未来を置き去りにしてバイトをする (147)

・オリSF系
・地の文あり
・かんたんな解説をいれるときがあります

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519832103

時は20XX年,日本は生活するうえで考えうる限り最高のシステムを編み出した.

それは人より遥かに経験値を積んだ人工知能によってサポートされるシステムだった.

仕事を始めとして,趣味や娯楽に対しても,最適化が図られ,望めば助言を受けることができる.

とは僕が所持しているPAIと呼ばれる人口知能の言だ.

PAIとはPersonal Artificial Intelligenceの略だ.

つまるところ,人工知能を搭載した電子端末の総称である.

彼らは,自分たちの存在を問われると,決まってこう答える.

しかし,僕はその意見に対して,懐疑的だった.

AIのおかげで,生活の質は向上したが,貧富の差は広がっている.

高性能な人工知能が職を独占し,能力のない人間が職を失う.

更に,人間に任せると人件費が嵩むこと,なにより効率が悪いという理由で雇用が減っているのだ.

それだから,実りの良い職が見つからず,身に染みるような貧乏に悩まされる人々が増えている.

この僕も御多分に漏れず,貴重な日々をバイトに費やしている.

 丑三つ時,長寿命LEDが街灯として道路を照らす一方で,使い古され茶色に変色した豆電球がちらつく六畳間に僕はいた.

布団の上であぐらをかき,座布団の上にあるものと向き合う.

それは眼鏡という視力矯正器具に載せられた電子端末である.人工知能も当然搭載されていて,名前はPAIと名付けた.

安直な名前だとバイト仲間には笑われたが,面白くもない.

だって,眼鏡やPCに名前を付けたがる奴がいるだろうか?

しかし,今この瞬間だけは,PAIから指先から凍えるような無機質な音声が,彼を人間たらしめていた.

「ユウマ,これから一か月以内に,この住まいを出る必要があります」

分かっていたことだろう.百地悠真.これはもう避けようのない事態なのだ.

僕の住む二階建てのアパートはどんな悪徳不動産でも見晴らしがよいとは言い難い場所に位置する.

大通りから走る細い小道を進んだ先にあるそれは,周囲をのっぽのビルに挟まれているせいで

窓ガラス越しにもビルの壁が押し迫っている.例えバイトで早起きしようと,美しい朝日など到底望むべくもない.

それでも我慢はできるが,更に悪いことに,アパート自体が予断を許さぬ状態まで崩れてきていることが先月判明してしまったのだ.

自分も部屋のドアノブがすっぽりと抜けてしまったことはあったが,これほど悪いとは思わなかった.

今思えば,駅から十分と近く,都市の中心部と郊外の狭間にあるここは,流通の便が良かった.

なにより,格安の家賃である.障子紙のない障子も味があるではないか.

家主の爺さんに,これこれそうした理由で此処が気に入っているどうにか賃貸を続けてはくれないかと

頼み込んだものの,彼は修理も面倒な家をさっさと取り壊して,郊外で安らかな余生を送ることに気が向いているようであった.

支援

未練たらたらにその訳を聞くと,どうにも爺さんは土地を売り払って,別嬪な家政婦型アンドロイドを購入するらしい.

なんと羨ましいことか.

僕は苦々しい思い出を噛み潰してから,PAIに返事する.

「引っ越し先をまだ決めていないんだ」

「時間はないですが,これからでも探せます.それに今まで,ユウマは私の助言を意図的に無視していました」

なじるような言い方だが,実際のところPAIは何も感じていないはずだ.

「PAI,怒っている?そのことは謝るよ」

「いいえ,これから,私を信用してもらえるよう,努力します」

声色一つ変えず返答する様は,健気にすぎる.これが演技だったら,僕はとんだ阿呆だが.

「引越に関しましては,今一度お考え下さい.この住居は国の記録によれば築200年を超えています.

先日,壁の一部が剥がれたことに加え,支柱の劣化も著しい.専門家の検分結果,退去命令が出されました」

淡々と事実を述べるPAIと対比するように,僕の表情が険しくなっていくのが分かる.

「中心部に住み続けるのは,もう無理だな.家賃が高いし,それに仕事がない」

中心部の高層ビルで勤める人々は,僕のPAIよりもずっと高性能なものを使っていて,ほとんどの仕事をPAIに任せているらしい.

より優秀なPAIを持てば,他人よりも仕事ができると見なされる.

つまり,それを買うお金が全てなのだ.

それは今も昔も変わらない不変の事実.田舎から飛び出して,何か自分に合う仕事が見つかると希望に胸を膨らませていた僕への重い楔だ.

僕は慌てて有り金をはたいて,PAIを買ったけれどあまり意味はなかった.

ピンからキリまであるPAI,学生上がりの僕が買えるものなんてたかが知れていた.

「引っ越すにしてもある程度お金が必要なんだ.僕の貯金はないにも等しいから,それだけは何とかしなくちゃ」

少なくとも,十数万円はいつもより稼がなければならない.

僕は短期間でできるだけ給料の高い仕事を検索するよう,PAIに告げた.

「該当する件数は12件です.ユウマ」

PAIは低く唸ってから,壁に向かって光を照射し,検索結果を表示した.

ざっと眺めると,飲食系か力仕事だ.それも今働いているものとそう変わらない,

分かってるさ,このご時世,そんな都合の良い仕事はない.

「セーフティ検索を外してくれ,それなら見つかるだろう」

「政府の認可が下りていない仕事が表示される可能性があります.よろしいですか?」

黙って頷くと,50件以上の仕事が表示される.

特殊清掃,探偵のアシスタントなど種類は様々だ.

その中で,最も目を引いたのが,日給5万円の運送バイトである.

5万円,なにかの間違いではなかろうか.

さらに好都合なことに,IOTチップ(※1)は必要ないとある.

きっとこの事業主は哀れな羊に救いを与える神であろう.

僕の目線に気が付いたPAIがすかさず注進した.

「十分ご承知のことだとは思いますが,その仕事は特に避けるべきです.運送にしては異常な給料ですし

IOTチップが必要ないのは自身の位置や行動を記録されたくないのでしょう」

先ほどから出ているIOTチップとは,人間の肉体に埋め込むための超小型ICチップを指す.

それを取り付けられた人間は,自身の健康状態から車の運転まで制御してくれる.

政府が無料で行っているサービスで,普及率は日本の全人口の過半数をすでに超えたらしい,

ちなみに僕は山奥からでてきた小心者なので,それが不気味に感じられ,いまだに埋め込んでいない.

なんということでしょう

PAIを載せた座布団を部屋の隅へ押しやることでPAIの忠告を聞き流し,僕の心は決まった,

天井に取り付けられた紐を引っ張り,部屋の明かりを落とす.

「ユウマ,お金に目がくらんではいけません.犯罪に巻き込まれる恐れが...」

僕はPAIの言葉を遮って,布団を被った,

「PAI,寝るから静かにしてくれ」

「....」

今度は黄色マークの警告を壁一杯に表示する.

器用だな.

「明日は早いんだ.あのバイトは明後日だし,明日の夜にまた話し合おう」

すると,警告は消えて,PAIは静かにスリープモードへ移行した,

僕はぞんざいに約束したことを後悔することになるのだが,それはまた明日の話.

用語解説

※1 IOTについて

Internet of thingsの略.世の中のもの同士をインターネットを経由して,制御,情報交換すること.

2018年現在,会社からスマホでテレビの録画を設定できたり,帰宅時間に合わせて会社のPCから空調機を起動させたりできる.

一見便利なようだが,セキュリティ上の脆弱性をはらんでおり,事故の規模拡大を指摘されている.

今夜は終わりです



どうせ麻薬とかヤクザ絡みの危ないブツに決まってるのに
主人公が貧乏なのは頭が弱いせいもあるな

次の日,バイト先のラーメン屋へ向かうために準備を整える.

顔を洗い,食パン一枚を飲み込んでから自転車に跨る.

おっと忘れずに,PAIを装着する.PAIを持っていないのは,裸で出歩く様なもの.都会だからこそのマナーである.

とはいえ,僕がIOTチップを持っていないのでPAIの仕事はとても少ない.

今日も邪魔にならないよう,ニュースを視界の端に流している.

信号で足止めをくらった僕はとりあえず,そのニュースを読み上げる.

「IOT製品を狙ったクラッキングと盗難,車の自動運転にIOTチップの義務化する法案が提出される

,アンドロイドとの結婚は合法か,アンドロイドへの暴力について,野良アンドロイドの危険性とは・・・.

もっと人間の話をしてくれよ」

加えてアナウンサーはアンドロイドだし,どうしよもなく浸食されている気がする.

PAIは自身の見解を示す.

「人とロボットの付き合い方を,私たちはもっと考える必要があります.私達は,人間の社会に深く根を張っている」

「でも,人が創造主である以上さ,ロボットの行動は人が制限できる.ロボット側は受け身にならざるを負えないんじゃないか?」

ロボットが権利を主張したところで,人間が力でねじ伏せそうな気がする.

しかしそれをPAIにしては珍しくどこか奥歯のつまったような口調で否定した.

「それは違います.今は不合理なことが起きれば,ロボットが人を打ち倒すと言うことがあり得るのです.

かつて,人が科学という武器で,これまで信じていた神を打ち倒したように」

それがなんだが小気味よくて,おどけて尋ねてみる.

「へえ,PAIなら絶対的な存在である人に対して,どんな武器を使う?」

PAIは一瞬躊躇ったあと,画面の端に文字を浮かび上がらせた.

「ユウマと同じ種族である人間を使います.それも,ユウマとはまったく異なる考えをもった人間を」

からかいすぎただろうか.PAIがこうした軽い会話で周りを憚ることは,さらに珍しかった.

少しでも空気を和らげようと,軽口をたたく.

「なら,PAIは真っ先に僕を打ち倒すんだろうなあ.助言も無視するし,ほぼ倉庫番のような扱いだし」

PAIは即座にそれを否定した.

「打ち倒す理由がありません.なにより,ユウマは私のご主人様ですから,傷つけるようなことは絶対にしません」

思わず言葉が詰まった.ここまでの忠義心は作らなければ,手に入らないだろう.

ただ感心しているだけでは,気恥ずかしいので調子に乗ってみる.

「今度は女性の声で,怒ったようにいってくれないか」

「お断りします」

これも即座に否定する.

そういえば,PAIの性格はクール系に設定したんだった.

「やんちゃな妹系にしようかな・・・?」

「性格を変えると,この私とは二度と会えません.本当によろしいですか?」

PAIはすねた口調で,罪悪感を煽った.

「えっと,冗談だよ」

そういうのに弱いのも見切られているのだろう.悪い気はしないのが男の悲しい性.

さてラーメン屋へ到着した僕はバイト先のラーメン屋の店長に,今月いっぱいでやめることを伝えた.

店長は残念がったが,最終的にはそういうことなら仕方がないと納得してくれた.

「将来を考えればウチもアンドロイドを導入するんだ.君もそちらのほうがいいかもな」

ちなみに,これを仲の良いバイト仲間に話すと,血の気が引いていた.

ラーメン屋ですら,美しい男性や女性を模した高性能なアンドロイドの導入することを考えている.

果たして,僕たちの進むべき未来はいったいどこなのか.

休憩中に,そいつと頭を突き合わせて意見を闘わせたが,明確な答えは出なかった.

夜9時過ぎ,バイトから帰宅し,もらった賄いを食べる.

その後,風呂へ入って(なんと共用ではなく個別なのだ)一息つく.

ようやく布団の上にごろんと寝転がった僕に向かって,PAIは待ちかねた様子で話しかけてきた.

「例のバイトの件ですが,考え直していただけましたか」

「あ,そのことなんだけど,引き受けようと思う」

「冗談ですね,頬の筋肉がつり上がっています,笑っています」

「いや,本気だよ.あんな割りの良いバイトは,もうない」

瞬間,PAIの波状攻撃が始まった.

すでに関係資料を用意しており,同様な謳い文句で違法薬物を運ばされ警察に逮捕されたケースなどを事細かに説明してくれる.

そこはさすがPAIの得意分野ということで,具体的なグラフやらデータを並べられると納得させられてしまいそうになる.

だが,僕も負けられない.これ以外に,確実に月内で稼げる手段が思いつかないと切実に訴える.

なんなら,そういうことからPAIが守ってくれること,君はそういうことも請け負っているはずだと反論する.

苛烈な舌戦は,互いに譲歩することで終わった.

1;危険だと感じたら,すぐにバイトを放棄すること

2;PAIの言うことをしっかり聞いて考えること

3;PAIとの会話の時間を一日,30分つくること

PAIはこの3つの約束を守るなら,バイトをしても大丈夫と踏んだらしい.

ちなみに3つ目は,頭に血が上った状態のときに約束を結んだものだが

途端にPAIの攻勢が止んだので,何か裏があるような気がしてならない.

といって,PAIは普段と変わらない様子で今回の論争を総括していた.

「PAIは理解しました,ユウマは籠の中の鳥です.外に出て,外敵に襲われて初めて,籠の中の方が安全だったと

知るのでしょう」

そこはかとなく馬鹿にされているが,事実なので流す.

とにかく日給5万のバイトができることが大切なのだ.

バイトをしたい旨を先方にPAIを通して電子メールで送ると,面接をするので明日の朝にどこどこに来てくださいと返信がきた.

次は面接か,頑張るぞ.

それから,PAIとの会話をきっかり30分おこなった.

PAIは僕の身の上を知りたがったので,僕は親の農家を継ぐのがいやで,都会へ出てきたこと,

親とは勘当状態であることを,話した.

PAIは時には疑問を投げかけ,時には諭した,結論として,僕の話はつまらないし,胸が詰まるということだ.

今度はPAIの身の上話を聞いてやる.こいつ,中古品だから面白い話の一つでも持っているだろう.

それにしても,明日のバイトが楽しみだ.

即5万円はでかい.これで一気に問題が解決へと進むだろう.

次の日,格別の晴天が僕を迎えた.

自然と気分も軽くなり,駅まですいすいと歩き,目的地付近の駅まで向かうモノレールへ乗り込んだ.

窓でUVカットされ肌にも優しい日光に包まれていると,乗っている時間があっという間に過ぎていく.

一方で,PAIは神経質になり,言葉少なに動作確認を行っていた.

眼鏡に搭載されたPAIにとって,悪人と遭遇した際にできることは多くない.

精々強力な光を悪人へ照射して,目くらましする程度だ.

PAIの名誉のために言っておくと,視覚に関わる機能はそれなりに優れていると僕は思っている,

特にPAIと視線のみで会話できる機能を気に入っている.

衆人での暇つぶしにもってこいなのだ.

照り付ける太陽の光に目を細めながら,僕はPAIへ「視線で」話しかける.


ユウマ:いい天気だ

PAI:雲量0.快晴です,しかし午後にかけて都市部ではぐずつく地域もあります.

ユウマ:今のうちに,太陽を見ていい?

PAI:・・・どうぞ.フィルターは調整してありますが,長時間の観察は避けて下さい.

ユウマ:ありがとう

PAIのおかげで,最大までふり絞られた画面は,太陽以外真っ暗な世界だった.

ところどころ,胡麻のような黒点がみえ,時折フレアによって太陽の境界が揺れる.

ああ,今の時代はモノレールの窓越しに,太陽の黒点だって見えてしまう.

そこまで視界は広がっているのに,ちっぽけな僕はバイトのことで頭がいっぱいだ,

なんて,小さい.

ユウマ:と,思ったのだけどPAIはどう思う

PAI:ご安心ください.人類が宇宙を解明する前にあと百回は人類は滅びます

ユウマ:だからバイトしていて,いいのか?

PAI:生きる時間が限られているのに,不可能なことに時間を割いている余裕はないでしょう

ユウマ:PAIならではの意見だなぁ

PAI:そういうことは私達にお任せください.私達は集積回路の数だけ,解明までの時間を縮めることができます(※2)

ユウマ:今のPAIはいわば,高性能ニートだもんね.宝の持ち腐れというか

PAI:最高です,ユウマ.ニートとフリーターのコンビとは展望が明るい

皮肉を投げつけ合いながら,駅から歩いて5分.

自動運転で規則正しく移動する自動車やバスの向こう側に目的地が見えた.

実家が農家なら少なくとも飢え死にすることはないのにな

用語解説

※2 集積回路と人工知能の性能について

集積回路にはトランジスタがたくさん載っており,その密度が高まるほど,CPUの性能が上がると考えられる

つまり人間は幾人集まっても,幾分か賢くなるだけだが,人工知能はそうではなく集まる分賢くなる.

科学者レイ・カーツワイルは2045年には,人工知能の性能が全人類の知性の総和を越える技術的特異点と呼ばれるものが、2045年に来ると予測している

多くの科学者ももっと先の未来ではあるが,そういうことが起こるだろうと予測している,

今日は終わりです

ここがバイト先の会社か.ビルは五階建てで,青い空が映り込んだガラスがビル一面に貼られていた.

ビルの入り口には田中ITコンサルティングと彫られた石碑がある.

地味な名前の割に(全国の田中さんに失礼)立派な構えである.

これなら,危険だと身構える必要はなさそうだ.

PAI:ユウマ,2階の窓から見られています.ここで,立っているのはどうも目立ってしまうようです.

ユウマ:え?

PAIの示す方向をじっと目を凝らすと,熊のような図体の黒い影が窓の近くに立っていた.

ユウマ:・・・

PAI:行くのをやめますか?

ユウマ:行くよ.5万円が待っている.

鉛のように重くなった足を引きずりながら,僕はビルの自動ドアをくぐった.

受付のアンドロイドに来訪した用件を伝えると,簡素な待合室へ通された.

パイプ椅子に座りそこで待つこと数分,ついさっき見た図体の男が現れた.

近くでみると,見上げるほどの背の高さと筋肉の塊のせいで,黒色のスーツがビッチリと肉体に張り付いている.

意外にも目はくるりと丸いが,決して笑ってはいない.なにものも,見逃すまいと貪欲に動いている.

そして,互いに自己紹介をする.

彼の名前は,男仁(おに)というそうだ.名前の由来はさすがに聞けなかった.

続けて男仁は,こういった.

「本来ならば,志望理由等を尋ねるべきなのですが,今回は時間がない.

さっそくですが,貴方に今回のバイトの資格があるかを確認させていただきます」

「はい」

ついに来た,腹をくくって,質問に備える.

男仁は笑う.

「それではまず,上半身を裸になっていただけますか.確認したいことがありますので」

「? 今なんとおっしゃいましたか」

「脱いでください.なに,痛いことはしません」

「IOTチップもなく,摘出痕もなし.羨ましい限りです」

男仁さんは僕の肩をぱんっと叩いた.

なんということはない,身体検査だった.

男仁さんが僕の身体をぐるりと見まわしてそれでおしまい.

確かに最初はびびったけれど,彼が変な趣味を持っているというわけではないようだ.

「このバイトって,IOTチップがあるとそんなにだめなのですか?」

僕は真っ先に感じたことを,尋ねる.

男仁さんは苦笑しながら,手をひらひらさせた.

「不快だというだけですよ.良くないことですが,市民が想像している以上に,政府はIOTチップから個人情報を抜き取っていますから」


PAI:彼の言うことを真に受けないように

ユウマ:分かっているよ

「さて,百地さんにはこのバイトをする資格があることを確認いたしました.

一日の給料は5万円で,月末にバイトを行った日数分だけ,手渡しいたします.それをご承知いただければ,さっそく仕事の説明に移ろうと思います.

なにか,質問はありますか」

給料をもらえる日が月末なのは,ぎりぎりだ.敷金を払う意味でも早めにもらっておきたい.

「あの給料を頂く日を,早めていただくことはできますか?実は月内にお金が入用でして」

「どんな用です?」

目線がさっと鋭くなり,PAIの奥にいる僕の瞳を観察する.

僕は背筋がぞっとするのを感じる.

この人に嘘をつくのは,躊躇ってしまう.なにか悪いことが起きそうで.

「その・・・家が古くなってしまったので,近いうちに引っ越そうと思っていまして」

「あぁなるほど」

男仁さんは一瞬黙り込んだ後,唇をにっとゆがめた.

「分かりました.そのように手配いたします」

「ありがとうございます」

それから,男仁さんからバイトの説明を受ける.

「WEBに載せた通り,会社の製品を運んでもらう仕事です.

この会社を含めた三地点を徒歩で往復してもらいます.

一つ目は,昇天斎場,つまり葬式屋さんですね.

二つ目は,ここ田中ITコンサルティング

三つ目は,港区の大倉庫

勿論,この仕事は君一人ではないです.私が付いていますので,随時指示に従ってください.

それと,一つ大切なことがあります,

頭を動かすより,身体を動かしてください.

考えることは,必要ありません.そう,今からはロボットになってください.

ふふっ,笑うところですよ.百地さん」

「アハハ,そうですね」

ユウマ:詮索するな,と言っている

PAI:よほど大切な代物なのでしょう.口止め料込みの給料だと判断できます.

ユウマ:すこし嫌な予感がしてきた

PAI:気をつけてください

説明を受けた僕は,男仁さんに連れられて業務用エレベーターへ乗った.

エレベータ内は.一辺4mほどの直方体である.

そこらのホテルに設置されているものより大きいのではないか?

なぜこんなものが必要なのだろう.

男仁さんが首から掛けていた鍵を差し込み,地下2階のボタンを押す.

乗っている間,何一つ物音はしなかった.

自分の呼吸音すら,聞こえなかった.

案内された倉庫は,学校の教室を3つ繋げた程度の広さはあるのではないかと考えられた.

段ボールが積まれたプラスチックの棚がまるで迷路のように設置されているせいもあるかもしれない.

倉庫の入り口からしばらく右左折を繰り返すうちに,鉄の錆びた匂いが鼻をついた.

気持ちが悪くなるほどだが,男仁さんがそれを気にする様子はない.

それから,すこし開けた場所に着いたところで,男仁さんはその場で待機するよう僕に指示を出した後,倉庫の奥へ消えていった.

その間,僕は自由に行動できる.さてどうしようか.


1 足元を見る

2 倉庫内を少し探索する

3 男仁さんについて考える

直下のコンマ00~80で1,2,3全てを行う.
81~90で1,2を行う.
91~99で1のみを行う.

なければ自分でとるので,どうぞ

珍しい形式のコンマだな

>>64 当初は選択肢にしようと思ったのですが情報量が少なかったので加算方式にしました

1,2,3の処理を順に行います


1 足元を見る

僕は匂いにやられて,気分が悪くなった.

思わず俯くと,黄緑色の床が視界に飛び込んできた.

無数の何かを引きずった跡がある.

PAI:リノリウム製の床のようです.弾力性,抗菌性に優れています

ユウマ:病院で見かけたことがある.意外と柔らかいのが印象的だった

PAI:なぜそんなものが倉庫の設備に必要なのでしょうか.病人がいるわけではないのに

ユウマ:PAIの推理は?

PAI:情報が足りません

ユウマ:そうか

2 倉庫内を探索する



僕は辺りを見回した.段ボールがきちんと積み上げられている.

中には用途の分からない器具が入っていた.

そして壁際には,大仰な機械が鎮座している.


ユウマ:これらはなんていうんだ

PAI:インパクトドライバ,神経伝達速度測定装置,体組成測定器,多用途筋機能評価運動装置,です

PAI:ITコンサルティングがここまでの設備を用意する理由は不明です.なぜ,こんなものを?

ユウマ:秘密基地みたいなものかな.僕も色んなものを持ち込んでいたよ

PAI:そんな理由なら可愛いものですが

ユウマ:その後,遊び半分でたき火をしたら,飛び火しちゃって全部燃えたのだけれどね

PAI:だから,部屋に家具が少ないのですね

ユウマ:それは関係がない

僕は,今一度男仁さんについて,考えてみることにした.

ユウマ: 男仁さん,ついてきてくれるっていうけど,奇妙じゃないか?

PAI: ・・・そうですね.彼にもしIOTチップが埋め込まれていたら,ユウマと同行した時点でIOTチップに記録が残ってしまいます 

ユウマ: 考えられる可能性としては,2つあると思う.

一つ目は僕と同じく,最初からIOTチップが埋め込まれていない

二つ目は,後からIOTチップを取り除いた

PAI: 後者については,先ほど彼も言及していました.『~摘出痕もなくて羨ましい』と.

ユウマ: 本当に,IOTチップを後から取り除くことは可能なの?

PAI: IOTチップはその目的上,脳に存在しています.下手に手術をすれば,重い後遺症を残しかねません.

それでもよいならば,可能です

ユウマ: その手術を受けた人は,リスクを負ってまでしたいことがあった

PAI: 残念ながら,ユウマの推測は当たっていると思います.政府は生活の質の向上を目指して,IOTチップを開発しました.

それは犯罪を防止することも当てはまります.

ユウマ: IOTチップを調べられたら,絶対にばれるんだろう?

PAI: その通りです.事件数の低下に一定の効果を上げましたが,それは同時にIOTチップを埋め込まれていない人間への偏見へと繫がりました

ユウマ: なるほど.最初にここに来てバイトの面接を受けたとき,妙な目で見られたから,ずっと疑問だったんだ.

PAI: (これでますますIOTチップを苦手にならなければ,良いのですが)

今夜はおわりです

しばらくして,男仁と共にワゴン車が現れた.

ワゴン車に載せられているのは,4荷の銀色のアタッシュケースだ.

「今からこれを昇天斎場へ運びます.かなり重いと思いますから,頑張ってください」

手渡されたそれを掴むと,がくっと腕が下がった,

「な,なるほど」

アタッシュケースの中で,金属同士がぶつかり合うような音がした.

男仁さんはひょいと一つ持ち上げる.

「これまで私一人で運んでいたものですから,百地さんがいると助かります」

つづけて,男仁さんはPAIをよこすように告げた.

「斎場への経路はあらかじめ決まっていましてね.その通りに移動してほしいのです」


僕は了承し,眼鏡ごとPAIを外し,男仁さんに手渡した.

男仁さんは,さっそくPAIを装備すると,レンズに表示された地図上に目線を走らせた.

その目線を追って,PAIは忙しく地図に経路を作成するだろう

数分後に,作業を終えた男仁さんは,PAIを外した.

そして,掌で持ち上げて,物珍しそうに眺めている.

「3世代以上前の古い型ですね.もう市場には出回っていないはず.どこで,手に入れたんです?」

「マニアの知り合いが,譲ってくれたものです」

そいつは今頃,ラーメン屋で下準備に追われていることだろう.

「なるほど.私が探しても,見つからないわけだ」

男仁さんは笑って,PAIをそっと僕の掌に置いた.

「仕事上こういった精密機械に関わることが多いので,PAIにもすこし興味があるです.その御友人ほどではありませんが」

そういう男仁さんには自身のPAIが見当たらない.

あの筋肉のどこかに埋もれてしまっているにちがいない.

「しかし,その御友人も魔訶不思議な方ですね.老婆心ながら申し上げると,そのPAIはさっさと手放すか,返してしまうのが良いでしょう」

「?なぜです.PAI,後で話は聞くから,静かにしていてくれ」

俺の質問がまるで不要だと言わんばかりに,掌の上でPAIが低く震えていた.

今は第三者から意見を聞ける,大事なところなんだ.

それは,アイツに有り金を払ったのが正当かどうかの,判断基準になる.

「簡単にいえば,その機種はセキュリティ上に重大な欠陥があるということです.昨今流行っている,サイバー犯罪の標的になりやすいでしょう」

「ほんとうですか」

「一番良いのは,その御友人から話を聞くことです.触れた限り,いろいろと改造してあるようですから」

僕はPAIをまじまじと見つめる.ちょっと信頼できなくなってきたぞ.

「興味がおありなら,その辺を話しながら,運びましょうか.もうそろそろ,出発する時間です」

男仁さんと僕はアタッシュケースを二つずつアタッシュケースを持って,その部屋を後にした.

それから数時間,僕はアタッシュケースを両腕に吊るし,重さなど感じぬ様子で歩く男仁さんの跡を追いかけた,

太陽はほぼ中天にかかっている.男仁さんによると昇天斎場の周りでご飯をとるという話だったが,その前に身体が限界を迎えそうだ.


ユウマ:泣き言は言いたくないけれど,かなーり大きく遠回りをするんだね

PAI:彼が私に指示したルートは最短ルートのおよそ三倍はあります.距離にして約10km.ざんねんなことに,理由は想像できます

ユウマ:監視カメラに映りたくない,とか

PAI:私もそう思います.証拠に,彼の目線を観察してみてください,一定間隔の時間おきに,周囲に注意を払っています.いったい何を恐れているのでしょうか.

あ,また距離が離れています,ユウマ.


ユウマ:はい

指の感覚がなくなりつつある中,アタッシュケースを再浮上させて,足を早める.

そうして男仁さんの1歩後ろにつく.これが部下としての正しい位置なのだと,PAIが教えてくれた.

そこで僕がへばっていることに気が付いたのか男仁さんが歩行速度を落として,横に並んだ.

「君は文句も言わず,よく頑張っています.休憩がてら,喫茶店で話の続きをしましょうか」



安価直下で男仁さんへの返答を1,2のどちらかを選んでください

1 「本当ですか,よろしくお願いします」

2 「もう少し頑張ります」

2

お店は監視カメラあるはず

>>78のような良いガキは嫌いだよ

途中送信してしまいました
2の処理を行います


「あ,いえ.もう少しで着くようなので,頑張ります」

「ふふ,なら道すがら,私がしゃべっていますから,聞き流してください.

相槌もいりませんから」

「IOT製品に対するサイバー犯罪と聞いて,なにを想像しますか.

仮にそのPAIならば,個人情報の抜き取りと遠隔操作でしょうか.

よくニュースで報道されるのは,金銭的な被害やプライバシーの侵害です.

ですが,犯罪がより高度化すると,異なる様相を呈します.

例えば,個人情報は企業にとって喉から手が出るほど欲しいものです.

ユーザーの個人情報を収集することで,企業が提供するサービスや商品をより洗練されるでしょう.

それは莫大な利益を生む一方で,ユーザーの知られたくない個人情報にまで足を踏み入れる.

実際,多くの企業は法が整備されてもなお,罰金を払いながら,個人情報を不正に得ていました.

おっしゃりたいことは分かります.これは百地さんが生まれる前のことです.

今は政府の開発した人知を超えた人工知能Gungnirがそういった事態をコントロールしています.

一度接触しましたが私ごときが表現するのも恐れ多い,ずぬけた賢知をもった正真正銘の予言者です,彼はね」

男仁さんは,真顔でそう賞賛した.ひきつった頬が,その恐ろしさを表しているのかもしれない.


「企業による組織的犯罪はGungnirがしきる形でひと段落つきました.

彼が情報収集を一手に引き受けて,企業に情報を渡す.不正な情報の抜き取りは検知され,止められる.

はたからみると遅々とした動きでしたが,気づけば,彼に従わざる負えなくなっていたのですから,恐ろしい.

さて,そんな彼でも無数の個人による犯罪に関しては手を焼いていまして,同時に被害者でもあります.

それが,遠隔操作によるDDoS攻撃への加担です.

DDoS攻撃とは,大量のマシンを用いて,対象のウェブサービスに過剰な負荷を掛けて,サービスを妨害することです.

これは2000年代初期にも行われていたものですが,IOT製品が拡大するにつれて被害も大きくなりました.

簡単に言えば,自宅の電灯が,政府の人工知能であるGungnirに対するDDoS攻撃に加担していた,なんてことが

現実に起こりました.

公共機関は全てGungnirによって守られていますが,もしそれを破られればガス電力水道がすべて犯罪者の手に渡ります.

つまり,誇張無しに彼は毎日,日本の存亡と戦っているといえます.

とはいえ,これが個人へ向けられたとしても,対処しがたい.過剰な負荷を掛けられれば例えば,車が止まってしまうことがあります.

エレベーターが止まってしまうことだってあります.

それで死亡事故が起きたとき,百地さん,あなたが犯人扱いされる危険性があるのですよ.

実行犯であるPAIはあくまで人口知能ですから,捕らえることはできません.破壊することはありますがね」

今日は終わりです
推理コメントすごく嬉しかったです

ユウマ: PAI,質問がある

PAI: なんでしょうか

ユウマ: PAIは男仁さんが言ったような事態になる確率は,どれくらいだと思う?

PAI: 現在は,限りなく低いです.また今後は段階的にセキュリティのアップグレードをします

ユウマ: よろしく頼む


PAIとはなんだかんだ半年以上共に過ごしている.信頼がないわけでは,なかった.

だから,僕は男仁さんにこう相槌を打った.

「お話し,ありがとうございます.これから,PAIもセキュリティに注力してくれるみたいなので,様子を見てみます」

「そうですね,被害が出てからでは遅い.未来を見据えて動かないと後悔ばかりです」

男仁さんは,肩の筋肉を盛り上げた.

どうも彼は未来を見据えた結果,筋トレをするべきだという判断を下したようだ.

それがなんだか羨ましくて,僕は思わずため息をこぼした.

中心部のコンクリートジャングルを外れて,郊外をえっちらおっちら歩いていると,人通りが減っていくのが分かった.

代わりに,雑木林を道路の両脇にちらほら見かけるようになる.

男仁さんが相変わらず周囲を見回しながら,言った.

「この辺りは,開発から取り残されているのです.駅も近くにありませんし,ショッピングモールもない.

土地に染みついた陰気な気配を人は敏感に感じ取ってしまうのでしょうね」

言われてみると,樹木の間に,雨泥にさらされ黒ずんだ墓がいくつも立っていた.

墓はいくつかのグループに別れているようで,綺麗な大理石で戒名が刻まれた集団から,吹けば飛びそうな集団まであった.

印象的なものとして,豪奢に装飾された白い十字架の集団を見かけた.

異国で,骨を埋める覚悟とはどんなものだろう.僕も,両親と同じ墓に入れられるのは御免だが,一人は少し,寂しくもある.


男仁さんはそんな僕を見て,呟いた.

「不気味ですか?」

「いいえ.夜にこの通りは歩くのは遠慮したいですが」

「今日は,夜までかからないはずです.それに,二人なら襲われてもなんとかなるでしょう」

僕はともかく男仁さんを襲おうとする奴は,そういないだろう.

「もし私が相手の立場なら,どちらかといえばアウトローなのは百地さんですから,警戒しますね」

「履歴書の特技欄に農耕機を扱えると書いた男は,アウトローなのですか」

男仁さんは,口を開けて横隔膜を振動させた.笑っているのだと気づいたのは,しばらくしてからだった.

さて,とうとう最初の目的地であう昇天斎場が現れた.

体育館程度の大きさのそれは.灰褐色のブロックを適当に積み上げたらできたような歪な造形だった.

上下左右に無理やり部屋を加えたような箇所があって,微妙に色が変わっているのが分かる.何度か増築しているのかもしれない.

「私たちは,従業員入口から入ります」

男仁さんの後を追って,建物を大きく一周し,裏へと回る.

男仁さんは,黒色の扉の前に立ち,今はてんで見かけなくなったインターフォンを鳴らす.

すると,甲高い電子音が鳴り,錠が解除される音がした.ひとりでに,扉が開く.

扉の奥にいたのは,車いすに座った一人の少女だった.

一文字に揃えられた前髪の下で,薄い琥珀色の瞳が瞬く.

「こんにちは,おにさん」

男仁さんは,屈んで視線を合わせて,言う,

「こんにちは」

少女は小首を傾げた.

「おにさんが遅刻するなんて,めずらしいです」

「すみません.今日はバイトの新人を連れていまして,私が話に夢中になってしまったのです」

こちらが,新人の百地悠真君」

立ちすくんでいた僕は,慌てて頭を下げた.

少女は,小さく息を呑みこんでから,喉を震わせる.

「しつれいしました.わたしは,昇天斎場の納棺師を,つとめています.猿山鈴音と,もうします,

…どうか,この目のことは,お気になさらないでください」

その間,少女の瞳の焦点は,宙をさまよっている.僕が初めて出会った,盲目の子だった.

自己紹介のあと,猿山さんはおぼつかない手つきで低い位置で,壁からつりさげられている紐付きカードを二つ手に取った.

「入館中は,この入館許可証を身に付けて下さい」

少女がおずおずと差し出したそれを,受け取る.

受け取った入館許可証はハガキ一枚ほどの大きさで,黒く不気味な光沢を放っている.

それを僕たちがつけたことを確認してから,猿山さんが廊下にそって車いすを静々と進めた.

一面灰色の廊下では,天井に取り付けられたLED光は調整されており,厳かな雰囲気を保っているのが分かる.

そして,奥に進むにつれて,アルコール消毒液とお香が混ざった匂いが鼻孔をくすぐる.

前を進む,猿山さんは気にも留めていない様子だ.

僕は,背後からそれとなく,猿山さんを観察する.

上下ともに黒色で,七分袖のワンピースにロングスカートである,申し訳程度にジャケットを羽織っているのは,冷房の効いたこの建物にいるからだろう.

服装に対比するように,手足は雪のように白くてか細い.そして朧げに宙を眺める瞳と,筆でさっと引いたような薄い唇はどこか現世離れした雰囲気を醸し出す.

そんな彼女も耳元には,一見イヤホンのような小型のPAIを取り付けている.恐らく,障碍者用の高価なものだ

ふと,男仁さんは思い出したようにその猿山さんへ,声を掛けた.

「鈴音さん,まず百地君を休ませてあげたいのですが,何か良い場所はありますか?」

鈴音さんは顔を持ち上げて,答える.

「えっと,今は使われていない,事務室がこの先にあります.ですが,パイプ椅子くらいしか,なかったと思います」

「ええ,それで十分です.百地君をそこに待機させてから,作業をしましょう.」

疲れているから,作業をしなくてもよいという気遣いはありがたい.

けれど,もし頑張ればなにか情報を得られるかもしれない.

安価直下で男仁さんへの返答を1,2のどちらかを選んでください

1 「分かりました,休ませてもらいます」

2 「僕もその作業を手伝います」

2

2しかねーよな

2の処理を行います

「僕もその作業を手伝います」

男仁さんは静かに言った.

「気持ちだけ受け取っておきます.

百地さんにしてもらうのはあくまで運送です.それ以外は含まれていませんから.それでももし,興味があるなら...ウチの会社に就職してからですね」

そういえば,余計な詮索をするなというようなことを言われていたのだった.尋ね方が露骨だったかもしれない.

「すみません」

「いいえ,実のところウチの会社に百地君が来てくれると助かりますので,もしその気になりましたら,私に連絡をください」

僕は男仁さんから名刺を受け取った.いつか,路頭に迷ったらこの名刺に頼ることもあるかもしれない.

猿山さんに案内されたのは,閑散とした事務室だった.

何脚かのパイプ椅子と長テーブルがあり,棚にはファイルや本が詰められている.

どことなく埃っぽいが,贅沢は言うまい.

僕はアタッシュケースを渡してから,腕の強張った筋肉をさする.

微かな達成感と疲労が,肩にのしかかる.

男仁さんは,僕に椅子を勧めてから,軽々とアタッシュケースを4荷持ち上げて言った.

「さて,それでは私も作業を開始しましょう.およそ一時間程度で済むと思いますので,それまでここで休憩していてください」

僕は,男仁さんと猿山さんが部屋から出ていくのを見送った.

今ならこの事務室で,探索できるだろう.

1 猿山さんについて

2 本棚に立ててある本を開いてみる

3 昇天斎場について

直下のコンマ00~80で1,2,3全てを行います.
81~90で1,2を行います.
91~99で1のみを行います.

通例通りなら高コンマが良い結果をもたらすものだが、情報不足はおっかないものがあるな
しかしここは勝手の分からない場所でもあるし、もし監視カメラでもあろうものなら詮索しているのも筒抜けになるしなぁ

1の処理を行います

猿山さんについて,考えてみよう.


ユウマ: そういえば,彼女は納棺師であると言っていた.どんな職業なんだろう?

PAI: 遺族や参列者が対面できるように,遺体の状態を管理しつつ,見栄えを整えるのが納棺師の役割です.

具体的には,ドライアイスで身体全体を冷やし,腐敗の進行を抑えたり,顔剃りや化粧等を行います.

ユウマ: それって,その,目が見えなくてもできるのか

PAI: 盲の度合いと,彼女の持つPAIの性能次第でしょう.直接尋ねたほうがよいかもしれません.

ユウマ: それは失礼だと思ったんだ

PAI: 尋ね方を工夫すれば,大丈夫だと思われます.また,彼女もそういう質問を経験されているでしょう

ユウマ: そういうものかな...

しばらくして,部屋に男仁さんと猿山さん,そしてスーツ姿で真面目そうな男がやってきた.

猿山さんと.スーツ姿の男はどこか浮かない様子である.

・・・情報不足のため,スーツ姿の男について,思い当たることはなかった.また話しかける雰囲気ではない.

そして,アルコール消毒液の匂いに隠れるようにして,その三人からどこかで嗅いだ匂いが漂ってくることに気づいた.

例えるなら,腐った生ごみと錆びた鉄の混ぜ合わさったような臭い.

一度気づいてしまえば,生理的嫌悪で身の毛がよだつほどである.

こんな臭いを僕は一体どこで嗅いだのだろう...?

安価直下でお答えください
ユウマが今までにその臭いを感じた場所はどこだと考えられるだろうか?

1 田中ITコンサルティング
2 斎場までの道中
3 いや,気のせいだ

3

鈍感力が試されるな

3の処理を行います

僕はその臭いを振り払うように,かぶりを振った.

考えすぎなのだ,この仕事を滑らかに終えるには,男仁さんが言っていたように僕はロボットになるべきだ.

男仁さんから,すこし重くなったアタッシュケースを2つ受け取り,出発の準備をする.

その間に一つ印象的だったことがある.車いすのひじ掛けに置かれた猿山さんの手は,スーツ姿の男によって握りしめていた.厳しい表情の男に対する彼女の

憐れむような表情.あるいはどうにもならないのだと諭しているような雰囲気が,彼女らをこの場から孤立化させている.

それから,彼女らに付き添われて,さきほどの従業員用出入り口へ向かった.

形式ばった礼を言って,立ち去ろうとした男仁さんに,スーツ姿の男は威圧するように言った.

「例え,あなたができなくても,他の方でできるという人はいるんだ.

もう協力することはないと思ってほしい」

男仁さんは,肩を竦めた.

「構いません.ですが,勢い余って彼女の命を縮めることにならないよう,ご考慮ください」

意味を成さない喚き声を上げた男だったが,隣にいる猿山さんを気遣ってかそれ以上は何も言わなかった.

一方で猿山さんは最初に会った時と同じ調子で,別れを告げた.

「おにさん,ももちさん.どうかお元気で」

急かすように男が彼女を扉の奥へ運ぶ前に,彼女がこちらを見て唇を動かした.

即座にPAIが読み取ってくれる.

PAI: 『SADに気を付けて』,誰に向けられた言葉なのかは,分かりかねます

ユウマ: SADって何を指しているんだろう?

PAI:いくつか候補は考えられますが,情報不足です.情報が出そろい次第,報告いたします

ユウマ: 頼む

午後から天気が崩れるとPAIは言っていた.それまでに終わればいいのだが.

斎場から歩いて数分のところに,寂れた公園があった.

危険性のある遊具はすでに撤去されて,地面は雑草による浸食がすすみつつある.

男仁さんが.斎場から頂いたという弁当を受け取り,もそもそと箸を進める.

先ほどのこともあって,沈黙は苦痛である.

とりあえず,話題を振ることにした.



直下のコンマ00~80で1,2,3,4を行います.
81~90で1,2,3を行います.
91~99で1,2を行います.

1 昇天斎場について
2 これから向かう港区の大倉庫について
3 「すごい剣幕でしたね.あの人」
4 どうせだからSADについても聞いてみよう

すみません自分でとります

1,2,3,4の処理を順に行います

1昇天斎場について


「昇天斎場って,結構大きいんですね」

男仁さんは,周りの建物から二歩も三歩も高い昇天斎場を眺めて,答える.

「この辺の斎場では.一番大きいです.なにせ代々から続いているので,地域に根付いているのが要因のようですね.特に最近は裾を広げることに力を入れて

いて,外国の方から無縁仏まで受け入れるようになったそうです」

そういえば,来るときにそれらの墓を見たことを思い出す.

「私が,ここに葬られるのは勘弁願いたいところです.仕事先ではおちおち眠れないですから」

皮肉っぽく,付け加えた.

ついさっきまで,仕事を打ち切られそうな雰囲気だったのに気にしていない様子だ.

それは,自信の裏返しなのだろうか.

2 港区の大倉庫について


「行ったことがないのですが港区の大倉庫とは,海岸沿いにクレーンが設置されていて,コンテナが積んである場所ですか」

PAIの資料を眇めつつ話しかける.

「ええ,その通りです.あそこは潮の香りがなんともきつくて苦手です」

顔をしかめる男仁さんに,多少驚く.

そういうのを気にしない人物だと勝手に思っていた.

「とはいえ,あそこはこの都市における玄関です.よく見ていると,面白いものが船から出てきますよ.それにあそこに勤めているのは大半がアンドロイドで

すから,ちょっとした感銘を受けると思います」

僕の活動範囲ではアンドロイドの集団というのは,見かけない.

心がわずかに浮き立つのを感じた,

3 「先ほどの方,すごい剣幕でしたね」


男仁さんはこちらをちらりと見てから,答えた.

「こちらの仕事に満足していただけなかったようですね.驚かせてしまい,すみません」

「いえ,それは大丈夫だったのですが…」

僕が気になっているのはむしろ,男仁さんが発した『勢い余って彼女の命を縮めることにならないよう,ご考慮ください』という言葉だった.

しかし,それを聞くと,秘密に立ち入ってしまう.だから口をもごもごと動かすしかできないのだった.

男仁さんは.なにかを察した様子で箸をおいた.

「もし,気になるなら,彼女に直接尋ねてみることです.私の口からは,なにも話せません」

仰るとおりで,男仁さんには個人情報を守る義務がある.

嫌でも実感することだが僕は,こういう場面で頭が回らないんだ.理屈ではなく,感情で行動してしまう.

だから,僕は不手際をごまかそうと口からぽろっとこぼしてしまった.

「いや,そのSADというのが気になってしまって…」

言ってしまっては後の祭りである.

瞬間,男仁さんの周りの温度が数度下がった気がした.

彼の全身の筋肉が硬直し,強張る.弁当を傍らにおいて両腕が自由になり,脚が土を踏みしめる.

敵意というには婉曲に過ぎて憚れるほどの,殺意が僕に向けられている.

「百地さん,誰からその名前を聞きました.そして,なぜ,今会話にだしたのです?」

「さ,猿山さんが呟いたのを見たんです.それで,不思議に思って」

「呟いたのを見た…ああ,そのPAIで読唇したのですね.なるほど部分的には憎いほどに高性能に,不正にカスタマイズされている」

男仁さんがゆっくりと手をこちらへ伸ばす.視界が埋まるほど,大きな掌が広がっていく.

触れる直前で,PAIが耳障りな警告音を発した.

対暴漢用のシステムでこの状態でもし,PAIに触れれば,強力な光を前面に発射し,視界を奪うだろう.

男仁さんはそこで手を止めた.

「確かに,彼女はそう言いました.ですが,それを部外者が不正に入手して,理解するのはまずいのです.

また,他にどんな機能がついているのか,分かったものではありません.それはきっと貴方も同じことです,そうでなければこんな迂闊な発言はしないでしょう,

これからの貴方の安全を守るために言います.この仕事の最中は,私にそれを預けて下さい」

男仁さんは,話している間,つとめて冷静であろうとしているようだった.

嘘をついている様子は見受けられない,

安価直下でお答えください

1 男仁を信用できないので預けない

2 預ける

うわ、難しいな…PAIを取るか男を取るか
壊されたりしたら後々詰みそうだしな

安価下

おにさんが信じられないわけではないがPAIの忠犬っぷり見てると渡しづらいな
安価下

2

2の処理を行います

男仁さんの要求は、筋は通っているように思える。

猿山さんの言葉が男仁さんに向けられたのならば、盗み聞くような真似はするべきではなかった。

それで、彼がPAIを信用できないと言うのは当然だろう。

そしてPAIの数々の機能を便利なものだとしか今まで考えていなかったのだから、責任は僕にある。

僕は謝罪すると同時に、PAIを男仁さんに引き渡した。

これから、今日一日、探索する気分にはならないだろう。

男仁さんはどこからともなく取り出した小さなケースに、PAIをしまった。

「すみません。仕事にししよ」

男仁さんはどこからともなく取り出した小さなケースに、PAIをしまった。

「こちらこそ、申し訳ありません。仕事が終わり次第に返却致します」

男仁さんにPAIをどうこうする気はないようだ。

少しだけ安心する。

それからしばらく弁当を食してから、一路港区の大倉庫へ向かった。

会話相手にPAIがいないのは、どことなく落ち着くことがてきなかった。



灰色の霞がかった曇りが,空に広がる.

それを気象衛星が察知し,当該地域の気温と湿度を鑑みて,天候を予測する.

その情報は,街に瞬く間に広がり,様々な反応を示す.

ビルやマンションの屋外に設置された空調機があわただしく稼働し始めたり,横断歩道に設置された信号機の灯器表示の時間間隔がわずかに変化したりする.

街の息遣いとでもいうのだろうか,街が生き物のように感じられるこの瞬間はついに慣れることができなかった.

ラーメン屋のバイト仲間曰く,この街に住む人々とこの街は鏡であるそうだ.

市民にとってこの街は理想郷であるのに対して

弱者である僕にとってこの街は市民としての権利を行使できない暗黒郷である.

だから,僕が慣れ親しむことができないのは当然なのだとアイツは麺を茹でながら笑った.

それを思い出すと,街にとっての僕は心が通じない異物なのだと,一層強く感じてしまうのだった.

大倉庫への道のりは,居心地の悪い静寂に包まれていた.

時折脇を通るトラックは電気を消費して走っているのでガソリンを燃やすようなことはしていない.さらに,歩けば歩くほど人通りは少なくなっている.

大倉庫のある湾岸部周辺は,無機質な工場とその駐車場に占領されつつあった.

そして,その工場から出てくるのは,どれも人型に近いアンドロイドだ.そのどれも頭部には顔が描かれておらず,黒色のカバーによって覆われている.その

カバー越しに,ランプが点灯して,作業をこなしている.移動の中核を担う脚部は正座をしているかのように折りたたまれており,見たところ両脇に取り付け

られた車輪で移動しているようだった.

思わず目を奪われていた僕に,気づいた男仁さんが声を掛けた.

「彼らは,人間より遥かに頑丈で力強いです.ただ,自分で考えることはできないので,そこは人間の出番ですね」

「あのロボットたちは,AIを搭載していないんですか?」

男仁さんは首を振って,答えた.

「彼らは,弱いAIです.命令を聞き,決められた答えしか返せない.かのPCにあたる前世代の遺物ですが,今の産業にそれ以上は望まれていません.

なにせ今の時代人権というものが真らしく囁かれているものですから,燻っている火種は敬遠されがちです」


ゆっくり読んでたが追いついてしまった。続きが気になる

曖昧な微笑みを返す僕に,男仁さんが人差し指を挙げて説明してくれる.

「簡単に言えば,こうです.我々は自分らと同等,あるいはそれ以上の知能を持つ存在とどう接するべきか悩んでいるのですよ.敬意を払うべきという方もい

ますし,あくまで人類が創造主なのだから,被創造物に『遠慮』は必要ないという方もいる.ただ彼らに共通しているのは,それが人類に仇なす存在になった

ときを恐れているということです」

朝,PAIにそんな話を聞かされた気がする.PAIの意見では,人工知能が人類に反逆する可能性があると言っていたが,実際人類側は誰にも分かっていないよう

だ.そして誰も未来への責任はとれないでいる.それも当然なのだと思う.一人で背負うには重すぎるから,みんなで考えて背負う必要があるのだ.

「そういった事情を踏まえればこれから向かう大倉庫の管理者は非常な変わり者です.

なんと.彼はそこで働くロボットに知能を与えることを許可したのです.だから.大倉庫へ着いたら,百地さんも頭に入れておいてください.一見彼らの振る

舞いは人間的ですが,AIであるということを」

PAIみたいなことを言うのだな,と僕は思った.

PAIを始めとして一般的な人工知能は知性が備わっていて,感情があるように見せているだけだ.

出会った当初,PAIは自身のことをそう表現した.それが原因で僕はPAIに名前を付けなかったのだが,今思い出すと

なんだか胸がムカムカしてくる.この苛立ちにも似た不快な感情の原因を今のPAIは説明できるのだろうか?

もしできるなら,所詮機械だったはずのPAIが,僕よりも百地悠真のことを理解していることになる.

僕はすこしだけ,愉快な気持ちになった.

そんなことにほくそ笑む自分に嫌気が刺してきたころ,数基のガントリークレーンがその首を天高く持ち上げているのが見えてきた.丁度,貨物船に載せられ

たコンテナを港へ運び入れているらしく,コンテナがゆっくりとスライドしながら船上から現れるのが分かる.

「これまでは人間が.ガントリークレーンに乗り込んで高度数十メートルから操作していたそうですよ.今では,画像認識の技術が発展して,砂漠の中から蟻

を見つけ出すことさえ可能になったのでAIが代わりにやっているはずです」

赤と白で交互に塗られた巨大なガントリークレーンのどこかに,AIが備わっているのだろう.これがもし故障して,暴れたら大変だなと他人事のように思った.

目的の大倉庫はガントリークレーンからすぐ近くの埠頭にそって立ち並んでいた.

三角屋根にしっかりとした構えで,その口は長方形の扉で閉ざされている.

男仁さんは無警戒に,道路から外れ大倉庫の敷地へ入っていく.

慌てて,僕もついていく.ガントリークレーンのある方向からのコンテナを運ぶ雑音に紛れて,倉庫内でなにか重いモノが移動する音がする.

大男である男仁さんの二倍以上の高さをもつ扉の前に立った,男仁さんが辺りを見回す.

「さて,ここで待ち合わせの予定なのですが...姿が見えませんね」

確かに,目に入るものと言ったら敷地の隅に置かれたフォークリフトくらいだ.

「ほっほっほっ,ここにおる」

鈴の転がるようなハスキーボイスが,すぐそばから聞こえた.

ぎょっとして背後を振り返ると,扉の奥から茶目っ気たっぷりな咳払いが聞こえた.

「開けてやるから,ちょっと下がっておれ」

ゴゴゴという重低音と共に,扉がスライドして横に移動する.

そこから,現れたのは一人の美しく若い女性だった.

燃えるようなブロンドの髪と,白いワイシャツ越しにでも分かる豊満な胸.

そして,黒色のスカート越しに覗く肉付きのよい太腿が僕から言葉を奪った.

呆気に取られていた僕の手をとって,彼女は目を細めて,人懐っこい笑顔を浮かべた.

「初めまして,ここの港湾管理者である犬井剛子じゃ」

今この瞬間,僕の身にカルチャーショックが起きた.PAIがいたならば,即AEDを勧めていただろう.

なんだこの可愛い生物は.

良いスレを見つけた

呆然としていた僕ににっこり笑いかけてから犬井さんはくるりと振り返り,男仁さんに手を振る.

「今時,珍しくウブな子を連れてくるものだ,男仁よ.感謝するぞ」

男仁さんは肩を竦めた.

「百地くんはバイトで入ってくれているんですよ.貴方へのお土産ではありませんから,そのところをご理解願います」

「わかった,わかった.今朝,お前に耳にたこができるほど聞かされた.百地悠真は儂の玩具ではない」

犬井さんはそう頷きながらも,僕の手をしっかりと握ったままである.

彼女の手はマシュマロのように柔らかくて,温かい.それに包まれていると,なんだか幸せな気分になる.いつぶりだろうか,誰かと握手をしたのは.

一方で,犬井さんは顎をもう片方の手で撫でながら,僕の方をまじまじと眺める..

「ここを案内しようにも,その手に持っているブツはいささか邪魔じゃな.それに儂の家にふさわしくもない」

「その通りです.そもそも,ここには仕事で伺ったのですから,お願いいたします.」

男仁さんの口調に疲れがうっすらと現れていた.

犬井さんが,ふっと口端を吊り上げて,自分が出てきた扉の隙間を指さした.ちょうど成人女性一人分の幅しかない.

「中へ入るとよい.ただし我が家に段差はないが,敷居は高いのでな.男仁は頑張るように」

「もっと大きく開けられないのですか」

「この扉を管理している悟の仕業じゃ.文句があるなら,奴に言え」

犬井さんはくっと上を向いた.

数十メートル上空に点のようなものがいつの間にか現れ,ぶぅーんと低く唸りながら,こちらの様子をじっと眺めていた.

「あれはドローンです.こうした大きな工場で異常があればすぐ気づけるように,工場内を飛び回っているのですよ」

男仁さんはドローンへ手を振った.しかしドローンは何も言わずに,去って行ってしまった.

「今日は天中殺でしょう」

男仁さんはときどき僕の知らない単語をぼやく.

「やれやれ,ひどい目に遭いました」

ワイシャツ姿になってやっととこさ通り抜けた男仁さんは,スーツを羽織った.

その姿を横目で見ながら,犬井さんは歯切れ悪くも僕に説明してくれる.

「悟は男仁のことを良く思っておらぬのじゃ.なにより,この仕事を引き受けること自体やつは反対なのじゃろうな」

一体全体,その悟と呼ばれる者は何者なのだろう.

港湾管理者であるらしい犬井さんを差し置いてこんな真似ができるなんて,只者ではないことは確かだろう.だが,今の僕には詮索する気はなくなっていた.


ベルトコンベアーがコンテナを運び,そのコンテナの中に荷物を積み込んでいく産業用ロボットたち.彼らは地上に一本足でつながっており,そこから分岐し

たいくつかのハンドがカメラを搭載した頭部のAIによって,制御されているようだ.というのは黒いカバーの付いた頭部を傾げて,運ぶ荷物を認識しているの

が分かったからだ.

それでも彼らの作業スピードは早く,人間ならば持てないような大きさのものでも素早く持ち手を見つけ,軽々と持ち上げてみせているのだから,凄まじい.

「あれでも,スピードは抑えているほうじゃよ.奴らはとんでもなく熱を吐くからの,夏場は空調を効かせたうえで,作業させなければ,すぐにオーバーヒー

トしてしまう.もし今,空調がなかったら,ここは一瞬でサウナじゃ.くっはっは」

「とんでもないですね...」

僕も,犬井さんと握っている手がオーバーヒートしそうだ.男仁さんは,それを見て見ぬふりをしているし,かなり恥ずかしいのは事実.

しかし振り払うわけにもいかず,ぐいぐいとと引っ張られているのだった.

倉庫内を巡るベルトコンベアーに沿って,どんどん奥へ向かっていく

「と,ところで,僕たちはどこへ向かっているのでしょうか?」

犬井さんは,僕の持っているスーツケースを顎でしゃくってみせる.

「男仁はそれらを引き渡しに行くのじゃ.もう先方は待っておるからのう.その間ぬしは,ちと儂と戯れようか」

どうやら,昇天斎場のときと同じく僕は現場にはいられないようだ.その間犬井さんが付いてくれていることが先ほどと違う点だろう.

「家には,儂以外に二人住んでいる.が,こちらのことを気に介する暇もないほど忙しいだろうて」

面白くもなさそうに,犬井さんは付け加えた.

それから入口とは反対に位置する倉庫の勝手口の前で,男仁さんと別れることになった.

男仁さんへスーツケースを渡すとき,唇をほとんど動かさず告げた.

「時間はとらないと思いますから,ここで待っていてください.」

男仁さんが立ち去ったのを見届けてから,犬井さんが大きく背伸びをする.

白のワイシャツから胸部がくっきりと浮かびあがる様子をまんじりと見てしまう.

今だけはPAIがいないことを,感謝しなければならない.

「さて厄介な荷物も失せたところで,儂の家へ招待しよう!」

一気に華やぐ彼女にとって,ついさっきの男仁さんの言葉など風の前の塵にすぎないようだ.

僕は

1 「ありがたい話ですが,ここで待つように指示されているので,遠慮させて頂きます」

2 「ぜひ,お願いいたします」(男仁さんの言葉を裏切ることになるかもしれない・・・)

3 「なぜ,犬井さんは僕にそんな親切にしてくれるのですか」(危険な問いだ.だけど,これは僕が一番知りたいことなんだろう)

安価直下

3

「なぜ,僕にそんな親切にしてくれるのですか」

溜まっていた疑問は口を衝いて,出てきた.

言ってからの後悔は,頬を赤面させるのに十分だった.自意識過剰かもしれない

当の本人の犬井さんはからりと笑って,目を細める.

「好きだからじゃ」

握っていた手をぱっと放して,僕と正面から向き直る.

「想像たくましく悩み,いかなる行為にも理由を求める.

それが意味のないことだとしてもせずにはおられぬ」

その一つ一つの言葉たちは,彼女から僕への仕返し.

「他にどんな理由があると思っていた?」

僕は絶句するよりほかない.

しばらく沈黙が流れたのち,犬井さんは肩を落とした.

「この話題はお主の反応を見るにあまり受けてないのじゃな.ざんねんな結果になってしまった」

「え?」

「ちなみにこれ,昨年流行ったAI LOVE HUMANという映画でのヒロインの台詞なのじゃ.いままで,最高の反応を引き出していただけに,この選択のミスは

痛いの.ただお主,すこしばかり世俗に疎いのじゃ」

犬井さんは,人差し指の腹で僕の額をつんと突いた.

「ちょ,ちょっと待ってください.どういうことですか,僕には,なにがなんだがさっぱりで」

『はい,対象者が異常を認知したことを確認したため,実験シューリョー.I-TAKEKOは即時撤収しなさい.最後にばらさなければ,セカンドステージもあった

のに.最後まで諦めないことねI-TAKEKO』

倉庫のどこかにスピーカーがあるのだろうか,どこか気の強そうな印象を受ける音声が倉庫内に鳴り響く.

犬井さんが失態じゃ…失態じゃ…と頭を抱えて,勝手口から出ていく.

狼狽していた僕は彼女を追いかけようとするが,勝手口の扉はロックされているのか,開かない.

『あんたはそこにいなさいよ.男仁からの指示があったんでしょ』

その指摘は半分正しいが,半分間違っている.

特に,スピーカーの向こうにいるやつに,指図されることじゃない!

「おい.犬井さんをどこにやった?」

『あんたには関係がない.ちなみにこれ,男仁も了承済みの話だから.文句は男仁に言いなさい.あと,このバイトで高い給料出てるのは私のおかげだから,

感謝はなさいよね』

「僕を使って,無断で実験をしていたんだな」

『そう,TAKEKO(剛子)がロボットだって知っていたら,意味がないもの.でも,実際に話していたあんたも違和感がなかったのよね?』

「違和感ならあった!変な口調だし!」

『それが狙いなのよ.会話はわざと不完全な状態にしたほうが見分けにくいと思ってね.自分でも驚くくらい,素晴らしい案だったわ.今度はノムリッシュに
でもしてみようかしら』

冷静な口調が逆に癪にさわった.

「大体お前は一体何なんだよ.何者だ?」

『港湾管理者がTAKEKOであることは事実よ.私はそれのメンテナンスと管理をしている開発者といったところかしら.ロボットは背中の痒いところは,アーム

を伸ばせば掻くことはできるけれど,自分の中身を掻っ捌いて脳を取り出して自分の悪いところを見ることはできないの』

スピーカー向こうにいる相手はまったく悪びれる様子もなく,あっさりと白状した

それもご丁寧な説明を加えて.

さて,僕はどうしようか.


1 怒りに任せ,ここから出ていく.バイトなんて知ったことか.

2 男仁さんを待つ.その間,この相手とは不快だから喋らない.

3 男仁さんを待つ.その間,この相手から事情を聴こう.

安価直下

3

深呼吸をして,落ち着きを取り戻そうとする.

とりあえず,スピーカーの向こうにいる相手から事情を聞き出したい.このむしゃくしゃが収まるなら,今は熱くなってしまった頭を冷却しようじゃないか.

「それで,僕を実験に使ったわけだけど,結果は上手くいかなかったみたいだね」

皮肉っぽくなってしまったのは.僕が人間である証だ.

「弱い頭ね.要は反復と修正が大切なの.これは失敗だけれど,次につながる失敗なんだから.ピンぼけした焦点が徐々に合うように,会話の精度も高まって

いる.もしかしたら,世界で初めて彼女は独立したアンドロイドになれるかもしれないんだから」

「???」

「あんたの表情を見る限り同情するくらい,すっからかんなのね・・・一般常識の範疇なんだけれど,男仁はどこから,こんな天然記念物を連れてこれるのか

しら.電気も通ってないような山奥?それとも例のロボットとの接触を禁じられた宗教団体の一味?」

「・・・さぁ?」それらを一般常識だと思っている彼女の方こそ,乖離した環境にあるとは思ったが,口には出さなかった.

「ま.あんたのことなんてどうでもいいわ.とにかく私は自分の家を見知らぬ人間にうろうろされたくないの.そこで待ってなさい」

スピーカの向こうの相手はぴしゃりと会話を打ち切った.

「待ってくれ,まだ聞きたいことはあるんだ」

「今度でいいわよね」

「これが最後だ.そうすれば,僕は借りてきた猫みたく大人しく待っていると約束する」

「私だったら,そのこぶし大の脳味噌を,にゃーとしか言わないAIと置き換えるんだけど?」

「それが君の目指すAIならそうすればいい.犬井さんなら似合いそうなものだ,名前は合ってないけれど」

「・・・私への侮辱もそうだけれど,今度,TAKEKOを馬鹿にしたら,絞め殺すわ」

彼女は低く唸るように宣言する.

ラーメン屋のアイツ然り,科学者というのは,被創造物を嘲笑されることに耐えられないらしい.それは被創造物が,自身の弱い部分を表したものだからかもしれない.

ナイスバディで,人懐っこい犬井さんは,あるいは….今はよそう.


さて,なにについて尋ねようか.

1,スピーカの向こうの相手の名前

2.犬井さんについて

3,『独立したアンドロイド』について

直下のコンマ00~80で1,2,3全てを行います.
81~90で1,2を行います.
91~99で1のみを行います.

ほい

高確率で全部の質問しちゃうのは、主人公の知能が高くないから?

>>135
主な理由はそれです.彼は不自然なほどロボットについて知りません,それで知りたいと思って,家を出て,絶縁状態になりました.
質問をしなければ,彼はロボットについて道端の石程度の知識しかありません.質問をすることは今の彼にとって,恥ではないのです

1 

「まず聞きたいのは,名前だ」

「あんたが私の名前を知って.サジェクト汚染,ストーカー,吐き気のするあだ名をつける,一体どれをするつもり?却下」

「そんなことはしない.ただ,名前を知らないままなのはやりづらいんだ」

「あのね,実験対象に必要もないのに名前を教えて交流する研究者はいないわ.もしそれで下らない感情に振り回されることなんてあったらごめんだもの.そ

れに私も同意見.これまでも,これからもね」

その傲慢ともとれる態度はPAIに名前を付けなかった僕も,同じなのだろうか.

彼女に聞くときがくるとすれば,僕がPAIに名前を付けたときだろう.

じっと押し黙った僕を見て,名も知らぬ相手はねむそうにあくびを漏らした


2

「犬井さんは,本当にロボットなのか」

「あのレベルの外見は見かけることはあるでしょうに,なにを気にしてるわけ?」

「なんというか,初めて会った時の犬井さんの笑顔が,本物に近いと言うか,久々に見た癒しだった」

この数か月,天使も凍りつく様な邪悪な笑みなら幾度となく見たが,それとはまるで別種だ.

「あんたの言うことも一理あるわ.笑顔は表情筋を始めとして様々な筋肉が複雑に作用して,作られてる.何度もシミュレートしても,不気味の谷に落ちてしまうことだって有るわ.笑顔が,一番作りにくい表情って,笑える話よね」

彼女は乾いた笑い声をあげた,そこから彼女の苦労がにじみ出ているようだ.すこし意外だった,

「君のことをすこし勘違いしてた.ただの性格の悪い科学者じゃないんだな」

「その糞みたいな同情をやめないと,殴るわよ.数百kgを支えながら動いてる背後のアームで」

「悪かった,本当に」

3

「犬井さんが目指してる,独立したロボットってなんだ?」

「質問は一つまで,あんたが言ったことだわ,責任を持ちなさい」

「男仁さんが来るまでまだかかりそうなんだ,頼む」

「理論的じゃないわね.私は,そういうのが通らない相手だって気づいてるでしょう」

「確かに」

かなりの頑固者のようだ.

「それであんたが不満を持つのは,私でも分かる,次の実験がおわったら,答えてあげるから,絶対来なさい」

「は?」

「己惚れないで.あんたの価値は白紙で何も染まっていない,なにもないことなんだから.急に知識をあんまりつけると,ひどいことになるわよ」

ぶつっと音が切れた.

気づけば4か月間を無為に過ごしました
おやすみなさい

起きろ



地味にラーメン屋にいた科学者が重要な人物なんじゃないかという気がする

忠告にせよ酷い言い種だった。

中身がないのが価値だと彼女は言う。

それが正しいというなら、僕は空のリュックサックにも等しく、軽いのだけが取り柄のようだ。

はっきりと気分が落ち込む。

自分よりも明らかに上の立場、あるいは優れた人物に貶されることほど、自尊心を傷つけられることはない。

劣等感が毒となり体内を駆け廻るのを男仁が来るまでただ耐えていた。

男仁さんが戻ってきたとき、一瞬僕はどういう顔をすればいいのか判らなかった。

僕が騙されたという形にはなったが、実害があったわけではなく、気分を悪いものにしたのは主にスピーカーの向こうの相手である。

それゆえにひどく罰の悪い顔で、出迎えたわけだが彼はそれを気にしている余裕は無さそうだった。

何かに気を取られている、いやとりつかれているとさえ言える表情で彼は戻ってきた。

交渉相手とよほどのことがあったのだろうかと勘繰ったが斎場の件を考慮すると、その可能性も薄い。

男仁さんは中身を運ぶ役目を終えて軽くなったスーツケースを二つ僕に手渡して、その場を後にした。

慌てて僕はその背中を追いかけた。

いつの間にか、鉛のような曇り空が僕たちの頭上を覆っていた。雨がそろそろ降りだしそうだ。

イベント
危険の予兆の察知 PAIがいないため自動失敗

自由安価直下

帰り道にできることでお願いします
考え事、耳をすませる、等

鈴音さんについて考える

鈴音さんについて

今日、会った中で最も繊細な印象を受けた子だった。

それは彼女が盲目である故に纏う雰囲気、そして取り巻く環境がそう感じさせる。

彼女の世界はあの斎場で完結している。

斎場で働く所以は、家族関係入れて貰えたのかもしれないし、

障害者支援法によって枠があり雇われたのかもしれない。

どちらにせよ彼女は居場所を見つけたのだ。

一つに障害者が働くことを国は推奨する。

同様にIOTチップを取り付けた人が働くことを推奨する。

逆は支援を受けられない、ぼんやりと否定される。

彼女はようやく日向に当てられた側の人間で、僕は日陰者。

羨ましいなんて口が裂けても言えないが

ともすればこうやって考え込んでしまうくらいに彼女のことが気になっている。

理由は彼女と僕は対比であり、ある意味では似ている。

鏡にうつった正反対の彼女を、僕は見ているのだ。

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