ギャルゲーMasque:Rade 智絵里√ (151)



これはモバマスssです

ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√ - SSまとめ速報
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ギャルゲーMasque:Rade 美穂√ - SSまとめ速報
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の別√となっております
共通部分(加蓮√81レス目まで)は上記の方で読んで頂ければと思います
また、今回は智絵里√なので分岐での選択肢で1を選んだという体で投稿させて頂きます



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1517466864



P「ってそうじゃなくて、金曜の事なんだけどさ……」

加蓮「……あれ、鷺沢の事だからもっとはぐらかそうとすると思ってたんだけど」

P「はぐらかして良い事だったのか?」

加蓮「まさか、このまま言い出してくれなかったらポイント失効どころか会員永年追放だったよ」

危ないところだった。

そして。

北条はけらけらと笑いながら言ってはいるが。

それは、つまり……

加蓮「……何?もう一回キスして欲しいの?」

P「……いや、やけに明るいなぁって」

加蓮「アンタの性格は分かりやすいからね」

P「自分じゃどうか分からんけど、そうなのか?」

加蓮「どうせ『あいつさては俺に気が……いや待てよ? ドッキリの可能性やその場の雰囲気に流さてた場合も考慮すべきだ……取り敢えず次会った時確認しよ』って考えだったんでしょ?」

お見事過ぎて何も言い返せない。

加蓮「……はぁ。それに……ふーん、へー……」

P「なんだ、日本語で話さないと伝わらないぞ」

加蓮「だよね、言葉にしないと伝わらないよね」

……こいつ、どこまで分かってるんだ?

加蓮「まぁいいけど。放課後は時間ある?」

P「あ、悪い……放課後は予定が入っちゃってるんだ」

加蓮「誰?」

気温が一瞬にして0を下回った気がする。

おかしい、さっきまで楽しく談笑出来ていた筈なのに。

いきなり異世界あたりにワープしたりしてないだろうか。

GPS情報を確認しても、別にここはシベリアになっていたりはしなかった。

加蓮「……ねぇ、誰?」

P「……ヒ・ミ・ツ!」

加蓮「は?」

P「ちえ……緒方さんです」

震えてなんていない。

もし震えていたとしたら、それは寒いせいだ。

加蓮「……ふーん、何?また告白の練習に付き合ってとか言われたの?」

P「いや、単純に来れたら来てって言われただけだけどさ」

加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」

……いや、その理論はどうなんだろう。

文的には間違ってないが人間的に色々とアレな気がする。

キーン、コーン、カーン、コーン

加蓮「……続きは教室で話そっか」

P「俺知ってるぞ、俺だけ千川先生に怒られるやつだ」




教室に俺と北条が遅刻して入る。

一斉に向けられる大量の視線が痛い。

特に、まゆと美穂。

なんでお前北条と登校してるの?的なオーラを感じる。

ちひろ「まったく鷺沢君……二年生になって気がたるんでるんじゃないですか?」

P「気は張り詰めてるつもりなんですけどね……」

当然北条はお咎めなし、と。

さっさと窓側の席に座って俺をニヤニヤと眺めてやがる。

俺はと言えばこの後美穂とまゆと智絵里ちゃんに囲まれなきゃいけないっていうのに。

智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」

P「ん、あー……後ででいいか?」

智絵里「……はい…………」

まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」

美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」

この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。

肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。

ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」

HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。

それと同時、北条が俺の席まで来た。

加蓮「さて、鷺沢。私と一緒に一時間目サボってみたりしない?」

P「流石にそれは遠慮させて貰おうかな」

美穂「えっと……貴女は……?」

まゆ「彼女は北条加蓮ちゃんです。先週のPさんの用事の原因ですよぉ」

加蓮「……ん、アンタは確か……」

まゆ「佐久間まゆ、です。まゆは加蓮ちゃんの事をよく知っていますから、自己紹介は結構です」

加蓮「アンタの趣味が覗き見なのは知ってるよ」

まゆ「それはお互い様なんじゃないですか?」

……逃げ出したい。

胃が痛くなって来た気がする。

保健室でサボタージュ、悪くないんじゃないだろうか。

美穂「えっと……加蓮ちゃんとまゆちゃんは知り合いだったんですか?」

加蓮「先週の金曜日に偶々会っただけ」

まゆ「偶々、ですか……ふふっ」

加蓮「ところで鷺沢。私が保健室に行きたいのは本当なんだけど、付き添ってくれない?」

P「ん、それなら構わないけど」

まゆ「でしたらまゆがお付き合いしましょうか?」

加蓮「体調が悪化しそうだから遠慮しとこうかな」





北条と一緒に教室から出て……

P「……ふぅー……はぁー……酸素が美味しい」

思いっきり息を吸い込んだ。

加蓮「おすすめの酸素マスク教えよっか?」

P「酸素マスクが必要にならない状況の作り方を教えてほしいよ」

加蓮「簡単じゃん。私と付き合えば良いだけ」

P「わぁすごい、インスタントラーメンよりお手軽!」

……なわけないだろ。

普段滅多にインスタントラーメン作らないけど。

P「そういや、まだ結局体調悪かったのか?」

加蓮「治ってはいるんだけどね。マスク忘れちゃったから、保健室で貰っとこうかなって」

P「大変だよなぁ、身体弱いって」

加蓮「なにそれ他人事みたいに」

P「他人事だからな。俺はバカだから、風邪ひいても気付かないんだよ」

保健室に着き、北条はマスクを持って出て来た。

サボっちゃおっかなーと言っていたが、流石にそれは止める。

加蓮「……で、放課後の話。屋上行くの?」


1.P「まぁ、その予定だけど……」

2.P「あぁ、先約だからな」


今回は智絵里√なのでここの選択肢は2を選んだという体で進めさせて頂きます



P「あぁ、先約だからな」

加蓮「……ま、そういう奴だよね。鷺沢は」

P「ん、あっさり引き下がるな」

加蓮「寧ろ約束を破ろうとしたら逆に見損なってたかも」

P「破らせようとしてたのはどこのどいつだよ」

まぁ、まだきちんと約束をしている訳じゃないが。

加蓮「でも……そうだね、うん。もし、その後時間が作れそうなら……その後でいいから、鷺沢と遊びに行きたいな」

P「そんなに時間が掛かるとは思えないけど」

加蓮「掛かるよ、絶対……まぁ、鷺沢次第だけど」

俺は果たして事故にでも会うのだろうか。

そう言えば、夕方は雨と千川先生が言っていたな。

P「まぁ、行けるよう心掛けるよ」

加蓮「うん、よろしい……それじゃ、教室戻ろっか」

P「帰ったらあいつらから色々言われるんだろうな」

加蓮「それは鷺沢がなんとかするべき問題でしょ」

P「まったくもってその通りだ、返す言葉もない」

二人並んで、階段を登る。

美穂「おかえりなさい」

まゆ「Pさん」

素敵な笑顔のお出迎えが待っていた。



帰りのHRが終わった後、さっさと荷物を持って屋上へ上がる。

あの金曜日と同じ様に、空は今にも降り出しそうだった。

智絵里「あ……Pくん。来てくれて、ありがとうございます」

咲くような笑顔で駆け寄ってくる智絵里ちゃん。

相変わらず儚くも可憐なその姿に、俺はまた目を奪われた。

P「構わないよ。それで智絵里ちゃん、今日も練習?」

智絵里「……今日は、その……あの時言えなかった言葉を……」

あの時、それはきっと先週の金曜日の事だろう。

智絵里「それを、えっと……練習じゃなくって……」

P「……練習じゃない?」

それはつまり、本番と言う事で。

……想い人に告白するのを見守って欲しい、と言う事だろうか。

ちょっと酷過ぎませんかね智絵里ちゃん。

P「うまく立ち会えるかな……」

もし相手がクズ男だったら、一発くらい殴っても許されるだろう。

智絵里「……あの、それで……えっと……」

P「それで、その智絵里ちゃんが告白する相手っていうのはいつくるの?」

智絵里「一分くらい前に……」

時間軸に囚われない系男子か、殴るのに苦労しそうだ。

智絵里「……此処に、来てます……」

なるほど、バカには見えない男子か。

……いやいやいや、幾ら何でもあり得ないだろう。

だとすると……

智絵里「……Pくん。わたしが告白するのは……Pくん、です……っ!」


いつの間にか俺はタイムトラベラーで透明人間になっていたようだ。

なんて、流石にふざけていられない。

いくら察しの悪い俺でも、もう理解している。

こんなにも真剣な表情で見つめられて、気付けない訳がない。

智絵里「Pくん……!わたし、貴方の事が好きです……っ!!」

屋上に智絵里ちゃんの言葉が響く。

彼女は精一杯の声で、想いを打ち明ける。

智絵里「練習なんかじゃないです……ずっと……入学式のあの日からずっと……!Pくんの事が好きでした!授業中に先生の話を聞かずに本を読んでる、そんな横顔も。体育の時に女の子にカッコ良い所を見せようとして転んじゃう、そんな姿も……わたしは、大好きなんです……!」

その言葉は、あの時の同じ。

けれど今は練習なんかじゃなくて、智絵里ちゃんにとっての本心で。

智絵里「貴方は、相手が誰でも優しく分け隔てなく仲良くしてくれる人で、大きな優しさで包み込んでくれる様な人で……こんなわたしにも、声を掛けてくれて。とっても、嬉しかったです……!」

ポツリと、屋上に雨粒が落ちてくる。

それでも目の前の女の子は、言葉を止めない。

智絵里「一緒にご飯食べて……一緒に遊園地で遊んで……名前で呼んでくれて……一緒に、二人で学校から帰って……わたし、とっても幸せでした……っ!これからも、ずっと。一緒に……わたしと一緒にいて欲しくって!だからっ!!」

雨粒はどんどん大きくなる。彼女の顔は雨に濡れていた。

もしかしたら、涙が混じっているのかもしれない。

なのに、こんなに頑張って。想いを、言葉を届けてくれている。

智絵里「……Pくん!わたしと……わたしと!付き合って下さい……っ!」

智絵里ちゃんの言葉が、全てを伝え切った。

きっと、凄く勇気が必要だっただろう。

自分の想いを伝えるのは、とんでもなく難しいから。

そして、俺は。

俺の気持ちは……



1.P「……ありがとう、智絵里ちゃん」

2.P「……ごめん」


今回は智絵里√なのでここの選択肢は1を選んだという体で進めさせて頂きます



P「……ありがとう、智絵里ちゃん」

智絵里「……そっ、それって……っ!!」

智絵里ちゃんの顔が、パァァァッと明るくなる。

え、あー……ええっと。

ありがとう、気持ちは嬉しいよ。でもすぐにお返事する事は出来ないんだ。

って、そう言おうと思ってたんだが……

智絵里「ふ、ふつつか者ですが……よ、よろしくお願いします……っ!」

P「あ、あぇ……ええっと……ち、智絵里ちゃん」

智絵里「はっ、はいっ?!な……なんですか……?」

P「その、だな……」

智絵里「Pくんのお願いなら……わ、わたしは……何でも……」

P「まじでっ?!」

いやそうじゃない、そうじゃないだろ俺。

智絵里「Pくんの事……ずっと、ずっと好きでしたから……」

P「えっっと…………」

智絵里「やっと、結ばれる事が出来て……でも、もっと強く結ばれたいですから……」

P「…………」

……言い出し辛い。

でも、多分今言わないとより智絵里ちゃんを傷付けてしまうから。

P「……智絵里ちゃん。ほんっとごめん、俺を殴りながら聞いてくれ」

智絵里「……殴って、欲しいんですか……?」

一瞬ドン引きした様な目で俺を見てくる智絵里ちゃん。

俺にそんな趣味は無い、本当に。



P「今のありがとは、そういう意味じゃなくてだな……」

誤解を招くような受け答えをして本当に申し訳なかった。

心をすり減らしながら、今の言葉の意味をきちんと伝える。

まゆと、美穂と、加蓮。

三人の女子からも、返事を求められているという事。

未だに、心が決まらず誰にも返事を返せていないという事。

だから、すぐにはお返事を出来ないという事。

智絵里「……そ、そう……だよね……わたしが告白したところで、すぐに頷いて貰える訳ないよね……うぁぅぅぅぅ………っ」

P「ほんっとうにごめん!俺が馬鹿だった」

涙を流しながら俯く智絵里ちゃん。

完全に此方に非がある為、心から申し訳なくなる。

P「そ、それで……お詫びと言うにはなんだけど、この後良かったら遊びに行かないか?」

何かを奢って済ませるつもりじゃないけど、何もしない訳にもいかない。

智絵里「……だ、だったら……えっと、Pくんのお家に……」

P「俺んち?前も来た事あるだろうけど、ほんと本しかないぞ」

ほんと本って、めっちゃ本がありそうだな。

実際大量に本あるけど。

P「……ん」

そういえば北条が、時間あったら遊びに行きたいって言ってたな。

P「とりあえず校舎内入るか。雨どんどん強くなってきてるし」

智絵里「そ、そうですね……」

教室に戻ると、誰も残っていなかった。

……まぁ、もう雨降ってるし帰ったんだろうな。

北条に『悪い、また今度遊ぼうぜ』とラインを送って、下駄箱で靴を履き替えて。



智絵里「……あ……え、えっと……わたし、傘忘れちゃった……」

P「ん、なら俺折り畳みも持ってるから。はい」

鞄から折り畳み傘を取り出して、智絵里ちゃんに渡す。

デキる男は常に二本傘を持ち歩くのだ。

智絵里「……け、結構です……」

P「なんでさ」

その場で返却された。

折り畳み傘は宗教上の理由で使えない、とかだろうか。

智絵里「い、一本あれば……じゅ、充分だと思いませんか……?」

P「……あっ」

そういう事か。

……まぁ、いいか。

P「それじゃ、はい。入って入って」

智絵里「……は、はいっ」

智絵里ちゃんが、俺の差した傘に入ってくる。

かなり肩の距離が近くなるが、そんな事よりも濡れてしまう方が大変だ。

智絵里「……あ、相合傘……ですね……」

P「……だな」

意識しない様にしてたのに。

なんて話しながら校門を抜ける。

P「……なあ、智絵里ちゃん」

智絵里「な、なんですか……?」

P「……いや、なんでもない」

色々と聞きたい事はあったが、まぁそれは家に着いてからでいいだろう。

どのみち、もう少しで俺の家に着くんだから。



そして、家の前の横断歩道を渡ろうとした時だった。

P「……っ!っぶなっ!」

智絵里「きゃっ!!」

反対側から走ってきた自転車が、智絵里ちゃんの方に突っ込もうとしいた。

傘差し運転で此方の姿が見えてなかったんだろう。

ギリギリのところで傘を放り投げ、智絵里ちゃんを抱き寄せる。

なんとか正面衝突は避けたが、真横を通り過ぎて行ったタイヤが水溜りで水飛沫を吹き上げた。

P「大丈夫か?智絵里っ!!」

智絵里「はっ、はい……」

智絵里ちゃんの制服は、水でビチャビチャになってしまっていた。

俺もズボンやられたし……

P「ったく……まぁ良かったよ、怪我だけはしなくて」

智絵里「……あ、ありがとう……ございます……」

びっくりして、まだ俺の制服を強く掴んでいる智絵里ちゃん。

今のはかなり怖いよな……ぶつかったら怪我じゃ済まなかっただろうし。

智絵里「……い、今……智絵里、って……」

P「んあ、済まん。焦ってつい」

智絵里「い、いえ……えっと、呼び捨ての方が……嬉しいかなって……」

P「そう?なら、そう呼ばせて貰うよ」



ようやく、家に着いた。

さて……智絵里の服をなんとかしないと。

P「ただいまー姉さん」

文香「おかえりなさい……あら?」

智絵里「お、お邪魔します……」

P「姉さん、智絵里に服貸してあげてくれないか?」

文香「構いません。少し、サイズが合わないかもしれませんが……」

文香姉さんが、服を取りに行ってくれた。

智絵里「……えっ?あ、あの……」

P「濡れたままだと風邪ひいちゃうだろ。あ、シャワーも浴びるか?」

智絵里「え、えっと……いいですか?」

P「もちろん。制服も姉さんに頼んで乾かしといて貰おう」

智絵里「……色々と、ありがとうございます……」

文香「……着替えとバスタオルは、洗面所に置いてあります」

P「それじゃ、俺部屋に居るから。風呂場の場所は……姉さん、お願い出来る?」

文香「はい……では、緒方さん。此方です」

智絵里「はっ、はい……っ!」

智絵里が、文香姉さんに連れられて風呂場の方へ向かった。

その間に俺は着替えて部屋を片す。

見られて困る物は特に無いが。

正確には、見える場所には無い、だが。

ラインを開いて、誰かから連絡が来てないか確認する。

誰からも来てなかった、寂しい。

北条へ送ったラインは、既読だけが付いて返信は無かった。



P「……明日、ちゃんと謝るか」

コンコン

部屋の扉がノックされた。

P「ん、どーぞー」

智絵里「お、お風呂……あがりました……」

文香姉さんのセーターとスカートを身に纏った智絵里が、部屋へ入って来た。

風呂上がりで上気していて、尚且つサイズが合わず胸元が開いているのが……ごほんっ!

……髪下ろしてるの、めちゃくちゃ可愛いな。

P「……ま、まぁ座布団どうぞ」

智絵里「……あ、ありがとうございます」

……会話が、続かない。

何を話せばいいんだろう。

良い天気ですね?雨降ってるわ。

雨は好きだけど。好きだけどそうじゃないだろう。

P「そういえば、本当に俺の家で良かったのか?」

智絵里「はい……わたしが、来たかったので……」

P「まぁ確かにこの雨じゃ行ける場所は限られてるけど……」

智絵里「Pくんと……その……二人っきりで、お話したくて……」

そう言われるとなんだか恥ずかしいな。

そして今、何を話せばいいのか分からないナウ。




P「……あ、そうだ。すっごく失礼な事聞いていい?」

智絵里「……え?そ、それは……内容によりますけど……」

P「それと、多分謝らなきゃいけないんだけど……その、告白の時にさ」

智絵里「え、あ……」

超デリケートな話題だけど。

それでも、とても気になっていたから。

P「……入学式の日から、って言ってたけど……俺、何か目立つような事したっけ?」

入学式の日に、誰かを助ける様な事をした覚えがない。

テロリストが襲って来てそれをカッコよく倒す妄想ならした事はあるが、それが現実になった覚えもないし。

智絵里「……覚えて、無いんですね……」

P「……すまん。正直、めっちゃ女子多いじゃん肩身狭って感じたくらいしか……」

あの時は本当に李衣菜しか友達いなかったしな。

智絵里「……そっか」

P「ごめん……」

智絵里「いえ……それを聞けて、ちょっと嬉しいです……」

なんでだ?

俺、失礼どころか失望されかねない事を言ってる気がするけど。



智絵里「……あの日、わたしもとっても不安で……誰とも仲良くなれなかったらどうしよう、って……」

P「分かる。それは俺もだわ」

智絵里「緊張しちゃって、なかなか学校に行けなくて……そしたら、遅刻しちゃったんです……」

入学式、高校生活初日に遅刻は心が折れるよな……

智絵里「それで……教室が何処か分からなくって、先生を探しても見つからなくて……きっと、見つけても話し掛けられなかったと思うけど……」

P「入学式だからなぁ、先生達ほぼ全員体育館にいたと思う」

智絵里「やっと教室に着いた時には、もう誰も居なくって……」

P「……っあー!!」

智絵里「……はい、その時でした。Pくんが、『どうしたんだ?早く体育館行こうぜ』って……」

そうだ、あの日俺は教室の居心地が悪くてトイレ行ってて。

その間にクラスメイト全員が体育館に移動しちゃってて、教室戻ったら殆どみんな居なくなってたんだ。

そして、教室で一人あたふたしてる女の子を見かけて……

智絵里「Pくんが、案内してくれたんです……遅れて体育館に入った時も、先生に列の場所聞きに行ってくれて……」

一年前の事で、完全に忘れていた。

そうだ、だから智絵里がクラスメイトだったって事だけは覚えてたんだ。

それ以降は殆ど話す機会が無くて、そもそもクラスメイトでも李衣菜と美穂以外と交流する機会がほぼ無かったから忘れてたけど。



智絵里「……あの時は、緊張しちゃって全然お話出来なかったけど……とっても、嬉しかったんです」

P「嬉しかった……?」

智絵里「……最初の日に、優しい人に出会えて……」

P「優しい、か……そう言われると恥ずかしいし、申し訳ないな」

俺自身が覚えてなかった訳だし。

というか、割と当たり前の事をしただけな気もする。

智絵里「いえ……だから、嬉しいです。Pくんにとって……忘れちゃう様な、当たり前の事だとしたら……」

えへへ、と。

はにかみながら、言葉を続ける智絵里。

智絵里「……それは……Pくんが、とっても優しい人だって事ですから」

P「……そうなのかなぁ」

俺が照れているのは、その言葉が擽ったいからか、それとも智絵里の笑顔が眩しいからか。

それに、智絵里がそう思うのは。

きっと、智絵里がとても優しい子だからだろう。

智絵里「……Pくんにとっては当たり前の事かもしれないけど……落としちゃったシャーペンを何も言わずに拾ってくれたり、ルーズリーフ分けてくれたり……そんな優しさが積み重なって……わたしは……」

好きに、なっちゃったんです。

そう、頬を赤く染めて呟いた。

こう、なんだろう……真正面からそんな事を言われた事が無かったからかな。

凄く照れるし、凄く嬉しい。



智絵里「今日も、自転車にぶつかりそうになっちゃった時……Pくんが助けてくれて……」

P「そりゃ、危なかったからな」

智絵里「……Pくんの、そんな優しさを……そんな眩しさを。もっと近くで、もっと側で見てたくて……」

P「えっと……あ、ありがとう」

智絵里「……そんな優しさを……もっと、わたしに向けてくれたら嬉しいな……わたしに対してだけじゃなくっても、誰かに優しいPくんのことを……ずっと見つめていられたら嬉しいな、って……」

そんなストレートな智絵里の言葉が。

とても、嬉しく感じて。

そんな優しい智絵里の言葉に。

俺は、本気で……惚れたんだと思う。

智絵里「だから、自信は無かったけど……思い切って、踏み出してみたんです……」

P「……なぁ、智絵里」

智絵里「……はい、なんでしょうか……?」

P「……その、俺さ。もしかしたら、智絵里が思ってる程優しい人じゃないかもしれないけど……」

智絵里「……そんな事はありません。そう思ってるんだとしたら……きっと、自分では気付いてないだけだと思います」

P「……だとしたら、さ」

智絵里「……だとしたら……?」




P「これから、もっと。智絵里が教えてくれないか?」

智絵里「………………え?」

キョトンとした表情で、首を傾げる智絵里。

P「……だから、智絵里にさ。側に居て欲しい」

智絵里「……そ、それは……えっと……!」

P「……うん、まぁ……そういう事って言うか……えっと、そうだな……」

大きく息を吸い込んで。

思った事を、想いを、思うままに口にしようとして。

P「智絵里に、これからも……こう、なんだ……」

心をそのまま言葉にするのは、思った以上に難しくて。

こんな思いを、智絵里はしてきたんだな……

……だとしたら、尚更。

俺ももっと、勇気を出さないと。

P「……俺、智絵里の事が好きだ。だから……俺と、付き合ってくれないか?」

智絵里「……っ!はい……っ!」

智絵里は、首を縦に振ってくれた。

それだけで、一気に気持ちが楽になる。



P「っふぅぅぅぅ……緊張したー……」

智絵里「……あの、Pくん」

なんだ?と。

そう、聞き返そうとした俺の唇は。

智絵里「んっ……」

抱き着いてきた智絵里の唇に塞がれた。

しばらくそのまま、抱き着かれたままで。

ようやく離れる頃には、お互いに顔が真っ赤になっていた。

智絵里「……え、ええええっと………っ!!!」

P「……せ、積極的だな……」

智絵里「……え……い、嫌でしたか…………?」

泣きそうな目でこちらを見るな。めっちゃ可愛い。

嬉しいに決まってるだろ。

P「あー、えっと……すげー嬉しい」

智絵里「……よ、良かった……です……っ!」

そんな智絵里の目からは。

ボロボロと、涙が溢れ落ちていた。

P「だ、大丈夫か?えっと……本当に嬉しいからな?冗談とかじゃなくて……!」

智絵里「……ぅうぅっ!ち、違うんです……っ!か、勝手に……涙が……っ!ぅぁぁぁぁあぅっ!」

智絵里ちゃんが、再び強く抱き着いてくる。

俺も応える様に背中に手を回すと、細過ぎて今にも折れてしまいそうな身体は震えていた。



智絵里「うっ、嬉しいんですっ!嬉しくって……でも……ずっと、不安だったから……っ!悔しかったから……っ!わたしは、弱いから……っ!練習なんて言葉で、自分の想いを誤魔化して……そんなわたしを、許せなくて……っ!」

あの時から、練習という体で屋上でやりとりした時から、ずっと。

智絵里は、そんな想いをしていたのか。

智絵里「だからっ!やっと……やっと!あの日から言えなかった想いを言えて……Pくんに言えて!受け止めてくれてっ!ぅぁぁぁっ!!」

P「……ありがとう、智絵里。そんな想いを俺に向けてくれて……言葉で、伝えてくれて」

智絵里「わっ、わたしこそ……っ!ありがとう、Pくんっ!わ、わたし……ずっと、弱虫で……っ!いつも、すぐ泣いちゃってたけど……今は、嬉しくて泣いてて……っ!っうぁぁっ!ほんとにっ、良かった……っ!」

震える智絵里の身体を抱き締めて、背中をさする。

しばらくの間、智絵里は肩を震わせて。

ようやく少しずつ、智絵里は落ち着きを取り戻してきた。

智絵里「……ごめん、なさい……迷惑かけちゃって……」

P「迷惑なんかじゃないさ。俺としても、頼って貰えて嬉しいよ。それって信頼されてるって事だろ?」

智絵里「……えへへ……や、やっぱり……優しいですね」

P「……そう言って貰えて嬉しいな。これからも、もっと言って貰える様に頑張らないと」

智絵里「……あ、あの……Pくん」

P「なんだ?」

智絵里「その…………もう一回……今度は、Pくんから……き、キス…………して、欲しいです」

……うおおおおおおっ!

顔を真っ赤にして上目遣いに見つめてくる智絵里が、可愛過ぎて叫びそうになった。

P「もっ、もちろん!」

声が裏返った。

いや、嬉しいんだけど。

自分からキスをするのは、とんでもなく緊張する。



P「……す、するぞ……?」

智絵里「……ふぁ、ふぁゃいっ!」

噛んだ……可愛いなぁ、ほんと。

少しずつ、少しずつ顔の距離を近づけて。

智絵里「んっ……」

ちゅ、っと。

唇が重なるだけの、優しいキスをした。

智絵里「…………ぁ、ありがとう……ございます……」

P「……お、おう……」

……恥っずかしいな、うん。

でも、それ以上に。

なんだか、心が温かかった。

智絵里「……こ、これからも……その……もっと、して貰える様に……わたし、頑張ります」

P「お、俺も頑張るから」

智絵里「……よ、よろしくお願いします」

P「こちらこそ、よろしくお願いします」

……なんだ?この会話。

付き合いたてのカップルかよ。

付き合いたてのカップルだったわ。

智絵里「……えへへ……えっと……幸せ、です……」

P「……あぁ、俺もだ」

そんな感じで、そんな風に。

幸せな時間を楽しんで。

幸せ過ぎたからこそ頭から抜け落ちていた事を、今になって思い出した。

他の三人の想いを、きちんと断らなければいけないという事を。

P「……本当に、頑張らないとな」

全てを話して、諦めて貰わなければならない。

それはきっと、俺以上に彼女達の方が辛い想いをする事で。

それを分かった上で、俺も話さないといけない。

智絵里「……Pくん」

P「ん?」

智絵里「わたしは……その……何があっても、Pくんを応援しますから」

P「……あぁ、ありがとう」

そうだ。

だからと言って、俺は気持ちに嘘を吐きたくないから。

智絵里を裏切りたくないから。

みんなに、ちゃんと伝えよう。

俺は、智絵里の事が好きなんだ、って。





智絵里「お邪魔しました……」

文香「はい……また、いらして下さいね」

夜、智絵里を家まで送る為に俺も家を出た。

四月の夜風は冷たく、暖房の効いた部屋との落差に手が痛くなる。

けれど、そんな夜風なんてどこ吹く風。

P「……その、なんだ……改めて、これからもよろしくな」

智絵里「……は、はい……っ!」

二人きりで並んで歩いた距離はまだほんの数歩分だというのに、もう心は温かくなっていた。

ふいに、小指に何かが触れた。

ちょん、ちょんと断続的に、その感覚は訪れる。

ん?と思って其方に視線をやると、その感覚の正体は智絵里の指で。

片手で口元をもじもじとしながら、もう一方の手を俺の手に伸ばしていて。

P「…………」

そんないじらしい仕草が、ヤバイほどに可愛い。

だからこそ、少し意地悪してみたくなる。

P「……ん?どうした、智絵里」

敢えて気付かない振りをしてみたり。

両手をぐぐっと上に伸ばして、身体を伸ばしつつ手と手の距離を広げる。



智絵里「……あっ……え、えっと……」

P「ん?」

智絵里「……そ、その……っ!手が……冷たいな、って……」

P「……」

言葉の後半は尻すぼみに、夜風に流れて消えていった。

言い出せずにシュンとしてしまう、そんなころころと変わる智絵里の表情が可愛い過ぎて。

P「……手、繋ぐか?」

耐えきれず、結局俺から言い出してしまった。

智絵里「……はい……っ!」

智絵里の手に指を絡める様に繋ぐ。

俗に言う恋人繋ぎは、お互いの体温以上に熱くて火傷しそうだった。

智絵里「……えへへ……」

顔を赤く染めつつも、微笑む智絵里。

本当に、よく表情の変わる女の子だ。

智絵里「……Pくん。えっと……絶対、離さないで下さいね……?」

P「いや、智絵里の家に着いたら流石に離すぞ?」

智絵里「……っうぅ……」

P「ごめんごめんごめん冗談だから!」

意地悪はやめておこう。泣かせたい訳じゃないし。

P「……俺も、離したくないな」

智絵里「……あっ…………ありがとう、Pくん」

そんな話をしているうちに、智絵里の家の前に着いていた。

智絵里「幸せな時間って、あっという間ですね……」

P「だな」

智絵里「……いつもは一人でいる事が多くって、慣れてたのに……今は、Pくんと離れるのが嫌なんです……」

P「俺もだ……ま、仕方ないさ。また明日学校で」

智絵里「そう、ですね……また明日ね、Pくん」

智絵里と手を離して、お別れをする。

まだ温もりの残っている手が冷めないうちに、走って帰ろう。

帰り道は、来た時よりも寒く感じた。


取り敢えずここまで
ちなみにですが、智絵里の告白に対して2を選ぶと、校門前で待っていた加蓮と会えて加蓮√に入ります



翌日、起きると部屋にまゆが居た。

……なんで?

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「おはよう、まゆ……」

まずい、会話の繋げ方が分からない。

俺は今までどんな風に会話していただろう。

まゆ「朝ごはん出来てますよ。美穂ちゃんと李衣菜ちゃんも来てますから」

P「あー……えっとだな、まゆ。その……」

言わなければ。

俺は智絵里と付き合ってるから、と。

そう伝えなければ。

とはいえ寝起きでまだ頭も回らないし、髪もボサボサだし後でにしようか……

まゆ「……そうですか」

P「……え?」

まゆ「……智絵里ちゃんと、お付き合いを始めたんですね……?」

察されてしまったようだ。

それでもきちんと自分の口から、自分の言葉で言わないと。

P「……まぁ、うん。だから……俺は、まゆの気持ちに応えられない」

まゆ「……そう、ですか……」

空気が重い。

朝食をわざわざ作りに来てくれた子に、こんな事を今言うべきでは無かったのかもしれない。

まゆ「……智絵里ちゃん、きちんと告白出来たんですね」

P「……あぁ」

まゆ「Pさんは、それを……智絵里ちゃんの気持ちを、受け止めたんですね」

P「そうだ。俺も……智絵里を好きになったから」

彼女と一緒に学園生活を送りたいと、これからも側に居て欲しいと。

そう、本気で思ったから。



まゆ「なら、もう……まゆは何も言えませんね」

P「……すまん」

まゆ「謝らないで下さい。それに、まゆは諦めませんから」

にこりと微笑んで。

まゆ「まゆの想いは……たった一度の失恋程度でベクトルの向きが変わる程、弱くはありません」

P「……そう、か……」

まゆ「今は、Pさんが智絵里ちゃんの事が好きなのは分かりました。でも……いつか必ず。貴方に私のことが大好きだって、言わせてみせますから」

こんなにも優しくて強い子に。

俺はきちんと、諦めて貰わなきゃいけないのか。

まゆ「さ、Pさん。早く来ないと冷めちゃいますよ」

P「あぁ、ありがとう」

まゆが下に降りていった後、パパッと着替えて支度を済ます。

リビングに着けば、既に皆食べ始めていた。

李衣菜「遅いよP。待ってたら遅刻しちゃうところだったじゃん」

ならなんでうちに来るんだろうか。

美穂「おはようございます、Pくん」

P「おはよう美穂」

文香「……んぐっ……おはようございます、P君」

P「姉さん……おはよう」

まゆ「Pさんの分も準備してありますから」

李衣菜「まゆちゃん、ほんと料理上手いよね。手早くこんなに美味しいの作れるなんて」

美穂「わ、わたしも女子力を鍛えないと……」

まゆ「ふふ、ありがとうございます」

P「うん、美味しい」

李衣菜「Pももっと料理頑張って!」

P「まゆと競うのは無理があるだろ……」

美穂「が、頑張って下さい!」

P「よしやったるぞ!一人暮らしの男の料理ってやつを見せてやる!」

文香「……あの……」

まゆ「まゆは負けませんよぉ。ところで申し訳ないですけど、先生にHR前に用事を頼まれてるんです。李衣菜ちゃん、付き合って貰えませんか?」

李衣菜「ん、おっけー。なら私達は先に行こっか」

まゆ「はい、お願いします。Pさん……後、お願いしますね?」

……本当に感謝しかないな、まゆには。

美穂「でしたら、後片付けはわたしも手伝います!」

P「ん、いやいいよ。玄関で待っててくれるか?」

美穂「は、はいっ」





片付けを終えて家を出る。

四月の朝はまだ寒い。

女子はスカートだからもっと寒いんだろうな。

P「お待たせ、それじゃ行こうか」

美穂「はい。えっと……Pくん」

P「ん、なんだ?」

美穂「わたし、Pくんとこうして歩くのが大好きでした。こうやって、ありふれた毎日を過ごすのが幸せでした」

P「あぁ、俺も美穂と一緒に過ごす時間は好きだよ。なんだか心地良いし」

美穂「そう言ってくれると、とっても嬉しいです」

並んで歩く美穂の声は、どことなく暗い。

もしかしたら何かを察したのだろうか。

美穂「もしかしたら……でも、そうじゃなければ良いな、って。そう願ってて……だから、これからわたしが話すのは、独り言だと思って下さい」

冷たい風が街を吹き抜ける。

美穂の声は、ギリギリ聞き取れるくらいだった。

美穂「もっとPくんの側に、もっと近くにいられたら。それは、とっても幸せな事です。でも……もし、Pくんの側にいられなくなったら……それは、わたしにとって凄く辛い事なんです」

消え入りそうな、泣き出しそうな声。

美穂にそんな思いをさせてしまった事が、本当に辛くて。

だけど、それを俺が遮る訳にはいかなくて。

美穂「だからもし君に、他に好きな人が出来たんだとしても……わたしの想いを、受け入れる事が出来なかったとしても……恋人になる事が叶わないんだとしても……っ!」

独り言を言い訳に仮定を重ねる美穂の声は、泣きそうなほど震えていて。

だけど、最後まで此方を見つめていた。

独り言の、その言葉の瞬間まで。



美穂「これからもずっと!変わらないままでいてほしいのっ……!」

校門が近付いてきた。

そろそろ予鈴が鳴る時間だろう。

それでも、今。

きちんと俺から、全部を伝えなきゃいけないと思った。

P「……俺は、智絵里の事が好きだ。だから……美穂と付き合う事は出来ない」

美穂「……まゆちゃんが、Pくんと二人きりの時間を作ってくれたって事は……そんな気はしていました」

P「すまん……」

美穂「……智絵里ちゃんも、Pくんの事が好きだったんですね」

P「一年生の頃から、そう思ってくれてたらしい」

美穂「そう、なんだ……だったら……わたしは、智絵里ちゃんを応援しないと」

涙を溢しそうになりながらも、微笑んで、そう呟いて。

それもきっと、美穂の独り言で。

P「……ありがとう、美穂」

そんな美穂の優しさが嬉しくて。

そんな優しい美穂に諦めて貰わなきゃいけないのが苦しくて。

そして……

P「……なぁ、美穂」

予鈴が鳴り響いた。

それでもまだ、校門を抜ける前に言うべき事がある。

P「……凄く自分勝手な事を言うけど、俺は美穂と一緒に高校生活を送れて凄く楽しかったよ。俺からしたら、それはとても大切な時間だから……」

美穂「……ほんと、ズルいですよね。Pくんって」

P「うん、だからさ。これからも……美穂とは、友達でいたい」

美穂「…………はい」

身勝手が過ぎる俺の想いを、きちんと全て伝えた。

美穂の声は震えている。

美穂「……ごめんなさい。千川先生に、小日向は体調悪くて保健室行きましたって伝えておいてください」

P「……あぁ、分かった」

校門を抜け、下駄箱で別れる。

保健室へ向かう彼女を抱きしめたくなる気持ちを抑えて、俺は教室へと向かった



ちひろ「……鷺沢君、連日遅刻記録の更新でも狙ってるんですか?」

P「すみません、小日向が体調悪かったみたいで保健室に送ってきました」

ちひろ「あら、そうですか。分かりました」

教室に入って、席に着く。

ちらりと加蓮と目が合うが、すぐさま逸らされてしまった。

……嫌われてしまったんだろうか。

P「はぁ……」

少しだけ不安になってため息と共に席に着く。

まゆ「きちんと伝えられましたか?Pさん」

P「あぁ、うん。ありがとな、まゆ」

千川先生が何か連絡事項を述べている。

話を聞こうと前を向いた所で、右側から視線を感じた。

P「おはよう、智絵里」

智絵里「おはようございます、Pくん」

笑顔で返事が返ってくる。

P「……お、おはよう。智絵里」

智絵里「えっと……おはようございます、Pくん」

P「……おはよう、智絵里」

智絵里「……えへへ……おはようございます、Pくん……!」

何話せばいいのか分かんないけど、何故だか幸せだった。



一時間目が始まるまでまだ時間あるし、トイレ行こう。

そう思って教室から出たところで。

加蓮「……おはよ、鷺沢……ケホッ……」

北条に話し掛けられた。

マスクをしていて、体調が悪そうだ。

P「悪いな、北条。昨日は結局行けなくて」

加蓮「……あの子に告白されたんでしょ?」

北条は分かってたのか。

俺が屋上に呼び出された、その理由を。

P「……あぁ」

加蓮「で、あんたはオッケーしたんだ」

P「……あぁ、そうだ」

加蓮「随分尻と頭が軽いね」

何も言い返せない。

……いや、頭が軽いに関してはただの暴言なんじゃないだろうか。

P「……ごめん、北条」

加蓮「……なんてね、冗談だよ。おめでと、鷺沢」

くすっと笑いながら、振り返って教室に戻ろうとする北条。

加蓮「私の事は気にしなくていいよ。なんだったら、あの時のキスも演技って事にしていいから」

P「……なあ、北条」

加蓮「あれって鷺沢のファーストキスだった?だったら悪い事しちゃったね」

P「まあ、そうだけど……」

加蓮「ま、私もファーストキスだったからおあいこって事で」

そんな北条の表情は、俺の位置からでは見えないけど。

きっと……



P「……ごめん」

加蓮「謝らなくて良いってば……そろそろ、一時間目始まるんじゃない?」

P「……そうだな」

加蓮「……やっぱり私、体調悪いし保健室行こっかな。先生に伝えといてくれる?」

P「大丈夫なのか?体調」

加蓮「大丈夫じゃないっぽい。でも、そうだね……うん」

一呼吸置いて。

寂しそうに、呟く北条。

加蓮「体調が治ったら……今度こそ、遊びに行こ?」

P「……あぁ。早く治せよ」

加蓮「あんたも、頭早く治しなよ」

P「でもほら、馬鹿は死んでも治らないって言うだろ?……いや、死んだら治るのかな」

加蓮「早く治しなよ」

P「おっとぉ?」

手を振って、保健室に向かって行く北条。

P「……結局、トイレ行けなかったな」

教室へ戻ると、李衣菜が詰め寄ってきた。

珍しく、その表情に笑顔は無い。

李衣菜「ねぇP、色々と聞きたい事があるんだけど」

P「……美穂の事か?」

李衣菜「美穂ちゃん今朝は体調悪くなかったよね?」

P「その話、昼休みでいいか?」

李衣菜「……そうだね、今教室でするような話じゃなさそうだし」

非常に胃が痛くなる。

保健室って胃薬とかあっただろうか。

……いや、今保健室行くほうがマズイ。

はぁ……と心の中に溜息を重ねる。

午前中の授業の内容は、まったく耳に入って来ない。

結局美穂も北条も、四時間目が終わっても戻って来なかった。





李衣菜「で、何があったの?」

昼休み、李衣菜と二人で屋上に出る。

ここ最近、屋上に来るたびに曇り空だ。

P「……俺、美穂に告白されててさ」

李衣菜「えっ、美穂ちゃん勇気出したんだ……!」

P「今朝、断ったんだよ」

李衣菜「……え?なんで断ったの?!」

李衣菜の声が屋上に響く。

李衣菜は美穂と、一年生からずっと仲が良いから。

もしかしたら、前から美穂は李衣菜に想いを打ち明けてたのかもしれないから。

こんなにも李衣菜は、怒ってるのかもしれない。

P「……俺、他に好きな人がいてさ。そいつと、付き合ってるから」

李衣菜「誰?」

P「智絵里と」

李衣菜「……成る程ね、そっか。そっかー……」

李衣菜は、納得してくれただろうか。

こんな俺と、今後も仲良くしてくれるだろうか。

P「それでも美穂は、これからも友達でいたいって言ってくれてさ。でもやっぱり、きっと……」

美穂にとっては、ショックだっただろう。

分かっている、それが全部俺のせいだって事くらい。




李衣菜「……Pは、智絵里ちゃんの事が本気で好きなの?告白されたからオッケーしとくか、みたいなノリじゃない?」

P「あぁ、本気で俺は智絵里と付き合ってる。それが他の誰かを傷付ける事になるのも……分かってる」

李衣菜「……ならもう、これ以上私はとやかく言える立場じゃないね。私は、二人を応援するよ」

P「ありがとう、李衣菜」

李衣菜「別に。でも美穂ちゃんみたいな良い子を振るなんて、Pは勿体無い事したね」

P「あんなに気の回る美穂こそ、俺には勿体無いさ」

李衣菜「……話してくれてありがと。それじゃ教室戻ろっか、お昼食べる時間なくなっちゃうからさ」

李衣菜と一緒に教室に戻る。

智絵里「あ……お帰りなさい、Pくん」

まゆ「お帰りなさい、Pさん、李衣菜ちゃん。お話は済みましたか?」

李衣菜「ただいままゆちゃん。うん、色々聞かせてもらってたとこ」

まゆ「Pさんの気持ちは堅そうですからねぇ」

P「今の俺の心ならダイヤモンドだって砕けそうだ」

智絵里「……えへへ……Pくん」

李衣菜「砕かないでプレゼントしてあげなよ……」

まゆ「お小遣い三ヶ月分ですかぁ?」

P「そんなんじゃ買えないだろうな……」

李衣菜「ってそうじゃなくて!はやくお弁当食べないと!」

P「あ、俺作って来てないから購買行って来るわ」

智絵里「……あ、Pくん……えっと……その……っ!」

もごもごしながら、智絵里が鞄から何かを取り出した。

箱状で、可愛らしい風呂敷に包まれた……




智絵里「……お弁当、作ってきたんです……っ!」

お弁当を作ってきてくれた……

恋人が、俺の為に、お弁当を作ってきてくれた……

P「……俺、今日死ぬかもしれない」

まゆ「良かったですねぇ、馬鹿が治るかもしれませんよぉ」

智絵里「その……あんまり時間が無くて、冷凍食品も少し使っちゃいましたけど……」

李衣菜「へー、凄いじゃん。P、早く開けてみてよ」

P「え、本当に開けていいのか?大丈夫?俺の心喜びに耐えられる?」

まゆ「ダイヤモンドよりも硬いんじゃないんですかぁ?」

李衣菜「そしたら智絵里ちゃんのお弁当はダイヤモンドカッターだね」

智絵里「わたし、研削といし取替試運転作業者と貴金属装身具製作技能士の資格を取得します……っ!」

P「すげぇ!俺の恋人がなんかよく分かんない資格取ろうとしてる!」

智絵里「こ、恋人……えっと……う、嬉しいですっ!」

李衣菜「このお弁当箱、なんか砂糖漏れ出してない?」

まゆ「きちんと蓋が閉まってないみたいですねぇ」

P「……よし、開けるぞ」

智絵里「はっ、はい……その……どうぞ……っ!」

風呂敷を外して、蓋を開けた。





P「うぉぉぉぉ……」

その先には、宝石が敷き詰められていた。

いや、普通に可愛らしいお弁当なのだが、今の俺には宝石に見えた。

なんちゃら者となんちゃら士の資格、持ってるんじゃないか……

P「食べても良いんだよな……?」

智絵里「えっと……もちろんです。お口に合うと嬉しいな」

一口、食用宝石を口に運ぶ。

P「……智絵里」

智絵里「……えっと……美味しく、無かったですか……?」

P「毎日作って欲しい」

智絵里「……れ、冷凍で良ければ……」

まゆ「李衣菜ちゃんどうですか?まゆのお気に入りのパン屋さんのサンドイッチです」

李衣菜「ありがとまゆちゃん。うん、美味しい!しょっぱくて凄く美味しい。角砂糖が入ってないところが良いね」

ガラガラガラ

教室に北条と美穂が入って来た。

加蓮「ただいまー鷺沢」

美穂「戻りました。もう大丈夫です」

P「……おかえり、美穂。あと北条も」

美穂「ごめんね李衣菜ちゃん、心配かけちゃって」

李衣菜「いいよいいよ、気にしないで」

いつもの空気が帰って来た事に安堵する。

五・六時間目は、頭を空っぽに気楽に過ごすことが出来た。




P「……ん?明日?」

智絵里「はい……その……もし、空いてたら……」

金曜日の放課後。

俺は智絵里に、そう話し掛けられた。

P「もちろん空いてるぞ」

何がもちろんだよ。

言ってて悲しくなってくる。

智絵里「良かったら……一緒に、お出かけしてくれませんか……?」

P「それは……」

つまり、要するに、イコールで。

俗に言うデートのお誘いというやつなんじゃないだろうか。

P「おっけ!何時に迎えに行けばいいんだ?!」

おっと、テンションが上がりすぎた。

落ち着け、もっとクールに振る舞わないと。

智絵里「じゃあ……えっと……十二時に、わたしがPくんの家に行きますから」

P「あいよ」

李衣菜「積極的だね」

美穂「恋愛街道急行列車ですね」

まゆ「意味がわかりませんよぉ」

加蓮「ねぇ美穂、この後カラオケでも行かない?」

李衣菜「あ、私も行っていい?」

まゆ「まゆもご一緒していいですかぁ?」

美穂「あ、ごめんなさい……今日は、ちょっと用事があるから」

加蓮「おっけ、なら今度行こっか」

智絵里「それじゃあ……その……また、明日……」

P「あぁ、また明日な」

智絵里と手を振って別れる。

……明日、楽しみだな。



P「……明日!楽しみだなぁ!」

加蓮「鷺沢うるさい」

まゆ「まゆもご一緒していいですかぁ?」

李衣菜「いやダメでしょ」

美穂「線路上にいたら轢かれちゃいますよ」

まゆ「ではこの後!この後まゆとデートに行きませんか?!」

加蓮「私も行っていい?」

美穂「あ、ならわたしも用事が無くなった気がしますっ!」

加蓮「美穂……」

P「悪い、この後店の作業手伝わないといけないからさ」

加蓮「そっか、ならまた今度だね」

美穂「それじゃ、わたしも用事があるので帰りますね」

李衣菜「じゃあねー美穂ちゃん」

まゆ「では、まゆも失礼します。また来週ですね、Pさん」

加蓮「私も帰ろっかな。またね、鷺沢」

P「じゃあなー」



みんなと別れて、家に帰る。

文香「おかえりなさい、P君」

P「ただいま姉さん。俺明日デートなんだ」

文香「……春、ですね……」

P「もう四月だからな」

文香「P君の頭の事ですが……」

P「ひっでぇ……でもま、明日デートだからな」

文香「……はぁ」

ため息連打で二酸化炭素を増やし続ける文香姉さん。

幸せが逃げるぞ。そしてデートは幸せだ。

つまりため息の対義語はデートって事になる。

文香「いえ、ならないと思いますが……さて。着替えたら、彼方の荷物をお願いします」

P「おっけ。だって明日はデートだからな」

文香「脈絡が……」

その後は荷物を運びながら、明日のデートに思いを馳せた。

人生初めてのデートだ。

絶対に初デートにしてみせる。




翌日、俺は窓から外をずっと眺めていた。

そろそろ約束の十二時になろうとしている。

まだかまだかと首を伸ばして窓から落ちそうになった。

P「……っ!!」

智絵里が、やってきた。

ピンク色の可愛らしいセーターにスカート姿の智絵里は、この距離からでも十分に分かるほど可愛い。

智絵里「……うぅ……」

家の扉に向かう智絵里の歩幅が、少しずつ短くなって。

そんな緊張がこっちにも伝わってきて、俺も緊張してしまう。

智絵里「すー……はー……」

智絵里が、インターフォンに指を添えて……離す。

添えて……離す。押さない。押してくれない。

……可愛いなぁ!

俺は荷物を持って、扉へと向かった。

インターフォンを押されたら、すぐに扉を開けられるように。

文香「……何をしているんですか、P君」

P「デート」

文香「玄関の鍵と、ですか?」

P「げ、俺の初デートは玄関の鍵とかよ……」



それから、一分ほど経ってようやく。

ピンポーンと、家のインターフォンの音が響く。

そのポの部分で、扉の前でスタンばっていた俺は扉を開けた。

P「こんにちは、智絵里」

智絵里「……あ、えっと……こんにちは、Pくん」

何が、十分に分かるほど可愛いだ。

……俺は智絵里の可愛さなんて、全然理解出来ていなかった。

目の前で、この距離で見てようやく分かった。

指をモジモジとさせながら、照れた表情で此方を見てくる。

そんな智絵里自身のいじらしさがあって、ようやく智絵里の本当の可愛さなんだ。

智絵里「きょ、今日は……その……よろしくお願いします」

P「あぁ。楽しもうな、智絵里」

ん、そう言えば。

智絵里が何処に行くつもりだったのか聞いてなかった。

P「それで、どっか行きたい場所とかあるのか?」

智絵里「それは……えっと……着いてからのお楽しみです」

P「マジか!楽しみだなぁ!!」

智絵里「それで、その……わたしが連れてってあげたいから……」

すっ、と。

此方に手を伸ばしてくる智絵里。

智絵里「……手、繋ぎませんか……?」

……なんて可愛いんだ。

俺は今日という一日を耐えられるだろうか。

P「……あぁ、もちろん。寧ろ俺からお願いしようと思ってたところだ」

智絵里の小さな手を、俺は優しく握る。

指を絡ませたその手は、四月だというのにとても熱かった。

P「それじゃ、行こっか」

智絵里「はい……!」



広がる緑、周りは緑、地面も緑、空以外の全てが緑に包まれた場所。

俺たちは、一駅離れた自然公園に来ていた。

P「こんな広い自然公園があったんだな」

智絵里「たまに、一人で来るんです……でも、今日はPくんと……その……一緒に来たくて……」

P「ありがと、智絵里。それで……どうする?二人だけど鬼ごっこでもする?」

智絵里「……それなら、手繋ぎ鬼がいいです……」

P「……もう、繋いじゃってるけどな」

智絵里「なら……ずっと、捕まえてて下さい」

P「離さないぞ?」

智絵里「わ、わたしだって……!」

なんて幸せな会話なんだろう。

とはいえ、話が進まないのも確かだ。

P「とまぁそれは置いといてさ」

智絵里「……わたし……置いて行かれちゃうんですか……?」

P「置いてかないけど。なんならおぶってくけど」

智絵里「……抱っこがいいな……あっ、え、えっと……!今のは、えっと……聞かなかった事にして貰えませんか……?」

P「お、おう!」

智絵里「えっと……わたしと一緒に、探して欲しいんです……」

P「探す……?何をだ?」

智絵里「……その……幸せを……」

P「…………プロポーズ?」

智絵里「……あっ、ぇぁ……そ、そうじゃなくって……そ、そうです……!あ、その……そうじゃないです……!!」

あたふたと手を振る智絵里。

俺にとっての幸せは、この空間そのものなんだけどな。




智絵里「……四つ葉の、クローバーです」

P「なるほど、四つ葉のクローバーを探すのか」

智絵里「……はい。一緒に……探してくれますか?」

P「もちろん。この自然公園から四つ葉を狩り尽くせばいいんだな?」

智絵里「そ、そんなには……」

P「……ところで、四つ葉ってどんなところに生えてるんだ?」

手当たり次第に探すのもいいが、それだと効率が悪過ぎるだろう。

智絵里「えっと……日陰や水辺です。一株見つければ、その周りにもある筈ですから」

P「よし、おっけ。なら早速探すか」

デカい木の陰になっている場所で、俺は膝をついて四つ葉を探す。

三つ葉、三つ葉、たんぽぽ、三つ葉、これは名前が分からない。

分かってはいたが、そう簡単に見つかるものでは無さそうだ。

智絵里も俺の隣に膝をついて探し始めた。

幸せの象徴である四つ葉を真剣に探す、そんな智絵里の表情を俺は初めて見た。

真剣に探している為、智絵里は俺の視線に気付かない。

智絵里「……Pくん、見つかりましたか……?」

P「すまん、まだだ。幸せなら見つかったんだけどな」

智絵里「……?」

キョトンとした表情で首を傾げる智絵里。

あ、また幸せが増えた。

幸せの繁殖力って凄いな、ミント以上だ。



P「……んー、この辺りは無いな……」

智絵里「こっちも……見当たりません……」

場所を移動して四つ葉探しを再開する。

時間を忘れて四つ葉を探して、真剣な智絵里を時折眺めて。

特に会話は無いけれど、そんな時間がとても心地良かった。

P「……ん?」

智絵里「見つかったんですか……っ?」

P「いや、すまん。何でもない」

何でもなくは無かった。

四つん這いになっている智絵里のスカートの後ろ側は、裾の位置が高くなっていて。

ギリッギリその内側は見えないけど、こう……危ない。

言い辛い。とても伝え辛い。

P「……」

智絵里「……何か、ありましたか……?」

P「……こう、四つん這いなるとさ……」

智絵里「……四つん這いなると……?」

P「……幸せの象徴が見えちゃいそうだな、って」

智絵里「……四つん這い……きゃっ!」

ようやく気付いた様で、慌ててスカートを後ろから手で押さえる。

そのまま顔を赤らめて、ジト目をこっちに向ける智絵里。

智絵里「…………えっち」

あ、今の録音したい。

P「大丈夫大丈夫、ほんと見てないから!たまたま気付いただけだから!!」

智絵里「……ほんと、ですか?」

P「あぁ。本気で見ようと思ってたなら伝え無いって」

智絵里「……信じます。Pくんが、そう言うなら……」



P「にしても、なかなか見つからないもんだな」

智絵里「ですね。でも……えへへ……」

微笑む智絵里。

何かあったんだろうか。

P「どうした?見つかった?」

智絵里「いえ……でも、見つからなくても良いかな、って……」

P「……?」

智絵里「と、ところで……その……お腹空いてたりしてませんか……?」

P「割と空いてる。あ、もう十五時回ってるのか」

本当にあっという間に時間が過ぎてったんだな。

智絵里「わたし、お弁当作ってきたんです……だから……一緒に、食べませんか?」

P「まじで?!食べる!智絵里が作ってくれたものなら、なんだって食べたいな!」

智絵里「えへへ……一回休憩して、ベンチを探しませんか?」

P「おっけ。ベンチって何処にあるんだ?水辺とか日陰か?」

智絵里「ベンチは四つ葉のクローバーじゃないですけど……」

休憩がてら、今度はベンチを探す。

この公園の中央にはデカい池があるし、その付近にあるだろう。

P「ふぅ……四つ葉探しって、割と体力使うんだな」

ベンチに座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。

よくよく考えれば、二時間弱もぶっ通しで探してたんだもんな。



智絵里「……えっと……お口に合うといいな」

そう言って、智絵里はバスケットを膝の上に乗せた。

P「おぉ……」

その蓋を開けると、綺麗に並べられたサンドイッチがずらり。

智絵里「今日は時間があったから……全部、自分で作ってみたんです……!」

P「ありがとう、智絵里」

智絵里「……お礼は、大丈夫です。わたしが、作ってあげたかったから……」

P「それじゃ、早速一つ……」

サンドイッチに手を伸ばす。

するとその分、バスケットが遠ざかった。

P「……?」

手を伸ばす、その分遠ざかる。

なんだこれは、蜃気楼か?

P「なぁ智絵里、このバスケットって実物だよな?」

智絵里「当たり前、です……」

P「なんかさ、バスケットが俺から逃げてくんだけど」

智絵里「当たり前、です……だって、わたしが遠ざけているんですから」

P「……智絵里は、蜃気楼だった……?」




智絵里「えっと……Pくん」

P「なんだ?」

智絵里「お礼の代わりに……あの……お代を、貰えませんか?」

P「お代……いくらだ?智絵里の笑顔が100万ドルだし、100万ドル払えばいいのか?」

智絵里「な、なら……もし、わたしの笑顔が、Pくんにとって100万ドルなら……100万ドルを、作ってくれませんか?」

P「ど、どういうことだ……?」

智絵里「えっと……わたしが笑顔になっちゃう様な事を……その……してくれたら……嬉しいな、って……」

後半は尻すぼみに声が小さくなっていたけれど。

智絵里の求めている事は分かる。

と言うか、目を瞑って此方を向いてる時点で分かる。

智絵里「きちんと……えっと……お代を、払って下さい」

P「もちろん。即時払いだ」

智絵里「そ、そんなの……口先だけかもしれません」

P「口先だけじゃないから。それじゃ……するぞ?」

智絵里の手を握って。

少しずつ、智絵里の唇に近付いて。

ちゅっ、っと。

俺は、自分の唇を重ねた。

P「……ど、どうだ?」

智絵里「えへへ……だ、ダメです。受け取り拒否です」

P「えっ?!」

めっちゃ可愛い100万ドルの笑顔が目の前にあるのに。

すげー嬉しそうにしてくれてるのに。



智絵里「その……口先だけじゃないって……言ってたのに……」

それは、えーっと、つまり。

キスを、口先だけじゃなくて。

つまり、唇だけじゃなくって事で……

P「……わ、分かった。もう一回支払いのチャンスをくれないか?」

智絵里「は、はい……!」

もう一度、智絵里の唇に目掛けて近付き。

今度は、重ねるだけではないキスをする。

智絵里「んっ……んちゅ……んむっ、ちゅぅ……んぅっ……」

智絵里の小さな口から舌を入れて、お互いの舌を絡ませ合う。

繋いでいる手が、強い力で握り締められた。

智絵里「っん、ちゅ……んちゅぅ……んぅっ、ちゅっ……」

しばらく大人なキスを堪能して。

ようやく唇を離した頃には、智絵里の表情は蕩けきっていた。

100万ドルどころでは無い笑顔だ。

智絵里「ふぁ……えっ、と……えへへ……」

P「……ど、どうだ?」

智絵里「とっても……幸せです」

P「なら良かった」




智絵里「でも……少し、多く支払われちゃったから……お釣りです。きちんと、受け取って下さい」

P「っ?!」

今度は、智絵里の方からキスをしてきた。

再び、お互いに相手の唇を貪った。

智絵里「んぅっ……ちゅっ、んちゅぅ……んっ……」

P「……っふぅ……」

智絵里「……わ、わたしから……しちゃいました」

あぁ、可愛過ぎる。

P「これじゃ、今度は俺が多くお釣りを貰い過ぎてるぞ」

だから、きちんと返さないと。

智絵里「だったら……えっと……」

P「あぁ」

それからは、何度も何度も交互にキスをして。

サンドイッチを食べたのは、しばらく後だった。





P「ふぅ、ご馳走様。すっごく美味しかったぞ」

智絵里「良かった……お粗末様でした」

それにしても、もう十六時か。

一体俺たちはどれだけキスをしてたんだ。

近くを人が通らなくて良かった。

P「さて、それじゃまた四つ葉探すか。そろそろ暗くなっちゃうからそんなに時間は無いけど」

智絵里「……そう、ですね……」

若干、智絵里のテンションが低い。

もう探すのに疲れたんだろうか。

P「……疲れたか?」

智絵里「えっと、そうじゃなくって……えっと……」

P「……ん?」

智絵里「……見つからなければ……その……ずっと、Pくんと一緒に居られるのにな、って……一緒に探してる時間が、とっても幸せだったから……」

P「……俺もだ。だからさ、また来ようよ。今日見つかっても、見つからなくても」

智絵里「次来た時、直ぐに見つかっちゃったら……」

P「そしたら、その後はずっとキスしよう」

智絵里「そ、そんなの……!」

P「そんなの……?」

智絵里「見つかっても、見つからなくても……幸せじゃないですか……!」

P「だな!幸せしかないな!だってデートだし!」




ポロっ。

テンション上がって立ち上がって、スマホを落としてしまった。

ベンチの下に行ってしまったスマホを拾おうとして……

P「……おっ!あったぞ智絵里、四つ葉のクローバーだ!」

智絵里「ほんとですか……っ?!」

落ちたスマホの横に、一株の四つ葉のクローバー。

幸せはこんな近くにあったのか。

P「良かったな、帰る前に見つかって」

智絵里「はい……っ!」

P「で、確か四つ葉って一株見付けたらその周りにもあるんだっけ?」

智絵里「そうです……でも。今日は……もう、十分です」

P「そっか。なら、そろそろ帰るか」

智絵里「そうですね。あ……Pくん」

P「なんだ?」

智絵里「えっと……今日は、一緒に……で、デートしてくれて、ありがとうございました」

P「こちらこそ。すっごく幸せな時間だったよ」

智絵里「それと……この四つ葉のクローバーは、Pくんにプレゼントします」

P「え?いいのか?一つしかないのに」

智絵里「はい……その代わりにPくんが……わたしを、これからも幸せにして下さい……!」

P「……あぁ、約束する」

それから、手を繋いで帰って。

初めてのデートは、とても幸せな思い出になった。





ちひろ「さてみなさん。五月と言えば……何だか分かりますか?」

アバウト過ぎて意味がわからないHR。

千川先生が、ノリノリで教卓に立っていた。

ちひろ「はい、そうですね。六月の修学旅行です!」

五月じゃないじゃないですか。

ちひろ「一応五月末に中間テストもありますが……修学旅行と言えば青春を象徴するイベントですからね。まぁこの学校は殆ど女子しかいませんが、おかげで先生的には非常に安心できる訳です」

……何も言わないでおこう。

ちひろ「そして、気になる行動班及び生活班ですが……」

出席番号順とかだろうか。

せめて夜は他のクラスの男子と一緒だといいなぁ。

ちひろ「……自由とします!仲の良い子同士で三人組を組んで下さい!」

智絵里「……Pくん」

P「おう、組もうぜ智絵里」

まゆ「まゆも一緒で良いですか?」

P「もちろん」

智絵里「……Pくんと……二人っきりで……えへへ……」

まゆ「あの」

ちひろ「それと鷺沢君ですが、部屋は一人部屋になっています」

……夜寂し過ぎませんかね。




ちひろ「カヌーのペアも自由で良かったのですが、そちらはクジ引きで決めさせて頂きました」

智絵里「えっと……よろしくお願いします、Pくん」

まゆ「一緒に楽しみましょうね、Pさん」

P「あぁ、よろしくな。あと先生の話聞こうぜ」

ちひろ「ごほんっ!!煩いですよ、鷺沢君。スケジュールや持ち物に関しては今からしおりを配布します。あと沖縄とは言え六月なので、海で泳ぐ事は出来ません」

それでは、と言って千川先生が教室を出て行った。

智絵里「楽しみですね、Pくん……!」

P「だな!」

まゆ「ゴーヤチャンプルの時間ですよぉ!」

李衣菜「美穂ちゃん、加蓮ちゃん。一緒に班組まない?」

美穂「望むところです!」

李衣菜「何キャラ?」

加蓮「いいよ、李衣菜達以外友達いないし」

李衣菜「重い重い重い重い」

クラスメイト全員が席を立って、思い思いのトークを始める。

かく言う俺も、めちゃくちゃ楽しみでテンションはかなり高い。

P「そう言えば、カヌーのペア誰だろ」

美穂「折角なら、そっちも自由が良かったのにな」

まゆ「まゆは引き当ててみせますよぉ、Pさんという運命を……っ!」

智絵里「四つ葉のクローバーさん……わたしの願い、叶えて下さい……!」

P「あ、俺北条とペアじゃん」

加蓮「ん、ほんとだ。よろしくね、鷺沢」



智絵里「……」

美穂「ち、智絵里ちゃん……無表情で四つ葉を零つ葉にしようとしないであげて……?」

智絵里「幸運って、何なんだろ……」

加蓮「ねぇ鷺沢、私たちのカヌーに名前つけてあげよ?」

P「ペットかよ」

まゆ「タイタニックなんでどうですかぁ?」

李衣菜「沈むじゃん」

智絵里「……どうやったら、沈められるかな……」

美穂「隣から犯行予告が聞こえてきたんですけど……」

加蓮「よし、ソーキそば号にしよっか」

P「ダサくない?正直呼びたくないわそれ」

まゆ「バカバカし過ぎますねぇ」

加蓮「ソーキそばをバカにしないで」

まゆ「まゆは加蓮ちゃんをバカにしてるんですよぉ?」

智絵里「……カヌーのペア、今からでも変更して貰えないかな……」

P「無理なんじゃないかな……」

加蓮「え、鷺沢。やだ?ソーキそば号」

P「呼びたくはないかな」

加蓮「じゃあいいや。その代わり私の事加蓮って呼んで」

脈絡。

でもまぁ確かに北条だけ苗字呼びってのもアレだし、そうするか。

P「分かったよ、ソーキそば」

加蓮「加蓮っ!!」

素で間違えた。

P「分かったよ、加蓮」

加蓮「よし、許す」

智絵里「……」

まゆ「面倒な女ですねぇ」

加蓮「何それ、自己紹介?」



智絵里「あ……わたし、美穂ちゃんとです」

美穂「ほんと?よろしくお願いしますねっ!」

智絵里「はっ、はい……!」

李衣菜「ん、私まゆちゃんとじゃん」

まゆ「やるからには、一位を取りますよぉ!」

P「マングローブカヤックなんだからのんびり遊覧しろよ……」

李衣菜「にしても、折角の沖縄なのに泳げないんだね」

まゆ「まゆの悩殺水着アタックは使えそうにありませんねぇ」

美穂「水着……」

智絵里「悩殺……ちょ、チョップです……っ!で、でも……Pくんが……そうして欲しいなら……」

加蓮「悩殺……ふっ」

まゆ「元から脳が溶けてる加蓮ちゃんには、少し難しい言葉でしたか?」

加蓮「ん、ごめん。まゆがそんな難しい言葉知ってる事にちょっと感動してた」

仲良いなぁ、見ててこっちまで楽しくなってくる。

いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。

友達作りのコツを教えて貰いたいものだ。

李衣菜「海かー。夏休み入ったら海かプール行きたいね」

美穂「それまでに、もっと運動しなきゃ……っ!」

まゆ「それはさておき、みんなで遊びに行きたいですねぇ」

P「俺は放課後空いてるぞ」

智絵里「わ、わたしも空いてます」

美穂「同じく暇です……っ!」

李衣菜「あーごめん。私用事があるんだ」

加蓮「私も定期検診あるから」

まゆ「それでは、放課後にPさんの家で」

P「おい」




李衣菜と加蓮と分かれて、校門を抜ける。

五月になった夕方は、少しずつあったかくなっていた。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君。いらっしゃいませ……美穂さん、まゆさん、智絵里さん」

美穂「お邪魔します」

まゆ「お久しぶりです、文香さん」

智絵里「えっと……おじゃまします……」

文香「あ……P君、申し訳ないのですが……荷物を運ぶの、少し手伝って頂けないでしょうか?」

P「おっけ。三人は先に部屋上がっててくれ」

美穂「わ、わたしも手伝いますっ!」

P「いいよいいよ、多分力仕事だし」





まゆ「さて、もう来月は修学旅行なんですねぇ」

美穂「一ヶ月なんてあっという間だよね」

智絵里「沖縄……何食べよっかな……」

まゆ「智絵里ちゃんは何か食べたい物とかありますか?」

智絵里「えっ?わたしは……えっと……Pくんと一緒なら何でも……」

まゆ「あの、まゆも一緒ですからね?」

美穂「いいなぁ、二人はPくんと同じ班で」

智絵里「……え、あ……」

まゆ「真面目な感じの雰囲気ですねぇ。まゆはPさんのお手伝いをして来ますね」

バタン

美穂「……ねえ、智絵里ちゃん」

智絵里「……な、何ですか……?」

美穂「……告白、したんだね」

智絵里「…………はい……」

美穂「Pくんの事、好きだったんだ……」

智絵里「……美穂ちゃんも……その……Pくんの事が……」

美穂「うん、好きだった。一年生の頃からずっと、大好きだったんだ」

智絵里「……そうだったんだ……」



美穂「……ねえ、智絵里ちゃん。智絵里ちゃんから見て、Pくんってどんな人?」

智絵里「えっ……えっと……とっても、優しい人です……」

美穂「じゃあ、智絵里ちゃんはPくんの事、本当に好き?」

智絵里「そ、それは……!その……好き、です……!」

美穂「……うん。なら……」

智絵里「……わ、わたしの事……恨んでるよね……」

美穂「え、なんで?」

智絵里「えっ?」

美穂「もちろん、悔しいなーとは思うよ?でも……うん。それはPくんが選んだ事だから」

智絵里「……諦め切れたんですか……?」

美穂「うん。だって恋人がいるって分かってるのに、わたしがそれでも好きでい続けたら……Pくん、困っちゃうから」

智絵里「……美穂ちゃんは、強いんですね……」

美穂「そんな事ないよ。いっぱい泣いたし、悔しかったし、なんでわたしじゃ無いんだろって思ったもん。でも……」

智絵里「でも……?」

美穂「それでも、Pくんが離れていっちゃう訳じゃないから。これからも友達でいて欲しいって、そう言ってくれたから」

智絵里「わ、わたしも……美穂ちゃんと、友達でいたいです……!」

美穂「うん、わたしも。智絵里ちゃんと友達でいたいもん。だから……良かった、Pくんと結ばれたのが智絵里ちゃんで」

智絵里「わたしで……良かった……?」

美穂「智絵里ちゃんも、優しいから。人の優しさが好きになるって事は……その人も優しくないと、そうならないと思うから」

智絵里「そう……なのかな……?」

美穂「それに、前に応援したから。お互い上手くいくといいね、って」

智絵里「……ありがとう。美穂ちゃん……」

美穂「わたしこそ。好き勝手喋っちゃってごめんね?」



ガチャ

まゆ「お話、終わりましたかぁ?」

美穂「おかえりまゆちゃん。気を遣わせちゃってごめんね?」

まゆ「下でPさんと、二人で作業していたので幸せでしたよぉ」

智絵里「……文香さん……」

まゆ「……さて、智絵里ちゃん」

智絵里「はっ、はい……!」

まゆ「次は、まゆのターンです」

美穂「わたし、席外そっか?」

まゆ「大丈夫ですよぉ」

智絵里「に、二連戦……頑張らないと……!」

まゆ「智絵里ちゃんには、知るべき事があると思うんです」

智絵里「知るべき、事……?」

美穂「それは……もしかして……!」

まゆ「はい……」

智絵里「…………覚悟は、出来てます」

まゆ「良い表情です。それでは……いきますよぉ!」

智絵里「……い、いつでも……!」

まゆ「すぅー…………」

美穂「…………」

智絵里「…………」



まゆ「Pさんの!性癖です!!」

美穂「……っ!」

智絵里「……えっ?え……え、ぇ……えっ?!せっ、せせせっ!性癖、ですか……っ?!」

まゆ「性癖です!!」

美穂「まゆちゃん、それ言いたいだけだよね?」

智絵里「性癖って……それは……えっと、つまり……」

まゆ「智絵里ちゃんに問題です。恋人ならこのくらい簡単に解いて貰いたいものですねぇ」

智絵里「問題……?」

まゆ「智絵里ちゃんは、Pさんがどんな女性が好みで、どんな本で……その……ゴニョゴニョしているか、ご存知ですか?」

智絵里「ゴニョゴニョ……?」

まゆ「えっと、その……あ、あれです!あれですよぉ!こう、一人でする的なもので……」

智絵里「……?美穂ちゃん……えっと、どういう事か分かりますか……?」

美穂「……っえ?!わ、わたし?!わたしは……わからないかなー……っ!」

まゆ「……美穂ちゃん、助けて下さいよぉ……」

美穂「ま、まゆちゃんがそのネタ振ったんだから、最後まで走り続けて下さいっ!」

智絵里「どうしよう……わたし、恋人失格なのかな……」

まゆ「すー……ッチな事です……」

美穂「まゆちゃん、舌打ちした?」

まゆ「エッチな!本とか動画とか趣味とか嗜好とかのお話です!!」

智絵里「……H?」

美穂「鉛筆?」

智絵里「水素ですか……?」

美穂「ヘリポートじゃないかな?」

まゆ「……精神がすり減りますねぇ……」



智絵里「…………っ!っっっ!!!!~~っ!!」

美穂「あ、気付いたみたい」

智絵里「ひっ、一人で、って……えっと、そういう……」

まゆ「ようやく辿り着いた様ですねぇ」

美穂「まゆちゃん、ラスボスみたいだね」

まゆ「要は、恋人なら相手のそういった好みは把握しておこう、という事です」

智絵里「Pくんは……その……わたしの事が好きって……」

まゆ「ゔぁー」

美穂「この部屋甘いですね。窓開けて換気しませんか?」

まゆ「ごほんっ!男の子は、恋人とはまた別にそういった好みがあるものです。それを把握して、相手の求めるプレ……求めるものを提供するのも、恋人の為すべき事ですよぉ」

智絵里「わたしが……出来るのかな……?」

まゆ「するんです。為せば成るんです。やれば出来るんです」

美穂「な、なんでまゆちゃんはそんなに積極的なのかな?」

まゆ「智絵里ちゃんに対する恨みや想いや言いたい事がない訳ではありませんが!それ以上にPさんの趣味が気になってるからですよぉ!!」

智絵里「……えっと……」

美穂「……い、潔いね、まゆちゃん……」

まゆ「ごっほんっ!それで……智絵里ちゃんには、それを知る覚悟はありますかぁ?」

智絵里「……えっと……わたし、そういう事はよく分からないけど……それでも、Pくんの為に何か出来るなら……!」

まゆ「人妻モノだった場合、智絵里ちゃんが人妻にならなきないけないんですよぉ?」

智絵里「……そんな……っ!」

美穂「その理論はおかしいよね?」

まゆ「新妻だったらまゆが阻止しますよぉ」

美穂「あ、そこは普通に止めるんだ……」

智絵里「Pくんの為に……わたし……!その……新妻になります……!」

まゆ「……その意気や良し、ですねぇ……それでは早速、暴いていきましょう」

美穂「なんでまゆちゃんはナチュラルに保管場所知ってるのかな?」

まゆ「引き出し一番下段の二重底下の箱……いかにもな場所ですねぇ」

智絵里「……あれ?でも、この本の表紙は地図帳だよ……?」

まゆ「それはカモフラですよぉ。そのカバーを外して、表紙に記されたものを読み上げて下さい」



美穂「智絵里ちゃん……頑張って!」

智絵里「はい……っ!」

ぴらっ

智絵里「すー……び、ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」

まゆ「…………」

美穂「…………」

智絵里「…………」

まゆ「……おめでとうございます、智絵里ちゃん」

美穂「す、ストライクゾーンだったんですね!」

智絵里「……は、発情うさぎ……って……えっと……あぅ……」

まゆ「表紙のイラスト、智絵里ちゃんにソックリですねぇ」

美穂「うわぁ……Pくんの事、ちょっと見損なったかもしれません」

智絵里「ビクンビクンに!って……わ、わたし……ビクンビクンにされちゃうのかな……」

まゆ「DVDもありますねぇ。『挑戦!二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレス』……えぇ……?」

美穂「えぇ……」

智絵里「……わたし、プロレスとダンスも練習しなきゃなのかな……」

まゆ「えっと……応援してますよぉ。いえ、応援はしませんが」





ダンダンダンダン

まゆ「Pさんが来ましたねぇ」

智絵里「は、早く片さなきゃ……!」

美穂「カバーは……後で何とかしよっか!取り敢えず早く引き出し閉めて!」

ガチャ

P「待たせてすまん。何か飲み物とかいるか?」

美穂「い、いえっ!わたしは大丈夫です!」

智絵里「わっ、わたしも……!大丈夫です……っ!」

まゆ「まゆも結構ですよぉ」

P「……なんかテンション高いな」

美穂「そういえば、二人は何処かデートとか行ったんですか?」

まゆ「隣の駅の自然公園とかに行ってそうですねぇ」

智絵里「な、何で分かったんですか……?」

P「また週末デート行くか?」

智絵里「……はっ、はい……っ!よろしくお願いします……!」

P「動物園とか良いかもな。智絵里って確かウサギとか好きだろ?」

智絵里「……えっ……は、発情ウサギですか……?」

P「発情……?」

まゆ「智絵里ちゃん……っ!!っ!わ、笑ってなんてないですよぉっ!」

美穂「い、いいですよね!動物園デート!憧れちゃいます!!」

P「後はそうだな……スイーツパラダイスとか」

智絵里「トロトロチェリーな……っ!」

まゆ「智絵里ちゃんっ!っっ!」

美穂「まゆちゃん!っふふふっ!笑っちゃ!バレちゃうっ!っ!」

智絵里「…………え……」

P「え……?」

智絵里「……えっち!Pくんのえっち!へんたい!!」

P「…………あっ」




美穂「お邪魔しましたー。……ふふっ……っ!」

まゆ「また明日、お会いしましょう……っ!っっ!!」

まゆと美穂が、先に帰って行った。

今俺は、智絵里と並んで二人きりで歩いている。

……部屋に戻ったら、恋人にエロ本見られてたとかさ。

しかもそれが恋人そっくりな表紙の本とかさ。

P「……その……だな。智絵里……」

智絵里「……なんですか……?……へんたいさん……」

P「……」

……心が、しんどい。

いやでも、智絵里にへんたいさんって呼ばれるの良いな。

はい、なんでもありません。

P「大変申し訳ございません」

智絵里「……Pくんは……その……持て余してるんですか……?」

P「えっ?いやそういう訳じゃないけど……」

智絵里「だったら……あんな本、要らないですよね……?」

P「仰る通りです。帰ったら即破棄するから」

智絵里「……なら……許してあげます」

良かった、許された様だ。

智絵里「それと……えっと……勝手に机を漁っちゃって、ごめんなさい……」

P「いや漁ったのはまゆなんだろ?」

智絵里「それでも……わたしも、止めなかったですから……」

P「まぁ、それならおあいこって事で」

智絵里「……それと……よければ、その……今度のデートは、動物園に行きたいなって……」

P「……おう、週末でいいか?」

智絵里「はい……!」

P「それじゃ、また明日な」

智絵里「……また明日ね、Pくん」



別れ際に、智絵里と唇を重ねる。

と、その瞬間。

智絵里の方から、急に抱き締められた。

智絵里「んっ……んちゅ、むちゅぅ……んぅっ……っちぅ……」

いつも以上に、激しいキス。

唐突な事で驚きはしたが、それでも智絵里に応える様に俺も舌を絡ませた。

智絵里「んっ!んぅ……っちゅ……んちゅぅ……ぷぁ……」

P「……なんか、こう……」

エロい。

頬を赤くしている智絵里が、とても色っぽく見えた。

智絵里「……今はまだ、勇気が無いけど……知ってますか?Pくん。ウサギの繁殖力って、とっても凄いんです。だから……」

P「だから……?」

智絵里「……発情期になった時は……その……覚悟して下さいね……?」

P「……体力つけないとな」

落ち着いた感じて振舞ってはいるが、内心テンション爆上がりだ。

お別れした後、体力作りの為に少し遠回りして走って帰った。





加蓮「……ねぇ、鷺沢……教えてよ」

P「加蓮……」

加蓮「なんで?なんでなの?どうして……」

P「それは……」

李衣菜「……あの二人、なにやってるの?」

まゆ「見てれば分かりますよぉ」

加蓮「……この式からこんな風に展開されるの?!意味分かんないんだけど!!」

P「公式が教科書に載ってるだろ……」

五月下旬の金曜、中間試験最終日。

数学のテストを数分後に控えた加蓮が、みんなに泣きついていた。

加蓮「なんで点Pは動くの?!止まっててよ!待っててよ!私を置いていかないでよ!!」

美穂「数学の問題に何を訴えてるんでしょうね」

智絵里「大丈夫……昨日あんなに勉強したから……」

まゆ「常日頃から少しずつやっていれば困る事はないんですけどねぇ」

李衣菜「Pはどう?自信ある?」

P「っべーわ、俺完全にノー勉だわ」

智絵里「昨日、Pくんに教えて貰ったから……わたしは、自信あり……ま……うぅ……」

美穂「ノー勉じゃないじゃないですか」

P「折角だし、何か賭ける?」

李衣菜「勉強を賭け事の道具にしない」

P「はい」

正論過ぎて何も言えない。

李衣菜、そういうとこ割と真面目だからな……

加蓮「……ねえ、鷺沢」

P「ん?なんだ?」

加蓮「このテストが終わったら……私、カラオケ行きたいな」





加蓮「…………………」

P「……おーい、加蓮ー……」

中間試験最終日の科目三つを乗り越えて、帰りのHRも終わり。

これで勉強から解き放たれた。

教室では、クラスメイト全員が晴れやかな笑顔で遊びの予定を立てている。

まゆ「……屍みたいですねぇ」

李衣菜「お疲れ様ー。いやー、終わったね!」

美穂「みんなでカラオケ行きませんか?」

智絵里「……わ、わたしも行きたいな……」

まゆ「まゆもご一緒しますよぉ」

P「っしゃ!中間打ち上げに行くか!」

加蓮「……ん、ごめん。意識飛んでた。数学のテスト終わった?」

美穂「その後の英語と日本史も終わってますよ」

加蓮「よし、カラオケ行かない?」

まゆ「もうみんな準備出来てますよぉ」

加蓮「待って待って待って!すぐ片すから!」

慌ただしいなぁ……

靴を履き替えて、六人で駅前のカラオケに向かう。

加蓮「鷺沢はどうだった?数学のテスト。私と一緒に平均点下げられそう?」

P「どうだろうなぁ。俺バカだし多分加蓮の1.5倍くらいだわ」

加蓮「バカにしてる?!」

智絵里「わたしは……Pくんと一緒に勉強したから……えっと、多分70点は取れたと思います」




加蓮「他のみんなは?」

まゆ「智絵里ちゃん、苦手なのに良く頑張りましたねぇ」

李衣菜「80くらいかなぁ」

美穂「わ、わたしもそのくらいだと思います」

まゆ「同じくですよぉ」

加蓮「裏切り者!私に内緒で勉強してたんでしょ!」

李衣菜「勉強って一々申告しながらするものじゃないよね?自発的に、きちんと毎日やるものでしょ?」

加蓮「ゔっ……李衣菜のくせに正論なんて……」

美穂「李衣菜ちゃんって、こう見えて勉強はきちんとやってるんですよ?」

李衣菜「こう見えては酷くない?」

智絵里「思ったより、真面目な人でした……」

加蓮「ねぇ鷺沢、期末の時は数学教えてよ」

P「構わないけど……」

まゆ「まずは自分できちんとノートを見返しましょうねぇ」

加蓮「まゆのくせに……」

まゆ「それは罵倒なんですかぁ?」

李衣菜「……あ、ごめん。うちお昼ご飯用意されてるみたいだから、一回帰るね」

美穂「後でお部屋の番号を送りますから」

李衣菜が、一回家に帰っていった。

そういえば、俺たちはお昼どうしようか。

加蓮「カラオケでポテトとかポテチとかジャガイモとか頼めばいいんじゃない?」

P「お前さてはジャガイモ以外のメニュー知らないな?」

まゆ「ポテチはサラダって言い張るタイプの人ですねぇ」

加蓮「え、違うの?!」

智絵里「違うと思うけど……」

加蓮「あとあれやりたい、ポッキーゲーム」

P「あー、カラオケにあるよな。10本くらいしかないのにやたら高いポッキー」

加蓮「持ち込めば良くない?」

美穂「それ以上に違反料金取られちゃいますよ?」

P「とりあえずフリータイムで入って、それから考えるか」

カラオケに入ると、うちの制服を着た生徒が沢山いた。

まぁ今日で中間試験終わりだし、みんな来るよなぁ……

P「取り敢えず5人フリータイムで、後から1人追加で」

加蓮「あれ?1人減った?」

美穂「……李衣菜ちゃん……」




まゆ「とろけさせてあげるっ!溢れるほどの愛で!」

智絵里「ここに来て Be my Darling」

まゆ・智絵里「抱きしめて心まるごと LOVE YOU」

まゆ「……ご清聴、ありがとうございました」

智絵里「ふぅ……」

まゆと智絵里がマイクを置く。

開幕はこの二人のデュエットだった。

めっちゃ可愛い、耳が溶ける。

ちらちらと智絵里から向けられる視線が、より一層俺をドキドキさせた。

加蓮「やるじゃんまゆ。これは私と美穂の二人で挑むしかないね」

まゆ「まゆと智絵里ちゃんの絆パワーですよぉ」

美穂「あ、加蓮ちゃんも一緒に歌いますか?」

加蓮「歌うよ、美穂。それで何入れたの?」

美穂「えっと……その……この曲です!」

画面『精密採点スーパーデラックス!』

加蓮「……変わった曲名だね」

P「あ、すまん。採点機能入れたのは俺だわ」

加蓮「じゃあ鷺沢の番一回スキップね」

P「じゃあ俺この採点機能の曲歌うわ」

まゆ「もう次の曲に移ってますよぉ……」

智絵里「わ、わたしは……Pくんの歌も聴きたかったな……」

P「いや後で歌うから。順番全部スキップとか何の為に此処に来たんだよってなるから」

まゆ「今日はまゆのソロライブですよぉ」

美穂「開幕から智絵里ちゃんとのデュエットでしたよね?」

P「あ、美穂。李衣菜に部屋の番号教えたのか?」

美穂「……あ」

P「……李衣菜……」




美穂「と、兎に角っ!次はわたしと加蓮ちゃんのターンです!」

加蓮「結局何入れたのか聞いてないんだけど」

まゆ「……あー、成る程。美穂ちゃんらしいですねぇ」

美穂「えへへ……わたしの、とっても大好きな曲なんです」

可愛らしいイントロが流れ出す。

加蓮「げっ……私がこれ歌うの?」

まゆ「……んふっ……とっても可愛らしい加蓮ちゃん、期待してますよぉ……ふふっ……」

美穂「はいっ!加蓮ちゃん、前説入れて下さいっ!」

加蓮「え、無茶振り酷くない?……えっと、人という漢字は人と人が支え合って出来てて……」

美穂「大好きだった君に贈りますっ!小日向美穂と、北条加蓮で、ラブレター!」

加蓮「えぇ……」

二人が歌っているのは、恋する女の子の曲。

美穂の可愛らしい歌声とヤケクソな加蓮の歌声がとても聴いていて楽しかったが。

……美穂……

美穂「Sunshine day 今すぐ、伝えたいから」

加蓮「Dreaming Dreaming Darling あなたのことを」

美穂・加蓮「大好きだから。ラブレター受け取ってくださいっ!」

まゆ「ひゅーひゅー」

智絵里「とっても……上手ですね……」

P「……」

美穂「どうでしたか?Pくんっ!」

どう答えろと。

P「……うん、凄く可愛かった」

智絵里「……」

ちょっと拗ねた智絵里が、ジト目を此方に向けながらストローでお茶を飲んでいた。

……可愛いな、やばいな、拗ねた智絵里やばいな。



加蓮「ねぇ鷺沢、私は私は?!」

P「……んふっ」

まゆ「んふっ」

加蓮「は?」

P「加蓮、歌うの上手いな。上手かったし上手だなーって思ったよ」

加蓮「小学生の感想文以下だね。あー恥ずかしかった」

P「ヤケクソながらも熱唱してたもんな」

まゆ「さて、気になる点数は……?」

画面『とっても頑張りましたね!お料理も得意になりましょう!』

全く意味がわからない。

採点、採点ってなんだ。

ピロンッ

李衣菜からラインが来た。

『ねぇP、部屋どこ?』

美穂……まだ送って無かったのか……

『迎えに行くから、フロントで待っててくれ』

送信、っと。

P「李衣菜迎えがてらドリンクバー取ってくるけど、他誰かお代わりいるか?」

まゆ「まゆもお付き合いしますよぉ」

加蓮「じゃー私はポテトお願い」

P「任せとけー」

じゃがいものポタージュで良いだろ。

一旦部屋から出て、フロントに向かう。




李衣菜「ねぇ酷くない?美穂ちゃんから連絡来なかったんだけど!」

李衣菜がソファでアイスティーを飲んで待っていた。

P「すまん、美穂が忘れてたみたいだ」

李衣菜「それ余計酷くない?!」

まゆ「李衣菜ちゃんは、お昼食べて来たんですよね?」

李衣菜「うん、親が用意してくれてたから」

P「俺も少し腹減ってきたなぁ」

まゆ「お部屋に戻ったら、軽食でも頼みましょうか」

P「だな」

飲み物を確保して部屋に戻ると、丁度加蓮が歌い終えたところだった。

画面には、『蒼が……足りてないかな』と表示されている。

全くもって意味がわからない。

加蓮「おかえりー、そろそろ食べ物何か頼まない?」

P「丁度そんな話してたところだ。はい、じゃがいものポタージュ」

加蓮「ありがと……あつっ!」

李衣菜「さて、じゃあ私も早速何か歌おっかな」

美穂「今日の流行りはデュエットですよ」

李衣菜「ん、なら……智絵里ちゃん、一緒に歌わない?」

智絵里「わ、わたしで良ければ……」

加蓮「鷺沢、早く芋頼んで芋」

P「あいよー」

ポテトとポテチ頼んどきゃ満足するだろ。



李衣菜「……よっし!せっかくだしまずは最近流行ってる曲をね」

まゆ「あ、これならまゆも歌えますよぉ」

美穂「わたしもです!」

李衣菜「なら、丁度だし五人で歌う?」

加蓮「え、私も?三曲連続なんだけど」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

美穂「加蓮ちゃん!前説リベンジですっ!」

加蓮「……また?……えっと、この曲は2016年に日本でリリースされた……」

まゆ「アドリブ下手ですねぇ……『愛』それは時に美しく、時に人を狂わ」

美穂「小日向美穂とっ!」

李衣菜「多田李衣菜と!」

まゆ「えぇ……佐久間まゆで!」

加蓮「ちょっと!北条加蓮も!」

智絵里「お、緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」




加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十九時だし、そろそろ帰るか」

まゆ「ですねぇ。まゆと美穂ちゃんは寮の門限もありますし」

李衣菜「夕飯はみんなで食べようと思ってたけど、ポテトがまだお腹に残ってるんだよね」

美穂「なら、今日はこれでお別れにしましょうか」

P「あ、李衣菜。悪いんだけどさ、ちょっと買い物付き合ってくれない?」

今日確かお一人様二パック限りで卵がセールなんだよな。

李衣菜「おっけー。よくご飯お世話になってるしね」

P「んじゃ、また来週なー」

智絵里「……じゃあね、Pくん」

加蓮「またね、鷺沢」

四人と別れて李衣菜とスーパーに向かう。

P「ありがと、助かるよ」

李衣菜「いいって別に」

商品棚には、いつもと変わらない値段の卵がずらり。

P「……あ、セール明日だったわ」

李衣菜「やっぱりよくない」



まゆ「今日は、とっても楽しかったですねぇ」

智絵里「……わたしも、楽しかったです」

美穂「また行きたいね」

加蓮「次は普通の採点機能があるカラオケがいいかな」

こうやって、みんなで遊ぶのって……とっても楽しいんだな、って。

Pくんとお付き合いを始めて、初めて知りました。

今まで、ずっと一人だったから。

勿論、Pくんと二人っきりの時も幸せだけど……

こんな風に大勢の人と遊ぶのも、とっても楽しくて。

美穂ちゃんも、まゆちゃんも、優しいから。

きっと、Pくんが上手く二人と話してくれたから。

わたしがPくんと付き合ってても、こうして仲良くしてくれるから。

すっごく、嬉しいです。

まゆ「それでは、まゆと美穂ちゃんは寮ですから」

美穂「じゃあね、加蓮ちゃん、智絵里ちゃん」

智絵里「えっと……またね、二人とも」

加蓮「じゃあねー」

手を振って、二人とお別れです。

……そして……




加蓮「…………」

智絵里「…………」

わたしは、加蓮ちゃんと二人っきりになりました。

会話なんてありません。

どんな風に話し掛ければいいのか、全然分かりません。

だって、加蓮ちゃんは……

智絵里「……えっと……今日は、その……楽しかったですね……」

加蓮「……は?」

わたしの事を、嫌っていますから。

加蓮「はぁ……最っ悪。アンタにとっては楽しかったのかもね。鷺沢と付き合ってるんだから」

智絵里「うぅ……ごめんなさい……」

加蓮「謝るくらいなら別れてよ」

智絵里「それは……したくないです……」

加蓮「ならもう話し掛けないで。気分悪くなるから」

加蓮ちゃんはいつも、学校でもさっきのカラオケでも。

みんなと話している時、わたしの言葉だけは全部無視していました。

わたしは、誰かに嫌われたり敵意を向けられたくないから。

だからこそ、向けられる思いに敏感で……



加蓮「はぁ……鷺沢もまゆも居ない今だから言うけどさ。私はアンタの事を許すつもりはないから」

それは……仕方のない事だと思います。

わたしだって、きっと……Pくんを他の子に取られちゃったら、許せなかったと思うから……

加蓮「そもそも最初は練習とか、そんなふざけた理由で呼び出しといてさ。上手くいかなかった時の保険かけて、次の時だって理由言わずに来て貰いやすい様にしてさ」

それは……わたしは、何も言い返せません。

加蓮ちゃんの言う通りです。

わたしは怖くて、弱くて……臆病だったから。

智絵里「で、でも……ちゃんと、告白したから……」

加蓮「ほんっと……あの時引き留めとけば良かった。取られるし風邪引くしで最悪だったし」

加蓮ちゃんがあの日、校門の前で待っていた事を、わたしは知っていました。

正確には、Pくんと下駄箱で靴を履き替えている時に気付いたんです。

校門前で、傘も持たずに誰かを待ってる加蓮ちゃんを見つけて。

Pくんを待ってるのかな、取られたくないな、って。

だから、相合傘をして貰ったんです。

Pくんがわたしに意識を向けて、加蓮ちゃんに気付かない様に。

加蓮ちゃんが、そんなわたし達を見て早く帰ってくれる様に。

Pくんは優しいから、きっとそんな加蓮ちゃんを見たら声を掛けちゃうし。

そんな優しさをわたしは否定したくないから、そもそもPくんが気付かない様に、って。



加蓮「……ま、いっか。良くはないけど」

それでも、わたしは……加蓮ちゃんとPくんの仲を裂きたくないから。

優しいPくんに、悲しい思いをして欲しくないから。

わたしも、加蓮ちゃんと仲良くなりたかったのに……

なんて、都合が良過ぎるかな……

加蓮「……はぁ……」

大きな溜息を吐いて、加蓮ちゃんは帰って行きました。

こんな時どうすればいいのか、わたしには分からなくって。

ずっと、その場所で立ち竦むだけで。

智絵里「……ほんとに……うぅ……どうすればいいのかな……」

泣きそうになりながら、それでも涙だけは我慢します。

もう、弱いわたしに戻りたくないから。

……わたしが……もっと、頑張らないと。

Pくんの優しさに甘えるだけじゃなくって。

わたしが、もっと……

P「……ん、智絵里。どうしたんだ?」

智絵里「……え?」

あ……Pくんに追い付かれちゃったみたいです。

買い物袋を両手に抱えたPくんが、笑顔で駆け寄って来て。

そして……

P「……泣いてるのか?」

泣いてなんていません。

涙はまだ溢れてません。

悲しそうな表情もしてない筈です。

なのに……

智絵里「……Pくん……っ!」

P「うぉっ!」

堪え切れず、わたしはPくんに抱き付いちゃいました。

わたしが思ってた以上に、わたしはまだ弱くって。

わたしが思ってた以上に、Pくんは優しい人でした。



P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君……と、いらっしゃいませ、智絵里さん」

智絵里「……お、お邪魔します」

帰り道の途中で、智絵里とまた会って。

まさか、夜道で地脈からエネルギーを集めてたわけじゃないだろう。

なんだか辛そうだったから声を掛けて、とりあえず家で話を聞いてみる事にした。

文香「……すみません、P君。私はこれから、友達の家にレポートを書きに行かなければならないので……」

P「ん、夕飯は?」

文香「宮本家でお世話になりますので、大丈夫です」

気を遣わせちゃったかな。

別に、そういう事をするつもりは無いんだけど。

文香姉さんが出て行った後、智絵里と二人で部屋で向かい合う。



P「それで……さっきは、どうしたんだ?」

智絵里「その……えっと……まだ、内緒です」

P「そっか……」

智絵里「でも……ありがとうございました。Pくんに会えて……その……勇気を貰えましたから」

P「俺、何かしたっけ?」

智絵里「……辛い時に……困った時に。Pくんが、側に居てくれれば……わたしにとって……それが、一番の励みだから……」

P「なんなら頼ってくれても良いんだぞ?」

智絵里「……わたしも、強くなりたいから……Pくんなら、きっと何とかしちゃうかもだけど……それは、もうちょっと。わたしが……頑張ってみてからがいいな」

P「……なら、俺は智絵里を応援するよ。本当に困った時は何でも相談してくれ」

智絵里「……うん。ありがとうございます、Pくん」

ぎゅ、っと。智絵里が抱き締めてきた。

智絵里「……ぎゅー……え、えへへ……勇気、補給させて下さい……」

あ、だめだ。めっちゃ可愛い。

俺からも、少し強めに抱き締めた。

それに応える様に、智絵里も更に強く抱き締めてくる。



智絵里「……勇気、分けて貰ったから……」

目の前で、唇が付いてしまいそうな距離で。

顔を赤らめながら、上目遣いに。

智絵里「……今なら……もっと、いつもより。勇気を出せそうです……」

P「それって……っ!」

ちゅ、っと。

智絵里が、唇を重ねてきた。

智絵里「でも、もっと……もっと。Pくんを近くで……感じたいです」

P「智絵里……」

もう一度、今度は俺から唇を重ねて。

……文香姉さんに出掛けて貰って、本当に良かった。



P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」

ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」

P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」

ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」

修学旅行一日目。

当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。

この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。

ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」

隣の席は千川先生だった。

男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。

おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。

数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。

ちひろ「沖縄まで二時間程しかかかりませんから」

P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」

ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」

とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。

沖縄なんて行ったことがない。

本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。

カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。

P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」

ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」

P「へー」

ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」

P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」

ちひろ「ウサギですか鷺沢君は……」

発情ウサギ……げふんっ!

あの夜の事を思い出して、心を鎮めるのに必死になった。

なんて事をしていたら、あっという間に飛行機は着陸に向かい始めて。

P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」

ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」





特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。

飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。

加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」

P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」

加蓮「沖縄で一緒に暮らさない?」

P「俺まだ遣り残したことあるから……」

沖縄は、暑かった。

クソ暑い、六月頭でこれとか八月はサウナだろ。

李衣菜「美穂ちゃん大丈夫?」

美穂「わたしは……もう、ダメ……」

ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」

加蓮「あ、早くバスの席確保しちゃわない?」

P「そういや、まゆと智絵里はどうしたんだ?」

李衣菜「智絵里ちゃんが荷物探すのに手間取ってるみたい」

美穂「この旅行が終わったら……わたし、えっと……どうしよ?」

李衣菜「えぇ……」

加蓮「早く早く!一番奥の五人席取られちゃうよ?」

何故一番奥の五人席に拘る。

いや、なんとなくあの五人席が人気なのは分かるけど。

P「智絵里とまゆまだ来てないし、少し待とうぜ?」

加蓮「もういい。李衣菜、美穂、行こ?」

李衣菜「りょーかい」

美穂「さよなら……Pくん」

三人がバスに乗り込んで行った。

美穂、あいつ絶対元気だろ。




まゆ「お待たせしましたぁ」

智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。

まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。

智絵里「ごめんなさい……荷物探すのに、時間がかかっちゃって……」

まゆ「さ、バスに乗りますよぉ」

智絵里「わたしは……Pくんの隣がいいな」

P「俺もだよ。一番奥に李衣菜達いるだろうし、その手前に座るか」

智絵里「……えへへ……」

すっ、っと。肩を寄せてくる智絵里。

何故こうも、女子は良い香りがするんだろう。

まゆ「げっふんっ!!乗りますよぉ!早く!はりーあっぷ!」

P「足元気を付けろよ、智絵里」

バスの車高は案外高い。

転ばないように、俺は手を差し出した。

智絵里「……えへへ、王子様みたいです」

P「白馬の代わりにバスだけどな」

智絵里「それでも……わたし、とっても嬉しいです」

伸ばした手を握り締めて、バスに乗り込んでくる智絵里。

まゆ「……もんのすっごいアツアツカップルですねぇ……近くに居るだけで暑さがしんどいですよぉ……」

智絵里「えっと……その、新しいエネルギーって事にならないかな……」

P「俺たちの恋のエネルギーでバスを走らせるぞ!」

智絵里「え、エコですね……!地球に優しいカップルを目指しましょう……!」

まゆ「李衣菜ちゃん!冷えピタかシベリア持ってませんかぁ?!」




加蓮「ポテト……ポテトッ!こんな場所で逢えるなんて……っ!」

まゆ「沖縄をなんだと思ってるんですか……」

美穂「加蓮ちゃん、せっかくのバイキングなんだからお皿をジャガイモで埋め尽くすのはやめませんか?」

P「唐揚げ美味しい」

加蓮「ポテトの方がじゃがいもだし」

P「そりゃ鳥の唐揚げなんだからじゃがいもじゃないだろ」

加蓮「私の勝ちだね」

美穂「人として負けてませんか?」

せっかくの沖縄なのにバイキングの料理は唐揚げやポテトや肉じゃがといった、学生相手にゃこれ食わせときゃいいだろ感溢れるメニューばかりだが。

疲れた……食べられればもうなんでも良いや。

暑い中の長時間の移動はかなり堪える。バス内は冷房が効いてるからこそ、外との温度差にノックアウトされそうだ。

智絵里「……あの、李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?どうしたの?」

智絵里「えっと、明日の……」

まゆ「李衣菜ちゃん、きちんとジャージは忘れずに待ってきましたかぁ?」

李衣菜「もちろんじゃん、カヌー楽しみだからね」

まゆ「まゆもですよぉ。李衣菜ちゃんと世界を目指すの、とっても楽しみです」

李衣菜「そ、そこまで速く漕ぐのは難しいんじゃないかな……あ、なんだっけ智絵里ちゃん」

智絵里「えっと……何でもないです……」

まゆ「……まゆのサポート適応外ですよぉ」

智絵里「……ごめんなさい……」

まゆ「いえ、怒っている訳ではありませんが……むしろ、安心したくらいです」

加蓮「あ、まゆポテト切れてるね。足しといてあげる」

まゆ「結構ですよぉ、いえほんとにやめてもらえますか?」

加蓮「私の芋が食えないって言うの?!」

P「読モやってると体型維持とか大変そうだなぁ」

美穂「……ふう、ご馳走様でした」

加蓮「デザートにスイートポテトあるよ?」

李衣菜「芋から離れよ?」




P「うぉー……」

大きく息を吐いて、俺はベッドに倒れ込んだ。

修学旅行一日目は、ひたすら暑いだけだった。

日本の歴史の事を聞くのは嫌いじゃないが、建物内エアコン付いてなかったし。

あのお婆さんずっと戦死した夫の惚気話しかしなかったし、その夫生きてたらしいし、最後ご本人登場したし。

調子乗って夕飯に唐揚げを食べ過ぎて胃も重く、もう動くのがだるい。

P「……シャワー浴びて寝るか」

ピロンッ

誰かからラインが来た。

P「……ん、智絵里か」

『まだ、起きてますか?』

『起きてるぞ。そろそろシャワー浴びて寝ようと思ってたけど』

『よかったら、少しロビーのソファーでお喋りしませんか?』

『おっけ、シャワー浴びたら行くわ』

そうと決まれば男子は早い。

パパッとシャワーを浴びてハーフパンツとシャツだけ来て部屋を出た。

途中先生から『消灯時間には部屋に戻れよー』と釘を刺され、エレベーターで一階へ降りる。

流石に早過ぎたのか、まだ智絵里は来ていなかった。

ちひろ「あれ?鷺沢君、どうしたんですか?」

ロビーのソファーでは、千川先生が予定表を片手にコーヒーを傾けていた。

P「まだ寝るには早いし、誰かと喋ろうかなーと」

ちひろ「……あっ、お部屋一人ですからね……さっきまで多田さん達が居たんですが、帰っちゃったみたいです」

P「この後智絵……緒方さんが来るそうなので。それまで何して待ってるかな……」

ちひろ「……あまり生徒には言いたく無かったんですが、あっちに無料でコーヒーが置いてありますので。良かったら利用して下さい」

ありがたい、のんびり飲んで待ってよう。

全員に教えると、絶対ふざけて飲みまくる奴とかでてくるしな。

コーヒー片手に一息吐いて、明日の予定を思い出す。

確か美ら海水族館とマングローブカヤックだったな、ちゃんと着替えも持ってこう。

ちひろ「それと、明日は雨が降るかもしれませんから。着替えを用意しておいて下さい」

P「分かりました、ありがとうございます」

雨か……蒸し暑さが更に加速するんだろうな。

ホテル内でカヌー出来たら良かったのに。



智絵里「あ……お待たせしました、Pくん」

P「お、よう智絵里。俺も今来たとこだよ」

智絵里「ほんとに、ですか?」

P「もちろん、もし嘘だったら……どうしよ?」

智絵里「ふふ……コーヒー、冷めてませんか?」

智絵里が微笑みながら指差す先には、既に湯気の出ていないコーヒーカップ。

……よく見てるなぁ。

P「元からアイスコーヒーだったんだよ」

智絵里「……目を見て、言ってくれますか?」

じーっと、智絵里が俺の目を見てくる。

P「……お約束だよ。こういう時のさ」

智絵里「やっぱり……嘘、吐いてましたね……?」

一瞬、智絵里の瞳からハイライトが消えた。

P「いやいやいやいや、そんなつもりじゃなくてさ」

智絵里「なんて……えへへ、分かってます」

そんな智絵里は、可愛らしいパジャマ姿で。

ドキッとした。可愛い。ときめきが止まらない。

ちひろ「緒方さん、男の子の前でその格好は少し不用心過ぎませんか?」

智絵里「あ……えっと、大丈夫です……」

ちひろ「鷺沢君、信頼されてますね」

智絵里「わたしは……その……Pくんの恋人ですから」

ちひろ「そうですか…………っ?!!?!」

千川先生が一回プリントに視線を戻して、一瞬にして智絵里と俺を二度見した。




ちひろ「……え?ごめんなさい、聞き間違いかもしれないのでもう一回言って貰えますか?」

智絵里「もう……手も、出されちゃってて……」

P「……お、沖縄ジョークだよな!!」

ちひろ「その……鷺沢君?」

P「節度あるお付き合いを心掛けているつもりです」

ちひろ「……信じますよ?というか、せめて教師の前でそのカミングアウトは避けて貰えませんか?」

智絵里「あ……ごめんなさい……」

ちひろ「ごっほん!先生は部屋に戻りますから。二人とも、就寝時間までには自分の部屋に戻って下さいね?」

智絵里「でも……わたしの物は、Pくんの物だから……わたしの部屋は、Pくんの部屋って事に……」

ちひろ「佐久間さんに迷惑を掛けないように!はい、おやすみなさい!」

千川先生が帰って行った。

智絵里「えへへ……これで、二人っきりですね」

……まぁ、いいか。

P「あ、明日雨降るみたいだぞ」

智絵里「……明日……カヌーですね……」

P「ん、そうだけど。船とか水面とか苦手なのか?」

智絵里「……ううん。大丈夫です」

P「折角なら智絵里とペアが良かったんだけどな」

智絵里「……加蓮ちゃんにも、優しくしてあげて下さいね……?」

P「もちろん、友達だからな。冷たく接してる様に見えてた?」

智絵里「えっと、そう言う訳じゃ無いけど……」

どうしたんだろう。

何か、悩んでる事でもあるんだろうか。

智絵里「……あの、Pくん……」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……この後……その……Pくんのお部屋に行っても、良いですか……?」

……それは、つまり、そういう事で……

いやいやいや、ダメだろう。

修学旅行だぞ、さっき千川先生に釘刺されたばかりじゃないか。

そんな可愛い顔で、上目遣いに物欲しそうな表情したって。

ダメなものはダメなんだ、しっかり断らないと。




P「あぁ。良いぞ」

断れなかった。

まゆ「断りましょう、Pさん」

P「……うっす」

溜息を吐きながら、まゆが此方に向かって来ていた。

まゆ「まったく……いつの間にか智絵里ちゃんが部屋からいなくなってると思ったら、一晩目からお盛んですねぇ」

智絵里「え、えっと……こんばんは、まゆちゃん」

まゆ「はい、こんばんは智絵里ちゃん。挨拶は大切ですよねぇ。それ以上に常識と倫理とその他諸々を大切にして欲しいですけど」

智絵里「ごめんなさい……」

まゆ「修学旅行一日目から部屋にまゆ一人だなんて、寂しすぎるじゃないですか!」

P「俺もなんだけどな」

まゆ「明日はカヌーなんですから、今日は休んで下さい。筋肉痛になったら困りますよぉ?」

P「えっと……すまん」

智絵里「……Pくん、わたし達のお部屋に来ますか……?」

まゆ「え、ならオッケーですねぇ……って!ダメに決まってるじゃないですかぁ!!」

智絵里「なら、わたしがPくんの部屋に行けば良いんですよね……?」

まゆ「確かにそうですねぇ……そうな訳無いじゃないですか……」

微笑ましいやり取りだ。

周りに先生が一人でもいたら俺大変な事になってただろうけど。

まゆ「はいはい、お部屋に戻りますよぉ」

智絵里「あぅ……また明日ね、Pくん……っ!」

まゆ「おやすみなさい、Pさん」

まゆが智絵里の手を引いて消えて行った。

まるで嵐の様だ。

折角沖縄なんだしスコールって表現しとくか。

P「……はぁ」

そんなこんなで、修学旅行一日目は終わった。

修学旅行なのに一人部屋は、思ったより寂しかった。



P「うぉぉ……デカいサメだ……」

まゆ「凄い迫力ですねぇ」

智絵里「……ひぅっ……」

まゆ「ち、智絵里ちゃん!大丈夫ですかぁ?!」

智絵里「わたし……もう、ダメかも……」

修学旅行二日目、午前中。俺たちは美ら海水族館に来ていた。

壁一面に埋め込まれたアクリルガラスの向こうには、水の世界が広がっている。

群れて、散って、また集まって、まるでその集団が一つの生き物かの様に、大量の魚が水槽いっぱいを飛び交う。

そして水槽内でもかなり大きい部類のサメが、ガラス越しに目の前を通り過ぎていった。

P「おいおい大丈夫か、智絵里」

智絵里「あぅ……ありがとうございます……」

倒れそうになった智絵里の肩を背後から支える。

軽いし細すぎるな……心配になってくる。

まゆ「Pさぁん、まゆも倒れそうですよぉ」

智絵里「……あ、見てくださいPくん」

P「お、あれは……デカい魚だな」

まゆ「名前で呼んであげて下さいよぉ」

分からないんだから仕方ないだろう。




まゆ「マナティーも見に行きませんか?」

P「お、いいな」

智絵里「その前に、えっと……写真撮ってからでいいですか?」

智絵里がおもむろにスマホを取り出した。

そのままカメラを水槽に向けて、何枚か写真を撮る。

智絵里「お待たせしました」

P「満足いく写真は撮れたか?」

智絵里「はい……!」

ちひろ「では、スマホは没収させて貰います」

智絵里・P・まゆ「?!」

俺たちの後ろに、千川先生が微妙な笑顔で立っていた。

ちひろ「まったく……スマホで撮るなら、もう少し周りに見えない様に撮って下さい」

智絵里「あ……えっと……その、これは……筆箱です」

まゆ「苦しい言い訳ですねぇ」

ちひろ「見てしまった以上スルーするわけにもいきませんから。はい、修学旅行が終わったら返却します」

まぁ立場上仕方のない事ではあるか。

一人見逃したら他の人も見逃さないといけないし。

智絵里「あの……ごめんなさい」

ちひろ「……代わりに、私のデジカメを貸してあげます。学校に戻ったら、プリントしてお渡ししますね?」

智絵里「……あ、ありがとうございます……!」

P「優しいですね、千川先生」

ちひろ「ルールは兎も角として、やっぱり生徒の皆さんに楽しんで貰いたいですから」

まゆ「プリント代は?」

ちひろ「もちろん請求します。カラープリント一枚あたり三十円です」

きっちりしてるなぁ。

ちひろ「では、鷺沢君も佐久間さんも……持って来ていないとは思いますが、もし鞄やポケットに誤って入れたまま来てしまったとしたら、スマホは出さないで下さいね?」

P「ありがとうございます」

そう言って、千川先生が別の水槽に向かって行った。



P「……取り敢えず、マナティーの水槽に行くか」

三人で別の水槽に向かう。

すれ違う同じ学校の生徒たちも、とても楽しそうだ。

まゆ「……マナティー、ですね」

P「あぁ、マナティーだ」

まゆ「……こっち向いてくれませんねぇ」

P「壁と見つめあってるな」

マナティーは、ずっと壁の方を向いていた。

意地でもこっちを向かないというかの様に、微動だにしない。

ファンサービスくらいして欲しいものだ。

P「マナティー……」

水槽の前の椅子に腰掛けて休みつつ、マナティーがこっちを向くのを待つ。

智絵里「……えっと……尻尾の方だけでも、写真を撮ってみませんか?」

まゆ「動いてない分写真は撮りやすそうですねぇ」

取り敢えずカメラを向けてみた。

微動だにしない。

まゆ「マナティーさぁん!こっち向いて下さいよぉ!!」

まゆが話しかける。

微動だにしない。

まゆ「……智絵里ちゃん、マナティーさんとツーショット撮ってあげますよぉ」

智絵里「ありがとうございます」

P「マナティーこっち向いてくれないけどな」

智絵里が水槽の前に立って此方を向く。

それと同時に、マナティーが智絵里の背後まで来てシャッターチャンスを作った。

まゆ「……生意気ですねぇ、魚類のクセに」

P「俺とまゆが何しても動かなかったクセにな」

まぁマナティーは哺乳類だけどな。

取り敢えず何枚か写真を撮る。

……うん、可愛い。マナティーお前じゃないぞ、智絵里が可愛いんだからな。



まゆ「まゆもお願いします」

まゆが水槽の前に立つ。

それと同時、マナティーはまた壁の方へ行ってしまった。

まゆ「……ぷっつーんですよぉ。挽き潰して、粗挽きマナティー丼にしてやります」

智絵里「まゆちゃん……」

P「……まあ、智絵里の写真撮れたからいいか」

まゆ「あの」

それから三人でワイワイと、カメラを片手に水族館中を巡る。

魚と智絵里のツーショットも大量に撮った。

まゆの写真はそのまま何かの雑誌に載せられそうなレベルの可愛さだ。

P「ふぅ……百枚くらい撮ったんじゃないか?」

まゆ「楽しかったですねぇ」

智絵里「お魚さんも……とっても楽しそうで、可愛かったです」

まゆ「まゆ達も泳げれば良かったんですけどね」

P「まだ六月だしな。さて、そろそろバス戻るか」

まゆ「文香さんにお土産は良いんですか?」

P「三日目に食べ物買ってく方が喜ばれるかなって」



まゆ「さぁ、トップを狙いますよぉ!」

李衣菜「うっひょぉぉ!いっけぇぇぇえ!!」

マングローブカヤック開始と同時に、まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。

あいつら遊覧の意味分かってるのか?

智絵里「ふぅ……えへへ……」

美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」

智絵里「すっごく、落ち着きますね……」

あぁ、あのペアを見てると癒されるな。

どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。

そして……

加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」

P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」

俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。

加蓮「なんとかしてよ」

P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」

加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」

P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」

加蓮「クーラーの温度下げて」

P「困った事にクーラーが無いんだよ」

加蓮「じゃあ南極目指そ?」

P「悪い、俺今日パスポート持って来てないんだ」




ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。

加蓮と下らない会話をしながら。

そんな時間も、悪くない。

加蓮「のどかだね」

P「なー、心が穏やかになるわ」

加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」

P「分かる」

加蓮「ほんとに分かってる?」

P「ごめん、分かってないかも」

加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」

P「いや、俺鷺沢だけど……」

ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。

なんだか、楽しそうだ。

P「……ん?」

少し先の方が、やけに白くなっている。

ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。

まるでそこから先は雨が降っているかの様に……

P「ってうわ!スコールじゃん!」

ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。

こう言う時はどうすればいいんだろう。

P「取り敢えず陸地に上がるか!」

加蓮「鷺沢っ!」

P「なんだっ?!」

加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」

P「絶対今必要な知識じゃない!!」



急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。

面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。

まぁ多分十五分もすればやむだろう。

その間は木の陰で雨宿りをすればいい。

……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。

P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」

加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」

P「凄い雨だな……」

お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。

……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。

加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」

P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」

……デカいな。はい、何でもありません。

兎も角、急いで目を瞑る。

加蓮「……本当に見てない?」

P「見てない、神に誓って」

加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」

P「いや、青だったけど」

加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」

P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」

脇腹に軽い突きを連続で受ける。

目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。



加蓮「ま、いっか。寧ろラッキーなくらいかも」

P「ラッキースケベって事?」

加蓮「張っ倒すよ?」

P「申し訳ございません」

ザァァァァッ!

雨が地面や水面に叩きつけられる音が大きくて、周りの状況が全くわからない。

たいぶ後ろの方でのんびりしてた智絵里と美穂は大丈夫だといいな。

まゆと李衣菜は大丈夫だろ。

加蓮「……でも、雨はそんなに好きじゃないかな」

P「身体弱いんだろ?俺のジャージ着るか?焼け石に水だと思うけど」

加蓮「じゃあ焼け石持って来て」

P「無理をおっしゃる……」

加蓮「……嫌いでも無いんだけどね。雨に打たれる事ってあんまり無かったから。でも……」

少しだけ、加蓮の声のトーンが下がった。

加蓮「……あの日の事、思い出しちゃう」

P「あの日の事……?」

目を瞑っているから分からないが。

加蓮の声は、どことなく寂しそうだった。




加蓮「……私、まだ鷺沢の事許してないから。あの時、迎えに来てくれなかった事」

P「迎えに……?」

迎えに行く、なんて約束をした日があっただろうか。

困った事に心当たりがない。

加蓮「ま、私が勝手に待ってただけなんだけどね。おかげで風邪引くし、嫌なもの見せられるし、最っ悪な結果になったし」

P「おいおい、それっていつの話だ?」

加蓮「……あんたが告白の練習に付き合うって言って、屋上に行っちゃった日」

……まさか、加蓮は。

あの雨の中、俺を待ってたのか?

とっくに帰ったものだと思っていたが、俺と遊びに行く為に……

加蓮「そしたらまぁ案の定あんたは告白されるし、それオッケーしてるし、ほんっと最悪」

P「……加蓮。それってさ……」



加蓮「……っ!諦められる訳ないじゃん!私、初めてだったんだから……鷺沢みたいな優しいバカに出会えたの」

優しいバカ、か。

バカに関しては何も言い返せない。

そして、優しいに関しては……

優しいんじゃなくて、弱いだけだ。

P「……褒められてると信じたいな」

加蓮「褒めてるつもりはないよ」

心をへし折るのがお早い事で。

加蓮「……だって、私みたいな重ーい女の子を……ねぇ鷺沢。目、開けていいよ」

……本当にいいのか?

開けた瞬間『変態っ!』って言って叩かれたりしないよな?



加蓮「……ねえ、P」

恐る恐る、目を開けると……

加蓮「私はっ!離れたくない……!ううん、もっと近くに居たいの!だから……っ!」

いつの間にか、加蓮は俺の目の前にいて。

加蓮「……好きだよ。私と付き合って……っ!」

加蓮の唇が、俺の唇に触れた。

その感触は、あっという間に激しい雨に流されて。

それでも、加蓮の頬を濡らす雫は。

それだけは、この雨ですらも隠し切れずにいた。




P「はぁ……」

めちゃくちゃ疲れた。

ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。

またもやバイキングだった。

沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。

加蓮は、さっきの事なんて無かったかの様にいつも通りに振舞っている。

まゆ「……どうかしたんですかぁ?」

P「ん、いや、別に……」

智絵里「あ……めかぶ美味しい……」

結局、あの後加蓮とはきちんと話せていない。

返事すらさせてもらえていない。

カヌーに戻って何かを言おうとすると、適当にはぐらかされた。

加蓮は俺が智絵里と付き合っている事を知っている筈で。

というか、以前俺がきちんと伝えた筈なのに……

加蓮「美穂ぉ……李衣菜ぁ……」

李衣菜「か、加蓮ちゃん……どうしてそんなにしょげてるの?」

加蓮「千川先生に、北条さんはポテトで遊ぶからダメって言われたの!」

美穂「何も間違ってないと思うけど……」

加蓮「私からポテトを取ったらJK要素しか残らないじゃん!」

まゆ「え、加蓮ちゃんってJKだったんですかぁ?」

加蓮「ジョーカーは黙って」

まゆ「クイーンですよぉ」

騒がしくも、いつも通りの楽しい食卓だ。

でも……




智絵里「……カヌー、とっても楽しかったですね」

美穂「ずっと乗ってたくなっちゃいました!」

李衣菜「こっちは速過ぎて全然景色楽しめなかったけど」

まゆ「スピードこそ正義ですよぉ」

加蓮「ねえ誰か、私の代わりにポテト取ってきてくれない?」

まゆ「加蓮ちゃんはカヌーよりポテトみたいですねぇ」

美穂「共犯者を募らないで下さい……」

加蓮「取ってきてくれたら少し分けてあげるから!」

李衣菜「メリット少な過ぎない?」

まゆ「ハイリスクローリターンですねぇ。あ、加蓮ちゃんが喜ぶからノーリターンでした」

加蓮「分けてあげないよ?」

まゆ「自分で取りに行きますよぉ」

智絵里「……加蓮ちゃん、本当にポテト好きなんですね……」

加蓮「ねえ鷺沢、ポテト取ってきてよ!一生……のうちの三割くらいのお願いだから!」

まゆ「大好きなんですねぇ、ポテト」

P「人生の三割を此処で使うな」




部屋に戻ってもう一度シャワーを浴びる。

今日で、色々な事に気付いてしまった。

それが、重く心にのしかかる。

P「……はぁ」

野郎のため息なんて誰も求めてないだろうが、吐きたいんだから仕方ない。

適当に服を着て、ベッドに寝っ転がった。

ピロンッ

P「ん……?」

まゆからラインが来た。

『こんばんは、智絵里です』

あぁ、智絵里は千川先生にスマホ没収されたんだったな。

まゆのスマホ借りてるのか。

『どうした?』

『この後、その……少し、お話出来ませんか?』

『おっけー、昨日と同じくロビーでいいか?』

『いえ、私がそっちの部屋に行きますから』

……ん?なんか違和感が……気のせいか。

それにしても、智絵里が部屋に来るのか……

いや、期待してないし、全く持って変な気持ちになったりなんてしてないし。

……ふぅ、落ち着け俺。

脱ぎっぱなしの服をハンガーに掛けて、少し部屋を綺麗にしてみたりする。




それからしばらくベッドで座禅していると、部屋の扉がノックされた。

P「はーい」

鍵を開けて扉を開くと……

まゆ「はぁい、貴方のまゆですよぉ」

P「あれ?智絵里、名前と見た目と声変えた?」

まゆが立っていた。

まゆ「……あの、先生に見つかると怒られるので、取り敢えずお部屋にあげて頂けませんかぁ?」

P「え?あ、あぁ」

言われるがままにまゆを部屋にあげた。

P「いやいや、女子が男子の部屋に来るのはまずいだろ」

まゆ「智絵里ちゃんだったら喜んで迎え入れたんじゃないですかぁ?」

何も言えない。実際その通りだったから。

P「そういえば、智絵里は?」

まゆ「……智絵里ちゃんは、此処へは来ませんよぉ……だって……」

P「だって……?」

ふふふ、と妖しく笑うまゆ。

まさか……既に智絵里は……

まゆ「……カヌーで疲れて、もう寝ちゃってますから」

思った以上に平和な理由だった。

どうせなら寝顔の写真撮って来てくれると嬉しかったんだけどな。

P「んじゃ、やっぱりあのライン送って来たのまゆだったのか」

まゆ「そうですよぉ。気付いてたんですか?」

P「『わたし』が『私』になってたからな。いつもラインの時『わたし』なんだよ、智絵里は」

まゆ「まゆの詰めが甘かったみたいですねぇ」



P「んで、話って何だ?わざわざ俺の部屋に来るって事は、他の人に聞かれたくないんだろ?」

まゆ「……そう、ですねぇ」

ゴホン、と咳をついて。

まゆは、口を開いた。

まゆ「今日のカヌー、楽しかったですか?」

P「ん?まぁ、勿論。普段は出来ない事だしな」

まゆ「む……はぐらかすんですね。なら、まどろっこしいのは無しにします」

……もしかしたら、まゆは見当が付いているんだろうか。

まゆ「……加蓮ちゃんと、何かありましたか?」

P「……やっぱり、察してたのか」

まゆ「見ていれば分かりますよぉ。加蓮ちゃんがPさんを諦めてない事も……加蓮ちゃんが、智絵里ちゃんを恨んでいる事も」

今日加蓮から告白された時、疑問に思った事があった。

俺の事を許していない、諦めていないんだとしたら。

智絵里の事はどう思っているんだろう、と。



まゆ「……智絵里ちゃんをずっと無視していましたからねぇ。知ってましたか?加蓮ちゃん、一度も『緒方智絵里』って名前を呼んだ事が無いんです」

P「……そうだったんだな……」

案の定、だった。

夕食の時も、加蓮はみんなと会話している様で、智絵里の言葉は一切無視していた。

その直後に、まゆがフォローを入れてくれている事にも気付いた。

P「……智絵里、ずっとその事で悩んでたんだな」

あのカラオケの後の事。

なんで智絵里があんなに辛そうにしていたのかも、ようやく気付けた。

まゆ「相談しなかったのはPさん的には悲しい事でしょうけど、智絵里ちゃんを責めないであげて下さい。智絵里ちゃんはきっと、Pさんに甘えず自分で何とかしたかったんだと思いますから」

P「……でも、智絵里はずっと加蓮に話し掛けてるよな」

まゆ「それも、智絵里ちゃんがPさんに迷惑を掛けたくないからだと思います」

P「……それで、まゆが俺に相談してくれたのか」

まゆ「はい、多分智絵里ちゃん一人だと解決出来そうにありませんからねぇ。まゆの言葉は、きっと加蓮ちゃんは聞いてくれないでしょうし」

解決、か。

智絵里にとっての解決は、どういう結末を迎える事なんだろう。

まゆ「……Pさんと加蓮ちゃんが、これからも友達でい続ける事だと思います」

またきちんと、智絵里に聞く事になるだろうが。

もし本当にそうなのだとしたら、智絵里はもう十分に……

P「そっか……そうだな。我儘だろうが、俺も加蓮と友達でいたい」

まゆ「まゆも、Pさんが悲しむ様な事にはなって欲しくないですから」

P「……ありがとう、まゆ」

まゆ「ふふ、お礼は三倍返しを期待してますよぉ」





P「……それはそれとして、まゆ。男子の部屋に一人で来るなんて少し不用心過ぎるんじゃないか?」

まゆ「…………え?えっ?あ、あの……Pさん?」

P「まったく……何されても文句言えないぞ?」

まゆ「え、ええと……えっ?えええっ?!」

珍しいどころか初めて見るな、こんな慌てふためいてるまゆ。

P「……さて、じゃあ早速……」

まゆ「だ、ダメですPさんっ!Pさんには智絵里ちゃんが……あ、でもそれも悪くないかも……」

P「部屋まで送らせて貰うぞ?」

まゆ「は、はい…………はい?」

P「まゆを傷付ける様な事をする訳無いだろ……ほら、行くぞ」

まゆ「で、ですよねぇ。Pさんには智絵里ちゃんがいますらねぇ、ですよねぇ!はい、分かってましたよぉ!手を出したら幻滅してましたよぉ!!」

……テンション高いな、まゆ。

いや俺も悪かったと思うけど。

まゆ「……明日の朝まで、智絵里ちゃんが無事で済むとは思わない事ですよぉ。八つ当たりで顔に落書きします」

P「ほんと申し訳ございません」




智絵里「……おはようございます」

P「おはよう、智絵里」

まゆ「うぅ……おはようございます……」

修学旅行三日目の朝。

まゆも智絵里も、とても眠そうだった。

まゆ「智絵里ちゃん、寝たのが早過ぎて五時に起きちゃって……」

智絵里「まゆちゃんと、楽しくお喋りしてました」

まゆ「起こさないで欲しかったですねぇ……まゆは昨日寝たの遅かったんですから」

智絵里「えっと……何かしてたんですか?」

P「夜ふかしは肌の敵だぞ」

まぁ、俺と喋ってたからってのもあるが。

……まゆとの、昨日のやり取りを思い出した。

まぁ、今話す事でもないか。

智絵里「自由時間……とっても楽しみですね、Pくん」

P「だな、暑そうだけど」

まゆ「Pさんは、何か食べたい物は決まってるんですかぁ?」

P「特に決めてないな……智絵里は?」

智絵里「わたしは……Pくんが望むなら、いつでも……」

P「……お、おう」

まゆ「カニバリズムだと信じたいですねぇ」

智絵里「えっと、なら……朝ご飯は少な目にしておきませんか?」

P「そうだな、昼食べられなくなっちゃうと勿体無いし」



P「……あっつい……」

まゆ「溶けそうですねぇ……」

智絵里「うぅ……蒸し焼きになっちゃいそう……」

修学旅行三日目は、物凄く暑かった。

六月でこの暑さなら、八月なんてもうマントルなんじゃないだろうか。

汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。

色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。

まゆ「どうしますか?」

P「さっさと店に入って早目のお昼にしようぜ」

まゆ「大賛成です。汗かいたらシャツが透けちゃいますからねぇ」

……もう少しだけ歩いても良い気がしてきた。

智絵里「……Pくん」

P「はい、ごめんなさい」

智絵里「その……そういうのは、二人っきりの時に……」

P「だ、だな!」

その時は好きなだけ汗かけるし。

シャツも脱ぐから透ける心配もないし。

まゆ「早くお店を探しますよぉ!」



智絵里「朝ご飯、少な目にしておいて良かったですね」

P「んじゃ、近くの適当なソーキそば屋に入るか」

歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。

ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。

ニライカナイは此処にあった。

P「……涼しい。冷房って凄い」

まゆ「此処がシベリアなんですねぇ」

智絵里「どうしよう……わたし、パスポート持って来てないです……」

まゆ「密入国は犯罪ですよぉ」

智絵里「わたし、Pくんにお仕置きされちゃいます……」

……智絵里に、お仕置き。なんて甘美な響きなんだろう。

まゆ「ご褒美じゃないですかぁ……」

P「って、アホな事言ってないでメニュー決めるぞ」






P「……帰って来てしまった……」

つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。

目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。

帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。

智絵里「……帰って来ちゃったんですね」

まゆ「ですねぇ……いつもの街並みです」

P「……終わっちゃったんだな……」

遠くに出掛けて帰って来た時の帰って来ちゃったんだな感は異常。

なんだか、物凄い虚無に包まれた気分だ。

智絵里「……とっても、楽しかったですね」

まゆ「またみんなで旅行に行きたいですねぇ」

P「だな。バイトしてお金貯めるか」

みんなで、か。

その為にも、俺は……

まゆ「それでは、まゆは寮の方ですから。また来週学校でお会いしましょう」

智絵里「じゃあね、まゆちゃん」

P「またな、まゆ」

まゆが帰って行った。

俺と智絵里も、二人並んで道を歩く。



P「……楽しかったな」

智絵里「はい……でも、今度は……Pくんと二人きりでも行きたいな」

P「あぁ、俺もだ。だから、さ……」

ふぅ、と。一息吐いて、俺は尋ねた。

P「……なぁ智絵里。加蓮について、少し話を聞かせて貰えないか?」

智絵里「…………」

智絵里から、返事は無い。

いきなり過ぎたから、という理由では無いだろう。

P「……話辛いかもしれないし、話したく無いかもしれない」

智絵里「……わたしが、自分で何とかしますから……我儘ですか?」

我儘じゃないと思う。

でも、今回は我儘って事にさせて貰おう。

P「あぁ、我儘だと思う。だから、俺も我儘を言うけどさ……少しでいいから、頼ってくれないか?」

智絵里「わたしは……もう、十分力を貰ってますから」

P「じゃあさ、今度は……智絵里が、俺に力を貸してくれないか?」

智絵里「…………え?」

P「この後時間あるなら、俺の家で話の続きをしたい。大丈夫か?」

智絵里「えっと……はい」



P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい……あら。こんにちは、智絵里さん」

智絵里「えっと……お邪魔します」

文香姉さんにお土産を渡して部屋に上がる。

六月頭の夕方の部屋は、丁度良い涼しさだった。

智絵里「それで……その、力を貸して欲しいって言うのは……」

P「……俺、加蓮に告白されたんだ」

智絵里「えっ……ぁ……」

智絵里の表情が、とても辛そうなものになった。

……あ、言い方に語弊があるな。

P「もちろんオッケーしてないからな?俺は智絵里が大好きだから、以前ちゃんと断って……その筈だったんだけど」

智絵里「……加蓮ちゃん……そっか……」

P「智絵里と付き合ってるから、って。そう伝えようとしても……全然聞いてくれなくてさ」

智絵里「……ごめんなさい……わたしのせいで……」

P「智絵里のせいじゃない。もっとハッキリ断ればいいのに、強く言えない俺が悪いんだ。だから、さ……」

智絵里の力を、貸して欲しい。

智絵里がどういう結末を迎えたいのか、それを教えて欲しい。

その為なら、きっと俺も勇気を出せるから、と。

P「その為にも、智絵里に加蓮との話を聞かせて欲しいんだ」




智絵里「……わたしは、Pくんが思っている程……強くはありません」

P「俺もきっと、智絵里が思ってる程強くも優しくもないんだ」

智絵里「そんな事ありません……!」

P「……ほら、強いじゃないか。そんなにキッパリと否定出来るんだから」

智絵里「……あ……」

P「言いたい事は沢山ある。思うところも沢山ある。でも……まずは、智絵里の話を聞きたい」

智絵里「……誰かから何か聞いたんですか……?まゆちゃん……?」

P「……いや、昨日の夕飯の時の会話とか、それ以前の事を思い出してさ」

智絵里がずっと耐えていた事を、まゆから聞いたなんて今言うわけにはいかない。

それはきっと、まゆも智絵里も望んでいないだろうから。

若干どころじゃなく、加蓮に対して怒りを抱いているなんて言えない。

智絵里が、俺と加蓮が友達でいて欲しいと思っているのなら。

自分の恋人を傷付けられて、怒らない筈がないだろう。

それでも、加蓮と友達でいたいと思うのも本音だ。

だから……決めるのは、話すのは。

智絵里の話を聞いてからだ。


智絵里「……もう一度、言わせて下さい。わたしは……Pくんが思っている程、強くも優しくもないんです」

ふぅ、と。泣きそうになりながらも、ため息をついて言葉を続ける智絵里。

ずっと、加蓮に避けられ続けていた事。

それでも、加蓮と友達になりたいと思っていた事。

それを俺に相談しなかったのは、自分で何とかしたかったから。

それは、俺と加蓮が友達でい続ける為に。

俺に迷惑を掛けない様にする為に、という事。

智絵里「嫌われて当たり前ですよね……わたしは、Pくんを取っちゃったんですから」

P「取っちゃった、って言うのは違うと思うが……少なくとも、俺は自分の意思で智絵里を選んだんだぞ」

智絵里「……でも、やっぱり……Pくんと加蓮ちゃんがお友達でいて欲しい一番の理由は……」

ぐっ、と。涙を飲み込んで。

智絵里「……わたしの事を、許して欲しかったからなんです……」



P「……許して欲しい?」

智絵里「……Pくんが加蓮ちゃんと仲良くし続けてれば……いつかきっと、加蓮ちゃんはわたしの事を許してくれるんじゃないかな、って……」

P「……そっか」

智絵里「わたしが、Pくんに告白したあの日……加蓮ちゃんは、ずっとPくんを待っていたんです」

P「……らしいな。昨日、加蓮からその話は聞いた」

智絵里「その時、わたしがPくんに相合傘をお願いしたのは……Pくんに、加蓮ちゃんに気付かないで欲しかったからなんです……」

……そうだったんだな。

そして、それを見た加蓮は諦めて帰ったんだろう。

智絵里「……そのせいで、加蓮ちゃんは体調崩しちゃって……Pくんも、わたしに取られちゃって……」

智絵里「……それを……わたしは、許して欲しかったから……」

智絵里「わたしは、とっても臆病なんです。誰かに嫌われているのが、冷たい視線を向けられるのが……耐えられなくって……」

智絵里「でも、わたしが話し掛けても……加蓮ちゃんに無視されちゃって、それどころか余計に嫌がられちゃって……」

智絵里「だから、Pくんがこれからも今まで通りに接し続けてあげてくれれば……いつか、きっと……わたしへの恨みも薄れてくんじゃないかな、なんて……」

智絵里「……でも……告白されちゃったんですね……」

P「……あぁ」

智絵里「だったら、もう……今まで通りなんて……」

智絵里「……わたしが、Pくんに相談しなかったのは……それも、やっぱり……わたしが傷付きたく無かったからなんです」

智絵里「こんな話をして、失望されちゃったら……呆れられちゃったら、なんて……」

智絵里「こんな弱いわたしなんて……きっと、Pくんに見放されちゃうかも……そう思ってたんです」




P「……そんな訳ないだろ」

智絵里「本当に、ですか……?こんなわたしでも……受け止めてくれるんですか?」

P「……なぁ、智絵里」

智絵里「……っ……はい……」

P「智絵里は、どうしたい?何を言われても俺は絶対に、嫌いになんてならないから……そう信じて、どうなって欲しいかを全部言って欲しい」

智絵里「……絶対に、ですか……?」

P「あぁ。約束する」

智絵里「っ!だったら……わたしは……!」

涙を零しながらも、智絵里は……

智絵里「わたしは……!Pくんと、これからも恋人でいたいです……っ!」

P「うん、他には?」

智絵里「Pくんに、加蓮ちゃんの告白を断って欲しいです……それでも、Pくんと加蓮ちゃんはお友達でいて欲しくて……!」

P「……あぁ」

智絵里「それと……わたしも……!加蓮ちゃんと、お友達になりたい……!」

P「それは、許して欲しいからか?」

智絵里「……それも、もちろんですけど……Pくんに迷惑を掛けたくないから……それもだけど……!」

智絵里「そんな理由じゃなくっても……わたしは、ただ……加蓮ちゃんとお友達になりたいんです……!」

P「……あぁ、分かった。それと……」

智絵里「それと……?」

P「やっぱり、弱くなんて無いじゃないか。きちんと、自分の気持ちを……我儘を、言葉に出来たんだから」

智絵里「……我儘、ですよね……」

P「あぁ、我儘だと思う。だからこそ、俺に言ってくれて……すっごく嬉しいよ」

智絵里「……ぅぁ……っ」

P「迷惑だって、そう思ってたんだろ?それなのに言葉に出来たんだ。それって、立派な強さなんじゃないかな」

それに、どんな理由であれ。

智絵里は、ずっと耐え続けてきたんだから。




P「それじゃ、俺もそうなれる様に頑張るから」

智絵里「……加蓮ちゃんと、お話しするんですか?」

P「もちろん。そうしないと、どうにもならないからな」

智絵里「……わたし、もっと嫌われちゃったら……」

その時はその時だ、と。

そうやって割り切る事なんて難しいだろうから。

P「……俺に、任せてくれ。絶対になんとかするよ」

確証なんてないけど、それでも。

P「だから……俺と、加蓮を信じてくれ」

智絵里「……信じてあげません」

P「え」

マジで?この流れで?!

智絵里「だから……わたしも、一緒に……加蓮ちゃんと、もう一度きちんと向き合います……」

P「……心強いな」

智絵里「わたしから話し掛けて……ずっと、逃げて来たんです。向き合う事だけは避けてきたんです……」

P「……今は、どうだ?」

智絵里「……ほんとは、とっても怖いけど……Pくんが、一緒に居てくれるなら……わたしも、強くなれそうだから」

P「それじゃ、弱い者同士で頑張るか」

智絵里「……はい……!」

なら、するべき事が決まったなら、どうなって欲しいかが決まったなら。

後は、向き合うだけだ。




『加蓮、今日時間あるか?』

『何?デートのお誘い?』

『違うけど』

『じゃあやだ』

……ダメだった。

李衣菜「何してるの?」

P「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

修学旅行明けの日曜日。

部屋で加蓮にラインを送っていたら、李衣菜が居た。

面白いくらい脈絡が無いが、実際に部屋に李衣菜が居るんだから仕方がないだろう。

李衣菜「私はいつも通り朝ご飯たかりに来ただけだけど?」

P「いつも通りに、って時点で色々おかしいと思おうよ」

李衣菜「で、何してたの?」

P「加蓮にライン。今日空いてないか?って」

李衣菜「それで、加蓮ちゃんは何だって?」

P「デートじゃないならいや、だってさ」

李衣菜「デートすればいいじゃん」

P「へい李衣菜。俺、恋人いる、智絵里一筋、おーけー?」

李衣菜「意味がよく分かりません」

P「俺智絵里、おーけー?」

李衣菜「驚異の日本語短縮、そしてさっきより意味が分からないね」

うん、今ので理解出来たら逆に凄いと思う。



P「まぁ兎に角、デートする訳にはいかないだろってさ」

李衣菜「デートって事にして呼び出しちゃえば良かったじゃん。何か話しあるんじゃないの?」

P「騙す訳にもいかないだろ……ん?」

李衣菜「Pは甘いよね。甘いって言うか……うーん、優しい?弱い?」

俺、加蓮に話があるなんて言ったっけ?

李衣菜「ま、いっか。少しくらい協力してあげよっかな」

P「ん……?協力?」

李衣菜「私としても、みんなと友達のままでいて欲しいからね。それが、美穂ちゃんの望みなんだし」

P「おいおい李衣菜、さっきから何言ってるんだ?」

李衣菜「多分Pが真正面から言わないと届かないからね。はい、お昼に校門前で、っと」

P「李衣菜」

李衣菜「何?」

P「どこまで知ってる?いや……知ってた?」

李衣菜「私だって加蓮ちゃんと友達なんだから気付かない訳ないでしょ……うん、それなのに何も出来なかったんだけどね」

少し、寂しそうな表情をする李衣菜。

珍しいな……李衣菜がそんな顔をするなんて。



李衣菜「ほんっと、智絵里ちゃんに申し訳無い事しちゃったな……ううん、出来なかったんだ。加蓮ちゃんの気持ちも分かるし」

P「……いや、全部俺が原因だから」

李衣菜「その通りだね」

P「否定してくれよ」

李衣菜「そうでもしないと……修学旅行の夜、加蓮ちゃんから少しだけ話を聞いたんだ」

P「同じ班だったもんな」

李衣菜「で、多分私じゃどうにも出来そうにないし、P頼みかなって」

P「……俺でどうにか出来そうか?」

李衣菜「どうにかしちゃうんでしょ?」

P「分からない。でもする。どうにかしてみせる」

李衣菜「なら頑張ってね。加蓮ちゃんには私が謝ってたって伝えといて」

P「……あぁ、分かった」

李衣菜「……私はほら、元々美穂ちゃんを応援してたから。そんな美穂ちゃんが望んでるんだから、アフターサービスもきっちりとね」

P「……ありがとう、李衣菜」

李衣菜「お礼は期待してないよ。期待してるのは結果だけ」

P「任せろ」

李衣菜「任せた」

さて、李衣菜に嘘を吐かせちゃったんだから。

それも含めて、俺も頑張らないと。



正午、学校の校門前。

P「よう、加蓮」

加蓮「おはよ鷺沢。じゃあね」

加蓮が帰ろうとした。

P「待って待って待って!騙したのは悪かったって李衣菜が言ってたから!」

加蓮「謝り方がクズ過ぎない?!」

P「ちなみに何て誘われてたんだ?」

加蓮「ポテトのテーマパークに行かない?って」

P「それ騙される方も悪くないか?」

というか李衣菜、なんつー誘い方してるんだよ。

幸運になる壺よりも疑わしいだろ。

……いや、違うな。


加蓮「はぁ……で?話があるんでしょ?そこにツレが居るって事は」

智絵里「……こんにちは、加蓮ちゃん」

加蓮「……御機嫌よう。まぁ機嫌はメチャクチャ悪いけど」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「何?」

P「…………まずは、謝らせて欲しい。卑怯な誘い方をして悪かった」

加蓮「他には?」

P「あの雨の日、此処で待ちぼうけさせて悪かった。ほんとうに……すまん」

加蓮「……今更過ぎるでしょ」

P「先約だから、つって屋上に行ったのに……加蓮と遊びに行く約束を守れなかった」

加蓮「……それじゃ、今からでも行かない?ポテトのテーマパーク」

P「デートも出来ない。俺は、智絵里と付き合ってるから」

加蓮「っ!……だったら……」

P「別れない。智絵里の事が好きだからな」

加蓮「最っ悪。わざわざそれを言う為に呼び出したの?」

智絵里「……えっと、加蓮ちゃん……」

加蓮「何?まぁ何を言われても、アンタを許すつもりは……」

智絵里「……許さなくて、良いです」

加蓮「え?」

P「え?」

あれ?良いのか?



智絵里「どう思われてても……それでもわたしは、加蓮ちゃんとお友達になります」

加蓮「お友達になります、って……何言ってんの?」

智絵里「……ねえ、加蓮ちゃん。あの時、わたしが本当の事を言わず保険ばっかりかけて、って……それって、自分の事でもあったんですよね?」

加蓮「っ?!ほんっと何言ってんの?!」

智絵里「引き留めておけば良かった、って言ってたけど……それだって」

加蓮「うっさい!!」

P「なぁ、加蓮」

加蓮「……何?」

P「……本当は、李衣菜からなんてライン来てたんだ?」

加蓮「…………」

李衣菜が、よしんば本当にポテトのテーマパークに誘っていたんだとして。

それは多分、加蓮に嘘だとバレると分かっての事だろうし。

尚且つあいつは、人を騙したままでいられるような奴じゃない。

その後に絶対、本当の事を言った筈だ。

加蓮「……さぁね、何だったと思う?」

P「本当はポテチのテーマパークだったとか?」

加蓮「このタイミングでよくふざけられるよね」

P「すまん……」



智絵里「……ねえ、加蓮ちゃん」

加蓮「……何?ハッシュドポテトのテーマパークとか言うつもり?」

もちろん、そんなつもりは無いだろう。

大きく息を吸って、智絵里は思いを口にした。

智絵里「……わたしと、お友達になってくれませんか……?」

加蓮「やだ。何度も言ってるでしょ、私はあんたを」

智絵里「分かってます。それでも……それはまた、別の問題です」

加蓮「……」

智絵里「わたしと、お友達になって下さい」

加蓮「やだって言ってるじゃん……!」

智絵里「何度だって言います……!わたしと!」

加蓮「なんでっ?!なんでそんなに……わたしに……」

智絵里「……加蓮ちゃんが……わたしに、似てたからです」

加蓮「は?」

智絵里「相手にも、自分にも言い訳してませんか?」

加蓮「……自分に、言い訳……?」

智絵里「……どうして、Pくんが屋上に行こうとするのを止めなかったんですか?」

加蓮「……っ!それは……」

それは、確かにそうだ。

俺が言えた事じゃないが、今の加蓮を見るに。

あの時、もっと強く引き留めるという選択肢だってあった筈だ。



智絵里「自分が無理に引き止めたら、困らせちゃうから、って……そう思ったんじゃないですか……?」

加蓮「…………はぁ。まぁ今では後悔してるけどね。それで?だから何?」

智絵里「だからこそ、です……わたしも……加蓮ちゃんも。これ以上後悔して欲しくないから……!」

加蓮「……どういう事?」

智絵里「……加蓮ちゃんも、分かってる筈です。まだ、自分が逃げてるって」

加蓮「……あんたに私の」

智絵里「気持ちは分かりません……それでも、言い訳をしてるって事だけは分かります。答えと向き合おうとして無いって事だけは……痛いほど、分かるから……」

加蓮「…………はぁ、大当たり」

ため息を吐いて、苦笑する加蓮。

緊張の糸が解けたと言うより、観念したと言った様子で。

P「……何がだ?」

加蓮「李衣菜からのライン。そろそろ向き合ってみたら?だってさ。何様のつもりなんだろうね、李衣菜は」

苦笑いしながらも、加蓮は。

とても辛そうに、涙を堪えていた。



そんな内容が送られてたのに、加蓮が此処に来たって事は……

加蓮「……自分が悪いのは分かってた。あの時もっと真っ正面から向き合ってれば、って……そんな後悔が重過ぎて、耐えられなくて、私は……」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「ちゃんと告白したところで、鷺沢が受け入れてくれたかは分からないのにね。なのに……それでも、だからこそ……諦められなくて……」

智絵里「……わたしも、きっと……立場が逆だったら、そうだったと思います」

加蓮「……似てるアピール?」

智絵里「わたしなんかより……加蓮ちゃんの方が、ずっと強くて……優しいです」

加蓮「似て無いじゃん」

智絵里「似たいんですか?」

加蓮「もちろんやだ」

バカにした様に笑う加蓮。

辛辣なやりとりに見えるが。

こんな会話だって、前までだったら無かったんだろう。



加蓮「……全部、覚えてるんだ。『おめでと、鷺沢。私の事は気にしなくていいよ。なんだったら、あの時のキスも演技って事にしていいから』……忘れられない。なんで私は……」

本気で、真正面から、言葉に出来なかったんだろ……

そうポツリと呟く加蓮の声は、震えていて。

加蓮「……怖かったんだ……だって、たった一人の友達だったから……!迷惑掛けて、もし嫌われちゃったら……私……っ!」

ようやく、智絵里の言う『似てる』の意味が分かった。

だからこそ、俺は……

P「……今はもう、友達は俺以外にもいるだろ」

加蓮「何?もう私とは……友達でいてくれないの……?」

P「……好きなだけ、迷惑掛けて来いよ。加蓮の言い訳、全部取っ払ってやるから」

加蓮「……私の事、嫌いにならない……?」

P「俺以外に迷惑掛けなければな」

加蓮「……李衣菜に、迷惑掛けちゃったけど……」

P「李衣菜ならセーフ。あと、俺も謝るよ。加蓮と一緒に」

加蓮「まゆは……いいかな」

P「謝りましょう」

加蓮「……今から私が鷺沢に何か言ったとして……これからも、友達でいてくれる?」

P「約束するよ。友好ポイント、まだ残ってるだろ?」

加蓮「とっくに失効してるよ……今度は、私が貯め直すから」

P「俺も協力するから」

加蓮「酷い事言っても良い?」

P「俺の心が折れない限りな」

加蓮「こないだは私から逃げちゃったけど、今もう一回言うから。返事、貰える?」

P「……もちろん」

加蓮「なら……うん。もう言い訳はやめにするから。私、とっても迷惑で……自分片手な事言うから。だから……」

P「……あぁ」

加蓮「ちゃんと真正面から、受け止めてね?」

P「俺を信じろ。真正面から打ち返してやる」

すぅー……っと、大きく息を吸って。

震える身体を抑え付けて。

加蓮は、想いを言葉にした。


加蓮「私は……!鷺沢と離れたくないから……もっと側に居たいから!もっと側に居て欲しいからっ!だから……!!」

加蓮「鷺沢!私は、鷺沢の事が……その、鷺沢の事が……!」

それを口にするのは、とても勇気が必要で。

結末が分かっているからこそ、苦しくて。

それでも加蓮は、最後まで……

加蓮「私は……大好きだから……っ!だから、P!私と……私と……!付き合って!!」

ようやく俺たちは、正面から向き合えた。

そしてやっと、俺も。

真正面から、答えを返せる。

P「……ごめん加蓮。俺、他に好きな人がいるから、加蓮の気持ちには応えられ無い」

加蓮「っあぁぅ……っ!うぅぅぅぅぁぁっっ!!」

加蓮の声が、想いが、他に誰も居ない校門に広がった。

そんな加蓮の願いを、全てを受け入れる事は出来ないけど。

零れ落ちる涙を、俺が受け止める事は出来ないけど。

P「……それでも、離れずにいるって事は出来るから……!だから、加蓮!これからも、俺と友達でいてくれ!!」

加蓮「……うん……っ!うんっ!うぁぁぁっっ!!」




ぎゅっ、っと服の袖が引っ張られて。

横に目を向ければ、隣に立っている智絵里もまた、肩を震わせていた。

智絵里「……帰りませんか、Pくん」

P「……あぁ」

これ以上、何かをする意味も無い。

むしろ加蓮の為にも、俺たちはさっさと帰るべきだろう。

P「……また明日な、加蓮」

智絵里「……また、明日」

加蓮「うん……っ」

返事はそれだけだったけど。

それでもう、十分だった。

来た道を、智絵里と手を繋いで歩く。

握り締めた手は震えていたけれど。

それでも、俺は安心した。

P「……智絵里が居てくれて良かった。ありがとう」

俺一人だったら、智絵里が居てくれなかったら。

きっと加蓮と、向き合えなかったから。

きっと加蓮は、向き合えなかったから。

智絵里「……わたしも、大好きなPくんが居てくれたから……とっても、勇気を貰えました」

だとしたら、そんな関係も幸せだと思う。

足りない勇気を分け合って、踏み出して。



智絵里「……Pくん、わたしのこと……強く抱き締めてくれませんか?」

P「あぁ、任せろ」

要望通りに、智絵里を抱き締めた。

その身体はまだ震えていて、心臓はバクバクしていて。

P「……不安だったよな。怖かったよな」

智絵里「……はい。バレちゃいました……わたしが、弱虫なの……」

P「大丈夫だ、俺だって弱いから」

智絵里「伝わってます……Pくんの鼓動も。ハートは正直者ですから」

P「……まだ不安か?」

智絵里「……今はまだ、怖かったからバクバクしてるけど……すぐに、幸せのせいになりますから」

P「……なら、良かった」

自分を弱いと思って、相手を強いと思って。

そんな俺たちだからこそ。

これからも支え合って、教え合って、伝え合って。

幸せになれると、幸せを届け合えると。

そう、感じていた。




加蓮「鷺沢!数学教えてよ!!」

P「……」

翌日、教室のドアを開けた俺を出迎えてくれたのは、そんな加蓮の懇願だった。

昨日、ちゃんと向き合ったよな?なんて思ってしまうくらいいつも通りにうるさくて。

それが、そんないつも通りな加蓮が。

とても、嬉しかった。

加蓮「明日の二時間目の数学、テストなんて聞いてないんだけど!」

P「お前が授業中寝てるからなんじゃないのか?」

加蓮「そんなの今は関係無いでしょ!」

自分で言ってその返しは酷いんじゃないだろうか。

加蓮「と言うわけで、放課後は私に数学を教える事。約束でしょ?いい?いいよね?」

P「教える約束したの期末だよな?」

加蓮「前借りだよ」

P「お小遣いじゃないんだから……いや、勉強だから貯金って考え方は間違って無いのか……?」




智絵里「……放課後は、わたしとデートの約束で……」

加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」

P「いや大問題だろ」

加蓮「そんな事より数学の問題でしょ?!」

P「悪いな、俺は智絵里が最優先だから」

智絵里「あぅ……え、えへへ……」

加蓮「……何ニヤけてるの?言っとくけど、私まだ智絵里の事は許してないからね?」

P「……ふっ」

智絵里「……ふふっ」

加蓮「っ!何?!もういい!李衣菜に頼むから!」

朝からテンション高いなぁ。

いや、違うか。照れ隠しもあるんだろう。

さっきの言葉が、加蓮なりの遠回しな答えで。

智絵里「……デート、とっても楽しみです。何処に連れて行ってくれるんですか……?」

P「今日は午前中で終わるから、動物園にでも行こうと思ってたけど」

智絵里「……発情ウサギですか……?」

P「ちが……わないかもしれない」

智絵里「あ、あぅぁ……え、えへへ……」



加蓮「鷺沢!智絵里!放課後みんなでスイパラ行くけど来る?来るよね?!」

勉強はどうしたんだよ……

智絵里「……ダメ、です。Pくんは、わたしの……トロトロチェリーなスイーツしか食べちゃ……」

智絵里が、俺の手を握り締めてくる。

放課後が楽しみで仕方がない。

まゆ「ゔぁー」

美穂「え、えっと……大胆なお誘いだね」

李衣菜「……何だかよく分からないけど、まぁ仲良さそうだしいっか」

李衣菜にも、まゆにも、美穂にも、加蓮にも。

感謝してもし足りない程、楽しい日常がそこにあって。

そして、隣には。

智絵里「……えへへ」

智絵里が、居てくれる。

こんなに嬉しくて幸せな事はない。

李衣菜「あ、そう言えば今日席替えらしいよ」

遠距離恋愛になりそうだ。

智絵里「ねえ、Pくん」

P「なんだ?」

横を向けば、幸せそうな微笑みを此方に向ける智絵里。

二年生になった初日、智絵里が隣の席に座った時。

こんなに素敵な笑顔を見れる日が来るとは、夢にも思わなかった。

智絵里「これからも、きっと……甘えちゃう事があるかもだけど」

……ほんと、俺は幸せだ。

最初から、こんなに近くに幸せがあったなんて。

智絵里「ずっと……一緒に居て下さいね……!」



智絵里√ ~Fin~


以上です
まゆ√は今週末あたりから投稿開始出来ると思います
お付き合い、ありがとうございました

過去作です、よろしければ是非

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