「ああ、泣かないで!」ティッシュサシダシ
提督「箱がらみ持ってきたのかよ……」
吹雪「提督が泣かせすぎるからですよ!」プンスカ!
吹雪改二「ううっ、ぐず……ぢーん!」ズビー
*
提督「少し休んでから戻っても良かったのにな。泣き腫らした顔で戻ったら向こうも驚くだろ」
吹雪「……きっと、早くS提督を探しに行きたいんですよ、あっちの吹雪ちゃんは」
提督「そうか。それにしてもまあ、こっちの吹雪も成長したもんだ、自分に殺意を向けた相手にあれだけ優しくできるとはな」
吹雪「……」
提督「どうした?」
吹雪「ごめんなさい司令官……私、そんないい子じゃありません」
提督「?」
吹雪「S提督が、私のことを忘れられなかったって聞いたとき……私、喜んじゃったんです」
吹雪「あっちの吹雪に、勝ったって……心の中で思っちゃったんです」ウルッ
吹雪「最低ですよね……私より努力した相手が、私のことを嫉妬してたことに、優越感を持ったっていうか……いい気になっちゃって」
吹雪「ひどいですよね、私……」グスン
提督「……まあ、思うくらいはいいんじゃねえか」ナデ
吹雪「……」
提督「この島に着任した時だって、S提督に認めてもらうって目標作ったもんな。忘れられてなかったのを嬉しいと思うのはしょうがねえ」
提督「俺が吹雪にS提督の辞職を伝えなかったのも、それを知ったお前が自棄を起こさないか心配だったからだし……」
吹雪「司令官……!」パァ
提督「誰かに強く思われてることが嬉しいってのも、最近なんとなくわかってきた気がすんぜ……」ハァ
吹雪「! ど、どうしてそこでため息なんかつくんですか!」
提督「……深い意味はねえよ。なんか、お前とのやり取り思い出して、恥ずかしくなっただけだ」
吹雪「は、恥ずかしいって、そんなあ!」
提督「あんなお前みたいな青臭い台詞吐いて……普通なら俺が言うなってツッコミ入るよなあ」
吹雪「そんなことありません! 司令官だって苦労されてるんですから!」
提督「それに、俺はまだ最悪の事態を想定してるからな。俺がいきなり死んでも、悲しまないようにしたいんだが……」
吹雪「んなっ!? まだそんなこと言ってるんですか!!」
提督「それにしても、あれだな。吹雪は、どこの吹雪でも泣き虫だってことはわかった」
吹雪「もーおーー! 話を逸らさないでください! しれーーーかーーーん!!」プンスカ!
朧「提督。まだそういうことを言ってるんですか」ジト
扶桑「まあ。人をあれだけ煽っておいて、ご自身がそうでは示しがつきませんね」フフッ
吹雪「ふえっ!?」ビクッ
提督「……お前ら、いつから話を聞いてた? 結構前から視線を感じてたんだが」
扶桑「気付いてらしたんですか」
朧「えーと、あっちの吹雪が不穏な空気を出したころからです」
吹雪「それ、ほぼ最初からじゃない!?」
朧「龍驤さんたちが新しく来た人を迎えに行くって騒いでたので」
扶桑「ちょっと野次馬根性が働いてしまいました」ニッコリ
提督「いい笑顔しやがって……」
朧「それで、あの吹雪はいったい何の用だったんですか?」
提督「あいつは、S提督の……吹雪を捨て艦にした提督のところにいたんだとよ」
朧「え!?」
提督「で、吹雪に一言物申す、って感じで……まあ、その話はあとだ。あの4人は食堂に案内したんだよな?」
扶桑「ええ、そのはずです」
提督「思わぬところで時間食っちまった。俺も急いで食堂に向かうが、吹雪は大丈夫か?」
吹雪「は、はい!」
タタタ…
朧「……扶桑さん?」
扶桑「なぁに?」
朧「さっき、吹雪が提督たちに向かって連装砲を構えたとき、全砲門……」
扶桑「……ええ、撃てる状態にしてたわ」ニコ
朧「……」ウヘァ
扶桑「大人げなかったかしら」フフッ
朧「どうなるかと思いましたよ……」ハァ
扶桑「そういうあなたも、提督があの子の連装砲を掴んだ時に、目の色を変えてたみたいだけれど」
朧「提督のああいうところ、朧は嫌いなんですけど」
扶桑「放っておけないのね?」
朧「……まあ、そうですね。お世話になってますから」
というわけで今回はここまで。
遅れ馳せながら、今年もよろしくお願い致します。
そして大変お待たせしました。続きです。
* 食堂 *
金剛「Welcome to our fleet ! キーリシマーー!!」ダキツキー
霧島「こ、金剛お姉様!?」ダキツカレー
比叡「霧島ずるい! 金剛お姉様、私にもハグプリーズです!!」バッチコイ!
榛名「比叡お姉様!?」
若葉「……随分熱烈な歓迎だな」
龍驤「金剛型は仲が良えからなあ」
那珂「川内ちゃーん!」フリフリ
川内「あぁ、那珂もいたんだ」
那珂「せっかくだから、那珂ちゃんも川内ちゃんをハグしよっか?」
川内「いいって、そういうガラじゃないし」
那珂「そーぉ?」
川内「そうそう。今回の異動の理由も誉められた話じゃないしさ」
摩耶「っつうか、異動の理由そのものも納得いかねえけどな……!」
長門「その理由が4人とも命令違反と聞いていたが?」
摩耶「そっちの二人はよく知らねえけど、あたしたちはそうさ。あたしと霧島さんは、特攻しろなんて命令出されたからな」
金剛「What's !?」クワッ
比叡「はぁ!?」クワッ
榛名「どういうことですか!」クワッ
摩耶「どうって、その通りだよ。この前、空母棲姫との戦闘があったの知ってるだろ? そいつが目の敵にしてたのが、とある雪風らしくてさ」
摩耶「そいつが沈められると空母棲姫が逃げるかもしれないから、絶対に雪風を守れって指示があったんだよ」
摩耶「そのせいで……雪風を編成に入れてた艦隊は、雪風以外全員沈んじまったんだ……!」
由良「……」
摩耶「雪風が一人取り残されて、今度はあたしたちに雪風の盾になれって指示が飛んできて……」
摩耶「あたしたちは死んでもいいから、雪風だけは守れってさ。ふざけんなって話だよ」
榛名「それ……本当なの!?」
霧島「ええ、本当です。榛名お姉様」
榛名「……」
霧島「私たちが所属していたC提督の艦隊は、私と摩耶、それから駆逐艦たちの4人で作戦に参加していました」
霧島「当初、私たちは敵空母艦隊の艦載機から護衛対象……雪風を守ることを作戦目標としていたんです」
霧島「しかし、相手が空母棲姫だとは誰も知らされておらず、私も、情けないことに冷静な対応ができず……!」
摩耶「それでも最初は良かったんだ。ひたすら艦載機を墜として、敵戦力を削っていくしか、あたしたちにはできなかったけどさ」
霧島「駆逐艦の子たちの練度が低かったから大変だったけど、そんな中でも、摩耶は対空砲火のレクチャーをしてくれました」
霧島「慣れない戦い方でありながら、誰も沈まず私たちが最後まで戦い抜けたのは、摩耶のおかげです」
摩耶「何言ってんだよ、霧島さんの一撃がなきゃ、あたしたちは今頃沈んでたんだぜ!?」
霧島「でも、そのせいでみんな散り散りに……」
長門「? そのせい、というのはどういう意味だ」
摩耶「命令はもう一つあって、あたしたちには空母棲姫に直接攻撃するなって指示が出てたんだよ」
長門「それは、空母棲姫に気付かれるな、という意味か?」
摩耶「最初はあたしたちもそう思ったんだけどよ……多分、うちのC提督は、中佐の艦隊に手柄を取らせようとしたんだと思う」
神通「!」
長門「そのために、自分の艦隊を危険にさらしたというのか……!?」
摩耶「雪風が取り残されて、今度はあたしたちが雪風を守るってときに、あいつは空母棲姫に反撃するなって言ったんだ……!」
摩耶「確かに、あたしたちは艦載機を相手するのに手一杯だった。けど、対空装備を持たない霧島さんは別だろ?」
霧島「……摩耶は、ここは私たちに任せろ、と言ってくれたんです。空母棲姫に、一撃入れてくれ、と……」
霧島「でも、私には、わからなかった……司令が一体何を考えているのか、理解できなくて……」
霧島「駆逐艦の子の悲鳴が聞こえるまで、私は、迷ってしまっていたんです……!」
金剛「霧島……」ギュ ナデナデ
霧島「……」グス
龍驤「ちゅうことは、霧島が空母棲姫に反撃したのが命令違反、ってことになるん?」
雲龍「おかしいわ。そんな命令、そのものが間違ってる」
摩耶「そう思うよな!?」
雲龍「ええ。どうかしてるわ」
陸奥(同意はするけど、言い方に遠慮がないわね、この子)タラリ
摩耶「聞いたか霧島さん! やっぱりあの命令がおかしかったんだ! 霧島さんは間違ってねえ!」
霧島「……いいえ、私の判断は間違っていたわ」
霧島「私の判断がもっと早かったなら、摩耶たちに大怪我を負わせることもなかった……」
霧島「もっと早く判断していれば、B提督の艦隊の子たちを助けることができたはず……それを、私は……私は……!」
摩耶「そんなことないって! 霧島さんは……」
ガタン! (由良が俯いたまま勢い良く立ち上がる)
由良「……」
長門「……由良?」
由良「ここにいる人は、誰も悪くないわ」
由良「悪いのは……B提督よ」
長門「!」
由良「あの人が……あいつが、全部……!!」ギリッ
那珂「由良ちゃん……?」
由良「……この場に、電ちゃんたちがいなくて良かったわ」スッ
龍驤「由良? どこ行くん!?」
由良「……」チラッ
霧島「……?」
由良「ごめんなさい」スッ
摩耶「!」
スタスタ…
「「……」」
摩耶「なあ、なんであいつ、霧島さんに謝っていったんだ?」
霧島「さ、さあ……」
長門「それはおそらく、由良が以前、B提督の鎮守府にいたからだろう」
摩耶「なっ!? それじゃ、あいつ……!」
神通「由良さんは、大破進軍による轟沈ののち、この島の砂浜に流れ着きました」
川内「……え?」
若葉「轟沈経験艦だと言うのか?」
長門「由良は着任してどのくらいになる?」
神通「私より数日早い程度ですから……半年ほどになりますね」
摩耶「じゃ、じゃあ今回の戦闘とは関わりようがねえじゃねえか!? どうしてあいつが謝るんだよ!」
雲龍「そうね。彼女は悪くないわ」
若葉「疎ましかろうとかつての身内……直接の関係はなくとも恥じ入る気持ちは、若葉もわからなくはない」
龍驤「……さよか」
ゾロゾロ
朝潮「失礼いたします! ただいま遠征から戻ってきました!」ビシッ
如月「……あら? 司令官はいないの?」
龍驤「うん、異動の手続きする言うてたけど……ちょっち遅いなあ?」
霞「ったく、どこで油を売ってんのよ、あいつは」
五月雨「あ、あの、さっき由良さんが怖い顔をして外に行ったみたいなんですけど……!」
敷波「……なにかあったの?」
長門「ああ、ちょっとな……」
敷波「……あたし、ちょっと由良さんのところに行ってくる」クル
初春「ふぅむ。やはり事情が事情だけに、簡単に和気藹々とはいかぬか」
那珂「そうしたくはなかったんだけどねー」
霞「そんなの予想できてたじゃない。そうならないよう、あいつがここにいなきゃいけないってのに、本っ当、どこにいるんだか」
山城「まさか、扶桑お姉様と二人きりで何かしてたりしてないでしょうね!?」ヌッ
比叡「うわ、びっくりした!?」ビクッ
龍驤「ちゅうか、山城はなんでそんな発想になるんよ?」
山城「この鎮守府に来てからというもの、扶桑お姉様はよく笑うようになったわ……もう、笑顔が眩しくて眩しくて直視できないくらい」
龍驤「そらええことやんか」
山城「でも、その笑顔で語る話題が提督のことばかりなのよ……!? ことあるごとに『提督に感謝しないと』なんて言ってくるのよ!?」
陸奥「ああ……」
山城「このままだと扶桑お姉様は提督の毒牙にかかって……ああああ不幸だわぁぁ!!」
龍驤「……毒はあっても牙はあるかな?」
雲龍「あっても見かけ倒しだと思うわ」
龍驤「なんでや?」
雲龍「なんとなくだけど」
龍驤「……」
長門「まあ、遠からずか。あの男、困ったことに嫌われたがりだからな……自ら火炙りにされたがっていると言うか」
霞「あー……」
初春「確かに、そういうきらいはあるのう……」
山城「とにかくそんなことはどうでもよくて! 扶桑お姉様はどこへ行ったんですか!?」
那珂「扶桑さん、食堂には来てないよ?」
陸奥「山城こそさっきまでどこにいたの?」
山城「工廠よ。最上と島風が目を覚まして、明石に怪我の具合を診てもらってるんだけど、そのときに扶桑お姉様がいないことに気付いて……」
三隈「最上さんが目を覚ましたんですか!?」ガタッ!
山城「ええ、ちゃんと話もできてるし、大事ないみたいよ。朝雲と山雲とも話をしてたし」
三隈「私、工廠に行ってきます!」タッ
山城「私も扶桑お姉様を探してくるわ……!」タッ
金剛「早く戻ってきてくださいネー!」
榛名「せっかくのお茶会なのに、みんなで集まれないのは残念ですね……」シュン
若葉「……ここの山城さんは随分心配性だな」
五月雨「それは……仕方ないと思います。この島に来た直後の扶桑さんは、それこそ……」ウツムキ
若葉「……」
那珂「もー、だんだん雰囲気が暗くなっちゃってるよー!? 折角の歓迎会なんだから、もっと明るくいこーよー!」
神通「……」ピク
川内「!」ピク
若葉「む……!」
朝潮「厨房から甘い匂いが……!」
金剛「比叡!」
比叡「はい! 焼きあがったみたいです! 仕上げに行ってきます!」ダッ
霧島「えっ、どうして比叡お姉様が厨房へ向かうんですか!? 早く止めないと……!」
長門「心配しなくてもいい。私も驚いたが、ここの比叡は料理上手なんだ」
霧島「そ、そうなんですか……!?」タラリ
如月「とにかく、みんなを呼んできましょ? 司令官ったら、どこにいるのかしら」タタッ
陸奥「私も工廠に行ってくるわ。三隈や山城がちゃんとみんなを呼んでくるか怪しいし」スッ
龍驤「せやなあ……あとのみんなはどこにおるん?」
雲龍「はっちゃんが漁に出てるのと、畑に初雪がいるはずよ。大淀が声をかけに行くって言ってたわ」
龍驤「あー……畑なあ」
摩耶(初雪が畑……?)クビカシゲ
川内(罰ゲームかな?)クビカシゲ
金剛「それでは皆さんが戻ってくるまで、お話しまショウ!」
摩耶「はぁ……歓迎してもらうのはありがたいけどさ、いいのかよ?」
長門「いいのか、というのは、どういう意味だ?」
摩耶「あたしたちは命令違反を犯して、おまけにC提督をぶん殴ってきたんだぜ? どういう立場の艦娘か、わかってんだよな?」
摩耶「だってのに、来て早々手錠も外してもらって、こんな扱いされていいのか、ってんだよ」
大和「大丈夫だと思いますよ?」スッ
霧島「!?」
川内「大和……さん!?」
若葉「……これは驚いた」
摩耶「その……大丈夫だって根拠は?」
大和「提督が問題ないと仰っていましたから!」ニコ
摩耶「……」
長門「すまんな、この大和は提督を盲信していてな……」
川内「そうなんだ……」
若葉「それはともかく、どうしてその大和さんが厨房から出てくるんだ?」
大和「それは勿論、お料理していたからですよ? 比叡さんが来ましたから、交代してきたんです」
長門「この鎮守府には間宮と伊良湖がいないんだ。だから、厨房は回り番で担当している」
霧島「……」
霞「比叡さんが来るまではみんな自分でご飯作ってたわよね」
朝潮「司令官に作っていただいたこともありました!」
五月雨「そ、それ、本当ですか!?」
雲龍「この前はそばやうどんを茹でてたみたいだけど?」
長門「今は自分用に早めの朝餉を取るときくらいしか、厨房に入らないんじゃないか?」
霞「あいつが厨房の様子を見に来て、ぶつくさ言いながら手伝ってたこともあったわよ。それでも結構昔だけど」
大和「今は厨房の人数も十分ですし、安心して私たちに任せているんだと思います」
若葉「……ということは、若葉たちも厨房の手伝いをする必要があるということだな?」
長門「いや、不得手だということなら無理に手伝いはお願いしないぞ。代わりの仕事もあるしな」
龍驤「せやなあ。畑仕事は初雪がやっとるし……」
摩耶「初雪が!?」
川内「罰ゲームじゃなかったの!?」
龍驤「……なんか、利根の気持ちがわかった気がするで」
* 工廠 *
利根「ふえっきし! むう、誰ぞ吾輩の噂をしておるのか?」
朝雲「今頃食堂で、みんな来ないねって話をしてると思いますよー?」
最上「? なにかあったの?」
山雲「今日は~、新しい人が入ってくる日なんだそうです~」
白露「最上さんも入ったばかりでしょ? 目を覚ましたんなら、一緒に参加してもらって、歓迎されなくちゃ駄目じゃないの?」
利根「うむ、その通りじゃ。なにより三隈も心配しておろう、早く顔を出しに行くが良かろう」
島風「検査終わったよー! 早く食堂に行こう!」トテテッ
朝雲「ちょっと待ちなさいよ、明石さんは?」
明石「私は後片付けをしてから行くから、先に行っててもかまいませんよ!」
島風「だって! 御馳走を用意してるっていうし、早く行こうよー!」
白露「じゃあ、最上さんも一緒に行こっか!」
最上「う、うん」
島風「うん! それじゃ、食堂まで競争だよ!」
最上「えっ」
白露「位置についてー! よぉ~い!」
白露&島風「「どん!」」
ドドドドドド…
最上「えっ!? ちょっと、待ってよぉー!」タタタッ
朝雲「……あの二人、最上さんが病み上がりだってわかってないわよね……」アタマカカエ
利根「島風があの元気じゃからなあ……」
明石「というかあの二人、最上さんそっちのけで競争おっ始めてない?」
全員「「……」」
山雲「そうね~、あの二人なら、ありえるわ~」
コンコン
三隈「失礼します、最上さんが目を覚ましたと聞いてきたんですけれど!」チャッ
朝雲「えっ? たった今部屋を出たんだけど、すれ違わなかったんですか!?」
三隈「え、ええ……?」
山雲「それじゃ、島風ちゃんたちはどこへ行ったの~……?」
山城「扶桑お姉様!! 扶桑お姉様はどこにいるの!?」バーン!
利根「揃いも揃って何をやっとるんじゃ……」アタマカカエ
明石「仕方ない、探しに行きますか……」ハァ
* 砂浜 *
黒潮「……」トボトボ
ザザーン
黒潮(……うち、なにしとんのやろなぁ……)ハァ
黒潮「……?」
海を見てたそがれている電「……」
黒潮「……」
電「……」チラ
電「……」ペコリ
(電が黒潮に軽く会釈をして、また海に向き直る)
黒潮「……」
電「……」
黒潮「……」
電「……黒潮ちゃんは、雪風ちゃんのこと、聞きましたか……?」
黒潮「!」
電「……」
黒潮「……うん、まあ、一応、な。助かったっては聞いてる」
黒潮「けど、雪風を庇って沈んだ子がたくさんいる、とも聞いてる。うちのせいで……」
電「……電のせいなのです」
黒潮「!?」
電「雪風ちゃんは、B提督の艦隊に編入されました」
電「そのB提督の初期艦は、わたしなのです」
黒潮「……!!」
電「B提督に、こんなことをしちゃいけないって……説得できなかった電が悪いのです」
電「電が、説得できなかったから……ほかのみんなが、沈んでしまったのです……!」グスッ
黒潮「いや、そんなん電の責任とちゃうやろ……うちがここに来る前から、電はここにおったんちゃうん?」
黒潮「そしたら、電は関係ないやんか」
電「そんなことは……」
黒潮「うちこそ、雪風を助けるつもりだったのに、逆に危険な目に遭わせてもうたん……」
黒潮「雪風が空母棲姫に狙われたのも、うちが一人で海に出たせいなんや……!」
電「でも、黒潮ちゃんがいなかったら、雪風ちゃんはもっと酷い目に遭っていたのです」
電「黒潮ちゃんの怒りは当然だと思うのです」
黒潮「そこまではそうかもしれんけど、その後のうちの身の振り方が問題やったんや」
黒潮「雪風が空母棲姫に狙われへんかったら、沈んだ子たちも沈むことがなかったんちゃうんか、て」
電「……そうかもしれません」
電「でも、B提督が変わってくれない限り、違うところで、同じことをしないとは限らないのです」
黒潮「……」
電「……」
黒潮「……」
電「黒潮ちゃんは、歓迎会には行かないのですか?」
黒潮「……気分やないよ。電は?」
電「電は、ここでみんなをお迎えするのです」
黒潮「? ここに、新しい艦娘が来るん?」
電「そうじゃないのです。この浜には、轟沈した艦娘が流れ着いてくるのです」
黒潮「え……?」
電「電も大破して航行不能になって、運よくこの島に流れ着いたところを司令官さんたちに助けてもらいました」
電「空母棲姫に沈められた艦娘が流されてくるとしたら、きっとここに流されて来ると思うのです」
黒潮「沈んだ子たちを、助けられるってことなん……?」
電「司令官さんは、生きていれば奇跡だって言っていました。遺言が聞ければ良いほうだとも……」
黒潮「……」
電「だから、電はここにいて、流れ着いてきた子たちを労いたいのです」
電「流れ着いてきた子たちに、声をかけてあげて……弔ってあげるのです」
黒潮「……さよか。すごいなあ、電は。立派や」
電「そんなこと、ないのです……」
黒潮「良かったら、うちにも手伝わせてもらえへんかな……!」
電「! ……わかったのです。手伝ってもらえますか?」ニコ
* 鎮守府内 廊下 *
吹雪「急いでください、司令官!」
提督「ああ……ん? ちょっと待て」
吹雪「! 由良さん……敷波ちゃんも!」
由良「……提督さん」
敷波「司令官……!」
提督「何かあったのか」
由良「どうして……どうしてB提督には、何も罰がないんですか!」
提督「……」
由良「あんな、無茶な艦隊運営をして! どうして……!」
提督「あいつは、部下を失った可哀想な提督……って評価をして貰ってんだろうな」
由良「そんなの……!!」
提督「俺だって納得できねえよ。だが、作戦の指揮を執って成功に導いた中佐が、慈悲深いところを見せた、って言われてるらしいぜ」
由良「……!」
吹雪「そ、それじゃ、B提督は……!」
提督「一応、完全にお咎めなしって訳じゃねえが、結局は中佐の配下に加わるって予定調和が待ってるだけさ」
由良「……なんてこと……!」
提督「ついでに言うとな、B提督だけじゃなく、C提督とか言う奴も、中佐と繋がりを持ちたがってるみたいでな」
提督「作戦がうまくいったら、これからも協力させて欲しいとか言ってきたんだと」
吹雪「そ、それって本当ですか!?」
提督「本営にいる間、不知火が聞いたんだとよ。中佐が優秀な人材を集めてるらしくて、本営のお偉方に頭を下げに来たんだと」
提督「その噂のおかげで、C提督みたいな困った連中が、中佐にアピールしたがってるみたいなんだ」
敷波「そんなにしてまで、中佐に取り入られたい人がいるの……!?」
由良「……」ギリッ
「おい……」
提督「!」
摩耶「今、C提督って言ってたな……その話、本当か?」スッ
提督「……」
今回はここまで。
続きです。
* 鎮守府内 別の廊下 *
白露「いっちばーん!」ドドドド
島風「はっやーい!」ドドドド
最上「ひぃ、へぇ……ま、待ってよ~!」
最上「あの二人おかしいよ……めちゃくちゃ速いし、息も切らせてないし……!」
最上「やばっ、あの角で見失いそう! 急がないと!」ダッ
伊8「……ん?」スッ
最上「!? きゅ、急に出てこないで! うわあああ!」
ゴロゴロゴロズデーン
最上「あ、あたたた……」
ル級「勝手ニ走ッテキテ、勝手ニ転ンダワネ」
伊8「大丈夫?」
最上「う、うん。とにかく、衝突しなくて良かったよ」
伊8「オウ。はっちゃんを避けて転んだんですか」
最上「あはは……知らない場所を走ったら危ないよね。ごめんごめん」
ル級「アノ二人ヲ追イカケテタノ?」
最上「うん、食堂に案内してもらうはずだったんだけど……」
伊8「あの二人を走らせたら誰も追いつけませんよ?」
ル級「案内役ニハ、ナラナイワネ」
伊8「はっちゃんたちも食堂へ行くので、一緒に行きましょう?」
最上「あ、ありがとう、助かるよ! 僕は最上! よろしくね!」
伊8「伊号潜水艦、8です」
ル級「……」
伊8「どうしたの?」
ル級「ソウイエバ、私ノ名前ッテ、ナイワネ……」クビカシゲ
伊8「あー……ル級っていうのも、私たちがつけた識別のための名称だし……」
ル級「マア、ル級デモ構ワナイワ。ソノウチ良イ名前デモ考エテミヨウカシラ」
最上「……」
ル級「? 最上? ドウカシタノ?」
最上「し、し、深海棲艦ーー!?」ヒョエーー
伊8「驚くの遅すぎない?」
ル級「コノ反応ノ遅サハ衝突ヲ招クワネ」
* 砂浜 *
由良「……ってことがあって」
提督「そういうことかよ……ほんっとに面倒臭えな」
如月「司令官、ここにいたのね……って、どうしたの?」
提督「ん? ああ……あれだ、あれ」ユビサシ
黒潮「だから、さっきからうちのせい言うとるやんか!」
摩耶「あたしのせいだって言ってんだろ!」
電「電のせいなのです!」
如月「……あれ、なにしてるの?」
敷波「みんな、B提督の艦娘が轟沈したのは自分のせいだって言い張ってるんだよね」
由良「そんなの、誰も悪いわけないじゃない……!」
提督「まったくだ。なんでこう、どいつもこいつも背負い込みたがるのかねえ」ハァ
如月「あらぁ? 司令官がそれを言います?」ニコー
由良「電ちゃんのああいう姿勢は、提督さんの影響じゃないんですか?」ジト
敷波(まあ、電は前から結構頑固な性格だって、あたしは知ってたけど)
提督「俺のことはほっとけ。それよか、あいつらなんとかなんねーのか」
敷波「えー? それこそ司令官がなんとかする話なんじゃないの?」
提督「俺に一日に何人説得させる気だよ、面倒臭え」
敷波「でもさ、あたしたちが何か言って納得してくれると思う?」
提督「……」
敷波「みんな原因がそれぞれの提督たちなんだしさ。同じ立場の司令官が言いくるめてあげないと、ずっとあの調子だと思うよ?」
由良(言いくるめる、って言い方……)タラリ
提督「……そーなんのかねえ、やっぱり」ハァ
敷波「まー、司令官の言い草もわかるんだよね」
敷波「由良さんも言ってる通り、悪いのはB提督たちなのに、電は自分のせいにしちゃってさ、何やってんだろって」
敷波「でも電もさ、初期艦としてB提督を導くつもりで必死になってたんだし……」
敷波「必死だったからこそ、自分がやってたことに責任を感じすぎてるんじゃないかなー、きっと」
提督「……」
由良「そうね……作戦がうまくいかなかったとき、電ちゃんは一生懸命ほかの方法を考えてくれてたのよね」
由良「聞き入れてもらえたことは殆どなかったけれど……!」
敷波「無駄にプライドが高いんだもん。司令官みたいに話を聞いてくれたりしないしさ!」
敷波「なんか思い出したらむかむかしてきちゃった」ムー
如月「うーん……ちょっと、食堂で待ってるみんなに遅くなりそうって伝えてくるわね」クル
由良「ええ、お願い」
提督「……」
摩耶「お前らが責任感じることはねえんだよ!」
黒潮「きっかけはうちが作ったんやんか!」
電「みんな関係ないのです! 電の力不足だったのです……!」
提督「しゃあねえな……」スタスタ
由良「提督さん?」
敷波(説得してくれるのかな……それとも……)
提督「……おい、お前ら」
電「!」
提督「阿呆臭えからもうやめろ」
電「!?」ギョッ
摩耶「はぁ!?」ギロッ
黒潮「なんやて!?」グリッ
提督「ああ? 聞こえなかったんならもう一回言ってやる、俺は阿呆臭えって言ってやったんだよ」
由良「」マガオ
敷波「ああ……やっぱり……」ウヘェ
電「し、司令官さん!?」
提督「お前らが責任感じるのは勝手だ、好きに懺悔してろ。だがな、そんなことに大した意味はねえ」
提督「まず電。お前、この島に来て半年以上経ってるよな。その間、B提督になにか助言なり連絡なりしたのか?」
電「それはしてないのです……でも」
提督「でも、なんだ? 初期艦だろうが何だろうが、半年も話す機会がねえならお前はこの件に関係しようがねえ」
提督「お前が本営に行って首を突っ込んだって、門前払いされて終わりだろ。何もできねえよ」
提督「次、黒潮。雪風が空母棲姫に目をつけられたのは、お前が行方をくらませたのが原因っちゃあ原因だが……」
提督「それ以前に、保提督が雪風たちをクズどもに差し出したのが、ことの発端じゃねえか」
黒潮「う……」
提督「手前の部下を、保身のために生贄に出して、黒潮の怒りを買った保提督が悪い。以上」
提督「最後に摩耶。B提督の艦隊に接触したのはいつだ? 事前に話はできたのか」
摩耶「へっ? ば、馬鹿言うなよ、事前ミーティングなんかできるかよ。海上での合流だったし、どんなメンバーかすら知らなかったんだぜ?」
提督「だったら、そんなんでB提督の艦隊まで守れるとかほざくな、非現実的だ」
摩耶「ぐ……!」
提督「ただでさえ得体のしれない敵を相手に、出会ったばかりの味方と連携なんて無理に決まってんだろ」
提督「第一、お前は自分の仲間をほったらかしていい状態だったか?」
提督「対空防御の術を知らねえ霧島に任せてたら、霧島含めてお前の仲間が沈んでたんじゃねえのか」
摩耶「……」
提督「対策でも何でも、そんなもんC提督とやらがやらなきゃ話になんねえよ。やってなかったC提督の落ち度じゃねーか」
提督「どいつもこいつも、自分にできること以上のことを自分に求めすぎだ。この業突く張りどもめ」
電「し、司令官さんも人のことは言えないのです!」
提督「ああ? 俺だって無理なもんは無理だってお手挙げしてるだろ。手が届く範囲ならその限りじゃねえってだけで」
黒潮「う、うちが無関係っちゅうことにはならんやろ……」
提督「確かに無関係じゃねえなあ。が、今更お前がしゃしゃり出たところで、事態は何か好転するか?」
提督「保提督の不祥事も、今回の空母棲姫騒ぎで有耶無耶にされようとしてる。世間に対する艦娘のプレゼンもひと段落」
提督「そこへスキャンダルの種になりそうなお前が現れたら、この騒ぎを収束させたい奴らは全力でお前を捕まえに行くはずだ」
提督「そうなりゃあ、お前、文字通り消されるぞ」
黒潮「……っ」
提督「とにかくだ、これからどうなるかわからねえにしろ、まだ雪風は生きてんだ」
提督「雪風にこれからも生きてて欲しい、なんとか幸せになって欲しいって考えてるなら……」
提督「黒潮が生きてるっていう雪風へのグッドニュースは、用意しておきたいと思わねえか?」
摩耶「……確かに、そりゃあ……!」
電「そうなのです……!」
黒潮「……」
提督「艦娘の情報も一般人に知れ渡っちまった今なら、同情を買われて戻れる可能性もあると思いてえな……」
摩耶「だったらあたしが雪風を保護しに行って……」
提督「だからそういう勝手な真似してんじゃねえよ。たかが一兵卒がそこまで出しゃばっていいと思ってんのか。生意気だ、くそが」
摩耶「あぁ!? ふざっけんなよ、くそが! お前こそあたしを誰だと思ってんだ!」
提督「そんなん知るか。命令違反で島流し食らったバカが偉そうな口きいてんじゃねえぞ、くそが!」
摩耶「あぁあ!? お前こそこんな辺鄙な島で干されてんじゃねーか、下っ端のくせに偉そうにすんなよな! くそが!」
提督「くそが……って、真似してんじゃねーよ! オウムかてめーは!」
摩耶「真似てんのはお前だろ! くそ野郎が!」
敷波「……あのさあ、唐突にイチャつくのやめてくんないかな」
提督&摩耶「「イチャついてねーよ!」」
由良「息ぴったりじゃない」ジトメ
提督「ったく……まあいい、とにかくこんなくっだらねえ言い争いする気はなかったんだ」
提督「お前らも少し頭を冷やせ。自分のせいだって責めてるようだが、俺にしてみりゃお前らは被害者だ」
摩耶「……あたしもそうだってのか」
提督「俺にはそうとしか思えねえな。摩耶、お前の僚艦に三日月っていたろ」
摩耶「!」
提督「本営にいた不知火にな、お前が引き連れてた駆逐艦たちと話す機会を作ってもらったんだ」
提督「その時にいろいろ聞いてもらった。今回のことの顛末、お前と霧島の様子、雪風のこと……」
提督「それから、お前が激昂してC提督の鼻っ柱を殴ったことも、な」
摩耶「っ……わ、悪いかよ!」
提督「悪かねえよ。むしろC提督なんかぶっ殺せりゃ最高だったんだがなあ……なんで拳骨一発で済ますんだよ」
摩耶「はあ!?」
提督「黒潮の件も今更だけど、保提督もクズどももまとめて海の藻屑で良かったんじゃねえかなあ」
黒潮「ちょっ……そこまでやるん!?」
提督「やれとは言ってねーよ。こうだったら良かったなーってのを素直に口にしただけだ」ケッ
由良「そういうのは素直とは言わないと思うんだけど」
電「この手の発言にはオブラートを包む気がないのが、司令官さんのどうしようもないところなのです……」
敷波「まあ、言い方はアレだけどさ。黒潮や摩耶さんのやったこと、司令官は駄目じゃないって言ってるわけでしょ?」
提督「おうよ」
摩耶「……じゃあ、あたしたちはどうしたらいいんだよ」
提督「とりあえずだ、今は食堂に戻らねえか? せっかくうちの連中がお茶を用意して待ってんだからよ」
摩耶「それでいいのかよ……」
提督「罪の意識で自分をいじめ過ぎなんだよ、お前らは。叩いてもらうっつーか、罰をもらって気を楽にしたいんだろ」
提督「悪くもねえのにそんなことしたって意味ねえんだ。つまんねー意地の張り合いしてねえで、頭空っぽにして休め」
摩耶「……」
敷波「だいたいさぁ。みんな、自分が悪いって言ってるけど、お前が悪いー、って話は誰もしてないよね」
敷波「お互いに、やったことを仕方ないって思ってるんなら、誰が悪いってならなくない?」
摩耶「……」
黒潮「……」
電「……」
摩耶「……なあ、行こうぜ」
電「!」
摩耶「さっき黒潮の話や電の話を聞いたけど、あたしはお前らが悪いなんて思わなかったんだよな」
摩耶「お前らはどう思う? お互いのことや、あたしのこと。悪いって思ったか?」
黒潮「……うちのほうが悪い思っとったなあ……巻き添えや思ってたわ」
電「電も、二人は悪くないと思ったのです……」
摩耶「そか。だったら、あたしたちは誰も悪くないのかもな……」
電「……なのです」
黒潮「……せやったら、ええなあ」
由良「もうっ! 由良は最初からそうだって言ってるでしょ!?」プンスカ
摩耶「わ、悪かったよ! 落ち着けって、な?」
提督「由良が怒るのも無理ねえよ。少しは話を聞けっつうんだ」
由良「ですよねっ!? ねっ!?」
敷波(今まで見たなかで一番迫力ある「ね?」だなあ……)
提督「電、せめてお前くらいは由良の言うこと聞いてやれ。由良は轟沈した後も、お前を真っ先に心配してたんだからな」
敷波「そうそう。電が初期艦だからって気負うのは仕方ないのかもしんないけどさー?」
電「あ……その、ごめんなさい、なのです……」シュン
由良「……もう。今回だけよ?」
電「はい……敷波ちゃんも、ごめんなさい、なのです……」
敷波「あ、うん。まあ、あたしも偉そうなこと言えないんだけどさ」
提督「……黒潮」
黒潮「!」
提督「雪風の件、心配するなとは言えねえが、俺たちにできることはする」
提督「だから、諦めるのはまだ早えぞ」
黒潮「……」コクン
由良「ねえ、敷波ちゃん」ヒソッ
敷波「? なんかした?」
由良「ごめんね、なんだか妙に提督さんの言うことに素直っていうか、フォロー入れてるって思っちゃって」
敷波「あー、司令官見てると、なんかねー……言いたいことはちゃんと『正しく』言わないと、相手に伝わらないよね、ってさ」
由良「ああ……」ウナヅキ
今回はここまで。
続きです。
* 食堂 *
若葉「……」ポカーン
川内「……」ポカーン
初雪「ねえ、みんなに説明してなかったの?」
ル級「シテナカッタミタイネエ?」
摩耶「ちょっと待て! どう見てもおかしいだろこれ!?」
由良「え? なにが?」キョトン
摩耶「なんで深海棲艦が艦娘に交じってお茶してんだよ!? 普通じゃねえよ!?」
伊8「うん、普通じゃないけど、このル級さんはこの鎮守府のお客さんだから」
川内「きゃ……客、なんだ」
ル級「マア、ソノ通リネ。ココニ所属シテルワケジャナイカラ」
摩耶「マジか……いいのかよ」
朧「朧たちも最初はびっくりしたけどね」
潮「たまに演習の相手になってくれますよ」
最上「さっき話してみたら結構いい人だったよ?」
三隈「最上さんは順応力がありすぎますわ……」
若葉「敵のスパイじゃないかとか、疑われたりしなかったのか」
朝潮「ル級さんもこの島に流れ着いてきた人ですから、そういう考えには至りませんでした!」
若葉「いいのかそれで……」タラリ
ル級「コノ鎮守府デ暴レタリナンカシナイワヨ。ココノ食ベ物オイシイシ」
摩耶「飯目当てかよ!」
吹雪「いえいえ、ご飯は大事ですよ!」
摩耶「いや、そうかもしんねーけどよ……」
ル級「トコロデ、提督ハドコニ行ッタノ?」
由良「提督さんなら、食堂に入って真っ先に金剛さんに鹵獲されてたけど」キョロ
電「鹵獲……」タラリ
朧「えーっと、提督は……あ、あっちです。あそこ」ユビサシ
提督「……」
霧島「……あ、あの、金剛お姉様?」
金剛「どうしまシタ?」
霧島「私が提督の正面の席というのは、その……」
金剛「Oh, これからの私たちの提督デス。Communication は大事デスヨー!」
榛名「はい、榛名もそう思います!」
如月「それと提督の両隣を金剛さんと榛名さんが陣取るのは、どういう理屈なのかしらね?」
大和「私たちが厨房のお手伝いをしている間に、金剛型で輪形陣を組むなんて……!」
比叡「ま、まあまあ、落ち着いて! 誰がどこに座るかは、順番ですよ、順番!」
利根「順番とは言うが、吾輩たちにはなかなか順番が回ってこなんだがのう?」
如月「えっ」
大和「利根さん!?」
利根「そこでなぜ驚く?」
比叡「いやあ、だって利根さん、司令の隣に座りたいって言う人だと思ってませんでしたから!」
如月「えっ」
大和「比叡さん!?」
利根「おぬし……意外と人のことは見ておるんじゃな」
比叡「? どういう意味ですか!?」クビカシゲ
利根「まあともかく、たまには込み入った話も良いではないか。吾輩にも気分というものがある」
利根「そもそも、金剛の言う通りコミュニケーションは大事である。それはおぬしたちに限った話ではない」
利根「鎮守府全体の円滑な人間関係を築くためにも、新しく入ってきた者たちに機会を与えるのも必要ではないか?」
大和「そ、それはそうですが……」
利根「というわけで、最上や三隈も提督の前に座らせたほうが良いと思ってな」
三隈「そう仰いますから呼ばれてきたんですけど……」
最上「確かに僕は提督とお話しするの、初めてなんだけどね?」チラッ
如月「あの状況だと、ちょっと……ねぇ?」チラッ
利根「ぬ?」
金剛「Hey, テートクゥ、アーンしてくだサーイ!」ミギカラグイグイ
榛名「提督! 榛名が食べさせてあげますね! あーん!」ヒダリカラグイグイ
提督「……」
利根「……提督の顔が能面のようじゃの」
如月「あんまり押しが強すぎると司令官には苦痛にしかならないから、ほどほどにして欲しいんですけど」フゥ
大和(大和も同じことをして叱られそう……危ないところでした)
三隈「こちらの提督は、女性が苦手なんですか?」
大和「苦手というより、色欲がないと言いますか……恋愛事を拒絶していると言ったほうが正しいですね」
最上「女性にくっつかれて仏頂面する男の人なんて初めて見たよ。みんなでれでれになると思ってたんだけど」
三隈「部提督はとくに好色家でしたから」ハァ
如月「それより、そろそろ止めたほうがいいかも。あまり調子に乗ってべたべたすると……」
ガシッ ガシッ
大和「……あっ」
提督「……」タブルアイアンクロー
金剛「Nooooooooooooo !!!」メキメキメキ
榛名「あひぃぃぃぃぃ!!」メキメキメキ
比叡「ひえええ! し、司令! お姉様たちから手を放してくださいー!」
霧島「」シロメ
如月「やっぱり……」
三隈「……私たち、近づいて大丈夫なんですか?」
利根「金剛たちが引っ付きすぎておるだけじゃ。いきなり取って食うような真似はせん、心配せんで良い」
最上「……なんだか他人の気がしないなあ」ウーン
三隈「最上さん……」
* 席替えしました *
提督「悪いな、見苦しいもん見せた」
霧島「い、いえ……金剛お姉様たちは、いつもこのような調子なんですか?」
提督「普段はもうちょっと大人しいんだがな。お前が来てはしゃいだのかもな」
霧島「も、申し訳ありません」
提督「お前が謝るなよ。破目を外した姉が悪い」
摩耶「そーだよ霧島さん、霧島さんがこんな奴にぺこぺこする必要なんかないって」
霧島「摩耶!? こんな奴って……!」
提督「気にすんな。俺は気にしねえ、っつかいちいち相手にしねーよ」ンベー
摩耶「……!」ムカッ
三隈「売り言葉に買い言葉ですわ……」ボソ
最上「いちいち相手にしてるよねー」
三隈「最上さん声が大きいですよ!?」ギョッ
提督「まあ、それはさておいてだ。ある程度のことは不知火を通して三日月から話を聞いたが……」
霧島「!」
提督「戦況報告書と三日月の言い分の両方を見る限り、お前らはできることをやった、って評価するほかねえな」
提督「お前らの艦隊があれ以上の戦果を挙げるのは難しそうだ。お前らが気に病んでもしょうがねえ」
霧島「で、ですが……」
提督「……ですが?」イラッ
最上「うわあ、露骨に嫌な顔してる」
三隈「最上さん!? 思いっきり口に出てますよ!?」
提督「別に嫌な顔してもいいだろが。もういい加減『自分が悪いんです』とか『でも……』って言うのやめろっつーんだよ、ったくよー……」
霧島「……」シュン
最上「ふぅん……なるほどー」
提督「……?」
最上「ねえ三隈、この提督はそんなに悪い人じゃないみたいだよ?」
摩耶「!?」
霧島「!?」
三隈「んななな、何を言い出すんですの、もがみんは!?」ヒィィ!
三隈「も、申し訳ございません提督! 最上さんが失礼なことを……!」ペコペコ
提督「別に気にしねえから、そんなにペコペコすんな。俺もそんなに偉くねえよ」
三隈「……ご、ご容赦いただけるんですか?」
提督「容赦って、大袈裟だな」
ツカツカツカ
山城「ちょっと」ペチーン
提督「あてっ」
大和「や、山城さん!? 提督になにをなさるんですか!」
山城「提督があまりに寝惚けたことを言うから、思わず手が出ただけよ」ハァ
大和「だからと言って提督の頭をはたくとか……!」
山城「仮にも、いち鎮守府を預かる身分の人間が、自分で自分を偉くないとか言わないでくださいます?」
山城「偉くもない人の部下になってる私たちが悲しくなりますから」プイ
大和「山城さん!?」
山城「この程度のことで怒る人でもないでしょ。情けないんだか寛大なんだかわからないですけど」
大和「山城さんっ!?」ガタッ
提督「大和落ち着け、山城の偉い偉くないの言い分ももっともだ。それから扶桑もいちいち頭下げに出てこなくていいぞ、座ってろ」チラッ
扶桑「あら、お気付きでしたか」
提督「偉くはないと言ったが、これでもいち鎮守府の責任者だ。この鎮守府のために俺の力を利用しないつもりはない」
提督「やりたいことがあるんなら好きにやらせるから、言いに来い。俺ができる範囲で動いてやる」
若葉「では、提督。あなたに質問がある」スッ
提督「なんだ?」
若葉「駆逐艦、若葉だ。この鎮守府での禁止事項を教えて欲しい」
提督「禁止事項ねえ……仲間割れすんな、ってことくらいか?」
提督「あとは工廠で火遊びすんなとか、飯ん時に騒ぐなとか、ごくごく常識的なルールくらいしかねえぞ」
川内「ねえねえ、夜戦は!? 夜戦はしていいの!?」バッ
提督「やせん?」
川内「そう、夜戦だよ、夜戦! 夜の戦い! やーせーん!」
提督「そんなことか、好きにしろ」
川内「ほんと!? やったああああ! 待ちに待った夜戦だあ! 夜戦ができるよーーーー!!」ウワーイ!
神通「ね、姉さん、食堂で騒いでは駄目ですよ」
那珂「川内ちゃんは相変わらずだねー」アハハ
山城「まったくもう、少しは静かにできないのかしら、あの夜戦馬鹿」ハァ
若葉「いや、無理もないんだ。前の鎮守府の止提督は、夜戦を禁じていたからな」
山城「はぁ?」
若葉「止提督は、とにかく慎重で無理を嫌う人だった……臆病と言っても差し支えない」
若葉「夜戦はしない、中破艦が一隻でも出たら撤退、弱い敵艦隊しか出てこない海域ばかりひたすら巡回……」
若葉「強くなりたかった若葉には、あまりに苦痛だった」フゥ
提督「だから命令違反した、って話か」
若葉「その通りだ。ある日、敵の輸送艦隊を見つけて邀撃しようとした」
若葉「昼のうちに敵艦を残り一隻、輸送ワ級を残すのみとしたんだが、止提督からはその追撃を制止された」
若葉「敵の輸送艦をそのまま見過ごすことが彼の正義だというのなら、若葉は賛同しかねる」
若葉「旗艦だった若葉は川内さんと一緒に夜戦に突入し、ワ級を沈めて敵艦隊を撃破した報告を止提督にして……」
若葉「そして若葉と川内さんは、激高した止提督に、この鎮守府へ飛ばされた、というわけだ」
山城「ろくでもないわね……」
摩耶「そいつ、馬鹿じゃねえの?」
霧島「ま、摩耶!?」
提督「俺も馬鹿だと思うがな」
若葉「!」
提督「若葉はそん時、夜戦で確実に仕留められるって自信か確信があったんだろ?」
若葉「周囲の敵影なし、練度の高い敵でもない。若葉たちは無傷で、敵の偵察機もなかった。悪い条件はなかったと認識している」
提督「ふぅん……俺は現場のことはわかんねーから、お前らの感覚を信じるしかねえが」
提督「安全か危険かはさておいても、敵輸送艦を見逃すのは、確かに海軍としちゃあよろしくねえよな。悪い判断じゃねえ」
若葉「? 提督は違うと思っているのか?」
提督「俺個人としてなら、どうでもいいかねえ」
摩耶「おい!?」
若葉「提督は、深海棲艦の邀撃を第一に考えていないのか?」
提督「それは第一じゃねえな。俺は、うちの艦娘がやりたいことを第一に考えてる」
提督「だから、もし若葉がすべての深海棲艦を倒したいんなら、それはそれでいい。ただ、うちと親交のあるル級を巻き込まない方法を考えるさ」
ル級「アラ、私ノ話?」ヒョコッ
若葉「!」ジリッ
提督「おう。でだ、俺はル級個人とは仲良くする気でいるが、ル級以外の深海の連中とは関わりがねえ」
提督「だから、ル級がこいつは巻き込むな、ってやつがいない限りは好きにしろ、って感じだな」
若葉「あくまで個人的な付き合いだと?」
提督「そうだな」
若葉「ル級……さん、も、そうなのか?」
ル級「エエ。私モ、人間相手ナラ、彼以外ト接触スル気ハナイワ」
摩耶「なあ、この話、本営には話してないのか?」
提督「話してねえし、これからも話す気はねえ。話したってろくでもねえことになることは目に見えてる」
若葉「ろくでもない……?」
霧島「そうでしょうか……むしろ、彼女を通して深海の大物と交渉し、友好関係を結ぶようにしたほうが……」
提督「そこまでやってらんねえよ、面倒臭え」
摩耶「はああ!?」
霧島「めん……っ!?」
三隈「あの……ちょっと本音がひどすぎませんか?」
最上「うん、びっくり……」
若葉「……言うに事欠いて、面倒とは」クラッ
提督「面倒だろうがよ。ル級は、深海棲艦を代表してここに来てるわけじゃねえんだぞ?」
提督「俺は、ル級とはお互いに迷惑をかけない範囲で付き合う、って話をしたんだ。それ以上のこと頼む気はねえ」
霧島「し、しかし、休戦協定などが結べれば、そこから……」
提督「知らねえよ。そもそも俺は人間の平和のために働く気はねえぞ」
摩耶「おい!? そりゃ聞き捨てならねーぞ!? 人のために働かねえって……!」ガタッ
提督「その人間どもの私利私欲と我儘に突き合わされて、この島に異動させられたのはどこの誰だ?」
摩耶「ぐ……!」
霧島「……」ウツムキ
若葉「なるほど。さては提督も人間に嫌われてこの島に流された口か」
提督「そういうこった。ちょっと仲良くなったル級に、いきなり人間のために働け、なんて言いたかねえな」
ル級「提督ガコウイウ立場ダカラ、私モ気楽デイラレルノヨネ」フフッ
最上「それじゃあ、提督はなんのために戦ってるのさ?」
提督「俺は、お前らも含めて艦娘が人間の手を借りずに生活できるようになればいいと思ってる。それが俺の望みだ」
全員「「……!」」
提督「お前らこそ望みはなんだよ? なんで戦ってる」
全員「「……」」
若葉「若葉は、若葉自身の復讐のためだ」
提督「!」
若葉「若葉は止提督のところへ来る前に、また別の提督のところに所属していた」
若葉「そこで若葉は、ある深海棲艦に打ちのめされた」
若葉「若葉はかつての提督に、何度もその深海棲艦への攻撃を進言した。しかしその進言は認められず、止提督の鎮守府へと異動になった」
提督「なるほど、お前はそいつを倒したいってわけか」
若葉「そのために、若葉は強くなりたかった。川内さんも強くなりたいと言っていたが、止提督のもとでは望むべくもなく……」ガクッ
若葉「だから聞きたい。提督。あなたは、若葉が強くなりたいという希望を、叶えてくれるのか?」
提督「……叶えてやりたいところだが、資材不足がネックだな」
若葉「それなら、若葉が遠征でもなんでもやろう。自己研鑽のためにも、いくらでもこき使ってくれて構わない」
提督「そうか。それならまあ、適当に頑張りな」
若葉「……」コク
提督「ほかの連中はどうなんだ?」
三隈「あの、提督? 三隈は、最上さんに変な真似さえしなければ構わないのですが……」
提督「ああ、セクハラか。俺もそういうのは嫌いだから安心しろ」
三隈「ええ、先程の金剛さんたちのやりとりを見てても、女性に囲まれることが全然嬉しくなさそうでしたものね」
三隈「良くも悪くも、安心しました」
最上「……えーっと、僕からは特にないかな。みんなの役に立てれば嬉しいよ」ニコ
提督「……」
最上「どうしたの?」
提督「なあ三隈、最上は前の鎮守府でセクハラ受けてたんだよな?」
三隈「え、ええ……」
提督「そういうやつって、もっと男に対して露骨に拒否してくるかと思ったんだが……」
最上「僕、スキンシップそのものは嫌いじゃないんだ。ただ、部提督は調子に乗りすぎててさ……がっつきすぎ、っていうか」
提督「嫌じゃなかったのか?」
最上「嫌だったけど、部提督にそこまで悪い感情はなかったんだ。むしろ僕が我慢したせいで気を持たせちゃったのが悪いんだって思ってるよ」
最上「僕がなあなあにしないでしっかり拒絶して、ちゃんと部提督に怒らなかったから、三隈にあんなことをさせちゃったんだ……」シュン
三隈「み、三隈は迷惑だなんて思ってません!」
最上「でも、結果的に三隈が怒って部提督に砲撃して、怪我をさせたわけだからね。僕が悪いっていうのは間違ってないと思うよ?」
最上「どっちにしても、僕は部提督から離れたほうが良かったとは思ってるし……」
最上「さっきも言ったけど、提督は悪い人じゃなさそうだし。僕はこの鎮守府に来て、良かったと思ってる」
三隈「もがみん……!」ウルッ
最上「提督、改めて、僕と三隈をよろしくね!」ニコ
提督「ああ、よろし……」
三隈「もがみーーーん!!」ダキツキー!
最上「うわああ!?」ドガラシャーン
提督「……」
三隈「もう大丈夫ですわ! 最上さんに触っていいのは私だけになりましたから!」ギュウ スリスリスリ
若葉「三隈さん、三隈さん」チョイチョイ
三隈「は、はい?」
若葉「三隈さんが押し倒したせいで最上さんが気絶してるぞ」
最上「」キュウ…
三隈「くまりんこーーーーー!?」
提督「何やってんだ……」アタマカカエ
摩耶「えーっと、なんか話がぐだぐだでわかんねーけどさ、とにかくあたしたちも好きにしていいんだな?」
提督「ん? ああ、つってもできる範囲でだけどな。出撃したいんなら、書類揃えて俺に寄越せ。ハンコは押してやる」
提督「ただし。言い忘れてたが、死にたい奴は見捨てるからな。手前で生きる意志のないやつは、俺の知ったこっちゃねえ」
提督「誰かを巻き込んで特攻すんのもなしだ。死にたきゃ一人で勝手に死んでくれ」
摩耶「いやまあ、そうかもしんねえけど、もうちょっと言い方ってもんがねえのかよ……」
提督「あん? お前だって似たようなもんだろうが」
摩耶「ああ!? お前なんかと一緒にすんじゃねえよ、くそが!」
ゴォッ
摩耶「!?」ゾクッ
大和「摩耶さん……先程から聞いていれば、提督に対してその言葉遣い、どういうおつもりですか?」ゴゴゴゴゴゴ
摩耶「ちょっ……大和、さん……!?」タジッ
提督「おい、やま……」
ズォッ
霧島「うちの摩耶が、なにか……?」ゴゴゴゴゴゴ
比叡「ヒエッ!?」
大和「いいえ? 少々、躾がなっていない艦娘が見受けられたようですので」ズゴゴゴゴゴ
霧島「おや、摩耶は優秀な艦娘です。なにか勘違いをなさっておいででは?」ズゴゴゴゴゴ
敷波「ちょっ、なになに!? なにが始まんのさ!」ブルブル
初雪「に、逃げなきゃ……」ガタガタ
大和「……」ドドドド
霧島「……」ドドドド
陸奥「これ、止めに行かないと……」
長門「大丈夫だ、提督に任せておけ」
提督「はぁ……まあ、俺の出番だろうな。おい大和」ズイッ
大和「ふえっ!? て、提督!」
提督「仲間割れはすんなって、説明したばっかなんだがなあ?」ジロリ
大和「は……も、申し訳ありません!!」ペコッ
提督「この程度のことで殺気撒き散らしてんじゃねえぞ、ったく……! ちょっと大人しくしてろ」
大和「は、はいっ! 本当に、申し訳ありませんでした!」ペコペコ
霧島「……」
提督「悪いな霧島、うちの大和はなんでか知らねえが俺のこととなるとムキになるんだ」
陸奥「なんでか……って、ちょっと、わかってないの?」ヒキッ
長門「まあ、あえて知らないふりをしてるのか知らないが、そういう男なんだ、提督は」
陸奥「……私が言うのもなんだけど、それはそれで大和が気の毒ね」
提督「摩耶もビビらせて悪かったな」
摩耶「び、ビビッてなんかねえし!」
霧島「私こそ出過ぎた真似を……」
提督「出過ぎてねえよ。仲間思いでいいことじゃねえか」
霧島「……」
摩耶「と、とにかく、霧島さんは悪くねえよ!」
提督「ああ、そうだな。そもそも、霧島の、何が悪くてここに寄越されたのかがわからねえ」
霧島「……?」
提督「あの海域での戦闘履歴も不知火に調べてもらった」
提督「赤城が空母棲姫にとどめを刺した、艦載機の一斉爆撃の直前に、霧島の一撃が空母棲姫の艤装を直撃してる」
提督「爆撃直前に空母棲姫が大きくぐらついて、防御できなかったそうじゃねえか。こいつは霧島の手柄だろう?」
摩耶「それ、マジか!?」
提督「映像を不知火と一緒に見てた中将が分析したそうだ」
霧島「……」
提督「まあ、そうであってもなくても、お前らに空母棲姫を撃つなと命じたC提督が無能なだけで……」
提督「お前があの時命令を無視しなきゃ、もっと空母棲姫に艦娘を沈められてたかもしれねえよな?」
提督「霧島が頭を下げる必要はねえよ。背中まるめてねえで、胸を張れ。お前は間違っちゃいねえんだ」
霧島「本当……ですか……?」
摩耶「そうだぜ、霧島さん!」
提督「お前、さっきからずっとそんな調子だな。どうしてそんなに自信なさげなんだ?」
霧島「……私は……」
霧島「私はこれまで、C提督に認めてもらったことがありませんでした。いつも、作戦の邪魔をするなと……」
提督「邪魔?」
摩耶「霧島さんのすごいところは、相手のバイタルパートを正確に射貫く砲撃の正確さなんだ」
摩耶「C提督はいっつもラッキーヒットって言ってたけど、あたしはそれを何度も見てるから、あれは絶対狙ってやってるってわかるんだよ」
摩耶「それで、霧島さんはいつも主要な敵艦への援護攻撃をC提督から指示されるんだけど、だいたい霧島さんの攻撃で敵艦が沈んじまうんだよな」
提督「そりゃすごいことじゃねえか」
摩耶「それが、予定とは違うとか言って、C提督は霧島さんにいっつも八つ当たりしてたんだよ!」
提督「は? 本っ当にバカじゃねえか、そいつ」
摩耶「だよなあ!」
霧島「……」
提督「損害なく速攻で片付けられるんならいいじゃねえか、別に誰が沈めようが関係ねえ。なんで褒めてやんねーんだ?」
摩耶「だよなあ!! 本っ当、そう思うぜ!」
霧島「……!」ウル
摩耶「霧島さんがあたしと一緒にこの島に送られたのも、あたしの不始末の監督責任だって、言いがかりつけてだぜ!?」
提督「それなら、霧島も一緒にC提督殴っときゃ良かったんじゃねえか?」
摩耶「いや、さすがにそれはまずくねえか!?」
提督「変なとこ控え目だな?」
摩耶「あたしだけならいいって思ってたからさ。霧島さんまで殴ってたらさすがに解体されてたかもしんねーし……加減だってしたんだぜ?」
提督「……まあ、しゃあねえな」
摩耶「あたし的には、霧島さんまでこの島に送られるのも心外だったんだけどさ。まあ、あいつから離れられるなら、悪くねーかな……」
提督「ああ、それ自体は悪くねえな。駆逐艦連中も余所の鎮守府に送られるって聞いてる。少しは精神的にマシじゃねえかな」
摩耶「そっか……三日月たちの行く先の鎮守府もまともだといいんだけどな」
提督「……そうだな」
摩耶「ところでさ、おまえ、さっきあたしたちに好きにしろって言ってたよな?」
大和(おまえ!?)ピクッ
如月(ああ、大和さんも反応してるわ……)キキミミ
提督「ああ」
摩耶「じゃあさ、もしあたしたちが出撃するとき、霧島さんに一度艦隊の指揮をとらせてくれねーか?」
提督「旗艦にしろってか?」
摩耶「そうそう。あたしは霧島さんが指揮取ったらいい感じになると思ってんだけど……駄目か?」
提督「いや、全然構わねえぞ。試しに何回かやってみて、問題ねえなら任せていいだろ。後で長門に相談してみな」
摩耶「いいのか!? ……霧島さん!」
霧島「ま……任せて、いただけるのですか」
提督「いいんじゃねえの。やってみな」
霧島「……は、はいっ! 艦隊の頭脳と呼ばれるよう、頑張ります!」ビシッ
提督「あんまり気張るな。適当でいいぞ」
霧島「はいっ!!」ゴォッ
大和(気合入りまくりなんですけど……)
霧島「霧島! 気合! 入れて! 行きます!!」ゴオオオ!
比叡「それ私の台詞ー!?」
提督「ただ、戦艦が増えると資材の減りも早くなっちまうんだよなあ……」
若葉「それは大丈夫だ。若葉に任せろ」キラリ
提督(あんまりやる気出さなくていいんだがな……)
金剛(それより早くほどいて欲しいデース)モガモガ ←懲罰中
榛名(榛名は提督になら縛られてても大丈夫です!)ウットリ ←懲罰中
雲龍「ねえ……なんだか嬉しそうにしてない?」ユビサシ
龍驤「しっ! 見たらあかんで!」ユビオサエ
* *
摩耶「それにしてもよぉ……なんでこの鎮守府に出入りするようになったんだ?」
ル級「ソウネエ……毎日毎日、潜水艦ニ小突カレルダケデ反撃デキナイ戦闘ヲ一日数十回、三カ月クライ続ケレバ理解デキルカモネ?」ニタリ
金剛「Oh... もしかして、オリョールにいたんデスカ……」
摩耶「そりゃ最悪だな……」ウヘェ
霧島「想像したくありませんね」アオザメ
榛名「?」←わかってない
今回はここまで。
次回か次々回でスレも埋まりそうなので、スレ立てはそのときに行います。
予定より残りレスが少なくなりそうなので、次スレを用意しました。
【艦これ】提督「墓場島鎮守府?」不知火「その3です」
【艦これ】提督「墓場島鎮守府?」不知火「その3です」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1583941702/)
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このSSまとめへのコメント
続き楽しみにしてます
続きだーーー
イェーイ
墓場の艦むすと話して五月雨の気持ちはどんな風に変わるんだろうか
続き楽しみにしてます
卯月ーーーどうなっちゃうんだーーー
夢落ちでヨカッターー
今後どんな風に話が続か楽しみにしてます
復活していて安心した~これからも頑張ってください!
更新楽しみにしてました
ようやくこの墓場島鎮守府に娯楽用品が配備されたのか今後が楽しみ
提督また卯月達の鎮守府に行くのかな?
続き楽しみにしてます
更新フゥゥ!
まだだまだ待ってまぜ
待ちます!
元スレは更新されてるから
まとめ待ちかな
なに、止まない雨はないさ
那珂ちゃんの葬送の歌は、私は勝手に「無限に広がる大宇宙」だと思っています。私のイメージがそうなったけど、本当は何を歌ったのかな?
白露型は基本良い子だから、白露が島風のお姉ちゃんだと言うなら、他の白露型の子達も島風を妹として可愛がりそうな気がする。時雨のお墓参りに島風と白露型が一緒に行ってそう。
[修羅の門]って漫画に190cm200kgの元力士でてきたことあるけど、それに勝った主人公の陸奥と同じ名の戦艦が苦しめられたか……陸奥圓明流さえ会得してたら違ったんだろうな~