ギャルゲーMasque:Rade 美穂√ (158)


これはモバマスssです

ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1514899399/)
の別√となっております
共通部分(加蓮√81レス目まで)は上記の方で読んで頂ければと思います
また、今回は美穂√なので分岐での選択肢で2を選んだという体で投稿させて頂きます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1516469052



P「四人で遊園地に行ったんだよ」

加蓮「いいなー、アタシも連れてってくれれば良かったのに」

P「体調悪かったんだろ? あと俺、北条の連絡先しらないし」

加蓮「あ、そっか。それじゃHR終わったらライン交換しよ」

P「だな、連絡相手は多い方が良いぞ」

加蓮「で、誰と行ったの?」

P「いつもの二人……李衣菜と美穂。あと智絵里ちゃんの四人」

加蓮「ふーん……そっか」

P「……そう言えば、金曜の事なんだけどさ」

加蓮「あー、あれ?上手かったでしょ、アタシの演技」

P「演技でキスまでするか普通……」

それに、確かあのラブレターは。

俺の見間違いでなければ……

加蓮「……ま、お互いの思い出って事で。別に忘れても良いけど」

P「……なぁ、北条」

加蓮「なに?……あ、そろそろ急がないとマズいんじゃない?」

P「それもそうだな。ま、今話すことでもないか」

加蓮「…………うん、そうだね。あ、私保健室行ってマスク貰ってくるから先生に伝えておいて貰っていい?」

P「あいよ、任せとけ」

加蓮「それじゃ……じゃあね」



予鈴が鳴る前に、ギリギリ教室に滑り込めた。

北条の件を千川先生に伝えて席に着く。

智絵里「おはようございます……Pくん」

P「おはよう、智絵里ちゃん」

智絵里「……えへへ……」

挨拶しただけなのに、智絵里ちゃんは微笑んだ。

なんだろう、今日のラッキーアイテムは男子からの挨拶だったのだろうか。

俺はと言えばこの後美穂とまゆと智絵里ちゃんに囲まれなきゃいけないっていうのに。

智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」

P「ん、あー……後ででいいか?」

智絵里「……はい…………」

まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」

美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」

この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。

肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。

ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」

HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。

北条は未だに、教室に戻って来ていなかった。

P「ふぅ……トイレ行くか」

なんとなく教室に居づらくなって、俺はトイレに向かう。

やっぱり大して時間は稼げなかった。

手を洗いながら、鏡の中の自分を覗き込む。

……美穂と、まゆ。

俺は、どちらを……

美穂「あ、Pくん。今大丈夫ですか?」

P「ん、大丈夫だけど。どうした?」

教室の前で、美穂が待っていた。

美穂「……今日の放課後、もう一回きちんとお話したいな、って……」

P「あー悪い。今日は放課後に用事があってさ」

まゆ「……二人きりで内緒話なんて。まゆ、妬いちゃいますよぉ」

いつの間にやら、まゆまで会話に混ざって来た。

まゆ「ところでPさん。放課後はどんな予定があるんですかぁ?」

P「ん、智絵里ちゃんに呼ばれててさ。屋上に来てくれって」

まゆ「要件は伝えられて無いんですか?」

美穂「……告白の練習、なのかな?」

P「あ、美穂も智絵里ちゃんから聞いてるのか」

美穂「こないだ李衣菜ちゃんと三人でPくんの部屋で遊んでる時に聞いたんです」

まゆ「先週の金曜日ですよねぇ?まゆも風の噂程度に把握してますが」

P「なら言っても大丈夫か。多分、また練習に付き合ってほしいんじゃないかな」

まゆ「成る程……そうですか。Pさんを告白の練習相手に……」

P「あぁ、だから悪いけど放課後は空いてないんだ」



まゆ「それって、まゆが行っても大丈夫ですよねぇ?」

P「……え?」

まゆ「Pさんの代わりに、まゆが智絵里ちゃんの告白の練習に付き合う。何も問題はありませんよねぇ?」

何も問題はない……のか?

まゆ「なら決まりですね。Pさんは美穂ちゃんの方に付き合ってあげて下さい。智絵里ちゃんには、まゆから言っておきますから」

美穂「ありがとね、まゆちゃん」

まゆ「美穂ちゃんはライバルですから。最大限応援しつつ、その上でPさんにまゆの事を選んでもらいます」

美穂「わ、わたしだって負けないもん!」

まゆ「ふふっ。その意気や良し、ですね」

実際俺の立場を考えるとそんな場合ではないのだが、それでもこの二人の仲の良さを見ているとほんわかする。

まゆも美穂も、腕をグッ!としていて……かわいい。

でも、それでも。

俺は二人のうちどちらかの気持ちにしか応えられないんだ。

美穂「そ、それじゃPくん!放課後、一緒に帰りましょう!」

P「お、おう」




放課後、智絵里ちゃんとの件はまゆに任せて俺は下駄箱に向かった。

美穂「あ、Pくん。待ってましたっ」

P「お待たせ。さて、帰るか」

美穂「えっと……良かったら、少し回り道しませんか?」

P「構わないけど、何か食べに行くのか?」

美穂「大した用事じゃないんですけど……ノート、何冊か足りなくなっちゃって」

P「お、なら俺も買っとくか。何冊あっても困るもんじゃないしな」

美穂「イタズラで隠される用ですか?」

P「俺がイジメられてる前提で話すのやめよ?」

並んで歩き、いつも通りの会話をする。

なんだか落ち着くな、美穂と二人で話していると。

商店街に着くと、何やら行列が出来ていた。

P「ん、何やってるんだろ」

美穂「福引きですね。500円買い物をすると、1回回せるんです」

P「なるほどなー。なら500円分買って挑むか!」

美穂「はいっ!目指せハワイ旅行です!」

いや、見た所景品にハワイ旅行は無いけどな?

文房具屋でノート数冊とシャー芯を買って、ピッタリ税抜き500円。

美穂もノートを数冊買って、二人で福引きの行列に並んだ。

美穂「一等賞、二人共当てられると良いですねっ!」

P「そうだな、一等賞は一個しか入ってないみたいだけど」

一等賞は掃除機……いらねぇ……

二等賞は扇風機って……

絶対売れ残り処分じゃん。

P「割と現実的にハズレのポケットティッシュが当たりなんじゃないかな」

美穂「あ、でもPくん。三等を見てみて下さい」

P「ん、三等は温泉旅行のペアチケットか」

三等の数は二十個だから、そこそこ狙えそうな気がする。

美穂「当ててみせますっ!」

グルグルグルグルッ!と美穂がガラガラを回す。

勢い良く飛び出た球の色は金。

金色は……三等?!




商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」

美穂「えっ、うそっ?!本当に当たっちゃいました!!」

P「マジか、凄いな美穂!!」

テンションが上がりすぎて、思わず手を握って振り回す。

P「っと、次は俺か。ポケットティッシュ欲しいな」

美穂「……えへへ……これで、Pくんと二人で温泉旅行に……」

グルグルグルグルッ!コロッ

商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」

P「……うっそだろ……」

美穂「……え……」

なんと、二連続で三等だった。

金色の玉が二つ……何も言うまい。

商店街の人「景品はこちらになります」

俺と美穂が、それぞれ温泉旅行のペアチケットを渡される。

色々と凄すぎて若干上の空になりつつ、二人で商店街を後にした。

P「で、どこ行く?」

美穂「取り敢えず、Pくんの家で大丈夫ですか?」

P「もちろん。にしても……こんな幸運あるんだな」

のんびり歩きながら、俺の家へ向かう。

美穂「わたしからしたら、全然幸運じゃない……」

P「なんでさ」

美穂「二人っきりが良かったのにな……」

P「でもほら、高校生が二人だと色々不安だろ。これなら文香姉さんに付き添って貰えるし」

美穂「なら、わたしは李衣菜ちゃんを誘いますね」

P「っし、四人で行くか!」

ところで、これいつ行けば良いんだろ。

美穂「あ、ゴールデンウィークの土日ですね。一泊二日、割引券です」

P「なるほどなー、ゴールデンウィークの土日か」

美穂「ですね、その割引券です」

P「割引券なー……ん?」



割引券……?

P「……割引券?」

美穂「割引券です」

P「……なんか……しょぼくない?」

美穂「で、でも半額です!」

P「ちょっと待っててくれ、そこの宿代調べるから」

スマホで宿の名前を調べて、二人部屋一泊二日、と……

P「……元の値段が四万って……たけ……」

美穂「半額で二万円ですね……」

一人当たり一万円か。高校生がポンと出せる金額ではない。

P「流石に高過ぎるな……」

美穂「アルバイトしなきゃ……今からで間に合うかな」

この際、文香姉さんに全部払ってもらうか……?

いや無理だろうな、あの文香姉さんだし。

そんな会話をしているうちに、家に着いた。

P「ただいまー姉さん」

美穂「こんにちは、文香さん」

文香「あら……いらっしゃい、美穂さん」

P「見てくれよ姉さん。温泉旅行のペアチケット割引券当てたんだ」

文香「あら……では、お二人で……?」

美穂「それが、わたしも当てたんですけど……」

割引券である事。

李衣菜と文香姉さんも一緒に四人で行こうと思っている事。

そして元の値段が高過ぎてバイトをしなきゃいけない事。

それを全て文香姉さんに話してみた。

文香「なるほど……確かに、なかなかいい御値段ですね……」

P「今から日雇いとかで間に合うかなって」

美穂「わたしも、その……そこまでは……」



文香「……でしたら、鷺沢古書店で働いてみませんか?」

P・美穂「「え?」」

文香「実は、大学の友達の宮本さんにパリ旅行に誘われていたのですが……店を開ける訳にはいかず、断っていたんです」

P「え、姉さん友達いたの?!」

文香「……残念ながら、P君とは違うんです。ごほんっ、それでですが……」

美穂「文香さんが居ない間に、わたしが代わりに店番をするって事ですか?」

文香「はい、お願い出来ますか……?来週の金曜日からその翌週の月曜日まで、計四日間になりますが」

P「えっと……金曜日が創立記念日で、土日挟んで昭和の日の振替で月曜も休みか」

文香「丁度二人とも、学校はお休みな筈です」

美穂「でも、何をすればいいのか……」

文香「レジで本を読むお仕事です」

それで良いのか文香姉さん。

いや実際、文香姉さんも本並べる時以外いつも本読んでたけどさ。

文香「大まかな事は、それまでに伝えます。それで……如何でしょうか?バイト代は……そうですね、これくらいになります」

文香姉さんがメモ帳にパパッと算出する。

美穂「……えっ、こんなに貰っちゃって良いんですか?!」

文香「はい。ゴールデンウィーク前半という事で、その分の手当も含みます」

P「……あれ、姉さん。俺は?」

文香「……自動販売機の下を漁ると、きっと小銭が手に入りますよ」

……しょうがない、最近使わなくなった音楽プレイヤーでも売るか。

文香「……まぁ、知り合いの仕事のお手伝い、程度の気持ちで大丈夫です。あとはそうですね……暇を持て余したP君とお喋りしてあげて下さい」

美穂「ま、任せて下さいっ!」



P「大丈夫か?勢いで返事しちゃって」

美穂「はい!温泉旅行もアルバイトも、とっても楽しみです」

俺の部屋で、二人で旅行の計画を立てる。

李衣菜からは即『OK!絶対行くから!』と返信が来た。

羨ましいぞお金持ちめ。

美穂「それと、Pくんと二人っきりで過ごせる時間が……わたしにとっては、凄く嬉しいですから」

P「……まぁ、お客さんとか来るだろうけどな」

照れを誤魔化す。

まぁ美穂がうちでバイトすると知ったら、絶対李衣菜とか冷やかしに来るだろうから。

P「それで、なんか話すんじゃなかったっけ?」

美穂「それは……やっぱり今日はやめておきます。また今度で良いですか?」

P「あぁ、もちろん」

美穂「えっと……不束者ですがっ!よろしくお願いします!」

P「……うちの店の仕事はハードだぞ……君に耐えられるかな?」

割と力作業もあるからな。その場合は俺も手伝うけど。

美穂「ど、どんなハードな事でも頑張りますっ!お金もかかってますから!」

……なんか、エロいな。口にはしないけど。

こう、雇用者と被雇用者的な立場を活かしてエッチな事をさせてみたり……

しないけどね?絶対しないけどね?

……しないからね?

P「それじゃ、来週の金曜からよろしくな。それまでも何回か来てもらう事にはなっちゃうと思うけど」

美穂「Pくんが居るんですから、全く苦にはなりません。むしろ毎日来たいくらいで……」

P「……あ!UFO!」

美穂「……ふふっ、Pくんって誤魔化すの下手ですよね」

コンコン

部屋の扉がノックされた。

文香「お取り込み中すみません。P君、荷物が送られて来たので運ぶのお願い出来ますか?」

P「りょーかい。美穂はちょっと待っててくれ」

美穂「あ、ならわたしも手伝います」

P「いいのか?」

美穂「はい、少しでも早くお仕事を覚えたいですから」

文香「……ふふっ。でしたら、美穂さんは私に着いて来て下さい。大まかな配置と価格をお教えしますので」




李衣菜「え、美穂ちゃん鷺沢古書店でバイトするの?!」

美穂「はい、四日間だけですけど頑張ります!」

翌日、学校で美穂が昨日の事を李衣菜に話していた。

李衣菜「へー……あのお店ってお客さん来るっけ?」

P「分かんない……」

李衣菜「冷やかしに行ってあげよっか?」

P「うちは冷やかしはお断りだよ」

まゆ「まゆもクレームつけに行ってあげますよぉ」

P「出禁にするぞ」

まゆ「ところで、どうして突然アルバイトなんて始める事になったんですか?福引きの温泉旅行券が割引券で、その分を稼ぐ為ですか」

ドンピシャ賞だ。

なんで分かったんだろう。

P「そう言えば、智絵里ちゃんは?」

まゆ「智絵里ちゃんの件なら大丈夫ですよぉ。まゆがきちんとお話をしておきましたから」

なら良かった。

件の智絵里ちゃんはまだ来てないが、済んだのなら大丈夫だろう。

後で俺から一言謝っておくか。

李衣菜「来週の金曜日からだっけ?」

美穂「はい、それまでに何回か行って色々と教えて貰いますけど」

李衣菜「文香さんみたいにエプロン着けるの?」

美穂「その予定ですけど……」

うちの制服、メイド服って事にならないかな。

ならないだろうな。

まゆ「頑張って下さいね、美穂ちゃん」

李衣菜「お客さん相手にちゃんと接客出来る?」

美穂「……か、完璧です!……多分……」

P「ま、何とかなるよ。困った時は俺も側に居るし大丈夫だろ」

ガラガラ

教室の扉が開いて、智絵里ちゃんが入って来た。

P「ん、おはよう智絵里ちゃん」

智絵里「……あ……おはよう、ございます……」

なんだろう、智絵里ちゃんの元気が無い。

体調悪いんだろうか。

P「大丈夫?」

智絵里「……はい。大丈夫、です……うん、大丈夫」

ガラガラ

再び教室の扉が開いて、今度は北条が入って来た。

P「おはよう、北条」

加蓮「……あ……おはよ、鷺沢」

めっちゃ元気無いなこいつ。 変なもんでも拾って食ったんだろうか。

P「大丈夫か?」

加蓮「ダメ、無理。夜更かしし過ぎて眠気ヤバいんだけど」

P「寝ろ。日付変わる前に就寝を心掛けろ」

加蓮「でも深夜のテレビとかラジオって楽しいじゃん?」

P「それは分かる。よく分かんない通販番組とかついつい見ちゃうよな」

加蓮「え、ごめんそれは分かんない。ううん、よく分かんない」

李衣菜「それするくらいなら寝ようよ」

まゆ「Pさんの事が、時々分からなくなりますねぇ……」

智絵里「え、えっと……わたしは分かります。ついつい見続けて、必要無い高圧水洗浄機とか欲しくなっちゃったりしますよね……?」

P「……智絵里ちゃん。君だけが俺の理解者だ」

良かった、みるみる汚れが落ちてくあの映像を楽しんじゃう系のJKがいて。 あぁいうの絶対使わないって分かってても無性に欲しくなるんだよな。

まゆ「高圧水洗浄機を買って、何を掃除するんですかぁ?」

李衣菜「心じゃない?」

加蓮「鷺沢の心は高圧水洗浄機程度じゃ綺麗に出来そうにないけどね」

P「高圧水洗浄機舐めるなよ。電車の汚れ落とす映像とか凄いんだぞ」

まゆ「Pさんの家には電車があるんですかぁ?」

P「……ないけど。心は電車のつもりで生きてるから」

加蓮「面白いくらい意味がわからないよね」

P「あと、三十分以内に連絡すると高枝切り鋏も付いてくるんだぞ!」

智絵里「い、今ならテフロン加工のフライパンもです……っ!」

李衣菜「面白いくらい絶対いらないものが付いてくるよね、そういう通販」

P「ふ、フライパンは割と使うから……」

智絵里「そ、それで……なんのお話をしてたんですか?」

P「なんだっけ?深夜のテレビとかラジオの話じゃなかった?」

美穂「元々はアルバイトのお話でした」

李衣菜「会話が一周したね」

まゆ「まるで山手線ですねぇ」

P「ほら、やっぱり電車じゃん!」

ガラガラ

三度教室の扉が開いて、千川先生が入って来た。

ちひろ「うるさいですよ、鷺沢君」

何故か俺だけ怒られた。 世界は理不尽に満ちている。

李衣菜「くだらない会話はこのくらいで切り上げよっか」

P「ほらやっぱり高枝切り鋏使うじゃん!」

ちひろ「鷺沢君、はやく席に戻って下さい」

P「いやここ俺の席なんですけど」

そんなこんなで、HRが始まる。

でも、頭の中は来週の金曜日からの事でいっぱいで。実は美穂がうちでバイトするのが、かなり楽しみだった。




美穂「よ、よろしくお願いしますっ!!」

そして、翌週の金曜日。

美穂の初労働日がやってきた。

ここ数日はずっとうちの店に居たから、なんかもう若干当たり前なくらいになり始めてたけど。

文香「では、よろしくお願いしますね?」

P「行ってらっしゃい。お土産頼むよ」

文香「砂で良いでしょうか……?」

P「俺、挑んでもない甲子園で負けてない?」

美穂「任せて下さい、文香さん」

文香「はい、行って参ります」

文香姉さんが旅立って行った。

さて……ふう。

P「これから四日間、よろしくな。美穂」

美穂「はい、よろしくお願いします!」

これから、一日のうちかなりの時間を美穂と二人きりで過ごす。

正直、かなり楽しみだった。

P「さて……まずは何からするんだ?」

美穂「基本的には本棚の整理と掃除ですね。後は、お客さんが来た時はレジ打ちです」

P「何か俺に手伝える事はあるか?」

美穂「高い所の本を取る時はお願いしたいです」

いつもは文香姉さんが着けていたエプロンを結びながら、此方に微笑む美穂。

美穂「じゃ、じゃん!エプロン、似合ってますか?」

P「うん、めちゃくちゃ可愛い」

思わず口にしてしまった。

言ってから気付いて、二人して顔を赤くする。

美穂「……え、えっと……ありがとうございます」

P「……あー……うん。どういたしまして?」

美穂「……あ、それと……」

まだ真っ赤な顔を此方に向けて、それでも可愛らしく微笑んだ。

美穂「やっぱり、初めてで不安なので……わたしの側にいて下さい」

P「……あぁ。困ったら直ぐに呼べよ」

そんな美穂が可愛過ぎて、一瞬言葉が出てこなかった。

そのまま二人で、父さんから送られて来た本を軽く拭いて棚に並べる。

その間、特に会話は無かったけど。

真剣に取り組む美穂の横顔を眺めていたら、時間はあっという間だった。



ガラガラ

店のドアが開く。

さあ、美穂の初接客だ。

美穂「い、いらっしゃいませっ!」

加蓮「どーも、鷺沢ー?……あれ?」

P「ん、北条じゃん。どうかしたのか?」

今日一人目の客は、クラスメイトの北条だった。

加蓮「アンタが言ってくれたんじゃん。『なんか読みたくなったら来てくれよ』って」

P「そういやそうだったな。何かお目当はあるか?」

加蓮「別に。てきとーに眺めてから考えよっかな」

美穂「ご、ごゆっくりどうぞ!」

加蓮「……そう言えば、なんで美穂がいるの?もしかして二人は同棲してたりする……?」

美穂「まっ、まだ同棲なんて!わたしは今日からアルバイトで……」

真っ赤に首をブンブン振る美穂。

P「温泉旅行に行く事になってな。その分を稼ぐのにうちで働いたらどうだ?って」

加蓮「……ふーん、温泉旅行ね。そっか……仲、良いんだね」

そう言う加蓮は。

少しだけ、寂しそうな顔をしていた。

誘った方が良かっただろうか。

P「一緒に来たかったか?」

加蓮「馬鹿言わないでよ……もう、私が入る場所なんて無いじゃん」

美穂「代金も高校生がポンと払うには、少し高過ぎましたからね」

加蓮「そうじゃなくて……ま、いいや。何か鷺沢のオススメとかないの?」

P「そこに漢検六級の過去問ならあるぞ」

加蓮「馬鹿にしてんの?!四級くらいまでなら余裕なんだけど!」

中学校卒業時点で三級は取れる筈なんだけどな。

美穂「Pくん、この本って何処に並べればいいですか?」

P「その本なら向こうのカートに積んどいて大丈夫なやつだ」

美穂「あ、ゆっくり見たいって下さいね。加蓮ちゃん」

P「適当に見てってくれよ。色々あるからさ」

そう声を掛けてみたが、北条は溜め息をついて微笑んだ。

加蓮「……もう、良いかな。私はこの後用事あるし」

P「そっか。気が向いたらまた来てくれよ」

加蓮「うん、そうする」



ガラガラ

再び扉が開いて、二人目の客が入って来た。

美穂「いらっしゃいませっ!!」

李衣菜「やっほー。どう?美穂ちゃん」

P「ん、李衣菜か。出口なら丁度李衣菜の後ろだぞ」

李衣菜「むっ、いいの?P。大切なお客様にそんな事言っちゃって」

美穂「自分の胸に手を当てて考えてみて下さいっ!」

李衣菜「美穂ちゃん……」

P「お前がこの店で本買ってった事無いだろう」

李衣菜「残念でした、今日はちゃんと買いに来たんだけどなー」

P「いらっしゃいませお客様、どうぞごゆるりと……」

美穂「あちらの本棚が漢検七級コーナーになっておりますっ!」

李衣菜「馬鹿にしてるの?私一応高校生だから三級くらいまでなら余裕なんだけど!」

加蓮「え、李衣菜三級取れるの?」

李衣菜「加蓮ちゃんが私をどう思ってるかは分かったよ、うん」

まぁ、李衣菜って見た目アホっぽいしな。

李衣菜「……ん?なんで加蓮ちゃんがこんな辺鄙な街にいるの?」

加蓮「旅の途中に寄ってみただけ」

P「お前らがうちの店をどう思ってるかは分かったぞこら」

李衣菜「レストランでしょ?」

美穂「基本朝食限定ですけどね」

加蓮「へー、鷺沢んちってレストランも兼ねてるんだ」

P「な訳無いだろ。こいつらがなんか勝手にたかりに来るだけだよ」

加蓮「すみませーん、ポテト二つ!」

P「はーい、駅前のハンバーガーショップでの注文とお支払いとお渡しになっております」



美穂「Pくん、ちょっと手が届かないので手伝って貰えますか?」

P「ん、あいよー」

李衣菜「頑張ってるじゃん、美穂ちゃん」

加蓮「ね。二人で温泉旅行に行く為にお金稼ぐんだって……少し妬けちゃうかな」

李衣菜「あ、それ私も行くんだけど」

加蓮「は?」

李衣菜「ん?」

加蓮「え、鷺沢と美穂の二人で行くんじゃないの?」

李衣菜「あと私と文香さんの四人で行くんだよ?」

加蓮「…………はあぁぁぁぁぁあっ?!」

大声が店に響いて来た。

どんな会話をしてたのかは聞いてなかったが、取り敢えず店内は静かにしてくれ。

加蓮「ちょっと鷺沢!美穂と二人で温泉デートだったんじゃないの?!」

美穂「ふっ、二人きりなんて……っ!本当はそっちの方が良かったですけど!」

李衣菜「おいおいおいおい美穂ちゃん」

美穂「本当は二人っきりで温泉に入って距離を縮めたり、夜はお布団が一組しかなくて二人でアタフタしたかったですけどっ!」

李衣菜「……わぁお」

P「……美穂、ちょっと恥ずかしいから……落ち着け……」

美穂「……っ!……きょ、今日はとっても良い天気ですねっ!」

P「あぁあ!めっちゃ空だな!」

加蓮「……なるほどね、私の早とちりだったんだ」

李衣菜「まぁ、なんかもう……時間の問題な気はするけどね」

加蓮「うん、私も混ぜてよなんて言えそうにないかも。それで、二人って付き合ってるの?」

美穂「まだ返事を貰えてません」




李衣菜「…………」

加蓮「…………」

P「……いや、その……えぁ……あ!お昼食べてくか?!ちょっと早いけどそろそろお腹空いただろ?!な?!」

李衣菜「……美穂ちゃん、勇気出したんだ!」

加蓮「やるじゃん、美穂は頑張ったんだね」

美穂「はい、とっても勇気を出して告白しました」

P「……お昼はパスタでも茹でるか!よーし頑張っちゃうぞー!」

李衣菜「……で、Pは?」

加蓮「なんで返事してないの?」

P「それはですね……えっと……」

まゆからも想いを向けられていて、どちらかを振る勇気がまだないから。

……なんて、言えないよな……

美穂「……さてっ、意地悪はこれくらいにしておきませんか?」

その事を把握している美穂から、助け舟が出された。

良かったほんと……

李衣菜「だねー。で、この店はランチも始めたってさっき言ってたけど本当?」

加蓮「パスタだっけ?ポテトも付けてよ」

でも、改めて。

俺もきちんと答えを出さなきゃいけないんだ、と。

どちらかに諦めて貰わなきゃいけないんだ、と。

きちんと現実に向き合わなきゃいけない事を自覚した。

P「じゃ、李衣菜と北条はリビングの方上がっててくれ。美穂は少し任せていいか?昼飯作り終わったら俺と交代で」

美穂「いいんですか?Pくんはお昼ご飯食べなくて」

P「俺まだお腹空いてないからさ。後で適当にとるからいいや」




加蓮「でさー、アイツめっちゃくちゃ私の事馬鹿にしてくるし」

美穂「真面目な時でもふざけずにはいられないんでしょうね」

李衣菜「メンタル味噌田楽だからね」

美穂「その例えはちょっとよく分からないけど……」

加蓮「『歓迎会はナンでしてほしいのか?』ってさ。そんな訳ないでしょ!インド人か私は!!」

李衣菜「あ、あと誤魔化すの下手だし」

加蓮「ナンよりポテトに決まってるじゃん!」

美穂「加蓮ちゃんにとって、ポテトは炭水化物カーストのバラモンなんですね」

加蓮「だからなんでインドなの?!」

ワイワイとリビングの方から聞こえてくる会話をBGMに、俺は一人でレジに座って本を読んでいた。

なんだか俺が物凄く馬鹿にされているような気もするが、きっと気のせいだろう。

……腹減ったなぁ。

空腹が控訴し続けて来て読書に全く集中出来やしない。

P「……暇」

ガラガラ

本日三人目の客がやって来た。

P「っしゃーせー」

まゆ「ふふっ、こんにちは。あなたのまゆですよぉ」

P「お、いらっしゃい。何か探してる本でもあるのか?」

まゆ「はい、夏目漱石の本を……夏休みの宿題で感想文を出すらしいので、今のうちに買っておこうと思ったんです」

P「あー、ならこの辺りかな。こころだろ?」

まゆ「はい、Pさんも一冊は確保しておくと良いかもしれません」

P「そうすっかな。というかだからか、毎年夏頃にこころ全部売り切れて、九月にそれ以上の冊数持って来られるの」

まゆ「駅前の書店は直ぐに売り切れちゃうらしいです。予約すると少し時間がかかっちゃいますから」

P「一冊でいいか?」

まゆ「読書感想文を書くのに複数冊必要なんですかぁ?」

P「今なら三冊買うとお昼ご飯が付いてくるぞ」

まゆ「……?あら、もしかして奥の方が騒がしいのは……」

P「あぁ、李衣菜と北条が来てる。あと美穂がうちで今日からバイトだから」

まゆ「一冊にまけて頂けませんかぁ?」

P「悪いな、こっちも商売だから」

まゆ「Pさん、まだお昼食べてませんよねぇ?よかったらまゆが振る舞いますよぉ」

P「商談成立だ。頼むぞ」



まゆ「よく考えたら、まゆがお昼ご飯を振る舞う事になっただけじゃないですか……」

ふふっ、と微笑むまゆ。

なんだかんだ、まゆもかなりノリがいいな。

まゆ「でも、良かったです。好きな人にご飯を作ってあげられるのって、とっても嬉しい事なんですよ?」

とても嬉しい言葉だ。

でも、それ以上に心が重くなる。

まゆ「……やっぱり、商談は無かった事にして下さい。まゆ、用事思い出しちゃいました」

一瞬まゆの表情が翳ったが、すぐまたいつも通りの笑顔に戻った。

P「ん、本買ってかなくていいのか?」

まゆ「それは一冊頂いて行きます」

P「まいどありー」

ガラガラガラと、扉を開けて店を出て行くまゆ。

その背中に、俺は何か気の利いた言葉を掛ける事が出来なかった。

美穂「ご馳走様でした。Pくん、お客さんですか?」

P「あぁ、まゆが来てた」

美穂「まゆちゃんが?お店のお客さんとしてですか?」

P「……なぁ美穂、ここって古書店なんだぜ?」

美穂「今日一日中で、まだレストラン利用客しか来てなかったから……」

加蓮「ご馳走様、鷺沢。なかなか美味しいじゃん」

李衣菜「お、リピーターになっちゃう?」

P「ここは!古書店!リピートアフタミー!!」

加蓮「それじゃ、私は帰ろっかな」

李衣菜「あ、私は買ってく本があったんだった」

P「こころか?」

美穂「え、李衣菜ちゃんってこころを失ってたんですか?!」

李衣菜「最近の美穂ちゃん、なかなか鋭い角度でパス放ってくるよね」

美穂「わたし達、最高のバッテリーですから」

加蓮「それじゃ、気が向いたらまた来るから」

李衣菜「あ、待って待って加蓮ちゃん。私も帰るから一緒に帰ろ?」

美穂「またね、李衣菜ちゃん、加蓮ちゃん」

P「じゃあなー李衣菜、北条」

加蓮「……ねぇ、鷺沢。私だけ苗字呼びとか仲間外れ感凄くない?」

P「そっちだって俺の事鷺沢呼びじゃん」

加蓮「それはそれ、これはこれ」

P「そうか?なら加蓮で」

加蓮「……うん、ありがと。それじゃ……またね」

李衣菜「じゃあね。頑張ってね、美穂ちゃん」




李衣菜と加蓮が帰ると、途端に店が静かになった。

俺は残ったパスタを軽く腹に入れ、再び本棚の掃除を始める。

文香姉さんが届かない様な高い場所は、やっぱりどうしても埃が溜まってしまっていた。

美穂も本を並べたり、一時間に一・二人来る客を相手して。

特に会話がある訳じゃないけど、そんな時間が心地良かった。

P「……さて、そろそろ夕方だし店閉めるか。これ以上開けといても誰も来ないだろ」

美穂「そもそもゴールデンウィークですからね。あんまりお客さんが来ないのは仕方ないと思います」

店のシャッターを閉めて、本日の業務を終える。

美穂は既にエプロンを外していた。

……ま、まぁ明日も見れるしいいか。

P「お疲れ様、美穂。どうだった?」

美穂「えっと、緊張して上手く接客出来たか分からないですけど……でも、とっても貴重な経験になったと思います」

P「そっか、特に大変な事が無かったなら良かった。夕飯はどうする?」

美穂「一応門限があるにはあるんですけど、まだ二時間以上あるので……頂いていっても大丈夫ですか?」

P「もちろん。んじゃ、座って待っててくれ」

美穂「いえっ!わたしも手伝います!」

二人並んで、キッチンに立つ。

冷蔵庫の適当な物を炒めて、ご飯は炊く時間勿体無いからパン焼こう。

あ、明日昼くらいに色々買っておかないとな。

野菜を切る美穂は、案外手際が良かった。

そりゃそうか、普段は寮で一人で炊事してるんだし。

P「上手いな、美穂」

美穂「えへへ、花嫁修行はバッチリ……とは、言えないんですけどね」

P「何処に出しても恥ずかしくないぞ」

美穂「貰ってはくれないんですか?」

多分会話のノリでつい口が滑ったんだろう。

言った言葉を自覚して、美穂が両手を頬に当てて俯いた。

美穂「……ごめんなさい。今のは、えっと……ナシって事になりませんか……?」

P「でもま、俺もこうやって二人並んで夕飯作って。まるで夫婦みたいだなとは思ったし……」

言葉にして、後から恥ずかしさがやってきた。

あぁダメだ、上手くモヤシ切れない。いやモヤシ切るなよ。



美穂「……あっ、Pくん!フライパン空焚きです!」

P「おっと危ない、油ひいて取り敢えず野菜突っ込んどくか」

上の空での料理は危険だと俺は学んだ。

何も考えずに野菜切ってたけど、まぁ回鍋肉とかでいいかな。

美穂「でも、良かったです……」

P「ん?何がだ?」

美穂「それって、居心地が良い、って事ですよね?」

P「まぁ、そうだな。俺は隣に美穂がいると、理由は分からないけどこう……落ち着くし、嬉しいよ」

美穂「そっ、それは……その……」

P「……さて、皿によそうか」

今日は良く口が滑る。

美穂と二人で過ごしていると、ついつい自然体になり過ぎちゃうんだろうか。

兎も角、手が滑らない様にだけは気をつけないと。

P・美穂「「いただきます」」

二人で食卓を囲む。

新婚みたいだな、なんてまた口が滑りそうになった。

文香姉さんがいないからかな、どうにも調子が狂う。

美穂「やっぱり、Pくんお料理上手ですね」

P「回鍋肉の素は良いぞ、適当に冷蔵庫にある野菜と肉突っ込むだけでいいんだから」

美穂「わたしとしては、やっぱりPくんに喜んでもらえるくらい上手になりたいですから」

P「いいだろ、俺はいつもその喜びを味わってるんだぞ」

誰かに喜んで貰えるのは、やっぱり嬉しい。

そんな時、ふとまゆの言葉を思い出した。

『好きな人にご飯を作ってあげられるのって、とっても嬉しい事なんですよ?』か……

今、その言葉を思い出すっていう事は。

俺はもしかしたら、無自覚の内にずっとそう感じていたかもしれない。

今となっては当たり前過ぎて、気付けなかっただけで。

美穂「ふぅ……ご馳走様でした」

P「片付けはいいよ、後でやっとくから。そろそろ帰るか?」

美穂「そうですね。名残惜しいですけど、明日もまた来れますから」



外へ出ると、やっぱりまだ寒かった。

もうすぐ五月だと言うのに、夜の風は刺す様に痛い。

手袋とか着けてくれば良かったな。

見れば、美穂も寒そうにしている。

……だから、仕方のない事だ。

だって、二人とも手が悴むなんて嫌じゃないか。

P「……手、繋ぐか?」

美穂「……えっ……?」

P「ほ、ほら。寒いだろ?手が悴むと冷たいし痛いし」

美穂「……Pくん、誤魔化すの下手ですよね。ほんとに」

少し苦笑しながらも、俺の手に自分の手を添える美穂。

自然と指が恋人繋ぎになるが、そっちの方があったかいからだと自分に言い訳する。

美穂「……そういうお返事だと思っていいの?」

P「……きちんとした返事は、温泉の時でいいか?」

まだ、ケリをつけていない事があるから。

俺には、しなきゃいけない事があるから。

美穂「うん……待ってますから」

P「あぁ、ありがとう」

二人で、四月の夜道を歩く。

寒さなんて、とっくに忘れていた。

美穂「また明日も、よろしくお願いします」

P「あぁ、頼りにしてるぞ」

美穂「わたしなんて、そんなに大した事が出来る訳じゃないけど……」

P「凄く助かるよ。正直、誰かが居てくれるだけでも寂しくないからな」

美穂「……そこは『美穂が居てくれると』だと嬉しいんですけどね」

P「……そうだな。美穂と明日も一緒に一日を過ごせるの、凄く楽しみだ」

美穂「えへへ、良かった。それじゃまたね明日ね、Pくん」

P「あぁ、待ってる。また明日な」

名残惜しいが、また明日も会えるからと手を離す。

美穂を見送って、俺は帰路に着いた。



ピロンッ

P「ん……?」

文香姉さんから連絡が来ていた。

スマホを開くと、画像が貼ってある。

エッフェル塔を背景に、金髪美人と二人で変なポーズをしている。

P「……はぁ」

『プリキュアごっこ?』

『P君が、夜一人で寂しがっている頃かなと思いまして』

『心配しなくて大丈夫だから』

『あ、冷蔵庫のプリンは食べないで下さい。食べたら補充しておくように』

……楽しそうで何よりだ。

苦笑しながら、俺は家を目指す。

吹き抜ける風は、来る時よりも冷たい気がする。

手に残る温もりを握り締め、俺は足取りを速くした。



次の日も、また次の日も。

本を並べたり、接客したり。

冷やかしに来た李衣菜と喋ったり、冷やかしに来た加蓮と喋ったり。

特に会話はないけれど、美穂と静かにのんびり本を読んだりして。

幸せで、とても居心地の良い時間を過ごした。

視線だけで会話してみて通じなかったり。

時折同じ本に手を伸ばして指先が触れたり。

夕飯を振舞ったり。

一緒に手を繋いで帰ったり。

そんな時間が、もっと、ずっと続けばいいなって。

そう、心の底から思うようになったからこそ。

俺の気持ちは、もう完全に決まっていて。

……だから、今俺は。

まゆ「……おはようございます、Pさん」

月曜日、美穂がうちで働く最後の日の朝に。

こうして、まゆと向き合っていた。

P「悪いな、呼び出しちゃって」

まゆ「いえ、Pさんの為ですから」

四月最終日の朝の風は、まだ冬が残っているかの様に冷たい。

それなのに、わざわざオシャレまでして寮の前で待っててくれて……

P「……寒いな、凄く」

まゆ「……寒いですね。とっても……」

上手く会話が続けられない。

次の言葉が、言わなければいけない言葉を声に出来ない。

俺は、言わなくちゃいけないんだ。

美穂の事が好きだから。

まゆとは付き合えないんだ、って。

まゆの気持ちに応える事は出来ないんだ、って。



まゆ「……美穂ちゃん、どうですか?頑張ってますか?」

P「あぁ、頑張ってる。凄く助かってるよ、ほんと」

まゆ「そうですか……ねぇ、Pさん」

P「なぁ、まゆ」

言葉が、重なった。

再び二人の間に沈黙が訪れる。

ようやく口に出来そうだった言葉は、冷えた風に流されていった。

まゆも、きっともう気付いてしまっているんだろう。

だからこそこんなにも、言葉が、重い。

まゆ「今日のまゆ、どうですか?」

P「……うん、凄く可愛いと思う」

まゆ「ふふっ、なら良かったです。Pさんの前では、可愛いまゆでいたいですから」

P「あと、いつでも手首にリボン巻いてるんだな。とっても似合ってるぞ」

まゆ「ズルい人ですね……そうですか。なら、嬉しいです」

そう微笑むまゆ。

P「……まゆはいつでも笑ってるな」

まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」

そういえば、まゆはどんな時でも笑顔だった。

その笑顔にどれ程の想いを隠していたか、今だって全部を分かってる訳じゃないけど。

P「……まゆ、俺は」

まゆ「美穂ちゃんの事が好き、ですよね?」

本音を、本心を、本当の事を、本物の気持ちを。

こうして誰かを傷付けると知った上で言葉にするのが、こんなに苦しいものなのだと初めて知った。

でも、もうこれ以上。

美穂もまゆも、傷付ける訳にはいかないから。



P「……あぁ、そうだ。だから……俺は、まゆの気持ちに応えられない」

まゆ「……はい、知ってます」

一瞬だけ、まゆの声が震えた。

それでも俺は、その言葉を撤回する訳にはいかない。

P「……ごめん、まゆ。返事が遅れて」

まゆ「いえ。大丈夫です……とは、言えませんけど」

それでも、と。

まゆ「まゆは、諦めませんから。まゆを振った事、後悔させてみせます」

とびきりの笑顔を、俺に向けるまゆ。

あぁ、本当に。

優しいな、まゆは。

P「しないよ、後悔なんて。そう言い切れるように俺だって頑張るんだから」

まゆ「いつでも、いつまでも。まゆは待ってますから」

P「一生の待ち惚けを約束する事になるかもな」

まゆ「それでこそPさんです…………でも」

振り向いて、俺に背を向けて。

ギリギリ聞き取れるくらいの声で。

ポツリと、まゆは想いを零した。

まゆ「……その想いを…………まゆに向けてくれたら、嬉しかったのにな……」

声は涙に震えている。

肩は悲しさに震えている。

そんなまゆに対して、俺は。

とっても酷くて、自分勝手な言葉を放った。

P「……まゆ!これからも……俺達と!友達でいてくれ!」

ふぅ……と、ため息をついて。

まゆ「本当に……ズルい人ですね」

少しだけ呆れた様な、苦笑した様な言葉を呟くまゆ。

まゆ「……でも、仕方ありませんね。Pさんの頼みですから……まゆは、断れません」



P「ただいまー美穂」

美穂「あっ、お帰りなさい。Pくん」

店に戻ると、美穂が一人で本棚の整理をしていた。

踏み台を使って上の方に本を並べている。

俺が出掛けていたから、高い所に手が届かない為だろう。

P「危ないぞ、俺やるから」

美穂「大丈夫です、このくらいなら……っ!」

踏み台の上でぴょんぴょん跳ねて、本を少しずつ手前に取り出す美穂。

可愛いけど、見てて危なっかしいなぁ。

美穂「何かお買い物だったんですか?」

P「いや、ちょっと人と会ってた」

美穂「…………どちら様ですか?」

……美穂、冷房つけたのか?なんだかやけに店が寒くなった気がする。

コート脱がなきゃ良かったかな。ドア開けっ放しにはしてない筈なんだけど。

P「……クラスメイトです」

美穂「それは分かってます。Pくんがクラスメイト以外に会う人がいない事くらい」

P「いるし、例えば……文香姉さんとか」

美穂「この短時間でパリに?」

P「できら……出来ないな。美穂が来てくれてるのに、そんな長時間離れたくないわ」

美穂「……えへへ、そう言ってくれると嬉しいな」

かわいい。

美穂「それで……まゆちゃんですか?」

P「……今はノーコメントで」

美穂「殆ど答えですよね?それ」



P「おいおい、こっち向いて作業してると危ないぞ」

美穂「そ、そうですね。もうちょっとでっ……きゃっ!」

踏み台が傾いて、滑り落ちそうになる美穂。

振り返って反対側の本棚に手を着こうとしているが、そのままでは倒れそうで。

ハンガーに掛けようとしていたコートを放り投げて、俺は美穂の元へ滑り込んだ。

ゴンッ!!

何とか真正面から抱き抱えて、最悪の事態だけは避けられた。

しかしアンバランスな二人分の体重に耐えられず、俺は本棚にもたれ掛かる様に床に尻餅をつく。

美穂「えっと……ありがとうございます……」

俺の腿の上に尻餅をついた美穂が、ほっと一息をついて。

そして、現状を把握して顔を真っ赤にした。

……まぁ、お互い抱き着いてるし。顔、かなり近いし。

P「……美穂、そろそろ降りてくれると……」

けれど、なかなか降りてくれない。

P「お、おーい。美穂ー」

美穂「…………まっ……まだ、ダメです……っ!」

ギュゥゥゥッと、背中に回した腕を強く締めてくる美穂。

当然更に顔の距離は近くなる。

足も胸も完全に密着しきっていて、ばくんばくんと心臓が跳ね上がる。

……目を瞑るな美穂、おい……!

少しずつ、少しずつ。唇の距離が近付いて……



ガラガラガラ

智絵里「あの、すみません……Pくん居ますか……?」

扉が開いて、智絵里ちゃんが店に入ってきた。

良かった……ここが入り口からは見えない位置で。

いらっしゃいませ、と。

そう智絵里ちゃんに声を掛けようと思ったタイミングだった。

美穂「んっ……っ!」

P「っ?!」

美穂に、唇を奪われた。

唇が塞がれて、尚且つ突然の事過ぎてどうすれば良いのか分からず。

智絵里「あのー……すみませーん……」

かつん、かつんと智絵里ちゃんの足音が本棚を挟んで背後から聞こえる。

それでも美穂は唇も腕も離してくれず、俺はなすがままにキスをされ続け。

智絵里「……居ないのかな。また来ますね」

ガラガラ

智絵里ちゃんが店から出て行った後、漸く美穂は唇を離してくれた。

本当に良かった、本棚が俺達を隠してくれて。




美穂「……ふぁ……ごめんなさい、Pくん……」

P「えっと……だ、ダメだぞお客さんが来てる時は」

美穂「ドキドキしちゃって、その…………え?お客さんが来てない時は良いんですか……っ?!」

色々とテンパって完全に願望が……口が滑った。

美穂「みんなが見てない時なら、何回でも……っ?」

P「……温泉旅行まで回答の返却は出来ません!」

美穂「先生!」

P「はい、なんだー小日向さん?」

美穂「きっ……キスがっ!したいです!」

P「キスは一日一回までです!」

美穂「だ、だったら……っ!一日中離しませんっ!」

P「呼吸出来ない!」

美穂「わ、わたしと酸欠になりませんか?!」

P「ちょっと誘い文句が特殊過ぎるんじゃないかなぁ?!」

美穂「恋はダイビングですっ!わたしと一緒に溺れて下さい!」

P「溺れたらダメだろ!」

美穂「なっ、なら!わ、わたしに溺れてみたりはどうでしょうか……っ?」

P「もう浸かるどころか染まってるから!」

美穂「……ふふっ、えへへっ」

P「……なんだ?この会話は」

なんだかおかしくて笑ってしまった。

いや、笑い事ではない事態だった筈なんだが。



美穂「ねぇ、Pくん」

笑いながら、名前を呼んでくる美穂。

P「なんだ、美穂……っ」

ちゅ、っと。

今度は、軽く唇を重ねるだけのキスをされた。

美穂「返事は……回答はまだお預けなら。そのPくんの唇、キスで予約しちゃいます」

えへへ、とはにかむ美穂。

その笑顔に、俺はまた恋に落ちた。

あぁ、これはもうダウンカレントだ。

俺はもう完全に、下降海流に飲み込まれていた。

P「……ダイビングって、危険なんだな」

美穂「恋の海に、底はありませんから。でも、心は舞い上がっちゃいますよね」

P「それは違いない。さて、と」

うん、そろそろ言おうと思ってた。

P「美穂……そろそろ降りてくれると嬉しいんだけど」

まだ乗られたままだし。

まだ抱き着かれたままだし。

意識しない様にはしていたが、胸も密着してその……うん。

美穂「……Pくんは、離れたいですか?」

P「ずっとこうしてたいけど……」

美穂「なっ、なら……もう少し、このままで……」

ガラガラ

文香「ただいま戻りました……」

「じゃあねー、文香ちゃん!ぼんじゅーっ!」

文香「フレデリカさん……それはお別れの挨拶ではありません……」

文香姉さんが帰って来た。

聞いてた予定と違うぞ、帰りは夜だった筈なんだけど。

文香「ふぅ……P君、美穂さん。お疲れ様です…………」

P「……おかえり、姉さん」

美穂「……お疲れ様です、文香さん」

文香姉さんと目が合う。

もちろん、俺達はまだ抱き締め合ったままで。

文香「…………失礼しました、家を間違えてしまった様です」

一瞬目が合った筈なのに、直ぐ回れ右をして出て行こうとする姉さん。

P「姉さんおかえり!ここが家だから!おかえり!美穂降りて!おかえり!!」



文香「それでは……被告人、P君。自らの罪状を述べて下さい」

荷物を置いた文香姉さんと美穂と三人で、テーブルを囲む。

P「はい、わたくし鷺沢は……その……業務中にダイビングをするなどしておりました」

文香「……通訳の美穂さん。日本語訳をお願いします」

美穂「わ、わたしが一緒に溺れて下さいと誘うなどしました……っ!」

完全に入水心中だぞそれ。

文香「……ここは日本ですよね?私はまだ、パリに居るのでしょうか……?」

P「凄いなパリ」

文香「……見た所、掃除等業務に不備はない様ですから強くは言いませんが……せめて私が帰って来た時点で、付き合いたてのカップルの様な光景を見せつけないで頂けたら嬉しかったです」

P「申し訳御座いません」

文香「世が世ならパリ流しですよ……?」

美穂「ぱ、パリって凄い場所なんですね……」

文香「……ふぅ。改めて……私が不在の間、色々とありがとうございました。そちらは、どうでしたか?」

美穂「特に困る事はありませんでした。ずっと、Pくんが側に居てくれましたから」

文香「……そうですか、それなら良かったです」

P「俺は本読んでただけだけどな」

美穂「それでも、とっても安心出来ましたから」

文香「ゴッッホンッ!さて……美穂さんにはアルバイト代とお土産を渡そうと思います」

そう言って文香姉さんは、封筒とキーホルダーを取り出した。

キーホルダーには『恋愛成就』と書いてある。

日本語で。




美穂「えっと……ありがとうございます」

P「姉さん、俺にはお土産は無いの?」

文香「ご安心下さい……もちろん、用意してありますから」

そう言って文香姉さんは、別のキーホルダーを取り出した。

木彫りで『友達沢山』と彫られている。

P「……ありがとう姉さん。心遣いがすげー痛い」

鋭い角度で抉られた。さすが木彫りだ。

文香「ふふっ……冗談です。きちんと用意してありますよ」

再度文香姉さんは鞄から、何かを取り出した。

美穂「これは……石鹸ですか?」

文香「はい、マルセイユ石鹸です……オリーブオイルから作られているので、どんな肌の方でも使い易いのが特徴ですね」

美穂「わぁ……ありがとうございます!」

P「で、俺には?」

文香「もう渡してありますよね?」

P「あ、俺のは冗談ではないと」

文香「なんて、それも冗談です。ご存知でしたか?孔明の罠は隙を生じぬ二段構えなんですよ……?」

いや、お土産に孔明の罠は必要無い。

文香「P君には……はい、キャンドルです」

P「おお、よく燃えそう」

文香「……家では使わないで下さい」

P「何処で使えと」




帰り道、今日も今日とて美穂と手を繋いで送る。

今日で美穂の勤務は終わりなんだ。

それが、やっぱりとても寂しかった。

P「はぁ……明日から居ないのか……」

美穂「Pくんさえよければ、わたしはいつでも……」

P「いや、流石に悪いからいいよ」

美穂「…………もう」

P「この四日間、本当にありがとな。助かったし、楽しかったよ」

美穂「こちらこそ、そんなに大した事は出来なかったかもだけど……それでも」

微笑んで、こちらを向く美穂。

美穂「ずっとPくんの側にいられて、嬉しかったです」

P「……文香姉さんに、今後もバイト雇ってみないか提案するか」

美穂「わたしとしては、別にお給料が発生しなくてもお手伝いしたいですけど」

P「ん?いいのか?貰えるものは貰っとかないと」

美穂「Pくんの側にいられればそれで……でも、それもそうですね。なら……」

P「なら、なんだ?」

美穂「頑張った分、Pくんがキスをしてくれたら……とっても嬉しいな……」

……可愛いな、美穂。

ほんと、今すぐにでもキスしたくなる、



P「時給分のキスか。何回分くらいなんだろ」

美穂「一円あたり一回換算にしませんか?」

P「連続キス選手権でギネス狙えそうだな」

美穂「世界一のカップルを目指しましょう!」

P「おう!」

美穂「まだお返事貰えてませんけど!」

P「ごめん!!」

美穂「待ってますからっ!」

P「なんで引き伸ばしてるのか、自分でももう分かんないんだけどな!」

美穂「編集からの圧力って事にしておきます」

P「にしても、温泉楽しみだな」

美穂「ですね。わたしも、とっても楽しみです」

なんて会話をしていたら、あっという間に寮の前。

美穂とのやり取りは楽しくて、気付けば時間が過ぎている。

P「それじゃ、また明日学校で」

美穂「はい。また明日ね、Pくん」

手を離して、手を振って。

五月になろうとしている夜は、なんだか少し暖かく感じた。


取り敢えず此処まで
一応Masque:Radeの五人は全員分やる予定です



ちひろ「さてみなさん。五月と言えば……何だか分かりますか?」

アバウト過ぎて意味がわからないHR。

千川先生が、ノリノリで教卓に立っていた。

ちひろ「はい、そうですね。六月の修学旅行です!」

五月じゃないじゃないですか。

ちひろ「一応五月末に中間テストもありますが……修学旅行と言えば青春を象徴するイベントですからね。まぁこの学校は殆ど女子しかいませんが、おかげで先生的には非常に安心できる訳です」

……何も言わないでおこう。

ちひろ「そして、気になる行動班及び生活班ですが……」

出席番号順とかだろうか。

せめて夜は他のクラスと男子と一緒だといいなぁ。

ちひろ「……自由とします!仲の良い子同士で三人組を組んで下さい!」

美穂「Pくん!」

まゆ「Pさん!」

まゆ・美穂「「一緒に組みませんか?!」」

P「……う、うん。いいけど」

声がデカイ。千川先生めっちゃこっち見てるぞ。

でも、まゆが前までと同じ様に接してくれて、すごく嬉しかった。

ちひろ「それと鷺沢君ですが、部屋は一人部屋になっています」

……夜寂し過ぎませんかね。

ちひろ「カヌーのペアも自由で良かったのですが、そちらはクジ引きで決めさせて頂きました」

美穂「よろしくお願いします、Pくん」

まゆ「一緒に楽しみましょうね、Pさん」

P「あぁ、よろしくな。あと先生の話聞こうぜ」

ちひろ「ごほんっ!!煩いですよ、鷺沢君。スケジュールや持ち物に関しては今からしおりを配布します。あと沖縄とは言え六月なので、海で泳ぐ事は出来ません」

それでは、と言って千川先生が教室を出て行った。



美穂「自由行動の時間、何処に行きますか?」

P「俺あれ食べたい、サトウキビ」

まゆ「ゴーヤチャンプルも食べに行きたいですね」

李衣菜「おーい加蓮ちゃん、折角だし班一緒に組まない?」

加蓮「いいよ、李衣菜達以外友達いないし」

李衣菜「重い重い重い重い」

加蓮「あと一人は誰にする?」

李衣菜「うーん……あ、智絵里ちゃん!良かったら一緒に行動しない?」

智絵里「……えっ?わたしですか……?」

李衣菜「うん、どうかな?」

智絵里「えっと、よろしくお願いします……」

加蓮「……よろしくね」

智絵里「……はい」

クラスメイト全員が席を立って、思い思いのトークを始める。

かく言う俺も、めちゃくちゃ楽しみでテンションはかなり高い。

P「そう言えば、カヌーのペア誰だろ」

美穂「折角なら、そっちも自由が良かったのにな」

まゆ「まゆは引き当ててみせますよぉ、Pさんという運命を……っ!」

美穂「わ、わたしだって……っ!」

P「ん、俺の相手加蓮だ」

加蓮「あ、ほんとだ。よろしくね、鷺沢」



美穂「…………」

P「おい美穂、勝手に横線引いて自分の名前を書くんじゃない」

美穂「…………」

P「更に傘書いて相合傘にしない」

まゆ「…………」

加蓮「ねぇまゆ、私の名前の上に諸事情により欠席って書くのやめない?」

まゆ「運命は自分の手で書き換えるものなんですよぉ」

加蓮「頭大丈夫?ポテト足りてる?」

まゆ「加蓮ちゃんは知性が足りてませんねぇ」

加蓮「は?」

まゆ「何か?」

智絵里「あ……わたし、美穂ちゃんとです」

美穂「ほんと?よろしくお願いしますねっ!」

智絵里「はっ、はい……!」

李衣菜「ん、私まゆちゃんとじゃん」

まゆ「こうなったら、コーナーで差をつけて一位を目指しますよぉ!」

P「マングローブカヤックなんだからのんびり遊覧しろよ……」

李衣菜「にしても、折角の沖縄なのに泳げないんだね」

まゆ「まゆの悩殺水着アタックは使えそうにありませんねぇ」

加蓮「悩殺……ふっ」

まゆ「元から脳が溶けてる加蓮ちゃんには、少し難しい日本語だったでしょうか?」

加蓮「アタックは英語だよ。あ、英語って知ってる?」

まゆ「存じ上げておりますが。揚げ足取りは楽しいですか?楽しいんでしょうね」

仲良いなぁ、見ててこっちまで楽しくなってくる。

いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。

友達作りのコツを教えて貰いたいものだ。

美穂「水着……」

智絵里「悩殺……ちょ、チョップです……っ!」

李衣菜「ま、夏にでもみんなでプールに行こっか」

P「いいな、めっちゃ行きたい」

確かあの遊園地、夏場はプールもやってるし。

……あの遊園地の事だから、ウォータースライダーとか流れるプールもエグいんだろうな。

李衣菜「ま、また今度予定立てればいっか」

そんなこんなであっという間に過ぎ去った休み時間。

当然ながら一時間目はみんな修学旅行トークで盛り上がり、先生がずっと苦笑していた。





P「さて、帰るか」

六時間目も終わり、荷物をまとめて教室を出ようとする。

美穂「あ、Pくん。よければ、今日もお邪魔していいですか?」

まゆ「まゆもご一緒したいです」

P「構わないぞ。んじゃ、帰るか」

加蓮「私達はどうする?」

李衣菜「流石にPの部屋に入るには多過ぎるし……三人で自由行動で行く場所決めない?」

加蓮「いいね、ファミレス行こ、ファミレス」

智絵里「あ……それって、わたしもですか……?」

李衣菜「もちろんじゃん。あ、智絵里ちゃんはこの後空いてる?」

智絵里「はい、大丈夫です」

加蓮「なら早く行くよ、膳は急げって言うからね」

智絵里「加蓮ちゃんの膳ってポテトですよね……?」

李衣菜「ポテト御膳とかあるのかな」

加蓮「なければ作る。私が第一人者になる」

それぞれ分かれて、校門を抜ける。

五月になった夕方は、少しずつあったかくなっていた。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君。いらっしゃいませ……美穂さん、まゆさん」

美穂「お邪魔します」

まゆ「お久しぶりです、文香さん」

文香「あ……P君、申し訳ないのですが……荷物を運ぶの、少し手伝って頂けないでしょうか?」

P「おっけ。美穂とまゆは先に部屋上がっててくれ」

美穂「わ、わたしも手伝いますっ!」

P「いいよいいよ、多分力仕事だし」





まゆ「修学旅行、とっても楽しみですね。何か食べたい物とかはありますか?」

美穂「うーん、現地で色々見てから決めたいな」

まゆ「夜はまゆと美穂ちゃんの二人ですからね。ガールズトークに花を咲かせますよぉ!」

美穂「そう言えば、こうしてまゆちゃんと二人きりでお喋りするのって久しぶりだね」

まゆ「ですねぇ……折角ですから、ガールズトークっぽい事でも話しますか?」

美穂「それは……えっと」

まゆ「気を使わなくて大丈夫です。むしろ、使わないで下さい」

美穂「まゆちゃん……?」

まゆ「……ふぅ。ご存知かもしれませんけど、昨日Pさんに、お話があると呼び出されたんです」

美穂「……やっぱり、まゆちゃんだったんだ」

まゆ「内容は……とっても酷かったですねぇ。Pさんの言葉は」

美穂「酷かった……?」

まゆ「まゆ、振られちゃったんです。『まゆの気持ちには応えられない』って」

美穂「……」

まゆ「その上で、『これからも俺達と友達でいてくれ』なんて……残酷過ぎると思いませんか?」

美穂「それは……でも、わたしも……」

まゆ「はい、まゆも同じです。思いを受け入れて貰えなかったとしても、これからもPさんや美穂ちゃんと一緒に過ごしたいですから」

美穂「……ありがとう、まゆちゃん」

まゆ「いえ、お礼は必要ありません。だって、まゆは諦めていませんから」

美穂「……ゆ、譲らないもんっ!わたしだってPくんの事が……っ!」

まゆ「ふふっ、分かってます。美穂ちゃんなら、そう真っ直ぐ言ってくれると思ってました」

美穂「……優しいね、まゆちゃんは」

まゆ「そう油断していると、いつの間にかまゆに取られちゃいますよぉ」

美穂「き、気を付けます」

まゆ「……ふぅ。さて、美穂ちゃん」

美穂「……な、なんでしょう……っ?!」




まゆ「……Pさんの『コレクション』、気になりませんか?」

美穂「……なんだか、一気にこう……話のステージが下がったね」

まゆ「Pさんの部屋で、Pさんが不在なら……当然の流れだったと思いますよぉ」

美穂「『コレクション』って……もしかして、そういう本の事……?で、でも……勝手に机とかを漁るなんて……」

まゆ「……まゆはまだ『コレクション』としか言ってないんですけどねぇ」

美穂「……聞かなかった事にして下さい」

まゆ「まぁそういう事なんですけどね。Pさんの好みを把握しておいて、損は無いと思うんです」

美穂「それは……確かに……」

まゆ「気になりませんか?Pさんが普段……どんな『本』を読んでいるのか」

美穂「……す、少しだけ……」

まゆ「なら、決まりですねぇ」

美穂「Pくん、そういう『本』読むのかな……読みそうだけど」

まゆ「お年頃の男の子が持ってない訳がありません!」

美穂「凄い自信だねまゆちゃん……でも、何処に隠してあるのか分からないよ?」

まゆ「引き出し一番下段の二重底下の箱に、地図のカモフラして隠してあります」

美穂「な、なんで把握してるのかな……?」

まゆ「気にしたら負けですよぉ。まゆはPさんの事ならなんでも把握していますから」

美穂「でも、好みの……そういうのまでは把握してないんだよね?」

まゆ「だから、とても気になっているんです。さて……取り出しますよぉ」

美穂「ごめんね、Pくん……っ!わたし、止められなかった……」

まゆ「これで美穂ちゃんも共犯者です」

美穂「……それで、この地図のカバーを外せば……」

ピラッ

まゆ「……煽り文、読み上げますよぉ!」

美穂「はい……お願いします……っ!」




まゆ「ふー……『は~い、君の下半身が静かになるまでに三分もかかりませんでした♡』真面目で正統派キュートな彼女にセメられる!起立が止まらない学園性活!!」

美穂「…………」

まゆ「…………」

美穂「…………」

まゆ「…………」

美穂「……その、ちょっと……」

まゆ「……し、刺激が強過ぎますねぇ……」

美穂「……わ、わたしたちには、まだ少し早かったんじゃないかな」

まゆ「それでも、こんな場所で止まってはいられません。もう、進むしか無いんです」

美穂「……真面目で正統派キュートな彼女って……」

まゆ「……表紙のイラスト、美穂ちゃんにとっても似てますねぇ。ほら」

美穂「あわわわわわ!み、見てませんっ!見てませんからっ!」

まゆ「良かったですねぇ。美穂ちゃん、Pさんの好みみたいですよぉ」

美穂「う、嬉しいけど……ううん!嬉しく無い!」

まゆ「嬉しく無いんですかぁ?」

美穂「…………嬉しいです」

まゆ「素直でよろしいですよぉ」

美穂「起立ってどういう意味なのかな?起立……?起立………っ!っっ!!」

まゆ「……美穂ちゃん……」

美穂「だ、大事ですよね!挨拶は起立してするべきですっ!」

まゆ「それにしても……Pさん。三分もかからないのは、その……」

美穂「わーわーわーわー!」

まゆ「……さて、次の本にいきますよぉ」

美穂「今更だけど、とんでも無い事をしちゃってるんじゃないかな」

まゆ「今更過ぎますねぇ」




美穂「つ、次はわたしが読み上げますっ!まゆちゃんばかりに、そんな事はさせられない……っ!」

まゆ「美穂ちゃん……っ!逞しくなりましたねぇ」

美穂「い、いきますよっ!まゆちゃん!」

まゆ「ばっちこいですよぉ!!」

美穂「すー……こ、恋するあの子は肉食系ヤンデレ。恋人同士の抱、恋、挿!『アナタの荒ビッキビキソーセージ、独り占めしちゃいまぁす♡」

まゆ「…………」

美穂「…………」

まゆ「……え、えっと……お肉は美味しいですよねぇ」

美穂「……まゆちゃん、顔真っ赤だよ」

まゆ「美穂ちゃんには言われたくありませんよぉ」

美穂「……表紙のイラスト、まゆちゃんに似てるね。ほら」

まゆ「……まゆは何も見てませんよぉ!まゆそっくりの女の子がはしたないポーズをしてるイラストなんて見てませんからねぇ!!」

美穂「良かったね、まゆちゃん」

まゆ「思ったより嬉しくありませんねぇ。美穂ちゃんには謝らないといけないみたいです」

美穂「え、嬉しく無いの?」

まゆ「え、本当に嬉しかったんですか?!」

美穂「……の、ノーコメントで」

まゆ「恋人同士の抱・恋・挿って……社会の鉄則を何だと思ってるんですかねぇ」

美穂「まゆちゃん、肉食系ヤンデレだったの?」

まゆ「このイラストの女の子は、まゆとは別人ですから……」

美穂「荒ビッキビキソーセージって、美味しいのかな……」

まゆ「み、美穂ちゃん……?」

美穂「……っ!わ、わたしはチョリソーが好きですっ!」

まゆ「ま、まゆも好きですよぉ!」

美穂「やっぱり肉食系ヤンデレだよね?!」

まゆ「ヤンデレ要素は今の会話に含まれて無かった筈ですよぉ?!」

美穂「……ごほんっ」

まゆ「取り乱し過ぎましたねぇ」




美穂「……さて、次の本は……」

まゆ「……一緒に、読み上げましょうか」

美穂「ふー……」

まゆ「すー……」

美穂・まゆ「「ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」」

まゆ「…………」

美穂「…………」

まゆ「……美穂ちゃん」

美穂「……な、なんでしょう……っ?!」

まゆ「この伏せ字の部分、今なんて言いましたか?」

美穂「えっ?そ、その部分は分からなかったから何も言ってなかったと思うよ?」

まゆ「……ク、って……聞こえた気が……」

美穂「言ってません」

まゆ「まゆですら言うのを躊躇ったんですが……」

美穂「言ってません」

まゆ「……セッ」

美穂「言ってません。言ってませんから」

まゆ「……美穂ちゃんって、案外」

美穂「言ってません!!」

ガチャ

P「大声で何話してるんだー?」

まゆ「あ……」

美穂「あ……」

P「……あ…………」





部屋に入ったら、美穂とまゆが俺の『コレクション』を読んでいた。

なんかもう、色々としんどい。

そして今、三人全員で正座をしている。家族会議かよ。

P「……まず、人の机を漁った事に対して何か」

まゆ・美穂「ごめんなさい……」

P「……やめましょう」

まゆ・美穂「はい……」

……エロ本暴いた女の子を叱るとか精神すり減るぞこれ。

P「……じゃ、そういう事で!俺まだ少しやる事残ってるから!」

美穂「その前に、Pくん」

P「……はい」

美穂「何か、言うべき事があったりはしませんか?」

美穂の目が、割と怖い。

P「……えぁ、えっと……ふ、文香姉さんが間違えて俺の部屋に置いてっちゃったんだな!ほら、うち古書店だからさ!」

まゆ「……ま、まゆは帰っていいですかぁ?」

P「やめて、助けて」

まゆ「まゆに出来る事なんて無いと思いますよぉ……」

美穂「Pくん」

P「……すみません。その……年頃の男子という事で、ここは大目に……」

美穂「この肉食系ヤンデレモノと小動物系少女モノは、即刻破棄するべきだと思いませんか?」

まゆ「あの」

P「……はい、思います」

美穂「……Pくんの好みが、わたしみたいな女の子って事が分かったので、今回は許してあげます」

P「ありがとうございます……」

なんとか助かった様だ。

美穂「な、なんて……今回はお互い様ですから」

いや、俺悪い事してないと思うんだけど。

そんな事言う勇気はないが。





P「んじゃ、修学旅行三日目の計画でも立てるか」

美穂「あ、自由行動のお話なら、お食事は現地で色々見てから決めようってなりました」

ふぅ、ようやく平和が訪れた。

まゆ「あれ?Pさん、DVDも持ってるんですねぇ」

P「それ以上見るなぁ!」

平和じゃ無かった、台風の目だった。

そのDVDはよろしくない、非常によろしくない。

タイトルが面白過ぎて買ってみただけなやつだから。

まゆ「『挑戦!二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレス』……えぇ……?」

P「……お、面白いタイトルだよな」

まゆ「……奇妙奇天烈な単語の羅列が、意味の分からない複雑怪奇なフレーズを作り上げてますねぇ」

P「さ、修学旅行の話をするとしよう!」

美穂「Pくん」

P「……はい」

おかしいな、此処はシベリアだろうか。

美穂の声が寒気となって、部屋の温度を絶対零度にしている。

動けないし、動いたらまずい気がする。

美穂「これ、誰に実践してもらうつもりだったんですか?」

P「いや、これ実践して貰おうと思って購入した訳じゃ……ごめんなさい」

美穂「意味が分かりません」

P「俺も分かりません」

美穂「…………」

P「…………」

美穂「…………ヘンタイ」

P「ゔっ……」

心を氷柱に貫かれた。

まゆ「……あの、ほんとに帰っていいですか?」



P「うぉー!着いたぁ!!」

李衣菜「ここが温泉街……なかなか良い雰囲気だね」

美穂「あっちこっちから湯気が昇ってますね」

文香「……ふぅ……元気ですね、皆さん……」

五月最初の土曜、こどもの日。俺達四人は温泉旅行に来ていた。

長い電車の移動に文香姉さんはグロッキーになっているが、どうせすぐに温泉饅頭や温泉卵を見て回復するだろう。

李衣菜「まずチェックインして荷物置く?」

P「そうだな。出来るだけ身軽になってから色々巡りたいし」

美穂「えっと、バスで十七分くらいだそうです」

バスに乗って旅館に向かう。

どんどん窓から見える光景が変わり、緑が増えてゆく。

テンションあがる。めっちゃ上がる。

李衣菜「っよーし!到着!」

美穂「わぁ……素敵な旅館ですねっ!」

ついに姿を現した旅館は、とても旅館だった。

イメージ画像に違わぬイメージ通りの和風な旅館。

緑と川に囲まれて、とてもリラックス出来そうだ。

チェックインを済ませて、俺と文香姉さん、美穂と李衣菜でそれぞれ部屋へ入る。

文香「……ふぅ、ひと段落ですね」

P「こう、走り回りたくなる部屋してるな」

十二畳の和室に露天風呂。テンションが上がらない訳がない。

ついつい手荷物をセキュリティーボックスにしまってみたりする。

李衣菜「ねぇねぇ!すっごく広くない?!」

美穂「凄いですね!働いた甲斐がありました!」

李衣菜「うっ……」

美穂と李衣菜もこっちの部屋に入って来た。

やっぱりとてもテンションが高い。

P「どうする?少しこの辺り散策するか?」

文香「私は……しばらく、休憩してから一人で散歩でも……」

李衣菜「早く行くよ、P!」

美穂「お昼ご飯、食べに行きませんか?」

文香「何してるんですかP君。早く行きますよ」

四人で財布とスマホだけ持って旅館を出る。

道なんて全く分からないが、取り敢えず行き当たりばったりに歩き出した。




李衣菜「あ、あっちに足湯とかあるみたいだよ」

文香「……お昼を食べ終えたら、少し浸かりましょう」

美穂「何にしますか?この辺りは海産物も新鮮みたいです」

文香「それにしましょう。海鮮丼にしましょう」

P「姉さん……」

少し歩いた後、適当な店に入る。

折角こういう場所に来たんだから、少しくらい財布の紐が緩くてもいいだろう。

P「俺は海鮮丼で」

文香「同じく」

李衣菜「私も」

美穂「わ、わたしもですっ!」

海鮮丼を四つ注文し、その間にこの辺りに何があるかを調べる。

P「足湯、温泉、温泉、旅館、温泉、旅館……温泉街かよ」

美穂「温泉街ですよ?」

李衣菜「旅館のだけじゃなくて、他の温泉も入ってきたいよね」

P「だな、滅多に来れないし」

海鮮丼は、凄く美味しかった。





その後は適当にぶらついて、足湯に入ったり温泉卵を食べたり。

加蓮やまゆや智絵里ちゃんにお土産を選んで。

街を満喫していたら、いつの間にか日は暮れていた。

P「ふぅ……さて」

文香「いよいよ、ですね……」

美穂「待ちに待った温泉タイム……っ!」

李衣菜「いやまあ、部屋に露天風呂ついてるからいつでも入れたんだけどね」

P「夕飯は懐石コースらしいけど……食べられるかな」

食べ歩きしていたせいで、そこまでお腹は空いていない。

文香「ふっ……何を心配しているんですか、P君」

あぁ、うんそうだ。文香姉さんいるから大丈夫だ。

李衣菜「どうせなら同じ部屋で食べたいよね」

美穂「宿の人に頼んで、片方の部屋に運んで貰いませんか?」

文香「ふふっ、とても素敵な提案だと思います」

P「それじゃ、俺大浴場の方行って来るわ」

それぞれ、着替えの浴衣を持って温泉へ向かう。

部屋の風呂は気が向いた時に入ればいいや。

それこそ文香姉さんが寝てからでいいだろう。



P「おぉお……」

温泉は、凄かった。

まず家の風呂とスケールが違う。

というかデカイだけでテンションが上がる。

更にそれでいて展望露天風呂な為、目の前には大自然。

眼下にせせらぎ、横に山々頭上に空。

空と木々が遮る物無く視界いっぱいに広がり、その時点でもうリラックス効果がある。

俺以外に客はいない為、実質貸切状態だ。

こんな贅沢を独り占め出来るなんて、人生でもそうそう無いんじゃないだろうか。

P「ふぅ…………」

身体を流して温泉に浸かると、思わず息が溢れた。

これが……温泉。

日々の疲れが溶けてゆく様な感覚だ。

360度、何処を眺めても癒しで溢れている。

P「うぉー…………」

……寂しいな。

こういう時、一緒に浸かる相手がいないのが悔やまれる。

俺以外全員女性だから当たり前だし、それ以前に男友達なんて……やめよう。

目を閉じて、全身で温泉の効能を堪能する。

疲れも悩みも、多分元からそんなに無いけど薄れていった。

違う、眠くて意識が薄れてただけだ。

P「……あぁ、そうだ」

ポツリ、と。俺は呟いた。

まだきちんと、俺は自分の気持ちを美穂に伝えていないんだ。

美穂の想いに対して、俺の答えを言葉にしていないんだ。

P「……ま、悩む事じゃないな」

想いのまま、思っている事を言えばいい。

変に取り繕う必要もない。

いつも通りに、いつも想っていた事を、いつも感じていた事を言葉にすればいいんだ。

もう、思い悩む事なんて無いんだから。

P「さてと、そろそろ上がるか」

身体を拭いて、浴衣に着替える。

帯の結び方が分からない、適当でいいか。

P「……ん?」

スマホを見れば、一件の通知。

送り主は……美穂か。

『良かったら、少し歩いて涼みませんか?』




P「ん?李衣菜と文香姉さんは?」

美穂「お二人なら、マッサージ機の場所でコーヒーを飲んでいると思います」

旅館の門を抜けると、美穂が一人で立っていた。

浴衣姿の美穂が、湯上りという事もあるだろうが、顔を赤らめてはにかむ。

その美しさに、綺麗な姿に、俺は完全に目を奪われた。

美穂「……え、えっと……に、似合ってますか?」

P「うん、すっごく綺麗。俺なんて帯の結び方分からなかったのに」

一応同じ柄の浴衣な筈なのに、なぜ俺と美穂ではこうも違うんだろう。

そりゃそうだ、着てる人が違うんだから。

美穂「……まだ、ちょっと暑いです」

P「そこそこのんびり浸かってたからな。少し歩くか」

人気のない林道を、美穂と二人で並んで歩く。

P「あーでも湯冷めには気を付けないとな。寒くなる前には戻るぞ」

まだ五月頭、夜の風は少し冷たい。

美穂「そしたら、また入ればいいですから。……あ」

P「ん?どうかしたのか?」

美穂「え、えっと……ゆ、湯冷めしない為にも、もう少し密着して歩いた方が良いと思うんですっ!」

P「密着して歩く……おんぶか?」

美穂「そ、それは別の機会でお願いします。それよりも……ぎ、ぎゅー……っ!!」

腕を組んで、強く密着してくる美穂。

彼女の腕と胸の感触が伝わって来た。

何が湯冷めだ、心も身体もめっちゃ熱いぞ。

P「……歩ける?」

美穂「……思ってたより歩きづらいです。ですから……少し立ち止まって、お話しませんか?」

P「……あぁ。俺も美穂に、ちゃんと伝えたい事があったんだ」

木々の間を風が抜けてゆく。

俺達が黙れば、自然の音しか聞こえなくなる。

誰もいない、誰も見ていない場所で。




美穂「……思えば……わたしはまだPくんに、ちゃんと気持ちを伝えて無かったと思うんです」

そう言えば、そうだったかもしれない。

観覧車で美穂が口にした言葉は、『ずっと前から……わたしの心は、決まってますから』だった。

美穂「あの時はズルしちゃって、後ろめたかったですけど……今回は本当に福引で当てて、アルバイトして稼いで……もう、迷いはありません」

P「あぁ、俺ももう……迷いなんてない」

美穂「……ねえ、Pくん」

すぅ……と、深呼吸して。

美穂は、想いを言葉にした。

美穂「わたし……Pくんの事が、大好きです!出会った時からずっと、Pくんの事を見つめる度にドキドキして、目が合う度に運命なんじゃないかな?って思っちゃって……っ!」

美穂の声が大きく響く。

けれどそれを聞いているのは俺だけで、俺だけに向けられた言葉で。

美穂「気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって……っ!今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしようって……不安で、言いたくて、言えなくて……!!」

美穂の言葉は止まらない。

止めどなく溢れる想いを抑えられず、次々と言葉が紡がれる。

美穂「Pくんが笑顔を向けるのが、わたしだけじゃなくても良いんです……怖いのは、わたしに笑顔を向けてくれなくなっちゃう事で……側に居られなくなっちゃう事で……っ!」

組んだ腕が強く引き寄せられる。

美穂の声は、少しずつ震えていって。

それでも、独白の様な告白は続く。

美穂「でも……Pくんが、他の子と結ばれちゃったら……壊れちゃうから!わたしは……嫌だから!離れたくないから!Pくんの側に居たいからっ!だから!一歩、踏み出したんです……っ!」

溢れる涙なんかに歪まず。

美穂はただ、俺の目だけを真っ直ぐに見つめて。

美穂「Pくんっ!お願いだから……お願いだからっ!ずっと!わたしの側にいて下さいっ!!」

そう、最後まで言葉にした。

美穂の気持ちが此処まで強いものだったと、今初めて知った。

美穂の悩みが此処まで大きいものだったと、今漸く気付けた。

けれど、それに対して。

俺が返すべき言葉なんて、もう決まっている。




P「……何があっても、俺は美穂の側を離れたりしないよ」

美穂「……っ!……ほんと、ですか……?」

P「あぁ。俺は……美穂の事が好きだ」

ずっと自覚がなかったままだっただけで。

俺も、美穂の事が大好きだった。

P「だから、もし美穂が離れたくなっても……離さないからな?」

美穂「……うっ……ぅぁあぁぁぁっっ!!!!」

抱き付いて、涙を流す美穂。

それを俺は、優しく抱き締めた。

P「……な、なんて……流石にクサ過ぎたか?」

美穂「ううんっ……!嬉しいんですっ!っ!嬉しいけどっ、っうぁぁっ!!」

しばらく美穂が落ち着くまでこうしていよう。

背中をさすりながら、頭を撫でる。

美穂「とってもっ、不安だったんです……っ!キスをした日から……壊れちゃうんじゃないかな、嫌われちゃうんじゃないかなって……っ!」

P「俺が美穂を嫌う訳無いだろ」

美穂「Pくんが優しい人だって、分かってたのに……っ!古書店でキスして、Pくんがわたしの事を想ってくれてるって感じてから……尚更、今の幸せを失うのが怖くてっ!!」

P「……なぁ、美穂」

美穂「……は、はい……っ?!」

美穂を少し強く抱き寄せて。

俺は、自分から唇を重ねた。

P「……っふぅ……自分からするのってめちゃくちゃ緊張するな」

美穂「あ……え、えっと……あの……」

顔を真っ赤にして、プルプル震える美穂。

あぁ、ほんと可愛いな。

P「美穂が不安な時は、いつだって側に居るから。なんなら不安じゃなくたって側に居るし、俺は側に居たいし、更にキスのおまけ付きだ!」

美穂「その……あ、ありがとうございますっ!」

P「だから、今が幸せなら……失くす事が怖いなんて思う暇も無いくらい、もっと幸せになろう」

美穂「……うん。ありがと、Pくん」

P「……こっちこそありがとう。これからもよろしくな?」




ようやくお互い、全てを言葉に出来た。

もう、悩みも不安も無い。

美穂「……Pくん!」

P「なんだ?」

美穂「いっ、今!わたしはとっても不安ですっ!」

P「え、この流れで?!」

美穂「だ、だから……き、キスして下さいっ!」

P「お、おう!」

唇を重ねようとする。

P「っ?!」

重なった瞬間、美穂の唇が開いた。

当然俺の口も開き、そのまま舌が絡み合う。

美穂「んっ、んちゅ……っちゅぅ……んむっ、っちゅっ……っ」

なすがままに流され、俺も美穂とのキスを堪能する。

美穂「っんっ、ぷぁ……えへへ。し、しちゃいました……大人なキス」

上目遣いに、頬を染める美穂。

……反則だろ、なんだこの可愛い俺の恋人。

あ、俺の恋人だ。

P「……まだ不安か?」

美穂「わたしが不安なら……また、キス出来ますか?」

P「俺としては、不安じゃない美穂とキスがしたいんだけどな」

美穂「い、今!わたしはとっても安心してます……っ!」

P「よし、キスだ!」

再び、ディープなキスをする。

なんか色々と流れがあれな気はするが……

……まぁ、美穂が笑顔ならそれでいいか。





李衣菜「遅いよ二人共。もうお腹ペコペコなんだけど」

文香「いえ……?怒ってはおりませんが……?空腹に苛立つなんて、それこそ文学少女らしくありませんから……?」

部屋に戻ると、呆れた李衣菜と般若と化した文香姉さんが待っていた。

既に料理は並べられ、後は小鍋に火を掛けるだけとなっている。

P「えっと……申し訳ありません、遅くなりました」

美穂「え、えへへ……」

李衣菜「……P、その腕にへばり付いてるのは?」

P「紹介します。俺の恋人です」

美穂「しょ、紹介されちゃいました……っ!恋人ですって紹介されちゃいました……っ!!」

李衣菜「……えぇ……」

美穂「あ、申し遅れました!Pくんの恋人の小日向美穂ですっ!」

李衣菜「いや、美穂ちゃんの事は前から知ってるけどさ……」

文香「……み、美穂さん……?」

なんと言うか、うん。

美穂、幸せそうだな。

美穂「ね?Pくんっ!わたし達恋人ですよねっ?」

P「お、おう……まぁ、そういう事です」

美穂「えへへ……Pくん……」

李衣菜「良かったね、美穂ちゃん。恋が成就して……うん、聞いてなさそう」

文香「では、お祝いに夕飯を食べましょう」

P「……なぁ美穂。ほら、夕飯食べるぞ」

美穂「っ!あっ、あわわわわ……わ、わたし、すっごく恥ずかしい事言って……っ!」

P「……恋って、怖いな」

李衣菜「人を変えるんだね」

美穂「で、でもっ!わたしの想いは変わりませんからっ!」

文香「……人が変わる、その最たる例の様な光景を………私たちは現在進行形で見ているのですが……」

P「まあ、可愛いからオッケー」

美穂「か、可愛いなんて……っ!簡単に言わないで下さいっ!」

P「ダメなのか?」

美穂「ダメじゃありませんっ!」

P「可愛い」

美穂「や、やっぱりダメッ!」

李衣菜「あ、この塩美味しい」

文香「露天風呂のお湯も、お砂糖が効いてて美味しそうですね」

P「あの……なんか、ごめん」





食後、なんとか美穂を剥がして部屋に帰って貰った。

怒涛のライン通知ラッシュを少しだけ無視させて貰って、布団に寝っ転がる。

P「ふぅ……」

文香「……お疲れ様です、P君」

P「ごめんな、姉さん。なんと言うか……色々と」

文香「いえ……とても、楽しい旅行だと思います」

P「なら良かった」

文香「P君も……彼女を幸せにしてあげて下さいね?」

P「もちろん」

文香「……私と美穂さん、交代しましょうか?」

P「いや、いいよ。流石にこう……把握されてる状態でってのはな」

文香「……ふふっ、そうですか」

P「それじゃ、おやすみ」

文香「おやすみなさい。ところでP君……ラインの方は、よいのですか?」

P「……」

スマホを開く。

わぁ、通知がいっぱい。全部美穂。

あ、一件だけ李衣菜。

P「……一回向こうの部屋行ってくる」

文香「李衣菜さんには、迷惑を掛けないであげて下さいね……」



P「あー……眠い」

ゴールデンウィーク明け最初の学校は、とんでもなく眠かった。

昨日もずっと美穂とラインして、気付けば夜が明け掛けていて。

そしてその美穂といえば、現在進行形で眠っている。

凄いな、朝のHRで机に突っ伏して今四時間目終わったとこだぞ。

美穂「寝てません……寝てま……っ、Pくん……寝てません……」

まゆ「……美穂ちゃん、幸せそうな寝顔ですねぇ」

P「もう直ぐ中間テストなんだが、大丈夫なのかな」

美穂「……んっ、Pくん……そこは……んぅ……」

P「…………」

まゆ「……Pさん、今のは……」

P「いや、まだ何もしてないから。マジで」

加蓮「ねぇ、鷺沢。何かお土産無いの?」

P「美穂が持って来てる筈だぞ」

智絵里「……え?Pくん……美穂ちゃんと温泉旅行に行ったんですか……?」

李衣菜「私と文香さんも一緒にね」

智絵里「……そっか。良かった……」

まゆ「で、美穂ちゃんはずっと眠っていますねぇ」

加蓮「まぁお土産は後ででいいや。お昼食べない?」

P「あ、俺今日弁当作って来てないから食堂行ってくるわ」

まゆ「お供しますよぉ」

智絵里「わ、わたしも……っ!」

李衣菜「私は美穂ちゃんを起こしてから行こっかな」

加蓮「……多分起きないんじゃない?一緒に教室で食べよ、李衣菜」

李衣菜「うん、そんな気はしてる」



P「あー、食堂使うの久しぶりな気がするわ」

まゆ「まゆも、普段はお弁当ですからねぇ」

智絵里「わ、わたしは時々来ますけど……」

P「……混んでるな」

まゆ「ですねぇ」

学食は、混んでいた。

溢れかえるほどの女子生徒が右往左往している。

四月は気合い入れて弁当作ってた生徒が、大体この時期にめんどくさくなって学食使い出すんだよな。

P「取り敢えず席取って、その後食券買うか」

智絵里「席、空いてるかな……」

三人分空いてるテーブルを探すが、中々見つからない。

まゆ「あっ、向こうにありますよぉ!」

まゆが指差す先には、まるまる空いた四人席のテーブル。

まゆ「まゆが確保しておきますから、先に買って来て下さい」

智絵里「ありがとう、まゆちゃん」

P「助かる、すぐ戻って来るから」

まゆ「……待ってますよぉ、まゆは……二度と戻って来ない貴方の事を……」

P「勝手に殺すな」

智絵里ちゃんと二人で、券売機に向かう。

当然ながら券売機もかなり並んでいた。

中々前に進まず、進むときも殆ど摺り状態での移動になる。

智絵里「……お昼休み終わるまでに、食べられるといいですね……」

P「だな……これ食券買った後にカウンターも行かなきゃいけないし」

そっちもかなりの行列だ。



智絵里「きゃっ!」

更に別のクラスの授業が終わったのか、また人口密度が跳ね上がる。

満員電車の様に周りの生徒に押されて、智絵里ちゃんがこっちに倒れそうになっていた。

P「大丈夫か?」

その肩を横から支えて、何とか倒れるの阻止する。

智絵里「えっ、あっ……あ、ありがとうございます……」

P「危ないな……食堂もう一個作ればいいのに」

智絵里「ふ、普通に広くすればいいんじゃないかな……」

ギュウギュウ詰め状態で、少しずつ前に進む。

智絵里ちゃんとかなり密着してしまっているが、今はそんな事気にしてられる状態じゃない。

ようやく定食を手に入れて席に戻る頃には、お互いクタクタになっていた。

P「ふぅ……疲れた。まゆもあの人間密林にどうぞ」

まゆ「あ、まゆは普通にお弁当があるので大丈夫ですよぉ」

智絵里「な、何で着いてきたんですか……?」

まゆ「それはもちろん……」

智絵里「……も、もちろん?」

まゆ「久しぶりに食堂で食べたいテンションだったからです」

P「何となく分かる」

智絵里「……そうですか」

うん、定食美味しい。特に味噌汁。

案外自分で出汁とってちゃんと作ろうとすると大変なんだよな。

P「あー……そろそろ中間かぁ」

まゆ「修学旅行前の関門ですねぇ」

智絵里「そうですね……参考書買いに行かないと……」

P「あ、なら放課後うち来ない?色々あるから見てったらどうだ?」

智絵里「えっ?……そ、そうします……っ!」

まゆ「密林がオススメですよぉ」

P「おい」

まゆ「くっ……まゆの読モのお仕事が入ってる日に……っ!」

智絵里「……えへへ。二人っきりです」

まゆ「……」

ん?味噌汁冷めた?

なんか食堂全体が冷たくなった気がする。

P「いや、まぁ文香姉さんいると思うけどさ」

智絵里「……」

……さらに冷たくなった。

冷房はまだ早いと思うんだけど。

P「さて、教室戻るか」

まゆ「ですねぇ。そろそろ美穂ちゃんがお腹を空かせて起きるんじゃないですかぁ?」

智絵里「……あ、お味噌汁に茶柱が」

まゆ「立つわけないじゃないですか」



美穂「っ!ダメッ!そ、そこはフォッサマグナだからっ!」

李衣菜「……おはよう、美穂ちゃん」

加蓮「……どんな夢見てたの、美穂……」

美穂「……えぁ、ええと……ね、寝言だから覚えてないです……っ!」

加蓮「お昼休み終わっちゃうよ、早く食べたら?」

美穂「ねぇ、加蓮ちゃん。わたしがどんな夢を見てたか気になりませんか?」

加蓮「いや、全然」

美穂「ですよねっ!す、少しだけ教えてあげますっ!」

加蓮「会話して?」

李衣菜「覚えてなかったんじゃないの?」

美穂「実は……んんん~~っ!言えませんっ!」

加蓮「李衣菜、ワサビ持ってない?」

李衣菜「ワサビ携帯するJKってどうなの?」

美穂「ね、Pくんっ!」

李衣菜「……いや、P居ないけど」

加蓮「まゆ達と食堂行ったよ」

美穂「……………………」

李衣菜「美穂ちゃんステイ、一回座ろう」

加蓮「あっれ、美穂ってこんなキャラだった?」

李衣菜「一昨日に返事貰ってから、ずっとこんな感じかな」

加蓮「……ふーん」

美穂「……ふぅ。ええと、何の話でしたっけ?」

加蓮「鷺沢が食堂」

李衣菜「美穂ちゃん待って、まだ食堂を営業し始めたっていう可能性を信じて」

美穂「……ずっと側に居るって約束したのに……」

李衣菜「日常生活を送る上で、かなり難しいんじゃないかなぁ」

美穂「なんて、えへへっ。ちょっと悪ノリしてみました」

加蓮「……目、笑ってなかったけど」

李衣菜「何処から悪ノリなのかによるよね」




美穂「Pくんが側に居られない時用の……じゃんっ!P君ですっ!」

加蓮「……クマのヌイグルミだよね?それ、鷺沢の魂を閉じ込めてるとかそういうのじゃ無いよね?」

李衣菜「……あ、前にUFOキャッチャーってPに貰ったやつ?」

美穂「はい、P君って呼んでるんです」

加蓮「それが美穂の精神安定剤なんだ」

李衣菜「言い方」

美穂「一晩中『スキ』って囁き続けてるんですっ!」

李衣菜「呪詛かな?」

加蓮「……なんか、後々曰く付きのヌイグルミになりそうだね」

美穂「時々、ちゃんとお返事してくれるんですっ!」

李衣菜「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」

美穂「……あの、冗談ですよ?」

加蓮「…………」

李衣菜「…………」

美穂「ひ、酷いっ!」

加蓮「まぁ、今の美穂見てるとね……」

李衣菜「さ、喋ってないでお弁当食べたら?」

美穂「もう、二人とも……」

ガラガラ

P「ただいまー」

美穂「あっ、お帰りなさいっ!」

智絵里「Pくん、その……放課後、楽しみにしてますから」

まゆ「いいですねぇ、まゆも行きたかったです」

美穂「……………………」

李衣菜「美穂ちゃんヌイグルミ放そ?!なんか首苦しそうだから!」

加蓮「ヌイグルミに『なんで?』って呟き続けるのは普通に怖いって!」



P「ただいまー姉さん」

智絵里「お、お邪魔します……」

文香「お帰りなさいなさい、P君。お久しぶりです、緒方さん」

美穂も来るかなと思っていたが、修学旅行へ向けての買い物の約束を李衣菜としていたらしい。

とびっきりの笑顔に冷たい視線でお別れしたのを覚えている。

P「さて、智絵里ちゃん。どの辺りの教科が必要なんだ?科学系か?」

智絵里「えっと……保健体育だったり……」

P「……そこによく分かる国民皆保険制度って本ならあるけど」

智絵里「な、なんて……う、嘘ですよ?化学と数ⅱです」

P「なら確か向こうの本棚だな」

確かこの辺りに……あったあったチャート系。

智絵里「あっ、ありがとうございます」

P「あとは……化学か」

智絵里ちゃんに確認しようと、そちらを向いて。

智絵里「……あっ」

P「うおっ」

思った以上に智絵里ちゃんの顔が近くにあって驚いた。

智絵里ちゃんもまた、顔を真っ赤にしている。

智絵里「ごめんなさい……その……真面目なPくんって珍しくって……つい……」

P「いや、こっちこそ変に驚いてすまん。あと俺はいつでも真面目だからな?」

智絵里「そうですよね……っ!えっと……Pくんはいつも真面目で優しくて、素敵な男の子だと思いますっ!」

P「そこまで言われると逆に恥ずかしいな……」

智絵里「ほ、ほんとの事ですから……」

P「えーっと、ありがとう」

嬉しいっちゃ嬉しいけど、なんか恥ずかしいな。

褒められるのに慣れてないからだろうか。

智絵里「……あの、Pくん」

えっと、化学化学……

智絵里「……Pくんって……その、好きな人とかって……」

P「あ、あったあった化学のエッセンス。すまん、なんだ?」

探すのに集中していて聞いていなかった。

智絵里「……い、いえ。なんでもないです……」

P「さて、あと何か必要なものはあるか?」

智絵里「大丈夫です……えっと、ありがとうございました」

文香「P君、すみませんが……その、荷物を運ぶのを手伝って頂けないでしょうか」

P「あ、おっけー姉さん」

智絵里「な、なら……わたしは、今日は帰りますね」

P「あいよ。また明日な、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい……っ!また明日ね、Pくん!」




作業を終えて一人で『本』を読む。

……やっぱこの表紙のイラスト、美穂に似てるよな。

……良いな、うん。

美穂がこんな風に……ごほんっ!

P「……セメられたいな」

美穂「……セメられたいんですか?」

P「うん、良くない?」

美穂「わたしに同意を求めないで下さい……」

P「だよなぁ……」

美穂に聞く訳にはいかないよなぁ、うん。

……美穂に…………?

P「……よう、美穂」

美穂「さっきぶりです、Pくん」

P「あぁ、さっきぶり。さ、送ってくよ」

立ち上がろうとする。

肩を押さえつけられて、再び椅子に座らせられた。

美穂「そんな慌てなくてもいいじゃないですか。もうちょっと、わたしとお喋りしませんか?」

わぁ、声が平坦。

物凄く低いトーンで、まったくブレずに。

P「……あ、あぁ。そうだな。中間試験に向けて勉強してるか?」

美穂「まだです。Pくんは……保健体育の勉強に熱心ですね」

P「えっと……理数の科目を重点的に勉強しようと思っていたところです」

美穂「その本で出来るんですか?」

P「この本では出来ません」

美穂「じゃあ、なんでそんな本を読んでいたんですか?」

P「それは……えっと……き、気分転換に……」

美穂「気分転換に、Pくんは、恋人そっくりのイラストで、保健体育を学習するんですね」

P「……あの、ごめんなさい」

と言うか、いつの間に来たんだ。




美穂「……あ、わたしに構わず他の本も読んでお勉強して下さい」

P「い、いえ。これ一冊しか所持していません。俺は美穂一筋だからな」

美穂「えっ、あっ、そ、そうですか……えへへ……いえ、この本の登場人物はわたしではありませんけど……」

P「いや、でもこの展開は憧れ……ないです、はい、ないです。ちょっと普通の会話しようぜ」

美穂「……憧れ、なんですか?」

P「いや、あの、ほんと勘弁して」

美穂「……したいですか?」

P「めっちゃした……いや、別に俺はそういうの目的で付き合ってる訳じゃないんで」

美穂「え…………し、したくないんですか……?」

なんでそこでそんなに凹むんだ。

美穂「……わたし、魅力ないのかな……」

P「……したいけどさ。めっちゃ魅力的だし、二人っきりになったら我慢出来なくなっちゃうかもしれないけどさ」

ついつい言ってしまった。

いや、もうこれ以上口が滑るとマズイしやめよう。

美穂「……今、二人っきりですね」

……って、考えていたのに。

美穂のその言葉に、俺はかなりグッときた。

P「……だな」

美穂「……我慢、出来なくなっちゃうんじゃないんですか?」

P「……きょ、今日は我慢出来そうかな!」

美穂「が、我慢は身体に毒ですっ!」

P「マジか!我慢やめるわ!」

美穂「……さ、さぁ……!どうぞっ!」

ガバッと両腕を開く美穂。

そんな美穂を抱き寄せて、俺は少し無理やり唇を奪った。

美穂「んっ!……んちゅっ……んぅ、ちゅぅ……くちゅ……んっ」

唇を絡ませ合い、お互いにキスを堪能する。

美穂「……っ、んぅっ……んちゅ、っちゅぅ……っ!」

お互いの身体はかなり密着している。

そんな状態で美穂は、身体を捩らせて擦り付けてきた。

美穂「んっ!んんっ……っちゅ、くちゅ……んむっ……っっ!!」

貪る様に激しいキスをする美穂。

俺の手は、自然と美穂の胸に伸びて…………




コンコンッ

P「うぉっ?!」

美穂「え、あっ……!」

ノック音に驚いて飛び上がり、美穂と少し離れる。

ガチャ

李衣菜「おーい美穂ちゃん、走って置いてかないで……………あ」

P「よ、よう李衣菜」

美穂「…………李衣菜ちゃん」

李衣菜「……もしかして、邪魔しちゃった?」

P「いや、むしろ助かったわ」

李衣菜が来てくれて良かった。

若干どころじゃなく、流れに流されてた。

李衣菜「……で、P。その本は……えっとー……」

P「……あ」

机の上には、美穂そっくりのイラストが表紙に描かれた『本』。

P「……理数科目の参考書だ」

李衣菜「チャートとエッセンスに謝ろ?」

美穂「わ、わたしがエッセンスって事にっ!」

李衣菜「ならないで!」




P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」

ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」

P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」

ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」

修学旅行一日目。

当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。

この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。

ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」

隣の席は千川先生だった。

男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。

おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。

数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。

ちひろ「沖縄まで二時間程しかかかりませんから」

P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」

ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」

とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。

沖縄なんて行ったことがない。

本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。

カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。

P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」

ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」

P「へー」

ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」

P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」

ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」

千川先生との会話もなかなか面白い。

あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。

P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」

ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」




特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。

飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。

加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」

P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」

美穂「Pくん……何か元気が出そうな言葉を掛けて下さい……」

P「……しんどそうな顔も可愛いぞ」

美穂「えへへっ……あっ!なら喜んじゃダメじゃないですか!」

P「喜んでる顔も可愛いぞ」

美穂「ねえ李衣菜ちゃん、聞きましたか?!Pくんがっ!わたしにっ!可愛い、って!!」

……美穂、元気だなぁ。

李衣菜「はいはい、バスに移動するよー」

まゆ「お待たせしましたぁ」

智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。

まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。

智絵里「ごめんなさい……荷物探すのに、時間がかかっちゃって……」

加蓮「バスの席自由らしいよ」

まゆ「Pさん!早く二人で一番前を陣取りますよぉ!」

智絵里「わ、わたしは補助席で良いから……っ!」

美穂「Pくん」

P「よし、一番奥の五人がけにするか!」



P「うぉー……」

大きく息を吐いて、俺はベッドに倒れ込んだ。

修学旅行一日目は、ひたすら暑いだけだった。

日本の歴史の事を聞くのは嫌いじゃないが、建物内エアコン付いてなかったし。

あのお婆さんずっと戦死した夫の惚気話しかしなかったし、その夫生きてたらしいし、最後ご本人登場したし。

調子乗って夕飯に唐揚げを食べ過ぎて胃も重く、もう動くのがだるい。

P「……シャワー浴びて寝るか」

ピロンッ

誰かからラインが来た。

P「……ん、美穂か」

『まだ起きてますか?』

『起きてるぞ。そろそろシャワー浴びて寝ようと思ってたけど』

『よかったら、少しロビーのソファーでお喋りしませんか?』

『おっけ、シャワー浴びたら行くわ』

そうと決まれば男子は早い。

パパッとシャワーを浴びてハーフパンツとシャツだけ来て部屋を出た。

途中先生から『消灯時間には部屋に戻れよー』と釘を刺され、エレベーターで一階へ降りる。

流石に早過ぎたのか、まだ美穂は来ていなかった。

ちひろ「あれ?鷺沢君、どうしたんですか?」

ロビーのソファーでは、千川先生が予定表を片手にコーヒーを傾けていた。

P「まだ寝るには早いし、誰かと喋ろうかなーと」

ちひろ「……あっ、お部屋一人ですからね……さっきまで多田さん達が居たんですが、帰っちゃったみたいです」

P「この後美穂が来るそうなので。それまで何して待ってるかな……」

ちひろ「……あまり生徒には言いたく無かったんですが、あっちに無料でコーヒーが置いてありますので。良かったら利用して下さい」

ありがたい、のんびり飲んで待ってよう。

全員に教えると、絶対ふざけて飲みまくる奴とかでてくるしな。

コーヒー片手に一息吐いて、明日の予定を思い出す。

確か美ら海水族館とマングローブカヤックだったな、ちゃんと着替えも持ってこう。




美穂「あ、Pくんっ!」

まゆ「こんばんは、Pさん」

P「ん、まゆも来たのか」

まゆ「お部屋で一人お留守番は寂し過ぎますから」

美穂「ごめんね、Pくん。二人っきりになれなくて」

まゆ「Pさぁん、美穂ちゃんが酷いです……」

ちひろ「ごほんっ!」

背後の席の千川先生がわざとらしい咳をした。

……千川先生にバレるのも、絶対時間の問題だよな……

まゆ「明日はカヌーですね。雨、振らないといいんですけど……」

P「どうなんだろ、沖縄って急に雨降るイメージがあるからなぁ」

美穂「突然の雨……シャツが透けちゃって……Pくんに、し、下着を……っ!」

P「……おーい、帰ってこーい」

美穂「わ、わたしはいつ見られても大丈夫な様にっ!」

ちひろ「ごっほんっ!!」

……あぁ、うん。バレたな。

まゆ「……美穂ちゃん、ここまでその……こんな人物でしたっけ?」

美穂「Pくんの恋人ですからっ!」

P「俺の恋人になると変態になるみたいな言い方は良くない」

美穂「……嫌、ですか……?」

P「悪くないと思います」

むしろ積極的なのは非常によろしいとは思う、けど。

場所がね?他の人いるからね?

まゆ「……コーヒー、まゆも飲みたいです。Pさぁん、少し分けて頂けませんかぁ?」

P「ん、一口どうぞ」

ちひろ「あ、はい教員がいる場でそういうのは控えて下さい。佐久間さん、向こうにコーヒーがありますからそっちをご利用下さい」

まゆ「…………黄緑」

ちひろ「捨て台詞が色って斬新ですね……鷺沢君も、節度を持ってのお付き合いをして下さい」

美穂「そ、そうですっ!他の女の子と間接キスなんて……」

P「すまん、あんまりにも当たり前の様に言われたからつい……」

美穂「……つい、で言っちゃうようなPくんの口は……わ、わたしの唇で塞いじゃいますよ……?」

P「……永遠に蓋されたいな」

ちひろ「鷺沢君」

P「はい、何でもありません」

なんで俺ばっかり……まぁうん、今の美穂に何言っても聞きそうにないけど。



まゆ「ただいま戻りました……美穂ちゃん、なんでPさんの隣に腰掛けてるんですかぁ?」

美穂「正妻ポジションです」

まゆ「それは見れば分かりますよぉ」

美穂「わたしはPくんの将来の……お、お嫁さんですから……っ!」

P「……沖縄って、暑いな」

めちゃくちゃ嬉しいし可愛いけど。

こう……凄く恥ずかしい。

美穂「ね?Pくんっ!一緒のお墓に入るんですよねっ?!」

まゆ「……まゆなんかよりよっぽとヤンデレじみてませんか?」

P「……その話題はやめろ、やめて」

美穂「わ、わたしは……Pくんの為なら、肉食系ヤンデレにだって……」

P「お願いだからやめてくれ……」

美穂「Pくんの粗ビッキビキソーセージだって」

まゆ「アウトです、アウトですよ美穂ちゃん!」

美穂「……ごほんっ、取り乱しました……えっと、明日のカヌーのお話でしたよね?」

そこまで戻るのか。

P「俺は加蓮とペアなんだよな」

美穂「…………なんで、わたしじゃないんだろ……」

ちひろ「……ええと、クジで決めたからです……」

美穂「……千川先生。くじ引きのやり直し、今からでも間に合うと思いませんか?」

まゆ「……っ、冷房強くし過ぎじゃないですか?」

P「美穂ー、おーい美穂ー。先生に迷惑を掛けちゃダメだぞ」

まゆ「そんな悪い子、Pさんにキスして貰えなくなっちゃいますよ?」

美穂「……なんて、冗談ですっ!えへへ……ごめんなさい、千川先生」

ちひろ「……す、少し身の危険を感じたので私は部屋に戻ります。三人も、消灯時間までには戻って下さいね?」

そそくさと千川先生が部屋へ向かって行った。

美穂「…………なんで、加蓮ちゃんなのかな……」

まゆ「……やっぱり、絶対まゆよりヤンデレですよねぇ……」

P「ま、まぁこの程度なら普通だろ」

美穂「……Pくん、わたし!今日から北条加蓮って改名します!」

まゆ「カヌーのペアになる為に改名までする人は初めて見ましたねぇ」

P「……俺は美穂って名前がいいな」

美穂「なら、鷺沢美穂になりますっ!」

P「まだ小日向美穂がいいかなぁ!」

美穂「ならっ!小日向美穂って名乗ります!!」

まゆ「……やっぱり、お部屋で一人で待っていた方が良かったかもしれません」




修学旅行二日目は、微妙な天気だった。

空にはそこそこ雲がかかり、天気予報によると降水確率は40%。

眠い目を擦りながらバイキング形式の朝食をとる。

加蓮「……っ!出来たよ、ポテトタワー!」

李衣菜「ただのピラミットじゃん」

智絵里「ちゃ、ちゃんと食べ切れるんですか……?」

加蓮「私を誰だと思ってるの?」

智絵里「ジャガイモ……?」

李衣菜「いや、ジャガイモじゃないと思うけど……」

加蓮「せめて生物が良かったかな」

あいつら三人もかなり仲良いなぁ。

朝から元気な事で。

美穂「起きてません……うぅ……くじ引き……」

まゆ「美穂ちゃん、起きて下さい……」

P「昨晩もずっとラインしてたからな……」

まゆ「部屋に戻ってからも、ずっとスマホの画面を見てましたからねぇ……」

美穂「……えへへ……ちゅ、ちゅーっ……」

P「…………」

まゆ「…………起こしますよ」

まゆが美穂の肩をがくがくと揺らして無理やり起こした。

美穂「きゃっ!そんな、いきなりっ…………あ、あれ?」

P「……おはよう、美穂」

美穂「……あ、あわわわわわ……」

一体どんな夢を見ていたのか非常に気になるが、人前で言えるような事ではないだろうな。

今は赤面した美穂を眺めて楽しもう。

美穂「Pくんっ!今日は二人っきりでの水族館デート、楽しみですねっ!」

まゆ「あの」



P「……マナティー……」

俺はマナティーの水槽の前でポツリと呟いた。

三十分以上水槽前最前列の椅子に座っているが、一度たりともこっちを向きやしない。

美穂とまゆは何かのショーを見に行っている。

俺も行こうと思ったが、一度椅子に座ると立ち上がれなかった。

持って来たカメラをマナティーに向けてみる。

それでもマナティーはこっちを向いてくれなかった。

智絵里「……えっと、一人ですか……Pくん?」

P「あれ、智絵里ちゃん。李衣菜と加蓮は?」

智絵里「その、はぐれちゃって……隣良いですか……?」

P「良いよ。美穂とまゆは何かのショー見に行っちゃった」

智絵里「そうですか……マナティー、可愛いですね」

P「全然こっち向いてくれないんだよな……」

智絵里「あっ、シャッターチャンスですPくん……!」

そう智絵里ちゃんが指差す先では、さっきまで壁を凝視していたマナティーがこっちを向いていた。

野郎の視線は嬉しく無いってか、なんて現金な奴だ。

なんて思いながら、四十分越しにようやくマナティーの顔をカメラに収められた。

P「ありがとう智絵里ちゃん。このまま尻尾の写真しか撮れなかったからまゆや美穂に文句言われるところだったよ」

智絵里「えっと……わたしも撮ろっかな……」

P「あ、なら折角だし俺が撮ろうか?智絵里ちゃんとマナティーのツーショット」

智絵里「え……あ、お願いしていいですか?」

P「おう、任せろ」

智絵里ちゃんのカメラを受け取り、少し後ろに下がる。

マナティーは水槽のかなり手前まで寄ってきていた。

俺の時の反応全然違い過ぎないだろうか。

P「よし、撮るぞー」

智絵里「はい……っ!」

カシャリ

シャッターを切る。うん、可愛い。

なかなか良いのが撮れたんじゃないだろうか。

智絵里「ありがとうございます」





美穂「ただいま戻りましたー。Pくん、寂しかったですか?」

P「いや、別に」

美穂「寂しかったですよねっ?!」

P「あ、あぁ!孤独死するところだった!」

まゆ「あれ?智絵里ちゃん?」

P「班員とはぐれたんだってさ」

まゆ「なら、まゆ達と一緒にまわりませんか?」

智絵里「え、良いんですか……?」

P「もちろん。人数多い方が楽しいしな」

美穂「Pくんが言うと重みが違いますねっ!」

P「……とにかく行くぞ!サメだサメ!!」

四人でワイワイと、カメラを片手に水族館中を巡る。

美穂と智絵里ちゃんのツーショットも大量に撮った。

まゆの写真はそのまま何かの雑誌に載せられそうなレベルの可愛さだ。

P「ふぅ……百枚くらい撮ったんじゃないか?」

美穂「楽しかったですね!」

智絵里「お魚さんも……とっても楽しそうで、可愛かったです」

まゆ「まゆ達も泳げれば良かったんですけどね」

P「まだ六月だしな」

美穂「夏休み入ったら、みんなでプールに行きませんか?」

まゆ「良いですね。次こそまゆが生足魅惑のマーメイドになってみせますよぉ」

美穂「生足魅惑のマーメイドだったら上半身が魚だよ?まゆちゃん」

まゆ「えっと美穂ちゃん、そうじゃなくって……」

智絵里「……楽しみです、とっても」

P「さて、そろそろバス戻るか」

美穂「文香さんにお土産は良いんですか?」

P「三日目に食べ物買ってく方が喜ばれるかなって」




まゆ「さぁ、トップを狙いますよぉ!」

李衣菜「うっひょぉぉ!いっけぇぇぇえ!!」

マングローブカヤック開始と同時に、まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。

あいつら遊覧の意味分かってるのか?

智絵里「ふぅ……えへへ……」

美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」

智絵里「すっごく、落ち着きますね……」

あぁ、あのペアを見てると癒されるな。

どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。

そして……

加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」

P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」

俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。

加蓮「なんとかしてよ」

P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」

加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」

P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」

加蓮「どうせなら、美穂とペアだった方が嬉しかったじゃない?」

P「加蓮とだって楽しいぞ?俺、こんな風に会話できる友達少ないし」

加蓮「っ……そ。ならま、良かったんじゃない?話した事ない女子と組むよりは」

P「にしても……心が穏やかになるな」

ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。

加蓮と下らない会話をしながら。

そんな時間も、悪くない。



加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」

P「分かる」

加蓮「ほんとに分かってる?」

P「ごめん、分かってないかも」

加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」

P「いや、俺鷺沢だけど……」

ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。

なんだか、楽しそうだ。

P「……ん?」

少し先の方が、やけに白くなっている。

ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。

まるでそこから先は雨が降っているかの様に……

P「ってうわ!スコールじゃん!」

ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。

こう言う時はどうすればいいんだろう。

P「取り敢えず陸地に上がるか!」

加蓮「鷺沢っ!」

P「なんだっ?!」

加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」

P「絶対今必要な知識じゃない!!」

急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。

面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。

まぁ多分十五分もすればやむだろう。

その間は木の陰で雨宿りをすればいい。

……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。

P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」

加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」

P「凄い雨だな……」

お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。

……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。

加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」

P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」

……デカいな。はい、何でもありません。

兎も角、急いで目を瞑る。



加蓮「……本当に見てない?」

P「見てない、神に誓って」

加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」

P「いや、青だったけど」

加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」

P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」

脇腹に軽い突きを連続で受ける。

目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。

加蓮「はぁ……これで鷺沢と恋人同士だったら、ちょっと良い感じのハプニングだったのに」

P「とんでもない前提条件だな」

加蓮「……だよね、あり得ないもんね。私がアンタと付き合うなんて」

酷い言われようだな、俺。

加蓮「……もしかしたら、そんな未来もあったのかな」

P「さぁ、未来の事なんて分かるわけ無いだろ」

加蓮「……ふふっ、鷺沢らしいね」

P「褒められてると信じたいな」

加蓮「褒めてないよ、だって……」

でも、なんとなくだけど。

加蓮の声は、いつもと違って少し寂しそうで。

加蓮「……鷺沢は、今の事だって分かって無いんだもん」

ペチンッ、とデコピンを受けて。

それと同時、頬に柔らかい何かが触る。

けれどすぐに、激しい雨にその感触は流されて。

加蓮「……ま、分からず屋の鷺沢にはバカみたいに真っ直ぐな美穂がお似合いだよね」

触れたものが何だったのかを、俺は知る事が出来なかった。

P「おいおい……俺は兎も角、美穂をバカ呼ばわりとはバチが当たるぞ」

加蓮「神様とか信じて無いんでしょ?」

何も言い返せない。

加蓮「はぁ……李衣菜に感謝してね」

P「なんでだ?いや、李衣菜には俺はずっと感謝しっぱなしだけど」

加蓮「今の私には李衣菜や、他にも友達がいるけど。もしいなかったら……鷺沢だけだったら、こうはいかなかったかもよ?」

それは、一体どういう事なんだろう。

加蓮「さ、雨止んだし行こ?」

P「ん、本当だ」

加蓮「あ、目は開けないでね」

P「川に落ちろと?」

加蓮「もう恋に溺れてるでしょ?」

P「あぁ、もはやダイビングだ」

加蓮「よかったら、良い酸素マスク紹介するけど?」

P「悪いな、一緒に酸欠になるって約束があるんだ」
 




美穂「……あれ?前の方、真っ白になってる」

智絵里「ほんとだ……」

美穂「スコールかな?」

智絵里「局所的大雨、又は集中豪雨ですね……」

前の方の人達、大丈夫かな?

Pくん、濡れてないといいけど……

……あれ?Pくん、加蓮ちゃんとペアなんだよね?

大雨……透けやすい体育着……

美穂「……だ、ダメッ!」

智絵里「っ?!み、美穂ちゃん……?」

美穂「あ、ごめんね?驚かせちゃって」

智絵里「だ、大丈夫です……この辺で、止むまで少し待ったほうが良いかもです……」

美穂「だね、少し休憩しよっか」

漕ぐのを止めて、ユラユラ揺られるだけになって。

智絵里ちゃんと二人で、のんびりお喋り。

美穂「そっちの班はどう?」

智絵里「……とっても、楽しいです。李衣菜ちゃんは優しくて、加蓮ちゃんは……面白い人だから……」

美穂「お、面白い人って……」

智絵里「み、美穂ちゃんはどう?そっちは楽しいですか……?」

美穂「もちろんっ!Pくんとまゆちゃんだもん!」

智絵里「……いいな……Pくんと同じ班で。わたしも、Pくんと同じ班が良かったです」

ドキッ、て。鼓動が跳ね上がりました。

今の智絵里ちゃんの言い方は、まるで……

智絵里「……あの、美穂ちゃん……」

美穂「……えっ?な、何かな……?」

智絵里「……わたしは……えっと……」

やめて、言わないで!

それ以上、わたしはその言葉の続きを聞きたくなくて……っ!

美穂「ね、ねぇ智絵里ちゃん!」

無理やり、話を逸らそうとします。

天気の話だって、明日の自由行動の話だって、晩御飯の話だって、何でもいいから。

兎に角、それより先を言わないで欲しかったのに。



智絵里「……わたし、Pくんの事が好きです」

心臓が、止まるかと思いました。

智絵里「……あの、美穂ちゃん……?」

美穂「……そ、そうなんだ!智絵里ちゃん、Pくんの事が好きなんだね!」

明るく振る舞って、早く次の話題に移ろうとしても。

智絵里「入学式の日からずっと……Pくんの事が好きなんです」

智絵里ちゃんは、その話題を続けます。

美穂「……ずっと、好きだったんだ……」

智絵里「告白は……まだ、出来てないけど……いつか、ちゃんと伝えたい……です……」

知りたくなかったです、そんな事。

だって……だって、わたしは……

美穂「……告白、するんだ……」

智絵里「はい……ねえ、美穂ちゃん」

美穂「な、何ですかっ?!」

智絵里「…………誤魔化さないで、教えて下さい」

すー、って。大きく息を吸って。

智絵里ちゃんは、わたしの目を見て言いました。

智絵里「……美穂ちゃんは……Pくんと、付き合ってるんですか?」




P「ゔぁー……」

めちゃくちゃ疲れた。

ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。

またもやバイキングだった。

沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。

美穂は、来ていなかった。

P「まゆ、何か聞いてるか?」

まゆ「……食欲が無いそうです。疲れちゃってるのかもしれませんね」

P「そうか……ま、明日には元気になってるだろ」

まゆ「元気にするのは、Pさんのお仕事ですよ」

それもそうか。後でラインでも飛ばしておこう。

加蓮「……李衣菜ぁ……智絵里ぃ……」

李衣菜「か、加蓮ちゃん……?なんでそんなにしょげてるの?」

加蓮「ポテトタワーが建築法違反だったぁ……」

智絵里「先生に、食べ物で遊ぶなって怒られたみたいです……」

加蓮「良いじゃん!ちゃんと全部食べるんだし!!」

智絵里「加蓮ちゃん、食べ物で遊ばないで下さい。乾燥パセリにしちゃいますよ……?」

加蓮「……はい、ごめんなさい」

まゆ「ふふっ、無様ですねぇ」

加蓮「は?」

智絵里「二人とも……お食事中ですから……」

まゆ「……失礼しました」

加蓮「うわーん李衣菜ぁ!智絵里が強い……!」

李衣菜「間違った事言ってないからじゃないかな」

P「楽しそうだなぁ」

わいわいやいのやいの、騒がしくも楽しい食卓だ。

加蓮「もういいや、李衣菜で遊ぶ」

まゆ「ならまゆは加蓮ちゃんで遊びますよぉ」

李衣菜「なら、私がまゆで遊べばジャンケンだね」

加蓮「酷い李衣菜!私とは遊びだったんだ?!」

まゆ「騒がしいですねぇ負けヒロインさん」

加蓮「は?メインヒロインだし」

まゆ「らしくないですよぉ」

智絵里「……あの、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……この後、少しお話出来ませんか……?」

P「おっけ、食事終わったらロビーで」




一回部屋へ戻って、美穂にラインを飛ばした後ロビーに向かう。

既に智絵里ちゃんは、ソファーに座って待っていた。

P「すまん、お待たせ」

智絵里「だ、大丈夫です。今来たところですから」

そう言う智絵里ちゃんの手には、お茶が半分程減ったコップ。

智絵里「……えへへ……今の、憧れだったんです」

照れたようにはにかむ智絵里ちゃん。

可愛いな、うん。パジャマも破壊力高いし。

P「それで、話って?」

智絵里「……少し、外を歩きながらお話しませんか……?」

P「外出て良いんだっけ?」

智絵里「はい……さっき、千川先生にちゃんと許可を取りました」

P「なら良いか」

ドアを抜けて、ホテルの外へ出る。

夜の沖縄は、少し蒸し暑かった。

時折吹く風は、海の匂いがして心地よい。

まぁ、帰ったらもう一回シャワー浴びる事になりそうだな。

智絵里「……少し暑いですね」

P「六月でこれなら、八月とかどうなるんだろうな」

智絵里「肉まんになっちゃいそうですね……」

蒸し器的なニュアンスは伝わってくるけど、人間を肉まんに例えるのは中々凄いな。

智絵里「あ、あんまんの方が好きでしたか……?」

P「どっちも好きだけど、強いて言うならピザまんだな」

智絵里「ピザ……Pくん、本当に日本人ですか?」

P「肉まんの時点で中華料理だろ!」

智絵里「……えへへっ」

P「なんだ?この会話」

どちらからともなく、笑いが漏れる。

こうして一対一で会話する機会は少なかったけど、智絵里ちゃんかなり面白いな。

智絵里「……やっぱり、Pくんとお話してるいと……とっても楽しいです」

P「さては俺、遊ばれてるな?」

智絵里「酷いです……わたしとの関係は、遊びだったんですね……」

あぁ、加蓮と李衣菜と同じ部屋だもんな。教育に悪い。

智絵里「……もっと、Pくんと二人でお喋りしたいです」

P「割と暇だから、いつでもうちの店来てくれれば」

智絵里「……ねえ、Pくん」

夜風にツインテールを揺らして、微笑む智絵里ちゃん。

そんな彼女の声は、風に掻き消される事なく俺に届いた。




智絵里「……もし、あの告白の練習が……その……練習じゃなかったとしたら……なんてお返事をくれましたか……?」

P「……え?えっと……四月の時の、屋上の……?」

智絵里「はい。もし、あの時の告白が……わたしの、本当の気持ちだったら……Pくんは、わたしと付き合ってくれましたか……?」

それは……果たして、どうだっただろう。

まだよく知らない、おとなしいクラスメイトという認識だった、まだ緒方さん呼びだった智絵里ちゃんに告白されたとして。

俺は、首を縦に振っていただろうか。

智絵里「……なんて……もしものお話です」

P「……どうだっただろうな」

智絵里「きっと……Pくんは、首を横に振ってました……そうですよね……?」

P「…………」

俺は、何も言えない。

智絵里「だったら……今で良かったです」

P「今で……?」

智絵里「……例え今、Pくんに恋人がいたとしても……そんな理由での断られ方なら、わたしは諦めませんから」

P「……なぁ、智絵里ちゃん」

智絵里ちゃんは、俺と美穂の事を知ってるんだろうか。

そして、その上で、本当に俺の事が……

智絵里「……そろそろ、戻りませんか?」

P「……えっ?」

智絵里「実はPくんに、一つだけウソをついちゃってたんです……」

P「……ウソ?」

それは、智絵里ちゃんの想いの事だろうか。

それとも、あの告白の練習という前提が、だろうか。

智絵里「……先生に許可、取って無いんです……」

P「早く戻るぞっ!!」

えへへ、と笑う智絵里ちゃん。

うん、笑えない、絶対俺だけめっちゃ怒られるやつ。

智絵里「……いつか、きちんと……わたしの大切な気持ち、あなたに届けますから」

そんな智絵里ちゃんの言葉は。

あの日屋上に呼び出された時と違って、全てきちんと聞き取れてしまった。

P「……ごめん、智絵里ちゃん」

それでも、俺の気持ちは変わらない。

俺には、美穂が……

智絵里「……うん、良かった……」

なにが、だろうか。

智絵里「……やっぱり、諦めずに済みそうです」





部屋に戻って、またシャワーを浴びて一息吐く。

汗を流してサッパリした筈なのに、心は全く晴れそうに無い。

P「はぁ……」

ため息が一人部屋にこだまして消えてゆく。

寂しいな、一人部屋。

ピロンッ

スマホに通知が入った。

それと同時、ドアがノックされる。

先生の見回りだったらスマホ隠さないとな……

そう思って一応通知を確認すると、送り主は美穂だった。

『ドア、開けて下さい』

P「ん、じゃあ外に居るの美穂か……?」

ドアを開けると、パジャマ姿の美穂が俯いて立っていた。

P「おい美穂、先生に見つかったら怒られ……んっ?!」

突然部屋に押し戻され、唇を奪われた。

なにがあったのか聞こうにも、唇を離してくれない。

何とかドアを閉めたはいいが、未だに美穂に強く抱き着かれてドアの前から離れられなかった。

P「っふぅ……どうしたんだ、美穂」

美穂「……Pくん……わたし、どうしたらいいのかな……」

P「……とりあえず、座ったらどうだ?こんなドア前で話す事でもないだろ」

美穂をなだめながら、ベッドに横並びに腰掛ける。

P「……で、何があったんだ?」

美穂「……智絵里ちゃんと、色々あったんです……」

P「……智絵里ちゃんか。それって……」

美穂「……うそ……もう、告白されちゃったの……?」

そんな美穂の表情は。

今までに見た事ないくらい、悲しそうだった。




P「……いや、きちんとはされてない。いや、でも俺はちゃんと断るから……」

美穂「だ、ダメッ!」

美穂の声が響いた。

外に先生がいない事を祈ろう。

P「……ダメ、って……どういう事だ?」

美穂「……わたし……智絵里ちゃんに『お互い上手くいくといいね』って、応援しちゃって……なのに、わたしがPくんと付き合ってるなんて……」

P「……美穂は、智絵里ちゃんが誰が好きなのか、知ってたのか?」

美穂「さっき、初めて知りました……でも、そんな事関係無くって……っ!」

P「……きちんと、言えばいいじゃないか」

美穂「言える訳無いもんっ!もしかしたら、智絵里ちゃんは気付いてるかもしれないけど……わたし、友達を裏切るなんて……」

P「……でも、俺は美穂と別れたくないぞ」

美穂「わたしだって!Pくんと離れるなんて嫌だもんっ!もうあんな不安な思いなんてしたくないのに……なのに!智絵里ちゃんに『Pくんはわたしと付き合ってるから』って言えなくて……っ!」

P「……なぁ、美穂……いや、いいか」

それはきっと、今言うべき言葉では無い。

これ以上、美穂の不安を煽りたくないから。

それに、何があろうが。

俺が美穂の事を好きだという事実は変わらない。

美穂「Pくんなら、絶対に断ってくれるって信じてるんです。絶対にわたしを裏切らないでくれるって信じてるから……でも、それだと……わたし、智絵里ちゃんに……」

P「……美穂」

美穂「っ、ごめんなさい……わたし、自分勝手な事ばっかり言っちゃって……」




怒られたと勘違いした美穂が、ビクッと震えた。

そんな泣きそうな美穂を、俺は優しく抱き締める。

P「何があろうが、俺は絶対に美穂を選ぶ。大好きだし、離れたくないからな」

美穂「……っう……ありがとう、ございます……」

P「だから、さ……もし美穂も、離れたくないなら……こうやって抱き締め合う温もりを失いたくないなら……頼むから、俺を選んでくれ」

美穂「わたしだって……でも、それだと……」

P「……俺も、協力するから。一緒に、みんなで笑ってこれからも過ごせるように頑張るから。美穂も、もう少し自分に優しくなってくれよ……」

美穂「……自分に……優しく……?」

P「美穂が俺の事を好きなら……その気持ちに正直になってくれ。他の誰かなんて気にせず、その想いのままにさ」

美穂「……いいのかな……」

P「恋愛ってそういうもんじゃないか?それに『お互い上手くいくといいね』なら、美穂も上手くいかせなきゃ」

美穂「そっか……そうですよね。わたしも、自分の恋を……」

P「……なんとなく、決まったか?」

美穂「……はい。わたし……少しだけ、ワガママになろうと思います」

P「あとついでに俺の気持ちも考えてくれよ?恋人と友達なら、出来れば恋人を優先に考えて欲しかったぞ」

美穂「……ごめんなさい、Pくん……」

P「ま、そこが美穂の優しいところだからな。さて……」



首をかしげる美穂。

そんな美穂の唇に、俺は自分の唇を重ねた。

美穂「んっ?!……んっ、ちゅ……んちぅ……んぅっ……」

P「……ふぅ……美穂。夜の男子の部屋に一人で来るなんて……随分と不用心だな」

美穂「えっ、あ…………も、もしかして……」

P「何されても文句言えないぞ?」

美穂「…………わ、わたし……これから……」

P「あぁ。ちゃんと部屋まで送るから」

美穂「Pくんに襲われちゃ…………え?」

P「……え?襲って欲しいの?」

顔を真っ赤に、首をブンブンふる美穂。

美穂「そ、そんな事っ!……Pくんに少し無理やり気味に襲われて初めてを奪われたいなんて、考えて……」

P「考えて……?」

美穂「……考えて、ました……」

……反則的過ぎるだろう。

そんな可愛過ぎる美穂に、俺はもう我慢出来そうになかった。

美穂「……ええと……Pくん……」

P「んっ?!な、なんだ?」

美穂「…………や、優しくして下さい……ね?」



P「……あー」

朝起きてシャワーを浴びる。

スマホを開く、閉じる。カーテンを開ける、閉じる。冷蔵庫を開ける、閉じる。

修学旅行三日目の朝は身体が重く、そんな心ここに在らずな感じで迎えた。

P「あー……」

こいつ起きてからあーしか言ってないな。

そろそろ人間としての心と頭を取り戻すべきだろう。

P「……あぁ……」

結局あしか言えなかった。言語能力が著しく低下している。

昨晩の出来事を思い出してしまったからだ。

初めてを迎えた時のあの光景は、今でも鮮明に脳に焼き付いている。

P「まともに顔合わせられる気がしねぇ……」

あの後美穂を部屋に送ってから軽くシャワーを浴びて、気付けば眠ってしまってた様だ。

……さて、と。

P「……一応バスタオル敷いておいて良かった」

真っ赤になったバスタオルをビニール袋に入れて、後でゴミ箱に捨てる事にする。

ホテル側には申し訳ないが、これは返却される方が困るだろ。

ベッドのシーツが赤いのは、まぁ鼻血垂らしたという事にしよう。

朝食までまだ軽く時間はある。

美穂と顔を合わせた時に言う言葉くらいは決めておかないと。

緊張して喋れなくなるかもしれないから。

本日はお日柄も良く……違うな、うん。

……まぁ、自然体で、こう、ノリで。

何とかなってくれ。




まゆ「おはようございます、Pさん」

P「おはよう、まゆ」

食堂へ行くと、まだ李衣菜達の班は来ていなかった。

まゆと美穂がのんびりお茶を飲んでいる。

美穂「……おっ、おはようございます……Pくん……」

P「……よ、よう……美穂……」

……なんだこれ、付き合いたてのカップルかよ。

思った以上に言葉が続かない。

まゆ「聞いてくださいPさぁん。昨日の夜、美穂ちゃんが一人で何処かに出掛けて行っちゃったんです」

P「へ、へぇ……そりゃ心配だったろ」

まゆ「一体、何処へ行っていたんでしょうねぇ?」

美穂「えぁ、えっと……まゆちゃん!今日はとってもかわいいね!」

まゆ「いつもと同じ制服ですよぉ」

P「うわぁ!めっちゃ制服!凄く制服だな!」

まゆ「馬鹿にしてませんかぁ?」

美穂「……えっと……Pくん……」

P「あぇ……あー……おはよう、美穂」

美穂「……おはよう、ございます……」

目を合わせるのが恥ずかしい。

喋ってるだけで、昨晩の事を思い出して顔が熱くなる。

P「……おはよう、美穂」

美穂「……えへへ……おはようございます」

P「……おはよう、美穂!」

美穂「は、はいっ!おはようございますっ!!」

まゆ「そろそろNPC同士の会話みたいなのはやめにして貰えませんかぁ?」

P「何言ってるんだまゆ。挨拶は大切だぞ」

美穂「おはよう、まゆちゃん」

まゆ「ブチギレますよぉ?」

P「さて、今日の朝食もバイキングなんだな。適当に取ってくるか」

美穂「……一緒の朝ご飯……なんだか、新婚さんみたいですね」

P「……やめろよ……反則的な可愛さだぞそれ」

美穂「……え、えへへ……」

P「めっちゃ可愛い。だめだ、トキメキで胸と大地が震え出す」

美穂「わ、わたしたち……震源地になっちゃいますね」

P「顔、マグマみたいに真っ赤だぞ」

美穂「……ふぉ、フォッサマグナですから……」

P「どっちかって言うとカルデラだろ」

美穂「そ、そうですよね……アツアツな溶岩も注ぎ込まれちゃいましたし……」

まゆ「あの、そろそろまゆの怒りが噴火しますよ?」



なんて会話をしていたら、李衣菜達の班も起きて来た。

三人とも眠そうだ。

李衣菜「おはよー……眠い……」

智絵里「おはようございます……夜更かしし過ぎました……」

加蓮「おはよー鷺沢、美穂」

まゆ「佐久間さんを忘れてますよぉ」

加蓮「あ、ごめん。気付かなかった」

まゆ「狭い視野ですねぇ」

あっという間に騒がしい食卓の出来上がり。

あぁ、うん。楽しい。

まゆ「そちらの班は、夜通しガールズトークですか?」

李衣菜「うん、ずっと喋ってた」

智絵里「恋バナ、です……っ!」

加蓮「楽しくて、寝るタイミング逃しちゃってさ」

まゆ「羨ましいですねぇ。まゆは昨日、一人で寂しくお留守番でした」

加蓮「あれ?そっちの部屋って美穂も居るでしょ?」

美穂「わーわーわーわーっ!」

李衣菜「Pは夜何してたの?一人でしょ?」

P「お、一昨日はラインしたりしてたな」

李衣菜「昨日は?寝てたの?」

P「…………あぁ、寝たわ」

まゆ「間違ってはないですねぇ」

美穂「さ、さてっ!早く食べて国際通りに行きませんかっ?!」

P「だなっ!朝食食べたら後は帰りの飛行機まで自由なんだし!!」

李衣菜「…………あっ」

加蓮「…………ふーん」

智絵里「…………そうですか」

P「…………このお茶美味しいな」

まゆ「それ卵焼きですよぉ」





P「……あっつい……」

まゆ「溶けそうですねぇ……」

美穂「うう……外にも冷房が欲しいな……」

修学旅行三日目は、物凄く暑かった。

六月でこの暑さなら、八月なんてもうマントルなんじゃないだろうか。

汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。

色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。

まゆ「どうしますか?」

P「先に昼飯を……流石に早過ぎるよなぁ」

美穂「色々試食も出来るみたいですから、食べ歩きでもしませんか?」

P「……だな!もう思いっきり汗かいて楽しもう!」

替えのシャツはまだあと一枚残っている。

さて、何から食べようか。

P「ん、そうだ。文香姉さんにお土産買ってかないと」

まゆ「どんな物にしますか?」

P「食べ物とかかなぁ。あと定番のご当地キーホルダーとか」

何故か観光地に必ずある龍とか剣のキーホルダー、やたら魅力的に映るんだよなぁ。

少年心をガッチリ掴むラインナップは流石と言う他無い。

美穂「あ、ゲームセンターがありますよ!プリクラ撮りませんか?」

まゆ「それは戻ってからでも良いんじゃないですかぁ?」

美穂「Pくん!二人で撮りませんかっ?」

まゆ「お一人でどうぞ」

P「うぉお……すげえ、電気だ……電気が点いてる……」

まゆ「そろそろめんそーれしますよ?」

三人で適当に商店街を歩きながら、店先の試食を楽しむ。

文香姉さん用にサーターアンダギーの粉も沢山買い込んだ。

これ空港でヤバい粉だと間違われないだろうか。

美穂「あ、おっきなシーサー!」

まゆ「Pさん、写真撮って貰えませんか?」

P「おう、任せろ」

二人は大きなシーサーの石像に駆け寄って行った。

俺もカメラを構えてファインダーを覗く。

……汗でこう、透ける的な現象が起きてしまっている。

P「……はい!ポーズッ!!」

見なかった事にして、現像は文香姉さんに任せよう。




まゆ「……ふふっ、どうでしたか?可愛く撮れましたか?」

P「んぇっ?!あ、あぁ!完璧だぞ多分」

まゆ「……あ……少し、透けちゃってますね……」

美穂「……わ、わたしは……Pくんなら……」

まゆ「ま、まゆはちょっと恥ずかしいですねぇ……」

珍しく、少し照れた様な表情をするまゆ。

こう……いいな、可愛い。

美穂「……Pくん、鼻の下伸びてます」

股の下が伸びてないだけセーフって事で……いや、言わないけど。

まゆ「……あ、あまり見ないで下さいね?」

P「お、おう……すまん」

美穂「……むー……Pくん、そんなに下着が好きなんですか?」

P「そこだけ聞くと完全に変態だからやめてくれ」

まゆ「下着以上のお付き合いをした二人が何を言ってるんですかねぇ」

美穂「………ぇぁ……」

P「…………あー……」

美穂「…………うぅ……」

P「……あついな、今日」

美穂「……暑い、ですね……」

まゆ「まゆのテンションは氷点下ですよぉ」

美穂「さて、そろそろ何処かで休憩しませんか?」

まゆ「そうですね……自由時間も、後一時間半しかありませんし」

P「んじゃ、近くの適当なソーキそば屋に入るか」

歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。

ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。

ニライカナイは此処にあった。



P「……涼しい」

美穂「文明の利器の素晴らしさを再認識しました……」

まゆ「地球冷房化計画とかありませんかねぇ」

メニューを捲れば、魅力的な料理がズラリ。

P「俺はソーキそばで」

美穂「わたしは沖縄そばにします」

まゆ「あ、ならまゆも沖縄そばにしますね」

二対一で俺が負けた。

美穂「お料理、写真撮って今SNSにアップしたら先生に怒られちゃうかな……」

P「かもな。多分先生達そういうのチェックしてるだろうし」

まゆ「気をつけるに越した事はありませんねぇ」

美穂「それにしても……修学旅行、楽しかったですねっ!」

P「ほんと、あっという間だったな」

まゆ「カヌーはまゆ達ペアが一位でしたよぉ」

P「ちゃんとマングローブ遊覧したのか?」

まゆ「勝つ為には何かを犠牲にしなければいけない世界ですから」

P「悲しい勝利だな……」

まゆ「Pさんは……楽しかったですか?」

P「あぁ、もちろん。仲の良い友達がいたおかげだな」

まゆ「ふふっ、感謝の証にペアリングなんてプレゼントしてくれても嬉しいんですよ?」

美穂「両手に着けるんですか?」

まゆ「悲し過ぎませんかねぇ」

店員「お待たせしましたー」

ソーキそばと沖縄そばが運ばれてきた。

うん、美味しそうだ。

P「よし、頂きます」

まゆ・美穂「頂きます」





P「……帰って来てしまった……」

つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。

目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。

帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。

美穂「……帰って来ちゃいましたね」

まゆ「ですねぇ……いつもの街並みです」

P「……終わっちゃったんだな……」

遠くに出掛けて帰って来た時の帰って来ちゃったんだな感は異常。

なんだか、物凄い虚無に包まれた気分だ。

美穂「……また、旅行に行きたいですね」

P「夏休み入ったらまたみんなで行くか」

まゆ「それでは、まゆと美穂ちゃんは寮の方ですから」

P「あぁ。また明後日、学校で」

美穂「じゃあね、Pくん」

まゆ「また来週ですね、Pさん」

それぞれ帰路に着く。

あー……だっる……

智絵里「……あ、Pくん」

P「ん、智絵里ちゃん。どうしたんだ?」

横断歩道で信号待ちをしていると、偶然隣で智絵里ちゃんも信号待ちをしていた。

智絵里「お疲れ様でした。とっても、楽しかったですね」

P「……良かったな、うん。俺もすげー楽しんだわ」

智絵里「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……なんでも、無いです……えへへ……」

信号が青に変わった。

智絵里ちゃんと並んで、横断歩道を渡る。




P「……なぁ、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい。なんですか……?」

P「……いや、いいや。すまん、なんでも無い」

美穂との事を聞こうと思ったが。

それは、また今度でいいだろう。

それこそ、もう少ししっかり美穂と話してからにするべきだ。

P「それじゃ、俺こっちの道だから」

智絵里「はい……またね、Pくん」

P「あぁ。また明後日、学校で」

智絵里ちゃんと別れて、道を歩く。

ついに姿を現した自宅は、本当に帰って来ちゃったんだな感を増させてくれる。

P「ただいまー姉さん」

文香「あ……おかえりなさい、P君」

文香姉さんにお土産を渡して、シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。

明日は日曜日だし、一日中寝て疲れを取ろう。

P「…………」

一人で寝っ転がっていると、昨晩の事を思い出してしまった。

……あぁぁー…………

P「……寝よう」

寝た。





P「うぉー!!」

李衣菜「うっひょぉぉぉっ!!」

美穂「やっほーーっ!!」

まゆ「あの、ここ山じゃなくてプールですよぉ……他のお客さんもいますから……」

加蓮「流れるポテトがあるって聞いたんだけど!!」

智絵里「ぷ、プールを読み間違えたんじゃないかな……」

七月一日、日曜日。

天気は快晴。暑過ぎず、程よい気温に程よい風。

俺たちはいつもの遊園地のプールに来ていた。

今日からプール開きという事で、李衣菜がみんなを誘ったのだ。

李衣菜「それじゃ、みんな着替えてまた此処に集合で」

P「らじゃ」

男子は俺一人だけなので、一人で更衣室へ向かう。

まぁ実は家から既に水着を穿いて来ているから、ズボンとシャツを脱ぐだけなのだが。

コインロッカーに荷物を投げ込み、直ぐまた集合場所へ戻る。

P「……まぁ、女子は時間掛かるよな」

手持ち無沙汰で、準備体操なんてしてみたりする。

泳いでる時に足攣ったら大変だからな。



李衣菜「おまたせーP」

加蓮「うんっ、日焼け出来そう!」

まゆ「お待たせしましたぁ。Pさん、どうですかぁ?」

李衣菜、加蓮、まゆが来た。

三人とも水着だ。当たり前だわ。

正式な名称は分からないけど、多分ビキニだと思う。

フリル付いててめっちゃ可愛い。正式な名称は分からないけど。

P「似合ってるぞ。やっぱりまゆはピンク色が似合うな」

加蓮「ちょっと鷺沢、私にも何か一言くらい言ったらどうなの?」

P「日焼け止めちゃんと塗っとけよ」

加蓮「水着!水着についてっ!」

P「すげー日焼けしそう」

加蓮「もういいっ!!」

P「すまんって……えっと、とても可愛らしいと思います」

加蓮「うん、素直でよろしい。胸元見てるとこも含めてね」

P「は、見てないし。虚空を見つめてただけだし」

加蓮「胸が無いって言いたいの?!」

P「いや、加蓮はかなりあると思うけど……」

加蓮「やっぱり見てるんじゃん」

これ以上はボロが出そうなのでやめよう。

……加蓮、結構あるんだな。

水色のフリル付きビキニが、実際かなり似合っていて可愛い。

李衣菜「はいはい、アホな会話してないで体ほぐしなよ」

P「美穂と智絵里ちゃんは?」

まゆ「二人は、恥ずかしがって少し時間が掛かってるみたいです」

正直、美穂の水着姿がめちゃくちゃ楽しみだったりする。

美穂の事だからかなり照れるだろうし、そんな表情も併せて楽しみたい。



智絵里「……え、えっと……」

美穂「お、お待たせしました……」

来た。

水色のパレオに身を包んだ智絵里ちゃんと、オレンジ色の!ワンピースタイプの!美穂!!

P「……待ってないよ、今来たとこ」

李衣菜「……P、分かりやすいよね」

加蓮「鼻の下が伸び過ぎて地面に着きそう」

まゆ「ゾウさんもびっくりですねぇ」

美穂「……えっと、Pくん……どうですか?」

照れながら両手を前に伸ばして若干隠しつつも、こちらの反応を伺う美穂。

露出が多い訳じゃ無いけど、それがまた美穂らしくて可愛い。

俺の覚悟が甘かった。破壊力はソーラービームだ。

まるで太陽みたいに、直視すると目がやられる。

P「……遮光板が欲しくなるな」

智絵里「あ、あの……Pくん。わたしは……ど、どうですか……?」

モジモジしながら、恥ずかしそうに上目遣いの智絵里ちゃん。

P「……大丈夫!今来たとこ!」

加蓮「脳味噌を忘れて来ちゃった感じの発言だね」

李衣菜「照れ隠しが分かりやすいんだよね、ほんと」

まゆ「さて……泳ぎますよぉ!!」

P「おう!」

早くプールに入りたかった。

さもないと、気付かれたくない事に気付かれそうだから。

伸びてる事に気付かれたのが鼻だけで良かった。

ジャッパーン!!

プールに勢いよく飛び込んだ。

まだプール開き初日で、そこまで人の数は多くない。

ある程度は好き勝手泳いでもぶつからずに済みそうだ。



加蓮「李衣菜!ビッグストリームウォータースライダー行くよっ!」

李衣菜「え゛。ここの遊園地のアトラクション結構ヤバいよ?」

加蓮「ふーん、余計気になるんだけど。早く行こっ!」

李衣菜「……み、美穂ちゃんも行かない?!」

美穂「ご、ごめんなさいっ!わたし、まだやり残してる事がいっぱいあるからっ!」

李衣菜「美穂ちゃんの薄情者ぉーー」

李衣菜が加蓮に拉致されて行った。

あぁ、無事精神を壊さずに帰って来れる事を祈ろう。

この遊園地はどんなアトラクションにも本気で、当然ウォータースライダーも例外じゃないからな。

まゆ「Pさぁん……何処ですかぁぁ……」

まゆが流れるプールに流されて行った。

智絵里「だ、大丈夫ですか?まゆちゃ……きゃっ!流れ、速過ぎて……Pくーんっ………っ!」

助けようとして智絵里ちゃんも流されて行った。

なんか……かわいいな、二人とも。

美穂「……みんな、行っちゃいましたね」

P「ここの流れるプール、洗濯機みたいな速さしてるもんな」

美穂「……えへへ、二人っきりですねっ!」

俺と美穂は波のプールで、のんびりぷかぷか揺られていた。

一定の周期で訪れる高い波に乗って、ふわふわと浮かぶような感覚を楽しむ。

ジャンプ出来ずに乗り損ねると、溺れそうになるくらいエグい波だけど。

美穂「楽しいですね」

P「あぁ……さっきはちゃんと言えなかったけど、凄く可愛いぞ。水着も……美穂も」

美穂「……ええと、ありがとうございます。悩んで選んだ甲斐がありました」

俺の為に悩んで選んだ、だと?

ならもっと凝視しないと、美穂に申し訳無いな。


美穂「……そ、そんなに見られると……恥ずかしいです……」

照れた表情が、より一層可愛らしさを引き立てる。

なんて美穂の方を凝視していたら、いつの間にか次の波が来ていた。

P「うぉっ!波やっぱ高いな……っ!」

美穂「きゃっ!」

美穂が波に飲まれそうになる。

慌てて美穂を抱き寄せ、流されそうになっているのを引き止めた。

美穂「……あぅ……ありがとうございます……」

当然密着する事になり、水着一枚しか隔てられていない胸の感触が伝わって来た。

慌てて離れようとするが、美穂が抱き締めてきて離れられなかった。

P「お、おーい美穂……」

美穂「……ぎゅ、ぎゅーーっ!」

P「……胸。胸当たってるから……」

幸せだけど。

こう、うん。アレがね、うん。

美穂「あ、あああっ、あてっ、当ててるんです……っ!」

……叫びそうになった。

可愛さがギネスだ。ビールの方じゃなくて。

P「そ、そうか!なら仕方ないな!」

美穂「はっ、はいっ!!」

P「ご馳走様です!」

美穂「お、お粗末様ですっ!」

P「可愛いなぁ!」

美穂「ありがとうございます!」

……ナニとは言わないが、バレない事を祈ろう。

抱き締め合ったまま、波が来るたびにジャンプする。

押し寄せる幸せの波の方に溺れそうだけど。

美穂「……えへへ、幸せです」

P「あぁ、俺もだ」

美穂と、互の目を見つめ合う。

その距離が、少しずつ縮んでいって……

ジャパッッ!!

P「うぉっ!」

美穂「きゃっ!」

次の波に、思いっきり飲み込まれた。

強い水流に足を取られ、横倒れになる。

抱き合ったままでもがくと危険なので、波が去って水位が下がるまで水中で待った。

それからゆっくり立てば良い。

P「っん?!」

美穂に、キスをされた。

唇が重なり、水中でも柔らかい感触が伝わって来る。

P「っぷぁ!ふぅ……」

波が去って、足をつけば肩が出るくらいの水位になった。



美穂「……え、えへへ……水中なら、誰も見てないかなって……」

P「危険だぞ、全く……」

美穂「一緒に、溺れられましたねっ!」

P「約束したけどさ!」

美穂「も、もう一回……溺れませんか?」

P「……つ、次の波が来たらな」

加蓮「やっほー!鷺沢ー!」

李衣菜「……二度と乗らない……」

加蓮と李衣菜がやって来てしまった。

残念ながらキスは出来そうにない。

加蓮「鷺沢達もやってきたら?ウォータースライダー」

P「いや、いいや……」

李衣菜「あれ?まゆちゃんと智絵里ちゃんは?」

P「流れるプールに流されてったぞ。そのうち一周して戻って来るんじゃないか?」

美穂「…………ねえ、Pくん。わたし達も流されに行きませんか?」

加蓮「あ、なら私も行こっかな」

李衣菜「ところでさ……二人とも、いつまで抱き合ってるの?」

P「……あ」

美穂「……え、永遠にですっ!」

加蓮「インフィニティ?」

李衣菜「アンリミテッド?」

P「エターナル」

美穂「……え、えっと……思い付かないので、わたしの負けです……」

素直に美穂は離れた。何だったんだ今の。

一旦プールから上がって、流れるプールに移動する。

……うん、やっぱりスピードおかしいわ。流しそうめんだってこんなに速くないぞ。

P「……俺から行くぞ」

ジャパッ!とプールに浸かる。

一瞬で三人とお別れする事になった。




智絵里「……あ、お久しぶりです。Pくん」

P「ふぅ……やあ、智絵里ちゃん」

流れるプールを半周くらいしたところでなんとか這い上がると、智絵里ちゃんがベンチで休んでいた。

P「隣、いいか?」

智絵里「はっ、はいっ!ど、どうぞ……っ!」

横に座らせて貰う。

はぁ……流されただけなのに体力持ってかれるな。

しばらく待っていても美穂も李衣菜も加蓮も流れて来ない。

……あいつら、引き返して別のプールに行ったな?

P「ん?そう言えばまゆは?」

智絵里「まゆちゃんなら、一周してPくん達の場所に戻るって言ってました」

じゃあ丁度すれ違いになっちゃった感じか。

P「智絵里ちゃんは此処で休憩中?」

智絵里「はい、それに……」

少しだけ、距離を縮めて来る智絵里ちゃん。

肩が触れるか触れないかくらいの距離で、此方へ微笑んだ。

智絵里「……Pくんが来る様な気がしましたから」

何でだろう。心か未来が見えるんだろうか。

智絵里「……えへへ……ふ、二人っきりですね」

ん、なんか既視感。

ついさっき美穂に全く同じ様な事を言われた気がする。

P「……智絵里ちゃん、あのさ。心なし距離が近いんじゃないかなーって」

智絵里「……そう、ですか……?」

P「ほら、恋人がいる男子が、他の女子とこの距離ってのはな……」

智絵里「……わたしは、気にしません」

いや気にしてよ。

智絵里「そ、それに……触れ合ってる訳でもないですから」

P「ならセーフ……なのか?」

いやアウトな気がする。

少なくとも、この光景を美穂が見たら悲しむんじゃないかなぁ。

という訳で少し離れてみる。距離を詰められた。

これ以上離れようとするとベンチから落ちてしまう。

ベンチから立ち上がると、智絵里ちゃんも立ち上がった。

ベンチに座った。智絵里ちゃんも座った。

それが何だか楽しくなって何度もスクワットの様な動きを続けていたら、智絵里ちゃんがバテて座り込んでしまった。

P「……すまん、つい遊び過ぎた」

智絵里「はぁ……ふぅ……もう、立てません……」

P「悪かったって。ほら、次のプールに行こう」

手を伸ばして、立ち上がるのを手伝おうとする。




智絵里「……うん、いいよね……」

俺の手を取って、立ち上がる智絵里ちゃん。

そしてそのまま、俺の手を引き寄せて……

P「っ?!」

智絵里「んっ……」

頬の、唇に触れるか触れないかくらいの場所に、軽いキスをされた。

智絵里「……き、キス……しちゃいました……」

P「……なぁ、智絵里ちゃん」

これは、流石に……

イタズラにしては度が過ぎるし、本気なのだとしたら既に断った筈だ。

智絵里「……意地悪された仕返しです。それと……お返事は、まだしないで下さい」

P「いやいや、だからさ……」

智絵里「……美穂ちゃんは……きっと、まだ迷ってると思いますから」

P「……え?」

それは、一体どういう事なんだろう。

そう聞き返す前に、智絵里ちゃんはまたプールに入っていってしまった。

智絵里「あっ、きゃっ!なっ、流れるプールでしたっ!た、助けてPくんっ……っ!」

そのまま高速で流されていった。

P「……な、なんだったんだ……?」

ポカンとしているうちに、智絵里ちゃんはもう遥か遠くまで流されていて。

俺は結局、何も理解する事が出来なかった。





李衣菜「あー、遊んだね!」

加蓮「疲れたー……帰るのダルくない?」

まゆ「はぁ……折角Pさんと一緒に来たのに、悩殺アピールチャンスが全然ありませんでした……」

美穂「まゆちゃん」

まゆ「冗談ですよぉ」

智絵里「うぅ……身体が重いです……」

一日泳ぎ尽くして、体力が底を尽きそうな夏の夕方。

流石にみんな疲れたのか、そろそろ帰るムードになっていた。

一応十九時までは開いてるらしいが、既に人はかなりまばらだ。

P「人が少なくて良かったな。割と好き勝手泳げたし」

李衣菜「もう十七時まわったし、そろそろ帰る?」

まゆ「十七時でまだ少ししか空が赤くないのが、夏って感じがしますよねぇ」

加蓮「ねえ李衣菜、この後夕飯行かない?」

李衣菜「おっけー、取り敢えず着替えて出よっか」

智絵里「あっ、ご一緒して良いですか?」

李衣菜「もちろん。お昼食べる時間無かったからお腹ペコペコだよもう」

まゆ「まゆもご一緒しますよぉ。寮の門限があるので、途中で抜ける事になるかもしれませんが」



美穂「……あ、あれ?わたし、貴重品ロッカーの鍵無くしちゃった……?」

P「ん、まじで?係りの人に落ちてなかったか聞きに行くか」

美穂「そ、その前にPくん!い、一緒に探してくれませんか?」

P「構わないぞ」

まゆ「…………それでは、まゆ達は先に行ってますから。合流出来そうなら来てくださいね?」

そう言って、美穂以外がシャワールームに向かって行った。

P「んじゃ、探すか。それで見つからなかったら係りの人に何とかして貰おう」

美穂「……ごめんなさい。ええと……共有シャワールームの前で、待ってて貰えませんか?」

P「おっけー」

美穂に言われた通り、共有シャワールームに向かう。

更衣室にも一応シャワールームはあるが、こっちは子連れ等の複数人での使用を前提としている為そこそこ広い。

ロッカーの鍵の紛失って、確か罰金あったよな……

そんな事を考えていると、美穂が此方へ向かって来ていた。

美穂「お、お待たせしましたっ!」

そう言って顔を真っ赤にする美穂は、さっきとは違い白いビキニを身に付けていた。

P「……だ、大胆な水着だな……」

今日来た面子の誰よりも、一番大胆な水着な気がした。

真っ白なビキニって、良い。

美穂「その……本当は、鍵を失くしちゃったなんて嘘で……Pくんに、この水着姿を見て欲しくって……」

P「……凄く、良いと思う。可愛いぞ」

そんないじらしさも含めて、美穂が可愛かった。

美穂「恥ずかしくって、一応持ってきただけだったんですけど……やっぱり、見て欲しかったから……」

夕日に照らされて、より一層真っ赤になる美穂。

そんな表情が堪らなく愛おしい。

美穂「もう少しだけ……二人で、遊んで行きませんか?」

P「……おうっ!」

もう殆ど人の残っていないプールで。

俺たちは、思う存分夏を満喫した。


それから大体一ヶ月と少し。

美穂の勉強に付き合い、期末テストを乗り越え。

模試を受けたり、文化祭の出し物を決めたり。

美穂とデートして、幸せな時間とか肌とか唇とか肌とかを重ねたりとかして。

忙しくも楽しい日常は、あっという間に流れーー

ちひろ「ーーなので、皆さん浮かれ過ぎない様に。タバコやお酒もぜっったい断って下さいね?」

七月下旬、最後のHR。

明日から楽しい毎日が待っている生徒達は、誰一人千川先生の話を聞いていなかった。

まぁ、小学生の頃から何度も聞かされた様な注意事項だし。

ちひろ「それでは、二学期に元気な皆さんと会える事を願って……はい、さようなら」

みんな「さようならー」

千川先生が教室から出て行く。 一学期が、完全に終わる。

……さあ、夏休みだ。

P「っしゃおらぁ!遊び行くぞ!!」

加蓮「夏!ポテト!海!ポテト!」

李衣菜「この後みんなでカラオケ行かない?」

美穂「良いですねっ!早速行きましょう!」

まゆ「まゆの美声を聞かせてあげますよぉ!」

みんなテンションマックスだ。

そりゃそうか、夏休みだし。

智絵里「えっと、この後用事があって……終わってから参加してもいいですか?」

李衣菜「ん?もちろん!着いたら部屋の番号ラインで送るから」

P「今は……十二時半か。それじゃみんな、十三時半くらいに駅前の時計のとこに集合で」

美穂「……はいっ!」

李衣菜「了解っ!」

加蓮「おっけー」

まゆ「かしこまりますよぉ」

誰一人配られた宿題の山に目を向けないのが実に高校生らしくて良い。

夏休み初日はこうでないと。

鞄に置き勉していた教科書を全部突っ込み、重たい荷物を引きずって家へと走る。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君。随分と機嫌が……あぁ、夏休みでしたか」

大きく溜息を吐く文香姉さん。

そうか、大学生はまだ夏休み先か。

P「みんなとカラオケ行ってくるから」

文香「夜はどうしますか?」

P「多分二十時くらいには帰って来ると思う」

文香「では、私もそれくらいを目処に戻って来ます。それまでは大学生の図書室でレポートを書いていますので」

P「あいさ」

荷物を部屋に放り投げて、さっさと私服に着替える。

昼飯は……面倒だし抜いていいだろう。 そんなにお腹空いてないし。

そんな事より早く遊びに行きたかった。



P「いってきまーす」

文香「羽目を外し過ぎないように、ですよ」

炎天下の中、暑さなんて気にせず駅へと走る。

吹き抜ける風が心地よい。

いや、暑い、めっちゃ暑い。

五分と経たず汗だっくだくになってくる。

なのに何故だか走るのを止める気にはならない。

替えのシャツ持って来てよかった。

P「っふぅー……早く着き過ぎた」

スマホの時計を確認すれば、まだ十三時前だった。

こっから三十分以上も外で立ってるのはしんどいし、かといって喫茶店で時間を潰すには短過ぎるな……

まゆ「あ、Pさん。早い到着ですね」

P「ん、まゆももう着いてたのか」

微笑みながら、此方に駆け寄ってくるまゆ。

正確な名称の分からない、ピンクの薄手のワンピースに身を包むまゆはとても可愛かった。

まゆ「楽しみで、ついつい急ぎ過ぎちゃいました」

P「分かる。俺もそんな感じだよ」

まゆ「……外で待つには、少し暑過ぎますね」

P「だなー……そこの喫茶店で待つ?」

まゆ「はい。そうしましょう」

駅前の時計が見える位置にある喫茶店に、二人で入る。

カランカランと鳴るベルと、空調の効いた冷たい風が心地良い。

店員「っしゃせー」

P「禁煙二人で。窓際の席って空いてますか?」

店員「しゃー」

店員に案内され、窓際の二人席に着く。

ふぅ……涼しい。

まゆ「Pさんは何にしますか?」

P「昼食べてこなかったし、サンドイッチとコーヒーのセットにしようかな」

まゆ「ふふっ、まゆと一緒ですね」

注文を終えて、一息吐く。

この先からなら待ち合わせの場所がよく見えるし、のんびりしていて大丈夫そうだ。



まゆ「一学期……あっという間でしたね」

P「だなー。楽しかったから尚更早く感じたわ」

まゆ「最近、どうですか?」

P「どう、って……どういう事?」

まゆ「美穂ちゃんと、という事です。仲良く恋人生活を送れてますか?」

P「あー……まぁ、うん。多分、かなり」

ラブラブ恋愛生活を出来るぞ!なんて流石に言えないな。

まゆ「そうですか。なら、良かったです」

P「良かった……?」

まゆ「だって、Pさんと美穂ちゃんの仲が上手くいってなかったら……まゆ、横取りしたくなっちゃいますから」

P「残念ながら俺たちはファンデルワールス力よりも強い力で結ばれてるよ」

まゆ「それ、結合の中で一番脆い力ですよぉ……」

P「ん、違った。共有結合だ」

まゆ「カップルが言うと説得力が違いますねぇ」

P「SNSでカップル共有アカウントとか作るかな」

まゆ「既に廃れた文化ですが……」

ふぅ、と。

一息ついて、まゆは更に聞いてきた。

まゆ「なら……智絵里ちゃんとは、どうですか?」

P「ん?俺と智絵里ちゃん?」

時折距離が近いなと思う事はあるけど、それでも友達と言えるくらいの距離な気がする。

少なくとも、プールに行った時の様な事はされていない。

と、言うか。

そういう事にしておかないと、美穂を困らせてしまう。

P「……まぁ、友達だと思ってるよ」

まゆ「……いえ。美穂ちゃんと、智絵里ちゃんです」

P「そういえば、どうなんだろう」

あんまり二人が喋ってるところって見ない気がする。

俺と美穂、俺と智絵里ちゃんでそれぞれ話す事はあっても、三人で話す事は滅多に無いし。

美穂は結局、智絵里ちゃんに何て言ったのだろう。

特に相談されなかったけど、どうなったんだろうな。



店員「お待たせしましたー」

注文したコーヒーとサンドイッチが届いた。

……うん、サンドイッチ美味い。

まゆ「Pさん、サンドイッチ好きですよね」

P「まぁな、昔はずっとパンばっか食べてたし。ほら、昔から朝食自分で作ってたんだけど、それだと米炊く時間無いんだよな」

まゆ「あ……ごめんなさい」

P「いいよいいよ。ふぅ……一回涼しい場所入ると、出るの億劫になるよな」

まゆ「このまま夜まで、二人でお話しするのも吝かではありませんが」

P「ま、今日はみんなではしゃごうよ。折角の夏休みなんだし」

まゆ「ふふっ、そうですね……Pさんはそう言う方ですから」

コーヒーカップを傾ける。

熱い、でもまゆの前だしカッコつけて優雅に飲む。

ピロンッ

『李衣菜ちゃんと一緒です。もう直ぐ着きます』

P「……ん、もうすぐ美穂達も着くっぽいな」

まゆ「ですねぇ。コーヒーを飲み終えたら、のんびり出ましょうか」




駅前の時計の方を見る。

……ん、加蓮着いてるじゃん。

キョロキョロと他に誰か来てないか探してる様だ。

ピロンッ

『鷺沢、もう着いてる?』

『今喫茶店で時間潰してたとこ。直ぐ行くよ』

P「っし、行くか。会計は俺が持つからいいよ」

まゆ「お言葉に甘えさせて貰います。お礼に今度、みんなでPさんの家でお食事するときに腕を振るいますから」

会計を済ませて外に出る。

あっつ、めちゃくちゃあっつ。

P「おーい、加蓮」

水色のシャツに短過ぎる白いパンツ姿の加蓮は、こっちを向いて手を振って来た。

……大丈夫?そんなに肩出して足出して。日焼けするぞ?

ってかシャツ上の方なんか透けてない?そう言うデザイン?

加蓮「あ、やっほー鷺沢。隣のソレは何?」

まゆ「ソレじゃなくて連れですよぉ」

P「二人して早く着き過ぎちゃったから、そこの喫茶店で涼んでたんだ」

まゆ「アツアツでしたよぉ」

P「コーヒーがな。ってかやっぱバレてたか」

加蓮「随分楽しそうじゃん。美穂に言いつけちゃうよ?」

P「じゃあ楽しくなかった」

まゆ「あの」

P「で、多分そろそろ美穂達も来るはずなんだけど……」

李衣菜「おまたせーみんな」

美穂「お待たせしました、みなさん」

あぁ、美穂まで肩出して。

ピンク色のフリル付きとかめちゃくちゃ、めっっちゃくちゃ可愛いけど日焼けするぞ。

P「んじゃ、全員揃ったしカラオケ向かうか」






美穂「ーーいつも、その笑顔を、ずっと!私だけに向けてねっ!」

李衣菜「……可愛いなぁ、美穂ちゃん」

美穂「ふぅ……どうでしたか?わたし、この歌がとっても好きなんですっ!」

P「うん、上手いしめっちゃ可愛いかったぞ」

美穂「え、えへへ……」

俺に向けての想いを歌に乗せたんだとしたら、もうとんでもなく可愛い。

可愛らしさに即死効果が付いているくらいだ。

李衣菜「さーて、何点かな?」

ピピピピピッ、と画面に数字が映し出された。

画面『百万ドルの笑顔です』

P「分かってるじゃないか、この採点機」

美穂「ひゃ、百万ドルって……」

まゆ「何百万点満点なんでしょうねぇ」

李衣菜「そもそも点数なの?これ」

加蓮「私何歌おっかなー」

まゆ「ラジオ体操第二なんてどうですか?」

加蓮「じゃあまゆ踊ってよ」

李衣菜「次の曲は……エヴリデイドリームだって。誰が歌うの?」

まゆ「まゆですよぉ。まゆの想いを込めて、全力で歌いますよぉぉ!」

気合い入ってるな。




可愛らしいイントロが流れ出すのと同時、まゆがマイクを構える。

まゆ「大好きなあの人に向けて、心を込めて歌います。聞いてください……佐久間まゆで、エヴリデイドリーム」

加蓮「斬新。イントロをバックに語り出した」

李衣菜「新しいカラオケの楽しみ方だね」

歌詞が始まるのとピッタリに、まゆが前説を終える。

凄く完璧なタイミングで凄いけど、ずっとこっち見られると恥ずかしいし画面見ようよ。

歌詞は、とても可愛らしいラブソング。

アイシテルが片仮名なのが若干怖かったが、概ね恋する女の子の歌だった。

まゆ「私のこと……大好き、って……」

まゆは終始ずっとこっちを見て歌っていた。

歌詞全部暗記してるの凄いな。

あと美穂もずっとこっちガン見してた。

いや、違うからな?浮気とかじゃないからな?

まゆ「ふぅ……ご清聴、ありがとうございました」

美穂「とっても上手かったと思いますよ、まゆちゃん」

まゆ「面白いくらい声が平坦ですねぇ……どうでしたか?Pさん」

P「え、あぁうん。上手かったと思うよ、かなり」

美穂「加蓮ちゃん、早くラジオ体操第二を歌って空気を変えて下さい」

画面『高得点です。まるで本人の様な歌いっぷりでした』

P「……いや点数出せよ」

まゆ「Pさん、さっきはそんな事言ってなかったじゃないですかぁ……」

李衣菜「でも上の音程バー出てくるだけでも歌いやすいよね」

美穂「まゆちゃん一回も画面見てませんでしたけどね」

美穂、それを俺の方見ながら言わないでくれ……



加蓮「さてと……それじゃ、私の番だね。いくよ、みんなっ!」

ラジオ体操第二の音楽が流れ始めた。

心の底から踊りたくねぇ……

P「……俺ドリンクバー行ってくるわ。誰かお代わり欲しかったら持ってくるけど」

美穂「あ、ならわたしは烏龍茶でお願いします」

李衣菜「私は麦茶で」

まゆ「なら、まゆもご一緒します」

加蓮「私メロンソーダとコーラとオレンジジュースで」

まゆ「全部混ぜればいいんですかぁ?」

加蓮「思考が小学生レベルだね、まゆは」

ドキっとする。

実は俺も同じ事考えてたから。

みんなのカップを持って、一旦部屋から出る。

ドリンクバーでは、うちの高校の制服の奴等が並んでいた。

P「やっぱみんな来るよなぁ」

まゆ「今日から長期休暇ですからねぇ」

P「楽しいなぁ……友達増えて」

ドリンクを注いでいると、智絵里ちゃんがやって来た。

智絵里「あ……お待たせしました」

P「お、もう用事は終わったの?」

智絵里「はい。他のみんなは……?」

まゆ「もう歌い始めてますよ。一緒に部屋に戻りましょうか」

部屋に戻ると、李衣菜がロックっぽい曲を熱唱していた。




美穂「あ……こんにちは、智絵里ちゃん」

智絵里「……こんにちは、美穂ちゃん」

加蓮「……五人、揃っちゃったね……」

まゆ「……ですねぇ……」

美穂「ついに……この時が……!」

画面『69点。色々とブレてます』

李衣菜「えっ、私音程もっと合ってたってば!」

P「いや音程かなりSin波だったぞ……で、五人揃うと何かあるのか?」

加蓮「バスケが出来るね」

まゆ「まゆ達五人が力を合わせれば、向かう所敵なしですよぉ」

智絵里「えっと……五人しかいないなら敵がいないのは当たり前じゃ……」

美穂「と言うのは冗談で……最近女子高生の間で流行の、あの歌が丁度歌えるんです」

李衣菜「マイクは二個しかないけどね」

残念な事に、俺は女子高生の流行りに詳しくはない。

加蓮「よしっ、送信っと」

まゆ「まぁコレですよねぇ」

智絵里「あ……この曲、わたしもとっても好きです」

美穂「何度もMVを見てたら、振り付けまで少し覚えちゃいました」

李衣菜「この真ん中の無限記号がロックでカッコいいよね」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか凄く火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

まゆ「聞いて下さい、Pさん。佐久間まゆで……」

加蓮「あ、私も歌うんだけど。北条加蓮で」

美穂「五人で歌うんですから、もっと上手く繋いで下さい。小日向美穂と……!」

李衣菜「あ、私もやる流れ?多田李衣菜と……!」

智絵里「え、えっと……緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」





加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十九時か。そこそこいい時間だな」

李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」

美穂「わたしは門限があるので……」

まゆ「まゆもそろそろ帰らないといけません」

加蓮「なら私も帰ろっかなー」

智絵里「わ、わたしはまだ時間はあるけど……」

李衣菜「なら、何処かで食べてかない?」

智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」

李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」

加蓮「え?李衣菜の奢り?ならまだ帰らなくていいかな」

李衣菜「ちょっとちょっと、私そんな手持ちないんだけど!ねぇP、どう?助けてくれたりしない?」

P「悪いな、俺は帰って夕飯作んないと」

文香姉さんにも帰るって伝えてあるし。

あ、食材も軽く買ってから帰るか。

P「んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」

加蓮「じゃあねー」

まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」

カラオケから出て、それぞれバラバラに散って行く。

P「あ、俺夕飯の食材買ってから帰るから」

まゆ「それじゃ美穂ちゃん。二人で帰りましょうか」

美穂「うん。じゃあね、Pくん」

P「じゃあな、美穂、まゆ」

スーパーに入って、特売のものを買い込む。

お一人様二つまで……美穂とまゆに付き合って貰えば良かった。






まゆ「今日は、とっても楽しかったですね」

美穂「そうだね……うん!またみんなで行こうね!」

まゆちゃんと二人で、夏の夜道を歩きます。

美穂「門限さえなければ、李衣菜ちゃん達とお夕飯一緒に食べられたんだけどな……」

……ううん、きっと、門限なんて無くても。

わたしは、行ってなかったと思います。

だって、その食事の場には……

まゆ「ねえ、美穂ちゃん。聞きたい事があるんですけど……」

美穂「え?なに?」

まゆ「……美穂ちゃんは、Pさんの事が好きですか?」

美穂「……え?急にどうしたの?」

まゆ「少し気になっちゃったんです。美穂ちゃんは、本当にPさんの事が好きなのかな?って」

そんな質問の答えなんて、決まり切ってます。

美穂「もちろん。わたしは、Pくんの事が大好きだよ?」

まゆ「……そう、ですか。そうですよね」

美穂「それが、どうかしたの?」

まゆ「いえ、Pさんも美穂ちゃんの事を好きだと言っていたので」

美穂「え、えへへ……て、照れちゃうな……」

まゆ「はい、だから」

これからも応援してくれるのかな、なんて。

そんな風に、気楽に考えてたから。




まゆ「Pさんと、別れて下さい」

美穂「…………え?」

そんなまゆちゃんの言葉に、頭が空っぽになりました。

美穂「……わ、別れて、って……ど、どういう事?」

まゆ「そのまま言葉通りですよ?Pさんとのお付き合いを終わらせて下さい、という意味です」

美穂「な、なんで……そんな事……」

まゆちゃんは、わたしの事を応援してくれてたのに……

まゆ「本当は言いたく無かったんですけどね。美穂ちゃんから別れを告げるのが、きっと一番楽に済むでしょうから」

美穂「ま、待って!ど、どうしてそんな事言うの?!まゆちゃんは……まだPくんの事を……」

まゆ「はい、好きですよ。振られはしましたが、嫌われた訳ではありませんから。諦めないのは当然だと思いませんか?」

美穂「だ、だからって、そんな事言わないでよ……わたしたち」

まゆ「友達、ですか?そうですねぇ。美穂ちゃんならそう言うと思ってました」

美穂「…………まゆちゃんは、わたしの事を……」

……友達だと思ってくれてなかったの?

まゆ「大切な友達だと思ってますよ。だから素直に身を引きましたし、今まで応援してきた訳ですから」

美穂「なら……なんで?どうして今……」

まゆ「美穂ちゃん。まゆは、Pさんに迷惑を掛けたく無いんです。困らせたく無いんです……そして、Pさんを困らせる様な人に、Pさんの側に居て欲しく無いんです」

まゆ「それはもちろん……恋人の美穂ちゃんであっても、例外ではありません」

美穂「わ、わたしが……迷惑?そんな……わ、わたしだって、Pくんに迷惑掛けちゃう様な事はしたくないし、してないよ……?」

まゆ「……ねえ、美穂ちゃん」

まゆ「本当に……本気で、何も迷惑を掛けてないと思ってるんですか?」




わたしは、何も言えませんでした。

後ろめたい事なんて全く無いって言えば、それは嘘になっちゃいますから。

まゆ「そうですね、では……智絵里ちゃんについて、お話を聞かせて貰います」

ドキッ、と。

心臓が跳ね上がりました。

ずっと避けて来た、ずっと逃げて来た部分に触れられそうになって。

美穂「ま、まゆちゃん!そのお話は今度にしませんかっ?」

まゆ「……美穂ちゃん、まゆを失望させないで下さい。奪うつもりなら、いつだって出来たんですよ?」

まゆ「それでもこうして真正面から切り出しているのは、美穂ちゃんとこれからもお友達でいたいからです」

まゆ「そもそも、どの道このまま何もせずにいたら……遠からず、終わっていた事なんですから」

美穂「……まゆちゃんは、何を知ってるの?」

まゆ「Pさんの事ならなんでも知ってるって、以前教えませんでしたか?」

まゆ「美穂ちゃんが智絵里ちゃんにきちんと伝えられていない事も。これからも出来るだけ避けて直接は伝えずに、なぁなぁにして流していくつもりだった事も。自分さえ我慢して、智絵里ちゃんがPさんに接触するのを見て見ぬ振りすれば、友達でいられると思っている事も」

まゆ「Pさんが智絵里ちゃんからの接触で内心困っている事も。それでも美穂ちゃんに止められているせいで本気では怒れずにいる事も。美穂ちゃんに確かめようにも美穂ちゃんが話を逸らすから、困らせない為に踏み込めずにいる事も」

まゆ「美穂ちゃんが恋人である自分を選んでくれると信じて、Pさんはずっと待っている事も……全部、把握しています」

Pくんはいつも笑ってたけど、内心では困ってたんだ……

そんな事に、大好きな人の事なのに、わたしは気付かなくって……

美穂「ど、どうしてそこまで……」

わたしですら、Pくんの考えてる事をそこまでは知らなかったのに。

まゆ「好きな人の為に本気で色々と行動するのは、おかしいことですか?それとも、美穂ちゃんにとって……恋人は普通の友達の少し延長程度だと思っているんですか?」

美穂「そ、そんな事ないもんっ!大好きだから離れたくないし、だから告白したんだもんっ!」

まゆ「……離れたくないから、ですか……まあ、知ってはいましたが」




まゆ「……それ、友達でいいんじゃないですか?」

美穂「…………え?」

まゆ「だから、早く別れて下さい。そしたらまゆがPさんとお付き合いしますから」

まゆ「でしたらお約束しますよ。まゆとPさんが結ばれても、美穂ちゃんが以前と同じ距離の関係でいられる事を」

まゆ「美穂ちゃんがPさんとお話しするのを、美穂ちゃんがPさんの側に居ようとするのを、まゆは邪魔しません」

まゆ「……どうですか?美穂ちゃんのご要望に応えられていると思いますけど」

美穂「いやっ……そんなの……」

そんなの、頷ける筈が無いから。

わたしは、Pくんの事が大好きだから。

まゆ「はぁ……まゆに対してはきちんと言えているんですけどねぇ」

まゆ「他の女の子とお友達でいたいから、裏切る様な事はしたくないから。そんな理由で燻っているのは分かりますし、美穂ちゃんが悩んでいる事も分かりますが……」

まゆ「恋人と友達なんて、秤にかけるまでもなく……大切な方なんて、決まってるんじゃないですか?」

まゆ「なのにまだどちらにも傾いてないという事は、美穂ちゃんにとって……Pさんはただの友達って事じゃないんですか?」

まゆ「それとも、友達も恋人も重みは同じですか?その程度の想いなんですか?一人きりしかいない恋人なのに、その他大勢と同じ扱いですか?」

美穂「わ、わたしは……」

まゆ「さて、話を戻しましょうか。このまま続けられれば、きっと壊滅的な事が起きる日は来ない……そう考えているんですよね?」

まゆ「そしてそれは、おそらく智絵里ちゃんも同じです」

まゆ「美穂ちゃんが友達という枷によって動けずにいる事を、智絵里ちゃんも分かっています。友達以上恋人以下の関係を続けて、美穂ちゃんがPさんを諦める日を待っているんです」

まゆ「下手に距離を詰め過ぎると、流石にPさんも本気で拒絶するでしょうからねぇ」

まゆ「……どちらも許せません。Pさんに迷惑を掛けている事も……現状維持でこのままの関係を続けられると、本気で思っている事も」




美穂「で、でも……わたしがPくんを諦める日なんて……」

まゆ「……やっぱり分かってたんですね。甘いです。有り得ません」

まゆ「……まゆが、そんな状態を見て何もしないと思うんですか?」

まゆ「そうでなくとも、この状態をずっと続けていればPさんはいずれ智絵里ちゃんを拒絶するでしょう」

まゆ「これ以上美穂ちゃんを困らせたくないから、と」

まゆ「でもそれは本来美穂ちゃんが言うべき事ですよね?そうでなくとも、美穂ちゃんがPさんに余計な事を言わなければとうに済んでいた事なのに」

まゆ「そして、美穂ちゃんが自分を優先してくれなかった事を引き摺ります。更にそれで智絵里ちゃんと美穂ちゃんの交友が途絶えてしまったら、より一層重く引き摺るでしょう」

まゆ「そんな思いを背負ったままの恋愛なんて、長くは続きません」

まゆ「きっと美穂ちゃんも、とっても辛いでしょうし」

まゆ「……それはよろしくありませんねぇ。Pさんが辛い思いをしてしまいます」

美穂「も、もし……わたしが、Pくんと別れたら……」

そんな未来を選びたくはないけど。

それでももし、そうするしかないとしたら……

まゆ「智絵里ちゃんはPさんに告白するでしょうね。そして振られます。智絵里ちゃんは一歩だけ踏み込み過ぎたんです……一瞬とは言え、本気で拒絶される様な事をしてしまっていますから」

まゆ「そもそも、自分と恋人の別れの原因になった女性と付き合えますか?」

まゆ「そしてそこで、まゆが告白すれば……きっと、まゆはPさんと付き合う事が出来たかもしれないんですが……」

まゆ「…………Pさんにとって一番辛いのは……美穂ちゃんと別れる事ですから……」



まゆ「……なあなあで、最終的に破滅を迎えるよりはましだと思ってはいますが、まゆが自分から選べる選択肢ではありませんでした」

美穂「まゆちゃんは……」

まゆ「……まゆは、美穂ちゃんと友達でいたい。それは紛れも無い本心です。本気で思っています。そして、Pさんの事も本気で想っているから、美穂ちゃんに嫌われるのを覚悟でこうして真正面から向き合っているんです」

まゆ「……ねえ、美穂ちゃん。Pさんの事が本気で好きなら……ちゃんと、選んであげて下さい。智絵里ちゃんと友達でい続ける事が出来ないと思っているなら……もう少し友達を信じてあげて下さい」

まゆ「それとも、信じる事が出来ない様な友達の為に恋人を選ばないんですか?」

まゆ「そんなの……まゆ、美穂ちゃんを許せなくなっちゃうから……」

そんなまゆちゃんの声は、震えていました。

美穂「……まゆちゃん……」

まゆ「……最後に、美穂ちゃんの為に……まゆがただの悪役になってあげます」

まゆ「このままでい続けるなら……美穂ちゃんとはもう友達ではいられません。そしてまゆからPさんに全てを伝えます。本気で美穂ちゃんからPさんを奪います。もし付き合えても、美穂ちゃんと会話なんてさせません」

まゆ「……さあ、美穂ちゃん。もうするべき事なんて、すぐに決まるんじゃないですか?」

まゆ「……まゆの想いを……まゆの覚悟を、決断を……お願いだから、無下にしないで下さい……」

そう言って、まゆちゃんは去って行きました。

まゆちゃんは、本気でぶつかってくれて。

わたしとPくんの為に、嫌われるのを覚悟で、背中を押してくれて。

……なのに、わたしはまだ迷ってるなんて……

それでも、智絵里ちゃんに全てを伝えるのが怖くて。

智絵里ちゃんとお友達でいられなくなっちゃうのが怖くて。

わたしは、ずっと立ち竦んでいました。




夏休みも数日が過ぎて、八月に入った。

ここ数日、何もせずに一日を溶かしている気がする。

美穂とデートに行ったりとか、他の誰かと遊びに行ったりとかせず、一日家で本を読んでいるだけ。

なんだか虚無過ぎる。

美穂からはあんまりラインが来ないし、それとなく誘ってみたデートの誘いも素気無く断られていた。

……俺、嫌われたりしてないよな?

P「……大丈夫だよな?」

ちょっと不安になる。

ブーン、とスマホに通知が入った。

……智絵里ちゃんからか。

最近は、智絵里ちゃんとラインで話す事が多い。

割と結構な頻度で向こうから話しかけてくる。

そんな智絵里ちゃんとの会話は楽しいっちゃ楽しいが、美穂の事を考えると若干後ろめたい気持ちになった。

『良かったら、明日のお祭り一緒に行きませんか?』

そう言えば、明日は神社の夏祭りか。

李衣菜や加蓮やまゆも一緒なのかな。

智絵里ちゃんには申し訳ないけど、一旦返事は保留させて貰って。

美穂に夏祭りの誘いを送ってみる。

『おーい美穂、明日暇だったら一緒にお祭り行かないか?』

けれど、しばらく既読は付かなかった。

まぁ、そんな時もあるか。

文香「すみません、P君……荷物を運びを手伝って頂けないでしょうか……?」

P「ん、おっけ」

本を運びながら、らしくもないが少し考えてみる。

美穂は、もしかしたら。

まだ、悩んでいるんだろうか。

文香「……心ここに在らず、といった表情ですね」

P「ちょっと考え事しててさ」

文香「……ふふ、らしくもないですね」

酷い。いや自分でもそう思うけど。



文香「……美穂さんとの事ですか?」

P「ん?分かるの?」

文香「……最近、来ていませんでしたから……何かあったのかと」

P「なんて言えば良いんだろうな……こう、人間関係って難しいなぁって」

文香「……そう、ですね……特に恋愛絡みとなると、より一層難しいと思いますが……」

P「姉さんはそういう経験あるの?」

文香「…………本での知識のみですが、何か?」

P「ごめん……」

文香「謝られる方が辛いのですが……」

ごほん、と。

文香姉さんはワザとらしい咳をついて。

文香「……取り敢えず、動いてみてはどうでしょうか?悩んだり考えたりするのは、それからでも遅くないと思います」

P「……そうだな、うん。一回きちんと話すか」

作業を終えて部屋に戻ると、美穂からラインが返ってきていた。

『誘ってくれてありがとうございます』

お、久し振りにデート出来そうだ。

智絵里ちゃんには悪いけど、そっちは断るか。

『十七時に神社前で大丈夫ですか?』

『あ、その前に時間あったりしない?』

『はい、大丈夫です。Pくんの家に行けばいいですか?』

『いやいいよ、十六時くらいにそっち行くから』






お祭り当日の十六時ジャスト、俺は寮の前に来ていた。

まゆ「あ、Pさん。こんにちは」

P「ん、ようまゆ。これからお祭りか?」

寮から出てきたまゆは、浴衣姿だった。

……いいな、浴衣って。

まゆ「Pさんは、美穂ちゃんと二人で行くんですよね?」

P「うん、その予定」

まゆ「そうですか。それは良かったです」

P「良かった……?」

まゆ「そう言えば、十八時くらいから雨が降るみたいですよぉ」

P「マジか、なら今日はそんな長くは遊べそうにないな」

まゆ「でも、明日も明後日もありますから」

P「財布の中身が保つかなぁ……」

まゆ「それでは、まゆは李衣菜ちゃん達との待ち合わせがありますから」

P「んじゃ、また神社で会ったら」

まゆ「はぁい。また後でお会いしましょう」

まゆが神社の方へ向かっていった。

……そういえば、浴衣の時もリボンは外さないんだな。




美穂「……お、お待たせしましたっ!」

P「お。久しぶり、美穂」

少しして、美穂も寮から出てきた。

……浴衣姿!浴衣!非常に良ろしい。

可愛いなぁ。うん、めっちゃ可愛い。

美穂「ど、どうでしょうか……っ?」

P「すげー可愛いと思うぞ!」

美穂「え、えへへ……ありがとうございます」

P「……それで、少し話したい事があるんだけどさ」

美穂「……ごめんなさい。その……最近は、全然会えなくて……」

P「いや、いいんだけどさ。いやよくないわ、すげー会いたかったんだぞ」

美穂「……あ、会いたかった……えへへ。う、嬉しいです……っ!」

恥ずかしそうに頬を染める美穂。

そんな仕草が、浴衣も相まってめちゃくちゃ可愛い。

P「だから、何かあったのかな、ってさ」

美穂「その……色々と、気持ちの整理がつかなかったので……」

P「気持ちの整理……?」

やっぱり、何か悩んでいたんだろうか。

美穂「で、でもっ!もう大丈夫です!」

P「そっか、なら良かったよ」

美穂「もう、決まりましたから。今日会ったら絶対に……ちゃんと言うんだ、って……」

P「……美穂がそう言うなら良いけど……何かあった時は相談してくれてもいいんだぞ?」

美穂「……はい、ありがとうございます。もう、大丈夫ですから」

何があったのかを、何を悩んでいたのかを。

結局俺は、聞くことが出来なかった。

まぁ大丈夫って言われてしまったんだから信頼するしか無いが。

P「んじゃ、行くか!」

美穂「はいっ!」

二人並んで神社に向かう。

繋いだ手は、とても熱かった。




P「うおー、凄い熱気だな」

美穂「す、凄いですね……」

神社は人で溢れかえっていた。

手を離して巡ったらすぐにでも逸れてしまいそうだ。

ずらりと並んだ屋台には、魅力的な食べ物と祭特有の高い値札。

そんな祭りの渦の中に飛び込もうと、鳥居を潜った時だった。

李衣菜「ん、やっほーP、美穂ちゃん」

加蓮「あ、鷺沢じゃん。元気してた?」

李衣菜達がこっちへ向かって来た。

美穂の表情が、一瞬険しくなる。

美穂「久し振り、李衣菜ちゃん達」

まゆ「Pさぁん!浴衣姿のまゆですよぉ!」

P「うん、さっき見たぞ」

加蓮「……ふっ」

まゆ「加蓮ちゃん、今笑いましたか?」

加蓮「え、何の事?」

李衣菜「はいはい、下らない事で喧嘩しないの」

加蓮「でもほら、祭りと喧嘩は江戸の花って言うじゃん?」

まゆ「ここは江戸ではありませんよぉ」

李衣菜「だからまゆちゃんも煽らないの」

騒がしい三人だなぁ。

そのまま三人はまた祭りの中へと戻って行った。




智絵里「あ……こんにちは、Pくん」

P「ごめんな智絵里ちゃん、誘ってくれたのに」

智絵里「……いえ、大丈夫です。それよりも、折角会えたから……その、一緒に遊びませんか?」

P「悪いけど、今日は」

美穂「ねえ、智絵里ちゃん」

俺の言葉は、美穂に遮られた。

珍しく、美穂がかなり真剣な口調になっている。

智絵里「……なんですか、美穂ちゃん」

智絵里ちゃんの声のトーンも、かなり低い。

美穂「……え、えっと……今日は、わたしとPくんの……二人でのデートだから……」

智絵里「……デート、なんですか?」

美穂「う、うん……だから、えっと……」

智絵里「……Pくんは、嫌ですか?わたしが、一緒に遊ぶのは……」

P「俺は……」

俺としては、今日は美穂と二人きりで遊びたかった。

嫌っていう訳じゃないけど、だから今日は……

美穂「……ち、智絵里ちゃんっ!」

智絵里「……なんですか?美穂ちゃん……わたしの邪魔をしないで下さい」

美穂「じゃ、邪魔なんて……そうじゃなくってね?今日はわたしとPくんの二人で」

智絵里「応援、してくれましたよね?」

美穂「……っ!で、でも!わたしは……」

P「二人とも落ち着けって。智絵里ちゃん、悪いけど今日は」

美穂「Pくん!それ以上言わないで下さいっ!」

再び、美穂に遮られた。




美穂「ちゃんと言うって決めたもん……わたしが、ちゃんと……」

智絵里「……ずっと逃げてたのに、ですか?」

美穂「で、でもっ!今日こそは、って……」

智絵里「わたしの事を避けてたのに、ですか?」

美穂「……わ、わたしは……」

智絵里「……もっと早くに、言ってくれれば良かったのに」

美穂「っ!」

P「お、おい美穂っ!」

美穂が走って道を戻って行った。

俺も走って追いかけようとして……

智絵里「……Pくん。追い掛けないでくれませんか……?」

智絵里ちゃんに、服の裾を掴まれた。

P「……ごめん、智絵里ちゃん」

智絵里「……そう、ですか……」

優しく振り解いて、俺は走った。

多分寮に帰ろうとしているんだろう。

全力で走って、美穂を追った。







寮の近くの信号を超えたところで、美穂の後ろ姿が目に入った。

そのまま全力で走って、ようやく肩に手が届いて。

少し強い力で肩を掴んで引き止める。

P「おい美穂、どうしたんだよ……」

美穂「……離して下さい……っ!」

息が上がっているのは、走ったからだけではないだろう。

震える声を聞いて、俺は我に帰った。

P「……すまん」

肩から手を離して、一歩下がる。

美穂「……ぁ……ごめんなさい……」

P「悪い、強く掴んじゃって」

美穂「だ、大丈夫です……」

P「……なぁ、何があったんだ?」

美穂「……言えません……Pくんには……」

……若干どころじゃなく凹むな、その言葉は。

美穂「……今日はもう、帰りませんか?」

P「……明日は、一緒にお祭り行けるか?」

美穂「……それは……」

P「俺は美穂と一緒にデートしたいからさ。よかったら……色々と聞かせてくれよ」

美穂「……ダメです。絶対に言えません」

P「…………まだ、迷ってるのか」

美穂「っ……!」

反応で、大体察した。

美穂はまだ、智絵里ちゃんにきちんとは伝えてなかったんだ。

そして、だからこそ。

まだ迷っている、という事実のせいで俺に話せずにいたんだ。



P「……なぁ、美穂」

美穂「ごめんなさい……っ!わ、わたし……Pくんの事が大好きなのに……なのにっ!」

P「……いいよ、もう。そんな事はさ」

俺と智絵里ちゃんの何方を選ぶか、なんて、そんなの間違ってる。

そもそも片方しか選べない訳じゃないんだから。

まぁ俺としては俺の事を優先して欲しかったりはするが。

そんな事よりも、ずっと。

美穂の悲しそうな顔を見ている方が、よっぽと辛かった。

P「……頼むよ、美穂。俺は何言われたって気にしない……いや気にはするけど何でも受け止めるから。だから、全部話してくれ」

美穂「で、でも……わたしは、Pくんの事を……」

P「美穂……頼む。何言われようが絶対嫌いになんてならないから。俺を……信じてくれ」

美穂「…………はい」

美穂は、少しずつ。

ようやく、話してくれた。

智絵里ちゃんに、ずっと言えなかった事。

これからも言わずに、この状況を続けようとしていた事。

智絵里ちゃんとは会わない様に避けていた事。

まゆと話して、今のままじゃダメだって気付いた事。

そして今日こそ、智絵里ちゃんにきちんと打ち明けようとしていた事。




美穂「智絵里ちゃんは、気付いてはいます。でも……わたしが言わなければ……それで、このままでいられるから……」

P「……でも、今日ちゃんと言おうとしてたんだろ?」

美穂「はい……そのつもりでした。でも……言えなくて……」

P「……そっか。ごめん、俺が余計な事を言おうとしちゃって」

美穂「い、いえ……Pくんは悪くありません……わたしがちゃんと伝えようって思って、なのに……」

P「……確かに俺悪くないな」

美穂「っぅ……うぅぁ……」

P「ごめんごめんごめん!いや誰が悪いとかじゃなくてさ!!」

美穂「わたし……っ!言えないよ……言える訳ないもんっ!言おうとしたのに言えなかったんだもんっ!!」

美穂「怖いよ……嫌われちゃったらどうしよう……友達でいられなくなっちゃったら!わたしはっ!」

美穂「……智絵里ちゃんと友達でいたいのに……っ!」

P「……成る程な」

美穂の気持ちは分かった。

どれほど悩んでいたか、どれほど不安だったか。

もっと早くに、無理やりにでも聞いておけば良かった。

そしたら、ここまで美穂が悩む事も無かったのに、

……さて。

P「なあ美穂。あのさ……もうちょっと、信じてみたらどうだ?」

美穂「Pくんの事を、ですか……?」

P「それもだけど……友達を、さ」

ぽつり、と。雨が降ってきた。

美穂の浴衣が濡れちゃうから、もうまどろっこしいのは無しだ。

思った事全部、真っ直ぐそのまま伝えよう。



P「智絵里ちゃんは傷付くかもしれないけどさ……それでも、友達でいてくれるって信じてみようよ」

美穂「友達で……?」

P「なにも、伝えたら嫌われちゃう、友達でいられなくなっちゃうって決まった訳じゃないだろ?」

美穂「……そうだけど……」

P「ならさ、全部伝えた上で。それでも友達でいて欲しいって、そう言えばいいさ」

美穂「……断られちゃったら……?」

P「ならその時考えればいい。少なくとも、何も言わずにいるよりはよっぽどいいだろ」

もしこのまま何も言わず、なあなあにして今の関係を維持したとして。

それで美穂が傷付いていくなんて、そんなの俺が嫌だった。

雨がどんどん強くなる。

でも、それでも。

今、きちんと美穂に伝えなければ、って。

そう、思ったから。

P「……それと、一人で言う必要は無いんだよ」

美穂「……え?」

P「俺からもちゃんと伝えるから。お願いするから。俺だって嫌だよ、折角出来た友達を失くすなんて。美穂が友達を、俺のせいで失くすなんて」

美穂「……いいの……?」

P「ダメな訳無いだろ!俺の大切な人が困ってるのに何もしないなんて、そんなの嫌に決まってるだろ!」

美穂「……ありがとうございます……」

P「だから……頼れよ。もっと頼ってくれよ。幸せだけじゃなくて、辛い事だって分け合おうよ」

美穂「……なら……お願いしても、いいですか?」

震える声で、泣きそうな表情で。

それでも真正面に、俺に向かう美穂。

P「……何をだ?ちゃんと、言ってくれ」

美穂「わ、わたしが……智絵里ちゃんに、きちんと伝えるから……」

美穂「Pくんと付き合ってるって事も。智絵里ちゃんと、これからも友達でいたいって事もっ!」

美穂「だから……Pくんもっ!一緒に側に居て下さい……っ!」

ようやく、言ってくれた。

それが、とても嬉しかった。

P「……ああ、もちろん」

美穂からのそんな言葉に。

俺も、目頭が熱くなった。




美穂「……っ、あ……あぁぁぁぁぁっ!ずっと、ずっと悩んでたんですっ!怖くて!決められなくて!覚悟が出来なくて!!」

美穂「ごめんね、Pくんっ!ちゃんと、もっと信頼して!きちんと話してれば……っ!」

美穂を抱き締めて、震える身体を撫でる。

頬が濡れているのは、雨のせいにしてあげよう。

P「……さ。明日は、一緒にお祭り行けそうか?」

美穂「……はい。その時に、必ず」

P「ならよし。風邪引くなよ、帰ってあったかくしとけよ」

よくよく考えたら、わざわざ寮の前で話す必要も無かったな。

P「それじゃ、また明日」

美穂「……はい。また明日ね、Pくん」

美穂と別れて、家まで走る。

かなり激しい雨に打たれているが、それもなんだか心地良かった。

P「ただいま、姉さん」

文香「……おかえりなさい、P君。海で泳いできたんですか?」

P「そんな感じ、ダイビングしてた」

文香「きちんと、服を脱いでから泳いで下さい……」

まぁ、恋のダイビングする時はちゃんと全裸だから。

いや言わないけどさ。

文香「……シャワーを浴びたら如何ですか?」

P「うん、そのつもり」

熱々のシャワーを浴びて、部屋に戻る。

濡れたカーテンとプリントがお出迎えしてくれた。

……窓、閉めてくの忘れてたなぁ……

掃除して、ベッドに寝っ転がる。

思った以上に色々と疲れてたのか、俺の意識はあっという間に薄れていった。



土曜日、お祭り二日目の正午。

俺は智絵里ちゃんにラインを送った。

今日、全てを伝える為に。

『今日お祭り行くよな?』

『はい、行きます』

『悪いんだけど、その前に話出来たりしない?』

『大丈夫です』

『十六時に鳥居前で』

『分かりました』

面白いほどの淡白なやり取りだ。

いや面白くは無いんだが。

あ、あとまゆにも会っておこう。

お礼とか色々と言いたいし。

『おーい、まゆー』

『まゆですよぉ』

『まじか』

『まじですよぉ』

『今暇だったりしない?』

『まひですよぉ』

『まひ?』

『ひまです。間違えました』

『んじゃ、そっち行くわ』

『まちますよぉ』

なんだこのやり取り。面白いな。

P「姉さん、出掛けてくるわ」

文香「……あら、どちらに?」

P「寮行ってくる」

文香「お祭りではないのですか?」

P「あ、もちろん。その後お祭り行くから、夕飯は作れないから」

文香「……外出禁止とさせて頂きます」

P「夕飯の食材無いよ?」

文香「鎖国は今より終わりです。さあ、P君……貿易をお願いします」

そんな会話をして、俺は寮へと向かった。



寮の前では、浴衣姿のまゆが待っていた。

P「よう、まゆ。昼から浴衣で暑くないのか?」

まゆ「こんにちは、Pさん。暑いです、褒めて下さい」

P「耐久力と忍耐力あるな」

まゆ「浴衣姿を、ですよぉ……」

P「……なあ、まゆ」

少し真面目に話そうとする。

それだけで、まゆは全てを察した様だ。

まゆ「……いえ、お礼なんて要りません」

P「いや、そう言うなって」

まゆ「でないと……まゆも、辛くなっちゃいますから」

P「……そうか、悪かったな」

まゆ「はぁ……まゆも、自分で選んだとは言え随分な貧乏くじを引きましたねぇ」

P「大凶か?」

まゆ「いえ、大吉ですよぉ。Pさんのお役に立てたんですから」

P「……明日はさ、みんなでお祭り楽しもうな」

まゆ「……はい、楽しみにしています」

P「それと、うん。浴衣似合ってるぞ。凄く綺麗で可愛い」

まゆ「……はぁ。まったく、Pさんは乙女心を分かっていませんねぇ」

P「悪いな、男なもんで」



まゆ「あ、Pさん。一つだけ、お聞きしていいですか?」

P「なんだ?」

すーっと息を吸い込んで。

最高の笑顔をこちらに向けて。

まゆ「まゆと、お付き合いしてくれませんか?」

あぁ、本当に。

まゆには頭が上がらないな。

P「出来ないな、俺は美穂の事が大好きだから。それでも、これからも友達でいてくれないか?」

まゆ「はい、もちろんです」

P「……簡単だけど、難しいなぁ」

まゆ「ですねぇ。さ、Pさん。これからも頑張って下さいね」

P「あぁ、また後でか明日な」





夏の十六時は、まだ明るい。

空の色は青く、眩しい太陽はまだまだ沈んでくれそうにない。

P「……どうだ?美穂」

美穂「……はい、大丈夫です。Pくんが、手を握ってくれていますから」

鳥居の前で、手を繋いだ美穂とそんなやり取りをする。

これから言わなきゃいけない事は、きっと凄く辛いし勇気がいると思うけど。

それでももう、美穂は震えていなかった。

智絵里「……こんにちは、Pくん、美穂ちゃん」

美穂「……来てくれてありがとう、智絵里ちゃん」

智絵里ちゃんが、来てくれた。

もう全部分かっているんだろうに、それでも来てくれた。

それが、本当に嬉しくて……辛かった。

智絵里「……二人で、待ってたんですね」

美穂「うん、だって……恋人だもん」

智絵里「……羨ましいです……とっても」

そんな智絵里ちゃんの目は、既に溢れそうなほど潤んでいて。

それでも、ここに居てくれて……

美穂「……ねえ、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい、なんですか……?」

美穂「……ねぇ、智絵里ちゃん。わたし、謝らないといけないんだ」

智絵里「そう……ですか……」

美穂「……初めてPくんの家で遊んだ日の事。お互いの恋が上手くいくといいね、って。わたし、智絵里ちゃんの好きな人がPくんって知らなかったから」

美穂が、大きく息を吸って。

握り締めた手を、更に強くして。

そして、言葉にした。



美穂「……ごめんね、智絵里ちゃん……っ!わたしたち、付き合ってるんです……っ!!」

智絵里「……そう、ですよね……はい、知ってました」

美穂「応援したのに、わたしが……それを、謝りたかったの」

智絵里「……やっと、言われちゃったんですね」

美穂「うん……言っちゃった」

智絵里「ずっと、このまま……そんな風に思ってたのは、わたしだけだったのかな……」

美穂「このままじゃいられない、って……そう気付いたんだ」

智絵里「……そう、ですよね。美穂ちゃんからしたら……」

美穂「ううんっ!わたしだけじゃない!きっと、誰も幸せにはなれないからっ!!」

智絵里「……美穂ちゃんにとって……わたしは……」

美穂「智絵里ちゃんは……わたしにとって……っ!」

智絵里「迷惑、だったよね……もう、一緒に居たくないよね……」

美穂「大切なっ!お友達だからっ!!」

美穂の声が、大きく響いた。

智絵里ちゃんが驚いているのは、声の大きさか、それともその言葉にか。

美穂「ずっと言いたかった!言えなかった!だって、最初にこんな風にしちゃったのはわたしだからっ!わたしが、向き合おうとしなかったから!!」

智絵里「……ううん、美穂ちゃんだけじゃないです……」

美穂「逃げ続けて、本当にごめんね!わたしが、もっと……強かったら……っ!」

智絵里「……どうして、今日は……逃げてくれなかったんですか?」

美穂「大切な恋人の為だから!大切なお友達の為だから!!」

美穂「これ以上逃げてたら……きっとわたしは、どっちも失ってたと思うの」

美穂「そんなの嫌だもん!Pくんと恋人でいたい!でも、智絵里ちゃんと友達でいたい!どっちかなんて選びたくない!!」

美穂「したたかだと思うけど!ワガママだと思うけど!!それでも!わたしにとって、どっちも大切なものだから!!」

美穂「だから……っ!お願いだから!これからも!わたし達と友達でいて!いさせてっ!!」



智絵里「……美穂ちゃんは、強いね……」

美穂「強くなんかないよ。ずっと逃げてたんだもん、でも今は……こうして、支えてくれる人がいるから」

一瞬此方に視線を向ける美穂。

その瞳は、涙で潤みながらも強い視線を放っていた。

P「……智絵里ちゃん、俺からも頼む。これからも……俺たちと、友達でいてくれないか?」

智絵里「……振られ……ちゃったんですね……」

P「あぁ、恋人が既にいる。大切な人がもういる。そして……その上で、智絵里ちゃんとは友達でいたいんだ」

智絵里「……わたしにとって、美穂ちゃんとPくんは……とっても、大切なお友達です」

智絵里「……そんな二人に、そうやって頼まれちゃったら……」

智絵里「……断れる訳……無いじゃないですか」

美穂「……ありがとう、智絵里ちゃん」

智絵里「……本当は分かってたんです……美穂ちゃんが、とっても辛い思いをしてるの……それでも、諦められなくって」

智絵里「まだ大丈夫、これくらいなら大丈夫って……そんな風に、美穂ちゃんが何も言わないのをいい事に、わたしは……」

智絵里「……そんな、わたしなのに……友達でいても、いいんですか……?」

智絵里ちゃんは、今日呼び出されて。

友達でいられなくなるかもしれない、と。

そこまで、覚悟してたのか。

それでも止まれなかった程の強い想いだったのに、それでも来てくれた事が。

本当に、嬉しかった。




美穂「……ねえ、智絵里ちゃん」

智絵里「……っ……うぅ……ごめんね、美穂ちゃん……」

美穂「……良かった……うぁぁぁっ!本当にっ!ありがとうっ!うぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

智絵里「っうぅぁ……美穂ちゃん……っ!ごめんね……ほんとに、ごめんね……っ!」

美穂「怖かったよぉ!智絵里ちゃんに、に、嫌われちゃうなんてっ!本当に……っ!ずっと怖かったの!不安だったの!!」

智絵里「ごめんなさい……っ!わたしが……っ!ぁぅっ!」

美穂「もっと早くに言えればよかったのに!もっと信じればよかったのに!!わたしがっ、弱いせいで……っ!!」

智絵里「あぁぅぅぅぁっ!わたしもっ、弱いからっ!諦める勇気が無かったからっ!!」

美穂「っうぅぅぁぁぁんっ!ごめんねっ!遅くなってっ!向き合えなくってっ!!」

美穂が、智絵里ちゃんに抱き付いて泣きじゃくった。

智絵里ちゃんも、美穂を突き放す事なく泣き続けた。

ようやく二人とも向き合えて、本当に良かった。

李衣菜「……」

P「……ん?李衣菜?」

気付けば、鳥居の裏に李衣菜が立っていた。

そこは、美穂と智絵里ちゃんからは見えない位置で。

李衣菜「……そっか、うん。良かったね、全部済んだみたいで」

P「李衣菜は知ってたのか?」

李衣菜「私だって、全部じゃないけど気付いてたからね。美穂ちゃんが悩んでたのも、智絵里ちゃんが諦め切れなかったのも」

そう言えば、李衣菜は智絵里ちゃんと修学旅行の部屋が同じだったのか。

その時に、話を聞いていたのかもしれない。

李衣菜「ま、私は頼って貰えなかったんだけどね。そういうのは何も言われてない私が口出しするものじゃないし」

P「頼られた俺が羨ましいか?」

李衣菜「まさか、それこそPがやるべき事でしょ」

P「それもそうだな」

李衣菜「でも……良かった。私、一年生の時からずっと美穂ちゃんの事応援してたんだ」

P「そうだったのか」

李衣菜「そうだったんだよ。ま、そろそろ私は去らないとね。二人とも泣き止むんじゃない?」

P「……ありがとな、李衣菜」

李衣菜「お礼はいいから、美穂ちゃんの事ちゃんと幸せにしてあげてよ?」

P「もちろん。言われなくてもそのつもりだよ」

李衣菜が、二人からは見えないように離れて行った。



智絵里「……あの、Pくん……」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……えっと……色々と迷惑かけちゃって、ごめんなさい……」

P「……俺こそ、ごめんな。凄く自分勝手な事言って」

智絵里「い、いえ……それでも、やっぱり……友達でいて欲しいって言われて、嬉しかったですから」

そんな智絵里ちゃんの表情は、既に笑顔に変わっていた。

涙の跡は、まだ残っているけれど。

それもすぐに、夏の暑さに消えてゆきそうで。

P「……明日は、みんなで一緒に遊ぼうな」

智絵里「……っ!……はい……っ!」

頷いて、また涙が溢れ落ちて。

それでも、笑顔で。

そんな智絵里ちゃんと、これからも友達でいられる事が嬉しかった。

智絵里「……また、明日。楽しみにしてますから」

そう言って、智絵里ちゃんは帰って行った。

P「……良かったな、美穂」

美穂「……うん。本当に、良かったです……」

抱き付いて、胸に顔を埋めてくる美穂。



そんな美穂の頭を撫でた所で、ようやく俺は気付いた。

まゆ「…………」

加蓮「…………」

まゆと加蓮が、物凄いジト目でこっちを見ている事に。

P「……な、なぁ美穂。少し離れてみたりしないか?」

美穂「……ダメ、です……離れたくないです。もうちょっとだけ、このままで……」

加蓮「……泣かせたの?」

まゆ「泣かせてますねぇ」

美穂「えっ?!加蓮ちゃん?!まゆちゃん?!」

美穂が飛び跳ねて、頭を俺の顎にぶつけた。

とても痛い。

まゆ「……見せつけてくれますねぇ」

加蓮「何があったの?喧嘩?痴話喧嘩?」

まゆ「加蓮ちゃんは喧嘩関連以外の単語を知らないんですかぁ?」

加蓮「思考が短絡的過ぎて言い返す気すら起きないんだけど」

まゆ「思考放棄してる加蓮ちゃんよりはマシですよぉ」

美穂「あ、あわわわわわ……だ、抱き付いてるところを見られちゃってたんですね……」

P「良いんじゃないか?今日は俺と美穂の二人きりでのデートなんだから」

美穂「で、ですよねっ!もう一回!もう一回抱き着こうと思いますっ!ぎゅ、ぎゅーーっ!!」

加蓮「……うぇ、早くしょっぱいポテト食べたい」

まゆ「お塩撒いてあげますよぉ。はい、鬼はー外、鬼はー外」

加蓮「なんでまゆは塩持ち歩いてるの?!」

まゆ「実はただの砂ですよぉ」

元気な二人だなぁ。

周りからの視線が痛い。

P「……美穂。やっぱりそろそろ離さない?」

美穂「一生離しませんっ!」

P「周りの人見てるから。みんなが見てるから。注目されてるから」

美穂「……Pくんが抱き締めて、わたしを隠して下さい」

P「俺だけ恥ずかしいやつじゃん」

まあ、それでも。

これで心置き無くお祭を楽しめる。

やっと、ようやく。

俺たち二人きりの夏祭りは始まった。





……筈だった。

加蓮「ねえ鷺沢!ポテト!ほら見てポテト!」

まゆ「Pさぁん!どこですかぁ?」

李衣菜「ひゃっほーう!見て見て!射的でギターのピック落としたんだ!」

P「……なんで着いてくるんだ」

美穂「ふ、二人っきりの筈だったのに……」

加蓮「あ、気にせずいちゃいちゃしてて良いよ。私達は冷やかすだけだから」

まゆ「Pさぁん!きゃっ、せっかく引いた大吉のおみくじを落としちゃいましたぁ……!」

李衣菜「まゆちゃーん!こっちこっち!」

……とても、五月蝿い。

俺と美穂が手を繋いで歩く、その1メートル程後ろがとても騒がしい。

そして、智絵里ちゃんは……

智絵里「……っ!……っ!」

ドンッ!ドンッ!!

神社の太鼓体験コーナーで、無表情で太鼓を叩いていた。

まるで鬱憤を晴らすかの様に激しい音が聞こえてくる。

時折とても良い笑顔で此方を見てくるのが非常にこう、うん。

美穂「せ、せっかくのデートが……」

P「ま、明日こそ二人っきりでさ」

李衣菜「ひゅーひゅー」

まゆ「させませんよぉ。明日はみんなで回る約束ですからねぇ」



P「……難しそうだな。仕方ない……っ!」

美穂「きゃっ!」

繋いだ手を少し強く引き、祭りの喧騒を駆け抜ける。

加蓮「あっ、逃げた!」

まゆ「まゆからは逃げられませんよぉ」

李衣菜「まゆちゃんそっちじゃない!逆逆そっちお手洗い!」

逃げるが勝ちだ、俺たちに静かにいちゃいちゃさせろ。

人混みをかき分けて、神社の境内に辿り着いた。

これでしばらくは見つからないだろう。

そして、ここなら……

美穂「……えへへ、二人っきりですね」

P「だな。あとそろそろな筈だけど……」

美穂「何がですか?」

美穂がそう言ったのと、ほぼ同時に。

ドンッ!と。

空に、大輪の花が打ち上がった。

P「ここなら、花火が見やすいからな」

美穂「わぁ……とっても綺麗……」

ぱちぱちと空に弾ける光に、美穂の顔が照らされる。

そんな美穂の横顔は、とても綺麗で……



美穂「っ?!」

どうしてもしたくなって、唇を軽く重ねるだけのキスをした。

美穂「……もう、Pくん……」

P「ごめん、あまりにも綺麗でさ」

美穂「花火が、ですか?」

P「美穂がだよ」

美穂「……あ、ありがとうございます……っ!」

ようやく、何かに悩むことなく恋に溺れられる。

頭を空っぽにして、美穂との日々を詰め込める。

美穂「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

そう聞き返そうとして。

ちゅっ、と。

俺の唇は、美穂の唇に塞がれた。

美穂「えへへ……ええと、これからもきっと、いっぱい迷惑かけちゃったり頼っちゃう事はあるかもだけど……」

P「どんと来い。それ以上に迷惑かけてやるから」

美穂「わたしの想い、受け止めて下さい!」

P「俺でよければ、いつだって」

美穂「はい……っ!Pくん!」

打ち上げられた花火なんて目に入らないくらい。

目の前の美穂の笑顔は、キラキラと輝いていた。

美穂「これからもずっと!わたしのこと、見てて下さいねっ!」



美穂√ ~Fin~



以上です
お付き合い、ありがとうございました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom