モバマスSSです。
あたまおかしいのでご注意ください。
更新不定期。
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◇
もしもひとつだけ。
ひとつだけ俺の人生に於ける大きな失敗を挙げるならば、それはきっと”扉”を見つけてしまったことかもしれない。
仕事終わりの帰り道。太陽は既に落ち、チカチカと頼りなく街頭は点滅している。
寂れた商店街から少し外れた路地裏から放たれた一瞬の輝き。
それは、ちょっとした好奇心だった。
導かれるように向かった先にあったのは扉だった。
敢えて言うならば全てが鏡で作られた”どこ○もドア”。
どこかへ繋がる訳でもなく、ただその扉は俺の姿をクッキリと映し出していた。
たいして人気のない中華料理店の室外機の側にそれは屹立していた。
「なんだこれ、そもそもノブ回るのかよこれ」
冗談で手を掛けたそれはなんの抵抗もなく回って少し関心した。
「……よく出来てんじゃん」
開いた扉を前に後ろに、軽く動かし、それを俺は通り抜け、後ろ手に扉を閉めた。
――通り抜けて、しまったのだ。
「扉の先は異世界でしたぁー。なんてこともないわけでして」
おどけて、振り返る。
そこに、既に扉はなかった。
影も形も。ただ月明かりだけが辺りを妖しく照らしていた。
「……あ、ありゃ?」
◇
傷つくことには慣れていた。
負けることには慣れていた。
笑われることには慣れていた。
手を前に突き出す。
肉付きの悪いほっそりとした腕を淡い肌色の皮膚。
足も同様だし、瞳はぱっちりとしている。
お世辞にも綺麗とはいえないそれを眺めて溜息をひとつ。
幸い、というべきか、私の心は歪まなかった。
何年も、いや、十数年間なのだろうか。
きっと、生まれてからずっと。
ただ、強靭な恋慕の、親愛の情だけが子供の頃から私を私たらしめていた。
胸を焦がす出処の分からない向ける先の分からない”それ”だけが。
その情が十数年の時を経て向ける先を見つける先を手に入れた。
不思議と笑みが溢れる。
――これは、きっと私がこれまで、これから手に入れるなかで最も強い幸運なのだろう。
そんなことを考えている時だった。
がこんっ、と乱暴に事務所の扉が開かれてスーツの男の人が転がり込むように入ってくる。
彼の顔色は青く、荒い息を吐いている。
「響子っ、響子は居るかぁッ!」
髪はぼさぼさ、普段は物好きにも普段には几帳面に剃っていた髭も僅かに伸びていた。
寝起きでスーツだけ纏ってきた、と言われても納得の装いで格好いい。
普段からそうならばいいのに。
まぁ、そうじゃくても好きなんですけど。
というか、もはや執着の域に達しているといってもいいかもしれない。
彼は事務所を見渡すように視線を向け、私を見つけたのか真っ直ぐこちらに駆けてくる。
ソファーに座る私と視線を合わせる。
彼……というか、プロデューサーさんは私を眺めて瞳に涙を浮かべていた。
「よかった、……よが……っだぁ!おまえは、ふつうで、本当に、よかったぁ!」
「ひゃっ!?」
背中にプロデューサーの熱を感じる。
気がつけば私は正面からプロデューサーに抱きしめられていた。
数年分、数十年分の情動が私の心臓の鼓動を加速させるのが分かる。
――なに、なんなんでしょうか。らっきー?なんかこう、朝からやったーっ!って感じででいいんですか!?
五十嵐響子、らっきぃでいですか!?
あぁっ、でもこんな骨ばった抱き心地の悪い体でいいの、いいのかなぁっ?
「響子!」
「は、はいっ!」
「お前いつも俺と同じ朝の天気予報番組見てるよな」
「えっ、そうですね」
プロデューサーの目はいつしかなにかに縋るような、祈るような光を湛えていた。
そして、プロデューサーはゆっくりと、私に慎重さすら感じさせるほど真剣な瞳をこちらに向けて、再び口を開いた。
「……今朝のお天気お姉さんは、トロールにしか見えなかった、よな」
――それは、祈るように、願うように。
「……教えてくれ、響子。今朝の、お天気お姉さんは……トロールだったよな。ぎっとりと肌に染みた脂とそれに貼り付いた傷んだ髪……なぁ、あれは……ウェザートロールとかそういう種類の怪物、なんだよな……?」
「あの女巨人の……持ってたフリップが……対比するとお子様ランチの旗サイズに見えるんだ……、お子様、ランチの……」
怯えるプロデューサーの震えが抱きつかれている私にも分かる。
彼の背中を優しく擦る。
そう、女は度胸なのだ。
頼れる女を演出しなければ、とかは思ってない。思ってないです。
「大丈夫、大丈夫」
「そう、そうだよな。……俺、おかしくないよな」
「そうですよ。あの番組のお天気お姉さんはですね……」
満を持して、私は囁くようにそれを伝える。
――トロールみたいにどっしりと脂を蓄えて笑顔がチャーミングなとっても綺麗なお姉さんですよ。
プロデューサーはなぜかその場に崩れ落ち、痙攣し始めた。
「あ、あれぇ……?プロデューサー?……プロデューサーっ!?」
一旦ここまで(冷静になってしまった顔)
「大丈夫だ。安心して欲しい。俺は大丈夫だ……大丈夫だ……大丈夫だよ。そうだよ、俺が大丈夫にしなくちゃ……」
虚ろな瞳をしたプロデューサーはぼそぼそ、と呟いてます。
ど、どうしましょう。
多分、大丈夫じゃないような気がします。
私は、そっと彼の手を握ります。
濁った瞳が私を、捉える。
「セ、センエツながら私が付いてますよ。はいっ!私たち、まだお互い出会って一ヶ月ですけどっ、頑張りましょうっ!」
なにか間違ったことを言ってしまったのか、プロデューサーは突然真剣な目を私に向ける。
「……一ヶ月?」
「えっ、あ、はい」
ぱくぱくと、プロデューサーは口を開いて、閉じてを繰り返し、絞り出すように言葉を吐き出そうとする。
「……ブライダルショーの仕事花嫁の真似事をした」
「はい?」
「……クリスマスシーズンは忙しかったからな、シーズン終わってからちっちゃいケーキに阿呆みたいに蝋燭を刺して祝った」
「あのー?」
「CDを出した時はなんでだかオムライスに絵を描いたんだ」
ぽつ、ぽつとなにかの出来事を語りだすプロデューサー。
……もしかして、彼女さんの話かなぁ?
でも、CD?CD――?
だが、どうしてだか胸が痛むハズなのに、それより先にぽかぽかした柔らかな感情を感じる。
なに……?なんですか。これは。
「オムライスに描いたのは……なんだったか……」
少しだけ額に指を当てて、「あぁ、そうだ」と呟いてからプロデューサーは顔をあげる。
「確か、コアラだ」
…………ん?
あ゛ぁ?
「うーさぁーぎぃーでぇーすぅー!」
自然と喉元に言葉がせり上がってきたそれを、躊躇することなく吐き出す。
うさぎ。兎。ウサギ。うさ……。
……んぅ゛?うさぎって、なんで、……ありゃ?
自然、首を傾げる。
「なんで、私、うさぎって言ったんです?」
分からない、分からないけどどうしてだろうか。
濁流のような感情が胸の内を暴れまわるような、だけれど不快ではない。
むしろ元よりこうあったような――。
「あぁ、よかった」
そんなプロデューサーの安堵の声が耳に届いた。
「響子がわりかし五十嵐響子でよかった」
――いえ、普通に私は五十嵐響子だと思うんですけど。
そう口に出そうとして、やめた。
なにがあなたを苦しめているのか分からないけれど、それであなたが救われるならそんなこと、考えるまでもなくどうでもよかったですね。
「うん。あそこのお天気お姉さんは相も変わらず美人さんだったな。そうだよ。そうに違いない」
ソファーに座る私の腰掛け、緑茶を一口啜るプロデューサー。
その相貌は穏やかでまるでFXで有り金全部溶かした人のような、思わず目を惹かれるほど魅力的で、思わず溜息が漏れそうになった。
「今致命的にツッコまなきゃいけないところを逃した気がした」
プロデューサーは表情を引き締めてなぜかきょろきょろと辺りを見渡す。
私は訳も分からず首を傾げました。
「響子」
「はい」
「お天気トロ……お、お天気お姉さんは美人だな」
「はい」
「それで、だな」
プロデューサーが唾を飲み込むのが見えた。
「響子、お前は自分を不細工だと思うか?」
そして真っ直ぐに私を見つめる。
自然と自嘲の笑みが溢れる。
「はい」
醜いということはこの世界でいつも私の足を掴んで離さない呪いのようなものだ。
生きる上でどこまでも付き纏うもの。
プロデューサーの目が悲しげに細められる。
……あぁ。私はまたこの人を悲しませてしまった。
「そう、か」
「大丈夫ですよ」
プロデューサーに小さく微笑みかけるとプロデューサーは困ったように眉尻を下げた。
ニ分、三分と無言の時間が続く。
「ちなみに、なんだが」
それは意を決したような言葉だった。
重厚な、勇気を絞り出すような。
「響子の目から見て俺はどう見える?」
―――なんだ、そんなことですか。
そんなことは分かりきっている。
身長が高い訳でもなく、体型だって特筆する点はない。
顔だって特別醜い訳でもなければ整っている訳でもない。
だけれど、私は不思議なことに、生まれてきてからずっとあなたに恋しているから。
それがオカルトでもファンタジーでもどうでもよくて。
答えなんて決まりきっていた。
言え。私、言ってしまえ。
ここで言えてこそのデキる淑女。いけ、この流れならいけます。
いける――ハズ!
「私が今まで見てきたどんな人よりもステキですよ」
き、決まったァ!決まりましたっ!
私の容姿の余りある欠陥を補っての淑女台詞。になると信じてます。……信じていいですよね?
「そうかぁ」
プロデューサーは微笑を浮かべて、立ち上がる。
そしてゆっくりと窓際まで歩を進め、窓を開け放つ。
強い風が吹いた。
ばさばさ、と部屋の中に吹き込んできた風がデスクの上の書類を数枚攫う。
私の頬にどこからか飛んできた水滴が当たる感触。
そちらへ視線を向けるとプロデューサーが事務所ビルの窓枠に足を掛けた状態で涙を流していた。
「ごめん、ごめん……。向こうの響子。こんな全身”R-15G”みたなヤツと根気よく向き合っててくれたんだなぁ」
……なんということでしょう。
私のデキる女アピールにより、恩人にして、誰より愛する彼が一瞬で自死一歩手前に。
「ま、まって。待ってください……まって、んぅ、うぅぅぅ゛!」
私は慌てて駆け出し、奇怪な声を上げながら情けなく彼の足に両手両足で縋り付く。
胸が痛い。というか、物理的に痛い。
私の胸の中の何かがここで彼を死なせたらこの心臓破ってやるとばかりに暴れている気がします。なんでしょうこれ。本当に痛い。
そして、大切な人が居なくなってしまうかもしれない恐怖と謎の胸の痛みで私がもう殆ど泣いているような状態であることに気づいたプロデューサーはようやく正気に戻るのでした。
一旦ここまで。
おやすみ。
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