梨子「──"私の音"と誕生日。」 (22)

ラブライブ!サンシャイン!!SS

梨子ちゃんの誕生日なので、梨子ちゃんのお話です。

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千歌「梨子ちゃん! お誕生日おめでとう!」


千歌ちゃんの大きな祝福の声が部屋いっぱいに響き渡る。


梨子「ふふ、ありがと。千歌ちゃん」

千歌「めでたいよー! Aqoursのメロディーメーカーの梨子ちゃんの誕生日だもん! Aqoursの要だよ!」

梨子「もう、褒めても何も出ないわよ?」

千歌「ええ? ここは褒められた喜びから一つ、いい感じの曲をお願いします!」

梨子「じゃあ、歌詞ください」

千歌「……よーし! パーティの準備頑張るぞー!」

梨子「もう……」


千歌ちゃんはいつも通りで呆れてしまう。


千歌「でも感謝してるのは本当だよ?」


千歌ちゃんが私の目を覗き込みながらながら、そう言う。

……でもね。


梨子「……ううん、むしろ、感謝してるのは私の方だよ」

千歌「ふぇ?」

梨子「……私、千歌ちゃんと出会わなかったら、もう作曲もピアノも出来なかったかもしれないから……」

千歌「……そうなの?」

梨子「……うん。千歌ちゃんがいなかったら、周りの期待とか不安とかいろんなものに押しつぶされて……ダメになってたと思う。」


きっと、ピアノの楽しさを思い出すことなんて、出来なかったと思う。


千歌「でも、梨子ちゃん初めて会ったときも音を探してたし……そんなことないんじゃないかな?」

梨子「がむしゃらだっただけよ……必死だったの。千歌ちゃんがいてくれたお陰でやっと道が見えたというか……」

千歌「……?」


千歌ちゃんは私の言葉に首を傾げた。

ふと、今日と言う日──私の誕生日ということであることを思い出す。


梨子「って言われても、わからないよね。まだ、皆来るまで少し時間あるから……少しだけ、昔話しよっか」


私はゆっくりと思い返しながら、語り始めた。

そう……ある日、ピアノと向き合うことが出来なくなった、一人の少女の話を──





    *    *    *





ポロン──ポロンと鍵盤を弾く。


梨子「……違う」


メロディを紡ぐために、必死に


梨子「……ダメだ」


私は項垂れた。全然うまくいかない。


梨子「……どうすればいいんだろう」


そうぼやきながら、天井を仰ぐ。

休日の音楽室には私一人。

ピアノの音が止むと外からは運動部の声が防音の窓越しに僅かに聞こえていた。

──夏休みを迎えてから既に数日が経った、今現在。何故、私──桜内梨子がわざわざ登校してまで音楽室にいるのか言うと


梨子「曲作り……進まないな」


作曲の為だった。

もちろん、自宅にもピアノはあるのだけど……。

本番はグランドピアノだし、何より自宅だと集中できなかった。


梨子「まあ、今も集中出来てないんだけど……」


誰もいない音楽室で私はそう、ひとりごちた。

軽く一息ついてから、何気なく音楽室を見回す。

音楽室特有の穴の空いた壁──えっと有孔ボードだっけ?

そして、室内の後ろ側からは稀代の音楽家達の肖像画たちが私を見つめていた。


梨子「立派な音楽室……だなぁ」


もともと音楽が強い学校ということで進学してきたから、音楽室が立派なのは想定内だったんだけど。


梨子「……でもその割に私以外、誰もいない」


私はピアノを軽く撫でながら、そう呟いた。

自分以外はほとんど触れることのないこのピアノ。

さすがに授業では使うから、よく手入れされてはいるけど

正直、歌唱部や吹奏楽部がないのは意外だった。

昔から音楽系の強い学校とは聞いていたのだけど、実際入ってみると音楽と言うよりはダンス……?

屋上からよく音楽が流れているし、そっちの方向にシフトしたのかな。


梨子「……まあ、どちらにしろ一人で弾くものだから気軽でいいんだけど」


ただ、そうは言っても作曲は全然進んでないし、今日はもうダメそう……。

──家に帰ろうかな。





    *    *    *





夏休みの閑散とした、廊下を伏し目がちに歩く。

結局、今日もほとんど進まなかったな……。


「あれ? 桜内さん」

梨子「?」


突然声を掛けられて顔をあげる。

クラスメイトだった。


「どうしたの? 夏休みなのに」

梨子「え、えっと……ピアノの練習をしたくて……」

「あー、そういえば桜内さんいつもピアノ弾いてるもんね。今度聴きに行ってもいい?」

梨子「え? あ、いや……人に聴かせられるようなものじゃないから……」


正直、今の自分のピアノを人に聴かれたくないし。


「そうなの? ま、いやならしょうがないかー」


随分とさっぱりした人みたいだ。まあ、その方が助かるけど……


「そういえば、夏休み明けたらなんだけど──」


その言葉に少し眉が引き攣った。


梨子「ごめんなさい。夏休みの後のことは、今考える余裕がなくて……」

「え?」


私の切り替えしにクラスメイトが少し間抜けな声をあげた。


梨子「……ごめんなさい。」


そう言って、彼女の横を逃げるようにすり抜けた。


「あ、ちょっと」


ごめんね、本当に余裕がないの……。

──ピアノコンクールが終わったあとのことなんて、考えてる暇ないの。





    *    *    *





学校から駅まで徒歩で数十分。

真夏の灼熱の太陽もだけど、立ち並ぶ高層ビルからの照り返しも相まって、かなり暑い。


梨子「日が沈むまで、音楽室にいればよかったかな……」


連日お祭りのように人が溢れる道中を見て辟易とする。

ああでも、あのままだとさっきのクラスメイトの子が音楽室の音を聞きつけて、入ってきちゃったかもしれないし……。


梨子「……そういえば、あの子。私の名前知ってたんだなぁ。」


一学期も終わって、クラスメイトの名前も知らない私の方が、特殊なんだけどね。

ピアノピアノピアノで頭がいっぱいでクラスメイトの子とはほとんど話さないですごした一学期だったし……

たぶん、二学期も三学期も……ずっと孤独にピアノを弾き続ける。

寂しくないと言ったら嘘になるけど、関わればピアノを弾く時間が減ってしまう。


梨子「今は……そんな暇はない」


雑踏に掻き消えてしまうような、小さな独り言を呟きながら、人ごみをするすると縫いながら駅へと向かう。

……そうだ、今はそんな暇ないんだから。





    *    *    *





子供のとき習ったピアノが楽しくて、辞める理由もなくて

気付いたらピアノを弾いてるのが私にとっての当たり前だった。

中学に上がる頃には好きとか、嫌いとか言うより……本当にただ弾くの当たり前だっただけで。

その流れで……って言うのも変な話だけど、中学二年生のときに出たピアノコンクールで私は賞を貰った。

もちろん、それは嬉しかったけど。

なんとなくずっと続けてきたから、なのかななんて思って。

それが自分の才能だとか、特別な努力だとは余り思えなかった。

でも、周りの反応違って……その年の年度末のことだった。


梨子母「梨子、高校はどうするの? やっぱ音楽系の場所?」

梨子「え? ……普通科のつもりだったけど?」

梨子母「あら、そうなの? ピアノの道に進むのかと思ってたんだけど……」

梨子「お母さん、大袈裟すぎだよ……」

梨子母「そうかしら? ピアノの賞貰ったのよ? すごいじゃない」

梨子「そんなんじゃないよ……。」

梨子母「じゃあ、ピアノはもう辞めちゃうの?」

梨子「別に辞めないけど…… 普通科の高校でピアノ弾けばいいし」

梨子母「そう? ……あ、そういえば近くに普通科だけど、音楽で有名な学校があったわね。えーと、音ノ木坂……だったかしら。」

梨子「……ふーん」


正直に言うと、お母さんの期待は重かった。

私はただ、なんとなくピアノを弾き続けていて、その先で運よく賞を貰っただけで

でも、なんだかんだこうしてずっとピアノを引き続けてこられたのも、お父さんやお母さんがピアノを弾ける環境を整えてくれたお陰だ。

多少重くても、少しでも期待に応えるのがそのことへの恩返しになるんじゃないかなって、そう思って……私は音ノ木坂学園高校への進学を決めたのだった。





    *    *    *





梨子「ダメだ……」


ピアノの前でまたしても項垂れる。

もうコンクールも近いのに。

ざっくりと曲は出来たんだけど……なんかしっくりと来ない。


梨子「でも、もう本番も近いし……」


もう、これでいいのかな……今の私の能力の限界。

別に作った曲に関して弾けない部分があるわけでもないし……そう思って、パタンと鍵盤に蓋をした。

ギリギリまで根詰めて、逆に曲が変になっちゃっても困るし……ね。





    *    *    *





コンクールの当日。


梨子「それじゃ、私控え室行くから」

梨子母「ええ、頑張ってね」

梨子「うん」

梨子母「梨子」

梨子「何?」

梨子母「貴方の音……聴かせてね」


私の……音……


梨子母「……梨子?」

梨子「え? あ、う、うん」


我に返ってお母さんの言葉に返事をする。

そのまま、控え室に逃げるように歩を進めた。

『貴方の音』……今、私は私の音を弾けているのかな……?

お母さんの期待に応えられるのかな……?





    *    *    *





私の音、私の演奏。

私の音……私の音?

私は今、私の音を奏でられるの?

しっくりきてないって言いながら、時間がないからって妥協した、あの音が私の音なの?

それが聴いてくれる誰かの……お母さんの聴きたい『私の音』なの?

私の音って何? 私の感じたもの? 私の奏でた音色? 私が考えた曲?

私の音……私の音……私の音は……どこにあるの……?

そんなことが頭の中をぐるぐると回り続ける。

でも、時間は待ってくれない、名前を呼ばれステージ上のピアノの前に立つ。

椅子に座る。

私の音……わからない、わからないけど、弾くしかない。

私の音"じゃない"音を弾くしか


梨子「……っ」


ッハとした。……私は今、私の音を弾けない。

『私の音じゃない音』を弾こうとしていた。

動きの止まった私に会場が僅かにざわついたような気がした。

早く弾かなきゃ……弾かなきゃ……!!

──でも、その手はもう動いてくれなかった。

今の私じゃ……ここに来ている『私の音』を聴きに来てくれている人の誰にも、私の音なんか届けられない、私自身にも……。


梨子「……」


私はピアノを弾かずに、鍵盤の蓋を……

……閉じた。





    *    *    *





──夏休みが明けた。

二学期は最初から最悪な気分だった。

どうにか10日間くらいは頑張ったつもりだったけど


梨子「……音楽」


今日から二学期最初の音楽の授業がある。

正直、かなり行きたくない。

でも、行かないわけにもいかず、一人音楽室へと向かう。

辿り着いた音楽室の戸に手を掛けて、ドアの覗き窓からピアノが目に入った瞬間。

──『私の音』は見つかったの?──

そうピアノから問い掛けられたような気がした。

その瞬間、あのコンクールの光景がフラッシュバックした。

ざわめく会場の中で何も弾くことなく頭を下げたときに、見つめた床の色が。

私の音を聴きに来てくれた人たちの前で、私の音を何一つ奏でることが出来ずに逃げ帰ってきた、あの日のことが──


梨子「……っ!!」


急に吐き気がして、口元押さえて蹲る。


「桜内さん?」


後ろからクラスメイトの声が聞こえる。


「桜内さん!? どうしたの!? 気分悪いの?」


ああ、今きっと私真っ青な顔してるんだろうなぁ

しゃがみこんで私の顔を覗き込むクラスメイトの顔をぼんやりと捉えて、そんなことを思う。


「保健室いこ! 付き添うから!」


彼女に身体を支えられて、よろよろと保健室に向かう。

──ふと、この子が夏休みのあの日すれ違った子だと気付く。

……そういえば、名前まだ知らないや。





    *    *    *






その日は結局早退して……そこから半月くらいはとてもじゃないけど、学校に行く気にはならなかった。

ほぼズル休みだったけど……お母さんは何も言わなかった。

なんとなく察してくれたのかもしれない。

誰とも会いたくなくて、家に居る間もご飯だけ食べてすぐ部屋に戻った。

一日だけ、ちょっと豪勢なご飯だった気がするけど、私を元気付けるためにお母さんが気を遣ってくれたのかもしれない。

でも、一言も発することなく、私は部屋に戻った。そして、眠りにつくことの出来ない布団に潜ったまま……ただ、時間が過ぎるのを祈っていた。





    *    *    *





いい加減これ以上休むわけにもいかないと思い、9月も下旬に入った週には流石に登校することにした。

これ以上お母さんに心配掛けるのも、申し訳なかったし。

学校に行く支度をする私の姿を見て、少しホッとしているのはなんとなくわかったし、それも含めてこの選択がベストだと思った。

──学校に着くと。


「あ、桜内さん! 体調大丈夫?」


あのクラスメイトの子がいの一番に声を掛けてきた。


梨子「あ、うん……ありがとう、もう大丈夫。」


とりあえず、ここでもこれ以上心配を掛けるのは申し訳ないから、そう答える。

本当は大丈夫じゃないけど。


「そっか、よかった~…… でもこんなタイミングでアンラッキーだったね」

梨子「……こんなタイミング?」


どんなタイミングなんだろう?

私は少し怪訝な顔をした。


「ほら、誕生日。9月19日だったよね?」

梨子「……え?」

「あ、ごめん…… 体調悪くて忘れちゃってたかな?」

梨子「い、いや……」


それもそうなんだけど


梨子「なんで、貴方が私の誕生日知ってるの……?」

「え?」


彼女は私の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。


「なんでって、一学期の始めに皆で自己紹介シート書いたでしょ? それに書いてあったから……」

梨子「あ……」


そういえば書いた気がする。

ふと、あの夏休みの日、彼女が言っていた言葉が反芻される。


『そういえば、夏休み明けたらなんだけど──』

梨子「もしかして……あのとき言おうとしてたのって、私の誕生日のこと……?」


ポロリと言葉が漏れてしまった。



「あ、うん。まあ、そうなんだけど……。あのときは桜内さん忙しかったみたいなのに、変に呼び止めてごめんね。」

梨子「あ……うぅん……」


私は力なく相槌を打った。

……私、何やってるんだろ。

私を気遣ってくれる人がいるのに、私は一人で何もかもやらないといけないって勝手に決め付けて、周りの人に対して自分から遠ざかって、それなのに……その結果、誰の期待にも応えられなかった。

そのクラスメイトが楽しそうに何かを目の前で喋っているけど

何も頭に入ってこなかった。

だって、私は

私は──この子の名前すら未だにわからないのだ。


梨子「ご、ごめん……!!」


私は咄嗟に立ち上がって


「え、ど、どうしたの?」

梨子「ごめん……なさい……」


そのまま、教室を飛び出した。





    *    *    *





自分勝手な自分が嫌い。独りよがりな自分が嫌い。傲慢な自分が嫌い。

努力した気になれなくて? 賞を貰ったことに驕って、そこで努力するのを辞めただけじゃない。

するのが当たり前だった? 誰のお陰で当たり前に出来ていたの? それは貴方が用意したものじゃないでしょ?

体の良い言い訳して、逃げ道作って、結局何も出来てない……

周りの期待も、心配も……色んな想いから平気で目を逸らして、私にあるのはピアノだけだからって言って。

そんな逃げた先にあるピアノも満足できない私は一体なんなの?

……でも、今さらどうすればいい?

やってしまったことはもう元には戻らない。

裏切ってしまったことも、出来なかったことも、なくしてしまった居場所も。

いや、居場所なんて最初からなかったけど……じゃあ、私は

──飛び出した先で真っ先に向かった、音楽室の戸を開ける。

ピアノが目に飛び込んでくる、それ同時にこの前同様の吐き気が襲ってくる。

気持ち悪い……でも、もう……もう、私にはこれしか残ってないんだ

どうにかして、私の音を見つけることしか、私が出来る罪滅ぼしなんてないんだ……

込み上げる吐き気に必死で耐えながら、鍵盤の蓋を開ける。


梨子「──」


ポロン──置いた指が白い鍵盤を鳴らした。

久しぶりに聴いた、ピアノの音。


梨子「──私……っ」


音楽室の中で響いて消えていくその単音を聴きながら、私は膝から崩れ落ちた。


梨子「ごめんなさい……っ……。ごめんなさい……っ……。」


……私は誰もいない、音楽室でひたすら懺悔した。

期待を裏切ってしまったこと、心配を無碍にしてしまったこと……そして、ピアノが大好きだった昔の自分に対して……。





    *    *    *





梨子「その後のことは千歌ちゃんも知っての通り」


私は長い話を終えて、ふーっと一息吐いてから続ける。


梨子「その子ともだけど……もう、私の方が気まずくなっちゃって……。転校するまではクラスメイトの誰とも事務的な会話以外はしなかった。……というか出来なかった。」

千歌「そうなんだ……」

梨子「……優しくされると、その分どんどん自分が嫌いになっちゃう気がして……ね」

千歌「……」

梨子「……だからこそ、あのときは居場所がなかった分、今は本当に幸せだよ……。千歌ちゃんが作ってくれた、このAqoursが今の私の居場所だから。」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「……まあ、今あの子に会ったらあのときのこと謝りたいって気持ちはあるけど。……向こうも変わった子だったなくらいにしか思ってないだろうし。もういいんだ」


やってしまった失敗をいつまでも悔やんで止まってたら、前と何も変わらないから。





    *    *    *





「「「誕生日おめでとーう!!!」」」


掛け声と共にクラッカーが弾ける。


梨子「ふふ……ありがとう、皆」


あのとき、返せなかった言葉。今はちゃんと言えるんだ。

それが嬉しくて……ちょっぴり切ない。


曜「それじゃ、早速行っちゃう?」

善子「主賓への供物──」

花丸「誕生日プレゼントずら~」

善子「被せんじゃないわよ!!」

ルビィ「あはは……」

果南「もう、何やってるんだか……」


わちゃわちゃと騒ぎながら思い思いのプレゼントを受け取る。

本当に去年ではこんなこと考えられなかったのに……

──8人分全部受け取ったところで


ダイヤ「実は誕生日プレゼントはこれだけではありませんのよ」


ダイヤさんが突然そう切り出した。


梨子「え?」


私は思わず声をあげた。

……なんだろ?


鞠莉「……誰からだと思う?」

梨子「えっと……? Aqoursの皆からとか……?」

鞠莉「半分正解、半分間違いデース」


そういって、鞠莉さんが一枚の封筒を手渡してきた。


梨子「手紙……?」

ダイヤ「貴方へのファンレターですわ。Aqoursの桜内梨子さんへの」


手紙を受け取り


梨子「……嘘」


宛名を見て私は目を見開いた。


果南「梨子……?」


私の表情の変化に皆が少しざわついたけど、それどころではなかった。

私はすぐに背後にある机の上のペン立てから取り出したカッターを使って、封を明ける。

そして、中から出てきた、便箋に丁寧に書かれた手書きの文字に目を通した。


梨子「……なんで……」


私は思わず口に手を当てた。


『Aqoursの桜内梨子様へ

お久しぶりです。1年生のとき、音ノ木坂学院で同じクラスだったんだけど…覚えてるかな?

結局、あれ以来話せなくて、何があったのか気になってたんだけど桜内さん転校しちゃったから聞けず仕舞いで…。

でも最近になってAqoursとして活動してるのを聞いて、改めて桜内さんのこと調べちゃいました。

…ピアノのコンクール大変だったんだね。それでいっぱいいっぱいだったのに、いろいろちょっかいかけちゃってごめんね。

今はスクールアイドルとして頑張ってると聞いて、Aqoursへのファンレターと言う形で浦の星女学院に送らせてもらいました。

あのときは転校していなくなる最後の最後まで、苦しそうな顔でピアノを弾いていた桜内さんだけど…今はAqoursとして楽しそうに笑って活動しているのを見て安心しています。

いい友達に出会えたんだなって。

…私はうまくしてあげられなかったけど、今度はちゃんと桜内さんの気持ちを大切にしてくれる、大切な友達に出会えたんだなって。

スクールアイドル頑張ってね!応援してます。

あと、あのときは当日に言えなかったけど、今日見てくれてる日が誕生日だったらいいなっ 誕生日おめでとう!

P.S 桜内さんって笑うとあんなに可愛いんだね! 思わずAqoursの梨子ちゃんのファンになっちゃいそうだよ! なんてねっ』


梨子「……っ……」


気付いたときには涙が頬を滑り落ちていた


善子「え、ちょ、リリー!? そ、そんな泣くほど……もしかして悪口とかでも──」

千歌「善子ちゃん。大丈夫だから」

善子「え、あ、うん」


Aqoursのリーダーが皆を一言で落ち着けて、肩を震わせ背を向けたままの私に声を掛けてきた。


千歌「梨子ちゃん」

梨子「…………っ」

千歌「ちゃんと、全部繋がってるんだよ」


千歌ちゃんが私を後ろから優しく抱きしめて、そう、言った。


梨子「……うん……っ……」


私はポロポロと涙を零しながら、千歌ちゃんの言葉に頷いた。


千歌「今度は、お返事……してあげてね」

梨子「うん……っ……。うん……っ……。」


9月19日──私、桜内梨子の誕生日──あの日見つけることが出来なかった、『私の音』をきっかけにいろんなものを取り零して、後悔して、ここまで来て。

でも、その先で見つけた、本当の『私の音』──『私たちの音』が零してしまったものさえも優しく救い上げて繋いでくれた。

私はまたこれで一つ、前の自分よりももっと怖がらずに前に進むことが出来る。そう改めて胸に抱いた、そんな印象的な誕生日でした。

──これにて、ある日、ピアノと向き合うことが出来なくなった少女の話──改め、再びピアノと向き合えるようになった少女の話に、幕を引かせて頂きます。ご静聴ありがとうございました。




<終>

終わりです。

お目汚し失礼しました。


改めて、梨子ちゃん誕生日おめでとう!

また何か書きたくなったら来ます。よしなに。


こちら過去作です。よろしければ。


千歌「──あの日の誕生日。」
千歌「──あの日の誕生日。」 - SSまとめ速報
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