道明寺歌鈴「夜の帳に秘め事を」 (14)

道明寺歌鈴ちゃんのSSです。

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月が揺らめいているように見えました。

もちろんそれは気のせいで、そう見えたのはきっとこの、ねっとりと肌にまとわりつくような暑さのせいでしょう。

足を止めて空を見上げると少し深い紺色の中に浮かぶお月様が。今度は揺らめくようなことはなく、その姿をしっかりと晒しています。


月光に照らされると何故だかセンチメンタルな気分になってしまいました。まだそんな気分になるのは早いのにな、なんて思ってからごろんと寝転がります。

背中に当たる柔らかな草の感触と鼻に届く夜の香り。目に映るのは大きな月と群青の夜空。


ぼうっとそのまま眺めていたら、そういえばプロデューサーさんに出てくるって言ってなかったことに気付きました。

とは言っても、プロデューサーさんは眠っていましたし起こしてそんなことを言うわけにもいかないわけで。書き置きでもしてくれば良かったかな、なんて思いました。


どれくらいか、そのままぼーっとしていたら足音が聞こえてきました。

こんな時間にいったい誰が? と身体を起こしてそちらに顔を向けるとプロデューサーさんが来ているのが見えました。

「こんばんは、プロデューサーさん」

「こんばんは、歌鈴」

にこりと微笑んで隣のスペースをぽんぽんと叩くとそこへプロデューサーさんが。ふわりと香るシャンプーの匂いが妙にくすぐったいです。


「寝れないのか?」

「眠りたくないなって」

手渡された缶のミルクティーを握ったり手の中で転がしたり。弄びながらぼそりと呟いた言葉にプロデューサーさんはなにも言いませんでした。

「そういえば、よく私が抜け出したって分かりましたね」

「歌鈴のプロデューサーだしな」

「……ふふ、答えになってませんよ」

変な答えにクスリと笑いが漏れて。クスクスと笑いながら彼の顔を見ると、彼も一緒に笑っていました。

ひとしきり笑ったら、こてんと倒れて彼に凭れかかりました。

さっきまでは何処か悲しげに見えたこの夜空も、今はとても綺麗に見えました。私の隣に、側にプロデューサーさんがいる。ただそれだけなのに見えるものががらりと変わって見えます。




お月様に雲がかかりました。明るかった辺りが一気に暗くなって、もちろん私たちも暗闇の一部に。

時間も時間なので怖くなってしまい、ぎゅっとプロデューサーさんにしがみついちゃいました。私を安心させるかのように優しく撫でてくれる彼の手が暖かくて。

雲がかかったのはほんの一瞬でしたが、暫くそうしていました。どうにも離れがたくて。プロデューサーさんも分かっていたのか、なにも言わずにそのままで居てくれました。




「プロデューサーさん」

落ち着いた私はじっと彼を見つめて呼びかけます。

「ん?」

「最近の私、変わったと思いませんか?」

聞いてからじーっと見つめ続けます。 首を傾げたプロデューサーさんに対してむううっと頬を膨らませて抗議の意を示します。

「んー、あー……可愛くなった?」

プロデューサーさんの口から発せられた思いもしない言葉に顔が真っ赤になってしまいました。

「ち、違いまつっ!」

噛んじゃったことも気にならないくらい恥ずかしくて。

アイドル・道明寺歌鈴の時は可愛いって言われたら嬉しいし自信になるけれど、こうして女の子の道明寺歌鈴の時にそんなことを言われるのはやっぱり慣れません。


「はは、ほら可愛い」

からかうように可愛いと言うプロデューサーさんをぽかぽかと叩きます。

「ごめんごめん、じゃあ答えはなんだ?」

「むぅーっ、私、最近ドジをする回数が少なくなったと思いませんかっ?」

「ああ、そういえば確かに」

私の答えに納得したように頷くプロデューサーさん。ふふんっと誇らしげに胸を張ります。

偉い偉いと褒めながら私のことを撫でてくれるから、にへらと笑いが零れました。




はふっ、と声が漏れて気付いたらプロデューサーさんの胸元で眠っていました。

いつの間に、と目をごしごしと擦りながらプロデューサーさんを見ると一人で抜け出していた時の私のようにぼうっと空を見上げていました。

そうやって空を見上げるプロデューサーさんに、なんだか話しかけたらいけない気がして、そのまま瞼を閉じました。

夜だけど未だにお昼の暑さを残す気温の中に感じる貴方の温もりを抱えて、「プロデューサーさんが側にいて、私を見てくれているからドジが少なくなったんですよ」と、さっき言いたかったことを隠したまま。



──────



目が覚めると布団の上でした。

結局あのまま寝ちゃったんだと理解して、んーっと身体を伸ばします。きょろきょろと辺りを見回してもプロデューサーさんの姿は無くて、カチカチと時計が針を刻む音だけが響いています。


何時だろうと置かれた時計を手に取って時間を確認すると11時を少し過ぎていました。

こんなに寝てたの、と軽くショックを受けていると襖の開く音が。そちらに目を向けたらプロデューサーさんが。

「お、起きたか」

「お、おはようございましゅ……」

寝ぼけ眼でぼんやりしていたことと、すっかり寝坊していたことが恥ずかしくて慌てて掛布団で口元を隠しながら挨拶を。

だいぶ寝てたな、とからかうようなプロデューサーさんの言葉にかあぁっと顔が熱くなるのが分かります。

「あー……うん、おはよう。起き抜けのところ悪いが着替えてな。そろそろチェックアウトの時間だから」

「は、はいっ」

そう言うとプロデューサーさんは再び何処かへと。着替えくらい気にしないのに、なんて思いながら自分の格好を見たら浴衣がはだけていて。そこでようやく自分が下着を着けていなかったことに気付きました。


さっきプロデューサーさんが目を逸らしたのはそういうことだったのね、と納得して、一息遅れて恥ずかしさがどんどんと込み上げてきました。

言葉にならない言葉をあげながら布団に包まってばたばたと悶えてしまいます。

夜に自信満々に『ドジが少なくなった』なんて言ってたのに、すぐにこんな特大のドジをしてしまった自分が凄く恥ずかしくて。

落ち着いたら、やっぱり私はまだまだ一人前って言うには程遠いなって実感させられました。一人の女の子として、それに、きっとアイドルとしても。


だから、私はプロデューサーさんにこう言おうって。




「これからも、あなたと───」


短いですが以上です。
読んでくださりありがとうございました。

前作もよければどうぞ。
道明寺歌鈴「Wo es war,soll Ich werden.」
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