千歌「──あの日の誕生日。」 (31)

ラブライブ!サンシャイン!!SS

千歌ちゃんのお誕生日のお話です。

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千歌「──果南ちゃんなんて、だいっきらいっ!!!」


千歌の甲高い声が耳を劈く。

ポロポロと大粒の涙を流しながら、そう叫ぶ千歌を見て、私は何も言えなくて。


果南「……ごめん」


ただ、謝ることしか出来なくて。


千歌「知らないもん!!果南ちゃんのバカ!!」

果南「ごめんね……」

千歌「うっ……うぇぇぇん……っ……」


ごめん、ごめんと繰り返す度に千歌は悲しそうな顔をして、ついには声をあげて泣き出してしまう。

それでも私はどうすればいいのかわからなくて、ごめん……ごめん……と繰り返した。




    *    *    *





果南「……やな夢見たな」


布団から起きたら、全身嫌な汗でびっしょりだった。

シャワーでも浴びようかなと一瞬思ったけど、どうせすぐに海に潜るしいいかと思い、起き上がって窓を開け放つ。


果南「……いい天気」


まだ朝だけど、開け放った窓から部屋に流れ込んでくる生ぬるい風が夏の到来を告げていた。


果南「あの日もこんな天気だったっけ……」


忘れることの出来ない、あの夏の日を思い出して、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。


果南「ダメだ、ダメだ!こういうときは体動かさなきゃ!」


私はかぶりを振って、日課の仕事のために身支度を始めたのだった。




    *    *    *





梨子「千歌ちゃん、結局パーティ出来そう?」


早朝、弁天島までの道すがら、私の顔を覗き込むようにして梨子ちゃんが尋ねて来る。


千歌「うん。お昼なら大丈夫そうだって。お客さん、お昼の間は沼津市内を巡る人が多いみたいであんまり大騒ぎしなければ、千歌の部屋でなら大丈夫だってさ」


夏休みも始まり、旅館が人でごった返している。

その上、学校もないため、私の誕生日は基本的には祝われない。

もちろん、友達からお祝いのメールや電話は来るし、お誕生日会の話が出ることも少なくはない。

だけど、旅館にとって長期休暇は繁忙期も繁忙期。

お姉ちゃんやお母さんが忙しく働きまわってる中で誕生日パーティをするのもなんだか気が引けて、誕生日パーティをやったことは実はほとんどない。

でも、今年は──


梨子「そっか、よかった……。最初、誕生日会の提案を断られたときはびっくりしたよ」

千歌「あはは、ごめん……。家柄的に毎年誕生日はお祝いしてる暇がなくって、反射的に断っちゃったんだぁ」

梨子「旅館だもんね。ご家族は何か言ってた?」

千歌「んーん。お客さんの迷惑にはならないようにって釘刺されただけだったよ。」

梨子「そっか」


弁天島まで家から20分ちょっと。

内浦湾を眺めながら、歩く散歩道は早朝だと言うのに、日に照らされて、もうこの時間でもすでに少し暑いくらい。

ただ海からの風が程よく吹いていて心地よかった。


梨子「でも、意外だったな」


言葉数少なめに散歩を満喫していたら、梨子ちゃんが唐突にそう漏らした。


千歌「ん、何が?」

梨子「誕生日会のこと。千歌ちゃんだったら忙しくっても、祝って欲しいってダダこねるかと思ってたよ」

千歌「あはは、確かに普段のチカ見てたらそう思うかも」

梨子「あ、自覚はあったんだね」


梨子ちゃんの軽い皮肉を受け流しながら海に目を配らせる。

そこには朝日に照らされた淡島が存在感を持って鎮座していた。

──果南ちゃん、今日もお仕事してるんだろうな。

この光景が、ワードが、私にあることを思い出させる。


梨子「千歌ちゃん」


ぼんやりと思い出に耽っていたら、梨子ちゃんに名前を呼ばれて、思わず立ち止まる。


千歌「ん、なに?」

梨子「なんか、千歌ちゃん……元気ない?」

千歌「ん……」


一瞬迷ったけど、態度に出ちゃってる以上隠しても梨子ちゃんにはそのうちバレちゃうかなと思って、私は正直に言うことにした。


千歌「あのね、実は誕生日に……ちょっと嫌な思い出があるんだ」

梨子「嫌な思い出……?」

千歌「あ、でもでも、誕生日をお祝いしてくれるのは嬉しいし、今年は皆でパーティ出来ることはうれしいって思ってるからね?」

梨子「う、うん。それで、その……嫌な思い出って?」

千歌「……えっとね」


私はポツリポツリと思い出を辿りながら、話始めた。




    *    *    *





朝の一仕事を終えて、朝練に向かう準備をする。

シャワーを浴びて、海水に晒された髪を軽く流してから、練習着に身を包む。

全く、先にランニングに行ってから海に潜りたい気持ちでいっぱいだけど、この時期はそれこそダイビングショップにとっては1年間を通してもお客さんが最も来る最繁忙期だ。朝の準備はどうしても後回しに出来ない。

こればっかりはしょうがない。

身支度を終えて、家から出ようとしたとき、ふと──


果南「……あ、お客さんのスケジュール表見るの忘れてた」


と零してから、踵を返す。

もちろん前日にも、確認はしているのだけど、新規のお客さんや飛び入りのお客さんがいることもあるので、チェックを欠かすわけにはいかない。


果南「今日は……特に昨日と変わりないかな。」


ボールペンで書かれたスケジュール表にざっと目を通す。

本日の予定は特に昨日確認したものとは変わらずそのままだった。

流れで他の日のスケジュールにも視線を移す。


果南「あれ……?」


ふと、違和感を感じて、目が留まる。


果南「え、ちょっと、これ……」


ある日のスケジュールを見て、青ざめる。

私は焦って、スケジュール表を手に持ったまま、家の奥へと走り出していた。



    *    *    *





果南「祖父ちゃん!」


部屋の奥の方でのんびりとラジオのニュースを聴きながら、ダイビングの道具のチェックをしている祖父に声を掛ける。


祖父「……なんだ」


祖父ちゃんはこちらに顔を向けずぶっきらぼうに返事をしてきた。


果南「この日!私、仕事出られないって言ったよね!?なんでこんなに予約入ってるの!?」


私は件の日付を指差して、祖父に向かって抗議の声を上げた。


祖父「しっとるわ。その日は俺一人で捌くから気にするな。」

果南「いや、無理でしょ!昨日までこの日、全然予約なかったのになんでこんなに……」

祖父「団体客が入ったんだ。別に珍しいことでもないだろ」

果南「じゃあ、断ってよ!」

祖父「せっかく、淡島まで来てくれるお客さんをこっちの都合で断るのも悪いだろ。」

果南「……もう!!」


私は踵を返して、玄関に向かおうとする。


祖父「……どこ行くんだ果南」

果南「父さんと母さんに電話!こっち戻ってきてもらう!」


私の両親は沖縄の方でダイビングショップを経営しているから、普段は祖父と二人で店を回しているわけだけど

この日、私が抜けたら祖父ちゃん一人で回すのが不可能なのは火を見るより明らかだ。

だから、この日だけでもこっちに戻ってきてもらって手伝ってもらおうと思ったのだけど──


祖父「やめとけ。繁忙期なのは向こうも同じだろうが」

果南「そうだけど……じゃあ、どうするのさ!」

祖父「だから、俺が一人で回すって言うとるだろうが」

果南「だからこんな予定じゃ無理だって言ってるじゃん!」

祖父「無理かどうかはやってみんとわからんだろ」


ああもう、どうして昔気質の人はこう頑固なのかな。


果南「うぅ……どうしよ」

祖父「果南、お前はこの日は予め休むって言ってただろ。だからこの日は休みだ、お前が悩むようなことじゃない。」

果南「あのねぇ……」


祖父ちゃんも自分が老人だってことをいい加減自覚して欲しい。

もちろん、今でも現役で働いてるし身体もちゃんと動く。とは言っても、老いは確実にある。

何かあってからでは遅いのだ。


祖父「高海の嬢ちゃんのところに行くんだろ」

果南「……」

祖父「こちとら何年この仕事やってると思っとるんだ。これくらいのこと何度も経験しとる。わざわざ孫娘に力借りんでもどうにでもなる。」

果南「ああ、もういい!!練習行って来る!!」


私は頑固な祖父ちゃんとこれ以上話すのが嫌になって、家を飛び出した。



    *    *    *





自宅の十千万旅館から歩くこと数十分──弁天島に着くと、私と梨子ちゃんよりも先にダイヤさんと花丸ちゃんがついていた。


千歌「おはよー」

花丸「あ、千歌ちゃん、梨子ちゃんおはよう」

ダイヤ「おはようございます。千歌さん、梨子さん。」

梨子「おはようございます。……って二人だけ?」

ダイヤ「そのようですわね」


ダイヤさんはそう言って溜息を吐く。


ダイヤ「全く、夏休みだからと言って弛んでいますわ。」

千歌「あはは、曜ちゃん朝弱いから……」

梨子「よっちゃんも……。沼津組は完全に寝坊だね。ルビィちゃんは?」

ダイヤ「何度起こしても起きなかったので置いて来ました。」

千歌「ダイヤさん厳しいなぁ」

花丸「ルビィちゃん、昨日遅くまで衣装作りしてたから今日はゆっくり休んで欲しいんだってさ」

ダイヤ「ちょ、ちょっと花丸さん!?その話は内緒だとさっき言ったではありませんか!」


ダイヤさんの顔が紅くなる。


千歌「ふふ、ダイヤさん素直じゃないんだから~」

ダイヤ「う……。衣装作りだってスクールアイドル活動の一環なのだから、それが原因で朝練に遅れるのは別にサボりにはならないでしょう!?」

千歌「うんうん、そうだよね。そう思うよ。」

ダイヤ「……」


語気の荒いダイヤさんを適当にあしらう。


梨子「鞠莉さんは……まあ、寝てるよね」

ダイヤ「あの人は基本的に適当すぎるのですわ」

花丸「じゃあ、朝練は4人かな?」

千歌「ん……?」


朝に弱い4人はともかく、もう1人メンバーが足りないことに気がつく。


千歌「果南ちゃんは?」


私の言葉を受けて、ダイヤさんが──


ダイヤ「たぶん、朝の仕事が長引いてるんじゃないでしょうか。直に来ると思いますわ。」


──と、そう答えた。


千歌「あ、なるほど」

梨子「じゃあ、先に始めちゃう?」


梨子ちゃんが弁天島の石段に目を配らせながらそう言う。


花丸「でも、誰もいなかったら果南ちゃん、ここで誰かが来るの待ってるかも……」

千歌「あ、じゃあチカが残ってるよ。3人は先に練習始めてて」

ダイヤ「そうですわね……。ここでお喋りしていてもしょうがないですし、そうしましょうか。」

梨子「千歌ちゃん、一人で平気?」

千歌「平気も何も、別に待ってるだけだから」

梨子「そっか、わかった。」


そう言って、3人は石段を登り始めた。




    *    *    *





程なくして。


果南「ご、ごめん、遅くなった……」


軽く息を切らして果南ちゃんが姿を現した。


千歌「おはよう、果南ちゃん」

果南「おはよ、千歌だけ?」


辺りをキョロキョロと見回しながら果南ちゃんがそう尋ねて来る。


千歌「んーん。梨子ちゃんとダイヤさんと花丸ちゃんは先に始めてるよ。」

果南「あ、私待ちだったのか……ごめん、ちょっと仕事が──」


そこまで言って果南ちゃんがハッと息を飲んだ。


千歌「果南ちゃん?」

果南「あ、いや……えっと、遅れてごめん……」

千歌「うん?別に大丈夫だよ」

果南「う、うん……ごめん」

千歌「……?どうかしたの?」

果南「え、あ、いや。なんでもない。今度は私が待ってるね、曜ちゃん辺りがぼちぼち来るでしょ?」

千歌「あ、うん……わかった。」


果南ちゃんらしからぬ、歯切れの悪い態度に少し違和感を覚えた。


果南「……あ、千歌」


果南ちゃんが私の名前を呼んだ。


千歌「なに?」

果南「……ご、ごめん。やっぱりなんでもない……」

千歌「……先行くね」


果南ちゃんが何度も、ごめん。ごめん。と言ってくる。

さっき梨子ちゃんに話した嫌な記憶が掘り返されている感じがして、なんだか早くここから離れたい気分になって、私は踵を返して階段に向かって走り出した。


果南「──千歌!!」


そのとき、私の背中に向かって果南ちゃんが声を張り上げた


果南「その……ごめん……。8月1日……誕生日……。家の手伝いで……行けない……かも……」


果南ちゃんは途切れ途切れにそう言った。


千歌「そっか。わかった。」


私は一度振り返ってから、笑顔を作って果南ちゃんにそう答えた。

そして、階段を登り始めた。


「……ごめん」


背中越しだったし、距離も離れていたから、気のせいだったかもしれないけど、小さな声で果南ちゃんがまた謝る声が聞こえた気がした。




    *    *    *





──私と果南ちゃんは物心ついたころから幼馴染だった。

お母さんや志満姉曰く、おしゃぶりをしている頃から二人で遊んでたみたい。

旅館とダイビングショップって、お客さんも被る……というか旅館側から積極的に紹介するレジャーだから、結びつきも強くて、

果南ちゃんのお家とは私達が産まれる前から家族ぐるみの付き合いだったみたいでね。

どっちかの家が忙しいときは二人一緒にどっちかの家に預けられて世話されてたことも少なくなかったみたい。

『千歌ちゃんは果南ちゃんのお母さんにおしめの交換とかしてもらったこともあるのよ』なんて志満姉に言われて、なんとも複雑な気分になったこともあったっけ。

そんなわけで私と果南ちゃんは家業の影響もあったし物心付いてからも自然と二人で遊ぶことが昔から多かったんだけど、

もちろん夏の繁忙期なんかは仕事の邪魔になるチビのチカは家から追い出されて、外をぶらぶら、暇さえあれば砂浜を駆け回ってた。

そんなとき相手をしてくれたのは、淡島に住むずーっとチカのお姉ちゃんみたいな人の果南ちゃんだった。

今考えてみれば、果南ちゃんもお家の都合で暇だっただけなのかもしれないけど、

家の仕事が忙しい時期は毎日のように果南ちゃんと一緒に遊んでた。

8月1日。この日はチカの誕生日なんだけど、お察しの通り旅館は大繁忙期で朝から夜までチカの誕生日なんて忘れるくらい大忙し。

それが寂しいって気持ちはもちろんあったけど、家が旅館なのは生まれたときからそうだったし、そういうものだと割り切れていた。

何より、果南ちゃんが毎年おめでとうと言ってくれた。私はそれで満足だった。

二人で海の砂を使ってケーキを作って、そこらへんで拾ってきた木の棒を立てて、ロウソク代わりにして。

果南ちゃんが「チカ、息でロウソクの火消してごらん」なんて言うから、思いっきり息でふーってしたら、向かいの果南ちゃんに砂がぶわーってかかっちゃって。

でも、果南ちゃんは怒ったりはしなかった。

「息、吹きかけたらこうなるのか……」なんて言いながら、何故かそのまま砂のケーキを使って棒倒しが始まったり──あ、棒倒しってのは砂場で少しずつ砂を取っていって、棒が倒れた方が負けってゲームのことね。

ケーキのお城を作ろうって言って、二人で夕方までケーキのお城作りに励んだこともあったっけ。

自信作が出来たんだけど、結局波にさらわれちゃって、壊れちゃって。

それを見たチカは泣き出しちゃったんだけど、果南ちゃんは「壊れちゃったけど、また作ればいいよ。今度はもっとすごいのつくろ?」って言ってくれて。

そしたら、自分でも笑っちゃうくらいピタっと泣き止んじゃって。ううん、実際に笑ってたかな。

だから、家族がお祝いしてくれることはあんまりなかったけど、それでもこの日──8月1日、私の誕生日は私にとってすっごく特別な日だったんだ。

果南ちゃんと過ごす、すっごくすっごく大切な日。

……小学生にあがって、お互い家のお手伝いもするように──というかさせられるようになってからは毎日遊ぶってほどじゃなくなってね。

もちろん、学校もあったし、その頃には曜ちゃんとも友達になってたしね。

でも、それでも、誕生日はチカの中では"果南ちゃん"との特別な日だった。

──それであれは何年前だっけ。

私が小学校にあがってすぐくらいのことだったから、もう10年くらい前かな。

だから、その年も8月1日は果南ちゃんと一緒に遊ぶ約束をしていた。


果南「千歌」

千歌「なに~?」

果南「8月1日ね、家のお手伝い頼まれちゃったんだけど……」

千歌「え……じゃあ、一緒に遊べないの……?」

果南「……うぅん!大丈夫!絶対途中で抜け出してくるから!」

千歌「ほんとに?」

果南「うん!約束する!」

千歌「わかった!じゃあ待ってるね!」




    *    *    *





朝起きたらすぐに家を出て、旅館の前の砂浜で待っていた。

果南ちゃんが来たら、どんな立派なケーキのお城を作ろうかなって、砂浜に棒で絵を描いてた。

太陽も高くなってきて、千歌のお城計画はもはやお城を通り越して、すごい高さの塔になっていた。

直に太陽が一番高いところに来て、お腹も空いてきたから、一度家に戻って、お母さんにおにぎりを作ってもらった。

砂浜で一人座りながらおにぎりを食べた。

だんだん日が傾いてきた、塔には更にいろんな装飾が付けられてて……

というか、角とか手とか足とか付いてて、もうなんかよくわからないものになってた。

私は待っていた、ずーっと果南ちゃんのことを。

そして……日が沈んだ。

それくらいの時間になってやっと、果南ちゃんがやってきた。


果南「千歌!」


果南ちゃんが声を掛けてきた。


果南「ごめん、千歌……抜け出すタイミングがなくって」

千歌「……うそつき」


私の口からはそんな言葉が零れ落ちた。


果南「……ご、ごめん」

千歌「……チカずっと待ってたのに」

果南「……ごめん」

千歌「おっきなお城……作れると思ったのに」

果南「……」

千歌「果南ちゃんのうそつき……」


言葉と共に涙が溢れてきた。


千歌「果南ちゃんのうそつき……っ……! ……絶対来るって言ってたじゃん……っ……!」

果南「…………ごめん」

千歌「うそつき! うそつき……っ! うそつき……っ……!!」


言葉が、感情が、止まらなくなって


千歌「果南ちゃんのうそつきっ!! ……バカっ!!」


言っちゃいけない言葉だってわかっていたのに


千歌「──果南ちゃんなんて、だいっきらいっ!!!」


大粒の涙を零したまま、勢いに任せて、口からそんな言葉が飛び出した。


果南「……ごめん」


謝り続ける果南ちゃん。

でも、それでも、悲しい気持ちを止めることが出来なくて。


千歌「知らないもん!! 果南ちゃんのバカ!!」

果南「ごめんね……」


どんなに悪口を言っても果南ちゃんは一言も言い返さず、ただただ謝り続けていて

その謝る果南ちゃんの顔を見たとき私は酷く後悔したのを今でも覚えている。

自分の中にある寂しさとか、悲しさとか、怒りとか、悔しさとか……情けなさとか

いろんな気持ちがごちゃまぜになって


千歌「うっ……うぇぇぇん……っ……」


私は声をあげて泣き出してしまった。


果南「ごめん……ごめんね……」


果南ちゃんは悲しそうな顔をして、ただそう繰り返していた。



    *    *    *





千歌「その後、いつまで経っても帰って来ない私を心配して、志満姉と美渡姉が迎えに来てくれて、お母さんが果南ちゃんの家に連絡して果南ちゃんのおじいちゃんに迎えに来て貰って家に帰ったんだ」


私は弁天島の社の前に腰掛けたまま、梨子ちゃん、ダイヤさん、花丸ちゃんを順に見る。


千歌「それ以来……誕生日にお祝いはしてない。」

ダイヤ「……そんなことがありましたのね」

梨子「果南ちゃんが来れそうにないなら、お誕生日会は止めておく……?」

千歌「うぅん、それこそ果南ちゃんが気負っちゃうだけだからさ。私も皆がお祝いしてくれるなら素直に嬉しいし。」

花丸「千歌ちゃん……」

千歌「ちっちゃい頃はわかんなかったけど……どうしようもないこととか、頑張ってもタイミングが合わないことっていっぱいあるからさ。特に仕事とかお家の事情が絡むと尚更ね。」

ダイヤ「……まあ、そうですわね」

花丸「うん……」


ダイヤさんも花丸ちゃんも思い当たる節があるようで、その言葉を聞いて渋い顔をしながらも納得している様子だった。


千歌「もう、ちっちゃい子供じゃないんだから……」


私は木漏れ日の漏れる木々を見上げながら、小さく、そう呟いた。



    *    *    *





その一件のあと千歌としばらく距離を置いて──とは言っても1ヶ月もなかったけど。

それでも、子供の時分には永遠に感じるほど長い時間だった。

幸か不幸か夏休みの真っ只中だったから、無理をしなくても自然と距離は作れたって言うのは皮肉な話だ。

新学期になって、学校で顔を合わせたとき、千歌は──


千歌『果南ちゃん、おはよっ。ねねね、今日は久しぶりに遊びにいっていい?』


──そう言ってくれた。

千歌の変わらない態度に心底安心したのを覚えている。

それから、お互い誕生日の話題は自然と口に出さなくなった。

暗黙の了解として、お互い触れないように


果南「10年……か……」


一人弁天島の階段の前で空を仰いで呟いた。


鞠莉「何が10年なの?」

果南「あ、鞠莉……」


どうやらこの呟きはたった今到着した遅刻姫に聞かれていたようだ


果南「なんでもないよ。それより遅刻だよ?」

鞠莉「10年前……って言うとわたしが日本に来るちょっと前かな?」


聞いてないし


鞠莉「ふふーん……じゃあ千歌っちのことかしら」


しかも鋭いし


鞠莉「何か悩み事?」

果南「んー、あー……。千歌の誕生日会、ちょっと用事でいけないかもってだけ」

鞠莉「ああ……毎年この時期は忙しそうだったもんね」


鞠莉は私の言葉ですぐ理解したようで


鞠莉「人手足りないならわたしも手伝おうか?」


そう提案してきた。


果南「有難いけど……鞠莉は千歌のお祝いをしてあげて欲しいかな」

鞠莉「……そ」


鞠莉は短く返事してから。


鞠莉「果南はそれでいいの?」


そう問いかけてきた。


果南「……そういうものだから」

鞠莉「……そう」


鞠莉は何か思案するように目を泳がせてから


鞠莉「果南がそれでいいなら、いいけど」

果南「……千歌も私も……もう子供じゃないからさ。平気だよ。」

鞠莉「……果南のそういうところ、よくないわよ」


鞠莉はそう言って、眉を顰めた。


鞠莉「達観した振りして、大人になった振りして、それで結局後悔のするの」

果南「……うるさいな」

鞠莉「ま、そこがいいところでもあるんだけどね」

果南「褒めたいの? けなしたいの?」

鞠莉「どっちもかな」

果南「なにそれ……」

鞠莉「果南」

果南「なに」

鞠莉「あんまり千歌のこと泣かせちゃダメよ」


鞠莉の言葉にギクリとした。


鞠莉「貴方も千歌も……まだ高校生なんだから。変に身構えないで普通にしてればいいのよ」

果南「そんなこと言われても……」

鞠莉「どうしようもないことは確かにどうしようもない。……でも、誕生日を祝われなかったら寂しい。せいぜいわたしはそう思う。」

果南「……」

鞠莉「逆にお祝い出来なかったら、素直に申し訳ないと思う。それは普通のことだし、その気持ちそのものに無理に蓋して、見て見ぬ振りするのは違うと思うよ」

果南「見てきたようなこと言わないでよ……」

鞠莉「Sorry. 果南ってそういう不器用な人だって思ったから」


鞠莉は私の肩をポンと叩いて


鞠莉「たまには素直に向き合ってあげなよ」


そう言って階段を駆け上がっていった。


果南「……。……って、さりげなく鞠莉が先に行ってるし。」


実は一人で待つのが退屈だから、それっぽいこと言って、遅刻を誤魔化そうとしてただけなのかも


果南「素直に向き合え……か……」


耳の痛い言葉だった。


果南「どうしよっかな……」


上を見上げると木漏れ日から陽光がキラキラと光っていた。

今日も暑くなりそうだ。

さて……私はどうしたいのかな──。



    *    *    *





──果南ちゃん。果南ちゃん。

ただ、呼ぶと果南ちゃんはいつもそこにいた。

私の手を引いたりするわけでもない、でも置いてったりしない。

そう、ただいつも、そこにいた。

だから、ショックだった。

いつもそこに居てくれた果南ちゃんが

産まれたときからずっとずっと一緒だった果南ちゃんが

一番一緒に居たい日に傍に居てくれなかったことが。

──でも


千歌「でも……ダメだよね」

梨子「何がダメなの?」


梨子ちゃんが耳打ちしてきた。

どうやら、声に出ていたみたいだ。


千歌「んーん、なんでもない」


顔をあげると、皆が騒がしそうに、誕生日特有の気持ち豪華な料理を食べながら談笑していた。


梨子「主賓がそんな顔してちゃダメじゃない」

千歌「えへへ、ごめん」

梨子「果南ちゃんのこと……考えてた?」

千歌「……うん」

梨子「そっか」


私は何気なく今この場にいる皆に順番に目を配らせる。

梨子ちゃん、鞠莉ちゃん、ダイヤさん、ルビィちゃん、花丸ちゃん、善子ちゃん、曜ちゃん……

果南ちゃんはどこを見ても、何度見ても、そこには居なかった。

──あの夏の日と同じように。

胸の奥がジクジクと痛む気がした。


梨子「じゃ、行ってきなよ」


梨子ちゃんは私の目を見てそう言った。


千歌「梨子ちゃん……?」

梨子「昔、悲しいことがあったのはわかったよ。でも、こんなおめでたい日をそんな悲しい日にしないで欲しいな」

千歌「……」

梨子「それに千歌ちゃんにそんな顔は似合わないよ。何も気にせず、後先考えずに突撃するのが千歌ちゃんでしょ?」

千歌「なんかバカにされてるような……」

梨子「せいぜい、私はそんな千歌ちゃんのお陰で自分の人生が変わったと思ってるよ。」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「もうちっちゃい子供じゃないんでしょ?」

千歌「……」

梨子「変わらないことも変わることも……これからもいっぱいあると思うけど」


梨子ちゃんは私の目を真っ直ぐと見据えて


梨子「子供じゃないなら、せめて、変わらないものは手から零れ落ちていかないように……大切にしてあげて」


そう言った。



    *    *    *





果南「ありがとうございましたー!」


日が傾きかけた頃、最後のお客さんを見送る。


果南「やっと終わりか……」


時計を見ると、もう定期船の最終便が終わるところだった。


果南「結局……いけなかったな……」


時計に向かってそう呟く。


祖父「果南」


店の奥から祖父が声を掛けてくる。


果南「何?祖父ちゃん」

祖父「臨時でもう一人、客だ」

果南「は?もう営業時間終わりだよ?」

祖父「外で待ってるよう言ってあるから、後は好きにやってくれ」


それだけ言って店の奥に戻っていってしまった。


果南「もう……自分勝手なんだから……」


私は不満を漏らしながら、店員としての笑顔を顔に張り付かせて、店の外に出る。


果南「お待たせしまし……た……」

千歌「……うん、待ってたよ」

果南「……千歌」


そこにいたのは千歌だった。



    *    *    *





千歌「……果南ちゃん」

果南「ち、千歌……あの、私……」


私はうろたえる果南ちゃんに近付いて──抱きついた。


果南「千歌……?」

千歌「……ごめんね」

果南「え……?」

千歌「あの日……だいっきらいなんて言って本当にごめんね……」

果南「千歌……」

千歌「私、果南ちゃんに甘えてばっかりで……果南ちゃんが居てくれるのが当たり前で……子供で……。酷いこと言っちゃったのに、ずっと謝りもしないで」

果南「約束破ったのは私だよ……」

千歌「その約束だって、果南ちゃんが私を大切に思ってくれてたから、そう言ってくれたんだってこともわかってたのに……。最後までこれないなんて言って投げ出さずにちゃんと来てくれたのに」

果南「……」

千歌「だから、ごめんね……果南ちゃん」

果南「千歌……」


まとまりのない言葉を果南ちゃんに向かって吐き続ける。

お互い、なんとなく触れないようにしていた、あの日の一方的なケンカに決着を着けるために。


千歌「本当は嫌いになったことなんて一度もない……。果南ちゃんのことずっとずーっと大好きだから……。」

果南「……千歌」


果南ちゃんが私を抱き返してくる。


果南「知ってる……全部知ってるよ……。千歌のことは産まれたとき知ってるんだから。」

千歌「うん……」

果南「だから、あの日千歌が本当に悲しかったのも、寂しかったのも……知ってるから……」

千歌「うん……」

果南「勢いで大嫌いって言っちゃって、バカって言っちゃって、後悔してるんだろうなってことも知ってたから……」

千歌「うん……」

果南「知ってたのに、ちゃんとそのこと言ってあげられなくてごめん……」

千歌「果南ちゃんも不器用だから……お互いどう伝えればいいかわからなかったんだよね」

果南「……そうだね。……最初からちゃんとそうだって言ってあげればよかったんだ。そうすれば……」


──そうすれば──


果南「あの後もちゃんと千歌のこと素直にお祝いできたかもしれないのに……。」

千歌「……」


果南「千歌……」

千歌「なぁに……?」

果南「……10年も待たせて、ごめんね。……誕生日おめでとう。」


その言葉を聞いた途端


千歌「──」


私の眼から涙が溢れてきた。

ああ、そっか……そうだったんだ。

今やっとわかった。

私は『誕生日おめでとう』って……ただ、果南ちゃんにそう言って欲しかっただけだったんだ。

私が本当に大切だったのはこの一言だったんだ。


千歌「果南……ちゃん……っ……」

果南「いっぱい待たせてごめん……。……寂しかったよね。」

千歌「さみしかった……よぉ……っ……」

果南「こんなにも大切な日なのに……10年もお祝いできなくて、おめでとうって言ってあげられなくてごめんね。」

千歌「うっ……ひぐっ……」

果南「迎えに行ってあげられなくて……ごめんね。」

千歌「かな……ん……ちゃん……っ……」


私は果南ちゃんの胸の中で小さく首を振った。


果南「迎えに来てくれて……ありがとう。」

千歌「うっ……うぇぇぇん……っ……」


私はついに声をあげて泣き出してしまった。

あの日と同じように。

だけど──あの日とは違う悲しい涙ではなかった。

やっと、胸に刺さった小さな棘が消えていくような……そんな温かい涙だった。



    *    *    *





私はあの後、報告のために果南ちゃんの家のテラスで梨子ちゃんと電話をしていた。


梨子『仲直りできた?』

千歌「うん、ちゃんと仲直りできたよ」

梨子『そっか、よかった』


電話口で梨子ちゃんが安堵しているのがわかる。


千歌「ありがとう、梨子ちゃん……ごめんね、主賓が途中で抜け出しちゃって」

梨子『気にしないで。果南ちゃんと仲直りできたなら、それでいいから』

千歌「うん……ありがと」

梨子『それで今日はどうするの?』

千歌「もう船も終わっちゃってるから……果南ちゃんちに泊まってくよ」

梨子『そっか』

千歌「梨子ちゃん」

梨子『ん?』

千歌「私、いろんなものが手から零れ落ちないように、大切にするから」

梨子『ふふ……うん、頑張ってね!』


そんな話を終えて電話を切ると、果南ちゃんが後ろに立っていた。


果南「梨子ちゃんと電話してた?」

千歌「うん。仲直りできてよかったねって」

果南「そっか」

千歌「うん」

果南「今日どうする?もう寝る?」

千歌「まだ眠くないかなぁ」

果南「じゃあ、星でも見ようか。いいスポットがあるんだ。」

千歌「ホントに?」

果南「千歌と淡島から8月の星空を見るのは……はじめてかもね」

千歌「あ、そうかも……楽しみだなぁ」


期待に胸を膨らませて、見上げた夜空を流れ星が一閃した。

8月1日──私、高海千歌の誕生日──昔と変わらない大好きな人と変わっていく世界の中で

大事なものが零れ落ちてしまわないように、大切に大切にしながら、その中で新しい他の大切な何かを見つけて行きたい。

これからもいいことばかりじゃない、いろんなことが起こるだろうけど。

その先に何があるのか期待と不安に胸を膨らませながら。

私は果南ちゃんと夜の淡島を歩き出した。これから見る星空を私は一生忘れないだろうと予感しながら──。




<終>

終わりです。

お目汚し失礼しました。


改めて、千歌ちゃんお誕生日おめでとう!

また何か書きたくなったら来ます。よしなに。



こちら過去作です。よろしければ。

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